機動戦士ガンダム SEED C.E71 連合兵戦記(仮)


 

第1話 欧州の片隅で

 
前書き
(注)最初に2ちゃんねるに投稿された作品とは少し記述、描写が異なる部分があります。
また、本編作品とは微妙に世界情勢、勢力の設定が違いますのでご注意を 

 
C.E 70年 6月18日 ヨーロッパ某所



都市の郊外の針葉樹の林の奥に隠れるように、数両の戦闘車両が停車していた。

その周囲には漆黒のボディアーマーに身を包んだ歩兵が10名周囲に展開している。

戦闘車両の内の1両・・・・・・指揮車両の中で、指揮官用シートに腰掛ける男は、部下からの連絡を待っていた・・・その男は、眼鼻や顔立ちは、容姿は、典型的な白人系であったが、髪と眼の色は、東洋人に多い黒である。

年齢は20代後半だったが、彼を一目見る者は、そう思わないだろう。
そう思わせるのは、顔の傷と顎の無精髭である。
だが、その顔に刻まれた傷と無精髭は、彼が幾つもの死線を潜り抜けてきたベテランである証左だった。

・・・…そして地球連合軍の軍服に身を包んだ彼の胸元には、地球連合軍大尉の階級章と青い秋桜の徽章があった。

「A地区にジンを確認、数は2・・・いえ3機です」

部下からの連絡が入った。

「わかった。こちらからも確認する・・・」

指揮車両のハッチを開け、車外に乗り出した男・・・…大西洋連邦軍 パワードスーツ部隊指揮官のハンス・ブラウン大尉は赤外線双眼鏡を覗いた。

彼の目に映るのは針葉樹の緑・・・空を覆う重苦しい鉛色の雲・・・NJによるエネルギー危機で放棄された都市のくすんだ灰色の廃墟 ・・・…そしてその中に力強く佇む18メートルの鋼鉄の巨人達だった。

甲冑の如き鋼鉄の体と翼、赤く光る単眼を持つその巨人の名はZGMF-1017 ジン

遥か古代のアラビア半島の伝説上の魔神の名を持つそれは、 遺伝子操作により身体能力を強化されたコーディネイターの工業スペースコロニー群 プラントが、 建設に出資した国家……大西洋連邦、ユーラシア連邦、東アジア共和国といったプラント理事国から独立する為に結成した政治結社 黄道同盟(通称ザフト)が 従来から宇宙開発、軍事、果ては老人介護に使用されることもあったパワードスーツと機動兵器 モビルアーマー(MA)の技術を参考にして開発した 人類初の人型汎用機動兵器 モビルスーツ(MS)の量産型であった。

そしてプラントの秘密工場で最初の1機が、開発されたこの18㎡の巨人達は、C.E 69年、プラント周辺宙域での理事国艦隊のMA部隊との戦闘を1:10の戦力差がありながら圧倒的勝利を収めたのを皮切りに、持ち前の汎用性と四肢を利用した機動性、火力で宇宙は元より、スペースコロニー、月面、海中、空中、地上で縦横無尽に活躍し、現在最強の兵器の座に君臨している。

プラント理事国が中心となって結成された地球連合軍のMAや艦船、戦闘機、戦車といった従来兵器では、NJ下の電波障害と核分裂が抑制される等の悪条件も重なり、宇宙と地上で敗退を重ねた。
開戦前は、切り札と目されていた最新鋭宇宙戦闘MA  TS-MA2 メビウスでさえ、ジンの前に1:5~10という悲惨なキルレシオで戦わなければならなかったほどだった。

最近は、対MS戦術が確立されたこと等で宇宙でも地上でも何とか膠着状態持ち込みつつあるが、それでも流石に限界で地球連合軍は未だに苦戦し続けていた。

地球連合も大西洋連邦所属第8艦隊司令長官 デュエイン・ハルバートン准将の派閥と反コーディネイター団体 ブルーコスモスとの関係も深い事で知られるアズラエル財団傘下の大西洋連邦のデトロイトに本拠を置く軍事企業が中心となって地球連合製MSの開発を進めていた。


・・・…だが、その計画はいずれも思わぬ壁にぶち当たってしまった。

ハードの面では、ジンを上回るMSを開発することも地球連合の国力と技術力をもってすれば、決して不可能事ではない。

問題は、ソフトであるMSを動かす為のコンピュータのOSであった。

当時、ジン等のザフト軍のMSのOSは複雑で、コーディネイターに能力で劣るナチュラルには手に余るものであったのだ。

それは、地球連合が初めてジンを鹵獲した際、MAのエースパイロットでさえ、まともにまっすぐ歩かせることすら出来なかったほどである。

地球連合内のコーディネイター、ナチュラルを問わず、多数の技術者等が全力でOSの改良に昼夜の別無く苦闘しているが、未だにわずかな操縦経験のナチュラルがでも操縦できるMSのOS開発は達成されていなかった。

この厄介な問題が解決しない現状では、宇宙では、MAの加速性能を生かした集団での一撃離脱戦法、地上ではこのような地形を生かしたパワードスーツ等による決死の作戦や数にまかせた物量作戦で対抗するしかない・・・というのが地球連合軍の非情な現実であった。


「おまえら!行くぞ!あの宇宙の化け物共に地球の恐ろしさを刻み付けてやれ!」

ハンスは、双眼鏡を下すと、足元に置かれた有線通信機の受話器を掴み、部下達に向かって叫んだ。

この大型の通信機は、CE以前の再構築戦争期のもので、博物館レベルの骨董品である。

何故、このような旧式の通信機を彼が使用しているのか? それには理由がある。


現在地球上では、プラントが会戦初頭にばら撒いた自由中性子の運動を阻害することで核分裂を抑制する機械、ニュートロンジャマー(NJ)は、 北欧のスカンディナヴィア王国や太平洋のオーブ連合首長国といった核エネルギーにあまり依存していなかった地域以外の全地球規模の深刻なエネルギー危機を齎した。

だが、他にもNJには、電波を攪乱する効果があった。

この効果により、軍用高性能レーダーから携帯電話を初めとする携帯通信端末や無線といった通信さえ儘ならない為に地球連合もザフト軍も、このように有線式の通信機や信号弾、手旗信号といったアナログな技術を使用することでNJ下の戦闘に対応しようとしていたのである。

「蒼き清浄なる世界のために!」
「「「「「「了解!」」」」」」」


周囲の廃墟に潜む部下の兵士たちが復唱した……彼らの多くが、プラントにより投下されたNJ災害による被害とザフト軍の侵攻で同僚を、友人を、そして家族を奪われていた。


「(蒼き清浄なる世界のために…か)」

ハンス大尉は、自らの胸ポケットの蒼い徽章を見つめた…それは、現在、地球上で爆発的に支持者を拡大している反コーディネイター団体 ブルーコスモスのスローガンであった。



ブルーコスモスは、C.E 10年に大西洋連邦のニューヨークで結成された環境保護団体である。

この当時、C.E 1年に終結した再構築戦争の現赤道連合領カシミールへの核攻撃に代表される大規模な戦争や遺伝子操作した生物を用いたバイオテロの影響による環境の悪化が懸念され始めた時期だった。

蒼き清浄なる世界のために と言う後の時代では、コーディネイター排斥の代名詞として恐れられることになるこのスローガンも、戦争で荒廃した地球を、元の生命溢れる楽園に戻そうという理念を象徴する至極真っ当なものであった。

…しかしそれが変貌することになる事件がC.E 15年に起きる…一人の男の告白によって…



 
 

 
後書き
こちらでも、感想いただけると幸いです。 

 

間章 1話 全ての始まり

 
前書き
1話の次にいきなりですが、間章になります。
本編1話に至るまでのコズミックイラの世界情勢に関する話となります。 

 
C.E 15年 後々の世界情勢に影響を与える告白をした男の名は、ジョージ・グレン 

大西洋連邦の記録上は、西暦末期に北米のカリフォルニア州の某都市で生まれたとされている男である。

彼は、C.E 15年に、自身の出生上の秘密にかかわる衝撃の告白をする前から大西洋連邦だけでなく、地球のほとんどの地域に名を知られていた人物であった。 「天才」として・・・

彼の幼少期の経歴は不明であったが、若干17歳で大西洋連邦(旧アメリカ合衆国)のMIT博士課程を修了する。

さらにオリンピックの射撃で銀メダルを獲得(因みに金メダルは、スカンディナヴィア王国の軍人、ユーティライネン氏である)し、 更にその1年後には、アメリカンフットボールのスター選手として活躍した後、大西洋連邦空軍に入隊する。

そしてパイロット過程を修了すると同時に当時起こったアフリカ統一紛争時に祖国が軍事介入した際、エースパイロットして活躍した。
紛争終結後には、空軍で宇宙軍と共同開発されていた試験型宇宙戦闘機のテストパイロットとなった。そして後には、ロボット工学や物理学等、理工学面でも数々の業績を残したという、異能の人物であった。


彼は、自らが設計開発を主導した木星探査船「ツィオルコフスキー」で木星探査に赴く際に世界中の人が注目する中で、ある告白をした。

それは、画面の向こうの人々を驚愕させた。

・・・自分は、遺伝子操作によって作られた人間である…と。


告白と同時に彼は、自らを生み出した、人の遺伝子操作についての詳細を記したマニュアルを、世界中の主要なメディアやインターネット等の情報ネットワークに流すことで公開頒布した。

その後に自らを「僕はこの母なる星と、未知の闇が広がる広大な宇宙との架け橋。そして、人の今と未来の間に立つ者。調整者。コーディネイター」と称した。

そして、最後に彼は、「僕に続いてくれる者が居てくれることを、切に願う」と述べ、ツィオルコフスキーのクルーと共に木星へと旅立っていった。

彼と「ツィオルコフスキー」のクルーが木星探査に旅立った後、この告白によって世界は、 論争と混乱の渦に飲み込まれた。

その混乱は、再構築戦争末期のカシミール核攻撃に匹敵するのではないかと言われた。
中にはジョージ・グレンを天使とあがめる新興宗教(後のG・G友の会)まで生まれる程だった。

この遺伝子操作技術という西暦の時点でも人類にとって禁断の領域に触れるとされた来た技術が、野放しになることを再構築戦争後に誕生した各国家の指導者達は、憂慮した。

これに対する動きは、迅速であり、C.E 16年には、地球連合の前身、国際連合が、ロスリンで開いた「国連遺伝子資源開発会議」にて 「人類の遺伝子改変に関する議定書」が採択され、国際連合加盟国での遺伝子操作された人間 コーディネイターを合法的に生み出すことが不可能となった。

これは当時では、事実上の全世界でのコーディネイター違法化に等しかった。

まだ、ここで終わっていれば、後の歴史は変わっていたかもしれない・・・と後の人々は語った。


だが、C.E 23年、2月に木星探査船「ツィオルコフスキー」が帰還したことで 地球は更なる混乱と論争に包まれることとなった。

C.E 23年 2月23日、木星探査船「ツィオルコフスキー」と、衝撃的な告白を全世界に行ったジョージ・グレンを含むクルー達は、地球に帰還した。


地球と地球の人々に宇宙開発の更なる未来と可能性(当時は、再構築戦争時の軌道爆撃等の影響で宇宙開発は軍事面のみが注目されてしまっていた)を示したが、同時に地球に新たなる衝撃と混乱をもたらす物体を持ち帰っていた。

「エヴィデンス01」・・・後にそう名付けられたそれは、C.E 22年、木星探査中にジョージ・グレンが発見した地球外生命体の化石であり、机上の空論でしかなかった地球外生命の確固たる証拠であった。

その化石となった生物は、クジラに似た骨格に1対の羽状の器官が生えている・・・という形状でその形状から、一般に「羽クジラ」、「クジラ石」、「天使」と呼ばれた。

この「エヴィデンス01」は、全世界に混乱を齎すこととなり、再構築戦争による混乱で揺らいでいた宗教の影響力にも打撃を与えることとなる。

C.E 30年、1月3日 一般にアブラハムの宗教と呼ばれる3つの宗教共通の聖地が存在する中東の都市 イェルサレムで、世界各地の宗教の関係者が集結し、 ジョージ・グレンの告白とその後の「エヴィデンス01」発見による混乱を終結させるべく、 パレスティナ公会議を行った。(この際、当時のブルーコスモス幹部でもあったプロテスタント系牧師も参加していたとされているが、詳細は不明。)

・・・この宗教会議が失敗したことで、一時的に宗教の権威は失墜した。(よく誤解されているが、15年のジョージ・グレンの告白 23年の「エヴィデンス01」発見以前の再構築戦争直後のC.E 1~10年代の時点で、宗教の影響力は、再構築戦争期の原理主義のテロ活動等によって低下しており、この告白だけが、パレスティナ公会議後の世界的な宗教的権威の失墜を招いたわけではない。)

この宗教の影響力の失墜の影響で、「コーディネイター寛容論」と「遺伝子操作アレルギー論」という二つの思想が広まった。

大西洋連邦 ユーラシア連邦 東アジア共和国の3大国の新興富裕層を中心に我が子をコーディネイターにするものが現れ始めた。
これは、最初は秘密裡に行われていたが、数年もしない内に大っぴらに子供をコーディネイター化する動きが広まった。

無論、C.E 16年のロスリン議定書やその前後に各国で制定された人の遺伝子操作を禁止する法律に従えば、違法行為である。

しかし、コーディネイター化が当初は一部の病院や不妊治療専門のクリニック等で、秘密裡に行われていたこともあって、政府がその実態を把握する頃には、コーディネイターとして生み出された子供達は、ジョージ・グレンの出身地である大西洋連邦だけでも数万に及んでいた。

法律に従えば、この子供達は、幼稚園の5歳児から母親の胎内の受精卵に至るまで違法な存在である。

だが、流石に現実問題として、これらの子供達を物理的に排除することも出来ない為、その存在を政府は黙認することしか出来なかった。

更に人権団体等のロビー活動により、コーディネイター化を合法化するべきだという意見「コーディネイター寛容論」が広まり、事実上各国でのコーディネイター化は合法化された。

C.E 35年には、大西洋連邦の<G.A.R.M. R&D>、<ハイドラ・コーポレーション>等穀物や家畜の遺伝子改良を行っていた大企業がコーディネイター化事業に参入することとなった。

この混乱の時期に単なる環境保護団体に過ぎない存在だったブルーコスモスは、反コーディネイター団体へと変貌することとなる。
以前より、遺伝子操作作物による遺伝子汚染(再構築戦争期には、一部の国家が遺伝子操作によって強化された雑草を 敵の穀倉地帯に散布する作戦が行われたこともあった。)を懸念していたブルーコスモスにとって、人間の遺伝子操作を行うコーディネイター化は、グレンの意図がどうであれ、倫理にもとる行為であったからだ。

更にブルーコスモスはこの時期、「遺伝子操作アレルギー論」の影響で僅かながら勢力を盛り返しつつあった宗教と結びつきを深め始める。

そしてブルーコスモスの数々のロビー活動によって55年のトリノ議定書で大西洋連邦、ユーラシア連邦、東アジア共和国等の主要な国家で正式に遺伝子治療等を除く、コーディネイター化の禁止が採択された。

この時期、コーディネイターの人口は1300~2000万にまで達しており、更にはコーディネイター同士の子供、第2世代コーディネイターも誕生し始めていた。

遺伝子操作により誕生した彼らコーディネイターは、彼らの両親や彼らに遺伝子操作を施した医師や科学者の期待通りに遺伝子操作が施されていない従来の人類、ナチュラルを遥かに上回る身体能力と知的能力を発揮し、様々な分野で活躍した。

企業の中には、コーディネイターを優先的に雇用しはじめるものまで現れ始めた程であった。

だが、非合法に生み出されたということもあってか社会との軋轢の末、コーディネイターの中には 犯罪に走るものも現れた。

ナチュラルを遥かに上回るコーディネイターの能力に警察では、対処しきれない場合も多く、国によっては、正規軍や専門の特殊部隊が派遣されることさえあった。

コーディネイターの登場で職を失った人間やコーディネイター犯罪の被害者らを中心にコーディネイター脅威論が唱えられたが、当初は、コーディネイター脅威論等は、旧西暦の黄禍論やユダヤ人陰謀論と同レベルに見做されてはおらず、まじめに信じる者は一部の人間がいただけだった。


だが、C.E 54年 S2インフルエンザの大流行によって事態は変わり始める……



 
 

 
後書き
個人的にジョージ・グレンの告白は、あの世界を大変な方向に導いたと思ってます。
 

 

間章 2話 燻る火種

C.E 53年 大西洋連邦領 カリフォルニア州 サクラメントでファーストコーディネイターとして知られるジョージ・グレンが、ナチュラルの少年に射殺されるという事件が起きた。
ジョージ・グレンは、この直前にプラントに居住するコーディネイター達の地球産業と人類社会への貢献、そしてナチュラルとコーディネイターの融和について講演した後であった。
彼を殺害した少年は、宇宙飛行士を目指していたもののコーディネイターの誕生によって夢を断たれ、その後も、コーディネイターの活躍により、望んでいた職業に就けなくなったといったことを経験し、コーディネイターとして生まれなかったことを悲観視したことがその動機であり、事件は少年の単独犯行であると大西洋連邦警察は判断した。

この少年について、同情論を訴えるブルーコスモス系団体とコーディネイターに対する憎悪犯罪であるとして厳罰を訴える人権団体との間で裁判期間中に抗争が起きた。

長い裁判を経て、最終的に少年は、犯行時に正常な精神状態ではなかったという複数の精神科医の結論を理由に無罪判決が下されたが、これには、ブルーコスモスの暗躍が有力視されている。

また暗殺には、ブルーコスモスがバックに存在したという説から、コーディネイターの優位性を訴えるコーディネイター内部の過激派を否定していたグレン氏を憎むコーディネイターの活動家が黒幕だった、大西洋連邦の特殊部隊がバックにいた、影響力を失った宗教団体や原理主義過激派の仕業だった等、少年の背後関係が明らかにされなかったこともあり、事件の黒幕を巡って百家争鳴する説が生まれた。

そしてその翌年のC.E 54年 本来なら、34年から大西洋連邦 ユーラシア連邦 東アジア共和国の3か国のプラント理事国の主導でL5宙域に建設されていた工業スペースコロニー群 プラントの居住可能スペースコロニーが目的の過半数を超えたという人類の宇宙における偉業で有名になるはずだったこの年は、恐るべき疫病とその犠牲者の血で後々に知られることとなった。

C.E 54年に全世界で猛威を振るった伝染病 S2インフルエンザ(S1は再構築戦争期に発生 約1000万人が亡くなったとされる)は、再構築戦争の被害が回復していなかった東南アジア、アフリカ等を中心に、多くの人間を死に至らしめた。
最初の感染者が現れた地域は、諸説あるものの、インドと中国南部が有力視されている。
このS2インフルエンザは、全世界に数ヵ月で広まり、医療設備の整った地域でも、数多くの犠牲者を出した。

だが、遺伝子操作によって生み出されたコーディネイターは全く犠牲者が出なかった………この事実は、いずれ、コーディネイターがナチュラルに取って代わるのではないか?というコーディネイター脅威論拡大の原因となった。

S2インフルエンザ自体は、当時、ジョージ・グレンを中心とした科学者たちによって設計され、34年から建設が開始され始めた工業スペースコロニー群、プラントのコロニーの一つであるフェブラリウス市 で、C.E 55年10月29日にワクチンが開発され、その後、地球でもワクチンが大量生産されたことで終結した。

人々は、ペストやスペイン風邪、エボラ出血熱、そして再構築戦争期のS1インフルエンザを彷彿とさせるこの恐るべき病原菌の脅威から守られたのである。

だが、薬学ノウハウがナチュラルに比べて劣っているコーディネイターがワクチンを開発(誤解されているが、S2インフルエンザワクチンの開発には、ナチュラルの科学者も参加している。)したという事実は、コーディネイターの犠牲者がゼロだったということと合わせて、53年にファースト・コーディネイター ジョージ・グレンがナチュラルの少年に暗殺されたことに対する報復ではないのか?という陰謀論も出始めた。

各地でコーディネイターとナチュラルの間で対立が生じ、コーディネイターに対するテロが発生した。
この時期に起こった事件では、大西洋連邦のバトンルージュ病院襲撃事件、メトロポリタン歌劇場銃撃事件、ユーラシア連邦 タシュケントのリンチ事件、犠牲者100人を出したアフリカ ナイロビでの爆弾テロ事件等が有名である。

多くのコーディネイターとそのナチュラルの家族達は、反コーディネイター感情が比較的少ない太平洋のオーブ連合首長国やスカンディナヴィア王国に移民するか、当時、建設が進められていたプラントに移住することとなった。
これが、プラントが実質上、コーディネイター居住区となる要因となった。

この時期、プラント建設に従事していたコーディネイターの権利向上のために結成されていた政治団体 Zodiac Alliance of Freedom Treaty=自由条約黄道同盟(ザフト、軍事部門を指す際には、黄道同盟よりもこの名称が用いられることが多い)が勢力を拡大し、プラント理事国からの独立を唱え始める。

当初、ザフトは、旧プラント理事国から非合法組織と見なされており、地下組織として活動していた。
また、サボタージュ活動やデモのみならず非合法活動にも手を染めており、理事国の駐留軍を占領者と非難するパンフレットをドローンを利用して散布する、理事国の駐留軍や統治に関係する人物の誘拐、地下工場(プラントの砂時計型コロニーを含め、大抵のスペースコロニーには、内側の居住エリアの地表部だけでなく、地上の地下に当る外壁エリアが存在している)での銃火器密造と言った行為を行っており、一部の武闘派は、駐留軍との銃撃戦さえ繰り広げた。

更にこれらのザフトの活動に反発する地球のブルーコスモスは、プラント内に理事国パスを用いて旅行者に紛れ、テロ活動を行い住民や施設に被害を与えた。

駐留軍は、コーディネイター国家建設、プラントの独立を叫ぶザフトも、蒼き清浄なる世界の為に、というスローガンを掲げるブルーコスモスも共にテロリストとして摘発していた。
だが、駐留軍や理事国関係者を狙うザフトとコーディネイターを狙ってテロをするブルーコスモスでは、優先順位は明らかに前者に偏っていた。

更に駐留軍内部にブルーコスモスのシンパがいたことや理事国の政治家の傲慢な対応もあってプラントに居住する市民の対理事国感情は悪化していった。

C.E 57年 度重なるプラント内部での騒乱と黄道同盟主導のサボタージュ活動とブルーコスモスのテロ活動に伴う経済的損失を憂慮した理事国は、プラントに自治組織としてプラント自治評議会を設立した。この時、黄道同盟は、プラント内部の政治団体として合法化された。


ザフトが合法化されるとプラント自治評議会(後のプラント最高評議会)に後のプラント指導者となるシーゲル・クライン、パトリック・ザラを初めとする黄道同盟メンバーが次々と当選した。

またプラント理事国も他コロニーの開発事業の影響でコストカットを迫られており、プラントにある程度の自治権を認め、駐留軍の規模縮小を行った。

だが、プラント市民とザフト関係者の多くがこの監視付きの自治に満足することはなかった。

ザフトは、独立に向けて、招聘したコーディネイター傭兵(遺伝子調整が上手くいかなかった等の理由で失敗作として捨てられたコーディネイターを引取り、軍事訓練を施す組織サーカスや軍事企業によって作られた戦闘用コーディネイターがその主体)を教官として党員に軍事訓練を施した。

その一方で、プラント理事国の強大な軍事力(大西洋連邦だけでも当時4個宇宙艦隊を保持しており、他国も、それに呼応して宇宙軍拡を進めていた)に対抗すべく、63年に宇宙開発用作業機器として開発されていた宇宙機器「モビルスーツ」を改良し、機動兵器化する研究を始めた。

当初、彼らは、この兵器をプラント内部と周辺宙域でのゲリラ戦用のパワードスーツとして研究していたが、同時期に宇宙用の機動兵器「モビルアーマー」の第1号 ミストラルが大西洋連邦で開発され、更に各国がモビルアーマーの研究開発を進めたことが、その研究を汎用機動兵器にまで昇華させる切欠となった。

そして、C.E 65年にその研究は、モビルスーツ試作第1号「ザフト」の開発として実を結ぶこととなる……

C.E 68年、プラント自治評議会議長にシーゲル・クラインが就任した。

なお、この当時、地球でもコーディネイター過激派と思われるテロが頻発し、ブルーコスモスの盟主に、ブルーコスモスの創始者の一族でもあるアズラエル家当主となったばかりの24歳の若手 ムルタ・アズラエルが就任した時期でもある。

12月には、プラントが南アメリカ合衆国の企業から食糧の不正輸入を図り(当時、プラント以外の従来型コロニーや月面都市では、限定的ながら、食糧の生産が行われていたが、プラントはその形状が農業生産に向いていないとされ、食糧生産が禁止されていた。)食糧を輸送する途中だった輸送船マンデルブロー号が大西洋連邦宇宙軍の静止を振り切って逃亡を試み通信衛星に衝突して大破するという事件(マンデルブロー号事件)が起こった。

シーゲル・クラインは、食糧の自主生産のため、69年、プラントはユニウス市の7〜10区(ユニウスセブン〜10コロニー)を穀物生産プラントに改装した。

この改装にユニウス市が選ばれたのは、元々ユニウスは、宇宙での植物栽培研究や農林水産学の為の研究設備が存在していたため、食糧生産用に短期間で転用することができると考えられたからであった。

これらのプラント自治政府によるプラントを私物化するかのごとき行動にプラント理事国の世論は、激昂した。

地球にいるプラント理事国の国民からすれば、今まで資金や食糧、資源を提供して貰っておきながら、宇宙軍が駐屯(各国宇宙軍は、プラントに迫るデブリや隕石の処理も行っていた)しているだけである。
………にもかかわらず、勝手に工業生産ノルマを圧政だと主張し、プラントを改装し独立を図るなどというのは、恩知らずの泥棒以外の何物にも見えず、当然ともいえた。

この世論を受けてプラント理事国は、実力行使してでも排除すると、駐留宇宙艦隊を中心に編成した鎮圧部隊を投入した………この時点では、誰もがプラント理事国が鎮圧を成功させると見ていた…

だが、現実は、それらの予想を大きく覆した。

宇宙艦隊は、改装作業用の作業機器とみられていたモビルスーツによって半数が撃破され、残りの艦隊は近くの駐留拠点に退却させられてしまうという結果に終わったからである。


これに衝撃を受けた者たちの中で未来を見据えていたのは当時、月面最大の軍事拠点 プトレマイオス基地の宇宙艦隊に所属していたドゥエイン・ハルバートン大佐の派閥とブルーコスモスであった。

ハルバートン大佐は、鎮圧艦隊敗北の原因を鎮圧艦隊がスペースコロニー群を背にしているザフト軍に対してビームによる艦砲射撃が行うことが出来なかったことであると判断し、今後、高威力兵器の仕様が限定されるスペースコロニー周辺、内部での戦闘ではMSが威力を発揮すると考え、大西洋連邦軍もMS開発すべきであると提唱した。

ブルーコスモス、特に盟主ムルタ・アズラエルは、まだMSを開発せずとも、従来の機動兵器 MAによる一撃離脱戦法で対処可能であると判断していた。(ちなみにMAの元祖は空軍時代のジョージ・グレンがテストパイロットとなった宇宙戦闘機である。)

69年9月、大西洋連邦軍の試験型MA TS-MA2mod.00 メビウス・ゼロを発展させた TS-MA2 メビウスがロールアウトした。このモビルアーマー メビウスは、MA共通の弱点である運動性を補うために2基のメインスラスターユニットを稼働させることで迅速な方向転換を行うことが可能であった。

対モビルスーツ戦を初めて視野に入れて開発されたMA メビウスは、アズラエル財団傘下の軍事企業を中心に大増産が開始され、他のプラント理事国の艦隊にも供与された。

これらの動きにプラント自治評議会を改称したプラント最高評議会は、パトリック・ザラを初めとする武闘派は、直ちに独立宣言を発表すべきだと、評議会とプラント市民に訴えた。
だが、自由条約黄道同盟時代からの盟友であり、プラント最高評議会議長のシーゲル・クラインは、時期尚早であると判断していた。

この当時、ザフト軍の装備は、モビルスーツを除けば、輸送艦改造の武装艦や駐屯艦隊からの鹵獲品が大部分で、仮設武装艦の装備は、デブリ除去用のミサイルとレーザー砲のみで到底艦隊戦など出来るはずもなかった。

後にザフト軍の主力艦艇として活躍するナスカ級、ローラシア級は、近い将来、火星圏、木星圏での宇宙開発のために建造が進められていた宇宙船を転用したもので、プラントの宇宙船ドックで建造が進められていたが、まだ2隻が就航したばかりであった。

流石に、まだプラント市民の世論の大部分も理事国の強大な艦隊と戦争により、生活が脅かされることへの不安からこの時点では地球と本格的に武力衝突を望んではいなかった。

C.E 70年 2月5日、プラント理事国とプラントの間で緊張が高まる中、国際連合の仲介で、月面都市コペルニクスでプラント理事国とプラントとの間で会議が開かれることとなった。

だが、テロによってその会議は、血で染められた… 会議が行われるはずだったコペルニクスのビルで爆弾が炸裂、会議参加予定の理事国側代表と国際連合事務総長を含む国際連合首脳陣は全員死亡し、難を逃れたのは、シャトルが途中で故障したために付近の月面都市に入港していたシーゲル・クラインらプラント代表のみであった。

C.E 70年 2月7日 大西洋連邦を初めとするプラント理事国は、コペルニクスの爆弾テロを「コペルニクスの悲劇」と名付け、プラントを不法占拠するザフトによるテロと断定した。

更に、これを地球各国とそれに属するナチュラル、コーディネイターに対する宣戦布告であると見做すと発表、先の事件で事実上崩壊した国連に替わって、プラント理事国を中心とした新たなる国際調停機関 地球連合が創設された。

加盟各国軍は、地球連合軍として、軍服、戦艦から小銃に至るまで装備の共通化が進められた。

各国宇宙軍にも、大西洋連邦の最新鋭機 メビウスが供与されはじめ、大西洋連邦では辺境資源衛星、コロニー守備軍を除く全ての宇宙艦隊にメビウスが装備されることとなった。

 

 

間章 3話 戦火に覆われる地球 開戦編

C.E 70年 2月11日、

地球連合はプラントに宣戦布告 同日中にプトレマイオスクレーターに建設された大西洋連邦軍の月面基地、プトレマイオス基地から旧大西洋連邦軍所属 地球連合軍第9艦隊が発進した。

この際、大西洋連邦軍内のブルーコスモス派将校らによる強い要請により、1発の核弾頭が 旗艦、アガメムノン級宇宙空母 ルーズベルトに持ち込まれた。

この核弾頭は、対艦隊、宇宙軍事拠点破壊用のもので、通常戦力によるザフト軍の排除が不可能な場合、或いは戦力の半数が損害を被った場合にザフト軍唯一の軍事拠点である旧理事国艦隊駐留宇宙ステーションに対して使用するためと表向きは連合軍関係者には説明されていた。

だが、核弾頭搭載を主導した将校らとその背後にいたブルーコスモス強硬派の幹部達の目的は別であった。影から核弾頭搭載を推進したブルーコスモス強硬派幹部らは、今回の作戦でプラントをたとえ制圧できたとしても、一度調子付いたプラントのコーディネイターはナチュラルからの自主独立を諦める事無くザフトを再建し、ナチュラルに対してのテロを行い続け、地球全体の脅威となり続けると考えていた。

それを阻止するには核攻撃によってプラントの中枢となっているアプリリウス1を破壊することで、抵抗の意志を完全に削ぐことでしか達成できないと考えていた。

そのために宇宙艦隊の旗艦 アガメムノン級 ルーズベルトの士官クラスのクルー、モビルアーマーパイロットは全員ブルーコスモスの人間で固めて置く等の根回しを行っていた。

C.E 70年 2月14日 ザフト軍は、宇宙ステーションに設置した試作段階のニュートロンジャマーを作動させることで地球軍宇宙艦隊の誘導兵器と電子機器を無力化。
ザフト軍は地球軍宇宙艦隊とモビルアーマー部隊に対して戦闘を優位に展開、地球側の最新鋭モビルアーマー TS-MA2 メビウスもザフトのモビルスーツ プロトジンとその発展機 ZGMF-1017 ジンによって次々とクレー射撃の的のごとく撃墜されていった。

自軍の戦力が、次々と削られていくのを見た艦隊司令は、核攻撃命令を発令、艦内で待機していた核攻撃機とダミーのメビウス ボンバータイプ6機と護衛機のメビウス24機が発艦した。

その20分後、第9艦隊は、戦力の8割を失いながらも直掩機のメビウス隊の決死の奮戦によって退却に成功する。同時刻、核攻撃隊も防衛用宇宙ステーションとアプリリウス1への侵入が困難と判断、ダミー部隊と散開した。

核攻撃隊は目標への攻撃が不可能な場合は、撤退せよ。と厳命されていた。だが攻撃部隊の多くは撤退することなどすでに眼中に無かった。

その理由は、彼らの多くが、初めての大規模な実戦によって冷静な判断が出来なくなっていたことだった。彼らも無論厳しい訓練を耐え抜いた優秀な軍人であったが、レーダーと通信機、誘導兵器が満足に使用できない状況下での戦闘など誰も経験したことの無いものだった。

核攻撃部隊は、ダミー部隊が派手に陽動を行っている隙に防衛部隊か手薄なコロニーを探した・・・…そして核攻撃機のパイロットは、ユニウス市への攻撃を決断した。彼がユニウス市を選択した理由は、今となっては知る由はないが、単に一番距離的に近かったためと考えられている。

この時、ザフト軍の大半は、補給のため母艦や宇宙港に帰還しており、残った数少ない部隊もダミー部隊の追撃に出払っていた。

その為、纏まった防衛部隊が展開していたのは、アプリリウス等の政治的、軍事的に攻撃される危険性が高いと判断されていたコロニーだった。

ユニウス市は、食糧生産用として農業コロニーへと改装されていたものの当初のジャガイモや穀類といった農作物生産はいまだに試験段階のものであり、 ユニウス1~6で行われていたのは、嘗てジョージ・グレンらがツィオルコフスキー号で行ったことで知られる合成食品素材の水耕栽培によるクロレラや藻類の生産で、ユニウス7にいたってはプラント内向けの宣伝用に生態系研究用のバイオスフィア区画を改装して北アメリカの田園風景を再現したのみで、これでは、到底プラントの全人口を賄うこと等不可能だった。
ユニウス市が、ザフトの宣伝機関が言う様に、プラントのパン籠となるのは、まだまだ先のことであった。


<以下のユニウス市周辺宙域での戦闘についての記録は、周辺に配置されていたデブリ対策用監視衛星の記録映像、メビウスやジンの残骸から回収された操縦レコーダー、生存者の報告に基づくものである。>

またユニウス市の周辺宙域に展開していたザフト側戦力は、中型輸送艦を改造した仮設防空艦1隻とジン2機のみ。

さらに運の悪いことにジン2機は推進剤補給のために後退していた。
攻撃隊のメビウス ボンバータイプ、メビウス8機を阻止するのは、仮設防空艦ただ1隻だったのである。

しかし仮設防空艦のクルーは果敢にもユニウス市に向う攻撃隊に対してレーザー機銃による迎撃を試みた。
攻撃隊が有効射程範囲に入った同時に仮設防空艦は、8基のレーザー機銃の火線を開いた。
その青紫の炎の雨を7機のメビウスは難なく回避した。

皮肉なことにこのときニュートロンジャマー対策のため、火器の照準は手動で行われていたのだ。
一応銃座を操作する人間は、飛来物処理課のメンバーで使用経験はあったものの一定のスピードで直線的に接近する隕石やスペースデブリを破壊するのと高い回避能力を持った最新式のモビルアーマーを撃墜するのとは勝手が違った。

そして攻撃を回避したメビウス部隊は散開するとそれぞれ胴体にマウントされた対装甲リニアガンを発砲した。

電磁加速されたその一撃を強引に武装化され、機動性が固定砲台に等しかった仮設防空艦が回避できるはずがなかった。

碌に装甲も施されていなかった防空艦は、メビウスの対装甲リニアガンを機関部と艦橋に受けて推進剤と外付けバッテリーを誘爆させ、瞬時に内側から火の球と化した。

同時に補給を終えたジン2機がメビウス部隊に襲い掛かった。

重突撃機銃を受けたメビウス3機が次々と砕け散る。

だが、護衛のメビウス4機も核攻撃機を援護すべく死に物狂いでジン2機に襲い掛かった。

その隙に胴体に核弾頭ミサイルを抱いたメビウス ボンバータイプがすり抜けていった。
それを見たジンの1機が反転し、追撃を図ろうとした。

もう1機のジンも援護のため重突撃機銃を掃射、1機のメビウスが左メインスラスターを抉られる。

だが追撃しようとしたジンの腰部に被弾して操縦不能に陥ったメビウスが激突、爆散した。
残ったジン1機も不用意に接近したメビウスを近接戦闘用の重斬刀で叩き切ったものの別のメビウスが放った対装甲リニアガンに右足を吹き飛ばされ、 返す刀で下方より接近した別のメビウスが背部メインスラスターの左側にバルカン砲を叩き込んだ。

バランスを崩したジンは重突撃機銃を乱射、1機を撃墜した。同時に最後のメビウスがジンに特攻した。
直後、激突した2機を爆炎が呑み込んだ。

時同じくして、メビウス ボンバータイプはユニウス7を射程圏に捉えていた。

「蒼き正常なる世界の為に!!」

後にザフトに回収された操縦レコーダーによって、プラント最高評議会の議場で、ナチュラルの脅威を煽る宣伝材料として幾度となく再生される叫び声をパイロットはコックピットで叫んだ。そしてパイロットはトリガーを引いた。

メビウスから切り離された核ミサイルは、ブースターから青白い推進炎を吐きながら、砂時計型の構造物へと突進していった。

核ミサイルは、ユニウス7の砂時計の括れ部分の宇宙港に停泊していた資材運搬用の中型輸送船に着弾、2秒後に起爆した。

直後、恒星のごとき輝きと高熱が膨れ上がり、瞬時に宇宙港を蒸発させ、ユニウス7を呑み込み、コロニー内部を巻き起こった突風と業火が都市部の高層建築、化学工場も素朴な田園も等しく叩き潰した。強烈な衝撃を受けた人工の大地が次々とパズルの様に崩壊した。

