ファイアーエムブレム~ユグドラル動乱時代に転生~


 

導入

「魔王めけめけに続き大魔王スーパーでびろん、そして全ての元凶、邪神ワルーをも平らげてくれたこと、心より礼を申し上げるぞ勇者どの。ついては何なりと望みを言うとよい」

 王冠をかぶりきらびやかな衣装を身にまとった恰幅の良い初老の男が俺に言葉をかけてくれた。
 長い、実に長かった。
 この世界に飛ばされて三年、ようやく隠しボスを倒し、ようやくこの世界とおさらばできるはず!

「このような無頼の流れ者に温かいお言葉をおかけいただき、陛下のご厚意心に沁みました。
お言葉に甘えること許されますならば、我が仲間にしかるべき地位をお与えくださいますればこれ以上の喜びはありませぬ」

 国王の座る玉座手前のきざはしに片膝をつき頭を垂れて俺が答えると、

「ほう、おぬし自身は何も望まぬか? なんとも謙虚なことじゃ、よいじゃろう。 おぬしの仲間の者達には領地・恩給を与え、子々孫々まで篤く遇すること、この儂の名に懸けて誓おう、それとは別におぬし自身も何か望みあれば申してみよ、んん?」

 国王はひと好きする笑みでそう応えてくれた。
 たしかにもったいない申し出ではあったのだが、あの糞女神の言う通りこの世界を救ったので俺はもとの生活に戻れるはず。
 そう、そして前回と同じ感覚が俺の体に満ちてくる……。

「迎えが来たようです。わたしはわたしを遣わした神の元へ戻らねばならないようです。みんなありがとう!……さらばだ!」

 少し涙ぐんできた俺は、苦楽を共にした仲間達に振りかえり手を振ってそう告げながら光につつまれていった……。




 

 気がつくとあたり一面が真っ白な世界のただなかに俺は立ちつくしていた。

「はーい御苦労さんwよくやったじゃないのー!」

 なんて声とともに、にこやかな笑みを湛えた金髪美女が俺の目の前にあらわれた。
 俺は言いたいことを、そしてぶつけたい怒りを耐えながらつとめて穏やかに口を開く

「……これでもとの生活に戻してくれますよね? ね?」

 俺の言葉を耳にした美女は目を逸らし


「ふー、戻してあげると言ったけどそれが何年何月何曜、地球が何回まわったときとまでは言ってないですしーw
そう、1000年後……100億光年後に戻してあげるということも可能……ということ!」

 どこからか取りだした名状し難い棒らしきもので喫煙者がタバコを吸うポーズをしてドヤ顔でのたまいやがった!

 カミサマ、どこカに居るカミさマ、オレハ怒ッてイイデすヨネ?

「ふざけんなこのヤロー、はやく戻せこの糞女神! いますg、ぐほっ」

 何の予備動作もなく恐ろしく重いボディブローが俺の鳩尾に入り息が詰まる。
 涙目になりながらも俺は全身全霊をかけた正義の拳を余裕ぶっこいてる糞女神に叩きつけた。

「ちょっwニンゲンのクセにこのわたしちゃんに何てことをー!」

 漫画のようなでかいタンコブを頭に作った糞女神は目のふちに涙をためるとぶんぶんと両手を振りまわして殴りかかってきた……。


 ……それからどれくらいの刻が流れたことだろう。
 疲れ、傷だらけの俺と糞女神は真っ白な世界で大の字になりながらお互い荒い息をついていた。

「ちょ、ちょっと、あんた、ハァ、変態みたいにハァハァ言わせて、ハァ、変態じゃないの?ハァ、この、変態wハァ」

 そんなふうに毒づく糞女神を俺は無視していた。
 しばらくしてお互い息が整うと糞女神は

「はい、回復ビームwびびびw」

 ふざけてはいるものの効果音つきで傷を治してくれた。
 魔法にかかりにくい体質の俺はなかなか傷が治らず、彼女は何度も何度も回復魔法をかけてくれた。
 糞女神から駄女神に格上げしてやるか……。

「傷を治してくれたことだけは礼を言う。 ありがと」

 だが俺はプイと顔をそむけた。
 そうしてしばらく俺たちは黙りこくっていた。



 膝を抱え体育座りのような姿勢をとった駄女神は腿の辺りに顔を埋めて目線をこちらに向けると口を開いた。

「ねぇ、戻ったところでなんにもイイコトないかもよ? リストラされたりされなくても上司にパワハラされたり同僚に陥れられたり後輩にこそこそ悪口言われてたりするかもよ? ビョーキになったり事故に遭ったり何もかもうまく行かなくてニートったりホムレするかも知れないんだよ?」

 ここに来る前の俺はコイツの言うことに何も言い返せ無いくらい何もかもうまく行かなくて、縮こまって、言うならば【生かされて】いた時間がとても長かった。
 それでも気にかけてくれる人が少しだけ居てくれて、頑張ってみようと思って頑張ってみて、やっと結果が出そうになった、そんな時にここに呼ばれたのだった。


「それでも戻りたい」

 俺は応えながら膝を抱えて座った。








「はーい、ごーかーくwおめでとうwww」

 ぱんぱんぱーん、と、どこからか出したクラッカーを打ち鳴らして騒ぎだす駄女神の姿に俺は目眩がしてきた……。

「いやーーもし今、そうだねプロテインだねって応えてたらゲームオーバーでしたよw碓氷悠稀くんw
キミにはすーぱー強い意思のチカラを感じるのよ、うんうん。」

 つかつかと俺のところへ歩いてきた駄女神はガッシと俺の両肩を掴んだ。
 すると体の力が抜けていく感覚に襲われる……。

「いい? こうやってわたしちゃんはパワーを吸収するので、それが充分貯まったら元の世界に戻れる魔法をかけてあげるってすんぽーよ!」
「でも、個体差あるとはいえキミたち21世紀の先進国人は魔法が効きにくいのよねぇ、だからいっぱいパワーを貯めなきゃならないのよん(本当は……ニヤソ)」

 どんどん力が抜けて行き、俺は意識を失った。




 目が覚めると駄女神の膝の上に俺は頭を載せているのに気がついた。

「そのままで……」

 なんて言う言葉と共に俺の額に手のひらを載せると駄女神は目を瞑った。
 見た目はほんと綺麗だよな……そんなことを思っていると、

「このわたしちゃんの膝枕ですからねー100億万円はいただきますよーw」

 全力で跳ね起きようとしたのだが、全く体がうごかないー

「というのは37%くらいの冗談として、次の行き先が決まったので質問とかあったらどぞん」

 それならばということで

「チート能力みたいなのはもらえるの? あと、行き先はどんな世界?」
その途端、駄女神は一瞬にして三人に分身した。それぞれ微妙に髪型と髪の色が違うとかどうなってんじゃこりゃ

「キモーイw」
「チート能力が許されるのは小学生までよねーw」
「チョーウケルw」

 ムカつくことを言いながらキャハキャハと笑いをかますとまた一瞬にして1人に戻った。

「まともな頭の使い手ならさっきのわたしちゃんの説明で察しがつくと思うんだけどw」

 そんな前置きをすると澄ました顔で

「わたしちゃんから力とかぱぅあもらってたら納品パワーの収支がマイナスになるかもよ?」

 ふぅむ、その理論はわからんでもない。
 だが……待てよ、根本的な間違いがないか? などと思った俺はさらに質問した。

「俺をもとに戻すのになんか知らんがパワーって言うのが必要なら、今から飛ばす別の場所にもそれが必要なんじゃないか? オマエめっちゃ俺を騙してない?」

 顔色が急に悪くなった駄女神はこう答えた。

「そ、それは、ほら、あの、そうよ! 東京から横浜行くのと、ニューヨーク行くのとじゃ着くまでの時間もお金も全然違うじゃない? そういうもんよ! ハイハイいってらっしゃーいwよい旅を^^」
「ま、まてーー行き先は……」

 

 

第一話

 あの駄女神に飛ばされたのは俺が小学生だったか厨学生のころだったか熱中したSFCのゲーム、ファイアーエムブレム聖戦の系譜の世界だった。
その後、高校生のころは見向きもしなかったが大学生になってから、また熱中したというスルメゲーというかなんというか・・・俺にとっては中毒性の高いゲームだった。
 
 主人公はシグルド公子(公爵の嫡男)そしてその息子のセリス、の2世代に渡って繰り広げられるシミュレーションRPGだったりする。
そして俺の転生先はシグルドの親友キュアン王子のさらに弟という位置だった。
シグルドには妹が居て、もう一人の親友であるエルトシャンにも妹が居る。
だが、キュアンには兄弟姉妹は居なかったということでその位置に潜り込まされたのだろう。
(ちなみに子世代のほうはプレイヤーユニットに限れば、兄弟姉妹はだいたい2人組みで存在するという仕様なので俺の立ち位置はゲーム世界の仕様から言って許容される範囲なんだろうなと思われる。)

この立ち位置がわかるまで赤ん坊のころから5年ほどかかってしまった。赤ん坊からやりなおせるっていうのは現実で出来たらいいな……と思う事もあったが、いずれ去ろうと思うここでのそれはむごいぞ駄女神よ……
加えて、シグルドの世代で彼と旗色を同じくする側の人々の多くは無念の死を遂げることになるのを俺は知っている。
シグルドの敵側に回って保身の限りを尽くして生き抜く……っていうのも選択枝としては存在するのはわかるけれど、俺はそんなのは気にいらない。
せめて子世代で始められたら……と思うが、やるしかないのか、いや俺があの悲劇を防ぐためにあの駄女神に遣わされたと思うことにしよう...。


そう思った以上、対策を講じなければならない。救いとしては今現在、魔王だのなんだのにこの世界が危機に晒されている訳じゃ無くてもう少し先の話だということだ。

いろいろと思いだしてみよう。
この世界というか大陸にはグランベル王国とその藩塀たる六公爵家があり、グランベル周辺には剣士の国イザーク・騎士の国アグストリア連合王国・天馬と風魔道士を中心とした武装中立国シレジア・蛮族と呼ばれるヴェルダン王国・竜騎士の国トラキア・槍騎士を中心にマンスター・アルスター・コノート・レンスターなどの各都市国家の盟主であるレンスター王国、そこは俺の所属国だ。

そして暗黒教団ロプト教というのが規制の対象となって弾圧されている。
というのも過去、このユグドラル大陸で圧制を敷いていたのがロプト教を国教とするロプト帝国?だったかなで、強大な力と暗黒なんて言われるように一般的な人類価値観では悪と断定されてもおかしくないことをやっていたからだ。
(例えば各地の人間の子供をロプト教団員が集めまくっていた=ロリコン集団だった=悪。では無く現人神のような存在が子供の生き血を好んでおり、それを得る為に子供狩りをしていた為だろう。)

そんなロプト帝国を打倒した中心メンバー12人(12聖戦士と呼ばれる)が興したのが先述のグランベル王国と六公国、周辺のいくつかの国々だ。
開祖とその血を継ぐ者達は神から遣わされたという強力な武器や魔法を使うことが出来る。
それらの強力なアイテムは神器と呼ばれ、継承者はそれぞれ王などの身分の正当性を主張する証拠となったり、実力を以てそれを主張するために使われたりしているはずだ。
今現在、ロプトの神器とその使い手は喪われているがヴェルダンでひっそり暮らしているディアドラという女性と六公爵家の1家であるヴェルトマー家の当主(今はまだ継いでいないかもしれないが)アルヴィス卿とが子を為すとロプトの神器の力を継げる者が生まれる。
ロプトの神器の力は強大で12聖戦士のうちヘイム家のナーガ以外では(普通に戦えば)太刀うち出来ないのでどうにかその二人を結びつけないようにするのが目標になりそうだ。

苦しい戦いになりそうだ。
なんと言っても俺自身が無力すぎるからだ……駄女神に力を吸われてしまったしなぁ
先が思いやられる……
 
 

 
後書き
1行目は敢えて厨学生という表記だったりしますw 

 

第二話

 レンスターは槍騎士の国だ。
父であるカルフ国王も兄であるキュアン王子もまさに人馬一体となるかのごとく巧みに馬を操り、その槍捌きの見事さはさすが12聖戦士直系だと感じずには居られない。

6歳くらいになってからの俺がショックを受けたのは王宮で管理しているのを初め、馬喰どもが連れて来たありとあらゆる馬が俺を拒絶することだった・・・
俺が近寄ると暴れるか逃げ出すかその場で座りこんで決して立ちあがろうとしないなど反応はまちまちだが馬たちは俺に決してなついてはくれなかった。
これでは騎士になれないではないか・・・
兄や父王それに家臣団は俺に失望しているんじゃないだろうかと、俺はいつも顔色を窺ってばかりいた。
それを察したのか察した誰かの気配りによるものか兄であるキュアン王子は、よく俺に槍の稽古をつけてくれたり野原に子供らしい冒険に連れて行ってくれたりと世話を焼いたり遊んでくれたりしてくれた。
レンスターの農村風景はとてものどかで美しく、これがこの先十年かそこらで戦禍に遭うのかと思うと心が締め付けられる。そんな運命なら逆らったっていいだろうと心に誓った。
そして、そのためにはどうすればいいのかとも。


朝早くから起き出し、井戸や時には川からの水汲みをやってる下男たちに混ざって水汲みを行う。
最初は彼らに恐れ多いなどと言われ手伝わせてはもらえなかったが体を鍛えるための一環として父王に頼み、作業中に事故や怪我があっても彼らには一切責任を問わないという覚え書きを書いてもらい、ようやく手伝わせてもらえるようになった。
こんな程度で何になるかと思うが、それでも何もしないよりは何かしようと思ったからだ。
正直、役に立ってはいないだろうと思うし自己満足に過ぎない。
その朝最後の水汲みをして指定の水瓶へ水を流しいれ、自室に戻る前に桶に1杯ぶんの水をもらい
汗を拭いた手ぬぐいを洗い、ひんやりとした手拭で体を拭き、また手拭をすすぐ。
下男たちが行ってるように服を脱ぎ、桶に残った水を肩からかぶり水滴を手拭でぬぐうと身支度を整え自室に戻った。

作業用の服から王宮で暮らすための服に着替え、グラン国際法大全と銘打たれた書物を携えて俺はレンスター王家の食卓へと向かった。
食卓にはまだ誰も居ない。俺は自席につくため踏み台を自席の足元へ運び自分の席につくと、持ってきた本を開く。
しばらく読みふけっていると父王と兄がやってきた。
俺は自分の席から降りると姿勢を正し、グランベル風の敬礼を行いながら
「おはようございます。ちちうえ、あにうえ。」精一杯礼儀正しく朝の挨拶を行う。
二人は特に何か緊急や重大な事態でも無い限り、朝駆けを共にするのを日課にしているので一緒に来る事が多い。

「おはよう。ミュアハ」

カルフ王とキュアン王子が俺の挨拶に微笑を浮かべ、愛情のこもった声で応えてくれた。

今回、俺の名はミュアハと言う。 
 

 
後書き
ディアン・ケヒトという医術の神の4人の息子の中にキアンとミアハという神がいます。
孫が太陽神ルーです。キアンにとってルーは子供に該たります。 

 

第三話

 幾つかの季節が巡ったある日のこと、キュアン王子に連れ出されて野山を巡った。
俺が鍛錬や勉学に本腰を入れてからというもの、こういうふうに朝一番から遊ぶ機会はなかなか無くて久しぶりのことだった。
晴れた空の下、ずっと遠くでは何かの鳥が悠然と空を舞っているのが目に入る。

「あにうえ、もうしわけありません。」

 いつも俺が思っていることを口にして歩みを止めた。

「急にどうしたというのだ?」

 困惑を感じる口ぶりで返事をしたキュアンに、

「わたくしが、うまにのれないから、こうやってあにうえにお気遣いさせてしまっていることがです。」

 キュアンは一瞬、けわしい目をしてから穏やかな表情に戻ると俺の両肩に手を置いた。

「いいかい、ミュアハ。私もお前もいつかいくさに出ることがあるかもしれない。そして、いくさは騎士や騎馬隊だけで行うものではない。いや、馬に乗って戦う者のほうがずっと少ないくらいなんだよ。だからそんな事は気にするな。」

 一呼吸置くと

「それに、もっと大きくなったら乗れるかもしれないだろう?そうだ、私が聞かせてもらった昔話のなかに誰にも乗りこなせなかった荒馬を見事に手懐けた、それまで馬に乗れなかった英雄王の話というのがあるんだぞ。」

 にこっと笑うと頭をなでてくれた。心に温かいものが込み上げてきた俺は顔を伏せた。


 そのあと俺たちは黙って歩きだした。
(現実世界で学校に通ってたころ、同じクラスの奴らは自分のきょうだいの悪口や気に入らないことばかり言っていた。そして、俺の父親の兄は酔って家に来ては暴れて帰り、母親の身内のほうにまで行って迷惑をかけていた。俺はきょうだい居なかったけれどそれで良かったとさえ思っていた。仲のいいきょうだいなんてフィクションにしか居ないと思ってたな・・・。)
 そんな風に思いながら歩いていて気が付いたのは、行く先々でキュアンは以前一緒に来た時の思い出話を語り、初めて来た場所では昔父王とこういうことがあったとか4年ほど前に亡くなった互いの母親である王妃の話などを語り聞かせてくれたことであった。

 夕暮れにはまだ早い時間に、遅くなった昼食を河原で摂っていると

「来月か、そのもうすこし先にはグランベルに行かねばならなくなったんだ、私は。」

 キュアンは河原の小石を拾うと水面に投げた。

「士官学校って言う場所で、いろいろ学ぶ為って言われているけど人質みたいなものさ。」

 再び投げ入れられた石がちゃぷんという音とともに水の中へと姿を消した。

「おまちください、あにうえ、しかん学校とやらは15さいになってからと聞きおよんでおります。いったいなにがあったのでしょうか 」

 俺の質問に対してキュアンは

「聖痕が父上と同じくらい大きくなったんだ。そしてそれをグランベルからの公使に気が付かれてしまってね。任期切れで自分がグランベルにもうじき戻るので共にグランベルへ・・・ってね。」

 俺はなるほどと思いながら、すぐに言わねばならないことを口にした。

「あにうえ、聖痕のこと、おめでとうございます! 」

 出来る限り嬉しそうにそう言って抱きついた。
だが、士官学校の件は嬉しくなさそうだったので俺は真面目くさったと自分で思う表情をつくり

「しかん学校でのべんきょうはたいへんだとおもいます。せめて、あにうえがるすの間のしんぱいをおかけしないよう、ちちうえやせんせいの言いつけをまもります 」

 俺は体を離すと片膝をついて

「そして、わたくしのことばだけではなく、かくごを見ていただきたいです 」

 すっくと立ち上がった俺は護身用に持たされている細身の槍を持つと革で作られた先端のカバーを紐できつく結びなおし、さらに、実戦に近いとされる訓練の際に装着される木製のカバーをかけ、布袋と革紐で厳重に縛り、身構えた。
 もしかしたら、これがキュアンと親しく話せる最後の機会かもしれない。
王室間の政略の駒として俺はどこかの入り婿として出されてしまい、キュアンが戻った時にはもう他国の身かもしれない………
 ゲーム本編でキュアンの兄や姉、弟や妹が現れないのはレンスター周辺国と限らないがどこかに遣られていたのかも知れない。
 そう思うと伝えねばならないことを伝えねばという気持ちが俺の心を駆け巡った。


 うなづいて同じように支度をしている兄王子を見ながら稽古をつけてくれた日々を思い出していた。
 大抵の場合、教官の掛け声に続いて練習用の槍を振り上げては振り降ろし、基本の足捌きを繰り返すという地味なものばかりで試合のような形式での訓練は週に1度あるかないか、そしてそれはとても短時間でしかなかった。
 忍耐力や持久力を養うという面で有用な訓練法であるのは疑いようは無いがひどくつまらなく苦しいものだ。
 そんな中、遊びに連れ出してくれたキュアンとお互い木の棒などで打ちあうのは楽しくもあった。
 帰りが遅くなって父王に叱られた時にはいつも俺をかばって自分が悪いからだと身を呈してくれた。
 そんなふうに俺を本当の弟としてかわいがってくれたこの人にあんな死に方をさせてなるものか!


「ミュアハ、河原だと転んだら大怪我するかもしれないよ。土手のほうの平らなところへ移動してから
にしよう 」

 という兄王子からの申し出に対して、俺自身が先ほど口に出したように一つの覚悟を決めた。

「生意気と後から罰を受けても構いません。
ですが、今は申し上げます!
ひとたび戦いとなったらそのように好きな場所を設定出来るとは限りません。
不本意な地形で戦わねばならぬ時にどうすれば良いか、そのような状況事態を生みださないようにするにはどうすれば良いか、それを兄上は心に留め置かねばならない! 」

 普段は子供らしく思われるような努力をしての話し方の演技をやめて俺は言った。
 そんな俺の言葉や態度に茫然としているキュアンの虚を突いて槍を叩きつけた。
 万全な体勢なら俺の攻撃などかすりもしないが、今はかろうじて受け止めたキュアンと力比べとなる。
 並みの子供ならば細身の槍とて操ることは叶わぬものだが、俺とて槍騎士ノヴァの血を引く身、日頃の鍛錬も欠かしてはいないためか馬鹿力だけはあったようだ。交差した互いの槍の柄がみしみしと鳴る。

「卑怯と思うならそう思ってください。兄上と正々堂々戦って勝てるものなどおりませぬ。だが、卑怯な方法で陥し入れられた場合......」

 俺は歯を喰いしばり、力比べの合間に言葉を続け、足もとの手頃な石を顔だけは狙わず蹴りつけた。
 キュアンが飛来物に注意を逸らした一瞬を狙って槍を押すと、俺は後方に飛びすさった。

「俺のようなこんなつまらないやつでさえ勝負に持ち込むことが出来ました。
兄上と戦う者は正々堂々戦ってもかなわないから、正面からまともに戦わず全力を出せない場面を狙ってきます。不利な地形に追い込んだり、人質をとるなどです 」

 イード砂漠超えをしてシグルド率いるシアルフィ軍に合流しようとしたキュアン率いるランスリッターがトラバント率いるトラキア軍の奇襲を受け殲滅されてしまう光景が頭に浮かんだ。
 そのために、ここまで昂ぶってきた感情との相乗効果によってある感情が決壊した。

「覚悟を見せるなんて言って、やったことはただの卑怯な不意打ちだって兄上は失望なされたかもしれないけれど、俺は、俺は.......」

 感極まってぼろぼろと、いったいどこからこんなに出て来るのだろうという涙が止まらなかった。
 そうしてうずくまってしまった俺の傍らに兄はやってきて槍を放り投げた。
 ぱしゃっ・・・と水に落ちたような音が聞こえたが意に介したふうもなく

「私の弟はつまらないものなんかじゃ無いぞ。」

 そう言うとしゃがみこんだ。

「どんなことをしても父上や国を守りたいと言うお前の気持ちはよく伝わった。そして、わたしが戦う時は決して油断をしなければいいんだな。」

 この上無く優しい声で言葉をかけてくれてから背中をトントンと叩いてくれた。




 しばらくして落ち着いた俺が顔を上げると兄の後ろに信じられないものを見てしまった・・・





 一度目をつぶって頭を振ってからまた目を開いてもそこには……
 嘘だと思ってもそこには見覚えのあるアイツがいた。
 俺と目が合うと

「ちょっとー、わたしちゃんの泉に槍なんて落とさないでくださいましなー」

 俺と目が合うとヤツはVサインというかピースというかしてきた。

 ここに泉なんて無かったよね?にいさま? 
 

 
後書き
きょうだいとひらがなで記しているのは、兄弟姉妹とか場合に合わせて兄弟・姉妹・兄妹などなどと表記する手間を惜しみました。後で直すかも知れません。

グランベル士官学校の入校が基本15歳から、聖痕が出たらそれより早い可能性があるというのはファミ通文庫の鈴木銀一郎先生著のFE聖戦小説の記載に準拠しました。

そういえばトラキア軍奇襲の時ってトラバントはセリフだけで竜騎士のマゴーネさんが部隊長だったかも!? 

 

第四話

 
前書き
お気に入り登録していただいた方々ありがとうございます。
小説初挑戦だったりします。 

 
 「感動の場面を邪魔しに来た空気嫁ないヤツーーみたいな目で見ないでくれませんかーw」

 さっきまでそんな所に泉なんてなかった場所になぜか泉とセットで登場した駄女神は俺にそう言うと続けて、

「ゆーきクン、こっちのイケメンボーイの紹介、可及的速攻でぷりーずw」

 なんか、泣いた疲れが三倍増しになった気がしてきた。

「オマエこそこんなところで何しとるんだっての。」

 そのせいだろうか、つい口調が現実に近かった頃に戻ってしまった。

「わたし寝てたし」駄女神は自分を指さしてから両手の手のひらをを合わせてから小首をかしげて頬に載せた。
「槍降ってきたし」右の手のひらを水平にしてから人差し指の側面を額に当ててなんか上を見上げてる。
「刺さったしw」傷は全然見えないんだが刺さったとおぼしき額を指さすが綺麗なもんだw
「痛かったしw」全くそうは見えないんだが・・・

 と、会話をしていると兄上が騎士の礼をとって片膝をついた

「ミュアハ、ご無礼をしてはいけないよ。そして、槍を落としたのは私です。お美しい方、お許しください。」
「そーよ!そーよ!騎士ってのはこーゆーもんよ!アンタには特別価格で見習う権利を売ってあげますしーw」

 なぜか勝ち誇った表情で駄女神は

「レンスターの騎士キュアンよ、正直に名乗り出るとは殊勝な心がけです。」

 こういう時のコイツは本物の女神に見えるから困る。
(ちょwオマエ、兄上のこと紹介しろとか抜かしておきながら身元わかってんじゃん。なんなの?死ぬの?)と心の中で思っていると

         【聞こえてまスよ、不心得者みゅあはちゃんw】

・・・テレパシーとか送ってきたよコワイヨにいさま;;

 駄女神は続けて、

「キュアン、あなたが落としたのはこの鉄の槍ですか、それともこの銀の槍ですか?」

 と、どこからともなく現れた2本の槍をそれぞれの手で持ったところ……
 ヤツの佇立する水面からぶくぶくと気泡が上がってきているのが見える
 おい、それってまさか……
 いや、水面に立ってるから泉の女神かと思ってたが……
 俺の推理が正しければ……
(わたしちゃんさー、実はオマエの足の下に本物の泉の女神が居るんじゃね?)って言いたいのを我慢していると兄上は

「いえ、そのどちらでもございません。」

 見た目だけはしっかり女神オーラをまとった駄女神に頭を垂れ、かしづいている兄上の姿は一枚の絵画然としたもので、見ている俺が誇らしく感じて来るのは何故だろう。

         【ゆーきくん、実はホモ?wナチュラルにキモぃです^^;】

………この毒電波の使い手を早くどうにかしなきゃと思った俺は足元の自分の槍を拾って、

「あにうえとわたくしは、槍の先をこのようにカバーをしっかりとかけてけいこをしていました。あなたさまはさきほど、ささったとおっしゃいましたがいずみのそこにはカバーのかかった槍がおちてはいませんでしたか?」

 仕返しの質問をぶつけてやった。
 駄女神はかわいそうなものを見るような顔つきをすると

「まーた子供ぶりっこした話し方しちゃってきもいデスネーwそれに今わたしちゃんはキュアン卿とのお話中ですしーw」

 再び勝ち誇ったような顔をキメると

「キュアン卿、あなたの至誠の気持ちを試すような質問をしたことをわたくしはお詫びいたします。
そしてあなたの弟御もあなたを案じての先程の物言いだったのでしょう。
あなたが周りを大切にしてきた気持ちが伝わっているが故に、周りもあなたを大切にしたいと思うのです。それをお忘れ無きように・・・。
これは旅立つあなたへの餞です、お受け取りなさい。」

 駄女神はそう言うと兄上に見事な槍を一振り手渡した。
 受け取った兄上の表情が驚きのものへと変貌して、

「こ、これは勇者の槍!」

 首を横に振ってから兄上は

「いえ、私よりも我が弟にこそお授けください、ミュアハにこそその資格がある。」

 兄上の一言はとても嬉しかったけれどそんな訳にはいきません、それはいずれフィンに渡してあげてください。
 俺にちらっと視線を向けてから見たことも無いような柔らかな表情を浮かべた今だけは女神は

「一度差し上げたものをどのようになさろうとあなたの御自由です。あなたとあなたの大切な人たち全てに神々の祝福あらんことを・・・。」

 なんて言葉を残し、兄上に抱きつくような姿できらきらと光の粒になって消えていった。





「ふしぎなことってほんとうにあるんですね。」

 俺はそう言ってアイツが居て、泉のあった場所---今はただの河原---に目をやった。

「これが残ったからね。本当にあったことなのだよ。」

 兄上は勇者の槍を俺の方に向けて

「さきほど言った通り、そして今日のことを忘れないためにもミュアハ、これを受け取るんだ。」
「兄上のおおせなれど、わたくしにはその槍はおもすぎ、大きすぎます。そして、今日のことは終生わすれません。」

 首を振った俺に対してすこし寂しそうな表情の兄上に、

「むしろ、おひとりでグランベルへいかれる兄上にはその槍を父上やわたくし、それにお帰りをお待ちする国のみなだと思ってはいただけないでしょうか?」

 深く考えもせずに出た言葉だったけれど……
 兄上は笑顔なのか泣き顔なのかそのどちらかへの途中なのか、そんな形容し難い表情を見せると俺に背を向けて、

「……そろそろ帰ろう。遅くなっては皆が心配するだろうから。」

 いつもより足早なため、追いかける俺からは顔を見ることは出来なかったが兄上の肩がすこし震えていたように見えた。

 

 

第五話

 レンスター王国の居城であるノヴァ城へと帰りついた俺と兄上は、夜の食事の席で出どころ不明で訝しがられた勇者の槍の事件を父であるカルフ王に報告したり、王のほうから兄上の聖痕とグランベル行きの話などを交えて家族の団らんを迎えていた。

 一通り食事を終え、食卓から離れて居間のような場所でくつろぎながら飲み物に手を伸ばそうとすると

「ミュアハや、手を見せてごらん。」

 カルフ王に促されるまま両手の甲と手のひらとを見せる。

「やはり、お前にも聖痕が出ているようだな。」

 促されるまま左の手のひらの親指の付け根あたりを見てみると傷跡のようなものが浮かんでおり、それを父王のごつごつした指がなぞる。

「キュアンや儂のよりは控えめなものだが、これでお前も立派なノヴァの末裔だぞ。」

 父王が頭をなでてくれた。
 兄上も笑顔を見せながら俺の聖痕を指でなぞってくれた。

「どうも物言いや態度が大人びたと思ったものでのぅ。」

(いや、それは・・・スミマセン、河原の一件で兄上に地を出してしまってから・・ついうっかりなんです。そういえばアルヴィス卿の幼年期が出ていた小説では聖痕出たら以前にも増して頭が冴えて理解力が増してきたとかあったし聖痕にはそういう力があるんだな。
 それにしても空気読んで現れてくれた聖痕さんありがとうありがとう。)

「そうなのです父上、私も今日ミュアハから多くのことを学びました。まるで高名な軍学の先生のようでしたよ!」

 冗談めかした口調の兄上に

「もー、あにうえの意地悪~」と、俺は言ってじゃれついた。





 楽しい時間は過ぎ去って自室に戻った。夜着に着替え、明日の朝に備えて作業用の服と手拭などを準備して床につこうとすると・・・



 


          ま た アイツがいましたよ。

………まぁ、何も無いかのように寝床に潜りこみましたけれどね。

「ちょっw無視とか冷たすぎると感じましたしーw」

 駄女神は断りもせずにベッドに腰を下ろすと足をバタバタさせやがる。

「ご近所迷惑なんで夜は静かにしてくださいなー、あと返事はテレパシーでよろ。」

 仕方なしに寝床から起き出してやった。
(そういや兄上に勇者の槍プレゼントありがと。)

【ザ子供になっちゃうとゆーき君ですら意外とかわいいのーねw】

 コイツとはどーも会話のキャッチボールがうまくいかない。あー、勝手に撫でるな!
(それで、どうしてこの世界に送りこんだんだ?)

【そんなの知りませんしw】

 軽い殺意が湧いてくるんだが・・・

        
【早くかえりたーい!とか、もうこんなところイヤダー!とか思ってなさげなんですけどw】

 コイツのくせに、いやコイツは言われて痛いところを的確に突いてくるよ
 そりゃ帰りたいけど、その前に兄上と父上の無残な最期やあの悲劇を食い止めたいって気持ちになってるのは間違いない。
 あー!でもホモじゃありませんよ!そこだけは絶対違いますから!普通に女の子とちゅっちゅしたいですしー

【ハイハイ^^;】

(それで、一体全体何しにきたんだよ。様子見に来たってなら今まで来なかったのに急に今日2回も現れるなんて何か理由でもありそうなんだけど)

【ふーん。わすれちゃったんだwまぁ言っておくますわ。お誕生日おめでとうーってねw】

 は?先月8歳の祝いをしてもらったけれど・・・ん?

「アーー!」

【ご近所迷惑なので夜は静かにしてくださいなーwwwあと返事はテレパシーでよろwww】


 ………現実での俺の誕生日でした。自分の言った言葉で仇を討たれるとムカつき度がマッハだは……

【お兄さんのイベントの日が重なったので来てあげたってすんぽーよ!さすがはわたしちゃんの一分の無駄もスキも無いスケジュール管理だと思わない?思わない?】

(お祝い言う為にわざわざ来てくれたんか。ありがとな。でも寝るですよおやすー)
 
【ちょっw自分のしたいことだけして先に寝ちゃうとかサイテーなんですけどw】

 なんじゃそりゃー!誤解を生みそうな言い回しはやめんかこらー!
 駄女神がごそごそ言うと部屋が真昼のように明るくなった。そして例によってどこからともなく反物?みたいなのを取り出した。
 ぶわさっ~という効果音が似合うやり方でその布地を広げると、それは光沢のある黒色が1枚と深紅の輝きというかなんというか魅きこまれるような赤い色をしているもう1枚であった。

【これを城下の……そうね、コルマクさんという仕立屋さんに頼んでwゆー君ならわかるでしょ? 首のところこんなふうになった上着のさらに上に着るマント留めみたいなのw設計図もつけておくからダイジョブとは思うけどwあ、あとダイナマイトキャンペーン中につき刺繍用の金糸と銀糸もつけて大さーびす!いまならセットでもう1枚・・・マント用の反物よw】

 え……これって、あの?兄上のキャラ絵を超かっこよくしてるアレ?

【軍服にしちゃうとキミたち成長期だとすぐサイズ合わなくなっちゃいますしwそ・れ・と!設計図は汚しちゃってもいいけど必ず襟のあたりに縫いこんでおくよーにw設計図にも書いてはあるけど念のためよー】

(わたしちゃんさん、ありがとう。でもこんな高価そうなもの子供が持ちこんだら出どころがどこだって追求されて大変なことになっちゃいそうだし気持ちだけもらっとくよ。)
……空気が凍るっていうのは現実で何度となくやってきた気がするがここにも巻き起こしたらしい。

【……ゆー君が2年くらい頑張った水汲みのお駄賃で縫製頼んでさっ、
……お兄さんが出立の時に渡してあげたらさっ、
……感動的だとおもったのにぃ、ぐすっ】

 駄女神の奴は部屋のすみっこに一瞬で移動するとどんよりオーラをまとって体育座りをしていじけはじめた。壁に向かってぶつくさ言いだしてるし……。

「善意でやったことが必ずいい結果出るって限らないってオマエだってわかってると思うんだけどな、でもごめんな。そしてありがとな。」

 俺は毛布を持って駄女神の隣に行くと座り込んで、ヤツと俺とを毛布でぐるっと囲んで目を瞑った。




 翌朝目を覚ますと体中が痛い。こんな場所で寝たからなのでわかりきってはいた。
ふとベッドを見ると書置きがあって

        さがさないでください。

って書いてあった。 もちろん探しません。さぁ水汲み水汲み。



 
 

 
後書き
ここでチートアイテムげっとぉ!しようかと思いましたがやめました。 

 

第六話

 
前書き
駄女神に頼らずに書けるようになりたい。 

 
 駄女神来襲の翌日からというもの、兄上のグランベル士官学校への留学の準備の為だろうか城内は大忙しになった。
 そんな中、俺にも仕事が出来た。
 それは、父王への謁見を求めてやってきた比較的優先度の低い者達が集まるロビーのような場所で彼らを取り次いだり、--必ずしも王が願いを聞き遂げてくれるとは限りませんが--と前置きをして彼らの話を直接聞いたり嘆願書を受領したり、時には世間話に付き合うなどだ。子供などで馬鹿にして! などと、直接態度に出して怒りを表す者が居ないのは俺がカルフ王の第二王子の~と身分を明かしてから話しかけるためであろう。世界も洋の東西も問わず、肩書というものは強力アイテムである。

 もちろんこれらは一日の内に占める割合は多くは無いので訓練訓練勉強と頑張らねばならないのだが、相変わらず馬とは触れ合えぬ日々が続いている。
 この前は業を煮やした父上の命により大人が数人がかりで無理やり押さえつけた馬に俺は跨ったのだが
 信じられないくらいの力で暴れ出して、押さえつけていた者とその従者などのうち1人が大怪我、軽傷が3人、暴れすぎた馬は足を折った。
 幸い馬の骨が治る見込みはあるようだが俺が厩舎に近寄ったせいで馬が興奮して暴れたらどうなることかわからないということで厩舎自体に近寄ることを禁じられている。
 その時の俺は馬の脚が折れて振り落とされたけれど落下先に居た人物にしがみついて軽い打撲で済んだ。
 しがみついた相手には大怪我を負わせてしまい、教区の聖職者による治療が遅れていたら後遺症が残っていたかもしれないという噂話を偶然聞いてしまい、馬が関係する兵種はもちろんのこと、馬車にすら乗ることは出来ないんじゃないかな・・・と思っている。
 まぁ、リムジンくらい胴長の荷台を引かせてその最後尾あたりなら可能性はあるかもしれないけれど。

 それと前後して父上の腹心であるドリアス伯爵が領地の鎮撫から戻り、王宮へと出仕してきたのだが
その傍らに多くの部下とその従卒に加え、ご自身の息女であるセルフィナ嬢の姿があった。
 なんでも、レンスターの王宮で本格的に宮廷作法や馬術・武術・学問を学ぶ為らしい。--兄上が少なくとも3年は居なくなるので--父上の要請かはたまた周囲の別の人物の配慮によるものか俺と同い年くらいの上級貴族かつ、馬のことで俺を軽んじたりしないような人物として選ばれたのであろう。皆さんのご配慮に心がズキズキします。でもありがとう。




 神父上がりなのか現職の神父なのか、そんな雰囲気を出す教師役の人物のもとで俺はセルフィナ嬢と机を並べて学んでいます。青春ですねー
 講義の後、俺は行かねばならない場所へ行く為に手が空いてる大人を探していたのだが、折からの多忙な王宮なこと、容易には見つからなかった。
 そんな俺の様子を見かけたのかセルフィナ嬢が声をかけてきた。

「殿下、いかがなさいまして?」
「はい、先日わたしの責で怪我をした者がおりまして、せめて見舞をと思うのですが、わたしは一人で王宮を出ることを許されてはおらず付き添って頂ける方を探しておりました。」

と、応えておいた。

「それはおいたわしや、殿下お一人の責ではございませんでしょうに。よろしければわたしの係累の者に声をかけてみますがいかがでしょう?」

 セルフィナさんは優しいなと思いながら、

「これは願っても無いこと、ここは姫のお力におすがりするよりこのミュアハございません。」

 とグランベル貴族風の敬礼を行い出来るだけ丁寧に答えた。
 ほどなくドリアス卿の従騎士と従卒が2人やってきて、街区にある治療院へと向かった。
 その前に王宮の庭師から許可をもらい見舞の花を摘んだ。それを手伝ってくれたセルフィナ嬢はなんとも可憐であった。





 治療院の寝台に横たわるのはグレイドという名のまだ見習い騎士であり、物事が定められた通りに進むならセルフィナ嬢の伴侶となる人物である。年齢に比して大人びた--悪く言えば老けた--容貌をしている。
 そしてそれに比例しているかのように落ち着いた人格の人物でもある。

「先日はわたしのためにグレイドに大怪我をさせてしまいました。傷の具合はいかがでしょう?」

 上体を起こそうとした時に顔をしかめたのを俺は見逃さなかった。ごめんなさい。

「殿下の御顔を拝見し、ぐっと傷のほうが癒えて参りました。いまはお役に立てぬこと申し訳ございません。そちらの小さなレディにも見舞って下さったこと御礼申し上げます。私はグレイドと申すまだ見習い騎士にございます。」

 さらに続けてグレイドはドリアス卿の従騎士とその従卒にも挨拶を交わしていた。

「ドリアスの娘セルフィナと申します。グレイドさま、どうかお体を労ってくださいましね。」

 そう言うとセルフィナ嬢は花瓶に摘んできた花を生ける。

「ドリアス様のお嬢様と存じあげず、ご無礼申し訳ございません。」

 恐縮し姿勢を正そうとしたグレイドは一瞬苦しそうな表情を浮かべた。身じろぎした彼をセルフィナさんは手ぶりで押しとどめ、御無理はいけませんなどと言ってから続けて

「わたしは領地より王都に上がったばかりの身でございます。グレイドさまがわたしをご存じなくて当たり前のことです。どうかお気になさらず。」

 セルフィナさんはすごいなー
 俺は兄上から預かっていた手紙と兄上の従卒であるフィンからも預かっていた手紙を渡すとグレイドの元を辞去した。名残惜しそうなグレイドの表情を見て、これはグレイドのほうのフラグが立ったなwとか下世話な事を考えていた。ごめんなさい。
 




 帰りは来たのと同じ道を通るものと思っていたのだが荷馬車の横転事故から始まった諍いが起こっていた・・・もしかして俺のせい?だったとしたらあんまりだー
 仲裁の為なのか衛士が幾人か集まって当事者をなだめたりすかしたりしているが騒ぎは収まりそうにない。街の治安を守る為の衛士と国家の兵力である騎士とでは表立った対立こそ無いものの互いの仕事の領分は侵さないよにしているようであるのだが、こういう現場で、争いの当事者はそんなことは露知らず、衛士が思い通りにならなければ騎士さん何とかしてくれと絡んでくることがままあるはずだ。

「致し方ありませぬ、辺民街区を抜けます。」

 という従騎士であったが、彼は被っていた帽子を脱ぐと葛藤していた。
俺はちょっと察することがありったので思い切って声をかけてみた。

「すみません、【いま行くぞー!】が来るんですね? それならばセルフィナ様にそれを」
「!」
「殿下のご明察恐れ入ります」

 と従騎士がガシャっと踵を鳴らして敬礼した。

「姫、不本意かとは思いますが私の帽子をお被りいただけますようお願いします。」

 従騎士に続いて俺も

「セルフィナ様、私からもお願いいたします。そして、わたしに付き合わせてしまったばかりに皆さんにご迷惑おかけします。」


 ……走って抜けたほうがいいのか、注意深く上や下を観察しながら抜けた方がいいのか悩みどころだな……


 
 

 
後書き
さて、ロンドンやパリでは14~19世紀くらいまでは当たり前だったことがこのあと起こります。 

 

第七話

 結論から言うと「今から行くぞー!」と言ってくれる人は絶対天国に行けます。イケメンになり彼女も出来てさらにハーレム三昧間違いなしです。宝くじも当たって豪遊だってできちゃうでしょう。とにかく世界でも指折りの善人に違いないでしょう。
 警告出さずに捨てられて、あまつさえその被害に遭うとそう思っちゃうわけです。
俺は肩と、跳ね返った飛沫が顔に当たったのが3回ほどという被害を受けましたーよ。


 
 すこし時間を巻もどします。
 辺民街区と街区の境目に来ると従騎士は自分のマントを外しました、お伴の従卒さんもです。
 彼らは3枚のマントを広げて重ねあわせました。従騎士と従卒で三角形の体勢になり重ね合わせたマントを持ちあげました。

「姫と殿下はこの影に入っていただけますようお願いします。」

 セルフィナ嬢がマントの影に先に入ってもらえるように促してから。俺はすこしはみ出た状態になる。

「大変ご無礼致します」

 と言ってから、俺は上着などを脱ぎ、薄着1枚になった。

「いったい何がはじまりますの?」

 すこしおびえたセルフィナ嬢に対して俺は、

「この先の場所に住んでる人々の家には下水も手洗いも無いので、2階や3階に住んでる人々は窓から道路に、ためたモノをまとめて捨てるんです。」

 脱いだ上着をなるべくコンパクトに畳んだ俺は、小脇に抱える。前やその前の世界での大きな街はどこもそこもこうだった。この世界ではまだここノヴァ城の城下街しか知らないが王宮周辺と街区のメインストリートは下水が通っているようで文明の高さに驚いたものだ。
 兄上が城外に連れ出してくれた時にそれを教えてもらった。
 辺民街区は兄上は行ったことは無いとのことで、きっとコレもご存じ無いか、ご存じでも経験は無いんだろうなぁ。

「上からだけじゃありませんよ。不意に建物の扉が開いて横から じゃばあああ ってやられることもありますので、」

 従卒のほうが顔をしかめてからにぃっと笑った。

「姫にだけは、飛沫1つかからないようにむしろマントでくるんで差し上げてはいかがでしょう?、
私の方はお気にせず」

 と、俺が言うと

「殿下はなかなか豪傑ですなぁ、ははは」

 と従卒のもう一人のほうが笑った。

「で、では、みなさまのお召し物でそれぞれ一番汚したくないものをお預けくださいませ」

 と、ひきつった顔と声でセルフィナ嬢は申し出てくれたのでめいめい上着を預けたのちに俺たちは決死の行軍を行った!




             【姫だけは守れましたよっと!】






 街区に入ってから住人達に嫌な顔をされつつも従騎士さんが水売りから水を買ってくれたおかげでオトコ達はすこしだけさっぱり出来たが、かわいそうにセルフィナさんはトラウマになったようでふらふらしている。
 この水売りのように、こういう相手の商売もあるようでまさに神のみえざる手ってやつですねー



 王宮に戻るとオトコ達は洗い場へ直行した。
 多少のニオイが残りつつも髪や体についた汚れは落とすことが出来た。
 俺は王宮の厨房長に事情を話した上で頼み、ワインを2本いただいて
「消毒のためですよ」
 と、従騎士と従卒に渡すと呑んじまいやがったよ。
「まずは体の中から消毒しませんと」
 とか言い出すんだからいい根性している。
「殿下も一口」
 とか言うから俺も付き合いましたけどね。
そんな俺達のためにタオルと着替えを持ってきてくれたセルフィナさんはマジ天使。
 改めて俺は、
「今日は皆さま方に多大なご迷惑をおかけしました。申し訳ない。そして感謝します」
と、伝えることだけは忘れなかった。
 
 

 

第八話

 
前書き
お気に入り登録くださった方々、ご覧なってくださった方々ありがとうございます。




  
 

 
 グレイドを見舞った時の事件のあともセルフィナさんは特に俺への態度を変えるでなく友好的に接してくれている。心の中はどうかわかりませんが、ほんとよくできた娘さんです。


          あの駄目な人も見習うべき!



 ドリアス伯爵が王都に上がってきてから時々、昼食の席に同席することがあったのだが、その日の朝に父上が言うには今日の昼には同席するとのことだ。
あの日以来、初めて伯爵と顔を合わせるわけだから、お前なんか言う事考えとけよ。ってことだな。
父上の配慮に感謝いたします。

昼になりドリアス伯爵と顔を合わせた俺は、型どおりの挨拶のあと精一杯丁寧に一礼し、心の底から伯爵に詫びた。

「先日はご息女のお力で大変助けていただきました。ありがとうございます。そして、その時に大変ご迷惑をおかけいたしまして申し訳ありませんでした。願わくばわたしをお許しいただければこれ以上の喜びはありません。」



 事件のあとすみやかに王宮周辺のすぐ近くに建つ伯爵の居館を訪れたが伯爵は留守であり、用意してもらったお詫びの品とお詫びの言葉を伯爵の使用人に受け取ってもらってはいたが、やはり本人に直接伝える機会があるならそうするのが当然だろう。
ただ、文化圏によっては上流の地位にあるものがこのようなことをするのは無粋の極みであり、それぞれの代理人のみで済まし、当人達はただただ友好的な態度を崩さないのが礼儀ともする場合があったりもするそうだが、父上がわざわざ今朝に促してくれたのでレンスターの文化圏では問題は無いだろう。

「とんでもございませんぞ殿下、あれは殿下のおかげで実のあるまことの経験を得たと感謝しておったくらいですぞ。山出しの田舎娘ではございますが、今後ともどうかよしなに。」

ドリアス伯爵の言葉に俺は少しほっとした。

「田舎娘などとんでもない。あれほど洗練された立ち居振る舞いの貴婦人はこの世界広しといえどなかなか居られないことでしょう。伯爵の薫陶の賜物、そして姫の不断の努力の賜物なのでしょう。」

俺は素直に思ったことを口にしたが、意地の悪い人はおべっか使いみたいに思うかもしれないなーとか思っていたら。

「伯爵、ミュアハ、それくらいにしてあとは料理を楽しみながらにしてはくれんかな?冷めてしまっては料理人の苦労も無駄になる。」

笑い声と共に行われたカルフ王の仲裁?に俺も伯爵も

「はっ!」
「ははっ!」

と、声を合わせて舌鼓を打ったのであった。





 「そうです。ミュアハもなかなか槍を使います。身贔屓と思われるかも知れませんが、わたしもうかうかしてはいられないと思うくらいです」

笑顔とともに兄上は食事の手を止めて伯爵からの質問に答えていた。

「とんでもない、わたしなど兄上の足元にも及びません! 」
俺がそう口を挟むと、

「そうなると、ミュアハはわたしを嘘つきにしたいのかなー?」
「そ、そんなことはありません!でも今のだけは事実と異なります!兄上のいじわる~ぅ」

冗談めかした兄上の言葉に、子供ぶりっこでお返事です、スミマセン、でもほんとw

「いやはや、騒がしくてすまんな伯爵」

父上は笑顔でそう言うと口元をナプキンで拭うと飲み物に手を伸ばす。

「いやいや、陛下、ご兄弟仲良きことは重畳でございますぞ。レンスターも安泰ですな」

伯爵は嬉しそうな表情を浮かべている。

「とはいえ、来週にはキュアンが旅立ってしまい寂しくなってしまうのぅ。そこでだ伯爵」

父上はいったん言葉を切ると、

「おぬしとおぬしのご息女の都合さえ良ければ、こうして昼餉を伴にするときに同伴してはもらえぬか?、何、おぬしよりもご息女のほうが儂の目当てであるというのはここだけの話だ」

茶目っけたっぷりな父上の言葉に伯爵は

「不調法ものではございますが、次回は必ずや伴ないましょう。あれも喜ぶとおもいますしな」

おー、セルフィナさんとたまにランチを一緒できるのか。
今日はみんな一緒だけれど最近は一人での食事も多かったし兄上が居なくなったら寂しくなるなぁと
思っていたけれど、父上のご配慮ありがとうございます。


 
 

 
後書き
今回短くてすみません。

 

 

第九話

 それからほどなく兄上がグランベルへと旅立たれた。その前日の壮行会というか何というか式典にはコノートのカール王と、アルスターからは国王の名代としてコノモール伯爵が臨席された。
両名とも別件での目的での来訪でレンスターに滞在していたのだが、この式典はグランベルの駐公使の 退任と新公使の着任の式典も兼ねていた為の臨席(実際はこちらがメインで兄上の壮行会のほうがおまけ扱いではあったのだが)であったのだろう。
新公使はしばらく前からレンスターに赴任しており、引き継ぎなどで忙しくされていたようだ。
マンスターのほうは南トラキアの情勢が不穏であるため主だった人物は派遣することが出来なかったようだ。
式典での兄上はいつも以上にかっこ良かったです。




 出立の前日、さすがにお疲れだろうと俺は兄上の負担にならないよう自重してなるべく関わらないようそっとして、その代わりにせっせと手紙を寝る前に書いていたのだが自室のドアを叩く音がしたので

「起きてます、どうぞお入りください」

と返事をすると兄上が部屋にやってきた。
その後は俺が何度か会話の合間に言えそうなタイミングを見つけては

「明日の出発に障わるのでおやすみになられては」
と、促しても

「あとすこしだけ」

なんて言われてずるずると完徹に近くなりました。兄弟いろいろなことを語り明かしましたよー

例えば南北トラキアを統一とか、亡くなった母上の話とか、父上を頼むぞとか、それと・・・重騎士を
目指そうかなって俺が言ったり、またトラキア統一の話に戻ってあーやってやるとかこういうふうにしてやってみるとか、セルフィナ嬢のことをどう思ってるとか言われてからかわれたり、それなら兄上はどんな人が好みー?とか、兄上が一度ゲイボルグを父上に黙って触ってみようとしたら見つかって叱られたとか、それは俺もやってみようとして叱られましたとか言い合って笑ったり、辺民街区のことを俺が話すと難しい顔をして考え込んだり、一緒に遊んだ野山の話とか・・・ほんと沢山のことでした。




 翌日なんとか書きあげた手紙を渡せたので良かったよ。もし渡せなかったら死亡フラグかもしれないし。
最終的には、兄上が部屋に来て続きを書ききれなかったのであとで送るお手紙に続きを書きますっていういいかげんな文末にしてしまったというオチでしたけれどね。
徹夜明けとはいえ体は若いので無理は効いて、いつも通りに日課や課題はこなすことができた。
兄上も若いから大丈夫とは思うけど馬に乗りながらだから居眠りしたら大変だろうなと心配でした。
何週間かしてペルルークとミレトスにそれぞれ滞在したからであろう、兄上は手紙を出してくれました。
内容はそこまでの道中のことなどの報告でした。俺個人宛のも1通あったのでそのお返事はバーハラのほうに送ることにした。
それが届いて読まれる頃には兄上が14の誕生日を迎えているだろうから祝いの品を添えて送ったのだが、それは砂糖菓子(ただの砂糖の塊に過ぎない味なんだろうな)だったりする。湿気に弱かったりはしても腐敗しにくいので邪魔にはならないかなというチョイスです。

その資金源は2年ほど頑張ってきた水汲み作業への対価だったりする。
現場監督には鍛練の為なのと、ご迷惑をおかけしているかも知れないということで報酬は断っていたのだが、父上からこの前まとめて渡されました。
こういうのを断られると現場監督も困るのだぞって注意を受けました。すみません。
それのほとんど全部を使って買えたのはほんのわずかな量でした。砂糖はやはりこういう世界では貴重なんですね。
残ったお金とここ数週間で貰った作業対価で、買えるだけワインなどを買って現場監督と水汲み作業員に差し入れて感謝の意を表しました。
兄上への贈り物は自分で稼いだお金で、っていうのは駄女神に言われてのことなので少し癪な気もするが、たまには感謝しておこう。

水汲みは鍛練の為に始めていたのだけれど、集めた水は王宮内での日々の暮らしでの使用のみならず辺民街区の街路の清掃にも使われるためにやっていることだと知った。
カバーする範囲が広すぎて清掃を行き届けさせるのは大変なんだろうけれど、今のところ辺民街区で疫病が発生しては居ないので知らないうちに少しは国の役に立つ仕事に関わっていたんだなって思うと少し嬉しくなった。

  
 

 
後書き
会話の少ないほぼ説明回になりました。 

 

第十話

 ドリアス伯爵とセルフィナさんを交えた昼食会は、時に政治的な話題にも及ぶことがある。

「……それだけ南トラキアの民衆は苦しい生活を強いられているのですね」

セルフィナさんがドリアス伯爵と交えていた会話は一般の民衆の暮らし向きの話で、彼女は辺民街区での一件以来そのあたりに心が行っているようだ。彼女にとっては辺民街区の暮らし向きでさえ気の毒に思う中、それよりも劣悪な環境の南トラキアの民衆のことを慮っている。

「そうですね、わが国ではその日一日の仕事を得られれば一家の2,3日の食事の心配は無いくらいの生活がなんとかできる。職にあぶれても3日に1回くらいは教会をはじめいろんな機関の受け回りでの施しもあるので王都に住まえばなんとか生き延びることは出来ますしね」
「それだけ我が国の生産力が高いということですな。だからこそ、あの餓狼どもは執拗に我らから隙を見ては奪おうと目を光らせている」

  俺が口を挟んだ後は伯爵がそう応えた。 

「彼らが軍を養う力をもうすこし抑えて、もっと地域の特性に合わせた生産活動に専念して交易で暮らし向きを改善しようとは何故思わないのでしょう? 」
「力を失えばたちまち我らに征服されると強迫観念に捕らわれているのでしょう。それに、彼らとは交易をしてはならぬとグランベルを交えての条約がありますしな」
 再びの俺の言葉に対する伯爵の応えがそうだった。

「……仮に交易を行えるように条約が改定されたとしても、軍事力の裏付けが無ければ不平等な交換レートでの取引を強要される恐れがあるという考えに彼の国の指導者達は至るかも知れませんし」
「ならば、ターラやペルルークなどの自由都市を経由して建前上は絶縁しつつも、それらの中間者の力を借りて協力し合うとか……いや、わたしでさえ思うくらいなら既にそういう動きはあったんでしょうね」
 セルフィナさんの言葉のあとに俺はう~んと唸って悩む。

「いずれにせよ我らが救いの手を差し伸べようとしても彼奴らめはその手を払いのける。他国の民よりまずは自国の民、できるだけこちらの犠牲を減らすにはこのまま彼奴らを日干しにしてしまう他無いというのが4国での国是だからの」

 この話題はここで打ちきるぞ。ということを表すカルフ王の言葉であった。


「わたしが伝え聞いた話だけでは彼の国の実情はわかりません、教えてくれた人物の恣意も入っているでしょう、もしお時間が許されるのでしたら何か教えてはいただけはしませんでしょうか? 」
「彼の土地は地味薄く、小麦の取れる場所は非常に限られておりますな。 また、盛んに活動している山が少なくは無く、地が鳴動することがままあるとか」
 俺の質問に答えてくれた伯爵の言葉に興味深げに相槌をうつと

「彼の国には度々疫病が流行りおる。あのときミーズに駐留しておった儂のところに慰問に来おった旅芸人が流行らせた病がもとでお前の母の命は奪われた。お前自身その病の残した痕が残っておろう。だから儂は彼の国の話はしとうはないのだ!」

 珍しく怒りを露わにした父上に俺は申し訳ありませんと素直に詫びた。
 とはいえこれは初めて知りました。確かに背中一面と左腕の二の腕あたりには天然痘に羅感して生き延びた者の痕があった。大抵これは顔面全てを含め、体全部に出るものなのだがどういう訳か俺はこの程度で済んでいた。

「伯爵、セルフィナどの、声を荒げて済まなかった。そろそろ儂は政務に戻る。」

 父上は俺のほうを見ようともせず去っていった。



「殿下、あまりお気になさいますな。なに、陛下とて人の子、たまたま腹の虫が悪かったのでしょう」
「王妃さまの事、おいたわしい事と存ぜます。なれど、殿下が命永らえてくだすったことで陛下の御心がどれほど御慰めなられていることか。
そもそもわたくしの考えなしの発言が原因で殿下と陛下の御心を患わせ、申し訳ございません」

 伯爵は気落ちしている俺に慰めの言葉をかけてくれ、セルフィナさんはいつの間にか俺の近くに来ていて俺の手を掴むと両手でぎゅっと握ってくれた。






 そのあとの午後の務めにはどうしても身が入らず、叱責されることが度々だったこともあり俺の心はずいぶん沈んだ。
 普段怒らない人を怒らせてしまうということは、ほんと心に来るものがある。
何も悪くないセルフィナさんにまで謝らせてしまって自己嫌悪がぐるぐるぐるぐる心の中を支配した。
 その日、帰りの遅かった父上と挨拶以外ほとんど何も話せず、冷たく固くなった食事を共にしてその日を終えた。


 

 

第十一話

 
前書き
拙作に目をお通しくださっている皆さんありがとうございます。
 

 
 こういう時は絶対逃げない、つらくてもいつも通りに近づけるよう頑張る、サボらない。
 子供だけど子供じゃ無い訳だからな。そう自分に言い聞かせる。
 ……そうだ、サボらないと言えばということで思いだし、観葉では無く、薬用目的で育てている植木鉢に目をやった。

 本当はキダチアロエが一番欲しいのだが手に入らないというか手に入れようが無かった。
 現実だと南アフリカやマダガスカルが原産なのでイザークとかイード砂漠周辺にあることを期待しよう。
 兄上と野山を巡った時にドクダミを見つけた時は心の中でファンファーレが鳴りましたよ。
 これは最強、なんと言っても俺でも簡単に見分けることが出来る上に薬効が高い。
 ひっこ抜いたあとの臭いは最悪だが慣れてしまっているので大丈夫。
 注意点は路地に植えてはいけないってこと、理由は強すぎて他の植物を駆逐してしまうのと、いざ根絶しようとすると非常に難しいからだ。
 やつらの本体?は広く深く巡らされた地下茎ネットワークで、例えば地上に顔を出している茎や葉を全部取り除き、さらに充分注意してあらかた根を引っこ抜いたとしても3~4週間もすれば元通りになる。
 油で揚げれば食用としても俺ならいけるし、というか摘んでから水洗いしてそのまま生で喰えるくらいの訓練はしてある。ただし、そのあとは水が欲しいところだが。
 あとはヨモギとツユクサが欲しいところだが見かけたことが無かった。
 有用な薬草としてはオオバコなんかもいいが、これはわざわざ探さなくても大抵のところで見かけたので収集はしていない。
 見かけたとしても判別出来ないが、ゲンノショウコなんかは欲しいなぁ。

 俺は喰らうのも治してもらうのも魔法の効果が薄いので、こうやって自分でわかる程度の薬草を集める癖がついてしまっていたのだ。
 育てているのは他にシソとミントくらいなもので、鉢植えに明日は水をやろうと思った。
 植物に手をかけていると、先ほどまでの自己嫌悪や悲しさだとかが少し和らいでくる。
 ミントやシソの葉をちぎって揉んで、香りを楽しむと穏やかな気持ちになってきたので寝台に潜り込んだ。

 

 翌日、いつも通りに起きて水汲みに行き、戻ってきてから忘れずに鉢植えに水をやった。
 朝食の席ではなるべく元気で笑顔の挨拶をして、お互い昨日のことは触れずに居た。
 父上だって言いすぎたとか思っても言いだしにくいだろうしな。
 いつものスケジュールだと、父上は今日の昼はグランベルの公使との昼食になるだろうなと思っているとそのことを告げられた。

「昨日のことがあったから昼を一緒にしたくないという訳では決してないぞ。」

 だなんて少し困ったような、言いにくそうな表情で言ってくれた。
 お互いわかっているのにわざわざ伝えてくれる辺り父上もお気にされてたようだ。

「いつもそういうスケジュールですし、悪いのは疫病です! 」

 と、元気よく俺は応えた。

「そうか 」

 笑顔で父上はそう言うと俺の頭を撫でてから肩をぽんぽんと叩いてくれた。
 そのあと、セルフィナさんと顔を合わせた時、彼女のほうは気遣わしげであったけれど俺がなるべくいつも通りに接していると、彼女の方もそれに合わせてくれたのかいつも通りに応じてくれた。




 
 それから幾日か過ぎたある日、王宮を移動中の俺はいつぞやのドリアス伯爵配下の従騎士と出会った。今日は連れている従卒は一人だけで、若い方であった。
 従騎士はたしかベウレクと言い、従卒のほうはレンナートと言ったか。
 俺はグランベル風の敬礼を行ってから声をかけた。

「先日は大変お世話になりました 」
「いやいや、とんでもない。こちらこそ殿下のおかげを持ちましてこうして首が繋がっております 」

 ベウレクが冗談めかして言う姿にくすっと笑いが出る。

「ところで、このような者が殿下と言葉を交わすなど不敬の極みかと存ぜますが、殿下の寛大な御心に期待するそれがしの浅慮、許されますならば我が従僕、レンナートからの言上、聞き届けてくださいませぬでしょうか? 」

 古めかしい言い回しは好きなんだけれどちょっと回りくどさに辟易したのと、普段は率直な物言いの彼に、ひとつ思うところがあったので、こちらから尋ねてみた。

「それはもちろん喜んで。ところでこの場所で聞かせてもらうのに重要な意味があるなら別ですけれど、もしそうでは無ければ場所を変えましょうか?ベウレク卿は人目をはばかっているようにも感じますので」
「はっ!恐れ入ります」
 彼は言い、俺たちは中庭の外れのほうへと足を向けた。

「ベウレク卿もレンナートさんも、わたしよりずっと年上で人生の先輩とも申せます。他の人の目があってお気になさるときは致し方ありませんが、そうではないときはもっとくだけてお話いただけると、わたしのほうも話しやすくなります 」

 道すがら俺はそう言った。この前のグレイドの見舞の時に比べて2人とも固いものだから。
 そんな俺の物言いに2人ともかえって恐縮してしまった。俺の空気読め無さは異常。でも平常運転。

「では、先ほどの続きをレンナートさん。お願いしますね 」
 俺がそう言うとレンナートさんは畏まって片膝をついてこう述べ始めた。

「もし、殿下のお許しあるならばこのレンナート、殿下にお仕えしたく 」

 思いがけないその言葉に俺は驚いてベウレク卿のほうを見やるとベウレク卿は頷いて、

「我があるじから陛下の方へこの事についてお許しはいただいてます。
あとは殿下がこやつめをどうされるかということ。もし、こやつがお気に召さないならこの場で、
えいやぁとそっ首刎ねて、このご無礼詫びさせます。
そっ首刎ねるはまぁ、言葉のあやですのでお気に召さらず 」

 ベウレク卿の物言いに俺はまたくすっと笑ってしまった。

「お二人ともドリアス伯爵の領地での暮らしが長かったのか御存じないのかもしれませんが、
わたしの側近く仕えた者がことごとく不運な目に遭ったことは知っています? 」
「例えば、最初のわたしの守役は流行り病で亡くなってしまわれ、そのあとを継いだ方は落馬の事故が元で亡くなりました。
さらにその次の方は何者かに命、奪われました。
成り手が居ないのか、父上がこの一連の不幸の験でもかつがれて任じなかったのかはわかりませんが、
ここまで話してお気持ちが変わったならいつでも取り消してくださいね 」

 一息にここまで言うでなく、それぞれの言葉を区切ってゆっくり俺がそう言うと。

「殿下のせいで不幸が起きるなら、その後一番近くにおられた陛下やキュアン王子にもご不幸あったことでしょう。ですが何もなかったではありませんか!ただの偶然をお気になさらずに! 」

 レンナートさんは、にいっと笑って俺にそう言ってくれた。俺は少し目がうるっとしてきた。

「わたしには領地はもちろん、きちんと定まったお役目も無いので俸給すらありませんよ。出世払いで良ければレンナートさんのお好きにしてくださいね 」

 実際のところそう言うより他は無い俺の言葉のあと、

「それがしも厄介払いが出来てせいせい……おっと、こやつでも殿下の矢除けくらいは務まりましょうが、殿下はお人が好ろしいので甘やかさないように。つけあがりますのでな 」
ベウレク卿はこちらも、にいっと笑って口を挟んだ。

「殿は相変わらず酷いじゃないですかい 」

 レンナートさんがぶすっとしてからそう言うと俺は思わず笑いがこぼれる。

「それ、そこよ!いまのオレはもうお前の主君ではないのだぞ。あるじの区別くらいつけんかい、だから矢除けくらいしか務まらんと言ったのだ! 」

 今までと違い逆に真面目くさった表情のベウレク卿の声と表情に、レンナートさんが両手を上で組んでちぇ~とか言うので、俺がおもわず笑いだすと連られて二人も笑いだし、しばらくの間俺達は笑い続けた。

 
 

 
後書き
趣味の園芸回でした。

ちょっとした切り傷、擦り傷、肌荒れニキビなんかにアロエ(キダチアロエ)は作者にとっては最強回復アイテムです。上述のことがあったあとって傷とかが塞がった場所にホクロとかシミができちゃう体質なんですがアロエを塗っておくと、あらふしーぎ全然痕がのこらなーーい!
ユグドラルの植生ってどんなのかわからず自生しているのかどうか判断がつきかねるので登場させるかは未定。

いままで、第二とはいえ、王子の守役なり近習なりが居なかったことの説明を後半でしてみました。
最初の守役はミュアハと王妃の羅感した、たぶん天然痘で王妃のように亡くなりました。
次の守役はいままで何度か触れたので察しの通り、馬や動物全般に嫌われるミュアハの特性を甘く見て彼を自分の前に跨らせて馬に乗ろうとして事故に遭ったという訳です。
3人目は前任2人が亡くなったのは、不幸を王室に招く存在では無いかと思いミュアハを殺そうとしたのですが、露見してしまって謎の死が与えられた。ということに作者脳内では設定されています。

レンナートさんINには裏の事情があって、いずれ触れるかもです 

 

第十二話

 
前書き
タグの【戦争】が全く無い件について。

 

 
 「○○様!危ない! 」

 とか言って護衛対象の前に立ちはだかったり突き飛ばして、自らは矢を受ける。
物語でよくあるこんなシーン。
 こういうのを果たせるのが弾除けって呼ばれる人たちの見せ場ですよね。
 レンナートさんに限ってはこういうのは無理かなぁと思う身のこなしの鈍さです。

 ……死んでしまった人の遺体を盾代わりにする。
 そういうシーンも確かにありますね。
 そういう意味ならば問題なく………ベウレク卿は間違ってませんでした。

 試しに手合わせをしてみたのだが、うん、子供が大人をいじめちゃいけないよね。
 いや、だが、仮にも王子相手だ。
 少しでも怪我させちゃまずいと思って手加減をしてくれている!そうに違いない!

 だが、鍛えることは鍛えているのは間違いなく、トップスピードこそ鈍いが重い荷物を携えて長時間走ることが出来るというのは立派なものだ。
 おそらくこれは馬に乗った主人に従って戦場を走り、主人が武器を落としたらすぐに替えの武器を渡す、主人が落馬したらひきずって戦場を離脱する、などの純然とした従兵としての能力に特化しているのだろう。
 そう思うと尊敬の念が湧いてきました。
 ただ、本人はいつか騎士になる!という夢をお持ちのようなのです……
 上級騎士ならば従騎士に戦ってもらい自分は飾りのようになることが出来るが、彼は現実の俺のように平民出なのでそういうことも出来ないだろう。

 筋力はあるけれど、切り結ぶ反射神経には難がある。
 ならば弓術・射撃術はどうであろうか、銃でも発明出来れば竜騎兵っていうのもある。
 呼び方がまぎらわしかったです、この世界にはワイバーンに乗って戦う竜騎士が居るんでした。
 とりあえず、弓はどうかと将来の弓の達人に頼ってみましょうか。
 もと関係者ですしね。

 


 「殿下ぁ、弓はおれの性には合わないみたいでっす 」
 レンナートさんの弓適正を見てもらおうとドリアス伯爵の居館の裏庭にある練習場で試しに撃たせてもらったのだが惨憺たる有様でした。

「こう、撃つのです! 」

 セルフィナさんがあっという間に矢筒の矢を撃ち尽くした。
 なるほど【突撃】のスキル発動って感じですね。
 短弓から放たれた矢は5本、的には全て当たりその中の1本は真ん中を貫いていた。

「レンナートにも何か得意なことがあれば 」
 セルフィナさんも困ったようなおかしいことを我慢しているかのような口ぶりで言う。

「姫も御存じでしょう。おれは寝坊とメシ食うことだけは得意です! 」
 レンナートさんがそう言うと、俺もセルフィナさんもおかしくなって笑いだした。

「それにしてもセルフィナさまの腕前は見事ですね 」
 最近の俺は、たまに彼女を名前で呼ぶことにしていた。

「もっと強い弓を引けるようにしないと当たっても鎧で止まってしまいますから、まだまだですわ 」
 話している間に的に当たったり自分で外した矢を拾い集めてレンナートさんが戻ってきた。

「そして、強い弓を引くと・・・こうですもの 」
 取り替えた弓を構えて、彼女が顔を真っ赤にして引いた弦は矢を飛ばすには明らかに足りない。

「いずれ引けるようになりますよ 」
 俺がそう言うと。

「それは嬉しくもありますが、そうなると腕が太くなってしまいそうです。そうなってしまったら殿下に呆れられてしまいそう 」
 先程力いっぱい力を入れて真っ赤になった顔よりも頬を赤らめてセルフィナさんは言った。

「草原を駆けている馬も鹿もあれほどの早さで駆けるのに、その脚は細く美しいです。
姫があの弓を引けるようになった時、今よりもしなかやかで美しくなられているとわたしは確信しております 」
 我ながらキモいこと言うなとは思ったのだが、

「ミュアハさまは、おじょうずで困ってしまいます。」
 セルフィナさんは顔をさらに赤くしてもじもじしていた。

「やや、姫を困らすとは大悪党、こらしめねばなりますまい。」
 俺は笑ってそう言うと軽く握り拳を作って自分の額を軽くこずいた。

「まあ、ふふふ。」
 セルフィナさんのかわいらしい笑い声が耳に心地よかった。




 そのあとしばらくしてドリアス伯爵の居館に早馬が訪れた。
 何かあったのかと思い、セルフィナさんにお礼を述べて館を辞去し、レンナートさんを伴って王宮へと戻るとそこは騒ぎの渦であった。


 ミーズ城陥落、思いもよらない悲報に王宮は揺れていた。
時はグラン歴747年

                                        →つづく

 

 

第十三話

 
前書き
読んでくださってる皆さま、いつもありがとうございます。

システム側で特に章を区切ったりは致しませんが、ここから二章ってとこだと思います。 

 
 俺はいま、トラキアの国名であり同名の首都にいる。
それはトラキア半島の南北を統一した英雄が歓呼の声に迎えられた華々しい凱旋。




 だったらいいですよねー!
 実際はミーズ城を北トラキア連合へ返還してもらう条件の一つとして人質になって送られたのでした。

 ミーズ城というのは北トラキアと南トラキアを結ぶ交通の要衝に建てられた城塞であり、両の地を分断する壁の役割を担う戦略上の重要拠点である。
 この城塞を巡っては何度となく小競り合いも会戦も行われており、北トラキア連合としては侵略者を阻む絶対防衛線。
 南トラキア側(以後トラキア王国の呼称に統一)にとっては、父祖の地に居座るグランベルの手先となった裏切り者どもが不当に築いた憎しみの象徴。
 互いの存在と未来を懸けて流された血の上に建つ城塞であり、この城塞を制した勢力が両トラキアの勢力争いで優位に立つと言われていた。

 グラン歴747年の当時、ミーズ城には困窮し逃散した南トラキアからの農民集団が保護してほしいと頼ってきた。
 それが受け入れられたところトラキア王国はこれを許さず、身柄を引き渡すよう要求してきた。
ミーズの太守は北トラキア連合に諮ってから返答したいと応え、トラキア王国側も期限を切って太守の返事を受け入れた。
 その事態を知らせる早馬がミーズ城から出されてから数日、トラキア王国側は一気に軍を進めミーズ城を奪った。

 まともにぶつかったならばミーズ城に駐留する兵力で防ぎきることは簡単であっただろう。
 しかし、保護を求めてやってきた農民集団は実は疫病に感染した疑いのある者の中からわざわざ選び出され、疫病で亡くなった者達の衣類や寝具などをはじめ感染を広げるための手段を携え、教え込まれて送り込まれた工作員であったのだ。
 既に疫病が、城塞に駐留する兵にも、兵を相手の商売を目的に移住してきた人々を祖にする一般市民にも蔓延っており、それゆえに時間稼ぎの返答をした太守であったがそれを見透かされていたのだ。
 駐留していた北トラキア連合の兵は病の為弱り切っていたため、簡単に敗れ、城は陥ちた。
 トラキア王国側の誤算は、人質にして有利な交渉の材料にしようとした太守とその家族が自害、あるいはこの疫病で命を落としていたことだ。

 当然この事態に怒り心頭の北トラキア連合はすぐさま奪回・討伐軍を編成し、ミーズ城北部のマンスター方面へと軍を送り、西側の自由都市にも硬軟交えた工作を加えトラキア王国への圧力を高めた。
 マンスターに集まった北トラキア連合の軍勢は義憤を感じて立ちあがった義勇兵が許可なく集まり続け、当初の予定よりもその規模は大きく膨れ上がり、有機的な運用や一糸乱れぬ行動が行えるような統制は難しくなっていた。


 その状況を戦機と見てトラキア王国側の王太子トラバントはマンスター平原の地形を活かし、寡兵を補う用兵で大軍である北トラキア連合を包囲し、殲滅を狙い、それがいま一歩で成し遂げられそうになったまさにその時!
 我が父カルフ王自ら包囲網の一角を一点突破で突き崩し、トラキア軍はレンスター軍により逆に包囲 される形になってしまったのでトラバントは陣形を立て直した。
 しかし、それでは数量勝負の消耗戦の形に持ち込むことしか出来ず、良くて引き分けの状況を見たトラバントは一度兵をミーズ城の前まで引いた。
 だが、前半の包囲戦での北トラキア連合側の被害は甚大で、ミーズ城の太守が自身の弟であったがために、この戦の総大将に名乗り出たコノートのカール王は虜囚の憂き目に遭うほどであった。



 ここでマンスター平原について少し触れよう。
 トラキア半島には南から北へと連なる急峻な山脈が二本あり、その狭間には峡谷と呼ぶには広すぎる平野が存在する。
 平野の中ほどから若干北側にはマンスター王国があり、そこから離れた南にミーズ城が存在している。
 かつてトラキアが一つの国家であった時は南北の経済を繋ぐ大動脈として。
 そして今は南北の軍が激突する戦場として、時代が移れど数多の人々が行き交う場所となっていることは変わりはしない。




 トラバントの用兵だが、彼は軍勢の4分の1をハンニバル将軍率いる重装歩兵に任せ、
 彼は疎にして密と後世言われた固い防御陣で北トラキア連合の正面からの突撃を受け止めて、少しずつ自らの隊を後退させることにより北トラキア連合の兵力を縦に引きずり出し、トラバント自ら率いる4分の3の軍勢は連合国の片翼を突破しながらそこには包囲の為の兵力を残した。
 片側の側面は急峻な山岳地帯、正面はハンニバル隊、もう片方の側面と後背部分を塞ぎ、北トラキア連合を取り囲む形を完成させた。
 寡兵であったがゆえ一つ一つの包囲網が薄くならざるを得ない為、一角を父上の一点突破で崩されてしまったがもう3,4割トラキア王国の兵が多ければそれが出来たか危うかったかも知れない。

 翌日から両軍はミーズ城からやや北寄りの平原で相対したが、カール王の身柄を前面に押し出してその場から動こうとしないトラキア軍に対し北部連合は手を出せずにいた。
 北部連合は盟主自体はレンスターであるが為、トラバントはカール王の身柄さえあれば安心であるとは思ってなかった。
 そして、兵站に問題が出て来る前に手を打った。

 講和である。

講和の結果
カール王の身柄はそれに匹敵する北部4国の王族の人質と引き換えとすること
受け入れた場合、トラキア王国軍は直ちにミーズ城を明け渡し撤兵すること
北トラキア連合はトラキア王国に10万人分の食糧1年分、さらに毎年相応の食糧無償援助を行うこと
今回の衝突によって犠牲となったトラキア王国の英霊に対し、見舞金を1人につきグランベル貨幣5000枚支払う事。
今回の衝突により発生した両軍の捕虜は、すみやかに交換すること
で、妥結した。

 シンプルであり、賠償金の文字を使わないあたりトラバントの政治センスを感じる。
 実質の勝利でありながら勝ち負けについては言及せず、発端となった農民の受け入れ問題は無視することで早期講和を図ろうとする・・・手ごわい相手だ。
 ひとまず講和は成ったのでカール王の身柄を預かったままのトラキア軍はミーズ城を明け渡し撤兵した。


 誰を代わりに人質に送るかということは連合国会議で紛糾した。
 何度か妥協で選ばれた候補はトラキア側の拒否を受けた。
 いわく、長い間両勢力の安定を図るためには長生きをしそうな若い者が良い。
 いわく、時として疫病が流行るトラキア王国としては受け入れた人質が疫病ですぐに亡くなっては両勢力の安全保障に齟齬を来たすので、1人では足りない。もしくは感染し生き延びた者ならば1名でもよい。
 いわく、カール王に匹敵するほどの高位の王族で無ければ人質を見捨て我が国に強攻する恐れがある。

 なんか各条件をクリアする人が一人いました。
 自分の国の王様を取られて必死になっている人が気が付いたようです。



気が付いた人:レイドリック
気が付かれた人:ミュアハ 
 

 
後書き
あれ?ミーズ城にトール○ンマー設置したらイゼなんとかさん要塞jy
ターラは位置だけフェ○ーン?

