不本意ながら花宮テツヤです


 

さすがに予想外です。


テツヤ、お母さんね。再婚しようかと思っているんです。

最近帰りが遅くなることが多いと思ったら。そういうことだったんですね、と合点がいく。
素直におめでとうございますと言えば、嬉しそうに顔を綻ばせる母を見て、自分も嬉しくなった。

明日、顔合わせをしたいのだけど。大丈夫ですか。

駄目とは言えない。わかりました、と伝えると部活後に迎えに来ると言う。急な話で緊張もするが、母が幸せそうならまぁいいか、と納得した。
昨夜の話だ。



「今日はここまで!皆しっかり休むのよ!」
「「「お疲れ様でした!」」」

部活が終わり、後片付けの時間。あー疲れただの腹減っただのと話しながら着々と進めていく。

「すみません、先輩。今日はちょっと用事があるので、早目に抜けさせて頂きます。」
「あー、言ってたな。いいぞ、頑張ってこいよ」
「ありがとうございます」

片付けを他に任せ、帰宅の準備に入る。申し訳ないとは思ったが、致し方ない。その分準備と明日の片付けを頑張ろうと決意し、学校を後にする。
校門をくぐるとすぐに母の待つ車があったので乗り込み、母の再婚相手の待つレストランへ向かう。母によると、どうやら相手方にも同年代の息子がいるらしい。馴染めるだろうかと一抹の不安を抱えながら、とうとうその時はきた。

着いてみると、かなり高級そうなレストランだった。これ、大丈夫なんですか。もしかして相手はそんなにお金持ちなんですか。どこで知り合ったんですか。聞きたいことは山ほど浮かんだが、早く行きますよ、との声に従ってひたすら沈黙を貫いた。





「……まさか、再婚相手って」

正に予想外。お兄さんもびっくりです。目の前にいたのは端正な顔立ちに優しげな瞳の中年男性と、なんと霧崎第一高校の悪童・花宮真だったのだ。名前だけでも先に聞いておけばよかった。そうすれば今日の顔合わせに来ることもなかったのに。花宮も少し驚いた様子で目を見開いている。しかしなんとも素敵な、女性ならば一発でノックアウトするような笑顔で会釈された。

「ええ、紹介しますね。花宮さんです。とても素敵な方なの。ご子息の真さんもとても優秀な方で。ほら、ご挨拶を」
「…初めまして、母がお世話になっております。息子のテツヤです。……どうも、お久しぶりです花宮さん。」
「おや、知り合いだったのかい。初めまして、テツヤ君。ほら、真もご挨拶を」
「初めまして、黒子さん。テツヤ君、久しぶりだね。」

人好きのする笑顔で声をかけられると鳥肌がたった。あんなプレイをするくせに、本当に外面はいい男だ。にこにこと人懐こい笑みを湛えた彼は、父親譲りだろう端正な顔立ちも相俟って好青年にしか見えない。本当に狡いと思う。

なんとか適当に相槌を打ちながら、食事が終了した。話によると、籍は近々入れる予定だが、式はしないらしい。しかしひとつ問題が発生した。正式に入籍する前に、今週中にはある程度広さのある花宮家に同居することになったのだ(これは後日知ったことだが、互いの家は1kmも離れてはいなかった)。お互いの親の手前、こいつのバスケが嫌いだからと拒否するわけにもいかず、内心絶望感に打ちひしがれながら了承の意を伝えた。いや籍を入れるのならいずれは同居することになるので、何を我儘なことをと思うかもしれない。しかし心の準備というものもある。これからどんな生活が待っているのか見当もつかないのだから。

隣で幸せそうに微笑みながら、引越しの準備をしなければいけませんね、と声をかけてくる母親を見て、より絶望感は増していった。 
 

 
後書き
かなり俺得。こんな話大好きなんです。需要なんて私にしかない。

ところで籍を入れた後苗字どうしたらいいと思いますか。花宮統一?でも学校とかで面倒臭そうですよね。夫婦別姓とか別に無いわけじゃないし、うーん。
でもやっぱり火神君が「おい黒…いや花み……ぅう……テツヤ!」みたいな、間違えて前の姓で呼んじゃって直そうとしてでも花宮とかあああああって葛藤しまくった挙句ファーストネームとか滾るんですけど。どうしましょう皆さんどうしたらいいと思いますか。 

 

お出かけですか、そうですか


花宮家に引っ越して2日目。
今日は僕と花宮さん、互いに部活が休みであったため、息子たちにより仲良くなってもらおうという両親の計らいにより、家に2人きりである。正直あまり嬉しくはなかったが、少しいい発見もあった。

