英雄伝説~西風の絶剣~


 

第1話 リィン・クラウゼル

 
前書き
side:○○の時はそのキャラごとの目線、side:??の時は三人称で書いていきます。読みにくかったら感想を頂けると幸いです。 

 
 

side:ルトガー


 <猟兵>……それはゼムリア大陸に存在する凄腕の傭兵に付けられる名称だ。猟兵は戦場で生き戦場で死ぬ。
 猟兵が求める物は唯一つ……「ミラ」と呼ばれるこの大陸の金だ。ミラさえ払えば戦場で戦い時には虐殺や誘拐、護衛など如何なる依頼も引き受ける無法者として人々に恐れられている。
 そしてこの俺も猟兵の一人だ。
 


「へへっ……中々大きな戦場だな」


 俺は眼前に広がる光景、『戦場』を眺めていた。死の匂いが常に漂う場所、ここに決められたルールなんて存在しない、どんな手を使っても勝つことを求められるこの場所で俺は今日も武器を振るうだけだ。


「もう、こんな所で何してるのよ」


 俺に声をかけてきたのは狙撃用の銃を背負う金髪の女性だった。
 彼女の名はマリアナ、俺が率いる『西風の旅団』の一員で戦場では銃弾を意のままに操り敵を打ち抜くことから《魔弾》の異名を持っている。
 

「おおマリアナ、部隊の配置は済んだのか?」
「もう皆それぞれの指定された場所についてるわ。貴方だけよ、こんな所でのん気に高みの見物してるのは。」


 マリアナはやれやれと呆れたようにジト目で俺を睨む。


「たはは、わりぃわりぃ。ちょっと考え事をしててな」
「もう、しっかりしてよね。団長である貴方がそんなことじゃ成功する依頼も成功しないわ」
「悪かったって……」


 俺はマリアナに謝ると時計を見る、針は12時を刺しておりそれが仕事の開始の合図だ。


「時間だな」


 そう呟くと戦場の一角で大きな爆発が生まれた。ゼノの部隊が行動を開始したんだろう。


「よし、俺達はターゲットを仕留めに向かうぞ。遅れるなよ、マリアナ!」
了解(ヤー)!」


 そして俺は崖から飛び降りて腰に差してあった太刀と双銃剣を抜き、下で待機していた敵の部隊に向かって攻撃を開始した。


「いくぜ!」



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



「ちゃんと付いてこいよ、マリアナ!」
「了解!」


 敵をなぎ倒し戦場を駆ける俺とマリアナは敵拠点の一つに向かっていた。無論敵兵達も食い止めようとするが悉くやられていく。


「おらおらッ!死にたい奴から前に出ろ!!」


 俺は迫ってくる何十人の兵達を一振りで吹き飛ばす、遠くから槍で攻撃しても槍ごと斬られ離れた位置から矢を放とうとしても双銃剣で打ち落とされる。敵兵からすれば悪夢のような光景だろうな。


「くそ、化け物め、だがこの距離なら……」


 敵拠点から狙撃銃を構えた兵が俺に狙いを定める、俺は銃弾をかわそうと身構えるが……


「がぁッ!?」


 銃弾が兵の眉間を打ち抜いた、頭を打ちぬかれた兵は信じられないといった表情を浮かべ絶命した。


「ルトガー、余り一人で突っ込まないでよ!」
「マリアナ、サンクス!」


 マリアナの放つ銃弾が的確に敵を打ち抜いていく。本来彼女の持つ狙撃銃は遠く離れた場所から標的を撃つ兵器だ、そのためこのように走りながら撃つような使い方は出来ない。だが彼女はそんな事はお構いなしといったように巧みに銃を操る。
 標準を合わせる、撃つ、弾の補充、それらの動作を一瞬でこなし俺の死角をカバーしている。勿論相手もバカじゃないのでマリアナに接近しようとするが今度は俺がそれをカバーする。


「な、何て奴らだ。これが西風の旅団……!」


 彼らが守っていた拠点には少なくとも50人の兵がいた、だがたった二人の猟兵にここまでやられるとは思わなかっただろう。



――――――――

――――――

―――



「制圧完了だな」


 その後俺達は数分で敵拠点を制圧しターゲットを抹殺した。他の団員達も制圧が終わったらしい、この紛争は西風の旅団側の勝利で幕を閉じた。


「お疲れ様、今回は私達の勝利ね」
「ああ、それに全員無事だったようだ、一安心したよ」
「ふふっ、貴方って本当に心配性ね」
「当たり前だ、全員俺の大切な家族だからな」
「そうね……なら早く大事な家族の元に戻りましょ、皆も合流地点に向かってるはずよ」
「そうだな…………ん?」


 俺はふと離れた場所にある森を見た。


「ルトガー、どうかしたの?」
「……悪いマリアナ、先に行っててくれ」
「あっ、ルトガー!」


 背後からマリアナの怒る声が聞こえるが俺はマリアナに先に拠点に行くように言って森に向かった。


「確かこの辺から聞こえたが……どこだ?」


 一瞬だが何か鳴き声のようなものがこっちから聞こえたような気がしたんだが…気のせいか?

 
「……ん、あれは…………」


 森の奥にある開けた空間……他の木々よりも一際大きな木がありその根元に何かがあった。俺は辺りを警戒しながら木に近づく、そこにいたのは…………


「こりゃ……人間の子供じゃねえか……!?」


 俺が見つけたもの、それは木の根元に隠すように置かれた布……それの包まれていたのは三歳くらい男の子だった。




side:マリアナ


 依頼を終えた私達はあらかじめ指定された場所に集まっていた。それにしてもルトガーには本当に困ってしまうわね、勝手な行動は慎んでっていつも言ってるのに……心配するこっちの身にもなってほしいわ。


「姐さん、団長がフラッといなくなるなんていつもの事やないか」
「姐御……少し落ち着け」


 私に声をかけたのは二人の男性、サングラスをかけた細目の男性とドレッドヘアーの体格に恵まれた色黒の大男、彼らは私が所属する西風の旅団の仲間よ。
 

 サングラスの男性はゼノ、ブレードライフルを得物としており罠を仕掛ける事を得意としていて彼の罠は猟兵の中でもトップクラスであり《罠使い》の異名を持っているの。
 

 そして色黒の男性はレオニダス、団員からはレオと呼ばれその体格通り豪快な戦い方をする、得物であるマシンガントレットであらゆる物を破壊する姿から《破壊獣》の異名を持っているわ。
 彼ら二人は西風の旅団の分隊長を勤めている優れた猟兵よ。


「それはそうだけど、やっぱり心配なものは心配なのよ」
「ホンマ姐さんは団長の事が好……」
「何かいった?」
「……何でもないです」


 私がガチャリと狙撃銃を突きつけるとゼノは冷や汗を流しながら謝る。もう、ゼノはいつも私をからかってくるんだから。


「むッ、どうやら団長が帰ってきたらしい」


 レオが指を指した方角からルトガーの足音が聞こえてきた、どうやら無事に戻ってきたようね。ならしっかりとお説教をさせてもらうわよ。


「おお、悪かったな、遅くなっちまった」
「ルトガー、貴方また勝手にいなくなるなんて何やってたのよ!」
「何だよマリアナ、俺はちゃんとお前に先に行けって言っただろう?」
「要点も言わずに行ったことに怒ってるのよ!」


 いつも通り飄々とした態度で私のお説教をかわそうとする、でも今回こそちゃんと言ってやるんだから!


「ちゃんと聞いてるの!?いつも心配ばかりかけて……」
「そうだな、いつも心配かけてごめんな、俺はいつもお前に甘えてばかりだ」
「あっ……まあ分かればいいけど…」


 ルトガーが申し訳ないって表情を浮かべて私の頭を撫でてくる。ズルいわ、こんな事されたら怒れないじゃない……


「団長も姐さんもホンマようやるわ」
「お決まりの光景だな」


 ゼノとレオが呆れたようにそう話していた、私がキッと睨むと二人は顔を背ける。


「団長、また姐さんほったらかして何処行ってたんや?」
「もう諦めているがせめて姐御には行き先くらい言っておいてほしい」
「ゼノ、レオ、悪かったな。次は気を付けるからよ」


 ルトガーはすまないと謝るが私達は「またやるな」と思っていた。


「所でゼノ、団員達は全員戻ったか?」
「ああ全員戻っとるよ、依頼の報酬も俺が受け取っといたで。本来ならこれは団長の役目なんやからな?」
「そりゃ悪いことしたな、今度高い酒奢るよ」
「お、流石団長。気前がええやん」


 嬉しそうにするゼノ、私にも何かご褒美はくれないのかしら……はッ⁉私ったら何を!子供じゃないんだから今のは無しよ無し!!……ってあら?


「…ルトガー、その手に持っているものは何?」


 私はルトガーが抱えているものを指さした、さっきまであんなもの持っていなかったはずだけど……


「あ~……これかぁ」
「なんや団長、言いにくそうにして?」
「まあその、何だ、驚くなよ?」


 言いにくそうに頬をかくルトガーにゼノが疑問を言う、だがルトガーは説明するより見たほうが早いといった感じでそれを見せた。


「えっ、これって!?」
「はぁっ!?」
「なんと……!」


 私達が見たもの、それはルトガーの腕の中ですやすやと眠る子供の姿だった。え、そんなまさかこの子、ルトガーの……うふ、うふふふふふふ。


「だ、団長!いつの間に隠し子を作っとたんや!」
「なっ!ゼノ誤解だ!この子は……」
「女癖が悪いとは思っていたが、まさか子供を作ってしまう程とはな……」
「レオ、マリアナの前で変な事を言うんじゃねえよ!」
「ねえルトガー……」
「……マ、マリアナ?」
「どういう事か、説明してくれる?」


 私がニコッと微笑むと、ルトガーやゼノ達が顔を真っ蒼にして怯えていた、あらあら、何をそんなに怯えているのかしらね?



side:ルトガー


「さあルトガー、教えてちょうだい、この子はどういう事かしら」


 俺はこの子の事を話すために、西風の旅団に所属している団員達を隠れ家の広い場所に集めたんだがマリアナが滅茶苦茶怒っていやがる。集まってきた団員達はマリアナを見て萎縮し正座する俺を見て「またか……」というような表情を浮かべている、俺が何をしたっていうんだ。


「不味いで、姐さんガチギレやんか」
「あそこまで怒っている姐御は見たことが無い、まるで初めて戦場に出たかのような恐怖だ」


 西風の旅団が誇る分隊長すら恐怖するほどマリアナは怒っているようだ。


「ゼノ、レオ、助けてくれ……」
「すまん団長、俺はまだ死にとうないんや」
「日ごろの行いと思って諦めてくれ」


 俺は二人に助けを求めるが二人はやんわりと拒否された、この白状者どもめッ!!


「ルトガー、今は私と話してるのよね。まさか後ろめたいことでもあるの?まあそうよね、ここに所属している女性団員の殆どが貴方に夢中ですものね。それ以外にも手を出している女性は多いし心当たりなんていくらでもあるはずだわ」
「マ、マリアナ誤解だ!その子は森で拾った子なんだ!」
「えっ……?」


 俺は自分がこの子供を拾った流れをマリアナに話した。正直今までしてきた交渉の中で一番あせったぜ。


「え、じゃあこの子は貴方の隠し子じゃないの?」
「ああ、というか戦場にいた俺がどうやって隠し子なんか連れてくるんだよ」
「じゃあ全部私の勘違いって事……!!」


 俺の必死の弁解を聞いたマリアナは少し何か考える仕草をとったあと、顔をトマトみたいに真っ赤にして慌てている。一体どうしたんだ?


「団長、姐さんは団長が他の女と子作……」
「ゼノ、余計な事言ったら穴開けるから」
「……なんでもありません」


 ゼノが俺に何か言おうとしたが、マリアナに銃を突きつけられて黙ってしまう。マリアナは若干顔を赤くしながら俺の方をチラチラと見ていた。


「ああ、そういう事か……」


 俺はマリアナの勘違いに気が付いてニヤっと笑みを浮かべる。そしてマリアナを抱き寄せて頭を撫でた。


「ルトガー……!?」
「すまねぇな、マリアナ。不安にさせちまったみたいだ。だが俺が最初に子供を産んでほしい女性はお前なんだ。だから他の女と子供を作るなんてことはしねぇよ」
「えっ……」
「愛してるぜ、マリアナ」
「わ、私もルトガーの事を……」


 顔を真っ赤にして俺を上目遣いで見るマリアナ、そんな彼女を愛おしく思った俺は彼女の唇を奪った。マリアナはそれを自然に受け入れて少しの間静寂が生まれる。そして彼女からそっと離れるとマリアナは嬉しそうにほほ笑んだ。


「ルトがー……私、貴方が望むならいつでも……」
「んで、俺達はいつまでこんな甘ったるい空気を感じなきゃいけないんや?」
「やるなら俺達のいないところでやってほしいものだ」


 蚊帳の外にいたレオとゼノがそう言うと、マリアナは顔を赤くしながら俺から離れた。


「あ~コホンッ!!……で、ルトガー。この子を森で拾ってきたって言うけどよく気が付いたわね」
「ああ、微かに人間の気配を感じたんだ、しかしよく見つけたと自分でも思うよ」
「やっぱり捨てられたのかしら」
「あんなところに一人で放置されていたんだから、間違いなく捨て子だと思う」
「無責任な親もいたものね」
「せやな、んで団長、その子はどうするんや?」
「決まっている、俺達で育てる」


 俺の言葉を聞いて団員達は驚いた表情を浮かべた、俺何か変な事言ったか?


「何だよ、お前ら不満なのか?」
「そうやないけど……でも団長分かっとるんか、俺らは猟兵やぞ?」


 なるほど、ゼノが言いたいのは『猟兵』が子育てをするリスクか。常に戦場を求め歩く俺達は死と隣り合わせの生きかたをしている。例え直接戦闘に関わってなくとも猟兵団の関係者と知られれば周りからどう見られるかは分かり切っている、子供であろうとな。
 

 ましては自分達は西風の旅団、その圧倒的な強さは有名だが逆に言えば恨みも相当あるということだ。実際今までに何回か襲撃されたこともあり、返り討ちにはしてきたがそれほど危険という事だ。そんな危険な連中が子育てなんて冗談にも聞こえない。


「ゼノ、お前の言う通り俺達猟兵の元にいたんじゃ危険極まりないだろう、どこかの孤児院に預けたほうがよっぱど安全だ」
「なら……」
「でもよ、俺が見つけたのに後は他人に任せて知らんぷり……っていうのは納得できない。それに俺も捨て子だった、尚更この子の気持ちは分かる。だから最後までこの子を見守りたいんだ」
「ルトガー……」


 俺も親に捨てられた子供だった、そんな俺を拾ってくれたのはかつて猟兵をしていた人だった。彼に拾われ様々なことを教えてもらった、そして恩人が死に俺は猟兵を目指した。色々あったが今では仲間という家族ができた、そして今は西風の旅団の団長として家族を守るために戦っている。
 そんな自分が赤ん坊を拾った、かつての自分を育ててくれた恩人のように……だからこそ俺はこの子をほっとけなかった。


「せやけどな……」
「ゼノ、諦めろ」
「レオ……」


 それでも納得ができないゼノに、レオが声をかけた。


「団長は一度決めたことを決して曲げない男というのはお前も知っているだろう。元々俺達も団長に拾われた身、団長が決めたならそれでいいじゃないか、なあ皆」


 レオの言葉に団員達が頷いた。どうやらゼノ以外は賛成してくれたようだ。


「なんや、これじゃ俺だけが悪者みたいやないか」
「すまないなゼノ、お前の言う事も分かる。それでも俺はこの子を育てたい」
「分かっとるよ、そこまで言うなら俺はもう言わん。唯団長がちゃんと子育てできるか心配なだけや」
「お前なぁ……」


 そう言って笑うゼノを俺はジト目で睨む。


「でも確かにルトガーだけじゃ不安よね」
「マリアナ、お前まで……」
「なら俺達でフォローすればいい、団長の子なら俺達の家族でもあるからな」


 レオがそう言うと、他の団員達もそれに賛同した。


「そうだよな、団長だけじゃ不安だもんな」
「子供ってどうやって育てればいいのかな?」
「何か食べられるもの持ってこい」
「子育てなんて初めてっすよ」
「何だか楽しくなってきたわね、あの子が着る物あったかしら?」


 すると団員達はそれぞれが自分が出来ることを話し合いだした。


「……はあ、何だよ、お前らのほうがノリノリじゃねえか」


 自分よりも子育てに張り切っている団員達を見て俺はため息をついた、だが同時に嬉しくも感じた。やっぱりこいつらは最高だぜ。


「それでルトガー、この子の名前はどうするの?」
「この子が巻いてあるこのマフラー、よく見ると名前が彫ってあるんだ」


子供の首に巻かれた赤いマフラー、そこに違う色の糸で『リィン』という文字が付けられていた。恐らくこれがこの子の名前なんだろう。


「なるほど、この子はリィンっていうのね」
「姓は俺の子にしたからクラウゼル……『リィン・クラウゼル』だ」


 俺はすやすやと眠る子供の頭を撫でた、今日から新たな家族になる俺の息子を……


「よろしくな、リィン・クラウゼル」

 
 

 
後書き
ちょっと無理やりですがこの小説ではルトガーは捨て子だったという設定にしました。 

 

第2話 初めての『友達』

 
前書き
  

 
side:リィン


「うんしょ、うんしょ」
「大丈夫、リィン?」
「うん、大丈夫だよ」


 僕は大きな荷物を倉庫に運んでいる、それを見ていた西風の旅団の団員であるミラさんが心配そうに声をかけてきた、でも僕は大丈夫だよ。


「よいしょっと、これで終わりだよね?」
「ええ、必要な物資は運び終わったわ。手伝ってくれてありがとう、リィン」


 僕の名前はリィンって言います、ルトガーお父さんの息子で西風の旅団の雑用係をさせてもらっています。


「いつも手伝ってくれてありがとう、本当にリィンって本当に働き者ね。でも貴方はまだ子供なんだからもっと遊んでいてもいいのよ?」
「ううん、お父さんや皆が頑張ってるのに僕だけ遊んでいられないよ、もっと皆の力になりたいから」
「リィン……」


 僕は西風の旅団が大好きだもん。お父さんやマリアナ姉さん、ゼノやレオ、それに西風の旅団の皆……自分を拾い育ててくれた大切な家族のために何かしたいから僕は全然へっちゃらだよ。


「本当にありがとう、リィン」
「えへへ」


 ミラさんが頭を優しく撫でてくれる、優しい手つきがとても気持ちいいなぁ…


「お~いリィン、団長達が帰ってきたぞ!」
「本当に!?」


 見張りをしていた団員の言葉を聴いて僕は目を輝かせ一目散に外に出た。


「お父さん、お帰りなさい!!」
「お、出迎えありがとうな、リィン」


 僕は勢いよくお父さんに飛びついた、お父さんは笑いながら僕の頭を撫でてくれる。


「よ~ボン。ええ子にしとったか?」
「あ、ゼノ!レオ!お帰りなさい!」
「ただいまリィン」


 次にゼノとレオにお帰りの挨拶をする、ゼノが僕を抱き上げて頬ずりしてくる、きゃはは、くすぐったいよ~。


「ふふっ、ただいまリィン」
「あ、マリアナ姉さん!!」


 ゼノに下ろしてもらい僕はマリアナ姉さんに抱き着く、マリアナ姉さんは僕にとってお母さんみたいな存在でもあるんだ、だからこうやってギュっとするととても安心する。


「あらあら、リィンは甘えん坊さんね」
「えへへ~」


 僕は他の団員の皆にもお帰りなさいと出迎えていく、「ただいまリィン」「いい子にしていたか?」こうやって声をかけてくれるのが嬉しいんだ。
 大好きな家族が無事に帰ってきてくれるように僕は全員を出迎える。


 おかえりなさい!!




ーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー




 僕達はアジトの広いスペースで依頼達成の祝勝会を開いています。皆は戦争などの大きな依頼を終えると大体宴会をするんだ、家族全員が生きて帰ってこれたことを祝うためなんだって。
 団員達はそれぞれ話したりお酒を飲んだりと自由に過ごしていた、僕はお酒やおつまみを運んでてんややんわしています。


「お~いボン、すまんけど追加の酒持ってきてくれへんか~」
「はーい!」
「おい、それくらい自分で取りにいけ…」


 既に顔が赤いゼノが僕に酒の追加を頼んできた、僕は直にゼノに追加のお酒を渡す、それにしてもレオもけっこう飲んでいるがゼノほどは酔っていないようだ。


「いや~それにしてもホンマにボンは働き者やな~若いのに関心やで~」
「僕も皆の役に立ちたいんだ、どうかな、役立ってる?」
「当たり前やで!ボンは居てくれるだけで俺を癒してくれるで~」
「ゼノ~苦しいよ~」


 かなり酔っているゼノはぎゅっ~と僕を抱きしめる、ちょっとお酒臭い…


「だが無理はするなよ、お前はまだ子供だ、甘えることだって大事だ」
「ありがとうレオ、でも僕は大丈夫だよ。レオたちがこうやってお仕事を頑張ってくれるから僕も生活できるんだよ。だからこれくらい平気だよ!」
「……そうか」


 レオは微笑みながら僕を撫でてくれる、レオの手はとっても大きくてゴツゴツしてるけどレオの優しい気持ちが伝わってくるから大好きな手なんだ。


「リィン、こっちにいらっしゃい」
「あ、マリアナ姉さん!今行くよ!じゃあね、ゼノ、レオ」


 遠くでルトガーと話していたマリアナ姉さんに呼ばれて僕はそちらに向かった。


「ホンマボンはええ子やな、ボンが来てくれたから団は変わったわ」
「そうだな…あの子のために頑張ろうと思えるからな」




ーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー



「お父さん、マリアナ姉さん、来たよ!」
「いらっしゃいリィン」
「おお、来たかリィン、ほら、こっち来い。」


 お父さんはトコトコと向かってきた僕を抱き上げて自分の膝に座らせた。


「いつも一人にしてすまないな、リィン」
「ううん、気にしてないよ。僕は皆がいてくれるだけで幸せだから」
「……そうか、それを聞いて安心したよ」


 お父さんたちは一流の猟兵らしいから依頼もかなり来るみたい、そのせいで中々僕に構えないことがお父さんにとって悩みの種になってるみたい。
 でも僕は寂しくないよ、皆僕の為に働いてくれてるし、こうやってたまに頭を撫でてくれるだけで幸せだもん。


「よーし、今日は沢山遊んでやるからな!」
「ホントに!?ヤッタ――――ッ!!」
「あらあら、うふふ」


 久々にお父さんとマリアナ姉さんとの時間をいっぱい過ごした。家族って本当にあったかいね。




side:リィン


「う~ん、困ったなぁ……」
「どうしたの、何かあったの?」


 あれから数日が過ぎた頃、西風の旅団の機材や武器のメンテナンスをしている技師のサーニャさんが何やら困ったような顔をしていたので僕は声をかけてみた。


「あ、リィン。実は頼まれていた整備用の部品を発注ミスで入手できなかったの。武器の整備は猟兵の基本だから早めに用意するよう言われてたんだけど……」
「それは大変だね、何とか手に入らないの?」
「う~ん、そうね……部品は戦術オーブメントなどに使われている物だから工房に行けばあるかもしれないけど、今手が離せないのよね」
「あ、じゃあ僕が貰ってくるよ!」
「え!?」


 皆が忙しいなら僕が行けばいいよね、町まで一人で行った事はないけど魔獣と遭遇した時の為に護身術を習ってるからきっと大丈夫、大丈夫♪


「気持ちはありがたいんだけど~……(正直リィンを危険な外に一人で行かせるのは…過保護な方達が黙ってないだろうし)」
「僕じゃ駄目?」
「うっ……(まあリィンももう5歳だし大丈夫かしら…万が一団長達にバレたらマリアナ姐さんに助けを求めよう)え、えっとじゃあお願いしちゃおうかな」
「ホント!?えへへ、僕頑張るね!」
(可愛い)


 何か重大な決断をするみたいな表情で僕にお願いしてくれたサーニャさん、一体どうしたんだろうと思ったけど皆の為にも頑張ろう!


「所で何を貰ってくればいいの?」
「必要な物はこのメモに書いたから工房の人に見せればいいわ、これはお金よ」


 僕はサーニャさんに必要な物が書かれたメモと5000ミラを渡した。


「お金はそれで足りるはずよ、それじゃお願いね」
「うん、行って来ます!」


 僕はカバンにメモとミラをいれて森を抜けた先にある町に向かった。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー





ーーー 街道 ---


「ふんふ~ん♪」


 僕は鼻歌を歌いながら町に向かっていた、そもそも西風の隠れ家の外に一人で出たことが無かったから偶然とはいえ外に出る機会が出来て嬉しいな♪
 

 暫く街道を歩いていくと森の出口が見えてきた、森を抜ければ町がある、僕は急ぎ足で向かった。


「うわ~…」


 生まれて初めての光景に僕は目を輝かせていた。普段はアジトを転々と渡り歩いているが一人で町にいったことはない、大抵は西風の誰かが一緒にいる、でも改めて一人で街に来るとまた違う景色に見えるなぁ。


「工房はどこかな?」


 僕はキョロキョロと辺りを見回して歩く、しばらくすると『フォース工房 こちら→』と書かれた看板を見つけた。


「あ、ここかな、すみません~」
「お、これは小さなお客さんだ、何か用かな?」
「実は~…」

 僕は事情を話しメモを工房の人に見せた。


「ああ、この部品か。ちょっと待ってな。」


 工房の人は奥に行きガサゴソと部品を探す。


「あったあった、コレだな。代金は4800ミラだ」
「はい、5000ミラです」


 僕は貰った5000ミラを手渡した。


「ツリで200ミラだな、ありがとうよ」
「ありがとう、おじさん!」


 買い物を終えた僕は街道を歩きアジトに戻ろうとしていた。


「えへへ、ちゃんとお買い物も出来たし急いで帰らないと」


 その時だった。


「キャアアアアアッ!」
「!?」


 突然悲鳴が森に響いた。僕は森の奥を見る、悲鳴はそちらから聞こえた。


「ど、どうしよう……」


 悲鳴があったということは何か危険な状態になっているかもしれない、一旦アジトまで助けを呼ぼうと考えたがここからアジトまでは結構距離がある。もしかしたら間に合わないかも…僕はそう考えた。


「……よし、僕が行こう!」


 僕は懐からナイフを取り出した、このゼムリア大陸には人間を襲う『魔獣』と呼ばれる生物が存在する。魔獣は人間を見れば襲ってくるため戦えなければ非常に危ない。
 

 僕も猟兵団の一員、大陸中を渡り歩く為魔獣とも遭遇しやすい、普段はお父さん達に守ってもらっているが、万が一の時に対処できるように西風の皆に必要最低限は戦えるように鍛えてもらっている。僕は覚悟を決めて森の奥に向かった。


「確かこの辺から聞こえたような……」


 森の奥に進んでいき悲鳴の主を探す、すると……


「いやっ、来ないで!」


 見つけた!お花畑の真ん中に一人の女の子が狼型の魔獣に襲われようとしていた。僕は女の子と魔獣の間に入り込んだ。


「あ、貴方は……?」
「話は後、下がっていて!」


 魔獣は突然現れた僕に一瞬警戒したが直に先頭体勢に入る、どうやら脅威ではなく餌が増えたというように捉えたようだ。


(魔獣と戦うなんて初めてだ。正直怖い……)


 お父さんが言っていたが訓練と実戦は違う、実戦は負ければ死ぬ、ましては相手は魔獣だ、そこに情けなどない、殺るか殺られるか…僕は生まれて初めての『実践』に恐怖していた。


 魔獣が牙を光らせて飛び掛ってくる、僕はとっさに右に転がってそれをかわした。


(あ、危なかった、とっさに体が反応したからかわせたけど…お父さんに習ったことが役立ったよ)


 お父さんは僕にもし戦うことになったら勝つことよりも生き残ることを考えろ、と教えられた。そのために回避やそれに必要な反射神経などを徹底的に鍛えてもらった。
 それで魔獣の攻撃に頭より先に体が反応してかわせたんだ、僕は頭の中でお父さんに感謝しながら魔獣の攻撃をかわし続けた。


(よし、この調子で何とか突破口を掴めれば……)


 すると突然魔獣は僕を飛び越して女の子に襲い掛かった、このままでは拉致があかないと思ったのか先に仕留めやすいほうから狙いを変えたのか!?



「しまった!」


 僕は女の子を守るために魔獣の前に立ちふさがるが、魔獣は僕を押し倒しマウントを取り噛み付こうと大口を開けた。


「危ない!」
「!ッ、やああ!」


 僕は咄嗟に魔獣の口の中にナイフを突き刺した、まさかこんな反撃を喰らうとは思わなかったのか魔獣は逃げ出した。


「はぁ、はぁ……怖かったよ」
「あ、あの大丈夫ですか?」
「あ、うん、大丈夫だよ。君のほうこそ怪我していない?」
「私は大丈夫です。危ない所を助けて頂きありがとうございました」


 女の子はニコッと笑い僕にお礼を言う。あれ、なんで恥ずかしいって思うんだろう?


「どうかしましたか?」
「あ、ううん、何でもないよ」
「ふふっ、可笑しな人」


 僕は何故かオドオドしながらもドキドキしていた、この女の子の笑顔を見てると胸が痛くなってくる。


「そうだわ、何かお礼がしたいから家に来てくださらない?」
「え、そんな悪いよ」
「そんなことはありません、貴方は命の恩人なのだから、ねっ」
「…それならお言葉に甘えようかな…」
「うふふっ、そういえばまだ自己紹介をしていませんでしたわね、私はエレナ、貴方は?」
「リィンだよ」
「素敵な名前ね、それじゃあいきましょう、リィン」


 僕はエレナと一緒にエレナの家に向かった。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



ーーー エレナ家 ---


「あら、エレナお帰り」
「ただいま姉さん、今日はお友達を連れてきたの」
「は、始めまして、リィンといいます」


 こうやって見知らぬ人の家に招待されたことが無いからどうすればいいか分かんないや。


「あらリィンったら緊張しているの?」
「こんな風に誰かの家に来たことがないからちょっとね」
「あらあら、随分と可愛らしいお友達ね。私はエレナの姉のサクラよ、ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」


 自己紹介を終えた僕はエレナに連れられて家の中を案内された、どうやら二人暮らしをしているようで家具なども二人分しかなかった。親はいないのか?と少し気になったけど出会ったばかりのエレナにそんなことを聞くのは良くないと思い頭の中に留めた。


「でもリィンってこの辺じゃ見かけない顔ね、もしかして引っ越してきたの?」
「えっと家族で旅をしてるんだ、それでこの町によったんだよ」
「そうだったの、じゃあ色んな場所に行ったりしているの?」
「そうだよ」


 エレナと話しているとサクラさんが甘い匂いをした見慣れない食べ物を持ってきた。


「二人とも、アップルパイを持ってきたわよ」
「本当に!私姉さんのアップルパイだーい好き!リィンも食べてみて、姉さんのアップルパイは最高なんだから!」
「アップルパイ?」


 僕は今までレーションばかり食べてきたのでアップルパイという食べ物の甘い匂いは初めてだ、でもこの甘い匂いは確かに食欲をそそられる。
 僕は切り分けられたアップルパイを一口食べてみる……!?ッふわぁ、甘酸っぱいリンゴの酸味が口いっぱいに広がっていく。こんな美味しい物今まで食べたことがないよ!


「お、美味しい!」
「美味しいでしょう?私の大好物なの」
「ふふっ、まだ沢山あるからどんどん食べてね」


 それからも僕はエレナと遊んだり話したりと楽しい時間を過ごした、するとあっという間に辺りは暗くなっていた。


「あ、もうこんな時間だ、そろそろ帰らないといけないな」
「そうね、楽しい時間ってあっという間に過ぎちゃうわね。ねえリィン、まだこの辺にいるの?」
「う~ん、当分はここを動かない予定らしいからまだいると思うよ」
「じゃあまた遊びにきてよ」
「え、いいの?」
「勿論よ、私とリィンは大事な友達じゃない」
「うん!また遊びにくるね」
「約束ね」


 そして僕は帰路に付いた、帰りの道中僕はエレナのことばかり考えていた。


「友達か、えへへ♪」


 西風の旅団という『家族』とはまた違う幸せを胸に秘めて僕は幸せを感じながらアジトに向かった。
 …余談だけど全く帰ってこない僕を心配して捜索隊(主にお父さんやゼノ)が出ようとしたようなので次からはなるべく早く帰ろうと僕は思いました。



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side:ルトガー


「ここ最近リィンの様子がおかしい気がする」
「いきなり何言うとんねん」


 ある日の昼ごろ、俺はマリアナ、ゼノ、レオといった部隊長を集め第一声を言った、それを聞いたゼノはすかさず俺にツッコんだ。


「だってよ、ここ最近リィンは出かけてばかりじゃないか」


 ここ数日リィンはお手伝いを終えるとよく出かけている。いままでそんなことが無かったから俺は心配だ。


「確かに最近リィンは良く出かけるわね、でもあの子だって遊びたい年頃なんだしむしろお手伝いばかりしてるよりはいいと思うんだけど」
「俺もそう思う、あの子はもう少し素直になるべきだ。ああやって外に遊びにいく、それが本来の子どもらしさじゃないか?」


 マリアナはリィンが普段我侭も言わずに我慢ばかりしているんじゃないかと思った事があるらしい、それなら今みたいに自分のしたい事をしてほしいと思っていたから今の状態はいいんじゃないかと思っているみたいでレオも同じ意見のようだ。


「それは俺も同感だ、だが問題はどこに行ってるのかを俺にすら教えないんだぞ!」


 俺は前にリィンに毎回何処に行ってるのかを聞いたがリィンは「えへへ、なーいしょ♪」と言って詳しく教えてくれなかった。こ、こんなことは今までなかったんだぞ!


「もしかしたら悪い奴とつるんでるんじゃないか心配でな……」
「考えすぎよ、あの子はしっかりした子なんだからそんな奴らとつるんだりしないわ」


 マリアナはそういうが俺は納得できない。


「ならボンがなにしとるんか調べてみんか?」
「調べる?リィンの後をつけるということか?あまり気は進まないな……」


 ゼノの提案にレオは怪訝そうな表情を浮かべた。レオはリィンを信じているためリィンを疑うようなことはしたくないようだ。


「俺かて気はのらんわ。せやけどこのままじゃ団長納得せいへんやろ?なら実際にボンが何しとるんか見てみればええっちゅうことや」
「ゼノはそう言ってるけど……どうするのルトガー?」


 ゼノの提案にマリアナはどうするのか俺に聞いてきた。


「一回だけ尾行しよう。それで問題なければ良し、問題があったら注意しよう」
「は~結局こうなるのね……」


 こうしてリィン尾行作戦は開始された。



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ーーー 翌日 ---


「いってきまーす!」


 リィンは何時も通りに出かけていく、俺達はバレないように後を付けていく。


「よし、作戦開始だ」
「なんかワクワクしてきたわ」
「やはり気が進まん……」
「無駄よレオ。はあ、後でリィンに謝らないと……」


 色んな思想を持ちながら俺達はリィンの後をつける、え、リィンにバレないかって?甘く見られたもんだな、仮にも一流の猟兵で通ってるんだ、気配を消すなんてお茶の子さいさいだ。


「ふんふ~ん♪」
「何か楽しそうだな」
「そうね、あんな笑顔は初めて見たかもしれないわね」


 リィンは明らかに楽しそうにしているのを見ながら俺達は後を付けていく、暫く歩いていくとリィンは町外れにある民家に向かっていたことを知った。


「あれは民家か?」
「そうみたいね」


 俺達はじっとリィンの様子を見ていた。


「エレナ~、遊びに来たよ!」
「あら、リィン、いらっしゃい。遊びに来てくれたのね」
「うん、今日は何をして遊ぼうか」


 あれは民間人か?


「なるほどなぁ~。そういうことやったんか、ボンもやるやないかい」
「友達が出来ていたのか。リィンにも友達が……」
「ふふっ、リィンも年頃というわけね、良かったじゃないルトガー、仲の良さそうな友達が出来て……」
「………」
「ルトガー?」
「ん、ああ、そうだな…安心したよ。さてこれ以上は野暮だな、帰るぞ」
「ええ……(どうしたのかしら、ルトガー、何か考えこんでいたみたいだったようだけど)」


 そういって俺達は帰路についた、しっかしどうしたもんか。




side:リィン 



「……ってことがあったの」
「あはは、そうなんだ」
「あら、どうかしたの?」
「ううん、何でもないよ」


 僕はエレナと楽しく談笑していた。アジトを出てから何だか変な気配がしたけど気のせいだったみたい。


「ふふっ、でも貴方と知り合ってから毎日が楽しいわ」
「そうなんだ、僕もエレナと友達になって楽しいよ」
「ありがとう。こんなに楽しいにはお父さん達が生きていた時以来だわ」
「えっ……」


 僕はエレナの発言を聞いて、言葉に失ってしまった。


「私と姉さんは元々違う町に住んでいたの。でも戦争に巻き込まれてお父さんとお母さんは…」
「エレナ……」
「私、貴方が羨ましい、家族と旅が出来るなんてきっと楽しいわよね」


 エレナが悲しさを隠すように微笑んだ、それを見た僕は何故か自分の事を話し始めた。


「……僕は捨て子なんだ」
「……リィン?」
「僕は昔森に捨てられていた時にお父さんに拾われたんだ、だから本当のお父さんやお母さんを知らないんだ」


 僕は3歳位の時にお父さんに拾われたらしい、でもそれ以前に記憶は持っておらず自分の本当の両親の事は全く覚えていなかった。


「ごめんなさい、何も知らないのに貴方のことを知ったように言って……」
「ううん、気にしないでよ。確かに血は繋がってないかもしれないけど、西風の皆は僕の家族だから」
「リィン……」


 最初は戸惑った、でも西風の皆はとても優しくて直に打ち解けることが出来た。今では本当の家族としか思えないくらいに。


「それにエレナだって旅が出来るよ、そうだ!いつか僕がエレナを色んな国に連れて行ってあげるよ」
「本当に!嬉しいわ、じゃあ約束ね」
「うん、約束だよ」


 僕はエレナは微笑みながら小さな約束を交わした。胸の中のドキドキがどんどん大きくなっていく、もしかして僕はエレナの事が……






side:ルトガー



「ただいまー♪」
「ああ、お帰りリィン」


 アジトに帰ってきたリィンを俺は出迎える。


「あ、お父さん。どうしたの?何だか悩んでるみたいだけど……」
「リィン、お前最近よく町の子といるな?」
「あ、えっと、それは……」


 リィンは誤魔化そうとするが、俺は鋭い視線でリィンを見る。するとリィンは黙ってしまった。


「お前が何をしようとお前の自由だ、だが一般人に深く関わるのは見逃せない」
「……」         
「いいかリィン、俺達は『猟兵』だ。俺達は常に争いを運んでいる死神だ、一般人からすれば厄介者でしかない」


 ゼムリア大陸において猟兵は猟兵を知る一般市民からすれば恐怖でしかない、ミラさえあれば誘拐や虐殺さえ行うのが猟兵。なので猟兵と知られれば冷ややかな目で見られたり恐れられるのは当然のことだ、俺が率いる西風の旅団は弱者の虐殺などといった非人道的な依頼は決して受けないが赤の他人からしたら猟兵など皆同じだろう。


「それに俺達は唯の猟兵団じゃない、『西風の旅団』だ。一般人と仲良くしているのが他の猟兵にバレてみろ、そいつは格好の得物だ」


 これがまだ一般の猟兵団なら多少は問題ないだろう。だが俺達はゼムリア大陸最強クラスの猟兵団だ。当然恨みも相当買っている、もし俺達に恨みを持つ者が西風と仲のいい一般人を知ったら見逃さないだろう。


「どのみちもうすぐこの辺の仕事も終わるんだ、そうなったらその子と別れることになるんだ。だったら早いうちに別れを言っておけ」
「……酷いよ」
「うん?」
「酷いよお父さん!エレナは僕にとって初めての友達なんだ!要はそのエレナと友達をやめろってこと?そんなのいやだよ!」
「リィン分かってくれ、俺達は……」
「そんな事いうお父さんなんて大嫌いだよ!!バカ!!!」
「リィン!」


 リィンは涙を流しながら自分の部屋に戻っていった。ちッ、やっぱりこうなっちまったか…


「……」
「もう少し言い方があったんじゃないの?」
「マリアナか……」


 物陰からマリアナが現れた、どうやら今の一部始終を見ていたようだ。


「リィンはまだ子どもよ、あんな言い方をしたら泣いて当然よ」
「今回ばかりはそうも言ってられねえよ」
「ルトガー、貴方どうしたの。何だか様子が変よ?……もしかして私と出会う前の過去に何かあったの?」
「……くだらない話さ」


 俺は自身の過去をマリアナに話し出した。俺が西風の旅団を結成する前のことだ、まだ団も作っていない新米だった時、大きな怪我をして死の淵を彷徨っていた事があった。その時俺を助けてくれたのは一般人の青年だった。俺は彼に感謝し次第につるむようになっていつしかかけがえのない親友になっていた。
 だが当時俺に恨みを持っていた猟兵が親友を人質にしようと襲撃したんだ、俺はその猟兵を撃退するが親友は争いにまきこまれてそして死んでしまった。
 俺はその時実感した、猟兵は争いしか生まないと……


「貴方にそんなことがあったなんて……」
「お前と会う前の話だからな、そんなことがあったから俺は一般人と関わるのを止めた。カタギの人間は俺達みたいな汚れた奴なんて知らないでいるべきと思ったからな。酷い父親だと思われてもいい、俺はリィンに同じことをさせたくねえ」


 だが俺は自分の考えをリィンに押し付けちまった。てめえの失敗をいつまでも引きずってそれを息子に押し付けるなんざ親失格だな。


「俺がリィンを拾ったりしなければ、あいつを泣かせたりしなかったのかな」
「ルトガー……」


 結局その日リィンは部屋から出てこなかった。



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ーーー






side:??


「目的の町が見えてきました」
「そうか、あれが例の町か」


 誰もが寝静まった夜に武装した集団が集まっていた。彼らは『破滅の刃』、猟兵団の中でもかなり過激な考えを持つ集団で任務達成のためなら無関係な一般人も皆殺しにする猟兵団だ。
 今回彼らは西風の旅団が雇われた組織と敵対する組織に雇われているので西風の旅団と戦っていたがかなり劣勢のようだ。


「あの町は西風の旅団の物資を補充している重要な場所だ、そこを叩けば西風とて堪らないだろう。それにもう一つ重要なことがある」
「それは一体?」
「お前は西風の旅団団長ルトガー・クラウゼルがガキを拾ったという情報は知っているな?」
「ええ、確かそんな情報がありました」
「そのガキがあの町のガキとよく行動していることが分かった」
「……なるほど、人質ですか」
「そうだ、明日囮の部隊を西風の本隊にぶつけその隙にガキを捕らえ奴らを壊滅させる、クラウゼルは随分とそのガキを大事にしてるそうだからな」


 男は笑みを浮かべた。


「覚悟しろ、西風の旅団……」


 
 
 

 
後書き
 


ーーー オリキャラ紹介 ---


『ミラ』


 長髪の赤髪が特徴の女性。主に西風の旅団の物資の調達などを担当している。
 元々はある商人の娘だったが父親が悪人に騙されて全財産を奪われ家族も自殺してしまい絶望のまま死のうとしている時にルトガーに出会い助けてもらった。
 それ以来団長であるルトガーに好意を持っている。


 キャラのイメージはハイスクールD×Dのリアス。


『サーニャ』


 銀髪の女性で、武器のメンテナンスや機材の修理をする技師。腕はいいがそれを嫉妬した職場の上司に難癖付けられて職場を追われた、そして訳アリの所をルトガーに拾われてその上司の悪事をバラしてもらった。
 助けてもらった事で彼に好意を持っている。


 キャラのイメージは艦隊これくしょんの鹿島。 

 

第3話 戦う意味

 
side:ルトガー


「はぁ……」


 リィンと喧嘩して三日が過ぎた。あれからリィンは俺を避けるようになっちまった。覚悟はしていたが流石に堪えるな……

「ルトガー、貴方大丈夫なの?」
「ん?ああ、大丈夫や」
「ちょ、俺の口調やでそれ……」
「先ほどの会議でもどこかうわの空になっていた。団長、本当に大丈夫なのか?」


 マリアナが心配そうに声をかけるが俺は無意識にゼノのような口調で返してしまったようだ、ゼノは少し呆れたようにツッコミを入れレオも心配そうな表情を浮かべた。
 

「ていうか団長がそうなっとる原因はボンやろ」
「まあな……」


 今まで俺はリィンが喧嘩をしたことはなかった、だからどのように仲直りをすればいいか俺は分からないんだ。


「せっかくボンに親友できたっちゅうのに、あんな言い方したらボンも怒るわ」
「まあ今回は、団長の言い方が悪かったようだな」


 ゼノとレオはジト目で俺を見る、自分達も猟兵である以上ルトガーの言い分も理解できないわけじゃない。だがリィンは西風の旅団の一員ではあるが猟兵ではない、小さな子どもだ。そんな直球に言ったら怒って当然だ、という批難の視線がグサグサと刺さってくる。


「その、すまん、リィンの事を考えて言ったつもりなんだが……」


 やっぱり不味かったよな、何で俺はあんな言い方しかできなかったんだ?はぁ……


(ホンマ団長は不器用やな)
(親馬鹿というかなんと言うか)
(でもそんな所が彼の魅力でもあるのよね♪)


 ふと三人を見ると呆れながらも温かいような視線を俺に向けていた。


 
「何で微笑ましいものを見るような顔してんだ?」
「ふふっ、何でもないわよ」
「せやせや」
「ああ」


 不思議そうに自分達を見る俺を見て三人は楽しそうに笑った、何なんだよ一体……


「まあなんや、団長、この依頼が終わったらボンと話し合ったらどうや?」
「今まで団長はリィンとぶつかったことは無かった、だから今みたいにすれ違っている。だが家族なら時にはぶつかり合う事なんて当たり前だと思う、実際俺達も時には意見の対立があるからな、そんな時はお互いに話し合い分かり合ってきたじゃないか」
「ゼノ、レオ……」


 ……そうか、そうだよな。俺達とて最初から分かり合っていたわけじゃない、意見の食い違い、考えの違い、時にはくだらない事でぶつかる事もあった、家族というのは唯仲良くすることじゃない、自分の思いをぶつける事だって必要なんだ。


「だが俺はリィンに嫌われてしまったかもしれん……」
「そんな事ないわ、あの子だってどう貴方に接すればいいか分からないだけよ、貴方が歩み寄ればあの子はきっと答えてくれる、私達は家族なんだから」
「マリアナ……ははっ、そうだな」


 俺は自分を恥じた、いつまでもリィンに歩み寄らなかったのは自分がリィンに嫌われたんじゃないか怖かったからだ、しかしそれはリィンを信じていないことでもあった。
 だが俺は三人に言われて気づいた、家族というのは対立してぶつかり合いお互いを知り絆を深めるものだと。


「ウジウジしちまって悪かったな、俺らしくもなかった、この依頼が終わったらリィンと話し合うよ、ていうかさっさとそうすりゃ良かったんだ」
「それでこそ団長や」
「まあ今更だが本当はリィンに友達ができて嬉しかったんだ、でもあんな言い方をしちまって……」
「それも分かっていたわ、本当に不器用なんだから」
「うるせえよ」


 ……ありがとよ、お前らはいつだって俺を支えてくれる。恥ずかしいから中々言えないが…いつも感謝してるぜ。


「良し、まずはこの依頼をさっさと終わらせてリィンと仲直りする、お前ら気合入れろ!!」
「「「了解!!」」」
「………」


 気合を入れ直す俺だったが、マリアナが何かを感じたかのような思案顔になっているのに気が付いて声をかけた。


「マリアナ、どうかしたのか?」
「いえ、何でもないわ(今扉の裏に誰かいたような?もしかして……まあここは黙っておきましょうか)」








side:リィン



「お父さん…」


 お父さんと喧嘩してから最初はお父さんに怒りを感じていたが段々と悲しくなってきた、思わず嫌いなんて言ってしまった、本気で言ったわけじゃないが僕は後悔していた。もしかしたらお父さんに嫌われたかもしれない、そう思うとお父さんと話すのが怖かった。
 

 でも偶然お父さん達が話していたのを見つけて思わず立ち聞きしてしまった、そして分かったんだ、どうしてお父さんがあんな事を言ったのかを。
 

 お父さんはエレナのことを否定したかった訳じゃない、それどころか喜んでくれていた。でも猟兵の立場としてそれを素直に喜ぶことが出来なかったんだ。父さんはいつだって僕を気にしてくれていたんだ。


(明日ちゃんと話し合おう、お父さんと……)


 ひとつの決意を決めた僕はそのまま眠りについた。




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 翌朝になりアジトの外では戦場に向かう為に団の皆が戦闘準備をしていた、武器のチェック、連携の確認、一流ほど準備は万全にするものだってレオが言っていた。
 その中にはお父さんの姿もあった、お父さんは部隊長達に今回の作戦を再確認している、僕は意を決して恐る恐るお父さんに近づいていく。


「あ、あの、お父さん……」
「(うお!?)な、なんだリィン?」


 声をかけるとお父さんは驚いたように飛び上がった、ちょっと新鮮かもしれない。


「な、なんだリィン?悪いが今は作戦準備中で忙しくてな、要件は短めで頼むよ」
「忙しい所をごめんなさい、でもどうしてもお父さんにはなしておきたいことがあって……」


 お義父さんに叱られてしまうけどどうしても言いたいことがあったんだ、周りの皆も察してくれたのか少し離れた場所で見守っている。


「お父さん、前に嫌いだなんて言ってごめんなさい!僕本当はお父さんが大好きだから……だから……」


 目を瞑りながら必死で頭を下げて謝る僕、数秒後に頭に大きな手の感触がしたので目を開けるとお父さんが僕の頭を撫でていた。


「俺のほうこそごめんな、お前の大事な友達に酷い事を言って……」
「お父さん……あのね、帰ってきたら僕お父さんと話がしたいんだ」
「勿論だ、俺もお前と話したいことがあるんだ。直に仕事を終わらせる、だから待っていてくれ」


 僕が頷くとお父さんは嬉しそうに僕の頭を撫でた、それを見ていたマリアナ姉さん達も安心したように微笑んだ。


「良し、それじゃ行くぞお前ら!!」
「「「了解!!」」」


 そういってお父さん達達は戦場に向かった。





「……予定どおり西風の旅団本隊は移動を開始した」
「了解、陽動部隊をぶつけ次第作戦を開始する」




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 お父さん達が戦場に向かってから数時間が経過した、僕は一人エレナの元に向かっていた。


「……やっぱりお別れは言わないと」


 お父さんがエレナの事を認めてくれたのは良かったが、どの道今回の作戦が終了すれば新たな戦場を求め旅立つことになる、そうなる前にお別れは言いたいと思ったんだ。それに……


 (僕が猟兵の一員だって言うべきかな……?)


 昨日のお父さん達の話を聞いて一つ思ったことがある、それはエレナに本当のことを言わなくていいのか、ということだった。
 家族とはぶつかり合うものだと知った、ならば友達もそうではないか?今まで僕はエレナに嫌われるのを恐れて猟兵については何も言わなかった、だがそれはエレナを信用していないんじゃないかと思ったのだ。
 もしかしたらこれは余計なことなのかも知れない、でも僕はエレナに隠し事をしたくないんだ。


 エレナの家に向かったがどうやらいないようだ、サクラさんの話では思い出の場所に向かったようだ、それを聞いて僕は心辺りがあったので直にそこに向かった。



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「……ここにいたんだね、エレナ」
「あ、リィン」


 最初にエレナと出会った花畑、きっとそこにエレナがいると思ったがどうやらあっていたみたい、エレナは花冠を作りながら嬉しそうに僕の傍に駆け寄ってくる。


「もうリィンったら三日も会いに来てくれなかったから寂しかったわ」
「そ、それは……じゃなくて何でまたここにいるの。また魔獣に襲われたらどうするのさ」
「えへへ、その時はリィンが助けてくれるでしょ?」
「もう……でも会いにこなくてごめんね」


 少し呆れたように呟くが実際お父さんとの件でエレナに会いに行けなかったのは事実だ、僕はエレナに謝る。


「でもどうして会いに来てくれなかったの?」
「実は……」


 僕はそろそろこの地を離れなくてはならないことをエレナに話した。


「そうなんだ、寂しくなるな……」
「……ごめん」
「謝ることなんて無いわ、また会いに来てくれるでしょ?」
「うん、それは約束するよ」
「ふふっ、その時はまたお話を聞かせてね」
「……エレナ、実はまだ君に言っていなかったことがあるんだ」
「えっ、なにかしら?」
「実は、僕は猟へ……」


 エレナに話そうとしたその瞬間、遠くからズガァァンと何かが爆発するような大きな音が響いた。


「……今のはまさか!?」


 突然の轟音に僕は驚いた、何故なら今の爆発は猟兵が好んで使う重火器から出る爆発音だったからだ。


「今のは一体?町から聞こえたけど……」
「リィン、あれ見て!」


 エレナが指差したのは町のほうだった、そこからはさっきまで無かった黒い煙が上がっていた。





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ーーー




「こ、これは……!?」


 僕達が見たもの、それはさっきまでの綺麗な町では無く崩れた瓦礫と燃え盛る炎が上がる地獄絵図だった、そんな、さっき来たときは平和そのものだったのに一体何が起きたんだ?


「酷い…町の人達もお構いなしに……」
「そ、そんな……姉さん!!」
「あ、エレナ!」


 姉であるサクラさんの安否を心配したんだろう、エレナは自分の家に向かい走り出した、僕も慌ててエレナの後を追いかける。
 道中目に映る町の光景は酷い荒様だった、建物は瓦礫と化しそこら中に息絶えた人たちが倒れていた。つい数時間前まで普通に生きていた。だがたった一瞬でその命は奪われつくしてしまった、その中に僕達はある人を見つけた、見つけてしまった……


「あ、あれは!」
「姉さん!?」


 倒れていたのはエレナの姉であるサクラさんだった、その身体中からは血が流れ意識も朦朧とした様子だった。


「姉さん、しっかりして!」
「……うぅ、エ、エレナ……」
「酷い傷だ、早く治療しないと!」


 僕は懐から包帯を取り出しサクラさんの傷に巻きつけていく、応急処置にしかならないが何もしないよりはいいだろう。


「サクラさん、この町に一体何が?」
「猟兵が……ま、町に……」
「猟兵が……!」


 サクラさんの話によると少し前に突然大きな爆発が起こり灰色のプロテクトアーマーと重火器を装備した猟兵達が襲撃してきたようだ、僅か数分で町を破壊しつくした猟兵達は今は何かを探しているらしい。


(話に出てきた猟兵達はまさか〈破滅の刃〉か!?おかしい、奴らは今お父さん達と戦っているはずだ、それが何故……?)


 僕がそう考えていると、エレナが悲鳴を上げた。意識をそちらに持っていくと、口から血を吐いているエレナさんが目に映った。


「がふっ!!」
「リィン、姉さんが!」
「不味い!血を流しすぎたんだ!」


 吐血したサクラさんを見てエレナが悲鳴をあげた、僕達が見つけた時も身体中から血を流していた、いくら応急処置をしたとしても危険な状態には変わりない。


「はぁはぁ……ごめんなさい……エレナ、私はもう駄目みたい……」
「そんな!諦めないで姉さん!まだ助かる望みはあるわ!」
「貴方には……苦労ばかりかけて……しまったわね……」
「やめて!そんな話聞きたくないよ!」


 エレナは泣きながらサクラさんの手を握る、だがサクラさんの手はどんどん冷たくなっていく。


「リィン君……そこに、いる……の?」
「はい、僕はここにいます」
「貴方には……エレナがお世話になったわね。エレナの……お友達になって……くれて……ありがとう」
「サクラさん……」
「最後にお願いがあるの……エレナを、私の妹を……お願い。子供の貴方に……無茶を言ってるのは分かっているわ……でも不思議ね、貴方なら……信じられるの」
「分かりました……エレナは僕が守ります」
「ありがとう……」


 サクヤさんは力なく右手を上げてエレナの頬をなでた。クソッ!どうして僕は何もできないんだ!!


「エレナ……一人にしてごめんね。でも……忘れないで、いつまでも貴方を……愛してるわ……」
「姉さん……」


 そしてサクラさんは涙を流しながら息絶えた。


「………」
「エレナ……」


 僕はどう声をかけたらいいか分からなかった、僕も猟兵団の一員だから死による別れは知っている…がエレナは一般人、既に親を亡くし続いて姉まで失ったのだ。その心情は計り知れない。


「……ッ!エレナ、こっちに来て!」
「えっ……?」
「早く!!」


 僕はエレナの手を掴んで咄嗟に物陰に隠れる、するとそこに武装した二人の男が来た、灰色の装甲鎧(プロテクトアーマー)を身に付けているからさっきの話にあった猟兵達のようだ。


「ターゲットはいたか?」
「いや、こちらにはいなかった、まさか逃げたのか?」
「いや、さきほど例のターゲットが町に入るのを偵察隊が確認した、奴は必ずこの町にいるはずだ」
「もっと注意深く探そう」
「ああ」


 猟兵達は別の場所に歩いていった。


「例のターゲット?それって何なんだろうか……」
「……」
「エレナ?」
「……もう疲れたわ」
「えっ?」


 エレナはゆっくりと立ち上がりそう呟いた。


「もう疲れたのよ、どうしてあの人たちは私の大事なものばかり奪っていくの?お父さんもお母さんも…姉さんまで……もう生きてるのが辛いよ!」


 エレナは側に落ちていたガラスの破片を拾い首に当てた。


「……ッ!駄目だ、エレナ!」


 とっさに僕がガラスの破片を掴んだ、後一歩遅かったらガラスはエレナの首を切り裂いていた。
 掴んだ手がガラスで切れ赤い血が滴る。


「放して!もう死にたい!もう一人ぼっちなのよ!生きていても意味なんてないわ……!!」
「そんな事はない!」


 僕はエレナを優しく抱きしめた。


「……リィン?」
「ごめん、僕にはこうすることしかできない……」


 最愛の人を亡くしたエレナの悲しみを消すことは出来ない、でも少しでもいい、彼女の心の痛みを和らげたい……僕はそう思った。


「エレナ、君を死なせない。サクラさんと約束したからじゃない、僕が君に死んでほしくないんだ……約束する、何があっても君の側にいる、僕が君を守るから……」
「……本当に守ってくれる?私を一人にしないって約束してくれる?」
「うん、約束するよ、絶対に……」
「リィン……ありがとう」


 少しでもエレナの力になりたい、そんな僕の思いを感じとってくれたのか、エレナは少しだけ微笑んでくれた。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー




「とにかく今は奴らに見つかる前にここを脱出しよう。行ける?」
「うん、貴方を信じるわ」


 先ほどの抱擁で落ち着きを取り戻したエレナに僕は今すべきことを伝える。敵の狙いは薄々感じていたがおそらく僕だろう。
 

 先ほど奴らが言っていた「例のターゲットが町に入った」という言葉……先ほどこの町に来たのは自分とエレナだ、唯の一般人であるエレナが狙われるとは考えにくい、となれば残る自分こそ奴らのターゲットだろうと僕は考えていた。
 

 養子とはいえ僕はお父さんの息子だ、お父さんに恨みを持つ者からすれば絶好の標的だ。実際前にも一回襲われたこともある。
 大方自分を人質などに利用しようと考えてるのかもしれない。


 「どの道捕まるわけにはいかないな……」


 自分一人を捕まえるために無関係な人たちまで殺すような奴らだ、もし捕まったら自分はともかくエレナが危機に晒されるだろう。
 僕は何とかして町からの脱出を諮った。




(敵がいる……)


 前方に猟兵が立っている、こちらには気づいていないようだがこれでは先に進めない。


「どうしようリィン、回り道する?」
「いや、このままウロウロするのは危険だ」


 今は何とか逃げれているが仮にも相手はプロ、モタモタしていたら見つかるだろう、出来る限り早く脱出しないと囲まれてしまう。


「じゃあどうするの?」
「ん、ちょっと待っていて」


 僕は近くにあった小さめの石を手に取り猟兵の反対側に投げた。


「ん?なんだ?」


 背後で何か音を聞いた猟兵は背後を振り向いた。


(今だ!)


 その一瞬の隙をついて僕はエレナを抱き上げて音も無く走り去る。今のはゼノに習った敵の目を欺く方法の一つだ。習った時はいつ使う事になるのかなと疑問に思ったこともあったが、今はゼノに感謝していた。


「よし、気づかれてはいないな」
「あ、あのリィン……?」
「どうしたの?」
「いえ、この格好は……ちょっと恥ずかしいかな……」
「あ…」


今の二人はリィンがエレナをお姫様抱っこしている状態になっている。


「ご、ごめん……」
「ううん、嫌じゃないの。でも状況が状況だし……」


 僕はエレナを降ろして先を急いだ。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー




「はぁ、はぁ……何とか逃げ出せたね……」
「うん……」


 猟兵達の目を掻い潜り僕達は何とか町のはずれまで来ていた。


「リィン、この辺には猟兵はいないみたいよ、今なら逃げられるわ」
「うん……(何か辺だ…この辺だけ猟兵が少ないような気がする)」


 ここまで来るまでに猟兵達は結構いたがこの辺に来てから数が少なくなった。


(まさか……)
「リィン、どうしたの?早く逃げましょう」
「あ、待ってエレナこれは……」


 エレナが僕より前に足を踏み入れる、その時突然銃声が響いた。


「エレナ!」


 咄嗟にエレナを突き飛ばす、すると僕の肩から赤い鮮血が吹いた。


「リィン!!」


 僕に駆け寄るエレナ、どうやら肩に銃弾が掠めたらしく血が流れている。


「見つけたぞ、〈猟兵王〉の息子よ」


 そこに現れたのは巨大なブレードライフルを構えた男と武装した数人の男達、おそらくこいつらが破滅の刃の猟兵たちだろう。


「ぐっ、焦ったか。待ち伏せされていることを警戒していなかった……」
「子供にしては中々やったと言うがここまでだ、クラウゼルの息子よ、我らの勝利のために利用させてもらうぞ」
「僕を人質にするつもりか……」
「流石だな、自分の立場を理解しているか」


 やはり敵の狙いは自分か。しかし状況は最悪だ、囲まれている上に僕は負傷してしまった。何か手段はないか……


「リィン、どういうこと……?猟兵王って何の事なの?」
「あっ……」


 そうだ、この場にはエレナもいたんだ、先ほどの会話も聞いていたはずだ。


「何だ娘、お前はこの小僧がどれだけの大物かも知らないのか?こいつは猟兵の中でも最強といわれる『西風の旅団』団長ルトガー・クラウゼルの息子だ」
「リィンが猟兵……?」
「―――ッ……!!」


 自分で話そうとはしていたが結局話せなかった、よりにもよってこんな最悪な形でバレてしまったか……でも今はこの場から逃げないと!たとえ嫌われても僕はエレナを守る……!
 

(どうする、逃げ場は無い……お父さん達は戦場にいる、助けは呼べない状況だ)
「お遊びは御終いだ、小僧を捕らえろ」
「あの娘はどうしますか?」
「任務には必要ない、殺せ」
「はっ!」


 だが状況を変えるような作戦もない。猟兵二人が僕を拘束する、そして残りの猟兵達がエレナに銃口を向けた。


「エレナ!」


 僕は暴れるが子供が大人二人の力には抗えるはずがなかった。


「大人しくしろ!」
「があッ!」


 猟兵が僕を黙らせる為に銃で頭を殴りつけた、額から血が流れる。


(―――くそッ……!僕は…何も出来ないのか!)


 大切な人が危機に晒されても自分は何も出来ない、そんな歯がゆさが胸を締め付ける。


(サクラさん、そしてエレナと約束したんだ。必ず守るって……約束したんだ!)


「リィン……助けて……」
「殺れ」
「「「はッ!」」」


 そして猟兵達が引き金に指をかけたのが見えた、必死でもがくが子供の僕では大人のこいつらを振りほどくことは出来ない。


(悔しい……僕はなんて無力なんだ……)


 空の女神、この際悪魔だっていい、この状況を打破できるなら僕の全部をくれてやる……だから力をくれ、こいつらを倒せる力を……!!








『……イイダロウ、貴様ニ力ヲクレテヤル。ソノ代ワリ貴様ノ全テハ我ノ物ダ』







「ガァァァァァァァッ!!!!!」
「な、何だ!?」

            
 頭の中に突然声が響いたと思うと突然僕から膨大な闘気が流れ出した、辺りが震えるかのような感覚に襲われ僕の意識は薄れていった……







side:??




 何が起きた……?


 破滅の刃の団長はそう思っていた、目的の獲物を捕らえ作戦は完了したかに見えた。だがリィンから凄まじい闘気が発せられ部下が吹き飛ばされた。そして彼らが目にしたのは全身から赤い闘気を発してそれを纏わせたリィンだった、だが先程と見た目が違う、黒かった髪は白く染まりアメジストの瞳は真っ赤に変化していた。


「何をしている、早く取り押さえろ!」
「「り、了解!」」


 敵団長の男に命じられた猟兵二人は再びリィンを取り押さえようとするが、男は信じられない光景を目にしてしまった。


「な、これは!?」
「ぐううッ!?」


 なんとリィンは左右の腕で猟兵二人の首を掴み締め上げていたのだ、子供が大の大人二人の首を締め上げるなどそれは誰が見ても異常な光景だった。


「ハァァァァァッ!!」
「うごはッ!!」
「げふッ!!」


 リィンは締め上げていた男二人を勢いをつけて頭から地面に叩き付けた、凄まじい衝撃にさしもの猟兵も脳震盪を起こし地面に倒れ伏せる。
 リィンは気絶した二人から手を離し残りの猟兵達を睨みつけた。


 ゾワッ……


「「「!!?」」」


 その瞬間、猟兵達に悪寒が走る。それは生物が危機的状況に陥った時に感じる危険信号だった。


「う、うおおおおッ!!」
「撃つな馬鹿!」


 猟兵の一人が危機的恐怖を感じ本能的にリィンに発砲した、それが引き金となり猟兵達が次々と発砲した。団長の男が止めるよう指示を出す、人質にするはずのリィンが死んだら元も子もないからだ。だが彼らにはもうそんなことも考える余裕がなかった、何故なら……


「銃弾を避けてやがる!!」


 リィンは迫り来る弾幕に恐れることなく歩いていく。そして自分に当たる銃弾だけを回避していた。そんな芸当は一流の猟兵ですら難しい、だが目の前の子供がそれを続行している、とてもじゃないが信じられない光景だった。


シュッ!


「き、消え……うぎゃああああ!俺の腕がぁぁぁぁ!?」


ブシュ!!


 リィンの姿が一瞬消えたと思った瞬間、猟兵の腕から夥しい血が噴出した。リィンがナイフで腕を切ったのだ、猟兵は奇声を上げながら腕を押さえていた。


「化け物がッ!これでも喰らえ!」


 猟兵の一人が手榴弾を取り出しピンを抜いてリィンに投げつけようとしたが……


「ぐあッ!?」


 手榴弾を持っていた腕にナイフが突き刺さる。そのナイフはリィンが投げた物だ、猟兵は痛みで思わず手榴弾を落としてしまった。


「しまっ……!?」


 猟兵は逃げようとしたが一瞬遅れてしまい爆発に巻き込まれた。片足が吹っ飛んで地面に転がっていく。


「う、うわあああ!」
「助けてくれえ!」


 仲間がやられたのを見て残った猟兵達が恐怖のあまり逃げ出した。今回の作戦は唯のガキを捕まえるだけのはずだ、だがあれは何だ!あんな化け物を相手にするなど聞いてない、これでは割りに合わないではないかと全員が思ったのだ。


「何を逃げている!我々は破滅の刃だぞ!」


 団長の男が逃げようとする団員達に叱責するが彼らは構わず逃げる。


「不甲斐無いゴミ達が!」
「ぎゃああ!?」


 すると逃げようとした団員達を後ろから撃ちぬいた。


「破滅の刃を名乗っていたことを恥じて死ね!」


 団長の男は更に銃を撃とうとしたがリィンが横からナイフで切りかかってきたため防御する。


「ぐッ、小僧が!!」
「守ル……僕ガ!」


 ナイフと銃でつばぜり合いをする二人、だが団長の男は素早くナイフを受け流し打撃を叩き込んだ。


「化け物め!こうなったら死なない程度に痛めつけてやる!」


 男は後退したリィンに向けて銃弾を放った。体制を崩したリィンにはかわす術などない、団長の男はそう思ったがリィンはその予想すら上回る行動を起こした。


「ハァッ!」


 リィンはすくい上げるようにナイフを振るった、その一撃は銃弾を真っ二つに切り裂く。そしてそのまま勢いを利用してナイフを団長の男に投げつけた。


「ぐッ、本当にガキか!」


 団長の男は銃でナイフを弾く。宙に浮かぶナイフ……だがリィンはそれを待っていたかのようにナイフ目掛けて跳躍した、そしてナイフを掴み投げつける。


「まさか俺が弾く事を考えて投げてたのか、だが甘い!」


 団長格の男は今度は弾かずナイフをかわした。確かに驚いたがかわせない訳ではない、団長の男はそう思った。


「ふふッ……がぁ!?」


 的団長の男の右目に何かが刺さる。


「これはガラスの破片か……!」


 敵団長の男の右目に刺さったのはガラスの破片だった。先ほどリィンは密かに落ちていたガラスの破片を拾っていた、そしてナイフに注意を引かせ油断した所にガラスの破片を投げて刺したのだ。
 さしもの猟兵も目にガラスが刺さって落ち着いてなどいられない、思わずリィンから目を離す。その隙を見逃さなかったリィンは踵落としの体制に入った。


「砕ケロッ!!!」


 敵団長の男の首に踵落としが決まった、油断していた男は気を失ったのかそのまま倒れた。








side:リィン




「はぁ、はぁ……今のは……一体……何だったんだ?」


 僕の意識が戻り周りを見てみると破滅の刃の猟兵達が地に伏せていた。腕から血を流す者、何かの爆発に巻き込まれたのか足が吹き飛んだ者……うッ!?


「うぶ、おぇぇぇぇぇッ!!」


 凄まじい不快感が体中に走り思わず嘔吐してしまった。何となくだけど覚えてる、自分が自分じゃないみたいになって……人を傷つけた……!!


「おえええッ!……はぁ、はぁ……僕が人を……」


 意識がはっきりしてなかったとはいえこの手にはっきり残っている、人を切り裂いた感触が…震える体で呼吸を落ち着かせようとするが……


「……リィン」
「!?エ、エレナ……」


 エレナに声をかけられ僕は狼狽した、先ほど最悪の形でバレた自分の正体…こんな事が起きたのだ、きっと嫌われただろう。


「エレナ、僕は君に本当のことが言えなかった。僕は君に嫌われるのが怖かったんだ、誤っても許してはもらえないと思う。でも本当にごめん……」
「……薄々だけど分かってた」
「えっ?」
「狼の魔獣を倒したときもさっきの猟兵の気をそらした時も貴方は何だか場慣れしているように感じたの」
「あ……」


 僕は確かに場慣れしているためそこまで慌てたことはなかった、だがまだ年端もいかない子供が魔獣との戦いに慣れていたり、戦場でも落ち着いているのを見れば誰が見ても異常だろう。


「……でもそんなの気にしなかったわ」
「!?」
「だって貴方はあの時の猟兵とは違うじゃない。貴方は私を支えてくれたわ、そんな傷を負ってまで……そんな優しい貴方を嫌いになんてなれる訳ないじゃない。貴方は大切な友達なんだから」
「エレナ……」


 ……何だ、もっと早く話しておけば良かった。そんな後悔が心に浮かんだ、でもそれ以上に嬉しかった。たとえ猟兵と知っても自分を受け入れてくれたから……


「うぅ……」
「リィン!」


 僕はフラフラとその場に膝を付く、よく分からない自身の力を使ったため身体がかなり消耗してしまったようだ。


「リィン、大丈夫?」
「ちょっと無茶しすぎたみたいだ、動けそうにないや……」
「肩を貸すわ、ほら掴まって」


 エレナが僕に肩をかして立ち上がる。


「ごめん、迷惑かけて……」
「気にしないで、今度は私が貴方を助ける番よ」
「エレナ……」
「頑張りましょう、二人で生きぬくんだからね」
「……うん!」


 そして僕達が歩き出そうとした。が……


「―――!危ないリィン!」
「……えっ」


ダァンッ!


 エレナが僕を突き飛ばす、その時銃声が響いた。するとエレナの胸に赤い染みが浮かび上がりそこから血が流れる。


「リィン……」
「エレナぁ!?」


 僕はエレナを抱きかかえる、エレナの胸から血がダクダクと流れ僕の手が赤く濡れていく。


「小娘が、邪魔をしやがって」
「お、お前は破滅の刃の……どうして」
「あやうく気を失うところだったが爪が甘かったな」


 どうやら気を失ったフリをして隙をうかがっていたようだ。奴が持つ銃から弾薬の匂いがする。


「お前がエレナを……!」
「ここまでコケにされたのは生まれて始めてだ、まさかこんなガキにここまでやられるとは……こうなったらもはや人質など関係ない、お前ら二人とも殺してやる」
「お前、僕の捕獲が目的じゃなかったのか?」
「もはや作戦続行などできぬ、俺はここでオサラバさせてもらおう」
「なッ!?自分の団員を見捨てるというのか!」


 僕は奴の言葉に驚きを隠せなかった、自分の仲間を見捨てるとこの男は言ったからだ。


「どのみち破滅の刃は御終いだろう。だが俺さえ生きていれば団などまた作れる、お前らさえ殺してしまえばルトガーに今回のことがバレたりはしない」
「だけどお前の陽動部隊がいる、彼らがこのことを吐けばお父さんは決してお前を許さないぞ!」
「問題ない、奴らには今回の作戦は伝えていない、別の作戦として伝えているからな」
「最初から捨て駒にするつもりだったのか!」


 なんて奴だ、仲間を……家族を道具のように使うなんて……西風の皆は決してしない行動をコイツはいとも容易くしようとしているのか!


「今回の作戦が成功したなら俺の名は更に売れるが負けたならリスクはデカイ。相手は〈猟兵王〉だからな、万が一負けた時の保険は必要だろう」
「自分の仲間をそんなことに使うな!それでも猟兵か!」
「なんとでも言うがいい。陽動部隊も限界だろう、そろそろオサラバさせてもらおうか」


 男はあざ笑うように銃口を僕に向けた。


「くそっ、こんな奴に……!」
「クラウゼルを殺れなかったのは残念だがまあお前を殺せば奴は絶望するだろう、愉快なことだ」
「お父さん……皆……ごめんなさい……」
「じゃあな」


 クソッ、こんな所で死ぬなんて……


 目を閉じて死を待つがいつまでたっても銃弾が飛んでこない、恐る恐る目を開けるとそこには自身の右腕が地面に落ちてそれを唖然とした様子で見ている男の姿だった。


「……はッ?」


 僕ですら状況が読めない、腕を斬られた男も一瞬理解が出来なかったんだろう。だが自分の腕が地面に落ちたということは……


「―――――!?ギャァァァァァァァァァァッ!!!!!」


 脳がそれを認識した瞬間想像を絶する痛みが男を襲ったんだろう。訳が分からない、何が起きたんだ?


「よお、俺を呼んだか?」
「!!……そ、そんな馬鹿な、いるはずが無い、何故……何故此処にいるんだ!」


 男に声をかけた者、それは僕がこの世で一番尊敬する人物……


「お父さん……!」


 〈猟兵王〉ルトガー・クラウゼルだった。


「マリアナ!早くリィンとその子を手当てしろ!」
「了解!」


 お父さんだけでなくマリアナ姉さんも駆けつけてくれた。


「姉さん、どうして此処に……!」
「ルトガーが胸騒ぎがするからって向こうはゼノ達に任せて駆けつけたの。ルトガーの勘は信じられないほど当たるから来てみれば……ごめんね。遅くなって」
「姉さん、エレナが、エレナが……!」
「分かってる、すぐに応急処置をするわ!」


 姉さんは戦術オーブメントと呼ばれる道具を使い回復の魔法(アーツ)をエレナにかけた。


「き、貴様はルトガー・クラウゼル!?何故ここにいるんだ!」
「胸騒ぎがしたから駆けつけた、それだけだ」
「そんな非科学的なことがありえるか!」
「んなこたどうでもいいだろ?テメェ……なんも関係ないこの町の人たちを、そして俺の大事な息子を傷つけやがって……」
「ぐッ……ま、待て!落ち着くんだ!」
「ふざけてんのか?ここまでしといて見逃すとか思ってんなよ?」
「思っていないさ、何故なら……」


 敵団長の男は、懐から何かのスイッチを取り出した。


「切り札は最後まで取っておいたからな!」
「!?」


 男が左手で何かのスイッチを押した瞬間お父さんの周りの地面が爆発を起こした。


「お、お父さんッ!?」
「はッ!いざという時の為に爆弾を仕掛けておいたのさ、それもA級遊撃士が対応するような魔獣すら葬りさるほどのな。流石の〈猟兵王〉とて無傷ではいられまい!」


 男はそういって逃げようとするが……


「―――――ぎゃあ!?」


 急に地面に倒れてしまう、よく見ると男の左足が膝からすっぽりと消えていた。


「―――――!あ、足がァァァァァッ!?」


 男の左足が無くなっていた……いや、斬られていたのだ、痛みも感じないほど早く鋭い斬撃で。
 男は腕を失ったときよりも大きな痛みで辺りをのたうち回っている、こんなことが出来るのは一人だけだ。


「逃がすかよ」


 そこに爆発に巻き込まれたお父さんが立っていた……ジャケットが少し焦げただけで全くの無傷だ。


「馬鹿な……大型魔獣すら葬りさるほどの威力を誇る爆弾だぞ!?息子共々化け物か!」
「随分と足掻くじゃねえか、猟兵なら覚悟決めろよ?」
「い、嫌だ……俺は死にたくない……!」
「……」
「た、頼む、助け……」


 男はそれ以上話すことはなかった、お父さんの斬撃でバラバラに斬られたからだ。


「今までの人生で、そんな情けない事を言って死んだのはお前が初めてだ……」


 平和な街を滅ぼした〈破滅の刃〉、それを率いた敵団長の最後は余りにもあっけなかった。


「マリアナ、その子の容態はどうだ!」
「急所を撃たれているわ、これはもう……」
「そんな!?ぐっ、俺がもっと早く来ていりゃ……!」


 カタを付けたお父さんはマリアナ姉さんにエレナの容態を確認する、だが帰ってきたのは非常な言葉だった。


「エレナ……どうして君が……本当なら僕が死ななくちゃならないのに……僕のせいでこんな、こんな……」
「リィン……」
「エレナ!?」


 僕は自分の名前を呼ぶエレナに駆け寄る。


「リィン、貴方は何も悪くないわ。自分を責めないで……」
「全部僕のせいだ!僕さえいなければ奴らは町を襲わなかったかもしれない……全部僕のせいで……」
「そんなことないわ、私は貴方と出会えて…沢山の宝物を貰った。貴方と過ごした時間は……私にとって
何よりも……大切な物だったわ、だから貴方がいなければいいなんて言わないで……」


 エレナは血の付いた右手で僕の頬を触る、僕はその手を取って涙を流した。


「でも僕は君を守れなかった。結局何も出来なかった……サクラさんと君と約束したのに……」
「貴方は最後まで私を守ってくれた……どんなに傷ついても……こうなったのは私が望んでしたこと……」
「……どうして、どうして僕なんかを助けたんだよ?」
「貴方は私の大切なお友達だから……体が勝手に動いちゃった……」
「エレナ……」


 段々と僕の手を握る力が弱くなっていく、嫌だ……こんな結末なんて……!


「ねえリィン……私ね、貴方と旅がしたかった。貴方といろんな所に行きたかった……」
「行けるよ!いくらだって行ける!だから諦めるなよ!」
「ふふっ、そうね……行けるよね……貴方と……いっしょに……」
「エレナ……嘘だろ!目を開けてよ!一緒に旅しようって約束したじゃないか……エレナ、エレナぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」

 
 僕は動かなくなったエレナの手を握りながら号泣した、お父さんは悔しそうに俯きマリアナ姉さんもまた涙を流していた。
 西風の旅団と破滅の刃……その決着はあまりにも悲しい結末で終わりを迎えた。





ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー





 ―――――あの後西風の旅団は破滅の刃を壊滅させ代理戦争に勝利、見事依頼者を勝利に導いた。
 その後僕達は報酬を受け取りそのお金で今回犠牲になった町の人たちの墓を作った、自分達が原因でもある今回の惨劇…決して許されはしないだろう、だが少しでも罪滅ぼしになれば…そう思ってのことだった。 
 そして数日後……



「………」


 森にある花畑…そこには小さな墓が二つあった、エレナとサクラさんの墓だ。僕はエレナが好きだったこの花畑に墓を作った、彼女の大切な家族と一緒に……
 

「やっぱりここにいたか」
「……お父さん」


 そこに現れたのはお父さんだった、僕の隣に立ち手を合わせた。


「今回はすまなかった、俺がもっと早く気づいていれば……」
「いいんだ、お父さん。結局僕は彼女を守れなかった、それは変えようの無い現実だ」
「…………」
「……お父さん、いや団長、貴方にお願いがあるんだ」
「………何だ、言ってみろ」
「僕を猟兵として鍛えてほしい」
「……!」


 お父さんはじっと僕を見た、今まで見た事もない真剣な表情で俺を見つめていた。


「何故猟兵になりたいんだ?」
「強くなりたいんだ」
「なら悪いことは言わねえ、猟兵だけは止めておけ」


 お父さんはキッパリとそう言い放った。


「猟兵は表で生きていけなくなった人間か戦う事でしか生きていけない異常者がなるモノだ。強くなりたいんだったらエレボニア帝国で剣術でも習えばいいだろう、アルゼイド流やヴァンダール流っていう有名なモンがあるし剣術がイヤなら泰斗流っていう武術もあるぜ。なんなら遊撃士だっていいんじゃねえか?魔獣と戦って実戦もこなせるしな」
「猟兵がいいんだ」
「あのなぁ……分かってるのか?猟兵はミラさえ貰えばなんだってする腐れ外道だぞ?殺しも誘拐もなんだってやるんだ。お前にそんなことが出来るのか?」
「やるさ。それが必要ならば僕は……」
「いい加減にしろ!」


 お父さんの拳が僕の頬を殴りぬいて大きく吹っ飛ばされた。口の中が切れて血の味が広がっていく。


「テメェ、自暴自棄になってんじゃねえぞ!あの子を守れなかったからって自分を苦しめても何も解決しないだろうが!」
「僕は……僕はあの男を殺せなかったんだ!」


 本気でキレたお父さんに僕は必至の形相でそう言い放った。


「もし僕が確実にアイツを仕留めていたらエレナは死ななかった!エレナを死なせたのは僕の甘さなんだ!」
「それは……」
「世界は残酷だ、優しさだけじゃ何も救えない……誰かを守るには誰かを傷つけるしかないんだ。弱気を守る遊撃士や高潔な騎士じゃなくて……相手を殺してでも生きようとする猟兵じゃなきゃ……僕は……」
「リィン……」


 僕は泣きじゃくってそう叫んだ。あの時暴走していたとはいえ僕の頭の中には相手を殺す選択が無かった、話し合いで納得するような人間じゃないって既に分かっていたのに僕は戦闘不能にしかしなかった。その隙を突かれてエレナは死んだんだ。


「……お前の覚悟は分かったよ、よく分かった」
「―――――!それじゃ……!」
「だが一つだけ約束してくれ。自分から死ぬような選択はしないでほしいんだ」


 お父さんはさっきとは違う悲しそうで辛そうな表情で僕にそう言った。


「お前は俺にとって血は繋がっていないが大切な息子なんだ、もしお前に何かあったら俺はきっと立ち直れなくなっちまう。だから自分から死ぬような選択はしないでほしいんだ。俺の心を守るために」
「……分かった。僕は死なないよ、お父さんを悲しませたくないから」
「そしてもう一つだけ約束してほしい、優しさを捨てないでほしいんだ」
「優しさを……?」


 お父さんの口から出たのは優しさという意外な言葉だった。


「お前の言う通りこの世界は綺麗事ですまない事もある、殺さなければならない糞野郎もいるのも確かだ。でもな、その手段だけは安易に選ばないんでほしいんだ。優しさを捨てちまった強さは唯の殺戮だ、猟兵以下の化け物になっちまう。仮にその選択を迫られたとしても最後の最後まで悩んで殺す手段を選んだとしても命を軽んじるようなことはしないでくれ」


 お父さんの目には少しだけ悲しさと後悔の色が浮かんでいた。もしかしたらお父さんも僕と同じように大切な人を失った過去があるのかもしれない。じゃなきゃこんな優しい言葉をかけてくれるはずがないもん。


「……うん、分かった。絶対に命を軽んじたりしないよ……その、さっきはごめんね。お父さんの言う通りちょっとだけヤケになってたと思うんだ」


 お父さんに諭されて頭が冷えた僕はさっきまで戦って死んでもいいと思っていた事を恥じた。


「俺の方こそごめんな、お前の大切な子を守ってやれなかった。お前にそんな選択をさせちまった俺は親として失格だ」
「お父さん……」
「ならせめてもの償いとしてお前の力になろう」


 お父さんはクシャリと僕の髪を撫でてくれた。


「お前にはこれから先猟兵としての特訓を受けてもらう、死んだほうがマシと思うくらい厳しくいくからな。一回でも弱音を吐いたりしたら猟兵にはさせん、心していろ」
「———はいッ!」
「よしそれじゃ行くぞ、いつまでもここにはいられないからな」


 僕達は花畑を後にした。











(エレナ、僕は行くよ。もう君のような悲劇は起こさせないために強くなる……だからエレナ、空の女神様の元で見守っていてくれ)



 
 

 
後書き
次回は修行辺とリィンのデビュー戦を書こうかなっと思っています、因みに相手は…まあそれは次回までの内緒ということで……


ーーー オリキャラ紹介 ---


『エレナ』


 金髪のショートヘアーの女の子でどことなく英雄伝説のレンに似ている。幼い頃に両親を猟兵に殺されて猟兵を恨んでいた。リィンにとっては初恋の人。


『サクラ』


 エレナの姉で金髪をポニーテールにした女性。エレナが幼い頃に亡くなった両親の代わりにエレナを女手一つで育てていた。アップルパイが得意料理。


 キャラのイメージは『Fate/stay night』のセイバー。

 

 

第4話 赤い星座

 
 エレナを失った日、リィンはその日から猟兵になるべくルトガー達と共に厳しい修行の日々に明け暮れていた。
 父であるルトガーからは猟兵としての戦い方、心構え、そして基礎を徹底的に叩き込まれた、最初はあまりの過酷さに何度も気を失いその度に無理やり起こされたことも何度もあった。
 だがそれはルトガーが戦場の恐ろしさを誰よりも知っているからの事だった、いつかリィンも戦場に出るだろう…その時にリィンが死なないように願ってのことだっだ。


 リィンが教わった人物はルトガーだけではない、西風の旅団全員が自分の持つ技術をリィンに与えた。
 ゼノは罠の有効な使い方やワイヤーや火薬の扱い方、レオからは白兵戦などでの戦い方や格闘技術、マリアナからは武器についての知識や応急処置の方法などをリィンに教えた。
 彼ら以外の団員達もサバイバルの知識や連携の確認、中には食べられる草などの見分け方などリィンの為になりそうなことは全て彼に教えた、それは西風の旅団全員がリィンを思っているからの事だった。


 そんな日々が続き気が付けば2年の時が過ぎ去っていた。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


side:ルトガー



 人など決して寄ることなどない危険地帯、アイゼンガルド連峰……Aランク遊撃士すらも迂闊には相手にしないほどの魔獣が生息する場所、俺とリィンは今そんな場所にいる。


「はぁはぁ……」
「何をボサッとしている、リィン!」


 リィンと俺はそれぞれの得物を構えながら激突する。


「いいかリィン、戦場では絶対に気を抜くな!戦場では何時何処から敵が襲い掛かってくるかわからねえ!だから常に周りの状態を把握して戦え!じゃなきゃ死ぬぞ、こんな風になぁ!!」


 俺はつばぜり合いを止めリィンの背後に回りこむ。リィンは反応して背後に攻撃を放つが空振りに終わった。


「残像!じゃあ……」
「遅え!」


 俺が放った攻撃がリィンの刀を弾き飛ばした。


「ぐッ、参りました……」
「背後に反応できたのは良かったが爪が甘かったな、戦場じゃ死んでいたぜ」


 刀をトントンと肩に当て俺はリィンに言う、もしこれが戦場ならリィンは殺されていたということになる。


「どうした、こんくらいでヘバッてて戦場で戦えるのか?」
「……もう一度お願いします……」


 リィンは刀を拾い再び俺に向かっていった。


「へッ、そうこなくちゃなぁ!」


 俺も刀を構えてリィンに向かい、二人の刀が交差した。






ーーー 数時間後 ---




「ぐッ、はぁはぁ……」
「良し、今日はこれまでだ」


 地面に大の字に横たわるリィンを俺は少し疲れた表情でそう言った。


(しかし今回はちょっと危なかったな、特訓だからギリギリ死なないように加減はしているがちょっと予想外だ)


 今までは俺がリィンをほぼ圧倒していたが今回はかすり傷をつけられた。最初のころは俺についていくだけで精一杯だったのにたった2年で手加減していたとはいえ自分に傷をつけるとは……俺は自分の息子の成長に驚いていた。


「しかしお前も物好きだな、どうして太刀なんか使おうと思ったんだ?」
「えっ?」


 俺はこの2年の間に、リィンには様々な武器の使い方を教えた。自分に合う武器を選ぶためとその対処法を教えるためにナイフや剣、銃といった基本的な物から猟兵が好んで使うブレードライフルまで知る限りの武器の使い方を教えたつもりだ。


 なのにリィンは俺が使っている太刀がいいと言ってきたのでそれを与えたが、猟兵としてはあらゆる状況でも戦えるブレードライフルとかの方がいいんじゃないかと思っていた。
 えっ?俺は良いのかだって?双銃剣も使ってるからいいんだよ。


「……その、笑ったりしない?」
「おう、そんなことはしねえよ」
「団長と同じものが使いたかった……なんて……」


 顔を赤くしてそう言うリィンに、俺も少し照れ臭くなってリィンの頭をガシガシと乱暴に撫でた。


「だ、団長?」
「なんでもねえよ……(やべえな、少し嬉しく思っちまった。これも親としての感情なのかな……)」


 首を傾げるリィンに俺は何でもないと答える。


「でも団長も珍しいよね、だって猟兵なのに太刀を持ってるんだから。確か太刀って東方の方にある武器だよね?」
「まあな。俺が太刀を持ってんのはコイツが俺のダチの形見だからな」
「それって前に効いた団長の友達だった人の事?」


 前にリィンとケンカした際、俺達はその後仲直りして俺はかつて守れなかったダチについてリィンに話したんだ。


「ああ、こいつはそのダチのもんでな。そいつはカルバート共和国出身だったんだ」
「へぇ、だから太刀を持っていたんだ。もしかして団長の剣術はその人に教わったの?」
「いや、俺は我流だ。そいつ、剣の腕はまったくなかったんだ。正直素手で戦った方が強いんじゃないかと思うくらい剣術の才能がなかったぜ」
「そうなんだ……」


 俺のダチは剣術の才能はなかったが、それでも諦めずに修行を続けた負けず嫌いな奴だったな。あいつが死んじまった際、俺は死文の不甲斐なさを忘れない為に太刀を貰ったんだ。勝手に持ってきちまったから、あいつ怒ってるだろうな……


 特訓を終えた俺達はアジトに帰る事にした。そのとき俺は思っていた、リィンという『芽』が芽吹く時は来たのかも知れないと……




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー




side:リィン



 とある森にある西風の旅団のアジト、そこにある広い部屋に旅団の団員達が集まっていた。


「皆、集まったか」


 お父さん……じゃなくて団長が現れ団員達を挨拶する。


「実はデカい仕事が入ってきた」
『!!!』


 場の空気が変わり辺りに緊張感が漂う。


「団長、今回の依頼は?」
「ああ、今回はクロスベルのマフィヤ組織からの依頼だ」
「それって『ルバーチェ商会』なんか?」
「ああ、どうやら現在対抗している敵対組織の相手をしてほしいらしい」
「しかしあの『摩都』か……中々厄介な依頼になりそうだな」


 団長の話に出た『クロスベル自治州』とはゼムリア大陸西部に位置する自治州で別名『魔都』。エレボニア帝国とカルバート共和国の二大国家に挟まれており、昔から両国の熾烈な領土争いの対象となっている。
 大陸有数の質易都市で中継地点でもあるこの自治州には多くの人が訪れる、だが人が集まれば必ず現れるものがある。それは『犯罪者』……クロスベルでは『マフィア』といった組織である。


「それでだリィン、今回の依頼はお前にとっても大事なものになってくる」
「えっ、それって……」
「今回のこの依頼、お前にも同行してもらう」


ざわッ……!


 ルトガーのその発言で更に緊張感が増した。


「ルトガー、それは……」
「そろそろリィンもこういった仕事に出すべきじゃないかと思ってな、もういい頃合だろ」
「でも相手はあのルバーチェ商会よ。危険すぎるわ」
「マリアナ、リィンが猟兵として生きる限りこういった奴等とも関わることになるだろう。今の内に知っておくのも社会勉強になる」
「それはそうだけど……」
「心配なのはわかる。だがこいつも戦場に立つ時が来る、そしてそれが今だ。なら先輩である俺達がリィンを支えてやるんだ」
「……そうね、この子が決めた事だもの。私達が支えないといけないわよね」
「という訳だ。リィン、実戦は初めてじゃないかもしれないが猟兵としての戦闘は初めてだろう、決して気を抜くな!」
「はい!」


 いよいよ実戦か……ここで立ちすくんでしまったらエレナとの約束は果たせない、必ず乗り越えてみせるよ。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



 クルスベルでの依頼を受けるため、僕達はクロスベル近くにあるマインツ山道の山深くにあるアジトに向かう。そして依頼主に合うためにまず団長が、そして付き添いに僕と連隊長の一人であるガルシアさんが付いていった。


「ここがクロスベル……」


 大陸でも随一の質易都市であるクロスベルには多くの人で賑わっていた。それは僕の目にはこれまで見たことのないような華やかな世界だった。


「凄いな、帝国や共和国以外でこんなに人がいるのは初めて見た」


 エレボニア帝国やカルバート共和国といった西ゼムリア大陸を代表する二大国家はその広大な土地のため治安維持がしきれない所がある、その為他の国と比べると猟兵が雇われやすく動きやすい為よく依頼を受けている。まあ猟兵が必要って事はそれだけ紛争地帯が多いってことなんだけど……
 とにかくその二大国家以外でこれだけの人を見るのは初めての事なんだ。


「おい坊主、あまりキョロキョロとすんなよ。田舎者だと思われるだろうが」


 そう言って僕に注意したのは西風の旅団の連隊長の一人であるガルシア・ロッシだった。
 彼はマリアナ姉さんに次ぐ西風の古株で、団長も右腕として信頼しているほどの実力者なんだ。
圧倒的な戦闘力と達人級の軍用格闘術で敵をなぎ倒す姿から『キリングベア』と呼ばれている戦士だ、僕も彼に軍用格闘術を習っているんだ。
 顔は怖いがあのゼノやレオも「兄貴」と呼ぶくらいの面倒見の良さもあって僕も慕っている。


「あ、ごめんなさい……」
「チッ、怒った訳じゃねえからシュンとすんな」


 言葉は怖いがガルシアが優しい人だって事を僕は知ってる、今だって僕を心配しての言葉だしね。


「相変わらずの不器用さだな、ガルシア」
「団長、アンタには言われたくないな」
「あはは……」


 そうこうしながら僕達はルバーチェ商会のある裏通りを目指した。




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 裏通りにあるルバーチェ商会の屋敷に入り今回の依頼主に会う。


「お待ちしていましたよ、ルトガーさん」
「これはこれは……お久しぶりですね、グルシアさん」


 依頼主であるルバーチェ商会三代目会長『グルシア・バッカーノ』、オールバックの40代位の男性だ。


「以前も貴方達に色々助けて頂いたおかげでルバーチェ商会も更なる発展が出来ました」
「いえいえ、それが俺達の仕事ですから」
「我々としても今後とも西風の旅団の方々とは良好な関係を築いていきたいと思っています」
「それは光栄です、是非今後とも宜しくお願いいたします」


 そういえば以前団長たちはルバーチェ商会の依頼を受けたことがあったってゼノが言ってたっけ。僕はまだ小さかったから詳しい事は知らないけど。


「所でそちらのお子さんは?以前は見ませんでしたが……」
「息子のリィン・クラウゼルです。リィン、挨拶しろ」
「あ、リィン・クラウゼルです」
「ほぉ、あの〈猟兵王〉に息子が……なるほど、将来が楽しみだ」


 やっぱり猟兵王の息子として注目されている、これはプレッシャーになるな……


「グルシアさん、申し訳ありませんがそろそろ……」 
「おおそうですね…そろそろ本題に入りましょうか」
「ええ、依頼内容を教えて頂きたい」
「内容はある組織の始末をお願いしたい、その組織は『鳴神』」
「鳴神……ルバーチェ商会とタメを張っている組織でしたね」


 鳴神とはクロスベルに古くから存在していた裏社会の組織だ……って団長が言っていた。ルバーチェ商会が現れるまではこいつらがこの町の裏を支配していたらしいよ。


「左様、長年に渡り対立してきた組織だったんですがここ最近抗争が大きくなってきましてねぇ。これ以上抗争が大きくなれば被害も甚大になりかねません。事実つい先日も街中で銃撃戦になりそうになりまして……万が一民間人に怪我でもされたら無能な警察はともかく民間人の保護と称して遊撃士協会がでしゃばってくるかもしれません。そうなる前に奴等を始末するしかないという結論になりました」
「つまり俺達にその勢力の一つになれと……?」
「左様、西風の旅団ならば勢力として申し分ないですからな。報酬は5千万ミラでどうでしょうか?」


 西風の旅団は猟兵団の中でも最高ランクの実力を持っているから基本的に大きな仕事は一千万ミラを軽く超えるんだ。5千万ミラなら中々貰える方だね。つまりそれだけ危険な仕事になるって事か、少し緊張しちゃうな……


「場所は?」
「この辺りの近郊にはいくつかの古戦場跡がありましてその一つでやる予定です」
「なら敵の勢力、戦場地帯の地形の詳細など的確な情報を頂きたい」
「勿論です、後貴方に教えておくべき情報があります。鳴神は『赤い星座』を雇ったとの事です」
「赤い星座だと……!?」


 団長とガルシアが険しい顔つきになる、赤い星座……一体どんな相手なんだろうか?




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「危険よルトガー!」
「そうは言ってもな……」


 ルバーチェ商会との話を終えて僕達はアジトに戻ってきていた、でも話を聞いたマリアナ姉さんは突然僕の作戦同行に反対しだしたんだ。


「ねえゼノ、何で姉さんはあそこまで反対してるの?赤い星座ってそんなに凄い相手なの?」
「そうやな、もうボンも知っておくべきやろうし……『赤い星座』は西ゼムリア大陸における最強クラスの猟兵団でウチとも何度も殺り合っとる連中なんや」
「西風の旅団と!?」


 話を聞くだけでも相当やばい猟兵団って事が分かる、西風の旅団と互角に戦える猟兵団なんて数えるほどしかないからだ。


「赤い星座の団長であるバルデル・オルランドは団長と因縁があってな、度々殺し合っとるんや。団長とあそこまで戦える奴なんてこの大陸にも数えるほどしかおらへん。しかも団員たちは下っ端すらかなり強いから姐さんも反対しとるんやろな」


 そんなにヤバイ相手だったんだ、確かにデビューする時に相手するような猟兵団じゃないとは思う。


「マリアナ、バルデルの息子だって幼いころから戦場に出てるんだぜ?」
「それとこれとは話が別よ!!」
「だがリィンは俺の息子だ、遅かれ早かれ赤い星座とはいつかやり合う時がくる」
「そ、それは……」
「今回はお前をリィンに付ける、あいつをフォローしてやってくれ」
「……分かったわ」


 最終的に姉さんが折れて僕の作戦参加は確定になった。でも姉さんや皆があそこまで警戒する相手だ、赤い星座……気を引き締めて挑まないと。
 


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 「えーと、ここは遊撃士のギルドがあってあっちに武器屋があって……分かってはいたけどクロスベルって本当に広いなぁ……」


 僕は現在クロスベルの町の地形を覚える為に街を歩いていた。
 

 これは地形を把握するためであり、猟兵はいざという時の為に脱出経路を作るのだがその為には地形を把握しておく必要があるんだ。地図でもいいが実際に目で見たほうが分かりやすいし、もし年月がたっていたりしたら地形に変化があるかも知れない。だから猟兵は初めて来た場所や長く訪れてない場所に来て最初にするのが地形の把握だ。
 

 自分が西風の旅団に拾われてここまで大きな都市に来たのは帝国や共和国以来だ、地形を把握するのは初めてじゃないがやはり大都市の地形を覚えるのは大変だと僕は実感した。


(ううん、こんなことで挫けるなんて駄目だ。団長達が通ってきた道なんだ、これ位出来ないと)


 僕はそう思い再び街を探索しようとしたが……


「嬢ちゃん、困るじゃねえか!」
「だからー、悪かったって~」
「悪かったじゃないよ!ミラを持ってないなんて舐めてるのか!」
「ホントに財布があると思ってたんだってばー、でも財布を忘れちゃって……」
「ええい話にならん!保護者を呼べ!じゃなきゃ警察だ!」
「ええっと、それはちょっと勘弁してほしいなー……」


 東通りのある屋台の前で店の主人と赤い髪をした少女が何か争っていた、どうやらあの子が無銭飲食をしたらしい。


「……よし、助けてあげよう」


 エレナを失ったあの日から僕は出来る限り困った人の力になりたいと思うようになった、まあ偽善的な行為かもしれないけど……僕は言い争っている二人に近づいた。


「おじさんちょっといい?」
「何だ坊主、今取り込み中で……」
「その子が食べた物の代金、僕が払うよ」
「何?」
「えっ?」


 僕の言葉に屋台の主人と赤髪の少女が驚いたような表情を浮かべる。


「お前この嬢ちゃんの連れか?」
「まあそんなとこかな、それでいくら?」
「ああ、8900ミラだ」


 む、無銭飲食でどれだけ食べたんだこの子……心の中で若干呆れながらもサイフからミラを出す。


「はい、ミラだよ」
「毎度あり。おいアンタ、今後はこんなことが無いようにしっかりと教育しておけよ」
「すいませんでした、ほら行くよ」


 僕は代金を渡し少女の手を掴んでその場を離れた。



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「ふうっ、なんとかなったか」
「ありがとう、キミ優しいね!」
「うわッ!?」


 屋台があった東通りから港湾区に来た僕は少女の手を離す、すると少女が僕に抱きついてきた。


「キミのお陰でシャーリィ助かったよ!」
「むぐぐ、少し離れて……」


 頭に抱きつかれた僕は息が出来なくなったので少女……シャーリィを降ろす。


「それにしても財布も無しに飲食したら駄目じゃないか」
「ねえねえ、キミ名前は?」
「聞いてないし……リィンだよ、君は?」
「シャーリィだよ!助けてくれてありがとうリィン!」
「どういたしまして、でももう無銭飲食なんてしたら駄目だよ」
「ごめんねー、シャーリィ財布持ってると思ってたんだけど無かったんだ」
「しっかりしてよ……でもシャーリィ、どうして一人だったんだ、親はどうしたの?」


 シャーリィはどうみても自分より年下にしか見えない、そんな彼女に保護者がいないのはおかしいと思った僕はシャーリィに質問した。


「シャーリィは猟兵なの、だからこの町の地形を把握して来いってパパに言われて街を歩いてたんだけどちょっとお腹がすいちゃってつい……」
「えっ、シャーリィは猟兵なの?」
「そうだよ」


 シャーリィの言葉に僕は驚いた、まさかこんな少女が猟兵だったとは。まあそんなこと言ったら自分もなんだけど。


「そうなんだ、すごいんだね君は」
「まあデビューしたのは一年前なんだけどね」
「い、一年前!あの、君いくつ?」
「6歳だよ」


 6歳!?僕より一個下だ……そんな年でもう猟兵としてデビューしているなんて信じられない……でもこの少女から放たれる底の知れない闘氣が事実だと僕に思わせた。


「お~い、シャーリィ!何処だ~」
「あ、ランディ兄の声だ!」
「君の家族かい?」
「うん、きっと迎えに来てくれたんだ」
「そっか、じゃあ行かないとね」
「うん、リィンありがとうね、それじゃ!」


 シャーリィはそういって走っていった。


「しかしあの子が猟兵か、じゃあいつか戦うことになるのかな」


 僕はそういってアジトに戻っていった、だがこの時まさか直に再会するとは思わなかった。



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ーーー



 そしていよいよ決戦の日がやってきた。
 クロスベル郊外にある古戦場跡、そこに大規模の部隊が集結していた。一方はルバーチェ商会、もう一方は鳴神。クロスベルの裏社会を支配する二つの組織が今宵決着をつけようとしていた。
 

 遊撃士ギルドや警察もこの動きに気付くが警察は上層部に圧をかけられ、ギルドは民間人への危険がない限り手が出せない為共に静観していた。


「お前ら、作戦前の最終確認をするぞ、今回の依頼達成条件は鳴神の会長の首を取ること……つまり大将の首をとったほうの勝ちってことだ。俺達は鳴神が雇った赤い星座の相手をしながら敵の大将も殺らなくちゃならねえ」
「赤い星座、相当厄介な相手ね」
「全くだ、そこで今回は俺とゼノとガルシア、そして数人の部隊長で攻めに入る。レオとマリアナ、そして残りの隊はルバーチェの守りに当たれ」
『了解!』


 団長の指示に各部隊長たちが返事を返す。普段おちゃらけているゼノもこの時はカッコイイ。


「そして赤い星座を抑えている間にレオ達も加勢して一気にカタをつけるんだ、そしてリィン」
「は、はい!」
「お前はマリアナの部隊に入れ。マリアナ、フォローを頼む」
「任せて、ルトガー」


 姉さんがフォローしてくれるのなら安心だね。


「リィン、いいか?今回はお前の初の実戦だ、俺達が今まで教えたことを最大限にいかすこと、そして何より生きることを優先しろ」
「生きること?」
「猟兵は引き際を見極めることも大事だ。無茶して死ぬなんてことは絶対にするな、恥だと思うな、危なくなったら逃げろ、いいな?」
「分かりました」
「良し、それじゃお前ら作戦を開始する。いいかお前ら、絶対に生きて帰って来い!」
『了解!!!』




 そして決戦の火蓋が切られた。これが僕の初実戦……必ず生き残って見せるぞ!





side:ルトガー


「喰らえ、『ラグナドライバー』!!」


 上段に構えた太刀が雷を帯び、勢いよく振り下ろす。その一撃で10人以上の猟兵達を吹き飛ばした。しかし流石は赤い星座の猟兵だ、一般の兵でさえかなりの戦闘力を持っており並みの猟兵団ならとっくに終わってるがこいつらはそうはいかない。
 流石は大陸最強クラスと呼ばれるだけはある、だが俺の団だって負けちゃいない。


「そらそらッ!足元がお留守やで!」


 ブレードライフルの銃弾と斬撃で赤い星座の猟兵達を翻弄するゼノ、そして敵を罠が仕掛けてある位置に誘導させる。


「そうらッ、これで仕舞や!!」


 導力地雷の凄まじい爆発が猟兵達を吹き飛ばす、流石『罠使い』。トラップじゃあいつの右に出る猟兵はいない。


「はあッ!『絶倫攻』!喰らえ、『大回転旋風脚』!!」


 自身の身体能力を上昇させてからの広範囲に及ぶ回し蹴りを放つガルシア、その一撃で猟兵達が吹っ飛んでいく。戦場を武器も持たずにステゴロで戦い周れるのなんざアイツ以外にはいないだろうな。


「へッ、あいつらもやるじゃねえか。よし、俺だって……ッ!?」


 突如殺気を感じた俺は太刀を上に構える、するとまるで隕石が落ちたかのような衝撃に襲われた。


「よく防いだな、流石は猟兵王」
「攻撃する直前まで気づかせなかったくせによく言うぜ、闘神」


 俺は気配を消して攻撃してきた戦斧を構える男、赤い星座団長バルデル・オルランドを見据えそう呟いた。


「団長!くそ、ガルシアの兄貴、ワイらも行くで!」
「いや、無理のようだぜ……」
「お前たちの相手は俺がしてやる」


 二人の前に凄まじい体格を持った紅い髪の男が立ちふさがった。赤い星座副団長シグムント・オルランドも出てきたか……!


「俺の団員達を随分と可愛がってくれたようだな、ルトガー」
「だったら何だってんだ、バルデル?」
「知れた事……今日こそお前を殺し任務を遂行するだけだ」
「はッ!俺がお前に殺される訳がないだろう、返り討ちにしてやるよ」


 俺は太刀と双銃剣の片方を両手に持ちバルデルは戦斧を構える。


『今日こそくたばれ!!!』


 そして俺とバルデルは激突した。しかしシグムントの奴がきているのなら最近噂になっている奴の娘も来ているかもしれないな、リィンが鉢合わせしなければいいんだが……




side:リィン

 

「はぁはぁ、これが戦場か……」


 僕は初めての実戦を感じていた。人が倒れ大地が血で赤くなり銃声の音が辺りに響き殺意と憎悪が渦巻く場所……それが戦場だった。
 今まで僕は団長達の訓練を耐えてきた。だが実際の戦場は訓練とは比べ物にならない、ここでは何時何処から敵が襲い掛かってくるか分からないからだ。


「はぁぁッ!」


 正面から剣を構えた赤い星座の猟兵が僕に迫る、放たれる攻撃を刀で受け止め上に弾く、そしてがら空きになった猟兵の腹に目掛けて刀を横なぎに振るう。


「がはッ!」


 猟兵の腹から血が噴出し地面に倒れる。


「うっ……」


 僕はそれを見て目をそらす、その隙をついて猟兵が背後から襲い掛かる。


「死ねえッ!」
「リィン、危ない!」


 マリアナ姉さんが銃で猟兵の眉間を打ち抜いた、マリアナ姉さんは僕の側に駆け寄る。


「リィン、大丈夫!」
「うッ、姉さんごめん……」
「いいの気にしないで。人を殺したんだもの、そうなって当然よ」


 二年前に僕は自らの中に眠る『力』で暴走して猟兵を傷つけたことがある、その時は意識がはっきりとしていなかったが後から気づいて嘔吐した、その日は一日中震えが収まらなかった。


 だが今日初めて自分の意志で人を斬った。それはとても言葉では決して言い表すことのできない感情になった。黒くまとわり付くような不快感や恐怖が身に襲い掛かる、できることなら一生味わいたくないものだ。


「リィン、無茶はしないで無理になったり直に撤退して。いいわね?」
「うん、分かったよ……」
「リィン、姉御!!」


 そこにレオの部隊が駆けつけてきた。


「レオ、一体どうしたの?」
「どうやら団長達が『闘神』と『赤の戦鬼』とぶつかったようだ」
「あの二人と同時に……それはまずいわね」
「俺は直に団長達の元に向かう」
「分かったわ、私達はこのまま守りを続けるわ」
「武運を祈る」
「貴方もね」  


 レオの部隊が団長達の元に向かった。


「姉さん、僕達はどうするの?」
「私達はこのままルバーチェ商会の守りに……!?———隠れてッ!」


 マリアナ姉さんが何かを察したのか僕を連れて物影に飛び込んだ。


「ぐあッ!」
「があッ!?」


 すると突然マリアナ姉さん達の後ろにいた西風の旅団の団員二人の肩や足から血が噴出した。


「不味いわ、狙撃されている……これは《閃撃》のガレスね!」


 《閃撃》のガレス……確か赤い星座随一の狙撃手だって昨日姉さんに聞いた、マリアナ姉さんは直に負傷した団員達を物陰に隠すように指示をだした。


「けが人の状況は!」
「足や肩を撃たれたようです。応急処置はしましたが作戦続行は難しいかと思われます」
「分かった、ガレスは私が抑えるわ、貴方達は撤退して!」
「し、しかし……!」
「今動けるのは私と貴方とリィンだけ、ここは私に任せて早くいって!」
「すみません姐さん、どうかご無事で!」
「ええ、リィンをお願いね」


 僕とコリンさんは負傷した仲間を連れて撤退を始める、後ろからは銃撃の激しい音が響いてくる。


「姉さん……」


 僕は心配そうに後ろを振り返る。


「大丈夫だ、姐さんは強いからな。それよりも急ぐぞ、今の状態で敵に見つかったら格好の餌食だからな」
「はい、急ぎましょう!」


 僕達は本拠地である陣地目指して歩いていく、なるべく敵と遭遇しないように大回りしながら自分達の陣地に近づいていく。


「よし、あと少しだぞ」
「急ぎましょう」
「見~つけた♪」


 その時だった、崖の上から声が聞こえた、僕が見上げるとそこには崖から飛び降りた赤髪の少女がチェーンソーが取り付けられたライフルを自分目掛けて振り下ろす光景だった。


 僕は咄嗟に刀を抜きチェーンソーを弾く。


「あはは、何だか嗅いだことのある匂いがしたと思ったらやっぱりリィンだ~!」
「……シャーリィ」


 そこに現れたのは昨日ふとしたことで出会った少女—————シャーリィだった。


「まさか《血染めのシャーリィ》……!6歳で戦場に出て数々の猟兵を殺し、その身を赤い血で染めたことから異名がついたシャーリィ・オルランドか!?」


 西風の旅団の団員であるコリンさんが驚愕の表情でそう語る。《血染めのシャーリィ》……赤い星座の副団長《赤の戦鬼》シグムント・オルランドの娘である彼女はオルランドの血を引くもので6歳で猟兵としてデビューし多くの戦士の血を浴びてきた戦場の申し子。
 まさか昨日出会ったシャーリィが《血染めのシャーリィ》だったとは思ってもいなかったので、僕は驚きを隠せなかった。


「あはは、まさかこんな早く再会できるなんて思ってもいなかったよ。やっぱりリィンは猟兵だったんだね」
「どうしてそれを?」
「だって隠していても分かるよ、リィンからは血の匂いがプンプンするんだもん」
「……君にとって他の猟兵を見抜くことなんて朝飯前って訳か」


 僕は刀を構えながら後ろにいるコリンさんに話しかけた。


「コリンさん、今の内に二人を連れていってください」
「なッ、そんなことできるか!ここは俺が……」
「僕では大の大人二人も運べません」
「そ、それはそうだが……」
「絶対に死にません、だから早く言ってください!」
「ぐっ、絶対に死ぬなよ、直に応援を呼んでくる!」


 彼はそういうと二人を連れていった。


「あ、いっちゃった。まあいいか、今日はリィンと遊びたい気分だし♪」
「……やっぱりやらなきゃ駄目か?」
「当たり前だよ、猟兵が戦場で出会ったら殺るか殺られるかのどっちかじゃん」
「そうか、そうだよね。僕達は猟兵だ」


 自分も猟兵、そして相手も猟兵、戦場で出会ったなら殺るしかない。


(覚悟を決めろ、僕はこんな所で死ぬ訳にはいかないんだ)

 
 俺は脳内で死んでしまったエレナを思い出した。



「彼女の分まで僕は生きなくちゃならないんだ。だから、その為に僕は君を斬る……!」


 僕は刀を構えシャーリィを鋭く睨む。


「……あはっ♪いいよ、今のリィンすっごくいい……最近は楽しめるような殺し合いがなかったんだよね。だからさぁリィン……シャーリィを楽しませてよッ!!」


 シャーリィはライフルから銃弾を放つ、僕はジグザグに動き銃弾をかわす。


「はあッ!」


 僕は刀で地面を砕き石つぶてをシャーリィに放つ。


「効かないよッ!」


 シャーリィはライフルを横なぎに振るいチェーンソーで石つぶてを粉砕した、その隙をついて僕が切りかかる。


キィンッ!


 だがシャーリィは巨大なブレードライフルを意図も簡単に振り回し斬撃を防いだ。


「ブラッディクロス!」


 シャーリィは機関銃を乱射し追撃で切りかかる、僕は銃弾を刀で弾きチェーンソーを回避する。


(チェーンソーじゃ刀で受けられない、かわしながら攻撃していくしかないか)


 僕はシャーリィの攻撃をかわし追撃する、シャーリィは追撃させまいと機関銃で弾幕をはる、僕はそれらをかわしながらシャーリィに接近する。


「時雨!」


 僕はダッシュした勢いを利用して高速の突きを放つ、だがシャーリィは避けようともせずガチャリとライフルを構えた。


(何か来る!)


 何か嫌な予感を感じた僕は咄嗟に横に飛ぶ、するとシャーリィのライフルから火炎が放たれ地面を焼いていく。咄嗟に飛ばなかったら自分が黒コゲになっていただろう。


(火炎放射器まで内蔵してるのか、何て武器だ……!)


 機関銃にチェーンソー、更には火炎放射器と人を殺す武器のオンパレードに僕は少し恐怖した。


「もっと!もっと楽しませてよ!リィン!」


 闘気を纏ったシャーリィがチェーンソーを振り回し突っ込んでくる。


「ブラッドストーム!」


 シャーリィの攻撃を何とかかわすがその時運悪く何かに躓いて体勢を崩してしまった。


「しまったッ!」


 シャーリィがその隙を見逃すはずもなくチェーンソーを僕に振り下ろした。


ガキンッ!!


 だがチェーンソーが当たったのは僕ではなく僕の刀の鞘だった、僕は鞘が切れる前にチェーンソーを上に押し上げる。


「くらえッ!」


ドガッ!!


「ごふッ!!」


 そしてがら空きになったシャーリィの腹目掛けて全力の拳を繰り出しシャーリィの体をくの字に曲げた。
 そこに前蹴りを追撃で喰らわせてシャーリィを蹴り飛ばした。ゴロゴロと転がり崖に激突したシャーリィはぐったりとしたように壁に持たれかかった。


「はぁ、はぁ……危なかった」
「……あは」
「なッ!?」
「あはははははははッ、最高、最高だよリィン!シャーリィ血を吹いたの初めてだよ!」


 シャーリィはゆっくりと起き上がると口からプッと血を吐いた、肋骨を折る勢いの打撃を喰らったはずなのにピンピンしていた。


「なんて頑丈な……」
「リィン、もっと殺り合おうよ―――ッ!!!」


 口から血を流すシャーリィが向かってきた、僕も武器を構えて応戦する。そしてしばらく戦っていると空にまばゆい光が走った。


「あれは……」
「あ、撤退の合図だ」


 シャーリィから撤退の言葉を聞いて西風の旅団が勝ったんだと分かった、シャーリィは闘気を抑えて武器を下ろす。


「……向かってこないのか?」
「残念だけど今回はシャーリィ達の負けみたいだしね、これ以上しても無駄なだけだから」
(なるほど、状況の判断力が高い。流石は猟兵として先輩なだけはあるな)


 そうぼんやりと考えているといつの間にかシャーリィが目の前にいた。僕は驚いて一瞬動きが止まってしまう、それが仇となった。


「ん……」
「!!?」


 なんとシャーリィがキスしてきたのだ、それもディープな方を。


「じゅる、んん、くちゅ……」
「!??!?」


 更に舌までいれてきた、僕は離れようとするが信じられないことにシャーリィを振りほどけない、頭をがっちりと掴まれ首も動かせない、何て力だ!


「じゅるる、ずちゅ、じゅる、んっ……」


 尚もシャーリィの舌が僕の口の中を蹂躙する。舌を引っ込めても無理やり絡まされて歯茎や舌の裏まで舐められる、互いの唾液を混ぜ合いながら時には舌を強く吸われる……年下の女の子にここまで翻弄される情けなさとしびれるような感覚で頭がいっぱいになっていく。


 暫くの間シャーリィに成すがままにされていた僕は数分後開放された。


「えへへ、ご馳走様」


 最後に僕の口をペロリと舐めたシャーリィは恍惚の表情を浮かべた。


「な、なにをッ!?」
「ん、印だよ。シャーリィに傷をつけたのってパパ以外でリィンが初めてなんだよ。だからシャーリィ決めたの、リィンを殺るのはシャーリィだって、だから唾つけたの」
「だからっていきなりあんな……ファーストキスだったんだよ!?」
「じゃあねリィン、シャーリィ以外の奴に殺されたら許さないからね」


 シャーリィはそういって撤退していった、僕も戸惑いながら皆の元に向かった。




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ーーーーーー

ーーー



 今回の依頼は西風の旅団の勝利だった、団長達と合流したレオの部隊がゼノの部隊と協力してシグムントを抑えてその隙にガルシアが鳴神の大将を打ち取ったらしい。紙一重の勝利だったらしいけど勝ちは勝ちだ。
 

 勝利したルバーチェ商会は鳴神の支配していたシマを抑え更に勢力を拡大したそうだ。報酬を受け取る際に団長達はルバーチェ商会の専属戦闘員にならないかと誘われたらしいが団長は断ったらしい。


「しっかし危なかったな、もしレオが来てくれなかったら負けていたかもな」
「俺とゼノが本気を出して足止め程度、流石は赤の戦鬼と言うべきか」
「あのオッサン、戦闘力だけなら団長や闘神とタメはれるんなやいか?」


 西風の旅団の中でもトップの実力者である二人が足止めで精一杯だなんて信じられないよ、シグムント・オルランド……噂以上の猟兵らしい。


「そういや坊主、お前あの血染めのシャーリィと殺り合ったんだってな?」
「そうよリィン、それを聞いたとき私思わず倒れちゃいそうになったのよ」
「ご、ごめんなさい」


 ガルシアにシャーリィとの戦いについて聞かれ姉さんが血相を変えて詰め寄ってくる。心配をかけてしまったので直に謝った。


「だがよく無事だったな」
「それがしばらく戦ってると赤い星座が撤退しだしてシャーリィも直に撤退しちゃったんだ」
「なるほど、あいつらは戦闘狂ではあるが猟兵の本分をキチンと理解してる奴らだ。必要のない戦闘はしない、まあ逆に言えば必要ならいくらでも戦闘するんだがな」


 レオの質問に答えると団長が赤い星座について教えてくれた。確かに撤退も鮮やかだったし猟兵としての行動に無駄がない印象だった。


「しかしそれでも敵さんが撤退するまでボンは血染めのシャーリィ相手に持ちこたえたって訳やな、流石は団長の息子やで」
「本当に強い相手だったよ」


 自分でもよく生き残れたと思う。シャーリィの強さは本物だった、僕より一歳年下なだけで戦闘力も状況分析も彼女が上だ。初めての相手にしてはベリーハードもいい所だろう。


(まあでも顔は可愛かったな……)


 戦ってる時の印象は正に人食い虎だったが最初に会った時のシャーリィは年相応の無邪気な性格だった。実際あんな美少女とキスしちゃったんだよな……


「あら、どうしたのリィン、何だか顔が赤いけど?」
「な、何でもないよ!」


 姉さんに声をかけられて正気に戻った。はあ、何考えてるんだろう。いくら可愛くても意気揚々と殺しにかかってくる女の子はゴメンだね、やっぱり女の子は可愛らしい子が一番だ。


 こうして僕の初実戦は幕を閉じた。




  
 

 
後書き
実際はシャーリィは9歳の時に猟兵としてデビューしてますがこの小説では6歳の時にデビューしたという設定にしています。


ーーー  オリジナルクラフト紹介 ---



『時雨』


 リィンがレオニダスの武器、パイルバンカーを見て自ら編み出したクラフトの一つ。
 走る勢いを利用して放たれる高速の突きだが上空の敵に放つ『時雨空牙』、連続して突きを放つ『時雨連撃』、その場で全身のバネを使って零距離で放つ『時雨・零式』などのバリエーションがある。





ーーー オリキャラ紹介 ---


『コリン』


 頭を丸刈りにした男性で元遊撃士。猟兵になるまでは真面目に遊撃士の仕事をしていたがある時親友が帝国の貴族に罪を着せられて罪人にされる、それに反論しようとしたが相手は権力者であり干渉できなかった。
 遊撃士である以上どうしようもなかったが、そこにルトガーが現れて依頼を受けてその貴族の悪事を表に引きずりだした。
 そして彼の自由な人柄にほれ込んで猟兵になった。元は遊撃士だったので戦いよりも捜索などが得意。


 キャラのイメージは戦場のヴァルキュリアのカロス。


 

 

第5話 妖精との出会い

 
前書き
 

 
side:リィン


「はあッ!」


 僕は鳥型魔獣オオライチョウに切りかかる、オオライチョウはそれをかわして僕に目掛けて翼から竜巻を放つ。


「リィン、避けろ!」


 西風の旅団の男性団員であるカイトが僕に指示を出す、僕は一旦攻撃を中断して竜巻をかわす。竜巻を放ち無防備になったオオライチョウに女性団員のミリアが導力銃の一撃を浴びせた。


「キィィッ!?」


 自身に攻撃したミリアに振り向くオオライチョウ、その隙に僕はオオライチョウ目掛けて跳躍した、刀を火花が出るほどの早さで抜刀する、すると刀から炎が燃え上がる。


「焔ノ太刀ッ!」


 僕の放った一撃はオオライチョウを一刀両断にした


「やったなリィン!」


 カイトが僕の側に駆け寄り労いの言葉をかける、ミリアが近くにある大きな巣のような物で何かを探していた、おそらくオオライチョウの巣だろう。


「あったよ、七耀石!」


 ミリアが巣から見つけたのは大きな七耀石の塊だった。
 七耀石とは鉱山等から採掘される天然資源の結晶体であり地・水・火・風・時・空・幻の七つの属性を持ち導力を生み出すためのエネルギー資源になる。


 大体は欠片程度の大きさでそれはセピスと呼ばれているが偶に塊となった七耀石が採掘されることがあり貴重な物として扱われるんだ。
 ちなみに魔獣はセピスを好むようで体内にセピスを持っている。


「これが依頼主の言っていた七耀石だよね」
「ああ、間違いないはずだ。さっそく届けに行こう」



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー





「おお、無事に取り戻してくれましたか。流石は西風の旅団だ」


 貴族の男性が嬉しそうな笑みを浮かべて僕の手を握ってきた。

 
 この男性が今回の依頼主だ。でもこういった依頼は普通は遊撃士に頼むらしいが、どうもこの七曜石は健全な手段で手に入れたものではないらしく所謂曰くつきの代物らしい。だから僕達に依頼したんだね。


「こちらでお間違いないでしょうか?」
「確かにこれは私が奪われた七耀石です」


 僕は男性に七耀石を渡した。まあこれが盗品だったとしても僕達には関係ないからね、仕事に関係ない事には基本的に突っ込まないものだよ。


「それでは此方が約束の報酬です」
「200万ミラ、確かに受け取りました」
「それにしてもその若さで大した実力で……流石は〈猟兵王〉の息子ですね」
「いえ、自分などまだまだです」
「今後ともよろしくお願いしますよ」
「ええ、では」


 僕達はその場を後にした。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー





「は~、ようやく終わったね」
「そうだな、七耀石探すために魔獣を片っ端に倒してたら三日も掛かったからな」
「そうよね、リィンは大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。というかシャーリィと戦うよりは遥かにマシだよ……」
『ああ……』


 僕が遠い目になり二人は同情するような視線を向けてきた。
 赤い星座との接触から三ヶ月が過ぎ僕は戦場での実戦を乗り越え猟兵として成長した。その結果お父さんにもある程度認められ仕事に参加できるようになった。


 僕はこの三ヶ月で猟兵として数々の仕事をこなしてきた……のだが何故か赤い星座と鉢合わせになることが多かった。大きな仕事どころか小さな護衛の仕事でも僕は赤い星座—————シャーリィと出会ってしまった。


 あの日以来シャーリィは僕を見つけると直に向かってくるんだけど、その度に迎撃しているが何故か出会う度にシャーリィは強くなっている。流石はオルランドの血を引く者、戦えば戦うほど強くなるようだ。


「一週間前にも出会っちゃうし……もう向こうが僕の動き把握してるようにしか見えないんだよね」
「ご、ご愁傷様だな。本当に……」


 今回は西風の旅団に二つの依頼が来ていた。ひとつは紛争地帯の介入、もうひとつが七耀石を取り戻すという依頼だ。シャーリィに会いたくなかった僕はシャーリィが興味なさそうな七耀石側の依頼について来たというわけだ。


「ふぁ、気がぬけたら疲れたよ、二人とも早くアジトに帰ろう……」
((目が死んでる……))


 

ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー




 森の中にある西風の旅団のアジト、その入り口にはマリアナ姉さんが立っていた。


「あ、姉さん、ただいま」
『お疲れ様です、姐さん』
「あらリィン、お帰りなさい。貴方達もご苦労様。リィン、帰ってきて早々に悪いんだけどルトガーが貴方に用があるらしいの」
「団長が?一体何の用なんだろう」


 僕はマリアナ姉さんとカイト達に別れを言って団長がいる部屋に向かった。



「団長、失礼します」
「おお、来たかリィン」


 団長がいる部屋にノックをして入室する。西風の旅団はゼムリア大陸のいろんな場所に隠れ家を持っておりこのアジトもその一つなんだけど団長が使っている部屋はどこも散らかっているな。


「帰ってきたばかりで悪かったなリィン、依頼は達成できたか?」
「はい、皆の手助けもあり何事もなく依頼を終えました」
「そうか、無事に終わったならいい。だが油断するなよ、人間は慣れ始めた時に失敗しやすいもんだ。特にお前は無茶しやすいから仲間との連携は心がけておけ、分かったな?」
「分かりました、もしかして僕を呼んだのはその事を伝えるために?」
「いや今の話もあるが別の用件があるんだ」
「別の用件?」


 団長は普段はしない真剣な表情になり、僕も自然と身構える。


「(な、何だろう?団長何時もになく真剣だ、もしかして僕に関する事で何かあったのかな?だとしたら心して聞かないと!)それで話とは……?」


 僕は恐る恐る話を聞く。


「ああ、実は……」
「……ごくり」
「お前に妹が出来る!!」
「……はッ?」


 だが団長が話した話の内容は僕の予想を遥かに上回るものだった。


「えっ、えっ?」
「何だ聞いてなかったのか?もう一度言うぞ、お前に妹が出来たんだ」
「まさか姉さんと遂に……」
「いや、流石にまだガキは作れねえな。マリアナ抜けたら結構厳しいし、それはいずれするつもりが今回は違う」
「じゃあ姉さん以外の人と……!?」

 
 団長がモテるのは知っているので相手が特定できない、団の女性だけでなく酒場のお姉さんとかカジノのバニーさんとか仕舞いには貴族の令嬢と幅広い女性関係を気付いているしね。

 
 まさか僕が全く知らない女性との間に出来たんじゃ?そんなことを考えていると、団長はため息をつきながら話し出した。


「心当たりはそれなりにあるが今回はそれも違う。というかさっきから生々しい反応するがお前にとって俺は簡単に女を孕ませる男に見えるのか?」
「だってあっちこっちに愛人いるし……」
「強い男には自然と女が近寄ってくるもんだ。お前もハーレムを作るなら全員を満足させられる器量の良さを身に着ける事だな」
「ハーレムなんて興味ないよ……まあその話は置いといて妹って僕みたいに拾ったって事?」
「まずは見てもらったほうが早いか。フィー、お前のお兄ちゃんだ、顔を見せてやれ」


 団長の背後からヒョコッと顔を出したのは僕よりも小さな銀髪の少女だった。


「………」
「団長、この子は?」
「この子はフィー、俺が行った紛争地帯にたった一人でいた子だ」
「たった一人で?」


 僕も戦場で団長に拾われた、だがこのフィーという少女も同じ境遇のようだ。


「……この子の親はどうしたんですか?」
「分からない」
「えっ?」
「この子は俺と出会う前までのことを名前以外覚えてないらしい。親の姿も見えなかった、もしかしたらこの子はずっと一人で生きてきたのかもしれないな」
「そんな……」


 僕は3歳の時に拾われた、そしてこの女の子……フィーも記憶も定かでない状態で戦場を彷徨っていたのか。いや、覚えることすら過酷な環境の中、必死で生きていたのかも知れない、自分よりも小さな少女が……


「……どうしたの?」
「えっ」
「何だか悲しそうな顔をしてる、元気だして」


 フィーはその小さな手で僕の頭を撫でる、自分の方が遥かに苦難の境遇なはずなのに自分を心配してくれるなんて……


「……ありがとう、君は優しいんだね」
「どういたしまして」


 僕はフィーを抱っこする、ちっちゃい体だけどとってもあったかい。


「フィー、僕はリィン・クラウゼル。君のお兄ちゃんだよ」
「リィン?……お兄ちゃん?」
「ああ、君は今日から俺達の家族……そして俺の娘〈フィー・クラウゼル〉だ」
「フィー・クラウゼル……わたしはフィー・クラウゼル……うん」


 フィーは新しい自分の名前を嬉しそうに呼んだ。


「今日からよろしくね、フィー」
「ん、よろしく。リィン……」


それにしても僕に義理の妹が出来たのか、何だか実感が沸かないな。


「それじゃリィン、早速で悪いがお前にフィーの面倒を見てほしいんだ」
「え、僕がですか?」
「勿論俺達も面倒見るが最近は少し忙しくてな、それに年の近いお前ならフィーも安心すると思うんだ」


 なるほど、確かに団長達は最近忙しいしそれなら仕方ないか。でも僕もあまり年の近い人がいなかったからどう接しようか。


「大丈夫かな……」
「どうしたの、リィン?」


 フィーが心配したようにクイクイッと裾を引っ張ってくる、可愛い……じゃなくて。


「ううん、何でもないよ、フィー」


 そういって僕はフィーの頭を撫でてあげる、するとフィーは嬉しそうに微笑む。うん、やっぱり可愛い。


「取り合えず団の奴等に会わせてやってくれないか、一応事情は話したがちゃんとした自己紹介はしてなかったんだ」
「じゃあまずはゼノ達に会ってきます」
「頼んだぜ」


 団長との話が終わり僕はフィーと一緒にアジトを歩きながらゼノ達を探す。


「ねえリィン、何処に行くの?」
「今からフィーを団の皆に紹介しに行くんだ」
「……皆?」


 フィーはきょとんとした顔で僕を見る、少し怖がっているようにも見えた。


「もしかして緊張してる?」
「……うん」


 フィーは恐る恐る僕の手を握る。


「大丈夫だよ、皆フィーを受け入れてくれるよ」
「本当に?」
「僕を受け入れてくれたんだ、フィーなら直に受け入れてもらえるさ」
「……うん」


 フィーと話しているとアジトの食堂についた。
 

 猟兵の食事は基本的にレーションや町のお店などでご飯を食べている。戦時には非戦闘員が作るがそれも塩で味付けしたり焼いたりと簡単なものが多い。

 
 だからこの西風の旅団でもまともな料理が出来るのは姐さんくらいだろう。


「おー、ボン、どうしたんや?」
「あ、ゼノ、それにレオ」


 そこにいたのはゼノとレオだった、二人は依頼を終えると大体食堂とかでお酒を飲んでいる。


「ちょうど良かった、二人を探していたんだ」
「俺らをか?」
「うん、ほらフィー出ておいで」


 僕は後ろにいるフィーを前に出した。


「………」
「お、もしかしてその子が団長が拾ってきたっちゅう子か?」
「うん、今日から団長の娘になったフィー・クラウゼルだよ、僕の義妹になるね。フィー、こっちの胡散臭い話し方をするのがゼノ、こっちの大きなお兄さんがレオ、二人は西風の旅団の連隊長なんだ」
「胡散臭いはないやろ。嬢ちゃん、俺はゼノや」
「俺はレオニクスだ、よろしく頼むフィー」
「ん、よろしく。ゼノ、レオ」


 フィーはゼノとレオに手を差し伸べて二人と握手をする、良かった、どうやら打ち解けられたみたいだ。


「しかしこんな可愛らしい子が団に入ってくれるなんてな、俺嬉しいわ~」
「え、まさかゼノそういう趣味だったの……?」


 僕は警戒するようにゼノからフィーを遠ざけた、まさか身内が幼女好きの変態だったなんて……!


「ちょ、リィン!ちゃうで、俺はただ可愛らしいと素直な感想言っただけやで!」
「ゼノ、変態さん?」
「フィー!?」
「お前とは長い付き合いだがまさか幼女趣味だったとはな……」
「レオ!皆酷いで――――ッ!?」


フィーにまで言われたゼノはおいおいと泣き出した、ありゃりゃ……ゼノ酔ってたのか、それにレオも少し酔っているみたいだ、普段はあんな風に悪ノリはしないしね。


「……ふふっ」


泣き出したゼノやそれを慰めるレオを見てフィーは少し笑った。



ゼノ達と別れて次に訪れたのはマリアナ姉さんの部屋だ、姉さんは副団長みたいな扱いだし早めに紹介しておこう。


「姉さん、リィンだけど入っていいかな?」
「あらリィン、ちょっと待っていて。直ぐに開けるから」


扉が開き姉さんが出てきた、どうやらシャワーを浴びていたらしくその肌はほんのり赤くなっている。


「姉さん、いきなりごめんね、姉さんに紹介したい子がいるんだ」
「あら、さっきの子ね。また挨拶をしにきてくれたのかしら?」
「あっ、姉さんはもう会っていたんだね」
「……」


フィーはさっきみたいに僕の背後に隠れていた。やっぱりまだ慣れてないのかな?


「フィー、姉さんは優しい人だから大丈夫だよ」
「……ん」


それでもフィーはチラチラと姉さんを見ているだけで出てこない。おかしいな、ゼノ達と比べたら姉さんのほうが気を許しやすいと思ったんだけど何だか怖がっているみたいだ。


「もしかしてさっきのアレが原因かしら……」
「姉さん、フィーに何かしたの?」
「いえ、その子には何もしてないんだけど……そのね、最初ルトガーがその子を連れてきた時にルトガーの隠し子かと思っちゃって」
「ああ、そういう事か」


前にレオから聞いたけど姉さんって普段は冷静だけど団長が絡むと勘違いしやすいみたいなんだ、僕の時も同じように勘違いしたらしいし姉さんも意外とドジッ子なのかな。


 まあ姉さんがそう言う勘違いをしてしまう位に、女性に手を出している団長にも原因はあると思うけど。


「フィー、姉さんはフィーに怒ったんじゃないよ、団長に怒ってたんだ」
「そうなの?」


あっ、やっぱり自分に対して怒ってると思ってたんだ。まあ姉さんは怒ると怖いしね。


「フィー、ごめんなさい。貴方に怖い思いをさせてしまったわね。でもね決して貴方が嫌いな訳じゃないの、寧ろ貴方が家族になってくれて嬉しいくらいよ」
「本当に?」


姉さんはゆっくりとフィーを抱き上げた。


「本当よ、貴方が家族になってくれて嬉しいわ、フィー。これから宜しくね」
「うん、宜しく……マリアナ」


良かった、無事に姉さんとも打ち解けられたみたいだ。


「でもルトガーがまた子供を拾うなんてね、長年一緒に猟兵をやって来たけどあの人の行動は読めないわ」
「あはは、でも姉さんも以外とおっちょこちょいなんだね」
「言わないでよ。私だって恥ずかしいんだから」
「でもそんな所が姉さんの魅力だと思うよ」
「……」


おや、何で姉さんは驚いたような顔をしてるんだ?ちょっと顔も赤いし風邪かな?


「リィン、貴方いつの間に女性を口説くスキルを身に付けたの?」
「え?僕は正直に思ったことを話しただけだよ?」
「やっぱり血は繋がってなくでもルトガーの子ね、あの人も天然タラシだし将来が怖いわ……」


何だか困ったような顔で僕を見てる…どうしたのかな?
僕がそんなことを考えてるとフィーがクイクイッと裾を引っ張ってくる。


「どうしたの、フィー?」
「……んー」


だがフィーはなにも言わない、というか何だか少し不機嫌な感じだ。


「あらあら、もう仲良くなったの?お姉さん安心したわ♪」


何か微笑ましい物を見たような表情を浮かべる姉さん、怒ってるように見えるけど仲良く見えるのかな?


 その後も他の団員達にフィーを紹介していったが皆快くフィーを受け入れてくれたみたいで良かった。自己紹介を終えた僕は自分の部屋に戻った……何故かフィーも一緒に。団長曰く「お前ら兄妹なんだから部屋一緒でいいだろ?」ということらしい。
 

 まあいいけどさ、僕も女性団員の人と一緒に寝る事もあったし……でも何か落ち着かないな。


「えっとフィー、君が使うベットなんだけど……ってもう寝てるじゃないか」


 フィーは既に眠っていた、しかも普段僕が使うベットのほうで……仕方ないか。僕はフィーに毛布を被せる。


「それにしてもあっという間に寝ちゃったな、よほど疲れてたのかな。まあ無理もないか、ずっと一人で生きてきたんだからな……」


 僕は兄としてやっていけるだろうか?いや、僕だって皆に育ててもらったんだ、なら次は僕がフィーを支えなきゃ……


「お休み、フィー」


 僕はそういって眠りについた。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー




 フィーが西風の旅団に来て一ヶ月が過ぎた、フィーも団員達と打ち解けてきたようである程度のお手伝いを率先して行うほどだ。でも少しだけ問題があった。


「フィーが遠慮ばかりしている?」
「そうなの、あの子あまり自分を顧みないの」


 僕の部屋に姉さんやゼノ、レオ、それに団長もやって来た。姉さんの話ではフィーは最近遠慮がちのようらしい。


「姉さん、それってどういうこと?」
「分かりやすくいうとあの子自分の事を疎かにしてるの。お手伝いしてくれているのは嬉しいんだけど……自分の時間とかがないのよ」
「働いてばかりやしそれ以外は食うか寝るくらいの事しかしないんや。もっと子供らしく遊んでもええのにな」
「食事も必要最低限しか食べん、他の奴等に渡したりしているようだ。まるで自分から遠慮してるかのようにな」


 姉さん、ゼノ、レオの話を纏めるとつまりフィーは僕たちの為には動くが自分に関しては無関心っていうことかな?フィーももっと皆に甘えてもいいのに何でだろう、あれ、でもそれって何処かで聞いたような気がするな……


「前のお前にそっくりだろう?」


 団長にそう言われて僕も思った、僕も猟兵になるまでは今のフィーみたいに自分の事を疎かにしていたらしい。


「多分フィーは皆の役に立ちたいんだよ。団長に拾われて西風の旅団に入ってフィーは嬉しかったんだと思う、だから彼女は感謝の思いを行動で示してるんだよ。僕も皆の役に立ちたかったから多分そうだと思う。
 それに彼女は今まで生きるために必死だったんだ、遊んだりできる訳ないし甘えられる相手もいなかった、だからそういうのが分からないんじゃないかな?」
「フィーは俺が見つける前の記憶すら無くしてしまうくらい過酷な環境で生きてきたそうだ。そういった当たり前の感情すらだせないのも無理はないか」


 フィーは僕よりも過酷な環境で生きてきたんだ、それもたった一人で…せっかく家族になれたんだ、もっと自分を出してほしいんだけど…何かいい方法とか無いかな……そうだ!


「団長、フィーの歓迎会を開こうよ!」
「歓迎会?」
「うん、そういう無礼講の場なら自分をさらけ出しやすいんじゃないかな、ほら、ゼノが酔っ払って普段よりはっちゃけたりレオが苦手な笑みを浮かべたり姉さんが団長に甘えたりするじゃない?」
「ちょ、そないな事あらへんって!」
「……そんなことしてたのか」
「リィン!そんなことは言わなくていいから!!」


 ゼノが慌てておりレオは軽くショックを受けて姉さんは顔を真っ赤にして抗議するが事実だからしょうがない。


「なるほど、そういう席ならフィーも案外自分を出しやすいかも知れないな」
「それに僕も祝いたいなって思ってたんだ、せっかくフィーが家族になったんだから」
「そうだな、じゃあいっちょフィーのために最高の歓迎会を開いてやろうぜ!」
『応っ!』


 こうしてフィーの歓迎会を開くことが決定した。

 


ーーーーーーーーー

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ーーー



 それから一週間後が過ぎたよ、僕達はフィーに内緒で歓迎会の準備をしているところなんだ。フィーが喜んでくれるといいなぁ。


「どうだ?みんな、準備はできたか?」
「料理は大丈夫や、レーションやけど何時もより高級な奴を買ってきたで」
「部屋の飾りつけ用の道具も用意した」
「後は会場を用意するだけね」
「僕もプレゼントは用意できたよ」
「後は会場を用意するだけだな。リィン、手はず通りに頼むぜ。」
「了解!」


 団長達が飾りつけをする間僕はフィーにばれないように外に連れ出す係になっている。僕はフィーがいる自分の部屋に向かった。


「フィー、いるかい?」
「リィン?」


 ベットに座っていたフィーはトコトコと側に寄ってくる。


「僕と一緒に森に行ってくれないかな、ちょっとレーションが切れてきて食料を調達しないといけないんだ」
「そうなの?ならわたしも手伝うね」


 よし、普通に誘ってもフィーはお手伝いがあるからと断るかも知れない。そこでこんな言い方をしたが食いついてくれたようだ、優しいフィーの気持ちを利用するみたいで嫌だけどそこはごめん。


「それじゃ行こうか」
「うん、レッツゴー」


 僕とフィーは手を繋いで一緒に森に向かった。




ーーーーーーーーー

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ーーー






「ん、これ食べられるね。こっちは駄目、毒がある……」


 森についてからフィーは慣れてるかのように食べれる物と食べられないものを分けていた。僕も訓練してるから分かるけどフィーはそれ以上かもしれない。


「すごいねフィー、どうやって判断してるの?」
「ん、一口食べて危ないかどうか身体で覚えていた」


 フィーは僕よりも小さな身体で一人で生きてきたから、ここまでの知識を持っているのか。でもだからこそ甘えて欲しい、頼りにしてほしいと思う。この歓迎会でフィーが変わってくれるといいんだけどね、僕も頑張らないと。


「っとフィーばかりにやってもらったら駄目だな、僕も何か見つけないと。おや、あれは……」


 僕が見つけたのはウサギ型の魔獣だった。ふむ、肉も用意しておいた方がいいかな?そう思った僕は武器を構えて魔獣に向かっていった。
 でもその時僕はいつの間にかフィーの姿が見えなくなっていたことに気が付かなかった。



side:フィー


 ふう、こんな所かな。わたしはある程度の食料をカゴに入れて一息ついた、こうやって食べ物を探したのも久しぶりかも知れない。


「家族か……」


 団長には本当に感謝している、あの人が見つけてくれなかったらわたしは今も一人でいたと思う。最悪死んでいたかもしれない、でも団長と出会ってわたしには家族が出来た。ゼノやレオ、マリアナに皆…それにリィン。


 彼も私と一緒で団長に拾われたらしい。色々面倒を見てくれたり気にかけてくれたり本当の兄のような人……皆に恩返しがしたくてわたしに出来ることをしてるけどわたしは皆の力になれてるのかな?


「あれ、リィン?」


 ふと周りを見るとリィンの姿がなくなっていた、はぐれちゃったのかな?急いで戻らないと……


ズシンッ、ズシンッ!!


 ん?何だろう、何かが近づいてくるような……


バッ、ズシィン!!!


「あれは、魔獣!?」


 わたしの前に現れたのは大木と間違えるかの如く太き両腕…岩を思わせる強靭な身体……そんな魔獣だった。あれって確か森の主であるグルノージャっていう魔獣だっけ?団長がこの辺りにいるから気を付けろって言ってた魔獣だ。


「ガァァ―――ツ!!」


 魔獣は大きな咆哮をあげながらわたしに腕を叩きつけてきた。


「くっ!」


 わたしは横に転がり何とか魔獣の攻撃をかわした。でもどうしよう、わたしは気配を読むことができるからその力で極力魔獣を避けてきたが今回は油断していた、魔獣の接近に気が付けなかったなんて……!


「グガァァァァッ!」


 魔獣は再び腕を振り上げる、不味い、不安定な体勢だからかわせない!


 嫌だよ、やっと……やっと一人ぼっちじゃなくなったのに……家族が出来たのに……


 助けて団長……助けて…ゼノ、レオ……助けてマリアナ……助けて……


「グァァァッ!!」


 助けて……リィン!!




「時雨連撃!!」


 ……え?魔獣が突然吹き飛んだ、どうして……?


「大丈夫か、フィー?」
「リィン!」


 ……来てくれた、本当に来てくれた!!


「ごめんね、僕が目を離したせいでフィーを危険な目に合わせてしまった」
「ううん、わたしが勝手に行ったのが悪い」
「でもフィーが無事で良かった」
「あ……」


 何でだろう、リィンに撫でられると胸がポカポカする。全然嫌じゃない、寧ろ暖かい……


「グルル……」


 さっきの魔獣が起き上がりこちらを威嚇する。するとリィンはわたしを守るように奴の前の立ちふさがった。


「フィーは下がっていて、僕が奴の相手をする」
「でも……!」
「大丈夫、妹を守れなくちゃ兄として失格だろ?」
「……リィン」


 そういって魔獣の刀を向けるリィンの背中は…何よりも頼もしかった。


「ガァァァッ!」
「お前の縄張りに勝手に入った僕たちが悪いのは分かる、それでもフィーを傷つけようとしたのは許せない!」


 魔獣は咆哮をあげながらリィンに飛び掛る。


「焔ノ太刀!!」


 リィンの刀が燃え上がり魔獣と交差した。


 斬、斬、斬ッ!!!


「グォォォ……!」


 魔獣は三回の斬撃を受けて地に伏せた。


「……ごめんね」


 リィン、とても悲しそう、あの魔獣だって縄張りを守るために戦っただけ……それでも彼は優しいから心を痛めている。


「フィー、怪我はない?」
「うん。でもごめん、迷惑をかけて……」
「いや、僕も不注意だった、君だけのせいじゃないさ」
「でも……」


 俯くわたしにリィンはポンッと頭に手を置いた。


「僕たちは家族なんだ、助け合うのは当然さ」
「助け合う?」
「そうだよ、君が皆の為に動きたいのは分かる、でもフィーばかりが頑張っていたらいつか倒れてしまうだろ?皆、フィーに甘えて欲しかったんだ」


 皆がわたしに……


「でも分からない、甘えるってどうすれば……」
「簡単だよ、フィーがして欲しいと思ったことは言えばいいし、言いたいことを言えばいい。我慢しないで自分に素直になればいいんだ」
「……自分に素直になる」


 リィンはわたしを抱っこする。


「さあ帰ろう、皆待ってるよ、フィーのことを」
「……?」




ーーー 西風の旅団 アジト ---


『お帰りなさい、フィー!』
「うわぁ……!」


 アジトに戻ったわたし達の前に現れたのはいつもとは違う綺麗に飾り付けされたアジトだった。これは?


「どや、驚いたやろフィー、これ皆フィーの為に用意したんやで」
「私の為に……」
「皆が準備したんだ、お前の歓迎会がしたいってな」


 わたしの為に……どうしよう、凄く嬉しい。


「皆フィーと家族になれて嬉しいんだ、勿論僕だって嬉しいよ」
「リィン……」
「はい、これ受け取ってくれるかな?」


 リィンがくれたのは猫みたいな髪留めと小さな人形だった。リィンは髪留めをわたしの髪に付けてくれた。


「うん、よく似合ってるよ」
「リィン、凄く嬉しいよ……」
「これからは本当の家族として一緒に生きていこう、フィー」
「うん!」



 わたしには家族が出来た。お父さんみたいなルトガー団長、お母さんみたいなマリアナ、年の離れたお兄ちゃんのゼノやレオ、そして……


「宜しくね、リィン」


 大好きなお兄ちゃん……リィンが家族になってくれた。これからは皆と一杯思い出を作っていけるといいな……


 
 

 
後書き
 これからはカッコいいフィーや可愛らしいフィーをどんどん書いていきたいです。
因みに焔ノ太刀は八葉一刀流に連なる技ですがこの小説ではリィンが独自で編み出した技に変更しているのでお願いします。


ーーー オリキャラ紹介 ---


『カイト』


 青髪の双剣使いで面倒見のいい青年、だが少しドジなところがある。西風に入る前は帝国で飛行船の操縦士をしていた。


 キャラのイメージはドラゴンボールのヤムチャ。


『ミリア』


 茶髪のショートヘアの導力銃使いの女性。猟兵にしては珍しく導力銃を使っているが火薬式の銃も使える。
 カイトとコンビを組んでおりドジなカイトをサポートしている。


 キャラのイメージはONE PIECEのナミ。 

 

設定集 その1

 
前書き
簡単な設定集を作りました。 

 
ーーー キャラ設定 ---



『リィン・クラウゼル』


 今作の主人公。ゲームと違いシュバルツァー家ではなく猟兵王ルトガーに拾われ彼の息子になった。ゲームよりも性格が幼いのか甘えん坊で泣き虫な部分がある、だが根本的な部分は変わらず困っている人をほおっておけない優しさをもっている。普段は穏やかでのほほんとしたのんびり屋、怒ることは苦手。(ただし家族や大切な存在に危害を加えようとする者には怒りを露にする)
 父であるルトガーを心から信頼しており彼の言うことは大抵素直に聞くほど懐いている。他の団員は兄や姉のように思っている。
 

 エレナとの一件で彼女を失ってしまった経験を得て、もう二度と自分の大切な人を失わない為に猟兵になった。そのため原作と比べると殺す事に抵抗が少なくなっている。
 

 戦闘ではルトガーから習った我流の剣術やガルシアやレオ直伝の体術で戦うことを得意としている、反面罠を使ったり銃などの飛び道具は苦手としている。
 

 服装は閃の軌跡Ⅱのような感じで紅いコートの代わりに西風の旅団のジャケットを着て頭にゴーグルをかけている。


 趣味は鍛錬と読書と釣り。


 





『フィー・クラウゼル』


 リィンが7歳の時ルトガーが戦場で拾った少女。彼と出会うまでの記憶を名前以外失っており本当の家族などを知らない。
 彼らに拾われたことを心から感謝しており慕っている。
 最初は子供らしい反応が無かったがフィーの歓迎会を通してより深い絆を作り年相応の反応を見せるようになった。
 ゲームと違い甘えることを知ったので少し感情豊かになった、兄であるリィンには特に懐いている。


 戦闘は出来ないが気配を読む力が強くそれで魔獣を避けてきた、団に入ってからはある程度の護身術を習っている。


 趣味は昼寝、時々マリアナに料理を習ってる。


 リィンに貰った猫(みっしぃの柄)の髪飾りをいつもつけている。





『ルトガー・クラウゼル』


 西風の旅団団長にして『猟兵王』の二つ名を持つリィンを拾った男性。無精髭が特徴で性格は大雑把で行動で示すことを心情としてるが団長として広い視野や冷静な判断力も持っている。滅多な事で怒ることはないがリィンやフィーに危機が迫ると激怒してしまう。これは原作時よりも若い為。原作が始まるころには、より落ち着きのあるナイスミドルになっているだろう。


 戦闘力は最強クラスで太刀と双銃剣で戦う。


 西風の旅団を本当の家族と思っており成果や結果よりも彼らが無事帰還することをいつも願っている。


 武器は大太刀と二丁の双銃剣だが必要ならばあらゆる武器を扱うことができる。また実力も高いが、指揮も卓越した物をもっておりゼノやレオ、マリアナと行ったスペシャリストを的確に動かして戦場を支配することからいつしか猟兵王と呼ばれるようになった。


 女好きでマリアナや西風の旅団の女性団員のほとんどと関係を持っており、外にも愛人が何人もいる。ルトガー個人の財産は彼女達の生活費やプレゼントに消えていくので実は割と金欠。


 

『マリアナ』


 長い金髪とエメラルド色の瞳を持った美しい女性。ルトガーとは一番古い付き合いで団の中でも古株、そのため団員たちは彼女のことを『姐さん』と呼んで慕っており、実質副団長として見られている。(彼女を名前呼びするのはルトガーとガルシアとフィーだけ)
 性格は冷静でルトガーを支える参謀でもあるがプライベートではお茶目で悪戯好きな所もある。


 戦闘では狙撃銃を巧みに操り走りながら弾を充填、狙う、狙撃、の動作を一瞬でこなす程の技術を持っており『魔弾』の二つ名を持っている。


 リィンやフィーにとって姉であり母でもある存在。


 ルトガーに好意を持っており酔ったりすると彼限定で甘えん坊になる。


 猟兵では珍しくまともに料理が出来る人物で団全員分の料理を作ることもある。


 容姿のイメージは漫画『バスタード』のミカエル。




『ゼノ』


 西風の旅団の部隊長の一人。武器を巧みに操り戦場を支配する姿から『罠使い』の二つ名を持つ。性格はゲームと同じで飄々とした感じ。リィンをボン、フィーを姫と呼び可愛がっている。ゲームよりエセ関西人感が多くなっている。マリアナをよくからかうが大抵制裁される。




『レオニダス』


 西風の旅団の部隊長の一人。大柄の黒人でドレッドヘアーが特徴、その巨体から放たれる一撃はあらゆる物を破壊することから『破壊獣』の二つ名を持つ。性格はゲームと同じで無口で寡黙な性格。リィンとフィーを自分の子供のように可愛がっている。
 実は表情を出すのが苦手なだけで酔ったりすると笑顔を見せてくれる。でも団員には不評でちょっと傷ついている。




『ガルシア』


 西風の旅団の古株にして『キリングベア』と呼ばれる凄腕の猟兵。ルトガー、マリアナと並んで最古参のメンバーでルトガーの右腕的存在と見られている。面倒見がよくリィンも懐いており、彼の使う格闘技はガルシアが教えたもの。
 猟兵として生きていくことに疲れた彼は、以前仕事をしたルバーチェ商会にスカウトされて悩んでいた。それを察したルトガーに背中を押されてマフィアの世界で生きていくことを決めた。フィーが来た頃にはもういなかったが、リィンは別れの際泣いてしまい相当ごねたらしい。


 

 

第6話 小さき騎士との出会い

side:リィン


「むにゃ……」


 帝国方面にあるアジトの一室で僕は久しぶりにベットで寝ていた、ここ最近は依頼も多く外で寝たりしていたからこうやってベットで寝れるのは嬉しい。今日は仕事も無いしもう少し寝てよっと……
 
 僕は軽く寝返りをしながら二度寝しようとするが……?


 ムニュッ……


 ……何これ、枕じゃないよね。柔らかくて暖かいけど何なんだ?


「んん……」


 えっ、今の声ってまさか……僕は毛布を剥がす、するとそこには……


「すう、すう……」


 可愛らしく体を丸めて寝息を立てている銀髪の女の子……フィーだった。







 歓迎会をしてからフィーは素直になった。少し感情が出てきたというかまあ皆と打ち解けれてきたかな、ちょっと我侭を言うようになったり遊んで欲しいと言ってきたり年相応な反応を見せてくれるようになったのは嬉しい。
 でも最近はこんな風にベットに潜り込んでくるんだ、嫌じゃないけどやっぱり慣れないな。


「フィー、起きて、朝だよ」


 眠気も無くなった僕はフィーを起こすことにした。


「……おはよう、リィン」
「おはよう、フィー」


 眠そうに目を擦るフィー、彼女は普段お手伝いや食事をしてない時以外は寝ていることが多い。単純に寝るのが好きらしくよく僕の所や姉さんの所でお昼寝をしている。


「ほら、シャキッとして、着替えて」
「リィンが着替えさせて」


 そういって両腕をこっちに伸ばすフィー。


「もう、フィーだって女の子なんだから自分で着替えないと駄目だろう?」
「リィンなら見られてもいいよ」


 兄として信頼されてるのかな?でも妹とはいえ流石に不味いよね、姉さんに頼んで一人で着替えが出来るようにしてもらおうかな。
 そんな事を考えながら今だ腕を伸ばしているフィーを着替えさせた。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー




「おはよう、団長、皆」
「……おはよう」
「おう、リィン、フィー、おはようさん」


 アジトのちょっと広い部屋に行くとそこには団長とゼノ達がいた、皆何だか疲れたように暗い表情をしていた。


「皆大丈夫?顔が辛そうだけど」
「大丈夫やあらへんよ、連日仕事仕事と流石にえらいわ……」


 ゼノがダルそうに言う、レオや姉さんも流石に疲れを隠せないのか元気がない、いくら最強クラスの猟兵団でも人間である以上疲れはあるよね。


「ルトガー、団員達も疲れが出てるわ、このままじゃ士気に影響が出てしまうかも知れないわね」
「ここ最近は休みもなかったからな、無理もねえ。ここいらで休暇をとるか」


ガタッ!!


「「「本当(ホンマ)に!?」」」


 僕と姉さん、そしてゼノがそろえて言う、休みなんて何ヶ月ぶりだろうか……!


「お、おお。最近忙しかったし休みも必要だろ?」
「だが何処に行くのだ?我々はあまり目立つ所には行けないぞ」


 今まで黙っていたレオがそう言う、自分達は世間でも嫌われている猟兵団……ましては「西風の旅団」という名は遊撃士や軍の関係者なら知っていて当然なのだ、だから大きな街に滞在すると必ず警戒される。


「お前ら、街以外で行きたい所あるか?」
「俺は酒飲める所なら何処でもええわ」
「……俺もそれでいい」


 団長の質問にゼノとレオは即答した、この二人花より団子だよね。


「今は夏だし涼しい所がいいわね」
「わたし、水遊びがしたい」
「涼しい……水遊びか、う~ん……」


 姉さんとフィーは水辺がいいらしい、今は夏真っ盛りだし僕もそれに賛成だね。


「海……はちょっと遠いか。川も泳げそうな所はねえな」


 このアジトは『公都バリアハート』の郊外にあるので海はちょっと遠いかな。あ、そうだ!


「団長、僕に考えがあるんですが……」
「ん?」



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー




「うわぁ……!」


 うっすらと霧の中から現れた広大な湖…今僕たちは『エベル湖』に来ていた。
 『エベル湖』とはクロイツェン州にあるアルゼイド子爵が納める領地にある広大な湖で、そのほとりにあるのが『湖畔の町レグラム』。南部にあるサザーランド州に向けての水上定期船が出ておりバカンスに来る利用者も多いらしい。
 猟兵である僕たちは町には入れない、レグラムには遊撃士のギルドもあるからね。だから今僕達がいるのは町の反対側にある場所だ。
 男性の団員達はほとんど水着姿になっている、やっぱり皆凄い身体だよね。レオや団長は当然として意外とゼノも逞しい身体をしている、着痩せするタイプなのかな?うう、僕も鍛えてるけどやっぱり皆と比べたら貧相だよね……


「でもボン、ようこないな場所知っとったな」


 水着姿になっているゼノがそう聞いてきた。


「うん、レグラムには『光の剣匠』がいるからね、興味があって調べてたら知ったんだ」
「ああなるほどなぁ、ボンも剣使うてるしそりゃ興味がでるわな」


 『光の剣匠』とは帝国を代表する剣士であり剣を志す者なら聞いたことのある二つ名だ。アルゼイド流と呼ばれる帝国二大剣術の一つ、ヴァンダール流と双璧をなす流派を受け継いでおりその実力は大陸最強クラス……まさに達人というべき人物だ。
 

「ふふッ、おまたせ」


 あ、姉さんや他の女性団員の皆が来た…ふわぁ…!


「ヒュ~ッ……似合っとるで姐さん」


 ゼノが口笛を吹きながらそう言うが確かに口笛も吹きたくなるよ、姉さんの金髪と黒い水着がマッチしてすごく似合っていた…それにしてもあいかわらず凄いスタイルだ。


「ねえルトガー、どうかしら、似合ってる?」
「ああ、滅茶苦茶似合ってるぜ、やっぱお前いい女だ」
「あらっ、素直に褒めてくれるなんて珍しいわね♪」
「俺は素直に思ったことをいっただけだ」
「ふふッ、ありがとう」


 うわぁ、姉さんの顔まるでにがトマトみたいに真っ赤だ。団長は多くの女性を虜にしてるってゼノも言ってたしあれが恋愛って奴なんだね。大人っぽいな~。


「リィン」
「あ、フィー、遅かっ……」


 フィーを見た瞬間身体に電流が流れたかのような衝撃に襲われた。だ、だって……!?


「……」


 フィーはフリル付きのワンピースタイプの水着を着ていたのだ。か、可愛い……


「マリアナに選んでもらったんだ、似合うかな……?」


 照れながら上目使いで僕をジッと見るフィー。な、何か言わないと……!


「うん、フィーによく似合ってるよ、可愛いね」
「えへへ、ありがとう」


 フィーは本当に嬉しそうに笑った、うん、可愛い。
 でももう少し上手い褒め方があったかもしれないな、この辺はやっぱり自分が子供だからかな?僕もいつか団長みたいなかっこいい大人になりたいな。


「なんやろな、独り身にはきつい空気やわ……」
「そうだな……」


 何やら寂しげな目をしていたゼノとレオだったがかまってる余裕は今の僕には無かった。





ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー




「……よいしょ、んしょ」
「そうそう、体の力を抜いて、そうすれば水に浮くよ」


 今僕たちはエベル湖のちょっと深いところで泳ぎの練習をしていた、どうやらフィーは今まで泳いだことがなかったらしく僕がフィーに泳ぎ方を教えている。えっ、皆はいないのかって?……お酒飲んでます。


「じゃばじゃば、気持ちいい……♪」


 一時間ぐらいでフィーは一人で泳げるようになった。本当に運動神経がいいよね、鍛えたら僕よりも俊敏な動きが出来そうだな。などと猟兵っぽいことを考えてるとフィーが側にやってきた。


「フィー、どうしたの?」
「ん、ちょっと疲れた。リィン休ませて」


 そういうとフィーは……うわ!僕に抱きついてきた!?


「な、何やってるの!?」
「……?リィンに掴まって休んでるの」


 いやそれは分かるけどもう少し女の子らしく恥じらいをだね……


「……♪」


 まあフィーが楽しそうだしいいかな。






ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー





 一時間ぐらいが経過してもうお昼くらいになった、そろそろ一旦戻ろうとして二人で帰ってきたけど……


「おお、りぃん、ふぃー。お前ら飲んでるか?」


 団長、いくら何でもハメ外しすぎだよ。しかもゼノや他の団員も酔ってるし……


「あらあら、久しぶりの休みだからって……もう」
「まったくだな」


 あ、姉さんとレオは大丈夫か、よかった。


「皆どんどん飲むからお酒の在庫が無くなりそう。リィン、悪いけどレグラムまで行って買ってきてくれないかしら、貴方は私達みたいに顔までバレてる訳じゃないから大丈夫だと思うわ。でもギルドには気を付けてね」
「うん、分かったよ」


 しかし結構な量のお酒もってきたのにもう無くなりそうになるなんて……まあ猟兵なんて命がけの生き方してるんだからハメ外せる時に外しといたほうがいいよね。


「リィン、わたしも一緒に行く」
「あ、フィーも行くの?じゃあ一緒に行こうか」
「二人とも、お願いね」



ーーーーーーーーー

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ーーー






「フィー、ちゃんと手をつないでいてね。逸れたら分からなくなるから」
「ん、分かった」


 僕とフィーはエベル街道を歩きレグラムに向かっていた。しかし凄い霧だな、この辺りは霧が発生しており視界が悪い。一応街道灯があるから迷ったりはしないけど逸れたりしたら見つけるのは困難だろう、フィーの手を離さないようにしっかり手を繋ぐ。
因みにいつも着ている西風の旅団のジャケットは着ずに動きやすい旅人の服装にしてある、あのジャケットは色々と目立つからね。


「あ……」
「ごめん、痛かった?」
「ううん、少し驚いただけ……ちょっとドキッてしたかも」ボソッ


 何か言ったみたいだけど声が小さかったから後半が聞き取れなかったな。


 暫く歩いているとフィーが街道の外れをじっと見ながら立ち止まった。


「フィー?そっちには何も無いと思うよ?」
「リィン、あっちから複数の気配がする……」
「えっ?」


 僕は耳に集中して音を探る…微かにだが何か硬いものがぶつかる音がする、この金属音は剣かな?つまり誰かが戦ってるのか!?


「これは一人で戦ってるのかも知れない、急ごうフィー!」
「うん!」



ーーーーーーーーー

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ーーー




side:ラウラ


「ぐッ、はあはあ……」


 迂闊だった、魔獣の接近に気がつけなかったとは。まだまだ修行不足ということか……!飛び掛ってくる魔獣「サメゲーター」をかわし隙が出来たわき腹に剣を叩き込む。


「ギャアッ!」


 硬い!私の一撃では致命傷には至らなかったか、父上なら一刀両断に出来た筈だ。するとサメゲーターは硬直して動けない私に尻尾を勢いよく叩きつけてくる。


ガギンッ!


 剣を盾にして防ぐが余りの衝撃に腕が痺れる。サメゲーター達は私の周りを円のように囲んでいく、逃げ場を封じられたか。


「万事急須か……!」


 サメゲーター達が一斉に飛び掛ってくる、父上……!!


「目を閉じて!」


 何処からともなく声が聞こえ私は咄嗟に目を瞑る、すると強い光が辺りを照らした、これは一体?
そんなことを考えてたら右手をグイっと引っ張られた、だ、誰だ!?うっすらと目を明けると黒髪の少年が私の手を引っ張っていた。


「そなたは……?」
「話は後、早く逃げるよ!」


 少年はそういって私を誘導するように引っ張りながら高い木の上に逃げた。数秒後サメゲーター達は視界を取り戻したのか辺りをキョロキョロしていたが私達がいないと思ったのかその場を後にした。


「ふー、流石にサメゲーター五体はきついから行ってくれてよかった」


 私は助けてくれた少年をじっと見る、帝国ではあまり見かけない黒髪、どこかあどけない顔つきだが何だか頼りになる……そんな印象が浮かんだ。


「それで君は大丈夫?どこか怪我はしていない?」


 む、そうだ、助けてもらったのに相手の顔をジッと見るなど失礼だ。ちゃんとお礼を言わないと。


「先ほどは助けてもらい真に感謝する、私はラウラ・S・アルゼイド。よければそなたの名を教えて頂きたいのだが」
「僕はリィン。リィン・クラウゼルだよ」





……私はこの時思いもしなかった、この者達との出会いが私の運命を大きく変えることになるなどと。



 
 

 
後書き
今回出たのは閃の軌跡きっての美少女キラーことラウラさんです、いやー彼女ゲームでは最初はちょっと苦手だったんだけど進めていく内に可愛さに気づいて……特にお弁当のイベントでやられました(笑) 

 

第7話 光の剣匠

sideリィン


「リィン、改めて礼を言わせてほしい、危ない所を助けてくれて感謝している」
「そんなにお礼なんて言わなくていいよ、困ってたら助けるものでしょ?」


 サメゲーター達からラウラを助けたんだけどさっきから何回も頭を下げている、きっと義理堅い性格なんだね、でもそんなにお礼ばかり言われると困っちゃうな。


「リィン!大丈夫……?」


 魔獣がいなくなった事を確認したのか物陰に隠れていたフィーが出てきた。


「うん、何とかなったよ」
「リィン、この少女は?」
「僕の妹だよ、君の事を見つけたのがフィーなんだ」
「そうなのか、私はラウラ・S・アルゼイド。そなた達のお陰で命を救われた、感謝する、フィー」


 ラウラはフィーに手を差し伸べた、きっと感謝の握手をしようとしたのだろう。だがフィーはススッと僕の背後に隠れた。


「あ、こらフィー……ごめん、ラウラ、フィーはちょっと人見知りで……」
「いや気にしなくていい、私も配慮がなかった。こちらこそすまない」


 ラウラは気にした様子も見せずに謝った。心が広いな、きっと立派な人に育てられたんだろうな……ん?『アルゼイド』……?


「ねえラウラ、君はもしかして光の剣匠殿の娘なの?」
「父上を知っているのか?いかにも、私はヴィクター・S・アルゼイドの娘だ」


 光の剣匠の娘!?こんな所に一人でいるから一般人じゃないと思ってたけど、通りで自分の身長ほどもある両手剣を振り回せるはずだ。


「二人とも、助けてもらい本当に感謝している。もしそなた達がよければぜひ屋敷に来て欲しい、何かお礼がしたいんだ」
「いや、そんな悪いよ」
「騎士は受けた恩を必ず返すもの……駄目だろうか?」


 う~ん、どうしようかな?余り人が多い所には行きたくないんだけど、でも断ったらラウラに悪いかも知れないな。


「……うん、分かった」
「本当かッ!」


 パアッと嬉しそうに顔を輝かせるラウラ。


「リィン、いいの?」


フィーが心配そうに話しかけてくる。


「ここで断ったりしたらラウラの好意を無碍にしてしまうし」
「それはそうだけど、リィンってあいかわらずお人よしだよね」
「で、でも女の子の誘いを断るなんて失礼じゃないか」
「……なら好きにすればいい」
「フィ-?どうしたの?何か怒ってない?」
「別に……」


 プク~ッと頬を膨らませるフィー、怒ってないってどう見ても怒ってるんだけど……


「そなた達、一体何をしているのだ?」


 ラウラは不思議そうに顔をかしげていた。




ーーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 今僕たちはラウラの住んでいる町「レグラム」を目指してエベル街道を歩いていた。


「そうか、そなたも剣士なのか。見たこともない剣を持っているがそれは一体?」
「ああこれは『太刀』といって東方につたわる剣らしいんだ」
「東方……もしかしてかの有名な『八葉一刀流』の?」
「いや、残念ながら僕は我流なんだ」
「そうなのか、それにしてはかなり鍛えていると見える。さぞや凄まじい修行をこなして来たのだろう、是非手合わせをしてみたい」
「あはは、まあその内にね」


 剣士として何か通じるものがあるのかラウラは僕について聞いてきた。それにしてもさっきからフィーが右腕にくっ付いて離れないのだがどうしたのかな?


「む、見えてきたぞ、あれが霧の都レグラムだ」


 ラウラが指差したほうを見てみる。うわぁ……凄い、僕の目の前には広大な湖と大きなお城が見えてきた。なんて神秘的な光景なんだろうか。


「ラウラ、あのお城は?」
「あれは『ローエングリン城』。かの有名な『鉄騎隊』が拠点としていたと言われる場所だ」


 『鉄騎隊』……250年前の「獅子戦役」にて聖女と呼ばれたリアンヌ・サンドロット、彼女が率いていたと言われる部隊の事か。


「あそこに石像があるだろう、あれはリアンヌ様を象った物なんだ」
「へぇ……」


 『獅子戦役』か。どんな時代だったんだろう、猟兵をやってると命の危機なんてあって当たり前だけどそれよりも相当酷い時代だったのかな。


『お姉さま~ッ!!』


 その時だった、町の方から三人の少女が走ってきた。


「クロエ、セリア、シンディ?一体どうしたのだ、そんなに慌てて……」
「どうしたのじゃありません!!」


 クロエと呼ばれた小さな女の子が涙目で叫んだ。


「お姉さまが森に修練しに行ったきり一時間も戻ってこなかったんですよ。私、お姉さまに何かあったんじゃないかと心配で……」
「「ああッ~~!?」


 クロエと呼ばれた少女はラウラに抱きついた。するとシンディって子とセリアって子の二人は驚愕の表情を浮かべた。


「ク、クロエ!貴方だけずるいですわ!」
「そうよ!私達だってお姉さまの事どれだけ心配したか……!」
「ふふッ、お姉さま~♡」


 何だろう、この光景は……クロエって子がラウラに抱きついて他の二人が嫉妬の視線でそれを睨んでる。


「ラウラ、その子達は一体……!?」


 ギロッ!


 な、何だ?突然三人に睨まれたぞ?


「貴方、お姉さまの何なんですか?」


 この子はクロエでいいのかな?その子が凄い殺気を込めた目で睨んできたんだけど……


「え、いやあの……」
「お姉さまを呼び捨てにするなんて…図々しいにも程がありますわ!」
「男の分際でお姉さまに言い寄るのは止めてくださいませんか!」
「え、えっと……」


 図々しい?言い寄る?どういう意味だろう?僕、知らない内にラウラに何か失礼なことしちゃったのかな?


「……」
「フィー?」


 その時だった、僕の後ろに隠れていたフィーが出てきて三人の、主にクロエの前に立ち塞がった。


「な、何なんですの?」
「わたしのお兄ちゃんに酷いこと言わないで、このおチビ……」
「なッ!?」


 あ、あのフィーが見知らぬ他人に怒った。しかも毒舌まで言うなんて一体どうしたんだ?


「貴方私の事をチビって言いましたわね!」
「……事実でしょ、寸胴おチビ」
「寸胴!?貴方だって同じ体系じゃないですか!」
「わたしは成長するから、貴方とは違う」
「私は成長しないって言いたいのですか!?」


 ……団長、皆、フィーが口喧嘩をしています、それもあんなに感情を露にして。ラウラや他の二人もポカンとした顔になってるし……


「フィー、もう止めなって!」
「クロエ、そなたも落ち着かぬか!」


 僕とラウラが二人を羽交い絞めにして離した。


「ええい、三人共私の恩人たちに失礼だろう!彼らは私の危機を救ってくれたのだぞ!」
『ええ、お姉さまに一体何がッ!?』


 ラウラが三人に先ほどの出来事を話した、最初は悲鳴をあげていたりしていたが徐々に落ち着いてきたようだ。



「……という訳だ、分かってもらえただろうか?」
「そんなことがあったとは露知らず……申し訳ございません、リィン様、フィー様」
「お姉さまを救って頂いたことには感謝します。お姉さまに手を出したら話は別ですが……」


 シンディとセリアは取り合えずは納得してくれたようだ、だけど……


「俄かには信じがたいですわ、その殿方はあまり強そうに見えませんし……」


 クロエは僕がラウラを助けたことを信じられないようだ。


「大体お姉さまを助けてのだって何か下心があったんじゃないんですの?男なんて御やかた様以外獣ですし……」
「一々リィンにつっかからないで。悪口しか言えないの?この貧乳」
「貴方ねえ、さっきも言いましたが自分の体系を見てから言ってくださいます?」


 あわわ、またフィーとクロエが不味い雰囲気になってしまったぞ。


「すまんが三人共、そろそろ屋敷に戻りたいのだ、これにて失礼する」


 ラウラが僕とフィーの手を握って駆け足で行く。


「あーッ!?一度ならず二度までもお姉さまと手を繋ぐなんて……!」
「やっぱり許せませんわ!」


 後ろで三人が何か言ってるがラウラは構わず僕たちの手を握り階段を登っていった。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー




「リィン、フィー。先ほどは済まなかった、三人は本当はいい子で妹のような存在なのだが、時々ああなってしまうのだ。本当にすまない」


 階段を登った先の広場でラウラが僕達に謝ってきた、別に気にしてないんだけどなぁ。


「そんなに謝らないでよラウラ、僕は怒ってないよ」
「……わたしはちょっと怒ってる」


 フィーが僕の腕をギュッっとしながらそう呟く。


「僕のことで怒ってくれるのは嬉しいよ、でも僕は怒ってるフィーより笑ってくれるフィーのほうが好きだよ」
「……バカ」


 フィーが怒った時は大抵こう言うと機嫌が良くなる、それにしてもフィーがあんなに怒るなんて……今までそんな事はなかったのにもしかして僕のために怒ってくれたのかな?もしそうなら嬉しいな。


「………」


 ラウラが何やら変なものを見るような驚いた表情をしていた。


「ラウラ、そんなポカンとした顔で僕を見てるけどどうしたの?」
「あ、いやすまぬ。別にそなたにおかしな所がある訳ではなく……ただ単に驚いたのだ。普通見知らぬ者にあのように罵詈雑言を浴びせられたらどんなに穏やかな人物でも怒るものだと思ってな」
「ん~、あの子達はラウラを心配してああ言ったんだと思うよ、僕もフィーに知らない男が話しかけてるのを見たら心配になるから気持ちは分かるし……それに僕は叱りはしても怒りはしないよ」
「叱ることと怒ることは違うのか?」
「叱るっていうには相手の為を思っていう事だと思うんだ、でも怒るっていうのは自分の中に溜まった鬱憤を相手にぶつけて晴らすことでしょ。それって自分も疲れるし相手も傷つけるだけだから僕は怒ったりはしないよ」
「……フフッ」


 僕がそういうとラウラは可笑しそうに笑い出した、フィーもクスクスと笑っていた。


「えっ、二人ともどうしたの?」
「フフッ、そなたを馬鹿にしている訳ではない。そなたは相当なお人よしだと思ったのだ、なあフィー」
「本当だね、しかも自分のことには鈍感なのに家族がバカにされると怒るから余計にね……」
「いい兄上ではないか」
「うん、鈍感なのが玉にキズだけどね」


 えっえっ?二人はなんで笑ってるんだ?よく分かんないや。


 二人はラウラの屋敷に着くまで笑っていた。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー





「お帰りなさいませ、ラウラお嬢様」
「じい、遅くなってすまなかった」


 ラウラの屋敷についた僕たちを最初に迎えてくれたのは執事の服装をした老人の方だった、でもその身体からは年を取っていることを感じさせない静かだが強大な闘気を感じた、強いな……


「リィン、フィー、紹介する。執事のクラウスだ」
「始めまして、私はアルゼイド家に仕えているクラウスと申します。リィン様、フィー様、先ほどはお嬢様をお救いして頂き真に感謝しております、親方様に代わりお礼を言わせてください」


 クラウスさんの言葉に僕達は驚きを隠せなかった、僕とフィーは気配を読む力に長けている、クラウスさんが先ほどの事を知ってるということは彼はあの場にいたという事だ。だけど僕もフィーも全く気配を感じなかった。


「じい、何故それを?」
「申し訳御座いません、お嬢様。実はお嬢様のお帰りが普段より遅かった為、私はお嬢様を探しに向かいました、そして魔獣に襲われているお嬢様を発見しました。直に助けようとしましたがその前にリィン様とフィー様が来られた為様子を見ておりました」


 やっぱりあの場にいたのか、でも全く気が付かなかった……


「それならば声をかけてくれても良かったではないか」
「ええ、ですがリィン様と楽しそうに談笑しておられるお嬢様を見てお邪魔をするのは忍びなく……それにお二人の人柄を見て危険や悪意はないと判断しましたゆえ……」
「そうか……すまないじい、迷惑をかけてしまったな」
「いえお気にしないでください、このクラウス、お嬢様の危機にいつでも駆けつけます」
「うむ、頼りにしている」


 ラウラとクラウスさんの会話を聞いてラウラがとても大切にされていることがよく分かった、ラウラの真っ直ぐな性格は皆に愛されているんだろうな。
 でもアルゼイド家の関係者は凄い実力なんだな、光の剣匠はどんな人物なのだろうか…



ーーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 僕達は屋敷の外にあるテラスに案内されていた、湖が一望できて風が気持ちいいなぁ。


「お嬢様、紅茶をお持ちしました」


 クラウスさんが紅茶とクッキーを持ってきてくれた、香ばしいクッキーの香りにフィーが目をキラキラさせている。


「ラウラ、これ食べてもいいの?」
「うむ、遠慮しないで食べてくれ」
「頂きます」


 フィーがクッキーをサクッと齧る、すると幸せそうな笑顔になった。


「美味しい、ポリポリ」
「フィー、そんなに慌てて食べたら行儀が悪いぞ」
「ふふっ、別に構わないではないか。フィー、美味しいか?」
「うん、美味しい♪」


 幸せそうにクッキーを食べるフィーを見ていると何だか和むな~。


「リィン」


 ひゃうっ!いきなりラウラに話しかけられて驚いてしまった、恥ずかしいな。


「す、すまぬ。何やら驚かしてしまったようだが……」
「いや気にしないで、それよりどうかしたの?」
「そなた達は二人で大陸を旅しているのか?」


 う~ん、どうしようか。あまり猟兵のことは話しちゃ駄目なんだよな。エレナの件でそういった事を隠すのは抵抗があるんだけど、団の皆に迷惑をかけてしまうかも知れないし……


「どうかしたのか?」
「あ、いや何でもないよ。まあフィーだけじゃないんだけど、他にも家族がいて皆で大陸中を旅しているんだ」
「そうか、私はレグラムからあまり出たことがない、だから外の世界に大いに興味があるんだ。帝国以外の国や町はどんな感じなんだ?」
「帝国以外にも沢山の町があったね、四季の綺麗な町や導力車が走る近代化した町……世界は広いって感じたなぁ」
「では強い武人もいるのか?」
「そうだね、沢山の強者と戦ったこともあるけどまだまだ僕の知らない強い武人もいるよ」
「そうなのか!私もいつかそのような武人達と剣を交えてみたいものだ」


 ラウラは期待に溢れた目でそう語る。


「ラウラはどうしてその人達と戦いたいの?」
「私の父上は『光の剣匠』と呼ばれる剣士であり私の目標なのだ、圧倒的な強さを持っておりながら決して力に溺れず、強い信念を持ち力なき民を守る武人……それが父上なんだ」


 そうか、ラウラにとってアルゼイド子爵は僕にとっての団長みたいな存在なんだ。父親に憧れる、その気持ち凄く分かるよ。


「アルゼイド子爵のことは噂で聞いたことはあるけどやっぱり素晴らしい人なんだね」
「うむ、私も将来は父上のような立派な武人になりたい、力なき者を守る騎士に……それが私の夢なんだ、リィンも力とはか弱き者を守るものだと思わないか?」
「そうだね、僕も大切な人を守れる力が欲しい、だから力を求めた」
「そうか、リィンもそう思うか、やはりそなたも良き剣士だ。力はそのために使うもの……だからこそ力を振りかざして力なきものを虐げる者が許せない。例えば『猟兵』だ」


 ピクッ……


 ラウラの言葉に僕は反応した、クッキーを食べていたフィーも反応して一瞬表情を曇らせた。


「『猟兵』……戦場の死神と呼ばれている人達だね」
「うむ、戦場を生業としミラさえあれば如何なる非道な依頼も受けるという猟兵、己の欲望だけの為に人を傷つけるなど……私はそんな猟兵が許せないんだ」


 ……そうだよね、普通なら猟兵はラウラのいう通りのイメージだ。エレナは受け入れてくれたけど猟兵は嫌われ者、それが当然だ。
 ふとフィーを見るとフィーの表情を見慣れた人間にしか分からないが悲しそうな表情をしていた。


「……リィン、何だか気分が悪そうだが大丈夫か?」
「ううん、何でもないよ、大丈夫だから」
「……?」
「お嬢様。そろそろ門下生達の稽古が始まりますが……」


 ちょうどいいタイミングでクラウスさんが声をかけてきた。良かった、ちょっと空気が悪かったから助かった。


「む、もうそんな時間か。リィン、フィー、これからアルゼイド流の門下生の稽古があるのだが良かったらそなた達も見学していかないか?」
「アルゼイド流の?……うん、是非見てみたい、お願いしてもいいかな」


 アルゼイド流の稽古か、剣士として是非見ておきたい。それにちょっと暗い気分になったから気分転換もしたいからね。
 そして僕達はアルゼイド流の門下生達が日々稽古に明け暮れている『練武場』に向かった。


 因みにフィーはあまりノリ気ではなかった。



ーーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



ーーー 練武場 ---


『はあっ!やあっ!せりゃあ!!』


 練武場の中では数人の男性が武器を持ち素振りをしていた。誰もが一糸乱れずに剣を振るう…凄い気迫だ、これがアルゼイド流……


「師範代、お嬢様、お待ちしておりました」


 一人の門下生の人がクラウスさんとラウラを見てそう言った……って師範代ってクラウスさんが?


「クラウスさん、師範代だったんですね」
「そういえば言ってなかったな、じいはアルゼイド流の師範代で私の師でもあるんだ」


 師範代か、それならクラウスさんの秘められた実力も納得だ。


「お嬢様、こちらの方々は?」
「この二人は私の客人だ、アルゼイド流の見学に来てもらったんだ」
「そうでしたか、自分はフリッツと申します、宜しく」
「リィンです」
「ん、フィーだよ。宜しく」


 フリッツさんは爽やかに笑いながら手を差し伸べてきたので僕はそれに答えた。


「リィン殿、貴方も剣士なんですね、体は細く見えますが相当鍛えておられることが分かります」
「フリッツさんもかなりの鍛錬をこなしていますね、流石はアルゼイド流の門下生の方ですね」


 他の門下生の方も強い、だがフリッツさんはより強いのが分かる。


「フリッツは門下生の仲でも一番の実力者です、リィン様も彼の実力を感じられた模様ですね」


 クラウスさんの言葉に僕は頷く、僕も剣士として彼の強さを感じたからだ。


「如何でしょうか、リィン様、フリッツと手合わせをしてみては?」
「手合わせですか?」
「ええ、僭越ながら私は貴方様の実力に非常に関心がございます。それにリィン様も剣士としての血が騒いでおられるかと思ったのですが違いますかな?」


 クラウスさんにはお見通しか。実は試してみたかったんだよね、洗練された剣術に我流の剣が通じるのかを。


「リィン、どうするの?」


 フィーがそう聞いてくるがもう僕の心は決まっている。


「是非お願いします」




ーーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



side:ラウラ


「それではリィン殿、お手合わせお願いします」
「こちらこそお願いします」


 リィンとフリッツは練武場の中心にある台の上に立っていた、フリッツは両手剣を、そしてリィンは『太刀』と呼ばれる剣を構えた。


「あれが太刀、なんと美しい刀身なんだ」


 まるで鏡のように洗練された美しい刀身に私は思わずそう呟いた。


「しかし異様に細長い刀身だ、あれでは直に折れてしまうのではないのか?」
「そんなことはないよ」


 私の隣にいたフィーが話しかけてきた。


「フィー、それはどういう事だ?」
「わたしもリィンから聞いただけなんだけど『太刀』は強度や切れ味を追求した剣らしいから意外と頑丈らしいよ」
「そうなのか。見た目の美しさに加え実戦向きに作られているのだな」


 初めて見る『太刀』での戦闘に私は胸を高鳴らせていた。


『お姉さま~っ!』


 聞きなれた声が練武場に響いた。入り口を見るとクロエ、シンディ、セリアの姿が見えた。


「お姉さま、やっぱり練武場にいたんですね」
「そなた達、どうしてここに?」
「それは勿論稽古されているお姉さまの凛々しいお姿を見るためですわ」


 シンディが私が練武場にいたことに喜んでいる。何故練武場に来たのだろうか、それを聞くとセリアは顔を赤くしていた。


「……ってあれ?お姉さま、稽古はされてないのですか?」
「うむ、今日は今からリィンとフリッツの実戦稽古が始めるんだ」


 ギラッ!!


 むむ、突然三人の眼光が鋭くなったぞ?


「お姉さま、あんな楽しそうに笑みを浮かべています……」
「リィンというのは先ほどの殿方よね?」
「まさかお姉さまに手を出したんじゃ……」
「そ、そ、そんな空の女神を侮辱するほどの大それた事を……!」


 一体どうしたのだろうか、クロエ達は本来はいい子なのだが時々おかしな様子になるし……うむむ、妹分達の考えていることが分からない。


「そこの三人、二人の迷惑になるから静かにして。特にそこの寸胴娘」
「あ、貴方はさっきの失礼な娘……ってだれが寸胴ですか!」


 フィーが三人に注意する、一人だけやたら辛辣だが……案の定クロエも反応してしまうしこのままではリィンとフリッツに迷惑をかけてしまうな。


「こら二人とも、今は稽古をしてるのだぞ。そんな大きな声で言い争いをしていたら皆に迷惑をかけてしまうではないか」


 私がそう言うと二人はシュンとした顔になった。


「そうだね、リィンに迷惑かけたら駄目だよね……ごめんラウラ」
「ぐぐッ、お姉さまに迷惑はかけられません。今回は私が大人の対応で引いて差し上げますわ」
「……ペチャパイ」
「ムキ―——ッ!」


 はあ、これは言っても駄目だな。


「む、そろそろ始まるか」


 台の上に立つ二人は審判であるじいの指示を待つ、そして……


「試合開始!」


 じいの声と共にフリッツが駆け出した、素早い踏み込みでリィンに迫る。


「はぁぁ!」


 そして両手剣をリィン目掛けて振り下ろした、流石はフリッツだ、踏み込む速度も申し分ない、普通ならこれで決まりだろうが……


「ふッ!」


 リィンはそれに反応して体をそらし攻撃をかわした、そして隙の出来たフリッツに横なぎの一撃を放つ、フリッツは両手剣を盾のように構えて防いだ。
 流石はフリッツだ、武器を巧みに使いこなしている。


「はあッ、せいッ、とりゃぁッ!!」


 お返しといわんばかりにフリッツは連続で剣を振るう、重い両手剣をあそこまで素早く触れるのは門下生の中ではフリッツだけだろう。
 リィンは攻撃をかわしているが徐々に台の端に追い詰められていく。そしてとうとうリィンは端まで追い詰められてしまう。


「あら、追い詰められてしまいましたわ」
「ふん、やっぱり男なんてこんなものですわ」


 シンディやクロエはこのままリィンが負けると思ったのかそう言っていた。普通ならそうかも知れないが私はそうは思わない、何故ならリィンは追い詰めれれているのに諦めた表情すら浮かべていない。


「リィン、信じてるよ」


 フィーもリィンが勝つ事を信じている。さあ、そなたはどうするのだ、リィン?


「でやぁぁぁ!!」


 フリッツが動き先ほどよりも更に早い踏み込みで剣を振り下ろす、それに対しリィンは太刀を構えた。
 まさか受け止めるつもりか?無茶だ、両手剣の重量から放たれる一撃を頑丈に作られているといえあんな細い刀では受け止められない、折れてしまうぞ。


「はあッ!」


 リィンは両手剣が刀に当たった瞬間刀の向きを変える、すると両手剣が反れるようにずれた。何が起きたのだ?


「なッ!?」


 フリッツも自分の攻撃がそれたことに驚いていた。リィンはその隙を逃さずにフリッツに一撃を放つ。


「僕の勝ちです」
「……そうですね、この勝負、自分の負けです」


 リィンはフリッツに当たる手前で刀を止めている。実戦ならやられていただろう、この勝負はリィンの勝ちだ。


「まあ勝ってしまいましたわ」
「本当にお強いのですね……」
「フンッ、まぐれに決まってますわ!」


 シンディとセリアもリィンを認めたようだ、クロエだけは認めてないようだが……


「やっぱりわたしのリィンは強い……」


 フィーもリィンの勝利に喜んでいるようだ、というか私のとは……?


「ふう、何とか勝てた」


 するとリィンとフリッツが此方に歩いてきた。


「リィン、見事な剣技だったぞ、フリッツ、そなたも素晴らしい太刀筋だった」
「ありがとうございます、お嬢様。しかしリィン殿、先ほどの最後に自分の一撃を防いだ技は一体何だったのでしょうか?」
「それは私も気になった、リィン、あれは一体何なのだ?」


 先ほどリィンがフリッツの攻撃をそらした技が気になっていた。


「あれは攻撃を受け流したんだ」
「受け流す?」


 受け流す?どういう事だろうか、防ぐとは違うのか?


「太刀は「折れず、曲がらず、良く斬れる」の3要素を非常に高い次元で同時に実現した剣なんだ。でも流石に細いから鍔迫り合いばかりだと刃こぼれしちゃうし最悪折れてしまう、だから刀で攻撃を防ぐんじゃなく力の流れを利用して攻撃をそらすんだ。」
「そんな技術があったのか、剣の道は奥深いな……」


 私はリィンの話を聞いて自分の知らない技や技術に感心する、やはり剣の道という物は奥が深い物だ。


「リィン!」


 するとフィーがリィンに抱きついた。


「リィン、凄かったよ。とてもかっこよかった」
「ありがとうフィー」


 リィンに頭を撫でられたフィーは嬉しそうに笑う。そ、そんなに気持ちいいのだろうか?……はッ!私は何を考えているのだ?


「見事な試合であった」


 その時練武場に凛とした声が響いた、この声はまさか?私は声が聞こえた練武場の入り口を見る、そこには一人の男性が立っていた。間違いない、あれは……


「父上!?」




side:リィン


「父上!?」


 ラウラの驚く声が響く、父上ってことはまさかあの人が……!


「『光の剣匠』……ヴィクター・S・アルゼイド子爵!」


 あれが光の剣匠……み、見ただけで判断できた、強すぎると……立ち振る舞いには一切の隙がなく静かに放たれる闘気は団長と同じかそれ以上だ。


「今帰ったぞクラウス、留守の間ご苦労だった」
「これは旦那様……お帰りなさいませ」
「父上、お帰りになられたんですか」
「おおラウラ、今帰ったぞ。長らく留守にしてすまなかったな」
「いえ、こうして父上がお帰りくださり私は嬉しいです」


 ラウラやクラウスさんと話すアルゼイド子爵、ラウラを見るその目は優しい父親のものだった、どことなく団長に似ている。


『お帰りなさいませ、親方様!!』
「皆、ただいま。皆も前に見たときよりも実力を上げたな、特にフリッツ、そなたの成長は目を見張るものだ、素晴らしいぞ。これからもその調子で精進するがいい」
「ありがとうございます!」
「うむ」


 するとアルゼイド子爵が僕のほうに歩いてきた。


「客人達、挨拶が遅れてしまい申し訳ない、私はヴィクター・S・アルゼイド。このレグラムを治めている領主だ」
「え、えっとリィンです!」
「……フィーです」


 フィーも緊張しているみたいだ。無理も無い、僕だってかなり緊張してる。


「そう緊張しなくてもいい。それよりもリィン、先ほどの仕合見事であった、まだ若いのに大した実力だ」
「あ、ありがとうございます!」


 あの光の剣匠に褒められるなんて光栄だ……!


「ふむ、もうこんな時間か。そなた達が宜しかったら一緒に夕食でもいかがかな?」
「……えっ?」





ーーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー




 えっと、これはどういう状況なのかな?今僕達はアルゼイド子爵の誘いを受けてラウラの屋敷で夕食をいただいてるんだけど完全に場違いだよね。雰囲気が違うというか……


「ふむ、どうかしたのかリィン、あまり食が進んでいないように見えるが?」
「あ、いえその……僕はこういった席に出たことがなくて、そのマナーも知りませんし……」
「ははッ、そうか。だが今は無礼講だ、そなたの妹君のように気にせず楽しむがいい」


 フィーはさっきまで緊張してたみたいだが今はいつものペースに戻って食事をしていた


「リィン、これ美味しいよ。モグモグ……」


 確かに子爵の言う通りだ、僕はスープを一口飲む。


「あ、美味しい」


 その後は緊張も落ち着いてきた、子爵、もしかして気遣ってくれたのかな?


「リィン、一つ聞いてもいいだろうか?」
「はい、何でしょうか?」
「そなたは東方の出身なのか?」
「いえ、多分違うと思います」
「多分?」
「あ、いえ、それよりどうしてそんな事を?」


 何で子爵はそんなことを聞いてきたんだろう?


「そなたは『剣仙』ユン・カーファイ殿を知っているか?」
「ええ、『八葉一刀流』の創設者……ですよね」
「うむ。実は昔、私はユン殿と出会った事があってな。その時にユン殿が持っていた剣がそなたの持つ刀であったからそなたも東方の者かと思ってな」
「そうでしたか……でも僕は我流です、八葉一刀流は名前しか知らないしこの刀は僕の師がくれたものですから」
「そうか、そなたの師に会ってみたいものだ」
「機会があったら是非……」


 まあ無理だよね、その師が『猟兵王』ルトガー・クラウゼルだからね。でも『剣仙』か、『光の剣匠』も会ったことがある剣豪……いつか会ってみたいな。


 
ーーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



「本当にありがとうございました」


 あの後、夕食を頂きそろそろ帰るところだ、もう辺りも暗くなってきたし……あれ、そういえば僕なんでレグラムに来たんだっけ?思いだせないな。


「リィン、そなた達はまだレグラムにいるのか?」
「うん、後1日くらいはいるよ」
「そうか、なら明日もまた来て欲しい、是非手合わせを願いたい」
「そっか、ならまた明日くるよ、僕もラウラの剣を見てみたいしね」
「うむ、約束だ」


 僕はラウラとそう約束してレグラムを後にした。




ーーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー




ーーー エベル街道 ---


「でも良かったの?」
「ラウラとの約束のこと?確かに猟兵のことがバレたら大変だけど僕もラウラと戦ってみたいし」
「そうじゃなくてお酒を買わなくても……」
「あ……」






 わ、忘れていたァァァァ――――――――――――――――!!!!!













 因みに怒られるのを覚悟して帰りマリアナ姉さんに謝ったが僕達が出かけた後皆飲みすぎて寝てしまったからいいと許してもらえた、次は気をつけないといけないな。



 

 

第8話 すれ違い

 
前書き
  

 
side:リィン


「ふわあ~……」


 昨日は何だか疲れて直に寝てしまった、そろそろ起きないと。


「んん……リィン」


 僕の隣で寝ていたフィーも起きたようだ。


「フィー、おはよう」
「ん、おはよう、リィン」


 まだ眠たいのか目をゴシゴシさせている、そんなに擦ったら目が傷ついちゃうよ。


「ほらフィー、しっかりして、外に出て顔を洗おう、ね?」
「……ん」


 僕はフィーを連れて外に出た。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



「ん……まだ眠い」


 着替えを終えた僕とフィーは外で朝食を食べていた。ってフィー、スープに顔つけそうになってるじゃないか。


「フィー、眠たいなら今日はお留守番しててもいいんだよ?」
「嫌、リィンと一緒に行く」


 フィーはギュッと僕の手を握る。しかしフィーと家族になってから何処に行くのも一緒だよね、まあ嬉しいからいいんだけど。


「お、朝から仲がいいな。リィン、フィー」


 あ、団長だ。


「おはよう、団長」
「……おはよう」
「ああ、おはよう、いやー昨日は飲みすぎたぜ。記憶が無いんだもんな、あはは」
「あははじゃないよ……姉さんやレオは介抱で大変だったみたいだよ」


 そのせいか姉さんやレオ以外の団員の皆はまだ寝ているみたいだ。


「分かってるさ、今日は俺達が皆の面倒をみるよ」
「そういえばレオがいないみたいだけど?」
「あいつは食料を取りに行ったぞ、今日にはレグラムを発つからな。魚とか獣肉を持って帰って乾燥させれば保存食になる、猟兵には必須だろう?」


 そうだね、一応缶詰とかもあるけど食料はあって困らないからね。


「所でお前ら今日はどうするんだ?」
「レグラムに行こうと思ってるんだけど駄目かな?」
「ん~まあいいぞ。お前はまだ顔までばれてないからな。でも注意はしろよ」
「うん、分かったよ団長」




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


side:ルトガー


 リィンとフィーがレグラムに向かい俺は自分のテントで明日から向かう仕事の内容を確認していた。


「ルトガー、ここにいたのね」
「マリアナ?」


 すると寝ていたはずのマリアナが入ってきた、もう起きたのか?


「おうマリアナ、もう休まなくていいのか?」
「ええ、もう大丈夫よ、それよりルトガー、リィンとフィー知らない?久しぶりにあの子達と遊んであげたいんだけど」
「ああ、二人ならレグラムに向かったぞ」
「あらそうなの、でも良かったの?」
「あん?」


 マリアナは何やら心配そうな表情を浮かべていた。


「昨日この街の領主が帰ってきたらしいわ。レグラムの領主はあの『光の剣匠』よ、リィンとフィーの顔が知れてないとはいえ心配だわ」
「ん~そうか……」


 光の剣匠か、個人的にはけっこう興味があるんだがな。


「もう貴方らしくないわね、二人が心配じゃないの?」
「心配してない訳じゃないけどよ、まあ案外バレても大丈夫じゃないか?」
「どうしてそう言えるの?」
「……まあ勘だよ」





ーーーーーーーーー

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ーーー



side:ラウラ


「ふふっ♪」


 剣の手入れをしながら私はリィンとフィーが来るのを心待ちにしながら待っていた。
 昨日見たリィンの剣技……未知の剣術に私の剣が通用するのかどうか今から楽しみだ。するとじいが部屋に入ってくる。


「失礼いたしますお嬢様、リィン様とフィー様が練武場にお見えになられました」


 おお、来てくれたか!私は早足で練武場に向かった。




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ーーー



「リィン、フィー、よく来てくれた」
「あ、ラウラ、昨日の約束通り仕合しに来たよ」
「やっほー、ラウラ。」


 私はリィンとフィーに挨拶をする。しかし本当に仲が良いのだな、今も手を繋いでいる。私は一人っ子だから兄妹の関係は少し羨ましく思う。


「それでリィン、まずはアルゼイド流の基本である素振りから始めないか?」
「そうだね、軽くウォーミングアップしたいと思っていたんだ」
「よし、では素振り1000回始めるぞ!」
「おおっ……って1000回!?」


 そして私とリィンは素振りを始めた。しかしこうやって年の近い者と剣を振るのは初めてだな。門下生の皆は年の離れた兄のようなものだった、だからリィンと共に剣を振るのは新鮮だ。


「ふふっ、こういうのもいいな」




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


side:フィー


「ふふっこういうのもいいな」


 リィンとラウラ、何だか楽しそう…


 チクッ……


 ……まただ、リィンがわたし以外の女の子と楽しそうにしてるのを見てると胸が痛くなってくる…まるで自分の腕に針をチクチク刺されてるみたい。
 今日の朝も本当は眠かった、いつもなら眠いときは動きたくないのに、リィンがラウラと二人っきりで会うのが嫌だった。
 わたし、どうしたんだろう。モヤモヤする、こんな気持ちは初めてだ。


「リィンのバカ……」


 わたしがそんなことを考えていたら練武場に誰かが入ってきた、あの三人は昨日リィンに敵意を出していた子達だ。


『お姉さま~ッ!!』


 ふわー……ちょっと面倒な人達が来ちゃったね。わたしはあの三人が苦手だからめんどいなぁ……


「あら貴方は……」
「確かフィー様でしたね、おはよう御座いますわ」
「あーッ!昨日の失礼な娘ですわ!」


 あーあ、見つかっちゃった……


「朝からコケコケうるさい、静かにして」
「人を鶏みたいな扱いしないでくれます!?」


 ふふッ、クロエをからかうのは面白いかも。リィンを嫌ってるから余り好きじゃないけど。


「どうだリィン、身体も暖まってきただろう」
「うん、もう汗だくだよ」


 あ、リィンとラウラが戻ってきた。二人とも汗だくだね、本当に1000回も素振りしたのかな?


「あ、お姉さま~、おはよう御座います。今日も凛々しくて素敵ですわ」
「うむ、おはようクロエ、シンディ、セリア」
「やりましたわ!私が一番最初に名前を呼ばれましたわ!」
「いいえ、あえて大切な人を最後に呼ぶかもしれません」
「うう、私は真ん中だから何も言えませんわ…」


 ラウラに挨拶された三人はそれぞれ面白いリアクションを見せてくれた。まあラウラは唯名前を呼んだだけなんだろうけどね。


「あ、君達も来たんだ。おはよう」
「あら、おはよう御座いますリィン様」
「お姉さまに手は出してませんわよね?」
「手を出す?握手のことかな?」
「……出してないならいいですわ」


 シンディとセリアは昨日の試合で少しはリィンを認めてくれたのか普通に接している。まあラウラと話してると嫉妬の視線をリィンに送ってるけどね。


「………」
「えっと、おはようクロエさん」
「……おはよう御座いますわ」


 クロエは未だにリィンを認めていない。何かあると直にリィンを睨んでるし……


「リィン、そろそろ仕合を始めないか?」
「ああ、そうだね」


 あ、いよいよ始まる。リィンの強さは知ってるけどラウラも強そうだね、これはちょっと楽しみかも。


「あら、リィン様とお姉さまが仕合なさるみたいね」
「リィン様はフリッツ様にも勝ってますしこれはいい勝負になるんじゃないのでしょうか」
「二人とも何を言ってますの、お姉さまの圧勝に決まっていますわ!」
「仕合が始まるんだから静かにして、寸胴娘」
「だから寸胴じゃありませんわ!」


 そうこうしている内にリィンとラウラが台の上に立つ。


「リィン、こうしてそなたと剣を交えることを楽しみにしていたぞ」
「うん、僕も楽しみだったんだ、手加減は無しだからね」
「無論だ。フィー、すまぬが開始の合図をしてもらえぬだろうか?」
「ん、いいよ」


 わたしは台の真ん中に立ち合図の準備をする、既に二人は戦闘の構えに入っていた。


「ん……それでは、仕合……開始」


 わたしの掛け声と共にリィンが動きラウラの懐に潜り込み刀を振るった、でもラウラはそれを両手剣で弾き左からの斬撃をリィンに放つ。


「なんのッ!」


 リィンは斬撃を後ろにステップしてかわした。


「はああッ!」


 今度はラウラがリィンに攻め込む。右、左、下と様々な方向から斬撃を放つ、速度だけなら昨日見たフリッツっていう人より早いかも知れない。


「どうしたリィン、そなたの力はそんなものか!」
「まだまだこれからだよ」


 ラウラの攻撃をかわしながらリィンも反撃する。


「鉄砕刃!」


 ラウラが飛び上がり上空から重い一撃を放つ。


「時雨!」


 リィンはラウラから距離を取り素早い突きを放つ。


キィンッ、ガキィンッ、カァンッ!


 金属のぶつかり合う音が練武場に響き渡る。
 リィンとラウラは一歩も引かず剣を打ち合わせる、力ではラウラが勝っており鍔迫り合いや打ち合いではラウラの優勢だが速さではリィンが勝っておりラウラの攻撃後の隙をついて背後に回ったり速さでかく乱した戦法で戦っている、二人とも戦闘スタイルは全くの正反対で中々決着がつかない。


「やるなリィン、そろそろ決着をつけようじゃないか!」
「なら僕が出せる最高の技で勝負だ!」


 リィンとラウラが静かに剣を構える、リィンは居合いの構えを取りラウラは両手で剣を構える。


「ゆくぞ、奥義、洸刃乱舞!!」
「はぁぁぁ!焔の太刀!!」


 ラウラの両手剣が光を放ち渾身の一撃が放たれた、対するリィンも刀に炎を纏わせた一撃を放った。


ガァァァァァァンッ!!!


 二人の攻撃がぶつかり合い凄まじい衝撃が走る、どっちが勝ったの?
 わたしが目を開けるとリィンとラウラはそれぞれの武器を落としていた。


「……どうやらこの勝負」
「引き分け……みたいだね」


 二人の勝負は引き分けに終わった、どうやら技がぶつかった時の衝撃でお互い武器を落としてしまったようだ。


「とてもいい勝負でしたわ」
「お姉さまが勝つと思っていましたがあの殿方、本当にお強いのですね」


 シンディやセリアも二人の仕合に賞賛を送っている、でもクロエはきっとリィンを批判するんだろうな。わたしはそう思ってチラッとクロエを見るが……


「………」


 あれ、昨日はまぐれとか言っていたのに今日は何も言わないなんて変なの。


「どうしたの、昨日みたいに何か言わないの?」


 わたしはつい意地悪な質問をしてしまった。


「バカにしないでくれます?私はお姉さまの強さをよく理解しています、だからお姉さまと互角に戦ったあの殿方の実力は本物ですわ……認めたくはありませんが」


 ……何だか意外、けっこう素直なんだね。


「……それに」
「それに?」
「お姉さまは真剣勝負を大切になさるお方、そのお姉さまと全力で戦った方を私が貶したりなんてしたらお姉さまの事を汚すことにもなりますわ」
「昨日は言ってたのに?」
「あくまでお姉さまが戦った時の場合ですわ、それ以外に興味なんてありませんもの」
「……ふふっ」
「むっ、何が可笑しいのですか?」
「違う、貴方をバカにしたわけじゃない。ただ素直じゃないなと思って……それって遠まわしにリィンを認めたってことでしょ?」
「は、はぁ!?何を言ってますの!」


 だって結局はラウラと互角に戦える人=実力あると認めた、って事でしょ?なんだ、クロエって恥ずかしがり屋なんだ。


「バカな事を言わないで下さいますか!……ってその笑みを止めなさい!」
「ふふっ、ごめんね」


 クスクスと笑うわたしを見てクロエが起こるが、そんなクロエを見てわたしは更におかしくなって笑ってしまう。


「あれ、あの二人いつの間に仲良くなってるぞ?」
「仲のいいという事は良きことだな、うむ」
「あらあら、クロエったら楽しそうですね」
「本当ですね」



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


side:ラウラ


「久しぶりに良い仕合が出来た」


 仕合後私は汗を流すためにシャワーを浴びていた。リィンにも別室でシャワーを使ってもらっている。私はとても満足している、あのように満ち足りた仕合は生まれて初めてだった。


「父上は共に切磋琢磨できる好敵手がいれば更に強くなれるといっていた。リィンなら私の好敵手となってくれるだろうか」


 リィンの事は気に入っている、妹を大切にする優しい少年、それがリィンに対する私のイメージだ。フィーも兄を大切に思いやるいい妹だと思う。クロエとも打ち解けたようで何よりだ。


「そろそろ上がるか、客人を待たせるのは失礼だからな」


 私はシャワーを止めた。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「リィンとフィーはどこにいるのだろうか、待たせてしまったか?」


 私は二人を探して屋敷を歩いていた、使用人に聞いた所どうやらリィンとフィーは客室にいるらしい、使用人に礼を言って私は客室に向かった。暫く歩いているとリィンの声が聞こえてきた。


「ふむ、ここにいたのか」


 私はノックして中に入ろうとしたが……


「ん、くすぐったい」
「駄目だよフィー、ちゃんと髪を乾かさないと髪が痛んじゃうよ、せっかく綺麗な銀髪なんだからもっと気にしないと」
「リィンはわたしの髪、綺麗だと思う?」
「うん、とても綺麗だと思うよ」
「……ならこれからはもっと手入れに気をつける」
「それがいいよ」


 おっと、どうやらまだ身だしなみを整えている途中か、もしかするとリィンとフィーはいっしょにシャワーを浴びたのか?…まあ兄妹なら普通なのか?
 しかし本当に仲の良い兄妹なのだな、フィーは嫌がる素振りも見せずにリィンに身を任せておりリィンもフィーの髪を丁寧に拭いている。


「それにしても意外だった、リィンって戦うのは嫌ってると思ってた」
「……そうだね、今日みたいな仕合ならともかく命をかけた殺し合いは好きじゃない」


 殺し合い……?私はリィンの言葉に耳を疑った。まさか命の掛け合いもしていたのか、私と同じ年で……


「でも戦わなくちゃ何も守れない、大切な人を守るために僕は剣を手にしたんだ」
「リィン……」


ギュッ


 その時フィーがリィンの頭をそっと抱きしめた。まるで壊れ物を扱うように優しく包み込むように……


「フィー……?」
「わたしはリィンみたいに戦うことは出来ない、でも少しでもリィンの支えになりたい。だからリィンもわたしに甘えてほしい…頼ってほしいの」
「フィー、ありがとう」


 リィンはフィーの手を握りフィーも微笑みながらリィンを撫でる。


 うむむ、何やら入りにくい雰囲気だ。ここは一旦時間を空けるか、私は部屋を後にしようと……






 


 

「本当に頼ってよ?『猟兵』の仕事は危険だから、貴方に何かあったらわたしは壊れちゃうから……」

 








 



 ……えっ?今フィーは何と言ったのだ?『猟兵』……リィンとフィーが?どういう事なのだ?


 ガタンッ!


「あれ、今何か音が……ラウラ!?」
「……ッ!」


 しまった、動揺して音を立ててしまった……!


「ラウラ、もしかして今の話を聞いていたのか?」
「すまない、立ち聞きなどして……だがどういうことなのだ、リィン。そなたは猟兵なのか?」


 嘘であってほしい、さっきのは私の聞き間違い……違うと言ってくれ、リィン!












「…………ごめんラウラ、僕は猟兵なんだ」








 !?……そんな……リィンが猟兵……私がもっとも嫌う猟兵だと……!



「そなた、そなた達は私を騙していたのか……?」
「いや、それは違……」
「何が違うのだ!そなたは私に自分は旅人だと言ったではないか!」
「……っ」


 思考が安定しなくて頭がグルグルと回るような感覚だ。


「滑稽だったろうな、ずっと私を騙して心の中で笑っていたのだろう?」
「違うラウラ、リィンはそんな事……」
「だが事実だろう!疚しい事がなかったら真実を話したはずだ!」
「それは……」


 もう自分が何を言ってるのかも分からない、唯心のモヤモヤを無くしたくて叫んでいる。


「もうよい……もうそなた達など信用できぬ!」
「あ、ラウラ!」


 私はいても立ってもいられなくなりその場から逃げ出した。






 
 

 
後書き
ラウラって最初自分の正義を譲らない性格だったからリィンが剣に真剣になってないと思い失望したりフィーが元猟兵と知ってギクシャクしたりしちゃってたし……そこから成長していくのがラウラなんですよね。
  

 

第9話 猟兵と騎士

 
前書き
 

 
seid:リィン


「ラウラ!!」


 どうしよう、僕達が猟兵だって事がラウラに知られてしまった。まさかラウラがいたなんて……もう少し警戒しておくべきだった!


「リィン、どうしよう、わたしのせいで……」


 フィーは瞳に涙を浮かべながら不安そうに僕を見る。


 僕はフィーの頭を撫でる。くっ、僕は馬鹿か、これじゃエレナの時と同じじゃないか!あの時だってそうだ、ちゃんと正直に話していたら……勇気を出せていたら彼女を助けれたかもしれなかった。
 終わってしまった事を悔やんでも過去には戻れないのは理解している、僕は今だって後悔している。なのに僕はまた……!


「リィン、わたし、ラウラのこと友達になれたと思ってた。でももう嫌われちゃったのかな?わたし、ラウラに嫉妬してたの、リィンと同じぐらいの強さを持っていて貴方と分かり合ってたラウラが羨ましかったの……そんなことを考えてたから罰が当たっちゃったのかな?」
「フィー……」


 ずっと西風の旅団の皆にしか心を開かなかったフィーが初めて他の人間に心を開いた、そのことに僕は嬉しく思いながら悔しさを感じた。
 フィーとラウラ、二人を傷つけてしまったからだ。大事な妹を泣かせて何が兄だ……!こんなんじゃ…兄なんて名乗れないよ!


「フィー、とにかくラウラを探そう。猟兵だってことを隠していたことは事実だ、けどこのままじゃお互いが傷ついたままになってしまう」
「……うん」


 良し、とにかく今はラウラを探さないと…僕とフィーはラウラを探しに向かった。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



「ラウラ、どこにいるんだ。ラウラー!」


 ラウラを探して屋敷の中を歩く、だがラウラの姿はどこにもなかった。


「駄目だ、どこにもいない」
「使用人の人にもきいたけど見てないって……」


 目撃者も無しか、ということは屋敷の外に出た可能性が高い。よし、一旦外に出て……


「おや、リィンにフィーではないか」


 何処からか声をかけられた僕はちらりと背後を見る、そこにいたのは……


「ヴィクター子爵!」


 ラウラの父にして帝国最強の剣士……出来れば今一番会いたくない相手だった。


「何やら急いでいるようだが、ラウラの姿も見えぬし何かあったのか?」


 ど、どうしよう……相手は帝国領地を治める子爵、僕達は猟兵、普通なら相容れない関係だ。猟兵だってばれたら不味い、勝ち目なんてない。いくら僕達の顔が知られていないとはいえこの人なら簡単に見破ってしまうかも知れない。


「……ふむ、リィン。そなた達、何か隠し事をしていないか?」


 感づかれている!?このままじゃばれるのも時間の問題かも知れないぞ……


(リィン、どうしよう……)


 フィーが不安げな表情でこっそり話しかけてきた。


(……こうなったら正直に話そう)
(!?ッ、でもそれは……)


 フィーが驚いた表情を浮かべた、普通ならこの状況で自分から正体を話すのはありえないだろう。でも相手は光の剣匠だ、下手なごまかしなんて通用しないはずだ。なら下手に警戒されるなら自分から話したほうがいいと思った、最悪フィーだけでも逃がさないと……


 そして僕は子爵に全てを話した。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「ふむ、なるほど。事情は把握した」


 僕は子爵に全てを話した、自分達が猟兵だったこと、そのせいでラウラを傷つけてしまったことを。子爵は何か考え込んでいるような様子だ。


「……リィン、私についてきてほしい」
「えっ、いやその……」
「行くぞ」


 子爵はそういい何処かに歩いていく、子爵はどうして僕達を捕らえようとしないんだろう?逃げ出すチャンスだが今逃げようとしても絶対に逃げ切れない、それより素直に子爵について行くほうが無難だろう。
 僕達は子爵の後を追った。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



「ここは練武場?」


 子爵の後を追ってたどり着いた場所は練武場だった、こんな所に連れてきて子爵は何をする気だ?


「リィン、いきなりで申し訳ないが今から私と仕合をしてもらう」


 え、僕が光の剣匠と?そ、そんな……


「何を言ってるんですか、僕が貴方と戦える訳が……」
「そなたも猟兵なら戦うべき時が分かるだろう?クラウス、ガランシャールを」
「こちらに……」


 いつの間にか子爵の側に立っていたクラウスさんは大きな両手剣を子爵に渡した、何て美しい剣なんだろうか。


「これは我がアルゼイド家に伝わりし宝剣『ガランシャール』だ、さあ……そなたも剣を抜くがよい」


 子爵は本気だ…気を抜けば倒れてしまいそうなほどの闘気を僕に放ってくる。これはやるしかない……そう思った僕は刀を抜き戦闘の態勢に入る。


「リィン……」


 フィーが不安げに声をかけてくる、相手は光の剣匠、今の僕ではどう足掻いても勝てないだろう。いや、今はそんな弱気な事を考えてる場合じゃない。目の前の敵に集中しないと……


「……」
「……」


 互いに静止したまま数秒が経過した、僕にとって永遠とも感じる時間が流れていくが……


「はあッ!!」


 先に動いたのは僕だった、地面を蹴り上げ子爵の背後に回りこみ冗談から斬りこむ。普通の剣士ならこれで終わる、だが子爵は振り向きもしないまま最小限の動きで僕の攻撃をかわした。


「やああッ!!」


 素早い動きで太刀筋を読まれないようにかく乱し上、背後、下からと攻撃していく、だが子爵はこちらに見向きもせずに全ての攻撃をかわしている。


 ガシッ!


「なッ!?」


 しまいには指で刀を受け止められてしまう。


「中々の速さだがまだ甘い!」


 ブンッ!


 子爵は刀ごと僕を前に投げ飛ばした、何とか体勢を立て直し着地する。


「どうした、そなたの実力はこの程度か?」
「ぐッ……時雨!!」


 離れた場所から瞬時に相手に接近して放つ戦技「時雨」。僕の得意技を子爵に放つ、が子爵は先ほどと同じようにその場から一歩も動かず身体の動きだけでかわしていく。


「時雨連撃!!」


 時雨を連続で繰り出す『時雨連撃』、だが子爵はそれもかわす、こっちは全力で技を放っているのに子爵は顔色一つ変えずにかわしていく。


「うおおおっ!!」


 僕は太刀を横に構えて下半身を狙ったから薙ぎ払った一撃を放つ、子爵はそれを跳んでかわした。


「時雨空牙!!」


 空中に跳んだ子爵目掛けて時雨を放つが、子爵はそれを剣で弾いて防いだ。


「ならば!」


 僕は隠し持っていた煙幕を地面に叩きつけて辺りを煙に漂わせた。本当はこんな卑怯な手を使うのは気が引けるが相手は光の剣匠、そんな悠長な事を言ってはいられなかった。


「そこだ!時雨・零式!!」


 煙幕の中に空気の流れを感じ取った僕は身体のバネを使い近距離から放たれた時雨を放った。だが僕が突いたのは子爵の残像だった。


「なっ……!がはっ!?」


 そして背後から放たれた殺気に振り返ろうとした僕の頬に平手打ちが放たれた。ゴロゴロと地面を転がりながら何とか体制を立て直すが脳が揺れて意識が朦朧としてしまう。
 そして煙が晴れて子爵が剣を肩に担ぎ僕を見ていた。


「はぁ、はぁ……ここまで差があるのか?」


 純粋な剣の実力なら団長以上かも知れない、勝てる相手じゃないのは分かっていた、でも次元が違いすぎる。ここまで強いとは思ってもいなかった。
 ……悔しい。実力的に圧倒的な差があるのは承知している、だが僕だって剣士だ。勝てなくとも一子報いたい、そんな気持ちがわいてきた。
 

「すぅ、ふぅ……」


 僕は刀を鞘に戻し鞘を腰にあて居合いの構えを取る、今僕が放てる最大の一撃を子爵にぶつける!


「ふむ、そなたの全力で来るか。なら私もそれに答えよう」


 子爵がこの仕合で始めて剣を構えた、それだけでさっきの倍以上の闘気が子爵から溢れてきた。


「焔の太刀!!」


 僕の全力の一撃が子爵に向かって放たれた、それに対し子爵は剣を頭上に構えた。


「うおおおぉぉぉ―――――!」
「……せりゃあッ!!」



 ガギィィィン!!


「……」
「……」


 互いの一撃が交差して僕と子爵は背中あわせになる。ははっ、やっぱり光の剣匠の名は伊達じゃなかった……!


 ガクッ


 凄まじい衝撃が体に流れ溜まらず僕は膝をついた。


「リィン!」


 フィーが僕の側に駆け寄ってくる、その瞳からは大粒の涙が流れていた。ごめんねフィー、悔しいけど勝てなかったよ……


「リィン、そなたの最後の一撃、中々のものだったぞ」
「ヴィクター子爵……」


 僕は全力で戦った、でも子爵の足元にも及ばなかった。これが最強クラスの剣士……最後にこんな凄い人と仕合が出来てよかった。


「子爵、無礼を承知でお願いがあります。僕はこのまま大人しく投降するのでどうかフィーだけは見逃していただけないでしょうか?」
「リィン、そんな駄目だよ……」
「でも僕達の正体がばれてしまった以上こうするしか君を助ける方法は……」
「嫌、そんなの嫌……リィンが捕まるならわたしも一緒に捕まるよ」
「フィー、でも……」


 俺はフィーだけでも見逃してもらえないかと子爵に悲願した、だがフィーは首を横に振って自分も捕まると言い出した。どうすればいいのだろうか……


「……そなた達、先ほどから何を騒いでいるのだ?」


 ……えっ?子爵の言葉に僕は呆気に取られた。フィーも開いた口が塞がらない、といった顔をしていた。


「あの、子爵は僕達が猟兵だって知ってるんですよね?」
「うむ、先ほどそなた達から話を聞いたから知っている」
「じゃあ何故僕達を捕らえようとしないんですか?」


 子爵はよく分からない、というような表情を浮かべる。あれ、僕がおかしいのかな?


