プレジデント


 

第一章


第一章

                         プレジデント
 その瞬間世界中が驚きに包まれた。
「合衆国に遂にか」
「あの大統領が出て来たか」
「アフリカ系でしかも女性のか」
「そうした大統領が出て来たんだな」
 これは二重の意味で驚くことだった。
「アフリカ系の大統領も女性の大統領も出ているけれどな」
「ヒスパニックもアジア系もな」
 既にそうしたマイノリティー出身の大統領は出ている。そして女性もだ。こうした意味でアメリカも変わってきていた。しかしなのだった。
 マイノリティーで女性となるとだ。これはだった。
「本当にはじめてだな」
「ああ、これは大きいぞ」
「大統領選の頃から話題になっていたがな」
「実際に誕生するとこれはな」
「かなりだな」
 とにかくだ。このアンジェラ=ストーブンソンの登場は世界を驚かせた。長身ですらりとした身体に波がかった黒い髪、そしてアフリカ系特有の褐色のその肌に黒いはっきりした目、全体的にポップス歌手の様な姿だ。
 その彼女についてだ。世界は話す。
「どういった政治をするかだよな」
「民主党はマイノリティー重視だけれどな」
「さて、どういう政策をするか」
「それが問題だけれどな」
 政策が第一だった。政治家だからだ。
 一応だ。こんな予測が出ていた。
「温和になるんじゃないのか?」
「穏健派か?」
「そうなるのか?」
「ああ、家庭じゃよく妻で優しい母親らしいからな」
 ストーンブンソンは家庭もある。結婚して子供もいるのだ。尚夫は同じく政治家でだ。連邦議会の上院議員である。政治家同士の夫婦なのだ。
「だからな。政策もな」
「穏健か。じゃあ野党にも融和的かな」
「最近対立が激しいからな」
「そこも穏やかになるか?」
「テロ支援国家やテロリストにもな」
「穏健になるか」
 こうした予想が出ていた。何はともあれストーンブンソンの政策が注目されていた。マイノリティーの女性大統領としてのだ。
 それが話題になる中でだ。遂にだ。
 彼女は大統領に就任した。聖書に手を当てての宣誓が行われる。ホワイトハウスまでの道筋は人でごった返していた。世界が彼女を注目していた。
 そうして大統領に就任する。するとだ。
 すぐにだ。議会にだ。
 大胆な医療制度改革と財政均衡法案を提出してきた。それを見てだ。
 共和党側は憤慨した。その内容はというと。
「何だ!?民主党側の要求ばかりじゃないか」
「こちらの案は全然入れてないぞ」
「何だこの二つの法案は」
「これを我々に認めろというのか」
「この二つの法案こそが合衆国を救います」
 毅然としてだ。ストーブンソンは言い切った。
「だからです。あくまでこの法案でいきます」
「馬鹿な、こんなものを認められるか」
「そうだ、我々は断固反対する」
「富裕層への課税も入れているがこれも反対だ」
「こんなものは認められない」
「貴方達が認めなくとも結構です」
 また言い切るストーブンソンだった。
「この二つの法案こそが合衆国を救うのですから」
 こう断言してだった。ストーブンソンは実際に二つの法案を議会に出した。
 議会は僅かではあるが上下両院共民主党が多数派だった。それでだ。
 二つの法案は議会に承認されてだ。通ったのだった。それを受けてだ。
 アメリカ国民は驚いた顔でだ。ストーブンソンを見て言うのだった。
「内政は妥協しないか?」
「そうだな。共和党に対してもな」
「議会では最初から多数派だったけれどな」
「それでもあれはかなり」
「強硬だな」
「あそこまで言い切るとはな」
 ストーブンソンの攻撃的とも言える主張にもだ。驚きの言葉が出ていた。
「とにかく二つの法案でかなりな」
「ああ、富裕層も抑えられたな」
「それに最新鋭戦闘機の導入も決まったな」
「F-42はコストが問題になっていたけれどな」
「軍事費増やすか」
「そうしてきたか」
 軍事費も増やしていた。政策は中々タカ派な部分もあった。
 

 