住民の多くは成す術も無く、吹き荒れた突風に吹き上げられ、灼熱の業火に呑み込まれていった。建物に逃げた者は、建物ごと、車でシェルターまで移動しようとしたものも人工地盤の崩壊と突風に吹き飛ばされ、絶対零度と数百度の高温が交錯する真空の死の世界へと投げ出されていった。

運よく生き残れたのは運良くシェルターの近くにいて避難出来た者位だった。更に飛び散ったユニウス7の残骸が即席の砲弾となって周辺のコロニー、太陽光発電衛星や宇宙船に突き刺さり、犠牲者を増やした。

これに巻き込まれたものの中には攻撃後、全速離脱を図っていたメビウス ボンバータイプの姿もあった。

次々とユニウス7の周囲で無数の爆発の華が咲いたが、ユニウス7の核爆発に比べれば、植物園のラフレシアと野に咲くタンポポ程の差があった。

ユニウス7のくびれ部分を起点に炸裂したその爆発の閃光は、再構築戦争を超える、世界規模の戦争の開始を告げる輝きとなった。

直ちにユニウス7周辺でザフト軍を中心とした救助部隊の決死の救助活動が行われた。
だが、スペースコロニーの崩壊によって厖大な数のデブリが発生する中での救助活動は困難を極め、逆に救助活動中の小型艇やMSに損失が出る始末であった。

このユニウス7の崩壊で、最終的に243721名ものプラント市民が犠牲となった。
その中には、プラント評議会 国防委員長 パトリック・ザラの妻であり、農業技師でもあったレノア・ザラも含まれていた。

この被害を受け、ザフトのアジテーターによる演説宣伝の嵐と理事国の傲慢な対応を受けた中でも長年、比較的穏健派が多数だったプラントの世論は、ザフト強硬派の宣伝工作と初期の情報の混乱に伴う地球連合各国の自作自演説の主張等によって数日と立たず、強硬派が世論の大多数を占める結果となった。

この時、一部ではスペースコロニーに対する核攻撃という衝撃的な事態を受けてパニックとなったプラント市民の中には、比較的理事国寄りであったメディアを襲撃する者さえいた。


また初期に理事国を中心とする地球連合加盟国が出した自作自演説は、連合側がこの戦争で犯した最大の愚策として一部の歴史家に指弾されているが、これは、当時の連合側……宇宙艦隊を派遣した大西洋連邦は、連合艦隊が核を装備していたことは認識していたものの、メビウスが搭載している核弾頭は対艦隊、宇宙ステーション用であり、プラントの砂時計型スペースコロニーを瞬時に崩壊させるような威力を出すのは、直撃でもない限り不可能である。

ましてザフトが防衛網を展開し、未知のジャミング(当初連合側は、ニュートロンジャマーをこの様に認識していた)装置を運用している状況下でスペースコロニーに直撃させる程の至近距離にまで接近できるなど有得ないと考えていた為であり、むしろ常識的である。


この『血のバレンタイン』事件が発端となり、地球圏は人類史上最大の戦火に包まれることとなる。

 

 

間章 4話 戦火に包まれる地球圏 南アメリカ侵攻

血のバレンタインから4日経過した2月18日 当時のプラント最高評議会議長 シーゲル・クラインの発表した地球連合非参加国に対して優先的に物資を供給する「積極的中立声明」を南アメリカ合衆国と大洋州連合が受諾した。

この二ヵ国が受諾した理由としては、プラント理事国に対しての長年の経済的不利をプラントとの同盟関係構築で挽回できると考えたからである。

この時、南アメリカ合衆国は、地球連合の報復処置を精々、軌道航路封鎖と経済制裁程度だと鷹を括っていた・・・その判断ミスは、1日と立たず自国民の命と国土、そして、祖国の政治的自立によって支払われることとなった。


その翌日2月19日 地球連合は、南アメリカ合衆国に宣戦布告  


宣戦布告より1時間後、大西洋連邦本土より飛来した爆撃機部隊(その大半は、護衛の戦闘機と共にメキシコと西インド諸島 キューバの空軍基地のもので、遠くは、フィラデルフィアの空軍基地から空中給油機を用いて飛来したものさえあった。)と大西洋連邦の空母機動部隊による南米大陸の航空基地に対する航空攻撃が行われた。
本土より襲来した航空部隊 2500機と大西洋連邦の空母機動部隊艦載機 1560機合わせて、4060機が、南米大陸に飛来した。

これは、大西洋連邦が建国以来動員した航空戦力で最大のものである。
南アメリカ合衆国空軍は、この空前絶後の航空攻撃に対して、質量ともに不足していた。
更に電子戦機や無人機、空母機動部隊を援護する為に派遣された原子力潜水艦による巡航ミサイル攻撃も加えられ、南アメリカ合衆国側は瞬く間に制空権を喪失した。

中には、ブエノスアイレス周辺を活動範囲とする第32戦闘機中隊の様に気を吐いた部隊も存在したが、それは、大勢には全く影響を与えるものではなかった。

この航空作戦でP・M・P社が開発した戦闘機 F-7D スピアヘッド 多目的制空戦闘機が、136機実戦投入された。
スピアヘッドは、元々は、大西洋連邦軍の次期統合戦闘機計画の為に計画された機体であったが、
地球連合の結成による加盟各国の装備の共有化、統一化の際に、地球連合空軍の統一戦闘機として選ばれ、ユーラシア連邦 東アジア共和国の技術者や企業の協力による設計変更の後、C.E 70年1月15日
試作機がロールアウトした。

今回の作戦でスピアヘッドは、南アメリカ合衆国空軍の戦闘機を多数撃墜し、ブエノスアイレス上空での戦闘では、僅か2機で、45機の戦闘機と交戦、37機を撃墜破した。

同時に大西洋連邦との共同管理となっていたパナマ宇宙基地をパワードスーツを主軸とする特殊部隊が奇襲し、宇宙基地とその付近の防衛部隊に大損害を与えた。

この時、パワードスーツを主力とする部隊、機甲兵部隊は、大西洋連邦が、3年前に開発したステルス輸送機によって輸送され、南アメリカ合衆国軍は、その存在を攻撃を受けるまで気付けなかった。

その隙を突く形でパナマ駐留の大西洋連邦の装甲師団が侵攻した。
機甲師団の戦力は、戦車だけでも600両近く有り、奇襲攻撃によって装甲車程度の兵力しか残されていなかった南米軍パナマ宇宙基地守備軍は、20分で降伏した。

そして午後5時頃、親大西洋連邦派を主体とする反体制派が南アメリカ合衆国首都 ブエノスアイレスでクーデターを起こした。

30分後には、クーデター軍が現政権のメンバー全員を逮捕、殺害した。

親地球連合の傀儡政権(親大西洋連邦派が主体)が樹立された。親連合政権はプラントに宣戦布告を共に、戦争の被害復興と治安維持の名目で地球連合への加盟と大西洋連邦の占領統治を受け入れると発表した。

20日、大洋州連合は、地球連合の行為を侵略行為であると非難すると共にプラントの支援を表明、最初の「親プラント国家」となった。

地球連合(大西洋連邦主体)の南アメリカ合衆国侵攻は、旧西暦、再構築戦争期を入れても史上まれにみる電撃作戦であった。

大西洋連邦軍は、元からパナマ制圧から先の作戦計画は無く、フォルタレザ地区宇宙センター等を除けば南アメリカ合衆国唯一の宇宙との玄関口であるパナマを制圧すれば、戦争は自陣営の勝利に終わると判断していた。

そしてパナマ宇宙基地制圧作戦で大西洋連邦のパワードスーツ部隊を主軸とする特殊部隊の奇襲攻撃は、その迅速さで衝撃を与えた。 


また当時、第八艦隊所属の将校だったハルバートン大佐は、マスドライバーを有する宇宙基地の様な重要拠点に対する奇襲攻撃をプラントが行う可能性とMSの開発、実用化による地球連合MS部隊の創設、それによるプラント奇襲作戦を提案したが、それが上層部に相手にされることはなかった……


 

 

間章 5話 焼け落ちる世界樹~地上に墜ちた勇者ども

 
前書き
本作品の設定では、アフリカは、開戦前にアフリカ連合という統一国家が存在していた設定です。 

 
C.E 70年 2月20日

地球で南アメリカ合衆国が地球連合傘下に入ったのと同じ日にプラントは、 自分達と同じくL5に存在するスペースコロニー群に創設されたばかりのザフト艦隊を派遣、制圧作戦を開始した。

この作戦の目的としては、L5の宇宙拠点の制圧によって地球連合艦隊が再び侵攻してくるのを防ぐ為であった。
L5スペースコロニー群は、大半が戦わずして降伏するか中立を宣言し事実上の半独立国と化した。
一部では守備隊が抵抗したもののそれらは、ザフト軍MS部隊が制圧した。
このコロニー内での小戦闘によってMSが従来の地上兵器よりもコロニー戦に適しているということが証明された。

この動きに地球連合は月面 プトレマイオス基地の宇宙艦隊を派遣しようとしたもののL1の宇宙ステーション 世界樹に集結した時点でL5宙域が制圧された為作戦は中止となった。

その2日後の2月22日 L1の地球連合軍の橋頭堡 世界樹を攻略すべく、ザフト軍は侵攻を開始した。

L1宙域 最大のスペースコロニーである世界樹は、C.E 11年に完成した宇宙都市で、当時は、初の恒久的宇宙ステーションとして話題になった。C.E 15年の木星探査船「ツィオルコフスキー」も、ここの宇宙船ドックで建造され、木星へと旅立っていった。

またC.E 34年より開始されたプラントの建設の初期、工事の為の人員や物資、資材の輸送に使われた。
そしてC.E 70年の時点でも世界樹は、改築とドッキングを重ね、当初の面影を失いながらも宇宙基地としての機能は健在で、地球と月を結ぶ流通拠点として存在していた。

軍事的にも地球連合は、L1宙域における艦隊の補給拠点として重要拠点の一つで、ザフト艦隊がこの世界樹を目標としたのも、そのような理由からだった。
地球連合側は、第1艦隊、第2艦隊、第3艦隊を派遣、地球連合第1統合戦闘集団を結成、L5方面より侵攻して来るザフト宇宙艦隊を迎撃する構えをとった。

この時、地球連合艦隊の将校達は、自軍の勝利を確信していたとされる。
それも当然と言えた。
地球連合の艦艇は、ザフト軍に対し、艦載機数でも火力でも上回っていた。艦載機では、最新鋭機のメビウスだけでなく、旧世代機のミストラルも含まれていた。

ザフト艦隊戦力は、地球連合艦隊の3分の1程の規模で、質的にも連合側艦艇と互角に戦える新鋭艦 ナスカ級とローラシア級は少数で大多数は、民間船を改造した仮設艦艇とプラント独立時に接収、闇ルートで入手した連合製艦艇であった。


しかし、この圧倒的戦力の差を埋めるためザフトは地球連合艦隊が持っていなかった新兵器を使用した……一つは、ナスカ級やローラシア級から仮設輸送艦や鹵獲連合艦艇にも搭載された人型機動兵器 モビルスーツ

もう一つは、核分裂を抑制し、電波障害を引き起こすニュートロンジャマーであった。

ニュートロンジャマーの使用によって旧式の核分裂炉を運用していた地球連合側旧式艦艇は機能を停止し、単なる的と化した。さらに、電波障害によって従来の誘導兵器は無力化されたことで戦況は、またしても多くの人間の想定と逆に地球連合軍の不利、ザフト軍の圧倒的優勢となった。

それでも数に勝る地球連合軍は、L1宙域のコロニー住民避難の為に世界樹の無人工業区画を盾にする等して奮戦、戦闘は、ほぼ互角となった。

激戦の最中、流れ弾の被害と老朽化によって世界樹が突如崩壊を始めた。

それを見た地球連合艦隊は、住民の救出を継続不可能と判断し、撤退を開始、
ザフト軍は一部が追撃したものの世界樹の崩壊に巻き込まれることを恐れて同じく撤退した。

両軍の艦隊が見守る中、古代ゲルマン人が信仰した世界樹の名を継ぐ宇宙ステーションは各所から爆炎を吹き上げて崩壊していった。

あたかもそれは北欧神話のラグナロクの再現であった・・・…と この戦闘に参加したある地球連合のMAパイロットが証言したほどの壮絶な光景であった。

世界樹攻防戦は、地球連合に多大な打撃を与えると同時に、ザフト軍も作戦目的の世界樹の制圧に失敗したことで双方の痛み分けとなった。 その後、世界樹攻防戦によって発生したコロニーや艦艇の残骸を中心に地球を包み込む形で巨大なデブリ群 デブリベルトが形成された。

このことによって地球航路の幾つかが通行不能となったことは、地球の経済を悪化させ、長期にわたる悪影響を齎した。


C.E 70年 3月8日

ユーラシア連邦とアフリカ連合(後に北のアフリカ共同体と南部を中心とする南アフリカ統一機構に分裂) が共同管理するビクトリア湖を干拓して建設されたビクトリア地区に存在するマスドライバー「ハビリス」を占領すると共に、 周辺部の干拓によって形成された穀倉地帯の制圧による食糧確保を目的とした軌道降下作戦を発動させた。


世界樹攻防戦後、確保した宇宙ステーションの一つで補給したザフト艦隊は、地球軌道アフリカ上空に侵攻、
防衛艦隊を瞬く間に殲滅し、事前砲撃としてビクトリア地区周辺に対して軌道攻撃弾を80発投下すると同時に降下カプセルによって降下を開始した。

これに対する地球連合の動きは早かった。

アフリカ連合は、軍事面では、大規模な陸軍、空軍に比べ、海軍力が弱小で宇宙軍は、存在するものの装備は武装シャトルや偵察衛星、 旧式の宇宙艦艇が中心という3か国には及ぶべくもないものであったが、 ユーラシア連邦と軍事同盟を結んでいた関係から地球連合発足の6日後に地球連合に加盟しており、 地球連合軍が駐留していた上、地球連合からの軍事支援により比べ物にならないほど強化されていた。

防衛艦隊からの通信を受けた段階で地球連合軍は、主要都市に対する軌道爆撃が行われると予想していた。

直ちにアフリカ連合の首都 ナイロビを初めとする主要都市では、住民に対する避難命令が発令された。同時に迎撃命令が発令され、迎撃ミサイルと迎撃部隊が出動した。
80発の軌道攻撃弾は、すべて迎撃ミサイルや高高度迎撃レーザー攻撃機により撃墜されるか軌道を逸らされた。

間髪入れず、地球連合軍はザフト軍の降下部隊に対してのミサイルが発射命令を下した。

マスドライバー基地周辺の軍事拠点から軌道爆撃対策の高高度ミサイルが次々と発射された。白い雲の柱の様にも見えるそれらの中には、事故対策用のミサイルすら動員されていた。通常の軍用軌道降下カプセルは、妨害電波発生装置やデコイアーマー、チャフ・フレアディスペンサー等の対策が施されていた。
だが、ザフト軍は、鹵獲品等一部を除き民間の輸送用カプセルを改造しただけのもので全くの無防備であった。何の妨害も全く受けなかったミサイルの群れは、次々と目標に着弾した。

ビクトリア地区の遥か上空で射撃演習の標的の様にザフト軍を積載した降下カプセルは破壊されていった。

宇宙で無敵を誇ったモビルスーツ ジンを搭載したカプセルは、ミサイルを受けて爆砕し、巨大な鋼鉄の手足を飛び散らせた。

装甲車両部隊のカプセルが爆散し、そこから飛び出したコロニー駐留軍から鹵獲されたと思しき、戦車が落下していく光景は、まるでCGを駆使した映画のワンシーンと錯覚する程であった。

その横ではミサイルを受けた機械化歩兵部隊を満載したカプセルが、焼け焦げた肉片とポリマーを撒き散らしていた。
それでも約半数がミサイルを突破したが、彼らに対しては、各基地より発進した戦闘機部隊が襲い掛かった。

パラシュート降下するジンは、次々と機銃でパラシュートを破かれ、高速で落下する鉄の棺桶に変換された。
一部は、76mm重突撃機銃で抵抗したが、所詮は無誘導兵器に過ぎず、超音速で襲来する戦闘機を撃墜することは、ハンマーでハエを叩き落すかのごとき至難の業であった。

重火力で連合兵とコロニー住民を恐怖のどん底に陥れたD型装備のジンは、機銃掃射を受けただけで誘爆して爆散した。

ある一定の高度に達した段階で潮が引く様に戦闘機部隊は離脱していった。弾と燃料が払底して撤退したのだとザフト兵達は、安堵した。彼らは、半数以下に撃ち減らされながらもマスドライバー施設「ハビリス」を制圧できると考えていた。


彼らの足元・・・地上では、各所にフジヤマ社製の155mm電磁重対空砲、アドゥカーフ社の120mm電磁重高射砲 75mm重高射砲 モルゲンレーテ社30mm対空機関砲を初めとする対空火器が設置された対空陣地群が罪人を突き殺すべく待ち受ける地獄の剣山の如く待ち受けていた…………僅かな部隊が干拓されたビクトリア地区の土を踏むことが出来たものの圧倒的多数のユーラシア連邦軍とアフリカ連合軍に数分で殲滅された。

こうしてザフト軍最初の地上降下作戦は、無残な失敗に終わったのであった・・・…この様な無謀な作戦をプラントが行ったのは、宇宙空間での相次ぐ大勝でザフト上層部が油断していたこと、後に北アフリカの親プラント国家 アフリカ共同体を構成する北アフリカ地区が蜂起するという情報であった。

彼らは、アフリカ連合加盟地域の中では広範な自治権を認められていたものの再構築戦争で荒廃した地域の再開発資金を供出させられており、自らの富が腐敗した地域の私腹を肥やすためだけに充てられていると不満を募らせていた。

その為、分離独立の機運が以前から存在し、プラントは、開戦前から独立派と秘密裡に接触し、協力の約束を取り付けていた。

ザフト上層部の中には、ビクトリア降下作戦降下と同時に中国の星火燎原の故事の如く全土に広がった反乱でアフリカ連合は崩壊すると見ていた者もいたである。

そんな彼らの楽観的予想とは裏腹に北アフリカは一部を除き平穏を保っていた・・・……
この失敗を受けたザフト軍は、作戦失敗の原因を軌道爆撃の不徹底と地球連合軍が宇宙とは異なり、誘導兵器が使用出来たことであると判断した。

そして彼らは、こう考えた・・・…地上も宇宙の様に誘導兵器が使用できない様にしてしまえば、ザフト軍とモビルスーツは無敵を誇るだろうと・・・
またこうとも考えた・・・そのためには地球に〝あるもの〟を降下させる必要があることを・・・後に人類最悪の四月とよばれ、反コーディネイター感情を爆発させることとなる悪魔の決断は、こうして下されたのだった………


 

 

間章 6話 地球が凍結した日

 
前書き
本作品では、日本列島は大西洋連邦領になっています。 

 
C.E 70年 3月15日

ビクトリア攻略戦より8日後の3月15日 プラント最高評議会は、前作戦の失敗を踏まえて立案された

・「地上での支援戦力を得るための軍事拠点を確保」
・「宇宙港やマスドライバー基地制圧による地球連合軍を地上に封じ込める」
・「核兵器、核分裂エネルギーの供給抑止となるニュートロンジャマーの敷設」
の三柱からなる赤道封鎖作戦「オペレーション・ウロボロス」を可決した。

3つ目のニュートロンジャマーの敷設は、開戦直後に行われた地球連合軍の核攻撃 血のバレンタインの報復 という側面が存在した。
当初、プラント内では、パトリック・ザラを中心とする強硬派が地球主要都市に対する限定核攻撃を主張していた強硬派の報復案の中には、廃棄コロニーや資源衛星を地球に落下させるという荒唐無稽なものさえあった。

これに対し、プラントの穏健派は、核攻撃による報復を招く危険性があると反対した。
現状、プラントに対しての核攻撃はニュートロンジャマーによって不可能となっていたが、スペースコロニーを破壊するのは、艦隊の艦砲射撃でも可能な為、未だに地球連合の有力な宇宙艦隊が月に存在する状況では 報復核攻撃にはリスクがあったからである。

そして穏健派はその対案として核兵器を使用不能にし、通信網を遮断することで地上戦を遂行可能に出来、更には、ニュートロンジャマーによる原発停止による混乱で戦わずして地球連合を瓦解させる可能性もある地球上へのニュートロンジャマー敷設を主張し、それが通ったという経緯があった。

この時、あるプラント最高評議会員は、「野蛮な核攻撃を行った地球連合に対して、核を使用不能にするという プラントの理性を示した決断である」と発言している。


それが、歴史的に真逆の評価を与えられるとも知らず………

同時に全世界に向けてグーン、ザウート、バクゥ、ディン、シグーなど新型MSの存在を全世界に対して発表した。 これはには、プロパガンダの要素が多分にあった。
実機が量産可能だったのは、ジンの改良型のシグー、コロニー内建設作業用重機を転用した移動砲台 ザウートのみで グーンとディンは試作機がようやく製造され、 バクゥに至っては、未だに実機すら完成していない為、3Dプリンターを用いた実寸大の模型を使用する始末であった。

これら発表された「新型機」に対して地球連合軍の将官達は一部を除き、嘲笑した。
これは、ビクトリア攻略戦での勝利もあったが、宇宙は兎も角、広大で重力や自然環境
の存在する地球に「コロニー軍」に過ぎないザフトが侵攻するなど無謀を通り越して冗談である
と考えていた為である。

そして、人類は、地球は、運命の4月1日を迎えることとなる………

C.E 70年 4月1日

地球軌道を一時的に制圧したザフト艦隊は、地球上に対してニュートロンジャマーを投下、
地上に投下されたニュートロンジャマーの正確な数は120から1000ともいわれているが、
正確な数は、ザフトが秘密裡に製造していた点もあり不明である。

地球全土に散布されたニュートロンジャマーは、一定の高度に達すると決められたプログラムに従い次々と作動した。

直後、地球全土では通信障害が発生し、再構築戦争以来、地球の大部分に置いて主要なエネルギー源となっていた原子力発電所がその機能を停止した。

突如発生したエネルギー危機になすすべもなく、その電力の過半を原発に頼っていた地域は、暗闇に落ちた。
突如信号が停止したことで道路では、交通事故が多発した。

大西洋連邦のある州では 、この日だけで、一年の平均的な交通事故の発生件数の3倍以上もの事故がこの時発生したということさえあった。

さらに突如として発生した停電による暗闇と混乱を利用した犯罪も多発し、対応すべき警察機構も混乱の中でまともに活動できるはずもなかった。

病院は、停電後も非常電源によって機能を失っておらず、重篤患者に対して一部医師達の必死の看護を行った。 だがそれは、非常電が停止するまで重篤患者の命を延ばす空しい行為に過ぎなかった。

飲食店やスーパーでは、単なる箱と化した冷凍保管庫の中の生肉を初めとする食料品が、次々と腐敗を初めていた。

更に大学や研究機関で冷凍保存されていたS2インフルエンザやその変異体を中心とする病原菌が次々と冷凍庫の停止によって目覚めつつあった。

さらに電波障害によって起った通信障害で空港では、管制不能となった航空機が次々と事故を引き起こした。
ユーラシア連邦のフランクフルト国際空港では、管制塔からの指示を失った旅客機5機が滑走路と周辺に墜落し、1000人以上の死傷者が生まれた。

この際に行方不明になった船舶、航空機は、農薬散布用等の自家用機等まで含めると確認不可能な数値を記録した。

更に有人飛行機だけでなく、無人飛行機に至っては、誘導電波や衛星からの地図、気候データが得られなくなったことで制御不能に陥って、その全てが、墜落して行った。

それでも軍用機や政府機関の使用しているタイプは、緊急不時着プログラムが正常に作動して事なきを得たが、大半は、地上にそのまま激突し、被害を及ぼした。北米では、自然公園等で環境データ採取に用いられていたドローンが多数墜落し、その一部が山火事を引き起こした。

一部港湾では、誘導を失った船舶同士が激突し、船舶の残骸により閉塞されたことで使用不能となった。


原子力潜水艦や原子力空母を初めとする原子力艦艇は、突如動力を機能停止に追い込まれ、幸い、サブの通常動力で付近の港湾に避難する事で、重大な事故を引き起こした艦は存在しなかったが、これでは戦闘には投入できない為、戦力価値を喪失した。

地球連合の海軍力の大半は、ザフト軍の魚雷やミサイルを受ける前に失われたことを意味した。

これら重大な被害に対して、迅速に対応すべき地球連合の中核をなす理事国や取るに足らない小国の指導者、政府に至るまで電波障害による情報途絶によって被害の全貌を把握することは叶わなかった。

民間でもテレビやインターネットといったメディアの機能停止による混乱が発生していた。
人類最悪のエープリルフールはこうして幕を開けたのであった。

このエープリルフール・クライシスで特に被害が酷かったのは、原発がエネルギー生産の中心を占めていた大西洋連邦とアフリカ連合、東アジア共和国の中国地区10州とユーラシア連邦のフランス州とその電力に依存する周辺地区だった。


また大西洋連邦のアラスカ州、ユーラシア連邦のロシア州などの寒冷地では、凍死者、餓死者が大量発生した。

中には、住民や建物が、そのまま凍りついた都市すら存在した程である。

逆にアフリカや中東、インド、東南アジア等では、冷房や浄水場の停止によって渇きや熱中症、浄水施設が機能停止したことにより、清潔な水の調達が困難になったことによる衛生面の悪化で、伝染病の流行による犠牲者が発生した。

特にアフリカ連合は、混乱に乗じる形でエジプト州、リビア州等初めとする北部が独立を宣言、アフリカ連合の一極支配の打倒を訴えた。

こうしてアフリカ連合は、後にザフト軍の支援を受け、親プラント国家のアフリカ共同体とアフリカ再統一を国是とする南アフリカ統一機構に分裂することとなった。

逆に被害が少なかったのは、再構築戦争以前に原発からレーザー核融合炉や太陽光発電その他の発電方法に転換していたスカンジナビア王国、大西洋連邦領 日本列島、 ユーラシア連邦領 ヨーロッパ地区の一部、太平洋に存在する国家 オーブ連合首長国等であった。

特にオーブは、赤道連合、汎ムスリム会議に対してエネルギー、物資支援を行い、それと引き換えに中立国家同盟を維持するように要請した。

ユーラシア連邦と東アジア共和国は、中立国の2か国に硬軟織り交ぜた圧力をかけ、支援物資輸入の密約を締結させた。

これにより、2ヵ国からオーブの高性能太陽光パネルや宇宙艦艇の動力源である核融合炉用のレンズ等を初めとする戦略物資が、地球連合に流れ込むこととなった。

この物資のルートは、通過する地域が赤道連合のベトナムを除き旧イスラム圏であったことからモスク・ルートと呼ばれることとなる。

また地球唯一の親プラント国家であった大洋州連合は、事前にプラント側からの通告を受けていたことで混乱は少なかった。

地球全土を打ちのめしたこの事件は、地球上の反コーディネイター、反プラント感情を爆発的に高めることとなった。

このエープリルフール・クライシスで、数億~10億もの人命が失われたと予測されたが正確な犠牲者の推計は不可能であった。

更に地球連合加盟国がプラントとの戦争遂行を優先したこともあって被害は大戦中を通して拡大を続け、地球住民の多くは、エネルギー事情の回復のめどが立つまで苦しめられ続けることとなった。


地球連合加盟国がプラントとの戦争遂行を優先したこともあって被害は大戦中を通して拡大を続け、
地球住民の多くは、エネルギー事情の回復のめどが立つまで苦しめられ続けることとなった。

エープリルフール・クライシスで混乱状態の地球に月と一部の宙域以外の宇宙を制圧したザフト軍は
地球侵攻作戦を開始した。

国内や隣国の混乱状態を収拾するのに少なからざる数の軍を割いていた地球連合は、宇宙艦隊が世界樹攻防戦の被害から戦力回復する為に艦隊保全主義(フリート・イン・ビーイング)を取っていたもあって降下を阻止出来なかった。

C.E 70年 4月2日 

昨日のニュートロンジャマー投下による混乱の最中にザフト軍は、軌道上から地球唯一の親プラント国家であった大洋州連合領 オーストラリア大陸 カーペンタリア湾に基地を設営する為、基地施設を分割降下させ、同時に組み立ての為の工兵部隊を含むザフト軍を降下させた。

事前に大西洋連合内のスパイより、情報を得ていた地球連合軍は、エープリルフール・クライシスの混乱の中でハワイ基地より太平洋艦隊をカーペンタリア湾に派遣、基地建設の阻止を図った。

太平洋艦隊の航空部隊に対し、ザフト軍は、空戦モビルスーツ ディンを投入、誘導兵器を封じられた地球連合軍側航空兵力は、宇宙空間でのモビルアーマー部隊と同様に壊滅した。

更に航空機の傘を失った太平洋艦隊にグゥルを装備したD型装備のジンを含む艦攻部隊が強襲、
ギリシャ神話の女神の持つ鉄壁の盾の名を冠するイージス艦のイージスシステムもニュートロンジャマーによる
電波障害下では、本来の性能を発揮できず、太平洋艦隊は、射撃演習の的に成り果てた。

数時間で太平洋艦隊は、戦力の8割を喪失して退却した。
こうしてカーペンタリア制圧戦は、NJ下の戦場に適応したザフト軍の勝利に終わったのであった。

その後、カーペンタリア基地は、モビルスーツを作業用に転用したことも相まって翌月の20日に
完成、地球上におけるザフト軍の最大の基地として機能することとなる。

C.E 70年4月10日 

珊瑚海 旧西暦時代、史上初の空母機動部隊同士の海戦が行われたこの海域で、大洋州連合領ポートモレスビー攻略を企図する大西洋連邦艦隊を主軸とする地球連合海軍と大洋州連合海軍とザフト軍との間で戦闘が発生した。

ザフト軍は、指揮下の大洋州連合艦隊を囮として特定海域に地球連合海軍を誘引し、その海域に予め待機していた世界初の水中戦モビルスーツ ジン・フェムウスで構成されたモビルスーツ部隊による奇襲攻撃により、大損害を与え、攻略を断念させた。


この時、モビルスーツ部隊の指揮官を務めたのは、元海洋生物学者のザフト軍人 マルコ・モラシムであった。

後に彼は、紅海方面でユーラシア連邦と南アフリカ統一機構海軍で構成される地球連合艦隊をボズゴロフ級潜水空母で構成される潜水艦隊と飛行、水中MSの連携で壊滅させ、紅海の鯱の勇名を得ることとなる。

この珊瑚海海戦で地球連合海軍は、大損害を被った。特にモラシム小艦隊と最初に交戦した第21ASW(対潜水艦戦)艦隊は、所属艦艇が全艦撃沈という文字通りの全滅であった。

この第21ASW(対潜水艦戦)艦隊は、旗艦のカンバーランド以下、キングズビル、アストリアら3隻のヘリコプター駆逐艦と、カナジアン、ブラッドフォードら2隻のミサイル駆逐艦で構成されていた。

これらの艦艇は、再構築戦争期に建造された廃艦寸前の艦艇でニュートロンジャマーによる核分裂炉が使用不能になったことによる原子力艦艇の損失の穴を埋める為、急遽投入された部隊だった。

その為、他の艦艇に比べ、性能が劣り、乗員の技量が低下していたことが、この様な悲劇を招いたのである。

彼らの苦難は戦闘後も続き、命からがら艦艇より脱出した将兵は、海上にて救援を待っていたが、ニュートロンジャマーによる電波障害によって救援は大幅に遅れたことで、地球連合海軍によって救助されたのは、対潜ヘリのクルー1名のみ、それ以外は全員が海の藻屑となった。

この二つの戦いでザフト軍は、NJ下の戦場でのモビルスーツの有効性を再認識し、陸海空全ての主要戦力を、モビルスーツで補完するモビルスーツ中心主義を推し進めることとなる。


地球連合軍は、対潜装備、対空火器の拡充、具体的に言えば、第二次世界大戦中のヘッジホッグ 対潜迫撃砲やアメリカ海軍の対空弾幕に代表される無誘導式の弾幕を張るタイプの装備の復活、再構築戦争期の核戦争下の電波障害下でも運用可能な旧式通信機の再生産や信号弾などによる連絡によって電波障害下の地上戦に備えようとしていた。



 

 

間章 7話 地球戦線


C.E 70年4月17日 再び宇宙で大規模な戦闘が発生した。

世界樹攻略戦での被害を回復した地球連合宇宙艦隊は、プラント本国制圧の為、
月面 プトレマイオス基地より、第5艦隊、第6艦隊を進軍させた。

プラント管理下の資源衛星 ヤキン・ドゥーエ付近でザフト軍防衛艦隊と激突した。

このヤキン・ドゥーエは、C.E 55年に開発された資源衛星で、当時は、ザフト軍の補給拠点として利用されていたが、ユーラシア連邦のアルテミス要塞を初めとする宇宙要塞と異なり、本格的な武装は施されていないかった。

純粋な艦隊戦力では、世界樹攻防戦の後も、未だに地球連合側は、ザフト軍を遥かに上回っていた。
だが、機動兵力では、モビルスーツを有するザフト軍が優越していた。

更にザフト軍は、長躯補給を繰り返す必要があった地球連合側に比べ、ヤキン・ドゥーエという宇宙拠点が間近に存在していた為、兵站面でも有利であった。

この時、要塞砲を持たないヤキン・ドゥーエ守備のザフト軍の一部は、要塞砲の代わりにヤキン・ドゥーエ内に存在する物資輸送用の小型マスドライバーで隕石や金属の塊をヤキン・ドゥーエ制圧の為に接近してきた連合艦隊に撃ち込むことまでした。

この即席のレールカノンは、アガメムノン級宇宙空母 プトレマイオス級宇宙戦艦を含む10隻を撃沈した。

地球連合軍は、ヤキン・ドゥーエの宇宙ドックや採鉱施設に損害を与えたものの、ザフト軍のモビルスーツ部隊の前に戦力の半数以上を喪失し、撤退した。

この戦いの後、プラント最高評議会は、ヤキン・ドゥーエをプラント本土防衛用の宇宙要塞に転用することを決議した。

以後、宇宙要塞となったヤキン・ドゥーエは、宇宙におけるザフト最大の拠点として機能することとなる。

C.E 70年 5月2日 

この日 旧アフリカ連合領 モロッコ州 カサブランカ沖……スペイン語で「白い家」を意味するこの海域は、 人間の血と兵器のオイルで醜く染め上げられた。

アフリカ共同体が制圧しつつあったモロッコ州 カサブランカ沖で地球連合地上軍を支援すべく出撃したユーラシア連邦艦隊を主力とする地球連合軍地中海艦隊と編成されたばかりのザフト軍 ボズゴロフ級潜水空母を中核とする潜水艦隊が激突した。

この第一次カサブランカ沖海戦でザフト軍は、ようやく部隊編成できる程の数が揃った水中戦MS UMF-4A グーンを投入、未だにニュートロンジャマー下の戦場に適応できなかった地球連合艦隊は、壊滅した。

この戦闘で投入されたボズゴロフ級潜水空母は、全て軌道上で組み立てられて建造されたものでカーペンタリア沖に「竹トンボ」と呼称される特殊モジュールによって投下されたのであった。

ボズゴロフ級潜水空母と機動兵器モビルスーツの組み合わせは、神出鬼没の奇襲攻撃を可能にし、通商破壊から艦隊戦、沿岸の基地制圧戦でも活用され、潜水空母等時代錯誤の妄想である。と嘲笑っていた地球連合海軍の将官を戦慄させた。


この戦いで地中海に侵入したザフト軍は、軌道上からのモビルスーツ部隊の降下と連携し、アフリカ共同体支援の為、アフリカ北岸より侵攻を開始、同時にボズゴロフ級を中核とする艦隊による古来より地中海の入り口であったユーラシア連邦領 イベリア半島  ジブラルタルの海軍基地を制圧、ヨーロッパ侵攻を開始した。

地上でザフトの快進撃が開始された翌日の5月3日 地球連合側が第一次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の被害が、回復していない中、これを好機と見たザフト軍は、地球連合の宇宙最大の拠点が存在する月面プトレマイオス基地の攻略を目標に月面侵攻作戦を開始した。

ザフト軍は、月の裏にある、鉱山の資源枯渇によって開発が放棄されていた月のローレンツ・クレーター基地を基礎として橋頭堡となる宇宙基地を建設し、月面における最初の拠点を得た。

その結果、両軍は、グリマルディ・クレーターを境界に月を二分し、小艦隊による小競り合いを繰り返した。

境界となったクレーターに因み、この戦線は、グリマルディ戦線と呼ばれることとなる。小部隊同士の戦闘では、モビルスーツ ジンを有するザフト軍が勝利を重ねたが、対照的に宇宙基地を巡る戦闘では、大損害を受けながらも未だに大兵力を誇る地球連合軍が宇宙基地の防衛システムとの連携で善戦した。

また地球連合の商船、輸送船改造の仮設空母による補給艦や衛星軌道上補給ステーションを狙ったヒットエンドラン戦法も月面のザフト軍を苦しめた。

これは、旧式の輸送船や商船の輸送区画にモビルアーマーを搭載し、仮設電磁カタパルトを搭載したものでザフト軍の仮設艦艇と同様に機動兵器を数機単位しか運用できなかったが、装甲を殆ど持たない輸送船や少数の護衛モビルスーツ部隊に奇襲攻撃を敢行するのには、十分だった。

この作戦を編み出したのは、第8艦隊司令官に任命されたハルバートン准将であった。

同じ頃、5月3日にアフリカ北岸に上陸したザフト軍は、モラシム艦隊を初めとするボズゴロフ級潜水空母艦隊の航空支援を受けつつ北アフリカ侵攻を開始した。

北アフリカ各地でアフリカ共同体支持のゲリラが決起していたことによる地球連合側の混乱、距離的にアフリカに最も戦力を投入可能なユーラシア連邦が、ザフト軍のジブラルタル基地制圧を嚆矢とする西ヨーロッパ侵攻に対応するのに限界であったことに起因する増援部隊の少なさ(ユーラシア連邦軍の一部は、混乱状態にあった汎ムスリム会議領ルートで進軍)もあって無人の野を進むかの如き迅速さで北アフリカを制圧していった。対するユーラシア連邦軍とアフリカ連合を中核とする地球連合軍は、初戦
となったセウタの戦いで敗北し、各地で焦土作戦を行いつつ撤退を繰り返すばかりであった。

