バウンサーさんのお話


 

第一章

                  バウンサーさんのお話
 兎のバウンサーさんはお家の中にいて安楽椅子の上に座ってです、パイプで煙草をぷかぷかと吸ってr楽しんでいました。
 ですが暫く吸っていると煙草の葉がなくなってしまいました、すぐに新しい煙草をパイプの中に入れようとしますが。
 もう葉がありませんでした、それで奥さんのフロプシーさんに尋ねました。
「母さん、煙草はあるかい?」
「もうないの?」
「ないから聞いてるんだよ」
 こうフロプシーさんに言うのでした。
「もうないのかい?」
「そこにないのならないわよ」
 これがフロプシーさんの返事でした。
「それならね」
「そうなのか」
「そう、残念だけれどね」
「残念とかじゃなくてね」
「煙草を欲しいっていうのよね」
「そうだよ、じゃあ買って来てくれるかい?」
「駄目よ、今晩御飯作ってるのよ」
 フロプシーさんは実際に台所でシチューを作っています。
「だからね」
「煙草を吸いたいのならか」
「自分で買って来てね」
 こうご主人に言うのでした。
「わかったわね、お金渡すか」
「わしが自分で買いに行くのか」
「嫌なの?」
「買いものは母さんの仕事だろう?」
 安楽椅子に腰掛けてお顔を台所に向けて言うのでした。
「そうじゃないのか?」
「今は別よ」
 またあっさりと言うフロプシーさんでした。
「だって私今はお料理してるから」
「だからか」
「そう、シチューの後は人参のパイも作るから」
「それで今は手が離せないっていうんだな」
「さっきから言ってるでしょ」
「どうしても吸いたいならか」
「自分で買って来てね」
 またこう言うフロプシーさんでした。
「わかったわね」
「それしかないか」
「嫌ならいいわよ」
 随分と冷たい返事でした、これまた。
「あなたが煙草を吸えないだけだから」
「おいおい、その言い方はないだろう」
 バウンサーさんは奥さんの今の言葉に少しむっとしたお顔で返しました。
「煙草はわしの数少ない楽しみだぞ、これがないと」
「落ち着かないっていうのよね」
「ああ、そうだよ」
 まさにその通りだというのです。
「本当にな」
「だからよ」
「吸いたいならか」
「そう、自分で買って来てね」
「お金は渡してくれるんだな」
「ちゃんとね」
 そのことは安心していいというのです。
「それは安心してね」
「だといいがな」
「じゃあいいわね」
「ああ、お金は何処だい?」
 バウンサーさんは渋々ながらも安楽椅子から起き上がりました、そのうえでフロプシーさんに今度はこのことを尋ねました。
「それで」
「そこに置いてあるわよ」
 フロプシーさんは振り向いて台所の入口を指差しました。
「そこにね」
「ああ、これか」
「そこからお金出してね」
「それでわしが買いに行くんだな」
「無駄遣いしないでね」
 フロプシーさんはご主人に忠告することも忘れませんでした。 

 