そしてハンニバルさんが出てきたので本物のハンニバルさんの包囲戦にインスパイアされました。 

 

第十四話

 
前書き
60件ものお気に入り登録いただけて驚いてます。頑張ります。 

 
 「向こうに良き姫君でも居られたらモノにして南トラキアを乗っ取ってやる!くらいのつもりで行きます。   ゆえに、ご案じ召さるな父上! 」
 俺のこの宣言に

「儂は……儂は……」
 父上は言葉を詰まらせ肩を震わせていた。

「心残りは兄上の不在を守れぬこと、しかし、今度の事とて父上を、国を、守るが為のことと兄上にお口添えいただけるでしょうか?ミュアハは約を違えてはいないと! 」
 自分でも愚かなことと思いながらも口にしてしまうのはなぜだったのだろう。

「10年、いや5年待て!、奴らダインの末裔を一人残らず根切りにしてやる!」
 父上の形相は鬼神や悪鬼というものが居るのなら、それを体現しているかの如きものであった。







 「わたしは罪を犯して監獄に送られるわけではありません、賓客として隣の国でしばらく暮らす。ただそれだけのことです、わたしの身に何かあっては彼らとて食糧援助を打ち切られる。そう、わたしの身を気を付けて守らねばならないのは彼らのほうです」
ぼろぼろぼろぼろ涙をこぼすセルフィナさんに俺はなるべく優しく声をかけたつもりだった。

「嫌です!、どうして、どうして殿下が。 捕われたのはコノートの王様です!。ならばコノートの王家が責務を果たせば良いのです!その力量もわきまえず総大将を買って出て多くの兵に無念の死を強いただけでは飽き足らず、ミュアハさまをも奪い取ろうなどと天上の神々が許してもわたくしは絶対に許しません! 」
 思わず俺はセルフィナさんの頬に手を触れた。

「良いですか、わたしのかわいいセルフィ、レンスターは北部トラキアの盟主です。頭の良い、いえ、天才と申し上げたほうが適切なあなたならおわかりでしょう。このような時にこそ、盟主としての高貴なる務めを果たさねばなりません。それにより北部トラキアがより強固に結ばれるならば、わたしにも生まれてきた価値があるというものです」
 触れている手でセルフィナの頬をなでた。

「でん...ミュアハ様、わたくし、あなたを慕っていつまでもお待ちします。ですが、うつろいやすい気持ちを繋ぎとめるよすがを、何かの証を、いただけませんか」
 瞳を閉じたセルフィナはくっと顎を上げた。
 こんなに苦しいなら、この流れに従ったほうがいいだろうと思う心と、ほんとに大事なら中途半端なことや弄ぶようなことは止めろと思う心がせめぎ合う。
 俺はこの世界では不正規な存在のはず、もしかしたらあの駄目なアイツの匙加減で今すぐにでもここからどこかに転移させられてしまうのかもしれない。
 それにディアドラ、アルヴィスの2人をどうにかすることが出来たらクリアとかそんな感じで転移なのかも知れない。
 そうしたら、残されたこの子はいつまでも、死ぬ迄、絶対戻らない者を待ち続けるのかもしれないと思うと苦しくて……

「俺も君と同じ気持ちだよ。もし数カ月前までのように居られたなら、君を娶り公爵家でも興すか、それとも伯爵の婿になるかそんな未来があったと思う。
だけど、俺は俺の戦に行かねばならない。 
向こうの王家に女子が居たら気にいられるよう己の心を偽り、婿にでもなってトラキアを乗っ取ってやるという覚悟なんだ。
向こうの王家に女子が居なければ、向こうの有力者の娘だって構わない。
だから、俺の事など待っていてはいけない。
どんなに互いに想い合っても結ばれてはいけない縁というのがこの世界にはあるんです... 」
 俺もぼろっぼろ泣きまくってセルフィナさんをフリました。
 そういえば、前の世界でもその前の世界でも、そして現実でもこんなことは無かったです。







「思い出して泣いてたの? 」
トラキアに来てからというもの、たまにアイツが姿を見せる。

「うん 」

「せっかくあんなかわいい女の子とちゅっちゅできそうだったのにwもったいなーwもう二度とないかもw 」
 煽りスキル高いよなコイツ

「うっさいなー、だけどさ、いずれ俺がこの世界から居なくなったらって思うと無責任すぎるだろ 」

 ぴとっと俺の額に駄目なコイツは手を当てると
「おネツは無いみたいねーw 純情ゆーくんに教えてあげるけど、そうなったら新しいオトコ探すものよ?wなにその乙女みたいな考えwワロタwww 」

「あの子はそんなんじゃないもんー! 」

「ハイハイ^^; 」

「そうやって煽るなら、オマエ責任とってちゅっちゅでもなんでもさせやがれっての 」

「はー?10年早いですしーw10年ROMってろおすしーw 」

「オッケー、10年後楽しみにしてるはwはい契約きまったーw 」


 駄女神の正拳突きを受けながら、トラキアでの俺の新しい暮らしは続きます。
 セルフィナさん、大好きだよ、ずっと元気でいてね。 
 

 
後書き
カルフ王<ヴェ○ガンは殲滅ぢゃー!

セルフィナ→グレイド20%
グレイド→セルフィナ10%の謎を解く?

児ポ対策で主人公とセルフィナさんを泣く泣く別れさせました。

 

 

第十五話

 
前書き
一晩寝たらお気に入り登録が80件を超えて驚愕!ご覧いただいてるみなさんのおかげで頑張れます。
 

 
 ある程度予想していたとは言えトラキアは南に行くに連れ降雨に乏しく、地下水の汲み上げ過ぎによる弊害なのか定かでは無いが、平野であっても窪地が多く、丈の短い草でさえまばらにしか生えそろわない有様であるのを、俺は眺めるというより確認しながら王都へと護送された。
私物の持ち込みは特に制限されなかったが、植木鉢関係が多いのでぎょっとされたりはした。
王都と呼ばれるトラキア城に至っては文明国の街というよりもむしろ、軍事拠点との趣が強かった。
そこでトラキアの王と面談しました。
豪華な衣装に身を包みやわらかそうなクッションが溢れるような玉座に座っていたのが印象的です。
面談のあと係の人に連れられ、王宮の外れの東屋のような場所へ案内され、ごゆるりと過ごされよ。
なんて言われたわけです。


それに先立ちルテキア城で俺はカール王と身柄を交換された。

カール王は俺に会うと詫びてくれた。
この人とてそう悪い選択をした訳じゃあないよなー。
各国持ち回りでやってるミーズの太守を信頼出来る弟に任せて自分は本国で支援に専念。
今回の総大将についても本人の意思じゃ無く重臣達に押し切られた結果のようだしね。
その重臣達は王の帰国後にどんな運命を辿ることか・・・発言権を上げること疑いなさそうなのが今は男爵のレイドリックだよなぁ。
裏付けも無く貶めることは言えないわけで、
「才覚のある人物なのでいざとなったら最も利益を得る行動がどういうものかを瞬時に見抜くでしょうから動向に目を光らせてください」
ドリアス伯爵には伝えておいたが・・・あの様子の父上には言えはしなかった。

与えられた東屋の周りの庭を薬草園にでもしようかと区画整理をレンナートさんに手伝ってもらいながらやっていた。
トラキアに送られる前に、着いてきても苦労するだけなので近習の任を解こうと申し出たのだけれど

「賭けみたいなもんでさぁ、今後殿下が国に戻れることにでもなったら俺みたいなもんでも騎士様に取りたてられっかも知れませんしね」
そんな言葉と伴に着いてきてくれました。
この人が居なかったら区画整理だなんて時間も力もかかる仕事は出来なかったと思う。

ルテキア城で、付き人はたった一人でいいのか?と言われたけれど

「無駄飯喰らいは少しでも少ない方が両国の為です」
そんなふうに伝えたら係の人に神妙な顔をされたよ。相変わらず空気読めない自分を再確認。



 こちらで暮らし始めて1カ月、トラキアの王宮からは毎日俺の様子を見に来る年配の騎士が居る。
東屋の周囲はおそらく警備の兵は詰めているのだろうにおかしなものだと思っていたのだが、気になって問いただすと、二年ほど前に孫を亡くしたそうで、孫が生きてたらいまごろ俺と同じくらいの背格好だったろうと語り、つい孫を思い出してしまって。などという事情だった。

「お爺ちゃーーーん!ボクも故郷を離れてさみしいの>< 」
そんな言葉と共に抱きついてあげたら涙を流して喜びました。
チョロイよなぁ。だが、これは使えそうだ。まずは信頼関係の構築をじっくり組みましょうか。

それから毎日、お爺ちゃんの様子をよく観察するようにした。
予想通り騎乗中や乗り降りで鞍に座る時がつらそうだ。
かのナポレオンにしろドン・ファン・デ・アウストリアにしろ優れた指揮官と呼ばれた人達には職業病がある。









 
痔疾だ。






そして、俺はそれに効く薬草を持ち込み育てていた。
レンスターから持ち込んだドクダミ。









この世界、社会的地位が高い人になればほんの小さな痛みでも回復の魔法ですぐに痛みそのものを消してしまう。
「あなたにライブ~^^ 」
という感じで。
痛みの原因を治すか弱めるか、そういう方面の研究は進んでいるのか疑問を持っていた。
植物がたくさん生い茂る環境ならば、薬草の専門家などが自然発生的に現れるであろう。
ここ南トラキアは全く植物が育たないと言う訳ではないが、自生してる草の種類はそう多くはなさそうだから余り発達してないだろうとアタリをつけていたのだ・・・


 充分に懐いたおじぃちゃんに、言葉を慎重に選んでも失礼ではあるのだがなるべく失礼にならないよう痔のことを確認した。
細めの木の台に楕円の縦溝を彫り、丸めの石でぐちゃぐちゃやって生薬と乾燥したドグダミを渡して使い方を説明した。
生薬はなるべく清潔にした患部に直接、乾燥したほうは細かく砕いて水やお湯に溶かして飲んだりお風呂へと。
そして俺は生えてるドクダミを1本ひっこぬくと水で洗い、そのまま食べた。
毒なんて無いですよアピールなのだが念の為、しかし慣れてもキツイんだこの臭いと味は。

「毒とかは無いのでだいじょぶです。ちょっとニオイが独特ですけれど、気味が悪かったら捨てちゃってください、でも痛いのが少しでも良くなって長生きしてくれたらボクはうれしいの(はぁと)」
って上目遣いでお願いした。
3日、出来れば1週間、理想は1カ月続けてくれたらなぁ・・・と思いながらも今日1日ぶんを手渡した。


……翌日もそのあとも、さらにそのあとも使ってくれたようです。
水がそこそこ貴重な環境なもので乾燥のほうは小さなタライにお湯と乾燥ドクダミいれて患部だけ浸かってたってお話でした。
おじぃちゃんは同じ苦しみを患うお友達にも効果を伝えてくれて、薬草園は大忙しになりました。
それから3カ月もしないうちにトラキアの王宮へと呼び出された。


談話室のようなところで待つように言われると、そこにはお爺ちゃんとその友達が数人あとからやってきた。

「今日はどのようなお呼び出しでしょう? 」
恐る恐る俺が尋ねてみると

「王子、いましばらくお待ちください。陛下がお出でになるでの」

しばらくすると、わかめ(トラバント)を伴い国王がやってきた。
他の人たちに倣い、俺も起立して敬礼した。

「皆、楽にするがよい。そしてミュアハ王子」
呼ばれたので俺が返事をすると

「ここの爺どもは儂の古くからの戦友でな、古傷が時として痛むようだったが、おぬしが良き薬を分けてくれた為にだいぶ痛まなくなったと聞いた。仔細を語ってはくれぬか? 」
国王は真剣な顔つきであった。

「まず、薬の効果は使った人それぞれで効き目が異なります。そしてそれを見分ける方法をわたしは存じていないということをご理解ください。加えて申し上げますならば、完治する人も居れば、あまり効かない人もいます。そこもご納得いただけるでしょうか? 」
俺の出した前提に国王は納得したようなので、詳しく続けた。


「…さらに、陛下のご期待する効能以外にも切り傷打ち身などの外傷、おでき腫れものなどにも効果があります。
乾燥させたものを細かく砕き入浴すると、こちらも陛下のご期待する効能があります。
ただし、長時間ドクダミ粉の混ざったお湯を浴槽に入れたままにしておくと浴槽に色が移るので2時間、長くても3時間程度でお湯を浴槽以外に移すことをお勧め致します。
乾燥させたものを湯や水に溶かし、飲んだ場合にもふるつわものの皆さんの古傷を癒す効果、臓腑がしくしく痛む場合の緩和などがあります。
飲みにくいと思われますので蜂蜜に限りませんが、味をよくするものと共に摂られることを初めの内はお勧めいたします。ただし、どのような薬であろうとも使う量をあやまてば毒となることもありますのでご留意いただきたいです。」
恐る恐る様子を窺うと、国王は俺のもとへ近づき両肩をしっかり掴んだ。

「さっそく試してみたい」
トラキア王の顔は鬼気迫るものだった。


……様々な面倒事がありました。
まず使うのを1本ひっこぬいてから俺がはっぱなり茎なりを食べて2時間程度様子を見られたりとか。
乾燥したのを飲むのはまず俺が半分飲んでやはり2時間程度様子見られたりとか。
爺さん連中は国王にも他の側近にも大丈夫!大丈夫!って言ってくれたけれど、やはり彼らも立場上仕方ないよなーって許せるあたり、俺も成長したってもんでしょう。



多少なりとも効果はあったようで、それから2週間、1カ月と時間が経つにつれ俺の待遇は良くなっていった。
この国の最高権力者に恩を売ったわけで、これからいろいろとやりやすくなるはずだ。 
 

 
後書き
現代でも一日中机に向かって仕事の方々を悩ます病ですしね。
軽装備の現代ですら発生するのに、重い鎧を来て何時間も行軍する昔の上級騎士さんらは相当苦しんでいたのでは?と思ったのが創作の発端の一つだったり。
日本人だと加藤清正とかが疾病者として有名ですね。
14話はおじぃちゃんと出会う迄の1カ月の間に起きたイベントです。

あと、2話で触れたディアンケヒトという神の息子のうちミアハは親をも凌ぐ医術の才を見せたという伝説があったので、やくそうの使い手として考えました。でも作者が詳しくないのであまりうまくいきませんw 

 

第十六話

 
前書き
うひー、お気に入り100件超えてまして宇宙の法則でも乱れたかと思いました!
ご覧いただいてる皆さまありがとうございます。 

 
 トラキア国王の"古傷"の苦しみをやわらげた俺はトラキア城や城下町に自由に出入りする権利を与えられた。
もちろん関係者以外お断りなどの場所は許されないしトラキア側で護衛と言う名の監視役を付けた上ですけれどね。
初めのうち護衛の人は日替わりで3人編成だったけれどそのうちとある一人に固定された。
その分なのか、おさんどんの人が一人増えてレンナートさんは楽になったようだ。
俺はあんまり危険では無いと思われたんだと思いたい。

北部も南部もトラキア人は髪の色が茶色や濃い茶色の人が多い。
俺を含め黒髪の人は少数派であるのは疑い無いがそこそこ存在する。
俺の監視に固定されたその人物は夜空のような黒髪をした、長身で、鋭い雰囲気を身にまとった女性であり、レイニーという名前だった。

「アタシの親は雨乞いでもしてたんじゃないかい?」

自分の名前について彼女はそう語っていた。
暇な時にはお互い身の上を語ったりもしたのだが、彼女はトラキア王家の分家の分家のさらに縁戚で、家族に聖痕持ちが一人出たけれど自分は出なかったということを教えてくれた。
西のミレトスやペルルークなどの自由都市へ傭兵として出稼ぎに行っていたが、たいした戦も無いので暇を出されて帰ってきたとのことだ。

「どっちにしろアタシの性に合うのはつるぎだからダインの血が出ようが出まいが関係ないさ」

そう言う彼女は長大な両手剣を軽々と扱う。
不意に俺が出かけたいと言いだした時の為に彼女は朝から暗くなるまで俺の暮らす東屋に滞在するのだが、俺の手が空いて暇な時には手合わせしてくれたりもする。
そういう時は王宮の練習場で練習用の武具を貸し出してくれた。

刀で槍と戦うには3倍の技量差が必要と言われる、ゲーム上でのこの世界ではそこまでの差はなく、むしろアイテムデータに守られて物理攻撃の面だが、剣は実質的に大きなペナルティが無く、しわよせが槍と斧に向かってはいるのだが……
話を戻して、レイニーと俺が手合わせすると割と話にならないくらい彼女のほうが強い。
俺が槍で彼女が剣という俺の有利な条件でさえそうなので、俺はいつか使うかも知れないと思い彼女に剣を習うことにした。
つるぎが性に合うなんて言うだけあって剣を教えるのも好きなようで、そして巧みだ。

「王子の槍の腕はそこそこいいけど、別の種類の武器との対戦経験が少ないみたいだねぇ。まぁ、自分で剣振ってみることで剣士の狙いとかがわかるようになるって面もあるし、いいと思うよ。それにあと5年もすりゃ体もガシッとするだろうし、このままみっちり修練積むといいさ。そしたらアタシもかなわないかもね」

確かに彼女の言う通りレンスターではほとんど槍同士での訓練だった。
かつてゆうしゃユーキとかやってたころは剣とか使ってたけど剣術みたいなのは習って使ったことは無かったしなぁ。圧倒的な身体能力で相手が反応出来る前に斬る、そんな感じだったし。
全身示源流?叩きつけて剣が割れることは多かったなとか、いまではだいぶうっすらとなった記憶が呼び起こされた。
今の俺はこの世界の普通の人と比べて規格外のような力なんて無いし、赤ちゃんからゆっくりやりなおしじゃなかったら昔の体の動きをしようとして体が追いつかず酷い有様だったろうなとか思っていた。




 「ふん。レンスターの小僧がこんなところでなにをしている。傷薬でも作ってろ」
レイニーさんと訓練をしていたら来ましたよ、いやなワカメもといトラバント。

「はい、殿下の仰る通りにします。失礼します」
面倒なので俺はさっさと退散しようとしたのだが

「あいかわらずイヤな男だねぇ、トラバント。ミュアハ王子、アンタも尻尾巻いて逃げないでタマにはアイツにガツンと言ってやんなよ」

レイニーさんはトラバントが嫌いなんだなっ……ってかメンチ切ってるよw
トラバントと喧嘩するのは損だがレイニーさんに軽く見られるのも嫌だしと悩んだが、あとでトラバントを油断させるためにもガマンガマン。

「わたしだって自分の家に余所の子供がやってきて好き勝手やっていたら気分が悪いです。レイニーさんのお気持ちは嬉しいですがここは殿下の言う通りに。」

お辞儀して俺はその場をあとにした。
その時、フン!と鼻を鳴らす音がしたけれど、これはトラバントと思わせて実は付き人ってパターンだろうと思い振り返りもしなかった。

クズ貴族だとこういう時に従者を殴って憂さを晴らすんだが、俺は絶対にそんなことをしない。
というわけでレンナートさんも連れてトラキアの城下街へと出かけました。
もちろんレイニーさんも一緒です。



「王子の故郷、レンスターだっけ?に比べたらシケた街なんだろうけどさ、アタシらにはこれで精いっぱいでねっ」
歩きながら両手を広げて伸びをするレイニーさんは欠伸を噛み殺していた。

「レンスターだと住んでる人の身分とかで差別とかあるけれど、ここはみんな仲良さそうでいいなって思いますよ」
街のいいことを言うとレイニーさんもまんざらじゃ無さそうな顔をしている。
何の気なしに露店を見てみると…ちょっとヤバイ、アレが売ってる!
硝石じゃん!あれはやばい…誰もアレの製法に気が付きませんように…
染料として売ってると露店の人が喋ったが俺は肥料として試してみたいなんて嘘を言ってレイニーさんに怪しまれないくらいの量を買った。
そういや南トラキアは結構乾燥しているからな……自然に結晶するところがあってもおかしくないな。

「オレはアレが無いのがいいすね、街に住める人に制限かかってるせいか頭上が安心だ」
レンナートさんの一言に俺が思わず笑ってしまうとレイニーさんが訝しげな様子だったのでアノ話をしたところ、そういやそうだねぇとか言って苦笑していた。


「まじで、王子はすげーよ!アタシなら、こう…ズガっとあのいけ好かないワカメ野郎をぶん殴ってやるってのにさぁ。我慢すんだもん。おうレンナート、お前も飲めや」
あずま屋に戻ってから城下町で買った蒸留酒をレイニーさんに取られて悪酔いされちゃったよ。
消毒用なんだが!
レイニーさんもレンナートさんも酔い潰れて寝ちゃったよ!
仕方ないから2人に毛布をかけて俺は敷き布団にくるまって寝ましたよ。



夜中に目が覚めて、なんか酒くさいとか思っていたらレイニーさんの抱き枕にされていました。

「……ミゼ、……アニー」

寝言で誰か人の名前らしきものをつぶやいていた。
抱き枕状態から抜け出ようとしたけれど、すごい力で抜け出せません、背中に当たった柔らかいものに
ドキドキしたせいかその後眠れるまでしばらく時間がかかったと思います。



「いつまで寝てんだい。はよ起きな」

寝ぐせの酷いレイニーさんに叩き起こされたが、ちょっと待ってほしい。
俺とておとこのこ、朝一番には第二の本体というかそっちが本体か?が元気なわけで、治まるのを待っていただきたい。
ぐずぐずしていると腕を掴まれ強く引かれた、あわてて空いてるほうの手で隠そうとしたのだが間に合わなくて涙目になりそうなんだが。

「あ、なんだ、その、王子だもんな。そうさね男だもんなすまないね。まぁ、これからでっかくなるさね」
背中をドンと叩かれてからにやっとされましたよっと。

「ところで、レイニーさんこそ黙って余所に泊ったんでしょう?よろしいのですか?」
すこし意地の悪い顔をして聞いてやりましたよ!

「そ、そりゃあ、アレさ!あやしい奴が王子を襲ったからアタシが寝ずの番をしたってね!」
「あずま屋の敷地のすぐ周りは兵隊さんがしっかり守ってるから賊なんて入ったら目撃者が居そうですけれど大丈夫です?それに兵隊さんたちにその報告をすぐしなかったのはなぜです?」

どんどん意地の悪い顔をして質問をしてあげると

「かーっ、アタシの負けだから堪忍してくれよぉ。かわいい顔してえげつないねぇ」
「ここはおあいこってことにしましょうか」

レイニーさんは俺の頭を撫でてくれた。



「へー、変わったことやってんだね。」

そのあと、俺とレンナートさんは顔を洗った後、指につけた塩で歯磨きしてから口をゆすぎミントのはっぱを噛んでいたんだが、その様子に彼女は興味を持ったようだ。
というか歯ブラシ発明したいよ……

「歯が真っ黄色で口の臭い男はイヤでしょう?」

俺の言葉にそりゃ違いないと彼女は同意して俺達を真似た。
トラキアでは食後はせいぜい水や茶のようなもので口をゆすぐくらいなもので、その水だってそこそこ貴重なものだから毎食必ず行わずに惜しむ人は多いらしい。
彼女の寝ぐせが気になったので道具箱の中からさらに小さな箱を出し、その中にしまっておいた櫛を取り出すと彼女に使うよう促した。

「王子って実は姫さまかい? こいつぁ綺麗なもんだ、使わせてもらうよ」

俺が渡した半月状の櫛を受け取ると、彼女はふんふん~♪と鼻歌を口ずさんで(くしけず)りはじめた。

「殿下、そりゃ王妃様の形見でしょう?いいんですかい?」
レンナートさんが珍しく俺のやることに意見した。

「差し上げた訳じゃ無いので、整ったら返していただきますよ。あの意味のつもりじゃないのですが
ご心配おかけしました」

国を出る時に父上から渡されたのが王妃の遺品たる今の櫛で、俺が娶りたいよき姫君が居たら渡してやれと言われていたからだ。
そのやりとりを聞いてレイニーさんはすぐに櫛を返してきたので、整い終わってない部分を俺は梳ってあげた。

この日以来、彼女は週に何度か俺たちのところに泊っていくようになった。
目的は風呂なんですよねー。
薬草畑の為ということで水の配給がいい俺達は2日ぶんとかの水をためてわかし、超大きなタライにお湯を入れて浸かる。
残り湯の半分を翌朝、植物に撒いてやる。
そんな生活をしているのを知ったようで、そのご相伴に預かろうというわけだ。


「なぁ、ここじゃ手狭すぎやしないかい? 収穫できそうなのなんて全然見あたりゃしないよ?」

レイニーさんは薬草畑の様子を見てそう口にした。

「そうは言っても、立場上引っ越すわけにも行きませんからね」
「引っ越す……、ねぇ。アタシに任せてもらおうか」

 
 

 
後書き
察しの良い方にはすぐにばれたでしょうけれど次かその次の話でレイニーはレイミアに改名します。
 

 

第十七話

 レイニーさんが自分に任せろと言ってから数日の時が流れ、今日はいつもより来るのが遅いなと思っていたところ、彼女は王宮からの使者を伴いやってきた。
 彼女が言うにはこれから王宮へ行こうとのことであり、使者のほうは薬草畑の様子をつぶさに確認していた。

 いつぞやの談話室に通されレイニーさんと事態が動くのを待っている間、彼女は部屋の中の調度品の引きだしや戸棚を開けては中を確認していた。
 飾ってあった酒瓶をひょいっと手に取ると今度はグラスを手に取って……
 タイミング良く? 扉が開くと、国王がワカメと数人の随員を連れてやってきた。

 「まったく、相変わらずお前はやりたい放題だのぅ。護衛を任すのも少しはミュアハ王子を見習えと思う余の気持ちなのだぞ」
 やれやれと言いつつ首を振る国王

 「陛下~、今日はそのミュアハ王子のことなんですからアタシのことは気にしても仕方ないでしょう。 お願いがあって今日はお時間作ってもらったって具合なんですから」

 「ふむ、ではミュアハ王子、ご用件を伺おう。貴公にはひとかたならぬ世話になっておるゆえ、なんなりと申されよ」

 なんで俺に振るかなそこー!

 「はっ、恐れながら申し上げます。 わたしめはレイニーどのの申しつけにより委細存ぜず参内した次第であります。 畏れ多くも陛下のご厚意に縋るような大それた願いなどございませぬ」

 「王子の折り目正しきこと、余はいたく感じ入っておりますぞ。……それに比べて! お前は、またいいかげんなことをしおって!」
 国王は俺ににこっとすると目を転じ、レイニーさんをじろっと見る。

 「はいはい申し訳ござんさーい、ミュアハ王子も遠慮しないで言いなよ。 薬草畑が手狭だから環境いいところに越して規模でかくして作りたいってさ。このままじゃあジリ貧だよってね」

 「ふむ、たしかに王子の住まいの庭だけでは手狭だの、先程知らせてきおった者も今は新たな株が育つのを待っている状態であるとか報告してきおった」

 「いっそのことアタシの実家のほうならどうかって思うんですよ、あっちならここよりは雨も降れば川もある。 このところの戦争や逃散で空いてる畑もあるでしょうよ。 戦も当分は無いのでしょう?」
 国王とレイニーさんのやり取りが気にいらない者もいる、誰あろうトラバントであった。


 「父上、あの者を城から出すなど危険すぎます。虎を野に放つが如きですぞ」
 「はん、こんなかわいらしい王子がおっかないってかい?つまんない育ち方しちまったねぇ。いや、つまんない育て方しちまいましたかな? ち・ち・う・え・!」

 「……レイニーよ、いかなお前とてその呼び方は止めよと申しつけておいたはず。 ここが公式の場ならば命が無かったと心得よ」

 「公式の場じゃ無いから申し上げたのですよ!」
 彼女がとてもフリーダムなのは国王の娘?庶子なのかな? まぁ、複雑な家庭の事情がありそうだ。
でも分家の分家とか聖痕は無いとか言ってたよな……あとで聞いてみるとしようか。

 「……見苦しいところをお見せしたこと忘れていただけるとありがたい。 ついては王子、貴公にはこのはねっかえりが実家に戻りたいと言うで、同道してはもらえぬか?」

 「父上! なりませぬぞ!」
 トラバントが思わず立ち上がり、ブーツが机に当たって嫌な音を立てた。

 「お前とて訓練で傷を負いたる者に王子の薬を与えて効果に目を見張っていたではないか」
 「それとこれとは話が違います!」
 国王とトラバントがこれで不仲になるのは俺にとっては好都合……この時はそう思っていた……

 「では陛下、殿下、これではいかがでしょう? わたくしはレイニー様のお手伝いをし、ご実家のほうで薬草栽培の技術指導を行います。現地の方々で充分にこなせるようになればすぐにでもトラキア城に戻ります。 三年もかからぬと思いますが……ご心配ならば見張りの方を何人でもお付けくださって結構です」
 俺の言った内容が落とし所となり、トラバントは『ちっ!』とか悔しそうに見えたが不承不承受け入れたようだ。



 王宮からの帰り道のレイニーさんは嬉しそうに口笛を吹きながらであった。

 「トラバント殿下よりも、レイニー王女の意見が採用されたから嬉しいんですね」
 「王女って言われて気分は悪かぁ無いけど、他のヤツらには聞かれないようにな!」
 唇の先に人差し指を当ててシーって言ってから彼女は左右をきょろきょろしていた。

 「アタシは国王がただの騎士だった時の子でね、下にももう二人ほど居たんだけど」
 彼女はらしくなく寂しそうな表情を見せてから

 「かーさんを捨てて、当時の王女の旦那に納まったのさ。アタシの父親ってヤツはね。
 だからって完全に親子の縁を切っちまうとかそこまで非道なことは出来ない性分なんだろうさ。
 トラバント辺りは父上のことを覚悟が足りんとか思ってるだろうよ」

 「……レイニーさんのご実家ってどんなところなんです?」

 「王子がこっちに来た時に立ち寄りはして無いだろうけど、ちぃさい村でね。 カパドキアって城塞から南にしばらく行ったところにあるのさ、クズみたいな野菜と燕麦くらいしか採れないけど、それでもアタシにとっちゃぁ故郷ってヤツさ、そうだ今日も泊ってくから食いもんくらいはアタシに出させてくれよな」



 住まいに戻ってからレンナートさんに引っ越しの件を告げると元気無さそうになりました。
 どうしたものかと尋ねてみると

 「レンナートの奴は、おさんどんの女とよろしくやってるから別れるのがツラいんだもんな」
 って代わりにレイニーさんが応えて、レンナートさんの尻をバシッと叩いていた。
 そうか……訓練で俺たちが王城に行ってる間とかにか。

 「いずれ戻ってきますしレンナートさんはここで留守を預かってくださってもよろしいのですよ」

 「オレが殿下のお側を離れる訳にはいきやせん。なに、いずれ戻るならそう言い含めまっす」
 態度を改めてぴしっとしたレンナートさんに申し訳ない気持ちになってくる。

 「明日から引っ越す準備、アタシも手伝うよ。それよりまだ今日は時間あるからちょっと出かけないかい? あ、レンナートは留守番ってか乳繰りあってろよ。その為に出かけるんだからな!」

 「そんな事言われたらこっそり楽しむ楽しみがなくなっちまいますよ」
 レンナートさんの言葉にみんなで大笑いした。




 それから十日ほどして俺たちは出発した。
 馬に遮眼帯をかけて荷台の一番後ろに座ることで、俺はなんとか馬車に乗ることができる。
 レンスターからこっちに来る時も同じようにして向かってきたんだった。
 このままレンスターに帰れたらどんなにいいものか。

 御者席で馬鹿騒ぎしているレイニーを見て思う。
 トラキアに来て間もないころ喪ったアイツ。
 あんなことにならなかったら、俺にそうまんざらでもなさそうなレイニーにもっと気に入られるようにして、彼女の婿なり旦那なりを積極的に狙ったものをと。


 途中グルティアやルテキアには寄らず、点在する村や兵の駐屯地などを周った俺達一行はレイニーの村へ着いた。
 カパドキア城へ報告に向かう兵はその途中で別れた。
 作業中の村人に出くわすたびにレイニーは御者台からぴょんと飛び下りて気さくに話かけていた。
 やれ、今年は作柄どうだ?とか村人の家族の様子を聞いて喜んだり呆れたり、家畜の具合を見たり。

 「すっかり領主様って感じじゃないですか。この村のひとらはレイニーさんと話してる間はぱっと顔つきが元気になりますね。 ただ……わたしのことを【この子あと5年ぐらいしたらアタシのいいひとになるのさ~今からアタシ好みのイイオトコに育てようと思ってねぇ】そうやって紹介するのはちょっと照れるんですけれど」

 「ふぅん。 嫌なのかい? 」

 「嫌ってことじゃ無いですけど」

 「だったら言った通りにしようかねぇ」
 そう言ってからレイニーは大笑いするものだから、俺も苦笑するしかなかった。


 そのまま領主館に詰めている代官のところに挨拶に行くとあらかじめ飛竜による伝令によって知らされていたのか、俺たちの長期滞在の準備は出来あがっていて、あとは持ち込んだ荷物を搬入するくらいだった。
 随行してきた兵たちの協力があってあっというまに荷物整理が済んでしまい手持ち不沙汰になった俺の肩を、レイニーが付いて来いって言う感じで突いてきたので一緒に出かけた。

 ここは南トラキアと言うよりは中部トラキアとでも言うべき場所なのか、流れる風もまた違った。
 南の乾いた風より幾分やわらかいのは空気中の水分が多いからなのだろうか、頬に当たる風が心地よい。
 彼女は小川の土手で無造作に見あたった花を摘むとそのまま俺を連れて村の墓地へと足を向けた。
 墓地の外れに囲ってある場所があり、そこには他の墓標よりも少し立派な墓があった。

 「帰ってきたら まずはここに来ようと思ってね」
 花を手向けた彼女は目を瞑り、祈りを捧げはじめたので俺もそれを見て手を合わせた。

 「……王子も祈ってくれてありがとね。ここには、かーさんとミゼとアニーが眠ってるんだ。ミゼとアニーは双子でさ、アニーは悪戯好きで小さくてかわいくてさ。ミゼは王子みたいにって言っちゃあ王子に失礼かもしれんけど頭のいい子でね」
 そこまで言うとレイニーは鼻をぐずらせて

 「王子にさ、2人の面影重ねちゃってずっと楽しかったんだアタシ……。しめっぽくなっちまってゴメンよ」
 俺はレイニーを抱きしめてやった。
 彼女がここで生まれ育った頃の家族は、父親と呼んではいけないあのひとしかもう居ないんだもんな。



 優しくしてやったら、それから毎晩抱き枕にされて閉口したのは秘密。
 だってこの人怪力だから、時々加減を誤って酷い目に遭わされるんですよ! 

 

第十八話

 
前書き
いつもご覧くださってる皆さまありがとうございます。

十七話の最後で致命的な致命傷ミスをしてしまったので少し直しました。こういうことが無くなるよう気をつけたいと思います。トラバントも半弟ですし、登場も描写も無いかもな半弟や半妹もいるかもを忘れておりました。
直す前→血をわけた家族は~   直し後→彼女がここで生まれ育った頃の家族は~

 

 
 レイニーの村での毎日を俺はなるべく無駄にしないようにした。
この村から伸びる道がどこへどう繋がっているのか、攻められた時は拠点をどこにして防衛するのか、避難民が辿りついてきた場合の対応施設や対応人員の割り振りはどうなっているのかなどなど。
レイニーに問うてみると,めんどくさいこと聞くねぇなんて言いながらも一つ一つ対応してくれた。

薬草畑のほうは村内の耕作放棄地と村の外縁森林の2か所を候補に上げて開発した。
村内のほうは荒れ地を開墾して整地する必要は無かったし、日当たりが良すぎても生育に良くないという性質のおかげで良い農地を召し上げたりする必要が無い為、かけるコストはたいしたことは無かった。
村の外縁部のほうはわざわざ切り株を取り除いて整地したりもせず、作業の邪魔になる草を伐採し、往復ルートの獣道に手を入れてもらったくらいだ。
問題と言うほどでは無いが種株が少なかったことで、繁茂させるには時間が少しかかるかなと言ったところか。
とはいえ繁殖力も生命力も強い植物なので2年もすれば問題無いだろう。
仕事のほうはこんなもので、あとは定期的に様子を観察するくらいにしておけばいい。
あーそうだ、薬にする時のやり方とか教えないとな。
何も言わなきゃ直射日光に当てて薬効を減殺させるだろうから、これは陰干しせんといかんとかね。
もちろんいざという時やうまく行かなかった時のため、館には植木鉢での栽培を継続している。


そうするとあとは時間が余って余って仕方無いって?、ご冗談を。
村の子供の社会に融け込むには時間がかかったけれど、喧嘩もしながら仲良くなろうと努力しました。
どんな遊びをしてるとかそういうのは悪いけどどうでも良くて適当に付き合うくらいだが、その傍らに食べている木の実とか、この花の蜜はうまいとか蜂の巣があった怖い場所はどこそこだとか、近道だとかの生活の知識を教わるのが目的で、俺の方は字を書けない子に教えるとか簡単な算数などの問題出したりとか。
いやー、子供たちの目がキラキラしていて萌えますね、世界共通なことかな?

こんなことが出来たのもレイニーのおかげなんだよな。
俺の首に縄つけて縛っておくような感覚は全く無くて、ほとんど自由にさせてくれた。
遊んでばかりじゃなくて彼女にはかなり稽古をつけてもらいましたよ。
時間のたっぷりあるときは剣と槍とでの手合わせを、時間の無い時は槍を中心に。
どうしても強くなりたくて根をつめてるとそんな様子に心配してくれたりと…ね。

お忍びで国王が飛竜に乗ってやってきた時は驚いた。
その時はレイニーがツンデレ状態で、見ていて微笑ましかったな。
国王のほうもなんだかんだで娘が気になって心配で、たまらないんだろう。
二人で例の墓参りに行ったって後から聞いて心が温かくなったよ。
俺にも声をかけてくれて、

「これならあと5年10年かかろう、一度報告に戻られたのち、再びここに戻って指導なされ、あれも補佐につけよう」
なんか…ここでレイニーとずっと暮らせみたいに感じてしまうのだが気のせいだろうか?

そんなこんなでレイニーの村での暮らしが1年も過ぎたころか、俺が無事に生存していることをレンスターに知らせる為に手紙を書くよう言われたので、すぐにしたためた。
内容は検閲されるであろうから当たり障りなく、そしてトラキアの人たちは良くしてくれていると。
俺にも手紙が渡されたけれど墨塗りが多くて参ったね。
レンナートさんにも見せてあげたが、なんにしても大事に取っておこう。 

さらに半年余りが流れた、兄上はとっくの昔に国に戻っているだろうなぁ。
俺は背が伸び、レンスターから持ち込んだ衣類などは丈がずいぶん短くなった。




 後になって振りかえると、こういう日は朝から胸騒ぎがした、とか、嫌な予感がした、なんて物語ではよくあるけれど俺にとってはいつも通りに始まった代わり映えの無い一日だった。
森のほうの薬草畑の様子を見に行き、その帰りになんの気なしに上空を見ると領主館のほうへ飛竜の編隊が向かっているのが目に入った。
定期的に連絡の竜騎士の往来はあっても、それは常に1人であり、いままでに3度ほどあった国王のお忍びでもせいぜい3機?編成だっただけに俺はようやく異変を察した。
出かけるときに、イノシシでも出たら危ないから持って行けと言われて渡された細身の槍を握りしめ駆けだした。

領主館の裏の植え込みにまぎれて様子を見てみると、館の正面の庭には飛竜が何匹も着陸していて、館の中からは口論のような大きな声が聞こえてきた。
俺はあたりの様子を窺うと裏口から館の中に身を滑り込ませた。


「だから言ったろう、今は王子は居ない。薬草畑の様子を見に行ったあとは村の子供と遊んだりして暗くなったら帰ってくるから出直しな」
レイニーの刺々しい声が響いた。

「貴様、王子に監視も付けてないのか!とんだ怠慢だな」

「はん、そんなもんここに着任して一度も付けたことないさ。それでもあの子は必ず帰ってきたよ。自分の立場がわかってるんだよ、アタマのいい子さ」

「ならばここで戻りを待たせてもらうぞ」

「勝手にしな!、だけどねぇ ワイバーンで村の真ん中まで乗り付けてくるたぁどういう了見だい?
家畜も村の皆も腰ぬかしちまうだろう。村外れに繋いできな!」

「いいだろう。パピヨン!2名連れてカパドキア城へ向かえ、ハンニバルには兵200を引き連れ、この村まで来いと知らせるのだ」

「いったい、どういうことだい!」

「この村の領主レイニーが謀反を起こしたので鎮圧せよとの勅命だ」

「ふざけんじゃないよ!」

「すぐに王子を突きだせば取り下げてやらんこともない」

「わたしはここです。この村に軍を差し向けるなどお止めください。そしてトラバント殿下、勅命とはどういうことでしょう?陛下からは後5年や10年ここで過ごされよと申しつけられております」
この村に軍が向けられるのを防ぎたかったのでレイニーとトラバントの会話に俺は我慢しきれず割り込んだ。
トラバントは俺のほうを見てほぅと口にしてからレイニーを睨みつけ

「レンスターの小僧、お前が知らないのも無理はないので教えてやろう、先王は死に、俺がトラキア王国の国王と相成った、ゆえに汝に命ず、その身柄トラキア城で預かると」

「王たるを喧伝するその証拠は」

「この天槍グングニルが語ってくれよう」
その冷たい輝きを放つ槍の穂先は無言の威圧感を俺に与えてきた。
そうか、これがグングニルか……

「それにしても先王の最期は見物でしたなぁ。あの剛毅な男が哀れにも命乞いなど」

「黙れ、マゴーネ!」

「良いではありませんか陛下、レイニーは我々の慰み者にしてから殺し、王子は永久にトラキア城に幽閉されるのですから」

一瞬何が起こったかわからなかった。
レイニーの大剣の一閃でマゴーネと呼ばれた男の首が刎ね飛ばされ、胴体は真っ二つに両断されていた。
レイニーはトラバントの部下の中に切り込むと、振った大剣の軌跡の数だけ死者を生みだした。
まだ、その死の軌跡が及んでいない者は我先にと領主館の入り口のほうへと逃げ散った。

「父上を、弑し奉るとはァァッァァ!」
レイニーの死の斬撃を受け止めることが出来た最初の者はトラバントであった。

「流石は剣に於いてはこの国最強の使い手よ……だが、只の剣士が天槍グングニルを携えしこの我を倒すこと……果たして…叶うかな!」
レイニーが攻め続け、トラバントはそれを避け、受け、時には反撃を試みるが互いに有効な一撃を加えられずにいた。
だが、終始攻め続けたその為か、レイニーのほうが先に息が上がったようで運動量が落ちはじめた。
血しぶきが舞ったのはトラバントの反撃を避け損ねたレイニーの太ももをグングニルが掠めたからだ。

「その足ではもう動けまい、今、楽にしてやるぞ。我が不肖の姉よ」

トラバントが勝利を確信し口元を歪めたその時、そう、その時を俺は狙っていた。


二人が夢中で戦っている間に、俺はトラバントの背後方面へとそろそろと動いていた。


後の世で卑怯者と呼ばれようと



卑劣漢と蔑まれようと



この一撃に全てを懸け、自分の体重ごと全力でトラバントにぶち当たった。
細身の槍であったがためか切っ先三寸ほどを残して折れ、砕けたが俺はトラバントの体に埋まった切っ先の部分に拳を打ち当て、振り抜いた。



予想だにしない一撃と、その痛みに、その場に膝をついたトラバント。
レイニーはその隙を見逃さず、右腕の肘から下を斬り飛ばした。
ざぁっと舞った血が俺とレイニーに振りかかる。

「とどめを!」


















レイニーは振りかぶった大剣の平でトラバントを殴りつけ昏倒させた。

「王子、殺しちまったらアタシら逃げ切れる望みが無くなる。我慢しな。
トラバントの腰ぎんちゃくども!オマエらの大事な大事なご主君さまがお怪我されあそばされたぞ、カパドキア城の司祭に治してもらわなくていいのかい!
あぁ、まずは武器を捨てな!そして、ワイバーンは置いていけ!」
俺なんかよりもずっとずっとトラバントを殺すべき理由があるレイニーが耐えているのだ、俺が何を言えようか。
レイニーは壁際に転がっていたトラバントの右腕を縦に真っ二つに切り裂き、ブーツの踵で踏み続けた。



トラバントを収容し、ほうほうの態で逃げ出した姿を確認し、俺たちは大慌てで逃げる準備を整えているとレンナートさんが代官と村長を連れてきた。

「村長、ワルイのは全部アタシになすりつけておいてくれよ。それでも迷惑かけちまうけどさ……」

「お嬢様、いきさつはこの方から伺いました。これをお役立ててください。いつか身の潔白を明かし、お戻りになられるまで皆お待ちしております」
代官が差し出したお金の入った小袋をすまないね…とレイニーは受け取った。


「さっき、最初の男を斬り倒した時、ミゼとアニーがアタシの心の中で力をくれたんだ。これから逃げる為にも名前を変えちまおうと思って、これからはレイミアって名乗るよ。どうだい?」

「…レイミア、良いお名前だと思います」

「だろ。よろしくな」
レイミアは俺の背を軽く叩いた。 
 

 
後書き
なんとか改名イベント出来て一安心 

 

第十九話

 「おれが囮になりますから殿下とレイニ、じゃなくてレイミヤさん、ミーズ方面とターラ方面どっちにトラキア軍をおびき寄せたらいいです?」
 「レイミアだよぉ。どっちがいいかは王子に決めてもらおうか」
 レイミアと名前を改めた彼女、それにレンナートさんは俺に判断を委ねた。


「囮だなんて……みんなで逃げましょう」
「いいえ、それでは全員捕まってしまうでしょう。殿下もレイニアさんもこれからの将来があるお人だ。その役に立てたらおれだって本望ですぜ」
「レイミアだって! まぁいいさ、とにかく王子、時間が惜しいよ! それにレンナートの言う通りで皆で固まってたら一網打尽にされちまう」

 こういう重い判断をしなければならないときがあるっていうのは漠然とはわかっていた。
 いや、それこそもうすこし命の軽い世界ではやってもいたさ、だが……

「いいかい、王子、やるべき役割をそれを出来る奴に与えてやる、そしてその想いを無駄にせずに受け止められる。そういう存在にあんたはならなきゃならないんだよ」
 レイミアは俺をぎゅっとしてから

「それから逃げちまったら、この先、何もできないさ。 アタシはあんたを子供扱いしてこなかったつもりだよ」

俺が悩んでいる間にレンナートさんは荷造りを急ぎ、レイミアは足の傷の手当てをしていた。

……覚悟を決めるか。




「レンスターの騎士、レンナート・トルストンソン!」
「は、はひっ!」

 「汝は直ちに馬を駆り、カパドキアからの追跡者を引き連れミーズ城へと向かうのだ。余もレイミアどのも傷を負い、足は鈍いであろうから、汝がどれほど敵を引きよせてくれるかに全てが掛かっておる。ゆめゆめ忘れず事にあたれ!」

「ははっ!」

「レイミアどの、ターラまでの道案内はそなたに全てがかかっておる。余を失望させることなきように」

「あいよ! レンナート、しっかり頼んだよ。これはアタシからの幸運のまじない代わりさ!」
 レイミアはそう言うが早いかレンナートに口づけた。

 「続きがして欲しかったら、絶対死ぬんじゃないよ!」
 「これで死ねなくなりました」
 レンナートさんは敬礼すると領主館の厩舎へ向かい、馬に飛び乗り、空馬を二頭連れて駆けだした。

「レンスターで会いましょう! 殿下、レイミアさん」
「だからぁ、レイミアだよぉって、あれ? まぁ、しっかりおやりよ!」

 

 俺は拳からの出血を応急手当てし、レイミアが殺したトラキア兵の槍を拾った。
 この二年ほど過ごしてきた部屋から重要な物を急いで背負い袋に詰め込むと、急いで領主の館をあとにした。


 「いいかい、暗くなっても休まず進むからね」
 「レイミアさんこそ、足の具合によっては休んでくださいよ」
 暗くなってからの俺たちは星明かりを頼りに出来るだけの距離を稼いだ。
 慣れない山道と傷と疲労。
 そして父を亡くしたということが堪えてか、彼女は酷く辛そうだった。

 「レイミアさん、休めとまでは申しません、包帯を替えましょう。傷が化膿して歩けなくなるほうが危険だ」
 俺はなるべく手早くレイミアの傷を調べ、持ちだせた薬草を傷に当てその上から新しい包帯を巻いた。
 乾燥させた薬草を細かくしてから彼女に水と共に服用してもらう。

 「アタシは嘘つきさ、王子のこと子供扱いしてないよってさっき言ったけど、全然そうじゃ無い。頭撫でたり、布団に潜り込んだり、抱きついたり。それなのに王子はそれに何にも言わないでアタシの言った厳しいこと、ちゃんと果たしてくれた。あたしはずるくてあたしのほうが子供だね」
 「急にどうされたのです? そりゃ、力の加減で苦しいことも多かったですけれど、あなたにいろいろしてもらえたのは嬉しかったり……気持ちよかったりするんですよ」
 「ありがとね……」
 俺は何も言わずにレイミアの隣に腰かけて身を寄せ、肩を抱いた。



 すこしだけ眠ってから再び俺たちは出発した。
 運のいいことに特に障害になるようなトラブルは無かったが、三日もすると食糧不足によってふらふらになってしまった。
 水だけはなんとか確保出来たので空腹を水で満たし、ターラを目指した。

 いっそ山賊にでも出くわし、その食糧を奪えればなどとレイミアと話ながらも、それすら叶わず俺たちはターラの街に辿りついた。
 とにかく、まずは腹ごしらえをしたかった。
 財布との相談ではあったが量を求めて、俺もレイミアも頼んだ料理が届く度にむさぼり食った。
 やがて人心地がつき……

 「ここには北トラキア連合の出先機関があると思うので、明日にでも当たってみようと思います」
 「……そうさね。それがいいと思うよ。なぁ、おなかもふくれたし宿でも取ろうか。風呂付きのところがいいけれどどうだい?」

 風呂付の宿屋は値段の桁が一つ違った。
 しょうがないので部屋でお湯を使わせてくれる宿を見つけ出し、そこに泊ることにした。

 レイミアの脱ぎっぷりが良すぎて、俺は前を隠すとかが許されない空気にされてしまった。
 意を決して脱いでみたところ……からかったりはされなくて、その……いろいろとやさしくされました……
 翌朝俺たちが宿屋を出て最初に向かった先は、レイミアが寄りたいということで代書屋に付き合わされた。
 レイミアは領主レイニーとして、俺がトラバントに害されそうになった為にやむなく出国したのであって、人質の役割を投げ出したわけではないという文書を書いてくれた。
 そこを離れてしばらく大通りを進むさなか、封蝋したあとのそれを渡してからの彼女は少しだけ目を伏せ、それから穏やかな笑みを俺に見せると

 「寂しいけど、ここでお別れだね」
 俺にとっては予想も付かない一言を投げかけた。
 

 「え? 一緒にレンスターへ行こうよ」
 「アタシはトラキア人だもの、もしまた戦があったら裏切り者のようでつらすぎるよ。 それに、王子の国だと窮屈で肩がこりそうだしねぇ。礼儀作法だの挨拶でガチガチな暮らしはまっぴらさ」
 彼女の気遣いなのか、苦笑いするかのような口元の動きに俺の心は締め付けられ、気の利いた引き止めの言葉なんて出てくるわけもなく……

 「また会えるよね?」
 「もちろんさ、それに、毎月ってのは無理だろうけど、時々手紙くらいは出すよ」
 できる限りの気持ちを顕すため、俺は懐から取り出した櫛と共に彼女を引き止めるための言葉をかけた。

 「これ、受け取って欲しいんだ。 母の形見なんだけど……」
 「……なぁ、それ渡す意味わかってるのかい? アタシは前になんとなくだけど察したつもりだよ? だから…………次に会えた時も同じ気持ちなら受け取ってやるよ。いまのオマエは雰囲気に流されてるからね」
 「そぅ……なのかな……」
 「あの時、カッコ良かったよ。レンナートとアタシにバシッと言ってくれてさ。
 そして……これはアタシの偽りのない気持ちさ」
 昨夜と変わらないほどのやさしげな表情を見せた彼女は、はらりと落ちかけそうな俺の涙を人差し指と中指で拭い……
 不意に俺の唇は、彼女のそれで塞がれた。



 「また会おうね!」

 精一杯の手向けなのか、元気な声を俺のためにかけてから、彼女は雑踏の中を去って行った。
 俺はその後ろ姿をずっと見続けていた……。


--2章おわり--
 
 

 
後書き
2章ヒロインのレイミアはあまり読者の皆さまには気に入ってもらえなかったのかなー
とか思いますが作者は好きなので先の章でまた出ます。
ほんとこのBBA結婚してくれー!って感じです。

3章というかレンスターに戻れば圧倒的ヒロイン力のセルフィナさん再登場のはずですが
今のところちょい役レベルでしか役割なさそうですスミマセン

 

 

第二十話

 
前書き
三章突入です。

グラン歴752年、ミュアハ12歳~なりたて13歳ってあたりになると思われます。
 

 
 ターラの北トラキア連合の領事館に着いた俺は職員達に怪しまれながらも、いくつかの身分を明かす品を提示し、そのあとずいぶん待たされた。
領事との用件があった為に滞在していたアルスターのコノモール伯爵を偶然見つけてことなきを得たが、そうで無ければどうなっていたのやら……
身分を明かす品を返却してもらい、レイミアの書いてくれた書類を伯爵に見てもらった。

「それにしても、見違えるほど逞しくなられましたな。ですが面影はある。」

「アルスターの皆さまをはじめ、北トラキア連合の皆さんがトラキア王国に食糧を送ってくださいましたからね。贅沢を申さなければ食べ物がなんとかなったおかげでしょう。ありがとうございます」

「いやいや、我らが不甲斐なかったばかりに殿下には御苦労おかけしました。しかし、ご案じ召さるな、今度はこちらから奴らに制裁を加えましょう。殿下の身柄が戻った上は……」

「お、お待ちください、伯爵。制裁と仰るからには軍をトラキア王国に進めると?」

「左様でございます。当初の目的ではその軍容を以って殿下の身柄を取り戻し、身代金とも言うべき毎年の食糧援助を打ち切るためにと、殿下のお父上が働きかけております。」

「伯爵は…アルスターの方々は軍を動かすことに賛成なのでしょうか?」

「ふぅむ。殿下はトラキアの者達と友誼でも結ばれましたかな? このような文書を持たせてくれたご領主が居るあたり、殿下は特別な関係を築かれたと思われる。ゆえに、殿下はご反対と?」

「はい、仰る通りです。トラキアに住まう多くの方々は本当にわたしに良くしてくれたのです。それは……」
俺は長時間に渡る熱弁をふるい、理と情の両面を以ってコノモール伯爵に訴えた。

「…なるほど。ですがアルスター全体の意思は私の一存では動かしようがありません。ひいては四国会議に於いては尚更であります」

「…伯爵のお立場もわきまえず、身勝手な申し出を行ったことお詫び申し上げます」

「いや、殿下、早合点なさいますな。わたしは次回の会議に殿下の出席とご発言の機会が得られるようにと計らうつもりです。 …個人としての立場で申し上げますぞ。私とて徒に兵を以って他国を害うなど望むところではありません。先程の殿下のご主張が会議で諮られること、願っております」
その後俺はコノモール伯爵の滞在する宿舎に招かれ、久しぶりにグランベル文化圏の生活を味わった。
昨日だけでは取り切れなかった旅の汚れと疲れを取ることが出来たが、レイミアの居ない寝台は冷たく、そして広過ぎた…。



 



 ターラ滞在中に既に連絡を行ってあったこともあり、ターラからアルスターへ向かう途中で、レンスターからの迎えが寄越されて合流することができた。
迎えの一団は兄上が率いており、4年か5年ぶりになるだろう兄弟の対面を果たすことができた。
俺とて少しは背が伸びたしコノモール伯爵には逞しくなったと言われたが、兄上の凛々しく堂々としたその姿には、"かないっこないなぁ"という素直な諦めの境地です。

「よく無事で戻ってきてくれた。父上もいたくお喜びだったぞ。 それに大きくなったなぁ。 もう頭を撫でたりは出来ないな」
ガシッと俺を抱きとめて背中を叩いてくれた、そんな嬉しそうな兄上はその後手招きして一人の人物を呼んだ。
なるほど、あの人か。




「わたしはエスリン、あなたのお姉さんになったのよ。よろしくね」
淫乱ぴんk…もといエスリンはにこっと春の日差しのような温かな微笑と共に両手で俺の手を握って挨拶してくれた。
かわいいのでどきどきしちゃうな、俺の顔は赤くなってはないだろうか。

「…兄上、ご結婚おめでとうございます! そしてエスリン姉上、わたくしはミュアハと申します。
兄上をどうか今後ともお支えくださいませ。これから、どうかよろしくお願いします」

「うん、よろしくね。キュアンの言う通りとってもいい子みたいで嬉しいな」

「いえいえ、異郷にて暮らしていたが為、姉上のこと今日まで存じ上げなかったこと、ご成婚の祝いの品の一つも用意出来てなかったこと、お許しください」

「ふふふ。 ミュアハくんが戻って来てくれたのが一番のお祝いなのよ。キュアンもお義父さまもそれはもう喜んで」

「これからレンスターに戻るまでの道中、みやげ話をたくさん聞かせて欲しいな」
穏やかな微笑を浮かべた兄上はそう言い、俺と同道していたコノモール伯爵の一団と挨拶をした。
俺も伯爵に礼を述べ、彼らの一団と別れてレンスターへの帰路についた。




 ……レンスターに帰りついた。
3年かそこらしか離れていないというのに懐かしくて胸が熱くなった。
俺の為なのだろうか?王宮までの街路に人々の列があり、皆嬉しそうな表情を浮かべていた。
人々に手を振ると人々の声が聞こえてきた。

キュアンさまーご成婚おめでとうございますー、おめでとうございますー、ますー、ますー……










あw

そうなのねw
なんて思っていたら

ミュアハ第二王子のご帰還、おめでとうございますー!というのも、まばらに聞こえてきた。
合同のパレードみたいになってるんだなぁ。
こういう時は愛想よく手を振っておこう、でもこういうのは初めてだなぁ。
生きて帰ってこれたのもレンナートさんのおかげだな……


ゆっくりとした行進が終わり王宮へとたどり着くと、なつかしい見知った顔がいくつも見えた。
兄上とエスリンが父上に挨拶し終わるのを待ち、俺も父上に帰還の挨拶を行おう

「長らく王都を留守にし、申し訳ありませんでした。 多くの方のお助けによりミュアハただいま戻ること叶いました」

「よくぞ戻った。旅の埃を払い、まずはゆっくり体を労うがよい。」
俺を抱きとめてくれた父上の頭にはいくつか白いものが目立ち、目じりの皺が増えていた。



その後、ベウレク卿を探し、レンナートさんのことを詫びた。

「あやつも殿下のお役に立てたなら本望でしょう、お気になさいますな」

「しかし……わたしがもっとしっかりしていれば…」

「殿下、後ろをご覧ください。化け物がおりますぞ」
……振り向くとそこには松葉杖を突き、左目に眼帯をしたレンナートさんの姿があった。

「おかえりなさい!殿下!」にいっとレンナートさんは笑みを見せた。

号泣しはじめた俺を見つけたセルフィナさんがやってきて俺の手を両手でぎゅっとしてくれた。





俺は、帰ってきたんだ。
 
 

 
後書き
キュアン19歳、エスリン17歳といったところでしょうか 

 

第二十一話

 
前書き
あるいみレプトール卿は人として正しかったのかもしれない

 

 
 帰り着いた翌日の朝から早速日課の水汲みを再開しようとしたのだが、現場監督から丁重に断られましたよ。
まずはゆっくり休んでくださいとのことでした。
手持無沙汰になった俺は、また寝台に潜り込むなんてことはせず城門の上にある連絡通路で黙々と素振りを始めた。
少なくともこの世界でのケリは少しでも早く付けてアイツをなんとかしなきゃならないからな。

そのためには…少しでも…強くなりたい……



 「ミュアハくんはいつも訓練頑張ってるってキュアンから聞いてたけど、ほんとそうなのね」
そうエスリンは風になびく髪を片手で押えて俺に話しかけてきた。

「おはようございます。エスリンねえさま、お見苦しいところお見せして申し訳ございません」

「ううん。そんなことないよ。それより今のもう一回言ってほしいな」
なんだろう?と思ったが、俺は彼女に答えた通りにもう一度

「おはようございます。エスリンねえさま、おみg…」

「そう! そうよ~あぁ~」
エスリンは胸の前で手を組むと目を輝かせて

「ねえさまって一度言われてみたかったの~」
彼女があんまりうっとりした表情をしているので

「ねえさま。 姉さま。 ねぇさまぁ。これから何度でもお呼びいたしましょう、ねえさまっ!」

「あぁ、なんていい子なの。みゅあは君はー」

「おねーちゃーん」

「あぁ~ん もうだめぇ」
思わず抱きつかれてしまい俺はバランスを崩してぶっ倒された。
はっきり言って油断だ…

「あ痛たたた。 修行不足ですみません。 ねえさま、申し訳ないです」

「ううん。こっちこそごめんね。どこか酷く痛むところはなぁい?」
俺に馬乗りになってるエスリンはそう言うと立ち上がった。


……


………



はいてない、そしてはえてない。


ひとのエネルギーゲージを上げさせないでくださいーー



彼女は手を差し出してくれたのでそれに掴まり立ち上がる。

「だいじょうぶです」
俺は彼女に背を向けて再び訓練を再開しようとしたが

「怒っちゃったの?ごめんね。こっち向いてくれないんだもん」
仕方ないので少し前かがみになって彼女のほうを向くと

「どうしたの?そのへっぴり腰は。いいわ、シアルフィの、バルドの剣術を教えてあげるから待っててね」
そう言って駆けだすエスリン。
風の悪戯で肌色の桃っぽいアレがよく見えました。
…だってミニスカなんだもん。


彼女が戻ってくるまでになんとか俺の第二の本体のほうが治まっってくれて一安心した。
練習用の木剣を持って来た彼女と、最初に剣先で触れて練習の合図をだす。

「では、ご指南のほうよろしくお願いします」

「ミュアハ君、怪我をさせてもライブの杖で治してあげるから遠慮はしませんからね」


…………


申し訳ないが、レイミアからの修行をみっちり受けていた俺にとって、エスリンの剣術は相手にならなかった

「姉上の剣術は理に叶っておりますが、それを活かすには膂力のほうがいささか物足りないです」

「…はい」

「それと、持久力にいささか不安がありますので走り込みや素振りなど、地味できついですがそういう修練をひとつひとつ積んでいくしかありますまい」

「…はい」

「チャンスを見ての一撃には見るべきものがありますが、そのあとに体勢を崩すのが問題です。これについては筋力、特に下半身を鍛えることと体幹のバランスを心がけてください」

「…はい」

「ではこれくらいにしましょう。」
俺は手拭を手にとると正座して汗でぐっしょりなエスリンに手渡した。

「ミュアハくんには、明日から絶対負けないんだから!」
目のふちがうるうるしたエスリン。
ごめんなさい、かわいいです。


「ねえさま。調子にのってごめんなさい」

「ううん。お姉ちゃんのほうこそみゅう君を甘く見てたの。明日の同じくらいの時間にまた頼むね」
危うく地雷を埋め込んで爆破させたどころか、榴弾をぶちこんで全面戦争になるところを回避した。




翌朝にエスリンは約束通り現れ、それからも俺は彼女に稽古をつけてやることになった。
実際のところエスリンは非力であっても剣術自体はそれなりの腕だ、しかしレイミアに鍛えられた俺は相当強くなっていたようで
大人の騎士との模擬戦で兄上以外には滅多に負けなくなっていたし、兄上ともある程度互角に戦えるようになっていた。
それで調子に乗るってことが無いようにいつもレイミアとのイメージトレーニングは欠かせない。
あの時、トラバントと戦っていた時のあの姿だ。
別れてから2月と経ってないけれど……
そして連れ去られてから2年以上になるアイツも思い出してつい

「会いたいな…」

「みゅう君どうしたの?だれに?」
稽古の間の一休みについ思い出してしまった俺のひとりごとにエスリンねえさまは応えた。

「あ、すみません。トラキアに居たときにお世話になった領主様のことを思い出して」
アイツのことは言ってもしょうがないのでレイミアのことでも話そうか

「わたしをずっと守って、こうやって剣と、そして槍の訓練も付き合ってくれた方なんです。トラバントに罪を被されて、今は名誉回復の機会をどこかで練っているんです」

「そう。それならお姉ちゃんにとっても先生になるのかな。そう思ってもいい?」

「もちろんです!」
それから俺はしばし、レイミアの思い出話をした。
エスリンねえさまはにこにこしながら聞きいってくれたが、そこに一陣の風が吹き

「くしゅん、寒くなってきたね」
エスリンがくしゃみをした後にそう言ったので俺は前から気になっていたことを問うてみた。

「あの…寒いのでしたら、そして差し支えなかったらですけれど、どうして下着を召さないのでしょう?、いえ、無理に伺おうとは思いません。そして不躾な質問をしたことお許しください」
…エスリンはいつもおぱんつを履いていないのだ。
最初に剣を交えたあの日はたまたま履き忘れたのかと思ったらそうでは無く、それからも毎日だ。
まさか兄上がそういうプレイをさせているとは思えないし……

「それはね、グランベル貴族の子女の務めなのよ!」
エスリンは自信にあふれた顔でそう宣言した。

「グランベル貴族に生まれた子女で特に、嫁いだ者や、深く結ばれた者は下着を付けてはならないの。月に1度数日訪れる女の子の日だけ特別に許されるけど、それ以外の日に着用しているということは伴侶となっている殿方との離縁を要求するっていうことなの」
そこまで言ってから

「日頃いいかげんなわたしの父…バイロンと言うのだけど、このことだけは真剣な顔で教えてくれたの。だからお姉ちゃんは何があってもそれだけは守るわ、これは結ばれてから10年は守らないとならないとも言われたの」

「そ…そうなのですか。それならもっと丈の長いお召し物やズボンをお召しになられては…」

「みゅう君、キュアンはバーハラに居たとき、モテモテでね。いつも素敵な女の子達に言い寄られていたの。でもお姉ちゃんが短いスカートの時にはわたしだけをかわいいって言ってくれてたの。だから…」

「ねえさま、ここはもうグランベルではありませんし、嫁ぎ先のしきたりってやつも……」



……これより数年後、俺はバイロン卿が嘘をついてたことを知る。 
 

 
後書き
バイロンはいつも口やかましい娘を騙したのですよ!ヒドイデスネー

ばいろん<ワシそんなこと言ったっけー?(耳ほじしながら)
こんなイメージ

4月1日なのでウソにちなんだ話に 

 

第二十二話

 
前書き
いつも拙作に目を通していただいてありがとうございます。
お気に入りが150件に届く勢いに驚愕です。 

 
 帰国の後ようやく身の周りが落ち着いてきたので、お役目を申しつけてくれるよう父上に願い出た。
加えて、よく仕えてくれたレンナートさんの騎士身分への推挙ももちろんだ。
それに対する処理はいましばらく時間がかかるだろうということで宙ぶらりんな王宮内での立場の俺は
訓練くらいしかやることは無いが、騎乗しての訓練はやはり不可能なので積極的に参加するのは重騎士団のものを選ぶより他は無かった。
将軍のゼーベイアとは特に親しい訳でも、顔見知りというほど言葉を交わしたことも以前は無かったが己の身分が味方したのであろう、いたく友好的であった。
訓練を終えたあとに将軍に礼を述べると

「いやさ、殿下。ご帰国されたばかりゆえゆっくりご静養されても良いものを、これだけの訓練の身の入りようから察するに復讐戦へ並々ならぬご決意ですな」

「…復讐戦?、とんでもない。トラキアでの日々はわたしには素朴なやすらぎすらあるほどでした。そこに暮らす民は性質穏順にて上への敬意も高く、決して蛮人と呼ばれるようなものではありませんでした………」
その後も続く俺のトラキア寄りの発言が一区切りすると将軍は

「なるほど。民草には罪は無いと仰るわけですか。臣は、殿下の火の出るような勢いの稽古は彼の国への憎しみと思い違いをしておりました。さすれば殿下はなにゆえに個人としての勇を求められる?」

「…男子として生まれ落ちたからには、誰よりも強く…を目指すのというのはわたしの立場上いささか幼稚すぎるでしょうか? 上を見ればキリが無いほどなので時として諦めたくもなりますが、せめて閣下をはじめ、みなの足でまといにはなりたくはないのです」
俺は本音とは違う答えをして苦笑し、ごまかした。

「……臣の目が節穴でなければ、殿下は一人のもののふとしてはもう充分な力量をお持ちゆえ、これよりはより広い目で戦局を見渡せる将としての心構えを持たれてはどうかという差し出がましい申し出を行おうかと思いましてな。ご無礼しました」

「とんでもない!わたしなどまだまだです。しかし、閣下のおっしゃりように多少なりとも自惚れてもよろしいのでしたら、将としての心構えを以後ご伝授いただきたい。構えて、わたしは馬上の身となること叶わぬのが、閣下もなにかで耳にされておられるかもしれません。いままで機会が無かっただけに、閣下からのご指導を仰げればわたしとしても浮かぶ背もあるやもしれません」
兄上や父上はまだお諦めでは無いようだが、俺には馬や飛竜などに騎乗しての騎士は無理だと思う。
アーマーが付くとはいえ騎士と呼ばれるものだ、それに就いたっていいだろう。



 

 訓練場を後にした俺はドリアス伯爵に会いたい旨の書状をしたため、都合のよい日を知らせて欲しいと伝令役に頼んだ。
俺が不在の間の話はターラから戻るまでの道中に多少なりとも兄上から聞かせてもらってはいたが、兄上とて長くグランベルに滞在していたわけだ、抜けおちた情報もあることだろう。
だからこそ伯爵から話を聞かせてもらいたいと思ったのだ。


「伯爵。わざわざお時間をお作りいただいてありがとうございます」

「なんの!殿下のご下命とあればいついかなる時とて馳せ参じましょう。して、如何なご用向きでございましょうや? いや、いきなり用件から伺い申し訳ございませぬ。トシのせいか気がせいてしまうようになり申した」

「何をおっしゃる。まだまだセルフィナ様の弟や妹ごを幾人でも作れそうなほど若々しいではありませんか」

「ははは。殿下もお人がわるぅなられましたかな?後添えでもご紹介いただけるのかと思いましたがそうではありますまい」
伯爵は笑顔をやめて向き直ると

「殿下のこと、わが国の様子に何やら感じるところがおありですな」
俺は伯爵から情報をもらってから判断をしたかったのだが、先に試験されたようだ。

「はい、戻りの道中立ち寄った村々の民の顔には疲れが見え、王都の民には誤った戦意の高揚のような…なんと申しますか、戦に逸っておるかのようなあやうさを感じております」

「ここ連年、トラキアの餓狼どもへの食糧支援に加えて陛下は軍備の増強を掲げており、そのしわよせは弱き立場の者らに向かっているのは間違いありますまい。なれどレンスターはまだいいほうです。
コノートは前の戦の責任として我が国に対し毎年保障費と四国会議での議決の票を差し出しております」

「…それならば、悪くすると、国として立ち行かなくなり最悪の場合四国の連合から離反する恐れもありますね…  まぁ、わたしが戻ったので援助のほうは有償で手を打つなり、コノートからはもう保障費はいただきませんし票もお返しするとか。そうして、すこし軍縮のほうへ向かえばみなも一息付けるでしょう」

「…陛下がそのように判断していただければよろしいのですが、あれ以来どうも以前にも増してトラキア憎しの態度を強められ、威勢のいい者の意見に耳を傾けがちでしてな……」

「伯爵には御苦労をかけっぱなしで申し訳ないです。そして陛下によく尽くしてくださっていること、お礼を申し上げます」 

「なんともったいなきお言葉、いま以上にこのドリアス、忠勤に励みましょうぞ」
う~ん、父上はこれは一戦しないと納まらないだろうな…だが、そんな無益なことはやるべきじゃないし、仮に益があったとしてもやりたくはないよ……


  
 それからドリアス伯爵は呼び鈴を鳴らした。

「お飲み物と、軽いおつまみをお持ちしました。ご歓談中に申し訳ございません」
涼やかな声と物腰でセルフィナさんがやってきた。
帰国した時の王都以来であるけれど、あのときの俺は感情が昂ぶりすぎて彼女の姿はよく覚えていなかった。
あのとき手を握ってくれた感触は間違いなく彼女のものだとはわかったが…
3年ほどで彼女は可憐でかわいらしい少女と童女の中間から、美しくたおやかな少女へとその趣を変えていた。

「帰国の式典以来だけれど、そんな気がしないくらい久しく感じます、セルフィ。
本日、伯爵にお時間を作っていただいたのもあなたとの再会が叶えばというわたしのあさましい考えからです。
それにしても以前にも増して美しくなられましたね。あの弓は…もう引けますね」
俺は席を立ち、彼女にいつぞやのように丁寧に礼をした。

「で…殿下。よくぞご無事でお戻りあそばされました…本当にご無事でよかった…」
目を潤ませすこし鼻をぐずらせてセルフィナさんはそう言うとすぐに目が赤くなる。
運よく俺は持ち合わせていたハンカチを彼女に差し出すと受け取ってくれた。

「姫を泣かすとは大悪党ですね。懲らしめねばなりますまい」
いつぞやのように俺はそう言うと軽く握った拳で自分の額を叩いた。
強く殴り過ぎて痛かったわけじゃないけれど、涙がこぼれた。

「殿下は相変わらず、あいかわらず…」
言葉が嗚咽に変わったセルフィナさんと俺の様子から、ついと伯爵は目を逸らした…



「セルフィナ、お前も同席し殿下ご不在の間の我が国の様子の報告と、殿下からのみやげ話を聞きなさい」
しばらくの時間が経ち、落ち着いた様子を見てから伯爵は声をかけてくれた。
俺は彼女の座る椅子を引いてあげると、彼女は座る時に軽く俺の手を握った。
トラキアでのみやげ話を俺はしばらく続けた。
レンナートさんの活躍の話や、彼のトラキア城でのおさんどんさんとの関係などはいろいろと突っ込まれながらも少しオーバーに語りました。

「…なるほど。ご領主どのもトラキアの民も殿下によくしてくれたと」

「はい、それだけが理由にはなりませんが彼らとの争いはわたしの望むところではありません」

「それについては否定はいたしませんが、陛下のご意向をとどめるにはいささか説得力に欠けますな」

「ごもっともです。今すぐとは申しませんのでお二人とも智恵を貸していただければと思います」

「それについて否やはございませぬ。さて、では私は急用を思い出したので館を空けます。
帰りは遅くなると思うので、セルフィナ、殿下からみやげ話をゆっくり語っていただきなさい。
では殿下、また近いうちに今日の件を語りましょうぞ」

「はい、伯爵。道中お気をつけて」

「お父様、いってらっしゃいまし」
俺もセルフィナさんも玄関まで伯爵を見送った。
その時セルフィナさんを見る伯爵の視線は見たこともなく冷厳としたものであった。







「お父様はお怒りでした。わたくしが申すべきことを申さなかったからです」

「厳しい目をされていましたが。わたしにはわかりかねます」
セルフィナさんは一つの指輪を取りだすと己の左手の薬指に嵌めました…


「これを嵌めずに殿下の御前に参上したことも」


「そ、それは……」
ぽた…ぽた…とセルフィナさんは頬に涙を伝わせて


「わがままを許してください。すこしだけ、こうさせてください」
セルフィナは俺の胸に顔を埋めた。
震える肩と漏れる嗚咽だけが辺りを支配していた。

俺は彼女の背に手を回すのを耐え続けた。

彼女も、俺の背に手を回さずに耐え続けていた……




 
 

 
後書き
セルフィナさんは3か月前に婚約しました。 

 

第二十三話

 メルフィーユの森、通称迷いの森とも呼ばれる深い森だ。
レンスターの王都ノヴァ城から南西に広がっており地元の猟師も滅多なことでは立ち入らないとされている。
樵は言う、迷いの森の木は切り倒せぬ、呪いを受けるからと。



ゼーベイア将軍の部隊に編入された俺は、演習の一環として強盗団捕縛の任務を命ぜられ、やつらのアジト強襲をするグループの一員となった。
本来ならば治安維持を主任務とする衛士の管轄であるのだが、王都を離れることや強盗団の武装への対策としてこちらへの応援要請がきたということだ。
アジトの建物を囲み、建物から逃げ出してきたのを捕まえるのは選抜された衛士で、俺達重騎士はアジトへ踏みこみ制圧するというのだから衛士の奴らはいいつらの皮ってやつだろうか。

抵抗はあったものの大方の盗賊を制圧したのだが、裏口から幾人かは逃げ出した。
それを捕らえようとした衛士は捕まえたり突き飛ばされたりという様子で一名の逃走を許した。

俺はいま、逃げのびたその一人を追いかけていた。
後ろ姿はなんとか確保して追いかけていたのだが、ともに駆けていた衛士がこの先には進まないほうが良いと声をかけてきた。

「この先は迷いの森です。これ以上の追跡は…」

「ならば衛士どの、捕縛用のその縄などをお貸しください。わたしは追いかけるので隊長たちが追いついてきたら状況の報告をお願いします。王子からの命だと伝えれば何かあってもお咎めはありますまい」

縄といくつかの野外活動用のセットが入った袋を背負うと俺は森の中に足を踏み入れた。
姿を見失ってはいたが、下生えの乱れ具合や最後に見かけた姿からおおよその方角を見てアタリをつけて追っていた。
既に下生えの乱れ具合もよくわからなくなってきて、重い鎧による疲労もあり、仕方ないから引き返そうと思った刹那、助けを求める声が聞こえてきた。


声のした方角へ己の体を叱咤して駆けた。
それに伴い、枝の先が鎧にぶつかったり弾いたりとで賑やかな音を立てた。

「だだだ、だじ…だずぐぇ…」
軽装な男がほとんど四つん這いになりながらこちらに向かいのろのろと向かってきた。

「もう大丈夫だ!何があった? 故郷の母親に寝小便漏らしたのがバレたような顔をして」
軽装の男に駆け寄ると、こういう相手向けの声をかけた。
ここでレンスター騎士団の名前を出したら錯乱することだろう、こいつがおそらく逃げた奴だからな。

「あ、あで、あれでででで…」
腰を抜かしたのか、尻もちをついたような姿勢で自分の駆けてきた方角を指差すので、そちらに視線を転じると、予想もしなかったモノに出くわすことになった。
遠目には人影が4人ほどであるが、酷くゆっくりとした速度でこちらに向かってくるのが見えた。
それに伴い、漂ってきたのだ…肉の腐った、屍人の臭いが…



これほど昔の経験が役に立ったのは、この世界に来てからは初めてだった。
予備知識だの映画でグロ耐性を付けただのは生温かい目でしか見られない、まぁ無いよりはいいが。
こういう人知を超えた生き物--いや、存在--は、己の思念を以て生者の意思に干渉してくる。
なんの心構えも持たない者ならば、あっという間に心を乗っ取られ思いのまま操られるか、あるいは恐怖に凍ってその場から動くことも自分の意思を表すことも出来なくなる。
だが、俺は違う----数多の魔物を斬り伏せて来た過去がある。

苦しい、憎い、辛い、妬ましい、温かい血肉がほしい、……
そんな感情の奔流を流れ込まそうとするが、俺は奥歯を噛みしめるとその干渉を弾き飛ばし、槍を横に一閃し、当たった屍人(ゾンビ)を吹き飛ばす。
槍から手を離すと腰の剣を引きぬき屍人の手足を斬り飛ばし行動不能に持ち込んで行く。
切り飛ばした傷口から飛び出た腐汁を避け、鎧の肩当てで体当たりをかまして、立っている屍人の数を一つずつ減らしていった。
10年ぶり以上の魔物との戦いであったがゆえ、若干手間取ってしまったが片づけることはできた。

「もう大丈夫だ、安心したまえ」
助けた相手が女の子ならいいのにな、なんて思うシチュエーションだった。



男は腰を抜かしていたので比較的容易に両手に縄をかけることに成功した。
その縄にさらに別のロープをかけ、俺の腰ベルトと結んで逃走に備えた。
…それにしても聖戦の系譜の世界でモンスターだと?という疑問が俺の頭の中を巡る。
なんにせよ屍体をそのままにするのも元の持ち主への冒涜に違いない。
俺は捕まえた男にも手伝わせ、手近な太めの木の枝を剣で切れ目を作り折り取りそれをスコップ代わりにしようと思ったが重労働すぎたので辞め、剣を鞘に納め、鞘ごと入った剣で辛抱強く地面を掘り屍体に土をかけ、落ちていた枝を墓標代わりに突きたて成仏を祈った。

 この盗賊はコルホという名前だった。
税が重くて生活がつらいから土地を領主に返納し、わずかな金をもらって王都に出てきたはいいがいい仕事にありつけずついつい悪さに手を染めたって話を涙ながらに語った。
…全部が嘘じゃ無いだろうが額面通り信じる訳にはいくまい、捕まった以上は心証を良くするか俺の油断を誘おうとするか、そのための話と思っておこう。

「人殺しをしてから金品を奪ったりはしてませんね?」

「も…もちろんです。そんな恐ろしいこと考えたこともありません」
…こいつは強盗団だったよな、そんな訳あるかよ。
コルホの信用度が下がった。

「それなら良かった。荒れ地の開拓などの大変な作業を課される刑罰あたりになるでしょうけれど、現地の管理者から食事などの世話はあるはずですから、頑張ってください。働きによっては開発したその土地があなたのものにもなるでしょう」

「そ…そうですかい、そりゃありがたい…」
…心底迷惑そうなツラしてんな、こいつは地道な作業とか嫌いな手合いだな。
さっきの埋葬手伝いも全く役に立たなかったしな。
コルホの信用度が下がった。


「では、レンスターへ戻ります。道は覚えてます? わたしは夢中で追いかけてきたのでコルホさんの記憶が頼りなんです」

「そ、そうですかい。まぁ、草の踏んだ後とか木の枝ぶりとか見ていきゃいいんじゃないですかい」

「なるほど。そうですね。では帰りましょう」







 この森に入り、コルホと出会い屍人に出くわしたのは30分とかかってなかったはずだ。
屍人の埋葬に2時間くらいかかったとして、それから出発してどれくらい経ったことか。
早朝に突入作戦が行われたが、もう夕暮れが木々の隙間から見えた。
迷いの森はやはりその名の通りであった。
仕方なく、野宿の用意をするぞとコルホに呼びかけ夜露を凌げそうな場所を探し出し、そこに腰を落ち着けた。
俺は持っていた最後の干し肉を半分彼に渡すと、自分のぶんをゆっくりと噛みはじめた。
俺の渡したぶんをすぐに食べつくしたコルホは恨めしそうに俺の食べかけの干し肉に目を向ける。
その視線に負けた訳ではないが、食べかけの干し肉の噛んで無い部分をナイフで切るとコルホにあげた。

「ありがてぇ」
このときばかりは率直に素直な謝意を彼は示した。
その後、腹が減っただのちくしょぅだの言いながらもやがてコルホはいびきをかきはじめたので俺も目を瞑った。


目が覚めた。
コルホの姿を確認すると奴の姿がない。
ロープはほどかれていた。

やられた!