しかし5月30日 エジプト州北部 エル・アラメインで両軍は本格的に衝突した。

エル・アラメイン…西暦時代、ドイツの名将 エルウィン・ロンメルと彼の指揮下で連戦連勝を重ねた精鋭のドイツアフリカ軍団(DAK)が潤沢な補給を受けた米英連合軍に敗北を喫した激戦地は、再び砲声と爆音、兵士の悲鳴が木霊する地となったのであった。

エル・アラメイン会戦は、沿岸より上陸したザフト軍の陸戦MS TFA-2 ザウートを中核とする部隊
があらかじめ待ち伏せていた地球連合軍側大戦車軍団の衝突から始まった。

この時、地球連合軍の大戦車部隊を率いていたのは、陸軍大国のユーラシア連邦軍でも有数の戦車指揮官 モーガン・シュバリエ大尉であった。
彼は、夜間作戦に優れていたことと時折常人には無謀に見える優れた作戦を立案することから「月下の狂犬」と綽名されていた。

ザフト軍は、これまでのニュートロンジャマーによる通信障害によって連携の取れなくなった自軍を遥かに上回る地球連合軍を粉砕してきたことで油断があった。

しかし、モーガン・シュバリエ率いる戦車師団は、ニュートロンジャマーによる通信障害を逆手に取り、予め工兵により埋められていた地雷を初めとするトラップと信号弾、訓練を重ねた練達の戦車兵同士の技量のみで無線通信使用時とほぼ変わらないレベルの高度なフォーメーションを可能にしていた。

対するザフト軍は、多数のザウートと少数のジンの砂漠戦仕様 ジン・オーカーで編成されていた。
ザウートは、装甲と火力では、リニアガンタンクを優越していたが、機動性では、MSの上半身と重い火砲を備えていたこともあって遥かに劣っていた。

更にジン・オーカーに機動性で劣るため、双方の部隊は、互いに連携が取れず孤立してしまった。
本来後方支援に徹するべき、ザウートは、リニアガンタンク部隊に単独で交戦してしまうこととなった。
シュバリエ大尉は、少数のジン・オーカーをアフリカ統一機構軍に任せると自身の部隊をザウート部隊に突撃させた。
本来、接近戦は、モビルスーツの独壇場のはずであったが、この場合は、違っていた。
シュバリエ大尉旗下のリニアガンタンク部隊を先頭に地球連合戦車軍団は、数で劣る鈍重なザウート部隊を押し包むように接近するとフォーメーションを駆使してザウートをかく乱しつつ、次々と履帯を狙って砲撃した。

火力と装甲で上回るはずのザウートは、同士討ちを恐れて反撃できず、次々と履帯を撃ち抜かれて擱座していた。

さらに行動不能に陥ったザウートには、リニアガンタンク部隊に随伴していたユーラシア連邦機甲兵部隊の肉薄攻撃と上空の攻撃ヘリ部隊が止めを刺した。

この時、機甲兵部隊が着用していたパワードスーツは、グティの砂漠戦仕様 フェダーインであった。

シュバリエ大尉旗下の部隊他一部優良部隊にのみ配備されていた配備されたばかりのフジヤマ社製熱紋誘導ミサイルも猛威を振るった。

この兵器は本来、質量ともにユーラシア連邦機甲軍団に劣る東アジア共和国戦車部隊の戦力強化のために開発されていたものの改良型で、仮想敵のユーラシア連邦の精鋭戦車部隊が運用しているという皮肉な光景であった。

また履帯の面でもザウートは、リニアガンタンクに劣っていた。リニアガンタンクの履帯は、砂漠や寒冷地、湿地といった過酷な自然環境に対応可能な耐久性能を備えていた上、ゲリラの仕掛け爆弾等の攻撃により、履帯が破損した場合に備えて、車輪には、高性能モーターが内蔵されていた。

その走破性能は、コロニーや都市の舗装された地面での運用が前提である作業用重機を転用したに過ぎないザウートの履帯とは比べ物にならない。

またアフリカ統一機構軍も機甲兵力ではユーラシア連邦に劣っていたが、対戦車火器やトラップを有効活用し、先行し過ぎていたジン・オーカー部隊に大打撃を与えた。

地球連合軍戦車部隊は、ザウート主体のザフト軍を圧倒し、一時は、ザウート部隊を率いていた指揮官 マーチン・ダコスタの乗機を撃破する寸前まで迫った。

その時、増援として上陸地点より駆けつけたアンドリュー・バルドフェルドを指揮官とする
新型陸戦モビルスーツ バクゥ部隊がザウート部隊と入れ替わる様にしてそれまで優位に立っていた地球連合軍戦車部隊の前に立ちふさがった。

バクゥは、ザウートやディンと同様にプラントが全世界に対して行った放送で
新型MSとして発表され、既に実戦投入されていたが、四足歩行という特殊な形状から他の機種よりも生産数が少なく、この戦いが事実上の本格的な実戦であった。

バルドフェルドは、バクゥを分散させず集中運用することで地球連合側戦車部隊を分断すべく突撃した。

バクゥは、大火力と肉食獣の如き運動性でリニアガンタンク部隊を圧倒し、次々と鉄の棺桶に変えていった。
さらに後退した残存のザウート部隊が後方から砲撃による支援を開始、更に洋上のボズゴロフ級潜水空母より発艦したディン部隊によってヘリ部隊が壊滅させられたことで
地球連合側の敗北は決定的となった。

この戦いで在アフリカ地球連合軍が誇る戦車師団は、壊滅し、多くの優秀な戦車兵が失われた。
指揮官のモーガン・シュバリエは、撤退戦の際も優れた力量を発揮し、多くの部隊が指揮官戦死、7割壊滅という悲惨な状況下で損害を3割に局限し撤退した。

彼がバクゥ部隊の突撃とディン部隊の航空攻撃で混乱の渦中にある中で後退できたのは、彼が優秀な将校 であったというだけでなく、彼のある能力も作用していたのであったが、本人を含めそれに気づいた者は、居なかった。

勝利の立役者となったバクゥ部隊の中核を成したバルドフェルド中隊 指揮官 アンドリュー・バルドフェルドは、
後日オレンジとブラックのツートンカラーに乗機を塗装していたことと相まって「砂漠の虎」
とプラントの最高評議会の意を受けた宣伝機関(母体となったのは、プラント有数の広告代理店である。)によって大いに宣伝された。 その後、エジプト州に孤立した地球連合軍の一部は、アレクサンドリアとカイロに無防備都市宣言を出すと海路でユーラシア連邦領 トルコ、ギリシャに撤退した。
以後、ザフト軍は、かつて彼らが、地球連合軍の前に敗戦を喫したビクトリア宇宙基地制圧を目的として南下した。

翌日には、ザフト軍の支援とニュートロンジャマーによる混乱によって北アフリカの主要な地域を制圧したアフリカ共同体は、アフリカ共同体の建国を正式に宣言、オセアニアの大洋州連合に次ぐ地球上二番目の親プラント国家の誕生であった。


C.E 70年 6月2日 この日、人類史上初の月における大規模戦闘が発生した。

ザフト軍は、膠着状態に陥りつつあった月のグリマルディ戦線に決定打を与えるべく、地球連合軍の補給拠点の一つであった宇宙採掘基地 エンデュミニオン・クレーター基地に侵攻を開始した。

ザフト軍は、勝利を確実なものとするため、先の世界樹攻防戦で戦果を挙げ、ネビュラ勲章をプラント最高評議会より授与されたラウ・ル・クルーゼやヒルダ小隊等の精鋭と当時、生産されたばかりであったシグーやまだ試作段階にあったジンの高機動改良型であるジン・ハイマニューバ等の最新鋭機、バルルス改特火重粒子砲等の新兵器を多数投入した。

このバルルス改特火重粒子砲は、宇宙艦艇用の大口径ビームカノンとMS用の予備バッテリーパック
を改造したカートリッジを組み合わせた火器で、破壊力の面では当時、ザフトが保有するMS携行火器では、最も威力のあるものであった。

史上初のMS用ビーム兵器だとプラント側は宣伝していたが、その実態は、バッテリーと砲身の排熱問題で数発しか撃てない上、取り回しの面でも重突撃機銃に比べ大幅に劣っていた。

更に地球や月等有重力下で装備した場合、機動性の低下がみられる等、まだまだ改良すべき点が多々存在していた。


対する地球連合側は、ユーラシア連邦軍を主力とする第3艦隊とプトレマイオス基地より増派された第5艦隊と第6艦隊の残余を含む大西洋連邦の精鋭 第7艦隊で編成されていた。

またニュートロンジャマー下での主力となる機動兵器の面では、一部が世界樹攻防戦と第1次ヤキン・ドゥーエ攻防戦に参加し、グリマルディ戦線でも戦果を挙げていた精鋭MA部隊 メビウス・ゼロ隊が投入された。

メビウス・ゼロは、大西洋連邦軍が開発し、地球連合軍の主力モビルアーマー
であるメビウスの試作機として開発された機体である。

この機体は、モビルアーマー以前の、かつてファースト・コーディネイター ジョージ・グレンが大西洋連邦軍人だった頃に搭乗した試作宇宙戦闘機の影響を強く受けており、機首のみを分離して大気圏突入可能である点や制式採用機のメビウスと異なりメインスラスターの方向転換ではなく補助バーニア噴射により方向転換を行う等技術的には、メビウスよりも1世代ほど旧式の機体であった。

そしてこの機体の最大の特徴は、機体の胴体部に4基装備された有線式オールレンジ攻撃兵器 「ガンバレル」である。

この「ガンバレル」は、推進器と内蔵されたリニアガンで構成され、攻撃時は、本体より
射出され、有線誘導による遠隔操作によって本体火器の射程圏外の敵機の撃墜を目的として
開発された兵装である。

有線兵器は、敵機の予想しえない方向から攻撃可能で、有線制御である為、ニュートロンジャマーによる電波障害下の戦場でモビルアーマーが、運用可能な数少ない誘導兵器でもあった。

その為、メビウス・ゼロは、モビルスーツを保有しない地球連合軍の中で唯一ザフト
軍の保有するモビルスーツに対抗可能な機体であった。

しかし、この有線攻撃兵器「ガンバレル」は、使用者に高度な空間認識能力が、要求されるのみならず、パイロットは、本体であるメビウス・ゼロの操縦も同時に行わなければならない為、メビウス・ゼロは、3個小隊15機のみしか存在なかった。

なおメビウス・ゼロがその優れたスペックを持ちながら主力モビルアーマーの地位を射止めなかったのもこの人員確保の面が主な原因であった。

エンデュミニオン基地を巡る戦闘は、まず本隊に先行して出撃した仮設輸送艦より発艦したスナイパーライフル装備のジン長距離強行偵察複座型で構成される特殊偵察隊と迎撃に出動したメビウス隊との戦闘によってその火ぶたが切って落とされた。

この偵察隊は、エンデュミニオン基地を取り巻く様に設置された監視衛星の破壊を目的とした部隊であった。
彼らの攻撃目標である監視衛星群は、エンデュミニオン基地の防衛システムの索敵システムとしての
役割をもっており、これを破壊することは、基地制圧の為の陸戦隊を乗せたシャトルや仮設輸送艦をエンデュミニオン基地に輸送する為には必要不可欠なことであったのである。

ナスカ級やローラシア級のような本格的戦闘艦を撃沈しえない攻撃でも民間機を転用した
シャトルや輸送艦を撃沈するのには十分であったからだ。

直後、進軍してきたザフト軍のナスカ級、ローラシア級の艦砲射撃の掩護を受けたザフト軍MS部隊がエンデュミニオン基地の周囲に展開する地球連合艦隊に向かって突撃した。

この時、出撃したMS部隊は、少数であったが、全機精鋭とシグーやジン・ハイマニューバで構成されていた。

この部隊の目的は、対艦攻撃ではなく、対艦攻撃部隊に先行して艦艇の対空火器や自動攻撃衛星や
艦艇の護衛を務めるMA部隊の撃滅であった。

これは、これまでの戦訓から従来の対艦攻撃装備と通常装備の混合では、通常機に比べて鈍重な対艦攻撃装備機は、護衛のメビウスの一撃離脱戦法で撃墜されるリスクが上がり、また敵機を撃墜すべき、通常装備機も行動を制限されてしまうというケースがあった為、まず高機動の精鋭による通常装備部隊により、宇宙艦艇を護衛する連合側MA部隊を撃滅し、その後に対艦攻撃部隊を投入するという戦術によるものであった。

まず、護衛機を撃破した後に対艦攻撃部隊を投入することで攻撃隊の犠牲を局限するという戦術は、日中戦争期日本軍が行った戦闘機隊を先行させて敵戦闘機部隊を撃滅し、制空権を確保後に爆撃隊を突入させるという制空隊の宇宙版と言えた。

この戦術を提案した人物は諸説あるもののプラントの公式発表では、この戦いにジン・ハイマニューバの試作機で出撃したラウ・ル・クルーゼであったとされている。

先行して発進した精鋭MS部隊は、ブリーフィング通り連合艦艇の護衛MA部隊に襲い掛かった。地球連合側のMA部隊は、技量面でも性能でも一部を除き劣っていた為、射撃演習の的の様に次々と叩き落された。

そして護衛機が壊滅したのを計らい、遅れて出撃した対艦攻撃部隊と通常装備部隊が突入した。

通常装備部隊は、MAの排除を行うと共に対艦攻撃部隊の掩護の為に艦艇のセンサーや対空火器を攻撃した。

これによって殆ど妨害を受けることなくD型装備のジンで構成される対艦攻撃部隊は、地球連合艦隊に攻撃を開始した。

護衛機を失った地球連合艦隊にこれを阻止する力はなく、主力を担っていた第3艦隊
は瞬く間に壊滅した。これをみた地球連合軍エンデュミニオン基地守備隊司令官と宇宙艦隊司令官代理(第3艦隊壊滅によってこの時点で本来の艦隊司令は全員戦死していた)は、エンデュミニオン基地防衛が困難であることを直ちに理解すると各部隊に遅滞戦闘を命じると共に基地の最深部に鉱山基地時代から設置されていたある装置の稼働準備を進めた。


エンデュミニオン基地内で恐るべき罠の準備が進められている中、 前線では、生き残った艦隊と共にメビウス・ゼロ部隊を初めとする精鋭部隊を中核に生き残っているMA部隊が奮戦し、ザフト軍の侵攻を少しでも遅らせるべく苦闘していた。

だが、唯一の誘導兵器が運用可能なメビウス・ゼロと優れた空間認識能力を持つ精鋭パイロットをもってしても戦況を好転させることは出来なかった。
長期化する戦闘によってパイロットには疲労が蓄積していた。

これは、ザフト側も同じ条件であったが、彼らは、身体能力に優れていたコーディネイターであったことが明暗を分けた。

またメビウス・ゼロのガンバレルは運用に高度な空間認識能力を必要し、複雑な操作行うためパイロットは、メビウスのパイロット以上に消耗が早かった。

メビウス・ゼロ隊は、櫛の歯が抜けるかのごとく次々と撃墜されていった。
中には補給作業中に母艦ごと撃沈されたものもいた。

防衛艦隊の半数以上を喪失した地球連合側は、撤退を開始した。
ザフト軍は、エンデュミニオン基地への上陸を開始、一部の勇敢なクルーが操縦する仮設輸送艦は、ドックに強行突入したものさえいた。

ザフト軍は、一部の防衛部隊を基地に置き去りにして逃げ帰る地球連合艦隊を見て嘲笑すると共に自軍の勝利を確信した。

そしてそれは、間もなく最悪の形で裏切られることとなった。

ザフト軍がエンデュミニオン基地の制圧を開始した頃、同基地の最深部では、敷き詰められた巨大なパラボラアンテナの群れが発動の時を待っていた。

ザフト軍がエンデュミニオン基地の7割を制圧したのと同時にエンデュミニオン基地とその周囲は、エンデュミニオン基地を起点に光に包まれた。

その恐ろしい光に呑み込まれた物体は、連合もザフトも区別なく次々と爆発していった。

そしてエンデュミニオン基地自体も砂の城の様に崩れていき、間もなく大爆発を起こして消滅した。

効果範囲にいたザフト軍部隊は、例外なく全滅し、後に残されたのは、舞い上げられた遺灰のようなレゴリスと真空の宇宙空間で冷却される事無く高熱を周囲に放つ、溶鉱炉から取り出されたばかりの銑鉄の如く赤熱する鉄屑のみであった。

辛うじて難を逃れたザフト軍部隊は、一瞬何が起こったのか理解できなかったが、直ちに事態を理解すると敗走する地球連合艦隊の追撃を中断し、目の前で大爆発を引き起こしたエンデュミニオン基地とその周囲に残された残骸から生存者を探すべく、救助作業を開始した。

それが無駄な努力であると知らずに……
エンデュミニオン基地と周辺に展開するザフト軍を壊滅させたものの正体は、最深部に存在するマイクロ波発生装置「サイクロプス」であった。

「サイクロプス」は元々、軍事兵器ではなく、エンデュミニオン基地がレアメタル採掘基地であった頃、クレーター内に存在するレアメタル採掘用の機材であった。

この装置は、レアメタルを内包した氷をマイクロ波を照射することで熱で融解させ、中に存在するレアメタルを取り出すのが本来の使用目的であった。

地球連合軍は、この装置を一種の自爆装置として利用したのであった。

またマイクロ波は、電波の一種であるためニュートロンジャマーの影響で、効果範囲が限定されてしまっていたが、皮肉なことにそれによって威力は増大されていた。

そしてサイクロプスの効果範囲に存在する生物は、体内にある水分が急激に加熱・沸騰させられ、更に水蒸気が全身の皮膚を突き破って爆発。最終的には、破裂死に至らしめられる事となる。

更に、装甲が施されたモビルスーツや宇宙艦艇も内部に内蔵された弾薬や推進剤が加熱され、誘爆することで破壊される。また効果範囲内の電子機器も強力なマイクロ波によって機能停止に追い込まれる。

基地施設への効果は薄かったものの撤退に際して地球連合軍は大量の爆薬を自爆用に各所に設置していた。
これが誘爆することによってサイクロプスの発動したエンデュミニオン基地は、空前の大爆発を引き起こしたのであった。

こうしてグリマルディ戦線最大の激戦となったエンデュミニオンの戦いは、終結した。
地球連合軍は、精鋭部隊のメビウス・ゼロ部隊の殆どと第3艦隊を初めとする艦隊戦力の過半数を喪失し、防衛目標であったエンデュミニオン基地を自ら自爆させることで失った。

対するザフト軍は、戦闘そのものでは、地球連合艦隊の過半数を撃滅する等事実的な勝者と言えた。
だが、最終局面で地球連合軍が使用したサイクロプスによるエンデュミニオン基地の自爆によってシグーやジン・ハイマニューバ等の新型機を任された精鋭を含むMS部隊と艦艇の3割近くを喪失した。


この被害を受けたザフト軍は、直ちに橋頭堡となったローレンツ・クレーター基地に
撤退すると同基地を、一部部隊を残して撤退した。

以後、月面戦線は終結し、ザフト軍は、地上のマスドライバーの制圧または破壊とプトレマイオス基地を初めとする連合側宇宙拠点への補給阻止を目的として作戦を進めることになる。またこの戦いでジン5機を撃墜し、メビウス・ゼロ部隊唯一の生還者となった大西洋連邦軍大尉 ムウ・ラ・フラガは、地球連合軍によって「エンデュミニオンの鷹」と宣伝されるにいたった。

これには、エンデュミニオンの戦いの悲惨な敗北を糊塗するのみならず、一部を除きザフト軍に圧倒されている地球連合の士気を鼓舞する目的があった。

なおこの戦いと同時にユーラシア連邦軍の宇宙要塞 アルテミス要塞に対してナスカ級2隻 ローラシア級2隻 仮設MS母艦3隻で構成される陽動部隊が攻撃を仕掛けている。

この戦闘では、ザフト軍側は、要塞駐留のユーラシア連邦艦隊に大損害を与えたものの予め敷設された宇宙機雷と同要塞に試験的に設置された対光学物理防御システム「アルテミスの傘」によって撃退されている。


 

 

第2話 反撃の序章

 
前書き
本編前の情勢から本編に移ることになります
感想待ってます 

 
 

 
月の制圧にこそ失敗したもののMSを保有するザフト宇宙艦隊は、宇宙で猛威を振るった。

そして、6月18日現在、宇宙では、4日前には、L4宙域に存在する東アジア共和国領有の資源衛星「新星」にザフト軍が侵攻し、対する地球連合軍は、新星防衛の為に宇宙艦隊を派遣、防戦中であった。

この4日間の激戦により、L4宙域に存在するスペースコロニー群も被害を受けた。多くのスペースコロニーが住民もろとも破壊され、破壊を免れたコロニーも損傷を受けたことで住民が避難を余儀なくされた。
多くの宇宙難民が発生し、それを受け入れた中立地域であった月の月面都市や中立のスペースコロニー群では、治安悪化や食糧問題等の問題が起こっていた。

ザフトの快進撃と逆に地上では、広大な大地、長大な兵站線、コロニーのコンピュータ調整された環境とは、比べ物にならない厳しく、どんな高性能の量子コンピュータでも完璧には予想できない無秩序な自然環境…これらの問題により、地上のザフト軍の侵攻は、次第に鈍化しつつあった。

だが西ヨーロッパは、その大半が、ザフト軍の手に落ちようとしていた。
ユーラシア連邦は、西ヨーロッパ ベルギー州に存在する首都 ブリュッセルを放棄し、首都機能を東のモスクワへと移転準備を進めている始末であった。

3日前には、ザフト軍のディン部隊の空爆により、避難民の隊列が地獄の人肉売り場に変換されるのをハンスも目の当たりにしていた。

この様な状況下で地球上での反コーディネイター感情は過去最悪の状態となっていた。


「パドリオ曹長!俺の隊も出す!このビートルは、ここで待機しろ!ほかの車両もだ!」
「了解!女にザフトの木偶人形を潰したことを自慢できないのは残念ですが、俺の分も頼みますよ、大尉」
指揮車のドライバーであるパドリオ・ルシアーノ曹長は親指を立てて陽気に応えた。

この指揮車両 通称 ガン・ビートルは、リニアガンタンク等の戦闘車両と異なり、有線ミサイル2基と12.7㎜車載重機のみで正面戦闘に耐えうる装甲は無い。
だが、この部隊は、待ち伏せ戦法でうまく戦力として活用していた。

彼ら第22機甲兵中隊は、この指揮車のみならず、本来なら正面戦闘に投入しない様な車両まで創意工夫によって戦力化していた。

それは、彼らの練度の高さを示していると同時に現在の地球連合軍の危機的状況の証左であった。


「ああ、人型兵器が図体のでかさよりも繊細さが重視されることを教えてやるさ」
彼は、力強い口調でそう答えると車内に収納されたパワードスーツを着用し始めた。

このパワードスーツ ゴライアスは、大西洋連邦が地球連合結成以前、ユーラシア連邦のグティ、東アジア共和国の雷電に対抗するために開発したパワードスーツである。
グディと異なり、市街地戦に重きを置いたゴライアスは、若干の改造でコロニーや宇宙ステーションでの無重力空間戦にも対応できる機体であった。

ハンスは流れるような動作で、瞬く間にゴライアスを着用した。

その右手には、20mmチェーンガン、左手には、銀色に光る特殊金属製のブレード、腰には、予備の弾薬と大型グレネード弾が6発……これだけで非パワードスーツ装備の機械化歩兵1個中隊とも戦える装備である。
さらにその背部には、小型化された液体燃料式のブースターパックが装着されている。

「第22機甲兵中隊の誇りを見せてやる!来い!宇宙人共!」
絞り出す様な声でハンス大尉は言った。

主戦場から少し離れたこの地で枯れた技術の結晶ともいえるその小人達のささやかな反撃が、
宇宙より欧州の大地に降り立った最新技術の塊である鋼鉄の巨人達に対して行われようとしていた。




「大尉!偵察班より通信です!敵に動きありとのこと」
「どうした?」
「て、敵部隊の装甲車が市街に侵入を開始、もうすぐ、B-2地区に侵入します」
偵察班の緊張した声がゴライアス内蔵通信機を通じてハンスに伝達される。

「こちらに画像を送れるか?」
「はい!」

ゴライアスのモニターを兼ねるバイザーに、ガン・ビートルより中継された偵察隊の設置式の監視カメラからの映像が写し出される。

これら監視カメラは、軍用のもののみならず、都市内に放棄されていた民生品を改造したものも含まれていた。

映像は、NJによる電波障害の影響で乱れが生じており、陽炎の様に朧げであったが、確かにジン3機とその足元に展開する緑色の軍服を着用したザフト兵と装輪式の装甲車を映し出していた。
やがて歩兵隊は、装甲車に乗り込み、市街地へと向かっていった。

「斥候のつもりか…歩兵とモビルスーツを分離するとは…愚かな奴らだ」

その映像を見ながらハンスが言う。
ザフト軍は、これまでの快進撃の影響でモビルスーツ中心主義に陥りつつあった。

その影響で後方の開発局では、何でもなるべく、モビルスーツで代用するという考えにより、モビルスーツのバリエーションや新型の設計開発が進められると共に前線では、モビルスーツと他の兵科の連携がおざなりになるといった事態が発生していた。

モビルスーツが無敵の兵器ではなく、他兵科との連携によってその力を戦場で発揮出来るのだという当然の認識をザフト軍の兵士の多くも持っていたものの、NJによる電波障害下での無敵ともいえるモビルスーツの戦果という魔力が彼らからそれを忘れさせつつあったのである。

これには、モビルスーツや戦闘車両に随伴できる歩兵程、歩兵を確保出来ないという事情も関係していた。
コロニー国家であるプラントは、大人口を抱える地球連合軍と異なり、歩兵部隊に十分な人口を回せず、一部では、親プラント国家の兵員に依存する程であった。

今回の例では、本来なら正面戦力であるジンを先頭にして市街地への偵察を行い、ジンでは、偵察出来ない場所…建物内や地下鉄道網、下水道等を歩兵やドローンによって探索することや進路上に存在するモビルスーツの脅威となる対戦車歩兵の排除と仕掛け爆弾や地雷等のトラップの発見除去を装甲車と歩兵が行うべきであるにも関わらず、この部隊は、ジン3機と装甲車と歩兵部隊を分離し、装甲車と歩兵部隊のみで都市部への斥候として単独で送り込んだのである。

装輪式装甲車も歩兵も正面戦力としては、それ程のものではない…これでは、敵の戦力を図るための捨て駒と大差ない運用である。

「これでは、古代スパルタの補助兵と変わらんな…」

思わず、ハンスは彼らに同情していた。
だが彼も彼の部下も敵を見逃すほど、愚かでもお人よしでもなかった。


市内に待ち伏せる敵のこと等、知る由も無く装甲車と歩兵部隊で構成されるザフト軍部隊は、市街地へと侵入した。
このザフト軍装甲車は、左右6輪のタイヤにより、移動する装輪式装甲車で、車体上部に13mm銃座を装備していた。

「ひでえ風景だぜ…」

銃座を握る金髪のザフト兵は、緑色の瞳で目の前の惨状……ガラスが残らず割れ、一部が崩れた高層ビルディング、くすんだ廃墟群、 交通事故を起こしたまま放置された電気自動車を眺めて言った。その直後、またしても車体が大きく揺れた。

「それにしてもよく揺れやがる」

装輪式は、本来なら市街地の道路などでの運用が理想的であったが、エープリルフール・クライシス以降、都市のインフラはメンテナンスが施される事無く放置されていた為、瀕死の老人の様な状態であった。

そしてそれは、道路も例外ではなく、事故車と瓦礫、爆撃の穴で飾られていた。

そしてこの状況は、万全の状態での道路での運用が理想的な装甲車にとってはお世辞にも快適と言える環境ではなかった。

「畜生!ナチュラル共、逃げる前に道路直してから逃げろよな…」

装甲車を運転するザフト兵は、事故を起こさない様に注意しながら愚痴った。
もし横転でもすれば、いい物笑いの種だ。

不意に装甲車が、眼の前の瓦礫に取り付けられていたワイヤーに引っ掛った。

「ちっ」

装甲車は、慌てて停車する。
直後、近くに巧妙に瓦礫に隠されていた対戦車ロケットランチャーが発射された。

発射された弾頭が車体側面にめり込み、車両は動きを止めた……弾頭の信管が作動、爆発が装甲車を吹き飛ばした。

その周囲に展開していた歩兵部隊は、難燃繊維の軍服を着用していようが防弾対策が施されたボディスーツに身を守られていようが関係なく、炎と衝撃と破片で打ちのめされ、即死した。

装甲車の銃座に付いていた兵士は、上半身のみの姿で、天高く舞い上げられ、近くの商店の看板に激突した。
看板に叩き付けられた身体の断面から零れ落ちた内臓が、看板の文字を赤黒い血で染めた。


本来、モビルスーツ部隊を支援するはずだった彼らは、その本分を活かすことが出来ず、全滅したのであった。



同じ頃、待ち受ける罠に気付くこと無く、ザフト軍部隊のジン3機は、廃墟を我が物顔で進軍していた。
その姿は旧約聖書のノアの大洪水前に地上を闊歩していたという巨人族さながらの傍若無人さである。

「爆発!」
「偵察隊が、ナチュラルの奴らと交戦したのか?」

「…全機、警戒を怠るな!」

隊長のバルク・ラースンは、2人の部下に警戒を怠らないように注意した。

地上戦を何度か経験している彼は、モビルスーツがプラントの宣伝機関が言う様な無敵の兵器
ではないということを認識させられていた。

彼ら、ウーアマン中隊旗下のバルク偵察小隊は、本隊に先行して偵察隊として任務に従事していた。

「装甲車の反応が途絶しました!」
バルクの部下、ジン2番機のパイロット ウェルが言う。

「装甲車が撃破されたか……モビルスーツの脅威になる装備を保有してる可能性がある…油断するなよ」
「たかが歩兵がやられた程度でオーバーですよ隊長」
「歩兵の連中はドジ踏んだんでしょ」

彼らモビルスーツパイロットは、戦闘機や装甲車両の乗員、機械化歩兵や艦艇のクルー、果ては、彼らに物資を届ける補給課等の後方部門を見下す傾向があった。
ただ例外的に彼らを戦場の主役足らしめているモビルスーツのメンテナンスを行う整備兵に対しては、敬意が払われていた。

「へっ!ナチュラル共なんてみんなモビルスーツを見たら逃げるような奴らでしょう?」
「…連合の物量を舐めるな!モビルスーツは無敵ではない」

元がコロニーの独立運動の為の民兵組織であるザフトは各国国家の軍隊の連合である地球連合軍と異なり、大佐、中佐、少佐といった明確な軍階級が存在しない為、上官に対しても敬語を使わないことも度々あった。

この特異性により、長い平和により官僚組織として硬直化していた地球連合軍よりも柔軟に行動できることもあったものの、同盟者の本格的な軍組織である大洋州連合軍やアフリカ共同体軍との連携に支障をきたす事態も何度かあった。

しかし、相次ぐ勝利と快進撃がそれらの欠点を覆い隠していたのである。3機のジンは、都市内の装甲車のシグナルが消滅した地点に到着した。

そこには、道路の中心で黒煙を上げる物体があった。
大きく拉げたその物体は、肉やゴム、金属やプラスチックの燃える臭いが入り混じった凄惨な異臭を撒き散らして、炎上していた。

その周囲には、黒焦げの人体のパーツらしき物体がいくつも転がっていた。それは、目の前の物体が装甲車の成れの果てであることを教えていた。

「ひでえ」
「…やはり、歩兵隊を単独で偵察に出したのは失敗だったか」

目の前の惨状にバルクは、己の作戦ミスを悔やんだ。

彼が、装甲車と歩兵隊をモビルスーツと分離したのは、既に都市からは、地球連合軍は撤収したと判断していた為である。都市内に多数残されているであろう進軍、占領妨害用のブービートラップを排除させる為に、歩兵隊のみで都市内に侵入させたのである。

そしてそれが大きな間違いであることをバルクは教えられたのであった。

彼が悔やむ間もなく、次なる危機が彼らに到来する。
突如、都市のどこからか発射されたミサイル3発が彼らに向かって来た。

「ミサイル!」
「撃ち落とせ」

バルクはジンの重突撃機銃で弾幕を張る。
ミサイルは、重突撃機銃の弾幕に突っ込んで全弾撃墜された。

「あそこからか!」

ビルの一つから白煙が上がっていた。
それは、ミサイルが、廃墟のビルの屋上から発射されたものであるということを示していた。

「!?よくもナチュラルが!!死ねよ!!」

ミサイルが発射されたビルに向けてジンの左腕の重突撃機銃が乱射された。
銃口から西暦時代の戦車の主砲と同口径の砲弾が吐き出され次々とビルに着弾した。

4月1日以来ろくなメンテナンスも受けておらず、老朽化していたビルは音を立てて崩壊した。

「はっ、ナチュラルの分際で、コーディネイターに勝てるものかよ!!」

ジンのパイロットはその光景をみて敵を撃破したと判断し、大笑いした。

実際には、そのミサイル陣地は、2日前に工兵隊が機甲兵部隊と共同で張り巡らせた有線によって
遥か離れた廃墟の一つから遠隔操作されていたに過ぎなかった。

「ウェル、弾を使いすぎだ! 敵がまだいるかもしれんのだぞ!」
バルクは、部下の独断行動を咎めた。

彼らは、偵察部隊に過ぎない為、弾薬も燃料も少なく継戦能力は低く、本格的な地球連合の機甲師団等と遭遇した場合全滅する危険性があった。

いくら現状最強の兵器 モビルスーツと言えど弾薬や燃料抜きに徒手空拳で戦うのは、不可能である。
そのことを彼は、地上での戦闘で否応なく認識させられていた。

しかし、経験の浅い彼の2人の部下は、地球連合軍の脅威について楽観視していた。
……かつての彼の様に…

「小隊長ナチュラル共なんていくら居ようが、俺達の敵じゃありませんよ」

ジンに乗る彼の部下の一人、ウェルは薄ら笑いを浮かべて言う。

「そうですよ、MS見ただけで逃げるんじゃ勝負にならねえ」もう一人の部下、カートも同様の態度である。

「…!!」
バルクは思わずこの場で2人の部下をコックピットから引きずり出して性根を叩き直してやりたくなった。

その矢先、彼らの目の前に敵が出現した。


敵…正確には一人の地球連合兵は、人型の装甲服を着用していた。

パワードスーツと呼ばれるそれは、モビルスーツ ジンが宇宙を駆ける以前より地上を闊歩していた兵器であった。
機種は、大西洋連邦の主力パワードスーツ ゴライアスである。

そのゴライアスは、3機のジンの前方の道路の中央にただ1体のみで屹立していた。

モビルスーツが戦場の主役となりつつある現在、歩兵の上位互換に過ぎない機甲兵が
1体で3機のモビルスーツの前に立つのは、無謀を通り越して蛮行に近かった。

そしてその姿は、機体の由来となった巨人を投石器で倒したヘブライ人を思わせ、皮肉な情景でもあった。

「……」一瞬3人のザフト兵は、目の前の光景が信じられず、茫然となった。

「機甲兵、1体だと、罠か?」

バルクは、その異様な光景に警戒する。

「へっ、モビルスーツの猿真似か!」

「ナチュラルの玩具が!」

そんな彼と対照的に部下は、哄笑を隠さない。
モビルスーツをまねたナチュラルの玩具と彼らは発言しているが、無論これは、間違いである。
パワードスーツは、コズミック・イラ以前、まだ彼らコーディネイターが学術論文やSF小説の中の存在であった頃から戦場を闊歩していた。

またモビルスーツ自体、パワードスーツからの技術的影響を大いに受けていた。
現に世界初のモビルスーツ「ザフト」を開発した技術者のジャン・カルロ・マニアーニは、ユーラシア連邦の某企業の民生用パワードスーツ開発部門の出身であった。

「さあ、楽しい人形劇を始めるとするか!」ゴライアスの着用者…機甲兵中隊指揮官のハンスは、不敵な笑みを浮かべた。

「たった1機でモビルスーツが倒せるものかよ!死ねぇ」

カートのジンは、重突撃機銃を目の前の敵に向けて撃ちまくった。
銃口から爆音とマズルフラッシュと共に76㎜弾が次々と吐き出される。ウェルのジンもそれに続いた。


76㎜弾がゴライアスの周囲の放置車を粉砕し、着弾した路面のアスファルトを引き裂き、
道路脇の歩道のコンクリートを打ち砕く。

「気の早い奴だ」

降り注ぐ76㎜弾を回避しつつ、ハンスのゴライアスは、脚部ローラーで路地に後退した。

「ちっ仕留め損ねたか!」2機のジンは、路地に逃げ込んだゴライアスの追撃に向う。

指揮官機のバルクのジンが孤立する形となった。

「待て!罠かもしれん!深追いするんじゃない!」

バルクが部下を制止しようとした直後、
彼ら小隊の後方左右のビルの基礎部分で爆発が起こった。

工兵部隊によって目的通りに的確にセットされた爆薬は、その与えられた役割を果たした。
基礎部分を破壊されたビルは、それぞれ道側に向かって倒れ込んだ。


モビルスーツすら押し潰しかねない質量を持った怪物の様なコンクリートの塊が轟音を立てて倒れ込んだ。小隊の真後ろの道路は、瞬く間に瓦礫に覆い隠された。

立ち上った瓦礫の粉塵が一瞬、付近にいたバルクのジンを包み込んだ。

「なに!」
「下手くそが!」

ウェルは、それを見て嘲笑した。

「馬鹿野郎!退路が塞がれたんだ!」

バルクが野太い怒声を張り上げた。彼らは、都市に突入して5分と経たぬうちにその退路を塞がれたのであった。

爆薬と地球の重力によってバルクのジンの後方に瞬間的に現出した巨大な灰色の塊は、ジンの装備する重突撃機銃如きでは排除できないであろうことは明らかであった。

「ウェル!カート!絶対に離れるな!」
「りょ了解!」

流石に自分たちの置かれている状況を理解した2人は、指揮官の元に合流を図ろうとした。
この時点では、指揮官のバルク含め、地球連合軍の戦力を過小評価していた。

だが、彼らは既にハンスの策中に落ちていた。そのことを間もなく彼らは認識させられることとなる………


 