「そもそも何故そなた達を捕らえる必要があるのだ?」
「いや、僕達は猟兵だから……世間からすれば悪党なんですよ?」
「猟兵が世間からどのように思われているのかは私も知っている、だがそれは世間の思うことだ。私はレグラムを治める領主としてこの町を守る立場にある、もしそなた達がこの町で悪事を働いたなら私はそなた達を捕らえよう。だがそなた達はそのような事は一切していない、故にそなた達を捕らえる理由は無い」
「「………」」


 子爵の言葉に僕とフィーは驚いていた、今まで猟兵と知られたら殆どは『悪』として僕達を見る人ばかりだった、だからこそ子爵の言う言葉に驚きを隠せなかった。


「確かに猟兵なら汚れた仕事もする、そういった意味ではそなた達は善人ではないだろう、だが悪人でもないことも知っている」
「えっ?」
「『剣を交え己を知り人を知り本質を知る』、この言葉はラウラにも教えてきた私の真理だ。武とは己の心を映し出す鏡のような物……心に迷いあれば技のキレは鈍くなり、殺意のみをもって振るえば荒々しくなる。それは剣も同じこと、剣を交える事で私はそなたを知った。
 そなたの剣は弱弱しくも真っ直ぐな太刀筋であった。だからこそ私はそなたが心の良き人間だと、そしてそんなそなたに心許すフィーも同時に悪などではないと理解した」


 『剣を交え己を知り人を知り本質を知る』……何て重い言葉なんだろうか。


「リィン、そなたは少し『猟兵』という立場に捕らわれてしまっていないか?」
「あ……」


 試食にそう言われて俺は気が付いた、確かに僕は猟兵という立場を気にしすぎていたのかも知れない。
 猟兵は世間から嫌われている、それは事実だ。だから僕は自分の立場を隠していた、だがそれは心を許した相手にもしなければならないのだろうか?
 僕はラウラと出会い話し剣を交えて彼女がどういう人間なのか何となく分かってきた、剣の道を真っ直ぐに歩き、何事にも一生懸命で揺ぎ無い自分の正義を持っている。でも時々ふと浮かべる笑みが可愛いそんな女の子……


「そうか、僕は本当の意味でラウラを信じてなかったんだ……」


 僕はラウラの事を知った、でも彼女が猟兵を嫌っていると知って僕は「ああ、きっとラウラも僕の正体を知ったら拒絶する」と決め付けてしまった。
 もし僕がラウラを信じて本当の事を話していれば、例え『猟兵』は嫌っていても『リィン・クラウゼル』として受け入れてくれたのじゃないか?僕を猟兵と知っても受け入れてくれたエレナのように……
 でも僕はラウラに歩み寄らなかった、自分が猟兵とばれて拒絶されることばかり気にしていた。


「僕は『リィン』じゃなくて『猟兵』としてラウラと向き合っていた。彼女の事を理解したつもりになっていた……馬鹿だな僕は…向き合えていなかったのは僕だっていうのに」
「リィン……」


 フィーがそっと僕の手を握る。


「リィン、わたしも同じだよ…わたしもラウラをちゃんと理解できていなかった、ラウラは凛々しくて強くて迷いなんて無い、そう思ってた、でもラウラもわたしと同じで心の弱い普通の女の子だった。だからちゃんとラウラと話そう、今度こそ互いに分かり合えるように……」
「フィー……」


 そうだね、まだ終わっていない。僕はまだラウラと向き合えていない、なら今からちゃんと伝えよう。僕の本当の思いをラウラに知ってもらいたい。


「子爵ありがとうございます、貴方のお陰で僕は自分に足らなかった事を知れました」
「ふむ、ならそなた達はどうするのだ?」
「決まっています、ラウラに会って僕の事を知ってもらいたい、ラウラとちゃんと向き合いたい、だから行きます」
「わたしもリィンと同じ気持ち」
「そうか、なら行くがよい。ラウラを頼んだぞ」
「「はい!」」


 僕達は子爵に礼を言って屋敷を後にした。


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ーーー


side:ラウラ

 
「はあ、私は何をしているのだ……」


 屋敷から逃げ出した私はエベル街道の外れにある小川の近くにいた。昔、何か嫌なことがあるとよく母上が連れてきてくれた場所だ、もっとも今では一人で通っているが……


 リィンとフィーが猟兵だと知って最初に思ったのは「何故リィンとフィーが猟兵をしている」ということだった。
 私は二人の事を信頼していた、のほほんとしているが強い信念を持っているリィン、そして兄を思いやる優しい心を持つフィー……
 そんな二人だからこそ私は心を許していった、だが二人が猟兵と知り私は裏切られたように思ってしまった。


 猟兵、戦場を渡り歩き戦争に介入することを生業としている者達。ミラのためなら如何なる非道も容易く行う、それが私の猟兵に対するイメージだ。
 父上はやむなく猟兵になる者もいるというがそれでも納得できなかった。どんな理由があろうと弱者を虐げていい理由にはならないはずだ、頭では理解できても心は納得できなかった。


「はぁ……」


 ガサガサッ


 その時だった、近くの茂みが揺れだした、まさか魔獣か?私は剣に手をかけるが……


「おお~?また道に出られなかった、この辺霧が濃すぎだろう……」


 茂みから出てきたのは無精髭を生やし黒いジャケットを着た男性だった。


「お、丁度いい所に人がいたな。なあ嬢ちゃん、レグラムの町ってどう行くか知ってるか?」
「え、あちら側に行けばレグラムに続くエベル街道に出るから後は街道灯に従って行けばレグラムにつきますが……貴方は旅の方ですか?」
「まあそんな所だ」


 なるほど、旅の人だったか。この辺りは霧が濃く見慣れている者でも迷ってしまう事があるから旅人などがこのように森を彷徨うことも多い。彼もその一人なのだろう。


「良かったらレグラムまで案内しましょうか?」
「いいのか?息子達の様子を見にいこうとしていて迷っちまうなんて思わなかったから助かるよ」
「レグラムに息子殿がいらっしゃるのですか…?」


 むう、レグラムにそのような者がいたのか?覚えがないが……



「ああ、今丁度その町にいるんだ。そういえば、息子達が世話になってるみたいだな……光の剣匠の娘さん」

 
 バッ!!


 私は直に目の前の男から離れた、何故ならこの男から凄まじい闘気を感じ取ったからだ。


「まさか、そなたはリィンとフィーの……」
「ああ、あいつらの父親をやらせてもらってる。ルトガー・クラウゼルだ」


 ルトガー……父上から聞いたことがある、このゼムリア大陸に存在する多くの猟兵、その中でも最強と言われる猟兵の王『猟兵王』ルトガー・クラウゼルか!?


 私は直に剣を構える。


「おいおい、いきなり物騒だな」
「黙れ!猟兵がレグラムに何のようだ、何を企んでいる!」


 剣を突きつけて叫ぶ私、だが目の前の男は全く動じていなかった。


「何って慰安旅行かな?」
「ふざけるな!私は真面目に聞いておるのだぞ!」


 はっはっはと笑うルトガー・クラウゼル、その行為が余計に私を怒りに染める。


「何だ嬢ちゃん、お前さん、よっぽど猟兵が嫌いなんだな」
「当たり前だ!そなた達猟兵はミラの為ならどんな悪行すら手に染めるという、弱き者を欲望のままに虐げる……そんな奴らを許せるものか!!」
「ん~まあ確かに嬢ちゃんの言う通りだな。猟兵はミラの為に戦い、破壊して奪い去る。嫌われてもしょうがない連中だ」
「そうだ、猟兵は悪だ。リィンもフィーも猟兵だった……二人も悪だったのだ!信じていたのに彼らは私を裏切ったのだ!!」


 リィンもフィーも私には何も話してくれなかった……それが何よりも辛かった。


「何だ、つまり嬢ちゃんは二人が正体を隠していたことにキレてるのか?まあ許してやってくれよ、猟兵がおいそれと一般人に正体を話す訳にはいかないんだ」
「それは疚しいがあるからだろう!リィンもフィーも何か企んでいたから隠していた、そうじゃなければ私に隠したりなど……」
「だがよ嬢ちゃん、もし仮に二人が正体を明かしていたら嬢ちゃんは二人を受け入れていたのか?」
「そんな事は……そんなこと……」


 『当たり前だ』……その言葉が何故か言えなかった、もし二人が私に正体を話していたら私は……


「嬢ちゃんは二人を嫌悪した……そうじゃないか?」
「……!?ッ」


 彼の言葉が胸に突き刺さる。私は違うと言いたかった、でも言えなかった。


「図星を言われて言葉もないか?」
「!?ッ……黙れ!!!」


 ブンッ!


 私は横なぎに剣を振るう、だがルトガー・クラウゼルは容易くかわす。


「おいおい逆ギレかよ、それでも貴族の娘か?」
「煩い!そなたに私の何が分かる!」
「分かるさ、嬢ちゃんが狭い視野でしか物事を見えてないことがな。嬢ちゃんは『猟兵』という一つの存在に捕らわれすぎだ、本当にリィンとフィーを理解したのか?『猟兵』じゃなく『個人』として?」


 そう言われた私は思わず足を止めてしまった。私は本当にリィンとフィーを理解したのか?本当に彼らの事を理解できているのか?私は……








『ラウラ……あなたは生きて……私の可愛いラウラ……』
『母上……母上―――――!!!』






 いや、猟兵は悪だ、悪でしかないのだ……!


「何と言われようと猟兵は悪だ!」
「……なるほど、何か事情があるみたいだな。なあ壌ちゃん、一つ賭けをしないか?」
「賭けだと?」
「ああ、今から十分間俺は何もしない、もしその間に俺に傷一つでも付けれたら俺を遊撃士なり軍なりに突き出して構わない」
「何だと、そなた正気か?」
「勿論だ、だが賭けっていうもんは対等じゃなきゃ意味がねえ……もし十分が過ぎたらその時はお前の命を貰うぞ?」
「構わぬ、騎士とは弱き者を守る者……悪を倒す為なら命など惜しくない!!」
「はッ、言うじゃねえか。戦いのたの字も知らねえ小娘がよぉ……!」



 ゾワッ!!


 な、何だ、この殺気は……剣を持つ手が震える、い、息が出来ない……!?


「何だ、震えてるぞ?さっき言った言葉は嘘だったのか?」


 負けられない、私は猟兵にだけは死んでも負けられない……!


「行くぞ!!」


 バッ!


 私は剣を構えルトガー・クラウゼルに向かっていった。



ーーーーーーーーー

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ーーー


side:リィン


「ラウラ…町にもいないなんて……」


 ラウラを探してレグラムの町まで来たがここでもラウラを見つける事は出来なかった。


「リィン、もしかしたらラウラは森に行ったのかな?」


 森か、もしそうならあの霧の中を探すのは困難だぞ。どうしようか……


「あら、貴方達、一体何をしてらっしゃるの?」


 僕達に声をかけてきたのはクロエだった。そうだ、クロエならラウラの居場所に心当たりがあるかも知れない、彼女に全てを話そう。


「クロエ、君に話があるんだ」
「気安く名前を呼ばないでくださる?……と言いたい所ですけど何やら真剣そうな話みたいですわね」
「ああ、実は……」


 僕はクロエに全てを話した、自分達が猟兵だったこと、そのせいでラウラを傷つけてしまったこと、子爵との仕合したこと、そしてラウラに自分達の事を話したいということ全部を……


「……なるほど、話は分かりました。ですがまさかお二人が猟兵だったとは思いませんでしたわ」


 クロエはそういうと何かを考えるような表情を浮かべた。


「……一ついいでしょうか?貴方達はお姉さまを悪意をもって騙した訳ではないと言い切れますか?」
「確かに僕達がラウラを騙していて結果的に彼女を傷つけてしまったのは事実だ……僕は怖かった、猟兵と知ったラウラに拒絶されるのが怖かったんだ。でも今は違う、例え本当の事を話してラウラに拒絶されても僕はラウラと真剣に向き合いたいんだ!」
「わたしも同じ……彼女にキチンと話して彼女に向き合いたい。だからクロエお願い、力を貸して……」


 クロエはジッと僕達を見つめる。


「……貴方方がいい加減な気持ちでないのは分かりました。お姉さまを泣かせた事については後で聞くとして今は力を貸しますわ」
「クロエ……!」
「クロエ、ありがとう!」
「お礼なら後にしてください。お姉さまはきっとエベル街道を外れた場所にある小川の近くにいると思いますわ、お姉さまは昔から何か悲しいことがあるとそこに行ってましたから」
「ありがとうクロエ、行こうフィー!」
「うん!」


 クロエにお礼を言って僕達はラウラの元に向かった、待っていて、ラウラ。



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ーーー


side:ラウラ



「はぁはぁ……がはぁ……あ、うぐ……」


 な、なんという強さだ……私は全力で向かっているのに攻撃が掠りもしない、まるで父上と戦っているようだ。


「おいおい、もう8分が過ぎちまうぞ。威勢が良かったのは最初だけか?」
「ぐッ……」


 これが最強クラスの猟兵の力か、赤子と大人程の力量の差……恐らく勝ち目はないだろう。


「だが……例え死ぬことになったとしても猟兵には……猟兵だけには負ける訳にはいかないんだッ!!」


 ……私は負けない、負けられない!!


 私は剣に力を込める、今の私が放てる最大の一撃……それを放つ!


「うおおおぉぉぉぉッ!奥義、洸刃乱舞!!」


 決まれ、決まってくれ!!


「……時間だ」


 ヒュンッ ガキィィィン!!


「あ……」


 ヒュンヒュン、ドスッ!


 ……一瞬だった。一瞬相手の姿が消えたと思ったらその時には腕に強い衝撃を受け、剣が飛ばされ私が膝を付くのと同時に地面に突き刺さった。


「俺の勝ちだな」


 負けた……ははッ、負けたか。当たり前だ、勝負など最初から決まっていた。頭に血が上った私と歴戦の戦士……勝ち目などあるはずがない、そんなことに今気づくなんてな。


「私の負けです、約束通り命を差し出します」


 私は瞳を閉じる。父上、申し訳ございません、ここで散る私をどうかお許しください。


「……はぁ、止めだ」
「……は?」
「止めだって言ったんだよ、お前さんの命なんざ欲しくもない、ありゃジョークだよ。大体唯の小娘相手に本気になると思うか?」
「わ、私を侮辱するのか!!」


 確かに私が目の前の男に勝つ確立など万が一も無いのは承知だ、だが如何にも格下のように言われて怒りを抑えていられる程私は大人ではなかった。


「なんだ違うのか?相手の力量も測れず感情的になって向かってきたのはお前さんだろうに」
「……」


 相手の正論に何も言えなかった…その通りだったからだ。


「……なあ嬢ちゃん。俺はな、嬢ちゃんの言うとおり色んな事をしてきた、汚れ仕事なんざ腐るほどやってきた。でもな、俺と『リィンとフィー』を一緒の目で見るのは止めてやってくれ」
「……えっ?」
「特にリィンだがあいつは私欲の為に猟兵になった訳じゃない、あいつは……大切な者を守れなかった、だから力を求めて猟兵になったんだ」


 リィンが守れなかった者?それは一体……


「あの……」
「おっと、これ以上は言えないな、続きは本人から聞いてくれ」
「えっ?」


 その時だった、林の向こうから誰かが此方に向かってきた。あれは……


「あ、ラウラ!」
「やっと見つけた」
「リィン、フィー……」


 な、何故二人がここに?この場所は私しか知らないはずなのに。チラリとルトガー殿を見るが彼は音も無く消えていた、一体何処に?いや今はリィン達だ。



「クロエがラウラがここにいるって教えてくれたの」


 クロエか、確かに彼女ならここを知っていてもおかしくないな。


「ラウラ、まずは一言言わせてほしい。黙っていて済まなかった!!」
「わたしもごめんなさい……」


 リィンとフィーはそういうと頭を下げる。


「な、何を……」
「僕達は猟兵だっていう事を隠していた、そのせいで君を傷つけてしまった、謝っても許してもらえないと思う。それでも言わせて欲しい、隠していて本当にゴメン!」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい……」


 リィンは真剣に、フィーは涙を流しながら頭を下げていた。


「や、止めてくれ……私はそなた達に頭を下げられるような人物じゃない。そなた達の事を考えれば猟兵だという事を隠すのは当然だ。それなのに私は感情的になってそなた達に酷い事を言ってしまった、謝るのは私のほうだ」
「ラウラ……」


 私は自分の方こそ悪いと二人に頭を下げる。


「リィン、私は先ほどそなたの父上に出会った」
「え、団長に……?」
「ああ、私は無謀にも戦いを挑んでしまった。軽くあしらわれたがな……」
「ははッ、なんか奇遇だね。僕もさっき君の父さんと仕合をしたよ、ボロ負けだったけどね」
「何とそうだったのか、確かに奇遇だな」


 まさかリィンも父上と試合をしていたとは……凄い偶然だな。


「うん、でも子爵のお陰で僕は大事な事に気がついた、だから今ここにいるんだ、君とちゃんと向き合う為に……」
「わたしもラウラを知りたい、わたしの事をラウラに知って欲しい、だからここに来た」


 リィンとフィーは真剣な目で私を見る。分かり合うか……私もちゃんと二人に向き合いたい。


「そうだな。私もそなた達に聞きたいこと、話したいことが沢山あるんだ」




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー





side:リィン


「……という訳なんだ」


 僕はラウラに全てを話した。僕が団長に拾われたこと、西風の旅団という家族が出来たこと、フィーと出会ったこと、そしてエレナとの事も全てだ。


「そんなことがあったのか……」


 ラウラは悲しげな表情でそう呟いた。


「リィンがどうして猟兵になったのかをわたしも始めて知った……」
「そういえばフィーにも話してなかったね。これは僕にとって戒めなんだ、二度と同じ後悔はしない、そう誓ったんだ」
「リィン……」


 僕が俯いているとフィーが側に来て僕をギュッと抱きしめる。


「フィー?」
「ごめん……わたし、リィンの事も何も知らなかった。貴方の妹として貴方を支えなきゃいけないのにわたしは貴方に甘えてばかりで……こんなんじゃ妹失格だよね」
「……そんなことないさ」


 僕はフィーの小さな身体をギュッと抱きしめ返す。


「フィーがいてくれるから僕は強くなろうって思えるんだ。だからそんな事を言わないでよ、僕にとってフィーは大切な妹なんだから」
「リィン……うん」


 フィーは優しく微笑みながら強く頷いた。


「リィン、私はそなたが何故猟兵になったかを知った、今度は私がそなた達に話す番だ。私の過去を……」
「ラウラの過去……」
「うむ、私にはかつて母上がいた。『アリーシャ・S・アルゼイド』……それが私の母上だ」


 アリーシャ・S・アルゼイド……!?帝国にその名有りと言われた凄腕の槍使いじゃないか。確か二つ名は『戦乙女』だっけ……まさかラウラのお母さんだったなんて。


「そんな凄い人が母親だったなんて、ラウラの強さの秘訣が分かったような気がしたよ」
「母上は騎士の勇敢な心と聖女の如き優しさを持った人で民衆からも慕われていた。父上に並ぶ私の目標だった」
「……だった?」
「母上はもう亡くなっている、私のせいで……」


 ラウラのせいだって?一体何があったんだ?


「あれは二年前の事だ。父上が私用でレグラムを離れていた日、私は母上と共に留守番をしていた。その日私は父上に行ってはならないといわれていたエベル街道に出てしまった、外の世界が見てみたかった私は父上がいない間に見てみたかったんだ……だがそれが間違いだった、私は猟兵団『霧の狂気』に誘拐されてしまった」


 霧の狂気……確か二年前まで活動していた猟兵団だったはずだ、人数は少ないが実力者で固められた団だと団長から聞いた事がある。


「でもどうして猟兵がラウラを攫ったりしたんだ?」
「後に知ったが猟兵団を雇ったのは父上を恨む貴族の者だったらしい、その貴族は民から不当な税金を取っていたらしいのだがそれを父上が止めたみたいでそのせいで地位がどん底まで落ちたのが動機だったそうだ」
「何それ、完全な自業自得じゃん」


 フィーの言葉に僕も頷く、自分の悪事を明かされた腹いせってことでしょ?恨むなんて……


「なす術も無く捕らえられた私は森の奥に連れて行かれた、私を人質にしようとしたのだろう。私はいつ殺されてしまうのかも分からず唯震えていた、そんな私を助けに来てくれたのが母上だった」
「ラウラのお母さんが……」
「母上はあっという間に猟兵団を蹴散らしたよ、本当に強かった、母上は……」


 霧の狂気ってかなりの実力者揃いだったらしいけどそれを一人で蹴散らしたのか、凄いな。


「解放された私は真っ先に母上の元に向かった、だが倒れていた筈の猟兵の一人が何を思ったのか私に銃口を向けていた。私はそれに気づけなかった、母上は私を庇って銃弾を胸に受けた。泣きじゃくる私を母上はずっと抱きしめてくれた、息絶えるその時まで……」
「ラウラ……」


 母親を猟兵に殺されたのか、それならラウラが猟兵を嫌うのも無理はないよな……


「私は猟兵を許せない、母上を奪った猟兵を……父上もずっと後悔しているんだ、自分がいればこんな事にはならなかったと。顔には出さぬがいつもそうやって自分を責めている、クラウスも門下生の皆も同じように……」
「その時はラウラとアリーシャさんしかいなかったの?」
「当時クラウスは父上に付き添いで、門下生の皆も修行に出ていた。恐らくその隙を付かれたのだろう」
「そんな……」


 ラウラが語った過去は余りに悲惨なものだった、大人の汚い思惑で母親を失った彼女がどれだけの悲しみを受けたのか想像もできなかった。俺やフィーも親に捨てられた身だが記憶はない、だから本当の意味でラウラの悲しみを理解することは、少なくとも今は無理だろう。


「私は猟兵が嫌いだ、だがそなた達の事を嫌いにはなれない」
「えっ……」
「『剣を交え己を知り人を知り本質を知る』……父上が私に教えてくれた言葉だ。どんなに言葉で取り繕っても剣を交えれば相手の本質が分かる。そなたと戦い私はそなたの剣を知った、そなたが悪意を持って力を振るうような人物ではないととっくに知っていたのだ。なのに私は猟兵という言葉に捕らわれてしまっていた、本当にすまなかった……」


 ラウラはそう言って頭を下げた。



「ラウラ、そんなのお互い様だよ」
「うん、わたし達も隠し事をしてたしラウラだけが悪くないよ」
「いや素直に話してもらっていてもきっと私は受け入れなかった。ルトガー殿には教えられたよ、『猟兵』という言葉ではなく『個人』としてそなた達に向き合えとな」


 団長……本当に貴方はカッコよすぎですよ。


「リィン、フィー、改めてお願いがある。勝手な願いだがもう一度私と『親友』になってくれないか……?」
「それは無理だよ」
「そうか……」
「だってもう僕達はもう親友じゃないか」
「……えっ?」


 ラウラは驚いた表情を浮かべた。


「お互いに話し合って認め合えた…なら僕達はもう親友じゃないか、ねえフィー?」
「うん、わたし達とラウラは本当の親友だよ。ね、ラウラ」
「リィン、フィー……うむ!」


 ラウラは力強く頷いた、とても綺麗な笑みを浮かべながら……




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


side:ルトガー


「ったく、ようやく仲直りしたか……」


 俺はリィン達から離れた高台で三人を見ていた、これであいつらも真の友になったというわけか。前にリィンに冷たい態度を取っちまったからお節介を焼いたが……まあ後はあいつら次第だな。


「子の成長はいつ見ても嬉しいものだ。そう思わないか、猟兵王殿?」


 背後から声が掛けられる。


「何だ、アンタも来ていたのか。光の剣匠さんよ?」


 俺に声を掛けてきたのは光の剣匠、ヴィクター・S・アルゼイドだった。


「猟兵王殿、そなたには礼を言わねばならん、そなたのお陰でラウラは成長できた」
「俺は何もしてないさ、それはお嬢ちゃん自身が気づけた事……そんな事を言ったら俺だって息子が世話になったじゃねえか」
「私はきっかけを与えたにすぎない、リィン自身が気づいたからこそ彼は成長した。ふふっ、確かに私たちは何もしていないな。ラウラも良き友人と出会えた、きっとアリーシャも喜んでくれているだろう」
「アリーシャ……アンタの奥さんか?」
「ああ、私にはもったいない程の良き妻だった。故に彼女を死なせてしまった事をずっと後悔していた……私はアリーシャと約束した、ラウラを立派な剣士にすると。だがあの子は『猟兵』という言葉に捕らわれてしまっていた、私ではそれを諭してやることは出来なかった。だからこそ彼らには感謝している。まさか猟兵に救われるとは思ってもいなかったがな」
「ははっ、そうだな」


 子爵はそういうと俺に背を向けた。


「行くのか?」
「少し用事が出来てな、直にレグラムを発たねばならぬ」
「そうか、貴族様は大変だな」
「そうだ、そなたの息子殿に言っておいてくれないか?『娘が欲しくば私から一本取れるほどに強くなれ』とな」
「おいおい、そんな事自分で言えよ……」
「ははっ、それでは失礼する」


 子爵はそういってその場を後にした。


「親馬鹿だなぁ、まあ俺もか……」


 俺は三人をもう一回見てその場を後にした。


 


 
ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



side:リィン


「もう行くのか……」
「うん、そろそろ行かないと皆に置いていかれちゃうかも知れないしね」


 ラウラの屋敷の前でラウラ達が見送りに来てくれた。


「リィン様、フィー様。親方様は先ほど私用でレグラムを発たれました、親方様はお二人に感謝の言葉をつげられていました、私共々お礼を言わせてください」
「此方こそお世話になりました、子爵にもお礼の言葉を伝えてください」
「ありがとうございました」


 クラウスさんにお礼をいう。子爵がいないのは残念だが仕方ない、でもちゃんとお礼を言いたかった。


「リィン殿、再び会いまみれる時を楽しみにしています」
「フリッツさんもお元気で」


 フリッツさんと握手を交わす。また仕合をしたいなぁ。


「三人もありがとう、最初はあれだったけど楽しかったよ」
「ふふッ、私達も楽しかったですわ」
「でもお姉さまに手を出すのは許しませんからね」
「出さないってば……」


 シンディとセリアは相変わらずのようだ。


「……」
「クロエ、色々ありがとう」
「……フィー、貴方とは色々ありましたが良かったらまた来なさい、待ってますから」
「うん、また会いに来るね」



 フィーもクロエと別れの挨拶を交わす、しかし本当に仲良くなったね。


「リィン」
「どうしたの、ラウラ?」
「私はそなたに誓う、必ずもっと強くなる。心も技も鍛え真なる剣士になると……その時にまた私と戦ってほしい」
「うん、僕も強くなるよ、ラウラに負けないくらいに……約束だ」
「……うむ、約束だ!!」



 そして僕とフィーはラウラ達に別れを言いながらレグラムを後にした、新たな誓いを胸にしまって……






 


 
 

 
後書き
 今回はオリ設定でラウラの母親を書きました、でも実際ゲームでも謎だったんですよね、ラウラの母親…… 

 

第10話 悪夢はふと訪れる

 
前書き
 

 
side:フィー


「あれ、ここはどこ……?」


 気がつくとわたしは真っ暗な空間にいた、辺りは闇で覆われて音もしない。


「誰もいないの?」


 団長やマリアナ、それにゼノやレオ…西風の旅団の皆の姿が無い、そして……


「リィン……?」


 わたしの兄であり大切な人……リィンも見当たらない。


「リィン、皆……どこにいるの?返事をしてよ……」


 いくら歩いても誰も見つからない、唯暗い闇だけが辺りを包んでいた。


 ……怖いよ、また一人ぼっちになっちゃったの?皆と出会う前のわたしに戻っちゃったのかな……皆に会いたいよ。


「ん、あそこにいるのは……」


 前も分からない空間を歩いていたわたしの目の前に人影が見えた。微かに見える黒髪に黒いジャケット、腰に刀をさした私より少し年上に見える男の子のようだ、あれは……


「リィン!」


 間違いない、あの後姿はリィンだ。良かった、彼もこの空間に迷い込んでいたのかな?とにかく早くリィンと合流しないと。


 わたしは一目散に走り出した。


「リィン!待って……リィン!」


 おかしい、どれだけ走っても彼に追いつけない。それどころかわたしは走ってるのに歩いているリィンとの差が縮まらない、それどころかどんどんと離れていく、声を掛けても止まってくれない。


 どうして……どうしてリィンに追いつけないの?いや、お願い。行かないで……


「わたしを……わたしを一人にしないで、リィン―――ッ!!」




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



 ガバッ


「……はッ!?」


 あれ、ここは団のアジト……?


 辺りをキョロキョロと見渡すとそこは西風の旅団のアジトの一室だった、良かった、さっきのは夢だったんだ。


「そうだ、リィンは……!」


 わたしは直にベットから飛び起きて彼が寝ているベットに向かう。リィン、いるよね、夢みたいにいなくなったりしてないよね……


 そしてリィンが寝ているベットを覗き込む、そこには……


「すぅ……すぅ……」


 寝息を立てて幸せそうに眠るリィンの姿があった。


 良かった、やっぱりさっきのは夢だったんだ……あれ、安心したら涙が出てきちゃった。


「んん……あれ、フィー……どうしたの?」


 リィンが目を擦りながら起き上がる、わたしはポスンッと彼の胸に頭を預けた。


「フィー?どうしたの、何だか泣いてるみたいだけど……」
「ううん、何でもないの、少しだけこうさせて……」
「う、うん、よく分からないけどいいよ」


 リィンは困惑しながらもわたしの頭を撫でてくれる……この小さくても暖かい手、リィンの手だ。


 わたしはマリアナが様子を見に来るまでリィンに撫でてもらった。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー
 

side:ルトガー


「ふんふ~ん♪」


 マリアナが鼻歌を歌いながら料理をしている、マリアナは猟兵にしては珍しくちゃんと料理ができる、俺達だと取り合えず食える状態、つまり焼くくらいしか出来ない。
 マリアナが料理をするのはリィンとフィーの為でもある、二人は育ち盛りの子供だしたまには栄養のある物を食べさせないとって気にしてるみたいだ、まあ生長期の終わった俺達おっさんはいいとして二人にはいいもん食って欲しいからマリアナには感謝だな。


「姐さんの料理久しぶりやしホンマ楽しみやわぁ~」
「しかし本当に手伝わなくていいんだろうか……」


 まるで欲しかった玩具を貰える子供みたいに目を輝かせるゼノとマリアナ一人にやらせていることに何やら罪悪感を感じているレオが座っている。
 まあ俺達が手伝っても邪魔にしかならないしここは任せようぜ。今はどっちかっていうとあっちの方が気になるんだが……


「………」
「えっと……」


 朝からリィンの右腕にくっ付いているのは西風の旅団の姫であり俺の子の一人、フィーだった。


(おい、なんかフィーの様子おかしくないか?)
(確かに……いつもリィンの側にいるが、今日は鬼気迫るといった雰囲気だ)
(大方ボンが何かしたんやないか?)


 ヒソヒソと喋る俺達を見てリィンは不思議そうにしていた。様子を見てると喧嘩したわけでもなさそうだな、むしろ絶対に離さないという気迫さえ感じる……リィンが関係してるとは思うが、う~ん……


「はい、私特製とれたて卵をふんだんに使ったオムレツとしゃっきり玉ねぎやほっくりポテト、魔獣の赤身をいれたシチューが出来たわよ……って貴方達何してるの?」


 料理を運んできたマリアナが怪訝そうな顔で俺達を見ていた。やれやれ、後でリィンから話しを聞くか。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


side:リィン


「ふう、やっぱり姉さんの料理は美味しいなぁ」


 朝ごはんを食べ終えた僕は団長に呼ばれて今団長の所に向かっている。


「でも今日は何だかフィーの様子がおかしいような気がするな」


 とにかく僕の側を離れない、普段からよく一緒にいるが今日は特にその傾向が強い。今も団長の元に行こうとしたが中々離してくれなかったし様子がおかしいのは確かだ。


「団長、リィンです」
「おお来たか、入ってくれ」


 扉を開けて団長の部屋に入る。


「団長、一体何の用件ですか?」
「ああ、そうたいしたことじゃないんだがフィーの事だ」


 団長の言葉に僕はちょっと納得した。今日はフィーの様子がどうもおかしい、団長もそれに気づいたんだ。


「単刀直入に聞くが、お前何かしたか?」
「いや、特に覚えはないんだけど……」


 ここ最近はフィーと特に何かあった訳でもない。そもそも昨日は普通だったのに今朝からあんな風になってたから心当りはないな。


「そうか、お前にも心当たりがないのか……一体どうしたんだろうな」
「話を聞いてもはぐらかされるし……う~ん」


 本当にどうしたんだろう、心配だな。


「お前、今日は仕事が無かったな?」
「うん、今日は無かったよ」
「なら今日はフィーと町にでも行ってこい」
「フィーと?」
「最近フィーと過ごす事が少なくなってないか?もしかしたら寂しがってるのかも知れないぞ」


 確かに…フィーと過ごしたのって二週間前のレグラム以来だ。


「そうですね、最近はフィーとの時間を疎かにしてました、だから今日はフィーと過ごしてきます」
「ああ、楽しんで来い」
「はい、団長、ありがとうございます」
「ちょっと待て、お前に渡すものがある」
「え、何でしょうか?」


 団長は懐から何か機械のようなものを取り出した。


「団長、これは?」
「こいつは前にシュミットのおっさんから依頼を受けた時に、報酬として作ってもらった特別な導力器でな。スイッチを押すと俺の持っているもう一つの導力器に合図が来るようになっているんだ。何かあったらそれを押すんだ、唯12セルジュしか反応しないらしいから気をつけろよ」
「あの人ですか……正直僕は苦手なタイプです」


 G・シュミット……導力器を発明した『エプスタイン博士』の弟子の一人で帝国随一の頭脳と謳われる人物だ。その頭脳は今の科学の更に先を行っていると言われ、西風の旅団が使っている通信機を作ったのも彼らしい。
 だが性格は面倒で自分が興味のない事や人物には辛辣な対応を取ったり話も聞かないので僕は苦手としている人物でもある。


「まあとにかく気を付けて行けよ。因みにどこに行くんだ?」
「ケルディックに行こうと思ってます」
「ケルディックならここから9セルジュくらいか……なら大丈夫だな。フィーと楽しんで来い」
「はい、ありがとうございます」


 僕は団長に礼を言ってその場を後にした。




side:フィー


「……」


 わたしどうしちゃったんだろう、リィンの側にいないと不安で仕方ない。今朝の夢を見たせい?


「夢を見たくらいでわたし、バカみたい……」


 結局リィンや皆に心配をかけちゃったなぁ。


「フィー、ちょっといいかな?」


 わたしがボンヤリとしていたらリィンが帰ってきた、団長とのお話はもう終わったのかな?


「リィン、何か用事?」
「うん、いきなりで悪いんだけどさ、今から僕と町にお出かけしない?」


 リィンとお出かけ?最近リィンとの時間も無かったし嬉しい。


「うん、行きたい。ちょっと待ってて、準備するから」


 さっきまでの不安が嘘みたいに消えた。やっぱり考えすぎだよね、リィンがいなくなる訳がない。わたしはウキウキしながらマリアナに貰った可愛い服を選んだ。



ーーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



「リィン、お待たせ。待たせちゃったかな?」
「ううん、僕も今来たばかりだから待ってないよ。あ、そのワンピース姉さんに貰った物だよね?とっても可愛いよ」
「ん、ありがとう」


 リィンに褒められて上機嫌になるわたし、この服を選んでくれたマリアナには感謝だね。


「それじゃ行こっか」
「あ、リィン。その……」


 モジモジするわたしを見てリィンは一瞬考え込み、スッと右手を差し伸べる。


「手、繋いでもいいかな?」


 あ、気持ち分かってくれたんだ……照れくさそうに頬を左手でポリポリとかきながら微笑むリィンを見て胸がキュウッとしそうなくらい熱くなる。


 そっとリィンの手を握る、小さいけど暖かいわたしの大好きな手……


 そんな幸せな気持ちに浸りながらわたしはリィンと一緒に町まで向かった。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 ゼムリア大陸西部において最大規模を誇る国、『エレボニア帝国』。四大名門の一角『アルバレア公爵家』が治めるクロイツェン州…そこに西風の旅団が滞在しているアジトの一つがある。わたし達は公都バリアハートで列車に乗り『交易町ケルディック』に向かっていた。


 ―――交易町ケルディック……帝国東部に位置する町で近隣に大穀倉地帯を抱え、都市外に広大な麦畑がある。主な名産品は地ビールや野菜が有名かな。あ、そろそろ到着するね。



「人がいっぱい……」


 駅の外には沢山の人で賑わっていた、こんなにいっぱいの人を見たのは始めてかもしれない。


「噂通りケルディックの『大市』は凄い賑わいだね」
「大市……あそこにある沢山のお店がある所のこと?」
「うん、大市には多くの商人が集まるんだ。行ってみようよ」


 リィンに手を引かれて大市へと向かった。


「うわぁ、いろんな物が売られてるんだ」


 名産品である野菜や珍しいアクセサリーなど色んな物が売られていた。


「今日はミラを多めに持ってきたから、欲しいものがあったら遠慮しないで言ってね」
「本当に?やった」


 ふふッ、何を買ってもらおうかな?


「あ、みっしぃだ」


 クロスベルで人気のあるキャラクター『みっしぃ』の人形や他のキャラのキーホルダーなどのグッズが売られていた。


「嬢ちゃん、みっしぃが好きなのか?この店には色んなみっしぃのグッズがあるから是非見ていってくれよ」



 商人のおじさんが言う通りうたたねみっしぃやおすわりみっしぃなど色んなみっしぃ人形が並んでいた。どれも可愛い。


「フィー、何か欲しい物あった?」
「えっと、このうたたねみっしぃが欲しい」


 わたしが選んだのはウトウトとうたたねをしているみっしぃの人形、選んだ理由はわたしと同じでお昼寝が好きそうだから。


「分かったよ、おじさん、この人形はおいくらですか?」
「うたねねみっしぃなら1000ミラだぞ」
「じゃあこれで」
「毎度あり」


 リィンはミラをおじさんに渡して人形を受け取る、見た目より柔らかくてフカフカしている。


「フィーってみっしぃが好きなの?」
「うん、リィンがくれたこの髪飾りと同じキャラだから興味があったの」


 わたしはリィンが初めてプレゼントしてくれたみっしぃの髪飾りを触りながら説明する、これはわたしの大切な宝物、そしてまた宝物が増えた。


「そっか、何のキャラか分からなかったけどフィーが喜んでくれて嬉しいよ」


 リィンがニコッと笑う、すると突然胸が熱くなってくる、どうしたんだろう?


「フィー、どうかしたの?何だか顔が赤いけど…」
「な、何でもないよ…それよりもっと見て回ろうよ、リィン」


 わたしはリィンの手を掴んで引っ張る、どうして胸が熱くなったのかは分からないけど、今はリィンとの時間を楽しもう。
 わたし達は大市を見て回った。


「このパン、ソーセージや野菜がいっぱい入っていて美味しい」
「僕の買ったこのソフトクリームも甘くて美味しいよ」
「本当に?そっちも食べてみたいかも」
「じゃあ食べ比べしようよ」
「あ、それいいかも」


 リィンと食べ比べをしたり……


「リィン、このイヤリング、マリアナによく似合うと思うよ」
「でもこっちのアクセサリーも姉さんに似合いそうだけど」
「他にも見てみようか」
「うん」


 マリアナへのプレゼントを買ったり……


「この地元で作られたビ-ル、ゼノ達が喜びそう」
「皆なら絶対に喜ぶだろうね、子供の僕たちじゃ買えないけど」
「……残念」


 ゼノ達へのプレゼントを諦めたり……


「あ、この小説探していたヤツだ」
「リィンってよく本を読んでるけど何を読んでるの?」
「さすらいの旅人が色んな国に行って悪に苦しめられる人々を救うヒーロー物だよ。タイトルは『アドル戦記』っていうんだ」
「何だかリィンみたい」
「え、僕はヒーローじゃないよ?」


 何気ない談笑を楽しんだりと、とにかく時間も過ぎるのを忘れて遊んでいた。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「もうすっかり日が暮れちゃったね」


 楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまい、気がつけばもう日が沈みかけていた。


「うん……」


 本当にあっという間だったなぁ、もっとリィンと過ごしていたかったけど我侭を言ったら駄目だよね。


 ションボリしたわたしを見て何か考えていたリィンが、突然私の手を握る。


「ねえフィー、列車が来るまでまだ時間があるし少し散歩でもしない?」
「リィン?」
「僕ももう少しフィーと一緒にいたいし……駄目かな?」


 リィンの言葉に私は胸がいっぱいになりそうな感覚になった、もしかしてわたしの思いが通じたのかな?だとしたら嬉しい。


 わたしはリィンの提案を快く受け入れてケルディック街道に向かった。



 --- ケルディック街道 ---



「綺麗だね」
「ん……」


 広大な麦畑が沈んでいく夕日の光に照らされて紅く染まっている、とても綺麗な光景にわたしは目を奪われていた。


「リィン、今日はありがとう」
「気にしないでよ、最近はフィーに構ってあげられなかったからこのくらい当然だよ」


 リィンが微笑んでわたしの頭を撫でてくれる、いつも撫でてくれるリィンの手はいつもより暖かく感じた。


「……良かった」
「えっ?」
「フィーが元気になって良かったってこと、今日のフィーは何だか元気が無かったから心配だったんだ」
「……心配かけてごめんなさい」
「そんな、謝らないでよ。フィーが笑ってくれれば僕は嬉しいから」


 ドキッ……まただ、リィンの顔を見てるだけでこんなにも心臓がドキドキする。彼がわたしを思ってくれているのがたまらなく嬉しい。


「そろそろ列車が来る時間だね、戻ろうか」
「……うん」


 楽しい時間、終わっちゃったな……


「フィー、また一緒に出かけよう」
「……ッ!うん」


 そうだよね、またこれるよね。リィンと二人で……いつだって一緒にいるんだから。













 



「……リィン・クラウゼルだな?」



 ……誰?さっきまで気配もなかった場所に白髪の男性が立っている。いつの間にいたんだろうか?


「貴方は一体誰ですか……?」
「名を知る必要はない、リィン・クラウゼル」


 リィンの名前を知ってる、この人は一体何者……?


「僕の名を知ってるということは猟兵の関係者か?」
「いいや違う、でもお前の名は知ってる奴は裏の世界では多い。あの『猟兵王』の息子なんだからな」


 男が指を鳴らすと周囲にフードを纏った集団が現れてわたし達を取り囲んだ。


「喜ぶがいい、お前は選ばれた。新たなる進化へと至る為の『人柱』にな」


 こいつら、リィンを狙っている……理由は分からないけど人柱なんて言ってる以上碌な理由じゃない!


「小僧は捕らえろ、小娘は殺すなり犯すなり好きにしろ」


 フードを纏った集団は懐から得物を取り出した。


「フィー、僕の背中にしがみ付け。何があっても絶対に離すな!」
「う、うん!」


 わたしは直にリィンの背中にしがみ付いた。実戦経験の無いわたしでは戦えない、護身術は習ってるがあくまで緊急時に使うぐらいで、こうやって取り囲まれた状況ではわたしは逃げる事も出来ない。
 もし団長達もいない時、このような状況になったらわたしはリィンの背中にしがみ付く、人質にされないようにする為だ。
 だがこれは最善の手じゃない、寧ろ悪手だ。リィンにしがみ付く事で彼の動きは制限されてしまうからだ。


(わたし、リィンのお荷物になってる……)


 何も出来ない自分が歯がゆい、さっきまでの幸せな気持ちなんて既に無くなっている。そもそもわたし達は猟兵王、ルトガー・クラウゼルの息子達……こんな風に狙われるのは想定していた。わたしがリィンを心配させたせいだ、それに何でわたしは奴らの気配を読めなかったのか。全部わたしのせいだ……


 ポンッ……


 そうやって自己嫌悪するわたしの頭をリィンは優しく撫でてくれた。


「フィー、君は悪くないよ。本来なら猟兵である僕が周囲を警戒してなくちゃいけなかった、でも僕は奴らに気づけなかった。これは僕の落ち度……だから君は悪くない」
「リィン……」
「大丈夫……何があったってフィーは僕が守るよ」


 リィンは鞘から刀を抜き奴等に切先を突きつけた。


「僕だけならまだしもフィーに危害を加えようものなら………容赦はしないぞ?」


 ゾワッ……リィンの雰囲気が変わる、さっきまでの優しい雰囲気は消え猟兵の冷静で冷たい雰囲気になった。


「ほう、子供ながら中々の殺気を放つな……捕えろ」
『はっ!』


 シュババッ!!


 男の合図と共に奴らは一斉に襲い掛かってきた。リィン、危ない!


「はあッ!」


 ズドムッ!


 リィンは一番近くにいた男の顔面に膝蹴りを打ち込んだ、速すぎて一瞬何が起きたのか分からなかった。
 周りの男達もそれを見て戸惑ったのか動きが止まる、リィンはその隙を逃さずに一人の男の首に回し蹴りを喰らわした。


「このガキ、戦い慣れてやがる!」
「カテジナ様、いかようにすればいいですか?」
「相手は猟兵王の息子だ。迂闊に近寄らずに飛び道具で動きを封じろ」


 男の指示で奴らは体勢を立て直しボウガンを取り出して撃ってきた。


「くっ……!」


 リィンは刀でボウガンの矢を叩き落すが数が多い。しかもわたしを背負っているから動きにくい為、矢が彼の体を掠めていく。
 

 その時わたしの背後から矢が飛んできたが、わたしは矢に気がつけなかった。


「!?ッフィー、危ない!」


 ドスッ!


 リィンの左腕に矢が刺さる、わたしを庇ったからだ……!


「そのまま畳み掛けろ」


 ヒュン、ドスッ、ドスッ!


「ぐあッ!?」
「リィン!」


 リィンの肩や足に矢が突き刺さる、このままじゃリィンが…


「リィン!わたしの事は気にしないで戦って!このままじゃ……」


 私は必死でリィンにそう訴えるが何だかリィンの様子がおかしい。


「リィン、どうしたの?リィン!」
「体が動かない。痛みを感じないんだ……」
「えっ……?」


 リィンは体を動かそうとするが動きが鈍い、これってまさか……


「このボウガンの矢にはヘルラビットの毒が塗られている。針が刺すような痛みが走り徐々に動けなくなっていくんだが……中々頑丈だな、まだ意識があるとは」


 毒!?そんなものまで使ってくるなんて……どうしよう。リィンは動けないし周りは囲まれている、絶体絶命で逃げ場が無い。


「フィー……聞こ…え…てる…か?」


 リィンが話しかけてくる、毒のせいで喋るのも辛そうだ。


「リィン!?無理したら……!」
「僕…がす…きを作る…だか…ら…逃げ…ろ!」


 な、何を言ってるの!リィンを見捨てろって言うの!?


「そんな、貴方をおいて逃げるなんて出来ないよ!」
「猟兵は……常に…最悪の状況を…想定する。ここで…二人が…捕まったら…助けも呼べない、逃げて…団長を…呼んで…さっき渡した導力器…使えるだろ?…それで…」
「でも……」
「行くんだ…!これは…君に…しか出来…ない…事だ…!」


 確かにわたし達の通信機には緊急時に皆に通信が行き届く専用のコールがある、でも今から呼んでも団長達も直にはこれない、リィンは囮になる気じゃ……


 シャラシャラッ、ガキィッ!!


 リィンの身体に鎖が巻きついた。


「何をコソコソ話しているんだ?まあいい、取り押さえろ」
「はッ!」


 男達がグイッと鎖を引っ張りリィンの身体を締め付ける。や、止めて、これ以上彼を傷つけないで……!


「はぁ、はぁ……ぐう、あああぁぁぁぁッ!!」


 突然リィンが苦しそうに声を荒げる、まさか毒が回ったんじゃ……!?


 そう思いわたしはリィンを見る。だがわたしは自分の目を疑った、何故ならリィンの黒い髪が白く染まりだしてるように見えたからだ。


「ガキの様子が……うおっ!?」
「何だ、この力は!?」
「引っ張られる!!」


 リィンは大の大人数人に鎖で引っ張られているにも関わらず、逆に自分の方に手繰りよせている。


「があああぁぁぁぁ―――――!!!」


 グイッ!!


「「「うわあああぁぁぁッ!!!」」」


 ドグシャッ!!!


 リィンは鎖を持ち上げて男達ごと地面に叩き付けた。


「リ、リィン……?」


 彼の姿はさっきまでと違っていた、黒い髪は白色に染まりアメジストの瞳は血のように真っ赤に染まっていた。


「フィー……コノ姿ハキミニ知ラレタクナカッタヨ」
「リィン……その姿は一体…」
「ゴメン、説明シテル暇ガ無イ。力ガ抑エラレナイ……!」


 リィンは苦しそうに胸を押さえる、必死で理性を保つように……


「フィー、キミヲ傷ツケル前ニ……逃ゲロ……早ク!」
「そんな事……」
「グズグズスルナ!僕ヲ困ラセタイノカ!!」
「!?」


 リィンがあんなに必死になって怒るなんて初めてだ。


「……分かった、わたしが直に団長達を呼んでくる、だから待っていて!」
「分カッテルサ、僕ハキミトノ約束ヲ破ッタリハシナイ」
「絶対だよ、待っててくれなきゃ嫌いになっちゃうよ!」
「アア、約束ダ……」


 わたしはそういって必死で町まで駆け出した。待っていて、リィン!





 side:リィン


 ……フィーは行ったか。良かった……これでもう抑える必要はない。


「カテジナ様、小娘が……」
「アレは別にいい。今は目の前の異常を優先しろ。さもなくば殺されるぞ」
「しかしあの力は一体……?」
「資料には載っていなかった。だがあの未知の力……ヨアヒム様も喜びそうだな。何としても捕えろ」
「で、ですが先ほどより明らかに戦闘力が向上しているかと……」
「ヨアヒム様の命令に逆らう気か?」
「りょ、了解しました!」


 男達が何か言ってるがもう関係無い。


「全員で取り囲ん……」
「グシャッ!」
「えッ…?」


 男の肩を粉砕した僕はもう……何モ考エテナドイナカッタ。唯破壊スルダケ……ソレ以外ノ事ハ考エル必要ハ無イ!


「ガァぁぁアぁァッ!!」


 グシャッ!!


 何の前触れもなく僕は目の前にいた男の顔面に拳を打ち込んだ、一回だけではなく何度も何度も執拗に……


「このやろう!!」


 すると一人の男が剣を振り切りつけてくる。


 シュバッ!


「と、跳んだ!?」


 僕は跳躍して剣をかわす、だがそれだけじゃ終わらない。体勢を変えて振り下ろすように右足の蹴りを剣を持った男の顔に放った。


 ザシュッ!


 鋭い蹴りで男の顔がパックリと切れて夥しい血が噴出した。男はあまりの痛みに剣を離して顔を抑える。


 ドゴッ、ドガッ、バキッ!


 それを悠長に見てるはずが無く、すかさず連続して蹴りを打ち込み男を吹き飛ばした。


「な、何て奴だ……ひぃッ!?」


 更に直ぐ側にいた男の右手首を左手で握り締める。


「何を……!?ッギャァァァァァ!?は、離せ、折れる!!」


 だがそれを聞いて離す訳もなく僕はそのまま……


 ゴキッ!


「!?ッグアアアァァァァ——―――!?」


 容赦なく骨をへし折った。



「……さっきまでとは攻撃の質が違う、だがどうやら抑え切れてはいないみたいだな」


 白髪の男は無表情で僕を調査しているような事を言っていた。でもそんな事はドウデモイイヤ、次ハオ前ダ……!


 僕は真っ直ぐその男に向かっていった、男は両手を伸ばし指を突きつけるような格好を取る。武器も持っていない、唯腕を伸ばすだけの格好……何を狙ってるかは知らないけど直ニ壊シテヤル!



 ビスッ、ビスビスビスッ!!



 ごほッ!?何で刀が折れて……僕の腹に……穴が?銃なんて持っていなかったはず……薄れ逝く意識の中で僕が見たものは男の笑う顔とパックリと割れた指だった。


「……残念だったな、『瞬骨』は所見じゃ絶対にかわせない」


 男はゆっくりと僕を担ぎ上げた。


「う、うぐぅぅぅ……」
「しかしお前達には失望したぞ」


 白髪の男は腕を折られて悶絶していた男を蹴り飛ばした。


「ぎゃあッ!」
「ヨアヒム様の駒に無能は必要ない……死ね」


 ザシュ、ドシュ、グシャァ!!


 男は右手から鋭い何かを取り出すと、自身の部下たちを切り刻んでいく。
 顔に血がこびりついても無表情のまま殺していく男の姿はまさに悪鬼と言えるような恐ろしさを醸し出していた。


「……任務完了。これより楽園へ帰還する」


 男はそういうと、僕を担ぎ上げて何処かに向かって歩き出す。


「フィーは逃げれたのかな……」


 それが僕の意識が消える前の最後の言葉だった。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



 その後フィーからの緊急コールを受けたルトガー達は、すぐさまケルディックに駆けつける。だがもう既にリィンの姿は無かった、その後彼らは何週間に渡りリィンを捜索したが、見つける事はできなかった……




 この日、リィン・クラウゼルは西風の旅団から姿を消した。







 
 
 

 
後書き
 時期的には前回のレグラムが7月の下旬、今回は8月上旬くらいです。
 後ミシュラムにある『M・W・L』のマスコットキャラクター「みっしぃ」は本来なら今の時期にはまだテーマパークが出来てないからいないはずですが原作でもティオがガイからみっしぃのストラップを貰ってたからもしかしたら今の時間帯で既に存在してるキャラなのかなー…なんて思って出しました。




ーーー オリキャラ紹介 ---


『カテジナ』


 白髪の17歳程の少年。冷酷な性格で失敗した部下を即座に切り捨てる非情な一面を持つ。謎の技でリィンを瀕死の状態に追い込んだ。


 キャラのイメージはNARUTOの君麻呂。 

 

第11話 悪魔の教団

 
前書き
 

 
 side:リィン


あれ、僕はどうしたんだろう。何があったんだっけ?確かフィーといっしょにお出かけして、それから……そうだ、フィーは……!


「フィー!!」


 ガバッ!


 目を覚まし辺りを見渡す、僕が寝ていたのは見たこともない部屋だった。


「そうだ、僕はアイツに……」


 僕とフィーの前に現れたあの白髪の男、僕はアイツに負けて……


 ガチャ、ガチャガチャ。


「くッ、両手は縛られてる。出入り口はひとつの密室、どうしようかな」


 状況を把握したが脱出する方法がないな。


 ガチャッ


 その時出入り口の扉が開きフードを被った男が入ってきた。


「フンッ、起きていたか」
「お前は誰だ?」
「お前に話す権利は無い、黙って付いて来い」


 聞く耳持たずか。武器は壊されてしまったし両手は縛られてる、ここは大人しく付いていくしかないな。
 僕は立ち上がり男について行く。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 さっきから男の後を付いて行くが何だここは?鉄格子だらけの部屋に子供の泣き声、しかもそこらに赤い液体が壁や床に飛び散っている、あれってまさか血か……?少なくともここが危険な場所だってことは理解したよ。

 男について行き数分後、何やらとても広い空間に出たがかなり広い部屋だな、まるでアリーナだ。


「ここにいろ。直に始まる」


 男はそういうと下がっていった、一瞬逃げ出せるチャンスかと思ったが周りを見てみるとガラスばりの壁がありそこには武装した奴らが大勢いる、これは逃げれないな。


「ここどこ……?」
「うえ~ん、お母さん!!」
「怖いよ、お家に帰して……」


 何だ?僕以外にも子供がいるのか?僕より年下だったり少し上くらいの子供が沢山入ってきた。


「何で子供が……」


 そんな事を考えていると上にあった大きなモニターに何かが映る、あれは人か?


『皆よく集まってくれたね。私はこの『楽園』を管理する者、気楽に『先生』とでも呼んでくれたまえ』


 ボイスチェンジャーを使ってるのか機械的な声が聞こえる、首から上が映ってないが一体何者なんだ?


「……貴方は一体何者なんだ、何が目的でこんな事をする?」


 僕はモニターに映る人物に質問を問いかける。


『いい質問だ、まず我々が何者かを教えよう。我らは『D∴G教団』……空の女神などという空想の神を否定し虚なる神『デミウルゴス』を信仰する選ばれし者達だ』


 そういえばここ最近ゼムリア大陸中の子供が次々といなくなっているって聞いた事があった。まさかこいつ等が……!


『君達がすることは唯一つ…新たなる進化への礎になってもらいたい。だが君達にその資格があるかどうか一つテストをさせてもらおうか……始めろ』


 モニターの人物が指を鳴らすと奥にあった大きな鉄格子が開き……ッ!?あれはまさか…


「グルルルッ……」


 あれはタトージャやカザックドーベン……それにグレートワッシャー!?鉄格子の奥から様々な魔獣が現れた。


『君達には今からこの魔獣達と戦ってもらう、そして10分が過ぎた時点で最後まで生き残っていたら合格だ。理解できたかい?』


 生き残れだって!?無茶だ!ここにいるのは年端もいかない子供ばかりしかいないんだぞ、いい的じゃないか!


「ヒッ……いやあああぁぁぁぁッ!!」
「怖いよ―――!!」
「ママ!助けて!」


 今から何が起こるか幼いながらも感じたのだろう、子供たちが一斉に逃げ出した。そんな拡散したら……!


「ガァァァッ!!」


 魔獣達が一斉に子供達に襲い掛かった、ヴィナスマントラの三本の首が子供の一人に襲い掛かる。子供は必死で逃げ出そうとするが腕と頭を噛まれた、そして……


 グチャッ…


 子供の頭がまるでにがトマトのように潰れてしまった、何て事を……!


『おや、不甲斐無い。どうやらあの子は選ばれてはいなかったようだね』


 な、何を言ってるんだ……!?子供を魔獣に殺させて不甲斐無いだって!?


「嫌だァァァ!!」
「こっちにくるな―――――!!」


 不味い、子供が殺された光景を目の当たりにした子供達はパニックになってしまった。


「嫌ああぁぁぁッ!?」


 カザックドーベンが近くにいた子供に襲い掛かる。くッ、させるか!


「やめろおおおぉぉぉッ!!」


 ドガッ!


 カザックドーベンの脇腹に打撃を打ち込む、大して効いてはいないようだが奴の気を引く事が出来たようだ。


「ガァァァ!」


 カザックドーベンは鋭い爪で襲い掛かってくる、僕は爪をかわしてカザックドーベンの喉に蹴りを入れた。流石に効いたのかカザックドーベンは一瞬怯む、僕はその隙を逃さずに奴の背後に飛び掛り首を締め上げる。


「ガァァァッ!?」


 カザックドーベンは僕を振り落とそうと激しく抵抗する、でも外してたまるもんか!僕は更に首を絞める力を強める、そして勢いよく走るカザックドーベンを壁に激突させた。


「グォォォッ!?」


 頭から壁に激突したカザックドーベンはフラフラと倒れてセピスに変化した、僕は襲われていた子供の側に向かう。


「大丈夫か、怪我はないか?」
「う、うん。ありがとう……」


 魔獣に襲われていたのは年下の女の子だった。


「ここは危ない、早く逃げて」
「た、立てない……」
「えっ?」
「怖くて立てないよ……」


 どうやら足がすくんで立てないようだ。無理も無い、こんな状況じゃ……


「なら僕の背中に掴まっていて。いいかい、何があっても絶対に手を離さないで」
「うん」
「よし行く……ッ!?危ない!!」


 僕は女の子を抱えて横に飛ぶ、そして次の瞬間僕達がいた場所に巨大な拳が地面にめり込んだ。それを放ったのは…


「アイアンゴーレム!?」


 鋼鉄に命が吹き込まれ、生み出された魔獣……まさかこんな奴までいるなんて。アイアンゴーレムは再び巨大な腕を振り上げて僕達に向かって振り下ろす。


「はあッ!」


 何とか攻撃をかわすがこのままでは不味い、だが武器も無しにアイアンゴーレムを倒すなんて僕には無理だ、どうしたら……
 いや、待てよ、別に倒す必要はない。あのモニターに映っていた男の言う事を信じるならば10分間生き残ればいい、なら……


 アイアンゴーレムが再び攻撃態勢に入る、僕は背後にいたタトージャに向かって走り出した。


「お兄ちゃん、そっちには魔獣がいるよ!?」
「頼む、今は僕を信じてくれ!」


 女の子が悲鳴を上げるが今はこうするしかない、僕はどんどんタトージャに近づいていく、アイアンゴーレムも僕にターゲットを決めたのか追いかけてくる。


「シャァァァッ!!」


 タトージャが四本の頭を使い僕に襲い掛かってくる。僕は頭の一つに蹴りを喰らわせる、そして横から攻撃してきたもう一つの頭をかわしてタトージャの首を掴んだ。そして追い討ちをかけてきた三本目の攻撃を掴んでいた頭に喰らわせた。


「ゴァァァ!?」


 自らの攻撃に苦しむタトージャ。奴らの頭はそれぞれが知性を持っている、その為得物を襲う時は頭同士が奪い合うほどだ。それを利用して同士討ちにさせようとしたが上手くいったよ。そこに追いついたアイアンゴーレムが攻撃をしてきた。


「今だッ!!」


 僕はタトージャから手を離してアイアンゴーレムの攻撃をかわす、だが同士討ちして動けなかったタトージャはまともに喰らってしまい地面に陥没してしまった。


「シャァァ……」


 力付きたのかタトージャはセピスへと変わった。


「よし、完璧だ!」


 アイアンゴーレムは動きは遅いが攻撃力は凄まじい、僕はその攻撃力を利用しようと考えたんだけどとても上手くいった。


 アイアンゴーレムは僕達を叩き潰したと思ったのかゆっくりと違う場所に歩いていった。何とかなったか……




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



『10分経過、そこまでだ』


 モニターの男がそういうと魔獣達は武装した男達に連れられていった。な、何とか生き残ることができた、背中にいる女の子も無事だ。

「お兄ちゃん、終わったの……?」
「ああ、何とか生き残ったみたいだ」
「でも他の子達は……」


 最初に何十人といた子供は、10分過ぎた頃には数人しか生き残っていなかった。ごめん、守って上げられなくて。


『ふむ、今回は比較的生き残ったほうだね、これも君がいたからかな?』


 モニターの男は僕に向かってそう言ってきた。


「貴方は何も思わないんですか?こんな…何の罪もない子供達にこんなことをして……」
『別に、科学者が一々実験対象に罪悪感を感じると思う?君は魔獣を殺すたびに罪悪感を感じるのかい?感じないだろう、それと同じ事さ。それに子供が苦しむ姿が好きだからかな?あはははは!』


 男はさも当然だと言わんばかりに平然と答えた。この男、狂っている……!


『そんなことより君は素晴らしいね。その年であの危機的状況の中で冷静な判断力、それを実行できる身体能力……どれをとっても素晴らしい。君なら『アレ』にも耐えられるかも知れないね。さてじゃあ生き残った子達には神聖なる儀式を受けてもらおうか、例の部屋にご招待したまえ』


 モニターに映っていた男の姿が消えて僕達は武装した奴らに連れられて移動する、そして数分歩いていくとさっきの部屋よりも濃い血の匂いがしてきた。


「ここは……」


 僕達が連れてこられたのは人一人が乗れそうな台、色んな道具が壁にかけられ、怪しい薬品が立ち並ぶ部屋……でも僕が気になったのはそんな些細な事ではなかった。


「何だ、この血の量は……!?」


 その部屋は床や天井にビッシリと赤い液体が付いていた。間違いない、これは血だ。それもこの部屋全体を染めるほどの量……一体どれだけの人間の人間が死んだんだ?


「ふふッ、その部屋の血は神聖なる儀式に耐えられなかった哀れな子供達の血さ」


 その時誰かがこの部屋に入ってきた、入ってきたのは仮面を顔に被せた灰色の髪をした人間だった。


「やあ、先程は見事だったぞ、少年」


 男は僕にそう言って来る。


「先程はって……まさかお前は!」
「ああ、私は『先生』。この楽園の管理者さ」


 こいつがあんなことをさせた張本人……!


「さて…そろそろ儀式を始めようか」


 男がそういって指を鳴らすと僕達は羽交い締めにされて台の上に磔にされた。


「ぐッ、動けない……」


 両手両足、首や腹、あらゆる箇所を拘束されて身動き一つとれない。


「お前、儀式とはなんだ?お前は僕達に何をするつもりだ!」
「今から君達にとても素晴らしい物をプレゼントしよう」


 男は僕の言葉を無視して何か薬剤のような物を取り出した。


「私は教団が『叡智に至る』ための研究をしている、その鍵となるのがこの『グノーシス』さ」
「グノーシス?」
「服用すれば身体能力と感応力を高め、更には潜在能力すら引き出す事が出来る。まあそれ以外にも目的はあるんだがね」
「それと僕達に何の関係がッ!?まさか……!」
「察しがいいね。グノーシスはまだ完成はしていない、謂わば試作品というところか。だから君達に協力してもらおうと思うんだ」


 じ、人体実験をするつもりか……!?


「いやあ子供はいい。成長途中だから薬の効果も早く出るし何より捕まえやすい、それに子供の発する悲鳴は実に心地いいからね。さて今回はグノーシスの効果を上げるために今までのより強い濃度にしてある、どれくらいまで耐えられるか早速試していこうか」


 仮面の男は近くに磔にされている男の子に何かの液体を注射した。


「?………ッ!?ギャアアアアアァァァァァァッ―――――!?」


 打たれた直後は何ともなさそうにしていた男の子が突然絶叫を上げた、体が痙攣して目や鼻から血が流れている、何をしたんだ?男の子は尚も激しく痙攣していたが次の瞬間……


「ぼはぁッ!!」


 口から大量の血を吐き出してそのまま動かなくなった。


「ふむ、小さい子供には少し強すぎたか」


 まるで人事のように淡々とそう言う男を見て僕は少し恐怖してしまった。狂ってる……こいつ、間違いなく狂っている!


「じゃあ次だ、今度は少し薬の濃度を落とそうか」


 そして男は次々と子供達に怪しい液体を注射していく。腕が破裂して死んだ子、血の泡を吐きながら死んでいく子、それを見て楽しそうに笑い声を上げる仮面の男……
 今まで猟兵として生きてきた、その中で死んでいく人も何人も見てきたがこんな人の尊厳もない殺され方なんて見たことが無い。人はこんなにも残酷になれるのかと僕は恐怖した。


(団長……皆……)


 こんな光景を見せられて冷静になんてなれない、このままじゃ僕も殺されてしまうぞ!


「ここまでで7人死んだか、これじゃ実験にならないね、なら……」


 男は僕の方に向かってきた。


「やっぱり本命の君で試してみようか、カテジナ君の話ではかなりヤバイ物を体に飼ってるみたいだからどうなるか楽しみだね」
「や、止めろ……」
「おや、さっきまでの威勢はどうしたんだい?君がやらないならまずはこの子から始めるけどいいのかな?」


 僕の隣にはさっき助けた女の子が縛られていた。


「なッ!?ま、待って!分かった!僕から始めろ、だからその子には手を出すな!」
「君って不思議だよね、さっき出会ったばかりの子に何故そんなに執着するんだい?もしかして年下好きなのかな?」


 ……面影がフィーに被ってしまう、それでほっとけないんだ。


「まあいいや、それじゃ始めるとしようか。生き延びれるように頑張ってね、期待してるよ」


 男は僕の右腕に注射器をさして液体を注入する、何とも無いのか……ッ!?


「グッ……ガあアあァアァぁぁあァァああ!?」


 何だこれは!熱い!体の中に熱された棒が入ってるみたいだ!手首や足からも血が噴出した……!頭が割れそうだ……!!


「うおァああアァぁあああぁぁッ!?」


 死にそうな程の痛みが体中に流れていくみたいだ、このままじゃショック死してしまう!!


(……フィー)


 意識が朦朧としている中で僕はフィーの悲しそうな顔を思い出した。そ、そうだ!僕には帰らなくちゃならない場所がある……こんな所でくたばって溜まるか!!


 激しい痛みや様々な症状が襲ってくる、でも必死で耐え続けた。必ず生き残ってやる!




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 ……あれからどれ位の時が過ぎたのだろう?体は動かず傷だらけで血もたくさん流れた。でも生きている。
 動かない首を無理やり動かして辺りを見る、そこにはさっき助けたはずの女の子が白目をむきながら僕を見ていた……えっ?


「ッ!?、うわあああぁぁぁぁぁぁ――――――――――ッ!」


 そんな、どうして……!?


「お、やっと目をさましたみたいだね。あれから三時間も過ぎちゃったよ、そしてその中で生き残ったのが君だけだったんだ。いやぁ、凄い凄い!本当におめでとう!」


 男はパチパチと手を叩いて賞賛してくるが、今はそんな事はどうでもいい!


「何であの子に手を出した!僕にするかわりにあの子には何もしないって!」
「そんなことは忘れたね、まあ死んじゃったものはしょうがないさ」
「お前……!」


 できる事なら今すぐこいつを殺してやりたい……!!


「そんなことは忘れただと?命を何だと……ガハッ!?」


 グフッ…腹を仮面の男に殴打された。


「ごちゃごちゃと煩いんだよ、ゴミが死んだだけだろう。これ以上騒ぐなら脳みそ引っ張りだすぞ?」


 ゾワッ……なんだこの雰囲気は?団長や光の剣匠とは全く違うどす黒いオーラ……それを奴から感じた。


「……ふふふ、何てね、嘘だよ。君はこれからも僕の実験に付き合ってもらわなくちゃならないんだからね。彼をお部屋に案内してあげて」
「かしこまりました」


 拘束を解かれ僕は縄で縛り付けられた、くそッ、何があっても絶対に生き残ってやる……!!



「………」




 だがその時僕は、部屋の陰から僕をじっと見る小さな少女に気がつけなかった。




 
 
 

 
後書き
  

 

第12話 守りたいもの

 
前書き
 今回は過激な描写や性的な表現があります、もし苦手な方は注意してください。 

 
 side:リィン

 この施設に来てから何日が経ったんだろうか、僕は今日も『D∴G教団』の実験と言う名の拷問に耐えていた。


「おらッ、ちんたら走ってると死んじまうぞ!」


 鞭を持った男が鞭で地面を叩き威嚇してくる。今僕は後ろから迫ってくる巨大な鋸から逃げている所だ。何でこんな事をしているかというと、奴らが完成させようとしている『グノーシス』の効果で身体能力がどれほど上がったかを調べる為で今は持久力を調べているらしい。


「うわあッ!?」


 僕の隣にいた子供が足を躓かせたのか倒れてしまった、僕以外にここに連れてこられた子供の一人だ、この施設では定期的に子供が誘拐されてくる、もう何人が死んだのか覚えていない。


「た、助けて……!」


 僕達が走ってるこの床はベルトコンベアーのように動いている、だから転べば最後には……


「がアああアあぁッ!?」


 鋸にバラバラに切り刻まれてしまう。そんな子供を見ても誰も何とも言わなかった、助けようともしなかった、そんな余裕などないからだ。


「ごめん……」


 それは僕も例外じゃなかった。何人も死んでいくのを見て次は自分がああなるんじゃないかと怖くなってしまう、だから自分の事で精一杯だ。
 何も出来ない無力な自分に嫌悪しながら今日も生き残るために走り続けた。


ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「はぁ…はぁ…」


 持久力の実験が終わってもすぐさま新たな実験に移される、今度は耐久力の実験で重い錘を持たされて何十分も立っていた。
 両腕で錘を支える、少しでもずらせば落としてしまう、勿論実験終了までに落とせばどんな目に合うか分からない、そんな恐怖に耐えながら誰もが必死で錘を持ち上げていた。


「ほう、結構頑張るじゃねえか、ならもっときつくしねえとなぁ!」


 男は持っていた鞭で近くにいた子供を叩く、子供は痛みで体が震えている。


「や、やめて…」
「あ~ん?聞こえねえな~?もっとハキハキと喋りやがれ!」


 子供の制止を訴える声を無視して何度も子供を叩く男、そして遂に耐え切れなくなり錘を落としてしまった。
 僕達が持っている錘は四角形の板のような錘でそれが子供によって乗せられる数が違う、一つが10kgで僕は10枚、あの子は2枚持っていた。その錘が子供の足に直撃した。


「ギャアアアッ!?」


 子供は潰れた足を押さえながら辺りを転げまわる、するとさっきまで鞭で子供を叩いていた男が突然子供を蹴り飛ばした。


「このゴミが!誰が錘を置いていいと言った!てめぇは懲罰室行きだ、連れて行け!」


 別の男が今だ叫び続ける子供を引きずりながら部屋を出て行った、どう見ても鞭を持った男のせいであの子は錘を落としたのは誰が見ても明らかだ、だが誰も何も言わない。
 ここでは奴らがルールだ、奴らの気まぐれで何人も死んだのを僕は見ている、自分達は唯のモルモットに過ぎないんだ。


 でもいつまでもこんな状況に甘んじてるつもりは無い。必ずここから脱出して皆の下に帰る、その為に何があっても僕は生き残る……!


ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 今日の実験が終わり僕は一日二回あるご飯にありついていた、この施設では一日に二回食事がある、大体が起きて直と実験が終わり就眠する前の二回だ。まあこの施設には時計も無いしここに来てから一回も外の様子を見たことがないから朝飯なのか夕飯なのかは分からないけどね。


「………」


 カビの生えたパンと塩を少し入れたスープ……いや塩水を食しながらどうやって逃げ出そうか考える。
 ここに来てからもう二回逃げ出そうとした事がある、一回目は見張りの隙をついて、二回目は実験中に事故が起こりそれに便乗して逃げようとした。
 

 結果は惨敗、最初は出入り口を探していて見つけられず掴まった、二回目は地形を把握していた為後一歩で逃げ出せたかも知れなかったが途中事故に巻き込まれた一人の子供を助けて掴まった。
 子供を遊び感覚で殺してしまうような奴等だ、中には女の子に性的暴行を加えるような奴もいるらしい。普通なら殺されてたかも知れないが、僕はここの責任者である『先生』のお気に入りらしく殺されるのは免れた。そうとう殴られたけどね……
 

 でも僕にそんな事は関係ない、殺される危険が他の子供より低いのはありがたい。そろそろこの施設の内部構造は把握できた、次で決着をつける。



「うふふッ、そんな怖い顔をして何を考えてるの?」



 …何だ、誰かが声をかけてきた…?そんな事ここに来て初めての事だ、僕は顔を上げて声をかけてきた人物を見る。
 僕に声をかけてきたのは菫の花のような淡い紫の髪の小さな女の子だった。だが俺は彼女の顔を見て硬直してしまうくらいに驚いてしまった。


(エレナ!?)


 そう、その少女の顔はエレナに似ていた。一瞬その名を呼びそうになったが、僕は彼女が息絶えるのを目の前で見ていた事を思い出して出そうとした声を飲み込んだ。


「………」
「あら、レディが声をかけたのに無視だなんて失礼よ?お名前くらい教えてくれても良くないかしら」
「……リィンだ」
「そう、私はレン。貴方の先輩になるのかしら、取り合えず宜しくね」


 何だこの女の子は?こんな状況でよく笑みなんて浮かべていられるな。


「それで、僕に何か用なのか?」
「用がある訳じゃないけど唯貴方に興味があったの」
「興味?」


 興味って僕に一体何があるって言うんだ?


「貴方、今まで二回もここから脱走しようとしたんでしょ?どうしてそんな事をするの?」
「そりゃこんな所に居たくないからだ」
「でもそのうち一つは誰かを助けようとして失敗したんでしょ?」


 何故そんな事を知ってるんだ?そういった情報は子供達には伝わらないはずなのに。


「ふふッ、どうしてそんな事を知ってるのかって顔をしてるわね」


 僕の心情を見抜いたのか少女……レンはからかう様に笑う。


「見張りのおじさんに教えてもらったのよ」
「奴等が情報をベラベラ喋ったのか?」
「私は『お願い』したのよ、特別な……ね」


 お願い?あの子供を虐待するのが生きがいと言ってる様な奴等が唯のお願いでそんな事を喋るか?


「それで君は何が言いたいんだ?」
「おかしいって思ったのよ、ここから逃げようとしてる癖にどうして他人を助けたの?そのせいで結局掴まったみたいだし何だか矛盾していないかしら?」
「それは……」


 レンの質問に僕は何も答えれなかった、彼女の言うとおりさっさと逃げてれば良かったんだ。でも僕はそのチャンスを潰してしまった。


「……昔の話だ、もう同じ失敗はしない」
「ふ~ん、まあいいわ。話してくれてありがとう、それじゃあね」


 レンはそういって立ち去っていった。しかし何だったんだろうな、あの子は。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「今日は戦闘力の実験をしてもらう。本来なら魔獣を相手してもらうがいつもそれだと退屈だろう、そこで今回は『こいつ等』に相手をしてもらう、出て来い」


 男が指示をして奥の鉄格子から数人の男性が入ってきた。


「なるほどこいつらが……」
「本当にこいつ等を皆殺しにすれば自由になれんだろうな?」
「……俺は女を殺したい」


 ……どう見ても唯の一般人じゃないな、明らかに全員が人を殺した事のある目をしている。


「彼らはゼムリア大陸で強盗殺人や無差別殺人を起こした凶悪犯達だ、逃げている所を我々が保護をした。今回はお前らとこいつ等でデスマッチをしてもらう」


 今回は殺人鬼が相手か、ふと周りを見ると子供達は皆不安そうな表情を浮かべている。魔獣と違い自分と同じ『人間』同士の殺し合い……つくづく個々の連中はいい性格してるよ。


「ルールは単純だ。一人ずつ入ってもらい一体一で殺し合い生き残った方の勝ちだ、実に単純だろう?まずはお前からだ」


 男に指示された一人の男の子は一人アリーナへと入っていった、僕達は上の階からその様子を見ている。


「ほ~。俺の相手はこのチビか…女が良かったんだがな」


 そこに現れたのは大きなナイフを両手に持った刺青をした男だった。まてよ、あのナイフ何処かで見たような気がするぞ。


「『オルビン・マーク』7年前にゼムリア大陸中の女性を無差別に殺害、死体を磔にする猟奇的殺人事件を引き起こした男で通称『ジャック・ザ・リッパー』と呼ばれていた……ってとこね」

 僕が何かを思い出そうとしていると誰かが話し掛けてきた、この声は……


「はぁい、リィン♪」
「……また君か」


 僕に話し掛けてきたのはレンだった。


「あら、私に会うのがそんなに嫌なの?」
「別にそういう訳じゃない。しかしジャック・ザ・リッパーか……ある日姿を消してからずっと音沙汰もなかったけどこんな所にいたのか」
「あ、始まるようね」


 レンが指を指した所を見ると剣をもった子供とジャック・ザ・リッパーの殺し合いが始まっていた、子供は奴に剣を向けるがガチガチと震えていた。
 無理も無い、魔獣なら生き残ろうと戦うことは出来るかもしれない、でも人間が相手になれば全然違う、人殺しになど誰もなりたいはずも無い。


「ビビってるのか、でも俺は遠慮なくいかせてもらうぜ」


 ジャック・ザ・リッパーが動きを見せた。大型のナイフを構え子供に向かっていく。子供も意を決して剣を構えるがやはり震えている。ジャック・ザ・リッパーはそんな子供をあざ笑うようにナイフを振るった。
 子供の頬が斬られて血が流れる。子供は涙を流しながら頬を押さえるが今度はがら空きになった胴体を斬られた。


「やっぱいいね~、人を斬るっていう感触は……」


 恍惚の表情を浮かべながら血のついたナイフを舐めるジャック・ザ・リッパー、その姿はまさに殺人鬼だった。


 そして数分後、アリーナに立っていたのはジャック・ザ・リッパーだった、子供は無残にも切り刻まれて地面に横たわっていた。


 やはり魔獣より人間のほうが恐ろしいと思う、魔獣はいわば本能的に人間に襲うが奴等は快楽を求めて殺しをおこなう。人間はどんな生き物よりも残酷になれるんだろう。
 その後も何人の子供たちがアリーナに入っていくが皆無残な死を遂げた。


「次はお前だ、アリーナに入れ」


 僕の番が来たか。レンに「がんばって♪」と言われ僕はアリーナの入り口に向かう。


「僕の相手はあいつか」


 僕の目の前に立っていたのは細長い筒を体中につけた男だった。


「小僧、俺はお前を殺し今度こそ鉄血宰相の首を取る。悪く思うな」


 こいつはそうだ、1年前に爆弾を体に巻きつけてパルフレイム宮殿に乗り込んだ反革新派のテロリストだ。体中に巻いた爆弾で自爆テロを行おうとしたが失敗して逃亡したらしいがこいつも此処にいたのか。


 僕は剣を取り構える、別にお前が何をしようと勝手だが僕も生きなきゃならない理由がある。だから僕はお前を殺す!


 爆弾男は懐にあった爆弾……ダイナマイトっていうものだったかな?それの先端にある紐に右腕の人差し指から小さな炎が出て着火される、あの腕は義手なのか。


「死ね、小僧!」


 爆弾男は何本もの爆弾を投げてくる、そんなゆっくりとした物なんてさっさと避ければ……そう思って距離を取ろうとしたが、突然爆弾が動き出し此方に向かってくる。


「なッ……!」


 ミサイルみたいに爆弾が襲ってくるが何とか横に飛んで爆発から逃れた、今のは一体なんだ?


「まだだ!」


 爆弾男はまた爆弾を上空に投げる、すると爆弾の下に当たる部分から勢いよく火が出てこちらに向かってきた。あれは爆弾の下に推進用火薬を仕込んでいるんだ、その噴射を利用して飛ばしてくるのか…!


 爆弾をかわしながら奴の武器の特徴を冷静に判断したのはいいが、問題はどう対処するかだ、あの爆弾は結構な速さで飛んでくる、しかも二回ほど曲がるみたいで一回避けても曲がってくるからやっかいだ。
 ……良し、ならこう行こう。


 僕は爆弾男から大きく距離をとり両手を地面につき、前足側の膝を立て、後ろ足側の膝を地面につける体勢をとった。


「命乞いか?無駄だ、お前を殺す事に変わりは無い!」


 僕が土下座でもしたとでもと思ったのか爆弾男はそう言って来た、そうじゃないんだけどね。


「これで最後だ、死ね、小僧!」


 さっきよりも倍多い爆弾を上空に投げてこちらに向かって飛ばしてきた。良し、今だ!タイミングを見計らい僕は一気に走り出した。


「何、速い!?これでは爆弾が爆発する前にこちらに来てしまう!?」


 さっきの体制は加速をつけるためのものだ、予想外のスピードに奴は驚いていた。そして飛ばされた爆弾が爆発する前に一気に奴との距離をつめていく!


「な、舐めるな!」


 爆弾男は懐からナイフを取り出して襲ってくる。僕はナイフを持った腕の手首に手刀を当てる、衝撃でナイフを落とし更に男の顎に掌底を喰らわせ頭が揺れて体制を崩した男に足払いをして態勢を崩した。


「ぐあッ!?」


 そして男が持っていた火のついた爆弾を男の口に差し込んだ。


「もがッ!?」
「爆弾が好きなら最後はお前自体が爆弾になるんだな」


 そして爆弾男から距離を取る、そして次の瞬間爆弾男は爆発に飲み込まれた。


「……」


 その光景を僕は冷めた表情で見ていた、爆破テロを企んだ人間の最後は爆弾で……か。


「良し、お前は戻っていい、次!」


 指示を受けた僕は直にアリーナから出て行く、そして二階の部屋に戻ったが……


「「「……………」」」


 子供達は皆化け物を見るような目で僕を見ていた。まあそりゃあそうなるよね、躊躇無く人を殺したんだ、彼らからすれば僕も殺人鬼にしか見えないんだろう。


「ふふッ、お疲れ様、リィン♪」


 ……唯一人を除いてだけど。


「……レン、君は何も思わないのか?」
「思うって…何が?」
「いや、僕は人を殺したんだけど……」
「そんなのルール何だから仕方ないじゃない、それに奴等だって今まで散々人を殺してきたんだから因果応報って奴よ」
「……君は本当に変わってるな」
「貴方も相当変わってると思うけど」


 本当に変な子だ、怯える所かむしろ肯定してくれるなんてな。でも何だろう、別に何と思われようといいのに少しだけ心が軽くなったような気がする。


「あら、ジッと私を見つめてどうしたのかしら?」
「い、いや、何でもないよ」


 いけない、知らない内にレンを見つめていたようだ。


「次、実験体21番!」
「あら、私の番だわ」


 どうやらレンの番が来たようだ、しかし大丈夫なのか。あんな小さな女の子がまともに戦えるとは思わないが……


「そんな目をしてどうしたの、もしかして私の心配でもしてくれたの?」
「……僕は別に心配なんか…」
「そんなこと言っても説得力ないわよ。貴方直に顔に出るんだもの、ふふッ、可愛い♪」
「……うッ」


 ……この子は本当に僕の調子を狂わすよな。


「でも大丈夫よ、私は『強い』から」


 レンはそういってアリーナに向かった。


「お、ようやく女が来たか……」


 レンの相手はジャック・ザ・リッパー…先ほどから何人もの子供を血祭りにしてきた殺人鬼だ。レンを見た瞬間見るもおぞましい笑みを浮かべた。


「お相手宜しくお願いするわね」


 だがレンはそんな笑みを見ても顔色ひとつ変えないで自分の身丈より大きい鎌を構えた。


「それでは始め!」


 合図と共にジャック・ザ・リッパーがレンに向かっていく。


「切り刻んでやる!」


 ジャック・ザ・リッパーは大型のナイフを横なぎに振るいレンに襲い掛かる。


「……♪」


 だがレンはその攻撃を少し体をそらす程の動きで簡単に避けた。ジャック・ザ・リッパーが更に激しく攻めていくがレンはかわしていく。


「くッ、さっさと斬られろ!」


 ジャック・ザ・リッパーは自分の攻撃を悠々と避けるレンに痺れを切らし大振りの攻撃を放つ。


 ザシュ…


「……は?」


 一瞬何が起きたのかジャック・ザ・リッパー自身、そして僕も分からなかったが宙に舞った物を見て僕は驚いた。


「う、腕だ……!」


 そう、宙に舞っていたのはジャック・ザ・リッパーの右腕だった。レンがやったのか?攻撃をかわした瞬間と同時に鎌で腕を切り落とした……僕よりも小さな少女がいとも簡単にそれをしたというのか?


「ぎゃああああッ!!?」


 腕を無くしたジャック・ザ・リッパーはその場で転げまわる。


「あらあら、自分はあれだけ人を切ってきていざ自分がやられたら泣き喚くなんてみっともないわね」


 そんなジャック・ザ・リッパーを見てレンが呆れたようにそう呟いた。


「糞が!ぶっ殺してやる!」


 ジャック・ザ・リッパーがフラフラと立ち上がりレンに向かっていく。残った左腕のナイフをレンに振り下ろした。
 だがレンはジャック・ザ・リッパーの左腕の手首に手刀を当ててナイフを落とさせる、そして奴の顎に掌底を喰らわせ頭が揺れて体制を崩した男に足払いをして態勢を崩した……ってこの流れはさっき僕がした事と全く同じじゃないか!?


「ぐあッ……く、畜生が……がはッ!?」


 レンはジャック・ザ・リッパーの腹を踏みつけて鎌を首に押し当てた。


「ふふッ、どうやらチェックメイトのようね」
「ま、待て!俺の負けだ、だから命は……」


 だがジャック・ザ・リッパーがそれ以上話すことは無かった、レンの持っていた鎌で首を切断されたからだ。


「最初に言われたでしょ、これはデスマッチだって」


 レンはそう言ってアリーナを後にしてこちらに帰ってきた。


「ただいまリィン。ね、言った通りでしょ、私は強いんだから♪」
「レン、さっきの動きは……」
「ああ、あれなら貴方の動きを見て覚えたのよ」
「見て覚えたって、そんなことが本当に……?」
「ええそうよ。私はね、どんな事でも直に覚えて自分の力に出来るの、どんなことでもね」


 それを聞いて僕は更に驚いた。人間誰しもが見ただけで覚える事は出来無い、よくて感覚を知るくらいだ。自身が経験してやっと覚える事が出来るものだ。
 だがこの子は本当に見ただけで僕の動きを完璧に再現した。いや正直僕よりも無駄が無かったぞ、なんて少女だ。


「私はここの実験でこの力を身につけたの、だから私は強いのよ。一人でもね……」
「……」


 なんだろう、一瞬だけレンの表情が曇ったような気がしたけど気のせいか?


「ほら、終わったんだから行きましょう。私疲れちゃったからリィン、おぶってくれないかしら?」
「……ってもうすでに乗ってるじゃないか」


 実験を終えた僕達は自分達の部屋に戻った。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 
 あの実験から数日が過ぎたのかな、あれからレンは度々僕の側にやってくるんだ。


「リィン、あの動きはどうやってるの?」
「ねえ、今日はパンがかび臭くないわね」
「一緒に寝ましょうよ、リィン♪」


 実験中どころかそれ以外の時間帯でもレンは僕の側にいる、最初は何とも思わなかったが最近はレンがいる生活に慣れてしまった。
 いや、むしろレンがいないと寂しいっていうか落ち着かないと言うか……


「僕は何を考えてるんだ……僕には帰らなきゃならない場所が、人達が待っているというのに……」


 僕が攫われたあの日、逃げていくフィーの悲しそうな表情を思い出した。そうだ、僕は帰らなきゃならないんだ、だから他の事なんて考えている暇は無い。
 そう思った僕は三回目の脱走を企てた、密かに入手していたヤスリで何日も前から鉄格子を削っていたんだ、そしてようやく子供一人が通れる隙間を作りそこから脱走した。


(見張りが巡回してくるまで二十分はある、その間に決める!)


 奴等の行動パターンを割り出し警備の隙が生まれやすい時間帯を選んだのでスムーズに事が進んでいる、そして僕はお目当ての場所にこれた。


「よし、ここ例のダスト穴だな」


 この施設で使われているゴミ捨て用の穴がある、そこは外に繋がっているとの情報を得た僕はここからの脱出を企てた。


「多少危険だけどここにいるよりはいいだろう」


 これで脱出できるかもしれない、そんな期待を込めた僕は穴に入ろうとする。


「…ぃ…やめ…!」
「だ…いい…やれ…!」


 ……何だ?声が聞こえるぞ…女の子の声と野太い男の声か?


「いや、そんなことはどうでもいい、早く逃げないと……」


 僕は再び穴に入ろうとしたが……


「やめて…もういやよ…」
「……!?ッ」


 今の声はまさか…!?僕は声がする場所に向かった、するとそこにいたのは……


「……おねがい、もう許して」
「だまれ、いいから早くしろって言ってんだろ!」


 何だこれは?あれはレンなのか……?


 そこには裸になったレンが泣きながら体を抑えていた。体には十字架のような傷があり見てるだけで痛々しい。そして側にいる男、そいつは下半身に何も着ていなかった。


「おいおい、あまり乱暴にするとそいつ死ぬぞ」
「それがいいんじゃねえか」


 側にもう一人の男がいてケラケラと笑っていた、まさかこいつら……


「早くやっちまえよ、いい加減前座だけじゃ物足りねえ」
「ああ、分かってるよ。お前はこいつを抑えていてくれないか?」
「了解」


 笑っていた男がレンを押さえつける。



「いや!それだけは止めて!他の事なら何でもするからそれだけは!!」
「駄目だね、こっちも我慢の限界だ」
「安心しなって、痛いのは最初だけだから」


 あいつら……!僕は部屋に踏み込もうとしたが……


(いや待て、ここで捕まったらもう逃げられなくなるかも。そうなったら僕は……)


 団長やマリアナ姉さん、ゼノやレオ、西風の皆、それに……


(…リィン)


 ……フィーにだって会えなくなるかも知れないんだぞ!僕は……


「おい、早くしろって、俺も待ってんだから」
「よし、それじゃいくぞ」
「いやぁぁぁぁぁッ――———!!?」


 ……僕は!!


 ダッ!!


 レンの叫び声を聞いた僕は考える間も無く部屋に突入した。


「あん、なんだ……」


 グシャ!!


 男が振り向く前に男の露出した下半身のまたぐらに思いっきり蹴りをいれた、何かが潰れる嫌な感触が足に広がっていく。


「う、うぎゃぁぁぁぁぁ―――――!!?」


 下半身を押さえながら蹲る男に追撃で腹に蹴りを入れる。男は嘔吐物を吐きながら体をくの字に曲げた。


「だ、脱走者だ!誰か援軍を……」


 もう一人の男が逃げ出そうとするが僕はそれを許さない、一瞬で男の前に回りこみ顔面に拳を叩き込んだ。


「げふッ!?」


 更に追撃で喉に指突きを喰らわせてわき腹に蹴りを打ち込んだ。肋骨の砕ける音が響く。その後僕は騒ぎに気づいた連中に取り押さえられるまで二人の男を殴り続けた。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



 ガチャンッ!!


 体中をボコボコに殴られた僕は専用の独房に入れられた、体中が腫れて痛いや……


「……」


 そして何故かレンも一緒に入れられていた、ちょっと気まずいから止めて欲しいんだけど。不可抗力で裸見ちゃったし……


「ねえ……」


 そんな事を考えているとレンが話し掛けてきた。


「何で私を助けたの?」
「えっ?」
「理由が分からないわ、貴方は逃げ出そうとしてたんでしょ?何で私を助けたの?前にもう同じ事はしないって言っておきながら何で……」
「それは……」


 ……僕はどうして彼女を助けたんだろうか?


「なあ、君はずっとあんな事をさせられてたの?」
「ええ、思い浮かぶ事は大体させられてきたわ。何とか純潔は守ってこれたけどさっきは危なかったわね」


 ふと気になってレンに不謹慎と分かりつつ聞いてしまった、彼女の話ではこういった性的暴行は何回もされてきたらしい。あいつらもっと殴っておけばよかったな。


「……ねえ、リィン」
「ん、何だ……!?ッ」


 考え事をしていた僕にレンが声をかけてきたから振り向いたが……何をしてるんだレン!?


「な、何で裸なんだよ!?」


 そう、レンは着ていた服を全部脱いでいた。


「あら、さっきも見たんだから今更じゃない?」
「そういう問題じゃない、何で脱いでるんだ!」
「あら、野暮な事を言うのね」


 レンはそういうとゆっくりと僕の側に来る……って近い近い!?


「貴方もシタかったんでしょ?あいつ等にしていたこと……だから助けたんでしょ?」
「は……?」


 一瞬レンが何を言っているのか分からなかった。


「何を言ってるんだ?」
「ごまかさないで、何の見返りも無しに誰かを助けると思う?貴方だってこういう事シタかったんでしょ?」


 レンはゆっくりと自らの右手を僕の下半身に添える。


「おい、止めろ……!」
「もしかして怖いの?大丈夫よ、私は慣れているから……リードしてあげる」


 そういってレンは僕のズボンを下げようとして……


「止めろ、レン!!」


 僕はレンを止めた。


「どうしたの?こういう事したかったんでしょ?」
「……僕はそういう事がしたいから君を助けたんじゃない、いいから早く服を着ろ」


 僕はレンの着ていた服を彼女に渡した。


「……じゃあ何で私を助けたのよ」
「女の子が困っていたら助けろって団長に言われてきたからな」
「何それ、理解できないわ」
「理解してもらおうとは思わない、いいから早く服を着ろって」


 僕はそういってレンから離れて横になった。何で僕はレンを助けたのかな……いや、これで良かったんだろう。もしレンを見捨てて逃げてもきっと後悔してたしそんな僕をフィーは許さないだろう。それに……


(エレナを失った時に誓ったんだ。大切な者を守ってみせるって……)


 だからこれで良かったんだ。自分の誓いを守った、そう思おう。流石に疲れたな……


 僕はゆっくりと眠りに入った。








side:レン

 この施設に来てそれなりの時が過ぎた、私はそこで何人も死んでいくのを毎日のように見てきた。どの子も絶望に落ちた顔、生きるのを諦めた顔、そんな顔ばかりだった。
 

まあ普通の子供ならそうなって当然だろう、おかしいのは私。何も感じないし思いもしない。


でも最近気になる子が出来た、リィンっていう男の子だ。彼を見かけたのはけっこう前かしら、私はここの責任者である『先生』に気に入られている、だからある程度の自由を与えられているからこの施設を一人で歩くことができる。そんな時かしら、いつもの『補充』でつれてこられた子供達……その中に彼はいた。
 

 最初はそこまで興味はなかった。彼に興味が沸いたのは彼の戦いぶりを見てからだった、冷静な判断力、魔獣の攻撃すら利用する柔軟な思考、そして素手でも魔獣と戦おうとする闘争心……全てが初めてのものだった。


 彼といれば自分は強くなる……そう思った私は彼に接触した、最初は警戒されていたわね。


 そして彼の戦い方を見て自分も強くなれた、私は周りの環境を自分の力に出来るしどんな事も覚える……施設の奴等は私を『天才』と呼んでいたわ。そう私は強い、誰かの力を借りなくても一人で出来る。その手段を増やすためリィンに接触した、最初はそうだった。


 でもさっきリィンに助けられて分からなくなった、てっきり私の身体目当てで私を助けてくれたのかと思った、だから私は彼に身体の関係を迫った。
 でもリィンははっきりと拒絶した、最初はごまかしてるかと思ったが違うようだ、どうして自分を助けたか聞くと女の子扱いされるし理解できなかった。
 でも何でかしら、女の子あつかいされて『嬉しい』って思う自分がいる。


 ふとリィンを見ると寝てしまったようだ、女の子が側にいるのに興味も示さないで寝ちゃうなんて何かイラッとするわね。


 私はリィンの側に行き彼の腕の中に入り込んで胸に抱きついた。意外と筋肉質なのね。


 ……あーあ、私何やってるんだろう、ここに来てから一回も気を緩ませる事なんて無かったのに。リィンの腕の中にいてとても落ち着いている。


「ふああ……私も眠くなってきちゃった」


 こんなにゆったりと寝れたのは久しぶりね。瞳を閉じて私も夢の中に入っていく。



 お休みなさい……リィン……






  

 

第13話 私が抱く貴方への思い

 
前書き
大変遅くなりましたが明けましておめでとうございます。 

 
 side:リィン


「ん、朝か…?」


 今が朝なのか夜なのか、そんな事は分からないが何となくそう呟いて僕は目を覚ました。
 あいかわらず冷たい床の上で寝かされているがもう慣れてしまった、猟兵の時も外で寝る事なんて日常茶飯事だったしこれくらい何とも無い。


「ふあぁ……レン、そろそろ時間だよ、起きて」


 僕は起き上がる前に僕の腕を枕にして寝ているレンを起こした。


「ん~…もう朝なの…?」


 レンは目を擦りながらぽ~っとした顔で僕を見る、どうやらレンも朝は弱いみたいだ。


「ほら、もうすぐ見張りが起こしに来るだろうからちゃんとしないと」
「ん…分かった…」


 この牢屋みたいな部屋には何もないが水が出る蛇口がある、僕はレンをそこに連れて行き水で彼女の顔を洗う。


「ん~、冷たいよ…」
「しっかりしなって。君って起きてる時と寝てる時のギャップが違いすぎるよね」


 普段とは違ったレンに困りながら僕も自分の顔を洗い出した。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



「はあッ!」


 飛び掛ってきた虫型の魔獣の攻撃をかわして背後から斬り付ける、魔獣はその一撃でセピスへと変わった。


「ゴガァァァッ!!」


 そこに魔獣「ゴーディオッサー」が巨大な腕を振り上げて襲ってくる、僕はゴーディオッサーの攻撃に備えて剣を構えた。そして攻撃が当たる瞬間に剣をそらして攻撃を横に受け流した。そしてがら空きになった胴体に四回の斬撃を喰らわせた。


「グ…ガァ…」


 ゴーディオッサーは膝をついて倒れる。だがそこに何かムチのようなものが飛んできたので僕は左に飛んでかわした。攻撃してきた魔獣を見るとそこには「イシゲェロ」……更に隣には「スケイリーダイナ」
か、ちょっと厄介だな。


 スケイリーダイナが背中の背びれを震わせて怪音波を発する。


「ぐッ、中々強力だな。この怪音波……」


 怪音波で得物を弱らせてから仕留めるのがスケイリーダイナの戦い方だ。そこにイシゲェロが長いムチのような舌で攻撃してきた。頭が痛むから回避も間々ならないな。
 奴等はどちらも得物の動きを鈍らせる戦い方を得意としている、捕まったら終わりだ。


 その時僕の右腕が動かなくなってしまった、僕が背後を振り向くとそこにはさっき倒したはずのゴーディオッサーが僕の右腕を掴んでいた。


「しまった、まだ生きていたのか!」


 魔獣は死ぬとセピスへと変化する、だがゴーディオッサーは倒れただけでセピスにはならなかった、死んだフリをしていたのか!


「グォォォッ!!」
「ゲロォォォッ!」


 好機と感じたのかスケイリーダイナ達が同時に襲い掛かってきた、これは不味いぞ……!?


 だがスケイリーダイナ達は突然横から来た攻撃で吹き飛ばされた、一体なにが起きたんだ?


「あらあら、駄目じゃないリィン、そんな油断をしたら私のパートナーとして相応しくないわよ?」


 僕を助けてくれたのはレンだった。自分の身丈よりも大きな鎌を悠々と振り回して僕にウィンクをする。
 僕はその隙にゴーディオッサーの腕を斬り飛ばし更に八回の斬撃を喰らわせる、流石に力尽きたのかゴーディオッサーは倒れてセピスへと変化した。


「……パートナーになった覚えはないんだけど…」
「あらつれないわね、私達もう長い付き合いなんだからいいじゃない」
「まあパートナー云々は別にして助けてくれたことには感謝するよ」
「それなら感謝の印にキスでもしてくれないかしら?」
「はぁ、子供がそんな事言わない」
「何よ、貴方だって子供じゃない。本当につれないんだから」


 そんな会話をしていたらスケイリーダイナとイシゲェロが起き上がってきた、その瞳は赤く血走っており明らかに怒っている。


「あらあら、お怒りのようね」
「みたいだな。レン、ここは合わしていくぞ」
「ふふッ、私達二人の初めての共同作業ね♪」
「……もうツッコまないからね」


 僕とレンはそれぞれの武器を構えて二体の魔獣と対峙する。


「グガァァァ!!」


 先に動いたのはスケイリーダイナだ、奴は僕達に目掛けて突進してきた。


「行くぞ、レン!」
「ええ、行きましょうリィン!」


 スケイリーダイナの突進をかわして僕とレンはそれぞれの相手に向かっていく、僕がスケイリーダイナ、レンがイシゲェロだ。


「グガァァァ!!」


 スケイリーダイナの鋭い牙が僕に襲い掛かってくる、僕はそれをかわして剣で斬る、スケイリーダイナは怯むが今度は連続で噛み付いてくる。


「ぐッ……本当に厄介だ、あの背びれ…」


 奴が放つ怪音波のせいで動きが鈍くなってしまう。レンのほうを見るが彼女にも怪音波が届いているようで戦いにくそうにしながらもイシゲェロの粘液をかわしている……粘液?そうだ、その手があったか!


 
「レン、そいつの粘液を使うんだ!」
「粘液を?……!ふふッ、分かったわ」


 僅かな受け答えでレンは僕の考えを理解してくれたようだ、僕とレンは二体の魔獣の攻撃をかわしながら徐々に互いの距離を縮めていく。


 そしてある程度まで僕達と魔獣が近づいた瞬間僕はスケイリーダイナの顎を掴んで動けなくした。


「レン、今だ!」
「分かったわ!……どうしたのカエルさん?私はここよ?」


 レンの挑発に乗ったのかイシゲェロが粘液を吐くがレンはそれをひらりとかわした。だが今回はそれだけじゃない、レンの背後にいたスケイリーダイナの背中に粘液がかかり奴の背びれを止めた。


「やった、上手くいったぞ!」


 僕が考えたのはイシゲェロの粘液でスケイリーダイナの背びれを止める事だった。
 イシゲェロの粘液は粘着力が強くそれで得物の動きを止めるのがイシゲェロの戦い方だ。なら逆に奴の粘液を利用しようと考えたんだ。
 二体の魔獣の攻撃をかわしながらスケイリーダイナの後ろにイシゲェロを誘導した、そして僕がスケイリーダイナの動きを止めてレンがそこに攻撃を誘発させて粘液をスケイリーダイナに浴びせたんだ。


「グガァァ!?」


 自身の背びれが動かなくなった事に驚くスケイリーダイナ、これでやっかいな怪音波はもう出せない。


 僕はスケイリーダイナに、レンがイシゲェロに向かっていく。スケイリーダイナが鋭い牙で噛み付いてくるがそれをかわして斬りつける、そしてスケイリーダイナの腹に掌低を当て後退させた。


「こっちよ、ノロマなカエルさん♪」


 イシゲェロの舌を悠々とかわすレン、それに怒ったのか攻撃の速度を速めるイシゲェロだがその時イシゲェロの背後に何かが当たる。


「ゲロ?」


 イシゲェロの背後に当たった物、それはスケイリーダイナの背中だった。僕の掌底で後退したスケイリーダイナと背中合わせにぶつかったんだ。


「レン、一気に決めるぞ!」
「了解したわ!」


 レンが大きく跳躍し二体の魔獣はつられて上を見上げた、その隙に僕は剣に炎を纏わせて魔獣達に向かっていく。


「「『死蝶黒・炎舞の太刀!!』」」


 レンの斬撃と僕の斬撃が十字のように交差して二体の魔獣を切り裂いた。


「ぶっつけ本番でやってみたけど出来るものなんだな……」


 打ち合わせをしていたわけでもないのにあんな息の合ったコンビプレイができた事に僕は少し驚いていた。


「だから言ったでしょ、貴方と私はパートナーだって♪」


 背後からレンが背中に飛びついてきて僕の頬を指先でグリグリとしてくる。


「……まあそうだな」
「あら?もしかしてようやくデレてくれたのかしら?」
「そんなんじゃないよ、ほら、実験は終わったんだから部屋に戻るぞ」


 僕はレンをつれてアリーナを後にした。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 その日のやる事を終えた僕達は専用の牢獄…もとい部屋に戻ってきた。


「ふふッ、今日も疲れたわね、リィン」
「……あのさレン」
「何かしら?」
「何でこの体勢になるんだ?」


 今僕の膝上にはレンが座っており僕はレンの頭を撫でたり抱きしめたりしている。


「いいじゃない、これは私にとっての一日の疲れを癒すごほうびなんだから」
「こんな事がか?」
「ええ、少なくとも私が生きてきた中で最高のごほうびよ♪」
「そんな大げさな……」


 そもそもなんで僕はレンと二人だけの部屋にいるのかというと、前の事件の後何故か僕達は同じ部屋に移されて実験も二人だけで受ける事になった。
 これは多分『先生』とかいう奴の差し金だろうけど何が目的なんだ?


 そんな事を考えていたらレンが目を閉じて顔をゆっくりと近づかせていた。


「何をしてるんだ」
「ん……もう、何で止めるのよ」


 レンの口に指を当ててキスを止める、何でこの子はことあるごとにキスしようとするんだ?


「あのなレン、そういう事は気軽にしていいもんじゃないんだよ」
「どうして?私、貴方ならかまわないわよ?」
「まったくそういう態度が男を勘違いさせるんだぞ。それは本当に大切な人が出来るまでとっておきなさい」
「いないわよ、大切な人なんて……」


 レンが何か呟いたように思えたが生憎聞こえなかった、それに何だか悲しそうな表情になってる……よし。


「わわッ、リィン!?」


 僕はレンを包み込むように抱きしめて優しく頭を撫でる。


「ごめん、何か嫌な事を思い出させたようだね」
「……貴方は気にならないの?私が何でここにいるのか」
「気にならない訳じゃないけど誰だって言いたくない事は沢山ある、だから僕は何も聞かない。ほら、明日も大変だろうから早く寝たほうがいいよ」
「本当におかしな人ね、貴方って……」


 レンは暫くギュッと僕の手を握っていたがいつの間にか静かに眠っていた。


 ……あれから何日が過ぎたんだろうか?僕が此処に来てかなりの時が流れた、逃げ出そうとしていたのに今じゃそれすらしていない。


「レンがいるからか……」


 自分がここに残る理由、それはもう自分でも分かりきっている。あれだけ逃げたいと思っていたのに僕はそれをしない、レンをここに置いていけないからだ。
 

 僕は酷い奴だ。団長や西風の皆、そしてフィーは今も僕を心配してくれていると思う。でもそれを知っていても僕は逃げれない、ここに出来てしまったからだ。フィーと同じくらい守りたい大切な者が……
 

 レンはもはや赤の他人じゃない、自分の妹だと思えるくらい大切な子だ。実際この子がいなかったら今頃僕は発狂していたかとっくに死んでいたと思う。猟兵といえ不安が無かった訳じゃない。レンはそんな僕の心を癒してくれた。


「本当に僕は酷い奴だ……」


 眠るレンの頭を撫でながら僕はどうしようもない気持ちに板ばさみになっていた。





 side:??


 リィン達が眠りについた頃、この施設のある部屋に二人の男性がいた。一人はヨアヒム・ギュンター。D∴G教団の司祭幹部にして施設『楽園』を管理する責任者であり多くの子供達の命を奪ってきた狂いし男。
 そしてもう一人がカテジナという白髪の男。彼はリィンをここにつれて来た張本人だ。ヨアヒムは何か多くの文章が書かれた紙を見て笑っていた。


「ん~、やっぱり例の黒髪君の戦闘データが上がっている。それにあの少女も釣られていいデータがとれた。思惑通りだね」
「ヨアヒム様、何故他の子供と隔離してあの二人を一緒にしたのですか?」
「カテジナ君、君は彼は妹を守ろうとした時に凄まじい力を見たんだよね?」
「はい、本人は扱いきれてなかったが急激なパワーアップをしました」
「おそらく彼は『異能』を宿している」
「『異能』……ですか?」


 聞きなれない言葉にカテジナは首を傾げた。


「稀にいるんだよ、今の科学ですら解明できない摩訶不思議な脅威の力を持つ人間が……異能とはそんな力を現す言葉と思ってくれればいい」
「なるほど、その異能という力をリィン・クラウゼルは宿していると……」
「私の推測だが間違いないだろう」
「だがそれと自分の質問にどんな関係があるのですか?」


 実に楽しそうに説明するヨアヒムだが、カテジナは自身が言った質問の回答を求めた。


「黒髪君がその力を引き出すのは何かを守ろうとする時。そして今の彼にはそれがいる」
「なるほど、あの娘をきっかけにするつもりですか」
「ああ、いずれは彼女にも『協力』してもらわなければ……彼の力を引き出すためにね」
「……相変わらずの人だ、貴方は」


 ヨアヒムはレンを利用してリィンの中にある力を引き出そうとしているらしい。そしてヨアヒムの性格を理解しているカテジナは彼の言っていた『協力』が非人道的な方法だろうと思い苦笑した。


「失礼いたします、ヨアヒム様。飛行船のご用意が完了いたしました」


 その時部屋の入り口から男が現れヨアヒムに何かを報告した。


「そうか、ならさっそく教団本部に戻るとするか」
「例の定例会議ですか?」
「ああ、面倒だがこれも決まりだからね。行くよカテジナ君」
「了解しました」


 二人はそういって部屋を後にした。







ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



「糞!イライラするぜ!」


 ヨアヒム達が楽園を出て2時間が過ぎた頃、施設の地下にある研究施設の一角で一人の男が壁を殴っていた。その顔は酷く歪んでおり傷だらけだった。


「全くだ、あのガキのせいで俺達は落ちぶれたんだしな」


 その近くの壁にもたれていた男が壁を殴っていた男に同意した。彼も顔に夥しい傷があり表情も分かりにくい。
 彼らは以前にレンを襲おうとしてリィンに顔の形が変わるまで殴られた二人だ。あの後二人はこの施設でもっとも階級の低い奴が行くと言われる『地下室の見張り』に落とされ周りの同僚達からあざ笑われていた。


「ああ~ッ!!あのガキをぶっ殺してやりたい!!」
「気持ちは分かるが無理だ、奴はヨアヒム様のお気に入りだぞ。次は首を切られるかもな」
「だからこそイラつくんだよ!ああムカムカする~ッ!!何でもいいから殺してやりてぇッ!!」


 男はリィンに復讐したかったがリィンはヨアヒムのお気に入り、もし次に何かしたらそれこそ命が無い。溜まった鬱憤は男を更にイラつかせた。


「糞!どいつもこいつも俺を笑いやがって!ふざけんな―――ッ!!!」


 ドガッ!


 男は近くにあった鉄パイプを蹴り飛ばした。


「あ、おいバカ!こんなとこでそんなもん蹴り飛ばすな!」


 壁にもたれていた男が慌てるが鉄パイプは回転しながら何かのカプセルに当たった。


「あ、やべぇ……」
「やべぇじゃねえだろうが!あのカプセルには確か実験中の改造魔獣が……!」


 二人がそうこう話しているうちにカプセルから何かが出てきた。
 紅く染まった体毛を纏い人一人すら容易に切り裂けそうな鋭い爪と牙、背中から生えた無数の刺、そして緑に輝く瞳……明らかに普通の生き物ではなかった。


「ヤ、ヤバイ……」
「逃げ……うぎゃああぁああぁぁああッ!?」



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



sideリィン


「……ん、何か熱いな」


 レンと共に眠っていた僕はいつもと何か違うと感じて目が覚めた。この施設の温度は管理されているため熱かったりはしない。だけど今は汗が噴出すほど熱さを感じる。


「レン、起きてくれ。何かがおかしい」
「んん……何、どうかしたの?……って何だか熱いわ」
「ああ、これは一体どういう事なんだ?」


 その時だった、僕達のいる部屋の端の壁が突然爆発して崩れた。


「な、何が起きたの?」
「分からない、でも異変が起きているのは間違いない」


 僕とレンは状況を把握するために崩れた壁から外に出た。


「何だ、これは!」


 外の光景は地獄だった。あちこちで燃え上がる炎、立ち上る煙、倒れる人、そして聞こえる断末魔……たった数時間で何が起こったっていうんだ?


「ぎゃあああッ!?」


 前の通路から何者かの叫び声が聞こえた。だが煙のせいで視界が見えずらい、僕は警戒しながら少しずつ近づいていく。すると何か風を斬るような音を僅かに感じた……ってこれは!?


「レン、危ない!」
「え、キャアッ!?」


 レンを抱えて後ろに跳んだ、するとさっきまで僕達が立っていた場所に巨大な爪が振り下ろされていた。
 そして煙の中から姿を現したのは今まで見たこともない魔獣だった。魔獣の口には既に絶命している男の死体が銜られていた。


「な、何あれ……あんなの今まで見たこともない……」


 レンも見たことがないらしく驚いていた。そんな僕達を魔獣は緑色の瞳で捕らえた。


「レン、逃げるぞ!」


 僕はレンを抱えて走り出した。魔獣も銜えていた男を捨てて僕達を追いかけてきた。瓦礫を掻い潜りながら逃げる僕達を魔獣は鋭利な爪で瓦礫を粉砕しながら追ってくる。


「何て力だ、それに動きも速い。このままじゃ追いつかれてしまうぞ!」
「リィン、前の扉を見て!」
「あれは……」


 レンが見つけたのは大きな分厚い鉄の扉だった、あれなら奴も容易には壊せないだろう。僕達は急いで扉を閉めようとする。


「ぐッ、重い……」


 本来なら複数人で動かすものらしく僕が押してもゆっくりとしか動かない。魔獣が直側まで来ているから急がないと!


「うおォォォォッ!!!」


 バタンッ ガァァァン!!


 僕は必死で力を振り絞って扉を押して閉めた瞬間、魔獣は閉まった扉に激突したようだ。なんとか間に合ったか。


「一体何が起きてるんだ?」


 突然謎の魔獣が現れて施設を破壊している、何があってこんな事になったんだ?それにこんな非常事態なのに『先生』とやらは何もしないのか?
 ……いや待てよ、施設がこんな状態にもなってあの『先生』とかいう男が何もしないのはおかしい。もしかしたら今奴はここにいないのかも知れない。ならこれはチャンスかも知れないぞ。


「レン、一つ聞いてくれ」
「こんな時にどうしたの?」
「いいから聞いてくれ。今この施設はあの魔獣の攻撃で甚大な被害が出ている、とてもじゃないが僕達に構っている余裕は無いはずだ。つまり今の状況ならここから逃げ出せるかも知れない」
「逃げ出す……」
「此処からが本題だ。レン、僕と一緒に来ないか?」
「えっ……?」


 僕の問いに困惑するレン、前から思っていた、こんな地獄みたいな場所に彼女を残していくのは嫌だ、なら僕だけじゃなくてレンも一緒に連れて行けないかと。


「で、でも私は……」


 珍しく狼狽する様子を見せるレン、やはり彼女にも何か抱えているものがあるのかも知れない。


「レン、僕は君の事情なんて何も知らない。僕は君の思いを無視して自分勝手なこと言ってるのも理解している。でも僕は君も一緒に来て欲しいんだ」
「……どうしてそこまでして私を気にしてくれるの?」
「始めは義妹に似ているからほおっておけなかった、唯それだけだった。でも君は僕の心を救ってくれた。こんな地獄の中で心を壊さなかったのは君がいてくれたからだ」
「私がいたから?」
「うん、レンと接する時間は本当に暖かいものだった。だからこそ僕を救ってくれたレンを助けたい。それに僕達はパートナーだろう、一緒にいるのが当然だ」
「リィ…ン…」


 レンはポロポロと泣きながら僕に抱きついてきた、僕はそれを優しく受け止める。


「……本当は怖いの、外に出るのが怖くて仕方ないの」
「レン……」
「でも私もリィンと一緒にいたい。離れたくないよ……」
「なら一緒にいればいい。そうだろ?」
「うん…うん!」


 レンは泣きながら微笑んだ。これでもう心残りは無い、ここから出てレンと共に皆の元に返ろう。
 事情を話せば団長もきっと分かってくれるハズだ。それにフィーにも会わせてあげたい、僕の守りたいもう一人の女の子に……


「それじゃ早く出口を探そう」
「リィン、私、出口を知ってるの」
「何だって?」


 レンの突然の告白に少し驚いた、まさか出口を知っているなんて思わなかったからだ。


「でも今までそんな事は言わなかったじゃないか」
「もしそれを知ったらリィンは私の前からいなくなっちゃうと思って……ごめんなさい」
「レン……」


 そうか、知らない間にレンを不安にさせてしまっていたのか。これは僕の落ち度だ。


「大丈夫だよ、僕は君の側から離れたりしない。だから一緒に行こう」
「ふふッ、当たり前よ。貴方は私のパートナーなんだから」


 レンはいつものように笑いながら僕の手を握った。パートナーか、その通りだ。


 僕とレンは二人で出口を目指した。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



 レンに案内されて僕達は楽園の施設の出口に来たんだけどそれらしい物は見当たらない。


「レン、ここには出入り口らしき物が無いんだけどここで合っているのかい?」
「ちょっと待ってて、確かこの辺に…」


 レンは壁に手を当てて何かを探るような動きをする。


「……あったわ」


 レンが何かを見つけたようだ、すると壁が上に上がり外への扉が現れた。


「こんな所に隠されてたのか、どうりで見つからないはずだ。でもどうしてこのことを?」
「前に偶然奴等が出入りしてるのを見かけたの。私は出るつもりは無かったから黙っていたけど結果オーライって奴ね」
「とにかくこれでこの楽園ともオサラバできるな、行こうレン」
「ええ、行きましょう」


 扉を潜り外に出るとそこは雪が積もる銀色の景色だった、吹雪も吹いており視界が悪い。


「雪だって?ここは一体何処なんだ?」
「私もよく分からないけどもしかしたら標高の高い山の上なのかも知れないわ」


 山か、確かに周りは崖が多いし空気も心なしか薄い気がする。その線が強そうだな。


「今から下山か、このままだとかなり厳しいな……戻って何か装備が無いか確認を……!」


 ……どうやらそんな悠長な事を言ってられる状況じゃ無くなったようだ。


「リィン……」


 レンがそっと寄り添ってくる。僕はレンの頭を撫でながら視線を楽園に、正しく言えば楽園の壁を壊して出てきたものに向けた。


「またお前か。すんなりとは行かせてはくれないみたいだな」


 壁から出てきたのは先ほど僕達を襲ってきた魔獣だった。身体から炎を出して威嚇してくる。僕はレンと共に目前の魔獣に拳を構えた。


「悪いがお前みたいな犬っころに構っている時間はないんだ」
「私達の最初の一歩、まずは貴方を踏み越えていく事にするわ」


 魔獣は炎を身体中に纏い咆哮を上げ口から真っ赤な炎のブレスを吐いてきた。


「行くぞ!」


 僕とレンは左右に別れて炎のブレスをかわし僕は魔獣の腹に蹴りを放つ。だが魔獣は微動だにしなかった。魔獣が右腕の爪を振り上げて襲い掛かる、僕はとっさに横に飛んで爪をかわして魔獣の横腹に回し蹴りを放ち更に追撃で顎を蹴り上げた。


「ッ!」


 だが魔獣は何ともなかったかのように平然としており爪を水平に振るう、僕は咄嗟に腕を前でクロスさせて防ぐが強い衝撃によって弾かれた。


「がはッ!」


 背中を地面に打ち付けられ肺から空気が吹き出す、軋む身体を起こしながら魔獣を見据える……ってヤバイ!?
 魔獣が吐き出した火炎弾を横に転がって避けるが魔獣は更にもう一発火炎弾を放とうとする。


「させないわッ!」


 その時魔獣の眉間に拳ほどの石が叩き込まれた、横を見るとレンが石を持っている。そして追撃といわんばかりに連続で魔獣に石を投げつける。しかし魔獣は爪で石を砕きレンに向かって突進していく。


「レン、危ない!」


 だがレンは冷静に魔獣の攻撃をかわして魔獣の右手首を両手で掴み倒れながら魔獣の腹に右足を当てて後方に投げ飛ばした。


「あの巨体を投げ飛ばした!?」


 その光景に驚きながらも僕はレンに駆け寄っていく。


「レン、今のは一体……」
「魔獣の攻撃を利用して後ろに投げ飛ばしただけよ」
「だけって……簡単に言うけど普通は出来ないぞ、あんな事」


 レンは出来て当然のようにいうが一歩間違えば自身が致命傷を受けていたかも知れない、僕は改めてレンの能力に驚いた。


「リィン、そんなことよりあのワンちゃんまだやる気みたいよ」


 レンが投げ飛ばした魔獣の方を見据える、魔獣は身体についた雪をふるい落とし再び僕達に殺意を向けてきた。


「あれは怒ってるな。しかしやっぱり素手じゃどうしようもないな」


 さっきから攻撃してるがてんで効いた様子が無い、このままでは寒さと疲れでこちらが倒れてしまう。


「リィン、あれが見える?」


 レンが指を指した方向には大きな崖がありその上には大きな岩石がひとつ置かれていた。


「アイツをなんとかしてあそこにおびき寄せてくれないかしら。そうすれば……」
「あの大岩を落とすって訳か。よし、それでいこう。僕があいつを引き付けるからレンはあそこに行って。そして準備が出来たら合図を頂戴」
「分かったわ、お願いね」


 レンはそういって大岩のある崖の方に向かっていく。魔獣もそれに気づきレンに火炎弾を放とうとする。


「そうらッ!」


 だが僕は魔獣が火炎弾を放つ前に魔獣の顎を蹴り上げた。魔獣は口から炎を漏らしながら後ずさりする。


「そっちじゃないよ、お前の相手は…それじゃ僕と遊ぼうか、ワンちゃん」
「グルル!」


 足止めを開始する。後は頼んだぞ、レン!





 sideレン



 魔獣の相手をリィンに任せて私は例の大岩がある崖の上まで来ていた、下を見るとリィンが赤い魔獣と戦ってるのが見える。


「急がないと……」


 大岩の前にたどり着いたが問題がある、それは私の力じゃ動かせない事だ。あらゆる事を覚える事が出来る私だけど一つだけ欠点がある、それは技術は覚えられても身体能力は変えられない事だ。怪力の人を見ても私が怪力になる訳じゃない。


「どうしようかしら……」


 近くを見渡してみるとそこそこ大きな石と何故か鉄パイプが転がっていた。


「そうだ、テコの原理を利用すれば……」


 私は大岩の側に石を置いて鉄パイプを大岩の下に差し込んだ、少し力を入れて動かして見ると僅かに大岩が動いた。


「よし、後はタイミングを計って……リィン!準備が出来たわよ!」


 大声で叫びリィンに合図をするとリィンもそれに気づき右腕を上げると此方に走ってきた。魔獣も火炎弾を吐きながらリィンを追いかける。


「ぐッ、でもあと少し……」


 リィンは火炎弾をかわしながら崖の下に来た、魔獣もリィンを追って崖の下に来る。


「はあッ!」


 リィンが魔獣の顔に数発のジャブを打ち込む、怒った魔獣は爪で執拗にリィンを追い込み爪を突き刺そうとした。


「勝利を目前にした時が……」


 リィンはそれをスライディングでかわす、勢い余った魔獣の爪が崖に刺さる。


「もっとも油断する時だッ、レン!!」


 リィンの合図を聞いて私は大岩を下に落とす。爪が刺さり動けなくなっていた魔獣に激突した。


「ギャゴァァァッ!?」


 魔獣は大岩に潰されて姿を消した。


「……終わったわね」


 魔獣が唾された事を確認した私は崖の下に向かった。


「リィン、やったわね」
「最高のタイミングだったよ。ありがとう、レン」


 リィンが頭をナデナデとしてくる、こういう子供扱いはあまり好きじゃないけどなでられるのは安心しちゃいそう。


「さて、これからどうしようかしら…」


 魔獣はどうにかできたけどこのままじゃ逃げることは出来ない、普通の服一枚でこの寒さの中を行くのは自殺行為でしかない。


「少し危険だけど戻って何か防寒具を探そう、このままだとこの寒さには耐えられない」
「やっぱりそうするしかないわよね」


 リィンの意見に私は賛成した。もし奴らの生き残りがいたら不味いけどどのみちこんな格好じゃ満足に移動もできないわ。


 私とリィンは一旦施設に戻ることにした。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「ここは何もないな」
「全て壊されてるわね」


 装備を求めて施設を徘徊するが殆どの部屋や設備が破壊されていた、これじゃまともな装備は期待できないわね。


「あれ、この部屋だけ何故か被害が少ないな」


 とある一室に入ると物や機械が倒れてたりはしていたが、他の部屋と比べると被害が少ない感じがするわ。


「ここは……たぶん『先生』の部屋よ。他の場所より壁や天井が頑丈に作られているわ」
「あいつの?」


 この施設を取り仕切ってる『先生』の部屋……もしかしたら何か役に立つものがあるかもしれないわね。


 私とリィンは部屋を物色するが見つかったのはD∴G教団に関して書かれた書類だけだった。


「他には何も無いようね。ねえリィン、その紙切れはどうする?」
「念の為に持っておくよ、何かの役に立つかもしれないしね」


 リィンは書類を折りたたみ近くにあった袋にしまって懐にいれた。


「じゃあ別の場所を探そうか」
「そうしましょう」



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ーーー



「あ、これ防寒具じゃない?」


 ボロボロに壊された施設の中を探索していると壊れかけたロッカーの中から防寒具を見つけた。ご丁寧に靴もある。


「ちょっと大きいかしら。ねえリィンなら着れるんじゃない?」


 近くにいるはずのリィンに声をかけるが反応がない、おかしいなと思って私が振り向くとリィンは部屋の隅をジッと見ていた。


「リィン、どうかしたの?」
「あ、いや……」


 再び声をかけると今度は反応して私の方に振り替える、私はリィンが見ていた場所に視線を移した。そこには小さな子供の死体が倒れていた。


「さっきの魔獣にやられたのね……」


 一通りこの辺りを周ってみたけど生存者は見つからなかった。私達以外は皆死んでしまったみたいね……


「……なあレン」
「なにかしら?」
「もし……もし僕がもっと早く異変に気付いていたら、この子を守れたかな?」
「リィン……それは無理よ。私達だって危うい所だったのよ。こうして生きていられるだけでも奇跡だと思うわ」


 リィンの気持ちも分からなくもない、平和に暮らしていただけなのに誘拐されて実験台にされて挙句には殺される……あんまりだと思うわ。


「そうか、そうだよな…僕は無力だな……」


 リィンは悲しそうな声でそう呟いた。まるで自分の中にあった大切な物を守れなかった……そんな印象を儚げに移すように。


「リィン、今はここを脱出するのが先よ。それが生き残った私達のするべきことだと思うわ。」
「……そうだね、僕達は行かないと」


 リィンは死体から視線を私に移して弱弱しく微笑む。冷たい言葉だと思う、でも死んでしまった人はもう直らない。


 ……ねえリィン、貴方はどうして誰かを守りたいの?貴方は自分の事より他人の事ばかり優先する…私を守ってくれるっていう言葉…なんだか別の誰かに重ねて言ってるように感じるわ。


 私は貴方の事が好きよ。こんな地獄のような場所で私に光をくれたのは貴方なの。だからこそ貴方を知りたい。貴方に傷ついてほしくない……でも貴方は傷ついていく。

 
 私はずっと見ていた。周りで死んでいく子達を必死に守ろうとして守れなかった貴方を、それが叶わずに諦めてしまう自分に嫌悪する貴方を、赤の他人すら助けようとしてまた傷ついていく。
 逃げたいと言っておきながら結局誰かを助けてチャンスを失ってきたのを何回も見てきた。どうしてそこまで他人を助けたいと思うのか私には分からない。

 
 けど私は知りたい、彼を理解したい。願わくば彼の心の拠り所になりたい。でもリィンの心には私じゃない誰かがいる……女の子って男の子が思ってるより敏感なのよ。何となくだけどそれを感じたわ。


「行こうか、レン」
「……ええ」


 私じゃ貴方の心は癒せないの、リィン?……ううん、いつか貴方の心を癒せるそんな存在になってみせるわ。それが私の思いだから……






ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 

「ようやく此処ともオサラバできるわね」


 リィンと共に施設の外に出る。正直に言えば自分がここを去るなんて最初は思いもしなかったわね。どうせ此処で死ぬんだ、そう思っていた。でも今は違う。


「やっと皆に会いに行けるよ」
「でも本当に私なんかが一緒に行ってもいいの?迷惑じゃない?」
「そんなことないさ。団長も皆もレンを受け入れてくれる……フィーだって喜ぶにきまってるさ」
「そのフィーっていうのが貴方の義妹さん?……そうね、なんだか早く会ってみたくなったわ」
「ああ、是非会ってやってほしい」


 今はこうやって一緒に生きていきたいって思える人がいる。それがこんなにも幸せなことだなんて知らなかった。


「さあ行こう、レン」
「ええ、行きましょうリィン」


 私は彼の差し出した手を掴もうとして…見てしまった。真っ赤な魔獣が頭上からリィンに向かって鋭い爪を振るうのを。


「リィンッ!危ない!」
「えっ……?」


 ドガッ!!


 体中に激しい痛みが走り私は白い大地に叩き付けられた、薄れゆく意識の中私は自分の名を呼ぶリィンの声だけが聞こえてきた。



 良かった、私、リィンを守れたんだ……



 本当に……良かった……






side:リィン


 何が起きたんだ…やっとここから逃げられると思っていたらレンが血塗れで倒れた、そして倒れているレンの傍にさっき倒したはずの魔獣がいる。


「グルル…ガァァァァッ!!」


 僕に向けて殺意をぶつける魔獣、普通なら恐れるところだが今の僕には何とも思わない。その傍で頭から血を流して倒れているレンにしか意識がいってないからだ。


「レン!」


 急いでレンの傍に行こうとするが赤い魔獣が行く手を阻む。


「邪魔をするな!」


 魔獣の攻撃をかわして生物の急所の一つである『喉』に蹴りを打ち込んだ、だが……


「!?ッ」


 普段なら決まっていた蹴りが魔獣の強靭な腕に掴まれていた。


「コイツ、僕の蹴りを……!?」


 魔獣が口を開き口の中から赤い光が見える、不味い、逃げようにも足が挟まれて動けない!こ、このままじゃ……!


 僕はもう片方の足で魔獣の目を蹴る、流石に効いたのか魔獣は僕の足を放すが同時に炎のブレスを吐いてきた。



 ボァァァ!!


「ぐああッ!!」


 魔獣の口から赤い炎が吐かれ僕の体を焼いていく。とっさに雪の上を転がり衣服についた火を消す。


「ぐッ、右腕が……」


 何とか火は消せたが右腕の火傷がひどい、これじゃ右腕は使えなくなってしまった。


「あの魔獣、だんだんと僕の動きに慣れてきているのか?」


 さっきまでは喰らっていた蹴りに反応した、つまり奴は僕の動きに反応できるようになってきているんだ。この短時間でそんなことが出来るとはなんて高い知能を持っているんだ。


「ガァァァ!!」


 魔獣は口から火球を吐き出してくる。何とか回避するまるで僕が避ける場所を予測して狙い撃つような正確さだ。


 ボガァァァンッ!!


「がはぁッ!」


 火球を回避し損ねた僕は爆風に吹き飛ばされて地面に叩き付けられる。


「ぐッ……」


 魔獣は素早い動きで僕にのしかかり爪を振り下ろしてきた。咄嗟に左腕で爪を受け止めるがジリジリと押されていた。


「左腕だけじゃ……!」


 レンは倒れてしまい僕もこんな状態……絶体絶命だ。


「こんな所で死んでたまるか!!」


 僕は帰るんだ、レンと一緒に団長や姉さん、ゼノやレオ、西風の皆。そして……




(リィン……)




 僕を信じて待ってくれているフィーの元に……帰るんだ!!


「グッ、ウォォォォォォッ!!!」


 身体の底から凄まじい力が沸き上がってくるのを感じると、僕の意識は薄れていった。




sede:??



 魔獣ブレイズドックは勝利を確信していた、自身を手こずらせてくれた二匹の獲物…その内の一匹は倒れもう一匹は今まさに止めを刺そうとしている。そして己の爪が獲物を貫こうとした瞬間だった。


 バキッ!!


 リィンが掴んでいた爪を片手で破壊した。ブレイズドックは警戒して獲物から距離を取る、すると獲物がゆっくりと起き上がってきたが…何だあれは?


 リィンは変わっていた、白い髪に真っ赤な瞳…黒く纏うオーラがブレイズドックを更に警戒させる。


 ブレイズドックは本能的に感じた。コイツは獲物じゃない、俺と同じ『捕食者』だと。


 シュバッ!


 リィンが動いた、ブレイズドックは口から火球を放つ、だが避けられる。さっきまでとは動きがまるで違う、あっという間にブレイズドックに接近したリィンはブレイズドックに数回拳を打ち込んだ。



  ———————— 重い! 


 それは打撃を喰らったブレイズドックの思った事だ、さっきまでは十分に耐えられたリィンの打撃、だが今はまるで質量兵器を喰らったかのような重み……衝撃が身体を走る。
 なおも続くリィンのラッシュがブレイズドックを後退させる。たまらずブレイズドックはその大木のような腕でリィンの胸に一撃を浴びせた。だが……


「……」


 リィンは止まりはしたものの後ずさりせずに耐えた。そしてがら空きになったブレイズドックの頭を蹴り上げた。



 ———————— ふざけるな!! 


 ブレイズドックはそう思った。自身は絶対的な捕食者、なのになぜこんな人間の小僧に押されている…ありえない。


 ブレイズドックは両方の爪でリィンを掴み鋭い牙でリィンの右肩に噛み付いた。そうだ、さっさとこうやって噛み殺せばよかったんだ。そう言わんばかりにブレイズドックは更に牙を食い込ませようと力を入れる。


「ウガァァァァ―――――ッ!!」


 リィンは噛まれた状態でブレイズドックを押していく。ブレイズドックは無駄な抵抗だと思い噛み付く力を上げていく。だがリィンは止まらない、どんどんとブレイズドックを押していく。
 ふと違和感を感じたブレイズドックが後ろを見るとそこは断崖絶壁が広がっていた、ブレイズドックはそれを見た瞬間リィンが何をしようとしているのかようやく気が付いた。


 ———————— コイツ、俺を道連れに……!


 いくらタフな自分でも崖から落ちればひとたまりもない。この時初めて命の危機を感じたブレイズドックは必死で抵抗する、リィンを引きはがそうとするが動かない。


「守ル、僕ガレンヲ……守ル!!」


 リィンは更にブレイズドックを押していく、止まらないリィンを見てブレイズドックはこう思った。



 ———————— 俺が捕食者じゃなかった、コイツが捕食者だったんだ……


 遂に崖から転落していくリィンとブレイズドック。リィンは最後にレンを見ると力尽きたかのように目を閉じてブレイズドックと共に崖の下に消えていった。















side:??


 リィンが崖の下に消えて数分後、一つの飛行船が雪の大地に降り立った。そして飛行船の入り口が開き金と黒の美しい大剣を持った白髪の男性が辺りを警戒しながら降りてきた。
 そしてもう一人が船から降りた、それは男性と比べると年端もいかない子供……だがその目は明らかに唯の子供が持つものではない、暗くよどんだ闇のような瞳……明らかに『異常』だ。


「これは……」
「既に壊滅している?」


 黒髪の少年は目の前にある現状に驚いていた。本来なら自分達が襲撃するはずだった施設『楽園』……だがその楽園は見るも無残な廃墟と化していた。


「ふむ、どうやら何か異常事態があったようだな」


 船から眼鏡をかけた男性が降りてきた。その男性は見た目は温和そうな印象をしていたが少年と男性に匹敵、もしくはそれ以上の危ない何かを感じさせる威圧感を放っていた。


「教授……」
「ヨシュア、レーヴェ。この辺を探索してくれ。欲しいものがないかもしれんが念の為だ」
「了解」
「……了解」


 教授と呼ばれた眼鏡の男性は黒髪の少年と銀髪の青年に指示を出す、銀髪の青年はその場から消え黒髪の少年も後を追うように消えた。



 その数分後……



「教授、戻ったぞ」
「レーヴェ、収穫は?」
「何もなかった、全てが瓦礫に埋もれてしまっている。生存者も発見できなかった」
「そうか……」


 レーヴェという青年の言葉に教授はあらたか予想はしていたように反応した。これでは無駄足だったな、そう思っていると今度はヨシュアと呼ばれていた少年が戻ってきた。


「ヨシュア、戻ったか。何か見つけたか?」
「はい、生存者を一人……」


 ヨシュアが抱えていたのはレンだった。


「その娘一人か?」
「うん、生存者はいなかった。後こんな書類を見つけたくらいかな」


 レーヴェの言葉にヨシュアはそう答えた。


「この施設の唯一の生き残り、そして……ふむ、なかなか興味深い事が書かれているな」


 教授はレンとヨシュアから受け取った何かの書類を見てそう呟いた。


「ならばもはや此処に用はなくなったな、戻るぞ」
「「了解」」


 そして彼らはレンを連れて飛行船に戻りその場を後にした、後に残ったのは燃え盛る楽園という名の廃墟だけだった。















 そして同じ時、リィン達がいた地より遥か遠くのある草原に一人の少女が空を見上げていた。


「リィン……」


 彼女の名はフィー・クラウゼル。2年前に姿を消したリィン・クラウゼルの義妹であり彼の最も守りたい存在である。


 あの日リィンがいなくなってからフィーはルトガーに猟兵にしてほしいと頼んだ。
 それに対しルトガーは大反対した、リィンが死んだとは思いたくもないが、もしフィーにまで何かあったらと思うとルトガーは首を縦に触れなかった。
 だがフィーは折れなかった、何度も何度も頼み込んで気が付けば半年も続いていた。頑なに折れないルトガーとフィーを見て団員達も気が気でなかった、そんな時マリアナがルトガーにこういった。



 ―――――このままじゃフィーは壊れてしまうと…… 



 ルトガー達は必死でリィンを探し続けた、だがその結果フィーをないがしろにしてしまった。それを知ったルトガーは自身に嫌悪して同時にフィーの気持ちを理解した。


 自身が大切だと思っているリィンはフィーにとってそれ以上に大切な存在なのだと……


 思えば二人が兄妹になってから、リィンとフィーは片時も離れたことがなかった。常に共にいて互いを支え続けてきた。フィーにとってリィンはもはや半身と言える存在なのだろう。


 フィーの意思を知ったルトガーはフィーが猟兵になることを許した、そして1年半という時間でフィーは猟兵としてのスキルを身に着けてつい先月に猟兵としてデビューした。


 猟兵となったフィーはリィンを探し続けた、何日も何日も休まず探した。だが見つけられなかった…


「リィン、会いたいよ……声が聴きたい、貴方に触れたい。ギュッと抱きしめてほしい……」


 もう限界だった、団長もマリアナも皆も、そしてわたしも……


「リィン……」





―――――――――

――――――

―――



 更に同じ時、雪山を歩く人物がいた。


「ふー……老体にはこの寒さは答えるわ」


 菅笠と蓑を羽織り腰に刀を下げた老人が肩に積もる雪を払いながら呟く、どうやら旅人のようだ。


「早く雪をしのげる所を探さないとの、おおっと……」


 歩いていた老人は何かに躓くように体制を崩した。どうやら雪の中に何かあったようだ。


「全くなんじゃ……」


 老人が足元を確認するとそこには傷ついた少年が埋まっていた。


「これは酷い火傷じゃ……いったい何が?」


 何故こんな所に子供がいるのか疑問に思ったが、まずはこの少年の手当てをせねばと老人は少年を抱きかかえる。
 幸い息はまだあるが時間の問題だろう。


「急ぐとするか」


 老人がその場を離れようとしたその時だった、雪の中から真っ赤な巨体が現れた。


「ガルル……」


 その正体はブレイズドックだった、体中ボロボロだが何とか生きていた。ブレイズドックは老人が抱える少年……リィンを見て怒りの咆哮を上げた。


「やれやれ、うるさいワン公じゃのう。お主が怒る理由は分からんが死にたくなければ止めておけ」


 老人がそういうがブレイズドックは知った事かと言わんばかりに襲い掛かった。


 チンッ……


 何か音が聞こえた瞬間ブレイズドックの視界が逆転した、何が起きたのか分からず起き上がろうとするが体が動かない、その時ブレイズドックはあるものを見つけた。


 ―――――――― 何で俺の体が見えるんだ? 


 自身の目には反対になった自身の体が見えた、だがその体には……首がなかった。



 ズシンッとその巨体が雪に倒れる、そして首から出る赤い血が銀色の雪を赤に染めていく、ブレイズドックは死んでセピスに変わる最後まで斬られた事に気が付かなかった。


「止めろと言ったのに……」


 老人は血の付いた刀を振るい、血を落としてから鞘に戻した。


「おっと、急いでこの子を連れて行かんとのう」


 そして老人はリィンを抱えて雪の中に消えていった。



  
 

 
後書き
 本来原作ではヨシュアとレーヴェだけでしたが今回は教授ことワイスマンも同行した形にしました。





ーーー オリジナルクラフト・魔獣紹介 ーーー



『死蝶黒・炎舞の太刀』


 リィンとレンのコンビクラフト。リィンとレンで敵を翻弄して隙を見つけたリィンが敵を斬りあげてレンが更に追撃を放つ。何回か繰り返した後に上空に浮かぶ敵を赤と黒の斬撃が十字架に切り裂く。
 複数敵がいる場合は背中合わせに追い込んで決める別パターンもある。




『ブレイズドッグ』


 バイトウルフ系の魔獣にスルトの超高熱の力を合わせた改造魔獣。その結果体が巨体になり二足歩行で立つこともできるようになった。爪や牙をつかった攻撃や高熱の炎ブレスや火炎弾は絶大な威力を誇る。また異常に頑丈でもある。

 

 

第14話 今自分がすべきこと

side:リィン


暗い暗い闇の中、僕は横たわっていた。起き上がろうとしても体は動かず唯々時が流れていく。


「一体ここは何処だ?」


 その時だった、闇の中から人のようなものがゆっくりと現れた。それは黒い髪に黒いジャケットを着た男の子だ……ってその姿は?


「僕……?」


 そう、現れた男の子は僕そのものだった。だが唯一違う箇所があった、それは目の色だ。淡い紫の瞳を持つ僕と違いもう一人の僕の目は漆黒の闇と金に輝く瞳だった。


「君は一体……」


 もう一人の僕はゆっくりと僕に近づいてくる、そして僕を見下ろせる位置までくると顔を覗き込んできた。


『オマエハ我……イズレ全テガ我ノ物トナル』
「え、それってどういう……」


 僕が言い終わる前に突然視界が暗転していく、同時に意識も薄らいでいく。


『忘レルナ、オマエハ……我ノ物ダトイウコトヲ…』












「はッ!?」


 目が覚めるとそこは先程の暗闇ではなく見知らぬ一室の天井が目に映った。


「……今のは夢?」


 ボーッとする頭を擦りながら辺りを見回す、すると部屋のドアが開き誰かが入ってきた。まさかさっきのは夢じゃなかったのか、そう思い僕は警戒するが入ってきたのは老人だった。


「おお、目が覚めたようじゃな」


 老人の方……いやお爺さんは僕を見ると安心したように笑みを浮かべた。


「いやあ、雪の中に埋まっているお前さんを見つけた時はどうなるかと思ったがこうして意識が戻ってくれて良かったわい」
「雪の中……僕は雪の中にいたんですか?」


 まだ意識がはっきりとしないのかボンヤリとしながらそう尋ねた。


「なんじゃ、覚えとらんのか?お前さんは赤い魔獣の傍に倒れていたんじゃよ」


 赤い魔獣、炎に包まれた施設、そして……



「……レンッ!?」


 そうだ、僕はあの魔獣と戦っていてレンがやられてそれから……


「直に行かないとッ!」


 ベットから立ち上がろうとするが凄まじい痛みが体中に走りたまらずベットに倒れてしまう。


「これこれ、そんな酷い傷で無理に動こうとするな、唯でさえもう三日間は意識がなかったんじゃぞ」
「三日間…そんな!?」


 三日間も眠っていたのか、あんな猛吹雪の中レンが倒れていた…それをほったらかしにして三日間も!?


「猶更行かないとッ!?……ぐッ!」


 痛む体を無視して立ち上がるが直に倒れてしまう。


「これ、何をしとるんじゃ!」


 お爺さんは僕に手を貸してくるがそれを払いのけて外に出ようとする。


「お前さん外に行くつもりか、この吹雪の中そんな体で出たら死ににいくような物じゃぞ」
「でも僕は行かないと……あぐッ!?」
「ほれ見た事か、傷が開いてしまったじゃないか。それにしてもそんな体で必死に慌てたりするとは……もしかすると何か事情があるのか?」
「それは……」


 僕はお爺さんに自分に起こった事を話した。D∴G教団の事、レンの事を。


「なるほど、今ゼムリア大陸中で起こっている誘拐事件はそいつらの仕業か。そしてお前さんはとらわれていた施設から脱出しようとして仲間を置き去りにしてしまったという訳じゃな」
「はい、だから僕は行かないといけないんです、ぐッ!」
「だからそんな体じゃ無理じゃというのに……仕方ない、わしがそこに行ってこよう」
「えッ?」
「今のお前さんは絶対に無理をしてでもそこに行こうとするじゃろう、だから代わりにわしが行ってこよう」
「ですが……」
「納得できんという顔をしとおるの。じゃが先程から言っとるがそんな傷だらけの体で崖を登れるか?ましてはこんな吹雪の中…誰がどう考えても無理じゃろう、そんな無茶をして死んでしまったらそれこそ本末転倒という奴じゃないか?」


 ……この人の言ってることは正しい、今の僕は唯意地をはってるだけだ。このまま外に出ても死ぬだけだろう、話をしている内に少しだけ頭が冷えたようだ。


「でも助けて頂いた上にそんなことまで頼むのは……」
「助けた相手に死なれてしまったら後味が悪いじゃろ、気にすることはない」


 そこまで言ってくれるなんて……どの道僕は満足に動けないしこの人に頼るしかない。本当は僕が行きたいが今はそんな意地を張っている場合じゃない。


「申し訳ありません、どうか僕の代わりに様子を見てきてくださいませんか?」
「承知した、なあにそう心配するな、お前さんの仲間を見つけて直戻ってくるからのう」


 お爺さんはそう言って部屋を出て行った。残された僕はレンの安否を祈ることしかできなかった、どうか無事にいて、レン……


 






 

side:??



 リィンのいる部屋を出た老人は菅笠と蓑を纏い刀を構え外に向かった。降り注ぐ吹雪の中リィンが倒れていた場所に向かう。


「……ここか」


 老人がついた場所はブレイズドッグが倒れていた場所だった、雪に隠れてしまっているが血の匂いが微かにするため間違いないだろうと彼は思った。


「あの子の話じゃたぶんこの崖の上にあるはずじゃが……よし、山登りならぬ崖登りじゃ」


 老人は急斜面の少し尖った場所に飛び乗ると同じ要領で崖を登りだした。
 断崖絶壁を、ましては吹雪も吹き荒れる環境を物ともせずひょいひょいッと崖を上がっていく老人、僅か数十分後には山頂あたりまで来てしまった。


「流石にこの年には答えるわい、さてと……」


 山頂まで上がった老人が目を凝らすとそこには嘗て建物であっただろう瓦礫の山があった。


「これは酷いの、まるで災害後のようじゃ」


 老人は意識を集中させて辺りを捜索した、雪の中に埋もれていないか入念に探したがあの子が言っていた子供は見つからなかった。


「ふむ、死体もないし微かに匂うこの匂い…これは重火器の火薬……それにあそこだけ不自然に雪が陥没しているのう」


 この吹雪の中一部だけ雪の段差が違う場所があるのを見つけた。あの幅は軍などで使われている飛行船でついたものだろう、だとすれば……


「何者かがここに来た…ということかの」


 この吹雪は三日前から吹いている。そんな悪天候にあの子が言っていた子供が一人でこの断崖絶壁を降りれるとは到底思えない、そして死体も確認できないとすればその子供はここに来た何者かに連れて行かれた可能性がある。


「吹雪が強くなってきたの、これ以上は何もなさそうじゃし小屋に戻るか。あの子が聞いたらガッカリするじゃろうな……」


 約束を果たせなかった事に罪悪感を感じながら老人はその場を後にした。













「レン……」


 一方小屋に残されたリィンは唯々老人の帰りを待っていた。時が過ぎていく度に不安が募っていく、自分を慕ってくれた小さき少女の無事を祈り続けるも心が張り裂けてしまいそうだった。
 そして更に時間が過ぎていく中、誰かが小屋に入ってきた。


「戻ったぞ」


 戻ってきたのは老人だった、直に視線をその隣や後ろに移すがリィンが求めていた人物の姿がなかった。


「すまない、お前さんの言っていた子は見つからなかった」


 リィンの視線を見て察した老人は本当にすまなそうにそう言った。リィンはガクンッと膝から崩れ落ちてしまった。


「どうして……」
「ん?」
「どうして見つけてくれなかったんですか!約束したのに…見つけてくるって約束したのに!!」
「……すまない」
「嘘つきですよ、貴方は!こんな事なら希望を抱かせないで欲しかった!」
「……」
「嘘つきです…嘘つき…」


 リィンは我儘な子供みたいに泣き叫ぶ事しかできなかった。






ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー




side:リィン


「………」


 心にポッカリと大きな穴が開いたような感覚が胸に広がり何もする気がなくなってしまった。守ると誓ったレンは行方不明になってしまった。


「僕のせいだ、僕がしっかりしてなかったから……」


 お爺さんの話ではレンは何者かに連れ去られたかもしれないとの事らしい。だがもし連れ去ったのが教団の奴らならレンはもう……
 そんな最悪な事しか頭に浮かばず更に自分を嫌悪した。


「この力のせいだ、これのせいで……」


 過去にエレナを助けようとしたとき自分は信じられない力を発揮して危機を乗り切った。そして教団の奴らからフィーを守ろうとしたときも発揮したあの力……今回もおそらくあれが出たんだろう。


自分の中にあるこの力、これに助けられたのは事実だ。だが結局助かるのは自分だけ。エレナは死なせてしまいフィーは悲しませてしまった、そしてレンを救えなかった。


「こんな力……こんなもの……」


 自分しか救えない力なんて求めていない、だが結局は自分しか救えない。どうしてこんな物が自分の中にあるのか、そんないら立ちが込みあがってくる。


「ははッ、本当に惨めだ。助けてもらった人に八つ当たりして……最低じゃないか」


 挙句には命の恩人に対して暴言まで吐く始末だ、情けなくて涙もでないよ。


「……もう死んじゃおうかな」


 正直疲れちゃったよ。エレナもレンも死なせてしまうような僕に生きている価値なんてもうないんだ。僕は近くにあった縄を椅子を使い天井につるして首を入れる。


「今逝くよ。エレナ、レン……」


 そして椅子を蹴飛ばそうとする。


「入るぞ……!何をしとるんじゃッ!!」


 そこにお爺さんが入ってきて僕のしようとしている事を見た瞬間刀を抜き縄を斬る、支えのなくなった僕の体は地面に落ちた。


「げほッ、ごほッ!」


 喉を抑えせき込む僕をお爺さんは老人とは思えない力で立ち上がらせた。


「何を馬鹿な事をしとるんじゃ!そんな意味のない事をしようとするとは!」
「……ほっといてくれれば良かったのに」
「何?」
「ほっといてくださいよ!もううんざりなんですよ!エレナもレンも死なせてしまった僕に生きる価値なんて……」
「馬鹿者がッ!!」


 お爺さんは僕の右頬を平手打ちした、鈍い痛みが頬に広がっていく。


「何を……」
「お前さんがしようとした事は、人間として恥ずべき行動じゃ。親から授かった命を自分から捨てるなど絶対にあってはならん!それにお前さんが死ねば悲しむ者達が必ずいるはずじゃ」
「僕に親なんて……!」


 僕の親、悲しむ人……




(ボン、困った事があったら俺に言うんやで、必ず助けたるからな)
(お前は無茶をするからほっとけんな、今は俺達が守ってやる、だから後ろにいろ)


 ゼノ、レオ……


(貴方は私にとって弟でもあり息子でもあるの、だから必ず帰ってきて)


 マリアナ姉さん……


(お前は俺にとって血は繋がっていないが大切な息子なんだ、もしお前に何かあったら俺はきっと立ち直れなくなっちまう。だから自分から死ぬような選択はしないでほしいんだ。俺の心を守るために)


 団長……お父さん……


(リィン……わたし、信じて待っているから……)


 フィー……


「僕は、なんてことをしようとしていたんだ……」


 お爺さんに言われて思い出した、お父さんは僕に命を軽んじるようなことをするなって言っていたことを……自分から命を捨てるなんてしちゃいけないんだ、猟兵であるから命を粗末になどできない。そんな事すら忘れてしまっていた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
「いるんじゃろ、お前さんにも帰りを待つ人が。ならそんなことはするな」
「はい……はいッ!」


泣くじゃくる僕をお爺さんは優しく撫でてくれた、まるでお義父さんに頭を撫でられているような安心感が心に広がっていった。


 しばらくしてようやく落ち着いてきた僕を見てお爺さんが話し出した。


「落ち着いたか?」
「はい……その、ごめんなさい」
「何をじゃ?」
「さっきお爺さんに酷い事を言ってしまって……」
「何、気にするな。約束を守れなかったんじゃ。責められるのは当然の事、だからいいんじゃよ」


 すごいなぁ、あんな酷い事を言ったのに笑って許してくれるなんて……


「それでお前さんはこれからどうするつもりなんじゃ?」
「……皆の元に帰ります、さんざん心配をかけちゃったから。そしたらレンを探しにいきます。まだ死体をこの目で見た訳じゃない、だから最後まで希望は捨てません」
「ほほう、先程とは打って変わった力強い目になったのう、だがその怪我では満足に動くこともできまい、なら今は回復に専念するべきじゃ」
「分かりました、確かにその通りですね」


 本当は直にでも帰りたいがこの人が言うようにこの体ではまともに動けない。皆に確実に会う為にも今は休むべきだと思った、というかこのお爺さんのいうことは素直に効くべきだと思うんだ。何でだろう?


「ならその間のお前さんの世話はワシがしよう、なあに遠慮することはない、困った時はお互い様じゃ」
「本当に何から何まですいません…あ、そういえばまだ自己紹介をしていませんでした、僕はリィンといいます、貴方は?」
「ワシはユン・カーファイ。しがない旅の剣客じゃ」
「ユンさんですね、分かり……ユン・カーファイッ!!?」


 ま、まさか……!この人があの『剣仙』ユン・カーファイなのか!?


「貴方があの剣仙なんですか!」
「なんじゃ、その名を知っておったのか」
「はい、僕も未熟ながら剣に携わっている者で……うわぁ、まさかこんな所で会えるなんて思わなかったよ……」


 いつかは会ってみたいとは思っていたがまさかこんな所で会えるとは思わなかった。


 クゥゥ~ッ


 あ、安心したら何だかお腹がすいてきた。恥ずかしい……


「ほっほっほ。腹が減ったろう、これを食べなさい」


 ユンさんは鍋のような物を僕に渡してきた。フタを開けると何か白い米のようなものの上に赤い物体が乗っている食べ物が入っていた。


「あの、これは一体なんですか?米のように見えますが……」
「西側ではあまりなじみがないかのう。それはおかゆといって東方に伝わる食べ物で上に乗っているのは梅干しという体にいい食べ物じゃ、材料があまりなかったから質素なもんじゃがのう」


 僕はスプーンでおかゆをすくい、一口食べる。柔らかい米の感触とほのかな塩気、そして梅干しのすっぱさが食欲を引き出してくれる。なるほど、これは食べやすいな。


「気に召してくれたようで安心したわ。まあこれからしばらくの間よろしく頼むぞ」
「こちらこそよろしくお願い申し上げます」


 こうして僕とユンさんの生活が始まった。









ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 ユンさんは本当に素晴らしい人だと思う。毎日体を拭いてくれたり食事を作ってくれるだけではなく、火傷に効く薬草まで取ってきてくれる。本当に感謝の言葉がいくつあっても足りないくらいだ。
 ユンさんには色々な話を聞いた。東方の話や今まで弟子にした人達の話、そして八葉一刀流の話……どれも非常に興味深い話だった。
 それからしばらくしてある程度回復すると僕はユンさんに剣の稽古を申し出た。長い間寝たきりだったからリハビリがしたかったし、何よりあの剣仙の教えを受けてみたかった。ユンさんは最初は断ろうとしたが何回も頼んでやっと許可をもらった。ただし流石にこの体では無茶は出来ないため八葉一刀流の基本的な動きや剣士としての心構えを教えてもらった。
 八葉一刀流の奥義にも興味があったが、ユンさんに八つの型の技を見せてもらえただけでも嬉しかったので今は我慢しよう。
 そんなユンさんとの生活が始まって数か月が過ぎた頃……






 


「ほう、普通ならもっと回復までに時間がかかるもんじゃが…凄い回復力じゃな」


 ユンさんの言った通り常人ならまだまだ回復に時間がかかるはずだが僕は一人で動けるほどまでに回復した、激しい動きをすると少し痛むが普通に一人で歩けるほどだ。


「これならもう一人で旅立っても大丈夫じゃろう、ようやく家族の元に戻れるな」


 あ、そうか。僕の傷が治った今もうユンさんがいる意味もなくなっちゃうんだ。これでお別れだなんて少し寂しいな……


 しょぼくれた僕を見てユンさんはポンポンッと頭を軽く撫でる。


「そんな顔をするな、何も今生の別れじゃあるまいしまた縁があれば会える。だからお前さんは一刻も早く家族の元に向かうべきじゃ」
「ユンさん……分かりました。ユンさんに教えてもらった剣士としての心構え、それを生かして今度こそ僕の家族を守って見せます」
「うむ、いい答えじゃ。ならこれを持っていきなさい」


 ユンさんは懐から何か紙のような物と刀を取り出した。


「これは……」
「この先にある山を二つ越えればマインツという鉱山町がある。そこの山道を下ればクロスベルという街につくはずじゃ。その街にある警察署に『アリオス・マクレイン』という男がいる。奴にこれを渡せばきっと力になってくれるじゃろう。この刀はワシの予備の物じゃ、丸腰じゃと危ないから持っていけ」


 アリオス・マクレイン……風の剣聖と呼ばれる凄腕の遊撃士だったっけ?その人がクロスベルにいるのか。
 確かにこの広いゼムリア大陸のどこに西風の旅団がいるのかなんて分からない、でも警察の関係者ならもしかして皆の居場所を知ってるかもしれない


「何から何まで本当にありがとうございます、この御恩はいつか必ず返します」
「そう気にする事もないんじゃが……なら今度会う時お前さんの剣を見せてくれ。成長したお前さんの剣をな…」
「分かりました、必ずお見せします。そのためにもっと強くなって見せます!」
「うむ、楽しみにしておるぞ」



 そして僕はユンさんと別れた。ユンさんの教えを無駄にしないためにもこれからもっと精進していこうと固く誓った。その為にも早く皆と合流したい、待っていてね、皆。
 



  

 

第15話 クロスベルでの出会い

side:リィン


 ユンさんと別れた僕は言われた通り山を越えて鉱山町マインツを目指していた。襲ってくる魔獣を避けて険しい山岳地帯を越えて何日か山の中を彷徨っていると少し賑やかな音が聞こえてきた。


「人の声が聞こえる。もしかしてマインツが近いのかな?」


 更に山を下っていくと目的の鉱山町マインツに到着した、よかった、流石にもう疲れてきていたからな。
 それに教団の奴らが使っていた防寒具もそろそろ脱ぎたいと思っていたんだ。重いし正直デザインがアレだし目立つから好きじゃない。
 僕はとりあえず雑貨屋に向かった。



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ーーー



 雑貨屋『ベッカライ商店』で取りあえず普通の服を買ってその日は宿で一晩を過ごした、因みにミラはユンさんがくれた物を使っている。
 最初は申し訳ないと断ったんだけど遠慮するなと言われてもらったんだ。ユンさんは返さなくてもいいと言っていたけどやっぱりここまでお世話になってそれは出来ないと再会を約束する意味で貸してもらった。


「この山道を降りて行けばクロスベルか」


 懐かしいな、僕が初めて猟兵として仕事をしたのがクロスベルだ。あれから何年が過ぎたんだろうか。


「皆……」


 きっと凄く心配をかけてしまったはずだ、一刻も早く皆に会いたい。その為にも早く警察署に行ってアリオスさんに会わないと!


 僕はクロスベルに向かうべくマインツ山道を下ってクロスベルを目指した。



 山道を下り町への入り口をくぐると前に来た時より更に近代的になったクロスベルの風景が目に映った。僕は懐かしむ間もなくクロスベル警察署を目指した。
 



「C・S・P・O……ここがクロスベル警察署かな」


 行政区……市庁舎や図書館、そして目的の警察署がある区間、この手紙をアリオスさんに渡せばいいのかな。僕は警察署に入り受付に向かう。


「クロスベル警察署にようこそ、本日はどのような……あら、坊や一人かしら?お母さんやお父さんは一緒じゃないの?」
「えっと、こちらにアリオス・マクレインさんがいると聞いて……届け物を持ってきました」
「あら、アリオスさんのお知り合い?まだ小さいのに偉いわね~。ちょっと待っていてね」


 受付のお姉さんはそういって奥に行った。まあまだ9歳だし子供扱いされて当然だよね。そんなことを考えながらしばらく待っていると長髪の男性がこちらに歩いてきた、もしかしてこの人がアリオスさん?



「すまない、待たせたな」
「貴方がアリオスさんですか?」
「その通りだ。所で君は一体誰の使いだ?少なくとも私の知り合いに君のような子供をつれている人物は思い浮かばないが……」
「あ、申し遅れました。僕はリィンと申します、実はユン・カーファイ氏から手紙を預かってきています」
「老師から?」


 アリアスさんは手紙を受け取ると中の文に目を通しだす。


「確かにこの字は老師の物だが、しかしこれは……!?」


 手紙を読んでいたアリオスさんの表情が険しくなりその鋭い眼光が僕を捕らえた。


「……」
「……あの、何か?」
「すまない、立て続けで悪いが少し待っていてくれないか?」
「あ、はい。分かりました」


 僕はそういうとアリオスさんは慌てた様子でどこかに向かっていった、更に数分間が過ぎると今度はアリオスさんともう一人男性がこちらに来た。


「セルゲイさん、この子が……」
「間違いないのか?」
「あの字は老師の物でした、信憑性は間違いないと思います」
「そうか、ようやく見つけたか」


 無精髭の生えた男性は僕の傍に来ると目線を合わせる為に屈む。


「坊主がリィンか?俺はセルゲイ・ロウ。早速で悪いんだが我々に付いてきてほしい」
「えっと、分かりました」


 セルゲイさん達についていき警察署内の一室に連れて行かれる。そこには茶髪の爽やかそうだが強い意志を感じさせる瞳を持った男性がいた。そしてアリオスさんが扉を閉め、僕は部屋にあった椅子に座る。


「改めて自己紹介をさせてもらおう、俺はセルゲイ・ロウ。アリオスとそっちにいるガイの上司で捜査一課に所属している、よろしくな」
「俺はアリオス・マクレイン、よろしく頼む」
「俺はガイ・バニングスだ。よろしく頼むな、坊や」
「リィンと申します」


 簡単な自己紹介を終えるとセルゲイさんが僕に質問をしてきた。


「さて…まず君に効きたいことがある、あの剣仙ユン・カーファイから手紙を受け取るとは思わなかったがそこにはあることが書かれていた、『D∴G教団』……君は奴らの施設にいたのか?」
「……はい、僕は教団の施設で人体実験を受けていました」


 そう言った瞬間3人の表情が一瞬強張る。


「それは間違いないんだな?」
「はい、僕は施設で色んな実験を受けてきました。非人道的なことも沢山されて……」


 レンや死んでいった子供達を思い出すと思わず苦し気な表情を浮かべてしまった。するとガイさんが僕の背中を優しく擦ってくれた。


「辛いなら無理はしないでくれ」
「ありがとうございます、でも僕は全部話します、あそこで起きた事全てを……」


 そして僕は施設に関して知ってることを全て話した。セルゲイさん達も真剣な表情で僕の話を聞いてくれていた。


「……言葉も出ないな」
「酷い奴らめ、子供の命を何だと思っているんだ!!」


 アリオスさんとガイさんは多少の違いはあれど怒りの表情を浮かべていた。


「辛い事を思い出させてしまってすまなかったな。だがこれで奴らが存在している事が明確になったな」
「あの、奴らは一体何者なんですか?子供を誘拐する異常集団だというのは分かってますが……」
「『D∴G教団』……前からゼムリア大陸中で起きている子供を狙った誘拐事件の犯人じゃないかと我々……いや国中が秘密裏に調査している。奴らについてだが正直その活動や目的はおろか存在すら信憑性のない連中でな、噂だけの存在じゃないかという人間も多数いたが坊主の発言がこれを覆したんだ。ありがとうよ」


 セルゲイさんは僕に握手をする。


「セルゲイさん、これでようやくD∴G教団を追い詰めることが出来るんじゃないですか?」
「ああ、出来れば物的証拠もあれば良かったがそれは望みすぎだな」
「あの、これは使えないでしょうか?」


 僕は懐からD∴G教団について書かれた書類を取り出した。


「リィン、それは?」
「教団の施設で見つけたんです、何かの役に立つかと思って持ってきたんですが……」
「でかしたぞ坊主!それがあれば教団についてもっと知ることが出来る。これは大きな収穫だ。俺はさっそくこのことを上の連中に報告してくる。教団の調査に消極的だった奴らもこれを見せれば何も言えないはずだからな」


 セルゲイさんはガシガシと乱暴に僕の頭を撫でる。


「そういえば君の君のご両親はどこに?きっと君の帰りを心待ちにしていると思う。住んでる場所さえ教えてくれればそこまで連れて行くよ」
「あの、実は僕……」


 ガイさんの質問に対して僕は自分の正体を明かした。


「あのルトガー・クラウゼルの息子だって!?」
「猟兵王の……なるほど、この2年間の奴らの行動の意味が今分かった、こういうことだったのか」
「西風の旅団に何かあったんですか!?」
「落ち着け、リィン。実はここ2年西風の旅団は活動を休止している。戦争の介入や護衛などの任務は極力減り大陸中を動き回っているんだ。最強クラスの猟兵団のこの動きに一時期軍や遊撃士協会も警戒したがそれといった行動もなかったがそれがお前を探してるということなら奴らの動きに辻褄が合う」
「皆……」


 やっぱり僕を探していてくれたんだ。そんなにまで心配をかけてしまって……早く皆に謝りたい。


「セルゲイさん、西風の旅団が今どこにいるか分からないですか?」
「残念ながら現在西風の旅団がどこにいるかは分からない」
「そうですか……」


 そんな、ここまで来たのに結局皆には会えないのかな……


「だが連中をここにおびき出す事は出来るかもしれない」
「えッ?」
「奴らならあらゆる情報を集めることが出来るだろう。そこでこの街で猟兵王の息子を見たと情報を流す」
「なるほど、向こうから来てもらうという事ですね」
「しかしセルゲイさん、流石にそれだけでは信憑性が無さすぎます。あの猟兵王がそんなことで動くとは思いませんが」
「だろうな、だがあまり情報を流しすぎると教団も嗅ぎつけるかもしれん。現状じゃそれだけしかできないんだ、すまんな」


 セルゲイさんの説明にガイさんは納得したようだがアリオスさんが待ったをかける。猟兵は警察以上に情報を大事にしている、そんな噂話程度じゃ猟兵が動くわけがない、でも……


「それで充分です、どうかお願いします」
「本当にいいのか?正直自分で言っておいて穴だらけな計画だと思うが?」
「大丈夫です、団長なら……お父さんなら必ず来てくれます」


 僕はお父さんを、西風の皆を信じる。きっとここに来てくれると……


「……そうか、ならそのように手配しておこう。アリオス、悪いがお前も手伝ってくれ」
「分かりました」
「それとガイ、お前はもう上がれ。その代わりにその坊主の面倒を見てやってくれ」
「俺がですか?」
「お前には弟がいただろ?なら年下の扱いなら慣れてるはずだ」
「俺は構いません、リィンがいいならですが」


 そういってガイさんは僕を見る、正直これ以上お世話になるのは気が引けるのだがいいのだろうか?


「本当にいいんですか?」
「なに遠慮はいらないさ。俺には君と年が近い弟がいるんだ、きっと喜ぶよ」
「そうですか……」


 ガイさんは笑顔でそう言ってくれた。ここで僕が迷惑をかけたくないとわがままを言っても結局この人たちを困らせるだけだ。なら今はそのご厚意に甘えよう。


「ならお邪魔させてもらってもいいですか?」
「勿論だ」
「あ、そうだ。セルゲイさん、噂の中にこの言葉をいれてくれませんか?」
「ん、何だ?」
「それは―――――」


 


ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



「すまない、待たせてしまったか?」
「いえ、大丈夫です」


 警察署前でガイさんが出てくるのを待っていた僕はそう答えた。


「それじゃ行こうか、俺の家はアパントハイム『ベルハイム』っていうマンションの一室を弟と一緒に借りてるんだ」
「弟さんだけですか、親とかは……」
「両親は共に亡くなってるんだ」
「!?ッ……すみません、無神経な事を聞いてしまって……」
「いいさ、気にしていない。ロイド…弟の名前なんだがあいつは出来た弟でさ、本当は寂しいはずなのに泣き言なんていったことがないんだ。でもだからこそ俺には分かる。家族と離れ離れになる悲しみがな」
「あッ……」


 ガイさんは僕の頭をポンポンと優しく叩く。


「必ず君の家族と再会させる、だから安心してくれ」
「……はい」


 僕は本当に恵まれていると思う、ユンさんやガイさん達といった優しい人に巡り合えたから。


「お、ついたぞ。ここがベルハイムだ」
「屋上から入るんですか、珍しいですね」


 ベルハイムの中に入りガイさんがある一室の扉を開けると中から何かが飛び込んできた。


「兄ちゃん、お帰りなさい!」


 飛び込んできたのはガイさんとよく似た茶髪の少年だった、この子がガイさんの弟さんかな?


「おお、ただいまロイド。だが危ないから抱き着いてくるなっていつも言ってるだろう?」
「へへッ、ゴメンゴメン。でも最近兄ちゃん帰ってこなかったから嬉しくってさ!」
「お帰りなさい、ガイさん」


 奥から綺麗な女性が現れてガイさんに話しかける。


「ロイドったら久しぶりにガイさんにあえてよっぽど嬉しいのね」
「セシル、ただいま。最近は仕事がいそがしくて帰れない俺に代わっていつもロイドの面倒を見てくれてすまないな、本当はなるべく帰れるようにしたいんだが……」
「ふふッ、気にしないで。ロイドは私にとってもう弟も同然だから。あら、その子は?」
「実はな……」


 ガイさんは女性に事情を話した。


「……という訳なんだ」
「そう、家族と離れ離れに……」


 流石に教団の事は話せないのかガイさんは僕はとある事情で家族と離れ離れになり警察が保護、しばらくは自分が預かることになった、というような説明をした。


「ねえ、貴方の名前は?」
「リ、リィン・クラウゼルです」
「そう、素敵な名前ね。私はセシル・ノイマン、よろしくね」
「は、はい!よろしくお願いします!」


 緊張して声が上がってしまうがセシルさんはそんな僕をギュっと抱きしめた。


「セ、セシルさん?」
「……家族と離れ離れになるだなんて……きっと凄く心細いと思うわ。でも大丈夫、貴方の家族に会えるまで私達が貴方の家族になるわ。だからそんな堅苦しい呼び方しないでお姉ちゃんって呼んで?」
「あ、えっと……セシル…お姉ちゃん?」
「はい、よく出来ました♪」


 ふわぁ、あったかい……まるでマリアナ姉さんに抱きしめてもらうような心地よさを感じる。とても安心する……


「むー!セシル姉ちゃんは僕のお姉ちゃんだぞ!」


 するとガイさんの弟さん…ロイド君が頬を膨らませてセシルお姉ちゃんに抱き着いた。


「あらあらロイドったら、甘えん坊さんね」
「ははッ、いっちょ前にヤキモチ焼いてるのか?」
「ダメ!姉ちゃんは僕のなんだー!」
「えっと、あはは……」


 賑やかで優しい雰囲気に包まれた僕は久しぶりに心から笑えたような気がした。
 


 

  

 

第16話 待ち望んだ再会

 
前書き
  

 
side:リィン


 クロスベルについてから一か月が過ぎた、僕はガイさん達にお世話になりながら団長達が来てくれるのを待っていた。
 ガイさん達は見ず知らずの僕にとてもよくしてくれる、ガイさんの弟さんのロイドとは最初はちょっと嫉妬されたりもしたけど友達になれたしガイさんの恋人のセシルさん、そしてセシルさんのご両親であるマイルズさんとレイテ夫人も親身になって面倒を見てくれた、アリオスさんはぶっきらぼうだけど時々剣術の稽古に付き合ってくれたので彼なりの優しさが伝わった、セルゲイさんも忙しい中西風の旅団について情報を探してくれている。皆には感謝の仕様もないよ。
 数年ぶりの平和な日常を西風の皆に心配をかけておきながら不謹慎とは思いながらも僕は楽しんでいた。
 そんなある日の事……


「ねえリィン、今日は外で遊んでみない?」


 ガイさんとロイドが暮らしている部屋の隅っこで本を読んでいた僕にロイドがそう声をかけてきた。


「外で?」
「うん、今日はウェンディやオスカーと遊ぼうと思ったんだけどリィンもいかない?」
「えっと……」


 どうしようかな?僕がクロスベルにいるっていう情報は流れているんだけど問題は団長に恨みを持った奴が僕を害しようとクロスベルに来る可能性も無きこともないんだよね。
 まあ噂くらいで動くなら大した事のない猟兵団だと思うけど教団の件もあるからこれ以上は厄介ごとを増やしたくないのが本音だ。


「僕は…その…」
「やっぱり嫌?」
「う~ん……」


 でも正直言うと僕もロイド達と遊んでみたい、猟兵である以上諦めていたが同じくらいの年の子と遊んでみたいと前から思っていた。それに折角誘ってくれたのに無下にするのも……う~ん………


「いや、今日は僕も行くよ」
「!ッ本当に!?」


 僕が承諾した瞬間ロイドの表情がパアッと太陽みたいな眩い笑みになる。まあ危ないかもしれないけど僕が気をつければいいよね、それにこんな笑顔を見せられたら断れないよ。


「じゃあ行こう!」
「あ、待ってよ~」
「あらあら、二人とも気をつけてね~」


 セシルさ「お姉ちゃんでしょ~、うふふ」……セシルお姉ちゃんに見送りの言葉を貰って僕とロイドは西通りに向かった。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「あー、ロイドってばやっと来たー」
「遅かったなー」


 西通りのベンチがある広場に気の強そうな女の子とマイペースそうな男の子がいてロイドに声をかけた。


「ごめんな、ちょっとリィンを連れだすのに時間がかかっちゃって」
「あれ、もしかしたらその子がロイドの言ってた……?」
「えっと、初めましてリィンです」
「私はウェンディ。よろしくね」
「俺はオスカーていうんだ、よろしくなー」


 ウェンディとオスカーに挨拶をして互いに自己紹介をする。


「じゃあ皆集まったし何しようか」
「俺は何でもいいぞー、ロイドは?」
「前は鬼ごっこしたし今日はどうしようか……リィンは何したい?」
「えッ、僕はかくれんぼしたいかな?」
「かくれんぼかー、なら港湾区ならちょうどいいかもなー」
「東通りは隠れる所が多すぎるし行政区は隠れる所があんまりないから港湾区ならいいかもね」
「じゃあ港湾区にレッツゴー!」
「「おー!」」
「お、おー!」


 僕達はかくれんぼをするために港湾区に向かった。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



「はー、リィンって隠れるの上手いなー。全然分かんなかったぞ」
「本当だね、リィンってかくれんぼ上手なの?」
「ま、まあ得意かな」


 猟兵だから潜伏したり身を隠すのは慣れてるけどこれじゃ普通の子には見つけられないよね。はぁ、自分が普通じゃないことがよく分かるよ。


「あれ、ロイドは?」
「そういえば姿が見えないわね」


 あ、そういえば一緒に遊んでいたロイドの姿が見えなくなっている。どこに行ったんだろう?


「おーい皆ー、ちょっと来てくれ」


 港の灯台近くにロイドの姿が見え僕達を呼んでいる、一体どうしたんだろうか?


「どうしたのロイド?」
「これ見てよ」


 ロイドが見せてきたのは小さな小猫だった。


「あ、可愛い」
「あ、右足から血が出てるぞー」
「そうなんだ、そこの灯台近くでうずくまってたんだ」
「じゃあお医者さんの所に連れていかないと」
「……ちょっとその子を貸して」
「え?」


 ロイドから小猫を預かり懐にある小物入れからセラスの薬を取り出し小猫の怪我に塗り包帯を巻く。


「よし、応急処置は出来た。一応ちゃんとした病院に連れて行ったほうがいいとは思うけど……あれ、三人ともどうしたの?」


 ふと三人を見ると皆の目がキラキラしたような目になってる。


「凄い、リィンってお医者さんなの?」
「手際いいなー」
「あはは、まあ昔猫を飼ってたことがあってね、その時に覚えたんだ」


 猟兵やってると怪我何て日常茶飯事で出来るから怪我の処置は最低限は出来る、動物にしたのは初めてだけど事情を正直には話せないからこう答えた。


「でもおかしいな、この子くらいの小猫はまだ親離れ出来てないはずだけど…」
「じゃあこの子お母さんとはぐれちゃったって事?」
「たぶんそうじゃないかな」


 僕とウェンディがそう話してるとロイドが神妙そうな表情を浮かべていた。


「……可哀想」
「ロイド?」
「可哀想だよ。だってお母さんと離れ離れになるなんて……ねえ皆、この子のお母さんを探してあげようよ」
「えッ、この広いクロスベルを?流石に難しいんじゃないかな」
「でもやっぱりお母さんに会わせてあげたいし、僕諦めたくないよ」


 ロイドは何処か寂しそうにそういった、まるで小猫を何かに重ね合わせるようにも見えた。


「よし、僕達で探そう」
「えー、流石に難しいんじゃないかな?」
「それでももしかしたら見つけられるかも知れないでしょ?可能性がゼロじゃないならやってみてもいいと思う」
「もしかしたらひょっこり親が現れるかもしれないしなー」
「リィン、オスカー……」


 僕とオスカーの言葉にロイドは嬉しそうに笑みを浮かべる。


「もうしょうがないわね、私も協力するわ」
「ありがとうウェンディ」
「でもどこを探すんだ、クロスベルは広いぞー」
「とにかく猫が集まる所に行ってみよう、もしかしたらオスカーが言ったみたいに親猫がこっちを見つけてくれるかもしれない」
「じゃあまずは住宅街に行ってみよう、猫がいっぱいいるのを見た事があるんだ」


 僕達は小猫の親を探すために住宅街に向かった。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



 
「見つからないなー」
「そうね、色んな所に行ったけどいないわね」


 住宅街や西通りと一通りの区域を周ったが小猫の親は見つからなかった、僕達は今中央広場の大きな鐘の前にいる。


「ロイド、やっぱり私達四人じゃ探すのは無理よ」
「大人に頼った方がいいかもなー」
「……そうだね」


 流石にこの広いクロスベルの街から小猫の親を探すのは無謀かもしれない、そう考えていると小猫がロイドの手から逃げ出した。


「あ、待って!」


 ロイドが捕まえようとするが手が届かず小猫は鐘の下にあった大きな穴の中に入っていった。


「あ、マンホールに入っちゃった!」


 マンホールに入ったって事はジオフロントに入ったってことか。それは不味いな、ジオフロントとは地上の建造物が密集した過密都市において、地価の高騰や環境問題に対応するため、地下空間の有効利用を図ったもので単純に地下に都市機能を作っており今も尚開発の手が加えられているらしい。
 そんなジオフロントだが問題がいくつかありその一つが魔獣が現れることだ、その為普段は入れないようになっているが今回は誰かの不注意でマンホールが開いていてそこに小猫が入ってしまったようだ。
 

「ど、どうしよう!」
「大人を呼んだ方がいいよ」
「僕、連れ戻してくるよ!」
「……ロイド!?」


 ロイドはそう言うなり柵を超えてマンホールに入ってしまう。


「ロ、ロイドまでは行っちゃったよ!」
「ど、どうしよう!警察に……」
「くッ、二人はここにいて!」
「あ、リィン!」


 二人に待機するように言って僕もジオフロントに向かった。






「ここがジオフロントか」


 パイプが辺りを走り蒸気が出ている、クロスベルは開発が進んだ街だって聞くけどこれは凄いな。


「ロイドはどこに行ったんだろうか?」


 気配を探して先に進むとロイドは直に見つかった。


「ロイド!」


 僕が声をかけるとロイドはビクッとして振り返る。


「あれ、どうしてリィンが?」
「どうしてじゃないよ、君を連れ戻しに来たんだ。ここは魔獣が出るから危ない」


 僕はロイドの手を掴んで外に連れて行こうとするがロイドは動かない。


「ロイド、一体どうしたの?さっきから様子がおかしいけど」
「ごめんリィン、駄目だって分かってるんだけどどうしてもあの子をほおっておけないんだ」
「あの子って小猫の事?」
「……僕、お父さんとお母さんを事故で亡くしてるんだ。それを知った時悲しくて辛くてどうにかなっちゃいそうだった、今は兄ちゃんやセシル姉ちゃんがいるから悲しさは薄れたけどやっぱり親がいなくなるのって怖いんだ」
「ロイド……」


 ……そうか、ロイドは自分と小猫を重ねているのか、だからこんな行動を取ってしまったのか。


「ロイドの気持ちは分かったよ、でも魔獣が出るここを生かせるわけには行かないよ」
「……そうだよな、分かっ……」
「だから僕も行く」
「……えッ?」
「僕も行くよ、僕は大陸中を旅してるから魔獣の対応は君より詳しいから何とかなるはずだ」
「いいの?」
「今の君は無茶しそうだしね。それに僕も君の気持ちが分からないでもないんだ」


 本当なら大人を呼ぶのが一番いい、この選択は間違っていると思う。でもロイドの気持ちは僕も理解できる、だから力になりたい。


「ありがとうリィン!」
「お礼は後で、早く小猫を探してここを出よう」
「うん!」


 僕とロイドは小猫を探すためにジオフロントの奥に向かった。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「こんな所に入れたんだ」
「頭に気をつけて」


 僕とロイドは魔獣を避けながら小猫を探していた、今は通気用のダクトの中を進んでいる。


「でもリィンってすごいね、魔獣がいる場所が分かるなんて」
「職業柄そういうのには慣れてるんだ」
「もしかしてリィンの家族って商人をやってるの?それとも遊撃士?」
「いや、どっちでもないよ」


 そんな事を話しながらダクトを進む、すると二つの弱弱しい気を感じた。


「ロイド、小猫の気配が近いよ」
「本当に!じゃあ早く助けないと!」


 でも何かおかしい、他にも何かの気配を感じる。これはもしかして……


 ダクトを出ると広い空間に出た。


「あれは!」


 そこには小猫が三体の魔獣に囲まれていた、あれはドローメか?小猫は自分より大きな猫の前に立って魔獣を威嚇している。怪我をしてるみたいだけどもしかしてあれが親なのか?
 ドローメの体が青く光りだす、不味い!アーツを放つつもりだ!


「止めろォォォ―――――!!」
「ロイド!」


 僕が咄嗟に動こうとするがそれよりも早くロイドが動く、魔獣は僕達に気付いてアーツの照準をこちらに定めた。


「くッ、八葉一刀流八の型『無手』!!」


 僕はアーツが放たれる前にドローメの核に鋭い手刀を連続で放つ、核を壊されたドローメ達はグジュグジュに溶けてセピスに変化した。


「はぁはぁ……ユンさんから無手を習っておいて良かった」


 ユンさんにお世話になっていたとき刀を使った奥義は教えてもらえなかったけど一つだけ奥義を教えてもらったものがある、それが八の型『無手』だ。
 本来は刀を失った際にも戦えるように使う型で八葉一刀流の基本的な動きも取り入れてある、剣聖と呼ばれる人達もまずこの型から覚えて行ったらしい。


「ロイド、大丈夫?」
「うん、リィンが守ってくれたからこの子達も平気だよ」
「にゃあ~」


 微笑むロイドに僕は強めに拳骨した。


「痛いッ!」
「何であんな無茶をしたんだ、一歩間違えればアーツの餌食だったんだぞ!」
「ご、ごめんなさい……でもどうにかしなくちゃって思ったらつい……」


 目に涙を浮かべるロイドを見て自分もこんな無茶をしてきたのかも知れないと思った。


「……まああそこで動かなかったらその子達がやられていたかもしれないしそこはロイドのお蔭だね。そもそも君を連れてきたのは僕だから責任は僕にもある」
「……うん」
「でもあんなことはもうしないでくれ。君に何かあったらガイさんやセシルお姉ちゃん、それにウェンディやオスカー、君を大事に思う人達が悲しむ事になる」
「……分かった、もうあんな無茶はしないよ。ごめんなさい」


 涙ぐむロイドをポンポンッと撫でる、僕も団長に叱られたらこうやって頭を撫でられたっけ。



「にゃあ~」
「あ、そういえばこの子のお母さん怪我をしてるんだ」
「よし、とにかく応急処置をしてここから出よう」


 その時だった、上から何かが落ちてきて僕達の前に立ちふさがった。


「こいつはビッグドローメ!」


 さっき倒した奴の親玉か!しかも五体も現れるなんて本当に不味いぞ。僕じゃ奴らに有効的な攻撃が出来ない。ビッグドローメ達は体を青く光らせてアーツを放つ態勢に入る。


「ロイド、僕が隙を作るからその子達を連れて逃げるんだ」
「そんな、駄目だよ!さっき言ったじゃないか、無茶をするなって!リィンに何かあったら君の家族が悲しむんだよ!」
「それは……」


 さっき自分が言った事をロイドに返されて何も言えなくなる、だがどうすればいいんだ。



「その通りだ、安易な自己犠牲は褒められない行動だな」
「そ、その声は……」


 
 そう言って現れたのは風の剣聖ことアリオスさんだった。ビッグドローメから放たれた上位アーツを刀で受け止める。


「二人とも、無事か!」


 更にそこにガイさんも駆けつけてくれた、見慣れない武器を持っているがあれは確か東方に伝わる武器のトンファーという物だ。


「どうしてここが……」
「ウェンディ達に教えてもらったんだ、ロイド達がジオフロントに入ったってな。お説教は後だ、まずはこいつらを片付ける!」


 ビッグドローメが再びアーツを放とうとするが…


「遅い、二の型『疾風』!!」


 アリオスさんが消えたと思った瞬間、三体のビッグドローメが瞬く間に斬られてセピスに変化する、あれが八葉一刀流の二の型『疾風』……なんてスピードなんだ!


「うおおォォォッ『ライガーチャージ』!!」


 ガイさんが凄まじい闘気を体に纏いビッグドローメ二体に突撃していく。ビッグドローメ達がアーツを放つが全て弾かれる、そして膨大な闘気がライオンとトラを合わせたような生き物の形に変わりビッグドローメ二体を粉砕した。


「アリオスさんも凄いけど…ガイさんも凄い……!」


 僕は自分とは遥かに違う高みにいる二人に尊敬の意を翳した。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー




「はい、これで大丈夫」
「ありがとうセシル姉ちゃん」


 あれからガイさん達と外に出た僕達はまずセシルお姉ちゃんに抱き着かれてウェンディ達に怒られた、心配をかけてしまったからウェンディとオスカーに謝りそのあとはガイさんにこっぴどく叱られた。まあ自業自得だから甘んじて受けました。…叩かれたお尻が滅茶苦茶痛いけどね。
 小猫達はセシルお姉ちゃんが手当てしてくれた、何でも看護師の仕事をしているようで怪我の処置は得意らしく実際僕より手際がいい。一応後で医者に見せに行くと言っていた。


「それにしても話を聞いた時は本当に驚いたわ、こうして無事だったからいいけどもし二人に何かあったらって思ったら怖くて死んでしまいそうだったわ」
「「心配かけてごめんなさい……」」


 悲しそうな顔をするセシルお姉ちゃんに僕達は謝る。本当に悪い事をしてしまった。


「でもこの子達を助けたのは貴方達よ、その優しい気持ちは忘れないでね」
「セシル姉ちゃん……」
「セシルお姉ちゃん、ありがとう」
「お説教はもう十分でしょ。お母さんが美味しいオムライスを作ってくれたわ、夕ご飯にしましょう」
「本当に!やったー!レイテおばさんのオムライス大好きー!」
「ロイド、はしたないよ……ふふっ」


 ロイドを窘める僕も思わず顔を緩ませてしまう、レイテさんのオムライスは本当に美味しいから楽しみだ。


「リィン、いるか!」


 そこに慌てた様子でガイさんが入ってきた。


「あ、ガイさんおかえりなさい」
「兄ちゃんおかえり!」
「ああ、ただいま……といいたいんだがまだ仕事中でな、リィンはいるか?」
「ここにいますがどうしたんですか?」
「ちょうど良かった、お前に伝えなきゃならないことがある」
「何ですか?」
「遂に君の家族が来たんだ!」
「………えッ?」



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 ガイさんの言葉を聞いて僕は一目散に走りだした。ガイさんの言っていた僕の家族は警察署本部一階の会議室に待機してもらっているらしく僕は急いでそこに向かった。
 警察署に入り会議室の前に立った瞬間足が止まってしまう、一体何て言って再開すればいい?心配かけてごめんなさい……こんな軽い感じじゃ必死に探してくれた皆に失礼じゃないか?それに散々心配かけた僕がおいそれと会っていいんだろうか……


「リィン、慌てて行かないでくれ」
「あ、ガイさん……」


 そういえば話を聞いてここまで全力疾走してきたからガイさんを置いてきてしまった。


「どうしたんだ、入らないのか?」
「ガイさん、僕に皆に会う資格があるんでしょうか?」
「うん?」


 僕は自分の思いをガイさんに伝えた。散々心配させて迷惑ばかりかけて……そんな僕が皆に会う資格何てあるのか今更ながら思ってしまった、あんなに会いたいと思っていたのにいざ会おうとすると体が固まってしまう。


「そうか、お前が言いたいことも分かる。だが資格ってなんだ、家族と会うのに資格がいるのか?」
「それは……」
「お前が家族に心配をかけたのは事実でそれは変えられない現実だ。だが起こってしまった事を後悔しても何も始まらない、過去は変えられないんだ」
「……」
「なら気持ちを切り替えてこれからの先に目を向けるべきだ。ほら、うだうだ言う前に観念して入れ」
「ちょ、押さないでください……!」


 ガイさんに背中を押されて会議室に入る僕、強引な……


「リィン……?」
「あッ……」


 声をかけられて振り向くとそこには…忘れる訳がない、ずっと昔から見ていた人達がいた。


「ボン……ホンマにボンなんか?」
「……」


 後ろで髪を束ねていつも飄々として僕をからかうがいつも僕の事を思ってくれる人……そしていつも寡黙で無表情だが大きくてゴツゴツした手で優しく撫でてくれる人がいた。


「ゼノ、レオ……」


 決して涙なんかみせないこの二人が大粒の涙を流している、そして二人の間にいるいつも僕を優しく慰めてくれた実の母のような人が僕を見た瞬間地面にへたり込んで泣き出してしまった。


「リィン……本当に…本当に良かったぁ……」
「マリアナ……姉さん…」


 本当に心から安堵するように顔をグシャグシャにして泣いてる。こんなにも心配をかけてしまったのか……


「……リィン」
「ッ!?」


 この声を聴いた瞬間僕の心臓は破裂しそうになるくらい鼓動が早くなる、一番会いたかった人なのにどうしても体が萎縮してしまう。


「団長……」


 西風の旅団団長であり『猟兵王』と多くの人から恐れられた僕が知る最強の存在ルトガー・クラウゼル。
 でも今の団長はとても最強と呼ばれる男には見えなかった、生気の無い目に痩せこけた頬……どれだけの心配をこの人にかけてしまったか分からない。


「あ、あの団長……」
「……」


 何も言わず僕の傍に来た団長は、僕の前に立つと屈んで目線を合わせてくる。


「……」
「……」


 団長は何も言わないで僕の目をジッと見ている。僕も唯団長の目を見る事しかできない、そんな状態が数分くらい続いてようやく団長が話し出した。


「……成長したな」
「えっ……?」
「背も伸びたか、体つきも二年前と比べたら逞しくなったな」
「う、うん……」
「声も少し大人っぽくなったか?それとも久しぶりにお前の声を聴くからそう感じてしまったのかな」
「それは、どうだろう?自分じゃ分かんないや」


 まさかこんなことを言われるとは思ってなかったから驚いてしまった。


「でも一番変わったのは目だな」
「目?」
「前のお前はもっと輝いた目をしていた、年相応の綺麗な目だった。でも今のお前の目は曇ってしまってる。隠していても分かる、どんな地獄にいたのかも……」
「団…長…」


 ふと団長の顔を見てみると泣いていた、決して人前では泣いたことのないあの猟兵王が泣いていたんだ。


「俺は……本当に親失格だ。お前にそんな目をさせちまった……守ると言って二年もほったらかしにしちまった最低の親だ。正直どんな顔してお前に会えばいいか分からなかった……」
「……お父さん……」
「ごめんな、俺は口ばかりの無能だ。お前もエレナちゃんも守ってやれなかった……本当にごめんな…」


 涙を流すお父さんを見て僕はいてもたってもいられずにお父さんに抱き着いた。


「お父さんは悪くないよ!こんなボロボロになるまで思ってくれて……そんなお父さんが親失格な訳ないよ!」
「リィン……」


 泣きながら僕はお父さんにそう言う、僕だって同じだよ!こんなに皆に……お父さんに心配かけたんだ、息子失格だよ!


「僕は皆の事を……西風の旅団という家族を忘れて死んじゃおうとしたんだ。昔お父さんに命を軽んじるなって言われたのに……皆の思いを踏みにじる最低の行為だよ。でもある人が教えてくれたんだ、僕が死んだら悲しむ人がいるって……だから僕、ずっとお父さんに、皆に会いたかった。その為に必死で生きてきたんだ。だから親失格なんて言わないで……僕のお父さんはお父さんだけだよ、大好きなお父さんだもん……!」
「リィン……!」

 お父さんは壊れ物を扱うようにそっと僕を優しく抱きしめる。


「心配かけてごめんなさい……本当にごめんなさい…」
「俺こそごめんな……本当に…ごめんな…」


 泣きながら抱きしめ合う僕とお父さんをゼノとレオ、姉さんが泣きながら見守っている。


「……俺達は邪魔だな」
「そうですね……」


 セルゲイさん達も気を使ってくれて会議室から出ていく、僕は久しぶりに流す涙を止めることが出来なかった。


ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



「落ち着いたか?」
「うん、もう大丈夫だよ」


 しばらく時間が過ぎてようやく気持ちが落ち着いてきた僕は改めてこの二年間何があったのかを皆に話した。


「俺らも褒められた生き方しとる訳やないけどホンマもんのクズやな」
「…………」


 普段は飄々とした態度を崩さないゼノが拳を握りしめる、レオも表情は変わらないが明らかに怒りを露わにしていた。


「でもそんな過酷な中で生き残ってどんなに辛かった事かしら……」


 僕が生きて帰った事への喜びとそんな過酷な環境から救ってあげられなかった自分への嫌悪感という感情を混ぜたような表情をしながら、姉さんは震えながら僕を抱きしめる。


「改めて聞いて自分が嫌になるぜ、大事な息子を助けてやれなかったんだからな」
「お父さん、僕が教団にされてきた事はもう変えられない現実なんだ。でも起こってしまった事を後悔しても何も始まらない、過去は変えられない、だから今を大事に生きて行こう、これから先の未来を」
「……未来か、お前がそう言ってくれるなら俺は改めて誓わせてほしい。今度こそお前を、家族を守って見せると……こんな情けない俺だがいいか?」
「勿論だよ、でも僕は守られるだけじゃない。僕もお父さんを支えていくよ」
「ああ、そうだな」


 罪悪感で顔を苦痛にゆがませるお父さんに、さっきガイさんに教えてもらった事を話した。するとお父さんも吹っ切れた様子になった。
 過去は変えられない、でも未来は変えていける。生きているんだからこそ前に進める事を僕は実感した。


「二人だけやないで、俺らも一緒や」
「ああ、俺達も西風の旅団と共にある」
「私だって今度こそリィンを守って見せるわ」
「お前ら……」


 ゼノ達も吹っ切れたようだ。あっ、そういえば……


「団長、フィーはいないの?」
「フィーなら……」


 団長が視線を向けたほうを見ると、そこには僕がずっと会いたかった少女が立っていた。


「フィー……」
「リィン……」


 最後に見た時よりも成長したフィーを見て思わず涙を流してしまった。


「フィー、ごめんね。ずっと心配かけて……」


 僕はフィーに近づこうとするが、彼女はビクッと体を震わせて僕から離れた。


「フィー、どうしたんだ?」
「…………」


 フィーは僕を恐れているように見ている。触れたいけど自分にはそんな資格がない、そんな風に思っているのかもしれない。


「フィー」


 僕はフィーに近づいていく、フィーはまたビクッとして逃げようとしたが僕はフィーの右腕を掴んで今度は逃がさないようにする。


「……離して」
「どうして?やっと再会できたんだよ?」
「わたしには貴方に触れる資格なんてない、わたしのせいでリィンは苦しむことになった……わたしは貴方に触れちゃ駄目なの」


 ……そうか、フィーはあの時の事をまだ気にしてるのか。誰よりも家族を思う彼女の事だ、未だに自分のせいにして自分を許せないんだろう。


「フィ-……」
「あっ……」


 僕はフィーをそっと抱きしめた。昔と変わらない小さな体だ、でもこうして抱きしめるとよく分かるんだ、フィーが一番変わった事に。
 体の筋肉の付き方も纏う闘気も動きも立ち振る舞いも以前のフィーとは全く違う、それは猟兵としての物だった。優しいこの子の事だ、きっと自分を責めて僕の為に猟兵になったんだと僕は思う。


「動きや服装で代替把握できたよ。フィー、君は猟兵になったんだね」
「うん…」
「それは僕の為?」


 僕がそう聞くとフィーはコクンと首を縦に振った。


「……そっか、そんなにも君を追い詰めちゃったんだね。僕のせいでフィーを苦しめてしまったんだ」
「違う、リィンは悪くない!わたしはあの時何もできなかった!貴方を置いて逃げる事しか出来なかった!そんな弱い自分が嫌だった…」
「フィー……」


 ポロポロと涙を流しながら自分の思いを話すフィー。この子も僕と同じだ、弱い自分が嫌で家族を守れる力を求めたんだ。


「フィー、まだあの日の事を気にしてるの?」
「……わたしが足手まといになったからリィンは苦しむことになった、だから……」
「確かにこの2年間は地獄みたいな日々だった。でも僕は生き残れた、こうしてまた会えたじゃないか、それじゃ駄目かい?」
「……でも」
「だったらこうしよう。僕は今からフィーに誓うよ、これから先何があっても君の傍にいるって。どんなことがあってもフィーと共にあり続ける、僕が死ぬのは君が死ぬ時だ。だからフィーも僕を守ってくれないか?そして自分を許してほしいんだ」


 この子はこんなにも苦しんだんだ、もう自分を許してほしい。


「……いいの?」
「ん?」
「わたしが貴方の傍にいてもいいの?足手まといにしかならないと思うよ……」
「足手まといなんかじゃないよ、君は僕にとって何よりも大事な存在なんだ。君がいなくちゃ僕は死んでるも同然だ」
「……リィン!」


 フィーは泣きながら僕の首に両手を回して強く抱き着いてきた。


「わたし、ずっと怖かった……貴方は私を恨んでるんじゃないかってずっと思っていた……!」
「そんな事あるわけないだろ?大事な妹を恨む訳ないじゃないか」
「もう絶対に離さない……何があってもずっと一緒にいる……!」
「うん、約束だ」


 良かった、まだ完全とはいかないけどフィーも吹っ切れてくれたようだ。これでようやく皆で前に進める。


(良かったは良かったんやけど……)
(あれだとまるで……)
(プロポーズ……よね)
(……)


 何故か僕達を見るお父さん達の目が妙に温かかったのが少し気になったが、泣き続けるフィーをあやすのに気を取られていた僕は最後は気にしなくなった。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「改めてお礼を言わせてほしい、俺の大事な息子を助けてくれて本当に感謝している」


 あれからセルゲイさん達が戻ってきてお父さん……いや団長はセルゲイさん達に頭を下げて感謝の言葉を言う。


「あの猟兵王にお礼を言われるなんてな、人生何があるか分からないもんだ」
「我々は警察としての義務をはたしただけだ」
「ああ、だからそんなに頭を下げなくても……」
「いやリィンの話の中にもあったユン殿も勿論だがあんたらが協力してくれなければこうして再開は出来なかった。だから本当に感謝している、ありがとう」


 お礼はいいとアリオスさんとガイさんは言うが団長は更に感謝の気持ちを伝えた。昔から義理堅い人だから本当に感謝しているのだがまさかあの猟兵王にここまで感謝されるとは思っていなかったのかセルゲイさん達は困惑している。


「しかしよくあんな噂程度の情報でクロスベルに息子がいるって思ったんだ?明らかに罠を疑うんじゃないのか?」
「ああ、実際そういった罠を張られた事もある。俺達が信じたのは噂の中に『K・Z』の言葉が入っていたからだ」
「k・z?確かリィンが言っていた言葉だったな」
「ああ、『西風の旅団の団長ルトガー・クラウゼルの息子がクロスベルにいる、K・zの文字を呟きながら』……これが流れてきた噂だがこのk・zには西風の旅団の団員しか知らない意味がある」
「意味?それは一体なんだ?」
「『風切り鳥は自由の証』……俺達が掲げるこの風切り鳥の紋章に込められた意味だ」


 僕達西風の旅団の掲げる風切り鳥には自由の証という意味がある。これは自分たちは自由に吹く風のように何者にも縛られない存在という意味が込められている。


「なるほど、そりゃお前さんらにしか分からないわな」
「そういうことだ。所でセルゲイの旦那、話は変わるんだが一ついいか?」
「なんだ?」
「俺の息子をこんな目に合わせたD∴G教団とやらについて聞きたいんだが……」
「……それを聞いてどうするんだ?」
「決まってる、報復してやるんだよ。俺達猟兵は利益がなきゃ動かない、だが家族に手を出したなら話は別だ。誰に喧嘩を売ったのか思い知らせてやる」
「なるほど、だが悪いがそれは出来んな。俺も警察の一員である以上どんな外道だったとしても殺しを認める訳にはいかんからな、奴らは法で裁く」
「……」
「……」


 お互いに沈黙してただにらみ合う団長とセルゲイさん、一触即発の雰囲気にアリオスさん達やゼノ達も警戒する、そして数分が立ち団長が話し出した。


「……分かった、なら協力するっていうのはどうだ?」
「何、協力だと?」


 団長の突然の提案にセルゲイさんは珍しく狼狽えた表情を浮かべた。


「ああそうだ、いくら警察や遊撃士が捜査のプロでも限界があるだろう。自慢じゃないが俺は猟兵しか使えない情報の出所をいくつか持っている。少なくとも今よりは捜査が進むんじゃねえか?」
「話が見えんな、何故猟兵がそんなことをする?金は出ないぞ」
「さっきも言ったが俺達猟兵は利益がなきゃ動かない、だが家族に手を出したなら話は別だ。でもあんたらは息子の恩人だ、その恩人に対して恩を仇で返すようなみっともねえ真似はしない。そちらが法で裁くならこっちもあんたらの流儀に合わせる、といった所かな?」
「……クククッ、ハーハッハッハ!!」


 団長の提案にセルゲイさんはしばらく無言になっていたが突然大きく笑い出した。


「流儀に合わすか……俺が知っている猟兵でもそんな事を言ったのはお前さんが初めてだ。分かった、その申し受け受け取ろうじゃないか」
「へへッ、話が分かるじゃねえか。旦那」


 団長とセルゲイさんがガッチリと握手を交わす。


「セルゲイさん、流石にそれは……」


 そこにアリアスさんが待ったをかける。流石に警察と猟兵が手を組むのは世間的に批判されかねないからだ。


「アリオス、お前が言いたいことも分かる。だが今は正直猟兵の手も借りたいほどの状況にある、こうしてる間にも犠牲者は増えるばかりだ」
「それはそうですが……ガイ、お前はどうなんだ?」
「俺もセルゲイさんに賛成だ。彼らの力があれば捜査の幅が広がるし教団のしっぽを掴めるかもしれない。それにリィンの事をあんなにも思いやってる男が唯の悪人だとは思わない」
「……はぁ、全く……分かった。二人がそう言うなら俺はもう何も言わん」


 二人の言葉にアリオスさんも仕方ないといった様子で納得してくれた。今ここにクロスベル警察署と西風の旅団という初の協力体制が成立した。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



「そう、もう行っちゃうのね」
「はい、長い間お世話になりました」


 警察署での話が終わり僕は皆が待っているアジトに帰ることになった、でもその前にお世話になった人達に別れの挨拶をするためにベルハイムに来ていた。


「皆さん、ウチのボンがホンマお世話になりました」
「……本当に感謝してます、ありがとう」
「気にしないでください、困った時はお互い様です」
「そうね、でも寂しくなっちゃうわね」
「これはほんのお礼です、どうか受け取ってください」
「これは……!こんな大金は受け取れないですよ」
「いや皆さんは俺らにとって大切なボンを助けて頂きました。こんなんでしか感謝の気持ちを伝える事が出来へんけどどうか受け取ってもらえないでしょうか?」
「そこまでおっしゃられてこれを受け取らなければ貴方方の気持ちを無下にするも同じんえ。ありがたく頂戴します」
「ありがとうございます」
「でもこんなにも大金は流石に使うのが怖いわ。そうだ、孤児院に寄付してもいいかしら?」
「ええ、もうそのミラは皆さんのもんやからどう使ってもらってもかまいまへん」


 ゼノとレオがマイルズさんとレイテさんにお礼の言葉を伝え高額のミラを渡していた、マイルズさんは最初は断ったが二人の気持ちを汲み取って受け取ってくれた。


「セシルさん、私達の大切な家族をお世話してくれてありがとう」
「ふふっ、こっちこそロイドがたくさんお世話になったわ。本当に素晴らしい息子さんね」
「えッ、息子?」
「あら違うの?てっきりリィンって貴方とルトガーさんとの子供さんかと思ったのだけれど」
「ち、違うわよ!そりゃリィンは息子同然だけど……まだ違うの!」
「まだ?」
「あッ……」


姉さんがセシルお姉ちゃんに翻弄されている。ガイさんやロイドが言ってたけどセシルお姉ちゃんって天然な所があるみたいだ。


「ガイ、アリオス。あんたらにも世話になったな。立場は違うが何かあったらいつでも言ってくれ、俺が力になろう」
「ああ、その時は頼むよ。ルトガーさん」


 団長とガイさんが握手をかわしてアリオスさんもそれを見て笑っている。猟兵と警察、本来なら相容れぬ関係だけどこの二人はそんな事は気にもしていない。


「もう行っちゃうのか、でも家族に会えて良かったね」
「うん、ロイドもありがとう、楽しかったよ」
「僕もだよ、君が教えてくれたこと絶対に忘れない」


 僕もロイドに感謝の気持ちを伝える、ロイドも笑顔でそれに答えてくれた。


「皆さん、この一か月間本当にありがとうございました」
「リィン、家族を大事にな。また何か合ったら寄ってくれ、力になる」
「リィン、お前の剣はまだまだ甘い所がある、だがいつかきっと俺と同じ領域に来れることを期待している」
「はい、ガイさん達のような強さを必ず身につけて見せます」


 ガイさんとアリオスさんにお礼を言う、出来ればセルゲイさんも来てほしかったが彼は直にやることがあるらしく警察署に残ったようだ。


「またいつでも遊びに来るといい」
「貴方ももう私の家族なんだから遠慮しないでね」
「そしたら美味しいご飯を作るわね」
「また遊びに来てね、リィン」
「今度は違う遊びをしようね」
「次は俺が良く行くパンを食べてってくれよなー、幼馴染にも紹介したいからさー」
「うん、今度はフィーや皆と遊びに来るから」
「うん!」


 ロイド達に別れの挨拶をして僕達はクロスベルを後にした。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー
 


クロスベルを出た僕達はマインツ山道の山奥を目指していた、そこに西風の旅団の隠されたアジトがあるからだ。


「……はぁ」
「どうしたのリィン?」


 僕がため息を見たフィーが心配そうに声をかけてくる。


「あ、いや……何か皆に会うのがちょっと怖くて……」
「もう、まだそんな事を言ってるの?」


 フィーがジト目で僕を見てくる。


「大丈夫だよ、皆には会いたいと思ってる。でも最初に何て言おうかって……」


 ごめんなさいってまず謝るか……何て言おうか分からない。


「そろそろ着くぞ」


 団長が指さした方にアジトがある。ううッ、もう来ちゃったよ…


 僕がアジトの前に行くとそこには……


「あ、帰ってきたぞ!」


 西風の旅団全員で僕達を待ってくれていた。


「ほ、本当にリィンだ!」
「よ、よかった~……本当に良かった……」
「だから言っただろ、あいつがそう簡単にくたばるかってな!」
「そんなの当り前だろう!」
「あ、安心したら目まいが、ああ……」
「おい、一人倒れたぞ!」


 み、皆……どうしよう、何か言いたいのに上手く声が出ないよ…とにかく何か言わないと、ごめんなさいって……


「リィン、違うよ」


 そんな僕を見てフィーが声をかけてきた。


「フィー……」
「今言うべき言葉は『ごめんなさい』じゃないでしょ?『ただいま』だよ」
「ただいま……」


 ……そうだ、僕は帰ってきたんだ。だからこそ言うべきなのは……


「……ただいま、皆!!」
『おかえり、リィン!!!』


 ようやく言えたんだ、再会の言葉を……!


 
 
 

 
後書き
  

 

第17話 カルバート共和国

side:リィン


 僕が西風の旅団に帰ってきてから一週間が過ぎた、今まで皆に心配かけてしまった為か常に誰かが僕の傍にいるようになっていた。


「……ゼノ、いい加減離してほしいんだけど…」
「ダメや、あと10分はこうしとかなあかん」


 今僕はゼノの膝の上に座って抱っこされている状況に陥ってます、そして僕の膝の上にはフィーがいて眠ってます、何このカオスな状況は……


「ちょっとゼノ、いい加減に交代しなさい!」
「いくら姐さんの頼みでも譲れへんで、大体姐さんは昨日リィンを抱っこしたやろ」
「でもまだまだリィン分が足りてないのよ」
「そんなの俺かて同じことや」


 リィン分ってなんだろう、あ、フィーが僕の服の裾を掴んで微笑んだ。ふふっ、どんな夢を見てるのかな?(若干現実逃避気味)


「姐さん達だけずるいですよ!」
「俺達にもリィンを抱っこさせてください」


 西風の旅団の団員達のミラやカイト達が姉さんに抗議する、この一週間は皆こんな風に僕とスキンシップを取ろうとしている、僕的には嬉しいんだけど振り回され気味でちょっと大変かな。


「リィン、団長が呼んでいたぞ」


 そこにレオが現れて僕に団長が呼んでいたことを伝えてくれた。


「本当に?じゃあ行かないと。ゼノ、悪いけど行ってくるね」
「あ、もうちょいだけ……」
「団長を怒らせる気か?」
「……団長が呼んどるんならはよ行った方がいいわ」


 ゼノが抵抗しようとしたけどレオの一言で顔を青ざめながら離してくれた。よっぽど団長が怖いんだね……
 寝ているフィーを姉さんに預けてレオと一緒に団長の元に向かう。


「相変わらず人気者だな」
「あはは、皆には心配かけちゃったしこれくらいは当然だよ」
「そうだな、皆お前の事をいつも思っていたからな」
「ごめんレオ、僕、皆に迷惑ばっかりかけているね……」


 申し訳なさそうに頭を下げる僕をレオは無言で頭を撫でてくれた。


「迷惑だなんて思った事はない、お前は俺達の大事な家族だ……」
「レオ……」
「俺はお前が無事に帰ってきてくれただけで十分だ、それは団長や皆も同じことを思っている」
「ありがとう、レオ」


 そんな会話をしているとあっという間に団長がいる部屋の前に来た。


「団長、俺だ。リィンを連れてきた」
「レオか、分かった入ってくれ」


 部屋に入ると団長は何かの書類を呼んでいた。


「団長、何を読んでるんですか?」
「ああ、これは依頼書だよ。俺達が活動を再開すると知った途端にこれだもんな、人気者は辛いぜ」


 えっ、あれ全部依頼書なの、山のようにあるけど……


「レオ、他の奴らにもこの依頼書を見せておけ。割り振りは俺がするがこれだけの依頼の数だ、当分は休みなしになるぞ、覚悟しておけって皆に伝えておいてくれ」
「了解した」
「ああリィンは残ってくれ。お前には別の要件がある」


 レオは団長から依頼書を受け取ると部屋から出ていき僕と団長が残った。


「まあ立ち話も何だし座ってくれ」
「あ、分かりました」
「おいおい、今は俺とお前だけだ。普通に接してくれ」
「分かったよ、父さん」


 近くにあった椅子に座り口調を砕いて父さんと話す。


「どうだ、西風の旅団に戻ってきて一週間が過ぎたが皆の調子は?」
「常に誰かが僕の傍にいてくれるよ、抱っこされながらね」
「ははっ、まあ皆少し舞い上がっちまってるんだ。お前が帰ってきてくれたことが本当に嬉しいんだろう。勿論俺もだがな」
「うん、僕も嬉しいよ」


 ようやく帰ってこれたんだ、待ち望んでいた皆の元に……これが嬉しくない訳がない。


「さてこれから本題に入るが俺達も猟兵活動としての活動を再開しようと思っている、だがお前はどうするかって事だ」
「それは……」
「お前がD∴G教団で人体実験を受けていた事はセルゲイの旦那から聞いている、そしてお前が体に異常がないか精密検査を受けたってこともな」
「うん、確かに受けたよ」


 以前クロスベルにいた時人体実験の影響で体に異常がないか病院で検査を受けた事がある。


「その後も何回か検査を受けたけど特に問題はないって言われたよ」
「だがそれはあくまで現在の結果だ、使われていた薬の原材料やその効果は全く分からないらしい、だから後から体に何か異常が起きるかも知れない。実際医者側にもそう言われた」
「確かに…」
「もしそうなったら直に俺に言え、最悪猟兵は辞めてもらう事になるかもしれんが……」
「……ごめん父さん、例えそうなっても僕は猟兵を辞める事はできない」
「何故だ、親としてそれは認められんぞ」
「実は……」


 僕は教団に捕らわれていた時に行動を共にしていたレンの事を父さんに話した。


「……そんなことがあったのか」
「うん、僕がこうやって皆に会えたのは色んな人に助けてもらったからだけどその中でもレンの存在は大きいんだ。もしレンがいなかったら僕は絶望して自ら命を絶っていたと思う」
「それほどまでに言うならよっぽど大事なんだな、そのレンって子は……俺も親として礼を言いたいが行方不明……しかも教団に掴まった可能性もある……なるほど、お前は教団と深い因縁が出来ちまったようだな」
「僕はレンを助けるまで猟兵を辞める訳にはいかないんだ、例え死ぬことになってもそれを変えることはない」
「……決心は固いようだな、全く頑固な所ばかり俺に似ちまったな」
「じゃあ……」
「取りあえずは猟兵として活動することは止めない、だが体に異常が起きたら直に俺に言うんだ、いいな?」
「了解、必ず伝えるよ」
「ならお前も数日後から猟兵として活動してもらう、だが教団が再び接触してこないとも言えない、だから必ず分隊長クラスの人間とフィーを傍につける事、これがお前が猟兵として活動する絶対条件だ」
「分隊長は分かるけどフィーもですか?」
「あの子の気持ちも汲んでやってくれ、お前を守るために猟兵になったんだからな」
「……了解、僕もフィーを支えます」


 今後の方針を決めた僕と父さんの話し合いはこうして折り合いがついた。


「あ、そうだ。そのレンって子の事はこっちでも探してみる」
「本当に?ありがとう父さん」
「後その子の話はフィーにもしておけ、絶対だぞ」
「えっ、どうして?」
「……どうしてもだ(フィーが焼きもちをしかねんだろうが……全くどうしてこいつは色恋沙汰に鈍いんだ?フィーが不憫に思えるぜ……)」



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


団長との話し合いから数か月が過ぎ僕はフィーと共に依頼を進めている毎日を送っていた。2年間猟兵の活動を停止していたが直に感を取り戻して依頼をこなしていった。そんなある日……


「ふぁ~……」


 とある商人に依頼された護衛中に温かい日差しのせいかつい欠伸をしてしまった、見られてないよね?


「リィン、気を抜いちゃダメ」


 僕の背後を歩いていたフィーに叱られてしまった。


「あ、ごめんごめん。今日は日差しが気持ちいからつい……」
「油断大敵だって団長も言ってたよ」
「分かってるけど最近は忙しいからついね……」
「もうっ」


 フィーと猟兵として活動して結構時間がたったけど彼女は猟兵として高いスキルを持っていた。戦闘では団長に教えてもらった双銃剣を巧みに操りスピードで敵を翻弄して戦うのが得意らしい、その速さは団でも群を抜いていて僕以上の速さを持っている。
 

 また罠や奇襲も得意らしく森や崖といった入り組んだ場所では僕でも勝つのが難しい。まだ8歳だよね、自信無くしそう……


「どうしたのリィン、落ち込んでいるみたいだけど……」
「ああいや、自分の妹の凄さに改めて驚いてるだけだから……」
「?……よく分からないけどそれって私を褒めてるって事?」
「うん、そうだよ」
「……ふふっ、そっか。わたしはリィンに必要とされているんだ……♪」


 何やら上機嫌になるフィー、僕何か言ったかな?


「お二人さん、夫婦漫才もいいが周囲の警戒を怠るなよ」
「ああごめん、カイト」


 おしゃべりをしていたら分隊長のカイトに叱られてしまった。カイトは2年前は唯の団員だったんだけどこの2年間で出世して分隊長になったようだ。本人はゼノ達と比べれば……と謙虚気味だがこの西風の旅団の分隊長になれるだけでも相当凄いと思う。


「……リィン」
「ああ、前方に何かいるね……カイト」



 カイトに合図して依頼人の周りに立つ、数は6……前方右側に4で左側に2……おそらく茂みに隠れているな。


「どうするカイト?」
「……二人はここで依頼者の護衛、俺が様子を見てくる」
「「了解」」


 カイトが双剣を構えてゆっくりと前に進んでいく、僕達は何があってもいいように依頼者を守りながら武器を構える。


「……」


 カイトが茂みの近くまで近寄ったその時だった、茂みから何者かが飛び出してカイトに攻撃した。


「ぐっ!」


 咄嗟に身を伏せて攻撃をかわしたカイトは襲撃してきた存在を確認する。


「バイトウルフか、それに……」


 バイトウルフが一体現れると更に魔獣が姿を現した。


「バイトウルフ二体にオニオカネが三体、そして……」
「エルダーマンティス……だね」


 バイトウルフとオニアカネはまだいい、だがエルダーマンティスは厄介だ。奴の鎌は当たり所が悪ければ致命傷になりかねないからだ。


「グルル……ガアッ!!」
「ひいっ!」


 一体のバイトウルフが依頼者に飛びかかろうとしたので魔獣の前に立ちふさがり攻撃を防ぐ。


「いいか、優先すべきものは依頼者の安全と例のブツを守ることだ。各自注意しながら魔獣を撃退しろ!」
「「了解!!」」


 周囲に散開して、魔獣の撃破に向かう。


「クリアランス!」


 フィーが双銃剣から銃弾の嵐を魔獣達に目がけて放つ、威力は低いが範囲は広く主に牽制に使われる技だ。


「はあっ!」


 動きが鈍くなったバイトウルフを刀で切りつける、バイトウルフは悲鳴を上げながら消滅した。そこにエルダーマンティスが背後から鎌を振りかざして向かってくる、僕はしゃがんで鎌を避けて距離を取ろうとするがオニアカネ二体が毒の鱗粉をまき散らしながら突っ込んできた。


「クロスザッパー!!」


 だがオニアカネ二体はカイトが放った×型の斬撃を喰らい消滅した。


「ありがとうカイト!」


 もう一体のバイトウルフを僕が、そしてオニアカネをフィーが撃破して残ったエルダーマンティスに向かう。フィーが銃弾を放ち怯んだ隙に僕ががら空きになった右腕の鎌を切り飛ばした。


「キュアアアッ!!」


 残った左腕の鎌で攻撃しようとするがフィーがそれを防ぎ僕は刀に炎を纏わせる。


「焔の太刀!!」


 炎を纏った斬撃はエルダーマンティスの胴体を斜めに切り裂き消滅させる。僕は刀を鞘に戻して一息つく。


「終わったね。ナイスフォローだったよ、フィー」
「ブイ」


 はにかみながらブイサインを向けるフィーに僕もブイサインで答えた。


「二人とも、いいコンビネーションだったぞ」
「カイトもフォローありがとう」
「流石分隊長だね……」
「よせよ、これくらい誰でもできるって。それよりまだ護衛は終わってないから気は抜くなよ」
「「了解」」


 再び辺りを警戒しながら僕達は先を急いだ。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「終わったね……ふぁ……」
「報酬もしっかりもらえたし依頼達成だね、フィーもお疲れさま」
「眠い……」


 カルバート共和国の首都『イーディス』に到着した僕達は依頼人を『東方人街』に送り届けることが出来た、もう時間も遅いし今日はこの街に止まっていく事にして僕とフィーは夜の東方人街を歩いていた。
 ちなみにカイトは宿屋で休んでいる、一緒に来ないかと誘ったんだけど断られてしまった、行くときにしっかりとお姫様をエスコートしろよ、と言っていたけどどういう意味なんだろう?


「……ねえリィン」
「ん、何だい?」
「ふと思ったんだけど……遊撃士と猟兵の違いって一体どう違うの?」


 遊撃士と猟兵の違いか……よし、これを機にフィーに色々教えておこう。


「そうだね、まず基本的な違いとして遊撃士は一つの民間団体なんだ。『支える籠手』の紋章を挙げその目的は民間人の安全と地域の平和を守ること、だから魔獣退治や民間人の依頼を受けるのが主な仕事だね」
「なるほど……わたし達猟兵はミラさえ貰えればどんな人でも仕事を受けるけど遊撃士は民間人を優先するんだね」
「そういう事だね」
「良く分かった、でもリィンって猟兵なのに遊撃士について詳しいね」
「そりゃ場合によっては対立することも多いから相手の事も知っておかないといけないよ、知ってると知らないじゃ大きな差になるからね」
「そっか、じゃあ今度色々教えて。私もっと猟兵として成長したい」
「分かった、知ってる限りの事は教えるよ」


 フィーは凄いな、幼いのに向上心が高い。僕も見習わないと。


「そういえばこの街の人達ってあまり他の街では見かけないよね?黒髪とか多いし」
「カルバート共和国は東方からの移民を受け入れている国だからあらゆる異民族が集まった国でもあるんだ、まあそのせいで起きる問題もあるみたいだけど……」
「そうなんだ、難しいんだね」


 クウ~……


 そんな話をしているとフィーのお腹から可愛らしい音が鳴った。


「……お腹すいたかも」
「そういえば夕飯がまだだったね、何か食べていく?いくつか屋台もあるみたいだし」


 ここら辺には東方料理が手軽に食べられる屋台が沢山並んでいた、丁度いいからここでご飯をたべていこうかな。


 適当に屋台を周って品物買ったけど流石は東方の料理と言った所か、西ゼムリア大陸では見なれない食べ物が殆どだ。


「はむ……ん、この肉巻き入りのちまき丁度いい感じの量で食べやすいな」
「もぐもぐ……豚こま御飯っていう食べ物も美味しい……」


 今まで食べたことなかったけど東方の料理も美味しいね、クセになりそうだよ。


「けぷっ……お腹一杯……」
「一杯ずつなら多くはないけどこれだけの種類を食べれば結構な量になるね。でもフィーもよく食べるようになったんだ、昔は小食だったのに」
「早く成長したいから猟兵になってからはそれなりに食べるよ、目指すはマリアナみたいなボン・キュッ・ボンだから」
「姉さんクラス……」


 不意にフィーがマリアナ姉さんのようなプロポーションになったことを想像してみる……うん、想像できないや。


「リィン、どうしたの?」
「あ、何でもないよ。あはは……」


 いけないいけない、妹で変な事を想像してるなんてバレたら兄としての威厳が無くなっちゃうよ。


「最後にこれを食べて完食……いただきます」
「まだ食べるんだ……」


 フィーが最後に残っていた豚バラ肉のバーガーを食べ始めた。はむはむと小動物みたいに食べるフィーはとても可愛かった、半分ほどバーガーを食べるとフィーは食べるのを止めた。


「フィー、どうかしたの?」
「……お腹一杯」


 ああやっぱり食べきれなかったか。あれだけの量の御飯を食べたんだから無理はない、むしろよくあそこまで食べたなぁと思うくらいだ。


「やっぱり食べきれなかったか、無理はしないほうがいいよ」
「……でも勿体ない」


 確かにこのまま捨ててしまうのは実に勿体ないな……あ、そうだ。


「じゃあさフィー、残った分は僕にくれないか?」
「リィンが食べるの?」
「うん、フィーの食べっぷりを見ていたら少し小腹がすいちゃって……」


 美味しそうに食べているフィーを見ていて僕もあれだけ食べたのにまた食欲がわいてきてしまった。


「ならはい、後はお願い」
「うん、じゃあ頂きます」


 フィーから貰ったバーガーを一口食べる。うん、美味しい。


「……あ」


 するとフィーが何かに気が付いたような表情を浮かべた。


「フィー、どうかしたのかい?」
「う、ううん、何でもない……(よく考えたらあれって間接ちゅーって奴じゃ……)」


 フィーはそう言って顔を背けた。突然顔を伏せるなんてどうしたんだろうか、心なしか顔も赤いし……


「ご馳走様でした」


 そうこうしている内にバーガーを食べ終えてしまった僕は懐からハンカチを出して口を拭く。あ、よく見たらフィーの口にも食べかすが付いている。


「フィー、ジッとしていて」
「リ、リィンッ⁉」


 フィーが珍しく狼狽えた表情を浮かべるが僕は構わずフィーの口を拭く。


「よし、これで綺麗になったね」
「リィンそれ……リィンも使った……」
「ん?確かに僕も口を拭いたけど……何か不味かったかい?」


 兄妹だしフィーはそういう事気にしないタイプだと思ってたけどもしかして嫌だったのかな?