花宮さんは案外読書家であったらしい。家にはそれなりに広さのある書庫があり、ラインナップも自分好みだった。つまり、趣味が合うのだ。家の案内を受けている時に思わず立ち止まったのを察した花宮さんに自由に使用する許可を貰い、思わず顔を綻ばせる。それを見た花宮さんの驚いた顔が少し間抜けだったと内心ほっこりしたのは記憶に新しい。

もう一つ、彼はバスケ以外の場所ではいたって常識人であり、頭の回転も早く、尊敬できる一面を数多く持っていることもわかったのだ。しかしそれについては誠凛と霧崎第一の確執もあるため、認めるのが躊躇われるのだが。

「おいテツヤ」
「え、……はい、なんでしょうか」

慣れないにも程がある。母によると、早く慣れるためにまず呼び方から徹底しましょうね、とのことだ。父も異論はないらしく(ある筈もないが)、にこにこと見守っていた。お互い顔には出なかったが、拒絶反応が起こりかけたのは当たり前の話である。

「俺、これから図書館に行くけど。お前どうする」
「あ、そうなんですか。わかりました、じゃあご飯とか用意しておきますね」
「あー、そうじゃねぇって。……チッ、クソ」

一緒に行かねぇかって聞いてんだ。わかれバァカ

とんでもないツンデレである。なんだこのゲス。解り辛いんだ、バァカとは返さなかっただけ褒めて欲しい。きょとんとしていると、金はあるから帰り食って帰るぞ、早く支度しろと急かされる。

「……僕、まだ返事してないんですけど」
「うっせ。いいから行くぞテツヤ」
「はいはい。……真兄さん」

クスクスと笑うと照れ臭そうに頭を掻き回された。ま、この人と兄弟になるのも悪くないか、だなんて思いながら、2人で家を出た。















ちなみに、後から母に聞いて知ったことだが。この時、両親は2人でホテルを予約し、そこで家に仕掛けてあったカメラからこの様子を観察していたらしい。発案は父、母は上手いこと言いくるめられたようだ。この父あってのあの子か、と妙に納得してしまった。とりあえず花宮さんには母に本性見られましたよ、と伝え(数秒固まっていた)、また暫くは絶対にお父さんだなんて呼んでやらないと堅く誓った。 

 

忘れ物なんて二度としない


ある土曜日のこと。

「午前の練習はここまでよ!午後は13時から、メニューに変更はないわ!じゃ、お昼ね!」

カントクの一言により、部員はぞろぞろと体育館を後にする。今から1時間程度、各自休憩だ。部室へ戻り、いつものように弁当を取り出そうと鞄に手を入れると、中にはそれらしきものが見当たらなかった。

あぁ、そういえば、前の家よりはるかにふかふかなベッドが気持ちよくて、今朝はつい寝過ごしてしまったんだっけ。それで焦り過ぎて弁当を忘れるとは、午後はもう死を覚悟するしかないですね。

遠い目をしていると、まるで狙ったように携帯が着信を知らせた。発信者を確認すると「真兄さん(母に入れられた)」の文字が。数秒固まっていると、既に昼食を摂り始めている火神君から「おーい黒子、電話早く出ろよ」との声がかかる。仕方なく通話ボタンを押すと、ゲスっぽい声で「よーテツヤ、今日部活午前で終わりかぁ?」と言われた。笑わないでくださいちくしょう。

「わかって言っているんでしょうけど一応言っておきます、そんなわけがないでしょう」
『ふはっ!家に弁当が残ってたからてっきりそうなのかと思ったぜ』

やっぱりというかなんというか、こういう時の花宮さんは正直、心底うざい。しかし今回に限っては自分に過失があったため、反論もできなかった。

「で、用件はそれだけですか。僕を笑うために掛けてきたんですかこのゲス。」
『……お前口悪くなったなぁ、兄ちゃん寂しい』
「9.5割方あなたのせいだということを自覚して下さい気持ち悪い」
『わかって言ってんだよバァカ。まぁこっからが本題なんだけどよ。…さてお前ら、よくこんな狭い部室で一緒に飯食ってられるな」

最後の方は声が二つ重なって聞こえた。え、と思って振り返ろうとした瞬間、主将の「花宮ァァァ!!」という怒声が聞こえて、……本当に、もう、頭痛が痛いです。

「おいおい、いきなりキレんじゃねぇよ」
「ふざけんな!何でお前がこんなとこにいるんだ!何しにきた!」
「別にお前らにゃ用はねぇよ。なぁ、テツヤ」

空気が固まる。やってくれた、この人。だから嫌だったのに、いやわかってやっているのだろうから余計にたちが悪い。ぎぎぎ、という擬音が聞こえるような動きで全員がこちらを向き、説明しろ、と目で訴えられた。とりあえず申し訳ないが無視することに決定、だって僕も聞きたいことがある。