幸い剣や槍に背負い袋などの荷物には手をつけられていなかったのですぐにまとめてコルホを探しに向かった。
どれくらいの時間が過ぎたかわからないが水の跳ねるような音がしたのでそちらに向かうと泉があり、
奴はそこで水をごくごく飲んだり水浴びしたりをしていた。

「さがしましたよ…コルホさん」

「あ、いえ、騎士さん、おれはこの泉の手がかりを掴んだけれどロープに繋がったままじゃ探しにいけないし、すぐに知らせに行こうと思ったんですよ。ホントです」

「……いいでしょう。そういうことにしますから、また繋ぎますよ」
泉の横にはなにやら女神像らしきものがあった。
どうにも違和感があったのでよく見てみると女神像に左右対称で付くと思わしき装身具の一部が片方しか無かったり、目の部分には宝石でも入っていたであろう穴が穿たれていた。
コルホが泉の側に脱ぎ散らかしてある服から、黄金色の輝きがいくつか目に入った。
俺はそれを手に取り問いただす

「昨日の持ち物検査ではこんな高価なものはありませんでしたよ? それに、この品々はこの像にぴったり合いそうなサイズに見えるんですが?」

「こんな場所で誰の目にも触れずにいるなら、おれが有効活用したほうが世の為ってやつですよ。モノは使われてナンボって騎士さんは思いませんかい?」

「あなたと議論する気は無い。 さっさと元あったようにこの像に納めなさい」
俺は剣を抜くとコルホに向けた。
彼は散々愚痴をこぼして女神像に装身具や両の目を戻していった。
全然アイツには似ては居ないけれど、女神の像だしな…

「わたしは信心深いほうじゃ無いんですけれどね、一生懸命作った人の気持ちを踏みにじるような行為が目の前で行われたら見過ごせません」

「…ガキのくせに偉そうに……」

(そのガキに命を助けてもらい、いまは命も握られてるくせにふざけんなよコイツ)

「言いたいことはそれだけですね、では出発の準備が整ったら帰り道を探しましょう」
俺は水で腹を満たすのを避け、水筒に残っていた水だけを飲み、ここの水を水筒に詰めた。
コルホを黙って見ていればこの水が安全かどうかわかるからな。

それからの道で衣をまとった骸骨兵が2体現れた。
コルホはその場で固まってしまったわけではなく、見てるだけしか出来ないくらいだったが魔物からの精神干渉には耐えられるようだ。
屍人から逃げてきたのだし、そういうことなのか。
俺が攻撃をしようと間合いに入ろうとした刹那、邪な気とでも言うのであろう衝撃が俺を襲った。
予期をしていれば又違ったであろうが思わず転びそうになり、槍を取り落としてしまった。
しかし痛みのようなものはほとんど無かったので無理やり間合いを詰め、剣で切り伏せた。

敵を退け気が付くと女神像があったのだが、その傍らには長持があった。
コルホを制したが、見るだけと言うので許すと中には銀色に輝く弓が入っていた。
持っていきたいというこいつを制し、魔物の遺骸を埋葬し祈りを捧げると俺達は迷いの森をさ迷い続けた。

手がかりは太陽くらいであろうか。

なんとか方角を定め、進んでいく

「進んだところで、同じところをぐるぐる回ってばかりじゃないですかい、休みましょうや」

「休めば状況が好転するのならそうしましょう。しかし、迷いの森に捜索隊など送り込んでくるとも思えない。体がまだ動くうちに何か手がかりでも掴まないと。今夜もここで野宿では体がもちませんよ」

「今夜が来る前に死んじまったらどうするんですかい、また化け物が出たらどうするんです」

「化け物はわたしが倒しましょう。死んだら死後の世界ってやつがあるのか無いのか確かめることが出来る良い機会になりますよ」

「……」

「わかりました。少し休んでそれからまた出発しましょう」




俺たちはさらに迷い続けた。
そして、ソレにでくわした。

例えて言うなら恐怖そのもの
森の中の木陰全てを合わせた影よりもなお濃く暗い…とでも言えば良いのだろうか、漆黒の闇の塊のような鎧武者がむき出しの殺気をぶつけて来る。
こちらに向かってくる一歩一歩はそう早いものではないが威圧感の桁が違った。

俺はひどく口のなかが乾き、じっとりと嫌な汗が出て来る。
腰に下げた剣を俺は抜くと

「コルホさん。申し訳ない、わたしはウソをついた」

「な、なんですかい」

「アレには勝てそうもない」
コルホと俺を繋ぐ縄を剣で斬り、刃を返して柄のほうを彼に向けた

「お逃げなさい、丸腰で逃げろとは言わないのでこの剣でも持っていくのです」

「あ、あぁ。 そうさせてもらうぜ…」
コルホは俺の剣を受け取ると脱兎の如く進行方向の反対へ逃げ出した。



俺は丹田に気合いを入れ、雄たけびを上げた。
握った槍の柄がみしっと鳴るくらいの力を込める。
世に数多ある殺し合いの中で、実力の劣る者が格上の相手を倒した事例だって少なくは無い。


その逆に比べれば微小であったとしても……



思い切り踏みこみ渾身の力で漆黒の化け物に突きを入れた。
勢いが勝ったのか化け物の鎧にこすれて火花を飛び散らせながら左の肩口に浅い一撃が当たった。

だが、小揺るぎもしない。

間、髪を入れずもう一撃を加えるが、これは受け止められた。
ここまではただ、俺の実力でも計っていたのだろうか、そこからこの化け物の息をつかせぬ猛攻が始まり、俺は避け、受け流すだけの防戦一方に追い詰められた。

化け物の操る白銀の槍は直撃すれば致命となることは疑いなく、その切っ先を避け、受け止めることに俺は全神経を集中させた。
だが、まるで疲れを知るようなこともなく、言うなれば淡々とこの化け物は攻めてくる。
俺も同じように疲れることなく永劫に戦い続けられるならばいつまでもこの勝負は着くこともなく続けられたかも知れない。
だが、極度の集中を要するこの戦いは俺の体力をごっそりと奪い取り、俺の気力が尽きたらそこで決着が着くであろう。

ならば---

俺はまだ、体が動くうちに賭けに出た。

一歩、前に出る。


左腕を己の鋼の槍から離し



左の脇腹と左腕で化け物の槍を挟みこんだ



賭けに勝った!と思った。




化け物は瞬時に己の白銀の槍から手を離すと、それまで存在していなかったまっくろい剣を腰から引き抜き振りかぶると俺の脳天に振り下ろす……

本当は一瞬の出来事のはずなのに、ゆっくりと、ゆっくりと俺に死の刃が振り下ろされる…









気が付くと、俺は見知らぬ場所の寝台で寝かされていた。

「ここは賢者の隠れ里、大賢者ハルクさまによって護られています」

「のちほど、ハルク様に会われるとよいでしょう」
清潔そうな真っ白い貫頭衣に身を包んだ女性が俺に告げてくれた。

「ありがとうございます。賢者の隠れ里とは伺いましたが全く見当がつかないものでして…」
寝台から降りようとするとふらついて、そのまま俺は再び眠りについてしまった。




再び目が覚め気が付くと、薄い紫色の豪奢な衣を身にまとい、豊かな白髭を胸のあたりまで蓄えた老人が居た。

「申し訳ありません。こんな姿勢で」
俺は上体を起こしなるべく姿勢を正し、寝台から降りるとその老人に丁寧にお辞儀をした。

「助けていただいたようでありがとうございます。 わたしはミュアハと申します」

「そして、まことの名はユーキ君というのだね」

「…な、なぜそれを」
俺の背筋に悪寒が走り、冷や汗が流れた。

「迷い人、それも悪しくなき迷い人でしたからの、失礼ながらお寝み中の間に覗かせていただいた」

「…心や記憶が読み取れるのですか?あ、質問ばかりで申し訳ないです。恩人らしき方に対してご無礼をいたしました」

「いやいや、ここは世の理や時を離れた狭間ゆえ、そしておぬしはそういう場所への関わりが浅からぬご様子」

「はい、なにもかもお見通しのようで恐れ入ります」

「さて、迷われ人どの、おぬしのここでの行い、つぶさに見せていただいた。なんと言っても何も娯楽も無きこの地に於いて、迷い人の観察ほど心の慰めとなるものは無い」

「そうですか。お恥ずかしい限りです」

「何を言う、儂はむしろ敬意すら抱いておりますぞ。」

「敬意?」

「うむ。闇に陥された哀れな魂に慰めを与え、欲深き畜生にすら劣るが如き者を諭し、そんな者を救う為にわが身を削った」

「言わんとされることは伝わりますが、わたしの立場上やらねばならないこと、許されたやりたいことをしただけです。そしてあなた方にはこうして助けていただいた。それに覗かれたならご存知でしょう?わたしは敬意を払われるような聖人君子どころか欲の為に動いている俗物です」

「遠慮深いひととなりというのも覗かせていただいたので存じてますぞ」

「いえ、そんな。それに何をおっしゃりたいのか愚かな私には察することもできず申し訳ない」

「儂のほうもまわりくどすぎました。では、こういたしましょう。あの魔人からお救いしたのでこちらからのやっかいごとを引きうけていただきたい」

「厄介事とは?」
このハルクという賢者は合図をすると人を呼んで、絹ともまた違う光沢のある布に包まれた一振りのつるぎを持ってこさせた。

「これは、この地にあってはならないもの、もしこれに触れること叶えば引きうけていただけぬか?」
俺はその柄を掴んだ。
ハルクという老人も剣を持って来た人物も驚きの様子をあらわした。

「鞘から抜くことは叶いませんね、それでは使えない」
老人ももう一人も首を振ると、失礼…と言いその剣に触れるとバチッと音がして弾かれた。

「これでおわかりでしょう。我らには触れることすら叶わぬ。このつるぎは【答える者あるいは答えそのもの】という名を冠する、必要な時はおのずと刀身を顕すはず」

「…わかりました。お受け取りいたしましょう」

「かたじけない、では異界の戦士ユーキどの、おぬしののぞみはなにかの?」

「ありすぎて言い表せないほどです。それに覗かれたのでしたらご存じのはず…」







その後俺は賢者ハルクとしばらく語り、別れ際に一つの指輪を渡された。

「あの盗賊は一つだけ良い事を言った。モノは使われてナンボ…でしたかな?ということでアヤツがこっそりくすねたものを没収し、あなたに授けることにした」
俺は固辞したが気が付いて迷いの森の外に居るのを気が付いた時、右手の中に握らされていた。




隊に合流できた時、俺はコルホが捕らわれたと聞いた。

背負った長剣【答える者あるいは答えそのもの】いわゆるアンスウェラーの重さは、気が付かないほどであった…… 
 

 
後書き
外伝とトラ7コラボmeets真女神転生
メガテン要素はアンスウェラー(答える者)とシンクロ(TRPGの)かなぁと

セリカ編4章の迷いの森とレンスター南の迷いの森が一時的に繋がっちゃったよー的な話です。
マミーじゃなくてゾンビ→ようじゅつし→まじんと当たりましたとさ。
 

 

第二十四話

 北部トラキア連合の合同軍事会議がもうじき開かれるようだ。
開催の前にアルスター全権のコノモール伯爵より俺に書状が届き、特別顧問というなんだか偉そうな肩書での出席を願うので当日はよしなにとのことであった。
うーむ、伯爵とも改めて打ち合わせをしておかないと思わぬところで意見が違ったりしたらお互いに気まずいしな…
返事の書状はしたためたが、夕餐で父上にお伺いを立ててから出すべきかな。


その日の夕方、家族一同揃っての食事の席で俺はカルフ王に呼びかけてから

「父上、わたしの帰国の際、アルスターのコノモール伯爵にひとかたならぬお世話になりました。現在レンスターにご滞在のご様子なのでお礼を申しに伺ってもよろしいでしょうか?」

「そうだの。そうするとよい、しかしだなぁミュアハよ」

「はい、なんでしょう父上」

「臣下でもあるまいし、いちいち左様な申し立ては無用じゃぞ」
父上は苦笑すると俺にそう言ってくれた。

「ありがとうございます!」

「そうよ。みゅぅくんは真面目すぎよね、そんなことじゃグランベルに行ったら、マジメクーンとか言われてからかわれちゃうよ」
エスリンは含みのある目線で兄上をじぃっと見た。

「なぁんだ、その目は」
兄上は苦笑してエスリンの肩に自分の肩を軽くぶつけた。

「だぁってぇ、キュアンったら……」
その後しばらくエスリンは士官学校時代の兄上の話を語った。
のろけ話でしたごちそうさんですーってところかな、予想よりはグランベルの社交サロン的なのはくだけてるのか爛れているのか?
レンスターひいては北部トラキアの国々はグランベルから舐められないために格式ばっているのかもしれないなぁ。

「こと口でのいくさは、古来よりおなごには勝てぬものじゃキュアン」
話がひと段落したところで父上は飲み物に手を伸ばした。

「そうですね。なぁに、夜はこれからですしこの後ねえさまに反撃ですよ兄上!わたしも早くおじうえなんて呼ばれるようになってみたいですからね」
俺がそう言うと父上はぶーっと噴き出してむせている。
ねえさまにはとっちめられました。
いやー口は災いのもと!





 
 翌朝一番でコノモール伯爵の滞在先へ書状を届けてもらい、お互い時間を合わせて会見した。
型どおり挨拶を交わすと、お互いに細かい意見の擦り合わせを行った。
疑問に思っていることもあったのでそれも問うてみた。

「伯爵、四国会議に於いて我が兄キュアンは既に出席の経験あるでしょうか? わたしから申すのもおかしな話でありますが、まだ若輩ですし…それに先だってわたしが出席するといらぬ波紋が、わたしたち兄弟の間では無いとしても仕える者同士であるかもしれないと思い……」

「その点はご心配なく、キュアン王子はカルフ王の補佐官として既にその地位にあります。うーむ、それにしても殿下は……」

「わたしがなにか?」

「いや、失礼。流石は聖戦士の血筋だけはあると、まるで同年代同士で語っているかと時折思いましてな」
…コノモール伯爵はまだ30前後ぐらいだよなぁ、俺は中の人年齢だとそれより上なんだけれどこれって俺の方が精神年齢幼い?いや!心は少年!うんうんそう思おう。

「それは伯爵が大人なので、生意気なわたしに合わせてくださっているのですよ! ところで、今回の顧問の件ですが父上からも許可を得てもよろしいでしょうか? トラキアの奥地までの情報に通じているということであくまで戦に反対ということは伏せて……話の流し方で反対に流れるようにしたいと思うのですが…」

「なるほど、でしたらそのあたりの打ち合わせを少し変更しましょうか」

「お手数おかけいたします」

「……」
悪だくみ?は続いた。




 コノモール伯爵との協議のあと父上と話す機会を作った。

「お礼を申しにコノモール伯爵へ伺ったところ、トラキアの奥地までの様子を間近で知っているということで次回の軍事会議に顧問として招きたいと申し出があったのですがお受けしてもよろしいでしょうか?」

「ふむ。特に反対する理由もないな、お前も良い機会を得たと思う、思うようにやってみなさい」
ドリアス伯爵やゼーベイア将軍をはじめ主だった人間には反戦やトラキア寄りの話をしてきたが、父上や兄上の前ではしないようにしていた。
重臣たちも父上の耳には入れてなかったんだろう。

「ありがとうございます、皆のお役に立つことができるよう励みます」
…すまない父上、あなたのやろうとする戦、止められずとも規模を少しでも小さくできるよう無い智恵絞ってみます……ごめんなさい。







 会議の当日が訪れた、俺は正装し幾分緊張していた。
レンスターの代表では無くアルスター側で出席というのもそれに影響していると思う。
俺はコノモール伯爵とその随員に混じった。
ほとんどの相手が初対面なのでしっかりと挨拶を交わす。
議場に入り指定された席につくと会議が始まる時間が近づくにつれ鼓動が激しくなる。
落ち着け、落ち着け、命が取られるわけでなし、そんな長時間の演説でもするわけでもないんだ。

…会議が始まると、もう戦をするかどうかという議論では無く、既に開戦が前提となっており各国がどれほど軍勢を動員するか、戦術面はどうするかという点からになっていた。
父上が言うにはミーズから兵を送りだし敵軍の主力をを引きつけている間に、あらかじめ騎兵を中心とした部隊をターラに潜伏させておき、敵主力を釘付けにしている間に騎兵部隊で一気にトラキア本土とトラキア首都を陥すというものだ。
俺がターラでコノモール伯爵と出会ったのも伯爵がターラの首脳との交渉を行っていたからだ。
たしかにうまい手だと思うのだが…穴も多い。
例えば騎兵部隊でトラキアを突破するにしたってトラキア城周辺に近付くに従い窪地が多い、走りなれた平野でそこに窪地があると分かっているのならいいだろう、だがほとんどの兵にとっては未踏の地だ。
窪地も多いとなれば行き足も鈍り突破力も落ちるだろう。
それを克服し主要な都市に攻め入れたところで攻城兵器があるわけで無い、下馬した騎士で城攻めはどうであろうか?完全な虚でも突ければ別であろうが…
そうして城を陥したとして、その後はどうだろう?兵站ルートを寸断されたら占拠した拠点に立て篭もったとしてもすぐに食糧不足で無力化されることだろう。
加えて疫病だ。
俺は一応アジア式の種痘ならやり方自体はわかっているが、受ける側の兵士は抵抗感が強いだろうし、運の悪い2%に入ると死ぬのも士気に関わるだろう…牛痘法が良いのは知っているが俺は牛の病に詳しくないからかかった牛を見分けることも出来ないし都合よくかかった牛が居なければ実行もできないしな…

そんなことを考えていたところ発言するように求められた。
一気に緊張した。

「今回はアルスター代表団の方々のおかげを持ちまして発言の機会を与えられました。レンスター第二王子のミュアハと申します。」
緊張するのでここまで言ってから一礼し、

「ごく最近まで異国で命ながらえておりました。それが出来たのも各国みなさまがトラキア王国への食糧援助を誠実に執行されていたからです。ありがとうございます」
まばらに拍手が鳴った。

「さて、2年余りわたくしは彼の地で暮らし、首都トラキアをはじめ他いくつかの村などに滞在しその国土全てではありませんが幹線ルートのようなものを多少なりと知ることが出来、今回の作戦の進軍ルート策定にわずかばかりでも貢献できるのではないかという思し召しにより発言の機会を与えていただきました」
緊張の余り流れた脂汗を懐からハンカチを取り出し拭い、その間に少しでも落ち着こうと試みた。

「彼の地は南に行くに従い、乾燥化が激しく、そのために地下水くみ上げが影響し窪地が非常に多いです。この窪地自体にも、窪地を人為的に拡張し兵を潜みやすくした防御陣地とでも申しておきますか、そのように守るに易い立地になっており、いかに我が軍の武勇誉れ高くとも何の抵抗もなく速やかに突破できるかと問われた場合わたしは返答をためらわざるを得ません」
ここまで言うとちらほらと唸るような声が聞こえてきた。

「特にトラキア城に向かえば向かうほど窪地は不規則に、無数に存在しており、彼の国が飛竜を用い、騎兵を補助的に用いる事の裏付けともなっているということ、ご理解いただけるのではないでしょうか?」
ここまで言うと、俺は用意されていたグラスを手に取り水を一口含む。

「我が軍の誉れ高き武勇なれば、城を落とすことも叶いましょうが、その地を永劫守り通せるかと問われた場合、わたしはまたも返答をためらわねばなりません。 なぜなら、彼の地の食糧事情を鑑みるに、駐留した我が軍の兵力を養うには余りにも不足しているからです。
わたしの滞在した村での話になりますが、痩せこけ老婆の如きに見えた女性がいまだ三十の齢にも満たず、知らずに接したわたしは深く彼女を傷つけたと思います。過酷な労働と粗食、それがその不幸な女性を生みだしたのです。
しかし!その女性は生まれたその村で暮らせていただけまだ良かったのです。
すこしでも目鼻立ち整った女児が生まれたら貧しい食事でも優先的にその子に与え、14か15か、それくらいになれば着飾らせて周辺の自由都市、あるいは遠くグランベルやアグストリアにまで娼婦として売りに出し、その子の稼ぎで命を繋ぐ一家というのが多いのですから……
そのような暮らしの中でさえ、人としての心を持ち、卑劣なトラバントに害されそうになったわたしを身を呈して守り続けてくれた領主どのがおられました。
この方はわたしのために、わたしが人質の任務を投げ出した訳でなく、やむなくトラキアの地を離れたのでわたしを罰さないで欲しいと文書を発行してくださいました。己の立場を投げ出してまでです。
決して、残虐で智恵や文明を持たない蛮人ではないのです!」
ここまで話してから俺は一呼吸置き、会場を見渡してから

「かような地を奪い、支配したところで何を得るでしょう? あるとするのならば恨みと我らの悪名のみがトラキアの民の心にいつまでも刻まれるでしょう。 思い出していただきたい、トラバントがミーズを速やかに明け渡したのはミーズ周辺の民からの恨みを買うことを避けた為です。城を得ても保つ力が未だ足りずと思ったのでしょう。それに倣えとは申しません、ただ、いまのわたしの報告から各国の代表皆さまが感じ取る何かがあればと思います」
一礼して俺は着席した。
まだ伝え足りないことは多いだろうが、これでいいだろうか…
万雷の拍手とまでは行かないが議場では拍手が鳴り響いた。

父上の顔を見るのが恐ろしかった。
だが、視線を向けない訳にはいかなかった。
そんなことをしてしまったら、俺はもう二度と……


腕組みをして俯いていた父上は意を決したように一度上を見上げてから拍手に加わった。
怒りとも悲しみとも笑顔とも呼べない顔で俺のほうを見ると頷いてくれた。  

 

第二十五話

 
前書き
たくさんのお気に入り登録ありがとうございます。

拙作へのお付き合いありがとうございます。 

 
 ……俺の発言のあと、戦術の技術上の問題が(窪地とそれを利用された塹壕戦)まずは議題にかけられ、兵站の問題点や占領後の課題なども議論されはじめた。
 ここまでの作戦を立てた参謀のチームは引くに引けず、財政的に苦しいレンスター以外の各国はこれを機会に出兵取りやめもしくは規模の大幅縮小を狙い、互いに議論の応酬で会議は膠着してしまった。
 出兵でまとまっていた四国の足並みは乱れてしまったのだ。


 「俺は本当は度し難い愚行を犯したのかもしれない…」
 俺は報告を誰にもしなかったがトラバントは深手を負っていて、彼の腹心の部下も幾人かレイミアが切り捨てており、もし出兵した場合それなりの戦果が上がる可能性は充分ある。
 ……思ってはいたが、全面戦争になったら両国の溝は埋めようが無いとか、上げた戦果を長く保つのは難しいというように自己正当化していただけではないだろうか。
 なんのことは無い、戦場に近くなるであろうレイミアと暮らした村の村人達を戦禍に遭わせたくないという自分勝手な想い、ただそれだけなんだろう……。
 今回の北部連合の作戦が大成功し、もしかしたらトラキアが統一されるのかもしれない、このままだらだらと南北で対立し続けいびつな関係が10年20年と続いたらより多くの人が不幸になるかもしれない。
 それなら……と、ずるずると考えていた……



 「ゆーくんが何か言ったって、決めるのはここのオサーン達ですしw自分の言ったことで国が動くなんて思いこみwうぬぼれすぎwワロタwww」
 ……アイツが居たらこう言ってくれるかな、そうだよな……そう思い込ませてくれたアイツに少しだけ感謝して俺は少し心を楽にした。



 この日は結局何もかも先送りになった。
 翌日は、俺の帰還によりトラキア王国への援助を切るとしてそうなると出兵の規模もまた変わるだろうなどと意見も出たり、コノート王国からはレンスターに対して議決票の返還と補償金の打ちきりの打診が控えめに出される等の違うアプローチからの議論となった。
 コノートからの要求は概ね受け入れられたが、俺への慰謝料として毎年少しずつコノートからレンスターへの資金供与は続くらしい。

 結局のところ、攻め込む場合は例のミーズで主力を引き受け、ターラの協力を受けて機動戦力で一気に踏みつぶすという方針を採用しつつ、食糧援助では無く有償での売却ならば応じても良いという結論になった。
 実際のところターラなどの自由都市が北トラキアの食糧をトラキア王国に売る場合、最大5倍の差額で売っているという情報もあり、それなら倍や3倍程度の価格でトラキア王国に売った方が相方の益となるからであろう。
 ただ、その場合北トラキア連合の兵をターラにあらかじめ潜伏させておく協力は取り付けにくくなると思われる……。



 俺はここ数日アルスターの代表団と共に過ごしていたのだが、会議が散会したので数日ぶりに我が家へと帰ることになった。
 コノモール伯爵は想像以上の成果だと俺に言ってくれた。
そう言われるとありがたいが、やはり本当によかったろうかという思いもある……。


 「おかえりなさい。やっぱり、城は落ち着くでしょう?」
 エスリンねえさまが迎えてくれた。

「ただいまもどりました」

「今日はゆっくりやすみなさい」
 俺は頷いてからねえさまに礼を述べると自室へとゆっくり向かった。
 部屋に戻ると、俺はすこし(しお)れた植物達に詫びると水をやり寝台に潜り込んだ。


 どんな夢かわからないが夢を見ているなーと思っていたら目が覚めた。
 寝台の隣に椅子を持ち込んで兄上が座っていた。

 「目覚めたようだな。よくやったよお前は」
 兄上は寝たままの俺の頭を撫でて、微笑を浮かべた。

 「とんでもない……せっかくの兄上の初陣の機会を奪い、申し訳ありません…」

 「そんなもの、これから何時だって機会はある。だから今は自分を誇っていい。お前の話を聞かせてもらうまで、わたしはトラキアの者たちを薄汚いハイエナとさえ思っていた、わたしは彼らを見下していたかもしれない。目を覚まさせてくれて感謝するよ」
 兄上は俺の頭を撫で続けていた。

 「兄上……」





 夕餐の席に俺は兄上と共に向かうと、ねえさまは既に座しており俺たちににっこり微笑んだ。
 もう踏み台なんて必要の無い俺の席。
 それに座り、ぼんやりと父上を待っていた。

 やがて父上もやってきて、みな挨拶を交わす。
 そうしてややぎこちなく俺たちは食事をはじめた。
 エスリンねえさまが気を使って話題を出しても二言三言続くと会話が途切れる。
 ……俺のせいだな、それならば意を決して……

 「父上…」

 「ん、ミュアハよ、わしのほうからも話があるが先に良いか?」

 「もちろんです」

 「すまんな、あぁキュアンもエスリンどのも聞いて欲しい。 来月かその次か、わしは北のイザークへ旅に出る。息子のお前たちばかり旅に出てずるいからな」
 父上は笑って

「えぇええぇ!?」
 俺も兄上もねえさまも驚きの声をあげた。

 「半分はたわむれとしても、半分は真だ。もう3~4年前からオードの裔より招きの使節があってな。
 旧交を温めるというやつだ。
 キュアン、そしてミュアハや、お前たち二人ならもうわしが留守にしても大丈夫だろう。
 本当に困ったらドリアスなりを頼るといい。そしてエスリンどの、わしの自慢の息子らだがすこし寂しがりの癖があるので、たまには甘やかしてやってほしい。」
 機嫌良さそうにワインを一口空けると

 「半年もかからず戻るからな。みやげでも楽しみにしておくといい。と言っても出発はまだまだ先だぞ。わしが居なくなるからといってすぐに羽目を外すでないぞ」
 そのあと家族で賑やかに、いつものような時間を過ごした。



 翌朝、ねえさまと俺が久々に剣の稽古をつけていると父上が現れた。
 いつもなら朝は馬に乗り早駆けをするのが日課のはずなのにだ。
 練習用の槍を2本持ってきた父上は片方を俺に放ると、

 「キュアンやゼーベイアから、お前もかなりやるようになったと聞くので、一度立ち会うてみとぅなった。エスリンどの、すまんが今朝はミュアハを借りても良いか?」

 「もちろんですお義父さま、みゅぅ君、怪我してもすぐにお姉ちゃんが治してあげますからね」
 ねえさまはにこっと笑うと俺と父上から少し離れた。
 実は、今まで俺は父上に直接稽古をつけてもらったことがなかった。
 これは……俺を一人の戦士として、そして人としても認めてくれたってことなのだろうか。

 「父上!よろしくお願いします!そして、おはようございます」

 「ん、忘れておった。おはよう」

 「では、参ります!」




 晴れた空の下、二本の槍がぶつかり合い乾いた音を響かせた。
 無心に打ちあい、そして心を通わせる姿がそこにはあった。
 
 

 
後書き
キュアンの台詞で<しね、ハイエナども、このゲイボルグあるかぎりわたしは負けはしない!
これ結構気になっていたので補完?しました。
お気に召さない方には申し訳ないです。

 

 

第二十六話

 
前書き
王様は慰安旅行にでかけました。
 

 
 父上がイザークへの訪問のためレンスターを離れて1カ月ほどが経った。
兄上は国王代理としての重責をを担っているが無事に果たされている。
俺はそれに胡坐をかいて気楽にぷらぷらすることも無く、訓練の傍ら兄上の負担を減らせるよう、任せてもらえる範囲で国務の分担をさせてもらっていた。

具体的には各地の軍事拠点や農村などの視察に行き管理者や作業員にいい顔したり、これは以前からやっていたことの再開だが陳情に来た人々の話を聞き、要点をまとめて兄上に報告とか、衛士の方らの王都のパトロールの報告を受け、事件があれば対応などをやらせてもらっている。
土地争いに始まり刃傷沙汰の裁判などは法律家の補佐のもと兄上が裁くこともあるようだ。
これが普通?のファンタジー世界なら開拓農民をモンスターの襲撃から守れ!などのアツイ展開があるのでしょうけれど、先日のイレギュラー以外ではこの大陸に魔物は居ませんしね。
そうそう、外国からの使節の接待なども重要な任務です。

先日は遠くシレジアの方がいらしたのだが、父上への親書を託され、俺たちとも歓談されて行きました。
この方たちが偶々そうだっただけなのかも知れないが、やはり護衛のペガサス騎士の方々は美人揃いで、正使のおっさんやその側近はごついおっさんでした。
雪国の女性は美しいっていうあれでしょうか?





 忙しいながらも大きな問題も無くしばらくの時間が経ったが、日頃レンスターにばかり各国の代表が集まってばかりということで、返礼の為に各国の歴訪へ俺が行くことになった。
この働きかけは他三国から要請というように表向きはなっているが、コノートが裏で動いていたらしい。
最初にコノートを訪れ、マンスター、そしてミーズ城へも訪れる。
ミーズ城では駐留兵への激励を行うそうだ。
そこからマンスターに再び戻って、アルスターへ訪問するという段取りになった。
人質交換の際にマンスターとミーズは訪れているがコノートには領土の外縁部分を通過したくらいなので初めて訪れることになる。

コノートと言えば重度ロリ…じゃなくてレイドリックか。
俺をトラキアに送り込むという献策でカール王の身柄を取り戻し、敗戦の影響で国力を低下させたコノート王国の有力者の中で唯一相対的な地位を上げ、いまや副宰相となっているそうだ。
野心とそれに見合う才幹を伴っているだけに厄介だな。
訪問するのが俺と言うだけに奴も微妙な心境だろうが、挑発なりは控えておこう。
とりあえずは味方側の人間のはずだし。

随員についてはドリアス伯爵が名乗り出てくれたが、丁重にお断りした。
兄上ならば国を良く治めるなど造作も無いことだが、予想外の事態が発生した場合には伯爵の見識や経験、智略や武力があれば心配は無いだろうからだ。
俺の方は友邦領内を進む訳で大きな問題には遭わないとは思うが、気を配る必要はあるだろう…。
なんにせよ他国を知ったりなにか繋がりを得ることを期待して若い騎士や文官を中心にして編成し、その中にグレイドを指名し、彼はそれに応じてくれた。







 出発の数日前に頼みごとがあったのであのひとの元を訪れた。

「あなたにはいつもお願いごとばかりで心苦しいのですが、まずはわたしの話だけでも聞いてみてはいただけませんか?」
ドリアス伯爵の居館を訪ねてセルフィナさんに出立の挨拶を告げたあと、こう切り出した。

「いかな願いでありましても、わたくしが…ミュアハ様の申しつけに否やはございません」
すこし俯き加減の彼女も、そして俺もいささかばつが悪い。

「…セルフィ。わたしが不在の間、我が姉エスリンの話相手になってはいただけないでしょうか?異国の地で親しき者もそう多く無く、兄上は激務が続くことと思うのです。なれば時として人恋しくなることあるやもしれません…わたし自身、異国でそのような思いを経験したもので……」

「もちろんです、グランベルでの作法を学びたいと申し出ればよさそうです?」

「そうですね。ただ…アレだけはちょっとというのがあるので先にお知らせします。これは、そのぅ、してほしくないなぁというものでしてね…」
俺が下着の件を伝えると彼女は頬を赤らめた。

「いや、まぁ、あれですよ、きっと……女性には時として伴侶の愛を受け入れたくても体の方が付いて行かないことがあると聞き及んでいます。そんなことを男の側が知らずに伴侶の愛を求めて、拒まれた時にお互いに傷つかないように…という風習ではないのかと思うようになりました」

「な、なるほど…そういう考え方なのですね。 いずれにせよ…ミュアハ様のお願いだからと言うだけに限らず、エスリン様と知己を得たいと思います」

「では、ご都合のよろしい時を教えていただけませんか? ねえさまにも話を通しておきたいと思います」



その日の夕刻に二人を引き合わせることができた。

「こちらはドリアス伯爵のご息女でセルフィナ様とおっしゃいます。わたしの…幼馴染なのです」

「こうして直接お会いいただく機会を初めていただきました。ドリアスの娘、セルフィナと申します。
ミュアハ殿下には…………妹…のように良くしていただいております」
彼女の万感の思いのような一瞬の言葉の詰まりに、俺は胸が痛くなった。

「わたしはエスリンよ、みゅぅ君と同じで礼儀正しいのですね。そして、みゅぅ君の妹さんならわたしの妹にもなってはもらえないかな?」
ねえさまは相変わらず春の日差しのように、にこっと笑うと膝を曲げてセルフィナさんと目線を同じ高さにした。

「畏れ多きことなれど申し上げます。 エスリンねえさま…」
セルフィナさんが少し顔を赤らめてその言葉を口にすると、ねえさまはセルフィナさんをぎゅっと抱きしめた。
原作と同じように二人が仲良くなってもらえそうで良かった。





 そうして、所定の日が訪れたので俺は諸国歴訪の旅に出た。
終わらせて帰るころには父上もお戻りであろう。
レンスターの国境を越えコノートの国境へと入った、関所のような場所で手続きを済ませ俺たちはコノート王国の領土に深く入っていった。
ここで直接戦があった訳でもないのに放棄された田畑に時として目を奪われる。
税が重すぎるがために希望を失い逃げ出した農民達の抗議の声そのものだ…。

幾日かの旅を続けコノートの王都に入った。
王城へと続く沿道には歓迎の意を知らすような垂れ幕や住民の姿があったが、その目は怨嗟や諦観、時には怒りを映していた。
誰かに尋ねたとしてもそれは逆恨みに過ぎないと言われるだろうけれど、コノートの住民はここ数年に渡ってレンスターへの莫大な補償金を支払い続け、そのしわ寄せは彼ら一般の市民に向かっているわけだから、俺達レンスターの使節へ風当たりも強くなることだろう…。

王宮へ到着し、出迎えのコノート王国の重臣と挨拶を交わし王宮の奥へと案内された。
護衛の随員らは別の建物へと導かれ、そこで旅の埃を落とすのだろう。
コノートのカール王とはルテキア城での一別以来で少し懐かしい。
あのときよりも多少は元気を取り戻してはいるようだが、時折レイドリックの視線を気にしている。
まずは挨拶だけで、本番はこのあとだな。
晩餐会とかパーティとか呼ばれる奴だ、正直苦手なんだが…。

正直、ダンスとかは苦手なのでそういうのはグレイドなんかに代わりに引き受けてもらったりしていたのだが、カール王の后にどうしてもと請われて引き受けざるを得なかった。
俺が苦手そうにしているのでリードしてくれました、ありがとうございます。

「殿下は、おいくつになりまして?」

「はい、十三の齢を重ねました。なれど、いまだ乳飲み子と変わらぬ手のかかりようと父や兄を悩ませております」

「まぁ、とんでもない。しっかりと落ち着いた佇まいに妾は感心しておりますの。さすがは盟主レンスター王の若君と」
ダンスの合間にこんな会話を交わしていた。
向こうも話しかけてはこなかったのでレイドリックとは関わることは無かった。
翌朝の朝食を共にしたいと国王夫妻が申し出てきた。
断る理由もなければそんなことも出来るわけがないので応じると、夫妻の小さな小さな娘を伴いやってきた。
あと10年もすればお互いお似合いでしょうからと、いきなり婚約を迫られて閉口した。

「国と国同士のこととなるのでカルフ王の裁可が必要であり、わたし個人の意思ではご返答いたしかねます。また、わたしの意思が許されるならば兄の配下のいち軍人で生を全うする所存ゆえ、貴国の姫を娶るなど滅相も無いこと」
なんて答えておきました。
王妃は喰い下がってきたが、カール王の取りなしで事なきをえましたよ。
その日はコノートの王都各所を接待巡りで、翌日には父上への親書を受け取り、コノートを離れてマンスターへと向かった。

マンスターは賑やかな大都市でレンスター以上の賑わいを感じるほどであった。
随員の中にはみやげとなる品を求めて市内の常設市場へと足を向けた者も多かったが、俺は市場へ行くことが日程上許されないのでみやげの品は彼らに頼み買ってきてもらった。




マンスターでの予定を完了させた俺達一行は三年ほど前のミーズ城を巡る戦のあった跡で足を止め、戦没者を弔う祈りを捧げ、略式の式典も行った。

はたしてそれは生者の自己満足に過ぎないものであろうか。

自戒と過ちを繰り返さない為にそうするものなのであろうか。

人の営みとは何かを己に問い続ける、ただその繰り返しなのかも知れない。 
 

 
後書き
みゅぅ君もバイロン卿にだまされた被害者のひとり。

 

 

第二十七話

 ミーズ城に辿りついた俺達一行は市街を抜け城内に入った。
太守や将兵らへ激励の演説文を読み上げ拍手なども受けたが、実際のところ慰問物資のほうが喜ばれていただろう。
他の二都市と異なり、ここでは三日多く過ごした。
せっかくなので防衛戦について実戦経験の豊富な士官から指導を受けたり、なるべく多くの兵に声をかけたかったのでそういう日程を最初に組んでもらっていたのだ。
ここしばらくは小競り合いも無く平和だそうだが、俺がトラキアを脱出した時には追跡部隊を引きつけたレンナートさんが間一髪でここミーズに逃げ込むという事件があり、その時トラキア兵らと短時間ながらも激しい衝突があった。
その際に負った傷を今も療養中の兵を見舞うことも目的の一つであった。


 ミーズでの日程を終えると残りの大きな任務はアルスターを訪れるのみとなり、俺達には気の緩みも出てきたのだろう。


襲撃を受けた。


それは、マンスター領西部の宿場町や宿営所と呼ばれる小さな人の営みがある場所で起こった。
俺達一行はその日の旅程を終え、その宿営所で身を休めようと旅装を緩め、金を払い食事と寝場所の提供を願い出、ゆっくりとめいめいが身を休めはじめた。
ほどなく経営者の老婆と給仕が俺達一行に、料理の方はもうしばらくおまちくださいね、なんて言いながらぶどう酒をふるまった。
生真面目なグレイドは手をつけず俺もこれが白ワインなら手をつけたが、あまり好きでは無い赤なので手をつけず、小用でも済ませようと席を外した。
俺の小用に付き合うと付いてきた三人と共に戻ってみるとグレイドが老婆と給仕に短剣で襲われていた。
他の随員は苦しそうなうめき声を上げて突っ伏したり、背を丸めて喘いでいたりと惨憺たる有様であった。

休憩に入る前に一行の武器は預けてあったので俺は大声を上げてから椅子を老婆と給仕に投げつけ、こちらに注意を惹かせた。
俺以外の人間が触ると弾かれるのもあり、そういう面で不審がられたくはなくて、これだけは預けられないとつっぱねて手元に残した長剣に手をかける。
未だ鞘から抜けたことのないそれに手をかけ鞘ごと引き抜き身構える。

「納屋かどこかに武器を持っていったはずだ、誰か取ってきてくれ!」
声をかけると老婆と給仕に突撃した。

仲間は丸テーブルの脚を持って盾代わりに構えたり椅子を投げつけたりと武器の回収に向かった者の援護を行う。
老婆は片手にもった杖を俺に向け、奇怪な声を上げた。
一瞬俺にまとわりつく違和感があったが、振り払う。
これが奥の手であったのだろうか?茫然とした表情に狼狽を交えて舌うちが聞こえた。
一足飛びで俺は間合いを詰めると鞘ごと長剣で殴りかかり首筋をとらえ、老婆を昏倒させた。
グレイドは転がるようにして給仕の攻撃を避けていた。
俺はテーブルや椅子を給仕に押しやりグレイドの援護を行う、仲間の投げつけた椅子が給仕を掠め、体勢を立て直したグレイドは椅子を掴むと盾と武器代わりにして身構えた。

「いったい誰の差し金で俺達を襲った!」
おそらく答えは無いだろうが問わずにはいられない。

「大変です殿下!外にも敵が!」
納屋に向かった仲間がそう叫び、なんとか持ちだせた武器を床に放りだし、残りの俺の仲間はそれを拾い上げこの建物の出入り口で身構えた。

グレイドと二人がかりで給仕を無力化すると、俺もグレイドも入り口で防戦一方の仲間の援護に向かう。
俺は長剣を背負うと床に落ちている槍を拾いあげ建物の窓から外に飛び出した。
十騎ばかりであろうか。

固まった状態のそこへ俺が突進すると馬は暴れたり逃げ出したりと、思った通りの挙動を行った。
その中で槍を振りまわし襲撃者を混乱させた。
落馬した者を見捨てて、その一団の頭目が逃げ出すと他の者もそれに倣った。
入り口での戦いも終わったようで駆けよってきたグレイドが追うそぶりを見せたので制し、捕らえた者の尋問と毒を盛られた者の手当てを優先するよう指示を出した。

「追っても間に合わないし、待ち伏せされての逆撃こそが狙いかもしれません。それよりも皆の手当てと捕らえた者から口を割らせましょう」

入り口での戦いで敵の兵は全て討ったようだが、落馬した者は縛り上げてある。
建物の中へ連れて行き尋問を始める前にまずは苦しんでいる仲間たちの処置を急いだ。
水を飲ませて吐かせるくらいしかやりようもないが…
騒ぎを聞いて駆け付けた別の宿や商店の人たちの助けも借りたが多くの者が命を落とした。
そして、納屋の中からこの宿営所の本当の経営者と従業員の遺体が発見された。
偽の給仕はいつの間にか舌を噛み切って死んでおり、老婆は気絶したままだ。
そこで俺たちは落馬した男を尋問することにした。
なだめ、すかし、時にはこづいたり殴ったり、拷問をちらつかせるとようやく重い口を開いた。

「い…言うよ、雇い主は…レイ…ド、うぐっ、ごはぁ」
老婆はいつのまにか目を覚ましたのかあるいは気絶した振りをしていたのか……。
関節を外したのであろうか、縛めを解くと禍々しい呪文書を取り出し、この男を魔法で殺した。
そうしてから奇怪な笑い声を上げ己の胸を短刀で突き、すぐに息絶えた。

「これは…ロプト教の…」
グレイドは老婆の手に握られた禍々しい呪文書を足でつつき、俺はそれに頷いた。


翌日、俺はマンスター王と関係機関への書状をしたため、グレイドに届けるよう指示を出すと犠牲者の埋葬の許可をこの宿場町の管理者から得て街外れに埋葬した。
加害者のほうはマンスターの役人からの調べがあるだろうから、被害に遭った宿営所の納屋に並べた。
その日の内にグレイドはマンスターから付けられた護衛の兵を引き連れ、俺達の警護に当たった。
数日をここで過ごし、捜査に協力した後に俺たちはマンスターへ赴き、二ヵ月ばかりの時を過ごした。
俺はこの襲撃の差配はレイドリックのものと口を割った男の言葉から断定したが、物的な証拠もなく、証人もこの世には居ないのだから声高に主張することも出来ない。
悪くすると俺がトラキアに送られた私怨を晴らす為にレイドリックを陥し入れたと思う者とて出てくるだろう。
いずれ奴には今回のことを後悔させてやるとしても…ロプトの魔道士を使っているのか、それとも使われているのか…。
事件自体はロプト教の狂信者によるテロとされ、迎えに寄越されたドリアス伯爵の引率する部隊と合流し、俺たちは旅程の途上で帰国した。

 



 「…明確に関連付ける証拠はありませんが、捕らえた者がレイ…ドと言葉を遺したのでわたしはレイドリックの差し金だと思っています。これはわたしの他数名も耳にしております」
帰りの道中で伯爵と俺はいつものわるだくみ?をしていた。

「彼の動機はいろいろあると思います。まず、わたしからの復讐を恐れて先に手を打っておこうということ。そして、コノートの国王夫妻が娘を私に嫁がせようとしたことを知り、
そうなった場合わたしが邪魔になるであろうということ。さらには…ロプトの魔道士も関わっていたので操られていたという可能性も」

「ふぅむ。わたしはそれに加えて、やりたかったのではないかと思いますぞ。戦を。ゆえに戦を止めた殿下を見過ごすことが出来なかった。己はこれから老いていくというに殿下はこれからのお方、早めに芽を摘もうと…」

「なるほど…しかし戦をやりたかったというと合点がいかぬこともあります。コノート領を見るに、今は戦どころでは無いと思われます。なにか必勝の策でもあると?」

「ありますな」

「あ!寝返りですか!」

「そうです。我らを裏切り、トラキアと組んで後背から襲いかかると言う必勝の策が」

「むむむ…」

「しかし、それが殿下によって押しとどめられたということで奴は方針を変えざるを得なかったと。
殿下ご自身が先だって、コノートの離反もありうると警告なされたので、手の者を使い調べさせました」

「いろいろ知ったような事を申しておいて、自分が情けなくなります…ところで伯爵」

「はっ、いかがされました」

「随員に名乗り出てくださったのをお断りした上に、結局はこうして伯爵のお力に縋ってしまいました。申し訳ありません。そして、ありがとうございます」

「何をおっしゃる! もし私が同道したとしても盛られた毒に気が付かずあの世で殿下に詫びていたと思いますぞ。 よくぞお命保ってくださいました」

「いやいや、それは偶然です。 出されたのが白でしたら私もあの世行きでした…そして、今回の随員のうちあの四名には目をかけてやってはくださいませんか?」

「仰せの通りにいたしましょう」






 レンスターに帰りついた。
アルスターへの使節が出せなかったことは書状などのやりとりを行い了承してもらっていた。
父上も既に帰国しており、兄上は国王代行の重責から解放されつかの間の安らぎを得ているのではないだろうか。
俺は任務の完遂が出来なかったことを詫びたが許され、生還できた随員達と共に恩賞を受けた。
それは今回の犠牲になった随員の遺族らに等分して見舞金として配り、彼らの冥福を祈った。

ねえさまとセルフィナさんには不在の間の鉢植えの世話を頼んでおいたが、どうやら枯らさずにいてくれたようでありがたい。




「…という次第で、コノートのレイドリック卿には心を砕いて当たらねばならぬとの殿下と、そしてわたしからの言上であります、陛下」

「うむ、獅子身中の虫とでも呼べばよい者か。引き続き動向を探り、充分な材料揃わばカール王のお力となり、必要な措置を執らねばなるまい」

「父上、我が国がそれを表だって行っては良からぬ感情をコノートの民、ひいては他の二国に抱かすやもしれませぬ。先だってより我が国はコノートより多額の補償金を得、四国会議の票も預かっていたこともあり一口では言い表せない感情を抱かせております。ゆえに、こちらが正しきことをしていても彼らにとっては自国の有力者を他国の者が罰しては主権の侵害、やがては併呑をも企むと恐怖心をも抱かせかねません、そしてコノートの次は自分の番だと他の二国も…」

「ならば、アルスターとマンスターに渡りをつけ、三国共同で該たるかの」

「御意」

「……それにしても」

「陛下、いかがなさいました?」

「うむ、こんな時にな」
父上は一通の書状を示した。

「グランベルよりミュアハも士官学校で学べとな…」

「むむ、そういえば殿下も、もう1年余りで十五となられますか」

「ええっ? 第二王子のわたしまで?」

「お前に限らんぞ、レンスターはグランベル公爵家と同格とみなすから貴族でも騎士の子でも、試験に受かれば平民でも学ぶ機会を与えてやるとな。クルト王太子からのありがたいおぼしめしじゃ」
父上は不機嫌にそう吐き捨てると椅子の肘かけに身をもたげた。

「良いではありませんか陛下、殿下がより見聞を広められれば恐れるものなど何もありますまい」

「我が国ではまともな士官も育成できんと言われているようなものだぞ!」

「父上、今は耐えましょう。10年、20年先には逆にグランベルから我が国に留学生が訪れるような、そんな国を築きましょう」

「…ふん。せっかくトラキアから戻ってきたばかりというに、またわしのもとを離れる。あまり父に心配をかけんようにな。あー!腹が立つ!伯爵もお前も揃いも揃って物わかりが良すぎると言うものじゃ!」

伯爵と俺は顔を見合わせて笑うと拗ねた父上の機嫌を取るように肩を揉んだり腰のマッサージを行った。
おぬしらのはくすぐったくなるだけじゃわい!と、父上も笑いだした。







 --3章おわり-- 
 

 
後書き
三章、つまらなかったかも知れません、申し訳ないです。

序章 + 1章1~12話
2章13~20話
3章20~27話となったので次の章も7話構成目指してみますが、なにぶん初心者なので
うまく行かなかったときはバカデスネーwと笑い飛ばしてくださいましー!

グレイド< レイ…ド、ヤバスw俺ぴんち?w 

 

第二十八話とお知らせと

 
前書き
毎日更新を頑張ってきましたがさすがに時期的に苦しくなってきたので変則的になります。
エタらせる気は全く無いのですが、すみません。

 

 
 グランベル士官学校に入校する前に情報の事前収集は大切だということでOB訪問しましょう。
その前に自分で思っている士官学校のイメージってのはこんな感じだが…
学校と宿舎併設で

5:00起床
5:20身支度完了させる
5:30どっかに集合
6:50この時間までなんか朝の訓練
8:00この時間までに朝ごはん終了とかいろいろ
8:45この時間まで自習とか新聞取ってる人は読むとか朝礼とか
9:00HRとかかな?
11:50コマ数わからないけどこの時間まで授業とか訓練とか
12:40ごはん
13:00休憩
17:00コマ数わからないけどこの時間まで授業とか訓練とか
20:00この時間まで自由時間(食事・洗濯・入浴など込み?)
20:40自習とか翌日準備とか
21:00睡眠

…で、21時から5時の間に週に4~5回くらい敵襲ー!とか言われて起こされてグラウンド集合?


兄上に話を聞かせてもらったところ似たような感じだったけれど起床は7時で午後は16時程度に訓練や講義は終わり、そのあと完全自由と聞かせてもらった。
あとは年次が上がって3年目はバーハラ近郊に住宅を借りたという話で始業時間にさえ間に合えばいいということだ。
予想よりヌルそうだが、兄上は王族に加えて大聖痕が出ていたから特別扱いだったのかもしれないな。


 

 出発は俺が15の春を迎えるだいぶ前のことになりそうだ。
先日の暗殺未遂事件もあり、道中の安全性を高めるためグランベル公使の離着任を利用し規模の大きな隊で向かった方が良いだろうと皆から勧められたからだ。
早く着きすぎた間はエスリンねえさまの実家に下宿すればいいとねえさまが提案してくれた。
…シアルフィ、そしてシグルドさんかぁ。
自分の劣等感のみを感じさせられる、そんな大きな人なんだろうなぁ。
俺は旅の準備をする傍ら、グラン歴758年まで開封しないでくださいと記した予言書的なものを信頼する一握りの人たちに預けた。

グランベル公使の離任と着任の式典のおまけとして俺も式典に参加することになった。
あの時の兄上と同じだなぁ。
そう思うとすこし誇らしくもなった。
あの日と同じように兄上が夜に話に来てくれたけれど、今回は早めに戻ってもらった。

「わたしが帰国した頃にはお世継ぎの顔を見せていただきたいので、ねえさまを沢山沢山かわいがってあげてくださいよ」

「お前はそういうところだけはほんと生意気だなぁ」
と、苦笑されちゃいました。
でも、頑張ってくださいよ!兄上!

翌朝多くの人々に見送られて俺はまたレンスターを離れた。
セルフィナさんからはお守りをいただいたし、ねえさまからはシアルフィの皆さんへの手紙を預かった。
伯爵や父上からは新しい槍と剣を授かったし、兄上からはマントを。
ベウレク卿やグレイドにフィンそして多くの武官、文官からは激励してもらった。
レンナートさんはもう戦えなくなってしまったけれど、俺の授かった領地の代官として頑張ってくれている。
みんなの為にも、がんばらないとな!





 アルスターからターラへ向かい、そしてメルゲン城塞を経由しペルルークへとたどり着いた。
今まで南北のトラキア地方からは離れたことは無かったので、これが本当の意味での異国への旅となるわけだ。
ここは北部トラキア地方よりも日差しが強く、乾燥しているが降雨もそれなりにある。
現実で言うなら地中海の国々のような、そんな風土なんだろう。
ここからミレトスへ向かう訳だが、俺はペルルークで何通か手紙をしたためた。
レンスターのみんなには道中の無事を、レイミアにはグランベルで暮らすようになるからとりあえずはシアルフィに連絡をしてくれってね。
さすがはグランベルの公使を守る軍勢が付いた一団ということで道中に襲ってくるような身の程知らずは居らず、滞りなくシアルフィの領土にまで入った。
シアルフィで俺はこの一団と別れることになるので団長となる元正使や護衛軍団長などにはお礼を申し上げ、ここまでの旅の無事も共に祝った。

兄上の時は従卒と護衛の随伴が認められたが、今は候補生の自主性をより高めるためということで基本的に候補生は単身で入校するようにと書状にあったため、本当に一人になってしまった。
とはいえ、既にシアルフィ城には入城し、係の人には書状や身の証を立てるものを幾つか提示してあるのでじきに迎えが来るであろう。

じきに迎えが来るであろう

…じきに迎えが来るであろう

……じきにむかえgry



もうとっぷりと日も暮れ、荷物と共にどうしたものかと思っていたところ。

「いやー、君がキュアンの弟くんだね! ほんのすこし遅くなったが迎えに来たよ。わたしはシグルドだ」
デカイな!そしてイケメンだ!

「シグルド公子自らのお出迎えに恐縮いたします。おっしゃるようにわたしはミュアハ・ノーファ・レンスターと申すレンスター第二王子であります」
同じ姿勢でずっと待っていたせいもあり体の節々が痛かったりもしたがなるべく礼儀正しくグランベル風の礼を行った。

「はっはっ。そんな堅ぐるしくしなくていいのだよ。さて、旅の疲れもあるだろうついてきたまえ」

「仰せのままに」
彼に伴われた人員に荷物を預け、使用人や警備の兵に気さくに声をかけるシグルド公子に従い、俺は彼らの居住スペースに連れていかれた。

「食事はまだだね? いや私がまだなのもあってね、さぁさぁこっちだ」

ずんずんと進んで行くシグルド公子は歩幅が広いので少し小走りにならないと付いていけないくらいだ。
通された食堂と思われる空間には既に先客が居て既に食事中だったがその手を止めて

「適当にかけて」

「あぁ、もちろん食べて」

「とりあえずエスリンの部屋使って」
そう言うと食事を再開した。
俺はもちろん自己紹介などをしたのだが聞いちゃいねぇ。
ってかシグルド公子も一心不乱にメシ食ってるしw
たぶんバイロン公とおぼしき一見ナイスミドルは席を立ち豪華そうな服の袖で口を拭うとつかつかと歩き出し俺の肩をぽんぽんと叩いて

「士官学校の入校式まで適当に過ごして」

「まぁ、行かないで適当にうちでぶらぶらしててもいいけど。じゃ」
と、言うとおくびをしてどこかへ行ってしまった。

「はっはっはっ。遠慮しないで召し上がってくれたまえ。とーさんはあの通りの人でね、まぁ私の自慢の父だよ。はっはっはっ」
シグルド公子はあっというまに食事を平らげたようで茶も一口で飲み干すと去っていった。
残された俺は給仕の人にいろいろ質問し、ここで暮らすための知識を学んでいった…。
彼らが言うにおおらかなご主君でありがたいとのことだ。
確かにその通りだが…。
ねえさまはすごいな!





ねえさまの部屋でしばらく寝起きしたのだが、いろいろ妄想できていろいろ捗りました。
ごめんなさい!そしてありがとうございます! 

 

第二十九話

 シアルフィで暮らすようになった俺だがレンスターに居た頃よりなにもかも自由であった。
バイロン卿はバーハラの王宮に参内して、幾日もそこに構えている屋敷で過ごしたり、王宮でのお役目が無く領地で暮らしている時は昼過ぎまで寝ていて、起きだしてきても談話室のようなところのソファーや時には中庭でごろごろしている。
シグルド公子はと言えば領内の見回りと言う話ではあるが釣りや狩りに出かけてばかりだ。
ただ、腕前のほうは相当で必ず何かしらの獲物をひっさげて帰ってくる。
最初シグルド公子は俺を連れてそういう日課をこなそうと思っていたようだが、馬上の人にはなれない俺のこと、
彼に連れていかれたシアルフィの厩舎でも騒ぎになり迷惑をかけてしまった。
そんな中彼の愛馬だけは暴れず騒がずだったが、その背を許すことは無かった。
とにもかくにもこの二人は俺に口を出すこともなく、身の周りの世話をする人間を週何度か寄越すくらいで放ったらかしとでも言ったほうがいい状態だったからだ。

もちろん暇を持て余すくらいなら自己研鑽に時間を充てる俺だが、これからのこともよく考えねばと訓練の傍ら思いを巡らせることが良くあった。
ダーナ砦への襲撃時間まであと4年を切ったわけだしな…。
あれはアルヴィスとレプトールが談合した上でダークマージを用いてリボーの族長に襲わせたのか?
それともロプトというかマンフロイが単独で配下を使ってリボー族長を利用し、それをアルヴィスに追認させた上でアルヴィスはレプトールと裏で組み、後に切り捨てたのだろうか?…。
組み合わせは他にもあるだろうし、レプトールはアルヴィスとロプト教団との繋がりのことを長くの間知らなかったということだって可能性としてはあるかも知れない。
そうして大賢者ハルクの言葉も思い出した。
為すべきことを為せと。



…俺の為すべきこととは何なのだろうか。












 平和でのんびりとしたシアルフィ領内、そうではあっても将兵は訓練に精を出していた。
俺もそれに混ぜてもらい腕を磨き、彼らとも知己を得て知ったのはシグルドにしろバイロン卿にしろ
強すぎて兵を壊してしまうので彼らと混ざって訓練をしないということであった。
彼らに直に稽古をつけてもらうことが出来たらシアルフィの騎士団グリューンリッターの構成員達にはこの上無い誉れということになるだろう。

時として城下に出て思うのは、ここは古のローマかと思うほど文明レベルが高いことだ。
上下水道完備には感嘆するとともに嫉妬の感情すら湧いてきてしまう、それは我が故郷レンスターではごく一部にしか実現されていないからだ。
市内の何か所にも公共のトイレがあり、それに付随する公園には市民の憩いの場所としての役割も果たしているようだ。
舗装された石畳の見事さは兵員を速やかに動員する為だけには限らず、物資の流通や一般の人々の往来とてその恩恵に預かり、車輪の幅の規格まで統一されていて、このような施設や仕組みを造り上げるだけでは無く、十全に維持・管理をし続けているというだけでもグランベルがいかに大国であるかをまざまざと見せつけられる。
いち公国のシアルフィでこの様子なのだから王都のバーハラはこれ以上の優れた都市であるとの想像をしておいたほうがいいだろう。

 
 そうしてシアルフィで15の誕生日を迎えた俺は、その後しばらくしてグランベル士官学校に入校した。
その際にバーハラへはシグルド公子が連れていってくれた。
てっきり一人で向かうものと思っていたのでこれほど心強いことは無かった。
彼は人の話は基本的に聞かずマイペースなのだが、行動の基盤は善意で出来ている。
その現れだったのであろう。
別れ際に交わした握手、彼の手は大きく、人柄を感じさせる温かさに満ちていた。


入校の手続きを済ませた俺は案内資料をもらい、そこに提示されていた宿舎へ向かい荷物を運び入れた。
荷物のうち槍や剣など武器類は保管庫に預けることに、金銭などの貴重品は事務室の金庫に預けることになっていた。
部屋の中は細長い1ルームで、2段になった寝台と机と椅子と箪笥が2組だけという簡素なものだ。
浴場や食堂に洗面所やトイレなどは宿舎で共用になっていた。
相部屋なのは間違いないがルーメムイトはまだ着いていないようだ、ここは先に自分のエリアを確保しておくか、それとも相手が着いてから交渉するか思案のしどころかと思っていたらその相手が入ってきた。


その燃え上がるような鮮やかな赤毛と、整った、そして女の子のような顔立ち、言われなくても察しが着くだろう。
アゼル公子だ。
緊張した様子だったので、俺はいつものお辞儀と共に先に声をかけた。 

「初めまして、わたしはレンスターの第二王子ミュアハと申します。どうやら相部屋の方のようですね。ヴェルトマーの縁者の方とお見受け致しました。以後よろしくお願いします」

「ぼ、ボクはヴェルトマーのアゼルと言います。こちらこそよろしくです」
俺が握手を求めようと手を差し出すと、アゼル公子はそれにおずおず応じ、握ってくれた。

「さて、では寝台はどちらが上でどちらが下を使うか、机や箪笥のほうも分担をどうするか決めてみませんか?」

「は…はい。ボクはミュアハ王子の選んだあとの残りでいいです」

「ふぅむ。でしたらわたしのほうが体が大きいので寝台は下でよろしいでしょうか?この寝台は年代もののように見受けられるので底が抜けてしまわないように」

「ふふふ。それでお願いしますね」
なんて話をしていると来客があった。
オールバックに髪をなでつけて、そのうちひと房だけが額にかかっている。
レックスだわな。

「おい、そこのお前、俺と部屋を代われ。アゼルとは俺が暮らすんだからな」

「だめだよレックス、決まりごとは守らないとぉ」

「いいんだよ。オヤジに頼めばそんなものいくらでも書き替えてくれるさ!オラ、お前ははやくどけよ。隣の隣の部屋だからな」

「…アゼル公子の仰せ、貴公の耳には届きませんでしたかな?それと、わたしはお前では無く、レンスターのミュアハと言う者だ、…言わせてもらうが軍とは上意下達が原則、いまだ内地の兵営とはいえ所属の命令を無視しては組織として立ち行かなくなるものだ」

「何度も同じことを言わせるな! レンスター?どこの田舎だ?いまだに麦だの牛だの飼ってるような底辺国か?誉れ高きグランベルにそんな奴らが入ってくるとは世も末だな」

「我が故郷への侮辱、場所が場所ゆえ聞き逃してやってもいい。だが一つ問うておくか、食糧生産に携わる者をそう低くみるのならば汝が日頃喰ろうておる食物、それを生み出した底辺の者無くば命を繋ぐことも叶わぬ汝は底辺以下にあるまいか?」

「ほぅ、俺に意見するとはいい度胸だ。そこになおれ!」
レックスがそう言うと、俺は腕組みをして足を開き心持ち顎を持ちあげ見下ろすような姿勢を取ってやった。
心持ち俺の方がレックスより背が高いので少しはサマになっていただろうか?
止まって見えると言っても良いだろう、鈍いが当たるとやはり痛みはそこそこある拳をわざと喰らってやった。
気張って立ってやったがそんな必要も無い打拳であり、バランス一つ崩さないままの俺を見て、レックスは俺を睨みつけた。

「先に手を出したのはお前だ、そして宿舎のきまりごとを破ろうとしたのもお前だ、さて、ギャラリーの皆さまにご裁定いただこうか」
騒ぎを聞きつけて周囲の部屋の者たち、それを引率していた宿舎の職員らが集まっていた。


……職員室に呼ばれるとか懐かしいことをやっちゃいましたが、俺は悪くない…はず! 