「別に問題はない……でも次からは自分で拭く……」
「ああうん、分かったよ」


 そういえばフィーもそろそろ年頃の女の子だしこれは配慮が足らなかったかな。これからは注意しないと。


 食事を終えた僕達はカイトがいる宿屋に向かっているんだけど何故か道中フィーはずっと下を向きながら歩いてる、僕と顔を合わせようとしない。怒らせてしまったのかな……


「フィー、やっぱりさっきの事で怒った?」
「あ、ううん、怒っていないよ……」
「じゃあどうして顔を合わせてくれないの?」
「それは……」


 あ、また黙り込んじゃった、どうしよう……


(どうしよう、恥ずかしくて顔が真っ赤……リィンには見られたくないけど……ううっ……)


 まあ今はそっとしておくしかないか。ってフィー、あまり下ばかり向いて歩いてると……


「うおっ!?」
「キャッ!」


 あ、通行人の人にぶつかってしまった。


「ご、ごめんなさい。わたし前を見てなくて……」
「僕からも謝ります、申し訳ありません」


 フィーがぶつかった男性に頭を下げる。僕も一緒に頭を下げる。


「おいガキッ、お前がぶつかったせいで俺の服に染みがついたじゃねえか!」
「兄貴の服汚すなんて言い度胸してんなぁ」
「こりゃごめんなさいくらいじゃ許せねえな」


 男性の胸元には確かに何かの染みが付いていた、おそらく持っている飲み物をフィーとぶつかった時にこぼしてしまったんだと思う。


「服を汚してしまい申し訳ありません、これはクリーニング代として使ってください」


 僕は財布から1万ミラを取り出して男性に渡した。


「はあっ?一万ミラだぁ?」
「兄貴の服はオーダーメイドだぞ、こんなはした金で許せる訳ねえなぁ」
「……じゃあどうすればいですか?」
「そうだなぁ、ざっと20万ミラ払えば許してやるよ」


 20万ミラ……いくらなんでもそれは無いだろう。オーダーメイドと言っていたが男性の服はそこらで買えそうな代物だし……これは厄介なのに当たっちゃったかなぁ。


「子供にそんな大金が払えると思ってるんですか?いくら何でも無茶苦茶です」
「だったら親に泣きついて払ってもらえよ」
「甲斐性もねえのか?おい?いいから払えよ」
「こっちは誠意を見せました、これ以上は唯の恐喝にしか思えないんですが?」
「あん?舐めてんじゃねえぞガキ?」


 男性の取り巻きの一人が僕の服の胸ぐらを掴みあげる。


「あんま俺ら舐めんなよ?ここら辺りじゃ結構名が通ってるんだぜ?痛い目見たくなきゃさっさと出せよ」
「子供相手に大人げなくないですか?大人ならもう少し理性ある行動をしてもらいたいんですが……」
「このクソガキがッ!!」


 男がキレたのか拳を握りしめて殴りかかってきた、僕は相手の腕を掴み相手の背中側に捻りあげる。


「いででででっ!?」
「正当防衛です、悪く思わないでください」


 男の手を捻りながら折れる前に放す、男はよろめくようにしてしりもちをついた。


「コイツ……殺されてえみてえだな」
「ぶっ殺すぞ!」


 男達は本気で切れたのか懐からナイフを取り出した。ちっ、面倒なことになった。


「フィー、逃げるぞ!」
「うん!」


 フィーの手を掴んで走り出す、あまり騒動にはしたくないから逃げることにした。


「待てこらぁガキッ!!」


 案の定男達は僕達を追ってきた、人に迷惑が掛からないように裏路地に逃げ込む。


「リィン、どうしよう?」
「そうだな……」


 裏路地に逃げ込んだはいいがここからどうするか……地の利では向こうの方が知ってるだろうしどこに逃げるか……


「リィン、あれ!」


 フィーが指さした方には道がなかった、しまった、行き止まりか。


「このままじゃ追いつかれるぞ……」


 どうしようか迷っていると横にある建物の扉が開き誰かが出てきた。


「こっちです!」
「え?」
「いいから早く!」


 出てきたのは女の子だった。年は僕と同い年くらいか……どうやら逃げ場を作ってくれるようだから今は素直に従おう。僕とフィーは女の子が出てきた扉に入る。そして数秒後にさっきの三人組がやってきた。


「おかしいな……ここは行き止まりだからここにいるはずなんだが……」
「くそっ、逃げ足の速いガキ共だ」


 男達は少しの間辺りをうろうろしていたがやがて諦めたのか来た道を引き返していった。


「……どうやら行ったみたいだね」


 フィーが男達が行ってしまった事を確認してくれた、どうやら撒くことが出来たようだ。


「あの……大丈夫でしたか?」
「ああ、お蔭で助かったよ」
「ありがとう」


 僕達を助けてくれた女の子に僕達は感謝の言葉を伝えた、黒髪が特徴的な女の子は微笑みながら首を横に振った。


「お礼なんていいですよ、困った時はお互い様です」
「ううん、結構危なかったから感謝するのは当然、借りが出来ちゃったね」
「そうだね、改めてお礼を言わせてもらうよ、ありがとう」


 僕とフィーは改めて彼女にお礼を言う。


「それにしてもさっきの人達は何だったんだろう」
「あの人達はこの辺を縄張りにしているヤクザの下っ端です。主に観光客にああやって因縁をつけてミラを巻き上げてるんですよ」
「そうだったのか、道理であんな無理な事を要求してきたと思ったよ」


 カルバート共和国はそういった裏組織が多いって聞いたことがあったな。様々な異民族が集まるから治安も悪いらしい、さっきフィーに言ったこの国が抱える問題の一つだね。


「でもどうするリィン、宿屋までの道のりがすっかり分からなくなっちゃったけど……」
「そうだね、僕も久しぶりに来たから正直覚えてないかも……どうしようか」
「あの……」


 僕とフィーが悩んでると女の子が話しかけてきた。


「もしかして大通りにある宿屋の事ですか?」
「そうだけど……」
「なら私がそこまで案内しますよ」
「えっ、いいの?」
「はい、私の家もそっちの方ですしもうお店も閉めて帰るつもりでしたから」
「お店?そういえばここって……」
「ここは私がアルバイトしてる飲食店です、店長が急用で早めに帰ったので戸締りして帰ろうかなって思ってたら貴方達が走ってきたので……」
「そっか、僕達は運が良かったんだな」
「ていうか貴方ってリィンと同じくらいの年なのにもう働いてるの?凄いね」
「いえ、そんなことは……」


 フィー、それ言ったら君もその年で猟兵をしてるじゃないか。あ、僕もか……


 とにかく彼女の提案をありがたく受けて宿屋に連れて行ってもらった。



―――――――――

――――――

―――



「はい、着きましたよ」


 女の子に案内されてようやく宿屋に帰ってこれたよ。さっきの連中には運よく遭遇しなかった。


「今日は色々とありがとう、君には本当にお世話になっちゃったね」
「そんな気にしないでください」
「ううん、わたし達は猟兵だから受けた恩は必ず返すのが筋だって団長も言っていた」
「えっ、猟兵の方なんですか?」
「あ、おいフィー!」


 普通に自分達の正体を話してしまったフィーを止めようとしたが彼女は大丈夫ですよ、と答えた。


「この国では猟兵もそんなに気にされていません、ここはあらゆる人間が集まる国ですから……」
「そっか、それならいいけど……でもフィー。あまり猟兵だって事は話しちゃだめだよ。中には猟兵を嫌う人達も沢山いるんだから」
「ん、ごめん。反省する……」
「よろしい」


 僕達は団長達と比べて顔が割れて無い為猟兵だって事は気付かれにくい。だから団長からは不用意な発言は余計な火種を生みかねないから気を付けろと言われている。
 

 ミスをしてしょんぼりするフィーの頭を撫でながら女の子に話しかける。


「そういえば助けてもらっておいて名前も言ってなかったね、僕はリィン・クラウゼル。この子は妹のフィー・クラウゼルっていうんだ、よろしく」
「……よろしく」
「私はリーシャ・マオと言います」
「リーシャ、僕達は明後日まではここにいるから何か困ったことがあったら言ってよ。力になるからさ」
「ええっ、そんな悪いですよ……」
「いやいいんだ、さっきフィーも言ったけど僕達は受けた恩は必ず返す。だから気軽に言ってよ」
「なら……明日お店に来てもらってもいいですか、お客様として」
「それくらいならお安い御用だよ」
「うん、楽しみにしている」
「ふふっ、それじゃあ私はこれで失礼します」
「じゃあお休み」
「バイバーイ……」


 リーシャはそう言って去っていった。


「いい人だったね」
「そうだね……ふぁ~……今日は色々あって疲れたよ」
「なら早く寝ちゃおうか、今日も一緒に寝ていいよね?」
「いいけど……そろそろ一人で寝てもいいんじゃないか?」
「嫌」
「そうですか……」


 因みに部屋に戻るとカイトが遅い帰りだったな、とからかってきたのでチョップをかました。不フィーは「ん、逢引してきた」と冗談を言ったが僕がはいはい……という態度を取ると怒ってしまった。年頃の女の子って気難しいんだね。



 

 

第18話 カルバートでの決戦

side:リィン


 昨日の騒動から一夜が明けて僕とフィー、そしてカイトの三人でリーシャが働いている飲食店『鈴音』に向かっていた。


「しっかしそんな事があったとはなぁ、無事に助かったからいいけどお前らに何かあったら俺が団長に殺されていたな……すまない」
「ううんカイトのせいじゃないよ、わたしの不注意でこうなっちゃったし……」
「いやそれだけじゃない、ここカルバート共和国はD∴G教団の被害を一番受けている国なんだ」
「教団の……?」


 カイトの話に教団の名が出てきたので僕は反応した。


「ああ、他の国に比べるとこのカルバートで子供が誘拐された事件が最も多いんだ、治安の悪さもあるだろうし何より広すぎて国側が把握しきれてないのが原因だろうな、少し前まではエレボニア帝国でもそういった事案が多かったんだが貴族の子供が誘拐されたことがないからかそこまで重要視されていなかった」
「そんな……」
「貴族派の連中は貴族でもない平民の子が誘拐されようと大したことはないとのことらしいが当然鉄血宰相率いる革新派はそれを批判、民の安全を守るためにと鉄血宰相は直属の部隊《鉄道憲兵隊》を結成し大陸全土の鉄道網に配置することで教団の被害は格段に減った」
「それを聞くと革新派のほうがいい人達みたいに見えるね」
「まあ革新派、特に鉄血宰相は多くの平民から支持を受けている一方で無茶な鉄道網の拡大で土地や家を奪われ同じくらい多くの人間から恨まれている、まあどっちが正しいなんてないんだろうがな」
「ふうん……」


 貴族派と革新派か……どんな国でも必ず何かしらの問題はあるがこの二大国家はこれが更に大きいんだろう、まあ猟兵はどんな人間だろうとミラさえ払えば依頼は受ける。西風の旅団も例外はあるが基本は変わらない。


「話がそれたがとにかくこの国で教団の連中が接触してくる事は大いに考えられるから今日から二日間は俺も一緒に行動するぞ」
「でも昨日はこなかったじゃん」
「……実を言うとすっかり忘れていたんだ、すまない」
「えぇ……」


 忘れていたって……カイトって昔から物忘れが多かったから相方のミリアによく叱られていたっけ……でも流石にこれは団長に報告だな。


「あ、もしかしてこの事は団長に……」
「ごめん、流石にカバーは出来ないかな……」
「悪いけどそういう事はしっかりしないといけないから諦めて」
「だよな……はあ、拳骨だけですめばいいんだけどな……」


 カイトが目に見えて落ち込んでしまった、団長の拳骨は本当に岩を砕くから受けたくないんだろう。だが彼はもう分隊長だから下手したら一時間ほど団長との戦闘訓練かも……ご愁傷さま。


「まあ今回の事は次に生かすことにして今は気持ちを切り替えようよ」
「東方の料理はとっても美味しかった、きっとカイトも気に入ると思うよ」
「……そうだな、せっかく美味い物食いに行くんだし今は気持ちを切り替えて楽しむとするか」
「うん、それがいいよ」


 そう言って僕達はリーシャの元に向かった。



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ーーーーーー

ーーー


「着いた、ここだね」


 僕達は昨日訪れた店の前に来たがどうやら営業中らしく結構な人が中にいた。もしかして人気のある店なのかもしれないね。僕達は店の中に入った。


「いらっしゃいませ……あ、リィンさんにフィーさん。来てくださったんですね」
「こんにちはリーシャ、約束通り来たよ」
「やっほー、リーシャ。人がいっぱいだね」
「はい、小さなお店ですが常連の方々がいつも来てくださるのでこうして繁盛させて頂いてます。あら、そちらの方は?」
「俺はカイト、リィン達の仲間だ。昨日はこの子達を助けてくれたって話を聞いてお礼に来たんだ」
「そんな……お礼を言われるつもりなんて……」
「俺達は家族を助けてくれた人物には最大の感謝を送る、だから礼を言わせてほしい、ありがとう」
「そうですか、そこまで仰って頂けるなら私も助けた甲斐がありました」


 カイトがリーシャに感謝の言葉を伝えてリーシャもそれを受け入れてくれた。


「じゃあお礼も言い終わったしそろそろ食事をさせてもらうとするか。東方料理は久しぶりだから楽しみだぜ」
「えっと……いいかなリーシャ?」
「はい、席に案内させて頂きますね」


 僕達はリーシャに連れられて空いていたテーブル席についた。


「ではご注文が決まったら読んでくださいね」


 リーシャからメニューを貰い読む。なるほど、昨日の屋台に売られていた物とまた違う食べ物がいっぱい書かれている。何を注文しようかな……」


「リィン、わたしこのエビチリっていうの食べてみたい」
「俺はとりあえずチャーハンと餃子が食いたいぞ」
「そうだね、適当に頼んで皆で分けようか」


 注文を決めてリーシャを呼んでオーダーする、昨日の屋台は一口サイズの物が多かったがこのお店では味も美味いながら量もあって満足感がある。けっこうな量があったが僕とフィーはペロッと食べてしまった。カイトはかなり満腹のようだが……


「けぷっ、美味しかった。エビチリって初めて食べたけど好きになったよ」
「ああ、俺はあのチャーハンが一番美味かった。米のパラパラ感が絶妙だったぜ」


 フィーとカイトも満足そうな様子だ。僕もとても満足できたよ、特にゴマ団子や杏仁豆腐が美味しかった。


「どうでしたか、満足していただけましたか?」
「あ、リーシャ。うん、このお店の料理とっても美味しかった」
「それは良かったです」


 リーシャの問いにフィーは満面の笑みで答えた。


「そこまで喜んで貰うと私も嬉しいネ」


 そこに第三者がやってきた、髪を頭の上で束ねた特徴的なツインテールと東方の服の何だっけ……確かチャイナドレスなるものを来た女性が話しかけてきた。


「あ、店長」
「店長ってこの店のか?随分若くて綺麗な人がやってるんだな」
「そっちのお兄さん中々お上手ネ。私『ジャム・クラドベリ』と言うネ。この店の店長を務めてるヨ、以後宜しくアル」
「初めましてジャムさん、僕はリィンと言います」
「フィーだよ、宜しく」
「俺はカイトだ、宜しくな店長さん」


 互いに挨拶をして自己紹介する、って何やらジャムさんが僕の顔を見ながら何かを考えていた。


「あの、何か?」
「うーん、君中々美形アル。後5年もすれば絶対いい男になるネ、若い女ほっとかないヨ」
「あ、ありがとうございます」


 まさかいきなり容姿について褒められるとは思ってなかったから驚いた。


「もし良かったら私の店で働いてみないカ?きっと若い女の客がいっぱい増えるヨ!そうすれば私の店も繁盛するネ」
「え、えっと……」
「もう店長ってばそうやって直に気に入った子を勧誘しようとしないでください。リィンさんが困ってるじゃないですか」
「むう、リーシャは固いネ」


 リーシャが助け舟を出してくれたから何とか話を中断させることが出来た、しかし自由な人だな……


「ならそっちのおチビちゃんはどうアル?今はまだ小っちゃいけど7年もすればいい女になれると思うヨ」
「小っちゃいは余計……わたしはいい。リィンと一緒に仕事をやっているから」
「なら御試しで今日だけウェイターをしてみないカ?きっとロリ……小さな女の子好きなお客が来ると思うヨ」
「興味ない」


 ジャムさん、僕は無理だと思ったのか今度はフィーに聞いている、でもフィーは全く乗り気ではない。まあフィーは人見知りなところがあるから接客業は難しいと思う。


「ならチャイナドレス着てみるだけでもいいカラ!絶対にどんな男でも落とせる魔性の服ネ、着てみたくないカ?」
「どんな男でも……?」


 フィーがチラリと僕を見てちょっと顔を赤くする。どうしたんだろう?


「それってリィンも魅了できる?」ボソボソ
「え、勿論アルヨ。あの男の子だっておチビちゃんのチャイナ服を着た姿を見せたらきっとイチコロアル!」ボソボソ
「リィンを魅了……気が変わった。今日だけなら受けてもいい」
「本当アルか!」


 途中からこっちには聞こえない小さい声で話していたけど……え、どうしたのフィー、そういうのは絶対に嫌がると思ってたのに。


「なら全は急げヨ、客足が多い御昼が終わる前に着替えるネ!」
「ん、頑張る……」


 フィーはジャムさんと一緒に店の奥に行ってしまった。


「フィー、どうしたんだろう?」
「さあ……俺も分からないぞ」
「何か並みならぬ気迫を感じましたが……」


 まあフィーがしたいって言うなら待っていよう。


 そして十分くらいが過ぎるとフィーとジャムさんが戻ってきた。


「あ、フィー、一体何をしてた……の…」
「あ、あぶねぇ!」


 フィーに一言言おうとしたがフィーの姿を見て声を失ってしまった、更に動揺したのか持っていた湯呑を落としてしまった。カイトがキャッチしてくれたけど今はお礼も言うことが出来ないくらい目の前の光景から目が離せなかった。


「……リィン、どうかな?似合ってる?」


 フィーがチャイナドレスを着ていたんだ、緑を基調としたチャイナドレスはフィーによく似合っていた。目が離せないほどに……


「………」
「……リィン?」
「あ、あの、その……似合ってる。言葉も出ないくらいだ」
「本当に?嬉しい……」


 ニコッと微笑むフィーに僕は言いようのない感情に襲われた。心臓がバクバクして顔が熱い。おかしいな、妹を相手に何でこんなにドキドキしているんだ?


「よく似合ってるじゃないか、フィー」
「はい、とってもお似合いです」


 カイトやリーシャも絶賛のようだ、それほどフィーに似合ってるという事だ。


「じゃあ早速新しい看板娘としてまずは呼び込みをしてきて欲しいネ」
「分かった、行ってくる……」


 フィーはそういってお店の外に出て行った、大丈夫かな……?






「凄い繁盛してるな」
「そうだね、ちょっと驚いたよ」


 フィーが出て行ってしばらくすると大勢の男の客が店に入ってきた。最初は数人程度だったが噂を聞いたのか時間がたつほど人が増えて行った。


「あ、あの注文いいですか!」
「はい、どうぞ……」
「チャーハンとギョウザを一人前でお願いします」
「……ご注文は以上でよろしいですか?」
「は、はい!」
「畏まりました」
「ッ!?」


 フィーはそういって注文した男性に微笑んだ。男性はそれを見て凄いにやにやしていた。気持ちは分かるが何だか面白くない。
 因みに僕達もお店の手伝いをしている。人が増えたから料理が間に合わないらしい。料理をジャムさんとリーシャが作り僕はその手伝い、カイトはレジを担当している。


「うはぁ……凄いな、フィーの奴大人気じゃないか」
「はい。私がこの店に入った時もお客さんが沢山来ましたが今日はそれ以上の方が来てますね」


 カイトやリーシャも驚いている。確かにチャイナドレス姿のフィーは凄い破壊力だが(萌え的な意味で)ここまでとは……


「やっぱり男はロリコンが多いネ、これで売り上げもガッポリアルよ♪」


 ジャムさんだけがとても嬉しそうにしていた。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「いやー、皆お疲れ様ネ。今までにない客足だったヨ。お蔭で大儲けできたネ」



 辺りも日が暮れてきてようやく落ち着いてきた。つ、疲れたなぁ……


「しかしすっげぇ人だったな」
「はい、私も流石に疲れてしまいました」


 流石にカイトもリーシャも少し疲れた表情を浮かべていた。でも猟兵であるカイトはともかくリーシャもまだ疲れたと言ってるが余裕がありそうだ。見た目より体力があるんだね。


「はいこれ、お礼アル」
「これはミラですか?」
「結局手伝わせちゃったしバイト代ネ。奮発しといたアルよ」
「ありがとうございます」


 予定にはなかったけど中々楽しい経験が出来たし良かったと思う。


「ジャム、わたしお金はいいからこの服貰えないかな?」
「うん?もしかして気に入ったアル?まだ替えはあるし持って行ってもいいヨ」
「ありがとう、ジャム」


 フィーはジャムさんにお礼を言うと、トテトテと僕の傍に来て袖をギュッと握って上目遣いで話し出した。


「どうしたんだ、フィー?」
「ねえ、リィン。わたしのこの姿、さっき可愛いって言ってくれたよね」
「ああ、凄く可愛いよ」
「じゃ、じゃあさ今度一緒に服とか見に行ってくれない?それでリィンが選んでくれたら嬉しいかな……」
「それくらいお安い御用さ。でも僕は女の子の服とかはあまり知らないからマリアナ姉さんとかも一緒の方がいいんじゃないか?」
「ううん、リィンに選んでほしいの……」
「そう?なら問題はないかな」


 そうか、フィーも女の子だからオシャレしたくなったのか。うんうん、最近はそういう事にも意識し始めてくれたし兄として嬉しく思うな。


「あの、お二人ってお付き合いされているのですか?」
「どうだろうな?フィーはそんな感じを匂わせているがリィンは完全に妹としてしか見ていないからな」
「鈍感な男は駄目駄目ネ、フィーも苦労しそうアル」


 他の三人が何かを言っていたが、生憎僕には聞こえなかった。





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ーーーーーー

ーーー


 ジャムさんの店を後にして僕達は一度宿屋に帰りそしてある場所に向かっていた、それは猟兵の依頼をした人物の元である。そもそも僕達がこの街に来たのはこの依頼を受けるためである。最初に護衛していた商人はあくまでもおまけで本命がこっちという訳だ。
 まああの商人も危ない物を取り扱ってるから全くの一般人って訳じゃないけどね。後フィーは着替えた、ちょっと残念だな……


「よし、着いたぞ」


 カイトが指さした方には東方人街の中でもかなり立派な建物だった、入り口の上には『黒月貿易公司』と書かれていた。


「カイト、『黒月』ってまさか……」
「ああ、今回の依頼者はあの黒月だ」


 黒月。表向きは唯の貿易公司だが裏では東方人街を支配しているカルバート共和国の巨大犯罪組織でありその人たちが今回の依頼者らしい。


「黒月はそこらにあるチンケな犯罪者たちとは訳が違う、うかつなことをしたりするなよ」
「うん、分かった」


 フィーも緊張した表情で頷き建物の中に入っていく。中も綺麗で至って普通の会社にしか見えない。


「いらっしゃいませ、黒月貿易公司にようこそ。失礼ですがどのようなご用件でしょうか?」
「西風の旅団だ。御社の依頼を受けるためここに来たんだが……」
「……かしこまりました。担当者を只今呼んでまいりますので少々お待ちください」


 ニコニコしていた受付の女性は西風の旅団の名を聞くと一瞬鋭い目付きになり再びニコニコ顔に戻って席を離れた。
 そしてしばらくすると黒いスーツを着た男性が来た。


「西風の旅団の皆様ですね?自分は案内役を務めさせて頂くレイと申します、どうぞこちらへ」


 レイという男性がお辞儀をしてこちらに来るように指示をされて後を付いていく、しばらく歩いていくと警備が厳重そうな扉が見えてきた。


 レイさんが立っていた警備の人に何か確認を取り扉を開けてもらう、その扉を潜り更に歩いていくとさっきまでとは違い廊下の装飾品が豪華になっていく。


「ここは一般の社員では入れないVIPルームに続いています、詳しい話はそちらにいる御方にお聞きください」


 そして奥にあった更に厳重に守られていた扉を潜り中に入る、そこには何人もの黒服を来た男性たちが立っておりその中央にある豪華なソファーに一人の初老の男性が座っていた。


「初めまして、西風の旅団の皆様。私は黒月の幹部の一人、ユダと申します」
「西風の旅団に所属するカイトです、こちらは団長であるルトガー・クラウゼルの子供でリィンとフィーと申します。まだ子供ですが実力は確かなものと確信しています」
「初めまして」


 僕はペコリとお辞儀をしてフィーもお辞儀をする。


「まあ立ち話も何ですしどうぞそちらにお掛けください」
「では失礼します」


 カイトがユダさんの向かい側のソファーに座り僕とフィーもその隣に座る。うわっ、凄い柔らかい……


「本日は遠い所を遥々とお越しいただき誠にありがとうございます。早速ですが依頼の内容を話してもよろしいでしょうか?何分多忙なもので」
「お願いします」
「依頼内容は単純な物です、ある人物を抹殺してもらいたい」
「抹殺……ですか?」


 いきなり重い内容にカイトが少し顔を歪める。ユダさんは懐から一枚の写真を取り出した。それを見ると眼鏡をかけた男性が映っていた。


「その写真に写っている人物は私達黒月の関係者なのです」
「黒月の……?」
「はい、その者の名はパイツェンと申します。元々は私の部下だったのですが何を思ったのか黒月の機密書類を持って組織から脱走し行方を眩ませました」
「それって……」
「裏切りだね」


 僕とフィーの言葉にユダさんは頷く。


「お恥ずかしい限りです。むろん我々も直に奴の居場所を探しました。だが奴は我々の包囲網から今も逃げている、いくら奴が我々に付いてよく知っていても個人が黒月から逃げられる訳がありません。つまり……」
「協力者がいるってことですか?」
「ええ、その可能性が高いです」


 協力者か……単純に考えれば黒月に何か恨みがある組織だと思うがここまで大きな組織だと絞るのは難しいぞ。


「ともかく奴が東方人街の旧市街地に逃げ込んだという情報はつかめました。しかしそこから奴の行方を追っていた追手の連絡が途絶えました」
「それは……殺されたか捕まったか……どちらにせよこれ以上の情報はもう入ってこないって訳ですね」
「貴方方に依頼したいのはパイツェンの抹殺、そして機密書類の奪還です、よろしいでしょうか?」
「……一つ思うんですが居場所がはっきりしてるなら組織の力を使って捜索させればいいんじゃないですか?黒月ほどの組織なら容易にできる事かと思いますが?」
「……今回の件はこの場にいる人間しか知りません、他の幹部や更に上の方々には何も報告していませんから」
「何故ですか?」
「奴は私の部下で右腕的存在でもありました。そのパイツェンが組織の機密書類を奪い逃走したなどと知られれば……私の運命などたやすく想像できます」
「つまり組織と全く無関係の俺たちに汚れ役をしてほしいってことですね……」
「お恥ずかしい限りで……」


 つまり僕達に尻拭いをしてほしいってことか。まあ猟兵だから依頼は受けるだろうが……


「勿論報酬は弾みます、奴の抹殺に成功し機密書類を奪還していただければ八千万ミラをご用意します」
「八千万ミラ……随分と気前がいいですね」


 八千万ミラか……まあ自身の命もかかってるし寧ろ安いくらいかも知れないね。


「……分かりました、依頼は受けましょう。しかしターゲットが旧市街にいるという情報だけでは流石に探すのは困難です、それ以外に何か情報はないでしょうか?」
「……そうですね、旧市街にラットボーイという男がいます、奴は旧市街のならず者たちを束ねるトップであり旧市街の事なら何でも知ってるでしょう。まあ奴は黒月を嫌ってますから接触するならお気を付けください」
「ありがとうございます、必ず依頼は達成して見せます」
「もしラットボーイに会ったらこう伝えてください。『今回の働き次第で前の件は無かったことにしてやる』と」
「分かりました、それでは俺たちはこれで」


 僕達はそういって黒月貿易公司を後にした。


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ーーー


「旧市街ですか……」
「ああ、この街に住んでいる君たちならラットボーイという男について何か知らないか?」


 黒月貿易公司を後にした僕達はこの街に詳しいリーシャたちに情報を聞きに『鈴音』に向かい話を聞く。


「ラットボーイという男の名は聞いたことがアルね、旧市街のならず者たちをまとめ上げている旧市街の支配者ヨ。この街の人間はあそこ近寄らないネ」
「そもそも旧市街ってどんな場所なの?」
「この東方人街にも格差があって旧市街は主に訳あり……所謂犯罪者やどこかの国から逃げてきた放浪者などが集まる街です、なので治安は無いという無法地帯ですね。その無法地帯を支配してるほどですからただものではないかと……」


 パイツェンだけでも大変なのにラットボーイという男も癖がありそうだね、今回の依頼三人で大丈夫かな?


「ジャムさん、ラットボーイがいそうな場所に心当たりはないです?」
「そうネ、奴は人が立ち入らない場所を好むから旧市街の廃墟が集まってる場所にいるかもしれないネ」
「そうか、ならまずはそこから当たってみるか」
「旧市街は無法地帯です、何が起こるか分かりません。皆さん、くれぐれもお気を付けて……」
「ありがとうリーシャ、それじゃ行ってくるよ」
「ん、お仕事開始だね」


 僕達はリーシャ達にお礼を言って旧市街に向かった。


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「随分と寂れた場所だな……」


 僕達は東方人街から少し離れた場所にある旧市街に来ていた。しかし酷い場所だな、建物はボロボロだし辺りでは道端で寝てる人もいれば複数で殴り合ってる人たちもいる、まさに無法地帯だ。


「ここの何処かにラットボーイがいるのか、こりゃ探すのに苦労しそうだぜ」
「とにかくまずは聞き込みをしていこう。なるべく離れないように気を付けながらね」


 僕達は辺りにいつ人達にラットボーイについて聞き込みを開始した、でも大抵の人が無視したり襲い掛かってきたりしてまともな話も出来ない。


「本当に無法地帯だな。全く話が通じない」
「どうしようか……ん、どうしたのフィー?」
「リィン、あれ……」


 僕達が集まって話をしてるとフィーが何かを見つけたように指を刺した、そちらに視線を向けると何やら数十人の若い男性がこちらに向かってきた。


「おいお前ら、ここいらでラットボーイ様の事について聞きまわってるみたいだな?」
「そうですが……僕達に何か用ですか?」
「知らねえのか?この旧市街でラットボーイ様を探る奴は全員敵だってことなんだよ」


 ……なるほど、向こうから接触してきてくれたか。探す手間が省けたね。


「貴方達はラットボーイの関係者ですか?なら彼の元に案内してほしいんですが」
「はあ?今死ぬ奴が寝ぼけた事言ってんじゃねえぞ」


 まあこうなるよね、彼らはナイフや鉄パイプを構えて僕達を取り囲んでいく。


「殺れ!ぶっ殺せ!!」


 そして一斉に襲い掛かってきた。


「リィン、フィー、いくぞ。だが殺すなよ」
「「了解!」」


 無法地帯の犯罪者と言え所詮は唯のチンピラだ、瞬く間に彼らを無力化した。


「ぐっ、こいつらガキもいるってのに強え……」
「俺たちは別にラットボーイに危害を加えに来たんじゃない、これ以上は無駄だ」
「うるせえ!よそ者のいう事なんて信じられるかよ!」


 僕達を襲ってきた連中の一人が逃げ出した。


「リィン、フィー、あいつを追うぞ!」


 僕達は逃げ出した男の後を追いかける、途中で何人もの奴らに襲われるが全員殺さないように気絶させながら先に進む。


「あいつ結構身軽だな、速いぞ」


 撃たれる銃弾をかわしながら男を追うがかなり身軽だ。壁を蹴って建物の屋根を走り飛び映り梯子を滑りおりて逃げる。僕達も後を追うがやはり地の利は向こうが有利か。


 男を追いかけて僕達は広い建物の中に入る、そして男を追い詰めた。


「もう逃げられないよ、頼むから話を聞いてくれ」
「逃げられない?追い詰められたのはてめえらだぜ!」


 突然強い照明が僕達を照らしてさっきまで暗かった部屋が明るくなった。金網に囲まれたリングのような場所……まるでアリーナのような場所だ。


「てめえらが俺を探ってる連中か?俺がラットボーイだ」


 高い段差の上に眼帯を付けた男が座っていた、あいつがラットボーイか。


「てめえら見てたぜ、黒月の奴らの仲間だろ?連中め、等々俺の縄張りを荒らしにきたか。だが俺はネズミだ。捕まりはしねえぜ!」
「待てラットボーイ、俺たちは西風の旅団だ。お前を探していたのは黒月の依頼を達成する為にお前の力が借りたいからだ」
「そんな見え透いた嘘に騙されるか!奴らが俺を疎ましがってるのは知ってんだ!だが黒月がなんだ!俺はてめえらに屈したりはしねぇ!」


 駄目だ、興奮して話が通じない。よっぽど黒月が嫌いなんだな。


「お前ら、こいつらをぶっ殺せ!!」


 ラットボーイの部下たちが金網の外から銃を撃ってくる、僕達は自分の武器で銃弾を斬り落とすが正直鬱陶しい。


「フィー、カイト。大技で決めるから合図をしたら伏せて!」
「了解!タイミングは任せたぜ!」


 僕は辺りを見回して敵の位置を探る、そして一番弾幕の薄い場所に狙いをつける、そして刀を大きく振り下ろした。


「二人とも伏せて!『孤影斬』!!」


 刀から放たれた扇状の斬撃が金網を切り裂き男達を纏めて吹き飛ばした、常人離れした筋力で斬撃を飛ばして離れた場所の敵を斬る八葉一刀流の技だ。前にユン老師が見せてくれた技を咄嗟に使ってみたが上手く再現できたようだ。


「な、なにが起きた!?」


 突然金網が壊れて自分の部下も吹っ飛んでいく光景を見たラットボーイは大きく動揺した。フィーはその隙を見逃さずに大きく跳躍してラットボーイの背後に降り立った。


「なっ……!?」
「はい、チェックメイト」


 フィーが双銃剣をラットボーイの頭に突きつけた。頭を抑えたからこの勝負は僕達の勝ちだね。


「やったなリィン!でもさっきの技ってもしかして八葉の……」
「うん、前に老師が見せてくれた技を見様見真似でやってみたんだけど、上手く行ったよ」
(見様見真似で八葉一刀流の技を繰り出したって言うのか!?なんて奴だ……)


 僕は刀をしまいラットボーイの元に向かった。


「糞が!こんな奴らに殺されるなんて……」
「落ち着いてください、もし貴方を殺すのが目的ならこうやって捕らえたりしないで直に始末しますよ」
「じゃあなんだ!俺を拷問にかけようってか!流石偏屈物が集まる黒月だな、ゲスい行為がお好みのようだ!!」


 これは面倒だな……錯乱してて話が通じないや。


「うるさい」


 ガスッ!


 あ、フィーが双銃剣でラットボーイの頭を叩いた。あれは痛そうだ。


「な、なにしやがる!」
「貴方がうるさいから静かにさせただけ。それよりいい加減に話をさせてくれない?正直もう追いかけっこは疲れたの」
「お、おう……」


 フィーの静かな殺気にラットボーイは顔を青ざめながら頷いた。というかフィーって怒るとああなるのか……







「じゃああんたらはマジで俺を殺しに来たんじゃないってのか?」
「ああ、俺たちはお前に聞きたいことがあってここに来たんだ」
「そ、そうか……西風の旅団が黒月に接触したって聞いたから等々奴らが俺の排除に動いたのかと思ったぜ」
「ていうか何で黒月を嫌ってるんですか?」
「あいつらは前に俺の情報網を利用しようとしたのか部下にしてやるって言ってきたんだ。だが俺は断った、誰かの下に付くなんてまっぴらごめんだからな。んで言い方が高圧的でムカついたからあいつらの情報を敵対する別の組織に流してやったんだ」
「それは自業自得だと思うけど……」
「バカだね」
「んだとぉ!?」


 ようやくラットボーイが落ち着きを取り戻し話を進めることが出来た、僕達は目的のパイツェンについて話を聞くことは出来る。
 しかしまさか黒月を嫌っていた理由の原因はまさかの自業自得だった。そんな事すれば怒りを買って当然だと思うけど。


「お前さんの愚痴はそろそろ聞き飽きた、俺たちはパイツェンという男の居場所を知りたいんだ。ラットボーイ、お前さんに心当たりはないか?
「はん、お前らが俺の命を狙いに来たわけじゃないってのは分かったが旧市街を荒らしたのは許してねえぞ」
「そういや依頼者は『今回の働き次第で前の件は無かったことにしてやる』といってたな」
「な、それを早く言えよ!……くそ、今回は特別に教えてやる」


 ラットボーイは渋々という様子で話し出した。


「そのパイツェンとかいう男なら確かに旧市街にいるぞ。最初は黒月の仲間が俺を探しに来たかと思ったが様子がおかしかった。何かを警戒しながら奴は『アンダーヘブン』に入っていった」
「アンダーヘブン?」
「旧市街にあるゴロツキ共が根城にするクラブさ。だがその実態はテロリスト『反移民政策主義』の隠れ家の一つでもある」
「『反移民政策主義』……その名をここで聞くとはな」


 反移民政策主義とはカルバート共和国で活動するテロリスト集団の名前だ。元々カルバート共和国は移民を受け入れる国として有名だが移民によって起こる問題も多い、事実この国では毎年必ず何かテロリストが関係する事件が起きるほどだ。
 その中でも反移民政策主義はテロリスト集団の中でも過激派として有名で現在の大統領サミュエル・ロックスミスの命を狙うほどだ。


「でも何でテロリストと黒月の脱走者が繋がるんだ?関係性が分からんぞ」
「……これは信憑性がないが大統領サミュエル・ロックスミスは黒月と何らかの接点がある、という噂がある」
「それは……」


 カルバート共和国の大統領が犯罪組織と接点があるという噂、そして黒月の脱走者、機密書類、大統領を追い落とさんとするテロリスト、これって……


「ねえカイト、まさか機密書類っていうのは……」
「俺も同じことを考えてた、もしその機密書類がロックスミス氏や黒月の関係性を表す物ならテロリストが欲するのも分からなくはない。反移民政策主義はロックスミス氏の命を狙ってるがそれは移民政策が気にくわないからだ。つまり移民政策を掲げるロックスミス氏を追い落とすために黒月との関係を世間に明かすという事もあり得る」
「黒月が犯罪組織だっていう事も世間には知られていない……もしそれが本当だとして世間に明るみになれば……ロックスミス氏の信頼は地に落ち国中が大混乱になり兼ねない……!」


 犯罪組織とつながりがあると知ればロックスミス氏の信頼は無くなる、もしテロリストの目的がそれだとしたら今回のこの一件、大事になるぞ。


「因みに今日そのパイツェンと反移民政策主義の連中が落ち合うみたいだぜ」
「なっ、それを早く言え!リィン、フィー、急いでアンダーヘブンに向かうぞ!」
「「了解!」」


 僕たちは急いでパイツェンがいるクラブに向かった。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



 バンッ!


 僕は『アンダーヘブン』と書かれた建物の入り口を勢いよく開ける、中には数人の男たちが座っていていきなり乱暴に店に入ってきた僕たちに警戒の眼差しを向ける。


「何だお前ら、今日はもう店仕舞いだ。さっさと帰れ!」
「こんな明るいうちに?暇人だね」
「うるせえぞガキ!いいからさっさと帰れ!それとも痛い目を見たいか?アアッ!?」
「茶番はそこまでにしろよ、俺たちはお前らがテロリストでこのクラブもその隠れ家だって事をもう知ってるんだ」


 カイトの問いに男たちは分かりやすく動揺した。


「お、お前ら一体……」
「用件だけ言う、パイツェンという男がここに来ているはずだ。そいつを出してもらおうか」
「グッ……お前ら、こいつらを始末しろ!!」


 男たちはそういって拳銃やナイフを取り出した。


「リィン、フィー。今回はちょっと時間がねえ。ここは俺が抑えるからお前らはパイツェンの元に迎え」
「でも相手はかなりいるよ」
「逆にここでこんだけの奴抑えれば中は手薄になるはずだ。それにお前ら二人の方が足が速いしな」
「カイト……」
「お前らも猟兵なら時には仲間を信じて背中を越えていけ、助け合いだけが仲間じゃないだろう?」
「仲間を信じる……」


 そうだ、僕は猟兵として仕事を果たさなくちゃいけない。その為には仲間を信じて先にいく事だって必要なんだ。


「行こうフィー、僕たちは自分のすべきことを果たすんだ」
「リィン……分かった、カイト、気を付けてね」
「お前らもな」


 僕たちはカイトにこの場を任せて先を目指した。


「奴らを行かせるな!」
「させるかよ!」


 カイトは回転しながら辺りを縦横無断に回り男たちを切り裂いていく。


「ぐあぁぁぁっ!?」
「こ、こいつ……!」
「おいおい、俺を忘れないでくれよな。仮にも西風の旅団の看板背負ってるんだ。食い止めると言った以上……お前らをここから先には通さねえ」



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 カイトと別れた僕たちはアンダーヘブンの中を進んでいた、しかしこの店最初は普通のクラブみたいな店内だったのに奥は東方風の内装になってきた。


「思ったよりも中は広いな……」


 外から見たよりも中は意外と広かった、なるほど、テロリスト集団のアジトって聞いていたが案外おしゃれな奴らなのかもしれない。だから何だって話だけど。
 少し先に進むと武装した男たちが立っていた。


「いたぞ!侵入者だ!」


 武器を構えて向かってくる男たちに対して僕は真ん中にいた男を殴り飛ばした、そして動揺したほかの男をフィーが投げ飛ばした。


「このガキ!」


 フィー目がけて男の一人が銃弾を放つ、フィーは素早く身を動かして銃弾をかわして男の目に突きを放つ、そして怯んだ男の右足に足払いをして倒れた男の顔を踏みつけた。
 僕は小太刀を振りかざしてくる男二人に刀を抜いて対峙する、一人が背後から切りかかってきたので刀でいなす。前から切りかかってきた男の股間を蹴り上げて怯ませる、そして背後にいた男の頭を掴んで壁に叩き付け止めに手刀を頭に喰らわせた。


「なっ!?」


 そして悶絶していた男を大きな扉ごと殴り飛ばした。


「リィン、容赦ないね」
「そういうフィーだって」


 確かに二人ともえげつない戦い方だが男たちは何とか生きている、これは二人で決めた事だが必要のない殺生は出来るだけ控えることにした。父さんにも唯殺すだけの選択はするなと言われているし僕も本当に必要があるときでもない限り殺すなんて真っ平御免だ。それはフィーも賛同してくれた。


 扉を潜り奥に向かう、次の部屋には何と池があり中心には大きな噴水が立ち上っていた。敵地の中だったがその美しさに少し目が奪われた。だが咄嗟に僕は噴水から離れた、その瞬間水しぶきをあげながら無数の銃弾が飛んできた。


「全く風水も何もないな!」


 近くにあった机を盾にして隠れる、そしてフィーが閃光弾を投げつけた。ピカッと眩い光が辺りに放たれる、そして全員の視界を奪った後に僕は盾にしていた机を投げつける。机に男三人が巻き込まれ残った一人の腹を刀の鞘で突き蹴り飛ばした。


「リィン、また増援だよ」
「入り口にあんなにいたはずなのに……」


 敵の数の多さにゲンナリしながら敵を倒していく。肘打ちをしようとした僕を見て男がガードの体制を取るが……


「ガードなんて意味ないよ!」


 肘打ちを当てる瞬間に止めて逆の腕で相手の腹を殴った、そして追撃に回し蹴りを放った。


「遅いよ」


 フィーは男二人の攻撃を楽々とかわしていく、子供が大人を遊んでいるようにしか見えない。


「このぉっ!」
「当たれ!」


 男二人はイラついてフィーを挟み込むように殴りかかった。フィーは紙一重で攻撃をかわした、すると空振りした男たちの攻撃が互いの顔面に当たった。


「さよなら」


 そしてフィーは男二人を投げ飛ばして池に落とした。


「邪魔をするな!」


 男の一人を凝り飛ばして奥に進むと沢山の扉がある部屋に付いた。


「何だこれ、どこにパイツェンがいるんだ?」
「とにかく手当たり次第に調べよう」


 一つ一つのドアを開けて中を確認していく、そしてある扉を開けた瞬間何か刃物のようなものが飛んできた。


「うわっ!?」


 僕は刀で刃物を弾き落とし防ぐ、部屋の中には見た事もない武器を持った男たちがいた。


「何あれ、投げナイフじゃないよね」
「もしかしてユン老師が言っていた東方の暗殺武器『クナイ』って奴かな?実物は初めて見たけど……気を付けてフィー、クナイには毒が塗っていることもあるらしいんだ」
「要は当たらなければいいんだよね」


 男たちは更にクナイを投げつけてきた、僕は刀でそれを弾きながら小さい斬撃を放った、男たちはそれをかわすが……


「甘いね」


 懐に入り込んでいたフィーが逆立ちして両足を広げながら回転して蹴り倒していく、そして最後に近くにいた男の首に足を引っかけて投げ飛ばした。


「リィン、階段があるよ」
「上にいるのかも知れない、用心しながら行こう」


 僕たちは階段を上がり廊下を走っていく、すると奥にある鉄格子が降り始めた。


「急がないと!」
「届いて……!」


 僕とフィーは滑り込む様に鉄格子を潜り抜けてギリギリ通ることが出来た。


「危ないとこだったね、しかしあちこち仕掛けだらけで面倒な店だな」
「リィン、どうやらまだ来るみたいだよ」


 フィーが指さした壁が回転して中から男たちが現れた。


「いい加減疲れてきたよ……」
「でもあと少しだと思う」


 武器を構えて僕とフィーは男たちに向かっていく。小太刀をかわしてみねうちで切っていく。フィーも銃弾で武器を弾いてがら空きになった男たちの腹や顎を蹴り飛ばしていく。


「リィン、こっちに道があるよ」


 奴らが出てきた壁の裏側に道が存在した、僕とフィーはそこを通って奥に進む、すると今まで通ってきた扉より大きくて豪華な扉があった。


「リィン、中に沢山の気配があるよ」
「うん、きっと中にパイツェンが……」


 僕は意を決して中に入る、中には武装した集団と眼鏡をかけた男がいた。


「初めまして西風の旅団のお二人さん……私は『反移民政策主義』の幹部をしているシェーフンと申します。いかがでした?東方の美の風景は?中々気に入っているんですよ」
「まあこんな状況じゃなきゃいいものだったよ。……そこにいるお前がパイツェンだな?」
「ククク……まさか西風の旅団が出てくるとは、しかも猟兵王の子供達。組織の連中はどうあっても俺を殺したいみたいだな、私も随分と買われたものだ」


 反移民政策主義の幹部の男……シェーフンが挨拶をしてパイツェンと思われる男は困ったというよりは何か余裕のある笑みを浮かべた。


「随分と余裕だな、僕たちが子供だから油断したなんて言わせないよ?」
「まさか、あの猟兵王が育てた子供だ。油断なんて出来ませんよ」


 更に意味ありげに笑うパイツェン、一体何を企んでるんだ?


「貴方方をここにお招きしたのは貴方方を私たちの仲間に歓迎したいと思ったからです」
「仲間にだって?あれだけ襲ってきて?」
「私は自分の目にしたものしか信用しない主義でしてね、少なくとも子供である貴方方でさえ私が鍛えた精鋭をいとも簡単に蹴散らしてきたんですからね。我々の仲間になる資格は十分にある」
「さっきから随分と上から目線だね、わたしたちが貴方達の仲間になると思うの?」
「ご心配なく、きちんと対価を用意しています……おい」


 フィーの言葉にシェーフンと名乗った男は待っていたと言わんばかりに近くにいた配下の男にいくつかのアタッシュケースを出させた。アタッシュケースを開くと大量の札束が入っていた。


「2億ミラ用意しています。黒月の報酬よりもはるかに多い額を用意しました。金で動く貴方方ならどちらに付くか容易に理解できると思いますが?」
「へえ、よくそんな大金を用意できたものだね。2億なんて国がらみでもなきゃ滅多に見れないよ」
「私たちの背後には巨大なバックがいますのでこれぐらいなら余裕で用意できます。さてそれで返事のほうは?」
「勿論断る」


 僕の発言にパイツェンや配下の男たちは驚いた様子を見せる。シェーフンだけは笑みを崩さずに僕たちを見ている。


「……因みにその理由は?」
「西風の旅団はテロ行為などの無差別な被害を出すような奴の依頼は受けないって決めてるんだ、それに個人的にお前らが気に入らないからだ」
「それだけの理由で?」
「十分だろ?」
「クククッ、まさか金で動かない猟兵がいたとはね。上の連中は貴方方を仲間にしろと言ってましたが……仕方ない、プランBに移行します。私が彼らを抑えてる間にパイツェンさんを我々の本拠地まで連れて行きなさい」


 シェーフンは部下たちにそう指示を出してパイツェンと一緒に部屋を出て行った。


「待て!」


 僕とフィーはパイツェンを追おうとしたが足元にクナイが刺さり思わず足を止める。


「行かせはしませんよ。彼は大事な客人ですからね」
「客人?どういう事?」
「彼の持ってきた機密書類には黒月とロックスミス大統領との繋がりがしるされています。ロックスミスを蹴落とすためにも彼を渡す訳には行きませんからね」
「大事な機密をペラペラ喋るなんて感心しないな」
「別にいいじゃないですか、私はロックスミスなどに興味はありません」


 何だって?じゃあ何故この男はテロリストなんてしているんだ?


「私は人を壊すのが大好きなんですよ、テロリスト集団の仲間になれば好き放題暴れられるじゃないですか」
「最低」
「欲望に忠実か……人間らしいが中身はクズだな」
「褒め言葉として受け取ります……さて、そろそろ始めましょうか?」


 シェーフンの体から強い殺気があふれ出してきた。この男、ただものじゃないぞ。


「フィー、今までの奴らみたいに加減は出来ない相手だ」
「うん、最初からギアを最大で行くよ」


 僕とフィーもそれぞれの武器を構えた。


「さあ行きますよ!」


 シェーフンが真っ直ぐ僕たちに向かってきた。


「クリアランス!」


 フィーが双銃剣から幾つもの弾丸をシェーフンに放つ、だがシェーフンは弾幕を全てかわして接近してくる。


「速い!」
「しゃあ!」


 シェーフンは僕たち目がけてクナイを振るった。僕たちはそれぞれ左右に飛んでそれをかわす。


「やあっ!!」


 フィーが双銃剣で切りかかるがシェーフンはそれを背中に背負っていた大きな剣で防ぎフィーに切りかかる、フィーは大剣の一撃を紙一重でかわして距離をとる。


(後ろががら空きだ!)


 フィーに気を取られている内に背後から切りかかるがシェーフンはバク宙で僕の攻撃をかわした。


「なっ!?」


 そして頭上からクナイを投げてきた、僕は回避が間に合わず右肩に喰らってしまう。


「ぐあっ!?」
「リィン!?この!」


 フィーが銃弾を放つがシェーフンはまたそれをかわしてフィーを蹴り飛ばした。フィーは受け身をとって衝撃を抑えた。


「そんな遅い動きじゃ私は捕らえられませんよ?」


 シェーフンは更に動きを加速させて僕たちを翻弄する。


「くそ、フィー並み……いやそれ以上の速さだ。目で追うのがやっとじゃないか!」
「なら動けなくするまで」


 フィーは懐から何か手榴弾のようなものを取り出した、それを見て僕はフィーのやろうとしていることを理解して防御の体制を取る。


「Fグレネード!」


 フィーが投げた物体が破裂して眩い光と大きな音が響いた。フィーのクラフト『Fグレネード』は猟兵が使う閃光手榴弾で相手の目と耳を潰して動きを制限させる技だ。これなら奴も流石に動けなくなっただろう。


「あれ、いない……?」


 目を開けてシェーフンを探すが奴の姿がなかった、あのタイミングで防御が出来たとは思えないが……


「そんなおもちゃで私を止めようなどと……笑止ですね」
「何!?」


 背後から声が聞こえたと思った瞬間僕とフィーは切られていた。


「ぐあっ!?」
「きゃあっ!」


 僕は足を、フィーは腕を斬られたみたいだ。咄嗟に回避行動をとったから深手にはなってないが痛い物は痛い。


「そんな、グレネードのタイミングは良かったはず。防御なんてしてなかったのにどうして……」


 フィーが驚きを隠せない表情でそう言う、僕も何故奴にFグレネードが効かなかったのか分からなかった。


「ふふふ、何故閃光手榴弾が通じてないのか疑問に思ってますね、答えはこれです」


 シェーフンは懐から何か錠剤のようなものを取り出した……ってあれはまさか!


「グノーシス……何故お前がそれを……」
「D∴G教団ですか?彼らは素晴らしい物を作ったものです。これのお蔭で私は更に強くなれたのですから」
「答えろ!何でお前がそれを持っている!」


 僕は殺気を強くしてシェーフンに問い詰める。


「リィン……あれが何か分かるの?」
「……あれは僕が教団に捕らわれていた時に実験で飲まされていた物なんだ、あれは人間の身体能力を大きく向上させる物らしい」
「あれが……」


 僕は困惑しているフィーにグノーシスについて簡単に説明した。


「私は昔戦いの中で目の光を失いました。その時は絶望しましたよ、視力を失った人間に何ができますか?少なくとも戦いの道には戻れない……そんなときでした、彼らが現れたのは。あの眼鏡の男性がくれたこのグノーシスは私の目に光を戻してくれたばかりかこんな身体能力と状態異常に対する抗体まで授けてくれたんです!どれだけ感謝しても足りないほどです!いやあ、本当に素晴らしい物を作ったものですね」
「……れ」
「ん?」
「……黙れ、グノーシスが素晴らしいだと?それを作るためにどれだけの命が消えて行ったと思ってるんだ!!」
「リィン……」


 僕は声を荒げて叫んだ。グノーシスなんてくだらない物の為に多くの子供たちが犠牲になった、いや、今だって奴らの手で沢山の命が消えているはずだ。そんな奴らの作った物が素晴らしいだと?それだけは認められない、認めるわけにはいかないんだ!


「知りませんよ、赤の他人の子供が死のうと私に何の関係があるんですか?正直グノーシスの為に死ねたのなら良かったんじゃないかと思うくらいです」
「ならもう喋るな。お前が僕に喋っていいのは教団に関係することだけにしてもらう」


 僕は刀を鞘に納めて居合の型を取る。こいつはもう依頼とか関係ない、こいつは倒すべき敵だ!!


「リィン、わたしも戦うよ。こいつ、許せない!」
「フィー……ああ、二人でやろう!!」


 僕とフィーは再び武器を構えてシェーフンに対峙する。


「ふふふ、先ほどより更にいい殺気を放ちますね、そうこなければ面白くありません」


 シェーフンは大剣と新たに取り出した火薬式の銃を左右の手に取り楽しそうに笑う。そして僕とフィーの姿が消えて次の瞬間シェーフンに切りかかっていた。


「ほう、速くなりましたね。一瞬貴方たちを見失ってしまいましたよ」


 シェーフンは片手の大剣だけで僕たちの攻撃をいなしていく。


「クリアランス!」
「またそれですか?芸がない」


 フィーが再び激しい弾幕を張るがシェーフンは悠々とかわす、しかし……


「はあっ!」


 シェーフンが移動してきた瞬間に僕は切りかかっていた。


「何!まさかさっきの弾幕は私をここに誘導させるためにワザと……しかし!」


 シェーフンは大剣で僕の攻撃を防ぎ銃で追撃してくる、僕は弾丸を切り落として再び切りかかる。


「甘い!」


 シェーフンは僕の攻撃をかわして肩から斜めに切り裂いた。激しい痛みで思わず後退しそうになるが踏みとどまり刀を離して奴の腕を掴む。

「むっ!これは……」
「罹ったな……どれだけ速くても腕を掴まれたら速さなんて関係ない!」
「ではさっきの誘導すらもこのためのブラフ……!」
「こっちも喰らったんだ、お前も素直に喰らっていろ、フィー!」
「うん!!」


 僕はシェーフンを蹴り上げて宙に浮かせる、そこにフィーが縦横無尽に飛び回りシェーフンを切り裂いていく。そして僕が飛び上がり蹴りをシェーフンの腹に放ちそのまま落下していく、そして最後にフィーが下からシェーフンを双銃剣で切り裂いた。


「エアリアル・ストライク!!」


 僕たちの攻撃をまともに受けてシェーフンは錐もみ回転をしながら地面に落下する。


「やったかな?」


 正直起き上がってほしくはない、だがフィーの疑問に答えるかのようにシェーフンは起き上がった。


「フハハ、いいですねえ。中々の痛みだ」
「……嘘でしょ、結構本気でやったのに……」


 フィーのげんなりした声が僕たちの疲労を物語る。正直こっちの全力の攻撃を喰らっておいてケロッとした顔で起き上がられたりしたらそう言いたくもなる。



「楽しくなってきましたねえ、では第二ラウンド……と言いたい所ですがそろそろお暇させていただきます」
「何!?」
「時間稼ぎはもう十分でしょう、一応私も幹部ですし仕事はこなさせてもらいました」
「!?ッしまった、パイツェンが……!?」


 僕たちはこいつに手間取りすぎてしまった。今から追いかけても追いつけるか分からない。


「次会う時までにはもっと強くなってて欲しいですね、それではご機嫌用」
「ま、待て!」


 シェーフンは窓ガラスを割って去って行ってしまった。


「くそ、私情にかられて依頼を忘れるなんて……僕もまだまだだ!」
「リィン、どうしよう……」
「とにかく今から追おう、カイトに頼まれたんだ。こんなところで諦める訳には行かない!」
「急ごう、リィン!」


 僕たちは軽い応急手当をしてパイツェンの後を追った。間に合ってくれ!



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ーーー



side:??


「はあはあ……ここまで来ればもう安全だろう」


 旧市街の出口まで来ていたパイツェンは自身の勝利を確信していた。今回の取引が成功すれば自分には莫大な金が転がり込んでくる。そうなったらこの街に用はない、今度は帝国辺りにでも身を潜めるとしようか……そんなことを考えていた。


「ぐあっ!?」
「があっ!?」


 だが突然の悲鳴に彼の思考は現実に戻された。何事かと思い振り返ると護衛のテロリストの二人が倒れていた。よく見ると眉間に針のようなものが刺さっている。


「な、何事だ!?」
「敵襲か!」


 他のテロリスト達が警戒するその時だった、鎖のようなものが辺りを駆け巡りテロリスト集団の動きを封じた。


「我が舞は夢幻、去り行く者への手向け……眠れ、白銀の光に抱かれ…縛…!滅……!!」
「「「ぐあああああっ!?!」」」


 鎖で縛られたテロリスト集団の合間を何者かが縦横無断に飛び回り鎖ごとテロリスト集団を切り裂いた。


「な、何が起きたんだ……お、お前は!?」


 唯一無事だったパイツェンが目にしたのは黒い装束と仮面を付けた謎の人物だった。


「その恰好……まさか東方人街に伝説として伝わる暗殺者『銀』……!?」
「……その名は、まだ受け継いでいない。私がその名を受け継ぐ為にお前には死んでもらう」
「ま、待て!金なら払う!いくら欲しいんだ?金ならいくらでも……!!」


 パイツェンはそれ以上何も喋れなかった。台詞を言い終える前に仮面の人物に切られていたからだ。


「仲間を平気で裏切るような男の言葉など聞く耳持たぬ……」


 仮面の人物はそう呟くと影のように消えて行った。



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side:リィン


「何が起きたんだ、これは……」


 僕たちがここに来た頃には全てが終わっていた。何故なら目の前には死に絶えたテロリスト集団とパイツェンの姿が広がっていたからだ。


「全員死んでる……これをやったのは相当な手練れだよ」
「ああ、でも一体だれが……」
「リィン、フィー!」


 後ろから声がかけられたので振り返るとカイトがこちらに向かっていた。


「カイト、無事だったんだね!」
「当り前だ、でもこの惨状は一体何なんだ?お前らがやったとは思えないが……」
「それが……」


 僕は今までの事をカイトに話した。


「マジか、じゃあこれは一体だれが……」
「どうしよう、カイト……」
「機密書類は無事なんだな?ならこのことをユダさんに報告しよう、もしかしたら俺たちの意図しない所で何か動いてたのかもしれない」
「そうだね、取りあえず戻ろうか」


 僕たちは機密書類を手に取り黒月貿易公司に向かった。



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ーーーーーー

ーーー


「おお、これです。流石は西風の旅団。見事に取り戻してくれましたな」


 ユダさんに機密書類を渡す、どうやら依頼に頼まれていた物に間違いないようだ。


「ありがとうございます、これで私も安心して眠ることが出来る。しかしパイツェンめ……私を裏切るなど愚かな真似をしおって……」
「……ユダさん、俺たちの他に誰かを雇っていませんか?」
「いや、私は西風の旅団にしか依頼してないが……何かあったのですか?」
「……そうですか、申し訳ありません、どうやら俺の勘違いだったようです」
「そうか、それならいいが……報酬は指定された口座に振り込んでおきました」
「ありがとうございます、では我々はこれで……」


 カイトはそういって部屋を後にして僕たちも後に続く。





「……どうやらマジでユダは何も知らないようだな」


 黒月貿易公司を後にしてカイトが話し出した。ユダさんに探りを入れたがどうやら白だったらしい。


「でも嘘をついたんじゃないの?」
「これでも結構な人間相手にして来たから何となく分かるんだ、あれは本当に知らないっていう顔だ」
「じゃあ一体だれがパイツェンをやったんだろう?」
「分からん。まあ依頼はすんでしまったし終わったことをいつまでも引っ張っても仕方ない。スッキリしないがこの話はここまでにしよう」
「そうだね」


 カイトの言葉に僕は頷いた。正直納得はしてないが僕がうだうだ考えてももう終わったことだ。報酬も貰えたしこの件についてはここまでにしよう。


(でもまさか教団が関わってくるとはな……)


 シェーフンを取り逃がしたのは痛かった、奴らの手掛りになったかもしれないのに……でも僕は切り替えていかないといけない。必ずレンを助け出すためにも…!



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side:??


「ご苦労様です、流石は銀……見事な手際ですね」
「……」


 東方人街のある路地裏で紫色の髪をした男性がパイツェンを殺した仮面の人物と話していた。彼の名はツァオ。黒月の一員でユダの部下でもある。


「しかし良かったのか?自分の上司に話さなくても?」
「彼の失態は既に長老たちは知っています、故にパイツェンの始末を貴方に頼んだんですよ。西風の旅団といえど保険は大事ですからね。まあユダさんも長くはないでしょう、既に上は見切りをつけてますからね」
「……自分の上司すら欺くか、恐ろしい男だ」
「ユダさんは嫌いではないですが所詮過去の栄光にしか縋れない男……いずれはこうなる運命だったんでしょう」
「喰えない男だ」
「合理的と言ってほしいですね。しかし西風の旅団か……あの子供たちを実際に見てどう思いましたか?」
「……今はまだそこまで脅威には感じない、だが……」
「だが?」
「……壁を乗り越えたらその時は更に強くなるかもしれんな」
「そうですか……ふふ、何故か分かりませんが彼らとは長い付き合いになりそうに思ったんです」
「……そうか」



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ーーー


sid;リィン


「お世話になりました」


 次の日の朝、僕たちはカルバート共和国を去る前にリーシャとジャムさんにお別れの挨拶をしに来ていた。


「もう行っちゃうアルカ?ここに永久就職してもいいんだヨ?」
「すみません、今は猟兵を辞める訳にはいかないんです」
「ん、悪いけど遠慮しとく。わたしはリィンを支えないといけないから」
「そうカ、残念アル……」


 ジャムさんは僕とフィーを勧誘していたがやっと諦めてくれた。申し訳ないがフィーが断るなら強制はできないよね。


「リィンさんもフィーさんもお元気で。また遊びに来てください」
「うん、必ず遊びに来るね」
「リーシャ、ジャム。バイバイ」
「あれ、リーシャちゃん、俺は?」
「ふふ、勿論カイトさんもです」
「だよなぁ!忘れられたんじゃないかって焦ったぜ!」
「あはは……」
「また来るといいネ、その時はバイトしてもらうけどネ」



 こうして僕たちのカルバートでの依頼は幕を閉じた。色々あったけど楽しかったよ。でもやっぱり気になる、パイツェンたちを殺した奴が。一体何者だったんだろう……












「リィンさん、今度会える時は敵じゃなきゃいいですね……」


 
 

 
後書き
 鉄道憲兵隊が結成したなどの設定はオリジナルです。因みにオリキャラのシャムはあの格闘ゲームに出てくる本人と同じだと思ってください。




――――― オリキャラ紹介 ―――――


『シェーフン』


 テロリスト集団『反移民政策主義』の幹部。だが実際は殺しが合法的に出来るので所属しているだけでテロの行為自体に意味は求めていない生粋の戦闘狂。あらゆる武器を操り多くの人間を殺してきた男でグノーシスを服薬している。


 キャラのイメージはケンガンアシュラの桐生刹那。


 
ーーー オリジナルクラフト ---



『エアリアル・ストライク』


 リィンとフィーのコンビクラフトその1。リィンの攻撃で浮かせた相手をフィーが空中で切り刻みリィンが飛び蹴りをしながら落下していく、そしてトドメに下からフィーが飛び上がり敵を切り裂く技。


 

 

第19話 決戦準備

side;リィン


「やあぁ!!」
「しっ、ふっ!」


 人が入らないほど深く静かな森に響くわたる金属音、それは僕とフィーがそれぞれの武器をぶつけて生まれる音だ。カルバート共和国での出来事から一年程が過ぎ僕とフィーは更なる強さを求めて修行に明け暮れていた。


「そこッ!!」


 僕の斬撃をかわしてフィーが素早く銃弾を放つ、僕は銃弾を刀で防ぎフィーの背後に回り込み攻撃を仕掛けた。だがフィーは紙一重でそれをかわして飛び上がる。


「クリアランス!!」


 フィーの双銃剣から放たれる無数の銃弾が僕に迫る。


「『孤影斬』!!」


 それに対し僕は扇状の斬撃を飛ばして銃弾を薙ぎ払った。


「やるね、でも……」


 地面に降り立ったフィーは双銃剣を交差させるようにかまえ―――――次の瞬間にはその姿が消えていた。


「ッ!?『時雨』!!」


 ガキィィン!


 咄嗟に突きを放ちフィーの攻撃を相殺した。フィーが使ったのは『スカッドリッパー』というクラフトでフィーが使うクラフトの中でも最速を誇る技だ。今の僕では完全にはとらえきれないので相殺できたのは運が良かったからだ。


「まだまだいくよ!」


 フィーの姿がまた消えて僕の体に強い衝撃が走る、何とか防御するがこのままではジリ貧だ。でもフィーの姿はとらえられない、俺は懐からスモークグレネードを取り出して近くに投げた。すると辺りを煙幕が覆い隠した。



「ん、流石に見えないか……」


 フィーは攻撃を一旦中断して後退し煙幕から脱出した。そして隙を与えないように注意深く僕の気配を探る。


「……そこ!!」


 そして近くの茂みに向かって銃弾を放つ、しかしそこには僕の姿はなく西風の旅団が着ている黒いジャケットだけが落ちていた。


「ジャケットだけ……じゃあリィンは……」
「ここだよ」


 僕はフィーの背後からポンッと刀の鞘を肩に当てた。


「今回は僕の勝ちだね」
「ん、負けちゃった」


 こうして僕とフィーの模擬戦は僕の勝ちで終わった。


ーーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー


「あー、疲れた」
「ん、夏は暑いし嫌い」


 模擬戦を終えた僕たちは近くの樹の根元に座り休憩を取っていた。季節はもう夏真っ盛りであり熱い日差しが降り注ぐ。
 西風の旅団で来ている黒いジャケットを脱いで半袖になった体は汗でべた付いている。


「ていうか暑いなら僕から離れればいいんじゃないか?」
「それは嫌」


 フィーは胡坐をかいている僕の膝にすっぽりと収まるように座っていた。正直汗まみれだから体が密着すると変な匂いがしないか気になってしまう。


「でも今の僕は汗を掻いてるから臭くないか?」
「全然。寧ろこの匂いが好き」


 フィーは僕の胸板に顔を埋めて匂いを嗅いでいる。正直恥ずかしいから止めてほしい。フィーの頭を撫でながら僕はつかの間の平穏を感じていた。


「でも最近はこうしてリィンとゆったりする時間がなかったから話せて嬉しい」
「そうだね、ここ最近仕事の依頼が増えてきたよね」


 最近の西風の旅団は休みがない、一応割り振りがあるから交代で依頼に向かってるが誰も依頼に行かない日は無い。
 護衛や戦争の介入、はたまたテロリストの相手など色々な依頼が毎日来ている。仕事があるのは嬉しいが僕たちに仕事が回ってくるという事はそれだけ今の大陸に戦乱が巻き起こっている事でもあるので複雑な気分だ。


「今度の依頼はカイトの部隊に入るんだよね」
「うん、紛争地帯への介入だったね」
「……リィンが帰ってきて猟兵のお仕事を一緒にするようになってもう一年以上が立つんだね」


 一年以上か……教団に連れ去られるまでは唯家族を守れる力が欲しかった、でも今はそれに加えてレンという大切な存在も救うという目的もある。なのに一年たっても彼女の足取りはつかめない。


「……レンって女の子のこと考えてるの?」
「えっ、どうしてそれを……」
「隠しても駄目、リィンってわたしの前だと直に顔に出るから分かる」
「ええ……」


 そんな癖があったなんて……猟兵としては良くないぞこの癖は。


「……見つかるといいね」
「ああ、その為にはもっと色んな所に行って情報を集めないといけない。もっと気合を入れないとな」
「わたしも気合を入れる。リィンを助けてくれた子にお礼が言いたいから」
「そうだな、レンもフィーを気に入ると思うよ」
「ん、楽しみ」


 フィーの頭を撫でながら話していると遠くからゼノがやってきた。


「お二人さん、訓練は終わったんか?」
「あ、ゼノ。うん、今ひと段落したところだよ」
「そりゃ丁度ええわ、団長が二人を呼んでたで」
「団長が?分かった、直に向かうよ」


 僕たちはゼノにお礼を言って団長の元に向かった。


 団長の部屋の前に立ちノックをする。


「団長、リィンです。フィーと一緒に来ました」
「来たか、中に入ってくれ」
「失礼します」


 団長の部屋に入ると団長は何やら手紙のようなものを呼んでいた。


「訓練中に悪いな」
「いえひと段落したところだったので大丈夫です、所で僕たちを呼んだのは何故でしょうか、新しい依頼が入ったんですか?」
「いやそうじゃないがお前にとって重要な話がある」
「僕にとって……ですか?」


 僕にとって重要……まさか!


「教団に関することですか?」


 僕がそう言うと団長は首をコクンと下げた。


「ああ、俺たちがクロスベル警察……正しくはセルゲイの旦那たちに協力して教団について探っていたのはお前らも知ってるだろう?その教団が関わっている施設のほぼ全てが割り出せた」
「ほ、本当ですか!?」


 僕は思わず声を荒げてしまう。今までその正体すらあやうやだった教団の関係している施設を割り出したことに驚いたからだ。


「教団の被害は最早ほうっておけない程の規模になっている。普段いがみ合っている国同士すらも協力して奴らの本拠地を探っていたんだがようやく見つけ出すことが出来たぜ」
「それじゃあ……」
「D∴G教団を倒す時が来たんだよ」


 僕はその言葉を聞いてようやくレンを見つける事が出来ると歓喜した。


「一週間後にクロスベル警察署で各国の遊撃士や軍関係者たちが集まって教団についての会議を行うんだが俺もそれに呼ばれている。お前も来るだろう?」
「はい、勿論です!」
「わたしも一緒に行くよ、いいよね団長?」
「ああ、リィンの傍にいてやれ」
「うん」


 ようやく教団の尻尾を掴めたんだ、待っていてくれ、レン!



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 あれから一週間が過ぎ僕は団長とフィーと共にクロスベルに来ていた。マリアナ姉さんたちはいざという時に動けるようにアジトで待機している。


「変わらないな、この街も……」


 数年ぶりにここに来たがそこまで大きな変化は見えなかった。でもいつまでも懐かしんでいる訳にも行かない、気持ちを切り替えて僕たちは警察署に向かった。



 --- クロスベル警察署 ---



「ルトガー!それにリィンや西風の皆も!久しぶりだな!」


 警察署の前にいたのはガイさんとアリオスさんだった。ガイさんは前に会った時と変わらない爽やかな笑みを浮かべながら此方に駆け寄ってきた。


「久しぶりだなガイ、元気そうで何よりだよ」
「ルトガーさんこそ元気そうで安心したよ、こうしてまた会えて嬉しいよ」


 団長とガイさんはガッチリと握手を交わして互いの肩をたたき合う。知らない人が見ればこんな中よさそうにしている二人が猟兵と警察官だとは思いもしないだろう。


「リィンも久しぶりだな。家族と過ごす時間はどうだ?」
「お久しぶりですガイさん。はい、とても素晴らしい物だと実感しました。これも皆さんのお陰です」
「良かったな、家族はどんな奴にとっても大切な物だ。今の時間を大事にするんだぞ」
「はい!」


 ガイさんは大きな腕で僕の頭を撫でる、その手は逞しくも優しくてまるで団長の手みたいだ。僕は団長やガイさん、アリオスさんやユンさんのような大人になりたいな。


「リィン、久しいな。前にあった時より身に纏う闘気が強くなっているぞ」
「本当ですか!ありがとうございます」


 アリオスさんのような達人にそう言ってもらえるなんて凄く嬉しい。


「ガイ、再会を喜びたいのは分かるがそろそろ時間だ」
「ああ、そうか。ルトガーさん、各国の遊撃士や軍の代表などは既に集まっている。猟兵は貴方だけだが快く思わない奴もいるかもしれない」
「まあ覚悟はしてるさ」
「そうか、こんな事を聞くのは野暮だったな。それじゃ案内するからついてきてくれ」
「分かった」


 団長とガイさんが歩きだし僕とフィーも後に続こうとしたがアリオスさんに止められた。


「すまない、ここから先はルトガー殿しか行けないんだ」
「そんな、僕は実際の被害者なんですよ!」
「分かっている。だが頭の固い連中がいてな、スパイが入ると不味いから人数は少なくしろとの事だ。それにさっきもガイが言ったが猟兵嫌いの連中も多い、ルトガー殿を参加させる事を話したら大反対されてしまったんだ。セルゲイさんが何とか話を付けて納得してもらった」
「………」
「納得いかないのは分かる。だがお前が前にくれた情報は必ず会議で役に立つ、どうかこの場は引いてくれないか?」
「……分かりました」


 僕はアリオスさんの言葉に頷いた。正直納得できてはいないが猟兵という立場もあるし自分の我儘で会議を遅らせる訳にもいかない。


「リィン、本来ならお前も参加させたかったが……」
「気にしないでください、会議の事はお願いします」
「分かった、お前の分までしっかりと参加してくる」


 でも時間が開いちゃったな、どうしようか?


「リィン、もしよかったらロイドとセシルに会いに行ってくれないか?二人ともリィンに会いたがっていたしどうだ?」
「本当ですか?確かに最近会いに行ってないし……分かりました、僕も二人に会いたいしそうさせて頂きます」
「私も行っていい?」
「勿論だ、フィーもロイドの友達になってやってくれ」
「うん」


 僕は会議の事を団長に任せてフィーと共にベルハイムに向かった。





side:ルトガー


 リィン達と別れた後俺はガイたちに案内されて会議が行われる部屋の前にいた。


「ここが会議が行われる部屋だ。心の準備はいいか?」
「ああ、大丈夫だ」
「そうか、なら行くぞ。失礼する」


 ガイにそういって俺たちは中に入る。部屋の中には俺が良く知る各国の遊撃士や軍のお偉いさんがズラリと並んでいた。


「「「……」」」


 おおう、俺が入った瞬間あらゆる視線が降りかかってきた。困惑や興味の含んだ視線、そして一番強いのが……


(歓迎されるとは思わなかったが敵意が強いな)


 チラホラと俺に向けられる敵意を含んだ視線を浴びながら俺は指定された席に座る。


「全員がそろったところで、会談の前提条件をひとつ。ここにいる者たちは普段はいがみ合っていたり快く思っていないものもそろっている。だが今はそういった柵を取り払いひとつの敵を討つ為に団結することを誓えるか?誓えるなら挙手を」


 セルゲイの旦那がそう言うと何人かが手を上げる、無論俺も手を上げた。


「……やはり我慢ならん!!」


 すると奥の方に座っていたある国の軍人の一人が立ち上がった。


「どうなされました?」
「なぜこの会議に猟兵が紛れている!猟兵など信用ならんだろうに!」


 その軍人は俺を指さしてそう怒鳴る、やっぱりそういう風に思う人がいたか。


「そうだ、猟兵なんて汚らしい奴らなど信用できるか!!」
「そいつも教団のスパイなんじゃないのか!!」


 それに便乗するように他の遊撃士や軍人が騒ぎ出した。


「くっ、頭の固い連中が……今はそんなことをしている場合じゃないだろう」
「だがこれでは会議が始められないな……」


 アリオスとガイの言う通りこのままでは会議どころではない。俺は立ち上がり騒いでいる軍人の前に立つ。


「な、何だ。何をする気だ」


 軍人は俺を警戒するが俺はその軍人の前で土下座をした。


「頼む、どうか俺も会議に参加させてほしい」
「猟兵王と呼ばれた男が土下座を……!?」


 この場にいる全員が俺の行動に驚いていた。俺は構わず話を続ける。


「俺には息子がいる、血は繋がってねえが大事な存在だ。その子は教団に連れ去られて人体実験に利用されたんだ。奇跡的に生きて帰ってきてくれたが大事な息子を守ってやれなかったんだ……」
「……」
「奴らは今も罪もねえ子供誘拐して命を奪ってやがる、俺はそれが許せねえ!猟兵が何言ってんだって思うかも知れねえがそれでも俺は親なんだ!息子を傷つけた連中をほうっておけねえんだ!だから頼む、今だけは俺も一緒に戦わせてくれ!」


 俺は必死の思いで頭を下げる。さっきまで騒いでいた軍人は何も言わずに俺を見ていた。


「俺は彼の参加に賛成したいと思います」


 すると離れた場所に座っていた男性が話し出した、俺はその人物を見て驚いた。


「アンタは……カシウス・ブライト!」


 カシウス・ブライト。リベール王国出身の遊撃士であり大陸に数えるほどしかいないと言われる剣聖の一人。
 そしてかの『百日戦役』でエレボニア帝国の大軍に劣勢だったリベール王国を飛行艇を使った作戦で帝国に大打撃を与え最終的に国を守り切ったリベールの切り札とまで言われた男だ。


(名前は知っていたが実際に会ってみるとトンでもねえ覇気だな……)


 見た目の優しそうな雰囲気からは想像もできないような覇気を纏ってやがる、底が見えねえぞ。


「カシウスさん、何故遊撃士の貴方が猟兵である彼を?」
「確かに俺は遊撃士で彼は猟兵、本来なら交わることはない関係です。ですが俺も彼と同じ一人の親です、だからこそ彼の悔しさがよく分かります。この場におられる皆さんにも子供を持つ方が大勢おられると思います。そんな宝物を私欲で奪っていく教団を許せる訳がない。彼も我々の同士だと感じたからです」


 カシウス・ブライトの言葉に全員が静まり返る、自分の子供が教団によって奪われていく。それを想像してしまったんだろう。


「……ルトガー殿、無礼を許していただきたい」


 するとさっきまで騒いでいた軍人が頭を下げた。


「今我々は立場や因縁に捕らわれている場合ではないというのに私は私情を挟んでしまった。こうしている間にも教団の魔の手が何の罪もない子供たちに向けられている。どうか我々と一緒に戦ってくれないだろうか?」
「あ、ああ!勿論だ。よろしく頼む」


 さっきまでの険悪な雰囲気が嘘のように静まっていた。これもカシウスさんのお陰だな。


「カシウスの旦那、助け船を出してくれたこと、感謝する。ありがとう」
「気にしないでくれ、さっきも言ったが俺も娘がいる。その子の為にも教団はほうっておけない存在だ。共に奴らと戦おう」
「ああ、任せてくれ。カシウスの旦那!」


 俺はカシウスの旦那と握手をかわした。


「……どうやら話はまとまったようですな、ならば改めて聞きます。ここにいる者たちは普段はいがみ合っていたり快く思っていないものもそろっている。だが今はそういった柵を取り払いひとつの敵を討つ為に団結することを誓えるか?誓えるなら挙手を」


 セルゲイの旦那の言葉に全員が挙手をする。


「分かりました、それではこれよりD∴G教団壊滅作戦の会議に入ります」


 いよいよだな、待っていろよリィン。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー




side:リィン


 団長と別れた僕たちはロイド達が住んでいるベルハイムに向かっていた。ロイドに会うのは久しぶりだけど元気にしてるかな?


 僕はロイドとガイさんが暮らしている部屋のドアをノックする。


「はい、どちら様でしょうか?」


 ドアから顔を出したのはロイドだった。数年前より少し大きくなっていたが顔つきはそんなに変わってなかった。


「ロイド、久しぶり」
「リィン!リィンじゃないか!久しぶりだな!」


 僕はロイドと握手をして再開を喜んだ。


「元気そうで安心したよ、最近は会いに来れなくてごめんね」
「別に気にしてないさ。しかしリィンは変わらないな、背も小さいままだし」
「あはは……ロイドは大きくなったね、羨ましいよ」
「所でいきなり来てびっくりしたよ、クロスベルには何か用事で来たのか?」
「うん、ちょっと野暮用でね」
「へえ~、あ、そうだ!今日は姉さんが病院の仕事が非番で家にいるんだ、今呼んでくるね」


 ロイドはそういって部屋から出て行きセシルさん達が住んでいる部屋に向かった。


「凄い元気な子だね」
「うん、久しぶりに会えたけど元気そうで何よりだよ」


 フィーとそう話していると奥の部屋からロイドがセシルさんを連れてきた。


「リィン!久しぶりね!」
「むぎゅっ」


 セシルさんは僕の顔を見た瞬間ガバッと抱き着いてきた。


「セ、セシルさん……久しぶりです」
「もうそんな固い言い方じゃなくてお姉ちゃんって呼んで」
「流石に恥ずかしいです……」


 尚も力を強めて抱きしめてくるセシルさん、嬉しいですが息が苦しいです。因みにその光景を見てフィーは目からハイライトが消えて自分の胸を見ていた。


「セシルさん、そろそろ苦しいです」
「あ、ごめんなさい。久しぶりに会えてつい嬉しくて……」


 セシルさんが手を離してくれたので僕は解放された、はぁはぁ……胸で窒息するかと思ったよ。


「セシルさん、マイルズさんたちはいますか?」
「お母さんは用事でいないしお父さんは仕事だから図書館の方にいるわ。今日は私とロイドしかいなかったから……そうだ、部屋にあがって、お茶くらいは出しますわ」
「じゃあお言葉に甘えて…」
「お邪魔します」


 僕とフィーはセシルさん達が暮らす部屋の中に入る、ここの風景も久しぶりに見たな。


「はいどうぞ」
「ありがとうございます」


 セシルさんがくれた飲み物を受け取りお礼を言う、するとセシルさんの視線がフィーに映った。


「ねえリィン、その女の子って貴方の妹さんよね?前にちょろっとだけ見たから気になっていたの」
「はい、義妹のフィーです。ほら、挨拶して」
「……フィー・クラウゼル、宜しく」


 うーん、前にちょっとだけ会ったはずなんだけどやっぱり家族以外には少し壁を作ってしまうか。フィーの人見知りはまだ直りそうもないな。


「……」
「……何か?」


 セシルさんはジーッとフィーを見つめている、何か思う事があるのか?


「……可愛いっ!!」
「ふえっ!?」


 そんなことを思っていたらセシルさんがフィーをガバッと抱きしめた。フィーも反応できないほど正確で速い動きだった、セシルさん恐るべし……


「可愛い!まるでお人形さんみたい!ねえねえフィーちゃん、私可愛いお洋服いっぱい持ってるの、良かったら来てみない?」
「え、その……」
「うんうん着てみたいよね。それじゃあお姉さんのお部屋に行きましょう!いっぱい可愛くしてあげるからね!」
「あ、リィン、助け……」
「それじゃあ行きましょう!」


 フィーは僕に助けを求めてきたがあっという間にセシルさんに連れられて奥の部屋に入っていった。


「セシル姉、よっぽどフィーが気に入ったんだな、ありゃ当分帰ってこないぞ」
「相変わらず凄い人だな、セシルさんは……」


 フィーはその後団長とガイさんが帰ってくるまで着せ替えをさせられていた。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「ふう、星空が綺麗だな……」


 僕はベルハイムの外で星空を見ていた。あれから団長たちが帰ってきてガイさんたちのご厚意で一晩泊めてもらうことになった。
 ロイドやセシルさんはもう既に眠っている、因みにフィーはセシルさんに連れられて同じベットで寝ている。二人とも仲良くなったようで僕は嬉しい。



「……5日後か」


 団長に会議の内容を聞いたが5日後にD∴G教団に関係している施設全てを一斉に襲撃して一網打尽にする事に決定したらしい。少しでも時間を与えれば逃げられてしまう恐れがあったので5日後の午前1時に一斉に攻め入り逃げる隙も与えないようにするためこの作戦が選ばれたそうだ。


「いよいよか……」


 等々奴らとの因縁に決着をつけるときが来たな、思えば長い時間が過ぎたものだ。


「やってやる。必ずレンを助けてもう二度と何の罪も無い子供の命が奪われるなんてふざけた事をさせないためにも……!!」


 僕は刀を抜き自分自身に誓った。


 

 

第20話 D∴G教団壊滅作戦 前編

 
前書き
遅くなってしまい申し訳ございません。スランプ気味でしたが閃の軌跡Ⅲの発売が近づいてきたのでモチベーションが上がって何とか仕上げられました。 

 
side:リィン


 会議から5日が立ちいよいよD∴G教団壊滅作戦が開始されようとしていた。僕は団長とフィー、そしてガイさん達クロスベル警察署のチームでカルバート共和国の最西端にある港湾都市『アルタイル』郊外の森の中にある洞窟の前に集まっていた。あの中に奴らのロッジの一つがあるらしい。


「いよいよか……」


 僕は無意識にそう呟いていた。あそこにレンがいるとは限らないが今回の作戦でD∴G教団を壊滅出来ればもうあんな悲劇は起きなくて済むんだ、今日で決着を付けないと……


「おいおい、あんま気張りすぎるとかえって失敗しちまうぞ」


 僕の傍にいた団長がポンッと僕の頭を撫でる。


「団長……」
「気持ちは分かるぜ。俺も早くあいつらをぶちのめしてやりたいからな。でも焦りは禁物だ、足元をすくわれちまう」
「うん、分かったよ」


 僕は団長の言う通り心を落ち着かせる。ここで自分がやられてしまったら何の意味もない、レンに会う為にも生きぬかないとね。


「他の皆は大丈夫かな?」


 僕の隣にいるフィーがそう呟いた。ゼノ達は他の場所にあるロッジに向かった。D∴G教団のロッジが多すぎるため集まった遊撃隊だけでは手が回らないらしく団の皆もバラバラになって動いている。


「あいつらは大丈夫さ、あれでもプロだからな。感情のコントロールはお手の物さ」
「ううん、そうじゃなくて他の人たちとちゃんと連携が取れるのかなって……私たちは猟兵だから快く思わない人もいるんじゃないかな?」
「ああ、それなら大丈夫だ。カシウスの旦那のお蔭で今回ばかりはそういった柵は無くなった。よっぽどのバカじゃなきゃ俺たちに何かしようなんて思う奴はいないさ」


 カシウス・ブライト……大陸に数えるほどしかいないs級遊撃士でありリベールの英雄とも呼ばれる男……団長の話では彼が取り持ってくれたお蔭で僕たちも作戦に参加できるようになったらしい。


「カシウス・ブライト……一度会ってお礼が言いたいな……」
「おう、あんな大きな男は滅多にいねえ。キチンとお礼を言っときな」
「うん」


 団長と話していると僕の後ろにいたアリオスさんが声をかけてくる。


「そろそろ時間だ」


 アリオスさんの言葉を聞いて僕は気を引き締めた。いよいよ始まるんだ、教団との戦いが……思えばこの数年は子供ながらに長く感じた……何度も絶望を味わったけど沢山の人に助けられて今ここにいる。


「リィン」
「フィー?」


 隣にいたフィーがそっと僕の手を握ってきた。


「貴方の隣でわたしは戦う、最後まで一緒だよ」
「ああ、一緒に戦おう、フィー!」


 僕はフィーの手を握り返してそう答えた。


「……時間だ、行くぞ!」


 アリオスさんの言葉と同時に僕たちは駆け出した。


「ん……あれは……!!し、侵入者だ!」
「何だと!?改造魔獣を出せ!」


 僕たちを見つけたD∴G教団の戦闘員がそう叫ぶが次の瞬間団長の持つ刀の斬撃で吹き飛ばされていた。


「作戦通りに俺とガイで生き残っている子供たちを探す、アリオスたちは戦闘員の無力化を頼むぞ!」
「了解した!」


 セルゲイさんとガイさんが生き残った子供たちを探しに向かう、僕たちはその場に残り戦闘員や改造された魔獣と戦う。


「これが話にあった改造魔獣か。奴らめ、使えるものは何でも兵器にするつもりか?」
「関係ねえ!邪魔する奴はぶっ飛ばすだけだ!」


 団長とアリオスさんの斬撃が次々と戦闘員を無力化して魔獣だけを切り裂いていく。あれで戦闘員は生きてるんだから二人の力量に改めて驚いた。


「フィー、僕たちも行くよ!」
「了解!」


 僕もフィーと協力しながら戦闘員や魔獣と戦っていく。僕の斬撃が一体の魔獣を真っ二つにして背後から襲ってきた戦闘員をフィーが蹴りとばし、フィーの横から襲ってきた魔獣を僕が殴って怯ませた隙にフィーが双銃剣で打ち抜いた。


「何て奴らだ……!」
「あそこに誘い込むぞ!」


 戦っていた戦闘員たちが僕たちから逃げようとする。一人も逃がす訳には行かないので僕たちも追いかける。しばらく進むと広い空間に出た。


「ここは一本道になっているのか。左右は穴で底が見えんな」
「気を付けろ、こういう地形こそ何か罠があるもんだ」


 団長の指示通り辺りを警戒しながら一歩ずつ前に進んでいく。


「ククク……皆仲良く奈落に消えろ!」


 カチッ……ドガァァァァァンッ!!!


 僕たちが歩いていた橋が急に崩れだしたので僕はフィーを抱えて後ろに飛んだ。何とか落ちずにはすんだけど団長達と引き離されてしまった。



「爆弾が仕掛けてあったか!」
「リィン、フィー!大丈夫か?」
「僕たちは平気です。でも分担されてしまいました」
「ん、どうしようか……」


 僕たちがそう考えていると背後に気配を感じた。振り向くと巨大な鎌のような両腕を持った獣のような魔獣が立っていた。


「考えている暇は無いみたいだね」
「そうだね。……団長!!二人は先に進んでください!マゴマゴしていたら他の奴らに逃げられてしまいます!」
「だが……」
「大丈夫です、今の僕にはフィーがいますから」
「……分かった、必ず生き残れよ!」


 団長とアリオスさんが先に向かうのを見届けて僕は魔獣に振り替える。


「フィー、見た感じこいつは強い。一人じゃ勝てないかも知れない。でも……」
「分かってる、二人でなら戦えるよ」
「ああ、行くぞフィー!」
「了解!」


 魔獣は見た感じゴーディシュナーと前に戦ったエルダーマンティスを掛け合わせたような見た目をしている。ゴーディシュナーのパワーにエルダーマンティスの俊敏性が加わったと考えると厄介な相手だぞ。


「ガァァァァァ!!」


 魔獣は雄たけびを上げながら両腕の鎌を振り下ろしてくる。僕は刀を使って魔獣の攻撃を受け流して脇腹を斬った。


「リィン!」
「よし来た!」


 フィーが僕の肩を踏み台にして跳躍し怯んだ魔獣目がけて銃弾を放つ。魔獣は腕を組んで防御するがその隙に背後に回り込んで斬りつけた。


「グガァァァァ!!」


 魔獣が痛みで鎌を滅茶苦茶に降ってくるが後ろに下がってかわす。するとフィーが一旦溜めの動作に入り動きを止める。


「『スカッドリッパー』!」


 直後フィーの姿が消えて魔獣の片腕の鎌が斬られて宙を舞っていた。フィーの得意技スカッドリッパーだ。前よりも威力と速度が上がっている。


「これで終わりだ、『孤影斬』!」


 僕は三日月型の斬撃を魔獣目がけて放つ。魔獣はもう片方の鎌で防ごうとしたが鎌ごと真っ二つにされて消えて行った。


「やったね、リィン」
「フィーのアシストのお蔭さ。前よりも強くなっていて驚いたよ」
「えへへ……」


 フィーの頭を撫でながら僕は来ていた道を見る。


「ここはもう通れないし、一度戻って別の道を探そう」
「ん、了解」


 撫でられて可愛らしい笑みを浮かべていたフィーは直に仕事をこなす時の表情に切り替える。この切り替えの速さは見習わないといけないな。


「どうかしたの?」
「いや、何でもないよ。それよりも先を行こう」


 僕たちは来た道を戻り別の道を探した。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



side:ルトガー


 俺とアリオスはアルタイルロッジの奥を目指して走っていた。道中にいた戦闘員たちはあらかた無力化した、残るは此処を仕切る幹部だけだ。


「ルトガー殿、本当に良かったのか?二人を残してきて……」
「……本当は心配だ。だがリィンの言う通りここで教団の奴らを逃せばまた同じ悲劇が起きちまう、だから確実にこの場で奴らを捕らえる。それにフィーが一緒ならあいつは大丈夫だ」
「……そうか、なら遠慮なく戦うとしよう」


 アリオスはそう言って更に走る速度を上げたので俺もその跡を追う。しばらく走っていると前に通った一本道の部屋より大きな空間が広がる場所についた。


「ここが最深部か?幹部らしき奴は見当たらないが……」
「油断はするな、何があるか分からないからな」


 辺りを注意深く見ていると突然頭上から殺気を感じ俺はアリオスに叫んだ。


「アリオス、上だ!」
「ッ!?」


 俺たちは左右に飛んでその場を離れる、すると次の瞬間俺たちがいた場所が大きく陥没した。


「何が起きた、アーツか?」
「いや、アーツじゃない。目に見えないが何かそこにいるぞ!」


 砂煙が薄れていき陥没した場所を警戒しながら見ていると徐々に何かが空間から浮き出てきた。


「何だこいつは……?」


 空間から出てきたのは長く穴の開いた両腕に四角い箱のような顔、そして胴体から下には足がなく丸い球体のようなものがついた生物には見えない機械仕掛けのような生き物だった。


「こりゃ改造された魔物なのか?しかしこれは……」
「うふふ、私の作品はお気に召してくれたかしら」


 背後から声が聞こえ俺たちが振り返ると教団のローブを着た女性が立っていた。


「お前がここのトップか?」
「ええ、私はイルメダ。このロッジの責任者であり科学者でもあるの」
「なら話は早い、俺たちに素直に捕まるか痛い目に合って捕まるかさっさと選べ」
「あらあら、せっかちな男は嫌われるわよ?」
「悪いが今日はマジだ。女だろうと容赦はしねえ」


 俺は刀をイルメダに突きつけてそう脅した。


「馬鹿な男ね。貴方たちに下る訳なんてないでしょう。私は教団に……いやあの方に身も心も捧げたんだから」
「なら力づくでやるだけだ」
「子供たちの居場所も吐いてもらうぞ」


 俺たちがそう言うとイルメダは可笑しそうに笑いだした。


「何が可笑しい?」
「いいえ、もう死んでしまってるゴミたちに随分と熱心なんだと思ってね?」
「何だと?貴様まさか……!」
「ええ、生き残り何ていないわよ。皆私が実験材料にしちゃったもの」


 イルメダは全く悪びれた様子もなくさも当然のようにそう話した。救えないクズな奴だ。



「外道め……ならばここで引導を渡してやる!」
「うふふ、風の剣聖に猟兵王……私の最高傑作のテスト相手に相応しいわ!さあやってしまいなさい、『ナイトメア』!!」


 イルメダがそう叫ぶと先程から静止していた生き物がゆっくりと動き出した。なるほど、この訳の分からん生き物はこいつが作ったって訳か。


「うふふ、どうかしら。錬金術と科学の技術を融合して生み出した作品は?」
「こんなガラクタ直にスクラップにしてやるよ」
「悪夢か……ならお前自身に悪夢を見せてやろう」


 俺とアリオスは刀を抜いてナイトメアに切りかかった。




 
 

 
後書き
ーーー オリジナル魔獣紹介 ---


『ゴーディスラッシャー』


 ゴリラのような体格と鋭い鎌を両腕に持った改造魔獣。その体格に似合わないスピードで敵を翻弄して、鋭い鎌で敵の息の根を止める。 

 

第21話 D∴G教団壊滅作戦 中編

 
前書き
 アーツについて一部独自設定を入れました。 

 
side:ルトガー


「行くぞ!」


 俺は刀を構えて魔獣ナイトメアに突っ込んでいく。魔獣は手の空いた穴をこちらに向けてくる。するとその穴から熱線のようなものが繰り出された。


「その穴はその為に開いてるのかよ、だが遅い!」


 熱線の速度は大したことはなく即座に反応してかわしていく、そして跳躍して魔獣を斬りつける。


「か、固ってえ!?」


 だが魔獣の体は鉄よりも固く傷をつける位しか効いてなかった。痺れた手を振っていると魔獣が大きな巨体で体当たりしてきた。


「おっと、危ねえな」


 だがそこまで早くはなく楽にかわして今度は背中を切り裂いた。魔獣がこちらに気を取られている内にアリオスが刀を抜き跳躍する。


「二ノ型『疾風』!!」


 アリオスの姿が消えた瞬間魔獣を斬撃が襲った、そして立て続けに魔獣を切り裂いていく。あれが八葉一刀流の奥義か、凄まじい威力だな。あの固い体にダメージを与えているじゃないか。


「やるじゃないか、アリオス!」
「この程度は造作もない、しかし中々に固いな」


 攻撃を中断したアリオスは俺の方に下がってきた。あれだけ切っても魔獣はまだ生きている。


「ルトガー殿、俺が囮になるからお前が一撃を奴に与えてくれ。破壊力はお前の方がありそうだからな」
「そういうのなら得意だぜ、任せておけ!」


 俺とアリオスは一斉に魔獣に向かっていく。作戦通りアリオスが魔獣に攻撃をしながら気を逸らしていく、そして魔獣が巨体を使ってアリオスを押しつぶそうとしたがアリオスはそれを難なくかわした。


「今だ!」


 俺はアリオスの言葉に頷いて大きく跳躍して刀を上段に構える、そして勢いよく振り下ろした。


「おりゃあぁぁぁぁあああっ!!」


 ズガアアァァァァアアアンッッ!!


 渾身の一撃が魔獣の背中に当たり大きな衝撃が響く。魔獣の体には罅が入り緑色の液体が血のように流れている。正直グロいぜ。


 だが俺はこんなのは子供だましだったと後に気づくことになる。魔獣の顔にも罅が入っていきボロボロと崩れ落ちた。


「な、なんだこりゃあ!?」
「……ッ!」


 魔獣の顔が壊れて中から出てきたのは……人間の顔だった。それもいくつもの人間の顔が寄せ集まったようなものだ。流石に俺も思わず声を失った。


「何とも不気味な……」


 イルメダがそう言うと魔獣の下半身についていた球体が光りだした。


「何だ?奴の下半身が光りだしたぞ?」


 光が止んだ瞬間地面が激しく揺れだし亀裂が走っていく。俺とアリアスが素早くその場を離れると大きな爆発が起こる。


「今のはアーツ『グランドプレス』か!?」


 奴が使ったのは『アーツ』と呼ばれる導力魔法の事だ。導力というのは七耀石と呼ばれる鉱石から生み出されるエネルギーの事でこの世界には欠かせない存在だ。


 戦術オーブメントは導力器を使い内部にため込まれた導力を媒体にして使用者の肉体とシンクロし魔法現象の展開プロセス構築を代行する……言ってる俺もよく分からんが簡単に言えば凄い魔法を使うことが出来るって事だ。
 

裏ルートで非売品や訳アリの物が流れてくることもあり、俺達も自分様にカスタマイズした戦術オーブメントを持っている。


「キュァァアアアッ!!」


 魔獣が方向をあげて下半身の機械が光りだす、すると今度は足元から土で出来た刃が飛び出した。


「今度は『アースランス』か、あの機械は巨大な戦術オーブメントってことか!」
「なら攻撃後の力を溜めているときがチャンスという訳だな」


 なら話は速いぜ。俺は奴が放つ熱線をかわしながらアーツの攻撃を待つ事にした。アーツは強力だが発動までに時間がかかる、強力なアーツなら更にな。アリオスは奴に大技を使わせてその後の隙を狙う作戦に出たわけだ。


「コオォォオォオッ!!」


 そう言っている内に魔獣は力を溜めだした。そして上から炎の塊がいくつも降ってくる。


「『ヴォルカンレイン』か、アリオス!俺があれを防ぐからお前は突っ込め!」
「分かった!」


 俺は双剣銃を出して炎の塊を打ち抜いていく、そしてその隙にアリオスが切りかかっていく。


「これで終わりだ!」


 アリオスが振るった刀が魔獣に当たる……その時だった!


 ガキンッ!!


 魔獣に攻撃が当たる瞬間アリオスの攻撃が弾かれた。あれは『アダマスシールド』か!?馬鹿な、そんな高位アーツをあの一瞬に出せる訳がない。でも奴は実際にやってのけた、どういう事なんだ?


 攻撃が弾かれたアリオス目がけて魔獣は巨大な水の塊を放つ、あれは『ハイドロカノン』か!アリオスは刀を盾にして防ぐが大きく吹き飛ばされてしまった。


「ぐうッ!」


 着地は出来たがアリオスは体制を崩してしまう、そこに追い打ちをかけるように魔獣から稲妻の光線がアリオスに放たれる。


「アリオス!」


 俺はアリオスに前に立ち『ジャッジメントボルト』を刀で打ち消した。


「大丈夫か、アリアス」
「ああ、すまない、助かった。だが奴は何だ?あれ程の高位アーツを瞬時に使いこなすとは……」
「噂でアーツを瞬時に使いこなす男がいるってのを聞いたことがあるがそれ以上だぞ」
「うふふ、驚いてるようね」


 突然イルメダが話しかけてくる。


「何だいきなり、気が散るから黙っていろ」
「貴方たちはアーツというのはどうやって放たれるか分かるかしら?」
「……」
「無視は酷いわね、まあいいわ。アーツというのは戦術オーブメント内に蓄積された導力を媒体にして使用者の肉体とシンクロし魔法現象の展開プロセス構築を代行して起こす現象……簡単に言えば使用者の精神力によってアーツの威力や発動までの時間が決められるのよ。高位アーツになればなるほど時間がかかるのは精神力を大きく消耗するため、だから人間一人では限界があるの」
「おい、何が言いたい?」
「だから私は思ったの、アーツを効率よく使う為には沢山の肉体があればいいんだって……だから私は作った、子供を使ってね」
「人間の子供だと……!?」


 俺はこの魔獣が人間で作られたことを理解してしまった。


「貴様……子供たちを魔獣にしたのか!」
「あら、流石は警察官、理解が早いのね。ええそうよ、このナイトメアは実験で廃人になった子供を再利用して作られた生物兵器、機械の頑丈な体に生物の柔軟な動きを取り入れた私の最高傑作よ」
「ふざけんじゃねえ!てめえには良心ってもんがねえのかよ!」
「廃人になって死んだも当然の子供を有効に使ってあげたのよ?この子の元となった子供達も喜んでるわよ」


 アリオスの質問に嬉しそうに説明する外道女、しまいには子供たちを有効に使った?こんな姿にされて喜んでるだと?こんなの……子供もその親たちも報われねえじゃねえか!!


「てめえは絶対許さん、死なないレベルでボコボコにしてやる……!」
「俺も娘がいる……だからこそお前を許せん!子を奪われた親たちの怒りを思い知らせてやろう!!」


 俺とアリオスは怒りの表情を浮かべながらイルメダを睨みつけた。


「そんな本気で切れちゃって馬鹿みたい。まあ貴方たちがどれだけ怒ろうとナイトメアには勝てないわ。殺りなさい、ナイトメア!」


 イルメダが叫ぶと魔獣は再びアーツの体制になる、俺たちは攻撃を放つがアダマスシールドに防がれてしまう。


「キュアアァァアァァッ!」


 魔獣が叫ぶと上空に巨大な魔方陣が現れて更にそこから巨大な腕が現れた、あれはまさか『クラウ・ソラリオン』か!?


「まずい、こんなところであんなもん撃たれたらこのロッジが吹っ飛ぶぞ!?」


 だが時は既に遅く、巨大な腕から光線が放たれた。


「クソッタレが!!」


 俺とアリオスは光線を刀で受け止めるがすさまじい衝撃に思わず膝をついてしまった。


「くそ。何て威力だ……!」
「これでは動けんぞ……!」


 何とか奴に反撃をしたいところだが光線の威力が高くて身動きが取れなくなっちまった。


「あはは、大口を叩いた割りには無様ね。さあナイトメア、トドメを刺しなさい!」


 イルメダがそう命令すると光線の威力が更に上がった、このままじゃ不味いぞ……!


「さあ、これで終わりよ!」












「そうはさせないぞ!」


 突然何者かの声が聞こえる。だが俺には分かるぞ、この声は間違いない!アイツだ!



「フィー、行くよ!」
「了解!!」


 俺たちがいる空間の上にある高台から俺の息子たち、リィンとフィーが飛び降りて魔獣に攻撃を放つ。


「何、新手!?」


 イルメダが突然の乱入者に慌てる、それと同時に魔獣が攻撃された為か光線の勢いが弱まった。


「ルトガー殿、今だ!」
「応よ!」


 俺とアリオスは力を合わせて巨大な斬撃を放ち巨大な腕を真っ二つにした。


「ぐっ、しまった!ナイトメア!奴らに攻撃を……」
「させん、『紅葉切り』!!」


 魔獣がアーツを発動させる前に、アリオスが魔獣を切り裂き強制的にアーツを解除した。


「ルトガー殿、やれ!」
「任せろ!」


 俺は魔獣目がけて大きく跳躍した。すまねえな、俺にはお前らを助けてやれねえ。せめてこれ以上苦しむ前に楽にしてやるからな。


「猟兵王が一撃、見せてやるぜ。『ギルガメスブレイカー』!!」


 双銃剣からありったけの銃弾を魔獣に喰らわせる、そして一閃で斬りつけて俺は大きく跳躍した。そして双剣銃を魔獣に投げつけて突き刺して動けなくさせ、最後に渾身の力を太刀に込めて魔獣に叩きつけた。


「……アリガトウ」


 魔獣が消える前にそんな言葉が聞こえた。ありがとうか……せめて空の女神の元に行き今度は幸せな生き方をしてもらいたいぜ。


「バ、バカな……私のナイトメアが……に、逃げなくては!」


 イルメダは魔獣が倒されたと知るや早々に逃げ出そうとした。当然そんな事はさせないがな。


「おい、どこに行くんだ?」


 俺はイルメダの前に立ちいく手を阻んだ。


「な、いつの間に!?」
「言ったよな。お前は死なない程度にボコボコにするってよ……」
「お、女を殴るつもり!この人でなし!」
「そりゃてめえの事だろうが!!」


 ドガッ!!


 俺はイルメダの顔面を思いっきり殴ってやった。イルメダは数回地面にバウンドして壁に激突してその場に倒れた。痙攣してるから生きてるだろ。


「団長!大丈夫ですか?」
「おお、リィン、フィー。よく来てくれたな。お前らが来てくれなかったら流石に危なかったかもな」


 俺はリィンとフィーの頭を撫でる。


「アリオス、取りあえずこいつらふんじばって外に連れて行くぞ。他の奴らもまとめて縛っておく」
「そうだな、全員しばりつけてガイたちと合流するとしよう」
「ああ、リィン達も手伝ってくれ」
「「了解!!」」


 さてとこっちは何とかなったしあとはガイたちと合流するか。早く子供たちの供養もしてやりたいからな。


 
 

 
後書き
 因みにルトガーとアリオスは魔獣が子供の肉体で作られたという事は流石にショックが大きいということでリィンとフィーには話してません。



ーーー オリジナル魔獣紹介 ---


『ナイトメア』


 イメルダが錬金術などの技術を使い生み出した人工魔獣、実験で廃棄された子供達の肉体を使っており高位アーツを略一瞬で使うことが出来る。元ネタは『メトロイド』のナイトメア。 

 

第22話 D∴G教団壊滅作戦 後編

side:ガイ


 アリオスたちと別れた俺とセルゲイさんは襲ってくる教団の戦闘員たちと戦いながら捕らわれた子供たちの救出の為にロッジの奥を進んでいた。


「けっこう奥まで来ましたね」
「ああ、しかしこのロッジ中々の広さだな。これだけ探してもまだ一人も見つからないとはな」
「早く保護しないと……急ぎましょう」
「そうだな」


 俺たちは子供を探しながらロッジを進んでいるが今だ一人も見つかっていない。どこか一纏めに監禁されているのかそれとも……


(いや不吉な事は考えてはいけない、きっと生きている!)


 俺は一瞬頭に過った不吉な考えを消してロッジを進んでいく。その途中に大きな血のこびりついた扉を発見した。


「こりゃまた凄い量の血だな……奴ら一体どれだけの犠牲を出したんだ?」
「……中に入りましょう、セルゲイさん」
「俺ら二人だけでか?アリオスたちも合流してからの方が……」
「いえ、それだと遅くなってしまう、もし生き残った子がいるなら早く助けてあげたいんです」
「……分かった。少し危険だがお前の言う通り生存者がいたら手遅れになってしまうかもしれん。唯注意はしろよ」
「はい、開けますね」


 俺たちは左右の扉に張り付きタイミングをうかがう、そしてセルゲイさんの合図で扉を開けて一気に突入した。武器を構えて中に入ると教団のローブを着た男が水色の髪の少女を羽交い絞めにしていた。


「動くな!警察だ!」
「ぐっ、もう来やがったのか!」
「その子をどうするつもりだ!その手を離すんだ!」
「黙れ!てめえらみてえな連中に捕まるくらいならこのガキも道連れにしてやる!」
「…う…あ…」


 羽交い絞めにされた少女は苦しそうに声を上げる。何とか助け出したいが相手は刃物を少女に突きつけている為うかつに動けないでいた。どうすれば……


 ズガアアァアァァァンッ!!!


 その時だった。突然強い揺れがロッジに起こり内部が大きく揺れる。


「な、何が起きたんだ!?」


 男も想定外の事だったのか動揺していた。これはチャンスだ!


「はあっ!」
「がはぁっ!?」


 男に隙が出来た瞬間俺は一気に男との間合いを詰めてトンファーで男を殴り倒した。


「ふう、何とかなったか……君、もう大丈夫だよ」
「あ、貴方は…?奴らの仲間じゃないの?」
「俺は君たちを助けに来たんだ、安心してくれ」


 俺がそういうと少女は泣きながら抱き着いてきた。


「怖かった……毎日毎日酷い事されて……どうにかなってしまいそうだった……」
「可哀想に……だがもう大丈夫だ。君に酷い事をする奴らはもういない」
「良かった……」


 少女は安堵したのか眠ってしまった。


「ガイ、お前はその子を連れて外に出ろ。早く病院まで連れて行ってやらないと危ないぞ」
「セルゲイさんはどうするんです?」
「俺は他に生存者がいないか探してみる」
「分かりました。こちらはお願いします」


 俺はそう言って少女を抱えてロッジの外を目指して走る。急がないと……!



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



side:ルトガー


 イルメダを捕らえた俺たちは道中に倒れた教団の戦闘員も連れて外に向かっていた。だが数が多い為何回も往復しないといけなさそうだ。


「ガイたちは大丈夫だろうか?心配だな」
「リィンとフィーをあちらに向かわせるか?」
「そうだな、二人が戻ってきたらガイたちの援護に行かせるか」
「……うぅっ……」


 俺たちがそんなことを話しているとイルメダが目を覚ましたのか朦朧としながら声を発した。


「よお、御目覚めか?」
「こ、ここは……私は一体……?」
「ここはロッジの外だ。お前はこれからブタ箱にぶち込まれて一生を牢屋で過ごすことになるだろうぜ」
「そうか……私は負けたのか……ふふっ、どうやらここまでのようね……」


 あん?えらく潔いじゃねえか、何か企んでるように見えるが……


「意外と潔く負けを認めたな?」
「どうせ教団もお終いだしあの方にも見放されたはず……もうどうでもいいわ……」
「あの方……?そいつは誰だ」
「私を救ってくれた方よ……この腐った世界で私を導いてくれたたった一人の方……」
「そうか、まあそいつもとっくに捕まってるんだろうし牢屋で会えるかもしれんぞ?」
「……ふふっ、おめでたいわね」
「あん?」


 さっきから何か違和感を感じる、そもそもあれだけの狂った実験をしてきたこいつらがこんな簡単に諦めるものか?


「団長!」
「リィンか、フィーはどうした?」
「そ、それが大変なんだ!倒れていた教団の戦闘員たちが次々に血を吐いて…!」
「何だと……まさかッ!?」


 俺はイルメダを見るとこいつも口から血を吐いていた。


「てめえら、まさか毒を!?」
「言ったでしょ、私たちはもうお終いだって……お前らに裁かれるくらいなら自ら死を選ぶわ……がふっ!?」


 イルメダは更に大量の血を口から出した。くそっ、何で気が付かなかったんだ!


「リィン、アーツで毒を解除するんだ!」
「それがフィーがそれを実行したんだけど効果がないんだ!」
「効果がない?」
「無駄よ……この毒は回るのが遅い代わりに強力で身体中に流れたら最後治す術はない……」


 こいつら気を失う前に毒を飲んでたってのか!?最初から死ぬつもりで……ふざけんじゃねえよ!


「てめえ、ここまで悪逆非道をしてきて最後は勝手に死ぬだと!?人をおちょくるのもいい加減にしやがれ!」


 これじゃあ死んでいった子供たちとその親が報われねえじゃねえか……


「ざまぁみなさい……最後に勝つのは私たちよ……」


 憎々しく不敵に笑うイルメダ、一瞬切り殺してやろうかと思ったがそれよりも大事な事を思い出して踏みとどまる。


「おい、どうせ死ぬなら一つ教えてくれ。レンって子はどこにいる?」
「レン?知らないわね……」
「とぼけるんじゃねえ!お前らのロッジの一つにずっと昔に壊滅したのがあるだろ、そこにいた女の子だ!」
「壊滅したロッジ……そうか、そこの子供は実験番号62番だったな……ならその傍にいた少女……46番のことを言ってるのか……」


 実験番号……リィンの事か。子供を道具扱いとはな。


「そうだ。その女の子はどこにいるかって聞いてるんだ」
「……知らないわよ。そもそも楽園が壊滅して生き残ったのはあの方とその側近だけ……その二人はあの方のお気に入りだったからねえ……私も探したわ。でも少女は見つからなかった……そこの子供にはあんたがいたから手が出せなかったし本当についてないわね……」
「……そうか」


 嘘をついてる可能性もあるがこいつの話ではレンって子は教団にはいないらしい。となると今どこにいるかは分からねえって事か。


「リィン、そのだな……」
「大丈夫だよ、団長」


 俺がリィンに何か声をかけようとしたがリィンは首を横に振る。


「レンは生きている、あの子が簡単に死ぬ訳がない。少なくとも自分の目で見るまでは何年かかろうとも探し出して見せるさ」


 ……どうやらいらない心配をしちまったようだな。こいつが覚悟を決めたなら俺も協力してやるだけだ。


「…どうやら毒が完全に回ってきたようね……ああ……ヨ…ヒ…さ……ま……いつ…まで…も……お慕い……して……い……ま……」


 ……イルメダは何かを呟こうとしたが最後まで言えずに絶命した。


「……やるせねえな、これが世間を騒がせた教団の最後かよ……」


 その後俺たちはガイが連れてきた生存者の女の子を連れて病院に向かった。D∴G教団はこの日をもってして壊滅した。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



sideリィン


 D∴G教団との戦いが終わって半年が過ぎ僕とフィーは今クロスベルにいる。団長達は事件の後始末をしているためこの半年は少ししか会っていない。僕も何か協力したかったが団長に今は休めと言われてベルハイムにお世話になっていた。


「それにしても最近警察とか遊撃士が凄く忙しそうだよなー」
「そうね、何か大きな事件でもあったのかしら。あ、フィー、口にパンクズがついてるわよ」
「ん、ありがとうウェンディ」
「フィーは体は小さいけどよく食べるんだな、なあリィン」
「まあ育ち盛りだからね」


 僕とフィーはロイドとウェンディ、オスカーと公園で遊んでいた。フィーを二人に紹介したけどこの半年で大分仲良くなったようだ。オスカーの幼馴染の家が経営しているお店から買ってきたパンをフィーは美味しそうに食べているしウェンディも何かとフィーに世話をしている。可愛い妹分が出来て嬉しそうだ。


「ああ、ここにいたのか」
「あ、兄貴!」


 僕たちが話しているとそこにガイさんがやってきた。因みにロイドはガイさんを兄貴と呼びだしたらしい。


「兄貴、仕事は終わったの?」
「ああ、一応一通りは区切りがついたからな。それよりロイド、実はお前に会わせたい子がいてな、ちょっと一緒に来てくれ」
「俺に?」
「ああ、あとリィンとフィーも来てくれないか?」
「僕たちもですか」
「わたしはいいよ」
「なら行こうか」
「はい」


 僕たちはオスカーとウェンディにごめんねと謝りガイさんについていく。ガイさんが向かったのはベルハイムだった。


「なあ兄貴、その会わせたい子ってここにいるの?」
「ああそうだ、中で待ってるからな」


 ロイドとガイさんが中に入っていったので僕とフィーも後に続いた。


「ここだ。中で待たせているから早く入ってくれ」
「分かったよ、そうせかさないでよ兄貴」


 ……何かガイさんの様子がおかしいな、まるで何か企んでるような感じだ。ロイドが部屋の中にはいると中には女の子がいた。


「あ、ガイさん……お帰りなさい……」
「ただいまティオ。ロイド、紹介するよ、この子はティオ・P・バニングス。お前の妹になる子だ」
「え……俺に妹!?」


 ガイさんの突然な紹介にロイドは驚いていた。何かこの光景見た事あるな……っていうかあの子はまさか教団にいた生存者の子じゃないか。


「あ、兄貴!どういう事だよ!事情を説明してくれよ!」
「ああ、この子はとある事件に巻き込まれた被害者でな、何とか俺たちが救出して今まで病院で生活していたんだ。でようやく退院できるくらいには回復したから家に連れてきたんだ」
「でもこの子の親は心配してないのか?早く返してあげた方がいいんじゃないか?」
「親はいないんです……」
「えっ?」


 ロイドの言葉に少女、いやティオが悲しそうに呟いた。


「私の両親は私を攫った奴らに殺されてしまったんです……だから帰る場所は私にはありません」
「そんな……俺はそんなことを知らずに何て酷い事を……」
「気にしないでください、貴方は何も悪くないんですから……」


 ティオはそう言うが表情は暗いままだ。ロイドはそんなティオに近づいていくと彼女の目の前で自分の頬を殴った。


「な、何を……」
「……俺は君を悲しませてしまった。こんな形でしか自分を罰することが出来ない。本当にごめんな」
「……真面目な方なんですね、気にしなくてもいいのに……」
「いや知らないからいいなんて言う事は無いよ。誰でも触れられたくないことはあるんだ、例え知らなくてもそこは触れてはいけないと俺は思っている。だから謝らせてくれ、ごめん!」


 ロイドはそう言って土下座をする。ティオはどうしたらいいかオロオロしていた。


「ロイド、そこまでにしておけ。ティオが困ってるだろ?なあティオ、実際に会ってみてどうだ?俺の弟は怖いか?」
「……はじめはビックリしましたけど……優しい人だって思いました」
「なら問題ないだろう?ロイドならきっといいお兄ちゃんになるさ、なあロイド」
「ああ、事情は分かったよ。俺はティオが家族になることに何の反対もない」
「……本当にいいんですか?得体の知れない子がズカズカと入ってきたというのに……」
「そんなことないさ。俺たちはこうして知り合えた、ならもう知らない仲じゃない。今日から家族になるんじゃないか。だからよろしくな!」


 ロイドはそう言ってティオに手を差し伸べた。


「……はい、よろしくお願いいたします……ロイドお兄ちゃん……」
「へへっ、何か照れくさいな」


 二人はそう言って握手をかわした。


「私たち、完全に蚊帳の外だね。リィンお兄ちゃん」
「そうだな……ってお兄ちゃん?」
「うん、何だかわたしもそう呼んでみたくなって……駄目かな?」
「いや全然いいよ、むしろ新鮮な気分だしね」
「ありがとう、お兄ちゃん」



 フィーのお兄ちゃん呼びに僕は顔を赤くしてしまった、そんな僕たちのそんなやり取りをガイさんは微笑ましそうに見ていた。


 
 

 
後書き
 ティオの両親は原作のゲームでは死んでませんがこの小説では故人になっています。その代わりティオをロイドの妹にしました。ぶっちゃけこれがやりたかっただけです。



――――― オリキャラ紹介 ―――――


『イメルダ』


 D∴G教団の一員でヨアヒムに心酔している女性団員。自らも優れた頭脳の持ち主で改造魔獣を作り上げた。


 キャラのイメージはワンパンマンのサイコス。 

 

第23話 英雄との出会いと暗躍する陰

 
前書き
 リィンの幼年期は今回で終わります。それではどうぞ。 

 
side:リィン


 ロイドとティオが義理の兄妹になったのを見届けてから僕とフィーもティオに自己紹介して友達になった。特にフィーとは境遇が似ていることもあってか直に打ち解ける事が出来たようだ、今も二人で何か話し合っている。


(じゃあフィーさんはそうやって甘えてるんですか?)
(うん、これは妹の特権。ティオも一杯甘えればいい)
(でもちょっと恥ずかしいです……)
(大丈夫、慣れてしまえばすっごく幸せな気分になれるから)
(が、頑張ります……!)


 ヒソヒソとこちらには聞こえない声で話してるから内容は分からないがきっと女の子同士しかわからない事でもはなしてるんだろうな。


「でも俺が兄になるなんて思わなかったな」
「ロイドは兄や姉的な人はいても年下の家族は初めてだもんね」
「ああ。ちょっと不安ではあるけどそれ以上に嬉しくもあるんだよな」
「分かるよ。僕もフィーと初めて会った時同じ気持ちだったから」


 僕も年上だらけの猟兵団で生きてきたから年下の家族が出来る嬉しさは共感できる。ロイドやティオも仲の良い兄妹になれるはずだ。


「でもロイドが兄ってことはガイさんもティオのお兄さんって事になりますよね」
「まあな。でも俺はロイドの親代わりもするつもりだからティオの義理の父親って事にもなるかな」
「俺にとっても兄貴は父さんでもあるからな」


 ティオもこれまでさんざん苦しんできたから新しい家族の元で幸せになってほしいな。ロイド達なら簡単だと思うけどね。


「おっとそうだ。リィンとフィー、二人ともちょっといいか?」
「僕たちに何か用があるんですか?」
「ああ、実はティオを紹介するついでに二人を呼びに来たんだ」
「呼びに来た……ですか?」
「ああ、二人に……特にリィンに会いたいっていう人がクロスベル警察署で待っているんだ。一緒に来てくれないか?」


 僕たちに会いたい人がいる……一体誰だろうか?まあ特に用事もないしその人に行ってみよう。


「分かりました。フィーもいいよね?」
「ん、問題ないよ」


 フィーも承諾してくれたので僕たちはガイさんと一緒にクロスベル警察署に向かうことにした。因みにロイドはティオを連れて街の案内に向かった。ウェンディ達にも合わせてあげたいと張り切っていたし早速いいお兄ちゃんぶりを見せてくれた、あの調子なら何も問題はないだろう。


ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 クロスベル警察署に向かっている途中でガイさんが僕たちに話しかけてきた。


「二人とも、ありがとうな」
「え、何がですか?」
「ロイドやティオと友達になってくれたことだよ。俺は仕事柄家を留守にしがちだしあまりかまってやれないからロイドには寂しい思いをさせてしまっている。でもリィン達と出会ってからロイドはとても楽しそうだ。次はいつ遊びに来てくれるかなっていつも俺に言ってくるんだぜ」
「そうですか……何か照れくさいです」
「ん…ロイドもティオも友達だから…」
「これからもよろしくしてやってくれ」
「はい、勿論です」


 そんな会話をしているとクロスベル警察署に到着した。ガイさんに案内されてついたのは警察署の会議室に着いた。


「えっとこちらにいらっしゃるんですか?僕たちに会いたいっていう人はもしかして警察の関係者なんですか?」
「いや違う、その人は遊撃士だ。本来は警察関係者しかはいれないんだが今回の作戦の指揮を取った人だからここにいるんだ」
「それって……」


 まさかと思いながらも会議室の扉を開けるとそこにいたのは団長だった。


「よおリィン、フィー、久しぶりだな」
「あ、団長!お久しぶりです!」
「ん…元気そうで何より」


 団長たちはこの半年間教団の残党狩りをしていた。様子は見に来てくれていたが頻繁に来れる訳じゃないのでこうして会うのは一月ぶりになる。


「もしかして僕たちに会いたいっていう人は団長だったんですか?あれ、でも遊撃士だって聞いたけど…」
「ははっ、そりゃ俺じゃねえよ。お前らに会いたがってる人はこの人だ」


 団長が視線を向けた先を見ると口元に髭を生やした茶髪の男性が立っていた。顔つきは優しく一見穏やかな人物に見えるがその佇まいには一切の隙が無い。そこにいるだけで圧倒的な存在感を出している。かつて出会った『光の剣匠』と対峙しているかのような緊張感が僕に走った。


「貴方は……」
「君がリィン君にフィー君かな?俺はカシウス・ブライト。リベール王国所属の遊撃士だ。気楽にカシウスとでも呼んでくれ」


 カシウス・ブライト……!リベール王国が誇る英雄で大陸に四人しかいないS級遊撃士の一人、そしてあのアリオスさんと並ぶ八葉一刀流の免許皆伝者にして『剣聖』と呼ばれる人物……実際に会ってみるとここまで凄い人がいるのかと思ってしまった。


「は、は、初めまして……僕、リィン・クラウゼルと言います…その、えっと……」
「おいおい、何緊張してるんだよ」


 一応僕もユン老師から八葉一刀流の稽古を受けてますから兄弟子にも当たる人だから緊張するなっていうほうが無理ですよ……


「ははは、そんなに緊張しなくてもいいさ。剣聖やS級遊撃士と呼ばれていても俺自身はしがないオジサンでしかない。だから変に意識しなくても大丈夫だ」
「ん……よろしく、カシウス。わたしはフィーでいいよ」
「ああよろしくな、フィー」


 フィーも最初は緊張していたのか表情が強張っていたが直にカシウスさんと打ち解けた。


「分かりました。じゃあ僕の事もリィンと呼んでください」
「うん、よろしくなリィン」


 ふう、さっきまで緊張してたけどカシウスさんのお蔭で落ち着けた。もっと厳格な人物かと思ってたけど実際に話してみるととても気さくな人だと分かったよ。


「ところでカシウスさんはどうして僕たちに会いに来られたんですか?まだ教団の件でお忙しいのでは……」
「ああ、俺が君たちに会いに来たのは謝罪が言いたかったんだ。特にリィン、君にね」
「謝罪……ですか?」
「ああ、君が教団に捕らえられ非道な実験を受けていたという事は既に知っている。我々がふがいないばかりに多くの命を失わせてしまった。本当にすまない」


 カシウスさんは僕に頭を下げる。まさかS級遊撃士に頭を下げられるなんて思わなかった。


「……カシウスさん、頭を上げてください。悪いのは教団です、寧ろ貴方方は教団をやっつけてくれたじゃないですか。それに団長や僕たちが作戦に参加できるように取り計らってくれたのもカシウスさんだって聞いてます。貴方に感謝はすれど恨むなんてことは出来ません。僕の方こそお礼を言わせてください、本当にありがとうございました」


 そう言って僕はカシウスさんに頭を下げた。


「ありがとう、リィン。そういえば君は大切な人と離れ離れになってしまったと聞く。お詫びという訳ではないが俺もギルドを経由して情報を集めてみよう」
「本当ですか!?カシウスさん、お願いします、どうか力を貸してください!」
「ああ、出来る限りの事はしよう。約束する」


 探し物をする事に関しては遊撃士は猟兵より優れている。これならレンを見つけられる可能性が大きくなるかもしれない。


「良かったね、リィン」
「カシウスの旦那ならかなりの情報が集まるはずだ、強力な助っ人が出来たな」
「はい!」


 良かった、これで希望が生まれた!レン、待っていてくれ。必ず君を見つけて見せるから!



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ーーーーーー

ーーー



「えっと、これはどういう事でしょうか……」


 今僕は東クロスベル街道でスタッフを構えるカシウスさんと対峙していた。しかも隣にはフィーもいて双銃剣を構えていた。一体どうしてこうなったんだ?


「あのカシウスさん、これは一体どういう状況なんでしょうか?」
「いきなりですまないな、君がユン老師から教えを受けたとルトガー殿から聞いたので兄弟子として君の強さを見てみたくなったので折角の機会だし手合わせをお願いしたい。駄目かな?」
「いえ僕としては寧ろ嬉しいくらいなんですけどどうしてフィーまで?」
「ん、わたしがお願いした」


 僕の疑問にフィーが答えてくれた。


「わたしももっと強くなりたい、だから団長クラスの実力者であるカシウスとの戦いは絶好の機会だと思う。だからわたしが頼んだ」
「フィー……」


 フィーは覚悟を秘めた目で僕をジッと見てきた。これは何を言っても聞かないな。


「はっはっは!いい目をしているな、フィー。若者の決意を秘めた姿はやはり素晴らしい物だ。リィン、君はどうなんだ?俺に挑む覚悟はあるか?」


 ……覚悟か、そんなものはとっくに出来ている。レンを取り戻すと決意した……いやエレナを失ったあの日から……


「……その答えは言葉ではなく自らの実力を持って伝えさせてもらいます」


 僕も刀を抜きカシウスさんと対峙する。


「その意気はよし!ならば俺も人生の先輩として君たちの壁となろう!その覚悟が本物ならば俺を乗り超えて見せろ、リィン・クラウゼル!フィー・クラウゼル!」


 闘気を纏いながらカシウスさんがこちらに向かってくる、僕とフィーも武器を構えてカシウスさんに向かった。


「『孤影斬』!!」


 僕はカシウスさんの間合いに入る前に飛ぶ斬撃をカシウスさんに放つ、だがカシウスさんはスタッフを横に振るい斬撃を打ち消した。


「そこ!」


 その隙にフィーがカシウスさんの懐に潜り込み攻撃を仕掛ける。だがカシウスさんはスタッフを巧みに使いフィーの攻撃を全てさばいていく。


「はあっ!!」


 そしてスタッフの突きをフィーの腹に当ててフィーを遠ざける。追撃しようとしたカシウスさんを僕は死角から切りかかった。カシウスさんはそれを防御して僕に素早い突きを放ってくる。


「ぐっ、何だ?一撃が凄く重い……!!」


 刀で受け流そうとするが攻撃が余りにも重く受け流すどころか防御するだけで精いっぱいだ。


「リィン!」


 そこに先ほど突き飛ばされたフィーが援護に来てくれた。背後から来るフィーに対応するため僕への攻撃が緩くなる。


「今だ、『時雨連撃』!!」
「『リミットサイクロン』!!


 僕は『時雨』を連続で放つクラフトを、フィーは怒涛の斬撃を放つクラフトを同時に放った。
 フィーの『リミットサイクロン』は本来は銃弾も使うクラフトだが僕がカシウスさんの近くにいるので斬撃をメインに放っている。前後から放たれるこの連続攻撃、普通の猟兵相手ならカタが付くはずだが……


「そ、そんな……!?」
「……信じられない」


 カシウスさんはまるで舞を踊るかのように回転しながら僕たちの攻撃を全て受け流していた。


「『裂甲断』!!」


 そしてカシウスさんが放った一撃で僕とフィーは大きく吹き飛ばされる。


「こ、これが『剣聖』の実力……!何て強さだ!」
「ん、チート過ぎ……」


 たった一撃で僕もフィーもフラフラになるほど追い詰められてしまった。全く底が見えない、剣聖……どれだけの鍛錬を積めばこんな強くなれるのだろうか……


「大丈夫か?一応手加減はしたんだが……」
「あれで手加減とか……本当にチート過ぎ……」


 カシウスさんの言葉にフィーはジト目でため息をつく。確かにあれで手加減してたら本気出したらどうなるんだろうと思ってしまう。


「リィンもフィーもその年で大した実力だ。中々に修羅場を潜り抜けているようだな」
「いえカシウスさんに比べればまだまだですよ」
「でもカシウスの攻撃、一見軽そうで凄く重かった。あれ、どうやってやったの?」


 フィーが僕も気になってることを聞いてくれた。


「あれは回転を利用して威力を上げているんだ」
「回転……ですか?」
「ああ、俺が八葉一刀で皆伝したのは『螺旋』の型と呼ばれる物だ。そもそも回転力は全ての武術でも使われる基本の一つでもある。様々な応用が使われるほど武術の世界では知れ渡った技術だ」
「回転……そういえば老師から手ほどきを受けた時、回転について話を聞いたことがあります。結局時間が無くて八の型以外は習えませんでしたが……」
「そうなのか?先ほど六の型に通ずる孤影斬を使っていたが……」
「あれは老師に見せて頂いた技を記憶を頼りにして再現しただけです」
「ほう、それは……(見ただけであそこまでの形に持っていくとは……もしかすると彼こそが先生が望んでいた者なのかもしれんな)」


 うん?カシウスさんがジッと俺を見ているがどうしたんだろうか?


「まあとにかく君たちなら直に理解できるだろう、いつかより強くなった君たちと手合わせをしたいものだ」
「はい、その時はよろしくお願いします」
「ん、次は必ず一撃入れて見せる」
「ああ、楽しみにしていよう」


 カシウスさんとの戦いは僕たちに大きな影響を与えてくれた。これでまた一歩強くなれたような気がした。


ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



 カシウスさんと別れた僕たちは団長とガイさんも一緒に買い物をしてベルハイムに向かっていた。
 教団の件もあらかた片付いたようでもうすぐこの街ともお別れになってしまうらしい。なのでティオがバニングス家の一員になった記念も兼ねてパーティーをすることになった。
 今はロイドがティオを外に連れ出してるのでこちらに来ていたウェンディとオスカーも加えて準備をしている最中だ。


「飾りつけはこんな物かしら?」
「ウチから出来立てのパンを持ってきたぞー」
「マリアナさん、パスタの出来はどうかしら?」
「うん、完璧ね」
「おいゼノ。まだ酒は飲むな」
「まあまあ、そう固い事言わんで、な?唯の景気づけやって」


 途中で合流した西風の旅団の皆も混ざり結構大規模なパーティーになってきてる。人数が多すぎるから警察署から許可を貰い、オスカーの幼馴染が経営しているパン屋にある外のスペースを使うことになった。近所の人たちも集まってるし凄い事になりそうだ。


「これはティオもビックリするだろうな」
「しかし集まり過ぎじゃないか、これは……」
「まあ偶にはこういうのもいいだろう」
「俺まで参加していいのだろうか?」
「無礼講だって、旦那も楽しめよ」


 アリオスさんはあまりの人数に少し呆れていたがガイさんとセルゲイさんは笑っていた。あとさっき別れたカシウスさんも来ていた。部外者だから遠慮しようとしたらしいが団長が無理に連れてきたようだ。


 パーティーの準備が大体終わり後はロイドとティオを待つだけとなった。ロイドには既にこのことを話しているので知らないのはティオだけだ。


「ロイド兄さん、どうして私の目を隠すんですか?」
「いや、実はティオにプレゼントがあるんだけどビックリさせたいからちょっと我慢してくれないか?」
「そうなんですか?楽しみです」


 おっとロイド達が戻ってきた。ティオに目隠しをして抱っこしながらこちらに歩いてくる。そしてティオを指定した場所に座らせて目隠しを外して皆がクラッカーを鳴らした。


「「「「「ようこそ、クロスベルへ!!!」」」」」


 ティオは一瞬ポカンとした表情を浮かべたが皆が自分の事を祝ってくれたのを理解したのか涙を流しながら笑った。


「皆さん……ありがとうございます」




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


side:??


 クロスベルから離れた湿原地帯に二つの影が何処かに向かい疾走していた。


「ヨアヒム様、教団は恐らく壊滅しました。残党も殆どやられて襲撃を受けなかったロッジも『結社』や『教会』の奴らにあらかた潰されてしまったようです」
「構わんさ。私さえいればグノーシスを完成させることなど容易い。まあしばらくはおとなしくしている必要があるがその間に新しい隠れ蓑でも探すとしよう」
「自分が所属していた組織が潰れても顔色一つ変えないとは……貴方はやはり狂っていますね」
「ふっ、見損なったかい?」
「いいえ、自分が仕えるのはヨアヒム様唯御一人だけです。何処までもお供致しましょう」



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



「これでお終いね」


 ゼムリア大陸の何処かにある教団のロッジ、そこに血塗れになった少女が大きな鎌を持って立っていた。少女の周りには教団の戦闘員が血塗れになって山のように積まれていた。少女に付いた血は全て返り血で少女自体には傷一つない。


「レン、どうやら終わったようだな」
「あ、レーヴェ」


 少女に声をかけたのは銀髪の青年だった。彼も少し返り血を浴びているため少女同様にこのロッジを壊滅させた人物だ。


「それにしてもレーヴェったら相変わらずの強さよね。あれだけいた改造魔獣を一瞬で消しちゃうんだから」
「レンこそ大分強くなったと思うがな」
「まだよ、こんなんじゃ足りないわ……もっともっと強くなって必ずアイツを殺してやるの」
「……」


 少女は笑っているがその目には強い憎しみが込められていた。


「待っていなさい……リィン・クラウゼル」

 
 

 
後書き
 次回からようやく『空の軌跡』にむけて物語が進みます。ここまで来るのに大分かかりましたがようやくエステルとヨシュアが出せます。まあ二話ぐらい後になりそうですが……
 

 

第24話 成長した姿

 
前書き
今回からリィンたちの年齢が一気に飛びます。 

 
side:??


 「黄金の軍馬」を紋章に掲げる古き伝統と強大な軍事力を持つ大国、『エレボニア帝国』。この国は古くより猟兵が多く出入りしている国でもある。貴族同士のいざこざ、要人の護衛、歴史の裏側に動いた暗躍……この国は常に争いの種が生まれている。そんな国は戦場を生業にする猟兵にとって動きやすい国だった。それは彼らも例外ではなかった。


 エレボニア帝国西部にある紺碧の海都オルディス。四大名門と呼ばれるエレボニア帝国でも強大な力を持つ貴族の一人『カイエン』公爵が納める巨大な街の遠く離れた場所にある荒野……そこに十数人の影が動いていた。


「はあ~、退屈……」


 退屈だと呟いたのは赤い髪をした少女だった。見た目は可愛らしいがその手に持つチェーンソー付きのブレードライフルが恐怖を引きだたせている。彼女の名はシャーリィ・オルランド。ゼムリア大陸に存在する猟兵団の中でも最強の一角とも呼ばれる『赤い星座』の分隊長を務めている。


「お嬢、仕事に文句は言わないでください」
「分かってるけどさ~、依頼の内容が貴族同士の恋愛の縺れによる暗殺って……いまいち気分がのらないんだよね~」
「気持ちは分かりますが隊長がそんな調子じゃ困ります」


 そんな少女に注意したのは赤いプロテクターを身に着けた男性だった。
 彼の名はガレス、シャーリィと同じく赤い星座に所属する猟兵で連隊長であり団長のバルデルの右腕と言われる程の実力を持っている。
 彼は最近赤い星座の分隊長になったシャーリィの補佐をするために常に彼女と行動を共にしている。自分は少し早いんじゃないかと団長にいったが副団長のシグムントの進めもあったそうで結局自分が暫く補佐する形でシャーリィが率いている赤い星座の部隊に入っていた。
 この部隊は比較的若いメンツで構成されており、新人教育もかねて団長から任されている。だからこそベテランの自分がしっかりしないとな……ガレスはそう思いながら山道を歩いていると何かを見つけた。


「む……止まれ」


 ガレスが合図を出し赤い星座の一部隊が前進を止める。


「お嬢、分かってると思いますが……」
「うん、導力地雷が仕掛けられてるね」


 彼女たちが今進んでいる道は左右を崖に挟まれた山岳地帯、そこに猟兵がよくつかう導力地雷が仕掛けられているという事は自分たちを狙う奴らがいるという事だ。


「…同業者か。さてどこから情報が漏れたか……お嬢はどう思いますか?」
「さーてね、まあ敵がいるなら殺しちゃえばいいだけだし。えへへ、リィンだったらいいなぁ」


 シャーリィの言葉にガレスはため息をつく。オルランド一族は昔から優れた戦士の血を引く一族で戦う事に喜びを感じる戦闘民族でもある。
 この可愛らしい容姿の少女も戦場では何人も殺してきた生粋の猟兵だ。特に最近は自分たちが敵対する最大勢力に所属する猟兵の一人にお熱のようだ。
 まあお嬢と殺し合って既に二桁は軽く超えている辺りお嬢が気に入るのも無理はない。団長の息子であるランドルフの率いる部隊に所属しているザックスは敵意をむき出しにしているがガレスとしてはお嬢と互角に戦える有能な若造と思っている。


「お嬢、俺は『罠使い』の恐ろしさをよく知ってます。だからこそ言えますがこの罠は少しお粗末なものです」
「確かに直に見つけられるのなら罠の意味なんてないよね」


 仕掛けられた罠はガレスからすればお粗末なもので猟兵をやっている人間からすれば直に分かるほどらしい。もし西風の旅団が来ていれば『罠使い』本人、またはその教えを受けている団員がこんなミスをするとは思えない。


「む、上だ!!」


 ガレスが何かに気が付き上を向く、すると巨大な岩石が落ちてきた。


「地雷は足止めか!全員後方に回避!」
「「「了解!」」」


 ガレスの指示で他の猟兵たちが後方に逃げるがシャーリィはその場を動かない。


「お嬢、何をやっているんですか!早くこっちに退避を!」
「……やっぱりそうだよね、ふふっ、シャーリィの相手をしてくれるのは……」
「……お嬢?」


 ガレスはそう叫ぶがシャーリィは落ちてくる岩石をまるで恋人を見る目で見つめていた。ガレスはその表情に覚えがあった。お嬢が唯一認めた男を前にした時の顔だ。
 シャーリィは自らの武器であるテスタ・ロッサを構えて岩石目がけて跳躍してテスタ・ロッサを振るう。


「『デスパレード』!!」


 シャーリィの放った一撃は岩石を粉々に粉砕した。ガレスはシャーリィの非常識さを理解していたつもりだったがここまでとは思わなかった。


「す、すげえ……」
「流石シャーリィ隊長、とんでもないパワーだ」


 まだ新人の若い猟兵達はシャーリィのしたことに驚いていた。だがその中でガレスだけが気が付いた、砕けた岩石の隙間から紅い閃光がシャーリィに向かった事に。


「お嬢!!」


 ガレスが叫ぶがシャーリィは既にテスタ・ロッサを振るっていた。閃光とテスタ・ロッサがぶつかり激しい火花が飛び散る。

                                         
「あはは、やっぱり来ていたんだ。シャーリィには分かっていたよ?だってもう何回も『愛し合った』仲だもんね」
「『殺し合った』の間違いだろう?」


 シャーリィに攻撃を仕掛けたのは風切り鳥が刻まれた黒いジャケットを着た黒髪の少年だった。ガレスはその姿を見て叫んだ。


「『西風の絶剣』リィン・クラウゼル!!西風の旅団か!!」


 リィンと呼ばれた少年は炎が纏った刀でシャーリィに切りかかる。シャーリィは嬉しそうに笑いテスタ・ロッサを振りかざして迎撃する。落ちていく岩石の破片を足場にして二人は壮絶な空中戦を繰り広げる。


「あの二人空中戦をしてるぞ……」
「マジかよ……」
「何ボサっとしている!お嬢の援護をしろ!!」


 唖然としていた新人達を叱りつけ自身も武器を構えるガレス、しかし殺気を感じた彼は体を横にそらす。すると地面に導力弾が当たりヒビができた。


「リィンの邪魔はさせない……!」
「現れたか、『西風の妖精』!!」


 ガレスに発砲したのはリィンと同じく西風の旅団の象徴である風切り鳥の刻まれた黒いジャケットを着た銀髪の少女、リィンと同じ『クラウゼル』の名を持つ猟兵、フィー・クラウゼルだった。更にフィーの背後から西風の旅団に所属する猟兵たちが現れる。


 昔から団に所属する古株も多数いるが今回は見かけない顔ぶれが多いとガレスは感じた。彼らは最近になって西風の旅団に入った新人たちだ、赤い星座と同じく新人の実戦練習もかねて今回の依頼を受けたがまさか自分たちと戦う事になるとは思ってもいなかったのだろう。


「お嬢の援護は無理そうだな。迎撃態勢に入る、武器を構えろ!!」
「「「了解!!」」」


 ガレスは仲間に指示を出しフィーを迎え撃つ。そして戦闘が始まった。




「あはは、やっぱりリィンは最高だね!」
「付き合わされる俺の身にもなってほしいものだ」


 崖を登りきった二人は崖の上で死闘を繰り広げていた。テスタ・ロッサを振りかざしてくるシャーリィに呆れながらもリィンは斬撃を放つ。シャーリィはそれをかわしながら火炎放射器から炎を出しながらライフルを乱射する。


「『クリムゾンスパーク』!!」


 テスタ・ロッサから放たれた銃弾は炎を纏いながらリィン目がけて向かっていく。


「さあリィン、これをどうやって防ぐかな?」
「新しいクラフトを覚えたのか。ならば……」


 リィンは刀を一旦鞘に戻した。シャーリィはその行動に怪訝そうな表情を浮かべるがリィンがこのくらいで死ぬ訳がないと油断しないようにテスタ・ロッサを構えてリィンに向かっていく。


「七の型『無想覇斬』!!」


 リィンはその場で鋭い居合斬りを放つ。すると斬撃がリィンを中心に竜巻のように広がり銃弾を全て弾き飛ばした。


「『デスパレード』!!」


 シャーリィは闘気を出しながらテスタ・ロッサを縦横無断に振り回しリィンに向かっていく。リィンも後方に下がりながら攻撃をかわしていくが段々とシャーリィの攻撃速度が上がっていくことでかわしきれなくなっていきリィンの体に掠り傷が出来ていく。


「前よりも早くなってるじゃないか!戦えば戦うほど強くなるのは知ってるが最近はそれが異常に早くないか?」
「そりゃこんな極上の獲物とやり合ってるんだもん。リィンだってそう言って直にシャーリィの動きに対応してるじゃん。やっぱりシャーリィとリィンってお似合いだね♡」
「戦闘狂扱いは御免だ」


 リィンは否定するが掠り傷しか当たらないという事は彼もシャーリィの動きを即座に見切って尚且つそれに付いていくほどの実力を持っているということだ。じゃなければリィンはとっくの昔にシャーリィに殺されていただろう。


 リィンとシャーリィの武器が火花を散らしながら切り結んでいく。昔ならつばぜり合いなどすれば刀がチェーンソーに持っていかれてしまう所だったが今のリィンはアルゼイド流の氣の鍛錬で見た目以上の膂力を引き出している。


 太刀自体もかなりの技物を使っているがそれに八葉一刀流で学んだ自身の氣を武器に流す技によって強度をより底上げしているから刃こぼれなどはしていない。


 そんなリィンの成長にシャーリィは歓喜の笑みを浮かべて愛おしそうに彼を見つめた。


「ああもう♡リィンってばシャーリィに負けないようにってドンドン強くなってるね。シャーリィの事をこんなにも喜ばせてくれるなんて本当にサイコーだね♡」
「別にシャーリィの為に強くなっているわけじゃないんだけど」
「うっそだ―――!だってあたしの胸をこんなにもキュンキュンさせているのに?下だってもうビショ……」
「変な事を言うのは止めろ!」


 殺し合ってるにも関わらず普通に話し合える辺り、どちらも異常にしか見えない。少なくとも普通の一般人には理解できない光景だろう。二人が戦っていると突然シャーリィが離れて武器を収めた。リィンは何事かと思うがその理由が直に分かった。


「あ、ザックスじゃん。どうしてここにいるの?」
「お嬢、戦いの最中に申し訳ありません。ですが急ぎ伝えなければならないことがありまして……」
「ん、いいよ。話して」


 二人の前に現れたのは赤い星座の一員であるザックスという猟兵だった。
 リィンは最初は彼が所属するランドルフの部隊が増援に来たのかと思ったが、どうやら彼一人のようで増援とは違うようだ。シャーリィが武器を収めたためリィンも一旦戦闘を中断する。


「今回の依頼なんですが一部伝えられた情報と違う事がありまして……」
「違う事?」
「はい、今回の依頼は指定された貴族の暗殺でしたが、どうやら標的と依頼者がグルになっていたそうです。お互いに雇い合った猟兵に戦わせて壊滅させたほうが貴族の娘を自身の婚約者にする……ということらしいです」
「ふーん、つまりシャーリィたちは良いように利用されたって事?」
「そうなります」


 シャーリィは笑っているが明らかにキレている。自分たちを騙した依頼者に殺意を放っていた。


(猟兵を騙した、それも赤い星座クラスの高ランクの猟兵団にそんなふざけた真似をしたのか……その依頼者は終わったな。そして俺たちの依頼者もグルか、ふざけやがって……)


 リィンもシャーリィのように自身の雇った貴族に怒りを感じていた。
 

 猟兵の世界では情報が重要となる。自らの団を生きのこらせるにはどんな些細な情報も必要になる。依頼者は猟兵にミラを払い情報を与え猟兵は依頼を実行する。そして死を乗り越えて強くなっていく猟兵団は高ランクの戦士と認められ払われるミラの額も大きくなる。
 

 戦場の死神とまで言われる彼らにとって強さは唯一の誇りであり依頼とは信頼を得るための『約束』ともいえる。
 だからこそ依頼者は猟兵に嘘などつくことは出来ない。ましては自分たちの知らない所でいいように使われていれば誰でもいい気はしない、自分たちに嘘をつくという事は相手から舐められているようなものだ。そんな真似ができるのは自分たちの恐ろしさを知らない無知な奴だ。


「ねえリィン、悪いけど今回はお互い無かったことにしない?なんか冷めちゃった」
「同感だな、俺もバカな貴族に用事が出来たし今回はここまでにしておこう」


 リィンもシャーリィももはや戦う意思はなかった。シャーリィは戦いが好きだが猟兵としての本分は弁えており利益がなくなれば無暗に戦わないし無関係の一般人を巻き込もうともしない。リィンはシャーリィのそういう所を好いていた。


「さーてと報復はするとして……ザックス、他の皆は?」
「ガレス隊長たちも既に撤退を始めました。後はお嬢だけです」
「なら私たちも行こっか。またね、リィン」
「お、おい!?」
「あはは、顔真っ赤―――!」


 シャーリィはリィンの頬にキスをするとその場を後にする。ザックスも後を追うが何故か一瞬リィンに殺気を込めた目で睨みつけその場を後にした。


「……行ったか。しかしザックスは何故俺に敵意をむき出しにするんだ?西風の旅団とはいえ俺だけ異常に敵意が強くないか?」


 リィンは自身が何故殺気を向けられているのか分からずに首を傾げる。そこに崖を上がってきたフィーが現れた。


「リィン、大丈夫?」
「フィーか、俺は大丈夫だ。皆の被害は?」
「ん、怪我をした人はいるけど重症者はいない。赤い星座も直に撤退したんだけど何かあった?」
「まあ互いの依頼者が不義理を働いたようだ」
「……そう」


 不機嫌そうに表情を強張らせるフィー、彼女も猟兵として自分なりの誇りを持っているのでいい気分はしないだろう。リィンはそんなフィーの頭をそっと撫でる。


「報復はするから安心しろ。殺しはしないが社会的には死ぬかもな」
「ん……リィン、もっと強く撫でて」
「って聞いていないし……」


 嬉しそうにリィンの右手に頬ずりするフィーを見て苦笑するリィン。背は伸びたがまだまだ子供のようだ。



「皆を連れて戻るぞ、フィー」
「ん、了解」



 そして二人はその場を離れて行った。後日サザーランドとオルディスに住む中級貴族の家が片方は見る影もないほど破壊されもう片方は自身の犯してきた犯罪を日の出にさらされて憲兵に逮捕され社会的信用を失った。
 
 
 これはまだ序章ですらない。リィン・クラウゼルとフィー・クラウゼルの物語は始まりを迎えようとしていた。








「因みにリィンの頬からシャーリィの匂いがわずかにするけどなにされたの?なにしたの?ねぇ答えてよ」
(何で分かるんだよ……)



 
 

 
後書き
次回はリィンとフィーのデート回で二話くらい後に空の軌跡編に入る予定です。



ーーー オリジナルクラフト紹介 ---


『クリムゾンスパーク』


 炎を纏った銃弾を無差別に放つ技。火傷60%、即死30%。 

 

第25話 フィーとのデート

side:リィン


「すうぅ……はあぁぁ……」


 帝国内にある森林地帯、俺はそこで上半身を裸にして刀を構えていた。周りには自分の身長以上に大きな大木が五本並んでいる。


 俺は呼吸を整えて目を閉じる。そして居合を放った。


「……斬ッ!!」


 大木に閃光が走り斬られた大木がゆっくりと倒れていく。俺は斬った大木の一本に近づき切り口を見る。


「……一本斬り損ねたか」


 その大木だけ半分しか切れていなかった。自重によって倒れかけた大木を見て俺は自身の未熟さを痛感した。


「心に迷いがあるのか?ユン老師が言っていた俺に足りないものが原因なのか?」


 俺はこの数年で強くなるために様々な事をした。ユン老師の元を訪ねて八葉一刀流の八の型以外の残る七つの型を学んだ。レグラムに行きアルゼイド流の基礎を学び剣士としての経験を積んだ。
 更に姉さんやゼノ達から苦手だった銃や罠の扱いも学び直し克服した。他の高ランクの猟兵団とも戦ってきた。特にシャーリィとは何度も殺し合ってきた。今では若い新人で構成された部隊の分隊長にも選ばれた。でもそれでも俺には決定的に足りてないものがあると老師に言われた。




 ———————— 2か月前、俺はユン老師から初伝の証を受け取った。だがユン老師はこれ以上お前に教えることは無いと言って再び旅立たれた。




(ここからはお前さんが自分で歩んでいくんじゃ、また出会えた時にどんな剣となっているか楽しみにしているよ)


 老師は恐らく俺に足りえないものを自分で見つけろと言いたかったのだろう。俺にとって力の意味か……俺からすれば力とは守るためのもの、エレナを守れなかった無力な自分が嫌で力を求めた。そして今俺が力を求めるのはレンを取り戻すためだ。でも考えても自分に何が足りないのか分からない。


「……ぐっ!?」


 突然胸が痛みだして俺はその場に膝をついた。


(くそ、またか!)


 体から紅いオーラが漏れ出して髪が白く染まっていく。俺は必死で『力』を抑え込もうともがく。


「ぐっ……ふう、何とか収まったか……」


 少し前から自分の中にあるこの『力』が制御できなくなってきている。不規則に力が溢れそうになりその度にこうやって人目を忍んで何とか力を押さえつけていた。


「俺は一体どうしたんだろうか、前まではこんなことはなかったのに……」


 もしこの力が暴走してしまったら俺の大事な人を自らが傷つけてしまうかもしれない。


「こんなことじゃ何も守れない。もっと強くならないと……」


 俺は再び鍛錬を再開した。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー




 暫く鍛錬を続けていたがそろそろいい時間になったので帰ろうとする。


「リィン」


 帰り支度をしている途中で誰かに声をかけられる、だが振り返っても誰もいない。周りには気配がないが意識を集中させてみる……お、そこに居たのか。俺は近くの大木の後ろに回ると隠れていた人物、フィーを見つけた。


「フィー、気配を周りに溶け込ませて近づいてくるのは止めてくれないか?」
「ごめん、でもリィンを驚かせてみたかったから」


 ペロリと小さく舌を出すフィーに俺は苦笑しながらも頭をなでた。


 フィーもこの数年でかなりの実力を上げてきた。俺と一緒にユン老師の元で修行して、より速さを引き出す技法や気配の消し方など剣士ではないが自身に使える技術をフィーなりに取り込んだようだ。特に気配を周りの景色などに溶け込ませて自然体になるクラフト『エリアルハイド』は俺でも神経を集中させないと見つけられない。


 因みにユン老師はフィーに滅茶苦茶甘い。まるで孫を溺愛する祖父のようでフィーもお爺ちゃんと呼んで慕っている。老師には本当の孫もいるみたいだがもしかしてフィーみたいな感じの子なのか?


「しかしフィーも強くなったものだ。今じゃ俺を補佐する小隊長だもんな、いずれ分隊長にもなれるんじゃないのか?」
「ん、まあ分隊長にはあまり興味はないけどね。わたしはリィンの補佐をしたいし」
「フィー……ありがとうな」
「どういたしまして」


 この子には本当に頭が上がらないな。昔から俺の事を気遣って色々と補佐してくれていたがこうやって傍で支えてくれる人がいるというのは幸せな事なんだろう。俺もいい義妹を持てた事に幸せを感じるよ。


「これからもよろしくな、フィー」
「うん」


 可愛らしく微笑みながらニコッと微笑むフィー、そんな彼女にほっこりしながらそういえば何故ここに来たのかフィーに質問した。


「そういえばフィーはどうしてここに?俺に何か用でもあるのか?」
「ん、リィンにお願いがあって来たの」


 お願い?一体何だろうか。


「明日からヘイムダルでお仕事があるよね」
「団長が暫くはヘイムダルに滞在するって言ってたな」
「五日後の仕事の後わたしとリィンはお休みになってるでしょ?」
「ああ、そうだけど……」
「じゃあわたしとデートしよ?」



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


(デートか……フィーとは何度も一緒に出掛けているがデート何て言い方をしたのは初めてだな)


 フィーからデートのお誘いを受けた俺は、予定通りエレボニア帝国の首都ヘイムダルに着き仕事をこなしていきあっという間に五日目のデート日になった。


 現在ヴァンクール大通りの駅前の広場でフィーを待っている所だ。態々待ち合わせなんかしなくても同じ宿に泊まってるんだから一緒に行けばいいだろう、と俺は言ったがフィーは「その方がデートっぽいから」と言われてそうすることになった。


 しかしデートなんて言い方をするなんてフィーも年頃の女の子になったんだなぁと若干年寄り臭い事を考えてしまった。昔行ったカルバート共和国以来オシャレを意識しだしたりマリアナ姉さんから髪の手入れの仕方を習ったりと最近のフィーは少しづつ大人の女性に近づいていた。


(しかし無防備な姿をさらすのは止めてくれないかな……)


 精神的だけでなく肉体的にもフィーは成長していた。だが成長していると言ってもまだ子供なので薄着で俺の寝ている寝床に潜り込んできたり、風呂上がりにタオル一枚で歩くこともある。正直健全な男からすれば変な気になってしまうので止めてほしい。


(いつかはフィーにも彼氏ができるのかな……)


 あれだけ可愛いのだから言い寄る男もそろそろ出てくるだろう。フィーが俺に彼氏を紹介する光景を考えて無性にイラついてきた。


(まあそうなったら俺も義兄としてちゃんと対応しないとな)


 少なくとも俺以上に強くなければ話にならないな。どうせその後ゼノやレオ、最後には団長も待ってるだろうし……あれ、フィーと交際するのって死地に向かうようなものじゃないか?


「リィン、お待たせ。待たせちゃった?」


 そんなことを考えている内にフィーが来ていた。普段着ている西風の旅団の黒いジャケットではなく私服姿だ。


「いや俺も少し前に来たばかりだから大丈夫だ。それよりも私服似合ってるな」
「ふふっ、リィンが選んでくれた服だからね」


 フィーが来ている服は、前に俺が選んだものだ。姉さんや団の女性たちにアドバイスを貰っておいてよかったよ。


「それで最初は何処に行くんだ?」
「まずは『サ・ルージュ』に行きたい。ストレガー社の最新モデルのスニーカーが出るらしいから見てておきたいの」
「なら俺はブックストアに寄ろうかな。アドル戦記の最新刊が出てるはずだったから丁度いい。じゃあ向かおうか」
「それじゃレッツゴー」


 フィーはそう言うと俺の右手を自分の左手で指を絡めるように繋いできた。ちょっと驚いたが俺も優しくフィーの手を握り返して二人でサ・ル-ジュに向かった。
 そこでストレガー社最新モデルのスニーカー『ストレガーX』を購入した後プラザ・ビフロストに向かいブックストア『オルタナ』で本を買いついでに喫茶コーナー『ミモザ』で少し早めの昼食を食べて外に出た。


「シーフードカレー、美味しかったな」
「ん……満腹」


 フィーは満腹になって少し眠くなってきたのか目をこすっていた。


「フィー、眠いのか?」
「ん、ちょっと眠いかも……」
「でも食べたばかりですぐ寝るのは体に良くないし……そうだ、マーテル公園に行かないか?ちょっと歩いてから昼寝したほうがいいだろう」
「……いいの?折角のデートなんだしリィンがしたいことをしてもいいんだよ?」
「デートっていうのは相手と一緒に楽しめなければ意味がないだろう?俺はフィーと過ごす時間が好きなんだ。さあ行こう」
「リィン……うん」


 フィーの手を取り俺たちはマーテル公園に向かった。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


side:フィー


 リィンと一緒にマーテル公園に来たわたしたちは食後の運動も兼ねて公園内を歩いていた。


「のどかだね……」
「ああ、帝都の中にいるとは思えないくらい穏やかだな」


 小鳥たちの鳴き声と暖かい日差しが眠気を誘ってくる。わたしは眠気を覚ますために目を擦るがリィンに止められる。


「あまり目を擦るのは良くないぞ」
「ん、ごめん」
「ははっ、そろそろ昼寝するか?」
「うん」


 リィンは近くにあったベンチに座りわたしはリィンの膝を枕にして横になる。


「寝づらくないか?」
「大丈夫、とっても心地いい……」
「そうか、なら俺はさっき買った本を読んでるからならゆっくり寝てな」
「ん、お休み……」


 わたしはそう言って目を閉じる。温かい日差しとちょっと固いけど一番安心するリィンの膝枕は極上のセット、今わたしが一番お気に入りのお昼寝場所だ。
 

 リィンはさっき買った本を読みながら時々わたしの頭を撫でてくれる。リィンの撫でテクは反則だと思う、女の子を安心させてしまい心も体も虜にしてしまう。彼の手は魔性の手に違いない、だから他の女の子が犠牲にならないようにわたしが独占しないといけない。


(……何時からこの感情を抱いたんだっけ?)


 初めてリィンと会った時、わたしが最初に感じた事は傷だらけの人、というイメージだった。何だか無理をして自分だけで背負い込んでしまいそうな彼を見て思わず頭を撫でてしまった。そこからリィンと兄妹としての生活が始まった。
 

 最初はお義兄ちゃんとして慕っていた。わたしの事を大事にしてくれるリィンは私が初めてできた家族の中でも一番近い存在だった。
 でもリィンがD∴G教団に攫われてしまった時はわたしは自分の半身が奪われたかと思うほど絶望した。もう一度彼に会いたくて団長の反対を押し切って猟兵になった。そしてようやく会えた時わたしは嬉しかったけど怖くもあった。


(あの時はリィンに恨まれているって思ってたんだよね)


 リィンは誘拐されて地獄のような日々を送っていたと聞いた。だからリィンは攫われる原因にわたしを恨んでいると思っていた。だってわたしがいなければリィンは逃げれたはず、わたしを逃がすために彼は捕まってしまった。
 

 でも彼はわたしを恨んでいなかった、優しく抱きしめてくれて受け入れてくれた。あの頃からリィンに対する意識が変わったんだと思う。
 

 リィンに撫でてもらうと嬉しい気持ちの中にドキドキしたものが出てきた、リィンに抱きしめてもらうと心臓がバクバクして破裂してしまいそうになった、リィンのふとしたときに出る凛々しい顔を見ると顔が赤くなった。どうしてかなと思いわたしはマリアナに相談した。マリアナはちょっと驚いた顔をした後に微笑ましい物を見る優しい目でわたしにこう言った。


「フィー、貴方は恋をしたのよ」


 そう言われてわたしは自分がリィンの事をどう思っているか理解できた。わたしはリィンを兄としてじゃなく一人の男として好意を持っている。でもリィンはわたしを妹としてしか見ていない、それにもしかしたらリィンは彼が今探しているレンっていう女の子が好きなのかもしれない。


(……例えそうだとしてもわたしはリィンを支える)


 例え叶わない恋だとしてもわたしはリィンの傍にいたい、彼を支えたい。それはわたしが自分自身で決めた事だから。


(わたしが守る、この人はわたしが……)


 そんな決意を胸に抱きながらわたしの意識は幸せな微睡の中に沈んでいった……


 
 

 
後書き
 補足としてゼノとレオニダスはこの数年で分隊長から連隊長に昇進しています。後リィンとフィーの私服姿は閃の軌跡ⅡのDLCのものです、次回でデート回は終わります。 

 

第26話 舞台の始まり

side:フィー


「ん……」


 幸せな微睡から目を覚ましたわたしは顔を見上げると穏やかな寝息をしながら眠るリィンが見えた。


「リィン?……寝てる」


 どうやらわたしが寝ている間にリィンも寝てしまったようだ。リィンとは一緒に寝てるがほとんどわたしのほうが早く寝てしまい朝はリィンの方が早く起きるため中々リィンの寝顔を見た事がない、だからリィンの寝顔を見れたのはラッキーだ。


「……」


 そっとリィンの頬に手を伸ばしてみる、一瞬ビクっとしたがわたしの手だと分かっているのか構わずに眠り続けている。
 わたしもそうだが猟兵は眠っている時も気を休めてはいけない、だから知らない人間が近づいてくると自然に目が覚めるように訓練している。でもこうやって触れても起きないのはその人物を信頼しているからだ。そう思うととても嬉しい。


「可愛い寝顔……」


 リィンは15歳になってから色々変わった。
 例えば前までは自分の事を『僕』と言っていたのに今は『俺』になっているしマリアナやわたしに甘えることが少なくなった、ゼノやレオは「思春期やからしゃーない」とか「男は時に自分を大きく見せたいものだ」と言っていた。
 リィンぐらいの年頃の男の子は異性に対してよそよそしいというか遠慮しがちになるらしい。


(ちょっと寂しい気もするけど……)


 わたしに甘えてくれるリィンがいなくなってしまったのは寂しいが仕方ないのかも知れない、誰だっていつまでも子供ではいられないのだから……それにリィンってお酒を飲むとすっごい甘えん坊になるからまたこっそりと飲ませてみよう。


「……うん?寝てしまっていたか?」


 流石に頬を触りすぎたのかリィンが目を覚ました。わたしはあわてて手を引っ込めて寝たふりをする。


「フィーはまだ寝ているのか、しかし俺まで寝てしまうとはな」


 首を回しながら腕を伸ばすリィン、どうやらわたしが触っていたことは気が付いていないようだ。


「もう15時じゃないか、そろそろフィ-を起こすとするか」


 もうそんなにも時間が立っていたんだ、通りでちょっと小腹が空いてきたと思った。


「フィー、起きてくれ。そろそろいい時間だぞ」


 リィンが優しく体をゆすってくるので丁度いいタイミングだと思い今起きたように振る舞った。


「……んん、おはよう」
「おはよう、フィー。相変わらず気持ちよさそうに寝ていたな」


 それはリィンもでしょ?って言いそうになったけど黙っておくことにした。きっと言ったら顔を真っ赤にして恥ずかしくて顔を合わせてくれなくなっちゃうからね。


「……ふあぁ、何だかお腹が空いてきた」
「もう15時だしな…何処かでおやつでも買う事にするか」
「ならクレープが食べたいかな」
「じゃあドライケルス広場に行くか、あそこならクレープを売ってる屋台があったはずだしな」
「それじゃレッツゴー」


 わたしは起き上がってリィンの手を引く。


「おいおい、お腹が空いてるからってそんなに焦るなよ、フィーは食いしん坊だな」
「むっ、女の子にそんなことを言うのは良くないよ。リィンはデリカシーがない」
「確かに失言だったな。すまない」
「ならクレープ二個買ってもらってもいい?」
「分かったよ」


 そんな会話をしながらリィンと一緒にドライケルス広場に向かった。


ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 トラムに乗ってドライケルス広場に降りると目の前には大きな紅い建物が堂々と存在していた。


「バルフレイム宮殿、相変わらず凄まじい大きさだな……」


 リィンがため息を吐くようにそう言うがわたしも同感だ。バルフレイム宮殿、エレボニア帝国を収めるユーゲント三世など王族が住む宮殿で帝都に来るたびよく見るが相変わらず真っ赤で大きい。


「流石はこの国を治める王族が住むだけあって豪華絢爛だな」
「まあわたしたち猟兵には一生縁のない場所だもんね」
「はは、違いない」


 大陸を行き来しながら戦場を生業とする猟兵と優雅で煌びやかな生活を送る王族……まさに対極に当たると言ってもいい存在だ。


「フィーは猟兵よりももっと煌びやかな生き方がしてみたいか?」
「ん、分かんない。自分がああいう所で生活してるのがまずイメージ出来ないし、ドレスとか着てるなんて性に合わない」
「確かに俺も自分がそんな生き方してるなんて想像も出来ないな。まあもしかしてだけど俺が団長じゃなくて違う人物に拾われていたら貴族になっていた、なんてこともあったかもな」
「そうかな?でもそうなってたらわたしは妹じゃなくなってるって訳だし……」


 それなら妹だということも気にしないでリィンと恋人になれるのかな?でもこの関係も捨てたくないしなかったことにしたくない。


「まああくまでたとえ話さ、俺はルトガー・クラウゼルの息子でフィー・クラウゼルの兄であるリィン・クラウゼル……それは何があっても変わることは無いさ。だからそんな寂しそうな顔するな」


 ポンポンッとあやすようにリィンが頭を撫でてきた。むう、子供扱いされてるみたいでちょっと嫌だけどわたしの気持ちを理解してくれることが嬉しいから結局はわたしはされるがままになっている。


「ほら、クレープ買いに行こうぜ。俺もお腹が空いてきちまったからな」
「うん、行こっか」


 リィンと手を繋いでクレープが売っている屋台に行く。


「いらっしゃいませ。ご注文は何になさいますか?」
「俺はチョコバナナクレープ、フィーは何にするんだ?」
「わたしはイチゴミルククレープとブルーベリーソースクレープをそれぞれ一つで」
「畏まりました。ふふ、可愛らしい彼女さんですね、今日はデートですか?」
「まあそんなところです」


 か、彼女って……そう見られてるのかな?なら嬉しいかも……でもリィンは店員の冗談と思ってるのか愛想笑いをしていた。でも否定しなかったのはやっぱり嬉しい。


「それでは暫くお待ちください」


 店員の人はさっそくクレープの生地を焼き始めた、香ばしい匂いにお腹が空いてきた。


「はい、お待たせいたしました。チョコバナナクレープとイチゴミルククレープ、そしてブルーベリーソースクレープです。三つで3000ミラになります」


 リィンはミラを店員の人に渡して私たちはクレープを受け取った。


「じゃあそっちのベンチにでも座って食べよう」
「うん」


 リィンと一緒に近くのベンチに座ってクレープを食べる事にした。わたしは早速イチゴミルククリームをかじる、イチゴの甘酸っぱい酸味とミルクの優しい甘さが口に広がる。次にブルーベリーソースクレープをかじる、イチゴとはまた違った甘酸っぱさがたまらない。


「美味しい……」
「満足してくれたようで何よりだ」


 リィンも笑みを浮かべながらチョコバナナクレープを食べていた。リィンは否定してるけど大の甘い物好きだ。今も普段は浮かべない満面の笑みを浮かべながらチョコバナナクレープを食べている。
 因みに何で甘い物好きなのを隠してるのかというとゼノに「甘いもんが好きなのか?女の子みたいなやつやなぁ~」とからかわれたからだ。ゼノはマリアナに叱られていたがリィンも子供っぽいと思ったのか甘い物好きなのを隠しだした。でも結局それが子供っぽいのは内緒だ。


「……ふふっ」


 そんなリィンが可愛くて思わず笑ってしまった。さっきは変わってしまったと思ったがやっぱりリィンは昔のリィンだ。


「ん?どうかしたのか、フィー?」
「何でもないよ、ふふっ」
「何だよ、変な奴だな。もしかしてチョコバナナクレープを食べてみたいのか?」
「なら食べさせあいっこしよ?はい、あーん」
「いや、人前では流石に……」
「……」


 無言でリィンを見つめると、彼は観念したのかわたしのクレープを食べた。


「……分かった、分かったから上目遣いで見てくるな……うん、美味い」
「じゃあ次はリィンがあーんてして?」
「はいはい、ほら、口開けて」
「あーん……ん、美味しい」


 わたしはそんな変わらないリィンが大好きだから、傍にいたいんだって改めて思った。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 クレープを食べ終えたわたしたちは適当に街を歩くことにした、今はオスト区を歩いている。


「ふぁぁ、相変わらずこの町って広いね」
「もう何回も来ているが未だに地理が把握しきれていないんだよな、猟兵としては不味いんだけど」
「まあ広すぎるもんね」


 帝都の名は伊達ではなくあまりの広さにわたしたちはこの街の全ての区を周ったことがない。


「おーい、ノノー!どこにいるんじゃー?」


 突然誰かが叫ぶ声が聞こえ何事かと思うと前方に何かを探しているお爺さんがいた、叫んでいたのはあのお爺さんだろう。


「何かあったのかな?」
「ノノっていう子を探しているみたいだが迷子か?」
「迷子……」


 わたしは迷子という言葉を聞いてちょっと悲しくなった、家族が急にいなくなるのはとても辛いって知っているからだ。


「……」
「……フィー、俺たちも手を貸してやろう、あのお爺さんも困ってるみたいだしな」
「えっ?」
「ほうっておけない、そんな顔をしていたぞ」


 リィンはわたしの気持ちを汲み取ってくれたのか力を貸すことを提案してくれた。


「でも猟兵は無益じゃ動けないよ」
「まあ偶にはいいだろう、損得だけで物事を測るのは苦手なんだ。まあ猟兵らしくないってのは自覚してるさ」
「リィン……」


 リィンは頬を指でかきながら照れくさそうに笑う。確かに猟兵としてはありえない行動だろう、でもわたしは昔から困っている人がいると手を差し伸べなければ気が済まないお人好しなリィンが大好きなんだ。


「お爺さん、何か困ってるの?」
「ノノっていう子を探しているみたいですがもしかして迷子ですか?」
「うん?お前さんたちは?」
「通りすがりの一般人です。お節介かもしれませんが何かお困りのようでしたので……」
「おお、そうか!何と親切な若者たちじゃ。わしの名はキートン、わしの大切なノノちゃんが行方不明になってしまったんじゃ」
「ノノちゃんですか……」
「うむ、さっきまで一緒に散歩していたんじゃが目を話していた隙にいなくなっていたんじゃ。わしとしたことが不注意だったわい」


 お爺さんは悲しそうに顔を伏せた、よっぽど後悔しているんだと思う。


「ノノちゃんの特徴を教えてください」
「ノノは綺麗な白い毛をしておっての。それにまだ小さい子じゃから遠くには行けないはずじゃ」
(白い毛……白髪ってこと?まだ小さいってことは2~3歳くらいかな……?)


 わたしたちはキートンさんからノノっていう子の特徴を聞いてからキートンさんと別れて探すことにした。オスト区からは出ないって言っていたから直に見つけられると思っていたが見つからない。


「見つからないな、一人では区から出ないと言っていたがこれはもしかすると……」
「誰かに誘拐された?」
「分からない。だがもしそうなら俺たちだけじゃ解決できない問題になってしまう」


 もしかしたら自分たちが想像しているよりも不味い状況なのかもしれない。そんなことを考えているとふと足元に何かが当たる感触がしたので覗き込んでみる、そこにいたのは白い毛の小猫だった。


「小猫……?」
「飼い猫か?随分と人懐っこい奴だな」


 確かに野良猫と違い妙に人に慣れている、それに首輪もしているからこの子猫は飼い猫なんだろう。


「ふふっ、くすぐったいよ」


 足にすり寄ってくる小猫を撫でるとにゃーんと嬉しそうに鳴いた。


「案外仲間だって思ってるんじゃないか?」
「わたし、猫っぽい?」
「日向ぼっこが好きだし自由気ままだし掴みどころが分からない、猫そのものじゃないか」


 リィンにそう言われると確かに自分は猫っぽいと思う、リィンに撫でられるのも好きだしね。


「にゃあ」
「あ……」


 小猫はわたしの手から離れて行ってしまった。


「……残念」
「猫は気まぐれだからな……っておい、あの小猫、地下水道に入って行ってしまったぞ」


 小猫は近くにあった地下水道への入り口に入っていってしまった。普段は閉まっているはずなのにどうして開いてるんだろう?


「どうしよう、リィン……」
「少し不用心じゃないか?地下には魔獣が住んでいるんだぞ?」


 帝都ヘイムダルの地下には魔獣が住み着いている、小猫なんて格好の餌になりかねない。


「リィン、追いかけよう」
「ああ、ノノちゃんももしかしたら地下に行ってしまったかも知れないし地下に行くぞ」


 わたしとリィンは小猫を追って地下水道に向かった。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー




「初めて地下水道に入ったけど中々広いね……」


 地下水道は思っていたよりも広く、わたしの声が反響して聞こえた。


「辺りに気配は感じない、魔獣もいないが小猫も奥に行ってしまったか」
「それでどうするの、リィン?」
「本来捜索するなら二手に分かれた方がいいんだが俺達は地下水道の地理を把握していない、それに今は武器もないしな」


 今のわたしたちは武器を持っていない、昨日『ワトソン武器商会』にメンテナンスで出しているからだ。


「一応ユン老師から素手での戦闘方法を学んではいるが油断はしないように先に進んでいこう」
「了解」


 わたしとリィンは魔獣を警戒しながら先に進んでいく、途中で何回か魔獣に遭遇したが危なげなく撃退することが出来た。


「ふう、魔獣は素手でも何とかなりそうだね」
「問題はこの地下水道の広さだな、ここより奥まで入り込まれたら探しようがないぞ」


 さっきから気配を探ってはいるが魔獣ばかりの気配しかない、小猫は更に奥に行ってしまったんだろうか?


「あ、リィン!あれを見て」


 噂をすれば影って言葉が東方にあるってユンお爺ちゃんが言っていたけどまさにその通りだね、目の前に小猫がいた。危ない場所にいると分かってないのか小さな牙を剥いて欠伸をしている。


「好奇心旺盛なのか怖い物知らずなのか、とにかく肝っ玉の据わった小猫だってことは分かった」
「可愛いね」


 思わずほっこりしてしまうわたしと苦笑するリィン、あの小猫は間違いなく将来大物になると思う。


「さてどうするか……」
「リィン、ここはわたしに任せて」


 わたしはゆっくりと気配を消して小猫に近づいていく、警戒心が強い動物は意識に敏感なので意識を周りの空気に溶け込ませて近づいていく。


(……今だ)


 そしてギリギリまで近づいて小猫を抱き上げようとしたその瞬間だった、小猫が突然大きく跳躍してわたしの肩を踏み台にして逃げた。


「しまった、リィン!」
「任せろ!」


 小猫はリィンのほうに向かっていったのでリィンが小猫を捕まえようと立ちはだかる、小猫は素早く跳躍してリィンから逃げようとするがリィンはそれを読んでいたのか小猫が飛んだほうに腕を伸ばした。


「捕まえた!」


 でも小猫は捕まる直前で体を捻ってリィンの腕をかわして更にその腕を踏み台にしてリィンから逃げた。


「なにっ!俺の腕をかわした上にそれを踏み台にして逃げただと!?あの小猫ただものじゃないな!」
「つっこんでないで追いかけるよ!」
「あ、ああ!」


 そこからは追いかけっこの連続だった。猫は入り組んだ地下水道を縦横無断に逃げ回る。


「くっ、地理が把握しきれてないから中々追いつけないな!」
「毛が白いから目立つのが幸いだね」


 このくらい地下水道では白い毛が目立つので見失うことがないのが幸いだ。もし黒毛だったらもっと苦労をしていただろう。小猫は角を曲がり数歩遅れて私たちも角を曲がると小さな影が浮かんだ。


「そこ!」


 わたしは一気に距離を詰めて影を掴んだ。


「ふう、ようやく捕まえた」


 わたしは小猫を抱きしめてリィンの傍に向かった。


「リィン、捕まえたよ」
「ようやくか……まったく困ったイタズラ猫だ」


 リィンに小猫を見せると彼は安堵した表情を浮かべた、小猫は疲れてしまったのかわたしの腕の中で眠っていた。



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 あの後小猫を捕まえたわたしたちはキートンさんの元に向かった。ノノちゃんは見つからなかったがもしかしたらもう既に戻ってるかも知れないと思ったからだ。


「でもまさかノノがあの小猫だったとはな」
「完全に早とちりしてたね」


 なんとわたしたちが探していたノノちゃんはあの小猫だったのだ。よく考えればキートンさんは人間の子供なんて言ってないし白い毛と言っていたのは毛並みの事だったんだ、完全に深読みし過ぎた。
 もうすっかり日も暮れて夜になっている。そろそろデートもお開きの時間だろう。


「今日は楽しかったか?」
「うん、すっごく楽しかった」


 リィンとこうして遊びに出かけれたのは久々のことだったし、アクシデントはあったがそれをふまえてもとても楽しかった。


「お、もしかしてリィンとフィーか?」


 背後から声をかけられた私たちは後ろを振り向くと金髪の男性が手を振りながら近づいてきた。


「あれ、トヴァルさんじゃないですか」


 わたしたちに声をかけてきたのは遊撃士であるトヴァル・ランドナー。アーツの使い手でありその腕前はかなりのものだ。


「何だ、もしかしてデート中だったか?」
「あはは、まあそんなところですね。所で今日はサラ姉は一緒じゃないんですか?」
「ああ、あいつは今里帰りしてるよ。だから今は帝都にはいないぜ」
「たしかノーザンブリアの出身だっていってましたね」


 二人が言っている人物はサラ・バレスタインという女性で史上最年少でA級になった凄腕の遊撃士だ。サラも本来は敵対する関係であるが何かとわたしたちを気にしてるのか構ってくる、リィンも慕っておりサラ姉と呼んでいる。


「じゃあ今帝都のギルドは人手不足なんじゃないですか?」
「まあな、やっぱあいつが居ねえと依頼が周らないからな。A級は伊達じゃないぜ」
「お蔭でこっちも仕事がやりやすいですよ」
「おいおい、ちょっとは手加減してくれよ?お前らも中々やるんだし俺は接近戦は苦手だからな」
「トヴァルさんもかなりの強者だと思いますが……」
「サラほどじゃないさ」
「これで私生活と男の趣味が良かったら完璧だけどね」
「まあそれは言ってやるな、本人も気にしてるんだ」


 サラは遊撃士の中でもかなりの強さを持っているが私生活は結構だらしない、それにおじさま好きなので恋人もいないらしい。


「所でお前ら、少し聞きたいことがあるんだがいいか?」
「何でしょうか?」
「最近帝都のギルドの辺りで変な奴らがうろついているって情報があったんだが何か知らないか?」
「帝都のギルドを?……ええと、俺たちは知らないですね」
「猟兵もこの数日で帝都入りしてるのは、わたしたち西風の旅団だけって聞いたしね」
「そうか、うーん、何なんだろうな。まあ警戒しろとは言われているし俺は見回りを続けるわ。呼び止めてすまなかったな」
「いえ、気を付けてください」
「バイバイ」
「おう、じゃあな」


 トヴァルはそう言って立ち去っていった。


「何か変な奴らがうろついているみたいだな。何か分かったら教えておくか」
「ん、っていうか遊撃士なのにわたしたちを疑わないのって変な感じだね」
「トヴァルさんもサラ姉も敵対してる時は油断ならないけどプライベートだと友人みたいに接してくるからね。まあいいじゃん、変に疑われるよりは。実際に俺達は関係ないんだし」
「それもそうだね」


 まあ疑われるよりはいいかな。仕事柄敵対することもあるがプライベートでは意外と気さくに話しかけてくるので最初は戸惑ったが今はそんな人もいると納得している。団長も仕事とプライベートの線引きはしとけって言ってたしね。


「さてこれからどうする?もういい時間だけど」
「あ、じゃあ最後にお願いを聞いてほしいな」
「お願い?何だ?」
「あのね、一緒に星を見に行きたいの」



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 わたしとリィンは帝都・ヘイムダル港に来ていた。この時間帯は人がほとんどいないからだ。


「うわぁ……」
「綺麗だな……」


 上を見上げると綺麗な星空が空いっぱいに広がっていた。


「昔はフィーとよくこうして星を眺めていたな、最近は忙しくてできなかったけど」
「うん、懐かしいね」


 昔からわたしはよくリィンと一緒に星空を眺めていた。まだ団の皆に拾われる前は星を見て寂しさを紛らわせていたが、今はこうして大切な人と星を眺めることが出来る。


「……リィン、ありがとう」
「突然お礼を言ってどうしたんだ?」
「あのね、わたし今凄く幸せだよ。団長やマリアナ、ゼノやレオ、皆がいて……貴方に出会えた、家族になってくれた。それが本当に嬉しいの」
「フィー、それは俺も同じ気持ちだ。皆と家族になれてそしてフィーに出会えた事が嬉しい。だから俺からもお礼を言わせてくれ。ありがとう、フィー……」


 リィンはそっとわたしを抱きしめる、わたしもリィンに抱き着いた。


「リィン、もっと強く抱っこして」
「了解。でも何だか今日のフィーはいつもより甘えん坊だな」
「うん、甘えん坊だよ……」


 ぎゅーと力一杯にリィンに抱き着く。このまま時が止まっちゃえばいいのに……










 ……ガサ


 ……でも無粋な奴って必ず現れるものだ。わたしがリィンの温もりを堪能しているとわたしとリィンのいる場所から離れた路地裏で何か物音が聞こえた。
 実はここに来た時に何者かがこちらを伺っている気配を感じた。どうやらここに集まって何かしていたようだがわたしたちが来たので隠れて様子を伺っていたんだろう、そして隙が出来たと思い逃げた、ってところかな。


「リィン、もしかして……」
「ああ、トヴァルさんが言っていた怪しい連中かもしれない。音をたどってみよう」
「了解」


 わたしとリィンは音がした方に行くと足跡が路地裏に向かっていた。暫く路地裏を走っていると前方に猟兵が使うような装甲鎧の人物が5人ほどいた。


「止まれ!」
「!?」


 わたしが跳躍して集団の前に降り立ち行く手を塞ぎリィンが背後から拳を構えて怪しい集団に質問した。


「お前ら、こんな夜遅くに路地裏で何をしている?最近帝都のギルド付近で目撃されるという集団はお前らか?」
「……始末しろ」


 集団の一人がそういうと全員が武器を構えた。


「話す気はないか、フィー!迎撃態勢!」
「了解!」


 わたしたちは襲い掛かってきた集団に素手で交戦した。幸い相手もそこまで強くなくリィンと二人係で無力化することができた。


「ぐっ、何だこいつら!」
「子供なのに強い!」


 地面に倒れている怪しい集団の一人の胸倉をリィンが掴んだ。


「さっきの質問をもう一度する。お前らは何者だ?」
「…………」
「黙秘か、なら気絶させて遊撃士ギルドにでも引き渡すか。フィー、手伝ってくれ」
「ん、了解」
 

 わたしたちは全員を手刀で気絶させる。じゃあさっさとトヴァルを呼びに行こうかな……


「あはは、噂通りの強さだね」


 その時だった、さっきまで全く気配を感じなかったのに突然何者かがわたしたちの傍に立っていた。黄緑色っぽい髪と顔に刺青の入った子供みたいな男の子だった。


「……誰だ?全く気配がなかったが…」
「残念ながら今は名前を名乗れないんだ、まあ親しみを込めて赤の道化師とでも呼んでよ。その人たちは僕の組織の仲間でね。手荒な真似をされるのは困るんだよね」


 赤の道化師と名乗った少年は楽しそうに笑うがわたしとリィンはその笑みから得体の知れない不気味さを感じて警戒する。


「……どうやら話を聞かなくちゃならない相手が増えたようだな。組織と言っていたがお前らは何者だ?」
「それにしてもまさか君たちが邪魔に入るとは。教授が君たちの事を気にしていたけどこれはもう運命なのかもしれないね」


 リィンの質問にも答えず少年は実に楽しそうに笑っている。その姿は私に言いようのない不安を感じさせた。


「……貴方、何者なの?」
「今は言えないかな?まあいずれ分かるよ」


 わたしとリィンは相手の隙を伺う、これ以上この得体の知れない存在と関わる気はないからだ。隙を見て攻撃しようとしたが少年が指を鳴らすと突然金色の網みたいなものに掴まってしまった。


「こ、これは!?」
「動けない……!」
「流石は猟兵王の息子たちだね。隙を見て何時でも攻撃しようとしていたのは分かっていたからちょっと手荒な真似をさせてもらうよ」


 少年が再び指を鳴らすと私たちに足元に何か文字のようなものが円を描くように浮かび上がる。


「これから面白い劇が始まる予定なんだけど君たちもご招待しよう。役者は多い方が舞台は盛り上がるしね」
「リィン……!」
「フィー……!」


 わたしとリィンは互いに手を伸ばすが、触れ合う一歩手前でお互いの意識が無くなってしまった。そしてわたしとリィンの姿が消えてしまった、最初からそこにいなかったかのように……


「ふふ、これより『福音計画』の序章の始まり始まり……」



 

 

第27話 太陽の娘

side:??


「グルル…」
「いやぁ、誰か助けて…」


 どこかの森に一人の女の子が狼型の魔獣に遭遇してしまっていた。魔獣は今にも女の子に飛びかからんとうなり声を上げている。一方女の子は恐怖で足がすくんでしまったのかその場を動けないでいた。


「グルァァァッ!!」
「いやああぁぁぁ!!」


 狼型の魔獣が女の子に向かって飛びかかる、その鋭い牙が女の子に刺さらんとしたその時だった。


「させないわよ!」
「ギャンッ!?」


 茂みから一人の少女が現れて魔獣を持っていた武器、スタッフで弾き飛ばした。


「ふえっ…?」
「もう大丈夫よ。私があなたを守るわ」


 襲われかけていた女の子は突然現れた少女に困惑した表情を浮かべるが少女の笑みを見て自分を助けに来てくれたと理解し安堵の表情を浮かべる。


「グルル…」


 一方の魔獣は突然の乱入者を警戒していた。少女は魔獣に振り替えるとスタッフを構える。


「こんな小さな女の子を襲うなんて許さないわ!私が相手よ、かかってきなさい!」
「グガァァァッ!!」


 少女の言葉に魔獣はキレてしまったのか牙を剥いて少女に飛びかかる、少女はスタッフを振るい魔獣に向かっていった。


「喰らいなさい、『金剛撃』!!」


 少女の放った一撃が魔獣に炸裂した、その威力は凄まじく魔獣は声も上げる暇もなくセピスへと変わっていった。


「ふう、ざっとこんなもんよ」


 少女は余裕綽々といった様子で勝利のポーズを決めた、そして今なお地面に座り込んでいる女の子に声をかける。


「もう大丈夫よ、あなたを襲おうとした悪い魔獣は私が退治したわよ」
「ありがとう、お姉ちゃん!すっごくかっこよかったよ!」
「ふふん、お姉ちゃんはね、とっても強い遊撃士なんだから!」



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side:エステル


「う~ん、あたしは遊撃士なんだから…むにゃむにゃ…」
「エステル、もう朝だよ」


 …う~ん、なによ、今いい所なのに…


「エステル、起きなって。朝ご飯出来てるよ」


 ……ふえ?


 あたしは重たい瞼を開けて辺りをキョロキョロとする。さっきの女の子の姿はなくそこは見慣れたあたしの部屋だった。


「…う~眩しい…あれ?ここは…」
「まだ寝ぼけてるの?さっきも寝言でなにか言ってたし……ほら、しっかりしなよ」


 濡れたタオルで顔を拭かれてようやくさっきまでの出来事が夢であったことを理解してあたしは自分の顔を拭いてくれた人の名前を呼んだ。


「おはよう、ヨシュア」
「おはよう、エステル。はやく着替えて顔を洗ってきなよ。今日はお父さんが朝ご飯の当番だから待ってるよ」
「うん、今準備するわ」
「じゃあ先にいってるよ」


 あたしは義弟のヨシュアに返事をして彼が部屋を後にしたのを確認してから着替え始めた。



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「おはよう、父さん」
「おはよう、エステル。今日はお寝坊だな」
「えへへ、ちょっといい夢を見ていたんだ」
「そうか、まあとにかく朝食を食べなさい。ヨシュアも席について」
「うん、わかったよ」
「それじゃあ食うか、いただきます」
「「いただきます」」

 あたしは父さんに挨拶をして自分の席に座り朝食を食べる。


「ごちそうさま~!とっても美味しかったわ!」
「朝からよく食べるね……」


 あたしの食べっぷりを見てヨシュアが半笑いをしていた。何よ、別にいいじゃない。


「いいじゃん。子供はよく食べてよく寝る事で育つのよ」
「まあしっかり喰って力を付けるんだな。何ていったって今日は研修の仕上げなんだろう?」
「うん、今までのおさらいだけどね」
「それが終わればあたしたちも『遊撃士』よ」


 あたしはふふんと胸を張るように父さんに話した。今日の研修を終えればあたしもいよいよ遊撃士になれるんだから、もう子供扱いなんてさせないわよ!


「最初になれるのは『準遊撃士』だろう?まだ見習いになったばかりだ。一人前になりたければ早く『正遊撃士』になることだな」
「むむっ、上等じゃない」


 遊撃士には順序があって研修を終えた人を準遊撃士といってそこから実績を積んでいきそれがギルドに認められると晴れて正遊撃士になれるシステムなの。だから父さんに追いつくためにも早く正遊撃士にならなくちゃ。


「何を張り合ってるんだか……」
「ちょっと、ヨシュアも父さんに負けないぞっ!……ってくらいの意気込みをいいなさいよ」
「今日は試験もあるんだ、まずはそれに受かってからだよ」
「大丈夫大丈夫、何とかなるって♪」
「全く……君は前向きというかなんというか」


 別にいいじゃない、受からないって思って受けるより受かるって思ってやった方が絶対いいんだから。


「ほらほらお前たち、そろそろ町に行った方がいいんじゃないか?シェラザードが待ってるんだろう?」
「あ、いっけな~い!そろそろ行かないと!」
「それじゃ行ってくるよ、父さん」
「ああ、気をつけてな」


 あたしは父さんに挨拶をしてヨシュアと一緒に街に向かった。







「ちょうどいい時間についたみたいだね」
「それにしても日曜学校を卒業したばっかりなのにまた勉強しなくちゃいけないなんて思ってもなかったなぁ」
「それも今日で最後でしょ?それに自分で選んだ事なんだ、我慢しなくちゃ」
「それもそっか、じゃあ最後くらい気合を入れてシェラ姉のシゴキに耐えるぞ!」
「そのいきだよ、エステル」


 あたしは気合を入れなおしてヨシュアと一緒に遊撃士協会(ギルド)の入り口のドアを開けて中に入る、すると受付のアイナさんが私たちに気が付いた。


「あら、おはよう。エステル、ヨシュア」
「アイナさん、おはよう」
「おはようございます」
「ねえアイナさん、シェラ姉ってもう来てる?」
「ええ、二階で待ってるわ、今日の研修が終われば二人とも遊撃士の仲間入りね」
「うん、その為にも今日の試験は頑張るわ!」
「ええ、私も応援してるわ」


 アイナさんと挨拶をして二階に上がる、二階の奥のテーブルに銀髪の女性がカードを並べて何か考え事をしているのが見えた。


「シェラ姉、おっはよー!」


 あたしが声をかけると銀髪の女性ことシェラ姉が顔を上げた。


「あら、エステル、ヨシュア。おはよう」
「おはようございます、シェラザードさん、何かを占っていたんですか?」
「まあちょっとね、それにしてもどうしたの、エステル?貴方がこんなにも早く起きてくるなんて珍しいじゃない」
「まあ最後の研修くらいはね。とっとと終わらせて遊撃士になるんだから!」
「なら今日のまとめは厳しくいくわ、覚悟してなさいね♪」
「え~そんな~……」
「あはは、お手柔らかにお願いします……」


 そんな会話を終えてあたしたちは今までのおさらいに入るのだった。


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 今日のまとめは実際に遊撃士の仕事の流れを私たちが体験していくものだった。でも机の上で勉強するよりはこっちのほうがあたし的にはありがたかった。
 それからは遊撃士が使う道具や施設の一通りの説明を受けて最後に街の地下水路にある宝箱から収められているものを回収するという依頼をこなすことになった。魔獣が徘徊していたけどヨシュアと協力してなんなくクリアすることが出来たわ。


「二人とも、お疲れ様」
「ふっふ~ん。どうよ、あたしたちが本気になればこんなの楽勝なんだから」
「よく言うよ、途中で箱の中身を見ようとしたくせに」
「あら、これは落第かしらね?」
「ちょ、ちょっと!それは言わないでよ!?」
「うふふ、冗談よ。まあ途中で開いていたら本当に落第にしてたけどね」
「あっぶな~、開けなくてよかった……」


 その後は依頼の報告をして無事に今日の研修を終えることが出来た。そして遂に遊撃士の証であるエンブレムをもらう事が出来た。


「やったね、ヨシュア!これであたしたちも遊撃士の仲間入りよ」
「全くエステルは……はしゃぐ気持ちは分かるけど僕たちはまだ見習いだから調子にのるのは良くないよ」
「今日くらいいいじゃない、憧れていた遊撃士にやっとなれたんだから!」
「……そうだね、今日くらいはいいよね」
「そうよ、もっとパーッと喜ばないと!」


 でもようやくあたしも遊撃士になれたのね。これは早くお父さんに報告しなくちゃいけないわね。


 あたしたちはシェラ姉にお礼を言ってギルドの外に出るとルックとパットの二人に出会った。二人はこの街に住んでいる子供であたしたちの知り合いでもある。でもなんでかルックはあたしによくつっかかってくるのよね、パットは素直でいい子なのにどうしてああも違うのかしら。


「ルックったらどうしていつもつっかかってくるのかしら?あたし、嫌われてるのかなぁ…」
「いや、むしろ逆だと思うよ」
「え、どうして?」
「まあ男の子にはそういうこともあるのさ」


 そういえば二人は秘密基地に行くって言ってたわね、町の外には魔獣もいるしあんまり危ない事をしてないといいんだけど……まあ大丈夫よね。


 あたしは二人がちょっと心配だったけど取りあえず今は家に帰ることにした。


「エステル!ヨシュア!」


 その時だった、誰かに呼ばれたので振り返ってみるとアイナさんが何やら慌てた様子で走ってきた。


「あれ、アイナさん?」
「どうかしたんですか?やけに慌ててますが…」
「少し面倒なことになったの?」
「面倒なこと?」


 アイナさんの話によるとルックとパットの二人が北の郊外にある翡翠の塔と呼ばれる場所に向かったらしい。翡翠の塔は魔獣の住処になっているという話があるので幼い二人には危険な場所だ。しかしシェラ姉は他の仕事でいないためアイナさんは父さんに保護をお願いしに行くところだったらしい。


「アイナさん、あたしたちが先に翡翠の塔に行きます!」
「でも貴方たちは今日資格をとったばかりだし……」
「いえアイナさん、ここはエステルのいう通りです。二人にはさっき会ったばかりですから急げば塔につく前に追いつけるかも知れません」
「……わかったわ、責任は私が持ちます。遊撃士協会からの緊急要請よ、一刻も早く子供たちの安全を確保して」
「了解!」


 アイナさんは父さんを呼びに行きあたしたちはマルガ山道を通って翡翠の塔を目指した。



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「翡翠の塔まで来たけどここまで来るときに二人は見なかったわね」
「ああ、どうやら少し遅かったようだ。きっと二人はもう塔の中に入っていると思う」
「大変じゃない!?急がないと!」


 あたしたちは二人を探しに翡翠の塔に入る、初めて中に入ったけどけっこう広いわね。一階には二人の姿がなかったので二階に向かった。


「うわああぁぁぁ!?」
「た、助けてぇぇぇ!!」


 二階に上がると二人の悲鳴が聞こえた。


「ヨシュア!」
「了解!」


 あたしたちは武器を構えて声がした方に向かった。そこには複数の飛び猫が二人に襲い掛かろうとする光景が目に映った。


「うりゃあああ!」
「はあぁぁぁっ!」


 バキッ!ザシュッ!


 あたしとヨシュアがそれぞれ一体ずつ飛び猫を倒して二人の前に立ち武器を構えた。


「エステル!?」
「ヨシュア兄ちゃんだぁ!」
「あんたたち!危ないから下がってなさい!」
「すぐに片付けるからね」


 あたしとヨシュアは飛び猫に向かっていった。


「喰らいなさい、『旋風輪』!!」


 あたしはスタッフをつむじ風のように振り回し飛び猫を蹴散らした。


「そこだ!」


 そこに追撃でヨシュアが攻撃を放ち飛び猫の一対をセピスに変えた、だがヨシュアの背後から他の飛び猫が襲いかかろうとしていた。


「『アクアブリード』!!」


 あたしはアーツを飛び猫に放ち怯ませる、その隙にヨシュアがSクラストの体制に入った。


「秘技、『断骨剣』!!」


 ヨシュアの姿が消えて飛び猫を左右から斬りつけて止めに真上から鋭い一撃を放つ。飛び猫がそれに耐えられる訳もなくその体をセピスへと変えた。


「よっしゃ、片付いたわね」
「うん、みんな無事で良かったよ」
「終わったの……?」
「すっげえ!エステルって結構強いんだな!俺、見直したよ!」
「このおバカ!」


 あたしははしゃぐルックの頭に拳骨をお見舞いした。


「いってー!何すんだよ!」
「何すんだよじゃないわよ!こんな危ない所に来てなに考えてるのよ!皆心配してたわよ!」
「そ、それは…」
「あんたたちに何かあったら悲しむ人がいるのよ、だからもう危ない事はしないこと。いい?」
「……うん、ごめんなさい」
「うん、よろしい」


 あたしはルックの頭を撫でる。顔が赤いけど嫌だったのかしら?


「エステル、なんだか年上のお姉さんみたいだね」
「ちょっと!あたしは正真正銘年上のお姉さんよ!」
「ごめんごめん、冗談だよ…ッ!エステル、後ろ!」
「えっ……」


 あたしが背後を振り返ると魔獣があたしたちに襲い掛かろうとしていた。咄嗟の事だったので防御も出来ずせめてルックを守ろうと身を盾にしようとした。


「詰めが甘いな、二人とも」


 だが魔獣は弾き飛ばされて消えて行った。あたしは何が起きたのか一瞬理解できなかったが、あたしを助けてくれた人に向きかえる、そこに立っていたのは父さんだった。


「と、父さん!?」
「良かった、来てくれたんだね」
「ああ、アイナから連絡を受けてな。しかし危なかったな、エステル。見えざる脅威に対応するため常に感覚を研ぎ澄ませておく、それが遊撃士の心得だぞ」
「うん、ごめんなさい……」


 さっきのは完全にあたしが油断していた事なので素直に謝った。


「なんだ、やけに素直じゃないか」
「そりゃ自分が悪いと思った事は素直に謝るわよ……」
「だがお前たちがいなければ俺も間に合わなかったかもしれん。その点に関してはよくやったぞ」
「あ……」


 父さんに頭を撫でられてちょっと恥ずかしい気持ちになった、でも何だか嬉しいな。


「父さん、ごめん。僕がついてながら…」
「まあお前も守ることに関してはまだまだだったようだな。だがそんなに落ち込むな、精進するようにすればいいさ」
「うん、わかったよ」


 ヨシュアも父さんに頭を撫でられて照れくさそうに微笑んだ。


「さて帰るとするか。お-し坊主ども、歩けるな?」
「あ、まってカシウスおじさん」
「あっちに誰か倒れているんだ」
「あんですって?」


 ルックとパットの言葉にあたしは驚いた、他にも誰かがここにいるってこと?


「倒れているって怪我をしてるって事?大変じゃない!」
「う~ん、それが突然現れたんだ」
「えっ、どういうこと?」
「俺達が二階に上がったらピカーって光ったんだ。そしたら知らない兄ちゃんが倒れていて……俺達町に戻って誰かを飛ぼうとしたんだけど魔獣に囲まれちゃったんだ」
「ふむ、気になるな。そこに案内してくれないか?」
「うん、こっちだよ」


 二人に付いていくと確かにそこには誰かが倒れていた。


「黒髪……ここらへんじゃ見かけないわね」
「うん、珍しいね」


 あたしとヨシュアが倒れている男の子を見ていると父さんが驚いた様子で駆け寄っていった。


「馬鹿な、なぜ彼がここに?」
「父さん、この子の事知ってるの?」
「話は後だ、まずは町の教会に彼を連れて行くぞ。お前達は子供たちを頼む」
「あ、父さん!」


 父さんは倒れていた男の子を背中に背負って町に向かっていった。普段は冷静な父さんの慌てように少し驚いたがあたしたちはルックとパットを連れて街に戻った。

  

 

第28話 カシウスとの再会

side:エステル


 翡翠の塔でルックたちを保護したあたしたちはそこで見つけた男の子を連れて家に戻ってきていた。


「あの子、大丈夫かしら?」
「一応デバイン教区長に見てもらったから問題はないと思うけど……」


 町に戻ってきた後あたしたちは直に七曜協会のデバイン教区長を呼んで具合を見てもらったけど体に異常はないみたい、今は使われていない別室で眠っているわ。


「それにしても珍しいわね、父さんがあの子を家で看病するなんて……」
「うん、こういった場合はギルドが保護するんだけど父さんが無理を言って家に連れてきたんだよね」
「う~ん、父さんも慌てていたし知り合いなのかしら?」


 あの時の父さんは珍しく慌ててたしあの子の事を知ってるのかも知れないわね。


「……もしかしてあの子もヨシュアみたいに家で面倒みるって言わないわよね?」
「流石にそれは無いんじゃないかな、僕みたいに行き倒れていたってわけでもなさそうだったし……」
「確かに服装は綺麗だったし単なる知り合いの線が強そうね。それにしてもあの子を見てるとヨシュアが初めてこの家に来たのを思い出すわね」
「ああ、もう5年くらい前のことだね」

 
 ヨシュアは父さんの血の繋がった子ではなく養子なの、昔遊撃士の仕事で保護したらしくてそれ以来は本当の家族のように過ごしてきた。


「……ねえ、ヨシュア。昔の記憶は興味ないの?」
「えっ、突然どうしたの?」
「その、少し気になっちゃって……」


 ヨシュアがこの家に初めて来た時、彼は自身に感する記憶を殆ど失っていた。覚えていたのは自分の名前だけ……今は私の家族として一緒にいるけどやっぱり気になってるのかなって思っちゃって……


「う~ん、やっぱり正直に言うと気にはしてるんだ、記憶を失う以前の自分は何者だったんだろうって。でも父さんは話したくなさそうだしもしかしたら自分はとんでもない悪党だったんじゃないかって思う事もあるんだ」
「そんな訳ないわ!もしそうなら父さんが家に連れてくるわけがないじゃない!」
「エ、エステル、落ち着いて……」
「あ、ごめん、あたしから聞いておいて……」


 自分で質問しておいて熱くなっちゃったわ、なにやってるんだろう、あたし……


「……ふふっ、でもありがとう、エステル。僕の事を心配してくれたんだろう?確かに記憶について気にしてない訳じゃないけど例え記憶が戻ったとしても僕の居場所はここだよ。君と父さんがいるこの家が僕の帰る場所さ」
「ヨシュア……そうよね!あたしったららしくないことで悩んじゃったわ。ヨシュアが何者でも家族であることに変わりないもんね!」
「ようやくいつものエステルらしくなったね」
「いつものってなによー、それってあたしが能天気だっていうの?」
「あ、自覚はあったんだね?」
「あんですってー!」


 ……あはは、なんかおかしくなってきたわ、変に心配しちゃってバカみたい。


「さてと、そろそろ夕食を作るとしますか、ヨシュアも手伝ってくれる?」
「うん、任せて」


 あたしは気持ちを切り替えてヨシュアと一緒に夕食作りを始めた。あ、そうだ。あの子の分も一応作っておこうかしら。



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side:リィン


「……ん、あれ、ここは?」


 目が覚めた俺は知らない部屋で寝ていた、何があったんだっけ、思い出そうとしても頭の中の記憶が霧のように覆われていていまいち思い出すことが出来ない。


「確か俺は帝国で仕事をしてそれから……」


 ガチャッ


 俺が記憶を探っていると部屋の扉が開き誰かが入ってきた。入ってきたのは栗色の髪をツインテールにした女の子と俺と同じ黒髪の男の子だった。


(……?なんだ?あの男の子を見た時一瞬胸の傷が疼いたような……)


 男の子を見た時に変な既視感を覚えたが気のせいだと思い彼らに話しかけようとした。


「あ―――!起きてるじゃない!良かった!」


 だが女の子の方が先に声をかけてきた、俺は大きな声にビクッと体を震わせてしまった。


「あ、あの……」
「ヨシュア、この子が目を覚ましたことを父さんに話してくるからちょっとこの子の事頼んだわね!」


 女の子はそういうと一目散に部屋を出て行った。


「えっと……」
「騒がしくしてごめんね、エステルってちょっと慌てやすい性格だから……それより体の方はもう大丈夫かい?」
「あ、はい。ちょっと頭が痛むくらいです。あの、それよりここは……」
「父さん、早く早く!」


 俺が質問しようとすると今度は女の子と男性が入ってきた、だが俺はその男性を見て驚いた。


「カ、カシウスさん!?」


 そう、俺の前に現れたのはD∴G教団の事件の時にお世話になったカシウス・ブライトその人だったからだ。


「久しぶりだな、まさかこんな所で再開するとは思ってもいなかったが……」
「カシウスさん、貴方がいるって事はここはまさか……」
「ご察しの通りだ、ここはリベール王国のロレントにある俺の家だ」


 カシウスさんの言葉に俺は驚きを隠せなかった。俺は確かにエレボニア帝国にいたはずだ、なのにどうしてリベール王国にいるんだ?


「すいません、カシウスさん。今日は何日でしょうか?」
「今日は〇月▲日だがどうかしたのか?」


 そんな……確か俺が帝都にいたのが〇月□日だったから一日しか立っていないのか?


「大丈夫か?様子がおかしいが……」
「……いえ、すいません。落ち着きました」
「そうか……所で」
「ねえお父さん、あたしたちのことほったらかしだけどその子は誰なの?」
「ん?ああ、話していなかったな」


 カシウスさんが俺に何か話しかけようとしたが女の子に話しかけられたためカシウスさんは話を中断して俺について話し始めた。


「彼は私の友人の息子だ。以前遊撃士の仕事で知り合って何かと交流を重ねているんだ」
「また遊撃士の仕事関係?意外と顔が広いのね」
「おいおい、俺だって自分で言うのもあれだが結構有名なんだぞ?」
「だって父さん家じゃそういった事話さないじゃない」
「そういえばそうだったな」


 先程からの二人の会話でどうやらこの二人はカシウスさんの娘と息子だということが分かった。


「ねえ君、名前はなんていうの?まだ自己紹介してなかったよね?」
「俺は……リートといいます」


 俺は本名ではなく偽名で名乗った、ここがリベール王国なら本名で名乗るのは不味いと思ったからだ。リベール王国は猟兵の運用を禁止している国であり入国すらかなり厳しく取り締まれている。
 そのため猟兵である俺は本来この国にいると厄介な事になる存在だ。カシウスさんも事情を知っているので何も言わなかった。


「リート君っていうんだ、あたしはエステル・ブライトよ、よろしくね」
「僕はヨシュア・ブライト。よろしく」
「はい、よろしくお願いします」


 二人と自己紹介をかわしてカシウスさんに向き変える、そして視線で合図を送るとカシウスさんも察してくれて首を縦に動かした。


「エステル、ヨシュア。すまないが先に夕飯を食っていてくれ。俺は少しこの子と話すことがあるからな」
「えっ、何を話すの?もしかしてあたしたちが聞いたら不味いこと?」
「ああ、ちょっとプライベートな事だからお前たちは席を外していてくれ」
「うん、わかったわ。行きましょう、ヨシュア」
「じゃあ先に食べてるね、父さん」


 エステルさんとヨシュアさんは部屋を後にして俺とカシウスさんの二人きりになる。


「……さて改めて久しぶりだな、リィン」
「はい、お久しぶりです。カシウスさん。そうだ、さっきは話を合わせてくれてありがとうございました」
「構わないさ。あの子たちも今日なったばかりとはいえ遊撃士でな、流石に猟兵である君の事を話すのは不味いからな……さて本題に入ろうか」


 カシウスさんは近くにあった椅子に座り俺に真剣な眼差しで告げる。


「何があって君はあそこに倒れていたんだ?西風の旅団は今リベール王国に来ているのか?」
「いえ西風の旅団は今エレボニア帝国で活動しています。貴族の護衛やラインフォルト社の新装備のテストをしていました。俺は非番の日にフィーと一緒に帝都で過ごしていたんです、その日の夜に港で怪しい集団と出くわしました。そいつらは無力化したんですがその後に何者かに……あれ?」
「どうしたんだ?」
「……すいません、何故か覚えていないんです。何者かに教われたのは確かなんですがそいつの顔に靄がかかっているみたいに……駄目だ、思い出せない……」
「……ふむ、デバイン教区長に見てもらったが体に異常は無いと言っていた、となると疲労による意識の混濁かもしれないな……とにかくその怪しい集団とやらに何かをされてリベールにつれてこられたという事か?」
「恐らくは……」


 俺は思い出せることを全てカシウスさんに話した、カシウスさんはしばらく何かを考えこんでいたが目を開けて俺の方に向いた。


「事情は分かった、とにかく君がいなくなったのであればルトガー君たちも心配をしているだろう。丁度俺もある事情で帝国にいかなければならなくなったんだが君も一緒に来ないか?」
「え、いいんですか?」
「ああ、見たところパスポートを持っていないんだろう?身分を証明できる物がなければ飛行船や関所を超える事はできないからな」


 カシウスさんの提案に俺は安堵の表情を浮かべた。というのも猟兵は表の世界でも活動できるように偽装した身分証明書やパスポートを持っている。猟兵も常に戦場で戦う者ばかりではない、表で店を経営したりして情報を集めたり資金を調達している者もいる。あの赤い星座もクラブを経営しているし西風の旅団もいくつか店を経営している。
 

 しかし今は何の準備もしないでリベールに来てしまっているからそんなものは持っていない。つまり国境を超える手続きが出来ないという事だ。だがカシウスさんがいればその辺は上手く誤魔化してもらえるだろう、なんといってもリベールの英雄だしね。


「ありがとうございます、これで団長達の元に帰れます」
「気にしなくてもいい、問題は君を襲った集団だが……恐らく俺が帝国に向かうことになった事件と関係がありそうだ。後の事は俺に任せておきなさい」
「帝国で何かあったんですか?」
「ああ、どうも帝都ヘイムダルにある二つのギルド支部が何者かに襲撃を受けたらしい」
「襲撃って……ギルドをですか!?」
「うむ、本来ならサラ君を筆頭に優秀な遊撃士たちがいるのだが生憎彼女は不在のようでな、捜査も難航しているらしいから事件の解決の為に俺が呼ばれたんだ」
「カシウスさんをですか……?」


 なにか変だな、エレボニア帝国からすればカシウスさんは百日戦争で手痛い目に合わされた人物のはずなのに態々自国に呼び入れるなんて……いやそれだけ大事になっているのかもしれないな。
 

「まあ君には関係のない話だ、気にしなくていい。俺は明日にはここを出る予定だから今日はここに泊まっていきなさい」
「すいません、迷惑をお掛けして……あ、そうだ。カシウスさん、フィーはどこにいるんですか?」
「……フィー?」
「はい、フィーも一緒に保護してくれたんですよね?」
「……リィン、落ち着いて聞いてくれ。俺が保護をしたのは君だけだ」
「……えっ?」


 俺はカシウスさんの言葉に頭が真っ白になった、フィーはいないって……


「ほ、本当ですか!?確かにフィーは俺と一緒にいたんです!」
「念の為に塔の内部や周辺も探したがいたのは君だけだ。そこにフィーはいなかった」
「そ、そんな……」


 フィーがいないと分かった瞬間体が震えだし今にも胃の中の物を吐き出してしまいそうになった。


「…………」
「大丈夫か、リィン?」
「……すいません、カシウスさん。もう平気です」
「しかし……」
「あの子も猟兵です、こういった事態は想定してます。今すべきなのは慌てる事ではなく落ち着いてどうするか考える事です……」
(……必死で心を落ち着かせている、昔の彼だったら躊躇なく飛び出したはずだ。彼も猟兵として成長しているのか……)


 俺はカシウスさんにそう言うが内心は直にここを飛び出してフィーを探しに行きたい衝動にかられた。でもそんなことをしてもフィーが見つかる可能性は限りなく低い、故に必死で心を落ち着けた。



「……カシウスさん、お願いがあります」
「……恐らく俺が考えていることを言おうとしてるだろうが……話してみなさい」
「俺をリベールに残してくれませんか?」


 俺の問いにカシウスさんは分かっていたかのようにため息をついた。


「……分かっているとは思うが君は猟兵だ。唯でさえこの国は猟兵に対していい感情はもっていないのに入国手続きもしていない猟兵がいる、もしこの事実が発覚すれば容赦なく捕らえられる。俺は君を知ってるのでこうやって保護をしたが本来なら捕らえなければならない」
「……はい」


 カシウスさんのいう事は最もだった。ちゃんとした手続きをしないでリベールに入り込んだ猟兵……こんな怪しい奴を捕えない訳がない。カシウスさんと知り合いでなければ即座に拘束されて尋問されていただろう。


「しかし俺も直にここを発たなくてはならない、君から事情を知ったルトガー君がリベールにフィーを捜索しに来るかもしれない、いや彼なら来るだろう。普通の猟兵団ですらそれなのに猟兵王が来るとなればこの国も大慌てになるな、さてどうしようか」
「あ、あの……カシウスさん?」


 カシウスさんは突然棒読みで演技を話すように喋りだした。


「仕方ない、ルトガー君には悪いがリィンをギルドで保護したことにしてフィーの事について何か情報がこないか根回ししておくしかないようだな」
「カシウスさん……!」


 俺はカシウスさんの言葉に思わず笑みを浮かべてしまった。


「……という訳だ、君はロレント支部で保護をするように話を付けておく、そしてフィーの捜索願の依頼も出しておこう」
「カシウスさん、ありがとうございます!」


 俺はカシウスさんに頭を下げて感謝の言葉を告げた。


「だが分かっていると思うが君は保護される身だ、絶対に自分から勝手な行動をしたりはしないように。後フィーも君のように偽名を使っているのか教えてくれないか?」
「はい、フィーは恐らくフィルと名乗っているはずです。こういう状況に陥った時はそう名乗ろうって決めてますから」
「ならフィルの捜索願としてだしておこう。やれやれ、やることがふえてしまったな」
「本当にすいません、何度もご迷惑をかけてしまって……」
「気にするな、君にはD∴G教団の件で世話になったからな。さて早めに動くとしようか」


 カシウスさんは椅子から立ち上がると部屋を出て行こうとしたが何かを思い出したかのようにこちらに顔を向けてきた。


「そうだ、腹が減っているだろう。エステルたちが夕飯を作っていてくれたはずだ、もし動けないならもってこさせるが……」
「何から何まですいません、でも俺は大丈夫です。体は動きます」
「そうか、なら一緒に下に来てくれ」


 俺はカシウスさんの言葉に頷きベットから降りて彼と一緒に下に降りた。


「あ、父さん。話は終わったの?御飯温めておいたから食べて」
「エステル、待っていてもらってすまないが俺はこれからギルドに行ってやらなければならないことが出来た。彼に俺の分の夕飯を食べさせといてくれ」
「そうなの?一応リート君の分も作っておいたから大丈夫よ」
「流石エステルだな、優しい子だ」
「えへへ……」


 エステルさんはカシウスさんに頭を撫でられて嬉しそうに笑っていた。


「直に戻るから夕飯はそのままにしていてくれ、それじゃ行ってくるよ」
「いってらっしゃい、気を付けてね」
「いってらっしゃい、父さん」


 カシウスさんはそう言ってブライト家を後にした。


「じゃあリート君、こっちに来て御飯にしましょう。口に合えばいいんだけど……」
「すいません、俺の分まで作ってもらったりして……」
「気にしない気にしない。困った時はお互い様よ」


 俺はエステルさんとヨシュアさんに感謝をして夕食を頂いた。




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side:カシウス


 リィンとの会話を終えた俺は今ロレント支部に来ていた、受付のアイナも帰る準備をしていたが無理を言って引き留めた。


「……なるほど、そんなことが」
「うむ、すまないがその女の子の捜索依頼を各町のギルドにまわしておいてくれ、保護した子は明日紹介する」
「分かりました、でも本当にいいんですか?保護した子に雑用をさせても……」
「本人の希望だ。本来なら直に保護者の元に送ってやるのがいいんだろうが、もしかしたら今帝国で起きた事件の犯人かもしれない奴らに顔を見られているかもしれないからな。念の為に事件が解決するまでは遊撃士協会で保護した方がいいと判断した」
「そうですね、それにカシウスさんの知り合いの子なら安心して面倒を見れます。それよりも帝国に向かうっていうのは本当ですか?」
「ああ、急な仕事が入ってな。まあエステルたちも遊撃士になったしシェラザードもいる。俺がいなくとも問題はないだろう」
「それはそうでしょうけど……エステルは寂しがるでしょうね」
「はは、いい加減愛想をつかされるかもしれないな」
「カシウスさん……」
「まあとにかくそういう事だ、シェラザードにも明日話を付けておく」
「分かりました、カシウスさんも今日はゆっくりお休みになってください」
「頼んだぞ」


 俺はアイナにそう告げるとギルドを後にした。


(……しかしキナくさいな、エレボニア帝国が俺を呼び出すとは。いくらサラ君が不在でもトヴァル君や他の優秀な遊撃士も多くいる、それなのに私を呼び出すという事はそれだけの事件なのか?それとも別の思惑があるのか……)


 ……とにかく今は遊撃士としての本分を果たさなくてはな、それに向こうについたらルトガー君の所にも訪ねる必要がありそうだ。


 俺は思考を切り替えて家に向かった。


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side:??