「……結局僕用件を聞いてませんよ。何しに来たんですか」
「さっきのでわかれよバァカ。ほれ、弁当」
「あ、ありがとうございます」

わかんねぇよバァカ、おっとお口が悪い失礼しました。

「……え、弁当、って」
「どういう…関係…?」
「……もしかしてお前、まだ言ってなかったのか」

そりゃあ言いたくありませんでしたよ、言いたくありませんとも。あなた自身の行いを省みてください。そんな驚いたような顔して、本当はそれすらもわかった上でここに来たくせに、白々しい。

「……非常に不本意ながら、親の再婚により僕達は近々兄弟になるんです。で、同居なうです」
「不本意とか言って満更でもないだろお前」
「そっちこそ」

ああだこうだ言い合っている間、誠凛の面々は呆然としていた。あれこいつら結構仲良い、お互い大嫌いじゃなかったっけ、と顔に出ている。まぁコートの外ではそんなに嫌な人じゃありませんよ、めんどくさいですけどと一応のフォローを入れておいた。勿論小突かれたが。

「あぁそうだテツヤ、お前この間欲しがってた本。たまたま見かけたから書庫に入れといたぞ」
「本当ですか!ありがとうございます!あとでお金渡しますね」
「いいって。俺も読みたかったんだよ」

一転、2人の間の雰囲気が和やかなものになる。こいつら猫か、とは誰の言葉だったろうか。その後は何事もなく、用が済んだ花宮さんが帰っていったところで、あの人今日休みだったんだろうか、と今更ながら気になった。これで一難去りましたね、と内心呟き、弁当を広げようとした時。

「黒子。少し話いいか」

一難去ってまた一難。




「…はい、構いませんが」

やはりというかなんというか、皆に囲まれた。目が据わっているため少し怖い。
色々問い詰められるだろうことはわかっていたので覚悟していたが、やはり実際なってみると違うものだ。
僕が怯えているうちに言うことが定まったのか、先輩方が口を開いた。

「…お前、あいつに何かされてないだろうな」
「……はい?」
「怪我とか!お前本当に大丈夫なのか!?」
「…えっと。これは『どうして隠してたんだてめぇ』みたいな、そういうことでは…」
「言いたくなかったんだろ。多分この中の誰が同じ状況でも言えないよ」
「で!大丈夫なのか!?」

……ほんっっっとうに。なんなんでしょう、この方々は。どうしてこんなに聖人しかいないんですか…!皆さんがいい人すぎて…僕は本当にもう…!

「…うおお!何で泣いてんだ黒子ぉ!やっぱ怪我してんのか!?痛いのか!?」
「無表情で涙だけ流すって器用だなお前!」
「……すみません……大丈夫です……僕はもう……ここで死んでもいいです……」
「そんなに酷い怪我なのか!?」
「はっはっはー落ち着けよ、とりあえず救急車だろー」
「先輩こそ落ち着いてください!待って電話らめぇぇぇぇぇぇ!!」

正に阿鼻叫喚。地獄絵図ってこんな感じなのだろうか。一人一人がそれぞれ大暴れで、部室は目も当てられない惨状だ。くそ、こんなことまでするだなんて(責任転嫁もいいとこだなんて聞こえない)、誠凛に一体何の恨みがあるというのか。花宮真、許すまじ。帰ったらくすぐりの刑です。あと今日の夕飯はあの人の嫌いなピーマンのフルコースです。こうなったらもうあの手この手で嫌がらせしてやる。密かに決意していると、いち早く正気に戻ったカントクの「ちょっと皆しっかりしなさーい!」という一言により、恐らく花宮さん登場時から混乱し続けていた僕らは我に返った。

「わ、悪い…ちょっと我を忘れてた」
「こちらこそすみません、取り乱しました」

お互いに少し冷静になったところで、再度話を始める。今度は問い詰めるような、恐ろしい雰囲気ではなかった。

「…で、大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。あの人はあれでいいところあるんです」
「……そうか」
「黒子お前、結構花宮のこと好きなんだな」
「……さぁ、どうなんでしょうね」

























黒子は気付いていないみたいだったが、俺たちは気付いていた。あの鉄仮面みたいな無表情が、ふわりと笑みを浮かべたり。花宮の話をしていると、雰囲気が柔らかくなっているのを。花宮のことは勿論許せないし、次に会った時は覚悟してもらうが。俺たちに引き出せなかった黒子の色々な表情を引き出してくれた点についてだけは、うん、まぁ。……認めてやらんことも、ない。



ただし、黒子に手を出したらぶっ潰すがな!



(つまり、誠凛は皆仲間が大好きで大事なんです、という話。)