 

第三十話

 さすがに公爵家の子と他国の王子との揉め事と言うことで、俺とレックスは宿舎の職員からの取り調べの後に大物の前で対決させられることになった。
肩の辺りまで伸ばされた茶色い髪を額の真中で分け、整った顔だちと理知的な瞳の持ち主。
クルト王子、すでに立太子されているがゆえクルト王太子と呼ぶべきか。
レックスは弁護人を立てることを要請し、それ以外はだんまりを決め込んだ。

「…つまり、レックス公子が寮の定めた部屋割を無視し、その過ちを指摘したあなたが殴られたというわけですね」

「はい、彼の御仁が先に手を出し、わたしは反撃をせず、居合わせた職員の方々に事態の裁定を請うた次第であります」

「それにしてもですね…ミュアハ王子でしたか、あなたも彼を怒らせるような発言や態度をしたと言う話も聞いておりますよ」

「ならば、詳細を殿下にお話ししましょう。一言一句正確という訳にも参りませんが……」





「…名乗ったあなたにも名乗り返さず、ご出身の国の侮辱を受けたと。そして下々の者らの営みを蔑みその恩恵に浴していることを気が付きもしない、軍組織のありようも理解していないので教えてさしあげたと?」

「左様です」
クルト王子は難しい顔をして考え込んでから

「ならば、なぜ挑発するような態度をとられたのです?」

「はい、誇り高きグランベル貴族の方が、許しを請い泣き叫ぶ者を打ち据えるような蛮行を為し得ることは無いと確信しておりますので彼が殴り易い態度を取ったのです。
あの事態をあそこで納めるにはわたしが殴られるより他無いと思いましたので。
まさか、わたしが許しを請うたら殴るということはありますまい?さすればその振り上げた拳、いずこに振りおろされましょうや?
また、わたしの態度に若干落ち度があったということで彼への情状酌量になればとの思いもあります」

「…いいでしょう。ミュアハ王子、あなたは自由です。定められた部屋にお戻りください」


正直自分でも最後の発言は失敗したかな?と思わないでもないが、退学処分でも受けてさっさとレンスターに帰ろうかという気持ちもあった。
兄上は特には何も言わなかったが父上は言った。
グランベルはこの上無き見事な宝石箱に納まった1週間前のシチューのようなものだと。



 
 「みゅあは君、お怪我は大丈夫ですか?…それとレックスは……悪い奴じゃ無いんです。どうか許してあげてもらえませんか?」
部屋に戻るとアゼル公子がそう問いかけてきたので、俺は荷物を整理しながら

「かすり傷すらありませんよ、これでも壁役志望ですからね。彼の今後はわかりませんが、よい代理人を手配されたようですから大事には至らないと思います」

「…そう、ですか」

「アゼル公子がそれだけ心配されるほどの方ならば良い方なんでしょうね。わたしは今日知り合ったばかりなので人為を存ぜぬもので申し訳ありません。公子のお手を煩わせるやも知れませぬが仲立ちやご紹介いただければわだかまりも解けることでしょう」

「はい!喜んで! もしよければもっと詳しく自己紹介しませんか? あ、忘れてました。みゅあは君のお食事を預かっているのでどうぞ。それと明日は朝から入校式ということで起床は遅めでいいという話でしたよ」
俺はまずトレーに載せられた食事を受け取り、それを腹に収めながらアゼル公子の身の上をいろいろと聞かせてもらい、そのあとで自分の話を語った。
消灯時間になった後は互いに定めた寝台に潜り込み、続きを語った。

「…ご苦労されているのですね。他国に人質に出されたり、暗殺されそうになったりと……」

「いやいや、それでもそのぅご無礼やも知れませんが御両親ともにこの世から旅立たれたアゼル君に比べたら、わたしはずっと恵まれておりますよ。 そうそう、士官学校を卒業し故郷に帰れたら姪か甥にも会えることになりそうです。兄嫁におめでたがありましてね。いまから楽しみです」
語り合ううちに公子から君へとアゼルへの呼び方を替えていた。
そのあともとりとめも無く語っていた俺達はいつのまにか眠りに落ちていた。






 翌朝目が覚めた俺は、まだ眠っているアゼルを残し部屋を出た。
いつもの朝練ってやつをやろうと宿舎をうろつき良い場所を探したり、道具の貸し出しを行う場所を探していたら歩哨に出くわしたので挨拶を行い、うろつく理由を伝えると感心されると共に便宜を図ってくれた。
適当に切り上げて部屋に戻り、人のごった返した洗面所だったがうまいこと使う事が出来、再び部屋に戻り身支度を整えた。
起きた時に俺が居なかったことにアゼルは驚いていたようだが理由を知って呆れられた。
なにもこんな日まで訓練しなくてもと…

入校式は士官学校のグラウンドのような場所に新入生が集められ、司会のアナウンスのもと滞りなく進んで行き、式が終わったあとは各施設の見学など必要事項が次々と進んで行った。
昼食や休憩後、夕方からは歓迎会らしきものが挙行されるという案内もあった。
時間が空いたからであろう、アゼルが連れてきた。

「ああ、昨日の方ですね。アゼル公子からお話は伺っております。昨日の敵は今日のなんとやらと申します、アゼル君の為にも昨日のことは互いに忘れましょう」

「…ドズルのレックスだ」

「ではレックス公子よろしく。改めて申します、わたしはレンスターのミュアハ」
俺が握手の手を差し出すと思い切り握ってきたので俺も大人げなく本気の四割程度力を入れて握り返してやった。
するとレックスは顔を真っ赤にして青筋立てた上に声を出して苦しそうなので離してやった。
手をぶらぶらと振って歯を食いしばっている姿に俺は幾分溜飲が下がった。
文句も付けず睨み返すくらいだから男らしいと言ったところか。

歓迎会はバーハラ王宮で執り行われるとのことで俺は初めてそこへ足を踏み入れた。
参加者は、候補生はもちろん、その関係者であろう有力者がまさに雲霞の如くの有様だった。
何もかもが贅を尽くされたそこに俺は場違いじゃないのかという自問をするくらいであったが目立たないよう大人しくするより他無かった。
入校式のように司会が進行通りに行い、主催のクルト王子が祝辞を述べ候補生の側も総代が答辞を述べ、滞り無く進むかに見えたのだが…

「…では、グランベル国内以外からも学びに来られた候補生の代表として、レンスターのミュアハ君からも一言いただきたいと思います」

なにーーーー!?こんなむちゃ振りあるかいなコラー!、クルト、てめぇコラなめんな!
…という俺の心の声などいざ知らず、満場の拍手が…いかなきゃならんわな…俺はいいとしてもレンスターが軽んじられる訳にはいかないし…
心は重く、体はキビキビとスピーチを行う為の檀上へと向かった。
正面のクルトの野郎と主催側の人々にそれぞれ礼をし、登り段のほうを向かって一礼、段を登ってからグランベルの国旗に一礼してから聴衆に向き直り一礼をした。
もう、こうなればヤケです。

「レンスターのミュアハと申します。この度は、畏くも尊きクルト王太子殿下の思し召しを似って我々候補生の決意のほどを表明できる機会を賜りまして、感謝の念に堪えません。
(中略)…我々候補生は精励、努力し、平和を愛するグランベル王国の公正と信義をこのユグドラル大陸に暮らす諸国民に体現するものとなれるよう微力を尽くす次第であります。
(中略)…そうしてこの世界より専制と隷従、圧迫と偏狭を永遠に除去し、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を実現する担い手となれるよう我々が不断の努力をし続けることをここに誓います」

…日本国憲法からいろいろパクったぞコノヤロー!

拍手はされたので、とりあえず危機を潜り抜けた感
段を降りて演檀と国旗に一礼、戻る途中で立ち止まり、また主催者側に一礼をした時にクルトの野郎のツラを拝んだところ、目が笑ってないですー!
元の場所に戻り、司会があとは英気を養うようになど言った後は立食ビュッフェな形式になった。



「先程は見事なスピーチでしたね、わたくし感心しましたのよ」
そう話しかけてきたのは白を基調にしたシンプルなドレスに身を包み、ウェーブのかかった見事な金髪の美女だった。

「滅相も無い、ただ、あなた様のような絶世の美姫に親しくお声をかけていただける切っ掛けとなったのならば、無い智恵を絞った甲斐もあったというものです」

「まぁ、お上手ですことね。申し遅れましたわ。わたくしはユングヴィのエーディンと申しますの、今日は学生様たちを激励するよう申し仕っておりまして」
ほんとお綺麗な方ですな、この人は。
…アイツもこの十分の一でいいからマトモな態度だったら俺も最初から素直になれたし大事に出来たのにな。
エーディンさんに俺は改めて自己紹介をし、雑談を続けていると嫉妬混じりの視線などを感じた。
目の端にアゼルの姿が映ったので、ちょっと便宜を計ってあげよかな。

「あちらに友人も居るので紹介させていただけませんか? いや、もしかしたら既にお知り合いなのかもしれませんが」

「まあ、どなたでしょう?」
俺はエーディンさんを伴いアゼルと、いつのまにか湧いたレックスを紹介した。
顔を真っ赤にしてしどろもどろなアゼル、どうやらはじめましてだったのかな?
レックスとは知り合いのようだった。

「ところで、レックス公子、貴公の父君ランゴバルト卿も御臨席やもしれん、是非挨拶させていただきたいので紹介を頼んだよ。アゼル君、エーディン様、またのちほど」

俺はレックスを引きずるようにしてその場を離れた。

「…待てよ、オヤジが来ている訳ないだろう、もどるぞ」

「貴公の目は節穴か? アゼル君は、ほら、一目ぼれってやつだよ。我ら友人としては友の幸せを望む栄誉を授かろうではないか」

「…お前はホント嫌な奴だな!」

「はっはっは、良い褒め言葉だ」
俺は手近な給仕からグラスを手にとるとレックスに渡して、自分の分も手に取った。

「楽しんでくれているようで何よりです。明後日からは励んでくださいね」
クルトの野郎がやってきて俺やレックスのグラスに自分のそれを当てると一口に飲みほした。

「…期待していますよ」
クルトの野郎はそう言うと俺の肩を叩き、多くの人の波の中へと消えていった。
 

 

第三十一話

 明日は全休で明後日から本格的に講義や訓練が始まるらしい。
少し嗜んでいたワインのためなのかエーディンによるものなのか、髪ほどでは無いが顔が真っ赤になったアゼルが微笑ましい。

「みゅあは君もレックスも居なくなっちゃうんだもん。ボク、どうしたらいいか困っちゃったよ!」

「おかげでエーディン公女を独り占めできたからいいでしょう? 一目ぼれしたようでしたし」

「え、や、その。なんて喋ったらいいかわからなくて、全然おぼえてないや。って一目ぼれとかそんな事言われたってわからないよー」

「お顔が真っ赤ですよ。胸もどきどきしてませんか?」

「…みゅあは君は礼儀正しくてやさしいって思ってたけど、ちょっといじわる!」

「ふっふっふー、ようやく気が付きましたか!でも言いふらしたりはしないので、あとは応援しますよ!」

「もー、知りません!」
…レックスがアゼルを弄るのもよーわかるな、と思った。



 本格的に士官学校生活が始まるとそれなりに忙しくもあったが、予想よりも拘束時間が少なかった。
自主性を重んじ育むという名目らしい、それと宿舎生活は初年度のみだそうで翌年度からは自分で下宿先なりを探さないといけないという事で、兄上の頃と変わってしまっていた。
一応士官学校は給与が出るそうでそれで賄うとしても、いい物件が無ければバイロン卿が構えるバーハラでの屋敷をアテにしてみよう…。
朝は7時起床で講義は9時からになり16時前に終わる日が多く、完全休日が週に1日もある。
なんか高校通ってた頃を思い出すよ…俺は隣の市まで片道1時間ほどかけてバス通だった。
地元にも高校あったけれどガラの悪い連中が通うってことでスルーだったなぁ…。
届け出が認められれば副業(バイト)も認められていて、俺は週に2~3回ほど荷運びをやっている。
国元の仕送りはそりゃ潤沢ですけれど、貧乏性なのでそれはなるべく手をつけたくなかったり。

アゼルもレックスも騎兵科(アゼルは騎兵科の魔道士枠)で、俺は歩兵科なので二人と一緒の講義はそう多くは無い。
やはり騎兵科は花形なようで羨ましいがこればかりは仕方ない。
一人の戦闘者としての実技に於いて俺は誰にも後れを取らなかったが、座学に於いては他の候補生と変わらないか遅れをとるくらいだったので図書室通いもしてみたが、歓迎会のスピーチのせいで弄ったり絡んでくる奴が居て面倒だった。
宿舎の部屋に籠もっての勉強はなかなか気分が乗らなくて、気分転換で剣や槍の訓練を始めてしまうと
ついそればかりになってしまう。
そんな訳で特に休日なんかは本だけ借り出してバーハラ市街のカフェで勉強するようになった。

こ洒落たオープンカフェなんかを初めのうちは利用していたが、街に慣れてきたのとそれぞれの店で頼める軽食などのサービスが変わり映えしないので王宮寄りの方へと足を伸ばしてみた。
特に目を引く何かがあった訳では無く偶然選んだその店に入ると、訪いを告げる鈴の音が耳に心地よい。
一見さんお断りの店の恐れもあったが、まばらな客は俺のほうを見て威圧をするでもなく、それぞれの時間を過ごしていた。
給仕に望みのものを注文し、本を取り出すと読み始める。
頼んだ茶と焼き菓子が届くとそれぞれ一口ずつ味わい、その味を褒めておいた。
昼を告げる鐘が鳴る前に1度茶の代わりを頼み、昼食時間(ランチタイム)から少し外れたあたりで給仕を呼びメニューから軽食を頼むと、その給仕の戻り際に他の客が同じものを注文していた。
しばらくして給仕が俺に届けたのは注文したのとは違い、色んな種類のケーキとティーポットだった。

「申し訳ありません、食材のほうが足りなかったものでこちらでお許しいただけないでしょうか?」
給仕がそう言うので俺は受け入れて、いったん本や勉強道具を片づけていると、俺のあとに頼んだ客のほうに俺が頼んだものが届いていた…まぁ今日初めて来たわけだし常連さん優先でいいわな。
なんて思っていたのだが…

「あちらの方のほうが私より先に頼んでいたでしょう? お取り換えなさい」

「いや、しかし閣下」

「プライベートで訪れている時まで役職で斟酌しないでほしい」

「申し訳ありません!」
というやりとりの後、俺の頼んだランチセットが届いたのだが…そして店の主が出てきて先程の客に平謝りをしていた、その客は気にせず下がれと言っても恐れ入ってしまった店主は詫びていた。
俺はいたたまれなくなったので

「恐れ入ります、そこな紳士のお方」

「何用かね?貴殿もまさか、注文品を取りかえるようと申し出るつもりではあるまいか?」

「いえ、とんでもない! ご無礼を承知で申し上げますが、わたしの腹具合ではいささか量が多すぎるので、半分ずつ互いの注文品を交換いたしませんか?」

「なるほど。そういう策もありますな。これは愉快」
相好を崩すと痩せて神経質そうなその中年男性は俺の申し出を受け入れてくれた。
店主と給仕は俺とその客に礼を言うと下がり、俺はこの男と相席した。



  「…なるほど、留学僧とはまるで違うと思いましたが士官学校の候補生どのでしたか」

「はい、レンスターという田舎ですがそこからお招きに預かりました。ミュアハと申します」

「私はレ、いえマグニと申す者で王宮勤めをしておりますわい。ふぅむレンスターと言えば我らが今、口にしている多くの食物の産地ですな、感謝いたしましょう」

「いえいえ!とんでもない!購入していただくグランベルあってのものです、こちらこそ感謝申し上げます」

「持ちつ持たれつ、いつまでもそうありたいものですな」


「それにしても、マグニ様のほうがこのお店の常連様のようであり、若輩者のわたしのことなどお気になさらずとも良かったのに…でもおかげでこうしていられてありがたいですけれど」

「ミュアハ殿の言う事も一理あるとはいえ、決まりごとや秩序をないがしろにしては何もかもが立ち行かなくなります。民が安心して暮らして行くために秩序を保ち世を安定させることが第一、
もっとも、時としてそれが世の発展の足かせになることもあるので、先程のあなたのような感覚が大切とも考えさせられましたよ」

「褒められたと思ってもよろしいのでしょうか?」

「それは、もうもちろん」


その後しばらく飲食と共に歓談していたが、マグニさんは

「では、私はそろそろお暇しよう。なかなかに愉しき時を過ごせたこと礼を申しますぞ」
俺のぶんの伝票まで持っていくのでそれを止めようとしたのだが、そうはいかず奢ってもらうことになった。
マグニさんが店から出るのを見ていると懐から片眼鏡を取り出してかけるのを見て俺は正体がわかった。


レプトール卿



「ご店主、あの方は宰相閣下だったのでしょう?」

「それについてはお答えできません。申し訳ないです」

「では、ご常連さまなのですか?」

「それについても…申し訳ございません」

「わたしもそれなりの身分の者なのでご安心ください、レンスターという小国ですが王子です。
お答えしにくい事をお尋ねしてすみませんでした、いずれきちんとお礼を申し上げたいのでまた伺わせていただきますよ」

「は、はいっ、またのお越しをお待ちしております」

「そうだ、余り意味は無いかもしれませんが一応わたしのほうも内密に」
店の帰り際にそう店主とやりとりをし、幾許かの金を握らせて帰路についた。 
 

 
後書き
マグニとは北欧神話の神、トールの息子でラグナロクを生き抜きミョルニルを継ぐ者です。
トールはメギンギョルズという力帯が無ければミョルニルを十全に振るうことは出来ないのですが、
マグニはそれを無しで使うことが出来るので、腕力に秀でていると思われます。

レプトールはトールハンマー使うので、そういう感じで偽名に選びました。 

 

第三十二話

 
前書き

 

 
 バーハラに来て、こんな早く大物二人と接点を作るとは思いもよらなかった。
キーマンとして、あとはアルヴィスか…レックスには悪いが脳筋ランゴバルトは厄介さではすこし評価が下がるしな…
そのレックスから言われて放課後に特訓を付き合うことになった。
どうしても負けられない相手が居るそうだ。

「付き合うのは構わないが、ずいぶんとわたしを評価しているようだね」

「しょうがないだろう、同じ科の奴らに手の内知られたくないし…お前ならもし当たりどころ悪くてもぴんぴんしてそうだから安心して全力でいける」

「ひとのことを壁かなんかかと思ってるんですか。これでもねえさまやレイミアにはかわいいって言われてるんですよ」

「んなこと知るかよ! いくぞ!」
…レックスは1時間と経たずに音をあげてしまった。
貴族のぼんぼんとしてはよくやっているのだろうが、素振りや走り込みなどの基本をしっかりやることを勧めたが不満そうだった。

このまま宿舎に戻っても中途半端だし目的も無く街に出ることにした。
たまにはこういうのもいいだろう。
適当にぶらぶら歩きながら街の様子を見ていると幾つかの街路樹に張り紙がしてあって、でかい字だったので目に入った。
来週に大道芸人一座が来るそうだ。
全休の日にも被って公演するようだから見にいってみようかな。

翌日もレックスが特訓の願いをしてきたが荷運びの日なので断った。

「平民じゃあるまいしなんでそんなことやるんだ?仕送りする金も国元には無いのか?…っと、これはすまねぇ。 だが、お前王子なんだろ?」

「体も鍛えられてお金も貰えるんですよ?…何か必要な出費があった時に備えて、なるべくお金はあったほうがいいからね。それに、偉そうな言い方するなら納めてくれた税は庶民の血と涙だもの、身の周りの必要経費くらいは自分で賄っておいて大きなお金は大事なことに使いたいなと」

「…ふ~ん、そんな事、気にもしてなかった、だって平民は俺たちに仕える為に生まれてくるんだぜ? まぁ、少しでも多く納めさせるために領民は大事にしろって理屈ならわかるけどよー」

「平民は王や貴族に仕える為に生まれてくる?それって誰が決めたん? 神が決めたってんなら直接神から聞いたわけでも無いのに何で信じられる?そして、なぜ神に従わねばならない?
………いや、申し訳ない、気を悪くしたら許して欲しい。こういう議論はやめておきます。 それより、わたしは朝早くから自主訓練しているので君の都合さえ合えば押しかけて来ても構わないよ」

「…あぁ、わかった」
あやうく地が出そうになったがレックスは神妙な顔をして考え込んでいた。



 全休の日になったので例の大道芸人の演目を見ようと、開催されるという街の広場に向かった。
まだまだ時間に余裕があったので、マグニさんと出会ったカフェに顔を出し、しばらく座学で使う教本を読んだりして時間を潰した。
そうして立ち食いできそうな焼き菓子をテイクアウトして見物に行ってみた。
こういう娯楽のようなものって本当に久しぶりで、ジャグリングだとか火を吹くパフォーマンスとかに心を奪われちゃいましたね。
見世物小屋とか変わった物もあったが…人権ってやつが無い時代だからこその蛮行と言い捨ててしまうのは現代社会の価値観だとそうなのかもしれないけれど、自分の特性って奴で稼いで食べて行くんだもの、かわいそうとか思う方が失礼かも知れない。
そんな愚にもつかぬことを考えながら見物したせいか誰かとぶつかってしまった。

「大変ご無礼しました。申し訳ありません」
反射的に謝ったけれど俺の上着の裾のほうが何かの飲み物でぐしょぐしょになってしまった。
ぶつかった対象とおぼしきはかわいらしい少女だった。

「ちょっとー、どこ見てるのよ?あたしのサワーっとしたのが台無しじゃないのー!」
飲み物がからっぽになった杯をぶんぶんと振りまわすと滴の一部が顔にかかった。

「これは重ねて申し訳ない、わたしの上着があなたの飲み物を勝手に飲んだようです、これで弁償できないでしょうか?」
懐の財布から小銭を出して渡そうとすると

「ふーん、ちょっとは面白いこと言うじゃないの、サワーっとしたのは売り切れちゃったからコレで我慢してあげるわ」
美少女はそう言うと俺が小脇に抱えた小さな紙袋に入っている焼き菓子を取り上げてぱくぱく食べ始めながらどこかへ行ってしまった。
こういう時は大抵スリに気をつけなきゃならないなと思って通りから少し離れて確認したが財布も教本が入った鞄にも異常は無かった。
いったん俺は一座から離れて屋台でクレープみたいなものを買うとまた見物に戻った。

デパート屋上のヒーローショーって訳じゃないけど、簡単な演劇みたいなのが始まったのでそれを眺めていると先程の美少女は踊り子のチョイ役で出演していた。
その踊りはまだ拙さがあっても見終わったあとほんわかいい気分になった。
演目が終わったあと座長がおじぎをしながら大きな帽子を観客に向けたので俺は他の観客のように幾許か小銭を投げ入れ拍手をした。
見終わった観客が引いて行くと、辺りは観客が演目を見ながら飲食して散らかした跡があり、この一座はその掃除や自分たちの後片づけをしはじめた。

「さっきのお詫びに手伝わせてよ」
俺はそう言うとあの少女がやっていた会場のごみ拾いを手伝った。

「ふーん、いい心がけじゃないー、それともあたしをデートにでも誘うつもり?」

「そう、ご名答! 早く片付けば休憩時間が増えるだろ?」

「バッカじゃないのー?でも、気が向いたから付き合ったげる」
くすくす笑う彼女と片づけをあっという間に終わらし、そうすると彼女は座長らしき恰幅のいい男に何か言ってから走ってこっちにやってきた。

「あんたさっきの舞台で結構おひねり入れてくれたって親方言っててさー、ちょっとなら遊んできてもいいって!」
花が咲いたみたいなぱぁっとした笑顔でこの子は言って駆けだしたので俺も一緒に走りだした。

 






 走り疲れたのかちょこんと座りこんだ彼女の横に腰を降ろすと

「俺はミュアハって名前、レンスターっていうここからずっと東の国からここの士官学校ってところに留学してるんだー」

「ふーん、あたしはシルヴィア。 どこで生まれたのかお父さんもお母さんもわからないの」
急に憂いと翳りのある表情を浮かべてから

「でもね!あたしには一座のみんなと踊りがあるから毎日たのしーんだよ!」
またぱぁっと笑顔を浮かべると彼女はすっくと立ち上がり、その場でくるっと身を翻らせた。

「うん、すっごい、いい踊りだった!」

「でしょでしょ!」
俺たちはいい雰囲気でしばらく語りあっていた。
おなかを空かしていたのか?食べ逃してくたくたになったクレープみたいなものをシルヴィアに取り上げられて喰われてしまった。
こんなのでも"おいしいよ?"って言ったのがまたかわいらしかった。



「……それにしても、見て来たみたいにウソつくのがうまいんだから! そうやっていろんな女の子騙してきたんでしょ?ミュアハが王子だなんて冗談ケッサクすぎー」

「おいおい、そりゃないな、今からほんとのこと言うからよく聞いてくれよ」

「今度はなによー」
シルヴィアは笑いながら問い返した。

「いいか、ヴィア。お前は…本当は……」

「ほんとうは?」

「グランベル六公爵家のひとつ、エッダ家の公女。姫様なんだよ!」

「ちょっとー、なにそれ、口説くならもっと気の効いたこといいなさいよ!もぅ~。あーおかしい」
笑い苦しんでいるシルヴィアだったが急にまた翳りのある表情を浮かべて

「でもさ、ミュアハの士官候補生っていうのはほんとだと思うから言うけど…あのね……その…やっぱりゴメン!」

「ん?…何か事情がありそうだな、言ってみなよ」

「だって、今日知り合ったばっかなのに頭おかしーっておもわれちゃうもん」

「言うだけならタダだし、それに頭おかしいなんて思わないって」

「…じゃ、言うね………お嫁さんにして、あたしをどこかに連れてって…」

「…おかしくなんて、ないよ」
思わず俺は彼女の頬に手をやり、なるべく優しく撫でてやりながら、いつのまにか流していた涙も拭ってやった。

「…あのね、親方はいいひとだよ、わたしを拾って育ててくれたんだもん。
そりゃ、機嫌次第で鞭でぶたれるのは嫌だけど仕方ないよね…そんなのどこでも当たり前だもんね。
…でもね、最近わたしの着替えを覗いてたり、この前は寝てたら布団の上に覆いかぶさってきて…怖かったの…」

「俺だってお前をお嫁さんにしたらえっちなことしちゃうんだぞ?いいのか?」

「…いいよ、ミュアハやさしいもん。王子様っていうのはあたしの気を引きたかったんだろうけど、会ったばかりだけどっ、好きだよ。
…それにね、親方は奥さんと子供いるもん、あたしの事なんて遊ぶためだけだと思うんだっ……」
なるほどな、嫁にするのは別としても力になってやろうじゃないの

「ヴィア、待ってろ。一座の場所はずっとさっきの場所だな?」

「う、うん。でも、いいんだよ、変なこと言ってゴメンネ」

「嫁にするってのは約束出来ないがなんとかしてやる。いいから任せろ」



…俺は宿舎までとにかく走った。
走って走って走り抜いた、門限はまだだが目的を果たしたあとに間に合うかどうかは厳しいかもしれないが…
俺が自分の部屋に駆けこむとアゼルは驚いた様子でいろいろと問いかけてきたが、ろくに中身のある返事をせずに目的の物を持ちだし、今度は事務所へ向かい、預けてある金庫の中からここ数カ月ぶんの仕送りのうちほとんどを持ちだした。
…具体的に言うと、維持費を除けば屋敷の一軒くらいは買ってお釣りは来るだろう。
エッダ公女の身代金とすれば安いくらいだろうが…
係の人に手続きを急いでもらい俺はまたもや駆けだした。
重い…集まった金貨ってこんな重いのかよ、鎧のほうがずっとマシな気がする。

訓練でするようにペースを決めての走りじゃなくて、本当に全力疾走だったものだから心臓が苦しくて苦しくて、もうこのまま死にそうなくらい急いで急いで一座のあった場所に辿り着いた。
苦しく息を切らせたままでお辞儀をするのは大変だったが、それでも座長を見つけるとできるだけ丁寧にしたつもりだ。
俺はレンスターの家紋が入ったペーパーナイフを懐から取り出しつつ。

「わ、わたしは、レンスター王国のっ、はぁ、はぁ、第二王子ッ、ミュアハと、も、申じます」

「落ち着いてくださいな、息を整えてからでも」

「は、はひっ、申し訳っ、あでぃまぜん」
すこし息を整えてから、俺はシルヴィアを呼んでもらった。

「座長、誠に勝手な申し出ながら、わたしはこの子が気に入った」

「は、はぁ、そりゃどうも。なかなかの器量でしょう?もう1,2年もしたら楽しみです」

「そこで座長どの、わたしはシルヴィアを身請けしたい。充分な金は用意したつもりだ」

ずしっとした金の詰まった袋を四つ渡すと座長は驚嘆の目で俺を見た。

「座長くらいベテランの巡業者ならレンスターでも公演をしたこともおありと思う。
この家紋の見覚えとてあるのではないか? 一般の者が使っては罰されるはずだ」

「そ、そうですな。あぁ!レンスターって言ったらコノート王と身代わりになった王子って、
うちの歌い手が曲を作ってまして!その王子様そのひとでしたか!」

「ほ、ほんとに王子様だったの!?」
頷いた俺にシルヴィアは抱きついた。

「ヴィアって呼んでくれるのもいいけど、たまにはシルヴィって呼んでね」
もう一度シルヴィアは強く俺に抱きついた。




 
 

 
後書き
カネは命より重いッ!と、激走中のミュアハに言ってあげるか悩む。 

 

第三十三話

 
前書き
ミュアハ、女で身を滅ぼす?

総合評価1000ポイント越えに感謝して、34話投下後以降に何か特別企画を行うかもです。
全体への評価、毎回の話ごとの評価、お気に入り登録をいただいてるそしてご覧いただいてる全ての皆さまありがとうございます。 

 
 シルヴィアの所属していた旅芸人一座に金を渡す前、一掴みぶんくらい金貨を抜き取っておいたのでそれを彼女に渡し、治安の良さそうな通りの宿に連れていった。
そうして、しばらくここに逗留するよう伝えた。

「俺は門限あるんですまないな!、明日講義が終わったら会いに来るから待っててくれよ。
出かけるなら宿の人に言伝頼む」
俺はシルヴィアの頭を撫でるとそう告げてまたもや走り出した。

今度も死ぬほど走った。
さっきの往復と違って身は軽いものだからなんとかギリギリ門限に間に合い、滑り込むようにして敷地の中に入り込めた。
守衛に苦笑されながらも挨拶と敬礼を返し、ようやく俺は安堵した。

入浴可能な時間はとっくに過ぎていたので、洗面所で濡らしたタオルを絞り、体を拭いて人心地ついた。
アゼルには帰りが遅かったのとさっきの大慌ての様子を詮索されたので、今日の出来事をかいつまんで話したら、驚かせまくったものの詳しい話はまた今度と切り上げた。
今日は疲れ切ったので消灯時間の前だというのに俺は寝台に潜り込み、あっという間に眠りについた。

翌朝それでもいつも通り起きだして朝練を行うことにした。
さすがに今朝は休もうかとも思ったが、あれから1日置きくらいで朝練に顔を出すようになったレックスをがっかりさせたくはなかったからだ。
ストレッチや柔軟を済ませてから素振りを始め、しばらく時間が経過しても来ないものだから飽きちまったかな?なんて思っていたら息を切らせてやってきた。

「お前に言われた通りやるのは気に食わないが、強い奴がそうやって強くなったって言ってたからな」

「走り込みお疲れ様です。では息を整えたらかかってきてください」

「お、おう…」
がんばれよ!と思う自分がそこにいた。
一生懸命な奴はキライじゃないさね、レイミアにそう言われたこともあったかな。




 放課後まっさきにシルヴィアを預けた宿を訪れた。
フロントで彼女を呼びだすようお願いすると、彼女の気配が後ろからしたので敢えてやりたいようにさせてやった。

「だーれだっ!」
後ろからすらっとしたその両手で俺の目を塞ぎながらくすくす笑うので

「う~~ん、これは難しいなぁ。でもその声は……シルヴィだな?」

「あったりぃー!」
俺たちのこんなアホなやりとりを見ていて微笑んでるフロントの方に会釈すると、この宿のロビー的な共有スペースにある腰かけへと移動した。
シルヴィアを座らせると俺もその隣に腰かけ、鞄から筆記具を取り出しながら話しかけた。

「おとなしくここで待っててくれてよかったよ。でも、退屈だったろ?ごめんな」

「そーよ、もう暇で暇で!あっ、でもねー、お部屋のベッドがすっごい綺麗だし布団はふかふかだし、天国ってやつみたいだよ!」

「それは良かった。もうしばらくこういう暮らしをさせちゃうけど我慢できそう?」

「んーーー。毎日こうやって来てくれるなら我慢できちゃうかも!」

「毎日はなぁ…顔だけ見せてそれで終わりの日が週に2,3日はあるけどそれじゃだめ?」

「う~~~ん、いいよー我慢するっ! ところで何してるの?」
俺が話ながら手紙を書いていると彼女がそう問いかけてきたので

「んー?手紙書いてるんだ~、そうだ、お前、字は読み書きできる?」
唇に指を当ててふるふると首を左右に振る仕草が愛らしい。

「じゃ、これ書きあげたら少し手ほどきしてあげるよ」

「えー、めんどいし、難しい事はミュアハがやってよ~」

「ダーメっ! それにそれはヴィアの為でもあるんだよ?、例えばここの宿、俺が見つけたけど字が読め無かったら何の店かとか看板に書いててもわからないし、食べ物屋でメニュー見てもなんにも頼めないぞ?他にも…」

「わかったわよー。そうだよね、ミュアハの言う事なら聞いてあげる!」

「ありがとね。いい子だよ」
頭を撫でて髪をくしゃくしゃ~ってしてやると彼女はすこしむすっとして

「コドモ扱いはやめてよー!」

「…それは失礼しました、お嬢様」
席から立ち上がって少しおどけた態度でお辞儀をすると彼女は笑いだした。
そのあと文字をいろいろと教えてやり、書き写したものを受け取ってもらった。
計算のし方も教えてやったが、俺も数字はあまり強くないので最低限と言ったところか。

楽しい時間はあっというまに過ぎ去り、俺が帰ると言うと引きとめる彼女に後ろ髪引かれる思いをしたが、まずは今日教えたぶんの読んだり書いたりをできるようにと宿題を出してシルヴィアの元を離れた。




 そうして俺はバイロン卿の屋敷までやってきた。
というのも先程したためた手紙を渡したかったからだ。
俺が守衛に名乗ると向こうは俺の事を知っていてくれたようで便宜を計ってくれ、屋敷の管理人経由でバイロン卿の文箱に入れてくれるということになった。
…本来ならレンスターの領事館に頼むべきかも知れなかったのだが、内容が内容だけに悩んだ末バイロン卿とシグルドさんを頼ることにしようと思った。
その内容とはシルヴィアの今後の身の振り方に関することで、厳格なレンスターよりはおおらかなシアルフィのほうが彼女への負担も少ないし、なによりここから近い。
シグルドの人柄なら困った人を見過ごせないだろうという自分の計算にも、彼の元に所属するのが数年早まるだけだと自己正当化するのにも自己嫌悪してしまったが…。

翌日シルヴィアの元を訪ねて、明日から3日ほど顔出しだけになることを告げると表情を曇らせたけれど、友達を(アゼルとレックスだが)連れてきてもいいかと聞くと喜んでくれた。
翌日、それぞれに簡潔にシルヴィアと知り合った経緯や会わせたい事を頼むとアゼルは喜んで、レックスはしぶしぶと付き合ってくれた。
二人を連れてシルヴィアに会うとすぐに互いに打ち解けてくれたので安心して副業(バイト)に向かった
俺は荷運びの副業を終えた帰り際にもう一度シルヴィアに顔だけ見せに行った。
二人と引き合わせた時で今日会えるのは終わりと思ってたようで、また会えて嬉しいって言われて、俺も嬉しくて、そのあとでアゼルとレックスには冷やかされたけれどシルヴィアを抱きしめた。


「心の広い俺様だから許すが、あんなかわいい恋人うらやましいぜ。あーあ、ちぇっ」

「恋人っていうのは少し違いますよ、わたしは彼女の保護者とか後見人とかのようなものと思っておりますから」

「レックスぅ、でもこれでやっとボクらもみゅあは君の弱みを握れるよ~シルヴィアさんからみゅあは君の秘密を聞き出せるもの!」

「あっ、アゼル君、それは酷いです!わたしたちは親友だと思っていたのに!」

「でもなぁ、ミュアハよ、あの子と居る時と俺らで居る時とで話し方違うしー」

「そうだよねぇー、心の壁を感じるよねー」


「…そうだな。これからは他の人の目が無い時くらいは…お前達とだけは俺お前で話すよ」

「ふふぅ。約束だよ」

「あぁ、約束だ。そしてありがとう」

「よし!門限破りにならないよう走るぞ!」




…兄上とシグルドさんやエルトシャンにもこんな時があったのかも知れないな。 

 

第三十四話

 シルヴィアとはしばらく逢瀬を重ねたけれど、彼女をシアルフィ家で預かってもらうという計画はなんとか実現できた。
お互いちゃんと大人になってからでもいろいろ遅くは無いということで。
その時の会話を思い出すたびせつなくなる。


「あたしのこと嫌いになっちゃったの?」

「まさか、そんなことないよ。大切だからちゃんとした環境で守ってあげたいんだ」

「……守ってあげたいって、やっぱり、あたしには何にも出来ることなんて無いんだ……ごめんね」

「そういう意味じゃ無いよ、お前を攫って人質にして俺を、俺の国をどうこうしようって奴に目をつけられたらここだと守れないもの、お前がそんな目に遭わされたらそういう悪い奴の言うことに俺は逆らえなくなるし、お前はそんな俺を見て苦しくなると思うし……
それに、あの一座から引き離してしまったのだからお前が世の中で暮らして行く為の何かを考えてみて、シアルフィ家で働いたり学んだりがいいと思ったんだ。
たしかに押し付けかもしれないよ、その日の日銭さえ稼げればそれでいいって暮らしかただって止める権利は無い。でも、それじゃぁ無責任……って思って」

「……あたしってバカだね。そんなにもあたしのコト考えてくれてるのに、自分のコトばっかりで。でも何時だってどんな時だって少しでも会いたいし少しでも話したいし…それにね、誰に迷惑かけたってどうしようがミュアハの全部をあたしのものにしたいの。でもこうやって困らせちゃう自分がイヤで、でもわがまま聞いてほしくて、くるしくてくるしぃよ…」
感情の奔流にのみ込まれ、涙とすこし鼻水まで覗かせて訴えるシルヴィアになんて言い聞かせたらわからなくて、思ったことをただ伝えようと思った。



「俺はさ、ずーっといろんな人の前で礼儀正しいいい子とかを演じてきてそれを当たり前にしようとしてきて、それに疑問も持たずに生きてきたけど」

「……うん、最初に出会った時も、一緒に出かけた時もいつだってミュアハは他のみんなにお行儀よくて、あたしとは住むところが違う世界の人だって、思い知らされてるもの……」



「……そうやって偽りの態度や中身の無い飾った言葉で生きてきたけど」

「…うん」

「お前に出会えて、お前の前だけで、初めて素直な自分の言葉で話せたんだ。
いまではアゼルとレックスの前でもこんなふうに喋れるようになったけど、その切っ掛けをくれたのはお前だよ。そして、今でもほとんどの人の前ではこんなふうに喋れない」

「うん…」

「素直な自分の、ほんとの気持ちで話せるのはお前の前だけだよ、何も出来ないなんてことは全然無くって、お前だけが俺の心を素直にさせてくれるかけがえの無いひとなんだよ」

それまでは幾度彼女にねだられてもごまかして、せいぜい髪にする程度だったけれど、彼女の顎に手をかけて、うまくやる自信なんて全然無い接吻を交わした。
そのまま両手を彼女の背に回すと痛くないくらいに加減して抱きしめた。
彼女の唇から俺のそれを外し新たな空気を求めようとすると、それを逃さまいと喰いつくように彼女は自分の唇を押しつけて……

「続きは、もっとお互いちゃんとした大人になってから……いいね」

「もうこのままあたしを大人にしてよ…」
いつもの元気にすらっと伸びた若木のような彼女が、ぐんにゃりとして頬どころか体中を上気させ潤んだ瞳で俺に縋ってきた。
俺は甘くて、そして…苦い思い出が頭をよぎった。

「…それは大人じゃ、無いよ。ただ、欲に負けただけの大きな子供」

「どうして…」

「……もし、我慢できずに愛し合って子供が出来たら、どうやって育てる? 俺が王子だって言っても、シルヴィと俺のことを父上が認めないどころか勘当でもされたらどうやって互いの食いぶちを賄い、子供も養っていくんだい?俺が傭兵でもやったとして、仕事で死んだらそのあとはどうなる?乳飲み子を抱えたお前がどんな苦労をするのか…考えるだけでも苦しいよ」

「……ミュアハは、オトナだね。あたし恥ずかしいよ……」

「そんなことない、それにお前の事が大事だからこんなふうに考えるって思ってほしい」

「うん…ありがと、だいすきだよ」

「シルヴィ、ありがと……」

「あたし、ミュアハの前に出ても恥ずかしくないオトナになる、なれるようがんばる」
もう一度口づけを交わして、一緒に泣いて、ちょっとだけお互いオトナに近付いたかな…




 
 



 シアルフィではシルヴィアを下働きとして住み込みで雇ってくれるということになった。
勉強はスサール卿の孫、つまりオイフェと一緒に、というかたぶんオイフェが教えてくれるんだろうなぁということになった。
バイロン卿、シグルドさん、ありがとうございます。

月に1回、時には2回くらい、士官学校が全休の日に合わせてシグルドさんかバイロン卿はシルヴィアを連れてきてくれて、俺も彼女もそれぞれどんな生活をしているのか語ったり少しいちゃついたり一時の別れを惜しんだり…
そんな日々が半年も続くと俺は次の年次に進み、下宿先を探さないとならなくなった。
最初はアゼルが借りた部屋にレックスと俺とで3人で住んでみようとしたが狭いのもあったので、俺は身を引き、シアルフィ家を頼ってみた。
家賃の支払いを断られたので書生のように屋敷の雑務などを率先して行うことで少しは罪滅ぼしになればとやっていたら、家賃の受け取りをする代わりに自己研鑽に専念するように言われた。
……シアルフィ家に寄生しすぎですね、ごめんなさい!
こういう話も国元へ連絡は欠かせていないが……シルヴィアのことは女の子の友達が出来た。
そんな程度の軽い報告にしておいた。
やっぱり照れちゃうよね…ほとんどありのままで理解されそうな気もするけれど。


新しい学年になってからは座学に神学の時間が加わり、ありがたい説教の時間が加わった。
俺は信仰心は薄いほうだが体裁を取り繕うのはそれなりに技量を磨いてきたつもりだったので問題の一つも起こさないとタカをくくっていた。
だがやはり向こうもプロなので見透かされてしまうこともままあった。
本心を偽って信心深い振りをするほうが罪深い…たしかにそうなのだが、ではどうすればいいものか!
俺の信仰心が薄いのが幸いしたのかどうかわからないが、会ってみたい人物が神学の時間にやってきてくれた。


誰あろう、クロード神父だ。


講義の方は態度だけ真面目に受けはしたが早く終わらないかとやきもきしていた。

「……では、本日の話はここまでにします。質問のある方はいつでも講師室にいらしてください」
すぐに追いかけるのも不審であったので、昼食休みの時間に彼のもとを訪れた。
挨拶もそこそこに

「歩兵科のミュアハ候補生です。クロード様、ご質問よろしいでしょうか?」

「……ええ、もちろんですよ」
なんとも魅きこまれそうな慈愛に満ちた眼差しをこちらに向けてくれた。

「……じつは、懺悔を行いたいのです」

「そうなのですか。しかし、バーハラ市街にもここにも礼拝所や教会はあるのですよ、今日のあなたの務めが引けたあとにでも(おとな)えばよろしいでしょう」

「はい、しかし、いま、すぐにでも行わないと意味の無いものですから…」

「……どうやら事情がありそうですね。よろしいでしょう、救いを求める者にいついかなる時も閉ざされた門など無いのが神の教えです」

「ありがとうございます」
場所を移して俺はグラン歴757年から始まる出来ごとを語っていった。
もちろんディアドラの出生の秘密にアルヴィスのロプト教との繋がり、クルト王子が謀殺されバイロン卿とリング卿が下手人に仕立てあげられ、シグルドさんもまた討たれること、その時にクロード神父も巻き込まれてしまうことも、兄上とねえさまも悲惨な運命に追い込まれることもだ。

「……恐ろしいお話ですね。神は全て聞き届けられました。そして、謂われなく人々を誹謗することのあやうさをあなたにお示しくださることでしょう…。よろしいですね?」

「今起きても居ないことを神父様に信じていただけないことは重々承知しております。ただ、これは神の代理人としてでは無く一人の人間として聞いていただきたいことがあるのです」

「……まだ何かあるのですね?」
彼の穏やかな声は相変わらずだが、きっと心の奥では多少なりとも呆れや失望があると思う…

「神父さまには生き別れの妹君がおられるはず、このことを存じている者はそう多く無いと思いますがわたしは存じております、付け加えるならば士官学校に招かれるまでグランベルに足を踏み入れたことはございません。そして妹君は今13~14の齢のはず」

「…な…なぜ…それを御存じなのです?」
クロード神父は初めて、自身の感情を俺の前に晒したのでは無いだろうか?

「話せば長くなりますが……」
俺は自分が異世界人であること、ゲームの話ではなく俺の世界の神話としてこの世界があると脚色をして語った。

「にわかには信じがたいことではありますが……レンスター王国が優れた諜報機関というのをお持ちで調べあげたと私が申したらどうされます?」

「それならば、こんな回りくどい方法で神父さまに伝えようとせずに、もっと平易な方法で情報を提供し神父様に恩を売っていたと思います」

「そうですよね……わかっていても、そうであって欲しいと思うがゆえそう尋ねてしまいました。
そして、妹は今、どうしているのです?」

「一年近く前ですが、偶然保護することが出来ました」
俺はシルヴィアとの出会いを語り、今はシアルフィで世話になっていることも知らせた。

「あぁ……あなたを疑うこと無く信じることが出来れば、今、私は飛びあがって喜んでいることでしょう……」

「真偽を見分ける方法は神父様ご自身がよく御存じのはずです」

「……そうですね、そこまでお見通しとは。しかし、確認させてください、人を疑うなど聖職者としてあるまじきことを先程申しましたが…それでも、なお……」

「……クロード様の家、エッダ家に伝わる杖に問うてみていただくことが真偽を見定める確実な手段と存じております。それに彼女の体のどこかに聖痕があるやもしれません。
あの時我慢せずに確かめればよかったか……いや、それはよくない……あったとしても形がわからねば判別も難しいですよね。
わたしにはノヴァの小聖痕がありますが、知らない人にはただの痣にしか見えないでしょうしね」
俺は左手の親指あたりにあるノヴァの末裔を表す控えめな聖痕を示した。




……そうして俺はクロード神父の聖地巡礼の随員に選ばれた。




--四章おわり--  
 

 
後書き
四章終わりました。戦闘シーン無しになりましたがどうだったでしょう…

七話で一章という課題は果たせたのでほっとしております。
この章のヒロインはアゼルきゅんの予定でしたが、レプトール絡みの話が使えなくなったので
急遽大幅に物語を変更しシルヴィアとクロード神父に登場していただきました。

次の章が面白くなるよう頑張ります、目を通していただきありがとうございます。 

 

特別企画

 
前書き
累計ポイント1000突破とかあり得ないことが起きたので企画しました
本編すすめろと!つっこみは当然ですよねー

本編とは関わりの無い内容のものなのでご覧ならずとも全く問題ございません。
一部不快な表現なども存在するので読み飛ばしてくださいましー 

 
レイミア<はーい、司会のレイミアだよ。(以下レ)今日はアホな作者の無謀な企画を読んでくれてありがとね。なんかお題を出して語るらしいってことで、ハイハイ集まった人は名乗るようにね!

セルフィナ<本日は貴重なお時間をわたしたちの為に割いてくださってありがとうございます(以下セ)

エスリン<こんにちはー。みんなのお姉ちゃんです。(以下エス)

???<子持ちでお姉ちゃんとか言い出して正直引きますしーw妊娠線かっこいいですねwww

レ<この雑音は斬っていいね?ってアタシが司会か…ずんばらりんっと
後がつかえてるからサクサクいくよー、はい次の方ー?

エス<それほどでもない…って、女神の開き?w

シルヴィア<やほー、シルヴィって呼んでwってw(以下シル)

エス<みゅぅ君はヴィアって呼びたいみたいよ?

シル<おねぇちゃん、はじめまして!ミュアハはわたしのものにしちゃいますね。

エーディン<わたくしはたぶんこの挨拶だけでしょうね。みなさまご機嫌いかがでしょうか。(以下エデ

エス<シルヴィちゃんはいい子ね。でも時々みゅぅ君は貸してもらいますからね。

レ<おっと、それは見過ごせない案件だねぇ。アタシもあの子は気に入ってんだからね。

セ<では皆さまでローテーションを組んで共有いたしませんか?

レ<アンタ婚約はどうなったん?

セ<…とても悲しいことにトラキアとの小競り合いかコノート王国継承戦争で婚約者様が帰らぬ身となられるようです……それにこの空間は作中のしがらみが適当に都合よく処理されるそうです。

レ<そ、そうかい、なんか酷いこと聞いちまってすまないね。まぁこれでメンツは揃ったかい?
ラケシスだのフェリーだのブリジストンだのは出るのかねぇ?

セ<ティルテュさんとエスニャさんはどうやら話の軌道修正の影響で出るかどうかあやふやになったそうです。

レ<なぁ、セルフィナさんや、司会めんどいしアンタのが担当よさげと思うんだけどねぇ?

???<はー?そんなぶりっこよりふさわしいまさにMEGAMIがいるんですがなにか?

レ< ずばしゃぁぁ  雑音は消しておいたよ。まぁ このままいきますか。
ハイ、最初のお題「好きなたべもの」と来たもんか。
アタシは、グヤーシュとかローストビーフがいいね。現実世界の食べ物オッケーって書いてあったから日本酒も付けといて!

セ<アイスクリームを選ばせていただきます。

レ<お、女子らしくていいね~、アタシはガッツリ喰いたいオッサンみたいで悲しくなるわ。

エス<お姉ちゃんは、さくらんぼなんかが好きですね。

???<…チェリーとか意味深ですしーw それと、ゆーくんのあつあつポークビッ…

セ<レイミア様。

レ<あいよ! ぐさっ、ざくっ、すぱっと…まったく、この雑音は不死身かっての。

シル<あたしはポテチがけごはんとかお好み焼きとごはんとかそばめしとか、あーグラコロとか超すきー!ラーメンライスにチャーハンごはん~!

レ<見事な炭水化物揃いだねぇ。アタシゃ怖くて喰えないよ。

エデ<(ぼそっ…)バロット…

シル<そーだ、ナットーとかいうのが臭ウマだったー

レ<二人ともなかなか個性的なモンを…納豆みたいな大豆製品と言やぁ、アタシは冷ややっこに日本酒をきゅぅっと……
え~次のお題「得意なスポーツ(球技)」
アタシはバスケとかバレーかねぇ、まぁ野球やサッカーもやれると思うよ。

セ<わたしはラクロスです。

レ<なんかオサレやねぇ

エス<おねぇちゃんは見るの専門です、批評はしません!

シル<あたしは新体操っていうの?ボールなげて踊ってキャッチするやつー。オバさんはバレーとか言ってたけどあたしはバレエも得意!

レ<それは球技じゃないし! あとミュアハの中の人は乳臭いガキもいいけど年上も大好きとかふざけたストライクゾーンなんで煽っても無駄さ!

エス<次の章では二人の争いになるのかしら~、1本の花を巡って争う2匹の蜜蜂のよかん~

シル<なんでミュアハがお花なのよー

???<花粉って何か知らないようですしーwあと、わたしちゃんはゆーくんの二つのボールをprprし ぐふっ バタッ。

レ<コイツどうにかならんかね? 今のは下品すぎていけないよ!

エデ<…ゴルフ


レ<ほいじゃ次のお題はっと「好きなマンガ」かい、だめだねこれは!原作のタグ増やしまくらないとならなくなるから却下却下。他いってみるか「現実世界で就いてみたい仕事」ふーん。
…アタシはCAとかやってみたいな///どうかな///

セ<あぁっ、取られてしまいましたわ。でもよくお似会いと思います!

エス<おねえちゃんは、やっぱりお嫁さんねー、でも王子様になってバラの花嫁を巡って決闘もいいかも!

セ<そ、それはちょっと…タグを増やさないと…

レ<そういやワカメもフィンもアルヴィスさんとユリウスの中間みたいな人も出てたね。

エデ<…川上さん、ぐすっ;;


シル<あたしは芸能人とかじょゆーがいいなー!

???<AとかVとかついた奴でさえなれるかしらー?ですしーw

レ<コイツは無視だな。無視が一番効きそうだ。

シル<うん。無視無視。

エス<むしむし

セ<では、わたしは……

シル<あっ、ごめーん。トイレいってくる~

エス<ではおねぇちゃんもお花摘みに。

セ<お伴いたします。

エデ<(・・・黙ってついていく)

レ<あいよ いっといでー




-------場面変更:女子トイレ---------------------------------------------------------------

シル<あーすっきり~

エデ<おんなの子がはしたないですよ。

シル<え~違うよ~仕切り厨がいなくて伸び伸びできるから!

エス<ん~、たしかにレイミアさんには思うところがあるわね。

セ<…なんと申しますか羨ましいというかズルイというか…

シル<ズルいってー?

エス<2年以上みゅぅ君を独占してたのよ!しかも、いまのちょっとがしっとした時じゃなくてちぃさくて可愛い時のよ!10~12歳くらいのころの!いまもそりゃ、おねえちゃんとしてはかわいいけど…

シル<なにそれー!ムカつくんですけど!

セ<シルヴィア様は、殿下と知り合って間もないのでその気持ちもひとしおでしょうね…

エス<しかも毎晩一緒に寝てたとか犯罪よ!

シル<いつかあのオバさんをグーでなぐる!

セ<まぁまぁ…

エデ<ってか、あのオバさんの筋肉ヤバくね?腹筋割れてるとかw

セ<エーディン様が…

シル<あたし知ってるよ~ジューサー無しでりんごジュースとか作れちゃうのw

セ<え?

エス<握力で握りつぶしちゃうの

セ<え?え?

シル<ゴリラかってのーw

……







-------場面変更:トーク会場--------------------------------------------------------

レ<ふんふんふ~ん♪

???<飲み物とかお菓子の用意してるとか隙が無いですし。

レ<あいよー、アンタの分も用意してあるからね~

???<でもレイミアの人もみんなと一緒に行ってれば良かったとわたしちゃんは思いますし。

レ<んー?なんでだい?



シルヴィア<ただまー

エス<ただいまー

???<わたしちゃんの耳は地獄耳ですしーw じろり(ニヤソ)

セ<あ、あああレイミア様、お茶のご用意ありがとうございます!

エデ<まぁ、さすがはデキるオトナのオンナですわー。

レ<そうやって褒められるのもこそばゆいねぇ。

シル<レイミアさんスゴーイ、あたし尊敬しちゃうなー

エス<ねー

レ<おいおい?どうしたんだい?

エス<照れてお顔赤いのもかわいいですよ。

シル<おっぱいもおっきくて裏山C~

レ<…なんだかよくわかんないけど、ハイ! 次のお題は「フリートーク」だってさ。
適当にぐだぐだ喋れってとこかな?

エス<おねぇちゃんは次の章、出番はあるのでしょうか?

セ<わたくしもですけれど、殿下が帰郷しないと難しそうですね。

エデ<さて、どうなりますことやら。

シル<あたしはどうなんだろー?ずっと勉強しろだので出てこれ無いのかな…

レ<まっ、なんにせよアホ作者次第だねぇ。

シル<あっ!アホ作者にひとつゆっとくー

エス<なんだろう、わくわく。

シル<あたしとミュアハじゃなくて、あんたこそオトナになんなさいよー

レ<…だねぇ、精神年齢はまだまだお子様だから説得力のある描写が微妙さね。

エデ<そういう本当の事を言うとすぐ傷つく駄目な子ですから弄り方には気をつけないと…ほら、あの人?みたいに。

???<はー? わたしちゃんは作者ちゃんなんて気にしたことありませんしーw

セ<みなさま…お食事の用意が整ったそうですよ。 では、ご覧の皆さま本日はお付き合いありがとうございました。

エス<ありがとうございましたー。

シル<ありがとねー。

エデ<有り難う御座いました。

レ<ありがとさんー。

???<またのご覧をお待ちしてますしーw



--おしまい--



 
 

 
後書き
お寒いトークになりましたスミマセン。

次の章もよろしくお願いします。 

 

第三十五話

 
前書き
第5章開始です。七話構成を目指します。 

 
 ブラギの塔が聖地と呼ばれる由縁は、そこにバルキリーの杖が安置されているからだ。
継承者に真実を示し、過ちを正す力は死者をも蘇らすと言われている。
具体的にそれを知る者は大陸の中でもごく限られた者であるが、100年以上前の大戦後の復興期に果たした教団の大きな功績を背景に権威が確立され、死ぬまでの間に一度はブラギの塔への参拝を行いたいと巡礼者が訪れることからいつしか杖のことを知らぬ一般の者にも広く聖地と呼ばれるようになった。

教団の最高権力者はグランベル六公爵家、エッダ家の当主がその地位を兼任しており、現在はクロード神父がその地位に就いている。
年単位で定期的に行われるエッダ家当主の聖地巡礼は大陸中の耳目を集める一代祭事で、その随員に選ばれることは名誉なことである。
そのような公的な行事にとらわれず、私的にエッダ家の当主が聖地へと巡礼することもあるがその時の随員の扱いは数段落ちることになるだろう。
とはいえ、公的な巡礼の時期は数年単位で綿密に計画された日程で行われるため、今回のように"ちょっと杖にお伺い立ててみましょうか"と気軽に出かける為に日程を合わせることなど考えもつかないことゆえ私的な訪問として行くより他あるまい。



クロード神父がいかに模範的で責任感に溢れた聖職者であり、公爵家の一員であろうとも"世界の危機"のような漠然としたものよりも、自分の家族という身の周りに関わった部分からなら信じてもらえる可能性のほうがありそうだとの狙いは当たった。
その後、日程を合わせるのに時間はかかってしまったがシルヴィアの左の二の腕の内側に見つかった小聖痕を確認してもらい、少なくともブラギの縁者であることは確定した。

「ミュアハは最初に会った日に言ってくれたんです。あたしがエッダの公女だって…今思い出したけど冗談だと思ってた、あたしの気を引きたいためのって…」

「…神よ、この奇跡に感謝いたします。そしてミュアハ王子、あなたを疑ったこと、信じ切れなかったこと、お許しいただきたい…いえ、それはあまりにも身勝手な願いでした」

「いえ…神父様、わたしがあなたと同じ立場ならば同じく信じきることなど出来なかったでしょう。ただ、これからは信じていただければ…信じ切れ無ければ杖に尋ねてくださっても結構ですし、そうしていただきたいです、一番最初に話したこの世界を覆う影の話については特に…」



 そういう経緯があって俺はクロード神父の随員として、今、船の上にいる。
士官学校のほうは休学の願い出が必要かと思い、願い出てみたら聖地巡礼の随員として士官学校の候補生が選ばれる事例はそう少ない訳でもなく、他の科目の時間に充当されるそうだ。
巡礼により生じる権威に教団の関係者を選ぶのを避ける為にそういう人選もあるのだそうだ。
しかし、我儘を言ってエーディンさんも随員に選んでもらった。
これは姉妹引き合わせのためだが彼女に信じてもらえるとは思えないのでクロード神父の教団上の地位を利用しての命令という形式を採ってもらった。

ひとまずの行き先であるアグストリア連合王国のマディノ砦に付随する港町では、俺と別れてからずっと対海賊の用心棒として腰を据えていたレイミアが、いまでは一つの傭兵団を率いるまでになっていると何度もやりとりした手紙で知っていた。
日程を調整している間に俺たちがマディノへ行くと手紙で知らせると、部下のジャコバンという男と数人の部下を護衛として送ってきた。
彼が持っていた証書はたしかに彼女の筆跡だったので歓迎し、出発までの数日はバーハラの宿に逗留してもらい、時間を作って向こうの情報を教えてもらったりもした。
そうしてクロード神父とその身の回りの世話をする者達、俺、シルヴィア、エーディンさん、ジャコバンさんと数人の部下が乗り組んだ船がマディノを目指して進んでいた。

「だらしないなぁ、ミュアハは」

「う、ううっ…」
船酔いに苦しむ俺にシルヴィアは付きっきりでいてくれた。
言葉とは裏腹にずっと手を握ってくれて、濡らしたタオルで顔を拭いてくれたり、バケツにたまった吐瀉物を海に捨てたりと、かいがいしく世話してくれた。
こうして俺が苦しんでいた間に海上警備を行う集団が船にやってきていたことも、その集団に護衛船を付けてもらった事も知らずにマディノに辿りついた。

上陸してすぐに体調が元通りになりシルヴィアにはからかわれて俺は一緒に笑った。

「でもねー、ミュアハの役に立てて嬉しかったかも!」

「じゃあ帰りの船でも頼むー」

「えー、どうしよかな、それに船は帰りだけじゃ無いかもよ?」

「そ、そういえばそうか…」
くすくす笑う彼女は俺の背をドンと叩いてから自らを指し示し、任せておいて! と、元気よく告げた。
ジャコバンの部下はレイミアへ知らせに行き、俺達一行は合流地点である港町の大き目の宿へと向かった。
水揚げされた魚を処理している漁師の嫁が、連れて来た猫に処理後の内蔵だの骨だの、時には1匹丸ごと与えたり、そのおこぼれを狙うカモメの群れやカラスが様子を窺うさまは現実でのそれとよく似たものだ。
シレジアから輸入されている氷をためた氷井戸から運び出される氷を運ぶ荷車などが脇を凄い勢いで通り過ぎて行く、すると冷気と共にすこしの生臭さを置き土産にしていくのは魚運びにも氷運びにも両用されているからだろう。
そういえばレンスターにも大きな港が欲しいな、漁村などはあるにせよ大型船を定期的に舟航できるような港があって損は無いはずだ。

町の様子を楽しみながら宿に辿りつく前にクロード神父はこの町の礼拝所を訪れ、俺達も同道した。
俺達程度の人数でも狭く感じるほどの礼拝所であったが、手入れはよくされているようで黒光りする木製の椅子や調度品、よく磨かれた床は時折光を反射するほどであった。
ここの責任者の聖職者と挨拶を交わし、聖地へと向かう事を告げると道中の無事を願ってくれた。
俺達も礼拝所で祈りを捧げ、しばし静謐な時間を迎えた。

「シルヴィのお祈りする姿、一生懸命で偉いなって思ったよ」

「あたしだってエッダの末裔だもん、まだあんまりだけど勉強もしてるんだよ! それに…」

「それに?」

「んー、カミサマってほんとに居るんだなって思っちゃうことがず~っと続いてる…」
その言葉と共に俺の手をさりげなく握り、ぱあっと花が咲いたような笑顔をまた見せてくれた。
俺が握り返してお互いに見つめ合うと咳払いが聞こえたので、あわててお互いに手を離して下を向いた。


 宿に辿りつき、手続きを済ませてから併設の食堂で人心地ついていると、窓から外を見ていたジャコバンは俺たちにレイミアが着いたことを告げた。
数人の人物を引き連れて彼女が入ってくると宿の主を含め従業員が姿勢を正し歓迎の挨拶を行った。


…ヤクザの親分かよ!


俺が席を立ち、彼女のほうを向くと凄い勢いで駆けよってきたので俺も思わず走り出し、自然と抱擁を交わした。
すこし目の端がうるっとしている彼女は昔に比べ、少しだけ化粧くさかった。

「久しぶりだな!、ずいぶんでかくなったじゃないかい!」
すごい力で俺を抱きしめながらレイミアはそう言い、いったん力を抜くと

「でも、一目でわかったよ!でもなぁ…ほんと…」
俺の方が逆に彼女の背に回した手に力を入れると少しだけ膝を曲げ、互いの頬を擦り合わせた。





「この街のいくつかの傭兵隊の内の一つの長でレイミアと申します。皆さまの旅の安全を全力でお守りします。 多少のご不便はおかけするかもしれませんが、どうか一つお任せください」
俺との抱擁のあとレイミアはいずまいを正し、クロード神父達にそう真面目くさって申し出た。

「はい、ミュアハ王子よりお噂はかねがね…私はそういう荒事は他人任せですから、隊長どのの流儀でお願いしますね」

「はっ、かしこまりました」

「どうか、楽にしてください。ここは王宮ではありませんし、王子とのやりとりを目にしたところあなたは本来そういう口調の方ではなさそうですから」

「恐れ入ります。…じゃっ、遠慮なく」

「ところで、レイミア。お代はどれくらいが相場になります?用意したので足り無ければ後で為替になるけれどそれでもよろしいです?」

「何言ってるんだい、アタシがお前からカネなんて受け取る訳ないだろ?」

「レイミアが良くても部下の方はそうはいかないでしょう?」

「ねぇ、ミュアハぁ、この人のことちゃんと紹介してよ…」
不安そうなシルヴィアの顔を見て、俺は舞いあがってしまった自分の失敗を後悔した。
レイミアはジャコバン達にいったんアジトへ帰るよう指示すると

「ずいぶんかわいい娘さんだね。王子の婚約者かなんかかい? とりあえず、アタシはさっき名乗った通りでレイミア、昔はちったぁ違う名前を名乗っててね。王子とは2年ちょい同棲してた」

「どっ、どーいうことよー!」
ガタッと音を立てて椅子から立ちあがったシルヴィアは俺とレイミアを交互に睨みつけて握った拳を震わせていた。

「シ、シルヴィ、ちょっと待って、前も話したろ、俺がトラキアに人質に出されてた時にお世話になってた領主様なんだよ、レイミアは!」

「…だって名前とか女の人とか聞いてなかったし、それに同棲ってどういうことよー!」

「う~ん、一緒に暮らしてたのは確かに本当だからなぁ…」

「アタシはウソは言ってないよ?ず~~っと一緒に仲良く暮らしてたからねぇ」

「シルヴィアさん、はしたないですよ、お席に付いてください。そして、レイミア様とおっしゃいましたね、誤解を産むような表現をわざとなさるのはお控えなさったほうが今後の互いの関係に資することとわたくしは提案いたしますが、いかがでしょう?」
…エーディンさんのとりなしによりシルヴィアは席についたが、まだ気持ちは治まらないようだ。

「どうもスミマセン、では王子のほうから子細を語っていただきますので黙りますが、違うところがあったら突っ込みますので」
…ということで俺はシルヴィアにレイミアとのこと、レイミアにはシルヴィアのことを語った。


「…まぁ、王子はアタシの命の恩人ってわけです。あのままだとトラバントに殺られましたから」

「いや、あそこで見殺しにしていたらわたしは未だに虜囚の身でしたからレイミアのほうこそわたしの恩人になります。それに、人質と思えないくらい自由に過ごさせてくださいましたので」

「なるほど、そういう事情があったのですね。互いに恩人と思い合うあなた達を神は嘉したもうと思います」
クロード神父がいいタイミングでいい事を言ってくれて助かった。

「あたしにとってもミュアハは……恩人…です。こうして兄様かもしれないひとに会わせてくれたもの」
クロード神父もエーディンさんも満足そうに頷いた。
そうするとレイミアが


「生き別れの肉親と言えばエーディン公女、あなたにもおられますね。王子に言われて調査してましたがある程度可能性の高そうなものが上がってきたので…」



…これは今回の目的の一つだ。

 
 

 
後書き
冒頭のエッダ教の設定は適当なもっともらしい?捏造設定です。スミマセン 

 

第三十六話

 
前書き
いつもご覧の皆さまありがとうございます、なかなか面白くならなくてすみません。 

 
 「こちらもヤツラの規模や戦力を知る為に密偵放ってますので、そういう面から割り出したという訳です。
……頼まれてからだいぶ時間かかっちまってすまないね、アタシもそれだけに関わっていられるわけじゃぁないもんだからさ」
レイミアはエーディンさんに前半を、俺に向かって後半をそう告げた。
いやいや、大変助かったよレイミア!

「……名前や容姿の特徴なんかを王子から伝えられていたからこそなんですけれどね。
んでまぁ、一口に海賊って言ってもいろんな雑多な集団があるんですが、そんな中の一つの組織が半年ほど前に頭目がおっ死んで、代替わりした新しい頭目がカタギの商売のほう専門に鞍替えしたってことで賊の中でも孤立しちまいましてね、情報が筒抜けってすんぽーですわ」
そこまで言うと飲み物に手を伸ばしてぐいっと呷った。

「ブリギッド、金髪、二十歳前後の美女。会って確かめた訳じゃぁ無いですがほぼ間違い無い」
口角をニッと吊りあげて自信たっぷりの彼女の笑みは昔より凄みが増していた。





 エーディンさんはただただ驚いて、そのあとに感謝の言葉を述べてから神にも祈りを捧げた。
ブリギッドと直接連絡をつける手段が無いので、仲介者に頼んでいるのだとレイミアは説明してくれた。
そこからは聖地巡礼の打ち合わせになり、細かい打ち合わせが済んだ後は彼女が手配した宴の席となった。
意外にもクロード神父やエーディンさんも控えめながらそれに付き合ってくれて、頃合いを見て(やす)まれた。
その後になるとレイミアに煽られたシルヴィアが飲み比べの勝負を挑んだ。
…審判は俺だ

「…れったいに、むゎけない!…8杯目、おきゃーり!」
もうやめとけよ…と思うシルヴィアの様子に俺は少し胸が痛んだ。
レイミアと張り合ってなんでもいいから勝ちたかったんだろう…

「ふん。いい度胸さ~、10杯目作っておくれ~」
一方レイミアは少しだけ顔が赤らんでいるもののしっかりしたもんだ。
ぐいっと呷ったグラスをテーブルにドンと置くと彼女の手下達が口笛を吹いて喜んだ。

「もう二人ともやめましょう、特にシルヴィア、これ以上どころか既に体に良く無い」

「ぅるしゃーい! ろぉしても、くゎぁつ!」

「…こう言ってるんだ、止めるのも野暮ってもんさ」



 結局シルヴィアは11杯目の途中でぐったりしてしまったのだが…

「んじゃ、あとはお前ら好きに楽しんでいきなー、この二人はアタシの賞品なんで持ってくからね」
手下達にそう告げ、金の入った袋をテーブルの上に置いたレイミアは軽々とシルヴィアを担ぐと空いた手で俺を引っ張って行った。
フロントから部屋鍵を受け取った彼女は途中で俺にシルヴィアを預けると洗面所で化粧を落としはじめた。

「ちょっと待ってておくれよ~………ふーさっぱり」
唇の鮮やかな紅が落ちたくらいでさしたる違いは無いように見えた。

「…なぁ、ズルしたんじゃないのか? レイミアはあんなに酒強くないだろ?」

「こちとらホームでの勝負だからな!お前も審判だったんだから共犯ってもんさ」
にやっと笑った彼女はそう言うと俺を引っ張って部屋に連れ込むと、まずはシルヴィアをベッドの上に寝かせてやったが、そのときに頭を撫でてやってたのが印象的だった。

「さーて、王子、アタシからの問題だ」

「ん?なんだい?」

「あの子を酔いつぶしたアタシの狙いはなーーんだ?」

「……俺へのあてつけ?」

「ふふん。違うよ、こうするためさ」
そういうと彼女は俺の手首を掴んでベッドのほうへ引っ張るので逆らわずに付いて行き、促されるまま俺はベッドに上がった。

「この子がさぁ、アタシとお前が寝てたなんて知ったらお前刺されちまいそうだし、でもアタシは久々にお前をぎゅーーっとして寝たいし、ということで酔っぱらって3人で寝ちゃったってすることにした」

「無茶苦茶だなぁ」

「ただし、アタシはズルしたし、お前はこんな子が居ること知らせてくれなかったってことの罰で、えっちなことは絶対ナシな」

「うん。それと…シルヴィアはまだ婚約者とかって訳じゃなくて、お互いもっと大人になってからそういうのは考えようって一緒に約束したから。……大事な子ではあるけど」

「……ふーん。まぁ、いいさ、もすこし側に来てくれよ…」

互いに眠りにつくまでの暫くの間とりとめもなくいろんな事を語り続けた。
………こんな安らかな眠りは何年ぶりだろう。




「ちょっと! コレってどーいうことよーー!」
まだ明け方のころ、シルヴィアの大声で目を覚ましたがレイミアも同じようだった。

「あー、飲み過ぎでアタマ痛いんだから静かにしてくれよぉ」

「あんだけ飲んでお前は二日酔いならんのかよ…」
思わずレイミアのリアクションに合わせてみた。

「びっくりしてそれどころじゃないわよ!」

「ハイハイ、いー子だからもすこし寝ようね…」

「勝負の結果はっ!」

「そんなのいいから布団に戻ってよ、さむい」
すこし逡巡したあとにごそごそと布団の中に戻ってきたシルヴィア…うん、いい子だ。
初めはぶつくさ文句を言っていたがどうやらこの雑魚寝が気にいったのか、すやすやと寝息を立てはじめた。







 ……その日、3時間ほどの船旅のあとブラギの塔へと辿りついた。
塔はあの世界遺産モン・サン=ミシェルのような小島の中の聖堂の代わりに佇立しているという趣だが……早く下船したかった俺には船から眺める姿を楽しむ余裕は無かった。
俺たちの他にも一般の巡礼者もいたが、まさか大司祭とも言うべきクロード神父が一緒とは知らず、後で知って驚いたそうだ。
船の護衛にはジャコバンと数人の傭兵、加えてレイミア自らという気合いの入れようだった。
街の方にももちろん人員は残してあり、もと騎士とその副官を残してきたので手持ちの兵の運用も問題無いということだ。
そういえば大剣使いだったレイミアが、今は普通より小ぶりの剣を二本左右に差していたので二刀流にでも転向したのか聞いたところ、船上での戦い用だそうだ。
一刀のみで戦うが、片手は空けてバランス取りに専念するそうで、まだまだ彼女から学ぶことは多いと身にしみた。

下船した俺たちだが、船を守る為ということでレイミア以外の傭兵は船の近くに留まり、バーハラから来た者と彼女を加えた一行だけで塔へと向かった。
参道にはみやげ物売りや軽食を売る者などが普通の業者に比べればおとなしく客引きをやっていた。
クロード神父はシルヴィアにシンプルな意匠の腕輪を買ってあげていて、その喜ぶ様子がほほえましかった。
途中の食堂でみんなは食事を行ったが、俺はどうせ帰りの船で具合が悪くなり、せっかく食べた料理が無駄になるからと断って、みんなとの会話や食事風景を楽しんだ。
クロード神父おすすめのオムレツは見てるだけなのが辛くなるほどの逸品で、そのふわとろ加減の絶妙さと香りの良さに俺も思わず頼みたくなったが…。

食事の後は塔への巡礼だ。
もっとも俺は付いて行くだけのようなものであるのだが……。
塔に入り係の人間はクロード神父の(おとな)いを知ると恐れ行ったものだが、そこは内密にということで先へと進んだ。
塔の内壁には聖者マイラの絵物語が描かれており、エーディンさんが聞き手、クロード神父が語り手となりマイラの足跡を俺達に教えてくれた。
最上階へ辿りつきクロード神父が壁面の煉瓦を押したり引いたりすると中央の祭壇に1本の輝く杖が顕現し、彼はゆっくりとそれに近づき手に取り、目を瞑ると神経を集中し始めた。
様子を見ていると苦しそうに顔を歪めたり、したたる汗が、尋常では無いことを物語る。
やがて目を開き深呼吸した彼はいつになく厳しい表情で

「ミュアハ王子…以前あなたが仰ったこと……間違いありますまい、出来うることなら外れて欲しかったのですが……」

「申し訳ありません…ところでクロード様、杖が示したビジョンの中にクロード様の姿はございましたか?」

「王子が悪いわけでは無いでしょうに……そして私の姿はありませんでした。最後以外は……つまり私にはこの凶事に於ける役割というのが無いのかもしれませんね」

「これはあくまで、わたし個人の考えですが……クロード様の姿がそこに無いということは、クロード様の働きでそれが変わるということにもならないでしょうか?」

「いったい全体どういう話なんだい?アタシらには聞かせられないような話なら仕方ないけどさ」
思わずレイミアが口を挟むと他のみんなも彼女に同意した。
クロード神父が頷いてみせたので、俺はもう1年ほどの未来に差し迫ったことから話はじめた。



「もちろん皆さまから手放しで信じていただけるとは思っていません。でも信じていただきたい……」

「わたくしがヴェルダン王国に拉致されて、それを救援にシグルドが来てくれて……それがもとで反逆者に仕立て上げられ、そしてお父様がクルト王子殺害の冤罪を着せられるだなんて、にわかには信じられません……」

「ヴェルダンの国王って良く言ゃあ慈悲深い、悪く言ゃあお人よしって聞くからねぇ。闇司祭にころっと騙されちまうってのも無いことも無いと思うが……う~ん。話自体の信憑性ってよりはアタシは王子自体を信じてるからねぇ、そんなアタシが何か言っても仕方ないか」

「杖っていうのは、真実を教えてくれるのでしょ?ミュアハの言う事とおにぃ……神父さまの仰ることが同じなんだし、あたしは信じようと思います」

「ミュアハ王子、おそらくあなたは杖の示した未来を止めたい、あるいは変えたいとお思いなのでしょうけれど、果たしてそれが人の力で叶うのでしょうか?」
俺がそれに答えようとすると、この塔の職員が階段を駆け上がってきた。




「大変です!海賊が襲ってきました。クロード様はどうか地下の秘密の通路からお逃げください!」

「なんだって?」

「まずは、ここを降りましょう。 ここの人々を見捨てて逃げることなど考えにも及びません。みんなで入り口の門を守ればなんとかなるでしょう」

「そうは仰っても神父さん、武器は船に預けてきたんですよ、場合によっちゃあ…」
俺たちは階段を駆け下りながら前後策を相談していた。
俺は掃除用のモップを幾本か目の端に見つけたのでレイミアに1本渡し、

「神父様とエーディン様、それにシルヴィは地下に隠れてください、わたしとレイミアで正門を守れるかやってみます」

「そうだねぇ、やるしかないか」
一階まで降りると何人か怪我人が目に入った。
正門を見ると、厚い木の扉を押さえつけている職員が何人かいたので俺とレイミアは加勢した。
神父様たちは怪我人に癒しの杖で治療を行っている。

「このまま扉を押さえているだけじゃ事態は好転しないだろうし、打って出ようと思います。あなたの腰のものを貸してください」
怪我を負った者の中に、レイミアの部下が居た。
ここへの伝令として駆けて来たが身軽さを優先したのだろう、携えていたのは剣1本だけであった。
それをレイミアは受け取ると、彼女は幾度か振って具合を調べた。
俺はもう1本のモップを彼女から受け取った。

「ちょっと見てなよ…」
レイミアはそう言うとモップの先端部分を剣で斜めに切り捨て、即席の槍を2本作ってくれた。

「この剣で簡単に切れちまう材質だ。相手の攻撃は受けるより避けたほうがいいだろね」
俺と彼女は互いに頷くと、タイミングを見計らって外に飛び出した。

押し寄せてきた敵は50人も居ないだろう、だが、圧倒的に数が違いすぎる。
俺とレイミアは相手にトドメを刺すよりも浅手を負わせて戦闘力を削ぐように戦い続けた。
治療を受けて応援にきてくれた伝令兵に即席の槍を渡すと状況は少しずつ良くなり、何人かの呻いている海賊を残して引き上げていった。
捕らえた海賊を拘束し、治療を条件に口を割らせると、


裏切り者ブリギッドが巡礼者に成り済ましてこの塔に向かったというので捕らえに来たということだった。
エーディンさんを見間違えたのだろうけれど、それにしてもブリギッドの身に危機が迫っている……。

 

 

第三十七話

 襲ってくるなら洋上というのがお決まりパターンだったようで、実際、海賊達がブラギの塔がある島にまで上陸してきたというケースはほとんど無いそうだ。
 そこまでやってしまうとアグストリアから大規模な海賊討伐の軍が編成されてしまい徹底的に海賊狩りが行われてしまったという過去の教訓からなのだろう。
 そんな禁忌を犯してまでこの蛮行が行われたのは、それだけブリギッドが彼らの怒りを買う何かをやってしまったのか、あるいはリスクを超える大きな利益があるからなのか、それとも、討伐の軍が派遣されないという保障なり密約なりを得ているのか……。
 捕らえた海賊から詳しく尋問するのは後からにして、俺たちは港へと向かった。