 ロレント北の郊外にある翡翠の塔……その屋上の真ん中に一人の男性が立っていた。眼鏡をかけた一見学者のような恰好をした男性だがその男性の背後に音もなく何者かが現れた。それはリィンたちがエレボニア帝国で遭遇した赤の道化師と名乗った少年だった。


「やあ教授、いや今はアルバ教授だったっけ?君のご要望通りあの二人は別々にしてリベールにおいておいたよ」
「そうか、ご苦労だったな。カンパネルラ」


 アルバ教授と呼ばれた男性は赤の道化師をカンパネルラと呼び、ねぎらいの言葉をかけた。


「それにしてもどうしてリィン・クラウゼルだけでなくフィー・クラウゼルも連れてきたんだい?君が興味あるのは兄のほうだろう?」
「唯の保険さ。彼は妹を大層溺愛しているらしいからね、妹は彼をこの国にとどめておくための囮に過ぎない」
「でも顔でバレないかな?猟兵としては結構有名人みたいだし」
「既にこの町以外の遊撃士や軍の主要人物の記憶の改ざんは終えてある、奴らが彼らを知っていても疑問にも思わないだろう。後は明日カシウス・ブライトが立ち去った後に残りのやつらも改ざんすれば準備は終わりだ」
「うわー、随分と彼にお熱なんだね。そんなにレンの頭の中は刺激的な光景だったのかい?」
「ああ、彼はヨシュアに匹敵する逸材だ。興味が尽きないよ。それに個人的に気になることがある」
「ふーん、まあ彼に夢中になりすぎて計画をおろそかにはしないでよね」
「それについては心配ない、必ず成功させるさ……福音計画は」
「そう、ならいいんだけどね。まあ盟主も何故か彼に興味があるみたいだし僕も楽しませてもらうよ」


 カンパネルラはそういうと指をならしてその姿を消す、その場に残ったのはアルバ教授だけになった。


 



「精々つかの間の平和を楽しんでおくがいい、計画は既にはじまっているのだからね」



 
 

 
後書き
 正直無茶ありすぎな気もしますがこういう流れで話を進めていきます。あとヨシュアの記憶などはオリジナルの設定です。 

 

第29話 ロレントでの日常

side:リィン


 翌日の朝、帝国に向かうため飛行船に乗り込むカシウスさんをエステルさんとヨシュアさん、それにシェラザードというカシウスさんの弟子であり『銀閃』の二つ名をもつ遊撃士の方と一緒に見送りに来ていた。


「それじゃ行ってくるよ」
「いってらっしゃい、父さん」
「依頼が終わったら真っ直ぐ家に帰ってくるのよ?」
「全く、お前は俺の母親か。いってらっしゃいくらい言いなさい」
「あはは、冗談よ」


 カシウスさんはエステルさんとヨシュアさんと話をした後にシェラザードさんに話しかける。


「シェラザード、後の事は任せたぞ」
「はい、エステルたちのことは任せてください。ビシバシと厳しく指導していきますから」
「それなら安心だな」
「え~……ちょっとは優しくしてほしいな」
「あはは、仕方ないよ、エステル。これも早く一人前になるために必要な事さ」


 俺は四人の談笑を後ろで見ていたがカシウスさんが俺に小声で話しかけてきた。


「ルトガー君たちには私から話しをしておく、君も気を付けてな」
「はい、カシウスさんも気を付けてください」


 そしてカシウスさんは飛行船に乗って旅立っていった。エステルさんたちも依頼を受ける為にギルドに向かった。


「初めまして、リート君。私はシェラザード。この町の遊撃士をしているわ。先生から貴方の事は聞いてるからこれからよろしくね」
「はい、お世話になります」
「じゃあまずはギルドに向かいましょうか、しばらくはそこで生活してもらう事になるからね」


 俺はシェラザードさんに連れられてロレント支部ギルドに向かった。


「貴方がリート君ね、カシウスさんから話しは聞いてるわ。私はアイナ、短い間だけどよろしくね」
「リートです。ご迷惑をおかけしますが宜しくお願いします」
「しかし先生も急な事を言うわね、保護した子を今度は私たちに預けていくなんて……」
「あの、すいません。悪いのは僕なんでその……」
「ああ、気にしなくていいわよ。どの道貴方が帝国で起きた事件に関係するかもしれないやつらに襲われたって話は聞いてるから安全の為に事件が解決されるまで貴方と行方不明になった妹さんの保護をすることになってるから」
「あ、そうなんですか。でもやっぱり迷惑をかけてますし……」
「真面目ね~、そんなに謝らなくてもいいわよ」


 俺が誤ってばかりなのかシェラザードさんは苦笑していた。


「でも本当にいいの?カシウスさんからは雑用をさせてもいいって聞いてるけど本来ならそんなことをしなくてもいいのよ?」
「いえお世話になるのに俺だけ何もしないっていうのは嫌なので……しっかりとお役に立つのでやらせてください」
「本当に真面目ね~……もう少し気楽になってもいいのよ?」
「あはは、まあ性分みたいなものなので……」


 その後はシェラザードさんが遊撃士の仕事に向かい、俺はアイナさんにギルドの地下にある部屋に来ていた。


「ギルドって地下にも部屋があったんですね」
「百日戦役の時民間人を避難させる為に地下室を作っていたの、ここはそのなごりよ。普段は使われてない部屋だけど定期的に掃除はされてるから問題なく使えるはずよ」
「ありがとうございます」


 それから俺はアイナさんに俺が出来る仕事を教えてくれてその日は難なく終わっていった。因みにエステルさんとヨシュアさんはカシウスさんが受けるはずだった依頼のいくつかをこなす為に今日はパーゼル農園という場所に魔獣退治に向かったらしい。


「しかしまさかリベールに来ることになるとはな……」


 地下に用意された部屋で俺は今日のこの二日間について考えていた、団長達はカシウスさんが帝国についたときに訪ねて事情を話しておいてくれるらしいがそれでも皆の事が……フィーが心配だった。


「あの子ももう立派な猟兵だ、昔みたいに取り乱したりはしてないはず。でも……」


 きっと不安に思っているだろう。俺だってそうなんだ、誰よりも家族に強い愛情を持っているフィーなら猶更だと思う。


「でも俺が勝手に動くわけにはいかないからな、今は遊撃士の皆さんを信じて待つしかないか……」


 明日も仕事があるので俺は早々に眠ることにした。






「おはようございます、アイナさん」
「おはよう、リート君。どう、あの部屋は問題なく使えた?」
「はい、ぐっすりと休めました」
「それは良かったわ」


 次の日の朝、俺とアイナさんが話していると勢いよくギルドのドアが開きエステルさんとヨシュアさんが入ってきた。


「ただいまー!アイナさん、依頼無事に終えたよ!」
「あら、じゃあ詳しい事を報告してもらおうかしら」
「分かりました」


 エステルさんたちがこなした依頼というのは作物を荒らす魔獣の退治だったらしい。だが依頼主の頼みで魔獣は見逃したそうだ。ちょっと甘いんじゃないかと思ったがアイナさん曰く守り方は色々だし正義も星の数ほどある、つまり助け方も人それぞれだという言葉を聞いてなるほどと思い同時に効率しか考えなかった自分に少し嫌気がさした。


「……」
「おりょ?ヨシュア、どうかしたの?」


 エステルさんがヨシュアさんを気に掛ける言葉を話したのでふとヨシュアさんを見てみると彼も何やら思い詰めた表情を浮かべていた。


「いや、今思うと僕は冷たい奴だなって思って……」
「もしかして魔獣を退治した方がいいって言った事を気にしてるの?あれはヨシュアが正しいと思うしそんなに気にしなくてもいいじゃない」
「うん、でもあの状況で僕だけは魔獣に対して可哀想とか許したほうがいいとかそんな考えは無かったんだ。あくまでも効率を考えて魔獣の駆除を選んだ、それって僕は心が冷たいってことなんじゃないかな……」
「ヨシュア、それは考え過ぎよ。さっきも言ったでしょ、助け方なんて人それぞれだって。だから正解の答えなんてないの。貴方の考えもある意味正しいしあんまり思いこみ過ぎると辛いだけよ?」
「アイナさん……すいません、少し卑屈になっていました」


 ヨシュアさんはアイナさんに頭を下げて二人は新しい依頼を受けてそれに向かった。でもヨシュアさんも俺と同じことを考えていたのか……


(色んな答えがある、か……考えさせられる言葉だな)


 絶対な正解なんてないのだろう、迷って悩んで人は自分なりの答えを見つけていくものだ。まあ今も悩んでいる俺が偉そうに言える事じゃないんだけどね。


 俺は自分でそう思い苦笑して掃除を始めた。



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ーーーーーー

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「ふう、こんなものかな」
「あの、ちょっといいですか?」


 俺はギルド前の道を箒で掃除していた。アイナさんは礼拝堂に用事があるそうで直に戻ってくるからと留守番を頼まれていた、キリがついたので箒をしまってギルドに入ろうとしたが誰かに声をかけられた。声がしたほうに振り返ってみると眼鏡をかけた男性が立っていた。


「えっとなにかご用でしょうか?」
「翡翠の塔と呼ばれる遺跡を知らないでしょうか?そこに用があるのですが場所が分からなくて……」
「翡翠の塔?この町から見て北の郊外にありますが……」


 男性が効いてきたのは偶然か俺が倒れていた場所だった。そのことをカシウスさんから聞いてたので場所は知っていたがつい話してしまった。だがそれがいけなかった。


「ああ、そちらのほうでしたか。ありがとうございました、早速行ってみます」
「あ、ちょっと待ってください。山道には魔獣が……」


 止めようとしたが見かけよりも機敏で直に姿が見えなくなってしまった。


「不味いな、アイナさんに話そうにも彼女は用事で今ギルドを留守にしてるし……」


 マルガ山道や翡翠の塔には魔獣がいるので一般人が行くのは危険だ。さっきの男性は武器らしきものを持っていなかった、このままじゃ魔獣に襲われて殺されてしまうかもしれない。
 本来ならアイナさんを呼びに行くのがベストだが間に合わないかもしれない、それに自分の迂闊な行動が原因だと思い焦った俺はマルガ山道に向かった。



「くそ、道中にはいなかったな。もう塔の中に入ってしまったのか?」


 マルガ山道を走ってきたがさっきの男性はいなかった、となるともう既に塔の中に入ってしまったかもしれない。


「急がないと……!」


 俺は意を決して翡翠の塔内部に入って言った



「さっきの人は……いた!」


 翡翠の塔を登り四階まで来た、そこで先程の男性を見つけた、案の定魚のような魔獣に襲われかけていた。


「八葉一刀流、八の型『破甲拳』!!」


 気を込めた掌底を魔獣に叩き込み吹き飛ばす、魔獣は壁に叩き付けられて消滅した。


「大丈夫ですか?」
「君はさっきの……いやはや、恥ずかしい所を見せてしまいましたね。逃げ足には自信があったのですが流石に今回は死を覚悟しましたよ」


 男性は立ち上がりハハッと苦笑を浮かべた。


「そういえば自己紹介がまだでしたね。私はアルバ、考古学者をしています」
「俺はリートと言います。アルバさん、ここは危険です。一度町まで戻って遊撃士協会に依頼された方がいいですよ」
「確かにそうしたほうが良かったですね、ですが後少しで屋上に出ますからここで戻るのも……」
「……はぁ、なら一緒に行きましょう。この辺にでる魔獣なら俺でも対処できますしこのまま放っておけませんから」
「そうですか、それはありがたい。是非お願いします」


 本当ならさっさと町に戻ったほうがいいんだろう、けどこの人放っておいたら危ないしあと少しで目的地に着くならそこに向かってから帰ってもいいだろう。


「アイナさん、カンカンだろうな……」


 帰った後の恐怖を感じながら俺はアルバ教授と一緒に屋上に向かった。


ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「随分と高いな……でもいい景色だ」


 翡翠の塔の屋上についた俺はそこから見える絶景に目を奪われていた。


「いやー、これが翡翠の塔ですか!この台座といい調査のし甲斐がありますねえ」
「アルバ教授は考古学者なんですよね、何を調べにここに来たんですか?」
「そうですね、リート君は『セプト=テリオン』という言葉を知っていますか?」
「確か古代人が空の女神から授かったと言われる『七の至宝』のことですよね」


 昔マリアナ姉さんに眠るときに聞いたおとぎ話、その話の中に七の至宝という言葉があったことを思い出した。


「ええ、その通りです。彼らはこの至宝の力を使い海と大地と天空を支配した、更には生命や時間の神秘すら解き明かしたと伝えられているのですがおよそ1200年前、古代文明の滅亡と共に『セプト=テリオン』も失われました」
「へえ……もしかしてその事とこの塔になにか関係があるんですか?」
「鋭いですね、その通りです。『七の至宝』の一つである『輝く環』がリベールに隠されているという伝説があるんですよ。この塔もリベール王国建設の際に作られたという古い遺跡なのでもしかしたらなにか手掛りがあるんじゃないかと思いここに来たという訳です」


 『セプト=テリオン』か……古代のロマンを感じるな。


「さてそれでは早速調査を始めましょう…ってリ-ト君、どうかしましたか?屋上の入り口を見つめたりして……」
「アルバさん、何者かがここに向かってきています」
「ええ!?まさか魔獣ですか!?」
「とにかく僕の後ろにいてください。魔獣なら退治できますから……」
「分かりました、お願いします」


 俺はアルバ教授を後ろの柱に隠れさせて上がってくるものに警戒する、そして上がってきたものの正体を知って驚いた。


「えっ?リート君!?」
「エステルさん!?」


 屋上に上がってきたのは二日前に知り合ったエステルさんだった。




  
 

 
後書き
 実際七の至宝もまだ四つしか出てないし(しかも火と土は混ざってるし)全部判明するころには自分30歳くらいになってそうですね。 

 

第30話 ロレント強盗事件

side:リィン


「もう、リート君!勝手なことをしちゃ駄目じゃない!」
「はい、すいません……」


 青空が広がる翡翠の塔の屋上で俺はエステルさんに説教をされていた。エステルさん達に事情を話したが「なんでそんな危ない事したのよ!」とエステルさんが珍しく激怒し「リート君!そこに正座!」
とかれこれ10分近く怒られている。ヨシュアさんは俺達の傍で成り行きを見守っていた。


「おいおい、いつまでやってるんだ?こっちはもう写真撮り終えちまったぜ」


 エステルさんたちと同行していた男性が早くしてくれと言わんばかりにしかめっ面をしていた。彼はエステルさんたちにこの塔までの護衛を依頼したリベール通信のナイアルさんでどうやら記事のネタを取るために相棒のドロシーさんとロレントに来ていたらしい。


「うわ~、ここって凄くいい場所ですね~。撮りがいがあります~」
「っておい!お前まだとってたのか!?オーバルカメラの感光クオーツだってタダじゃねえんだからガバガバ使うんじゃねえよ!」
「あーん、先輩意地悪ですー」


 ……どうやらナイアルさんは苦労人のようだ。


「リート君!よそ見してるけどちゃんと聞いてるの?」
「は、はい!聞いてます!」
「まあまあエステル、君が怒るのも分かるけど今は依頼主であるナイアルさんたちを町まで連れてかないと。続きはアイナさんがやってくれるよ」
「……わかったわ。でもいい、リート君?ちゃんと反省しないと駄目よ?」
「はい、すいませんでした」
「ん、よろしい。でもリート君がいなかったらアルバ教授も死んでたかも知れないしそこはあたしは凄いと思うわ」
「あ……」


 エステルさんにポンポンと頭を撫でられて俺は恥ずかしさで顔を赤くしてしまう。


「えっと、エステルさん。これは……」
「あ、ごめんごめん。嫌だった?」
「いえそうじゃなくて、頭を撫でられたのは随分と久しぶりでしたので……」


 うう、まさか他人に頭を撫でられるのがこんなにも恥ずかしいとは思わなかった。でもとても暖かい気持ちになったな。


「……エステル、そろそろ行こう」
「ええ、ってヨシュア?なんだか気分が悪そうだけどもしかしてまだ体調が悪いの?」
「い、いやそんなことはないよ」


 ヨシュアさんは屋上に上がってから少し気分が悪そうだったが今の彼は若干面白くなさそうな表情をしていた。もしかしてヨシュアさんはエステルさんが取られてしまうって思ってしまったのかな?俺もフィーが知らない男と仲良さそうにしていたらいい気分はしないしそういう事なんだろう。


 その後は全員でロレントまで向かった。


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ーーー


「リート君!あれだけ言ったでしょう!勝手な行動はしないでって!それなのに貴方は!」
「はい、申し訳ございませんでした……」


 町に帰った俺は想像していたよりもカンカンに怒っていたアイナさんに怒られていた。それもそうだろう、アイナさんは俺を保護している立場なのに俺が勝手に危険な事をされたらどうしようもない。でもアイナさんはそういった立場よりも純粋に俺の事を心配していてくれたそうだから余計に心が痛い。


「まあアルバさんも自分のせいだと言っていたし目を離した私にも責任があるわ。でももう二度とこんなことはしないで?いいわね」
「はい、肝に銘じておきます」


 流石にもうこんなことは出来ないな、純粋に俺を心配してくれている人にこれ以上迷惑はかけられない。


「た、大変じゃーーーっ!!!」


 その時だった、突然誰かが慌てた様子でギルドに駆け込んできた。


「あれ、市長さん?」


 ギルドに入ってきたのはこの町の市長であるクラウスさんだった。前に挨拶をしにいったから名前は知っていた。


「エステル君とヨシュア君、それにシェラザード君もいるか!」
「どうしたんですか、そんなに慌てて?」


 ヨシュアさんがただ事でない様子のクラウスさんに声をかける。


「い、一大事なんじゃ!わしが家を留守にしている時に強盗に入られたんじゃ!!」
「あ、あんですって!?」


 ……どうやら厄介な事件が起きてしまったみたいだ。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


side:エステル


「うわ~、メチャクチャだわ……」


 あたしたちは事件が起きた市長さんの家の書斎に来ていたが凄いありさまだった。物は乱雑してるし数時間前にここに訪れた時とは大違いだわ。


「これはまた見事なほどの荒らされっぷりね」


 シェラ姉も呆れを通り越して感心していた。まあ悪い事なんだから感心って言い方はおかしいけどそう言いたくなるくらい荒らされてるんだもんね。


「ああ、金庫が!?」


 辺りを見渡すと大きな金庫が開いていた。中は空っぽだ。


「女王陛下に贈るはずだったセプチウムも盗まれてしまったよ……」
「あのセプチウムが!?」


 市長さんが言っているのはあたしたちが鉱山から預かってきたセプチウムのことで大切に保管していたのにそれが盗まれてしまったなんて……


「君たちが持ってきてくれた大切なものを……本当にすまない」
「謝ることはないですよ。悪いのは犯人なんですから」
「そうよ、安心して市長さん。セプチウムは私たちが必ず取り戻すから!」
「おお、エステル君、ヨシュア君……」


 市長さんは罪悪感を感じていたようだけど悪いのはヨシュアの言う通り盗んだ奴らよ、まったく許せないわ!


「所で他の部屋の様子はどうですか?」
「他の部屋はほとんど荒らされておらんよ。家内たちが押し込められていた物奥部屋が散らかった程度じゃ」
「ふむ……エステル、ヨシュア。あんたたちに頼みたいことがあるの」
「えっ?」


 何かを考えていたシェラ姉があたしたちに頼みごとをしてきた。


「私は市長さんから事情を聞いておくからあんたたちはこの家の内部を調べてほしいの」
「それって現場検証ってやつ?でもあたしたちがやっていいの?」
「折角人数もいるんだから分担した方が効率がいいでしょ?それにこれも遊撃士としての必要なスキルよ、あくまでも慎重にね」
「わかったわ、あたしたちに任せて!」


 シェラ姉は市長さんを連れて一階に降りて行った。


「でも何から調べればいいのかしら?」
「まずは犯行の行われたこの部屋の調査、それから犯行当時に家にいた人たちから証言を聞いていこう」
「うん、オッケー!」


 あたしたちはまず書斎を調べることにした。


「う~ん、金庫は壊されたって訳じゃないようね」
「うん、どうやらカギを解析して開けたらしいね」
「じゃあプロの仕業って事?」
「……」


 ヨシュアは金庫の扉についてる暗証番号のボタンに指を置いた。


「ヨシュア、何してるの?」
「……やっぱりこのパウダーを使っていたか」
「えっ、パウダー?」
「うん、目では見にくいけど青い光を当てると発行するパウダーが付けられていたんだ」


 そのあとヨシュアからパウダーを使った金庫の開け方を聞いたけどヨシュアって博識よね。


「でもいつそのパウダーを付けたのかしら?」
「このパウダーは粘着性があるといってもそこまで強くはない、一日たてば取れてしまうね」
「じゃあ今日ここを訪ねた人が怪しいってことね」
「うん、取りあえず今は他の場所も調査していこう」


 あたしたちは書斎の調査を一旦終えて二階のテラスに向かった。


「あれ、ここの手すり、なにかキズみたいなのがあるわ」
「しかもこのキズ、まだ新しいよ。金属製の何かを引っかけた後みたいだ」
「じゃあ犯人はここから侵入したってことかしら?」
「可能性は高いね」


 その後は市長さんの奥さんであるミレーヌおばさんと使用人のリタさんに話を聞いてみると犯人は複数で3,4人くらいいて全員覆面をしていた。
 一人は背が低かったからもしかしたら女性かもしれない。犯行当時一階の玄関には鍵がかかっていたことが分かった。物置部屋は市長さんの言う通り散らかっており何故かセルべの葉という珍しい葉っぱが落ちていたので拾っておいた。


「そろそろシェラ姉の所にいかない?」
「そうだね、大体は調べ終えたしね」


 あたしたちは一旦調査を止めてシェラ姉と一緒に調べたことをまとめた。そして分かったのが『犯人たちの狙いは金庫の中のセプチウム』『3~4人のグループ』『二階のテラスから侵入した』ということが分かった。


「問題は金庫の暗所番号のボタンに誰がパウダーを付けたかって事よね」
「うん、それも今日辺りに訪ねてきた人物が怪しいね」
「今日訪ねてきたのは雑誌社の記者のナイアル君やドロシー君じゃな、取材という事で書斎で話していたんじゃ」
「でもあの二人はあたしたちと一緒に翡翠の塔に言ってたわよ?」
「うん、犯人の候補からは除外できるね」
「となると……後はジョゼット君しかおらんな」
「え、ジョゼットが?」


 ジョゼットというのは確かジェニス王立学園の女子生徒でこの町の歴史について学びにきていたのよね、昼間に市長さんの家を訪ねた時に丁度書斎にいてあたしたちと話をしたのを覚えてるわ。


「でも流石にありえないじゃろう」
「確かにそうよね、ただの女子生徒だし」
「いや決めつけるのはよくないよ、犯人が身分を偽って事前に下調べをすることもあるし怪しいと思った人物は疑った方がいい」
「どちらにせよ、その女の子から話を聞く必要がありそうね」


 あたしたちはジョゼットに話を聞くために彼女が泊まっているといっていたホテル・ロレントに向かった。


「え~!もうチェックアウトしたですって!?」


 支配人のヴィーノさんの話ではもうジョゼットはホテルから出た後らしい。


「このタイミングでだなんてますます怪しいわね……」
「発着場に行きましょう、今ならまだ間に合うかもしれない」
「そうね、急ぎましょう!」


 あたしたちはヴィーノさんにお礼を言ってロレント発着場に向かった。


「おや、エステルたちじゃないか。何か合ったのか?」
「アランさん、ここにジェニス王立学園の制服を着た女の子来なかった?」
「ああ、あそこの制服は可愛いんだよね。でも今日はおろか一か月くらいは見た記憶がないな」


 あたしたちは発着場で働いているアランさんに話を聞くが彼は一か月は見ていないという。じゃあジョゼットは飛行船を使ってないって事?


「飛行船じゃなければ街道を通ってロレントに来たのか……困ったわね」
「はい、これだと捜索範囲が広すぎてどのルートを使ったのか分からないですね」
「うーん、困ったわね」


 なにか犯人たちの向かった場所について知れる方法は無いかしら……あ、そうだわ!


「シェラ姉、実は市長さんの家の物置部屋でこれを見つけたの!」


 私は持っていたセルべの葉をシェラ姉に見せた。


「これはセルべの木の葉じゃない、確かこの辺だとミストヴァルトにしか生えていないはずなのにどうして市長さんの家に……まさか!」


 シェラ姉は何かに気が付いたように顔をハッと上げた。


「どうかした、シェラ姉?」
「あんたたち、犯人が3~4人のグループだって話を聞いたのを覚えてる?もしそのジョゼットという子が犯人なら仲間がいるはずよ」
「そうか、その仲間が潜伏してる場所があるってことですね」
「じゃあセルべの葉が物置部屋にあったって事は……」
「ええ、ミストヴァルトを潜伏先にしてる可能性が高いわ。急いで向かいましょう」


 あたしたちは急いでミストヴァルトに向かった。




 
 ミストヴァルトに向かった私たちは魔獣をかわしながら森の奥に向かう、すると広い空間のある場所が見えてきた。

 
「森にこんな場所があったんだ……」
「静かに……誰かいるわ」


 あたしたちはシェラ姉の指示で近くの茂みに隠れる、様子を探ると……あ、いた!ジョゼットだ!他にも3人の男たちがいた。


「ふっふっふ……まったくチョロイもんだよね。あんな程度の下準備でこんな極上品が手に入るなんて。これで兄ィたちに自慢できるよ」


 そんな、まさか本当にジョゼットが犯人だったなんて……


「それにしてもあの町の奴らお人よしすぎるよね、あの市長といいあの女遊撃士といい……あはは、おめでたい奴ら!」


 あ、あんですって~!まさかあれが素なの!?だとしたらとんだ猫かぶりもいたもんね!


「エステル、落ち着いて。もうちょっと話を聞こう」


 ヨシュアになだめられてしぶしぶと様子を伺うことにする。それから鉱山にあいつらの仲間が潜入していたってことも分かった。そういえばあの時新しく入った新人の作業員がいたけど今思えばなんか怪しかったわね。


「それにしてもあんな連中が遊撃士だなんてほんと笑えちゃうよね。特にあのノーテンキ女!ボクの事毛ほども疑わずに友達になれそう、だって!あの時は笑いを隠すのに苦労したよ」


 そういって大笑いするジョゼットたち。……いい加減我慢の限界だわ。


「……何がおかしいのよ」
「!?ッあ、あんたたちは……」


 あたしたちは武器を構えてジョゼットたちの前に立ちふさがった。


「黙って聞いてりゃあ能天気だの、おめでたいだの好き放題言ってくれちゃって……覚悟はできてんでしょーね!?」
「強盗の手際は良かったけど、最後に詰めが甘かったわね」
「遊撃士協会規約に基づき家宅侵入・器物破損・強盗の疑いであなたたちの身柄を拘束します。抵抗しない方が身のためですよ?」
「お、お嬢。どうするんだ……」
「ふん、遊撃士といっても女子供じゃないか。ボクたち『カプア一家』の力、見せてやりな!」
「「「がってんだ!」」」


 ジョゼットたちは武器を取り出して襲い掛かってきた。


「そっちがその気ならこっちだって容赦しないわ!行くわよ、皆!!」


 私は掛け声をかけて皆の力を上げる。ヨシュアがやつらの一人に切りかかりシェラ姉はアーツの体制に入った。


「くらえ!」


 敵の一人が短剣を振るってくる、あたしは落ち着いて短剣をスタッフで弾いておかえしに相手のお腹にスタッフで突きをいれた。


「あー、もう!なにやってるのさ!ティア!」
「アーツですって!?」


 だがジョゼットが回復のアーツを使い仲間を回復させる。相手がアーツを使ったことに動揺するあたし、その隙にあたしの背後から敵が切りかかってきた。


「スパークル!!」


 そこにシェラ姉のアーツ、『スパークル』の雷が落ちてきて敵を退ける。


「油断大敵よ、エステル」
「ありがとう、シェラ姉!」


 あたしは一旦距離をとり相手の様子を伺う。そこまで強いわけじゃないが連携がなかなか厄介だ、特にジョゼットがアーツでサポートしてくるので戦いにくい。今もヨシュアに『フォトンシュート』を放っていた。ヨシュアはアーツをダガーで打ち消してあたしのところまで下がってくる。


「敵の連携がなかなか厄介ですね」
「ならまとめて倒せばいいわね、結構強力なアーツを使うからあんたたちは敵を引き付けていて」
「わかったわ!」


 あたしとヨシュアはシェラ姉がアーツを使うまでの間、敵の足止めに専念した。


「ほらほら、かかってきなさいよ」
「女子供に苦戦してるようじゃ君たちも大したことないんだね」


 あたしとヨシュアの挑発にのったのかジョゼットたちはこちらに攻め立ててきた。


「くらいな!」


 ジョゼットが放つ銃弾をスタッフで弾いてあたしはアーツ『フレアアロー』をお見舞いした。


「あぶなっ!?くっそ~、ノーテンキ女のくせに!」


 ジョゼットはアーツをかわすが問題はない、そろそろかしら?


「あんたたち、でっかいのいくわよ!!」


 シェラ姉がアーツ『エアリアル』を放とうとしたのであたしとヨシュアは敵から距離をとった。


「なんで下がったんだ?……!っまさか!?」


 ジョゼットがあたしたちの作戦に気がついたようだけどもう遅い、彼女たちの周りに巨大な竜巻が現れてジョゼットたちを吹き飛ばした。


「きゃあああっ!!」


 ジョゼットたちは空中に放り投げられて地面にたたきつけられる、ちょっとやりすぎたんじゃないかと心配したがどうやら命に別状はないようだ。でも流石にきいたのか全員動けなくなっている。


「そ、そんなバカな……」
「ふふん、参ったか♪遊撃士を舐めるんじゃないわよ」


 あたしはジョゼットに近寄り持っていたセプチウムの結晶を取り返し確認する。ほっ、割れたりしてないようね、よかった。


「ああ、ボクのセプチウム……」
「あんたのものじゃないでしょーが!」


 まったくなんて図々しいのかしら!


「さあて目的のものも取り返せたことだしあんたたちには聞きたいことが沢山あるのよね。確かカプア一家とか言ってたわよね?」
「ギクッ……いやあ、何のことかな~?」


 シラを切ろうとするジョゼットの傍にシェラ姉が鞭をたたきつけた。


「ひっ!?危ないじゃない!」
「うふふ、口を割らないっていうのなら身体に聞くしかないようね。大丈夫、優しくしてあげるわ♡」
「ち、近寄るなー!あっちいけー!!」


 その時だった、空から銃弾が放たれてシェラ姉が立っていた地面に穴をあけた。シェラ姉はかわしたけど空を見上げて驚いていた。


「ひ、飛行艇!?」


 そこに現れたのは薄黄緑色の大きな飛行艇だった。


「あはは、形勢逆転だね!」


 あたしたちが驚いているすきにジョゼットたちが飛行艇にのりこんでしまった。もしかしてあいつらが最近ボースで悪事を働いている空賊だったの!?


「ま、待ちなさいよ、こらぁ!!」
「勝負はおあずけだ!これで勝ったと思わないでよ!」


 ジョゼットはそう言って飛行艇に乗って逃げてしまった。


「あー、もう!待ちなさいよーーー!!」



 結局あいつらは逃がしてしまったがセプチウムを取り返すことはできたのでとりあえずは良しとすることにした。そのあとはギルドに戻りアイナさんに報告をしていた。


「それにしても大変だったわね。まさか空賊が現れるなんて……逃がしてしまったのも無理はないわ」
「でも凄いですよ、奪われたセプチウムを取り返したんですから」


 アイナさんとリート君が慰めの言葉をかけてくれるが逃がしてしまったのはやっぱり悔しい。


「ごめんなさい、あたしがもっと冷静だったらこんなことには……」
「僕も迂闊でした……すいません」
「何言ってるのよ。今回は私のミスでもあるしあんたたちは悪くないわ。それに市長帝の現場検証も完ぺきだったし……アイナ、これなら大丈夫じゃない?」
「ええ、そうね。私もそう思います」


 アイナさんは懐から紙を取り出した。


「アイナさん、これは?」
「今のあなたちは準遊撃士、つまり見習いみたいなものね。正遊撃士になるには王国にあるすべての地方支部で推薦を受ける必要があるの。これはロレント支部の推薦状よ」
「い、いいの?あたしたち空賊をのがしちゃったんだけど……」
「代理の仕事と今回の活躍を見て私は大丈夫だと判断したの。だから受け取ってちょうだい」
「あ、ありがとうございます!!」


 やったー!これで正遊撃士に一歩近づいたわ!


「あはは、どうしよう。今すっごく嬉しい♪ねえヨシュア、こうなったら他の地方にもいくしかないよね!」
「はは、言うと思った。賛成だけど僕たちだけで勝手には決められないよ、父さんが帰ってから相談しよう!」
「うん!」


 あー、今から楽しみだわ。父さん、早く帰ってこないかなー。


 あたしが浮かれていると突然アイナさんの背後にある導力通信機から音が鳴った。


「はい、こちら遊撃士協会。リベール王国・ロレント支部です。あら、ご部沙汰しております……本当ですか?……それは大変なことになりましたね……えっ、……なんですって!?……すいません、直には信じられなくて……はい、ご家族にはそう伝えます。はい、ありがとうございました、失礼します」


 アイナさんは深刻な表情を浮かべて大きな声を出した。そして通信機を置いてこちらに向き変える。


「アイナさん、何かあったの?」
「エステル、ヨシュア。心して聞いて。定期飛行船『リンデ号』がボース地方で消息を絶ったの」
「ええっ!?」
「どういうことですか!」
「まだ詳細は分からないわ……大事なのはここからよ……その飛行犬にはカシウスさんが乗っていたらしいの……」
「えっ……」


 あたしはアイナさんの言葉に頭が真っ白になってしまった。


 
 

 
後書き
 次回はリィンが大変な目にあいます。 

 

第31話 ボース地方での災難

 
前書き
 ゲームとは時間の流れが違う場面がありますのでご注意ください。後リィンの服装はSAOのキリトの服装と一緒だと思ってください。 

 
side:リィン


「エステルさん達がボース地方に向かって3日がたっちゃったな……」


 あの衝撃の事実が発覚してからもう3日が過ぎた、エステルさんとヨシュアさんはカシウスさんの行方を探るためにボース地方へと向かった。
 それにシェラザードさんもついていったためロレントの遊撃士支部はリッジさんしかいないので人手が足りてなかった。アイナさんが応援を要請したが他の地方でも最近魔獣が活発的に行動しているそうで中々ロレントに来れないようだ。
 見かねた俺は本当に猫探しや道具の搬送など簡単な依頼を代わりにやらせてほしいとアイナさんに頼んだ。最初は渋っていたアイナさんだが流石に手が周らなくなってくると仕方ないという感じで了承してくれた。


「本来なら保護した子にこんなことさせるのはよくないんだけどね……ごめんなさい」
「いえ、好きでやってることですから」
「それにしてもリート君って結構手際がいいけどなにか遊撃士関係のお仕事でもしてたの?」
「あー、父さんがそれに似たような事をしてるんですよね。その縁でカシウスさんとも知り合うことができたんですよ。最初は驚きました、あの剣聖に出会えたんですから」
「そういえば貴方もカシウスさんと同じ八葉一刀流の使い手だったそうね、なるほど。同じ流派の弟弟子だったからカシウスさんも貴方を気にかけてたのね」
「あはは……まだ俺は未熟ですけどね」


 流石に猟兵やってますなんて言えないので愛想笑いでごまかした。


「失礼します」


 アイナさんと話しているとデバイン教区長がギルドを訪ねてきた。


「あら、デバイン教区長。どうかなさいましたか?」
「はい、実はボースのホルス教区長にお送りしたい物があるのですが定期船が止まってしまい困っているんです」
「なるほど、そのお荷物をボースのホルス教区長に届けてほしいと依頼にこられたんですね。因みに中身は?」
「ベアズクローです。以前に向こうで作っている薬の在庫が切れそうだから送ってくれないか、という手紙を貰いエステルたちに集めてもらったんですがその矢先に定期船が止まってしまい……」
「それは大変ですね、でもリッジは魔獣退治に向かってますしまだ時間がかかりそうです、ごめんなさい」
「そうですか、無理を言って申し訳ない……」
「……あの、アイナさん。良かったら俺が行きましょうか?」
「えっ……?」


 俺はアイナさんに自分が代わりに行くと提案した。


「流石にそれはできないわ、街道には魔獣も出るし……」
「大丈夫です。俺も八葉一刀流を学んでますし極力魔獣は避けていきます、要件が終わったら直に戻りますしそれでも駄目なら引き下がりますが……」
「……そうね、事が事だしできれば早く届けた方がいいわよね……わかりました、責任は私が取ります。リート君、お願いしてもいいかしら?」
「はい、任せてください!」


 俺はアイナさんに了承を貰いボースに向かうことになった。その前にアイナさんに多量のミラを貰った。
 俺は受け取れないといったが装備が十分じゃないのに行かせることはできないと言われたのでありがたくいただいておくことにした。それからエルガー武器商店で装備品を買ってからギルドに戻った。


「これならどうですか?」
「……リート君って変わった服装が好きなのね」
「えっ、似合っていませんか?」


 黒一色でキメたんだけど似合わなかったかな?


「そ、そんなことはないわ。それより……はい、これを受け取って頂戴」


 アイナさんが渡してくれたのは戦術オーブメントだった。


「これは戦術オーブメントじゃないですか」
「いくつか予備があるんだけど一応渡しておこうと思ったの。アーツを使えるなら自分の身を守ることもできる、あなたが無事にボースまで行けるように持っていって頂戴」
「すみません、本来なら貴重なはずの戦術オーブメントを貸してもらうなんて……」
「気にしないで頂戴、ちゃんと返してもらえれば問題はないわ。クオーツは初心者用に設定してあるからもし使いにくいようだったら自分の好きなようにカスタマイズしてもいいわ」


 そこまでしてもらえているなんて有難いよ。本当にアイナさんには色々お世話になってばかりだ。


「後コレも渡しておくわね」
「コレは太刀じゃないですか!?」


 アイナさんが渡してくれたのは何と太刀だった。八葉一刀流は太刀を使う流派だが西ゼムリア大陸ではそこまで広まっておらず使い手も数えるほどしかいないらしい。故に取り扱っている店も少なく確かカシウスさんも特注品で作ってもらったって言っていたのにどうしてアイナさんが持っているんだろう?


「コレはカシウスさんがもしもの時にリート君に渡してくれと言って置いていかれた物よ。きっとこうなるんだって分かっていたのね」
「カシウスさん……有難くお借りします」


 俺は鞘から太刀を取り出して軽く振ってみる。うん、手入れもちゃんとされているしこれなら問題なく使えそうだ。


「ふふっ、良く似合っているわよ。後ベアズクローが入った袋と通行許可証を渡すわね、関所でそれを見せれば通してもらえるはずよ。ボースに着いて荷物を届けたらボース支部に向かいなさい、あらかじめ向こうに連絡しておいて泊まれる場所を手配していてもらうから」
「そんな、直に戻ってこれますよ」
「駄目よ、今からボースに向かったら夕方になるじゃない。夜の山越えは危険なんだからちゃんと一泊してくるのよ」


 あ、そっか。今の俺は猟兵じゃなくて唯の一般人だった。夜戦には慣れているとはいえそれを説明なんてできないからここは従っておこう。


「わかりました。俺の為にそこまでして頂きありがとうございます、それでは行ってきます」
「くれぐれも無茶はしないでね」


 アイナさんに挨拶をして俺はミルヒ街道に向かった。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー
 
ーーー


 ミルヒ街道を歩いてヴェルテ橋の関所についた俺はそこの隊長さんにアイナさんからもらった通行許可書を見せた。


「ああ、遊撃士関係の……こんな小さい年でおつかいか?魔獣も出て危ないが……」
「心配して頂きありがとうございます。こうみえても俺は武術の心得がありますので」
「そうか、子供扱いしてすまなかった。今ボースでは盗難事件が相次いでいてね、気を付けていくんだよ」
「わかりました」


 そんなやり取りを終えて俺は関所を通りボース地方に入った。しばらく東ボース街道を歩いているとアイゼンロード方面とボース方面の分かれ道が見えてきた。


「ハーケン門か……」


 アイゼンロード方面に向かえばリベール王国とエレボニア帝国の国境を塞ぐハーケン門がある。そこを超えれば帝国南部にある紡績町パルムに続く街道がある。


「団長達は元気にしてるかな……」


 つい帝国にいる団長達のことが気になったが自分の我儘でここに残ったんだ、なら自分がやるべきことを果たすことにしよう。


 俺はそう考えてボースに向かった。







「ここが商業都市ボースか……賑やかだな」


 ボースの町に入るとそこには沢山の人で賑わっていた。流石はリベール王国が誇る商業都市と言われるだけの事はあるな、帝国のケルディックにも負けない人の数だ。


「取りあえずボース礼拝堂に行って届け物を渡してからこの町の支部に向かうか」


 俺はボース礼拝堂に行きホルス教区長に届け物を渡してから遊撃士協会ボース支部に向かった。


「こんにちは、ロレント支部からの使いですが……」
「おお、お前さんがそうか。待っておったぞ、わしはボース支部を預かっとるルグランというジジイじゃ。気楽にルグラン爺さんとでも呼んでくれ」
「わかりました、ルグランさん。俺はリィンと言います」


 ボース支部を預かっている責任者のルグランさんに挨拶をして俺は今日はどこに泊まればいいか確認した。


「アイナから話はすでに聞いておる、この町のホテルに部屋を取っておいたから今日はそこに泊まると良い」
「すいません、ご迷惑をかけてしまって……」
「なあに、気にしなくてもいいんじゃよ。むしろ今人手不足で手が回らないロレント支部の手伝いまでしているそうじゃないか、アイナも褒めとったぞ」
「え、そうなんですか?てっきり迷惑ばかりかけていると思っていましたが……」
「まあ本来ならお前さんは保護された立場なんじゃから遊撃士の手伝いをさせたりなぞできんわ。だから表立って褒めることも難しい。だが事実お前さんにも助けられておるからアイナも感謝しとるんじゃよ」


 そうか、迷惑ばかりかけていると思っていたがアイナさんはそう思っていてくれたのか。なんだか嬉しいな……


「じゃが調子にのってはいかんぞ?アイナからお前さんは中々に無茶をする子だから注意してほしいとも言われているんじゃからな?」
「あはは……肝に銘じておきます」


 俺はルグランさんとの会話を終えて今日はもうホテルに泊まる事にした。


「さてと、今日は山越えして疲れたし早く休んでしまおう」
「おや、そこの君。ちょっといいかい?」


 ホテルに向かおうとしていた俺に誰かが話しかけてきた。俺は振り返ると金髪の白い服を着た男性が立っていた。


「えっと、何か俺にご用ですか?」
「おや……すまない。どうやら人違いだったようだ。前に知り合った遊撃士の男の子によく似た髪の色をしていたからついその子かと思ってね」
「(黒い髪に遊撃士……?それってヨシュアさんじゃないのかな……)いえ、気にしないでください。じゃあ俺はこれで……」
「ああ、ちょっと待った」


 俺はそう言ってその場を後にしようとしたが何故か金髪の男性に呼び止められた。


「あの、まだなにか?」
「いや、人違いをしてしまったお詫びに一緒にディナーでもいかがかな?一人で食べるよりも二人で食べたほうが美味しいじゃないか……それに君の風になびく黒髪やアメジストのような淡い紫の瞳……綺麗で素敵だ。是非これを機にお知り合いになりたいな」


 うわ、もしかしてそういう趣味の人だったのか……!?マズイ人につかまってしまったようだな……


「いえ、お気持ちだけで……ってなに腕を掴んでるんですか!?」
「まあまあ、恥ずかしがらずに一緒に行こうよ。大丈夫、最初は誰だって慣れないものさ。ボクが手取り足取りと教えてあげるよ」
「なに頬を赤く締めているんですか!?というか力強いな!?」
「さあて、二人きりの夜のデートに行こうじゃないか」
「嫌だ―――――!!誰か助けて―――――!?」

 
 俺は必至で逃げようとしたがかなわず俺の叫び声がボースの町に空しく響いていった……



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「いやー、期待していた以上の味だね。流石はボーズが誇る名店の事はあるよ。リート君もどんどん食べるといいよ、僕のおごりだ」
「そーですか、ありがとうございます……」


 俺は結局逃げることはできず今はボースにある高級レストラン『アンテローゼ』で食事をしていた。因みに彼とは嫌々だが自己紹介を済ませてあるので互いの名前を知っている。


「おやリート君、食事が進んでないけどもしかして口に合わなかった?」
「いえ食事は美味しいんですが……オリビエさん、本当に大丈夫なんですか?ここ如何にも高そうなお店ですけど?」
「大丈夫さ、路銀は大目に持ってきたからね。それに万が一ミラが足りなくなったらこれの出番さ」


 オリビエさんはそう言ってどこからかリュートを取り出した。


「オリビエさんは演奏家なんですか?」
「まあそんな所かな?どちらかといえばピアノの方が得意なんだけど……今度機会が会ったら聞かせてあげるよ、勿論二人っきりでね」
「謹んでお断りさせていただきます」
「つれないねえ……でもそんな所も嫌いじゃないよ」


 ……フィー、お兄ちゃん本当に貞操の危機かもしれない……助けてくれ……


「う~ん、困りましたね……」


 ふと誰かの声が聞こえたのでそちらを見てみるとこのレストランの支配人らしき人が大きなグランドピアノの前で首を傾げていた。


「何かあったんでしょうか?」
「う~む……良し、何があったか聞いてみよう」
「あっ、オリビエさん!?」


 オリビエさんは俺が止める間もなく支配人さんの所に向かった。


「失礼、ちょっといいかな?」
「おや、お客様。いかがなされましたか?なにか料理に問題でもありましたか?」
「いや料理は満足させてもらっているよ。何かお困りのようだったからつい声をかけてしまったのさ」
「さようでございましたか、しかしこのような事をお客様に話すのも……」
「もしかしてそこのグランドピアノに関係がある事なのかな?」


 オリビエさんは支配人さんの傍にあるグランドピアノを見てそれに関係がある事なのか訪ねた。


「僕は演奏家でもあるからもしかしたら力になれるかもしれない」
「さようでございますか?……実は当レストランにはこのグランドピアノがあるのですがピアノを弾く者が長らくおりませんでした。そこでエレボニア帝国からピアニストを呼んで今日お披露目しようと思っていた矢先に定期船は停止してしまいピアニストの方がこれなくなってしまったんです。今日はそれを目当てに来ているお客様も多くこのままでは……」
「なるほど、それなら僕に弾かせてもらえないだろうか?ピアノなら一番得意なんだ」
「よろしいのですか?」
「ああ、任せてほしい。最高の一曲を披露しよう」


 オリビエさんはそう言ってピアノに座り演奏を始める。


「おや、これは……」
「素敵な曲ね……」


 ……なるほど、演奏家というだけあってオリビエさんの演奏はかなりのものだ。食事をしていたほとんどの人が手を止めてオリビエさんの演奏に夢中になっている。
 しばらくして演奏が終わるとオリビエさんを称賛する人たちの拍手がレストランに響き渡った。


「いやー、我ながらいい一曲が疲労できたと思うよ」


 オリビエさんは上機嫌でこちらに戻ってきた。


「驚きました、オリビエさんってピアノが上手なんですね」
「どうだい?惚れ直したかい?」
「最初から惚れていませんから」
「つれないねえ……」


 その後は支配人さんがお礼といって結構高そうなワインを3本ほど無料で提供してくれた。俺は未成年だったので飲まなかったがオリビエさんは美味しそうにワインを飲んでいた。


「それにしてもリベール王国はいいところだね~、最初のボースでこれなら残りの都市も周るのが楽しみになってきたよ」
「そういえばオリビエさんはエレボニア帝国から旅行に来たんですよね、ということは貴族の方なんですか?」
「うん、僕は貴族の生まれさ。まあそこまで偉い貴族じゃないから畏まらなくてもいいよ。僕はそういうのがあまり好きじゃないからね」
「そんな風に顔を真っ赤にしている人が偉い貴族とは誰も思いませんよ」


 オリビエ・レンハイムか……猟兵をやっている都合上名のある貴族は知っているがレンハイムという名前の貴族はあまり聞いたことがない。まあ本人が言う通りそこまで位の高い貴族じゃないんだろう。


「あや~、ワインが無くなっちゃったね。ちょっと貰ってくるよ」
「まだ飲むんですか?呂律も回ってないしもう止めといたほうが……」
「大丈夫だって。じゃあちょっと行ってくるよ」


 オリビエさんはそう言って席を立つ。というか注文すればいいのに態々自分で取りにいくのか……


「ただいま~」
「おかえりなさい、結局自分で貰ってきたんですね」
「まあね、それよりも見てよ、リート君。これ美味しそうなワインだと思わないかい?」
「ワインには詳しくないんで俺には分からないですよ……」
「リート君、これ美味しいよ。君もどうだい?」
「だから飲めませんってば……」


 俺はそう流してオリビエさんがワインを飲むのを見ていた。お酒は飲んだことないわけじゃないけど積極的に飲もうとするわけでもないからな、それに酔っ払った団長達を見てるとああはなりたくないって思うのもあるかもしれない。実際目の前に凄い酔っ払いがいるしね。


「ああ!何てことをしてくれたんですか!?」
「うん?」


 その時だった、何やら慌てた様子でこちらに来た支配人さんがオリビエさんの飲んでいるワインを見て驚愕していた。


「あの、何かあったんですか?」
「何かあったんですかじゃありませんよ!そちらの方が飲んでいるワインは『グラン=シャリネ』というオークションで50万ミラもする一品なんですよ!!」


 な、なんだって!?一本50万ミラもするワインをどうしてオリビエさんが飲んでいるんだ!?


「しかもそれはこの町の市長であるメイベル様から直々に保管しているように頼まれていたものです!!それを勝手に持ち出して飲まれるとはどういうことですか!?」


 しかもこの町の市長の為に保管しておいたワインをオリビエさんが勝手に持ってきたって事なのか?それは怒るよ、店側からすれば市長の信頼を裏切ってしまったとしか思えないだろう。


「オリビエさん、マズイですよ!!早く誤ってください!!」


 正直謝っても許してもらえるとは思わないが何もしないよりはいいだろう、そう思ってオリビエさんに謝るよう話すが……


「う~ん、ミュラー君……流石にそれは僕も死んじゃうから……むにゃむにゃ……」


 オリビエさんは酔っ払って寝てしまった。起こそうと体を揺すっても一向に起きない、そんなオリビエさんを見て支配人さんも痺れを切らしてしまったようだ。


「誰か!兵士を呼んでください!」


 しまいには支配人さんが怒って兵士を呼ばれてしまう事にまで発展してしまった。こうして俺はオリビエさんと共にハーケン門の牢屋に入れられることになってしまった……最悪だ……


 
 

 
後書き
 どうでもいい話なんですがエステルたちがオリビエと自己紹介してるときにヨシュアが「余計タチが悪いです……」と言ったのを見て「あれ、どっちかはネコになるんじゃ……」と思った自分は疲れているのかもしれない。 

 

第32話 トラブルメーカー

 
前書き
  

 
side:リィン


「はぁ……不幸だ」


 俺がハーケン門の牢屋に入れられて一日ほどが経過した。俺たちは尋問を行うまでここにいなければならないらしい。何故直に尋問しないのかと思ったがどうやら盗難事件でこっちに手が回らないらしい、こっちとしては有り難いが所詮時間稼ぎにしかならない。


(このまま尋問を受ければ俺が不法に入国したことがバレてしまうな……)


 俺は正式な手続きをしてリベール王国に来たわけじゃないので調べられれば直に分かってしまう。そうなれば俺の正体もバレてしまう恐れがある。


「そうなったら危険を承知で逃げ出すか……」


 万が一の時は異能の力を暴走させてでも逃げるしかないと覚悟を決めると、背後から誰かが抱き着いてきた。


「ふふっ、二人きりだねリート君……」


 俺に抱き着いてきたのはオリビエさんだった。


「……はぁ」


 オリビエさんの頭に拳骨を喰らわせて俺はオリビエさんから離れる。


「痛いじゃないか、もっと優しくしてほしいよ」
「少し黙ってくれませんか?大体こうなったのも全部あなたのせいじゃないですか」
「すまないとは思っているさ、でも過ぎてしまったことを悔やんでも仕方ないだろう?だから今は二人きりの状況を楽しもうと……」
「なるほど。本気で殴ってほしいんですね?」
「あはは……ごめんなさい」


 俺が握り拳を見せて殺意を出すと流石にマズイと思ったのかオリビエさんは引き下がった。それにしてもどうしてこうなってしまったんだろうか……もしかしてこれは空の女神が俺に与えた罰なのか?今まで散々フィーや皆に心配させてきた俺に対する罰がこれなのかもしれない。だとしてもちょっと厳しくないか?


「ちょっと!押さないでよ!?」
「さっさと入れ!」


 隣の牢屋に誰かが入れられたようだ。どうやら3人くらいのグループらしいがどうも聞いた事のある声だな……


「明朝、将軍閣下自らの手であんたたちの尋問が行われる。そこで無実が証明されれば2,3日で釈放されるはずだ」
「ま、しばらくそこで頭を冷やしておくんだな」


 兵士たちは隣の牢屋に入れた人たちにそう言って立ち去っていった。どうやら彼らも何らかの疑いをかけられたようだ。


「はあ、冗談じゃないわよ……こちらの言い分も聞かないでこんな所に放り込んでさ……」
「軍が空賊団を逮捕できれば疑いが晴らせるだろうけど、こうなると無理かもしれないな」
「廃坑で戦った空賊は明らかに軍が来ることを知っていた、これは軍の内部に内通してるスパイがいるってことなんでしょうね」


 隣の人たちの話を聞いてて思ったんだけど隣にいるのはもしかして……


「あの、もしかしてエステルさん達ですか?」
「えっ?今の声って……まさかリート君!?」
「はい、ご無沙汰しています」


 やはり隣の牢屋にいたのはエステルさんだった。そうなるとヨシュアさんやシェラザードさんも一緒にいるはずだ。


「ど、どうしてリート君がハーケン門の牢屋に入ってるの!?」
「あはは、話すと長くなるんですけどね……」


 俺はエステルさん達に今までの事を話した。


「うっわー……それは……」
「災難というか何というか……」
「貴方って厄介ごとを引き付けるタチなの?」


 ……顔は見えないが同情の眼差しを送られているのが伝わってくる。


「この変人から聞いた話しからもしかしてと思ってましたがハーケン門で知り合った遊撃士というのはやっぱりエステルさん達のことだったんですね」
「う、うん。そうだけど……リート君、なんかオリビエに対してだけ当たり強くない?」
「そりゃそうでしょう、この人のせいで今こうなってるんですから」
「リート君、意外と怖いんだね……」


 ヨシュアさんはそう言うが貴方だってエステルさん関係になると怖くなるじゃないですか。


「というか何故エステルさん達は牢屋に入れられたんですか?あなた達が悪いことをするなんて思えないんですが……」
「まあね、色々あったの」


 エステルさん達から話を聞くと、どうやら定期船が行方知らずになったのは空賊団『カプア一家』の仕業らしくエステルさん達は空賊たちが隠した定期船を見つけることはできたようだ。だがそこにモルガン将軍が率いる軍の部隊と鉢合わせになり盗賊の仲間として疑いをかけられたらしい。


「なんですかそれは……エステルさん達はなにも悪くないじゃないですか」
「そうでしょ?あのオヤジ見るからに頭固そうだったもん」


 モルガン将軍か……百日戦役で活躍した人物ということは知っていたが遊撃士嫌いだとは知らなかった。


「とにかく今はどうしようもないし朝になるまでは休むしかないわね」


 シェラザードさんの言うと言う通り今はどうしようもないので俺たちは休むことにした。しかしオリビエさんはいつまで喋っているんだろうか……まあいいや、最悪何かしようとしてきても気配で分かるし放っておこう。








「おい、起きろ!」


 翌朝になり兵士の声で目を覚ます、横を見るとオリビエさんが頭にたんこぶを作って伸びていた。やっぱり俺に何かしようとしたのか……


「何よ、こんな朝早くから尋問なの?」
「いや違う、お前たちを釈放する」
「ふえっ?」


 エステルさん達は釈放されるようだ。でもいきなりどうしてだろうか?そう思っているとそこに金髪の女性と軍服を着た白髪の男性が現れた。


「メイベル市長!?どうしてここに?」


 どうやら彼女こそがボースの市長その人らしい、しかし随分と若いんだな。どうやらメイベル市長は白髪の男性……モルガン将軍と顔見知りのようで取り合ってくれたらしい。その話の途中でカシウスさんの名前が出たことに驚いたがよく考えればカシウスさんは遊撃士になる前は軍人だったことを思い出して俺は納得した。


(しかし団長もそうだけどカシウスさんも顔が広いよな……)


 モルガン将軍はカシウスさんが軍人だった時の知り合いらしくエステルさん達が釈放されたのもそれが大きな要因になったようだ。ともかくこれでエステルさん達も事件解決に向けて動き出せるだろう。


「よかったですね、エステルさん。事件解決を祈っています」
「えっ?リート君はどうするの?」
「俺は別件で捕まってますし釈放はされないでしょう、俺の事は気にしないで行ってください」
「そんな!?オリビエはともかくリート君は無実じゃない!放ってなんておけないわ!」
「ですが……」
「あの、エステル君?僕はともかくってどういうことだい?」
「事実でしょう?それにあんたが牢屋に入ってればヨシュアも安全だしね。メイベル市長、リート君は無実だから何とかして牢屋から出してあげられないかしら?」
「あ、いやごめんなさい!僕も出してください!」


 オリビエさんが隣で土下座をしていた。だったら最初から勝手に店のワインを飲まなければいいのに……


「あの、そちらの方々がグラン=シャリネを飲んだという方々ですか?事情は分かりました、でしたら……」




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 
「本当にありがとうございました!!」


 俺はメイベル市長の自宅内でメイベル市長に土下座をしていた。なんとメイベル市長が俺たちの罪を許してくれたおかげで釈放されたからだ。


「あ、あの……そこまでしなくても」
「いえ!あなたのお陰で俺はこうして無事に外に出られたんです!どれだけ感謝をしても足りません!」
「はは、良かったね。リート君」
「あなたも土下座してくださいよ、こうなった原因はあなたでしょうが!」
「あいたっ!?」


 俺はオリビエさんの頭にチョップをかました。


「ふふ、面白い人たちですね」
「いえ、これと一緒にされるのはちょっと……」


 流石にこの人と同じ扱いはごめんだ。


「しかしメイベル市長、本当にいいんですか?オリビエさんが勝手に飲んだワインの代金を返さなくても?」
「いいんです。あの店のオーナーは私ですし今回の事はお互い不幸な事故としましょう」
「メイベル市長……」


 なんていい人なんだろうか、本来なら訴えられても仕方ないことをしたのに笑って許してくれるとは……よし、決めた。


「エステルさん、皆さんは空賊について調査してるんですよね?」
「ええ、そうだけど……」
「俺も事件解決のために力にならせてくれませんか?」
「ええっ!?」


 俺はエステルさん達に今回の事件の解決のために力になりたいとお願いした。本来なら目立つ行為はしないと言ったが流石にここまでしてもらっておいて何もしないとなれば西風の旅団として名が廃ってしまう、受けた借りは必ず返すのが西風流だ。


「お願いします!俺を助けてくださったメイベル市長に恩返しがしたいんです!」
「……どうする、シェラ姉?」
「駄目よ……と言いたい所だけどこの様子だと勝手に行動しそうだし案外近くにいてもらった方が監視出来ていいかもしれないわね。目を離していたらまた何か厄介ごとに巻き込まれてそうだし……」


 うぐっ、トラブルメーカー扱いか……まあ実際その通りだし反論できない。


「ただし私たちのいう事は絶対に守ってもらうわ。それと無茶はしないこと、これらを守れるなら特別に許可します」
「わかりました!このリート!未熟ながらも八葉一刀流の技を持って皆さんを支援します!」


 俺は太刀を手にして力強く答えた。


「それなら僕も君たちに協力させてくれないかな?こう見えてもアーツと銃の腕には自信があるんだ」
「えー、オリビエも来るの?」
「どうしますか、シェラさん?」
「そうね、放っておいたらまた勝手についてきそうだしあんたも監視しといたほうがいいわね。でもあんたもリート君のように私たちのいう事は守ってもらうわよ」
「わかったよ、美人からのお願いなら何でも聞くさ」


 取りあえず話はまとまったので俺たちはメイベル市長に別れを告げてメイベル市長の自宅を後にした。


「エステルさん達の考えでは空賊のアジトは定期船ではいけない場所にあるんですよね?」
「うん、空賊たちが定期船を廃鉱に隠して態々何回も往復したのは定期船では入れない場所にアジトがあるからだと思うんだ」
「問題はそれがどこにあるのかが分からないって事なのよね」


 ヨシュアさんの説明にシェラザードさんが補足する。確かにどんな所にあるか予想はできてもそれが実際どこにあるかは分からない。虱潰しに探そうとしてもボース地方はかなり広いし結構骨が折れそうだ。


「取りあえず今は昨晩起きた強盗事件の被害者たちに話を聞いていきましょう、何か重要な手掛かりが分かるかもしれないしね」


 シェラザードさんの意見に全員が頷いた。強盗事件とはメイベル市長の話の途中で出てきたんだけどどうも昨晩にボースの南街区で大規模な強盗事件があったらしい。俺たちは直にボース南街区に向かい被害者たちから話を聞いて回った。
 途中でナイアルさんとドロシーさんに出会ったがどうやら廃坑についての情報をエステルさん達に話したのはナイアルさんらしい。彼が聞いた目撃情報によると犯人は西口方面に走っていったようだ。


「じゃあ他の家にも行って話を……」
「おい」
「……ん?」


 俺たちの前にリベール王国の軍人が現れた、ハーケン門に所属している軍人のようだ。


「えっと、あたしたちに何か用かしら?」
「ふん、お前らがこの辺りをウロチョロと嗅ぎまわっていると話があってな。少し忠告しておいてやろうと思ったんだ」
「忠告?」
「遊撃士風情が我々の調べている付近を荒らすのはやめてもらおうか」
「あ、あんですってー!?」


 どうやらこの兵士は俺たちが空賊事件について調べ回っているのが気に入らないらしい。


「なんだ?その態度は?市長の頼みで釈放しただけでお前たちの疑いが晴れたわけじゃないんだぞ、それとももう一回牢屋に入れられたいのか?」
「うぐぐ……」


 さてどうしようか、あまり大きな争いにはしたくないし……


「何をしている?」


 するとそこに軍服を着た金髪の男性と紫のかかった赤髪の女性が現れた。


「こ、これは大佐殿!?」


 大佐?この人はリベール王国軍の大佐なのか?また随分と若いな、でもその立ち振る舞いには隙が見当たらない……かなりの実力者だ。


「栄えある王国軍の軍人が善良な一般市民を脅すとは……まったく、恥を知りたまえ」
「で、ですがこいつらはただの民間人ではございません!ギルドの遊撃士どもです!」
「ほう、そうだったのか……だったら猶更だろう。軍とギルドは協力関係にある、対立を煽ってどうするのだ?」
「し、しかし自分は将軍閣下の意を組みまして……」
「やれやれ……モルガン将軍にも困ったものだ。ここは私が引き受けよう、君は部下を連れて撤収したまえ」
「し、しかし……」
「もう十分に調査しただろう?将軍閣下には後で私の方から執り成しておく。それでも文句があるのかな?」
「りょ、了解しました……」


 軍人はそう言うと自身の部下を連れて去っていった。


「さて、と……」


 金髪の男性は俺たちの方に向きかえり話しかけてきた。


「遊撃士協会の諸君。軍の人間が失礼な事をしたね、謝罪をさせてもらうよ」


 彼はそう言うと俺たちに頭を下げる、彼のこの行動にシェラザードさんも驚いていた。


「これは、どうもご丁寧に……こちらも気にしてませんしどうか顔をお上げください」
「そう言ってもらえると助かるよ……先ほども言ったように軍とギルドは協力関係にある、互いにかけている部分を補い合うべき関係だと思うのだ。今回の一連の事件に関しても君たちの働きには期待している」
「ふふ、失望させないように頑張らせてもらいますわ」


 凄いなこの人……普通はさっきの軍人のように軍と関係のない者が活躍するのをいい気分がしない人だっているだろうに彼は寧ろ遊撃士協会の必要性を理解して尚且つ強力しようと言ったんだ。


「大佐……そろそろ定刻です」
「ああ、そうか」


 男性の傍にいた女性がそう言った。どうやら時間を取らせてしまったらしい。


「そういえばまだ名乗っていなかったな。王国軍大佐、リシャールという。何かあったら連絡してくれたまえ」


 リシャール大佐はそう言って部下の女性を引き連れて去っていった。気のせいかな、一瞬俺をジッと見ていたような気がしたが……まあ今はそんなことを気にしてる場合じゃないか。


「それにしても王国軍にも話が分かる人がいたのね、モルガン将軍やさっきの兵士みたいに遊撃士嫌いの人ばかりに会ってたから新鮮だわ」
「まあ軍人にも多くの考えを持った人がいるんだよ。それにしてもリシャール大佐か……あの若さで大佐だという事はかなり優秀な人物なんだろうね」
「中々のイケメンだったし私は嫌いじゃないわ、ああいう人」


 エステルさん達もリシャール大佐にもいい印象を持ったようだ、その中でオリビエさんだけが何やら難しい顔をしていた。


「どうしたんですか、オリビエさん?珍しくまじめな顔をしてますけどリシャール大佐に何か思う事でもあったんですか?」
「いや、今のリシャール大佐なんだが……確かに中々の男ぶりではあるのは認めるが僕のライバルとしてはまだ役者不足だと思ってね。リート君もそう思わないかい?」
「はあ~……あなたに真面目な回答を期待した俺が馬鹿でした……」


 結局オリビエさんはオリビエさんだった。


 
 

 
後書き
 リィンは目上の人や初めてあった人には敬語を使いますがオリビエに対しては一応年上なので敬語は使ってますが内心は変人だと思って呆れています。まあ空の軌跡のオリビエは閃の軌跡の時と比べるとだいぶはっちゃけてるからね。ちかたないね。 

 

第33話 ヴァレリア湖での休息

 
side:リィン


 リシャール大佐と別れた後、俺たちは軍が撤収した南街区で聞き込みを再開していた。その中でも有力な情報をくれたのがさっきは兵士がいて話せなかったセシルというお婆さんだった。


「あれは昨日の夜中のことさ。扉の前で何か音がしてね、あたしゃてっきり亭主が夜中に帰ってきたんだと思って扉を開けて大声で怒鳴りつけてやったんだ。だがそこにいたのは向かいの工房から出てきた覆面の男たちだったのさ!あの時はばっかりは心臓が止まるかと思ったよ」
「犯人と鉢合わせたんですか!?よく無事でいられましたね……」


 俺はセシルさんの話を聞いてまさか犯人に遭遇してしまっていたことに驚いた。
 もしかしたら目撃者を口封じに殺していたかもしれなかったからだ、セシルさんが無事で本当に良かった。


「相手も驚いたのかあたしに構わずに北の方に逃げて行ったよ、本当に運がよかったんだねぇ」
「なるほど、そいつらが空賊だった訳ね……でもご主人が遅かったのは酒場にでも言っていたんですか?」


 シェラザードさんがそう質問するとセシルさんはプルプルと身体を震わせていた。


「あのバカ亭主は釣りが好きでね、昨日もカサギを釣るとか言って南の湖畔に行っちまったんだよ。しかも未だに帰ってきやしない」
「えっ?じゃあその人は事件が起きたことも知らないの?」
「だろうねぇ……まったくあの宿六め、帰ったらタダじゃおかないよ!」
「お~い、今帰ったぞー」


 しかし噂をすれば影ともいうが絶妙なタイミングで誰かが帰ってきた、おそらく話にあったこの家のご主人だろう。


「はー、やれやれ。朝から粘っていたのにボウズで終わっちまったよ……ん?お客さんかい?」
「このスットコドッコイ!!」


 セシルさんはお年寄りが出せるとは思えない音量でご主人に怒鳴った。


「な、なんだってんだ。いきなり大声出しやがって……」
「実は……」


 状況が理解できてないご主人にヨシュアさんが昨日起きた強盗事件について話した。


「は~、空賊による強盗ねぇ、そりゃ大変なことがあったんだなぁ。しっかしこいつの怒鳴り声で逃げてったってのは傑作だぜ」
「なんだってぇ!?」
「まあまあ、落ち着いてお婆ちゃん……」


 ご主人の能天気な反応にセシルさんがまた身体をプルプルと震えさせるがエステルさんがセシルさんを宥める。


「しかし闇夜に紛れて現れてどこかに消える空賊どもか……もしかしたらあいつの話と何か関係があるのか?」
「あいつ?どなたの事ですか?」
「ああ、俺の釣り仲間なんだ。南の湖畔にある宿屋に滞在してるんだけどそいつが宿屋の近くで妙な奴らを見かけたって言っていたんだ」
「妙な連中……?ねえお爺さん、もっと詳しく教えてくれない?」
「なんでも夜釣りをしたときに偶然見かけたらしいんだが真夜中に宿屋の出口から出て行った連中がいたらしいんだけど宿屋の亭主に聞くとそんな奴らは泊まってなかったらしいんだ。だからそいつお化けでも見たんじゃないかってビクビクしながらいうもんだから皆で笑ったんだがもしかしたら何か関係でもあるのかな?」


 ご主人の話を聞いた俺たちは、少しでも空賊の情報が得られる可能性があると思い二人に礼を言ってからボースの南にあるヴァレリア湖畔に向かった。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー
 
 
 情報にあったヴァレリア湖に到着した俺たちは、町で聞いた不審な人物を目撃したというロイドさんに話を伺った。
 話によると一昨日の晩に彼が怪しい男女の二人組を見たらしくその女性が学生服を着ていたらしい。前にエステルさん達が戦ったカプア一家のジョゼットという奴が学生服を着ていたことから彼女ではないかと思った俺たちは今夜また現れるらしいという情報を信じて宿屋に泊まる事になった。


「しかし夜中までは時間が余ってしまったし……どうしようかな?」


 俺は宿屋の部屋で暫く休んでいたんだが流石に暇になってきた。


「……釣りでもしようかな」


 俺は宿屋の人に貸し竿を借りて宿屋の裏に周る、するとそこにはエステルさんが釣りをしていた。


「あれ、リート君じゃない。もしかしてリート君も釣りをしに来たの?」
「ええ、俺も趣味で釣りをしていますから」
「そうなんだ。じゃああたしの横に来たらいいわよ、ここなら結構釣れるの」


 エステルさんの足元にはカサギンやサモーナが入ったバケツが置かれていた。確かにここは良く釣れるみたいだ。


「じゃあ失礼しますね」
「ええ、どうぞ」


 俺はエステルさんの隣で釣りを始めた。


「でもリート君も釣りが好きだったなんて嬉しいわね。ヨシュアは釣りとかしないからこうやって誰かと釣りをするのは父さん以来ね」
「そういえばヨシュアさんは近くにいないんですか?」
「ヨシュアならあそこで本を読んでるわ」


 エステルさんが視線を向けた先にはヨシュアさんがいた。宿屋の裏にあるテラスに置いてあるパラソルの下で本を読んでいるみたいだ。


「ヨシュアさんはこういう事はしないんですか?」
「うん、ヨシュアの趣味は鍛錬と本を読むくらいなのよね。年頃の男の子なんだしもっとアクティブにならないとって思ってるんだけど……お姉さんとして心配だわ」
「あ、ヨシュアさんが弟さんだったんですか?てっきり逆だと思ってました」
「ちょっとリート君!あたしがお姉さんよ?まあ確かにヨシュアと比べるとまだまだだけど……」
「エステルさんなら直に追いつけますよ」
「ありがとう、リート君」


 エステルさんはカサギンを吊り上げながら俺にお礼を言った。


「リート君って父さんの知り合いらしいけどどういう経緯で知り合ったの?」
「遊撃士の仕事関係で俺の父と知り合ってそこから俺も知り合いになったって感じですかね。俺は一回カシウスさんから手ほどきも受けています」
「へぇ~、リート君の父さんか。どんな人なの?」
「そうですね、酒癖が酷いですしだらしない所もありますがとても強くて優しくてこの世界で一番頼りになる男性ですね」
「そうなんだ、じゃあリート君の他人を放っておけない優しさはリート君の父さんから貰ったものなのね」
「あはは、そうだったら良かったんですけどね」
「うん?」
「俺は父さんとは血がつながっていません、捨て子だったので……」
「あ……」


 俺がそう言うとエステルさんは少し暗い表情を見せた。


「ご、ごめん!あたしったら無神経な事を……」
「気にしないでください、たとえ血がつながってなくても父さんは俺の誇りですから」
「……ならあたしの家族の事を聞いてくれないかしら?それでお相子っていうのも変だけど」


 俺は気にしないがエステルさんは悪いことをしてしまったという表情を浮かべていた、これでは彼女の気が晴れないと思い俺は頷いた。エステルさんは俺の了承を受け取って話し出した。


「あたしね、小さいころにお母さんを亡くしてるの。10年前の戦争で……」
「10年前……百日戦役の事ですね」
「うん、あたし父さんが戦っている相手が見たくてロレントの時計塔に上ったんだけどそこを降伏を進めた帝国軍が威嚇射撃で爆撃したの。あたしが助かったのは母さんが身を挺して守ってくれたからなの。そんな経験があったからあたしは遊撃士を目指したいって思ったの」
「……そんな過去があったんですね。俺のほうこそすいません、言いたくもないことを言わせてしまって……」
「いいの、もう吹っ切れてるから……それに今は父さんもヨシュアもいるからあたしは大丈夫、寂しくないわ」
「エステルさん……」
「それにいつまでも引きずっていたら母さんが安心できないしね」
「エステルさんは心が強いんですね、尊敬します」
「あはは、やだなー。そんなおだてても何もでないわよ!」


 エステルさんは俺の背中をバンバンと叩いてきた、おそらく照れ隠しなんだろうがちょっと痛い。


「よーし、なんか気合も入ってきたしじゃんじゃん釣るわよー!」


 エステルさんはそう言うと本当にどんどん魚を釣り上げていく、どうやら釣りの才能はエステルさんの方が上みたいだ。だって俺はカサギンとサモーナの二匹と破れた長靴しか釣れなかったからね。


ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 暫くエステルさんと釣りをしていたが疲れてきたので俺は釣りを中断して竿を返しにいった。因みにエステルさんはまだ釣りを続けるらしい。


「やあリート君、釣りはもういいのかい?」


 テラスに向かうとそこで読書をしていたヨシュアさんに声をかけられた。


「あ、ヨシュアさん。はい、流石に疲れてきましたのでエステルさんには悪いですが休ませてもらう事にしました」
「そうか、それにしてもエステルってば楽しそうだったね。あんなにはしゃぐエステルは久しぶりに見たよ」
「そうなんですか?」
「うん、やっぱり父さんの事もあるからね。こうやってリフレッシュできる時に少しでも気を休めてくれるといいんだけど……」


 ヨシュアさんは心配そうな眼差しでエステルさんを見ていた。そうだよな、エステルさんもカシウスさんのことが心配なはずだ。ああやって気丈に振舞っていても不安で仕方ないはずなんだ、それをヨシュアさんは気が付いていた。


「ヨシュアさんはエステルさんの気持ちがよくわかるんですね、流石は姉弟ですね」
「……姉弟か」
「ヨシュアさん?」


 ヨシュアさんはどこか遠くを見つめるように空を見上げるとポツリと話し出した。


「リート君、僕はね、養子なんだ」
「養子……ですか?」
「うん、僕は11歳の時父さんに連れられてブライト家に来たんだ。それまでの自分が何をしていたのか記憶がなかった僕をエステルと父さんは温かく迎え入れてくれた……特にエステルは怯えていた僕をいつも引っ張ってくれたんだ、今の僕があるのはエステルのお陰だと言っても過言じゃないくらいにね」
「……大切なんですね、エステルさんの事が」
「そうだね、僕にとって何よりも大切な存在なんだ……でも時々思ってしまうんだ。過去の自分は何をしていたのかって……」
「過去の自分……」


 父さんが俺を拾ったのは大体2~3歳位の時らしいが拾われる前の記憶はない。だから時々俺も考えてしまう、自分の過去の事を……


「父さんに聞いても話をそらされてしまうしもしかしたら自分は人には言えないような悪人だったんじゃないかなって思う事があるんだ。エステルは否定してくれたけどもしそうだったらと思うと不安でしかたないんだ……もしそうだったら僕がエステルの家族を名乗ってもいいのかって……」


 ヨシュアさんは乾いた笑みを浮かべながらそう話した。
 俺は猟兵だから戦場で人の命を奪ったり汚れ仕事をこなしてきたある種の悪の存在……今更自分の過去に何があっても正直動じないだろう。
 だがヨシュアさんは遊撃士というある種の正義の味方をしている善の存在だから純粋に遊撃士という職業に憧れを抱いているエステルさんと比べてしまい、もしかしたら自分の過去が原因で彼女を傷つけてしまうんじゃないかって不安なんだろう。


「ヨシュアさん、俺はヨシュアさんに上手い言葉をかけることが出来ません。だって俺はヨシュアさんじゃないですから少しの共感はできても100%理解はできないでしょう。だからヨシュアさん、あなたはエステルさんを信じてください」
「エステルを……?」
「はい。エステルさんはヨシュアさんの事を大切な家族だって思っています、だから例えヨシュアさんの過去が人には言えないものだったとしてもエステルさんは絶対に受け入れてくれます」
「……そうだね、こんな風にウジウジしていたら僕を信じてくれるエステルに失礼だよね」
「まあ好きな女の子に嫌われたくないっていうヨシュアさんの気持ちも理解できなくはないですけどね」
「うえっ!?」


 ヨシュアさんは珍しく狼狽えて座っていた椅子から転げ落ちた。


「リ、リート君?一体何を……」
「違うんですか?だって自分の過去が悪いものじゃないかって思うのはエステルさんに悪い印象を持たれたらどうしようって事だからですよね?それに普段からエステルさんには他の人には向けない優しい眼差しで見てますし気が付く人は皆知ってると思いますよ?まあエステルさんだけは知らないでしょうけど……」
「そ、そうだったんだ……あの、このことはエステルには……」
「勿論言いませんよ、男なら自分から告白したいですもんね」
「はは……」


 ヨシュアさんは苦笑いをすると椅子に座り直した。


「不思議だね、こんなことを話したのは君が初めてだよ。年が近い同性がいなかったって言うのもあるけどリート君には不思議と近親感が湧くんだ」
「俺もなんでかヨシュアさんには初めて会った気がしないんですよね……」
「そうだね、こんなに楽しい気持ちは初めてだよ。こういう会話も楽しいものなんだね」
「じゃあもっと教えてくださいよ、エステルさんのどんなところが好きとかあるでしょう?」
「そ、それは勘弁して……」


 俺は意地悪な笑みを浮かべてヨシュアさんと他愛無い話を続けた。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 ヨシュアさんとの話を終えた後、俺は貸し竿を返してから部屋に戻ろうとしたがシェラザードさんに呼び止められた。


「あら、リート君。もしかして今暇かしら?暇だったら私の話し相手になってほしいんだけど駄目?」
「話くらいなら別に構いませんが……それにしても凄い量の酒瓶ですね」


 シェラザードさんが座っていた席には大量の酒瓶が置いてあった。しかし凄い量だな、団長もここまで飲まないぞ……


「そういえばオリビエさんは一緒じゃないんですか?なんか一緒に飲むとか言ってましたが……」
「オリビエならそこよ」


 シェラザードさんが指さした方にはオリビエさんが床に倒れていた……ってオリビエさん!?


「オリビエさん、どうしたんですか?こんな顔を真っ赤にして」
「リ、リート君……逃げろ。シェラ君はヤバい……飲んでも飲んでも全くつぶれないんだ……」


 そういえばロレントにいた時一回アイナさんとご飯を食べに行ったがアイナさんも凄い飲んでいたな……しかも全く変化しないのが驚きだった。


「ほら~、そんな所で突っ立ってないでこっちにいらっしゃいよ~」
「うわっ!?」


 シェラザードさんに腕を引っ張られて体を密着させられた。


「お姉さんと一緒に飲みましょう?相手がいないとつまんないのよね~」
「い、いや俺は未成年ですし……」
「ホント真面目ね~。今くらいはいいじゃない?ほらほら、お姉さんがサービスしてあげるわよ♡」


 何を思ったのかシェラザードさんは俺の頭を捕まえて自分の胸元に引き寄せた。こ、この人酔ってるな!?


「シェ、シェラザードさん!?やめてください!恥ずかしいですよ!!」
「あら、いい反応するじゃない♪」


 俺の反応が面白かったのかシェラザードさんは更に俺を抱き寄せてきた。正直柔らかくて嬉しい状況なんだけど、何故か涙目のフィーと怖い笑顔で大剣を振るうラウラ、青筋を浮かべた笑みをするレンが頭に浮かんだので抵抗するが逃げられない。


「ヨシュアにしても直に逃げちゃうしイジリがいが無いのよね~。だからこういう初心な反応は新鮮だわ♪」
「ちょ、息できないです!?苦しいです!?」
「ほらほらー、お姉さんの酒が飲めないのかー♪」
「んぐっ!?」


 更にはお酒の入ったグラスを口に当てられてしまい呼吸しようとして口をあけていたのでお酒を飲んでしまった。


「ふ、ふにゃあ……」


 元々お酒には弱い俺はあっという間に夢の世界に旅立ってしまった。

 
 

 
後書き
 リィンは普段はお酒を飲みません、未成年という事もありますがお酒に弱いことを知ってるからです。何故かと言いますとゼノが一回イタズラで飲ませた時に酔っ払ってフィーにメチャクチャ甘えてしまったからです。その次の日が顔を赤面させて一日部屋に閉じこもってしまいました。因みにフィーはこれ以降西風の旅団で宴会などがあるとこっそりとリィンにお酒を飲ませようとしているくらい甘えん坊なリィンが気に入ったようです。 

 

第34話 空賊との戦い

side:リィン


 ……ううん、あれ?俺は何をしていたんだっけ……うう、頭が痛い……


「リィン」


 誰かに名前を呼ばれたので振り返ってみるとなんとそこにいたのは……


「フィー!?」


 行方不明になっていたフィーだった。


「ど、どうしてフィーがここに!?いままでどこにいたんだ!?」
「?……リィンが何を言ってるのかわからないけど私はずっとここにいたよ?」
「ここって……あれ?ここはヘイムダルで宿泊していたホテルじゃないか……まさか今まで夢でも見ていたのか?」


 俺は頭を抱えて何があったのか考えるがそんな俺をフィーがいきなり抱きしめた。


「フィー?何をしているんだ?」
「ん、なんだかリィンの様子がおかしかったから……もしかして疲れてる?」
「確かに妙に頭が痛いんだよな……」
「そうなんだ、じゃあ休まないと」


 フィーはそう言うと俺をベットに突き飛ばした。


「うわ!?」


 ベットに倒れこんだ俺の頭をフィーが持ち上げて自分の太ももに置いた。


「リィンは疲れているんだよね?偶にはわたしがこうやってリィンを癒してあげるね」
「いや、流石に恥ずかしいんだけど……」
「二人っきりだからいいじゃん」


 フィーは俺の頭をそっと撫でると子守唄を歌いだした。いかん、なんだか眠くなってきた……


「ふふっ。今のリィンすっごく可愛い、赤ちゃんみたい」
「勘弁してくれ……」


 起き上がろうとするがフィーの柔らかな太ももと綺麗な声の子守唄がどんどん俺の意識を眠りへと誘いこんでくる。


「リラックス、リラックス……リィンはいつも頑張ってるもんね、偶にはわたしに甘えてもいいんだよ?」
「フィー……」


 俺は等々抗う気も無くしてしまいフィーの腰に抱き着いて思う存分甘えだした。兄という立場も忘れてフィーのお腹に頭をこすりつける。


「キャッ……もう、いきなり抱き着くのは禁止」
「んぅ……フィー……」
「いい子いい子……お休み、リィン……」


 そんな俺をフィーは仕方ないなという風に微笑んで俺の頭を撫でる。フィーに優しく頭を撫でられながら俺は再び夢の中へと入っていった……














「リート君、大胆なんだね♡」


 ……は?なんで俺はオリビエさんに抱き着いてるんだ……?


「う、うおおぉォォおおォ!?」
「がふっ!?」


 身の危険を感じた俺はオリビエさんにアッパーをかましてしまった。オリビエさんは綺麗にベットへと倒れていった。


「こ、ここはヴァレリア湖の宿屋か……?」


 やはりさっきのが夢だったのか。そうだ、俺はシェラザードさんに無理やりお酒を飲まされてそれから寝てしまっていたのか……


「いたた……酷いよ、リート君」


 オリビエさんは顎をさすりながら起き上がってきた。どうやらアッパーを喰らう寸前に自分から後ろに飛んでダメージを軽減したようだ。


「オリビエさんが悪いんですよ、人の寝こみを襲おうとする不埒ものには当然の対応です」
「酷いなぁ、僕はリート君を起こしにしたんだよ。そしたら君がいきなり抱き着いていたんじゃないか」
「えっ?それは本当ですか?」


 だったらマズいな、オリビエさんは悪くないのに手を出してしまったぞ。


「それは申し訳ございませんでした。俺の勘違いでアッパーなんかしたりして……」
「それはもういいよ、それよりもフィーというのはどんな子なのかな?」
「……もしかして俺、寝言言ってました?」
「うん、僕に抱き着いて「フィー……フィー……」ってうわ言のように言ってたよ」


 ……やってしまった。いくらお酒を飲んでしまったからとはいえうっかりフィーの名前を出してしまうなんて……


「オリビエさん、忘れてください」
「えー、無理」
「そこを何とか」
「いや無理だよ、だってメチャクチャ気になるもん。もしかして君のこれかい?」


 オリビエさんはニヤニヤしながら小指を立てる。くっ、ムカつく……


「……その子は俺の妹です。後フィーじゃなくてフィルです。さっきのは俺が寝ぼけて間違えていただけですから」
「へえ、リート君にも妹がいるのか。僕にも弟と妹がいるんだけどどちらも可愛くてね、自慢の家族なんだ」


 オリビエさんにも兄弟がいたのか……でもこの人の兄弟だから性格も似てるのかもしれないな。


「弟は母親によく似てるんだけど妹は僕や父親に似たのか結構お茶目な性格なんだ」
「なるほど、あなたの性格の由来は父親からなんですね」
「どっちももう13歳になるんだけど、弟はともかく妹はそろそろお婿を探さないといけない年でね、リート君が良かったら妹の婚約者にならないかい?」
「冗談はやめてくださいよ、ただの一般人が貴族に婿入りなんてできるわけがないでしょう?」
「そうかな?妹なら君を気に入ると思うんだけどね」
「はいはい、お戯れはそこまでにしてください」


 これ以上は話が脱線しすぎて修正が効かなくなるので俺は話を変える。


「それで何があったんですか?エステルさん達もいないしあなただけですよね」
「うん、どうやらシェラ君達は僕らを酔わせてここに置いていくつもりだったんだ」
「道理であんなに絡んできた訳だ、最初から計算していたんですね?」
「そうみたいだね」


 やっぱり一般人を連れて行くのには思う事があったんだろうな。


「じゃあ俺たちはここで大人しくしておきましょう」
「何を言ってるんだい?こんな楽しいパーティーに出席しないわけにはいかないだろう?幸いシェラ君達が出て行ってまだそんなに時間は立ってないし今から行けば十分間に合うさ」
「いやでも……ってまた引っ張らないでくださいよ!?」
「さあ真夜中のパーティーにレッツゴー♪」


 俺は抵抗したが寝起きということもあってズルズルとオリビエさんに引きづられていった。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 俺とオリビエさんは陰でエステルさん達が空賊と謎の黒づくめの男の会話を盗み聞きしてるのを宿屋の陰から見ていたが突然エステルさん達が街道に出ていった。どうやら空賊たちが止めてある飛行船を探しに向かったようだ。俺とオリビエさんは琥珀の塔辺りに人の気配を感じたので慎重に近づいていく、するとエステルさん達が空賊たちの様子を伺っているのが見えた。


「エステル君、こんばんわ」
「オ、オリビ……!」
「エステル、静かに……」


 オリビエさんの姿を見て驚いたエステルさんが叫ぼうとしたがヨシュアさんが口を塞いだ。


「……驚いたわね、二人とも酔いつぶしたと思ったんだけど」
「ふっ、任せてくれたまえ。胃の中のものを全て吐き出してから水をかぶってきたのさ」
「あ、ありえない……」
「なんというか、執念ですね……」


 オリビエさんはそうやって酔いを覚ましたのか……俺はお酒には弱いから今も頭が痛いんだけど夜風に当たってたからかちょっとは楽になってきた。


「それにリート君まで連れてきちゃって……全く未成年にお酒を飲ませてまで止めようとした私の苦労が台無しじゃない」
「す、すいません……オリビエさんを止めようとしたんですが……」
「それよりも君たち、ここで空賊を捕らえるのは面白くないじゃないか」


 オリビエさんは無理やり話を変える。


「別に面白くなくていいのよ」
「いや、これは真面目な話。ここで戦ってあの空賊やリーダー格の兄妹を捕らえたとしても彼らがアジトについて口を割らない可能性がある。それどころか人質を盾にして釈放を要求してくるかもしれないし他の仲間が帰ってこない仲間を疑ってアジトから逃げてしまうかもしれない」
「確かに向こうには人質がいますからそれをどうにかしないといけませんね」


 オリビエさんの真面目な話に思わず感心してしまったが、確かに空賊たちには人質がいるのでこのままあいつらを捕らえても人質を盾にされたら意味がない。それに一人でも逃がしてしまえば報復に合うかもしれないから纏めて一網打尽にするのが一番だろう。


「じゃあどうするのよ」
「僕にいい考えがある、彼らにアジトまで連れて行ってもらえばいいのさ」


ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「……まさかこんな大胆な作戦を思いつくとはね。オリビエも案外やるじゃない」
「うん、上手くいってよかったね」


 オリビエさんが言った作戦とはなんと空賊の飛行船にこっそり乗り込んでアジトまで連れていってもらいそこで人質を解放して空賊たちを一網打尽にしようという作戦だった。幸いにも空賊たちに見つからず奴らのアジトまで来ることが出来た。


「それにしてもまさか空賊たちのアジトが『霧吹き峡谷』にあったとは思わなかったわね」
「霧吹き峡谷ってボースとロレントの境にある霧の濃い峡谷のことよね?」
「それに視界の悪さだけじゃなく大型船は侵入できない高低差の激しい入り組んだ地形……軍も中々発見できない訳ですね」


 外は一面真っ白で先が見えない。空賊たちはよくもまあこんないい場所を見つけたものだ。


「さてと、あまりグズグズはできないわね。空賊たちを制圧しつつ監禁されている人質たちの安全を確保するわよ。勿論カシウス先生もね」
「うん……!」
「了解です!」


 俺たちは人質解放と空賊たちを制圧するためにアジト内部へと入っていった。





「……案外静かなんですね」


 空賊たちのアジトにはほとんど人の姿が無かった。見かけるのは何故かいる魔獣ばかりだ。


「おそらく空賊たちは徹夜明けで活動していたから今は就寝しているんでしょうね。でもこれはチャンスだわ、今の内に人質を奪還できれば空賊たちは軍に対する切り札を失う事になる」
「そうなればもう空賊たちに恐れることはなくなりますからね」


 辺りを警戒しながら更に奥へと進んでいく。暫く奥に進むと何人かの男の声が聞こえる部屋の前についた。ヨシュアさんがこっそり中を見ると空賊の手下たちがお酒を飲んで談笑している光景が見えたようだ。


「どうする?ここであいつらを無力化しておく?」
「そうね、万が一見つかった時にあいつらに来られるのは厄介だからここで無力化させておきましょう」


 エステルさんの提案にシェラザードさんが同意する。俺たちはタイミングを計ってから部屋の中に突入した。


「あん……?」
「なんだ?新入りか?」


 男たちは相当酔っているようで俺たちが侵入者だということに気が付いていない。


「二の型、『疾風』!!」


 俺は高速で抜刀して空賊の手下たちに峰打ちで攻撃を仕掛ける。男たちは反応する暇もなく地に倒れる。


「あら、やるじゃない。流石は先生と同門の事はあるわね」
「恐縮です。まあ今回は相手が油断していたから上手くいったんですけどね」


 俺たちは気絶した空賊たちを縛り上げて部屋の隅にまとめておく、そして更に下の階層に向かった。


「それにしてもここって一体なんなのかな?あいつらが作ったにしては大きいし古めかしいわよね?」


 下の階層に向かう途中でエステルさんがそう呟いた。確かに盗賊の作ったアジトにしては構造がしっかりしてるし何かの基地みたいだ。


「大昔の城塞のような雰囲気があるし昔に作られた砦を偶然見つけた空賊がアジトとして使っているんじゃないかしら?」
「大崩壊から数百年以上は戦乱の世が続いたそうだからね。こういうものが残っていても不思議じゃないだろう」


 オリビエさんが言った大崩壊というのは1200年前に天平地位が原因で起こったと言われる古代ゼムリア文明の崩壊のことだ。


「へえ~、そう言えばアルバ教授が話してた内容に出てたわね」
「それにしても発見されにくいとはいえこんな砦をアジトにするなんて悪趣味ね。魔獣も放置されているし全体的に汚いし男所帯何てこんなものかしら」


 シェラザードさんの話を聞いて俺とヨシュアさん、オリビエさんが苦い表情をして流石にそれは違うと思うよと反論する。でも確かに西風の旅団もマリアナ姉さんや女性団員がいなかったらこうなってたかもしれない。団長やゼノは面倒くさがり屋だしレオくらいしか綺麗好きがいないんだよな。
 今はいないガルシアが見たらきっと激怒するんだろうな……


 そんな会話をしながら先を進むと再び男たちの話声が聞こえる部屋の前に来た。


「また話声が聞こえるね、どうする?」
「もしかしたらここに人質がいるかもしれないわね。敵の数も少ないしここは突入して一気に肩をつけましょう」


 再びタイミングを計り中に突入する。


「お、お前たちは!?」
「遊撃士どもだと!?」


 突然現れた俺たちに空賊たちは動揺している。


「どうやらその奥の部屋に人質が監禁されているようね?大人しく降伏すればよし。さもなくば……」
「ふざけるな!」
「やっちまえ!」


 空賊たちは武器を出して襲い掛かってきたがさっきよりも人数は少なくあっという間に制圧することが出来た。


「く、くそがぁ……」


 空賊たちを制圧した俺たちは奥に監禁されていた人たちの元に向かった。


「皆、無事!?」
「あ、あなた方は……?」
「僕たちは遊撃士協会の者です、あなた方を救助しにきました」
「遊撃士だって!?じゃあ助けが来たのか!」
「よ、良かった……」
「私たちは助かるんですね」
「助かった……」

 捕らわれていた人たちはエステルさんたちが遊撃士だと知ると安堵した表情を浮かべた。


「私は定期船『リンデ号』の船長を務めるグラントという。本当にありがとう、なんとお礼を言ったらいいか……」
「あなたが船長さん?お礼は後でいいわ。それよりも……」


 エステルさんは人質たちがいる部屋を見回している。


「あれ?いない……ねえ船長さん。定期船に乗っていた人質はここにいる人達だけかしら?」
「ああ、ここにいる者だけだが……」
「うそ……」


 エステルさんはカシウスさんを探していたようだがカシウスさんは乗っていないようだ。


「カシウス・ブライトという人が定期船に乗っていませんでしたか?遊撃士協会の関係者なんですが……」
「カシウス・ブライト……どこかで聞いたような?」
「あ、あの船長……あのお客様の事じゃありませんか?離陸直前に船を降りられた……」
「ああ、そういえばそんな人がいたな」



 人質の一人がカシウスさんについて何か知っているようだ。


「ど、どういう事!?」
「いやボースを離陸する直前に船を降りた人がいたんだよ。王都から乗ってきた男性で確かそんな名前だったな」
「あ、あんですってー!」


 まさかの乗っていなかったという展開にエステルさんがポカーンと口をあけてしまった。


「だ、だって乗客名簿には……」
「すまない、離陸直前だったから書類の手続きが間に合わなくてね。ロレント到着後に手続きするはずが空賊たちに捕らえられてからそのままなんだ」 


 そんな事情があったのか、通りで空賊たちが定期船を制圧できたわけだ。カシウスさんが乗っていたら今回の事件は未然に防がれていただろうしようやく疑問がとけたよ。


「もう父さんったら人騒がせな……でも変な事に巻き込まれてなくてよかった……」


 エステルさんは少し怒っていたがカシウスさんが無事だと知ると涙を流していた。


「取り敢えず今は空賊たちのボスを捕らえに行くわ。申し訳ないけどもう少しだけここで辛抱していてくれないかしら?」
「わかりました。どうかお気を付けて……」


 俺たちは空賊のリーダー格であるあの兄妹とその二人が話していたドルンという空賊のボスを捕らえるためにアジトの奥を目指した。


「あ、見て。あそこから聞き覚えのある声が聞こえるわ」


 アジトの一番下の階層に来た俺たちは階層の奥にある部屋からエステルさんが聞き覚えのある声が聞こえたと言う。おそらくジョゼットとキールだろう。もう一人の声は年の取った男性の声でエステルさん達も知らない声らしい、この声の主が空賊のボスなのだろうか?


「何かを話しているようね……」


 俺たちは扉の隙間から中の様子を伺う、中にはジョゼットとキール、そして左目に傷のある男性が人質について話していた。


「そうか、女王が身代金を出す気になったか。これで貧乏暮らしともオサラバだな」
「兄貴、油断は禁物だぜ。身代金はこれからだ」
「うん、まずは人質解放の段取りを決めなくちゃね」
「人質解放だと?馬鹿言うな、そんな面倒なことしないでミラ頂いたら皆殺しにすりゃいいじゃねえか」


 なんてことだ、空賊たちのボスは身代金を受け取ったら人質を皆殺しにするつもりだったのか?でもあの二人は驚いた表情を浮かべている……意見の食い違いでもあったのか?


「ド、ドルン兄……?冗談きついよ?」
「冗談な訳ないだろう?連中は俺たちの顔を知っているんだぜ?リベールから高跳びしても足が付くかもしれねえだろうが」
「そんな……年寄とか小さな子供もいるんだよ!?本当に殺しちゃうつもりなの!?」
「ジョゼット……おめぇはいつまでたっても甘ちゃんだな。ママゴトやってるんじゃないんだぞ?」
「そ、そんな……ボク……」


 どうやらあの二人は人質を解放しようとしていたようだがドルンという男性は初めから殺すつもりだったようだ。しかしなにか様子がおかしい様な気がするな。


「兄貴……悪いがそれだけは俺も反対だ。今やってることだって大概なのにそこまでやっちまったら俺たちは本物の外道になっちまうよ。そんな血まみれのミラで故郷を取り戻して兄貴は誇れるのかよ!」
「キールよぉ、おめぇいつからそんな偉くなったんだ?」
「えっ?」
「ナメた口叩くんじゃねえ!!」


 バキッ!!


 ドルンは急に表情を怒りで染めるとキールの顔を思いっきり殴り飛ばした。


「があっ!?」
「キ、キール兄!?」


 ジョゼットは壁に叩きつけられたキールの元に駆け寄っていく。遠くから見ても頭から血が流れているのが分かる位の傷だ。


「不味いわ、あのままじゃドルンって奴がキールって人を殺しかねないわね。皆、突入するわよ!」
「「了解!」」


 俺たちは意を決して部屋の中に入った。


「そこまでよ!」
「あ、あんたたちは……!?」
「遊撃士ども!?どうやってここに……」
「あなた方が琥珀の塔の前に止めてあった飛行船にこっそりと乗り込ませてもらいました」
「いわゆる密航って奴だね。中々スリリングな体験だったよ」
「くそ、やられちまったか……」
「遊撃士協会の名に置いてあんたたちを拘束するわ。逆らわない方が身のためよ?」
「くっそー……ここまでなの……?」


 バガガァァァンッ!!


 突然の轟音に俺たちは驚いてしまった。見ると今まで黙っていたドルンが片手で木製の机を粉々に叩き潰していた。


「キール……ジョゼット……てめぇらにはほとほと愛想が尽きたぜ。こんなヘマしやがって……」
「ド、ドルン兄……?」
「こうなりゃてめぇら全員ぶっ殺して俺だけがミラを手に入れてやる!」


 ドルンは近くにあった導力砲を片手で軽々と持ち上げるとなんと自分の妹であるジョゼットに向かって発砲した。


「あ……」
「あぶない!!」


 間一髪でヨシュアさんがジョゼットを押し倒し導力砲の一撃は後ろの壁に炸裂した。


「大丈夫?」
「あ、うん……ありがとう……」


 ヨシュアさんはジョゼットに怪我がないか確認すると彼女を安全な位置まで移動させてこちらに戻ってきた。
 

「チッ、余計なことをしやがって」
「自分の妹を攻撃するなんてお前それでも兄貴か!」


 俺は自分の妹をためらいもなく攻撃したドルンに思わず口調を荒げてしまう。


「自分の足を引っ張る役立たずなんか妹なんかじゃねえよ!」
「こいつ……!」


 ドルンの言葉に思わず血が上ってしまいそうになるが俺は深呼吸をして精神を落ち着かせた。


「明鏡止水、わが心は無……」
「リート君、それって……」
「八葉一刀流に伝わる呼吸法ですよ、シェラザードさん……もう大丈夫です」
(怒りで突っ込んだりしないか心配したけどどうやら大丈夫そうね……)


 どうやらシェラザードさんに心配をかけてしまったようだ。でももう落ち着いたから先走ったりはしない。


「皆、相手は様子がおかしいわ!油断しないで戦いなさい!」
「「了解!!」」


 ドルンが撃ってきた砲弾をかわしてエステルさんがアーツの体制に入る。俺は太刀を構えてドルンに攻撃を仕掛けた。


「はあっ!」


 俺の一撃がドルンの足に当たり血が地面にまき散らされる。相手は手加減できるような相手じゃないと判断して死なないように機動力を奪うつもりで攻撃をした、だがドルンは切られたことも構わずに導力砲をハンマーのように振り回して俺を殴った。


「ぐっ!?」
「リート君!?」


 俺は防除をしたが思っていた以上の力に吹き飛ばされてしまった。エステルさんが背後から氷の刃を放つアーツ『アイシクルエッジ』を発動させた。


「ぬうんッ!!」
「嘘でしょ!?」


 だが氷の刃はドルンの導力砲で粉々にされてしまった。


「援護するわ、『フォルテ』!!」
「回復するよ、『ティア』!!」


 シェラザードさんがエステルさんに火炎の守護を与えて攻撃力を上げてオリビエさんの放った癒しの波動が俺の傷を癒していく。


「ありがとう、シェラ姉!とりゃあァァ!」


 エステルさんはスタッフを振り下ろしてドルンに当てようとするがドルンは導力砲で防御する。


「喰らえ、『朧』!!」


 その隙にヨシュアさんが相手の懐に飛び込み、鋭い一撃をドルンに喰らわせた。


「『紅葉切り』!!」


 更に追撃として俺は居合切りを放ちドルンに切りつけた。流石にタフなドルンも効いたのか膝をついた。


「とどめよ!『金剛撃』!!」


 エステルさんの放った一撃がドルンを大きく吹き飛ばして壁に叩きつけた。


「ド、ドルン兄!?」
「大丈夫、気を失っただけだ。今回復するから君もこっちに来て」
「あ、うん……」


 ジョゼットが悲鳴を上げるが気を失わせただけなので問題はないだろうとヨシュアさんが説明した。エステルさんがドルンとキールに、ヨシュアさんが念のためにジョゼットにもティアラを使って傷を癒した。


「う、うーん……あいたたた……どうなってやがる?体中が痛ぇぞ……」


 ドルンが目を覚ましたがどうも様子がおかしい。さっきの荒々しさが嘘のように鳴りを潜めていた。


「ド、ドルン兄?」
「兄貴、一体どうしたんだ?」
「おお?……ジョゼットじゃないか!ロレントから帰ってきていたのか!こんなに早く帰ってきたって事は失敗したな?」
「ふえ……?」
「がっはっは。ごまかさなくてもいい。まあこれに懲りたら荒事は俺たちに任せておけ。チマチマした稼ぎだが気長にやればいいんだからな」
「ドルン兄、何を言ってるの?」
「おいおい兄貴、ジョゼットはとっくの昔に帰ってきていただろう?定期船を奪った後に俺が迎えに行ったじゃないか?」
「何を言っているんだ?定期船を奪うだなんて危ない橋を渡るわけねえだろうが?」
「……」
「……」


 ドルンの言葉に二人は訳が分からなくなったのか口をあんぐりと開けていた。しかしどうしたっていうんだ?ドルンの話を聞くと彼は今回自分たちが起こした定期船を強奪した事件のことを知らないように振舞ってるぞ?


「ねえ、こいつ何を言ってるの?もしかしてあたし強く叩き過ぎたかしら?」
「どうも言い逃れしようとしてる訳じゃなさそうだね。本当に今の状況が分かっていない感じだ」
「演技って感じもしないね。まるで夢から覚めたような様子だ。僕も夢から目が覚めると時々自分の美しさが現実かどうかわからなくなってしまう事が……」
「はいはい、分かりましたから静かにしてください」
「……リート君の意地悪……」
「どっちにしろ事件は起きてるんだから詳しいことは捕らえてから聞きましょう」


 エステルさんたちもドルンの様子に疑問を持ったみたいだがどのみち事件は起きてしまっているので彼らを拘束することにした。その後はこの場所を突き止めたリシャール大佐率いる王国軍に彼らを引き渡して今回の事件は幕を閉じた。


 
 

 
後書き
 本来ならここで黒のオーブメントを手に入れますがこの小説ではまだエステルたちの手元にはありません。理由は後で分かります。 

 

第35話 孤児院と妖精

 
前書き
 フィーの服装はソード・アート・オンラインのシノンの服装を想像してください。 

 
side:リィン


 ボースで起きた空賊の事件から数日が過ぎた。俺は旅を続けるエステルさんとヨシュアさんと別れシェラザードさんと何故かついてきたオリビエさんと共にロレントへと戻ってきていた。あれからは特に大きな事件はなく時間が過ぎていく毎日を送っている……


「ちょっとリート君、折角美味しく飲んでるんだからもっと楽しそうにしなさいよ~」
「シェラザード、あなたちょっと飲み過ぎじゃない?」
「ううっ、シェラ君より上の存在がいたとは……どうして勝てないんだ……」


 ……すいません、訂正します。今俺は不味い状況に立っています。


(ああもう、どうしてこうなったんだ!?)


 ロレントに戻ってきてからは強制的にオリビエさんの相手をさせられていたけどこの人美女を見ると口説かないと気が済まないのか毎回アイナさんやシェラザードさんを飲みに誘っては轟沈するんだけど問題なのはオリビエさんがダウンすると酔っ払ったシェラザードさんの相手を俺がしなければならないことだ。
 いや、結構役得なのは認めるけど毎回絡まれると流石にちょっと疲れてくるよ……


「ほらほら、私が注いだ酒なんだから飲めー♪」
「オリビエさん、お願いします」
「えっ?ちょっ、リートく……ガボボボ!?」


 シェラザードさんから押し付けられたグラスをオリビエさんに押し付けてふとエステルさん達の事を考える。


(エステルさん達はもう次の町に向かっているのかな?)


 カシウスさんは見つからず彼が今何をしているのか結局は分からないままだ。でもエステルさん達はカシウスさんが無事に戻ってくることを信じて正遊撃士になるための旅を続けることにした。別れる寸前でもう暫くはボースで依頼をこなしていくと言っていたがそろそろ次の目的地に向かっているかもしれない。


(次は位置的にルーアンか……フィーはロレントとボースにはいなかったからルーアンかツァイス……もしくは王都グランセルにいるのか?もしくはリベールにいないなんてこともあるんじゃ……いや、それはないか)


 一瞬フィーがこの国にいないんじゃないかと考えてしまったが何故かフィーはリベール王国にいると確信があった。


(……やはりおかしいな。どうしてかフィーがリベールにいないんじゃないかって思うと頭が痛くなるしそんなことはないって思ってしまう。フィーがリベールにいるという証拠があるわけでもないのに……)


 まるでそう思わなくては駄目だという何かの意思さえ感じてしまう。何かの暗示のようにそう思い込んでしまうんだ。


「あら?リート君、何やら深刻な顔をしてるけどどうしたの?」
「うえっ?な、何でもないです。ちょっと疲れちゃっただけです」
「もしかしてシェラザードの相手をするのに疲れちゃったのかしら?」
「いえ、そんなことは……」
「シェラザードったら酔っちゃうと絡み酒になるし程々にしてほしいものね」
(……あなたも凄い飲んでいるんですが)


 アイナさんに心配をかけてしまったが今グダグダと考えても仕方ないので等々倒れてしまったオリビエさんを介抱しながら俺は考えることを止めた。


(フィー、どうか無事でいてくれ……)








side:エステル


「……うんにゃ?」


 なんか酔っ払ったシェラ姉と酔ってるのか全く分かんないアイナさんにリート君が絡まれてオリビエがダウンしてる光景が見えたような……夢だよね?


「……どうしたの、エステル?」
「あ、ヨシュア。ごめん、何でもないわ」
「そう?疲れているなら早く寝たほうがいいよ」


 隣で寝ていたヨシュアが顔を上げてあたしの方を見ていた。どうやら起こしてしまったようなのであたしはヨシュアに謝った。


「……おい。さっきからうるせーぞ、俺はお前らと違って忙しいんだ。ガキは夜更かししてないでさっさと寝ろ」


 部屋の反対側で寝ていた赤髪の男性が不機嫌そうに呟いた。
 彼の名はアガットで『重剣のアガット』という二つ名を持った正遊撃士なんだけどすっごく口が悪いの。何かとバカにしてくるしイジワルな奴よね。
 

「何よ、そんな言い方しないでもいいじゃない!」
「まあまあ、アガットさんにはさっき魔獣の群れとの戦いでお世話になったんだから」
「そりゃそうだけど……」
「ふん、分かったら静かにしてろ」


 アガットはそう言うと目をつぶり寝息を立て始めた。


「もう、新人には優しくしなさいよね」
「もしかしたら僕たちの事を気遣ってワザと厳しい言い方をしているんじゃないかな?」
「それ、自信もって言える?」
「……ごめん、あまり自信はない」


 そもそもどうしてアガットと一緒に寝ているのかというと、ボースで推薦状を貰い空賊事件後の溜まった依頼も処理できたので次の目的地であるルーアンを目指していたんだけど関所についた時点で日が暮れかけていたから今日はそこの休憩所を借りて休んでいたの。そしたら夜遅くにアガットが来て相部屋になったって訳よ。
 少し前の時間に狼の魔獣の群れが関所に襲ってきたんだけどその時あたしたちもアガットと一緒に戦ったの。その時は凄く頼りになったのは認めるけどあたしのことバカにしてくるのが気に入らないのよね。そりゃあたしはアガットと比べたら未熟者だけどさ……


「もういいや、早く寝ちゃお……」


 悔しいけどあたしが未熟者なのは間違いないから早くルーアンに行って沢山依頼をこなしてアガットにバカにされない立派な遊撃士にならなくちゃね。そう思ってあたしは再び夢の世界に入っていった。









「ふわ~、良く寝た~……」
「おはよう、エステル。よく眠れたみたいだね」
「うん。あれ?アガットは?」
「彼はもう出発しているよ、急ぎの用事があったみたいだね」
「何よ、昨日協力して魔獣退治したのに挨拶もしないで行っちゃうなんて薄情な奴ね」
「まあまあ。それよりもそろそろ出発しよう、昼過ぎには峠を越えたいからね」
「ん、分かったわ」


 翌朝になりあたしとヨシュアは関所の隊長さんに挨拶をして関所を後にしてクローネ山道を降りて行った。


「わあぁ……見てみて、ヨシュア!海よ、海!」


 山道を降りるとあたしの目の前に青い海が広がっていた。


「青くてキラキラしてめちゃくちゃ広いわね~!それに潮騒の音と一面に漂う潮の香り……うーん、これぞまさに海って感じよね」
「エステルは海を見るのは初めてなの?」
「昔、父さんと定期船に乗った時チラッと見た記憶はあるんだけどこうやって近くで見たのは初めてかもしれない」
「そっか、僕も海は久しぶりだな……」


 その後は暫く海を眺めてからあたしたちはマノリア開道を進んでいった。途中で寄った灯台で魔獣が灯台に入り込んで困っていたお爺さんを助けてから先を進むとようやく私たちはマノリア村にたどり着くことが出来た。


「は~っ。やっと人里についたわね」


 辺りを見回してみると白い花があちこちに咲いていた。綺麗だけど何の花かしら?


「あの白い花は木蓮の一種だね」
「ふ~ん、綺麗よね~」


 海から漂ってくる潮の香りと白い花の香りが混じってとてもいい匂いがするわ。


「丁度お昼だし休憩がてらお昼にしない?」
「いいけど何か手持ちの食糧はあったかな?」
「あ、ちょっとタンマ」


 あたしはバックから食べ物を出そうとするヨシュアに待ったをかける。


「どうしたの?」
「どうせならこの村の名物料理でも食べない?折角旅をしてるんだからさ」
「そうだね、なら宿酒場を探そうか」
「オッケー」


 あたしたちはマノリア村にあった白の木蓮寧でお弁当を購入して亭主さんに教えてもらった町はずれにある風車の傍でお昼を取ることにした。


「ヨシュア、ほらほら早く!」
「ちょっとエステル、前を向いて歩かないと……」


 お弁当を購入して少し浮かれ気分だったあたしは白の木蓮寧を出た瞬間に誰かとぶつかってしまった。


「きゃあ!?」
「おっと……」
「フィルさん!?」


 あたしは尻もちをついてしまったがぶつかった銀髪の女の子は体制を立て直して倒れるのを防いでいた。その女の子の近くで紫色の髪をした女の子が驚いた様子で銀髪の女の子に声をかけていた。


「あいたた……ご、ごめんね!大丈夫!?」
「ん、わたしは大丈夫……あなたこそ平気?」
「うん、あたしは大丈夫よ。それよりも本当にごめんね」
「いいよ。不注意は誰にでもあるしね」


 銀髪の女の子は気にしてないという風にあたしを許してくれた。


「まったく……エステル、何をやってるのさ」


 遅れて出てきたヨシュアがあたしたちの様子を見て何があったのか察してあたしをジト目で見てきた。


「えっとこれはその……」
「だから言っただろう?前を見ないと危ないって……すいません、僕の連れがご迷惑をお掛けしました」
「こちらこそごめんなさい、私たちも人を探していたのでついよそ見を……」
「えっ?誰かを探しているの?」


 どうやらこの二人は人を探していたようだ。


「帽子をかぶった10歳くらいの男の子なんですけどどこかで見かけませんでしたか?」
「帽子をかぶった男の子……ヨシュア、見かけたりした?」
「いや、ちょっと見覚えがないな」
「そっか、教えてくれてありがとう。それにしてもどこに行っちゃったんだろうね」
「私たちはこれで失礼します。どうもお手数をおかけしました」
「バイバイ」


 二人はあたしたちにお辞儀をして立ち去っていった。


「銀髪の女の子可愛かったな~。12~13歳くらいかな?まるでお人形みたいな愛らしさだったわ」
「逆に紫の髪の女の子はどこか気品のある立ち振る舞いだったね。彼女達は姉妹なのかな?」
「分かんないわね。探してた男の子が無事に見つかるといいんだけど……」


 さっきの二人が探していた男の子の事がちょっと気になったが、お腹の虫には勝てずまずはランチにすることにした。


「うわぁ……絶景ね」
「うん、海が一望できるね」


 白の木蓮寧の亭主さんに教えてもらった場所は海が一望できるまさに絶景と言える場所だった。


「こんな素敵な場所で食事なんてすっごく贅沢な気分になるわね」
「これも旅の醍醐味って奴だね」


 近くに置かれていたベンチに座り早速お弁当の中身を確認する。あたしはスモークハムのサンドイッチでヨシュアは魚介類のパエリア。どっちもいい匂いがして美味しそうね♪


「それじゃ、いっただきまーす!!」
「いただきます」


 あたしはスモークハムのサンドイッチを口に運び一口頂く……むぐむぐ、うーん!ハムが香ばしくてとっても美味しい!レタスもシャキシャキしてていい感じね!


「ヨシュアのパエリアはどう?美味しい?」
「うん、とっても美味しいよ。サフランの香りと魚介類の出汁がご飯にしみ込んでいて深い味わいだ」
「そっか。うーん、ヨシュアのパエリアも美味しそうね。ねえ、あたしにも一口ちょうだい」
「えっ?」


 あたしは口をあーんと開けてヨシュアに向く。それを見てヨシュアが顔を赤くした。


「わ、態々僕が食べさせなくてもランチボックスを交換すればいいんじゃ……」
「手が塞がってるから面倒だし偶にはいいじゃん。ほら早くー」
「ううっ、こっちの気も知らないで……」


 最後に何を言ったのか聞こえなかったがヨシュアは観念したのかスプーンにパエリアをのせてあたしの口にそっと近づけた。


「はい、どうぞ」
「あ~ん♡」


 ヨシュアが食べさせてくれたパエリアはとても美味しかった。


「う~ん、デリシャスね。魚介類の旨味がたっぷりと感じるわ!」
「ははっ、気に入ってもらえたならよかったよ」
「じゃあ次はあたしがサンドイッチをあーんしてあげるわ」
「うえっ!?いいよ、そんな……」
「何恥ずかしがっているのよ、ほらあーん」
「むぐぐ……」


 その後は二人で食べさせあいながらお弁当を完食した。


「は~、美味しかったぁ」
「サービスで貰ったハーブティーも絶品だったね」
「うん、身体が温まって軽くなってくるっていうか……潮風も気持ちいいし何だか眠くなってきちゃった……」
「食べた直後に寝ると身体に良くないよ……って言いたいところだけど食後の昼寝も偶にはいいかもしれないね」
「うんうん……それじゃあお言葉に甘えて……え~い」
「うわ!?エステル!?」


 あたしはヨシュアの膝を枕にしてベンチに横になった。


「ちょっとエステル……今日中にはルーアン支部に向かいたいんだけど……」
「ちょっとだけいいでしょ。10分間だけ。ね?」
「はあぁ、仕方ないな……30分だけだよ」


 あたしは呆れながらも優しく微笑んでくれるヨシュアに感謝してゆっくりと目を閉じた。


「ふふっ。お休み、エステル……」



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


side:??


 エステルたちが食後のお昼寝をしている最中、マノリア村の雑貨屋の近くで先程エステルにぶつかった銀髪の少女が雑貨屋のサティという従業員と話をしていた。さっき一緒にいた紫髪の少女はルーアンに向かった。別れてある孤児院に住む男の子を探すためだ。


「う~ん、さっき見かけたような気はするからもしかしたら村にいるかもしれないわね」
「そっか。サンクス」
「気を付けてねー」


 サティにお礼を言った後銀髪の少女は探していた男の子がマノリア村にいることを確信して辺りを探し始めた。すると風車の近くにあったベンチにさっきぶつかった二人がお昼寝をしていた。


「あ、さっきの遊撃士カップル……」


 少女はさっきぶつかった時に二人が胸につけていた遊撃士の紋章をチラッと見ていたのでこの二人が遊撃士だという事は知っていた。
 最初は黒髪の男の子が何やら自身に似たような雰囲気を感じたので警戒をしていたが今は安心しきっているのか栗色の髪の少女に膝枕をしてる男の子自身も眠っていた。


「……」


 少女はその光景を見てある男性の事が頭に浮かんだが頭を振って思考を切り替え辺りを見渡し始めた。
 別にこの二人に用があった訳ではない、この辺は見晴らしもいいし少女自身もよくお昼寝の場所として使っているのでこのカップルがお昼寝していようと何とも思わなかった。少女が気にしたのはその近くにいた帽子を被った男の子の方だった。


「クラム、何してるの?」
「うわっ!?」


 少女は帽子を被った男の子……クラムに声をかける。急に声をかけられたクラムはびっくりして後ずさりをするが少女を見ると不機嫌そうな表情を浮かべた。


「なんだ、フィルかよ。テレサ先生かと思ったじゃんか」
「またイタズラしてるの?クラムもクローゼも困ってるよ」
「うっさいなー。オイラよりも後に来た新入りの癖に生意気なんだよ!」
「新入りでも年はわたしが上」
「屁理屈言うなよな~」
「それはこっちのセリフ」


 フィルと呼ばれた少女はジト目でクラムをにらみつける。流石にバツが悪くなったのかクラムも頭を掻きながら降参のポーズを取る。


「分かった、分かったからその目を止めてくれよ」
「よし、いい子いい子」
「ちょ、子供扱いは止めろよな!」


 フィルはイタズラを止めたクラムの頭を撫でるがクラムは顔を赤くしてその手を掴んで自分の頭からはなした。


「ほら、孤児院に戻るよ。クローゼがアップルパイを作ってくれたから呼びに来たの」
「えっ!?クローゼ姉ちゃんのアップルパイ!?なんでそれを早く言わねーんだよ!こうしちゃいられねぇ!!ほら、行くぞ!フィル!!」
「ん、慌てなくても大丈夫だと思うよ……」


 アップルパイと聞いたクラムは目の色を変えてフィルの腕を掴んで走り出した。フィルはクスッと微笑むとクラムと一緒に村を後にした。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「あー、美味しかった!」
「ふふっ、お粗末様でした」


 クラムの満足そうな表情に紫髪の少女……クローゼは嬉しそうに微笑んだ。ここはクラムが住むマーシア孤児院で他にも数人の子供が暮らしている。


「フィルさんもクラム君を連れてきてくださりありがとうございました」
「ん、別に気にしなくてもいいよ。それよりもテレサ、クラムがまたイタズラしようとしていたよ」
「あ!おい、フィル!!」
「まあ、それは詳しいことを聞かないといけませんね」


 フィルはこの孤児院を経営している院長のテレサにクラムがイタズラをしようとしていたことを報告した。


「まったくクラムってば本当にしょうがないわね」
「悪いことをしたら駄目なんだよ~」
「うるさいなー。別にいいじゃねえかよ」


 クラムと同じこの孤児院に住むマリィやポーリィもまたやったのかと呆れていた。どうやらクラムはかなりのわんぱくみたいだ。ダニエルだけはマイペースにアップルパイを食べていた。


「クラム、前から言ってますが人に迷惑をかけたらいけませんよ?」
「先生、だってさ~」
「だってじゃありません、もう10歳にもなるんですから子供みたいなことは止めなさい」
「ううっ~。クローゼ姉ちゃん、助けてよー」
「ごめんなさい、クラム君。流石に援護はできません」
「そんな~」


 その後はクラムがテレサ院長にお叱りを受けて外に逃げ出してクローゼはそれを追っていった。他の子供たちは二階に上がりフィルはテレサと一緒に食器の後片付けをしていた。


「まったくあの子にも困ったものです。もう少し大人しくなってくれるといいんですが……」
「まあクラムも度が過ぎた事はしないしああいう年頃なのかもしれないよ?」
「フィルさんはいつもクラムを気にしてくれていますね。ありがとうございます」
「このくらい気にしないで。ここに住まわせてもらっているだけでも大きな恩を作っちゃってるから」


 フィルは食器を洗いながら頭につけてあるみっしぃの髪飾りに触れる。


「……探し人はまだ見つかりませんか?」
「うん、色々情報をできる範囲で集めてるけど進展はないかな……」
「そうですか。早く見つかるといいですね」


 その後は二人とも無言で皿を洗っていたがふとフィルが呟いた。


「……ねえ、テレサ?」
「どうしましたか?」
「何でわたしの事を何も聞かないの?わたしがこの孤児院の前に倒れていてあなたに保護してもらったけどどうして遊撃士に話したりしないの?こんな得体の知れないわたしを……」


 フィルは前に孤児院の前に倒れていた時にテレサに発見されてそれ以来この孤児院で過ごしているがテレサはフィルの素性などは一切聞かず遊撃士にも報告していなかった。


「……初めは気にはなりました。でもこの孤児院が前に魔獣に襲われたときあなたは何も言わず戦ってくれました。だから私はあなたが悪人だなんて思っていません」
「テレサ……」


 フィルがテレサに保護された日に孤児院に魔獣が入り込んできたことがあった。普段は魔獣が入ってこないように街道灯が光っているが丁度その日に交換する時期が来てしまい交換する前に魔獣が孤児院の敷地内に入ってきてしまったのだ。フィルは素手で魔獣と交戦して負傷してしまったが何とか魔獣を倒すことはできた。


「自分の事について話をしないのは何か事情があるからでしょう?だから無理には聞きませんしあなたが望むなら遊撃士協会にも話はしません。だから安心してあなたがするべきことをしてください」
「……サンクス」


 フィルは申し訳なさそうにお礼を言うとテレサは微笑みながら頷いた。



(リィン、あなたは今どこで何をしてるの?無事だよね……)


 フィル……いや、フィー・クラウゼルは未だ行方の知らぬ想い人の事を想いギュッと両手を胸の前で重ねて祈りを捧げた。


 
 

 
後書き
 もしクラムがエステルからゲームみたいに遊撃士の紋章を取ろうとしたらヨシュアは直に目を覚ましていました。 

 

第36話 ルーアンでの一日

side:エステル


「くあ~……よく寝たわね~」


 マノリア村の風車近くにあるベンチで30分位お昼寝をしてからあたしたちはルーアンを目指してメーヴェ海道を歩いていた。


「エステル、寝起きだからって集中力を切らしちゃ駄目だよ。魔獣はどこから襲い掛かってくるか分からないからね」
「分かってるわ。寧ろ頭がすっきりしたから集中力も上がってるくらいよ」
「ならいいけど……」


 二人で暫く海道を歩いていると前方の分かれ道から二人の少女が歩いてきた。


「あれ?あなたたちは……」
「さっきエステルがぶつかった……」
「あ、さっきのカップル」


 銀髪の少女が言ったカップルという言葉にあたしは顔を赤くしてしまった。


「カップルって……違う違う。あたしとヨシュアは姉弟よ。ね、ヨシュア」
「……うん、そうだね」


 あれ?なんかヨシュアが残念そうな顔をしてるけどどうしたのかしら?


「またお会いしましたね。先ほどは失礼しました」
「いえこちらこそ……そう言えば探していた男の子は見つかったのかい?」
「はい。無事に見つけることが出来ました。気にかけてくださりありがとうございます」


 ヨシュアの質問に紫髪の少女は微笑みながら答えた。よかった、探していた子は見つかったのね。


「お二人はもしかしてこれからルーアンに向かうんですか?」
「ええ、そのつもりだけど……」
「宜しければ私たちが案内いたしましょうか?ルーアンについては詳しいですしお力になれると思いますが……」
「えっ?いいの?なら頼んじゃおうかしら」


 あたしたちはルーアン地方には来たばかりだから現地の人に案内してもらえるのは助かるわ。


「ちょっと、クローゼ……」
「どうしましたか?フィルさん?」
「えっと、その……この二人も一緒に連れて行くの?」
「もしかして駄目だったでしょうか……?」
「いや、駄目って訳じゃないけど……」


 なんだか銀髪の少女はあたしたちと行くのが嫌そうね。さっきぶつかっちゃったこと、やっぱり怒ってるのかしら?


「フィルちゃんでいいのかしら、もしかしてさっきぶつかっちゃった事を怒ってる?」
「あ。ううん、そういう訳じゃないけど……」


 フィルと呼ばれた子はあたしが近づくと紫髪の少女の背後に隠れてしまった。


「ごめんなさい。フィルさんは人見知りが激しいので知らない人に話しかけられるのが苦手なんです」
「そうだったの。フィルちゃん、無理に話しかけてごめんね」
「ん、わたしこそごめん。あなたのことを怒ってる訳じゃないから……」


 フィルちゃんは本当に申し訳ないという表情であたしを見つめてきた。うわぁ……何だか守ってあげたくなるような子ね~。


「そっか。じゃあ友達になりましょう?それならもう知らない仲じゃないでしょ?」
「あっ……」


 ポンポンとフィルの頭を撫でるとフィルは何やら驚いたような表情を浮かべた。


「どうしたの?」
「あ。なんでもないよ……(びっくりした。まるでリィンみたいな撫で方だった……)」


 もしかして急に撫でたのが嫌だったのかと思ったけどそうじゃなさそうだから安心したわ。


「改めて自己紹介をするわね。あたしはエステル。よろしくね」
「……フィル。それがわたしの名前。よろしく、エステル」


 そっと差し出された手をあたしはギュッと握り返した。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「へ~、クローゼってあのジェニス王立学園の生徒だったんだ。通りで気品の佇まいだと思ったのよね」
「そんな、エステルさんとヨシュアさんの方が凄いですよ。私と年が変わらないのに遊撃士として活動されているんですから。私、憧れちゃいます」
「えへへ、そうかな?」


 あの後クローゼとも自己紹介をしてあたしたちは4人でルーアンを目指していた。それにしてもクローゼが前に戦ったジョゼットが偽りで名乗っていたジェニス王立学園の生徒だとは奇妙な縁よね。


「そういえばフィルちゃんは……」
「フィルでいいよ。ちゃん付けはあまり好きじゃない」
「そう?ならフィルって呼ばせてもらうわね。それでフィルとクローゼは一緒に行動しているけど姉妹なの?」
「いえ私はフィルさんが住んでいる孤児院によくお邪魔しているんです」
「孤児院?」
「はい、私は学園の寮に住んでいるんですがあまり遠くないので休日などにはついつい遊びに行ってしまうんです」
「へー、そうなんだ。それにしても学園生活かー、あたしも一度は体験してみたかったな」
「まあエステルは勉強してるよりも体を動かしている方が様になってると思うよ」
「うん、出会ってちょっとしか経ってないけどわたしも同感」
「あんですってー!」
「うふふ。仲がいいんですね」


 まあ確かにヨシュアの言う通りあたしは頭を使うより体を動かす方が好きだから遊撃士の方が向いてるっちゃ向いてるかもしれないわね。


 そんなことを話しているとあっという間に海港都市ルーアンにたどり着いた。


「うわ~、ここがルーアンか。なんていうか綺麗な街ね」
「海の青に建物の白……眩しいくらいのコントラストだね」


 ヨシュアのいう通り青と白が眩しいくらい輝いてる素敵な街ね。ロレントやボースとはまた違った良さがあるわ。


「ふふ、色々と見どころの多い街なんですよ。すぐ近くに、灯台のある海沿いの小公園もありますし街の裏手にある教会堂も面白い形をしてるんですよ」
「でも一番の見どころは『ラングラング大橋』だね」
「ラングラング大橋?」


 あたしはフィルが話したラングラング大橋が気になり聞いてみるとこっち側と川向うの商街区を結ぶ大きなはね橋で降りている時の全長は109アージュはあるんですって。遊撃士の修行で来てなかったら是非観光してみたいわね。


 クローゼとフィルに街の紹介をしてもらいながらあたしたちは遊撃士協会ルーアン支部に着いた。


「こんにちは~……って受付の人は?」


 ルーアン支部の受付には誰もいなかった。


「おや?お嬢ちゃんたち、何か依頼でもあるのかい?」
「ふえっ?」


 背後を振り返ると黒髪の女性が立っておりあたしたちに話しかけてきた。


「すまないね。受付のジャンは2階で客と打ち合わせ中なんだ。困ったことがあるならあたしが代わりに聞くけど?」
「ごめんなさい、あたしたちは客じゃないの」
「おや、その紋章は遊撃士の……なるほど、同業者だったか。私はカルナ。このルーアン支部に所属している。見かけない顔だけど新人かい?」
「うん、あたしは準遊撃士のエステル」
「同じく準遊撃士のヨシュアです。よろしくお願いします」


 あたしとヨシュアはカルナさんに自己紹介をするとカルナさんは納得したような表情を浮かべた。


「なるほど、あんたたちがロレントから来た新人コンビだね。ロレントやボースでの活躍は聞いてるよ」
「あ、あはは……それほどでもないけど」


 やだ、あたしたちって結構有名になってるのかしら?ま、まあ取りあえず今はそのジャンさんが対応できないようだからあたしたちはルーアンの街を周ることにした。


「そうだ、クローゼとフィルも一緒に街を周らない?折角知り合えたんだしもうちょっとくらいいいよね?」
「はい、是非ご一緒させてください」
「ん、まあ偶にはいっか」
「決まりね。じゃあ早速街を見て周るわよー!」


 それからあたしたちは、灯台のある海沿いの小公園や街の裏手にある教会堂を見て周ったりラングラング大橋を渡った先にある商街区を周った。


「待ちな、嬢ちゃんたち」


 商街区を歩いていたらなにやらガラの悪そうな3人組があたしたちに話しかけてきた。


「えっ、あたしたち?」
「おっと、こりゃあ確かに当たりみたいだな」


 ……どうみても友好的には見えないわよね。あたしやクローゼ、それにフィルをやらしい目で見まわしてるしいい気分はしないわ。


「あの、なにか御用でしょうか?」
「へへへ、さっきからこの辺をブラブラしてたからさ、ヒマだったら俺たちと遊ばないかなっ~って」
「え、あの……」


 もしかしてナンパって奴?今時古いわねー。


「悪いけど、あたしたちルーアン見物の真っ最中なの。他をあたってくれない?」
「お、その強気な態度。俺、ちょっとタイプかも~♡」
「ふえっ!?」


 タ、タイプだなんて初めて言われたわ。あたしがちょっと照れてるとヨシュアが3人の前に立ちはだかった。


「すいません、彼女たちも嫌がっていますしここは他をあたってくださいませんか?」
「あん?なにボクちゃん?随分と余裕かましてくれてんじゃん」
「むかつくガキだぜ、上玉3人とイチャつきやがって……」
「へへ、世間の厳しさって奴を教えてやる必要がありそうだねぇ」


 3人はヨシュアに詰め寄っていった。


「ちょ、ちょっとあんたたち!?」
「や、やめてください……!」
「……」


 男の一人がヨシュアの胸倉をつかんだのであたしは止めようとしたけど先にヨシュアが動いた。


「僕の態度が気にくわなかったなら謝ります。でも、3人に手を出そうとするのなら容赦はしませんよ?」


 ヨシュアが冷たい声でそう言うとヨシュアの胸倉をつかんでいた男が手を離して後ずさりした。


「な、なんだコイツ……!?」
「ヤバい奴なんじゃねえか?」
「ハッタリだ!こっちは3人いるんだぜ、こんなもやし野郎……!」
「お前たち、何をやってるんだ!」
「……チッ、うぜえ奴が来やがったか」


 そんな時だった、誰かが橋の方から来て3人組に注意をしだした。


「お前たちは懲りもせずまた騒動を起こしたりして……いい年をして恥ずかしいとは思わないのか!」
「うるせぇ!てめぇの知ったことかよ!市長の腰巾着が!!」
「おや、呼んだかね?」


 また橋の方から声が聞こえたので見てみると、すごく威厳のありそうな人がやってきた。


「て、てめぇはダルモア!?」
「市長が俺たちに何の用だ!」


 市長?じゃああの人が海港都市ルーアンの市長さんなの?


「このルーアンは自由と伝統の町だ。君たちの服装や言動についてはとやかく文句を言うつもりはない。しかし他人に、それも旅行者に迷惑をかけるなら話は別だ」
「けっ、うるせぇや。この貴族崩れの金満市長が」
「てめえに説教される覚えはねえよ」


 3人組がゲラゲラ笑うと市長さんの傍にいた男性が顔を真っ赤にして怒った。


「無礼な口を利くんじゃない!いい加減にしないとまた遊撃士協会に通報するぞ!!」
「フン……何かといえば遊撃士かよ」
「ちったぁ自分の力でなんとかしようって思わないわけ?」
「たとえ通報されても奴らがここに来るまでに時間がある、それまでにひと暴れしてからトンズラしたっていいんだぜ?」


 3人組は勝ち誇った顔をしてるけど残念ながらここに遊撃士がいるのよね。


「悪いけどあたしとヨシュアも遊撃士よ」


 胸の紋章を見せると3人は驚いた表情を浮かべていた。


「ぐっ、今日の所は見逃がしてやらぁ!!」
「今度あったらタダじゃおかねえ!」
「ケッ、あばよ!」


 3人組は見事な捨て台詞を吐いて逃げて行った。


「済まなかったね、君たち。街の者が迷惑をかけてしまった。申し遅れたが、私はルーアン市の市長を務めているダルモアという。こちらは私の秘書を務めてくれているギルバート君だ」
「よろしく。君たちは遊撃士だそうだね?」
「あ、ロレント地方から来たエステルっていいます」
「おなじくヨシュアといいます」
「そうか、君たちが来てくれて助かるよ。唯でさえ今は人手が欲しいからね。もしこの町にいて何か困ったことがあったら是非私の元を訪ねて来てくれたまえ、必ず力になろう」
「はい、期待にこたえられるように頑張ります」
「うむ、それじゃ私たちはこれで失礼するよ」


 ダルモア市長はそう言って秘書を連れて去っていった。


「うーん、何て言うかやたらと威厳がある人よね」
「確かに、立ち振る舞いといい市長としての貫禄は十分だね」
「ダルモア家といえばかつての大貴族の家柄ですから貴族性が廃止されたとはいえ今でも上流階級の代表者と言われている方です」
「ほえ~……なんか住んでいる世界が違い過ぎて想像できないわね」
「……」
「うん?どうかした、フィル?」


 フィルはダルモア市長が去っていった方をジッと見ていた。


「……ううん、何でもない」
「そう?あ、もういい時間じゃないかしら?」
「うん、一度ギルドに戻ってみようか」


 あたしたちはいいころ合いになったので一度ギルドに戻ってみると受付に眼鏡をかけた男性が立っていた。どうやら彼がカルナさんが言っていたシャンさんのようであたしたちを見るなり嬉しそうにしていた。相当人手不足のようね……


 手続きを終えたあたしたちは取りあえず今日は宿屋で休むことにした。旅行シーズンだったから部屋が取れるか心配だったんだけどなんでも最上階のいい部屋に泊まるはずだった人がいきなりキャンセルしたらしくてそこに泊まれることになったの。しかも遊撃士にはお世話になってるからって通常料金で泊まらせてくれるですって!いやー、日ごろの行いって大事よねー。


「それじゃ私は学園に戻りますね。急がないと門限に間に合いませんから」
「あ、そっか。夕方までって言ってたわね。名残惜しいけどしかたないわよね」
「良かったら学園まで送ろうか?」
「ふふ、お気遣いいただきありがとうございます。ですが大丈夫です、いつも通っている道ですしフィルさんもいますから」
「フィルはどうするの?孤児院に戻るの?」
「ん。わたしはクローゼを送ってから孤児院に戻るよ。本当は用事があったんだけどわたしも疲れちゃったしね」
「用事?よかったらあたしたちも手伝おっか?」
「ん、大丈夫。まあ危ないことじゃないから気にしないで」


 うーん、何だか気になるけどこれ以上の詮索は野暮ってもんよね。あたしたちはクローゼとフィルと別れて最上階の部屋に向かった。



side:フィー


 エステルとヨシュアと別れた後わたしはクローゼを学園まで送っていた。


「ごめんなさい、フィルさんにお手数をかけてしまって……」
「私が好きでやってる事だから気にしないで」


 クローゼには色々お世話になってるからね。このくらいは当然の事だと思う。


「フィルさん、何だか楽しそうでした」
「?……急にどうしたの?」
「いえ、フィルさんと出会ってからフィルさんは何か焦っているように……余裕がないように思ってたんです。でも今日のフィルさんはとても楽しそうでした」
「……まあ、楽しかったかな」


 リィンの事が心配でちょっと焦り過ぎていたかもしれない。リィンの事は勿論心配だけどそれでクローゼに心配をかけていたら意味ないよね。その後はあまり会話することなく先に進んでいく。学園の校門前に来るとクローゼは門の前でこっちに振り返った。


「どうしたの、クローゼ?」
「私はまだフィルさんと出会って間もないです。あなたの事は何も知らないし非力な私では頼りないかもしれません」
「……」
「でも私はフィルさんを友人だと思っています。もし何か困ったことがあったらいつでも行ってください。できる限り力になりますから……」
「……ありがとう、クローゼ」


 クローゼは多分わたしがコソコソと何かしていることに感づいていると思う、でもわたしを気遣って何も聞こうとはしない。そんなクローゼの優しさが有り難かった。


「じゃあね、クローゼ……」
「はい、また明日お会いしましょう」


 わたしは去っていくクローゼを見送ってから孤児院に戻った。


「あ、お姉ちゃん。お帰りなさい」
「あー!フィルお姉ちゃんだー!お帰りなさい!」
「お帰りー」
「遅かったな、フィル」
「ただいま、ポーリィ、クラム、マリィ、ダニエル」


 わたしは孤児院の前で遊んでいたマリィとクラムとダニエルとポーリィに挨拶をして駆け寄ってきたポーリィをギュッと抱きしめた。


「今日はねー、テレサ先生がカレーを作ってるんだよ」
「そっか。じゃあ私たちも手伝わないとね。ほら、クラムも行くよ」
「ちょ、何でおれだけ引っ張るんだよ!」
「まあ偶にはテレサ先生に貢献しなさいよね」
「カレー、楽しみだね♪」


 いつかはこの子たちと別れなくてはならない日が来るだろう。でもそれまではこの子たちと過ごしていたい。そう思うのは我儘かな?


 わたしはそう思い孤児院の中に入っていった。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 夕食を終えたわたしは子供たちと遊んで寝かしてからテレサと一緒に子供たちの服のほつれた部分や破れた部分を裁縫で塗っていた。


「フフ、繕いものが多いのは元気な子が多い証拠かしら」
「まあクラムは元気すぎると思うけどね」
「それにしてもフィルさんは裁縫もお上手ですね。お料理もできるしその年でよくできますね」
「ん、まあ正直面倒だけどわたしも女の子だからこれくらいはできたほうがいいって思うからね」
「本当はお世話してあげたい人がいるんじゃないですか?」
「……黙秘する」
「あらあら……微笑ましいですね」


 まあマリアナも女の子ならある程度の家事が出来るのはポイントが高いって言ってたしいつかリィンのお世話をしてあげたいしね。


「さてと、そろそろ休みましょうか」
「そうだね……ッ!?」


 わたしは懐から二丁の銃とナイフを抜いて辺りを警戒する。この銃とナイフはクローゼに買ってもらったものだ。以前孤児院に入ってきた魔獣と戦った時負傷したんだけどその後に護身用にとクローゼがミラを出して今着ている服と一緒に買ってくれたの。
 だからわたしはクローゼにも大きな恩があり彼女の為に動いている……話がずれちゃったね。わたしは武器を構えて窓から外の様子を伺う。うん、間違いない。外に誰かいる、それも複数。


「フィルさん?どうかしたんですか?」
「テレサ、皆を起こして下に行って。何者かが孤児院の周りにいる」
「ま、まさか強盗じゃ……!?」
「分かんない。でもこんな夜遅くにコソコソしてる時点で怪しい。わたしが対処するから万が一の時に逃げられるようにして。早く!」
「わ、分かりました!」


 わたしとテレサは子供たちを起こして一階に集め二階の窓や一階の玄関のカギを閉める。


「お、お姉ちゃん……怖いよ」
「大丈夫、皆はわたしが守る」
「き、気を付けろよ、フィル……」
「ありがとう、クラム。後私が出たら外にいるやつらが中に入ってこないように玄関のカギは閉めておいて」
「お願いします。フィルさん」
「テレサは子供たちをお願い。それじゃ行ってくる」


 泣いているポーリィの頭を撫でてからわたしは外に出る。すると外には数人の黒づくめの恰好をした怪しい集団がおり薪を孤児院の傍に置いて火をつけようとしていた。


「……『クリアランス』!!」


 わたしは問答無用で怪しい集団に銃弾をお見舞いした。数人の肩や足に当たり辺りに血が飛び散った。


「ぐっ、なんだ!?」
「この孤児院には非戦闘員しかいないはずじゃ!?」
「『スカッドリッパー』!!」


 更に追い打ちで黒づくめの集団に切りかかるが黒と金の混じった剣を構えた男が現れてわたしの攻撃を弾いた。


「ふん、思わぬ邪魔が入ったか……」
(!?……こいつ、凄く強い!)


 目の前に立つ仮面の男からは団長やユンお爺ちゃんから出る達人のようなオーラを感じてわたしは強く警戒する。本来なら戦わず逃げる選択をとるほどの強者だが今はそんなことはできない。


「……」
「ほう、構えるか。その様子から俺とお前の実力の差は把握したと見たが戦うのか?」
「……今は引くことなんてできない!」


 わたしは覚悟を決めて男に向かっていった。


「意気込みは買おう、だが少し無謀だったな」


 ザシュッ!!


 男が消えた瞬間わたしの左腕から血が噴き出した。どうやら気が付かないうちに斬られていたようだが全く反応できなかった……!


「ぐうぅ……!」
「加減したとはいえ俺の攻撃を受ける瞬間に無意識に後ろに飛んでダメージを減らしたか……その年で大したものだ。だがこれで終わりだ」


 男の背後で孤児院が燃えているのが目に写った。


「しまった……!?」
「お前の覚悟に免じて今日は見逃してやろう。さらばだ」


 仮面の男はそう言うと他の仲間を連れて逃げて行った。


「み、皆……」


 わたしは左腕を抑えながら孤児院のドアを銃弾で破壊して中に入る。子供たちは落ちてきた木材に阻まれて出られないようだ。


「フィル!お前、血が……!?」
「これくらい大丈夫。それよりも皆離れていて……」


 わたしはナイフで燃える木材を斬りさいて皆を孤児院から連れ出した。


「はぁ……はぁ……テレサ、ごめん。孤児院を守れなかった……」
「そんな……フィルさんがいなければ皆死んでいました!それよりもフィルさんが!」
「ん、ごめん……ちょっと限界かも……」


 わたしは意識を失い地面に倒れてしまった。


 
 

 
後書き
 ジークの紹介はまた次になります。 

 

第37話 事情聴取と勘違い

side:エステル


 おはよう、皆!エステルよ。もー、昨日は最悪だったわ。えっ?なんでかって?それが最上階のスイートルームに泊まれることになったのにデュナン侯爵っていう王族の人がいきなり来て部屋を寄こせだなんて言ってきたのよね。執事のお爺さんがあたしたちに地面に頭が付いちゃうくらい下げて謝ってたから譲ったんだけど流石にもう部屋は一杯で借りれなかったって訳なの。
 でも偶然にもナイアルがホテルに泊まっていてあたしたちは以前の空賊事件で情報を話したお礼で止めてもらう事ができたのよね。しかも美味しいご飯まで奢ってもらっちゃったしラッキーだったわ。
 

「じゃああたしたちはギルドに向かうわね」
「色々とありがとうございました」
「おうよ、俺はルーアンに暫くいるからまた何かネタが入ったら教えてくれよな」


 ホテル前でナイアルと別れたあたしたちはギルドに向かいさっそく依頼をこなしていくことにした。


「おはよう、ジャンさん」
「おはようございます」
「やあ、おはよう。早速来てくれたみたいだな」
「うん、約束したしね」
「早速ですが仕事を紹介してもらってもいいですか?」
「勿論さ!色々やってもらいたい事はあるんだけどまず何からやってもらおうかな?」
「お、お手柔らかに……」


 ジャンさんと話していると導力通信機がランプを光らせて鳴り出した。


「おっと、ちょっと待っててくれよ……はい、こちら遊撃士協会ルーアン支部。やあ『白の木蓮寧』の……連絡してくるなんて珍しいな……なんだって?」


 ジャンさんは表情を険しくして話を聞いていた。なんか前にもこんな光景を見たような……嫌な予感がしてきたわ。


「……分かった。直にウチのものを向かわせるさ」


 ジャンさんは通信を終えるとあたしたちに向きかえった。


「どうしたの?何か事件でもあったの?」
「事件か事故かは分からないんだが昨日、街道沿いにある孤児院が火事にあったそうなんだ」
「孤児院って……フィルが住んでいるって言ってた?」
「知ってるのかい?」
「行ったことはありませんが昨日知り合った子が住んでいる場所なんです」
「住んでいた人たちは無事なの!?」
「その確認はとれていない。とりあえず、それも含めて君たちに調査をお願いしたいんだ。頼めるかい?」
「勿論よ!」
「僕たちはこれから直に孤児院に向かいます」
「よろしく頼んだよ」


 ジャンさんから孤児院の場所を聞いてあたしたちは孤児院に向かった。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「ひ、酷い……」
「完全に焼け落ちてるね……」


 孤児院があった場所に着いたあたしたちが最初に目にしたのはほとんどが燃え尽きた建物の残骸だった。


「あれ?あんたたちは……」


 近くにいた男性たちがあたしたちを見て傍に近寄ってきた。


「ひょっとして君たちは遊撃士協会から来たのかい?」
「う、うん……」
「皆さんはマノリア村の方ですか?」
「ああ、俺たちは瓦礫の片づけをしてたんだ。昨日の夜中に火事が起きて慌てて消火に来たんだけど建物はほとんど焼け落ちてしまった」
「あの、ここに住んでいた人たちはどうなったの?フィルって子があたしたちの知り合いなんだけど……」
「ああ、あの子の知り合いか。大丈夫、全員無事だよ。今はマノリア村の宿屋で休んでもらってる最中なんだ」
「よ、よかったぁ~……」


 フィルや一緒に住んでいた皆は無事だったのね。少し安心したわ……


「ただそのフィルって子が怪我を負ったらしくてね。何でも不審者に襲われたとか……」
「不審者!?じゃあこの火事は……」
「人為的に起こされたもの……だね」


 し、信じらんない!?どうして何の罪もない孤児院の人たちにこんな酷い事が出来るの!?


「エステルさん、ヨシュアさん!!」


 声をかけられたので振り返るとそこにはクローゼが立っていた。


「あ、クローゼ。あなたも来ていたの?」
「はい、先ほど学園長から孤児院で火事が起きたと知らせを頂いて急いで駆けつけました。フィルさんやテレサ先生、それに子供たちは?」
「大丈夫、皆無事よ。今はマノリア村の宿屋にいるらしいわ」
「そうですか、皆が無事で本当に良かった……」


 クローゼはよほど安堵したのか涙を流していた。


「取りあえずマノリア村の宿屋に向かおう。被害にあった人たちから情報を貰わないとね」
「はい、行きましょう」


 あたしたちは孤児院を後にしてマノリア村に向かった。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「先生、みんな……!」


 マノリア村に着いたあたしたちは直に宿屋の2階に向かい孤児院の人たちがいる部屋に入った。クローゼが声をかけると全員がクローゼを見て驚いていた。


「あ、クローゼ姉ちゃん!」
「来てくれたんだ……!」


 子供たちは嬉しそうにクローゼに駆け寄っていった。


「みんな、怪我はしてない?」
「うん。フィルお姉ちゃんが守ってくれたの」
「でもフィルは怪我をしちゃって……」
「フィルさんが!?」
「あ、クローゼ。来てくれたんだ」


 ベットに眠っていたフィルが起き上がってこちらを見ていた。左腕には包帯が巻かれており見ているだけで痛々しい姿だった。


「フィルさん!お怪我は大丈夫なんですか!?」
「ん、見た目ほど深い傷じゃないから大丈夫。まあ血を流し過ぎて気を失っちゃったけど」
「良かった……」


 どうやらフィルも無事みたいね、良かったわ……


「クローゼさん、来てくださったんですね。そちらの二人は?」
「あ、テレサ先生。ご無事で何よりです。お二人は遊撃士の方で今回の事件について調べてくれるそうです」
「まあこんなお若いのに遊撃士だなんて……私は孤児院の院長を務めているテレサと言います」
「あ、はじめまして。あたしはエステルと言います」
「同じくヨシュアです。早速で申し訳ございませんが昨日の火事について話を伺ってもよろしいですか?」
「……ねえ皆、お腹すいてない?私と一緒におやつを食べにいこうか?」
「えっ?いいのー?」
「わーい、やった-!」


 クローゼは子供たちを連れて下の食堂に向かった。どうやら気を使って子供たちを連れだしてくれたようだ。


「クローゼに気を遣わせちゃったね」
「うん、できれば子供たちには聞いてほしくないことだからね」


 あたしとヨシュアはテレサ先生とフィルから火事について話を伺った。二人の話によると昨日の昨晩に孤児院の近くに黒づくめの恰好をした数人の集団をフィルが発見したんだけど負傷させられてしまいそいつらが孤児院に火を放ったそうだ。そいつらはそのまま逃走したらしい。


「こんなことを聞くのは不謹慎ですが誰かに恨みをかってたりしてましたか?」
「見当もつきません。ミラにも余裕がありますから借金をしていたわけでもありませんし周辺の皆様にはよくして頂いてましたから……」
「つまり強盗や怨恨が目的って訳じゃないのね」
「そうなると愉快犯って可能性もありますね。事件の前後に何か変わったことはありませんでしたか?」
「いえ、特には……」


 う~ん、怪しい奴もいなかったし犯人たちの目的が分かんないわね……


「失礼します」


 話を聞いていると下に行ったクローゼが戻ってきた。


「あれ?クローゼ、どうかしたの?」
「はい、実がテレサ先生にお客様が……」
「私にですか?」


 どうもテレサ先生に用がある人が訪ねてきたらしい。こんな時に一体誰なんだろうか?


「お邪魔するよ」


 部屋に入ってきたのはダルモア市長とギルバートさんだった。


「あなたはダルモア市長……」
「おや?君たちは昨日出会った遊撃士の諸君だね。もしかして今回の事件を調査してくれているのかい?流石はジャン君、手回しが早くて結構な事だ。さて……」


 ダルモア市長はあたしたちに話しかけた後にテレサ先生に視線を向けた。


「お久しぶりだ、テレサ院長。先ほど知らせを受けて慌てて飛んで来た所なんだよ。だがご無事で本当に良かった」
「ありがとうございます、市長。お忙しいところを態々訪ねてくださって恐縮です」
「いや、これも地方を統括する市長の務めというものだからね。それよりも今回の事件は本当に許し難いものだ。ジョセフの奴が愛していた建物があんな無残な姿にされるとは……心中、お察し申し上げる」
「いえ、子供たちが助かったのであればあの人も許してくれると思います。遺品が燃えてしまったのは唯一の心残りですけど……」


 ジョセフって人は誰かは分からないけどテレサ先生にとって大切な人だったっていうのは彼女の顔を見て理解できたわ。あたしは改めて今回の事件を起こした奴らに怒りを感じた。


「遊撃士諸君。犯人の目処はつきそうかね?」
「調査を始めたばかりですので確かな事は言えませんが、ひょっとしたら愉快犯の可能性があります」
「そうか……何とも嘆かわしい事だな」
「市長、失礼ですが……」
「ん、なんだね?」


 秘書のギルバートさんが何か思いついたように話し出した。


「今回の事件、もしかすると彼らの仕業ではないでしょうか?」
「……」
「ま、待って!?彼らって誰の事?」


 あたしはギルバートさんが犯人の目処に心当たりがあるのか聞いてみた。


「君たちも昨日絡まれただろう?ルーアンの倉庫区画にたむろしてるチンピラどもさ」
「あいつらが……?」


 あたしは昨日絡んできたあの3人組を思い出した。確かにガラは悪かったけどあたしはこんなことをするような連中には見えなかったわ。何ていうかチンピラっぽい小物臭が凄かったし。


「失礼ですがどうして彼らだと思うんですか?」
「昨日もそうだったが、奴らは市長にたてついて面倒ごとばかり起こしているんだ。市長に迷惑をかけることを楽しんでいるフシすらある。だから市長が懇意にしてるこちらの院長先生に……」
「ギルバート君!!」
「は、はい!」
「憶測で滅多なことを口にするのは止めたまえ。これは重大な犯罪だ、えん罪は許されるものではない」
「ん。わたしも少し軽率だと思うよ」


 流石に憶測だけで犯人扱いするのは不味いし不謹慎でもある、ダルモア市長もそう思ったのかギルバートさんを叱ったしフィルもジト目でギルバートさんを睨んでいた。


「も、申し訳ございません。考えが足りませんでした……」
「余計なことを言わずともこちらの遊撃士諸君が犯人を見つけてくれるだろう。なあ君たち?」
「うん、任せて!」
「全力を尽くさせてもらいます」


 あたしとヨシュアはダルモア市長の期待に応えるように強く答えた。


「うむ、頼もしい返事だ。所でテレサ院長、一つ伺いたいことがあるのだが……」
「なんでしょうか?」
「孤児院がああなってしまってこれからどうするおつもりかな?再建するにしても時間はかかるし何よりミラがかかるだろう」
「……正直、困り果てています」


 そうよね、急にあんなことが起きたんだもん。生活していくだけでも精一杯なのに立て直すなんて無理よね……


「そこでどうだろう。私に一つ提案があるのだが」
「……なんでしょう?」
「実が、王都グランセルにわがダルモア家の別邸があってね。たまに利用するだけで普段は空き家同然なんだがしばらくの間、子供たちとそこに暮らしてはどうだろう?」
「え……」
「勿論ミラを取るなどと無粋な事は言わない。再建の目処がつくまでいくらでも滞在してくれて構わない」
「で、ですがそこまでご迷惑をおかけするわけには……」
「どうせ使っていない家だ。気がとがめるのであれば……うん。屋敷の管理をしていただくというのはどうかな?」
「市長……」


 ダルモア市長ってば凄い人ね。無償で別宅を貸すだなんて心が広い人だと思うわ。


「……ちょっとおかしくない?」
「……フィルさん?」


 そこにフィルが話に入ってきた。


「君は確か最近孤児院に来たという……何がおかしいのかね?」
「いくら何でも話の都合がよすぎると思う。借りも作らないで無償で別宅を提供してあなたに何のメリットがあるの?」
「それは私が院長先生に昔からお世話になってるからで……」
「それなら無理にグランセルに行かなくても市長ならルーアンとかで生活できる場所を用意できるんじゃないの?」
「生憎今はルーアンに提供できる場所が無くてだね……」
「わたしにはテレサたちにここからいなくなってほしいようにも思えるけど?」
「君!いくら何でも無礼が過ぎるぞ!!」


 ギルバートさんは顔を真っ赤にしてフィルを睨むがフィルも負けずと睨み返す。ど、どうしよう……


「……フィルさん、ありがとうございます。私がこの地に想いがあるからそう言ってくださったんですね?」
「……」
「市長さん、申し訳ありませんが少し考えさせてもらってもよろしいでしょうか。何分いろんなことが急に起こってしまい未だ混乱していますので……」
「無理もない……ゆっくりお休みになるといい。今日の所はこれで失礼する」


 ダルモア市長はギルバートさんを連れて去っていった。


「は~、驚いちゃった。フィルったらどうしたの?」
「ダルモア市長に初めて会った時もあまりいい顔をしていなかったしダルモア市長に何か思う事があるのかい?」
「……別に。ただ単にあのダルモアって人の言葉が嘘くさく感じるだけ」
「嘘くさい?」
「何にも感じないの。薄っぺらいまさに表面だけの言葉……私はそう感じる」
「そう?あたしは懐の広い人に見えたけど?」
「まあわたしがひねくれてるだけだと思うし気にしなくていいよ。それよりもテレサ、さっきの申し出はどう答えるの?」


 フィルは話を変えてテレサ先生にさっきの返答をどうするのか聞いた。


「そうですね……フィルさん、あなたはどう思いますか?」
「……まあ普通なら受けたほうがいいよね。でも王都に行ったらクローゼに会えなくなっちゃうし何か寂しく感じる」
「……私も正直嫌です。あそこはテレサ先生とジョセフおじさんと過ごした思い出が一杯詰まった場所ですから……我儘を言ってごめんなさい。でも……」
「クローゼ……ふふ、いいんですよ。あそこは、子供たちとあの人との思い出がつまった大切な場所。でも思い出よりも今を生きることの方が大切なのは言うまでもありません。だから近いうちに結論は出そうと思います」
「……はい」
「……まあわたしはテレサが決めた事なら反対はしないよ」


 クローゼとフィルはテレサ先生の言葉に頷いた。


「エステルさん、ヨシュアさん。申し訳ありませんが調査の方をお願いします」
「分かりました。必ず犯人を見つけて見せます!」


 あたしはテレサ先生に力強く答えた。


「た、大変だよ!クローゼお姉ちゃん!!」


 そこに孤児院の子が慌てた様子で入ってきた。


「マリィちゃん?どうしたの、そんなに慌てて……」
「あのね、あのね!クラムの奴がどこかに行っちゃったのよ!!」
「え……クラム君が?」


 どうやら子供の一人がいなくなってしまったらしい。


「うん、さっきクローゼお姉ちゃんがオジさんたちと一緒に二階に上がった時にクラムもついていったんだけど降りてきた時すっごい怖い顔をしながら「絶対許さない!」って言ってそれから姿が見えなくなっちゃったの」
「それって……まさかその子、ルーアンの不良たちの所に行ったんじゃないかしら」
「うん、さっきギルバートさんが話していたことを聞いてしまったんだろう」
「た、大変じゃない!?」


 今話に聞いた様子じゃ勢い余ってあいつらの所に乗り込みそうだしそうなったら何をされるか分からないわ。


「とにかく急いでルーアンに向かおう。今なら追いつけるかもしれない」
「ええ、急ぎましょう!」
「私も行きます!」


 あたしとヨシュアはクローゼを連れてルーアンに向かった。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 ルーアンに着いたあたしたちは直にあの不良グループがいる南街区の倉庫区画に向かった。するとそこに白い鳥が降りてきてクローゼの腕に止まった。


「その子は?」
「シロハヤブサのようだけど……」
「この子はジークといって私の友達なんです。どうしたの、ジーク?」
「ピューイ!ピュイピュイ!」
「そう、分かったわ……やっぱりあの子、一番奥の倉庫に向かったようです」
「ええっ!クローゼ、その子の言葉が分かるの!?」
「いえ、言葉は分かりませんが気持ちが伝わるんです」
「正に以心伝心だね。でも今はそれに驚いている場合じゃないね」
「ええ、早く奥の倉庫に向かいましょう!!」


 倉庫区画の一番奥にある倉庫に入ると中には数人の若者がいて彼らに帽子を被った男の子が怒鳴っていた。


「……とぼけるなよ!お前らがやったんだろう!?絶対に許さないからな!!」
「なに言ってんだ、このガキは?」
「コラ、ここはお前みたいなお子ちゃまが来るところじゃねーぞ。とっとと家に帰って母ちゃんのおっぱいでも飲んでな」
「ひゃはは、そいつはいいや」


 若者の中には昨日あたしたちに絡んできた3人組もいて帽子を被った男の子をバカにしていた。


「ううううう……わああああああっ!!!」


 男の子は等々我慢できなくなったのか彼らに体当たりした。


「な、なんだ……?」
「このガキ、なにブチ切れてんだ?」
「母ちゃんがいないからってバカにすんなよ!オイラには先生っていう母ちゃんがいるんだからな!」


 男の子は更に体当たりをしていく。


「その大切な先生や皆が住んでいた家をよくも、よくも、よくもぉ!!」
「チッ……」
「しまいにはフィルまで傷つけやがって!!絶対に許さないぞ!!」
「うぜえんだよ、ガキが!!」


 3人組の一人が男の子を突き飛ばした。


「あうっ……」
「黙って聞いてりゃいい気になりやがって……」
「どうやらちっとばかりお仕置きが必要なみたいだな」
「お尻百たたきといきますか?ひゃーはっはっは!」


 これ以上は不味いわね。あたしたちは倉庫の中に入った。


「あんたたち、やめなさい!」
「お、お前たちは……」
「ク、クローゼ……姉ちゃん?」
「子供相手に遊び半分で暴力を振るうなんて……最低です!恥ずかしくないんですか?」
「な、なんだとー!?」


 クローゼってばすっごく怒ってるじゃない。あんなに怒りを露わにするなんて思わなかったわ。


「ようよう、お嬢ちゃん。ちょっとばかり可愛いからって舐めた口利き過ぎじゃねえの?」
「いくら遊撃士がいたところでこの数相手に勝てると思うのか?」
「クローゼ、下がってて!」
「僕たちが時間を稼ぐよ。その隙にあの子を助けてあげて」


 あたしとヨシュアはクローゼを下がらせようとしたがクローゼは首を横に振った。


「いいえ、私にも戦わせてください」
「へ……?」
「本当は使いたくありませんでしたけど……」


 クローゼは懐から細い剣を出して構えた。


「剣は人を守るために振るうように教わってきました。今がその時です」
「ええっ!?」
「護身用のレイピア?」


 クローゼはレイヴンの連中に振り返るとレイピアを突き付けた。


「その子を放してください。さもなくば実力行使させていただきます!」
「か、かっこいい……」
「可憐だ……」


 クローゼの姿にレイブンの下っ端が見惚れていた。


「可憐だ、じゃねえだろ!」
「こんなアマっ子にまで舐められてたまるかってんだ!」
「俺たち『レイヴン』の恐ろしさを思いしらせてやるぞ!」


 レイヴンの連中は武器を構えて襲い掛かってきた。


「……いきます!!」




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー



「こ、こいつら化け物か……」
「遊撃士どもはともかくこっちの娘もタダ者じゃねえ……」


 ふう、結構やるとは思ったけど所詮はチンピラね。魔獣と比べたら大したことないわ。


「す、すごいや姉ちゃん!」
「本当にクローゼったら凄いじゃない!」
「その剣、名のある人に習ったみたいだね」
「いえ、まだまだ未熟です」


 いやあれで未熟だなんてリート君みたいに謙虚ね。クローゼはレイピアをしまってレイヴンに近づく。


「これ以上の戦いは無意味だと思います。お願いします、どうかその子を放してください」
「こ、このアマ……」
「ここまでコケにされてはいそうですかって渡せるか!」


 う~ん、往生際の悪い奴らね。



「……そこまでにしとけや」


 背後から誰かが声をかけてきた。振り返るとそこには……


「ア、アガット!?」


 重剣のアガットが立っていた。何でこんな所にいるの?


「やれやれ、てめえら。またつまんねえ事で喧嘩してんのか?」
「あ、あんたはアガットの兄貴!?」
「き、来てたんすか……」


 あ、兄貴!?どういうことなの?


「アガット、兄貴ってどういうことなの?こいつらの知り合いなの?」


 あたしはアガットにそう質問したがアガットはそれを無視して赤髪の男に話しかけた。


「……レイス」
「は、はい。なんでしょう?」


 アガットは返事をしたレイスという男を殴り飛ばした。


「ふぎゃっ!?」
「お前ら……何やってんだ?女に絡むは、ガキを殴るは……ちょっとタルみすぎじゃねえか?」
「う、うるせえな!チームを抜けたアンタに今更指図されたく……」


 アガットは文句を言おうとしたロッコという男を壁まで殴り飛ばした。


「うぎゃっ!?」
「ロッコ……なんか言ったか?」
「あ、兄貴!勘弁してくれ!ガキなら解放するからよ!」


 残ったディンが帽子を被った男の子をクローゼに返した。


「クローゼ姉ちゃん!」
「クラム君、良かった……もう大丈夫だからね」
「ふん、最初からそうしときゃいいんだよ」


 アガットはすました顔でそう言いながらこっちに振り返った。


「どこぞのひよっこが放火事件を調査してると聞いたがやっぱりお前らだったか」
「な、何よ。だいたいどうしてあんたがここにいるのよ」
「お前らがあわててこっちに向かっていたのを見かけただけだ。おい、坊主」

 
 アガットはクローゼに抱き着いていた男の子に声をかけた。


「な、なんだよ……?」
「一人で乗り込んで来るとはなかなか気合の入ったガキだ。だが少々無茶をしすぎたようだな。あんまり家族には心配をかけるんじゃねえぞ」
「え……?」
「……クラム」


 そこにテレサ先生とフィルが現れてクラムと呼んだ男の子に近づいていった。


「せ、先生!?それにフィルまでどうしてここに……」
「ん。そっちの赤髪のお兄さんに事情を聴いてここまで来たの」
「クラム。あなたという子は……」
「こ、今回はオイラ謝んないからな!火をつけた犯人を絶対にオイラの手で……」
「クラム!」


 テレサ先生は大きな声でクラムの名前を呼んだ。クラムは怒られるんじゃないかと思ってビクッとしたがテレサ先生はスッと屈むとクラムと目線を合わせた。


「ねえ、クラム。あなたの気持ちはよく分かります。皆で一緒に暮らしたかけがえのない家でしたものね。でもね、あなたが犯人に仕返ししても燃えてしまった家は元には戻らないわ」
「あ……」
「それにあなたにもしもの事があったらどうするの?家は作り直せてもあなたは一人しかいないのよ?私にはそっちのほうが耐えられないわ。あなたたちさえ無事なら先生はそれだけでいいの。だからお願い、危ない事はもうしないで」
「せ、先生……うう、うううううう……うわああぁぁぁぁん!」


 クラムは大きな声で泣き出してテレサ先生に抱き着いた。


「グスッ……こういうのあたし弱いのよね……」
「うん、クラム君が無事で本当に良かったね」
「はい……」


 あたしたちは二人の光景を見てつい感慨深くなっちゃった。


「チッ、これだから女子供は……お前ら、坊主どもを連れてギルドに行ってな。俺はこのバカどもが犯人かどうか締め上げて確かめておくからよ」
「わ、わかったわ……」


 ここはアガットに任せておいた方がいいわね。あたしたちは倉庫を後にしようとしたんだけどアガットが何かを思い出したようにフィルに話しかけた。


「おい、そこの銀髪のチビ。お前、フィルって呼ばれてたよな?」
「……そうだけど何か用?」


 フィルは警戒するようにアガットを見つめた。そういえば人見知りだって言ってたわね。


「……特徴はあってるし名前も一致しているか」
「……特徴?」
「お前、帝国で起きた事件の犯人と遭遇した兄妹の妹のほうじゃないか?」
「ど、どうしてそれを……!?」


 フィルは驚いた様子でアガットを見ていた。帝国ってエレボニア帝国の事よね?そこで起きた事件とフィルが関係してるの?


「カシウスのおっさんから依頼を受けていてな。お前の兄貴が探しているんだとよ」
「リィ……じゃなくてリートが!?」
「ああ、今そいつはロレントにいる。良かったな、家族が見つかってよ」
「そっか……リートはカシウスに、遊撃士協会に保護されてたんだ。そりゃ見つかんないよね……」


 フィルは嬉しそうに微笑むがあたしとヨシュアは驚いていた。


「フィル!あなた、リート君の妹だったの!?」
「エステル、もしかしてリートの事知ってるの?」
「知ってるも何も父さんが保護した子だしあたしたちはロレント出身だから何度も会ってるわ」
「えっ、エステルってカシウスの娘だったの?」
「そういえば苗字は名乗ってなかったわね」


 まさかリート君に妹がいてしかもそれがフィルだったなんて……なんというか奇妙な縁過ぎて言葉が出ないわ。


「やれやれ、ようやく見つかったか。これでおっさんから押し付けられた仕事も大体片付いたな」
「アガットさんはフィルの行方を捜していたんですか?」
「ああ、カシウスおっさんから連絡受けてな。自分の代わりに探してくれと急に言ってくるもんだからたまったもんじゃないぜ」
「父さんが……それにしてもリート君も水臭いわね。妹がいるだなんて言ってくれてたらもっと早くフィルのこと報告できたのに」
「まあまあ、彼の事だから僕たちの旅に余計なものを背負わせたくなかったんじゃないかな?」
「そうだとしてもさ~」


 まあその件についてはまたリート君と話すことにしよう。今はフィルの事を一刻も早くリート君に伝えないといけないしね。


「フィル、早速ジャンさんの所に行ってあなたが無事だったことをロレントにいるリート君に報告してもらいましょう」
「……うん!」


 フィルは出会ってから一番輝いた笑顔をあたしに見せてくれた。まあこの笑顔が見れたんだから旅に出てよかったって思えるわね。


 あたしたちはギルドに戻り今回の件とフィルの件を伝えるとジャンさんは早速ロレント支部へと連絡をしてくれて取りあえずは今回の騒動は幕を閉じた。まあまだ犯人は見つかってないんだけどね……

 

 

第38話 絶剣と妖精の再会

side:リィン


 皆、久しぶりだな。リートことリィンだ。俺は今ロレントから定期船に乗り王都グランセルに向かいそこからルーアン行きの定期船に乗り換えたところだ。どうして俺がルーアンに向かっているのかというと一週間前に来た連絡が関係している。その事を少し振り返ってみようか。



ーーーーー 今から一週間前 -----


「ふあぁぁ……平和だな」


 ロレント支部の前の道を箒で掃きながら暖かな日差しを受けてついあくびをしてしまった。オリビエさんに振り回されてばかりだが偶にはこう平和な時があってもいいよね。


「リ、リート君!」


 俺がぼんやりとしてるとアイナさんがギルドから慌てた様子で出てきた。


「アイナさん、どうかしましたか?またオリビエさんがトラブルでも起こしたんですか?」
「いえ、今日はそう言った報告はないわね……ってそうじゃなくて!」
「じゃあどうしたんですか?」
「あなたの妹さんがルーアンで見つかったのよ!」
「えっ……」


 俺は持っていた箒を離してしまうほど驚いてしまった。


「ほ、本当ですか!?フィー……じゃなくてフィルが見つかったっていうのは!?」
「え、ええ……さっきルーアン支部から発見されたって報告があったの。妹さんは孤児院でお世話になっていたそうよ」
「そうですか、良かった……」


 俺はアイナさんの報告を聞いて心から安堵した。良かった、フィーはルーアンにいたんだな……


「それでフィルはこっちに来るんですか?」
「それがね……」


 俺はフィーが直にロレントへ来るんじゃないかと思ったがアイナさんは複雑そうな顔をした。話によるとフィーがお世話になったという孤児院が何者かに放火されたらしくフィーもその犯人と思わしき者に負傷させられたとのことだ。


「俺の大事な妹に傷を……?」
「ちょ、リート君?何だか怖いオーラが溢れてるんだけど……」
「あ、すいません。つい無意識に……でもそれなら猶更ルーアンに残るのは危険なんじゃないですか?犯人が再びフィルを襲うかもしれないし」
「ルーアン支部を預かっているジャンも彼女にはそう話したみたいなんだけどお世話になった人たちが危ない目にあったのに自分だけが安全な所に行くのは駄目だって言うらしいの。せめて放火事件の犯人が捕まるまではこっちにはこれないって……」


 なるほど、優しいフィーの事だ。自分が世話になった人たちを置いてはこっちにはこれないって思ったんだろう。正直直に会いたいがフィーの気持ちを考えると強くは言えないな。俺がフィーも立場だったらそうしただろうしね。


「じゃあ俺が向こうに行くのは駄目ですか?せめて妹の傍にいてあげたいんですが……」
「……リート君?まさかあなた、放火事件の犯人を捜すつもりじゃないでしょうね?」
「思う事はありますが聞けばエステルさんたちが事件の調査に関わっているんですよね?なら俺はエステルさんたちに任せておくつもりです。事件に関わるつもりはないですし俺はただ妹の傍にいてやりたいんです、駄目でしょうか……?」


 俺がジッとアイナさんを見つめるとアイナさんははぁ~っとため息をついて微笑んだ。


「……全くあなたって子は。まあ自分の家族が事件に巻き込まれて気にならない人はいないだろうし……分かったわ。私が話を付けておくわ」
「アイナさん、ありがとうございます!!」
「ただし絶対に自分から事件に介入しないことが条件よ。前だって空賊事件に介入したって聞いたときは心配したんだから……」


 アイナさんは俺の頭を撫でながら心配するように俺を見つめていた。前は約束を破ってしまったから今回こそはアイナさんを心配させないように彼女の約束を守ろうと思った。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 ……とまあこんな感じで俺がルーアンに向かう事になったんだ。アイナさんには本当に恩ばかり作ってしまっている、どれだけ感謝しても足りないくらいだ。


「いやぁ、ルーアンといえば新鮮な海の幸が美味しいって聞くし楽しみだね。君もそう思わないかい?」


 ……ただ一つ不満があるとすれば何でオリビエさんまで一緒に来ているかだ。朝に定期船に乗ろうとしたら受付の所で俺を待っていたらしい。


「何でオリビエさんまでついてきてるんですか?」
「だって最近はシェラ君も忙しくて構ってくれないしロレントの料理も満喫したからね。そろそろ違う都市に行こうって思ってたのさ」
「じゃあ先にグランセルかツァイスに行ってくださいよ。態々一緒についてこなくてもいいじゃないですか」
「そりゃリート君が恋しがる妹さんを見たかったからに決まってるじゃないか」
「言っておきますけどフィルに何かしようとしたら真っ二つにしますよ?」


 俺はカチャリと太刀を鳴らして見せるとオリビエさんは顔を青くして「そんなことはしないさ……あっはっは……」と苦笑いを浮かべていた。やっぱり何かちょっかいをかけようとしていたな、この人。


『乗客の皆様。まもなくルーアン市にご到着いたします。忘れ物のないようにお気をつけて定期船から降りてください』


 おっと、もうすぐ着くのか。いよいよフィルに会えるんだな、何だか緊張してきた。


 定期船を降りた俺はしつこく付いてくるオリビエさんを連れて遊撃士協会のギルドに向かった。ギルドの中に入ると眼鏡をかけた男性がいたので話しかける。


「こんにちは」
「おや、どうかしたのかい?」
「僕はロレント支部から来たリートという者です。あなたがジャンさんですか?」
「ああ、君がリート君だね?うん、僕がルーアン支部を預かっている責任者のジャンだ。よろしく」
「はい、よろしくお願いします」


 俺はジャンさんに挨拶をしてから早速フィーについて尋ねた。


「それで俺の妹の事なんですが……」
「君の妹さんはルーアンから少し離れた場所にあるマノリア村にいるよ。そこまでの案内はカルナに任せてあるから彼女と一緒に向かってくれ」


 ジャンさんは二階から降りてきた女性に視線を移して彼女に相槌を送る。その女性はそれを受けて自分も首を縦に振り俺に手を差し伸べてきた。


「あたしは遊撃士のカルナだ。マノリア村までの護衛をさせてもらう。よろしくな」
「リートです。よろしくお願いします、カルナさん」


 俺はカルナさんと握手をして自己紹介を済ませた。


「さて、話も終わったようだし早速マノリア村に向かおうじゃないか。それにしてもリート君の妹さんかー、楽しみだなぁ」
「……そこの男性は知り合いか?」
「……一応知り合いなので大丈夫です。一応は」



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 俺はアイナさんとオリビエさんと一緒にメーヴェ海道を渡っていた。途中で魔獣に何回か襲われたが問題なく対処することができた。


「そうか、あんたたちがエステルたちと一緒に空賊事件を解決した民間協力者だったのか」
「エステルさん達の事を知っているんですか?」
「ああ、仕事もしっかりこなしているし期待できる新人だと思うよ。今はジェニス王立学園の学園祭の手伝いに言ってると聞いたね」


 あれ?エステルさん達は放火事件を調査しているって聞いたけど違ったのかな?


「学園祭?興味深い話だね。それはいつ行われるんだい?」
「丁度明日だよ。良かったら行ってみたらどうだい?その日はあたしが学園の警護に当たるからもしかしたら会えるかもしれないしね」
「そうだったんですか?じゃあお忙しいかもしれないのに護衛なんてさせてしまって申し訳ありません」
「構わないよ。これも遊撃士の仕事だからね。……っとそろそろマノリア村に着くよ」


 カルナさんと話をしているとマノリア村の入り口にたどり着いたようだ。


「孤児院に住んでいた人たちは今は『白の木蓮寧』という宿酒場の二階に住まわせてもらっているんだ。フィルって子もそこにいるはずだ」
「ここまで連れてきて頂いてありがとうございました。カルナさん」
「気にしなくていいよ。早く妹さんに顔を見せて安心させてやりな」


 カルナさんは他に仕事があるらしく急いでルーアンに戻っていった。忙しい中で護衛をさせてしまって悪いことをしてしまった。


「ほらほら、リート君。今は一刻も早く妹さんに会いに行ってあげるべきじゃないかな?カルナ君にお礼を言いに行くのはその後でもできるしね」
「オリビエさん……そうですね。今はフィルに会いに行きましょう」


 俺はオリビエさんにそう言われて気持ちを切り替えてカルナさんが話していた白の木蓮寧に行き店を運営している人に事情を話した。既に遊撃士協会から連絡を受けていたらしくすんなりと二階へ案内してもらえた。因みにオリビエさんは気を使ってくれたのか一階で待っていると言い料理を頼んでいた。


「ここにフィルが……」


 俺は孤児院に住んでいる人たちが使っているという部屋の扉をノックする。


「はい、どうぞ」
「失礼します」


 俺は扉を開けて中に入る。部屋の中には若い女性がベットに座っていた。


「あら、あなた方は……?」
「はじめまして。俺はリートと言います。俺の妹が孤児院で世話になったと聞いて今日こうして来たんですがあなたが院長先生ですか?」
「まあ、じゃああなたがフィルさんの……はじめまして、私はテレサと言います。フィルさんからあなたの事は聞いていました」
「テレサさん、フィルを保護して頂いた上に世話までしてもらって……本当にありがとうございました」


 俺はテレサさんに頭を下げるとテレサさんは顔を上げてくださいと言った。


「私の方こそフィルさんには色々助けていただきましたし気にしないでください」
「テレサさん……」


 なんと心の広い人だろうか。俺はフィーを保護してくれたのがこの人で本当に良かったと思った。


「そういえばフィルはここにはいないんですか?」
「フィルさんは子供たちと遊んでくれています。怪我もよくなってきましたし子供たちも放火事件が起きて不安に思ってるから自分が出来ることをしたいと……」
「そうですか、フィルらしいですね」


 怪我も大したことが無かったようで良かったよ。俺がそう思っているとテレサさんが微笑みながら窓から外の風景を見ていた。


「そういえば孤児院が放火事件にあったと聞きました。心中お察しします」
「……ありがとうございます」
「俺とフィルの父は何でも屋をやっていてある程度ミラがあります。今回の事を話せばきっと力になってくれると思いますがどうでしょうか?」
「お気持ちは有り難く受け取らせて頂きます。しかしあなた方にそんなご迷惑はお掛けできません。これは私たちの問題ですから……」
「しかしそれではあなた達に対して何もお礼が出来ていません。父もきっとそう言うでしょう」
「……ならひとつだけお願いをしてもいいでしょうか?」
「なんでしょうか?」


 俺が訪ねるとテレサさんはジッと俺を見てきた。


「フィルさんが来てくださってから孤児院は賑やかになりました。面倒見もいいし子供たちもすっかり懐いてしまって……もう家族と言ってもおかしくないほどです」
「テレサさん……」
「あなた方の事情は分かりませんが人には言えない仕事をしていらっしゃるんですよね。それとなくフィルさんやあなたの様子を見ていたら感づきました。孤児院をやってると多く人と会いますから何となく分かってしまうんですよね」
「……」


 俺はあえて何でも屋と言ったがこの人は俺とフィルが猟兵だという事を無意識に感づいたのか?



「それをふまえて無茶なことを言わせて頂いてもよろしいですか?」
「……なんでしょうか?」
「フィルさんをまた子供たちに会わせてあげてくださいませんか?」


 俺はそれを聞いて悩んだ。俺たちは猟兵だ、本来リベール王国には猟兵は簡単には入国できないし今回のケースだって来たくて来た訳じゃない。
 だからカシウスさんが帰ってきてこの国から去ったら余程の事がない限りここに来ることはないだろう。


「……分かりました。必ずここにフィルがまた顔を出せるようにします」


 だが俺はテレサさんの頼みを聞き入れた。難しい問題なのは確かだ、でも俺はこの人の願いを叶えたいと強く思った。フィーだってそれを望んでいるはずだ。


「それと俺の本当の名はリィンです。フィルはフィーと言います。あなただけには伝えておきたかったので……」
「……ありがとうございます、リィンさん」


 俺はそう言うとテレサさんと握手を交わした。その時俺たちがいる部屋の扉が開いて誰かが入ってきた。


「テレサ先生、ただいまー!あれ、そいつ誰?」
「もうクラムったらお客さんに対して失礼でしょう!ごめんなさい、この子ちょっと口が悪くて……」


 どうやら孤児院に住む子供たちが帰ってきたようだ。帽子の男の子に緑髪の女の子が注意をしていた。


「お腹すいたねー。今日の夕食はなんだろう?」
「私、フィルお姉ちゃんのシチューが食べたーい!」
「ん、なら後で厨房を借りよっか……!?」


 後から入ってきた呑気そうな男の子と、元気がありそうな金髪の女の子に手を引かれながら入ってきた銀髪の少女を見て俺は心が震えた。少女も俺を見て目を見開いていた。


「リィ……リート?」
「……会いに来るのが遅くなってしまって済まなかったな。フィル」
「っ!リート!!」


 感極まったのか銀髪の少女……フィーは涙を流しながら俺に飛び込んできた。俺はそれを受け止めて頭を撫でた。


「会いたかった……ずっと会いたかったよ、リート……」
「俺もだ。ずっと会いたかった……無事で本当に良かったよ。フィル」
「リート……」


 今まで我慢していたんだろうかフィーは俺の胸の中でクスンと涙を流していた。きっと俺に会った事で張りつめていた糸が切れてしまったんだろう。俺は無言でフィーの頭をポンポンと撫でていると不意に足に鈍い痛みが走り見てみると帽子を被った男の子が俺を睨んでいた。


「おい!何フィルを泣かせてんだよ!」
「あ、いやこれは……」
「さてはお前が孤児院を焼いた犯人だな!フィルから離れろ!こいつ!!」


 ドカドカと俺の足を蹴ってくる男の子に俺はどうしたらいいか困惑した。この男の子は純粋にフィーの事を心配しているから怒れないしどうも興奮しているからか説明しようとしても話を聞いてくれない。


「ちょ、ちょっと!止めなさいよ、クラム!」
「止めんなよ!マリィ!俺がこいつを成敗してやるんだからな!!」
「もし本当に放火した犯人だったらフィルお姉ちゃんが抱き着いたりしないでしょ?この人はお姉ちゃんが話していたお兄さんだよ」
「クラム、その人は正真正銘のフィルさんのお兄さんです。急に蹴ったりするとはどういうことですか!」
「うえっ!?オ、オイラてっきり……」


 どうやら落ち着いてくれたようだ。俺はクラムと呼ばれた男の子の前に跪くと目線を合わせる。


「君はクラム君っていうんだね?」
「だ、だったら何だよ……」
「俺の妹が世話になったようだな。色々とありがとう」


 俺は握手を求めて右手を差し出すがクラムはバシッと右手を弾いた。


「何がありがとうだ!フィルが危ない時にいなかったくせに兄貴ぶるなよな!」
「こら!クラム!あなた、何てことを……」
「ふんだ!オイラ絶対にそいつを認めたりしないからな―――――!!」


 クラムはそう言うとダッと部屋を出て走り去っていった。


「リートさん、ごめんなさい。クラムが失礼な事を……」
「いえ、気にしないでください。彼の言う通り俺は妹が危ない時に傍にいなかったんです、今更ノコノコと現れて兄貴面されても納得できないでしょう」


 頭を下げるテレサさんに俺は構わないと言う。あの子が言っていたことは間違ってないしそれにあのクラムって子はもしかしたらフィーに気があるのかもしれない、微笑ましい物だな。


「でもフィルお姉ちゃんのお兄さんが来たって事はお姉ちゃんここからいなくなっちゃうの?そんなのヤダよー!」
「ポーリィ、それは……」


 金髪の女の子がイヤイヤと首を振りながらフィルにしがみついた。


「リート、その……」
「大丈夫だ、フィル。放火事件の犯人が捕まるまではここにいてもいいという話になっている。本来なら褒められた行動じゃないが俺もフィルと同じ状況だったらそうしていただろうし気にしなくてもいい。俺が来たからにはお前もその大切な人たちも守って見せる」
「リート、ありがとう……」


 フィルは嬉しそうに微笑んだ。


「よし!リート君と妹さんの感動の再会を記念してここは僕が一曲披露しようじゃないか!」
「オリビエさん、いつの間にいたんですか?」


 部屋の出入り口にいつ来たのかオリビエさんがリュートを手に持ちながら立っていた。


「リート、この人は誰?」
「初めまして、リート君の妹さん。僕はオリビエ、リート君とは一晩を共に過ごした深い中なのさ」
「……リート?何したの?」
「いやいや何もないぞ!?」


 ジト目で睨んでくるフィーに俺は慌てながら説明した。


「……ふーん、そんなことがあったんだ」
「分かってくれたか?」
「ん。てっきりリートがBLに目覚めたんだと思っちゃった」
「……どこでそんな言葉を覚えたんだ?」
「ゼノがリートが彼女を作らないのはホモだからじゃないかって言ってた」


 なるほど。ゼノとは帰ったら話し合い(肉体的)が必要なようだ。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「ふう、腹いっぱいだ……」
「オリビエも太っ腹だね。全員分の食事代を出してくれるなんてね」


 フィーと再会した後はオリビエさんがお祝いとして食事会を開いてくれた。孤児院の人たち全員の分も合わせて出してくれたんだがどこにそんなミラを持っていたんだ?


「……ふふっ」
「うん?どうかしたのか、フィー?」
「ううん。リィンにもお友達が出来たんだなって思ったの」
「オリビエさんが?友達っていうか悪友というか……まあいい人なのは確かだと思うけどそれが霞むくらい癖が強すぎるんだよな」
「でもオリビエと話すときのリィンはとっても楽しそうだよ」
「そうか?いや、そうなのかもな」


 今は二人きりなのでお互いの名前を呼びあっている。するとフィーは俺の首に両手を回して頬と頬を合わせてきた。


「んう……リィン……」
「なんだ?今日はやけに甘えてくるな?」
「だって久しぶりに会えたんだよ?ずっと会いたかったんだから……」


 暫くフィーにされるがままになっていたが俺はフィーの怪我を見て顔を顰めた。


「……怪我は大丈夫なのか?」
「うん。見た目ほどひどくはないよ。教会で薬ももらったし安静にしてたら良くなるって」
「そうか……フィーに傷をつけたのはどんな奴だったんだ?」
「仮面を付けた人物だったけど多分体格からして男だと思う。でも実力は凄かった、まるで団長や光の剣匠と対峙しているみたいだった」
「フィーにそこまで言わせるとはな。一体何者なんだ?」


 俺はフィーを傷つけた人物について考えていたが、フィーはそんな俺を見て心配そうにしていた。


「リィン、もしかしてその犯人を追うつもりじゃないよね?」
「ん?ああ、俺も君を傷つけられた事には憤りを感じているが残念ながらそれはできないんだ。アイナさんと約束したからな」


 俺がここに来たのはフィーや孤児院の人たちにその犯人たちが再び襲い掛かってこないように守るためだ。でもフィーは俺の話を聞いて今度は不機嫌そうな顔をしていた。


「アイナって誰?」
「アイナさんは俺が保護された遊撃士協会のロレント支部を仕切っている人だ。それがどうかしたのか?」
「……女の人だよね?」
「ああ、そうだよ」
「ふーん。他にも出会った女の人とかいるの?」
「他に出会ったといえばエステルさん達と同じ遊撃士のシェラザードさんにボースの市長であるメイベルさんにそのメイドのリラさん……後はルーアンに来て出会ったカルナさんとかかな?」
「……」


 な、なんだ?フィーの機嫌がどんどん悪くなっていっているんだが……?


「私がリィンを心配していた時に、リィンは美人のお姉さんたちと仲良くしていたんだ」
「フ、フィーさん?それはちょっと違うような気がするんですが……」
「ふんだ、リィンのバカ」


 その後俺は不機嫌になったフィーの機嫌を直すため、抱っこして頭を撫でた後一緒のベットで寝ることになった。でもなんで不機嫌になったんだろうな?

 

 

第39話 学園祭

side:リィン


 やあ、リィンだ。俺は今ジェニス王立学園に向かっている。何故かというと今日は学園祭という事で孤児院の人たちと一緒に行くことになったんだ。


「オリビエおじさん。本当に何でも買ってくれるの?」
「食べ物とかも一杯食べていいの?」
「勿論いいさ。でもおじさんは止めてくれないかな?」


 何故かというよりはやっぱり付いてきたオリビエさんはすっかり子供たちに懐かれていた。まあ元々子供っぽい人だから波長が合うんだろうね。


「……ふんっ」


 でもクラムは相変わらず俺に敵意を抱いているようだ。何とか学園祭で仲良くなれる切っ掛けが作れるといいんだけどな。


「……ぷいっ」


 そして約もう一名不機嫌な子が俺の右手をつないで歩いている。怒っているなら手をつながなくてもいいんじゃないかと思うがそれを言ったら余計に拗ねてしまうので言わないでおこう。暫くすると前方に沢山の人が集まっていた。


「うわぁ……凄い人の数ー」
「テレサさん、あの人たちも学園祭を目的にしてきた人たちですか?」
「ええ、毎年多くの人がこの時期にルーアンにいらっしゃいますの。でも今年は今までの中でも一番の数ですね」
「流石はリベールが誇る王立学園の事はありますね」


 俺がテレサさんと話していると学園の方からアナウンスが聞こえてきた。


『……大変長らくお待たせしました。ただ今よりジェニス王立学園、第52回・学園祭を開催します』


 アナウンスが終わると校門が開き人々が学園内に入っていく。俺たちもそれに続いて中に入っていくがこれがジェニス王立学園の内部か。綺麗な校舎だな、ここで勉強したり部活をしたり青春っていうのを満喫しているのかな?俺は日曜学校にも通った事がないから少し新鮮な気持ちだ。


「皆、来てくれたのね」
「あっ、クローゼ姉ちゃん!」


 校門をくぐった先に誰かが立っていた。子供たちが反応したという事は孤児院の関係者だろうか?


「リート、あの子が昨日話したクローゼだよ」
「ああ、孤児院によく来るって話していたあの……」


 フィーはテレサさんたち以外にもお世話になった女の子がいると言っていたがあの子がそうなのか。しかし可憐な人だな。学生服も可愛いが来ている本人もそれに負けない位綺麗だ。


「……デレデレしない」
「いひゃいっ!?」


 突然フィーに頬を引っ張られてしまった。人前で女の子をジロジロ見るのは失礼だったな。


「あの……あなたがフィルさんのお兄さんですか?」


 フィーに頬を引っ張られていると子供たちに囲まれていたクローゼという少女がこちらに来て俺に話しかけてきた。


「初めまして、俺はリートといいます。あなたがクローゼさんですね。俺の妹が世話になったと聞いています。本当にありがとうございました」
「私の方こそフィルさんには色々と助けて頂いたので気にしないでください。寧ろ私の方がお礼をいわなくてはならないくらいです」
「孤児院の事ですよね。そういえばその事件についてはエステルさんとヨシュアさんが追っていると聞いていたんですがお二人はこちらに?」
「エステルさんたちなら……あっ」
「うん?どうかなさ……うおっ!?」
「リート君!見つけたわよ!」
「エ、エステルさん!?」


 背後から急に現れたエステルさんに肩を掴まれて激しく揺さぶられる。


「聞いたわよ、リート君!フィルってあなたの妹さんだったんですって!?どうしてあたしたちに話してくれなかったのよ!!」
「エ、エステルさん!?そんなガックンガックンしないでください……!気持ち悪いです……!?」
「まあまあ……エステル、そんなに揺さぶったらリート君も話せないよ?」


 ヨシュアさんが助け舟を出してくれたお陰で俺はエステルさんから解放された。


「あ、ごめん!あたしったらつい興奮しちゃって……リート君、大丈夫?」
「ええ、大丈夫です……」


 エステルさんが落ち着いてくれたようなので俺はフィルについて話し出した。


「俺はカシウスさんにフィルの事を話したとき自分が信頼する人物に捜索させるからこの件については口外しないでくれといわれていたのでエステルさんたちにも話せませんでした。ごめんなさい」
「そうなの?うーん、父さんからしたらあたしたちは信頼できなかったのかしら……」
「まあ僕たちは準遊撃士だし二人は帝国で起きた事件の被害者でもあったそうだから安全のため情報が拡散されることがないようにそう言ったんだと思うよ」
「俺もそう思います。カシウスさんはお二人を何よりも信頼してますしそんなことは思ってないですよ」


 落ち込むエステルさんをヨシュアさんと俺で励ました。


「まあいいわ。それにしてもリート君とフィルが兄妹だったなんてね。あんまり似てないから言われなきゃ分からなかったわ」
「俺とフィルは義理の兄妹ですから似てはないですね」
「ん、だから合法的に結婚できる」
「はいはい、そういう冗談は止めなさい」


 ブイと指でサインするフィーの頭をポンと叩いた。


「あはは、仲いいのね。ヨシュアも偶にはお姉ちゃんに甘えてもいいのよ?」
「お姉ちゃんぶりたいならもう少ししっかりとしてほしいね。フィルとクローゼに初めて出会った時も前方不注意でフィルにぶつかったんだから」
「あわわ、それは言わないでよ~」


 エステルさんとヨシュアさんのやり取りに俺たちはクスッと笑みを浮かべた。相変わらずこの二人は仲がいいな。


「ねえねえ、エステルくん?僕には何もないのかい?」
「……ツッコミたくなかったから放置してたけどなんであんたがいるのよ?」
「そりゃあ君たちと僕には複雑に絡み合った運命の赤い糸があってそれが必然的に僕たちを……」
「リート君、あたしたち劇に出るから良かったら見に来てよ」
「……だから無視はしないでほしいなー」


 エステルさんがオリビエさんの話を無視して放そうとするがそれにオリビエさんが待ったをかけた。


「もう折角放置できたと思ったのに何よ?」
「何で僕がここに来たのか聞いてよ~」
「面倒くさいわねー。そんなの興味ないわ」
「ガックシ……」


 結局オリビエさんはエステルさんに軽くあしらわれてしまった。その後エステルさんたちは劇の準備があるらしくそちらに向かい俺とフィーはオリビエさん達と一緒に学園祭を周る事にした。


「お兄ちゃん、あれ買って~」
「うん、いいよ」


 ポーリィにおねだりをされて俺とオリビエさんはクレープやアイス、ポップコーンを子供たちに買ってあげた。ポーリィとマリィ、ダニエルとは仲良くなれたんだけど……


「クラムは何か欲しい物はないかい?」
「……別にねえよ」


 うーん、まだ仲良くなれないか……どうしたものかな。


「リート君、僕には何か買ってくれないのかい?」
「ええ……オリビエさんのほうが年上なのにですか?」
「はは、流石に昨日の出費と子供達に奢ってあげていたら財布が薄くなっちゃったのさ……」
「見栄を張るからですよ。まあいいです、何が欲しいんですか?」
「流石リート君!優しいねえ!」
「調子いいんだから……まったく」


 オリビエさんにも何か買ってあげようとクレープ屋台の前に行くと目の前に何だか見た事のある金髪の女性が並んでいた。


「あれ、メイベルさん?」
「あら、もしかしてリート君?久しぶりですわね」


 目の前にいたのはボースでお世話になったメイベルさんだった。でもどうしてメイベルさんがジェニス王立学園にいるんだ?


「メイベルさん、お久しぶりです。今日はジェニス王立学園の学園祭に来ていたんですか?」
「実は私、この学園の卒業生なんです。毎年学園祭には顔を出させてもらっていますの」
「なるほど、そうだったんですか」
「それよりリート君こそどういたしましたの?ひょっとしてあなたも遊びにきていたんですか?」
「そんな所です。今日は妹とその友人たちと来ました」
「妹……?」


 メイベルさんが俺の隣にいるフィーとオリビエに視線を送る。


「オリビエさんもお久しぶりですわね。あの時は本当にありがとうございました」
「なに、気にすることはないよ。美人の頼みを聞くのは紳士の務めだからね」
「偉そうに言わないでくださいよ。どっちかっていうとあなたがメイベルさんに迷惑をかけたんじゃないですか」
「うふふ、お二人も変わりないようで安心いたしましたわ。そしてあなたは初めましてですわね。私はメイベル。商業都市ボースの市長を務めさせていただいている者です」
「ん。私はフィル。リートがお世話になったって聞いた。よろしく」


 ギュッと握手をして自己紹介を終えるフィルとメイベルさん。するとそこにメイベルさんのメイドのリラさんが現れた。


「お嬢様、また勝手にいなくなられたりして……まずはダルモア市長とコリンズ学園長にご挨拶をしに行くと決めていたじゃありませんか」
「ごめんなさい、リラ。美味しそうなクレープがあったからつい……」
「ついじゃありません……リートさん、お久しぶりです。本当はもう少し会話を続けたいのですが予定が迫っていますので……」
「リラさん、お久しぶりです。相変わらず大変そうですね、俺たちの事は気にしないでください」
「ありがとうございます。さあお嬢様、行きますよ」
「あ、待ってリラ。まだクレープを……」
「それでは皆様、失礼いたします」


 リラさんはペコリとお辞儀をするとメイベルさんを連れて行ってしまった。


「……何だかあのメイドの人、大変そうだったね」
「まあ何だかんだ言ってもあの二人はいい関係だと思うよ。リラさんも楽しそうだったし」


 メイベルさんと別れた後、俺たちは本館の中を見て周ることにした。二階には生徒たちが調べた研究内容が展示されていた。二つの教室がありそれぞれが違うものを研究していたようで社会科コースはルーアン地方の歴史や経済について調べてあり自然科コースは結晶回路と導力技術について調べた事が展示されていた。


「へえ、結構本格的なんだな……」


 展示されていたものは学生が作ったものにしては本格的な内容でかなり興味が湧いた。子供たちは退屈そうなのでオリビエさんに相手をしてもらい俺は熱心に展示されていた物をみていた。


「おや?もしかしてリート君ですか?」
「アルバ教授、あなたも来ていたんですね」


 俺に話しかけてきたのはロレントで知り合ったアルバ教授だった。彼も学園祭に来ていたのか。


「ええ、偶には息抜きもしようかとここにお邪魔させていただきました。それにしても奇遇ですね、お元気そうで何よりです」
「教授こそ元気そうで何よりです。あれから至宝について何かわかりましたか?」
「いえまだ何とも言えませんね……つい先日も『紺碧の塔』の発掘調査にいったんですが成果はあまり得られませんでした」
「また一人で行ったんですか?あなたも無茶しますね」


 俺がアルバ教授と話していると隣にいたはずのフィーが何故か離れた場所にいて俺たちの様子を伺っていた。


「あれ?フィル、どうしたんだ?」
「……」


 フィーに声をかけてみるが彼女はアルバ教授を警戒しているのかこちらには来なかった。


「リート君、あの子は誰ですか?」
「ああ、あの子は俺の妹です」
「妹さんがいたんですか。でも何やら私を警戒しているようにみえますが……」
「すいません。あの子ちょっと人見知りするところがあるので……」
「なるほど、確かに私みたいに怪しい人物は怖いでしょうし不安にさせてしまったようですね」
「不快な思いをさせてしまい申し訳ございません」
「いえいえ、私は気にしてませんよ。じゃあ私はこの辺で失礼させていただきます。またお会いできるといいですね」


 アルバ教授はそう言うと別の展示物がある教室に向かった。するとさっきまで離れていたフィーが俺の傍に来ていて手を握っていた。


「……」
「フィル、どうかしたのか?昔よりは人見知りが治ったと思っていたんだけど……」
「あの人、怖い……」
「怖いってアルバ教授が?」
「うん、よくわかんないけど怖くなったの……」


 プルプルと体を震わせているフィーを見て俺はアルバ教授が去っていった方を見る。俺は何とも思わなかったがフィーは一般人より感覚が鋭い所があるから自分しか分からない何かを感じたのかも知れないな。


「……少し警戒しておくか」


 俺はアルバ教授に少しの疑問を持ち今後は注意深くしておこうと思った。その後はクラブハウスで昼食を食べた後劇が始まる時間になったので講堂に向かった。


「凄い人の数だね」
「ああ、早めに席を確保していてよかったよ」


 何とか全員分の席を確保できたが凄い人の数だな、エステルさん達も大分緊張していることだろう。


「でもなんの劇なんだろうね」
「貰ったパンフレットによれば劇の名前は『白き花のマドリガル』といってリベールに貴族制度が残っていた時代の王都を舞台にした物語のようで平民の騎士オスカーと貴族の騎士ユリウス、そして王家の姫君セシリアとの3人の関係を描いた恋愛劇……らしいよ」
「なんかドロドロしてそうだね」
「いや、劇なんだしそんな物騒なものじゃないだろう……っとそろそろ始まりそうだ」


 辺りが暗くなりアナウンスが流れてきた。


『……大変お待たせしました。ただ今より生徒会が主催する史劇、『白き花のマドリガル』を上映します。皆様、最後までごゆっくりお楽しみください』


 演劇が始まり眼鏡をかけた女子生徒が語り部をしながら物語が始まったんだけど最初に出てきたセシリア姫を見て俺とフィーは目を丸くした。


「……あれ、ヨシュアだよね?」
「ああ、間違いなくヨシュアさんだ」


 なんとセシリア姫の役は男であるヨシュアさんが演じていた。後から出てきたメイドが男だったのを見て俺はこの劇は男女の配役を逆にしていると分かった。
 しかし似合い過ぎだろ……知り合いじゃなかったら気が付かないぞ。周りの人たちもメイドを見てクスッとしていたがセシリア姫は「姫だけは女性が演じているのか?」なんて言う人がいるくらいだ。
 更に劇は進むと今度は赤い衣装を着たエステルさんと青い衣装を着たクローゼさんが現れた。どうやらユリウスがエステルさんでオスカーがクローゼさんらしい。でもよく似合ってるな。


「……」


 フィーも周りの人たちも全員が劇に集中していた。それから劇は一気に進んでいく。メインのキャラであるオスカーとユリウス、そしてセシリア姫は幼馴染で最初は仲の良かった友人同士だったが次第に勢力争いに巻き込まれていき、ついにはセシリア姫をかけて二人の騎士が対立するところまで物語が進んでいった。二人の騎士が激しい剣の交戦を繰り広げていく中で等々決着が付く場面になった。


『次の一撃で全てを決しよう。自分は……君を殺すつもりで行く』
『オスカー……分かった。私も次の一撃に全てを賭ける』


 二人の騎士はそれぞれ離れた位置に飛び、必殺の構えを取る。


『さらなる生と、姫の笑顔。そして王国の未来さえも……生き残った者が全ての責任を背負うのだ』
『そして敗れた者は魂となって見守っていく……それもまた騎士の誇りだろう』

 二人は最後の会話を終えて決意したように同時に飛び出した。二人の剣が互いを貫こうとした瞬間、何者かが二人の間に割って入ってきた。


『あ……』
『なっ……!?』
『セシ……リ……ア……?』


 二人の間に入ったのはセシリア姫だった。二人を止めるためにセシリア姫は身を挺したが代わりに二人の剣に刺されてしまう。


『ああ……目が霞んで……ねえ……二人とも……そこに……いますか……?』
『はい……』
『君の傍にいる……』
『不思議……あの光景が浮かんできます……幼いころ……お城を抜け出して遊びに行った……路地裏の……オスカーも……ユリウスも……あんなに楽しそうに……笑って……わたくしは……二人の笑顔が……大好き……だから……
どうか……いつも……わら…い……て……』
『姫……?嘘でしょう、姫!頼むから嘘だと言ってくれええ!!』


 セシリア姫は最後まで二人の事を想いそして命を落としてしまった。


「……ぐすっ」


 ヨシュアさんが演じるセシリア姫の表情は満ち足りた儚い笑みを浮かべ、今にも死に絶えそうな声に演技だと分かっていても涙が出てきてしまった。


「あっ。リィン、あれ……」
「あれは……」


 悲しみに暮れる人々の前に眩い光が現れた。その光は空の女神エイドスで人々の後悔と懺悔を聞き届けると奇跡の力でセシリア姫を蘇らせた。そしてその後はオスカーとユリウスはいずれ姫をかけて正々堂々と戦う事を誓いセシリア姫が決闘の勝者を譲られたオスカーに口づけを交わす。


『空の女神も照覧あれ!今日という良き日がいつまでも続きますように!』
『リベールに永遠の平和を!』
『リベールに永遠の栄光を!』


 そして舞台幕が下りて劇が終わる。辺りには大きな拍手の嵐が鳴り響いた。


「凄かったね~」
「お姉ちゃんたちもかっこよかったしお兄ちゃんも綺麗だったね」
「ぐすっ、オイラ泣いちゃったよ……」
「素晴らしい劇だったよ。それにしてもヨシュア君は僕が見込んだ通りの逸材だったねぇ。写真とか売ってないのかな?」


 俺たちは満足した表情を浮かべてエステルさん達がいる舞台裏に向かった。


「クローゼ姉ちゃん!オスカー、スッゲーカッコよかったぜ!」
「ふふ、ありがとう」
「エステルさんもすっごく良かったですよ!ユリウス様~♡」
「ホント様になってたね」
「ちょ、ちょっとマリィ……フィルもクスクス笑わないでよ~」
「ヨシュア君、凄く綺麗なお姫様だったね。僕、本気になっちゃいそうだったよ」
「本当に絶世の美女でしたね。お疲れさまでした」
「オリビエさんもリート君もお願いだから止めて……結構恥ずかしかったんだから……」


 ヨシュアさんはそういうが一番演技に集中していたと思うんだけどね。まあ本人は恥ずかしがってるしこれ以上は言わないでおこう。


「ふふ、皆で楽しませてもらいましたよ。恋と友情の間で悩みながら時代の流れに立ち向かっていくそれぞれの主人公たち……手に汗を握る決闘の果てに待ち受けている悲しい決着……そして心温まる大団円……本当に素晴らしい劇でした」
「いや~、そう言ってもらえると頑張った甲斐がありますよ」


 眼鏡をかけた女子生徒が照れているのを見てあの劇の脚本を作ったのは彼女のようだと分かった。


「あ、そうだ……ハンス」
「ああ、そうだったな」
「ジル?どうしたの?」
「ん、ちょっと待っててね」


 ジルと呼ばれた女子生徒とその近くにいた男子生徒を連れて舞台裏から出て行った。暫くすると二人が戻ってきて誰かを連れてきた。


「まあ、コリンズ学園長……」
「久しぶりだのう、テレサ院長。せっかく来ていただいたのに挨拶が遅れて申し訳なかった」
「とんでもありません……本当に素晴らしいお祭りに招いて頂いて感謝いたします」


 どうやらこの人はジェニス王立学園の学園長のようだ。


「……事情はクローゼ君から聞いたよ。大変なことになってしまったね」
「はい……」
「そこで、わしらも微力ながら力になれればと思ってな」
「え……?」
「テレサ院長、どうぞ受け取ってください」


 テレサさんがきょとんとしているとジルと呼ばれた女子生徒が分厚い封筒を渡した。


「これは……?」
「来場者から集まった寄付金でちょうど100万ミラあります。孤児院再建に役立ててください」


 100万ミラだって!?凄い金額じゃないか!


「ど、どうしてこんな……」
「今回は侯爵やボース市長など多くの名士が来場したからのう、例年よりも多く集まったのだよ」
「そんな……いけません!こんなものは受け取れません!」
「遠慮する必要はありませんよ。毎年学園祭で集まった寄付金は福祉活動に使われていますから」
「孤児院再建に使われるのなら寄付された方々も納得されますって」
「でも……そんな……」


 テレサさんはまだ納得できないようだ、根が真面目だから寄付金を使う事に罪悪感を感じているんだろう。


「テレサ、貰っておきなよ」
「フィルさん……」
「テレサの気持ちもわかるよ。でもこれだけの多くの人が孤児院を再建することを望んでここまでしてくれたんだよ?それを受け取らない方が返ってその人たちの気持ちを無下にしちゃうんじゃないかな?」
「フィルの言う通りだと思います。あなたは子供たち、そして寄付金をくれた方々の……そして何より自分の為に今は拘りを捨ててでもそのミラを受け取るべきです」


 フィーと俺の説得にその場にいた全員が頷いた。


「……ああ……もう……なんとお礼を言っていいのか……ありがとう……本当にありがとうございます」


 テレサさんはその場で膝をついて涙を流した。


「良かったね、本当に……」
「ああ、これで一件落着だ」


 俺とフィーはテレサさんを心配して駆け寄る子供たちを見ながら心から良かったと思った。

 


 

 

第40話 暗躍する影

side:リィン


 学園祭が終わり俺とフィルは孤児院の人たちと一緒にマノリア村に向かっていた。エステルさん達は学園祭の片づけがあるらしくそれが終わったらギルドに報告しに行くと言っていた。


「やったな!これで孤児院が元に戻るんだ!」
「もう、クラムったらはしゃいじゃって……まあ私も嬉しいんだけどね」


 子供たちにも事情を話して孤児院を再建させることが出来ると知って全員が笑顔になっていた。


「孤児院が再建されるようで良かったよ。後はその放火した犯人を見つけるだけだな」
「カルナさんもありがとうございます。忙しいはずなのに護衛をしていただいたりして」
「構わないさ、あんな大金をもっていたら危ないからね」


 帰る間際にコリンズ学園長がカルナさんに護衛の依頼を頼んでいたらしく今はこうして彼女も一緒に同行してもらっている。
 
 
 因みにクローゼさんも学園から許可をもらって一緒に同行している、まあ孤児院が放火されたことで心配になっているんだろう。今も同行してくれているカルナさんにお礼を言っていた。


「でも犯人は何を考えて孤児院を放火したりしたんだろうな?」
「エステル達は強盗や怨恨は可能性としては低いって言ってた」
「だとしたら他の目的があるのか……オリビエさん。あなたならどう思いますか?」
「そうだねぇ。物や人が目的じゃないのなら土地そのものが関係しているのかもしれないね」


 オリビエさんの答えに俺は疑問を浮かべた。


「土地……といいますと?」
「鉄血宰相は知ってるかな?彼は鉄道を広げるためにその土地にあった民家などをミラで買い取ったりしたんだけど中にはそれを拒んだ者もいたんだ。でもその全員が何らかの原因で土地を手放さなくてはならなくなったんだ。借金をしたり家が放火されたりってね」
「……まさかその鉄血宰相っていうのがやったの?」
「証拠はない。ただ被害にあった人々が土地を手放す事になった原因や事件を調べていると彼の手が入ったような痕跡があるんだ。彼は英雄であると同時に多くに人間から恨まれているのはそういった事があるからなんだ」
「土地か……」


 俺たちがそんなことを考えているとカルナさんがため息をつきながら注意してきた。


「こらこら、あんた達……そんな物騒な会話をしないでくれ。放火事件は遊撃士が追っているんだ、下手に首を突っ込まないでほしいな」
「あ、すいません。ただ気になっちゃって……」
「まああたし達が不甲斐ないからこんなことになってしまったんだし汚名返上もかねてしっかりと調査していかないとな」
「はい、お願いしますね」


 その後俺たちは何事も無くマノリア村に着くことが出来た。夕食を食べた後に外泊許可を貰ったクローゼさんも来て子供たちと一緒に遊んだりしていた。そしてあっという間に長い一日が終わっていた……












 なら良かったんだけどな……



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


side:??


 辺りが深い暗闇に包まれた深夜のマノリア村……村の入り口から離れた海道に数名の黒装束を来た人物が村の様子を伺っていた。


「いいか、目的は寄付金が入った封筒だ。極力殺しはしないようにしろ」
「何故ですか?全員皆殺しにすれば手っ取り早いものを……」
「隊長からの指示だ。ただ黒髪の小僧と銀髪の小娘は場合によっては殺しても構わないそうだ」
「小僧は兎も角あの小娘には痛い目に合わされましたからね。借りを返してやりたいですが任務を優先します」
「当然だ……行くぞ」


 黒装束の人物たちはそう言うとマノリア村に近づいていく。そして後少しという所で全員が止まった。


「……何者だ」
「へえ、結構な手練れだな。この闇の中で俺たちに気が付いたか」


 そう言って現れたのはリィンとフィーだった。二人は黒装束たちを睨み武器を構える。


「貴様ら、我々がここに来ることを読んでいたのか?」
「ああ、お前らが何者かは知らないが放火した奴が孤児院をなくしたいと思っているなら当然再建されるのは嫌がるはずだ。寄付金を狙って来るんじゃないかと思っていたんだ」
「……殺せ」


 黒装束の集団はリィンとの会話を早々に終えて導力銃を取り出した、だが先頭にいた黒装束が銃を構えた瞬間、銃の先端が消えていた。


「二の型、『疾風』」


 リィンは発砲される前に銃口を切り飛ばしていた。


「チィッ!?」


 先頭にいた黒装束は銃を捨ててブレイドに持ち替えてリィンに切りかかった。リィンはそれを受け止めて切りあう。背後にいた他の黒装束たちが援護しようとしたがフィーが放った銃弾に阻まれた。


「お前たち、二手に分かれて撃破しろ!」


 リィンと切りあっていた黒装束が他の仲間にそう指示を出すと3人がフィーの方に向かい残った3人がリィンの方に向かった。


「くらえっ!」


 背後から切りかかってきた黒装束をリィンは蹴り飛ばして前方から撃たれた銃弾を太刀で叩き落した。


「化け物め!」


 銃弾を放った黒装束は思わずそう呟いたがリィンの放った掌底を胸に喰らい大きく後退した。そこにフィーが蹴り飛ばした他の黒装束が吹っ飛んできてぶつかってしまった。


「とどめ!」


 フィーがナイフを構えて接近するがリーダー格の黒装束がブレイドでフィーの攻撃を凌いだ。


「くそっ、話に聞いていたよりも強いぞ!」
「焦るな、数ではこちらが勝っている。数人で抑え込んで村に向かえ!」


 リーダー格の黒装束がそう言うと彼以外の黒装束がリィンとフィーに向かっていった。その隙にリーダー格の男が村に向かった。


「所詮は子供だ、寄付金さえ奪えば……!?」


 リーダー格の男が村の入り口にたどり着こうとした時、光の弾丸が放たれてリーダー格の男に直撃した。


「ぐわぁっ!?これはフォトンシュートだと!?一体だれが……」
「真打ち登場ってね」


 近くにあった木々の陰からオリビエが現れた。リーダー格の男にアーツを放ったのはオリビエのようだ。


「仲間がいたのか……」
「村の入り口は二つあるからね。片方は僕が見張っていたんだけど騒ぎが起きたのでこっちに駆け付けたって訳さ。遊撃士協会にはとっくに連絡がいってある、観念した方がいいよ」
「時間をかけ過ぎたか……だが捕まるわけにはいかん!」


 リーダー格の男が懐から閃光手榴弾を出すと地面に叩きつけた、すると強い光が辺りを包み込みリィンたちが目をあけると黒装束たちはいなくなっていた。


「……逃げたか。かなり訓練されているみたいだな、まるで猟兵だ」
「いいのかい?彼らを逃がしたりしても」
「これ以上は俺たちが深追いすることはできません。あいつらが逃げた先はフィルが追ってますし駆けつけてくる遊撃士の方には上手く誤魔化しておきますよ」
「……しかし何者だ、君たちは?あまりにも場慣れしているが本当に唯の剣士なのかい?」
「それはお互い様でしょう、あなただって唯の旅行客ではないんじゃないですか?」


 探るように見てくるオリビエさんに俺も探るような視線を送った。


「……分かった。ここはお互い探りあうのは止めておこう。僕としては君とは友好的な関係でいたいからね」
「……感謝します」


 その後俺たちは駆けつけてきた遊撃士……まあエステルさん達だったんだけどオリビエさんと僕が夜中に出歩いていたら奴らを発見して逃げて行ったという嘘を、後フィーが奴らの行き先を探っておいたのでそれも誤魔化しを交えながら説明して後は彼女たちに任せる事にした。


ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


side:エステル


 夜中にマノリア村の『白の木蓮寧』からオリビエが連絡をしてきたので何事かと思ったがなんと孤児院を放火した黒装束たちがマノリア村を襲おうとしたらしいの。
 あたしたちは直にそこに向かうとオリビエとリート君がいて詳しく話を聞いてみるとオリビエが酒場でお酒を飲んで火照った体を冷やすためにリート君を連れて外を散歩していたら村の入り口で黒装束が現れたようなの。
 そいつらはリート君達を見るとバレンヌ灯台の方に逃げて行ったと聞いたあたしとヨシュアはそこに向かっている途中って訳よ。


「おい、お前ら!」
「あんたはアガットじゃない?なんでここにいるの?」
「話を聞いて飛んで来たんだ。何でもあの黒装束が現れたんだってな?」
「ええ、そうよ」
「なら話は早い。俺も同行するぞ」
「じゃあ3人であいつらを追いましょう!」


 途中でアガットと合流してあたしたちはバレンヌ灯台の中に入っていった。中に入るとそこにはレイヴンのメンバーがあたしたちの行く手を遮るかのように立っていた。


「あ、あんたたち!?どうしてこんなところにいるのよ!」
「こいつらは昨日から忽然と姿を消してやがったんだ。それで今日の襲撃事件と来た」
「じゃあこいつらが犯人だったの!?」
「でも何か様子がおかしいよ。目も虚ろだし意識が無いようにも見える」


 ヨシュアの言う通りレイヴンのメンバーは全員目が虚ろで様子がおかしかった。


「おい、てめえら。こんな所でなにしてやがる?」
「……」
「聞こえねえのか、おい!」


 アガットが近づこうとした瞬間レイヴンのメンバーの一人であるディンがアガットに切りかかった。


「アガット!?」
「ぐうっ……!これは……!?」


 アガットは攻撃を防いだが驚いたように声を荒げた。そして何とかディンを引き離して大剣を構える。


「こいつら、力が格段に上がってやがる……おい、ひよっこども!気を抜くなよ、倉庫でやりあった時とはまるで別人だからな!」
「わ、わかったわ!」


 あたしとヨシュアも武器を構えて襲い掛かってきたレイヴンのメンバーと戦闘を開始した。勝つことはできたが前に戦った時はとまるで別人のような強さだった。


「な、何とか勝てたけど……どうなってるの、これ?」
「……これは」
「どうした、小僧?」
「彼らはどうやら操られていたようです。薬品と暗示を利用した特殊な催眠誘導みたいだ。おまけに身体能力も最大まで引き出されている」
「あんですって!?」


 催眠ってそんな事が出来るものなの?でもレイヴンのメンバーは明らかに様子がおかしかったし操られていたとしか説明がつかないわね。


「でもよくわかったわね」
「うん、昔からこういう症状には詳しいんだ。何でかは知らないけど……」
「とにかくこいつらを操っていた犯人はこの上にいるはずだ。油断するなよ」
「分かったわ」


 あたしたちは襲い掛かってくるレイヴンのメンバーを気絶させながら灯台の上を目指していった。最上階に着きそうになった時誰かの話声が聞こえてきたので様子を伺う事にした。



「なんてザマだ!寄付金を奪えなかったとは!」
「……すまない」
「すまないじゃないよ!このままではあの女が孤児院を再建してしまうじゃないか!そうなったらすべてが水の泡だ!」


 あれ?この声どこかで聞いたような……そうだ!ダルモア市長の秘書のギルバートさんの声じゃない!でもどうして彼が……


「あの土地は市長が計画している別荘地を立てる重要な場所なんだぞ!せっかくあいつらを追いだせるチャンスが来たというのに……クソ!」


 そ、そんな……今回の事件の黒幕がダルモア市長だったなんて……あんなにテレサ先生や子供たちの事を心配しているように見せておいて裏ではほくそ笑んでいたっていうの!?


「こうなったらあの女とガキどもには死んでもらうしかないようだな。事故に見せかけて魔獣でもけし掛けるか……」
「ふざけんじゃないわよ!」


 あたしたちは階段を上がりギルバートたちと対峙した。


「き、君たちは……!?」
「あんたたち、最低にも程があるわ!そんなくだらない計画の為にテレサ先生やクラムたちを傷つけたっていうの!」
「どうしてここが……それよりもあのクズどもは何をしていた!?」
「全員眠らせていますよ。もっとも彼らもあなたにはクズなんて呼ばれたくはないでしょうがね」
「く、くそ……おい!お前ら!あいつらを皆殺しにしろ!」


 ギルバードが黒装束達に命令をするが、彼らは動かずにこちらを見ていた。


「何をやっている!早くしろ!」
「……ここまでだな」


 黒装束たちは何を思ったのか、あたし達ではなくギルバートに銃口を突き付けた。


「な、何をしているのよ!」
「動くな、一歩でも動けばこいつの頭を撃ち抜くぞ」
「ふざけんな、そんな三文芝居に騙されるか」


 アガットがそう言うと黒装束はギルバートの右足を容赦なく撃ち抜いた。


「うぎゃあ!!」
「て、てめえら……!」
「我々は本気だ。こいつは所詮利害が一致しただけの赤の他人に過ぎない、故に殺す事にもためらいなどない」
「それともこっちの爺さんのほうがいいか?」


 もう一人の黒装束が灯台守のおじいさんに銃を突きつけた。


「止めなさいよ!その人は関係ないでしょう!」
「ならばしばらくの間、階段まで下がっていてもらおうか」


 あたしたちは仕方なく黒装束の要求通り階段付近まで下がった。


「ふふ、それではさらばだ」


 黒装束たちはそう言うと外に出る扉から逃げて行った。


「おい、お前ら!そいつとレイヴンのメンバーは任せたぞ!」
「アガット!?」


 アガットはそう言うと奴らが逃げて行った扉を潜っていってしまった。


「ど、どうしよう。ヨシュア……」
「……こっちには怪我人もいるし黒装束は彼に任せよう」
「そうね、今はできることをしましょう」


 ……こうしてあたしたちは放火事件の関係者であるギルバートを捕まえることが出来た。レイヴンのメンバーは操られていたとはいえ一応事件に関与していたのでギルバートと一緒にマノリア村の風車小屋に監禁した。
 見張りをカルナさんに任せてあたしたちは事件の真相が知りたいと言ってきたクローゼも連れてこの事をギルドに報告しに向かった。


「……話は分かった。しかしまさかダルモア市長が黒幕だったとは……こいつは大事件だぞ」
「ねえ、ジャンさん。早く市長を捕まえたほうがいいんじゃないの?」
「それは難しいんだ……」
「えっ?どうしてなの?」


 首を傾げるあたしにヨシュアが説明してくれた。


「エステル、遊撃士協会は国家の内政に不干渉っていう原則があるんだ。だからルーアン地方の責任者であるダルモア市長を逮捕するのは難しいんだ」
「嘘でしょ……おかしいわよ、そんなの!」
「でもそれが決まりなんだ。これがあるから遊撃士協会はあのエレボニア帝国にもギルドの支部が置けたくらいだからね」
「じゃあダルモアはこのままのさばらせておくしかないってことなの?」


 頭を抱えるあたしにジャンさんが声をかけてきた。


「エステル君、まだ手がないわけじゃないよ。遊撃士協会が駄目でも王国軍なら市長を逮捕できる」
「あ、そっか。王国軍に頼るのは癪だけど、この際そんな事言ってられないわよね」
「君たちはこれから市長の元に向かって事情聴取をしてきてくれ。多少怒らせても構わないから時間を稼いでほしいんだ」
「なるほど、その間に王国軍を呼ぶわけですね」
「その通りさ。ただ市長も秘書が戻ってこないことに警戒してるかもしれない、気を付けてくれ」
「わかったわ」


 あたしたちは事件を稼ぐためにルーアン市長邸に向かった。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


 ルーアン市長邸に着いたあたしたちは中に入るとメイドさんが話しかけてきた。


「ルーアン市長邸にようこそ。ただ今市長は接客中でして他にもお待ちしている方がございます。真に申し訳ございませんがまた来ていただけますでしょうか?」
「ええ~っ!ちょっと待ってよ……」
「その来客のことなら僕たちも承知しています。デュナン侯爵閣下ですよね?」
「えっ……」


 ヨシュアの突然の話にあたしとクローゼは驚いてしまった。何でそんなことが分かったのかしら?


「まあ、その通りですわ……ひょっとして皆様も招待されていらっしゃるのでしょうか?」
「はい、市長から直々に。お邪魔しても構いませんか?」
「よく見たら遊撃士の方ですわね。そういう事情でしたらどうぞ、お上がりになってください」
「ありがとうございます」
「……ポッ」


 ヨシュアの笑みを見たメイドさんは顔を赤くしながら去っていった。む~……なんか面白くないわね。


「……」
「……」
「あれ、どうしたの?」
「べっつに~」
「え、えっと……そうだ。どうして侯爵閣下が来ていると分かったんですか?」


 そう言えばどうしてあの侯爵がお客さんだって分かったのかしら?


「ああ、カマをかけただけだよ。市長は別荘地を作って各国のお金持ちに売りつけるのが目的だからあの侯爵様なら恰好のお得意さんだと思ってね」
「まあ……」
「もう、悪知恵が働くんだから。市長に招待されているなんて口から出まかせを言っちゃってさ」
「出まかせじゃないさ、初めてダルモア市長に会った時も何か困ったことが合ったら遠慮なく市長邸に来てくれって言ってただろう?」
「あ、そっか」


 そんな約束もしてたっけ……言われるまで忘れていたわ。


「だから何の問題もないよ」
「それならOKね、さあ悪徳市長を問いただすわよ!」


 あたしたちは市長と侯爵がいるという2階の広間に向かった。


「こんにちは~。遊撃士協会の者で~す」
「君たちは……」
「ヒック……なんだお前たちは?」
「あなた方はいつぞやの……」
「こんにちは、執事さん。今日はそちらの市長さんにお話があってきただけだから」


 あたしがそう言うとダルモア市長は顔をしかめた。


「困るな、君たち……ギルドの遊撃士ならば礼儀くらい弁えているだろう。大切な話をしているのだから出直してくれないかな?」
「なにぶん緊急の話なので失礼をご容赦ください。実は放火事件の犯人がようやく明らかになったのでその報告にきました」


 ヨシュアがそう言うとさっきまで顔を顰めていたダルモア市長は仕方ないといったように観念した。


「……仕方ない。侯爵閣下、しばし席を外してもよろしいでしょうか?」
「ヒック……いや、ここで話すといい。どんな話なのか興味がある」
「し、しかし……」
「いいじゃない♪未来の国王様もそう言ってるし」
「おお、そこの娘はよくわかっておるじゃないか!」


 本当はそんな事思ってないけど、この人がいれば上手い事時間が稼げるかもしれないから煽てておいた。


「ま、まあいいか……それよりも話に聞いたんだが、昨日マノリア村が何者かに襲われかけたそうじゃないか。テレサ院長や子供たちは無事だったのかね?」
「彼女たちは無事です。後今回の事件を起こそうとした者は、孤児院を放火した犯人と同一人物だという可能性が出てきました。残念ながら実行犯の一部は逃亡している状況ですが……」
「そうか……だが犯人が分かっただけでも良しとしなくてはな」


 な~に白々しい真似してるんだか。まあ今は我慢ね。


「因みに犯人は一体誰だったのかね?」
「市長さんが想像してる通りの人物ね」
「そうか……非常に残念だよ。いつか彼らも更生させることができると思っていたのだが、単なる思い上がりにすぎなかったようだな」
「あれ?市長さんは誰だと思ったの?」
「誰って、それはレイヴンの連中に決まっているじゃないか。少し前から行方も眩ませていると聞くし彼らで間違いないだろう?」


 ダルモア市長は本気でそう思っているように答えた。まああんたたちの描いていたシナリオ通りならそう答えるわよね。


「いえ、彼らは犯人ではありませんでした。むしろ今回に限っては被害者とも言えるでしょうね」
「な、なに!?」
「今回の事件の犯人……それはあなたの秘書のギルバードさんだったわ」
「ま、まさか……!?そんな……彼がそんなことを……」
「残念ですが彼は実行犯と内通しているところを発見して現行犯で逮捕しました」


 ヨシュアがそう言うとダルモア市長はショックを受けたかのように顔を伏せた。


「そんな……彼が何故そんなことを……」
「ギルバードさんは実行犯に裏切られて足を撃たれたショックで気を失っています。後日彼が目を覚ました時に詳しい事情を聴くつもりです」
「そうか……残念だ」


 よし、ダルモア市長は自分が黒幕だってバレてはいないと思ってるわね。これなら王国軍が来るまで時間が稼げそうね。


「情けないな」


 急に知らない声が聞こえたと思ったら窓際に誰かが立っていた。仮面を被っていて顔は分からないがその見た目はあの黒装束の奴らによく似ていた。


「あ、あんたは誰よ!?」
「お前は……」
「無様だな、ダルモア。そいつらはお前が黒幕なのはもう知っている。王国軍にも連絡がいっているから連中がここに来るまでそうかからないだろう」
「な、なんだと!?」


 しまった、ダルモアにバレちゃったわ!


「だが俺はお前を助けに来た訳ではない」
「な、なに!?」
「お前がこいつらを口封じ出来れば後の事は何とかしてやろう。故に自らで何とかしてみるんだな」


 仮面の男はそう言うと魔法陣みたいなものを地面に出して消えてしまった。


「き、消えちゃった……」
「ぐぐ……こ、こうなったら後のことなど知ったことか!」


 ダルモアはそう言うと後ろにある壁からスイッチを出してそれを押す。すると壁の一部がずれてそこから狼のような大型魔獣が2体現れた。


「ファンゴ!ブロンコ!エサの時間だぞ!」
「ま、魔獣!?」
「信じられない……魔獣まで飼っているなんて」
「何とでも言え!お前らさえいなくなれば後はあの人が何とかしてくれるだろう!ひゃーはっはっは!!」


 最後まで往生際の悪い奴ね、まあいいわ。こいつらをさっさと片付けて孤児院の皆に謝らせてやるんだから!!


「行くわよ、ヨシュア!クローゼ!」
「了解!」
「大切な孤児院を壊したこと……絶対に許しません!」


 あたしたちは武器をかまえて魔獣に向かっていった。



ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


「はぁ……はぁ……どんなもんよ!」


 何とか魔獣を撃破したあたしはダルモアにスタッフを突きつけた。


「あんたの負けよ、ダルモア!」
「遊撃士協会規約に基づきあなたを現行犯で逮捕します」


 あたしとヨシュアがダルモアに負けを認めるようにいうがダルモアは不敵な笑みを浮かべた。


「ふふふふふ……こうなっては仕方ない。奥の手を使わせてもらうぞ!」


 ダルモアは杖のような物を取り出した。何をする気か知らないけどさせないわよ!


「時よ、凍えよ!」


 ダルモアが持っていた杖が怪しく光るとあたしたちの体の動きが止まってしまった。


「か、身体が動かない……!」
「こ、これは導力魔法なのか?」
「ち、違います。これは恐らく『古代遺物』の力です!」


 古代遺物?それっていったい何なの?


「ほう、クローゼ君は博識だな。これぞ我がダルモア家に伝わる家宝、『封じの法杖』……一定範囲内にいる者の動きを完全に停止させる力があるのだよ」
「な、なんてデタラメな力なの……」
「こんな強力な古代遺物が教会に回収されずに残っていたのか……」


 身体が全く動かせない、こんなの反則じゃない……!


「さてと、君たちの始末は私自らが行ってあげようじゃないか。光栄に思うがいい」
「だ、誰がそんなことを……」


 ダルモアはそう言うと銃を取りだしてあたしたちに突きつけてきた。


「まずは生意気な小娘から死んでもらおうかな」


 ダルモアはまずあたしから始末しようと銃をあたしに突きつけた。ま、まずいわ、このままじゃ……


「汚い手で……エステルに……」
「なに?」
「汚い手でエステルに触るな……!もしも毛ほどでも傷つけてみろ……どんな方法を使ってでもあんたを八つ裂きにしてやる……!」


 ヨシュアは今まで見たこともない様な表情を浮かべてダルモアを睨みつけた。こ、こんなヨシュア見たことない……


「ゆ、指一本も動かせん癖に粋がりよってからに……いいだろう!貴様から始末してやる!」


 ダルモアはそう言うとヨシュアに銃を突きつけた。


「や、やめて!だめえええぇぇぇぇぇ!!」


 バキュンッ!