 

第3話 形勢一変


3機のジンは指揮官機であるバルクの機体を後ろにその左右前方に部下の2機を配置する形で集合した。
それは、戦力を集中する行為で、正面戦力で劣る第22機甲兵中隊にとっては不利な状況であった。


「まずは、アウトレンジといくか…」
ハンスは、再び信号弾を打ち上げた。

「信号弾?ナチュラルめ 何考えてやがる」
ウェルが怪訝な表情を浮かべた次の瞬間、頭上より砲弾が降り注いだ。

「なんで!?連合の大砲は、全部爆撃で叩き潰されたんじゃ…」
「砲台!?馬鹿な重砲は全て破壊したと報告があったはず!」
バルクは、予想外の攻撃に驚愕した。

彼は作戦前、事前偵察に出動したディンのパイロットより、市内に重砲、車両の類は確認できずの報告を受けていた。

「畜生!アレクの役立たずが!」
ウェルは、ディンのパイロットの同僚を罵った。
彼らがそういう間にも砲弾は周囲に着弾し、着弾の衝撃と爆発、舞い飛ぶ瓦礫が3機を揺さぶる。


この砲撃を行ったのは、市街の中心区、戦争前は市民の憩いの場であり、現在は、ゴミ捨て場と野良犬や烏の餌場となっている公園に設置された榴弾砲によるものだった。


公園中央の丘……燃料として樹や草花を根こそぎ抜き取られた土色の大地……
ゴミと廃墟の中、怪物の様に榴弾砲は悠然と鎮座していた。

その周囲には、王の馬車を守る鉄の甲冑姿の騎士さながらに鈍色の装甲を煌めかせるパワードスーツが6体展開していた。

155mm榴弾砲、ロングノーズボブの愛称を持つこの大砲は、この時代としては珍しい液体炸薬式の大砲であった。

液体炸薬は、再構築戦争以前、由来となった人物の生年を起源とすることから俗にキリスト暦と呼ばれた西暦の頃、当時主流であった固体炸薬の爆発力を利用した火砲に代わる方式として電磁加速によって砲弾を発射するリニアガンと共に考案されていた技術である。

液体炸薬式の原理は、固体の炸薬に代わり、タンクに充填された液体の炸薬を注入、点火することで砲弾を発射するというもので、砲の構造が複雑化するという欠点と発射する砲弾ごとに薬莢が不要であるという利点があった。

再構築戦争期、液体炸薬式は、リニアガンと共に各国の火砲に導入された。

だが、機構が複雑であることとリニアガン程の威力の向上が望めないため、リニアガンに敗れ、消えていくのも時間の問題であった……だが、NJの影響によるエネルギー危機が状況を変えた。

原子力発電が使用不可になったことによる電力供給の問題は、リニアガンやビーム等の電気を馬鹿食いする兵器の運用する軍隊にも影響を与えた。

宇宙軍は、核分裂炉を搭載する艦艇がガラクタと化したが、68年以降、大西洋連邦を中心に宇宙艦艇のレーザー核融合炉動力化を進めていたことと、プトレマイオス基地を初めとする月面基地や宇宙要塞には太陽光発電システムやレーザー核融合炉によるエネルギー生産設備があった為影響は少なかった。

反対に海軍は、原子力空母と原子力潜水艦を初めとする原子力艦艇が使用不能となった。
また沿岸警備隊は、それまで哨戒網の大半を担ってきたUAVや無人哨戒艇が電波障害で使用不能となり、その能力を大きく低下させた。

その為、旧式艦艇の再就役や旧式のヘリ空母とその艦載機にエアカバーを頼らざるを得なくなった。
これは、ボズゴロフ級潜水空母の跳梁を招く原因ともなった。

陸軍は、発電所から補給が期待できない為、電源車を多数引き連れねばならなくなった。
それは、かつて化石燃料が国家の血液であった頃に各国の機甲師団がタンクローリーを補給部隊に多数編入していた時代の再来であった。

またエネルギーを節約せざるを得ないためリニアガンの威力低下を招いた。
開戦初頭、リニアガンタンクの主砲がジンに有効打を与えることができなかったのには、このような事情もあった。

それに対して液体炸薬式のこの砲は、今では骨董品に片足を突っ込みつつある火薬式の火砲と同様にさほど電力供給に依存していない為、電源車が存在しない状況でも十分に運用可能であった。

またハンスは、この砲を航空偵察対策にゴライアスと作業用パワードスーツを利用して丁寧に横倒しにさせた後、比較的重量の軽い瓦礫を積んで擬装とする等の念入りにカムフラージュしていた。

その為航空偵察でもスクラップと判断され、ザフト軍は警戒以前にその存在を想定すらしていなかったのである。
そしてそのつけは、現在、前線を戦っているザフトの兵士が贖うこととなった。

付近の歩兵と機甲兵による信号弾を用いた着弾観測の元、正確に砲弾を送り込んでいた。
これらの砲弾は全て榴弾である。

その為、ジンの装甲を貫徹するのは困難だったがその衝撃は相当のものであった。
着弾の衝撃が3機のジンと操縦者を襲う。


だが、不意に砲撃がやむ……

「弾切れか?」
バルクがそう判断したのと同時に、周辺に聳え立つ幾何学的な廃墟群の間からゴライアス6機が飛び出す。

さらにくすんだ灰色のコンクリートの廃墟の中に潜む歩兵部隊が対物ライフルや対戦車ミサイルで支援する。

ゴライアス部隊は、人工筋肉によって強化された筋力でグレネードを投擲すると一気に散開し、離脱する。

グレネードは、ジンの腰ほどの高さまで舞い上がると次々と炸裂し、黒煙を撒き散らした。

ジン3機の周囲は、タコが墨を吐き出したかのように黒煙に包まれた。
同時に砲撃が再開され、再び砲弾がジンの頭上に降りかかる。

この時、砲撃は、ジンの周囲のビルの屋上に展開していた迫撃砲部隊も行っていた。
彼らは迫撃砲を撃ち込むと即座に撤収した。

カートのジンが、右スラスターに被弾し、甲虫の羽の様な形状のスラスターが破損した。

「よくもやりやがったな」
「カート!待て!くっ!」
「ナチュラル共が!逃がすか!」

上官の指示を無視してカートはジンを走らせた。

つい数分前の上官の命令も先程の砲撃の嵐が彼の頭から吹き飛ばしてしまっていた。
また、このまま同じ場所に止まっていれば友軍が撃破された際誘爆に巻き込まれかねないというのと
瓦礫の下敷きになる危険を恐れていたのもあった。

彼が、市街地から離れた病院付近に到着すると同時に6機のゴライアスに変わって7機のゴライアス部隊が出迎えた。

7機のゴライアスの鋼鉄の腕には、20㎜チェーンガンが握られている。
無人攻撃ヘリの武装を転用したこの火器は、当り所次第で装甲車をも撃破可能であった。

無論、20㎜では、戦車のリニアガンをも弾くジンの装甲を貫通することは不可能である。
だが、関節部やメインセンサーを攻撃することで有効打を与えることが可能であった。

「こいつ!」

カートのジンが重突撃機銃をゴライアス部隊めがけて乱射した。

だが歩兵より少し大きい程度で、装甲車より少し遅い程度の速度で疾走する機甲兵を狙い撃つのは至難の業である。

次々とゴライアスの頭上を戦車砲並みの太さの火線が過ぎ去った。

「全機、指揮官機の肉薄を援護!」

先頭を行くゴライアスの装着者 ハンスは、無線通信と肩部の赤色ランプを点滅させることによる光学信号で指示を下した。

電波が拡散するNJ下の戦場では、無線通信の信頼性は低下し、遥か産業革命以前の狼煙や光による連絡手段の存在も無視できなくなっていた。

「了解!」部下の機体も彼の指示を受け、周囲の廃墟を巧みに利用しながら、20㎜チェーンガンで牽制する。

20㎜弾の着弾の火花が甲冑の様なジンの装甲に輝く。同時に周辺の歩兵が左右のビルより、煙幕を展開した。
煙幕の白い煙は、幕の様にジンの足元を覆い隠した。

「くそ!何処に行った!」

その隙にハンスのゴライアスは、ジンの真下に接近していた。
「当たれ!」

ハンスは、真上に向けて20㎜チェーンガンを連射した。
彼のゴライアスの20㎜チェーンガンから炸裂弾が次々と発射される。

超高速で吐き出された炸裂弾は、射線上に存在したジンの右手に握られた重突撃機銃のバナナマガジンに突き刺さった。

1連射もしない内にハンスは、背部ブースターパックを全開にしてその場を離脱した。
その直後、バナナマガジンの弾倉が誘爆、戦車を破壊する破壊力を秘めた弾薬が一斉に炸裂し、
ジンの手首から先が吹き飛んだ。

ジンの正面モニターは、一面黒煙に覆い尽くされる。

「うわぁ」

カートは一瞬何が起きたのか理解できなかった。彼が事態を理解したと同時に左右の廃墟から2機のゴライアスが飛び出す。

左の機体は、グレネードランチャーと、20㎜チェーンガンを、右の機体は、小型の対戦車地雷を握っていた。

「ブラウン少佐!止めは任せてください!」

右のゴライアスの装着者 ディエゴ・マルティネス曹長は、部下の掩護の元、火器を失ったジンに吶喊した。


「食らえ!」

右のゴライアスが右手に握ったグレネードランチャーを発砲、煙幕弾を詰めたグレネード弾が砲口から高速で射出された。

炸薬と共に内部に充填された煙幕用の薬剤がジンの頭部の間近で炸裂した。

鏃型の物体が砕け散り、小麦粉を撒き散らしたかのように白い煙がジンの頭部を包み込む。
センサーが盲目状態になったジンに後ろに回り込んだディエゴ軍曹の着用するゴライアスが小型の対戦車地雷を投擲する。

その動作は、大理石でその筋骨隆々たる姿を残した古代ギリシャの円盤投げ選手さながらである。
フリスビーの様な形状をした対戦車地雷は、ジンの脚部関節部に直撃した。

人間の向う脛に当る箇所に激突したその物体は内蔵された爆薬を炸裂させた。

プラントの工業技術の粋を集めて作られたモビルスーツ ジンの80t近い重量と18mの巨体を支える脚の関節部は、その攻撃で無残にも破壊された。

2本の脚の片方をガラクタに変えられたジンは、大きく体勢を崩した。
警報がコックピット内に鳴り響く。

「デカ物が倒れるぞ!巻き込まれるなよ!」

ディエゴと部下のゴライアスも次々と退避する。

「うわぁー」

左足を破壊されたジンは左腕で隣のビルを掴む…MSの重量に耐えかねたビルの一部分が崩落を初めた。
鋼鉄の左腕が窓ガラスやコンクリートを引き裂き、負荷に耐えかねた巨大な鈍色の指がちぎれ飛んだ。たて続けに両腕を使用不能に追い込まれたジンは、漸く地面にその身を横たえた。

それは、傍目から見れば非常に滑稽で、もしこれを子供が見れば、大笑いしたであろう光景だった。
だが、当事者である鋼鉄製の魔神の乗り手にとっては、笑いごとなどではなかった。


衝撃で撹拌された胴体コックピットに座っていたカートは軽い脳震盪を引き起こしていた。
もし彼がシートベルトを装着していなかったら、コーディネイターでも重傷を負っていたであろう。

「くそ!歩行不可だと!」

自機が無敵の鉄巨人から巨大なブリキの木偶の坊に変換されたことを理解させられた彼は、即座にコックピット内のサバイバルキットと自動小銃を取り出した。

彼がそれを使用することは、ザフト軍の訓練学校での射撃訓練以来であったが、彼はそのことを恐れていなかった。

「どうせ、相手はナチュラルだ。」

自らの持つ最大の戦力であるモビルスーツを無力化されたにも関わらず、彼は、その慢心を捨てきれていなかった。 意を決してカートは、コックピットを開いた。

「地獄に堕ちな!」

だが同時に接近していた連合兵が、半開きのコックピットに手榴弾を投げ入れた。
カートは、コックピット内に投げ込まれたそれが何かわからなかった。

そして彼にとって不幸なことにそれを理解する時間すら彼は与えられなかった。
数秒後、それは信管を作動させ、内部に充填された爆薬を炸裂させた。

破片と爆風が、カートとその周辺に配置された操縦レバーやコンピュータ、モニターといった操縦機器を引き裂いた。

宇宙空間の真空と高温と絶対零度、放射線からパイロットを保護するパイロットスーツは、原始的な衝撃と炎の重奏に対して何の役にも立たなかった。

ジンの胸部の半開きのコックピットハッチは、爆風で吹き飛ばされ、林立する廃墟の部屋の一つに突っ込んだ。

そして肉の頭脳を粉砕された機械仕掛けの魔神は、迫る死に震える末期の病人の如く巨大な手足を痙攣させた後、動きを止めた。

それは、現在地球最強の兵器であるモビルスーツが撃破された瞬間だった。

「ざまーみろ!宇宙の化け物ども!」
「やったぜ!」


撃破されたジンの周囲にいた歩兵達は、思わず一斉に歓声を上げた。

モビルスーツの巨体と比べればネズミ程にも等しい彼らは、自分たちがモビルスーツに止めを刺したことに奇跡が起こったのではないかと思う程であった。

「全員退避!敵MSが来るぞ!」

連合軍歩兵の一人が叫ぶ。同時に地響きが兵士達の鼓膜に響く。

即座に歩兵隊は、地下鉄入口へと退避する。彼らは、現状のこの都市では地下こそが敵の目と大火力の猛威を逃れることのできる数少ない場所だと認識していた。
地響きを立てて2機のジンは、先行した同型機に追いついた。

彼らの正面の道路には、胴体から黒煙を上げて倒れ込んだジンが倒れていた。
一目見ただけでパイロットのカートの生存は絶望的だと理解できるものであった。

「カート!先行しすぎるなといったのに…」

バルクは撃破された部下のジンを見て顔を歪めた。
胴体コックピットを爆破されては、生きてはいまい…自分の過失で部下を失ったという事実を嫌でも認識させられ、バルクは思わず歯噛みした。
そして彼にとってその経験は、最初ではなかった。

「何?!カート!よくもナチュラルがああ!」

モニター上で戦友の死を確認したウェルは、心から湧き上がる怒りの儘に重突撃機銃を乱射した。
突発的な暴風さながらの砲弾の連射が周囲の廃墟を薙ぎ倒す。

「よせ!ウェル!」バルクがすかさず静止したことでその弾薬の浪費は短時間で終わりを告げた。


だが、それが周辺の廃墟に齎した結果は破滅的であった。

死体が内部にそのまま放置されていた病院は、汚い落書きが描かれていた白い壁を穴だらけにされ、マンションは、そこに人が居住し、文化的な生活を行ってきていたということを、見る者全員に疑わせるであろう無残な姿に変換されていた。

そこに隣接していた小洒落たピンクとアイボリーホワイトで彩られたカフェは、至近距離で炸裂した複数の76㎜弾の爆風を受けて、無残に破壊され、その内側に残されていた19世紀の英国貴族が愛用していた様なテーブルや調度品は、粉々に粉砕されていた。

数ヵ月前には、子供の笑い声が絶えなかったであろう公園は、76㎜弾が中心で炸裂したことで着弾点にクレーターが形成されていた。

周囲に存在していたブランコやキリンを象った滑り台等のカラフルな遊具は、爆風と衝撃波でひっくり返り、横転し、引き裂かれていた。

燃料として周辺住民に切り倒される事無く残されていた樹木は、
散乱していた生ゴミや動物の死体等の可燃物と一緒に炎上していた。

中に即席爆弾や弾薬でも存在していたのか白い屋根の公衆トイレは、オレンジの爆風に呑まれた瞬間に爆発を起こして粉々に砕け散ってしまっていた。

これでは、周囲に潜んでいたであろう連合兵どころか野良犬や小動物等も生きてはいないだろう…
思わず、バルクもそう思ってしまう程であった。

「弾倉を交換しろウェル。カートのジンの弾倉を回収するんだ。」
「りょ、了解」

ウェルのジンは、撃破されたジンの腰に装着されていた予備弾倉に手を伸ばす。

その金属の腕が1連射で戦車を撃破可能な爆発物の詰まった物体に接近した。
そして鈍色の指がその表面に触れようとしたその時、
そこに巻き付けられていたクモの糸の様な白く細長い〝何か〟が、偶然雲間から差した陽光を浴びて光った。

「ウェル!トラップだ。離れろ!触るんじゃない!」

それを見たバルクは思わず、部下に向かって怒鳴った。

次の瞬間、76㎜弾が詰まった予備弾倉が爆ぜた。

オレンジの爆風がジンの右腕を呑み込んだ。

衝撃波でウェルのジンが酔っ払いの様によろめいた。
ウェルのジンは、即座に体勢を立て直した。

だが、爆風で右腕のマニュピレーターが破損していた。
武器を保持するのは、難しいであろうことは一目でも理解できた。


「ワイヤートラップか…」

バルクは、予備弾倉に爆薬が仕掛けられており、それに触れようとすれば、張り巡らされたワイヤーによって爆薬が作動する様になっていたことを理解した。

だが、それはいささか手遅れであった。

「ウェル、右マニュピレーターの状態は?」
「重突撃機銃の保持自体は辛うじて可能です…しかし射撃は無理です!」
「わかった。左腕で重突撃機銃を持て。弾倉の換装は不可能だから今度こそ無駄弾は使うな」
バルクは、〝今度こそ〟という箇所を強調して言った。

「それで隊長、これからどうするんですか?」
「本隊と合流することが先決だ。この都市の中央区を迂回して郊外に抜けるぞ」
「砲台はどうするんで?あれは本隊の脅威になります。」
「我々だけで破壊するのは、困難だ。郊外に出た時に信号弾で航空支援を要請する。今度こそ確実に叩いてくれるさ」
「だといいですがね」
「ウェル、お前は後ろをカバーしろ。先頭は俺が警戒する。いくぞ!」
「了解!」

2体の鋼鉄の魔神は、再び歩みを始めた。彼らの周囲を廃墟が取り囲んでいた。



こんなはずじゃない……偵察バルク小隊2番機のパイロットであるウェル・オルソンは、ジンのコックピットで呟いた。

遺伝子操作の結果であるその端整な顔は、戦場の恐怖に直面したことで短期間のうちにやつれ、脂汗が幾つもあった。
つい数時間前まで彼と話していた同僚、カートは、彼らが劣っていると考え、上官や両親、マスコミを隔てた先で演説する政治家から繰り返し教えられてきた相手の手によって殺害されていた。

「どうしてナチュラルは……俺の努力を無駄にするんだよ…!」
苦々しい口調で彼はその言葉を絞り出すように言った。
ウェルは、マイウススリーの宇宙港区画に隣接する住宅地区で宇宙船整備技師の父と港湾作業員の母の間に生まれた。
彼は、6歳の頃に大好きな母親からある重要な任務を与えられた。
それは、母が庭に植えたサフランを仕事で忙しい彼女に代わって育てることだった。
彼は、その任務を忠実に実行した。

水をやり、図書館から本を借り、隣で同じく園芸に励んでいた女性に何をすればいいか聞いた。
彼にとって幸いなことに環境が調整されたスペースコロニーであるプラントでは、降雨時樹も1日の気温変化も秒単位で専門の機関によって調節されており、古代より農業従事者や園芸に関わっていた者達を苦しめてきた干ばつや豪雨とは無縁であった為、全ては順調に進んでいった。

同様の存在である気持ち悪い害虫もコロニーでは、考慮の必要すらなかった。
最初に薄紫色の花が咲いた時、よくやり遂げたと父に褒められ、宇宙船整備で鍛えられた大きな腕で頭を撫でられたことと母から褒められたことは、今でも鮮明に覚えていた。

その2年後、彼は、任務に失敗した。
理事国軍で構成されるプラント駐留軍の兵士がコロニー内生態系を乱す危険のある違法栽培植物の撤去の名目で現れたことによって……この当時、プラントでは、脆弱なコロニー内生態系を安全状態に保つとの名目で食用可能な植物の栽培を違法化する法令が理事国の行政官らによって可決されていた。

この食用可能植物の定義は拡大していき、一時期には西暦の歴史時代に非常食に用いられた松やタンポポ、蘇鉄、蜜が取れる薔薇等の一部観葉植物さえ含まれるほどであった。

両親と泣きじゃくる彼の眼の前で、兵士達によって菜園は容赦なく軍靴で踏みにじられ、そこに咲いていたサフランは、一本残らず引き抜かれ、透明のゴミ袋に土と一緒に詰め込まれていった。

この時、作業の為にやってきた兵士の一人が言った一言「いい加減、ガキを黙らせてくれませんかね。遺伝子操作で俺らよりもいい職について、遥かに賢いアンタらなら簡単でしょう」は、ウェルを自分がコーディネイターであることを初めて、そして否応なく意識させた。

以来彼は、それまで単にかっこいいと思っていた駐留軍の装甲車を威圧的に感じるようになり、プラントを占領者の如く闊歩する駐留軍兵士に嫌悪感を抱いた。

これは、彼だけでなくプラント市民の多くが持っていた感情であった。

プラントを防衛し、治安を維持するという大義の名の元に駐留していた理事国軍は、その目的とは裏腹に旧式化した正規軍の装備を使用しており、他のコロニーの軍事・警備部隊に比べて重武装化されていた。このことは、刑務所の中の囚人と変わらない。と主張したザフトの関係者や独立論者の主張を補強することとなった。

理事国の代表は、プラント駐留軍の重武装化について、コーディネイターが住民の大半を占める為、ブルーコスモスのテロを受ける危険があること、またプラントが理事国にとって宇宙に存在する最大の工業地帯であることと、コストカットの為に軍の中古機材を転用しているだけに過ぎないだと反論していた。

だが、毎日町で軍服を着た兵士と装甲車を目撃し、外の宇宙空間を航行する完全武装の艦艇が水族館の肉食鮫の如く我が物顔で遊弋する姿を見せつけられているプラントの市民にとっては言い訳にしか聞こえなかったのである。

その6年後、プラントの基準で成人に達した彼は、父親と同様に宇宙港を仕事の場に選んだ。彼は、宇宙港でのパワードスーツによる物資の搬出入作業に従事した。

この時期、職場の同僚から勧められ、ザフトの前身であるプラント住民の政治団体 黄道同盟に入党した。

一般党員として後のプラント最高評議会議員としてコンピュータにその適性を見いだされ、選出される幹部達の演説する姿に熱狂し、秘密裏に行われる軍事訓練に汗を流した。

数年後、彼の所属する組織は、ついに占領者を追放した。
その1年後、地球連合は、独立を果たしたばかりのプラントに宣戦布告し、1度目と同様にプラントを守護する巨人達に蹴散らされ、逃げ帰った。

だが、この時農業実験が行われ、指導部が〝未来のプラントのパン籠〟と喧伝したユニウスセブンが核攻撃を受けて崩壊した。

漆黒の空間に浮かんだ硝子の砂時計が、縊れから桃色の炎を吹き上げて、音もなく砕け散っていく光景を、宇宙港のモニターから目撃したウェルは、多くの同志同胞と共に無実の同胞を襲った悲劇に涙し、この悲劇を生み出して尚も自作自演だと声明を発表した〝卑劣なナチュラル〟に激怒した。

その数か月後、彼は、以前に適性検査を合格していた、プラントの守護者であり、コーディネイターの技術の結晶であるモビルスーツの訓練を修了した。

5月21日 大洋州連合領 カーペンタリアに降下した。

彼に与えられた任務は、ザウート部隊と共に、軌道上から分割降下した基地施設の資材を組み立てる設営部隊として子供が積み木で城を組み立てる様に基地施設を1日でも早く設営することであった。

この作戦で彼が一番覚えているのは、大洋州連合軍とザフト軍により、基地設営後に開かれた歓迎会の時に食べたステーキが美味かったことであった。

その後も彼は、作戦に参加したが、占領地での幾つかの小戦闘を除くと最前線での戦闘に参加したのは、この戦いだけであった。

最初の戦いで同僚が死ぬなんて……何としても生き延びてやる…ウェルは、そう心に誓うと右横のサブモニターを確認した。部下が突然の同僚の死の衝撃と戦闘の恐怖に何とか対処しようとしていたのと同じ頃、バルクは、モニターに映された外の情景を凝視していた。

敵が機甲歩兵主体である以上、都市のどこに敵が潜んでいてもおかしくないと彼は判断していた。

4月1日以来、放置され痛々しくひび割れたコンクリートの壁を曝す建造物、道路は、アスファルトやコンクリートが捲れ上がり、街路樹は燃料にする為に残らず引き抜かれていた。

道路上には、放置された車両が幾つも放棄されていた。

暴徒の襲撃を受けたのであろうパトカーは無残にも横倒しにされ、ドアや窓ガラスが破損していた。

開戦前は、商品に溢れていたであろう商店の列は、混乱の中略奪され、無残な姿に変換されていた。

特に食料品店は、中で爆弾が炸裂したのかと思う程荒らされていた。

アイスや冷凍食品が保管されていたアイスケースは店の外に転がっている。

衣料品店のショーウインドは軒並みガラスをたたき割られ、中にはガラス片とゴミに塗れた惨死体の様にバラバラの白いマネキンが転がっていた。

マネキンが着用していたであろう衣類は引き裂かれ、劣化し、色紙の屑や原始人の服さながらに変貌して付着していた。

それはゴーストタウンといった表現ですら生易しく、人類が産業革命以来創り上げてきた大量消費社会という名の華やかなる文化文明の生態系が、流通という川の流れを失えば、瞬時に死滅してしまうということを見る者すべてに対して雄弁に教えていた。

「酷いものだ…」
周囲の惨状を見て、思わず、彼は呟いた。

彼が、ザフト兵として地球に降下する直前の説明やプラント最高評議会議員達の演説では、地球に未曾有のエネルギー危機と通信・交通障害と死者を齎し、現在進行形で被害を与え続けている装置 ニュートロンジャマーは、地球連合が野蛮にも核を撃ち込んだのと反対に自ら核を使用することを封じたコーディネイターの崇高な英断である。とされていた。

バルクも多くのザフト兵同様、その言葉を信じていた。


そして彼が初陣を迎えた北アフリカ戦線で、その常識…いや妄想は、粉々に打ち砕かれた。
そこで彼が見たものは、NJ災害と地球連合軍の焦土作戦で起こった食糧不足によって餓死していく人々、医薬品不足によって薬局で安価に手に入る薬品で治療可能な程度の病気で死ぬ子供達、わずかな生活物資を巡り、村落間で殺し合う地獄……これらの事態に対して新たに統治者となった北アフリカ共同体も、ザフト軍も重要な拠点である都市と周辺部以外なんら対策を取ることはなかった。

ザフト軍の中には、愚かなナチュラルは、効率の良い遺伝子組み換え作物を用いていない(地球では再構築戦争期に一部の国家やテロ組織が行ったバイオテロ、飢餓作戦の記憶から遺伝子組み換え作物に対しての規制が敷かれていた。)からこのような事態を招いたのだ。等という暴論を吐くものさえいた。これらの情景を見たバルクには、NJ投下が反文明的な行為以外の何物でもないと考えていた。

…この戦争がどんな終わり方を迎えるにせよ、彼の祖国が4月1日にしたことは、西暦でのソビエト連邦の飢餓輸出やナチスドイツのアウシュヴィッツ収容所、共産中国の文化大革命の様に語り継がれることは間違いないだろう…だが、プラントの勝利で終われば後世に悪名を残す程度で済むだろうが、敗北すれば、文字通り住民全員が、抹殺される事すら不思議ではない。

地球連合が宣戦布告の数日後に宇宙移民の生活の根本であるスペースコロニーに対して核兵器を撃ち込んだという事実は、地球連合がプラントのコーディネイターを交渉相手以前に、同じ人間として見做していないことの証であるとバルクを含むザフト兵やプラント住民の間では考えられていた。


「…家族の為にも、生き延びねばな」

バルクの心に秘めた思いが、不意に音声化されてコックピットに響いた。

かつてブルーコスモスのテロが頻発していたユーラシア連邦領の故郷から逃れてプラントに移住し、プラント建設に労働者として従事することに人生の半分を奉げてきた彼は、プラントの未来の為、同胞であるコーディネイターの為、そして家族の為に命を捨てる覚悟を持っていた。


 
 

 
後書き
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第4話 鉄巨人倒れる


やがて2機のジンは、公園とそれを囲む住宅群にたどり着いた。

再構築戦争後の復興計画によって建設された住宅街が三方に聳え立つ公園には、燃料として周辺住民に引き抜かれた樹木の跡と放棄された電気自動車が無数に転がっていた。

それらは高級車、大衆車の区別なく集積され、緑に溢れていたであろう公園は、産業廃棄物が転がる錆色のスクラップヤードの様になっていた。

恐らく地球連合軍が邪魔な放置車両を空地に集めたのだろう…バルクはそう推測した。

「ウェル警戒を怠るなよ」
「了解です!」
つい数十分前とは打って変わった真面目な口調でウェルは返答した。

2機のジンは、産業廃棄物に覆われた公園跡を一瞥し、右折し、重い足取りで前進を再開した。

彼らが無害であると判断した公園跡…幼児の積木細工の様に並べられ、折り重なるように放置された自動車のスクラップに隠れるように、塹壕があった。

スコップとパワードスーツのモーター、鍛え上げられた兵士の筋力によって建設されたその塹壕の中には、ユーラシア連邦軍の歩兵部隊が潜んでいた。

アドゥカーフ社製対戦車ミサイルや対物ライフル、自動小銃で武装し、特殊カーボンポリマー製のボディアーマーに身を包んだ彼らは、目の前を行く2機のジンを見つめていた。

「あれが、モビルスーツ…」

兵士の一人…ユーラシア連邦陸軍第233歩兵中隊所属のワシリー・ロゴフスキー伍長は、目前を行く地上最強の兵器を茫然と見つめていた。

彼の傍らには、鈍く光る黒い火器…フジヤマ社製携行式対戦車ミサイルがその無骨な身を横たえていた。

数年前、フジヤマ社がユーラシア連邦陸軍の戦車部隊に対抗するために東アジア共和国陸軍の要請を受けて開発したこの歩兵用火器は、優れた命中率と弾頭の貫徹力が特徴で、モビルスーツ ジンの装甲にも通用する威力を持っていた。

しかし、ニュートロンジャマーの電波障害によってその命中率は、大幅に低下しており、性能は半減していた。この兵器が必殺の神槍となるか、ただの花火となるかは、彼の技量に掛かっていた。

「ミサイル射手、発射体勢を取れ」

声を潜めて傍らに座っていた上官のセルゲイ・コーネフ曹長が指示を出した。 
この頭皮に傷のあるスキンヘッドの巨漢は、新兵の頃に中央アジアでの分離独立過激派との戦闘を経験しており、その厳しさで新兵を恐れさせていた。

「はっ」
上官の命令を受けた彼は、訓練通り対戦車ミサイルを右肩に掛け発射体勢を取った。塹壕にいる他の射手達も同じ姿勢を取る。

2機のジンから見て塹壕と兵士達は、右に位置しており、見事に側面を曝している状態であった。

このままいけば…やれるか?ワシリーは、身体の震えを抑えながら、乾燥した大気と緊張で乾いた己の唇を舐めた。

それはまるで、大物を目の前にした若い狩人の様である。

次の瞬間、2機のジンの片割れ……右腕が破損した機体が、頭部を右に旋回させた。

中世の騎士のヘルメットの様な角の付いた頭部とその中央に内蔵された陽光を受けた紅玉さながらに光る赤い単眼がワシリーと塹壕の兵士達を見下ろした。

その不気味な赤い輝きに射抜かれた兵士達は、一斉にざわめいた。

「み、見つかった」

ワシリーは、恐怖の余り叫んだ!瞬間的に全身から気持ちの悪い脂汗が流れるのを感じた。

そして本能的に彼は、ミサイルのトリガーを引いてしまった…

「ワシリー!」
セルゲイ曹長の制止も空しくロケットモーターを点火させて目標である鋼の巨人へと突進していった。

「ミサイル!」
狙われたジンのパイロット、ウェルは、遺伝子操作によって強化された聴覚で聞き取ったミサイルアラートを示す警報に従い、即座に機体を傾かせた。

ジンの姿勢が崩れ、ミサイルは、ジンの左肩部と頭部を掠めた。

もしこの時、追加のミサイル攻撃が行われていたら危なかっただろうが、一兵士の恐怖に基づいた独断行動に過ぎなかった為、ミサイルは、後方のビル屋上の電光掲示板に大穴を開けただけに終わった。

「敵!そこに隠れていたのか!」

2機のジンが重突撃機銃を公園に向ける。

同時に歩兵部隊は、前方に聳える死神へと脆弱な反撃の牙を剥いた。ジンの鋼鉄の指が重突撃機銃の引金を引いた直後、無数の火線がスクラップの連なりから2機のジンに向けて伸びた。

花火大会の様なそれは、訓練を受けた兵士と指揮官の命令に基づいたものでなく、一人一人の原始的な生存本能による無秩序な弾薬の浪費に過ぎなかった。

対戦車ミサイルから自動小銃まで陣地内の歩兵部隊の持てる火力が一斉に発射された。

直後、バルクのジンが放った重突撃機銃の76㎜弾が陣地のひとつを吹き飛ばし、中にいた人員を爆風と破片で抹殺した。

「ナチュラルめ!」
隣のウェルのジンも左腕の重突撃機銃を単発モードで発砲する。

片腕を損傷しているため命中率は低い、だが砲弾が、戦車砲弾並みの威力を持っていた為、歩兵相手には十分すぎた。積み木の様に積み上げられた自動車は、遮蔽物として何の役にも立たなかった。
砲弾を受けた自動車がはじけ飛び、車の部品が飛び散る。

榴弾の直撃を受けた陣地の歩兵が数人纏めて粉砕され、黒焦げの肉片と金属と繊維の破片が周囲に飛び散った。

ある若い兵士は、半狂乱で塹壕を飛び出す。

直後、車の破片が後頭部に突き刺さった。脳髄を粉砕されたその兵士は力なく地面に倒れ伏す。
中央アジア出身の大柄の兵士は、重傷を負いながらもミサイルランチャーを担ぎ、目の前で鉄の暴風を撒き散らすジンに一矢報いんとミサイルランチャーを向けた。

その直後、76㎜弾が彼の付近に着弾し、血煙となって彼の肉体は消滅した。その戦闘はもはや虐殺に等しかった。わずかモビルスーツ2機の前に積み上げられた数十人の訓練された兵士達の個々の能力もトラップも無意味に等しい…それを見る者に教える光景であった。その様子をマンションの最上階の部屋のひとつで眺めている者がいた。

「ユーラシアの連中…ありゃ大半は死んでるな…だが、敵は討ってやるからなっ」

暴徒の略奪と兵士達の清掃活動で家具一つ無い室内でその女性は、目の前の惨劇を見つめて言った。

機甲兵用のスーツに身を包み、肩まで伸びた黒髪と大きな灰色の瞳が特徴的なその女性……アンジェリカ・コレオーニ少尉は、ただライフルスコープを覗いていた。

そして彼女の傍らには、黒い金属の光沢を放つ巨大な銃がまるで天体望遠鏡の様に脚立によって立てられていた。

彼女の得物、赤外線望遠レンズ付20㎜対物ライフルは、本来は、パワードスーツ用の火器で遠距離から陣地やレーダー施設、指揮車両を攻撃するのがその用途であった。

アンジェリカ自身も機甲歩兵であったが、15日前の戦闘でゴライアスを失い、負傷していた。
幸い彼女は日常生活に支障がない程度の負傷で済んだものの、乗機のゴライアスは幾つかの部品を除き、スクラップと化し、予備の機体も送られて来なかった為、彼女は、狙撃兵としてこの戦場に立っていた。

彼女は、ジンの2機の内、右側に立っている右腕が破損した機体に狙いを定める。
非装甲目標を狙うことが目的のこの対物ライフルでは、戦車やモビルアーマーのリニアガンや戦闘機の誘導爆弾にも耐える重装甲を持つジンに対してはあまりにも非力であった。

だが、狙撃兵としてこれまで経験を積んできたアンジェリカは、知っていた。

いかに重装甲を誇る目標でも柔らかく弱い箇所が複数存在するという事実を…アンジェリカは、対物ライフルのトリガーを引いた。

ベランダから竜の首の様に外に出ていた銃口が、爆発した。

そこから発射された銃弾、否砲弾は、音速で冷たい大気を引き裂きつつ、暴虐の限りを尽くす機械仕掛けの単眼の魔神へと突貫していった。

ウェルのジンは、周囲の歩兵を掃討したことを確認すると左腕の重突撃機銃を下した。

次の瞬間、はるか遠方、林立する廃ビルをすり抜けて20mm徹甲弾が重突撃機銃に着弾した。横合いから左腕の重突撃機銃の弾薬ブロックに命中した一撃は、内部に残されていた弾薬を誘爆させた。

弾薬はごく僅かしか残されていなかったが、重突撃機銃の銃身を吹き飛ばすには十分過ぎた。
重突撃機銃が、はじけ飛び、アヴァンギャルドな形状に変形した破片が、無秩序に周囲に散乱した。

重突撃機銃を保持していたジンの左腕のマニュピュレーターは、手首から先が消し飛んでいた。それは、ウェルのジンが唯一の射撃武器を喪失しただけでなく、モビルスーツの通常兵器に対するアドバンテージさえも失ったことを意味していた。

「わああああああああああああ」
ウェルは、自分が無防備であることを強制的に認識させられ、恐怖の余り絶叫した。

そして彼は、身体の奥から湧き出る恐怖と生への執着のままに木偶の棒と化したジンを走らせた。

「おい!ウェル突出するな!くっ」
バルクは恐慌状態に陥ったウェルが逃亡するのを見て静止しようとした。

だが、ウェルはそれに応えることなく、ジンを見えざる敵が潜む灰色の迷宮へと走らせた。

ウェルはもはや上官の静止等聞き入れる状態になかった。
慣れない重力下の戦闘、予期せぬ同僚の死、弱いはずの敵に翻弄される自分達…この戦場で短期間のうちに強制的にこれらの体験を経験させられ、彼の心は摩耗していた。