 港のジャコバン達と合流すると彼らも苦戦していたようだ。
 彼らは島に駐留していた兵士らと共闘し海賊船3隻を退けはしたものの傷を負った者、武運がわずかばかり足りずに永遠の旅に出た者、疲れ果てその場に蹲る者……。

 「姐さん、すみませんこっちは防戦で手一杯で」
 「何言ってんだい、一人寄越してくれたんでこっちもなんとかなったんだ。それより早く治療してもらいな」
 ジャコバンは片腕をぶらぶらさせ、歩けば跛行するほどの状態だったが強力な癒し手による治療の杖の恩恵を受けたので、しばらく安静にすれば元通りに動けるようになるだろう。
 これが凡庸な癒し手による治療であるならば長い療養が必要になる、さすがはクロード神父と言ったところか。

 レイミアは守備隊の主だった人達と話し合ったり書類のやりとりをしていたが、マディノへの引き上げの許可を受け、亡くなった人々の遺体を輸送することも請け負ったようだ。
 本来ならこんな事態があったからには数日は足止めを受けてもおかしくは無いが、アグストリア本国への報告や増援、あるいは欠員補充の要請など急を要するということもあり、夕暮れ近くには再びマディノへと出港した。
 俺も何か手伝いたかったが、船酔いのため何もしないですみっこでおとなしくしているほうがマシだろうと船べりで水を飲んでは吐いていた。


 マディノへと戻った頃にはもう日が暮れて2時間以上が過ぎていた。
 港にはわずかな明かりが見える程度だったので、まずは端艇(カッター)で先触れの人員を送り、かがり火を盛大に焚いてもらい慎重に港へと接舷するのを目にすることになった。
 地上の人になってからの俺は荷運びや遺体の搬送などを手伝い、船上での汚名を少しでも雪ごうとしたがどれほど役に立ったかは定かでは無い……。
 レイミアはずっと大忙しで多くの人に指示を出し、港町の役場と港を何回も往復していた。
 おそらくは島での出来ごとの報告、被害者の遺族への対応や明日以降になるであろう葬儀の手配、捕虜となった海賊への本格的な尋問など、やることは山積みなのだろう。
 迎えに来た護衛に守られてクロード様、エーディンさん、シルヴィアは昨日と同じ宿屋へとすぐに戻って行ったが  エーディンさんには特に女剣士の護衛が数名付けられていた。
 しばらくの作業の後、俺のやることも無くなったのでレイミアの部下へ宿へ戻ることの言伝を頼み、そのまま帰路についた。

 宿へ戻ると併設の食堂のテーブルには一同が待っていてくれた。
 明日以降レイミアを交えていろいろと話し合おうという運びになった。
 彼らは食事のほうは終えていたようだが俺の分を頼んでおいてはいてくれて、布巾のかかったそれをありがたくいただいた。
 すっかり冷えてはいたものの、今日は一日何も食べて無いようなものだったのでこの上無いごちそうだった。
 用意しておいてくれた皆の心遣いが、まさに心身ともに沁み入った。
 宿の人にはお湯を頼んでおいたので、寝る前に体を清めて眠りにつこうと思ったが、気になったので宛がわれた部屋では無く女性陣の部屋の前で毛布にくるまり武器を抱えて廊下に座り、目を瞑った。



 翌朝、それはただの取り越し苦労とはわかったものの……体の節々が痛む。
 それでも柔軟やストレッチに加え、起きて行動している内に気にならなくなるものだ。
 朝食を終えた後、レイミアはまだ来ないが時間を持て余すよりはと話し合いの時間を持った。

 「昨日は皆さま、大変お疲れ様でした。まだ、その疲れも抜けぬ内に申し訳ありませんが、今後について相談したいと思います。よろしいでしょうか?」

 「……さしあたってはエーディンさんの姉君についてですね?」

 「その通りですクロード様。 昨日の騒ぎではブリギッド様を拉致しようとしたと海賊は申していました。 つまりは海賊達も彼女の所在を掴んでおらず、そして敵対していると思われます」

 「ねぇ、海賊と争っているってことはブリギッド様は海賊じゃ無いってことなのかも?」

 「うん。 レイミアの話にも非合法の商売から普通の仕事に方針変えて海賊のグループから孤立しているってあったし、それもあるかもしれないよね。海賊仲間から抜けるのは許さないって感じで制裁を受けているのかも知れない」

 「もう海賊じゃ無いんだったら、協力して海賊をやっつけるっていうのはできないの?」

 「それが出来れば一番だけど、まずはこちらも戦力っていうのは無いしね。レイミアの傭兵隊は彼女のものだしこっちの思い通りに動かせるとは限らないからなぁ、今は違ったとしても元々は敵対してた同士だもの。 なによりブリギッド様と連絡を取る手段が無いし……」

 「あの……」
 エーディンさんが提案した策に俺たちは乗ってみることにしたが、それはやはりレイミアの傭兵隊が必要なだけに彼女の到着を待つより他無かった。




 「ところでミュアハ王子、昨日はお話を伺うタイミングで騒ぎが起きてしまったのでそれどころでは無かったのですが、あなたはあの凶事に対しどうしたいとかどうすればいいとお考えなのです?」

 「……思いだしていただきありがとうございます。 わたしとしてはグランベルとイザークの戦を防ぎ、クルト王子とディアドラ様の身を守り、ナーガの使い手を絶やさなければ良いのではないかと思っています」

 「ふぅむ。少し予想とは違いますが、そういう方針でしたら私も迷わずお力添え出来ると思います」

 「……神父様が思った予想、もしかしたら」

 「もしかしたら?」

 「アルヴィス公とディアドラ様の持つロプトの血を絶やし、全ての禍根を断とう……というあたりではありませんか?」

 「……考えるだけでも恐ろしいことですが否定はいたしますまい」

 「あの……昨日のお話だけだとアルヴィスさまのロプトの血って言われてもよくわからないので教えてほしいです」

 「ごめん!シルヴィにもエーディン様にもお知らせしていませんでしたね。 これからお知らせするね」
 俺はヴェルトマー公ヴィクトルの話、その正妻でありロプトの一族であるマイラ家の血を継いだシギュンさんのこと、そしてシギュンさんとクルト王子の事を話した。
 さらに、アルヴィスとディアドラが互いの母が同じとは知らず結ばれて、結果ロプトウスの復活が成ることも、虐げられ続けたロプト教徒の生きる支えがロプトウス復活であるということも……

 「……なんだかとっても悲しいお話だね」
 シルヴィアが元気なくそう言う姿に、俺も気持ちを同じくした。

 「だからそれを起こしたくないんだ……」

 「あたしには何が出来るかわからないけど、それでも、なんでも言ってね」

 「ありがと、その言葉だけで全てがうまくいくようなそんな気になってきたよ」
シルヴィアが俺の手に自分のそれを重ねて、さらにその上に俺がもう片方の手を重ねて微笑むと、いつもの元気な彼女の姿に戻った。

 「仮にお二人を幽閉するなりして血を絶やそうとしたところで、アルヴィス公には隠し子が居られるし、なにより……」

 「なにより?」

 「……ロプトの大司教ガレと同じ道を辿り、海を隔てた別の大陸で暗黒竜の祝福を受ける者がまた現れてはそれに何の意味も無くなりますからね」






 昼も過ぎた頃に、ようやくレイミアがやってきた。
 たぶんあまり寝て無いだろうにそんな様子は微塵も見せないあたり流石だ。
 午前中に先に打ち合わせていたことを彼女にも余さず伝え、エーディンさんの立てた策も伝えると
 危険すぎやしないかい? なんて逆に心配されるくらいではあった。
 だが、ブリギッドとの仲介者のほうは未だ彼女との連絡が取れてはいなかった。
 エーディンさん本人からの要望もあったので、彼女がブリギッドに化けて海賊をおびきよせる餌となり、そんな騒ぎがあったら本人もしくは関係者からのなんらかのリアクションもあるのでは無いかという行き当たりばったりな策を使うことになった。
 もし本人からの反応が無くとも、有利な地形で海賊を待ち伏せて戦力を削ることができるだろうという打算もあった。


 薄手の革鎧に身を包み、鉢巻きをきりりと締め、弓を持ち、変装したエーディンさんのその姿は凛々しく美しくもあった。

 

 

第三十八話

 ブリギッドに粉したエーディンさんは、こちらも海賊風に変装したレイミアの部下達数人と共に町から少し離れた海岸へと、翌日まだ暗いうちからこっそりと移動し、身を潜めた。
そこには廃棄された漁師小屋と小さな入り江、陸地に近付けば多少の兵なら充分隠しておける藪や小さな洞穴があり、そこへ傭兵を詰めておく……いわゆる伏兵だ。
十日分ほどの保存食や水に投槍や短弓、地元の特性を活かしたものだろう、投網などを揃えて狙い撃ち出来るように備えておく。
この入り江は岩礁になっているので手頃な礫となる石も容易に手に入り、防衛戦にうってつけだ。

このような準備を終えてからは変装したエーディンさんがここに居ると言う事を発見してもらえるよう定期的に漁師小屋から現れてはきょろきょろ辺りを気にする仕草を行ってもらった。
かく言う俺は海賊風に変装したメンバーの一人で、エーディンさんのことを身を以て守る役なのは言うまでも無いが、レックスに手ほどきを受けた効率的な斧術の見せどころでもあるだろう。
もちろん剣も槍も漁師小屋には隠してあるし、今回はそれに加えて弓や投石の準備も抜かりは無い。
もし海賊が襲ってくるより先にブリギッドの側からのコンタクトがあった時にも俺が居ればいいだろうということもある。
ちなみにレイミアは町のほうで仲介者からの連絡を待ったり、他の傭兵隊との繋ぎがあるので町に待機している。
それに彼女が長く町を空けていたらマディノに潜伏している海賊側の密偵が怪しむだろう。
加えて、町の近郊でブリギッドを見かけたという噂を流し、彼女の配下はその探索に出払ったということにしてあるそうだ。
クロード神父とシルヴィアは町の礼拝所で神学をはじめ勉学に励んでもらうことにしたが、もし海賊が海岸に攻めてきたら怪我人の治療に駆り出されるのは間違いない。
海賊が襲来した時に連絡を務めるのはこの前レイミアが話していた騎兵副官のベオウルフの役割だ。
彼の上官はやはりヴォルツで

「この俺を顎で使えるのは、せかいひろしと言えど姐さんだけだ」
なんて言葉を残している。
彼の方は伏兵の指揮を任され、半日に1度互いに連絡を取るように取り決めてある。
……あとはどちらの獲物がかかるかを待つばかりなのだが。






 「それにしても何故このような危険な策を志願されたのです?」
漁師小屋の周りの見張りを交代し、建物の中で手持無沙汰だった俺がエーディンさんに問いかけたのは、一緒に見張りに付いていた二人の傭兵達が既に寝息を立てていたからだ。

「そうですね……いろいろあるのですけれど、ミュアハ王子は口が固いでしょうか?」

「教えていただいたことを墓場まで持っていけと仰るならば否やはございますまい。それに……」

「それに?」

「先日皆さまにお話したこの世界を覆う影の話、やんごと無き方々の愛の話をお話したのは初めてです。私が最も信頼すべき祖国の者たちには未だ語ったことがありません。……あと2年ほどしたら開封してほしいと残してきた手紙には記しておきましたが、これは勘定には入らないと思います」

「……状況、そして相手を選んでお話される方ですものね、思慮深いと申しますか……、申したあと忘れてください」
俺の返事を待たずにエーディンさんは意を決したような表情で

「シグルドが……シグルド公子が、ディアドラ様とおっしゃいましたか、その方と結ばれると聞かされて胸が張り裂けんばかりに苦しくて……もうどうなってもいいと思うくらいの気持ちになってしまいましたの。 それに、わたし自身がヴェルダンの蛮族達に拉致されるだなんて身の毛もよだつようなお話を伺って……」
彼女は一度言葉を区切ってから唇を噛み

「あなた様のお話を信じなければ、こんな思いはしないで済むのでしょうけれど……そう、普通ならば痴人の妄想なんて、あ、ご無礼を……」

「いやいや、そう仰られたり思われたりしても致し方ないところです」

「でも、あなた様はわたしの姉のことまで御存じで……神父さまの妹様のことも、神父さまもあなたを御信じなされていて……もしかしたら、この先わたくしたちを騙すための布石であるのかもしれないと自分に言い聞かせても……でも、神父さまの聖杖の見立てと合致されているのならそんなことも無いでしょうし、それなら……もう生きているのもイヤに………」
エーディンさんの流す涙に胸が痛くなった。

「エーディンさま、シグルドさまのことですけれど」

「はい」

「シグルドさまは、あなた様のことを他の誰よりも愛しておいでですよ」

「で、でも、それならなぜ!」

「あなたが蛮族に攫われたと知った時、シアルフィにはまともな戦力がほとんど無かったために彼の家臣は皆、あなたさまの救出に反対と意見を具申することになるのですが……シグルドさまは自分の身などどうなっても良いとあなた様の救出に向かわれるのです。
自分一人で向かうと宣言なされてね。それくらい想っておいでなのですよ」
俺はポケットからハンカチを取り出すとエーディンさんに差しだし

「わたしもいつも思うんですが、愛する人には幸せになってほしいですよね」

「……ええ、それはもう、もちろん」

「そして、何もかも自分だけのものにして独占したいって思ってしまいますよね」
俯いて頷く仕草の彼女を確認して

「でも、自分の想いが成就しなくても、大切な人が幸せになってくれたらそれでいいって思うくらい愛してしまうって境地に至るくらいの愛だってあるんですよね」
俺は彼女の反応を待たず

「それにあの方はお優しいから、自分と同じように命がけであなたを想っている人の気持ちを慮る、そんなお人です。……話は前後してしまいますが、シグルドさまと同じように、エーディンさま、あなたのことが好きで好きで命がけで、そして親族や主家から縁を切られてでもお助けに向かおうとシグルドさまの軍に合流する人が何人もいるんです。言うなればシグルドさまご自身と同じと。
そんな人たちの為に自分は身を引いて行きずりの女性と結婚してしまい、あなた様から呆れられてしまおう、そしてあなたを慕う他の男達にも目を向けてもらおうと……いきずりの女性は結果的にグランベルの王女さまで、それを知るのはずっとずっと先の話になるのですが……」
じっとして思い詰めたような彼女に

「そんなお優しい方だから好きなのでしょう?」

「……ミュアハ王子は、口がうまくてずるいです」
泣きながら笑顔を見せている彼女は渡したハンカチで目元を拭いながらそんなことを口にした。

「それに、先日話したようにわたしのもくろみが上手く行って争いを止めることが出来れば、あなたさまの想いが成就することだって出来るでしょう」
すこし肩を抱いてあげると彼女は俺に安心したかのように身を預けた。

「先程申した事、取り消します」

「むむ? なんでしょう?」

「忘れずに、覚えていてください……」




アゼル!本当にごめん!





 今までのエーディンさんは礼儀正しく、すこし固い方であったけれども、この出来ごとがあってからは笑顔を絶やさず、俺をはじめ漁師小屋での待機メンバーになにかと親しく声をかけてくれるようになって皆の士気も上がったような気がしてきた。
夜の見張り交代の時になにやら海側のほうに小さな灯りが一瞬見えて、それから消えた。
そのあとにも何度か灯いては消え、時々は長く灯り続け、しばらく消えていたかと思うとまた灯く……

「あれは海賊や海で暮らす人々の連絡の信号か何かでしょうか?」
……たぶんモールス信号的な何かなんだろうけれど、俺が一緒に見張りをしている仲間に問うてみた。
すると、わかりそうな人間は今休んでいるメンバーのほうに一人だけ居ると言うことですまないが起きてもらい、解読してもらった。
その内容は海賊の一団が迫っているので危険だという知らせだとのことだ。
俺は夜陰に乗じてヴォルツのもとを訪れそのことを告げ、もちろんベオウルフにも町のほうへ連絡に向かってもらった。
漁師小屋に戻りエーディンさんを起こし、町のほうへ避難するよう告げると彼女はそれを断った。
ここは激戦になるだろうから治療の杖が使える者は一人でも多くいたほうがいいし、敵を引き寄せる囮の自分が先んじて敵に矢でも射掛ければ一目散にこちらを目指してくるだろうこと、そして

「士官学校でのお噂通りなら、わたくしを守り通してくださいますこと疑いありません」
いままでより柔らかい表情で全幅の信頼を寄せてくれる彼女のその言葉に、俺はがぜんやる気が上がった。

本来なら海賊風の軽装で戦うはずが、やってくるのがわかったので万全に装備を整える。
浜風での錆びを避けるため、箱に仕舞っておいた鎖帷子の上衣を被り、胸当てと肩鎧、それに腿当てと脛当てを装着する。
煮込んだ固い革を重ねて出来たそれは堅牢でありながら軽く、革ゆえの柔軟性も残っているので武器の取りまわしも体捌きへの負担も比較的自由だ。
投槍を漁師小屋の壁に何本も立て掛け、魚箱をひっくり返したものの裏側に支えを付けて矢除けの盾代わりに漁師小屋の各面に備える。
小屋の外に幾つかある樽には投石用の石も蓄えられ、樽の蓋には金属製の握りが付いており、即席の盾代わりとしてある。

「お頭ー! お逃げください!」
そんな声と共に入り江に着いた端艇(カッター)から、カンテラを持った若者が漁師小屋へと駆けてきた。
小屋の側と海岸、それに高台へと分散してそれぞれ配置していた見張り2人ずつとで囲んでしまうと、その若者は平伏して敵意が無いことを示し

「もうじき、ドバールとピサールが大軍で攻めて来るんです!はぐれたあと、オレはやつらの様子を探ってました。でも、お頭の、ブリギッド様の居場所が知れ無くて途方に暮れていたんです。でも昼間にここにいるのをお見かけして……」

「お名前を教えていただけませんか? 姉の為に力を尽くしてくださっているようで感謝いたします」
小屋から出てきたエーディンさんは、その後ヴェルリーと名乗るその若者に声をかけた。

「くっそ、マディノの傭兵隊かよ!騙された!」
一瞬で察して悔しがる彼を前にして

「あなたのように姉の近くで働いている人が間違えるくらいですから、わたくしの変装は完璧なようですね。それに、海賊達を殲滅できればあなたのあるじ、わたくしの姉であるブリギッドの安全にも繋がりますよ」

「……確かにそうかも知れません。でも、本当によく似ている」

「それはそうとして、敵の戦力や武装、それに到着想定時間などを教えてはくれませんか?」
俺がしゃがんで、平伏している彼となるべく視線を近づけ、そう告げると

「……マディノの傭兵隊には教えられない、敵対してても元は仲間だ。売れやしない」

「良い心がけです、では行動の制限をかけはしますが、お命を奪いはしません」
俺が彼の両手を縄で縛っていると

「ヴェルリーさんとおっしゃいましたね。わたくしはグランベルはユングヴィの公女エーディンと申します。わたくしには双子の姉がおりまして、そう、五歳のころでありましたか、海賊に連れ去られてしまいましたの……でも身代金の要求も無く、行方も杳として知れないまま今の今まで時が流れてしまいました。ねぇ、ヴェルリーさん、姉は、ブリギッドはあなたからご覧になってどんな方なのでしょう?教えてはくださいませんか?」
やさしげな声と表情で尋ねる彼女にこの若者は顔を赤らめ

「お頭は……ブリギッド様は、あなた様と本当によく似たお顔立ちではありますが、厳しく、強い方です。でも時々はあなた様のようにやさしげで……」

「わたくしはマディノの傭兵ではありません。ただ生き別れの姉を探す哀れな女なのです。もし、あなたにわたくしを憐れむお気持ちが少しでもございましたらお力を貸してはいただけませんか?」
既に俺は縄をかける手を休めていた、エーディンさんはそれをほどくと彼の手を握る。
顔を真っ赤にした彼はエーディンさんから照れたように視線を外すと

「お、お頭にはずっと世話になってました。あなた様がその妹さまなのでしたらオレがどうして断れるでしょう……やつらと戦うのにオレも参加させるのは勘弁してください。でも、知ってることは全部話します」
俺達みんなが彼に礼を述べると、彼は照れ臭そうにしていた。

情報を聞き出し、それをヴォルツへと知らせた。
そしてヴェルリーには一人護衛をつけ、町のほうへ向かってもらう。
海賊たちは明け方に襲ってくるであろうこと、そして人数のほうも詳しく知らせた。
打ち合せている内にベオウルフが戻ってきたので新しい情報を知らせ、再び町の方へと向かってもらった。



朝焼けはまだ訪れようとしてはいなかったが空は白みはじめ、カモメの鳴き声がちらほらと聞こえてくる。
水平線のほうに見える五隻の船影がじわじわと近付いてきた…… 
 

 
後書き
ほんとにほんとアゼルぅ~もうしわけねぇorz

でもレスターの髪色的にシグルドというのも…(フィン、レックスもいいですけれど) 

 

第三十九話

 
前書き
お気に入り250件突破とか、またまたびっくりです。
拙作に目を通してくださっておられる皆さまに感謝申し上げます。

※今回は残酷表現が多いので、ご覧の方はお気をつけください。 

 
 大型船は座礁を恐れてなのだろう、海岸には三隻の小型船や多数の端艇(カッター)が押し寄せてはいるものの、沖のほうにはいまだ二隻の海賊船が控えていた。
悪臭が少しずつ漂ってくるのは海賊が近づいているからなのは間違いない。
帆船だけで奴らは構成されているのでは無く、ガレー船の割合が高いと思われる。
もちろん帆船の方にも補助的に漕ぎ手は用いられているのだろうが……漕ぎ手への衛生面での配慮が皆無なのだろう。

俺たち漁師小屋での待機メンバーは敵の規模に対して少なすぎたので、急遽伏兵の側から十名単位で借り受け、身を潜めていた。
上陸していた海賊達はなるべく音を立てないよう静かに上陸し、乗って来た艇ごとであろうかそれぞれグループを作り、船が流されないよう慎重に作業していた。

「わたしはここだ!」

あらかじめ打ち合せた手はず通りにエーディンさんは叫びながら、ろくに訓練もしてはいないわりに堂に入った姿で海賊の群れの中へ矢を放つと漁師小屋へと駆けだした。
半数以上の船が接岸し、大勢の海賊たちが襲いかかるタイミングをいまかいまかと待ちわびていた所にこれである。
それぞれの小集団がてんでばらばらに、だが、方角だけは統一されて追い始めた。
乳母日傘(おんばひがさ)で育ったとは思えぬ健脚を発揮し、エーディンさんが小屋に駆けこんできたので、それと交代で俺は小屋から姿を現し扉を閉める。
すると部屋の内側からは重いもので扉に重しをかけ、つっかえ棒をかける音が聞こえてきた。

「今だ! いけー!」

号令をかけると同時に立て掛けてあった投槍を次々と海賊の群れに投げ込むと面白いように当たり、
胸や腹を貫かれて二三歩進むともんどりを打って倒れる者、顔面を貫かれ即死する者、腕や足を掠めてその痛みに行き足を鈍らせる者……
これは俺だけが作りだした光景では無い。
号令と共に漁師小屋の陰に控えていた皆が何かしらの遠距離攻撃……俺と同じような投槍の他にも
弓から放たれた致命の銀の筋、石の礫、思い思いの手段で死者と負傷者と憎しみと恨みを量産していった。

大勢の仲間が落命し傷を負いながらも、それを踏み越え海賊の一団は続々と迫って来る。
ぎりぎりまで遠距離攻撃をしつつも、俺たちは互いに仲間同士の距離を縮め陣形を組み接近戦の準備を整える。
時折海賊側も死んだ仲間の斧を拾って投げつけてくるが、それは盾で受け、武器で叩き落とし、誰一人として傷を負いはしない。
投槍は既に使い尽くしたので投石していた俺だが、頃合いを見て愛用の槍を地面から引き抜き、陣形から三歩前に……打ち合せ通りの立ち位置に着くと縦横に槍を振りまわし、海賊の多くを引きつける。
鬨の声を上げながら同時に三人の海賊が斬りかかって来たが、槍を真横に一閃すると二人の死者と片腕を斬り落とされた被害者を一名生み出した。

これにひるんだ海賊であったが、陣形の内側からは未だ投石や弓から放たれた矢は続き、彼らを打ち据え続けた。
海賊側は一度引いて体勢を整えるべきであろうが、そこは雑多な集団。
統制の取れた行動など望むべくも無く、後方から追いついてくる部隊からは進め! 殺せ! と、叱咤される訳であるから前に出るより他は無く、俺たちに殺され続けるより他は無かった。

こうして戦況に停滞が訪れたので、次の一手を打つ。

「合図を!」

俺の号令と共に陣形の内側、遠距離攻撃を専門に担っていた傭兵が懐から鹿の角で作られた風笛を矢にくくりつけ、遠くを見定めて弓を射た。
海賊達のわずかな頭上、浜風に乗った矢は風笛と共にさながら年老いた魔女の甲高い笑い声とでも形容しうる不気味な音を響かせて戦場を駆け抜けた。



 戦場に鬨の声が響き、藪に隠れていたわずかな騎兵とその数倍の随伴兵、海岸の洞窟からも隠れていた傭兵達が一気に戦場へとなだれこんだ。
わずかな騎兵とはいえ、この状況を横撃された海賊達はひとたまりもなく打ち砕かれ、なすすべもなく海岸に残された端艇や小型船に逃げ込み海へと逃げるか、絶望的な抵抗を続けるか、降伏するか……
絶望的な抵抗を続ける男が俺の前へと突き進んできた。
走り込みながら一本の斧を俺に投げつけ、すぐさま己の腰にぶらさげたもう一本の斧に手をかけると凄まじい勢いで跳躍し振りかぶって振り下ろしてきた。
俺は投げつけられた斧に槍を投げ当てて叩き落とし、腰間の剣に手を伸ばして引き抜きざまにこの海賊の斧を受け止めた。

「我はレンスターのミュアハ! おぬしの名、聞いておこう!」
力比べに打ち勝ち、海賊を押しやった俺は相当な手練とおぼしきこの海賊に問うてみた。

「……ピサール」

「なるほど、頭目の一人だな。相手にとって不足なし!」
俺は地面と水平に右手を伸ばし剣もそれに倣わせ、左手を胸側に引き寄せ盾を構えて地を蹴り、体当たりを敢行した。
真正面から盾で受け止めては、こんな木盾では割れ、砕けるであろうから、引き寄せてあった左手を思い切り外側に開き、振り下ろされた斧の側面にぶち当てた。
そのまま、奥歯を噛みしめると頭突きをピサールの鼻っぱしらに叩きこむ、俺も衝撃と痛みにふらつくが、そこは気合いで右手の剣を下から切り上げ、返す一撃で振り下ろした。
それには手ごたえがあり、とっさに飛びすさったピサールの左手の指が幾本かぼとぼとと地面に落下した。

「……降伏せよ」
戦場は既に掃討戦の段階に進んでおり、沖合では海賊船から煙が上がり、その周辺には幾隻かのマディノ側の戦闘艦や護衛艦が取り囲んでいるように見え、大勢は決したようであったから降伏勧告を行った。
鼻と左手から鮮血が続くピサールは応えようとせず、左半身(はんみ)になると右手に構えた斧を後方へ構え、己の全力を懸けた一撃を行おうとする様が見て取れた。

じりじりと有利な間合いを取ろうとするピサール、俺は視界の端に危険を感じたので思い切り転がるように左側へ身を投げ出したのはピサールの仲間が割って入り斧を振り下ろしたからだ。
地面の岩に斧がぶち当たり火花が上がったが、その刹那、その海賊は眉間に矢を受け落命した。
体勢が不利になった俺にピサールは踊りかかってきた。
思わず盾を投げつけ、それをピサールは防いだ為に出来た隙を活かして立ち上がると目についたものがあった。
互いに構えたのは右手の武器一本、だが……
睨み合いに痺れを切らしたピサールが踏みこんで来ようとしたその時、俺は右足を思い切り踏み込み、叩きつけるほどの気持ちで行った。
先程斧を撃ち落とす為に投げつけた槍の刃の逆サイド、石突と呼ばれる部分を踏み込むと梃子の原理よろしく勢いよく跳ね上がり、思いがけない間合いに現れた致命の刃へとピサールの体は吸いこまれた……




  「お前たちの頭目、ピサールは討ちとった!無駄な抵抗は止め降伏せよ!」

俺が声を張り上げ何度も叫ぶと散発的な抵抗も終息し、逃げ切れなかった海賊たちは捕虜となった。
先程窮地を救ってくれた弓兵に礼を述べ、彼はお互い様などと謙遜していたがピサールと戦いながらもう一人を相手どるなど危険極まり無かっただけに、さらにもう一度感謝の気持ちを伝えた。
完勝と言ったところであろうが、死んだ振りをして襲いかかる海賊が居るとも限らないので油断なく戦場を回った。
途中、ヴォルツとベオウルフと顔を合わせたので礼を述べ、互いの奮戦を讃えあい部隊の死傷者を確認し、傷の重い者にはエーディンさんの力を借りることにした。
彼女は先日に続き、こんな争い事で胸を痛めているかと思うが見た目には出さず、味方も海賊も問わずその死を悼んでいた。
戦後処理をしていると沖合から味方の軍船が一隻やってきて、船首からひらっと地面に着地したレイミアは俺達を褒めそやしてくれた。
彼女が言うには海賊の戦力はほぼ壊滅に等しく、それはもう一人の首魁、ドバールも討ちとったということからも言えるとのことだ。
もちろん数人規模の集まりはいくらでも残っているだろうが、それを完全に潰すなんてことは不可能に近いだろう……
海岸から町側へ進んだ空き地にとりあえず海賊の死者を埋め、俺もエーディンさんに倣い、祈りを捧げたが、俺のそれはきっと自己満足の偽善に違いない……
これについては、あとでクロード神父に慰霊の式典をお願いする運びとなった。
味方の死者はそう多く無いが丁重にマディノへと運ばれるのは言うまでも無い。



海賊を潰したので、ブリギッドの行方を少しは探しやすくなったと思いたい。
 
 

 
後書き
バトルの話が最初から最後までというのはほんと少なくてタグに偽りあり!

今回騎兵が出まして破壊力に疑問があるかもしれませんが、むかーし競馬が好きだったころ
ゴール板そばで観戦していると、わずか軽種馬が十頭前後、そして乗っている人はわずか50kg前後というのに地面が激しく揺れるし、迫力は物凄いしということで目標にきちんと騎兵をぶつけた場合、その破壊力のヤバさは想像以上じゃ無いかと思い、こんな表現になりもした。
今回戦ってくれたお馬さんらはそれなりに武装した兵を乗せているし、馬自体も軽種よりは重種に近いのではと想定し、掠っただけでぶっとばされるような、暴走する車の群れぐらいの気持ちだったりします。 

 

第四十話

 散発的に現れ神出鬼没ゆえにやっかいなのが海賊というものだが、その利点を失ってしまったのが今回の彼らの敗因だったのは疑いない。
海賊を壊滅させた件の論功行賞のようなものが行われ、町の商工会やアグストリアから派遣されている代官からレイミア隊には勲功第一ということで莫大な報奨金が出た。
彼女が協力を要請した全ての傭兵隊のうち、手を貸してくれた二つの傭兵隊にももちろん報奨金は支払われ、彼女への協力を断った傭兵隊は歯噛みして悔しがったと聞き及んでいる。
拿捕した海賊船も売り払ってから三つの傭兵隊で山分けする運びとなっており、この臨時収入もそれぞれの隊員の懐を温めるだろう。



 俺は賞金首にもなっていたピサールを討ちとったことで別個に報奨金が出るということになっていたが、受け取る代わりにブリギッドとその所属していた団の構成員は罪に問わないと言うことを了承してもらい、おおっぴらにヴェルリーに協力してもらえるようにした。
彼が言うには仲間がはぐれた場合の合流ポイントや連絡を残すポイントが何か所かあるということだったのでそこに今回の件を知らせる書置きを残すことを頼み、町の何か所かには高札を掲げてもらい彼女からの連絡を待つことにした。



「別に報奨金断らなくたってブリギッドさんのことは問題なかったと思うんだけどねぇ、まっ、そこがお前のいいとこか」
様々なことが片付いてようやくゆとりのできたレイミアとゆっくり出来る時間が出来たので甘えにきてみた。
傭兵隊のアジトにある彼女の私室はそんな豪勢な部屋でも無いが、個室を持っているだけでも他の構成員に比べれば特別なのだろう。

「そういや明後日にでも今回の働きに応じたカネを最終清算するから、お前も忘れるなよ」
文机の前で片手を腰に当てて決めポーズみたいにしている彼女に

「何言ってるんだい、俺がお前からカネなんて受け取る訳ないだろ?」
この前彼女に言われた台詞で言い返すと、苦笑いを浮かべて軽く小突かれた。
なんだか少し嬉しくなって軽く笑うと、彼女も俺の掛けていた彼女のベッドの隣に座ってきた。
俺は彼女の肩に体を預けて

「こうしてると、なつかしいね」

「そうだねぇ、いろいろ思いだすよ」
俺たちは何も言わずにお互いもたれながら時を過ごした。



 
 暗くなるまで贅沢な時間を過ごした俺とレイミアは空腹を満たすべく夜の町に繰り出した。
ターラで過ごした一晩を思い出して少しせつなくなったが、あの時と今は違う。
もうしばらく、うまくいけばずっと、彼女と居られるだろうから。

「なぁ、お前は魚とかイケるほうかい?」

「んー、種類によるかなぁ。贅沢言って悪いけど、生臭いのはイヤだなぁ。出来れば野菜や肉とかの料理が充実してるほう希望」

「アタシもさ。 やっぱお互いそういう育ちだもんねぇ」
マディノは魚の水揚げはもちろん多い、それゆえ多くの食いもの屋は魚料理が多く、俺たちが長期滞在している宿でもメイン料理は必ず魚が出て来る。

「レイミアの村での豆といろいろ季節の野菜とかハーブの入ったスープとかうまかったよ、また食べたいな。案外って言っちゃ悪いけどレイミアの料理おいしかったよ」

「まっ、あそこは水もここよりずっと綺麗だしね。腕より材料さ」

「謙遜しなくていいのにー」

「ありがとよ、でもコッチ来てからは全然作ってないさ」

「忙しいもんなー、でも、これからはそうでもないだろ?」

「だねぇ、まぁ、ちっとやりすぎたから問題もあるんだよねぇ……」

「獲物を狩り尽くした猟犬は処分されて、弓は蔵に仕舞われるってやつか……」

「いい例えだね! まっ、海上輸送や警備の仕事は今より安全になるだろから報酬は下がりそうだってとこさね……この店にしよか」



 彼女が勧めただけあって野菜料理や粥、丸焼きにした鳥など魚以外の材料を使った料理も多く、俺はトマトで煮込んだ鳥肉と豆に麦粥、串焼きにした玉葱、甘酢に漬けこんだ海藻や野菜のサラダに大満足した。
二人でワインを1本だけ空けて、ほろ酔い気分で宿に帰った。

「ミュアハー!、それにレイミアまで酔っぱらっちゃって~、今日はもうお風呂の時間終わっちゃったよ?」

「祝いのですからね、それに正体無くすほどじゃありませんからあまり咎めないように」
クロード神父の援護射撃があったが、ここはシルヴィアに謝っておいた。
お湯をもらい自室で体を清めるとして、レイミアも今日はここで泊って行くそうだ。
俺やエーディンさんが浜で張り込んでいた間にレイミアとシルヴィアは一緒に寝てたそうで仲が良くなったんだろうなぁ。
レイミアにとってはアニーの代わりなんだろうな、そうなると俺はミゼだろう。
丁度ミで始まりとアで終わってるから、運命の偶然なのかもしれない。
明日は慰霊の式典が挙行されるそうだ、ヴェルリーにもそろそろブリギッドの行方を掴んでほしいものだが……
寝台の上でそんなことを考えながらうつらうつらしていると部屋の中に誰かが入って来た。
すぐさま気合いを入れてすぐに動けるよう身構えると……

「ミュアハー、レイミアのお部屋いこー」
シルヴィアに言われた通りにレイミアの借りた部屋で三人仲良く眠った。
さっき思いついたミゼとアニーの話をしたら、レイミアがうるうるしてぎゅぅっとされちゃいましたーよ。
シルヴィアが言うにはレイミアは俺のお母さんだなんて言うし、そう言うならシルヴィアは俺の妹だよ。
なんて言ったら微妙な顔をしたけれど、この三人で家族っていうのもいいよね。
今日は昼寝をしてしまったけれど、安らかな気持ちになれたせいかちゃんと眠ることが出来た。




 翌日、この前の入り江の手前、海賊との激戦を行った場所で慰霊祭が行われた。
後から石で慰霊碑を建立するそうだが、まずは詳細を記した木製の立て札が立てられその代わりとしている。
クロード神父と町の礼拝所の司祭が儀式を執り行い、エーディンさんとシルヴィアはその補助をしていた。
最後は海に花や供え物を流し皆で祈りを捧げた。
宿に戻ると、昨日渡しそこねたと言われて受け取った書状はヴェルリーからのものであり、ついにブリギッドと合流できたそうだ。
すぐにエーディンさんに見せたところ大層喜んでくれた。
ただ、大手を振って本当に町に入れるか心配なのでいざという時に人質に出来るよう非武装の町の有力者を用意してほしいということだった。
これは町の礼拝所の司祭が引き受けてくれて、あとは指定された日時を待つのみとなった。



これを果たせば、マディノでの長いようで短い滞在の終わりを告げることになるだろう。

 

 

第四十一話

 
前書き
これで5章の終わりとなります。 

 
 指定された場所は港の倉庫の一つで人目につきにくい一角だった他は特に変わった特徴も無かった。
往来する荷運び人夫や荷車、港につきもののカモメにしろ平和な光景に安心する。
レイミアに頼んで護衛を付けてはもらったが、会いに行った俺とエーディンさん、それに約束通りの立ちあい人の司祭様は皆丸腰で、護衛の剣士達と倉庫の中に危険が無いかを調べたが危険物や潜んでいる刺客も居なかったので
いったん護衛には倉庫から出てもらい倉庫周りの警護をお願いすることにした。
倉庫の中には椅子だのテーブルなんてものはもちろん無いものだから、手近な木箱に俺はマントを外すと敷いて、お二人に掛けてもらった。

「ミュアハ様もお掛けになればよろしいのに」
そんなふうにエーディンさんから申し出はあったものの、俺は倉庫の入り口で相手の到着を待つことにしながら倉庫通りの様子を窺い、不測の事態が起きてもなるべく早く察知できるよう務めた。
警護の剣士からかけられた声でヴェルリーの到着を知ったが、やってきたのは彼一人だったものだから話が違うと思い問いただすと、アジトのほうに来てほしいという話になった。

「こちらは丸腰なのだし、そんな警戒しなくともよろしいでしょう?」
すこし言い方がきつくなってしまったのは少しでも早く姉妹を引き合わせたいという俺の焦りが出たのかもしれない。
恐縮する彼には落ち度は無いわけで、こちらも態度を謝った。
お二人の方は了承してくれたので、護衛に着いてくれた剣士三人の内一人にはレイミア隊のアジトへ報告に戻ってもらい、俺たちはヴェルリーの案内で倉庫通りを進んで行くと……




 行く手を遮るように前方の通路に五人、後ろを振り返ると三人の人影が迫って来た。
こちらが気づくとそれぞれ思い思いの武器を身構え、近づく速度を上げてきた。
被ったフードが揺れ、剣呑な視線がこちらのそれと合う。
俺はヴェルリーに目線をやると、彼は首を横に振った。
彼の下げている小剣を引き抜き一言

「借りるぞ……」
相対する連中は素人では無さそうだが手練とまでは行かないだろう。

「司祭さまとエーディンさんを守ってくれ!」
俺は護衛の剣士にそう告げると、前方の五人へ突進した。
……せっかく人数を揃えたなら、飛び道具の一つでも用意すればいいものを!
俺は通りの脇に無造作に積まれた樽を敵側に転がし、立て掛けられた海藻干しの竿や垂る木を次々と引き倒して
一気に囲まれないよう手を打ち、裂帛の気合いを入れると一番前方に居た敵を一合で斬り捨てた。
返す刃でそのすぐ後ろの敵の手首を切り落とすと、前方に強く踏み出し喉を貫く。
骨に喰い込み、容易く抜けなくなった小剣を手放すと、切り落とされた手首が握った剣を拾いあげ、その後ろに迫った敵が振り下ろした剣を受け止めた。
鍔迫り合いなどしていては囲まれて終わってしまうから、一度全力で押してすぐに力を抜いて体を左に流すと、バランスを崩した敵の体が前に流れたので延髄に剣を叩き降ろす。
返り血を避けながら背後の味方の様子を見ると、まだ誰も大きな傷を負っては居ないようだ。

「ヴェルリー! これを使え!」
俺は自分の使っていた剣を彼に放ると、まさに首の皮一枚で繋がっていた敵から武器を奪い取った。
残された敵に水平に構えた剣を向けると、俺の足元でごろんとその首が転がり、ころころと転がり始めた。
その様を目にした敵の瞳には怯えの色が見えたので

「誰の差し金か申してみよ、素直に吐けば命までは取らぬ」
なるべく凄みを効かせて言ったつもりだが……

その効果があったのか前方の敵二人は脱兎の如く逃げ出した。
後背の敵への援護に俺が向かうと、数の不利を悟った敵は逃げ出した。
追いかけて手がかりを掴むか逡巡したが、これは俺達を分散させる罠かもしれず、港湾の守備隊へ出頭し事態を報告した。
 


 町の礼拝所の司祭様が居たということで俺たちの証言は全面的に認められたが、死体の身元はすぐにはわからないということで帰された。
司祭様はもとよりエーディンさんもこの立ちまわりと、その結果もたらされた敵の死に精神的に参ってしまい、今日のところはブリギッドのアジトに向かうのは困難だろうということをヴェルリーに報告してもらうことにした。
彼は恐縮していたが、この襲撃事件はブリギッドの差し金とは考えようも無いことだから気にしないように、そして、こちらの都合で申し訳ないとの言伝も頼んだ。
司祭様を礼拝所まで送り届けると、代わりに礼拝所で司祭様の代わりを務めていたクロード神父とそれを手伝うシルヴィアがただならぬ様子を察して彼を労った。

「このような荒事に巻き込んでしまい、なんとお詫びを申してよいか……」
心から俺は詫びたつもりだが、思いは伝わったようで気にしないよう言われ、今日はこのあとずっと休んでもらうようお願いした。
俺も夕方まで礼拝所の掃除を手伝い、多少は罪滅ぼしになればいいと思った。




 暗くなって来たので帰ろうとするとレイミアが五人部下を連れてやってきて、そのうち二人を礼拝所の護衛に付け、残りで宿まで送ってくれると申し出てくれた。
ありがたく受け入れ宿に帰りつくと、相変わらず宿のあるじも従業員もレイミアに恐れ入り、彼女はそれを気に留めたような態度もなくいつも通りさばさばしていた。
宿の従業員は俺達に客が来ていることを告げ、既に部屋に居るので連絡してくると申し出てそこへ向かった。
ほどなくしてヴェルリーを伴って戻ってきたので様子を見てみると

「おかしらが待ってます。来てはもらえませんか?」
俺がエーディンさんを見ると、彼女は目を輝かせた。

「みなさん、お揃いでどうぞって言われてます」
こちらから問い合せようとしたことを先に知らせてくれたので、俺たちは彼に続いて階上の部屋へと向かった。
慌てずに一歩づつ進むエーディンさんの足取りが心なしか律動的に、表情が輝いて見えるようなそんな気がした。




 部屋への(おとな)いを告げるためのノックの後、入るように声が中から聞こえてきたので、ヴェルリーに続いてエーディンさん、そして俺たちが一呼吸ぶんの間を置いて入室した。
部屋の中にある丸椅子に掛けているフードつきの衣装に身を包んだ、見るからに女性を窺わせる人影がフードを降ろすと、そこにはエーディンさんに瓜二つな美女の姿があった。

「ヴェルリーから似てる、似てるとは言われていたけれど、ここまでそっくりとはね」

「エーディンです!あなたの妹のエーディンです、思いだしてくださいませ、お姉さま……」
エーディンさんはブリギッドのすぐ側に近付くと取り縋るように膝をつき、彼女の腿に片腕を乗せ、空いた方の手で彼女の腕を握り体を預けると、はらはらと落涙し続けた。

「エーディン……エーディンか……言われてみると……」
ブリギッドは目を瞑るとエーディンさんの背中に腕を回し、時々彼女の背中をぽんぽんと優しく叩いていた。エーディンさんは落ち着いてから、互いの聖痕を確かめあった。
ブリギッドの右手の甲にもエーディンさんにも大きさは異なれどそれは有り、それから聖痕と聖戦士の話へと続き、彼女ら二人と形は異なれどクロード神父とシルヴィアの二人にも同じように聖痕はあり、この二人の形は同じく大きさは異なるのを示すと、ブリギッドは心底納得が行ったようだった。

「ブリギッドさん、神器に触れてみることで、今、多少の疑問に思っておられることが解決すると思いますよ」
クロード神父は穏やかな顔でそう告げた。

「……クロード様」
俺が呼びかけると彼はこちらに向き直り用向きを尋ねたので

「先日、ご覧いただいた杖の見立てでは、ブリギッド様がエーディン様と再会が叶ったのは今より2年とか3年近く先の、アグストリアがグランベルに征服された後でしたよね?」

「……たしかに」

「クロード様はおっしゃいました、自分には役割が無いと。 しかし、あなたが動かれてわたし達みなが力を合わせたことによりこうしてお二人の再会がずっと早く叶ったのです」
しばらく時間を置いてから



「変えられると思うのです。 あの悲劇は……」



 --5章おわり--

 
 

 
後書き
長かったー、ブリギッドと会わせるまでこんな時間がかかるとは思いませんでした。
予定よりも海賊との戦いに時間がかかり過ぎたのと40話がどうもうまく行かなかったせいです、すみません。 

 

第四十二話

 
前書き
六章開始です! 

 
 
 ……俺たちを乗せた船は、一路ヴェルダンへと向かっている。
目的はディアドラ王女の保護と、もう手遅れかもしれないがサンディマをはじめとするロプトの魔道士への警戒を促す為だ。
クロード神父の発案で、ヴェルダンに於けるエッダ教の布教や、個人レベルで開設している礼拝所への激励、国王との謁見が叶えばジェノアやマーファなどの集落への教会開設の許可願いと言う名目を立てて行うことになっている。
グランベル王宮に対してはブラギの塔へ巡礼した際に、神から啓示を受けたのでこの訪問を行うという理由の書状をエーディンさん、シルヴィア、ブリギッドに託し、バーハラへ先に戻ってもらった。
その護衛はレイミアと随伴する傭兵達に任せたので問題無いだろう。
彼女らと一時の別れは寂しくもあったが、ヴェルダン人の民度を考えると、美しい彼女らを帯同していればトラブルの種となるのは火を見るより明らかだからだ。
シルヴィアの説得には骨が折れたが、あのときよりはずっと聞き分けが良く、彼女もどんどん大人になっていると思う。
俺なんかが自分と比べたり評価するのも彼女に失礼かも知れないけれど。



 レイミアと彼女の部下達は護衛の任務が終わったあとはそのままグランベルに留まり、しばらくはユングヴィ姉妹のやっかいになったあと、俺とクロード神父が目的を終えて帰国したらまるごと俺の私兵となる予定だ。
 まぁ、俺の士官学校卒業までは外面上彼らにはクロード神父やエッダ領や教会の警備をやってもらう予定ではあるのだが。
 それは今、一緒に船に乗っているヴォルツやベオウルフ、それに随伴する傭兵達も同じだ。
 スポンサーはクロード神父のエッダ家が引き受けてくれる運びとなっている。
 それと言うのもダーナに潜伏し、757年に起こる事件を未然に防ごうという計画を皆で相談し、立てたからだ。
 ただ、レイミアの傭兵隊全てを雇えた訳ではなく、マディノに残留して今まで通りの海運業や海上警備の仕事を希望する者達も少なくなく、そういう者達の為にジャコバンをマディノに残しまとめ役になってもらった。
 原作ではダーナは何の備えもしていなかった為に一夜で陥落したと言われている。
 それならば俺達で城門や要所を守り抜き、義勇兵でも城内で募って抵抗を続ければ、ろくな補給も望めない砂漠だけに追い返すことも出来るだろうというのが基本方針だ。
 現地に着いたら現場の状況に合ったまた違う案も出て来るであろうし、籠城を続けていれば部下の不始末ををつけにマナナン王が乗り込んできて解決が成る可能性だってある……もっとも、そのままマナナン王というかイザーク軍がダーナを陥し、俺たちもしくは別の組織の仕業と仕立てあげることだってあるのかも知れないから、マナナン王の人格面への過剰な期待は避けておくのが良いかも知れないが……




 アグストリア西方の海岸線を行く手に見ながら航海は続き、旅程の半ばあたりからは俺もだいぶ船酔いに慣れて苦しみもやわらいできた。
 最初は陸路を提案されたが所要時間がかかりすぎるのと、それにもしイムカ王が想定より早く亡くなればシャガールのことだ、旅人にどんな嫌がらせをしてくるのか予想もつかないので海路のほうが安全だろうから俺一人の我慢で良いということで海路を選択した。
 船も乗組員もブリギッドのもので、旅程の最後にはユングヴィ南の港へと入港予定だ。
 いずれ彼女が海軍でも作るつもりなら、その中核メンバーになるのではないだろうか。
 最初は船長であるブリギッド無しでの航海に難色を乗組員に示されたが

 「お前らがおしめの取れない赤ん坊ならまだしも、任せられる力量があるから任せるんだよ!これ以上言わせるな恥ずかしい!」
 ブリギッドがこんなふうに一喝したところ、彼らは機嫌良く全面的に協力してくれている。

 途中、ノディオンに入港し補給やヴェルダン方面の海図を求めた。
 ヴェルダンと貿易をしている商会を探し出し交渉をしたところ、海図そのものは商会の宝なので譲れないとのことで、仕方なく水先案内人を借り受けることにした。
 俺たちの目的が交易だとしたら彼を借り受けることも出来なかっただろう。
 多少なりともエッダ教への敬意を払う相手だっただけに運が良かったとも言える。



 ヴェルダン王国とその名を同じくする都に辿りつくまでに、浅瀬ややっかいな海流などが何か所もあっただけに水先案内人を雇ったのは正解だったのは間違いない。
 港で彼の役目は終わり、例の商会が数日後に送りつける交易船の帰りの便に乗って帰るということで別れを告げた。
 港の役人に俺たちの身分や旅の目的を告げ、ノディオンで発行してもらった通行証を示しカネを握らせると翌日に港の役所に顔を出すよう言われた。
 乗組員にしろ傭兵にしろ丘に上がって明日まで自由と知ると、目指すはそう、酒場と売春宿だ。
 喧嘩や殺しを厳禁ときつく言い含めてはあるが、果たしてどの程度守ってくれるものか……
 心配であるので何件かある酒場を回ってみたところ、とりあえずはうちの関係者は騒ぎを起こしていないようで安心した。
 時間の経過とともに酔いが進んで気が大きくなり、気の緩みで問題を起こすかも知れないので、その後何度も巡回し、その度に飲みもしない酒を頼まざるをえないのがもったいなかった。
 ミルク!とか頼んでもトラブルになるだけですしーw


 「よぉ、あんた、口もつけねぇのに何回も来てどうした?」
 酒場の親父は俺にそう言うと屈託の無い笑みを浮かべた。

 「ノディオンから着いたばかりなので、うちの船の乗組員がこちらのシキタリを知らずにトラブル起こしてはマズイと見回りしていたのですよ、それはそうとご店主どの、腹が空いているんだが料理なんかはどんなの出せそうです?」
 あまり期待していなかったがその通りで、俺は揚げ魚を頼むと金を置き

 「他の店も見回って来るので、後でまた伺いますからその時までにゆっくり作ってください」


 その店を後にして別の店を訪ねるとヴォルツとベオウルフが酒をやりながらカードゲームらしきものをやっていた。
 俺は空いてる椅子を持っていき、一緒の卓につくと給仕を呼び蒸留酒を二杯頼んだ。
もちろんこの二人に対してだ。

 「やっぱり陸はいいですね」
 俺が肩をすくめてそう言うと

 「そいつぁ違いねぇ、ところで王子さん、アンタぁどうした? さっきから何回か出入りして」
 ヴォルツがそう言うので俺は見回りのことを伝えると

 「かーっ、そいつはいけねぇな、今夜くらい楽しまねぇと……って、オレの勝ちだな」
 ヴォルツはニヤっと笑うとカードをベオウルフに見せて金を巻き上げた。
 タイミング良く給仕が頼んだ酒を運んできたので代金を支払い、二人に奢りであることを告げ席を立とうとすると

 「ねぇ、遊んでいかな~い?」
 着古した赤い衣装を纏ったけだるげな、齢は三十手前だろうか? 金髪女が俺の肩に手をかけてきた。
もちろんストライクゾーンだが

「いや、そういう気分じゃなくてな、他を当たってくれ」
「つれないこと言わないでおくれよぉ、初めてだから照れてるんだろ? サービスするからさぁ……」
 「あなたを抱いたら四人目かな、俺のジンクスで四って数は縁起が悪くてね。 そっちのねぇさんも一緒に三人で楽しむってならアリだけど、いかんせんカネがたりなくてな。まぁ、そういうことで」
 ベオウルフにしなだれかかっている黒髪女を見やってから金髪女のほうへ顔を向け、にやっとして言うと、彼女は舌を出して顔をしかめた。

 「カワイイとこあるじゃん、一杯奢らせてほしいな」
 俺は席を立ち、給仕を呼んで頼むと多めに代金をテーブルに置き

 「俺はいいから、こっちの俺の兄貴分を楽しませてやってくれよ」
 ヴォルツのほうを見やって彼女を座らせた。

 「この方ぁ、さるやんごとなき身分のお方でな。坊やに見えるが国元にはおっかない嫁さんと愛人が二人もいてな、浮気がバレたら……ちょん切られるって話だ」
 ヴォルツが悪ノリしてそんなウソを言うもんだから

 「そういやドバールは、夜這いをミスって切られちまったのが運のツキでしたっけ」
キスマークをいくつかつけたベオウルフがにやっとしてそう言った。

 「そういう訳で臆病者は退散しますよ。良い夜を」
 俺は彼らに背を向けて店の出入り口へ向かいながら手をひらひらさせた。



 ……ドバールがブリギッドを執拗に狙った真相はそこにあった。



 他に何軒か見回り、先程料理を頼んだ店に戻ったころには若干冷まって、じんわり温かい揚げ魚が出来あがっていた。
 予想に比べて量が多すぎたので木の板に海藻を敷いてもらい、その上に載せた揚げ魚を船に持って帰って船の見張りや副長、それにクロード神父などの上陸していないメンバーとで分けていただいた。
 ずっと女っ気の無い航海を続けた後だけにヴォルツに譲った女の人に後ろ髪を引かれる思いが無くも無いが、この場には居ない彼女達(レイミア、シルヴィア……そしてあいつ)を裏切るような、そんな真似などできようものか。 


 翌日、俺とクロード神父、護衛リーダーにベオウルフ、船のほうは副長とヴォルツに任せて港の役所を訪問し滞在許可を得ると港からはやや離れた王都へと向かった。
 むしろ港町のほうが華やかと言えるくらいのヴェルダンの王都であり、王宮の役人に用向きや付け届け、そして神父様からの親書を手渡すと他の謁見希望者と共にじっと待つことになった。
 俺たちは明日にまた来るよう言われ、整理券代わりの割札を渡されて夕暮れの中、港町へと戻った。
 さらに翌日、今日は会えるだろうということで船倉に積んできた心ばかりの貢物を携えて簡素な王宮を訪れるとすぐに会見が行われ、俺は神父様とバトゥ王のやりとりを見守るだけであった。
 こちらの願いを快く聞き入れてくれて、国内での行動の自由を保障する書状を後日発行してくれる事になり、むしろこちらの名目であるエッダ教の布教活動を歓迎してくれて、マーファ城へ向かう為の水先案内人も用意してくれると言うことだ。
 サンディマなどロプト教への警告は出国前にと決めてあったが、それとなく会談の中で、昔俺が暗殺者に狙われた時は緑の衣を着たロプトの司祭に襲われたと語っておいた。
 名前については語らないでおいたが、出国前に伝えておけばいいだろう。


 これだけ物事がすんなり行くのはありがたくもあり、不安も感じてしまう。
 なんにせよ、ディアドラの発見と説得という大きな課題があるのだからここまで順調であっても先行きが明るいとは思わないでおこう……

 

 

第四十三話

 
前書き
GW遊び過ぎて申し訳ありません。

お気に入り登録300ユーザー様突破、総合評価1500点越えという信じられないことへのお礼を申し上げます。
外伝のほうにお礼小話を先日UPいたしましたのでご興味ある方はご覧くださいませ。 

 
 王都ヴェルダンから離れる際にはバトゥ王から返礼の品をたっぷりともたされた。
非公式な訪問とは言え、同盟国の大物相手だけに気を遣わせてしまったらしい。
離れる前の夜会でガンドルフ王子やキンボイス王子と面識を持ったが、ジャムカ王子は国内の視察に出ていたようで知己を得ることは叶わなかった。
この王子二人は原作ではまさに蛮族にふさわしき所業であったが、このような平時では素朴な、ただ、自分自身と国の未来に希望を持つ若者たちに過ぎなかった。
互いに小国の王子ということで通じるところもあるだろうと話してみると、グランベル諸公家への劣等感や憧れ、だとしても自分達の故郷だってこういう所は負けちゃいないとか、思うところは同じだった。

酒宴の勢いもあって彼らと力比べも行うことになった。
もちろん、武器を持ってのものでは無く、腕相撲とか相撲やレスリングみたいにぶつかり合ってただただ腕力や体全体の力を比べるだけのものなのだが。
キンボイスには辛勝を納めたがガンドルフとは勝負がつかず、バトゥ王の仲裁があって引き分けとなった。
言い訳するなら、キンボイスと勝負してすぐの連戦だったので俺も疲労していたということで……
勝負の際には彼らに倣って上半身脱いでみると、鍛えてるな~と感心されてぺちぺち叩かれた。
加減が強くて少し痛くはあったのだが心が通ったような気がして少し嬉しかった。
悪く言えば単純だけれど、こうやって気のいいところもある彼らと友誼を結べたのは予想外の収穫だったに違いない。

                                           




 マーファ城への船旅の中でディアドラ保護に向けての打ち合わせは毎日のように行い続けた。
彼女を発見するまでの期限をどの程度までに切るか。
……これについては一カ月、ぎりぎりで二カ月と定めたのは集落一か所に長々と滞在するのはヴェルダン側が不審に思うに違いないからだ。
その場合俺は単独で現地に留まり、探索を続けるつもりだ。

もし、説得が不首尾に終わった場合どうするのか。
……殺すのはあり得ない、これは以前決めたようにナーガの使い手を守るべきなのと俺が嫌なのもあるし、クロード神父もそんなことは許さないだろう。
話しも聞いてくれないならばそっとしておくより他無いが、多少でも耳を傾けてくれるなら出来る限りの情報を伝えたい。

説得が上手く行ったとして、どの程度協力を得られるか。
……グランベルまで同道し、父であるクルト王太子、祖父であるアズムール王に会ってくれるのか。
船の旅を断り、陸路を選ばざるを得なくなった場合どのようなルートでエバンス城を目指すか。
もし、ヴェルダン側に発見された場合、どう言い繕うか。
あくまで彼女が森から出ることを拒むならば王太子や王に出向いてもらえるかどうか。
様々な状況を考えた打ち合せを行ってはみたものの、想定外の事態は必ず出て来るであろうから、一喜一憂せず常に冷静に心を保つこと、これが大切だろう。
マーファ城より南の漁港に停泊した俺たちは繋留の許可願いを漁港の管理者に願い出た。
ここでさっそく滞在許可や各地の施設での便宜を計るようにとしたためられたバトゥ王からの書状が威力を発揮し、適正な対価を払いはしたものの繋留許可を得られた。
船員達はこの時とばかりに、船底や側面に張り付いた貝を削ぎ落し、痛んだ船具を修理したり交換したりなど、航海を続けている間にはやりにくい仕事を片づけていった。




 マーファ城に付随する集落は予想よりも大きく、ひいき目で見れば街と呼んで差し支えは無いほどだった。
俺がアタリを付けているのは街の市場で薬草などを売っているだろう店だ。
原作でディアドラは外の世界の人との交わりを断つよう言われて、それを守る姿勢を持っていたにも関わらずシグルドさんがマーファ城を制圧した際に城下に現れる。
精霊の森で人目を避けて暮らすにしても生活必需品を全て自給自足するなど可能であろうか?
これは単なる予想に過ぎないが、定期的に物資の補給くらいの関わりを持っていたのではないだろうか?
そうなると彼女が提供できそうな品を考えると薬草あたりは可能性があるのでは無いかと踏んでいる。
俺にとっても薬草は嫌いでは無い分野だし、彼女が詳しいならいっそ教えを乞いたいくらいだ。
外れたら外れたで精霊の森に立ち入って探すと言うだけであるし……
そういえば薬草は売っている者だけでなく使っている医者に直接売り込んでいる場合もあるだろうからそのルートでの捜索も選択枝に入れたほうがいいかもしれない。
なんにせよ、まずは滞在の名目を果たす為にも街の有力者と繋がりを作っておくにしくはない。

街の有力者には長老が三人居り、彼らに付け届けを行った。
タダで物をもらえるのは裏に何か事情が……と勘繰りでもしなければ嬉しいもので、こちらの好意や誠意を示すには人の営みの中では普遍的な価値ある行動だろう。
バトゥ王の書状も示し、彼らにエッダ教の礼拝所建立の許可という面から話題を切り出した。

「そういえば、精霊の森の巫女さまからも許可をいただいたほうが良いと思うのですが、長老様達は何かご存じありませんか? 巫女さまということはこの辺りの土着の神さまを祭っておられるでしょうし」
「ふーむ、我らもよくわからんというか精霊の森の隠れ里の者とは関わらないようにと言い伝えがあってのぅ。 商いくらいなら構わんと思っておるが、月に一度か二度訪れるようじゃし、見かけたらお知らせいたそう。もっとも知らせた時には既に用を済ませて立ち去っておるかもしれんがのぅ」

髭を扱いて長老がそう言うものだから、彼女が立ち寄りそうな店を教えてもらい、待ち伏せるより他は無さそうだ。




 それから一週間ほど毎日、俺は薬草屋で張り込んでいた。
毎日いろいろ買うものだから気を良くした店主から薬学を教わったりしたものだ。
だが、ディアドラはここでは無く違う場所に現れた。
外見の特徴は他の皆にも伝えていて、特にサークレットのような装身具を付けている人などほとんど見かけない界隈なものだから怪しいと、俺の所にベオウルフが知らせに来てくれた。
どうやら塩の専売業者の所に現れたようで、彼が追跡に残してくれたメンバーは彼女の動勢を捉えており、目立たないように指し示して知らせてくれた。
横顔が見えたが彼女に間違いない。
現在は布や糸を扱う店に居て、品定めをしているようだ。
ここから北西方面の街の出口へと彼らには先回りしてもらい、俺は彼女を尾行した。
無理やり拉致するのも一つの策ではあるが……それではロプトの奴らと変わりはしない、害意は無いし話を聞いてもらいたい、それにその後の関係を考えると荒っぽいことは絶対避けるべきだ。

どうやら買い物は終わったようなのは露店ひしめく市場の品物を見るのをやめ、前だけを見て歩きだしたからだ。
適度な距離を置いて、俺も彼女の後ろに付いて行った。
街外れに近くなると俺の尾行に気が付いたようで彼女は少し速足になった。
それに合わせてすぐに俺は足を早めたりせず少し距離が離れ、仲間の姿も見えるようになってから一気に全速力で距離を詰めた。

ほっと一安心したであろう彼女はしかし、自分の前方から迫ってくる者達のただならぬ気配を察したのか左右を見て後ろを振り返ると、錯乱して暴れ出しそうなところであったが、俺は彼女の手前で跪き

「恐れ入りますが、言上したき儀がございましてまかりこしました。ディアドラ殿下には初めて御意を得ます。それがしはレンスター第二王子ミュアハと申します」

事態を理解できそうにないディアドラさんは呆気にとられていたが

「外の世界の者とは関わらないようにと幼きころより言い遣っています。遠い国の方、せっかくですがすみません……」
「お言葉を返すようでございますが、殿下は市街の者らと商っておいでのご様子。これは果たして殿下のおっしゃる外の世界の関わりとは違いないかと推察されます。一つ禁を破った以上もうひとつふたつ破ったところで差しさわりがございましょうや?」
「……さきほどから私のことを殿下とお呼びですが、お人違いではありませんか?私は時の流れから取り残された里に暮らす者に過ぎません」

少しおびえたようなディアドラの様子であったので、俺は腰の剣をベルトから外して地面に置き、敵意の無いことを示した。
ベオウルフと他数人の仲間も俺に倣って武器を外し、片膝をついて跪いた。
すると少しは彼女も安心した様子だったので

「………わたしは殿下のさまざまなことを存じております。一つは殿下のお母上のお名前はシギュン様、聖者マイラの血を引く由緒正しきお方にして(さき)のヴェルトマー公ヴィクトル様のご正室にあらせられました。突然のことで誠に心苦しき限りなれど、殿下のお母上がシギュン様であらせられることお間違いありますまい?」
「……なぜ、それをご存じなのでしょうか」

興味を引くような反応だったのでここは攻め時に違いない。

「それを語るとなれば、長き時がかかりますゆえ、殿下はそれがしよりの言上、聞き遂げてくださいますことお許しいただけたと思いますが、如何に?」

頷いた彼女を見て、俺は辺りを確認した。
先程と変わらず、俺達を除いては人影も無かったが……俺は声を低くして

「あなた様のお父上はグランベル王国のクルト王太子にあらせられます。 その証拠はあなた様が額を隠すサークレットの下にある聖痕にございます……」

驚きの声と表情を見せるディアドラの顔を確認して、俺はより一層身を低くして敬意を現した……

 
 

 
後書き
現代ならキャー!ストーカー!きもwってなっちゃいますね。

ただ、いろんな事をズバズバ言い当てて(マッチポンプとかかも?)有名な芸能人を思いのままにしていた占い師なんかがこの現代にすら居るようですし、ディアドラさんの立場としてはびっくり!、なんで知ってるのー?ってなっちゃうと言う事くらいは信じてくれないかなーと。 

 

第四十四話

 「……(さき)のヴェルトマー公ヴィクトル様は、多くの女性と情を通じておられ、シギュン様は大層お心を痛められていたと聞き及んでおります。そのお姿をお気の毒と思われたクルト様は、初めのうちはただお悩みの相談を聞き届けられ、お心を安んじ賜われたのみでしたが……そこは、やんごとなき身分なれど男と女、いつしか互いに慕い合うようになったそうでございます」

俺は跪いたまま顔を上げずに言葉を続けた。
衝撃的な内容だけに、ヴィクトルが二人へのあてつけに自殺したという話、ロプトの奴らが兄であるアルヴィスと彼女の間に子を為さしめようという話はまだ伏せておくべきだろう……

「あなた様を身ごもったシギュン様は、周囲の方々へご配慮され、故郷のこの地へと戻ったのです」
「私の両親のお話を聞かせてくださってありがとうございます。……すみません、あなたのお名前をすぐに覚えることが出来なくてごめんなさい。あなたはそれを伝えるためだけに私に会いにきてくださったわけではないのでしょう?それをお話くださいませんか?」
「はっ! 恐れながら申し上げます。ディアドラ殿下とお父上をお引き合わせさせていただくお手伝いをさせていただきたくまかりこした次第であります!」

……その後、俺はもう一度名乗り、この場に居る協力者も一通り名乗った。
込み入った詳しい話はまた日を改めて行って欲しいという彼女の申し出があったので、それは全面的に受け入れた。
二日後に精霊の森の湖の畔で待っていると彼女は告げたが、具体的な場所がわからないので、俺ともう一人が護衛を兼ねて彼女の帰り道に同道させてもらい、ベオウルフは残った仲間を連れて本隊への報告に戻ってもらうことにした。

「……ディアドラ様はこの森の中に居られたら、森の木々が身を隠す手助けをしてくれるのですよね?」
「はい、その通りです。……よくご存じですね」
「それぞれの森にその主というのは居るようで、わたしの故郷には迷いの森というものがあるのですが、そこではあるじに招かれざる者が立ち入れば永劫彷徨うことになり、わたしも危うかったことがあったのです」
「まぁ、そうなのですか……」
「あなた様はこの精霊の森の巫女と呼ばれるようですから、そうではないかと思いまして」

とりあえず、森の中に居る間には彼女を見つけたり捕まえたりは困難なようなので森に引きこもってさえもらえれば安心だ。
目印となる木や湖畔にあった大きな石を定めてもらった。

「今回は、突然にして不躾なわたしめに対して快くお言葉をおかけくださって、心より御礼申し上げます」
「いえ、ミュアハさん……そのように畏まらずともよろしいのですよ。 外の世界の方と、こんなにもお話できたこと、外の世界のお話をお聞かせいただいたことに私は、もしかしたら楽しいと思っているのかもしれません。明後日にはここから見て、陽があの枝にかかった頃にお会いいたしましょう」

にこっとしたディアドラさんの美しさはヤバイ。
シグルドさんが一撃でやられたのも無理は無い、そんなことを思いながら街へと戻った。





 すでに夜の帳は降りていて、一杯やってから帰ると言う同行者と別れた俺は街の大通りをまっすぐ進み、逗留している宿へと歩みを進めていた。
露店の類はほとんど姿を消し、数少ない酒場と幾つかの屋台が投げかけるか細い明かりが、昼の間はここは街だったのだと主張していた。
いつもなら露店がある辺りの端っこに、フードを被った何者かが椅子に腰をかけていた。
特に気にも留めず通り過ぎるつもりだったが……
どう考えても届く訳の無い距離だったにも関わらず、何故か袖を掴まれてこの人物の前に立っていた。

「……占って差し上げますわ、遠慮は御無用」

フードの奥には黄金そのもので造形したような輝く髪に、神の為した造形の奇跡という表現が適切なほど整った顔立ちの美女の姿があった。
首から下がっているネックレスに彼女の指が触れると、その髪よりもなおきらびやかな輝きを発し、絡まるように編まれた細工がねじれた黄金の滝を幻出したかに見えた。

「あなたはソレを追ってはなりません。 訪問者が訪問者に首を刎ねられることを防げたならば……空から放たれる輝きにあなたは貫かれることになるでしょう……でも、それは、あなたにとっての救い」
「意味がわからないです、そして、まず【ソレ】って何でしょう?」
「ふふふ……ねぇ」

占い師の美女は魅きこまれそうな、これが蟲惑の笑みというやつだろうか……を浮かべて両手を差し出し、俺の頬を掴むと、けだるげな表情を浮かべながら

「元の世界に戻ったところで……あなたは元の暮らしに戻れると思うの?」
「な、あんたは一体? ただの占い師じゃあ無いのはわかるが何者だ!」
「ねぇ、なんの躊躇いも無く人を殺せるアナタが、あんな平穏な暮らしに戻れるとお思い?」
「そんなの……」
「やるべきと思ったら世の中の仕組みを無視して突っ走るあなたが、法や秩序や慣習であんなにも身動きのとれない世界の息苦しさに狂ったりはしないかしら……自由に、なりましょ……」

それから彼女が小声で囁くと、俺は急に体が熱くなり、ふつふつと彼女への欲望が湧き立った……


俺には大切な人がいる。
こんな行きずりの女性に、しかも力ずくで及ぶなど、してはならないことだ。
衝動を耐えきった俺を見て、彼女は表情を改めると邪気の無い笑顔を浮かべた。

「……流石。 思い通りに出来る男は大好きだけれど、思い通りにならない男もたまらないの。 
また、必ず会うことになるわ。 今のわたしは…ルヴェ…グ……ヘイド、そして……ナディ…ス」

俺は気が付くと通りの端に立ちつくしていた……





 
 約束の日が訪れたので、俺とクロード神父の二人は約束の場所へ向かった。
時間……と言っても日時計だが、それよりも早く付いたはずだ。
俺達より少し遅れて到着した彼女は恐縮したが、俺たちの方が約束より早く付いただけで……
湖畔でピクニック……なんて思うほどのどかでのんびりした光景だ。
俺は街で仕入れた素朴な菓子をふるまうと共に、まずはこの世界での故郷、レンスターのことを話しはじめた。
続けて自分の家族や大切な人たち、小さなころ人質に出された話し……などなど。
時折クロード神父が合いの手を入れてくれながら世間話を続けて行き、頃合いを見計らって本題に入った。
彼女の持っているオーラの書はおそらくシギュンさんがクルト王子から賜ったものであろう、光系の魔道書は貴重品であり、その中でもオーラはほぼ最高ランク。
そんな物を持っているというだけでも……と伝えたところ、オーラの書を持っていることを知っているという事に驚かれてしまった。
異父兄としてヴェルトマーのアルヴィス公爵が居るということも伝えておいた。

彼女は俺が何故そのような事を知ることが出来たのかを不思議がっていた。
もし、俺が同じ立場なら同じく思うだろう。
荒唐無稽な話なので信じてくれるとは思いにくいでしょうが、と、前置きをして俺は異世界人であるということ、ある手段を用いてクロード神父を始め、ごくわずかな人々には信じてもらえたことを彼女に話した。
俺が言い当てたことは彼女にとっては秘中の秘の事ばかりであったので、信じざるを得ないと言うところであろうか……
その結果、森から離れる訳には行かないが、父には会ってみたい、でもそうも行かないだろうから母の形見のサークレットを託しますと彼女は申し出てくれた。
自分は元気で生きてますって伝えたいんだろうな……
二十年近く自分をほったらかしにして! だなんて怒りださないように、あらかじめクルト王太子はあなたの存在をご存じ無いということを伝えておいてよかった。
その場でクロード神父と話し合い、クルト王太子にディアドラに会いに来てくれるよう言伝を頼み、俺はここに滞在して案内役をするというのはどうかと取り決めた。
神父様が帰国後、転移(ワープ)の杖で王子をマーファ城まで飛ばしてもらえばすぐだろう。
その際、俺は彼と面識はあるので案内役は果たせるはずだ。

ディアドラには手紙をしたためてもらい、それをクロード様は預かり、俺だけマーファに滞在することにして残りのメンバーは全員船でユングヴィに向かってもらうこととなった。
それからは毎日ディアドラと湖畔で会うことにした。
……伝えにくいことではあったが、少しずつロプト教団の陰謀とロプトウスを復活させるために彼らが行おうとしていることを知らせていった。
彼女を悲しませはしたが、そんな恐ろしいことを防ぎたいのだと伝えると、わかってはくれた。


クロード神父達と別れてから二週間ほどしたある朝、ついにクルト王太子が俺の逗留している宿にやってきた…… 
 

 
後書き
精霊の森の木々がディアドラを守るという設定はファミ通文庫FE聖戦、最後の地竜族の設定準拠です。
表紙のキュアン兄上が槍じゃなくて片手剣装備しています!