第二章

「無駄遣いしたらきりがないから」
「おいおい、それは子供達に言う言葉だろう」
「お父さんも同じよ」
「わしもか」
「男の人も目を離すとすぐに無駄遣いするから」
「そうなのか?」
「そうよ、だからいいわね」
 それでくれぐれもというのです。
「無駄遣いはしないでね」
「わかったよ、それじゃあね」
「煙草だけ買ったらね」
「すぐに帰って来てだな」
「それでまた煙草ふかしてね」
「じゃあ行って来るな」
「それじゃあね」
 フロプシーさんはお料理を作りながらご主人を送り出しました、そうしてそのうえでなのでした。
 バウンサーさんはお家を出てでした、お金をチョッキのポケットの中に入れてパイプを持ったままお外に出ました、そのまま市場の方に歩いていきました。
 その途中で、です。バウンサーさんはピーター=ラビットのお父さん兎に会いました。お父さん兎はバウンサーさんに会うとすぐにこう挨拶してきました。
「こんにちは、バウンサーさん」
「ああ、ピーターさん」
 バウンサーさんはお父さん兎の名前を言いました、実はお父さん兎の名前は息子のピーター=ラビットと同じなのです。
「こんにちは」
「今日はどちらに」
「これから市場に行くのですよ」
 バウンサーさんはピーターさんにこのことをお話しました。
「煙草を買いに」
「ああ、それでなのですか」
「そうです、丁渡切らしていまして」
「相変わらず煙草がお好きなのですね」
「これがありませんと」
 煙草が、です。
「わしはどうにも落ち着かなくて」
「奥さんは買いに行ってくれなかったのですか」
「ははは、晩御飯を作っているとかで」
「ああ、それで」
「そうです、自分で買いに行くことになって」 
 ピーターさんにこの辺りの事情もお話するのでした。
「こうして」
「私と同じですね」
「といいますと」
「はい、私も女房に買いものを頼まれまして」
「おやおや、そうなのですか」
「丁渡晩御飯を作っていて手を離せないとかで」
 ピーターさんの方もなのでした。
「それで」
「この時間はそうですね」
「女の人はどうしてもですね」
「料理をするので」
 だからなのでした。
「何か欲しければ買いに行けと」
「そしてちょっと油断していると」
 ピーターさんが言うには。
「何か切らしているからと言われて」
「買いものに行かされて」
「そうそう、男はそうなりますね」
「結婚すると」
「うちの女房は昔はそうじゃなかったんですよ」
 パイプを右手に持って道を歩きつつです、バウンサーさんはやれやれといった面もちでピーターさんにお話しました。
「可愛くてね」
「自分からどんどん動いてくれて」
 ピーターさんも言います。
「そうしてですよね」
「そうそう、買いものにしても」
「こうした時も」
「もう先に買っていて」 
 煙草にしてもというのです。
「切らすなんてことはなかったのですよ」
「そうですよね」
「それがですよ」
 今はといいますと。 

 

第三章

「切らしていて」
「自分で買いに行ってくれ、ですよね」
「そして下手をすれば」
「今の私みたいに」
 ピーターさんが自分から苦笑いして言うことは。
「こうしてですね」
「そうそう、買いに行かされるのですよね」
「お醤油なり何なりを」
「こうして」
「バウンサーさんもそうなんですね」
「仕事から帰りますよね」
 具体的には食べものを持って帰るとです。
「そうしたら」
「ちょっとくつろいでいたら」
「もう何かと」
「その塩だの胡椒だのと」
「切らしているからと」
「買いに行かされるという」
「昔はそんなことなかったのですがね」
 バウンサーさんは心からです、かつてのことを思い出しながらです。そのうえでピーターさんに言うのでした。
「今ではですよ」
「そうですよね」
「こんな有様で」
「亭主を顎でこき使って」
「容赦しないんですよ」
 それが今の奥さん達だというのです。
「そうしたことは」
「ですよね、本当に亭主というものは」
「辛いものです」
「仕事だけじゃなくて」
「しかも子供達の面倒まで見させられて」
 このこともあるのでした。
「何かとです」
「難しいですね」
「厄介なことに」
 こうしたことをお話していくのでした、そしてです。
 二匹で市場にまで歩いていきます、その中でまずはでした。
 ピーターさんがお塩を買いました、そうしてからバウンサーさんにお話するのでした。
「後はお酢ですが」
「お酢ですか」
「はい、うちの女房はお酢にはこだわりがありまして」
「お酢ならありますよ」
 このお店にもと言うバウンサーさんでした、実際にお店にはお酢もあります。けれどそれでもだと言うピーターさんでした。
「いや、それが」
「どういったお酢でないと駄目なんですか?」
「りんご酢でないと、というのですよ」
「りんご酢ですか」
「ドレッシングにはそれがいいとのことで」
「おやおや、それは確かにこだわりですね」
「ですから」
 それでだとです、また言うピーターさんでした。
「このお店ではなく別のお店に行って」
「そしてですね」
「買いますので」
「お塩はこのお店のお塩でいいのですよね」
「逆にお塩はこのお店のものでなければ」
 到底というのです。
「駄目と」
「そうですか」
「はい、ですから」
 それでだというのです。
「私も困っているのです」
「中々難しい奥さんですね」
「そうなのですよ」
 こうお話するのでした、ピーターさんは困ったお顔でいます。
 そして次のお店に行ってでした、ピーターさんはりんご酢を買いました。そうしてからバウンサーさんに言いました。
「これで、です」
「ピーターさんの買いものは終わりましたね」
「そうです、後はバウンサーさんですね」
「わしの買いものはこれです」
 笑ってです、ピーターさんにその煙草を見せるのでした。 