 銃声が鳴り響きあたしはヨシュアが撃たれてしまったと思い目を閉じた。でもゆっくりと目を開けるとそこに映った光景は封じの宝杖と銃を撃ち抜かれて唖然としていたダルモアだった。


「い、一体何が……」
「間一髪だったね、エステル君」


 体が動くようになったので背後を見てみるとそこにはなんとオリビエがいた。


「ど、どうしてあんたがここに……」
「昨日ダルモア市長の秘書君から別荘地の話を聞いてね、興味があったから市長邸を訪れていたのさ。でも先客がいたようだから一階の客室で待ってたんだ。そしたら何やら騒がしくなったからつい覗いてみたら君たちがいて銃を突きつけられていたじゃないか。だから咄嗟に怪しい杖と銃を撃ち抜かせてもらったよ」
「あんたはもう……でも最高のタイミングよ!」


 あたしは唖然としていたダルモアにスタッフを叩き込んで気絶させた。


「まったく……あんたの悪だくみもここまでよ!!」


 こうしてダルモアはお縄に付くことになった。




ーーーーーーーーー

ーーーーーー

ーーー


side:リィン


「皆さん、本当にありがとうございました」


 俺はルーアンの発着場に集まってくれたエステルさんとヨシュアさん。オリビエさんやテレサさんや孤児院の子供たちに挨拶をしていた。ダルモアが逮捕されたことによって孤児院の人たちが襲われることはなくなったので俺はフィーを連れてロレントに帰ることになった。


「フィルお姉ちゃん……寂しいよ……うわ~ん!」
「僕も嫌だよ……」
「ポーリィ、ダニエル……」


 子供たちがフィーとの別れが嫌だと泣き出してしまった。


「もう、二人とも。お姉ちゃんにも帰る場所があるんだからちゃんと笑顔で見送って……みおく…あげな……うえぇぇぇ……ぐすっ……」
「マリィ、ごめんね……」


 子供たちの中で一番しっかりしたマリィも泣き出してしまった。フィーは三人を抱きしめると必ず会いに来ると約束した。


「……なあ、ちょっといいか?」
「クラム?」


 するとクラムがどうしてか俺に話しかけてきた。何やら二人っきりで話したいことがあるらしく俺は彼と共に少し離れた場所に移動した。


「それでどうしたんだ?」
「その……ごめんよ。オイラ、あんたに色々酷い事を言って……オイラ、見てたんだ。フィルとあんたと金髪の兄ちゃんが夜中にあの黒い奴らと戦ってたのを」
「起きていたのか……」
「うん、トイレに行こうとしたら偶然見ちゃって……あんたはオイラ達を守ってくれたのに、オイラ……」


 クラムは本当に済まないといった表情で謝ってきた。この子はちょっと素直になれないだけで心優しい子なんだな。


「クラム、俺は気にしていないよ。君がそう言ってくれただけで俺は嬉しい」
「リート兄ちゃん……」
「約束するよ、また必ずフィルを連れて孤児院に行くって……それまで皆の事を任せたぞ」
「……ぐすっ。へへっ、当たり前だろう!兄ちゃんだってフィルのこと、もう離すなよな!」
「了解したよ」


 俺はクラムと握手をかわして皆の元に戻った。何をしていたのか聞かれたが男同士の秘密と言ってごまかした。


「リートさん、フィルさん……本当にありがとうございました。また是非孤児院が再建できたら遊びに来てくださいね」
「はい、必ず行きます」
「バイバイ、テレサ」


 俺とフィーはテレサさんと握手をして今度はクローゼさんの方を向いた。


「クローゼさん、フィルがお世話になりました。それに武器まで買って頂いたそうで……でも本当に代金を払わなくてもいいんですか?」
「はい、フィルさんには孤児院の事で色々助けてもらいましたし、結果的にはリートさんとオリビエさんが犯人を見つけてくださったお陰でマノリア村が襲われることはありませんでした。武器の代金はほんの僅かなお礼だと思ってください。
「そうですか……ならそのお気持ちは有り難く頂いておきます」


 クローゼさんはフィーの方を向くと手を差し伸べた。


「フィルさん、短い間でしたが色々とありがとうございました。あなたとお友達になれて本当に嬉しかったです。これからもリートさんやご家族の方と仲良く過ごしていってください」
「わたしもクローゼには感謝している。もしクローゼに何かあったらわたしは必ず駆けつけるから」
「フィルさん……ありがとうございます」


 フィーはクローゼさんと握手をかわして笑顔でお互いに頷きあった。


「リート君、フィル。ロレントに戻ったらシェラ姉やアイナさんによろしく言っておいてね」
「はい、エステルさんとヨシュアさんも正遊撃士になるための旅、頑張ってください」
「うん、君たちも気を付けてね」
「バイバイ、エステル、ヨシュア」


 二人とも握手をかわして最後に俺はオリビエさんに話しかけた。


「オリビエさんはルーアンに残ると言いましたが本当にいいんですか?」
「うん、まだルーアンの名物料理やお酒を堪能してないしこの町にはカジノもあるっていうじゃないか。是非とも行かないとね」
「俺としてはあなたを置いていくのが凄く心配なんですがね」
「おや?もしかして僕と離れ離れになるのが寂しいのかい?いやー、リート君もようやく素直になってくれたんだね。よし、そんな君にはハグをしてあげようじゃないか」
「あはは、そんな訳ないじゃないですか。あなたじゃなくてルーアンの人々を心配しているんですよ」
「そ、そんなはっきり言わなくても……がっくし」


 落ち込んだように首を下に下げるオリビエさんだがそんなことは知った事ではない。まあ俺たちの事を黙っていてくれることには感謝しているがそれとこれとは話が別だ。


「それじゃ皆さん、本当にお世話になりました。またどこかで会いましょう」
「バイバイ、皆」


 俺とフィーはそう言うと定期船に乗り込み、定期船が上昇しだした。俺たちはデッキから遠くなっていくルーアンを見ていた。


「……」
「やっぱり離れるのは寂しいか?」
「……ん。でも西風の皆にも会いたいし我儘を言ってリィンを困らせたくない。だから気にしないで」


 悲しげに微笑むフィーを見て、俺は思わずフィーを抱きしめてしまった。


「……リィン?」
「また会いに行こう、いつか再び会える日が来るように俺も出来る限りの事をする。だから安心してくれ」
「リィン……うん!」


 猟兵が再びリベールの地に足を入れれば当然遊撃士やリベール軍に警戒されるだろうし、下手をすれば要らぬ争いの種となって西風の皆に迷惑をかけてしまうかも知れない。それでも俺は目の前にある笑顔を曇らせたくなかった。


 

 

第41話 黒いオーブメント

 
前書き
 話には出ていませんがフィーもアイナから予備の戦術オーブメントを借りていますのでアーツを使えます。 

 
side:リィン


 フィーを連れてロレントに戻って来てから一か月程が過ぎた。ロレントに戻って来てからは大きなトラブルもなく久しぶりに平穏な日々を送っていた。


「ふみゅ……リィン……」


 今は手伝いを終えてフィーと一緒にお昼寝をしている最中だ。フィーは俺の膝を枕にして気持ちよさそうに眠っていた。俺はフィーを撫でながら本を読んでいる。


「気持ちよさそうに眠ってるな……」


 幸せそうに眠るフィーを見ているととても安心できる、俺にとっては何よりもリラックスできる光景が寝てるフィーを見ることだ。


 暫くフィーの頭を撫でながらリラックスしていると部屋の扉が開いてアイナさんが入ってきた。


「あ、リート君。ここにいたのね。あら、フィルとお昼寝していたの?本当に仲がいいのね」
「はは……所でアイナさん、何か用事があるんですか?」
「そうだった、フィルの寝顔を見ていたら忘れてしまう所だったわ。実はあなたにお願いがあってきたの。ちょっと上まで来てくれるかしら?」
「そういう事なら分かりました」


 俺はアイナさんの言葉に頷くとフィーの頭を持ち上げて枕を差し込み、俺はベットから降りて上の受付に向かった。


「よお、お前がリートか?」
「あなたは?」
「俺はグラッツ。ボース地方を担当してる遊撃士だ。よろしくな」


 受付まで上がってきた俺に赤い髪の男性が声をかけてきた。どうやら遊撃士の人らしい。


「初めまして、グラッツさん。俺はリートと言います」
「知ってるよ、なにせあの空賊事件をシェラザードと一緒に解決した民間協力者なんだろう?」
「いえそんな……俺は大した事はしてません」
「謙遜すんなって、大したもんだよ。どうだ?将来は遊撃士になってみないか?」
「あ、あの~、俺に用事があるんでしたよね?」
「おっと、そうだった。まずはこれを見てくれ」


 グラッツさんは懐から黒いオーブメントを取り出して俺に見せてきた。


「これはオーブメントですか?でもこんな複雑そうな物は初めてみました」
「実はこのオーブメントは空賊たちのアジトに置かれていたらしいんだ」
「えっ?それにしては随分と発見が遅れましたね?」
「どうも空賊たちのボスが秘密の隠し部屋に色々価値のある物を隠していたらしくてな、こいつもそこに保管されていたため発見するのに時間がかかっちまったんだ。なにせそのボスがほとんどの事をおぼえてないんだからな」
「そうだったんですか、でもこのオーブメントをどうして俺に?見た所こんな物は初めて見たんですが……」


 俺はこんなオーブメントは無いのでどうしてグラッツさんが俺にこれを見せてきたのか分からなかった。


「これを見てくれ」
「手紙……ですか?」


 グラッツさんが懐から取り出した手紙を見てみるとこのオーブメントは誰かがカシウスさんに送ろうとしていたらしい。カシウスさんに送ろうとしていた人物の名前は書いてなくKというイニシャルだけが手紙に書かれておりそのKという人はこれをカシウスさんに『R』博士という人物にこのオーブメントを渡すよう手紙に描かれていた。


「送り主の名前はKか……このオーブメントは誰かがカシウスさんに送ろうとしていたんでしょうか?」
「そうみたいね、でもR博士って一体誰なのかしら?」
「博士って事は技術者なのは間違いないな、ただゼムリア大陸には名のある人物が多すぎて誰を示しているのか分からないな」


 まあRというイニシャルだけで判断するのは難しいだろう。


「でもこのオーブメントがカシウスさん宛なら俺じゃなくてご家族のエステルさんに渡すべきじゃないんですか?」
「俺もそう思ったんだが生憎依頼が溜まっててな、他の遊撃士も動けない状態なんだ。俺もボースからロレントまでの護衛の依頼を終えて近くに来ていたからここにこれたんだ」
「動けない状態ですか?」
「最近魔獣の動きが更に活発になってきたの。その対応のお陰で私たちは休む暇もないわ」


 だからシェラザードさんや他の遊撃士の人も朝から姿が見えないのか。


「そんなことも知らずに休んでいたりしていたなんて……すみません」
「謝ることはないわ、あなたは遊撃士じゃないもの。寧ろそれ以外の雑用を手伝ってもらっているのに文句なんて言えないわ」


 俺はすまないとアイナさんに頭を下げるがアイナさんは逆に俺に頭を下げてきた。


「かといって普通にエステルの所に送ろうとしても匿名までしてカシウスさんに送ろうとしていた物だ、何者かに狙われるかもしれないしな」
「狙われる……」


 俺はグラッツさんの言葉を聞いて不意にボースやルーアンで見た黒装束たちを思い出した。


「なるほど、ある程度腕が立つ者が必要なんですね。でもいいんですか?俺はあんまり危ない事は出来ないんですが……」
「まあな、でも今は猫の手も借りたいほど忙しくてな、正直どうしようもねえんだ」
「私としても本当は駄目って言いたいんだけど今は本当に切羽詰まってるの。頼めないかしら?」


 アイナさんがそう言うって事は本当に人手が足りてないんだな……よし、ここは力になろう。


「分かりました、それをエステルさんたちに届ければいいんですね。ちょうど暇をしてますし俺にやらせてください」
「すまないな、エステルたちはルーアンからツァイスに向かっているらしい」
「ツァイスですか、分かりました。直に向かいます」
「何だったらツァイスの温泉にでもよってゆっくりしてきてもいいのよ?」
「いや、流石にそんな……」
「いいじゃない。フィルと再会できたプレゼントだと思って行って来たら?というかフィルは行きたそうにしてるけど?」
「えっ?」


 後ろを振り返るとフィーが目を擦りながら階段を上がってきているのが目に映った。


「フィル、いつからそこに?」
「ん、ついさっき。ねえリート、温泉に行くの?ならわたしも行きたい」
「いや、まだ行くと決まった訳じゃ……」
「駄目?わたし、温泉に行ってみたいな……」


 フィーは上目遣いでおねだりしてきた。しょうがないなぁ……


「分かったよ、折角のご厚意だし行ってみよう。でもまずはエステルさんにこのオーブメントを渡してからだよ」
「ん、了解」


 こうして俺とフィーは工房都市ツァイスに向かう事になった。



―――――――――

――――――

―――


「着いたな、ここが工房都市ツァイスか」
「工場みたいな街だね」


 定期船を降りて発着場から街に出た俺とフィーは街を一望して言葉を漏らした。至る所に導力器が立ち並ぶツァイスの街はまさに工房都市の名に相応しい光景だった。


「あ、リィン見て。動く階段がある」
「帝国のルーレにもあったな。前にラインフォルト社の依頼を受けた時に見たものと同じだ」


 エレボニア帝国ノルティア州にある街、『黒銀の鋼都ルーレ』。そこで動く階段のオーブメントを見たことがあるがツァイスにもあるのか。


「おっと、珍しい物を見ている場合じゃないな。まずはエステルさんとヨシュアさんに会うためにこの街のギルドに向かわないと」
「ギルドは中央工房の前の大通りにあるんだよね、それじゃレッツゴー」


 フィーは俺の手を取ると嬉しそうにギルドへと向かおうとする。そんなにも温泉が楽しみなのか?俺は苦笑しながらもフィーに引っ張られながらギルドに向かった。


「ここがツァイスの遊撃士協会ギルドだな」
「んじゃさっそく入ろうっと」


 ギルドについた俺たちは扉を開けて中に入る、すると受付にいた黒髪の美人がこちらに振り返ってきた。


「こんにちは、ロレント支部から来た使いの者ですが……」
「来たわね、あなたたちの事は既に伺っているわ。私はキリカ・ロウラン、よろしく」
「リートです、宜しくお願いします」
「フィルだよ、よろしく」


 俺とフィーは偽名で自己紹介するがこのキリカって人は何か武術を学んでいるんだろうか?自然体に見えて隙が無い、フィーもちょっと警戒しているようだ。


「あら、どうかしたのかしら?」
「いえ、その……いきなりで申し訳ないんですがキリカさんって何か武術の心得でもあるんでしょうか?」
「どうしてそう思ったのかしら?」
「立ち振る舞いに隙がなくてその……失礼ですが一瞬警戒してしまって……すいません、変な事を聞いたりして」
「構わないわ、それにしても流石はあの八葉一刀流の使い手の事はあるわね。ある程度は抑えていたんだけど感づかれるとは思ってなかったわ」


 キリカさんが八葉一刀流の事を話したので俺は驚いてしまった。


「俺が八葉一刀流を学んでいることを知っているんですか?もしかしてキリカさんは同門の方なんですか?」
「残念ながら私は違う流派よ、あなたのことはアイナから聞いてるわ。危なっかしいお人よしの子がそっちに行くからよーく見張っていてね、と言っていたわ」
「アイナさん……」


 俺はアインさんに信頼されているのかされてないのか分かんなくなってきたよ、そりゃ問題を起こしたりしたかも知れないけど殆どがオリビエさんのせいじゃないか。


「ん、まあリートは危なっかしいとは思うから間違ってはないと思う」


 しまいにはフィーにまで言われるし……そんなに危なっかしいのか、俺は。


「ご、ごほん。キリカさん、話は伺っていると思いますが、エステルさんとヨシュアさんは何処でしょうか?早くこのオーブメントを渡したいんですが……」
「既に話は聞いているわ。ただその二人はまだツァイスに到着してないわね」
「あれ?そうなんですか。参ったな、早く来すぎてしまったか……」


 まさかエステルさんとヨシュアさんがまだ来てなかったとは思ってなかった。困ったなぁ……


「それなら二人が来るまで街の観光でもしてきたらどうかしら?」
「えっ、いいんですか?」
「何時来るか分からないしお客様をただ待たせておくのも悪いわ、二人が来たら話は伝えておくから今は時間を潰してきたらどうかしら?」
「うーん、どうしようか……」


 仕事も終えずに遊ぶには猟兵としてプライドが許せないんだよなぁ……でもこのままここでボーッとしてても邪魔になりそうだしここは甘えておくか。


「分かりました。お言葉に甘えて少しこの街を周ってきます」
「ええ、楽しんでらっしゃい。でも街道には行かないでね、流石に分からなくなってしまうから」
「了解です。じゃあフィル、行こうか」
「うん。キリカ、また後でね」


 キリカさんに挨拶をして俺とフィーはツァイスの街を観光することにした。


「さてと、まずは何処に行く?」
「適当にブラつきながら考えようよ、どうせこの街の事は詳しくないし」
「確かに初めて知らない街に来たら取りあえず地理を覚える癖が出来てるしそうするか」
「うん、それじゃレッツ…」
「はわわ、急がなきゃ急がな……きゃあ!?」
「リート!?」


 ぐわぁ!?背中に鈍い痛みが走ったぞ!?何が起きたんだ?俺は痛む背中を摩りながら背後を振り返ると金髪の少女が尻もちをついて座り込んでいた。


「大丈夫か?すまない、道の真ん中に立っていたからぶつかってしまった」
「怪我はない?」


 俺とフィーはぶつかってしまった少女の安否を心配するが少女は立ち上がると俺たちに頭を下げてきた。


「こ、こちらこそごめんなさい!慌てていたからってぶつかっちゃうなんて……お怪我はありませんか?」
「俺は大丈夫だ、君こそ怪我はないか?」
「はい、私は平気です。本当にごめんなさい」


 少女は済まなそうに頭を下げる、怪我がなくてよかったよ。


「気にしなくていいよ、それにしても随分重たそうな荷物を持っているんだね?」
「工具鞄に小型の導力砲……一杯ある」


 小さな女の子が持つには些か重いだろうと思うくらいの荷物を持っている、どれも技術者が使いそうな道具ばかりだ。お父さんのお手伝いでもしていたのかな?


「はい、これからカルデア隧道に行って導力灯を直しに行くところだったんです」
「直しにって……まさか君が?」
「はい。こう見えても私、技術者見習いなんです。導力灯くらいなら修理できます」


 技術者だったのか、でも一人で行くつもりなのか?


「護衛の人とかはいないのか?」
「はい、大人の人は忙しそうですし私が直してこようかなって」
「流石に危なくない?隧道には魔獣が出るはずだよ?導力灯は魔獣を近づけない効果があるけどそれを直しに行くって事は今は正常に起動していないってことだよね、直してる間に魔獣に襲われても戦えるの?」
「あ、それは……」


 どうやらそこまでは考えが回らなかったらしく少女はあうあうと困った様子で困惑していた。


「……もしよかったら、俺たちが付いていこうか?」
「えっ……?」
「こう見えても武術の心得はあるし足手まといにはなるつもりはない。どうかな?」


 俺がそう提案するとフィーが俺の服の裾を引っ張ってきた。


「どうした、フィル?」
「どうしたじゃないよ。街道には出るなってキリカから言われてたでしょ?」
「それはそうだが……この子、ほっといたら一人で行ってしまいそうだし見過ごすよりはマシだろう?まあなにかあったら一緒に怒られてくれ」
「もう……でもわたしもそう思ってたししょうがないから付き合うよ」
「ありがとうな、フィル」


 取りあえずこの少女についていくことにしたのだが当の本人は困惑した様子で俺たちを見ていた。


「ど、どうしてそこまで気を使ってくれるんですか?」
「んー、まああれだよ。東方の言葉で『旅は道連れ世は情け』っていう言葉があるんだ。要するに助け合いが大事って事さ」
「そういうこと、だからあなたが気にすることはない」


 俺とフィ―がそう言うと少女は嬉しそうに微笑んで頷いた。


「えへへ、ならお願いしますね」




―――――――――

――――――

―――


「ここがカルデア隧道です」


 中央工房からエレベーターを使って地下に降りると薄暗い地下道が続いていた。


「薄暗いね、導力灯が無かったら完全に真っ暗闇になってそう」
「地下というだけあって圧迫感も凄いな……」


 洞窟に入ることはそうないので地上とは違う景色につい目を奪われてしまった。


「それでティータ、その設備不良の導力灯はどこにあるの?」
「ルーアン地方側の入り口近くにある導力灯です、でも本当にいいんですか?護衛してもらってもお礼はできそうもないんですが……」
「いいんだって、このままティータを見捨てて君に何かあったら目覚めが悪いからな」
「そういう事、だからあなたは気にしなくていい」
「リートさん、フィルちゃん……はい!お願いしますね!」


 俺とフィーがそう言うとティータは嬉しそうに笑顔を浮かべた。ティータとは既に自己紹介を終えているのでお互いに名前を呼びあっている。
 俺たちはカルデア隧道の奥を進んでいくが道中はそこまで魔獣に襲われることはなかった、ちゃんと導力灯が効果を発揮している証拠だな。でも……


「リート、あそこ……」
「ああ、あれが問題の導力灯みたいだな……」


 前方に魔獣がうじゃうじゃと集まった場所が見えた、どうやらあそこが目的の場所のようだ。


「よし、まずはあの魔獣の群れを片付けるからティータは後ろにいてくれ。フィルはティータの護衛を頼む」
「了解」


 ティータをフィルに任せた俺は太刀を抜いて魔獣たちに向かった。まずは小手調べだ。


「四の型、『紅葉切り』!!」


 すれ違いざまに複数の斬撃を放ちワーム型の魔獣と亀形の魔獣を4体ほど切り裂いた。俺に気が付いた魔獣たちが攻撃を仕掛けようとしていたがそんな暇は与えはしない。


「遅い、ニの型『疾風』!!」


 魔獣たちが攻撃してくる前に俺は居合切りを放ち、残っていた6体ほどの魔獣を切り裂いた。


「……これで終わりか」


 太刀を鞘に戻して周囲を確認するが魔獣の気配はない、とりあえずは安全の確保が出来たな。


「二人とも、待たせたな」
「ん、流石リート。準備運動にもならなかったね」
「す、すごいです!消えちゃったと思ったら魔獣が斬られてました!」
「このくらいは大したことないさ。それよりもティータ、導力灯の修理はしなくてもいいのか?」
「あ、そうでした!早速始めちゃいますね」


 ティータはそう言うと工具袋からスパナやらドライバーを出して修理に入った。その間、俺たちは再び魔獣が来てもいいように周囲を警戒しておく。


「うんしょ、うんしょ……ここをこうして」
「……見習いとは思えないほど手際がいいね」
「えへへ、お爺ちゃんに比べたら大した事ないよ」


 フィーがティータの手際の良さを褒めるがあの年で大したものだ。俺とフィーもトラップや導力地雷を作ったりするがあそこまで手際よくはできないな……おや?


「……リート」
「ああ、なにか来るな」


 ルーアン地方側の隧道から何かがこちらに近づいてくるのが気配で感じ取れた。もしかしたらまた魔獣が来たのかもしれない。


「リートさん、何かあったんですか?」
「ティータ、何かがこっちに近づいてきているんだ」
「ええっ!?もしかして魔獣ですか!」
「もし魔獣なら俺たちが相手をするからティータは気にせず作業を進めていてくれ」
「わ、分かりました!お願いします!」


 俺はそう言うと再び太刀を出して警戒をする、そしてその気配がどんどんと近づいていき……


「あれ?リート君?」
「エステルさん!?」


 やってきていた気配はエステルさんとヨシュアさんだった……何故かデジャヴを感じるな。
 
 

 
後書き
 

 

第42話 妖精の想いと絶剣の苦悩

side:エステル


「そんな事があったのね。まさか初日から問題行動を起こされるとは思ってなかったわ」
「うぅ……ごめんなさい」
「……ごめん」


 カルデア隧道でリート君とフィル、そしてティータという女の子と出会ったあたしとヨシュアは驚きながらも取りあえずツァイスに全員で行きギルドで手続きをしていたんだけど話を聞いたキリカさんにリート君とフィルが叱られていた。


「あ、あのキリカさん!私が無理を言って付いてきてもらったんです!だからリートさんとフィルちゃんを許してあげてくれませんか?」
「……そうね、ティータちゃんにも落ち度はあったし遊撃士じゃないから褒められた事をしたわけでもないけど結果的には危ない所を助けたわけだし……お説教はここまでにしておきましょう。でもアイナには報告しておくからそのつもりでね」
「はい……」
「まあ、仕方ないよね」


 キリカさんはどうやらティータと知り合いのようでリート君とフィルは取りあえず許してもらえたようだ。


「でもどうしてリート君とフィルがツァイスにいるの?」
「実はエステルさんとヨシュアさんに渡さなければならないものがあってここに来ました」
「渡さなければならないもの……?」


 リート君は懐から黒いオーブメントを取り出してあたしたちに見せてきた。


「これってオーブメント?」
「でもかなり複雑そうな物だね。リート君、これは一体どうしたの?」
「実はこのオーブメントはKという匿名を使った人物がカシウスさんに贈ろうとしていた物だったらしいんです」
「えぇ!父さんに!?」


 まさか父さんの名前をここで聞くとは思っておらずあたしは声を出して驚いてしまった。


「はい、空賊たちのアジトにあったそうなんですが、事情があって発見に時間がかかってしまったそうなんです。でもカシウスさんは今留守ですから家族のお二人に渡すために、ツァイスまで来たという訳です」
「だからリート君とフィルがツァイスにいたのね。それにしても父さんったら何をしているのかしら?連絡もよこさないでこんな訳の分かんないものを送られたりして……なにかあったんじゃないわよね?」
 

 あたしは未だに連絡すら寄こさない薄情な父親を思い出してちょっとイライラしてきた。


「まあまあ、エステル……父さんの事も心配だけど今は手紙に書かれていたこのR博士の事について考えよう」
「ヨシュア、でも……」
「父さんが心配なのは僕も同じさ、でも連絡を寄こさないのはきっと何か考えがあるからだと思う。それにこのKという人が父さんに送ったって事はこのオーブメントは重要なものかも知れない、今父さんはいないから代わりに僕たちがこれをR博士という人に届けてあげよう」
「……分かったわ。こんなのいつもの事だし今はこのR博士という人について考えましょう」


 あたしは考えを変えてR博士について考える事にした。


「R博士か、あたしは聞き覚えが無いわね。ヨシュアは知らないの?」
「R……それだけで特定するのは流石に難しいな……」
「そうよね……うーん、困ったわ」
「あ、あの……」


 あたしたちがR博士が誰なのかを考えているとティータが何かを言いたそうに手を挙げた。


「ティータ、どうかしたの?」
「その、R博士ってひょっとしたらラッセル博士の事なんじゃないかなって思って……」
「ラッセル博士?」


 あたしはラッセルという名前を聞いて引っかかりを感じた。いや、どこかで聞いたような気がしたんだけど思い出せないのよね。


「エステルさん、ラッセル博士は導力器を開発したエプスタイン博士の弟子で『導力革命の父』とも呼ばれる優れた技術者の事ですよ」
「ああ、そういえばそんな話をシェラ姉から習っていたわね」


 リート君から説明を受けて前にシェラ姉からラッセル博士について習っていたのを思い出したわ。


「……エステル、まさか今まで忘れていた訳じゃないよね?」
「そ、そんなことある訳ないじゃない!それでそのラッセル博士は何処にいるんだっけ?」
「ラッセル博士はツァイスが誇る中央工房の設立者よ。今はご自宅の工房で様々な発明をされているわ」
「そうなんだ。でもティータはどうしてR博士がラッセル博士だって思ったの?」
「お爺ちゃんはリベールで一番優れた技術者だからRのイニシャルがついた博士と聞いてピンと来たんです」
「お爺ちゃん?」
「ティータはラッセル博士のお孫さんよ」
「ええ?そうだったの!?」


 キリカさんの言葉にあたしはラッキーと思った、だって丁度会いたい人と思った人の関係者に出会えたんだもん。


「やった!運がいいわね!ならこのオーブメントをラッセル博士に渡しに行きましょう」
「ちょっと待ちなさい」


 あたしが外に向かおうとするとキリカさんに呼び止められた。


「キリカさん、どうかしたの?」
「紹介状を書いておいたからこれをラッセル博士に渡しなさい。ティータがいるとはいえあなたたちと博士は初対面でしょ?遊撃士協会からの依頼として渡せば博士も快く協力してくれるはずよ」
「はえ~……キリカさん、準備が早いわね」
「あなたたち遊撃士のサポートが私の仕事だから届けられた情報を判断してしかるべき用意をしただけよ」


 す、凄い人ね。こんな頼もしい人がサポートに回ってくれるならどんな仕事でも出来てしまいそうだわ。


「お、恐れ入りました」
「助かります、本当に」
「気にすることはないわ。何か事件が起きた時に働いてかえしてもらうから」
「あはは……うん、その時は任せて!」


 あたしはキリカさんから紹介状を貰ってラッセル博士に会いに行く事にした。


「じゃあ俺たちはここでお別れですね」
「ん、そうだね」
「えっ?どうして?」


 外に出るとリート君とフィルが別れると言いだした。どうしてなのかしら?


「エステル、彼らはあくまでも保護された一般人なんだよ?これ以上は深入りさせられないよ」
「あ、そうだったわね。なら仕方ないか……」
「エステルさん、ヨシュアさん、ティータ、取りあえずはここでお別れですね。俺とフィルはエルモ村の温泉宿に向かうのでもし縁があったらまた会いましょう」
「また何かあったら相談して。力になるから」
「はい、リートさんもフィルちゃんもありがとうございました!」


 二人はそう言って去っていった。


「折角久しぶりに会えたからもう少し話しをしたかったんだけどなぁ」
「また会えるさ、今は仕事を優先しよう」
「そうね。じゃあティータ、案内よろしくね」
「はい、それじゃ行きましょう」


 あたしとヨシュアはティータに案内されてラッセル博士の工房へ向かった。



―――――――――

――――――

―――


side:フィー


 エステルたちと別れた後、わたしとリィンは居酒屋『フォーゲル』で遅めの昼食を食べようとしていた。二人でうずまきパスタと黒胡椒スープを注文して来るのを待っている。


「……ねえ、リィン。良かったの?」
「ん、何がだ?」
「エステルたちについていかなくてもって事だよ。あのオーブメントが気になってたんでしょ?」
「まあな。でもこれ以上首をつっこんだらマズイ事になるかも知れないしエステルさんたちなら大丈夫だと判断したまでさ」
「そっか、リィンがそう言うならわたしも気にしないようにするよ」


 リィンとおしゃべりをしていると注文していた品が運ばれてきた。パスタもスープもとても美味しそうだ。


「それじゃ頂こうか」
「うん、頂きます」


 わたしはフォークでパスタを絡めとり口に運ぶ、ハーブをふんだんに使ったパスタはさっぱりとしていながらも味わい深い一品だった。

「うん、美味しい」
「このスープも黒胡椒がピリリと効いていて美味しいぞ」


 わたしはパスタを絡めたフォークをリィンに向けた。


「はい、あーん」
「えっ、流石に恥ずかしいんだけど……」
「あーん」


 リィンは最初は恥ずかしがっていたけど観念したのかわたしの差し出したパスタをパクリと食べた。


「どう、美味しい?」
「……ああ、美味しいな」
「じゃあ次はわたしの番だね」


 わたしは口を開けてリィンにあーんをおねだりする。


「おいおい、俺はしなくてもいいだろう?」
「あーん」
「……はぁ、分かったよ」


 リィンはパスタを絡めたフォークをわたしの口の中に運ぶ。


「もぐもぐ……」
「美味しいか?」
「……うん、リィンに食べさせてもらうとより美味しく感じる」


 リィンにニコッと笑いながらそう話すとリィンは顔を赤くしながら「……良かったな」と呟いた。もしかして照れちゃったのかな?


「リィン、可愛いね」
「……いいから冷める前に食べろよ。デザートも頼むんだろう?」
「もちろん」


 その後パスタとスープを完食して、デザートに旬のフルーツタルトを食べてからわたしたちはエルモ村に向かった。



―――――――――

――――――

―――


「……なあ、そろそろ機嫌を直してくれよ」
「……」


 辺りもすっかり暗くなった夜、わたしたちはエルモ村の温泉宿ではなくツァイスの『ツァンラートホテル』の一室にいた。わたしはベットの枕に顔を沈めて横になっており、リィンは隣のベットに座りながら困った顔でわたしを見ていた。


「……楽しみにしていたのに」
「仕方ないだろう、今日は温泉宿が満室だったんだから」


 そう、エルモ村の温泉宿に到着したのは良かったんだけど今日は満室で宿を取る事が出来なかったの。急いでツァイスに戻ってきたわたしとリィンは偶然一部屋だけ空いていたホテルに宿を取ることにしたんだけどやっぱり納得いかない。


「……」
「なぁ、機嫌を直してくれないか?膨れっ面のフィーは珍しいけど俺は笑っているフィーの顔が見たいんだ」
「……ごめん、ちょっと大人げなかった」


 わたしはベットから起き上がるとリィンの傍に行き彼の膝に腰を下ろした。リィンはそうすると分かっていたようにわたしの頭を優しく撫で始める。


「明日直にエルモ村の温泉宿に行って宿を取ってこような。それにこのホテルだって中々快適じゃないか、だから今日だけは我慢してくれ、な?」
「ん、そうだね。子供っぽい事をしてごめんね」
「子供っぽいってフィーはまだ子供だろう?気にすることないって」
「むう、リィンだって2歳しか離れてないのに子供扱いしないでよ……」
「えい」
「ぷう……もうやめてよ」
「あはは」


 ぷく~と頬を膨らますとリィンは楽しそうにわたしの頬をつついて遊んでいる。もう、リィンはいつもわたしの事を子供扱いするんだから。


「……?」


 なんだろうか?今、何か嫌な感じが辺りを通り過ぎたような……


「おや、停電か?」


 すると急に部屋の明かりが消えて真っ暗闇になってしまった。フロントに確認しに行くとホテルの従業員や責任者が慌てた様子で話していた。


「原因が分からないだと?」
「はい、突然明かりをつける導力器が止まってしまいそれどころか他の導力器まで原因不明の停止をしてしまいました」
「何が起きたというんだ……」


 どうにも唯の停電では無いらしくおかしいと思ったわたしたちは外に出てみると辺りが完全に真っ暗闇になっていた。


「どうなっているんだ、家どころか電灯も真っ暗じゃないか」
「しかも動く階段も止まってるね。導力器が動いていないのかな?」


 まるで街全体の導力器が停止してしまったような状況にわたしもリィンも驚いていた。だが暫くすると街全体に明かりが戻り動く階段も正常に動き出した。


「直ったのか……しかし今の現象は一体なんだったんだろう?」
「導力器が全部止まっちゃうなんて初めて見た。こんな事は普通あり得ない」


 わたしたちがそう話していると中央工房から誰かが凄い勢いで出てきてわたしたちの前を横切っていった。


「突然街全体の導力器が停止するなんて……きっとまたあの人がなにかやらかしたに違いない!」


 その人は怒ったような呆れたようなとにかく疲れ切った表情で街の端にある民家に入っていった。


「……なんだったんだ?」
「さあ?」


 その後わたしたちはホテルの部屋に戻り1日は過ぎていった……









 翌日になってホテルをチェックアウトした後、わたしとリィンは今度こそエルモ村の温泉宿に宿を取るために急いで向かった。


「あら、あんたたちは昨日の……」
「すいません、今日は部屋開いていますか?」
「わざわざ今日も来てくれたのかい?ありがとうねぇ。でも間が悪かったね、申し訳ないんだけど今はちょっと困ったことになっちゃってねぇ……」


 なんてことだろう、今日もまたなにかあったらしい。空の女神はわたしに恨みでもあるのだろうか。


「困った事とは一体何ですか?」
「温泉をくみ上げる導力ポンプが故障してしまったんだよ。このままじゃ営業が出来ないからツァイスの中央工房に修理を要請しないといけないんだけど運が悪いことに導力通信器まで調子が悪くてね、連絡ができないんだよ」
「……なら、俺たちが行ってきましょうか?」
「えっ、あんたたちがかい?」
「ええ、俺たちは魔獣との戦いも慣れているので直にツァイスまで行って修理を頼んできますよ」
「しかしねぇ……」
「妹が温泉を楽しみにしていたんです、ここは妹の為に俺たちに任せてくれませんか?」
「……そうだねぇ。あんたがそこまで行ってくれるならお願いしようかしら。その代わり宿代を半額にまけてあげるわ」
「それはいいですね、なら任せてください」


 宿屋の女将さんから頼まれた修理の要請を伝えるために、わたしたちは急いでツァイスに戻り中央工房の受付に向かった。


「こんにちは。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「実はエルモ村の温泉をくみ上げる導力器ポンプと導力通信器が故障してしまったそうで修理をお願いしたいんですが出来るでしょうか?」
「かしこまりました。ただ今担当者に連絡を致しますので暫くお待ちください」


 受付のお姉さんは導力通信器で誰かを呼び出す。すると出てきたのはエステルとヨシュア、それにティータだった。


「あれ?リート君とフィルじゃない。エルモ村の温泉宿に行ったんじゃなかったの?」
「はは……それが色々ありまして」


 わたしたちは今まで起きたことをエステルたちに話した。


「そうだったの、じゃあ昨日の停電も知っているのね」
「じゃあ昨日の停電はエステルさんたち……いや、あのオーブメントが関係しているんですね?ならこれ以上は聞きません。それよりもどうしてさんエステルたちが降りてきたんですか?確か担当者を呼ぶと受付の人は言っていましたがまさかエステルさんが修理するんですか?」
「違うって。修理するのはティータよ、あたしたちは護衛を担当してるの」
「えへへ……」


 そういえばティータってラッセル博士のお孫さんだったね、わたしとそう年は変わらないのに凄いと思う。


「なら俺たちも一緒に行っていいですか?どのみちエルモ村に戻る予定でしたから」
「ええ、構わないわ。ヨシュアもいいわよね?」
「そうだね、村まで同行するだけなら問題ないよ」
「じゃあ決まりですね、早速エルモ村に向かいましょう」


 わたしたちはエステルたちを加えてエルモ村に戻った。







 エルモ村に戻ったわたしたちは温泉宿の女将さんに声をかけた。


「こんにちは、マオおばあちゃん」
「おお、ティータ。よく来てくれたね」


 どうやらティータは女将さんと知り合いのようで親しそうに話し出した。


「さてはラッセルの奴、アンタに修理を押し付けてまた研究に没頭してるんだねぇ。まったくあのジジィは孫をこき使ってまぁ……」
「そ、そんなことないよ~。おじいちゃんが来るはずだったんだけど私が無理を言っちゃって……」
「はぁ~、あんたって子は本当に健気でいい子だねぇ」


 どうやらこのマオってお婆さんはラッセル博士の古い知り合いのようだ。ものすごいディスってるし。


「女将さん、ティータと知り合いだったんですね」
「おや、あんたたちも一緒だったのかい?わざわざすまなかったねえ。それにそっちのお嬢ちゃんと坊ちゃんは?もしかしてお客さんかい?」


 リィンが女将さんに話しかけた事で女将さんはわたしたちとエステルたちに気が付いた。


「初めまして。あたしはエステルよ」
「僕はヨシュアです、今回はティータの護衛で同行してきました」
「へぇ、そうだったのかい。それはごくろうさまだったねぇ。あたしはこの『紅葉寧』の女将をしているマオってババァさ。ラッセルとは幼馴染でこの子も実の孫みたいなもんさね」
「へ~、そうだったんだ」


 エステルたちが自己紹介を終えた後、問題の導力ポンプと通信器をティータが修理している間に、魔獣に襲われていたドロシーを助けたりしていたらすっかり日が暮れてしまった。
 


―――――――――

――――――

―――


side:??


「ふう……いい湯加減だ」
「温泉には初めて入ったけどいいものだね」


 エステルたちがドロシーを救助してティータが導力ポンプの修理を終えると日が沈みかけていた。リィンとフィーは宿を一泊二日で取り、エステルたちもマオのご厚意で泊っていくことになった。エステル、ティータ、フィーと別れたヨシュアとリィンは男湯の内風呂でのんびりと湯に浸かっていた。


「しかしドロシーさんにも困ったものです、マイペースなのが彼女の魅力かも知れませんがちょっと危機感がないのも考え物ですね」
「まあそれがドロシーさんらしい一面なのかもしれないけどね」
「でもこうしてヨシュアさんと二人っきりで会話するのってヴァレリア湖の宿以来ですよね」
「そういえばそうだったね、あれから結構な時間が過ぎたけどこの旅も悪くなかったかな……」


 二人だけで会話したのが久しぶりだからか普段はあまり喋らないヨシュアも楽しそうに会話をしている、温泉の熱で頭が少しのぼせていたのも原因かも知れないがヨシュアは知らないうちにリィンと意気投合していた。


「ジェニス王立学園の学園祭でヨシュアさんがセシリア姫を演じていたのを見て最初は目を疑いましたよ」
「止めてくれ……未だに恥ずかしいんだ」
「でも写真をシェラザードさんやアイナさんに見せたら大絶賛していましたよ」
「リ、リート君!?なんてことをしてくれたんだ!」
「あはは、街の人にも見せたら皆可愛いって言ってました」
「うぅ……ロレントに戻るのが怖くなってきたよ……」


 ブライト家に来た日からヨシュアは警戒心が強かった。最初はエステルにさえ警戒心を持っていた程だ、そのくらい彼は他人に心を委ねなかった。でも何故かヨシュアはリィンを強く警戒できなかった、昔から知り合っていた友人のように心地いい雰囲気がリィンからしていたのだ。


「ツァイスで推薦状を貰ったら後はグランセルだけですね。エステルさんとヨシュアさんが正遊撃士になるのもそう遠くないんじゃないんですか?」
「そうだね、この旅もあと少しで終わってしまうんだ……」
「……ヨシュアさん?」


 微笑みを浮かべていたヨシュアだが旅が終わってしまうと言うと表情が少し沈んでしまった。何事かと思いリィンが声をかけた。


「ヨシュアさん、もしかしてのぼせてしまったんですか?」
「ああ、ごめん。そうじゃないんだ、唯ね……」
「唯……なんですか」
「最近おかしな夢を見るんだ。僕がエステルを手にかけてしまう夢を……」
「それは……」


 思った以上に重い内容にリィンは口を閉ざしてしまった。


「ごめんね、変な事を話したりして……」
「いえ、気にしないでください……その、いつからなんですか?」
「……最初に見たのはルーアンでダルモア市長を捕らえた件から数日がたった夜だったんだ。思わず声を荒げてしまってエステルに心配をかけてしまった、それから徐々にその夢を見る頻度が増えてきたんだ。しかもエステルだけじゃなくシェラさんやオリビエさん、クローゼにフィル……そして君を手にかけていた……どんどん増えていったんだ」
「……」
「流石に応えたよ。前に君はエステルを信じてといった、でもエステルがどれだけ僕を信じてくれても僕が裏切ってしまうんじゃないかと思うと怖くて仕方ないんだ……」
「ヨシュアさん……」


 ヨシュアは小さく震えていた。自らの記憶がないから自分が何者なのか分からない、そんなときに自分が親しい人を手にかける夢など見れば精神的に参るのは当然の事だ。


「……俺はヨシュアさんの気持ちが分かります」
「えっ?」
「前にヨシュアさんと話した時は言わなかったんですが俺も孤児なんです。3歳くらいの時に義父に拾われたんですがそれ以前の記憶は全くないんです」
「リート君も……」
「それに俺は体の中に恐ろしいモノを宿しているんです。俺もよく分からないんですが強い怒りを感じると見境なく暴れだしてしまう爆弾のようなものなんです。しかもそれが最近漏れ出してくるようになっていつ暴走しちゃうかも分からないんですよ……あはは、俺の方がよっぽど危険ですよね」


 リィンは自虐するように笑うがヨシュアは申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめん、リート君。僕が変な事を話してしまったせいで君にまで嫌な事を話させてしまった……」
「いいんです。ヨシュアさんのせいじゃありませんから……」


 その後は会話が無くなってしまい暫くの間、静寂が二人を包むがふとヨシュアがリィンに話しかけた。


「……ねえ、リート君。ここの温泉には露天風呂もあるらしいんだ。行ってみないかい?」
「……いいですね。俺、ちょっと興味があったんですよ」


 重くなった場の空気を変えようとヨシュアがリィンを露天風呂に誘った。リィンも重苦しい雰囲気をどうにかしたかったのでヨシュアの提案に乗って二人は外に向かった。


 


 


「は~、極楽、極楽……温泉って初めて入ったけど想像以上に気持ちいいわねぇ」
「ふぁぁ……なんだか眠くなってきちゃう」
「フィルちゃん、流石にお湯の中で寝ちゃったら危ないよ」


 一方こちらの女湯の内風呂ではエステル、ティータ、フィーが仲良く温泉を堪能していた。


「ふぁぁ……フィルを見ていたらあたしも眠くなってきちゃったわ。体の疲れがお湯に溶けていくみたい」
「エステルさん、フィルちゃん。私、お二人に聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「聞きたいこと?なになに、何でも聞いていいわよ。ねえフィル?」
「ん、わたしもかまわないよ」


 エステルとフィーが承諾するとティータは恥ずかしそうに質問をした。


「えっと、その……お二人はヨシュアさんやリートさんと結婚しているのかなぁって」
「…………ふえっ?」
「…………」


 ティータの質問にエステルとフィーは言葉を失ってしまった。


「……えっと、ごめん。どうも上手く聞こえなかったみたい。あたしとヨシュアがなんだって?」
「あう……ですからぁエステルさんとヨシュアさんはもう結婚しているのかなぁ~って」
「な、な、な……なんでそうなる訳!?」


 最初は聞き間違いかと思ったエステルもティータの二度目の質問で意味を理解して大きな声を上げた。


「だ、だってお二人とも苗字が同じだし兄妹にしては似てないからてっきりそうなのかな~って……」
「に、似てないのは血が繋がってないからっ!苗字が同じなのはヨシュアが父さんの養子だからっ!」
「あ、そーなんですか……えへへ、ごめんなさい、ちょっと勘違いしちゃいました」
「と、とんだ勘違いだわ。ねえフィル?」


 エステルの説明にティータは若干納得いかなそうだが一応結婚しているわけではないと理解した。エステルはフィーも自分と同じで血の繋がっていない兄がいることを思い出して同意を求めた。


「…………」
「フィル?」
「……わたしはリートとそういう関係になりたいって思ってる」
「うえぇぇ!?」


 フィーのまさかの発言に自分と同じ回答が来るだろうと思っていたエステルは驚いてしまった。


「フィルちゃんはリートさんの事が好きなの?」
「ん、異性として意識してる」
「そうなんだ!」


 フィーの答えにティータは声を上げた。まだ12歳とはいえ女の子であるティータもこういう話に興味があるのだろう、目を輝かせながらいやんいやんと首を横にふっていた。


「それで!それで!いつから好きになったの?」
「ティータ、落ち着きなさいって……」


 エステルはそう言うが内心は落ち着いていなかった。自分と似たような境遇の女の子の恋愛話は、最近無意識にヨシュアを意識しだしたエステルに物凄く強い関心を与えていた。


「リートと初めて出会ったのはわたしが5歳の頃かな、わたしは物心ついたときから一人で生きていたんだけどある時お父さんに拾われてその時にリートを紹介されてわたしと彼は兄妹になったの。家族を知らなかったわたしは最初は上手く馴染めなかったけど皆優しくしてくれた」
「皆ってそのお父さん以外にも家族がいるの?」
「うん、お父さんは部下を沢山持っていて全員を家族だと思ってるの、だからわたしには沢山のお兄ちゃんやお姉ちゃんがいる。その中でもリートはわたしと年が近かったから一番身近な存在になったの」


 ティータの質問にフィーはある程度ごまかして答えた。


「初めはお兄ちゃんとして慕っていたんだけど一緒に過ごしているうちに段々と意識しだして好きになっていったの」
「そうだったんだ。じゃあリートさんとは恋人なの?」
「残念ながらまだそうなってない。リートはわたしを妹としてしか見てないから中々振り向いてくれないの」
「フィルちゃんなら絶対にリートさんを振り向かせられるよ!私、応援してるね!」
「ん、サンクス」
「……ねえ、フィル。ちょっといいかしら?」

 年が近いこともあってかすっかり仲良くなったフィーとティータは恋愛話に花を咲かせていたがそこにエステルが入り込みフィーに質問をしてきた。


「ん、どうしたのエステル?」
「その……フィルは抵抗とかないの?ずっと家族として傍にいた男の子を異性として見るのって……」
「……初めはちょっと戸惑ったけど自分の気持ちを理解してからは何とも思わなくなった」
「自分の気持ち……?」
「うん、初めは一緒にいたい存在だった。でもいつからか共に歩んでいきたい、支えてあげたいって思う人になっていったの」
「共に歩んでいきたい……か」


 フィーの言葉を聞いてエステルは何か考え込むように目を細めて顔を鼻の下あたりまで湯に沈めた。さっきは咄嗟にごまかしたがもしかしたら自分はヨシュアに対してそういう感情を持っているんじゃないかと思い始めたのだ。


(あたしはヨシュアの事をどう想ってるのかな?よく考えたらヨシュアはいっつもあたしの事を助けてくれたんだよね)


 思えばヨシュアは何時だってエステルの為に行動していた。自分が遊撃士として活動できているのはヨシュアのフォローが大きい、彼がいなかったら今みたいにうまくはいっていないはずだ。勿論エステルは成長しているし彼女の手柄になった依頼も多い、だがそれでも最初はヨシュアに助けられてばかりだった。
 学園祭の劇でクローゼとキスしたんじゃないかと思ったら嫌な気持ちになった。ダルモア市長に食って掛かったヨシュアは少し怖かったが自分の為にあそこまで強い怒りを出したと思うと胸が熱くなった。劇でのキスが演技で良かったと安堵した自分がいた。
 今までは家族として接してきたから分からなかったがこの旅の中でヨシュアと過ごしてきたことを思い出したエステルは耳まで赤くしてしまった。


(ど、どうしよう……あたしったら今まであんな恥ずかしい事を平気で……)


 エステルは今までヨシュアに結構な頻度でスキンシップを取ってきたがそれは家族にするものという考えだったから出来た事だ。いざ振り返ってみると恋人同士がするようなスキンシップも何気なくやってきた事を思い出してしまいエステルは顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。


「エステルさん、大丈夫ですか?顔まで真っ赤になってますが……」
「えっ!?あ、あはは!いやー温泉って凄いわね。あたしったら血行が良くなって体が赤くなっちゃったわ!ちょっとのぼせちゃったし外の露天風呂で体を冷やしてくるわね!!」
「あ、行っちゃった。露天風呂は混浴なのに大丈夫かな……?」
「湯着を着てるから大丈夫だと思うよ」


 その後エステルは露天風呂にいたヨシュアとリートを見て大声を出してマオに叱られたり、ティータがエステルとヨシュアをお姉ちゃん、お兄ちゃんと呼ぶようになった。
 それに便乗してリィンもティータにお兄ちゃんって呼んでほしいと頼もうとしたが「リートは駄目」とフィーが焼きもちを焼いたりするなどあったが、一行は和やかな雰囲気で露天風呂を堪能した。

 
 

 
後書き
  

 

第43話 黒装束の襲撃

side:エステル


 エルモ村で一泊したあたしたちはマオお婆さんにお礼を言ってドロシーを連れてツァイスに向かっていた。


「はぁ~、それにしても朝の温泉も気持ちがいいものだったわね。病みつきになってしまいそうだわ」
「お肌もツルツルになるしこれだから温泉は止められないのよね~」


 ドロシーと温泉について話しながら歩いていると前方から東方風の服装をした大きな男性がこちらに歩いてきていた。


「よう、お嬢さんがた。ちょいと聞きたいことがあるんだがいいか?」
「へっ……?」
「わぁ、背のおっきな人……」
「はわわ、く、熊さん!?」


 まさか声をかけられるとは思っていなかったのであたしたちは驚いてしまった。でもドロシー、流石に熊っていうのは失礼でしょう。


「熊って……まあいいか。エルモっていう温泉地がどこにあるか知らないか?」
「それならここから南に向かって街道沿いに行けばありますよ」
「おお、そうか。不案内だったから助かったぜ、ありがとうな」


 男性はあたしたちにお礼を言ってエルモ村の方に歩いていった。


「なんか飄々とした人だったわね」
「でもあの鍛え上げた身体はタダものじゃないと思う」
「ねえリィン、さっきの男性って……」ボソッ
「ああ、教団壊滅作戦の時に見た事がある。話していないから印象に残ってないはずだけど一応警戒しておこう」ボソッ


 あたしとヨシュアがさっきの男性について話しているとリート君とフィルがなにかを話していた。


「二人とも、どうかしたの?」
「え?ああ、アイナさんやシェラザードさんたちのおみやげはちゃんと買ったか確認していたんですよ」
「ばっちし買ってたから大丈夫」
「なんだ、深刻そうに話していたと思ったらそんなことだったのね」
「あはは、すいません」


 その後は特に問題もなくツァイスに着くことが出来た。




―――――――――

――――――

―――



「あれ、なんだか騒がしくない?」


 ツァイスに着いたあたしは街の様子がおかしいことに気が付いた。


「確かに遠くからなにか騒ぎのようなものが聞こえるね」
「ん、中央工房の方からだね」
「えっ……!?」
「とにかく行ってみましょう」


 あたしたちは急いで中央工房に向かった。


「な、何よアレ!?」


 中央工房の前にある広場に着いたあたしたちの目に映ったのは煙をあげた中央工房から必死で逃げてくる人たちの姿だった。よく見ると一昨日の夜に知り合ったマードック工房長さんがいたので彼から話を聞く事にした。


「工房長さん!」
「君たちはエステル君とヨシュア君、それにティータ君じゃないか。エルモから戻って来ていたのだね」
「一体何の騒ぎなの!?」
「どうやら建物内部で何かのガスが発生したらしい、地下から5階まで煙まみれだ」


 中央工房から出ていた白い煙はガスだったのね。地下まで煙まみれになるなんて一体何があったのかしら。


「原因は火事ですか?」
「いや、消火装置が作動してないから火事ではないようだ。だが何故煙が出ているのか全く分からなくてね」


 火事じゃないとするとどうして煙が発生したのかしら。


「あ、あの、工房長さん。おじいちゃんはどこですか?」
「えっ、その辺りにいないのか?ヘイゼル君、確認はしたんじゃなかったのかね?」
「それが職員の確認はすんでいますがラッセル博士の退去はまだ……」
「!!」
「なんだって!まだ中に残っているのかも知れないのか!?」


 なんてことなの、ラッセル博士があの中にいるかもしれないですって!?


「工房長さん、ここはあたしたちが様子を見てくるわ」
「分かった。君たちに任せよう」
「わ、私も連れて行ってください!」
「えぇ!?」


 あたしとヨシュアが中に入ろうとするとティータが一緒に連れて行ってほしいと頼んできた。


「駄目よ、危険だわ!」
「私なら中央工房に詳しいから……お姉ちゃんたちをちゃんと案内するから!」
「ティータ……」


 ……無理もないわよね、自分の家族の安否がかかっているんだもの。よし!


「分かった。一緒に行きましょう」
「ただし、危なくなったら直に戻ってもらうからね」
「う、うん……」
「エステルさん、ヨシュアさん。気を付けてください」
「ティータもね」
「ええ、それじゃ行ってくるわ!」


 あたしとヨシュアはティータを連れて煙が立ち上る中央工房に突入した。


「凄い煙ね。あれ、でもそこまで息苦しくないわ」
「これは……多分、撹乱用の煙幕だと思う。フロアのどこかに発煙筒が落ちているはずだ」
「発煙筒って……誰がそんなものを?」
「分からない、今はこの煙をどうにかしよう」
「分かったわ、煙を消しながらラッセル博士を探していきましょう」


 あたしたちは各フロアに落ちていた発煙筒を解体しながら3階の工作室に向かった。


「おじいちゃん、大変だよ!あ……」


 工作室にはラッセル博士の姿はなく機械だけが動いていた。取りあえず危ないので機械は止めておいた。


「ど、どうして機械だけが動いていたのかしら?」
「博士もだけど黒のオーブメントも見当たらない。これはひょっとしたら……」
「フン、ここにいやがったか」


 背後から誰かに声をかけられたので振り返ってみるとそこにいたのはなんとアガットだった。


「ア、アガット!?」
「どうしてこんな所に……」
「そいつはこっちの台詞だぜ、騒ぎを聞いて来てみりゃまたお前らに先を越されるとはな。ったく、半人前の癖にあちこち首突っ込みすぎなんだよ」
「こ、こんの~……相変わらずハラ立つわねぇ!」
「あの……お姉ちゃんたちの知り合いですか?」
「ん?おい、何でガキがこんなところにいやがる」


 アガットはティータを見ると鋭い眼光で睨みつけた。するとティータは怯えた様子であたしの背後に隠れた。


「ひっ……!」
「ちょっと!ティータに酷い事しないでよ!」
「……チッ、言いたいことは山ほどあるが今は後回しだ、何があったんだ?」
「はい、実は……」


 あたしたちは発煙筒が置かれていた事、ラッセル博士と黒のオーブメントの姿が無くなっていることをアガットに説明した。


「フン、発煙筒といいヤバい匂いがプンプンするぜ。時間が惜しい……とっととその博士を探し出すぞ!」
「うん!」


 あたしたちはアガットも加えてラッセル博士を探すことにした、だが地下から4階を探してもラッセル博士は見つからなかった。後は5階と屋上しかないのでまずは5階から捜索することにした。


「あれ、どうして扉が開いてるのかしら」


 5階に上がると演算室の扉が開いており奥から誰かの声が聞こえてきた。


「……待たせたな。最後の目標を確保した」
「よし、それでは脱出するぞ」
「用意は出来ているのか?」


 今の声って……まさか!


「ヨシュア!」
「うん、今の声はラッセル博士や中央工房の関係者じゃない。多分発煙筒を仕掛けた奴らだ」
「急ぐぞ!エレベーターのほうだ!」


 急いでエレベーターの方に向かうと何者かに拘束されたラッセル博士がエレベーターに乗せられようとしていた。あいつらってボースやルーアンで見た黒装束どもじゃない!


「いた……!」
「てめえらは……!」
「む……貴様はアガット・クロスナー!?」
「面倒な……ここはやり過ごすぞ!」


 黒装束たちはエレベーターに乗って行ってしまった。


「おい、階段に向かうぞ!」


 あたしたちは非常階段で1階に向かった。



―――――――――

――――――

―――


side:リィン


 エステルさんたちが中央工房に入ってから数十分が過ぎた。さっき遊撃士のアガットさんが中央工房に入っていったがツァイスに来ていたのか……彼もフィルを探してもらった人の一人だったのでお礼が言いたかったが直に行ってしまったのでそれは出来なかった。


「アガットさんがツァイスに来ていたのは知らなかったな。でも彼がここにいるという事はあの黒装束たちもツァイスにいるという事か?」
「分かんない、でもアガットは黒装束たちを追っているって聞いたから可能性は高いと思う」


 それから少ししたら白と青の軍服を着た軍人たちが現れた。


「あの軍服は確か女王陛下直属の王室親衛隊……なぜこんなところに?」
「怪しいね……」


 親衛隊を名乗る軍人たちはエア=レッテンの関所からカルデア隧道を通って駆け付けたらしく「事件は解決した、遊撃士たちに後を任せて自分たちは騒ぎの原因となったものをレイストン要塞に運ぶ」と言って去っていった。


「……フィー、行くぞ」
「了解」


 俺とフィーは人目が付かないようにその場を離れて親衛隊の後を追った。奴らはレイストン要塞に続くリッター街道ではなくトラット平原道の方へと向かっていた。


「レイストン要塞はリッター街道を通らなくては行けないのに、全く関係のないトラット平原道に向かうとはもうこの時点で怪しいな」
「あいつらはどこに行くのかな、もしかしてヴォルフ砦からカルバート方面に逃げる気じゃ……」
「軍だってバカじゃないんだ、いくら親衛隊の恰好をしていようとあんな大きな荷物を何も検査しないで通しはしない。連中だってそれは分かっているはずだ」
「そうだよね。でもあいつら何者なんだろう、かなり警戒してるからここまで離れていないと感づかれてしまいそうだね」
「ああ、ここは見失わない程度に離れて慎重に後を追おう」
「了解」


 暫く親衛隊の行く先を探っていると奴らは大きな紅い塔の内部に入っていった。


「あれは塔か……そういえばアルバ教授がリベールには4つの塔が各地方に一本ずつ存在するって言ってたな。あれもその一つか」
「……」
「あ、すまない。フィーはアルバ教授が怖かったんだよな」
「ん、今は平気。それよりもこのことをエステルたちに話にいこう」
「ああ、直に向かおう」


 俺たちは急いでツァイスの街の戻りエステルさんたちを探しにギルドへ向かった。遊撃士であるエステルさんたちならまずそこに向かうだろうと思ったからだ。


「エステルさん!」
「あ、リート君にフィル。どこにいたの?姿が見えないから心配してたのよ」
「ん?お前らは例の兄妹じゃねえか、なんでツァイスにいやがるんだ?」
「あっ、あなたがアガットさんですか?俺はリートといいます、妹がお世話に……」
「んな話はいい、なにか言いに来たんだろう。時間がねえからさっさと話せ」
「あ、はい。実は……」


 俺は親衛隊がトラット平原道の紅い塔に入っていったことをエステルさんたちに話した。


「それは本当なの?」
「はい、間違いありません。遠くから奴らを見ていましたが絶対にそこに入っていきました」
「おい、ちょっと待て。まさかお前、そいつらの後を追ったんじゃないだろうな?」
「え、それは……」


 すると突然アガットさんが俺の胸倉をつかみ上げてきた。か、片腕で俺を持ち上げるなんて……


「てめぇ、遊撃士でもねえ癖になに勝手な事をしてやがる!シロウトがウロチョロしてんじゃねえよ!!」
「ぐっ、うぅ……」
「アガット!止めなさいよ!今はそんなことをしてる場合じゃないでしょ!!」
「……チッ、確かにその通りか。小僧、てめぇへの仕置きは後回しだ。あいつらをとっ捕まえるために紅蓮の塔に急ぐぞ!」


 アガットさんは俺を離してエステルさんとヨシュアさんを連れて塔にも向かおうとする。だがそこにティータが何か言いたそうにアガットさんの前に立った。


「あん、何か用かよ?」
「……お願いします!私も連れて行ってください!」
「はぁ?」


 ティータの突然の頼みにアガットさんは呆れたような表情を浮かべた。


「あのなチビスケ、お前を連れていける訳ねえだろうが。常識で考えろや、常識で」
「で、でもでも!おじいちゃんが攫われたのに私、私……!」
「でももくそもねぇ。ハッキリ言って足手まといだ、付いてくんな」
「……っ!!」


 アガットさんはきっぱりとティータに足手まといだと告げた、ティータは今にも泣き出してしまいそうだった。


「ちょ、ちょっと!少しは言い方ってもんが……」
「黙ってろ。てめえだって分かってるはずだ。シロウトの、しかもガキの面倒見ながら相手できる連中じゃねえだろうが、あいつらは」
「そ、それは……ねえヨシュア、何か言ってよ」
「……残念だけど僕も反対だ。あの抜け目ない連中が追撃を予想していない訳がない。そんな危険な場所にティータを連れてはいけないよ」
「ヨ、ヨシュアお兄ちゃん……」


 エステルさんはヨシュアさんに助けを求めた。だが流石に今回ばかりはヨシュアさんもティータを連れていくことには反対のようでティータはヨシュアにも反対されたことで泣く一歩手前まで追い詰められていた。


「う~っ……ごめん。ティータ。やっぱ連れてはいけないみたい……」
「エ、エステルお姉ちゃん……ひどい……ひどいよぉっ……」
「ティータ!」


 ついにティータは泣き出してしまいギルドから出て行ってしまった。


「エステル、ティータはわたしたちに任せて。行こう、リート」
「……ああ」


 俺とフィーはティータを追うためにギルドの外に向かった。




―――――――――

――――――

―――


side:??
 

「エステルお姉ちゃんもヨシュアお兄ちゃんもひどいよぉ……」


 ギルドから飛び出したティータは発着場の隅で泣いていた。エステルとヨシュアなら絶対に自分を連れて行ってくれると信じていたが結果的には無理だと言われたことでティータは深い悲しみに落とされていた。


「おじいちゃん……私、どうしたらいいの……」


 大好きな祖父が連れ去られて心配でたまらなかった、自分も助けに行きたかった。でもアガットからはっきりと足手まといと言われてしまい彼女の心は悲しみに沈んでいた。


「おや、どうかしたんですか?こんなところで泣いたりして……」


 泣いていたティータに誰かが近づいてきて声をかけた。ティータが顔を上げるとそこにいたのは眼鏡をかけた男性だった。


「あ、あなたは……?」
「おや、これは失礼しました、私はアルバと言います。こう見えて考古学者をしているんですよ。それにしてもどうしたんですか、こんな人気のない所にいたら危ないですよ?最近は何かと物騒ですからねぇ」
「……」
「……何か悲しい事があったんですか?もし良かったら私に話してくれませんか、親しい人物よりも知らない人間の方が気楽に話せることもあると思いますしこれも何かの縁です」
「……実は」


 ティータは初めてあったはずのアルバ教授に何故か警戒心を抱くこともなく自分の周りで起きたことを話し出した。


「……なるほど、あなたの祖父が何者かに誘拐されて自分も助けに行きたかったが反対されたのですか。それは悲しいですねぇ、気楽に話せだなどと言って申し訳ありません」
「……いいんです、私が足手まといなのは事実ですから」
「……ティータさんといいましたか?あなたはどうしたいんですか?あなたの祖父を助けたくはないのですか?」
「助けたいです!でも私は足手まといだから……」
「……なら私が力を貸してあげましょう」
「えっ、それってどういう……」


 ティータは最後まで台詞を言う前に倒れてしまった。アルバ教授はそんなティータを見るとクスッと笑みを浮かべた。


「折角の余興です、少しくらいハプニングがあったほうが面白いですからね……」




―――――――――

――――――

―――



 その頃リィンとフィーは飛び出したティータを探してツァイスの街を捜索していた。だがティータは一向に見つからなかった。


「中央工房にも自宅にもいないとは……ティータ、どこに行っちゃったんだ?」
「まさか一人でラッセル博士っていう人を助けに行ったんじゃないよね?」
「それはないと思う、街の出入り口は軍人が今見張ってるからティータが一人で出ようとしたら止めるはずだ」
「ならどこに……」
「おや、君たちはまさかリート君たちじゃないですか?」


 ティータがどこに行ったか分からない二人は困り果ててしまう。そこに何者かが声をかけてきた。


「あなたは、アルバ教授じゃないですか」
「……っ!」


 フィーはアルバ教授の姿を見るとリィンの背中に隠れてしまった。


「お久しぶりですね、まさかツァイスでも会えるとは思ってもいませんでしたよ」
「……お久しぶりです。教授は紅蓮の塔を調べに来ていたんですか?」
「ええ、でもその前にエルモの温泉地で温泉に入ってきたんですよ。いやぁ、あそこの温泉は素晴らしいですねぇ、頭が冴えわたって今ならいい結果が出せそうな気がしますよ。今はツァイスで道具をそろえてから紅蓮の塔に向かおうとしてた所です」
「ではまだ紅蓮の塔には行ってないんですね、それならちょうど良かった」
「おや、何かあったのですか?」


 リィンは紅蓮の塔に黒装束の集団がいることをアルバに話した。


「……なるほど、そんな輩がいるんですね。はぁ~、良かった、危うく鉢合わせになるところでしたよ」
「今遊撃士の方々が紅蓮の塔に向かったばかりなので暫くは近づかない方がいいですよ」
「ご忠告ありがとうございます。ですがそうなるとトラット平原道で見たあの少女が心配ですね……」
「少女?……それってまさか紅いツナギや帽子を身に着けた女の子じゃないですか?」
「おや、よくわかりましたね、その通りです。この街の途中にあるトラット平原道の分かれ道でその少女が紅蓮の塔の方に向かっていたんですよ。声をかけても振り返らず行ってしまいましたね」
「そんな……!!」
「リート!」
「ああ、急ごう。アルバ教授、すいませんが今はこれで失礼します!!」


 リィンとフィーはアルバの話を聞いて大急ぎで紅蓮の塔に向かった。


「王国軍は何をやっていたんだ!ティータを見逃すなんて!」
「不味いね、今頃エステルたちが紅蓮の塔に入ったくらいだからもう戦闘が始まってるかもしれない」
「そうなっていたら最悪巻き込まれてしまうかも知れない。いくらB級遊撃士のアガットさんがいるとはいえあいつらは油断のできない奴らだ、何が起こるかは分からない!ティータが塔に入る前に何とか合流するぞ!」
「了解!」
 

 リィンとフィーは急ぎ紅蓮の塔に向かった。










 紅蓮の塔に向かったリィンとフィーだったが道中ではティータを見つけることはできなかった。


「草原をあちこち探したけどいなかった、という事は……」
「もう塔内部に入ってしまっているのか……くそっ、エステルさんとヨシュアさんに申し訳がない!」
「まだ終わった訳じゃない、今から行けばまだ間に合うかも知れない」
「……そうだな、後悔はやってからしよう。行くぞ、フィー!」
「ん、了解」


 二人はそう言うと紅蓮の塔内部に入っていった。魔獣を倒しながら塔の屋上に向かうとアガットさんがティータを庇って敵の攻撃を受けているのが目に映った。


「しまった……!」
「遅かった……」


 黒装束たちはその隙に飛行艇にラッセル博士を乗せて逃げていってしまった。


「エステルさん!ヨシュアさん!」
「リート君!フィル!」
「どうしてここに……」
「すいません、街でティータを探していたんですがアルバ教授が紅蓮の塔に向かっているのを見たと聞いて急いで来たんですが……」
「間に合わなかったみたいだね、ごめん……」


 どうやら間に合わなかったようだ、くそっ、俺たちがティータを見つけられなかったばっかりに敵には逃げられてしまうしラッセル博士は連れ去られてしまった。


「とりあえず今はツァイスに戻ろう、あの飛行船の事をギルドに報告しないと……」
「ティータ、怪我はない?」
「……なんで……どうしておじいちゃんが……ひどいよ……どうしてぇ……」
「おい、チビ」


 アーツで怪我を直したアガットさんはティータの頬にビンタをした。


「……あ」
「言ったはずだぜ、足手まといは付いてくんなって。お前が邪魔したお陰で爺さんを助けるタイミングを逃した。この責任……どう取るつもりだ?」
「あ、私……私……そんなつもりじゃ……」
「おまけに下手な脅しをかまして命を危険にさらしやがって……俺はな、お前みたいに力も無いくせに出しゃばるガキがこの世で一番ムカつくんだよ」
「ご……ごめ……な……さい……」


 ティータは自分がしてしまった事の重大さに気が付いて今にも心が崩れてしまいそうなほどの後悔に襲われているんだろう、その瞳からは大きな涙がこぼれ落ちていた。


「……おい、チビ。泣いたままでいいから聞け」
「うぐ……ひっぐ……?」
「お前、このままでいいのか?爺さんの事を助けないでこのまま諦めちまっていいのか?」
「うううううっ……」
「諦めたくないんだろう?なら腑抜けてないでシャキッとしろ。泣いてもいい、喚いてもいいからまずは自分の足で立ち上がれ。てめえの面倒も見れねえ奴が人助けなんかできる訳がねえだろ?」
「……あ」


 アガットさんは彼なりにティータを勇気づけたんだろう、ティータは次第に泣くのを止めて目をふいた。


「ティータ、その……」
「……大丈夫だよ、お姉ちゃん。私、もう一人で立てるから……」
「……へっ、やればできるじゃねえか」
「あ、あの……アガットさん」
「なんだ?文句なら受け付けねえぞ」
「えと……あ、ありがとうございます。危ない所を助けてくれて……それから励ましてくれてありがとう」「は、励ました訳じゃねえ!メソメソしてるガキに活を入れてやっただけだ!」
「ふふ……そーですね」


 アガットさんは必至で否定するが顔を真っ赤にしているから説得力がまるでない、アガットさんとティータのやり取りを見ていた俺たちはクスリと笑いだしてしまった。


「ぐっ……大体お前らもなんでここにいやがる!シロウトが出しゃばるなって言っただろうが!」
「す、すいません……」
「……まあ俺がこのチビを追い詰めちまったのかも知れんし今はいい。取りあえず速攻でギルドに戻るぞ、連中の背後にかなりの大物がいるのは間違いない。気は進まねえが軍と協力する必要もあるだろう」
「うん、そうね……」
「急いだほうがよさそうですね」
「ならさっさと……ぐっ!?」


 アガットはその場に膝をつき苦しそうに胸を抑えていた。


「ア、アガットさん!?」
「ちょっと、どうしたのよ!」
「チッ、俺としたことが油断しちまったか……」


 俺たちはアガットさんに駆け寄るが彼の顔は真っ青になっておりかなり苦しそうな様子だ……まさか!


「さっきティータを庇って受けた攻撃に毒があったんじゃ……」
「た、大変じゃない!すぐに回復しないと!」


 エステルさんはアーツを使って毒の解除を試みたが効果は無い様だ。


「効いてない?ただの毒じゃないってことなの?」
「アガットさん!しっかりしてください!アガットさん!」
「とにかく急いで街に運ぼう!」


 俺たちは倒れたアガットさんを連れて急いでツァイスに戻った。


 

 

第44話 アガットの危機

side:リィン


 アガットさんを中央工房の医務室に運んだ俺たちはベットに眠るアガットさんを心配そうに見つめていた、今は応急処置を受けて眠っているがその顔色は一向に良くならなかった。


「アガットさん……」


 その中でもティータは人一倍アガットさんの事を心配していた。自分を庇ってくれた恩人が危険な状態になってしまった事に責任を感じているんだろう、下手に慰めても逆効果だと思った俺は今はそっとしておくことにした。


「ミリアム先生、アガットの様子はどうなの?」
「とりあえず応急処置は施したわ、でもどうやら特殊な神経毒みたいで普通の解毒剤が効かないのよ」
「あ、あの、アガットさんはどうなっちゃうんですか……?」
「相当タフみたいだから何とか持ちこたえているけどこの状態が続けば死に至る危険もあるわ」
「そ、そんな……」


 アガットさんの状態は思ったよりも深刻なものみたいだ。


「ごめん、遅くなった」
「あ、ヨシュア……ってあなたは?」
「よう、前は道を教えてくれてありがとうな」


 キリカさんに報告をしに行っていたヨシュアさんが戻ってきたが今日の朝に出会った東方風の恰好をした男性も一緒だった。


「キリカさんにアガットさんや黒装束たちの事を報告しにギルドに行ったらジンさんがいたんだ」
「ギルド……って事は同業者なの?」
「自己紹介がまだだったな、俺はジン・ヴァセック、共和国のギルドに所属している」
「あたしはエステルよ、よろしくね。でも何でジンさんも一緒にここに来たの?」
「同業者が倒れたって聞いたんで見舞いに来たんだが……ふむ、どうも事態は深刻のようだな」
「そうなの、実は……」


 エステルさんはジンさんにアガットさんの状態を話した。


「ふ~む、特殊な神経毒か……それなら七耀教会の教区長に相談したらどうだ。あそこには伝統医療の蓄積があるからな、何か力になってくれるかもしれん」
「なら早速行きましょう!」


 俺たちはティータとフィーをアガットさんの傍に残してこの街の七耀教会に向かった。


「こんばんわ、教区長さんはいますか?」
「おや、こんな夜更けにどうかしたのかね?」
「実は……」


 俺たちはアガットさんが毒で倒れた事情と詳しい症状を教区長さんに伝えた。


「そんなことがあったのか、うむむ……これは困ったことになったな」
「や、やっぱり治すのは難しそうですか?」
「いや、幸いな事に神経毒全般に効果のある薬が七耀協会には伝わっておる。毒を消すのではなく患者の抵抗力を高めて自然治癒を促す薬だ。だが薬を作る材料がちょうど切れてしまっていて作ることが出来ないのだ」


 ……運が悪いな、薬の材料が切れてしまっているなんて。


「薬の原料はなんですか?僕たちは遊撃士ですから自分たちで調達してこれます」
「おお、そうだったのか。薬の材料は『ゼムリア苔』というものでこの辺りではカルデア隧道の途中にある鍾乳洞に生えておる」
「なんだ、じゃあ直に持ってくるわね」
「だが鍾乳洞に出る魔獣はかなり強いらしく、以前遊撃士協会に材料の調達を依頼した際にはベテラン遊撃士が4人でチームを組んで挑んだほどだ」


 ベテランを4人も用意するほど鍾乳洞に生息している魔獣は強いのか、これは厄介だな。


「じゃああたしとヨシュアだけじゃ厳しいかも知れないわね……」
「なら俺も同行しよう」
「えっ、ジンさんが?」
「ああ、これも何かの縁だ。明日には王都に向かうからそれまでしか協力できんがいいか?」
「勿論よ、頼りになるわ!」
「でもこれでも3人か、あと一人は協力してくれる人が欲しいね」
「なら俺を連れて行ってください」


 俺はエステルさんたちに自分も同行したいと伝えた。


「えっ、でもリート君を巻き込むわけにはいかないわ」
「俺も責任を感じているんです、ちゃんとティータを見ておけばこんなことにはならなかったかもしれないって……お願いします!」
「……どうする、ヨシュア?」
「リート君の実力は知ってるし今は時間が惜しい、少しでも早くゼムリア苔を入手できる可能性を高めるためにここは彼にも協力してもらおう。ジンさんもいいですか?」
「俺は構わんよ、見たところかなりの腕前のようだ。しかし何処かで見たような気がするな……坊や、俺とどこかで会ったことないか?」
「うえっ!?……い、いやぁ、俺はジンさんとは会った覚えがないですね……」
「ふーむ、気のせいか……」


 ……怪しまれてしまったか、でもなんとか誤魔化せたようだし今は急いでカルデア隧道に向かおう。








 中央工房の地下に降りた俺たちはカルデア隧道を進んで行くと途中に『危険』と書かれた看板が地面に刺してある細い横道を見つけその先に進むと淡い光がぼんやりと辺りを包み込む幻想的な光景が広がっていた。でも奥からは強そうな魔獣の気配が漂っていた。


「ここがカルデア鍾乳洞……確かにカルデア隧道の魔獣と比べたらかなり強い奴らばかりね」
「死角などの襲撃に気を付けながらゼムリア苔を探していこう」
「ええ、皆、気を引き締めていくわよ!」


 エステルさんの掛け声に全員が頷いてカルデア鍾乳洞の奥に進んで行く。
 この鍾乳洞にはペングーと呼ばれる魔獣が多く生息しており見た目はふざけたような奴らだが中々に強くしかも知識が高いのか水面からアーツを撃ってきたり天井から奇襲してきたりと厄介な戦法を取ってくる。
 俺たちはそれらを撃退しながら奥を目指して進んで行くがエステルさんに少し疲労が見えてきたな。


「あーもう!あのペングーって奴ら何匹いるのよ!」
「エステル、落ち着いて。焦ったら注意力が低下してしまうよ」
「しかし結構奥まで来ましたがゼムリア苔は見つからないですね、このままだとアガットさんが危ないですよ」
「不味いわね、一体どこにあるのかしら……」
「ん、おい。皆、あそこを見てみろ」


 ジンさんが何かを見つけたようだ、見てみると視線の先に天井の隙間から光が差し込む洞窟湖があった。


「うわぁ、綺麗……」
「中々の絶景じゃないか。洞窟の中にこんな神秘的な場所があったとはな」
「あ、あそこを見て。光る植物があるよ」


 ヨシュアさんが指を刺した岩に光るものが見えた、あれがゼムリア苔なのか?


「……うん、間違いない。教区長さんが言っていた特徴と一致している、これがゼムリア苔だね」
「うーん、こんなに綺麗な苔だとは思わなかったな。どうして光ってるのかしら?」
「七耀石の成分が大量に含まれているのかもしれませんね。この鍾乳洞が少し明るいのも岩壁に微量の七耀石が埋まっているからそれと同じだと思います」
「そうなんだ、じゃあ早速採取してツァイスに戻りましょう」


 俺たちは岩からゼムリア苔をナイフで剥がして瓶に入れる。


「よし、任務終了!それじゃ街に戻って教区長に渡しましょう」
「……待て」


 俺たちは急いでその場を離れようとしたがジンさんが待ったをかけた。


「ジンさん、どうしたの?」
「あ……!」
「気を付けろ!水中に何かいるぞ!」


 水中から巨大な影が飛び上がってきて俺たちの前に降り立った、それはこの鍾乳洞で戦ってきた魔獣のペングーを更に大きくしたような魔獣だった。


「な、なにアレ……!?」
「どうやらこの洞窟湖のヌシみたいですね、勝手にゼムリア苔を持っていこうとした俺たちに怒っているようです」
「戦うしかないようね、皆、行くわよ!」


 俺たちは武器を出して巨大なペングー……オウサマペングーとの戦闘を開始した。


「グワッ!グワッ!」
「きゃあ!なんて声なの!?」


 オウサマペングーは鼓膜が破れそうな程の大きな鳴き声を上げる、すると水中からアカペングーやシロペングーなど沢山の魔獣が現れた。


「奴め、仲間を呼べるのか!」
「エステル、危ない!」
「甘いわ、『旋風輪』!!」


 エステルさんの背後からペングーが襲い掛かったがエステルはスタッフを振り回してペングーを弾き飛ばした。


「ふん、どんなもんよ」
「おみごとです!」


 俺は疾風を放ち4体のペングーを倒すがオウサマペングーが再び鳴き声を上げるとペングーたちが水中から現れた。


「ああもう!これじゃキリがないわ!」
「エステル、まずは敵の大将から倒せ!じゃないとこいつらはいくらでも出てくるぞ!」
「分かったわ!ならこれでも喰らいなさい!『捻糸棍』!!」


 エステルさんが振るったスタッフから衝撃波が放たれてオウサマペングーに向かうが他のペングーが飛び出してきて捻糸棍を喰らった。


「あいつら、親玉を庇ったのか?」


 俺も弧影斬を放ち攻撃したがやはり他のペングーに塞がれてしまった。


「遠距離系のクラフトだと他の魔獣が盾になって防がれてしまうのか」
「ならば直接近づいて叩くまでだ、『龍神功』!!」
「ならば僕も……『絶影』!!」


 ジンさんの身体から凄まじい闘気が漏れ出していた。今のは身体能力を上昇させるクラフトだったんだろう、ペングーたちを飛び越えてオウサマペングーに向かっていき、ヨシュアさんもペングーたちの隙間を駆け抜けてオウサマペングーに攻撃を仕掛ける。だがオウサマペングーの口から電撃が放たれて二人を直撃した。


「ぐわっ!?」
「うわぁ!?」


 攻撃を受けた二人は体がしびれてしまったようで動けなくなっていた。オウサマペングーはそれをチャンスと考えたのか大きく飛び上がり二人を押しつぶそうとした。


「させるか、『業炎撃』!!」


 炎を纏った太刀でオウサマペングーに攻撃して態勢を崩させる、そのあいだにエステルさんがアーツの『ブレス』を使って二人を回復した。


「ヨシュア、ジンさん。大丈夫?」
「すまんな、ちょいと油断した」
「近づいたら電撃、離れた攻撃は手下を盾にするか……どう攻めたらいいんだろうか」
「おや、親玉の様子がおかしいな?」


 オウサマペングーは体についた炎を落とそうと動き回っておりそのあいだは他のペングーたちも動かなかった。


「あいつ、何やってんのかしら?」
「炎を嫌がっとるようだな。恐らくあの大きな魔獣が他の魔獣を操っとるんだろう、炎を嫌がって暴れているから他の魔獣の動きが止まったのかもしれない」
「だったら火属性のアーツであいつを攻撃すれば……!」
「ならエステルさんとヨシュアさんで強力な火属性のアーツを使ってください、その間は俺とジンさんで他の魔獣を食い止めます」
「よし、それで行くぞ!」


  エステルさんとヨシュアさんがアーツを放つために精神力を高めていく、そうはさせまいと他の魔獣たちが襲い掛かってくるが俺とジンさんで食い止める。


「グワァァァァ!!」


 手下では駄目だと思ったのかオウサマペングーは口から電撃を放ちエステルさんとヨシュアさんに攻撃するがそこにジンさんが立ちふさがった。


「同じ手は二度も食わん!『月華掌』!!」


 気を溜めたジンさんは渾身の力で突きを放った、それが電撃に当たると電撃は四散してしまった。


「凄い、電撃を素手で消してしまうなんて……」
「出来たわ!喰らいなさい、『ナパームブレス』!!」


 エステルさんとヨシュアさんが放った火属性のアーツがオウサマペングーを巨大な爆発で包み込んだ。


「グ、グワァァァァァァ!?」


 全身が炎に包まれたオウサマペングーはパニックを起こしてしまい他のペングーたちも動かなくなってしまった。


「今よ、必殺!『桜花無双撃』!!」
「はぁぁぁ!『漆黒の牙』!!」
「これで決める!奥義、『龍閃脚』!!」
「蒼き炎よ、我が剣に集え!『蒼炎ノ太刀』!!」


 全員で放ったSクラフトをまともに喰らったオウサマペングーは跡形も無く消え去った。他のペングーたちはオウサマペングーがやられると一目散に逃げだしていく。


「ふう……何とか撃退できたみたいだね。でもモタモタしていたらまた襲ってくるかもしれない」
「ふむ、とっとと街に戻った方が良さそうだ」
「うん、急ぎましょう!」


 俺たちは急いで街に戻り教区長さんの元を訪ねた。


「教区長さん!ゼムリア苔を採ってきたわよ!」
「おお……本当かね!?」
「確認をお願いします」
「……確かにゼムリア苔だ。よくぞ、こんなにも早く採ってくることができたものだ」


 俺たちはゼムリア苔の入った瓶を見せると教区長さんは感心したように呟いた。


「これで薬は出来るのか?」
「ああ、勿論だとも。奥で調合するから少し待っていてくれたまえ」


 教区長さんはそう言うと教会の奥に向かったので俺たちも付いていった。


「万物の根源たる七耀より聖別された蒼と金、ここに在り。万物の流転司る女神の秘跡、浄化と活性の融合を成したまえ」


 ゼムリア苔を他の材料と混ぜていき調合する、そして最後に教区長さんが空の女神に祈りを捧げた。


「……うむ、これで完成だ。さあ持っていきなさい」


 教区長さんは綺麗な色をした薬の入った瓶を俺たちにくれた。


「うわぁ、綺麗な色ね。これって飲み薬なの?」
「ああ、内服薬だ。毒を消すのではなく患者の免疫力を飛躍的に高めて自然治癒をうながすわけだな」
「ふむ、東方の医術に通じる所がありますな」
「たしか漢方だったか……あれと同じ発想と言ってもいいだろう」


 漢方……そういえば前にユン老師の元で修行中にフィーが風邪をひいた時にユン老師が飲ませていたな。フィーは酷く嫌がっていたが効果は抜群だったのを覚えている。


「さあ、急いでその薬を届けてやるといい」
「うん、分かったわ!」


 俺たちは教区長さんから貰った薬を持って急いでアガットさんの元に向かった。


―――――――――

――――――

―――


side:フィー


 リィンたちが出かけている間、わたしとティータはアガットの看病をしていたがアガットは苦しそうに唸っていた。


「ぐっ……うぅ……」
「アガットさん……」


 ティータは心配そうに見守るが無理もない、わたしもアガットではなく毒を喰らったのがリィンだったらと思うと怖くて仕方がない。


「ティータ、ただいま!」
「お姉ちゃん!」


 そこにリィンたちが返ってきた。エステルの手には何かの液体が入った瓶が見えるがもしかして薬なのだろうか?


「教区長さんに薬を作ってもらったの」
「流石はビクセン教区長ね、毒を消す薬なの?」
「ううん、患者の免疫力を高めて自然治癒をうながすものだって言っていたわ」


 エステルから薬を受け取ったミリアムは薬の効果をエステルたちから聞いていた。


「なるほど……免疫力を活性化させる薬か、試してみる価値はありそうね」


 ミリアムは薬をスポイトに入れてアガットの口から薬を飲ませる、するとアガットは苦しそうに声を荒げだした。


「ぐっ……あぐっ……ぐっ……がああああ……!!」
「ア、アガットさん!?」
「わわっ!なんか苦しみだしたわよ!?」
「いや大丈夫だ、これでいい」
「えっ?」


 苦しそうにするアガットを見てヨシュアは大丈夫だと言った。でもこんなに苦しそうなのにどうして大丈夫なんだろう?


「薬が効き始めたようだな。苦しかったり痛かったりするのは体の機能が復活した証拠だろう」
「ええ、その通りよ。これで神経毒による危険な昏睡状態からは脱したわ」
「そ、そうなんだ……」


 なるほど、そういう事か。ジンとミリアムの説明を受けてわたしは納得してエステルは安堵の表情を浮かべた。


「で、でも……アガットさん、苦しそう……」
「ええ、何時間かは苦しむことになるわね。でもそれを過ぎれば完治するはずよ」


 こうしてアガットは危険な状態から脱することが出来た、その後は全員で交代しながらアガットの看病をすることにした。でもティータはまだ幼いのでわたしと一緒に看病することになった。


「うーん、おかしいな……」
「ティータ、こっちに新しいタオルがあるよ」
「あ、それだよ。ありがとう、フィルちゃん」


 ティータはわたしから受け取ったタオルを冷たい水が入った入れ物に入れて力いっぱい絞る、そして苦しそうに息を荒げるアガットの頭にのせる。


「はぁ……はぁ……う、うあああぁぁぁっ……」
「ア、アガットさん……」
「凄い汗だね……ティータ、アガットの身体を少し上げるから体をふいてあげて」
「わ、分かったよ!」


 ティータと協力してアガットの身体をふいていく、それにしても凄い汗だ。


「……う、うう……」
「あ、アガットさん!気が付いたんですか?」
「水があるからこれを飲んで」
「ミ、ミーシャか……?」


 わたしたちはアガットが目を覚ましたのかと思った、でもアガットはティータの顔を見るとわたしたちの知らない名前を呟いた。


「え……」
「よ、よかった……そこにいたのか…兄ちゃんがついてる……もう……怖くないから…な……」


 アガットはそう言うとゆっくりと寝息を立て始めた。


「アガットさん!?」
「……大丈夫、さっきよりも呼吸が安定してる。今は眠ってるだけ」
「よ、良かった……」


 アガットの容体が落ち着いたことを知ったティータはホッと息を吐いた。


「……ねえフィルちゃん。アガットさん、わたしを見てミーシャって呼んだよね」
「ん、確かにそう言ってたね」
「……誰なのかな?」
「気になるの?」
「ふえっ!?べ、別に変な意味じゃないよ!」
「クスッ、大丈夫。わたしは理解してるから」
「もう、フィルちゃん!」


 わたしたちは次の交代までアガットの看病を続けた。











 それから夜が明けて朝になり王都に向かうジンを見送るためにわたしたちは発着場に来ていた。


「わざわざ済まんな。見送りなんぞさせちまって」
「このくらい当然よ、色々お世話になっちゃったしね」
「ジンさんはこのまま定期船で王都に向かうんですか?」
「ああ、どうしても外せない用事があってな。そうでなければ俺も誘拐事件の調査に付き合わせてもらうんだが……すまんな」


 ジンは済まなそうにティータやエステルたちに頭を下げた。


「と、とんでもないですよ。ジンさんには色々お世話になりましたしホントーに感謝しています!」
「はは、そう言ってくれると助かるぜ……そろそろ出発のようだな、アガットが目覚めたらよろしく行っておいてくれ」
「ジンさん、本当にありがとうね」
「どうかお気をつけて」
「ん、バイバイ」


 わたしたちは飛び立っていく定期船に手を振ってジンを見送った。


「……行っちゃったね」
「うん、凄く頼りになる人だったね……」
「はい……」


 ジンを見送った後わたしたちは黒装束たちについて何か情報が入ってないかギルドに向かう事にしたがティータは未だ目覚めないアガットの看病に行くと言って別れた。今はミリアムもいるだろうし一人でも大丈夫だろう。


「キリカさん、おはよ~」
「おはようございます、キリカさん」
「おはよう。あら、リートとフィルも一緒だったの?」
「ええ、せめてアガットさんが目覚めるまではツァイスにいようかなって思いまして……」
「そう、まあいいわ。でもアガットが目覚めたらすぐに戻るのよ、アイナが心配していたわ」
「了解しました」


 それからアイナの話を聞いていくとどうやらレイストン要塞から連絡が来なくなりこちらからも連絡が出来なくなったこと、そして各関所に敷かれていた検問が解除されたようだ。


「どうして検問を解除したのかしら、また空賊事件の時みたいに縄張り争いでもするつもりなの?」
「いや、それだったら検問を解除するメリットが無いです。みすみす犯人を逃すようなものですからね」
「それに犯人を捕まえたなら大々的に発表すると思うし遊撃士協会にも連絡してくるはず」
「……雲行きが怪しくなってきたね」
「こんにちは~」


 何故王国軍がそんな行動を取ったのか分からずエステルたちは頭を悩ましていた。するとそこにドロシーが現れた。


「あら、ドロシーじゃない。一体どうしたの?」
「いや~、ちょっと相談したいことがあって来ちゃった」
「相談したいこと?」


 ドロシーの話を聞くと軍に預けた感光クオーツを返してもらいに行ったが門前払いを喰らいどうにかできないかという話だった。


「感光クオーツを返してもらえなかったからかわりに雑誌連載用に要塞の写真を撮ってきちゃった。月明かりがライトアップされてすっごく可愛く採れたんだよ~」
「えっ、許可なしに軍事施設を撮ったんですか?怒られますよ……」
「まぁまぁ固い事は言いっこナシ♡ほらぁ、見てみて。さっき現像したばっかりなの」


 ドロシーはそう言うとカウンターの上に写真を置いた。夜のレイストン要塞を月明かりが照らして中々味のある写真だった。


「へぇ……たしかに綺麗に取れてますね」
「ドロシーの写真は本当に上手に取れてるわよね~、しかも上手い具合に軍の警備艇まで映ってるし」
「あれれ?こんなの映ってたんだ~。私、全然気が付かなかったよ~」
「……これは!?」


 写真を見ていたヨシュアが何かに気が付いたように驚いた表情を浮かべた。


「エステル、これは軍の警備艇じゃない、あの黒装束たちが乗っていた飛行艇だ」
「あ、あんですって!?」
「あいつらの?……確かによく見るとあの時の飛行艇に見えますね」
「でもどうしてレイストン要塞の上空に映ってるの?あいつらからすれば絶対に近づきたくない場所なのに……」
「ま、まさか王国軍と黒装束が内通していたってこと!?」


 わたしの言葉を聞いたエステルがまさかという表情で王国軍が奴らと組んでいるんじゃないかと言うがそれにヨシュアが待ったをかけた。
 

「色々な可能性が考えられるけどまだ結論を出すのは速すぎるよ、ここは僕たちもレイストン要塞に行って事情を聴くべきだと思う。キリカさん、いいでしょうか?」
「ゆさぶりをかけるつもりね、許可するわ」
「なら早速行きましょう。ドロシー、写真を一枚貰っていってもいい?」
「うん、いいよ~」


 エステルたちはそう言うとレイストン要塞に向かったので、わたしとリィンはアガットの様子を見に行く事にした。4階に上がると果物の入ったカゴを持ったティータがいたので声をかけた。

 
「ティータ、アガットの様子はどう?」
「あ、リートさん!フィルちゃん!アガットさんが目を覚ましたの!」
「なんだって?それは本当かい?」
「はい、今なにか食べ物でも渡そうかと思って果物を買ってきたんです。あれ、そういえばお姉ちゃんたちは一緒じゃないんですか?」
「エステルさんたちはちょっとね、でもこれはいいタイミングかも知れないね」


 わたしたちが事務室に入ると目を覚ましていたアガットが声をかけてきた。


「よう、来たのか」
「アガットさん、目を覚ましたんですね。良かったです」
「俺としたことが油断しちまったが何とか生き残ることが出来たぜ。ティータから聞いたがお前らも色々動いてくれたんだってな。まあ……その、なんだ、ありがとうよ」
「……」
「……おい、何か言えよ」
「あ、すいません。まさかお礼を言われるとは思ってなくて……」
「ツンデレ?」
「てめえらなぁ!!」


 わたしたちの態度にアガットは怒ってしまったが、ちょっと前までリィンの胸倉をつかみ上げていたイメージの方が強かったので困惑してしまった。


「アガットさん!病み上がりの身体で大きな声を出したら駄目ですよ!」
「ティータ、だがよ……」
「う~っ……」
「……ぐっ、分かったよ。俺が悪かった」
「えへへ」


 アガットはティータに注意されると怒りを収めた、なんか尻に敷かれているみたい。


「でもアガットさんが起きていてくれて良かったです。実はあれから色々な事が分かりました」
「なんだ、話してみろ」


 わたしたちはドロシーの写真に写っていた飛行艇の事をアガットに話した。


「……レイストン要塞にだと?キナくせえ話になってきたな」
「お、おじいちゃんがレイストン要塞にいるんですか?」
「今、エステルさんとヨシュアさんが事情調査に向かっています。そろそろ戻ってくる頃だと思いますが……」
「よし、こうしちゃいられねえな」


 アガットはそう言うと大剣を背負って立ち上がった。


「まさか病み上がりの身体で行くんですか?」
「へっ、そんな軟な鍛え方はしてねえよ。体がなまっちまったから動かしたくてしょうがねえ」
「アガットさん、無茶はしないでくださいよ?」
「分かってるよ、んじゃギルドに向かうか」


 わたしたちはアガットとティータも連れてギルドに向かった。
 ちょうどエステルたちが帰ってきていたので詳しい話を聞くとレイストン要塞の情報部は不在だったそうで守備隊長のシード少佐という人がエステルたちの対応をしたらしく最後にゲートが途中で止まってしまったらしい。


「……なるほどな、前にツァイスの導力器が全て停止したことがあるって聞いたがそれと同じ現象がレイストン要塞で起きたのか。加えて写真に写っていた飛行艇はあの黒装束が乗っていた物に違いねえ。正体が分かってスッキリしたぜ、キッチリ落とし前を付けさせてもらう」
「落とし前っていうと?」
「決まってんだろう、要塞に侵入して博士を解放するんだ。そうすりゃあいつらに一泡吹かせてやれる」
「あ、なるほど。それが一番手っ取り早いってわけね」
「そう簡単にはいかないわ」
「えっ?」


 アガットの話にエステルが納得したがそれにキリカが待ったをかけた。


「遊撃士協会の決まりとして各国の軍隊には不干渉の原則があるわ。協会規約第三項『国家権力に対する不干渉……遊撃士は、国家主権及びそれが認めた公約機関に対して捜査権、逮捕権を酷使できない』とあるわ。つまり軍がシラを切る限りこちらから手を出す権利は無いの」
「チッ、そいつがあったか……」
「そ、そんな……そんなのっておかしいわよ!目の前で起きている悪事を見過ごせっていうわけ!?」


 エステルは納得がいかないと言うがキリカはクスッと笑うと再び話し出した。


「ただしこの原則には抜け穴があるわ。協会規約第ニ項『民間人に対する保護義務』……『遊撃士は民間人の生命・権利が不当に脅かされようとした場合、これを保護する義務と責任を持つ』とあるの。これが何を意味するか分かるかしら?」
「そうか、ラッセル博士は役人でも軍人でもない民間人です。つまり遊撃士が保護すべき対象という訳ですね」


 キリカの問いにヨシュアが納得したように答える。確かにラッセルは民間人である以上助けに行っても問題はないはずだ。


「あとは……工房長さん、あなた次第ね。この件に関して王国軍と対立することになってもラッセル博士を救助するつもりはあるかしら?」
「……考えるまでもない。博士は中央工房の……いや、リベールにとっても欠かすことのできない人材だ、救出を依頼する!」
「これで大義名分は出来たわね。遊撃士アガット。それからエステルとヨシュア。レイストン要塞内に捕まっていると推測されるラッセル博士の救出を要請するわ、非公式ではあるけど遊撃士協会からの正式な要請よ」
「そうこなくっちゃ!」


 その後レイストン要塞に侵入するために工房船『ライプニッツ号』の運ぶ荷物に紛れて侵入すると言う大胆不敵な作戦を考えて遂に実行される時がやってきた。


「じゃあわたしたちはここでお別れだね」
「皆さん、作戦の成功を祈っています」


 わたしとリィンは発着場でライプニッツ号に乗り込むエステル、ヨシュア、アガット、ティータを見送りに来ていた。
 なんでティータまで行くのかというと要塞に荷物を運ぶとき生体感知器をかけられるのだがラッセル博士の発明品にそれを妨害できる装置があったらしく今回の作戦が実行されることになった、でもそれはティータにしか動かせないらしいのでこうして同行することになった。
 因みにそれを知ったアガットは大反対、説得して何とか納得はさせたがその時の姿がわたしに対して過保護な対応をするリィンや西風の皆によく似ていた。


「リート君とフィルはあたしたちを見送ったらロレントに戻るの?」
「ええ、そろそろ帰らないとアイナさんに叱られてしまいますから」
「ん、お手伝いもしないといけないしね」
「アガットさんもありがとうございました、お体に気を付けてください」
「ああ、お前らも達者でな」


 エステルたちと挨拶をしてるとティータがギュッと抱き着いてきた。


「ティータ?」
「フィルちゃん、色々とありがとうね……」
「ん、ティータも気を付けてね。何かあったら絶対にわたしが駆けつけるから」
「うん!」

 
 ティータはわたしから離れるとリィンに頭を下げた。


「リートさんも色々ありがとうございました」
「ティータ、こっちこそありがとう。ラッセル博士が無事に救助されることを祈ってるよ」
「はい、本当にありがとうございました」


 そしていよいよ作戦が実行される時間となりライプニッツ号はレイストン要塞に向けて飛び立っていった。


「いっちゃったね……」
「ああ……皆さん、無事を祈ります」


 
 

 
後書き
  

 

第45話 王都での再会

side:リィン


 ツァイスからロレントに戻ってきた俺とフィーはエステルさんたちの事をアイナさんに話していた。何故俺たちが話しているかというと導力通信器を使うと黒装束たちに盗聴される恐れがあるかも知れないので通信器は使わないほうがいい、アイナさんには俺たちが事情を話しておいてくれとキリカさんに言われたのでこうしてツァイスで起きた事を話している訳だ。


「……そう、そんなことがあったのね」
「はい、エステルさんたちが無事だといいのですが……」
「まあ今はあの子たちを信じるしかないわね。でも王国軍が所要する軍事施設でも最大規模を誇ると言われているレイストン要塞に例の黒装束たちの飛行艇が映っていたとなるとここ最近の王国軍内の不穏な動きと関係があるのかも知れないわね」
「……それって王立親衛隊がテロリスト容疑で指名手配を受けた事?」


 フィーの発言にアイナさんが頷いた。ここ最近王国軍で一部の将校が逮捕されたり逆に昇格したりと大きな動きを見せていた。中でもあの女王陛下直属の親衛隊が今テロリストとして指名手配を受けているのが一番大きな変化だろう。リベール通信でも大きく取り上げておりリベール市民に大きな動揺が走ったくらいだ。


「ツァイスを襲撃したときの写真を見た時は驚いたわ、あの親衛隊が……だなんて思ったくらいよ」
「ええ、恐らくドロシーさんが取った写真を使ったんでしょう。でも俺たちは黒装束たちが犯行をした場面を見たから疑ってますが市民は親衛隊を悪とみなしている人も増えてきているかも知れませんね」
「かわりに情報部のリシャール大佐の人気は鰻登りみたいだけどね」


 親衛隊とは違いこれまで多くの功績を上げたリシャール大佐は今や王国の新たなる守護者と言われるほどの人気ぶりだ。この短期間でここまでの情報操作をするとは流石は情報部と名乗るだけの事はある。


「とにかくあなたたちは今日はもう休みなさい。色々あって疲れたでしょう?」
「……そうですね、今日はもう休ませてもらいます」
「ん、お休み。アイナ」


 俺とフィーはアイナさんの気遣いを有り難く受けて今日はもう休むことにした。部屋に戻りベットに座り込むと膝にフィーが座り込んできた。


「…………」


 普段なら猫みたいにすり寄ってきたり甘えてくるフィーだが今は首を下に向けて俯いていた。


「……心配か、ティータの事が?」
「……うん」
「ラウラやティオ、クローゼさんと同じ大切な友達だからな、そりゃ心配だよな」


 本当だったらフィーもティータの力になりたかったはずだ。でも遊撃士でもない俺たちがこれ以上首を突っ込むことはできない。


「エステルさんやヨシュアさん、それにアガットさんもいる、だから信じよう……」
「……」


 フィーは言葉ではなく首を縦にふって答えた。





 翌朝になり俺とフィーが上に上がるとそこにはあまり会いたくなかった人がいた。


「やあ、リート君にフィル君。久しぶりだねぇ」
「……」
「やっほー、オリビエ」


 そう、俺を散々と振り回してきたオリビエさんが何故かロレントにいたのだ。


「オリビエさん、何でここにいるんですか?ルーアンにいたはずじゃなかったんですか?」
「いやぁ、ルーアンを満喫したから次はツァイスの温泉地に行こうかなって思ってたんだけどそろそろ王都で女王生誕祭が行われる時期になったからそっちに先に行こうかなって思ってね」
「……じゃあ王都に行ってくださいよ、ここはロレントですよ?」
「一人でお祭り行っても楽しくないじゃないか。一緒に行こうよ~」


 ……はぁ、態々その為にロレントに来たのか、この人は。俺は心の中で呆れたがとりあえず断っておく事にした、だって絶対にろくなことじゃないと思うからだ。


「駄目に決まってるでしょう、少し前までツァイスに行ってたから溜まった雑用もあるし今はそんな気分じゃないんですよ。アイナさんも言ってやってくださいよ」
「別に構わないわよ」
「ほら、アイナさんも構わないって……えぇっ!アイナさん!?」


 俺は絶対に反対されると思ったのだがアイナさんはイイと言ってきた。


「俺たちは保護されている立場なんですよ?そんな勝手に出歩かせてもいいんですか?」
「えっ、今更そんなことを言うの?」
「リート、流石にそれは無いって思う」
「新手のジョークかい?」


 アイナさん、フィー、オリビエさんから可哀想な人を見るような視線を受けて俺は自分の発言に恥ずかしくなった。本当に今更な話だった。


「で、でも最近は物騒ですし軍も動いているじゃないですか。あまり出歩くのは良くないかと……」
「心配し過ぎよ、空賊事件以外は表立って関わったわけじゃないでしょ?なら大丈夫よ」
「それはそうですけど……でも普段なら止めようとしませんか?」
「まあね、でもそろそろカシウスさんが帰ってくるかも知れないし最後の思いで作りにはいいんじゃないかと思ったの」
「……えっ?」


 俺はアイナさんの言葉に耳を疑った、だって今行方の分からないカシウスさんが帰ってくるかもしれないと言ったからだ。


「ど、どういう事ですか!?」
「実はあなたたちがツァイスに行ってる間にカシウスさんから手紙が届いていたの。手紙には「女王生誕祭までには必ず帰る」って書いてあったから帝国での事件も解決したんじゃないのかしら?」
「そうだったんですか、ならエステルさんたちにも……って今は無理か」
「ええ、本当なら真っ先に教えてあげるべきなんでしょうけどエステルたちはマズい状況みたいだからね」


 ……そうか、カシウスさんは無事だったのか。帝国に行ってから音沙汰が無かったから何をしているんだろうと思っていたが取りあえず無事のようだ。


(……そういえばエステルさんたちは正遊撃士になるための旅をしていた。ならもしかしたらグランセルに向かっているんじゃないのか?)


 レイストン要塞に向かったエステルさんたちが今何をしてるのかは分からないがもし無事に脱出出来ているのならグランセルに向かっている可能性も考えられる、まあ可能性としては低いだろうが行ってみる価値はあるかも知れない。


「……オリビエさん、気が変わりました。俺とフィルも一緒に行っていいですか?」


 俺がそう言うとオリビエさんはまるでそう答えると分かっていたと言わんばかりの笑みを浮かべた。


「勿論さ、きっと素敵なひと時になるはずだよ」


 オリビエさんの言葉の意味は分からなかったが怪しさMAXのこの人の事だ、絶対に何かあるかも知れない。でも俺はエステルさんとヨシュアさんに少しでも会える可能性があるならと思い王都グランセルに向かう事にした。


「じゃあ早速向かおうか、定期船のチケットは既に購入済みだからね」
「……用意がいいですね」



―――――――――

――――――

―――


「ここが王都グランセル……流石リベールの中心と言える街だ、華やかで綺麗だな」
「ん、女王生誕祭が近いからか人の数も多いね」


 フィーとオリビエさんと共に王都グランセルに向かった俺は賑やかな街を見て思わず身惚れてしまった。


「もうすぐ武術大会も開かれるからそれを見に来た人も多いんだ、リート君も出てみたらどうだい?」
「武術大会ですか?」


 オリビエさんが話した武術大会という言葉に少し反応してしまった、剣士として興味があるからだ。


「はぁ……リートって結構戦闘狂だよね」
「失礼な、あの赤い悪魔と一緒にしないでくれよ」


 ジト目でフィーに戦闘狂と言われた俺は慌てて否定する、シャーリィと同類扱いはゴメンだ。


「まあ今は取りあえず君たちが宿泊するホテルに向かおう、予約は取ってあるからフロントで話せば直に部屋にいけるはずさ」
「本当に用意がいいんですね、何か企んでませんか?」
「そんなことは無いさ。後宿泊中の代金は僕が払うから安心してくれたまえ」
「えっ、流石にそこまでしてもらうのはちょっと……」
「まあまあ、無理を言ってここまで来てもらったんだからこれくらいは当然さ」
「……分かりました、そこまで言ってもらえるのなら有り難くお気持ちを頂きます」


 普通ならいい人だな、で終わるんだけどオリビエさんだとそう思えないんだよな……まあここまでしてもらったなら少しくらいはこの人の企みに乗ってあげるとするか。


 その後俺たちはホテル・ローエンバウムに行きチェックインをする、そして案内された部屋に貴重品や武器以外の荷物を置いた俺たちは昼食をとる事にした。


「グランセルの西街区に美味しいコーヒーが飲めるバラルというお店があるんだ、昼はそこでとらないかい?」
「いいですね、俺もコーヒーは好きですし。フィルもいいか?」
「ん、問題なし」
「それじゃあ行こ……」
「はぁ、ここにいたか」
「……おや?」


 西街区に向かおうとしていた俺たちの前に男の人が立っていた。厳格な雰囲気に腰に携えた剣を見ると只者では無い様だ。実際、普通に立っているように見えていつでも剣を抜けるように気を張っている。


「おお……僕は夢を見ているのか?親愛なる友人が目の前にいるじゃないか!」
「……相変わらずのお調子者だな」
「ミュラー!親愛なる友よ!多忙な君がわざわざ帝都から訪ねて来てくれるとは、一体どういう風の吹き回しだい?」
「何をぬけぬけと……貴様が連絡の一つも寄こさずにほっつき歩いているからだろうが。余計な手間を採らせるんじゃない」
「フッ、照れることは無い。口ではそう言いながらも僕の事が心配でしょうがなくて飛んできてしまったのだろう?恋は盲目とはよく言ったものだ」
「……」
「さあ、遠慮することはない。僕の胸に飛び込んできたまえ!」
「もういい、それ以上喋るな」
「そんなつれないこと……」
「しゃ・べ・る・な!!!」
「……はい」


 ……えっと俺たちは漫才でも見せられていたのか?隣にいるフィーもポカーンとした様子で困惑しているし俺も何と言っていいか分からない。


「お初にお目にかかる、自分の名はミュラー・ヴァンダール。今日からエレボニア大使館駐在武官としてリーベルへ赴任した。そこのお調子者が君たちに多大な迷惑をかけたことを心より謝罪する」


 ミュラーさんはそう言うと俺たちに深々と頭を下げてきたので俺とフィーは目を丸くして驚いてしまった。いやだってオリビエさんの知り合いとは思えないほど真面目だから面をくらってしまったんだ。


「い、いえそんな頭を下げるほどでもないですし気にしないでくださいよ」
「リート、甘やかしちゃ駄目だよ。オリビエのせいで牢屋に入れられたこともあったんでしょ?」
「本当にすまない!このバカが迷惑をかけた!詫びのしようもない!!」


 フィーの話を聞いたミュラーさんはとうとう土下座しかねないくらい頭を下げてきた。


「本当に気にしていませんから頭を上げてください!少なくともあなたが頭を下げることじゃありませんから」
「……本当にすまない」


 ミュラーさんはそう言うと彼の横で口笛を吹いて目をそらしていたオリビエさんをキッと睨んだ。


「やはりお前を自由にさせておくべきじゃなかったな、お前にはこれからやってもらう事がたくさんある。もう自由にはさせんからな」
「え~でも僕はこれからこの子たちと食事をしに行くんだけど……」
「却下だ!」
「リートくーん、フィルくーん!たーすーけーてー!!」


 ミュラーさんはもう一度俺たちに頭を下げるとオリビエさんを引きずって去っていった。


「えぇ……なにこの展開。もう訳がわかんないんだけど……」
「ねえリィン、さっきのミュラーって人……」
「ん?ああ、恐らくあのミュラー・ヴァンダールに違いないだろう」


 ミュラー・ヴァンダール……エレボニア帝国軍第七機甲師団に所属する軍人でヴァンダール流の使い手で帝国で武に携わっている人間なら一度は聞いた事のある名だ。俺は直接会ったことは無かったから実際に会ってみるとその実力がヒシヒシと感じ取れた。


「しかしオリビエさんがあのミュラー・ヴァンダールと知り合いだったとは……」


 ヴァンダール家は帝国でも有名な一族で代々皇室の護衛も任せられていることから『アルノール家の守護者』と呼ばれている。そんなヴァンダール家の軍人と貴族とはいえ一般人のオリビエさんにどんな繋がりがあるのだろうか?
 もしかするとレンハイム家は隠れた名家なのかもしれないな。


「リィン、どうしたの?」
「いや、何でもない。それよりもフィー、お腹空いただろう?オリビエさんはいなくなったから二人でご飯食べに行こうか」
「ん、賛成」


 にっこりと微笑むフィーにほっこりしながら俺たちは西街区にあるバラルに向かおうとした。


「そなたたち、少しいいだろうか?」


 背後から声をかけられたので俺とフィーが振り返るとそこには一人の少女が立っていた。青い髪をポニーテールにして背には大剣が……ってこの子はまさか!


「ラ、ラウラなのか?」
「まさかと思い声をかけたが、やはりそなた達はリィンとフィーだったか。久しいな」
「本当だな、最後に会ったのは半年以上も前か。こうして会えて嬉しいよ」
「私もだ」


 ニコッと微笑むラウラに俺は思わず笑みを浮かべて握手を交わした。するとフィーがラウラの胸に勢いよく飛び込んだ。


「ラウラ、久しぶりだね」
「そなたも久しいな、フィー。また腕を上げたようだな」
「ん、ラウラも胸おっきくなってるね。前よりも柔らかい」
「む、胸の話ではない!」


 た、確かに大きくなってるな……じゃなくて。


「どうしてラウラがリベール王国にいるんだ?」
「私も父上から中伝を授かることになってな、更なる修行として外国を周り武者修行の旅をしているところだ」
「もうそこまで話が進んだのか、流石だな」
「そなたこそ八葉一刀流を学び二つ名まで得たのであろう?流石は私の好敵手だ」
「はは、俺なんてまだまだだよ」


 そうか、ラウラは等々中伝を授かれるところまで来ていたのか。前に手合わせをしたときもかなり強くなっていたしこれは俺もうかうかとしてられないな。


「しかし私としてはそなたたちがリベールにいる事に驚いたぞ。確かリベール王国は猟兵の運用は禁止されていなかったか?それとも観光で来ていたのか?」
「あ~……話をすると長くなりそうだからご飯食べながらでもいいか?」
「うむ、私も昼食はまだだから丁度いい」


 こうして俺とフィーはラウラも連れて西街区に向かう事になった。



―――――――――

――――――

―――


「……なるほど、そんなことがあったのか。そなたたちも色々なことに巻き込まれるのだな」
「否定はできないな、今こんな状況だし時々自分が怖くなるよ」


 バラルに着いた俺たちは匠風ライスカレーを注文して今は食後のコーヒーを貰いながらこれまでの事をラウラに話している。
 本当は情報漏洩に繋がる良くない行為だが小さい声で話しているし店の隅にある席だからマスターにも聞こえないだろう。それにフィーが警戒しているから盗み聞きをしている奴がいれば分かる。


「しかし帝国でそんなことがあったのか。レグラム支部は幸い何事も無かったが遊撃士協会の支部を襲うとは何とも愚かしい行為だ」
「そうだな、まあカシウスさんが解決に向かったしそろそろ帰ってくると聞いたから俺たちもようやく帰れそうだ」
「カシウス・ブライト殿か、お会いしたことはないがかなりの強者なのだろう?」
「ああ、俺が出会った人たちの中ではトップクラスの実力者だ。前に一回手合わせをしてもらったがフィーと二人がかりでも敵わなかったよ」
「そうか、一度お会いしてみたかったな」


 ラウラは相変わらず強い人物の事を聞くと挑みたくなるようだ、そんなラウラのワクワクした様子を見て俺とフィーはクスッと笑った。


「でもよく一人で旅をする許可が下りたよね、反対はされなかったの?」
「父上は最近は私のしたいようにさせてくれるし門下生たちも快く見送ってくれた。ただクロエたちが猛反対して説得するのに大変だった」
「まあクロエたちならそうするよね」
「変わらないな……」

 クロエ、シンディ、セリカの3人組は相変わらずのようで俺たちは苦笑した。前に出会った時も警戒されていたし俺はあまり好かれて無い様だ。


(……なんて考えているんだろうけど、あの3人も前よりはリィンに当たりが強くなくなったんだよね。セリカやシンディは「私たちもお兄様って呼ぼうかしら?」なんて言ってわたしをからかって来るし、クロエは今もリィンにギャンギャン言うけどそれが照れ隠しなのが見て分かるくらいだし……本当に女たらしだよね、リィンって)


 ……なんだかフィーに責められているような気分になってきたな。俺はジト目のフィーから逃げるように話の話題を変えた。


「そ、そういえば武術大会がグランセルで開かれるって言っていたな。ラウラもそれに出るためにグランセルに来たのか?」
「うむ、私も自分の実力を試すのに丁度いいと思って来たのだが、少し手違いがあってな」
「手違い?」
「今までは個人戦だったのだが、今年は4人でチームを組むというルールになっていたんだ。聞いた話では私以外にも人数が足りずに一人で出場する人物もいるらしい。だから私も無理を言って選手登録は済ませたが一人しかいないのでどうしようかと思っていたのだ」
「そういえばリベール通信の最後らへんにそんなこと書いてたね」
「俺は最後まで読んでなかったから知らなかったな、しかし4人チームか……」


 いきなりルールが変わるなんて普通はあり得ないが、これも何かの前兆なのかもしれないな。


「そうだ、ならリィンが一緒に出ればいいんじゃない?」
「俺がか?既に登録が済んでいるのならもう無理じゃないか?」
「いや、どうも急遽決められたルールだからある程度は融通が効くらしい。事情を話せばメンバーの追加も許されるだろう」


 何だ、そのガバガバなルールは。今回のルール変更をした人物には呆れてしまうな。


「まあそういう事なら出てもいいが俺が猟兵であることがバレないか?」
「猟兵のスキルさえ使わなければ大丈夫じゃない?わたしと違ってリィンは八葉一刀流の使い手だしいけると思うよ」
「ふーむ、まあ変装すればなんとかなるかな。幸い今までも感づかれたこともないし」


 何気なく呟いたが、そういえばだれも俺たちの顔を見て疑問に思ったりはしないのかな?遊撃士協会が持つ猟兵のリストには俺たちの顔も載ってるはずだ、だから一人くらいには何か言われないかと警戒していたが誰も気にした様子はなかった。


(カシウスさんの知り合いだからよく似た他人と思われているのか、それとも自分が思ったほど知られてはないのか?もし後者ならちょっとショックかも……)


 まあいいや、そんなことを考えても仕方ないしあと少しでリベールを去るんだしちょっとくらいはっちゃけてもいいだろう。


「それでも二人か、流石に厳しくないか?」
「まあ優勝はしたいが私も二人で勝てると思うほどうぬぼれてはいない。これも経験という事でいけるところまでいってみようではないか」
「そうだな、やれるだけやってみるか。ところで試合っていつだ?」
「明日から予選が始まって次の日に本選が始まるとのことだ」
「そうか、じゃあ登録を済ませに行ってくるか」


 俺たちはグランアリーナの受付の人に事情を話して俺も武術大会に出場することになった。まあいけるところまで頑張ってみるか。

 

 

第46話  武術大会  予選開始

 
前書き
 リィンの変装はSAOのGGO時のキリトのアバターと同じものだと思ってください。 

 
side:リィン


 ラウラと再会した俺はとある事から武術大会に出場することになった、早速変装をするためにお店で服やウィッグを買って身に着けてみた。


「どうだ、二人とも?似合っているか?」
「……なんていうか女の子みたいだね」
「うむ、知っていなければ分からないな」


 どうやらウィッグを付けて髪を長髪のように見せてのは良かったらしく今の俺は女のように見えるらしい。


「知り合いにバレないならそれに越したことは無い、準備はこれで万端だ」
「承知した、それでは早速グランアリーナに向かうとしようか」


 変装を終えた俺たちはグランアリーナに向かい受付で事情を話した、ラウラの言った通り急遽できたルールだったのですんなりと受け入れてもらえ俺も武術大会に出場できるようになった。


「ラウラ様方はそちら側の通路から控室へと向かってください」
「分かった、ではリート、行こうか」
「ああ、フィルは観戦席に行ってくれ」
「了解、二人とも気を付けてね」


 フィーと別れた俺とラウラは受付の方に案内された部屋に向かうと複数のチームが作戦を立てていたりしていた。


「ん、あれは……」


 部屋の隅にいた集団を見て俺は驚きを隠せなかった、何故なら前に対峙したあの黒装束たちがここにいたからだ。


(どうして奴らがここに……)


 何故黒装束たちがここにいるのかは分からないが警戒しておくことにしよう、向こうの動きが分からない以上俺から接触するのはマズイからだ。


 暫くするとグランアリーナの受付の人が着ていた制服と同じものを来た女性が控室に入ってきた、恐らく武術大会を運営するスタッフの方なんだろう。


「皆様、間もなく武術大会の予選が始まりますので私からルールについて説明させて頂きます。本大会では武器などはこちらで用意した物を使用して頂きます、まずはこちらを受け取りください」


 スタッフの方がそう言うと控室の隅にあったカバーが外されてそこから沢山の武器が出てきた。どうやらこの武器は刃が潰されている特別製の物で人を切ることが出来ない仕様になっているようだ、銃も弾はゴム弾を使用するようにと指示があった。


(しかし武器の種類が豊富だな……)


 一般的な剣や銃以外にも東方の武器や軍人が使う銃剣など様々な武器が用意されていた。あれ全部用意したのか?


「とりあえず俺は太刀を……お、あったあった」
「ふむ……あまりしっくりとはこないが贅沢は言えないか」


 俺は太刀を手に取りラウラは大剣を手に取った、他のチームもそれぞれ武器を持ち全員に武器が行き渡った事を確認するとスタッフの方が話し始めた。


「予選は16チームによる8試合を行います、そして勝者した8チームが明日の本選に出場することが出来ます。試合のルールとしては4VS4のチームバトルで全員が戦闘不能となった場合決着が付きますが15分以内に決着が付かなかった場合はそれまでの試合で優勢だった方を勝者とします、また戦闘不能以外にもアリーナ周辺に敷かれた白いラインを超えると場外負けとなりますのでお願いいたします」


 なるほど、基本は全員を戦闘不能にすればいいが格上相手でも場外負けや優勢勝ちを狙える辺り唯強ければいいって訳じゃないんだな。


「次に試合中のルールを話します。戦闘不能になった者に対して過剰な攻撃を仕掛けたり、こちらが用意した武器以外の使用、目つぶしや金的、噛みつきなどの反則行為を取られたチームはその場で反則負けとします。またアーツの使用は許可しますが攻撃系のアーツは第3レベルまでのものしか使えないので注意してください」


 第3レベルと言うとブルーインパクトやヒートウェイブ辺りの物だな、確かにそれ以上だと範囲が広すぎて危ない物も多いし最悪死者が出かねないからな。


「説明は以上ですが何か質問のある方はいらっしゃいますか?」
「……」
「どうやら質問は無い様なのでこれで本大会についての説明を終わらせていただきます。間もなく第1試合が始まりますのでアナウンスに呼ばれたチームの方々は入り口前で待機をお願いします」


 いよいよ武術大会の予選が始まるのか……2人でどこまで行けるかは分からないがフィーが見ている前で無様な恰好は出来ないから全力を尽くすだけだ。それから暫く待っていたが試合は第7試合まで進んで行き俺たちはその間呼ばれなかったため、どうやら最後の第8試合に出ることになりそうだ。


(しかし遊撃士協会の人たちも出ていたのは意外だったな……)


 第7試合のチームは片方が遊撃士によるチームだった、しかもカルナさんやグラッツさんもいるようだから正体がバレないか心配になってきたぞ……


(まあそれはいいや、問題はあの黒装束たちだ……)


 奴らは第4試合に出たが圧勝でカタを付けていた、赤い仮面の男は動かなかったがあいつがフィーを傷つけた男に間違いないと俺は確信した。アナウンスで聞いた名はロランスという軍人で少尉だそうだ、何が目的なのかは知らないが今の段階では普通に試合をこなしていただけなので奴らの狙いが読めない状況だ。


『次は第8試合となりますので『アルゼイド』チームと『武術家ジン』チームの方々は準備をお願いいたします』
「ジンさんだって!?」


 アナウンスに呼ばれた相手側のチームの名を聞いて俺は驚いてしまった、つい先日にお世話になったジンさんとこんなところで出会うとは思ってもいなかったからだ。そういえば王都に用事があると言っていたがもしかして武術大会に出場することが用事だったのかも知れないな。


「知っている人物なのか?」
「ああ、つい先日に世話になったカルバート共和国出身の武術家だ。相当に強かったぞ」
「なるほど、そなたにそこまで言わせる程の達人か……これは胸が高鳴ってきたな」


 強敵と知ったラウラは怯えるどころか目を輝かせてやる気になっていた。こういう所は本当に変わっていないんだな、まあ気持ちは分かるけど。


『……続きましてこれより第8試合を始めます。なお、この試合を持ちまして予選試合は終了とさせていただきます』


 試合が始まるので俺とラウラは入り口前に立ち待機する。


『南、蒼の組。チーム『アルゼイド』所属。ラウラ選手以下2名のチーム!』
「では行くぞ、リートよ」
「ああ」


 門が開いたので俺たちは中央闘技場に向かう、そこには沢山の観客たちが俺たちを見下ろしており中々のプレッシャーを感じた。


『北、紅の組。隣国、カルバート共和国出身。武術家ジン以下1名のチーム!』


 向こうの門からジンさんが現れてこちらに歩いてきた。バ、バレないよな……?


『両チームは今回の大会でメンバーが揃わなかった為、人数が不足していますが本人たちの強い希望が合った為今回の試合が成立しました。皆様、どうかご了承ください』


 人数が不足していた俺たちを見て観客たちも少し困惑した様子を見せていたが、アナウンスの話を聞いて納得したのか落ち着いていた。


「ほう、俺の相手は君たちか。まだ若い様だがいい面構えをしているな、これはいい試合が出来そうだ」
「うむ、こちらも正々堂々と全力を持って戦わせて頂こう」
「……」


 ジンさんと軽く言葉を交わしてみたがどうやら俺だとはバレていないようだ、良かった。


『これより予選第8試合を行います。両チーム、開始位置についてください』


 俺たちは指定された場所に向かいそれぞれ武器を構えた。


「双方、構え……初め!!」


 審判の掛け声と共に俺とラウラは左右からジンさんに迫っていく、ジンさんは慌てることなく眼光を鋭くして構えを取っていた。


「はあぁぁ!!」


 ラウラの上段からの振り下ろしを紙一重で交わしたジンさんは続けて振るった俺の一撃を右腕の籠手で弾き回し蹴りを放ってきた。俺はそれをバク宙で回避して距離を取ったがジンさんは素早く接近していた。


「地裂斬!!」


 だがそこにラウラの放った一撃が衝撃となって直線状に突き進みジンさんに向かっていった。ジンさんは俺への追撃を中断して地裂斬を飛んで回避する。


「大丈夫か、リート?」
「助かったよ、ラウラ。それにしても……」
「ああ、強いな……」


 ジンさんの実力は知っていたがやはり強かった、俺とラウラは何回か共に戦った事があるのでコンビネーションを合わせることが出来るがジンさんはそれを普通に対処した。つまり俺とラウラが二人組んだ状態でもジンさんを相手するのは厳しい状況だという事だ。


「来ないのならこちらから行くぞ!」
「っ!?」


 ジンさんの姿が消えたかと思った瞬間、俺とラウラはその場を左右に飛んで離れる。するとそこにジンさんの姿が現れて正拳突きをしていた。


「何て速さだ……!」


 後一瞬反応が遅れていたら間違いなく喰らっていた、何とかかわせた俺たちだが体制を大きく崩れてしまいその隙を見逃すジンさんではなかった。


「行くぞ!」
「ぐっ!」


 俺に真っ直ぐに向かってきたジンさんに目掛けて弧影斬を放つがジンさんはそれをかわして左ミドルの蹴りを打ち込んできた。


(お、重っ……!?)


 咄嗟に腕を組んで防御したが一撃の重さに腕が痺れてしまった。ジンさんは立て続けに正拳突きを放ち俺を大きく後退させる。


「リート!」


 体制を立て直したラウラがジンさんに攻撃を仕掛けた、ジンさんはラウラの一撃をバックステップで後退してかわしてラウラに右ミドルでに一撃を放った、ラウラは右膝を使って防御したが苦痛の表情を浮かべていた。


「そらそら!」
「ぐうう……!」


 ジンさんは鋭いジャブでラウラを攻め続けた、武器の性質上小回りが利かない大剣では素早いジャブに対応することが難しくラウラは防御することで手一杯だった。


「はあっ!」


 ジンさんの背後から四の型、紅葉切りを放つがジンさんは籠手で全ての斬撃を冷静に見極めて防いでしまった。だが俺に気を取られたためかラウラへの攻撃が止み、ラウラはその隙をついて跳躍した。


「鉄砕刃!!」


 上空から放たれた重い一撃はジンさんを大きく吹き飛ばした、だがジンさんはラウラの一撃を喰らってもそこまで大きなダメージを受けていなかった。


「いい一撃だ、腕が痺れたぞ」
「むう、鉄砕刃を受けてもあの程度のダメージか……」


 ジンさんは攻撃だけでなく防御も堅かった。恐らく気を身体に巡らせて防御力を上げているんだろう、八葉一刀流にも似たような技術があるから何となく分かった。


「この動きを見切れるかな?」


 ジンさんは大きな体格を感じさせないような滑らかな動きで俺たちの周りを円を描くように回り始めた。すると次第にジンさんの姿がいくつにも見えてきた。


「これは、独特の足の動きを使う事で姿が重複して見えるのか……!」
「動きが読めんな……」


 ジンさんの動きに翻弄されていた俺の背後からジンさんが攻撃を仕掛けてきた、それをかわした俺はジンさんに攻撃を放つが攻撃はジンさんに当たるとジンさんの姿が消えてしまった。


「残像か!……っ!?」
「リート!……ぐあっ!?」


 ペースを乱された俺たちを四方から打撃が襲い掛かりダメージを蓄積していく、このままじゃマズいぞ……!


「ラウラ、広範囲を攻撃できるクラフトはないか?」
「あるにはあるが……恐らくあの御仁には当たらないだろう」
「俺に考えがある、ここは協力してくれないか?」
「……分かった、そなたを信じよう」


 小声でラウラに作戦を伝えた後、ラウラは闘気を剣に込めて勢いよく横に薙ぎ払った。


「洸閃牙!!」


 ラウラは自身の周りに必殺の一撃を複数に見えるジンさんに目掛けて放つ、その一撃をジンさんたちは残像とは思えないバックステップでかわした。


「中々いい技だが少し安直な考えだったんじゃないか?」
「……それはどうかな?」
「むっ?黒髪の嬢ちゃんの姿がない?」


 ラウラの言葉にジンさんは俺の姿がないことに気が付いた。


「俺はここです!」


 上空に飛び上がっていた俺は複数のジンさんの一人に目掛けて太刀を足で蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた太刀はジンさんに一直線に向かっていきジンさんはそれを弾いた。そう、弾いたのだ。


「見つけた!」


 動きの止まったジンさんの腹部に必殺の破甲拳を打ち込み大きなダメージを与えた。


「ぐはっ!」


 大きく後ずさりしたジンさんは呼吸を整えた後、俺を見てニヤリと笑みを浮かべた。


「なるほど、大剣使いのお嬢ちゃんにクラフトを出させる前に既に上空に飛んでいたのか」
「ええ、複数に分かれるように見せる足の動き……気を上手く張り巡らせていたから気配に鋭い俺でも本体が読めなかったです、でも攻撃を回避しようとすればあなたでも動きにムラが出来るはずだと思い上空から様子を見させてもらいました」


 ジンさんの動きは気配を読む力に長けている俺でも本体を探し出せないくらい見事なものだった。でも流石のジンさんでも広範囲に攻撃するクラフトが来れば回避に専念して動きにムラが出ると思いラウラに洸閃牙を使ってもらった。
 流石にあの動きを保ちながら回避までするとは思っていなかったが一瞬気の流れが乱れて気配が読めたのでそこに攻撃を仕掛けたという訳だ。太刀を蹴り飛ばしたのも意表を突くいい作戦になった。


「その若さで大した観察眼だ。しかしお前とは初めて会った気がしないな、どこかで会ったか?」
「い、いや俺は覚えがないです……」
「そうか、最近会ったような気がしたが気のせいだったか」


 前にもこんなやり取りをしたな……まあ今は決着をつける方が先か。もう既に13分が経過している、このままでは試合時間の15分になり優勢勝ちでジンさんが勝つだろう。


「一か八かか……ラウラ、アレをやるぞ」
「アレとは半年前に二人で生み出したアレか?しかしアレはまだ未完成のはずでは?」
「このままじゃ俺たちに勝ち目はない、なら最後に大きな一撃を出して賭けようじゃないか」
「賭けか……普段ならしないがこの場ならそれもまた一興か、承知した!」


 ラウラが俺の隣に並び立ち二人で武器を構える、ジンさんも俺たちの動きを見て今まで見たこともない構えを取った。


「どうやら大技でくるようだな、それなら俺も最高の技で答えよう」
「……態々付き合ってくれるんですか?」
「ああ、武人として最高のシチュエーションじゃないか」


 ……どうやらジンさんもラウラに似たような人らしい、好感は持てるけどね。


「……行くぞ!」
「……来い!」


 俺とラウラは武器を頭上に掲げて力を込めていく、炎と光が集まっていきそれが俺たちの頭上で大きな剣に形を変えていく。ジンさんも右腕に闘気をため込み必殺の構えを取った。


『奥義、炎魔洸殺剣!!』
「奥義、雷神掌!!」


 振り下ろされた必殺の一撃とジンさんが放った闘気の塊がぶつかりグランアリーナに巨大な衝撃が走った、そして煙が晴れて立っていたのは……



「ぐ、うう……」
「……負けたか」
「はぁ……はぁ……」


 地面に倒れる俺とラウラ、そして息を荒くしながらも堂々と立っていたジンさん、勝者は明白だった。


「しょ、勝負あり!紅の組、ジン選手の勝利!」


 遅れて放たれた審判の言葉にシーンとしていた観客たちは盛大な歓声を上げた。残念ながら力及ばず負けてしまったがとてもいい気分だった。



 こうして俺とラウラの挑戦は幕を閉じたのであった。








「オリジナルクラフト紹介」



 『炎魔洸殺剣』 


 リィンとラウラのコンビクラフト。お互いの武器を頭上に掲げて炎と光を纏わせた巨大な剣を生み出して振り下ろす。元ネタはライザーソード。

  
 

 
後書き
 ゲームでは高位アーツはぶっぱするわ、相手をザクザク切るわ、導力砲を放つわと普通なら死んでるような攻撃も戦闘不能で大丈夫ですが流石にそれだと現実的じゃないので細かいルールをお粗末ながら作りました。 

 

第47話 現在の状況

side:リィン


 試合を終えた後、俺とラウラはグランアリーナ入り口前に立っていたフィーと合流した。


「あ、二人ともお疲れ様。残念だったね」
「無様な姿を見せてしまったな、恥ずかしい限りだよ」
「そんなことないよ、リィンもラウラも凄くかっこよかった」
「そなたにそう言って貰えるならなによりだ。本音を言えば勝ちたかったが今の自分ではまだ無理だ、いずれは勝たせてもらうつもりだがな」


 ラウラはジンさんに再戦を挑む気マンマンのようで目を輝かせていた。


「おお二人とも。ここにいたのか」
「ジンさん?」


 3人で話しているとそこにジンさんがやってきた。


「どうかしたんですか?」
「いや、お互いにいい勝負が出来たからこれを機に繋がりを作っておこうかと思ってな、お前たちとはまた戦ってみたいんだ」
「それは光栄です、あなたのような気高き武人とつながりが出来るとは嬉しく思います」
「ラウラと言ったか、俺もお前のような武人と出会えたことを嬉しく思うぞ」


 ラウラとジンさんはガッチリと握手をかわして親交を深めていた。


「どうだ、これから酒場に行く予定なんだが良かったら一緒に来ないか?俺が代金を出そう」
「いいんですか?」、
「ああ、いい勝負をさせてもらえたお礼だ。いいだろう、リート?」


 ジンさんが俺を見てリートと言ったので俺は驚いた。


「俺の変装に気が付いていたんですか?」
「最初はまさかなと思ったが戦っているうちに気が付いたよ。そもそもフィルも一緒にいるんだ、どうして女子の恰好をしているかは知らないが事情があるんだろう?」
「ええ、まあそのことは酒場で話しますよ」


 それから俺たちはジンさんと一緒に酒場に行くことになった。


―――――――――

――――――

―――


「ふむ、なるほどな。まさかカイウスさんの知り合いだったとは思わなかったぞ」


 王都グランセルにある酒場『サニーベル・イン』でジンさんにカシウスさんとの関係を話すと彼もカシウスさんの知り合いだったらしく驚いた表情を浮かべていた。


「ジン殿はカシウス殿と親交があるんですか?」
「ああ、昔カルバート共和国に来たカシウスさんに世話になったこともあってな。数年前には共に大きな仕事をしたこともある」
「大きな仕事?それって何?」
「すまんな、あまり人に話せることじゃないんだ」


 ラウラがジンさんにカシウスさんとの関係を聞くと昔カルバート共和国でお世話になったことを知った、カシウスさんは本当に顔が広いんだな。その後にフィーがカシウスさんと一緒にした仕事について質問したがジンさんは話せないことなのですまないと頭を下げた。


(数年前……D∴G教団を壊滅させた作戦の事か?)


 多くの遊撃士や各国に軍やクロスベルの警察も動いたあの事件、もしジンさんが言った仕事がそのことなら話せる内容ではないな。


「そっか、残念」
「ははは、すまんな。まあ俺としては八葉一刀流の使い手とアルゼイド流の使い手に同時に会えたことにも驚いているんだがな」
「ジンさんは八葉一刀流を知っているんですか?」
「ああ、俺の流派『泰斗流』も東方で生み出された武術だからな」


 泰斗流……東方の神秘ともいわれる『氣』を自在に操ると言われる活人拳か、ユン老師も東方出身だからか修行の中で何回か聞いたことがある。


「ジンさんはユン老師やヴィクターさんとも知り合いなんですか?」
「いや、直接会ったことは無いが優れた武人と聞いていたからな。それぞれの流派の強さはお前たちを見ていたら納得できたよ、その若さでそれだけの実力を持っているのだからな」
「いえ、自分はまだ初伝でしかありません。まだまだ未熟者です」
「私もジン殿と戦い自分の弱さ、甘さを再確認しました」
「二人とも真面目なんだな、それだけ真剣に己と向き合えるのならいずれ大陸に名を馳せる戦士になるのも遠くない未来なのかも知れないな」


 己と向き合うか……ジンさんはそう言ってくれたけど俺は自分自身に宿っているこの力に翻弄されている弱い奴だ、少なくともラウラは俺と違い迷いはない。


「あ、ジンさんみーけっ♪」
「エステルさん!?」


 酒場に入ってきて俺たちに声をかけてきたのはエステルさんとヨシュアさんだった。


「あれ?貴方どうしてあたしの名前を知っているの?」
「リート、彼らは知り合いか?」
「やっほー、エステル、ヨシュア」
「貴方はさっきジンさんと試合をしていたコンビの……それになんでフィルがいるの?」


 どうやらエステルさんは俺がリートだと分からないようだ。


「エステル、その人はリート君だよ」
「……えっ?」
「あはは、数日ぶりですね、エステルさん」


 俺はウィッグを外してエステルさんにいつもの状態で挨拶をした。


「ふえ~っ!?どうしてリート君がここにいるの!?」
「まあいろいろ事情がありますが取りあえずそれは後で話しますよ。お二人はどうしてここへ?」
「あ、そうだった。あたしたちはジンさんに用事があってここに来たの」
「俺にか?」


 静かにお酒を飲んでいたジンさんは自分の名前を呼ばれて反応した。


「あたしたちをジンさんのチームに入れてほしいの!」
「チームと言うと武術大会の事か?一体どうしてなんだ?」
「僕たちはどうしてもグランセル城に向かわなくてはならないんですが遊撃士協会の招待状を送っても駄目らしいんです、そんな時に武術大会の優勝チームはグランセル城の晩餐会に招待されるとデュナン侯爵が言っていたのを観客席から聞いていたんです」


 どうやら二人はフィーとは違う場所で試合を見ていたらしい。二人が言うのは予選が終了した後にデュナン侯爵が話す機会が合ったのだがその話の中で優勝したチームを晩餐会に招待すると言っていたことだろう。


「あたしたち、どうしても女王陛下に会わなくちゃいけないの、だからお願い!」
「僕からもお願いします」


 二人はジンさんに頭を下げてチームに入れてほしいと頼んだ。ジンさんは少しの間無言になり何かを考えていたが目を開けてエステルさんたちに話しかけた。


「分かった、事情は知らないが何か大事な使命を持っているようだな。君たちが果たすべき使命のため、喜んでチームに向かい入れよう」
「やった!ありがとう、ジンさん!」


 エステルさんはピョンと嬉しそうに跳ねた。でも羨ましいな、俺も本選に出てみたかったけど負けてしまったからそれはかなわないんだよな。まあ仕方ないか、明日はエステルさん達の応援に集中することにしよう。


「しかしお前さんたちが入ってくれても3人か……あと一人いれば完璧なんだが流石にそれは望み過ぎか……」
「リート君は試合に出てたからあたしたちのチームに入れないのよね。あ、そうだ、フィルが入ってくれたらいいんじゃないの?」
「えっと……わたしはお父さんやユンお爺ちゃんに武器の使い方や戦い方をもらったことはあるけど実戦経験はそこまでないから多分役に立てないと思う」
「そっか。うーん、残念だわ」


 フィーはエステルさんの誘いを断った。俺は八葉一刀流ということで誤魔化せるがフィーの戦闘スタイルは猟兵向きのものばかりだから遊撃手に見られたら怪しまれる可能性があるからだ。


「ふふふ……待っていたよ、この時を」


 リュートの音色が聞こえ2階から誰かが降りてきた。


「やっぱりオリビエさんでしたか……」
「やあリート君、また会えたね」


 オリビエさんは空いていた席に座り、俺たちの会話に混ざってきた。


「出たわね~、このスチャラカ演奏家」
「お久しぶりですね、オリビエさん。もしかして今の話を聞いていたんですか?」
「ふふふ……余すことなく聞かせてもらったよ」
「まったく、相変わらず神出鬼没な奴ね」
「なんだ、この兄さんはお前さんたちの知り合いか?」


 エステルさんが呆れた様子でため息をついた、すると会話に入っていなかったジンさんがオリビエさんについて尋ねてきた。


「初めまして。僕はオリビエ・レンハイム。エレボニア帝国出身の演奏家さ」
「これはご丁寧にどうも。俺はジン・ヴァゼック、カルバート共和国出身の遊撃士で武術の道を志している。あんたはエステルたちとは知り合いなのか?」
「エステル君とヨシュア君、それにリート君とは前にある事件で知り合ってね、特にリート君とは一晩を共に過ごしたほどの只ならぬ関係なのさ」
「誤解を招くような言い方は止めてください、一緒の牢屋に入れられていただけです」


 俺はジト目でオリビエさんを睨んで訂正した。


「牢屋に入れられた……?そなた、また何かに巻き込まれたのか?」
「もはや才能だね」


 ラウラに苦笑されフィーに呆れられてしまった。そりゃ昔から何かしらの事件に巻き込まれたりはするが好きにそうしている訳じゃない。


「おや、君はリート君と一緒に予選に出ていた子だね。見事な大剣裁きだったよ」
「ありがとうございます、レンハイム殿。私はラウラ・S・アルゼイドと言います」
「アルゼイド……そうか、君は光の剣匠の娘さんだね」
「父を知っているのですか?」
「一度お会いしたことが合ってね。なるほど、彼に師事を受けたのならその若さでそれだけの強さを持っているのも頷けるよ」
「恐縮です」


 へえ、オリビエさんはヴィクターさんに会った事があったのか。知らなかったな。


「……しかし、リート君も隅に置けないね」
「何がですか?」
「こんなに綺麗なガールフレンドがいるなら教えてほしかったよ」
「ガ、ガールフレンド!?」


 オリビエさんの言葉にラウラが顔を赤くしてしまった。


「おや、違ったのかい?」
「リ、リートとはそういう関係ではなく……いや好きか嫌いかと言われれば好感の持てる男性なのは確かだがどちらかと言えば尊敬の意味が強くそういった事は……」


 アタフタと慌てながら顔を真っ赤にしていたラウラは遂にパニックになってしまった。


「オリビエさん、ラウラはそう言う話は得意じゃないんです、ラウラをからかうのは止めてください」
「あはは、ごめんね。可愛い反応をするものだからついからかってしまったよ」
「全く、あなたは変わりようがないようですね。そんな事よりもさっきの話を聞いていたという事はオリビエさんはエステルさん達のチームに入りたいって事ですか?」


 俺は強引に話の流れを変えてオリビエさんに質問した。


「勿論そのつもりさ、優勝者はあのグランセル城に招待されるんだろう?是非とも行ってみたかったのさ」
「貴方らしいですね……というかオリビエさん、ミュラーさんはどうしたんですか?確か逃がさないと言って連れていかれましたよね?」
「……てへ♪」


 ああ、逃げ出したんだな。可哀想に、ミュラーさんも苦労しているなぁ……


「ミュラーさん?其の者はもしやミュラー・ヴァンダールでないか?」
「ああ、その人だ」
「レンハイム殿は凄い方と知り合いだったのですね、驚きました……」


 ミュラーという名前を聞いたラウラは驚いていた。まあ帝国出身ならミュラーという名には反応するよね。


「ミュラー?それって誰なの?」
「ミュラー・ヴァンダール。エレボニア帝国の軍人で帝国に名高い剣術、ヴァンダール流の達人だよ。帝国で剣術や武道を嗜む人ならこの名前を知らない者はいないと言われているくらいなんだ」
「へ~、凄い人ね。でもオリビエの知り合いなんでしょう?」
「性格はオリビエさんとは真逆ですよ」
「……本当にすごい人なのね」


 あの、エステルさん?もしかして帝国人は皆おかしい人ばかりだと思っていませんか?オリビエさんが特殊なだけで真面目な人も多いんですよ?ラウラなんか苦笑してるじゃないですか……


「まあとにかく、僕を君たちのチームに入れてくれないかい?」
「俺は良いと思うぞ、この兄さんは銃使いだからチームに入ればバランスが良くなる」
「うえっ!?ジンさんってオリビエと初めて出会ったのよね?なんで使う武器を知ってるの?」
「……これは驚いたな」


 ジンさんとオリビエさんは初対面のはずだ、そのジンさんがオリビエさんの使う武器を言い当てたという事は服の下にあった膨らみや動き方、または視線の動きなどで判断したんだろう。


「やはり脇の下のふくらみや歩き方で分かってしまうのかな?」
「ああ、それと視線の動かし方だな、武術家や剣士などは動く対象のとらえ方が線だがあんたは相手の動きをポイントごとにとらえている。銃を使う人間特有の動きさ」
「何と、一目見ただけでそこまで分かるとは……流石は達人です」


 俺やフィーも相手の服装や動きなどを見て相手の戦闘スタイルを予想することは何度もしてきた、ラウラもある程度は予想できるはずだ。だがジンさんのようにピタリと言い当てる事は出来ないから彼女は驚いているんだろう、俺やフィーもあそこまで正確には分からないからな。


「ひょえええ、プロだわ……」
「なるほど、確かに理屈ではそうなりますね」
「フム、今後は気を付けるとしよう。それで、僕は達人の目から見ても合格したと捉えてもいいのかな?」
「ああ、あんたなら問題なさそうだ。よろしく頼むぜ」


 ジンさんがそういうなら大丈夫だろう、実際にオリビエさんは銃の腕に加えてアーツの使い方も非常に上手い、エステルさんやジンさんが前衛タイプだからバランスもいい。


「ええ~……あたしは正直納得いかないんだけど」
「まあまあ、エステルだって確実に優勝しないといけないことは分かっているだろう?オリビエさんは性格はアレだけど実力は確かじゃないか」
「……ヨシュア君もイジワルだね、でもそんな君もまた魅力的だ」


 その後は全員で夕食を食べた後、まだ飲み足りないと残ったジンさんとオリビエさんを置いて俺たちはホテルに向かった。


―――――――――

――――――

―――


「ふ~、今日は色々あって疲れたな……」


 予選だけとはいえ武術大会は疲れたな、まさか一回戦からジンさんのような達人と当たるとは思ってもいなかったけど結果的にはいい経験になったな。


「リィン、フィー。本当に良かったのか?私まで一緒の部屋を使わせてもらっても」
「ああ、問題ないよ。フロントの人には追加料金を払う事でOK貰ったし大丈夫だ」


 まあ払うのはオリビエさんだがこのくらいの甲斐性は見せてもらわないとね。


「俺はこっちのベットを使うからフィーとラウラは二人で寝てくれ」
「別に3人でもいいんじゃないの?」
「2つのベットがあるのにそんなことしなくてもいいだろう?ラウラが顔を真っ赤にさせているからその辺にしておきなさい」
「はーい」


 真顔で舌をペロッと出すフィーだがちょっとからかい癖が付いてきていないか?やっぱりオリビエさんの影響を受けてしまったのだろうか……心配だ。


「リィン、そろそろ時間じゃない?」
「そうか、もうそんな時間か」


 俺は時計を見ると既に21時を回っていた、さっきフロントでエステルさんたちに話があると言ってこの時間帯にエステルさんたちが泊っている部屋を訪ねる約束をしていたからもう行かないとな。


「ラウラ、俺たちはちょっと出かけてくる、留守番を任せてもいいか?」
「……承知した、あまり遅くならないようにな」
「ありがとうな、それじゃ言ってくる」


 ラウラは俺たちが自分には話せない事だと察したのか何も言わずに承諾してくれた。そんなラウラに感謝しながら俺とフィーはエステルさんたちが泊っている202室に向かった。


「……すいません、リートとフィルですがエステルさん、起きていますか?」
『あ、来てくれたのね。待っていて、今ドアを開けるから』


 エステルさんはカギを開いて俺たちを出迎えてくれた。


「いらっしゃい、さあ中に入って」
「……お邪魔します」
「……」


 俺たちは中に入る前に周りを警戒するが怪しい者はいなかった、一応警戒は解かないまま中に入りヨシュアさんに挨拶をした。


「ヨシュアさん、こんな夜遅くにすみません」
「気にしないで、僕たちも君たちと話をしたいと思っていたから」
「ありがとうございます」


 俺とフィーは片方のベットに座り、もう片方のベットにエステルさんとヨシュアさんが座った。


「……誰かにつけられたりはしてなかった?」
「警戒はしましたがそういった気配は感じませんでした」
「そうか、あの黒装束たちが動かないか心配だったが今は大丈夫のようだ」


 確かにそれは俺も考えた事だ。だが奴らは動いている気配がない、それどころか今まで隠れて行動していた黒装束が堂々と表に出てきているくらいだ。もしかしたらヨシュアさんたちなら何か知っているかもしれないが教えてもらえるだろうか?俺はカシウスさんの事を話すために二人の元を訪ねたができればその辺の話も聞いておきたいところだ。


「まずはこうして無事に再会できたことを嬉しく思います」
「僕たちもこうして会えて嬉しいよ、もしかしたらあの黒装束の手が君たちの所に行っているんじゃないかと思っていたからね」
「やはり、あの黒装束たちと何かあったんですか?」
「……リート君、フィル、君たちはルーアンで奴らと遭遇したんだよね?となると僕たちとつながりがある事も既に調べられているかもしれない。本来はいけない事だが敵が君たちを狙う可能性もある以上、大事な事を教えておきたい。ただ、絶対に口外はしないでくれ、例え信頼できる人物でもね」
「……分かりました」


 俺とフィーはヨシュアさんの言葉に頷き彼の話を聞いた。その話の内容は信じがたい事ばかりだった、あのリシャール大佐が黒装束たちと繋がりがあったどころか情報部という王国軍の部隊だったなんて……


「……俺が予想していた以上の展開になっていますね。でもこれで最近の王国軍の急な動きの理由が何となく分かりましたよ」


 モーガン将軍や他の名のある将校たちの逮捕、そして女王陛下の親衛隊の指名手配などはリシャール大佐が起こしたものだった。


「……エステル、ティータは無事なの?」
「ティータはラッセル博士と共にアガットが守ってくれているわ。安心して」
「そっか、よかった」


 ずっと心配していた親友の安否が分かり、フィーは安堵した表情を浮かべた。俺はフィーの背中をポンッと軽く叩きよかったなと言うとフィーは嬉しそうにコクッと頷いた。


「でもあたしが驚いたのは父さんが態々手紙を送ってきた事なのよね」
「そこまで言う程なんですか?」
「そりゃねぇ……いっつもフラッといなくなったと思ったらいつの間にか帰ってきていたのがザラだもん」


 エステルさんからすればカシウスさんが手紙を送ってきた事に驚きを感じているようだ。でも顔は凄く嬉しそうで内心はカシウスさんの安否が分かり嬉しいんだろう。


「しかしリシャール大佐が黒装束たちを率いていたとすると今までの事件に関係しているのは間違いなさそうですね」
「そうだね、表向きは正義の軍人を演じていたけど実際はとんでもない人物だったんだ。正直驚きを隠せなかったよ」


 ボースで起きた空賊による定期船誘拐事件、ルーアンでの孤児院放火事件、そしてツァイスのラッセル博士誘拐事件……このすべての事件に黒装束たちが絡んでいた。その上司であるリシャール大佐も関わっていたということだ。
 初めて会った時は遊撃士に期待しているなどと言っておいて内心ではほくそ笑んでいたという訳か、狡猾な男だ。


「でもリシャール大佐は一体何をしたくてあんな事件を起こしたのかしら?」
「自作自演の事件を解決することで民衆の支持を得たかったんじゃないの?実際今凄い人気だし」


 エステルさんの疑問にフィーが答えた。
 確かにそれはあり得そうだ、リベール通信によれば空賊事件やルーアンの市長の逮捕などは彼の手柄になっていた。ラッセル博士の誘拐については親衛隊のせいにすることで彼らを失墜させたしこれも目的の一つだったんだろう。


「何を企んでいるのかは正直、今の段階では分かりません。でも今まで隠密行動を取ってきた情報部が表舞台に堂々と出てきたという事はもうコソコソとする必要がなくなったんじゃないでしょうか?」
「つまり、あいつらはもう既に何らかの計画を開始する準備が出来たという事なのかしら?」
「恐らくは……」


 親衛隊にモーガン将軍などの捕らえられた将校たちはリシャール大佐の企みには邪魔なんだろう。だから逮捕したりテロリストとして罪を擦り付けたんだろう。


「もしかして武術大会に出ているのもあたしたちの目的がバレたからなのかしら?」
「流石にそれはないと思います。デュナン侯爵がグランセル城に招待すると言ったのは予選が終わってからですし他に目的があるのかもしれません」
「もしくはデュナンっていう奴を既に仲間に入れていて、エステルたちを誘い込むためにああ言わせたとか?」
「確かにあの人ならリシャール大佐に上手い事言いくるめられているかもしれないね、まあそんなことを言い出したらキリがないんだけど」


 エステルさんは自分たちがアリシア女王陛下に会おうとしているのがバレたのではないか、と言ったがその可能性は低いだろう。もしそれを情報部が知ったのならどんな手を使ってでも止めようとするだろう。
 すると今度はフィーがデュナン侯爵がリシャール大佐たちの仲間なんじゃないかと発言した。確かにあの人見た感じ能天気そうだったしその可能性もありそうだ。エステルさんたちは既に何回も黒装束と戦っているため危険人物とマークされていてもおかしくないしな。


「まあ例え罠だとしても武術大会を勝ち抜く以外に女王陛下に会える方法はないんだから勝つしかないわよね」
「でもあの黒装束たちを率いていたリーダー格の男がいる以上厳しい戦いになりそうです」
「フィルはルーアンでそいつと出会った事があるのよね、どんな感じだったの?」
「……凄く強かった、エステルに分かりやすく説明するとカシウスと戦ったような気分になった」
「それって相当強いじゃない!?」


 気合を入れるエステルさんだが、フィーからカシウスさん並と聞いたエステルさんは驚いていた。


「そっか、だとしたらかなりの激戦になりそうね」
「エステル、黒装束たちを気にするのも大事だけど他のチームに事も頭に入れておかないと駄目だよ。まだどのチームと対戦するのか分からないんだから」
「確かにそうね、他のチームと言えばカルナさんや他の遊撃士たちが集まっていたチームがあったわ。あの人たちにはこのことを話さなくてもいいのかしら?」
「そうだね、万が一僕たちが負けてしまった時の為に保険として話をしておくのがいいかもしれないね。今ならギルドにいるかもしれないし行ってみようか?」
「味方は一人でも多い方がいいし早速行きましょう」
「それなら俺たちはこの辺で戻りますね」


 エステルさんたちはカルナさんやグラッツさんたちに会いに行くためにこの町のギルドに向かうようなので、俺とフィーは部屋に戻る事にした。



「リート君、君たちも黒装束やリシャール大佐には気を付けておいてくれ」
「了解です、ヨシュアさん。エステルさんも明日の試合頑張ってください。俺、応援していますから」
「勿論!やるからには優勝を目指すわ!」
「エステル、ヨシュア、頑張れ」


 俺たちは202号室を後にして自分の部屋に戻った。


「ラウラ、ただいま……って寝ていたのか」


 既に22時を回っていたからか、ラウラは既に眠っていた。


「さて、明日も早いし俺たちも寝てしまうか」
「……ねえ、リィン。リィンはリシャール大佐が何を企んでいるか予想できる?」


 寝ようと思ってベットに横になるとフィーがリシャール大佐の目的について聞いてきた。



「……完全に憶測だがリシャール大佐はクーデターを狙っているのかもしれない」
「どうしてそう思ったの?」
「リシャール大佐は黒装束を使って様々な事件を起こしてそれを解決してきた、さっきフィーが言ったように民衆からの指示は絶大なものになっている。
 次に彼は邪魔な将校や親衛隊を排除して自分の都合の良い者たちを昇格させている、更にアリシア女王陛下が姿を見せないってリベール通信に書いていただろう?もしかしたらリシャール大佐が女王陛下を監禁しているのかもしれない」


 エステルさんから聞いた話ではデュナン侯爵は次期国王になろうとしているらしい、そんな彼をリシャール大佐が丸め込んでいる可能性も十分にあり得る。彼を国王にして裏から操る気なのかも知れない。


「しかも一番の障害になるであろうカシウスさんは、現在エレボニア帝国に行っていてこの国にはいない。そして黒装束が起こした最近の事件や軍の動きを見るからに、リシャール大佐はカシウスさんの不在を狙っていて今回チャンスが来たから行動に移し出したんだろう」
「じゃああの黒いオーブメントは何の為に用意したの?」
「あれは導力を打ち消してしまう力を持っている。今の時代、導力を使わない技術なんて無いくらいに広まっている、そこに導力を打ち消してしまう道具が出てくれば驚異以外の何でもない。クーデターを起こすときに反抗する者たちの導力武器やアーツなどを使えなくしてしまえば制圧するのはたやすいからその為に用意したんじゃないか?まあ憶測にすぎないけどね」


 そうなると匿名でカシウスさんに黒いオーブメントを送ろうとした人物が気になるが、今そんなことを気にしても答えは出ないだろう。
 


「……なんかすごい状況になってきたね」
「ああ、今まで多くの戦場を駆け巡ってきたが今回の事件はそれらに匹敵するほどの大事になりそうだな」
「それで、もし本当にクーデターが起きちゃったらわたしたちはどうする?騒ぎの混乱に乗じて逃げちゃう?どの道そうなったらカシウスが返ってきても西風には戻れなくなりそうだし」


 フィーはジッと俺を見つめながら逃げるかと提案してきた。俺がこの国に残ったのはフィーを探すためだ、目的が達成できたのでもうこの国に残る必要はない。
 もしクーデターが起こったとすればこっそり逃げ出してもバレにくいだろう。


(だがクーデターが起これば争いになる、そうなれば死者が出るかもしれない……つまりお世話になったエステルさんやヨシュアさん、シェラザードさんやアイナさん、メイベルさんにリラさん、フィーがお世話になった孤児院の皆……沢山の人が危機に陥るかも知れない)


 クーデターが実際に起きれば当然反抗する者たちは現れる。その争いに巻き込まれて命を落とすのは何時だって力ない民衆ばかりだ。俺の知り合った人たちだって例外じゃない。


「……フィーはどうしたい?」
「……わたしは残りたい。クローゼや孤児院の皆、それにティータが危ない目に合うかも知れないのに自分だけ逃げるのは嫌」


 残りたい……フィーならやっぱりそう言うよな。さっき逃げると聞いたのも俺の気持ちを聞いておきたかったんだろう、もし俺が逃げると言えば彼女は自分の気持ちを押し殺して従うに決まっている。


「フィー、俺たちは猟兵だ。それがバレれば今まで親しくしてくれた人たちに敵意を向けられるかもしれないんだぞ?ましてやクーデターなんて何が起こるか分からない、最悪あの黒装束たちと命を奪いあうことになるかも知れない。フィーを傷つけた金と黒の剣を持った男とも戦う事になるかもしれないんだぞ?」


 フィーが前に戦い負傷させられた黒装束たちのリーダー、こいつは間違いなく出てくるだろう。実際に出会ったことは無いが危機察知能力に優れたフィーが団長や光の剣匠並の実力者と感じたほどだ、恐らくその通りなんだろう。
 そんな人物とやりあうのはハッキリ言ってゴメンだ、フィーを傷付けたのは憎いが自分よりも格上の奴に個人的な復讐の為の戦いを挑んで死ぬなんてバカげている。猟兵は生き残る事も考えなければならない。


「それでもフィーはこの国に残ると言うのか?」
「……例え死ぬことになってもわたしは後悔する選択だけはしたくない」


 フィーは俺を真っ直ぐに見つめてコクンと頷いた。


「たとえ死ぬことになっても……か。猟兵としては最低の答えだな」
「……」
「でも俺はそんな最低の答えが人一倍好きだからな、二人そろって猟兵には向いてないって改めて思うよ」
「それじゃあ……!?」
「俺も同じ気持ちだ。皆が危険な目に合うかも知れないのに逃げたりしたら一生後悔する、だったら行動したほうが100倍マシだ。まあその後はその時に考えよう」
「リィン……ありがとう」


 団長から受けた恩は必ず返せ、と小さいころから言われてきた。お世話になった人たちの国が危機にさらされそうになっているのなら俺は恩返しの為に戦おう。それに……


「……?どうかしたの、わたしの顔をジッと見たりして?」
「何でもないさ」


 この子の笑顔を守れるのなら俺は何でもやってやる……そう思いながらニコッと笑うフィーの頭を撫でた。




 

 

第48話 本選開始

 
前書き
  

 
side:リィン


 エステルさんたちと話した次の日の朝、今日から武術大会の本選が始まるのだが本選は正午からなのでフィーとラウラの3人で町を観光する事にした。


「ラウラは行きたい所とかないのか?」
「そうだな、私は武器屋に向かいたいな。この国の武器がどれほどのものか実際に見ておきたい」
「ラウラらしいな……フィーはどうする?」
「わたしはエーデル百貨店に行きたい。アクセサリーとかを補充しておきたいから」
「了解、じゃあまずは武器屋に行ってからその後エーデル百貨店に向かおうか」


 俺たちはヴァイス武器商会で武器を鑑賞してから、エーデル百貨店に向かい状態異常を防ぐアクセサリーを数個購入した。俺もティアラの薬やゼラムパウダーなどのアイテムをいくつか購入して時間が余ったので店の外にある売店で軽い間食をすることにした。


「すみません、アイスを3つください」
「ありがとうございます。お兄さんってば若いのにやるわね~、そんな可愛い女の子を両手にはべらせちゃうなんて」
「うえっ!?」
「な、なにを言って……」
「ふふん、凄いでしょ」


 店員のお姉さんにからかわれた俺とラウラは動揺したが、フィーだけは何故かドヤ顔で腕にくっついてきた。


「あはは、ごめんなさい。若い子って新鮮でいいわね~」
「む、むう……冗談だったか……」
「ラウラってば焦りすぎだと思う」
「仕方ないだろう、そういう話は慣れてないんだ」


 クスクスと笑うフィーにちょっと悔しそうな顔をしたラウラが慣れてないと話した。まあラウラも昔はレグラム以外の街に出たことないし街の人たちや門下生の人たちに大事にされてきたからそういうジョークや話には弱いんだろう。


(そもそも光の剣匠の娘にそんな話できるわけないんだよな……)


 ラウラの父であるヴィクターさんはかなりの娘バカだ、そんな話をしようとした不埒者がいたら笑顔で剣を振るってきそうだ。
 フィーにしたって西風の旅団の男連中が過保護なくらい大事にしているしエステルさんの父親であるカシウスさんも結構エステルさんに甘い所がある。この世界の父親は娘にはかなり甘くて男には厳しいようだ。


(……おっと、そろそろ時間かな?)


 近くにあった時計を見るともうすぐ正午になる時間になっていた、俺たちはアイスを食べ終えると急いでグランアリーナに向かった。


「入場料、結構高かったね」
「負けたとはいえ出場者からもミラを取るとは思わなかったがな……」


 入場料を払った俺たちは観客席で試合が始まるのを待っていた。


『皆様、大変長らくお待たせいたしました。これより武術大会、本選を始めます!』
「あ、始まるみたいだな」


 アナウンスから大会の始まりの合図が言われて第1試合が開始された。まず出てきたのは蒼の組からで遊撃士協会のチームだった。


「あれは遊撃士のチームか、こうやってじっくりと試合を見るのは初めてだな」
「うむ、昨日は控室からチラッとしか見えなかったから楽しみだな」


 カルナさんとグラッツさんとは話したことがあるが、もう二人の事は知らないな。一人は女性で刀に似たような武器を持っておりもう一人は男性で槍を構えている。どちらも実力はかなりのものだろう。


 紅の組からは王国軍の突撃騎兵隊が出てきた、突撃騎兵隊と言えばかなりの猛者揃いという噂を聞いた事がある。この試合は中々面白そうな試合になりそうだ。


 そして試合が始まり両チームが激突した、昨日は控室から見ていたがこうやって上から見ると迫力が違うな。
 試合の流れとしてはグラッツさんと栗色の髪の女性が前で敵を抑えて背後のカルナさんと槍を持った男性がアーツや見た事もない技で翻弄して崩れたところを前衛の二人が切り崩していった。突撃騎兵隊も連携を駆使して戦っていたが、男性が何かを呟いて身体能力が上昇した遊撃士チームが押し切り見事勝利を収めた。


「あのクルツという男性が何かを呟いた後、全員の能力が上がっていたな。あれは一体なんだ?」
「わたしはあのアネラスっていう剣士の方が気になったかな、動きの一部が八葉一刀流によく似ていた」
「グラッツさんとカルナさんもかなりの実力者だ。エステルさんたちが本選でぶつかったら相当に苦戦させられるだろうな」


 続いて第2試合が始まり出てきたのはエステルさんたちだった。


「あ、エステルたちだ」
「そなたたちの知り合いだったな。ジン殿の実力は身をもって知っているがあの3人がどれ程の実力かは分からない、これは見るのが楽しみだ」


 エステルさんたちが出てくると次に相手のチームが出てきた。見た感じチンピラのような恰好をしているがそこまで強そうではないな。


「あれ?もしかしてレイヴンの連中かな?」
「知っているのか、フィー?」
「うん、前にわたしが孤児院にいた頃に絡まれたことがあるの」
「フィーに絡んだ?それは是非とも聞いておきたい話だな」


 フィーの話によると彼らはルーアンで活動していたチンピラグループのようでエステルさんたちとも関わりが合ったらしい。
 だが一番俺が気になったのがエステルさんとクローゼさん、そしてあろうことかフィーをナンパしやがったということだ、試合が終わったら話をしたいものだ。


「もう……リィンってば少し過保護すぎ。あんな連中にわたしが何かされると思っているの?」
「いやそんなことはないけど……」
「妹としてわたしが大事なのは分かるけどちょっとショックだよ、リィンがわたしの事そんなに見くびっていただなんて……」
「いや違うよ。フィーの実力は良く知っている、でも俺は君が知らない男に言い寄られたことを想像するといやにムカつくんだ」


 妹云々の前にフィーが言い寄られているのを想像するだけでも嫌な気持ちになってしまう、だってあんなチャラそうな奴らがフィーの恋人なるなんて絶対に認めたくない。
 やはり兄として妹の交際相手は真面目そうな人がいい、それで俺より強ければ猶更だ。


「リィン、何か変な事を考えてない?」
「いや、フィーの恋人になる人は真面目そうな人がいいなと思ったんだ」


 俺がそう言うとフィーは不機嫌そうに顔を背けた。


「別にそんなことをリィンに気にしてもらう必要はない」
「でも俺は兄として不安で……」
「有難迷惑、正直リィンのそういう所は嫌いだしウザイ」
「なっ!?」
(わたしがそういう関係になりたいのはリィンなのに……ホント鈍感)


 フィーに嫌いと言われた俺は、誰が見てもわかる位に落ち込んでしまった。うう、年頃の女の子に踏み込み過ぎたか……


「そなたたち、惚け合うのはいいができれば場所を考えてくれないか?」


 フィーの隣にいたラウラが呆れた様子でそう言ってきた、周りを見渡すと他の人たちも軽い嫉妬や好奇心の混じった視線を俺たちに向けていた。
 いやどう見ても惚け合っていないだろう……


「双方、構え!……勝負、始め!!」


 審判の合図がされて第2試合が始まった。試合の流れとしてはエステルさんたちが圧倒して勝利したようなものだ、確かのレイヴンも一般人としてはかなりのものだったがエステルさんたちには及ばなかった。だがこのまま鍛えていけばもっと強くなれるだろう。


「ルーアンにいた頃とは比べ物にならないくらいに強くなっていたから驚いたかも」
「うむ、真面目に鍛えていけば更なる高みにいけそうだな」


 フィーとラウラもレイヴンの奮闘を褒めていた、特に実際にレイヴンが戦った所を見たフィーが褒めたのなら彼らは相当努力したのだろう。さっきはちょっと気に入らなかったが強くなる為に努力する人は嫌いじゃない。


『続きまして第3試合を開始いたします』


 おっと、次に第3試合があったんだっけ。そういえばあの連中もいたな、きっとエステルさんたちも驚くことだろう。


『紅の組、空賊団『カプア一家』所属。ドルン選手及び以下4名のチーム!』


 紅の組に出てきたのは前に戦った事のあるあの空賊団のチームだった。


「昨日、あいつらが出場しているのを知った時は本当に驚いたな」
「彼らはボースで起きた定期船を襲った空賊団だったな、まさか武術大会に出場しているとは思わなかったぞ」
「あの侯爵って何を考えているんだろうね」


 カプア一家は犯罪を犯して服役中だったために本来武術大会に出場することなどできない、だが武術大会を盛り上げることによって迷惑をかけたリベール王国の市民に償いたいという事でデュナン侯爵が許可を出したらしい。まあその心構えは立派だと思うがそれでも元犯罪者を出場させるとはあの侯爵は危機感が無いのか?


「団体戦のルール変更に元犯罪者の参加を許可……わたし、あの侯爵が王になるなんて絶対に嫌」
「同感だな、いくら何でもひど過ぎる。エレボニア帝国の酷い貴族みたいだ」
「私はエレボニア帝国の出身だからそう言われるのは耳が痛いな……まあそういう輩がいるのも事実故反論は出来ぬのが歯がゆいな」


 エレボニア帝国においてラウラ達のような貴族は実は珍しい方だ。
 大抵の貴族が一般市民を見下している傾向が多い、無論そんな連中ばかりじゃないのは知っているが猟兵の仕事でこちらを舐めてくる貴族も多かったからいい感情は持っていない。


(酷い時にはフィーを見て気に入ったから買い取ってやるなんてふざけたことを言った貴族もいたな。まあ西風に壊滅させられたんだけど)


 フィーに手を出せば唯ではすまない、その貴族も社会的に殺されてしまった。


 第3試合が始まり試合を見ていたがカプア一家は元々集団戦を得意としていたらしく、キールが煙幕爆弾で撹乱した隙にドルンが斧で攻撃をしてジョゼットがアーツや銃でフォローするという連携で勝利を収めた。


「流石に導力砲は使えなかったか」


 前に戦った時、ドルンは導力砲を武器にしていたが流石に武術大会では使えなかったようで代わりに斧を使っていた。しかしあの体格で斧を使われると実力は全く違うがシグムントさんを思い出すな、何回もあしらわれた事がある俺からすればあまりいい光景ではない。


『続きまして第4試合を開始いたします』


 今日最後の試合となる第4試合が始まるようだ、今まで出てこなかったがいよいよあのチームが姿を現しそうだ。


『北、紅の組。王国軍情報部、特務図体所属。ロランス少尉以下4名のチーム!』
「……いよいよお出ましか」


 紅の組から出てきたのは黒装束たちだった、そいつらの中にフィーを傷つけたというロランス少尉の姿もあった。


「あれは昨日の予選を圧倒して勝ったチームだったな。特にあの赤い仮面を付けた男性は実力が計り知れない、実際に戦っていたのは3人だけだがもしかしたら父上クラスの達人かも知れないな」
「……」


 ラウラの言う通り、ロランス少尉の身に纏うあの闘気は静かながらも冷たく強い殺気がにじみ出ていた。その姿はまるで団長や光の剣匠といった次元の違う達人のものに似ていた。


「試合が始まるね……」
「ああ、少しでも相手の太刀筋を見極めておかないとな……」


 俺はロランス少尉の動きを少しでも把握しておこうとしたが、試合はあっという間に終わってしまった。


「一瞬だと……!?」


 昨日はロランス少尉の動きはなく部下の3人が圧倒して勝ったが彼はそれをあざ笑う位の見事な完封を収めた。


「す、姿が見えないなんてものじゃない……気が付いたら終わっていたぞ……!?」
「なんという事だ……」
「……強いっていう感想しか出てこないね」


 試合が始まってロランス少尉が動いたと思ったら、相手のチームは全員が地面に倒れていた。縮地というまるで高速移動をしたかのような動きをする技術があるが彼の動きはそれ以上に洗礼されていた。 自分の身長程はある大剣を片腕で振るう膂力、豹のようなしなやかな身のこなしに閃光の如き太刀筋……正直勝てるビジョンが思い浮かばないほどの見事な動きだった。


「……フィー、どうやら君が言っていた事は間違いじゃなかった。いやそれ以上だったな」
「うん、前に戦った時は相当手加減されていたって実感した。あれはもう勝てる勝てないの次元じゃない」


 最悪アレと戦う可能性があるのか……もしクーデターが起きたとしてもこの国に残ると決めたがかなりの苦難の道になりそうだ。


(……あの力を使う事も考慮しておくべきか?)


 俺はいざとなったら俺の中にある力を使わなければならないという決意をして去っていくロランス少尉を見ていた。


「今日の試合は終わっちゃったね、これからどうする?」
「エステルさんたちに会いに行こう。労いの言葉をかけておきたい」
「じゃあグランアリーナの入り口に向かおうか、そこで待っていれば会えると思うし」
「よし、じゃあ行こうか」


 エステルさんたちに会うためにグランアリーナ前の入り口で待っていると、オリビエさんとジンさんが出てきた。


「オリビエさん、ジンさん。一回戦突破おめでとうございます!」
「やあ、リート君。ワザワザ出迎えてくれるなんて僕は愛されているねぇ」
「はいはい、凄かったですよ。あれ、エステルさんとヨシュアさんはどうしたんですか?」
「二人なら別れた後に何処かに向かったぞ?何か用だったのか?」
「いえ、労いの言葉をかけようと思ったんですが、いないのならまた明日にします」


 どうやら二人は用事があったようだ、もしかしたら女王陛下に関することかもしれないので今日は声をかけるのは止めておこう。


「これから遊撃士チームの奴らと一緒に飲みに行くがお前さんらもどうだ?」
「遊撃士チームの皆さんと……ですか?」


 うーん、できれば遊撃士の人たちとは会いたくないんだよな……申し訳ないけどここは断っておくか。


「あの、すいませんが俺たちは……」
「キャッ!?」
「フィル!?どうかしたのか!?」


 背後にいたフィーが小さな悲鳴を上げたのが聞こえたので、振り返ってみると栗色髪の女性がフィーを抱きしめていた。アレは確か遊撃士チームのアネラスという人だったな。


「キャー!可愛い女の子見ーつけた!」
「な、なんなの……?離して……」


 フィーを人形のように抱えてスリスリと頬ずりをしている。フィーは非常に嫌そうな顔をしているが抜け出せないのかされるがままになっている。


「おい、アネラス。可愛い女の子を見たら抱きしめる癖、直しておけって言っただろう?」
「すみません、グラッツ先輩!でも、私、自分に嘘はつけないんです!」


 そこにグラッツさん、カルナさん、そしてクルツさんが現れてグラッツさんがアネラスさんからフィーを解放してくれた。


「リート!」


 自由になったフィーは一目散に俺の元に走ってきて俺の背後に隠れた。よっぽど怖かったらしい。


「ああ、嫌われちゃった……」
「自業自得だ、まったく……コホンッ、久しぶりだな。リート、フィル」
「お久しぶりです、カルナさん。ルーアンではお世話になりました」
「気にするな、君たちにも助けられたことがあったしこうしてまた会えて嬉しいよ」
「ん、そうだね。わたしも嬉しい」


 俺の背後にいたフィーはカルナさんを見るとひょこッと出てきた。


「ようリート。前は世話になったな」
「グラッツさんもお久しぶりです。試合、見ていました。素晴らしい剣術でしたよ」
「ははっ、八葉一刀流の使い手にそう言って貰えるとは俺も捨てたもんじゃないな。俺もお前とそっちの嬢ちゃんの試合を見せてもらったぜ。あの『不動のジン』を相手によくあそこまで追い込んだもんだ。そういやそっちの嬢ちゃん、名前はなんていうんだ?」
「ラウラ・S・アルゼイドと申します。グラッツ殿、以後お見知りおきを」
「そんなかしこまった挨拶しなくてもいいぜ、ここはフランクにいこうや」
「ふふ、承知した。よろしく頼む、グラッツ殿」


 ラウラはグラッツさんと握手をかわして親交を深めていた。


「……あなた方とは初めてお会いしますね。俺はリートと言います」
「私はクルツ・ナルダン。君の事はグラッツたちから聞いている、ボースで起きた空賊事件を解決に導いた協力者の一人だとな。その年で見事な腕前だ」
「ありがとうございます」


 クルツさんはどうやら俺の事を知っているようだ、まあ空賊事件について調べれば俺の事も自然と知ることはできるだろう。


「じゃあ最後はわたしの番だね。私はアネラス・エルフィード!よろしくね、弟弟子君!」
「弟弟子?もしかしてあなたは八葉一刀流の使い手ですか?」
「うん、私のお爺ちゃんは剣仙ユン・カーファイだからね」
「ユ、ユン老師のお孫さんですか!?」


 八葉一刀流の関係者だとは思っていたがまさかお孫さんだったなんて……ユン老師の話ではフィーに似た可愛い孫と言っていた、可愛いのは認めるけど性格は真逆じゃないか。


「おや、どうかしたの?私の顔をジッと見たりして?」
「ああ、すみません。老師の話通りの人だなぁと思って」
「お爺ちゃんから私の事を聞いていたの?何だか恥ずかしいな」
「あはは……」


 思いもよらない場所でユン老師のお孫さんと出会ってしまった俺はちょっと驚いてしまった。




―――――――——

――――――

―――



「「「カンパーイ!」」」


 俺たちは現在、サニーベル・インで遊撃士チームの方々と食事をしていた。本当は断ろうと思っていたがアネラスさんに強引に連れてこられた為抜け出せなかったんだ。まあボロを出さないように気を付けるしかないか。


「いやー、今日は絶好調だったな。この調子で優勝目指すのみだ!」
「張り切るのはいいが飲み過ぎるなよ、明日も試合はあるのだからな」


 豪快にビールを飲むグラッツさんをカルナさんが注意する、所属するギルドは違うがどうやらプライベートでも仲はいいらしい。


「クルツさんが試合で使っていたあの技は何だったんですか?確か何かを喋ったら皆さんの身体能力が向上したり敵に攻撃をしていましたよね?」
「鋭いな、リート君。あれは『方術』という東方に伝わる秘術だ。私の祖父は元々東方の出身でね、リベールに移った後も方術を磨き上げて私に授けてくれたんだ」


 東方か……八葉一刀流や泰斗流が生み出された地方で俺も詳しくは知らない場所だ。いつか行ってみたとも思っているが今のところその予定はない。


「方術にはどんな種類があるんですか?」
「そうだね、防御を上げる≪鋼≫、体力を回復させる≪白波≫、戦闘不能になった者を復活させる≪風花≫といった防御用のものから≪夢幻≫、≪夕凪≫といった攻撃用のものまである」
「攻守において何でもできるんですね、まるでアーツみたいです」
「おいおい、いいのか?明日、もしかしたら俺たちと戦うかも知れないのに自分の能力の情報を話したりしても?」
「かまわねえだろう、何ていったってクルツはリベールの遊撃士の中でもナンバー2の実力者なんだからな」


 俺がクルツさんに方術に付いて聞くと彼は快く教えてくれた。そんなクルツさんにジンさんが苦笑しながら能力を教えてもいいのかと質問すると酔っ払ったのか上機嫌になったグラッツさんがクルツさんがリベール王国の遊撃士のナンバー2だと言うので驚いた。


「クルツさんはそんな凄い実力者だったんですね」
「ああ、リベールで唯一方術を使いこなせるクルツは『方術使い』の二つ名を持っているんだ」
「そんな凄い実力者だったとは……是非とも手合わせをお願いしたいです」


 リベールに所属する遊撃士たち、シェラザードさんやアガットさん、更にはグラッツさんやカルナさんたちといった強者たちの中でも№2の実力者だと聞いた俺とラウラは尊敬の眼差しをクルツさんに送っていたがクルツさんは苦笑いすると首を横に振った。


「私などまだまださ、遊撃士のランクは任務をこなしていけば自然と上がるものだ。方術は集団戦にて真価を発揮する特性故、仲間の援護したり新人の育成をしているうちにランクが上がっただけさ」
「それでもナンバー2と呼ばれるのはクルツさんがこのリベールにとって欠かせない人材だからですよ。因みにナンバー1ってやっぱりあの人ですか?」
「ああ、お察しの通りカシウスさんだ。あの人に匹敵する遊撃士などクロスベルに所属するアリオス・マクレイン殿くらいだろう」
「アリオスさん……」


 アリオスさんか……昔あることが起きて警察から遊撃士になったアリオスさんは今ではカシウスさんに匹敵するほどの遊撃士になっていた。ここ数年は会っていないが彼や娘のシズクちゃんは元気にしているだろうか?


(……この件が片付いたらあの人の墓参りにもいかないとな)


 そんなことを考えていると背後からフィーが飛びついてきたので慌てて受け止めた。


「フィル、何をやっているんだ?」
「リート、助けて!」
「もう、逃げないでよ、フィルちゃん。お姉ちゃんと親交を深めましょう?ね?」


 どうやらアネラスさんから逃げてきたらしい。アネラスさんは八葉一刀流の創立者であるユン・カファイの実孫でリベールで遊撃士をやっているそうだ。ついこないだ正遊撃士になったそうでエステルさんたちの先輩らしい。


「あ、弟弟子君。楽しんでる?」
「はい、それよりもフィルとなにをしていたんですか?」
「それがね、フィルちゃんと交流しようと思ったんだけど私を見ると直に逃げ出しちゃうのよ」
「そんな風に迫るからじゃないですか?というよりもアネラスさんは可愛いものが好きなんですか?」
「うん!可愛いは正義だからね!」


 正義と言いきる辺りよっぽど好きなんだな。


「良かったな、フィル。可愛いだってさ」
「リートに言われるのは嬉しいけど、あの人は嫌……」
「がーん!?」


 フィーに拒絶されたアネラスさんはその場で両腕と両ひざを地面に当てて哀愁漂う雰囲気になった。


「そんな……可愛い女の子に拒絶されるなんて……死のう」
「わー!わー!死ぬなんて言っちゃ駄目ですよ!」


 何だか本気のような気がしたので取り合えず慰める事にした、年上らしいがなんだか子供っぽい人だな……


「グスン……ありがとう、弟弟子君」
「あの、その弟弟子というのは俺の事ですよね?どうしてそんな呼び方をするんですか?」
「だってようやく年が近い子が後輩になってくれたんだもん。兄弟子であるカシウスさんや会ったことないけどアリオスさんは超がいくつも付く達人だからそんな気さくに声をかけられないし……」
「確かに……」


 あの二人は次元が違うから兄弟子なんて気さくに呼ぶことなんて出来ないな。


「まあそういう事なら別にいいですよ、それなら俺も姉弟子って呼んだほうがいいですか?」
「……姉弟子?」
「はい、嫌ならやめますが……」
「ううん、すっごく良いよ!姉弟子!なんて素晴らしい響き!私にも可愛い弟弟子が出来たのね!」


 嬉しそうにガッツポーズをするアネラスさん……姉弟子を見て俺は思わず苦笑してしまった。その後は八葉一刀流の事やユン老師の事を話しあって親交を深めていった。



 

 

第49話 本選二日目と夜の尾行

side:フィー


 本選二日目の第5試合、グランアリーナで凄まじい激戦が繰り広げられていた。


「行くわよ、新人君!」
「負けないわ!」


 エステルのスタッフとアネラスの刀が激しくぶつかり合い火花を上げた。どちらも一歩も譲らない攻防を繰り広げており観客たちの熱気はさらに上がっていく。


「流石は不動のジン、噂通りの腕前だ!」
「お前さんこそやるじゃないか!だがここからが本番だ!」


 その近くではグラッツとジンが剣と拳をぶつけ合い応戦していた。グラッツが大きくジャンプしてジンに斬りかかるけどジンはそれをかわして正拳突きを放った。グラッツは剣を盾にして攻撃を防ぎ再び斬りかかっていった。


「ふふ、素晴らしいアーツさばきだ。銃の腕も悪くない」
「はっ、あんたこそ一般人のくせにアーツの使い方が手馴れているじゃないか。本当に唯の一般人なのかい?」
「そうだね、この後二人っきりでディナーをしてくれたら教えてあげてもいいかな?」
「私みたいなガサツな女を口説くのかい?物好きだねぇ!」


 軽口を言い合いながらオリビエとカルナのアーツがぶつかっては消えていく。合間に銃弾も飛び交いとても本選の途中試合とは思えないレベルの攻防だね、まるで決勝戦みたい。


「くっ、隙が無い……!」
「方術『貫けぬこと鋼の如し』」


 ヨシュアはクルツに正面から斬りかかるがクルツの槍に防がれた、返すように放たれた蹴りをヨシュアはバックステップでかわして4体の残像を出しながら素早い攻撃を四方から繰り出した。クルツは慌てることなく攻撃をいなしていき方術を唱える、すると遊撃士チームのメンバー全員の防御力が上がった。


「あの方術という技はアーツと違って駆除時間が無いから隙ができないのか、集団戦では良い能力だな」
「うむ、アーツ使いは動きが止まった所を狙われやすい。だが方術はそういった隙がないために一人でも対応しやすいのだな」


 リィンとラウラが方術の特性について話し合っている。方術はアーツと比べると種類は少ないが隙が無く集団戦向けの技のようだ。便利だね、わたしも使えたらサポートの幅が広がりそうだけどこっそり教えてもらえないかな?


「でもここでエステルたちのチームと遊撃士チームがぶつかるとは思ってもいなかったね」
「ああ、決勝で当たっていればどちらが勝っていても問題なかったんだがな」


 わたしは小さい声でリィンと今日の試合の組み合わせについて話した。エステルたちの話によれば遊撃士チームもこちらの事情を知っているようで万が一彼らが優勝したら代わりに女王陛下に会ってもらう手筈だった。でも決勝前に当たってしまったため、どちらかのチームしか決勝に出れなくなってしまった。


「決勝は黒装束だろうしこのままだと厳しいかもしれないね……」


 エステルたちが遊撃士チームと当たったので残る空賊のチームと黒装束のチームが次の試合をするのは決定していた。でも空賊が黒装束たちに勝てるとは思わない、リィンの話では彼らは連携力においてはこの大会でもトップクラスらしいがあの赤い仮面の男はそれ以上の別格だ。


「リィンはどう思う?遊撃士チームがエステルたちと当たったのはリシャール大佐が動いたからだと私は思うんだけど」
「どうだろうな。もしリシャール大佐が動くのならばデュナン侯爵が優勝チームを晩餐会に招待すると言った時点でエステルさんたちを蹴落とそうと直に動いたはずだ。でもそうしなかったって事は他にたくらみがあるのかもしれない」


 エステルたちはレイストン要塞で黒装束たちの仲間と戦ったらしいので姿を見られている可能性が高い、そのエステルたちが武術大会に出場したとリシャール大佐が知ったら必ず行動を起こすはずだ。でも今は何事も起きずに普通に大会が進んでいるためリシャール大佐の真意が読み取れない。


「奥義、桜花無双撃!!」
「きゃああっ!?」


 リィンと話している間に試合の流れが変わっていた。激しい打ち合いをしていたエステルとアネラスだったけど、エステルが一瞬のスキをついてアネラスに渾身の一撃を叩き込んで場外に押し出した。


「アネラス!くっ、儚きこと夢幻の……」
「させません、はぁっ!」


 方術を使おうとしたクルツをヨシュアが瞳を輝かせて睨みつけた、するとクルツの身体が硬直したように動かなくなる。


「こ、これは……!?」
「クルツ!?今回復を……」
「させないわ!」


 クルツの動きが止まったことにカルナが動揺するが直に思考を切り替えて回復用のアーツを使おうとする、だがそこにエステルが現れて金剛撃を喰らわせてアーツを駆除解除した。


「くそっ、ペースを乱されている。何とかして立て直さないと……」
「どこを見ている、お前さんの相手は俺だぞ!」


 ジンが素早く接近してグラッツに回し蹴りを放つ、それに対しグラッツは身を屈めて攻撃をかわして大きく跳躍した。


「喰らえ、グラッツスペシャル!!」


 グランアリーナを飛び越えてしまうかと思わせるような跳躍を見せたグラッツは大剣をジンに叩きつけようとした、だが横から飛んできた風の弾丸に攻撃を邪魔されてしまった、それはヨシュアが放ったアーツ『エアストライク』だった。


「敵はジンさんだけじゃないですよ、オリビエさん!」
「タイミングはバッチリさ。『クロックダウン』!」


 アーツをかわしたグラッツは地面に着地する、それと同時に足元に時計のような模様が浮かび上がった、グラッツはその場から離れようとするが何かにぶつかってしまい足を止めてしまった。


「しまった、これは……!?」
「誘導、されたのか!」


 グラッツの傍にはヨシュアに動きを止められたクルツとエステルに吹き飛ばされたカルナが立っていた。3人はちょうど真ん中に来るように動かされていたことに気が付くが時すでに遅し、クロックダウンの効果を受けてしまい動きが鈍ってしまった。


「決めるぞ、オリビエ!」
「セッションは任せてくれたまえ」


 ジンのSクラフト『雷神掌』とオリビエのSクラフト『ハウリングバレット』がクルツ、カルナ、グラッツを挟み込むように直撃した。煙が晴れると武器を落として膝立ちをする3人の姿があった。


「そこまで!勝者は蒼の組、ジンチーム!」


 審判の試合終了の合図と共に観客たちは大きな歓声を上げた、まるでグランアリーナを震わせるかのような大歓声だね。


「勝ったのはエステルさんたちか、どちらが勝っていてもおかしくない良い勝負だった」
「そうだな、手に汗握るとはまさにこの試合の事だ」


 リィンとラウラも二つのチームに大きな拍手を送っていた。アリーナの真ん中でお互いのチームが相手を称え合っていた。最後にエステルとアネラスが握手をして第5試合は幕を閉じた。


『続きまして第6試合を開始いたします』


 アナウンスの紹介によって現れた空賊チームは後から現れた黒装束たちを見るなり強い敵意を露わにしていた。


「空賊たち、凄く怒っているね」
「空賊たちからすれば黒装束たちは自分たちを利用して切り捨てた憎き怨敵だからな、敵意をむき出しにするのも無理はないだろう」


 空賊たちが起こした事件には黒装束たち……王国軍情報部が関わっていた、だが空賊たちは犯罪者として捕まり情報部を率いるリシャール大佐は事件の解決者として大きな支持を得ている。空賊たちがまったく悪くないとは言わないが違う見方をすればあいつらも被害者みたいなものなんだね。


「よう、待っていたぜ、仮面の兄ちゃん。ようやくてめぇらに借りを返せると気が来たな」
「へへ、あの侯爵には感謝しないとな」
「……ふふ」
「な、何がおかしいのさ!?」
「エレボニアの没落貴族、カプア男爵家の遺児たち。悪徳業者に領地を横取りされ、お家復興のために空賊稼業……何とも涙ぐましい話だと思ってな」
「て、てめぇっ!?」


 ロランス少尉の声は小さいのでこちらには聞こえなかったが、ドルンたちが怒っているのを見ると恐らく挑発されたようだ。
 あの怒り具合からしてよっぽど気に障るような事を言われたんだろう、全員顔を真っ赤にして怒っていた。


『これより武術大会、本選第6試合を行います。両チーム、開始位置についてください』


 アナウンスの指示が入ると、空賊たちと黒装束たちは開始位置に移動した。


「双方、構え……試合開始!」


 審判の合図とともに試合が始まった。空賊たちが真っ直ぐにロランス少尉を攻撃しようとする、だが彼の部下3人が行く手を遮った。


「ロランス少尉は動かないつもりか?」
「様子見をしているのかそれとも遊んでいるのか……まあ後者だろうな」


 リィンはロランス少尉の行動を遊びだと言ったが多分その通りだと思う。あいつが動けば勝負は直に決まる、でも空賊たちの目的が復讐だと知っているので敢えて試合を長引かせようとしているのかもしれない。


「ふむ、空賊のチームが一人やられてしまったか……」


 ラウラの視線の先には戦闘不能になり膝立ちをしている空賊の下っ端の姿があった。残ったリーダー格の3人は連携を駆使して黒装束たちと互角に戦っていた。試合が始まって5分ぐらいが経過したころ、黒装束たちを振り払ったドルンが斧を振り上げながらロランス少尉に飛び掛かった。


「舐めた真似しやがって!これでも喰らえ!」
「……」


 ロランス少尉に目掛けて振り下ろされた斧、それに対してロランス少尉はかわそうとしなかった。誰もが直撃すると思ったその時、わたしたちは信じられない光景を目の当たりにした。


「なっ!?」
「……」


 ロランス少尉は片手で斧を受け止めてドルンごと宙に浮かばしていた。自分よりも体格の大きい人間を武器と一緒に宙に浮かばせるなんて……信じられない膂力だね。


「てめぇ!このっ、離しやがれ!」


 ドルンは武器を離させようとするがロランス少尉は微動だにしない。


「……時間だ」
「がはぁっ!!?」


 ロランス少尉は空いていたもう片方の腕で大剣を振るいドルンの脇腹に攻撃した。刃が潰されているとはいえ金属の塊で脇腹を攻撃されればたまったものじゃない、ドルンは悲痛の表情を浮かべながらアリーナの壁に叩きつけられた。


「ドルン兄!?こいつっ!!」
「よせ、ジョゼット!!」


 兄がやられた事で怒りが頂点に達したのだろう、ジョゼットがロランス少尉に銃を構えるが銃弾が放たれる前にロランス少尉が一瞬で離れていたジョゼットの前に現れて銃身を斬っていた。


「……えっ」
「はぁっ!」


 ロランス少尉の蹴りがジョゼットに当たり彼女は場外まで吹き飛ばされた。


「くそ、せめて一撃だけでも……!!」


 残ったキールが煙幕爆弾をロランス少尉に投げて剣を持って突っ込んでいった。煙が晴れそこにあった光景、それはキールの腹に大剣の柄を叩き込んでいたロランス少尉の姿だった。


「がはっ……!」
「終わりだな」
「し、試合終了!勝者、紅の組、ロランスチーム!」


 倒れるキールを見た審判が慌てて試合終了の合図を出した。


「……圧倒的だな」
「うむ。空賊たちも途中までは奮闘していたがロランス少尉が動いた瞬間崩されていたな」


 情報部が決勝に出る以上、エステルたちが目的を果たすためにはあいつらを倒さないといけない。でも本当にあんな化け物のような奴に勝てるのだろうか。


(でも実際に戦うのはエステルたちだから、信じるしかないよね……)


 控室に去っていくロランス少尉を見ながらわたしは、明日の試合にエステルたちが勝てるように空の女神に祈りを捧げた。



―――――――――

――――――

―――


「うえ―――――ん!弟弟子君、悔しいよ――――――!」
「あ、姉弟子……」


 グランアリーナ前の広場でアネラスがリィンに泣きついていた。エステルたちに負けた事が実はかなり悔しかったらしく今になって涙が出てきてしまったらしい。
 アネラス以外の遊撃士メンバーはグラッツがジンたちと酒場に向かいカルナはホテルに戻りクルツがグランセルのギルドに戻り溜まっていた仕事をこなしに向かった、仕事熱心だね。


「わたし、わたし正遊撃士になったのに……新人君たちに負けちゃうなんて……」
「姉弟子、厳しい言い方をしますが正遊撃士になって気が緩んでいたんじゃないですか?エステルさんたちは自分を高めようと毎日修行や依頼をこなしていたと聞きます。でも姉弟子の太刀筋には若干のムラがありました」
「……そうかもしれない。私、正遊撃士になって一人前になれたんだーって思ってた。それで鍛錬をサボってアイス食べたりしてたから負けちゃったんだね」
「ア、アイスですか……まあ姉弟子なら直にエステルさんたちにも追いつけますよ。それにいいライバルが現れたと思えばいいじゃないですか、なあラウラ?」
「うむ、私もリートやフィルといった好敵手や友人が出来た事で成長することができた。アネラス殿とエステル殿ならお互いを高め合える好敵手になれるだろう」
「……そっか、そうだよね!新人君に負けたから悔しいんじゃなくて怠けた自分が悪いって思わなくちゃ!それにライバルが出来ればいい刺激になるって昔お爺ちゃんが言っていたしポジティブに考えないとね!」


 さっきまで泣いていたアネラスは今ではピカッと光るような笑顔を出してやる気になっていた。こういう前向きな性格って羨ましいね。


「よーし、じゃあ早速特訓に付き合ってもらうからね!」
「えっ、俺がですか?」
「勿論、姉弟子のお願いだよ!」
「はあ、まあ構いませんが……」
「それじゃレッツゴー!」
「うわわ、引っ張らないでくださいよ、ちょ、姉弟子!?」


 アネラスはリィンの手を取ると街道目掛けて走っていってしまった。


「……元気だね」
「そうだな。さて私たちも行くとするか」
「うん。あ、そうだ、私たちも手を繋いでいってみる?」
「手を?私は構わないが……」
「それじゃ私たちもレッツゴー」


 わたしはラウラの手を取ってリィンたちの後を追いかけた。


―――――――――

――――――

―――


「いやー、いい汗かいたね!」
「まさか手配魔獣クラスの奴と連戦するとは思わなかったですがね……」
「だが良い修行になったな」
「疲れた……」


 辺りが暗くなった夜、わたしたちはグランセルに戻って来ていた。
 アネラスの後を追って街道に出たのは良かったんだけど手当たり次第に魔獣と戦う事になってわたしとラウラも参加することになった。
 そのせいでリィンとわたしはもうすっかり疲れ果てていた。ラウラとアネラスは満足そうな表情をしてるけどね。


「もうこんな時間か、というかさっきから軍人の人が町を徘徊しているな」
「どうやら警備を強化したみたいだね、絡まれると厄介だし今日はもうホテルに戻ろっか」


 軍人に絡まれるのは嫌だったのでわたしたちはさっさとホテルに向かおうとしたが、わたしはホテルから誰かが出てきたのを偶然目にしてしまった。


(今のってもしかして……)


 わたしはリィンにこっそり話しかけた。


「リィン、ちょっと別行動をしてもいいかな?」
「どうかしたのか?」
「ちょっと気になることがあって……隠密行動はわたしの得意分野だから一人で大丈夫」
「……無理はするなよ」
「うん、ありがとう」


 小声でリィンと会話した後にわたしはこっそりとその場を離れて路地裏に向かった。人の気配を探りながら奥へ進んで行くとお目当ての人物を見つけることが出来た。


「やっほー、エステル、ヨシュア」
「フィル!?どうしてここに!?」
「シー、見つかっちゃうよ?」


 驚くエステルの口を手で塞ぎ身を屈めさせる、ヨシュアも気が付いたようで直に身を屈めた。するとそこに数人の軍人が見回りに来たがわたしたちに気が付くことはなく去っていった。


「……行ったね」


 気配が無くなったことを確認するとわたしはエステルの口から手を離して二人に話しかけた。


「危なかったね、この辺は特に徘徊する人数が多いから気を付けた方がいいよ」
「フィル、あなたどうしてここにいるの?」
「ホテルから出ていく二人を見てなにかあったのかなって思って」
「見られていたのか……」


 まさか目撃されていたとは思っていなかったようでヨシュアはしまった、という表彰を浮かべていた。


「そういえばリート君は?」
「リートは残ってラウラとアネラスの相手をしてもらってるよ」
「えっ、アネラスさんも一緒にいたの?」
「うん、リートが八葉一刀流の使い手だから弟弟子として意気投合したみたい」
「へー、あの人もその八葉一刀流っていう剣術の使い手なんだ」


 まあそれを言うならカシウスもそうなんだけどね、と心の中で思ったわたしは本題に付いて二人に訪ねることにした。


「それで、エステルたちは何をしようとしてるの?」
「うーん、まあフィルならいいかしら。実はね……」


 エステルたちの話によると、つい先ほどエステルたちが宿泊している202号室に何者かが侵入したらしく手紙が置かれていたらしい、その内容は今夜22時に大聖堂まで来るようにと書かれていたようで二人は罠かもしれないが何かを得られると思い誘いの乗る事にしたらしい。


「どう、フィルは罠だと思う?」
「どうだろうね、でもリシャール大佐が何かしようとしてるのならこんな回りくどいやり方はしないと思う」
「なら別の何者ということか、実際に会うまでは油断できないけどやっぱり僕一人で向かった方が……」
「コラ。それは駄目だって言ったでしょ?あたしだって遊撃士なんだから危険は承知の上よ。それにヨシュアに何かあったら嫌だもん……」
「エステル、最後の方が聞き取れなかったんだけど何か話した?」
「な、何でもないわよ!」


 ……ふーん、そういうことか。


「ねえエステル、ちょっといいかな?」
「な、なに?」
「もしかして……ヨシュアの事を異性として意識し始めたの?」
「ふえっ……!?」
「シー……その反応で分かったよ」


 わたしはエステルだけに聞こえるように小声で呟いた、それを聞いたエステルは顔を赤くして叫びそうになったのでわたしはエステルの口を再び押えた。


「二人とも、どうかしたの?」
「ううん、何でもないよ」
「そ、そうよ。何でもないから大丈夫よ……」


 怪訝そうな表情を浮かべるヨシュアにエステルが慌てた様子で誤魔化していた、これはちょっと面白い事になってきたかな。


「……さてと、そろそろわたしは帰るよ。これ以上二人の邪魔は出来ないしね」
「そ、そう……あ、ならリート君とラウラさんに伝言をしてほしいんだけど頼めるかしら?」
「伝言?それって何?」
「それはね……」


 エステルからリィンとラウラに伝言を預かったわたしは見回りをする兵士に気付かれないようにホテルへ戻った。


「ただいま、リィン、ラウラ」
「お帰り、フィー。ホテルの厨房を借りて夕食を作っておいたから食べてくれ」
「リィンのオムレツは絶品だったぞ、アネラス殿も食べていったがおかわりまでしたくらいだからな」
「それはラウラも一緒だろう?」
「むう、そういう事は言わなくてもいい!恥ずかしいではないか!」


 どうやら夕食を作っていてくれたらしく、わたしはリィンが作ってくれたオムレツを食べる事にした。一口食べてみるとトロっとした卵の触感とケチャップの酸味が絶妙にマッチしていてとても美味しい。


「リィンってオムレツ作れたんだ、知らなかったな」
「ロレントにいるときにエステルさんに習ったんだ。フィーばかりに作ってもらうのも悪いと思ってたし簡単なものくらいは作れるように練習したんだ」
「普段はフィーが食事を作っているのか?」
「ああ、最近になって家事とか調理の仕方を覚えだしたんだ。な、フィー」
「ん、乙女のたしなみ」


 ブイとピースをすると、ラウラは何か考え込むように腕を組んだ。


「ふむ……私も剣ばかりでなく女として、そういった事もできるようになったほうがいいのかも知れないな」
「別に男も女も関係ないと思うけど覚えて損はないんじゃないか?いつかはラウラも婿を取ることになるだろうし」
「婿か……あまり想像がつかないな」
「ラウラはそういった気になる人はいないの?門下生とかいいんじゃない?」
「皆はどちらかと言うと家族のようなものだ、それに年上ばかりだからな。できれば同年代の人物が好ましいが……」


 チラリと顔を上げたラウラの視線が「まあ今はそんなことを考えてもしょうがないだろう」と苦笑していたリィンを捕らえる、するとラウラの顔が真っ赤になってしまった。


「ラウラ、どうかしたの?」
「い、いや何でもないぞ!(私は何を考えているのだ!リィンを婿に取った妄想をするとは……)」


 ……これはもしかしてラウラも要注意しておいた方がいいのかな。今まで好敵手ポジションにいたから気が付かなかったけどリィンってラウラと同い年だし一番付き合いが長い異性だからそういう気持ちを持ってしまってもおかしくない。


(強力なライバルの出現……?)


 まあラウラが初心なだけって可能性もあるし今は様子見だね。


「あ、そうだ。リート、さっきエステルに会って伝言を頼まれたんだけど」
「エステルさんに……?(さっきフィーがこっそり出ていった事に関係がありそうだな)」
「うん、実はね……」


 わたしはエステルからの伝言を2人に話した。


「……なるほど、そういう事か」
「面白い話ではないか、是非とも力になりたいと私は思うがリィンはどうだ?」
「俺も異論はない、ロランス少尉と戦う時に有効な手段になるかも知れないしな」
「じゃあ決定だね、エステルたちは明日の朝に街道で待っているって」
「了解、それじゃ俺たちも明日に備えて眠る事にしよう」


 夕食を終えたわたしはお皿を片付けて明日に備えて眠る事にした。

 

 

第50話 新たな技

sidei:エステル


 大聖堂である人と密会した翌日、あたしはヨシュアとオリビエ、そしてジンさんと一緒に最後の試合に向けての最終調整をするために街道に向かっていた。


「いよいよ決勝戦だな、これに勝てば優勝か」
「しかし相手はあの情報部という得体の知れない奴らです、どんな手を使ってくるか分からないですよ。特にあのロランス少尉という男をどうにかできなければ勝ち目はないです」


 ジンさんが決勝に向けてやる気を出すが、ヨシュアが相手の情報を冷静に分析してこちらが勝つにはロランス少尉をどうにかしないといけないと判断した。


「それは分かっているわ、あたしたちが今からするのは対ロランス少尉の対抗策を覚えるために特訓するのよ」
「ということはエステル君はロランス少尉に有効的な技か作戦を持っているという事かい?」
「いいえ、あたしは持っていないわ。でも当てがあるのよ」


 あたしの言葉にオリビエが疑問を話してきたけど生憎あたしじゃあいつに対抗できるような技や作戦は思いつかなかったわ、だからある人に助っ人を頼んだの。確かこの辺に集合する手はずになっていたけど……あ、いたいた。


「あ、エステルさん、皆さん。おはようございます」
「おはよう、リート君。朝早くからごめんね」
「いえ、フィルから話は伺っていますから是非協力させてください」
「ありがとう」


 あたしたちを待っていたのはリート君とフィル、それにラウラさんとアネラスさんだった。


「あれ?どうしてアネラスさんまでいるの?」
「ふっふっふ。私も先輩として新人君……いやエステルちゃんたちの力になろうと思ってね」
「エステルちゃん?」


 前まで新人君って呼んでいたのにいきなり名前を呼ばれて驚いちゃったわ、嫌ではないけどどうしたのかしら?


「エステルちゃん、私ね、正遊撃士になってちょっと気が緩んでいたの。そんなときに君たちに負けて凄く悔しかった、だからエステルちゃんを私のライバルに決めたわ!だから新人君じゃなくてエステルちゃんって名前で呼ばせてほしいの。その方が対等に感じるからなんだけど駄目かな?」
「そういう事ね、全然かまわないわ。あたしだってアネラスさんにまた勝てるように強くなるんだから!」
「言ったわね!私も負けないわよ!」


 なんかよく分かんないけどあたしにライバルが出来たわ。こういう展開は全然好きだし楽しくなってきたわね。


「あのエステル?僕たちにどういうことか説明してくれないかな?君が言っていたロランス少尉に対抗できる手段っていうのはリート君達が握っているのかい?」
「ええそうよ、あたしは前の予選の時に見たリート君とラウラさんが使ったあの合体技について知りたいの」


 武術大会の予選でリート君とラウラさんがジンさんと戦った時に見せたあの合体技、あれを学びたくて昨日フィルに伝言を頼んでリート君達に来てもらったというわけよ。


「合体技というと俺とラウラが使った『炎魔洸殺剣』のことですか?あれはコンビクラフトというクロスベル辺りで使われる技です。リベールでは馴染は無いのでしょうか?」
「コンビクラフトというのは聞いた事がないわね……というかクロスベル辺りで使われるって言ったけどリート君はクロスベル出身なの?」
「……まあ、そんな所です」


 クロスベルかぁ……今は正遊撃士になる為にリベール王国を周っているけど、いつか外国にも行ってみたいわね。


「コンビクラフトは二人の息を合わせた連携技です、連携が取れていないと使えない難しい技ですが決まれば普通のクラフトを上回る程の威力を出すこともできます」
「お互いの動きや技の性質を理解し合っていなければ成功は出来ないということか。確かに難易度の高い技のようだな」
「でもオリビエさんとジンさんは既にそれに近い技を出していますよ。姉弟子たち遊撃士チームの時に使ったSクラフト同士のかけ合わせたあの技です」


 リート君の説明にジンさんがコンビクラフトという技の難易度が高いと言うが、リート君はオリビエとジンさんがコンビクラフトに近い技を使ったと話した。そういえばアネラスさんたちと戦った時にオリビエとジンさんがそんな技を使っていたわね。


「なるほど、確かに咄嗟に放った技だったけど2人で協力しているからアレもコンビクラフトといえる技になっていたんだね」
「はい、もっと動きを繊細にして隙を無くせば完璧なコンビクラフトとして使えるでしょう」
「じゃああいつに勝つにはジンさんとオリビエのコンビクラフトを完成させればいいのね」
「いえ、それだけでロランス少尉に勝てるとは言えません」


 オリビエとジンさんが既にコンビクラフトとして使えそうなくらいの技を出しているようだから、それを対ロランス少尉の技にすればいいんじゃないかとあたしは思った。でもそれに対してリート君が待ったをかけた。


「ロランス少尉は一度見た技をみすみす喰らうようなレベルの剣士ではありません。確実に勝つためにはロランス少尉が全く知らない技を使うしかないと思います」
「ん、そのための鍵はエステルとヨシュアが持ってると思う」
「えっ、あたしたちが?」


 リート君が言うにはロランス少尉に一度見せた技は通用しにくいとのことらしく仮にコンビクラフトとしてあの技を完成させても通用しにくいみたいね。でもその後にフィルがあたしとヨシュアの二人がロランス少尉に勝つカギを握っていると言ったので驚いた。


「はい、というのも本来コンビクラフトというのは、何回も練習してお互いの事を知り息を合わせなくては完成しない技なんですよ。ジンさんたちは偶々相性のいいクラフトを持っていたからきっかけを作ることができましたが、そんな直に使えるような簡単な技じゃないんです」
「うむ、私とリートの炎魔洸殺剣も何度も失敗を繰り返してようやくあの形に持ち込めたくらいだからな」
「そんな……」
「でもこれは他人同士の話、エステルとヨシュアは家族としてずっと一緒に過ごしてきたからお互いの戦闘スタイルや使う戦術、更には動きに出るクセなども把握しているからコンビクラフトを使う条件としては最高の状態にある。後はどんな風に連携をするか試行錯誤すればいい」


 リート君とラウラさんの話を聞いて少し男見かけたけど、その後のフィルの話を聞いてあたしはなるほどと思った。ヨシュアとは幼いころから一緒に特訓してきたり戦ってきたからお互いの事など手に取るように分かるくらいだからコンビクラフトを使うタッグとしてはいいのかもしれない。


「エステルさんとヨシュアさんには俺とフィルが付きます」
「わたしたちもエステルたちと同じだからね」
「そっか、2人はあたしたちと境遇が似ていたんだっけ。だったら先生として最適かもしれないわね」
「よろしくお願いするね、リート君、フィル」


 あたしたちにはリート君とフィルが付いてくれることになった。


「ジン殿とオリビエ殿は私がご教授させて頂きます。未熟者故、思う所はあるかもしれませんが……」
「コンビクラフトについてはお前さんたちの方が先輩だ、そんなに自分を卑下にしなくてもいい」
「そうだね、君たちの実力は知っているから是非とも先輩としてご教授をお願いするよ」
「分かりました。アネラス殿も協力して頂けますか?」
「勿論だよ!皆で協力して優勝を目指そうね!」


 オリビエとジンさんにはラウラさんとアネラスさんが付くことになり、あたしたちは本選決勝戦が始まるギリギリまで特訓に励み続けた。











「はぁ……はぁ……何とか形にすることは出来たわね……」


 その後あたしとヨシュアはリート君とフィルのコンビクラフトを見て参考にしたりアドバイスを貰って何回も連携の練習をしてようやくコンビクラフトの形まで持ってくることが出来た。


「完璧に出来るようになったわけではありませんが、数時間でここまで出来るようになったのなら十分な成果ですね」
「後はぶっつけ本番でやるしかないね」


 確かにこれ以上は本選に間に合わなくなってしまうので練習出来るのはここまでだろう、できれば完成させたかったが出来なかった以上後はぶっつけ本番でやるしかないわね。


「まあ後はやれるだけやるしかないだろう、勝つか負けるかなどその時にならなければ分からないからな」
「そうだね。それに僕は思うんだ、即興で作ったチームだったけどこのチームなら優勝できるってね」
「ジンさん、オリビエ……そうね、後はやれることをやるだけね!」


 ちょっと不安もあったけど、二人の言葉を聞いてやる気が湧いてきたわ!


「俺たちも応援しています、だから頑張ってください」
「応援なら任せて」
「エステル殿たちなら必ず優勝することが出来るはずだ」
「ファイトだよ、皆!!」


 リート君たちもあたしたちを勇気づけてくれた、こうなったら全力を尽くすだけよ!


「行こう、エステル。決勝戦はもうすぐだ」
「ええ、見てなさいよ、黒装束たち!優勝するのはあたしたちなんだから!」



―――――――――

――――――

―――


side:フィー


 エステルたちとの特訓を終えたわたしたちは、現在グランアリーナの観客席で決勝戦が始まるのを待っているところだ。他の観客たちの熱気は最高潮に達しており、速く決勝戦を始めろと言わんばかりの歓声が上がっている。


「凄い歓声だな、まあ決勝ともなればこれぐらいは当然か」
「うむ、何と言ってもここまで勝ち残ってきた強者たちの最後の試合だからな。私自身も早く決勝が見たいと血が滾っている」


 リィンとラウラも決勝を待ち望んでいるらしくいつもよりテンションが高くなっていた。


「あ、弟弟子くーん!」


 わたしたちに声をかけてきたのはさっき別れたアネラスだった。隣にはグラッツとカルナ、そしてちょっと具合の悪そうなクルツがいた。


「姉弟子じゃないですか。それにグラッツさんやカルナさん、クルツさんも一緒なんですね。皆さんも決勝を見に来たんですか?」
「おう、こんな面白そうな試合を見逃す訳にはいかないからな」
「私たちもエステルたちの応援に来たって訳さ」
「……」
「クルツ殿?いかがされたのだ?何やら苦しそうな表情を浮かべているが……」


 リィンがアネラスたちと話しているとラウラが様子のおかしいクルツに声をかけた。


「え……ああ、すまない。さっきから眩暈がしてね、体調は悪くないんだがもしかするとあの時の後遺症かも知れないな」
「後遺症?クルツ、何か怪我でもしたの?」


 後遺症と言う言葉を聞いたわたしは思わず何があったのかクルツに聞いてみた。


「もしかして昨日の試合で怪我を?」
「はは、違う違う。3か月前にちょっと事故にあってしまってね、身体中に怪我を負ってしまった上に記憶が曖昧になってしまって何が起こったのか思い出せないんだよ。何をしていたのかさえ頭から抜け落ちてしまっていたんだ」
「そうだったんですか、でもそんなことが合ったのに武術大会に出場しても良かったんですか?」
「ああ、身体に異常はないと医者からも言われたからね。問題はないよ」


 そっか、そんなことがあったんだね。怪我をする怖さは誰だって同じだよね、遊撃士も猟兵も危険な仕事には変わりないから下手をすれば死んでしまう事だってある、何事も無くて良かったと思う。


「君たちと話していたら少し落ち着いてきたよ、もう大丈夫だ」
「確かに顔色は良くなったね」
「でも無理はしないでくださいね、クルツさんが急に倒れたりしたら試合をしていたエステルさんたちが驚いてしまうかも知れませんから」
「はは、そうならないように気を付けるよ」


 リィンの冗談にも笑顔で返せる辺りクルツの体調は楽になったみたいだね。


「おや、君たちはリート君たちじゃないですか」
「アルバ教授……?あなたもここに来ていたんですか?」


 後ろの席から声がかけられたので振り返ってみるとそこにいたのはルーアンで出会ったアルバ教授だった。うっ……まただ、あのアルバって人が近くにいると妙に頭が痛くなってくる。わたしは咄嗟にラウラの背後に隠れて彼の視線が来ないようにした。


「どうしてここにいるんですか?前にあった時はルーアンにいたはずでしたが……」
「ええ、遺跡の発掘調査も大体終わったので今はあるツテを使ってグランセルにある資料館に滞在しているんです。折角だから武術大会を観戦しようかと思いましてね」
「そうだったんですか。なら丁度良かったですね、今日の決勝にはエステルさんとヨシュアさんも出るんですよ」
「それはいいタイミングでしたね、2人には随分とお世話になりましたから精一杯応援させていただきますよ」
「ええ、是非そうしてあげてください。エステルさんたちもきっと喜びますよ」


 リィンも警戒してるけど見た感じは普通の人にしか見えない。嘘をついているようなしぐさもないしわたしが気にしすぎなだけなのかも知れない。けど……


「そこにいるのはもしかしてリート君たちかな~?久しぶりだね~!」
「あ、ドロシーだ、やっほー」


 次に現れたのは前にエルモ村で出会ったドロシーだった。


「すっごい偶然だね!まさかこんなところで会えるなんて思ってなかったよ~!」
「ドロシーさん、お久しぶりです。今日は決勝戦を見に来たんですか?」
「うんうん、そうなんだよ。何て言ったって今日は武術大会の決勝戦だからね、しかもエステルちゃんたちも出ているって聞いたしもう飛び上がっちゃいそうな位興奮してきたよ~!」
「ドロシー、どうどう」


 ぴょんぴょんと跳ね上がるドロシーを見てラウラや遊撃士チームのメンバー、そしてアルバ教授までも目を丸くして苦笑いをしていた。


「はは、お前たちの知り合いは面白い人物ばかりだな」
「まあ、そうですね。でもいい人ばかりですから俺は人とのめぐりあわせには恵まれているんでしょうね」


 グラッツの言葉に苦笑いしながらも嬉しそうに話すリィンを見てわたしもリィンや皆に出会えて事を嬉しく思った。西風の皆やクロスベルの皆、そしてリベール王国で出会った人々……掛け替えのないわたしの宝物だ。


(……もし本当にリシャール大佐がクーデターを起こしてもわたしは最後まで戦って見せる、友達を守る為に……!)


 私がそんな決意をしていると不意にアナウンスが流れてデュナン侯爵が貴族席に入ってきた、その隣にはリシャール大佐とカノーネ大尉の姿もあった。


「リシャール大佐、出てきたね……」
「ああ、部下の試合を見に来たのかもしれないが用心はしておこう」


 わたしは小声でリィンに話しかけた、もしリシャール大佐が何らかの動きを見せようとしたらわたしたちでどうにかするために警戒はしておこう。その後はアナウンスの指示と共に両チームが姿を現した。


「出てきたね……エステルたち、大丈夫かな?」
「大丈夫さ、エステルさんたちを信じよう」


 そしてついに試合が始まり両チームが激突した、すると早速特務隊のチームに動きがあった。


「ロランス少尉がエステルとヨシュアの方に向かったね」
「ああ、残りの3人はジンさんとオリビエさんの方に向かったが分担する作戦なのか?それとも別に何か目的があるのか?」


 ジンとオリビエに部下の3人が向かってロランス少尉がエステルとヨシュアの相手をするみたいだね、でもリィンに言う通り何の狙いがあるのかは分からない。
 

「ジンさんとオリビエさんを抑え込める辺りあの3人はロランス少尉の部下の中でも上位の強さをもっているんだろう、だが……」
「うん、問題はやっぱりロランス少尉だね」


 エステルとヨシュアは果敢にロランス少尉に向かっていくが全ての攻撃がいなされてしまっている、背後や死角からの攻撃やアーツすらも完ぺきに対応してしまっている辺りロランス少尉の実力はやはり頭一つ、いやいくつも飛びぬけている。


「……おかしい」
「何がおかしいの?」


 リィンがロランス少尉の動きに何か違和感を感じたらしくわたしは何がおかしいのか聞いてみた。


「明らかに今までの戦いと違って手を抜いている、現にクラフトやアーツを使っていない」
「確かに使っていないね、なにがしたいんだろう?」
「俺にはロランス少尉がエステルさんとヨシュアさんを試しているようにも見える、でも敵であるロランス少尉がなんでそんなことをするんだ?」


 言われてみればロランス少尉は明らかにチャンスの場面でも攻撃に移行しないし無駄な動きもある。


「はぁはぁ……どういうつもりよ!」
「……何がだ?」
「しらばっくれる気!?明らかに手を抜いているじゃない!実力で負けるならともかくこんな風に遊ばれるなんて納得いかないわ!」


 エステルも明らかに手を抜かれていると分かったのか怒った表情を浮かべていた。


「悔しいのなら俺に攻撃を出させるだけの実力を見せてみろ」
「!ッ……だったらこれならどうよ!」


 エステルはクラフト「旋風輪」で攻撃を仕掛けるがロランス少尉は難なくとかわした。


「ふん、芸がないな」


 攻撃をかわしたロランス少尉は隙をついてエステルに攻撃を仕掛けようとしたが、エステルは回転したままスタッフを地面に立ててその回転を活かしてロランス少尉に蹴りを放った。


「なに!?」


 エステルが見せた事のない打撃技を使い、ロランス少尉は防ぎはしたがこの試合で始めてまともなガードを取らされた事に驚いていた。


「ヨシュア!」
「了解!」


 エステルの背後からジャンプしたヨシュアをエステルがスタッフを使って大きく上昇させた、そして勢いを付けたヨシュアがダガーを振るったがロランス少尉はそれを剣で防いだ。


「まだだ!真・双連撃!!」


 ヨシュアは攻撃を当てたダガーの上にもう片方のダガーを振り下ろして衝撃を与えた、いきなりの衝撃に流石のロランス少尉も威力を分散させきれずに体制を崩してしまった。そこにエステルがロランス少尉の背後に回り込んで金剛撃を叩き込んだ。


「ぐうっ……!?」


 エステルの攻撃をまともに喰らったロランス少尉は大きく後退させられた。


「驚いたな、まさかそんな戦い方をしてくるとは思わなかったぞ」
「ふふん、こっちには頼れる味方がいるのよ」


 驚いたと言うロランス少尉の言葉に対してエステルは得意そうに話した、エステルは元々八葉一刀流の螺旋の型を極めたというカシウスから戦い方を学んだらしくその動きには回転を活かす動きも取り組まれていた。そこにリィンが回転を活かした体術などをエステルに教えた事でエステルの戦い方の幅は大きく上がった。
 ヨシュアがさっき使った技も元はリィンの絶技『双雷』を応用させた技だ、双雷は太刀で攻撃をして防がれた時に自分の太刀に鞘をぶつけて衝撃を与え敵の防御を切り崩す技でリィンはこれをヨシュアに教えた、まああくまで八葉一刀流の技術としてね。


「面白い、なら俺も切り札を使わせてもらうとしよう……『分け身』」


 ロランス少尉が武器を構えると少し離れた場所にもう一人のロランス少尉が現れた。


「なにあれ、残像かしら?」
「エステル、油断しないで。攻撃を仕掛けてくるのはあくまで本物だけだ、そのタイミングを見逃さないようにね」
「了解、あたしは右を攻撃するからヨシュアは左をお願いね」


 エステルとヨシュアが同時に動いて二人のロランス少尉に攻撃を仕掛けた、エステルが攻撃した方のロランス少尉は攻撃を防いでヨシュアが攻撃した方のロランス少尉は攻撃を回避した。


「攻撃を防いだってことはこっちが本物ね!」
「貰った!」


 エステルがロランス少尉を抑え込んでヨシュアが攻撃を仕掛けた、その光景に誰もが捕らえたと思ったその時だった。


「ぐはっ!?」
「ヨシュア!?」


 ヨシュアの攻撃をかわした方のロランス少尉がヨシュアの背中に蹴りを放っていた。どういうこと、あれは残像じゃなかったの?


「甘いな」
「えっ、きゃあ!?」


 隙を見せたエステルをもう一人のロランス少尉が蹴り飛ばした。何とか体制を立て直したエステルだったがその表情には驚愕といった感情が込められていた。


「どういうことなの、さっきのは残像じゃなかったというの!?」
「あれは分け身という達人が使う技術だ。ほんの少しの間だけ実態を持った分身を生み出すことが出来るんだ」
「分け身を知っているようだな。だが俺の分け身は普通とは違う、俺自身の生命力と氣を流し込んで実態を維持すれば実力は本物と比べれば多少落ちるが正真正銘のもう一人の自分自身を作り出せる」
「あんですって……!?」


 もう一人の自分自身を作り出せるなんて反則もいい所だ、余りにも現実離れした光景にわたしは言葉を失ってしまった。


「さらにもう一つ教えてやろう、俺の分け身は一体だけじゃない」


 そう言ったロランス少尉の左に3人目のロランス少尉が現れた。


「そ、そんな……1人でも苦戦していると言うのに3人も増えるなんて……」
「勝ち目なんて最初からなかったのか……」


 ロランス少尉が3人に増えたという現実にエステルとヨシュアは戦う気力を失ってしまったようだ。その目には絶望が浮かんでいた。


「……残念だ、もう少し楽しませてくれるかと思ったがこれまでのようだな」


 3人のロランス少尉が武器を構えてエステルたちに近づいていく、そんな光景を見たわたしはつい叫んでしまった。


「―――――勝って!エステル!ヨシュア!」
「……フィル?」


 普段は出さないわたしの大きな声が聞こえたのか、エステル達が顔を上げてこっちを向いた。


「エステルさん!ヨシュアさん!最後まで諦めないでください!」
「二人なら必ず勝てると私は信じているぞ!」
  

 わたしに続いてリィンとラウラも二人を応援し始めた。


「エステルちゃん!私というライバルが見ているんだから負けたら許さないぞ!だから頑張れ!」
「ヨシュア!男ならもっと根性を見せてみろ!」
「あんたたちならきっと勝てるさ!」
「これまでの経験を思い出せ。君たちは強くなっている、あと一歩だ!」
「エステルちゃ~ん、ヨシュアく~ん、どっちもがんばれ~!」


 さらにアネラス、グラッツ、カルナ、クルツ、ドロシーもエステルとヨシュアに声援を送っていた。


「皆……」
「ふん、いかに声援を送ろうと戦う気力を失った者が俺に勝てるはずはない」
「それはどうかな?」


 背後から現れたジンの一撃とオリビエが放った水のアーツがロランス少尉の分け見を吹き飛ばした。


「ジンさん!オリビエさん!」
「遅くなって済まなかったね、ちょっと手こずっちゃったよ」
「だがようやく合流することが出来たな」


 ジンたちの後ろで膝をつく黒装束たちが悔しそうにジンたちを見ていた、2人はあいつらを倒してエステルたちのピンチに駆けつけてくれたようだ。


「ごめん、皆。あたし、後少しで諦めていた……でもこんなにも沢山の人たちがあたしたちの勝利を信じてくれているのなら諦めたりなんてできないわよね!」
「うん、皆の為にも僕たちはこんなところで負ける訳にはいかない!」


 エステルとヨシュアの目に闘志が蘇り武器を構えた。


「行くわよ、ロランス少尉!」
「……来い」


 ロランス少尉は再び分け身を使って4人になりエステルたちを迎え撃った。


「はぁぁ!真・旋風輪!!」


 エステルは今までよりも遥かに速度と威力の上がったクラフトで2人の分け身を吹き飛ばした。


「シルバーソーン」


 分け身の一体が放ったアーツがエステルの周辺に幻の剣を生み出して囲んだ、そして電撃がエステルを襲おうとしたがヨシュアが幻の剣を切り裂いて攻撃を防いだ。


「雷神脚!!」


 上空に飛び上がったジンがまるで雷光のような鋭い蹴りを分け身に喰らわせた。だが攻撃後のスキを突かれて新たに現れた分け身の攻撃を受けてしまった。


「がはっ!?」
「これでトドメだ」
「させない!」


 追撃しようとした分け身をヨシュアが瞳を輝かせて睨みつける、すると分け身の動きが一瞬止まりその隙にオリビエが分け身を撃ち抜いた。


「オリビエ!準備できたわよ!」
「ナイスタイミングだよ、エステル君」


 エステルから放たれた赤い光がオリビエを包み込んだ、そしてオリビエは目にもとまらぬ速さでロランス少尉の分け身たちに銃弾を放った。あれはオリビエのクラフト『クイックドロウ』だが威力が上がっていた、さっきエステルがオリビエに放った光は攻撃力を上げるアーツ『フォルテ』だったんだろう。


「いい腕だ、だが俺には通用しない」
「!?ッ」


 オリビエの死角からロランス少尉が現れてオリビエの溝内に剣を叩き込んだ。


「ぐっ!?……ふっ、引っかかってくれたね」
「何……!?」


 オリビエとロランス少尉の足元に時計の形をした魔法陣が現れる、するとその周囲の時間の流れが遅くなった。


「自身を囮にしてクロックダウンを狙ったか」


 オリビエを蹴り飛ばしたロランス少尉は冷静に判断して再び分け身を生み出した。動きが多少ぎこちないがその圧倒的な身体能力は未だ健在のようだ。


「今だ!オリビエ!!」
「今こそ僕たちのコンビクラフトを……!」
「「ダブルインパクト!!」」


 竜神功で身体能力を上昇させたジンと切り札の銃弾を銃に入れたオリビエがロランス少尉と分け身目掛けて必殺の一撃を放った、二人の放ったエネルギー弾は途中で一つになり龍のような形になってロランス少尉に向かっていった。


「そう来たか……だが!」


 ロランス少尉は分け身を盾として自身の前に立たせた、ダブルインパクトが直撃して分け身は消えてしまったがロランス少尉は多少ダメージを負ったくらいだった。


「やぁぁぁ!!」


 そこにエステルが現れてロランス少尉に攻撃を仕掛けた、だがロランス少尉はそれが分かっていたかのように大剣を振り上げていた。


「そう来るのは予測済みだ!」


 エステルに攻撃が当たると思ったその瞬間、エステルはその場から消えてしまいロランス少尉の攻撃は空振りしてしまった。エステルはロランス少尉の少し離れた場所に姿を現しておりさっきエステルがいた場所は地面に螺旋状のヒビが入っていた。


(もしかしてエステルは回転の力を利用して高速移動したの?)