彼のジンが廃墟のビルを通過した。
その時、廃墟の陰から飛び出したゴライアスが疾走するウェルのジンの横に並んだ。並走する形となったゴライアスは、左腕に保持した対戦車ミサイルを発射する。

発射された弾頭は、ジンの膝部分に着弾した。

走行中に脚部に攻撃を受けたウェルのジンは、脚を引掛けられた酔漢さながらに無様に大地に倒れ込む。

転倒したジンの巨体が周囲の瓦礫やゴミを薙ぎ倒し、一瞬土埃が煙の如く辺りを包み込んだ。

「いててて」

転倒した機体の中で、ウェルは意識を取り戻した。激しい頭痛が彼を苛んでいた。
だが、もしヘルメットを着用していなければ、彼は、計器類に勢いよく頭をぶつけて血と脳漿を撒き散らして即死していただろう。

「!」
ウェルは、機体各部に搭載されたセンサーとサブカメラ用のモニターを見た。

そこには、周囲の廃墟から歩兵部隊が、こちらに突進してくる映像が不鮮明ながら映されていた。
周囲の廃墟から飛び出した彼らは、2日前にディン部隊との交戦で壊滅したユーラシア連邦陸軍第89歩兵大隊の残余であった。

「大西洋連邦の奴らに後れを取るな!お前ら仕留めたらすぐ戻るんだぞ!」

右手に持った拳銃を振り回してミシェル・ガラント少尉は、部下達に向かって叫んだ。

喊声を上げて突撃する歩兵部隊、瞬く間に彼らは、倒れ込んだジンの機体に取り付いた。

歩兵の一人がジンの右足膝関節付近に爆薬を仕掛け、爆破した。

ジンのコックピットにその衝撃が伝わり、正面モニターの機体コンディションを示す映像のジンの右足が全損を意味する赤に染まる。

恐怖でウェルは、失禁した。

「来るなあ!ナチュラルがぁ!」
パニック状態のウェルは、機体の状態がどうなっているのかすら忘れてスラスターのボタンを押した。丁度その時、スラスターの推進口の目の前には、爆薬を両手に抱えた歩兵がいた。

次の瞬間、其処から勢いよく青白い炎が、工兵用爆薬を投げ込もうとしていた歩兵を呑み込んだ。

誘爆した推進剤が爆発し、ウェルのジンは、倒れ込んだ姿勢のまま、青白い推進炎を吹き上げながら、アスファルトの剥落した道路を突進した。

ジンの進路上に存在する物体は、地球連合の歩兵だろうとガードレールの残骸だろうが、関係なしに引きつぶされた。

上空から見ると、背中に青白い炎を生やして地上を駆け抜ける姿は、まるで神話上の動物の様に見えた。
やがてジンは、進路上に立っていたビルに突っ込んで停止した。

直後、スラスターと燃料タンクに誘爆が及び、内側から半壊したジンの胴体を吹き飛ばした。

その際、コックピットを灼熱の猛火が瞬間的に舐めつくしたが、その数秒前に首の骨を折って即死していたウェルには関係のない話だった。

「ウェル!」

バルクは、天高く立ち上る黒煙を見据え、叫んだ。

バルクは、今この都市に立っているザフト兵は自分だけであることを強制的に認識させられた。

そして彼には部下の死を悼む暇すら与えられることは無かった。

彼のジンの四方のビルから対戦車ミサイルが放たれた。
ミサイルは、固体燃料の白煙を引いてバルクのジンに襲い掛かる。

バルクのジンは、重突撃機銃で迎撃する。
旧式の戦車砲に匹敵する威力を持つ砲弾が次々と吐き出される。

76㎜弾は、空中を飛ぶミサイルを次々と撃墜した。最後のミサイルが撃墜されたのと時を同じくして、周囲の廃墟の間からゴライアスが数機出現した。

バルクのジンを包囲する格好で各方向から出現したゴライアスは、土煙を巻き上げて突撃した。
ハンスの着用するゴライアスは、ローラーダッシュを活用して接近すると胸部めがけて右手に保持したグレネードランチャーを放った。

他のゴライアスもそれに続く。一斉にグレネードが四方からジンに向かって撃ち込まれる。
グレネード弾が次々と着弾し、ジンのコックピットを揺さぶった。

戦車やモビルアーマーのリニアガンにも耐えるジンにとってそれらの攻撃は大した威力ではなかった。

しかし、その頭脳と中枢神経に相当する存在であるパイロット…バルク・ラースンに対しては衝撃を与えることが可能だった。
無論転倒や墜落時も考慮されているジンのコックピットの衝撃吸収機能はパイロットを気絶させるほどの衝撃をパイロットに伝えることは無かった。

だが、それでもパイロットにダメージを与える程度には衝撃が伝達されていた。かまわず彼は、ジンを前進させた。

「こいつ!」
バルクのジンが足元を駆け巡る金属の小人を射殺すべく重突撃機銃を向ける。
その銃口の先には、ハンスのゴライアスがいた。76㎜弾は、歩兵の携行火器にも耐える軽量装甲を纏った人工筋肉駆動の小人を吹き飛ばすには十分な威力を秘めていた。

だが、重突撃機銃が火を噴くよりも早く、遠方のビルから放たれた20㎜弾が、重突撃機銃の弾倉を貫いた。

別の地点に移動していた狙撃兵 アンジェリカが20㎜対物ライフルによって狙撃を行ったのである。
即座にバルクのジンは重突撃機銃を手放す。弾薬が誘爆した重突撃機銃が爆発する。

「ライフルが!」
唯一の火器である重突撃機銃を失ったバルクは、ジンの腰部の重斬刀を抜いた。

重斬刀は、モビルスーツサイズの実体剣であり、その威力はモビルアーマーや戦車の装甲を破壊する程である。

ただし近接戦闘用の武器である為、射程という点では、徒手空拳と変わらないものであった。
眼の前に立つ大男の名を持つ小人を切り倒すべく、巨大な長剣を握った単眼の魔神が疾駆する。

対する小人……ハンスのゴライアスは動かない。まるで恐怖にすくみ上ったかのようだった。

突如、バルクのジンの足元…地面が崩壊した。

再構築戦争後、大西洋連邦やユーラシア連邦等の各国がテロや戦争に見舞われた都市の復興、改築に際して重視したのは、市民を避難できる空間の確保であった。
これは、再構築戦争末期、カシミール地方で使用された核攻撃の影響である。
後に最後の核と呼ばれたこれによって西暦のソ連崩壊後は一時期SF小説の中の出来事のように語られていた核攻撃の危機が現実化したことで各国は主要都市に核攻撃への耐性、市民が避難できる空間の確保を重要視したのである。

そしてC.E 70年時点、核シェルターとして転用できる地下鉄や地下施設などが各国の多くの都市に地下空間が存在していた。


ハンスは、これら地下空間を敵の空爆に耐える退避壕として利用するだけでなく、ザフト軍に対する攻撃手段として利用することを編み出したのである。

都市の中で老朽化が進んでいる箇所を選び出し、其処が一定重量を超えると崩落する様に工兵部隊によって工作を施していた。

それでも落とし穴へと改造されたその地面は、人間や自動車が上に乗っても耐えられたが、戦車を上回るモビルスーツ ジンの重量が耐えられるはずがなかった。

コンクリートの地面を踏み抜いたジンは、地下空間へと落下していった。

「しまったあ!」
落下の衝撃に揺れるジンのコックピットにバルクの絶叫が木霊した。

そしてその底には、対陸戦モビルアーマー用の大型地雷が仕掛けられていた。ジンの巨大な足が、埋設された地雷を踏み抜いた次の瞬間、穿たれた大穴から眩いオレンジの爆炎が吹き上がった。

「やったか?」
「…!」
ハンス以下周囲に展開する連合兵達は、憎むべき、宇宙より降り立った機械人形が落下した大穴を凝視した。
内部で爆薬が炸裂したそこは、黒煙が立ち上り、まるで地獄へと通じる穴の様に見えていた。
漸く最後のジンを撃破したと連合兵の一人が思ったその時、穴の縁に白煙を上げる機械の腕が現れた。

バルクのジンは地球連合側の二段構えの罠を受けてなお生き延びていた。
だが、無傷ではなく戦闘能力の過半を喪失していた。

騎士のヘルメットの様な鶏冠状ブレードアンテナが付いた頭部は、半分砕け、本来なら装甲によって保護されている紅玉の色をしたメインセンサーと破損した機械が剥き出しになっていた。
その姿は、墓場より這い出た幽鬼を思わせる不気味な姿であった。

「一人でも多く…」
バルクは、朦朧とする意識の中で、信号弾発射用のスイッチを探し求めた。それはNJ環境下で救難用に使用されるものだった。

だが、彼は、自身が生還すること等もはや考えていなかった。
立ちふさがる敵部隊がそれを許さないこと等認識していたし、何より自身の無能で部下を全て失った以上帰ることは出来なかった。信号弾を発射したのも別の部隊に警戒を促す為である。

半壊したジンは上空に向けて信号弾を打ち上げると、這いずる様に目の前の敵へ接近しようとした。

「まだ生きていたのかよ!?」
ゴライアスを着用した連合兵の一人が恐怖と驚きの混ざった口調で叫んだ。
だが、ハンスは気にも留めず、指示を出した。

「止めだ!」
次の瞬間、ジンのはるか前方の廃墟が爆発した。
空襲で崩壊したビルの基部に設置された大型対戦車ミサイルランチャーが火を噴いたのである。

元々拠点防衛用に開発されたこの装備は、有線による遠隔操作で操作されていた。
ハンスは市外のみならず、市内の廃墟にもモビルスーツ対策としてこれらのランチャーを複数配置していた。

これは、これまでの戦闘で拠点内部に少数のモビルスーツが侵入した結果、防衛線が内部から瓦解させられたケースがあったからである。

円筒内に充填された液体燃料の炎と白煙を引いてミサイルは、進路上にあるバルクのジンに突撃した。

万全な状態なら回避も撃墜も容易である。

だが、今のジンは、両腕を損壊し、武装を喪失しており、パイロット自身、負傷している状態で、そのどちらもが不可能な状態であった。

バルクの網膜に最後に映ったものは、オレンジ色の炎の輪を後ろに抱いた鈍色の槍だった。

「野蛮なナチュラルが…」
その鋭い槍の切っ先は彼のいるコックピットを守る破損した胸部装甲に突き刺さった。

直後信管が作動し、爆発と炎がジンの剥き出しの内部機関を襲った。少し遅れて搭載されていた推進剤と弾薬が誘爆し、上半身が爆散した。

残った下半身が黒煙を吹き上げながら後方の廃墟に倒れ込んだ。

都市に侵入したザフト軍偵察小隊は、文字通り一人残らず全滅した。

「やったぜ!」

パドリオ軍曹は、ガン・ビートルの車内で両手を挙げて叫んだ。ゴライアス3機がハンスの着用するゴライアスに接近する。

「MSが3機の割に早く片付きましたね」
「油断するな、機甲兵に被害はないが、歩兵には無視できない被害が出ている。もし部下がちゃんと従っていたら、あの世送りになっていたのはこっちかもしれん」
ハンスは、未だに燻るジンの下半身のみの残骸を眺めていた。

「それに、これはまだ前哨戦に過ぎん、もうじきザフトの奴らが来る。」
「…!」
次の瞬間、予定されていたかのように通信が入った。

「第7小隊より連絡、侵入した無人偵察機1機を撃墜、ザフト側航空部隊のものと思われます!」
まるで示し合わせたかの如く市内外周に展開していた偵察の歩兵部隊より報告が入った。

彼らは、林立する建築物の間を飛ぶドローンを監視塔替わりに使用していたホテルの屋上から銃撃を浴びせることで撃墜に成功していた。

「定期便共か…」
ハンスは呟いた。

定期便…それは、地上攻撃に現れるザフト軍飛行部隊の隠語であった。ディン、攻撃ヘリコプター 下駄履きのジンで構成されるそれらは、友軍戦闘機の傘のない彼らにとって死神にも等しい存在であった。


「郊外に展開している第1特別防空隊に連絡、回廊に敵が接近したらクラッカーで盛大に歓迎してやれと伝えろ!市内の部隊は、敵が散開行動をとった場合に備えて防空陣形で待機!急げ」


廃墟の都市に潜む地球連合軍部隊が、罠を張る中へとザフト軍飛行部隊は接近しつつあった。

彼らは、先行したバルク小隊が壊滅したことをまだ知らない……

 

 

第5話 廃都炎上

 
前書き
エレノア、ターニャ、シャノンは、この話が投稿された当時にやってたアニメのモブの名前からとりました。 

 


「全機、市内の敵地上部隊の掃討を開始する。火力を集中するため密集隊形を維持せよ」
搭乗機のコックピットで黒髪、褐色肌の女性は、部下に命令した。

彼女の乗機を含む6機のモビルスーツ ザフト軍の飛行MS ディンは、地上を這うような低空飛行で都市へと進んでいた。
紫色と黒で塗装された翼の生えた細い胴体、頭部は、仮面の様なカバーが被せられ、その隙間から覗くセンサーの赤い光は、昆虫の複眼を見る者に想起させた。

ディンは、指揮官機以下6機がV字隊形を組んでいた。
その後方には、ザフト軍の攻撃ヘリ アジャイルが同様の編隊を組んでいた。

匍匐飛行するディンの肩には部隊のエンブレム…左右にクロスしたフレイルとその棘付鉄球を受けて砲がへし折れた戦車が描かれていた。

「爆発、バルク小隊に撃破機が出たのか?!」
中央のディンの搭乗者…中隊指揮官のエレノア・チェンバースは、市内で立ち上る爆炎を見て歯噛みした。
モビルスーツに戦力の大半を依存することで物量に勝る地球連合軍を圧倒することが可能になっているザフトにとって1機でもモビルスーツは、貴重な存在だった。

飛行MS ディン6機 攻撃ヘリコブター アジャイル8機で構成されるエレノア襲撃中隊は、地面を這う様な匍匐飛行で地球連合軍部隊が潜んでいる放棄された都市へと接近していた。
襲撃隊とはザフト軍における航空支援部隊の呼称で、ザフト軍の侵攻時には地上部隊に先立って敵部隊に対して航空攻撃を行う部隊である。
航空機の傘を喪失した地球連合部隊にとって、それは、恐怖その物となっていた。
6機のディンで構成されるV字の中央、先頭を行くのは、指揮官であるエレノアのディンである。

指揮官機である彼女のディンは、重突撃機銃や対空散弾砲を装備した部下の機体と異なり、頭部センサーが大型化されていた。
その両腕には、ディンの主兵装である対空散弾砲の代わりに大口径の銃器が抱えられていた。それは、16世紀のヨーロッパの戦場で使用された火縄銃に似ていた。

多目的ランチャー アークェバス…火縄銃に似た形状のこの装備は、無人偵察ドローンの射出装置であった。
元々、砲戦MS、ザウート用に開発された弾着観測機ランチャーを手持ち式に改造した装備で現在、指揮官機を中心に前線部隊にいくつか配備されていた。

彼女等に先立って斥候として出撃したバルク小隊にもこの装備は存在していたが、途中機械故障で放棄せざる得なくなっていたのであった。
もしバルク小隊を先行させる代わりにモビルスーツや装甲車両により遠隔操作された無人偵察機を多数投入していれば、無暗にモビルスーツ部隊を逐次投入する愚を犯すことは無かっただろう。

しかしザフト軍 ウーアマン中隊は、無人偵察機を消耗することよりもモビルスーツ小隊と装甲車を突入させることを選択した。

これまでも偵察にモビルスーツ小隊を投入し、それらが地球連合軍部隊を惹きつけ、防衛線を崩したケースがあった為である。

これもザフト軍のモビルスーツ中心主義の影響であった。その犠牲としてザフト軍は、3機のモビルスーツとザフトにとって金塊よりも貴重なMSパイロット3名を失うこととなったのである。
そしてまた彼らはその犠牲を支払おうとしていた。

「エレノア隊長、信号弾です。残骸から発射されています!」

副官のターニャ・ブレモウナが報告する。

「信号弾だと?」
「警戒装置のつもりか…だが、連中に大した対空火器は無いはず…」
地上に転がる鉄屑から吐き出される黄色い煙と星の光の様な照明弾が打ち上げられる光景を頭部センサーより取り込まれ光学補正された正面モニターの画像越しに眺めながらエレノアは呟いた。
それは、自分に言い聞かせているかのようであった。

「この!」
ディンの1機が、対空散弾砲を放棄された装甲車にぶっ放した。
照明弾の煙を上げていたその鉄屑は爆砕した。

「弾の無駄だ。やめておけ」
ディン部隊の後ろを飛行するアジャイルが煙の柱をローターで蹴散らして通過した。

「ナチュラルめ、小癪な…」ニュートロンジャマー下では、中性子の運動を阻害する効果の副作用である電波の伝達阻害によりミサイルなどの誘導兵器やレーダーは、大幅な性能低下を余儀なくされ、事実上無力化される。
但し、ごく限られた範囲であれば、レーダーにより敵機を捕捉することが可能であった。

地球連合軍は放棄された友軍車両のレーダーと多目的ランチャーを利用し、敵機が付近に接近すると車体側面の信号弾を発射する様仕掛けを施していたのである。

無論、エレノア襲撃中隊の隊員たちもそれを単なる警報装置だと判断していた。
だが、それを破壊しようとは考えなかった。
なぜなら、これまでと同様制空権を失った地球連合軍は彼らに抵抗する術を持たない的も同然の存在だと推測していたからである。
戦闘機の傘を失った敵の反撃手段は、精々命中率の悪い対空ミサイル位であった。

14機の空飛ぶ騎兵は、都市に向かって進撃する。残骸の頭上を彼らが通過する度、頭上に信号弾の爆発の花が咲き乱れる。

「よし、予想通りだな」
都市の外周に構築された陣地内で、第22機甲兵中隊所属のゲーレン中尉は、指揮下の兵士達と共に迫りくる敵部隊とその上空で咲き乱れる信号弾を赤外線双眼鏡で確認していた。
地を這うようにして飛ぶ重火器で武装した勇敢なる猛禽の一群は、念入りに仕掛けられた狩人の罠へと接近しつつあった………

「予想進路出ました!やっぱりあいつらセオリー通りに突っ込んできます。」
ゲーレンの近くに座っていた三つ編みの女性オペレーターが緊張ぎみに報告した。

「そうか…花火で歓迎してやるぞ!」
ゲーレンは部下に指示を出す。

有線通信で指示を受けた陣地が行動を開始した………都市の郊外に点在する森…正確には、再構築戦争後の戦後復興、自然保護政策によって作られた自然公園、その森の2か所で爆発が巻き起こった。

次の瞬間、爆音とともに空に向かって無数の鉄の矢が放たれた。
爆発が起こった場所には、黒い鉄の箱が煙を上げて燻っていた。

その箱は、MLRSと呼ばれていた。MLRS…元は、西暦末期の超大国 アメリカ合衆国とその同盟国で採用された多連装ロケットシステムの名称であり、C.E 70年現在では、このタイプの多連装ロケットシステムの総称となっていた。

この兵器は、本来迫りくる敵地上軍にロケット弾の豪雨を浴びせることで制圧するための兵装であり、上空を飛ぶ飛行兵器に対して使用するような兵器ではない…だが、地面を進軍する地上部隊と余り変わらない高度で匍匐飛行するザフト軍飛行部隊には十分に効果が期待できた。

これまで地球軍が、ザフト軍による地上攻撃部隊による漸減戦術に手を焼かされてきたことを認識していたハンスは対策の一つとしてMLRSをこれまでのザフト軍地上攻撃部隊の侵攻パターンを参考にして予想した進路上に向けて隠蔽配置していた。
固体燃料の白煙を引いて高空へと打ち上げられたロケットは、匍匐飛行で都市に迫っていたエレノア襲撃中隊へと墜ちていった。

「罠か!」
もう遅い、そう言うかの様に空中でロケット弾頭が一斉に破裂し、内部に封入されていた子弾を撒き散らした。
それは、まるで植物の果実が中の種を放出する光景と酷似していた。
だが、その性質は真逆だ。
後者は、植物の次代に己の因子を繋ぐ為の行為だが、前者は、万物の霊長と奢る人類が敵と規定した同族とそれが操る人工物を破壊する為の行為なのである。

「総員散開!」
彼女は、咄嗟に部下に命令を下した。だが、先程まで濃密な編隊を組んでいた彼女の部下達が一斉にそれを開始したことが悲劇を生んだ。
「わぁ!」
「く、くるなぁ」
パニックを起こしたディンの腰部に直進を続けたアジャイルが衝突する。
中には、地面に突っ込んで大破する機体もあった。混乱の中、無数の子弾が驟雨の如く彼らの進路上に容赦なく降り注いだ。

「!!」
先頭のディンに乗るエレノアは、己が判断ミスと、それによって失われる部下の命を、思い唇を噛んだ。
直後、視界が紅に染まり、今まで感じたことのない強力な衝撃が、彼女を襲った。
着弾点の大地が耕され、醜い土砂色の花が咲き乱れた。
赤外線望遠鏡でその光景を目撃していたゲーレン中尉は、喜色満面に叫んだ。

「やったぞ!」
ほぼ同時に部下の兵士達の歓声が陣地を満たした。
天高く立ち上る爆炎は、市内にいるハンス大尉率いる本隊からも確認できた。

「やったか!」
高層ビルの一室に設置した監視カメラの映像を、ゴライアスの正面モニターを介してハンスは確認していた。
彼が敵を巻き込んだと判断したのは、地面に着弾しただけでは、あそこまでの爆発にはならないからである。
そしてそのことは鮮やかな炎の中に揺らめく、舞い上げられた残骸の黒い影が証明していた。

「総員!!撤収、急げ!」
MLRSの内の一つの設置地点では、先程までそれらの操作に関わっていた兵員達が撤収作業を開始していた。

彼らも指揮官のハンスもこの一撃で空を飛ぶ敵部隊を全て破壊できた等とは判断していなかった。
ゲリラ戦術は敵にその姿を晒さないことが肝心であることは、常識である。
もし圧倒的戦力差がある敵にその姿を見られた場合、ゲリラ戦術を行う側に訪れるのは、死のみであった。

黒煙に覆われた高熱で燻る大気を引き裂き、有翼の機械人形が2体黒煙の中から飛び出す。
小隊にまでその数を減らされながらもエレノア襲撃中隊は、侵攻を続けていた。

ディンは半数以下の2機に撃ち減らされ、攻撃ヘリのアジャイルは1機残らず全滅していた。
ロケット弾とその破片の直撃を受けたディンは、薄い装甲が災いし、文字通り粉々に破壊されていた。

部隊指揮官のエレノアの機体もその中には含まれていた。

「なんなの!あの攻撃は、敵の新兵器?!」
乗機の破損個所を確認しつつ、ターニャは敵の姿を求めた。
彼女のディンは、頭部カバーを喪失し、左肩部と右脚部が破損していたが、幸いなことに飛行能力を維持しており、武装も主兵装の対空散弾銃が使用可能だった。

「ターニャ無事か?」
その時通信が入った。
「畜生!エレノア隊長も、シャノンも、ピーターソンも、ウィルも、ヘリ部隊の奴らも皆やられちまった!」通信の相手は、3番機のパイロットのエルマー・アダムスだった。

「そんな!エレノア隊長が!…やられるなんて」
中隊指揮官を務めていたエレノア・チェンバースは、部隊内外からみても優れた指揮官だった。
モビルスーツの操縦技量、部下への接し方、魅力的な容姿…そのどれもがターニャの憧れであった。
そんな人物が卑劣なトラップで撃墜された等、彼女にとっては信じがたいことだったのである。
だが、現実は彼女の思いとは真逆であった。

これまでの戦いで常に隣にいた指揮官機の頼もしい機影はそこにはなかった。

「…」

彼女は遠ざかりつつある、後方を映すモニターを拡大した。背部センサーから取り込まれた映像であるそれは、中隊の機体の残骸が焼け火箸の様に黒煙を吹き上げて激しく炎上していた。

そして高温に曝される残骸の中には、指揮官機の装備していたアークェバスの残骸も転がっていた。

「………よくも隊長と皆を!許さない!」
白い頬を一筋の涙が流れた。
「ターニャ!敵機だ!俺達の右側にいる!」
エルマーが、そういうと同時に彼女のディンの正面モニターに画像が表示された。
NJの影響で画質の荒い画像、そこには市街地へと逃亡する車両の姿が映し出されていた。
ターニャのディンは、それを見逃さなかった。

「あいつか!」
「俺は攻撃してきた敵の兵器を探る!」
この時点で彼らは、戦友たちを一撃のもとに屠った兵器の正体に全く気付いて無かった。また使用される可能性を彼らは考慮していたのであった。

「わかったわ」ターニャもそれに応える。傷ついた天翔ける機械人形は、二手に別れ、行動を開始した。それぞれの任務を果たすべく…

「上空に敵機!こちらに食いついてくれました!」
接近してくる機影を双眼鏡越しに確認した連合兵はジープの荷台で叫んだ。

「よし!作戦通りだ」
口元に笑みを浮かべ、ドライバーの連合士官が言う。
その連合士官は、浅黒い肌とドレッドヘアが特徴的で、もし連合士官の衣服を着用していなければ、大西洋連邦のストリートで楽器を振り回して奇声じみた声を上げているロックミュージシャンと間違えそうだった。

直後、彼らを乗せたジープの真横で着弾の土煙が幾つも上がった。
それは、ディンの主兵装である対空散弾銃から放たれた散弾によるものであった。
土埃を舞い上げてジープは荒野の如くささくれだった道路を疾駆した。
その背後をターニャのディンは影の様に張り付いた。

「糞!烏野郎!」
後部座席に座る連合兵は、自動小銃を乱射したが、モビルスーツの装甲の前では無意味の等しい行為だった。
対するターニャのディンも中々攻撃を仕掛けることが出来なかった。
万全の状態ならば、鷹が兎を仕留めるかの如く容易く撃破できる標的…だが、損傷を受けた現状の機体では、限界があった。

一歩間違えば地面と衝突する。ディンの主兵装である対空散弾銃は、腕で保持する必要があり、その為に姿勢を空中で変える必要があったためである。

これは、飛行MS ディンの欠点の1つとも言えた。距離を取って撃とうにも照準センサーが先程の攻撃で損傷しており、更に一定以上に高度を上げることも不可能であった。
また操縦者であるターニャは、撃墜スコアの上では十分エースと呼んで差支えなかったが、射撃の技量は平均レベルだった。

またジープの様な小目標に戦車や装甲車に対してやるようなバースト射撃を行うのは、弾薬の浪費であるとターニャは、認識していたのである。やがて市内に林立する高層建築へとジープは逃げ込んだ。

ターニャのディンもそれを追う。ジープは右折した。

「次で仕留める」
獲物をしとめるべく、ターニャはディンを右折させる。彼女は勝利を確信していた。
広い平野と違い、障害物がある市内ではこちらもそうだが、ジープも速度を緩めざるを得ない、そこを仕留めることは簡単であると判断していたのだ。

右折と同時に、ターニャの視界に飛び込んできた光景は、停車したジープの姿だった。
その荷台には、対空ミサイルランチャーを抱えた兵士が立っていた。次の瞬間ランチャーが火を噴く。

「当ると思って……ぐっ!!」
ディンは、空中で機体を少し傾け、攻撃を回避する。

ミサイルは、ディンを掠めてビルの一つに着弾した。
次の瞬間、ターニャを衝撃が襲った。彼女は、周囲を見渡す。
ディンの左隣には、4門の対空機銃を載せた車両が猛火を彼女の乗機に浴びせていた。

スカイデストロイヤー 対空自走砲………この車両は、元々大西洋連邦軍欧州派遣軍第34歩兵師団所属のもので故障によって爆破放棄される予定だったものを編入したものだった。
故障の為移動不能だったが、載せられた対空火器は、弾薬の続く限り使用可能で、砲台として運用可能であった。

周囲を高層建築が聳え立つこの場所では、遮蔽物のない空間では高機動を誇るディンは、籠の中の鳥と大差なかった。高速で豪雨の如く放たれる対空機銃弾が、ディンを撃ち据える。

「こんな…ところでっ!」
ターニャは、自身が罠に誘い出されたこと、そして自身がまもなく火箭の暴雨の中で散った戦友の後を追うことになることを理解して悔しさの余り歯噛みした。
直後、対空機銃弾が胸部装甲を貫き、コックピットブロックを吹き飛ばした。
搭乗者を失ったディンは、胴体部から炎と黒煙を吹き上げながらコンクリートの地面に墜落して砕け散った。

「やったぜ!」
黒人系の連合士官、第22機甲兵中隊所属のドミンゴ・ルシエンテスは、白い歯をむき出しにして笑った。

同じ頃、エルマーのディンは、MLRSの設置地点の一つに到着していた。
ディンの目の前には、火山の噴煙の様に白煙を上げる四角形の物体とその周囲には、発射時に爆風で跳ね飛ばされたと思しき、隠蔽用の特殊迷彩塗料を塗布した黒いシートが散乱していた。

「対地ロケットだと……馬鹿な!」
誘導装置すら付いていない地上攻撃用の兵器に航空部隊である自分達が攻撃され、多大な犠牲を払ったという事実を彼は受け入れることが出来ずにいた。
追い打ちをかけるかの様に彼に更なる凶報が齎された。

直後、モニターに映っていた僚機を示す光点が消えた。
それは市内に突入したターニャのディンのものであった。

「そんな、エレノア隊長の次はターニャがやられるなんて…」
エルマーは、最初それが、IFF(敵味方識別装置)の故障だと思った。
だが、市内から立ち上る煙は、それがIFFの故障等ではなく事実であるということを雄弁に物語っていた。

「…」
エルマーはディンを反転させた。もはやエレノア襲撃中隊は、壊滅した。

戦力的にも生き残ったディン1機でバルク小隊を全滅させたと思われる市内の地球連合軍部隊を撃破することは不可能である……最後の生き残りであるエルマー自身がそれを何よりも認識していた。

現在の彼に出来ることは、後方より進軍して来るウーアマン中隊を初めとするザフト軍本隊と合流し、市内に潜伏している地球連合部隊の戦力が油断できないものであると報告することだけである。

だが、その現状認識が正しいということと彼自身の人間としての感情は異なっていた。

「くそおおおおおおおおおおおお」
エルマーは、コックピットの中で吼えた。
エレノア隊長を!皆を殺されて一人だけ逃げるのか…俺はそこまで弱虫の屑なのかよ…戦友の仇を討つことが出来ない無力さとそれを認識し、それを肯定するかのような行動を選択した自分への嫌悪感の余り、今すぐ死を選びたい心境だった。

もし彼がプラントの都市管理機構の下水処理局員としての3年の労働の経験、ザフト入隊時の訓練、そして先程まで彼の上官として存在していた指揮官 エレノアの存在によって自制心を学んでいなければ、乗機のディンを下界の雑草が繁茂した草色と土色の大地にぶつけていただろう。

「エレノア隊長…皆、俺は悔しいが、お前らの仇を討てない、だが、後ろにいるザフトの仲間がきっと仇を討ってくれる。」

両頬を涙で濡らしつつ、かすれた声で言葉を紡ぐ、彼は懺悔しているかのようだった。背を向けて単機で去っていく。
敵機に対して市内の敵は、銃弾一つ撃つこと無く沈黙していた。

恐らくNJ下で誘導兵器の信頼性が低下している今、市内から攻撃する手段がないのだろう。とエルマーは推測した。

「見ていろナチュラル共、お前らは必ず我々ザフトが殲滅する」

彼は、憎しみに燃える目で後方を一瞥した。次にふと彼が考えたことは、ターニャにとうとう自分の気持ちを伝えることが出来なかったということだった。

都市を背にし、去っていく黒い影、それを地上から覗く者達がいた…彼らは、市内にいる戦友達へと自らの得た情報を伝えた。

「偵察兵より連絡!最後のディンの後退を確認、敵襲撃機部隊は、1機を残して撃破されたようです。」「了解した。偵察活動を続けてくれと伝えてくれ」

有線通信による偵察部隊からの報告を受け取ったパドリオから報告を受けたハンスは、そういうと通信を切った。

NJ下において有線通信の信頼性は無線通信が使用不能となった今では、距離がある程高まっていた。

 

 

第6話 偽りの囁き



「エレノア隊が全滅しただと…?!あの都市の地球連合はどれだけ戦力を有しているんだ?」

市内に突入する予定だったウーアマン中隊指揮官 ケヴィン・ウーアマン中隊長は、狭い車内に大きく響く声で言った。
彼の遺伝子操作の産物であるエメラルドの様な緑色の目は大きく見開いていた。

その発言は、報告者であり、唯一の生存者が目の前に立っているということを考えると余りにも無思慮であった。
だが、戦場でその様なコミュニケーション上の配慮を求めるのは、酷であった。


彼の視線の正面には、先程帰還してきた唯一の生存者…エレノア襲撃中隊のMSパイロット エルマー・アダムスが反対の座席に腰掛けていた。
その顔は青ざめ、鳶色の双眸は、目つきが刃物の様に鋭くなり、白皙の肌からは艶が失われ、車内の赤い照明と相まって墓場に埋葬される直前の死体の様に見えた。

それは、まるでB級ホラー映画で使い古された人を生ける屍に変容させる架空の疫病の初期症状を患っているかのような錯覚を見る者に与えるものであった。

精神面での影響が肉体に及ぼす悪影響は、これ程のものなのか、とケヴィンは、唇を歪めて思った。


第1次世界大戦以来、科学技術の所産が戦場に投入され、それに伴う戦闘期間が長期化した近代戦によって蒙る兵士の精神面のダメージとそれが齎す影響についてはその重大性は、十分軍部にも政治家にも認識されていた。

再構築戦争とその前後の紛争で多くの戦争後遺症患者が生みだすこととなった地球の国家の軍隊は、
対策として専門の心理カウンセラーを置いており、また同様にザフトも心理カウンセラーを置いていた。
精神疾患の発症率では肉体的にナチュラルよりも優れているコーディネイターも変わらなかったからである。

尤も心理カウンセラーのカウンセリングをエルマーが受ける為にはディンを操縦して
後方に展開する陸上戦艦を有する部隊と合流する必要があった。

戦闘中であることを考慮すると精々、医務室で精神安定剤を服用させられるのが関の山だろうが…彼自身、同僚であり、友人でもあったエレノア・チェンバースが部下と共に戦死したことについてはショックを受けていた。

本来なら彼の部下で、同じく戦死が確実視されたバルク小隊が偵察&掃討任務を終えていた筈だった。

彼にとっても現在のザフトの優位を確立した最新兵器のモビルスーツがこうも容易に
失われたということに驚いていた。
直後彼は、エルマーが自分に許しを求めるかのような視線を向けていることに気付いた。
慌ててケヴィンは、質問を続けた。

「それで敵部隊の戦力は?エレノア隊を全滅させたのはどんな兵器だ?」
そしてエルマーは口を開いた。


「敵は、私の部隊の進路を信号弾でトレースし、予想進路上に多連装…MERSを発射することで全滅させたんです!その後ターニャが市内に突入を図り…戦死しました。私は敵の兵器の確認しに向かったので、敵は見ていません。」
「対地兵器を転用したトラップか…」
「それとターニャを撃墜したのは、恐らく対空戦車によるものだと思われます。」
エルマーは、報告を終えると何度も荒い息を吐いた。
まるで激しい運動を終えた後の様に過呼吸気味になってしまっていた。

「ありがとうエルマー、君が生還してくれたことで我々は貴重な情報を得ることが出来た。
中隊員全員を代表して感謝する。少し休むといい」
前線で休めるとは思えないが。脳裏でそう毒づくとケヴィンは、
いたわる様にエルマーの肩に手を置くと、指揮車の外に出た。

指揮車の周囲には、索敵車、ミサイル車や兵員輸送車等の戦闘車両の姿があった。
それら車両部隊を護衛する様にジンやザウートが展開していた。
なお先程帰還したエルマーのディンは、最後尾の輸送トラック改造の整備車の後部トレーラーで整備兵による応急修理を受けていた。


少し遅れてエルマーが指揮車から出た。

「君は後方の<リヴィングストン>に帰還後、医務室で心理カウンセラーの所に行くように」
ケヴィンは、エルマーに指示を伝えると、彼を見送るべく、後に付いていった。
整備車両の上には、エルマーの乗機であるディンが立っていた。
破損個所がいくつか整備されており、煤塗れで帰還してきた時の姿より綺麗に見えた。

エルマーは、整備車両に座っていたディンのコックピットに向かった。
そしてコックピットハッチの上に立ったエルマーは、最後にケヴィンの方向に振り向く。

「ケヴィン中隊長、必ずエレノア隊長と仲間の仇を討ってください!」

力強い声でエルマーは言った。
その表情は先程と比べるといくらかマシに見えた。

「ああ、必ず撃破してみせるよ」
直後、胸部コックピットハッチが閉じられ、ディンは空へと飛翔していった。

ケヴィンは、背後にある現実へと振り向いた。彼の視線の向こうには、ザフトのモビルスーツ部隊を2つ屠った地球連合軍部隊が潜んでいるであろう放棄された都市が、コンピュータゲームに出てくる魔王の棲む城塞の如く聳え立っていた。

ウーアマン中隊は、10機のジンと25両の装甲車両で編成され、支援を担当するカッセル軽砲小隊と偵察を担当するバルク偵察小隊を指揮下に置いていた。
現在、バルク偵察小隊は未帰還であり、指揮官であるケヴィンの指揮下にあるのは
ウーアマン中隊とカッセル小隊のみであった。

「バルクとエレノア達の為にも何としても敵を撃破せねばな」
ケヴィンは、乗機のジンに乗り込んでいた。

彼のジンは、頭部のブレードアンテナが大型化され、地球連合軍の戦車の残骸から回収した爆発反応装甲を胴体部に張り付け、防御力が強化されていた。

「さて、敵の兵力はどれ位だ?」
指揮下の通信車両から無人偵察機が収集した市内の画像が転送される。
それらの画像には荒廃した都市とそこに横たわるモビルスーツ ジンの残骸の姿を映したものもあった。