 

第四章

「煙草です」
「では今からですね」
「はい、煙草屋に行きます」
「そうですよね」
「それではです」
 こう言ってでした、二匹は今度は煙草屋さんに向かいました。ですがバウンサーさんは一緒に来てくれているピーターさんに言うのでした。
「ピーターさんのお買いものは終わったのでは」
「はい、お酢も買いましたし」
 実際にその通りだと答えるピーターさんでした。
「私の買いものはこれで終わりです」
「では買えられては」
「いえいえ、お付き合いさせてもらいます」
 この辺りは友達同士だからです、ですが。
 ピーターさんはここでなのでした、こうも言ったのでした。
「それに家に早く帰りますと」
「奥さんがいて」
「しかも息子に娘達がいますので」
 子供達のことも言うのでした。
「ですから」
「あまり早く帰りたくないのですね」
「そうなのですよ、これが」
「お気持ちわかります」
 バウンサーさんはそのピーターさんに少し苦笑いになって言葉を返しました。
「私にしましても」
「バウンサーさんもですね」
「はい、家でくつろいでいるのは実は」
「あまり出来ないですね」
「今日は運がよかったです」
 煙草をぷかぷかと吹かせて、というのです。
「ただ、その運もです」
「煙草が切れるまででしたか」
「そうでした、しかも買いものに行っても」
「それでもですね」
「無駄遣いはするなと言われました」
「私もですよ、買っていいものはお塩とお酢だけで」
 つまり買って来てくれる様に言われたその二つだけが買っていいものです。しかしそれ以外はというのです。
「後は駄目だと」
「同じですね、そこは」
「そうですね、買いものも自由がないですよ」
「家計は少しも無駄があってはならないと」
「女房がいつも言いますね」
「本当に」
 こうしたことをお話しつつでした、煙草屋さんに行ってです。
 バウンサーさんは煙草を買いました、そうして早速でした。
 その場で買った煙草を少しでした、パイプの中に入れて火を点けて吸ってでした。そうしてピーターさんに言いました。
「美味いですな」
「バウンサーさんは本当に煙草がお好きですね」
「わしの数少ない楽しみです」
「そしてその楽しみも」
「はい」
 それが、というのです。
「こうしてです」
「買いに行かされるのですね」
「切れたら自分で」
「何かと難しいですね」
「本当にです、どうしたものか」
「どうしたものかといいましても」
 これがなのでした。
「何も出来ません」
「それが現実ですね」
「そうです」
 まさにというのです。
「家は奥さんのものですから」
「だからですね」
「我々はその奥さんに言われて」
「動くだけですね」
「そうです、まあ煙草が吸えるだけでも」
「ましですか」
「そう思います」
 こう言いつつです、煙草を吸うバウンサーさんでした。 

 