 俄かには信じられないような話だがエステルは実際にやってのけた、土壇場で凄い事を思いつくものだと感心してしまった。


「ヨシュア!」
「行くよ、エステル!」


 攻撃が空振りしたロランス少尉のスキをついてヨシュアが攻撃を仕掛けた、すると続けざまにエステルが高速の突きを放ちロランス少尉の動きを止めた。


「これで……!」
「トドメよ!」


 そして最後に3つの残像に分かれたヨシュアが右・左・上から攻撃を仕掛けてエステルがトドメに重い一撃を放った。


「「太極無双撃!!!」」


 2人の放ったコンビクラフトはロランス少尉を見事に捕らえて場外まで弾き飛ばした。


「しょ、勝負あり!蒼の組、ジンチームの勝ち!」


 審判の言葉に一瞬会場が静かになった、でも直に大きな歓声が起こり会場を飲み込んだ。


「や、やったああああっ!!!」
「勝った……勝てたのか……」
「はぁはぁ……さ、さすがに疲れたねぇ……」
「ふぅぅ…………」


 エステルは嬉しそうにジャンプをして喜びヨシュアは勝てたことが信じられないような表情を浮かべていた、オリビエもさすがに疲れた様子を浮かべておりジンも大きな息を吐いていた。


「バ、バカな……こんなことが……」
「情報部の中でもより優れた者が集められた特務隊の我々が負けるなどあるはずが……」
「……ふっ、やられたな」


 特務隊の連中は全員がありえないという表情になっていた、でもロランス少尉だけは負けたことに問題が無さそうに笑いその場を去っていった。


「ロランス少尉、笑っていたね……」
「エステルさんたちが勝ったのは嬉しいがロランス少尉の様子を見るに何か引っかかるな……」


 確かに彼の上司であるリシャール大佐からすればエステルたちが女王に出会える機会が出来た事は面白くないことのはずだ。でも貴族席にいるリシャール大佐は余裕そうな表情を浮かべているから何か策があるのかもしれない。


(まあ後はエステルたちに任せるしかないんだけどね……)


 その後はエステルたちが賞金と晩餐会の招待状を貰って武術大会は幕を閉じた。

 
 

 
後書き
 エステルがやった高速移動は『ケンガンアシュラ』の桐生刹那の使った羅刹脚のような技です。




ーーー オリジナルクラフト紹介 ---


『双雷』


 リィンがフィーが使う双銃剣を見て、自ら編み出したクラフトの一つ。
 太刀の上から鞘を叩きつけて敵の防御を切り崩す技。また鞘を使ってフェイントをかけて太刀で攻撃する、鞘で敵の体を浮き上がらせてそこに追撃するなどの応用も出来る二段構えの技。
  

 

第51話 行動開始

side:リィン


 武術大会が終わった後、俺はフィーとラウラを連れてグランアリーナ入り口の広場でエステルさんたちを待っていた。
 姉弟子たちは打ち上げの場所を探しに向かいドロシーさんも写真を現像するために工房に向かった為一緒にはいない、アルバ教授は知らないうちに姿を消してしまっていたのでどこに行ったのかは分からない。一言声をかけてくれても良かったんじゃないのかとは思ったがフィーが怖がるのでまあいいかと自己完結した。


「あ、リートくーん、皆ー」


 グランアリーナ入り口からエステルさんたちが出てきた、俺たちを見つけたエステルさんは手を上にあげて振りながらこちらに向かってきた。


「エステルさん、優勝おめでとうございます」
「ん、すっごくかっこよかったよ」
「うむ、手に汗握る白熱の戦いだった、この試合を見れただけでもリベール王国に来た甲斐があったというものだ」
「えへへ……きっと優勝できたのは皆があたしたちの勝利を信じてくれたからよ。だからあたしからもお礼を言わせて頂戴、ありがとう」


 エステルさんからお礼を言われて俺は彼女たちに協力して良かったと思った。


「やあリート君、僕の活躍はどうだったかな?」
「オリビエさん、見直しましたよ。まさか自分を囮にしてロランス少尉の動きを鈍らせるなんて行動を取るとは思いませんでした」
「あはは、流石に痛かったけどね。なんだったらリート君が慰めてくれてもいいんだよ?」
「謹んでお断りさせていただきます」


 オリビエさんの誘いを笑顔で断った俺は次にジンさんに話しかけた。


「ジンさんもお疲れさまでした、泰斗流の数々の技を見せてもらいましたがどれも素晴らしい技でした」
「……気に入らんな」
「ジンさん?」


 ジンさんが何かボソッと呟いた気がするが俺には聞こえなかった。


「ん?ああ、すまないな。少し考え事をしていたもんでな」
「いえ、俺は気にしていませんが何か思う事があるんですか?」
「いやそんな大したことじゃないさ。それよりも晩餐会ってのは今夜あるみたいだな、けっこう遅くまでやるらしいから部屋も用意してもらえるらしいぞ」
「お城に泊まれるんだ、なんか羨ましいかも」


 ジンさんは話を切り替えて晩餐会に付いて話し出した、少し気になるが本人が話をしないという事は話したくないことなのだろうから気にしない事にした。
 それにしても晩餐会か、猟兵である俺には一生縁の無い話だな。精々お偉い貴族の護衛で付き添える可能性がある位だが行きたいと思う訳でもないしな。フィーはグランセル城の内部が気になるのかちょっと羨ましそうだ。


「しかし晩餐会ね~……そういう席に行った事ないからちょっと緊張してしまうわね。テーブルマナーとかあたし分かんないんだけど大丈夫かしら?」
「大丈夫さ、エステル君。食事という物はまず楽しむことが基本だからね、あまりそういう事を意識しすぎてしまうと折角の宮廷料理の味も楽しめなくなってしまうよ?」


 テーブルマナーを気にするエステルさんを以外にもオリビエさんがフォローした。まあ前に一緒に食事したときに勝手に貴重なワインを飲んだ人が言うと説得力があるな、その後捕まったけど。


「あんたからすればプレッシャーもあって無いようなものよね」
「ハッハッハッ。それでは行こうじゃないか、僕たちをもてなしてくれる愛と希望のパラダイスにっ!」


 オリビエさんが高笑いしながらグランセル城に向かおうとした、だがその前方から凄まじい怒気を纏った男性がこちらに向かって歩いて来ていた。


「オリビエ、ようやく見つけたぞ。貴様という奴は本当に俺を怒らせる天才だな……」
「ハッ、君は……!」


 その男性とはグランセルに来た一日目に出会ったミュラーさんだった。彼はオリビエさんの昔からの知り合いのようでオリビエさんの奇行に巻き込まれ続けている苦労人でもある。


「毎日毎日、ふらりと出かけて何をしているのかと思えばまさか立場も弁えずに武術大会に参加していたとは……」
「や、やだなぁ、ミュラー君。そんなに怖い顔をするものじゃないよ、笑う門には福来るって東方の言葉もある位だしね、ほら、スマイルスマイル♡」
「誰が怖い顔をさせているかッ!!」


 いつもの調子でのらりくらりとしているオリビエさんをミュラーさんが凄まじい表情を浮かべながら一喝した。その光景を見てエステルさん、ヨシュアさん、ジンさんはポカーンとしていた。


「……おっと、初対面の方々もいたな。お初にお目にかかる、自分の名はミュラー。先日、エレボニア大使館の駐在武官として赴任した者だ、そこのお調子者とは昔からの知り合いでな」
「いわゆる幼馴染というヤツでね、いつも厳めしい顔だがこれで可愛い所もあるのだよ」
「い・い・か・ら・だ・ま・れ!」
「ハイ……」


 茶々を入れてきたオリビエさんをミュラーさんは再び黙らせた。何というかオリビエさんと昔から一緒にいると思うと可哀想に思えてきたな、多分ずっとこんな調子なんだろう。


「コホン、失礼した。どうやらこのお調子者が迷惑をかけてしまったようだな、帝国大使館を代表してお詫びする」
「あ、ううん……迷惑って程じゃないわ。試合ではオリビエの銃と魔法にはずいぶん助けられちゃったし……」


 まさか謝罪されるとは思っていなかったらしくエステルさんも困惑していた。だって普段はオリビエさんにツッコミを入れるエステルさんがフォローしているくらいだからだ。


「というかオリビエさん、武術大会に出ることを大使館に隠していたんですか?」
「ハッハッハッ。別に隠してはいないさ、言わなかっただけだよ♪」


 ヨシュアさんの質問にオリビエさんは悪びれる事なく言い切った。いや、それは隠していたと言うんですが……


「ぐっ、まあいい……過ぎた事を言っても仕方ない、とっとと大使館に戻るぞ」
「へ……?ちょ、ちょっと待ちたまえ。僕たちはこれからステキでゴージャスな晩餐会に招待されているんですけど……」
「ステキでゴージャスだから猶更出られると困るのだ、お前にはしばらくの間大使館で謹慎してもらうぞ」
「……マジで?」
「俺は冗談など言わん、それはお前が一番よく知っているだろう?」
「そ、そんな殺生な~……晩餐会だけを心の支えにここまで頑張ってきたのに……」


 オリビエさんはミュラーさんの足にしがみ付いて必死に悲願する、だがミュラーさんは知った事かと言わんばかりに無視を決め込んでいた。


「さ、流石にちょっと可哀想じゃない?」
「晩餐会に出席するくらいは構わないんじゃないのか?」
「何か理由でもあるんですか?」


 流石に見ていられないと思ったのかエステルさんとジンさんがフォローしてヨシュアさんが晩餐会に出させない理由をミュラーさんに尋ねた。


「君たちもコレとそれなりに接しているのならこいつがどんな奴かは分かっているだろう?想像してみたまえ、王族が主催する各地の有力者が集まる晩餐会……そこに立場も弁えず傍若無人に振舞うお調子者が出席してみろ、それが帝国人だと分かった日には……くっ、想像もしたくない」
「それは………」
「確かに………」
「大問題になるな……」


 ミュラーさんの言葉にエステルさんたちは安易に想像できたのか言葉を失ってしまっていた。


「ちょ、ちょっと皆さん?どうして「あ、確かに」みたいな納得した表情を浮かべているんですか?」
「……ごめん、オリビエ。ミュラーさんの心配はもっともだわ」
「流石にリベール王国の有力者が集まる晩餐会でいつものノリは拙いですよね」
「うーむ、国際問題にも発展しかねんなぁ」
「うわ、掌を返すようにっ!?」


 さっきまでフォローしてくれていたエステルさんたちのまさかの裏切りにオリビエさんが驚愕していた。


「リ、リート君!フィル君!ラウラ君!君たちは僕の味方だよね!?」
「すみません、俺は全くフォロー出来ません。なにせあなたのせいで一回牢屋に入れられていますから」
「ごめん、オリビエ、流石にフォローのしようがない。寧ろこの状況をひっくり返せる人間がいるなら会ってみたい」
「オリビエ殿、私も帝国出身の者ですので出来れば大人しくしていてもらいたいのですが……」


 俺たちの容赦ない言葉にオリビエさんは悲しそうに地面に倒れてしまった。


「終戦から10年……ただでさえ微妙な時期なのだ。我慢してもらうぞ、オリビエ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。黙っていたことは謝るからさ……」
「問答無用」
「僕の晩餐会~~~!!」


 オリビエさんはミュラーさんに引きづられて去っていった。


「えっと……いいのかなぁ?」
「構わないでしょう、実際にミュラーさんのいう事は間違っていませんから。それよりもエステルさん……」


 俺はこっそりエステルさんに近寄って小声で話しかけた。


「晩餐会に出席したらリシャール大佐に気を付けてください、もしかしたら何か仕掛けてくるかもしれませんので……」
「ええ、分かったわ。リート君も気を付けてね」


 エステルさんに助言した後、彼女たちはグランセル城に向かった。


「さて、俺たちは姉弟子たちが待ってる酒場に向かうとしようか」
「オッケー、それじゃいこっか」


 俺はフィーとラウラを連れてサニーベル・インに向かった。











「それでは無事に武術大会が終わったことを記念して……乾杯!」
「「「乾杯!!」」」


 オリビエさんの号令と共に全員がグラスを上げてお酒を飲み始めた。俺たちは現在サニーベル・インで武術大会の打ち上げをしている所だ。ここにいるメンバーは俺とフィー、ラウラに姉弟子、グラッツさん、カルナさん、クルツさん、そして先ほど去っていったミュラーさんとオリビエさんも何故かここにいた。


「オリビエさん、あなたは確か謹慎されていたんじゃなかったんですか?」
「いや~、ミュラー君に「せめて打ち上げだけでも行かせてください!」って土下座してね、何とか許しを得たんだよ」
「このバカは公衆の面前で裸になろうとしたからな、これ以上騒ぎを大きくしないために仕方なく許したという訳だ」
「嫌だなぁ、誠意を見せるには土下座が一番でしょ?更に裸になれば武器を隠し持てない、つまり無抵抗で必死に悲願しているという意味になるじゃないか」
「なる訳ないだろうが、このバカ者が!!」


 呆れた表情を浮かべるミュラーさんをまたいつものノリでからかうオリビエさんにミュラーさんがキレた、何回やるんだよ、このやり取り……


「ミュラーも大変だね、わたしだったらツッコミを放棄しちゃうな」
「まあ根が真面目だから苦労しているんだろうな」


 ミュラーさんとオリビエさんのやり取りを見て改めてミュラーさんの苦労が理解できたような気がした。


「しかしオリビエ殿があのミュラー・ヴァンダール殿と知り合いだったとは思わなかったぞ」
「やっぱりラウラはミュラーさんの名を知っていたのか」
「無論だ、帝国で武術を嗜む者ならその名は知っていると言っても過言ではないほどの有名人だからな。それに彼はアルゼイド流と対をなすヴァンダール流の名を持つ者、私とよく似た境遇故少し興味があったのだ」


 そうか、ラウラもアルゼイド流の関係者だもんな。そう言われるとミュラーさんとは似たような境遇なのか、彼もまたヴァンダール流の名を直接持った人物だからな。


「ふむ、ラウラ・S・アルゼイドだったか。君の御父上であるアルゼイド子爵には何度か剣の手合わせをして頂いたことがあったがこうして会うのは初めてだったな」
「はい、かの名高きミュラー殿にこうして会えて光栄に思います」
「君は若いのに真面目なのだな、このバカにもほんの少しは君のような良心があれば俺も苦労しないんだがな……」


 ミュラーさんはラウラの礼儀正しい態度に感心しながらオリビエさんを見てため息をついた。


「おーい、弟弟子君!飲んでるかーい?」


 そこにグラスを持った姉弟子が現れて俺の背中から手を首に回してくっついてきた。色々と柔らかいものが当たっているんですが……


「……リート。デレデレしない」
「そなたは相変わらず女子に弱いのだな」


 フィーに足を抓られてラウラからは呆れられた視線を送られてしまった。


「あはは、フィルちゃんってば焼きもち焼いてるんだ~。お兄ちゃんっ子で可愛い~」
「アネラス、暑苦しい……」


 姉弟子は俺から離れて今度はフィルを抱きしめた。フィーは鬱陶しいといった表情を浮かべているが姉弟子を離そうとはしない、フィーは本当に嫌でなければ逃げたりしないので姉弟子の事をそれなりに信用しているのだろう。


「それにしてもエステルちゃんたちは今頃お城で晩餐会かー、羨ましいな」
「姉弟子も惜しい所まで行ったんですがね……」
「でも大丈夫かな?エステルちゃんたちって何かの依頼で女王陛下に会わなくちゃいけないんだったっけ、最近の王国軍の動きも何だか変だしちょっと心配だな」


 おいおい、そんな機密情報をこんなところで暴露するなよ……


「姉弟子、それってこういう所では言ってはいけない事なんじゃないですか?」
「えっ?あ、これは言っちゃいけないことだった……どうしよう……」
「まあ大丈夫ですよ、幸い他に客はいないし姉弟子が話したことは誰にも聞かれていないはずです。でもヘタをすれば他の人に迷惑はかけてしまいますから気を付けてくださいね」
「うぅ……ごめんね」
「分かってくれたならいいんですよ」
「えっと、流石に頭を撫でられるのは恥ずかしいよ……」
「えっ……?あっ、すみません!」


 しまった、シュンと項垂れてしまった姉弟子を見てうっかり頭を撫でてしまった。年上の人に何てことをしてしまったんだ。


「ごめんなさい、姉弟子。嫌でしたよね」
「えっ?嫌って事じゃないよ!すっごく気持ちよかったしただ驚いちゃっただけだから!」
「そうですか?姉弟子に嫌な思いをさせてしまったんじゃないかと思いましたが違ったようで良かったです」
「あはは、弟弟子君って結構女たらしなのかな?なんか手馴れているようにも感じたけど……」
「いやいや、そんなことはないですよ。よくフィルの頭を撫でているくらいです」
「え~、本当に?あれは沢山の女の子の頭を撫で慣れている手つきだったような気がするけどなー」
「勘弁してくださいよ……」
  

 クスクスと笑いながらからかってくる姉弟子に思わず苦笑してしまった。大体そんなに女の子の頭を撫でたことは無いと思うけどな、フィー以外といえばシャーリィやレン、クロエ、シンディ、セリカ、後ラウラも偶に撫でてほしいと言って来ることがあったな。妹分たちが羨ましかったのかな?
 そんな事を考えていたら背後から誰かが俺の背中によじ登ってきた。


「ん?フィルじゃないか、何をしているんだ?」
「リート、アネラスにばっかり構ってズルい。私の相手もして」


 俺の頬をツンツンと指で押しながらフィーは不満そうな表情を浮かべる。しかし珍しいな、こういう大胆な行動は2人きりの時くらいしかしないはずなんだけど……あれ、ちょっと顔が赤くないか?


「フィル、お前何だか顔が赤くないか?」
「そうかな……?オリビエから貰ったジュースを飲んでからちょっと体が熱いかも……」
「ジュース?……オリビエさん、何処に行くつもりですか?」


 フィーがオリビエさんからジュースを貰ったと聞いて俺は直にオリビエさんを探した、するとコソコソと逃げ出そうとしていたので彼の腕を掴んだ。


「あはは、ちょっと飲みすぎちゃってね。気分転換に外の空気でも吸いに行こうかと……」
「フィルに何を飲ませたんですか?」
「えっと、その……」
「な・に・を・飲・ま・せ・た・ん・で・す・か?」
「……カクテルです」


 笑顔で怒りを醸し出しながらオリビエさんを問い詰めると彼はフィーにお酒を飲ませたと白状した。この男は……


「フィルはまだ未成年ですよ!何を考えているんですか!」
「いやぁ、酔ったフィル君がどんな反応をするのか気になっちゃってね」
「あなたと言う人は本当に……」
「リート」


 ワナワナと怒りに震えているとフィーがクイクイッと俺の服の袖を引っ張ってきた。


「どうかしたのか、フィル?今俺はオリビエさんに説教を……」
「正座して」
「……えっ?」
「正座」


 顔を赤くしたフィーが無表情で俺に正座をするように言ってきた。


「な、なにを言っているんだ?どうして俺が正座を……」
「いいから正座」
「いや、でも……」
「せ・い・ざ・し・て」
「……はい」


 しまった、フィーはお酒を飲むとこうなるんだった……前にフィーがゼノの飲んでいたお酒をジュースと勘違いして飲んでしまった事があるのだがその時もこうなってしまったんだ。
 こうなったフィーに逆らうと怖いのでここは素直に従っておこう。


「リィンってばいつも好き勝手に行動してるけどわたしたちのことも少しは考えてほしい」
「まあ、それは悪いとは思っているが……というか名前!それは駄目だろうが!」


 俺の本名を話し出したので慌ててフィーを止めようとしたがギロッと睨まれてしまったので動けなくなった。いつものジト目と違って迫力があり過ぎるよ……


「あはは、フィルちゃんってば酔っちゃってリート君の名前間違えてるよ~」


 幸いにも姉弟子や周りの人たちはフィーが酔っ払って名前を間違えていると思ってくれているようだ。


「リィン?人の話を聞くときはキチンと目を見て」
「は、はい……」


 しかしどうもこのフィーには逆らえないな。まるで隠れて女遊びをしたことがバレた団長に笑顔で詰め寄るマリアナ姉さんみたいな迫力だ。


「あっちこっちにフラフラばかり……その癖直に女の子を口説いたりしてるしわたしがどれだけモヤモヤした気持ちになっているか分かっているの?」
「……すみません」
「ラウラと一緒に楽しそうに鍛錬したりクロエ、シンディ、セリカにもなんやかんやで親しまれてたりするし……見ていてモヤモヤする」
「……」
「大体前から思ってたんだけどシャーリィとはどういう関係なの?戦っている最中にも関わらず抱き着かれたり妙に懐かれているよね?」
「ん?シャーリィ?何処かで聞いたような……」
「あ、フィルが言っているのはシャニィって子の事ですよ!ヤダなぁ、フィルってば酔っ払い過ぎだよ!あはは!」


 グラッツさんがシャーリィの名前に反応したので慌てて誤魔化した。


「それにリィンってば年上の女の人がタイプなんだよね?セシルに抱っこされたりサラにからかわれて抱き着かれたりすると嬉しそうだもん。リィンってば大きなおっぱいが大好きだもんね。アイナとかシェラザードにもデレデレしてるもんね」
「いや、それは誤解だ。俺はそんな胸なんて……」
「嘘付き、前に酔ったシェラザードが胸の谷間を見せつけてきた時にリィンは止めてと言いながらも凝視してた」
「……本当にすみません」


 いやそれは仕方ないだろう、俺だって男だからつい気になってしまうんだって……


「大体リィンは……」


 フィーの説教はその後も続き打ち上げが終わる頃まで俺は説教をされ続けていた。



―――――――――

――――――

―――



「ふぁ~、昨日は疲れたな……」


 打ち上げを終えた俺は疲れて眠ってしまったフィーをおんぶしてホテルに戻り就寝した、そして翌朝になりベットから起きた俺は窓から差し込む朝日を浴びながら身体を伸ばした。
 昨日はまさかフィーに説教され続けるとは思わなかったな、前もされたけど今回はその倍近く怒られてしまった。
 フィーは昔より感情を出すようにはなったがため込んでしまう子なのでそれが昨日発散されたのかもしれないな。


「ふぁぁ……おはよう、リィン」


 そんなことを思っているとフィーが目を覚ましたようだ、彼女は眠たそうに目を擦るとベットから起き上がる。


「おはよう、フィー。昨日は大変だったな?」
「ん、でもスッキリした。偶にはああいうのも必要だね」
「俺としては遠慮願いたいんだが……」
「だったら少しは自覚して。じゃないとまた不満が溜まる」
「善処します……」
「今戻ったぞ。おや、二人とも目覚めていたか」


 そこに鍛錬にでも行っていたのか汗をかいたラウラが戻ってきた。


「おかえり、朝練にでも行っていたのか?」
「うむ、私の日課だからな。そうだ、途中で客人に出会ったんだが部屋に入ってもらってもいいか?」
「ああ、いいぞ。フィーは大丈夫か?」
「ん、顔だけ洗ってくる」


 フィーは洗面所に向かい顔を見ずで洗ってくる、俺も身だしなみを整えて客人を向かい入れると入ってきたのはオリビエさんだった。


「やあ、リート君。昨日は楽しかったね」
「帰ってください」
「ちょ、いきなり辛辣過ぎないかい?」
「昨日何をしたのか忘れたんですか?性懲りもなくまた何か企んでいるんでしょう、面倒ごとはごめんです。帰ってください」


 俺は昨日オリビエさんのイタズラのせいでフィーに説教され続けたんだ、今日もまた面倒ごとを持ってきたに違いないから帰ってもらおう。


「もー、そんなに怒らないでよ。今日はとってもいいものを持ってきたんだから♪」
「必要ありません、帰ってください」
「アレー、そんなことを言ってもいいのかな?……遊撃士協会が等々動き出そうとしている情報を持ってきたんだけどなー」



 ……今、この人は何ていった?


「……オリビエさん、どういう事ですか?」
「言葉通りの意味だよ、遊撃士協会はアリシア女王陛下に依頼を受けてリシャール大佐が捕らえている人質を救出するために動き出したのさ」
「……どうしてあなたがそれを?」
「僕が唯の旅行客じゃないって君はもう知っているだろう?色々調べるツテがあるって訳さ」


 そうだった……この人は唯の旅行客じゃなかった。推測でしかないがエレボニア帝国の諜報員なのかもしれない。


「……それでオリビエさんは俺たちにそれを話してどうしたいんですか?」
「決まっているだろう、僕たちもこのパーティに参加しようじゃないか。どっちにしろ君たちもそのつもりだったんだろう?リート君……いやリィン・クラウゼル君」
「やはり俺たちの正体を知っていたんですね?」
「最初はまさかと思ったけどミュラー君に教えてもらった情報と一致してね、それで確信したよ」
「彼もグルだったという訳ですか……」


 ミュラーさんもオリビエさんの知り合いだと言っていたから繋がりがあるとは思っていたが、やはり協力者だったか。


「ひとついいですか?」
「うん?なんだい?」
「あなたは一体何を企んでいるんですか?クーデターを利用してエレボニア帝国が攻め入るスキを与えるつもりですか?もしそうなら協力は出来ませんよ」
「おやおや、戦争を生業としている猟兵が言うセリフとは思えないね。君たちからすれば戦争が起きてくれた方が仕事が増えていいんじゃないのか?」
「確かに戦場は俺たちの稼ぎ場かも知れません、だから俺がしていることは猟兵としては間違った事なのでしょう。それでも俺はこの国の人たちに沢山お世話になりました、その人たちを危険な目には合わせたくない。なにより妹がそれを望んでいます、俺はフィーの悲しむ顔は見たくありません」
「リィン……」
「ふふ、そなたらしいな」


 俺の言葉を聞いたフィーは右手を胸に当てて熱の籠った視線を俺に向け、ラウラは満足そうに頷いた。


「……なるほど、君は僕が期待していた以上の人物だったね。君に出会えただけでも態々リベール王国に来た甲斐があったと言えるね」
「……何を言っているんですか?」
「なに、気にしないでくれ。いい意味で予想を裏切られただけだからね」


 いつもとは違う感じで笑うオリビエさんだが一体なのがおかしいのだろうか?


「リィン君、もし仮にこのクーデターが成功したとしたらこの国はどういった変化を迎えると思うかな?」
「唐突に一体何を……」
「答えてくれるかい?」


 オリビエさんが急に話の流れを変えたので少し困惑したがオリビエさんの真剣な表情を見た俺は何かあると思い真面目に考えてみた。


「そうですね、リシャール大佐の目的が何かは分かりませんが仮にこの国の支配が目的なら自分の邪魔となる人間たちを排除しようとするんじゃないでしょうか?例えばモルガン将軍や女王陛下の親衛隊などが思い浮かびますね、実際に彼はモルガン将軍や親衛隊を排除しようと動いていますから」


 モルガン将軍とは一回会った事があるが正に軍人と言う言葉を体現した人で女王陛下に絶対の忠誠を誓っていると思う、そんな彼がリシャール大佐の言う事などを聞くはずがないだろう。


「なるほど、しかし彼が一番邪魔に思っているのがアリシア女王陛下だとしたら彼はどうしたいと思う?」
「まさかこの国の王になろうとしていると言いたいんですか?そんなことは不可能です、リシャール大佐がどれだけ優秀でも王族の血をひいていない彼では王にはなれません」
「だが彼はデュナン侯爵を繋がっている可能性がある、それは君たちも考えたんじゃないのかい?」
「デュナンをトップにして陰から操ろうとしている……これならリシャールがこの国を思うがままに操るとこも出来なくはないね」


 オリビエさんの言葉に俺はまさかと思ったがデュナン侯爵の名を言われてその可能性がありえないものではなくなった事に気が付いた。
 実際に彼は王になりたがっていたし武術大会の時もリシャール大佐を傍に置いている事からあの時点で彼らにはかなり深いつながりがあると予想していた、だからフィーの言った事が現実に起きてもおかしくはない。
 前に憶測でそう言ったが、これは現実味が帯びてきたな……



「でもオリビエさん、仮にそれが実際に行われたとしても結局は彼がこの国の支配者になりたいってことくらいしか思い浮かばないですよ」
「なら僕からリシャール大佐という人物について知っていることを話そうじゃないか、そこから彼の思想を考えてみてほしい」
「そういう事は最初に言ってくださいよ……」


 オリビエさんはリシャール大佐についてある程度は調べていたらしくもったいぶった様に話し出した。
 

「リシャール大佐は元軍人であったカシウス殿の部下でもあった男だ、当時カシウス殿が率いていた独立機動部隊に配属されたリシャール大佐はかの百日戦役もカシウス殿の部下として共に戦ったそうだ」
「リシャール大佐がカシウスさんの?」
「ああ、調べた話では公私共に世話になったそうでリシャール大佐はカシウス殿を強く慕っていたそうだ。最早信仰していると言ってもいいくらいカシウス殿に共感しているらしい」


 俺はそれを聞いてリシャール大佐という人物がどういう人なのか分からなくなってきた。
 今までは権力などを目的にして動いていたのかと思っていた、だがカシウスさんの教えを受けたというリシャール大佐がそんな俗物な人物だと思えなくなったからだ。


「話を続けようか、リシャール大佐はカシウス殿が軍を退役された頃から軍事力の強化を提案していたらしい。だがこの国の女王であるアリシア女王陛下はその意見を中々受け取ろうとしなかった」
「意見の食い違いでもあったの?」
「アリシア女王陛下はどちらかと言えば他国との協調や交流といった外交を大事にされていた方だからね、リシャール大佐がこの国を思ってそう言っているとはいえ直には受けいられなかったんじゃないかな」


 まあそれは仕方ない事だろう、リシャール大佐が言う軍事力を強化して国を強くすることもアリシア女王陛下が言う他国との協調や繋がりを大事にすることも間違っていない。ただその二人の考えが合わなかっただけだ。


「さて、ここまでリシャール大佐という人物を話してみたけどそろそろ彼が何をしたいのか見えてきたんじゃないのかい?
「……!?ッまさかリシャール大佐はこの国を軍事国家にすることが目的なんですか?」
「過去にエリベール王国はエレボニア帝国に攻め込まれている、そう考える人間がいてもおかしくはない」

 俺の言葉にラウラが続いた、確かにそレが目的ならリシャール大佐がクーデターを起こそうとしたのか説明が付く。
 リシャール大佐の目的がリベール王国を強大な軍事国家にするという事なら、彼がクーデターを起こそうとしている理由になるかもしれない。
 リシャール大佐はこの国を強くしたいがアリシア女王陛下とは考え方が合わない、なら彼女を女王の座から引きずりおろしてそこにデュナン侯爵を入れればリシャール大佐はこの国を陰で操ることが出来る。そうなれば彼が目指す強大な軍事国家を作ることが出来るかもしれないな。


「何てことだ、事態は思っていた以上にマズイ事になっているのかもしれないな……」
「ん、いろいろ巻き込まれたりしてきたけどその中でもトップクラスにヤバいね」


 事態が思っていた以上に深刻なものかも知れないと知り、俺とフィーは頭を抱えた。


「偶然とはいえクーデターの事を知った僕は、帝国の未来を考えてこれを阻止するべきだと思ったんだ」
「つまりあなたはエステルさん達を利用して帝国に対する脅威を未然に防ごうとしているんですか?」
「否定はしないよ」


 あっさりとエステルさん達を利用しようとすることを認めたオリビエさんに、俺は食えない人だと内心で評価する。そして一番聞いておかなければならないことを確認する事にした。


「一つだけだけ聞かせてください、どうしてあなたはクーデターを止めようとするんですか?もしあなたが帝国の諜報員ならこのままクーデターが起こりこの国が軍事国家になれば攻め入る隙を作ることができる。そっちのほうが都合がいいのではないですか?」


 さっきもオリビエさんに話したが、俺は帝国の利益の為に協力する気は更々無い。この人が何を考えているのか確かめておきたかった。


「確かに君の言う通り、このまま事が進めば帝国がこの国を攻め入る口実が出来るかもしれない。でも僕はそれじゃ駄目だと思うんだ」
「駄目とは?」
「リィン君、君も戦場を生業とする猟兵なら理解しているだろう?国の思想や争いに巻き込まれ命を落とし大切なものを奪われていく人達を……」
「ええ、知っています」


 オリビエさんの言葉に俺は肯定する、それは俺達猟兵にとっては見慣れた景色だったからだ。


「ギリアス・オズボーン……彼は非常に優秀な人物だ、エレボニア帝国が更なる発展を迎えられたのは間違いなく彼がいたからだろう。だが彼のやり方は少し強引なところもある、力で屈服させて涙を流した人間も多数いるはずだ」
「そういう話はよく聞くね」


 オリビエさんの話にフィーが頷いた、確かにそういう黒い話も耳にする事はある。


「無論それが間違っているとは言わない。彼は国を守る立場にある、だから非情になることも必要とされるのは理解できる。でも力のみで人を抑え込もうとすればいつか必ずそれが爆発する」
「それは……確かに今は良くてもいずれ我慢の限界が来てしまう人もいます。現にテロリストも存在しますから」


 カルバート共和国程ではないが、エレボニア帝国にも鉄血宰相を亡き者にしようとてテロ活動を行った人達はいる。西風の旅団も昔、帝国政府からの依頼で過激派テロリストが拠点の一つにしていた場所を襲撃したことがある。


「僕がこの国に来た本当の目的、それはカシウス・ブライトと接触する事だった」
「カシウスさんですか?」


 ここでカシウスさんの名が出てきたか、あの人何処でも話に出てくるなと若干思ってしまった。


「オリビエはカシウスを知っているの?」
「直接会ったことは無いよ、だが彼は百日戦役にてエレボニア帝国の軍を退ける働きをした第一人者だ。その優れた観察眼と常人では思いつかないような作戦を生み出した戦略性を持つまさに英雄と言える人物だね」
「ふむ、それ程までに優れた人物なのか。カシウス・ブライトという御仁は……」


 オリビエさんの言葉にラウラは感心するように頷いた。


「僕は力で全てを支配する道以外にも、人が人として手を取り合っていけるやり方もあるんじゃないかと思っていた。だから僕はカシウス殿に会って話を聞きたかったんだ」
「……甘い考えですね」
「ははっ、よく言われるよ」


 猟兵の立場で考えればそんなことは不可能だろう。もしそんな方法があるのならばエレボニア帝国とカルバート共和国が争う事もないし二大国家に挟まれた小国が苦しい思いをすることもないだろう。


(でも、嫌いじゃないな。そう言う考えは……)


 オリビエさんの考えを聞いた俺は、甘いと言いつつも少しの共感を感じていた。猟兵とはいえ争いばかりが起こる世の中など正直ごめんだ。


「結局カシウス殿と会えなかった僕は、偶然にもクーデターの事を知ってしまった。もしそれが現実になればエレボニア帝国やカルバート共和国が黙っているはずがない、そうなれば今度は百日戦役よりも酷い争いが起こってしまう。少なくともあの男は必ず動くはずだ」
「鉄血宰相、ギリアス・オズボーン……」


 俺はオリビエさんが言う人物を頭に思い浮かべた、帝国の繁栄の為に多くの人たちから色々なものを奪ってきたと言われるくらいの男……オリビエさんの表情には恐れが浮かんでいた。
 俺はギリアス・オズボーンに会ったことは無い、だがこの人がここまで警戒する程の人物だという事は理解した。


「これはあくまでも推測でしかない、だが実際にそうなってしまえば多くの命が失われることになる」
「戦争が起きれば沢山の人が死ぬからね、それも挙って民間人とか弱い存在ばかりが死んでいく」


 万が一エレボニア帝国がリベール王国に戦争を仕掛けたら百日戦役以上の惨劇になりかねない状況に俺は危機感を感じた。俺とフィーは戦場でそういった光景を何度も見てきたから分かる、実際にそんなことになればもう誰も止められなくなるだろう。


「これ以上我が母国が、争いをまき散らしていくのを黙ってみていたくなかった……それが僕がクーデターを止めたいという理由さ」
「そうだったんですか……」
「それに僕はエステル君達を気に入っているからね、この国もいい所だった。だから今は純粋にこの国の未来を守りたいとも僕は思っている」
「……あなたにはまだ秘密がありそうにも思えますが、一応は納得しましょう」


 俺は取りあえずオリビエさんを信じる事にした。
 まだ何か隠し事をしているようにも思えるがこの人ともそれなりの付き合いになる、だからある程度どういう人なのか分かってきたからだ。 
 道化を装っていながらもどこか怪しい雰囲気を出すオリビエさん……でも根っこの部分は優しい人なんだと思う。この人は純粋にリベール王国やエレボニア帝国の未来を、そして何よりエステルさんたちが心配だから今回のクーデターを止めたいんだと俺は感じ取ったからだ。


「さて話は纏まったことだし僕たちも行こうか」
「行くってどこにですか?」
「アリシア女王陛下のお孫さんでありこの国の姫であるクローディア姫……彼女はリシャール大佐に捕らえられてしまっているんだ」
「そっか、エステル達はまずそのお姫様を助けに向かったんだね」
「その通りさ。エステル君達が向かった場所はエルベ離宮、そこにクローディア姫は幽閉されている」
「しかしよくもまあそこまで調べられましたね、一体どんな方法を使って情報を得ているんですか?」
「それはひ・み・つ・さ♪」


 もったいぶった言い方をするオリビエさんに改めて油断ならない人だと思い俺は肩をすくめた。


「リィン、フィー。どうやらそなたたちはまた何か厄介ごとに巻き込まれているようだな、それも私が想像していた以上の事らしい」
「ああ、話を聞いていてなんとなく分かったかもしれないが俺たちはこの国を乗っ取ろうとするリシャール大佐とその一派とやり合うつもりだ。ラウラも巻き込まれないように早く帝国に戻った方がいい」
「何を水臭い事を言うのだ、ここまで話を聞いてしまったからには私も協力させてほしい」
「ラウラ!?何を言っているんだ!」


 俺はラウラの申し出に驚いてしまった。


「いいじゃないか、ラウラ君の実力は知っているし戦力は多い方がいい。ここは彼女にも協力してもらおう」
「オリビエさん、ラウラは猟兵じゃありません!俺たちの都合に彼女は巻き込めませんよ!」
「でも考えてもみたまえ。いくら君たちが大陸でトップクラスの猟兵団に所属しているとはいえ国の精鋭部隊と戦うとなればかなり厳しい状況になるんじゃないか?特にあのロランス少尉はかなり強い、一人でも戦力は増やしておくべきだ」
「しかし……」


 オリビエさんの意見も分かるがそれでもラウラを巻き込んでいいという理由にはならない、それこそロランス少尉のような本当にヤバい存在がいるんだ。


「いえ、やはり俺は反対です。この件に関してはラウラは何の関係もない、それなのに命の危機にさらすような真似はできません。それにラウラは俺達猟兵と違って帰るべき場所がある一般人だ、もし今回のクーデターでラウラに何かあったら俺はヴィクターさんに顔向けできません」


 俺がそういうとオリビエさんも黙り込んでしまった。自分で戦う事を決めた俺やフィーはいい、でもラウラは違う。ラウラの性格上協力してくれるだろう、でもだからといって巻き込むのはお門違いだ。


「リィン」
「ラウラ……?」


 ラウラは俺の手を自分の両手で包み込むように握ると、柔らかな笑みを浮かべて話し出した。


「リィン、そなたは私の身を案じてくれているのだな。その心遣い、嬉しく思うぞ。だがなリィン、私はそなたたちに何かあってしまった方が怖いんだ。あの時行動していればと後悔するのならば行動してから後悔した方が遥かにいいだろう」
「ラウラ……」
「ふふっ、これはそなたから学んだことだ。なら私もそなたと同じように後悔しない生き方をしたい、例えどんな結果になろうともな」


 俺はラウラの言葉に、かつての自分も後悔しないように生きようと思ったことがあった事を思い出した。


「……バカだな、ラウラは……でもそんなことを言われたらもう反対は出来ないじゃないか」
「バカとは心外だな。そなただって逆の立場なら同じことを言っただろう?」
「分かった、俺の負けだ。そこまで言うのなら俺はもう止めないよ。ラウラ、一緒に戦ってくれるか?」
「無論だ、このアルゼイドの剣技をもってしてそなたたちの力になろう」
「ラウラが一緒に来てくれるなら百人力だね」


 俺はラウラに手を差し出し彼女はその手を取り力強く頷いた、その様子にフィーも嬉しそうに微笑んだ。


「若者たちが手を取り合って軌跡を描いていく……いやぁ、いいものだね」
「オリビエ、オッサン臭い」


 オリビエさんがうんうんと感慨深そうにしているとフィーがツッコミを入れた。


「よし、今度こそ話は纏まったようだしそろそろ僕たちもエルベ離宮に向かおうか」
「こうなったらとことんまでやってやりますよ、行きましょう!」


 俺たちは武器を背負いエステルさん達が向かったというエルベ離宮を目指し歩きだした。
 


 

 

第52話 クローディア姫救出作戦

side:リィン


 現在俺達はオリビエさんと共にエルベ離宮を目指して街道を進んでいた。


「何だか騒がしいね、誰かが戦っているのかな?」
「恐らく陽動をしている人達が特務隊と戦っているんだろう、真正面から攻め入るにはそれが一番有効的だからな」


 各関所や飛空艇乗り場が特務隊に押さえられている以上、遊撃士協会側に増援を送るのは難しいだろう。
 となれば王都に残っている勢力だけで戦わなくてはならないが姉弟子たちを数に入れてもかなり厳しいはずだ。本来なら役割を分けるだけの人材は無いはずだが様子を見るに誰かが陽動を担当しているようだ。


「そういえばここに来る途中で親衛隊の人達を見かけたな、彼らは遊撃士側の協力者なのか?」
「ああ、親衛隊も特務隊と敵対しているからな。きっと利害が一致したから共に戦っているんだろう」


 ここに来る最中に何人か見た事のある服装の人物達をチラリと見かけたことが何回かあった、その人物達とは親衛隊の事で彼らも遊撃士に協力して戦っているらしい。

 
「本当は姉弟子達に加勢したかったけど向こうは大丈夫そうだ、俺たちはエステルさん達の援護に向かおう」
「ん、了解」


 姉弟子やグラッツさん達、そして親衛隊の隊長であるユリア・シュバルツさんの姿は見たがエステルさん達の姿はなかった。恐らく彼女たちが人質の救助に向かったと考えた俺は増援を潰すために彼女たちの元に行く事にした。
 エルベ離宮に向かっていると前方で誰かが複数の特務隊と戦っているのが見えた、あれはシェラザードさんか?


「どうしてシェラザードがここにいるの?確かロレントにいるんだよね?」
「どうしてここにいるのかは分からないがピンチのようだ、助太刀するぞ!」
「承知した!」


 フィーが飛び上がり閃光弾を投げつけた、そしてシェラザードさんに向かって声をかける。


「シェラザード、目を塞いで!」
「えっ?今の声って……」


 突然声をかけられしかもそれが聞き覚えのある声だったからか、一瞬戸惑った様子を見せたシェラザードさんだったが直に思考を切り替えて目をつぶった。その瞬間にフィーが投げつけた閃光弾が破裂して強烈な光が放たれた。


「ぐわっ!?」


「これは一体なんだ!?」


 特務隊の数人が光に目をやられて視界を奪われる、そこに跳躍した俺とラウラがそれぞれのクラフトを放った。


「業炎撃!」
「鉄砕刃!」


 炎を刀に纏い敵に叩きつける、すると爆炎が生まれて他の敵を巻き込み焼き尽くしていく。それを何とかかわした他の特務隊は遅れて放たれたラウラの一撃に成すすべもなく意識を刈り取られていった。


「こいつら、前にルーアンで仲間の邪魔をしたという連中か!?」
「まさかこいつらも遊撃士や親衛隊達の仲間になっていたというのか!」
「ぐっ、増援を……」
「遅いよ、ストーンインパクト!」


 オリビエさんが特務隊達の上に巨大な岩石を召喚して落とす、特務隊達は岩石の下敷きになり白目をむいて気を失ってしまった。


「オリビエさん、ちょっとやり過ぎじゃないですか?」
「威力は調整してあるから死んではいないさ」


 一応死なれないように回復アーツを特務隊にかけた俺は呆れた視線をオリビエさんに向ける、しかし彼はさわやかな笑みを浮かべて人差し指を立ててチッチッチと横に揺らした。


「まあ死んでなければいいですけどね……フィル、そっちは終わったか?」
「ん、終わったよ」


 回復を終えた特務隊達の武器をはぎ取って目が覚めて起き上がられても面倒だから縄で縛っておいた。


「シェラザードさん、大丈夫ですか?」
「ええ、ありがとう……どうしてあんた達がここにいるのか気になるけどそっちの男が原因のようね」


 ジト目でオリビエさんを睨みつけるがオリビエさんはいつもの調子でシェラザードさんに話しかけた。


「やあシェラ君、久しぶりだね。こうしてまた会えて嬉しく思うよ、再開のハグでもどうだい?」
「あんたは相変わらずのようね、でも何でここにいるのかしら?」
「君と同じ目的さ、その様子だと既に事情は知っているようだね」


 オリビエさんの言葉にシェラザードさんは探るような視線を彼に向けた。


「……あんた、一体どこから情報を得たの?」
「僕の正体は薄々感づいているんだろう?情報を得る方法は教えられないんだ、唯僕がここにいるのは帝国の未来を考えたからだと言っておこうか」
「……まあいいわ、ここであんたと口論していても仕方ないしね。でもどうしてリート君とフィルがいるのかしら?」


 どうやらシェラザードさんとオリビエさんの間には何らかのやり取りがあったらしいな、シェラザードさんはオリビエさんがどうしてここにいるのか何となく察した様子で納得したようだが今度は俺達に鋭い視線を向けてきた。


「彼らにも協力を仰いだのさ、今回の作戦は人手が多いほうがいいと思ってね」
「何を考えているの!彼らは民間人よ、こんな争いに巻き込んでいいわけがないでしょうが!」
「いやリート君達は既に黒装束達……特務隊に顔を覚えられているんだ、特にフィル君は一度奴らに怪我を負わせている。王都が決戦の場になると言うのなら彼女たちも狙われる可能性があると思ったから敢えて一緒に行動しているんだよ!」
「この子達を王都に連れてきたのはあんたでしょうが!どうせそれも作戦の一部だったんでしょう!?」
「あはっ、バレちゃった?」


 いたずらがバレたような笑みを浮かべるオリビエさんにシェラザードさんは呆れたような表情を浮かべて怒っていた。というか最初から俺達を巻き込む気で王都に行くことを誘ったという訳か……


「バレちゃったじゃないわよ、確信犯じゃない!……ったく、アイナがこうなると分かっていれば絶対にこの子達を王都に行かせなかったって後悔していたのよ。帰ったから覚悟していなさいよ?酒を飲みながら説教だからね」
「ちょ、ちょっと待って!?それは流石に……!?」


 顔を青ざめるオリビエさんを無視してシェラザードさんは俺達に話しかけてきた。


「あんた達、後は私が引き受けるからこんな危ない所にいないで急いで王都のギルドまで戻りなさい」
「お言葉ですがシェラザードさん、ここに来るまでに俺達はそれなりの特務隊を相手にしてきましたから既に敵対勢力の一部だと思われている可能性が高いと思います」
「それにこの作戦が成功しようとしないと遊撃士協会は特務隊の敵として目を付けられることになるはず、そうなればギルドだって攻撃を受ける可能性もあると考えられる。したがって安全な場所はないと思うよ」
「それは……」


 今回の人質救出作戦が成功しようと失敗しようと遊撃士協会は特務隊に手を出したのだから向こうが敵意を向けるのは必然だ、そうなると決着をつけるまではこの国に安全な場所は無いと言える。シェラザードさんはそれを想像したから言いよどんでしまったのだろう。


「シェラザードさん、一流の遊撃士であるあなたが俺達を危険な目に合わせたくないと配慮してくださるその心遣いには本当に感謝しています。ですが俺達は自分の意志でここまで来ました」
「わたしたちもエステルとヨシュアの力になりたいの、だから一緒に戦わせてほしい。もし駄目だって言うなら勝手に付いてくから」
「あんた達ねえ、私を脅すつもり?」
「すみません、こうでもしないと納得していただけないと思って……」


 暫く鋭い視線を俺達に向けていたシェラザードさんだったが、遂に諦めたようにため息を吐きながら首を縦に振った。


「……仕方ないわね、今ここで言い争っていても仕方ないし今回は特別よ」
「シェラザードさん……!」
「ただし死んだりしたら私もあの世まで行って鞭打ちにするからね!私に鞭を振るわれたくなかったら生き残るように心掛けなさい!」
「ありがとう、シェラザード」


 多少強引だったがシェラザードさんから許可を得ることが出来たのでこれで思う存分に戦えるな。


「そういえばそっちのお嬢ちゃんは誰なの?リート君とフィルの知り合いかしら?」
「お初にお目にかかります、私はラウラ・S・アルゼイドと申します。リート達とは幼少からの付き合いで武術大会に出場するためにリベール王国に来ました」
「あら、ご丁寧にありがとう。私はシェラザード、よろしくね」


 ラウラとシェラザードさんの自己紹介も終え、俺達はシェラザードさんも仲間に引き連れてエルベ離宮に改めて向かう事にした。


「そういえばフィル、あんたどこで閃光手榴弾なんか手に入れたのよ」
「特務隊から奪ったものを使った、因みに使い方はオリビエから教わった」
「オリビエ、あんたこんな小さな子に物騒なもんの使い方を教えているんじゃないわよ」
「あはは、ごめんね♪お詫びに一曲でも……」
「ああもういいわ、あんたと話していると疲れるわね……」


 シェラザードさんの質問に対してフィーはオリビエさんのせいにする、オリビエさんも察してくれたのかフィーの証言に合わせてくれた。


「皆、もうすぐエルベ離宮に着くよ!」


 森の街道を抜けた俺達は立派な庭園と奥に存在する豪華な建物が見える門の前にたどり着いた。


「おや、誰か戦っているぞ?」
「あれは親衛隊の人たちか、特務隊と戦っているようだな」


 エルベ離宮の庭園で親衛隊の人達と特務隊達が戦いを繰り広げていた、あれは恐らくエルベ離宮に残った勢力を引き付ける撹乱班だろう。


「死ねぇ!」
「危ない!」


 前にいた親衛隊の人が特務隊の一人に攻撃を受けようとしていたので俺が間に入り攻撃を防いだ。


「なに!?」
「破甲拳!!」


 相手の胸板に掌底を喰らわせて庭園の池に突き落とした。


「新手か!?」
「遅いよ」
「ぐはぁっ!?」


 残っていた特務隊達もフィー達が無力化した、敵がいないことを確認した俺は膝をついて息を荒くしていた親衛隊の人にキュアラをかけた。


「大丈夫ですか?」
「き、君達は……?」
「安心してください、俺達は味方です」
「そうか、増援が来てくれたのか」


 俺達が味方だと分かった親衛隊の人達は安堵して様子を見せた。


「すみません、あなた方はもしかすると人質の救助に来た方々ですか?」
「ああそうだ、私たちは撹乱を担当してその後に遊撃士の方々が人質を救出するためにエルベ離宮に突入していった」
「それは何時ぐらい前ですか?」
「まだそんなには時間は立っていないはずだ……頼む、我々の代わりに彼らを援護してやってほしい」
「分かりました、あなたたちは休んでいてください」


 俺達は親衛隊の人達から情報を貰うとエルベ離宮の内部に潜入した。


「ぐっ、侵入者だ!これ以上好き勝手にさせるな!」
「邪魔だ!地裂斬!」
「ぐわぁぁぁ!?」


 俺達を見つけた特務隊が武器を抜こうとしたが間髪入れずにラウラが攻撃を放ち特務隊を吹き飛ばした。内部に残っていた残りの敵をあらかた無力化した俺達は中庭から長い通路へと向かいその先に会った大きな扉の前で立ち止まった。


「中が騒がしいね、もしかしてここに人質達がいるのかな?」
「取りあえず様子を伺ってみよう」


 扉の隙間から中を見てみるとエステルさんとヨシュアさん、そしてジンさんがおりその後ろにドレス姿の綺麗な女性がいてエステルさん達の前方では2人の軍人が子供を人質にしていた。


「子供を人質にしているのか、酷い事をするね」
「オリビエ、私が先に行くからあんたは隣の奴を……」
「フィル、行くぞ」
「了解」
「ちょ、あんた達!?」


 人質を見て即座に現在の状況を把握した俺は先に部屋の中に突入した。


「な、なん―――――」
「遅い」


 子供に銃を突き付けていた軍人を背後から掴みかかり頭を地面に叩きつけた、そして突然の襲撃に動揺していた隣の軍人に遅れてフィーが飛び掛かり膝蹴りを喰らわせた。


「ぐ……がぁ……!?」
「子供を泣かせた罰」


 白目をむいて倒れた軍人を見て俺は辺りを警戒する、どうやらもう敵はいないようだ。


「怪我は無いか?」
「ひぐっ……うう……うわわああああああん!!」


 俺が女の子に声をかけると自分が助かったことを知った女の子は涙を流して俺にくっついてきた、余程怖かったんだろうな。


「よしよし、怖かったよな。でももう大丈夫だ、怖い奴らはみんなやっつけたからな」


 何じゃ来る女の子の頭を撫でながらあやしていると、背後からエステルさん達が駆け寄ってきて俺に声をかけてきた。


「リート君!?それにフィルやシェラ姉にオリビエまで……」
「来てくれたんですか」
「久しぶりね。エステル、ヨシュア……それにジンさんも」
「ははっ、随分と久しぶりじゃないか、シェラザード。しっかし随分とまあ色っぽくなったなぁ、正直見違えたぞ」
「あ、あら、そうかしら?」


 どうやらシェラザードさんとジンさんには面識があったらしい。そういえばシェラザードさんはカシウスさんの弟子だったな、ジンさんもカシウスさんとは知り合いのようだから何らかの接点があってもおかしくはないか。


「むむむ、そこはかとなくジェラシーを感じるね。僕の事を散々弄んでゴミのように捨てるのねっ」
「安心しなさい、あんたの相手はこの件が終わったらゆっくりとしてあげるわ。アイナも交えてね」
「ごめんなさい、僕が悪うございました」


 シェラザードさんをからかおうとしたオリビエさんだったがアイナさんの名を聞いて即座に謝った。よっぽどアイナさんの事がトラウマになったんだな……


「まったくもう、皆相変わらずなんだから」
「でもシェラさん、よく王都に来れましたね。関所は封鎖されているはずではないんですか?」
「ええ、だからヴァレリア湖をボートを使って移動したわ」


 なるほど、リベール王国の中央にあるヴァレリア湖はロレントから王都グランセルまでつながっているからそこを通れば関所は関係ない。


「でもなんでスチャラカ演奏家やリート君達も一緒にいるの?」
「この子達はオリビエに連れられてきたのよ、ここに向かう途中で偶然出会っちゃって帰れと言っても聞かないのよ。勝手な行動をされるくらいなら連れてきた方がいいって判断したわけ」


 ジト目で俺とフィーを見るシェラザードさんに俺は思わず顔をそらしてしまい、フィーは口笛を吹きながら知らん顔をしていた。


「ゴ、ゴホン!それでそちらにいらっしゃるのが……」
「あ、紹介するわね。女王様のお孫さんにあたるクローディア姫殿下よ」
「皆様、初めまして。助けに来て下さって本当にありがとうございます」


 ペコリと首を下げるクローディア姫殿下に思わず見とれてしまった、綺麗な人だなぁ……


「いえ、そんな姫殿下にそのようなお言葉を頂けるだけでも光栄な限りです。あ、申し遅れました自分は……」
「なんでそんな恰好をしているの、クローゼ?」


 自己紹介しようとした俺の声を遮ってフィーがクローディア姫殿下をクローゼさんの名前で呼び不思議そうな顔をして首を横に傾けていた。


「おいフィル、この方はクローディア姫殿下だぞ?確かに髪の色や目の色はそっくりだけどクローゼさんじゃないよ」
「リートこそ何を言っているの?この人はどう見てもクローゼだよ、そうだよね、クローゼ?」
「ふふっ、フィルさんはすぐに分かってくれたんですね」
「当然じゃん、クローゼは大事な友達だしね」


 えっ、姫殿下が肯定したということは本当にクローゼさんなのか!?


「クローゼさん……なんですか?」
「はい、お久しぶりですね。リートさん」


 マ、マジか……まさかクローゼさんがクローディア姫殿下だったなんて……


「で、でもどうして姫殿下が正体隠して普通の学校なんかにいたんですか?」
「私が姫殿下であることをあまり表沙汰にしたくなかったからです。でもエステルさんも気が付かなかったし意外と分からない物なのですね」
「リートはもっと観察眼をつけることだね」


 フンスと胸を張って可愛いドヤ顔をするフィーだが普通姫殿下が正体隠して学園生活を送っているなんて思わないだろう、そんなのは小説の中だけの話だと思っていたよ。


「殿下、ご無事でしたか!?」
「ピューイ!」


 俺がそんなことを考えているとそこに親衛隊の体調であるユリア・シュバルツさんと一羽のシロハヤブサがこちらにやってきた。


「シロハヤブサ?どうしてこんなところに……」
「あっ、ジークだ。おーい、ジーク」


 フィーはあのシロハヤブサを知っているらしくジークと呼ばれたシロハヤブサはフィーが呼ぶと嬉しそうに鳴いて彼女の腕に止まった。


「フィー、そのシロハヤブサは?」
「この子はジークっていうの、クローゼの友達だよ」
「ピューイ!」

 
 クローゼさんの友達?よく分からないがかなり人に慣れたシロハヤブサなんだな、フィーの腕に大人しく止まっているし触っても逃げようとしない。


「殿下、ご無事で何よりです……本当に……本当に良かった……」
「ユリアさん……あなたも元気そうで何よりです」
「本当に申し訳ございませんでした。私が不甲斐ないばかりにこのような苦労をおかけして……出来ることなら至らぬ我が身をこの手で引き裂いてやりたかった……」
「そんなことを言わないでください。お互いこうして無事に再会できただけでも嬉しいです。助けに来てくれて本当にありがとうございました」
「殿下……」


 ユリアさんはクローディア姫殿下……いやクローゼさんの前に膝まづいて無事だった事を知って安堵したのか泣いていた。そんな彼女を見てクローゼさんはお互いの無事を喜んでいた。


「えっと、感動の再会の最中に悪いんだけど、どうしてジークがここにいるの?」
「ふふっ、それはジークが殿下の護衛だからさ。ジーク!」
「ピュイ!」


 エステルさんはジークの事を知っているらしくどうしてここにいるのかユリアさんに質問する、ユリアさんがジークの名前を呼ぶとジークはフィーの腕から離れて彼女の腕に止まった。


「ジークがクローゼの護衛?」
「ああ、ジークは殿下の護衛であり同時に親衛隊の伝令係でもあるんだ、君たちのホテルにも手紙を届けさせただろう?」
「あ、あれはジークだったのね」


 前にエステルさん達が夜に出歩いていたのをフィーが見つけたが話を聞く限りユリアさんに呼ばれた二人はこっそり彼女と接触していたのだろう。


「そういえばリートさんとフィルさんにはご紹介が遅れてしまいましたね。ユリアさん、こちらの二人が例の件でお世話になった方達です」
「君たちが例の……はじめまして、私はユリア・シュバルツ、王国軍親衛隊の隊長を務めさせて頂いている者だ。君たちが殿下の力になってくださったと聞いていたので是非一度会ってお礼を言いたいと思っていた、本当にありがとう」
「いえ、俺はそんなに大したことはしていませんよ。どちらかと言えばフィルの方が力になっていたと思います」
「クローゼは友達だからね、力を貸すのは当然の事。だから気にしなくていいよ」



 ユリアさんにお礼を言われたが俺はそこまで大した事はしていないんだよな、フィーの方がクローゼさんの力になっていたはずだ。


「そう言えばもう特務隊の奴らはいないのかしら?」
「離宮内に残っていた奴らは粗方無力化しました、後は姉弟子達の援護に……」
「ただいまー!無事に終わらせてきた……って、えぇ――――ッ!?なんで弟弟子君がいるの―――――ッ!?」
「……どうやらその必要はなさそうだね」


 戻ってきた姉弟子達に事情を話すために姉弟子たちの元に向かった。



―――――――――

――――――

―――



 姉弟子たちに事情を話した後、俺達は離宮内の一室に集まって状況確認をしていた。


「さて、クローゼさんを助けることは出来ましたが問題はここからですよね」
「ああ、グランセル城内にはまだ相当の数の敵が残っているうえに各地の王国軍も未だ特務隊のコントロール下にある」
「下手をしたら反乱軍としてここを制圧されかねないわね」


 俺の言葉にユリアさんが頷きシェラザードさんが補足する。彼女の言う通り特務隊の要であるリシャール大佐は健在で敵の数も多い上に王国軍は掌握されているというマズイ状況だ、時間が立てば立つほどこちら側不利になっていくためここからどうするかが重要になるだろう。


「取りあえずこれからどうしようか?」
「そうだね、出来ればクローゼはここから逃がした方がいいと思います」


 エステルさんの言葉にヨシュアさんがクローゼさんを逃がした方がいいと言った。確かにそれがいいだろう、このままここに残っているのは危険だしまた捕らえられてしまったら意味がない。


「ならば帝国か共和国の大使館に保護を求めてはどうかな?大使館内は治外法権……特務隊といえ簡単には手を出せない場所だ」
「さっきの作戦で鹵獲した飛行艇で亡命する手もあるな、根本的な解決にはならないが時間稼ぎには丁度いいだろう」
「そうだな、どうやって殿下をお逃がしするべきか……」


 オリビエさんとジンさんの意見にユリアさんが頷くがクローゼさんは俯いたまま何も言わずにいた。どうかしたのだろうか?


「……あの、皆さん。この状況で私が遊撃士の皆さんに依頼をすることは可能でしょうか?」
「えっ?」


 すると突然クローゼさんが遊撃士に依頼をしたいと言い出した。


「人質救出のミッションは完了したから大丈夫だと思うよ、勿論依頼内容にもよるけどね」
「でしたら……無理を承知でお願いします。王城の解放と陛下の救出を手伝って頂けないでしょうか?」
「で、殿下……」


 クローゼさんが依頼してきた事、それは今も捕らわれの身となっているアリシア女王陛下の救出だった。


「そっか、そうよね。今度は女王様を助けないと!」


 エステルさんはやる気を見せるが他の全員は難しいといった表情を浮かべていた。


「あれ、皆どうしたのよ。クローゼの力になってあげないの?」
「エステル、そうしたいのは山々だけど現状じゃ難しいんだよ」
「鉄壁と言われるグランセル城をこの面子だけで正面から攻め落とすのは不可能だわ」
「奪った飛行艇を使えば可能性はあると思うが敵さんも対空対策はしているだろうしそれだけではな……」


 今ここにいるメンバーだけでグランセル城を正面から攻めるのは無謀でしかない。空から奇襲を仕掛けようとジンさんの言う通り対空はされているだろうし、せめてあの城門をどうにかしないと侵入など出来ないだろう。


「皆さん、私に考えがあります。これを見て頂けますか?」


 クローゼさんが古い地図を取り出して俺達に見せてきた、これは何処かの全体図のようだな。


「これは王都の地下水路の内部構造を記した古文書です。これに王城地下に通じる隠し水路の存在が記されています」
「隠し水路……?」
「はい、私が考えた作戦ですがまず―――――――――――」



―――――――――

――――――

―――


「ふう……」


 作戦会議を終えた俺達は明日の朝作戦を決行する事になったので各自休息を取ることになった。何人かが交代で警戒をして休息を取っているが俺は談話室でノンアルコールカクテルを飲んで物思いに浸っていた。
 ここを管理している人には許可を貰っているので問題はない、どうして休まないのかというと少し一人で考えたいことがあったからだ。


「明日の朝に作戦が決行される、恐らく危険な任務になるだろう……リシャール大佐にロランス少尉、厳しい戦いになりそうだな」


 特務隊の面々にカネーノ大尉、そしてリシャール大佐とロランス少尉といった実力者が待ち受けるグランセル城を解放するのは相当厳しいだろう。最悪の場合俺の中にあるあの『力』を使わなくてはならないかもしれない。


「リィン」


 考え事をしていた俺の背後から誰かの声が聞こえてきたので振り返る、するとそこにはフィーが立っていた。


「フィーか、もしかして見回りの交代を伝えに来てくれたのか?」
「ううん、まだ時間にはなってないよ。唯リィンが部屋にいなかったから何をしているのかなって思ったの。でもお酒を飲んでいるとは思っていなかった、まるでサラみたい」
「これはノンアルコールカクテルだ、サラ姉みたいな事はしないよ」


 割りと失礼な事を言っているが、このサラという人物は酒癖が悪く仕事前に飲酒するのも結構あるくらいだ。仕事柄対立したこともありまともに戦えば相当苦戦させられる強者だが、それが原因で俺達に負けた事もあるからな。


「そっか。じゃあ私にも何か作ってほしいんだけどいいかな?」
「ならそこに座っていなよ、適当に作ってみるからさ」
「ん、楽しみ」


 チョコンとイスに座ったフィーを見てほっこりしながら俺はお酒などが入った棚からオレンジジュース、パイナップルジュース、グレープフルーツジュースをそれぞれ60mlずつ、グレマデン・シロップを小さじ3杯をカクテルシェーカーに入れてシェイクする。


「こんなものかな」


 そしてゴブレットというグラスにキューブ・アイスを入れてシェイクしたものを注ぎ最後にスライスしたオレンジをグラスに付けてフィーの前に置いた。


「リィン、これは?」
「こいつは『ブシーキャット』といってな、『可愛い猫』という意味があるんだ。フィーにピッタリだと思ってこれにしたんだ」
「あ、美味しい。フルーティーで飲みやすいし名前も可愛いね」


 嬉しそうにブシーキャットを飲むフィーを見て俺は自分の選んだチョイスが良かったことを喜んだ。


「ご馳走様、凄く美味しかったよ」
「満足してもらえたならよかったよ」
「でもリィンってこういうのに詳しかったんだ。わたし全然知らなかったな」
「ああゼノに教えてもらったんだ、こういうのは女の子受けがいいらしいからお前も知っておいた方がいいって」
「……」


 俺がゼノに教わったと言うとフィーは若干不機嫌そうな表情を浮かべた。


「フィー、どうかしたのか?」
「……リィンってさ、ゼノ達とそういうお店とかに行ったことがあるの?」
「そういう店?」
「だから綺麗な女の人がいっぱいいるお店……」


 ああ、フィーが言いたいのは俺がキャバクラみたいなところに行っているのかって事か。


「まあ前に社会見学みたいな名目で団長達に連れて行ってもらったことはあるけど変な事はしていないよ、そもそも年を隠して行ったんだから迂闊な事は出来ないって」
「……でもキャバクラとかに行った後ってもっとエッチなお店に行くんじゃないの?」
「ふ、風俗の事を言っているのか!?そんな所には行かないよ、前にゼノに誘われた時も断ったしできれば最初は好きな女の子としたいし……」


 ゴニョゴニョと言いよどむ俺を見てフィーは若干分かりにくいがホッとした表情を浮かべていた、それに何だか嬉しそうだ。


「そっか、リィンは童貞なんだね」
「あまりそういう事は口に出さないでほしいな……」


 別に童貞であることを気にしている訳じゃないが、フィーの口からそういう言葉は聞きたくない。


「クスクス、ごめんね。バカにしている訳じゃないから怒らないで」
「まあ別に気にしてないからいいさ」


 フィーにフォローを入れられるなんて情けないな。


「……良かった」
「うん?何が良かったんだ?」
「リィン、なにか思い悩んでいるみたいだったから心配していたんだけどその様子なら大丈夫そうだね」


 フィーは俺が思い悩んでいることを察して態々様子を見に来てくれたのか。


「心配をかけてしまったようだな、悪い」
「謝ることないよ、明日は西風の旅団で受ける大規模作戦並みにヤバそうだからね。わたしもリィンみたいに緊張してる」


 フィーも表情には若干の不安が映し出されていた。フィーは冷静な性格をしているが怖くない訳じゃない、寧ろ冷静だからこそ明日の作戦の難易度が分かってしまったのだろう。


「リィンも怖い?」
「ああ、怖いよ。こういう時はいつも死んでしまったらどうしようかって思ってしまうんだ」


 猟兵を続けて数年がたつが戦場に出るときはいつも怖くなってしまう。戦場とは少しの油断で死が待ち受けるような場所だ、こればかりは慣れることが出来ない。


「……大丈夫、リィンは死なせないよ」
「フィー?」
「わたしがリィンを守るから。リィンや他の皆もわたしが死なせない」


 俺達を死なせないというフィーの目はいつになく真剣なものだった。


「……頼もしくなったな、フィー」
「うん、わたしはこの時の為に強さを求めた。今がそれを発揮する時だと思うの」
「そうか、でも皆を意識しすぎて君が死んでしまったら意味が無いからな。それは意識しておいてくれよ」
「了解。でもそれはリィンにも言えることだからね」
「ああ、承知しているよ」


 フィーの問いに俺は頷いたが実際はそれを守れるか分からない、あの力を使えば俺は力に飲み込まれてしまうかもしれない。


「じゃあそろそろ交代の時間になりそうだし俺は行くよ、フィーもしっかり休んでいてくれよ」
「ん、了解」


 俺はフィーに手を振って談話室を後にしたがその時にはもう俺の中には不安などはなかった。


(ありがとう、フィー)



 俺は心の中でフィーにお礼を言って明日の作戦で必ず生き残ろうと強く決心した。
 

 

 

第53話 グランセル城での戦い

 
前書き
 閃の軌跡Ⅳクリアしました。やはり最終章だったので驚きの連続で大変満足できた作品でした。ちょっと寂しい気もしますがこのシリーズをやっていて良かったと思います。 

 
side:??


 クローゼを救出したリィン達は、クローゼの依頼でアリシア女王陛下の救出を頼まれそれを承諾した、そして作戦決行の翌朝になり、戦士たちがエルベ離宮の前に集まっていた。


「これよりグランセル城解放と、女王陛下の救出作戦を開始する。各員今一度自分が果たすべき役目をを話してもらおうか」
「はい、まず僕達のチームが地下水路よりグランセル城地下へと潜入する。そして親衛隊の詰所へと急行し城門の開閉装置を起動します」
「城門が開いたと同時に親衛隊と、我々遊撃士4名、そして助っ人のラウラ殿が市外から城内へと突入して敵の動きを城内へと引き付ける」
「そして城内に敵勢力が集中したら、私達が特務飛行艇で空中庭園に降りて、女王宮に突入してアリシア女王陛下を救出する……って流れね」
「うむ、その通りだ。問題は無い様だな」


 指揮を執っていたユリアが、今回の作戦の流れを各員が把握しているか確認する。まずヨシュアが自分達のチームがすべきことを話し、その後にクルツ、そして最後にシェラザードが自分達のチームがするべき役割を話すと、ユリアは全員が作戦内容を理解していると判断して頷いた。


「作戦決行は正午の鐘と同時―――――それまでに待機位置に付くようにしてくれ。それでは各員、行動開始せよ!」
『了解ッ!!!』


 ユリアの号令と共に、各々が行動を開始する。だがそんな中、エステルは不安そうな表情を浮かべていた。


「いよいよ始まるのね……」
「エステル、緊張しているのかい?」
「ヨシュア……」


 そこにヨシュアがエステルに声をかけた。


「ごめんなさい、ちょっと緊張してきちゃって……情けないわよね」
「敵は精鋭ぞろいの特務隊だ、恐れを感じるのも無理はないよ。やっぱり僕が君と変わろうか?」


 エステルは特務飛行艇での奇襲をかけるチームに入っており、女王陛下を奪還すると言う大きな重役を背負っていた。だが女王陛下の傍には敵の大将であるリシャール大佐やロランス少尉が待ち構えている可能性が最も高い。故に最初はヨシュアがエステルの代わりにそちらのチームに入ろうと提案したが、エステルはそれを拒否した。


「ううん、大丈夫。ちょっと怖いけどシェラ姉やフィルもいるし、それに潜入するなら隠密行動が得意なヨシュアがそっちにいたほうがいいわ」
「でも、君にもしもの事があったら……」
「そんなの遊撃士になった時から覚悟していた事よ。ヨシュアがいないとちょっと不安だけど、でもいつまでもヨシュアに頼り切っていたら、あたしは成長できなくなっちゃう。だから心配しないで」
「……エステル、強くなったね。分かった、僕は僕がするべきことを果たすよ。だから君も無茶はしないでね」
「ヨシュアもね」


 互いの拳をコツンとぶつけて、二人は笑みを浮かべた。


「ヨシュアさん、こちらは準備できました……おや?」
「ふむ、邪魔だったようだな」
「若い男女が決戦を前に惹かれ合う姿は、実に美しい光景だね」
「お前さんは少し無粋だがな」
「あはは……」


 そこに顔を赤くしたリィンとラウラ、ニヤニヤと二人を見るオリビエ、そんなオリビエにため息をつくジン、そしてちょっと複雑そうな表情を浮かべて苦笑いをするクローゼが現れた。


「うえェ!?皆、いつの間にそこにいたの?」
「すみません、お二人がいい感じで話されていたので、声をかけづらかったもので……」
「うぅ、恥ずかしいわ……」


 自分達の話を聞かれていた驚くエステルに、リィンは頬をポリポリと掻いて謝った。


「でも本当に宜しいのでしょうか。皆さんに危険な事をさせてしまうというのに、私だけが安全な場所で待機してて……」


 クローゼも作戦に参加したかったようだが、これから大規模な戦いが起こる場所に王族の人間を向かわせるのは危険すぎるとユリアに反対されてしまった。彼女はヨシュア達のチームと共にグランセル市街に向かい、帝国の大使館で保護してもらう算段になった。
 だがクローゼは自分が依頼したことで、親衛隊や遊撃士達に危険が及ぶことになったのに、自分だけが安全な所で待つことに罪悪感を感じているようだ。


「クローゼさん、何も武器を持って戦う事だけが全てではありませんよ」
「リートさん……?」


 そんなクローゼに対して、リィンが声をかけた。


「貴方は王族として、いずれこの国を治めていかなければならない方です。だからこそ貴方は生きなければならない、ここで危険な戦いをするのではなく未来の為に耐え忍んでください。大丈夫、貴方が大切に思う人は俺達が必ず助けますから」
「リートさん……」


 リィンは武器を持って戦う事が全てではないとクローゼに話した。


「……そうですね、私は生きなければなりません。いずれこの国を背負っていく者として。皆さん、無力な私の代わりにどうかお婆様を……私の家族をお願いします」


 リィンの言葉にクローゼは自分のするべきことを見出したのか、戦いに付いていくことを断念した。そしてエステル達にアリシア女王陛下を頼むと頭を下げた。


「任せて!あたし達が必ず女王陛下を救出してみせるわ!」
「約束するよ、僕達を含めた全員が生きて君の元に帰るってね」
「……はい!」
 

 エステルとヨシュアの言葉に、クローゼは涙を流しながら笑みを浮かべた。


「エステル、飛行艇の準備は出来たわよ……ってあら、なんかいい雰囲気ね」
「ん、決戦前だけどこういうのは嫌いじゃないかな」


 そこにシェラザードとフィーが現れた。二人は泣いてしまったクローゼをあやすエステルを見て、ほっこりと笑った。


「あっ、フィルにシェラ姉。もう準備は出来たの?」
「ええ、こっちはいつでも飛ぶことが出来るわ」
「ふむ、ならば俺達も急いで待機場所に向かった方がいいな」


 シェラザードの言葉を聞いたジンは、そろそろ出発したほうがいいと発言した。


「よし、じゃあ僕達はクローゼを護衛しながらグランセルに向かおう」
「……ヨシュア、気を付けてよね。くれぐれも無茶なんてしちゃ駄目なんだからね」
「うん、気を付けるよ。君も気を付けてね、エステル」


 互いに視線をかわして頷きあうエステルとヨシュア、二人は必ずまた無事な姿で会うという約束を胸に秘めてそれぞれがするべきことを果たすために歩き出した。




―――――――――

――――――

―――



 エステル達と別れたヨシュア、リィン、オリビエ、ジン、クローゼは敵の見張りをかわしながらグランセルに潜入した。街には至る所に見張りが配置されており、重苦しい空気が立ち込めていた。


「殺伐としていますね、あちこちに見張りばかりで移動するのも一苦労です」
「離宮を落とされて敵さんも必死なんだろうな、しかし何とも物々しい雰囲気だぜ」


 建物の物陰から辺りを見ていたリィンは、慌ただしく辺りを走る特務兵を見てため息をついた。


「それでオリビエさん、大使館からの使いはまだ来ないんですか?」
「いや、そろそろ来るする手筈なんだけどね。もしかしたら迷っているのかな?だったら僕のリュートで……」
「馬鹿か、そんなことをしたら目立つだろうが」


 リィン達の背後から声が聞こえた、彼らが振り返るとそこにはミュラーが立っていた。


「やあミュラー君、君が来るのを心待ちにしていたよ」
「……もう俺はストレスで死んでしまうかもしれんな」
「ええっ!?それは大変だ!一体何が原因なんだろうか?」
「貴様が原因に決まっているだろうが!!」


 何時ものようにとぼけた態度を取るオリビエに、ミュラーは目にも止まらぬ速さでアイアンクローを仕掛けた。


「オリビエ、貴様一体何を考えているんだ!ただでさえ貴様はマズい立場にあるというのに、クーデターを阻止する作戦に参加するだと!?そんなことが許されると思っているのか!?」
「でもミュラー君、僕は連中に顔を見られているから今から逃げ出してももう遅いと思うよ。それに今回の件が多事になればあの男は必ず動き出すはずだ、僕は帝国の未来を考えて今回の作戦に参加したんだ。君なら分かってくれるよね、ミュラー君」


 怒りの表情でオリビエを問い詰めるミュラー、だがそんなミュラーにオリビエは真剣な表情で何か意味ありげな言葉を話す。するとミュラーは思い悩む表情を浮かべると、渋々とオリビエを離した。


「……全く、貴様は普段はおちゃらけている癖にここぞという時に真面目になりおってからに……分かった。もう止めはしない、貴様に何かあったら俺も腹を切ってやる」
「あはっ、やっぱりミュラー君は僕の事が好きなんだね。今回の作戦が終わったらベットでしっぽりと……」
「なるほど、今死にたいようだな。ならばお望みどおりにしてやろう」
「じょ、冗談です……」


 頭に剣を突きつけられたオリビエは、両手を上げてミュラーに謝った。そんなオリビエに対しミュラーはため息をつくと、リィン達の方に振り向き話し出した。


「お初にお目にかかります、クローディア姫殿下。自分の名はミュラー・ヴァンダール、エレボニア大使館駐在武官を務めている者です」
「ご丁寧にありがとうございます、ミュラー様。本来なら他国の方々にこのような迷惑をかける訳にはいかないのですが……」
「いえ、お気になさらないでください。皇帝陛下をお守りするヴァンダールの剣を持って貴方様を守護させて頂きます」


 ミュラーはクローゼに自己紹介すると、今度はリィンの方を振り返り声をかけた。


「リィンは数日ぶりだな。このバカに付き合わせてしまった事を謝罪させてもらおう、済まない」
「まあもう慣れちゃいましたよ、それにここにいるのは俺の意思なのでそんな謝ってもらわなくてもいいですよ」
「そう言って貰えると助かる。本当なら俺もコイツに付いていきたいのだが、大使館駐在武官である俺が迂闊な行動をすれば大きな問題になってしまう。故にこの程度の事しかできないんだ、本当に済まない」
「十分すぎるくらいですよ、貴方ならクローゼさんを安心して任せられます」


 ミュラーは大使館駐在武官としての立場がある為に迂闊なことは出来ない。故にこれ以上の介入は無理だと彼は言うが、クローゼを保護してくれるだけでもリィン達からすれば有り難かった、これで後ろを気にせずに作戦に集中できるだろう。


「クローゼさん、後の事は俺達に任せてください」
「リートさん、皆さん……どうかご無事で」


 クローゼはミュラーに連れられて帝国大使館の方に向かった、ミュラーなら敵に見つからずに無事に帝国大使館まで行けるだろうとリィンは考えてヨシュア達に声をかける。


「クローゼさんを保護してもらったので、俺達も地下水路に降りるとしましょう」
「ああ、地下水路なら西街区から入れたはずだ。武術大会の合間に修行で使っていたから間違いない」
「なら西街区に向かおう、でも敵の捜索には注意しないとね」


 リィン達は敵の捜索をかいくぐりながら、西街区に向かい地下水路に降りる。


(へえ。ヘイムダルの地下水路にも入った事はあったけど、向こうと似たような構造だな……)


 一度ヘイムダルの地下水路に入った事のあるリィンは、グランセルの地下水路も似たような作りなのに気が付いた。


「さて、例の隠し水路の場所まで急ぐとしようか」
「ええ、でももしかしたら地下水路にも見張りが周っているかもしれないので注意して進みましょう」


 四人はクローゼから渡された地図を頼りに地下水路を進んで行く。途中で特務隊の見回りを発見するが、ヨシュアの指示でそれをかわして更に奥に進んで行く。


「やはり地下水路にも特務隊は配置されていたか、でもヨシュア君のお陰で難なく潜り抜けれたね」
「ええ、隠密行動は得意ですから。しかし地下水路に特務隊が回されているという事は敵は僕達の動きを把握しているという事でしょうか?」
「奴らが秘密の地下水路を知っているとは限らんからな、まずはそこに行って様子を確かめてみよう」


 オリビエがヨシュアの指示の的確さを褒めるとヨシュアは半笑いで頬を掻く。そしてもしかしたら特務隊は秘密の地下水路の事に気が付いているのではないかと警戒するが、ジンがまずはそこに向かって様子を確かめようと言い全員が同意した。


「……付きましたね」


 その後魔獣や特務隊をかわしながらヨシュア達は目的の場所に到着した。


「どうやらここには敵はいないようですね」
「ああ、なら奴らがここに来る前に隠し水路を開けてしまおう」


 様子を伺ったリィンは辺りに敵がいないことを確認すると、ジンが素早く水路の壁の一部に近づいて注意深く探る。


「むっ、あった。こいつがスイッチだな」


 壁に隠された僅かな凹むを押すと、壁の一部が横に動いて通路が現れた。


「よし、この隠し水路を通ってグランセル城に潜入するぞ」
「はい、でも何がいるか分かりませんから最大限の注意はしていきましょう」


 四人は隠し水路を通り奥を進んで行く、すると先ほどのようにスイッチのある壁を発見した。


「ここが終点のようですね」
「ああ、後は正午までここで待機していればいいだろう」


 リィンはここが終点だと言い、四人は作戦開始まで身を潜めておく事にした。



――――――――

――――――

―――


 一方その頃、王都グランセルの前にある広場にラウラと遊撃士チーム、親衛隊が集まっていた。そしてエステルとシェラザード、フィーは特務艇の中で待機していた。


「でもまさかフィルが飛行船の操縦が出来るなんて思わなかったわ」
「ん、仕事で使う事もあるから操縦はできる」
「一体どんな仕事をしているのよ?」
「……運搬業?」


 エステルはフィーがまさか飛行船の操縦が出来るとは思っておらず凄いと褒める。フィーは前に飛行船を使う仕事を受けた事があり、その時に西風の旅団で元飛行船の操縦士をしていたカイトに操縦の仕方を習っていたため大きな飛行船でなければ操縦はできるようだ。
 それにこの場には中央工房から出張していたペイトンという整備士もいた。彼は『アルセイユ』というリベールが開発している高速飛行戦艦の試運転のデータを取っていたのだが、特務隊にアルセイユを奪われてしまい途方に暮れていた所をユリアに呼ばれたそうだ。そして今回の作戦で飛行船の操縦をサポートしてくれる事になった。
 褒められてちょっと胸を張るフィーにシェラザードが一体何の仕事をしているのかと聞くと、彼女は可愛らしく首を傾けて疑問形で運搬業と話した。


「まあ今はそんな事は置いておきましょうか。それよりもそろそろ正午になるわ、あんた達準備はいいかしら?」
「あたしはバッチリよ!」
「わたしも大丈夫」
「自分は異常ないです」
「我々も問題ありません」


 シェラザードの言葉にエステルとフィル、整備士のペイトン、そして親衛隊の一員である3人の男性が返事をした。彼らはエステル達がアリシア女王陛下を救助する際に特務艇を守る役割をかって出てくれた人達だ。
 万が一敵の制圧が不可能な場合、アリシア女王陛下を連れて逃げ出すために特務艇は重要な存在になる。敵もそれを見据えて特務艇を狙って来るだろう、彼らはその際の防衛に当たる存在だ。


「でも良かったの?ただでさえ人数が足りないのにこっちに来て」
「向こうにはユリア隊長もおられますし我々は仲間を信頼しています。ですので気になさらないでください」
「そういう事なら特務艇をお願いするわね。フィルもサポートをするのはいいけど無茶だけはしちゃ駄目よ」
「ん、了解」


 女王陛下を救出するのはエステルとシェラザードで、フィーは特務艇に残って親衛隊のサポートをすることになった。本来なら彼女も一緒に行きたいだろうがエステル達に正体を隠しているためそれは出来ない。故にアーツでのサポートのみを許可されていた。


(歯がゆいけど仕方ないよね。わたしは自分に与えられた仕事をこなすだけ)


 一緒に戦えないことに歯がゆい気持ちがあるが、彼女は猟兵として自分が与えられた使命を全うしようと気持ちを切り替えた。



―――――――――

――――――

―――


 作戦開始の合図である正午の鐘が鳴り、リィン達はグランセル城の地下内部に潜入した。


「城門の開閉装置は親衛隊の詰所にあります、まずはそこを制圧しましょう!」
「応っ!」
「では行くとしようか」
「はい!」


 リィン達は南側の階段から一階に上がり、親衛隊の詰所に乗り込んだ。中には数人の特務兵がおりリィン達の姿を見て目を丸くしていた。


「え……」
「遅い!」


 ヨシュアとリィンは驚く特務兵達を自らのクラフト『漆黒の牙』と『疾風』で奇襲をかけた。彼らはなすすべもなく意識を刈り取られて地面に倒れていく。


「ひゅ~、鮮やかだねぇ」
「じゃあ手筈通りに城門を開けましょう」
「敵の迎撃は俺達に任せろ!」
「ヨシュアさん、お願いします!」


 城門の開閉をヨシュアに任せ、残った三人は敵の迎撃に備える。


「よし、これで……!」


 ヨシュアが開閉装置を動かすとグランセル城の城門が開き始めた。


「な、なんだ?」
「おかしいな、完全封鎖だと聞いていたのに……」


 門の前にいた特務兵は、何の前触れもなく開いた城門を見て首を傾げていた。


「とにかく何があったのか確認を……な、なんだ、あれは!?」


 特務兵が前方を見ると親衛隊の隊長であるユリアを筆頭に、大勢の集団が攻め込んできていた。


「突撃――――ッ!!」


 突然の出来事に動揺する特務兵、だがそんな彼らなどお構いなしにユリア達は城内に潜入する。


「そんな、どうして城門を開けたりしたのですか!」
「どうやら敵が内部に侵入したようで……」
「侵入ですって!?あなた達は何をしていたの!!」
「も、申し訳ございません!」


 グランセル城の警護を担当していたカノーネ大尉は部下を叱るが、直に思考を切り替えて指示を出した。特務兵達が侵入者達の排除に向かうと彼女は忌々しいという表情を浮かべて爪を噛む。


「くっ、何たる失態……何としても撃退せねば」
「た、大尉殿!?」
「あ、あれを!」
「あれは……特務艇!?」


 上空からこちらに向かってくる特務艇、カノーネは敵の狙いがそちらだと気づいて一杯食わされたことに腹を立てた。


「よっと!」
「エ、エステル・ブライト!?」


 庭園に着陸した特務艇から現れたエステルを見て、カノーネは驚きの声を上げた。


「カノーネ大尉、またお邪魔するわね」
「女王陛下は解放させてもらうわよ」
「な、舐めるなァ!小娘ども!」


 武器を構えるエステルとシェラザードに、カノーネは激昂して叫び武器を構えた。


「このっ!」


 導力銃をエステルに放つが、彼女はそれをかわしてスタッフで銃を弾き飛ばした。


「カノーネ大尉!」
「今援護を……ぐわぁ!?」


 カノーネを援護しようとした特務兵の二人、だが突然落ちてきた雷と現れた爆炎に吹き飛ばされてしまった。


「ナイスよ、フィル」
「ん、タイミングバッチリ」


 それはシェラザードとフィーが放ったアーツだった。部下を戦闘不能にされたカノーネはアーツを繰り出そうとする。


「あんた達に、閣下の邪魔は……!」
「金剛撃!!」


 エステルの放った一撃に、カノーネは庭園の壁に叩きつけられて気絶した。


「よし、後は女王陛下を救出するだけね」
「ええ、それにどうやらリシャール大佐は不在のようね。今の内に女王陛下を奪還してしまいましょう」
「それじゃあ行くわよ!」


 エステルとシェラザードがアリシア女王陛下を救出に向かう。フィーは親衛隊の人達と特務艇の守備に当たり二人を見送った。少しすると騒ぎを嗅ぎつけた特務兵達が庭園に現れて戦闘が開始される。


「死ねぇ!」
「よっと」


 繰り出された刃を素早い身のこなしでからすフィー、そしてお返しに蹴りを放ち怯んだ隙にアーツを発動して氷の刃で敵を攻撃する。


「ん、でもこっちが不利なのは変わりないか……」


 こちらは戦えないペイトンを除けば四人しかいない。だが敵は次々と現れてくるので流石に面倒だとフィーは感じたようだ。


「おっと」


 背後から撃たれた銃弾を跳躍してかわす、だが着地の隙を狙った重装備の特務兵が巨大なハルバートを振るってフィーに襲い掛かった。


「孤影斬!!」


 だが突然放たれた斬撃が特務兵を吹き飛ばした。フィーはそれが誰が放ったものなのか既に理解しており、駆け寄ってきた人物にハイタッチする。


「リィン、ナイスタイミング」
「はは、いらないお節介だったか?」
「ううん、ちょっとかわすの面倒だったし有り難い。サンクス」


 かわせないことはなかったが、体に無茶な負担がかかる動きをしないといけなかったのでフィーはリィンにお礼を言う。


「下はどうなったの?」
「ラウラ達も合流してくれたから大体は制圧できた、俺は残りの奴らを片付ける為に先行してきたんだ」


 リィンは太刀を構えると、こちらに向かってくる特務兵や軍用魔獣に向かっていった。


「片付けるぞ、フィー!」
「ん、援護は任せて」


 その後、庭園にいた特務兵達は全員拘束されてエステル達の手によってアリシア女王陛下は無事に解放された。だが敵の大将であるリシャール大佐に特務隊の隊長であるロランス少尉、そして気を失っていたはずのカノーネ大尉の姿が消えており事件は解決されたとは言えなかった。



  

 

第54話 地下遺跡を探索せよ

side:フィー


 グランセル城を制圧したわたしとリィンとラウラは、捕らえた特務隊を庭園にて監視していた。
 アリシア女王陛下は無事にエステルとシェラザードが助け出したらしい。途中でデュナン侯爵が特務隊を引き連れて妨害してきたようだけど、エステル達が特務隊を倒すと焦って逃げようとして階段の手すりに頭をぶつけてしまったようで今は執事の人が介抱している。


「ふあぁ……暇だね」


 わたしはつい欠伸をしてしまうがやることがないから仕方がない。エステル達は女王陛下からリシャール大佐達がどこに行ったのか詳しく話を聞いているが、一体何処に行ってしまったのだろうか。


「リィン、リシャール大佐達は逃げちゃったのかな?」
「どうだろうな、アリシア女王を救出した以上もう特務隊には後がない。だが今も姿を見せないとなるとフィーの言う通り逃げたのか、それとも城を制圧されても構わない程別にやることがあるのか……まあ今はエステルさん達が戻ってくるまで待っておこうか」


 彼らが何処に行ったのかは気になるが、今は見張りの仕事をこなしておくことにしよう。


「リートさん、フィルさん!」
「あれ、クローゼ?」


 そこに帝国大使館にいるはずのクローゼが現れてわたし達は目を丸くして驚いてしまった。どうして彼女がここにいるんだろう?


「クローゼさん、どうしてここに来たんですか?」
「はぁ……はぁ……ジークから皆さんが御婆様を救出してくれたと聞いて……」
「ピューイ」


 クローゼの腕に止まったジークを見て、そう言えば姿を見なかったなと思った。


「まあお城の制圧は済んでますから危険はないとは思いますが……ミュラーさんはどうしたんですか?」
「お城の前まで護衛してくださいました、何回も止められたのですが無理を言ってしまって……彼は立場上グランセル城に入ることが出来なかったので安全を確認してから私だけでここに来たんです」


 リィンの質問に、クローゼが途中までミュラーに護衛してもらった事を話した。城を解放したからといっても街が安全になった訳じゃないからいい判断だと思う。
 でもクローゼを必死で説得しようとして最終的に眉間に皺を寄せながら渋々頷いたミュラーが安易に想像できた、オリビエの事といい本当に苦労性なんだね。


「それで御婆様は今どうされているのですか?」
「女王陛下は現在エステル殿達と話しあっています。特務隊を率いているリシャール大佐と隊長のロランス少尉、副官のカノーネ大尉も現在行方が分かっておりません」
「そうですか……でも御婆様が無事だったのは良かったです。本当にありがとうございました」


 ラウラがアリシア女王の事をクローゼに説明する、まだ脅威が去った訳ではないが家族の安否を知るとクローゼはわたし達に頭を下げた。


「いえ、俺達だけじゃないですよ。エステルさん達の頑張りがあったからこそ上手くいったのですから」
「はい、皆さんにはどれだけ感謝しても足り得ないほどの恩がありますから早くお礼が言いたいです」


 クローゼの笑顔を見たら、今回の作戦に関わってよかったと思い胸の中が暖かくなった。


「あん?なんでこんな所にてめぇらがいやがんだ?」
「あ、フィルちゃんだ!」


 背後から声が聞こえたので振り返ってみる、するとそこにいたのはアガットとティータだった。背後にいるお爺ちゃんはもしかしてラッセル博士かな?


「アガットさん、どうして此処に?」
「そりゃこっちの台詞だ。俺達は灯台下暗しを狙って王都行きの貨物船に乗り込んだんだ、そして王都に来てみればこの騒ぎだ。エルナンから事情を聞いてきたが今の状況はどうなっているんだ?」
「それはですね……」


 リィンはアガットにこれまでの経緯を説明した。


「ちっ、何だよもう終わっちまったのか。ようやく特務兵どもをブチのめせると思ったんだがな」
「でもまだ終わってないと思う、敵の大将であるリシャールやロランスは現在行方が分かっていない」
「なに?あいつらはどこ行ったっていうんだ?」
「今エステル達がそれについて女王陛下と話しあってる」
「ふん、ならまだ暴れられる可能性があるという訳か」


 アガットは嬉しそうに拳を叩く、やっぱり戦闘狂だったね……わたしは小さくため息をつくと傍にいたティータに声をかける。


「ティータ、久しぶりだね。無事な姿を見れてホッとした」
「フィルちゃん……フィルちゃぁぁぁん!!」
「おっと」


 ティータは大きな声で泣きながらわたしに抱き着いてきた。


「うえーん!フィルちゃんも無事で良かったよ~」
「よしよし、心配してくれたんだね」


 泣きじゃくるティータの頭をポンポンッと撫でながら、わたしもティータに無事会えた事に安堵する。無事で本当に良かった……


「ほう、その子がティータの話していたお友達か?」


 すると背後にいたお爺ちゃんがわたし達に声をかけてきた。


「うん、そうだよ。お爺ちゃんに紹介するね、この子がフィルちゃんであそこの黒髪の人が彼女のお兄さんのリートさんだよ。でもあそこの青髪の女の人は分かんないや……あうあう~……」


 わたしとリィンを紹介しようとしたティータだったが、顔の知らないラウラを見てちょっと困惑した表情を浮かべていた。


「……なんと可愛らしい」


 ボソッとラウラが何か言ったが、ちょっと離れていたので聞き取れなかった。


「ラウラ、どうかしたのか?」
「うん?あ、いやなんでもないぞ」


 リィンがラウラに声をかけると彼女はコホンと一息吐いてティータ達に自己紹介した。


「初めまして、私はラウラ・S・アルゼイド。帝国の貴族だ、よろしく頼む」
「俺ラッセル博士とは初めて会いましたね、俺はリートといいます」
「フィルだよ、よろしく」


 ラウラがティータ達に自己紹介をして、わたしとリートも初めて会うラッセル博士に挨拶をした。


「は、初めまして!ティータ・ラッセルといいます!」
「ワシはアルバート・ラッセルじゃ、ティータが世話になったそうじゃのう。こうして会えて嬉しく思うぞ」


 ラウラはティータと、わたしとリィンはラッセル博士と自己紹介をかわすがアガットだけは鋭い視線でラウラを見ていた。


「……帝国人」


 アガットが何かを呟いたようにも思えたがこっちには聞こえなかった。アガットの視線に気が付いたラウラは、彼に向かって手を差し伸べた。


「貴方はもしかすると『重剣』殿ではないか?私はラウラ・S・アルゼイド。リベールに大剣を扱う凄腕の遊撃士がいると噂を聞いていたのでこうして会えて光栄に思います」
「……」


 だけどアガットはラウラの手を無視して、一人で立ち去ってしまった。


「ア、アガットさん!?」


 ティータはそんなアガットの態度に驚いた様子を見せた。


「ふむ、何か失礼な事をしてしまったのだろうか?」
「いやそんな事は無いと思うが……」


 少し困った様に頬を掻くラウラにリィンがフォローを入れる。確かにちょっと様子が変だったね、アガットは気難しい性格なのは何となく察していたけど手を差し伸べられて無視するような人物じゃないと思う。
 もしそんな男だったらティータが懐いたりはしない、子供は怖い存在には敏感だからだ。だからラウラに対する態度は彼らしくない行動だった。


「すまんな、お嬢さん。あやつは少し不器用なところがあってな、気にしないでくれ」
「ご、ごめんなさい!アガットさんは悪い人じゃないんです、でもどうしてあんな態度を取ったりしたんでしょうか……」
「いえ、私は大丈夫です。お心遣い感謝いたします」


 ラッセル博士とティータがラウラに気を使って声をかけたが、彼女は気にしていないと両手を振っていた。


「皆~!」
「あ、エステルだ」
「アガットからティータとラッセル博士がここにいると聞いてきたから入ってきたわ、それでティータは?」


 そこに現れたのはエステルだった、どうやらさっきどこかに行ったアガットと合流してラッセル博士達の事を聞いて此処に来たようだ。ティータはエステルの姿を見ると嬉しそうに駆け寄っていった。


「エステルお姉ちゃん~!」
「ティータ!」


 ティータは勢いよくエステルに抱き着いた、エステルも嬉しそうにティータを抱きしめ返した。


「お姉ちゃん、会いたかったよ!」
「あたしもよ、ティータ!本当に無事で良かった……」


 良かったね、エステル。彼女はずっとティータの事気にしていたから二人がこうして会えてわたしもホッした。


「そういえばヨシュアさんはどうしたんですか?それに先ほどまで女王陛下とリシャール大佐達について話し合っていたはずですか何か分かったんですか?」
「あ、そうだった!実はお城の宝物庫で昇降機を見つけたんだけど、ロックがかかっているから起動できないの。ラッセル博士ならどうにか出来ないかしら?」
「昇降機じゃと?」


―――――――――

――――――

―――


「まさかお城の地下に向かう事になるなんて思ってなかった」
「そうだな、まさかこんなものを作っていたなんてな」


 わたし達は現在、グランセル城の宝物庫に作られていた昇降機を使って地下に向かっていた。
 何故こうなったのかというとアリシア女王陛下の話ではリシャール大佐の目的は『輝く環』という空の女神が古代人に授けたという伝説のアーティファクトを手に入れる事らしく、それが王都の地下にあるかもしれないらしい。わたし達はリシャール大佐がその輝く環を手に入れる前に彼を止める為に地下に向かっているという訳だ。
 向かうメンバーはエステル、ヨシュア、シェラザード、オリビエ、アガット、ジンの予定だったんだけど……


「しかし王都の地下か、年甲斐もなくワクワクしてきたのぅ!」
「お、お爺ちゃん~……」
「あはは……」

 
 女王陛下のお願いでクローゼが、万が一戦術オーブメントや武器が壊れてもそれを修理できるラッセル博士とティータも一緒に付いてくることになった。本当は危ないので連れていくのは良くないんだけど女王陛下の依頼されたのなら断れないだろう。それに本人達もそれを望むのなら猟兵として任務を遂行するだけだ。
 それで彼女たちの護衛をする為にわたしとリィン、ラウラも一緒に付いてくることになったという訳。


「どうやら下に着いたようね」


 わたし達が昇降機から出ると、そこには巨大な遺跡が存在していた。下は真っ暗な暗闇が広がっており空中を浮かぶ通路が大きな遺跡に繋がっていた。


「な、何よここ……」
「これは古代ゼムリア文明の遺跡か?相当古い遺跡のようじゃが機能は死んではおらんようじゃな」


 ラッセル博士の言う通り辺りは明るく、何らかの音が聞こえてくる。


「それだけじゃねえな、奥からやばそうな雰囲気がプンプンとしてやがる」
「強力な魔獣が徘徊していそうだな」


 アガットとジンは遺跡の中から漂ってくる危ない雰囲気を感じ取ったようだ、確かにやばそうな気配が沢山するね。これは骨が折れそう。


「でもこれだけ巨大な遺跡を探索するとなると、効率を考えないといけないわね」
「ええ、闇雲に動いていれば体力を消耗して危ないですからね。ここは探索班と待機班に分かれて動くことにしましょう」


 シェラザードの言葉にヨシュアが頷き、探索班と待機班に分かれて行動しようと提案した。要するに安全な場所を見つけて拠点にする、そこを足掛かりにしながら探索と拠点の防衛、そして状況によっては交代して探索を進めてまた新しい拠点を見つける……を繰り返していくって事だね。


 わたし達はまず降り立ったこの場所を拠点にして、エステル、ヨシュア、シェラザード、アガットが捜索班として遺跡の中に入っていった。


「さて俺達は拠点として使えるようにしておくか」
「はい、工具類一式と簡単なキットは用意してきましたからいつでも使えるように準備しておきますね」


 わたし達は簡単な設備を作って拠点の防衛に入る。護衛は猟兵の仕事でいつもこなしてきたとはいえ此処は未知の場所だ、何が起こるか分からないので警戒を怠らないようにしないと。


 暫くは何事も無かったが、突然ラッセル博士が何やらウロウロと辺りを動き出した。


「お爺ちゃん、どうかしたの?」
「いや、ほんの少しくらいなら中に入れんかと思ってのう」


 ありゃりゃ、意外とアクティブなお爺ちゃんだったね。でもそんなのは駄目、唯でさえ危ないもの。


「ジン殿、何とかならんか?技術者にとってこんな貴重な遺跡を調べずにはいられないんじゃよ」
「そうは言ってもな、今はそんな状況ではないし我慢はできないのですか?」
「無理じゃな」


 きっぱりと無理だと言うラッセル博士に、ジンはどうしたものかというような表情を浮かべた。何となく依頼の関係で会った事のあるG・シュミット博士とは違うベクトルの面倒臭さを感じた。


「はあ……ジン、ちょっとだけ中に入れてあげたら?一回帰ってきたエステル達から魔獣の情報は貰ってるから多少なら大丈夫だと思うよ」
「しかしな……」
「でもこのままだと勝手に行っちゃいそうだけど。何かシュミット博士みたいな面倒臭さを感じたから」
「確かに彼とは違う面倒臭さを感じるな……」
「むっ、お前さん達はシュミットを知っているのか?じゃがワシをあんな偏屈者と一緒にするでないわ!」


 わたしの言葉に同意するリィン、そしてシュミット博士と同類扱いされたラッセル博士は心外だと言わんばかりに顔を顰めた。でもわたしからすれば面倒なのは似ていると思うけどなぁ、技術者って皆こんな感じなのかな?


「ジンさん、拠点の防衛は俺とオリビエさんでしておきますから少しだけ連れて行ってあげてくれませんか?幸いここは入り口なので何か合ったら直に避難できますし勝手に行動されるほうがマズイですし」
「仕方ないか……」


 このままだとラッセル博士……もう面倒臭いからラッセルでいいや。ラッセルが暴走しそうなのでわたしとジン、そしてラウラと一緒に行きたいとごねたティータも連れて遺跡の中に入っていった。




―――――――――

――――――

―――


「はあっ!」


 ジンの一撃が魔獣を粉砕する、だがその背後から別の魔獣がブレードを振り上げて襲い掛かった。


「させないよ」


 そこにわたしの放ったアーツ『ソウルブラー』が直撃して魔獣が動きを止める。


「終わりだ!」


 怯んだ魔獣をラウラの一撃が真っ二つに切り裂いた。


「ふう、終わったか。しかしこの魔獣達は何か変な感じがするな」
「ん、死体も消えないし何か生き物っぽくないね。機械みたいな感じがする」


 わたし達が知っている魔獣は死ぬと体内に溜めてあるセピスを吐き出しながら消滅するんだけど、この魔獣達は爆発して死体が残っている。


「ふ~む、これは導力を使って動く機械人形のようじゃな。ここでクオーツがつながって……むむっ、これは興味深い!」
「あ~!お爺ちゃんばっかりズルイよ!私も見たい~!」


 残った死体……いや残骸かな?それらをラッセルとティータが興味深そうに観察していた。


「お二人さん、興味を持つのは良いがここでは危険だ。一度拠点に戻って……むっ!?」


 ジンが二人に声をかけようとした瞬間に、通路の奥から何かが飛んできた。


「あれはミサイル!?」


 わたしはそれがミサイルだと分かると、咄嗟に銃を抜いてミサイルを撃ち抜いた。


「何が起きたんじゃ?」
「お、お爺ちゃん!あれ!」


 ティータが指を刺した方向に巨大な魔獣が存在していた。さっきまで相手をしていた魔獣より大きく魔獣が方向を上げると身体から何かが飛び出すとそれが煙をあげながらこちらに向かって飛んできた。


「ミサイルか!全員伏せろ!」


 ジンがティータとラッセルの前に立ちふさがり、二人はその場に伏せた。わたしは再び銃でミサイルを撃ち抜きその隙にラウラが剣を上段に構えて魔獣に向かっていった。


「喰らえっ!」


 振り下ろされた一撃が魔獣の装甲を深々と切り裂く、だがそれだけでは倒せなかったらしく魔獣は激しく回転してラウラを弾き飛ばした。


「ラウラ、援護するよ」


 わたしは離れた位置からアーツを発動しようとする、だが魔獣は先ほどよりも速いミサイルをわたし目掛けて発射する。それがわたしの前で爆発するとアーツが解除されてしまった。


「駆除解除のクラフト……アーツは使えないか」


 ダメージを最低限に抑えたわたしは、アーツでの戦闘を止めて物理攻撃で攻める事にした。迫り来るミサイルをかわして魔獣に接近して銃弾を放った。狙いはラウラが攻撃した場所だ。


「ショット!」


 銃弾が魔獣の内部で爆発して魔獣の装甲が大きくはじけ飛んだ。


「これで終わりだ!」


 そこにラウラの剣が突き刺さり、勢いよく横に振るう。大剣が内部をズタズタにしていき魔獣は爆発を起こして起動停止する。


「いっちょあがり」
「うむ、見事な卵形だったな」


 ラウラとハイタッチすると、二人を守っていたジンが拍手をしながら近づいてきた。


「見事なコンビネーションだったな、お二人さん。しかしラウラはともかくフィルも戦闘慣れしているな、何か武術でも嗜んでいるのか?」
「いや、そんなことは無いけど……」
「そういえばリートにも感じた事だが、お前さんも前に何処かで出会ったことは無いか?何か見覚えがあるんだが……そういえば前に大規模な作戦に参加したときに似たような兄妹がいたような……」
「き、気のせいじゃないかな。銀髪なんてよく見るし」
「う~む、銀髪の知り合いはシェラザードくらいしか思い当たらないが」


 ちょっと不味いかな、予想外の敵だったからついいつもの動きで倒しちゃったけどジンに猟兵だってバレたら面倒なことになる。


「フィルちゃん!ジンさん!危ない!」


 その時だった、ティータが悲鳴を上げたと同時に倒したはずの魔獣が放ったミサイルがわたし達目掛けて飛んできた。わたしとジンは横に飛んでミサイルを回避してラウラが魔獣を粉々に砕いた。


「まさか生きていたとはな、少し油断したか」
「ん、死んでも消えないからと思い込んでいた」


 まさかの攻撃にわたしは驚きを隠せなかった。団長も未知の存在と戦う時は相手が死んだことを確認するまで気を抜くなって言ってたのを思い出して反省する。


「おや?おーい、お前さん達、こっちに来てくれんか?」


 そこにラッセルが皆に声をかけてきたので何かあったのかと思いそちらに向かう。するとそこにさっきまでなかった通路が存在していた。


「これは隠し通路か?さっきの魔獣のミサイルが当たって壁が崩れたのか」
「この先に何かあると技術者の感が叫んでおる!ほらほら、早く行くぞ!」
「あ、ちょっと待って」


 ラッセルが一人で通路の奥に言ってしまったので、わたし達も慌てて後を追いかける。幸い魔獣は徘徊していないようで一本道を進んで行くと少し広い部屋に出た。


「ふわぁ……」
「これは……」


 部屋の壁には何かの壁画が描かれていた、それは光り輝く何かに大勢の人間が群がるような絵だった。よく見ると手を合わせて拝んでいる人も書かれており、まるで光る何かを崇拝しているように思えるね。


「なんじゃ、この絵は?何かの宗教を描いたものかのう?しかしこれだけ古い遺跡なのにここまではっきりと残っておるとは驚きじゃな」
「お爺ちゃん、ここに何かあるよ」


 壁画に驚くラッセルの横で、ティータが何かを発見したみたい。見てみると部屋の隅に何かの台座のようなものがあり、その上には前にエステル達に渡した黒いオーブメントのような物が置かれていた。


「これはリシャール大佐が持っていたゴスペルというオーブメントか?それにしてはかなり古そうなものじゃな。どれ」
「あ、不用意に触れたりしないほうが……」


 わたしはラッセルを止めようするが時すでに遅し、ラッセルはオーブメントに触れてしまった。幸い何も起きなかったがラッセルは顔を真っ赤にしながらオーブメントを剥がそうとしていた、でも少しも動いたりしない。


「うむむ、しっかりと固定されてしまっているようじゃ。ワシではビクともせん。ジン殿、これを取れぬか?」
「仕方ない、少し離れていてください」


 ゴネるラッセルに、ジンは素直にいう事を聞いた。言い聞かせるよりも言う事を聞いた方が行動を御しやすいと思ったのかもしれない。


「ふん……!!……駄目ですな、力尽くでは取れそうにない」


 ジンでも取れないのなら人力で取るのは無理そうだね。


「ええい、ならばツァイスにある強力な導力鋸で……」
「お爺ちゃん、流石に今は自重しようよ~」
「そういう事はこの事件が終わってからにしてください、さすがにそこまでは付き合えませんからな」
「うむむ、仕方ないの……」


 未だ諦めきらないラッセルに、流石にティータも援護できないようでジンも諦めてくれと諭した。それに対して流石に今はマズいと思ったのか、ラッセルは渋々といった感じに諦めた。


(……)
「フィル、どうかしたのか?」


 ちょっとした好奇心が湧いたわたしは、突拍子も無くそのオーブメントに触れてみた。するとわたしの頭の中に何かの映像が浮かんだ。


(何……これは?)


 それは先ほどの壁画のように光り輝く物体に多くの人間が祈りを捧げている光景だった、でも絵と違ってそれは実際に目で見ているように人が動いていた。祈りを捧げて何かを願っているようだ。


「……ィル、フィル!」
「あれ、ラウラ……?」


 突然現実に戻されたわたしは、心配そうにわたしを見つめるラウラと皆の顔を見てボーッyとしていた意識が目覚めてきた。


「あれ、わたし今……」
「フィルちゃん、どうかしたの?」
「そのオーブメントに触れたとたん意識が飛んだかのように動かなくなったから心配したぞ」
「……ごめん、ちょっと変な夢を見ていた」


 首を傾げるティータと、さっきまでのわたしの様子を話してくれたラウラにわたしはさっきまで夢を見ていたと話した。


「夢じゃと?どんな夢なんじゃ」
「あの壁画みたいな光景をまるで実際に見ているかのように頭の中に浮かんできた」
「ふむ、しかしワシらは触っても何ともなかったがのう」
「ええ、特に何もなかったですな」


 さっきオーブメントに触れたラッセルとジンはあの夢を見なかったようだ。じゃあわたしだけがあの夢を見たって事?


「フィル、体調は大丈夫か?もし疲れているのなら地上に戻ってもいいんだぞ?」
「ううん、大丈夫。皆心配かけちゃってごめん」


 わたしを心配するラウラに大丈夫と話す、そして一度拠点に戻る事にしたわたし達はその場を離れた。

 

―――――――――

――――――

―――




「あはは、そうなんですか」
「ええ、あの時は流石に死ぬかと思いましたよ。ユン老師は修行に関しては加減してくれませんから」


 わたし達が拠点に戻るとリィンとクローゼが楽しそうにおしゃべりしていた。近くでオリビエが膝を抱えて座っており羨ましそうに二人を見つめていた。


「オリビエ、何をしているの?」
「あ、フィル君達じゃないか。今帰ったのかい?」
「うん、まあそんなところ。んでオリビエは何しているの?」
「いやぁ、よく聞いてくれたね。実はリート君とクローゼ君が楽しそうに話しあっていたんだけど、僕が入ろうとしたらリート君に追い出されちゃったのさ。だからこうして一人寂しく地面にのの字を書いていたんだよ」
「ふ~ん」


 まあどうせセクハラ発言をしようとして追い出されちゃったんだろうけど……でもわたし達がいない間に随分と仲良くなっているんだね。


「リート、ただいま」
「あ、フィルお帰り。探索は済んだのか?」
「うん。でもわたしも流石にビックリしちゃったな。まさかこんな短時間でクローゼと仲良くなるなんて」
「フィ、フィル?どうかしたのか?何だか顔が怖いぞ?」


 別に怒ってなんかいない、リィンが女の子と仲良くなることなんてどうせいつもの事だし。


「そなたまた女子に手を出したのか?相手は一国の姫君だぞ、全く手が早いというか……」
「ラ、ラウラもどうしたんだ?怒っているのか?」
「怒ってなどいない」


 ラウラもジト目でリィンを攻める様に見つめる。するとリィンは慌てて言い訳を言い出した。


「い、いや別に不純な気持ちがあった訳じゃないんだよ。ほら、フィルもお世話になったし兄として改めてお礼を言わないとって思っただけで……」
「さっきここに来た魔獣がクローゼ君を攻撃しようとしたけど、リート君がお姫様抱っこで華麗に助けていたよ。いやぁ、あれは見物だったね」
「オリビエさん!?」


 ハブられた意図返しかオリビエがさっき起きた事を教えてくれた。
 ふーん、お姫様抱っこか、クローゼは本物のお姫様だしさぞかし絵になる光景だったんだろうね。クローゼも思い出したのか顔を赤く染めているし。


「流石はリートだ、その手の速さには呆れを通り越して尊敬の意が出てくるほどだ」
「良かったねリート、クローゼをお姫様抱っこ出来て」
「二人とも、待ってくれ。これは違うんだ」


 絶対零度の視線をリィンに浴びせるわたしとラウラに、リィンは必至で言い訳を続けていた。



「み、皆さん?どうされたんですか?」
「あわわ、何だか不穏な空気が漂ってきたよ」
「よく見ておくんじゃぞ、ティータ。ああいう男には気を付けるようにな」
「若いというか何というか……」
「いやぁ、これも青春だね♡」


 そんなわたし達の様子を見ていたクローゼ達は様々な反応をしていた





  

 

第55話 ロランスの実力

side:フィー


「なるほど、そんな事があったんですね」
「うん、まさかカノーネ大尉が魔獣を操ってくるとは思ってもいなかったわ」


 わたし達は現在、先を進んでいたエステル達と合流して新たな拠点を作っている所だ。ジークが教えてくれた先に向かうと、そこには傷ついたエステル達と気絶したカノーネ大尉がいた。
 詳しく事情を聴いているんだけどどうやら敵は魔獣……いや古代の人形兵器を操る術を得たらしく思わぬ苦戦をさせられたようだ。


「あ痛たた……クローゼ、もうちょっと優しくお願い」
「あ、ごめんなさい!」


 クローゼに治療してもらったエステルは、治療の痛みで涙目になりながらクローゼにもう少し優しくしてほしいとお願いしていた。


「しかしヨシュアさんやアガットさんもそこそこ傷ついていますね」
「うん。敵の攻撃も激しくなってね、地の利も向こうにあるらしく待ち伏せも何回かされたんだ」


 わたし達は初めてここに来たけど、リシャール大佐達は前からここに出入りしているから向こうの方が地形を把握している、だから不意打ちなどに警戒しないといけない。
 それに人形兵器は人間じゃないから疲れもしないがこっちは生身なので当然疲れは出てくる、ベテランの遊撃士であるアガットやシェラザードも息を荒くしていた。


「とにかくエステルさん達は休息を取ってください、ここから先は俺達が探索に入ります」
「でも……」
「この後にリシャール大佐やロランス少尉とも戦わなくてはならないかもしれません、体力を消耗した状態で勝てるような相手ではないという事は実際に対峙したエステルさんがよく分かるでしょう?」


 エステルが焦る気持ちは分からなくもない、わたしも猟兵になった時は一人で何とかしようとしていたことが合ったからだ。
 でも無茶して得られる成果なんてたかが知れているしそういう人は大概早死にする、休めるときに休むのが一流の戦士だって団長も言っていたしね。


「分かった、でも無茶はしちゃ駄目なんだからね」
「了解です」


 話が纏まったのでわたしとリィンは、ラウラとオリビエを連れて先に進む事にした。
 その際にアガットが「素人が出しゃばるんじゃねえ、俺も行くぞ」といってわたし達についていこうとしたが彼もけっこう傷ついていたのでティータに止められていた。




―――――――――

――――――

―――


「はぁぁ!」


 リィンの太刀が斧を持った魔獣を一刀両断した、魔獣は左右に分かれると爆発して消滅する。


「ん、いっちょあがり」


 わたし達の周りに魔獣の残骸が散らばっており、これは全てわたし達が倒してきた魔獣達だ。


「しかし大分奥まで来たけどリシャール大佐達は一向に見つからないな、流石に疲れてきたぞ……」
「多分最深部にいるんじゃないのかな、ラッセル博士の話ではエステル君がカノーネ大尉と戦った辺りが中間だからもうすぐ着くと思うよ」
「なるほど、ここからが本番という訳だな」


 リィンのつぶやきにオリビエが補足をする、さっきの場所が中間ならここまで来るのに大分かかったので多分もうすぐ最深部に付くはずだ。
 ラウラも決戦の時が近い事を感じたのか気合を入れ直していた。


「いや、どうやらもうそこにいるようだ」


 リィンが前の通路に鋭い視線を送る、するとそこの物陰から赤い仮面と装甲鎧を纏った人物が現れた。


「ロランス少尉……」


 わたしはかつて自分の腕を切り裂いた男を前にして身震いをした、あの時に感じた威圧感は更に大きさを増していたからだ。


「カノーネ大尉は敗れたか。まあ想定内の事だったがな」
「味方がやられたのに随分と冷たいんだな?」
「敗れた者に未来などない、あるのは死だ。お前達も猟兵なら理解できるだろう?」


 ロランス少尉はわたしとリィンを見て猟兵と言った、やっぱりバレていたんだね。


「流石は情報部、俺達の事も既に調査済みか」
「リート、そしてフィルなどという人物がこの国に入国したと言う記録は無かった。調べていくうちに噂の猟兵の兄妹と容姿や特徴が一致したのでな。まさか元同業者に会う事になるとは思ってもいなかったぞ」


 そういえばエステルが言ってたっけ、ロランス少尉は元猟兵だったって。リシャール大佐がロランス少尉を情報部に勧誘した事以外は謎に包まれているとも聞いた。


「こっちもリベール王国で元同業者に会えるとは思ってもいなかったよ。でも不思議なんだ、どうしてアンタほどの実力者の名前すら知らなかったのか……それだけの実力者なら間違いなく二つ名を付けられているはずだ、でもロランスなんて猟兵は聞いた事もない」


 リィンはわたしよりも長く猟兵を続けている、故にわたしの知らない猟兵や既に解散した猟兵団の事も知っていた。
 でもそんなリィンでも聞いた事が無いというのはおかしいかもしれない。


「アンタ、本当に猟兵なのか?」
「それを知った所でどうする、俺達はおしゃべりをする為に対峙したわけではないだろう」
「それもそうだな」


 リィンはそう言うと太刀を抜いて構えを取る、ラウラやオリビエも武器を抜きわたしも武器を取り出した。


「フィー、そなたが持っているその武器は双銃剣か?」
「ん、オリビエに用意してもらった」
「流石にフィー君がいつも使っているような上物ではないけどね」
「構わない、これで戦いやすくなった」


 わたしはオリビエに要してもらっていた武器をここで使う事にした。手を抜いて勝てる相手じゃないし幸いにもここにはわたしとリィンを猟兵と知る人物しかいない、だから全力で向かう。


「この先にリシャール大佐はいる、だがそこに向かいたいのならお前達の力を示してみろ」


 ロランス少尉は全身から闘氣を出して戦闘態勢に入る、その圧倒的な闘氣にわたし達は身震いをしてしまった。


「なんという闘氣だ、アリーナで見た時とは桁違いだ!」
「やはりあの時は加減をしていたのか。いや、今もまだ全力ではない……!」


 前に見た時とは比べ物にならない程の威圧感にわたし達は、今まで体験してきたどんな死闘も超える事になろうである相手に意を決して向かっていった。


「行くぞ!!」


 まず最初にロランス少尉に向かっていったのはリィンだった。彼は居合の構えを取り一瞬でロランス少尉……いやロランスとの距離を詰める。


「紅葉斬り!」


 すれ違いざまに怒涛の斬撃をロランスに放つリィン、だがロランスはそれを涼しい表情で受け流した。


「はぁぁぁ!洸翼陣!!」


 ラウラの体から黄金の闘氣が溢れ彼女の身体能力が大きく上昇する、そして大剣を構えてロランスに斬りかかる。
 それに対しロランスは真っ向でラウラと対峙した、大剣と大剣がぶつかり激しい金属音が鳴り響いた。


「ほう、その年で大した練度だ」
「そなた程の実力者にそう言って貰えるとは光栄だ……!」


 ラウラはそう言うがロランスと違い表情に一切の余裕はなかった。激しく切り結ぶ二人の間にわたしが割って入った。


「ラウラ、下がって!クリアランス!」


 ラウラを飛び越えて上空から銃弾の嵐をお見舞いする。ロランスはその場から動かずに大剣を使って銃弾を弾いていた。
 でもこれでいい、この技はあくまでも気をこちらに向けるための誘導だ。本命は……


「業炎撃!」


 ロランスの背後から気配を消して接近したリィンは、炎を纏った太刀を大上段から勢いよく振り下ろした。
 灼熱の炎と斬撃がロランスを襲うが、彼はそれに気にもせずにリィンに攻撃を放った。


「はあぁぁっ!」


 横なぎに振るわれた一撃をリィンは身を低くしてかわす、そしてロランスの足に目掛けて太刀を振るう。
 ロランスはそれを上空に跳んでかわすが彼のいた地面から大地の力で生み出された槍が飛び出てロランスに襲い掛かる、オリビエの放ったアーツ『アースランス』だ。


「いい連携だ」


 ロランスは槍を大剣で粉々に砕き、何事も無く地面に着地した。


「やはり強いな……」
「ああ、こっちはかなり本気でやっているのに、ああまでも涼しい表情で攻撃を受け流されるのは精神的にもキツいな……」


 4対1というこちら側が有利な状況にも関わらず、ロランスにまともなダメージを与えられていない。


「こちらも少し本気で行かせてもらうぞ」


 ロランスはそう言うと4体の分身を生み出した。アレは確か分け身っていうロランスのクラフトだっけ、厄介な技が出てきたね。


「リミットサイクロン!」


 銃弾を連続で放ち分け身の肩を撃ち抜いた、そして最後に溜めた一撃を分け身の一体に放つが、分け身はそれをかわしていく。
 本物よりはスペックが落ちているみたいだけど脅威には変わりないね。


「皆、援護するよ!」


 オリビエの放った補助アーツで攻撃力を上げたわたしは、分け見に斬りかかる。
 正面から斬りかかったわたしを迎撃するようにロランスの分け見が攻撃してくるが、奴の攻撃が当たるとわたしは霧のように四散する。


「それはフェイク」


 背後から奇襲を仕掛けるわたし。ロランスの分け身の背中が斬られて血は出ないが大きく体制を崩した。


「シルフィードダンス!」


 その隙を見逃さなかった私は、自身が放てる最高のクラフトを分け身に叩き込んだ。怒涛の連続攻撃から回転しながらの銃弾の乱射、それをまともに受けた分け見は膝をついて消えていった。


「蒼炎の太刀!」


 リィンの太刀から蒼い炎が生み出され、リィンはロランスに斬りかかった。攻撃を受け止めようとした分け見だったが受け止めたのはリィンの鞘での攻撃だった。


「双雷!」


 鞘で攻撃のタイミングをズラしたリィンは、下からすくい上げる様に分け見を切り裂いた。蒼い炎に焼かれながら分け身は燃え尽きた。


「奥義、洸刃乱舞!」
「ハウリングバレット!」


 ラウラとオリビエのSクラフトが、残った分け身に直撃して全ての分け身が消えていった。


「はぁ、はぁ……何とかしのげたね」
「うむ、いきなり大技を使うことになるとはな。だが倒したぞ」


 息を荒くするラウラとオリビエ。やっとの思いで分け身を倒せたが消耗も大きい様だ、でもロランスの最高のクラフトを破ることは出来たみたい。


「どうだ、ロランス少尉。アンタの分け身は全部倒してやったぞ」


 リィンはロランスにそう言うが、ロランスはククッと小さな笑い声を出した。


「何がおかしいんだ」
「いや、滑稽だと思ってな。まさか分け身が俺のSクラフトだとでも思っていたのか?」
「なんだと?」


 私たちはその言葉を聞いて驚いてしまった、実態のある分身を生み出すクラフトなんてそれだけでも出鱈目なのにそれが大した事のないように彼は話す。


「俺にとって分け見など数あるクラフトの一つでしかない。鍛え上げた技、それこそが俺の全て……見せてやろう、その一部を!」


 ロランスはそう言うと、まるで分け身が消えたように姿を消してしまった。


「どこに……ッ!?」


 わたしはロランスの姿を探そうと視線を動かす、だが背後から濃厚な殺気を感じ振り返るとリィンが必至の形相でロランスの一撃からわたしを守っている光景が映った。


「リィン!」


 リィンの肩からは血が出ていた、恐らく彼も本当にギリギリのところで攻撃を凌いたんだと思う。
 ラウラとオリビエもいつの間にか攻撃を放っていたロランスに、ようやく気が付いて驚いた表情を浮かべていた。


「ぐっ、うぉぉぉぉ!!」


 肩から血を流しつつもリィンは後退せずにロレンスに蹴りを放つ、だがロランスは足に装備していた投げナイフを取り出すとリィンの足に突き刺した。


「っ!?」
「いい反応だ、だがまだ自分の力を使いこなせていないようだな」


 ロランスはリィンの顔目掛けて拳を叩きつけた。リィンは大きく後退するが何とか踏みとどまりロランスに攻撃を仕掛けようと顔を上げる、そこにロランスの足が迫っているのが彼の目に映っていた。


「がぁぁぁ!?」


 顔を踏みつけられて地面に横たわるリィン、そしてロランスが大剣を振り下ろそうとした。


「リィンを離せ!」


 わたしは飛び上がって上空からロランスに斬りかかった、ロランスはそれを大剣で受け止めて防御する。


「このっ!」


 わたしは双銃剣を滑らすように動かしてロランスの前に落ちる、そして奴の顔が出ている口元目掛けて銃弾を放つがロランスはそれをかわして私を蹴り飛ばした。


「がはっ!」
「フィー君!今援護するよ!」
「遅い、零ストーム!」


 オリビエがアーツを放とうとするが、ロランスの繰り出した竜巻に触れるとアーツが解除されてしまった。
 そしてオリビエ自身も竜巻に吹き飛ばされて体制を崩す、そこに銀色の剣がオリビエを囲むように現れて強力な電撃を放った。


「シルバーソーン」
「ぐわぁぁぁ!?」


 電撃に身を焼かれるオリビエ、堪らず膝をついてしまった。ロランスはオリビエ目掛けて斬撃を放つがそれをラウラが防いだ。


「これ以上はやらせん!」


 果敢に叫ぶラウラだが、剣を持つ手が震えているのが目で見て分かった。


(この者は強い、恐らく父上と同等の実力者だ。でも戦って勝てないと頭よりも体が先に気づいてしまうとは……こんなことは初めてだ)


 ロランスの姿が消えるとラウラの横に現れて剣を振るう、ラウラはその一撃を大剣で受けるがその瞬間に彼女の脇腹から血が吹き出た。


(防ぎきれない……!?)


 背後に現れたロランスの一撃をラウラは何とか凌いだ、だがその背中からまたしても血が噴き出していた。


「孤影斬!」


 そこに体制を立て直したリィンの放った斬撃がロランスに襲い掛かる。ロランスはその一撃を大剣を振るい四散させた。


「今だ!」


 リィンの作った隙を使い、ラウラが跳躍する。そしてロランス目掛けて大剣を叩きつけた。


「鉄砕刃!」


 ラウラの一撃を片手で持った大剣で受け止めるロランス、地面にヒビを入れるほどの一撃を受けたロランスだが相も変わらず涼しげな様子でそれを防ぐ姿に最早驚きはなかった。
 でも動きが止まった今がチャンスだね。


「クロックダウン!」


 わたしはアーツを発動してロランスの足元に時の結界を生み出して動きを制限する。ラウラも喰らってしまったが彼女は足止め役でトドメはわたし達が刺す。


「リィン!」
「ああ、決めるぞ!」


 リィンとわたしはクラフト『疾風』と『スカッドリッパー』でロランスに攻撃を仕掛けた。だがロランスは焦る様子も見せずにラウラの大剣を弾く。


「鬼炎斬」


 ロランスの放った一撃はわたし、リィン、ラウラを纏めて吹き飛ばした。激しい痛みが身体中を襲い意識が朦朧とする。


(そんな、たった一撃で……)


 一撃で戦闘不能の一歩前まで追い込まれたことに、わたしはロランスとの実力の差に震えが生まれた。


(リィン、ラウラ、オリビエは無事なの……?)


 薄れ行く意識を何とか保ちながら顔を上げて二人の様子を見る。ラウラは壁にもたれるように寄りかかっており、オリビエも倒れているが生きているようだ。でも二人ともダメージが大きくてわたし同様に動けないみたい。


(ラウラとオリビエは無事みたい、良かった……じゃあリィンは?)


 今度はリィンの様子を確認してみる、視線の先にいたリィンは太刀を支えにして何とか立っている状態だった。でも何か様子がおかしい。


「ぐっ、ううう……」


 リィンの体から黒い闘氣が溢れていた、あれは『ウォークライ』?確か一流の猟兵は黒い闘氣を出すって聞いたけどリィンがそれを使えるとは聞いたことは無い。


(まさかあの時の……!)


 わたしはかつてリィンを失ってしまった時の記憶を思い出した。D∴G教団の奴らが襲ってきてリィンを攫って行った思い出すのも嫌な記憶、その中にリィンが謎の力を使っていたことを思い出した。


(あの力を使おうとしているの?)


 あの時見たあの力はリィンに強大な力を与えていた、あの時の力が何だったのか知りたいとは思っていたがリィンは教えてくれなかった。
 わたしは彼の様子を見て知られたくない事だと理解したし、リィンはあれから一度もあの力を使わなかったのでわたしは何も聞かなかった。


【奪エ、アノ男ノ剣ヲ奪エ。アレハ強大ナ力ヲ秘メタ理ノ外側ノ武器……アノ男ヲ殺シテアレヲ奪エ!】
「頭の中で喋るな……うっとおしい!」


 リィンは頭を抑えながら苦しそうに何かに抵抗していた。どうしたの、リィン?喋るなって……リィンは何と会話しているの?


「何をしているのかは分からないが、隠している手があるのなら使ったらどうだ?少しは勝てる可能性が上がるかも知れないぞ」


 ロランスは攻撃もせずに挑発するように人差し指をクイクイッとリィンに向けて曲げる、まるで何かを待っているようにも見えた。


「ぐうう……うぉぉぉぉ!!」


 必死で何かに抵抗していたリィン、だが限界が来てしまったのか黒い闘氣がリィンの全身からあふれ出てきた。するとリィンの髪が白く染まり目が真っ赤に染まり別人のようになってしまった。


「リィン……!」


 私はリィンに声をかけるが彼はそれを無視してロランスに向かっていく。


「死ね!」


 先ほどとは比べ物にならない速度で太刀を振るうリィン、ロランスはそれを見て初めてまともな回避をする。


「滅・紅葉斬り」


 リィンの黒い闘氣を纏った太刀で紅葉切りを放つ、さっきは防がれたその一撃がロランスの腕を切り裂いて血を流した。


「滅・孤影斬」


 黒い闘氣を纏った斬撃がロランスに向かっていく、リィンが孤影斬を使う所はよく見るがあんな大きな斬撃は見た事が無い。


「なるほど、これが教授の言っていた力か……」


 ロランスが何かを呟くが、わたしには聞こえなかった。黒い斬撃をかわしたロランスは四体の分け見を生み出してリィンに攻撃を仕掛けた。


「裏疾風」


 リィンは疾風を超える速度でロランス達を斬っていき、とどめに孤影斬を放ちまとめて吹き飛ばした。


(あれはアリオスの『裏疾風』!?)


 リィンが使った技は風の剣聖と呼ばれるアリオス・マクレインが得意とする技の一つだった。


「シルバーソーン」


 リィンの攻撃を逃れた本物のロランスは、幻影で出来た剣をリィンの周囲に出現させてリィンを取り囲んだ。そのまま電撃が流れようとするがリィンは太刀を上段に構えると黒い炎を太刀に纏わせた。


「滅・業炎撃!」


 そしてそれを地面に向けて叩きつけると黒い爆炎が生まれ、それは瞬く間に幻影の剣を焼きつくしていく。


「黒焔ノ太刀(こくえんのたち)!!」


 そして黒い炎を纏った太刀でロランスに連続して斬りかかっていく、それに対してロランスも剣を振るい激しい攻防を続けていく。二人の姿が消えたと思ったら、次の瞬間には違う所で斬り合うという光景がわたしの目に映っていた。


(なんて戦いなの……)


 あまりにも人間離れした戦いにわたしは絶句してしまう、こんな戦いは団長が闘神と戦っている時にしか見た事が無い。


「せやァ!!」


 ロランスがリィン目掛けて突きを放つがリィンはそれを素早くしゃがんで回避する。


「しゃああっ!」


 そして下からすくい上げる様に太刀を振るいロランスの大剣を真上に弾いた。その隙をついたリィンが攻撃を仕掛けるが、ロランスはそれを驚異的な動きで紙一重でかわしてリィン目掛けて大剣を振り下ろす。


「リィン!」


 わたしは咄嗟に声を上げる、ロランスの一撃はリィンの上半身を切り裂くが彼はギリギリの所で後ろに後退してダメージを抑えていた。


「おらぁっ!!」


 そして振り下ろされたロランスの大剣を踏みつけて斜めからの斬撃で斬りかかった。だがロランスはそれをかわそうとわせずに打撃でリィンの心臓を狙う。
 打撃を右腕で防いだリィン、だが腕からゴキリと嫌な音がするが彼は構わずにロランスに攻撃を仕掛けた。


「くたばれ!」
「良くしゃべる奴だ」


 理性を失いかけているリィンの様子を見てロランスが苦笑を漏らす、そしてリィンの攻撃を弾いたロランスはリィンを蹴り飛ばした。


「がはぁ!」


 壁に叩きつけられたリィンにロランスがリィンの顔目掛けて突きを放った。リィンは首をそらしてかわすが肩を切り裂かれる。


「捕まえた……」
「むっ!?」


 だがリィンは傷など気にしないで自身の肩に刺さったロランスの大剣を片腕で捉えると、自分の太刀をロランスの足に突き刺した。


「滅・破甲拳!」


 いつもより深く抉る様に放たれた破甲拳はロランスの装甲鎧にヒビを入れた。


「がはっ!?」


 初めてロランスにまともなダメージが入り、彼は武器を手放して後退した。それを好機と見たのかリィンは太刀を取りロランスに斬りかかった。


「死ねぇぇぇ!!」
「……甘いな」


 だがロランスはリィンの太刀を両手で挟み込むようにして受け止めてしまい、挙句には太刀をへし折ってしまった。そしてロランスは動揺したリィンを蹴り飛ばして折れた太刀を放り捨てた。


「最初は翻弄されたが所詮は理性の無くした剣……獣のそれとなんら変わりは無い。見極めるのは簡単だった」
「ぐっ、うゥゥ……」
「力に翻弄される哀れな男よ、お前は何も守れはしない」
「グッ、ダマレ……!」
「その調子ではいずれお前自身が仲間を、そして妹を殺すことになるな」
「ダマレェェェェェ!!」


 激高したリィンはロランスに向かって飛びかかった、ロランスは大剣を構えてリィンを斬ろうとしている。


(このままじゃリィンが……!)


 死んでしまう。そう思ったわたしは体の痛みなど無視して立ち上がりリィンに向かっていった。


「リィン、駄目!」
「グガァァ!?」


 リィンに飛び掛かったわたしはそのまま彼を地面に押し倒した。ロランスは攻撃の手を止めてわたし達の様子を見ていた。


「グゥゥ、離セ!」


 リィンは暴れてわたしを引きはがそうとする、それに対してわたしは必至でリィンを押さえつけた。


「お願い、もう止めて!それ以上戦ったらリィンが死んじゃう!」
「五月蠅イ!邪魔ヲスルノナラオ前ヲ殺スゾ!」


 リィンは怒り狂い最早喋り方すら変化していた、それでもわたしは逃げずにリィンを抑え込む。


「……いいよ、リィンになら殺されてもいい。約束したもんね、死ぬときは一緒だって」
「ナニ?」
「ごめんね、リィンが苦しんでいる時にわたしは何もしてあげられなかった。あなたが必至でそれを抑え込もうとしていたのにわたしはもう大丈夫だって思ってしまった」


 今やっと理解した、リィンはずっと一人で戦っていたんだ。
 わたしはリィンがあの力を使わなくなったからもう大丈夫だって思いこんでいた、でも違ったんだ。リィンはわたしに心配をかけないように一人でずっと戦っていた。


「あなたが欲しいのならわたしの命でも何でもあげる、だからもうこれ以上傷つかないで」
「グゥゥ……!」
「大好きだよ、リィン」


 わたしはそっとリィンの唇に自身の唇を重ねる。リィンはわたしを引きはがそうとするが頭を押さえて逃がさないようにする。


(お願いリィン、元に戻って……)


 最初は抵抗していたリィンも次第に落ち着きを取り戻したようにおとなしくなっていった。リィンが完全に暴れなくなった後、わたしはリィンの頭をギュッと抱きしめて頭を撫でた。


「大丈夫、わたしが傍にいるから。もう一人にはしないよ」
「……フィー」


 するとリィンの髪が黒色に戻り、リィンはまるで糸の切れた人形のように崩れ落ちる。


「リィン!……気絶しちゃっただけか、良かった……」
「ほう、暴走を静めたか」
「ロランス……!」


 安堵するわたしにロランスが感心したかのような声をかけてきた。わたしはズキズキと痛む体を無視して武器を構えるがロランスは一向に向かってくる様子はない。


「興覚めだな、今日はここまでにしておこう」
「お前はリシャール大佐がいるこの先の通路を守っているはず、それを放棄すると言うの?」
「俺には俺の目的があるだけだ、お前達がリシャールを止めたいのならば行くがいい」


 ロランスはそう言うと何かの呪文のようなものが書かれた紙を取り出す、すると地面にアーツなどで出てくる魔法陣のようなものが浮かび上がった。


「待て!」
「一つだけ忠告しておいてやる、その男が持つ力はいずれお前やその仲間を喰らいつくすだろう。その前に縁を切っておいた方がいいぞ」
「勝手な事を言わないで。わたしは死ぬ最後までリィンと一緒にいる、いや仮にリィンが暴走しても彼はわたしが守る」
「ならば抗い続けるがいい、それがお前にどんな絶望を突きつけることになるとしても」


 ロランスはそう言うと姿を消してしまった。


「……なんだったの」


 危機は去ったが正直お情けで生き残ったようなものだ。ロランスが何をしたかったのか分からないしまだリシャール大佐も残っている。


「でも皆が、リィンが無事で良かった……」


 傍で眠るように気を失ったリィンを見て、わたしは思わず安堵の表情を浮かべる。


「あ、いた!おーい、皆!」


 奥からエステル達の声が聞こえてきた、きっとジークがエステル達を呼んできてくれたのだろう。もう大丈夫だと理解したわたしはリィンに覆いかぶさるように倒れて気を失った。


  

 

第56話 リシャール大佐との決戦

side:エステル


 エステルよ。あたし達は古代遺跡の最下層を目指して、最後の昇降機に乗りこみ下に着くのを待っている所なの。


「もうすぐで最下層に到着しますね」
「いよいよ執念場ね」
「この先にロランス少尉が……」
「はっ、腕の見せどころじゃねえか」
「ああ、何としても彼を止めなくてはな」


 ヨシュア、シェラ姉、クローゼ、アガット、ジンさんがそれぞれ違う反応を見せるが全員がこの先に待つ決戦の予兆を感じていた。


「でもフィルちゃん達は大丈夫でしょうか……」


 ティータは傷ついてリタイアしたリート君、フィル、ラウラさん、オリビエの心配をしているみたいね。
 4人はあのロランス少尉と戦ったようで、何とか退けることは出来たみたいだけど全員ボロボロで駆けつけたユリアさん達親衛隊に地上に運ばれていったわ。


「でもティータやクローゼは無理をしてついてこなくてもよかったのよ?」


 その際にラッセル博士も危険だから一緒に地上に連れて行ってもらったが、ティータとクローゼは残ると言い出したの。
 その時のユリアさんはすっごく困った顔をしてクローゼを説得しようとしていたんだけど、4人の容体が悪化するかも知れなかったので渋々説得を諦めた。


「ごめんなさい。でもせめて王族の者としてこの先に何があるのか、この目で確かめておきたかったんです」
「私もアガットさんが心配だったのでつい……」
「へっ、ガキに心配されるほど軟じゃねえよ」


 まあついてきてしまったのなら仕方ないわよね、二人をしっかりと守ればそれでOKだし難しく考えるのは止めておきましょう。


「皆、そろそろ着くよ」


 ヨシュアの言葉通り昇降機の動きが止まり広い空間があたし達の目の前に広がっていた。


「この先にリシャール大佐がいるのね……」
「ああ、いよいよ決着を付けるときが来たみたいだな」


 あたしはゴクリと唾を飲み込むと、アガットが拳をパンと打ち付けて気合を入れた。


「皆、倒れていったリート君達の分まで頑張りましょう。何があってもリシャール大佐を止めるのよ!」
『応っ!!』


 あたしの言葉に全員が力強く声を上げる。


「それじゃ行くわよ!」


 武器を構えながら最深部に向かって走り出すあたし達、道中に敵の姿はなく難なく奥までたどり着くことが出来た。


「ッ!リシャール大佐!!」
「……やはり来たか」


 奥に佇んでいたリシャール大佐はあたし達を見ても慌てた様子を見せずに堂々と立っていた。


「カノーネ大尉もロランス少尉もやぶれたか、流石はカシウスさんの血を引くだけの事はある」
「リシャール大佐、あたし達は女王様に頼まれてあなたの計画を止めに来たわ」
「そのようだな、だが私は止まるつもりはない。この遺跡に眠る《輝く環》を手に入れてこの国を強くするために」
「っ、そもそも《輝く環》ってなんなのよ!それを使ってあなたはなにがしたいの!」
「……いいだろう。私の狙い、それを教えてあげよう」


 リシャール大佐は後ろにある何かの機械を見上げながら話し始めた。


「かつて古代人が空の女神より授かりし『七の至宝』、彼らはこの至宝の力を使い海と大地と天空を支配したと言われておりその至宝の一つが輝く環なのだよ。もしこれが本当に存在するのなら、それが国家にとってどんな意味を持つと思うかね?」
「周辺諸国に対する強力な武器になる……つまりそういう事ですね」
「その通りだ」


 クローゼの問いにリシャール大佐は頷いた。ようするに《輝く環》というのは強力な武器だって事ね。


「それでその強力な武器を手に入れてどうするつもりよ」
「エステル君、君はリベール王国という国をどう思う?」
「えっ?」


 突然の質問にあたしは間の抜けた声を出してしまった。いきなりなんなのよ。


「えっと、いい国だと思うわ。人も優しいし豊かだし平和そのものだと思ってる」
「そうか、私も同じ意見だ。だがその平和がいつまで続くと保証できる?」
「保障……?」
「このリベール王国は周辺国家と比べれば国力で大きく劣っている。人口はカルバートの5分の1程度、兵力に至ってはエレボニアの僅か8分の1にしか過ぎない。唯一誇れる技術力もいつまでも保てるわけではない。二度と侵略を受けないためにも我々には、この国には絶対的な力が必要なのだよ」
「あっ……」
「エステル君、君も母親を失ったからこそ分かるだろう?いつまたエレボニアやカルバートがこの国を襲いに来るか分からない。いやそれが分かった時には既に遅いんだよ、だからこそこの国には強い力が必要なのだ」


 あたしはその言葉を聞いて百日戦役で母さんを失った事を思い出した。もし百日戦役が起こらなければ母さんは今も生きていたはずだ、そう思うとリシャール大佐の言葉を強く否定できなくなってしまった。


「で、でもそんな訳の分からない物を頼らなくてもこの国には王国軍がいるじゃない!モルガン将軍やユリアさん達親衛隊、それにお父さんの弟子であったあなただっている!百日戦役だって乗り越えられたんだからどうにか出来るはずよ!」
「……ふっ、そう言って貰えるのは嬉しいが人の力には限界があるのだよ」


 あたしの言葉を聞いたリシャール大佐は、どこか諦めたような表情を浮かべていた。


「どういう事?」
「10年前の百日戦役、あれを乗り越えられたのは英雄カシウス・ブライトがいたからだ。だが彼は軍を辞めてしまった、国を守る英雄は去ってしまったのだ。奇跡というのはカシウスさんのような女神に愛された英雄しか起こせない」
「……」
「だから私は情報部を作った、そしてリベールに絶対的な力を得られる手段を探した。そして見つけたのが……」
「輝く環……ってことね」


 リシャール大佐がクーデターを起こそうとしたのは、いずれ現れるかもしれない脅威に対抗するために力を求めたからだったのね。


「エステル君、君も戦争で大切な人を失ったからこそ分かるはずだ。あのような惨劇は二度と起こしてはならないと」
「それは……」
「私達は協力し合えるはずだ、共にこの国を守る為に力を貸してほしい」


 リシャール大佐はあたしに手を差し伸べてそう言ってきた、あたしはその手がとても魅力的に思えてしまう。


「エステル!?」
「おい、こんな奴の話に騙されるな!」


 皆があたしを止めようとするが、私は前に出てリシャール大佐の前に立つ。


「ふふ、それでいいんだ」
「……」


 思わずリシャール大佐の手を取ってしまいそうになるあたし、でも不意に母さんを失った時に家で一人泣いていた父さんを思い出した。
 そしてあたしはリシャール大佐の考えは国を想う者としては正しいのかもしれないが、あたしにとっては違うんじゃないのかって思い首を横に振るう。


「ごめんなさい、せっかくのお誘いに悪いんだけど断らせてもらうわ」
「どうしてだ?君とてこの国を愛する者の一人だろう、ならば私の考えに共感できるはずだ」
「リシャール大佐は父さんを英雄だって言ったわよね?」
「ああ、彼は間違いなく歴史に名を残す人物だ」
「リシャール大佐や他の人からすれば父さんは英雄なんでしょうね、でもあたしからすれば父さんは唯の父さんなのよ。フラッと何も言わずにどこかへ行っちゃうと思ったらこっちが驚くような事をしてくるわ、連れてくるわで困っちゃうし意外とズボラなところもあるし好き嫌いもする。そして母さんを失って一人で悲しんでいた……唯の人間よ」


 父さんが凄い人なのはあたしも理解できるわ、でもそんな英雄だって弱い所はあるのよ。


「父さんは言っていたわ。俺一人の力などたかが知れているって、この国を守れたのは頼りになる仲間がいたからだって。それはきっとあなたの事も含まれているんだと思う」
「……何が言いたいんだ?」
「要するに父さんは一人で戦っていたんじゃない、皆で力を合わせて困難を乗り越えたのよ」


 あたしも遊撃士になって色んな人を助けてきた、でもそんなあたしも沢山の人に助けられてきた。ヨシュアやシェラ姉、オリビエにアガット、クローゼにティータ、ジンさんやアネラスさん達遊撃士の皆、そして各地方の市長さん達や王国軍の人々……沢山の人に導かれてここにたどり着けたの。


「あたし一人だったら大佐の陰謀に気づく事もなかったし仮に気づけても何も出来なかった。でも今あたしがここに立っていられるのもそんな沢山の絆が結び付けてくれたからだとハッキリ言える。でもそれは奇跡なんかじゃなくて人間が持つ可能性なんじゃないかって思うの、一人の力は弱くても皆で力を合わせればどんな困難にだって立ち向かえるわ。あたしは訳の分からない古代の兵器なんかよりその力を信じるわ!」


 あたしは武器を構え、リシャール大佐にそう言った。


「エステル……」
「ふふっ、あんたらしいわね」
「でも凄く心に響く言葉です」
「はっ、半人前がナマ言いやがって」
「大したものじゃないか、あの年であんなことは中々言えることじゃない」
「お姉ちゃん、凄いよ!」


 背後から仲間たちが色々と言ってくるが少しこそばゆいわね……


「ふふ……強いのだな、君は」


 リシャール大佐はあたしをまるで眩しいモノを見るかのような眼差しで見ながらそう呟く。


「だがその強さを皆が持っている訳ではない、目の前にある強大な力の誘惑に抗う事は難しい。そして私はこの時の為に、周到に準備を進めてきた。その為に罪もなき者達を利用してきたんだ、今更引き返すことなど出来はしない」


 リシャール大佐はゆっくりと武器を抜いて構えを取る。あれってリート君も使っている太刀っていう武器よね?


「……だったら戦いましょう、あたし達はあなたを止める為にここに来た」
「良いだろう、どちらの意思が勝つか……ここで雌雄を決しようじゃないか」


 リシャール大佐が指を鳴らすとあたし達の周辺に10体の魔獣が姿を現した。


「君達が己の意思を信じる様に、私も己の道を行くだけだ。それを止めると言うのならば、相応の覚悟を持ってかかってくるがいい!」
「皆、何があっても必ず勝つわよ!」
『応っ!!』


 あたし達はリシャール大佐との戦闘を開始する、この戦いは絶対に負けられないわ!


「行くわよ!」


 他の皆に魔獣の相手を任せてあたしとヨシュアはリシャール大佐に向かっていく。


「はあっ!」
「……」


 あたしが上段から振るうスタッフをリシャール大佐は最小限の動きでかわして攻撃を仕掛けてくる。だがそれをヨシュアが防ぎあたしは一旦距離を取る。


「捻糸棍!」
「光輪斬!」


 スタッフから衝撃波を放ちリシャール大佐を攻撃するが、彼は太刀から光の輪のような斬撃を繰り出してそれを打ち消した。


「断骨剣!」


 そこに背後から音もなくヨシュアがリシャール大佐の背後を取り攻撃を仕掛けた。普通なら当たるはずだがリシャール大佐はそれをまた最小限の動きでかわしてヨシュアに斬りかかった。


「光鬼斬!」


 鋭い居合でヨシュアを攻撃するリシャール大佐、ヨシュアはかろうじて防御するが大きく吹き飛ばされてしまう。


「金剛撃!」


 ヨシュアを助けようとあたしは必殺の一撃を放つが、それもまたかわされてしまう。


「光連斬!」
「桜花無双撃!」


 そして怒涛の連続攻撃をあたしに放ってくる、あたしはそれに桜花無双撃で対抗するが腕を斬られてダメージを負ってしまう。


「エステル!」


 ヨシュアが絶影で攻撃するが、カウンターで返すように脇腹を浅く斬られてしまった。


「ぐうっ!?」
「ヨシュア、大丈夫!?」
「これくらい平気さ、でもリシャール大佐の使うあの剣術……」
「ええ、前にリート君が見せてくれた八葉一刀流の技によく似ているわね」


 確か『残月』っていう技だったかしら、主にカウンターの剣技だったと思うんだけどリシャール大佐の使う剣術はそれによく似ているわ。


「なるほど、リートという君達の知り合いの少年は八葉一刀流の使い手だったようだな。確かに私の剣術は八葉一刀流に関係していると言えるだろう」
「じゃああなたも八葉一刀流の使い手なの?」
「いや違う、私に剣術を指導してくださったのはカシウスさんだ。私は彼に教えてもらった八葉一刀流の技の一つ、五ノ型『残月』を我流で極めたのさ」
「我流でそこまで極めるなんて……」


 でも厄介ね、リシャール大佐に攻撃を仕掛けてもカウンターで返されたらこっちはダメージを与えられないじゃない。


「エステル、カウンター系の技には遠距離の技か攻撃のタイミングを上手くズラすように戦うんだ」
「分かったわ!」


 あたしはヨシュアに小声でアドバイスを貰い、リシャール大佐との戦いを続けていく。譲れないものがあるからあたし達は引くわけにはいかない、徐々にリシャール大佐にもダメージを与えられるようになってきたが、お互いにダメージが蓄積してきていた。


「はぁはぁ……」
「ここまでやるとは思ってもいなかったよ、伊達にカノーネ大尉やロランス少尉を破ってきただけの事はあるな」
「残念ながらロランス少尉を退けたのはあたし達じゃないの、リート君達よ」
「ほう、彼らが……」
「そうよ!道を切り開いてくれたあの子達の分まであたしが戦うわ!」
「……ふふっ」
「な、何がおかしいのよ?」


 突然リシャール大佐が笑い出したので、あたしは思わず戦いの手を止めてしまう。


「リートか……君は彼が本当に唯の少年だと思っているのか?」
「当たり前じゃない、それ以外に何があるっていうのよ?」
「疑問に思わないのか?いくら八葉一刀流に携わっているとはいえ、君よりも年下で妙に戦い慣れていることに」
「そんなのリート君が強いだけなんじゃないの?八葉一刀流って父さんも使っていた流派なんだし。ねえヨシュア」
「ああ、確かに気になることはあるが今はそんなことを考える必要は……ぐうっ!?」
「ヨシュア?」


 あたしはヨシュアに同意を求めたが、ヨシュアは突然頭を抱えて黙ってしまった。


「ヨシュア、どうしたの?」
「……確かに薄々思ってはいたんだ、リート君は妙に戦闘に関して場慣れしている。いくら八葉一刀流の使い手とは言え唯の子供があそこまで冷静に戦えるものなのか?それに妹のフィル、彼女こそおかしいじゃないか。どうして特務隊の連中とあそこまで渡り合えるんだ?普通の子供ならあり得ない……」
「えっ、急にどうしたのよ。何でそんなことを言い出すの?」


 普段のヨシュアなら戦闘中に余計な事を考えたり話したりはしない、そういう怪しいと思った人の事などはあたしと二人の時に話すはずだ。
 確かにリート君は時々年下とは思えない雰囲気を出したりしていたし、フィルも年下のはずなのに戦いに慣れているなぁとは思ったこともある。でもリート君は困っている人をほうっておけないお人よしな子だしフィルも孤児院の子達やテレサ先生にあんなに好かれているんだから悪い子達じゃないとあたしは思うしヨシュアもそれに同意してくれた。
 それなのに急にリート君とフィルを疑うような事を話しだすなんてヨシュアらしくないとあたしは思った。


「どうやら彼は気になることがあるみたいだね。こうやって話してみると彼らは少し怪しいと思わないか?」
「ぐっ……でもそれがなんだって言うのよ。リート君もフィルもあたしの仲間よ、変な事を言ってあたし達を撹乱させようたってそうはいかないんだから!」
「私も彼らを調べたが、どこの国にもリートとフィルという人物とあの二人が一致する情報は無かった。つまり彼らは偽名を使っている可能性がある」
「でも父さんの知り合いだったわ!怪しいわけなんてないじゃないの!」
「そう、カシウスさんの知り合いだからこそ見逃してしまっていたのだよ。カシウスさんは過去にある大事件を解決する為の作戦を指揮したことがある、その時にある人物と交流をかわしたことも私は調査して知ったのだ」
「ある人物……?」
「その人物とはルトガー・クラウゼル。大陸でもトップクラスの実力を持つ猟兵団『西風の旅団』を率いる男だ」


 猟兵……あたしはまだ一度も見た事が無いけど、確かミラ次第でどんな事でもするという奴らの事ね。遊撃士と対立することもあり、この国では猟兵を雇う事を法律で禁止しているくらいの危険な集団だと話には聞いているわ。


「彼には二人の子供がいた、黒い髪の少年と銀の髪の少女……二人の名はリィン・クラウゼル、フィー・クラウゼル。西風の旅団に所属する『猟兵王』の子供達さ」
「そ、そんな……嘘よ!猟兵がリベール王国に来るわけないじゃない!猟兵を雇う事はこの国では禁止されているはずよ!」


 そのリィンって人達が猟兵ならこの国にいるのはおかしいじゃない。


「ふふっ、別にこの国が猟兵を雇う事を禁止していても他国は別さ。偽装したパスポートや国境を自力で超える……猟兵は依頼を遂行する為ならあらゆる手段を使う奴らだ、この国に入り込むのも出来ない訳じゃない」
「でも猟兵がこの国に来る理由なんてある訳ないわ!」
「私は彼らがエレボニア帝国かカルバート共和国に雇われたものではないかと疑っている」
「どういう事よ!」
「彼らがカシウスさんと親しい事を利用して、上手くこの国に潜入して私の計画を暴こうとしたのかもしれないと私は思っているのだ。鉄血宰相『ギリアス・オズボーン』やカルバート共和国大統領『ロック・スミス』はかなりの切れ者だからね。そうなるとあの帝国から来ていたオリビエという男も怪しい、彼もまた帝国の諜報員なのかも知れないな」
「オリビエも……?」


 まさかここでオリビエの名前が出てくるとは思わなかった。


「まさか!あいつは唯のお調子者よ。そりゃ色々首を突っ込んできたりもしたけどあたし達を騙そうとするような奴じゃないわ!大体さっきからリート君達を猟兵だとかオリビエをスパイだとか決めつけているけど、何の根拠があってそんなことが言えるのよ!」


 リシャール大佐が言う事は何も証拠がない、あたしは信じないんだから!


「ふふっ、切り札という物は最後まで取っておくもの……それは戦闘や交渉でも同じことだ」
「何が言いたいのよ?」
「私は既に彼らが怪しいと言う証拠を掴んでいる」
「あ、あんですって!?」
「これを見たまえ」


 リシャール大佐はあたしに何かの紙切れ……いやこれは写真かしら……?を投げつけてきた。


「戦闘中に一体何を……っ!?」


 あたしは思わず目を疑ってしまった。写真に写っていたのは夜に黒装束の連中とリート君とフィル、そしてオリビエが戦っているの光景が写っていたからだ。


「なによ、これ……」
「それは前に孤児院の再建をさせぬように特務隊をマノリア村を襲わせたときの光景だ」
「マノリア村を襲おうとした?でもそんな話は聞いていない……あっ」


 あたしがルーアン地方で孤児院を放火した犯人を追っている時に、真夜中にオリビエから黒装束の連中を見たと連絡を受けた事を思い出した。
 あの時は何も思わなかったけど、この写真が本当なら彼らはこっそりと黒装束の連中と戦っていたって事?


「でも、なんであたし達に何も言ってくれなかったの……?」
「どうだね、これでも彼らは怪しくないと言えるかな?」
「嘘よ、こんなの信じられないわ……」
「ならばこれも見てみるがいい」


 リシャール大佐はもう一つ写真を投げつけてきた、それに写っていたのは何かを話すリート君とフィルとラウラさんとオリビエの姿だった。その光景はまるで密会をしているように見えた。


「これは……」
「それは彼らが何らかの情報を共有している時の光景を『偶然』映したものだ。君達に隠れてそんなことをしている人間が、果たして本当に怪しくないと言えるのかな?」


 あたしはもう訳が分からなくなっていた、だってリート君とフィルが猟兵でオリビエが帝国のスパイだったって急に言われたら訳が分かんなくなっちゃうわよ。


「お姉ちゃん!アガットさん達が!?」
「どうしたの!?」


 ティータの悲鳴が聞こえたのでそちらを見てみる、するとシェラ姉とアガットが頭を抱えて膝を付いていた。


「ぐっ、うう……」
「頭が、痛い……!?」
「シェラ姉!?アガット!?どうしたの!?」
「どうして、私は気が付けなかったの……!猟兵のリストを見て顔を知っていたのに……」
「俺としたことが……猟兵に気が付けなかったなんて……ぐぅ!?今になって思えば怪しい所はあったのにまるで頭に霧がかかったみたいに思い出せなかった……」


 二人はあたしの声が聞こえていないようで、何かを呟いていた。すると魔獣達が動けなくなった二人に向かって巨大なミサイルを発射する。


「ぐっ!?」


 そこにジンさんが割り込んで二人をミサイルから庇う。だが流石にジンさんも巨大なミサイルの直撃を受けて無事ではいられなかったようで、身体から黒い煙を立たせながら膝を付いた。


「ジンさん、今回復を……!」
「ク、クローゼさん……」


 ジンさんに回復アーツをかけようとしたクローゼだったが、ティータと共に魔獣達に囲まれてしまい動けなくなってしまった。


「クローゼ!ティータ!今助けるわ……」
「どこを見ている、敵はこちらにいるぞ」
「あっ……」


 隙を突かれたあたしは、リシャール大佐の放つ怒涛の攻撃をまともに受けてしまい血反吐を吐きながら膝を付いた。


「がはっ……!」
「安心したまえ、急所は外してある。恩あるカシウスさんの娘を殺すのは忍びないからね」
「ぐっ……」


 あたしはリシャール大佐を睨みつけるが状況は明らかにこちら側が劣勢だ。
 ヨシュア、シェラ姉、アガットは原因不明の頭痛で動けなくなるしジンさんは負傷した、クローゼとティータも身動きが取れずあたしはダメージを受けて倒れてしまっている。


「どうだ、君は人の可能性とやらを信じたみたいだが結局は裏切られていたようだな」
「そ、それは……」
「例え力を合わせたとしても裏切者は必ず出る、だから私は人との絆より古代の兵器を選んだ。君が信じた物はあっけなく消え去ってしまったな」
「……そんな事はないわ」
「何?」


 あたしは痛む体に喝を入れて立ち上がった。


「確かにあなたが渡したこの写真はリート君達が怪しい事をしていた証拠なのかもしれない。さっきは思わず動揺してしまった……でもあたしはそれでもリート君達を信じるわ!」
「何を根拠に彼らを信じると言うのかね?」
「決まっているじゃない!あたし自身の直感を信じるのよ!」


 確かに怪しい所はあったしあの写真を見て動揺してしまったのは事実だ。
 でもヴァレリア湖で家族の事を楽しそうに話すリート君や孤児院の子達に親しまれていたフィル、そしておちゃらけていても大事なところであたし達を助けてくれたオリビエ……3人と過ごした思い出を思い出してあたしは3人が悪意や邪な考えを持ってあたし達に接触してきたなんて到底思えなかった。


「直観だと?そんな根拠のないもので他人を信じると言うのか?」
「馬鹿だって言われようとあたしはあたしが信じた物を信じぬく、自分が言った言葉を曲げたりなんてしない!」


 あたしはそう叫ぶと捻糸棍をリシャール大佐に目掛けて繰り出した。


「くっ……」


 リシャール大佐はそれを後方に跳んで回避する。


「その揺れることのない精神力には驚かせてもらった、だが君一人で何ができる?」
「悪いけどエステル一人じゃないよ」


 何かの軌跡が走ったかと思うとリシャール大佐の全身に切り傷が生まれた。


「今のは……」
「ごめん、エステル。回復するのに時間がかかった」
「ヨシュア……!」


 リシャール大佐を攻撃したのは、復活したヨシュアだった。


「エステル、君は本当にすごいよ。あそこまで他人を信じるなんてハッキリ言える人はそういない、僕も正直怪しいと思う事はあったけど君が彼らを信じるのなら僕も信じぬくよ」
「ヨシュア、ありがとう!」


 さっきまでの様子のおかしかったヨシュアではなく、あたしが知るいつものヨシュアがそこにいた。


「じゃあ次はクローゼ達を……」
「スパークダイン!」
「フレイムスマッシュ!」


 あたし達がクローゼ達を取り囲んでいた魔獣達の元に向かおうとすると、空から雷が落ちて魔獣達を直撃する。そして遅れて放たれた灼熱の一撃が魔獣達を大きく後退させた。


「エステル、ヨシュア。遅れてごめんなさいね」
「はっ、根性見せやがって。大したもんだ」
「シェラ姉、アガット!」


 魔獣達を攻撃したのはシェラ姉とアガットだった。さっきまでは頭を抱えて苦しそうだったけど、もう大丈夫なのかしら?


「二人とも、もう大丈夫なの?」
「多少まだ痛みはあるけどそんな理由であんた達の足を引っ張る訳にはいかないからね」
「根性がありゃ大抵の事は乗り越えられるんだよ、だからそんな心配そうな顔をすんじゃねえ」


 少し強がりを言っているようにも思うけど、今は二人の言葉を信じましょう。


「……ねぇシェラ姉。リート君達の事なんだけど」
「リート君……いえリィン・クラウゼルとフィー・クラウゼルの事ね。あの二人は間違いなくその二人と同一人物よ、ギルドにある要注意リストに顔写真と名前が書かれていたのをあたしは知っていたわ。何故か今まで思い出せなかったけど……」
「そうなんだ……じゃあやっぱりあの二人は……」


 一応二人の事を確認したみたいだけどやっぱり猟兵だったのね。信じるとは言ってもののやっぱり複雑な気分だわ……


「こーら、そんな顔しない」
「シェ、シェラ姉?」


 シェラ姉がグニっとあたしの顔をつまんできた。


「正直オリビエに関しても唯の一般人とは言えないわね、でもあんたはそれでもあの三人を信じるって言ったんでしょ?ならそれを最後まで貫きなさい」
「シェラ姉達はいいの?猟兵だって分かったんでしょ?」
「思う事はあるけど彼らには助けてもらった事もあるし、今はこの状況をどうにかする方が先ね」
「俺はあいつらを信じたわけじゃない、だが新人があそこまで啖呵吐いたってのに俺がウジウジしているのは間違ってると思っただけだ。この事件が終わったらあいつらから全部聞き出してやる」


 二人はそう言って武器を構えた、あたしは二人がそれぞれの理由でだけどリート君達を信じてくれたことに感謝する。


「あの二人なら大丈夫だろう、俺も過去に会った事があるからな」
「ジンさん!」


 そこにジンさんが現れて魔獣達を雷神掌で攻撃する。傷はもう大丈夫なの?


「ジンさん、傷は大丈夫なの?」
「ああ、養命功という体の中に流れる氣を活性化させるクラフトで回復した」
「流石ね……そういえばジンさんはさっきリート君達に会った事があるって言ってたけど本当なの?」
「ああ。前に大きな仕事をカシウスさんとしたことがあるんだが、その時に猟兵王とその子供達も参加していて彼らと少しの会話をしたんだ。それにカシウスさんの手紙に彼らがこの国にいる理由も書いてあったから二人の正体は知っていた」
「手紙って前に晩餐会の時に聞いたあれ?」
「ああそうだ、手紙にはエステル達の事以外にもリィンとフィーの事も書いてあった。恐らくあの二人はカシウスさんが雇ったんだろう」
「と、父さんは全部知っていたって事?」
「先生らしいというかなんというか……」
「あのおっさん、喰えない野郎だとは思っていたがここまでとはな」


 も、もう~!それならあたし達に何か言っていってくれてもよかったんじゃない!いっつも勿体ぶった事をして何も言わないんだから!


「もうあったまきた!父さんもそうだけどリート君やフィルも水臭いじゃない!こうなったらこの戦いを終わらせて色々聞かなくちゃいけないわ!」
「うん、僕も色々聞きたい事はあるからね。早くこの戦いを終わらせよう」


 クローゼ達をシェラ姉達に任せて、あたしとヨシュアは再びリシャール大佐と対峙する。


「リシャール大佐、そういう事らしいからもうあなたには惑わされないわ!」
「……くくっ、まさかカシウスさんが雇っていたとはな。流石だ、私の計画に気が付いていたという事か」
「ええ、オリビエさんは正直分かりませんがもうあなたの言葉に揺れたりはしません」
「いいだろう、ならば実力で決着を付けようじゃないか」
「望むところよ!行くわよ、ヨシュア!」
「ああ、行こう!エステル!」


 あたしとヨシュアは武器を構えて再びリシャール大佐に向かっていく。


「光鬼斬!」
「金剛撃!」


 あたしの一撃とリシャール大佐の一撃がぶつかり合い大きな衝撃が生まれる。


「光輪斬!」
「朧!」


 リシャール大佐の放った斬撃の輪をヨシュアが回避する、そして懐に潜り込んで鋭い一撃を放つ。


「光連斬!」
「桜花無双撃!」
「双連撃!」


 リシャール大佐の怒涛の連続攻撃を、あたしとヨシュアは二人で対抗する。さっきは腕を斬られたけど今度は相殺することが出来た。


「やるな、ならばこの技で君達との対決に終止符を打つとしよう」


 リシャール大佐が居合の体勢を取ると、その姿を一瞬にして消してしまった。


「どこに行ったの?」
「はっ!?エステルッ!」
「散るがいい……『残光破砕剣』!!」


 そしてあたしの眼前に現れたリシャール大佐は神速の斬撃を放ってきたが、そこにヨシュアが割り込んであたしを突きとばし代わりにリシャール大佐の攻撃を受けてしまった。


「ヨシュア!?」
「ほう、事前にクレストをかけて防御力を上げていたか。だがその体ではもう動けまい」


 大きなダメージを負ったようだがヨシュアは生きていた。でもあれじゃもう戦えないわ。


「さて、どうするかな。相方が戦闘不能になったが戦いを継続するかね?」
「当たり前よ!ここで逃げられる訳が無いじゃない!」


 あたしはスタッフを構えて一人でリシャール大佐に向かっていった。


「はあっ!」
「ふっ、甘いな」


 振り下ろしたスタッフをいなされてカウンターで斬りつけられる。鋭い痛みが体に走るがあたしは構わずに攻撃を放つ。


「金剛撃!」
「何っ!?ぐわぁっ!」


 まさか攻撃を喰らって即反撃してくるとは思ってもいなかったようで、リシャール大佐はまともにその攻撃を受けていた。


「はああぁぁぁっ!!」


 その隙を逃さずにあたしは怒涛の勢いでリシャール大佐に攻撃を放っていく、リシャール大佐も負けじと攻撃してくるがあたしは怯むことなく攻撃を続けていく。


「君は痛みを感じなのか?なぜそこまでして戦える?」
「あたしには守りたい物がある!皆が一緒に戦ってくれる!だから止まる事なんて出来ないの!」
「……!?ッカシウスさん……!」


 リシャール大佐は何かをボソッと呟くと、あたしと大きく距離を取った。


「……(一瞬だが、エステル君がカシウスさんに見えた。やはり彼女は彼の血を受け継ぐ者なんだな)」
「……?どうかしたの?」
「ふっ、何でもないさ」


 リシャール大佐は首を横に振るうと、さっきヨシュアを倒した技の構えに入った。


「これで終わらせよう、君の信じる物が勝つか私の信じた道が勝つか……これで全てがハッキリする」
「ええ、これで終わらせましょう」


 あたしもスタッフを構えてリシャール大佐と対峙する。


「……行くぞ!」


 リシャール大佐の姿が消えたと同時にあたしも走り出した。


(突っ込んできただと?何を考えているかは分からないがこれで終わりだ!)


 そしてあたしの前にリシャール大佐が現れて神速の斬撃を放とうと太刀に手をかけた。


「今だ!」


 あたしは回転の力を利用して高速で移動する、そしてリシャール大佐が太刀を振るう前にタックルして態勢を崩した。


「何っ!?今の動きは……!」
「桜花無双撃!」


 体制の崩れたリシャール大佐に怒涛の連続攻撃を喰らわせた。だがリシャール大佐はそれを喰らっても大きく後退しただけで倒れなかった。


「まだだ!まだ私は……!」
「だったらとっておきを見せてあげる!」


 あたしは回転しながらリシャール大佐に突っ込んでいく、そして彼の周囲を高速で動き闘氣の竜巻に閉じ込めた。


「奥義、太極輪!!」


 そして回転のエネルギーを使ってリシャール大佐に渾身の一撃を叩き込んだ。


 
 

 
後書き
 ヨシュアが戦闘中にペラペラと話し出したのは教授が『エステルを混乱させるように場をかき乱せ』という暗示を受けていたからです。
 シェラザード、アガットが戦闘中に激しい頭痛に襲われたのは『アラン・リシャールからリィン達の正体を話したら暗示が溶けると同時に副作用で激しい頭痛に襲われる』ように暗示を受けていたからです。原作ではありませんでしたがこの作品の教授はリィンとフィーが猟兵だとバレないように主要となる遊撃士や軍人に接触して暗示をかけています。
 クローゼ、ティータは遊撃士ではないから、ジンはカルバートから来たばかりで尚且つメンバー内では一番の実力者だったため迂闊に接触はしない方がいいと教授は思って暗示をかけなかったから何もありませんでした。
 そしてリシャール大佐がリィン達の事を詳しく知っていたのはワイスマンに暗示で教え込まれていたからです。写真も彼の仕業です。
 そして当の本人はエステルがどうやってこの状況を切り抜けるか、そしてその後にあるお楽しみを待ち構えてほくそ笑んでいます。 

 

第57話 守護者との死闘

side:エステル


「はぁ……はぁ……」
「ぐっ……負けたか」


 息を大きく乱しながら膝を付くあたし、その眼前に地面に倒れたリシャール大佐がおり何処か満足したような表情を浮かべていた。


「エステル!」


 そこに他の皆が駆けつけてきてくれた、どうやら皆も無事だったみたいね。


「皆、大丈夫?」
「大丈夫なのはあんたの方でしょ!?今回復するから」
「あ、待って。あたしよりもヨシュアの方を先に……」
「ヨシュアお兄ちゃんはクローゼさんが回復してくれたから大丈夫だよ、今はお姉ちゃんが先!」
「そっか、なら安心ね……」


 シェラ姉にありったけの薬と回復アーツをかけて貰ったあたしは、何とか立ち上がれるまでには回復できた。


「流石はカシウスさん……いやカシウス大佐の血を引き継ぐ者……完敗だ」
「リシャール大佐……」


 あたしはリシャール大佐に近づくと残っていた薬を彼に飲ませる。


「何を……」
「あなたはやり方を間違えただけ。この国の事を想っている同じ仲間、だから助けるの。もう敵味方なんて関係ないでしょ?」
「……」


 リシャール大佐に薬の飲ませ終え、最後に念の為に回復アーツもかけておいた。


「ん、これで良し。後はちゃんとした治療を受ければOKね、早く上に上がって応援を呼んでこないと」


 遺跡にはまだ魔獣もいるしボロボロのあたし達だけでは危険だからね、念の為に何人か残して直に応援を呼びに行かなくちゃ。
 

「……あら?何か音がするわね」


 近くから何か機械音のようなものが聞こえるわね、一体何なのかしら?


「エステル!あれを見るんだ!」


 ヨシュアが指を刺した方には例の黒いオーブメントが光っている光景があった。


「リシャール大佐、あれは何なの!?」
「……アレは輝く環を封印している装置だ、あのオーブメントはそれを解放するための鍵……」
『……警告します』


 な、なにこれ?いきなり声が聞こえてきたわよ!?


『全要員に警告します。《オーリオール》封印機構における第1結界の消滅を確認しました』
「あの機械から聞こえてくる……」
「封印だと?」


 困惑するあたし達を置いて声はなお続いていった。


『封印区画・最深部において《ゴスペル》が使用されたものと推測。《デバイスタワー》の軌道を確認』
「おい、周りにあった四つの柱が沈んでいくぞ!」


 ジンさんの言葉通りこの部屋にあった大きな柱が地面の中に沈んでいくのが見えた。


「あわわ、何がおきているんですか!?」
「何だかヤバそうな雰囲気ね。皆、直にここから脱出を……ッ!?」


 部屋の隅の壁の一部が開き、そこから何かが姿を現した。それは赤い四つの目に巨大な機械の体を持った何かだった。


「な、なに?このブサイクなの……」
「エステル!どうやらこいつは僕達を敵だと認識しているみたいだよ!」


 確かに目の前の存在はとても有効的な雰囲気には見えないわね……


『環の守護者《トロイメライ》。これより起動を開始します』


「う、動き出したわよ!?」
「どちらにせよこのままにはしておけないな」
「ああ、こんなものが地上に出てきたら大変なことになるぞ」


 アガットとジンさんの言う通りこんなデカブツが上に行ったら大変なことになるわ!


「皆!なんとしてもこいつを止めるわよ!」
『応っ!』


 あたし達は目の前の巨大な存在を止める為に最後の戦いに挑んだ。


「喰らえ、フレイムスマッシュ!」


 アガットの炎を纏った一撃がトロイメライに向かっていくが、背後から現れた青い物体がその一撃を受け止めた。


「なんだ、こいつは!?」


 すると蒼い物体は電撃を放出してアガットを攻撃してきた。


「ぐわっ!?」
「アガット!」


 電撃を浴びたアガットは堪らず後退する。


「接近するのは危険ですね、なら……」


 クローゼはアーツで巨大な氷塊を生み出して蒼い物体に目掛けて放つ、だが今度は赤い物体がそれを受け止めた。


「もう一体いるの!?」
「むっ、危ない!」


 赤い物体はクローゼ目掛けて振動弾を放つ、それをジンさんが受け止めた。


「ありがとうございます、ジンさん!」
「例はいいさ、しかし……」
「あの二つの物体が厄介ね。どうやら赤いのはアーツ、青いのは物理攻撃に耐性を持っているみたい。オマケに……」


 赤い物体が光ると上空から大きな岩石が落ちてきた。


「アーツも使ってくるのかよ!くっ!」
「はうわぁ!」


 アガットがティータを抱っこして岩石をかわすが、そこにトロイメライの目から砲撃が撃ち込まれた。あれは目じゃなくて大砲だったのね!


「させないわ!」


 あたしはアーツ『アースガード』で砲撃を防いだ。


「チッ、まずはうっとおしい赤いのと青いのを叩くぞ!」
「なら僕はその間本体を足止めしておきます!」
「あっ、ヨシュア!」


 ヨシュアはトロイメライの顔に上ると武器を大砲の一つに突き刺した。


「うおおぉぉぉぉぉ!!」


 深々と突き刺したダガーには爆弾が仕掛けられており、それが爆発して砲台の一つを破壊した。


「無茶するわね。でもヨシュアの頑張りを無駄には出来ないわ!」
「ああ、あいつが本体の気を引いているうちに俺達はあのうっとおしい奴らを叩くぞ!ジン!」
「承知した!」
「え、援護します!」


 物理攻撃の得意なアガットとジンさんが赤い物体を攻撃する。赤い物体も反撃しようとするがティータの導力砲を受けてよろめいた、そしてその隙にアガットの大剣が突き刺さりジンさんの拳がめり込んだ。
 良し、効いているわね。


「エステル、私達は青い方を叩くわよ!あんたは攻撃を防いで頂戴!」
「分かったわ!」
「私もアーツなら……!」


 あたしは青い物体の電撃を防ぎながら皆のサポートに徹する、そしてシェラ姉とクローゼのアーツが完成した。


「喰らいなさい!」
「行きます……!」


 巨大な落雷と氷塊が青い物体を飲み込んだ。あたし達の攻撃を受けた二つの物体は煙を上げながら地面に落ちていく。


「やったわ!」


 二つの物体を倒したあたし達はヨシュアの援護に向かう。


「ヨシュア、こっちは終わったわよ!」
「よし、なら残るはこいつだけだ!」


 トロイメライから放たれるミサイルをかわしながら、あたしは懐に飛び込んだ。


「金剛撃!」


 あたしの一撃を受けたトロイメライは大きく後退するが、怯んだわけではなく大きな腕を振り回して攻撃しようとしていた。


「させるかよ!」
「はあぁ!」


 だがアガットとジンさんの攻撃が腕を止める、そしてシェラ姉とクローゼが放った竜巻と氷塊がトロイメライを飲み込んだ。


「やったの……?」
「いや、まだだ!何かくるぞ!」


 嫌な予感を感じ取ったあたし達はその場を飛んで動いた、すると赤い熱線が走り地面を焼いてしまった。


「危ないわね!これでも喰らいなさい!」


 あたしはさっきのお返しと言わんばかりにアーツを発動する、そしてトロイメライの頭上から巨大な岩石を落として叩きつけた。


「漆黒の牙!」
「行きます!やあああぁぁぁぁ!」


 そこにヨシュアの素早い攻撃がトロイメライの全身に切り傷を付けていく、そこにティータのガトリングガンから多数の銃弾が撃ちだされて更に傷を増やしていく。
 トロイメライは全身から煙を出しながら動きを鈍くしていた。


「さ、流石にここまでやれば壊れたでしょう」


 ようやく止まったかと思ったが、後ろの機械から再び声が聞こえてきた。


『トロイメライ、ダメージラインが規定以上を超えました。これよりモード《ジェノサイド》に移ります』
「えっ……?」


 するとさっき倒したはずの赤と青の物体が復活してトロイメライの両腕にくっついて巨大な手になった、更に足も太くなり上半身も変形する。
 さっきまでのブサイクな感じから一変して禍々しい姿へと変わってしまった。


「嘘でしょ……?」
「まだ隠し玉があったのかよ!」


 まさかの展開に軽く絶望するあたし達、こっちはリシャール大佐との戦いもあって既にボロボロの状態なのにまだ奥の手があったなんて……


『モード《ジェノサイド》に移行、速やかに殲滅行動に入ります』


 トロイメライは辺りに小さな球体のような魔獣を召喚してくる。その球体はあたし達に向かってビームを放ってきた。


「このっ!」


 あたしはスタッフを叩きつけて魔獣を破壊する、だがトロイメライは更に3体の魔獣を召喚してきた。


「いくらでも出せるっていうのかよ、畜生が!」
「ならアーツで一気に……」


 シェラ姉とクローゼが再びアーツで攻撃しようとする、するとトロイメライが赤い腕を上空に上げるとレーザーのようなものを発射した。


「何をするつもり?」


 すると打ち上げられたレーザーは無数の弾丸となってあたし達に降り注いできた。


「あぐぅ!?」
「きゃああ!!」


 あたし達は何とかかわせたが、アーツを発動していたシェラ姉とクローゼがまともに攻撃を受けてしまった。


「シェラ姉!クローゼ!」
「こいつ!」
「許せん!」


 アガットとジンさんは倒れた二人を見て怒りの形相を浮かべる。そしてトロイメライに向かっていった。


「うおおおぉぉぉぉ!ファイナルブレイク!!」
「奥義、雷神掌!!」


 アガットの一撃が地面を砕きながらトロイメライに直撃する、そして続けざまにジンさんの雷神掌が追い打ちをかけた。


「はぁはぁ……やったか?」


 流石に息を切らしている二人だがあの威力ならもしかしたら……


「ぐっ!?これは……!!」
「体が、動かねぇ……!?」


 ジンさんとアガットは急に動かなくなってしまい更には体が宙に浮き始めた。そして煙が晴れるとダメージを負ったトロイメライが現れた。


(赤い腕がひび割れている、腕を盾にしてボディへのダメージを減らしたのね!)


 トロイメライはそれぞれの腕を宙に浮いた二人に向ける、すると十字架のような爆炎が二人を飲み込んだ。


「アガット!ジンさん!」


 地面に叩きつけられる二人に急いで向かう、幸いにも生きてはいたがこのダメージじゃ……


「ティータ、確か回復用のクラフトを使えたわよね?」
「う、うん……」
「なら皆をお願い、ヨシュア!」
「ああ、行こう!」
「お、お姉ちゃん!お兄ちゃん!」


 皆をティータに任せたあたしとヨシュアは二人でトロイメライに向かっていく。二人でなんて勝てるか分からないけどそれでもやるしかないわ!


「はぁぁぁ!!」


 あたしはトロイメライのレーザー攻撃をかわして赤い腕に金剛撃を叩き込んだ。さっきのアガット達の一撃で大分ダメージが蓄積されていたのか赤い腕は煙を上げて機能を停止した。


「よし、これでアーツが使える!喰らえ!」


 ヨシュアはトロイメライの周囲に魔爪を召喚してそのボディをズタズタに切り裂いた。


「あいつのボディは硬い、なら狙うとしたら……ヨシュア!」
「……!そういう事か、任せてエステル!」


 あたしはヨシュアにアイコンタクトを送ると彼は過ぎにあたしの考えを読み取ってトロイメライを翻弄するように動き出した。
 それに釣られたトロイメライはヨシュアに目掛けてレーザーを放とうとお腹の装甲を開いて砲台をさらけ出す。


「まだ駄目よ、チャンスを待たないと……」


 あたしはエネルギーが一番溜まる瞬間を待つ、そしてエネルギーが充填されてレーザーが放たれようとする。


「今だ!」


 その瞬間を待っていたあたしは、事前に準備していたアーツ『フォトンシュート』を奴のお腹の砲台に放った。
 綺麗に奴のお腹に吸い込まれていったフォトンシュートは砲台に直撃する、するとエネルギーが暴発して砲台が大きな爆発を上げた。


「やったわ!」


 確かな手ごたえを感じたあたしは、思わずガッツポーズを取った。


「エステル、まだだ!」


 ヨシュアの指摘通りトロイメライはまだ生きていた。お腹から煙を上げながらも立ち上がったトロイメライの背中の突起物が光り出す。すると両腕にエネルギーが集められていきこの部屋全体を包み込むように電撃が走り出す。


「な、なんかヤバそうよ」
「マズい、直にアースガードを使うんだ!」


 あたしは事前に準備していたアースガードで防御しようとするが、背後に皆がいることを思いだした。


「ヨシュア!皆が!」
「しまった……!!」


 そしてトロイメライから膨大なエネルギーが放出されてあたし達を爆炎が包み込んだ。部屋全体を煙が多い暫くすると傷ついたあたしとヨシュア、そして無傷のティータ達が姿を現す。
 ぐふっ……何とか間に合ったわね。


「お姉ちゃん!お兄ちゃん!」
「ま、間に合ったみたいだね」
「大丈夫、ティータ?」
「私達は大丈夫だよ!でもお姉ちゃん達が!」



 あたしとヨシュアは皆を守る為にアースガードを皆に使った。何とかラ・クレストを使うだけの時間はあったがそれでも立っているのがやっとのダメージを受けてしまった。
 トロイメライは再びさっきの技を使おうとしていた。


「はぁ……はぁ……マズいわね、さっきのをまた使われたら……」
「万事休すか……」


 その時だった、何者かがトロイメライに攻撃を放ち背中の突起物が破壊された。


「リシャール大佐!?」


 攻撃を放ったのはリシャール大佐だった。


「ど、どうして……」
「こんなことで私の罪が許されるとは思わないが、さっきのお礼だ」


 リシャール大佐はそう言うとトロイメライに突っ込んでいった。


「こいつは私が何とかしよう、だから君達は早く逃げたまえ!」
「で、でも……」
「良いから行くんだ!」


 リシャール大佐はトロイメライの攻撃をかわしながら攻撃を仕掛けていく、でもトロイメライの一撃が武器に当たると折れてしまった。


「武器が……!?」


 その隙を逃さなかったトロイメライはリシャール大佐を捕えてしまった。


「ぐわぁぁぁぁ!?」
「た、大佐!?」


 ミシミシと嫌な音が聞こえこのままではリシャール大佐が危ないと分かった、でも悔しい事に身体が動かない……!


「君達、早く行くんだ!」
「そんな……見捨てることなんて出来ないわよ!」
「いいんだ。例え国の事を想ってしたこととはいえ、私がしたことは許されることではない。君達を守って死ねたのなら少しは罪を償えるはずだ……だから気にすることは無い……」
「嫌よ!そんなの間違っているわ!死んで償えることなんか何もない、貴方は生きなきゃいけないの!」
「エステル……」


 絶対に死なせないわ、だってあたしは遊撃士だもの!


「よくぞ吠えた。それでこそ私の娘だな」
「えっ……?」


 誰かの声が聞こえたかと思った次の瞬間だった、リシャール大佐を捕えていたトロイメライの腕が破壊された。
 

「なっ……!?」


 宙に投げ出されたリシャール大佐を誰かが担ぎあげて地面に降り立つ。あたしはその人物を見て心底驚いてしまった。


「と、父さんっ!?」


 そう、リシャール大佐を助けたのはあたしの父であるカシウス・ブライトだったからだ。


「遅くなってしまってすまなかったな、エステル」
「ど、どうして父さんがここに!?仕事でいないはずじゃ……」
「それよりも父さん、トロイメライが……!」


 背後でトロイメライがもう片方の腕を父さんに叩きつけようとしていた。


「父さん、危ない!」


 あたしは咄嗟に叫んだ、だがトロイメライの腕は突然の爆発で吹き飛んでしまった。


「ふえっ?」
「おいおい旦那、娘が気になるのは分かるが先走りすぎだろう?」


 背後から声が聞こえたので振り返ってみると、そこには刃の付いた大きな銃を構えた初老の男性が立っていた。


「えっと……」
「すまないな、ルトガー君。息子さん達を迎えに来たはずなのにこんな所まで付き合ってもらって」
「なぁに、息子と娘が世話になったんだ。借りはキチンと返すのが流儀なんでね」


 父さんと親しそうに話しているって事は父さんの知り合いかしら?


「エステル、ヨシュア。話は後だ、今はそいつをどうにかしろ!」
「わ、分かったわ!」


 あたしとヨシュアは最後の力を振り絞って立ち上がりトロイメライに突っ込んでいった。そして―――――



「太極無双撃!!」


 あたし達の一撃が今度こそトロイメライを沈黙させたのだった。



 

 

第58話 目覚めた後で

side:リィン


 俺は気が付くと真っ黒い空間の中にいた、先ほどまでロランス少尉と戦っていたのは覚えているが途中で記憶が途切れて気が付いたらここに立っていたんだ。


「フィー?ラウラ?オリビエさん?」


 近くにいたはずの仲間たちの姿も見えず、仕方なく俺は何もない空間を歩く事にした。しばらく歩いていると誰かが倒れているのを見つけた……ってあれはまさか!?


「シェラザードさん!?」


 倒れていたのはシェラザードさんだった。俺は直に彼女を抱き上げて息をしているか確認する、だが無情にも彼女は既に息をしていなかった。


「シェラザードさん……」


 彼女の上半身には切傷があり何かで斬られて殺されたようだ。ふと周りを見てみると、何もなかった空間にいつの間にか多くの人間が倒れていた。


「オリビエさん、アガットさん、クローゼさん、ジンさん、ティータ……」


 それは俺がこの国で知り合った人たちの死体だった。他にもアイラさんやメイベルさん、姉弟子や他の遊撃士の方々に孤児院の子供達も死体になって横たわっていた。


「エステルさん……!ヨシュアさん……!」


 二人の死体を見つけてしまい俺は思わず口を押えてしまった。嘘だ、エステルさんとヨシュアさんまで死ぬなんて……フィーは?ラウラは無事なのか?


 俺はいてもたってもいられなくなり、走り出した。辺りをキョロキョロと見渡しながらフィーやラウラを探したが何処にもいない。


「あ、あれは……そんな……」


 俺は見つけたくなかったものを見つけてしまった……ラウラだ。彼女に近づいて抱き上げるとラウラは胸に刺し傷のようなものがあり絶望の表情で死んでいるのが分かった。


「……ラウラ……」


 俺の大切な親友までもが死んでしまった事にとうとう頭が狂いそうになってしまう。俺は手でラウラの目を閉じるとふと違和感を感じた。


(この刺し傷、太刀によるものだ。そういえばここに在る死体の傷は全部太刀で斬られたものに見えた……しかもこの太刀筋は俺のものじゃないか……!?)


 俺は首をふってその考えを頭の中からかき消した。そんな訳があるか、俺が皆を殺した?あり得ない、あってたまるか!


 そう思い顔を上げるとそこに誰かが立っていた。暗闇のせいで顔が見えにくいがその手には太刀をもっていた。


「あいつが皆を……!」


 それを理解した瞬間、俺の体から殺気が放たれる。俺はラウラをゆっくりと横たわせてその人物の元に向かった。


「……」
「おい、お前がやったのか?この死体の山は……」
「……」
「答えろ!お前がやったのか!?」


 俺はいつの間にか持っていた太刀をそいつに突きつけた。目が慣れてきたのか顔の部分が徐々に見えてきたがそれをハッキリと見てしまった俺は思わず太刀を手放してしまう位の衝撃を受けた。


「お、俺……?」


 そう、俺の目の前に立っていたのは紛れもなく俺自身だった。まるで鏡を見ているようにも思えたがそいつの目を見て俺はそれが鏡じゃないと理解した。


「金の瞳孔……」


 その姿は俺があの悍ましい力を発揮したときと似ていたが目が違った。漆黒の中に光る瞳孔、まるで獣のような鋭い眼光だった。


「あ、あれはッ!?」


 俺は奴の足元に眠る様にして横たわっているフィーを見つけた。もう一人の俺は太刀を構えるとフィーの胸に突き立てようと太刀を構えた。


「止めろ!」


 俺はそれを止めようとするが、奴の周りはまるで見えない壁があるかのように近づくことが出来なかった。


「くそッ!業炎撃!」


 壁に向かって攻撃するがその途端に太刀は折れてしまった。


「破甲拳!!」


 武器を無くした俺は素手で壁を破壊しようとする。だが壁は一向に無くならない、俺の腕の皮膚が避けて血が出るだけだった。
 奴は俺に構うことなく太刀を一気にフィーの胸に――――――――



「止めろ、止めてくれ―――――――――――ッ!!!」


 




 







「……ハッ!?」


 目を開けるとそこは俺の知らない天井だった。さっきまでの出来事は全部夢だったのか……?


「ほ、本当に良かった……」


 俺は安堵のあまり胸に右腕を添えてホッと息を吐く。まったく、あんな最悪な夢を見るなんてツイていないな。


「しかし、ここは何処だ?」


 俺がいた場所はかなり広い部屋だった、至る所に高級品が並べられておりそこいらの高級ホテルなど太刀打ちできないほどの豪華さだった。


「そう言えば皆は何処に……?」


 俺以外誰もいないことに少し怖くなってしまった俺は、ベットから降りようとして右手を使って体を起こそうとベットに置いた。


 もにゅん。


(……なんかここの部分だけベットじゃない柔らかさを感じる?)


 違和感を感じた俺はかけられていた毛布をはがす、そこにはスヤスヤと眠るフィーがいて俺の手は彼女の胸に置かれていた。


「なっ……!?」


 驚いた俺は思わず後ずさりをしてしまう、しかし勢いが良すぎたのか俺の体はそのままベットから落ちてしまい床にお尻から着地してしまった。


「痛っ!」


 思わず声を出してしまい、その声でフィーが目を覚ます。


「ん……ふわぁぁぁ……」


 ごしごしと目を擦りながら眠たそうに辺りをキョロキョロするフィー。
 こら、目を擦ったら駄目だろう?といつもなら言うが今はお尻の痛みで悶絶しているので何も言えなかった。


「……何してるの、リィン?」


 そしてベットの下で腰を丸めている俺を見つけて小首を傾げていた。




―――――――――

――――――

―――


「あいたたた……いやぁ、助かったよ、フィー」
「もう、やっと起きたと思ったら何をやっているんだか」


 暫くしてお尻の痛みも引いてきた、俺は腰を摩りながら呆れた目で俺を見てくるフィーにお礼を言った。


「リィンも寝相が悪かったんだね、まさかベットから落ちてるとは思わなかった」
「あはは……面目ない」


 まさかフィーの胸を触った事に驚いて落ちたなんて言えるはずもなく、俺は愛想笑いで誤魔化した。


「所でフィー。もしかしてここは……」
「ん。リィンが想像している通りグランセル城の客室だよ。クローゼが用意してくれたの、しかも態々わたし達が泊まっていたホテルから荷物も運んでくれた」


 そうか、クローゼさんがこの部屋を用意してくれたのか。後でお礼を言っておかないといけないな。


「そう言えば、あの戦いからどうなったんだ?」
「……覚えてないの?」
「ああ、記憶が途切れていてな。ロランス少尉と戦っていたのは覚えているんだが……」
「そう……」


 俺としては軽い気持ちでそう聞いたんだが、フィーが少し表情を曇らせてしまった。どうかしたのだろうか?


「……ねえ、リィン?」
「どうしたんだ?」
「あのね、一つだけ聞きたいことがあるの……あの姿が変わる力、アレは一体何なの?」


 俺はその質問に言葉を失ってしまった。ど、どうしてそれを今聞くんだ?


「ア、アレって昔D∴G教団に襲われた時に見せたアレの事か?アレに関してはもう解決したからフィーが心配する事なんて……」
「……」
「ま、まさか俺は……」


 誤魔化そうとした俺はフィーの有無を言わさないという強い眼差しを見て、気を失った後に自身が何をしたのか察してしまった。


「……使ったんだな。ロランス少尉との戦いの最中に」
「……ん」


 フィーの頷きに俺は等々フィーの前であの力を使ってしまった事を酷く後悔した。


(抑えられなかったのか……くそっ、またフィーに要らない心配をさせてしまう!)


 俺が昔D∴G教団に攫われ、色々あって西風の旅団に復帰した後の事だ。ある日フィーが俺の姿が変わったあの現象について聞いてきたことがあったんだ。
 俺はよく分からないふりをして誤魔化した、フィーは納得していない表情だったが諦めたのかそれ以上は何も聞いてこなくなった。
 だが1年ほど前からあの力を抑えきれなくなってきた俺は、前に団長と約束した自分の体に異常が起きたら猟兵を辞めるという事を恐れて誰にも相談しないで今日までやってきた。
 もし今俺が猟兵を辞めたらレンを追う手掛かりがつかめなくなってしまうと思ったからだ。でもとうとうバレてしまったようだ。


「リィン、アレをまた見た以上もう誤魔化しは通用しない。ちゃんと正直に話して」
「いや、あれは……その……」
「どうして何も教えてくれないの?リィンにとってわたしは役立たずでしかないの?」
「そんなことは無い!ただこれは俺の問題だから……」
「だからだよッ!!」


 フィーは普段は絶対に出さないような大きな声を出して俺を睨みつけた。フィーがこんな表情を浮かべるなんて初めて見たぞ……


「お、おいフィー、落ち着いてくれよ……」
「……」
「あっ……」


 フィーは泣いていた。その瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれベットのシーツを濡らしていく。


「今日のあなたを見てわたしは自分がどれだけ楽観的だったのか思い知らされた。リィンがずっと苦しんでいたのに、勝手に大丈夫だと思い込んでわたしは気が付いてあげられなかった」
「それはフィーのせいじゃない、俺が何も言わなかったから……」
「それでも気が付きたかった、わたしはリィンの力になりたかった……」


 悲痛な表情を浮かべながら泣き続けるフィー、そんな彼女を見て俺はどうすればいいか分からずにオロオロとしている。
 実に情けないな……


「大体リィンもリィンだよ。いつも一人で抱え込んで何も相談してくれない……」
「うっ……」


 痛い所を突かれた俺はぐうの音もでなくなってしまう。


「その、ごめんな。俺はフィーに心配をかけたくなくて黙っていたんだが、かえって心配させてしまっていたんだな」
「うぐっ、ひぐっ……」
「本当にごめんな……」


 俺は謝りながら彼女の小さな体を抱きしめた。団長ならもっと上手に事を運ぶんだろうが俺にはこれくらいの事しかできない。
 暫くフィーを抱きしめながら彼女の頭を撫で続ける、するとフィーは少し落ち着いたのか顔を上げて俺を上目遣いで見つめてきた。


「リィン……」
「なんだ?」
「リィンはいなくなったりしないよね?何処かに行ったりしないよね……?」


 俺はその言葉を聞いてフィーが何を心配しているのか理解した。


(フィーは恐れているのか、俺が皆の前から黙って姿を消してしまわないかと……)


 フィーは俺の性格をよく理解している。
 思いつめた俺が黙って消えてしまわないか心配なのだろう。


「フィー、確かに俺は何回か皆の前から姿を消した方がいいんじゃないかって思ったこともある。でも前にユン老師に言われたことがあるんだ。自分のを想ってくれる人がいるという事を、その人たちを悲しませるような事は絶対にしてはいけないと」
「……」
「だからフィーの目の前から黙って消えたりはしない、そんなのはただの独りよがりだから。黙っていたくせに何を言ってるんだと思うかも知れないがこれは絶対に破らない」
「……本当に?」
「信用ないな……約束しただろう、死ぬときは一緒だって」


 俺は昔フィーと再会したときにかわした約束を伝えた。しかし昔の事とはいえ我ながら何とも重い約束をしたなとちょっと苦笑する。
 でもフィーはその約束を何よりも大切にしているからか、クスッと微笑むと俺から離れる。


「ん、あの約束を出されたのなら信じるよ。リィンは嘘つきだけど約束は守る人だから」
「矛盾しているな……」
「自業自得。これを機に少しはそういう所を直すべき」
「了解」


 俺は苦笑を浮かべながらフィーの頭を撫でる。
 そしてある決意を決めた。


(これ以上フィーを心配させるわけにはいかない。もしさっきの夢が正夢になったりしたら……それだけは何としても避けなくてはならない)


 このままでは近い将来、先ほど見た夢が現実になってしまうかも知れない。
 最早なりふりなど構ってはいられない、俺は自身に眠るこの力と本格的に向き合わなくてはならないと強く思った。


「フィー、俺もこの力については正直分からない。でも俺が知っていることを全て話すよ」
「分かった。リィンの事、ちゃんと教えてほしい」


 俺はこの力が初めて目覚めた時の事をフィーに話した。


「前に聞いたエレナって人を助けようとした時に、あの力に目覚めたんだ」
「ああ、それ以来強い怒りなどを感じると無意識に発動することは度々あったんだ。でも1年位前から自分の意志と関係なく力が漏れ出す事が起き始めた」
「団長はこのことを知っているの?」
「力については団長には話していない。フィーぐらいかな、この事を話したのは」


 俺がそう言うと、フィーはジト目で俺を見つめため息をついた。


「リィン……」
「す、すまない……昔、団長と約束したんだ、俺の体に何か異変が起きたら直に言えって。でもそうしたら猟兵を辞めさせられると思ったから……」
「言い訳無用……と言いたいけど気持ちは分かるかな。わたしも団長に無理を言って猟兵になったんだし」


 そうか、フィーは俺を探すために猟兵になったんだ。
 原因となった俺としては結構複雑な思いだが、フィーは仕方ないという表情で俺を見つめてきた。


「流石にこれ以上隠すのは良くないと思う。でもリィンがまだ猟兵として活動していきたいのなら、わたしも団長を説得するよ」
「いいのか?」
「ん、そうでもしないとリィンは納得しないだろうしね」
「すまないな、いつも迷惑をかけてしまって」
「もう慣れたよ」


 フィーはそう言うとスクッと立ち上がる。


「取りあえずまずは団長の所に行こう、リィンが目を覚ましたことを報告しないと」
「団長?なんでここで団長の話が出るんだ?」
「あ、そういえば言ってなかったっけ。今団長はこの城にいるよ」
「ええッ!?」


 フィーの言葉に俺はマジかよ……と内心思ってしまう。
 いやだって『猟兵王』として有名な団長がどうしてリベール王国にいるんだよ!?


「カシウスと一緒に付いてきたみたい。迎えに来たぞ、だって」
「態々迎えに来てくれたのか……」


 フィーからあの後に何が起きたのかを簡単に説明してもらった。
 あの後ロランス少尉は何故か撤退したらしく、リシャール大佐はエステルさん達が止めたようだ。
 その後に更にヤバい奴と戦ったそうだがその時のカシウスさんと団長が皆をサポートしてくれたらしい。
 今はクーデター事件から一週間が過ぎたらしく今日は生誕祭が行われていると聞いた。


「そうか、俺は一週間も眠り続けていたのか」
「ん、すっごく心配した」
「そうか、心配をかけてしまったな。悪かったよ」


 フィーにお礼を言うとお腹が鳴った。そう言えば一週間も何も食っていないんだもんな。


「ずっと眠っていたなら俺ってどうやって食事をとっていたんだ?」
「点滴投与っていうのをしてたよ、クロスベルの病院からカシウスが取り寄せたんだって」
「ああ、聖ウルスラ医科大学の……」


 よく見ると俺の腕に針が刺さっていて何かの液体が入った袋に繋がっていた。
 しかし聖ウルスラ医科大学か……俺が昔クロスベルで世話になっていた時にも何回か検査を受けに行ったんだよな。懐かしいものだ。


「あと(しも)のお世話はわたしがやった」
「ああ、そうなのか。ありがとう……ってええっ!?どういう事だ!?」
「オムツをはかせたんだよ。それをわたしが変えた」


 あっ、本当だ。いつの間にかオムツをはいているじゃないか。


「そっか、何かメチャクチャ恥ずかしいな」
「今更じゃん。昔は一緒にお風呂にも入ってたんだし」
「昔と今を一緒にするなよな……」


 妹にしたのお世話をされていたと知って、兄として情けなくなった。


「そ、そういえば団長がリベールに入国する時警戒されなかったのか?」
「当然された。でも団長曰く猟兵としてではなく一般人としてきたからセーフ、だって」
「いやそれでもキツいだろう。あの人自分がどれだけ有名なのか分かっているのか?」


 俺は団長の行動力に言葉が出なくなった。
 昔から破天荒なところはあるが、猟兵を強く警戒するリベール王国にまで来るかな?


「しょうがないよ、団長だし」
「……それもそうだな」


 昔からあの人の傍で暮らしてきた俺達には、そう言われてしまうと納得するしかない。
 それに警戒はされてもこっちが何もしなければ向こうも下手な事はしてこないだろう。理由も無しに最強の猟兵団と争う気などないはずだからね。


「じゃあ行こっか」
「おう。あっ、ちょっと待ってくれ」
「どうしたの?」
「暴走した俺を止めてくれたのは団長なのか?」


 俺がこうやって生きている以上、俺の暴走を止めてくれた人がいるはずだ。
 それはもしかすると団長、もしくはカシウスさんかもしれない。


(どうしよう、団長だったらどうして今まで隠していたんだと怒られてしまうかもしれないぞ……!?)


 俺は内心怯えていた。
 団長は約束を守ることを重んじる人だから、俺がそれを破っていたと知れば相当怒るだろう。
 昔喰らった拳骨の痛さを思い出してゾッとする、あれならシャーリィのブラッディストームを喰らった方がまだマシだ。


「リィンを止めたのはわたしだよ、団長達はその後に来た」
「えっ、フィーが?」


 俺はそれを聞いてホッとするが、今度は小さな疑問が生まれた。


(フィーが俺を止めたのか?たった一人で?)


 いくらフィーが強くなったとはいえ、暴走した俺を一人で止めれるのか?いやもしかするとフィーには何かとっておきの手があったのかもしれない。


「なあフィー、フィーはどうやって俺を止めたんだ?できれば教えてほしいんだが」
「……知りたいの?」
「ああ、もしかすればこの力を制御するためのヒントになるかもしれないからな」


 俺はそういうつもりで聞いたのだが、フィーは顔を赤くするとプイッと目線を俺から逸らしてしまう。


「どうしたんだ?もしかして言いにくい事なのか……?」
「そういう……訳じゃ……」
「ハッ!?まさか暴走した俺がフィーに何かしたんじゃ……!?」
「ち、違う、リィンはしていない。どっちかっていうとしたのはわたしからだし……」


 ボソボソと何かを呟くフィーに、俺は怪訝な表情を浮かべる。
 本当に何もしていないのかな?まあ本人がしていないって言うのなら大丈夫だろう、フィーは嘘を付くような子じゃないし。


「ある意味チャンスだよね、これを機にリィンと……」


 顔を赤くしながら何かを試行錯誤するフィーだったが、何か決意をこめた表情を浮かべて俺に寄ってきた。


「リィン、わたし覚悟を決めたよ。リィンをどうやって止めたのか教えてあげる」
「そうか……(なんか落ち着きが無さそうだが大丈夫なのか?)」
「その前にリィン、悪いんだけど膝立ちになってくれない」
「えっ、どうして?」
「必要な事だから」


 膝立ちが必要な事?俺は疑問に思ったが、言われたとおりにフィーの前で膝立ちになる。そうすると俺とフィーの目線が同じくらいになった。


「これでいいか?」
「OKだよ。次は目をつぶって」
「ん、了解」


 目をつぶる?精神でも集中させるのかな?俺は言われたとおりに目をつぶった。


「つぶったぞ、フィー」
「ん、じゃあ今から教えてあげるね」


 さて一体どんな方法だろう……うん?唇に何か当たったような?この感触、昔何処かで味わったような……っ!!?


「んっ……」


 チラッと目を開けてみると、俺の眼前にはフィーの顔が大きく映っていた……ってえええぇぇぇぇ!?


(キスしてる!?俺とフィーが!!?)


 なんとフィーは俺の唇に自分の唇を押し当てていた。
 触れ合うだけの軽いキスだが俺の思考をぶっ壊すのには充分すぎる破壊力だ。
 俺は思考を放棄してされるがままになる、そして10秒くらいが過ぎるとフィーは顔を真っ赤にしながら俺から離れた。


「なっ、ななな……!?」
「こうやって止めたんだよ。どう?何か参考になりそう?」
「いや、参考も何も……」


 何事も無くそう言うフィーだが、どう見ても平常心ではない。


「そ、そのフィー……」
「なぁに?」
「フィーはその……俺の事を兄じゃなくて男として好意を持ってくれているのか?」


 流石の俺もこんな真っ赤な顔をしながらキスをしてくれた女の子の気持ちを察せない程馬鹿じゃない。
 俺がそう聞くと、フィーは黙ってコクンと頷いた。


「……何時ぐらいから?」
「リィンがD∴G教団に攫われて帰ってきた時かな。あの時わたしはリィンに嫌われたと思っていたの、わたしが原因でリィンは逃げられなかったから……」
「あれは俺が望んでしたことだ。フィーを恨むわけないよ」
「そうだね、リィンならそう言ってくれるよね。でも当時のわたしは罪悪感でいっぱいだったの。でもリィンはわたしを許してくれた。あの時からリィンの為なら何でもするって誓った」


 フィーは両手で俺の手を包み込むように握る。


「でもね、その時からリィンと一緒にいるとドキドキするようになったの。頭を撫でられたりハグされるとポカポカした感じの中にドキドキとする熱が生まれてきた。マリアナに相談したら彼女はこう言ったの、貴方は恋をしたんだって……」
「……そっか、そうだったんだな」


 俺は今まで妹のスキンシップだと思っていたが、フィーからすれば精一杯のアピールだったのか。
 キスされるまで気が付けないとは何とも間抜けな話だ。


「リィンはわたしの事をどう思っているの?ただの妹?」
「……正直に言えば告白されてすごく嬉しい、でも今まで俺はフィーの事を女としてみないようにしていた。エレナやレンの事があったから……」


 フィーの気持ちは凄く嬉しい。俺にとってもフィーは守りたい大切な存在だからだ。でもエレナやレンを守れなかったような俺が、本当にフィーを守れるのだろうか?
 ただでさえ謎の力に怯えている俺が、そんな浮ついた気持ちであの力と向き合えるのか?そう思うと俺も好きだと言えなくなってしまう。


(俺はエレナたちを理由にしてフィーの気持ちから逃げてしまっている。こんなのフィーに対してもエレナたちに対しても失礼だって事は分かっている。それなのに……)
「……リィン、告白の返事は今は保留でいいよ」
「えっ?」


 思い悩む俺に、フィーは何と告白の返事は保留でいいと話した。


「リィンは今自分の事で精いっぱいだし、まずは自分の事を解決してからちゃんと考えて答えを決めてから教えてほしい」
「……ごめんな、直ぐに返事をしてやれなくて」
「ん。リィンがヘタレなのは分かっていたしね」


 フィーにヘタレと言われてしまい俺は何も言い返せなかった。
 まあ確かにこんな風にウジウジと考えていればヘタレ扱いされても仕方ないよな。


「……フィーの気持ちは分かった、俺もちゃんと答えを決めてから君に話すよ。だからもう少しだけ待っていてくれ」
「……ん、期待して待ってる」


 フィーははにかみながらニコッと微笑んだ。
 俺はそれを見て今まで可愛いなとしか感じなかったフィーの笑みに、女性としての魅力を感じ取って顔を赤らめてしまう。


「じゃあ改めて団長の元に行こっか」
「ああ、そうだな」


 俺は照れたことを隠しながらフィーに手を引かれて部屋を後にした。

 
 

 

第59話 生誕祭 前編

side;??


「よお、綺麗な姉ちゃん。一緒に飲まないか?」
「そ、そんな、困ります……」
「ルトガー殿……」


 リィンとフィーはルトガーに会いにグランセル城の談話室にあるバーに向かった。そこで見たのはメイドの一人を口説こうとするルトガーの姿だった。
 メイドの方は困っていると言いながら満更でもなさそうな表情をしており、隣にいたラウラは困った表情を浮かべている。


「団長、何しているのさ……」
「ん?おお、リィンじゃねえか。目を覚ましたみたいだな」
「リィン!?そなた、目を覚ましたのだな」


 ルトガーはリィンを見ると大して驚いた様子も見せずにニヤッと笑った。
 それと対照的にラウラはリィンを見つけると席を立ちあがり彼の元に歩いていくと手を握る。


「一週間も目を覚まさなかったからどうしようかと思ったぞ。でもそなたが無事に目を覚ましてくれて良かった」
「心配をかけてしまってすまなかったな、ラウラ」
「いいのだ。こうしてそなたが目を覚ましてくれたのだから……」


 余程心配したのだろうか、ラウラはリィンの手を離そうともせずに話し続けていた。


「ラウラ、いつまでリィンと手を繋いでいるの?」
「えっ?……!?ッあわわ!」


 フィーに指摘されたラウラは顔を赤く染めると慌ててリィンの手を離した。


「す、済まぬ!痛かったか?」
「大丈夫だよ。そんなに慌てないで」
「そうか、それなら良かった」


 寧ろ美少女に手を握られたのだから嫌なはずもないだろう、とルトガーは一人思っていた。


「団長、フィーから話を聞いたよ。俺達の為に……あいたっ!?」


 リィンはルトガーに声をかけようとしたが、突然彼の頭に鋭い痛みが走った。


「い、痛たたた……」
「親を心配させたらまずはごめんなさいだろう?話はそれからだ」
「ご、ごめんなさい……」


 リィンは涙目でルトガーに謝罪する。それを聞いたルトガーはニヤッと笑うとリィンの頭をポンポンと撫で始めた。


「反省したか?」
「は、はい。今まで団長の元に戻らずに勝手な事をして本当にごめんなさい……」


 まるで小さかった頃のように弱気になってしまったリィン、そんな彼にルトガーは苦笑しながら話の続きを言い出した。


「そんな顔をすんなって。自分で決めてやったんだろう?なら後悔をするな」
「うん……」
「まあそもそもの話、そこまで心配はしていなかったぞ」
「えっ!?」


 リィンはその言葉を聞いてショックを受けた表情を浮かべたが、ルトガーは「最後まで話を聞けよ」と言ってリィンを見据える。


「お前ももう15歳になったんだ。てめぇの事はてめぇで決められる年になった。だからフィーを探すためにリベールに残った事は別にいいさ」
「団長……」
「でもケジメはきちんとつけねえとな」
「ケジメ?」
「まずお世話になった人たちに礼をする事、後心配していた他の団員達に誠意を込めて謝る事。特にマリアナやゼノ達はかなり心配していたからな」
「そっか、皆が……」
「後溜まっていた仕事はちゃんとしてもらうからな、しばらくは休み抜きだな」


 ガハハと笑うルトガーだが、リィンとフィーはげんなりとしていた。
 半年近くも団を離れていたのだから仕事も相当溜まっているだろう、それを想像するとげんなりするのも仕方ない。


「まあ自分たちが蒔いた種だししょうがないか」
「そんな顔をすんなよ、今日は祭りみたいだし帰るのは明日にしてやる。だから最後の休日を存分に味わってこい」
「あ、そうだ団長。実はリィンの事で話さなきゃならないことがあるの」
「フィ、フィー!?」


 話がひと段落しそうになったとたん、フィーがルトガーにリィンについて話があると言い出した。
 それを聞いたリィンは途端に焦りだす。


「話?他に何か話すことがあるのか?」
「ん、リィンにとってかなり大事な話になる。だから団長に聞いてほしい」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!フィー、今話すのか!?」
「ん、リィンの力を知るためにも団長の協力は不可欠」
「それはそうだけど……」


 言いよどむリィンにルトガーは疑惑の視線を送った。


「おいリィン、話っていうのは親の俺にも言えない事なのか?」
「そ、それは……」
「もしや私がいるからか?ならば席を離れるが……」
「ん、ラウラもある意味関係ないわけじゃないしここにいて」


 ラウラはてっきり自分がいては話せない事なのかと思い席を離れようとするが、フィーはラウラがいても問題ないと話す。
 彼女も自分やリィンの親友だからちゃんと知っていてほしいとフィーは思ったのだろう。
 3人の視線を受けたリィンは、観念したように目をつぶった。


「……仕方ない、話します」


 そしてリィンは自分の中に眠る力についてルトガーとラウラに話し始めた。


「……という訳です」
「そなたにそんな秘密があったのか……」
「怖くないのか、ラウラ?」
「そなたは私の親友だ、驚きはしたが恐れる理由など何もない。寧ろそれに気づいてやれずにそなたを苦しませてしまった私自身が歯がゆいくらいだ」
「ラウラ……」


 リィンはてっきり嫌われたんじゃないかと思ったようだが、ラウラは気にもしていないという風にそう返した。
 これにはリィンも驚き、ラウラの心の広さに感銘を受けた。


「はっ、ようやく話したか。随分と待たされたもんだな」
「うえっ!?団長は驚かないの?」
「義理とはいえ俺はお前の親だぞ?前からお前が何か隠し事をしているのは分かっていたさ。まあ無理に問い詰めてもお前は頑固だから話さないと思って様子は見ていたんだがな」


 リィンはルトガーの様子を見て彼が驚かないことに疑問を持ったが、ルトガーは知っていたとあっけらかんに話す。
 どうやらリィンはうまく隠せているつもりだったようだが、ルトガーからすればバレバレだったようだ。


「俺が必死で隠そうとしていたのは無駄だったって事か……」
「親に隠し事をしようなんざ百年早いんだよ」
「じゃあ団長はリィンが話さなかったらどうするつもりだったの?」
「最悪の場合は無理やりにでも猟兵を辞めさせてその力について調べるつもりだった。まあ結果的には自分から話したから少しは大人になれたみたいだな?いや、この場合はフィーの力が大きいか?」


 落ち込むリィンをしり目にルトガーは豪快に笑う。
 そこにフィーが仮にリィンが自身の中にある謎の力について話さない時はどうしようとしたのか彼に質問すると、ルトガーは最悪の場合は力ずくでリィンを抑えようとしていたと話した。
 それを聞いて話して良かったと思うリィンだが、ふとルトガーが意味深な視線を自分とフィーに送っているのに気が付く。


「団長、その目は何だよ?」
「いや、お前らなんかあったのか?距離感が違うと言うかリィンの態度が前と違うんだよな。まるでフィーを意識しているみたいな視線を見せているし」
「えっ?いや別に何も……」
「どうなんだ、フィー?」
「ん、リィンに告白した」
「フィー!?」


 リィンは誤魔化そうとしたが、フィーは軽い口調でそう話す。
 まさかこんなにも早くカミングアウトされるとは思っていなかったリィンは、思わず大きな声を出してしまった。


「ほほう!遂にやったんだな、フィー!」
「そ、それはめでたい事だな……おめでとう、フィー」


 ルトガーは嬉しそうに笑みを浮かべ、ラウラも少し複雑そうな表情を浮かべたがフィーに祝福の言葉を送った。


「でも返事は保留中」
「あん?どういう事だ?」
「リィンはまだ悩んでいるみたいだから、ちゃんと考えて答えを決めてもらいたかったの」


 フィーの説明にルトガーとラウラはリィンに呆れた……という意味の籠った視線を送る。


「そ、そんな顔しないでくれよ!」
「いや、だってなぁ……自分の息子がこんなにもヘタレだと思うとやるせねえぜ」
「リィン、それは男らしくないのではないか?」
「うぅ……」


 ルトガーとラウラの非難にリィンはタジタジになってしまう。


「今は俺の事についてだろう?その話はまた今度するよ!」
「誤魔化しやがった。まあいいや、確かに今はそっちの方が優先だもんな。だけど早いうちには返事をしてやれよ?じゃなきゃブッ飛ばすからな」
「りょ、了解です……」


 ルトガーに念を押されたリィンは、なるべく早く告白の返事について答えを出そうと改めて決心した。


「それでリィンの中にある謎の力が制御できなくなってきたって話だったな。俺は思ったんだがまず一回聖ウルスラ医科大学で身体を検査してもらった方がいいんじゃないか?」
「聖ウルスラ医科大学で?」
「ああ、あそこは大陸でも最先端の医療技術がある施設だ。何かしら分かるかも知れない」
「ん、それならラッセル博士にも頼ってみてもいいと思う。博士ならリィンの力についても力になってくれるかもしれない」


 ルトガーは聖ウルスラ医科大学で検査を受けるという案を、フィーはラッセル博士に協力を仰ぐという案をそれぞれ出す。


「ラッセル博士か……確かに博士ならもしかしたらこの力について解明してくれるかもしれないし話だけでもしておこうかな?」
「丁度リベールにいるんだしその方がいいかもな。聖ウルスラ医科大学のほうはセシルにでも相談してみるとするか」
「セシルさんか、最近会ってないんだよな。今何をしているんだろう?」


 リィンは久しぶりに懐かしい人の名を聞いて、昔お世話になったクロスベルの人達を思い出していた。


(そういえばロイドやティオもそれぞれの道を歩み出しているんだよな。今はクロスベルに戻っているのか?まあ今度会いに行ってみよう)


 そして親友たちの事も思いだして、こんな時に呑気かもしれないがリィンはそんなことを考えていた。
 今までずっと隠していた事を話した事で精神的に余裕が出来たのかも知れない。


「まあラッセル博士なら多分ティータと一緒だと思うしグランセルの街中にいると思うよ」
「よし、じゃあ話をしに行こうか。団長達はどうする?一緒に来る?」
「俺はあまり表を歩く気はない。許可をされているとはいえ警戒はされているからな、悪いが話はお前らで付けてきてくれ」


 ルトガーは警戒されているので、あまり街中を歩くのはよくないと思いリィンの誘いを断る。


「じゃあラウラは?」
「私も遠慮しておくよ。折角の機会だから二人で楽しんでくると良い」
「えっ?でも……」
「……分かった。その気持ちは遠慮なく貰っておくね」


 リィンはそれでも誘おうとするが、ラウラの気持ちを察ししたフィーはリィンの手を引いてその場を後にした。


「……良かったのか?」
「何がですか?」
「別にフィーが告白したからって遠慮することはねえだろう?ラウラの嬢ちゃんだってリィンの事好きなんじゃねえのか?」
「うええっ!?」


 ルトガーの言葉にラウラは困惑したような表情を浮かべた。


「な、何を言って……」
「いや隠してるつもりなのかも知れないが多分お前さんに関わっている人物は察しているぞ。気が付いていないのはリィンくらいじゃないか?」
「う、うぅ……」


 ルトガーの言葉を聞いたラウラは顔を両手で隠してしまった。


「何という事だ、そんなミスを犯していたなんて……」
「別に隠す事でもないと思うけどな」


 カラカラと笑うルトガーにラウラは恨めしそうにジト目で睨む。


「んで、告白とかはしないのか?」
「……いいのです。リィンもフィーも私の大切な友人で、そんな二人が結ばれるのならそれは喜ばしい事です。だから二人の邪魔をするわけにはいきません」
「真面目だな、もう少し自分に素直になってもバチは当たらねえと思うぞ。俺だってマリアナ以外にも関係持った女性は結構いるぞ?」
「そういう話はやめて頂きたいのだが……」


 猟兵王と呼ばれるルトガーは、マリアナ以外にも関係を持った女性はかなりいる。マリアナ自身も最早諦めたようで自分が一番なら構わないと言っているらしい。
 貴族が本妻以外の愛人を作ることは珍しい事ではない。だがラウラの父であるヴィクター男爵は真面目なのでそういう事はしないし娘であるラウラも一人を愛するのが普通という考え故ルトガーの話を聞いていて恥ずかしいのか顔を赤くしている。


「いっそラウラが二人を娶ってくれれば俺も安心なんだけどな」
「娶る?リィンはともかくフィーは同姓ですよ?一体どういう意味ですか?」
「つまりな……」


 意味が分からないというラウラに、ルトガーは世の中には男性も女性も愛する性癖の持ち主がいると説明する。
 するとラウラの顔が耳まで赤くなった。


「ル、ルトガー殿!そういう冗談はやめて頂きたい!」
「ウブだねぇ……」


 そういう趣味の人もいるとは知ったが、自分はそんなんじゃないと顔を真っ赤にして抗議するラウラ。
 そんな彼女にスマンスマンと反省の色など見られない謝罪をするルトガーだった。




―――――――――

――――――

―――


 ルトガー達と別れたリィンとフィーは、まず自室に戻りシャワーを借りて身だしなみを整える。そして街に向かおうとすると丁度カシウスが戻ってきた所に出くわした。


「あ、カシウスさん!」
「ああリィンか。目が覚めたようだな」
「はい。聞けば俺の為に態々医療器具まで取り寄せてもらったと聞いています。本当にありがとうございました」
「気にしなくていい。俺も娘たちが世話になったからな」


 リィンがカシウスにお礼を言うと、彼もエステル達が世話になったと話す。


「そういえばエステルさん達は何処に?」
「あいつらなら街にいるぞ。今日は生誕祭だからな」
「そういえば、エステルとヨシュアが正遊撃士になったって聞いたよ」
「ああ、あいつらもようやく最初の一歩を踏み出し始めた。これで俺も安心して軍職に戻れるってものだ」
「えっ、どういう事ですか?」


 リィンはカシウスが軍人に戻ると聞いて驚いた顔を見せる。
 話を聞くと今回のクーデターで起きた混乱は未だ収集しておらず軍の指揮系統もメチャクチャになってしまったらしい、それを立て直すためにカシウスは遊撃士を辞めて軍人に復帰するとの事だ。


「今回のリシャールが起こした事件、あれは彼自身が俺という存在に依存し過ぎた心の弱さが起こしたものだ。だがその責任は俺にもあった」
「どういう事ですか?」
「俺はかつて妻を守れなかった自分を責めて、逃げる様に遊撃士になった。そして国を守るという責任をリシャールに押し付けてしまったんだ。俺は彼の才能や能力なら十分この国を背負っていける人物になれると思っていたが、彼の内心までは見ようとしなかった。それが彼の心を押しつぶしてしまい結果的に今回の事件を起こしてしまった」
「それは……」
「リィン、俺は剣聖や理に至った者として見られているが結局は唯の人間だ。どんなに凄い力を持っていても間違えてしまう事はある。お前は俺のようにはなるな」
「……はい」


 兄弟子からの忠告をリィンは真剣に聞き入れて頷いた。


「そうだ、二人にも話しておかないといけないことがあるんだ。ロランス少尉についてだ」
「ロランス少尉ですか?」


 リィンは今回の事件の引き金となった黒いオーブメント……リシャールが話すには『ゴスペル』という物はロランス少尉が持ち込んだと分かったらしい。


「リシャールもその辺の記憶が曖昧らしい。リィンもこの国に来た経緯などは覚えていないと前に話したな?」
「はい、その通りです」
「ん、わたしも覚えていない」
「リシャールに今回リベール各地で起きた事件の犯人たち……そしてクルツと多くの人間が記憶を失っていた。そしてその陰には情報部の存在があった。もしかすると君達の記憶を奪った、または消したのはロランス少尉かも知れないな」


 リィンはロランスの得体の知れない雰囲気を思い出して身震いをする。今思えば見逃してもらえなかったらこうやって生きてはいなかったと改めて実感したからだ。


「俺は奴を探ってみるつもりだ。ルトガー君にも話を聞いてみる」
「なら俺達も……」
「君達も十分働いてくれた、後は大人の仕事だ。二人も生誕祭を楽しんでくると良い」


 カシウスはそう言うとグランセル城に入っていった。この後アリシア女王に会ってからレイストン要塞に向かうらしい、かなり忙しそうなスケジュールらしく未だこの国が混乱の中にあるとリィンとフィーは思い知らされた。


(まあ俺達にはどうしようもないから、カシウスさんも身体を壊さない程度には頑張ってもらうしかないか)


 カシウスと別れた後、リィンとフィーは世話になった人たちに挨拶をするために街を周ることにした。
 最初にサニーベル・インに向かうとジンとグラッツが食事をしているのを発見した。


「皆さん、こんにちは」
「おお、リートにフィルじゃねえか!」
「目が覚めたみたいだな」


 リィン達の姿を見つけたグラッツは嬉しそうに笑い声をかける。リィンは頭を下げながら彼らの元に行き自分たちの正体について話す。


「ずっと黙っていて申し訳ありませんでした。皆さんを騙す事をしてしまって……」
「ああ、その話か。事情はカシウスさんから聞いてるぜ。何でも情報部を探る為にスパイをしていたんだってな。そういう事情なら仕方ないさ」
(うん?どういう事だろう?)