「バルク…間に合わなかったか」
エレノア隊からバルク機から支援を要請する緊急通信を受けた段階で、バルク隊が全滅の可能性は考慮していた。そして、エレノア隊の全滅が判明した時、それは確信となっていた。

しかし、いくら覚悟していても、数日前、数時間前に言葉を交わした同僚がこの世の住人ではなくなるということは、ザフトの前身である黄道同盟時代の武装闘争にも参加していたケヴィンにとっても慣れることでは無かった。

「バルク小隊を撃破したことを考えると戦車1個中隊、支援の歩兵が500~2000以上居ると考えられます。」
部下の一人が通信で応える。作戦会議は、指揮車ではなく通信を通して行われた。
近距離なら電波障害の影響も少なく、通信車両のサポートもある為問題は無い。
本来なら指揮車で顔を突き合わせて行いたかったが、いつ敵の航空攻撃や少数のゲリラ部隊による逆襲が無いとも考えられない以上、ケヴィンは、安全の方を優先した。


「歩兵部隊の数が多い…少なく見積もってもこちらの数倍とは覚悟していたが厳しいな」
モビルスーツは、宇宙、地上、水中、空中で縦横無尽に活動し、現在、最強の兵器と言って差し支えない兵器であり、ザフト軍の快進撃はそれを証明していた。

しかし、どれだけ技術が発達しても最後に勝利した後にその地域を制圧占領するのは、歩兵なのである。

これは、数千年前にシュメール人がチグリス・ユーフラテス川の近辺に最初の都市文明を煉瓦と青銅と犂鍬で築き上げた頃から変わらない原理であった。

その代替として再構築戦争以降、各国が軍事用ロボットの開発を進めているが、コンピュータウィルスや今次大戦のNJによる電波障害等の影響で歩兵に代わる存在には至っていなかった。コロニーを国土とする国家故、人口で地球連合側に遥かに劣るザフト軍は歩兵の数で常に劣勢であり、アフリカ戦線では北アフリカ共同体の兵員で補填していた。

特に都市制圧戦では、モビルスーツや戦車、戦闘機等よりも歩兵の存在が重要になる場合が多く、稀に市内に立て篭もった敵部隊の連携攻撃にモビルスーツが不覚を取ることもあった。


「理想としては包囲してゆっくり叩き潰したいが、今の状況では無理か」
「やはり市街地に対して砲撃を行い、敵戦力を減らしてから突入するべきだな」
「市内全域をまんべんなく砲撃するには、弾薬もザウートや車両の数も足りませんよ、市内の敵を叩き潰したいのでしたら艦砲射撃でもないと無理です」
そう言ったのは、ザウート部隊を率いる褐色の肌と燃える様なオレンジの髪を持つ巨漢 ウィレム・カッセルであった。

「艦砲射撃か…」
「やはり、<リヴィングストン>に支援砲撃を要請するべきか。通信兵、支援要請を」
「了解」

後方の陸上艦 改レセップス級 リヴィングストンは40㎝砲を搭載しており、その火力は、並みの砲兵隊を上回る。
この改レセップス級は、欧州のザフトには、4隻が配備されていた。

「<リヴィングストン>より通信、艦砲射撃の必要性を認めず、また友軍を巻き込む危険性がある。とのことです。」
「拒否されたか…」
「ちっ、前に自分が味方撃ちしやがったからってあの野郎…」
カッセルは、乗機のザウートのコックピットで毒づいた。

彼率いるカッセル軽砲小隊は、砲戦MS ザウート4機と支援用の車両10両で編成されていた。

戦車の車体の上にモビルスーツの上半身と大砲を載せた様な形状のザウートは、
モビルスーツ中心の軍隊であるザフトにおいて砲兵、対空戦力を兼ねていた。


ザウートの背部が爆発し、白煙と共に弾着観測ドローンが次々射出され、都市の方へと飛んで行った。
単座式のコックピットの正面モニターにドローンからの画像や気温、風向、風速といった砲撃に必要なデータが映し出された。

「砲撃開始」
カッセルは、指揮下の砲兵部隊に観測データを送信すると、命令を下した。
その直後、ザウートの肩部にマウントされた2連式キャノンが一斉に発射された。

数秒後、その周囲に展開していた鹵獲リニア自走榴弾砲やら多連装ロケット車両が火を噴いた。
市街地に炎の雨が降り注ぐ。
傷口に塩を塗り込むかの如く、砲弾が半壊のビルに次々と撃ち込まれ、ビルを崩落させた。
ロケット弾が撃破されたジンの横たわる道路に叩き込まれ、爆発の毒々しい閃光の華が咲き乱れる。
公園の頭上で炸裂した砲弾の破片と爆風が、金属製の遊具も、木製のベンチも石造りの噴水も全て等しく吹き飛ばしていった。


砲撃が行われる中、ジンに護衛された索敵車両が都市の付近にまで接近し、地中に音響センサーを撃ち込み、砲撃の戦果確認と索敵活動を行っていた。

兵士の絶叫や兵器が破壊される音、着弾したミサイルや砲弾の爆音、落雷の様な建造物の崩れ落ちる轟音等の音が混然一体となった戦場音楽は、一見情報とは無縁に思える。

地中に撃ち込まれた音響センサーから取り込まれた音は、コンピュータによって解析され、幾つものパターンに分割され、敵に関係する音が選別される。また敵とは関係ないと判断された音…支援砲撃の着弾音や廃墟の崩れる音等は雑音として排除される。

これらの原型となったのは、将来木星圏開拓の際に木星、木星の衛星の中で液体の海や大気の存在が確認されている衛星の地表で探査活動を行う際に用いられる予定だった探査装置である。
地球外生命体の存在を探索する為の装置が、地球内の生命体の存在を探索しているというのは皮肉であった。
だがこの様な高性能な機器が存在しても、最後には、人間の判断力が結果を左右するのである。


「……」
ヘッドギアを被った金髪黒目の少女 メイ・リョングは、ソナーが感知し、コンピュータが選別した音の正体を突き止めるべく、耳を澄ましていた。

東アジア共和国出身の母を持つ第2世代コーディネイターである彼女は、その独特の名前からハイスクールの頃には、男子に恐竜の様な名前だ、と馬鹿にされたこともあった。
メイは、音楽家になるのが夢で、ソナーマンに選ばれたのも彼女の優れた耳によるものであった。

コーディネイターで、優れた楽器の使い方や歌声を持った者は大勢いたが、音楽家や作曲家として世界的に大成した者は未だに1人もいなかった。
それでも、それを知っているからこそ彼女は夢を諦めない。
音楽が、人の心に与える影響というものを彼女は身を持って理解していたからこそである。
この戦争が終われば、その夢を叶えるつもりでいた。

夢を叶えるためにも、メイは次々と音響センサーとコンピュータから送られる音と聴覚と訓練で植え付けられた情報を照合し、選別を行った。

「先程消失した音紋は、地球連合軍のリニアガンタンクと思われます。」
彼女は、耳が聞き取り、選別した友軍の戦果を弾んだ声で報告した。
彼女は、ソナーマンとしては優秀だった。それらの音紋パターンは殆ど地球連合軍の車両とほぼ同一であった。
それ故、地球連合が仕掛けたダミーに見事に嵌ってしまっていた。

ザフト側の鹵獲リニア自走榴弾砲が発射した砲弾の一つが廃墟に着弾し、その中に存在したものを薙ぎ倒し、破片で引き裂いた。
廃墟に置かれていた黒い物体はなすすべなく、鉄屑へと変換された。

黒い物体…その正体は、併設された小型バッテリーにより稼働するエレカ用モーターであった。

ザフト側の偵察車両が捉えた音源は、殆どが、これら都市内部に設置されたエレカのモーターだったのである。

これらのモーター類は元々、地球連合軍が、民間より接収した自動車用モーター類であった。
本来は、補給車両の予備部品として使用される予定のもので、地球連合の予想を超えるザフト軍の快進撃により、特に活用する機会もないまま爆破処分されるはずだった。

ハンスは、これらのモーターの内、長期間の使用に耐えないと判断したものを分解し、地上の廃墟や地下の駐車場に設置した。
流石に常時作動させるのはエネルギーの浪費でしかないので、必要な時に連合兵たちによって有線操作によって起動させられた。
モーターの動力源となる小型バッテリーは、長くても20分程しかモーターを動かせなかったが、熱紋、音紋センサーを駆使して見えざる敵を求めるザフト軍部隊には十分すぎた。

また戦闘車両に比べて音が小さく、整備の問題で音紋パターンが不揃いなゴライアスのモーター音は
雑音と判断される可能性が高かった。

「支援砲撃にしては余り勢いがないな…」
既に第22機甲歩兵中隊を含む地球連合部隊は、シェルターや地下の安全なエリアに退避を済ませていた。

「今頃敵の奴ら、俺達を全滅させたと思い込んでるでしょうね」
部下の一人は、楽しげに笑みを浮かべる。
不意にハンスは、ザフト側の推定している〝戦果〟がどんなものか知ってみたくなった。
だが、自分がそれを知ることは無いだろうと思い、その考えを振り払った。

「ルシエンテス少尉より連絡、砲撃によりスカイデストロイヤーが損傷を受けたみたいです。
射撃は可能とのことです。」
「自動モードでその場に放置する様にと伝えろ」
「では、我々も赴くとするか」


同じ頃ザフト軍は、市街地に潜伏する架空の機甲部隊を全滅ないし、大損害を与えたと判断していた。

「ケヴィン中隊長、索敵斑とドローンの情報を照合した結果が出ました。敵の装甲車両を10両以上撃破確実、不確実6とのことです。」
指揮車両のオペレーターが興奮気味に報告した。

「連中の半分は仕留めたかな」
ケヴィンは、ここ最近剃らずにしていた為、山羊の様に伸びた顎鬚を右手で扱きながら言った。

「しかし、その程度の兵力でモビルスーツ3機を有するバルク隊が全滅するとは。」
「連中は偵察装備で軽装でしたからね。それに奴のアカデミーでのモビルスーツ操縦の成績は酷いもんだった。良くモビルスーツに乗れたと思ったものですよ」
そう言ったカッセルは、アカデミーでの成績がバルクよりも高かったにもかかわらず、バルクがジンのパイロットになったのに対し、自分が、戦車モドキのザウートのパイロットとなったことに不満を持っていた。

「突入開始、カッセル隊は最後に市内に突入せよ、チャールズとユースフはカッセル隊の護衛に付け」
ケヴィンのジンが突入開始の信号弾を打ち上げる。鉛色の空に打ち上げられた赤い星は、鮮血の滴の様だった。

直後、指揮官機である彼のジンを先頭にジン部隊が、分散して装甲車両を従えてそれぞれ市内へと突入を開始した。
ケヴィンとしては兵力分散の愚を犯さない様に1つに部隊を纏めて突入したかったが、
その場合、攻撃を回避することが困難な上、纏めて撃破される危険性があった。

常識的に考えて市内に立て篭もる敵にモビルスーツを複数破壊できる威力を持つ兵器があるとは思えない。

だが、彼は、敵を軽視して全滅したエレノア隊の二の舞にはなりたくなかった。
2機のジンがザウートとその周辺に展開する車両の護衛としてその場に待機した。

「敵部隊進軍を開始!モビルスーツ10、車両12以上」
都市郊外近くの建物に隠れていた熟練の偵察兵は、興奮と修飾語を極力抑え、有線式通信機で報告した。
市内に工兵隊が徹夜で張り巡らせた有線通信網を通じて、それは各部隊に伝達された。


「急いで!」
即席の退避壕から飛び出し、廃墟の屋上の射点に付いたアンジェリカは、対物ライフルを2人の部下と組み立てていた。
ライフルを組み立て終わったアンジェリカは、集中力を高めるべく、ポケットから小瓶を取り出した。

瓶の中には、干した唐辛子が入っていた。アンジェリカはそれを口に含んだ。口一杯に舌を焼く様な辛さが広がる。
その横では体力を回復する為に部下の1人が栄養ドリンクを飲み干していた。

「いよいよ来たかぁ」
「ザフトはセオリー通りに来る!そこが狙い目だ!」
かつて大西洋連邦資本のピザ屋の食糧貯蔵庫だった地下の一室で、ガラント少尉はミサイルランチャーを肩にかけて部下達を鼓舞した。

「お前ら、逃げ場は確保されてる!だからビビるな!ケツをまくるのはまだ早いからな!」

別の地下壕でゲーレン中尉は、居並ぶ部下達に大声で叫ぶ、背水の陣の格言の様にわざと退路を断って
兵員の戦闘意欲を高める方法もある。
だが、この戦いは、友軍の撤退支援の戦いである。市内に立て篭もり、遥かに戦力が上の敵に囲まれているという状況では、退路が存在しているという希望を与えた方が、戦闘意欲を引き出せるとハンスは考えていた。
彼は、無理に戦場に踏み止まり、戦死するよりも次の戦いの勝利に向けて生き延びることが大切だと考えていたのである。

地球連合軍部隊は、ハンスと各部隊指揮官が組み立てた作戦計画の通りに行動を開始した。
市内に立て篭もる地球連合軍の中で砲撃の犠牲になった者は殆どいない、これは、彼らが都市内の地下空間に退避していたことが大きかった。

西暦期に勃発した第二次世界大戦の島嶼戦闘における最大の激戦である硫黄島の戦いでは、アメリカ軍は、3日間に渡り、爆撃機の大編隊や旧式戦艦を含めた水上部隊によって島全体に準備砲撃を加えた。
にも拘わらず、地下洞窟陣地に立て篭もっていた日本軍はまとまった戦力を保持し続けていたのである。

更にウーアマン中隊は、砲撃兵力が市内の広さに比べてあまりにも少なすぎた。
その為、支援砲撃の結果が単に市街地をさらに破壊したというだけの結果に終わったのは当然と言えた。

この住民が消え去った都市での地球連合軍とザフトの血で血を洗う戦いは、こうして約束されたのである。

 

 

第7話 市街地戦突入



主戦場である放棄された都市から離れた森に改レセップス級陸上戦艦<リヴィングストン>は待機していた。

金属でできた小山の様なその巨体は、周囲のザフトの対空戦車や装甲車両、補給車両とは比べ物にならず、
隣にある崩れかけた木造の民家が子供のドールハウスに見えるほどであった。

上空に向けられた主砲は、古代の竜脚類の首の様に長く、艦体を覆う様に無数の対空火器を搭載したその姿は、針鼠さながらだった。

レセップス級陸上戦艦は、NJ下でも円滑に通信・指揮を行うための指揮車両として当初、設計された。
ベースとなったのは、火星開拓時に地表に設営されるであろう基地間の移動用として設計されていたランドクルーザーである。

そこに地上でのMSの突入支援用として、西暦時代の戦艦の主砲に匹敵する主砲の追加が設計案に加えられた。
これは、誘導兵器の信頼性が大幅に低下しているNJ下の戦場では、艦砲の重要性は更に高まると推測されていた為である。
さらに大部隊に指示を下す為の通信設備の増設も必要となった。

更に地上におけるモビルスーツの整備・補給基地としての機能も付与すべきという意見が加わった。

こうしてヘリウムを吸った風船のように大型化を余儀なくされ、当初は大型トレーラー程度だった車体は、
旧約聖書の巨獣ベヒモスやギリシャ神話の巨人族を想起させる巨体となったのである。

この改レセップス級は、砂漠地帯以外での活動用に作られた派生型で、レセップス級とは異なり、スケイルモーターではなく、大型ホバークラフトを移動手段にしているのが特徴であった。


「アイアンズ襲撃中隊、対空戦車部隊と交戦中!」
「ロジャース戦闘小隊補給完了!」
「ケイト中隊より通信、敵戦車部隊を撃破」
宇宙艦艇のものと同じ防弾強化ガラスで守られたブリッジ…そこでは指揮下の部隊との交信が絶え間なく行われていた。
中央の司令席には指揮官が腰掛け、その周囲の計器類にはオペレーター等の艦の運営に関わる人員が数十人近く着席していた。

現在、改レセップス級<リヴィングストン>司令席に座るのは、ウーアマン中隊を指揮下に置く
ファーデン戦闘大隊指揮官 エリク・ファーデン大隊長であった。

彼は、艦長や基地司令官、副官級等の人員が着用する黒い軍服を着用していた。

その傍らには、赤い軍服に身を包んだ少女が立っていた。
赤い軍服、通称ザフトレッドと呼ばれているそれは、ザフトの士官学校に相当する機関 アカデミーで、卒業席次10位までの成績優秀者に与えられるものであった。

特別に戦功を立てた人間にも着用を許すという改革案が一部で挙がっているが未だにそれは実現することなく、
人類初のコーディネイターの軍隊であるザフトにおけるエリートの証であった。

その少女は、職人が技巧の限りを尽くして彫り上げた精巧な象牙細工を思わせる白い肌と肩まで伸びる金糸を思わせる美しい髪が特徴的であった。
赤い軍服の少女 ノーマ・アプフェルバウムは、ザフトのMSパイロットである。

アプフェルバウム小隊を率いる彼女が、この<リヴィングストン>に乗艦したのは、つい1時間前だった。
遭遇したユーラシア連邦軍の戦闘機部隊との戦闘で弾薬と燃料を予想外に消費したことで、付近にいた補給可能な部隊であるこの艦を有するファーデン戦闘大隊と合流したのである。

彼女の部下達は、<リヴィングストン>の正規パイロットが一人もいない待機室にいた。

「よろしかったのですか?」この艦と隊の最高権力者の座る椅子に対して放たれた少女の声には、小鳥のさえずりの様な繊細さと、薔薇の棘があった。

「ん?」
この時エリクは、煙草を口に含んでいた。
紫煙が空調の風を受けて揺らめく。

空気が有限で、コストと資源と多少の手間をかけて製造されるものである宇宙の生活では、空気を汚染する行為である喫煙は、一部の富裕層のみに限られた贅沢であった。
だが、空気が宇宙のコロニーやステーションから見ると無限に等しいほど自然に存在する地球上では、
基本的に禁煙エリアや潔癖症の政府が統治している地域を除けば、誰でも喫えたのである。
そしてこの地上の特権をエリクはフル活用していた。

無論地上でも任務中の喫煙は規則違反であるのだが、部下達も軽くたしなめる程度であった。


「何のことかね?アプフェルバウム小隊長」
大隊指揮官としての威厳を持ってエリクは隣に立つ若き小隊長に質問を返す。

「前線からの支援要請を断ったことですよ」
「仕方あるまい、この<リヴィングストン>の主砲では、友軍を巻き込みかねない」

エリクは教科書的模範解答で言い返した。
旧時代の戦艦に匹敵するリヴィングストンの主砲の威力は友軍をも巻き込みかねない危険性があった。そしてエリクはそのことを誰よりも認識していた。

「前線部隊は、郊外に展開していました。敵部隊は市内に潜伏しており、郊外には存在が確認できず、誤射の危険は皆無に等しかったと考えますが?」
年齢でも階級でも上位者の模範解答ともいえる論に対して、物怖じする素振りすら見せず、金髪の少女…ノーマは、自信に満ちた声で持論を述べる。

「…」
「アプフェルバウム小隊長、君は何故そこまで艦砲射撃に拘るんだね?」
「市内の地球軍を完全に叩き潰す為です。地球軍は、我々のモビルスーツ部隊に対抗するために、市内の地下空間や廃墟に潜伏し、我々が市内に突入するのを待ち伏せています。」
遺伝子操作によるものであろう端整な容貌を、無表情にして語る少女の口調には自信が満ちていた。
対する座席の男は、渋面で応える。
エリクが、艦砲射撃を忌避するのは、ある事件が原因であった。
それは、約20日前 イベリア半島制圧戦の過程で起きた。

工業都市 ビトリアを巡る戦闘の時、エリクと<リヴィングストン>は後方にてモビルスーツ部隊の補給拠点、部隊指揮所として待機していた。
市内の地球連合軍は撤退するか全滅し、戦闘が間もなく終結するか、と誰もが想像していたその時、
都市外周で索敵行動を取っていたサンドラ偵察小隊から緊急通信が入った。

地球軍の地上部隊が市内への突入を図っていると。

この時、敵部隊の進路上には、基地設営隊の車両や補給車両が多数展開しており、側面から蹂躙されかねない状況であった。

飛行襲撃部隊は補給中であることと、エリクは、制圧力と射程を考慮し、<リヴィングストン>の主砲による艦砲射撃を行った。

エリクは既にサンドラ偵察小隊が後方に退避、車両部隊と合流したと判断していた。

しかしサンドラ偵察小隊は、艦砲射撃の着弾点である敵の予想侵攻ポイントで、踏み止まって戦闘を継続していたのである。
前線部隊の一つから誤射を知らせる通信が届いた時には遅すぎた。

砲弾を自爆させようにも、自爆信号は通信障害で届かず、空しく砲弾は予定通り全弾が
予定の着弾点に大穴を穿った。

着弾した40㎝砲弾は、機甲歩兵、歩兵部隊を塵も残さず消滅させ、バイソンの群れの如く進撃していた戦車や装甲車の車列を瞬時にスクラップに変換した。

更に匍匐飛行し、ザフト軍部隊に雀蜂の如く執拗に攻撃を加えていた攻撃ヘリコブター部隊も衝撃波で、紙細工の様に弾き飛ばされた。

そして友軍であり、前線で踏み止まっていたサンドラ偵察小隊もその例外ではなかった。

戦車部隊の主砲による集中射撃を封じるべく、地球軍部隊に突撃していた彼らは、砲弾の着弾点近くにいたため、
全ての機体が大破した。

指揮官機は文字通り粉々に破壊され、唯一原型を留めていた3番機も胴体が衝撃によって内部機関を破壊され、パイロットは首の骨を折って死亡していた。

結果のみを見れば、それは、NJによる通信障害が招いた数限りない戦場の喜悲劇の一つでしかない。

だが、同時にエリクの経歴に拭うことの出来ない汚点を残したのであった。

「それは、貴官の推測にすぎん、それにもうウーアマン中隊は市内への突入を開始している。今更遅いのだよ」
エリクは、精一杯の指揮官の威厳を持って彼の傍らに立つ少女に自らへの追及を止める様に婉曲的に言った。

対するノーマもそれ以上は追及すべきでないと考えたのか、沈黙した。

エリクは、正面を見据えた…<リヴィングストン>のブリッジの防弾強化ガラスを隔てた外界…鉛色の雲が立ち込めた空、草色の丘陵の連なり、ひび割れた道路…その遥か向こうにある打ち捨てられた都市、そこでは彼らの同胞が、廃墟に潜む敵と、戦端を開いている筈だった。

そして彼の傍らに立つ少女の翠玉の双眸も同じ方向を見つめていた…しかし、それはエリクよりも遥かに先を見つめているようであった。



砲弾が落下する遠雷の様な音と、大地を揺るがす怪物の足音の如き振動が廃墟を包む中、地下通路の中で、
ユーラシア連邦陸軍第89歩兵大隊所属の女性兵士、ニサ・アブドゥラニエヴァ一等兵は、両腕で自動小銃を胸に抱えて身体から湧き出る震えを抑えようとしていた。

生まれ故郷でもある、ユーラシア中央部に位置する中央アジア ウズベキスタン州、州都タシュケントで数ヵ月前まで花屋の仕事に就いていた彼女は、開戦後に他の多くのユーラシア連邦の人間と共に徴兵され、西ヨーロッパ方面軍の兵士として送り込まれていた。

彼女を含むガラント少尉指揮下の部隊は、先程までいた地下のピザ屋の食糧庫から出ていき、敵の侵攻予想ルートの付近で待機していた。

彼女以外の兵士も半分近くは、同様に開戦後に兵士になった者達で、不安げな表情をしていた。
戦闘は、数度既に経験している。

しかし、ザフトの本格的な大部隊との戦闘は初めてのことだった。


ニサが最初に兵士として従事した任務は、NJ災害の影響で西ヨーロッパの諸都市に近隣地域…遠くは北アフリカから流入した避難民の救援・誘導の任務であった。
ザフト軍の攻撃は、前線や都市だけでなく、道を埋め尽くす避難民にも及んだ。

ニサは、有翼の悪霊を思わせるザフトのモビルスーツ ディンが放った攻撃で、避難民を満載したトラックが破壊され、周囲にいた人々が巻き込まれるのを目の当たりにしていた。
トラックは焼け焦げ、屑鉄と化して肉とゴムと金属の焼ける臭いが混合した異臭を放ち、その周囲には、黒焦げになった人体がバラバラになって転がっていた。

更にその外側には巻き込まれた不幸な人々が、炎に巻き込まれ、手足を失ってのた打ち回り、動かなくなった家族の身体に縋り付いていた…………

その光景は、今もニサの脳裏に焼き付けられ、今ザフトの襲来を待つ彼女は、3年前に病死した、町の警察官だった父親に助けを求めたくなる心境だった。


「お前ら、怖いか?」不意に先頭に立っていたガラントが言った。

「安心しろ、俺だって怖い!あんな鉄の化け物が隊列組んで突っ込んでくるんだからなぁ……だがな…」
ガラントはここで言葉を切った。
そして振り返り、背後の部下の兵士を見た。

「俺達は、軍人だ。俺は、単に就職の時に有利になる技能や資格が手に入るって
宣伝に乗って入って今ここにいるだけだ。お前たちの中にも似た様な理由や義務を果たせ!とか言われて連れてこられただけの奴が大半だろう。
それでも軍人になったからには、俺達は命令に従わなくちゃならない。そして今の俺達の後ろには、守るべき市民……ひいては、両親、兄弟、子供、恋人、友人がいるんだ。おい、三等兵」

ガラントは、後ろの方で、震えていたニサを指差した。

「なんでしょう、少尉」
怯えていることを咎められるのではないか…そう彼女は覚悟した。だが、その予想は裏切られた。

「お前には、家族はいるか?」

「……家に母と妹がいます。」深呼吸をしてから彼女は答えた。

「なら、怖くなった時そいつらの顔を思い出せ。お前らも大切な人のことを思い出せ。ザフトの奴らにお前らの好きにさせはしない!ってことを教えてやれ!!」

「「「「「はい!」」」」」」
兵士達は、目の前の上官に敬礼した。


そして彼らは、各々決められた廃墟の中の場所にうずくまり、静かに待った。
敵が自らの持ち場に来るのを…

其処が彼らの狩場となるか、墓場となるかは、彼らの技量………そして神ならざる身には、
把握しえない運の問題であった。


カッセル軽砲小隊によって砲弾が撃ち込まれた市内は、凄惨な状態に陥っていた。
放棄され、荒れ果てていた建築物は、砲弾の直撃を受けて瓦礫の山に変貌するか、奇怪な邪神像の様な姿に強制的に変換された。

道路には、瓦礫や隕石が激突したクレーターの様な大穴や散弾の炸裂で生じた無数の小穴が穿たれた。

これは、通常車両の通行がもはや不可能なレベルであったが、モビルスーツとそれなりに不整地での走破性を有する装甲兵員輸送車で構成されるウーアマン中隊には、余り問題ではなかった。

ジンのパイロットの1人が突入して最初に目撃したのは、蜂の巣のように穴だらけとなった道路とその周辺に散らばる車の残骸だった。

「…」
彼の視線の先には、鮮やかな水色に塗られた物体があった。
それは、かつては彼の憧れの一つだったが、今は何の価値もないガラクタであった。

水色の物体…流線型の強化積層プラスチック製の外装がセールスポイントの、ブルースターと呼ばれていた高級車であったその物体は、緑色のゴミ箱に激突して停止していた。

それは、最新式の対ウィルスプログラムと衛星対応自動運転システムをインストールした車載コンピュータもあらゆる外部からの通信が大幅に制限される通信障害の前では無力ということを教えていた。

先程の支援砲撃による建物の崩落による瓦礫で通行不能になっている場所もあった。

「敵は何処にいるかわからん!警戒を怠るなよ!」
ジンに乗るパイロットは、そう言って部下に警戒を促した。
市街地戦では、日常生活が営まれていたあらゆる場所が敵味方の隠れ場所となるのだということを知っていたからである。

突如廃墟の一角で爆炎が起り、装甲車の側面車体に大穴が開いた。
内部に搭載されていた弾薬が誘爆し、装甲車が爆散する。


「敵がいるぞ!7時方向」
ザフト兵の一人が叫ぶ、数名のザフト兵がミサイルの白煙のする方に銃撃を浴びせた。
ザフト兵の反撃の銃火を受け、退避し損ねた連合兵が射殺される。
「ナチュラルの猿が!」手ごたえありと見たザフト兵の一人が、中指を立てて叫ぶ。
直後、迫撃砲弾が着弾し、付近にいた数名のザフト兵の命を刈り取った。

ジンの左肩に砲弾が、着弾する。戦闘車両用と思しきその砲弾は、空しく弾き返された。

ジンが重突撃機銃を廃墟に叩き込み、其処に隠れていた連合兵が吹き飛ばされる。
ビルの屋上から発射されたミサイルが次々とジンに着弾し、内1発が左肩装甲を破損させた。

既にそこかしこで、廃墟内に侵入したザフト兵と地球連合兵が銃撃戦を開始していた。

「死神にお辞儀させてやれ!」
ガラント少尉が自動小銃を通路から突入して来るザフト兵達に向けて乱射した。

部下の兵士もそれに続く、被弾したザフト兵が次々と悲鳴を上げて崩れ落ち、地面を鮮やかな赤に染める。
対するザフト兵も反撃し、銃撃を浴びた連合兵が斃れた。

ザフト兵の一人が、ナイフを右腕に握り、ガラント少尉に飛び掛かった。
「何!」
「隊長!」
副官のヒュセイン曹長が拳銃でザフト兵の側頭部を撃ち抜いた。
次の瞬間そのザフト兵の頭部が吹き飛ぶ。

「助かったぞ!」

奇襲を受けたザフト兵の反撃も次第に組織だったものとなって行き、連合兵が先程とは逆に圧倒され始めた。
身体能力では、コーディネイター主体のザフト側の方が優勢であった為、これは当然と言えた。

「ぐぁっ」
「ヤーコフっ!」
ニサの隣にいた同僚が頭部を撃ち抜かれて倒れる。
こちらに迫ってくるザフト歩兵の姿を認め、ニサは、仲間の仇とばかりに自動小銃で弾幕を張る。

「隊長!」
部下の一人が指差す。その方向…砲撃によって壁が吹き飛ばされ、外が丸見えになっている辺りには、ザフト兵と、その後ろの車道い鎮座する装甲車の姿が見えた…グリーン系の色に塗装されたその車両は、別の友軍部隊に向けて機銃を乱射していた。
撤退しなければ、アレにやられるのは間違いなかった。
「全員撤収!無駄死にするな!」
ガラント達が撤収しようとしたその時、装甲車にミサイルが命中し、オレンジ色の爆発が膨れ上がった。その装甲車は、操縦席を破壊されて擱座した。

住民の絶えた市街地に憎き敵の骸を積み上げんと、双方が文字通り死力を尽くす。


「敵は何処にいる…」
ジン1機と兵員輸送車3両で編成されていたある部隊は、突如、横合いから対空機銃弾の豪雨を浴びた。
20㎜対空機銃弾は、戦車の放つリニアガンすら弾き返すジンの装甲に火花を散らせただけで終った。

だが、ジンに随伴していた兵員輸送車3両はそうはいかなかった。
兵員輸送車の薄い装甲は、段ボールの様に穴だらけにされた。

操縦席の強化ガラスが砕け散り、運転手の肉体が粉々になる。
バッテリーが撃ち抜かれ、車内に残っていた兵員は、逃げる暇すら与えられることなく爆発に呑み込まれた。

尤も攻撃を受けた時点で車内にいた兵員は全員機銃弾で引き裂かれていた為、火葬された様なものであった。

周囲に展開していたザフトの機械化歩兵は、全員が防弾性能の高いボディアーマーを着用していた。
だが、航空機の装甲を貫き、爆発する様に出来ている機銃弾の前では無力だった。

「ぐぁ」
「ぎゃあ」
「足がっ!」
「痛いっ、畜生!」
それは、手足に掠っただけでも致命的な結果を齎した。
人体の破片が飛び散り、むせる様な血と硝煙、鉄の臭いが辺りを支配する。
胴体に被弾した兵士は風船の様に破裂し、肉片と鮮血を撒き散らす。

「俺の腕がぁ!」右腕を失ったあるザフト兵は、地面に落ちたその名残を拾おうとした、
次の瞬間彼は、上半身を吹き飛ばされた。


歩兵部隊を紙屑さながらに引き裂いた機銃弾はジンにも浴びせられる。
だが、リニアガンタンクの主砲すら弾き返すジンの装甲の前では火花を散らせることしかできなかった。

「よくも仲間を!」
眼下で繰り広げられる殺戮劇を見せつけられたジンのパイロットは、
重突撃機銃を銃弾の雨が吐き出される場所に叩き込む。

76㎜弾数発を受け、そこに放置されていたスカイデストロイヤー対空自走砲は大破した。

「対空戦車か?!」
スカイデストロイヤーは、穴だらけにされ、黒焦げの残骸になっていたが、ぼろ屑のようになった防盾で、辛うじて判別できた。

彼は、市内で最初に敵を撃破するという武勲を立てた。
そして同時に彼を援護する筈だった歩兵部隊を喪失していた。少し前に突入し、壊滅したバルク小隊の様に…

「無事か!?」指揮官からの通信が入った。

「中隊長、生き残っているのは私だけであります!」
そう返答したジンのパイロットの声は半ば涙声であった。

「ヨセフ後退しろ!近くのカーンの斑と合流するんだ」
次の瞬間、ジンのメインカメラが砕け、正面モニターは、白黒の砂嵐に覆われた。


「何!」
直後、周辺の廃墟から地球連合兵が携帯型対戦車ミサイル等の火器で一斉に攻撃を仕掛けた。
流石にNJによる電波障害の下であった為、外れ弾も多く、
命中してもリニアガンをも弾くジンの分厚い装甲に弾き返されるか、
あるいは表面で爆発してダメージを与える程度でジンを撃破するには至らない。

対するジンはメインカメラを破壊されるという、人間でいえば半ば視覚を失った様な状態であったが、
戦車を撃破可能な火力は健在だった。
重突撃機銃を受けた不運な陣地の一つが砕けた。

爆炎が生まれ、同時に人体の部品と瞬間硬化剤で固められていたコンクリート片が盛大に飛び散る。
ジンは、損傷で戦闘能力を半減させられながらも後退を開始した。

いつもならば、機体各部のサブカメラに切り替えて戦闘を継続していたが、
バルク小隊の末路を知っていたこともあり、渋々ながら、上官の命令に従った。

「ちっ、仕留め損ねたか」
狙撃用のポイントの1つであるビルで対物ライフルを構えるアンジェリカは舌打ちした。
先程のジンのメインカメラを破壊した一撃は、彼女によるものであった。

「ん?」その時、ジンの左脚部にミサイルが着弾した。
関節部を狙ったその一撃は、ジンの左脚部を見事に機能不全に追い込んでいた。

片足を鉄屑に変えられたジンは、バランスを崩して隣接する住居を巻き込み、土煙を巻き上げて倒れ込んだ。


その攻撃は、ジンの周囲の廃墟に隠れていたハンスのゴライアスが放った対戦車ミサイルであった。
彼のゴライアスの周囲には、数機部下のゴライアスの姿もあった。

「敵の攻撃!どこからだっ」ジンのパイロットは、予想外の事態に慌てる。
間髪入れず、ゴライアスの放ったミサイルが、ジンの重突撃機銃を破壊した。

しかし彼は、パニックを起こしてコックピットから敵が待ち受ける外界に出るという愚を起すことなく、
上官に連絡を入れた。

「ケヴィン中隊長!こちら5番機行動不能!支援を!敵に包囲されています。」
「くっ!こちら1番機支援要請には、応えられない!上空に信号弾を撃て!
カッセル隊が砲撃支援してくれる!」
同じ頃、別の地区で地球連合軍部隊と交戦していたケヴィンの班は、
支援を送れるような状態ではなかった。

「…畜生が!」ジンのパイロットは、悪態を付きつつ、自機の信号弾発射装置のボタンを押した。
信号弾がジンの胴体から放たれ、空中に黄色い煙が上がる。

「総員!ジンから離れろ!砲撃が来るぞ!」一方、敵の意図を察したハンスがそう叫ぶや否や、
ゴライアスも、歩兵部隊も、廃墟や、地下への入り口に向けて雪崩を打って後退する。

その最中、連絡を受けたカッセル軽砲小隊指揮下のリニア自走榴弾砲とザウートからの砲撃が降り注いだ。

撃ち込まれた砲弾は、徹甲弾ではなく、榴弾、それも空中で炸裂するタイプのもので、
目標近くにいるジンとパイロットにダメージをなるべく与えないようにするための配慮であった。


空中で次々と爆発が起こり、降り注いだ破片と爆炎が、下の地面に存在するものを薙ぎ払い、焼き尽くした。
高温の炎が、逃げ遅れた連合兵と、地面にこびり付いたザフト兵の残骸を焼きつくし、爆風が瓦礫を吹き飛ばした。

「ナチュラル共め…これで…」
爆風が晴れ、周囲の惨状を眺めていたジンのパイロットの顔には、
凶悪な笑みが浮かんでいた。
自分の命を脅かしていた敵は既に跡形もなく消し飛び、自分は生き残ることができた…彼の心を満足と安堵が包み込もうとしたその直後、その映像を黒い影が遮った。

そこには、倒れ込んだジンの胸部に乗る大西洋連邦製のパワードスーツ ゴライアスの姿が映し出されていた。

「ば、ばけも…」
「止めだ…」
次の瞬間、ハンスのゴライアスは、左手に握りしめた対戦車地雷を、ジンの胸部に置くと、即座にロケットブースターを併用した跳躍後退を行い、ジンから距離を取る。

ゴライアスがヒビ割れたコンクリートの上に着地すると同時に、対戦車地雷は爆発し、ジンのコックピットハッチを吹き飛ばした。

続いて、別のゴライアスが、グレネード弾をむき出しの操縦席に叩き込んだ。
少し遅れて、ジンの胴体に穿たれた裂け目からオレンジ色の火柱が上がった。

「畜生!また装甲車がやられたぞ」
「ラバロ!、ラバロが撃たれた!」
「こちらアンリエッタ歩兵中隊、支援を要請します!」
市内で行動中のザフト歩兵部隊は、地球連合軍の歩兵部隊にモビルスーツと車両の支援がありながらも苦戦を余儀なくされていた。

