もう伝統工芸


 

第一章

              もう伝統工芸
 大阪日本橋で働いている本渡オコエ秀長日本人の父にアフリカのタンザニア出身の母を持つ彼は仕事から帰ってだ。
 住吉の自宅であるマンションで同居している祖父の晴明にこう言われた。
「最近店では何を売ってるんや」
「売ってるってホビーかいな」
 秀長はこう祖父に返した、母親の血が出ていて褐色の肌に縮れた黒髪である。唇は分厚く目は丸く黒い輝きを放っている。背は一八〇近くありすらりとしている。顔立ち自体は父親に似ている。
「それかいな」
「そや、どうなってる」
「どうなってるってフィギュアにな」
「人形やな」
「それとプラモな」
「そんなのが売ってるか」
「僕が働いてる店やとな」
 テーブルに向かい合って座りながら話した。
「そんなのやで」
「変わったなあ」
 祖父は孫の話を聞いて言った。
「わしが子供の頃はまだブリキのおもちゃあったが」
「ブリキ?昭和やな」
「昭和も昭和や」
 八十になる祖父は笑って話した。
「わしが子供の頃ってな」
「今から七十年位昔か」
「ああ、お前が三十やな」
「そや」
「そろそろ結婚やな」
「彼女とな」
「お前がそうなってな」
 それでというのだ。
「わしがまだほんのや」
「祖父ちゃんが子供の頃か」
「その六十年前になるとな」
「まだそんなんあったか」
「そうじゃ、懐かしいのう」
「懐かしいも何もブリキのホビーなんてや」
 秀長は共に夕食を食べつつ話した、両親もいるが今は二人で話をしている。
「今何処にもないわ」
「日本橋にもか」
「あるかいな」
「街の商店街も寂れてるしのう」
「それでおもちゃ屋もないな」
「昔あちこちの商店街にな」 
 祖父は寂しそうに話した、一七〇位の背で好々爺然としている風采で穏やかな目をしていて結構太っている。
「おもちゃ屋もあってな」
「他のお店と一緒にやな」
「それでブリキのおもちゃもな」
「売ってたんやな」
「それが今はないか」
「あらへんあらへん」
 祖父にソースをたっぷりかけたコロッケをおかずにご飯を食べつつ答える、そうしながらおからを牛蒡や生姜、人参と一緒に油で炒めたものや豚汁という他のおかずも見る。
「何処もな」
「それも寂しいのう」
「うちの店にもないで」
 秀長は祖父に箸を動かしつつ話した。
「ほんまな」
「そうか」
「ああ、試しに古いもん扱ってるお店にや」
「ブックええと」
「ブックオフとか駿河屋さんにな」
 そうした店にというのだ。
「持って行ったらええわ」
「ブリキのおもちゃをか」
「何て言われるかな」
「それなら今度持って行くわ」
 祖父はそれならと応えた。
「一度な」
「ほんまにそうするんか」
「お前がそう言うならな」
 それならというのだ。 

 

第二章

「実際に日本橋まで行ってな」
「そうするんかいな」
「ついでにあそこで夫婦善哉行って自由軒でカレー食うか」
「織田作さんかいな」
「ああ、久し振りにな」
「どっちも夫婦で行くお店やろ」 
 秀長は二つの店が作中に出る織田作之助の代表作夫婦善哉が浮気の結果とはいえ夫婦になった二人の話から言った。
「祖父ちゃんと孫息子で行くんかいな」
「美味いもん食うのやとええやろ」
「別にか」
「それでや」
「日本橋に行くならか」
「どうせ南海で行くなら難波やろ」
「地下鉄でも大して変わらんわ」
 こう祖父に返した。
「それやとな」
「それならじゃ」
「まずは法善寺横丁と千日前からか」
「日本橋に行こうな」
「足大丈夫かいな」
 祖父が八十歳ということから問うた。
「それで」
「毎日自転車で天下茶屋まで行ってるやろ、難波にも」
「遊びにやな」
「住吉さんにもな」
 住吉大社にもというのだ。
「ほなや」
「安心か」
「そや、しゃきしゃき歩いてくで」
 孫にこう言ってだった。
 彼が休日の日に二人で実際にまずは法善寺横丁の夫婦善哉と千日前の自由軒に寄って彼と共に善哉とカレーを食べてだった。
 そのうえで日本橋まですいすいと歩いて行ったが。
「いづも屋は今は船場に跡継ぎさんみたいなお店が出来たか」
「閉店したけどな」
「それは残念じゃが」
「船場に行ってか」
「今度はそっちでな」
 そちらでというのだ。
「食うか」
「そうするんやな」
「今度な、それで今からじゃ」
「そうしたお店でか」
「これを見せる」
 隣にいる孫に懐から出した箱を見せて話した。
「この中にや」
「まさかと思うが」
「そや、祖父ちゃんが子供の頃にひい祖父ちゃんに勝ってもらった」
 自分から見て父にあたるというのだ。
「懐かしのおもちゃや」
「ブリキのか」
「それを見せるわ、これでもちゃんと手入れしてな」
 それでというのだ。
「ピカピカや」
「錆とかないか」
「ああ、それをな」
「お店の人に見せるか」
「そうするんや」
「そうか、ほな日本橋まで行こうな」
 孫は祖父の言葉に頷いた、そうしてだった。 