 スパイなどしていた覚えがないリィンとフィーだったが、ジンが小声で説明してくれた。


「カシウスさんが上手い事話を合わせておいたんだ。だからそれに合わせてくれ」
「そうだったんですか……」


 どうやらカシウスは自分がリィン達を雇って情報部の動向を探らせていたと説明してくれたようだ。
 リベール王国では猟兵を雇うのは禁止されているが、カシウスは国を救った英雄であったので、特別に例外として処置してもらえたそうだ。


 その後は自分達の本当の名前を紹介して何気ない会話をしていた。
 その中でジンがカシウスからの手紙によって出会った時から自分たちの正体に気が付いていた事、それを必死に隠そうとしていたリィンが可笑しかったなどと話してリィンは恥ずかしさで顔を真っ赤にしていた。
 そして場の雰囲気が和んできた時にリィンはジンにある質問をした。


「あのジンさん、少しいいでしょうか?」
「なんだ?」
「泰斗流は確か氣を扱う技術に優れていましたよね?」
「まあ他の流派がどれ程の者かは知らないが、氣の捜査に関してはかなりのものだと自負している」
「氣を操る泰斗流の使い手であるジンさんに聞きたいことがあるんです」


 リィンは自身の力についてジンに相談する。もしかしたらあの力は氣に関係しているのかもしれないと思ったのでその道のスペシャリストであるジンに相談したという訳だ。


「なるほど、泰斗流には氣を爆発的に高めて身体能力を上げる技術がある。一度その力っていうのを見てみないとはっきりとは言えないが、それだけのパワーアップをするのなら氣と関係があるかも知れないな」
「そういえばあの力って猟兵が使う戦場の叫び(ウォークライ)に似てるかも」
「ほう、噂に聞く猟兵の技術か」
「はい、まあ無理やり闘氣を上げるから体力も大幅に消耗してしまうので泰斗流の身体能力の操作と比べるとお粗末な物かも知れませんが」


 フィーの戦場の叫びという単語に興味を示すジン、そんなジンにリィンは戦場の叫びについて説明する。
 戦場の叫びは身体能力を飛躍的に上昇させるが、体力を大きく消耗してしまう諸刃の剣のような技だ。泰斗流の身体能力を操作する氣の扱いとは練度が違うだろう。


「できれば見せてもらいたいのだがここでは無理か?」
「すみません、正直上手く扱えていないのでこんな所では……それに明日にはリベールを立つつもりです」
「そうか、ならまた都合が出来たら俺の元に訪ねてくれ」
「こちらから言っておいてすみません、また改めて相談させていただきますね」


 その後軽い食事をしたリィンとフィーは、ジンとグラッツにお礼を言い次に遊撃士協会のグランセル支部に向かった。
 グラッツからそこにクルツがいると教えてもらったからだ。


「ようこそ、グランセル支部へ……おや、貴方方は……」
「初めまして、リィン・クラウゼルと言います」
「フィー・クラウゼル。よろしく」
「ご丁寧にどうもありがとうございます。私はこの支部を任されているエルナンと申します」


 グランセル支部に入ったリィンとフィーは、エルナンに挨拶してクルツがいるか話を聞いた。


「クルツさんならついさっき街に向かわれましたよ」
「そうですか、タイミングが悪かったようですね……」
「何か伝えることが合ったのでしょうか?それならば戻ってきた時に話をしておきますが?」
「いえ、そこまで大ごとな事ではありませんから大丈夫です」


 リィンは自分達の正体を隠していた事の謝罪とお世話になったお礼を言いたかったとエルナンに説明する。
 できれば直接会ってお礼がしたかったのでリィンはエルナンの申し出を申し訳なさそうに断った。


「なるほど、貴方方は律義な方なんですね」
「いえ、これも性分なだけです。それにこちらも見逃してもらっているようなものですしせめてお礼だけでもと……」
「その気持ちだけで私達は嬉しく思います。事情があったとはいえ貴方達にも大変お世話になったのですからせめて今だけは心を軽くして生誕祭をお楽しみください」
「ありがとうございます」


 猟兵と遊撃士という関係である以上、いつかお世話になった人たちと争わなければならない日が来るはずだ。でもそれを分かっていながらエルナンはリィンを気遣ってくれた。
 そんなエルナンにリィンは素直に感謝してお礼を言う。


 その後リィンとフィーはエルナンと別れて他のメンバーを探しに向かうのだった。


 

 

第60話 生誕祭 後編

side:フィー


 遊撃士協会グランセル支部を後にしたわたしとリィンは、まずラッセルを探すことにした。


 多分ティータも一緒にいると思うから取り合えず武器とかを扱っているヴァイス武器商会とオーブメントの整備をするウィンガルド工房を順に向かったんだけど……


「わー!見てください、アガットさん!最新モデルの導力銃ですよ!カッコイイなぁ……」
「お、おう。そうだな……」


 あっ、居た居た。アガットと一緒だったんだね。


「ティータ、アガットさん、ちょっといいですか?」
「あっ、リートさん……じゃなくてリィンさんにフィルちゃん……でもなくてフィーちゃん……で合ってるかな?あうう、混乱しちゃうよ……」
「だ、大丈夫だティータ。それで合っているよ」


 偽名を使っていたからティータが混乱しちゃっているね。わたし達はティータを落ち着かせてから話に入る事にした。


「もう目が覚めたのか?」
「はい、ご心配をお掛けしてすみませんでした」
「ハッ、誰が猟兵なんざの心配なんかするかよ。お前らがカシウスのおっさんに雇われていたとはいえ本来俺達は相いれない関係だ。今は借りがあるから見逃しているが、本来ならここにいる時点で拘束して牢にぶちこんでやりてぇくらいだぜ」
「アガットさん……そんな事言ってますけど、結構リィンさんの事心配していましたよね」
「そ、そんな訳ねーだろうが!生意気言ってるとシメるぞ!」
「きゃー♡」


 ティータとアガット、少し見ないうちに大分打ち解けれたんだね。アガットのあんな顔初めて見たかも。


「ティータ、ラッセルはいないの?」
「フィーちゃん達はおじいちゃんを探しているの?でもごめんね、おじいちゃんはツァイスの工房に戻っているんだ」
「工房に?何かあったんですか?」
「例の地下遺跡で見つけたオーブメントを調べるとか言って速攻で帰ったんだよ。俺にティータのお守を押し付けてな」


 ティータとアガットからラッセルの事を聞いたが、どうやら今はグランセルではなくツァイスにいるらしい。


「おじいちゃんに何か用事でもあったんですか?」
「実はね……」


 わたし達はリィンの謎の力をラッセルに調べてほしい事を二人に伝えた。


「リィンさんに謎の力があるんですか?」
「ああ、俺にも良く分からないんだが使うと何倍も強くなれるんだ」
「へぇ、面白そうじゃねえか。クラウゼル、それを使って俺と戦えよ」
「辞めといたほうがいいよ、リィンも制御できていないし一時的とはいえロランス少尉とも渡り合ったくらいなんだから。それが暴走したらどれだけ危険かアガットなら分かるでしょ?」
「チッ、つまらねえな。じゃあそれが制御できるようになったら俺と戦え。いいな?」
「分かりました。その時は重剣のアガットの実力を見せてもらいますね」


 話を終えたわたし達は、さっき挨拶しに行ったグランセル支部に向かった。そこでエルナンに事情を話して導力通信機でツァイス支部のキリカにラッセル博士への連絡をお願いした。


 数十分待っているとキリカから連絡が入って、明日の朝までには準備をしておくから絶対に来いとラッセルが気合を入れていたと教えてくれた。


「俺、一体何をされるんだ……」
「あはは……おじいちゃん、興味を持っちゃうと結構無茶なこともするから……」
「まあ頑張れよ……」


 リィンはそんなラッセルの様子に不安を抱き、ティータは苦笑いしてアガットは諦めろという表情でリィンの肩を叩いていた。


 二人のデートをこれ以上邪魔するのは無粋かな?と思いわたし達はグランセル支部の前で別れた。そしてティータとアガットにシェラザード達がエーデル百貨店にいると聞いたのでそこに向かった。


「姉弟子、シェラザードさん、カルナさん。こちらにいらしたんですね」
「あら、リート……じゃなくてリィン。アンタ目を覚ましたのね」
「無事に目を覚ましたのなら何よりだ」
「ご心配をお掛けしました。姉弟子も……姉弟子?」


 シェラザードとカルナに声をかけたリィンはアネラスにも声をかける。だがアネラスはプルプルと体を震わせるだけでリィンに反応しなかった。でも……


「うわ―――――ん!弟弟子く―――――んっ!!」
「おわぁ!!?」


 アネラスは感極まったのか勢いよくリィンに抱き着いて頭を撫でていた。


「良かった!本当に良かったよ!弟弟子君、一週間も寝たきりだったからもしこのまま起きなかったらと思って心配していたんだよ!」
「姉弟子……ありがとうございます。そんなにも心配をして頂いて弟弟子として嬉しく思います」


 リィンも嬉しそうにアネラスを抱き返す、まあ今くらいはいいよね。暫くしてアネラスも落ち着いたので改めて挨拶をすることにした。


「それにしてもまさかアンタ達が噂の猟兵兄妹だったとはね。全然気が付かなかったわ」
「ああ、顔は知っていたが見事に騙されたよ」
「騙していてすみませんでした……」
「そんな顔しないの。立場上複雑な関係だっていうには分かっているけど、アンタ達にはエステルが世話になったし今日くらいは立場は忘れて仲良くしましょう」
「そうだな、あんた達にはダルモア市長での件でも世話になったと聞いた。いつかは戦う時が来るのかもしれないけどそれはそうなったらさ」
「シェラザードさん……カルナさん……」
「……サンクス」


 わたしとリィンはシェラザードとカルナの心遣いに感謝をした。出来れば戦いたくないけど猟兵をしている以上そうはいかない。それでもこの二人は受け入れてくれた。リベールって優しい人ばかりだよね。


「私は弟弟子君とフィーちゃんが猟兵でも構わないよ!だって可愛いは正義だからね!」


 アネラスからすれば猟兵であることよりも可愛いければ良いという考えみたいだ。わたし、可愛いのかな?


 その後リィンはせめてものお詫びとして3人にアクセサリーやネックレスを自腹で購入してプレゼントした。それ以外にも他の女性陣にもお詫びの品として色々と買っていたんだけど、本当は男性陣にもプレゼントを買ってあげたかったみたい。でもゼノ達へのおみやげも買うとなると流石にミラが足りなかったのでまた別の機会に贈り物を送ろうってリィンは言っていた。


「フィー、これを受け取ってくれるか?」
「えっ、わたしにもくれるの?」


 するとリィンは私にもネックレスを買ってくれた、わたしはいいよとリィンに言ったが俺があげたいんだと言われてしまうと断れなかった。リィンが買ってくれたのは銀十字の施された綺麗なネックレスだった。


「綺麗……」
「うんうん、フィーちゃんの銀髪と合わさってよーく似合ってるよ!」


 アネラスにも似合ってると言われてわたしはとても嬉しくなった。


「リィン、ありがとう」
「お、おう……気に入ってくれたのなら良かったよ」


 わたしは笑みを浮かべてリィンにありがとうとお礼を言う、するとリィンは顔を赤くしながら嬉しそうにほほ笑んだ。暫く見つめあっていると不意に多数の視線を感じ振り返ってみる、その視線はシェラザードとカルナ、そしてアネラスのものでニヤニヤした表情でわたし達を見ていた。


「アンタ達、なんか今までと接し方が違うわよね~」
「うんうん、弟弟子君のフィーちゃんを見る目が違うよね!」
「こういうのは野暮だが、それでも知りたくなるのが人の性だ。で実際はどうなんだ、フィー?」
「リィンに告白したからちょっとね」
「えっ、えぇぇぇ!?フィーちゃんが弟弟子君に告白―――――ッ!!?」


 多分バラされるんだろうなと思い敢えて何も言わなかったリィンだったが、期待通りわたしは普通にバラした。
 その後女性陣が盛り上がってわたし達の関係などを聞いてきたので正直に話した。まあリィンが居心地の悪そうな感じだったけどそれ以外の皆と私は盛り上がっていた。


「はぁ……シェラザードさん達はしゃぎすぎだろう……」
「女の子だからね、そういう話は好きなんじゃないの?リィンもウジウジしてないで気持ちに応えなさい!って怒られてたし」
「善処します……」


 シェラザード達と別れた後、わたしとリィンは町中をぶらついていた。エステルとヨシュアはどうやらデート中のようで他も皆も顔は見たが今どこにいるかは分からないとのことだ。


「エステル達、いないね」
「ああ、二人もデート中らしいし明日に挨拶した方がいいかもしれないな」
「そうだね、じゃあ私達もデートを楽しもっか。あっ、あそこのアイス屋前に来た時よりも繁盛しているね」
「本当だな、まあ今日は暑いしアイスも良く売れるんだろう」


 確かに今日は結構暑いからアイスも売れると思う。でもあんなに繁盛しているのを見てるとつい食べたくなっちゃうな。


「フィー、アイスでも食べていくか?」
「えっ?」
「食べたそうな顔をしていたぞ」
「バレたか」


 ペロッと舌を出して白状した。あんなに熱心に見つめていたらそりゃバレるよね。


「俺も食べたいし、少し待つことになりそうだけど行ってみるか?」
「うん、行こう」


 わたし達も列に並んでアイスを購入する。その時に店員の人に顔を覚えてもらっていたようで「あの時のカップルさんじゃないですか」と言われたので久しぶりと返事を返した。
 ラウラがいないことを気にして何か意味深な視線を送られたが無事にアイスを買う事が出来たよ。


「おっとっと……」
「トリプルは頼みすぎたんじゃないのか?」
「甘いものは別腹。リィンだってダブル頼んでるじゃん」
「ダブルは普通だろう。しかしそれだと立って食べるのはキツそうだな、何処かで座って食べられる場所はないか?」
「あっ、リート君にフィルじゃない!」


 二人で休憩できる場所を探していると誰かに声をかけられた。聞こえた方に視線を向けるとそこにいたのはエステルとヨシュアだった。


「エステルさん、ヨシュアさん。貴方たちもアイスを食べていたんですね」
「えへへ、奇遇だね。でもリート君が、目を覚ましていたなら直ぐに会いに行けばよかったわ」
「ご心配をお掛けしてすみませんでした」
「まあこっちに来て話さない?場所も空いてるしね」
「じゃあお言葉に甘えてそうさせてもらいますね」


 わたし達はエステルとヨシュアが座っているベンチの空いている一角に腰を下ろす。


「それにしてもリート君が目を覚ましてくれて本当に良かったわ。一週間も昏睡状態だったから心配してたの」
「重ね重ね申し訳ありませんでした」
「そんな謝らなくてもいいって。あっ、そういえばリート君とフィルって偽名何だっけ?」
「ん。わたしはフィーでリートはリィンという名が本名」
「騙したりしてすみませんでした……」
「あはは、リート……じゃなかった、リィン君ってば謝ってばかりだね。あたし達も色々助けてもらったしお互い様って事で良いじゃない」


 頭を下げるリィンにエステルは手を振って謝らなくてもいいって言ってくれた。


「そういえばリィン君とフィーは西風の旅団っていう猟兵団の一員だって聞いたわ。あたしって猟兵についてはあんまり知らないのよね。普段どんな仕事をしてるの?」
「エステルさんは俺達が猟兵だって知っても何も思わないんですか?」


 シェラザードやカルナ、エルナンにジンとグラッツなどの遊撃士協会の関係者はわたし達を受け入れてはくれたが、わたし達を見る目にほんの少し警戒の色があった。それは仕方ない事だと自負している、だって普段は敵対している関係だからだ。前みたいに純粋に接する事は無理だろう。   

 
 でもエステルだけはそんなものは一切なく、純粋に気になって質問しているのが分かった。そんなエステルにリィンは意外そうなものを見るような眼で彼女にわたし達が猟兵であることに何も思わないのかと質問した。


「そりゃあたしも遊撃士と猟兵が相いれない関係だってことくらいは知っているわ。でも二人はあたし達を助けてくれた良い人だから怖いとか危ないとか全然思わないわ」
「……」
「……エステルらしいね」


 さも当然のようにわたし達を良い人だと言ったエステル、そんな彼女にリィンはポカーンッとした表情を見せ、わたしも苦笑してしまった。エステルって本当に優しい子だよね。


「エステルさん、ありがとうございます」
「えへへ、どういたしまして」


 頭を下げるリィンに太陽のような笑みで返すエステル、彼女を見ていると毒気が抜かれてしまう。


「あっそうだ。エステルさん、これを受け取ってください」
「ふえっ、何これ?」
「騙していたお詫びに女性陣に贈り物を送っているんです。こんなもので許してもらえるとは思っていませんが、良ければ受け取ってもらえますか?」
「そんな気にしなくてもいいのに……でも折角だから頂くわね」


 エステルは可愛らしい模様の描かれた袋から二つの髪留めが出てくると嬉しそうにほほ笑んだ。


「わぁ、綺麗な髪留めね。丁度こういうのが欲しかったのよ、ありがとうリィン君!」
「喜んでもらえたのなら良かったです。ヨシュアさんにも何か買おうと思ったのですが、生憎手持ちのミラがもう少なくて……また後日に何か贈り物を……ヨシュアさん?」
「……えっ?何か言ったかい?」
「ヨシュア、大丈夫?顔色が悪いけど……」
「……ああ、大丈夫だよ」


 リィンがヨシュアに声をかけるが反応が遅かった。今日は何だかヨシュアの様子がおかしいね、さっきから一言も喋らないし顔色もどこか悪く見える。わたしが声をかけても大丈夫だと言ったがどう見ても具合が悪そうだ。


「さっきアイスを買いに行ってから様子が変なのよ。具合が悪いのならお城に戻って休もうって言っても聞かないし」
「もしかして俺達が一緒にいるからですか?」


 そっか、エステルは受け入れてくれてもヨシュアが同じように受け入れてくれるとは限らないよね。エステルの人を信じる心は美徳だが同時に付け込まれる隙にもなる、そんな彼女をフォローしているのがヨシュアだ。わたし達を警戒していても不思議ではない。


「いや、そんなことはないよ。確かに思う事がない訳じゃないけどエステルの言う通り君たちには色々と助けてもらったからね。本当に具合が悪いだけなんだ、不快な思いをさせてしまったのなら謝るよ」
「い、いえ……それなら大丈夫です。でもそんなに具合が悪いのならやはり休まれた方がいいのではないでしょうか?」
「ただの頭痛だから大丈夫さ。それに今はエステルと少しでも長く一緒に居たいんだ、だから大丈夫……」
「ヨシュアさん……」


 ヨシュアの必死なお願いにリィンもわたしも何も言えなくなってしまった。そこまでエステルと一緒に居たいだなんて凄いストレートに言ったね、エステルも顔を赤くしているしもしかしてもう付き合っているのかな?


「エステル、ヨシュアとの仲進展したの?」
「え、えっと……まだ何もしていないわ」
「そうなんだ、あんな情熱的なセリフをヨシュアが言ったからもう付き合っているのかと思った」


 小声でエステルと会話するが、どうやらまだ告白はしていないらしい。ヨシュアも絶対エステルの事好きだろうし両想いなんだからさっさとくっ付けばいいのに……リィンのヘタレさを思い出してもどかしくなってしまった。


「フィーはリィン君と何か進展があったの?」
「ん、告白したよ。返事は保留中だけどね」
「そうなんだ……」
「エステルは告白しないの?」
「今日の夜に一応するつもりよ」
「そっか、頑張ってね」


 どうやらエステルも恋の勝負を決めるみたいだね。上手くいくことを祈っているよ。


 その後わたし達はエステル達と別れて再び町をぶらぶらとしていた。途中でミュラーとデートしていたユリア、メイベル市長やクラウス市長、マードック工房長などリィンやわたしが出会った人たちにも挨拶をしていると不意に背中に誰かが抱き着いてきた。


「フィルお姉ちゃん!久しぶりだね~!」
「ポーリィ!」
「兄ちゃんも久しぶりだな、フィルを泣かせたりしていないだろうな?」
「クラム……相変わらずだな」


 背中に抱き着いてきたのはポーリィだった。リィンに声をかけたクラムの後ろにはマリィやダニエル、テレサとクローゼがこっちに歩いて来ていた。


「リートさん、フィルさん、お久しぶりですね。こうやってまたお会い出来たことを嬉しく思います」
「テレサ先生……王都に来ていたんですね」
「ええ、折角の生誕祭ですので皆で遊びに来ました」
「孤児院の方はどうなったの?」
「まだ暫く時間はかかりそうですがお陰様で復興の目途が立ちました。これも皆さんの真心のお蔭です、本当に何と言って感謝をすればいいのか……」
「ん、そっか。それを聞いてホッとしたよ」


 どうやら順調に復興に向けて話は進んでいるみたいだね、良かったよ。


「リートさん、お久しぶりですね」
「クローゼさん、お久しぶりです。心配をお掛けして申し訳ありませんでした」
「いえ、こうして無事に再会できたのですから堅苦しいお話は後にしましょう」


 クローゼはウィンクして口に指を当てた。まあここには一般人が多いから後から本題について話すとしよう。


「リートさんとフィルさんは今お暇ですか?もしよかったら私達と一緒にお祭りを見て回って頂きたいのですがどうでしょうか?」
「いいんですか?」
「ええ、子供たちも喜びますから」
「じゃあお言葉に甘えて」


 テレサの提案にリィンは自分達がいたら水を差すんじゃないかと聞くが、テレサは子供たちが喜ぶと言ってポーリィ達も頷いていた。そういう事ならとわたし達は頷いて皆で生誕祭を楽しむことにした。


「やあリート君。久しぶりだね~」
「オリビエさん……」


 そんな中街の一角で演奏をしていたオリビエと遭遇した。周りには多くの人が集まっており、演奏の腕は凄いんだとわたしは感心する。


「オリビエさんは怪我はもう大丈夫なんですか?」
「うん、平気だよ。君たちと違って僕はアーツでやられたからまだ軽い怪我だったんだ。今ではこうやって演奏会を開けるくらいには回復できたからね」
「良かった、オリビエさんにもしものことがあったら……」
「おや、もしかしてリート君、等々僕の愛に応えてくれる気になってくれたのかい?」
「ミュラーさんに申し訳がありませんでしたからね」
「ガクッ……」


 リィンはああ言っているけど、実際はかなり心配していたんだろうね。だって隠しているけど嬉しそうだもん。なんだかんだ言ってリィンもオリビエが好きなんだね。


 その後わたし達はオリビエも交えて生誕祭を楽しんだ。途中でオリビエがミュラーに見つかって何処かに引きずられていったけど、それ以外は平和に時が過ぎていき気が付けば夕方になってしまっていた。
 ホテルに孤児院の皆を送り届けて、わたしとリィン、そしてクローゼはグランセル城に向かっているところだよ。


「改めてリィンさん、フィーさん。今回のクーデターでは本当にお世話になりました」
「いえ、俺達は自分がしたかった事をしただけです。それに実際にリシャール大佐を止めたのはエステルさん達ですから」
「その結果を出せたのはお二人やラウラさんのお力添えがあったからです。それにクラムから聞きました。放火事件の際孤児院の皆が襲われそうになった時、お二人が戦ってくれたと……」
「えっ、クラム喋っちゃったんですか?」
「前にルーアンでリィンさん達と別れた時にクラムとリィンさんが二人だけで話していた事を聞きだしたんです、だからあの子を叱らないであげてください」
「そうだったんですか……」
「出来れば再会できたあの時にお礼を言いたかったのですが、色々あって言えずにいました。でも漸く言う事が出来ます。本当に何とお礼をおっしゃればいいか……ありがとうございます」


 クローゼは涙を流しながらわたし達にお礼を言った。


「ん、友達を助けるのに理由なんていらないよ。ねえリィン」
「ああ、俺も妹がお世話になった人たちに恩返しができたから気にしないでください」


 わたし達がそういうとクローゼはニコッとほほ笑んで手を握ってきた。この笑顔が見れたのなら最高の報酬だね。


「そうだ、お二人にはまだ話していませんでしたが今日の夜にお城で晩餐会が行われるんです」
「へぇ、そうだったんですか」
「その晩餐会がどうしたの?」
「実はおばあ様がお二人やラウラさん、ルトガーさんにも出席していただきたいとおっしゃられているんです」
「お、俺達が晩餐会に!?」


 リィンは驚いているが無理もないよ、だって王族が出る晩餐会に猟兵が出席するなんて前代未聞だからね。


「そ、そんなことできませんよ!ラウラはともかく俺達は猟兵ですよ!?」
「ん、流石にマズイと思うよ。そもそも反発する人はいなかったの?」
「確かにお二人やルトガーさんを危険視する人もいました。でもモルガン将軍が説得してくださったんです」
「モルガン将軍が……ですか?」
「はい、あのお方も表立って露わにはできませんがお二人には感謝しているんです。エルベ離宮で助けた女の子を覚えていますか?あの子はモルガン将軍のお孫さんなんですよ」


 あの時助けた女の子がモルガン将軍の孫……それは知らなかった。そのおかげでモルガン将軍に助け船を出してもらえたんだね。


「それでもやはり場違いというか……」
「リィン、流石に女王陛下が直々に招待してくれたのにそれを断ったらそれこそ不敬って奴になるんじゃないの?」
「むっ、それは……」


 わたしの言葉にリィンは頭に指を当てて考え込む。さっきは反対する人がいると思ったので行くのは躊躇したが、問題が無いのなら別に出席してもいいと思うよ。


「……因みに団長にはこの話は?」
「勿論もう既にしています。ルトガーさんも美味しい物やお酒が食べられると張り切っていました」
「団長……」


 団長らしいというか何というか……普通はそんな即決したりしないと思うけど。


「……分かりました。女王陛下のご好意を無碍にはできません、俺達も出席させていただきます」
「ふふっ、エステルさん達も来ますからきっと楽しい晩餐会になりますよ」


 緊張して表情を硬くするリィンを見て、クルーゼはクルッと笑みを浮かべた。わたしもおかしくなってクローゼと同じように笑ってしまった。


「じゃあお城に戻ろっか。晩餐会楽しみだね」
「でもテーブルマナーとか知らないぞ。前にラウラの実家で食事を頂いたときは無礼講で済んだが、今回は王族主催の晩餐会だ。無様な姿は見せられないな」
「確かに少しくらいはテーブルマナーについて勉強をしておかないと恥を描いちゃうね」
「なら私がお二人に最低限のマナーを教えますね」
「サンクス、クローゼ」
「こういう時育ちの悪さって出てしまうんだよな……是非お願いします」


 そしてわたしとリィンはクローゼにテーブルマナーを教わるためにグランセル城に急いで戻った。



―――――――――

――――――

―――


「ふう……お腹いっぱい……」


 晩餐会を終えたわたしとリィンはグランセル城の客室に戻ってベットに隣り合わせで座っているよ。ラウラはシャワーを浴びて寝ちゃったし、団長も客室に戻ってからお酒を飲み過ぎたからか直ぐに寝ちゃった。だから今はリィンと二人きり……って訳じゃないけどまあ似たような状況にあるかな?


「オリビエも大人しかったね、てっきりリュートでも引くのかと思ったよ」
「それ本当にしようとしてミュラーさんに止められていたぞ。まったく……あの人は何処にいても変わらないな」
「ふふっ、エステルや皆も楽しそうだったしね。でもヨシュアだけなんか様子がおかしかったけど」
「まあ彼も人間だから突然体調を崩す事もあるさ。幸い良くなってきたとは言っていたし大丈夫だろう」


 ヨシュアの様子がちょっとおかしく感じたけど、まあリィンの言う通りヨシュアも人だから体調を崩す事くらいあるかもね。


「でもまさか女王様と一緒にご飯を食べられるなんて想像もしていなかったよ、すっごく貴重な体験をしたんだね」
「ああ、猟兵である俺達がまさか晩餐会に呼ばれるとは思ってもいなかったな。アリシア女王陛下に頭を下げられたときは心臓が止まりそうなくらい驚いたぞ」
「ん、とっても優しそうな人だったね。わたし達猟兵にまでお礼を言ってくれるなんて」


 リィンに寄り添いながら思い出話に花を咲かせていた。結局何者がわたし達をリベールに連れてきたのかは分からなかったが、結果的には良い思い出になったと思う。エステル達やクローゼ、孤児院の皆にティータ、沢山の友達が出来たから。


 そしてリィンに想いを伝えることが出来た。答えはまだ聞いてないけどリィンにはちゃんと考えてから返事をもらいたいからね。


「さて、今日はもう寝ようか。明日は朝早くからツァイスに行かないといけないしな」
「ん、そうだね」


 わたしはリィンと一緒にベットの中に潜り込んだ、リィンはそろそろ離れて寝ないかと言ったが無視した。心臓の音が聞こえたから緊張しているみたいだね、意識してくれているのかな?


「それじゃお休みなさい、リィン」
「ああ、お休み。フィー」


 ゆったりと頭を撫でられてわたしは夢心地に浸る。そういえばエステルが告白するって言っていたけど、もうできたのかな?明日がちょっと楽しみかも。


 そんな思いを胸に抱きながら、わたしは夢の世界に旅立った。


 

 

第61話 剣を持つ覚悟

side:フィー


 おはよう、フィーだよ。わたし達は翌日の朝5時くらいに起きて現在ツァイスを目指して街道を歩いているの。


「キリカさんにはお礼を言っておかないといけないな、彼女が事前に連絡をしてくれていたから早く手続きが終わったよ」
「そうだね。前もエステル達のサポートを迅速に行っていたし、こういう時にキリカは頼りになるよね」


 キリカが事前に関所に連絡をしていてくれたので直ぐに抜けることが出来た。あと少しでツァイスに到着だね。


「しかしラッセルとかいう爺さんには悪いことをしちまったな。こんな朝早くからこっちの事情に突き合わせることになっちまって申し訳がないぜ」
「ええ、こちらの要望を聞いてくださったラッセル殿には深く感謝をしないといけませんね」


 団長とラウラは自分たちの為に行動してくれているラッセルに感謝の気持ちを話していた。何でこんなに朝早くから向かっているのかというと、リィンの中にある謎の力が他の人に見られないように人の少ない朝にラッセルに調べてもらおうと思ったからだよ。


 流石にこの時間では飛行艇は出ていないから歩いてツァイスに向かっているという訳なの。


 そうこうしている内にツァイスに到着したよ。ここに来たのは少し前だったっけ、エルモ村の温泉が気持ちよかったのは覚えている。


「確かリィンとフィーはエルモ村の温泉に入ったんだっけ?俺も入ってみたかったぜ」
「ん、すっごく気持ちよかったよ」
「帝国にもユミルという温泉郷があると聞きます。そこならルトガー殿達も行きやすいのではないでしょうか?」
「ユミルか、確かユン老師も気に入っている場所だと聞いたことがあるな」
「ユンお爺ちゃんが?なんか興味が出てきたかも」


 団長が温泉に入ってみたかったと言うとラウラが帝国のユミルという場所を教えてくれた。へぇ、帝国にも温泉が楽しめるところがあるんだね。しかもユンお爺ちゃんも好んでいる場所みたい、いつか皆と行ってみたいな。


「まあ今回はリィンの力について調べる為に来たから温泉はお預けだな。確か中央工房にいるんだっけか?その爺さんは?」
「うん、場所はあそこだね」


 以前訪れたことのあるわたしとリィンは二人を案内して中央工房に向かった。そこの入り口でラッセルがわたし達を待っていてくれたのか、一人で立っていた。


「おう、来おったか」
「ラッセル博士、忙しい所を無理させてしまい申し訳ありません」
「なに、構わんよ。お前さん達にはティータが世話になったし何より未知の力には大いに興味があるわい。早速実験を始めようかのう」


 ラッセルは意気揚々にそういって工房の中に入っていった、それに対してリィンは不安げな表情だ。


「俺、変な事をされないかな……」
「まあこれも必要な事だ。諦めて切り替えていけ」
「骨は拾うよ、リィン」


 ゲンナリとするリィンに、団長がシュミット博士と会っているときにする面倒くさそうな表情で諦めろと話す。多分二人が何処か似た感じがするのを感じ取ったんだね。



――――――――――

―――――――

―――


「あの……これは一体どういう事ですか?」


 わたし達は中央工房の地下にある実験室に来ていた。ここは新型の武器などのテストをする所らしく結構な広さがある、そこの一角に鎖で雁字搦めにされたリィンがジト目でラッセルを見ていた。


「お前さんが危険だと言うから態々レイストン要塞から取り寄せた特注の鎖じゃよ。それなら安全じゃろう?」
「いやまあ、確かにそうは言いましたけど……」
「仮にそれが壊れても俺がいるんだ、安心しておけ」
「ちっとも安心できないです……」


 リィンのあの力はかなり強力なものだった、もしかしたらあの鎖も壊してしまうかもしれない。


 まあ団長がいるから大事には至らないと思うけどね、でもリィンからすれば団長に止められる方が怖いのかな?


「ラッセル殿、それでどうやってリィンの力を調べるのですか?」
「うむ、リィンの戦術オーブメントにワシが改良した『情報』のクオーツがセットしてある。本来は魔獣の情報を解析する効果があるんじゃが、改良したことによって装備した人間の情報を解析することができるんじゃ。これからリィンにその力を実際に使ってもらって情報を集めるという訳じゃ」
「えっ、でもリィンってあの力を自発的に使えるの?」


 ラウラがラッセルにどうやって実験をするか聞くと、実際にリィンにあの力を使ってもらって情報を集めるらしい。
 

 でも確かリィンのあの力は強い怒りなどで勝手に出てくるみたいだから自分自身の意思では使えないって言ってたよ。どうするんだろう?


「大丈夫だ、フィー。何となくだけどあの力の使い方が分かってきたんだ」
「力の使い方を?」
「ああ、皮肉なことに何度か暴走したことで力を出せる限界というものが分かったんだ。前のロランス少尉との戦いでようやくコツが掴めた、今なら自分の意志であの力を出せるかもしれない」


 リィンはそう言うと深く呼吸をして目を閉じた、すると彼の身体から赤黒いオーラが出始める。あれはあの時の……リィンは本当に自分の意志で使えるようになったんだ。


「……ぐっ」
「リィン!?」


 苦しそうな表情を浮かべたリィンにわたしは思わず駆け寄ろうとした、でも団長に右手を掴まれて止められてしまう。


「大丈夫か、リィン?」
「団長……俺はこれから敢えて暴走するくらいの出力であの力を出します。もし万が一この鎖が切れてしまったら……その時はお願いしますね……」
「……ああ、任せておけ」


 情報を多く得る為にリィンは敢えて暴走させる勢いであの力を使うつもりだ。リィン……どうか無事でいて……


「……おおおおおォッ!!」


 そして赤黒いオーラがリィンを完全に包み込んだ。髪はわたしのように白髪になり目は血のように真っ赤になる、その姿にラウラや団長も驚いた表情を浮かべた。


「……あれがリィンの中にあった秘められた力か。戦場の叫び(ウォークライ)に似ているな」
「凄まじい闘気だ、これ程までとは……!」


 団長は自分たちが使う『戦場の叫び』とリィンの状態が似ていると話す。わたしも思ったが確かに発動の仕方も似ている。さっきも叫んで発動出せていたしもしかしたらあれは戦場の叫びの亜種ってやつなのかな?


「これは予想以上じゃな、オーブメントが持てばいいが……」


 ラッセルが想定していた以上にリィンの力は凄かったみたいだ、今も何かの測定器が凄い勢いで針を動かしている。


「よし、もう少しで情報収集が完了するぞ……ん?」


 その時だった、リィンを拘束していた鎖にヒビが入った。


「おいおい、マジかよ……」
「うむむ、ライノサイダーが暴れてもビクともしない強度をしておるんじゃがな。これは予想外じゃった」


 ヒビはどんどん大きくなっていき、等々砕け散ってしまった。


「グッ……ウウッ……!」
「リィン!」
「フィー、お前は下がっていろ。今のリィンは危険だ」


 リィンの元に駆け寄ろうとしたが団長に再度止められてしまう。


「フィー達は下がっていろ、ここは俺がやる」
「ルトガー、武器は使わんのか?」
「そんなもんは必要ねぇ、じいさんも離れていな」


 ラッセルの問いに手を振って答えた団長、ゆっくりとリィンに近づくと拳を構えた。


「これがリィンの中に秘められていた力か……荒々しいな、まるで暴力が形になったみたいだ」
「ガァァァァ……!」
「おっ、一丁前に威嚇してきやがるか。でもまだヌルイなぁ……威嚇っていうのはこうやるんだぜ」


 団長を威嚇するリィン、でもその殺気を涼しげな顔で受け止めた団長は返すように殺気を放った。


(ん……相変わらず団長の殺気はリアルだね、殺気を向けられていないはずのわたし達まで恐怖を感じた)


 ラッセルはあくまでも技術者だから分からないようだが、実戦を体験してきたわたしには感じた。心臓を抉られたような恐怖がわたしを襲ってきたんだ。
 

 隣にいるラウラもそれを感じ取ったのか顔を青くしながらも二人の様子をうかがっていた。


「……!」


 リィンも団長をヤバいと判断したのか臨戦態勢に入った。それに対して団長はあくまでも自然体で拳を構えていた。


「ん?どっちも動かなくなったぞ?」
「出方を伺っていますね、ルトガーさんは兎も角リィンは彼の隙を探っています」


 ラッセルは二人が動かないことに疑問を持ったが、ラウラの言う通りリィンは攻めあぐねているんだろう。迂闊に近寄れば殺される……だから近づけないんだ。


 余裕の表情でリィンを見る団長、それに対して鋭い視線を向けるリィン……硬直している二人の間には重い空気が流れていた。


(この勝負、一体どうなるんだろう……リィン……)


 ぐきゅるる……


「……」
「……」
「……」
「なんじゃ、フィー。お腹が鳴っとるぞ」


 な、なんでこんな時にお腹がなっちゃうのかな……まあ朝早かったからご飯食べてないし少し空腹気味だったけど、今鳴らなくても……


 ほら、団長もラウラもリィンすらきょとんとした顔でわたしを見ているじゃん。後ラッセルは空気読んで、滅茶苦茶恥ずかしい。


「ガァァァァッ!!」


 団長の視線がわたしに向けられた隙を見逃さなかったリィン、彼は雄たけびを上げながら残像を生み出して団長に突撃していった。


「あれはロランス少尉が使っていた分け身!?」
「いや、唯の残像だね。でも数は凄い多い。見分けるのは困難かも」


 分け身と違いアレには実態はない、でも数が多いので見分けるのはとても難しいだろう。でも……


「残像で誤魔化そうとしても、殺気は本体からしか出ない。要するにバレバレなんだよ」


 団長は一体のリィンに接近するとその剛腕をリィンの頭に振り下ろした。


 ガキンッ!!


 おおよそ人の体から出るはずのない音が響いた、するとリィンは白目を向いて頭に大きなたんこぶを作って倒れてしまった。


「フィー、今人から出るはずの無いような音が聞こえたのだが……」
「ん、団長のげんこつは岩も砕いちゃうから」
「そういう問題なのか?そもそもそんなげんこつを喰らったリィンは生きているのか?」
「大丈夫だよ、昔から喰らっているけどリィンは生きてるし」


 因みにわたしは喰らったことは一度もないの、喰らいたいとは思わないけど……


「団長、やりすぎじゃない?」
「そうか?リィンが全力で止めろって言っていたからついやり過ぎちまったみたいだな」
「もう……」


 ガハハと豪快に笑う団長にわたしは呆れた視線しか送れなかった。


 その後リィンを医務室に運んだ。ラッセルはさっき取った情報を『カペル』という導力演算器でデータを取りに向かい、団長は遅めの朝ご飯を買いに街に向かった。


 わたしとラウラは医務室でリィンの様子をうかがっている所だよ。


「しかしぐっすりと寝ているな」
「そうだね。さっきまで暴走していた人だなんて思えないくらいに……」


 わたしの膝の上で眠るリィンの頭を撫でながらラウラの言葉に同意する。


 ちょっとうなされているように見えるのは団長のげんこつを喰らったからだね、リィンのトラウマだから無理はないかな。


「……」
「?どうしたの、ラウラ?そんなにリィンの顔を見つめたりして」
「あっ、いや別に何でもないぞ」
「もしかしてラウラもリィンを膝枕してみたい?」
「ぬうっ!?」


 わたしの問いにラウラは珍しく慌てた様子で取り乱した。


「な、何をバカな事を……!」
「そんな食い入るように見ていたら誰でも気が付くよ。あっ、リィンは気が付かないかな?」
「不覚だ……」
「そんな思い悩むことじゃないと思うけど」


 ラウラって真面目な分ちょっと素直になりにくい所があるからね、まあ見ていて面白いけど。


「それでしないの?」
「……したい」
「ん、了解」


 わたしはそっとリィンの頭を持ち上げて膝から下ろした、そしてベットから立ち上がってラウラを座らせる。


「ゆっくり動いてね」
「う、うむ……」


 わたしがリィンの頭を持ち上げてそこにラウラが膝を差し込んだ。そしてラウラの膝の上にリィンをゆっくり下ろすと彼女は嬉しそうにほほ笑んだ。


「おおっ……」


 おずおずと眠るリィンの頭をそっと撫でるラウラ、その姿はまるで小さな小動物に初めてに触れる子供のような感じがした。


「嬉しそうだね、ラウラ」
「いや、そんなことは……」
「やっぱり好きな男の子だから?」
「うぬっ!!?」


 普段の冷静沈着な彼女を知る人からすれば、とても信じられないようなリアクションでラウラは驚いた。


「な、なぜそれを……?」
「言ったじゃん、ラウラって分かりやすいって」
「うぬぬ……ルトガー殿にも言われたが、私はそんなに分かりやすいのか?」
「うん、割とラウラって分かりやすいよ」

 
 ラウラは行動が素直だからね。出会った頃はちょっと頭が固かったけど、今では直ぐに顔に浮かぶくらい親しくなれたからリィン以外の人には直ぐに分かると思う。


「……すまない、フィー」
「どうして謝るの?」
「親友の想い人を好きになってしまったんだ、謝るのは当然の事だ」


 シュンと落ち込んだ表情を見せるラウラ、昨日団長にコッソリ教えてもらったけどラウラはわたしに遠慮しているみたい。


 そんな事気にしなくていいのに。


「ラウラってば真面目すぎ。わたしはリィンの事は好きだけど恋人って訳じゃないし、ラウラだって告白してもいいんだよ」
「しかし……」
「じゃあ協力しようよ。二人でリィンのお嫁さんになればいい」
「ふえっ……?」


 わたしの提案にラウラは間の抜けた表情を浮かべた。


「ど、どういう事だ……?」
「言葉の通り。団長を見てると多分リィンも無意識にハーレム作りそうだし、早めに協力者を集めておいてリィンの隣をキープしようと思うの」


 そう、わたしはラウラをリィンの女の一人にしようと思っていた。だってこのままいけば多分リィンに惚れる女の子は増えるだろうし、それなら一番をキープするためにラウラと一緒に協力して他の女の子をけん制しようってわけ。


 マリアナの苦労を見ればあんまりいい気はしないが、マリアナに「キチンと正妻にはなっておきなさい。じゃないと苦労するわよ」と言われたしラウラなら二番目でいいかなって思ったから話を振った。


「いや、でも……」
「もう決まり。だからリィンが起きたらラウラは告白して」
「はあぁぁっ!!?」


 大きな声を出しながらラウラは立ち上がった、でもその拍子にリィンの頭がラウラの膝から転げ落ちてベットにポスンと当たった。


「うん……?あれ、ここは……」


 その衝撃でリィンは目を覚ましたみたいだね。


「グットタイミングだね。ラウラ、さあどうぞ」
「そんな級に振られても心の準備が……」
「二人っきりの方が良い?じゃあわたしは席を外しておくね」
「お、おい!フィー!?」


 わたしはそう言うと止めるラウラを無視してそそくさと医務室を出た。


「さてと……」


 そして気づかれないようにエリアルハイドで気配を消してコッソリと中の様子を伺う。


「ラウラ……?ここはいったい……」
「こ、ここは医務室だ!そなたは気を失っていたんだぞ!」
「そうか、団長が止めてくれたんだな……」
「あの時の状況を覚えているのか……?」
「うっすらとだけどな。というかラウラ、何でそんなにテンパっているんだ?様子もおかしいし何かあったのか?」
「何もないぞ!何も!」
「お、応……」


 ありゃりゃ、ラウラってばテンパって冷静じゃいられなくなってるね。リィンですら違和感を感じてるもん。


「あうう……」
「本当に大丈夫か?そういえばフィーや団長たちは何処に行ったんだ?ここにはいないのか?」
「ラッセル殿は『情報』のクオーツからデータを取りに向かい、ルトガー殿は朝食を買いに向かわれたぞ。フィーは……まあ少し用事が出来たと席を外している」
「用事?一体どんな?」
「お、女子の秘密だ!いくらそなたが兄でもデリカシーというものがあるだろう!」
「確かにそうだな、悪かったよ」
「うむ、分かればいい……」


 ……もどかしいなぁ、このままだと話が進行しないじゃん。


「何をやっとるんじゃ?」
「あっ、ラッセル」


 そこにラッセルが現れてわたしに声をかけてきた。


 エリアルハイドは気配を消せるが姿を隠せるわけじゃないので、こっちが見えないラウラ達ならともかくラッセルには普通にバレる。


「データっだっけ、それが取れたの?」
「うむ、バッチリとな。その結果を教えに来たんじゃがそんな扉の前で何を座ってるんじゃ」
「ちょっとね」


 わたしは事の流れをラッセルに説明した。


「ほほう、それは何とも面白い事になっておるな」
「ん、でもラウラが予想以上にヘタレだから話が進まない」
「ならこっちから後押しをしてやろうではないか」
「どうやって?」
「これを使うんじゃ」


 ラッセルはそう言うと何かマイクのようなものを取り出した。


「何それ?」
「ワシの発明品の一つでな、このマイクを通して声を出すと声を変えることができるんじゃよ。前に一回マードックにいたずらで使ったらこっぴどく怒られてしまったんじゃ」
「それは当たり前。でも面白そう」


 わたしとラッセルはニヤリと悪い笑みを浮かべた。そしてラッセルにマイクを設定してもらってラウラの声にしてわたしは「私はそなたの事が好きだったのだ」と言ってみた。すると……


『私はそなたの事が好きだったのだ』
「なぁ!?」
「えぇ!?」


 ラウラの声で言われた突然の告白にリィンは驚き、ラウラはそれ以上に驚いていた。そりゃいきなり喋っていないのに自分の声で告白されたら誰でも驚くよね。


「な、なんだ今の声は……私は何も話していないのに……」
「ラウラ、今のは……」
「い、いやあれは……(もしかすると私は無意識の内に想いを言ってしまったのかもしれない、ならこのまま勢いに任せてしまった方が……)」


 ラウラは何が起きたのか分からないって状態だけど、リィンは驚きながらも真剣な表情でラウラに質問する。


 リィンからすればいきなり告白されたようなものだからね。


「……さっき言ったとおりだ。私はそなたの事を異性として好意を持っている」
「ラウラ……」


 ラウラは流れに乗った方が良いと思ったのか、訂正することなく話し始めた。


「最初は好敵手としてそなたに友愛を持っていたんだ。そなたと共に切磋琢磨して剣の道を進んでいく……始めはそれで良かった」
「ああ、俺もラウラという好敵手が出来て嬉しかったよ。ラウラがいたから負ける悔しさやそれをバネに強くなろうって気持ちを知ることが出来た」
「私もだ。でもその時私は負けても仕方ないと思っていた、次に勝てばいいと……」
「稽古ではな……」
「うむ、戦場で敗北すれば次など無い。実戦と稽古の違いを私は身をもって知ることになった」
「2年前のアレか……」
「そなた達西風の旅団に紛れ戦場をその身で実感したあの日……私はこの世の地獄というものを見たんだ」


 ラウラも何回か西風の旅団の作戦に参加したことがあるの。稽古では知ることのない人を斬る事の重さ……そして稽古と実戦の違いを知ってほしい……そうヴィクターが団長に相談したのがきっかけだった。


 遠い未来にラウラは光の剣匠の後を継ぎレグラムを統治する立場になる、その時に民を守るために敵の命を奪わなければならない状況が必ず来るだろうってヴィクターは言っていた。


 最近は争いも増えてきたし帝国という巨大な力が徐々にゼムリア大陸を飲み込み始めている。実際にリシャール大佐もそれを危惧していたしいつ戦争が起きるか分からない。


 ラウラはそこで戦場というものを知った。ルールなど無い命の奪い合い……最初はわたしやリィンがフォローしたから生き残ることが出来たが、初めて人を斬ったラウラは一日中震えが止まらなくなった。


 私はラウラは剣の道を手放すんじゃないと思ったが、ラウラはそれでも剣の道を進み続けた。


「私はあの時正直に言って剣を捨てようかと思ったよ。人を斬る重さ……それは言葉では決して言い表せないものだ」
「ああ、一人の人生を文字通り奪ったんだ、俺も最初はラウラと同じように震えが止まらなかったよ」
「そんな私をそなたは優しく抱きしめてくれたんだ。あの時は本当に救われた」


 へえ、そんなことをしていたんだ。わたしに内緒でそんなことをしていたなんてなんかズルイ。


「あ、あの時は無我夢中だったんだ、俺もマリアナ姉さんに同じように抱きしめてもらったから……思えばセクハラだって言われてもおかしくないことをしているな、俺」
「そんなことはないさ、そなたの優しさは私を救ってくれた。その時に私は決めたんだ、たとえこの手が血で染まろうとも大切な人や民を守るために躊躇などしない。私なりの正義を持って剣の道を究めていこうと……」


 ラウラはリィンの手を取ると、自らの両手で包み込むように握った。


「そなたが人を斬る罪を共に背負ってくれたから、私はこうして戦う事が出来るんだ。その時に私はそなたに恋をしたんだ。親友の後押しがなければこうして想いを告げることはなかった……でも今ならハッキリ言えるよ、私はそなたの事が好きだとな」
「ラウラ……」


 リィンはそっとラウラを抱き寄せると抱擁をする、ラウラはリィンの突然の行動に驚いていたが直ぐに受け入れて自身もリィンの背中に両腕を回した。


「ラウラ、ありがとう。君の気持ちはとても嬉しいよ、でも俺は……」
「分かっている。そなたは自分の事で一杯なのだろう?返事はいずれ聞かせてくれればいい」
「ごめんな、本当はこんな事良くないってのは分かっているんだけど……」
「そうだな。でも今はこうして抱きしめてもらえているからそれで十分だ」


 リィンの胸の中に頭を埋めながらラウラは告白の返事はまたでいいと言った。


「良かったね、ラウラ……」


 ラウラがリィンに気持ちを伝えることが出来て、わたしも嬉しくなってしまった。


「うむうむ、一件落着じゃな」
「ん、そうだね」


 わたしとラッセルは空気を読んで二人が離れるまで様子を伺う事にした。その後二人は団長が帰ってくるまでくっ付いていた。
 
 

 

第62話 リベールの思い出

side:フィー


 やっほー、フィーだよ。わたし達は現在王都グランセルに向かう定期船に乗っているよ、ラッセルの御蔭でリィンの力について少し分かったことがあるから今から教えるね。


 結果的にはラッセルにもあの力が何なのか分からなかった。あの力の中に火属性の七曜の力が感じられたこと、その力の起点がリィンの心臓にあるという事しか分からなかったらしい。


「心臓か……胸に変なアザがあるのは知っていたが、まさかここがあの力を生み出しているなんて思いもしなかったな」
「そのアザって昔からあるの?」
「確かあったはずだ。ですよね団長?」
「ああ、俺がリィンを拾った時からそのアザは存在していた。だから俺にもそのアザが何なのかは分からない」
「そうなると、俺が覚えていない過去に何かあったって事か……」


 リィンは自分の胸にある炎のような形をしたアザを気にしていた。リィンは幼いころに団長に拾われたんだけど、それ以前の記憶をすべて失っていたようなの。


 わたしも昔の事は覚えていないからリィンの気持ちは分かる。もしかしたらその失われた記憶の中にあの力の秘密が隠されていたのかもしれないしね。


「そいつが普通じゃないって言うのは俺も見て分かった。こうなると医療施設を頼るよりそっちの関係者に聞いた方が良いかもしれないな」
「そっちの関係者って?」
「教会さ」


 教会……ゼルリア大陸で広く信仰されている『空の女神エイドス』を奉じる宗教組織『七曜教会』の事だね。でも何で教会の話が出たんだろう?


「七曜教会には色々な行政機関があるがその中に『封聖省』というのがあるんだ。アーティファクトの回収や管理、または表沙汰にできない事件の解決など『裏』の仕事を担当している奴らがいて名を『聖杯騎士団』という」
「聖杯騎士団……」
「更にその中でも特別な力を持った12人の騎士……通称『守護騎士(ドミニオン)』と呼ばれる存在がいる。そいつらもリィンのような言葉では表せない謎の力を持っているらしいからリィンのあの力にも何か知っているかもしれない」


 団長の説明にそんな組織があったんだと驚いた。まあどこの組織も大きくなればそういう事をする組織が必要にはなるよね、だからわたし達猟兵も仕事に困らないし。


「随分と七曜教会について詳しいんだね、団長」
「そのトップが元猟兵でな、俺の知り合いなんだ。性格は難ありだが実力で言えばこの大陸でもトップクラスだ、俺も正面切っては戦いたくねぇ」
「ルトガー殿にそこまで言わせるとは……」


 団長が出来れば戦いたくないなんて言ったのはバルデル・オルランドやアリオス・マクレインといったこの大陸でも最高クラスの実力者ばかり。それに同等として扱われる辺り団長の知り合いである守護騎士のトップはとんでもなく強いんだろうね。


「因みに今言ったことは機密事項だ、誰かに話したりしたら俺達がそいつらに消されかねないから気をつけろよ」
「そんな事をサラっと言わないでよ……それで教会に頼るの?」
「いや、どうしようかな……正直教会っていう組織は面倒くさいからな、最悪リィンの力を危ない物して殺しに来る可能性もある」
「えっ、どうして?」
「教会に仇なしたりその可能性がある奴、またアーティファクトを悪用した奴は守護騎士に殺される事もあるんだ。しかも厄介なのが教会の基準でそれを決めるからこっちが何を言っても聞きやしない」
「そんな……駄目だよ。リィンが殺されるなんて事になったらわたし……」


 
 団長の説明を聞いたわたしはリィンに抱き着いて団長にイヤイヤと首を横に振って見せた。大切な人が殺されてしまうなんて耐えられないもん。
 教会に仇なしそうだから殺す。そんな勝手な理由でリィンを殺されてしまうなんて絶対に嫌だ。


「無論そうなったら西風が総力を挙げて七曜教会と戦うだけだ。まあそうならないようにこれは本当にどうしようもなくなった時の手段にしよう。だからフィー、そんなに悲観的になるな」
「ん……」


 団長にそう言われたわたしは、とりあえず落ち着くことにした。


「まあこの力が何処から来るのかが分かっただけでも収穫はあったさ、慌てずに一歩ずつ前に進んでいこう」
「……そうだね、一歩ずつ歩いていけばいいよね」


 リィンにポンポンと頭を撫でられて気持ちが落ち着いた。そんなわたし達を見て団長やラウラも笑みを浮かべていた。



―――――――――

――――――

―――


「ようやく着いたね」


 空の旅を終えてわたし達はグランセルに戻ってきていた。時刻はお昼になったくらいだね。


「そんじゃ俺は城に戻って昼寝でもしているよ、お前らも夕方までには帰れる準備をしておけよ」
「了解です」
「それじゃあな」


 団長はそう言ってグランセル城に向かった。今日の夕方には帝国に向かうからそれまでどうしていようかな?


「そうだ、ねえリィン。折角だからデートでもしない?ラウラも一緒で良いよね?」
「えっ、いやしかし……」
「リィンに告白したんでしょ?じゃあ遠慮なんて必要ないじゃない」
「……うむ、それもそうだな」


 リィンに告白して吹っ切れたのかラウラはわたしの提案を受け入れた。うんうん、良い感じだね。


「それじゃリィン、いこっか」
「えっ、本当にデートするのか!?」
「嫌なの?」
「いや、告白の返事を保留している女の子二人とデートするのはどうかなって思ったんだけど……」
「それはそれ、これはこれだよ。そんな細かい事は気にしなくてもだいじょーぶ」
「そうだぞリィン、男ならしっかりと女子をエスコートするべきだ」
「ラウラまで……分かったよ。今は楽しんだ方が良いよな」
「うん♪」
「うむ」


 二人でリィンの腕を組んでわたしはウィンクをする、それを見たリィンは顔を真っ赤にして慌てていた。ふふっ、可愛いね。


「ふ、二人とも!?何で腕を組んでいるんだ?」
「告白の返事は待つとは言ったけど、アタックしないとは言っていないよ。リィンに選んでもらえるようにこれからも隙あらばこうしていくから」
「わ、私も負けてはいられないからな……」


 ラウラも顔を赤くしながらもリィンの腕を離そうとはしなかった。


「で、でもさ、周りの目が痛いと言うか……ちょっとこれは……」
「気にしなければいいのではないか?別に悪いことをしているわけではないのだからな」
「寧ろ自慢したら?両手に花だよ」
「自分で言うなよ……まあその通りなんだけど……」


 結局リィンが折れてこのまま街を周ることにした。とはいっても昨日で祭りは楽しんだから3人でのんびりとお散歩をしているくらいだけどね。


「しかし暇だな……昨日ゼノ達へのお土産も買ったし、大体の所は周ったから行くところがないな」
「そなたがくれたこのリボン、とても可愛らしいから貰えた時は嬉しかったよ」
「気に入ってくれたなら良かった。ラウラに似合うと思って買ったから自分のセンスも捨てたものじゃないな」
「リィンは私の事を良く理解してくれているのだな」
「あ、ああ……好敵手だしな……」
「告白したのにそれだけか?」
「えっ!?いやその……」
「ふふっ、冗談さ。今はな」
「あ、あはは……」


 むむっ、ラウラとリィンが良い雰囲気だね。でも負けていられないよ。


 えっ、何を負けてられないって?それはどっちがリィンの正妻になるかの勝負だよ。わたしが正妻になるって言ったらラウラが「わ、私がなるべきだ!」って言ったの。何でもリィンと恋人になったらいずれアルゼイド家に婿養子として嫁ぐことになるのだから私の方が良いだろうってことらしい。


 当然わたしは反論した。そして最終的に先に告白された方が正妻になるという事で話を付けた。だからこうやってリィンにアピールしているの。


「わたしもリィンに首飾りを買ってもらったよ。綺麗でしょ?」
「フィーの銀髪に良く似合っているな」
「ふふん、リィンの贈り物はわたしの方が良い物だもんね」
「むっ、私のリボンだって良い物だ。そなたの首飾りに負けていない」


 むむっとお互いのプレゼントの方が良いと主張し合うわたし達、リィンは目を丸くして驚いていたが慌ててわたし達を止めた。


「お、おいおい二人とも、俺はどっちかに優劣をつけてプレゼントをしたわけじゃないぞ。二人に似合うと思って同じ気持ちで渡したんだ。喧嘩はしないでくれよ」
「でもこれは譲れない」
「うむ、女の戦いだ」
「う、うう……そうだ!二人共、やることがないのなら釣りでもしないか?」
「釣り?」


 リィンの提案にわたしとラウラは首を傾げた。どうして急に釣りがしたいなんて言ったんだろう?


「ああ、最近色々あって趣味の釣りができなかったからやりたかったんだ。もし二人が良ければだけど……」
「ん、わたしも釣りをしてみたいし良いよ」
「釣りか、レグラムにいた頃に何度か嗜んだことがあったな。まあ私は専ら泳ぐ方が好きだったからそこまで腕が良い訳ではないが」
「じゃあ何処かで釣竿をレンタルしてこようか。確かギルドの横に釣公師団があったな、そこに行けば借りれるはずだ」


 釣りかぁ、リィンがしているのを見ていたことは会ったけど実際にやるのは初めてだね。少し楽しみかも。


(ふう、何とか誤魔化せたか。しかしフィーは兎も角ラウラまであんなに積極的になるなんて思いもしなかった。そういえば団長が言っていたな、女の子は男よりも精神的に成長が早いって……俺も早い所返事を決めないとな)



―――――――――

――――――

―――


「よっと。ここでいいかな」


 グランセル城にある船着き場に一角に荷物を下ろすリィン、それに合わせてわたしとラウラも持っていた荷物を地面に置いた。


 これは遊撃士ギルドの横にある釣公師団からレンタルして借りた釣り道具で、一通りの物が揃っている。簡易な椅子を地面に置いてバケツに水を入れた、そして意図に釣り針と餌をつける。


 わたしはミミズをつけようとするが上手くいかないね。あっ、暴れちゃ駄目。


「ん、結構難しいかも……」
「まあ生きた餌を針に付けるのは難しいかもな。こうやるんだよ」


 リィンに手伝ってもらい針にミミズをつけることが出来た。手を触れられたときにちょっとドキッとしちゃったのは内緒。


 そして湖に糸を垂らして待つが一向にヒットが来ない。


「釣れないね……」
「まあ釣りは根気がいるからな」
「でもリィンとラウラはもう2匹も釣ってるじゃん」
「まあそこは経験としか……」


 リィンとラウラはもう2匹釣っているが、わたしは未だにヒットが来ない。


「つまんない」
「おいおい、少しは待ってみろよ。そうすればいつかヒットするからさ」
「む~、でも暇だよ」
「そうは言ってもな……」
「そうだ、暇つぶしにリィンがエステル達と出会った時の事を教えてよ」
「エステルさん達との?」
「わたしと再会する前の事は詳しく聞いていなかったし、丁度時間もあるから教えてほしいな」
「まあ、別に隠す事でもないしいいぞ」


 リィンは顎に手を当てながら話し始めた。


「俺が最初にいたのは翡翠の塔と呼ばれる場所だったんだ。偶然そこに子供たちが迷い込んでそれを追ってきたエステルさん達に発見されたのが最初の出会いだったな」
「翡翠の塔……ロレントの郊外にある塔だね。前に暇つぶしに探検しに行ったけど結構大きな塔だった、屋上からの景色はとても綺麗で面白かった」
「たまに姿が見えないと思ったらそんな事をしていたのか。アイナさんが気が付かなかったからいいものをバレたら俺も怒られていたんだぞ?」
「反省しまーす」
「全く……」


 だってリィンはお仕事ばかりして暇だったんだもん。だから町の子供たちやお店の人たちと仲良くなってよく遊んでいたり外にこっそり冒険しに行ったりしていた。


「それでリィンは発見されてどうしたのだ?」
「ん?ああ、俺を発見してくれたエステルさんとヨシュアさんは偶然にもカシウスさんの子供だったんだ。俺は運よく彼に会う事が出来てフィーを見つけるまでリベールに滞在できるよう根回しをしてくれたんだ」


 ラウラも話に興味があったのかリィンに続きを催促していた。でも偶然カシウスに合えたなんてリィンは相当運が良かったね。もしそうじゃなかったらもっと面倒なことになっていたと思うよ。


「てっきりフィーも一緒にいるのかと思っていたから、いないと言われたときは本当にビビったよ」
「ごめんね、その時わたしは孤児院の方にいたからリィンを心配させちゃった……」
「フィーは悪くないさ。悪いのは俺達をリベールに連れてきた何者なんだからな」
「……そいつについてわたし達は会ったはずなのに記憶に残っていないんだよね?」
「俺もフィーも何も覚えていなかったな」


 そう、わたし達はリベールに来る前に誰かに会っていた。でもその記憶がそこだけ綺麗に消えてしまっていた。


「そなた達をリベールに連れてきた人物か……心当たりはないのか?」
「記憶がないからそれすらも分からないんだ。何か目的があってリベールに連れてきたのか、それとも邪魔だった俺達を何らかの方法でその場から飛ばして偶然リベールに来てしまったのか……考えれば考える程分からなくなるな」


 そもそも人を何処かに飛ばすなんて技術は存在しない。そうなるとわたし達を移動させた力はアーティファクトみたいな得体のしれない物なのかもしれないね。


「どっちにしろそいつの行方は追うつもりだ。何を企んでいるかは知らないが舐められたままで終わる気はないからな」
「ん、団長にも話したしケジメは付けないとね」


 リィンの力について調べるのも大事だけどわたし達をリベールに移動させた謎の人物を探すのも忘れてはならない。
 このまま放置していればまたわたし達に何かをしてくるかもしれないし、何よりやられっぱなしは性に合わない。


「まあそいつの話は今はいいだろう。えっとどこまで話したかな?」
「カシウスと会ったって所までだね」
「ああそうだったな。それから俺はロレントの遊撃士ギルドの地下室を借りて生活していたんだ、まあジッとしているのは暇だったから掃除とか書類整理など雑用を手伝っていたよ」
「リィンは関係者ではないのに書類とかを見ることが出来たのか?」
「あくまで依頼の書かれた紙を掲示板に張ったりしただけさ、重要な書類はアイナさんしか触れなかったよ。まあそれでも本当はいけないんだけど魔獣が活発化した影響もあってかなり忙しかったんだ。人手が足りないからそうなってしまったみたいだね」


 リィンの話だとその頃に魔獣の動きが活発になって依頼が殺到していたみたい。シェラザードも休む暇もなくお仕事をしていたって聞いて、わたしはもし自分が同じ立場だったらやってられないなと思った。


「そういえばレグラムにも遊撃士ギルドはあるが、やはり人手不足で困っていると聞いたことがあるな」
「ああ、実際遊撃士って数も少ないみたいなんだ。仕事も物探しとかアイテム調達など雑用がメインで地味だし魔獣退治も危険が伴うからな。子供はよく遊撃士に憧れているみたいだけど大抵は途中で諦めてしまう子が多いみたいだな。俺もアイナさんやシェラザードさんと飲みに行ってシェラザードさんから愚痴を聞いたよ」
「遊撃士も大変なんだな……」


 まあ憧れだったお仕事が地味な事ばかりだったら嫌になってしまう子もいるよね。でもわたしとしてはアイナ達と飲みに行ったって事のほうが気になるね。


「リィン、アイナやシェラザードにエッチなことしてないよね?」
「はあ!?なんでそんな話になるんだよ!?」
「だって酔ったシェラザードって結構大胆なことするし……してないよね?」
「応、勿論していないさ」
「……本当に?」
「……まれに酔ったシェラザードさんに顔に胸を当てられたりしました」
「リィン、さいてー」
「そなたという男は……」
「しょ、しょうがないだろう!?酔った相手に絡まれたんだし、力ずくで逃げたら怪我をさせてしまうかもしれないじゃないか!」
「でもさ、ぶっちゃけ嬉しかったんでしょ?」
「……はい」
「不潔」
「度し難いな」


 わたしとラウラの冷たい視線にリィンはたじろいでいた。ふん、おっぱい好きなリィンなんて嫌いだよ。


「リィンのおっぱい好きめ」
「ぐぅ……」
「まあリィンも男なのだ、あまり責めてやるのも可哀想だろう」
「ラウラ……」
「だがあまりにふしだらなのも問題だな。今度父上と模擬戦をしてみると良い、きっと精神的に成長できると思うぞ」
「えっ……?」


 ラウラの助けにリィンが歓喜の声を上げたが、次の発言を聞いて固まってしまった。


「それは良いアイデアだね、光の剣匠と一対一で戦えば煩悩も消えるだろうしね」
「うむ、リィンが私達をイヤらしい視線で見ているから何とかしてほしいと言えば父上も張り切ってくれるだろう」
「ラウラッ!?」


 うわー、それはヴィクターも張り切るだろうね。リィンからすれば死刑宣告のようなものだけど。


「ま、まあその話は置いておいて続きを話そうか。遊撃士も人手不足で大変だったんだけどそこに期待の新人であるエステルさん達が活動を始めたんだ」
「誤魔化した」
「誤魔化したな」


 話題をすり替えたリィンだけど、これ以上は可愛そうなのでスルーした。


「二人は依頼をこなしていったんだけどそこでナイアルさんやドロシーさん、それにアルバ教授に出会ったんだ」
「アルバ教授……」
「あっ……」


 その名前を聞いたわたしは、また得体の知れない悪寒に襲われた。リィンはしまったという表情をしながら手を握ってくれた。


「大丈夫か、フィー?」
「……ん、もう大丈夫」


 リィンに手を握ってもらうと落ち着くことが出来た。


「アルバ教授とはアリーナで出会った考古学者の方だったな。フィーはあの人が怖いのか?」
「ん、良く分からないけど怖いの……」
「俺も警戒していたが結局怪しい所は見つからなかったな。もうこの街にはいないようだし結局それが何だったのか分からなかったが」
「ふむ、フィーが得体のしれない恐怖を感じる相手か……私は何も感じなかったがフィーにしか分からないものがその人物にはあったのだろうな」
「ああ、今思えばリベールの各地に行ってもやたら出会っていたし何だか怪しい人物ではあったな」


 アルバ教授が何者なのかは分からないが、今度会ったら様子を探った方が良いのかもしれない。もしかしたら今回の事件に何か関係があるかもしれないからだ。
 まあ証拠は無いしわたしが考えすぎなだけかもしれないが……それでも彼からは何か嫌なものを感じてしまう。


「フィーが怖がるからアルバ教授についてはここまでにしよう。その後ロレントで空賊による盗難事件が起きたんだ」
「空賊はアリーナでロランス少尉と戦っていた者達か、帝国でも少し話題になっていたな」
「奴らはロレントで盗みを働いたがエステルさん達が見事に盗まれたものを取り返すことが出来たんだ。そして彼女達は推薦状をもらいボースに向かったのがロレントでの一連だな」
「リィンは一緒に行かなかったの?確かオリビエと一緒に牢屋に捕まったんだよね?」
「俺はその後に用事でボースに向かったんだ。今思えばオリビエさんは俺が西風の一員だと知っていて接触したんだろうな。あの時気を付けていれば……はぁ~……」


 リィンはため息をついて後悔している様子だった。わたしはオリビエの事面白いから嫌いじゃないけど、リィンはいつも何らかの厄介ごとに巻き込まれているから苦手なんだね。


「まあその後はフィーの言う通り色々あって牢屋に入れられたんだよな。偶然エステルさん達が捕まってくれたお蔭でメイベルさんが来てくれたんだけど、そうじゃなかったら今頃どうなっていた事か……」
「運が良かったんだね」


 わたし達は正式な手順で入国したわけじゃないから、そのまま捕まっていたらヤバかったね。でもリィンってこういうトラブルに巻き込まれすぎな気もするな、まあそういう星の下に生まれたんだろうね。


「メイベルさんに助けてもらった俺は、エステルさん達と一緒に行動を共にしたんだ。その時に聞き込みでヴァレリア湖に怪しい奴らがいると聞いたからそこで一泊したんだ。エステルさんと釣りをしたり、オリビエさんやシェラザードの飲みに付き合ったりしたぞ」
「エステルって釣り上手なの?」
「俺より上手いぞ。虫取りも好きだしアウトドアな人だよな」
「ん、趣味もストレガー社のスニーカー集めって聞いたから親近感があるの」
「フィーも好きだもんな」


 エステルはわたしとおマジでストレガー社のスニーカーがお気に入りみたいなの。前もその話で盛り上がったしエステルとは凄く話が合うね。


「それから俺達は空賊の飛行艇を見つけてコッソリ侵入したんだ、そのまま奴らのアジトに連れて行ってもらい一網打尽にしたって訳さ」
「中々大胆な行動に出たな」
「オリビエさんの案でそうしたんだ。何回か危ない時もあったが結果的には上手くいって良かったよ」


 因みに危なかったというのは、オリビエがリィンやヨシュアにちょっかいをかけてエステルが怒ったりしたみたい。本当にオリビエってどんな時も平常運転だよね。


「ボースでの出来事はこのくらいだな。後はフィーが見つかるまでロレントでオリビエさんに引っ掻き回されながら普通に過ごしていただけだ。そういえばフィーはルーアンにいた時に何をしていたんだ?」
「わたし?わたしは孤児院の前で倒れていたのをテレサに見つけてもらったんだ。それからは孤児院で生活しながらリィンの行方を捜していたの」


 あの時は正直不安だった。だって帝国のヘイムダルからいきなりリベールに来ていて、しかもその時リィンは行方不明になっていたからね。


「子供達の面倒を見たり、そこで知り合ったクローゼの通っている学院に遊びに行ったりしてたね。後はルーアンの町で情報収集かな?」
「クローゼさんが王族だったのには本当に驚いたよな」
「そうだね。でもクローゼがお姫様だったとしても彼女はわたしの大事なお友達だから」
「フィーらしいな」


 それからエステル達に出会った事やレイヴンに絡まれたこと、孤児院が火事になったことやリィンに再会できた事など色んな体験を話した。


「孤児院を焼くなど酷いことをするものがいたものだ」
「全くだな、フィーがいなかったらテレサ先生達は焼け死んでいただろう。これを実行した市長も結局は黒装束達に利用されたようだが……」
「でも優しい人たちのお蔭で孤児院を復旧することができるようになったから良かったよね」
「ああ、学園祭で寄付金が集まった時には少し感動したな」
「助け合いか、素晴らしい話だな」


 暗い話になってきたのでわたし達は学園祭について話すことにした。


「屋台も面白かったけど、一番の見どころは劇だったね。男女が役割を別々にしていたのが特徴的だった」
「つまり男性が女性役を、女性が男性役をしたのか?」
「そうだよ。エステルとヨシュアも参加したの」
「ヨシュアさんの姫姿は凄かったな、違和感が全くなかった」
「そなた達の様子を見ていると余程楽しかったのだな。学園祭か、わたしも見てみたかったよ」


 わたしとリィンが劇について話しているとラウラは羨ましそうに呟いた。


「その時はラウラはまだ帝国にいたの?」
「いや、私は各国に武者修行の旅に出ていたんだ。確かその頃はカルバートで山籠もりの修行をしていたな」
「カルバートにも行ったんだ」
「うむ、旅をして色々なところに行くと様々な発見があって面白いものだ」


 ラウラも色んな体験をしているんだね。とってもイキイキとした目でそう話しているんだもん、楽しくてしょうがないんだろうなぁ。


「ツァイスでも色々あったよね。最初はエステル達に届け物をして温泉に入って帰る予定だったのに、最終的にはアガット達がレイストン要塞に行く時まで滞在したんだっけ」
「ああ、ラッセル博士が誘拐されたりアガットさんが命の危機に陥ったりと休む暇もなかったからな」


 あの時はいろんなことが立て続けに起こったからね、大変だったよ。


「まあティータと友達になれたし、温泉も気持ちよかったからプラマイゼロだけど」
「そういえば最初温泉のある旅館に行ったとき、宿を取れなかったんだよな。そうしたらフィーが拗ねねちゃったんだったっけ」
「それは……」
「ふふっ、普段はあまりそういう面を見せないそなたも子供らしい一面もあるのだな」
「む~、二人とも意地悪……」
「ごめんごめん、冗談だよ」


 ぷうと頬を含まらせて二人に抗議すると、微笑ましい物を見るような眼で見られて頭も撫でられた。なんか納得いかない。


「リィンとラウラはわたしを子供扱いしすぎ。もうそんな年じゃない」
「子供扱いはしていないさ。告白を保留にしている俺が言うのもなんだけどフィーは素敵な女性だよ」
「えへへ……」


 リィンてば告白してからちょっとストレートに言うようになったね。嬉しいけどちょっと恥ずかしいかも……


「ツァイスから帰ってきた後、俺達はオリビエさんに誘われてグランセルに向かい、そこでラウラと再会したんだよな」
「あの時はまさかこの国で二人に会えるとは思ってもいなかったがな」
「そうだな、久しぶりに会ったら綺麗になっていたからビックリしたよ」
「そ、そうか?私としてはそんなに変わっていないと思うのだがな……」


 ラウラは髪をイジりながらモジモジとしている、でも顔は嬉しそうにしているね。


「それからラウラと一緒に武術大会に出ることになってジンさんと戦ったんだ、でも見事に負けてしまったな」
「うむ、ジン殿の実力はA級と呼ばれるのにふさわしい物だった。流派は違えど彼もまた私達の先を行く達人だ、いつかあの高みに私達も行けるといいな」
「武を究めた先にある高見か……あのロランス少尉など正にその道の頂点に最も近いと思える人物の一人だろうな」


 リィンからロランスの話が出た瞬間、わたしとラウラの表情が真剣なものになった。


「彼は強かった。オリビエ殿を含めた私達4人でも、リィンの異能の力が暴走しても勝てないくらいに……」
「きっとアイツはまたわたし達の前に立ちふさがってくると思う。その時の為にももっと強くならないとね」
「無論だ。今度は負けはしない、このアルゼイドの剣を必ず届かせて見せようぞ」


 ロランス少尉は何故かわたし達を見逃してくれたが、いずれ何処かでまた出会うような気がするの。何の根拠もないけど……


 今はまだ弱いけどわたしもリィンやラウラと一緒に強くなりたい。そして今度こそ大切なものを守りたいと強く思った。


「楽しかったね、リベールでの思い出……」
「ああ、また来れるといいな」


 この国に来て色んなことがあって色んな人と出会えた。猟兵だから簡単には来れないがまた来たいって思うくらいに素敵な国だった。


「……っておい、フィーの竿揺れているぞ」
「えっ?」


 リィンにそう言われたので竿を見てみる、するとさっきまで何の反応がなかったわたしの持っていた竿が激しく揺れ始めた。

「わわっ……!」
「魚がヒットしたのか?良かったじゃないか」
「リ、リィン……逃げられちゃうよ……!」
「こりゃ大物だな。俺も手伝うよ」
「私も手を貸そう」


 リィンとラウラに協力してもらってリールを巻いていく。


「もう少しだな、頑張れフィー!」
「んんっ……あと少し……」


 徐々に魚との距離が縮まっていく。わたしは必至でリールを巻き続けて、そして……


―――――――――

――――――

―――


 思い出話をしている最中に、わたしの竿に魚がかかってリィンやラウラととても大きな魚を釣り上げたの。それを釣公師団でアイテムと交換してもらいホクホク気分で釣公師団を後にした。


「ふふっ、釣りも楽しいね。こんな大物を釣り上げるなんて期待の新人が現れたって言われたしリィンより釣りの才能があるのかも」
「最初は退屈そうだったのに現金な子だなぁ」
「まあ魚を釣り上げた時こそ釣りの醍醐味とも言えるからな」


 ふーんだ、意地悪なリィンの言う事なんて聞かないもんね。今度からわたしも釣りを趣味にしてみようかな?


「あれ?あそこにいるのってエステルとシェラザード?」
「何か言い争っているようにも見えるな」


 ギルドの前でエステルが慌てた様子でシェラザードに詰め寄っていた。一体何があったのかな?


「シェラ姉!ヨシュアが……ヨシュアがぁ!!」
「分かったから落ち着きなさい!レイストン要塞に向かった先生にも連絡したから!」
「でも……!」


 あの様子だと唯事じゃなさそうだね、少し話を聞いてみよう。


「エステル、どうかしたの?」
「あっ、フィー!」


 エステルに声をかけると彼女は一目散にわたし達も元に来てわたしの手を握る。彼女の手はとても震えていて落ち着きがなかった。


「どうしたの、そんなに慌てて……ほら、落ち着いて深呼吸して!」
「そんなの無理よ!だって……だって……」
「まずは落ち着いて。じゃないと話が出来ないよ」
「ご、ごめんね……あたしったらつい慌てて……力いっぱい握っちゃって痛かったでしょ?本当にごめんね」
「良いよそんなの。それよりもどうしたの?」
「それがね、ヨシュアがいなくなっちゃったのよ」
「ヨシュアが……?」


 わたしはヨシュアがいなくなったと言うエステルの言葉に、言いようの無い不安を感じてしまう。


 でもきっとそれはこの後起こるわたしも経験したことのない、それこそクーデター事件すら霞む大きな問題に直面する前兆だったのかもしれない。


 そう、リベール全土で何かを起こそうとするある組織との因縁の始まりが……




  

 

第63話 太陽が曇る時、西風が吹いて空を晴らす

side:フィー


「ヨシュアがいなくなった……?」


 エステルから聞いたその言葉はわたし達に大きな衝撃を与えた。だって昨日までヨシュアはいたのに急に姿を眩ませるなんて何かあったとしか思えないからだ。


「ヨシュアさんがいなくなった?一体どういう事なんですか、エステルさん」
「……昨日ね、あたしはグランセル城の空中庭園でヨシュアに告白したの」
「えっ……?」


 エステルの発言にリィンはおろかラウラまで目を丸くしていた。まあわたしは知っていたから驚かないけど。


「ヨシュアは最初は戸惑っていたけど自分も好きだったよと言ってくれたのよ。あたし、夢でも見ているんじゃないかって思うくらい嬉しくて……そしたらヨシュアがキ、キスしてくれたの」
「ヨシュアさん、意外と攻める人なんだな……」
「でもその時あたしの口に何か液体のようなものが入ってきて……気が付いたらあたしはグランセル城の一室のベットの上にいたの。周りにはヨシュアはいないし今日の昼過ぎになっていて慌てて……」
「それでギルドまで来ていたという訳か」
「しかしエステルさんが飲んだと言う液体、話を聞く限り睡眠薬の類かもしれないな」
「それもヨシュアが口移しで飲ませたって事だよね」


 エステルの説明を聞いたわたし達は、ヨシュアが睡眠薬をエステルに飲ませてその後姿を消したと推測した。


「でもどうしてそんな事を?ヨシュアさんがそんな事をした理由が分からないぞ」
「しいて言うなら少し様子がおかしかったくらいだよね。エステルは心当たりはないの?」
「あたしにも何が何だか分からないよ。ヨシュア、どうして……」


 エステルは信じられないと悲痛の表情を浮かべている。本来ならこんな顔じゃなくてもっと嬉しそうな表情を浮かべていたに違いないのに……


(ヨシュア、何をしているの?エステルを悲しませるなんて……)


 わたしはこの場にいないヨシュアに少し怒りを感じた。


「大丈夫よ、エステル。先生にも連絡はしたしエルナンが関所や定期船乗り場にヨシュアが来ていないか確認をしてもらっているわ。きっと直ぐに見つかるわよ」
「遅くなってすまない」


 シェラザードがエステルを慰めていると、突然第三者の声が聞こえてきた。ギルドの入り口に視線を向けるとそこにいたのは……


「先生!」
「父さん!?」


 そう、エステルの父でありヨシュアの義父であるカシウスだった。


「会議を抜けるのに少し手間がかかってしまってな、来るのが遅くなってすまなかった」
「先生、忙しい時に無理を言ってすみません」
「シェラザードのせいではないさ……さて」


 カシウスは頭を下げるシェラザードに手を振るとエステルの元に向かう。でもその表情はいつになく真剣なものだった。


「エステル、ヨシュアがいなくなったと聞いた。何か少しでもいい、心当たりがある事はないか?」
「えっと、昨日アイスを食べに行く時までいつも通りのヨシュアだったの。そこであたしとヨシュアは誰かに会ってそしたらヨシュアの様子がおかしくなって……あれ?あたし誰に会ったんだろう?」
「エステル?」


 カシウスの質問に答えていたエステルは、突然何かを忘れてしまったように困惑していた。


「エステル、どうしたんだ?」
「分からないの……あたし、確かに誰かに会っていてその人と会ってからヨシュアは様子がおかしかった……でもこうして聞かれるまで全然疑問にすら思わなかった……」
「リィン、これって……」
「ああ、俺達と同じだ」


 エステルは記憶を失っていた、それはまるでエレボニアからリベールまでどうやって来たのか記憶にないわたし達と同じ状態にそっくりだ……


「エステル、その人物の事は何か思い出せないか?何でもいい、少しでも思い出せることなら何でも話してくれ」
「その人は……駄目。顔は少し浮かぶんだけど名前が浮かばない……眼鏡をかけていたような気はするわ」
「眼鏡か……流石にそれだけではな」


 眼鏡?……もしかしてあの人物じゃないのかな?


「ねえリィン、エステルが言っている人物ってもしかしたら……!?」


 わたしはリィンにその思い当たる人物の名前を言おうとした、でもその瞬間にまるで霧のようにその人物の事が分からなくなってしまった。


「あ、あれ……?」
「フィー?どうかしたのか?」
「リィン、わたし達がちょくちょく会っていた人って誰だっけ?ほら、学園祭やグランアリーナで出会ったあの……」
「えっ?それは……あれ?誰と会っていたんだ?俺は……」


 ……!?リィンも同じように分からなくなっているの!?


「ラウラ!ラウラは覚えていない?グランアリーナで出会った眼鏡をかけた人に?」
「眼鏡をかけた人物か……」
「どう?覚えている?」
「……済まない、顔が浮かぶのだが霧がかかったようにはっきりと見えないんだ。名前に至っては一文字も浮かばない」


 そ、そんな……さっき釣りをしていた時に間違いなくその人物の名前を言っていたのに今はまったく思い浮かばないよ。


「エステルだけでなくリィン達まで……何者が接触したんだ?シェラザード、お前は心当たりはないか?」
「私はクーデター事件が起きる前にロレントから来ました、だから正直心当たりは無いですね……」


 シェラザードも心当たりは無いみたい。ああもう、顔ははっきり思い出せないし名前なんて掠りもしないよ、一体何がどうなっているの?


「エルナン、済まないがアガット達を呼んできてくれないか?彼らも事件にかかわっている、もしかすると一人くらいは覚えている人間がいるかもしれない」
「分かりました、直ぐに呼び寄せます」


 エルナンはそう言ってギルドの導力通信機を使ってグランセルにある店に遊撃士たちがいたらギルドに来るように連絡してもらうようお願いした。


 グランセルはリベールの中心だけあって教会以外の施設には導力通信機が設置されているのでこうした際には便利だよね。


 そして暫くするとアガットやジン達がギルドに来てくれた。その中には遊撃士でないティータやクローゼもいたが彼女達もヨシュアと関係がある人たちなので呼んでおいたみたい。


 エルナンやカシウスが事情を話すと皆は驚いていた。


「ヨシュアお兄ちゃんがいなくなったんですか!?」
「そんな、ヨシュアさんが……」


 ティータとクローゼはヨシュアがいなくなったと聞いてショックを受けていた。


 その後にエルナンがヨシュアを見ていないか確認するが、全員ヨシュアを見ていないと首を横に振った。


 そして今度はカシウスが眼鏡をかけた怪しい人物はいなかったか?と質問する。するとアネラスがもしかして……と覚えていそうな様子を見せる。


「ほら、グランアリーナで出会った人じゃない?名前は確か……えーっとなんだっけ?」
「アンタ若いくせに物忘れが酷くないかい?そいつは……おや?おかしいな、あたしも思い出せないぞ?」
「おいおい、お前ら疲れているのか?あのオッサンは……あれ?誰だっけな……」
「……ぐっ、また頭が」


 アネラス達も覚えていないらしくクルツに関しては苦しそうに頭を押さえていた。


「その人物は何処に?」
「えっと、確か王都に着いたときに歴史資料館に向かうって言ってたわ」


 エステルの言葉を聞いたエルナンは直ぐに歴史資料館に確認を取る。


「……そうですか、ありがとうございました」
「エルナン、どうだ?」
「駄目ですね。歴史資料館に問い合わせたところここ最近は関係者の誰かが訪ねてきたという事はなかったそうです」
「そうか……」


 どうやら歴史資料館に滞在していたっていうのも嘘っぽいね。


「そうなるとヨシュアはやはり……」


 カシウスは何かを考えこんでいたが、意を決したような表情になるとエステルに話しかける。


「エステル、この件に関してはお前では荷が重すぎる。だから後の事は俺に任せてくれ」
「えっ?」


 カシウスはエステルにこの件に関しては関わるなとキッパリと告げた。それを聞いたエステルは悲しそうな表情を浮かべる。


「どうしてよ!?」
「どうしてもだ。俺の予想が正しければヨシュアが向かった先……そこにいる連中はクーデターで戦った特務隊とは訳が違う、今のお前では実力不足だ」
「でも……」
「悪いが話はここまでだ、これ以上お前と話すことはない」
「っ……!」


 エステルは悲しそうな表情を浮かべてこの場から去ってしまった。


「先生!いくら何でもそんな言い方は……!」
「……」


 シェラザードはカシウスにキッと鋭い視線を向けて抗議する。だが彼はそれに答えることなくその場を去った。


「エステル……」


 わたしは去っていく時のエステルの顔に嘗ての自分を思い出してコッソリその場を離れた。



―――――――――

―――――――

―――


「エステル、どこに行ったんだろう?」


 グランセルに出たわたしはエステルを探すが何処にも見当たらない。あの様子だと何をするか分からないし雨も降ってきたから早く見つけないと……


「さっきのお嬢ちゃん、大丈夫かなぁ……?」


 すると何か考え事をしている兵士を見つけた。お嬢ちゃんって言っているしもしかして……


「あの……」
「うん?どうかしたのかい、お嬢さん」
「あなたが言っていたお嬢さんってもしかして栗色の髪をツインテールにした子?」
「おっ、良く分かったな。もしかして知り合いかい?」


 やった、手掛かりを見つけれた。


「その子は何処に行ったの?」
「いや何だか体調が悪そうだったから早く帰って方が良いと言ったんだけど、そうしたら何か思いつめた表情で定期船乗り場に向かったんだ」
「そっか、サンクス」


 わたしは兵士の人にお礼を言うと定期船乗り場に急いで向かった。


「すみません、この定期船ってどこに向かうんですか?」
「ロレント行きだよ。もしかしてお嬢ちゃんもロレントに向かうのかい?さっきも可愛い女の子がロレント行きの飛行船に乗ったんだ」
(エステルだ。でもどうして飛行船に?)


 エステルがなぜ飛行船に乗ったのかは分からない、でもここにいるのは間違いないはずだ。わたしは手続きをしてロレント行きの飛行船に乗り込んだ。


(エステルは……あっ、いた)


 船に乗り込んだわたしは船内にいたエステルを見つけた。


「エステル」
「あら、フィーじゃない。どうしたのこんなところで」
「それはこっちのセリフ。皆に黙って何処に行くの?」
「心配をかけてごめんね、でも急いで家に帰らないといけないの。ヨシュアが待っているから」



 ヨシュアが?でもエステルはさっきヨシュアが何処に行ったかなんて分からないって言っていたよね?


「エステル、さっきはヨシュアが何処に行ったかなんて分からないって言っていたよね?」
「あれ?そうだったかしら?でもヨシュアの事だからあたしに黙っていなくなったりなんてしないわよ、きっと家に戻って先にご飯でも作って待ってくれているはずだわ。丁度今度のご飯を作る番はヨシュアだったしね」
「エステル……」


 違う、これは本気でそう思っているんじゃない。エステルは現実が受けいられなくて逃避しているんだ。


「そうだ、折角だからフィーも食べていきなさいよ。リィン君はいないけど今から呼ぶ?」
「……いや、今からじゃ遅いし今回はわたしだけでいいよ」
「そっか。じゃあ次回はリィン君も含めた4人で食事しましょう」
「……」


 今のエステルに帰ってもヨシュアがいないなんてとてもじゃないけど言えないよ……一体どうしたらいいのかな……


 それから定期船はロレントに向かって上昇して空の海を移動している。わたしは楽しそうに鼻歌を歌うエステルに何も言えずに唯側にいるだけ。リィンやラウラ、きっと心配してるだろうな……


「そこのお二人さんちょっといいか?」


 すると背後から男性の声が聞こえたので振り返ってみる。そこには緑の髪のちょっと軽そうな男性がいた。


「どうかしたの?」
「いや可愛らしい女の子が二人だけでいたからちょいと声をかけてみたんや。いやぁこうやって側で見てみるとより一層可愛らしい子達やなぁ。どうや、ロレントに着いたら一緒に食事でもせえへん?」


 どうやらこの男性はナンパをしにきたみたいだね。でもなんか話し方がゼノに似ている。軽そうな雰囲気もそっくりだ。


「あはは、誘ってくれてありがとう。でもごめんなさい、あたし達先約があるの」
「かぁー、なんや彼氏持ちやったんかい。こりゃ残念や」


 残念そうにする男性だがわたしは警戒を怠らないようにしていた。だって見た目は軽そうに見えてもこの人から何か得体のしれない物を感じたからだ。


「……そもそも貴方は誰?」
「こりゃ失礼、まだ挨拶もしとらんかったな。俺はケビン・グラハム、七曜教会の神父をしとるんや」


 男性は腰に付けた杯が描かれたペンダントを見せてそう自己紹介した。でもまさかさっき七曜教会の話をしていきなり関係者に会う事になるとは思わなかった。


(偶然だとは思うけど……)


 この人が『守護騎士』かどうかは分からないが、わたしの猟兵としての本能が何か危険だと言っている。あまり気は許さないようにしないと……


 それからは暫く他愛のない会話をしていたがロレントに到着した。でも流石にヨシュアが家に帰ってるとは思えないんだけどどうしよっか……


 先に降りたエステルを追うように向かおうとするがケビンに止められた。


「ちょい待った」
「……何か用?」
「さっきのお嬢ちゃん……エステルちゃんやったか?抑え取るようやけど相当答えとるで。何があったかは知らんけど受けいられないくらい辛い事があったんやろうな」
「貴方……」


 出会って少ししか立っていないのにエステルの状態を見抜いたの?


「これでも神父やからな、ああいう風に辛そうな事を隠しとる人を沢山見てきたんや」
「……わたしは何も言ってあげられなかった」
「ええんやないかそれで」


 つい弱音を吐き出してしまったがケビンはニコッと笑うと話を続ける。


「人の苦しみなんか聞いたところで共感はできても100%理解することなんかできへん。そういう時は唯側にいて悲しみを受け止めてやるだけでもその人は大層救われるもんや」
「……意外。神父らしいことも言うんだね」
「いや本物の神父やから」


 ……ちょっと警戒しすぎたかも。少なくともケビンは本気でエステルを案じているみたいだしわたしもピリピリしすぎたかも。


「サンクス、ケビン。わたしもどうすればいいか何となくだけど分かったよ」
「そりゃ良かったわ。なら早く行ってやりな、友達なんやろ?」
「うん、大事な友達」


 わたしはケビンにお礼を言うと一目散にエステルの元に向かった。ブライト家は町の郊外にあるようで途中で看板を見つけたわたしはそっちに向かうと森の中に立派なお家が見えた。


「ここがエステルの家……エステルは何処かな?」


 鍵は開いているようで一応ノックして家の中に入るが誰もいない、でも二階から気配がするしそっちに行ってみよう。


 二階に上がって部屋を覗いていく、エステルは……あっ、いた。一番奥の部屋……男の子の匂いがする、ヨシュアの部屋かな。


「エステル……」
「あっ、フィー。ごめんね、あたしったら急いできちゃったからフィーを置いてっちゃったわね」
「ん、それはだいじょーぶ。それよりも……」
「そうだ、フィーもヨシュアを探すの手伝ってくれない?彼ったらかくれんぼでもしてるのか姿が見えないのよね」
「……」
「あたしは二階を探すからフィーは一階を……」
「エステル!」


 わたしはもう何も言えなくなってエステルに抱き着いた。


「エステル、もう我慢しなくていいんだよ?」
「我慢ってあたしは別に……」
「大切な人がいなくなるのは辛いよね……わたしもリィンがいなくなった時凄く辛かった。だからもう我慢しないで……」


 わたしもリィンが教団の奴らに誘拐されてしまった時凄く悲しかった。ケビンは共感は出来ても理解はできないと言ったがそんなことはない、だって同じ悲しみをわたしは知っている。だから今は少しでもエステルを癒してあげたい。



「あたし……んくっ……」
「だいじょーぶ、ここにはわたししかいないから……」
「ひっ、えっ……うううう……あああああっ……うわあああああああん……!」
「辛かったよね……苦しかったよね……今は唯思う存分泣こう、わたしが受け止めるから……」
「うあああああっ……!うわあああああああん……!」


 膝をついて子供のように泣き叫ぶエステル、そんな彼女の頭を優しく抱きしめてわたしは唯彼女の悲しみを受け止め続ける。


 それから泣きつかれて寝てしまったエステルと一緒に一夜を過ごした。目を覚ましたエステルは落ち着きを取り戻したのか表情が柔らかくなっていた。


「ごめんねフィー、迷惑かけちゃって……」
「迷惑だなんて思っていない。友達を助けるのは当たり前」
「フィー……」


 ポンポンと頭を軽く撫でるとエステルはくすぐったそうに笑みを浮かべた。


「それでエステル、これからどうするの?」
「どうするって言われても……あたしがヨシュアの行きそうな場所なんてここしか思いつかなかったし、父さんにも関わるなって言われちゃったしもうどうしようもないわ……」
「じゃあ諦める?エステルにとってヨシュアはそんな存在だったの?」
「諦めたくなんてないわよ……でもどうしたらいいか分かんないよ……」


 エステルの目には諦めたような意思はなくヨシュアを追いたいっていう想いが浮かんでいた。唯何一つ手掛かりが無いからどうしたらいいのか分からないんだね、ならすることは一つ。


「じゃあ一緒にヨシュアを探そう。カシウスにダメって言われても関係ない、大事なのはエステルがどうしたいかでしょ?」
「あたしがどうしたいか……」


 エステルは考え込むように目を閉じる、そして拳を握って上に突き上げた。


「あたしはヨシュアに会いたい!会って抱きしめたい!もう二度と離れないように強く思いっきり!」
「ん、決まりだね」


 エステルは覚悟を決めたみたいだね、ならわたしもしたいようにさせてもらおう。団長やリィンは怒ると思う、でもわたしはエステルを助けたい。これは自分の意志で決めたことだ。誰にも邪魔なんてさせやしない。


「じゃあまずはグランセルに戻ろっか。皆心配してるよ」
「うう……シェラ姉怒ってるかな?」
「シェラザードは多分カシウスの方に怒ってると思うからだいじょーぶだよ」


 カシウスの気持ちも分からなくもないが女の子からしたらあれは駄目だと思う。多分女性陣は皆エステルの味方だよ。


「ねえ、フィー」
「ん?どしたの?」
「ありがとうね。貴方がいてくれてよかった」
「……ふふっ」


 エステルは満面の笑みを浮かべてわたしにお礼を言ってくれた。それを見たわたしは無性に嬉しくなってしまい思わず笑ってしまった。


 外はいつの間に晴れていて太陽が顔を出していた。



 
 

 
後書き
 ゲームではヨシュアはエステルに自身の過去を話していましたが、ここでは話していません。 

 

第64話 踏み出す一歩

side:フィー


 ロレントにて自身の思いを打ち上げたエステル、彼女はヨシュアを追いかける覚悟が出来たみたい。ならここからする事はカシウスに協力してもらうことになるね。


「どうして父さんの協力がいるの?」
「ん、流石になんの情報もなしに行動するのは無謀。カシウスの様子を見るに絶対に何かを知っているはず」
「でも昨日は父さんなんて関係ないって言わなかった?」
「それはカシウスの言う事を聞く必要はないって意味。流石にあの人の助けなしでヨシュアを探すのは無理がある」
「あっ、それもそうよね」


 ヨシュアの事を一番知っているのは恐らくカシウスだ、だから彼の協力は絶対に必要なものになるはず。


「でも父さんはあたしに関わるなって言ってたわ。とても協力してくれるとは思えないけど……」
「カシウスはエステルが心配なんだと思う、わたしも猟兵になりたいって団長に言っても長い間認めてくれなかった」
「そうなんだ……ならどうやって認めてもらったの?」
「団員の皆に助けてもらったっていうのもあるけど一番はやっぱり何度断られても諦めない事かな。あっちが折れるまで何度でもお願いするといいよ」
「そんな事で上手くいくのかしら……」
「だいじょーぶ、父親は娘に弱いから。あの光の剣匠や風の剣聖、更には赤い戦鬼も娘には弱いのを何度も見てきた」
「えっと、風の剣聖は聞いたことあるけど後の二人は誰?」


 わたしは光の剣匠や赤の戦鬼について説明をするとエステルは目を丸くして驚いていた。それがちょっと面白くて口元が緩んじゃった。クスクス。


「フィーって大物と知り合いなの?」
「まあウチの団は最高ランクの実力を持ってるし依頼も偉い人からの物が多いから結構な有名人との出会いも多いよ」
「話には聞いていたけど相当なのね、西風の旅団って……リィン君やフィーも優しいし猟兵って皆そんな感じなの?」
「わたし達は感情で動くことも多いけど猟兵は基本はミラで動く者だよ。どんな汚れ仕事でもするから相対したら油断は禁物、絶対に仲よくしようとはしないでね」
「そうなんだ。でもフィーみたいな優しい子もいるし遊撃士だって良い人ばかりじゃないからあたしは自分の目で見て判断するわ」
「やっぱり変わってるね、エステルって」


 基本的にエステルは自分の直感を信じるタイプなので相手が猟兵や悪人でも差別しないで接しようとする。お人よしだし甘いとは思うけどそれがエステルの魅力なんだろうね。


「じゃあ直ぐにグランセルに戻ろっか、一応アイナには話してあるから連絡はいっていると思うけどきっと皆心配してるよ」
「えっ、いつのまにアイナさんに話したの?」
「ケビンが軽く事情を話してくれたみたい。昨日も夜訪ねてくれたしここを去る前にキチンとお礼を言っておいた方が良いよ」
「そっか、あたしってば本当に駄目ね。皆に迷惑ばかりかけちゃって……」
「気にしない気にしない、エステルはまだ子供なんだから甘えられるときに甘えておくべき」
「年下のフィーに言われちゃったら恥ずかしいわね……」


 その後エステルと一緒にアイナの所に挨拶をしてきたよ。ケビンも教会にいたから声をかけたけど頑張れって応援してくれた。


 因みになんでそんな喋り方なのって質問したらクセだって言われた。ゼノも気が付いたらあんな話し方だったらしいしそういうものなのかな。


 それから定期船に乗ってグランセルに戻ったんだけど、ギルドに入るなりシェラザードがエステルを抱きしめた。


「エステル!良かった……アンタの様子からして自暴自棄になっちゃったんじゃないかと心配したけど無事で良かったわ」
「シェラ姉……ごめんね、心配かけちゃって」


 ギューッとエステルを抱きしめるシェラザード、その目には涙が浮かんでいた。このメンバーの中ではヨシュア以上に付き合いが長いから相当心配したんだろうね。わたしもマリアナに会いたいな……


「エステルお姉ちゃん!帰ってきてくれて良かった!」
「エステルさん、ご無事で何よりです。ヨシュアさんがいなくなってその上エステルさんにまで何かあったら……うぅ……」


 そこにティータが涙目でエステルに抱き着いてクローゼが側に寄ったの。でもクローゼも目に涙を溜めていてエステルが無事だったことを喜んでいる。


「エステルちゃん!無事に帰ってきてくれて良かったよー!私本当に心配しちゃった!」
「ごめんね、アネラスさん……」
「良いんだよそんなこと気にしなくって!それにしてもヨシュア君ったらこんな可愛い女の子を泣かせちゃうなんて……もし帰ってきたらお説教しないといけないわね、可愛いは正義だって!」
「あはは……」


 アネラスは消えたヨシュアに対してプンプンと怒っていた。わたしも思う事があるしチョップでもしてやろうかな?


「エステル君!無事で本当に良かったよ!君までいなくなったらと思うと僕の胸は張り裂けそうに……さあ!再会を記念してハグしようじゃないか!カモン!」
「ごめんね……あたし皆に心配ばっかりかけちゃって……」
「気にしなくていいのよ、あれは先生が悪いわ」
「えへへ、エステルお姉ちゃん暖かいねー」
「ふふっ」
「ティータちゃん、私ともハグしようよ!」
「……」


 全員に無視されたオリビエはジンに肩を叩かれていた。まあオリビエはいつも通りだね。


 エステル達のやり取りを見ていると、不意に体が宙に浮かんだ。どうやら団長が猫を摘まむようにわたしを持ち上げているみたい。猫扱い……


「なにも言わないで何処に言っていたんだ、このいたずら猫は。おかげで昨日帰るはずだったのに予定が遅れちまったじゃねえか」
「ん、ごめんね。迷惑かけちゃった」
「まあいいさ、お前が何も言わずにエステルの嬢ちゃんを追いかけたって事はそれだけあの子が追い詰められていてって事だろうしな。今の嬢ちゃんの様子を見るにどうやら吹っ切れたみたいだな」
「うん、バッチリだよ」
「そうか、よくやったな」


 団長に向かってVサインを送ると団長はニカッと笑ってわたしを褒めてくれた。


「団長、ちょっとフィーに甘すぎないか?一応心配はかけたんだしさ……」
「フィーはお前と違って嘘はつかないからな。それにお前がそれを言える立場か?」
「うぐっ……」
「まあ仕方ないな、そなたは心配をかけさせることにおいては他の追随を許さないほどだ」
「ラウラまで……」


 リィンが団長にジト目でそう言うが逆に団長に呆れた視線を返されてたじろいでいた。まあラウラの言う通りリィンは一人でどうにかしようとする癖が強いから改めるべき。


「ほらよ」
「わわっ!?」


 団長はわたしをリィンの方に渡すと彼の腕の中にスポッと収まる。リィンは急にわたしを渡されたからビックリしていたけどちゃんとキャッチしてくれた。

「ん、ナイスキャッチ」
「まったく……おかえり、フィー」
「ただいま、リィン」


 リィンはそう言ってギュッと抱きしめてくれた。本当はこのままキスでもしたかったけど流石に恥ずかしかったので自重する。


「エステルさんを助けてくれたんだな。俺も心配していたから本当に良かったよ」
「ん、ご褒美はちゅーでいいよ」
「調子に乗らない、心配はしたんだからな」
「ちぇっ、残念」
「本当に反省しているのか?」
「あうっ、いふぁいよ」


 地面に下ろしてもらうとほっぺをむいーっと引っ張られた。痛いよー。


「それでエステル、お前はどうする気なんだ?」
「決まってるわ。あたしはヨシュアを追う気でいる」


 アガットの質問にエステルはヨシュアを追うと返答する。


「でも先生に反対されたでしょ?それでもヨシュアを追うつもりなの?」
「当たり前よ。あたしはヨシュアが大好き、だから父さんに止められてもあたしはヨシュアを追うつもりよ」
「良く言ったわ!それでこそ私の妹分ね、今回の件については私はアンタの味方よ、エステル!」
「わ、私もお姉ちゃんを助けたい!だから力にならせて!」
「私もエステルさんの力になりたいです。一緒にヨシュアさんを探しましょう」
「勿論私もエステルちゃんの味方だよ!」
「シェラ姉、ティータ、クローゼ、アネラスさん……ありがとう!」


 女性陣はエステルの味方をしてくれた。まあそうだよね、恋する女の子を応援したいのは同じ女の子として当たり前だもん。


「父さんは今どこにいるの?」
「先生ならレイストン要塞にいるわよ。それを聞くって事は先生の元に向かうの?」
「多分父さんしかヨシュアの事情を知らないと思うからね。駄目だって言われてもそんなの関係ないわ!」
「なら早速行きましょう、多分忙しいとは思うけど娘にあんな言い方した先生の都合なんて無視よ無視!」
「いいのかなぁ……?」
「まあここは乗っておきましょう」
「勢いは大事だからね!」


 エステルとシェラザードはレイストン要塞に乗り込む気マンマンのようだ。一番年下のティータが不安そうな表情を浮かべるが意外とクローゼも乗り気のようでアネラスは相変わらずだった。


「俺達はどうする?」
「俺も行こう、ヨシュアが心配だしな」
「じゃあ俺も行くか。おっさんの困惑したツラを拝めるかもしれねえしな」


 ジンとアガットも付いてくるみたいだね。


「団長、わたしも行っていい?」
「どうせ駄目だといっても行く気だったんだろう?俺も一緒にいくさ」
「リィンとラウラは?」
「俺も行くよ。ヨシュアさんは友達だからほうっておくことは出来ない」
「なら私も同行しよう」


 団長、リィン、ラウラも一緒に来てくれるみたいだね。じゃあ皆でカシウスの所に乗り込もっか。


 仕事の関係上残ったクルツ達を除いたメンバーでレイストン要塞に向かう事になった。レッツゴー。



―――――――――

――――――

―――


「ごめんくださーい!」
「エステル、遊びに来たんじゃないんだから……」


 レイストン要塞に着いたわたし達はまずエステルが大きな声で挨拶をした。シェラザードも突っ込んでいたがエステルらしいとわたしはコロコロと鈴のような声で笑った。


「やあ、よく来たね。待っていたよ、エステル」
「あっ、貴方は前にあたし達を助けてくれた少佐さんじゃない。マクシミリアンさんだったよね」
「覚えていてくれて光栄だ。この国の危機を救ってくれてありがとう、あの時君たちを助けて本当に良かったよ」
「あたしも感謝してるわ、ありがとうね」


 どうやらこの人は前にエステル達がレイストン要塞に忍び込んだ時に手助けしてくれた人みたいだね。


「アンタ、待っていたと言ったがどういうことだ?」
「カシウスさんからエステルが来たら案内してくれと言われていたんだ」
「ということはカシウスさんはエステルがここに訪ねてくることを予め予想していたという事か」


 アガットの質問にマクシミリアンはカシウスが絡んでいると説明してくれた、それを聞いたジンはあらかじめこういう展開を予想していたカシウスに感心した様子を見せる。


 まあわたしもあの人なら予想していてもおかしくないとは思うけど、本当にチートだよね。


「だったら話は早いわ。少佐さん、父さんの所に案内してくれる」
「勿論だ、着いてきてくれ」


 マクシミリアンはそう言うと要塞の中に入っていったのでわたし達も後をついていく、初めて要塞の内部を見たけどこうなっていたんだ。意外と広いね。


 それから少し歩いていくと軍服を着たカシウスがいた。


「父さん……」
「来たか、待っていたぞエステル」
「その言い方だとあたしがここに来ると予想していたのかしら?」
「あくまで予想だ。もしあの時お前が折れたり俺に頼ることなく勝手にヨシュアを探しに行くようだったら俺はお前を今回の件に一切関わらせるつもりはなかった。だがお前はこうやって俺の前にちゃんと来たじゃないか。あの考えなしに行動するが基本のお前も少しは成長したようだな」
「あたしの大事な友達、仲間達があたしを支えてくれたの。だからあたしはここにいる」



 エステルは臆することなくカシウスにそう話す。


「父さん、ヨシュアは一体何者なの?父さんなら知っているんでしょ?」
「……そうだな、お前には知る権利がある。ヨシュアと俺がどう出会ったのか、それを今話すとしよう」


 カシウスはヨシュアとの出会いを話し始める。でもわたし達も聞いていていいのかな?気にはなるけどかなり込み入った話になりそうだし……


 でもカシウスはわたしの方に視線を向けるとコクリと頷いた。これは聞いてもいいって事かな?なら遠慮なく聞かせてもらおう。


「あれは俺が遊撃士の仕事で国外にいた頃の話だ。夜の街道を歩いていた俺の頭上から音もなく襲い掛かってきたのがヨシュアだった」
「襲った……!?ヨシュアが父さんを……!?」


 いきなりの衝撃的な話にエステルは驚いていた。そりゃそうだ、まさかヨシュアがカシウスを襲ったなんて思いもしなかったからだ。


「本当に紙一重だった、後一瞬気が付くのが遅れていたら俺は死んでいただろう」
「奇襲とはいえおっさんに傷をつけるとは……最初に出会った時から何か普通じゃねえなとはとは思っていたがとんでもない奴だな」
「気配の消し方、奇襲のタイミング、身のこなし……全てが子供とは思えないほどに鍛え上げられていた。まさに殺し屋という言葉を体現したかのような子だった」
「ヨシュアさんがそんな……」
「信じられないよぅ……」


 アガットやジンは奇襲とはいえカシウスに傷をつけたヨシュアに改めて驚いていた。わたしもヨシュアの戦い方に何か猟兵のような感覚を感じたけど、殺しに特化した訓練をされていたのかもしれないね。


 でもそれは戦いに慣れたわたし達の感想、それとは無縁の生き方をしてきたクローゼやティータは信じられないという表情を浮かべている。


「奇襲をかわした俺はヨシュアと戦い勝利した。そして俺は気絶したヨシュアを連れて行こうとすると新たに数人の刺客が現れて俺とヨシュアに襲い掛かったんだ」
「えっ、ヨシュアさんにもですか?」
「口封じか……」


 リィンは恐らくヨシュアの仲間であるそいつらがヨシュアも始末しようとしたことに驚くと団長が口封じが目的だと話す。いくら失敗したからって即殺そうとするなんて……猟兵もかなりブラックな職業だけどそいつらも負けてないくらいブラックだね。


「その刺客達も倒した俺は全員を縛り上げようとしたんだがそいつらは既に息絶えていた。調べてみると即効性の毒を飲んでいたようだった」
「毒を……」
「恐らく口内に自決用の毒を仕込んでいたんだろう。それを即座に実行できる辺りまともな集団じゃないだろうな」


 毒と聞いたエステルは苦しそうな表情をしてアガットが迷うことなく自決した集団の異常性を話す。一応わたしも敵に捕まった際に情報を話さないように訓練はしているが、即自決なんて真似は出来ないよ……


「そいつらの腕には蛇の模様が刻まれていた。それを見た瞬間俺はこの集団、そしてヨシュアが『身喰らう(ウロボロス)』だと確信した」
「身喰らう蛇……」


 カシウスが言った身喰らう蛇という言葉……理由は分からないがその名を聞いたとき、背筋が凍るような気持ちになった。


「身喰らう蛇……聞いたことが無いわね」
「俺もないな」
「いや、俺はあるぞ」


 シェラザードとアガットは聞き覚えが無いそうだがジンだけは知っているみたいだね。


「身喰らう蛇はゼムリア大陸の闇に存在すると言われている謎の組織だ。その勢力や所属している者達については一切も明かされていないが強大な力を持った危険な組織だと言われている。過去に起きた大事件の陰にはこの身喰らう蛇が暗躍していたんじゃないかと推測もされているほどだ」
「そんな奴らがいたのか……」


 リィンは新たに知る裏の組織に驚いている。こういうことは団長なら知ってるかも。


「団長は知っていたの?」
「噂ぐらいは知っているぞ」
「団長でも噂くらいしか知らないの?」
「調べるのもタブーなくらいだ。理由もなしに余計な火種に突っ込む気はないだけさ」


 団長も詳しくは知らないみたいだね、残念。


「そんなヤベェ奴らならもっと情報が出ていてもおかしくねえだろう。何で誰も知らないんだ?」
「身喰らう蛇についての情報は最高クラスの機密とされている。遊撃士でもA級以上でなければ名を聞く事すら禁止されているはずだ」


 なるほど、この中でA級以上なのはジンとカシウスだけだからアガットやシェラザードは知らなかったんだね。


「いいんですか?私達にそれを話しても?」
「どの道避けては通れない道だ。お前たちは既に身喰らう蛇という組織に触れてしまったんだからな」
「……どういうことですか」
「あのクーデター事件も身喰らう蛇が関わっていると俺は思っている」
「あのクーデター事件が……!?」


 エステル達が解決したクーデター事件、それに身喰らう蛇が関わっていたというの?


「リシャールや空賊たち、ルーアンの市長といった事件を起こした者達は全員が記憶を失っていた。こんな真似ができる組織などそうはあるまい。それにリシャールは俺の行動をまるで知っていたかのように把握していた」
「確かにあのタイミングでクーデター事件を起こしたのって父さんがいなかったからよね、実際に本人も父さんを一番警戒していたし。でもなんでそんなことが出来たのかしら?」
「ヨシュアだ」
「……えっ?」
「ヨシュアが情報を流したのかもしれん」


 ヨシュアが……でもどうして彼が?……あっ、そうだ……ヨシュアは身喰らう蛇の……


「そんな……嘘よ!ヨシュアがそんなことをするわけないわ!」
「だがヨシュアは姿を眩ませた」
「……ッ」


 わたしもヨシュアがそんなことをしていたなんて信じたくない、でも彼はあまりにも出来過ぎたタイミングで姿を消してしまった。これでは彼がスパイかもしれないという疑惑を晴らすことはできない。


「待てよおっさん、アンタそれを知っていてヨシュアを放置していたのか?何であいつを放っておいたんだ」


 アガットの言葉にカシウスは黙ってしまう。確かにそこまで知っていたのならヨシュアを捕まえたり監視しておくこともできたはずだ。でもカシウスはそれをしなかった。


「……信じたかったんだ、ヨシュアの事を」


 カシウスは目を閉じて悲しそうな声色で話し出す。


「ヨシュアを保護した後、俺は事情を聞き出そうとした。だがヨシュアは記憶を失っていたんだ」
「記憶を……」
「最初は演技だと警戒した。だがヨシュアの虚ろな目がレナの亡骸を抱いていたエステルの目と重なってしまい疑うことが出来なくなってしまった」
「あっ……」
「先生……」
「……」


 カシウスの言葉にエステルは悲しそうな表情を浮かべてシェラザードとリィンも何かを感じ取ったかのような神妙な表情を浮かべる。レナって言うのはエステルのお母さんなのかな……


「俺はずっと後悔していた。妻を守れなかったことを、娘に深い悲しみを味合わせてしまった事を……その罪滅ぼしも含めて俺はヨシュアを義息子として育てようと思ったんだ。エステルと共に成長していくヨシュアを見て俺はいつかエステルと特別な家族になり幸せになってくれることを夢見ていた」
「父さん……」
「だがヨシュアは姿を消してしまった、俺の甘さが今回の件を招いたんだ」


 カシウスはそう言うとエステルの元に行くとジッと彼女の目を真剣な表情で見つめる。


「エステル、俺がお前に今回の件に関わるなと言ったのはヨシュアが俺達と過ごしたあの時間は演技でのものでしかないかもしれない、もしそれが事実だった場合それを知ったお前が耐えがたいショックを受けるのが分かっていたからだ。だから俺は自分でケジメをつけようとした」
「……」
「エステル、お前はこの話を聞いてそれでもヨシュアを追うのか?お前と過ごした思い出全てが嘘かもしれないんだぞ?」
「……それでもあたしはヨシュアを追うわ」


 カシウスの問いにエステルはそう答えた。


「父さんの話を聞いてヨシュアはあたしの想像もつかないくらいの何かを背負っているんだって思ったわ。あたしなんかじゃそれを払ってあげることはできないかもしれない、でも一緒に背負うことはできると思うの」
「……お前への想いすらも嘘かもしれないんだぞ?」
「そうかもしれない。でもあたしが好きになったのはヨシュアっていう一人の男の子なの、その気持ちの嘘なんてないわ」
「エステルさん……」


 エステルは迷いなくそう言った。その姿は同じ女の子として輝いて見えてクローゼも同じことを思ったのか感銘を受けた表情でエステルを見ていた。


「嘘なら嘘で十分よ!その時はあたしに惚れさせてやるんだから!だからあたしはヨシュアを追いかけるの、だって世界で一番ヨシュアが好きだから!」
「……好きか。そうなることを願っていたとはいえ父親として複雑な気分だな。これが親離れというものか」
「ごめんね、父さん。父さんはあたしの事を想って止めてくれたのに我儘言って……」
「良いんだエステル……これ以上は俺のエゴだ、お前の覚悟を知った以上もう俺がお前を止めることはできない。すまなかった、俺の甘さのせいでお前に迷惑をかけてしまった」
「迷惑だなんて思ってないわ。だって父さんのお蔭であたしはヨシュアに出会えたんだもの」
「……そうか」


 カシウスはそう言ってほほ笑むとエステルの頭を優しく撫でながら抱きしめた。


「ちょっと父さん、恥ずかしいってば……」
「これくらい許せ。大事な娘が旅立とうとしているんだからな」


 エステルは恥ずかしそうにしているがカシウスは構わずに頭を撫で続ける。微笑ましいね。


 それからしばらくしてカシウスはエステルから離れると彼女の方に両手を置く。


「俺は軍を立て直すため身動きが取れなくなってしまう。だからエステル、不甲斐ない俺の代わりにどうかあの馬鹿息子を連れて二人で帰ってきてくれ」
「約束するわ。あたしはヨシュアと一緒に父さんの元に帰ってくるから……」
「頼んだぞ」


 エステルは覚悟を決めた表情で力強くそう答えを返した。


 そしてこの日、わたし達は新たな一歩を踏み出す事になる。新たな戦いと新たな出会い……そしてその先にある未来を目指して……

 
 

 
後書き
 次回から空の軌跡SCに突入します。 

 

第65話 襲撃

 
前書き
 久しぶりに投稿します。 

 
side:エステル


「いや~~~!?」


 あたしは今危機に直面していた。荒れ狂う爆弾や衝撃があたしを襲ってきているからだ。


「そらそら!必死で逃げんと吹っ飛んでまうで!」


 爆弾や地雷をかわしながら逃げるあたしを細目の男性が追いかけてきた。あたしは大きくジャンプして距離を取った。


「ここなら捻糸棍で……」
「よそ見は禁物だ」


 遠距離から攻撃しようとしたあたしに大柄の男性がマシンガントレットを振るってきた。あたしは防御しようとするがそこに誰かが割り込んできて大柄の男に攻撃を仕掛けた。


「業炎撃!」
「ぬうっ……」


 炎を纏った上段切りがマシンガントレットを弾き飛ばした。


「エステル、油断は禁物だよ」
「リィン君!」


 あたしを助けてくれたのはリィン君だった。大柄の男性に切りかかったリィン君は白色の髪になっていて自分より体格に優れている男性と互角に力比べをしていた。


「チッ、ボンが来よったか。なら一旦森の中に……」
「させない」


 細めの男性が一旦逃げようとすると、死角から銀髪の女の子が双剣銃で切りかかった。細めの男性はブレードライフルでその攻撃を受け止める。


「やるやないか、フィー。気配が読めんかったで」
「さらっと防御されて褒められても嬉しくない」


 銀髪の女の子……フィーは自分の攻撃をあっさりと防いだ男性にジト目でそう言葉を返した。


「エステル、援護して!」
「うん、任せて!」


 フィーは三人に分裂……いやあれって分け身っていうんだっけ?実態のある分身を生み出して攻撃していたが細目の男性をそれらを全ていなしていた。


 あたしはそれに交じって男性と戦うがそれでも男性の防御を崩せずにいた。


「そらっ、プレゼントや!」


 男性はヤリ型の爆弾を地面に設置して距離を取る。そしてブレードライフルを構えて爆弾目掛けて発砲した。爆弾を誘爆させるつもりね!


「クリアランス」


 フィーは双剣銃から銃弾を放ち細めの男性が放った銃弾に当てて逸らした。


「エステル、今だよ」
「了解!」


 あたしは宙に浮いていた細めの男性目掛けて走り出した。


「遅いで!」


 体勢を立て直した細めの男性は閃光手榴弾を構えた。でもあたしは構わずに突っ込んだ。


「螺旋脚!」


 あたしは回転の力を利用して高速で移動した。そして男性目掛けてタックルを放った。


「うぐっ……」


 男性にタックルが当たりうめき声を上げた。すると男性は武器を下ろして戦闘態勢を解除した。


「やるやないか、エステルちゃん。ちょいと前まで触れる事すらできんかったのに大したもんや」
「えへへ、ゼノさん達に鍛えてもらったお陰ですよ」


 さっきまで激戦を繰り広げていた人とは思えないほど友好的に接してきたが、慣れたあたしは特に何も思わずに自然体でそう答えた。


「フィーも随分と強うなったな。見違えたで、ホンマ」
「当然。わたしはもっと強くなる」
「でも攻撃の体勢に入ったら殺気が漏れたのはアカンで。ギリギリまで抑えんとな」
「了解。次は気を付ける」


 細めの男性……ゼノさんからアドバイスを受けたフィーは素直に頷いた。


「やったな、エステル。ゼノに触れられたのってこの一か月ほどで初めてじゃないか?」
「リィン君がレオさんを抑えてくれていたからよ」
「まあ『鬼の力』の力を使って漸くできるんだけどね。しかもレオはある程度は力を抑えていたから『破壊獣』の異名の凄さが改めて実感できたよ」
「リィン、そんなに謙遜するな。お前の鬼の力も全力ではなかったのだろう?それに今回は訓練だったから態々俺を抑え込みに来たが実戦ならもっと違うやり方をしたはずだ」
「まあね、実戦だったら絶対にレオとは力比べはしないよ」


 リィン君は自身の中にある異能の力を使ってレオさんと力比べをしていたみたいだけど、今回は訓練だからそうしただけで実戦では違う手を使っていたらしいわ。


 やっぱり年の割には戦闘経験が豊富よね。あたしも訓練はしてきたけど二人は実戦で腕を磨いてきたんだって改めて思ったわ。


「リィン、鬼の力を使っても大丈夫なの?」
「ああ、今のところは問題ないよ」
「無理はしないでね。もし暴走しそうになったらわたしが止めるから」
「ああ、その時は任せたよ」
「うん」


 フィーは心配そうにそうリィン君に言うが彼は笑みを浮かべながら心配しなくてもいいよと彼女の頭を優しく撫でた。フィーはそれを嬉しそうに受け入れていた。


「なんや、いい雰囲気やんけ。ボンも等々観念しよったか?」
「ん、返事はまだだけどね」
「かーっ!アカン、アカンでボン!女の子に気を遣わせたら男なんざ立つ瀬無くなるわ!」
「お前は友達止まりばかりだがな」
「そ、それは言わん約束やろ……」


 ゼノさんがリィン君を茶化したが、レオさんのツッコミにショックを受けていた。


「これは二人の問題だ、俺達が茶化すモノじゃない。なあリィン?」
「あはは……そうだね……」


 レオさんは真顔でそう言いつつもリィン君に視線を送っていた。そのリィン君は気まずそうに視線を泳がせていた。


「レオ、心配しないで。わたしも待つだけの女にはならないから。むしろリィンの方からプロポーズしてもらえるように彼を魅了して見せる」
「ふふっ、そうか。イイ女になったな、フィー」
「ブイ」


 フィーは堂々とそう言ってリィン君に抱き着いた。本当に仲が良いわね、リィン君とフィーって。


(……ヨシュア)


 あたしはいなくなってしまった想い人の事を考えながら彼を連れ戻す決意を新たに心に刻んだ。


「特訓の調子はどうかしら?」
「あっ、マリアナさん」


 そこに西風の旅団の一員であるマリアナさんがやってきた。


「順調やな。このままいけばもうすぐ例のアレが出来るんやないか?」
「それは良い知らせね、ならこのことはルトガーに伝えておくわ。さあ、晩御飯を作ったから沢山食べなさい」
「はーい!」


 ゼノさんとマリアナさんが話していたアレが気になったけど、それ以上にお腹が空いていたので考えを切り替えてロッジに向かった。



―――――――――

――――――

―――


「はぁ~、美味しかった!」


 晩御飯を食べ終えたあたしはフィーと一緒の部屋でくつろいでいた。


「エステル、凄い食べてたね。マリアナも作りがいがあるって喜んでいたよ」
「だってすっごく美味しかったんだもん。マリアナさんって料理が上手なのね」
「元貴族だって聞いたことがあるしそこで習ったんだと思うよ。わたしもマリアナから料理を習ったし」
「そうなんだ……」


 マリアナさんが元貴族と聞いて少し驚いた。


「でも早いものだね。あれからもう一か月以上もたったなんて」
「そうね……」


 そもそも何故あたしが西風の旅団と共に行動をしているのか、それを話すにはあたしがヨシュアを追いかけると決めたあの日までさかのぼる事になるわ。


 ヨシュアを追いかけると言ったのはいいものの、今のあたしではヨシュアを連れ戻す事は不可能だと父さんに言われたの。要するに実力が足りていないとハッキリ言われたわ。


 そこで父さんは何とルトガーさんにお願いしてあたしの実戦相手を務めてほしいって話を出したの。そしてルトガーさんが父さんから何かの切手みたいなのを受け取って依頼を受けると話が決まった。


「でも大丈夫なのかな?確かリベールって猟兵に依頼するのを禁止していなかったっけ?」
「ん。まあそうだけどカシウスは国を救った英雄だし女王陛下から特別に許可を貰えたみたいだよ」
「知らなかったとはいえまさか父さんがそこまで凄い人だったなんて思わなかったわ……」
「まあカシウスはそういうの隠すのが上手い人だからね」


 改めて父さんの凄さを実感したわね。前まではロクに連絡もよこさない心配ばかりかけさせるってイメージだったのに……いや今でもそんなイメージね。


 とにかくそういう事であたしは西風の旅団に鍛えてもらう事になったの。もう一つの提案として遊撃士が訓練を行う『ル=ロックル訓練所』に行く事も提案されたけど、あたしはロランス少尉の事を思い出して実戦で学びたかったのでこっちを選んだの。


 そして今あたしはリベールを離れてアイゼンガルド連峰と呼ばれる過酷な環境で実戦経験をすることになったの。


 まあ実戦と言っても西風の旅団の人たちに鍛えてもらっているだけなんだけどね。流石に戦場には出れないし……


 でもそれでも今までしてきた訓練とは比べ物にならないくらい過酷だったわ。まず容赦がないの、気絶したら回復アーツをかけられて直ぐ起こされてまた戦闘を続行させるなんてザラで何度も地面や岩壁に叩きつけられたり骨が折れかけた事も何回もあった。


 しかもそれだけじゃなくて重い装備を背負いながら山を登ったり武器の特徴を実戦形式で覚えさせられたりと休む暇もなかった。


 最初自己紹介したときゼノさんは気の良い人だと思ったけど、いざ訓練が始まったら別人のようになったわ。


 彼が使っていた爆弾は音や光を強めたモノで殺傷力は低いみたいだけど。それでもまともに喰らえば失明、もしくは鼓膜が破れるくらいには強力だった。


 最初それを喰らいかけた時はフィーが助けてくれたんだけど、もしそれが無かったら間違いなく身体に異常を持つことになっていたと思う。


 それを抗議したら『依頼やから加減は出来へん、それで戦えなくなったら嬢ちゃんが弱いせいやろう』と冷たく言われた。


 最初はショックだったけど、あたしは今までヨシュアに甘えてきたんだなと実感して立ち直った。そして厳しい訓練にも必死でついていった。


 その甲斐あって今ではゼノさんとも仲良くなれたわ。プライベートだと面白い人だし話も合うから直ぐに仲良くなれた。


 レオさんやマリアナさんとも仲良くなれたし、あたしも順調に強くなっているわ。


「そういえばフィー、リィン君が言っている『鬼の力』ってなんなの?あの変身する奴の事?」


 あたしはリィン君が最近使いだした鬼の力という言葉についてフィーに質問した。一応リィン君にはああいう変身する特殊な力があるって聞いたんだけど鬼の力ってそれのことかな?


「リィンは前まではあの変身する力を異能って呼んでいたんだけど、ジンから『鬼』について話しを聞いてからそう呼ぶようになったの」
「鬼……?」
「ん、なんでも東方に伝わる伝説の魔獣みたいだよ。人間を圧倒する屈強な体に高い知能、そして白い髪に赤い目をしていたって伝承が残っているみたい。前にリベールを去る前にリィンがジンにあの力を見せたの。そしたらジンが『まるで伝承に残る鬼のような見た目だな……』と呟いてリィンが鬼について話しを聞いたの」
「なるほど、そう言う事だったのね」


 東方の伝説の魔獣……リィン君の変身した姿がソレに似ているから鬼の力って呼ぶようにしたのね。


「わたしもエステルに質問してもいいかな?」
「なにかしら」
「なんでエステルはリィンの事を君付けで呼ぶの?リィンからは呼び捨てで良いって言われたよね」
「あーっ……それは……」


 あたしはリィン君に敬語は止めてさん付けもいいと言ったの。そしたらリィン君は了解してくれてリィン君も呼び捨てで良いって言ってくれたんだけどあたしはリィン君の事を未だに君付けで呼んでいる。


 そのことをフィーに突っ込まれた。


「えっと……笑わないって約束してくれる?」
「ん、約束する」
「……ヨシュアと年の近い男の子を呼び捨てにしたらヨシュアに悪いかなぁって……」
「……ふふっ」
「わ、笑わないでよぉ!約束したじゃない!」
「ごめん、まさかそんな可愛らしい理由だったなんて……」
「もうっ!」


 フィーに暖かい眼差しでそう言われたあたしは、恥ずかしくなってしまいベットに隠れてしまった。


「あ、あたし!もう寝るね!お休み!」
「ん、お休み」


 あたしがもう寝ると言うと、フィーは部屋の明かりを消してくれた。真っ暗な空間になると疲れもあったせいかあっという間に夢の世界へと旅立ってしまった。



―――――――――

――――――

―――


「……んん?」


 あたしは何か騒がしい事に気が付いて目を覚ました。


「エステル!起きて!敵襲された!」
「えぇっ!?」


 既に私服から仕事用の服装に着替えていたフィーにそう言われて慌てて着替えた。


「襲撃ってどういう事?」
「分からない。相手は猟兵みたいだから誰かが依頼をしたのかもしれない。もしくは西風の旅団を討ち取って名を上げようとしてる奴らかも」


 フィーの話だとこういう事はそこそこあるみたい。あたしは気を引き締めて外に出るとゼノさんやレオさんが何者かと銃撃戦を行っていた。


「ゼノ、レオ!」
「遅いで、フィー!」
「ごめん、状況は?」
「敵は複数のグループに分かれて四方から攻めてきている。リィンが向こうで応戦しているから手を貸してやってくれ!」
「了解。行くよ、エステル」
「えっ、うん……」


 フィーはゼノさんとレオさんに状況を説明してもらうとすぐに行動を開始した。あまりの行動の速さに少し置いてけぼりになってしまった。


(フィーは年下だけどやっぱり離れしてるわね。あたしも足手まといにならないようにしないと……!)


 気合を入れなおしたあたしはフィーと一緒にリィン君の元に向かう。するとリィン君が二人の武装した猟兵と戦っていた。


「リィン!」
「フィーか!」


 フィーが攻撃をしながらリィン君達の間に割り込んだ。


「助かった!ありがとう、フィー!」
「守るって約束したからね。エステルはそっちの方をお願い!」


 フィーはそういうとリィン君と一緒に大柄な猟兵と戦いを始めた。二人係でも余裕をもって戦っているためあの猟兵の方が強いのだろう。


「あんたの相手はあたしよ!」


 とはいえあたしが二人を心配できる余裕はないのでもう一人の猟兵にスタッフを構える。体は細いが顔まで隠しているので女性かは分からない、でも雰囲気から只者でないことは分かるわ。


「……」


 猟兵は狙撃銃を構えて発砲する、あたしはそれを先読みで回避して一気に接近してスタッフを横なぎに振るった。


 猟兵は姿勢を低くしてそれをかわしバックステップで距離を取る。そして小型の銃を片手に備えて発砲した。


 あたしはジクザグに動きながら距離を詰めてスタッフで突きを放つ。猟兵はそれをかわすがあたしは連続で突きを放ち追い詰めていく。


 そして猟兵を崖まで追い詰めて逃げ道を防ぐと渾身の突きを放った。だけど猟兵は大きく跳躍して突きを回避する。そして上空から狙撃銃でまた撃ってきた。


 あたしはそれをスタッフで防ごうとしたが何故か猟兵の狙撃はあたしではなく頭上に行われていた。


「なにを……」


 だが直に猟兵が何をしたかったのかが分かった。大きな音と共に崖の上から落石が降ってきたからだ。恐らく脆くなっていた岩を狙撃銃で撃って堕としてきたんだ。


「くっ……!」


 あたしは落石をスタッフで破壊するがその隙を突かれて組み付かれてしまった。そして鼻と口に何か布のようなものを当てられると意識が朦朧としてしまった。


「しまった……眠り薬……」


 あたしは抵抗しようとしたけど意識が薄れていってしまった……


 

 

第66話 決意

 
前書き
 闘気を武器に流したりするのはオリジナルの設定です。まあでもなんか軌跡シリーズの達人なら出来そうですし…… 

 
side:エステル


「う~ん……」


 微睡のような気怠さから目覚めたあたしは頭をかきながら体を起こした。


「えっと、何をしていたんだっけ……?」


 あたしはさっきまで何をしていたのか思い出そうとする。確か猟兵が襲撃してきて……


「そ、そうだわ!戦いはどうなったの!」


 あたしは辺りを見回してみるが先程まで戦っていた場所じゃない事に気が付いた。


「あっ、目が覚めた?」


 すぐ側にはフィーがいてあたしが目を覚ましたのを見て駆け寄ってきた。


「フィー、ここは?」
「ここはアイゼンガルド連峰の洞窟、エステルを連れて逃げてきたの」
「そうなんだ……リィン君は?」


 あたしはフィーしかいないことに疑問を抱きリィン君はいないのかと聞いた。


「リィンはわたし達を逃がす為におとりになってそのまま……」
「あっ……」


 悲しそうにそう話すフィーを見てあたしは自分のせいでこんな状況になってしまったと悟った。


「ごめんなさい!あたしのせいで……」
「ううん、エステルのせいじゃない。敵は予想以上に強かった、見誤ったわたしにも責任がある。それに全員が捕まってしまうよりはまだマシな状況、ここからどうするかが大事」


 あたしは頭を下げてフィーに謝罪をする。だが彼女はあたしだけのせいじゃないとフォローしてくれた。そしていまするべきなのは謝ることではなくこの状況を打破する方法を考える事だ。


「そうね、今は嘆いている場合じゃないわね」
「ん、そういうこと」


 あたし達はこれからどう動くべきか話し合うことにした。


「エステルはどうするべきだと思う?」
「そうね……」


 前なら迷うことなくリィン君を助けに行くべきだと主張したが、遊撃士としての経験と西風の旅団に鍛えてもらった経験両方を活かしてもっと深く考えてみる。


「……リィン君を助けるにしても状況は全く把握できていない。今するべきなのは敵の数と味方の状況の確認ね」
「そうだね、二人じゃ危険だし敵の数と味方の状況確認、可能なら接触して情報の交換をするべきだね」
「ならまずは襲撃された西風のアジトに戻りましょう。何かわかるかもしれないわ」


 あたしとフィーはまず襲撃されたアジトの様子を見に行くことにした。


―――――――――

――――――

―――


「……ここまで魔獣しか見なかったわね」
「油断は禁物。死角から襲ってくる可能性もあるから全方位に意識を集中させて」
「分かったわ」


 あたし達は身を潜めながらアジトを目指していた。道中には魔獣しかいなくて敵の猟兵の姿は未だ確認していない。フィーの言う通り全方位に意識を集中して注意深く進んでいく。



「そろそろだね……ッ!よけて!」


 フィーの叫びと共にあたしは横に跳んだ。するとあたし達のいた地面に銃弾がめり込んだ。


「狙撃された!」
「隠れて!」


 あたし達は岩壁に身を潜めて様子を伺おうとする。すると二人の猟兵がブレードライフルから銃弾を放ってきた。


「待ち伏せされていたみたいだね」
「どうする、これじゃ近づけないわ」


 道は広く身を隠せる物は無い。このまま出て行ったら蜂の巣だろう。


「わたしが相手の気を引く。エステルはその隙に相手を攻撃して」
「分かったわ!」


 フィーが囮になってくれるというのでここは下手に反対せず彼女を信じて任せることにした。危険なのは分かってるがあたしではどうしようもない、ここは自分にできる事を全力でするだけだ。


「行くよ!」
「ヤー!」


 あたしは猟兵流の合図をして猟兵達に向かっていく。猟兵達も直ぐにあたし達に銃口を向けたがフィーが分け身を使って5人に分裂してかく乱する。


「今だ!」


 あたしはお父さんから習った闘気を使って肉体を強化する術を使った。そして強化された膂力で棍を猟兵目掛けて思いっきり投げつけた。


「なっ!?」


 まさか武器を投げてくるとは思っていなかったのか猟兵の一人が一瞬動きが止まるが、直ぐに立て直して投げられた棍をかわす。


「ファイアボルト!」


 予めチャージしておいたアーツを発動して猟兵に向かって火球を放った。猟兵はそれすらも回避したが螺旋脚で加速したあたしはそのまま格闘戦に持ち込んだ。


 猟兵は素早くブレードライフルをしまうとナイフを取り出して斬りつけてきた。あたしはその攻撃をかわして相手に組み付いた。そして重心を利用して前方に投げ飛ばした。


「舐めるな!」


 だが体勢をすぐに立て直した猟兵はブレードライフルを取り出して斬りかかってきた。あたしは直ぐ近くに落ちていた根を拾い攻撃を受け流す。


 根とブレードライフルがぶつかり合い大きな衝撃が生まれた。本来大型の武器であるブレードライフルに幾ら頑丈な鉄を仕込んだ根でも直接ぶつければ折れてしまう、でもあたしはお父さんにならった闘気のコントロールで根に闘気を流して強化している。


(よしっ!上手くできたわ!)


 あたしは心の中で自分をちょっと称賛した。というのもムラがあって上手くできるときとそうじゃないときがあったからだ。でも漸くコントロールが安定してきた。


「金剛撃!」


 勢いを付けた振り下ろしを放つ。相手はブレードライフルで防御しようとしたが予想以上の衝撃に体勢を崩したようだ。


「今だ!」


 あたしは自身の必殺技である桜花無双撃を放つ。だが相手は初撃を喰らいこそしたがその後の連打を全ていなして転がるように動いて回避した。


「まだあんなに動けるなんて……」


 あたしは少し油断があったことを反省しながらも相手の出方を伺う。いくらダメージを与えたとはいえ相手はプロの猟兵だ。閃光手榴弾や隠し武器を警戒しないといけない。


「……」


 だが相手の猟兵は素早く逃げ出した。あたしは追いかけようとするが罠があると思い止まった。


「エステル、大丈夫?」
「うん、あたしは平気よ。フィーは?」
「わたしも大丈夫。敵は引き際が上手かった、まんまと逃げられちゃうなんて……」


 フィーは悔しそうにそう呟いた。


「どうする?敵が逃げた以上増援を呼ばれるわ」
「アジトは直ぐ近くだし様子だけ確認しよう。最悪アイゼンガルド連峰から逃げる事も視野にいれて」
「分かったわ」


 フィーと話し合いアジトの様子だけ確認することにした。


―――――――――

――――――

―――


 西風の旅団のアジトに着いたあたし達は警戒しながら中の様子を探ることにした。


「そこまで荒らされていないわね」
「そうなるとやっぱりわたし達を狙ったのかな?」
「んー、まだそうと決めつけるのは早いんじゃないかしら」


 あたしは二階に上がろうとしたが殺気を感じたので根を構える。すると二階から誰かが降りてきた。


「ええ反応やったで、エステルちゃん」
「ゼノさん!」


 二階から降りてきたのはゼノさんだった。あたしは嬉しくなって彼に駆け寄った。


「無事だったのね!」
「当たり前や、西風の旅団の看板背負っとる俺がそない簡単にやられたりはせんわ」
「ゼノはどうしてここに?」
「お前達と同じだ。個々の様子を確認しに来たんだ」
「あっ、レオさんも無事だったのね!」



 あたしは背後から現れたレオさんを見て更に喜んだ。二人とも無事で良かったわ。


「再会のハグ……とでもいきたいんやけど今はそんな状況やあらへん。早速情報交換といこうか」


 そしてあたし達はお互いの情報を交換する事になった。


「なるほど、リィンははぐれたっちゅう訳やな。そうなるとあの情報は正しかったんか」
「あの情報ってなんですか?」
「リィンが敵の部隊に捕らえられたと情報があったんだ」
「そんな……!?」


 ゼノさんとレオさんから貰った情報であたしはリィン君が敵に捕まってしまった事を知った。


「あたしのせいだ……あたしが気絶しなければこんな事には……」
「エステル、落ち着いて……リィンは無事なの?」
「分からん。だがもし殺す目的なら捕らえたりせぇへんわ、その場で殺した方が楽やからな」
「なら尋問する気?」
「かもしれないな。だがどの道時間が長引けばリィンが危険なのは変わりない」


 慌てるあたしをフィーは優しく諭してくれた。そして落ち着いた様子で情報を話していく。最初は凄いな……って思ったんだけど触れたフィーの手が震えている事に気が付いた。


 フィーだってまだあたしより年下の女の子だ。いくらあたしよりもこういった状況に慣れているとはいえ大切な家族、ましては好意を抱く男の子の危機となればいくら気丈に振る舞おうとしても恐ろしくてたまらないはずなのに……


(あたしのバカ!今は落ち込んでる場合じゃないでしょ!)


 あたしは頬をパンと叩いて気合を入れなおした。ヨシュアがいなくなって落ち込んでいたけど本来前向きなのがあたしの取り柄だ!


「ごめん、取り乱したりして。でももうあたしは大丈夫だから」
「……ん、分かった」


 フィーはあたしの目を覗き込むとコクリと頷いて離れた。


「エステルちゃん、フィー。俺達はリィンを救出しに向かう。二人も協力してくれ」
「いくらゼノ達がいるとはいえ4人で大丈夫なの?」
「団長や姐さんが部隊を率いて敵の本陣とぶつかっている。敵の目がそちらに向かっている以上救出するなら今しかいない」


 レオさんの話だと敵はこの辺りにある古い砦を根城にしているらしい。敵の大多数はルトガーさんたちが引きつけてくれているのであたし達でリィン君を助けるしかないらしい。


「なら直ぐに行こう。こうしてる間にもリィンの身に危険が迫っているかもしれないからね」
「ええ、行きましょう!」


 あたし達はリィン君を救出するために敵の潜む砦に向かった。


―――――――――

――――――

―――


「あそこが敵のアジト……」


 アイゼンガルド連峰の一角にある切り立った崖、その崖をまるで城壁のようにして立つ古い砦……あそこにリィン君が捕らえられているのね。


「見張りが多いね……14人か」


 フィーの言う通り砦を囲むように猟兵達が警備している。このままでは接近も出来ないわね。


「どうする?崖を登って降りて侵入する?」
「いやそれは危険だ。道具もないし万が一見つかれば蜂の巣にされるだけだ」


 フィーは崖を登って上から侵入することを提案するがレオさんに却下される。まあかなり大きな崖だし専用の道具も無しに上るのは危険すぎるわね。


「ここは定番の囮作戦で行こうやないか」
「囮……誰が行くの?」
「当然俺達や。二人と違ってこういう経験は多いからな、慣れとるわ。それにフィーは侵入する方が得意やろ?リィンの事は任せたで」
「ん、了解」


 ベテランの二人に囮を任せてあたしとフィーで砦内に侵入する事になった。


「ゼノさん、レオさん……気を付けてね」
「大丈夫やで、エステルちゃん。俺らは西風の旅団やからな」
「そういうことだ。お前達も気を付けてな」


 あたしは二人にそう言うと二人は笑ってそう返した。そしてゼノさんが爆弾を投げて作戦が始まった。


「敵襲か!?」
「向こうから狙撃されたぞ!」
「数人で確認しに行け。残りはこの場の警護に残れ!」


 猟兵たちはゼノさん達がいる方に向かっていく。その場に残ったのは4人ほどだった。


「あれなら警備の目をかいくぐっていけそうだね。いこう、エステル」
「うん……!」


 あたし達は見張りの猟兵達に気が付かれないように砦の側に回り込み窓から侵入する。


「……内部に敵の気配がするね。数は少ないけど気が付かれないようにね」


 フィーが小声でそう言ってきたのであたしはコクンと頷いた。そして猟兵達に気が付かれないように砦の内部を進んでいく。


 しばらく行くと二人の猟兵が見張っている扉を見つけた。


「フィー、もしかしてあそこに……」
「リィンがいるかもしれないね」


 あたし達はあそこにリィン君がいるかもしれないと思いあの部屋に侵入することにした。その為にはあの見張りの二人をどうにかしないといけない。


「やあっ!」
「があっ!?」


 あたし達は隙を伺い二人同時に猟兵に飛び掛かった。そして急所を攻撃して猟兵を気絶させる。


「やった、上手く行ったわ」
「鮮やかだったね、エステル。猟兵としてもやっていけるんじゃない」
「流石にそれはちょっと……」


 遊撃士なのに猟兵でやっていけると言われても複雑な気分ね。でも技術としては凶悪な犯罪者を気絶させることも出来そうだし覚えて後悔はしていないわ。


「じゃあ中に入るよ」
「ええ……」


 フィーは少しだけ扉の中を開けて様子を伺う、そしてゆっくりと中に入っていった。あたしもそれに続くと部屋の中は結構広くて者が乱雑に置かれていた。


「倉庫かしら?」
「多分そうかも……!ッエステル、あそこに……」
「リィン君……!」


 倉庫の天井にリィン君が縄で縛られて吊るされていた。どうやら気を失っているみたいだ。


「早く下ろしてあげないと……」
『そこまでだ』


 すると突然背後から声が聞こえた。後ろを振り返ると大柄の猟兵が立っていた。今までの猟兵と違いマスクから変な声が聞こえる、恐らく身元がバレないように声を変える加工がされたマスクなんだろう。


「さっきまで気配も感じなかったのに……」
「手練れだね」


 あたしはともかくフィーにすら気が付かれないのは間違いなく手練れの猟兵なのだろう。でもなんでわざわざ声をかけてきたのかしら?そのまま攻撃すればよかったのに……ううん、今はこんな事を考えている場合じゃないわね。


『お前ら、そいつを助けに来たのか?』
「そうだよ、お前の目的は何?」
『ただの復讐さ。俺達は西風に手痛い目に合わされたことがあってな、だから襲撃した』
「そう、まあケンカを売る相手を間違えたね。リィンを傷つけたこと後悔させてやる」


 フィーは珍しく殺気だってそう言った。大事な人を傷つけられて怒っているのね。


『威勢がいいな、小娘。なら新型の武器で遊んでやろう』


 猟兵はそう言うと大きな大剣のような武器を取り出した。


「あれって剣?それとも槍かしら?」
「気を付けて、エステル。猟兵の武器はあらゆる状況で戦えるように何かしらのギミックが搭載されている。あれも何かあるかもしれない」
「分かったわ!」


 あたしは得体の知れない武器を警戒しながら根を構えた。


『行くぞ!』


 猟兵は自身の背より大きな武器を軽々と振るい叩きつけてきた。あたしとフィーはそれぞれ左右に跳んでそれをかわす。


『フンッ!』


 猟兵はあたしの方に向かって横なぎに武器を振るってきた。咄嗟に根で受け流そうとするがあまりの衝撃に後ろに吹き飛ばされてしまった。


 その隙をついてフィーが背後から銃弾を放つが武器を盾に防がれた。そして一瞬でフィーに接近すると彼女の足を掴んでこっちに向かって投げつけてきた。


「噓でしょっ!?」


 あたしはフィーを受け止める。すると猟兵の持っていた武器の刃の部分が左右に分かれてそこから銃口が現れた。そしてあたし達に向かって銃弾の雨を放ってきた。


「わっ!とっと!!」


 フィーを担いで物陰に隠れる。あ、危なかったわぁ……


「銃弾が止んだ?」


 音が鳴らなくなりあたしはそっと相手の様子を伺おうとした。でも猟兵の姿はいつの間にか無くなっていた。


「いない?」
「エステル、上!」
「へっ……」


 フィーの叫び声を聞いて上を見ると、いつの間にか跳躍していた猟兵が武器を叩きつけようとしている光景が目に映った。


「嘘でしょっ!!?」


 気配はおろか攻撃時に出る殺気すら感じなかった。あたしとフィーはなんとか攻撃事態はかわしたが巻き起こった衝撃に吹き飛ばされて壁に叩きつけられてしまった。


「がはっ!」


 あたしは叩きつけられたがフィーは咄嗟にワイヤーを伸ばして天井に引っ掛けて上から猟兵を攻撃する。


「クリアランス!」


 フィーは先程のお返しと言わんばかりに銃弾の雨を浴びせるが猟兵は武器を振るって銃弾を全部叩き落してしまう。とんでもないことするわね!?


 しかも武器を振るった際に放たれた飛ぶ斬撃がワイヤーを斬ってフィーを落とす。その隙を狙おうとするがあたしが邪魔をする。


「させないわ!金剛撃!」


 思いっきり棍を叩きつけてやったが大したダメージにならなかった。そして着地した際の隙を突かれて蹴り飛ばされてしまう。


「げほっ……つ、強い……!」


 お腹を押さえながらあたしは相手のあまりの強さに絶望しかけた。でもヨシュアの事を想いなんとか踏みとどまる。


「諦めないわ……あたしは必ずヨシュアに会うんだ……!」
『……だが実力の差は歴然。どうするつもりだ?』
「それは……」
『むっ?』


 すると猟兵が大きく後ろに跳躍する、そこにフィーが武器を構えて突っ込んできた。猟兵はフィーのスカッドリッパーを察して回避したんだわ。気配の察知能力も群を抜いているわね。



「一人では勝てなくても力を合わせれば勝てる。そうでしょ、エステル」
「フィー……ええ、そうね!あたしは一人じゃない、仲間と一緒ならどこまでだってやれるわ!」


 フィーの言葉に勇気を貰ったあたし、そして根を構えてフィーと一緒に猟兵に向かっていった。


『フンッ!!』


 猟兵の振り下ろした武器を混で受け止めた。腕が吹き飛びそうなくらいの衝撃に肺の中から空気が一気に出ていった。


 でもあたしはお腹に力を込めて必死で踏ん張った、そして何とか猟兵の動きを止めることが出来た。


「スカッドリッパー!!」


 フィーは武器を構え相手を斬りつける。しかもただ斬り付けたのではなく武器を持つ手を重点的に狙った一撃だった。


「金剛撃!」


 その隙をついてあたしは猟兵の持っていた武器を弾き飛ばした。手を抑えて無防備になる猟兵、今がチャンスよ!


「フィー、行くわよ!」
「ヤー!」


 あたしは相手の周りを取り囲むように回転して闘気の渦に閉じ込めた。そこに5人に分け身をしたフィーが突っ込んで相手を切り裂いていく。


「おりゃあっ!」


 そこにあたしも加わって相手を上に吹っ飛ばした。そして最後にフィーと共に上昇して相手を同時に攻撃した。


「必殺!『太極風花輪』!!」


 地面に着地したあたしとフィーは錐揉み回転しながら地面に落下した相手を注意して様子を見る。コンビクラフトをまともに受けたんだからできればこれで終わってほしいんだけど……


「噓でしょ……」


 今日三回目となるこのセリフだがそりゃ言いたくもなるわよ。だってあの一撃をまともに受けたのに猟兵は立ったんだから。


「どんだけタフなのよ、まるでルトガーさんみたいだわ」


 猟兵のタフネスを見てあたしは修行中のルトガーさんを思い出した。だって攻撃を受けても平然としながら反撃してきたしあのタフネスは異常よ。


『……ふふふ』
「何がおかしいのよ?」
『いや、案外気が付かねぇもんなんだなって思ってよ』
「はぁ?」


 猟兵の意味の分からない言葉に思わず素でそう言ってしまった。すると猟兵は顔を覆っていたマスクをはずして……ってええッ!?


「ル、ルトガーさん!?」


 マスクを外したらその猟兵はルトガーさんだったのだ!一体どうなってるの!?


「あら、終わったのかしら?」
「マリアナさん?……ってその恰好はなんですか?」
「貴方を眠らせたのは私よ」
「ええッ!?じゃああの時戦った猟兵ってマリアナさんだったの!?」


 ますます訳が分かんなくなって来ちゃったわ!?


「この襲撃は全部俺達西風の旅団が起こした自演自作や」
「エステル、お前の仕上がりを試すための最終試練だったって訳だ」
「ゼノさん、レオさん……それに西風の皆も……全部嘘だったって訳なの?」


 続々と集まってきた西風の旅団のメンバーを見て、あたしは安心なのか呆れたからなのか自分でもよくわかんないんだけど大きなため息を吐いた。


「もしかしてフィーも知っていたの?」
「ごめんね、今回の襲撃は実際にそういう場面になったらエステルがどう行動するのかテストする物だったの。だから言えなかったんだ」
「はぁぁ……あたしの緊張感や心配を返してほしいわよ……」


 フィーもグルだったわけね。思えば不意打ちを仕掛けてこなかったり罠も危険なものがなかったりと変に思った場面もあったのよね。疲れて怒る気も起きないわ……


「まあそう気を落とすなって。テストは問題なく合格だ。なあフィー」
「ん、むやみに突っ込んだりしなかったしちゃんと状況を把握して的確な動きをしようとしてた。まあ多少危ない所もあったけどわたしは合格で良いと思う」
「そうか、まあこの短い期間でそこまでやれるようになったのなら上出来だ。これなら結社って奴らとも何とかやっていけるだろう」
「本当ですか!?」


 ルトガーさんの言葉にあたしは嬉しくなってはしゃいでしまう。だって漸くヨシュアを探しに行けるんだから!


「とはいえ油断はするな。俺も俺なりに結社の事を調べたがやべぇ連中なのは間違いなさそうだ。得体が知れないってのもあるが剣や武術、魔術などを極めた奴らもいるらしい。一筋縄ではいかないだろう」
「そんな……」
「だからこそそういう時は仲間を頼れ、一人では無理でも仲間がいれば突破できる。俺も一人ではここまでやってこれなかったからな」
「ルトガーさんでもですか?」
「そうだ。俺もカシウスさんも実力は大陸でも最強クラスだと自負している、だが一人がどんなに強くても出来ない事だってあるんだ。だからこそ人は誰かと協力する、どれはエステル、お前が一番よく知ってるんじゃないか?」
「あっ……」


 あたしはシェラ姉やアネラスさん、クローゼやティータ、ジンさんやアガットなど前に沢山力を貸してくれた人たちを思い出した。


「勿論わたしも一緒に行くよ、エステル。だって友達でしょ?」
「フィー……」


 そしてあたしが心を折りそうになった時に支えてくれた一番の友達がいる。そう思うと勇気が湧いてきた。


「ルトガーさん、それに西風の皆さん。今日まで鍛えていただいてありがとうございました。あたしは必ずヨシュアを連れ戻して見せます!」
「良く言った!お前みたいないい女捨てて行っちまった男なんざ一発ぶん殴ってやれ!」
「はい!」


 ヨシュア、待ってなさい!アンタが何処に逃げようとあたしは絶対に追いかけてやるわ!そしてもう逃げられないくらいに抱きしめてやるんだから!


「よっしゃあ!なら今日は前祝いとしてパーッとやるか!用意しておいた食材も酒もドンドン使え!今日は無礼講だァ!!」
『うおおぉぉぉぉぉぉぉ!!』


 ルトガーさんの一言に西風の旅団の皆は嬉しそうに叫んだ。そしてその日は夜遅くまで騒いでしまった。まあ今日くらいはいいわよね。


 明日からまた頑張ろうっと、仲間と一緒にね。








「……皆、完全に俺の事を忘れているよね」


 その後宴会にリィン君の姿が無かったことを知ったあたしとフィーは直に彼を助けに向かった。流石のリィン君もちょっと拗ねちゃった、本当に悪い事しちゃったわね……







 

 

第67話 新たな物語の始まり

 
前書き
 原作から内容や設定に変更が度々ありますのでお願いします。 

 
side:??


 どこかの場所、明るい緑色の髪を持つ赤いスーツの人物が夜の空に黄昏ていた。少年とも言えそうな幼い顔立ちだが身にまとう雰囲気は決して可愛らしい物ではない。


「……ふふ、君が一番乗りか」
「久しいな、カンパネルラ」


 カンパネルラと呼んだのは白い髪のコートを着た男性だった。整った顔立ちをしているがその瞳は黒く濁っていた。まるで生きる希望を失った人間のような……


「久しぶりだね、『剣帝』。それともレオンハルトって呼んだ方が良いかい?リベールでは随分と大活躍だったみたいだね。しかも珍しく傷を負ったとか……」
「相変わらずよく喋るやつだな」


 カンパネルラは親しそうにレオンハルトに話しかけるが彼は表情を変えることなく淡々とそう答えた。


「そういうお前こそどうだったんだ?遊撃士協会帝国支部の襲撃……あのカシウス・ブライトが出てきたんだ。さぞや盛り上がったんじゃないのか?」
「まあね。あのおじさん武力だけでなく感も頭の良さもヤバくてさ、僕の事は知られていないのにまるで知ってるかのように対策を取られちゃって……僕も少し本気を出しちゃったよ」


 カンパネルラは実に楽しそうにそう答える。実際カシウスの手で彼らが受け持つ猟兵団を一つ潰されてしまったが、カンパネルラはなんてことなさそうに話を続ける。


「まあ結果的には時間は稼げたでしょ?それともやっぱり『剣聖』と戦ってみたかった?」
「……まあな」
「あれれ?そうでもなさそうだね、もしかしてそれなりに面白そうな子を見つけたのかな?例えば剣聖の娘か……それとも例の猟兵兄妹とか?」


 カンパネルラはレオンハルトがカシウスと戦いたがっていた事は知ってるのでからかう名目でそう聞く。だがレオンハルトはそこまで残念そうにしていないレオンハルトを見て首を傾げたが直ぐにその理由に感づき笑みを浮かべた。


「ふん、まだまだあいつらは未熟だ。そこまでの脅威にはならないさ」
「はっ、つまりお前は未熟なガキに傷つけられたって訳か」


 そこに何者かが現れてレオンハルトに声をかけた。その人物は黒いサングラスをかけた男性で身にまとう雰囲気は只者ではない凄味を表していた。実際彼とレオンハルトが対峙すると空気が一気に重くなった。


「……久しぶりだな、『痩せ狼』。相変わらず血生臭い奴だ」
「誤魔化すなよ、剣帝。俺はお前を傷つけたっていうガキが気になってしょうがねえんだよ。あの剣帝様に恥を描かせたっていうガキがな」
「あれは受けてやっただけだ。実際は力を暴走させただけの未熟者、お前が戦っても直ぐに殺してしまうだろう」
「その割には珍しく目に闘気が宿ってるじゃねえか。本当に未熟なガキでしかないのならお前がそんな目をするわけないよなぁ?」


 レオンハルトは淡々と答えるが痩せ狼と言われた男は挑発するように目を輝かせる。


「……少しうるさいぞ。久しぶりに会ったが手合わせでもするか?」
「はっ、いいじゃねえか。猟兵生活でコソコソしてたからナマってるかもしれねえしな?俺が殺しあいって奴を思い出させてやるよ」


 しつこく質問されたことに苛立ったレオンハルトが剣を構えると痩せ狼と呼ばれた男……ヴァルターは嬉しそうに拳を構えた。


「止めなさい、貴方たち」


 だがそこに新たな人物が現れて二人に声をかけた。それは着物のような服を着こんだ美しい女性だった。


「『幻影の鈴』か。こうして会うのはいつぶりだ?」
「半年は会っていなかったわね。それよりも剣帝、痩せ狼、出会っていきなり戦おうとするのは止めて頂戴。貴方たちが本気で戦ったらこの基地が壊れてしまうでしょ?」
「そうよ、レーヴェは私とお喋りするんだから」


 幻影の鈴と呼ばれた女性……ルシオラはレオンハルトとヴァルターに戦いを止めるように話すと、また誰かがそこに乱入してきた。しかも今までと違い明らかに幼い子供の声だった。


「レンか、また一段と腕を上げたんじゃないか?」
「久しぶりね、レーヴェ。貴方には聞きたいことが沢山あるの、だから私とお話しましょ」


 レオンハルトは現れた少女をレンと呼び、彼女も彼に対して親しげに返事を返した。


「おいおい『殲滅天使』、そいつは今から俺と戦うんだ。横から割って入ってくるなよ」
「あら、貴方も興味が湧くお話だと思うわ。だって私が聞きたいのは貴方が気になっている子供の話だもの」
「ほう」


 ヴァルターが不満そうにレンに横入りするなと言う、それに対してレンはふふっと妖艶な笑みを浮かべて自分が話そうとしているのは彼も興味が出る話だと話す。


「意外ね、貴方が他人に興味を持つなんて」
「当然よ。だって私はその男をどうしても殺してやりたいんだから。それもできれば残酷な方法でね……」


 ルシオラはレンとそこまで親しい訳ではないが、知らない仲でもない、だから彼女が他人に執着するのを見て少し意外に思ってそう質問した。するとレンはその愛らしい顔立ちから想像もできないくらいの憎悪に染まった表情でそう返した。これにはさすがのルシオラも少し驚いた。


「かかっ、良い殺気放つじゃねえか。よっぽど恨んでいるみたいだな」
「ええ、私を裏切って幸せに生きてる……許せるわけがないわ」
「お前にそんな顔をさせるガキか、ますます気になるな。味見くらいはしてもいいか?」
「駄目よ、貴方直に熱くなって殺しちゃうじゃない。あいつは私が殺すの」


 ヴァルターもレンとそこまで親しい訳ではないがいつも誰かをからかったりするくらい余裕を見せて負の感情を見せない子供だと思っていた。そんな彼女にあそこまでの憎悪の表情をさせる相手に益々興味が湧いたようだ。


「その話、私も聞かせてもらってもよろしいかね?」


 すると魔法陣が現れてそこから白いスーツと仮面をつけた男性が現れた。


「『怪盗紳士』か……煩い奴が来たな」
「ははっいきなりのご挨拶だね、剣帝。だが仕方がない!リィン・クラウゼルの話ともなれば興奮もしよう!なぜなら私は彼が描く物語を期待する観客の一人だからね」


 レオンハルトは珍しく少し面倒くさそうに怪盗紳士と呟いた。それを聞いた怪盗紳士……ブルブランは怒るどころか高笑いをして話し始めた。


「痩せ狼、君が知りたがっている子供の名はリィン・クラウゼルだ。あの猟兵王に拾われた捨て子で幼いころから彼の英才教育を受けてきた戦いの申し子だよ。まだ十代だというのに赤い星座を始めとした凄腕の猟兵達や裏社会の強者たちと渡り合ってきたという」
「ははっ……!あの猟兵王の子だと!?そりゃいい情報じゃねえか!」


 ブルブランはリィンの情報を話し始めるとヴァルターは好戦的な笑みを浮かべた。猟兵王とはこのゼムリア大陸でも最強クラスの実力を持った人物だ、その男が育てた子供なら嫌でも期待が出来るというものだ。


「だが彼の魅力はそれだけではない。彼には『鬼の力』という異能を持っているのだ。その力はとても強力だが理性がなくなってしまう程に暴走してしまうらしい。彼はその力に苦悩していたが今回のクーデター事件を乗り越え力と向き合う事を決めたらしい……素晴らしい!実力者に拾われた幼い少年が様々な人々と出会い戦いの中成長していく姿……まさに物語の主人公じゃないか!」


 ブルブランはさらに大きな高笑いをしながら話を続ける。


「確か偶然彼が力を誓う所を目撃したんだっけ?」
「如何にも。かつてエレボニア帝国で彼が力を暴走させる様を偶然目にしてしまった。その時から私は彼の虜になってしまったのさ!」


 カンパネルラが前に偶然リィンが鬼の力を暴走させている所を目撃したのか聞くと、ブルブランは肯定する。


「私はその美しくも儚い彼の物語に魅了されてしまった!彼はこの先どのような道を歩むのか?どんな選択をするのか?どうやって力と向き合っていくのか?知れば知る程私の彼への興味は深まっていく!私は彼の物語の虜になってしまった者として世に広めていく語り部になりたいのだ!」
「随分と熱心ね……でも残念。リィン・クラウゼルの物語は私が終わらせるから」
「それもまた一興さ。彼がどのような最期を迎えるのか、それを見届けたいのだ」
「そのリィンって子からしたら酷い話よね、勝手にファンになられてストーカーしますって宣言されたようなものでしょ?同情するわ」


 ブルブランはリィンの物語を見届けたいという。それに対してレンはその物語を終わらせるのは自分だと話し、ルシオラは結社の中でも特に変人なブルブランに付きまとわれる事になったリィンに同情した。


「諸君、集まったようだね」
「来たか、教授」


 するとそこに眼鏡をかけた男性が姿を現した。それを見たレオンハルトは彼を教授と呼んだ。彼の名はワイスマン、彼こそクーデター事件を裏で操っていた人物だ。


「カンパネルラ、ご苦労だった。カシウス・ブライトを見事足止めしてくれて助かったよ」
「うふふ、僕も楽しい仕事だったよ」


 ワイスマンはカンパネルラに労いの言葉をかけると彼は笑顔でそう返した。


「でもさ教授、君の作った計画書を拝見させてもらったけど……随分と楽しそうな内容じゃないか。僕もワクワクしてきたよ」
「道化師である君にそう言って貰えると光栄だよ。でも実際の計画ではもっと楽しんでもらえると思うよ。何故なら今回計画に協力してくれた執行者たちはそれぞれが個人的な目的を持っている。私も、そして彼もね……」


 ワイスマンがそう言うと闇の中から誰かが姿を現した。その姿を見た執行者たちはそれぞれ違う反応を見せた。


「彼って確か……」
「ふふっ、ここで会えるなんて思ってもいなかったわ」
「私は一度変装中に会っていたが……これはまた面白い物語になりそうだ」
「はっ、戻ってきてやがったのか」
「……」


 ルシオラは意外そうな顔を、レンは嬉しそうな笑みを浮かべた。ブルブランはまた大きな高笑いを始めヴァルターは好戦的な笑みを浮かべる。レオンハルトは何も言わずにその人物を見ていた。


「へぇ、これはこれは……」


 そしてカンパネルラは意外そうなものを見る目をしていたが直ぐに興味深そうなものへと変わった。


「紹介しよう、『身喰らう蛇』に復帰した執行者№XIII《漆黒の牙》ヨシュア・アストレイだ」


 そしてワイスマンが彼……ヨシュアの名を紹介した。彼は何も言わずただ佇んでいる、そんなヨシュアを見てワイスマンはニヤリと笑みを浮かべた。


「これより福音計画を発動する……」



―――――――――

――――――

―――


 side:リィン


 俺達は現在飛行船に乗ってリベールに向かっていた。目的は王都グランセル、そこでまずギルドに向かい報告をする手立てだ。現在はフィーが俺の隣の席に座っていて、エステルは俺の前の席に座っている。


「そういえばラウラは来ないの?」
「ラウラはいまだ修行中だって聞いてる。でも必ず駆け付けると彼女は言っていたよ」


 エステルが俺にラウラの事を聞いてきたので説明した。


 ラウラはクーデター事件の後一度レグラムへと戻った。そこでアルゼイド流の奥義を得て強くなってくると言って……


 修行はまだ終わっていないらしいが彼女なら直ぐに来てくれるだろう。


「そっか、久しぶりに会えるかと思ったんだけどまだ修行中なんだね」
「ああ、きっと凄く強くなって戻ってくるよ。俺も楽しみだ」


 エステルはラウラに会いたかったようだが直ぐに会えるだろう。俺も彼女の強さがどれだけ上がっているのか気になっている。


「ふーん、リィンがラウラに会いたいのって唯強くなったのを見たいから?それだけじゃないよね、別れる寸前にキスされていたし」
「そ、それは……」


 フィーが含み笑いをしながらジト目でそう言ってきた。まあ確かに別れる寸前にラウラにキスされたんだよな、『フィーだけがそなたと口づけしているのは不公平だからな……』と顔を真っ赤にしながらはにかむラウラを思い出して顔が赤くなってしまった。


「わたしとのキスでは動揺もしなかったし……やっぱりリィンはおっぱいが大きい子が好きなんだ。わたしのおっぱいが小さいからドキドキしてくれないんだ」
「そんなことはないぞ!フィーとのキスだって滅茶苦茶ドキドキしたし……!」


 不意打ちでされたキスだったが今でも思い出すと心臓がバクバクするんだぞ!なんとも思ってないわけないじゃないか!


「ならもう一回キスしよ?それでリィンのドキドキを確かめさせて」
「うぇっ!?」


 フィーの提案に変な声を出してしまった。こ、こんな人目の多い所でキスしろだって!?エステルも見てるのに!?


 フィーは「んー」と唇を突き出して俺に顔を寄せてきた。俺はどうしたらいいか分からずワタワタしているとエステルが助け船を出してくれた。


「フィー、それ以上リィン君をからかったら顔がにがトマトみたいになっちゃうわよ」
「ん、残念。まあリィンはヘタレだから仕方ないか」


 エステルは苦笑しながらそう言いフィーは溜息を吐いて俺から離れた。


(告白されてからいいようにされ過ぎじゃないか、俺……)


 元々マイペースでつかみどころの無かったフィーだが告白されてからはいつも彼女のペースに乗せられてしまう。


 そりゃ告白の返事を先延ばししてるヘタレな俺が悪いんだがここまでいいようにされると男として情けなくなってしまう。


 それから暫くして飛行船が王都グランセルに到着した。直にギルドに向かいエルナンさんに報告をした。久しぶりに彼に会ったので挨拶をするが元気そうで何よりだ。


「ご苦労様でした、エステルさん。この一か月で随分逞しくなられましたね」
「えへへ、これからはバンバンお仕事をこなしていくからね」
「頼もしい限りですね、いまだに遊撃士の人手不足は解消されていないので頼りにさせていただきます」


 遊撃士は憧れる人も多い仕事だが実際は荷物運びや人探し、住民の仕事の手伝いなど雑用がメインなのでカッコいいと思われる要因である魔物退治はベテランが当たることが多い。だから新人は現実と理想との違いに遊撃士を辞めてしまう事があるらしい。それで人手不足らしいんだ。


「そういえばエルナンさん、例の組織について何か聞いていないですか?」
「今のところは目立った話は聞いていませんね。ただここ一か月の間奇妙な事が起きているんです」


 俺はエルナンさんに結社について聞いてみると、奇妙な事が起きていると彼は答えた。


「奇妙なことって?」
「例えば各地に生息していた魔獣の生息が変化していたり現存していた大型魔獣が強化されていたりと……幸いまだ人的な被害は出ていませんがそれも時間の問題でしょうね」
「新たな魔獣の出現に魔獣の強化……これも結社の仕業かしら?」
「そう決めつけるには情報が足りていませんね……唯この一か月の間で何かが確実に変化しています」


 フィーが首を傾げて質問するとエルナンさんが魔獣の生息地が変化していたり強くなったことを教えてくれた。エステルは結社の仕業かと言うがこの時点ではまだ分からないな。


「遊撃士協会としても放っておけない案件です、既に調査を開始しています。それでエステルさん達にもその調査に協力していただきたいのです」
「調査って何をすればいいの?」
「それは『身喰らう蛇』の調査です」
『ッ!?』


 身喰らう蛇……その名前が出た事で俺達に緊張が走った。


「とは言っても結社を直接調べる訳じゃありません、なにせ遊撃士協会でもその存在は噂程度しか確認できていませんから。しかし前回のクーデター事件にかかわっていた可能性が高い以上今回の異変も全く関係がないとは言えません……ですのでエステルさん達には各地を回って頂き仕事をしながら結社の動向を調べてほしいんです」
「地味だけど大事な仕事だね。情報は何よりの武器だし」


 エルナンさんの説明にフィーも頷いた。まず情報を集めないことには何もできないからな、こういった地道な活動は目立たないがとても大事な仕事だ。


 猟兵の仕事に情報を集めるのを専門とする人がいるがまあ地味だ、でもその人たちのお蔭で俺達は安心して仕事が出来るしな。


「既にシェラザードさんとアガットさんも各地を回って情報を調べてもらっています」
「ならあたし達は二人と合流するって事?」
「いえ本来ならどちらかと合流して行動してもらおうと思いましたが協力員としてリィンさんとフィーさんもいます。ですのでエステルさんはお二人ともう一人の遊撃士の方と共に行動してほしいんです」


 どうやら既にシェラザードさん達が行動を始めているようだな。でももう一人の遊撃士って誰だろうか?


「アネラスさん、入って……」
「弟弟子くーん!」


 エルナンさんが何か言おうとすると奥の部屋から誰かが勢いよく飛び出してきて俺に抱き着いた。この人は……


「姉弟子?もう一人の遊撃士って姉弟子だったんですか!お久しぶりです!」
「うん!久しぶりだね!こうしてまた会えて嬉しいよ!


 俺は久しぶりに会えた姉弟子……アネラスさんを見て嬉しくなってしまい抱きしめ返した。


「アネラスさん!久しぶり!」
「エステルちゃんも久しぶりだね!また逞しくなっちゃって……随分と鍛え込んだんだね」
「そういうアネラスさんだって強くなってるわね」
「うん!クルツ先輩達にいっぱい揉まれたからね!私だってエステルちゃんに負けていないんだからね!」


 そういえば姉弟子は遊撃士の強化合宿に行ったんだったな。相当鍛えてきたのが分かるよ。


「それと……」
「……」
「あー!いたー!フィーちゃーん!!」


 姉弟子はフィーを探してキョロキョロしていたがフィーはいつの間にか物陰に隠れていた。でも直ぐに姉弟子に見つかってしまい抱っこされた。


「フィーちゃん久しぶりだねー!あーん、相変わらずちっちゃくて可愛いー!」
「暑苦しい……」


 姉弟子に頬すりされているフィーは嫌そうな顔をする。姉弟子は変わらないな、見ていて安心するよ。


「アネラスさん、話を進めてもよろしいでしょうか?」
「あっ、ごめんなさい!話を続けてください」


 姉弟子はエルナンさんにそう言って頭を下げた。でもフィーは抱っこしたままなので彼女はイヤイヤと体をよじって抜け出して俺の背中に隠れた。


「そういえばクルツさん達は帰ってきていないの?」
「グラッツさんはアガットさんと、カルナさんはシェラザードさんと合流する予定です。流石に得体の知れない組織を相手に単独行動は危険ですので」
「あれ?クルツさんは?」


 エステルがクルツさん達の事を聞くとそれぞれの行動を教えてもらった。でもクルツさんはどうするんだろうか?エステルも気になったのか彼の事を聞いた。


「クルツさんは七曜教会の方と会う事になっています。今だに症状が出てくることがあるらしいので……」
「えっ、そうなんですか?私との訓練の時はそんなそぶりを見せなかったのに……」
「症状と言っても時々頭が少し痛くなるくらいらしいです。しかし重くなってしまったらいけないので丁度以前ルーアンで発見された古代遺物の回収とグランセル城の地下の遺跡を調べに来ていた七曜教会の神父に協力を要請したんです」
「そうだったんですか」


 クルツさんは何者かに襲われた影響なのか未だに何らかの後遺症が残っているらしい。姉弟子は心配するが彼の為に七曜教会に協力してもらうとエルナンさんは話す。


 七曜教会か……まあ警戒しておくに越したことはないか、団長も警戒しておけって言っていたしね。


「さて、話を戻しますと現在シェラザードさん達にはそれぞれボースとロレントに向かって貰っています。ですので皆さんにはルーアンに行って貰いたいのです」


 ルーアンか、フィーともそこで再会したし思い入れのある場所だ。最初に行く場所がルーアンならフィーも喜びそうだ。


「ル―アン……クローゼや孤児院の皆は元気にしてるかな……」
「もしかしたら寄ることもあるかもしれないし顔くらいは見せに行こうか」
「うん!」


 フィーはルーアンで暫く過ごしていたから会いたい人も多いだろう。俺は顔くらいは見せに行こうかと彼女に言うと嬉しそうな笑顔を見せてくれた。


 さあ、ここからが物語の始まりだ。結社に俺の中の異能……問題は多くて大変だがフィーと一緒なら乗り越えられる、俺はそう思い気合を入れなおした。

  

 

第68話 白い影の調査

 
前書き
 原作のストーリーだけだと物足りないのでイース8の出来事の一部を話に組み込んでみましたのでお願いします。 

 
side:リィン


 俺達は飛行船に乗ってルーアンに向かうことにした。長い空の航海の後無事にルーアンに付いた俺達は飛行船を降りてギルドに向かい責任者のジャンさんに挨拶をした。


「久しぶりだねぇ!君たちが来てくれて本当に助かるよ!」
「あはは……もしかして仕事が溜まってるの?」


 出会って早々にテンションを上げたジャンさんにエステルが苦笑しながらそう聞いた。


「なにせカルナさんが留守だから掲示板が堪っていてね、幸い市長選挙は軍が取り仕切ってるからこっちにはあまり仕事は降られていないのが救いかな。もしそちらもギルドに仕事の要請が来ていたら本当に回らなくなるところだったよ」
「選挙ですか?」


 ジャンさんの話に出てきた選挙という言葉に姉弟子が反応した。そういえば何やら町が騒がしかったけど選挙があるのか。


「前の市長だったダルモアが捕まってから市長は不在だったのね。誰が立候補してるの?」
「観光事業を推奨しているノーマン氏と港湾事業を推奨しているポルトス氏だね。今町は丁度この二人を指示する人間で半々に分かれているんだ。それだけ注目を浴びているって事だね」


 まあルーアンの人たちからすれば今後のこの町の未来につながっていく事だから白熱もするよな。


「ねえリィン、選挙って何?」
「まあ俺達にはあまりなじみのない言葉だよな」


 猟兵は一定の場所に留まらない流れ者である為俺達は選挙という出来事自体に慣れていない、だからフィーが選挙について説明を求めてきた。


「簡単に言えば市長などの偉い立場にある役職に立候補した人を町の人たちが票を出し合って決める事さ。一番票が多かった方が選ばれるんだ」
「わたし達も票を入れるの?」
「俺たちは未成年だから投票する資格はないよ、18歳以上から資格があるんだ。そもそも住民として登録されていないと投票はできないけどね」
「ふーん、そういうのがあるんだ」


 俺は簡単に説明するとフィーは納得してくれた。


「それでジャンさん、何か怪しい物を見たとかっていう情報は無いの?あたし達結社を追っているんだけど」
「怪しい……というと一つあるけど正直眉唾物だよ」
「何でもいいんです。教えてください」
「分かった。その怪しい物というのは亡霊なんだ」
「へっ……?」


 エステルはジャンさんに怪しい人や物の目撃情報がないか聞くとジャンさんは亡霊と答えた。


「亡霊……ですか?」
「うん、そうなんだ。ここ1~2週間の間に『夜に白い影を見た』っていう報告がルーアン各地から何件もギルドに寄せられたんだ」
「ルーアン各地で亡霊を見たってことですか。それだけ目撃者がいるのなら悪戯の可能性は低そうですね」


 姉弟子が亡霊?と首を傾げて聞くとジャンさんはルーアン各地から目撃情報があったと話す。俺はそれを聞いてソレだけ目撃者がいるなら悪戯の線は低いと考えた。


「じゃ、じゃあ本当に幽霊がいるってこと!?」
「本当に幽霊なのかは分からないけどこれだけ目撃情報があったらさすがに無視はできないよ。今は幸い何も起こっていないけどもし犠牲者が出たら取り返しがつかないからね」
「そ、そうね……直に解決しないとね……」
「後亡霊だけでなく『幽霊船』も見たって話が出てるんだ。この情報はマリノア村の方から送られてきたね」
「ゆ、ゆ、幽霊船~!?」


 更に幽霊船の目撃情報もあったらしくエステルは凄く驚いていた。


「それで依頼をこなす合間にこれらの事も調べてくれないかい?」
「えっ、でも……安受けはあんまりできないしあたし達も忙しいっていうか……」


 いつもなら二つ返事で承諾するはずのエステルが何故か嫌そうにしている。


「エステル、もしかしてお化けとか駄目なタイプなの?」
「え、やだ、違うわよ!全然そんなことないんだからね!」


 フィーがそう聞くとエステルは慌てながらそう言う、でも皆の視線を受け続けて笑みを消してしまった。


「……ごめんなさい、実はちょっと苦手です」
「あはは、ちょっとって感じじゃなかったけど……でもそれなら幽霊の調査は私達がやるからエステルちゃんは依頼をこなしてもらっていてもいいよ」
「ん、わたしも一緒に行動するよ。リィンもそれでいいよね?」
「ああ、単独行動は危険だしな。それに俺とフィーだけだと他の遊撃士に警戒される恐れもある」


 エステルを気遣って姉弟子が調査は自分達がすると話す。エステルにはフィーが付いていれば問題無いだろう。


「……ううん、やっぱりあたしも行くわ。怖いけどヨシュアがいなくなった時の事を想えば全然マシだもの」
「エステルちゃん……うん、分かったよ」


 こうして俺達は白い影と幽霊船の調査に当たる事になった。既に目撃証言は纏めているらしいが新たに3件の目撃情報があったためにそれを順番に回る事になったんだ。


 最初はルーアンの不良グループ『レイヴン』の元に向かう事になった。レイヴンといえば武術大会で見た事のある子達だったな。


「あいつらに会うのも久しぶりね~」
「確か港の倉庫を根城にしてるんだったよね」
「武術大会で見かけたけど中々やる子達だったね。対戦相手が違っていたら本戦に出てたかも」
「そういえばフィーが言い寄られたんだっけ……なんだかいい気分はしないな」
「リィン君、顔が怖いわよ」


 エステルにひきつった顔でそう言われるが……うーん、我儘だと思うけどやっぱりいい気はしない。


「リィン、わたしが好きなのはリィンだから他の男の人に言い寄られても受けたりしないよ」
「お、おう……」


 フィーはハッキリと俺が好きだと言ってくれた、すると胸の不安が少しなくなっていった。


 こんないい子の告白を保留にしてるくせに他の男に言い寄られるのを知って不安になるなんて俺って本当に情けない男だよな……


「それにわたしが取られそうだって不安ならこうしてればだいじょーぶだよ」
「お、おいフィー……」


 フィーは俺の腕に自らの腕を絡めると更に指を恋人がするように絡めてきた。


「これならわたしたちがそう言う関係だって思いこむよ。ねっ、これなら安心でしょう」
「……そうだな」


 確かに何故か胸の不安はとれた。恥ずかしいが俺はフィーと手を繋いだまま行くことにした。


「あはは、フィーってば積極的ね。あたしも負けてらんないわね!」
「そうだね。ヨシュア君を連れ戻したら思いっきり甘えてあげるといいよ!」


 エステルと姉弟子の温かい眼差しを受けながら俺達はレイヴンのアジトへと向かうのだった。


―――――――――

――――――

―――


「ここがレイヴンのアジトよ。おじゃましまーす!」


 エステルはそう言ってまるで友達の家に入るかのように中に進んでいった。


「あん、一体誰だ?ここがレイヴンの……ってお前は!?」
「エステルちゃーん!フィルちゃんも!久しぶりだなぁ!」


 中にいたメンバーの内若い男の三人がエステルを見て反応する。確か彼らがレイヴンのリーダー格の三人だったな。


「久しぶりねアンタ達、相変わらず元気そうで何よりだわ」
「はっ、そりゃこっちのセリフだぜ。それで態々こんなところに何の用だ、態々顔を見せに来たって訳じゃないんだろう?」
「うん、あたし達今日はギルドの仕事できたの。実は……」


 エステルは彼らに白い影を見たメンバーがいる事を聞いてココに来た趣旨を話した。


「……なるほどな。確かにその白い影を見たって奴はウチにいる」
「なら……」
「だが条件がある。情報が欲しければ俺達と戦え」
「えっ?どうして」


 レイヴンのリーダー格の三人の一人であるロッコは俺達に勝負を挑んできた。何が目的なんだ?


「最近魔獣も強くなって俺達も苦戦しちまってるんだ。このままじゃレイヴンの名が廃っちまう」
「なるほど、それであたし達に稽古してほしいって事ね」
「まあな。だがこっちはマジで勝ちに行かせてもらうぜ。もし俺達が負けたら知ってる情報を全て教えてやるよ」
「あたしたちが負けたら?」
「そうだなぁ……」
「はいはーい!俺エステルちゃんかフィルちゃんとデートしたい!」


 ロッコがどうするか考えているとレイスという少年がそんな事を言い出してきた。


「デートだと?」
「そりゃいいな。俺あそこにいる茶髪の剣士の姉ちゃんすっげぇタイプなんだよな!」
「俺はエステルちゃん!もしくはフィルちゃんが良い!」


 それに便乗してディンという少年も賛成と言って手を上げる。


「お前らなぁ……まあ俺は興味ねえが一杯奢ってもらえばいいか。この条件で良いか?」
「いいんじゃないか?勝てればな」


 好き勝手に言う3人に俺は太刀を抜きながら前に出た。


「あん?なんだよお前は?」
「フィー……いやフィルの兄貴さ。この子とデートしたいなら俺を倒してみろ、3人まとめて相手をしてやる」
「はぁ?いきなり出てきて調子に乗んなよ!」
「いいじゃねえか、あのヨシュアって奴じゃないならイケるだろうぜ?」
「ああ、俺達を相手に一人でやるなんてほざく奴は気に入らねえ。やっちまうぞ!」


 3人は武器を抜き戦闘態勢に入った。


「行くぞ……!」


―――――――――

――――――

―――


「ぐっ……なんなんだよ、コイツ!」
「は、早ぇし分身しやがったぞ……!」
「剣から炎を出すし……アガットみてえな事しやがって……」
「いや強かったよ、3人共。少し本気になった、正直予想以上だったよ」


 勝負は俺が勝ったが意外にもやるのでクラフトも使った。真面目に鍛え込んでいけば将来遊撃士としてもやっていけそうだな。


 猟兵のくせに遊撃士を進めるのかって?だって猟兵なんて本来なるような仕事じゃないし遊撃士の方がよっぽどマシだろう。


「お疲れ様、リィン」
「意外と粘られたね、前よりも強くなっていたしあの子達もやるね」


 フィーと姉弟子にねぎらいの言葉を貰った。


「大丈夫?リィン君も無茶するわね。でもあんた達最初に会った頃と比べると本当に強くなったわね。不良なんてやってないで遊撃士でも目指したらどう?」
『えっ!?』


 エステルも同じことを思ったのか彼らに遊撃になったらどうかと言う。それを聞いた3人は驚いた顔をしていた。


「俺達が遊撃士?ありえねえって!」
「そう?十分にやっていけると思うわよ。少なくともあんた達だってずっと不良やってるつもりはないんでしょう?いい機会だと思うけど」
「……とりあえず約束は約束だ」


 三人はそれぞれ違う反応をしていたがロッコが話を進めた。そして彼らから情報を知っているというメンバーの事を聞いて俺達はそこに向かうことになった。


「それじゃあね。あっ、そうだ。さっきの話考えておいてよ、遊撃士って人手不足だからあんた達がなってくれたらあたしも嬉しいわ」
「はっ、気が向いたらな」
「また来てくれよなリィン、今度は俺達が勝つからな!」
「アネラスちゃんもフィルちゃんもまたね~♪」


 三人に見送られて俺達は倉庫を後にした。


――――――――

――――――

―――


 その後俺達はレイヴンのメンバーから情報を貰って残る二つの目撃情報を得る為に姉弟子と共にエア=レッテンの関所に向かっていた。


「えへへ、弟弟子君と二人だけで一緒に行動するのって初めてだね」
「そう言われるとそうですね」
「でもよかったの?フィーちゃんと一緒じゃなくて」
「俺達だけで行動すれば事情を知らない遊撃士たちが警戒するかもしれません」
「そう言う事じゃなくて……」


 エステルとフィーはもう一つの目撃情報のあったマーテル孤児院に向かっている。それぞれ反対の方向だから分かれた方が良いと判断した結果だ。


 フィーは孤児院でお世話になっていたから子供たちに会いたかったと思うしエステルもいれば問題は無いと思うんだけど……


「だってレイヴンの子達にあんなに嫉妬していたのにフィーちゃんと離れてもよかったの?」
「えっと……」


 どうやら俺は相当感情を丸出しにして戦っていたらしい。姉弟子はふざけてそう聞いたんじゃなくて本当に心配してくれているのだろうとは分かったが……


「そんなに顔に出てましたか?」
「うん、すっごく面白くないって顔してた」
「そうですか……」
「あのさ、お節介かもしれないけど聞いてもいい?どうして弟弟子君はフィーちゃんやラウラちゃんと付き合わないの?どう見ても両想いだし問題は無いと思うんだけど……」
「……俺が悪いんです。俺だって本当はもうわかっているのに、過去の出来事が頭によぎってどうしてもあと一歩が踏み出せないんです……」


 姉弟子は悪気なく純粋にそう思って質問したんだろう、でも俺はそう返す事しかできなかった。


 エレナが死んだあの日、俺は誰かを好きになるのが怖くなった。俺が好きになった子は死んでしまうんじゃないかと思ってしまうんだ。


「……ごめんね、弟弟子君にも色々あるのに興味本位でこんなこと聞いちゃって」
「気にしないでください。俺がいつまでも引きずっているのが悪いんです」


 何かを察した姉弟子は申し訳なさそうな顔をするが俺は気にしないでくれと言う。


「いつまでも過去に囚われている訳にも行きません。俺は必ず鬼の力を使いこなせるようになってフィーとラウラの想いに応えます」
「そっか……なら私は姉弟子として応援するよ!もし私にできる事があるなら遠慮なく言ってね、力になるから!」
「ありがとうございます、姉弟子。頼りにしていますね」


 姉弟子にお礼を言い俺達は街道を進んでエア=レッテンに向かった。


――――――――――

――――――

―――


「うわ~、すっごい滝だね」
「ここがエア=レッテンの関所か……来るのは初めてだな」


 関所に付いた俺達はまずそこの責任者に話をして幽霊を見たという人物に会わせてもらった。そして彼から幽霊の特徴や何をしていたのかを聞き取ることが出来た。


「話を聞くと本物としか思えないよね~」
「ええ、しかし幽霊は兎も角幽霊船の方は話はまだ聞けていませんね」
「マリノア村の方で見かけたって話だしエステルちゃん達が何か情報を得たかもしれないね」
「なら一度ルーアンに戻って合流しましょう」


 話を聞き終わった俺達はルーアンに帰ろうとした。すると何かの会話が聞こえてきた。


「わぁ~、すっごい眺めだね!パパ!ママ!」
「コラコラ、そんなに騒いだら他の人に迷惑だよ」


 どうやら旅行客のようで滝の眺めを見ているらしい。小さな赤い髪をした男の子が菫のような淡い紫色をした男性に注意されていた、そんな二人を見て奥さんらしき赤い髪の女性が笑顔を浮かべていた。


「あはは、仲のよさそうな家族だね」
「ええ、微笑ましいですね……」


 俺は男性の髪の色を見てレンを思い出してしまった。丁度あんな色の髪をしているんだよな、レンは……


「あっ、ねぇねぇそこのお兄ちゃん!」
「えっ?」


 すると滝を見ていた子が俺に声をかけてきた。


「この滝ってなんて名前の滝なの?」
「こらコリン……申し訳ありません」
「いえいえ大丈夫ですよ。この滝はね『エア=レッテン』っていうんだ」
「そうなんだー!エア=レッテン!エア=レッテンー!」


 きゃははと笑いながらジャンプする男の子を見てほっこりしてしまう。


「ありがとうございます。お二人も旅行中ですか?」
「いえ俺達は遊撃士でして……」
「ああ、そうだったんですか。お忙しい所を申し訳ありません」
「大丈夫ですよ。貴方方は旅行で?」
「ええ、普段忙しくてなかなか家族サービスをしてやれなくて……漸く時間が取れてこうして家族で旅行しに来たんです」
「いいお父さんですね、家族を大事にしていて素晴らしいと思います」


 俺は遊撃士じゃないが説明が面倒なので誤魔化した。男性は姉弟子の遊撃士の紋章を見て納得してくれたしね。


 どうやらこの家族はリベールを旅行中らしい。今は家族サービスの真っ最中のようだ。


 家族の為に時間を作ろうとする良いお父さんだな。団長もよく忙しいのに無理をしてまで俺達との時間を作ってくれたのを思い出した。


「お兄ちゃん、教えてくれてありがとうね。僕の名前はコリンって言うの!」
「そっか、ならお兄ちゃんも名乗らないとな。俺はリィンっていうんだ。よろしくね、コリン君」
「うん!」


 コリン君か、元気で素直ないい子だな。


「そろそろ私達は行きますね。ほらコリン、お兄さんたちに挨拶しなさい」
「うん!バイバイお兄ちゃん!」


 彼らはそう言って行ってしまった。


「あはは、弟弟子君って小さい子に好かれやすいんだね。私なんて見向きもされなかったよ。ちっちゃくて可愛かったなぁ~、抱っこして見たかったよ」


 姉弟子はそう言って俺をからかってくる。俺は少し恥ずかしくなって顔を逸らした。


「そ、そういう事じゃないと思うんですが……でも本当に良い子でしたね」
「うん、リベールの旅行を楽しんでくれるといいね。その為二も私達で頑張らないとね」
「そうですね、俺達も頑張りましょう」


 俺達は新たに決意をしてルーアンに戻るのだった。


―――――――――

――――――

―――

side:フィー


 リィンとアネラスと別れた後、わたしはエステルと共に孤児院に向かっていた。


「皆元気にしてるかな……」
「そういえばフィーは孤児院でお世話になっていたんだっけ?ジャンさんの話だと新しい孤児院は完成しているらしいし会うのが楽しみね」
「うん、すっごく楽しみ。早くみんなに会いたいな……」


 わたしは期待を胸に込めてエステルにそう答えた。そして遂にマーシア孤児院に付いたんだけど……


「ああっ……!」
「驚いたわ、立派な孤児院に戻ってるじゃないの」


 そこにはあの焼け焦げた跡地があった場所とは思えないほど立派な建物が作られていた。


「良かった……無事に孤児院を立て直せたんだね……」
「フィー……」


 わたしは嬉しくなってしまいつ泣きそうになってしまった。エステルはそんなわたしを気遣って肩を叩いてくれた。


「あら、そこにいるのは……もしかしてフィーさんですか?」
「テレサ!」


 わたし達に声をかけたのはこの孤児院の責任者であるテレサだった。


「テレサ!」
「ふふっ、久しぶりですね。お元気そうで何よりです」


 わたしは感極まってテレサの胸の中に飛び込んでしまった。テレサはそんなわたしの頭を優しく撫でてくれた。


「ごめんね、会いに来ただけで泣いちゃって……」
「私だって嬉しくて仕方ないんです。だから気にしないでください」


 わたしは顔を赤くしながらテレサから離れた。


「ふふっ、フィーったらお母さんに甘える子供みたいだったわよ」
「むっ、エステルだってわたしの胸の中で泣いたくせに」
「あら、そうなんですか?」
「い、言わないでよぉー!」


 エステルがからかってきたのでお返しにと前に泣いてたことを話したらわたしの口をふさいできた。そんな私達を見てテレサは笑っていた。


―――――――――

――――――

―――


「なるほど、白い影の情報を聞くために来てくださったんですね」
「はい、テレサ先生が連絡をくれたってジャンさんから聞いたので」
「そうだったんですね。でもごめんなさい、見たのは私じゃなくてポーリィなんです」
「そういえば皆ここにはいないね。クローゼと一緒にマリノア村に行ってるの?」


 わたしは眩む太刀の姿が見えなかったからそう聞いた。クローゼもよくここに来ていたし一緒に行動してるんじゃないかと思ったの。


「子供たちは今マリノア村で行われている日曜学校に参加していますよ。最近こられた巡回神父さんが子供好きで皆も懐いたようで……」
「巡回神父?」


 前に神父と名乗ったケビンと出会った事を思い出した。もしかしたらって思ったけど流石に考えすぎかな?


「クローゼさんは最近は孤児院には来られていません。確か今の時期は学園の試験期間のはずですので忙しいのでしょうね」
「うわ~やっぱり学生って大変ね……」


 試験と聞いてエステルは顔をしかめていた。勉強ばっかりで学生って大変そうだね、お昼寝する間もなさそう。


「ならあたし達で迎えに行かない?ついでにここまで送ってあげれば一石二鳥だし」
「いいねそれ、グー」


 エステルの提案にわたしもサムズアップして答えた。


「そんな、ご迷惑じゃ……」
「いいのいいの、どのみち会いに行くんだからそんなの何ともないわ。ねっフィー?」
「ん、そう言う事だから遠慮しないで頼って、テレサ」
「分かりました。あの子達をお願いしますね」


 わたしとエステルは子供達を迎えにマリノア村に向かった。



―――――――――

――――――

―――


「マリノア村、いつ来てものんびりとした空気で居心地が良いわねぇ」
「ん、ここの潮風に身を委ねてするお昼寝は最高だった」
「あたしもお昼寝しちゃったのよね、あの時は……」
「エステル?」
「……ううん、何でもないわ。さあ行きましょう」


 わたしは急に落ち込んでしまったエステルを見て首を傾げた。何か嫌な事を思い出しちゃったのかな?


 でも深く聞くのは良くないと思ってそのままにしておいた。誰だって聞かれたくないことはあるもんね。


 日曜学校をしている場所を探していると不意にエステルがあるベンチを見て少し悲しげな顔をしていた。


「どうしたのエステル、あのベンチに何かあるの?」
「あたしが準遊撃士の頃にヨシュアと初めてこの村に来た時にあそこでお弁当を食べたの。その後にヨシュアに膝枕をしてもらって……あれからもうこんなにも立ったんだなって思っちゃったんだ」
「エステル……」


 あのベンチはエステルにとって思い出の場所なんだね。そりゃあんな顔もしちゃうよね……


「エステル、その……」
「大丈夫、涙はあの時いっぱい流したから……」


 わたしは何か言葉をかけようとしたが、エステルは笑顔で大丈夫だと話す。


「フィーが悲しい気持ちを受け止めてくれたからあたしはもう泣かないわ。ヨシュアを連れ戻すまで絶対ね」
「……ん、ならわたしも全力で支援するよ」


 わたしは絶対に最後までエステルの味方でいようと決意を新たに固くする。ヨシュア、覚悟しておいてよね。


「さてと、それじゃ日曜学校が行われている場所を探しましょう」
「きゃはは!先生の話面白いな!」
「あれ、今の声って……」
「ん、クラムの声だと思う」


 風車小屋から子供の笑い声が聞こえてきたね、よく見ると張り紙が張ってある。そこには『日曜学校、授業中』と書かれていた。


「あっ、ここだったんだ」
「どうやらまだ授業中みたいだね。でも日曜学校ってこんな感じなんだ」
「あれ、フィーは日曜学校に参加したことないの?」
「ないよ。猟兵って基本的に流れ者だからそういうのには参加してない。生きるのに必要なことは団の皆が教えてくれたから」
「へ~、フィーにとって西風の皆が先生なんだね」
「ん、そうだね」


 日曜学校には参加したことないけど大事なことは団長や皆から教わってきたからね。まあ勉強は苦手だけど……


「おっと、誰かがのぞき見しとるな。そこにいるお二人さん、授業はもう終わったから入っておいでや」
「えー!?本当!?」
「だれだれ?だれなのー?」
「やいやい!正体を表せ!」


 のぞき見してるのがバレちゃったね、しかも人数も出当てられたし。というかこの声って確か……


 わたしとエステルは風車小屋の中に入った。するとわたし達を見て子供たちと巡回神父が驚いた顔を見せた。


「あれ、確か君らは……」
「フィル!フィルじゃねーか!」
「わー!フィルお姉ちゃんだー!」
「エステルお姉ちゃんもいるー!」


 巡回神父は前に出会ったケビンだった。彼も驚いていたけど子供たちは一斉に笑みを浮かべてわたしの元に駆け寄ってきた。


「皆、久しぶりだね。元気にしてた?」
「あったりまえだろ!お前こそ元気にしてたのかよー!」
「クラムは相変わらずだね」


 わたしはクラムのやんちゃぶりに苦笑しながらも嬉しくて笑みを浮かべた。


 その後わたしとエステルは子供たちが落ち着くまでもみくちゃにされるのだった。


 

 

第69話 姫の恋

 
前書き
 空の軌跡で海賊にまつわるサブクエストがありますが、こちらの作品ではイース8に出てきたキャプテン・リードというキャラで話を作っていくのでお願いします。 

 
side:フィー


「いやぁ、まさかエステルちゃんとフィーちゃんにまた会えるなんて嬉しいわ!これも空の女神のご加護って訳やな」
「調子いいこと言うね。身内にも似たような人がいるよ」
「そうなんか?そりゃ俺みたいなイケメンさんなんやろうな~」
「ん、やっぱり似てる。胡散臭い所とか特に」
「いやなんでやねん!?」


 わたしとエステルは子供達を連れてマーシア孤児院に向かっていた。でも何故かケビンまで一緒に付いてきている。


「なんで一緒に付いてくるの?」
「つれない事言わんといてや。前に相談受けた仲やろ?」
「まああの時は助けられたけどそれとこれとは話が別、何が目的なの?」
「女の子や子供達だけやと不安やしな、まあ二人は強いのは分かっとるけどそれでも魔獣に囲まれたとか不意を突かれたとかもしもの事があったら大変やろ?授業を受けてもらった以上子供達を安全に返すのも巡回神父の務めさかい」
「へー、良い所あるね」
「あと孤児院の先生がえらい別嬪さんやって聞いたからお顔を見ておこうかと思うてな」
「宣言撤回、やっぱり胡散臭い……」


 うーん、やっぱり怪しいよね。見た目の軽さに騙されそうになるけど凄く鍛えている。この場で戦闘になったらマズイくらいには強いよ、この人。


「フィルお姉ちゃんはケビン先生と知り合いなの?」
「うん、前にちょっとね」


 マリィがわたしとケビンの関係を聞いてきたのでとりあえず肯定しておいた。


「そういえばフィル、リート兄ちゃんとヨシュア兄ちゃんは一緒じゃないのかよ?」
「えっと、今二人は別のお仕事があって別々に行動してるの」
「そっか、二人にも孤児院が元通りになったのを見てもらいたかったんだけどなぁ」
「残念です……」


 リィンやヨシュアがいないことに子供たちは残念そうにしていた。


 リィンは兎も角ヨシュアは今はいないから会わせることが出来ないんだよね、エステルも複雑そうな顔をしてるよ。


「大丈夫よ、今度また二人も一所に会いに来るから」
「ん、約束するよ」



 わたしとエステルがそう言うと子供達も納得してくれた。その後孤児院に戻ったわたし達はテレサからお昼ご飯をご馳走してもらいポーリィから白い影についての情報を教えてもらうことが出来た。


「そういえばマリノア村で幽霊船を見たって話を聞いたんだけど皆は何か知らない?」
「俺は知らないぜ、前に夜中に見に行こうとしたらテレサ先生に怒られたんだ」
「当たり前でしょう?夜中に外に出たら危ないじゃない!」


 エステルが幽霊船について聞くとクラムがそう話す、それを聞いていたマリィが溜息を吐いた。相変わらずしっかりしてるね、マリィは。


「確か灯台のお爺さんが最初に見つけたって聞いたよー」
「ダニエル、それ本当?」
「うん、村の人たちがそう言ってたよ。ねっ、ポーリィ」
「うん、仲のいい子に教えてもらったのー」


 ダニエルとポーリィから灯台のお爺さんが最初に幽霊船を見つけたと教えてくれた。わたしたちはテレサと子供たちに惜しまれながらも別れて灯台に向かうことにした。


「それでなんでケビンまで付いてくるの?」


 でも何故か関係の無いケビンまでわたしたちに付いてきた。


「二人は遊撃士やから教えるけど俺は唯の神父じゃないんや」
「えっそうなの?」
「せや、俺は古代遺物を回収したり怪しいモンを調査する役目もあるんや。ルーアンに来たのは古代遺物を回収する為でもあってな、前の市長だったダルモアってゆう男が所持していた封じの杖を取りに来たって訳や」
「あっ、それって……」
「エステルちゃんがかかわっていたことも聞いてるで。ホンマ感謝やわ、おおきにな」
「えへへ、どういたしまして」


 オリビエから聞いたけどダルモアが古代遺物を持っていたんだっけ。ケビンは教会の命令でそれを回収しに来たって事か。


「んでそいつを受け取ろうとしてこのルーアン地方に来たら白い影だの幽霊船だのと聞いてな、もしかしたら別の古代遺物が関係しとるかもしれんと思った訳や」
「幽霊が古代遺物と関係がある?それって本当なの?」


 ケビンは今ルーアンで目撃されている白い影や幽霊船は古代遺物が関係してるかもしれないと話す。


「せや、こういった摩訶不思議な現象には大抵古代遺物が絡んどる。ほうっておくわけにはイカンやろう?」
「だからあたし達に付いてくるって事ね、理解したわ」


 エステルはそう言うがわたしはケビンが付いてくるのは不安だった。リィンの力の事を知られたらそれを教会に報告されるかもしれないからだ。


(でも下手に断ったら勘繰られるかもしれないし……リィンに鬼の力を使わないように言っておこう)


 わたしは内心ケビンを警戒しつつ同行してもらうことにして3人で灯台に向かった。



―――――――――

――――――

―――


「ここが灯台か、俺灯台を直に見たのは初めてやな」
「そう言えば前の事件でここに情報部に操られたレイヴンと戦ったのよね」
「クーデター事件の事やな、エステルちゃん意外と凄い子なんか?」
「あはは、あたしが事件に巻き込まれやすいだけよ」


 エステルはそう言うが確かにどこに行っても何かしら事件に巻き込まれるのはある意味凄いかも、リィンみたいだね。


「お爺さんは一番上にいたわね、行きましょう」


 わたし達は灯台の中に入って幽霊船を見たというお爺さんのいる部屋に向かった。


「フォクトお爺さん、こんにちは!」
「ん?おおっ、お前さんはいつぞやの遊撃士か。久しいな」


 エステルと顔見知りだったお爺さんは笑顔で迎えてくれた。


「あの時は本当に助かったよ、ワシがこうして今も灯台守をしていられるのもお前さんのお蔭じゃ」
「そう言って貰えると嬉しいわ」
「それで今日はどうしたんじゃ?」
「あのね、お爺さんが見たっていう幽霊船について話しを聞かせてほしいの」
「幽霊船か……あれを始めてみた時は身震いしたわい」


 お爺さんはよっぽど怖かったのか顔を青くしていた。


「ワシが幽霊船を見たのは3日前の夜中じゃった。灯台の光に照らされている海を見ていたら不意に青い炎を纏った船が目に映ったんじゃ」
「あ、青い炎!?」
「うむ、しかも船はボロボロでマストには髑髏のマークが刻まれていたんじゃ。あれは間違いなく大昔にこの辺りを荒らしていたという海賊『キャプテン・リード』の船に違いない!」
「キャプテン・リード?どんな奴なんや?」


 キャプテン・リードという言葉にケビンが反応した。わたしもルーアンにそれなりにいた事があるけど聞いたことがないね。


「キャプテン・リードというのは大昔にルーアン地方で活動していた海賊の事じゃ。悪逆非道の限りを尽くしたという恐ろしい海賊だと言い伝えられてきたんじゃ。今ではワシのような老人くらいしか知らんがな」
「そんな酷い人がいたんだ……それでお爺さんはそのキャプテン・リードって海賊が幽霊になってさまよってるって思ってるの?」
「そうじゃ、あの船には恐ろしい骸骨の化け物も乗っておった!3日前から毎晩現れて今はまだ沖の方を徘徊しているだけじゃがもし奴らが村にでも向かったら思うと……」
「怖いね……」


 骸骨の化け物か、確かにそんなのがいるって分かったら不安でしかないよね。


「とにかくワシが話せるのはこのくらいじゃな」
「ありがとうお爺さん、凄く助かったわ!」
「そうか?力になれたのなら良かったわい」


 お爺さんから情報を貰ったわたしたちは灯台を後にした。


「ケビン、お爺さんの話を聞いてどう思った?」
「キャプテン・リードかどうかは分からへんけど古代遺物が絡んどる可能性はありそうやな。前に死体を操ってグールにしてまう古代遺物を回収した事があるんよ」
「グールって何?」
「ホラー系の小説に出てくるゾンビみたいなモンやな」
「ゾ、ゾ、ゾンビぃっ!?」


 わたしはケビンに質問すると彼は目に似たような古代遺物を回収したと話す、その話の中に出てきたゾンビという言葉にエステルは顔を青ざめて叫んだ。


「ゾンビは嫌よ!まだ触れられない幽霊の方がマシだわ!だってゾンビって噛んだ相手を同じゾンビにしちゃうんでしょ!?」
「それは小説の内容にしかすぎんと思うんやけど……とにかく一回その幽霊船に近づいてみんことには話が進まへんな」
「うう~、ゾンビやだ~……」


 余程嫌なのか凄い引き攣った顔でエステルは泣き言を言う。


「まあとにかく今は情報をギルドに伝えに行こう。話は其れからだよ」
「そうね、行きましょうか……」


 テンションの下がったエステルを引っ張ってわたし達はルーアンに戻った。


―――――――――

――――――

―――


「ただいま~」
「お帰り、フィー」


 ギルドに変えるとリィンが迎えてくれた。先に帰っていたんだね。


「情報は得れたの?」
「ああ、白い影について話しを聞くことが出来たよ」
「そっか、こっちも収穫はあったよ。あと孤児院の子供たちがリィンにも会いたがってたよ」
「そうなのか?なら何処かで時間を作って会いに行かないとな」
「うん、そうしようね」


 リィンに孤児院の子供たちが会いたがっていたと話すと彼は時間を作って会いに行こうと言ったのでわたしも頷いた。


「そう言えば知らない人がいるけど……貴方は?」
「初めまして。俺は七曜教会に所属している巡回神父のケビンっちゅうもんですわ」
「あっ、これはご丁寧にありがとうございます。リィンと言います」


 リィンは初めて会うケビンとあいさつを交わした。


「もしかして以前フィーの力になってくれた神父の方ですか?その節は本当にありがとうございました」
「かまへんよ、神父として迷える人を導いただけですさかい。所でお兄さんはフィーちゃんのご家族ですか?」
「ん、恋人だよ」
「お、おいフィー!それはまだだろう!?」
「いずれそうなるから」
「なんや、フィーちゃんも隅に置けんなー」


 わたしはリィンの腕に抱き着いて恋人だというとリィンは慌ててしまった。そんな様子を見てケビンはニヤニヤと笑っていた。


「ところでエステルはどうしたんだ?なんだかテンションが低いけど……」
「ちょっとね。そういえばアネラスは?」
「姉弟子ならそっちでドロシーさんの取った写真を見てるよ」


 リィンが視線を向けた先には二人の男女がいた。あの人達って確か新聞記者のナイアルとドロシーだっけ。ルーアンに来ていたんだ。


「あれ?ナイアルじゃない、どうしてルーアンにいるの?」
「ようエステル、久しぶりだな。俺はドロシーと一緒に選挙について取材しにきたんだが……昨日ドロシーがある物を写真に収めたから情報提供をしにギルドを訪ねたって訳よ」
「ある物?」
「ああ、実際に見て見ろよ。おいドロシー、例の写真をエステル達に見せてやってくれ」
「はいはーい、久しぶりだねーエステルちゃん」
「久しぶりね、ドロシー。一体何を写した……の……」


 ドロシーはそう言うと持っていた写真をわたし達に見せてくれた。そこには夜のルーアンの空に浮かぶ白い影がハッキリと映っていた。


「これって心霊写真か?」
「バッチリ写ってるね。これはもう幽霊で間違いないかも……」
「い、いやぁもしかしたらオーバルカメラの故障かもしれないじゃない」
「そんなことないよー、整備もしたばかりだしレンズだって新しいのに変えたから間違いなく本物だよ」
「間違いだって事にしてよー!!」
「エステルちゃん怖いよ……」


 がおーと怒るエステルにドロシーはビックリしていた。でもやっぱり白い影の正体は幽霊なのかな?


「た、大変だ!?ラングラング大橋の前でノーマン氏とポルトス氏の支持者たちがにらみ合いを始めたんだ!このままだと暴力沙汰に発展するかもしれない!」
「あんですって!?」


 ギルドに一般人が入ってきて橋の前で喧嘩が起きそうだと教えてくれた。それを聞いたナイアルとドロシーは現場に向かった。


「流石記者、動きが早いね」
「一応私達も行こう、喧嘩になったらマズイからね」
「ええ、行きましょう」


 流石に放っておけなかったので喧嘩が起きそうになっている場所に向かった。


―――――――――

――――――

―――


 ラングラング大橋に向かうとそこには大勢の人間が言い争っていた。ノーマン氏とポルトス氏は比較的冷静だけど取り巻き達が凄い怒っていた。


 どうやらノーマン氏側が白い影の騒動をポルトス氏側の勢力の仕業だと言いがかりを付けているみたいだね。言い争いは過熱していっていつ暴力事件になってもおかしくない状況だ。


「どうしよう、止めた方が良いのかな?」
「まだお互い言い争っているだけだしちょっと早いかもしれないね」


 アネラスが止めた方が良いかと言うけどわたしは待ったをかけた。今は言い争っているだけだしこの段階で介入すると火に油を注いでしまうかもしれないしね。


「ただ橋の上ってのがアカンわ。直線になってるから人ごみで狭くなっとる」
「ええ、いざ喧嘩が始まったら海に落ちて怪我をしてしまう人も出そうですし場所だけでも移せないですかね?」
「それが良いね」


 ケビンの言う通りこんな狭い橋の上ではケンカが始まったら止めるのは難しいね、リィンの提案にわたしは頷いた。


「もう我慢ならねえ!てめぇらみてえな貧弱な奴らが俺達に勝てると思うなよ!」
「そっちがその気ならこっちだって応戦するぞ!」


 等々我慢の限界が来たのか取り巻きの人の一人が握り拳を作り威嚇する。それを見た相手側も戦闘態勢に入った。これは止めないといけないね。


「ふっ……哀しい事だね」


 わたし達が喧嘩を止めようとすると海の方からボートが流れてきた。その上にはリュートを持った金髪の男性がいてそれを見たリィンは片手で顔を覆い隠して空を見上げた。


「争いは何も生み出さない、虚しい亀裂を生み出すだけさ。そんな君たちに歌を送ろう」


 そして金髪の男性はリュートを弾きながら歌い始めた。けっこう上手いね。


「ありがとう、どうやら僕の気持ちは伝わったようだね。それでは諸君の期待に応えて二曲目を……」
「もういい!!」
「げふっ!?」


 いつの間にか橋の中央に移動していたリィンが二曲目を歌いだした金髪の男性にドロップキックをかました。


 男性はボートから落ちて海に転落してリィンは宙返りしながら橋に降り立った。お見事。


「……なんか冷めたな」
「ああ、俺達も熱くなり過ぎていたよ、済まない」
「お互い様だ。こちらこそ申し訳なかった」


 どうやら両方の勢力は頭を冷やしたらしくお互いに謝罪をしていた。そして橋の上から去っていった。


「さて俺達もギルドに帰りましょうか、それぞれが手に入れた情報を合わせないといけないですから」
「いや、あの……彼は助けんくってええんか?」
「何もいませんよ、あそこには。なにもいないんですよ……」
「リィン君、ヘルプミ―!!」


 ケビンは金髪の男性を助けないのかとリィンに聞くが彼はそれを無視する。海に落ちた男性はリィンに助けを求めていた。


「相変わらず面白いね、オリビエは」


 わたしはそう言って海に落ちた金髪の男性……オリビエを助けることにしたのだった。


―――――――――

――――――

―――


「いやぁ、久しぶりの再会に熱い一撃をくれるなんてリィン君は激しいね♡なんだったら今夜二人でホテルにでも……」
「氏んでください」
「えっ?」


 心底嫌そうな顔でそう言うリィン、まあ気持ちは分かるよ。


「なんであんたがここにいるのよ、オリビエ」
「いやぁとあるツテで君たちが帰ってきた事を聞いたから会いに来たのさ」
「相変わらず胡散臭いヤツね、素直に喜べないわ」


 教えてもないのにわたし達の行動を把握していたオリビエにエステルが呆れていた。


「でも元気そうで何よりだよ、流石はエステル君だね」
「まあ心配してくれたのは事実だろうしここは素直にお礼を言っておくわね、ありがとうオリビエ」
「なっ、エステル君が素直!?コレはコレでいいんだけどなんだじゃ物足りないな。もっと前みたいに激しく情熱的に僕を攻め立てて……」
「顔を赤らめながら不穏な発言するのはやめい!」


 変態チックな事を言い出したオリビエにエステルが迫真のツッコミをした。二人で漫才でもしたら面白いかもしれないね。


 その後わたし達はオリビエの助言もあり白い影が何処から来たのか絞ることが出来た。その場所は何とジェニス王立学園だったのでわたし達は直にそこに向かう事になった。


 ただ幽霊船の方も放ってはおけないのでそちらはリィン、アネラス、ケビンが担当する事になった。三人はジャンが手配してくれた導力ボートに乗ってマリノア村に向かう予定だ。


「んで当然のようにあんたも付いてくるのね」
「そりゃこんなおもしろそうな事を見過ごすわけにはいかないからね♪」


 案の定勝手に付いてきたオリビエ、でも言っても聞く人じゃないし監視していた方が良いと同行を許した。リィンは心底嫌そうだったけど。


 因みにオリビエはわたし達の方に付いてくるそうだ、なんでも女の子二人だけじゃ危ないから自分が盾になるって事らしい。


 まあリィンはわたしやエステルに変な事をするなって脅していたけどね。


「それじゃ私達は幽霊船の方を調査するわね。エステルちゃん達も気を付けてね」
「うん、アネラスさん達も気を付けてね」


 そしてボートに乗り込むリィン達、でもわたしはリィンに近寄って耳に口を近づけて小声で話す。


「リィン、鬼の力は……」
「分かってる、ケビンさんがいるときは極力使わないようにするよ」


 こちらの意図を直に察してくれたリィンにわたしはうんと頷いた。


「フィー、何をしてるの?」
「何でもないよ、行ってらっしゃいリィン」


 エステルに何をしているのか聞かれたので誤魔化す為に彼の頬にキスをする。リィンは顔を真っ赤にしたけど誤魔化すためだからしょうがないよね。


 そしてリィン達を見送った後わたしは取材に向かうドロシーを護衛しながらエステルと共にジェニス王立学園に向かうのだった。


―――――――――

――――――

―――


「クローゼに会えるのは嬉しい、元気にしてるかな」
「早く会いたいわね~」
「ふふっ、きっとすっごく喜んでくれるよ」
「僕も楽しみだよ」
「あんたには聞いてないわよ」


 ジェニス王立学園にいるクローゼに久しぶりにわたしとエステルは会うのを楽しみにしていた。


 そして門の前にわたし達が付くとそこにはある人が立っていた。


「クローゼ!」
「フィーさん!」


 わたしはクローゼに駆け寄ると再会のハグをかわした。


「久しぶりだね、元気だった?」
「はい、私の方は変わりなく過ごしていました。フィーさんも元気そうで何よりです」


 クローゼはそう言って頭を撫でてくれた。


「クローゼ、久しぶりね!」
「エステルさん……」
「わっ……」


 クローゼはエステルに駆け寄るとわたしにしてくれたようにハグをする。


「ヨシュアさんの事を気にして体調を崩していないか不安でしたがお元気そうな姿を見れて嬉しいです。お帰りなさい、エステルさん」
「クローゼ……うん、ただいま」


 クローゼはエステルの事凄く気にしていたからね、だから再会のハグもわたしの時よりちょっと長かった。


 その後わたし達は学園内に案内されてコリンズ学園長に事情を説明した。そして彼の許可をもらいわたし達は生徒会のメンバーにも協力してもらい手分けして学園内で聞き込みなどの調査をすることにした。


「さて、どこから手を付けようか」
「ん、それよりも聞いておきたいことがある」


 わたしはオリビエと組むことにした。聞いておきたいこともあったからね。


「聞きたいこと?もしかして僕の好きな女性のタイプかな?いや~君みたいな愛らしい子にそんな事を聞かれると照れちゃうね~」
「とぼけないで。どうしてオリビエがリベールにいるの?クーデター事件は終わったんだからもうここに居る必要はないよね?」


 そう、オリビエがリベールにいる理由だ。オリビエの正体は恐らくエレボニア帝国のスパイだとわたしは思っている。


 以前リベール王国に来ていたのもオリビエは帝国にとって敵となるかどうか調べる為だ、その後結果的にクーデターは阻止出来て解決したからオリビエも帰ったはずだ。


 それなのに彼はあれからずっとリベールに滞在しているらしい。だから今彼の目的が何なのか聞いておこうと思ったの。


「あはは、流石に鋭いね。まあ確かに僕は唯の旅行客じゃないよ、ここにいるのも目的があるからさ」
「その目的って?」
「君たちが追っている『身喰らう蛇』……通称結社の事だよ」
「っ……!?」


 オリビエの言葉にわたしは驚いた。何故彼が結社を探っているの?