いかに訓練を受け、遺伝子操作により、優れた身体能力を持つコーディネイターで構成されているとはいえ、市内の構造に詳しく、市内に潜伏している地球連合軍の兵士を全滅させるのは容易ではなかった。
地球連合軍がザフトの歩兵を優先して攻撃していることもその一因にあった。

指揮官であるハンスは、ザフトがモビルスーツ偏重の編成であることから、まず歩兵、戦闘車両を優先して攻撃することで、対モビルスーツ攻撃の成功率を挙げようとしていたのである。
かつて、西暦の頃、戦車が陸戦兵器の王であった頃、歩兵による対戦車戦闘において戦車を援護する敵歩兵の排除がまず行われたことから、それを対モビルスーツ戦にも応用したのである。

中隊長であるケヴィンの率いる班は、指揮官であるケヴィンのジンと部下のジンの2機、ザフト軍兵員輸送車3両と歩兵部隊で構成されていた。

廃墟の合間から、対戦車ミサイルが発射され、ケヴィンのジンの胸部にミサイルが着弾する。装甲車両の装甲を貫く威力を持つその一撃は、ジンの胸部に追加装備された爆発反応装甲が防いだ。

「隊長、敵は、右の廃ビルの3階に!」
「そこか!」
友軍の兵員輸送車からの報告を受け、ケヴィンは即座に報復の一撃を放った。
コックピットの彼が、スイッチを押すと同時にジンの右腕に装備された重突撃機銃が発射され、76㎜弾が廃ビルに次々と叩きつけられた。

轟音を立てて廃ビルは崩壊し、其処に潜伏していた連合兵達を押し潰した。

兵員輸送車から降りたザフト歩兵が周囲に潜伏する敵を掃討するべく、廃墟に突進する。
窓際や砲撃によって開けられた穴から連合兵が彼らを銃撃する。

ザフト兵達は、即座に走り、廃墟の中や壁へと逃れようとするが、一部が被弾し、絶叫を上げて倒れる。
あるザフト兵は、膝を撃ち抜かれた同僚を助けようと足を止めた。
その直後、重機関銃の銃弾の嵐を浴びて彼は、戦友の隣に崩れ落ちた。

兵員輸送車の車体上部に搭載された20㎜銃座が即席の火点に銃撃を浴びせた。
次々と火点が制圧され、その隙にザフト兵が、連合兵の立て篭もる廃墟に迫る。


彼らの〝活躍〟は、敵手たる地球連合軍部隊にも脅威を感じさせた。

「ハンス大尉、14地区の部隊から応援要請、押されてるみたいです。」
「パドリオ!どんな機体か情報は?」
「敵の戦力はジン2機、兵員輸送車3両、歩兵50とのことです。
またジンの1機は、頭頂部アンテナが大型化されているカスタム型です。」

「角のでかいジン…偵察隊が言ってた最初に市内に入ってきた機体か。」
恐らくそいつが指揮官機…ハンスは、敵の機体が通信能力を強化されているという点、部隊の先頭に立って向かってきたという情報から、その機体が市内のザフト部隊の指揮官機であると推測した。

「わかった。恐らく指揮官が率いている部隊だ。俺の隊が攻撃する。」
「隊長、どうするんで?流石に敵も、馬鹿じゃない。
生半可な待ち伏せや作戦じゃ返り討ちに遭いかねませんよ」
「安心しろ、策はある。各員作戦は、〝チェーンスモーカー〟でいく」
「「「「了解」」」」

指揮官たるハンスのゴライアスを先頭にゴライアス部隊は、進軍した。
周囲にいた歩兵部隊も、それぞれの戦場に向かうべく、地下への入り口へと向かう。


穴だらけの道路…それも無数の瓦礫や車の残骸、オレンジ色の炎を上げる可燃物といった障害物が転がる中、
機械仕掛けの甲冑たちは、人間を遥かに超える速度で進む。

ゴライアスには、別のタイプの地球連合の使用する軍用パワードスーツ グティ 雷電と同様にローラーダッシュ装置が装備されている。
しかし、この時、障害物と、穴だらけの道路の状態から、ハンス以下ゴライアスの着用者達は、人工筋肉による通常走行で、移動していたのである。

「もうすぐ、14区だ!作戦通りにいくぞ!」
「「「「了解!」」」」
ゴライアス部隊は、一斉に駆けだした。
人工筋肉の独特の駆動音が着用者の耳に響いた。
まるで人間の心臓の鼓動の様だ…ふとハンスはそんなことを思った。

すぐにその考えを振り捨て、目の前の敵と任務に集中する。


「これで最後か?他の味方と合流…」
「ケヴィン中隊長!敵が出てきました!」僚機のジンのパイロットが叫ぶ。
同時に正面モニターに、地球連合側のパワードスーツ ゴライアス数機が映し出される。

その先頭を行くのは、指揮官であるハンスのゴライアスである。
ハンスのゴライアスは、右腕の20㎜チェーンガンを連射した。

操縦席を撃ち抜かれ、車内の弾薬に銃撃を浴びた兵員輸送車が爆散した。
「敵の増援か、次から次へと!」
ケヴィンは、ジンの重突撃機銃でゴライアス部隊を迎撃する。
彼の僚機もそれに続く。
即座にゴライアス部隊は、散開し、林立する廃墟の谷間に隠れる。

同時にハンスのゴライアスは信号弾を撃ち上げた。

撃ち上げられた信号弾は上空で爆発する。

「信号弾だと?何のつもりだ?」

ケヴィンは怪訝な顔をした。
次の瞬間、無数の砲弾が彼らの元に降り注いだ。

「なに?!」
 

 

第8話 廃墟の宴


「ハンス隊長から支援要請です!」
「了解!弾は…白だな」
都市内のゴミ捨て場と化した公園に配置されていた155㎜榴弾砲 ロングノーズボブの砲手 
ダン・マクガイヤー少尉は、部下の報告により、上空に撃ち上げられた信号弾を確認していた。

周囲に先程展開していたゴライアス部隊は、都市内に侵入したザフト軍を迎撃する為に出払っていた。

「ファイア!」
155㎜榴弾砲が火を噴き、砲口から噴出した衝撃波と爆炎が、周囲のゴミを瞬間的に吹き飛ばし、燃焼させた。
同時にハンスらの付近に展開していた迫撃砲部隊も支援砲撃を開始していた。
彼らは、ハンスの部隊が出撃すると同時に地下通路を利用して、ザフト部隊がいる地点の近くのビルに到着していたのである。
一部は、地下通路に侵入していたザフト軍と交戦し、全滅、後退を余儀なくされた者達もいたが、多くは、無事に予定の場所に展開していた。

「味方ごと砲撃する気か…?」一瞬ケヴィンと部下達は、地球連合軍が味方の弾着観測班ごと
自分達を集中砲撃で撃滅することを図ったのだと考えた。

だが、その予想とは裏腹に無数の砲弾は、彼らに命中する前に上空で一斉に破裂し、煙幕を噴き出した。

瞬間的にハンスのゴライアス部隊とケヴィンの率いる部隊は、白い煙幕に包まれた。


「糞!なんだこの煙は!?センサーがっ」
ケヴィンは、モニターに映し出される映像だけでなく、レーダーすら使い物にならないことに苛立った。
彼と彼の部下、そして敵部隊を包み込むように展開する牛乳を溶かした様な白い煙、その中に銀色の粉末が煌いていた。

煙幕には、チャフと同じ効果を発揮する微粒子が含まれていたのである。
この視界ゼロの中、ハンスらは、ゴライアスの肩に装備されたライトによる発光信号で連絡を取り合うことで白煙の中でも連携可能であった。
これは、NJ災害以前のレーダー等の電子兵器に頼った戦争が主流とされていた地球軍では、誰にでも簡単に行えるものではなく、ハンスと部下達の訓練の賜物であったと言える。

「そこだ!」
白煙の向こうにいるザフト歩兵目がけ、ゴライアス部隊は攻撃を開始した。
ゴライアスの14.5㎜重機関銃が歩兵を薙ぎ払い、グレネード弾が、ジンの脚部に着弾した。

重機関銃弾を浴びたザフト兵の肉体はズタズタに引き裂かれ、飛び散った鮮血が白煙を束の間、鮮やかな朱に染めた。
「くっ、どこにいる」
ケヴィンは、レーダーも目視が信頼できない為、索敵手段を熱センサーに切り替えていたが足元で、小虫の如く動き回るゴライアス数機の動きを捉えるのは容易ではなかった。
バースト射撃で撃破しようにも、味方の歩兵の生き残りが足元にいる以上それは不可能であった。

ケヴィンの僚機を務める部下のジンの背後に攻撃が命中する。


「後ろにもいるのか!?」包囲されたと考えたケヴィンは、一瞬正面の敵への警戒を薄くしていた。
その隙を突きハンスのゴライアスを敵指揮官のジンの真下まで接近した。

ハンスのゴライアスは、グレネードランチャーをケヴィンのジンの頭部に向けて発射した。
白煙の中で輝くジンのモノアイは、まるで人魂の様に不気味だった。

「アンテナが!やってくれるっ」
グレネードを受け、ケヴィンのジンの頭部の大型ブレードアンテナが砕け散った。
それは、指揮官であるケヴィンと離れて突入し、市内で地球連合軍部隊と交戦していた部下達との通信が、困難になることを意味していた。
尤もはるか前に中継役の通信車両の大半が撃破されていたが。

「こいつ!」
ケヴィンのジンが重突撃機銃を放つ。
ハンスは、即座にゴライアスを横に跳躍させて回避する。
だが、ハンスの後ろにいたゴライアスが被弾し、爆散する。 

「バークっ」
煙幕が晴れ、ハンスが、廃墟の影に身を隠したのと同時に、鉛色の雲が立ち込める上空に赤い星が生まれた。

「信号弾、ザフトのものか?」
「信号弾!今度は何処だ?」
その信号弾は、彼らと同じく都市内で戦闘しているMS部隊からでなく、安全なはずの後方に展開していた車両部隊から発射されたものであった。

「中隊長!敵の攻撃です!」
生き残っていた装甲車のクルーの報告がコックピットに響いた。

「何!一体何処から!?」
ケヴィンは、予期せぬ敵の出現に絶句した。
「やってくれたか!ディエゴ曹長!」
対するハンスは笑みを浮かべた。

「敵は姿を消す魔法でも使ったとでもいうのか?」


この時、ザフト軍に対して逆襲に出たのは、ディエゴ曹長率いるゴライアス2個小隊を主力とする機械化歩兵部隊だった。
彼らは、都市郊外へと繋がる下水道の一つから進軍してきたのであった。

まず陣地構築の際に用いられる瞬間硬化剤と瓦礫でコーティングすることで封鎖し、ザフト側の歩兵部隊が侵入できない様にした。

そして自分達が利用する際に備え、予め内部に工兵用爆薬をセットし、通路を開削できる様にしていた。
無論その際の爆発音は、ザフト側のセンサーにも感知された。

だが、近くで戦闘が行われている状況では、機械は感知しても人間の側は、問題なし、と判断してしまっていた。

「野郎ども!つっこむぞ!!」
ディエゴ曹長は、ゴライアスの右手に保持した20㎜チェーンガンを掃射した。

その攻撃は、ザフト軍のトラックの荷台に命中、直後中に搭載されていた弾薬かバッテリーが爆発し、
トラックごと周囲にいたザフト兵を吹き飛ばした。

「敵襲!」
ザフト歩兵部隊も自動小銃で反撃するが、それらの銃弾は、殆どが、地球連合歩兵部隊を殺傷する前に前衛に立つ機甲兵の着用するゴライアスの装甲に弾き返された。

逆にゴライアスの装備する火器は、20㎜チェーンガンや14.5㎜重機関銃であり、機甲歩兵や装甲車にもダメージを与えることが可能な火器であった。
満足に反撃することも出来ずザフト歩兵は、鋼鉄の驟雨を受けて引き裂かれていった。


ザフトの車両部隊の周囲にいた歩兵部隊を全滅させたゴライアス6機と連合歩兵部隊は、側面を曝すザフト車両部隊に襲い掛かった。

「敵!どこからっ!」
メイは、突如自身がいる場所が前線となったことをまだ理解しきれていなかった。

「メイ!機銃を撃て!」
車長を務める長身の白人男性、レイモンド・ホワイトの命令が狭い車内に木霊する。
同時に索敵車両の隣の地面にグレネード弾が着弾し、土砂を巻き上げる。

恐怖に体を震わせつつもメイは、索敵車両の車体上部に装備された20㎜機銃の遠隔操作用銃座に座った。
モニター上には、周囲に展開するザフト歩兵を蹴散らす、パワードスーツ ゴライアスが表示されていた。

照準をろくに見ずに、彼女はトリガーを引いた。

索敵車両が車体上面の旋回機銃を掃射した。
20㎜弾の連打を受けたゴライアスは装着者ごと蜂の巣にされ、肉片と金属片を撒き散らして爆発した。

「やっ、やった!」
次の瞬間別のゴライアスの放ったグレネード弾が索敵車両に命中、車体側面に穴をあけた。

「アルベルティっ 糞宇宙人が!」
ディエゴ曹長は、戦友が砕ける瞬間を見た。


そしてそれは彼の両足がこの大陸の大地を踏みしめて以降、何度も経験したことであった。


地球連合の機甲兵と歩兵部隊の攻撃を受けて、ザフトの装甲車両部隊は、まるで的の様に撃破されていった。
突然の予期せぬ攻撃にザフト側は、戦力差もあって効果的な反撃が出来ず、付近のザフト部隊にモビルスーツの支援を要求し、モビルスーツが到着するのを待つことしかできなかったのである。

「曹長!敵が!」
ディエゴ曹長の部下の一人が、指差す。

「ちっ」
指差した方向には、ザフトのトラックがあった。
そして荷台に搭載されたカタパルト、その上には、UAV(無人航空機)が乗せられていた。
黒い鳥の様なUAVの胴体上部に搭載された樽状の物体…ジェットエンジンの後部噴射口が、青白い炎を吹き上げているのが見えた。

UAVが発進しようとしていた。

それは、制空権を持たないこの都市の地球連合軍にとって憂慮すべき事態だった。
携帯式の対空ミサイルは、なるべくディンやげた履きのモビルスーツ用に温存しておきたかった。またNJ下では、対空火器には、命中率の問題もあった。

「行かせん!」
ゴライアスの20㎜チェーンガンがそこに浴びせられた。

UAVは、銃撃が降り注ぐ寸前でカタパルトから発進した…かに見えたが、数発の銃弾が、ジェットエンジンを貫いていた。
推進器を破壊されたUAVは、機首を地面に向けて落下し、地面に激突、爆発した。

胴体に搭載されていた燃料と爆弾が炸裂する轟音と共に、弾け飛んだ左右の翼がそれぞれベニヤ板の様に回転しながら、吹き飛んだ。


「ジンが接近してきます!」
「よし、ここまでだ!全員撤収!」
5機のゴライアスが、前方に向けてグレネードを一斉に発射した。

グレネードは地面に着弾すると同時に白い煙を撒き散らした。
煙の壁が形成され、ディエゴ以下、地球連合軍部隊の姿を追い隠した。

「貴様らよくも!」
怒りに燃えるジンのパイロットは、白い煙の向こうへと重突撃機銃を乱射した。

だが、それらの攻撃は、煙の中の地球連合軍部隊を傷つけることなく、空しく爆炎を吹き上げただけに終わった。
煙が晴れた後、そこに残されていたのは、燃え盛る装甲車両の残骸と、人形の様に転がる両軍の兵士…多くがザフト側…の遺体だけだった。

「…」
撃破された車両からはい出た若い女性のザフト兵は、眼の前に飛び込んできた凄惨な光景とそこからあふれ出る肉やプラスチック、金属が燃える異常な臭いに絶句し、茫然としていた。
今までも、実戦は何度も経験した。だがそれは、狭い車内のモニターから経験していたことであり、その全ては、自分達の勝利という結果で終るものであった…そう、これまでは…

彼女を含め、突然の襲撃を生き延びることが出来たザフト兵達は、同じ様な気分になっていた。


「くっ!連合め、今まで我々のみを攻撃し、郊外にいる部隊には手を出さなかったのは、我々の眼を誤魔化す為だったのか…」
敵のマットブラックに塗装されたパワードスーツ部隊からの攻撃を回避しながら、ケヴィンは歯噛みした。
彼のジンの後方用のモニターには、背後…郊外に立ち上る幾つもの黒煙が鈍色の空と共に鮮明に映されていた。

「中隊長!どうします!郊外の車両部隊が敵の襲撃を受けています!」
ケヴィンの僚機を務めるジンのパイロットが言う。
郊外で待機していた車両部隊は、索敵車両と歩兵部隊を中核とする部隊で、本来の作戦ではウーアマン中隊が市街地に突入し、市内の地球軍部隊に壊滅的打撃を与えた後にウーアマン中隊に代わって残敵掃討を行う予定だった。

だが、現実はケヴィンらの予測を完全に裏切り、彼らに壊滅的打撃を与えられ、この廃都を墓標に果てるはずだった地球連合軍部隊は、未だに高い戦意を持ち、十分な戦闘能力を保持して激しく抵抗していた。

そして車両部隊は、比較的安全であると判断され、最前線の間近に配置されていながら、手薄の状態に置かれていたのであった。

護衛についていたジン2機が市街地に対しての重突撃機銃による支援射撃を行うために市内に接近した瞬間に潜伏していた地球連合軍部隊の襲撃を受け壊滅的打撃を逆に蒙ることとなったのであった。

更に中隊長であるケヴィン以下、ウーアマン中隊にとっては間の悪いことにこの車両部隊には、索敵車両や歩兵部隊のみではなく、ウーアマン中隊のMSの整備、修理を行う為の前線用整備トラック、弾薬や燃料を搭載していた輸送車両、そして市内で戦闘しているウーアマン中隊と後方のカッセル軽砲小隊との連絡を行う為の指揮車までが含まれていた。

前線で迅速に整備補給を行い、連絡を密にするための策が完全に裏目に出ていた。


これらが被害を受ければ、戦い続けることすら困難になる可能性があった。

不幸中の幸いは、車両部隊を2つに分けていたことで、カッセル軽砲小隊と合流していた部隊は、カッセル隊と同様に無傷であった。
しかし、指揮車と索敵車両が撃破されたことで、索敵用ドローンの索敵範囲は、半分ほどにまで低下を余儀なくされていた。
このことにより、同士討ちを恐れたカッセル軽砲小隊は支援砲撃をやめてしまっていた。

「中隊長!ここは一度後退し、部隊を再編してから再度攻撃を駆けるべきです!」
「やむを得ん、全機後退!」

悔しげに口元を歪め、ケヴィンは、引金を引いた。
ウーアマン中隊の指揮官機のジンが、撤退信号弾を上空に撃ち上げた。

「後退信号!ここまで来て!」
20㎜機銃で歩兵部隊を支援していたある装甲車の車長は、車内で叫んだ。

「後退だって!中隊長はこの状況が分かっているのか!?」
指揮下の歩兵部隊と数両の装甲車と共に公園跡で、
地球連合軍部隊に包囲されていた赤毛の女指揮官は、外の銃声と悲鳴に負けじとばかりの大声で叫んだ。

「後退だと?」
市内に潜伏する地球連合軍部隊の挑発の様なロケット弾と迫撃砲、対物ライフル等による嫌がらせ同然の攻撃に、重突撃機銃で応戦していたジンのパイロットは、他の班の状況が分からなかったこともあり、怪訝そうに呟いた。

それぞれの兵士達の感情や事情など斟酌されることなく、ウーアマン中隊は、市内から撤退を余儀なくされた。

この混乱した状況で、全ての部隊が撤退出来たわけではなく、包囲された部隊や孤立を余儀なくされた部隊は、市内に取り残されることとなった。

「敵が退却を開始しました!」
「隊長!奴ら、逃げ出し始めましたぜ!」
「こちらアンジェリカ、敵部隊は撤退を開始した模様」

「…」
ハンスは、部下からの通信で、市内に突入した敵部隊が撤退したことを知った。最初、彼と交戦していた指揮官機のジンが率いていた部隊が後退した時点で予感はしていたが、
市内の全部隊が後退するとまでは考えていなかった。

「各部隊は、防衛ラインを再編し、敵の再攻撃に備えろ」
「「了解!」」
「指揮官殿!一部敵部隊が市内に残っていますが、どうします?」
防衛線の一つを指揮するガラント少尉が質問する。
彼の隊は、最初にザフト軍歩兵部隊と交戦した部隊で、隊の半分近くが死傷する損害を被っていた。

「敵にモビルスーツはいるか?」
「いえ、車両と歩兵部隊のみです。また一部脱出したモビルスーツパイロットを目撃したと、
ヒュセイン曹長の隊の報告がありますが、詳細は不明です」

「少数の部隊を監視に張り付けて放置しておけ。敵も奴らがいる限り、不用意には、砲撃できんし、
絶対にここにまた突っ込む必要があるんだからな」
「さて、次は何が来る…!」
通信を終えたハンスは、ザフトが次にどんな手を仕掛けてくるかを想像した。


 

 

第9話 聖天使出撃


<リヴィングストン> CIC………

「ウーアマン中隊より通信、市内に突入した部隊の内、モビルスーツ数機が損傷、内2機を喪失、歩兵部隊の半数が打撃を受けた模様、また郊外の車両部隊が奇襲攻撃を受けたため一時市外より後退するとのことです…」
オペレーターが報告を終えた時、楽観的空気が支配していたCICの雰囲気は一変した。

「ウーアマン中隊がここまで打撃を受けたのか?」
「無敵の我軍のモビルスーツ部隊が退いただと…?!」
エリクは、目の前のモニターに映し出される情報が信じられなかった。
そしてそれは、他のブリッジのクルーも同じだった。
各部隊合わせてモビルスーツが10体近くも撃破される等参加していたザフト部隊の指揮官にも、兵員にも初めての事であった。

無論、対する地球連合軍も相当の損害を被っており、ハンスや各部隊の指揮官も予想以上の損害に驚き、多くの部隊の再編と再配置を余儀なくされていた。

だが、モビルスーツを複数有する部隊が、少なからず損害を受け、後退を余儀なくされたことは、ザフト兵に衝撃を与えていた。
敵が潜む都市は、要塞化されているのではないか、敵部隊はこの拠点以外にも地下シェルターなどで潜伏しており、この都市は、自分達を釘づけにして消耗させる為の陣地に過ぎないのではないか、そのように考える兵士もいた。

それは、最前線である廃棄された都市の兵士だけでなく、前線から離れた地点にいた<リヴィングストン>のブリッジにいる者たちも同じ状態になっていた。
もはや作戦開始当初の楽観ムードは消え失せ、地球連合軍の増援部隊が今にもここに襲い掛かってくるのではないかという考えさえ、彼らの一部の脳裏には浮かび上がっていた。


「か、艦砲射撃だ!都市は射程圏にある!」
エリクは狼狽気味に叫んだ。
友軍部隊がここまで打撃を受けた以上、艦砲射撃で市内の敵部隊に打撃を与える必要がある…そう彼は判断したのである。

「駄目です!」
その命令に異議を唱えたのは、隣に立つ金髪の美少女…アプフェルバウム隊指揮官 ノーマ・アプフェルバウムであった。

「ノーマ小隊長!なんのつもりだ!」
「市内には、まだ味方部隊が孤立しています!艦砲射撃をしては、味方を巻き込む危険性があります!」

「ではどうしろというんだ?」
エリクは自分が大隊指揮官であり、目の前に立つ少女が小隊指揮官に過ぎないということ等、頭から抜け落ちていた。

「私が出撃します!地上戦の経験は十分にあります」
ノーマは自信に満ちた口調で言った。
それは、まるで映画の主人公の様で、どこか滑稽でもあった。

「なんだと?」
「敵の実数は、そう多くありません!断言できます。」

そう言い切ると、彼女は、背を向けて、軍靴の音を鳴らして、自動ドアへと向かった。
間もなく、自動ドアが閉じる音が静かなブリッジ内に木霊した。
その音は、エリクら内部の人間には嫌に大きく聞こえていた。

「大隊長、どうします?アプフェルバウム小隊長の発進を許可しますか?」
「格納庫に連絡、アプフェルバウム小隊長が出撃する。整備班は準備に取り掛かれ」
「了解」
「ふう、これだから黄道同盟メンバーの関係者は困るな」

冷静さをある程度取り戻したエリクは、軽くため息を吐いた。
この時期、プラント最高評議会議員の1人 ザフト内部にも強い影響力を持つ国防委員長 パトリック・ザラは、プラント最高評議会議員の子弟を集めた部隊を編制、それをザフトの精鋭部隊として前線に投入する案を提案していた。
これは、一見すると多くの地域で、様々な形で行われてきた〝高貴なる者の義務〟の一形態の様に見える。
しかしその裏には、遺伝子操作が能力の全てを決定し、それゆえに遺伝子操作を受けたコーディネイターは、ナチュラルを能力で凌駕し、コーディネイター内部でも、資産家等、富裕層の子弟であり、高度な遺伝子操作を施された者…具体的に言うならば、プラント最高評議会議員やプラント内部の企業の重役、技術者等の層は、他の層に優越する……という遺伝子カースト制とでも形容すべき考えが透け見えていた。

流石にこのような考えはプラント内部の社会を階層化させ、分断させてしまいかねない為、誰も公的には肯定していない。
だが、プラントの社会の状況は之を肯定するかのような形態となっているのが、プラント社会の現実であった。

もし遺伝子で全てが決定されるのであれば、我々コーディネイターは、ブルーコスモスの野獣共が言う様に工業部品と何ら変わらない存在ではないか!ふと沸き起こった憤りを彼は自制心で抑え付けた。

エリクは、ユーラシア連邦の勢力圏に位置する小国に新興富裕層の次男として生まれた。
新興富裕層と言っても潤沢な資金があるわけではなかったので、彼は、それ程遺伝子の調整を受けているわけではなかった。

12歳の頃、家族と映画館に行った際にブルーコスモスのテロに巻き込まれ、家族を全て失った。
その2年後、宇宙医学に関する学位を取得したのと同時に多くの地球出身のコーディネイターと同様に当時建設が進められていた産業スペースコロニー群 プラントに入り、以後宇宙での医療機器に関する技術者としてプラントの発展に寄与してきたのであった。

そして多くのプラントの人間と同様に、プラント理事国から課せられるノルマと工場、研究施設として地球経済を牽引しているプラントへの成果に見合わない報酬に反発し、プラントを独立させ、地球の国家と対等の地位にしようと主張する政治団体 黄道同盟に入党した。

黄道同盟のメンバーとなった彼は、その能力を生かして戦闘要員として幾つかの活動に従事した。駐留軍に対するテロ、公園や工業施設に爆弾を仕掛けようとするブルーコスモスの民兵と銃撃戦を演じた経験もある。

ザフト入隊後、モビルスーツパイロットとしての適性は不適格とされた。
だが、指揮官としての適性は、黄道同盟時代に武闘派の戦闘員のリーダーをした経験もあって有りと判断された。
その後の戦功により、ザフト地上軍 ヨーロッパ方面軍所属ファーデン戦闘大隊指揮官として
レセップス級<リヴィングストン>の艦長に任命されるまでになった。

ノーマ・アプフェルバウム…つい先ほどまで彼の隣に立っていた少女は、彼と同じく黄道同盟時代からのメンバーでもあると同時に評議会に名を連ねる者を父親とするプラントのエリートでもあった。

彼にとっては、ある意味で自分の生きてきた全てを否定されているかのような存在であった。
だが、皮肉なことに彼と彼の部下にとって彼女こそが現状を打開できる数少ない要素だった。


――――――――――<リヴィングストン>格納庫―――――――

ザフトのMS部隊の移動基地でもあるレセップス級の格納庫は、元々広かったが、殆どの搭載機が作戦に出撃している現在、この<リヴィングストン>の格納庫は更に広く見えた。
ノーマは、自身の乗機へと向かった。

ノーマが足を止めたMSハンガーには、ザフトの最新鋭機 モビルスーツ シグーがその力強い鋼鉄製の巨体を屹立させていた。シグーは、ザフトの主力MS ジンよりも精悍かつ細みのある外見をしていた。

そしてその精緻な動きを可能とする両腕には、兵器が保持されていた。
右には、ザフト軍のMS用主力火器である重突撃機銃が、左には中世ヨーロッパの騎士が使用していたものを巨大化させた様な円形のシールドとそこからはみ出たガトリング砲の銃口が鈍い光沢を放っていた。

円形の特殊合金製シールドの裏側には、ガトリング砲の機関部と徹甲弾、他数種類の弾頭が装填された弾倉パックがある。

シールドに火器を搭載するというのは、限られたウェポンラックの有効活用という意味では、合理性があったが、敵の攻撃を受けることを考えると衝撃による動作不良や誘爆の危険性を孕んでいた。

シグーは、ジン部隊の指揮官機として開発された機体で、飛行MS ディンのスラスターを改良した2基のメインスラスターによって機動性がジンの2倍近く強化されていた。

ジンをあらゆる性能で上回るシグーは、主力機 ジンの後継機種としてエースパイロットや指揮官を中心に配備が進められていた。

ノーマにこの機体が引き渡されたことには、
彼女自身が、MA 22機、戦闘機12機、装甲車両29両を撃破し、戦闘艦4隻、輸送艦3隻を撃沈したエースパイロットであることだけでなく、彼女の父親であるヨハン・アプフェルバウムの存在もあった。

ユーラシア連邦 ドイツ州 ケルン出身の第1世代コーディネイターにして、黄道同盟創設メンバーの1人であるこの人物は、現在、同志の大半と共にプラント最高評議会のメンバーに選出され、現在、アプリリウス2の地区代表 プラント最高評議会議長補佐として活動していた。

新兵からエースになったとはいえ、まだ経験が少ないノーマにシグーが引き渡されたのには、実力のみならず評議会議員の縁者子弟に最新鋭の機体を引き渡しておくことで、ザフト内部での立場を良くしておきたい、と考える関係者の配慮が全く無かったとは言えなかった。



「ノーマ小隊長!出撃されるのですか?」
先程まで待機室にいたのであろう。彼女の部下の一人が尋ねた。

「ええ、そうよ」
「修復が完了次第、我々も共に出撃します!」
数時間前に経験した地球連合側戦闘機部隊との戦闘で、ノーマのシグーは殆ど損傷を蒙らず、弾薬と推進剤を消費しただけで済んでいた。
だが、彼女の部下の機体は損傷を蒙り、現在修理中であった。

「今回の戦闘は私だけで十分よ、貴方達は、この艦の直衛に付きなさい。敵がいつ襲撃してきても不思議じゃないわ」
「ここまで、敵襲なんてきませんよ…」
「小隊長1人で市内の地球軍と戦うんですか?」
「そこまで無謀なことを私が考えているわけがないでしょ?私は突破口を開くだけよ、安心して」
「…了解しました。」
次に背後から整備班長が彼女に声をかける。

「小隊長、出撃されるのですか」
「ええ、整備は?」
「シグーは、既に完了しています。」
「グゥルは使用可能?」
「グゥルへの推進剤補給は既に完了しています」
「ありがとう。」
そう言うとノーマは、ハンガーに駐機された愛機の元に向かった。
彼女は、シグーのコックピットに乗り込むと即座に計器類を起動させる。

シグーは、ハンガーから歩き出すと、リニアカタパルト上に置かれた物体の上に足を置いた。
そのエイを思わせる物体は、後部に推進器があった。
シグーは、ジンよりもスラスターの推力はあるものの、飛行モビルスーツ ディンの様に自力で飛行することは不可能であった。
その為、追加装備が必要となる。

それが、このサブフライトシステム グゥルであった。

民間向けに垂直離着陸輸送機として開発されていた機体をベースに開発したこの機体は、MSを搭載し、戦場まで輸送させることを目的に開発された無人航空機である。
その高い推力により、限定的ながらモビルスーツに空戦能力すら持たせることができ、少しの改造で、無人輸送機・爆撃機としての運用も可能な装備である。

現在、ファーデン戦闘大隊の指揮下のモビルスーツ部隊が、地球連合軍の追撃にグゥルを使用していたこともあって、艦内格納庫には、グゥルは、1機しか残されていなかった。

このグゥルも機械故障で出撃不能となり、修理の為艦内に残されていたものである。
ちなみにノーマ小隊が使用していたグゥルは現在補給と修理作業中だった。

「これより出撃する!進路は?」
「進路クリア、発進どうぞ!」

はきはきしたオペレーターの声が彼女の耳を打つ。
彼女は、機体のスロットルを最大にした。

グゥルに乗ったシグーが、リニアカタパルトの力を得て空へと射出される。

「ノーマ・アプフェルバウム シグー出撃する!」

巨大なバッテリー仕掛けの白銀の騎士は、鈍色の空へと駆け上がって行った。


グゥルに乗ったノーマのシグーは、途中までは地を這う様な低空飛行で、市内が見えてきてからは少し高度を上昇させて、敵部隊の潜伏する放棄された都市に接近した。

都市から少し離れた場所には後退してきたウーアマン中隊の姿が確認できた。

先程まで激しい戦闘が繰り広げられていた市内は、銃声一つしない静寂を保っていた。
だが、市内の建築物に開いた大穴や各所からあがる黒煙は、そこが先程まで戦場であったことを雄弁に見る者に教えていた。

また内部には、孤立しているザフト部隊がいたが、それらを地球連合軍は殲滅することなく、放置しているようであった。

並みの部隊なら孤立している部隊を運用可能な戦力の全力をもって叩き潰すところだろうが、ノーマ達ザフト軍と戦っているこの部隊の指揮官は、孤立させた敵部隊の戦力を殲滅せず、最小限の戦力で監視、包囲することに留めて敵の支援砲撃や空爆を防ぐための盾として利用していた。
相手の指揮官の有能さに彼女は思わず舌を巻いた。

「…」
ノーマはシグーを市内へと向かわせた。

「酷いものね…」
搭乗者たる金髪の美少女は、自機の正面モニターに映る光景を一瞥して言った。

旧世紀に第二次世界大戦を引き起こし、ヨーロッパ全土を地獄に変えたナチス・ドイツの独裁者 アドルフ・ヒトラーとその腹心の部下で公私ともに交流のあった建築家 軍需大臣 アルベルト・シュペーアは、古代ギリシャ・ローマ建築の様に第三帝国が滅亡した遥か未来に廃墟となった後も建造物が美しい姿を留めていられるように、廃墟価値理論というものを考え、それをナチス政権の建設計画での建築物設計に適用した。

今のノーマには、それが痛いほど理解できた。
ギリシャの古代文明の栄華を残すパルテノン神殿やジャングルに呑み込まれても尚、美しさを保つカンボジアのアンコール・ワットが、ロシア正教の伝説にある、死してなお芳香を放ち、不朽を保つ聖人の遺体とするならば、眼の前の放棄された都市は、雑菌と外気に蝕まれ、悪臭を放つ醜い腐乱死体と形容出来た。

目の前の廃墟が、恐らく身体的、精神衛生的にも人の居住には適さないであろうことは明白であった。

ノーマが都市内に展開する地球連合部隊が大規模ではないと推測したのも、都市のインフラが大量の人員の生活に耐えうる状態ではないことを知っていたからである。
墓標の如く聳え立つ灰色の高層建築の中へとグゥルに乗ったノーマのシグーが侵入を図った。

「(どこに敵がいるの…)」
「!!」

彼女が周囲に視線を巡らせようとした次の瞬間、ミサイルアラートがコックピットに響き渡った。


「たった1機で突っ込んでくるとは大した自信の持ち主だ!大歓迎してやれ!ミサイル班、引き寄せてから撃て」

ゲーレンの部隊は、ノーマのシグーの直進ルート上の廃墟に展開していた。
この部隊は、ウーアマン中隊が市内に突入する少し前、航空攻撃を仕掛ける為に先行して低空を進撃していたディン6機を有する対地攻撃部隊エレノア襲撃中隊を、ディン1機を除く全機撃墜という大戦果を挙げていた。

指揮官であるゲーレンはたった1機で向かって来るそのシグーを指揮下の部隊の火力を出来る限り叩き付けて撃破するつもりであった。

「全ミサイル斑ミサイル発射!」

指揮官を務めるゲーレン中尉の声が有線通信機を通じて、各所に潜伏していたミサイル斑に伝達された。

そしてミサイル斑は、命令を実行した。

彼らの部隊は、ミサイルの多くを航空兵力対策に温存していた。
その為ミサイルは、ウーアマン中隊との戦闘後も半数以上が発射可能であった。

廃墟の各地に隠蔽配置されていたミサイル陣地から一斉に、正面から向かって来るたった1機のシグーに向けて数十発のミサイルが発射された。

その中には、対空用ではなく、装甲車両用のミサイルもあった。
白煙を上げて蛇の群れの如くシグーに向かうミサイル群…一見すると1機のモビルスーツを標的にしているものとしては過剰に見える。
しかしこれはゲーレン中尉とその部下が、航空兵力の脅威を正しく認識していたからである。

ノーマのシグーを包み込むように迫るミサイル、全弾を受ければ、シグーと言えど、先程匍匐飛行中にMLRSのロケット弾の雨を受けたエレノア襲撃中隊の所属機の二の舞になるであろうことは間違いなかった。

「!」

ノーマは、自機が確実に回避出来ないミサイルのみを重突撃機銃で撃墜する。
ノーマのシグーは、ビルが森林の木々の様に林立する市内に突入した。


「なんだと!」
ゲーレンは思わず叫んだ。彼の予想では、グゥルに乗ったままでの市内への突入は、危険だと判断してグゥルを放棄して地上に着地するか、ミサイルを迎撃後、高度を上げると考えていたのである。

そしてシグーのパイロットが前者の選択を取った場合は、少し後方にいる機甲歩兵部隊に援護要請を出し、
先程撃破してきたザフトの部隊やモビルスーツと同様に市内でじっくり料理してやるつもりだった。

逆に後者の選択、高度を上げる方を選択した場合は、貴重な航空機用の対空ミサイルやビルに仕掛けられている無人ミサイル陣地の集中攻撃で叩く、
というのが彼の作戦だったのである。