第五章

 そうしてです、煙草をぷかぷかとさせてそうしてなのでした、その煙草を吸いながらです。ここでこう言ったのです。
「これ位は許してくれますから」
「だからですね」
「はい、ですから」
「煙草さえ吸えなくなったら」
 バウンサーさんとしてはというのです。
「わしはどうしたらいいのか」
「楽しみがなくなりますね」
「後は散歩と寝ること位です」
 煙草以外のバウンサーさんの楽しみはというのです。
「そうなれば」
「そういえば私も」
 ピーターさんもバウンサーさんのお話を聞いて言います。
「お酒位は許してもらっています」
「そういえばピーターさんはお酒は」
「毎日飲んでいます」
「ラムでしたね」
「はい、女房もそれは許してくれます」
 お酒はというのです。
「まあ買いに行かされることが大抵ですが」
「ははは、わしの煙草の様に」
「ですがこれ位は許してくれるので」
「我慢出来ますな」
「お酒はいいものです」
 ピーターさんはこちらでした、それで言うのです。
「飲んでいると気が晴れます」
「そうですね、わしも時々飲みますが」
「飲まれてそうして」
「気持ちよく寝ています」
「そこは私と同じですね」
「そうなりますな、まあ確かに家では肩身が狭いですが」
 それでもなのでした。
「許してもらえることはちゃんとありますね」
「そうですね、煙草なり酒なり」
「ちゃんと」
「まあそれ位は許してくれとも思いますが」
「実際に許してもらって」
 そうしてというのです。
「楽しんでもいます」
「ですね、それでは」
「無駄遣いも出来ないですし」
「道草をしても」
 仮にです、それをしてもなのでした。
「やはり女房に怒られますし」
「こちらもです」
「ですから」
「もう帰りますか」
「そうしましょう」
 こう言ってでした、二匹はです。
 それぞれのお家に帰りました、バウンサーさんは煙草をふかしたままお家に帰りましたがここでなのでした。
 奥さんのフロプシーさんはです、そのご主人に言います。
「もう吸っているのね」
「んっ、駄目か?」
「いや、吸ってもいいけれど」
 それでもだというのです。
「けれどね」
「もう吸っているのかがか」
「お家に帰ってきてから吸ってもいいんじゃないの?」
「さっきいいと言ったじゃないか」
「それはそうだけれど」
 それでもと返すフロプシーさんでした。
「本当に煙草好きよね」
「だからいつも言っているだろう」
「あなたの数少ない楽しみっていうよね」
「そうだ、だからこれ位はね」
「そうよね、それじゃあ」
「ちょっと吸わせてくれるな」
「御飯まではね」
 その時まではなのでした。 

 

第六章

「いいわよ」
「それで御飯の後は」
「子供達を見てくれるかしら」
「何だ、何かあったのか?」
「勉強を見て欲しいのよ」
「やれやれ、それか」
「だって私よりあなたの方がずっと頭がいいでしょ」
 だからだというのです。
「お願いするわね」
「ああ、わかったわかった」
 バウンサーさんはフロプシーさんの言葉に少し嫌そうに返しました。
「それじゃあ御飯の後でな」
「そういうことでね」
「気が休まる時間がないな」
「さっきまでくつろいでいたでしょ」
「仕事から帰ってだぞ」
「それでもあったじゃない、私なんてね」
 フロプシーさんが言うには。
「家事ばかりで全然時間がないから」
「本当にか?」
「ええ、そうよ」
 その通りだというのです。
「主婦は大変なのよ」
「それいつも言うな」
「本当のことだから。じゃあ御飯の後でね」
「わかってるよ、じゃあね」
 こう言ってなのでした、そして。
 煙草を吸いながらでした、また安楽椅子に座ってです。
 ぷかぷかと煙草を吸うのでした、奥さんはそのご主人にまたでした。
「ああ、明日ね」
「今度は何だ?」
「お仕事の帰りに胡椒買って来てね」
「またなくなってきたのか」
「ええ、だからいいわね」
「わかったわかった」
 バウンサーさんはもういいという素振りで奥さんに返します、そうしてでした。
 今はまた安楽椅子に座って煙草を楽しむのでした、それがバウンサーさんのかけがえのない一時であるからこそ。


バウンサーさんのお話   完


                           2014・7・15