 

第三章

 彼と共にグランド花月から横丁を通ってだった。
 そのうえで日本橋に入った、そこの古いホビーを扱っている店に入って祖父が箱から懐かしのブリキのおもちゃどのキャラクターのものか秀長の知らないそれを店員に見せるとだ、
 店員は仰天してだ、二人に言った。
「こんなのまだあったんですか」
「まだってえらいびっくりしてるな」
 秀長は顔見知りのその若い店員に目を瞬かせて言った。
「どないしたんや」
「どないしたもこないしたもないですよ」
 店員は秀長にこう返した。
「今時こんなブリキのおもちゃないですから」
「確かに昔のもんやな」
「もうおもちゃやないです」
 大阪弁を出して話した。
「もう骨董品いや」
「いや?」
「工芸品ですよ」
「そこまでかいな」
「滅茶苦茶価値がありますよ」
 このブリキのおもちゃはというのだ。
「ほんまに。よお手入れされてて」
「それでか」
「そうです、若し買い取るとなると」
 店員は秀長そして彼の隣にいる晴明に話した。
「百万は優に」
「そこまでかいな」
「いきます」
「そこまでか」
「もうおもちゃの値段やないですね」
「工芸品でも相当やな」
「そうです、売りますか?」
 こう二人に聞いてきた。
「どうしますか?」
「それは」
 どうかとだ、孫と祖父は顔を見合わせて話した、そしてだった。
 結局売らず大切にすることにした、祖父がそう決めた。それで地下鉄を使って家に帰ってからだった。
 秀長は晴明に考える顔で尋ねた。
「売らへんかったの何でや」
「いや、百万と言われてわしもな」
 祖父は自分に尋ねた孫に答えた。
「実際心が動いたわ」
「売ろうかってな」
「そやった」
「そやってんな」
「けどな」
 それがというのだ。
「子供の頃から持ってて手入れもしてるな」
「大事なもんか」
「わしの想いでの品の一つやさかいな」
 それでというのだ。 

 

第四章

「むざむざ売るよりな」
「置いておきたいか」
「そんな工芸品みたいに貴重やと言われたら」
 それならというのだ。
「もうな」
「売りたくなくなったか」
「そや、あの店員さん言うてたやろ」 
 秀長の顔見知りである彼がというのだ。
「ブリキのおもちゃなんて今やとな」
「伝統芸能レベルやてな」
「そこまでのもんやと言われたら」
 それならというのだ。
「そのこともあってな」
「売りたくなったか」
「ああ、もうあの世に行くまでな」
 孫に微笑んで話した。
「持っていきたいな、それでわしがあの世に行ったら」
「その時はか」
「お前かお前に子供が出来てたらな」
「その子供に上げるか」
「そうするわ」 
 こう言うのだった。
「その時はな」
「そうなんか」
「それでな」
 さらに言うのだった。
「これからもな」
「そのおもちゃはやな」
「大事にするわ」
 箱の中に入れたそれをテーブルの上に置いて見つつ話した。
「これからも」
「そうするか」
「そういうことでな、ほなな」
 ここまで話してだ、祖父として孫に話した。
「休日やしのんびりしよか」
「僕はそやけど祖父ちゃんはもう毎日やろ」
「ははは、もう年金暮らしでな」
「それやったら毎日やろ」
「それもそやな、まあそのことは置いておいて」
 それでと言うのだった。
「お茶を飲んでぽんせん食って」
「そうしてやな」
「ゆっくりしよか」
「そうするか」
「ああ、今はな」
「ほなな」
 孫も祖父の言葉に微笑んで応えた、そうしてだった。
 お茶を煎れてぽんせんも出した、おもちゃは祖父の部屋の部屋の押し入れの中に収めた。そのうえで。
 その二つを楽しむ、そこで祖父はこんなことを言った。
「今度は船場でな」
「鰻丼やな」
「それ食いに行こうな」
「そうか、ほなな」
 孫もそれならと頷いた。
「今度の休みはな」
「鰻や」
「それ一緒に食べに行こうな」 
 お茶とぽんせんを食べつつだった、そうした話をしてだった。
 二人で今度は鰻丼の話をした、ブリキのおもちゃはその後ずっと大事に収められた。祖父の大事な思い出のものとして。


もう伝統工芸   完


                  2023・2・12