「早すぎる!」
「なんて奴だ!」

ミサイル斑の兵士が、驚愕の余り叫んだ。

ビルの合間から次々とミサイルが、ノーマのシグーに向けて放たれる。

グゥルに乗ったシグーは、ビルの間という航空兵器の動きが制限される状況でも機体の動きを傾け、シールドガトリングの弾幕でミサイルを撃墜するといった方法で突破する。
少しでも操作を間違えれば、周囲の廃墟に衝突して大破することは間違い無かった。

「撤収!ここに残っててもいい的だ。」
一部の陣地は、人員が恐怖の余り逃亡した。

「貴様らは逃げろ!早くしろ!」
第21号陣地と呼称されていたその陣地の班長を務める下士官は、同じ陣地にいる部下、その年齢と容貌は、兵士というよりも学生に近い…を、銃を振りかざして追い出すと自分だけで陣地内のランチャーを操作した。
彼が覗くミサイルランチャーの赤外線誘導装置のモニターの向こうには、両腕の火器を熱で真っ赤に染めた鋼鉄の悪魔が戦友に暴威を振るっていた。

「消えなさい!」
グゥルの下部に搭載された対地ミサイルが発射され、ノーマのシグーの下に存在していたミサイル陣地の1つに着弾した。

対地ミサイルのサーモバリック弾頭が炸裂し、オレンジ色の灼熱の炎が中にいた人員を瞬間的に黒焦げの炭化物に変換した。

その火炎地獄の上をグゥルに乗ったシグーが通過する。
火柱の様な弾頭の爆発を背後に、ノーマのシグーは更に激しい攻撃を叩き付ける。

「そこ!」
ノーマがトリガーを引く。
シグーが、ミサイルの発射された方向に向け、シールドガトリングを連射した。
ガトリング掃射を受け、廃墟に潜伏していたミサイル陣地が3つ破壊された。

ノーマのシグーは、右手の重突撃機銃と左腕のシールドガトリング、両腕にマウントされた火器で、
順調に廃墟に設営されたミサイル陣地を撃破していった。

「撤収!ここに残っててもいい的だぁ!」
一部の陣地は、人員が恐怖の余り逃亡した。

「貴様らは逃げろ!早くしろ!」
第21号陣地と呼称されていたその陣地の班長を務める下士官は、同じ陣地にいる部下、その年齢と容貌は、兵士というよりも学生に近い…を、銃を振りかざして追い出すと自分だけで陣地内のランチャーを操作した。
彼が覗くミサイルランチャーの赤外線誘導装置のモニターの向こうには、両腕の火器を熱で真っ赤に染めた鋼鉄の悪魔が戦友に暴威を振るっていた。

「食らえ!宇宙の化け物!」
陣地から対戦車ミサイルが発射されたのと同時に、シグーから放たれた砲弾数発が直撃した。

「わずかな間に…しかも傷一つつけられないだと!」
巧妙に市内に設営されていたミサイル陣地は、その殆どが壊滅していた。


残されていたのは、指揮官であるゲーレンの陣地のみだった…

「化け物かよ!」
自らのいる建物へと向かって来るシグーを見据え、彼は、肩に背負う対戦車ミサイルのトリガーに指をかけた。

「遅い!」
それよりも早く、シグーの右腕の重突撃機銃が火を噴いた。
重突撃機銃より発射された76㎜弾が大気を引き裂く轟音が、彼が知覚した最後の音であった。

ゲーレンが指揮所としていたビルの12階のフロアの一つに着弾した76㎜弾は、そこにいた人間達を纏めて吹き飛ばした。
辛うじて残っていた窓ガラスは、粉々に砕け、オレンジの爆光の中で、さながら夜の星の様に束の間の間、煌いた。

そこにいた者達は、死体すら残らなかった。
僅かに焦げたタンパク質が、建造物にこびり付いていたのみである。

 

 

第10話 猛攻

同じ頃、地球連合側の指揮官であるハンスは部下の機甲兵部隊と共に着用しているパワードスーツ ゴライアスの補給作業が完了した時であった。
パワードスーツは、一般的に歩兵同様に余り電力を消費しないと見られているが、それでも機械である以上電力で動いている。
パワードスーツを動かすモーター、パワードスーツの繊細な動きを可能とする、全身に張り巡らされた人工筋肉、装着者の健康状態を一定に保ち、内部の環境を快適な状態にしておくことで継戦時間を延ばす生命維持装置やそしてそれらに装着者の意志を伝達する操作機器も電力を消費する。

ちなみにパワードスーツがエネルギー切れになった場合は、自動的に着脱モードに移行して直ぐに脱げるようになっている。

災害救助や後方での建設作業等では、部隊に所属する機甲兵の一部のパワードスーツに小型バッテリーを背負わせたタンカー役にすることが出来たが、戦場でそれをやるのは無謀すぎた。
またパワードスーツを着用している人間の問題もある。

かつて再構築戦争期の〝最後の核〟の直後には、放射能汚染された地域でも活動可能なように鉛の板や放射能遮蔽装置等が装備され、装着者は、高温と生理的不快感に耐えることになるような人間工学を鑑みないパワードスーツが試作されたこともあった。
それらは、運用時間が2時間が限度であるということと鈍重さが問題視され、採用されることは無かった。

流石にゴライアスを含め、現在のパワードスーツの大半は、軍用、民間用問わず宇宙服に採用されている生命維持装置と同じものが搭載されている。

それによりスーツ内の着用者は、寒波吹き荒れるシベリアの様な極寒の大地でも、灼熱と砂嵐が吹き荒れる北アフリカの砂漠でも、蒸し暑いジャングルでも、毒ガス兵器や細菌兵器が散布され、死者の街と化した市街地でも、全てのインフラが破壊された都市の様な場所でも快適な状態を維持して戦うことができる。
しかしそれでも数時間にわたって着用し続けるのには限度がある。
その為、こうして整備、補給の際には、着脱している兵士も少なくなかった。

ハンスは、補給作業が完了するまでの数分間、ヘルメットを外しただけで、カロリーバーとイオン飲料を間食として摂取する時も、着用し続けていた。
いつ敵が現れてもおかしくないからである。

幸いパワードスーツ ゴライアスのマニュピュレーターは、人間の生身の腕と遜色ないと言われる程の精密な動きとパワーの調節を可能にしていたので、彼がカロリーバーを握りつぶすとかイオン飲料のプラスチック製容器を粉砕するといった事態は起こらなかった。

「ハンス大尉!」
通信部隊から報告が入った。その若い通信兵の声には狼狽と恐怖が感じられた。


「市内に侵入したシグーはどうなった?」
部下と共に補給作業中だったハンスは、偵察隊からシグーが1機だけで突入してくるという報告と、その直後にゲーレン中尉の部隊が迎撃に出たという報告を受けていただけで、その後の戦闘の結果は、まだ知らなかったのである。

敵を撃墜するのは、無理だろうが、短時間で撃破されることはまず無い…そう彼は考えていた。
だが、同時に彼は、戦場に絶対などというものは無いということを彼は知っていた。

そしてその考えの正しさは、今この時実証されたのである。

「…ゲーレン中尉の第1特別防空隊は戦力の過半数を喪失、ゲーレン中尉は戦死したとのことです。」
「…」

ヴォルフラム・ゲーレン中尉、大西洋連邦軍が残存部隊を再編してユーラシアの戦場で臨時編成した第1特別防空隊の指揮官となっていたこの男は、整った顔立ちと目の覚めるような金髪が特徴的で、任務以外の時も、共に酒場に繰り出したり、トランプゲームを楽しんだこともある掛け替えのない戦友の一人であった。
そしてたった今、彼は、死者の列にその名を連ねた。

深い悲しみがハンスの心を一瞬支配した。しかし死者を弔うのは、戦いが終わってからである。
兵士として訓練を受けたハンスは、戦友を突如として喪失した悲しみに沈むよりも、戦友の敵を討つことを選択した。

「!!短期間にゲーレンの部隊を壊滅させるとは…奴はエースパイロットだな」
ハンスは直感した。この敵は、先程までとは違う、都市に仕掛けられたトラップや潜伏した歩兵等では対処できる相手ではないと…


「そろそろ潮時かもしれんな…」
ハンスは、ゴライアスの正面モニターのタイマーの時刻を見ると、部隊の脚である輸送トラック部隊に撤退の準備を命じた。
これで、彼が撤退命令を下せば、いつでも脱出が出来るようになるはずであった。
古今東西の歴史をひも解いても、戦争で最も損害を出すのは、撤退戦の時である。

このことは、歴史が記録される以前の石器時代の人骨からも判明していることであった。
いかに壊走ではなく、部隊を統制と戦闘能力を維持した状態で退却させるかは、部隊を率いる指揮官の優秀さに掛かっていた。

「どうしますか。隊長!」
「…〝トゥームストン〟でいく。まず、その為には、12地区に誘い込む」
「…やってくれるな、ディエゴ曹長」
ディエゴ曹長の率いる機甲兵部隊は、中隊内では、指揮官であるハンスの部隊に匹敵する技量を持つ小隊であった。

「やってやりますよ!隊長殿!」
ディエゴ曹長は、笑顔で答える。
まるで、彼の好きなチームが出るベースボールの試合を観戦しに行くときの様に。

先程の戦闘で、市内の下水道を利用して郊外に展開していたザフト軍の車両部隊を襲撃、大損害を与えて帰還した彼の機甲歩兵部隊は、ハンスの部隊とは別の地下の補給施設で補給作業を受け、それが完了したばかりであった。

ディエゴ曹長率いる機甲歩兵部隊と地球連合軍部隊は、防衛陣に入り込んだシグーを撃破すべく、行動を開始した。

「!」
ノーマは、建物の影に潜伏していたゲーレン隊の残存である対空ミサイル車両を重突撃機銃で狙撃した。その攻撃は、正確に対空ミサイル車両の車体側面を撃ち抜いた。

海外派遣時に輸送機での輸送を考慮に入れた設計による高機動化、軽量化によって、一般車両とほとんど変わらない重量と装甲だったその対空ミサイル車両は、木端微塵に吹き飛んだ。

「化け物め!」
別の車両が対空ミサイルを発射した。
先程までは、指揮官であるゲーレン中尉の命令で、ミサイルを温存していた。
だが、指揮官以下部隊の大半が戦死し、敵が襲来しつつある状況ではそんなことを言っていられる状況ではなかった。
ミサイルが発射されるのを確認すると同時にノーマのシグーは即座に低空飛行に移行、砲撃で歪に変形したビルの影に隠れる。

「そこよっ」
ビルの影から飛び出すと同時に重突撃機銃を叩き込む。
対空ミサイル車両は、戦車をも撃ち砕く高速徹甲弾に車体をズタズタに引き裂かれて炎上した。
ゲーレン隊が保有していた対空ミサイル車両は、1両残さず、燃え盛るスクラップに変換された。

「食らえ!」
廃墟の影に隠れた歩兵が携帯型対空ミサイルを発射した。

「被弾した!」
ノーマは、咄嗟に回避しようとしたが、間に合わず、ミサイルは、グゥルの左エンジンに命中した。
ミサイルはグゥルのエンジンに突き刺さると同時に弾頭を炸裂させ、燃料タンクに誘爆したグゥルは数秒で火球と化した。

ノーマのシグーは寸前でグゥルから飛び降り、ボロボロのコンクリートの地面に着地した。

「やった!」グゥルが爆散するのを見た若い兵士は、満面の笑みを浮かべて叫んだ。
「お返しよ。」
ノーマのシグーは、着地と同時に重突撃機銃を叩き込み、歩兵を吹き飛ばした。
地面に降り立ったシグーに廃墟からミサイルや砲弾が浴びせられた。

攻撃を行う地球連合部隊は、ディエゴ曹長率いる機甲歩兵部隊を中核としていた。

「食らえ!」
ディエゴ曹長のゴライアスは、左手に握った20mmチェーンガンを乱射する。
だがシグーの装甲には、牽制にもならない。

「作戦通りにいくぞ!」
「「「「了解!」」」」
ディエゴ以下、ゴライアスを装着した機甲兵達は、決められた作戦通りに脚部のローラーを駆使して都市の奥へと撤退を開始した。
「引いていく…逃がさない!」それを見たノーマのシグーもそれを追う。


先程の戦闘で機甲兵部隊にモビルスーツを含むザフト部隊が苦しめられていることをノーマは認識していた…だからこそ彼女は、あえてそれを追撃したのである。
推進剤を節約するため、ノーマのシグーは、スラスターを使わず走行することで追撃した。

対するゴライアスの数機は、白い煙幕を展開した。だが、シグーは、ディエゴ率いる機甲兵部隊を追撃した。
お互いに移動中の相手を銃撃することは無い。弾薬を無駄にしないためである。

廃墟の建物の間を駆け抜けるディエゴ曹長の機甲兵部隊のゴライアス6機とノーマのシグーは、都市の中心部の付近にまで到達していた。
その場所には、かつてのこの都市の中心部に隣接していたこともあって高層ビルが林立していた。

1年前には、多くの人々が中で労働していたのであろうそれらの高層建築物は、砲撃の影響によって荒廃し、
チーズの様に穴だらけになっていた。

「全機、身を低くしろ!」
ディエゴがそういうと同時に、6機のゴライアスが姿勢を低くした。
「…」ノーマは、その動きを見て怪訝な表情をした。
次に彼女の眼に一瞬だが、進路上に、廃墟の間を横切る白い線の様な物が見えた。

「ワイヤー?」

ノーマは、その正体を即座に推測した。そして、敵の意図も……ノーマの優れた動体視力、判断力だけでなく、指揮官用として設計され、ジンよりも高性能なシグーの高解像度のモノアイがなければ、彼女は、ワイヤートラップに気付くことは無かっただろう。
全長が約2~3㎡のゴライアスは、接触することは無い。だが約18㎡にも及ぶシグーの巨体では、腰の部分で接触することになる。

ノーマは、そのワイヤーは、ワイヤーに反応して爆弾が炸裂するタイプのトラップであると推測していた。もし無視して通過すれば、
ノーマのシグーは、爆弾の爆発に巻き込まれることになる。

「ワイヤートラップなんて単純な手で!」

ノーマは、シグーを寸前でジャンプさせることで、張り巡らされていたワイヤーを回避した。
ノーマのシグーがワイヤーを避けて移動した次の瞬間、その廃墟は爆発し、ノーマのシグーの背後の空間を瓦礫が占領した。

「追い詰めたわよ…」
ノーマがそう言った直後、再び爆発音が響いた。
それは、ノーマのシグーでも、ディエゴ曹長率いる機甲兵部隊によるものでもなく、ノーマのシグーの真上で起ったものだった。
咄嗟にノーマは上を見た。
シグーの直上、廃墟の中でも比較的原型をとどめる高層建築の影が聳えるそこには、
オレンジ色の爆発の華が咲き、高層建築を構成していたコンクリートの瓦礫が今にも地面に向かって落下しようとしていた。


つい数十秒前までビルを形成していた巨大なコンクリートの塊がシグーに襲い掛かった。

「よし!掛かったな」
ゴライアスを着用したディエゴ曹長は、笑みを浮かべて言った。
彼の目の前で、ビルの瓦礫は、彼の想定通りに真下に落下した。そしてその落下点には、ノーマのシグーが立っていた。
「!!」
ノーマは、相手の真の意図にようやく気付いた。
機甲兵部隊で、敵のMSを誘導し、爆弾で動きを止めてから、隣接するビルの上層階を爆破、敵のMSを降り注ぐビルの残骸の下敷きにすることで止めを刺す。

先程のワイヤートラップは、本命であるこの瓦礫のトラップに対する囮だけでなく、退路を断つという目的があったのである。

「くっ!」

トゥームストン………その巨大な墓石は、地面にいるノーマとシグーに向けて轟音を立てて落下した。
少なく見積もって数十トン近い質量を有するその物体の直撃を受ければ、モビルスーツさえも破壊されることは間違いなかった。

「そんな単純なトラップで!」
ノーマは、シグーの背部のスラスターを全開にした。
ディエゴ曹長のゴライアス部隊は、シグーの動きを止めるべくチェーンガンや対戦車ミサイルを乱射する。

ノーマは、左腕のシールドを投げつける。投げつけられたシールドは、一瞬銃弾の火花を浴びて真っ赤に染まり、止めとばかりに撃ち込まれたピルム対戦車誘導弾が大穴を開けた。タンデム成型炸薬弾頭を搭載したミサイルの一撃はシールドの裏に装着されたガトリング砲の基部を破壊し、弾倉が爆発したシールドは砕け散った。

シールドのミサイルによって空いた穴を起点に爆発が起こり、爆風が砕け散るシールドを覆った。
同時に爆風の中からシグーが飛び出す。

コンクリートの豪雨がシグーを打ち砕く寸前、シグーは、離脱に成功した。
爆風から現れたシグーは、すれ違いざまに右腕の重斬刀を振るう。

近くにいたゴライアスが切り捨てられる。

シグーは、ゴライアス隊の前に着地した。シグーが地面に着地する轟音が、
ディエゴ曹長の耳には、やけに大きく聞こえた。
同時に背後のコンクリートの瓦礫の山がはじけ飛んだ。中に仕掛けられていた爆薬が爆発したのである。

本来ならビルの下敷きになったシグーに対する止めとなるはずだった爆薬は、コンクリートの瓦礫を砕いただけに終わった。

次の瞬間、シグーの左腕に握られていた重突撃機銃が、ディエゴ曹長率いるゴライアス部隊に浴びせられた。

「畜生!」そう叫んだディエゴ曹長の視界は炎に呑まれた。

廃墟の一角で、毒々しい色の爆炎が吹き上がった。
「…」ノーマはそれを一瞥して、次の敵を叩き潰すべく歩みを再開した。


「ディエゴ曹長戦死!」
「そんな……ディエゴ曹長の隊がやられました。」
その報告は、直ぐにパドリオの操縦するガンビートルの通信システムを介して指揮官であるハンス大尉に伝えられた。
更に、ディエゴ曹長の隊の支援に向かっていたユーラシア軍所属の歩兵部隊がシグーによって全滅させられていた。

「ディエゴ……我々の隊で迎撃するぞ!」
ハンスは、即座に決断を下す。
「指揮官自らですか?」
その通信は、ユーラシア歩兵部隊の残余を率いるガラント少尉からであった。

「ああ、これ以上防衛線の内側であの怪物を飼うわけにはいかんからな!」
「第22歩兵小隊、第24歩兵小隊壊滅!」
「まずいぞ…このままでは、外のザフト部隊まで…」
「!!」ハンスの言葉は、直ぐに現実となった。

市内の地球連合軍の防衛線が崩壊しつつあるということは、郊外に待機していたザフト軍部隊の眼にも明らかであった。
そして、それを見逃す程彼らは、無能でも、お人よしでも無かった。

「ノーマ小隊長がやってくれたぞ!全軍進撃開始、この機を逃すな!ザフトの為に!」
ウーアマン中隊が進撃を再開した。

「俺達も突撃するぞ、ナチュラル共を叩き潰せ!」
カッセル軽砲小隊も突入を開始した。
「!支援砲撃を任務とする我々が市内に突入するのですか?」
部下の1人は、指揮官であるカッセル小隊長に質問した。

「ドローンによる射撃管制が半分機能していない今、まともに支援砲撃が出来ると思うな!」
「了解!」

更に先程まで<リヴィングストン>と共に後方に展開していた車両部隊も、ウーアマン隊と合流し、都市の地球連合軍を叩き潰すべく市内に突入し始めた。

「畜生!支えきれんぞ」
「こちら第3小隊!後退許可を!」

度重なるザフト軍との戦闘、特に単機で防衛部隊を幾つも壊滅させたノーマのシグーによって防衛線が大打撃を受けていた地球連合軍側には、それを押しとどめる手段はもはや残されていなかった。

「お前ら!車には乗ったな!味方と合流するぞ!」
包囲されていたザフト軍 アンリエッタ歩兵中隊も行動を開始した。
指揮官のアンリエッタ・エルノー中隊長は、包囲していた敵の戦力が低下しているのを見て、友軍部隊との合流を決意したのである。
この中隊は、先程の戦闘で、機甲歩兵部隊の猛攻をうけ、既に半数以上の兵員と装備を喪失し、歩兵小隊レベルにまでその戦力を低下させていたが、ノーマの活躍によって包囲陣が弱体化した為、突入を開始したザフトの車両部隊との合流に成功した。


「ハンス隊長!」
「支えきれないぞ!」
「後退!後退!」

市内の地球連合軍部隊は、各所で退却を余儀なくされ、一部の部隊は逃げ遅れて全滅した。
もし、退却準備を事前に指示していなければ、更に被害は拡大していた可能性があったことを考えると、まだマシであった。
公園に配置されていたロングノーズボブは、友軍部隊の放つ信号弾に従い、援護の砲撃を行っていたが、弾薬切れとなったことでそれも行えなくなった。

「弾切れです!」
「ここまでか…」

ダン以下砲兵隊員は、ロングノーズボブを放棄した。
その直後ザウート部隊の砲撃を受けてロングノーズボブは、スクラップに変換された。
ザフトが廃墟となった都市に侵攻を開始したのと同じ頃、ハンス率いる連合部隊は、ノーマのシグーと交戦状態に突入していた。

「ミサイル発射!」
スラスターを全開にして突入してきたシグー目がけ、ハンス率いる機甲兵部隊が一斉に対戦車ミサイルを発射した。
ゴライアスが、肩に背負った対戦車ミサイルランチャーを発射し、白い噴射煙が、ゴライアスのマットブラックのボディを包みこむ。
同時に周囲の廃墟と化したビルからも銃撃やミサイルが浴びせられる。ノーマのシグーは、3方向からのそれらの攻撃を回避した。
NJ下で誘導装置の信頼性が低下していることを考慮しても驚異的な回避能力である。

「なんて動きだ!」
シグーの回避運動を見たゴライアスを装着する連合兵の一人は悲鳴を上げた。

「当たれよ!」
廃墟に隠れた歩兵が、携帯型対戦車ミサイルを発射した。
だがシグーは、そのミサイルも回避するか、撃墜してしまう。
ハンスと部下の多くは、サブフライトシステム グゥルを破壊したことで、シグーの機動性を減殺できたと考えていた……しかし、シグーは、地上に足を付けてからの方が更に素早く動いていた。

この廃墟を縦横無尽に駆けまわり、その巨体を時折、廃墟の影を利用することでこちらから見えなくすることさえやってのける、このシグーは、巨大な幽霊とでも形容できた。

また1機、廃墟の影に隠れようとした部下のゴライアスが撃墜された。
シグーの重突撃機銃によるもので、旧式の戦車砲弾並みの口径の砲弾を受けたそのゴライアスはバラバラに砕け散っていた。

それは、シグーの重突撃機銃によるもので、旧式の戦車砲弾並みの口径の砲弾を受けたそのゴライアスはバラバラに砕け散っていた。
シグーの隣のビルから遠隔操作でミサイルが発射される。
それを見たハンスは、元工兵隊の貢献を思った。

撤退時に取り残された彼らに、ハンスは部隊の指揮官として、
都市内のトラップ設置、防御陣地の設営への協力を要請…事実上は命令…をした。

ハンスは、それがどれほどの重労働となるか、認識したうえでその決断を下した。
そうしなくては、戦いでの自軍の犠牲を減らすことはできず、自軍の被害を減らす為の策を怠ることは、
指揮官として失格である、と考えていたからである。

最初、ハンスは、工兵隊指揮官のライオネル・タイソン中尉を含む工兵たちから相当の反発を買うと推測していた。
だが、彼らは、文句一つ言うどころか、満足に銃も扱えない自分達がザフトのブリキ人形に一矢報いるチャンスをくれたと、喜んで、汗みずくになって防衛ラインの構築に貢献してくれた。

もし工兵である彼らがその技術と経験を最大限に活かしてくれなかったら、ここまで防衛することができたかは疑わしかった。
またシグーの死角である位置から発射されたミサイルが、シグーに迫る。

だが、ノーマのシグーは、それを回避し、更にハンスの機甲兵部隊の攻撃も回避し、ハンス達機甲兵部隊の前に立ち塞がった。

着地と同時にシグーがミサイルの発射された方向に重突撃機銃を叩き込む。
その右腕には、重突撃機銃が、左腕には、重斬刀が握られている。

「此処までなのか…」
ハンスがそう呟いた瞬間、彼の視界の片隅に小さく動く影が現れた。
シグーの背後の廃墟……

「…!」
そこには、損傷したディエゴ曹長のゴライアスが、ピルム対戦車誘導弾を構えていた。

「ハンス隊長…皆!」
先程彼は、ノーマのシグーによって部隊を壊滅させられたが、彼自身は、部下のゴライアスと廃墟が盾になる形で、難を逃れていたのであった。

このピルム対戦車誘導弾は、大西洋連邦のある軍事企業が開発した対戦車火器である。
この対戦車ミサイルが開発された頃は、大容量バッテリーの開発、モーターの高出力化、素材の改良による軽量化に伴う装甲車両の重装甲化が進んでいた時期であった。

戦車の装甲、防御力は、一種の最高点に達し、大口径のリニアガンでなければ、貫通不可能な程にまでなっていた。
各国は、敵の重装甲化した戦車に対抗する為、新型戦車、陸戦用MAの開発を進めると共に、遥かに安価な歩兵や機甲兵でも撃破できる様、携帯式対戦車火器の改良も進めていた。
このピルム対戦車誘導弾は、通常の機械化歩兵では1人での操作は難しかったが、機甲歩兵にとっては、片手で運用可能な火器である。
機甲歩兵や機械化歩兵の火力でも装甲車両を撃破できるようにと設計された特徴的な大型のタンデム式の成型炸薬弾頭は、ザフトの最新鋭機であるシグーを撃破することも可能な威力を持っていた。


タンデム成型炸薬弾頭を背後から受けて撃破されるシグーの姿をハンスと彼の部下は幻視した。

だが、そのシグーは、背中に眼があるかの如き素早さで反転、右腕の重斬刀を横薙ぎに振るった。
その一撃は、装着者のディエゴ曹長をゴライアスごと両断した。

叩き斬られたゴライアスは、投げ出され、空中で破片を撒き散らして爆発した。
周囲にオイルと血液が飛び散り、真横の灰色のビルの壁をグロテスクな色に染め上げた。

「ディエゴ!」
シグーは、再び、ハンスらの方に向き直った。
シグーの頭部の赤い単眼が彼らを睥睨する。

「くっ…」
ハンスは、血に染まった様なその赤い機械の眼を凝視した。

こいつには、勝てない…ザフト軍のモビルスーツや戦闘機、戦闘車両とこれまで交戦し、
部下と共にそれらをことごとくスクラップに変換してきた彼にとって、
それは開戦以来の初めての経験であった。

「もう駄目だ!」
部下の一人が悲鳴を上げた。

その直後、爆発が付近の廃墟に立ち上った。

「爆撃!?」
「…始まったか……!」


それは、予定されていた地球連合空軍戦略爆撃部隊の空爆の始まりを告げるものであった。


「爆撃だと!ナチュラルめ味方を攻撃する気か…」
目の前で友軍の車両が爆弾を受けて爆砕したのを見てカッセルは、驚愕した。
この時彼は、再編成を終えた旗下の部隊と共に既に市内のかなりの部分にまで突入していた。
彼のザウートの手前のコンクリートの地面に爆弾が落ち、大穴が開いた。

その横でザフト軍に鹵獲され、オリーブドラブに再塗装されたユーラシア連邦製の装甲車が爆弾の直撃を受けて爆砕する。
巻き起こる紅蓮の炎が虫を食らうカメレオンの舌の様に周囲の兵士を呑み込み、爆風の衝撃で跳ね飛ばされたザフト兵がコンクリートの壁に激突した。

「総員!市外へ退避しろ!急げ!」

カッセルは、残存する指揮下の兵士に撤退命令を下した。
しかし郊外すら安全地帯と言えるのか微妙なところであった。
カッセルとてそれを十分に認識していた。だが、現状でそれ以外、部下を安心させる方法は彼の選択肢には残されていなかった。

「空爆!?」
空爆…それもザフト側航空兵力の迎撃範囲外である高高度からの絨毯爆撃であった。

ディンやインフェストゥス等現在、のザフト軍の航空戦力は、殆どが制空権確保、地上部隊支援を主眼に設計されており、地球連合軍の保有する高高度を飛行する戦略爆撃機を攻撃することは出来なかった。
NJ以前に、これらの戦略爆撃機等を撃墜するのに有効とされた高高度対空ミサイル等は、NJによってその信頼性を著しく低下させていた。
この時期の地球連合軍は、地上のザフトの手の届かない上空から爆撃を行う戦術で、ザフトのMSを主体とする侵攻作戦に対抗しようとしていた。
命中率の低さは、予め爆撃機が爆撃する地点を設定し、爆撃機の数と搭載爆弾の数を限界まで増やすことで、カバーする。

ハンスの部隊が廃墟と化した都市に陣地を構築していたのも、ザフト軍の部隊をこの近辺になるべく足止めするという目的があったのである。
ハンスの部隊だけでなく、この近辺の撤退作戦に参加した部隊は、空を飛ぶ戦闘機部隊や戦闘爆撃機部隊、攻撃ヘリ部隊から機甲師団まで、その為に活動していた。

そして、ハンスが撤退する時間の設定とその準備を部下に整えさせていたのも、友軍の行うこの爆弾の豪雨に巻き込まれることを避ける為のものだった。
ザフト軍にユーラシア連邦の戦車師団が大損害を受けた等、多大な被害を受け、多くの都市や拠点を失ったイベリア半島での戦線で初めて使用されたこの戦術は、戦闘爆撃機やヘリ部隊、機甲師団による攻撃と異なり、反撃を受けずにザフト軍MS部隊に打撃を与えることのできる唯一の戦術であった。
湯水の如き大量の爆弾の消費と避難民や友軍を巻き込む危険性と引き換えに……


爆弾が次々と鉛色の雲を引き裂き、大地に突き刺さる。
大地に次々と火柱が生まれ、それまでの戦闘で痛めつけられていた都市の建物が轟音を立てて崩れ落ちる。
「全部隊撤退!!後は〝宇宙飛行士〟どもに任せろ!」
ハンスは、即座に撤退用の信号弾を放った。
ハンスは、既に有線通信もこの状況では機能していまいと考えていた。

宇宙飛行士…………それは、安全圏の宇宙空間すれすれの高空から敵味方お構いなしに薙ぎ払う無差別爆撃を行う爆撃機部隊に対して地上の地球連合軍の兵士が付けた蔑称であった。

パワードスーツ用キャリアーと兵員を乗せたトラックや車両が撤退を開始、残存のゴライアスもそれに続く。
ハンスの部隊もシグーを撒くために煙幕を展開すると、退却した。

ノーマのシグーは彼らを追撃しようとしたが、目の前に爆弾が落下し、後退を余儀なくされた。
もし少しでも進んでいたら確実にシグーは、爆弾の直撃で破壊されていたであろう。

降り注ぐ爆弾を迎撃すべく、シグーは、重突撃機銃を上空に向けて撃ちまくった。
爆弾のいくつかが空中で撃墜され、爆発した。
空中爆発の炎がシグーの白い装甲をオレンジに染める。だがさらに爆弾は降り注ぐ。


シグーは、もはや追撃どころではなく、空から雹の様に降り注ぐ爆弾の雨を回避するので精一杯だった。

「爆撃!友軍ごと!」
ノーマは、味方のいる市内に爆弾を叩き込む地球連合空軍の戦法に驚愕した。
それは、地球連合軍が敵である彼女等ザフトだけでなく、市内に展開している地球連合軍部隊、つまり友軍ごと攻撃していることにであった。

郊外に展開していた部隊にも爆撃の被害は及んだ。
市内に砲撃を行っていたザウート1個小隊に弾薬を供給していた輸送車両が爆弾を受けて大爆発する。

ザウートが徹甲爆弾の直撃を受けて砕け散る。
僚機の同型が錯乱気味に背部の大型砲を上空に乱射したが、雲海の高みを飛ぶ爆撃機には届かず、付近のビルの一つに着弾した。
直後、その僚機の頭上でクラスター爆弾が炸裂し、破片の豪雨が降り注ぐ。
その煽りを受けて、廃棄されていた事故車の車列が、次々と鼠花火の様に爆発した。

絨毯爆撃を受けた都市は、無機質な灰色の景色の中で鮮やかなオレンジの炎に沈んでいった。

同じ頃、<リヴィングストン>を擁するファーデン戦闘大隊にも地球連合軍の攻撃は及んでいた。

「全機突撃!デカ物を狙うぞ」

<リヴィングストン>と車両部隊を強襲したのは、イシュトバーン・バラージュ少佐率いる第34航空中隊であった。
ユーラシア連邦空軍を主体とするこの飛行隊は、スピアヘッド12機で編成されていた。

「いい機体だ。武装、加速性、操縦性…どれも最高だぜ」
ユーラシア連邦の空軍パイロットのイシュトバーン少佐は、スピアヘッドの性能に惚れ込んでいた。
かつての乗機であったユーラシア連邦軍の戦闘機……スパーダ、エクレール、プファイル、ツヴァイハンダー…のどれよりも高性能であったからである。

しかし、このスピアヘッドでさえ、ザフトの有するモビルスーツの相手をするには、不足であった。
対するザフト航空戦力は、アプフェルバウム隊所属のディン2機、インフェストゥス6機だった。
アプフェルバウム隊のディンは、先程修理が完了したばかりであった。

「きやがった!」
「隊長はこのことを予想していたのか?」

2機のディンは、突撃して来るスピアヘッド部隊を迎撃する。


対空散弾銃を受け、スピアヘッドが1機爆散した。
インフェストゥス部隊も2倍近い敵機を前に積極的に攻撃を仕掛ける。
インフェストスは、高い運動性で、スピアヘッドを翻弄しようとした。
対するスピアヘッドは、加速性能と火力でインフェストゥスを撃墜しようとする。

<リヴィングストン>と周囲の車両部隊も対空砲火で向かって来る敵機を阻もうとする。
スピアヘッドの1機は、翼下にマウントされていた誘導爆弾を投下した。
対空戦車がその爆風を受けて横転した。
対空戦車の機銃弾をエンジンに受けたスピアヘッドが燃料を誘爆させ、上空で火球と化した。

<リヴィングストン>にも爆弾やミサイルが着弾し、その灰色の巨体に幾つもの爆発が起こり、黒煙が上がった。

「このリヴィングストンは陸上戦艦なんだ。戦艦が簡単に沈んで堪るかよ!」

部下達の動揺を抑える為、司令官であるエリクは内心の怯えを押し殺してCIC全体に聞こえるような大声で叫ぶ。
都市にいたザフトを含むザフトの多くの部隊を統括する司令部を兼ねていた<リヴィングストン>の上空が魔女の宴の如き混乱状態となったことは、空爆を受けていた廃墟での戦闘に影響を与えた。

その隙に第22機甲兵中隊以下地球連合軍部隊は、廃墟から退却することに成功した。
辛うじて脱出できた第22機甲兵中隊とその指揮下にいた地球連合軍部隊の残余は、離れた地点で、火炎地獄へと変貌しつつある都市を眺めていた。


指揮官のハンスは、他の機甲兵同様にゴライアスを着脱し、他の兵士同様に輸送トラックに乗り込んでいた。
ハンスは、輸送トラックの荷台の部下達が、1か所に集まっているのをみとめた。
周囲の部下達の間から、横たわっている部下の両脚が見えた。

「誰がやられた?」
ハンスは、部下達を半ば押しのける形で、その横たわる部下に向かった。

「…」
横たわっていた部下、マックス軍曹は腹部から出血しており、助からないのは誰の眼にも明らかだった。
彼は、撤退時に部下を庇った際、爆弾の破片を腹部に受け重傷を負ったのであった。

「マックス、死ぬな!」ハンスは、思わず叫んでいた。
「隊長、すみません畜生!!!モビルスーツさえ モビルスーツさえ俺達にもあれば…」
間もなく彼は、静かに事切れた。

「くっ…!!」
モビルスーツさえあれば……その言葉は、現在の地球連合兵士の心を代弁したものであった。

こちらにもモビルスーツがあれば、数で劣るザフトには地球連合は決して負けない………

「この借りは、必ず返す!」

ハンスは、拳を握り、怒りに燃える東洋の怪物…赤鬼の様に顔を真っ赤に染め、唇を噛み締めた。
裂けた唇から赤い血がポタポタと零れ落ちた。

それを見た部下達は声も上げることが出来なかった。

その遥か背後では、ザフトがいる都市に向けて空爆が行われており、爆撃の炎が都市全体を覆い尽くさんとしていた。
オレンジの炎が天を焦がし、辺りを不気味に照らし出している。
ザフトも無用な損害を被ってまで半壊した部隊を追撃する愚を犯したくないのか、
残存部隊を追撃してくる気配はなかった。


その遥か高空で、その単調で退屈な任務を終えた爆撃機部隊は、地上の惨劇を全く気にも留めず、空になった弾薬庫の蓋を閉じた。
そして今までの任務と同様の予定通りに猛禽の嘴に似た鋭角的な機首を上にあげ、高度を稼ぎつつ、
勝利の旋回を雲一つ存在しない蒼穹に刻みながら、着陸地であるグリーンランドの空軍基地への帰路についた。

このヨーロッパ戦線の片隅で行われた撤退支援作戦は、グリーンランド ヘブンズベース基地に付属する飛行場より発進した爆撃部隊と第22機甲兵中隊を初めとする殿部隊の奮戦もあって主力の撤退に成功すると共にザフト軍に打撃を与えるという地球連合側の戦略的勝利に終わった。

だがそれは、将兵の祝杯の打ち鳴らされる音と軍楽隊の音楽が高らかに鳴り響く様な華々しい勝利とは程遠いものであった。
なぜならば、その為に払われた地球連合軍の将兵の犠牲は、敗軍であるザフトよりも甚大なものだったからである。
この作戦に従事した部隊は、いずれも壊滅的打撃を蒙り、第22機甲兵中隊も、約半数の兵員を失い、事実上の全滅を喫した。

だが、この損害ですら当時の地球連合軍の機甲兵部隊の平均損耗率から考えれば、善戦した方であったのである。
比較としてこの20日前にイベリア半島 マドリード近郊で行われたエブロ川防衛戦で、戦車師団の支援の為に出撃したユーラシア連邦陸軍の機甲兵大隊、グティ380機の内無事に帰投できたのは、15名、パワードスーツを着脱して脱出できた乗員は、20名というものであった。