謎の占い師美女は、フノスの母にしてオードの妻、ヘイムダルに守護され、ロキ(ロプトウス)のみに嫌われし、恋バナ大好きな黄金と肉欲の女神さまです 

 

第四十五話

 伴も付けずにただ一人で現れたクルト王子、いつも通りの冷静な態度であったが……
どうやら帰還(リターン)、あるいは転移(ワープ)の杖で俺を送り返していただけるそうで、コスト的に人数が少ない方がいいからだと彼は語った。
それはもっともだと思い、俺は彼を案内することにしたが、その前に時間をいただいて市場の露店で少し甘い菓子に白樺の樹液、そして貴重品とも言うべき楓糖などをみやげに選んだ。
これでお目にかかるのも最後かも知れませんから、感謝の印として……などと説明すると彼も頷いてくれた。




 その日によっては他愛無い挨拶程度で終わる日もあれば、帰り道が心配になるくらいの時間まで語ったその場所も、とりあえずは見納めになるのかなと思うと寂寥感を感じてしまう。
寄り道をしたせいで彼女を少し待たせたようだったが、俺一人では無く二人連れだったことから彼女は自分の父なのでは無いかと思ったのだろう。

「お人違いでしたらごめんなさい……お父様でらっしゃいますか? わたしはディアドラといいます」
「あぁ、あの人の面影がある……何も知らなくて、すまなかったな」

二人はゆっくりと近寄ると微笑み合う、これが親子だと知らなければ歳の差さえあれ、よく似合うカップルに見えてしまう。
聖痕を確認しあったからだけでは無いであろう、直観的に互いに感じたものがあったようで親子と認識し合うことはできたようだ。
そうして二人はいろいろなことを語り合っていたが、その頃合いを見て彼の方が動いた。
彼は懐から美しい布に包まれた彼女のサークレットを取り出し、彼女の額にかけてあげた。
はにかんだような彼女のその微笑みは湖畔の美しさと相まって、画家や、この世界に居るはずは決して無い写真家の口を借りれば"決定的な瞬間"と、口を揃えたことだろう。
俺は黙ってその様子を見続けていた。

「……お待たせしました。ミュアハ王子、転移(ワープ)の杖でお送りします。今回のあなたのお働きにはグランベル王家としても、そして私個人としてもこの上無い謝意を述べさせていただきます」
「誠にもったいなきお言葉なれど、王太子殿下、少しだけお時間をいただけましたものならば、これに勝る喜びはありません」
「あぁ……ディアドラにですね。 失念しておりました……さぁ、ディアドラ、ミュアハ王子からお前に贈り物だよ。受け取ってあげてくれないかな」

俺は市場で仕入れた彼女へのみやげを手渡し、出来るだけ優しく微笑んだつもりだった。
受け取ってくれた彼女は俺にお礼の言葉を述べてから少しだけ目を伏せて

「……お父様、もし、私のわがままを聞き届けていただけるのでしたら、心ばかりのもてなしをミュアハさんにしたいです。 いままでただの一度も住まいに招いたことはありませんでしたが、今はお父様もおられますし、よいでしょうか」
後から彼女はこう言った、何か予感がしたのだと……





 森の中をどのくらい歩いたことだろう、獣道のようにはなってはいなくともディアドラが歩くと彼女の行く手を遮る邪魔な枝や下生えは自然と道を譲るという不思議な光景を目にすることになった。
開けた場所に出たが草が生い茂り、建物はあっても草や蔦、それに木々に埋もれたものばかりだ。

「ここに、たった一人で………」

俺が思わず独りごとをつぶやいてしまうと、ディアドラは足を止めて胸の前で手を組み

「こうすると……感じるんです。みんなの心を……」

真似てみたがしーんと静まり返った森の静けさとそよぐ風、時には小鳥のさえずりくらいしか感じ取ることは出来なかった。

「どうやら、不心得者のわたしにはみなさんが語りかけてくださらないようです」
「そんな事はありませんよ。 ミュアハさんのこと、歓迎してくれていますよ」

苦笑した俺にディアドラさんはにこっとそう答えてくれた。
若干遅れてクルト王子が追いついてきたので

「では、狭いですが私の住まいはこちらです。お父様はもっと足腰を鍛えてくださらないと」
「そうだねぇ、ハァ、少し、ハァ。そういうことも考えないとね」
「ふふふ」
「恐れ入りますがディアドラ様、お住まいの前に……」
「どうされました?」
「お母君の眠られているところへ、王太子殿下を……」
「……ありがとう。 ミュアハ王子」

俺たちはこの集落の人たちが眠っている墓地へと案内してもらった。
石を積んだもの、木で造られた墓標、土を積み上げただけのものと様々な形式のものがあった。
このあたりは集落のかつて居住エリアだった場所よりは雑草が抜かれたりなど人の手が入った跡がある。
全て彼女によるものだろう……声が聞こえるみたいな事は言っていたが、たった一人で、つらく大変なものではないだろうか。
彼女が指し示したシギュンさんの墓の前で、皆、目を瞑り祈りを捧げた。
俺は先日までの名目上の活動の為にエッダ教の経文を多少なりとも手ほどきされていたので、拙いながらもそれを唱えた。

「ありがとう。 ミュアハさん」
「とんでもない、きちんとしたものじゃ無いので、眠っているお母君のお心を害していなければ良いのですが……」
「気持ち、それが大事なんですって……」
「……王太子殿下には、シギュン様と少し二人きりになっていただきましょうか。……他の方々にもお祈りしてもよろしいでしょうか?」
「是非、お願いします」

俺とディアドラさんはクルト王子をその場に残して他のお墓にもお参りを行いながら、彼が俺たちに合流するのを待っていた。
やがてこちらにやってきた彼が述べた感謝の言葉は、いつもより飾らないものに感じた。




 ディアドラさんの暮らしている住まいは、俺がトラキア城であてがわれていたそれに近いくらいのものであり、その手入れは行き届いていた。
乾燥させた香草(ドライフラワー)などが目立たないよう配されており、その柔らかな香りに心も癒されるほどで、使い込まれた家具や調度品はよく磨かれており、落ち着きのある部屋の雰囲気作りに一役買っていた。

「もてなすなんて言いましたけれど、何一つ準備が出来ていなくてごめんなさい」
「とんでもない、何か手伝えることありましたらご遠慮なく申しつけください」

彼女は炊事場とおぼしき場所へ向かい、水桶から水をやかんのようなものに汲みいれ、釜戸に火をつけようとしていたところ、クルト王子は懐から書物を取り出し、父に任せなさい、なんて言うと(ファイアー)の呪文を調整して発動し、すぐに火を起こした。
マジイケメンすぐる!

湧いたお湯で彼女は手製の茶のようなものを淹れてくれ、俺が先程みやげに渡した菓子と共に少しゆったりと時間を過ごした。

「お父様、ミュアハさんには夕飯くらいはお召し上がりいただきたいのですが……」
「そうだね、そうするといい」

クルト王子は心底やさしげな表情でそう述べた。
手持無沙汰な俺は彼女から許可を受けて、辺りの廃屋に目立つ雑草を抜いたり、井戸があったのでそこから水を汲んだりしながら時間を潰した。
変に気取ったところも無く、穏やかでやさしげな態度の彼女に惹かれるものはあるだけに、気に入られたいという気持ちがあってこんな行動をしていたのかもしれない。



 今日贈った楓糖で少し甘みをつけた麦粥に、香草や根菜で作ったスープや煮豆などの質素ながらも温かみのある夕食を御馳走になった。
こんな夜にいきなり戻るのも俺が困るだろうから、今晩はこの集落で過ごし、明日の朝一番で送ってはどうかとディアドラさんが申し出てくれた。
娘に弱いのだろう、彼女の願いを聞き届けたクルト王子と三人で歓談を続けていたが……

「……ミュアハ王子、今日はありがとう。 本当はもっと早くこうすべきだったのだが、すまない、ずっと休んでくれたまえ。(スリープ)れ!」
突然、クルト王子は携えた杖を俺に向けて魔力の奔流を俺にぶつけた……

突然のことに俺はめまいを起こしてしまった……
ディアドラさんの驚く声が俺の耳に届いてきた。
眠りに落ちることは無かったが様子を見る為に机につっぷし、寝たふりをすることにした……

 
 

 
後書き
いままでほとんど作中に出てこなかったワープやリターンなどは、平時においては厳しく使用や所持が規制されていると思ってくださいましー
テロ対策など治安の維持には必要な措置かなーと・・・ 

 

第四十六話

 クルト王太子はセイジなのかハイプリーストなのか定かでは無いが、俺を殺すつもりならこのあと焼くなり感電させるなり、かまいたちでズタズタにするなりしてくるであろう……
 そんな様子は微塵も見せないので黙って様子を見ることにした。

「驚かせてすまない……ただ、誰にも聞かれたくないことをお前に伝えたかったのだ」
「……でしたらミュアハさんに席を外してもらえばよかったでしょうに、いったいどうされたのです?」

 彼女の言う事はしごくもっともだ。
 俺の方から察してそう動くべきだったのかもしれないが、タイミングというやつを見るなら、急に席を外すのもなんだかおかしいと思うし。
 何より、急にスリープで寝かすのは無いだろう、常識的に考えて。

 「……ディアドラ、お前はこの里でひっそりと暮らしているからわからないだけで、このミュアハ王子、明らかに……異常なのだよ」

 士官学校入学の際のレックスとの衝突、それにも関わらず逆に自分の味方にしてしまったこと、普通ならば代筆屋にでも頼む演説を即興で行ってしまったこと、それにこの年代はついつい楽しい事が目に入ればそちらにばかり目が行ってしまうというのに自己鍛練に余念が無いこと。
 それよりも何よりもと彼は前置きして

 「クロード神父、ひいてはエッダ教は(まつりごと)には極力関わらぬを是としているというに、それにも関わらず動かした。 長年行方不明の者を簡単に探り出し……それも二人もだ。……先程はなによりもまずシギュンの墓を私に弔わせた。お前や私が思い至るより先にだ。たしかに嬉しくもあったが、なぜ、そこまで何もかも見通しているかのように動くのか、私は恐ろしい。例え席を外していたとしても何もかも察知されてしまうかと思うと、直接行動の自由を奪わないと安心できなかったのだ、彼には後で詫びよう。できれば……お前にもわかってもらいたい」
 「はい……」
 「すまないな……お前から見て、彼はどのような御仁に見えるかな?」
 「……そうですね、最初はたのもしい兵隊さんのように思いました。でも、死んだおばばが申していた先生という概念のように感じますし、優しくて親切です。もし許されるのならお友達になってもらえたら嬉しく思います」

 クルト王太子の話しは聞かせてもらえばなるほどと思う、たしかにグランベルにやって来てからというもの、いろいろと不自然な無茶をやってしまったな。
 原作知識や中の人の年齢に伴う経験値なんですよ!って話は、普通信じてもらえないよな……
 彼の方から不審な俺に先手を打ったというわけだ。
 それはそうとして、ディアドラさんの言葉は面映ゆくもあり、友達なんていくらでもどうぞと。

 「悪人では無いというのは良くわかるよ、ただ……」
 「お父様、ミュアハさんは神さまが遣わせてくれた方なんですって……おかしいでしょう?」

くすくす笑ってディアドラさんはそう言った。
俺の話はあまり信じてないのだろうか? いや、それならこんな席など設けられないはずだし……

 「でも、誰にも見せたり知らせたりもしないことを何もかも言い当てられてしまうと、そうなのかもしれないと思ってみたりも……」
 「お前の周りをあらかじめ調べていたのかも知れないのだよ?」
 「この森に、特にそんな意図で入ってくるような人がいたら森が迷わせてしまいますし、それにお父様のような立場の方でさえ、私の事を御存じなかったでしょう?」
 「……そう………だね」 
 「こうしてお父様と引き合わせてくださったのです、感謝しています」

 ディアドラさんは俺の味方だな。
 クルト王子のほうも味方に出来れば万々歳なんだが。

 「今まで親らしいことを何も出来ずにすまなかった。 勝手な言い草だが許してもらえたら嬉しい」
 「許すも何も……それに、母さまがお父様に黙って居なくなってしまったことを謝りたいと言ってますよ」

 目を瞑って胸の前で軽く組んだディアドラさんはそう告げた。

 「ところでお父様、(スリープ)りはどれくらいの時間が続くのでしょう?」
 「その時によって違うが、まだまだしばらくはそのままだろうね」
 「では、お風邪でも召さないとも限りませんから、何か上に掛ける物をお持ちします」
 「手伝おう」

 そう言って二人は立ちあがり……ディアドラさんの背後に立ったクルト王太子は素早く傍らの杖を持ち、彼女を眠りの世界へと送った。

 「許せ。 これもお前を守るためだ」

 ディアドラさんを椅子に座らせると彼は真剣な面持ちで何やら書きものを始め出し、それを終えると懐から書状を三通取りだしたが、そのうち一つには火をつけて燃やし尽くした……
 残ったほうの書状のうち一通をディアドラさんの前に置くと、彼は懐から短刀を取り出した。






 さすがにこれは……自ら命でも断つ気では無かろうか?
俺は寝たふりをやめて、クルト王太子に飛びかかった……






 「な、っ、ミュアハ王子!」
 「早まった真似はおやめください!」
 「ち、違う、違うのだっ!」
 「いいえ!ディアドラ様の出生の秘密を守る為、自ら命を断ってはなりません! 他の者がいくらシギュン様とあなた様の間の子だと主張したところであなた様がこの世の者で無くなれば誰も確かめようがなく、あの書状は自分の母親の名は伏せておけとでも記してあったとお見受けした」

 簡単に馬乗りになり両手を押さえることが出来たが、彼の方は抵抗するようなそぶりも見せずわずかに入れていた力も抜いてしまっていた。

 「安心しましたよミュアハ王子」
 「何がでしょう?」
 「なにもかもお見通しかと思ったら、そうでもないようですからね。 それと、そろそろどいてはくれぬかな? いささか痛む。心配なら手でも縛ってくれても構わないよ」
 「これはご無礼しました。 お命に関わると思い、つい……」

 俺がどけるとクルト王子はそのまま床に座り込み、痛む場所をさすりながら顔を顰めた。

 「あの子の身の証と思って、私が生まれた時に授かった守り刀を与えようとしただけなのだよ」
 「そういうおつもりとはつい知らず、軽はずみな判断で申し訳ありませんでした」

 床に転がっていた短刀を出来るだけ恭しく拾い上げてクルト王子に手渡し、重ねて無礼を詫びた。

 「こちらのほうこそ、いきなりあなたに魔法を撃つなど無礼の極み。 場合によっては命、奪われても致し方ないところご容赦いただけたようで礼を申します」
 「その事について、今はとやかく申すつもりはございません。 まずは席に戻りましょうか……ただ、杖と魔道書はお預け願います」

 杖と魔道書を預かった後、机の上に両肘を乗せて手を組み、それを額に当てて考え込んだような姿の彼に問いかけた。

 「して、殿下はなにゆえディアドラ様まで眠らせてしまったのでしょうか」
 「……わからない、逃げてしまおうとしたのかも知れない。 いずれ迎えに来るなどと期待を持たせるようなことを書いた上でね。 いや、たまにこうして顔を見せに来ることはあっても、あの子を王宮に迎えると言うことから逃げようとしていた。 なんとも情けなく恥ずかしい。」
 「……そのご選択、さぞお心を苛んだことでしょう。 殿下と取り巻く環境からすれば致し方ないところかと思います。 なれど、幸せをどぶに捨てるようにも感じますぞ」
 「その口ぶりから察するに、何か代案があるようですね」
 「全ての事情を知るわたしやクロード神父を亡きものにして、シギュン様のことはあくまで隠してしまったとしましょう。 そうすると、隙をついてロプト教徒がディアドラ様とアルヴィス公の身柄を狙います」
 「意味がわからないのだが、いったいどういうことなのかな?」
 「シギュン様はロプトの皇族、聖者マイラの血筋を伝える方だったそうで」
 「ミュアハ王子、今、なんと言った……」
 「彼女に残るロプトの血は強くは無いとはいえ……殿下は御存じありませんか?十二聖戦士家で傍流の聖痕を持つ同家の男女で子を為した場合、直系を現す聖痕をもった子が生まれた事例があったということを。 それはまた、ロプトにもあてはまるようです。つまり……」
 「それ以上言わないで欲しい……」
 
 頭を抱えてクルト王子は考え込み始めた。
 俺はじっと彼の反応を待ち続けた。

 「娘は、ディアドラはそれを?」
 「……恨まれても仕方ないとは思いますが、教えて差し上げました」
 「ロプトの血を引く者は……処刑されるのだぞ、あの人が……そんな」
 「そうですね」
 「!……関係無いからとそうも涼しい顔をされては、私とて腹に据えかねるぞ!」
 「お待ちください、殿下。 その定め、誰が決めました?」
 「それは、我が先祖ヘイムをはじめ十二聖戦士が……」
 「超自然的な要素で変えようも無く定まったもので無く、人が定めたものなのですから変えればよろしいでしょう。現にアルヴィス公はそれを目指しておられますよ。……確かに長年の慣習になってしまったがゆえ、それが当たり前になってしまったこの世界の多くの方は考えも及ばないでしょう。しかし、十二聖戦士家がやっているロプト狩りは、かつてのロプト帝国の行っていた弾圧と規模や名目は違えど似通った部分はあるのですよ。その話は別として、生まれつきロプトの関係者であるだけでは罪に問わねばよいでしょう。ロプト教徒であって犯罪を起こしていない者をどうするかは又、別の議論が必要でしょうけれど…… そして、殿下とてお思いなられたことはありませんか? 【なぜ自分はこの家に生まれてきたのか】と」
 「若き日はそう悩んだことが全く無いとは言えないが……」
 「自分で選んで生まれおちる先を選べないのにそれが罪だなんて、私は納得いきません」

 思わずヒートアップした俺は机を拳でどんと叩いた。

 「しかしだ……六公爵家、ひいては残り五つの聖戦士家全てが同意すまい」
 「ならば、グランベル王家直轄領のみでそうされてもよろしいでしょう。戦後百年を節目に……など理由はなんとでも。 追随する公爵家があるでしょうし、反対派には餌をやって抱き込むことをお考えになってみてはいかがでしょう。生き残ったロプト教徒は、アルヴィス公を脅迫して集めた財で魔道士を育て、兵も集めています。 このまま膨れ上がる前に、脅迫することが出来ぬようにすることで勢いを弱めることも肝要」
 「今の話、まことか?」
 「……このヴェルダンとてロプトの手が伸びてます。 恥ずかしながら我が北トラキアのコノート伯レイドリック、それにイザークのリボー家、シレジアでは王妃派以外はことごとくロプトの魔道士を雇うなり傀儡にされるなりしておりますぞ、ヴェルトマーから引きだす財貨を断ちきるために、殿下は愛するあの方と負い目を持つあの方のご子息をあやめることなどできますまい……」
 「貴公のことだ、今それを証明する証拠は無くとも実際に確かめたらその通りなのだろう……」
 「恐れ入ります……」

 忘れる前に、俺はマントを外してディアドラさんに掛けようとしたが彼女の父親に制され、彼は自身の上着をかけてやっていた。
 その後の話し合いで、まずはアルヴィス対策にロプト関係者生まれの者をそれだけを理由で処罰しないようにする法を成立させることを第一とし、ディアドラの母親については彼女が二十歳になるまで秘密にして欲しいと遺言を残して亡くなったということにして時間を稼ぐことに取り決めた。
 隠れ里で一人寂しく暮らしてもらい、時折クルト王太子が訪ねるというのも一つの選択枝であり、目覚めた後の彼女の意思を尊重しようともしているが……出来れば俺はこの親子に仲良く一緒に暮らしてもらえればなぁ……なんて甘い考えを持っている。

 「では殿下、お手数おかけ致しますが、跳躍(ワープ)の杖でバーハラまで飛ばしていただきたく」
 「すまんがミュアハ殿、ここからだとエバンス城までがせいぜいだ。そして夜も更けはじめているがそれでも構わないか?」
 「はい、もちろんです」
 「では……参る。 跳躍(ワープ)!」
 俺の足元に魔法陣が現れ、体が魔力に包まれていった……











 ……あ、やはり体質的にダメだったか、(スリープ)りが効かなかったからそうかも知れ無いとは思っていたが。
 微動だけして取り残された俺の姿がそこにある。
 前や前の前の世界でもそうだったんだっけ。
 ダメージを受けたり回復する魔法は他の人の半分程度は効果があるのだが! 
 
 「どうやらわたしは魔法が効きにくい体質なものでして……」
 「……(スリープ)りは早く目覚めたんじゃなかったのですね」
 「ハイ、全部聞コエテイマシタ。モウシワケアリマセン」

 頬をひきつらせたクルト王太子に微妙な視線を向けられながら精霊の森の夜は更けていった……

 
 

 
後書き
この話、どうするかでとにかく長く悩みました。
今後の話に大きく影響するからです。

クルト王子、もしくはディアドラに死んでもらうか。
ディアドラに死んでもらう場合のクルト王子は法と秩序と義務に盲従する人間であり、ディアドラ殺害後はさらに自殺までさせようかという場合と、殺害後もさらなる罪の意識に苦しみながらもグランベル王家の為に生き地獄なのと。
クルト王子のみ死んでもらう場合はシギュンさんのことは絶対に秘密にしてくれと主人公に懇願して死んでもらおうなどなど。

とはいえ、原作では苦しんでばかりと見受けられるこの親子、せっかく創作するのだもの苦しませてどうするのー!という心の声の勝利です。
厳しい人は対面させて親子の名乗りさせてあげただけでも充分とお思いかもですが……
悲しみは作者の中の人が充分知りましたしー
シギュンさんの墓参りあたりで、もう殺したくないよーモードに。


そういう訳でもうここから先は消化試合みたいな話になってしまいますが、もうちびっとだけ続くんだぞい? 

 

第四十七話

 
 精霊の森からエバンス城まで街道に沿ってひたすら走り続け、宿場の無い辺りでの野宿は体力も精神力も削り続けられた。
 ようやくエバンス城の城下町に辿りついて取った宿では丸一日眠り続けるほど疲弊していた。
 関係各位への書状をしたためたが、宛先が多すぎて閉口している。
 まずは国元のレンスターのみんなへ、クロード神父に出した手紙内容は半分以上がレイミア宛になっていただろう、ユングヴィ姉妹にももちろんだし、士官学校関係者にも恐る恐る、クルト王太子にも書き終えて、シルヴィア宛のに取りかかりはじめた。
 ずいぶん寂しくさせてはいないかと思うが、マディノでの出来ごとで知り合いがだいぶ増えただろうから案外けろっとしているかも知れないけれど。
 宿屋併設の食堂の机で一生懸命手紙を書きあげていると……

 「やれやれ、ようやく見つけたぞ不良王子」

 そこには口角を上げてにやっと笑ったベオウルフの姿があった。
 彼との思わぬ再会を喜んだが、不良呼ばわりされるようなコトは心当たりは無いのだが!
 ……彼はシルヴィアのたっての願いでこの街まで付き合わされていたそうだ。
 彼女も他の宿屋を回っていてあとで合流するだろうとのことだ。

 「どうだい? 目的は果たしたのかい?」
 「ヴェルダンでのは、はい、だいたいは」

 俺はクルト王太子とのやりとりを彼に伝えた。
 結局ディアドラさんは一人で残ることを選び、俺は翻意を求めてみたが彼女の一言でそれ以上は言えなかった。 
 もし、自分が王宮に入ったらランゴバルト、あるいはレプトール卿によってクルト王太子の暗殺リスクは高まるだろうからと。
 たしかに、彼を失うとグランベル王家の嫡流が途絶えるのでこの二公爵はぎりぎりで暗殺にまで及んでいないのだろう。
 そんな中ディアドラさんが王宮に入ればその前提も崩れてしまう。
 現実世界ならば有力諸侯が仕える王の嫡流が途絶えるのはむしろ自身の勢力伸長のチャンスではあるが、この世界に於いてナーガの使い手たるグランベル王家の者が居なくなるということは諸国へも対ロプトへも安全保障上の切り札を失うことになるので絶対に避けたい事態だからだ。



 "マグニさん"としてのレプトール卿に会う機会は二度あった。 法や秩序を重んじる彼にとって不倫、そしてロプト皇族の血を引く娘がいるということは見過ごせないだろう。
 後者は法を変えることでなんとかなるにしても前者はどうにもならない訳か……
 まぁ、ヴィクトル公と死別して数年後にシギュンさんとの間にディアドラさんを儲けたという言い逃れをしましょうとは伝えてはあるが、うーむ……フィラート卿あたりが正直なことを述べでもするとひっくり返るしな。
 この三者は、もう若くは無いし時間を味方に付ける、あるいは弱みを掴んだり恩を売ったり、または圧倒的な優位をクルト王太子側が占めることが出来るのを待つべきか……
 ナーガは一対一のような勝負なら圧倒的だが、数撃てば壊れてしまう弱点も孕んでいる。
 十一の聖戦士の役目って、結局はロプトウスとナーガが一対一の勝負が出来るようにロプト側の通常戦力を削る、露払いみたいなものだと思う。

 
 「お前さんもよその国のことなのに気苦労が絶えないねぇ」
 「グランベルの動向によってはうちのような小国は呑みこまれてしまいますからね、こちらは兄上と父上がしっかり国を固めてくれていますし、世継ぎも生まれたようで安心ですが」
 

 俺もベオウルフも椅子の背もたれに体重をかけて後ろ手に手を組んで頭に乗せ、揺り椅子のようなだらしないことをやっていると

 「ミュアハー!」

 宿屋に入ってきたシルヴィアは俺の姿を見つけると一目散にやってきた。
 素早く椅子から降りた俺は、抱きついて来た彼女を受け止めた。
 ベオウルフのにやにやがうざい。

 「この街で一週間も前から待っててくれたってベオから聞いたよ。 心配かけたね。ありがと」
 「無事でよかったよー、ほんと……」

 以前なら人目もはばからず感情の赴くままの彼女であったが、すぐに身体を離して所在なげな様子だったので、俺が椅子を勧めるとそれに掛けてくれた。
 先程書きあげた手紙はこのまま渡してしまおうか。

 「書き上げたばかりのヴィア宛の手紙だよ。受け取ってくれるかな」
 「うん! ありがと!」
 「じゃあ、他の皆にも送りたいから二人とも付き合ってよ」

 俺たちはいったん宿屋を後にすると手紙を配達人に委ねてから料理屋に向かい、改めて再会を喜び、それぞれの近況を報告し合った。
 ベオウルフとの先程の話は繰り返しになったがシルヴィアに伝えた。
 彼女のほうからの話を俺は楽しみにしていたが、彼女以外の女性のことばかり聞いたらきっと嫉妬するだろうから押さえておこうか。
 そういう訳でヴォルツの事から聞いてみると、彼はリボーに潜入しそこで雇われて、ダーナ攻めの際は戦場で内応するか途中で離脱してリボー軍の内状を知らせる役を担うということだ。ベオウルフも俺達をバーハラまで護衛したあと、その足でリボーへと向かってくれる。ブリギッドはリング卿やアンドレイと感動の再会を迎え、家督はアンドレイが継ぐべきとして自身は自由な立場になったらしい。クロード神父はクルト王子とよく会合を開いていると教えてもらった。

 「レイミアのことは聞かなくていいの?」
 「どうせ忙しくしていると思うからね。俺と再会したせいで仕事が増えたってボヤいてそうだ」

 シルヴィアの言葉にそう言って俺が笑うと、違いない、とベオウルフも苦笑いを浮かべた。
 


 それから翌日からの旅に備え、荷物の補給を終えた頃には日が暮れていたので夕食も共に行い、翌日の集合場所と時間を定めた。というのも宿泊先はそれぞれ違うからだ。一か所の宿に統合しようとしたがどこも繁盛しており、うまく都合が付かなかった。
 ちなみにベオウルフはこの街の恋人と過ごすそうです、頑張ってください。

 自分の宿に帰り着いてから身を清め、そろそろ(やす)もうとしたところドアのノックがあり、宿の従業員からお客ですと言われたので促されるままに付いていった。
 フロントには荷物を持ったシルヴィアが居て、こっちに手を振ってきたので俺も応じた。

 「泊ってたところ、相部屋頼まれちゃって。 しかもオトコよ? あり得ないんでチェックアウトしてきたの、ミュアハんとこに泊めてよー」
 「俺もオトコなんだけど?」
 「なによー! イジワルしないで!」
 「……そういうことで、二人ぶん払いますのでよろしいですか?」

 俺が宿の従業員に頼むと彼女の分は半人分に負けてくれた。
 部屋に戻り俺が床で寝ようとすると彼女は寝台から降りてきて、ちょこんと隣に座ると膝を抱えてその上に頭を乗せ、俺に向かってにへらっとした笑顔を見せた。
 お互いの肩辺りから毛布をぐるっと回して夜更けまでずっと語ったり、話題が途切れたら黙って身を寄せ合ったりしているうちに彼女は寝息を立てはじめた。
 起こさないよう注意深く寝台に乗せてやり、俺が離れようとすると袖を掴んで離さないので

 「寝たふりで騙そうとはっ!」
 「……」
 「こらー」
 「……これは寝言だよ、むにゃむにゃ、あの時の家族ごっこたのしかったよ」
 「じゃあ添い寝しちゃうよ」
 「うんー、これも寝言だよ……」

 ……頑張れマイ理性! 結局一緒に文字通りの意味で寝ましたよ!
 いろいろとご無沙汰なだけに、あやまちを犯しそうになるのを耐えるのが大変すぎた。 彼女の身じろぎ一つや当たる柔らかな部分や寝息で大興奮ですからね! これは神からの試練に違いない! 耐えきった暁には……より険しい試練が待っていそうな気がしないでもない。
 翌日ベオウルフがどういう訳か嗅ぎつけたようで茶化されたが、やましいことはしてないですし! 




 グランベル領に入り、ユン川を渡ると空気まで変わったような気がしてきた。
 ここから北へルートを数日とり、ドズル領を経てバーハラへと至るわけだが、マディノへ渡って以来七ヶ月程の時が流れ過ぎていた。


 

 

第四十八話

  ……バーハラに辿りついてからは目の回るような忙しさが連日続いた。
 士官学校のほうは除籍処分もあるかと思っていたが、そこはコネパワーで回避され(特にクルト王太子の働きかけは相当なものだったと思う)補習と追試を組んでもらうことになり、卒業間近までそれは続くことになるようだ。
 そんな訳で行動の自由に大きな制限がかかってしまい、ダーナ砦防衛戦に関しては大まかなこと以外はレイミアに丸投げに近い形になってしまったが、あれこれ俺が口を出すよりいいのかも知れない。
 

 
 復学してからというもの、まずは以前のような生活サイクルへ戻ることに務めることにした。
 早起きしての鍛練を続けてはいたが、久々に相手を得てのものは張り合いもあり、その後の授業にしても同じである。
 放課後は主に座学の補習を受けていたが、ついでに成績の奮わない候補生も受けさせられており、俺のせいだと逆恨みを受けたりもしたが……
 半年に一度、そして俺たちの年次では最後になる個人戦技試験が行われ、そこでいつも通り負けなしだったこともあり、座学での評価を多少補填する形として卒業の見通しは立った。
 士官なのだから兵隊率いてナンボではあるが、自ら矢面に立って兵士の士気を上げるというのも一つの手段である訳だが……周りからの俺の評価はきっと猪武者に違いあるまい。
いや、猪なら高速移動も可能なわけだから"鈍亀"って辺りかもしれないね!



 
 どうにかこうにか卒業まで漕ぎつけた俺は、謝恩会にて久々にクルト王太子やエーディンさんと再会した。
 こちらからは会いに行くのは難しいが、クロード神父やレイミア、それにシルヴィアはちょくちょく会いに来てくれているとはいえ、彼女らは久しぶりだ。

 「一別以来ですね、ミュアハさん。 ご卒業おめでとうございます」

 彼女は今回も接待役の一人として任命されたようで、シャンパンだろうか? 注がれたグラスを俺に渡してくれたので口をつけた。
 
 「それもこれも、エーディンさんを始め皆さんのおかげです。 あの時は本当にありがとうございました」
 

 すると噴き出したエーディンさんを見て……あ!、もしかして!

 「人が悪いなぁ、ブリギッドさんでしたか」
 「……正解、これはなかなか面白い遊びかと思ったけど、あたしの事知ってる人がそもそも少ないものね、面倒ごとをエーディンに押し付けられたみたいなものだわ」

 苦笑いした彼女はグラスをとると一口で呷った。

 「いい飲みっぷりですね」
 「あっちじゃこんな上等な酒なんてありついた試しは無かったし、騙されてよかったかもね」
 
 一通り笑いあった後、彼女は表情を改めて少し俺との距離を縮めると声を潜め

 「それでね、ダーナ行き、あたしも付き合わせてもらう」
 「いや、そんな訳には。 命のやりとりに行くのであって観光じゃぁ無いんですよ」
 「だからこそよ、私とエーディンの恩人のあんたに報いたい。それに許可を求めてるんじゃないよ!もう決めたんだし、それにさ、一人でも戦える者が欲しいんじゃないの? 狭い意味であんたの兵隊って全然居ないじゃない。 そりゃレイミアはあんたの言う事は聞くだろうけど、意見が対立したら彼女の兵隊は全部彼女に付くでしょ」

 エーディンさんなら決してしないような鋭く危険さをも内包した笑みで彼女はそう告げた。

 「それは仰る通りですが、危険すぎます。お考え直していただけませんか?」
 「……あたしは十二聖戦士直系って最近ようやくわかったものだから、ご先祖さんのゆかりのあるダーナ砦に巡礼に行く。 そこでたまたま恩人に会ったら協力するってのが人の道ってものかな。ミュアハ王子が滞在している間はあたしもそれに付き合うつもり」
 「……ふー、参りました。 でもなるべく遮蔽物に隠れて狙撃に専念するような形で頼みますよ」
 「任せておきなさい!」
 「じゃあ、もう一杯……おっと、エーディンさんを慕ってるかわいい子がいるので紹介させてください」

 こちらのほうを時々ちらちら見ているアゼルを焦らした格好になるが彼女と引き合わせた。

 「お久しぶりです、一度お会いしたきりなので覚えてらっしゃらないかも知れませんが、ヴェルトマーのアゼルです」
 「……アゼル公子ですね。 よろしくお願いします」
 「ボク達の為に今日はありがとうございます」
 「とんでもない、公子はとてもご聡明そうですわね。 それに比べてうちの弟のアンドレイときたら、日がな一日トンボとりだのカトンボなどと子供っぽくて、少しは公子を見習うよう申しつけねばなりませんわ」
 「ふふふ、アンドレイ公子は甘えられる姉上がおられてお幸せなことでしょう」
 「アゼル公子にも、頼りになる立派な兄君が居られるでしょう。でも、そうですわね。もうアルヴィス公をお支えなされる側なのかもしれませんね」

 ……うーむ、アゼルがずいぶん落ち着いているな。
 緊張して真っ赤になってもじもじしてしまうかと思ったのだが! ネタばらしをそろそろしたほうがいいかも知れないので彼女に目配せをした。

 「アゼル~、実はこちらの方はエーディン公女の姉上でブリギッド公女」
 「うんー、なんかエーディン様の姉上が戻られたって話には聞いていたんだ。なんか雰囲気が少し違うものだからそうかも知れないって思ってたよ」

 おお、気が付いていたとは!

 「まだ名乗ってなかったしね。 ブリギッドです、公子さま」
 「改めてよろしくです」
 「こちらこそ」

 その後レックスの姿を見かけたのでブリギッドとアゼルはそのままに、彼の方へと向かった。

 「……よォ、お前は国に帰っちまうのか?」
 「いや、一度ダーナに行ってからこっちに戻ってきて、それから帰ろうかなってね。 まぁ、ダーナからそのまま帰ってもいいだろうけど、やり残したこともあるからなぁ」
 「やり残したこと片づけてから行きゃいいんじゃないか?」
 「ん? 俺と別れるのが寂しいって?」
 「んな訳あるかー!」

 そんな風にじゃれているとクルト王太子がやってきた。
 うん、あの時となんか状況が被っているな。

 「二人ともおめでとう。 ……ミュアハ王子、主席で卒業させてやれなくて迷惑をかけたな」
 「いやいや、殿下のおかげをもちまして卒業の機会をいただけました。 ……それに」
 「それに?」
 「またスピーチの大役を仰せ仕る名目にもなりませんので、願ったりと申すところで」

 互いに苦笑いをしてグラスを一杯傾けると、彼は俺たちの肩を叩いて別の輪の中に入っていった。

 「ずいぶん王太子と親しいみたいだな」
 「んー? そうか?」
 「俺は畏れ多くてブルっちまうよ、あのひとにはさ」

 肩をすくめて身震いするレックスを見て俺は笑った。
 小突かれたりしながらも、いい縁が出来た、士官学校に来て良かったなって思った。

 




 国元へ手紙を送り、ここで世話になった人たちにお礼と再会を願う挨拶を済ませた。
 シルヴィアにはダーナでの仕事が終わったら、必ず会いに来ると伝えた。
 きっと彼女は連れて行けとせがむだろうと思ったが、俺の無事を願うと言ってくれた。
 ブリギッドは一度ユングヴィへ戻り、海賊時代の仲間を連れて現地で合流する運びだ。
 
 アゼルとレックスと拳を軽く合わせ、別れの挨拶とした。
 この日、初顔合わせとなったレイミアとも互いに打ち解けた様子で、二人とも傭兵ってモノとその生き方ってやつに興味津津だったようだ。
 シルヴィアと軽く抱擁すると冷やかされたが、そんなの気にしちゃーいない。
 彼らに見送られながら、俺とレイミア、それに彼女の部下が一路向かうのは奇跡と伝説が伝承される地、ダーナである…… 




 --6章おわり--

  
 

 
後書き
実際のところ、ワープもリターンもリワープでも飛ばせない主人公は鈍亀どころか置物ですねw
それに比べてアーダンさんは優秀すぎる! 

 

第四十九話

 レイミアは自分の傭兵隊を一気に動かさず、小分けにしてダーナとリボーへと送り、俺たち一行はありふれた旅行者とその護衛のような一団を形成し、ヴェルトマーを経由して旅程をこなしている。
 砂漠近くの小さな町で先遣隊が保障する砂漠横断のガイドを雇う事ができた。
 十二聖戦士ゆかりの地であるダーナへの観光はこのような平時であれば普通に行われているようで、日本人で言うならお伊勢参りなどの感覚なのだろう。
 俺たちの辿るルートは砂ばかりのまさに砂漠というものでは無く、岩や砂礫が支配する不毛の荒野と言うべきものだった。
 このルートは北トラキアとグランベルの貿易にも使われており、狭間にある大きな中継点であるダーナへと大きな富をもたらしており、前者の意味での砂漠はリボーから海岸線をひたすら南へ向かった辺り一帯と、フィノーラ方面に存在する大砂漠のことを意味している。




 ここでリボーやフィノーラを始め、この辺りの地域についての知識を振り返ってみようと思う。
 リボーはユグドラル大陸の東北部に存在するイザーク王国を形成する分家の一つが支配する都市であり、我が北トラキア諸都市一つに比肩する規模と推測している。
 イザーク王国は十二聖戦士の一人、剣聖の呼び名が名高いオードが祖となり開かれた王朝だ。
 北に行くほど開発が遅れており、国土のうち南方にあるソファラ、リボー、そして国名と同じくする王都イザークの三都市は文明国の都市と称され得るとグランベル側の資料にもある。
 フィノーラはイード砂漠の中継都市の一つで、主にシレジア方面への玄関口であるリューベック市とグランベルとを繋ぐ役割を果たしている。
 ユグドラル大陸を空から俯瞰するならば、ダーナは砂漠の南東に位置し、フィノーラは砂漠の北の国とを繋ぐとおおまかに思っておけばいいだろう。
 



 ガイドの言う事に従い、点在する小規模な中継地点を経て目的地であるダーナ砦へと辿り着いたころには既にグラン暦757年に達する直前であり、襲撃事件が起きたのが何月であったのかまでは知らない俺にとっては気が気では無いくらいであった。
 もし、ダーナが襲撃された後であるなら被災住民を一人でも多く救い、マナナン王がわずかな供とやってきたなら身柄を奪い取るか、そもそも虜囚の目に遭わせないようにするかなどを考え、適宜レイミアと打ち合せをし、状況毎の対策を練って行った。
 

 十二聖戦士の奇跡の賜物なり聖遺物と言われるものは大陸の随所に見られるが、ここダーナ市で見た目にもはっきりと示されるのは、街の中心にこんこんと湧き続ける泉と、何か所にも存在する井戸であろう。
 市民はもちろん旅人にも自由に使う事が許されており、こんな砂漠の真ん中で潤沢に水を使える贅沢を贅沢と感じずに過ごすことが出来るが、泉や井戸を汚すような不心得者が居た場合に課される刑罰は当然重い。
 世襲の市長はこれに使用料なり税を課してその場限りの財を得るよりも、街の発展でもたらされる税収にこそ価値があると見たのではないだろうか。
 その見通しは当たったようで、賑やかで活気のある街ぶりは街の周囲に豊かな自然に恵まれたミレトスやターラなど他の大きな交易都市に見劣りするものでは無いことを、両都市を実際に目にした俺が思うくらいだ。
 とはいえ、過去の軍事拠点としての趣きは街の至るところに残っており、かつては敵の襲来をいち早く見つけては市民に危険を知らせた望楼、街をぐるっと囲む城壁上に工夫された切り出しや、耐久性を増す為に築かれた円筒状の各塔などがそれを物語っている。
 ただ、長いこと戦から遠のいていることもあり補修や点検を要するような場所の多くが後回しにされており一抹どころでは無い不安があった。
 街を実際に歩いて街の地形を体で覚えさせ、アジトに戻っては図面を少しずつ書きあげていく、歩きながら書いていたら街の衛兵に咎められる危険性が充分予見されるからだ。
 その作業を続け、ある程度満足行く物が出来る迄には二週間以上の時間を要した。
 また、街をかつて囲んでいた空掘の一部が崩れて低くなっていたり埋められていたりなど、平和でゆったりした暮らしの代償に、防衛上の措置が軽んじられていることを考えさせられてしまう。
 今のところ一番気を付けなければならないと思っているのが敵勢力があらかじめ潜入しており、リボーの軍勢が攻め入って来た時に誘因することだ。
 例えば前述の望楼に付いている見張り兵……いまや兵では無いようだが、を殺すなり行動不能なりにさせて敵軍襲来を知らせないようにし、この街の正門を閉じようとする衛兵を同じように邪魔してしまい、無傷で軍勢を街の中に侵入させてしまえば取り返しがつかないだろう。
 そんなことに思いを馳せていると

 「どうしたんだい? 難しい顔して考え込んじまって」

 アジトの外に何個もある水瓶からひんやりした水を俺の為に汲んできたレイミアはそう言うと、ここまで書きあげて問題点も記した街の図面を覗きこんだ。
 このアジトは正門から離れているものの一軒家で、街の外壁に近く、いざという時の為に地下道を少しずつ掘っている。
 これは夜中などに小規模の人数で夜襲をかけたり、要人を脱出させる為だ。
 併設してある小屋や納屋に掘り出した土を詰め、庭を上げ底のようにしてその上に草花を生やしてカモフラージュしてはいるが、これ以上の土の置き場所は考えねばならないな……

 「う~ん、ダーナに入る時の身元確認みたいなのが杜撰だったから工作員みたいなの入り放題だなって思ってさ」
 「なるほどね、要所に割く人数をそれぞれ一人二人増やしてみるかい?」
 「それだけの余裕あるかな? まぁ、ブリギッドさんが合流間に合えばもう十人くらいは増えると思うけど」
 
 せっかく汲んで来てくれた水を飲んで彼女に礼を言うと、少し嬉しそうな表情を見せてくれた。
 つられて俺も笑顔になり

 「いろいろと下見がてら、なんか食べに行かないか?」
 「そうだね、目釘も折れちまったしねぇ」


 最低限の武器だけ携えて彼女と街を散策しながら屋台で串焼きになった肉だの、小麦粉かなにかの生地に肉やキノコ、玉葱なんかを挟んで焼いたもの、新鮮な生野菜は無い代わりに酢で漬けたり、塩漬けにされてからき出しされた野菜を使った料理は豊富で、長期滞在してもやっていけそうだ。
 食べ歩いていただけで無く、あの望楼には何人配置すればいいとか、俺やレイミアのように黒髪黒目の人間が居たらそれとなく様子を見ていたのは……これはイザーク人かもしれないからだ。
 ついでに武器屋の品揃えを良く見ておき、防具屋にはこの前発注しておいた盾と、金属製の胸当てや肩当ての進捗具合を確認した。
 レイミアは愛用している大剣の拵え換装と刃砥ぎを頼んでおり、今は在マディノ時のように短めの剣を二本腰に差した剣士然としている。
 二人で歩いているとからかって声をかけてきたりする輩も居るが、その時々で姉弟だとか坊っちゃんと護衛だのとアドリブで関係を変えて遊びながらダーナの街を散策し、アジトへと帰り着いた。

 
 
 
 それから二週間ほど過ぎた日の午後、ブリギッド達がやってきたのだが……
 


 
 「えへっ、ブリギッドさんに付いてきちゃった!」
 「えへっ……じゃ無いだろう。 すぐに帰るんだ!」

 なんと、シルヴィアがこの一行に紛れてやってきたのだ……
 

 「ブリギッドさんもブリギッドさんでしょう、何故連れてきたんです」 
 「仕方無いだろう、せがまれたものだから」
 「遊びに来た訳じゃ無いんですよ、いずれ戦場になるんですから」
 「いいじゃない、この子役に立つよ」
 「そういう問題じゃ無いでしょう!」
 
 俺だけが一人怒っていて、周りの皆は危機感が全く無い。
 ……ったく、何考えてるんだよみんなして。

 「来ちまったもんはしょうがないだろ? それともお前、一人で歩いて帰らすつもりかい?」
 「レイミアまでそんな事言って!、何かあったらどうするんだよ!」
 「そんときゃアタシが命張ってでもなんとかするよ!」
 「……そこまで言うならもう知らない。……シルヴィア、特別扱いしないからな。それと、クロード神父に仔細書いた手紙出すんだぞ」
 「うんー!」

 
 ……実際のところ、内通の恐れを持たずに信頼を置ける相手は一人でも多く欲しい、だからと言って、絶対危険になるここに留まらせていい訳が無い。
 その日のうちに俺もクロード神父に手紙を書いた。
 内容はシルヴィアを迎えに来る人間を送って欲しいと……



 その日のうちからシルヴィアは多くの味方を作ってしまい、俺は処置無しになってしまった。
 彼女とべったりな訳じゃ無いので知る由も無かったが、いつの間に兵種変更したのか杖を使うようになっていた。
 戦力としても役に立つだろうし、雑用も文句言わずにやってくれる……
 だからと言って、戦わせていい訳が無い。
 俺はクロード神父が寄越してくれるだろう迎えの使者を一日千秋の思いで待ちわびていた……


  
 だが、その願いが叶う前に事態は動いた。
 潜入中のベオウルフが、息も絶え絶えでリボー軍動くの知らせを持って帰ってきたからだ……  

 

第五十話

 
 リボー軍動く、この知らせをダーナ市長に行った所で信用される見込みは現物でも見せない限り難しいだろう。
 そもそも取り次がれる事さえ疑問符が付くのだが、伝令を送った上で打ち合せ通りに俺たちは動きだす。
 一通り主だった者達に指示を出したあと、不安そうに俺の袖を引いたのは誰あろうシルヴィアだ。
 彼女がダーナに押しかけて以来、俺は努めて距離を置いた態度で彼女に接していた。
 特別扱いしないと宣言したのだから。

「ねぇ、あたしはどうしたらいいの?」
「……」
「………嫌いになっちゃったの?」

 
 自分は役に立てるからー!みたいなことをブリギッドに売り込んで来たんだから、行動で示してみろ!
……若かった頃、現実世界で暮らして居た頃の自分ならそう言ったかもしれない。
 だが、彼女には彼女の想いがあるのもわかっている。
 だから、少し考えてから彼女に告げた。

「戦闘は朝から晩まで、そして夜中の間もひっきりなしに続くって事は無い。だから、小休止があった時に怪我人の治療や食べ物を休憩中の戦士達に配ったり……でもな、ほんとは今すぐここから脱出して安全なグランベルまで逃げて欲しい。 伝令も飛ばす訳だから同道すればいいんだしね」

 彼女の返事を待たずに俺は続けて

「……絶対に戦場まで出てきて杖使って治療とかに回ってはいけないよ。 これだけは本当に約束してほしい」
「うん!」
「それと、嫌いになんてなるわけないよ」

 
 言葉だけは素直に了承してくれるけれど………いや、今は言うまい。
 


 


 俺は望楼のうちの一つに向かった。
 敵を目視出来たら思い切り鐘を鳴らして正門側に居るレイミアとその部下に知らせて門を閉じてもらい、城壁の上から射撃や投槍、投石なり行う予定だ。
 正門に俺が配置に付かないのは、望楼への襲撃者にロプトの魔道士が居た時に備えてだ。
 もちろん、こんな俺たちの動きはついぞ知らぬのが本来の望楼の見張り役なのは言うまでもない。
 ……目的地に到着してみると、暇そうな監視員が欠伸を噛み殺しながら腕をぐるぐると回したり腰をとんとんと叩いたりとすっかり緩んだ様子が見て取れた。
 高いところからの眺めを楽しみたい、などと言って度々登らせてもらい、警戒心を薄れさせて来た相手だ。
 今回も同じように声をかけようとしたところ……
 

 望楼の上に突如現れたローブを纏った者、--恐らくロプトの魔道士--が杖を構えている様が見て取れた。
 俺は急いで駆け上がったが……いつもと異なり重武装していたが為、最上部の見張り台に辿り着いた頃には、すでに血まみれで倒れた監視員と件のローブの者が血濡れた短剣を片手に待ちうけていた。
 鎧を鳴らして駆け上がったからであろう、充分に体勢を整えていたこの者は俺に杖を向けると魔力をぶつけてきた。
 どうやらクルト王太子ほどの魔力は無い相手で、本当に一瞬の軽い目眩程度しか感じなかった。
 狭い見張り台では充分に扱え無いので、剣を抜くのももどかしく肩口から体当たりをかます。
 何本か骨の折れたような音が聞こえるのも気に留めず、俺は魔道士の顔面を殴りつけた。
 鼻の骨が折れ、勢い余って折れて飛び散った歯が床に転がり、涎と血とが混ざったものをぶちまけながら倒れたので、素早くローブを切り裂いて紐状にして腕を縛り上げ、それをもう一つ作ると丸めて口に突っ込んで舌を噛み切らないように対処した。
 
 見張りの男は既に事切れており、仕方ないので本来の目的を果たそうと外を見やると、街のほんの近くまで迫って来る軍勢の様子が見てとれた。
 思い切り半鐘を打ち鳴らし、その合間に

「敵襲ー!」

 と、声の限りに叫んだ。
 正門のほうが察知してくれるまでそれを続けようとしたが、異変を察知して駆けあがって来た衛兵と押し問答になった。
 捕らえたロプトの魔道士を示し、懐からロプトの魔道書を取り上げて提示しても半信半疑だったが、迫りくる軍勢を見るよう促してようやく緊急事態を納得してくれた。
 正門が閉じられるのを目にした俺は望楼を駆け下り、一度アジトへと向かった。
 半鐘が激しく打ち鳴らされているのを頓着せずにのんびりしている大勢の市民の姿に平和慣れしてしまった人々の危機意識の欠如を感じてしまう。
 大混乱になり身動きが取れないよりはマシかもしれないと言い聞かせ帰り着いた俺は、盾と愛用の槍、それに投槍を数本携えて正門のほうへと急いだ。



 正門では、潜入していたリボー側の工作員との戦いがあったようで、いまだ片づけられていない死体とともに血なまぐさい臭いが立ち込めていた。
 ここではどうやら衛兵との協力体制が出来ているようでレイミアの手腕に感心する。
 俺の姿を認めた彼女がやってきて

「敵さんは攻め手が潰されたようで、壁の向こうでごちゃごちゃ怒鳴ってるけどどうしたもんかねぇ」
「……う~ん、知らずに交易や観光でダーナに向かってきた人たちを捕らえて、助けて欲しければ開門しろって言ってくるかなぁ」
「交易都市だし、商人見捨てたってなっちゃあその後の商売に響くさね」
「敵を退けるだけなら、俺達には知ったこっちゃ無いって見殺しにするのが常道だろうけれど……」
 
 口ごもって続きをぼかす俺の言いたいことをわかってくれている彼女は、こんな状況にそぐわない柔らかな笑みを浮かべて

「それが出来ない甘ちゃんだから放っておけないのさ」

 言葉を口にした後すぐに、任せておきな!と、改めた表情で物語る。

「打って出るのを何回かやることになったら覚悟して欲しい、今はとりあえず挨拶してくるよ」
「ん、行っといで」


 近所の駄菓子屋へ遣いにでもやるような口ぶりで彼女は言うと、俺のことなどすっぱり頭から消えたように部下に指示を出したり衛兵の部隊長と協議を始めていた。
 城壁の内側から壁上に登って行く階段側にはいつぞやの弓兵が居て目礼をし合う。
 彼は弓箭隊を任されたようで、周りには思い思いの弓や弩を携えた者達が控えていた。
 登り切った俺は壁の外側にひしめく客人達に声をかけた。


「何をトチ狂って攻め寄せてきたんだ?招かざる客人達よ、ここは交易の街だ! ()()ねぃ! 蛮族どもめ!」

 
 この挑発に、敵側の幾人かが弓に手を掛け、きりきりと俺へと狙いを定めた。
 それを制するように現れた大男が手をかざすと、構えた弓を真下に下ろすが狙った視線はそのままだ。

 
「……涜神の輩どもよ! 銭集めに心奪われ、まことの神をないがしろとする愚か者どもよ! 我々はここに宣言する。 まことの神の正義と恩寵をこの世に実現する先駆けとならんことを! もし、悔い改めるならば城門を開き、我々への帰依を身を以って示すがいい。 さすれば我々と共に王道楽土を目指す資格を与える用意がある!」

 おそらくは敵の指導者、リボーの族長トレントその人だろう。
 言ってる内容を考えるに、ロプト教に洗脳されていると思われた。 


「馬鹿者どもめ! 神様ってのは己の心の中にあるちっぽけな良心みたいなもんで、他人にとやかく言ったり押し付けたりするもんじゃねーんだよ! 悪いこたぁ言わんからとっととお前らの国に帰りな!」
「……あの者を射殺(いころ)せ!」

 その言葉と共に再び弓を掲げた敵兵が容赦なく俺に射かけてきた。
 直射された矢は城壁により弾かれるが、弧を描いて打ち込まれたものは盾を頭上に掲げて防いだ。
 弓を持たぬ多くの敵は石礫を城壁に投げつけるが……固い壁に阻まれ、意味を為すことは無かった。 
                                                                                            「弁舌で正しきを証明できず! 他人の物を力づくで奪い取ろうとする! だからお前らは蛮族なんだよ!」

 俺がそう挑発すると、ろくな攻城兵器も持たぬ彼らは怒りを露わに固く閉じられた城門に殺到し、あふれた者は肩車を組んで城壁に乗り掛かってきた。
 ……満を持して現れたこちらの弓箭隊は城壁に現れるや否や、敵側の弓兵に集中砲火を浴びせ射殺すと、城壁の下に群がる敵兵を次々と射抜き、矢を気にする必要の無くなった俺は、城壁に乗り掛かってきた敵兵を槍で突き殺し、落下した死体は新たな犠牲者を生産した。
 こちらの反撃で少なくない犠牲を出した敵側は、体勢を整える為に一度城壁から離れた。
 伝令があり、市長が俺に用があると言うことなので見張りには警戒を厳重に、事があったらすぐに使いを寄越すよう伝えて市庁舎へと足を向けた。



 市長の応接室に通されると、そこには既にレイミアが居た。
 促されるまま席に着くと、この街の有力者と思われる者達は口ぐちに質問を浴びせてきたのだが……

「……まずは、自己紹介いたします。 それがしはレンスター第二王子ミュアハ、昨年迄グランベル士官学校で学んでおりましたがそれを修め、故郷への帰り道にこのダーナに寄ったところ先程の騒ぎに巻き込まれたのです。……こちらは我が婚約者にして護衛役を務めるレイミア」

 一瞬だけぎょっとした表情でレイミアは俺を見たが、すぐにそれを消しそれ以上の態度を現しはしない。
 このお歴々は俺の身分の詮索はそれ以上は進めないが、信用したのだろうか? 王族への詐称は罪に問われることではあるが、そんな者はこの世の中掃いて捨てるほど居るだろうに……

「して、ミュアハどの、敵はいったい何奴です? 追い払う事はできそうですか? あぁ、そして何故
にあなたは軍隊を街中に留めておいでなのです?……いや、咎めている訳ではありませんぞ」
「順を追ってご説明いたします。 まず、敵の所属は今のところ不明ですが、訛りや外見の特徴的にイザーク人の可能性が高いと思います」

 俺は提供された飲み物で口の中を湿すと

「この堅固な城壁に拠っていれば敵を退ける事は出来なくは無いと思いますが………打って出て殲滅を計るということは困難を伴うでしょう。 兵を無断で潜ませていたのは心苦しいところでしたが、これには事情があって……」
「ほぅほぅ」
「故郷への帰還の途上、軽く病にかかりましてここダーナで養生させていただいておりましたが、その間に街の方々に大変良くしていただいたもので立ち去るのが名残惜しくなりまして」
「……そういう訳で殿下を連れ戻すように仰せ仕いまして護衛を連れてこの街を訪れたのですが、一度こうと決めたらなかなか意見を変えてくれない方なので兵共々、殿下のお気が変わるまでと滞在していたという次第です」
 

 レイミアは俺の言い逃れに上手く乗ってくれた。
 後で何を奢ればいいだろうか!

「なるほど。 バーハラからミュアハどのを守ってきた護衛に加えて、婚約者どのがここまでの道中に必要な護衛を連れていたのでまとまった軍のようになってしまったと」
「ご察しの通りでございます」
「いやいや、なんの、おかげでこうして街の皆が助かりました。 ……恩を受けておきながら誠に勝手な申し出となりますが、あとは我が街の守備隊に任せてはいただけませんかな?」
「……市長様のお立場上、その要請は当然の事と存じますし我らも従わねばなりますまい」
「市長! 我が街の守備隊だけで防ぎきれるとお思いか?」
「それについては商工会のほうからも殿下に助力を要請したほうが良いと思います」
「しかし、この街はこの街の者で守らねばなるまい、そこに拠って立たねば、ダーナ人の面目が立たぬ!」




 街の関係者同士で議論が紛糾してしまい、収拾がつかなくなってしまったので、決まったら連絡を寄越すように、それまで俺たちは状況に合わせて臨機応変に対処すると一方的に宣言し辞去した。
 市庁舎から外に出て速足で城門のほうへ向かって行くとシルヴィアが駈けてきてバスケットに入った飲食物を俺とレイミアに渡してくれた。
 礼を言って受け取ると、彼女はもと来た道を戻ろうとしたが……
 いつぞやヴェルダンで出会った謎の占い師が目の前に居た。

「ごきげんよう皆さま方。 言った通りにまた会えたでしょう?」

 彼女は妖しげな笑みを浮かべてシルヴィアのほうを見て頷くと、俺にも同じ動作をして

「……占ったこと、守りなさいね」

 そう言葉を残して、一瞬にして姿を消してしまった……
 気が付くとレイミアだけが俺とシルヴィアの数メートル前を歩いていて、こちらを振り返った。

「お前たち、ぼーっと立ち止まってどうしたんだい?」

 シルヴィアと顔を見合わせ、慌てて彼女に追いついた……
 

  
 

 
後書き
  

 

第五十一話

 

 城門に辿り着く前に詰所(アジト)へ寄った俺たちは、まずシルヴィアに(やす)むことを命じた。
 ここに残っている支援専門のメンバー達は既に(やす)んでいたが、交代で定まっている連絡番にベオウルフの所在を尋ねると、既に起きて城門へ向かったとのことで、俺たちは星明かりを頼りに城門へと向かうことにした。
 ……城門に着いてから守備隊の部隊長に挨拶を行い、レイミアと別れると城壁の上へと向かった。
 東と北の城壁の下は急峻な崖となっており、西と南の城壁の上に見張りと休憩中の兵の姿があったので、一人一人に声をかけていった。
 守備隊や衛兵に所属している者は俺に胡散臭そうな視線を隠そうともしないが喧嘩を売られたりはしなかっただけ良しとしよう。
 無駄足になるとは思うが、念の為東や北の城壁のほうへも足を伸ばす。

 東の城壁の上を歩いてると何か固い物同士が当たるような音が聞こえた。
 灯りをかざし、音が聞こえた方角へ向かうと、何か布がこすれるような音と共に潜めた息が聞こえた。
 急いでその場に辿り着くと今にも城壁に登りつきそうな何者かの姿が目に入る。
 誰何(すいか)はせず、突きかかった槍に手ごたえと悲鳴を残して犠牲者が地面に落ちて行く。
 わずかな時差と共に、地面との衝突の結果を想起させる鈍い音を響かせた。
 灯りを足元に置いて城壁の外側を覗きこむと落下した者を抱えて逃げて行く幾人かの姿があり、鉤爪を模したフックのついたロープが残されていたので回収し、同じ物が無いか確認したが見あたりはし無かった。
 北の壁を急いで確認するか迷ったが、同時に行動を起こしていたら間に合いはしないだろうと、西や南を見張っている守備隊に伝えることにして駆け出した。




 ……報告後、東と北の城壁にも少しだけ見張りを置いてもらうことに、そして街への侵入者が居ないかと衛兵達は総出で街をしらみつぶしに調べ回った。
 街にある井戸の内、二か所に毒が入れられようとした寸前で止めることが出来たそうだが、衛兵が三人命を落とすことになった。
 その後、交代で睡眠を取り、起こされたので城門へと再び向かった。
 
 



 夜明けと共に敵軍は再び攻めかかってきた。
 今度は最初から弓箭隊が城壁の上で待ち受けており、突撃してくる敵兵を撃ち抜いて行く。
 俺も多少は心得があるのでブリギッドの隣で弓を撃つ。
 さすがにイチイバルを持ち込んでは来なかったが流石はウル直系、既製品の弓で面白いように敵を射抜いて行った。
 俺の方は誇れるほどの精度は無いが、腕力を頼りに直射する剛弓を借り受け、弾幕のようにして敵を寄せ付けないという役割もあるので撃ち続けた。
 敵方からもこちらに矢を撃ち返しては来るものの下から上に撃つ敵軍に比べ、こちらは上から下へ撃ちおろす訳だから矢の勢いが違い過ぎた。
 矢戦での不利を仕方なく認めた敵軍は一度引いて体勢を立て直すようだ。
 




 昨日行った予想は当たり、敵軍はこちらの矢の有効射程ぎりぎり辺りを目安に上半身を縄で縛った人々を幾人か引きずりながら連れて来た。

「腰ぬけのダーナ人! 開門し、降伏しなければお前らの仲間を一人ずつ殺す!」 
「助けてください! 私は商売に来ただけなんです。何も悪い事はしていないんです!」
「……どうだ、臆病者ども! お前らのところに向かってきた奴らだ、もしこういう奴らを助けなければ二度とお前らと商売しようって奴は来なくなるぞ!」
「助けてくれー!」
「これは、ただの脅しじゃあ無い」

 そう言うが早いか敵の代表は捕らえていた商人の両足に剣を突き刺し、その後、脇腹に浅く剣を埋めた。
 彼の上げる苦しそうな叫びに思わず顔を顰めてしまう。
 その場に彼を投げ出した敵の代表は声に愉悦の色さえ帯びさせながら

「この男がじわじわと苦しみながら死ぬのを眺めてやろう。 こいつが死んだら次の奴だ。早く我々の要求を受け入れよ!」

 
 
 
 その様子を見てから城壁から降りると、門から打って出ようとする者とそれを止める者とで騒ぎになっており、レイミア隊は一纏まりになって騒ぎから距離を置いていた。
 俺の姿を認めた彼女は腰に手を当て、げんなりした顔を見せた。

「あぁ、さっき役人さんが来て行って、守備隊の隊長さんの言う事を聞くなら戦ってもいいってさ」
「……じゃあ、指示を仰ぎに行こう」

 ベオウルフにその場を任せて俺とレイミアが向かおうとすると、守備隊は正門の閂を開けて我先にと突撃して行く姿があった。
 
「こいつはマズイな……、負けて引き上げて来るだろうから俺たちはバックアップと門閉めに回ろうか」
「弓箭隊は城壁上に待機、味方が城内に引き上げようとしてきたら援護!」

 城壁の上から俯瞰している訳では無いので状況が良く見えないが、順当に行けば守備隊は蹴散らされるはず……
 それを防ぐ為に打って出ても、蹴散らされる規模が拡大するだけでなんの解決にもならないということに歯噛みしながらも、一人でも多くの味方が帰りつけるように願うばかりだ。
 

 
 
 
 どれくらいの時が過ぎただろう、薄曇りの中なのではっきりしないが太陽は中天近くまで昇っているのが時折見て取れる。
 正面では干戈を交え巻き上がる土埃が立ち昇り、打ち合わされる金属の音、怒号、悲鳴……
 勝負付けが済んだのかどうなのか、遂にこちらへ向かってくるわずかな人の群れが目に入る。
 もちろんダーナの守備隊だ。
 その中には人質にされた民間人を抱えた者も居たが、あとわずかという所で背後から斬りつけられ、もんどりを打って倒れた。
 既に敵軍の中に飛び込んでいた俺は、縦横に槍を振るい、倒れた民間人が必死に逃げようとするのを援護した。
 俺に追随し、味方を指揮するレイミアの姿を目の端に認めた。
 逃走中の守備隊員が民間人を保護し、門の中へ逃げおおせたのを見届けたので、彼女と互いに援護し合いながら少しずつ後退し、城門前まで戻り付いた。

 
「敵の勢いが強い! 門を閉じれないから押し返すぞ!」
「オッケー! ほとんど一対一だ。 アタシらに勝てる相手なんざ居ないって見せつけてやろう!」
「応!」

 ……肩を並べて戦う俺とレイミアは何人の敵を殺したのか、二十人を超えたあたりで数えるのを辞めた。

 だが、乾いた音を立てて何かが割れた音が聞こえた後、彼女の舌打ちの音が聞こえた。
 大剣の刀身はなんともないが柄の部分が折れてしまい、慌てて抜いた小剣で防戦に追い込まれているレイミアの姿があった。  
 俺がかつてドリアス伯爵から贈ってもらった剣を鞘ごと渡そうとしたが、正面の敵に油断がならず、それもままならない。
 彼女の小剣は物打の部分が折れてしまい、慌ててそれを投げつけた彼女は……


 






 「こいつを借りるよ!」







 いまだ俺には引き抜けない、かつて大賢者ハルクから授かった長剣----いつも背負っている----に、手をかけると一気に引き抜き目の前の敵を切り捨てた。


「……こりゃ凄い、ほとんど重さを感じない!」


 "答える者"を手にしたレイミアの勢いは凄まじく、一振り毎に死者を生み出すだけで無く、斬られた敵の背後の者は剣圧によるものなのか打ち倒され、細かな切り傷を無数にその身に負い、苦痛にのたうちまわる様を作りだした。


 
 生き延びた者達が、彼女に"地獄のレイミア"という二つ名を付け、恐れ、語り継いで行くことになる………
  



 俺も奮戦したつもりではあったが……実力の差が歴然とした相手を目の前にした。
 筋骨隆々としたその姿は、敵側の大将を若返らせたかのような姿であり、ねっとりした夜の海のように黒々とした髪を無造作に流し、眼差しは鋭く、熱した石炭のような焔を宿していた。
 雰囲気だけで危険を察した俺は、槍の間合いを維持し、防御に専念することに定めた。
 思わずすくみそうになる己を叱咤するために声を張り上げた。

「……ここから先は通さん!」
「哀れだな、自分の運命を呪え……」

 そう互いに言葉を交わすが早いか、相手の剣が閃き、俺を襲う。
 ……剣による打ちこみをなんとかいなした、しかし、相手が斧に持ち替えたその刹那、一瞬に間合いを詰められ……盾を割られ、肩当ては吹き飛び、胸甲には大きなヒビが入るほどの斬撃を浴び、受けた打撃の衝撃に吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。
 
 槍を手放し、夢中で腰から引き抜いた剣で次の一撃を受け止めることが出来なければ……命が無かっただろう。 
 いや、ほんの僅か死ぬ迄の時間が延びたに過ぎない……
 
 諦める訳には行かないと睨みつけると、俺と、この危険極まりない相手の間に矢が間断を置かずに撃ち込まれた。
 この援護を利用して立ち上がり、肚に力を込め、雄たけびを上げると、相手は斧を投げつけた。

 ………狙いは俺では無く弓箭隊だったようで、凄まじい音が城壁から聞こえた。
 それに注意を奪われた一瞬の間に剣を拾い上げた相手は、まだ息のある仲間を担ぎあげ後退して行く。


  
「詰所に戻って鎧を替えてきな……浜で使った奴があるはずだよ! ……ベオ! ミュアハの後退を援護!」

 カバーに入ってくれたベオウルフにいったん城門前を任せると、彼女の指示に従って城内に戻った。
 


 アジトに戻り、武具置き場の箱から鎖帷子と革の胸当てと肩当てを引きずりだした。
 手入れが少し遅れたせいか赤錆が所々浮かんだ鎖帷子だが、用を為せばいいと割り切り、支援員に先程の戦闘で受けた打撲の治療を手伝ってもらい……シルヴィアの姿が見あたら無いので尋ねてみると、城門近くに設営された野戦病院へ手当ての手伝いに向かったと話に聞いた。
 ……情報には礼を述べたが、心の中で舌打ちを禁じえない。
 野戦病院に居るというならとりあえずは安心だろうと、俺は彼女の所在を頭から切り離し、再び城門前に戻った。
 



 城門前には守備隊の副長と、あと数人が敵を防いでいた……

「レイミアとベオウルフは?!、あぁ、うちの士官です、ここを守っていた……」
「西のほうに取り残された部隊が居るので救援をお願いしました……申し訳無い…」
 
 無数の浅傷を負った彼は苦しそうなので下がるように伝えると首肯してくれたので、ひとまず、俺を中心にレイミア隊の残りで城門前の守備に就いた。
 敵が押し寄せる勢いは先程より弱まったと感じたが……、気を抜けば一気にここを抜かれるだろうと思うと一瞬の油断さえならない。
 


 
 敵軍の中からざわめきが聞こえたと思ったところ、遥か前方のほうから煙が幾筋も立ち昇っていた。
 ……潜入させていた者達が輜重隊に火でもかけてくれたのだろうか。
 浮足立った敵兵は撤退の声を聞いて及び腰になりながら後ずさっていった。
 なんにせよ、ここは攻め時に違いない。

 「敵の後方から火の手が上がって大混乱している! 動ける者は俺に続け!」

 そう号令をかけると、守備隊の者も一丸となって引き上げて行く敵兵を次々と討ちとっていった。
 弓箭隊の攻撃を受けてバランスを崩したり、倒れた者へ容赦なくトドメを差して行き、猛った復讐心を満たしていった………



 
 追撃戦のさなか、深追いの危険性を考えて足を止め、注意を促す声を周りにかけ、全体を止まらせた。
 すると、俺の前方数メートルほどに投槍が何本も突き刺さり、軽く地面が揺れた。
 はっとして頭上を見上げると黒い点がいくつも、視認出来る距離には十騎余りの竜騎士の姿があり、次々と投槍を投げつけて来た。
 
「城門まで引けー!  敵の増援だ!」

 俺は枯れんばかりの声で叫び、敵の注意を引きつけようとした。
 すると俺をめがけて幾本かの投槍が投げこまれたが、後ろを向いて逃げ出したわけではないので転がったり、槍ではたきおとしたり、敵の遺体を盾にして防ぎ続けた。
 投槍を投げ尽くした飛竜から戦場を離脱していったが、それでも一騎の竜騎士が旋回を続けている。
 少しずつ後ずさりながら城門を目指し、弓箭隊の射程に引きずりこもうとしたが……
 

 急降下してきたその一騎、風圧で巻き上げられたこまかな塵や砂に目をやられないよう細め、それでも状況を注視し続けると……



  
「……こんな所で出会うとはな。 忘れはせぬぞ!レンスターの小僧!」
「お前は……トラバント!」
「仕事は終わったが……こんな余録があるからこそ戦場は面白い」
「……おい。 仕事が終わったなら俺に雇われる気は無いか?」

 駄目もと、もしくは時間稼ぎというやつだ。
 トラバントは手綱らしきものを残った右腕の二の腕に縛りつけ、それで操っているのだろうからたいした技量だ。
 鞍に幾重にも巻かれた革紐で自身を結び、騎竜とは一蓮托生の覚悟が読み取れる。
 ………左手には、あの時と同じ神器、グングニル。

「戯言を……雇い主を選ぶ眼力くらいは備えている」
「そう言うな、あの時は互いの巡り合わせの結果に過ぎない。 おぬしとて、トラキアの民の腹が膨れるなら、つまらないしがらみに目を瞑る度量は持ち合わせているはず」
「ふん………知ったようなことを。命乞いならもう少し殊勝な態度をすべきだな」
「殺るつもりなら、とうにその槍で俺を串刺しにしてるだろう?」

 奴は手綱を操ると飛竜を少し浮かせ俺をねめつけた。

「甘く見るなよ小僧、いつでも貴様ごとき片づけられると思ってのことよ!」


 そう言うが早いか左手に輝く恐怖の先端を俺に投げつけた。
 間一髪、避けることが出来た!
 これで奴の攻め手は消えたどころか、神器を失うことにすらなりかねんはず!
 勝ったと思い、奴を見るとその左手には……グングニル? が? 刺さったはずの場所を慌てて見やると、大地には穿たれた穴が開いていただけだった……

「よくぞ避けた! だが、次はどうかな」

 奴はそう宣言すると、再び俺に投げつけた。
 避け切れず思わず槍の柄で防ぐが、真っ二つに柄が切断され、勢い余った刃が鎖帷子すら切り裂き、俺の腹部に浅くは無い傷を付ける。
 奴を見やると、もうその左手には危険極まりない槍が握られている。


 ……これじゃあ【本物の】グングニルと変わらないじゃないかよ!

 
 傷は痛むが、奴は余裕ぶっているのでそこに付けこむ隙はきっとあるはずだ。
 ……次に放たれた致命の一撃は、地に伏している遺体を盾にして防いだが、やはり勢いを殺し切れず浅い傷を受け、新たな痛みに顔を顰めた。
 状況は絶望的だが、諦めるな……




「それ以上好き勝手はさせないよ!」

 馬蹄の響きと共にブリギッドの声が聞こえ、彼女は馬を走らせながら一射、その馬から身を翻らせながら空中で一射したのはトラバントの致命の一撃で馬が犠牲になったからだ。
 地面を転がり起き上がってからさらに一射を加え、俺も折れて半分になった槍を投げつけたが穿たれた傷に激痛が走る。

「小僧、命拾いしたな。 せいぜいその命、大事にすることだ!」




 トラバントが去ることによりなんとか命拾いした俺は、彼女に礼を言うと剣帯から鞘ごと剣を外すと杖代わりにして歩きだそうとしたが、彼女は肩を貸してくれたので遠慮なく甘えることにした。

「あんなオマケが居たとはね……まずは、街に戻ろうか。 敵は引いていったけど……」

 言葉を途中で濁らす彼女に深く追求せず、俺は懸命に足を動かした。
    

 
 途中、徒歩で俺の援護に向かいに来てくれた者達に礼を述べ、城門へ辿り着くとベオウルフ、そして久しぶりのヴォルツの姿があった。
 
 俺の姿を認めると駆け寄ってくる姿があった。
 泣き腫らしたように目を真っ赤にした彼女(シルヴィア)は、俺の側にくずおれるようにしゃがみこみ、わんわんと泣きわめきだした。

「大丈夫、生きて戻ったから」
「……ごめんなさい」
 
 ヴォルツもベオウルフもブリギッドも沈痛な表情を浮かべた。

「……あたしのせいで、あたしのせいでレイミアが!ごめんなさい、ごめんなさい……」

 いったい何があったというのか……… 
 

 
後書き
あの剣士は若き日のガルザス
そして出典元の性能により近いグングニルを携えたトラバント
今回は相手が悪かったですね!
 