第二章


第二章

 そしてだ。さらにだった。外交政策、とりわけ貿易政策にもだ。
 日本や中国に対してだ。何かと強硬派の国務長官や商務長官、通商代表を出してだ。そのうえでだ。
 一切妥協せずにだ。合衆国の主張を言う。それに対してだ。
 日本側も中国側もだ。かなり困惑した。
「アメリカの主張はわかるが」
「それでもこう言うか」
「これはかなりな」
「完全にアメリカの主張じゃないか」
「こんなの認めたらそれこそ」
「こちらは困るなんてものじゃない」
「弱ったぞ、これは」
 しかもだった。
「相手は手強いしな」
「要求を何としても飲ませようとする」
「どうする、本当に」
「こちらの打つ手はあるのか」
 こう言ってだ。日本側も中国側も弱り果てた。これが水面下での話だった。
 しかしだ。本格的な交渉においてはだった。
 ストーブンソンはだ。商務長官や国務長官にこうした案を提示したのだった。それを見てだ。その長官達がそれぞれ言ったのである。
「随分と穏やかですが」
「水面下で向こうに提示した要求よりも遥かに」
「これを日本にも中国にも出しますか」
「そうされるのですね」
「ええ、そうして」
 まさにそうしろとだ。ストーブンソンは長官達に言った。
 彼女は今ホワイトハウスの大統領の机にいる。そこから彼等に話していた。
「わかったわね」
「しかしこの案はです」
「日本にも中国にも譲歩していますが」
「それもわりかし」
「けれどこちらの利益にはなっているわ」
 ストーブンソンは確かな声で彼等にこの事実を述べた。
「だからね」
「いいのですか」
「そうだというのですか」
「ええ、では御願いね」
 あらためて彼等に話した。こうしてだった。
 そのかなり穏やかな案がだ。日本側にも中国側にも出された。その案を見てだ。日本の首相も中国の国家主席も目を丸くさせて側近達に問うた。
「本当にこの案なのか」
「アメリカの案なのか」
「はい、そうです」
「実際にあちらから提示された額です」
 まさにそうだというのである。彼等の側近達もだ。
「こう言ってきていますので」
「これでいいと」
「信じられない。あれだけアメリカに一方的な案を強硬に言ってきたというのに」
「今はこの程度か」
「本当に急に穏やかになった」
「信じられない位にな」
 日中両国の首脳達も驚きを隠せない。しかしだ。
 彼等はその案についてだ。それぞれこう言った。
「しかしこれならな」
「受け入れられる」
 二人共だ。自分達の国を考えて述べた。
「あの案はこちらも絶対に無理だったが」
「この案なら安心して受け入れられる」
「我が国の国益にもなる」
「これでいいとおもう」 
 彼等は快諾した。こうしてだった。
 アメリカは日中両国との外交や貿易における問題のかなりの割合を解決したのだった。このことにも世界は驚くことになった。
「最初はどうなるかと思ったけれどな」
「どうも最初はかなり強硬な案を声高に主張したらしいけれどな」
「ある意味アメリカらしくな」
 アメリカのイメージは健在だった。
「けれど実際はな」
「ああ、穏やかだよな」
「しかもアメリカの利益にもなる」
「いい案だな」
 こうだ。ストーブンソンが実際に両国に提示した案は他国の人間が見ても冷静にいいと思えるものだった。驚きは明らかな好評だった。
 これでストーブンソンの評価はまたあがった。しかもだ。 
 太平洋の他の国々、とりわけASEAN各国がだ。
 ストーブンソンが思いの他話のわかる人物だと見てだ。積極的に話をしてきた。ストーブンソンは日中両国から太平洋諸国との関係も親密化させた。
 

 

第三章


第三章

 それは内政にも及んだ。貿易が進展しだ。
 内需も拡大した。それと共に国家のあり方を変えていきだ。
 アメリカの労働者の権利の保護も進めた。そうしてだった。
 アメリカは完全に立ち直った。経済だけでなく政治、軍事においてもだ。強硬でありしかも柔軟さも兼ね備えただ。そうした国になった。
 そのストーブンソンにだ。副大統領であるマイケル=ローレンスが尋ねた。ストーブンソンより二歳若い白人の男である。
 その彼がだ。彼の上司であるストーブンソンに尋ねたのだ。
「一つ宜しいでしょうか」
「何かしら」
「世論をどう思われますか」
 アメリカで最も大事なだ。それはどうかというのだ。
「プレジデントは」
「世論ね」
「はい。世論は当初プレジデントは柔和な方だと言っていました」
「そうだったわね」
 楽しげに笑ってだ。ストーブンソンも彼の言葉に応える。
「そうした評価だったわね」
「ですか実際は強硬派である場面が多いですね」
「そうかも知れないわね」
「そうした世論についてはどう思われるでしょうか」
「私としてはね」
 ストーブンソンは書類にサインをしながら言った。
「強硬派やそうしたことはね」
「そうしたことは?」
「どうでもいいことなのよ」
 こう言ったのである。
「あくまで国益を考えているだけよ」
「合衆国のですか」
「プレジデントだからね」
 それ故にだというのだ。アメリカの国家元首であるが故にだ。
「だから強硬な行動を取ることが多いのよ」
「それだけですか」
「そして時として融和的にもなっているわね」
「はい、時と場合に応じて」
「アメリカの国益になる場合にはね」
 ここでもこのことがまずあるというのだ。
「そうしているわ」
「もっと言えばアメリカの為を考えてですか」
 強硬になり柔軟になる。ローレンスもこのことがわかった。
「プレジデントとして」
「そういうことなのよ」
 そしてだ。ストーブンソンからだ、こう言うのだった。
「確かに私はアフリカ系で女性ね」
「はい」
 このことはどうしても否定できなかった。何しろストーブンソンを語るうえでまず来ることだからだ。
「その通りです」
「それでもそれ以上に」
「それ以上に?」
「プレジデントなのよ」
 それだというのである。
「この合衆国のね」
「だからですか」
「そう。だから合衆国にとって必要なことをしたのよ」
 そうしたというのだ。彼女は。
「合衆国の為にね」
「成程、ビジネスに徹したのですね」
「そうなるわね。プレジデントならね」
 そのだ。合衆国の大統領ならばだというのだ。
「合衆国の為に全力を尽くしてその国益を実らせることが仕事だから」
「そうですね。まさに」
「その前にはアフリカ系や女性だということはね」
 どうかというのだ。彼女の重要なアイデンティティも。
「何でもないことなのよ」
「あくまで合衆国の為に」
「そういうことよ。それじゃあね」
「はい、それでは」
「仕事の続きよ」
 丁度ここでだ。今机の上にある仕事を終えた。そうしてだ。
 副大統領である彼にだ。こう尋ねたのである。
「次の仕事は何かしら」
「はい、これです」
 早速だ。彼はあらたな書類を出してきた。それをストーブンソンに見せてだ。そのうえでこう言うのだった。
「この書類の決裁を御願いします」
「ええ、それじゃあね」
 こうしてだった。彼は仕事を続けた。あくまでアメリカ合衆国大統領としてだ。彼女は働き後世に名を残した。アメリカ合衆国の歴史上はじめてのアフリカ系の女性の大統領ということ以上にだ。アメリカに大きく貢献した大統領として。


プレジデント   完


                    2011・9・30