リボー軍と同時にトラキア竜騎士が攻撃をかけられなかったのは距離がありすぎて連絡が密に行えないからと考えました。
グランベル友好都市相手なので依頼だけ受けて日和ったのかもしれませんが。
ゲームならマップの端と端に離れていても情報がつたわりますけれどもw


一度リボーに集結してからダーナへ攻めれば?というのは飛竜がエサ無しで飛べる航続距離の限界を超えていると思います。(キュアン・エスリンを襲った時はアルヴィスなりグランベル側の手配でダーナで補給を受けていたんでないかなと推測、その頃にはダーナ襲撃より3年経過してますしダーナもそこそこ復興していたのではないかと) アルスターとトラキアの国境には防空砦なんかもあるようなので、それを避ければさらにイザークまでの距離はかかりそうですし。

・・・作者の中では、飛竜ってもっと航続距離短いイメージ。 

 

第五十二話

 傷の手当てを受けながら、要領を得ないシルヴィアからでは無くベオウルフやブリギッドに話を聞いた。
 ……まさか、あのレイミアがやられたってことは無いよな……

「……まず、言っておく、知っている限り、姐さんは生きている」
「……あたしのせいでごめんなさい、ごめんなさい......」 
「シルヴィ、落ち着いて。 ベオ、続きを頼む」




 それぞれの話を聞いたところ、シルヴィアが野戦病院で次々に負傷者を癒して行ったので、治してもらった者達が彼女に、前線で死にかけてる仲間を救って欲しいと口を揃えて詰め寄った。
 断り切れなかった彼女は、治療を済ませて動けるようになった守備兵達に連れられて行ったのだが、孤立した守備隊の救援にレイミア達は向かっており、城門で彼女を止める者は居なかった。
 護衛についていた扇動者とも言うべき守備隊はやられてしまい、彼女は捕らえられてしまった。
 一方、レイミア達は血路を切り開いて孤立した部隊の救助に成功したが、再び城門まで戻ろうとしたところ腕利きの敵に阻まれた。
 なんとかその敵を打ち倒して、とどめを差そうとしたところシルヴィアの命が惜しければ剣を捨てろと脅されて、駆け引きの末レイミアは捕虜となり、シルヴィアを取り戻せたそうだ。
 それもヴォルツの内応と輜重隊を燃やして敵を引き上げさせたから出来たのであって、場合によっては彼女ら二人ともが捕虜となっていたかもしれない。




「あたしが、ミュアハの言う通りに詰所(アジト)で大人しくしてたらこんなことならなかったのに………」

 彼女を責めたところでレイミアが戻るわけじゃない……
 それに、なんだかんだで彼女を帰国させなかった俺たち全員の責任……いや、ダーナを守ってイザーク遠征を起こさせないようにと皆を巻き込んだ俺が一番悪いのかも知れない……


「……殺されたんじゃなくて、捕虜とされたならまだ望みはある。 すぐに隊をまとめて向かいたい。 こっちにも捕虜とした奴らの兵は居るはずだから案内させよう」
「オレは動けるが、みんなくったくただ、それに砂漠を渡ることになるからそれ相応の準備が要るぞ」
 
俺はすぐにでも駆けだしたいほどだが、ヴォルツの言うことはもっともだ。

「王子、攻め込む戦んなるからな、言っておくがうちらだけで向かってどうこうなると思うか? 姐さんだって無駄に斬り込んでこっちが全滅したら嘆くと思うぜ……」
「……捕虜を連れてイザークに乗り込み、マナナン王にケジメをつけさせる」
「言うだけなら簡単だけど、どうするんだよ?」

 俺はブリギッドのほうを見て問いかけた

「ブリギッドさんと部下の方々のお力を貸していただけませんか? ここからしばらく東には海がある。漁村なんていくらでもあるだろうから……」
「なるほどね、そう来たか………あんた、船の上は苦手なのにその覚悟。 今まではあんたへの恩と思ってたけど、これからは気に行ったから手伝わせてもらうよ。 ……ヴェルリー! 生き残ったうちの者集めな! ぶっ倒れてたら地獄から引きずっておいで!」



 再び敵が取って返すかも知れないので比較的軽傷な者には見張りを頼み、俺は戦場跡に再び戻った。
 まだ息がある者は伴ったシルヴィアが杖で癒し、ごく僅かだが救えた命があった。
 既に陽は沈んでいたので松明を照らし、息のある者は居ないかと探し回っていると……輝くものがあった。
 レイミアが手放していった……刀身は見なれぬものだが、柄は見覚えがよくあるものだった。
 "答える者"に手を伸ばし、握りしめると……俺にはそんなつもりが無く、むしろ止めようと思ったのに勝手に腕が動き、鞘に納まった………

 味方として救えた命、捕虜として救えた命、どちらも伴い城門へと戻った。
 ここでも彼女が遺棄した愛用の大剣が地面に突き刺さっていたので回収し、早急に拵えを修復するよう、もう店仕舞いしていた鍛冶屋に無理を承知で頼み込んだ。
 なんの気無しに大剣の(なかご)を見ると、トラキア前王の名があり、我が子に贈ると刻まれていた……
 



 レイミア隊は一度全員集まり、臨時の指導者を選ぶことになった。
 以前からこういう時のまとめ役と決まっていたのでヴォルツを推したが、どういう訳か多くの者が俺に就くよう言ってくれたが心中複雑である……

「では看板は不肖、このミュアハが引き受けさせていただくが、実戦指揮はヴォルツ、臨時の副長はベオで行きたいと思う。 レイミアを取り返す為に皆の力を貸して欲しい」
「応!」

 皆の応えのありがたさと、レイミアへの想いとで溢れそうな涙を堪えるのは、戦場での命のやりとりよりも酷だったかも知れない。

 


 交代で支援員を中心に起きてもらっていたが、ほとんどの者には(やす)んでもらい、俺は市長ら、街の有力者と会っていた。
 彼らが言うには、敵がまた襲ってくるかわからないので俺たちに滞在していて欲しいということだ。
 カネにしろ武具にしろ便宜を計ってくれるとのことだが……

「こちらとしてもご要請、お引き受けしたいところなのですが……」
「金額に不足があるなら、倍、いや三倍出そう。 あなたの部下達が戦塵を乙女の柔肌で落としたいと言うならそちらの手配もすぐにしよう……」
「守備隊が瓦壊されて苦しいところ、察して余り有りますが、こちらとて全ての要を連れ去られてしまいました。……聞くところによると守備隊の方々が野戦病院からうちの癒し手を無理に連れだし、むざむざ敵に捕らえさせたとか。 レイミアは……わたしの大切な人は、その交換として虜囚の憂き目に遭わされているのですぞ!」

 思わず声が荒くなってしまったがこれでも抑えたつもりだ。

「いや、それは、そのぉ、亡くなった者のしたこと、そして己の命で償ったようなものですので、どうか穏便に……」
「………わたし達は彼女を取り返しに向かいます。 多少の人員をお預けしますので義勇兵を募り、その士官とでもされてください。……打って出ることさえ無く、城壁に拠り続ければこの街は陥ちません」
「それは、ありがたく……」
 
 


 翌日、一日いっぱいかけてこちらはリボーへの遠征準備を行っていたが、街の中は敵軍を追い払ったとお祭り騒ぎをやっていた。
 ……おかげで物資の調達は滞りなく、予定より大幅に安く調達出来たとはいえ内心、忸怩(じくじ)たるものはある。
 逸る心を抑え、街の詰所(アジト)に残るメンバーを選び出すと、残留メンバーは表だって不満の声こそ上げなかったが痛いほどその気持ちはわかる。
 もし、俺が残留メンバーに選ばれたらきっと怒り狂うか命令違反を犯しただろう。
 そういう意味でもレイミアは配下をしっかり育てていた。




 充分な物資を揃えた本隊、こちらはヴォルツに任せ海岸沿いから北上してもらい、リボー近辺で後ほど合流する予定だ。
 俺はイザークへ直接船で乗り付け、マナナン王に直談判する。
 その為にもダーナ市側にはこちらで捕らえた捕虜の内、そのほとんどを秘匿し、この航海に連れだしていた。
 カネでなんとか船を買い上げたが、交渉の材料にブリギッドやシルヴィア、それに幾人か居る女剣士のカラダを求めるという下種の類はもちろん居た。
 だが、そんな手合いは相手にしなかった為、必要な船数を揃えるのに幾つもの漁村を訪れる必要があった。
 船酔いに苦しむ俺の面倒を見ようとしてくれたシルヴィアを断ったのは大人げない意思からじゃ無い。
 ブリギッドの手下を除いては操船に詳しい者が居ないのでそのあたりを説明し、彼女にも出来る役割が多くあるものだから俺にかまける暇があったらそちらをこなしてもらいたかったからだ。
 海賊の類にも出くわさず、大きな嵐にも見舞われ無かったおかげで一週間もかからずにイザーク港へと入港した。





 イザーク王のマナナンと面会を果たす前に行った重要事項は、自分達は無理やり奴隷にされたなどと捕虜が言い出したりしないように彼らとの交渉を成功させたことだ。
 家族を人質に取られ、やむなくダーナ攻めに狩りだされたのだ、マナナン王に直訴してリボー族長のトレントに解放してもらえと説得し肯んじてくれたのでなんとかなった。
 レンスターと友好関係にあることもあり、身の証を立てる品をいくつか提示し俺の身分が確認されると、事態の重大さもあってのものか、すぐに会見することが出来た。




「……我が父カルフは陛下と昵懇(じっこん)の間柄と聞き及んでおりますが、このような形でお会いすることになるとは思いませんでした」
「殿下の救い出してくれた我が国の民の証言によれば、まこと、申し開きも出来んことを我が一族がしでかしたようで返す言葉も無い……」

 質実剛健を絵に描いたような偉丈夫であるマナナン王は額に皺を入れ、苦渋の表情を見せた。
 イザークの重臣会議に参加させてもらい、充分に議論が尽くされたので俺は発言を求めた。 

「……性急な事を申すようで、そして貴国の統治に関わることを申し上げること、危急のことにて容赦願いたい。 すぐさま軍を発し、リボー族長のトレントにその責任を果たさせていただけはしませぬか? グランベルと事を構える危険を貴国が犯すことになりかねぬのを防ぐ為にも……そして、私にとっても私に協力してくれている皆にとっても大切な者を取り戻す為に。 かまえて、ここは迅速な決断をお願いしたい」
「……殿下の心中、察しはする。 ただ、あやつにも事情あってのことやも知れませぬ、あやつの一族への沙汰についてはお任せ願えないだろうか?」
「はっ………我が許嫁たるレイミアを取り戻すこと叶えば、それ以上の望み、ありませぬ。あぁ、イザーク指折りの、出来れば一番の医師をお引き連れいただきたい」
「その件、我が名に懸けてお引き受けいたそう……誰ぞある! 馬牽けぇ! 出陣じゃ!」




 不意の出陣であり、補給の心配は無いのかと思ったが後事を任されたマリクル王子の差配により、輜重隊は準備が出来る度に本国から送られるそうだ。
 その護衛も見越して先発隊はもともと数を少なく編成されていた……ただ、俺から見ると大軍にしか見えないのだが。
 リボー周辺にこちらの部隊が潜伏しているのでそのあたりも王に配慮を願った。
 もちろん情報提供は惜しまないとの申し出は欠かせていない。
 リボーの南東でヴォルツ達本隊と合流し、情報を提供してもらった。
 二、三日前にほうほうの態で落ちのびて来た一団があり、襲撃をかけたが取り逃がした。
 士気も低ければ、ろくに戦える様子では無かったが城門を閉ざされたので深追いはせず俺が合流してくるのを待ったそうだ。


 
 イザーク軍はリボー市街を取り囲み、軍使を送ったが閉ざされた城門の奥へ通されることは無かった。
 それならば、ということで矢文を送り付けるということになった。
 文面について俺も確認を求められたので概要はわかっており、それは以下の通りだ。

 ダーナ襲撃について取り調べを行う為にイザーク軍は訪れた。
 明日の日没までに開城し投降すれば誰も罪に問わない。
 ダーナ側から連れ去った者を即時解放せよ。

 俺は矢文を撃ち込む射手の前に盾をかざして防壁となった。
 同じ内容がしたためられたものはリボーの城門、城壁上の置き盾の表面、それに物見やぐらへと突き刺さった。
 それを確認すると射手は引き上げて行き、逆に俺は城のほうへただ一人駆けだした。

 
「城内の者達に告げる、ダーナから連れ去った捕虜の返還を求める! マナナン王は速やかに開城すれば罪に問わないと仰せだ! それは今送った矢文にも間違いなく記されている。速やかに投降せよ!」

 声の限り三度そう叫び、俺は陣のほうへ戻ったが籠城側から射かけられることは無かった。 
 気が遠くなるほど待った後、城門が開くと非戦闘員が逃げ出してきた。
 その隙間を狙って突入しようとする俺達にマナナン王は頭を下げて頼み込んできたので、従わざるをえなかった。
 夜になり、宿営地でかがり火が焚かれ、脱出してきた者達から事情が伝えられてきたようだ。
 なんでも、魔道士が族長の周りに(はべ)り出してから何もかもおかしくなりだし、今回の襲撃事件もやつらに教唆されたに違いないと……… 
 こちらの明かりを目指して武装解除した男達が投降してきた。
 俺はイザークの軍人に止められてもひるまず、レイミアの消息を尋ね歩いた。
 ……止めるイザーク軍人と時には殴り合いになりながらも投降者達を絞め上げ、レイミアの消息をようやく聞き出した。
 




 翌日の早朝、マナナン王は投降者や脱出してきた女子供を連れて城門前に再び赴き、投降を呼びかけた。

「投降すれば罪に問わない。 しかし日没まで留まっている者は……捕虜を除いて皆殺しにする」

 王の呼びかけている間に城壁に登った数人の者が弓を構えて王へと狙いをつけはじめた。
 供の者を下げて、本隊と合流したのを見届けてから、ただ一人で呼びかけを続けた。

「自らの王を撃つというのか! 愚か者どもよ! 非道を行いしそなたらは、決して太陽の下を歩けぬようになると心得よ!」

 全員とまでは行かず、数人がマナナン王に向かって矢を放ったが、ただの一本も掠りはしなかった。

「神剣バルムンクを抜かぬわしを撃ち殺すことすら叶わずして、如何な企てとて為せようか!」

 その言葉を皮切りに城門が開け放たれて、籠城する者達が外に溢れ出てきた。
 これを利用し城内に突入しようとする俺たちは再度、王に懇願された。

自棄(やけ)になってレイミアを殺してしまったらどうする!、それに日没迄待つと言ったのは、王、あなただけです。 それをイザーク軍全体と解釈するのはいいでしょう。 だが俺たちはイザーク軍では無い!」
「待て、王子、マナナン王がすぐに動いてくれたからここまで事態が動いたんだ、俺たちだけで救出に来ていたらこんなふうには進まなかったんだぞ!」
「うるせー! そんなの百も承知だ!」

 ベオとヴォルツは二人ががりで俺をはがいじめにし、諭してくれたが……俺の力は上回り、二人を振りほどくと一気に駆けだし始めたが……

「すまぬ、許せ」

 俺は首筋辺りに強い衝撃を受けた気がした。
 辺りが真っ暗になった。





「おや、気が付かれましたか」
「くっそ、縛りやがったな、ちくしょうめ」

 気がつくと両手足を縛られてどこか天幕の中に転がされていた。
 目の前には、たぶんイザークで最高の医者が居た。
 辺りを見回すとレイミア隊のみんなも居て、俺を覗きこんでいた。

「ミュアハ、落ち着いて。 すこしでも早く助けてあげたい気持ちはみんな同じだよ……」
「そうだぞ、お前らしくもない」
「……まぁ、姐さんを救いだしたら、これを肴にしようや」
「……………」

 何も言わない俺に呆れたのか、気を遣ったのか、見限ったのか……皆は天幕を去って行き、俺と医者だけがそこに居た。
 打撲の場所に宛がった薬草と包帯を診ていた医者に問いかけた。

「ご医師様とお見受けしたが、相違あるまいか?」
「そうじゃよ」
「いまのうちに聞いておく」
「なんなりと」

 





 天幕から夕日が覗いたあたりで俺は縄を解かれ、一息ついた。
 マナナン王が約束した日没まであと僅かだ。 
 既に城門は開かれた状態であり、約束の刻限を今か今かと待ちわびた。
 


 「……レイミア隊!  突入する!」

 皆は俺を見限った訳では無く、日没と共に俺たちは城内に吶喊した。
 もし、ワイヤーなりピアノ線なりを張り巡らされていたら簡単にひっかかるほどの勢いで俺は駆けに駆けた。
 族長の立て籠る城の最上部などは目もくれず、俺は地下を目指した。
 昨夜絞め上げた相手から聞き出していたからだ。

 見つけた階段を下りていくと牢がいくつかあったが看守のような者は逃げてしまったのだろうか。
 幸い鍵は壁に掛けてあったので手に取る。

「レイミアー! どこだー! 応えてくれー!」

 返事は無いので、焦る気持ちで駆けながら声を張り上げ、一つ一つの牢を確認した。
 人質にされていた人々を解放したが、考えなしに外に出てはマナナン王に誅されるであろうと説明し、牢だけは開けた状態にした。
 そうやって解放していくと、一番奥に、探し求めていた姿とはかけはなれた姿にされた彼女が居た。


  


 あの長く艶やかな髪はバッサリと切り落とされ、しなやかに伸びていた体を丸く縮め、腕は力なく投げ出されていた……
 無残に衣服は剥ぎ取られ、彼女の投げ出された腕には痛々しい傷跡があり、包帯に血が滲んでいた。
 受けた暴虐はそれにとどまらず、女性としての尊厳を踏みにじられているのは確認するまでもない………
 俺は、マントを外すのももどかしく、それで彼女を覆い隠した。
 こちらに力無く顔を向けた彼女は、それでも気丈に口角を押し上げ、笑みを浮かべようとした……

「……下手うっちまって、このザマさ、情けないだろ」
「すまなかった。 ごめんよ……」
「なんで……あやまんのさ、来てくれて、ありがとよ……」

 俺は彼女を抱きかかえて、地下牢を出た。
 皆が追いついてくる前に、城の応接間のような場所に彼女を横たえ、頭や髪を撫でて謝り続けた。
 水筒から水を飲ませようとしたが、そんな力も無いようだったので、口移しで含ませる。
 やがて、わずかに応える力が強くなったような気がした。
 少し様子を見ると唇が少し動いたようだったので、水を飲ませてやり、彼女の力なく垂れ下がった両腕
----色んな場所の筋が切られているのは間違いなさそうな----が嫌でも目に入り、思わず掌を握った。
 彼女の目尻から流れたのにつられてなのだろうか、涙が零れおちた。


 少しは顔色もマシになってくれるのではないかと水を含ませたり肩や背を撫でたり、他に俺に何が出来るだろうかと自分の心に問いながら " もう大丈夫 " とか " 安心してくれ " と口にした言葉はもしかしたら俺自身がそう思いたかっただけなのかも知れない。
 やがて追いついてきた仲間に部屋の見張りを頼むと、彼もショックなようで怒りや悲しみ、いろんな感情に捕らわれたのか、叫び声が俺の耳を打った……。
 俺は、この部屋のすぐ近くにあった厨房とおぼしき場所から水が半分ほど入った龜を運びだし、辺りの部屋から役に立ちそうなものは無いかと視線を巡らせた。
 応接室のカーテンを引きずりおろし、見張りを頼んでおいた仲間に、応援と医者とシルヴィアを連れてきてくれるよう頼むと、カーテンを毛布換わりにかけてやり、手ぬぐいを何度もゆすいでは絞り、彼女の傷が目立ってない顔や腿などをゆっくりと拭ってやる。
 そうしているとシルヴィアと医者が立て続けにやってきた。
 彼女には治療の杖を使うよう頼んだが、医者に、まずは傷を見たり汚れを取ってからにしたほうがいいと言われたのでそれに従い、俺はシルヴィアを伴い、厨房で湯を沸かしはじめた。

 沸かしている間に桶や、包帯などを探し出し、彼女の元へ戻った。
 医者は問診していたので、受け答えできるくらいには落ち着いたんだろう。
 体を拭き清めるのは医者かシルヴィアに頼んだけれど、レイミア自身が俺を望んでくれた。
 ターラでの一夜を思い出し、その思い出を語りながら出来るだけ優しく彼女に触れ、汚れを落として行った……
 その間に、レイミア救助成功の知らせとともに治療中なのでもうすこし待ってほしいと、隊の皆に触れまわり、ついでに族長の家族の生活スペースから衣類や毛布、シーツなどを運んでくれたのは皆シルヴィアの働きだった。
 他の皆には牢に捕らわれて居た人々をマナナン王のもとへ送り届けるように頼んだ。




 医者が傷を診たり、消毒したりが終わったので彼女(シルヴィア)に杖を使ってもらうと、レイミアは顔色がだいぶよくなり、礼を言うと眠りに落ちた。

 部屋にはシルヴィアに残ってもらい、俺と医者は人目を離れて話し合う。

「あなたの予想通り、酷い目に遭わされたようじゃ……、う~む、その手の病はすぐ発症すると限らないからなんとも言えんが……わしは知識としては知っておるが、診たことは余りないからの、イザークはある意味大陸の他の地域から隔絶されておるから、罹った者は滅多に居らんよ。 診たことがあるのは、余所との行き来が港を介して良くある王都でくらいじゃから、安心してよいぞ」
「はい、ありがとうございます」
「ただ、筋や腱のほうは……すまんのぅ。 施しようが無い。 鍛えて補えばわずかに動くようになるやもしれんが……だが、剣を振るのは無理じゃろう。 すまんな」
「わかりました……ありがとうございます」





 眠っているレイミアを隊のみんなに少し遠目から確認してもらい、ひとまず安心してもらった。
 マナナン王に会い、非礼を詫び、そして一つの願い事を伝えてその場を後にした。
 
 

 
 
  
 すっかり冷えた粥をもらった後の俺は、レイミアが(やす)んでいる部屋に戻り、彼女の傍らに座ると、シルヴィアに交代と礼とを述べた。
 それからしばらくして目を覚ましたレイミアは腕に力を入れて起き上がろうとしたが、それを果たせなかったことで浮かべた力ない笑みがいやが応にも俺の心を締め付けた。
 彼女の背に腕を回し起こしてやると、目の端に輝くものがあった。

「……ちょっと捕まった間に腕が(なま)っちまったよ、明日からはなんとかするから食べさせておくれよ、お腹がすいてしょうがないよ」
「うん、明日も明後日も、ずっとだって構わない……」

 木匙で粥を掬い、一口ずつ運んでやると、彼女は味わいながらお腹に納めていった。
 食べ終わらせるとおかわりをねだってきたので再びもらいに行ってみると炊事場は片づけた後だったのでワインを一瓶、輜重隊から融通してもらった。
 仔細を話すと残念そうだったが、食事もそうだし、杖の治療のおかげだろう、すっかり元気になったようで笑顔も見えた。
 飲ませてあげようと背に手を回して起こそうとしたら、腹筋の力だけで上体を起こし、得意そうな顔をしたものだから、沸き起こって来た激情のまま抱きしめ……そのまま唇を塞ぐと彼女もそれに応えてくれた。
 だから……無理やり彼女を自分のものにした。
 



 「……もし、お前が子供を宿したら、絶対に俺の子だから」

 
 コトの後そう告げ、だいぶ前に迷いの森で授かった指輪を彼女の左手の薬指に嵌め、肌身離さず持っている母親の形見の櫛を彼女の手に握らせた。
 泣きじゃくる彼女を抱きしめ、求めてきた続きに応え、心の中であいつに詫びた……

 
 

 
後書き
最後の方は外伝に書くべきだったかも 

 

第五十三話

 翌日、在陣中のレイミア隊全員に重要な発表があるとして集合してもらった。
 二、三日休んでからのほうがいいと思ったが彼女の意思を尊重することにし、彼女の姿に全員が歓声を上げたので、確かにこれで良かったなと思う。
 少しやつれたものの眼には変わらず力があり、いつもの自信たっぷりな表情は健在だ。

「みんな、命がけで助けに来てくれてありがと。恩に着るよ! ……だけど、その、なんだ、アタシは一線から身を引くつもりなんだ」

 すると隊員の多くが口々に疑問や不満などで騒ぎたてるものだから、ヴォルツやベオ、それに俺は皆をなだめたのだがなかなか上手くいかない。

「話はまだ途中だよ! 黙って聞きな!」

 すると一瞬にして静まるのは流石だ。 
 内容はわかっているので俺は彼女の腕を取って、未明に嵌めてやった指輪を皆の前に示した。

「……アタシがもらわれてやってもいいって人、察しのいい奴ならすぐわかるだろ? ……ミュアハ王子と一緒になるんで…………その、アタシもいいトシだし、みんないいだろ?」

 最後は顔を赤らめる彼女に、一瞬の静寂のあと歓声が湧きあがったり口笛を鳴らす者が居たり、驚きの声を上げる者など反応は様々だった。
 俺も隊の皆の前でレイミアを娶ることを認め、恐る恐る反応を待った。
 小突かれたり、冗談交じりに恨み言言われたりしながらも受け入れてもらえたようだ。 
 ……レイミア隊の名前はそのままにし、彼女は相談役や顧問ということで、あとは臨時で敷いた体制をそのまま正式に改めてやっていこうと言う事になった。




 散会したあと、俺は探していた人影(シルヴィア)を認めて近寄る。
 向こうも気が付いたようで、こちらを見てはっとした顔を見せてから視線を逸らし、顔を伏せた。
 言いにくいけれど報告しようとすると、彼女は意を決したように伏せた顔を上げ、口を開いた。

 
「……レイミアとのこと、おめでと! 急なことだからお祝いの品が無くてゴメンネ!」
「うん、ありがと」
「そんな顔してどうしたのよ。 あたし、レイミアのことも大好きだし、しあわせになって……ね」
「………やさしいね、お前ってさ」
「あたしの一番好きな人がとってもやさしいから、見習ってるんだ。……ね、二人きりで長いこといるの良くないよ………ちょっと一人にもなりたいし、もう行っていいんだよ……会いに来てくれてありがと」

 黙って頷き、彼女の優しさに甘えてその場を後にした。
 きっと黙って泣いてるであろう彼女を思うと胸が痛んだ。
 
 


 
 



 リボー族長はマナナン王と一騎討ちの末命を落としたが、彼を操っていた魔道士達はいつのまにか逃げおおせてしまったらしい。
 王は族長の首を蜜蝋漬けにしてダーナへ自ら持って行くと言う。
 ……原作ではダーナへ詫びに行ったマナナン王は弁明の機会を得られることもないまま捕らわれ処刑されてしまい、その対応に激怒したイザークは全面戦争へと踏み切るのだが……
 それを避ける為に小細工をいろいろしてきたし、それも概ね目論見通りだ。
 既にダーナとは顔を繋いでいるし、被害は出したとはいえ治める代表は皆健在だ。
 グランベル……というより戦を起こしたいアルヴィスとマンフロイに口実を与えないで済むだろう。
 国を挙げての出兵権限を実質握っているクルト王子とは信頼関係を構築したし、イザーク出兵こそがクルト王子暗殺への舞台装置だということも伝えてあるので、この戦は起こることはないだろう。
 なので、俺は何の心配もなくダーナとイザークの仲介を引き受けた。


 一度王都へと戻ってからダーナへ赴くのかと思ったが、王はこの足でそのまま向かうそうだ。
 俺達もダーナに残してきた人員を回収する必要があるので早い方がいい。
 ただ、リボーをそのままにして向かう訳にも行かないため戦後処理にそれなりに日にちを要した。
 ……本当はレイミアを辱めた者に報いを受けさせたかったが、開城させる為にマナナン王が行った条件を破ることになるし、確認するためとして彼女にそういう奴らの顔を再び見せたくは無かったので耐えることにした。
 だが、毎日何人かずつ、局部を切られた男の死体が城の堀に投げ捨てられていた。
 闇から闇へ、そういう仕事をする組織がこの国にはあるようだ……
  

 

 リボーからダーナへと再び向かう前日、戦陣ゆえ豪華な装いも典雅な儀式も無く、互いに甲冑を帯び、剣を差して、俺とレイミアはささやかな華燭の典を挙げた。
 腕が思い通りに動かないとはいえ、それを諦めたりもせず、彼女は剣士としての姿を通すことにこだわったし、俺もそんな彼女が好きだ。
 リハビリって概念はあるようで、結ばれた次の日から俺も皆も協力している。
 マナナン王に行った願いとは見届け人や公証人として立ちあってもらうことと、カルフ王へのこの婚儀について手紙を……いろいろ色をつけてしたためてもらう事だ。
 そんなやりとりをしていたら、ここにも上級貴族、公女さまってのがいるらしいよ?と、ブリギッドも協力してくれた。
 
「いずれ豪華な披露宴を挙げる際には、是非招待してほしいものじゃ」
「エーディンも親父もアンドレイも呼んであげたいな」

 俺とレイミアは豪華な披露宴なんかが嫌だから今ここで挙げたのにって二人に言って苦笑されてしまったが、いずれ開くときには必ずと答えた。
 







 それを全く予想もしてなかったので、俺たちはただ々驚くばかりであった。
 遠くに見えるダーナの街から立ち昇る煙、もちろん炊事で上がるようなものじゃあ無い。 
 いったい何処の勢力によるものだろうか………

 




 マナナン王は当初、わずかな付き人だけを連れて向かうつもりだったようだが、俺達も王の側近もそれを押しとどめ、小規模な部隊の随伴を認めさせていた。
 行軍速度を上げた俺たちが街を指呼の距離に仰ぐ頃には攻めている軍勢が居るのが見てとれた。
 大軍という程では無いが、俺達が街を後にした時の戦力では抗しえないほどだ。
 そして、部隊長らしきものが天空より召来せし隕石のようなものを度々城内に降らせているのが見てとれる。
 これによって引き起こされた火災が巻き起こす煙によって、俺たちは異変に気がついたという訳か。

「答えはわかっているつもりですが、軍使を出して互いの所属を明らかにし、戦うべきか否かを改めて協議いたしましょうか? それとも、このままあの軍勢を横撃し蹴散らしましょうか?」
「ミュアハ殿下ならばいかがする?」

 俺の質問はマナナン王にそのまま返された。

「もちろん、あの軍勢を横撃し、ダーナを救います」
「ふふっ、そう来なくてはな! さすがは我が朋輩の息子よ! 皆の者続けー!」
「……レイミア隊、マナナン王に続くぞ!」

 


 虚を突くことまでは出来なかったが、陣形をこちらに向ける前の軍勢に襲いかかる事が出来た為だろう、あっさりと敵部隊を突き崩し、俺は敵の将と相対した。
 操る炎の魔法を想起させるかのような赤く燃え上がるような髪と、鋭く、隙の無い雰囲気。

「アイーダ将軍! なぜここに!」
「何物かは知らぬが死んでもらおう……地獄の業火をその身に浴びよ!」

 俺の応えも名乗りも待とうともせず、すぐさまに攻撃に移るのは流石である……が、俺を黒焦げにしたければお前の上司を呼んで来い!

「……効かんな、わたしはレンスターのミュアハ! このような自由都市を襲うとは、盗賊に身を落としたか? グランベル近衛兵団にその人ありと言われたあなたが!」

 実際のところ、熱いし火傷も軽くしていそうだが、敵の最大の攻撃を防いだのだ、ここは余裕を見せてもいいだろう。

「だまれ! 我々は命令通りに動いているだけだ! 我らが任務にとやかく言われる筋合いは無い!」
「……いいでしょう、だが、あの街を守るために今はあなたを倒す!」
「のんきに喋っている暇があったら……喰らえ!」

 再度彼女が放つ灼熱地獄に包まれたが……熱い! たしかに……だが、せいぜい暑い程度だな!
 槍を振るい、剣を叩き落とし、さらに加えた一撃が彼女の脇腹を切り裂き、鮮血が飛び散る。

「あなたではわたしに勝てない、潔く降伏されよ。 身分にふさわしく遇しましょうぞ」
「私を愚弄する気か? グランベル軍人に降伏など無い!」
「ミュアハ王子、この御仁は?」

 俺とアイーダ将軍が問答をしているのを見かけたのだろう。
 マナナン王が割って入ってきた。

「はっ、グランベル近衛兵団アイーダ将軍です」
「わしはイザークのマナナン王、なにゆえダーナを襲う? これはグランベルの侵略と見たが」
「ほう……これはこれは」

 アイーダは目を細めると不敵な表情を浮かべ、唇の端に笑みにすら見える動きを見せた。

「イザーク軍に占領されたダーナ市の解放に来てみたら、レンスターとイザークにより逆撃を受けた……ククク」
「何をバカなことを!」
「各自撤退せよ! 合流地は所定の通りだ!」

 そう言葉を残してアイーダは指輪に触れてから何やら囁くと一瞬にして姿を消した。
 同じようにして消えた者が幾人か居たが、大半がそのまま走って逃げだした。
 追撃、掃討戦を行うべきか迷ったが……

「陛下! ダーナの火災、放ってはおけません。 我が隊だけでも消化に該たりたいがよろしいか?」
「うむ。 そうすべきだな……だが、騎兵の者には追撃に回ってもらいたい」
「御意」



 消化活動は土や砂をかけるなどで行い、幸い隕石召喚(メティオ)の魔法は直接的に火炎を発生させるものでは無かった為、火災は思ったほど酷くはなかった。
 だが、アイーダ将軍の強引なまでのやり方は何故か………
  
 

 
後書き
闇から闇へ……は、ガルザスの仕業でした。

 

 

第五十四話

 
前書き
いつもご覧の皆様ありがとうございます。

お気に入り350件、総合評価2000点突破、ありがとうございます!

 

 
 ダーナの被害は先日の比では無く、多くの市民が被災していた。
 火災がそう酷くなかったと言っても、隕石召喚(メティオ)により破壊された家屋の倒壊や破損部分の飛礫、それによって引き起こされた混乱による二次三次の災害、それを鎮める為の衛兵や守備隊は先日の戦で大きく損害を出しており、また城壁外の敵軍にも備えねばならなかったのも被害の拡大に拍車をかけた。
 市長を始め有力者は行方不明、もしくは遺体が確認された。
 外を囲んでいた軍勢は乗り込んで戦う為に来ていたと言うよりはむしろ、脱出しようとする市民を閉じ込めるためだったのでは無いかと証言の結果そう思った。
 ここから逃がさず、皆殺しにする算段だったのだろうか?





 とりあえずは輜重隊の物資を各地の炊き出し所に配り、泊る所の無い人々のために瓦礫を片づけ、こちらも軍用品である天幕を張り、マナナン王にはイザーク本国へ救援隊の要請を願い出た。
 
「市民のみなさん! 先日、リボー軍に襲われた際に、お仲間と共に街を守ってくれたお方です!」
「……ダーナの方々、ご安心ください。 わたしはレンスターのミュアハ王子です。 あなた方を襲ったグランベルでもリボーの者でもありません。 また、リボー族長の過ちを詫びに来られたイザークのマナナン王は救援の物資を速やかにこちらへ提供してくださると仰せです!」

 天幕を幾つも設営した街の広場で演説(リップサービス)を行った。
 それというのも、生き残っていた市長の家族から市民を元気づけるために、街の外から救援が来ていると知らせて欲しいと依頼されたからだ。
 市長の家族や一部の有力者、それに子供などの弱者の一部は詰所(アジト)の地下に掘っていた地下道に匿われていた。
 彼らからの聞き取り調査によるとアイーダ将軍らは最初、救援に来たという触れ込みでダーナを訪れ、友邦グランベルからの使者に安心した市長らを城外に設営した自らの陣地に連れ出し、すぐさま攻撃を開始した。
 城門や城壁は見向きもせず、街の中へ隕石召喚(メティオ)を行うアイーダ将軍の部隊は打って出てきた守備隊の残兵や義勇兵を散々に打ち破り、レイミア隊の残留部隊は弓箭隊を中心にしていたが、隕石召喚(メティオ)を操る魔道士周辺には重騎士が取り囲み、狙撃すら叶わない状況だったという。
 隕石が降り注ぎ、火災や家屋の倒壊が引き起こされたそんな状況に恐慌状態になった市民の一部は城門から逃げ出そうとしたが、そこを狙ったかのように敵部隊は火炎魔法を次々に放ち、凄惨な地獄絵図を作り上げたそうだ。
 隕石召喚(メティオ)の魔法は術者の力量で威力は大幅に変わるとはいえ、堅固な城壁、城門を破壊するのはよほどの局所集中でもしない限り難しい。
 一般の家屋などに被害を与えるのが目的ならばその限りでは無いので、敵地を焦土にするのが目的で使ったとしか思えないやり方は、手段を選ばず戦争を引き起こそうとする並々ならぬ決意の現れとさえ思えた……
 





 事態の収拾や復旧に数日過ごす中、望楼からどこかの軍勢のような物が見えると知らせがあり、一気に緊迫した事態となった。
 各員に緊急事態を告げるよう指示を出し、詰所(アジト)に寄ってレイミアにはここでしっかり構えていてくれと告げ、抱き寄せてから口づけを交わした。

「……さぁ、いっといで」

 手指までは靭帯を傷つけられておらず指で俺を押しやると、彼女は微笑んだ。
 左右両腕を三角巾で吊っているのは、僅かに残った腱や靭帯を保護したりするためで、リハビリ時間以外はそうしている。
 肩からガウンをかけて三角巾を目立ちにくくしているその様は、腕組みをした俺たちの指揮官みたいに見えるのは贔屓目だろうか。
 新調したいくつかの装備を引っ掴み、出がけにもう一度だけ口づけを交わすと城壁を目指して俺は駆けた。





 城壁に登り、軍勢を確認するとどうにも違和感が……いや、あれは!
 見知った旗印を見て俺は警戒感を数ランク落とした。 
 装っている恐れがあるとはいえ、あれはシアルフィの軍旗。 
 リボーとの戦いに伴い走らせた伝令への答えと見るべきだろう。
 それにアイーダ将軍との戦いからまだ日は浅いので彼らにその情報は伝わっていないと思う。
 もしものことがあればすぐにでも城門を閉ざす準備をしっかり伝えて、数名を伴い城門の外で彼らからの使者を待ち受けた。

「……こちらはグランベル六公爵家が一つ、シアルフィ家からの使者です。 ミュアハ殿下、お久しいですね」
「これはノイッシュ殿、ご無沙汰しております。 先日の戦で街の中は荒れ果て、軍勢を留める余地がないものでして、しばしの間、貴軍には城外にお留まりいただけないでしょうか」
「わかりました。 あるじにはそう伝えましょう。 それにしても……」
「それにしても?」
「しばらくお目にかからぬ内に、ひとかどの武将のような佇まいにおなりのことと思いまして」

 ……シアルフィ家に滞在していた頃、彼には訓練をよく付き合ってもらったものだ。
 久闊を叙したとはいえ、一度彼には戻っていただき主人の(おとな)いを待つことにした。





 久々に会ったシグルド公子は、なによりもまずダーナ市民達の身を案じ、救援物資の搬入を最優先にしてくれた。
 率いてきた軍勢には宿営地を築いてその場で待機するよう命じ、自らはわずかな伴を従えたのみで入城した。
 グランベルの有力者の子弟である彼のことを紹介すると、今は市長の代行をしている彼の息子をはじめ代理や代行というものがついた有力者達は警戒の色を濃くしたのも致し方ない。
 どの程度意味があったのか未知数だったが、俺が全責任を持つと宣言することによって彼らも不審を表立って表すのを控えてくれたので多少は信頼を勝ち得ていたのを知ることになった。
 これに先立ちマナナン王についてはどうだったかと言うと、グランベル軍を追い払ったことやリボーとの戦での被害はあくまで戦闘員同士でのものに留まったことにより大きなしこりは残っていないようだ。
 



 シグルドさんを俺たちの詰所(アジト)に招待し歓待すると共に、レイミアと、そして彼女とのことを報告すると大層驚かれると同時に、自分以外がどんどん所帯持ちになってしまうと笑いだした。

「笑い事ではございませんぞ、公子をお慕いしておられるお方は今か今かとお声がかかる日を待ち侘びておいでなのです」
「はははっ、ミュアハ王子、大人をからかうものではない。 私にそんな人など……未来の公爵夫人になりたいからというお方達ならばそうであろうが……」
「いえ! 公子その人を想われておられる方がおいでなのに気が付かれておられぬだけです!」
「……まぁ、そういうじれったい二人を眺めているのも乙なもんだよ」

 
 ブリギッドさんがそう締めると、彼は少し憮然とした表情を見せたがすぐに改め、

「そういえば行軍中にシルヴィア君を迎えに行くと言っていた方達が居たので同道してもらったよ。
……私はあの子とミュアハ王子が結ばれると思っていたのだが……人生は色々あるというやつだね、はははっ」
「迎えの方がお出ででしたか、なかなかいらっしゃらなくて気を揉んでおりました」
「明日にでもお引き合わせするよ」

 リボーとの戦、そして先日のグランベル軍との戦の話を伝えると全面的な協力を約束してくれた。
 そんな簡単に信じたりしていいのかとの思いもあるが、街を荒らしたのがグランベル軍の手によるものならば、むしろ自分がそれを止めなければならないと熱く語ってくれた。
 ……シアルフィ軍が城外で街を守護していると思うと安心してその夜は過ごすことができた。
 
 
 



 翌日、迎えの使者達が詰所(アジト)を訪れてくれたので、シルヴィアを交えて話し合いを始めた。
 急を要する負傷者への治療、両腕が思うように動かないレイミアの身の回りのことを手伝ってくれたりと、得難い人材ではあるけれども、これ以上危険に晒す訳には行かないという気持ちもある。
 ただ、結局のところこの子は自分のやりたいようにしかしないしという諦めのような呆れたようなそんな気持ちもある…………

「こうしてはるばる迎えにきていただいたのだし、神父様のもとに戻ったほうがいいよ」
「……お願いします。 どうかあたしをここに居させてください。 言いつけは絶対破りません」
「またここは戦場になるのだからいけないよ………」
「だったら尚更、わたし……償いたいの」

 真剣で迷うことなく一途な、そんな姿を見ると無条件に認めてしまいたくなる。
 レイミアのことで自分をきっと責めているのだろう………その代償となることをしたい……そう思っていることも痛いほどわかる。

「……償う必要があるようなことなど無いんだから自分を責めちゃいけない」
「違う! みんな何も言わないけど、全部あたしが悪いんだもん……」

 心無い第三者から見れば泣き落としにしか見えないだろうけれど、涙ながらに訴える彼女の真剣さ、切なさ、辛さはよくわかる。
 もし、無理に帰らせたところで、また嘘をついて途中で引き返してきた時に戦に巻き込まれたら……それに、素直に聞いて帰ったとしても彼女の心はずっと苛まれるだろう……

 
「いや、あの時、みんながお前のことを置いてやれって言ったんだし、レイミアは命に代えてもなんとかするって言ったんだ。 ……ちょっと体の自由が効かなくなったけど彼女は生きている。 だからいいんだよ」
「でも、あなただけは、そうじゃなかったもの……それにレイミアの身の回りのお世話する人だって要るじゃない……そんなことじゃ全然だけど、少しでも責任とらせてほしいの」

 俺の中ではとっくに答えは出ていたけれど、素直になれない自分はなんて愚かなのだろう……
 


 なんのことは無い、心の中ではみんなを巻き込んだ自分が悪いなんて思っておきながら、彼女(シルヴィア)のことをどこかで責めつづけているんだ、俺は。
 一番つらい目に遭わされたレイミアが、そんなこと微塵にも表さないのに、何なんだよ、俺は……
 


 
「…………………この前は、もう知らないとか特別扱いしないとかさ、酷いこと言って、すまなかった。 これからも、居て欲しい」
「……いいの? ほんとに?」
「もちろんだよ。 それに……口では気にするなとかお前は悪くないって言っておきながら、お前のこと、心のどこかで責めていたかもしれない……許して欲しい」
「許すも何も……ミュアハは何も悪くない! あたしのほうこそ、自分の気持ちを少しでも楽にしたいだけで我儘言ってるだけだもん……」





 迎えの方々には非礼の極みと思いながらもクロード神父のもとへとお帰りを願った。
 しかし、彼らなりにダーナの事情を知ったようで生き証人としてここに残ると申し出てくれ、随員の一人だけは事情を知らせるために帰還の運びとなった。
 帰還する使者を見送った後、再び会うことになったのは……あの美貌の占い師だった……

 



 
 その後、シグルド公子、マナナン王、それに主だった街の方々を交えて対策会議を開いた。
 もちろんレイミアは俺の傍に居てくれる。
 三つ、いや、ダーナも加えれば四つの勢力で構成された俺たちは互いに誰が仕切るかで揉めそうなものだがマナナン王もシグルド公子も主導権争いなど興味が無いようでダーナ市長代行に全てを委ね、市長代行は軍権を俺に一任してくれた。
 規模から言うと二か国の軍はもとより、ダーナ守備隊の残存よりも小規模な俺たちが何故……と思うところだが、シグルド公子は実戦経験が浅くマナナン王は実際に戦火を交えた相手の直接の上役、守備隊は瓦壊しており……公子か王のどちらに任せても角が立つ。
 レイミア隊は実戦経験、装備、練度などの総合力を見ればどこにも引けは取らず、文句の付けどころだったかもしれないのが代表が女性ということだったが、それもクリアし、公子や王にも位負けしない王子が代表だ。




 ……だが、任された本人としては無理w俺は神器使え無いしwww格下wwwwwwwwwwwww
  
 
  
 

 
後書き
ずいぶん更新が空いてしまい申し訳ありません。
つぶやきをご覧の方々には繰り返しになり、言い訳にしかなりませんが
月曜日にPCが壊れて木曜日に買い換えたのですが・・・windows8が原因か新PCが原因か不明ですが
どうにも使いにくく、すぐに全文が消去されてしまったり、急に書いた部分が消されたり、
カーソルが変な場所にワープしたりと・・・
こういう不具合みたいなので手が止まるとガクッとモチベ下がるのですが、負けずに頑張ります。.. 

 

第五十五話

 
 「今回も向かってくるのを確認できませんでした」
「お疲れ様です、次の担当にご連絡お願いします」

 ……今まではそもそも騎兵の数が少なすぎて索敵に回す騎兵のやり繰りが苦しかったが、シアルフィ軍の合流によってそれが一気に解決し、俺は城壁の上から偵察隊とやりとりをしている。
 飛行兵が居ればさらに良いのだろうがそれは贅沢と言うものだ。
 このあとしばらくは偵察隊が戻ってくることは無いので司令部へと向かった。




 
 軍議と言っても、しっかり階級分けがある訳でも参謀チームのようなものがある訳でも無いので、互いの部隊間での足りないものを融通しあうなり、周囲の地形を記した地図を前にして、予想される敵の進行ルートやこちらが配置する兵のポイント、伝令をどう滞りなくやりとり出来るかの訓練とその成果の報告などを話あったり、時として世間話のようなものを行ったり……

「……それでこの街が襲われたということなのか。 ふぅむ」
「はい、この目で確認はしておりませんが市長代理に尋ねたところ、大層驚かれましたがお認めいただけました。ただ、目にする機会が得られるかはわかりません」
「ロプトウスの神器がこの街に封印されていたとは……」

 ……原作ではマンフロイがユリウスに献上したとされるが、彼がそれをどこで手に入れたかの具体的な描写は無かった。
 それゆえ、俺も知るところでは無かったのだが………例の、あの占い師に言われたことを思い出していた。



 ……シルヴィアを迎えに来てくれた使者の一人を見送った帰り道、再びあの美貌の占い師に出会ったのだ。
 人それぞれ何が美しいかの基準が異なるのは言うまでもないが、この存在はそれを超越した地点に存在する"全き美そのもの"としか感じられなかった。
 艶然としながらも清らかな乙女のようにも見える微笑を浮かべた彼女はこう問いかけた。

「あなた達……私の占いどう思ったのかしら?」
「抽象的過ぎてわかりませんでしたが……今、そう言われればあれはそういうことだったんだと思えます」
「そうね、坊やへの伝え方は難しかったかもしれないわ。 でも、そちらのお嬢さんにはわかりやすくお伝えしたというのに……」
「ごめんなさい……でも、あたしにはそうするしかなかったの」

 シルヴィアに蔑むような一瞥をくれてから己の首飾りに繊手を這わせた彼女は

「あなたはもういいわ。 さようなら」
「だって……」
「前に『でも』とか『だって』って嫌だって言ったでしょう? それよりも、私は坊やのほうに用があるの」

 もうシルヴィアには全く興味無さそうなこの美女は俺のほうを見やり

「あなたならきっとわかるわ。 ……魔狼の父にして神馬の母、狡知な者、そうね、あなたが懸命に顕現を阻止しようとしているモノ……それの鍵がこの街にあるの。ご存じ?」

 魔狼と聞くと真っ先に思い浮かぶのはフェンリルだが、ガルムだとか他にも候補はいくらでも居る。
 だが、神馬を産んで尚且つ狼の父、そして狡知と言えばロキという神だと思う。
 俺が阻止しようとしているのはロプトウスなんだが…… 

「ロキって神のことだと思うのですが……ロプトウスの事のように仰ってますね。 両者に何か関係あるのでしょうか?」
「そうね、もしあなたの願いが叶ったら『大きく成長したもの』を調べてご覧なさい……ロプトと言うのよ」
「なるほど……ロキの別の呼び名の一つがロプトと言うのですか……そういう由来だったとは存じませんでした。ところで、鍵と仰られても見当がつきません。 それに、何故いろいろと教えてくださるのでしょう?」
「……あなたたち人の子が愛したり愛されたり、恋したり焦がれたり……そんな姿を眺めていたり、時としてそれを追体験したり、相談を受けたり介入してみたり……それが私の生き甲斐なの」

 彼女がいじる細工の極みは首筋を黄金の滝のように彩っている。

「あなたは私の心を打つ素晴らしいものを見せてくれたし………ねぇ、話は変わるけれど、お願いもあるの。もちろん断ってくれても構わないけれど……果たしてくれたらあなたの願いも……」
「とりあえずお話だけでも、伺いましょう」






 ……その後、俺は彼女と、とある契約を交わした。





 気が付くと心配そうに俺の様子を見ているシルヴィアの姿があった。
 彼女は途中から蚊帳の外にされていて、意識の無い俺を見守っているしかなかったと言う。
 俺とあの占い師とのやりとりは知ることが無かったと言うわけだ。








 ロプトウスの鍵について、市長代行とその家族に問い合わせてみたところ………
 およそ百年前の戦争の後、ロプトウスの神器たる魔道書を消滅させようとあらゆる手段が採られたのだが、焼き尽くそうと破き捨てようと何事も無かったかのようにその姿を取り戻してしまうため封印という手段を取ることにした。
 最初はグランベル王家で厳重に保管していたのだが、ほんの半年もしないうちに保管庫はぼろぼろに崩れ、他に違う素材で建て直しても崩れるまでの期間が変わるに過ぎなかった。
 途方にくれた聖者ヘイムは十二聖戦士降臨の地で再び啓示を受けることは出来ないものかと一縷の望みでダーナを訪れた。
 ……再び奇跡は起こり、代々のダーナ市長しか知り得ない場所でゆっくりと浄化を受けていると教えてもらった。
 この街を狙う理由はそこにあるのかもしれない。
 仮に全てを破壊し尽くしても魔道書は残る訳だし……





 

  数日後の軍議中に伝令があり、俺に目通りを願う者がダーナを訪れ、その名を聞いて一も二もなくこの場に通してもらうことにした。
 最後に会ってから一年も過ぎては居ないというのになつかしさすら感じてしまう。
 シグルド公子とは面識があると思うが、マナナン王とは無いと思うので俺から紹介することにした。

「こちらはヴェルトマーのアゼル公子、もう一方はドズルのレックス公子。 わたしの親友です」
「イザークのマナナンだ。 お初にお目にかかる。 ミュアハ王子が自らの朋輩と言うだけあって立派な若者達だ。 以後、よろしく頼む」

 
 自己紹介を済ませた後に要件を尋ねてみた。
 グランベルからの降伏勧告、あるいは講和の使者であるのかも知れないが……

「ダーナはイザーク軍とミュアハのレンスター軍に占領されて住民は皆殺しにされたってバーハラ中、噂になっている」
「なっ、そんなこと無いのは見てもらえばわかるだろう! それに街へ無差別に隕石召喚(メティオ)落としたのはグランベル軍のほうだぞ!」
「あぁ、実際に様子を見てわかったよ。 だけどバーハラでそれが通用するかは……オマエならわかるんじゃねぇか?」
「くっ………」
「公爵会議ではうちのオヤジとアゼルの兄貴がダーナに兵を送れって騒いでいる。 ユングヴィ公は病に倒れてしまって、出兵に反対がクロード様とシグルド公子の父上。宰相閣下は棄権。そういうわけでクルト王太子に裁可を求めたら人を送って様子を確認すべきってことで、俺らが選ばれた」

 続きはアゼルに促すような態度だったので彼のほうを見やり、飲み物で口を湿らせた。

「兄上は何も教えてはくれないけど、レックスのほうから聞いたことを話すよ。………もし裁可で出兵が否決になったら、グランベル軍としてでは無く、それぞれの公国の私戦としてでも出撃するって……」
「……王太子殿下は職権で出兵を認め無かったらすぐさま二公が兵を送るって思ったから時間稼ぎをしてくれたのか……」
「そう、だと思う……」
「それに加えてバーハラの様子も知らせてくれたってことか」
「ボク達を人質にしたっていいんだよ。 たぶん殿下はそれでボク達を送ったんだと思う」
「いや、ドズル公もヴェルトマー公にも人質は通用しないよ。むしろ…………」

 俺が言おうか言うまいか悩んでいるとそれを察したレイミアが

「公子、このままアンタ達を送り返しても無事に帰りつけるかわからないよ。 十中八九とまでは言わないけど七六くらいはアンタ達を途中で亡き者にしてこっちの仕業に仕立てそうなもんさ」
「うちのオヤジはロクデナシだけどよ、そこまでするかよ!」
「すまん、俺が言わないもんだから代わりにうちの相方が言ってくれただけなんだ、怒りは俺にぶつけて欲しい」
「………ふん」
「ねぇ、ミュアハ君、うちの相方って? なんか意味深なんだけど?」
「ん、まぁ、一度言ってみたかったんだよね自分の大事な人を『相方』って。 ということで後で知らせようと思っていたけどレイミアと結婚したんだ」
「 『ええええぇ!』 」

 俺に寄り添い肩の上に頭を載せてきた彼女(レイミア)の頭を撫でてやるとその場みんなの視線がイタイ。
 



 --7章おわり-- 
 

 
後書き
占い師は子世代編のレヴィン的な何か

ロプトウスの魔道書がダーナに封印されているとかいうのは捏造設定です。 

 

第五十六話

 

 シグルド公子の軍勢は一度ダーナを離れ、レックスとアゼル護衛に付いてもらう運びとなった。
 砂漠を横断しての道のりは危険だろうとダーナからはずっと南西、ミレトス地方とグランベルとの間の内海、海岸線を伝いエッダ領から北上し、バーハラへ向かうルートだ。
 彼自身は、もしランゴバルトやアルヴィスが乗り込んできたら説得に該たるからダーナに残ると申し出てくれた。
 しかし、ダーナの事情を良く知る上級貴族の証言は多いほうがいいだろうし、もし、公子が残るとなったら全軍挙げて護衛に向かってはくれないだろうという思いもあったので、無理を押して頼み込んだ。
 これにはイザークからマリクル王子が援軍を率いて合流してきた事と、メルゲン城塞から使者があり、兄上が城塞に詰め、いつでも出撃できる用意が整っていると知ることが出来たので戦力の見通しが明るくなったからなのもある。
 ………それというのも隕石(メティオ)での焼き討ちを生き残った商人の多くを北トラキア諸国に送り出し、被害のありさまの噂を流させたり、直接各王家に陳情や庇護を願わせる工作を行ったからだと思っている。
 シグルドさんの軍勢がダーナを離れるのは戦力的に痛いが、場合によってはドズルやヴェルトマーの本領を衝くとオイフェから申し出があったので乗ってみた。
 もっとも、彼ならばそんなことはせず、堂々と主戦場へ乗り込んで来そうな気がするのだが!






 「じゃあミュアハ君、ご武運……というのは辞めておくよ、元気でね」
「お前は殺しても死なないだろうから心配はしないでおく」
「ありがとな。 道中、くれぐれも用心してくれ。 それと、王太子にもよろしく」

 いつぞやのように互いに拳を軽く打ち合わせ、別れの挨拶とした。
 
「そうそう、レイミアさんを大事にしてよ」
「だな、泣かすなよ!」
「……アタシはもぅ、すっごく大事にしてもらってるから、心配ないよ!」
 

 彼女は俺たちのやりとりに割って入ると

「アタシの価値なんて剣振ってナンボだと思ってたけど、こんなんなっちまってもアタシがいいって言ってくれてるんだ。 家事どころじゃ無い、自分の身の回りのことすらろくすっぽできないってのにさ………アンタ達ならそんな女、哀れに思ったりはしても、どうこうしようって思うかい?」
「いや、レイミア、こいつらも社交辞令みたいなもんだから、すまん」
「わかってる。 ……ほんとはお前に聞いて欲しかったんだ」


 照れくさそうにしている彼女(レイミア)の腰に手を回して身を寄せて

「すこし時間はかかるかもしれないけど、腕は必ず良くなるさ。 名誉の負傷を卑下しないようにね」
「ああ、そだね……」

 本当は気休めな言葉だけれど……

「じゃあボク達は行くね」
「お二人さん、続きはあとにしてくれよ!」

 苦笑いと共に二人を送り出し、俺と彼女は寄り添いながら城門に向かって歩みを向けた。






 ……城門まで戻ると商工会の代表代行と鍛冶屋が居て、俺たちに会釈すると口を開いた。

「将軍、これをお納めください。 我々からの気持ちです」
「?」
「街の者は皆言ってますよ、ダーナ守護将軍とね」
「いや、わたしはただの重騎士に過ぎません」
「……こういうのはね、自分で思うんじゃくて周りがどう思うかで決まるのさ」

 レイミアはそう言うと我が事でもあるかのように嬉しそうな表情を浮かべた。
 面映ゆくもあるが悪い気はしない。

 
「奥方の剣の修復はとっくに済んでましたが、立て込んでおり、お届けが遅くなって申し訳ありません。 ……ささっ、閣下、こちらをどうぞ」

 鍛冶屋は使用人から受け取ると見事な盾を俺に手渡してくれた。
 思ったよりもずっと軽く、握り部分のバランスも絶妙で取り回しに不便はなさそうだ。
 続いて槍も受け取り具合を確かめる。
 こちらもバランスの良い仕上がりになっており、自ら最前線に立つことの多い俺には武骨で実用性重視なこの仕事はありがたい。

「ありがたく頂戴します。 お気持ちに応えられるよう微力を尽くします」
「胸甲と肩当は先に詰所のほうにお届けしましたので、のちほどお(あらた)めください」
「何から何まで痛み入ります」
「他にご入り用の物があればなんなりと」
「……」
「ご遠慮なく申し付けくだされ」
「でしたら………」
 
 





 アゼルとレックス、それにシグルドさんがダーナを離れて十日もしたころ、哨戒の騎兵が物凄い勢いで帰り着いてきた。
 報告を受けると、西方から軍勢が迫っているということだ。
 メルゲンへは早馬と伴に、かねてからの打合せ通りに狼煙を上げて危急の知らせを送った。
 中継点はいくつもあるが、迅速にこの知らせが伝わることだろう。
 すぐさま緊急の軍議を開き、兵達には出撃態勢を整えさせた。
 この日を迎えるまでに義勇兵も新たに募り、数だけでいえばたいしたものだが、戦闘員として実用に耐える者は十人に一人居るか居ないかである。
 だが、支援に割ける人数が多いので前々回の戦に比べればずっとやりやすくなるはずだ。
 市民にも敵軍襲来の知らせが行われ、居住域ごとのグループで設営された地下壕への避難を次々と進めて行った。
 


「では、打合せ通りにお願いします」
「承知」
「心得た」

 各自唱和し、行動に移る。
 城壁に拠ったところで無差別に隕石(メティオ)を降らされるので城外で迎え撃つと方針は決まっている。
 ……敵の動き次第ではその限りでは無いが。

 偵察の騎兵からの最初の報告とその後に続く報告により進軍ルートの予想は立ち、それを迎えるに適した兵の配置を調整する。
 なんにせよ密集隊型を組んでは隕石(メティオ)のいい的になるのは間違いなく、適度に散開させた中規模の部隊を幾つも編成してある。
 それは各個撃破の好餌となるものではあるが、一つの隊が敵と接敵した場合、すぐに他の隊が合同し充たれるように手旗による交信に重きを置き、各隊の意思疎通を円滑に行えるよう訓練をしてきた。
 さすがに敵も自分の味方ごと巻き込んで隕石(メティオ)を降らせないだろう……
 各部隊長には自由な裁量と共に負担もまた大きくなるが……やりがいはあるはずだ!




 ダーナ市街から西方で敷かれた陣で多くの兵を前に出陣前の激励を行う。
 まずはマナナン王からだ。

「……余はここに宣言する。暴虐にして無慈悲なグランベル、いやヴェルトマー公国とその走狗たるドズル公国からこの街を守るのは誰であるかと………そう、我らであると!」
「 『応ー!』 」
「不幸な行き違いがあったとは言え、否!、その汚名を返上するために、我らはここに居ると!」
「 『応ー!』 」
「………では、総大将からの訓示、皆の者心して聞くがよい!」

 ……総大将などと言われると緊張が跳ね上がるのだが!
 未だマナナン王の檄で興奮冷めやらぬイザーク、ダーナ共同軍の前で俺は深呼吸をする。
 ざわめく多くのイザーク兵、そしてずっと少ない自らの手勢であるレイミア隊、それにダーナ守備隊を見やり、気合を入れる。


「国や身分は違えど集まってくれた皆に、まずは感謝する!」

 再びの歓声に身が引き締まる思いをしながらも言葉を続けようと汗ばむ手を握りしめる。
 俺の言葉の続きを待っているかのような皆に向かって精一杯、声を張り上げた。

「まず、我々は必ず勝つ! これは揺るがしようの無い未来だ! だが、それを阻まんとする意地の悪い神、慢心って奴がいる。 こちらが勢いに乗り、押して居る時にこそ冷静になり、周囲に気を配って欲しい! ……そして、その勝利をここにいる全員、そして今は別の場所で配置に着いている多くの仲間と分かち合いたい! ゆえに、功に逸らず、仲間の、そして自分の命を惜しめ! 我々の正しさを一人でも多く語り継ぐんだ。そして、子や孫に武勲の自慢話を何遍も何遍もやってうんざりさせてやろうぜ!」 


 ……出来のいい演説じゃあ無いが、作られた雰囲気のおかげで士気は上がり、俺は三度目のダーナ防衛戦に出撃する! 
 

 
後書き
盗作問題が運営様から挙がっているのでこの物語にも無視できないものがあった場合にはお知らせいただけるとありがたいです。
特に指摘されたりは無かったのですが、自分でも怪しいかな?というのが五十二話でのマナナン王の開城勧告のあたりだったので修正しましたが、これでも駄目だとしたらお知らせいただきたく・・・
セリフ一つでも駄目なのだとしたら、せかいひろしとかトンボ取りとかも駄目になるんだろうなぁ 

 

第五十七話

 現実での戦争に於ける準備砲撃という奴だろうか?
 遥か彼方からこちらに向かい何度となく隕石(メティオ)落としが降り、その度に巻き上げられる土や砂の煙、そして轟音が戦場に響く。
 比してこちらはそれに対抗する火砲というものは存在しない。
 場合によっては絶望的と言う物かもしれないが、物量さえあれば間断無く撃ち込める大砲とは異なり、魔道士という人力ゆえ、術者の疲労……そして一度術者を失った場合の補充は困難を伴う。
 もちろん、攻め寄せてくるヴェルトマー=ドズル連合軍を無為に待ちぼうけてなんていなかったわけで、ダーナ西方には仕掛けを幾つも仕掛けてある。 
 その仕掛けまでどうおびき寄せるか、それがまずは肝であり、この砂煙を利用するつもりで計略(わるだくみ)を立てていた。




 隕石(メティオ)落としの囮となっているこちらの軽騎兵が後退してくるのに合わせて、こちらの本陣も慌てて退くような動きを敢えて見せ付ける。
 しばらくの時を経て、地軸を揺るがすような響きが聞こえてきた。
 こちらが崩れたと判断し、騎兵を一気に叩き付ける算段なのだろう。
 心の中で快哉を叫びそうになるが、ぐっと堪えて敵が罠に嵌まるのを待ち受けた……
 ひっかける為に考慮したのは敵軍の指揮体系だ。
 向こうを率いるは互いに同格の公爵、知略はアルヴィスが上回っているが年齢差、そして驕慢なランゴバルトの性格というものが障壁となり彼による全軍の差配など望むべくも無かったろう。
 恐らくは両家それぞれの軍はめいめい勝手に動く。
 そんな取り決めに違いないと重装斧騎士団(グラオリッター)の動きを見て確信した。




 ……轟く馬蹄の響きに伴う地の鳴動が一瞬に途絶え、次いで大きな衝撃が起きた。
 馬の悲痛な嘶き、狼狽するその乗り手達の叫び、それを引き起こしたのはこの時に備えて突貫作業で堀抜いた壕への転落という事態であった。
 薄い木板で覆い隠されたそれは、横幅三百メートル、奥行き六メートル、深さ三、四メートルに及ぶものだが、巻き上げられた土や砂の煙により視認が出来なかったのであろう。
 ここまで上手く行かなかった場合はそこで塹壕戦すら行うつもりであったのだが……
 なんにせよ、そこでは重装備により脱出も叶わぬどころか装備の重さが仇となりそのまま命を落とす者、運よく命を取り留めたものの後続の味方に踏みつぶされ肉片と化してしまう者……そして、勢いを減じたとはいえ、そのままこちらの前衛にまで飛び込んで来る集団があった。

「抜刀隊、構え!」
「……グランベルの金ピカ野郎共に戦のやり方を教えてやりな!」

 湧き上がる叫び声の後、西南の丘に(これは壕を掘った土を利用し嵩上げてある)潜んでいた弓箭隊は部隊同士がぶつかるまえに一斉に矢を射かけ、壕に呻く者達と前進してくる重装斧騎士団(グラオリッター)の後部に降り注がせた。
 さらに勢いを減じた斧騎兵が次々と討ち取られて行くさなか、本陣の陣旗隊に指示を出し、さっと上げられた旗の色は弓箭隊に向けてのもので、それを規定通りに振り示すと、すぐにまた元の本陣の旗にすげ替える。
 重装斧騎士団(グラオリッター)の突撃に前後して隕石(メティオ)落としはやんでおり、土や砂の煙はそろそろ治まっていた。


 



 前衛たる歩兵隊は士気の落ち込んだ敵の突撃をしっかりと押しとどめ、精強を以て鳴らしていた重装斧騎士団(グラオリッター)の面影を過去の物へと押しやっていた。
 こうなると、ヴェルトマー軍からの救援が来るのは火を見るより明らかであろうから、再び陣旗隊に指示を出し、主戦場から離れている別働隊へ向けてのものを表しつつ、伝令も送り、備えを固めた。
 ………予想通り、ヴェルトマーの魔道騎士団(ロートリッター)が巻き上げる土煙と馬蹄の響き……ドズルの重装斧騎士団(グラオリッター)に比べて響く地響きは軽く、ともすれば軽く見がちであるが、恐るべきはその戦法だろう。
 恐らく、こちらの前衛に向けて火炎を放った後に馬首を翻し、後列の騎士が再び火炎を放ち、その騎士もすぐに馬首を翻し………と、続く一方的な攻撃を続けることになるであろう。
 だが、その攻撃を行う為に彼らを動かすことにこそこちらの狙いがある。




 魔道騎士団(ロートリッター)がこちらの前衛まで辿り着く前、後退の命令を出す。
 もちろん、これは偽装だ。
 だが、こちらの手が緩んだそれを好機と見たのだろうか?
 撤退するでも無く、死に花でも咲かすつもりなのだろうか……重装斧騎士団(グラオリッター)の残骸はむしろこちらに突進し、ついにこちらの本陣を切り裂く事態となった。

「……大将首はどこぞ!」
「レンスター第二王子ミュアハ、逃げも隠れもせん!」
「ぐわははは、わざわざ名乗り出るとは……バカめ死ね!」

 突っ込んできた軍馬に槍を突き刺し、床几に立てかけてある大剣に手を掛け一息に抜き放ち、盾は投げ捨てた。
 俺に襲い掛かってきたのは恐らくランゴバルトであろう。
 見事な髭、そして銀髪に剣呑な目つきをしており、恰幅の良い姿は鈍重さよりも堅牢さこそを感じ取る。
 バランスを崩した馬に振り落とされ宙に身を投げだし、両手足で地に着いた奴はぐるりとこちらに一瞥をくれると、間髪を入れずに旋風のような斬撃を繰り出してきた。
 剣で受け止めてはソレごと撃砕されそうだっただけに身を躱した。
 凄まじい勢いの斬撃であったが、避けた後は隙だらけだったゆえに渾身の力を込めた一撃を叩き付ける。
 ……今まで、数限りなく命を(あや)めてきた俺だ、この一撃ならば()ったという自信があった。
 しかし、刃が当たる寸前、障壁のようなものに阻まれごく浅い傷を負わすに留まった……

「……神器も使えぬ雑魚がワシに手傷を負わすとは、よほど鍛えたか、よほどの剣なのか」
「その両方と言っておく!」

 今回、レイミアから借り受けた大剣は幾多の戦場を彼女と共に勝ち抜いてきたもので、折れず、曲がらず……名工の手によるものなのは間違いないだろう。

「言ってくれるではないか! だが、幾度斬りつけようとワシに致命傷など負わすことはできんぞ!」
「ふん……いくら固かろうが………血が出る相手なら殺せる!」

 ……来いよべネット!スワンチカなんか捨てて素手でかかってこい!とか言いだしそうになったが自重。

 本陣に控える者達もそれぞれ名うての相手をしているだけに、こちらの助けに入る余裕は無く、一撃も受けられない戦いをしている俺は全神経を磨り減らされていた。
 だが、ランゴバルトのほうも浅手を何か所も受けて動きが鈍ってきている。
 もともと碌に痛みを受けないような戦いばかりをしてきたろうから痛みには弱いのかも知れない。

 ……振り抜かれた魔斧(スワンチカ)を避け、この雄敵(ランゴバルト)の手甲に全力の斬撃を続けざまに二連、叩き付けると、苦悶の声と表情を上げて恐るべきこの魔斧を取り落とした。
 慌てて取りすがろうとするのを見越し、思い切り脚を振りぬくと"ぼぐっ"という音と伴に顔面に見事に吸い込まれ、骨の砕ける感触と、満たされた革袋が破けた時のような不快な感触とが爪先を通して伝わってきた。
 どうと倒れた雄敵(ランゴバルト)を見下ろし、転がる魔斧(スワンチカ)を踏みつけ、未だ本陣で戦い続ける重装斧騎士団(グラオリッター)の生き残りに、

「貴殿らのあるじにして主将たるドズル公ランゴバルト卿は我が前に屈した! 討ち取られたくなくば直ちに武器を捨てよ!」

「レンスターのミュアハ王子がランゴバルト卿を虜囚とした!」
「ランゴバルト卿が討ち取られたぞー!」
「お前たちの大将はやられちまったぞ! 大人しく降伏しろー!」

 俺の勝ち名乗りを受けて本陣の兵らが次々と唱和し、彼らにとって無敵の、あるいは信仰に値するだけの存在が力なく横たわり、縛り上げられて行く姿を目にすると…………

「閣下がお前らごときに屈することなどあるものかー!」

 逆上して突撃してきた一騎を、俺の前に立ちふさがったマナナン王が一刀のもとに切り伏せた。
 意気消沈した生き残りの重装斧騎士団(グラオリッター)は武器を捨て抗戦の意思を消した。
 





 俺とランゴバルトとの一騎打ちの生き証人として数名の重装斧騎士団(グラオリッター)の騎士を縛め、主人と共にダーナへと送った。
 残りの騎士達には武器を捨てさせ、そのまま真っ直ぐ本陣から逆側に……つまり敵側の本陣へと退却することを命じた。
 ……別にこれは温情をかけたという訳でなく、生き延びて帰り付けば敵方にランゴバルト捕縛の知らせとなることと、一番の狙いは彼らを盾にして、魔道騎士団(ロートリッター)の突撃を鈍らせるためだ。
 意図した通りに走りださない場合に備えて、そして許すまで騎乗を許さず馬を曳かせ、背後から武器を構えて追い出しながら、本陣にまで下がって来た前衛部隊には偽装退却の終了を告げるのと反転攻勢を知らせるラッパを鳴り響かせ、再び陣を押し上げた。
 
 



 ここまでは上出来過ぎだ。
 憶測に過ぎないが、密な連絡を取り合うには両者の距離が離れていること、そして、ここまでが速攻で決まったせいもあるだろう。
 だが、必ず奴らはこの場に参戦してくるはずだ。
 そう、トラキアの竜騎士団が……… 
 

 
後書き
ゲーム的にランゴバルト+スワンチカ(21+20=41)の防御抜けるの?という疑問には
みゅあはの力25~20、ぎんのたいけん20、パワーリング+5という辺りでしょうか。 
パワーリングはドバールを倒したレイミアが(39話参照です)げっと→みゅあはのてんしのゆびわと交換です。(結婚で交換しあったと)

・・・それとシュワルツェネッガーさんゴメンナサイw 

 

第五十八話

 
前書き
拙作をいまだお見捨てなくご覧の皆様に感謝申し上げます。
わざわざ各話の点数まで付けていただいてありがとうございます。
累計ランキングなるものを見るよう言われて調べてみたところ……暁様にある膨大な全作品のうちtop100の中にあるなど信じられない! ひとえに皆様のおかげです。

 

 
 

 図らずも敵軍を先導してしまうことになった重装斧騎士団(グラオリッター)はさぞかし不本意なことだろう。
 だが、戦のさなかに手心を加えたがために、その時の優位がたちまち覆ることがままあるのが戦場と言うものだ。
 同情や憐れみの気持ちは……いや、戦は既に始まってしまったのだ。
 何の益も無いこの戦、もし、逃げ出したとしたらダーナは灰燼に帰し、それはレンスターとイザークの仕業とされてしまう。
 なればこそ、勝って、しかる後にこちらの正しきを訴えねばならないのだ……
 



 やがて、壕に落ちてから命を取り留め脱出に成功することが出来たものの、徒歩(かち)となったがゆえ重い鎧を脱ぎ捨てた重装斧騎士団(グラオリッター)の残滓の姿があった。
 こちらに追い立てられている味方の姿を認めた彼らは様子を窺っていたが、状況を見て"わっ"と、己が身一つで逃げ散り始めた。
 壕のある場所に迄辿り着くと、重装斧騎士団(グラオリッター)は端のほうにある連絡通路で縦列を作り、渡り出した。
 槍兵部隊をここに残したのは、死んだふりをしている壕の中の者への、そして、もし撤退する事態に陥った場合、ここを橋頭堡として逆撃を加える為の備えだ。



 ……重装斧騎士団(グラオリッター)に騎乗させ、正面から向かってくる魔道騎士団(ロートリッター)へけしかけた。
 ここに至るまでの道中に扇動しておいた言葉を思い起こす……




重装斧騎士団(グラオリッター)の諸君らよ、勝敗は時の運とは言え、此度の事態の真の理由をご存知かな?」
「……貴様らが卑怯にも落とし穴に我らを突き落したからであろう!」
「いやいや、卑怯と言うは貴殿らの盟友という名の背信者、アルヴィス卿に他ならんよ」
「 『何ィ!』 『我らを(たばか)るのか!』『無礼が過ぎるぞ!』『蛮族ずれがぁ!』 」
「……なにゆえ貴殿らの騎士団のみで突撃を図ったのかね? もし両騎士団による突撃であったならば我らが本陣もたまらず陥ちていたとみるが?」
「それは……」
「年齢にしろ実績にしろ貴殿らのあるじが全軍を指揮するが道理、翻って、アルヴィス卿は賢しい言を弄し貴殿らを捨て駒、いや……処刑したということだ」
「な、なんだと……」
「そもそも此度のダーナ攻めはアルヴィス卿による(はかりごと)。 グランベル六公爵家を自家のみ残し、他家は滅ぼすが彼の者の企みということ、気が付かぬか?」

 俺の流した毒に飲み込まれそうな彼らの姿に同情を禁じ得ない。
 もし、これが打ちひしがれた敗軍では無く、輝かんばかりに精強なるいつもの彼らであればこんな戯言(ざれごと)、一顧だにしなかっただろう。

 
「さて、これは憶測に過ぎないが……クルト王太子はそろそろ四十の齢に至らんとするが、浮ついた話のひとつも聞き及ばない」
「きゅ、急にどうした、そんな話を!」
「……もう十年以上の前になるのだろうか、アルヴィス卿はわずか十五の齢にして近衛団長に任じられ、異例中の異例の抜擢を行ったはクルト王太子であり………あの御仁(アルヴィス)は、眉目秀麗にして端麗。 ……わたしの言いたいことはわかるかな?」
「 『な、なんという無礼を!』『殿下への侮辱、許さぬぞ!』 」

 口々にわめき立つ彼らだが、現在の力関係を考慮する分別はまだ残っている。

「違うのだよ諸君、殿下を籠絡し、グランベル王室への不忠を図るのはアルヴィス卿のほうだぞ! 自らが(まつりごと)を専らとする為に他の公爵家が邪魔であるため……毒殺や暗殺では後日、必ず足が付くと見て、わかりにくい戦場で、そして自分の手を汚さぬ為に謂れの無い戦を仕掛け、敵軍にその役目を負わせようと…………漢気に溢れ、勇敢な諸君らのあるじだ、同じ六公爵家の一員としての信頼もあっただろう……それを裏切った! 二つの騎士団で突撃する約を違え、見捨て……いや、死地へと送ったのだよ!」
「だ、だが、しかし、貴様の言うことが正しいとは言い切れん!」
「ならば、アルヴィス卿に問いただしてみればいい、友軍たる、そして武器も持たない諸君らをもし、とどめることがあったなら、その時は魔道騎士団(ロートリッター)は諸君らを裏切ったとそう思えば良いのだしな!」
「そ……そうだな。 そうに違いない」
「よし、魔道騎士団(ロートリッター)の姿が見えてきたら諸君らは騎乗するといい。……諸君らをこんな目に遭わせたのはアルヴィスだ。裏切りが無ければ大陸最強の重装斧騎士団(グラオリッター)が一敗地にまみれるなどあるべからざることなのだからな!」






「ミュアハ王子、やりすぎではないか?」
「そうですね……わたしは死んだら地獄行き間違いなしでしょう」

 重装斧騎士団(グラオリッター)を前方に見やり、俺たちは駆け足で追いかけている。
 先ほどの扇動についてマナナン王は思うところがあるのだろう。
 信義を重んじ、実直な人物な彼は黙って見ていただけでも罪悪感があったに違いない。

「敵の兵にも産み、育てた家族が居り、互いに想いあう者が居るのは当然でしょう。 ですが、それは我々とて同様です。 何より彼らは炊事や治療などを任務とした補助兵では無く、正規の戦闘員です!」
「うむ………」
「陛下! これより該たるは無辜の民へ無差別に隕石(メティオ)落としを行い、皆殺しを計ろうとし、それを全てイザークの仕業に仕立て上げようとした者達ですぞ! 勝敗が決した後ならば助けましょう。なれど、今は勝たねばなりますまい!」

 一度降伏した重装斧騎士団(グラオリッター)をこんな形で利用するのは道義にもとることだ。
 それに、彼ら自体は今の所ダーナには一切被害を与えた訳でもない。
 だが、それを咎められる資格を得るには、まず、この場を勝ち残らねばならない。

「………わしは甘いな。 貴公に総大将を委ねたこと、間違い無かった」
「もったいないお言葉です………これより、向かって右、魔道騎士団(ロートリッター)の左翼に突撃をかける! 総員! 気合入れろ!」
 
 叫んでからマナナン王を見やった俺は謹直な表情を作り、

「……申し遅れましたが、クルト王太子の性的嗜好はいたって健全です」
「なぬ?」
「美しいお嬢さんをお持ちなのですよ。 隠し子にする事情がおありなのですけれども!」





 重装斧騎士団(グラオリッター)は押し寄せてくる魔道騎士団(ロートリッター)のど真ん中を押し通ろうとした。
 旗印で友軍であると認めた魔道騎士団(ロートリッター)隊長の魔道騎士(マージナイト)は、 友軍に火炎魔法を見舞うことなど考えに及ぶわけもなく、かと言って素直に道を開けて行軍速度を落とすという一瞬の判断も付かず手をこまねいていた。
 思いもよらぬ事態に指示を出せずにいる間に重装斧騎士団(グラオリッター)が衝突し、中央に位置していた部隊は大混乱に陥り、それは隣接する別の部隊にも波及して行った。
 敗残の重装斧騎士団(グラオリッター)の数は魔道騎士団(ロートリッター)の五分の一にも満たぬにも関わらず、ここまでの事態を引き起こしたのは、こちらにとっては僥倖と言うべきか。
 中央部隊が混乱している間に、俺たちは魔道騎士団(ロートリッター)の左翼に襲い掛かった。
 もともと敵側のそれぞれの騎士団とこちら側の軍勢の比は十対六程度であろうか。
 それぞれの騎士団が五、こちらはイザーク軍が四とレイミア隊を中核としたダーナ守備隊と義勇兵で二と言ったところだ。
 ただ、別働隊と弓箭隊、それに予備戦力はこの場には居ない。




 こちらの兵力は敵の左翼のみを圧倒的に上回り、また、中央部隊の混乱に引きずられ態勢が万全では無い所を襲った為に組織的な反撃を受けずに押し込んで行った。
 そんな中、たまらず反転して逃げて行く魔道騎士(マージナイト)達は碌に狙点を定めず、振り向きざまに火球を投げつけるという戦法を採るためにやっかいであった。
 しかし、左翼の正面から激突したあとすぐに、こちらの中段や後列は時計の反対回りに進撃し、半包囲の体制を築いていたのでそのような魔道騎士(マージナイト)の進路を遮断し、補足することが出来、魔道騎士団(ロートリッター)の兵力は着実に削がれていった。
 左翼が壊滅している間にようやく中央の部隊は態勢を建て直したが、左翼を狩った勢いそのままに俺たちは襲い掛かり、数量の差で押し潰して行った。
 敵の右翼は直進後、方向転換を行ってから俺たちダーナ=イザーク軍に突撃を計ろうとしたが、そこは先ほど重装斧騎士団(グラオリッター)が弓箭隊に散々撃ち込まれた場所にほど近いことを彼らは知らなかった。
 ……隊列を整え、隊の方向を変えようとしたその時、散々に矢が撃ち込まれた。
 これはあらかじめ指示してあったことでは無く、現場の即興(アドリブ)であった。
 そもそも、丸腰の重装斧騎士団(グラオリッター)を進撃中の魔道騎士団(ロートリッター)にぶつける事自体が即興の策ではあったのだが。
 ばたばたと倒れる僚友の姿に茫然としているそこへ、弓箭隊の護衛となっていた軽騎兵が襲い掛かる。
 たまらず魔道騎士団(ロートリッター)の右翼は潰走し、ここに魔道騎士団(ロートリッター)の機動戦力は崩壊した。




 ブリギッド、それにヴォルツとベオのいい仕事ぶりに安心し、今、まさに別働隊が奮戦中であろう敵の本陣へと突撃をかけた。
 敵の騎兵も、遮る重騎士団も見当たらず、彼らの戦力ならばこの状況で押し寄せる敵部隊には隕石(メティオ)落しを行うのが常道のはず。
 ……それが起きない理由としては、あらかじめマリクル王子率いる別働隊は段丘に潜み、騎兵の突撃を見届けたあとに本営へ斬り込み、砲台とも言うべき魔道戦士(マージファイター)団と交戦中、あるいは既に殲滅を果たしたからであろう。
 マリクル王子率いる別働隊には、エッダからの居残り使者が労を惜しまず作成に当たってくれた聖水を優先して配り、対魔法への備えとしていた。
 こちらも聖水を使い、次々と魔道戦士(マージファイター)を切り伏せながら奥へと進んで行くと、マリクル王子と合流した。
 既に本陣の周囲はこちらの部隊で包囲が進みつつあることを説明し、厚い防御陣をようやくの思いで突破すると………




 床几に腰を掛けた赤髪の美丈夫の姿があり………………ワインレッドの法衣を纏った、けわしい表情を浮かべた老人を目にして俺は思わず叫び声を上げた。


「マンフロイ! 貴様を……倒す!」


「! ……何者かは知らぬが、魔将フぇアズーフ! この者らを皆殺しにせよ!」

 頷くと赤髪の美丈夫たるアルヴィス……魔将と呼ばれていた……は、立ち上がる。
 マンフロイは慌てて立てかけてあった杖に手を伸ばした。

「させるか!」

構えた槍を思い切りマンフロイに投げつけた………


 
 

 
後書き
versuch、フぇアズーフとは試みって単語のようでして『試作機』って感じでお願いします。
・・・Falscher(aにはウムラウトがつくんですが)、にせもの、と、どちらが良いか考えましたけれど試作機のほうがいいかなーと。
この世界でのマンフロイはサイアスの身柄を押さえてあるので、アルヴィスに子作りさせることにはこだわらない感じです。 

 

第五十九話

 
「させるか!」

 俺が投げつけた槍は長衣(ローブ)の袖を貫くと本陣を囲んでいる木板に突き刺さり、(マンフロイ)と壁を縫い付けた。
 アルヴィスのことなど目もくれず、大剣を引き抜きマンフロイへと突進した。

 ……マンフロイが歩んできた人生は苦しみの連続であったろうことは理解できる。
 ロプト教団の生き残りに生まれついてしまえば幼いころからロプトウスが全てという洗脳教育を施され、一般の社会というものを知ったとしても、それは唾棄すべき汚れたものとしか映らないであろうし。
 そのようにロプト教徒を駆り立てるのは、彼らがかつて他者に行ってきた弾圧と迫害を、立場を逆として自らが受けているということを省みることが無いからだ。
 ロプト教団を狩りたてている十二聖戦士の末裔も、自らが弾圧と迫害を行っているという自覚が無いだけに、今や同罪とも言えなくは無いのだが………


 だからといって奴の望みを叶えていい道理は無い。
 それは彼らが言うところの唯一神ロプトウス、それの前に等しく全てが犠牲となる社会の構築だからだ。
 その企ては過程に於いてもその結果としても、望まぬ死を強いられる人々の数は数え切れず、最終的にはこの大陸全ての命を消し去るということゆえに……




「ヴェルトマー公とお見受けした。 降伏するならば良し、さにあらずば御首(みしるし)頂戴いたそう」
「……」

 背後ではアルヴィス……魔将と呼ばれていた……と、イザーク父子が戦いを始めていた。
 だが……

「……汝、ソの隣人ヲ敵とセヨ、ばサーく」
「………」
「む……父上! 私がわからぬか! ……敵は私ではありません! あの赤毛の者ですぞ!」

 どうやら賢者(セイジ)であるアルヴィスは二対一の不利を覆すために杖の力を使ったようだ。
 こうなっては逆にマリクル王子が二対一の危機に追い込まれた。
 早くマンフロイを片付け、援護に入らねば!




 袖を破り捨て、地面に転がった杖を拾おうかというそぶりを一瞬見せたものの、懐から魔道書を取り出したマンフロイは俺に魔力を叩き付けた。
 ……火傷とは違う、だが焼け爛れるような痛みが俺を襲うが歯を喰いしばり、一足跳びに間合いを詰めると馬上槍(ランス)のように切っ先を奴に向け突撃(チャージ)をかます。
 詠唱を終え、魔力を放った後の隙だらけのはずが寸での所で避けられた。
 それに臆せず、そのまま力の限り横に薙ぎ払うと(マンフロイ)の左腕は斬り飛ばされ、さらには脇腹にも深く食い込み、絶叫が響いた。




 ……だが、トドメの一撃を加えようとしたその刹那、切り落とされたマンフロイの腕はまるで意思のあるかのようにその傷口にまで引き寄せられ、一瞬にして接合されると、次いで脇腹の傷も瞬時に再生されてしまった。
 全快(リカバー)の杖の効果ってやつか……
 大剣を一閃させたが、大きく飛びすさられてしまった。 

「でかした、魔将フぇアズーフ……ククク」
「まンフろい様、ヲ危のゥございマシ……ぐっ、くっ、おのれ……ハハッ」
「ふむ、まだまだ不完全だな。 ところでそこの小僧、なにゆえ儂の名を知っておる?」
「興味があるなら、もっと側に寄るといい、懇切丁寧に教えて差し上げるぞ!」
「……まぁ、いい。 フぇアズーフ、焼き払え!」

 魔将(アルヴィス)燎原之炎(ファラフレイム)を俺に投げつけた。
 予見できていたからなのか、それとも………俺が掻い潜った炎は辺りのものを一瞬にして炭化させてしまっていた。
 視界の端でマンフロイが杖を拾おうとしていたので、咄嗟に投げナイフを放つ。
 短い叫び声が聞こえ、奴は手を押さえ、憤怒の形相で睨み付けてきた。
 

「フぇアズーフ! 何をやっておる! さっさと始末するのじゃ!」
「……ふざけ……御る……意ッ」

 魔将(アルヴィス)は再び紅蓮の炎を放ち、俺はそれをぎりぎりのところで避ける。
 掠めて行った辺りの温度は凄まじく………俺の片耳は凄まじい痛みを感じていた。

「えぇ~い! 何をやっておる!」

 外れた炎はマンフロイが拾おうとしていた杖を焼き尽くし、細長い黒い染みを地面に残していた。
 ………これはもしや!

「目を覚ませ! アルヴィス卿! ロプトウスに抗え!」
「黙れ 小僧!」
「あなたに流れるロプトウスの血は、人々の為立ち上がった聖者マイラからのもの! そのことはあなた自身が己に言い聞かせていたことではないか!」
「黙れと言っておろうに!」

 マンフロイは再び魔道書を構えると俺にめがけて詠唱を始める。
 アルヴィスが正気に戻れば状況は激変するだろうが、そんなことを期待して言葉を紡いだ訳じゃ無い。
 俺の狙いはアルヴィスの様子に懐疑的なマンフロイの動揺を誘い、隙の大きな奴の魔法を使わせることにある。
 そして、もうひとつ……




 魔法は物理的な手段で防げはしないとわかっていた。
 雄たけびを上げ、(マンフロイ)が作り出した魔力の奔流に正面からぶつかる。
 ……もし、回避行動を行いながら寄ったとしても俊敏な動作で避けられてしまう公算が高いと予測したからだ。
 焼けつくような痛みに耐える為に歯を喰いしばり、体ごと(マンフロイ)に突進した………





 金属と金属が正面から衝突し、弾かれた如き音が辺りに響く。
 ………俺は、自分にそれを為せる技量も資格も無いとさえ思っていた。
 それゆえに、その存在を忘れてさえいた。
 青紫の輝きを放つ障壁が俺の前に顕現し、(マンフロイ)の放った毒蛇を思わせる魔力の塊を消し去った!



 【大楯】
 


 如何な攻撃とてその全てを掻き消す、誰にでも使え……そして、誰にでも使えるものでは無い……
 いわば、"ヒト"が見いだした"奇跡"



 狙いはあやまたず、(マンフロイ)の腹部に大剣が突き刺さり、貫かれて顔を出した切っ先は血にどす黒く濡れていた。
 だが、驚嘆すべきことに(マンフロイ)は双眸をギラつかせ、なにごとかを叫ぼうかとしたのだが………
 
 凄まじい熱に俺の背面は包まれ、思わず倒れそうになったが……これは狙ったものなのだ。
 アルヴィスが俺へと放った燎原之炎(ファラフレイム)は、俺への重い火傷とマンフロイへのトドメと相成った。
 ……俺を焼き尽くせという(マンフロイ)からの命令と、アルヴィス自身が望んだであろうマンフロイへの抵抗。
 その両意を果たした(アルヴィス)は頭を両手で押さえ、くぐもった声をあげ続けていた。


 

 その場にがっくりと膝を着きそうになる自分を叱咤し、大剣は……杖替わりにせず、なんとか踏みとどまる。
 木板に刺さった槍を渾身の力を籠めて引き抜き、炭の塊となったマンフロイだったものが目に入り、はっとしてイザーク王家の二人を見やる。
 二人とも未だ存命のようで安心したが、マリクル王子はいくつも傷を負い、流れた血が鎧下の衣類を赤茶色に染め上げ、立っているのが不思議なくらいだ。
 全身に気合を入れ、マナナン王の背後へ回り込み、両足の間に槍の柄を差し入れ転ばせようとしたが簡単に避けられた。

「こちらはいい!、ミュアハ王子、アルヴィス卿を討て!」
「なれど、殿下が危うい!」
「なぁに、今日こそ父上を超えるというもの!」
「バルムンクを抜いた陛下にここまで互角に戦っているあなただ! 既に陛下を超えておられる!」
「……嬉しいことを言ってくれるッ!」

 槍の牽制で態勢が崩れたところを、マリクル王子は己の父に斬りかかった。
 この父子は互いに剣舞でも演じているかのような動きを繰り広げ、思わず魅きこまれそうになるが、無粋な俺はマナナン王の側面に回り込むと、つばぜり合いになった瞬間を狙ってマナナン王の足を払い、転倒させた。
 それを見計らったマリクル王子は剣を巻き上げ、父の手よりバルムンクを刎ね飛ばし、跳躍すると空中でそれを握りしめた。
 その行方に目をやっていた混乱(バーサク)中のマナナン王の顎に、俺は槍の柄で殴りつけ脳震盪を起こさせた。
 互いに顔を見合わせた俺とマリクル王子は、未だ頭を抱えて呻いているアルヴィスを見やる。

「……今、アルヴィス卿の心の中では熾烈な戦いが繰り広げられていると思われます。 確かに討ち取るならば易しと見受けられるが、正気を取り戻されるやも知れません」
「ならば、如何とする?」
「まずは陛下を……むっ、マリクル王子! 危ない!」

 俺はマリクル王子を突き飛ばした。
 頭上に影が差したかと思った瞬間、先ほどまで俺たちが居た場所へ投槍が幾本も突き刺さる。
 あの時と同じように、いやあの時には無かった焼け跡の灰や炭化した木片、それに砂や塵を巻き上げて風圧が巻き上がった。
 ……もっと早いタイミングで現れるよりかマシではあったが、今、最も遭いたく無い(トラバント)が眼前に……




「これはヴェルトマー公、ご苦戦のようですな。 ……そして、小僧! 貴様にふさわしいな。 そのボロクズのような(ナリ)は!」

 ほんの数騎の竜騎士であったが、この状況では……あやうく絶望や諦めに陥りそうな心を奮い立たせる。
 こうしている間にも兄上率いる援軍がこちらに向かっているのだ!

「トラバント! ヴェルトマーもドズルも、この様子ではおぬしに謝礼を払うどころでは無いぞ! ()()ねぃ!」
「ふん……ならば貴様を()って気晴らしとでもするか……そして」
「そして、何だ?」
「……前金ぶんの働きはせねばなるまい!」
「くっ……」


 いつぞやのようにトラバントは危険極まりない投げ槍を俺に放った。
 わかっていても余りにもの速さに避けきれず血しぶきが舞う。
 マリクル王子はトラバントの取り巻きの竜騎士数人相手をものともせず斬り渡っているが、さすがに援護を求めることはできない。
 火傷とマンフロイに負わされた傷、それに今しがた受けた傷がひどく痛み、気力が尽きたらそのまま死んでもおかしくは無いなと思いながらも、だが、状況を打開する為に考える。
 しかし……




「公! 何をなさる!」
「奪いたくないから、……解放を、うぐ……次に癒しを、護って! 炎よ!」
「いったい、どうしたというのだ!」

 アルヴィスはトラバントに限らず、燎原之炎(ファラフレイム)を手当たり次第に動く者へと放ち続け、何騎かの飛竜が直撃を受け墜落し、乗り手が身動きの取れぬまま焼き殺されて行く……

  
「して! 奪って! あなたを、登るから!……心あるうちに頼む、殺してく……焼き尽くしたい空を!」
「く、狂ったというのか!」

 同意を求めるようにトラバントは俺に視線を向けた。
 アルヴィスの放った炎を巧みな手綱さばきで避けたトラバントだったが、味方の騎竜と衝突し墜落しはじめた。
 ……魔将となってしまった者を"ヒト"に戻す方法はあるのかもしれない。
 だが、この状態のアルヴィスを無力化し、安全な場所に連れて行くなどできようものか……
 そして……
 "心あるうちに頼む、殺してくれ"、そう(アルヴィス)は訴えた。
 ならば……


 
 
 ろくに身じろぎも出来ないくらい消耗していた俺のことなど目もくれていなかった(アルヴィス)に槍を構えて突撃し、その身を刺し、貫いた。
 虚を突かれなければ、避けることは出来たかもしれない(アルヴィス)は苦しそうに血を吐いた。

「アルヴィス卿! あなたは魔将などでは無い。 "ヒト"として逝け!」
「……礼を………言う」

「……ぐぁっ!」

 俺の腿を巨大な何か凄まじい痛みが襲い、苦悶の声が思わず上がった。



 ……騎竜と己を繋ぐ紐やベルトを断ち切った(トラバント)は、なんなく着地するとあの恐るべき神槍(グングニル)を投げつけ、力を使い尽くした俺の脚を貫いたのだ。

 
「……ヴェルトマー公を討ったか。 まぁ、いい。 公を討った者を俺が仕留めたならばグランベルより褒美もあるだろうからな。 ………こういう時、『恨みは無いが死んでもらおう!』などと言う物だが、貴様には恨みしか無いから気楽なものだ」
「……負けて、たまるか!」
「ふん。 その醜態(ザマ)でよく言う。 そして、さらばだ!」




 (トラバント)が投擲した輝きを避けようとしても驚くほど体が動かず、俺を刺し貫いた………
 そう、思ったが………

「若者よ、生きてくれ………」
「アルヴィス卿!」
「ぬぅ……公よ、つまらぬことをしたな」

 まだ息のあった(アルヴィス)は俺の前に回り込みその身を挺すと……カッと目を見開いたまま、その数奇な人生に幕を降ろした。
 かと言って、なんら状況が好転した訳では無い。
 ……アレさえ封じれば、そして、アレを奪い取ることこそがあの契約の条件。
 避ける事が出来ないのなら、そう……



 【大楯】よ! 出ろ! そう思いながら激痛に耐えながら身を捩る。
 ……そう都合のいい話は無い訳で、胸や腹のど真ん中こそ外れたが脇腹を大きく抉った傷口からは止めどなく血が溢れる。
 再度放たれた輝きに大楯を願い、そして避けようと必死にもがく。
 奇跡的に外れた神槍(グングニル)は、すぐに(トラバント)の手に戻った。
 表情に愉悦を加えた奴は口元を歪め

「それそれ、 攻め手の一つも無くてはつまらんぞ」
「……生憎、遊びでっ、殺し合い、している余裕はっ、無い!」
「よかろう。 ならば本気で殺す!」
「……お前が殺すと言って、それが、出来たのを、見たことは無い!」
「死ね!」



 放たれた輝きが俺の目の前で青紫色の障壁に阻まれ、互いに力が干渉し合い、神槍(グングニル)が宙空に浮かび、不自然な情景を作り続けている。
 【大楯】に阻まれているその瞬間、俺は神槍(グングニル)に両手を伸ばすと思い切り掴み、握りしめた。

「なっ! 小僧! 貴様、【大楯】だと!」
「……そうだ!、 そして、眺めている占い師!、望みのものを奪ったぞ!」
「何を言っている、貴様……」

 俺の意味不明な言動と、神槍(グングニル)を奪われたことに(トラバント)は狼狽していた。
 凄まじく重いこの槍に、俺の肩は脱臼でもするのでは無いかと思った。
 ……なんの前触れも無く現れた彼女(グルヴェイグ)は恭しい仕草で槍を受け取ると俺だけに聞こえるよう念話で契約の履行を告げ、空間へ溶け込むように姿を消した。
 

「ばっ! バカな! 今のは何のまやかしぞ!」
「俺の勝ちだ、トラバント……」
「オレの神槍(グングニル)を何処へ遣った!」

 気力も体力も尽きる寸前の俺には大剣も槍も振るえそうも無かったので、かつてドリアス伯爵から贈られ、幾度と無く俺の力となってくれた剣を腰から引き抜いた。
 トラバントはまだ狼狽しているが……同じように腰から剣を引き抜いたが………あれは!

斬鉄(アーマーキラー)の剣!」
「ご名答……まずは貴様を殺す」
「そう上手く行くと思うな! お前はいままで何度も俺を殺すと言っておきながら、俺はこうして生きている!」
「黙れ!」

 隻腕の(トラバント)の一撃は重くは無い。
 だが、俺は傷付き、疲れ、片足はもう力が入らない。
 一撃を受け止めた後、神槍(グングニル)に貫かれた腿の傷を(トラバント)に蹴られ、痛みに気が遠くなった。
 そのまま鳩尾のあたりを凄まじい痛みが……斬鉄(アーマーキラー)の剣に貫かれていた。
 トドメの一撃が振るわれ、必死になんとかしようとしたが思うように体が動かない。
 このまま死ぬのかと意識が遠のいて行った……




 響く金属と金属がぶつかり合って弾かれる【大楯】の音によって意識は取り戻され、俺は夢中で剣を振った。
 手ごたえと共に……絶叫を上げる(トラバント)は、顔面の左側を押さえ転げ回っていた。



 意識が遠のく中呼びかけられる声に、俺のことには縛られずレイミアには幸せを探してくれと何度も何度も答え続けた…………






 
 

 
後書き
最初にグングニルが登場した時は原作と同じく天槍という呼び方をしましたが
作中描写が無い時期におでんにパワーうpというか貸与されてからの呼び方を神槍に改めました。


評価ポイントをたくさんいただいてありがとうございます!
いちにちでさんびゃくてんとかふえていてなにがおきたかわからなかったです
ありがとうございます!

残り二話、頑張ります。 

 

エンディング1・冥府


 ……痛い、苦しいよ……助けて……痛いよ……レイミア、レイミア、レイミア…………嫌だ! レイミアを置いて、死んでなるものかよ!
 
 ………アイツにだってまた会いたいよ……



 気が付くと俺の意思とは無関係にただ、ひたすら足が前へ前へと進み続けている。
 ……どういう事だ? 俺は大声を張り上げ、叫び、いつしかそれは慟哭へと変わった……



 先ほどまでの激闘が嘘のように体にはなんの異常も無かった。
 見上げた空は夕とも朝とも異なる不快な赤さに焼けており、濡れた砂利の如き色合いの雲がたなびいていた。
 状況を考えるに、俺は死んだのか………
 たしかにあれで生き残るほうがおかしいものな……
 ……あの占術士(フレイヤ)は契約を果たしてくれているのだろうか。




 諦めた訳では無い、だが、叫ぶのをやめ、おとなしく進むに任せていると俺の前を同じように歩く姿が見えた。
 長身に広い肩、ウェーブのかかった真紅の髪は紅玉で練り上げた芸術品であるかのように見える。
 そう、ほんの少し前まで互いに命のやりとりをした相手、最後は俺を庇って命を落とした人だ。

「アルヴィス卿!」

 
 俺の呼びかけに振り返ることの無い彼はしかし、苦しそうな声を出すと歩む速度を緩ませた。 
 それに合わせて前に進む速度を上げようとしたが、全力を振り絞ってもほんの少し速度が早まったに過ぎない。
 どれほどの時間が経ったのかわからないが、互いに隣り合う事が出来、言葉を交わした。

「せっかく身を挺してくださったのに、後を追う事になりまして面目次第もありません」
「……いや、あれは私の自己満足に過ぎん。 それよりも、わが手でマンフロイを葬ることができた。 助勢してくれたこと、礼を言う」
「いやいや………ところで、我らの前を歩んでいるのはそのマンフロイと見受けられますが………やはり、わたしは死んでしまったのですね」
「ああ……私も同様にな」




 荒涼としたまさに荒野の一本道をひたすら進んで行く俺とアルヴィス。
 少し前を歩くマンフロイはこちらに興味を示そうともしなかったが、""ロプトウスが復活した世界はこうなっちまうんじゃないのか?""などと大声で呼びかけてみたら気色の悪い笑い声で答えてそれっきりだ。
 ……(マンフロイ)の心の裡は杳として知れないが、ロプト教徒をヒトとして生きていけるよう解放を目指すのだとしたら、こんな光景願い下げだろう。
 反して世界の破滅を願うとしたら願ったりな光景に見えるのかも知れない……
 ……何をやっても報われず、排斥され、敵意を向けられ続けていたならば""こんな世界無くなってしまえ!""なんて思ってしまうのもわからなくは無い。
 それでも、そんな世の中に必死に喰らいついて頑張っている多くの人を巻き込むのは間違っている。
 ……奴の哄笑は、そんな気持ですらなく大願を成就できなかったことへの自嘲へのものなのか、それとも俺やアルヴィスをただ嘲けてのものなのか……




 不思議と飢えも渇きも感じず俺たちは歩みを進めて行く。
 前方はマンフロイの先にもずっと人の列が見える。
 そうなると気になるのは後方だけれど、どんなに頑張っても振り返ることが出来はしなかった。
 持て余した時間をアルヴィス卿と語らった。
 彼と一対一で話す機会は生きている間には得られなかったのに、こうして何も出来なくなってから設けることが出来たというのは何とも皮肉な話としか言えない。

「……ダーナ攻めの真相は魔将というものに変えられてしまい(マンフロイ)に意思を奪われたからなのでしょうか?」
「…………差別の無い、より良い世界を作る為協力して欲しい。 たとえロプトの血を引こうと、その生まれでは無く、行いのみで評価されるようなそんな世界を。 ………クルト王子から、そう内々に申し出があった時に、(ハラワタ)が煮えくり返る思いをしたものだ」
「公が目指していたものと同じでは?」
「なればこそ、自らの手で成し遂げねばと……な。 それを……母も父も奪ったあの方から……いや、言うまい」
「口にすることで御心を安んずることもございましょう。 ご遠慮召さるな」
「うむ……」



 アルヴィスと俺は他に何かが出来るわけでなし、とりとめもなく語り続けた。
 (アゼル)のこと、新婚の俺を死なせてしまったこと、多くの兵を死なせたこと……彼は悔いていた。
 俺とてあなたの息子、サイアスどのから父を奪ってしまったし多くの兵を死なせた。
 お互いにそう言いあい、もっと早くに胸襟を開いて話し合えたらもっと良かったと……
 だが、少なくともロプトウスの復活は阻止出来た。
 それは誇ってもいいと彼は言ってくれた………

 まだ見ぬ妹のディアドラと会っては見たかったとひとりごちた彼に

「わたしはクロード様と意を通じております」
「……そのようだな」
「なればバルキリーの杖で、わたしもあなた様も黄泉返ることも叶うかと。 希望を持ちましょう」
「……貴公は、うん、生き返るべきだな。 だが、私はそうあってはならない」
「何をおっしゃる。 公はマンフロイに脅され、邪な魔道で操られていたこと、わたしもイザークの国王も王子も存じてますし、戦後処理の会議でもあれば証言いたしますぞ!」
「いや……そうでは無いのだよ。 ……あの戦で多くの者が命を落としたが、その全員を生き返らせることが出来るのならまだしも、そうではあるまい?」

 確かにその通りで、何も言い返せない俺がいた。
 たしかに一兵卒に至るまで全て生き返ることが出来るのならば不公平は無い……しかし……

「それにだ、またぞろ私に流れる血筋を利用しようという輩に利用されぬとも限らん。 しかし、貴公は私のような大罪人では無く、何の(とが)も無いのだから……すまぬ、私のつまらぬ一言など気に留めてくれるな」
「………はい」

 かっこつけなら彼のこの言葉に感銘を受けるなり、高潔な人間なら自分のしでかした行為の責任感を感じるなりして、もし、蘇る機会が出来たとしたら拒否するのかも知れない。
 ……だけど、俺はそんな機会が得られるのなら一も二もなく縋り付く。
 それを批判されようがどうしようが甘んじて受けるどころか気にも留めずにね。
 また会いたいもの……




 それが遥か遠くに見えてからどれくらいの時間が過ぎたことだろう。
 長い長い時をかけて辿り着いたそこは冷厳とし、生活感などまるで感じない……氷とも大理石ともまた違うような白さを誇り、厳かな佇まいをした城のようにも神殿のようにも感じる建立物だった。
 アルヴィスがこの中へ吸い込まれて行ってからほどなくして俺の順番も来たようだ。
 己の意思に関わらず進み続ける両足に任せ辿り着いたその先に、玉座のようなものに腰かける者が居た。
 美貌の男性にも、酷薄そうな女性にも見えるその存在は白皙のその肌に劣らぬ真っ白い髪を長く垂らし、それに混ざる黒い筋が幾つも見えた。
 開かれた(まなこ)には瞳が無く、唯々白い空間が見え、見ようによっては大理石で造られた彫像にさえ見えるだろう。
 彫像では無いことを示すかのように、玉座の脇にある文台に手を遣ると幾枚か綴られた資料のようなものを取り上げ、顔を落とす。



 
「……苦役一万年、その後、魂ごと消滅させる」

 やおら顔を上げたこの存在はそう告げると興味も無さそうに手に持った資料を片付けようとした。
 一方的な宣告、それに……ここは地獄かなにかとは思うが何の説明も無いことに納得の行かない俺は

「罪状認否も何も無しで一方的過ぎやしませんか? それに、ここは何処です? あなたは一体?」
「…………まぁ待て、今のは座興よ、ククク。 キサマの復活の手続きは済んでおる。 あとは妾からの質問次第でそれを認めるか否かが決まると言うものだ」
「なっ……わかりました。 よろしくお願いします」

 少し、いや、かなりイラっとしつつもこの存在の機嫌を損ねるのは得策では無いと思い、押し黙る。
 そして、質問とはいったい……

「では尋ねよう……碓井悠稀よ」
「はい」
「ブッブー! はい、ゲームオーバー!」
「えぇぇぇぇぇ!」

 なんじゃそりゃー!
 
 

  








 やれやれ、とでも言いたげな仕草をしたこの美白オバケは、玉座に肘をつき、おまけに頬杖を着いた。
 まるで出来の悪い生徒に呆れた教師のような態度でこちらを見やると、

「いいか、キサマの真の名はそうとしてだ………生き返らせようとした連中は『誰』を生き返らせようとした?」
「アー!」
「まったく……そういう訳で『ミュアハ』の復活は無しだ。 クックック」
「そ、そんな……頼みます」
「言ったはずだ。 『ミュアハ』の復活は無しとな。 ……だいたいキサマ、戦士(エインフェリア)候補のくせに()()に来るとか………まぁ、いい、キサマの案内人(ディーシル)()()に軟禁されて自堕落(ニート)しているからさっさと連れて出て行け」
「あ?……え?」
「ぇ~ぃ、一から十まで説明せんとならんのか……このバカ垂れめは! いいか? キサマ自体は復活させたが『ミュアハ』として戻すのは認めん。 冥府からの出口など探し当てる前に餓死してしまうだろう? ヒトならばな。 よって大神(オーディン)によって軟禁されておるキサマの案内人(ディーシル)を働かせよ」

 彫像のようなこの存在(ヘル)はニヤっと口元を歪め足を組みなおした。
 もったいぶるかのように一つ咳払いをすると

「キサマ、女神(フレイヤ)と組んで、大神(オーディン)に一泡吹かせたろ? あれは実に痛快だったものでな! 褒美と思え!」
「待ってください! わたしには会いたい人たちが……大切な人もいるのです」

 思わず平伏し頼み込んだ。
 それゆえ相手の様子を窺い知ることは出来ない。

「その儀はまかりならん」
「どうか! お願いします!」
「……キサマの申し出通りにしたとして、皆、既に寿命を終えるほどの時が流れておる。 墓参りでもしたいのか? キサマがキサマ自身と訴えても騙り者扱い、狂人扱いされるがオチよ」



 ……その後、ブリュンと名乗ったこの存在は大神(オーディン)がトラバントに憑依していたということを語った。
 片腕を失い生死の境を彷徨っていたのに乗じて取り憑き、神の力や自身の記憶こそ封じたものの、代わりに神槍(グングニル)はそのままで持ち込んだという。
 そこに目を付けたのが女神(フレイヤ)……占い師で、大事な首飾りをロキに命じて盗ませた大神(オーディン)への仕返しとして神槍を奪い取ってやろうと俺に持ち掛けてきた。
 こんな事情は知らなかったが、三つ願いを叶えましょうというので申し出に乗った俺だった。
 神槍を奪い取れた女神(フレイヤ)は神々への全国中継的な何かで大神(オーディン)が平伏し、彼女に許しを請う姿を配信したらしい。
 それを視聴していたブリュンは大いに溜飲を下げたという。

   
 

 
後書き
(ブリュン)ヘル(デ)さんとのやりとりはシリアスにするかもっとふざけたものにするかで迷ったのですが、こんな形に落ち着きました。

ふざけたものは・・・
みゅ「ちょwマジで復活(リセット)させてってwww」
ヘル「無理無理wwwマジで無理wwww」
みゅ「いやwwまだ復活(リセット)出来るってwwwwwそこ!wそこ100%いけるwww」
ヘル「いやいやwwwここが大事wwwwこのスリープマジ大事wwwwww」
みゅ「貢ぐからwww俺ずっと闘技場で稼いで貢ぐからwwwwww」
ヘル「はい時間切れwww閉店ガラガラ~wwwww」
みゅ「wwwwwwwwwwwwwww」

ヘル「みゅあはぁぁぁ!!!!!」


ゴメンナサイwマジゴメンナサイw 

 

エンディング2・再会

 ブリュンと言う()()を統括する者から解放された俺は、教えられた場所を目指していた。
 ……みんなもう天寿を全うしていると話を聞かされ心はどんより沈んでいた。
 そんな中、今の俺にとって唯一の慰めはアイツの存在くらいしか無いものだから、ひたすらそこを目指したのだ。
 荒野を抜け、ずっと歩き続けて辿り着いた禍々しい峰がその目的地で、辺りを捜索した。
 岩肌に刻まれた切り込みを見つけ覗きこむと、だらしなくしどけない姿を晒して眠っているアイツの姿があった。
 昔ならイラっとしたりムカついたりしたろうけど、今はなにもかも嬉しかった。
 自然に起きるのを待ちきれず、彼女を起こそうと何度も何度も大声で呼びかけた。
 まぬけな様子で飛び起きた彼女だが、似たような状況なら俺も同じだろうから笑えない。
 ……中からは開けられないみたいだったが、割と簡単に出入り口は開いた。




 久しぶりにあいつに会えて嬉しかったけど、でも、謝らなければいけないとも思っていた。

「また会えてよかった。 ……そして、いろいろとごめんよ」
「いろいろと言われてもわかりませんし、具体的にぷりーず」
「うん、まずは……こうして助けたっていうのかな? こんなに時間かかってごめん」
「ううん、それはおでんのオッサンにイジワルされただけですし。 ゆーくん悪くないよ」

 駄女神はにこにこして俺に体をすりよせてきてくれた。

「ありがとな。 でも、いろいろといろんな子と仲良くしすぎちゃって……」
「ふんふん」
「寂しかったり、むらむらしたりに負けちゃったりでほんとごめん」
「……正直ヤキモチ焼いちゃうこといっぱいだったけど、わたしちゃんがゆーくんにず~~~っと何年も何もしてあげられなかったから仕方無いですし。 それに……」
「それに?」

 彼女は俺の背に腕を回して体を預けてきた。
 伝わる体温の暖かさが心にまで染み入ってくる。

「いっつもいろんな子とえっちのチャンスはいっぱいあったのに、我慢しまくりなの見てましたし」
「でも……レイミアとはえっちどころか結婚までしちゃったし……」
「正直それは悔しいって気持ちもあるよ? でもね、ゆーくんのやさしさをほんと現すことだったとわたしちゃんは思いますし。それにレイミアの人とえっちしたかったら、もう、あの出来事のずっと前からいつだってあのひとバッチコイだったのに、誘われまくってもゆーくん我慢してたじゃん。……ずっと見てましたし、君のコトなにもかも」

 上目遣いに俺を見つめる彼女の仕草に心臓が早鐘を打ち続ける。
 ぎゅぅっと締め付けてこられ完全に参ってしまった。

「あの出来事が無かったらレイミアの人と結ばれるつもり無かったんじゃない?」
「……うん」
「あのとき、レイミアの人にあそこまで優しくしてあげられる人ってそんないないよ? 大事な彼女^^とか言っておいて、実際自分の大事なひとがあんな目に遭ったら別れるとか捨てちゃうとか、逃げちゃう男っていっぱいなんだよ? それにそういう状況でザ子供がデキちゃって生まれたとするじゃん? そしたら今度はそのことでずっとネチネチいじったりとかそんな奴ばかりなのに……ゆーくんは全然違う、逆だもん……きゅんきゅんしましたし」
「……お前ってほんとは慈愛の女神とかなの?」
「ふっふーw そう思ってもいい権利なら売ってあげますしーw」
「そういうとこは相変わらずだ、でも、かわいいって思ってしまったり」
「ほう、けいけんが生きたな」

 苦笑してから彼女を抱き寄せる腕に力を込め、十年越しくらいの口づけを交わした。
 なんの遠慮も無く舌を吸ったり、唇をついばむようにしてみたり……
 頬を上気させ、いろっぽい声を上げる彼女に興奮してしまう。
 でも、レイミアへの申し訳無い気持ちに囚われすぐに目が覚めてしまった。

「わたしちゃんには遠慮も容赦も無いですしー、でも、だいすき!」
「俺もだけど、ごめん……」
「ふふぅ。 でね、ゆーくんは『ごめん』なんて謝ることは無いんだよ。 強い気持ちは流れてくるもの……気持ちの整理が付いてからでいいですし」
「ありがと」
冥府(ココ)の雰囲気が良くないですし、移動するね」
「うん」
「あ! ちょwまっwww飛ぶ前に……」

 急にふざけた態度を改め、気品を感じる表情を作った彼女は俺の背に回した手をほどくと一歩下がる。
 恭しい動作で一礼した彼女に俺は違和感を感じた。

「……この度のあなた様のご活躍により、お望み通り元の暮らしにお戻りいただくこと叶います。 こちらにお呼び立てした時と寸分違わずということをお約束いたしますが、いかがしましょう?」
「質問してもいい?」
「なんなりと」
「呼んだ時と寸分違わずってことは、お前のことやみんなのこと、忘れたり無かったことになるの?」
「左様でございます……」

 みんなやこいつのことを忘れたくないって事もあるし……そう思いたくは無いけど記憶無いからってまた呼び出すという可能性があるよな……もし、こいつがしなくても似たような存在とかに。

「ちょと待ってくれ…………俺が戻りたいってことをお前は知っているのにわざわざ質問してくるってことはさ、とりあえず延期するってことはできるの? そして、そうしたらどうなるかな?」
「……再び冒険の旅に出ることになり、案内人(ディーシル)に与えるパワーを稼ぎに征かれることになります」
「う~~ん、じゃあ、そのパワーってのが沢山稼げたら何か特典はつくの? 記憶持ったまま帰れるとか……お前を連れていけるとか……」

 こくんと彼女は頷いた。
 だったら答えは決まってる。

「だったら、また冒険に行くよ。 あー、だからと言ってすぐに飛ばすなよ! 聞きたいことは山ほどあるし。 そうだ、今まで戦ってたユグドラル大陸の特定の時点に俺を送ったりはできる?」
「前半はオッケーですし。そして後半はごめんね。 それは出来ないの……少なくともわたしちゃんには無理ですし……」
「そんなすまなさそうな顔すんなってwらしくないぞw」
「うん!」


 

 俺と彼女は、例の殺風景どころか真っ白で何も無い空間へとまたやってきた。
 気を効かせたのか一面の緑の草原に風景が変わってるのは彼女が何か端末を操作したからだ。
 頭上には大きな木が作り上げた木陰があり、思わず大の字になって仰向けになると気持ちがいい。
 前回は途中で邪魔が入ってしまったから気を付けて聞いてみようかと質問を投げかけた。

「なぁ、また答えたら攫われたりとかそういうのなるなら答えなくていいんだけど」
「ふんふん」
「お前のこと、なんて呼んだらいいのかなって……」

 前回この質問に答えようとした彼女は大神(オーディン)に連れ去られ、先ほどの岩屋に閉じ込められた。
 今まで通りなんだっていいよーって答えた彼女だったが、糞女神だけはやめてーwと補足は忘れない。 
 当たり前だ、もう二度とそんな呼び方をするものか。




 その後彼女が言うには、もともと彼女も俺と同じように異世界を巡る戦士だったのだけど、元の暮らしに戻るよりも転移先で永住したいって思ったそうだ。
 その時彼女に憑いていた案内人(ディーシル)はそれでいいか一度だけ確認したのだが……
 深く考えもせずそれでいいと答えたら彼女の案内人(ディーシル)は解放され、自分がその後釜にされてしまったのだ。
 その際、自分の名前と記憶の一部を大神(オーディン)に奪われてしまったのだという……
 この仕組は戦士の側に知らせることは禁じられていて、"こんなトコ嫌だ! 元の暮らしに戻りたい!"って思うようなとこに飛ばされたりしたのは彼女なりの優しさなんだと思い、胸が熱くなった……

「知らなかったとはいえ、今まで酷いこと言ったり態度に出して……ほんとにごめん」
「全然悪くないですしーw でもそうやって悪いと思ったら率直に謝るとこだいすきですし……わたしちゃんだって説明不足過ぎだもん」
「そして、ほんとにそういうこと俺に教えちゃってよかったの? また大神(オーディン)に何かされない?」
「ダイジョブ! ゆーくんのおかげで今は女神(フレイヤ)さんの管轄に入っちゃったからw手出しはされませんし」
「じゃあ、名前はとられたままなの?」
「うん……」
「………あのさ、お前が嫌じゃ無くて、名前を取り返すまででいいんだけど、ん~」
「なになに?」
「いらなくなったって訳じゃ無いよ? 俺にとっても大事な名前だ。 だけど悠稀に戻ったからさ……ミュアハって名前をね、そっくりそのままじゃなくていいんだ、モジったりしてさ……もらってくれない?」
「……ゔぅぅ」

 凄い勢いで泣き出した彼女を抱きしめ、ほんとにびえぇぇぇんなんて聞こえる泣き方ってあるんだな……とか思っていた。
 鼻水や涙でぐしゃぐしゃになった彼女の頬なり目の下なりを拭って唇を塞いだけど、新たに流れてきたのが混じって少し塩味が効いていた。




「ミュウだとネコとかモンスターぽいですし」
「ん~、ミアは? かわいいじゃん」
「……わるくないけど………レイミアの人の替わりみたいで妬けちゃう」
「そんなつもりは無かった! ごめん!」
「ううん、わたしちゃんが気にしすぎだよね。 ねー、みははダメ?」
「ミハ、みは、みは、いいね!」
「わたしちゃんはミハ、コンゴトモヨロシク………」

 思わず噴き出した俺と……ミハはしばらく笑いころげていた。







「他に質問なーい?」
「そうだなぁ、女神(フレイヤ)さんはほんとに契約果たしてくれたか確認したいかな……」
「レイミアの人の腕を直してほぴい、レイミアの人がザ子供宿してたらノヴァの聖痕を誕生と同時に発現させてほぴい……これはゆーくんの遺伝子伝わってなかったらどうしてたの?」
「そんときは同じ色の痣が出るようにしてくれって頼んだんだ」
「ふーん……最後の願いはわたしちゃんを助け出してほぴいだから、これはもう叶ってるね。 簡単にあの出口開いたのもそーいうことでしたし」
「なるほどね」
「でもー、これ3つ使っちゃったけどね」

 ミハはよくやるドヤ顔決め込んで得意そうな様子を見せつける。
 昔ならブチ切れたりイラついたりなんだけど、微笑ましく思う俺は……

女神(フレイヤ)さんと同じ能力ぷりーずってお願いしたら1個で済んだよ?」
「……お前とレイミアのことで頭いっぱいだったんだもん………」
「そうやってすぐ自分のことより相手のことに気持ちが行っちゃうんだもんバカデスネーw でも、そういとこ好きですし……そいでは記録映像を出すから、一緒に見よ?」
「ありがと……」


 ……俺は自分が関われなくなってからのユグドラルでのみんなの姿を見せてもらい、その行く末をしっかりと心に刻んだ。
 そして新たな世界へと送り出された。
 いつか必ず、今の想いを遂げようと誓いながら。


 
 

 
後書き
みはちゃんみたいなお願いしたら女神ぱわーを1回使ったらもう使えなくなりますし。 

 

エンディング3・彼女の手記

 グラン歴757年に起きた紛争は歴史上ではほんの小さな事件に過ぎないのだろうけれど、あたしにとっては大きく重すぎる経験をもたらした。
 彼が居なくなってしまったことなど関係なく、イザークの王様達、それに援軍としてやってきた彼のお兄さんとによって紛争の後始末はどんどん進んで行った。
 グランベルのクルト王子もそれからほどなくしてやってきて、仲介とか主導のような役割を果たされました。
 どこの国に非があるとかそんなことはなんにも追求されず、ドズル公国とヴェルトマー公国は莫大な『見舞金』をダーナとレンスターに支払うことになったようです。
 そして、その一部がイザークに支払われると………。
 彼はそんなことの為に戦ったみたいに国同士の関係では評価されたみたいであたしは悲しかった。
 




 レイミアはみんなの前ではいつも通り気丈に振る舞っているけど、夜はいつも泣いている。
 どうしてそんなことがわかるのって? あたしも一緒だからだもの。
 彼と最後まで一緒に戦っていたイザークの王子様………もうじき譲位を受けて王様になるそうだけど

「古今東西、彼に及ぶ者は二度と現れないほどの見事な戦いぶりでした。 そして、イザークでは彼のような勇猛で知略に優れ、士卒に慕われる見事な方を友と出来たことに国を挙げて感謝申し上げます」

 そんなふうに大絶賛してくれたけれど………。 
 卑怯者でずる賢く吝嗇で臆病で……なんて悪口しか言われなくてもいいから彼に帰ってきて欲しかった。
 ううん、帰ってきてほしい。
 マリクル王子には何の恨みも何も無い、生きて戻られたのは本当に良かったと思う。
 でも、彼が居なくなってマリクル王子が元気なのを見てしまうとあたしは心が醜くなってしまう。




 
 最初はバルキリーの杖で彼に帰ってきてもらおうとお願いしてもお兄様は聞き届けてくださらなかった。
 戦で亡くなる者が出るのはあやまちでは無いからだと。
 そういう当然のことを捻じ曲げて安易に人を甦らせることのほうがあやまちなのだと。 
 理屈ではその通りなのはあたしでもわかる。
 それにお兄様がそうおっしゃるのだし……あたしは耐えた。
 でも、そんなある日あたしの様子がおかしいと……その時のあたしはそんなことは無いと思っていた。
 もう食べたいと思っても食べられない彼を差し置いて食事なんてしてはいけないって思うし、たくさんの怪我人、家を焼け出された人達、そんな人たちが助けを求めているのに眠っている時間なんかあったら一人でも多く助けなければならないと。
 その時のあたしはそんな精神状態になっていて体はボロボロだったみたい。
 そんなあたしを見かねてお兄様は禁忌……だったと思うのに……彼の為に杖を使ってくださった。
 教条主義に陥り、杖を使うべき時に使わないのもあやまちなのだと……。






 ───────とても美しい真っ白い騎士が現れて、復活の儀式に立ち会ったみんなに告げたの。
 彼には真の名があるので彼の名で復活を求めてもそれは応じられない。
 真の名を知っている者は居るのか? と。
 お兄様、あたし、レイミアにエーディンさんは彼が別世界から遣わされたって事は確かに知っていた。
 でも、そこで名乗っていた名前までは知らなかったし……それに………知ろうともしなかった。
 思い切りハンマーで頭を叩かれたような……そんな衝撃を受けた。
 彼のことを愛する気持ちは誰よりも一番だと思っていたのに全然そんなことは無いのだと……





 白い騎士……ヘルと名乗られたその女性はあたしたちを哀れに思って慈悲をかけてくれた。 

「この場での復活はまかりならんが、別の世界、別の時であるならばそれを神に諮ってみよう」

 みんな黙って考え込んでしまったけど、話し合って彼の奥さんであるレイミアに全てを任せたの。
 だって、それが当たり前だよね……
 しばらく彼女(レイミア)は考え込んでいたけど、こう言ったわ。

「……生きていてくれさえすれば……それでいいよ。 ミュアハがどこかで生きていてくれたらそれでいい……」
「……ならば、この件引き受けた。 彼の地でまた相まみえようぞ、人の子らよ」

 その言葉を残して白い騎士は彼の亡骸と共に跡かたもなく消えてしまった。
 これはあやまちではなかったようでバルキリーの杖は壊れることなく輝きを放ったままだった。
 もう会うことは出来ないのだろうけど……彼がどこかで生きているなら………そう思えるようになるまで時間はかかったけれど、あたしは立ち直ることが出来た。
 




 あたしは死ぬまでレイミアの身の回りのお世話をさせてもらうつもりだった。
 でも、彼が居なくなったあの日、運ばれて来た彼の体を見てレイミアは両手で抱き着いて泣き続けたの……。
 お医者様の見立てでは左腕はまだ可能性があったけど、右腕は、指先以外動かせないって話だったのだけど……。
 その日以来、レイミアの腕は日増しに良くなっていって、すぐに身の回りのことは何もかも出来るようになってしまった。
 あたしが彼女に果たせる責任が無くなってしまうのかと思っていたら……彼はレイミアに贈り物をしていったみたいで……そう、おめでたです。
 今と後の世に生きる彼と彼女を貶めたい人達に宣言します。
 レイミアがあの時助け出されてからこの慶事が判明したのは五か月近く過ぎてからだし、無事に生まれてきたフゥノスには生まれつきノヴァの聖痕がありました。
 間違いなく彼とレイミアの子です。





 彼のお兄さんとイザーク王達の強い勧めで、あたしたちレイミア隊はレンスター王国へ渡った。
 ……彼のお兄さんは彼のお父さん、つまりレンスターの前王カルフ陛下ね、から勘当と王位継承権の停止を宣告されてまで助けに来てくれたのだと後から知ったの。
 跡継ぎの子が居たからだろう? なんて言い方をする人もいるだろうけど、あたしは違うと思う。
 もし、彼のお兄さん、今のキュアン王が独身だったとしても助けにきてくれていたと思う。
 だって、レンスターに渡ってからの孤立無援なあたしたちを一身に庇ってくれたもの。
 あたし達に敵対的あるいは冷淡だったレンスターの貴族社会も、レイミアが出産してからは掌を返すようにへりくだってきたけれど、聖痕は捏造によるものでは無いかと主張する人達はもちろん居た。
 そんな時、お産に立ち会ってくれたセルフィナっていう有力貴族の娘さんがやりこめてくれた。
 彼女も彼の事を想っていた、そう知って初めはわだかまりがあったわ。
 だけど、何かの機会でお互いに知らない彼の事を話して、語りあって、今ではいい友達同士になれたと思う。
 今、あたしがしていることも彼女とのこの出来事が切っ掛けであったのかもしれない。




 彼の遺領はフゥノスが受け継ぐことになって、コノート王国との国境に近いそこへ皆で越した。
 その当時は大変で、もう毎日が嫌なくらいだったけど、今になるとかけがえの無いいい思い出になってしまうのはあたしも歳をとったからなんだよね。
 赤ちゃんが居る生活ってほんと、そうなんだ。
 当事者にとっては毎日が修羅場で戦場だったけど、世の動きとしては穏やかな毎日。
 レイミアは面識あったみたいだけど、彼の領地をずっと切り盛りしていたレンナートって片足の騎士は彼の話をよくしてくれた……この人にとっても彼は特別な人だったんだね……。

 そうそう、その暮らしに至る前、当時のクルト王太子がフリージ家からお嫁さんを貰って、アズムール王はこの慶事を祝い、ユグドラル大陸の真の平和のためだとかいろいろもったいをつけてだけど、ロプト教徒であっても法に叛かなければ処罰をしないと布告したの。
 反発する国もあったけど、それを理由に戦が起こったりはしなかった。
 ロプト教徒の中ではこれを受け入れる勢力と初志を貫き世界に仇して行くを良しとする者達に大きく分かれたって生き残りから教えてもらった。
 ロプト教徒の中でも武力によって世界を滅ぼすって人たちは、あたし達の知らない間にコノート王国、当時のレイドリック公爵の元に集まっていた。




 領地の見回りをしていたベオは……ベオウルフはコノート王国の王妃さまを保護してきた。
 その前の月、コノートの王様が病気……ということになっていた……で、亡くなってからというもの国王夫妻の間に生まれ……唯一生き残っていた姫様を娶りたいと強要してきたレイドリック公爵だったけど、王妃さまが色々と理由を付けて認めないものだから実力行使に及んだので逃がれて来たと仰いました。
 姫さまは逃亡中に亡くなってしまわれ、コノート王国は正統な継承者が居ないことになり、トラキア半島は一気に戦争と政争のただなかに進んでいったのを今でも覚えてる。
 北トラキア諸国の会議は何回も開かれ、コノートの代表としてレイドリックと……おなかが大きくなってきた王妃さまとの間で議論の応酬が何度と無く行われたと耳にしてる。
 ……王妃さまを保護してきたのはベオだし、のちに太后となられた王妃さまの愛人にしてコノート国軍の総司令にベオがなったものだから、コノートのフェルグス王のことをベオウルフと王妃さまの子であると主張する人たちがいるのは理解できます。
 でも、王妃様はカール王との間の子だと仰るのであたしはそれを否定する気はありません。



 そんな中、ミーズ城を巡る小競り合いが起き、それに端を発して戦争が起きてしまった。
 コノート王国継承戦争って呼ばれるこの戦で、レイドリックは敗れ、コノートは王妃様が国を離れてからお産みになった、今のフェルグス王が継承されている。
そしてトラキア王国が北トラキア連合に加わることになり、トラキア半島全体がゆるやかな共同体を形成した。
 歴史の年表ではこれだけで終わってしまうことだけれど、その当事者となっていたあたし達にとってはそんな物では済まされない日々でした………。
 先述の通り、ベオはコノート王家に仕えることになり……そして、あたしたちレイミア隊はカパドキア城とルテキア城を奪い取った。
 戦後の諸国会議の結果、ルテキア城は返還したけどレイミアは前トラキア王の娘であることを主張してカパドキア城とその周辺領を勝ち取った。
 単一政体でのトラキア半島の統一こそ実現しなかったものの、彼やトラバント王が目指した"豊かな北の食糧生産によって養われた労働力で南の鉱山資源の開発推進"は順調に進んでいる。
 トラバント王は"不撓不屈"と言われ、支配下の地域ではとても人気が高い。
 ……でも、この人の治めるトラキアの人達からいろいろと話を聞くまでは彼を奪った諸悪の根源とさえ思い、憎み、恨んでさえいた。
 ううん、今でもそうだと思うけど、時間の経過がまた違う思いを抱かせた。
 この人から見た彼の話を聞いてみたいって……。
 ほろ苦い表情を浮かべて語るこの人は、レイミアが言うような偏狭な人物では無かった。
 先入観が逆のバイアスになって、この人を必要以上に評価してしまったかも知れないけど……。
 それか、彼を手にかけた者なら極悪人、あるいは状況が許さずやむなくそういう道を選んだ人であるって思いたかったからなのかも知れない……。




 彼の足跡を訪ねてヴェルダン王国にも渡った。
 とても美しい国で、彼が側にいてくれたらもっと……なんて思ってしまう。
 ガンドルフ王は彼の訃報を自分の身内のことであるかのように悲しんだと王弟のキンボイスは言ってくれた。
 彼が遺して行ってくれた警告のおかげでサンディマというロプト魔道士に国政を壟断されずに済んだとも……。
 このヴェルダン行きにはお忍びでグランベルのディアドラ王女も同道しています。
 クルト王はご成婚後、なかなか子宝に恵まれず……生まれても幼いうちに亡くなるなど……。
 第二とか第三夫人まで迎え、跡継ぎの確保に懸命だったのだけれどどうしても上手くいかず……憶測や推測で書いてはいけない様々な事があったとしかあたしからは言えません。
 それはともかく、彼女とあたしはお互いグランベルの貴族社会とかけ離れた環境で生まれ育ったという妙な親近感を感じたのもあるし……彼女も彼に淡い想いを抱いていたみたいで、ほんと、彼は行く先々で………ううん、そういう惹きつける人だからあたしも……なのかな。
 



 もうずいぶん前になるけどシグルド様とエーディン様が一緒になったお祝いのあとのヤケ酒に付き合わされてから、アゼルとはちょっとした関係になってしまった。
 お酒の勢いだったし気にしなくていいって言ったけどアゼルったら"そんな無責任なコトは出来ない"って。
 彼みたいなコト言うんだもん……。
 あたしの心にはずっと彼が居るから駄目だよって言っても、彼をずっと想っていてももいいってあんな柔弱そうな見た目とは思えないくらい情熱的に迫ってきてあたしもぐらっと来るものはあったからね。
 そうして、これだけの時間が過ぎても変わらないアゼルの気持ちに応えるためにも、自分の気持ちの整理のためにも、彼の行跡を辿り、綴っている。
 彼とアゼルの共通の友人であるレックス公子はどうしているかと言うと、今、あたしの護衛という名目でこの旅に加わっているの。
 もちろん他にもヴォルツ、マディノはその後アグスティの直轄地になって自治権が奪われ、傭兵隊が解散させられてしまい、ジャコバンは甥のジャバローとその家族を連れてきて……その二人も今一緒です。




 ブリギッドさんはレイミアとウマが合うみたいで、今は彼女の領国でとある開拓村の村長をやっている。
 でも、さすがに公女ブリギッドではまずいってことでエーヴェルと名前を変えて身分も隠してなのだけどね。
 その開拓村を開設するとき、レイミアが育った村から応援に来てくれた人たちが沢山いたのだけど、あたしや彼と同年代くらいで働き盛りなのに自分たちの村はいいの?って思った。
 疑問に思うだけじゃなくて聞いてみたらそのことよりも彼のことに興味を示していろいろと聞かれたの。
 彼には文字や計算、他にも色々と役立つ知識を教えてもらったって懐かしそうに言われたわ……。
 ……いろんな所に彼は置き土産をしていったんだね。
 あたしだって、あの時、彼に習っていなかったら未だに読み書きも出来なかったろうしね……。
 


 この手記を書くための旅の出発地で終着地、ダーナに戻って来た。 
 三年とか五年周期であの紛争の慰霊やダーナにとっては勝利を祝う式典が行われるのだけどその席で二人は出会った。
 初めはフゥノスのほうが一目ぼれだったみたいだけど、今ではクルト王のほうがぞっこんで、居を変えるのを嫌がる彼女のわがままにも不満が無いみたい。
 四十近く違うものだしレイミアはもちろん、あたしだって反対した。
 

「母さまだって十五も年下の父様と一緒になったのに、私は認めないなんて身勝手過ぎます!」
「それにしたって離れすぎだよ! だいいちミュアハとアタシの歳の差は十四なんだし! それに正確に言うなら十三年と十一ヶ月だからね!」
「それなら私だって………三十八年と九ヶ月しか違わないもの!」 
「アー、もう。 シルヴィアからも言っとくれよ!」
「そうよ、フゥノス。 陛下はたしかにお歳に比べ若々しいけど……人の身である以上、あなたを残して先に逝かれるのはわかりきっているのだから……」

 
 あたしがこう言った時の彼女の表情は今でも忘れられない。
 だって、彼に言い負かされる時と同じなんだもん………。

「母様、それにママ姉、父様は母様よりもずっと年下だったのに先に天国に行かれたでしょう? だからその理屈は通用しません!」
「……っとにこの子は! 誰に似た! じゃ無いよ……あいつそっくりで……」

 レイミアはそう言うと泣き出してしまい、あたしも貰い泣きしてしまった。
 泣き出したあたしたちにフゥノスはごめんなさいって謝って、三人で泣き続けた。
 ……小さい頃レイミアのことは母様、あたしのことはママって呼ばせていたせいでママ(ねぇ)なんて変な呼ばれ方であたしは彼女に呼ばれている。
 結局、彼女にはあたしもレイミアも弱いものだから黙認することにしたんだ………。
 

 彼の遺したものを求める旅にはこれで一区切り。
 でも、また行くつもりです。
 時が経てば、また違った物の見え方だってするのだし!




 


 この旅で集めた沢山の人達からいただいた証言や資料をもとにして、彼、『ミュアハ』の出来るだけ正確な記録を記し、後世に伝えたいと思います。
 この手記はあたしの、その決意表明文です。
 

                  グラン歴773年 記 シルヴィア・ブラギ・エッダ

 --Fin--

 
 

 
後書き
ここまでご覧いただきありがとうございました。 

 

登場人物まとめ(3章まで+最終段階迄を)

 
前書き
お気に入り登録が200件を超えると言う信じられない事態の為にきょうきょ企画された案件です
皆さまご覧いただきありがとうございます。

※めでたく完結できましたのでバイロン卿以降も追記しました。 

 
登場人物の覚書です、原作から出演しているキャラクターは読者様方のイメージと差異があると思いますが"この世界限定"と思っていただければと思います。



ミュアハ  主人公&固定視点、ソルジャーからアーマーにいつのまにかCCしたっぽいです
      レンスター第二王子、結構えっちw 場面や人相手に口調がすんごい変わる。
      基本的に礼儀正しい。黒髪黒目、15歳時点で170cmくらい
      異世界人という訳で感覚がするどい動物達には嫌われている
      原作知識だけでは戦って行けないので訓練マニア、少しMっ気ありか?
      現代の日本人、聖戦の系譜の世界に来る前には他の世界で頑張ってたx2
            

駄女神   一人称わたしちゃん、女神?主人公を聖戦の系譜の世界に送り込んだ
      ふざけた性格で主人公を煽るのが大好き!
      天界は暇なのかPCでVIPや各種2ちゃんスレでも見てるぽい
      金髪緑眼、現在いくえふめい


キュアン  主人公のこの世界での兄、デュークナイト、ゆうしゃの槍所持
      優しく強くイケメン既婚者、赤ちゃんはコウノトリがキャベツ畑から連れて来ると
      弟がグランベルに行く少し前まで思ってた。
      黒茶の髪&瞳、21歳時点で188cmくらい

カルフ王  主人公のこの世界での父、ゲイボルグはあるけど城に飾ってます
      レンスター王にして北部トラキア連合の盟主。
      それなりにウィットに富んだり話がわかったり頑固だったり
      灰黒髪黒茶瞳、年齢は未定だが40台半ば~50台前半辺り

ドリアス  伯爵、レンスター一家の頼りになる家臣、今はまだ両手があるので戦えるぽい
      セルフィナの父親、ミュアハとの悪企みタイムがお気に入り
      茶髪黒目、40台前半

セルフィナ 天使、ドリアスの娘。アーチナイト、出典元では「とつげき」のせいで使いにくい
      婚約したが、とりあえず16歳までは式も体も許さないらしい
      出典元では青髪黒目ですが、読者様達のイメージでお願いします
      グレイドと結ばれるのが出典元での設定だが、現在の婚約相手は違うらしい。

ベウレク  ドリアスに直接仕えている騎士。従騎士とも。ソシアルナイト
      割と怖い者知らずな性格。30代前半、オリキャラ

レンナート 晴れて騎士身分を獲得した元従卒(従兵)、作者から与えられるはずの死を回避した
      強運の持ち主でムードメーカー?、左目と片足を失い戦線離脱
      20代半ば、オリキャラ

グレイド  騎士、主人公とキュアンの間くらいの世代。堅物で老け顔、堅物であったために
      己の命を保てた。原作ではセルフィナの伴侶だが、この物語では今のところ違う。

フィン   騎士、キュアンの忠実な家臣、原作ではこの人こそレンスターそのものかもと思わせた
      今のところセリフなし、ミュアハより若いはず



2章からの人物

レイミア  剣匠、原作では地獄のレイミアと呼ばれた女傑、でも遠距離攻撃で何も出来ず
      経験値にされちゃうかも。ミュアハの年齢+14歳
      トラキア前王の前妻の子、下に弟妹が居たが死別。
      黒髪黒目、主人公を実の子のようにも弟のようにもかわいがっている
      179cm(公称)それよりでかい?、怪力

トラバント トラキア王国王太子→国王。ミーズ城攻防戦で勇名を馳せ国民的英雄に
      でもワカメ、現在隻腕となる大怪我を負って療養中。 レイミア-5歳
      ウェーブと緑がかった黒髪、黒目、185cmくらい
      天槍グングニル継承者

トラキア王 故人、古傷の悩みを緩和してくれた主人公を重用したが、それが元でトラバントと対立
      この人自身はダインの血筋は無し、亡くなった王妃に見込まれ婿入り。
      離縁した元妻の子がレイミア、元妻も一応傍流ダインの血筋であった。

カール王  コノート王、ミーズ城を巡る戦いで惨敗しトラキアの捕虜となった
      主人公と人質交換で国元に戻るが権威は失墜し、レイドリックの専横を許す

レイドリック ロリ、とにかくロリでヒゲ。狡猾




3章からの人物

エスリン  キュアンの妻、シアルフィ家の令嬢であったが兄の親友であるキュアンに惚れ
      念願叶ってゴールイン。ドジかわいい、
      もうひとつの念願も叶いお姉ちゃんキャラになれてご満悦。
      あんな父や兄の元で育ったにしては奇跡的に礼儀正しさや常識持ち   
      17歳→19歳、主人公の夜のオカズ供給源、ぴんく!

コノモール アルスター王国の伯爵、柔弱な国王に代わり国事の大半を仕切る忠勇の義士
      なんかドリアスとかぶるので同時に出せないキャラ
      アラサー

ゼーベイア レンスターの将軍、馬に乗れないことで悩んでた主人公にふっきる切欠を示した。
      この人もアラサー

ハルク   賢者、時空の歪みでFE外伝の世界から登場しました。もう出ません。たぶん。
      


4章の人物もすこしだけ


シグルド  シアルフィの正嫡、敵にとっては剣鬼、味方にとっては盛り立てたい神輿
      マイペースで人の話を聞かない、でも善意と正義の人。
      身長2m前後の巨人…というのが作者のイメージ。

バイロン  シアルフィ公国の主、シグルドとエスリンの父。一見ナイスミドル
      必要なことの半分くらいしか喋らない、あとは寝てばかりいる
      でも剣を持たせたらヤバイというなんとかに刃物の人。

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レックス  ドズル公爵ランゴバルトの第二公子、甘やかされた上で放置されわがままに成長。
      生来の気質はいいものがあったので主人公に鼻っぱしらを折られてから覚醒。
      ダーナ事変の後は兄のダナン公爵を助け、公国の名誉回復に力を尽くした。

アゼル   ヴェルトマー公爵アルヴィスの半弟、本人は知らないがその美貌ゆえあらゆる方面から
      注目されていた。レックスと共に主人公の友人となる。彼女の心に整理が付くまで長く
      待ち受けてからエッダ公国のシルヴィア公女と添い遂げる。

エーディン ユングヴィ公国公女、グランベル貴族社会に於いてその美貌はつとに有名。
      幼少のみぎり行方不明になった双子の姉、ブリギッドの行方に心を痛めていたが、
      主人公の原作知識により発見され、再会を果たすことが出来た。
      のちにシアルフィ公爵シグルドと結ばれる。

クルト   グランベル王国の才知溢れる王太子。初めは主人公の事を警戒していたが、後の事件を
      経て信頼を寄せるようになる。生きていてくれたら娘であるディアドラ王女の婿に……
      と、主人公のことを見込んでいた。 のちに……(フゥノスの項を参照)

マグニ   フリージ公国公爵にしてグランベル王国宰相、レプトールそのひと。 若い頃から贔屓
      にしていたカフェで主人公と知り合う。 ダーナ事変の際はクルト王太子と取引を行い
      アルヴィス、ランゴバルトとは一線を引いた。 しかし、息子の嫁ヒルダの暗躍を知り
      秘密裡に処理しようとしたが逆に返り討ちに遭ってしまう。

クロード  エッダ公爵にしてエッダ教団の最高司祭。 秘密としていた生き別れの妹を探しだした
      主人公への個人的な恩義、それに留まらずバルキリーの杖によりもたらされた啓示を
      避けるために彼へ全面的な協力を公私に渡って執り行った。 

シルヴィア エッダ公女、まだ乳飲み子であったころに誘拐され、そのことを長く知らないまま
      旅芸人の一座で働いていた。 その暮らしから解き放ってくれた経緯から主人公に
      ベタ惚れしてしまい、いろいろと物議を醸す行いをしてしまった。
      ミュアハ亡きあとは彼の娘であるフゥノスの養育に心を砕いた。
      のちにヴェルトマー公爵アゼルの公妃として迎え入れられ、またミュアハの事績を
      綴った書物を世に残し、強さ議論スレが荒れる原因を作る。




5章からの人物


ベオウルフ のちのコノート王国総司令。端正でありながら不敵な面構えを崩さない自由騎士。
      もとはヴォルツの配下であったが、レイミアの配下に彼が納まったのでそのまま彼女の
      傭兵隊に加わった。主人公やシルヴィアにとっては兄貴分的存在となった。

ヴォルツ  訳アリで辞めた騎士などを集めた自由騎士団ともいうべき傭兵隊を率いていたが
      レイミアとの賭けに(剣での勝負)負けて配下に。レイミア隊の軽騎兵隊長を勤める
      のちに彼女がカパドキア女王になりおおせてからは騎士団長となった。

ジャコバン こちらもレイミアに敗れて配下に納まった剣士。 甥のジャバローを育てながら傭兵を
      続けていた。稲妻の傭兵と二つ名を持つ優れた剣士。マディノから彼女が去った時には
      着いて行かなかったが、マディノの自治が失われてからは合流し、力を奮った。

ブリギッド ユングヴィ公女であることを知らずに海賊として育った女丈夫。 有力な海賊氏族の長
      ドバールに言い寄られ苦慮していた。 己の身を守る為に行った行為がドバールの
      逆鱗に触れ苦境に立っていたところをレイミア隊に救われた。妹との再会後、生まれ
      故郷のユングヴィに帰国したが、貴族の暮らしが肌に合わずレイミア隊に居つく。





6章からの人物


バトゥ   ヴェルダン王、温和な人柄として諸国に知られており頼りになる息子たちに支えられ
      国政を運営していた。 一時期知らずにロプト魔道士を重用していたが看破することが
      出来たので事なきを得た。

ガンドルフ ヴェルダン王子、のちにバトゥ王逝去後に国王の地位に就く。血気盛んな人物と言われて
      いるが、年齢を重ねてからは行動に移るまでは慎重になった。森林保護と、特産品である
      森林資源の開発とに生涯を賭けて取り組んだ。

キンボイス ヴェルダン王子、ガンドルフ王をよく支え、ヴェルダンの観光開発に取り組み
      大きな成果を上げた。

ディアドラ クルト王太子の隠し子であり、原作に於ける最重要な鍵となった悲劇の女性。
      しばらくの間、王統の危機に備えて王宮に入っていたが、弟が出来た為に再び隠棲する。
      その隠棲先はひっそり平和に暮らしたいロプト教徒の引き受け先にもなった。




7章~終章迄の人物


マナナン  イザーク国王、質実剛健にして篤実な人物。レンスターのカルフ王と個人的な友誼を
      結んでおり、その面からも主人公の力となった。卓越した剣の遣い手であり、それは
      彼の子孫たちにも脈々と受け継がれて行くことになる。

マリクル  イザーク王子、共に過ごした時は短かったが、主人公のことを終生の友と思っていた。
      コノート王国継承戦争の際には彼の一粒種、フゥノスの預け先となり親交を深めた。
      イザーク国王となってからは大過なく国を治めた。

アイーダ  ヴェルトマー公国将軍、我が子も主君もロプト教に奪われ、さらには魔将の実験台にも
      されてしまい、失敗作と侮蔑されていた。 改造の程度が浅かったために自我を取り
      戻すことが出来たが、それは彼女をさらに苦しめる事態となった。

ランゴバルト ミュアハとの一騎打ちに敗れ、死の淵を彷徨ったが命を取り留めた。だが、神器を
      使えぬ者に敗れたということで失意の余り憤死した。

アルヴィス ヴェルトマー公爵、クルト王太子からの秘密裡な申し出に悩んでいた心の隙を突かれ
      マンフロイの傀儡にされてしまう。最期はヒトとしての心を取り戻し、マンフロイを
      討ち果たした。

マンフロイ 世界をロプトウスの支配するものに改編しようと暗躍していたが主人公の存在を
      知ることが出来なかった為に計画を成し遂げることは出来なかった。
      彼自身は宿願を果たすことは出来なかったが、彼の子孫が穏やかな生活を享受できる
      ようになったことは、彼への救いとなったであろうか?





追記事項あり、もしくは最後に触れたい存在達


トラバント 大神(オーディン)に憑依され、無意識にその影響を受けてミュアハへの敵意を燃やしていた。 
      ダーナ事変で生き残ったが左目を失い、そのショックで大神(オーディン)はその身から去った。
      のちのコノート王国継承戦争に介入し、自身が参加した戦場で敗れることは無かったが、
      同盟者のレイドリックに足を引っ張られ、敗北。だが、トラキア連邦結成と参加により
      支配域の住民達は以前より豊かに暮らすことが出来るようになり実利は大きかった。

占い師   その正体は本物の女神(フレイヤ)、かつて首飾(ブリーシンガメン)を手に入れた経緯が気にいらなかった大神(オーディン)
      よって、女神(フレイヤ)は望まぬ呪いをヒトに課し、互いに相争うように仕向けさせられた。
      内容は彼女の気に留めるものではないが、強制的に物事をさせられた事が気に入らず
      大神(オーディン)への復讐の機会を狙っていた。

ブリュン  戦乙女であり、冥府を統べる者。 生れ落ちてすぐ、大神(オーディン)によって両親から
      引き離され、死者を相手取る陰鬱な仕事をも強いられており、大神(オーディン)が憎い。


レイミア  新婚から三月も経たず最愛の夫を失ったが、彼との間の娘を育てる傍ら、己の傭兵隊を
      縦横無尽に活用し、コノート王国継承戦争で上手く立ち回りカパドキア女王に推戴される。
      彼と彼女の娘フゥノスは老境に入ったクルト王に気に入られ男子を儲ける。

フゥノス  輝くような金色の髪とヴェルダンの湖のような透き通る碧い瞳を持って生まれた美少女。
      両親の容貌から予想されないその髪色と瞳によってレンスター貴族達からはミュアハの
      子では無いと未だに主張する者が居るが、鎖骨をつなぐ喉下の部分に生まれつきノヴァ
      聖痕が発現している。十四でクルト王に一目ぼれするが、その後はクルト王のほうが
      彼女に夢中となり、二人の間にはヤルル王子が誕生する。ヤルル王子はその後ヴェルトマー
      のリーン公女と結ばれ、ナーガの血筋は続いて行く。


 
 

 
後書き
こそっとネタをいろいろと・・・
レイミアが発現はしてないけどダイン傍系って考えたのは似た顔のヒルダさんに何故か出ていることから。

フノスはフレイヤ神の娘でオード神との間に出来たと言われている・・・
ここからいろいろ考えて、オードの血統のイザーク家絡みの出来事にしようとか、フレイア神に介入させようとか。
自分の中でも答えは出ていないのですが、遺伝子上での父親はリボー軍の誰かかも知れないしみゅあはかも知れない。 
三つの願いでフレイヤ女神がレイミアにいろいろ恩恵を与えた結果、金髪碧眼の北欧系美少女として生まれ落ちてしまったとー。

なぜクルト王子とくっつけたか
これは神話の中でヘイムダルとフノスが仲良しなんですよー、ビフレストの橋でいつもお父さんのオード神の帰りを待ち続けているフノス、ビフレストの門番的仕事をしているヘイムダル・・・ということで十七とか十八世紀ころ?には既に挿し絵つきで語られています。

クルト王子はヘイム家=ヘイムダルなんじゃろう~とか勝手に定義。
んでまぁ、みゅあははどこか別世界で生きている・・・それはお父さんの帰りを待っている的な感じはしないかなぁと。
そして、ロプトの血が混じっていないヘイム家を残そう~と、そういうご都合主義ですね。

ヤルル王子
これは北欧神話のリーグの歌?だったかでヘイムダルが世界旅行に出るのですが、その旅で
奴隷の先祖となる一族、農民の先祖となる一族、貴族とか戦士とかの先祖となる一族、そして
王の先祖となる一族というのを作っていくのですが、王の先祖となる者はヤルルという名なので
そこからいただきました。

みゅあはと愉快な仲間たちが介入したユグドラル大陸のこの時代は空前の発展!とかは無くて、どの国もじんわりゆっくり時を刻み続けていくという終わり方です。

ご覧の方々、改めてありがとうございました!

※さらに追記! レイミアの腕が駄目になったけど(フレイヤに頼んでだけど)治ったというのは
ミアハ神がダヌー神族の長、ヌァザ?の失われた腕を再生させたということから着想を得ています。
そして、バルキリーの杖で甦れなかったのは、ミアハ神も死亡した後、妹のアミッド神の手で甦らせてもらえそうになったけれど、ミアハ神は妨害に遭って生き返ることが出来なかった。
ここもなぞっています。