「……もしかしてエレボニア帝国にも結社が現れた?」
「詳しくは言えないが僕がいずれ敵対するであろう人物が結社と関わりがあるという情報を得てね、だから結社の事を少しでも知るためにリベールに来たんだ」
「……」


 オリビエが誰と戦おうとしてるのかは知らないけど多分面倒な事になりそうだね。まあわたし達の邪魔をするようなことが無ければ放置でもいいかな。


「まあわたし達の邪魔をしないなら好きにして。お互いそんなに干渉する必要もないし」
「僕としてはリィン君やフィ―君にも手伝ってほしいんだけどね」
「依頼なら受けるけど内容によるね。そもそもわたしやリィンが勝手に依頼を受けるわけにはいかないしまずは団長に話を通して」
「ははっ、受けないとは言わないんだね。やっぱり君たちは優しい子だね」
「ん、まあ個人的にはオリビエは面白いから好きだしね」


 そんな事を話しながらわたし達は生徒達から情報を集めていく。オリビエが女子寮に入ろうとしたのでお尻に銃剣を突きつけたりしたけど何とか一通り情報を集めることが出来たよ。


「さてと、エステル達と合流しよっか」
「確か講堂の方に向かったって聞いたね、そこに行こうか」
「了解」


 そして講堂に入るとステージ上でエステルとクローゼが何かを話していた。わたしは二人に声をかけようとするがオリビエに止められてしまう。


「ちょっと待った、フィ―君」
「……なに?」
「今あの二人は青春のひと時を過ごしているんだ。そこを邪魔するのは野暮だろう?」
「青春?」


 オリビエの言ってることの意味が分からなかったので、ステージに近い別の入口に回り込んで耳を澄ませて二人の会話を聞いてみる。


「エステルさん、実を言うと私ヨシュアさんの事が好きだったんです」
「へっ……?……えええぇぇぇぇぇえ!?」


 クローゼの突然の告白にエステルは大きな声を上げて驚いた。正直わたしも驚いてる。


「えっ?なんで?いつ好きになったの?」
「最初は少し影のある人だなって思ってたんです。でも一緒に過ごしていくうちに彼の優しさや他の人には無い何かに惹かれていって……気が付いたら好きになっていたんです」
「……そっか」


 エステルは最初こそ驚いていたが直ぐに冷静さを取り戻していた。


「何となくだけどそんな気がしてたのよね、ヨシュアを見る目が熱っぽかったっていうか他の人とは違ってたから」
「……」
「ん?どうしたの?」
「い、いえ……失礼なことを言いますがエステルさんって他人の恋には鋭いんですね」
「うっ……まあそう言われても仕方ないわよね」


 けっこう失礼な事をクローゼに言われたけど、そう言われても仕方ないくらいには自分への好意には鈍感だったからね、エステルって。


「最後のキスシーンなんて心臓が破裂しそうなくらいドキドキしちゃいました。エステルさんに申し訳ないと思いつつもこのまま唇を重ねることが出来たら……なんて本気で思っちゃって……」
「そ、そうなんだ……そんなにもヨシュアの事を……」
「……ただそれだけじゃないんです」
「えっ?」
「……これはフィーさんには言わないでほしいのですが、実はリィンさんの事も気になってるんです」
「……ええっ!?」


 これにはエステルだけじゃなく流石にわたしも驚いた。なんとなくヨシュアに気があるのかなって思ってたけどまさかリィンまでだなんて……


「……クローゼって黒い髪の男の子がタイプなの?」
「そ、そういう訳じゃないんですけど……以前グランセル城の地下遺跡で魔獣から助けてもらったことがあるんですけど普段の柔らかい雰囲気から別の雰囲気になって……それがヨシュアさんによく似ていて……」
「つまりヨシュアに似ていたから気になったの?」
「そうじゃないと言いたいんですが……でもリィンさんもリィンさんで凄く優しい人なんです。私の事を慰めてくれたり何の報酬もないのに力を貸してくれたり……彼は彼で凄く魅力的な人だと思います。多分私は自分が持っていない何かを持っている二人に惹かれたんだと思います」
「そっか、リィン君もヨシュアもきっとあたし達が知らない苦労や経験があるはずなのよね。そういう部分に惹かれたのかもしれないわね」
「はい……」


 つまりクローゼは危ない雰囲気を醸し出す男の子が好きなのかな?ヨシュアは兎も角リィンにそんなところあるかな……?


「でも安心してください、私はヨシュアさんの事は諦めていますから」
「えっどうして?あたしが言うのもなんだけど恋って早い者勝ちってフィーが言っていたしアタックしてもいいんじゃないの?」
「いいえ、ヨシュアさんがエステルさんの事をどれだけ想っているか分かってしまいましたから」


 エステルはわたしとラウラみたいに恋のライバルとしてヨシュアにアタックしないのかと言う。そういう所はエステルのいい所だよね。


 でもクローゼは首を横に振った。


「以前エステルさんがダルモア元市長に銃を突き付けられたとき、ヨシュアさんは凄く怖い目をしていました。あんな目をするのはエステルさんが危険な目になった時だけ……つまりヨシュアさんにとってエステルさんは何があっても守りたい大切な存在だという事を見せつけられました。私じゃ勝てません」
「クローゼ……」
「同じ理由でフィーさんやラウラさんにも勝てませんよ。リィンさんにとってお二人は本当に大切な存在で「ああ、絶対に勝てないな……」って思っちゃいましたから。まさかこんな短い時間で二度も失恋をするなんて思っていませんでしたけどね」


 ……なんて言ったらいいか分からないよ。わたしとしてはクローゼが本気ならラウラと同じように話を持ち掛けたけどかなり難しいよね。


 だってリィンは猟兵でクローゼは王女……普通に考えたらまず結ばれるはずが無い組み合わせだ、これならヨシュアの方が立場的には結ばれる可能性がある。


 まあヨシュアの性格的にリィンと違って絶対エステル以外を選んだりしないだろうけど……


「だからこれは私の我儘です。今の内にエステルさんに話してスッキリしたかったんです」
「クローゼ……」
「だから絶対にヨシュアさんを連れ戻しましょう。そして幸せになってください、それが私の願いです」
「……うん、約束する」


 二人はそう言って抱擁を交わした。まさに友情だね、クローゼが優しすぎて胸が痛くなるよ。


「あれこそまさに青春だね。しかしヨシュア君もリィン君も罪深い……」
「ん、まあヨシュアは兎も角リィンはフラグ立てすぎ」


 やっぱりラウラと協力する道を選んでよかったよ、わたし一人だったらリィンの魔の手でいっぱい女の子が落とされて手が付けられない事になりそうだった。


「ただ今の話はフィーさんには……」
「大丈夫、言わないわよ。というかあたしだって決まずくなるし……」
「あはは……」


 ごめん、聞いちゃった……とは言えないよね。


「さて、あたし達も情報収集を再開しないとね」
「お時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした」
「気にしないで。あたしもこういう話ってあんまりしたことなかったから新鮮で面白かったもん」


 おっと、二人が着ちゃうね。流石に今会うのは気まずいからオリビエと一緒に物陰に隠れた。


「……どうしよう、流石に気まずいかも」
「まあそんなに気にしない方が良いよ。意識しすぎるとかえって変に思われるからね」
「貴方のせいだと思うけど」
「おうふっ!」


 ムカついたのでオリビエのお尻に銃剣を刺した。まったく、こんな事なら立ち聞きなんてしないほうが良かったよ。


 わたしは心にモヤモヤを残しながら情報集めを再開するのだった。


  

 

第70話 怪盗紳士

side:フィー


 情報を集めたわたし達は情報の交換をしていてその中で幽霊が旧校舎の方に向かったという事が分かった。


 その際にエステルが白い影を見てしまい気を失ってしまうという事が起きたが、かえってエステルはやる気を出したようでわたし達は夜の旧校舎に向かう事になったよ。


「いないと思っていたから怖かったのであって実際に見ちゃった以上もう怖がってなんていられないわ!もう二度と人を脅かせないように徹底的に成仏させてやるんだから!」
「あはは……エステルさん、凄いやる気ですね」
「見ちゃったことで逆に火が付いちゃったみたいだね」


 なんかテンションの上がっているエステルを見てクローゼが苦笑いをしていた。まあ怖くて気を失っちゃったし少し恥ずかしい所もあるけど気絶させられたことにすっごく怒ってるみたいだね。


「しかし深夜の旧校舎に向かう事になるとは肝試しには持って来いのシチュエーションだね。帝国のある学園にも旧校舎があったけどそこも結構雰囲気があって面白かったよ」
「いいですね~お化けさんの表情もバッチリ写しちゃいますよ」

 
 そんな中オリビエとドロシーだけマイペースにそんな事を言っていた。


「あれが旧校舎です」
「うっ……如何にもって感じね」
「へぇ、お化けが出るっていう場所の雰囲気としてはピッタリだね」
「うんうん、これでこそ肝試しだねぇ」


 クローゼに案内されてきた旧校舎はいかにもお化けが出そうな古い建物だった。


「あれ、扉に何か挟まってるよ」
「本当ね、何かしら?」


 わたしは旧校舎の入り口の扉に何か細いものが挟まっている事に気が付いた。エステルは近づいて確認するとそれはカードだった。


「何か書いてあるわね……どれどれ?」


 エステルはカードに書かれた文字を読んでいく。それは所謂挑戦状でわたし達に怖くないならここまで来いって感じの内容だった。まあ実際は詩的な内容だったけど。


 エステルが内容を読み終えるとカードは勝手に燃えてしまった。エステルが火傷していないか心配だったけど何ともないみたいで良かったよ。


「何よコレ!あたし達を馬鹿にしてるのかしら!?」
「ふむ、ご丁寧にヒントまでくれるとは……余程遊びが好きな幽霊みたいだね」


 エステルはお化けにからかわれていると思い怒ってしまった。逆にオリビエは期待に胸を膨らませるように笑みを浮かべる。


 対照的な二人だね。


「上等よ!絶対にとっつ構えて成仏させてやるんだから!」
「おー」


 勢いよく旧校舎に入ったわたし達だったが内部は暗く冷たい空気が漂っていた。たいまつの火だけが怪しく揺らいでいる。


「誰もいないわね……確かさっきのカードには『虚ろなる炎』がどうたらって書いていたわよね?」
「はい、まずはそれを探してみるのが良いかもしれませんね」
「まあ罠の可能性もあるけどそこはわたしに任せて。トラップは慣れてるから」
「なら早速探索を始めましょう!」


 そしてわたし達は幽霊の指示通り虚ろなる炎を探すことにした。


 罠の可能性も十分あるけどその時はわたしが対応すればいい。トラップの解除はリィンより得意なの、えっへん。


「虚ろなる炎って事は要するに火の事よね?」
「ん、多分そうだね。大広間にはある火といえば……」
「たいまつくらいですね。そういえば何故たいまつが灯されているのでしょうか?ここ最近は旧校舎には誰も立ち寄っていないはずなのに……」


 虚ろなる炎を探すがそれっぽいのはたいまつの火だね。クローゼは誰も入っていないはずの旧校舎に何故たいまつの火がともされていることを不思議に思っていた。


「恐らく幽霊の仕業だろうね」
「へぇ~ご丁寧なお化けさんもいたものですねぇ」
「あんた達ねぇ……」


 マイペースさをなお保ち続けるオリビエとドロシーにエステルは溜息を吐いた。


「まあまあ……とにかくたいまつを調べてみようよ。ただ罠の可能性もあるからわたしが調べてみるね」
「お願いね、フィー」


 さっきカードが燃えたみたいに調べたら炎で焼かれる……なんてパターンもあり得たので取り合えずトラップに慣れているわたしがたいまつを調べることにした。


「あれ?よく見たら火がついていない燭台があるね」


 中を確認してみるとそこにはカードが入っていた。これはビンゴだね。


「何か見つけたの?」
「うん、カードがあったよ。呼んでみるね」


 カードの内容は『南を向く生徒』を探せって書いてあったよ。すると今度はカードは燃えずに派手な音と共に紙吹雪をまき散らして消えちゃった。


 構えていたエステルはひっくり返る程驚いていた。


「も~!なんなのよー!!」
「パターンを変えてくるとはなかなか芸が細かいね」
「お化けを誉めるなー!!」


 翻弄されるエステルはお化けを褒めたオリビエに怒った。


「エステルさん、落ち着いてください。とにかく今はその南を向いた生徒を探しましょう」
「そ、そうね。お化けなんかに負けていられないわ!早速その生徒を探しましょう」
「でも生徒ってこんな時間に旧校舎にいるものなんですかね~?もしかしたら過去に旧校舎で死んだ生徒の霊だったりして……」
「止めてよドロシー!お化けなんてあのおかしな仮面をつけた奴だけで十分よ!」


 クローゼがエステルを落ち着かせるけどドロシーの余計な一言でまた怖がっちゃったよ。


 わたし達はカードに書かれていた南を向く生徒を探すことにした。でも使われていないだけあって汚いね。


「うう……もしお化けだったらどうしよう」
「エステル、さっきまでと言っていたことが違くない?」
「だってあの白い影はなんか見ちゃったら怖いってより腹が立ってきたけど別のがいるなんて聞いていないもん……」
「そんなに変な幽霊だったの?わたしも見て見たかったな」


 よほどその白い影の幽霊はおかしな恰好をしていたようだ、かえって興味が湧いてきたよ。


「あっあそこに何か影があるよ~」
「あ、あんですって!?」


 ドロシーの発言にエステルは飛び上がってクローゼの背に隠れてしまった。確かに人影があるね、でもアレは……


「エステル落ち着いて。これマネキンだよ」
「へっ……?」


 わたしは用心しながら近づくとそれはマネキンだった。ご丁寧にボロボロになったジェニス王立学園の制服を着せているからお化けは中々に凝ってるみたいだね。


「あったまきた!こんなにも馬鹿にされたのは初めてよ!!」
「落ち着いてエステル君、とにかくこの席を調べてみよう」
「向いている方向も南だからカードに書かれていた事と一致しますね」


 エステルをなだめながら机の中を確認するとまたカードが入っていた。


「オリビエ、それ読んでみて」
「僕がかい?別にいいけど……ふふっ怖がるエステル君は可愛いなぁ♡」
「いいから早く読んでよ!」


 二度ビックリされたエステルは凄く警戒してオリビエにカードの内容を読ませた。その内容は『落ちたる首』を探せとの事だった。



「首……どうせマネキンとか何かの首でしょ?この後カードに何かしら起こるのは分かってるんだからね!」


 エステルはそう言うけどオリビエの持つカードには何も起こらなかった。


「あ、あれ……?」
「お化けさん分かってますねぇ~、何度か驚かせた後に敢えて何もアクションを起こさないでこちらを翻弄する……前に取材した手品師の言ってたやり方みたいです」
「な、なによそれはー!!」


 ドロシーの言葉にエステルはまた怒ってしまった。ここまでいいように翻弄されているのを見るとお化けも凄く楽しいんだろうなって思ってしまった。


「もう!さっさと落ちたる首とやらを探してお化けをとっちめるわよ!」


 そろそろ本気で怒りそうなエステルの勢いに飲まれてわたし達は旧校舎内を捜索していく。そして庭園に倒れて折れた台座にカードが入っていたのを発見した。


「首っていうからまたマネキンかと思ったけど今度はそうじゃなかったわね。えっと内容は……」


 カードには最後の試練に臨めと書いてありエステルが持っていたカードは眩い光と共に消えてしまった。油断していたエステルはまたひっくり返ってしまった。


「……」
「エ、エステルさん?」
「皆、行くわよ」
「ヤ、ヤー……」


 さんざん翻弄されたからか等々怒ることなく静かに青筋を立てるエステルにわたしはそう返事をする事しか出来なかった。


―――――――――

――――――

―――


 カードと一緒に入っていた鍵を使える場所を探してわたし達は旧校舎の地下に進んだ。


「ん~……?」
「どうしたの、エステル?」
「いや冷静になったらあの謎解き、前にルーアンの市長の家から盗まれた燭台を取り戻す依頼を受けた時にやった謎解きとよく似ていたのよね。特にあの詩的な内容は凄く似ていたわ」


 エステルは何か気が付いたようで聞いてみると、依然受けた依頼で同じようななぞ解きをしたとエステルは話した。


「そもそも幽霊がなんでこんな謎解きを強要してくるのよ。カードとかも心霊現象と言うよりは手品みたいだったし」
「確かに実体のない幽霊がそんな事を出来るとは思えませんね」


 エステルの言葉にクローゼが同意する。まあ確かに幽霊がやるにしちゃ地味だね、もっとポルターガイストとか金縛りとか旧校舎が火に包まれるとかあってもいい気がするもん。


「ん、どのみちこの先に応えはあると思う。油断はしないように進んでいこう」
「そうね、警戒しながら行きましょう」


 元凶はこの先にいるのは確定だ、油断しないように先に行こう。仮に幽霊でもやっつけちゃえばいいんだしね。


 そして地下を進んでいくと突然何者かに襲われた。エステルが咄嗟に攻撃するとそれは魔獣だった。


「いきなり激しい歓迎だね!」


 オリビエは既にアーツを駆除しておりソウルブラーを放つ。でも魔獣はそれをかわして黒いブレスを吐いてきた。


「させないわよ!」


 だがエステルは回転させたスタッフで黒いブレスをかき消した。前まではあんなことはできなかったのに凄いよ。


「そこだよ」


 わたしは隙の出来た魔獣を双銃剣でバツの字に切り裂いた。そこにクローゼの放ったアイスハンマーが直撃して魔獣を氷漬けにする。


「金剛撃!」


 そこにエステルの渾身の一撃が直撃して魔獣を粉々にした。


「ざっとこんなもんね!」
「ん、やったね」


 わたしとエステルはハイタッチをかわす。でもいきなり襲ってくるなんて油断ならないね。


「この先は危険かもしれないし非戦闘員であるドロシーは置いていった方が良いかもしれないね」
「えー!そんな~お化けさんを撮るチャンスだと思ったのに~」
「なら僕も一緒に残るよ。彼女一人だといざという時に戦えないからね」


 この先は危険だと判断したわたし達はドロシーを安全な部屋に待機してもらうことにした。護衛としてオリビエが残るというが彼の実力なら問題は無いだろう。


 わたしはエステルとクローゼと共に旧校舎の地下を進んでいく。


「出来ればクローゼも残ってほしかったけど……」
「ごめんなさい、フィーさん。でもどうしても何が起きているのか知りたかったんです。大切な学び舎で何者かが何かをしようとしてるのは確実ですから……」
「まあ幽霊だろうと人の手だろうと近くで変な事をされていたら不安よね」


 わたしはクローゼにも残ってほしかったが彼女は異変の正体を知りたいと話す。まあエステルの言う事も理解できるし最悪わたしがクローゼを守ればいっか。


「でもこうして地下遺跡を進んでいると西風の旅団の皆に鍛えられていた時を思い出すわね。あの時はゼノさんの作ったトラップに引っかかって酷い目に合ったわ」
「エステルを爆発から守ろうとしたリィンがパーマかけたみたいになったのは不謹慎だけど笑っちゃったよ」
「た、大変な目に合ってますね、リィンさんも……」


 エステル達とそんな会話をしながらも油断せずに地下遺跡を進んでいく。幸いトラップなどは無く魔獣にさえ気を付けていれば問題は無かったよ。


 そして地下遺跡の奥にたどり着いたわたし達は広い空間に出た。


「誰かいるわ!」

 
 その空間の奥に何やら白いマントを羽織った人物が立っていた。


「あれってあたしが見た幽霊にそっくりだわ!」
「ん、でも気配はあるし足もちゃんとあるよ」
「……あの!貴方はココで一体何をしているんですか!」


 エステルは自身が見た幽霊にその人物が似ていると話すが、わたしは気配もあるし実態も感じるのでそれが人間だという。クローゼは意を決してその人物に声をかけた。


「フフフ……ようこそ、我が仮初めの宿へ。歓迎させてもらおうか」


 そのマントを羽織った人物は男だったらしくこちらに振り向いた。


 でも前から見るとやっぱりおかしな恰好をしているね、白い服にマントに杖、そして仮面……なんか前にリィンと見に行った帝国の劇場に出てた登場人物に似てる。


「あんたが幽霊の正体なの!?人間なのか幽霊なのかはっきりしなさいよ!」
「如何にも、あの影の正体は私だよ。このショーは楽しんでもらえたかね?カシウス・ブライトの娘、エステル・ブライト」
「お前、エステルの名前を……!」
「彼女だけじゃない。猟兵王ルトガー・クラウゼルの義理の娘フィー・クラウゼル、そしてこのリベール王国の姫君であるクローディア姫……こうしてお会いできて光栄だよ」
「わ、私の正体まで……!?」


 このクローゼの正体まで簡単に言い当てたってことは間違いなく唯の変人じゃないね。もしかして……


「結社の人物?」
「フフッ、まずは自己紹介と行こうか」


 わたしがそう呟くと仮面の男はマントを広げながら自己紹介をし始めた。


「執行者NO.X《怪盗紳士》ブルブラン……『身喰らう(ウロボロス)』に連なる者なり」
「み、身喰らう蛇!?」


 わたしの予想通りこの仮面の男……いやブルブランはわたしたちが追っていた結社の関係者だった。まさかこんなに早くに出会うなんて想定してなかったよ。


 わたし達は瞬時に武器を抜いて戦闘態勢に入った。だがブルブランは余裕そうな態度を崩さず静かに笑いだした。


「そう殺気立つ必要はないさ、私は諸君と争うつもりは毛頭ない。何故なら私はここでささやかな実験をしていただけなのだからね」
「実験?それって今ルーアンで目撃されている幽霊の事?」
「そうさ、この『ゴスペル』を使ってね」


 ブルブランの背後には何かの機械がありそこにはクーデター事件で使われていた導力器ゴスペルが置かれていた。


 ゴスペルが光るとブルブランの横に二人目のブルブランが出てきた。でもそのブルブランは半透明で透き通っていた。アレが幽霊の正体だったんだ。


「あれってあたしが見た幽霊そのものだわ!」
「ん、空間に自身の姿を映像として写してるんだと思う。でもそんな技術は聞いたことがない」
「この機械は我々の技術で生み出した空間投影装置だ。これだけでは目の前にしか投影できないがゴスペルを使えば離れた場所に自由に投影できるのだ」


 空間に姿を投影する装置を結社が作った……相当な技術力を持っていそうだね。


「その機械を作ったって……じゃあアンタがリシャール大佐にゴスペルを渡して色んな人を操っていた犯人なの!?」
「残念ながらそうじゃない、あのやり方は私の美学に反するのでね。ただそれを実行した人物と繋がりがあるだけさ」
「じゃあクーデター事件にはやはり結社が絡んでいたという訳ですね……」


 エステルはブルブランにクーデター事件に関与していた人物なのかと聞くが、彼は首を横に振った。でもそれを実行した人物と繋がりが話すと言い、クローゼはあの事件の背後に結社がいた事を再確認する。


「このゴスペルは実験用に開発された新型でね、今回の実験では非常に役に立ってくれたのだよ」
「実験って皆を驚かす事が実験だったの?だとしたら結社って暇人の集まりなんだね」


 わたしは実験をしていたというブルブランに皮肉を言う。そんな悪戯心で今回の事件を起こしたとは思っていないけどね。


「手厳しいね、西風の妖精。だがそれは私が話す事ではない、私はこの装置のデータを取れと言われただけだからね。幽霊騒ぎは選挙で熱くなっていた人々を和ませようとした私なりの余興だよ」
「その余興で騒動が起きかけたんだけどね……でも結社の関係者をこのまま逃がすわけないよ。捕まえて知ってること全部話してもらうから」


 わたし達はそう言ってブルブランに武器を構えた。


「……フフッ」
「何がおかしいのよ!?」
「いや、こうして武器を構える姿を見ると益々その美しさと気高さが伝わってきてね。つい笑みを浮かべてしまったのだよ」
「なんの話?」


 エステルとわたしはブルブランの言葉の意味が分からずに首を傾げた。


「そもそも私が今回の計画に参加したのは二人の人物に相見えたかったからだ。その一人がクローディア姫、貴女だよ」
「わ、私ですか!?」


 ブルブランはクローゼに会いたかったと話す。やっぱり変態なのかな……


「市長逮捕の時に見せた貴方の気高き美しさ……それを我が物にするために私は今回の計画に参加したのだ。あれから数か月―――この機会を待ち焦がれていたよ」
「えっと……」


 突然の告白にクローゼは何も言えなくなってしまった。やっぱり変態だね、こいつ。


「ちょっと待ってよ!市長逮捕って……ダルモアの事件の時よね?あんた、その場にいたって事!?」
「フフ、私はあの事件の時陰ながら君たちを観察していたんだ。こうやってね……」


 ブルブランはそう言うと一瞬で姿を変えてしまった。それは執事のような恰好をした男性の姿だった。


「あ、貴方はダルモア家にいた執事の……!?」
「そう、私だったのだよ」
「思い出したわ!ルーアンの依頼で盗まれた燭台……その場に残されていたカードに書かれた怪盗Bっていうのはあんただったのね!」


 クローゼはその姿を見て驚いていた、どうやらダルモア家の執事の人に変装していたみたいだね。


 エステルは準遊撃士だったころに怪盗Bって奴から盗まれた燭台を取り返したって前に聞いたことがあるけど、その怪盗Bがブルブランだったって訳か。


「怪盗とはすなわち美の崇拝者、気高きものに惹かれずにはいられない。それが物であろうと人であろうとね。姫、貴女はその気高さで私の心を盗んでしまったのだよ。他ならぬ怪盗である私の心をね……」


 貴女は大切な物を盗んでいきました、それは私の心です……って事?勝手に巻き込まれたクローゼが可哀想……


「おお、なんという甘やかな屈辱!如何にして貴女はその罪を贖うつもりなのか?」
「あ、あの……そんなことを言われても困ります」


 クローゼは本気で困惑していた。


 そりゃそうだよ、いきなり私の心を盗んだ罪をどう贖うのかなんて聞かれて答えられるのなんてオリビエ位だって。


「見喰らう蛇は放っておけないけどそれがクローゼを狙ってるって言うなら猶更よ!あんたはここであたしがやっつけてやるわ!」
「ん、友達を狙う変態はやっつけるべき」
「エステルさん……フィーさん……」


 結社全体の狙いではないだろうけどこのブルブラン個人の狙いはクローゼなのは間違いないね。なら友達として放っておけないよ。


「やれやれ、姫との時間を邪魔するとは無粋な連中だ。『彼』がいたなら相手をしてもよかったが……今回はここの守護者に相手をしてもらおうか」


 ブルブランがそう言って指を鳴らすと奥に会った扉が開いて四足歩行の魔獣が現れた。しかもその魔獣は前に地下遺跡で見た機械みたいな魔獣だった。


「な、何よコイツは!?」
「甲冑の人馬兵!?」


 どう見ても仲良くできそうにないね。戦うしかないか。


「クローゼ、援護をお願い。エステル行くよ!」
「分かったわ!」


 わたしとエステルはそう言って人馬兵に向かっていった。人馬兵は巨大な剣を叩きつけてきたがわたしとエステルは左右に跳んで回避する。


「アナライズ!」


 そして魔獣のデータを解析する。どうやら土と水に弱いみたいだね。


「クローゼ、こいつは水系のアーツが有効だよ!」
「分かりました!」


 クローゼは水系のアーツが得意なのでここはわたしとエステルで時間稼ぎをしよう。

 
 人馬兵の振るう剣を足場にして奴の顔に張り付き顔に銃弾を撃ちこんだ。怯んだところにエステルが金剛撃で追撃をする。


 でも流石に固くそこまでダメージは与えられていないみたいだね。なら脆い部分を狙うとしよう。


 再び上段から振るわれた剣を横にステップで移動して回避する。攻撃は激しいけど動きは鈍いみたいだね。


「はっ!」


 連続で斬り付けてきた人馬兵の攻撃をエステルがスタッフで逸らして隙を作る。そこに再びわたしが飛び掛かって今度は腕の関節に手榴弾を詰め込んだ。


 激しい爆発と共に人馬兵の右腕が地面に落ちた。これで連続攻撃は出来ないね。


 でも油断はしないよ、こういう奴は奥の手を隠し持ってるものだからね。


 わたしとエステルが同時攻撃をしようとすると人馬兵は動きを止めて胸から紫色の竜巻を放ってきた。やっぱり奥の手を持っていたか。


「フィー、行くわよ!」
「ヤー!」


 エステルの合図と共にわたしはジャンプする、そしてバットのように構えたエステルは勢いよく振るった。


 わたしはそのスタッフに押してもらい一気に加速する。


「サイクロン・リッパー!」


 回転しながら風のアーツを発動して竜巻と化したわたしは紫の竜巻を打ち破って人馬兵の胴体を斜め一閃に切り裂いた。


「皆さん、離れてください!」


 アーツのチャージを終えたクローゼの声にわたしとエステルは人馬兵から離れた。


「コキュートス!」


 辺り一面に冷気が漂い巨大な氷塊が地面から生えて人馬兵の全身を貫いた。


「とどめ……シャドウブリゲイド!」


 でもまだ油断はできない、完全に破壊するまで攻撃を続けるよ。わたしは7人ほどの分け身を生み出して人馬兵の全身を切り刻んだ。そして7人一斉に手榴弾を投げつけて大きな爆発を炸裂させた。


「奥義・太極輪!」


 追撃でエステルが回転しながら人馬兵に突っ込んでいった。怯ませた後に人馬兵の周りを高速で動き回って闘氣の渦に閉じ込める。そして渾身の一撃を振り下ろして人馬兵を粉々に打ち砕いた。


「はぁ……はぁ……どうよ!」
「ん、いっちょ上がり」


 そこまで苦戦することなく勝てたのはわたし達が強くなったからだね。まあロランス少尉にはまだまだ追いつけていないけど。


「ほぉ……これは驚いた。『彼』の妹である西風の妖精は兎も剣聖の娘はそこまで大したことはないと聞いていたが……フフ、人の言葉などやはり当てにならないか」
「何を余裕ぶってるのよ!次はあんたの番よ!」


 余裕の態度を見せるブルブランにエステルはスタッフを突きつける、でもわたしはブルブランが言った一言が気になりエステルを止めた。


「エステルちょっと待って……今彼の妹って言ったよね?もしかしてお前が相見えたいって言っていたのってリィンの事?」
「如何にも!私がこの計画に参加したもう一つの理由……それは西風の絶剣と呼ばれる君の兄『リィン・クラウゼル』の物語をこの目で見届けるためさ!」
「リィンの物語……?」


 わたしの予想通りこの男のもう一つの目的はリィンだった。でもリィンの物語を見たいってどういう事?


「西風の妖精よ、君は長い年月を西風の絶剣と共に過ごしてきたのだろうが……実はわたしの方が先に彼と出会っていたのだよ!」
「嘘、リィンは最近何も隠さなくなって昔の事も教えてくれた。その中にお前の事なんて一言もなかった」
「当然さ、出会ったとはいえど相まみえたことはない。何故なら……」


 ブルブランはそう言うとまた姿を変えた。その姿はまるで猟兵のような恰好だった。


「猟兵……?もしかして戦場で出会ったって事?」
「残念ながらそれは違う、私がこの姿をしているのはある像を盗むためだったのさ」


 像を盗むために猟兵に変装した……?どういうこと?


「かつてある村に黄金で作られた女神の像が存在した、その像には不思議な力があって魔獣を遠ざける力があったのさ。私は是非とも美しい像をこの手にしたく私の試練を受けてくれそうな聡明な人間を選別していた」
「あの面倒な謎解きの事ね……」


 ブルブランの話の中に出てきた試練に心当たりのあるエステルがげんなりとした様子を見せる。


「だが無粋にもその村を猟兵が襲ったのだ。辺りは血と火薬の匂いに包まれて阿鼻叫喚の地獄……まったく無粋な奴らだったよ。私の邪魔をするなど……だから私は計画を変えて一刻も早くその黄金の女神像を回収することにした。美しき美を守るためにね」
「……それがリィンと何の関係があるの?」
「私は無事に女神像を回収して帰還しようとした。だがその時に目にしてしまったのだ、リィン・クラウゼルが小さな少女を守るためにその身を修羅に変え猟兵達と戦う姿を!」
「ッ……!!」


 わたしは最初ブルブランが何を言いたかったのか分からなかったけどリィンの事を聞いてソレがかつてエレナと言う人を失ったというリィンの過去に出てきた村だと分かった。


「……お前いくつから怪盗なの?そんな昔にリィンを見たって事?」
「フフ、私は生まれた時から怪盗紳士さ。その時に見せた悍ましくもある意味美しい姿に私は魅了されてしまったよ、その日から私は彼を密かに追い続けた、結社の一員となってからもずっと彼の事を注目していた」
「……」
「愛する者の死、強さを渇望しそれを追い求める日々、数々の強敵との死闘……特に剣帝に一撃を与えた時など歓喜のあまり身を震わせてしまったよ……彼こそまさに物語の主人公!私は見たいのだ、彼の行く末を!それを人々に語り継いでいく事のが私の使命!この出会いはまさに運命だ!」


 リィンの事をまるで小説を読んでいる第三者が勝手な意見を言うみたいに好き勝手に話すブルブラン、それを聞いたわたしはらしくないと思いつつも怒りを抑えることが出来なかった。


「ふざけないで……リィンが物語の主人公?リィンはしたくてあんな経験をしてるんじゃない!エレナって人を失った時も、わたしを守るためにD∴G教団に捕まった時もリィンは苦しみ続けた!今だってそう、鬼の力に体を乗っ取られるんじゃないかと不安で仕方ないはず……それを何も知らないお前が楽しそうに語るな!」


 わたしは武器を構えてブルブランに向かっていった。


 こんなことは普段は絶対にしない、でも許せなかった。リィンの苦しみも悲しみも何も知らないくせに好き勝手に話すこの男がどうしても許せないの……!


「フフ、意外と熱く語るではないか、西風の妖精。君はもう少し物静かな少女だと思っていたが……出来ればもう少し君と彼について語り合いたいところだが時間が押しているのでね」


 わたしの攻撃をかわそうともしないブルブラン、そして攻撃が当たるその瞬間、ブルブランは霧のように姿を消してしまった。


「しまった、これは……!」


 目の前の存在が本物のブルブランでない事に気が付くが、すでに遅かったらしくわたしの背後に現れたブルブランは燭台によって照らされて生まれたわたし達の影にナイフを突き刺した。


「な、なにこれ……!?」
「動けません……!」


 エステルとクローゼも動きを封じられてしまったらしい。


「影縫い……実際に使える人がいるなんて思わなかったよ」
「フフ、私の手にかかればこの程度の事は造作もない」
「油断した、まさかいつの間にか幻影と入れ替わっていたなんて……」
「驚いたかね、この装置は近くなら本物と見分けがつかないほど精巧に投影をすることが出来るのだよ」


 だから気が付かなかったのか。


 いやいつもなら違和感を感じたはずだ、怒りで頭が真っ赤になってたから気が付かなかったんだ。こんなの猟兵として失格だ。


「ピュイイイッ!」


 そこにジークが現れてブルブランに攻撃を仕掛けた。でもブルブランはそれを回避してジークの影にナイフを刺して動きを封じてしまった。


「現れたな、小さきナイト君。君の騎士道には敬意を表すが邪魔はしないでもらおう」


 そしてブルブランはクローゼに近づいていく。


「クローディア姫、これで貴女は私の虜だ。どんな気分かね?」
「見くびらないでください。例え体の自由を奪われても心までは貴方に取られたりはしません!」
「フフ!そう!その目だよ!気高く清らかで何物にも屈しない強い決意の眼差し!その輝きは今まで手に入れてきた美しき物達に負けないほどの高貴さを放っている!私はそれが欲しいのだ……!」


 ブルブランはそう言ってクローゼに手を伸ばす、このままじゃクローゼが……!


「感謝するぞ、ジーク。そなたのお蔭でその者の気を逸らすことが出来た」


 その時だった、誰かの声がしたと思ったら地面を砕くすさまじい衝撃が走った。それによって影に刺さっていたナイフが吹き飛んで体の自由が戻ってきた。


「真・地裂斬!」


 再び放たれた地を砕く衝撃波をブルブランは回避する。この技は間違いない、私の大切な親友……


「ラウラ!」
「遅くなってしまってすまない、フィー」


 そう、そこにいたのはラウラだった。来てくれたんだね、嬉しいよ……!


「ラウラ!?いつ来てたの!?」
「ラウラさん!ありがとうございます!」
「久しいな、エステル。そして礼は不要です、クローディア姫」


 エステルとクローゼも自由になったらしくこっちに駆け寄ってきた。


「油断するとは愚かな!」


 ブルブランは再び影にナイフを刺そうとするがわたしは動じなかった。なぜなら……


「なにっ!」


 ブルブランが持っていたナイフは銃弾によって弾かれた。


「フフッ、真打登場だね」
「オリビエ!」


 そう、ラウラと同じでオリビエも来てくれていたことが分かっていたからだ。


「私のナイフを打ち落とすとは……君は何者だ?」
「僕の名はオリビエ・レンハイム。美しさを追求する美の探求者さ」
「ほう、この私を前にして美の探求者を名乗るとは身のほど知らずだな」
「フフッ、それはこちらのセリフさ。様子を伺っていた時に話を聞いていたけど君はリィン君に魅了された者だと言っていたが……僕から言わせてもらえれば3流もいい所だよ」
「なんだと?」


 オリビエとブルブランは何だかよく分からない言い合いを始めた。


「リィン君は主人公なんて呼ばれる存在じゃないさ。優しくて傷つくと分かっていてもそれでも誰かの為に行動してしまう……そんなどこにでもいるただの少年だ。例え異能の力を持っていたとしてもね」
「何を言っている……彼は英雄になるべくして生まれた存在だ。そして英雄とは他人とは違う素質を持つ者だけがなれる一握りの存在、彼はサーガとなる存在なのだ。実際に彼は私に様々な物語を見せてくれた、ただの凡人がそのような輝きを放てるわけがない」
「リィン君はそんな強い存在じゃないよ、一人じゃ直に傷ついてしまう脆い存在……でも助けたいと思ってしまう愛しい子なのさ、だから僕はリィン君を見守りたいって思ったんだよ。僕だけじゃなくフィ―君やラウラ君、エステル君にクローゼ君……個人で差はあれどリィン君の力になりたいって思わせる何かを持っているのがリィン君の魅力なのさ。そう、リィン君の魅力とは『愛』だ!」
「ッ!?」
「他人のために体を張ることが出来るリィン君だからこそ僕達も力になりたいと思える……それこそまさに愛、それがリィン君の輝きだよ」


 オリビエ……やっぱり貴方は良い人だよ。まだ数か月の付き合いでしかないのにそこまでリィンの事を想ってくれるなんて……


 決めた、わたしはオリビエを信じるよ。例え帝国のスパイでもオリビエはわたしの仲間だよ。


「……フフッ、まさかこんなところで美をめぐる好敵手に出会えるとは思ってもいなかったよ。オリビエ・レンハイムと言ったね、君に敬意を表して私も名乗ろう!執行者NO.X《怪盗紳士》ブルブラン……この名を覚えておきたまえ」
「ならば僕も改めて名乗ろう。僕の名はオリビエ・レンハイム、愛を求めて旅する漂白の詩人にして狩人さ」


 なんか変な友情を結んだみたいだね、リィンとシャーリィみたいな関係かな?


 ブルブランは高速で装置の元に行くとゴスペルを取り外した。


「こんなに愉快な時間を過ごしたのは久しぶりだ。礼を言わせてもらうぞ、諸君」
「逃がさないわよ!」
「今宵はこれで終わりにしよう。次に相見える時を楽しみにしているよ、特に西風の絶剣によろしくと言っておいてくれたまえ、妖精」
「待て!」


 わたし達はブルブランを捕まえようとしたが、ブルブランはまるで魔法のように消えてしまった。


「き、消えた……」
「し、信じられません……」
「わたしがしっかりしてれば……」


 エステルとクローゼはブルブランが消えてしまった事に驚いていた。わたしは怒りで我を忘れて奴の術中に嵌ってしまいクローゼを危険な目に合わせてしまった事を反省する。


「……とにかく今はこのことをすぐにギルドに報告した方が良いよ。そういえばドロシーは?」
「彼女なら一旦学園に戻ってもらったよ。その際にラウラ君と合流したんだ」
「そうなんだ」


 なるほど、その時にラウラとオリビエは合流したんだね。


「ラウラとはいっぱい話がしたいけど今はそうもいかないね」
「そうだな、リィンがいないことが気になるがまずはすべきことをするとしよう」


 久しぶりにラウラに会えたからいっぱいハグしたかったけど今はこのことをギルドに報告することを優先しよう。


「リィンは大丈夫かな……」


 わたしは幽霊船の調査に向かった想い人の無事を願った。

 

 

第71話 幽霊船

side:リィン


 フィー達と別れた後、俺は姉弟子とケビンさんと共に導力ボートに乗ってマリノア村に向かった。村近くの浜辺にボートを泊めて風車小屋を貸してもらい夜まで海を見張ることにした。


「フィー達は大丈夫かな……」
「まあ幽霊船と比べればまだ白い影の方が可愛い物かもしれないよ」
「せやで、経験者から見てもこっちの方がヤバそうや、恋人が気になるのは無理ないやろうけどこっちのほうに集中した方がええで」


 フィー達を心配する俺に姉弟子が慰めてくれてケビンさんが注意しろと言う。まあそれ自体は正論なのでいいんだけど……


「ケビンさん、だからフィーは妹ですから……」
「嘘つけ、あんなラブラブオーラ出しといて恋人じゃないって世のモテへん男どもにケンカ売っとるんか?」
「なんであなたが怒るんですか……」


 少なくとも今はそう言う関係じゃないので訂正すると何故かケビンさんが怒った。


 いやケンカを売りたいなんて思ってないし頑張れば彼女位すぐに出来るんじゃないのか?


「弟弟子君、それは人前で言ったら駄目だよ」
「心の中を読まないでください、姉弟子」


 そんなやり取りをしながら時間が過ぎるのを待つ俺達、時刻は夕方辺りになり日も沈み始めてきた。


「そろそろ夕ご飯の時間だね、私が何か買ってくるよ」
「えッ、でも……」
「いいからいいから!お姉ちゃんに任せてよ!」


 姉弟子はそう言うと夕飯を貝に行ってしまった。ケビンさんと二人きりか……


「ケビンさんはいつも古代遺物の件で動いているんですか?」
「せやな、巡回神父として各地を周りながら古代遺物などの被害がないか確認してまわるんや。ああいうのは気が付いたら異変を巻き起こしとるパターンが多いからな。まあ直接七曜教会に連絡が来て向かうっちゅうパターンもあるんやけど……今回は両方やな」
「なるほど……」


 そういえばルーアンの元市長であったダルモアが所持していた古代遺物を回収しに来たって言っていた、まさか同じ町で二回も古代遺物の件で関わるとは思っていなかったんだろうな。


「ところで少年、君なにか悩み事でもあるんか?」
「えっ?」
「隠しても分かるわ、そう言う人間は沢山見てきたからな。どや?ここに神父がおるんやし相談でもしてみんか?」


 ……これは鬼の力の事を言われているのだろうか?この人隠してるけど唯の神父じゃないのは分かっている。教会のそういう裏事を担当してる人なのは間違いないだろう。


 だから素直に話すのは控えるべきだ。そもそも完全には信用できないしね。


「えっと……実は俺、二人の女の子に告白されて……どっちを選ぶべきか悩んでいまして」
「なんやそれ!やっぱり世の男どもにケンカ売っとるんやな!?ええで、そのケンカ買ったるわ!」
「なんでホウガンを構えてるんですか!そっちが話せって言ったんでしょうが!」
「やかましい!そんな不純な悩みやとは思わなかったんや!まったく最近の若いモンは……」
「貴方も若い方でしょうが」


 なんなんだこの人、これが素なのか演技なのかつかみにくいな……


「まあ冗談はここまでとして……せやな、リィン君はその子達の事どう思っとるんや?」
「……最初は俺って死にたがっていたというか自分が犠牲になれば皆が幸せになるっていうような考え方をする人間だったらしいんです」
「なるほど、自己犠牲が強かったんやな」
「はい、でもフィーが教えてくれたんです。俺が死んだら一生悲しむ人たちがいるって……だから俺はもう自分だけで厄介ごとを抱え込まないようにしようって思えたんです」
「いい子やな、その子の言う通りやで。自己犠牲を否定する気はないけどやっぱ好きな人が死んだら人間は悲しいもんや、大人になってもそれは変わらん事や」


 いつの間にかガチの人生相談になり始めたね。でもこの人は神父だしそう言う人ともかかわってきた経験があるかもしれない。ここは渡りに船でもう少し相談してみよう。


「フィーちゃんの事が大好きなんやな。それでもう一人の子は?」
「ラウラは俺にとって好敵手であり高め合っていきたい相手でした。俺が剣士として高みに行きたいって思えるのはラウラのお蔭だと思っています。それに彼女はとてもまっすぐである意味憧れの存在なんです。そんな彼女が俺の事を好きだって言ってくれて……なんかすごく意識しちゃって……」
「つまり憧れの存在から告白されて凄い意識してしまうって訳やな。なんや、二人にベタ惚れやないか、聞いとるこっちがむず痒くなってきたわ」
「うぅ……」


 こうして他人に二人への想いを話したことなかったけどやっぱり俺は二人が好きなんだ。でも……


「それでも俺は二人に想いを答えることが出来ないんです。過去に大切な女の子を俺のせいで失ってしまった事があって……それを思い出すとどうしても体が震えてしまって……」
「そうか、トラウマがあるんやな?キツいよなぁ、大切な人を失うのは……」
「ケビンさん?」


 何か雰囲気が変わったケビンさんに困惑してしまう。どうしたんだ?


「……いや、何でもあらへん。とにかく俺が言えるのはリィン君がどうしたいかが大事やと思うよ」
「俺が?」
「せや。リィン君は二人に想いを伝えたいけど怖いんやろ?ならトラウマを無理に起こす必要もない、まずは自分の事を優先するべきや」
「いいんでしょうか、二人の想いを利用してるみたいで……」
「卑怯に感じるんか?でもな、やっぱ人間は自分が一番大事や。自分が苦しいのに無理したっていい結果は出えへんよ。返って二人に失礼や」


 確かに俺は早く二人に返事をした方が良いと思ってたかもしれない。でもそんなの真剣に告白してくれた二人に失礼だ。


「もしかして周りに急かされたりしたんか?まあ全部の事情を知らなければリィン君の方に非があるように見えるけど、それでもちゃんと時間をかけて考えた方がええわ。じゃなきゃお互いの為にならんと思うで」
「……でも」
「大丈夫やって。ラウラって子は分からんけどフィーちゃんはめっちゃいい子や、あの子と一緒にいれば絶対にトラウマも乗り越えられるはずや」
「……」
「だからまずは自分を優先するべきや、そしてトラウマが解消出来たら真剣に二人へ思いを正直に答えたらええ」
「……そうですね。ありがとうございます、少しだけ気持ちが軽くなりました」
「力に慣れたんなら幸いや」


 最初は誤魔化すために話をしたけど結果的には真面目な相談をすることが出来た。心が少しだけ軽くなった気がする。


「話は終わったで、そろそろ入ってきたらどうや」
「えっ?」


 ケビンさんが風車小屋の入り口の扉にそう声をかけた。すると涙目の姉弟子が入ってきた。


「姉弟子!?もしかして今の話……」
「うえ~ん!ごめんね弟弟子君~!なにか嫌な事があったのかなってさっきの会話で思ったけど……まさかトラウマがあったなんて思わなかったの!それなのに私、早く告白の返事をした方が良いって偉そうに言ったりして……本当にごめんね~!!」
「あ、姉弟子!泣き止んでください!はたから見れば俺が最低な事をしてるのは間違いないんですから!俺は気にしてませんから!ねっ?」
「うえ~ん!」
「どうしよう……」


 その後なんとかして姉弟子をあやすことが出来た。ふー、凄く疲れた……


 でも姉弟子もいい人だよな、真剣に俺やフィーとラウラの事を想ってくれているのは間違いない。


(俺もしっかりしよう。見守ってくれた皆やフィーとラウラの為にも……)


 俺は決意を新たにして仕事に励むのだった。


―――――――――

――――――

―――


 その後夕飯を食べてさらに時間が立った、辺りは真っ暗になり海原も星の光を映すほど黒く染まっている。


 俺は双眼鏡で沖を見ているが幽霊船は見当たらないな。


「どう、弟弟子君?何か見えた?」
「いえ、今のところは……ッ!?」


 その時だった。何もなかった海の上に突然青い炎を纏ったボロボロの船が現れた。


「出ました!幽霊船です!」
「ええッ!?」


 俺の言葉に他の二人も双眼鏡で確認する。


「本当に幽霊船だ、実在したんだ……」
「ケビンさん、あれは……」
「まだ断定は出来へんけど、多分古代遺物が絡んどる可能性があるな。アレに近づいて確認せなあかん」
「ならボートに行きましょう!」


 俺達は泊めていたボートに向かい幽霊船に向かってボートを操縦する。だが幽霊船は俺達が接近しようとすると大砲で砲撃をしてきた。


 俺は急いでボートを操縦してなんとか回避する。


「きゃああっ!?」
「マジか!撃ってきたで!?」
「ケビンさん、操縦お願いします!」
「ちょっ!?」


 俺はケビンさんに操縦を交代してもらいボートの先頭に立つ。


「緋空斬!!」


 太刀を振るい炎を纏った巨大な斬撃を放ち砲弾を切り裂いていく。


「凄い!私も溜めないとあんな巨大な斬撃は出せないよ!」
「ケビンさん、今です!」
「よし来た!」


 緋空斬で砲弾を斬った隙をついてケビンさんがボートを一気に船に寄せた。


 俺は姉弟子を抱き寄せるとワイヤーを使って船の上に乗り込む。すると甲板にいた骸骨のような魔獣が襲い掛かってきた。


「疾風……螺旋撃!」
「剣技・八葉滅殺!」


 まず疾風で周囲の骸骨を切り裂き続けざまに螺旋撃で固まっていた所をまとめて吹き飛ばした。姉弟子も怒涛の連続攻撃で他の骸骨たちを一掃していく。


「残月……業炎撃!」


 後ろから斬りかかってきた3体の骸骨をカウンターで返り討ちにして業炎撃で追い打ちを仕掛ける。


「無双覇斬!」
「光破斬!」


 そして周囲を取り囲んでいた骸骨たちを一掃した。姉弟子も巨大な斬撃で骸骨たちを打ち倒した。


「ケビンさん、こっちは片付きました。今縄梯子を下ろしますね」
「弟弟子君、大活躍だね。私殆ど何もできなかったよ」
「そんなことないですよ、姉弟子のフォローが無かったらもっと苦戦していました」


 二人でハイタッチをしてケビンさんを船の上に引き上げる。さて、これで終わりだとは思わないけど……


「あれ?」
「どうしました、姉弟子?」
「なんか周りが変じゃない?霧が出てきてる」
「そう言われると確かに一瞬で濃い霧に包まれていますね」


 さっきまで晴れていたのにいつの間にかまったく前が見えないくらいに霧が出てきていた。


「これはまさか……」


 ケビンさんは何かに気が付いたようで船の外……海がある部分を見る。そして大きなため息をついた。


「やられたわ……二人とも、下を見てみい」


 俺は言われたとおりに下を見ると……何と海が無かった!霧の上をまるで飛ぶようにこの船は進んでいるんだ。


「どうなってるの!海がないわ!?」
「特異点に引き込まれたんや」
「特異点?」
「簡単に言えばゼムリア大陸に作られた別次元の事や。古代遺物を追ってると稀にこういう場所に引き込まれてしまうケースがあるんやけど……」


 ケビンさんがこの空間について教えてくれた。特異点という全く別の空間に引き込まれてしまったらしい。


「特異点から出るにはこの空間を作っとる元凶を叩くしかあらへん」
「じゃあまずはそいつを探すしかないって事ですか」
「せやな。ただ注意せえや、特異点は生み出した奴のテリトリーや。何が起こるか分からへん」
「分かったわ。いつも以上に注意して進みましょう」


 特異点から出るのはこの空間を生み出している元凶を倒すしかないようだ。俺達は元凶を探して幽霊船を探索する事になった。


「ここから中に入れそうだな」
「でもこの船そんなに大きくないし案外早く元凶が見つかるんじゃないかな?」
「確かにそうですね」


 俺と姉弟子は船の大きさからしてすぐに元凶が見つかると思っていた。だが……


「えっ、なにこれ!?」
「明らかに船の大きさ以上の空間が広がっている!?」


 そう、外見はそこまで大きくなかった船の内部はまるで遺跡のように複雑な構造をしていた。


「だから言ったやろう、ここは敵のテリトリーやと」
「なるほど、常識は通用しないって事ですか」
「そう言う事や。ここを船やと思わんほうがええ」
「なら何が起こってもおかしくなって想いながら慎重に進みましょう」


 予想以上の異常な光景に困惑しながらも直ぐに思考を切り替えて進むことにした。どの道元凶を倒さないことにはここから出られないからな。

「ギキャアッ!!」


 するとまた骸骨たちが襲い掛かってきた。しかも今度は武器を構えて海賊らしい姿だ。


「来たよ、二人とも!」
「ええ、迎撃します」
「援護は任せときな」


 俺達も武器を抜いて戦闘態勢に入った。目の前から迫ってきた骸骨の一帯を上段から切り裂き更に横一閃に振るい二体を倒す。


 上から奇襲をかけてきた骸骨を攻撃しようとするが、そこにボウガンの矢が刺さって骸骨は消滅してセピスになった。


「ケビンさん、ありがとうございます!」
「気にせんでええ、そっちも気を付けや」


 ケビンさんは正確な射撃で骸骨たちを倒していっている、更に接近されても仕込み刃で迎撃するという遠距離も近距離もどちらもこなす高い技量を持っているようだ。


(……敵には回したくないな)


 何か隠しているのかもしれないが味方なら頼もしいな、今は存分に頼りにさせてもらおう。


「ギギ……」


 骸骨たちは俺達を倒せないと分かるとそのうちの一体が壁を推すような動作を取る。すると壁の一部が引っ込んで辺りに地響きが起こった。


「なに?なにが起こったの!?」
「嫌な予感がするわ……」
「二人とも、後ろです!」


 地響きの正体は巨大な岩だった。通路を覆い隠すほどの巨大な岩がこちらに向かって転がってきたんだ。


「なんやあの大岩は!?アカン、このままじゃ全員ぺちゃんこにされてまうで!?」
「逃げるよ!」


 俺達は大岩から逃げるが何故か通路を曲がっても俺達を追いかけるように大岩も曲がって追いかけてくる。


「どうなってるの!?」
「これも特異点を生み出した元凶の仕業なんでしょう!俺達をつぶすまであの大岩は止まらないはずです!」


 ケビンさんはこの特異点は元凶の意のままだとさっき話していた。つまりあの大岩も元凶が操っているのだろう。


「アカン!?行き止まりや!」


 通路の先が壁で塞がれていた。追い込まれたか……!


「どうしよう!このままじゃ一巻の終わりだよ!」
「誰かガイアシールドとか使える奴はおらへんのか!?」
「使えるのは多分エステルだけですね……どのみち間に合わないでしょうけど」


 完全防御できるアーツはあるが生憎俺達は使えない。仮に使えても発動までに間に合わないだろう。


「こうなったらあの大岩を破壊するしかないですね」
「えッ!?流石にあんな大きな岩を斬るのは無理じゃないかな!?」
「一人なら無理でしょうね、でも姉弟子とケビンさんが協力してくれれば必ず何とかできます!」
「ならその自信にかけてみようやないか」


 俺は大岩を破壊する提案をして二人は乗ってくれた。まずは……


「姉弟子、光破斬で何処でもいいから大岩に切れ込みを入れてくれませんか?俺はその間にクロックダウンを駆除しますから」
「分かったよ!」


 俺はアーツの準備を始める、クロックダウンなら間に合うだろう。その間に姉弟子は光破斬で大岩に切れ込みを入れた。


「ケビンさん、俺がクロックダウンで大岩の動きを遅くしたら姉弟子がいれた切れ込みにボウガンを打ち込んでヒビを作ってください!」
「任せときな!」


 そして俺はクロックダウンを発動して大岩の時を遅くして転がるスピードを減速させる。そこにケビンさんが放ったボウガンが切れ込みに突き刺さって大岩にヒビが入った。


「後は俺がやります……!」


 俺は刀を構えて突きの体勢に入った、放つのは勿論時雨だ。


「今までの時雨じゃ駄目だ、安定していて尚且つ凄まじい威力の技にしないと……」


 今まで一番威力のあった時雨は『時雨・零式』だが相手に近寄らないと使えないという弱点があった。


 だが普通の時雨では威力に欠ける、だから時雨のように素早く出せながらも威力を高めた新技を考えていたんだ。


「これが俺の新しい技……『水龍脈』だ!!」


 突きを放つ瞬間、つま先から手首に至る全身の関節を回旋させてねじり込むように大岩の切れ込み目掛けて突きを入れた。


 すると大岩のヒビが広がっていき、最後には木っ端みじんに砕けた。


「凄い凄い!弟弟子君、今のって八葉一刀流の技なの!?」
「いえ、螺旋撃を参考にしましたけどあれは俺が好んで使う時雨を改良した技である『水龍脈』ですよ。強烈な回転の力を突きに入れて威力を向上させたんです」
「へぇぇ……!自分で技を作っちゃうなんて凄いね!」
「あはは、恐縮です」


 姉弟子はぴょんぴょんと目を輝かせて褒めてくれる。凄く恥ずかしいな……


「でも大したもんやな。流石はあの猟兵王の息子なだけあるわ」
「やっぱり知っていたんですか?」
「そりゃ荒事に関わっとる人間なら知らんほうがおかしいやろ」


 ケビンさんは俺の正体を知っていたらしい。まあ俺も彼が唯の巡回神父じゃないのは分かってるし裏事を担当してるなら知らない方がおかしいか。


「まあ別に七曜教会は猟兵と敵対しとるわけじゃないからそんなに警戒せんでもええで。俺の目的は古代遺物やからな」
「えっと、気を遣わせてしまいましたか?」
「別に気にしとらんよ。カンのいい人には怪しまれる事もあるからな」


 どうやら彼は俺が警戒してることを感づいていたみたいだ。やはり只者じゃないな。


 ただ彼の言う通り俺達も七曜教会と争っている訳じゃない。あまり警戒しすぎるのも良くないな。


「まっそんなことはいいんや。今はココから脱出することが先決やからな」
「そうですね、ならここから先も協力していきましょう」
「おう、頼りにしとるで」


 彼の言う通りまずはココから脱出するのが先決だ。その為にも彼の力は必要だし個人を警戒してる場合じゃないな。


 そう思い俺はケビンさんと握手を交わした。相談にも乗ってくれたし猟兵っていう立場じゃなきゃ個人的には好きなタイプだ。


 それから俺達は遺跡を進んでいくと通路から洞窟のような場所に出た。本当になんでもありだな。


「さっきまで綺麗に作られていた遺跡から手入れがされていない洞窟になったね。通路もボロボロの木の板になってるし危なっかしいよ」
「せやな、いきなり足元が崩れて真っ逆さまなんてならんように気を張っておかんとな」


 俺達が歩いている通路は今にも崩れそうなくらいボロボロの木の板で出来ていた。ケビンさんの言う通り足元には注意しておかないとな。


「キシャアッ!!」


 すると通路の前と後ろからまた骸骨のような魔獣が襲い掛かってきた。


「挟み撃ちされた!」
「姉弟子は後ろを、ケビンさんは俺達のフォローをお願いします!」
「了解や!」


 俺は前の魔獣達目掛けて緋空斬を放った。狭い足場なのもあって緋空斬を喰らった魔獣たちは下に落ちていく。


 姉弟子も同様に光破斬で魔獣たちを迎撃していく。


「いくで!ダークマター!!」


 ケビンさんは空属性のアーツである『ダークマター』を崖側に発動した。強力な重力の塊が魔獣たちを引き付けて下に落としていく。


 俺達は巻き込まれないように必死で踏ん張った。


「今や!前に向かって走るんや!」


 ケビンさんの合図とともに俺達は走り出した。このままマゴマゴしていたらまた囲まれてしまうからだ。


 すると背後から爆発する大きな轟音が聞こえた。左右を見ると大砲を構えた骸骨たちが崖の上から俺達を狙っていた。


「マズイ!狙われているぞ!」
「走れ!とにかく走るんや!足を止めたら終わりやで!」


 あの数では3人だと迎撃する間もなく砲弾の餌食になってしまう、そう判断した俺達はとにかく逃げることにした。


「きゃあああっ!」
「もう少しや!二人とも気張れや!!」


 確かに先を見ると洞窟の終わりが見えてきた。あそこに出れば砲弾は届かないだろう。


「あっ……」


 その時だった。足元の跳ね上がった木材に運悪く足を撮られてしまった姉弟子が大勢を崩してしまったんだ。


「姉弟子!」


 俺は直ぐに姉弟子の元に向かい彼女を起こした。だがこの絶好のチャンスを魔獣が見逃すはずもなく俺達に目掛けて砲弾を撃ってきた。


(回避できない……なら!)


 回避は不可能だと判断した俺は姉弟子を抱えて下に跳んだ。


「リィン君!アネラスちゃん!」


 上からケビンさんの声が聞こえるがどうする事も出来ずに俺と姉弟子は落ちていった。


  
 

 
後書き
 ―――オリジナルクラフト紹介―――


『水龍脈』


 全身の関節や筋肉を使い時雨に強い回転の力を加えて放つ。弱い相手なら防御や硬い盾も打ち砕くことが出来る。 

 

第72話 キャプテン・リード

side:リィン


 俺は姉弟子と共に谷底に落ちていく。このままでは死んでしまうぞ、なにか考えないと……!


 すると底の方に水が溜まっているのが見えた。これなら……いやこの高さからだと如何に水とはいえ硬い石の床と変わらないだろう。間違いなく体がバラバラになってしまう。


「グォォォォォッ!」


 しかも大きな魚のような魔獣が出てきて大口を開けているじゃないか。どのみち絶体絶命に変わりない。


「はっ!」


 俺は近くの岩場にワイヤーを伸ばして間一髪魔獣の口にダイブするのを阻止した。だが……


「嘘だろ!?」


 結構な衝撃だったからかワイヤーが切れてしまった。俺とフィー二人分の体重なら支えられるくらいの強度はあったけど姉弟子だとちょっと重かったか……!


 姉弟子を抱えながら頭から水面にあたった。幸い途中でワイヤーがクッションになったため体がバラバラになることは防げたが……


「姉弟子!?大丈夫ですか、姉弟子!」


 姉弟子が気を失ってしまっていた。どうやら水に落ちた際に気を失ってしまったみたいだ。


「くそっ!早く陸に上がらないと……!」


 俺は姉弟子を抱えて陸地を探す。すると遠くに穴のような場所がありそこに向かうことにした。


「キシャアアアッ!!」


 だが背後からさっきの魔獣が追いかけてきた。急がないと……!


 だが水中では動きにくい上に姉弟子を抱えている、魚型の魔獣である向こうの方が泳ぐのも早くこのままではすぐに追いつかれてしまう。


「姉弟子、雑に扱う事になって申し訳ありません!」


 俺は鬼の力を使い姉弟子を上空に投げた。そして太刀を抜いて上段に構える。


「業炎撃!」


 そして飛び掛かってきた魚型の魔獣の脳天に一撃を喰らわせた。地上じゃないので踏ん張りがきかず威力は落ちているがまさかの反撃に魔獣は怯み逃げていった。


「ふう、何とかなったか……じゃなくて姉弟子!」


 俺は落ちてきた姉弟子を優しくキャッチする……ってマズイ!姉弟子息をしていないじゃないか!


「うおおおおっ!!」


 鬼の力を全開にして必死に泳ぎ穴の中に入る。そしてすぐに姉弟子の状態を確認する。


(水を飲んだのか……なら人工呼吸しないと!)


 俺は直ぐに胸骨圧迫と人工呼吸を始めた。回復アーツもかけながら必死でそれらを続けていく。


「……ゴホッ!?」


 よし、姉弟子が水を吐いたぞ!俺はそのまま応急手当を続けていく。


 それから暫くして姉弟子はなんとか助かった。本当に良かったんだけど……


「……」
「……」


 現在ちょっと気まずい状態にある。というのも濡れた衣服をアーツで起こした炎で乾かしてるんだけど衣服を脱いでいるためお互い下着姿なんだ。


 しかも人工呼吸したって事はその……キ、キスしちゃったことだし……ああするしかなかったとはいえやっぱり気まずいな……


「あ、あの……」
「な、なんですか……?」
「ありがとうね、弟弟子君のお蔭で助かったよ。君は命の恩人だね」
「無事で良かったです、本当に……」
「……そんなに気にしなくていいよ?そうしなきゃ私は死んでいたかもしれないし。それに弟弟子君が初めてのキスの相手なら嫌じゃないし……」
「そ、そうですか……」


 ……よし、気を切り替えよう。姉弟子は助かったんだしこれ以上このことを掘り返すのは良くないな、うん。


「ところでケビンさんは無事でしょうか?」
「どうだろう?急いで合流した方が良いのは分かってるんだけど……」
「水の中にはアイツがいますからね……」


 さっきの魔獣が水の中にいる以上ここから進むのは危険だ。さっきは不意を突いたから追い払えたけど今度は向こうも警戒してくるだろうし奴のテリトリーである水中で戦うのは無謀だからな。


「……あれ?弟弟子君、この穴奥に小さい隙間があるよ?」
「えっ……?あっ、本当だ」


 よく見ると穴の奥に亀裂があり本当にギリギリ人が通れるくらいの隙間があった。


「この隙間通れるかな?」
「ん~……この姿なら何とか通れそうですね」
「えっ、この姿って下着姿の事?」
「はい、じゃないと通れないと思います。無理して通ろうとしたら最悪挟まってしまうかもしれません」


 ミズゴケで滑るし服を着ていない今の下着姿なら何とか通れるかもしれない。俺は乾いた衣服を手に持って隙間を通ろうとする。


「どう、弟弟子君?」
「かなり狭いですね……でも何とか通れそうです」


 俺はなんとか隙間を通って向こう側から姉弟子に返事を返した。


「姉弟子はどうですか?これそうですか?」
「んしょ……うん、だいじょうぶ!かなりキツイけどミズゴケで滑るからイケそうだよ!」


 良かった、姉弟子もこちらに来れそうだな……ってええっ!?


「やったぁ!無事に通れたよ!」
「あ、姉弟子!前を隠してください!」
「えっ?」


 姉弟子が女の子だと言う事を忘れていた!どういう事かというと女の子は男より胸が出てるから……その……


「きゃっ……きゃああああっ!」


 壁に擦れて下着が破れてしまっていたんだ……


「み、見ないで!!」
「見てません!とにかく絆創膏を渡すのでそれ使ってなんとかしてください!」


 俺は後ろを向いて姉弟子を視界に入れないようにした。そして持っていた絆創膏を姉弟子に渡してお互いに服を着る。


 えっ、絆創膏を何に使うのかって?……聞かないでくれ。


「うぅ……まさかこんな事になるなんて……弟弟子君、本当に見てないよね?」
「見てませんよ」
「本当に?」
「本当です」
「……そっか、良かった。私って〇輪が大きいから人に見られるの恥ずかしいんだ」
「えっ、そうなんですか?俺も他人のなんて見た事無いからよく分からないけど多分普通の大きさだったような……」
「……」
「……あっ」
「やっぱり見てるんじゃない!弟弟子君のエッチ!!」
「べふっ!?」


 涙目になった姉弟子のビンタを喰らい俺の右頬に真っ赤な紅葉が咲いた。余裕そうに詩的な感じで言ったけど痛いよ……


―――――――――

――――――

―――


「うぅ……やっぱり違和感を感じるよ……」
「……」


 その後なんとか許してもらえた俺は姉弟子と共に暗い洞窟を進んでいく。幸い俺は防水加工したライトを用意しておいたから何とかなったよ。


 ただそれでも暗いので足元を注意しながら姉弟子と手を繋ぎ慎重に進んでいく。


「……」
「……」


 ただ会話は無い。それはそうだろう、気まず過ぎる。ただ姉弟子の握ってる手が何故かちょっと強いのが分からない。やっぱり怒ってるのだろうか。


 とはいえそんな事も聞けるはずもなくただただ前を進み続ける。すると更に広い空間に出る。


「うわぁ……もはや船の中とは思えないね」
「ええ、秘境を探検してる気分です」


 鍾乳洞の洞窟に光が差し込み流れる滝に反射して綺麗な風景を見せる広い空間を見て俺はそう呟いた。特異点と言うのは何でもありなんだな。


「ここから先は足場も狭いしまた落ちないように気を付けましょう」
「うん、早くケビンさんと合流しないとね」


 広くはなったけど相変わらず足場は悪い。先ほどのように落ちないように気を付けて進もう。


 襲い掛かってくる骸骨の魔獣と新たに出た蝙蝠のような魔獣や蛇のような魔獣を撃退しながら先を進んでいく。


「なんか骸骨の魔獣が強くなってきてない?」
「ええ、罠も使ってくるようになってきましたし銃も持っていましたよ。ただの魔獣とは思わない方が良いですね」


 俺は銃弾を弾きながら骸骨の魔獣を4体切りさいた。道具まで使うとは本当にこの骸骨たちはただの魔獣なのだろうか?

 
 そんな疑問も今は意味がない、とにかく先を進んでいくしかないな。


 足場を飛び越えて段差を駆け上がり前に進んでいく。途中で足場が崩れて姉弟子が落ちそうになったりしたときに俺が手を差し伸べ、俺に目掛けて落ちてきた岩を姉弟子が光破斬で砕く、といった風にお互い助け合いながら先を目指す。


「えへへ、こんな状況なのに何だか楽しくなって来ちゃった」
「どうしてですか?」
「だってこんな風に一緒に助け合って冒険するの初めてだから。エステルちゃんが来るまではみんな先輩ばっかりだったし私は迷惑ばっかりかけちゃってたからさ。弟弟子君に頼ってもらえるのが嬉しいんだ」


 そうか、姉弟子は今まで対等な存在がいなかったんだな。


 同門である兄弟子のカシウスさんとアリオスさんは格上過ぎて雲の上の存在だし、エステルが遊撃士になるまでは姉弟子が一番の後輩だったんだろう。


「俺は姉弟子を頼りにしてますよ。なにせ初めての姉弟子ですから」
「ふふっ、なら弟弟子君の期待に応えないとね」


 俺もフィーが現れるまでは西風の旅団の皆に守られてきた、でも守られるだけじゃなく頼りにされたかったんだ。


 だから姉弟子の気持ちはわかるよ、頼られるのは嬉しいからな。


「うわわ!?なにこれ!?」


 すると俺達がいた足場が急に崩れはじめた、恐らく元凶の仕業だろう。


「でもここは俺に任せてもらいますよ!だって俺も姉弟子に頼りにされたいですから!」


 俺は鬼の力を使い姉弟子をお姫様抱っこする。そして崩れる足場を一気に駆け抜けていく。


「はぁぁぁぁっ!!」


 そのまま足場の先にあった遺跡のような場所にジャンプする。


 ふう、何とかなったな。


「あはは、弟弟子君張り切り過ぎだよー。でもかっこよかったよ」
「ちょっとカッコつけすぎましたね」


 姉弟子を下ろしてハイタッチをする。


「ん……?」
「また地震?」


 だが安心する間もなく地震が再び起こる。すると上から大量の水が流れてきて俺達を押し流した。


「きゃあああっ!?」
「姉弟子!掴まってください!」


 俺は姉弟子と離れないように何とか彼女の手を掴んで抱き寄せた。そのまま流されていき水中に放り込まれる。


(姉弟子!大丈夫ですか!?)


 俺は姉弟子に合図をすると彼女はコクリと頷いた、どうやらさっきのように気を失っていないようだな。


 だがここは穴の中らしく水面が無いようだ、このままだと溺れてしまう。


 俺は姉弟子を連れて水中を進む、早く息が出来るところを探さないと!


 だがその時だった。激しい衝撃と共に壁を突き破って何かが現れた。


(あれはさっきの魚型の魔獣!?ここに来ていたのか!)


 現れたのはさっき俺達に襲い掛かってきた魚型の魔獣だった。幸い俺達には気が付いていないようでしかもありがたいことに奴の空けた穴が丁度空洞になって息が吸える。


「弟弟子君、さっきの奴を知ってるの?」
「俺達を襲ってきた化け物です。姉弟子は気を失っていたから見ていなかったんですよ」
「そうなんだ、あんなヤバそうな奴がいるなら気を付けて進まないとね」
「ええ、見つかったらおしまいです」


 息継ぎをしながら姉弟子にさっきの魔獣について答える。この水中で見つかったら奴には勝てない、とにかくまずは陸に上がらないと。


 そして水中に戻って先を進む。何とか奴に見つからずに進めているな。


(ん?あれは……光?)


 水中に光が差し込んでいた、つまり外に出たのかもしれない。


(姉弟子、あと少しです)


 俺は合図を送ると姉弟子も外が近い事に気が付いたのかコクリと頷いた。だがその時再び激しい衝撃と共に魚型の魔獣が現れた。


(クソっ、見つかったか!)


 俺達は必至で泳ぐがやはり向こうの方が早くこのままでは追いつかれてしまう。


 魔獣が姉弟子に噛みつこうとする、それを見た俺は鬼の力を解放して割り込んだ。


(弟弟子君!?)


 姉弟子を庇った俺は魚型の魔獣の口に挟まれた。幸い噛まれる前に両手と両足でつっかえることが出来たがこのままではいずれ力負けするだろう。


(このまま食われてたまるか!)


 俺は太刀を抜いて魚型の魔獣の目に突き刺した。だが魔獣は怯んだが俺を離そうとはしない、凄い執念だ……!


(弟弟子君、今助けるよ!)
(姉弟子!?)


 なんと魔獣の体に剣を刺して姉弟子も付いてきていた。姉弟子は魔獣の体を剣を使ってよじ登っていく。


 そして魔獣の顔に到着すると剣を構えて反対の目に突き刺した。


 これにはさすがに耐えられなかったのか魔獣はのたうち回って壁に激突した。同時に俺も放り出されるがそこに倒れてきた魔獣の体によって足を挟まれてしまった。


(くそっ、早くどかさないと!)


 魔獣の体を動かそうとするが酸素がそろそろ切れそうで力が出ない、このままじゃ窒息してしまう!


 すると姉弟子がこっちに泳いでくる。


(姉弟子!貴方だって酸素がもう持たないはずです!先に上がってください!)


 俺はそう合図をするが姉弟子は首を横に振って俺の側まで来た。


(弟弟子君、今助けるからね!)


 姉弟子は俺の側に来るとなんと俺にキスをしてきた。すると俺の肺に空気が流れこんでくる。


(姉弟子は俺に空気を渡しに来たのか!でもそんなことをしたら……!)


 俺に酸素をくれた姉弟子はニコッと笑うと意識を失った。俺は再び鬼の力を発動させると魔獣の体をどかして姉弟子を抱えて急いで浮上する。


「ぷはっ……!姉弟子!しっかりしてください!」


 俺は姉弟子に声をかけるが後ろから魚型の魔獣が襲い掛かってきた。


「しまった!まだ生きていたのか!?」


 魔獣は死ぬとセピスになるが慌てていたからそのことを忘れてしまっていた。


 俺はせめて姉弟子だけでも守ろうと盾になるが、そこにアーツが飛んできて魔獣を吹き飛ばした。


「今のはストーンインパクト!?ということは……」
「アビス・フォール!!」


 魔法陣が現れてそこから召喚された異界の存在が闇の魔力を投げつける。魚型の魔獣に当たると魔法陣が発動して魔獣を闇に引きずり込んでいった。


「二人とも、大丈夫か!」
「ケビンさん!」


 ケビンさんだ!無事だったんだな、良かった。


 俺はケビンさんと合流して姉弟子の様子を確認する。どうやら命に別状はないみたいだな。


「そうか、そないな事があったんやな。ホンマよう無事でおったわ」
「ケビンさんは大丈夫だったんですか?」
「まあな。俺は仕事柄一人で行動しとるし幸い魔獣が多いだけでそこまで厄介なことはなかったんや」


 そんな会話をしながら姉弟子が目を覚ますのを待つ。暫くすると姉弟子が目を覚ました。


「あれ、ここは……」
「姉弟子!」
「わわっ!?」


 起き上がった姉弟子を見て俺は嬉しくなり彼女の抱き着いてしまった。


「姉弟子、なんであんな無茶したんですか!ヘタしたら死んでいたんですよ!」
「ごめんね。でもあの状況じゃ私達二人とも酸素が切れて死んじゃう可能性が高かった、だから弟弟子君を信じて任せようって思ったの」
「信頼してくれるのは嬉しいですけどもうあんなことはしないでください。怖くて心臓が止まりそうでしたよ……」
「弟弟子君……」


 泣きそうになる俺を姉弟子は優しく抱き返してくれた。


 姉弟子に偉そうに言ったが俺もフィーや西風の旅団の皆にこんな思いをさせてきたのかもしれないと思い、俺はもう一人で絶対に無茶はしたくないと思った。


「二人とも、そろそろええか?」


 ケビンさんに言われて俺と姉弟子は状況を思い出してバッと勢い良く離れた。お互い顔も真っ赤だ。


「実はこの先に怪しい扉があるんや。そこに元凶がおるかもしれん」
「本当ですか?てっきりあの魚型の魔獣が元凶かと思いましたが……」
「奴が元凶ならとっくに解放されとるわ。ボスは間違いなくその扉の先におるで」


 あんなヤバそうな魔獣ですら雑魚だったのか……ボスって言うのはどれぐらいヤバいのか想像もつかない。


 だがそいつを倒さない限りココから出ることはできないなら挑むしかない。


 ケビンさんに案内された先には確かに禍々しい雰囲気を醸し出す大きな扉があった。


「二人とも、準備はええか?」
「俺は行けます」
「私も大丈夫だよ」
「ほな行くで、気を引き締めや」


 ケビンさんが扉を開けて中に入っていく。暗い空間をまっすぐ進むとそこは……


「あれ?ここって最初に乗り込んだ船の上だよね?」


 俺達が出た場所は最初に乗り込んだ幽霊船の甲板だった。戻ってきたのか?


「いや、周りを見てみい。雰囲気が変わっとるで」
「本当だ、さっきは霧で何も見えなかったのに今は晴れてるね」



 姉弟子の言う通り今は晴れて先が見える。だがすぐに雨が降ってくると海が荒れて嵐が起こった。


「わっ!?急に嵐になったよ!」
「二人とも、来るで!」


 嵐の海から何かが飛び出してきた、それは長い髪を付けた人間の頭の骨だった。目玉は無いが代わりに赤い光が灯されており俺達を睨みつける。


「わあっ!?髑髏のお化けだぁ!!」


 だが大きさが尋常じゃなかった。頭だけで俺達より大きいからだ。

 
 髑髏の頭が船の上に来ると海から大量の骨が出てきてその怪物に集まっていった、そして骨が重なり体になっていく。


 そして最終的には四本の腕と二本の足を持った人型の化け物になった。四本になった腕には海賊の武器であるサーベル、フック、銃、レイピアがそれぞれ装備されている。


「アナライズ!」


 俺はまず魔獣の情報を解析する。名前はキャプテン・リード……ってこの名前は灯台のお爺さんが言っていた海賊の名前か!?


「つまりキャプテン・リードが悪霊になってこんなバケモンになったっちゅうことか!」


 振り下ろされたサーベルを回避しながらケビンさんがそう話す。


「弱点は特にないです!でも水系のアーツは耐性があるので使わないでください!」
「なら別のアーツで攻撃すればいいんだね!ファイアボルト!」


 姉弟子が炎の塊をキャプテン・リードにぶつける。効果はあるらしく苦しそうなうめき声を上げた。


「そこだ!紅葉切り!」


 怯んだ隙を突いてサーベルを持っていた腕を斬りさいた。


「やった!この調子で……」
「いや、そう簡単にはいかんようやで」


 斬られた腕が浮き上がって再びくっ付いてしまった。普通に斬っただけでは駄目なのか!?


「そんな……無敵って事なの!?」
「いやこういう場合は必ず何らかの弱点があるはずや。それをまず探すんや!」


 この手の現象に詳しいケビンさんが弱点があるというが……こうなったら全身を切り裂いて弱点を暴いてやる!


「疾風!」
「八葉滅殺!」


 銃での射撃をかわしながら四本の腕を疾風で斬って姉弟子が足に集中攻撃をする。だが直に再生して襲い掛かってきた。


「どうやら腕や足は関係ないらしいな。つまり弱点は頭や!」


 フックとサーベルの同時攻撃を回避したケビンさんが頭目掛けてボウガンを放つがキャプテン・リードはそれをレイピアで弾いた。


「攻撃を防いだ!?」
「ビンゴや!二人とも、そこに集中攻撃するで!」


 頭への攻撃を防いだことでそこが弱点だと分かった俺達は頭に攻撃を仕掛ける。だがキャプテン・リードは体の骨をバラバラに分解して攻撃を避けた。


 しかも分解した骨が俺達に襲い掛かってきた。


「きゃあっ!?」
「ぐっ、一筋縄ではいかへんな……!」


 防御しながら反撃のチャンスを伺うがキャプテン・リードはさっきとは違う姿をしていた。それはまるでドラゴンのような巨大な体格をした化け物だった。


 骨しかない翼で器用に飛びながら青い炎の球を吐いてくるので回避する。


「姿が変わったよ!」
「本体は頭やから姿形は自由自在って訳やな!」
「地味に早くて厄介ですね!」


 放たれた青白い炎のブレスを回避しながら緋空斬や光破斬、ボウガンの矢で攻撃を仕掛けるが全部回避されてしまう。


「駄目、攻撃が当たらないよ!」
「何とかしてアイツの動きを止めへんと……でもアーツを使おうにもあんなに激しく炎を吐かれていたら使う隙もあらへんわ」


 確かにあれだけ早く飛ばれると攻撃も当たらない、アーツを使おうにも激しい攻撃で使ってる暇がない。どうすれば……!


「姉弟子、ケビンさん!俺に作戦があります!」
「作戦?」


 俺はある物を見て作戦を思いついた、二人に作戦の内容を話す。


「上手くいくかなぁ?」
「でも現状それくらいしかやれへんで、ならやってみる価値はあるんとちゃうか?」
「そうだね。弟弟子君の作戦にかけてみようよ!」
「なら早速行動開始です!」


 俺はそう言うと船のマストをジャンプで登っていき張られているロープを斬っていく。それを姉弟子に渡して網を作ってもらう。


 その際キャプテン・リードが襲い掛かってくるが俺は孤影斬を連続で放ちケビンさんのボウガンの矢と共に相手を牽制する。


 因みに何故緋空斬じゃないかというと孤影斬の方が威力は低いが連発できるし速度もあるからだ。まあそれすらも回避されたが今はそれでいい。


「弟弟子君、出来たよ!」
「姉弟子、ありがとうございます!」


 そして完成した手作りの網を分け身を使い持って広げる。そして再び突っ込んできたキャプテン・リードを追い込むように他の二人がボウガンの矢と光破斬を放った。


 それを回避しようと翼をはばたかせて上に上がろうとするキャプテン・リード、そこに俺は奴目掛けてジャンプした。


「喰らえ!」


 そして網を奴の頭に被せて動きを封じた。こんな網じゃ直に破られてしまうが狙いは動きを少しでも封じる事だ、後は……


「そこや!」


 ケビンさんの正確な射撃で放たれたボウガンの矢がキャプテン・リードの額に突き刺さった。

 
 眉間を貫かれたキャプテン・リードはバラバラになって海に落下していった。俺は体勢を整えて甲板に着地する。


「やったの……?」
「アカン!アネラスちゃん!それフラグや!」


 姉弟子によく分からないツッコミを入れるケビンさんだったけど、海に落ちたキャプテン・リードは頭だけになって飛び上がってきた。


「噓!?まだ生きてたの!?」
「いやあれはもう死んどるで」
「そんなツッコミをしてる場合ですか!来ますよ!」


 キャプテン・リードは雄たけびを上げると海から骸骨の魔獣が複数体現れた。最後の抵抗って訳か。


「決着を付けてやる!」


 俺は襲い掛かってくる骸骨たちをかわしながらそのうちの一体を踏み台にしてキャプテン・リードの頭に斬りかかった。


 キャプテン・リードは俺を嚙み殺そうと大きな口を開けるが歯の隙間に太刀を差し込んでそれを足場に上に飛び上がる。


 まさか武器を足場にするとは思っていなかったのかキャプテン・リードは一瞬動きを止めた。その隙をついて眉間に刺さっていたボウガンの矢に拳を叩き込んだ。


「破甲拳!!」


 ボウガンの矢が更に深く刺さりキャプテン・リードの頭から赤い目の光が消えた。俺は太刀を回収すると再び甲板に着地する。


 キャプテン・リードの頭はボロボロに崩れていき消えてしまった。


「どうやら勝ったみたいやな」
「やったね!弟弟子君!」


 ケビンさんは安堵のため息を吐き姉弟子は嬉しさのあまり俺に抱き着いてきた。


 すると空間そのものが揺れ始めた。


「きゃあっ!?また地震!?」
「いやこれは……特異点が崩壊し始めたんや」
「つまり脱出できるって事ですか?」
「そういうことや」


 また何か起きるのか身構えたがケビンさんの話を聞いて安心する。漸く帰れるみたいだ。


「良かったね、弟弟子君。これで帰れるよ!」
「はい、色々ありましたけど姉弟子のお蔭で何とかなりました。ケビンさんもありがとうございます!」
「礼なんてええよ。しっかし……」
「うん?どうかしましたか?」
「いや……リィン君も罪深い奴やなぁって思ったんよ。だってフィーちゃんがいながらアネラスちゃんとそんな熱いハグしとるんやからな」
「ふえっ……?」


 そういえばさっき姉弟子が抱き着いてきてそのままだったな。俺もその直後に地震が起こった時警戒して姉弟子を守れるように抱き寄せてるから密着してる。


 ……というか確か姉弟子は今衣服の下はなにも着けていない……!!


 それに気が付いた俺達はさっきよりも素早い動きで離れた。それを見ていたケビンさんはゲラゲラ笑っている。最後まで閉まらない状況で俺達の意識は白い光に飲まれていった。

  

 

第73話 異変を終えて

 
前書き
 欲望の星などはオリジナル設定なのでお願いします。 

 
side:リィン


 気が付くと俺達は海の上に放り出されていた。近くに俺達が乗ってきた導力ボートがあったので、それに乗り込んで一息つくことにした。


「まさかいきなり海に放り出されるなんて……今日だけで何回びしょ濡れになった事やら……」
「暫く海とか川とかといった水場は遠慮したいよ~……」


 3回ほどずぶ濡れになった俺と姉弟子は暫く水場には近寄りたくないと思った。


「そういえばケビンさん、幽霊船はどうなったんですか?」
「姿が見えへんな、古代遺物も見当たらへんしあんなことが起きとったんやからあると思ったんやけど……」


 幽霊船の姿はなく「さっきまでのは夢だったのか?」と思う程海は静かに波をうっていた。


「うわわ!?」
「また地震か!?」


 その時だった、海が激しく揺れてボートが大きく揺れる。大勢を崩しそうになった姉弟子を支えつつ海を見ると、なんと海の底から先程戦ったキャプテン・リードの頭の骸骨が出てきた。


「馬鹿な!?特異点はとっくに無くなったはずや!」
「来ますよ!」


 ケビンさんはあり得ないと言うが俺は武器を構えて警戒する。だが頭はいつまでたっても襲ってこなかった。


『ははっ、中々根性の据わったガキだな』
「えっ!?お化けが喋った!?」


 なんとキャプテン・リードの頭の骨が会話をしてきた。さっきまで唸り声しか上げなかったのに流暢に会話をしてくるとは思ってもいなかったぞ。


「……あなたはキャプテン・リードなんですか?」
『そうだ、俺はこのゼムリアの海を旅する自由の海賊、キャプテン・リードだ』


 どうやら本当にこの骸骨がキャプテン・リードみたいだな。なら猶更油断はできないぞ。


『あん?どうしてテメーらそんなに警戒してるんだ?俺はもうとっくに正気だぞ』
「そんなこと言われても……だって貴方は虐殺や強奪を繰り返した大悪党でしょ?そんな奴を前にして例え幽霊だとしても油断なんてできないよ!」
『はあ?どういうことだ?』


 姉弟子は悪党を前に油断なんてできないと言うが当の本人は訳の分からないという反応をする。俺達はキャプテン・リードという人物はルーアンで恐れられているという事を話した。


『そんなことはしてねえよ。そもそも海賊と名乗ってるが俺や船員たちは冒険と宝が好きなロマンを求めて旅をしていたんだ。略奪もしてねえぞ』
「じゃあどうしてそんな話になったんだ?」
『大方時代が進むとともに話が盛られていってそうなったんじゃねえのか?今はあれからもうなん百年もたってるんだろう?』
「まあよくある話やな、神話とか伝説も大抵人の妄想や盛った内容やし」
「そうなんですか……」


 キャプテン・リードは略奪などしたことが無いと話す。俺はじゃあどうしてキャプテン・リードは極悪人みたいな話が残ってるんだと疑問に思うが、本人曰く話が盛られていったんじゃないかと言うとケビンさんは納得した。


「じゃあ貴方は良い人なの?」
『良い人って自負するわけじゃねえが……まあカタギには迷惑をかけないようにはしてきたつもりだ』


 姉弟子はキャプテン・リードに良い人なのかと聞くと彼は困った様子でそう呟いた。姉弟子って天然だな……


「まあアンタが極悪人じゃないっていうのは分かったわ。でも何で俺らの前に姿を見せたんや?もうアンタを縛るモンは無いんやし成仏したらええやろ」
「どういう事ですか?」
「幽霊っていうのはな、はぐれた魂の事や。人は死後空の女神エイドスの元に行き新たな命として輪廻転生するか煉獄に堕ちて苦しみを味わう、といった二つの道に行くんやけど、稀にそのどちらにも行けない魂が出るんや。それが幽霊やと七曜教会では教えられとる」
「へぇ、そうなんだ!」
「んでそういった幽霊が強い未練や恨みを持っとると悪霊になってしまうんや。まあそういった奴は大抵場所や物に縛られるから自由に動き回ったりできへんのやけどな」


 ケビンさんが俺と姉弟子に幽霊の事を教えてくれる。姉弟子は楽しそうにそれを聞いている。エステルだったら怖がりそうだな。


『そのおっさんの言う通り俺は病気で亡くなったためこの世に未練があった。だから成仏できずにいたんだが、ある日訳も分からない内にあんな姿になってしまい海をさまよう事になったんだ。もしあの状態が続いていたらそれこそテメーらが言っていた虐殺や強奪をしてしまうくらいには狂ってしまっていたんだ。テメーらのお蔭でそこまで堕ちてしまう事は避けれた、本当にありがとうよ』
「誰がおっさんや……まだ若者やぞ、俺」
「あはは、気にしなくていいよ。お化けにお礼を言われるなんて何だか変な気分だね」
「そうですね」


 ケビンさんの説明が終わると、キャプテン・リードはあの状態になった理由が分からないと話す。最悪あのままだったら民間人を襲っていたかもしれないと言い俺達に礼を言ってきた。


 それに対してケビンさんはおっさんと呼ばれたことに怒り姉弟子は礼なんていいと言う、俺も同意した。


「でもどうしてこの世に未練があったの?恋人とかがいたとか?」
『いや違う、俺が未練を残したのはこの世界の謎を解けなかったからだ』
「この世界の謎?」


 姉弟子がどんな未練を残したのか聞くと、キャプテン・リードはこの世界の謎を解けなかったからだと言う。その言葉に俺は首を傾げた。


『この世界はゼムリア大陸以外に大陸は無いだろう?海をどこまで進んでもゼムリア大陸に戻ってきてしまう。小さな島はあれど大陸はそれしかない。それがこの世界の常識だ』
「言われてみるとまあ確かにそうですね。でもそれの何が変なんですか?」
『俺は納得できねぇんだよ。海ってもっと広くて自由なモンだろう?それなのにゼムリア大陸しか大陸が無いなんて思えなかったんだ。だから俺は海を旅した、その先に何があるのかを確かめる為にな』
「海の先……」


 キャプテン・リードの話を聞いて俺は言われてみるとゼムリア大陸以外に大陸が無い事を意識した。まあそれが常識なんだけどロマンの溢れる話でワクワクするな。


「……まあそんな話はもうええやろう。アンタが俺達の前に姿を見せた理由を話せや」
『ああ、そうだったな』


 ケビンさんはキャプテン・リードがなぜ俺達の前に現れたか理由を話すよう急かした。


『俺が成仏せずにテメーらの前に姿を見せたのは単純に礼が言いたかったのと、古代遺物を渡そうと思ったからな』
「古代遺物だって!?」
『ああ、俺がかつて見つけたお宝の中によく分からねえモンがあってな。ソイツが今も俺のアジトの中にあるはずだ。もしそれが古代遺物なら持って行ってくれて鎌わねぇ、どうせ俺にはもう無縁の物だからな』


 キャプテン・リードはそう言うと何処かに向かって移動を始めた。


『ついてきな、俺の船『エレフセリア号』があるアジトに案内してやるよ』
「あの幽霊船の事?」
『そうだ、もっともお前らが見たエレフセリア号は俺が生み出した幻だったんだけどな。本体はこっちにある』


 俺達が見た幽霊船はキャプテン・リードが生み出した幻だったのか。俺達は古代遺物の可能性があるそのお宝を放っておくわけにはいかないとして彼についていく事にした。


 ルーアン地方でも潮の流れが速いと言われている辺りに来ると洞窟のような場所があった。けっこう強い魔獣も多いし好き好んで近寄る人間はいないとジャンさんが言っていたな。


『ここは潮の流れが速くてな、流れを知っていないとまともに進むことは出来ねえ。俺についてこい』


 キャプテン・リードの後を突いていくとスムーズに前に進むことが出来た。そして洞窟の中を魔獣を倒しながら導力ボートに乗って進んでいく。


『ほら、着いたぜ』
「あれが……」


 洞窟の奥には広い空間があり沢山の死体とボロボロになった船がたたずんでいた。


「この死体は……」
『俺の子分達の骨だ。コイツらも俺と同じ熱病にかかっちまってな、最後はこのアジトで最期を迎えたんだ。テメーらが特異点で戦っていたのも俺の部下達だ』
「そうだったんですか……」


 どうやらこの白骨死体はキャプテン・リードの部下だったみたいだな。きっと苦しんで死んでいったのだろう。


 それなのに幻とはいえ特異点で俺達が部下を倒すのを見ていたキャプテン・リードの心情は難しい物だと思う。


 俺達はせめて冥福を祈るように手を合わせた。丁度神父さんもいるからな。


『……ありがとうよ。お宝はこっちだ』


 キャプテン・リードは俺達に頭を下げるとアジトの奥に案内してくれた。そこには金銀財宝が山のように積まれていた。


「すっごーい!お宝の山だー!」
『こいつは生前俺達が冒険して集めた宝の山だ。言っとくが持ち逃げしようとは思うなよ?この宝の山には凄まじい怨念が込められている。迂闊に持ち出したら呪われるぞ』
「確かに悍ましいほどの怨念を感じるわ、勿体ないけど持ち出すのは危険やで。間違いなく不幸になるわ」


 姉弟子は目を輝かせて宝の山を見ていた。だがキャプテン・リードはこの宝は呪われているから持ち出すなと言い、ケビンさんも嫌な物を見る目で宝の山を見ていた。


「それで古代遺物はどこですか?」
『そこの赤い宝石だ。ソイツだけ普通の宝石とは違うような気がしてな』


 キャプテン・リードは側にあった赤い宝石を指差した。確かになんか禍々しい見た目をしているな、まるで人の心臓みたいだ。


「ケビンさん、それは古代遺物ですか?」
「……せやな、これは『欲望の星』や。人の願いを叶える奇跡の石って言われとるけど実際は周囲の人間の運を吸い取ってしまうだけの厄介なシロモンや。しかも叶える願いも良い結果やなく滅茶苦茶捻くれて叶えるしな」
「例えばどんなふうに?」
「そうやなぁ、例えるとお金持ちになりたいって願ったら家族や友人、大切な物すべて失ってお金だけが残るって感じやな」
「それは嫌ですね……」


 俺はケビンさんに古代遺物なのかと聞くと、彼は頷いた。


 彼曰くこの『欲望の星』は人の願いをかなえる代わりに他の人間を不幸にするし願った人間も結果的に不幸になってしまうらしい。


『願いか。その石に願った訳じゃねえが俺はずっと仲間達と航海を続けられると良いとは思ってたな』
「なら欲望の石がその願いを叶えて死後も霊となって海を彷徨うハメになったんやろうな。でもこの石事態に特異点を生み出す力は無いはずや。そもそも石が願いを叶えたのはあの灯台にいた爺さんの話やと最近になるはずやし願いは直接石に伝えんと効果は無いはずなんやけど……」
『言っとくが俺は思ってただけでそんな石に願いを言ってねえからな』


 ケビンさんはそう言ってキャプテン・リードの方を見るが彼は頭を横に振って否定する。


「なら誰かが勝手にキャプテン・リードの願いを叶えさせたんか?この石は持ち主だけの願いを叶える訳やない、他人の願いも叶えることが出来る。結果的に不幸になるのは変わりないんやけどな」
「となると……第三者の手が入ってるって訳ですか?」
「多分な。もしかしたら結社って奴らの仕業かもしれへんな」
「結社……」


 今回の事件に第三者の可能性が浮かび上がり、俺達は結社の存在が頭をよぎった。


『だが俺が悪霊化する前にも意識があったが誰かが入ってきた覚えはねえぞ』
「じゃあやっぱり別の原因があるって事?」
「もしくはキャプテン・リードですら気が付けないほどの隠密能力を持った人間か……まあここでそんなことを考えても仕方ないですね」


 キャプテン・リードはここに誰かが来た覚えは無いと話した。それを聞いた姉弟子は別に原因があるのかと言うが俺は首を横に振るう。


 結社って奴らがどんな力を持っているのか分からないからだ。もしかしたらとんでもない技術を持ってるのかもしれないし、隠密に長けたプロがいるのかもしれない。


 それこそ幽霊ですら気が付けないほどの凄腕のプロが……


「とにかくコイツは危険なシロモンや。適切な処置をするから待っててくれや」
「了解です」


 古代遺物の事は専門外だからケビンさんに任せよう。それから暫くして古代遺物を回収したケビンさんがこちらに来た。


「回収完了や。これでもう危険はないはずやで」
『ありがとうよ、これで子分達の魂も天に召されたはずだ。俺も漸くあいつらの元に逝ける』
「良かったですね」
『ああ、この世界の謎を解くのはテメーに任せることにしたぜ』
「えっ、俺ですか?」
『ああ、俺をぶっ倒した男だからな。だからテメーに託した』
「勝手に託されても困るんですけど……」


 なんだか幽霊に気に入られてしまったみたいだ。


『じゃあ帰るとするか。また潮の流れを教えてやるから付いてきな』


 俺達はキャプテン・リードの案内で洞窟の外に出ることが出来た。


『さて……これで本当にお別れだな。もうこの世に未練はない、俺の遺志を継いでくれる人間が現れたんだからな』
「いや、勝手に意思を継いだみたいに言われても……」
『俺には分かるさ、テメーもロマンが分かる男だろう?それにテメーは厄介ごとに巻き込まれやすい体質と見た。そういう奴は望まなくても真実に向かっちまうもんだ』
「そういうものですかね?まあ俺自身の問題が解決したら考えておきますよ」


 俺は苦笑いしながらそう答えた。


『それじゃあな、短い時間だったけど楽しかったぜ。テメーらの事は忘れねぇ、もし煉獄に堕ちたら土産話を聞かせてくれや』
「了解です」


 キャプテン・リードはそう言うと空に消えていった。一瞬だけ彼の人間だった姿が目に映ったような気がした、彼はこれで成仏出来たんだろうか?


「きっと大丈夫やろ、夢を引き継いでくれる人間が現れたんやからな」
「ケビンさんまで……その話はもういいでしょう?早く報告しに帰りましょう、場合によってはフィー達の応援に向かわないといけないんですし」
「あはは、そうだね。急いで帰ろうか!」


 そして俺はさっきの洞窟をチラッと見ると頭を下げてそのままルーアンに向かった。


―――――――――

――――――

―――


 ルーアンに着いた俺達は直にギルドに報告しに向かった。


 そこにはすでにフィー達がいて白い影の事件について話していたようだ。


 俺達も幽霊船の事をジャンさんに報告した。


「……なるほど、そんな事があったんだね。まさか大昔の海賊が幽霊になって海を彷徨っていたなんて思いもしなかったよ。しかもその件に結社が関わっていたとはね」
「まあ白い影と違って可能性の話ですけどね。現状結社が一番怪しいっちゅうことは確かですわ」


 ジャンさんにそう説明するケビンさん、今回は彼がいてくれて助かったな。


「でもまさか幽霊船の方は本物の幽霊だったなんて……白い影はブルブランって奴が生み出した幻影だったけどそっちに行かなくて良かったわ」
「あはは……エステルちゃんがいたら何回も気を失っていたかもね」


 エステル達の方は結社の執行者という奴が作った幻影だったが、こっちは本物だったからな。もしエステルが一緒だったらもっと大変だったかもしれない。


「それにしてもまさかラウラがこっちに来ていたとは思わなかったよ」
「ああ、修行を終えて大急ぎでリベールまで来たのだ。もう既に夜だったがジャン殿からそなた達がそれぞれ別れて目的地に向かったと聞いていたから近いジェニス王立学園に向かったんだ」
「そうだったのか。ラウラが来てくれたのなら百人力だな」
「ふふっ、その期待に応えられる働きをしよう」


 俺はまさかラウラが着ていたとは思っていなかったので嬉しかった。まあ俺はずぶ濡れなのでハグは出来なかったけどな。


 その後俺達はジャンさんが手配してくれたホテルで休むことになった。部屋割りはエステルと姉弟子、ラウラとフィー、俺とオリビエさんとケビンさんの割り振りになった。


 なんで本来部外者であるケビンさんも一緒なのかというと……


「いやぁ、部外者なのに俺までお世話になってホンマ申し訳ありませんわ」
「いやいや、ケビンさんの協力のお蔭で事件が解決したと聞きましたし、このくらいはさせてください」


 ジャンさんにそう言われたからだ。まあ夜も遅いし今から寝床を探すのは厳しいだろう。彼もそう思ったからか素直にジャンさんの提案を受け入れた。


 その後オリビエさんにハグされかけたりケビンさんにからかわれたりと色々あったけど、二人とも疲れていたのか直ぐに寝てしまった。


 二人をベットに運んで俺も寝ようとしたんだけど、不意に扉が叩かれる音がした。


「こんな時間に誰だろう……はーい」


 俺は夜も遅いのに訪ねてきた人を誰かと思うが取り合えず待たせるわけにはいかないので出迎えた。そこにいたのは……


「やっほー」
「フィーじゃないか。どうしたんだ?」
「ん、ちょっとね」


 訪ねてきたのはフィーだった。もう既に寝ていると思ったのだがどうしたんだ?


「リィン、お腹空いていない?」
「まあ少し……」
「実はリィン達が帰ってくる前に簡単な夜食を作っておいたの」
「えっ、そうなのか。嬉しいなぁ」


 結構ハードに動いたから小腹が空いていたんだよな、嬉しいよ。


「他の皆にも声をかけてくるよ」
「エステルとアネラスはもう食べたよ。ケビンとオリビエは?」
「生憎あの二人はもう寝ちゃっててね……」
「そっか、なら今度また作ってあげるとする。残ってる夜食はリィンが食べちゃって」
「分かった、それで夜食は?」
「ん、わたし達の部屋にあるよ。そこそこ量があるから持ってこれなくって……リィン達を呼びに来たの」
「そ、そうなのか……」


 軽く言ったけどそんなに量があるのか?食べきれるかなぁ?


(まあフィーの作ってくれた食事を残すわけにはいかないし……今は結構お腹も空いてるからいけるでしょ)


 フィーがせっかく作ってくれた夜食を残すなんてとんでもない!そう思った俺はまあ少し無理すれば行けるだろうと思い彼女の後を付いていった。


「リィン、来てくれたのか」
「こんばんわ、ラウラ。御呼ばれされたから来たよ」
「うん、いっぱい食べていってくれ」


 机の上には山盛りのおむすびと卵焼き、そして豚汁が置かれていた。


「お、おお……結構作ったんだな」
「ん、ラウラが少し張り切り過ぎちゃってね」
「えっ?ラウラが作ったのか?」
「うん、おにぎりは私が握ったのだ。なにせ殆ど何もできなかったからな」


 俺はおにぎりの山を見てちょっと驚いた、想像よりも結構な量があったからだ。


 でもどうやらおにぎりはラウラが作ってくれたようだ。


「そんなことないのに……ラウラやオリビエが来てくれなかったら危なかったし気にしすぎ」
「そうは言っても性分だからな」
「えっ、どういうこと?」
「ん、まあそれは後で話すよ。とにかく今は暖かい内に食べちゃって」
「分かったよ」


 少し気になることがあったが今は食事を楽しむとしよう。


 俺はおにぎりの一つを手に取りかじりついた。うん、美味しい!ほのかな塩味と良い感じで握られた米の触感が堪らないね!


「美味しいよ!」
「本当か!まだまだたくさんあるから存分に食べてくれ!」
「うん!」


 お腹が空いていたと言う事もあったがあっという間に一つ食べてしまった。お茶を飲んですぐにもうひとつのおにぎりに手を出した。


「ふふっ、慌てすぎだよ。ほら、おかずや汁物もあるよ」


 俺はフィーがくれた卵焼きを食べる……うん、コレも美味しい!フワフワの卵の触感が口いっぱいにひろがったよ!しかも俺が好きな甘い味付けだ!


 そしてそこに豚汁を飲むと……ぷはぁ~、たまらないね!


 甘い卵焼きの後に豚と野菜の風味がいっぱい詰まった豚汁で流す。そしてまたしょっぱいおにぎりを食べて……無限に食べれてしまうよ!


 あれだけあったおにぎりの山をあっという間に平らげてしまった。いやぁ、満足だよ~。


「ご馳走様でした!凄く美味しかったよ!」
「そうか、喜んでくれて良かったよ。だが私は簡単な物しか作れなかったからな、フィーは凄いよ」
「ラウラは最近料理を始めたんでしょ?ならそんなものだよ。それに料理に大事なのは愛情を込めることだからね、ラウラの気持ちはいっぱい伝わったと思うよ。そうだよね、リィン?」
「ああ、凄く美味しかったよ!また作ってほしいな」
「ふふっ、ならまた作るよ」


 美味しい夜食に満足した俺はその後フィーとラウラと一緒にお喋りをすることにした。今寝たら胃に悪いからね。


「なるほど、そんな事があったのか」
「ん、あの時は油断した。怒りで前が見えなくなるなんて猟兵失格……」
「……そうだな。フィーの判断ミスでクローゼさんが危険にされされたのは事実だからな」


 俺はフィーから話を聞いて彼女がらしくない行動をしたと知った。


 結社の一員である怪盗B……いやブルブランという男は恐ろしいことに俺がエレナを失うきっかけになったあの事件が起きた現場にいたらしく、その時から俺の動向をストーカーしていたようだ。


 そいつが楽しげに俺の過去を話すから頭に血が上ってしまったらしい。正直俺もムカッと来たがフィーが代わりに怒ってくれたためすぐに怒りは引っ込んだ。


 ただ俺は慰めたりせずに厳しい言葉をかけた。


 俺のために怒ってくれたことは嬉しいが彼女も猟兵だ。怒りで視野が狭くなり安直な行動をとれば自分だけでなく仲間まで危機にさらしてしまう。


 このことを団長や西風の皆から耳にタコが出来るほど言われてきた俺は、同じように言われてきたフィーにキツめの言葉をかける。


 それを望んでいるのはフィーだしラウラも理解してるから何も言わなかった。


「今回はラウラとオリビエさんに感謝して反省しろ、そしてもう二度と同じことはするな。いいな?」
「……うん、了解」


 フィーはそう言って立ち直った。猟兵だからこそ切り替えるのは大事だ、反省するのは大事だがそれを引きずってまた違う失敗をしたら意味が無いからな。


 とはいえ俺もフィーのことを同じように言われたらキレてしまうと思う。だからこの言葉は言った俺自身もしっかりと覚えておかないといけないな。


「さて、この話はここまでにしよう。正直そんなストーカーがいた事に身震いしてるしね……」
「そなたはそういう変……ゴホンッ、普通とは違う者にも好かれやすいのかもしれないな」
「そうだね……」


 ラウラは一生懸命言葉を選んでフォローしてくれたのかもしれないが内心複雑だ。そう言う人はオリビエさんだけで十分だよ……


「リィン、そなたの方は問題は無かったのか?なにやらよく分からない空間に迷い込んだとか聞いたぞ」
「ああ、それは……」


 俺は特異点の事を二人に話した。


「そのような空間が存在するのか。よく無事に戻ってきてくれた、下手をすればそなた達は死んでいたかもしれないからな。本当に安心した」
「ん、わたし達も危なかったけどリィン達はもっとヤバイ状況だったんだね」
「ああ、本当に何でもありの空間だったよ。姉弟子やケビンさんがいなかったらどうなってたことやら……」


 動く骸骨やら巨大な魚に襲われるわ……特異点には今後も気を付けて行かないとな。


 まあ姉弟子とラッキースケベもあったんだけど……ソレは言わなくてもいいよな。


「リィン、今何かイヤらしいこと考えたでしょ?」
「えっ、そんなことはないぞ」
「嘘、だってリィン今目を逸らして頬を掻いたでしょ?リィンが隠し事する時のクセだよ」
「そ、そんなことは……」
「リィン、私達の間に隠し事は無しだぞ。それとも私達には話せないようなことなのか?」
「……話します」


 二人の鋭い視線に耐え切れずに、俺は姉弟子とのラッキースケベも話してしまった。


「……」
「……」
「あの、二人とも……?」


 黙り込んでしまった二人に俺は恐る恐る声をかけた。


「……まあ人工呼吸は良い、人命が一番だから」
「うん、そうだな。だが胸を見てしまったのは駄目だろう、何故隠した?」
「えっと、それは……」


 フィーの言葉を聞いて一瞬許された?、と思ったがその次の後のラウラの言葉に俺は顔を青くした。


「……思わぬ強敵が出てきたね」
「うん、このままでは拙いな」
「ならやるべきことは一つだよね?」
「ああ、その通りだ」


 二人は何かを話し合っていたが直ぐにこちらに振り返った。


「えい」
「うわっ!?」


 そしてフィーにベットへ押し倒されてしまった。


「フィー、なにを……んむッ!?」
「んっ……」


 そしてそこにフィーが覆いかぶさってきて唇を重ねてきた。しかも前と違って舌まで入れてきたぞ!?


 俺はフィーをどかそうとするがラウラに押さえつけられて動けなかった。その間もフィーの小さな舌が俺の舌に絡みついてくる。


 暫くしてフィーも苦しくなったのか口を離した。透明な唾液の橋が俺とフィーを一瞬繋いで途切れる。俺は口元を唾液でべとべとにしながら息を整える。


「フィー、一体何をするんだ……」
「何を休んでいる、次は私の番だぞ?」
「えっ、ラウ……んぶぅ!?」
「ちゅうう……好きだぞ、リィン……」


 フィーに抗議しようとしたが、今度はラウラに唇を奪われた。フィーと比べると激しくないがたどたどしい舌使いがかえってイヤらしい。


「リィンはわたし達の気持ちを知ってるよね?なのに他の女の子とラッキースケベしちゃうなんて悪い子だよ。んっ……」
「ちゅっ……そうだぞ。いくらそなたにその気がなくとも私達からすれば面白くないんだぞ。ちゅう……」
「だからわたし達がどれだけリィンの事が好きなのか言葉だけでなく体に教えてあげるね。れろっ……」


 交互にキスをされるから俺は全く話せない。二人には悪いと思ってるけどあんなの予想できないよ!


 でもそれを言ったところで二人からすれば言い訳にしか聞こえないだろう。


「だいじょーぶ、一線は超える気は無いから」
「ああ、流石に嫁入り前で父上に紹介もしていないのにそのようなことはできないからな」
「だからキスでわたし達の想いを分からせてあげるね」
「今夜は寝かせぬぞ、リィン♡」
「わたし達の想い、ちゃんと受け止めてね♡」
「んー!?」


 その後俺は二人に思う存分分からせられるのだった……

  

 

第74話 帝国からの増援

 
前書き
 イース8のキャラが出てきますのでお願いします。また原作とは内容などが一部変化する可能性もありますのでお願いします。 

 
side:フィー


 夢を見ていた。空に浮かぶ大きな島、そこに大きな塔のような場所があって沢山の人が集まっていた。そして青い髪の女の子が光り輝く大きな珠に祈りをささげている。


 そして女の子が何かを集まっていた人達に伝えると人々から喜びの喝采が湧きあがった。人々は女の子を空の巫女と呼び敬っていた。


 そして女の子が塔の中に戻ると豪華な部屋に向かった。さっきまで威厳たっぷりだった表情をヘニョンとだらけさせて溜息を吐いている。


「あ~、疲れた……」
「お疲れ様です、ダーナ様」


 ベットに倒れこむ女の子を侍女の人がいたわるようにそう声をかける。


「この後の予定は何だっけ……?」
「この後は女王様との謁見、その後現在リベルアークで起こっている問題を解決する優先順位を決める会議がございます。更にその後孤児院への顔出しと貴族の方々との食事会です」


 仕事が沢山あるらしく、ダーナと呼ばれた女の子がげんなりとした顔をする。


「面倒だな~、もう一気に輝く環にお願いして全部解決してもらえばいいんじゃない?」
「いけません、ダーナ様。輝く環は空の女神エイドスより授かった至宝なのです。至宝は正しく使わなければ争いの元となります、だからこそ輝く環をコントロールし悪用されない為に貴方様がいるのですよ?」
「それはそうだけどさ~……」
「貴方様は女王様が選んだ空の巫女です、もっとその自覚を……」
「はいはい、分かってるよ。ちょっとだけ寝るから時間が来たら起こしてね~」
「かしこまりました」


 ダーナがそう言うと侍女の人は部屋から退室した。


「あ~あ、空の巫女って大変だな~。最初は凄く名誉で誇らしい気持ちだったけどこうも毎日毎日お仕事ばっかりじゃ嫌になっちゃうよ……」


 相当疲れているらしくダーナはまたため息を吐いた。


「……でもそんなこと言ってられないよね。私が頑張ることでお父さんやお母さんが良い暮らしできるし困ってる人達も助けられる……よーし、頑張るぞー!」


 ダーナが腕を上げて自分を鼓舞する。


 そこでわたしの意識は薄れていった……


―――――――――

――――――

―――


「……夢?」


 目を覚ましたわたしはさっきまで見ていた夢の内容を思い出そうとする。でも青い髪の女の子が何かを祈ってるのは覚えてるけど後は忘れてしまっていた。


「う~ん……」
「すぅ……すぅ……」


 隣を見るとリィンとラウラが一緒に寝ていた。


「そうだ、昨日はラウラと一緒にリィンを分からせたんだった……」


 いっぱいキスした後リィンを挟むように寝たわたし達、でもまだ朝ではないようだ。


「もう一回寝ちゃおうっと」


 わたしの見た夢が余りにも具体的だったから気になったけど、思い出せないからもういいやと思いリィンの腕を枕にしてまた夢の世界に旅立った。


 その後わたし達は目を覚ましてシャワーを浴びる、リィンと一緒に入ろうとしたけど流石に断られた。だからラウラと一緒に入ったよ。


 さてと、今日も一日がんばろっと。


―――――――――

――――――

―――


 朝の海道、人気のない浜辺で激しい戦闘音が鳴り響いていた。


 わたしは日課である朝の戦闘訓練をリィンと一緒にこなしている、面倒だけど強くなるためにはそんなことは言ってられないからね。


「やあっ!」
「ふっ!」


 わたしは双剣銃を振るいリィンに斬りかかる、リィンはそれをいなして反撃してくる。


 リィンの反撃をバックステップで回避した後、牽制で銃弾を撃ち込んだ。リィンはそれを太刀で切り払うと飛ぶ斬撃を放ってきた。


「やるね、リィン」
「フィーもな!」


 飛んできた斬撃を双剣銃で十字をかくように斬り付けて四散させる。そして分け身を使い3人になったわたし達は右、上、左からリィンを攻めた。


 でもリィンも同じように分け身を使い3人になってそれぞれがわたし達の攻撃を防いだ。


「スカッドリッパ―!」
「疾風!」


 高速で動きリィンと激しく切り合っていく。足場の悪い浜辺だけどまるで残像が躍るような攻防をリィンと繰り広げた。


「クリアランス!」


 銃弾を弾幕のように放ちリィンの動きを封じる、更に巻き起こった砂煙がわたし達の視界を隠した。


 その隙をついてエリアルハイドで気配を消してリィンの死角に移動する。そして分け身を使い挟み撃ちにした。


 それに対してリィンは「残月」の構えをとる。あれは相手の攻撃をいなしつつ攻撃するカウンターだ。


 わたしはカウンター対策として攻撃が当たる直前にタイミングをずらしてカウンターをさせないようにする。でもリィンはそれに上手く合わせて紅葉切りで反撃してきた。


 でもそれは全部分け身、わたしはリィンに生じた一瞬の隙をついてエリアルハイドを解除してリィンの死角から攻撃を放った。


 だがリィンは鬼の力を解放して闘気の嵐を巻き起こした。その衝撃で大勢を崩したわたしは少しよろけてしまう。


「チェックメイトだな」


 そして背後からリィンに太刀を突き付けられてしまった。負けちゃったか……


「リィン、それはズルいんじゃないの?」
「使っちゃ駄目だなんて言われていないからな。猟兵だからこそあらゆる手を使って勝ちに行く、そうだろ?」
「それはそうだけど……むぅ、やっぱりズルく感じる」
「ははっ、もっと精進するんだな」


 本気でズルいとは思っていないけどわたしもああいう応用の効く技が欲しくなるよ。差し出された手を掴んで立ち上がるけど得意げに笑うリィンにちょっとムカッときた。


「生意気。昨日はわたしとラウラのキスでトロけた顔してたくせに」
「そ、それは仕方ないじゃないか!あんなこと刺激が強すぎるだろう……!」


 リィンが顔を真っ赤にしてそう叫んだ。


 リィンが言ってるのは耳をふさいでするキスのことだよ、シェラザードやアイラに教えてもらったんだけど二人曰くヤバイと聞いていた。


 実際にやってみたけど……ヤバイね。夢中になってやり続けたらリィンがトロ~ンって惚けた顔をしちゃったの。


 ラウラが止めてくれなかったら襲ってたかもしれない。


「大体何処であんなことを覚えたんだ?またゼノか?それともオリビエさんか?」
「シェラザードとアイラに教えてもらった」
「よりによってシェラザードさん達かよ!ラウラも意外にノっていたし……出会った頃とは変わってしまったな」
「そりゃそうだよ。女の子は男の子が思うより早く変わっていくものなんだから。ラウラだって恋をしたら変わるよ」


 最初はそういうのが苦手だったラウラもリィンに告白してからは吹っ切れたのか割とスキンシップをするようになった。


 リィンの手を握ったり人前でハグしたり……昔のラウラを知ってると確かに驚きだよね。


「さて、あっちはもう終わったのかな?」
「いや、激戦を繰り広げているぞ」


 わたし達の視線の先にはラウラとエステルが模擬戦をしていた。スタッフと大剣がぶつかり激しい衝撃が走る。


「見事だ、エステル!」
「ラウラだって流石だわ!」


 エステルの連続攻撃をいなしたラウラは飛び上がって鉄砕刃を放つ。それに対してエステルは金剛撃で対抗する。


 凄まじい衝撃と共に二人は大きく後退する。そして互いに地裂斬と捻糸棍を放ちまた相殺した。


「桜花無双撃!」
「洸刃乱舞!」


「エステルちゃん、頑張れー!」
「ラウラさん、凄いです……!」


 模擬戦を終えたのかアネラスとクローゼがその戦いを観戦していた。


 えっ、アネラスは兎も角どうしてクローゼがいるのかって?それはクローゼも強くなりたいから朝の特訓に参加させてほしいって言ってきたの。


 クローゼも協力員としてわたし達についてくることになったの。その理由はいずれこの国の女王となる身として、結社の事を知っておかなければならないらしい。


 あとはエステルの力になりたいって言ってたよ。やっぱりクローゼは優しいね。


 だからこれからはわたしも気合を入れて行かないといけないね、未来の女王様を守るのも仕事の内だ。なによりわたしも友達であるクローゼの助けになりたいと思っている。


 もう怪盗紳士の時みたいな過ちは犯したりしない、クローゼはわたしが守るよ……!


 因みにオリビエも協力員として付いてくることになったよ、リィンは嫌そうな顔をしていたけどね。


 その後わたし達は朝練を終えてホテルに戻りまたシャワーを浴びた。その後店に行って朝食を食べることにした。


「やあリィン君、昨日はお楽しみだったみたいだね」
「朝から変な事を言わないでください」


 先に来ていたオリビエがわたし達に挨拶してきた。


 因みにオリビエが言ってるのは、丁度リィンがわたしとラウラの泊まっている部屋から出てきたのを目撃したことだよ。


 まあ知らない人が見ればそういうことしてるとしか思えないよね。


「リィン君も隅に置けないね、フィ―君とラウラ君を両方頂いちゃうなんて……どうだい?今夜僕とも熱い夜を過ごさないかい?」
「そろそろ斬りますよ?」


 オリビエとリィンがいつものやり取りをし始める。リィンは嫌がってるけど見てる分には面白い。


「リィン君、昨日フィーやラウラと何かしたのかしら?」
「え、えっと……」
「あはは、エステルちゃんは気にしなくていいと思うよ……」


 エステルはわたし達が何をしたのか想像したが、多分意味は分かっていない。クローゼとアネラスはそう言う事を想像しちゃったのか顔を赤くしていた。


 一応わたしが一緒に寝ただけ、変なことはしていないとフォローするとエステル達は納得してくれた。まあキスは一杯しちゃったんだけどね。


 テーブルに座り店のマスターに大自然の恵み水とハーブサンドを注文する。そしてわたし達の元に料理が運ばれてきた。


「頂きます」


 まずハーブサンドを一口齧る。


 んっ、フレッシュハーブのほのかな苦みが癖になるね。しゃっきり玉ネギのシャキシャキ感とほっくりポテトのほくほくとした触感が柔らかいパンと相性抜群だ。


 そして大自然の恵み水を飲む……爽やかな風味で口の中もさっぱりした。良い組み合わせだね。


「あー、いっぱい運動した後のご飯ってどうしてこうも美味しいのかしら」
「やっぱり食事の最高の調味料って愛情と空腹だよね!」


 美味しそうにハーブサンドを食べるエステルとアネラス、それに対してラウラとクローゼは流石貴族と王族の生まれ、上品に食事をしていた。


「そういえばケビンさんは一緒じゃないんですか?」
「ああ、彼は早くに出ていったよ。予定があるらしくてね」
「そうなんですか、ちゃんとお礼を言いたかったんですけど……」
「本人も暫くはリベールにいるみたいだからまた会えるって言っていたよ」
「ならまた出会えた時にお礼を言うことにしましょう」


 オリビエとリィンの会話が聞こえた。ケビンがいないのは既にどこかに向かったようだね。


「……リィン君、君はもう既に気が付いていると思うが彼は唯の神父じゃないよ。夜中に一度外に出ているんだがその時の雰囲気が全く違っていたんだ。間違いなく尾行はバレると思って何もしなかったけど……いやはやあの時は冷や汗を流したよ」
「俺もあの人が只の巡回神父でないことは把握しています。恐らく古代遺物を密かに回収する教会の裏の仕事をする人間だと思っています」
「やはり組織と言うのはそういう裏の顔を持っているというものか……とにかく彼には気を付けた方がいい、怪しいからね」
「俺としては貴方も怪しいのですが……」
「え~、そういう事言っちゃうの~?リィン君のいけずー」
「うるさいですよ」


 リィンとオリビエが小声で何か話していたね。あとで何を話していたのか教えてもらおう。


「あ~、リベールのお酒も中々の物ね。本当はビールが良いんだけど……」


 カウンター席から女の人の声が聞こえてきた。どうやらカクテルを飲んでるらしい。


 朝からお酒だなんて良い身分だね……ってあれ?あの服装何処かで見た事があるような……


 わたしはその女性の事が気になり近くに行ってみる……やっぱりそうだ。


「こんなところで何をしてるの、サラ?」
「えっ、フィー!?なんであんたがリベールにいるのよ!?」


 そこにいたのはわたしの知り合いである遊撃士、サラ・バレスタインだった。


―――――――――

――――――

―――


「えー!?じゃあ貴方が史上最年少でA級遊撃士になったサラ・バレスタインさんですかー!?」
「あたしも知ってるわ!帝国にいる凄腕の遊撃士ってシェラ姉から聞いてたのよ!」
「ふふん、あたしも有名になったもんね」


 サラを皆に紹介すると遊撃士組であるアネラスとエステルは目を輝かせた。わたしはだらしない所とかしか見てないけど史上最年少でA級になった存在が目の前にいればそりゃ騒ぐよね。


 後輩に慕われているサラは得意げになっている。


「それでなんでサラ姉がここにいるのさ」
「あたしとしてはあんた達二人がリベールにいる事が驚きなんだけど……」


 リィンがサラにリベールにいる理由を聞くと、サラは逆にわたし達がここに居る事を疑問に思ってるようだ。


 まあ猟兵が活動を禁止されているリベールに居ればそうも思うよね。


「俺達は協力員としてここにいるんだ」
「なんで猟兵のあんた達が協力員になってるのよ?」
「まあ帝国で色々あってね……そういえばサラ姉、帝国の方はどうなったの?事件は解決したんだよね?」
「まあね。でもあたしはその事件にはあまり関われなかったんだけど……」
「どういうこと?サラがいれば荒事なんてすぐに解決するでしょ?」


 わたしはサラも帝国の遊撃士ギルドを襲撃した事件に関わってると思ったから驚いた。腕っぷしなら凄く強いから。


「なんか引っかかる言い方ね……まあいいわ。あたしはその時故郷に戻っていたんだけど、帰る途中でハレンチな格好をした女に襲われたのよ」
「サラ姉が?なにか恨みでも買ってたの?」
「知らないわよ、そんなこと。とにかくそのハレンチな女はやたら強くてね……鋼線を巧みに使ってあたしを近づけなかったわ」
「サラを苦戦させるなんて……その女の人は殺し屋だったの?」
「さてね……向こうはあたしを殺す気は無かったと思うわ。どちらかと言えば時間を稼ぐのが目的だったみたいだしね」
「時間稼ぎが目的とはいえ長い間サラ姉を抑えてられる女……まさか結社の人間か?」


 サラは故郷に帰ってたみたいだけど帝国に戻る時に襲われてたみたいだね。相手の女性は殺しじゃなくサラの足止めが目的だったみたい。


 そしてリィンの言葉にわたしも頷いた。サラ程の実力者を抑え込める女性なんて数える程しかいないだろう。


「結社?あの存在するかもわからないって言われている組織の事?なんでそんな組織が出てくるのよ?」
「サラ姉、知らないの?この国でクーデターが起きそうになったんだよ」
「その話は聞いてるわよ。若い遊撃士が中心になって解決に導いたって……もしかしてあんた達の事だったの?」


 わたし達は現在の状況をサラに話す。部外者に話すのは良くないけどA級遊撃士であるサラなら問題無いだろう。


「なるほど、だからあたしがリベール王国に助っ人として派遣されたわけね」
「ああ、助っ人としてきたのか。通りでリベールにいるワケだよ。でもそれなら仕事の方はどうしたの?」
「予定より早く着いちゃったからギルドに向かう前にカクテルくらい飲んでおこうかなって~……」
「呆れた。挨拶よりもお酒を優先するなんて……」
「で、でもビールじゃないわよ!?流石にあたしもそこは弁えてるから!」
「仕事前にお酒を飲もうとしてる時点で一緒だろう……」


 サラは人手不足だから助っ人として帝国から来たみたい、まあサラの実力なら納得だね。


 でも仕事前にお酒を飲もうとしてるのは相変わらずというか……こういう大人にはなりたくないよ。


「でもサラ姉が抜けて帝国は大丈夫なのか?トヴァルさんがいるとはいえ帝国もギルド襲撃事件を終えたばかりだろう?忙しいんじゃないのか?」
「……まああんた達ならいいか。実は今ギルドと帝国政府でバチバチになっててね、最悪エレボニア帝国から遊撃士ギルドが撤廃する可能性もあるの」
「なんだって!?」


 サラの言葉に全員が驚いた。なにせ遊撃士ギルドが帝国から無くなるという話だ、驚かない方がおかしいよ。


「今回の襲撃事件で民間人にも被害が出たの。幸い死者は出なかったんだけど怪我をしたり家を壊されたり……勿論これはあたし達の落ち度よ、非難されるのは当然だわ。でも鉄血宰相が率いる派閥が強く遊撃士協会を非難し始めたの、民間人を守れずあろうことか民が苦しむ原因となった組織など信用できないってね……」
「そんな、おかしいわよ!サラさん達だって頑張ったんでしょ!?なんでそんな……」
「エステルちゃん、ありがとうね。でもあたしは肝心な時にいなかったし彼らの主張も間違っていないわ。ただ今まで何も言ってこなかった政府がいきなり遊撃士協会を非難し始めたのが謎なのよね」


 エステルはサラを慰めるが、サラはエステルにお礼を言う。そしていきなり帝国政府が遊撃士協会を非難し始めたことに疑問を感じてると話す。


「遊撃士協会は国の事に関わることはできないけど、エレボニア帝国は色々きな臭い部分もあるからね。前から遊撃士を煩わしく思っていたのかもしれない」
「それで今回の事件を利用して追い出しちゃおうって思ったって事?」
「そこまでは分からないけど……因みにサラ姉、本当に帝国から全部の遊撃士ギルドが撤廃されるの?」
「今はまだ分からないけどこのままだとヘイムダルにはいられなくなるわね」
「そうなったら地方くらいしか残せないかもしれないな」


 帝国の貴族は猟兵を雇う事も多くそれで遊撃士とトラブルを起こす事も結構あった。だから貴族たちからすれば遊撃士は邪魔だと思うのかもしれない。


「でも非難をしてるのはギリアス・オズボーンの率いる組織なんだよね?あの人って遊撃士ギルドにも支援してたと思うんだけど……」
「だからあたし達も困惑してるのよ。前は友好的だったギリアス・オズボーンが急に手のひらを返して遊撃士を非難し始めたんだから」


 貴族たちが遊撃士を非難するならわかるけど、ギリアスは民に寄り添っている革新派の人間だ。遊撃士も同じく民に寄り添う組織だから革新派とは上手くやってると思ってたんだけど、どうして急に非難し始めたんだろう?


「本当にショックだわ、あんな渋いオジ様そうそうにいないのに……今回の件で幻滅しちゃったわ」
「相変わらず年上の男性を狙ってるのか?流石に節操が無さすぎる気がするんだけど……」
「うるさいわね!もう鉄血宰氏なんてなんとも思ってないわよ!それよりもカシウスさんよ、カシウスさん!少し話したけどとっても魅力的なお方だったわ!あれこそあたしの理想よ!」


 そう熱く語るサラにわたしとリィンはげんなりとした顔を浮かべた。


 サラは年上の男性が好みらしくなんと団長にもアプローチをしたことがある。基本的に他の女性と関係を持っても怒らないマリアナもサラだけは嫌らしく出会うと喧嘩ばかりしている。


 因みに何で遊撃士であるサラと猟兵である団長が知り合いかって言うと彼女の過去が関係している。でもこれ以上は勝手に言えないね、プライバシーだから。


 まあとにかくサラはオジ様系の男性が凄く好きみたいで毎回狙った男性にアプローチしては横からかっ触られたりやんわりとお断りされている。


「そういえばエステルちゃんってカシウスさんの娘さんなのよね」
「は、はい!そうです!」
「貴方の事はカシウスさんから聞いてるわ。俺の自慢の娘だって……」
「えっ、父さんが……」


 急にエステルに声をかけたサラがそう言うとエステルは嬉しそうに笑みを浮かべた。なんだかんだいってエステルもカシウス大好きだもんね。


「お母さんの事も聞いてる、本当にすごい子だとあたしは思うわ。あたしも家族を失ってるから貴方の気持ちは痛いほどよく分かるわ」
「サラさん……」
「サラで良いわ。エステルちゃん、あたし達きっと仲良くなれると思うのよ。どう?あたしを二人目のおか……」
「やめろぉ!!」


 エステルにとんでもない事を言おうとしたサラをリィンが口をふさいだ。流石にどうかと思うよ……


「なんて事を言おうとしてるんだ!エステルにそれは駄目だって!」
「ん、いくらなんでも酷すぎる」
「わ、分かったわよ!あたしが悪かったから離しなさいってば!?」


 はぁはぁと息を切らすサラ、いきなりとんでもない事を言おうとしないでほしい。


「えっとサラさん、今何を……」
「エステル、気にしなくていい。いつもの事だから」
「わ、分かったわ……」


 困惑するエステルにわたしはそう答えた。


「えっと……大丈夫ですか?」
「あら、ありがとう」


 息を切らすサラにラウラが水を渡した。


「あら、貴女って確かレグラムの領主のヴィクターさんの娘さんよね?」
「えっ、父上を知ってるのですか?」
「ええ、一度お会いしたこともあるの。本当に素敵な男性だったわ」


 ラウラの父親であるヴィクターを知ってたみたいでラウラに積極的に声をかけていく。


「でもどうして貴方がリベールにいるの?」
「私はリィンとフィーと幼馴染なんです。そのゆかりで私も協力させてもらっています」
「あら、そうだったの?猟兵と貴族……まあ繋がりがあるのは分かるけどヴィクターさんだと不思議に思うのよね」
「まあヴィクターさんが猟兵に依頼するような人だとは思わないしな……ラウラとは昔偶然出会ったんだ、そこから仲良くさせてもらっているのさ」
「あんたも隅に置けないわね~。そうだ、ヴィクターさんと知り合いなら今度あたしと模擬戦してもらえないか聞いてくれない?」
「懲りてない……」


 ラウラにわたし達との関係を聞いてニヤリとしてリィンにそう言うサラ、娘じゃなく今度は知り合いのリィンを利用してヴィクターにお近づきになろうとしてる魂胆が見え見えでリィンは溜息を吐いた。


「そんなんだからいい年して一回も男性と付き合えた事がないんじゃないのか?いい加減自分の身なりにあった男性と付き合いなよ」
「煩いわね、あんたはあたしの親かっての。そもそもあんただって女と付き合った事の無いチェリーボーイじゃない。女の子とキスしてから偉そうなこと言いなさい」
「……そうだね」
「なによ、その反応は……まさかしたの!?」


 リィンとサラは立場は敵対してるけどなんやかんやで気が合うらしく、ヘイムダルで出会うとリィンに借りてる部屋の掃除させたり一緒に飲んだりしている。


 リィンも人が良いから掃除をやってあげたり飲みに付き合ってあげるけど、そのうち親みたいに小言を言うようになった。


 本来なら色気のあるスタイル抜群の女性の面倒をリィンが見てるっていう恋する女の子としては注意するべき人間なんだけど……


 サラがだらしなさすぎるせいか年上に弱いリィンですらまったく靡かない。絶対にデレたりしないんだもん、珍しいよ。


 だからわたしも全然警戒していない。


 サラ自身も自分より年下であるリィンに小言を言われるのは面白くないらしく、その度にあんただって女と付き合ったこともない童貞なんだから偉そうに言うな!と怒るのがパターンだ。


 因みにわたしはこの時童貞って言葉を覚えた。


 ゼノに意味を聞いたら何故か団長とレオが怒ってゼノを連れて行っちゃったの、ボコボコにされてたけどゼノは「俺は無実や~!」って言ってた。


 その後マリアナに誰から聞いたの?って言われてサラって答えたら「あのアホ女め……」と言いながら意味を教えてくれたんだ。


「どういうことよ!あんたみたいなヘタレが一体誰とキスしたって言うのよ!」
「ヘタレって言うな!相手は……その……」
「なんで言いよどむのよ?それにフィーを見て……えっ、まさか……」
「……相手はフィーだよ」
「……この鬼畜野郎!」


 サラは握りこぶしを作ってリィンを殴ろうとした。リィンはそれを回避してサラから離れた。


「い、いきなり何をするんだ!」
「あんた、等々やってはいけないことをしたわね!血のつながってない義理とはいえ妹に手を出すなんて……そんな奴だとは思わなかったわ!」
「誤解だ!俺はどっちかと言うと受けの方で……!」
「言い訳なんて男らしくないわよ!大人しく正義の鉄拳を受けなさい!」
「この人やっぱり酔ってるだろう!?」


 外に出て追っかけっこを始めるリィンとサラ、あれは絶対酔ってるね。


「一応私もリィンとキスしたのだが……言わないでおくか」
「えっ、そうなの!?リィン君ってやっぱり……」
(実は人工呼吸とはいえ私もリィン君とキスしちゃったんだよね……)
「あの、止めなくていいんですか?」
「僕が蚊帳の外だなんて……放置プレイとはやるね、リィン君♡」


 ラウラは顔を赤くしてそう言いエステルはリィンをジト目で見ていた。アネラスはなんかいやんって感じで悶えてるしクローゼはオロオロしてる。オリビエは相変わらずだった。



―――――――――

――――――

―――


 その後わたし達はリィンを追いかけるサラを止めてギルドに向かった。さっきまでと違って頼れるお姉さんオーラを出しながらジャンに自己紹介するサラをわたしはジト目で見ていた。


 それからブルブランが使っていたゴスペルについてラッセルに意見を聞きに行くためにツァイスに向かう事になった。


 旅立ちを前に孤児院と学園の皆が集まってくれた。皆に励ましの言葉を貰いサラも頑張って来なさいって応援してくれた。


 わたし達は皆に見送られながらルーアンを後にするのだった。

 

 

第75話 平原での戦い

side:リィン


 前回ルーアンで幽霊騒ぎの原因を突き止めた俺達は、次の目的地であるツァイスに向かっている所だ。


「ふふ、ティータに会うのは久しぶりだから楽しみ」
「元気にしていると良いんだけどな」


 フィーは友達であるティータに会うのを楽しみにしているようだ。リベールを離れてから一回もあっていないので再会を心待ちにしているのだろう。


「あたしもティータに会うのは久しぶりね。あの子もあたしやヨシュアの事で心配してくれていたみたいだから早く元気な顔を見せて安心させたいわ」
「とても素直でいい娘だからきっと心配しているだろう。エステル、ツァイスに着いて支部に話を通したらすぐに会いに行ってやるといい」
「分かったわ、ラウラ」


 エステルはティータが自分やヨシュアの件で心配していると聞いていたから会って安心させてあげたいみたいだ。あの子は本当に良い子だから間違いなく心配してるだろう、俺としても心配だ。


 妹分が多いラウラも早く会ってあげると良いと話す。しかし随分と仲良くなったな、やはり年頃の女の子だから話が合うのかもしれないな。


「いやー、美少女同士が仲良くしている光景は何とも言えない甘美な味わいだね。リィン君もそう思わないかい?」
「二人のやり取りを変な目で見ないでください」


 相変わらずのオリビエさんにツッコミを入れる、この人はずっと変わらないんだろうな……


 それから暫くして飛行船はツァイスに到着した。俺達はまず報告をする為にツァイス支部に向かった。


「ん?揺れか……!?」


 その道中だった、急に大きな地震が来たため俺達は足を止めてしまった。これはそこそこ大きいな……!?


「わわっ……」
「きゃっ……!」


 姉弟子とクローゼさんがバランスを崩しそうになったので二人を支えた。コケたりして足をくじいたら大変だ。


 それから少しすると地震は収まった。


「驚いた、地震は久しぶりだな。ツァイスはあんな地震が起こるのか?」
「うーん、そんな話は聞いたことがないわね。そもそもリベールって滅多に地震は起きないし」
「わたしもそれなりにリベールに滞在していたけどあんな結構大きめの地震は初めて」


 リベールに慣れていないラウラがこの辺りは地震が起こりやすいのかと言うがエステルはリベールでは地震は滅多に起きないと話す。


 フィーも俺と一緒にそれなりにリベールに滞在していたが地震は一度も起きなかったな。


「あの……弟弟子君」
「あっ、姉弟子とクローゼさん、二人とも大丈夫ですか?」
「はい、私達は大丈夫なのですが……体勢がちょっと……」
「えっ?」


 俺は二人が倒れないように支えただけ……って二人の腰に手を回して引き寄せてる!?これじゃ二人を抱き寄せているみたいじゃないか!?


「わわっ!?ご、ごめん!」


 俺は直ぐに二人から離れた。や、柔らかかったな……はっ!?


「リィン?またなの?」
「そなたは本当に……」
「い、いや待って!今のは仕方なくない!?」
「駄目、あんなにギュッとするのは想定外」
「抱き寄せなくてもよかっただろう」
「そ、そんな……」


 フィーとラウラの怒りを感じ取った俺は言い訳を言う。心なしかまた地震が起きたような気がした。


「どうやらわたし達の気持ちが伝えきれていなかったみたいだね、また夜に分からせるから」
「……はい」


 フィーに強い目でそう言われた俺はただ『はい』としか答えられなかった……





―――――――――

――――――

―――


「久しぶりね、皆……あら?リィン君は何処か落ち込んでいるように見えるけど何かあったのかしら?」
「いえ、何でもないです……お久しぶりです、キリカさん」


 ツァイス支部に入った俺達はキリカさんに挨拶をして情報を貰う。何でもここ最近ツァイスではあのような地震が数回起こっているらしい。


 しかもツァイス地方全体ではなく特定の場所……例えばヴォルフ砦では地震を感じたのに市街地には全く揺れが無いというおかしな現象も起こっているようだ。


「どう考えても自然に起こった地震じゃないね、前のルーアンの事を考えても結社が絡んでいるはず」
「ああ、多少の強弱はあれど地震が起これば揺れを感じるはずだ」


 フィーとラウラはこの地震は自然に起こったモノじゃないと話す。ラウラの言う通りこの町とヴォルフ砦は大きな距離は無い。違いはあれど揺れを感じるはずだ。


「でも揺れがすごく小さくて案外気が付かなかったというのはないかな?」
「こんなにたくさんの人が住んでいるのにですか?」
「まあ全くあり得ないとは言えないけど、僕達は既に結社の技術を目にしている。好きな場所に地震を起こせる装置があっても不思議じゃない」


 姉弟子が地震が小さすぎて気が付かなかったんじゃないかと言うが、クローゼさんの言う通り町の人間全員が感じないと言うのはおかしいだろう。


 とにかくこのままでは怪我人や建物の崩壊など大きな災害が起こるのは目に見えている、原因を調べるためにもこの地震の調査はするべきだと全員が納得した。


「そういえばアガットとグラッツさんがツァイスを調査してるって聞いたけど……」
「二人なら今は地震の被害がないか確認に……どうやら噂をすれば影ね」
「えっ?」


 エステルがアガットさん達の事を聞くと丁度支部に誰かが入ってきた。


「キリカ、被害は……ってお前ら来てたのか」
「おお、来てくれたのか!」


 入ってきたのはアガットさんとグラッツさんだった。良いタイミングだな。


「アガット!それにグラッツさんも!久しぶりね!」
「相変わらず五月蠅い奴だな。まあその方がお前らしいっちゃらしいか」
「何よ、その言い方!あんたも変わらないわね!」
「ははっ、アガットはこう言ってるけど実際は結構心配してたようだぜ」
「おいグラッツ!余計な事を言うんじゃねぇ!」
「あはは、あんたも素直じゃないわねぇ~」
「うっせぇ!」


 エステルにからかわれたアガットさんは照れながらそう叫んだ。根はやさしい人なんだよな。


「丁度いいわ、アガット、グラッツ。貴方達が調査していた地震の件、彼らにも手伝ってもらう事になったの」
「おお、こっちも正直人手が足りていないと思っていたから助かるぜ。なにせ魔獣は増えるし地震の影響で転んで怪我をして動けなくなる人が出るわでてんてこ舞いだったからな」


 キリカさんの言葉にグラッツさんは安堵の表情を見せる。ただでさえ人手不足なのに相当忙しいんだな……遊撃士ってかなりブラックかもしれないな。


 その後俺達は普通の依頼をグラッツさんに任せて地震についてツァイス市とヴォルフ砦の聞き込みに向かう事になった。人数もいるので今回も別れて行動する事になった。


「それじゃ今回はあたしとリィン君、アガット、オリビエでツァイス市で聞き込みね。新型のゴスペルの事もラッセル博士に報告しないといけないわね」
「そうだな、まずは博士の元に向かおうか」


 俺はエステル達と行動を共にすることになった。フィーにティータと会わないのかと言ったが「会いたいけど私情は持ち込めない、前はわたしがクローゼに先に会わせてもらったしね」と言ったので俺がこっちになったんだ。


 ただ「これ以上アネラスやクローゼにエッチな事をされるのは嫌」と言ったのでそっちが本音かもしれない……


「じゃあ行きましょうか」
「ちょっと待て。一言お前に言っておきたいことがある」
「俺ですか?」


 エステルの言葉をさえぎってアガットさんが俺に何か言いたいと言ってきた。


「いいか、俺はお前を信用してねぇ」
「っ……」
「猟兵なんざ信用ならねえからな。上の命令だから同行させるがおかしな真似をしたらたたっ切ってやる。それを忘れんなよ」
「肝に銘じておきます」


 アガットさんにそう言われた俺はそう答えた。疑われるのは仕方ない、本来は敵対してるんだからな。


「ちょっとアガット!そんな言い方は……!」
「お前も少しは警戒しろ。本来なら俺達は相いれない敵同士だ」
「それはそうだけど……」


 エステルが抗議しようとしたが正論を言われて黙ってしまった。


「まあまあエステル君、アガット君は君が心配だからああいう言い方をしたんだよ。アガット君は後輩に優しいね」
「はぁ?そんな訳ねぇだろう?そもそも俺はてめぇの事も怪しんでいるって事を忘れんなよ」
「そんな硬い事言わないで仲良くしようよ。僕が想いを込めて歌うから聞いてほしい……とっておきの歌をね!」
「止めろ!こんな道端で歌おうとすんな!」


 そこにオリビエさんがフォローを入れた。それを見ていた俺とエステルはつられて笑ってしまった。


「あはは、まあアガットさんの言う事は正論だよ。彼の信頼を得るためにもしっかりと仕事をしないとな」
「そうね、リィン君に負けないようにあたしも頑張らないとね!」


 俺達は新たに気合を入れて調査に乗り込むのだった。




―――――――――

――――――

―――


 ラッセル博士とティータが住んでいる工房に来た俺達はドアをノックする。


「こんにちはー!ティータ、ラッセル博士ー!エステルよー!」


 エステルは大きな声でそう言うが返事は帰ってこなかった。


「あら、留守かしら?」
「扉の鍵は?」
「開いてるわね……」


 最初は留守かと思ったがどうやら鍵はかけていないようだ、となると聞こえていないのかもしれないな。


「何か作業中なんじゃないかな?ここはお邪魔させてもらったらどうだい?」
「えっ、勝手に入ってもいいのかしら?」
「急ぎの用だからな。出てこない方が悪い」
「うーん、まああたし達は知った仲だしいっか。お邪魔しまーす」


 そう言って俺達は工房内に入らせてもらった。中から人の声が聞こえたからどうやら何かをしていて声に気が付かなかったパターンみたいだな。


「こんにちはー!」
「えっ……?」
「お前さん達は……」


 俺達に気が付いた二人は……あれ?ティータは固まっちゃったぞ?ラッセル博士は嬉しそうなのに何でだ?


「えへへ、ご無沙汰してごめんなさい。久しぶりね、ティータ、ラッセル博士」
「エステル!元気そうで何よりじゃわい」
「エステルお姉ちゃん……お姉ちゃん!!」


 ティータはエステルの胸に勢いよく飛び込んだ。


「わわっ、ティータ?」
「エステルお姉ちゃん……会いたかったよぉ。私、心配で心配で……」
「ティータ……」


 どうやら久しぶりにエステルに会えたから嬉しくて抱き着いてしまったみたいだな。エステルはティータの頭を優しく撫でながらギュッと抱きしめた。


 それから居間に移動した俺達は挨拶をして今まで起きていたことを二人に話した。


「クーデターの黒幕どもが既に活動を始めていたか……しかも再びゴスペルを持ち出してきたとはのう」
「空間投影装置が生み出した映像を遠く離れた座標に転送する……そんな事どうやったら可能なんだろう?」
「空間投影装置そのものは決して不可能ではないはずじゃ。ワシもいずれは作ってみようと思っておったからな」


 二人は前にゴスペルが見せた力の解析を始めた。というか博士は兎も角ティータも難しい言葉ばかりで理解が追い付かないな……


「そういえば前にクーデターで使われていたゴスペルの事についてはちったぁ分かったのか?」
「むう、それがな……」


 アガットさんは前にクーデターで使われていたゴスペルの事を博士に聞くが彼は渋い表情を浮かべた。


「解析を進めれば進めるほど奇妙な事が分かってきてな……」
「奇妙な事?」
「うむ、結論から言うとなあのゴスペル自体に導力停止現象を起こすような力があるとは思えなくなってきたんじゃ」


 博士が言うにはゴスペル自体には導力停止現象を引き起こす力があるとは思えないらしい。


「でも実際ゴスペルが起動したら導力は使えなくなりましたよ?」
「うむ、表面的にはそう見えるな。じゃが先ほど言ったように内部の結晶回路を解析してもそんな現象を起こすとは思えんのじゃ。導力場の歪みのような物を発生させるのは確かなんじゃが……」


 導力場の歪み……?また分からない単語が出てきたな。


「導力場の歪みというのは導力エネルギーの周囲に形成される干渉フィールドのことを言います。大抵は一定の法則で力線が描かれるんですけど……どうもゴスペルが生み出す導力場はこの法則から外れているらしくて……」


 ティータが説明してくれるが話が専門的過ぎてついていけなくなってきたな……頭のよさそうなクローゼさんやオリビエさんも顔をしかめている。


「ありていに言うと既存の法則にあてはまらない歪んだ導力場を発生させるんじゃ。じゃが導力場というのはあくまでも一定の時空間における導力エネルギーに在り方にすぎん、方向性が与えられない限り導力停止現象のような具体的な作用が起こるはずがない」


 つまりゴスペルの結晶回路では導力停止現象のような作用は起きないって事か……自分で言っていて訳が分からなくなってきた。フィーがいたらもう寝てしまっていそうだ。


「じゃがお前さん達が話してくれた新型のゴスペルの話を聞いて新たな可能性が開けたかもしれん。知らせてくれて礼を言うぞ」
「あはは、どこがどう役に立ったのかいまいちピンとこないけど……」


 ラッセル博士はあれだけの情報で新たな考えに至ったらしい。それについてお礼を言われたがエステルの言う通り何が役立ったのか分からないな。


 俺達は例の新型が王国軍が確保していると話したので後日博士が見に行く事になった。


「そういえばお前さん達はこれからどうするんじゃ?」
「俺達は今ツァイスの各地で起こっている地震について調べています」
「地震か、ならアレが仕えるかもしれんな」
「アレ?」
「うむ、お前さん達の助けになる装置がある。調整するので先に街の方の聞き込みをしてくるといい」
「分かったわ」


 どうやらラッセル博士が何か役に立つ装置を用意してくれるみたいだな。その間に俺達は町で聞き込みをしておこう。


「あっ、そうだ。リィンさん、フィーちゃんはいないんですか?」
「フィーはヴォルフ砦の方に向かったんだ」
「そっか、久しぶりに会いたかったんだけどなぁ……」
「フィーも会いたがっていたし直ぐに会えるよ」
「えへへ、それなら私も頑張っておじいちゃんのお手伝いをしないとですね!」


 ティータはそう言って笑みを浮かべた。可愛いなぁ。


 そして二人と別れた後俺達は町で聞き込みをしていたんだが……


「皆、大変よ。グラッツがトラット平原道で見た事もない魔獣に襲われているらしいの」
「ええっ!?あんですって!」


 そこに慌てた様子のキリカさんが駆けつけてきて俺達にそう話した。


「逃げてきた町の住民からの情報よ。今はグラッツが抑えているらしいけどいつまで持つか……」
「なら直ぐに向かうぞ!」


 アガットさんの言葉に全員が頷いて急いでトラット平原道に向かった。グラッツさん、無事でいてください……!




―――――――――

――――――

―――


 トラッド平原道に着いた俺達は魔獣に襲われていたグラッツさんを見つけた。



「なにあの魔獣!?見た事がないわ!」


 エステルの言う通りグラッツさんを襲っていた魔獣は見た事もない見た目だった。


 一見クモみたいな形をしているが、両腕はチェーンソーと生物のような見た目をしていない。その姿はグランセル城の地下にあった遺跡にいた魔獣たちのような感じだった。


「緋空斬!」
「捻糸棍!」


 俺とエステルは飛ぶ斬撃と衝撃波で魔獣を攻撃した。魔獣の体がぐらつき赤い三つの目がこちらを捕える。いや目と言うよりはカメラみたいだな。ますます生物っぽくないぞ。


「オリビエさん、グラッツさんを!」
「それは私がやるわ」
「キリカさん!?」


 俺はオリビエさんにグラッツさんを救助してもらおうとした。だがいつの間にかいたキリカさんが見事な身のこなしで魔獣の側にいたグラッツさんを回収する。


「彼の事は任せて、貴方達は魔獣をお願い」
「分かったわ!」


 魔獣は俺達に標的を変えたようだ。去っていくキリカさんとグラッツさんには見向きもしない。


「来るぞ、お前ら!」


 魔獣がチェーンソーを振り回しながら襲い掛かってきた。俺はその一撃を避けて懐に潜り込んだ。


「チェーンソーの扱いはシャーリィの方が遥かに上だな!」


 俺はいつも戦場で出会うと殺しあいを求めて来る腐れ縁の紅い髪の少女を思い出しつつお粗末なチェーンソー裁きの相手を挑発した。


「紅葉切り!」


 胴体を斬りながらバトルスコープを構える。魔獣は俺に攻撃をしようとしたが横からエステルの金剛撃を当てられて大きく怯んだ。


「名前は『スパイダー』……見たまんまだな。アーツは耐性があるのか。皆、コイツにアーツは効きにくいぞ!」
「なら直接斬ればいいだけだ!」


 アガットさんはそういって大剣を魔獣の頭に叩きつけた。その衝撃で三つの目のうち一つが破損したようだ。


「ラ・フォルテ!」


 オリビエさんが支援系のアーツで補助してくれた。これは攻撃力を上げるヤツか。


「ナイスよ、オリビエ!とりゃあ!!」
「喰らえ!」


 エステルとアガットさんの一撃が4本あった足の二つを破壊した。バランスを崩した魔獣は倒れそうになった。


 だがその時だった、魔獣の背中が開いてミサイルが飛んできた。


「クイックドロウ!」


 だが放たれたミサイルはオリビエさんが全て撃ち落とした。


「終ノ太刀『暁』!!」
「ファイナルブレイク!!」


 怒涛の連続斬りを浴びせた後アガットさんの放った大きな衝撃波が魔獣を吹き飛ばした。チェーンソーも折れて体もボロボロだ、やったか?


「ピピ……ピピピ……」
「なんだ?」
「変な音がするわ?」


 魔獣から変な音がしたことに俺達は首を傾げる。もう動く気配はなさそうだが……


「嫌な予感がする、皆離れるんだ!」


 俺は嫌な予感がしたのでその場を離れるように全員に行った。アガットさんも何かを感じたらしくすぐに魔獣から離れた。


 そして……


 ドガァァァァァァァン!!


 凄まじい衝撃と共に魔獣が爆発した。


「ば、爆発した!?プチデッガーみたい!」
「威力はそんな優しいもんじゃねえけどな」


 エステルは自爆する魔獣のようだと言うがアガットさんはあんなもんじゃないと言う。


「でもなんだったんだろうか?あれも結社が関係しているのか?」
「うーん、調べようにも木っ端微塵だからね……今は報告をしに戻った方が良いと僕は思うよ」
「そうですね、グラッツさんの容体も気になりますし早く戻りましょう」


 オリビエさんの言葉に俺も頷いて急いでツァイスに戻った。


 でもなんだろうか、何か視線を感じたような……



―――――――――

――――――

―――


side:??


 リィン達が去っていくのを高台から見ている人物がいた。


「あれが例のガキか……正直期待してたほどじゃねえな」


 サングラスに黒いスーツ、一見裏の世界で生きる生業の人間にも見えるが纏っている血の匂いは猟兵にも引けを取らないほど濃厚だった。


「それに異能の力を使っていなかったな。ガラクタじゃ試しにもならなかったか」


 男はどう猛な笑みを浮かべると拳を握りしめる。


「やはり自分で試した方が良いな……がっかりさせないでくれよ、猟兵王の息子」


 男はそう言うとその場から去っていった。


  

 

第76話 魔女現る。

side:フィー


 わたし達は現在ヴォルフ砦に起こった地震について調査をするべくそこに向かっている。


「ねえクローゼ、アネラス。ちょっといいかな?」
「どうしたの、フィーちゃん?」


 わたしはその道中でアネラスとクローゼにある事を聞くために声をかけた。


「単刀直入に聞くけどさ、二人はリィンの事好き?」
「えっ……ええっ!?」
「な、なぜそんなことを……?」


 わたしの問いかけに二人はポカーンとした後に慌ててそう言った。


「ん、二人ともリィンに抱き寄せられてまんざらでもなさそうな感じだったし好きなのかなって思ったの」
「そ、そんな事は……」
「ごめんクローゼ、正直に話すけど前にエステルと好きな人について話してるの聞いちゃったの」
「ええっ!?」


 わたしがそう言うとクローゼは驚いた表情を見せる。まあそんな顔もするよね。


「アネラスだってリィンとちゅーしておっぱいも見せたんでしょ?そこまでされたならリィンに責任取ってもらった方が良いよ」
「あ、あれは不可抗力だよ!」
「じゃあ好きじゃないの?」
「そ、それは……」


 わたしの問いかけにアネラスは顔を赤くしてうつむいてしまった。


「フィー、いきなりどうしたのだ。二人が困ってるじゃないか」
「ん、こういうのは先手を打っておいた方が良いってマリアナが言っていたから。後から女の人と関係を持たれてしまうと面倒な事になるから予め把握しておいた方が良いんだって」
「ルトガー殿もけっこう遊んでいそうだからな……言葉に重みを感じるぞ……」


 ラウラがそう言ってきたのでマリアナに聞いた好きな男の一番を取られないようにするテクニックを話すとラウラはげんなりとした顔でそう言った。


 団長もリィンも女たらしだからね、わたし達がしっかりしないといけない。


「そう言う事だからさ、この機会にはっきりさせておいた方が良いかなって」
「まあそなたの目論見は分かったが……しかしアネラス殿はともかくクローゼ殿は無理じゃないか?彼女はこの国の次期女王だぞ?猟兵云々の前に結ばれるのは難しいのではないか?」
「まあね。でもリィンが遊撃士になってカシウスくらいの武勲を立てたらイケそうじゃない?」


 わたしはラウラにそう答えた。


「確かに遊撃士になってカシウス殿のような武勲を立てれば話は別だが……それだとリィンは猟兵を辞めることになるぞ」
「別にいいよ。わたしとリィンが猟兵をやってるのは強くなるためと家族を守るため、そして今はレンっていう子を探すためだから。団長もわたし達には猟兵を辞めてほしいみたいだしずっとは猟兵をしてはいけないよ」
「そうか、まあ確かにルトガー殿ならそなた達に平穏に生きてほしいと思うだろうな」
「ん、そういうこと」


 わたしとリィンは今は猟兵をしているがいずれはそれを辞めないといけない。


 そもそも猟兵は表で生きていけなくなった訳アリの人間、または単純に暴れたいなどの欲求が強い人間がなるものだ。


 わたしとリィンはそういった理由じゃない、寧ろそれを分かっているのに望んで戦場にいるのだから頭がおかしいと言われても文句は言えないほど異常だ。


 団長からしてもそんな異常者達の集まりである猟兵にはいつまでもいてほしくないのだろう、最近はわたし達に別の生き方をしたくないかと聞いてくることが増えた。


 団長を安心させるためにもわたし達は自分の道を探さないといけない、まあ自分で考えてそれでも本気で猟兵として生きていく気なら止めないとも言っていたけどそれでも一度は団から出てほしいらしい。


 わたしとリィンは西風の旅団に育ててもらった、云わば巣のような場所だ。いつまでも鳥のヒナがその巣にいられる訳が無いようにわたし達も巣立ちをしないといけない。


 仮にそうなったら一番適性がありそうなのは遊撃士だ。結局やることは戦場で人間と戦うのが魔獣に変わるだけ。


 そもそもウチは虐殺や無差別殺人をする系の依頼は断ってるのであくまで裏が付くけど探し物をしたり護衛をする系の依頼は受けてきた。遊撃士も護衛をしたり探し物をしたりするのでわたしとリィンは慣れているから上手くいくと思う。


 まあ絶対に遊撃士をしないといけないわけじゃない、クロスベルにいた頃によく行ってたパン屋みたいな仕事も楽しそうだったし経験を活かして孤児院を作ってみてもいいかもしれない。


 まあ今はやらないといけないことが多いからそんな事を考えている余裕はないけどね。


「それで二人はリィンが好きなの?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「そうですよ、私達を置いて二人だけで話を進めないでください……」


 話についてこれていなかった二人が非難を込めた目で見てきた。


「ごめんごめん、話を進めすぎちゃった」


 流石に話を進めすぎちゃったね、クローゼはヨシュアの事も意識してるみたいだし、アネラスはわたしから見たらリィンに対してかなり好意を持ってそうだけど自覚はないみたい。


「まあ二人がそうじゃないなら別にいいよ。気になっただけだから」
「そ、そうですか……」
「でもフィーちゃんはどうしてそんな事を聞いたの?ヘタをしたら恋敵が増えるのに……」
「ん、まあさっきも言ったけど牽制かな?後は二人なら仲間にしても別にいいかなって思ったの」


 わたしも別に誰でも誘うつもりはない、明らかに怪しい女やリィンを利用しようとする奴なんて論外だ。


 でもクローゼはわたしの大切な友達だし、アネラスもわたしにくっ付いてくるのは嫌だけどリィンが慕ってるしいいかなって思ったから。


「今は色々あってそんな余裕はないと思うからこの件が終わったらゆっくり考えてみて。もし気が変わったのなら教えて、力になるから」
「……分かりました。私も考えてみますね」
「うん、私もしっかり考えてみるよ」


 わたしはそう言って二人との会話を終えた。


「ごめんね、ラウラ。勝手に話を進めて」
「別にいいさ。ただ今後はリィンがむやみに女子を落とさないようにしっかり監視していないといけないな」
「そうだね。リィンも団長と同じで無自覚に女の子を口説きすぎだからわたし達がしっかりしておかないとね」


 リィンにも困ったものだよ、まあ好きになっちゃったんだから仕方ないよね。わたしとラウラは同じことを思ったのか二人で笑みを浮かべた。


―――――――――

――――――

―――


 その後ヴォルフ砦に着いたわたし達は兵士の人たちに地震について聞いて回った、すると黒いスーツとサングラスをかけた怪しい男を見かけたと情報を得たのでキリカに報告するべくギルドに戻った。


「ただいま……」


 わたしがギルドに入るとリィンが知らない女の子に抱き着かれている光景が目に入った。それを見たわたしとラウラの目から光が消えた。


「ねえリィン」
「フ、フィー!?ラウラ!?か、帰ってたのか……」
「うん、ただいま。それでその眼鏡をかけた三つ編みの女の子は誰なの?」
「答えてもらおうか」


 わたしとラウラはリィンに武器を突き付けて冷たい声でそう話す。


「お、俺も分からないんだ!この子がギルドにいて俺がリィンだって話すと急に抱き着いてきて……!君も離れてくれないか!なぁ!?」
「リィンさん、会いたかったです……!」
「ちょ……」


 三つ編みの女の子はより強くリィンに抱き着いた。ラウラより大きなおっぱいがこれでもかとリィンの胸板に押し付けられてムニュッと形を変えた。


「どう見ても感動の再会だよね?わたし達に嘘をつくの、リィン?」
「そなたの手の速さはもう諦めていたがせめて隠し事はしないでほしいぞ、リィン?」
「本当に今日初めて会ったんだって!まったく覚えが無いんだ!」


 等々引き金に手をかけたわたしを見てリィンが焦ってそう叫んだ。


「ねえオリビエ、これってどういう状況なの?」
「それが僕達にもさっぱりなんだ。ギルドに戻ってきたらあの女の子がいて「リィンさんはいますか?」って聞いてきたんだよ。リィン君が自分だと答えたら急に泣き出して彼に抱き着いたのさ。いやぁリィン君は本当に面白いねぇ」
「フン、馬鹿馬鹿しい。痴話喧嘩なら他所でやれってんだ」


 エステルがオリビエにどうしてこうなったのかと聞いていた。アガットは呆れた顔でそう呟いた。


「ニャー」


 するとそこに猫の鳴き声が聞こえて足元を見ると綺麗な毛並みをした黒猫が座っていた。その黒猫は見事な跳躍で三つ編みの女の子の頭に乗ると前足でペシッと叩いた。


「あ!そ、そうでした……!私ったら感極まってなんてことを……申し訳ありません!」


 すると三つ編みの女の子は慌てた様子でリィンから離れた。


「リィンさんも申し訳ありませんでした!いきなり抱き着いてしまって……」
「えっとそれはいいんだけど……君は誰なんだ?俺は君みたいな綺麗な子に会った覚えが無いんだけど……」
「あ、ごめんなさい。自己紹介がまだでしたね……私はエマ・ミルスティン、貴方が命を助けてくれたイソラ・ミルスティンの娘です」
「えっ、君はイソラさんの……!」


 イソラという名前にリィンが反応したけどわたしは知らない名前だ。誰なんだろう?


 リィンにそれを聞こうとしたんだけど、その時ギルドの通信機からベルが鳴った。キリカが対応して話を聞き私達に指示を出した。


「皆聞いて、今丁度セントハイム門で地震が発生したらしいわ。直ぐに調査に向かって頂戴」
「ええっ!?」


 キリカの言葉にエステルが驚いた。この町からセントハイム門まではそこそこあるけど地震が感じ取れないほどの距離はない。でもわたし達は全く感じなかった。


「皆、いくわよ!」


 自身の調査の為わたし達はセントハイム門に向かう事になった。


「あ、あの……」
「ごめん、今はちょっと話してる時間が無いんだ。後でもいいかな?」
「分かりました。事象はよくわかりませんがどうかお気を付けて」


 三つ編みの女の子……名前はエマだっけ?エマはそう頷くと気を付けてと言ってくれた。


 リィンは其れに頷いて外に向かったのでわたしも後につづいた。正直エマって子やイソラっていう人も気になるが今はそれどころじゃないからね。話は後で聞こう。


―――――――――

――――――

―――


 セントハイム門に向かったわたし達はそこで事情調査をおこなったけど分かったのは地震は起こるたびに揺れの強さと発生時間が増していってること、そしてまた黒いスーツとサングラスを見に付けた男が目撃されたことだった。


 しかもその男は目撃者の証言からすると普通なら跳び降りれないほど高い場所から去ったとしか思えず、その男がブルブランと同じ見喰らう蛇の執行者の可能性が高いと判断したわたし達はキリカに報告する。


 結局その日は出来る事がなくなりティータたちの準備が明日には終わるそうなので今日はキリカが手配してくれたホテルで休むことになった。


「さあリィン、話してもらうよ」
「分かってるって……」


 わたしとラウラはリィンを部屋に連れ込んだ、丁度エマもこのホテルに宿を取っていたので彼女も連れてきた。あの黒猫も一緒だった、エマの飼い猫だったんだね。


 そしてわたしが問い詰めるとリィンはイソラという人との出会いを話し始めた。


「あれは俺がまだD∴G教団に囚われていたころの話だ。当時の俺は教団の人体実験をされつつレンと一緒になんとか生きていたんだが、ある日俺がいた施設から別の場所に移されたことがあったんだ」
「別の場所?」
「俺もどこかまでは分からなかった、目隠しをされて耳せんまでされていたからな。気が付いたら俺は別の場所にいて数体の魔獣と戦わされたんだ」
「酷いことをする……」


 わたしとラウラ、そしてエマは苦い表情を浮かべた。本当にD∴G教団って最悪の連中だ、命を何だと思っているんだろう。


「そこにはヨアヒムとローブを被った数人の人間がいたな、多分幹部だったんじゃないのかな?そいつらは俺を見て笑っていたよ……ただ」
「どうしたの?」
「その中に印象に残る程悍ましい雰囲気を持った奴がいたんだ。恐ろしい男だった、出来ればもう二度と会いたくないって思うくらいに……」


 リィンはその時の事を思い出したのか顔を真っ青にしていた。


「リィン、大丈夫?」
「……ああ、大丈夫だ。すまない、話をそらしてしまって……」
「ううん、気にしないで。辛いなら無理して話さなくてもいいよ」
「いや、大丈夫だ。話を続けるぞ」


 わたしはハンカチでリィンの額の汗を拭いた。辛いのならこれ以上は話さなくてもいいと言うとリィンはわたしの頭を撫でながら話を続けると言った。


「その後はまた別の場所に連れていかれて監禁されたんだけど、偶然にも小さな穴があってそこから抜け出せたんだ。そこは俺も知らない場所だったから慎重に隠れながら先を進んだ。ただレンがいなかったから脱出は考えていなかった、なにか教団について情報を得られないか探していたんだ。そしてある部屋で二人の男女が戦ってるのを見かけた」
「その人がイソラって人?」
「ああそうだ。二人は何かを言い争っていたが俺には話の意味が分からなかったな。でも男の方は俺が見かけた幹部の連中の中にいたから俺は女の人が遊撃士か何かで子供達を助けに来てくれたと思ったんだ。俺は隙を見て女の人に加勢した、男の武器を蹴り落とした隙にその女の人が放ったアーツみたいな術が男を貫いたんだ」


 リィンはその女の人が自分達を助けに来てくれたと思って加勢したんだね。


「男は最後の抵抗で俺に向かって何かを放った、でもそれを女の人が庇ってくれたんだ。でも彼女はその攻撃を足に喰らってしまった」
「大丈夫だったの?」
「命に別状はなかった。彼女は俺を見て驚いていたよ、どうしてこんな所に子供がって……俺はそれを聞いて怪訝に思ったがとにかく教団の人間じゃないと分かって助けを求めた。彼女はある男を始末するためにここに来たらしく俺達を助けに来たわけじゃなかったらしいんだ。でも事情を知ったら逃がしてあげると言われて一緒に逃げようと誘ってくれた」
「はい、お母さんもそう言っていました」


 イソラさんはリィンを一緒に逃げようと誘ってくれたんだね。でもリィンは……


「でも俺はそれを断った、レンがいないのに俺だけが逃げるわけにはいかなかったんだ。彼女は困惑したが俺が事情を話すと理解してくれたようで自分の名前とこのことを遊撃士に話すと言ってくれたんだ。そして俺も彼女に名前を教えてイソラさんは脱出した」
「そんな事があったんだ……でもどうして教えてくれなかったの?」


 わたしがそう聞くとリィンは苦い顔をした。どうしたんだろう……?


「……俺は彼女に裏切られたと思っていたんだ。だってそれから結局遊撃士や警察が動いた形跡は無く、俺が脱出して教団の情報をクロスベル警察に渡したことで事態は進んだんだ。カシウスさんやガイさんに一般人から何かの報告はなかったと聞いたがそれらしい情報は遊撃士や警察には来なかったと聞いたから……」
「ごめんなさい!」


 リィンが悲しそうにそう言うとエマが急に頭を下げてきた。


「お母さんはつい最近まで昏睡状態になっていたんです!里に帰ってきたお母さんはボロボロで私達は必至で治療を繰り返してきました……そしてつい最近になって漸く目を覚ましてくれたんです……」
「えっ、そうだったのか……」


 エマの言葉にリィンは目を見開いて驚いていた。


「お母さんが最後に喰らった術が呪いを与えるモノだったらしいんです。お婆ちゃんでも解除に時間がかかってしまって……お母さんは目を覚ました後に日付を確認して酷く慌てていました。話を聞いてリィンさんの事を知ったんです」
「イソラさんはちゃんと覚えていたんだな。それなのに俺は……」
「リィンさん、どうか気にしないでください。リィンさんがお母さんを恨んでも仕方ないです……」


 リィンは申し訳なさそうに顔を歪めたがエマは仕方ないと答えた。誰もそんな事が起きるなんて分からないよね……


「お母さんはリィンさんを探しに行こうとしましたが呪いの影響で足を不自由にしてしまったんです。だから代わりに私がリィンさんに会いに行くことにしました。私も貴方にお礼が言いたかったんです」


 エマはそう言うとリィンに深く頭を下げた。


「リィンさん、お母さんを助けてくれて本当にありがとうございます」
「……お母さんが生きていて良かったね。俺も嬉しいよ」


 エマのお礼をリィンは笑みを浮かべて受け入れた。


「それでリィンさん、もしよければ一度私達の里に来て頂けないでしょうか?お母さんやお婆ちゃんもぜひお礼が言いたいと言っていました」
「その里って帝国にあるの?」
「はい、帝国のとある森にあります」
「う~ん、出来れば行きたいんだけど今は色々あってな……」
「どうかされたのですか?」
「今俺達はある組織を追っている、だから今リベールから離れる訳にはいかないんだ。俺もイソラさんを疑ったことを謝りたいからエマの住んでいる里に行きたいのは山々なんだけど今は無理だ」


 確かに今は結社を追ってるからリベールからは離れられないよね。


「それなら私もリィンさんのお力にならせていただけませんか?」
「えっ?」
「ニャッ!?」


 エマの言葉にリィンと何故か今まで寝ていた黒猫も驚いた顔を見せた。


「ニャッ!ニャニャッ!」
「セリーヌ、ごめんなさい。でも私、リィンさんに恩返しがしたいんです」
「ニャアー……」
「そう言わないで。これは私が決めた事なの」
「……ニャ」


 この子はセリーヌっていうんだ、可愛いね。セリーヌは最初は怒っていたけど頑なに譲らないエマを見てため息を吐いたように鳴いてふて寝してしまった。


「その子、人間の言葉が分かるの?」
「えっ、あっはい、セリーヌは賢いので私達の言葉を理解してますよ。本当はリィンさんに会えたらすぐに帰る予定だったんですけど」
「なら帰った方が良いのではないか?そなたの祖母や母上も心配するだろう」
「大丈夫です、お婆ちゃんから私はもう一人前の魔女って認めてもらっていますしお母さんもきっと分かってくれます」


 わたしはセリーヌが人間の言葉が分かるのって聞くとエマは肯定した。本当に賢い子なんだね。


 ただエマは本来リィンに会えたら帰る予定だったらしくラウラは家族に心配をかけるから帰った方が良いんじゃないかと答えた。


 でもエマの決意は固いらしくここに残るつもりだ。


「魔女って何?」
「あっ、えっと……私や里に住んでいる人達はアーツとは違った術を使えまして修行を終えた一人前を私の里では魔女と呼ぶんです。私は本来なら見習いの立場で里を出ることは許されていなかったんですが、お母さんを守れるように必死に修行を続けてつい先月やっと一人前として認めてもらえたんです。リィンさんがリベール王国にいると突き止めたのも知り合いの占いなんですよ」
「へえ、例えばどんなことが出来るの?」


 わたしはエマがどんな術が仕えるのか興味が出てそう聞いてみた。


「そうですね、例えば……」


 エマはそう言うと空中に光る剣を生み出した。


「おお、これはどういう原理だ?」
「イセリアルキャリバー、魔力を剣に変えて相手に放つ技です。他にも対象を回復させたり蒼い炎を出したりもできますよ」
「攻撃以外には何かできないの?」
「う~ん、ならフィーさんでよろしいでしょうか?」
「フィーでいいよ」
「ならフィーちゃんと呼ばせてもらいますね。フィーちゃんは何かリィンさんにしてほしいことはないですか」
「んー……」


 急にそう言われたので考えてみる……よし、普段なら絶対してくれない事を頼んでみよう。


「あのね、ごにょごにょ……」
「えっと……わかりました、やってみます。リィンさん、ちょっといいですか?」


 エマはわたしの頼みを苦笑しながら承諾するとリィンを呼んだ。


「なんだ?」
「私の目をジッと見てくれませんか?」
「分かった」


 エマのそう言われたリィンは彼女の目をジッと見つめた。リィンは恥ずかしいのか顔を赤くしてる。


 するとエマの目が薄い水色から金色に変わった。するとリィンの目が映ろに変わる。


「リィン……?」


 わたしは恐る恐る彼に話しかけてみる。


「フィー」
「ん、なぁに……っ!?」


 すると急に抱き寄せられて唇を奪われた。


「リィン!?」
「わぁ……こんなにも上手くいくとは思いませんでした」
「エマ殿!リィンはどうなったんだ!?」
「リィンさんに暗示をかけたんです。こんなにも上手くかかるとは思っていなかったのですが……」


 ラウラは驚いてエマは口をあんぐりと開けていた。そして慌てた様子でリィンの様子がおかしいとラウラがエマに聞くと彼女は暗示をかけたと説明する。


 わたしも正直遊び半分で頼んだんだけど暗示って本当にあったんだ……


「フィー、好きだ。愛している」
「えっ……」
「俺にはお前しかいない、お前だけが愛しいんだ。世界中の誰よりもフィーの事を愛している」


 リィンはわたしをベットに押し倒した、そしてわたしの耳に口を近づけて囁くようにつぶやいた。


「フィー……お前を俺の女にしてやる、もう絶対に離れられないように俺だけのモノに……」


 リィンは真剣な表情でわたしを見つめていた。


「……ん、いいよ。リィンのモノになる」


 まあいいかとわたしは思いリィンを受け入れることにした。漁夫の利ってヤツだね。


 わたしも子供じゃないしリィンが何をしようとしてるのか理解している。団長がマリアナや女団員と『仲良く』しているのを見た事あるし自分なりに勉強していた。


 わたしはそう思いリィンを受け入れる。そしてリィンの手がわたしの服を脱がそうとして……



「何をしているか―――――っ!!」


 怒ったラウラが剣の刃が無い部分でリィンの頭を叩いて彼を気絶させた。


「ラウラ、邪魔しないでよ」
「いや流石に止めるだろう!こんな形でリィンと結ばれるのなど認めないぞ!」


 ちぇ、良い所だったのに。


「まったく……エマ殿もあまり変な事をしないでいただきたい」
「ご、ごめんなさい。まさかあんなに利くとは思っていなくて……よほど警戒していなかったんだと思います」


 ラウラの言葉にエマも申し訳なさそうに答えた。まあ多分リィンはエマに見惚れていたから隙があったんだろうね。おっぱいに目が行ってたし本当にリィンはお胸が好きだよね。


 とりあえずエマが協力してくれる件については明日キリカに相談することにした。わたし達だけじゃ決定は出来ないからね。


 その後エマはセリーヌを連れて自分の部屋に戻っていった。わたしは気絶しているリィンの手足を縛ってベットに寝かせた。


 えっ、なんで手足を縛るのかって?勿論お仕置きの為だよ。クローゼとアネラスにラッキースケベしたのは許してないから。


「うっ……あれ?俺なにしていたんだっけ……頭が痛い……」


 丁度いいタイミングでリィンが目を覚ました。


「あ、あれ!?なんで俺縛られているんだ!?」
「フィー、今日は私が先に行かせてもらうぞ。そなたは先程良い思いをしたのだから構わないだろう?」
「んー、まあいいよ。お先にどうぞ」
「感謝する」


 ラウラはそう言うとリィンに近づいていった。


「あっ、ラウラ!これは一体……」
「そなたが悪いのだぞ、フィーにあんな情熱的な口づけをするから……」
「えっ、なんのことだ?」
「私だって女なんだ、嫉妬もする……だから今日は激しくいくぞ」
「んんっ……!!」


 ラウラはそう言ってリィンを押さえつけてベロチューをした。まあわたしは良い思いをしたから今日はラウラの好きにさせてあげよっと。


 わたしは激しくちゅーをする二人を見てそう思うのだった。 

 

第77話 懐かしい再会と新たな出会い

side:リィン


 翌朝になりギルドに向かうとティータ達が丁度いて準備が出来たと俺達に教えてくれた。


「その装置でなにをするの?」
「これはわしが数年前に開発した『七耀脈測定器』じゃ。これを地面に設置することで七耀脈の流れをリアルタイムで完治、測定することが出来るんじゃ」


 フィーが装置についてラッセル博士に聞くと彼は使い方を教えてくれた。


 このゼムリア大陸では地震が発生するのはこの七耀脈の流れが地層を歪める事で起きると言われている、だからこの装置でその流れを調べれば局地的な地震がどう起こってるのか分かるかもしれないらしい。


「じゃあその装置を設置して流れを調べればいいのよね、何処に設置すればいいの?」
「うむ、地図を見てくれ」


 エステルが何処に装置を設置すればいいか聞くとラッセル博士が地図を取り出してツァイス地方の三か所に印をつける。ここに装置を設置すればいいんだな。


「装置は唯置けばいいの?」
「いや普通に置いただけでは駄目じゃ。測定用の検査針を正しい角度で地面に差し込む必要があるしアンテナの設定も必要じゃ」
「つまり技術者が必要なんだな、それはラッセル博士がしてくれるんですか?」
「いやわしは装置から送られるデータを解析するために『カペル』の調整をしないといかんから手が空かん。代わりにティータを連れて行ってくれ」


 エステルが装置を置けばいいのかと聞くとラッセル博士は調整しないといけないと話す。俺がそれは博士がしてくれるのかと尋ねると彼は手が空いていないようなので代わりにティータを連れて行ってほしいと話した。


「でも三か所もあるんだよね?あんまりのんびりしてたらまた地震が来ない?」
「その可能性はあるね。これまで得た情報が正しいのなら地震の規模は大きくなっていっている、今度は建物が崩壊するくらいの強い揺れになるかもしれないし急いだほうがよさそうだ」


 姉弟子が時間があまりないんじゃないのかと言うとオリビエさんも同意した。確かに次地震が起きたら凄く強くなってそうだし急いだほうが良いな。


「うむ、ティータだけでは人手が足らん……そうじゃ、中央工房にいくぞ。今優秀な技術者が二人いるんじゃ、彼女達にも手伝ってもらおう」


 ラッセル博士は手を貸してくれそうな人物に心当たりがあるようなので中央工房に向かう事になった。


 因みにエマが協力員になりたいと言ってる事をキリカさんに伝えると彼女はとりあえず実力を見てみると話した。


 エマの事はキリカさんに任せて俺達は中央工房に向かった。


「すまんが例の研修生達を呼んでくれんか?」
「かしこまりました」


 ラッセル博士が受付の人にそう言うとアナウンスが鳴って少しすると二人の女の子がやってきた。しかもそのうちの一人は……


「えっ、ティオ!?」
「フィーさん!?それにリィンさんも……どうしてリベールにいるんですか?」


 俺達が昔助けたティオ・バニングスだった。まさかリベール王国で再会するなんてな。


「なんじゃ、おぬしらは知り合いなのか?」
「はい、幼馴染みたいなものですね。でもどうして彼女がここに?」
「ティオは『エプスタイン財団』から中央工房に研修しに来ておるんじゃ」
「はい、詳しくは言えないんですが今開発中の製品を完成させるための中央工房に勉強をさせてもらっているんです。私もここでお二人に会えるとは思ってもいませんでしたよ」


 ラッセル博士が俺達とティオが知り合いなのかと聞いてきたので軽く説明した。


 そしてなぜ彼女がここにいるのかと聞くと、どうやらティオは中央工房に研修しに来ていたらしい。凄い偶然だな。


 ティオがバニングス家に引き取られた後、数年後にガイさんが亡くなってロイドが警察官になるべく活動を開始したころティオは偶然にもエプスタイン財団のスタッフとクロスベルで出会ったらしく、彼女の能力を高く評価したスタッフにスカウトされたらしい。


 ティオは自分の力を平和を守るために使えるならとそのスカウトを受けてエプスタイン財団に入ったんだ。


「ところでそちらの女性もエプスタイン財団のスタッフかい?」
「あっ、私はアリサ・ラインフォルトといいます。どうぞよろしくお願い致します」
「ラインフォルト?じゃあ君はイリーナさんの……?」


 オリビエさんが話に入れずに困っていた金髪の女の子に声をかけると彼女はアリサ・ラインフォルトと名乗った。その姓に聞き覚えがあった俺はイリーナさんの名前を呟いた。


 イリーナ・ラインフォルト。エレボニア帝国でも最高峰の企業である『ラインフォルト社』の会長だ。俺達西風の旅団にも依頼をするお得意さんで何回か会ったこともあるんだ。


 娘がいるのは知っていたけどこうして直接会うのは初めてだな。


「貴方、お母様を知ってるの?」
「ああ、何回か会ったことがあるんだ」
「そうなの。でも悪いんだけど私の前でその名前を言うのは止めて、今は聞きたくないの」
「えっ……わ、分かった」


 アリサは何故かイリーナさんの名前を聞くと機嫌を悪くしてしまった。


「リィン、ちょっといいか?」
「ラッセル博士?」


 ラッセル博士に呼ばれたので皆から離れて彼とコソコソ話をする。


「彼女を連れてきたメイドさんから話を聞いたんじゃがどうも家族と仲が良くないようでな、アリサが家出したから頭を冷やすために研修という形でここに連れてきたようなんじゃ」
「はあ……まあ確かにイリーナさんって仕事人間だし想像は出来るな……でもあの人の娘なら技術者としても優秀なのでは?」
「うむ、実際かなり優秀な子じゃな。認めたくないがグェンの孫なだけある」


 イリーナさんは凄く優秀な経営者だけどいつ休んでるのか分からないくらい働いている。案の定娘はほったらかしのようだ。


 まあイリーナさんなりに気にはしているんだろうけどアリサに伝わらないと意味ないよな……


「しかし良く引き受けましたね。リベール王国はエレボニア帝国と戦争したのに……」
「まあな。じゃがいつなでもそれを引きずっていては技術は進歩せん、ここでラインフォルト社にコネを作っておけば後々役に立つと思ったしのう」
「しっかりしていますね……」


 俺はラッセル博士の考えにちょっと感動した。帝国に良い思いはないはずなのにこういう風になり切れるのは人生を長く生きてきた貫録を感じるよ。


「ところで何故私達を呼んだんですか?」
「実はな……」


 ラッセル博士は二人に事情を説明した。まあ結社の事は伏せているけどな。


「なるほど、地震の対策の為ですか。そういうことなら協力させてください」
「私も恩返しがしたいしそれくらいなら全然かまわないわ」
「そうか、助かるぞい」


 二人の協力を得た俺達は手分けして3か所の設置場所を目指した。


 エステル、アガットさん、ティータはレイストン要塞に向かいオリビエさん、クローゼさん、姉弟子、アリサはカルデア隧道に向かった。


 そして俺はフィーとラウラ、そしてティオと共にトラット平原のストーンサークルを目指した。


「それにしてもリィンさんとフィーさんとこんな場所で再会できるなんて思ってもいませんでした。でもどうしてお二人がリベールにいるんですか?猟兵はリベールでの活動を禁じられていたはずじゃ……」
「まあ色々あってな、詳しくは言えないんだがまた厄介ごとに巻き込まれてしまったんだ」
「あはは……相変わらずですね」


 俺の説明にティオは苦笑した。


「エプスタイン財団での仕事はどう?上手くいってる?」
「はい、スタッフの方々も優しくしてくれますしお仕事もやりがいがあります。まあみっしぃグッズを集められないのが不満ですが……」


 フィーの質問に最初は楽しそうに話していたティオだがみっしぃのグッズを集める時間が無いと不満の声を上げた。


 ティオはみっしぃが大のお気に入りでフィーと一緒に愛好会を開くぐらいだ。因みに会員はティオとフィーだけだ。


「ティオ殿はみっしぃが好きなのか?」
「はい!すっごく可愛いですよね!ラウラさんも好きなんですか?」
「うん、あの愛くるしい見た目に嵌ってきてフィーに習って『ぐっず』とやらを集めているんだ」
「そうなんですか!なら私がおすすめするグッズを教えますね!例えば……」


 どうやらラウラと波長が合ったようでイキイキとみっしぃのグッズについて話し始めた。俺は付いていけないな……


「そういえばロイドは元気にしているか?手紙でやり取りしてるけど顔は全く見ていないからな」
「兄さんは元気ですよ。ガイさんのような警察官を目指して日々努力し続けています」
「そうか、ロイドも頑張ってるんだな。ガイさんもきっと喜んでいるよ」
「そうですね……」


 俺はティオにロイドの事を尋ねた。あいつが警察官を目指して頑張っているのは知ってるが体を壊していないか心配だったんだ。でもティオの話を聞いて元気にやってるようで安心した。


 ガイさんが殉職したと聞いて俺はかなりのショックを受けたが彼を親のように慕っていたロイドはそれ以上にショックを受けて一時期あの元気さが嘘のように消沈していた。


 だがセシルさんやティオ達の励ましで立ち直り今では前を向いて進んでいる。


 ガイさんも空の女神の元でそれを見ているはずだ。俺も頑張らないとな。


 そうこうしている内にトラット平原のストーンサークルにまでたどり着いた。途中で珍しい水色のヒツジンに襲われたが難なく撃退して装置を設置する。


「……よし、これで問題無いですね」
「流石技術者だね。わたしじゃ全然分かんないよ」
「ふふっ、フィーさん達だってヒツジンを簡単に撃退したじゃないですか。私じゃそんな事は出来ませんよ?」
「そうかな?ティオも強くなってたよ。アーツの使い方が上手だった」


 フィーの言う通りティオも昔と比べると強くなっていたな。アーツを使って援護してくれたしそういう才能もあるのかもしれないな。


 装置を起動させた俺達はツァイスの中央工房に戻って皆と合流した。どうやら全員無事に装置を設置できたようだな。


「そっか、エステルはカシウスと会えたんだね」
「うん、忙しそうだったけど元気そうで安心したわ」


 フィーとエステルがカシウスさんに会ったという話をしていた。どうやらエステルはレイストン要塞で偶然カシウスさんと会えたみたいだ。


「他には何か言ってなかったの?」
「ルトガーさんと協力して情報を集めているみたいよ。その中で身喰らう蛇は執行者の上に『蛇の使徒』と呼ばれる最高幹部がいるみたいなの、ただそれくらいしか分かってないみたいね」
「普通に大事な情報だよね、それ。キリカには報告したの?」
「勿論したわよ、後で説明がされるんじゃないのかしら?」


 さらっと重要なことを話したエステルにフィーが驚いた顔でそう言った。身喰らう蛇の組織構成を少しとはいえこの短い期間に暴くとは流石団長とカシウスさんだ。


「じゃあブルブランはその使徒って奴に命令されてあの幽霊事件を引き起こしたのか。目的は新型ゴスペルとやらの実験だろうが……その先に何を企んでいるんだ?」
「今の段階ではまだ何も分かりませんが……クーデター事件に関与していた組織です、間違いなくこの国にとって良くないことをしようとしてると思います」


 俺の言葉にクローゼさんは不安を交えた顔でそう呟いた。今回の地震騒動も結社が関わってる可能性がある、奴らの目的が何なのか分からないがリベールにとって良い結果にはならないのは確かだろう。


「よお、お前ら。調査は順調か?」
「グラッツさん」


 そこに包帯を腕に巻いたグラッツさんが来て声をかけてきた。大きな怪我をしてしまったけど歩けるくらいには回復出来たんだな。


「グラッツ、お前もう動いて大丈夫なのか?」
「ははっ、ずっと寝てたら体が鈍っちまうからな。ミリアム先生にも許可は貰ったぜ」
「良かった~、グラッツさんが元気になって……」
「心配かけて悪かったな、アネラス」


 アガットさんと姉弟子がグラッツさんに声をかける。特に姉弟子は彼によくお世話になってるので一番心配していたからな。


「グラッツさん、貴方が戦った新型の魔獣ってグランセル城の地下にいた人形みたいな奴だったって本当?」
「ああ、アレをさらに大きくしたようなタイプだったな。民間人を守るので精いっぱいだった、情けないよな」
「何言ってるのよ、それが無かったらグラッツさん一人でも対処できたでしょ?誰も死んでいないし貴方は凄いことをしたのよ、尊敬しちゃうわ」
「ありがとうな、エステル。そう言ってくれて嬉しいぜ」


 グラッツさんのお蔭で死者は出なかった、エステルの言う通り彼は凄いことを成し遂げたんだ。


「ただ気を付けてほしいことがある、あのときにほんの一瞬だけ何処からか視線を感じた」
「視線?」
「ああ、それもとんでもない圧を感じた。もしかしたらお前らが聞いた黒いスーツの男かもしれねえ。もしそうなら相当やべぇぞ、ハッキリ言ってロランス少尉みたいなプレッシャーだったからな」
「ええっ!ロランス少尉ですって!?」


 グラッツさんは戦いの最中に何か視線を感じたと話す。アガットさんが聞き返すとまるでロランス少尉のようなプレッシャーを感じたと聞いたエステルが驚いた声を上げた。


「まさか彼が来ているのか?」
「それは分からんが……仮にロランスじゃないとしたらあのクラスの達人がまだいるって事になるな」


 オリビエさんの言葉にグラッツさんはそう返した。ロランスクラスの実力者か……


「上等じゃない!ロランスだろうとそれくらい強い奴だろうとあたしは負けないわ!その為に厳しい特訓を重ねてきたんだから!」
「ああ、俺だって遊んでいたわけじゃない。ロランス少尉ならリベンジをしてやる」


 エステルの言葉に俺も同意する。例え相手が誰であろうと最初から負けるつもりで戦う気はない、修行の成果を見せてやるんだ。


「本当に頼もしくなったな、お前ら。俺も早く怪我を直して戦線に復帰するぜ」
「へっ、焦って怪我を酷くすんじゃねぇぞ」
「分かってるよ」


 アガットさんとそんなやり取りをしてグラッツさんは去っていった。俺達はカペルの置かれている演算室に向かった。


「お爺ちゃん、装置の設置と起動全部終わったよー」
「おお、ご苦労じゃったな。既に送られてきたデータの解析を始めとるよ」
「じゃあもう何かわかったの?」
「いや七耀脈に動きがあればなにか分かるはずじゃ。とにかく地震が起こらん事には情報は入ってこんわい」


 なるほど、結局地震が起こらないと何も分からないって事か。そうなると手分けして正解だったな、あれ以上地震が大きくなっていったら間違いなくとんでもない被害になっていたはずだ。


「でも大丈夫なの?セントハイム門も物が滅茶苦茶になってたりしてたけど……」
「マードックに話して転倒しそうな装置や機材は固定してある。町の住民にも注意喚起はしとるよ」
「じゃ後はもう運頼みか……」


 出来ることはやった、後は空の女神に祈るしかないな。


「……むっ、噂をすればなんとやらじゃな」
「えっ?」
「来たのか……!」


 ラッセル博士の言葉にエステルは首を傾げたが俺は地震が来たと分かった。


「でも何も揺れていないぞ?」
「また別の場所で揺れているのかな?」
「うむ、今地震が発生しているのはレイストン要塞じゃな」
「あんですって!?」


 ラウラとフィーが揺れを感じないと話すとラッセル博士が現在地震が起こってるのはレイストン要塞だと言った。それを聞いたエステルが大きな声を出す。


「大変!直ぐ向かわないと!」
「止めろエステル!もう遅い!」
「でも……!」
「カシウスのおっさんがいるんだぞ、地震の事だって分かってるはずだ」
「それは……」


 慌てていたエステルはアガットさんにそう言われて冷静さを取り戻した。


「……ごめんなさい、取り乱したわ」
「分かればいいんだよ」


 エステルは皆に謝ると全員が気にするなという態度を見せた。久しぶりに会ったカシウスさんがいる場所に大きな地震が起これば不安になってもしょうがない。


「よし、解析が終わったぞ」
「えっ、もう終わったの!?」
「うむ、バッチリデータは取れたぞぃ。七耀脈の流れが歪められてそれが特定の場所に収束することによって局地的な地震が発生していたんじゃな」
「つまりどういうこと?」
「この地震は自然に発生したのではなく人為的に起こされていたんじゃよ」


 ラッセル博士は今までの地震が自然のものではなく人によって起こされたものだと話した。


「本来自然に起こるはずの地震を意図的に起こせるか……恐ろしいことだね。これを自由に使えるようになれば強固な建物も崩すことが出来る。例えば要塞だってね」
「地震兵器……」


 オリビエさんの例えに俺はそう呟いた。自然災害の一つである地震、それを自由に操れるのなら今までにない危険な兵器になるな。


 なにせ地についていない建物など無いからだ、建物が如何に頑丈でも地面が割れれば崩壊する。


「でも今の技術で地震を自在に起こす事なんて出来るの?」
「わしも認めたくないが今の技術では不可能じゃ。じゃがそれを可能にした者がいる……相当な技術を持っていそうじゃな」
「やっぱり結社なのかな?」


 姉弟子が今の技術で地震を自由に起こせるのかと聞くと博士は首を横に振った。こんなことが出来る組織は結社かもしれないとフィーが言う。


「ねえ博士、その地震兵器の場所は分からないの?地震を起こせるって事は何処かにそれを行った人物がいるって事よね?」
「冴えてるな、エステル。人為的に起こせるならそれを実行した人物がいるはずだ」
「なるほど、調べてみよう」


 エステルの言葉に俺も感心する。博士は地震が何処から起こされたのか調べ始めた。


「うむ、分かったぞ。地震はエルモ村の温泉地の奥から起こっておるな」
「エルモ村!?」


 まさかの場所に俺達は驚いた。もっと人目のつかない場所を予想していたがあんな観光地に地震の原因になってるものがあるとは普通は思わないからな。


「そんなところに隠れて地震を起こしていたのね、早速エルモ村に行くわよ!」


 地震を起こしている人物のいる場所が分かった以上急いだほうが良いだろう、モタモタしていたらツァイスが地震で崩壊してしまう可能性がある。


「えっと……よくわかんないけどこの地震の原因を突き止めに行くのよね?」
「ああ、モタモタしていたらまた地震が起こるかもしれないからな」
「私達はこれ以上力にはなれません、どうか皆さんお気をつけてください」
「うん、アリサとティオもありがとうな」


 アリサとティオはこれ以上作戦に参加できない。俺は二人にお礼を言うとメンバーと共にエルモ村に急ぐのだった、

  

 

第78話 灼熱の洞窟

 
前書き
 今回別のゲームのモンスターが出ます。 

 
side:フィー


 地震を人為的に起こしていたことが分かりそれの発生場所を突き止めたわたし達はエルモ村に向かっていた。


 エマも同行を認められたらしく合流してキリカに状況を説明してトラット平原道を急ぐ。


「着いたわ、エルモ村に来るのも久しぶりね」


 以前エルモ村に来たことのあるエステルがそう呟いた。こんな状況じゃなければまた温泉に入りたいところだね。


「ああ、よく来てくれたね」
「あっ、マオおばあちゃん!」


 そこに以前出会った紅葉亭の女将であるマオが現れてわたし達を出迎えてくれた。


「久しいね、あんた達。元気にしていたかい?」
「うん、元気だけが取り柄だからね」
「本当ならゆっくり話をしたいんだけどそうも言ってられないみたいだね。中央工房から連絡は受けているよ、なんでも最近ツァイスで起こっている地震の原因がエルモ村の近くにあるそうじゃないかい。本当なのかい?」
「うん、可能性は高いと思うわ。ねえマオさん、ここ最近で怪しい男を見かけなかった?黒いスーツを着てサングラスっていう眼鏡をかけてるらしいんだけど……」


 エステルはマオに怪しい男を見ていないか確認した。目撃情報にあった男だね。


「怪しい男は見ていないねぇ、少なくとも宿には来ていないと思うよ」
「そっか……」
「ただそれと関係があるかは分からないけど異常事態が起こってしまったんだ」
「異常事態?」
「百聞は一見に如かずさ、直接見ておくれ」


 わたし達はマオに案内されて村の中央にある湯に来たけど……


「な、なにこれ!?」
「煮えたぎっちゃってる……」


 そう、湯は目で見てわかるくらいに煮えたぎっていた。ブクブクと気泡を浮かべてまるでマグマみたいだ。


「一体どうしたんだ?」
「私にも分からないんだよ、ポンプ装置も正常に動いていたから機械の誤作動ではないね」
「じゃあこれは機械ではなく源泉の温度が上がったんじゃないかな?」


 アガットがなぜこうなったのかをマオに確認するが分からないらしい。機械も壊れている訳じゃないので原因は原潜の温度が上がったのではないかとオリビエは話した。


「多分ですけど地震が関係しているのではないでしょうか」
「なるほど、地震を発生させる為に七耀脈の流れをイジった事で活性化して源泉の温度を上げたのかもしれないな」


 クローゼの指摘にリィンも同意した。七耀脈が活性化したから源泉の温度も上がったってこと?難しいことはよく分かんないや。


「地震が起こるたびにこうなったのか?」
「いや今日が初めてさ、今まではこんなことはなかった」
「じゃあどうして今日はこんな風になっちゃったんだろう?」


 アガットは地震が起こるたびにこうなったのかと聞くがマオは首を横に振った。ティータの言う通りなんでいきなりこうなったんだろう?


「……なるほど」
「エマ、何か分かったのか?」
「はい、私はある程度七耀脈の強さが分かるのですが今までにないくらい活性化しています。多分皆さんが話していた局地的な地震を起こすための力が集まっているんだと思います」


 エマは七耀脈の力が活性化していると話した。


「あくまで憶測ですけどもしこれ程高まった力が地震を起こしたら大災害になる可能性があります」
「そんな……じゃあ早く止めないと!」


 エマの言葉にエステルだけでなく全員が顔を青くしてしまった。そんな災害は起こさせちゃ駄目だ、絶対に阻止しないと。


「源泉の温度が上がったって事は地震を起こしている奴はそこにいるんじゃないの?」
「あり得ると思います。ねえおばあちゃん、源泉ってどこにあるの?」


 アネラスの言葉にティータも同意してマオに源泉の場所を訪ねた。


「源泉は村の側にある洞窟の奥だよ、危険な場所だから普段は入り口を閉めているんだけど……」
「とにかく行ってみましょう!」


 わたし達はエルモ温泉の源泉が湧く洞窟に向かった。


―――――――――

――――――

―――


「な、なによこれ!?」


 洞窟に着いたわたし達が見たのはまるで火事のように湯気を入り口から出している異常な光景だった。


「入り口でこんなにも湯気が発生してるなんて……中は一体どんな温度になってるんだ?」
「少なくともこのまま入るのは危険ですね……」


 リィンの言う通り入り口でこんなに湯気が出てるって事は中は熱湯と高温で埋め尽くされている可能性がある。


 クローゼの言う通りこのまま入ったら大火傷をしてしまうかもしれない。


「ちっ、思ってた以上に危険かもしれねえな。一度村に戻ってギルドに連絡を……」


 その時だった、なにか鈴のようなものが鳴る音がしてそれを聞いたティータとクローゼが倒れそうになった。


「クローゼさん!?」
「ティータ!どうした!?」


 二人の近くにいたリィンとアガットが二人を支える。でもその二人も膝をついてしまった。


「まずい、これは……」
「罠……」


 ラウラやオリビエも膝をついてしまう。わたしは急いで状態異常を回復するアイテムを出そうとしたが急に強烈な睡魔に襲われて同じように膝をついた。


(だ、駄目だ……)


 そしてわたしの意識は暗い闇の中へと消えていった……



―――――――――

――――――

―――


「……ん、ここは?」


 目を覚ましたわたしはゆっくりを身を起こした。


 さっきまで外にいたはずなのに辺りは暗い、わたしは瞳孔を自分の意志で大きくして夜目を人為的に作った。


 これは西風の旅団で行う特訓でいつでも夜目に切り替えれるように訓練してるんだ。


「……武器はあるね」


 双剣銃も導力器も無事だった。敵の狙いが分からない。


「とにかく誰かと合流しないと……」


 辺りにはわたししか気配を感じない、誰かいないか探す為に先を進むことにした。


 とりあえず行けそうな場所を進んでいると地中から爬虫類の子供みたいな魔獣が出てきた。バトルスコープで確認するとベビードドンゴと出てきた。


「あんまり強くなさそう……無視しちゃお」


 相手にするのが面倒だったのでジャンプで回避した。すると必死によちよちと追いかけてきた。


「……」


 見た目は可愛いけど相手は魔獣、相手をしないでさっさと先を進むと行き止まりだった。


「あれ、ここ以外に行ける場所ないよね?」


 ここまでは一本道だったから見逃したはずはない、よく見ると壁にはヒビが入っていて壊せそうだ。


「壊せそうだし手榴弾の出番だね」


 わたしは手榴弾を取り出して安全ピンを抜いて壁に投げつけた。そして大きな爆発音と共に壁が壊れた。


「ん、オッケーだね」


 そのまま先に進もうとすると後ろから何かが襲い掛かってきたので回避する。それはさっきの魔獣だった。


「数増えてる……」


 さっきよりも数体数が増えていた。仲間を集めたのかな?


「ん、邪魔だしやっつけちゃうか」


 さっきは無視したけどまた襲われても厄介だしわたしは双剣銃を抜いて構えた。するとベビードドンゴは一斉に泣き出した。


「うるさ……」


 威嚇してるのかな?見た目は可愛くても声は可愛くなかった。さっさとやっつけてやろうと思ったその時だった。地面が割れてそこから何かが噛みついてきた。


 わたしは咄嗟にジャンプしてそれを回避する。現れたのはベビードドンゴが大きくなったような魔獣だった。


「ドドンゴ……そのまんまだね」


 バトルスコープで魔獣の情報を解析する。どうやら水属性のアーツに弱いみたいだね、後口の中や尻尾は柔らかくて狙うならそこが良いみたい。


 わたしは火球を吐いてきたドドンゴの口に目掛けて銃弾をお見舞いした。情報通りそこが弱かったドドンゴは痛みで悲鳴を上げた。


「これでも食べてて」


 わたしは襲い掛かってきたベビードドンゴを双剣銃で切り裂いてドドンゴの口に目掛けて蹴り飛ばした。口をふさがれたドドンゴは炎を吐けずに苦しんでいる。


「これでとどめ!」


 わたしはアーツを発動して『ブルーインパクト』を放った。高圧の水がドドンゴの体内を貫いて尻尾から噴き出した。


「ん、いっちょ上がりだね」


 セピスに変わった魔獣を見て一息つくわたし、すると奥の方から何か戦闘音が聞こえた。


「誰かいるのかな、行ってみよう」


 わたしは音がした方に直ぐ向かってみる。するとそこにはさっきよりも大きなドドンゴがティータとエステルとクローゼに襲い掛かってるのが見えた。


「ふっ!」


 わたしは閃光手榴弾を投げつけて大きなドドンゴの目を眩ませた。


「フィー!」
「皆、こっちに来て!」


 わたしはエステル達にこっちに逃げるように指示をする。エステルはティータを抱っこするとクローゼと一緒に走ってきた。


「フィー!無事だったのね!」
「再会を喜ぶのは後。あれは何?」
「バトルスコープで見たけど『キングドドンゴ』っていうらしいわ!硬くて攻撃もアーツも通用しないのよ!」
「なら逃げるが勝ちだね、急ぐよ!」


 後ろからキングドドンゴが身体を丸めてまるで大きな岩石のように転がって襲い掛かってきた。あんなのに潰されたら一巻の終わりだ。


「はぁはぁ……しつこいわね!」
「わ、わたし……もう限界です……!」


 私達と違ってあくまでただの学生でしかないクローゼはもう体力に限界が来たようだった。


「ん、あそこまで頑張って!」


 すると先に広い空間が広がっていた。大きな橋のような岩の下は真っ暗な暗闇でなにも見えない。


 わたしは殿を務めると双銃剣を抜いてスカッドリッパーを放った。硬い外殻に弾かれてしまったがキングドドンゴの動きを止める事には成功した。


 キングドドンゴは口を開き炎を吐こうとする。


「弱点は知ってる」


 わたしは手榴弾を三個奴の口の中に放り投げた。口内で大きな爆発を起こされたキングドドンゴは怯んでダウンする。


「エステル!」
「任せて!『ダークマター』!!」


 わたしの合図と共にエステルの放ったアーツが超重力を生み出した。キングドドンゴの乗っていた足場にヒビが入る。


「『ストーンインパクト』!!」


 さらに追い打ちとしてティータが放ったストーンインパクトがキングドドンゴの頭上から落ちてきて奴の脳天に直撃した。


 その衝撃もあってか岩が崩れてキングドドンゴと一緒に下に落ちていった。わたしも落ちそうになるがワイヤーを伸ばして難を逃れる。


「よし」


 奴が落ちていったのを確認するとワイヤーを登ってエステル達と合流する。


「フィーさん、ご無事で何よりです……!」
「ん、クローゼも無事で良かった。ここにいるのは三人だけ?」
「うん、そうだよ。私はエステルお姉ちゃんとクローゼさんと一緒に目を覚ましたの。アガットさん達は一緒じゃないの?」
「わたしは一人だった。皆分断されてるみたいだね」


 クローゼと再会できたことを喜び合い情報を交換した。ティータの話ではこの三人は最初から一緒にいたみたいだね。


「あたし達を眠らせたのって結社の奴よね?なんで武器を奪ったりしなかったんだろう?」
「それは分からない、何か目的があるのかもしれない」
「とにかくまずは皆と合流しないとね。先を進みましょう」


 三人と合流で来たわたしは一緒に他のメンバーを探すことにした。みんな無事だと良いんだけど……


 そこからまた先を進んでいくとマグマが煮えたぎる広い場所に出た。


「ええっ!?なによこれ!」
「マグマ?どうしてこんなものが……」


 エステルとティータは凄く驚いていた。わたしもマグマを実際に見たのは初めてだ。


「ここは本当にリベール王国なのでしょうか?マグマが湧きだす場所なんて聞いたことがありません」
「とにかく進まないことには始まらない、危険だけど行くしかないよ」
「そうね、ここにいたって仕方ないし先を進みましょう」


 クローゼはここがリベール王国なのかと疑問に思っているみたいだ。確かにいきなりこんな危険地帯に連れてこられたら場所がどこなのか気になるよね。


 でも先を進まないことには事態は進展しない、わたしがそう言うとエステルも同意した。注意して先を進もう。


「あうう……落ちたらひとたまりもないよ」
「足を踏み外さないように気を付けて行きましょう」


 洞窟の下には真っ赤な溶岩が広がっていて堕ちたら骨も残らないね、ティータやクローゼが落ちないように気を付けておかないと。


 不安定な道を進んでいくとまた魔獣が出てきた。タコみたいな見た目をした溶岩を吐き出す魔獣だ。


「フィー、片づけるわよ!」
「ヤー!」


 クローゼ達を後ろに下げて魔獣と戦闘を開始した。タコの魔獣は『オクタコン』といって宙を高速で動きながら炎を吐いてきた。


 わたしはシルフィードダンスで範囲攻撃をするが直ぐに別の奴が湧いて出てくる。


「こいつら、数が多い!」
「やっかいね!」


 こうも数が多いと二人を守りながらだとジリ貧になっちゃうね。魔獣たちは一斉にわたし達に炎を吐きかけてきた。


「ファイナルブレイク!」


 するとそこに巨大な衝撃波が飛んできて魔獣達を吹っ飛ばした。このクラフトは……


「アガットさん!」
「待たせたな、暴れるぜ!」


 見慣れた赤髪が目の前に跳んできてティータの前にいた魔獣を大剣で吹っ飛ばした。


「奥義、『獅子洸翔斬』!!」


 さらに獅子の闘気を纏い強力な斬撃が放たれて魔獣たちを消し去った。


「ラウラ、ありがとう」
「ふふっ、礼には及ばんさ」


 ラウラも駆けつけてくれた、これでもう怖いものなしだね。


「一気に肩を付けるぞ!」
「ああ、いくぞ!」


 アガットとラウラが来てくれたおかげで魔獣の群れをやっつけることが出来た。ティータ達にも怪我はないし完璧だね。


「ラウラ、無事で良かった」
「うん、そなたも無事で何よりだ」


 ラウラと再会のハグをかわした。まあラウラなら心配ないって思ってたけどね。


「アガットさーん!」
「うおっ!?」


 ティータもアガットに会えて嬉しかったのか抱き着いた。


「アガット、アンタたちは二人だけなの?」
「ああ、俺が合流できたのはアルゼイドだけだった」
「そなた達は4人だけか?」
「うん、他のメンバーはまだ見つかっていない」


 エステルがそう確認するとアガットはラウラとしか合流していないと答えた。逆にラウラはわたし達だけかと聞いてきたので頷いた。


「心配だな、ここが何処なのかも分からないし魔獣も多い。リィン達も一緒にいてくれればいいが……」
「とにかく先を進もう、リィンやオリビエ達は強いからだいじょーぶだよ、どっちかっていうとエマが心配……」
「確かにエマの実力は知らぬからな、彼女を先に探し出せればよいが……」


 リィン達は心配ないけどエマが心配、魔術を使える事は知っていても実際の強さは見ていないからね。


 キリカが認めた以上問題は無いと思うけどこんな事態まで予想してはいなかっただろうし合流は早めにしたい。


 そこからはアガットやラウラをパーティに入れて先を目指した。


「しっかしなんだってんだここは?源泉が湧く洞窟に入ろうとしたらマグマが湧きだす危険地帯にいた……どう考えても結社の仕業だろうがこんな短期間に俺達を別の場所に移動させたっていうのかよ?」
「ん、わたしとリィンもエレボニア帝国からいきなりリベール王国に連れてこられた。結社がそういう力を持っていてもおかしくない」


 アガットの言葉にわたしはエレボニアにいたのにリベールにいつの間にかいたという自分の経験を語った。


「でも仮に結社の仕業だとしたらどうして彼らは私達をこんな場所に連れてきたのでしょうか?」
「確実に地震を起こす為に私達が邪魔できないようにしたかったのではないか?」
「もしそうだとしたら早くここから出ないと!ツァイスが滅茶苦茶になってしまうわ!」


 クローゼはなぜ自分達をここに連れてきたのかと言うとラウラが結社はわたし達が邪魔をしないようにそうしたんじゃないかと答える。


 それを聞いたエステルは早く脱出しないとと慌てて言った。


(……本当にそうかな?)


 確かにその可能性もあるけどでもそれならクーデターとか幽霊事件は何のために行ったんだろう?


 結社の動きには一貫性がない、もしリベールの壊滅を目論んでいるならあんな派手な事をしていないでさっさと地震を起こせばいいだけじゃ……


(……情報が少なすぎる。今は憶測で考えるよりも仲間と合流して脱出するのが先だね)


 わたしは今ここで色々考えても意味は無いと結論して兎に角ここから脱出することを優先することにした。


 そこから先に進むと小さな足場がいくつも並んだ地帯に着いた。ここからはこれを飛び移っていかないと先に行けないね。


「うう……ここを進むの?」
「わたし達では進めないですね……」


 ティータとクローゼではこの幅を飛び越えるのは無理だろう。


「しかたねぇ、ティータは俺が担いでいく」
「なら私はクローゼ殿をお連れしよう」


 アガットとラウラの力自慢に二人を運んでもらうしかないね。ラウラはクローゼをお姫様抱っこしてアガットはティータを担いだ。


「あ、あのアガットさん……」
「なんだ?」
「私もあんな風に抱っこしてほしいかな~って……」
「はぁ?別にあんな抱き方しなくてもいいだろうが」
「うぅ、でもぉ……」



 どうやらティータはお姫様抱っこをしてほしいみたいだけど鈍感なアガットはそれが分からないらしい。


「してあげなさいよ、アガット。別に減るもんじゃないんだから」
「ふざけんな、両手がふさがっちまうだろうが」
「でも片腕だと安定しなくない?万が一ティータを落としたらどうするの?もし魔獣が出てもわたしとエステルで戦えばいいじゃん」
「確かに一理あるな……」


 エステルは助け船を出したけどアガットは納得しなかった。わたしも助け船を出してそう言うとティ―タの安全性を優先したのか渋々納得した。


「ほら、これでいいか?」
「あっ、えへへ……」


 お姫様抱っこをしてもらったティータは嬉しそうに笑みを浮かべた。初々しくて可愛いね。


「よし、いくぞ!」


 先頭をエステル、続いてアガット、ラウラ、そして最後尾にわたしの順で足場を渡っていく。これなら前や後ろから襲われても対処できる。


「ふっ、よっと!なんか楽しいわね、これ」
「おい、下は溶岩なんだぞ?もう少し緊張感を持てや」
「ごめんごめん」


 呑気な事を言うエステルにアガットが怒った。まあ気を緩ませて溶岩にドボンなんて絶対嫌だからね。


「……フィー、後ろから何か迫ってきていないか?」
「えっ、後ろには特に何の気配も感じないけど……」
「そうか。何か鳴き声のような物が聞こえたのだが気のせいか……」
「……ッ!上から何か来る!」


 ラウラの指摘に私は集中して気配を探る、すると上から何かが迫っているのを感じて咄嗟に叫んだ。


 するとわたし達の周辺に炎の雨が降り注いだ。足場のいくつかに命中して粉々に打ち砕いてしまう。


「なに!?何が起きたの!?」
「上だよ!」


 エステルの疑問にわたしはそう叫んだ。上を見ると体が炎に包まれた大きな鳥が炎を穿いているのが見えた。


「ちょ、ちょっと!あんな高い所から狙い打ってくるなんて反則よ!」
「んなこと魔獣に言ってもしょうがねえだろうが!さっさと走れ!」


 エステルは魔獣にそう言うがアガットの言う通り魔獣に言っても意味はない、魔獣はエステルをあざ笑うかのように甲高く鳴くと再び炎の雨を降らせてきた。


 こんな狭い足場じゃ真面に戦えない、足場を崩されたらおしまいだ。


「お前ら、走れ!」


 アガットの叫びと共にわたし達は必至で逃げ出した。


「リィン、無事でいて……!」


 ここが想像以上の危険地帯と分かると途端に不安になってきた。わたしはリィンの無事を願いながら魔獣から逃げるのだった。


 

 

第79話 痩せ狼

side:リィン


「……フィー?」


 強い脱力感と共に意識を失った俺はフィーの声が聞こえたような気がして暗い場所で目を覚ました。辺りは熱気がこもっていて肌が濡れている。


「フィー!ラウラ!皆……誰もいないか、皆は何処にいるんだ?」


 俺は辺りの気配を探ってみるが誰もいない、少なくとも魔獣以外の気配は感じなかった。


「……」


 俺は瞳孔を自分の意志で大きくして夜目の状態にする、これは夜での活動も多い猟兵がする特訓によって得たスキルだ。


「仲間は捕まったのか?一度ギルドに戻るべきか……?」


 あの鈴の音は間違いなく俺達の敵が放ったものだ。そうなると結社の執行者、もしくはその仲間の可能性が高い。


 俺がここに倒れていたのは敵の仕業か?その割には武器もあるし装備もなくなっていない、普通なら俺の仲間が俺を庇ってここに匿ってくれたと考えるが……


「……とにかく進もう、まずは状況の確認だ」


 俺は状況を知るために先を進むことにした。


「……この湯気や噴き出している高温の水蒸気を見るに俺達が入ろうとしていた源泉が湧く洞窟の中である可能性が高いな」


 視界が悪いため注意して進むがその途中で俺は自分が今いる場所を予想した。


 だが何故敵は俺を眠らせた後に放置したんだ?仲間と分断した理由は?……考えても分からないな。


 普通の猟兵ならそんな状況になれば捕らえたりその場で殺すものだが……結社はそういう考えで当て嵌めない方が良いのかもしれないな。


 ただでさえ謎の多い組織だ、俺達の想像とは違う目的があるのかもしれない。


 そう思いつつ高温の水蒸気を避けながら奥へ進んでいく。一度引き返して外に出ようとも思ったが水蒸気が道をふさいでしまい出られなかった、これも敵の仕業か?


 そして俺は広い空間に出たのだが……


「なんだこれは?」


 狭い道を進み出たのはところどころに空いた穴から木漏れ日が差し込む広い空間だった。そこにあったのは地面を流れるエネルギーの脈と地面に突き刺さった何かの装置だった。


「まさかこの装置が七耀脈の流れを操って地震を起こしているのか?」
「随分と遅かったじゃねえか」
「ッ!」


 奥の暗闇から何者かが現れた。それは黒いスーツとサングラスをかけた男だった。


「サングラスに黒いスーツ、ツァイスの各地で目撃されたっていう男の特徴に一致してる……お前は結社の人間か?」
「執行者№Ⅷ。『痩せ狼』ヴァルター、そんな風に呼ばれているぜ」


 俺は武器を構えて男から離れた。この男、強いぞ……!体から漂う血の匂い……一人二人どころじゃない、相当殺してるな……!


「ククッ、俺の体に染みついた血の匂いに感づいたか?お前と同じさ、俺も殺しを生業としている」
「……この一連の地震騒動はお前がやったんだな?」
「見りゃ分かんだろ?当たり前のことをいちいち聞くなよ」


 ヴァルターはそう言うと装置をポンポンと軽く叩いた。


「この杭は結社で開発された七耀脈に干渉できるシロモノでな、本来は真下の七耀脈を活性化させるだけなんだが『ゴスペル』を使う事で広範囲の七耀脈の流れを歪ませて局地的な地震を発生させる……まっ、そんな実験をしていたって訳だ」
「実験……お前達はゴスペルを使って何をしようとしているんだ!」
「知るかよ、そんなこと。俺は上から言われたことを行っただけだ」


 俺はヴァルターを問い詰めるが奴は心底どうでも良さそうにそう話す。


「さて、俺のノルマは達成したんだ。ここからは好きにやらせてもらうぜ」
「なにを……ッ!」


 俺がそう呟いた瞬間、ヴァルターは俺の眼前まで迫って拳を突き出していた。俺は咄嗟に横に転がって回避したが……


「なっ……!?」


 その正拳突きの余波で壁に穴が開いた。なんて身体能力だ……!


「アイツは特異点でお前を追い詰めろと言っていたが、別に俺がやっても問題はねえよなぁ?」
「特異点?」
「ああそうだ、お前も前に入っただろう?ゴスペルの力を使って自由にあの空間を作れるのさ。お前の仲間は全員そこにいるぜ、今頃そこの主と遊んでいるだろうな」
「……お前の目的は何だ?」
「決まってるだろう、殺しあいだよ」


 ヴァルターはどう猛な笑みを浮かべて俺を射抜く、そのプレッシャーはあのロランス少尉と変わらないほど重かった。


「俺はな、人生において楽しむのには適度な刺激が必要だと思ってんだよ。その中でも殺しあいは最高のスパイスさ、生きるか死ぬか……まさに極限のやり取りだ。ゾクゾクしねえか?」
「……お前と議論する気はない、結社の一員なら捕らえるだけだ」


 この男は殺意に取りつかれている、猟兵の俺がこの男を非難する資格など無いが理解もしたくない。


「リィン・クラウゼル……お前というスパイスを味見させてもらうぜ。せいぜい俺を満足させられるように頑張ってくれよ」
「ぐっ!」


 俺は太刀を振るいヴィクターに向かっていった。


―――――――――

――――――

―――


side;フィー


「くそっ!しつこい奴だ!」


 鳥のような巨大な魔獣に襲われているわたし達は狭い足場を乗り継ぎながら必死で逃げていた。


「このっ!」


 わたしはジャンプして魔獣に銃弾を撃つが届かない、これじゃ攻撃できないよ……!


 とはいえアーツでは隙が大きすぎる、しかも止まらないといけないのであの炎の餌食になるだけだ。


「皆さん、こちらです!」
「エマ!」


 足場の先に聳え立つ岩山、そこの崖の上からエマの声が聞こえた。無事だったんだね。


「こっちです!この横穴に逃げ込んでください!」


 エマの指差した方に小さな横穴があった。わたしたちは急いでその穴の中に逃げ込むと魔獣が首を突っ込ませてきた。


「こいつでも喰らえ!」
「はぁっ!」


 アガットとラウラが大剣を魔獣の頭に叩きつける。すると予想外の反撃に驚いたのか魔獣は悲鳴を上げて逃げていった。


「……ふう、なんとかなったわね」


 魔獣が去ったのを見たエステルは安堵の溜息を吐いた。


「エマ、無事で良かった」
「ふふっ、危険を察知したのでこの横穴に隠れていたんです」


 わたしはエマに話しかける。どうやら危険を察知して一人この横穴に身を潜めていたらしい。


「ニャー」
「あっ、一人じゃなかったんだね」


 するとエマの肩にセリーヌが乗って私もいるぞと言わんばかりに鳴いた。


「くそっ、合流できたのは良いがいつまでもこんなところにいられねえぞ。何とかして脱出しねえと……」
「ここは特異点ですからまずは主を探した方が良いと思います?」
「あん?お前ここがどこなのか分かるのか?」


 アガットが悪態をつくとエマが特異点と話した。エマはこの空間の事が分かるみたいだね。


「特異点とは高位の力を持った存在が生み出す空間の事です。分かりやすく言うと自分の好きに操れるダンジョンを作れて私達はそこに迷い込んでいるんですよ」
「へえ、そんな空間があったんだ」
「エマさんは博識なんですね」
「ふふっ、お婆ちゃんやお母さんに教えてもらったんです」


 エマの説明を聞いていたエステルとクローゼが感心した目でエマを見ていた。


「それでここから出るにはどうすればいいんだ?」
「特異点を生み出している存在を倒せばいいんです、そうすればこの空間は消滅して脱出できます」


 アガットの質問にエマはここを生み出している存在をやっつければ出られると答えた。それなら簡単だね。


「でもここまで来る時にいっぱい魔獣を見てきたけどどれが主なんだろう?」
「多分先程の大きな鳥型の魔獣が主だと思います。強い力を感じました」


 ティータがどの魔獣が主なのかと考えているとエマがさっき襲ってきた鳥型の魔獣が主だと話す。


「じゃあさっきの奴をやっつければいいのね!」
「でも一筋縄じゃいきません。あの魔獣は常に高い所から襲い掛かってきました、高い知能を持ってると思います。つまり私達の攻撃が届かない空から引きずり降ろさないといけません」
「先ほどは私達を追い詰めたがゆえに突っ込んできたのだろうが次は警戒するだろうな」


 エステルは握り拳を作ってやる気を出すがクローゼはあの魔獣は賢いから降りてこないと戦えないと言う。


 ラウラの言う通りさっきみたいに誘い込むのも難しそうだ、最悪炎を流し込まれて蒸し焼きにされてしまうかもしれない。


「とにかく今は残りのメンバーと合流しない?出られる方法が分かっても危険なのは変わりないし……」
「そうだな、まずは全員の安全を確保するか」


 エステルの提案にアガットも賛成した。出られる方法が分かったのならまずは全員の安全を確かめた方が良いからね。


「エステルお姉ちゃん、こっち通れそうだよ」
「ナイスよ、ティータ!」


 ティータは崖の上に道があるのを発見した。わたしが先行して上にのぼり縄梯子を下ろす。


「いいよ、登って」


 さっきの鳥みたいな魔獣が襲ってこないか確認しながら全員上に登った。すると何か地響きがして強い振動がわたし達を襲った。


「な、何が起きたの!?」
「見てください、私達のいるこの岩山が沈んでいます!」


 エステルは振動に驚きクローゼはわたし達がいる岩山が沈みだしたと叫んだ。


「上に行くぞ!このままじゃマグマの中に落ちちまうぞ!」


 アガットの言う通りこのままでは死んでしまう、わたし達は急いで岩山を登り始めた。


「くそっ、足場渡りの後は山登りかよ!こりゃ相当鍛えられるなぁ!」
「こんな命がけの訓練はごめんよ!」


 アガットとエステルはそんなやり取りをしながらティータとクローゼを抱っこしながら必死で走っていた。


「ちょっと!嘘でしょう!?」


 すると頭上から大きな岩が落ちてきた。このままじゃ……!


「ゴールドハイロウ!!」
「光破斬!」


 すると沢山の光の玉が岩に当たり大きなヒビを入れる。そこに飛ぶ斬撃が当たって岩を粉々にした。


「今のって……」
「皆、こっちだ!」
「急いで!」


 横から声が聞こえたので見て見ると浮島にオリビエとアネラスがいた。普通に浮島って言っちゃったけどなんで島が宙に浮いてるの?


「とにかく急げ!」


 あっ、そうだった。摩訶不思議な光景を見て固まっていたけど今いる場所沈んでいるんだった。わたし達は急いで浮島に飛び移った。


 一番後ろにいたわたしが浮島に飛び移るとさっきまでいた岩山は完全にマグマに飲まれてしまった、間一髪だったね。


「皆、無事で良かったよー!」
「わわっ!」


 再会を喜ぶアネラスがティータに抱き着いた。わたしにも抱き着こうとしたけど逃げた。


「オリビエも無事だったんだ」
「ははっ、僕は目を覚ました時にこの浮島にいてね、近くにいたアネラス君と共に君たちが来るのを待っていたんだよ」
「そうだったんだ。でもどうしてこの島は宙に浮いてるんだろう?」
「この特異点はあの魔獣によって生み出された場所です。現実ではありえないような光景や現象もここでは普通なんですよ」
「確かに私が前に入った特異点も普通じゃ考えられないようなことばかり起きてたよ」


 オリビエとアネラスはこの浮島に最初からいたらしい。


 でもどうして島が空中に浮いているんだろうと思ってたらエマがここは普通でがあり得ないような現象も起こると話し、前に特異点に入った事のあるアネラスも同意していた。


「あれ、リィンはいないの?」
「この浮島では見ていないな、君達と一緒だと思っていたんだけど違うのかい?」
「うん、わたし達は会っていない」


 ここまでくる道中ではリィンを見なかった、てっきりオリビエ達と一緒だと思っていたんだけど……


「まさか弟弟子君、マグマに落ちちゃったんじゃ……!」
「そ、そんなことないよ!リィンがわたしを残して死ぬわけが……!」


 アネラスの言葉にわたしは心臓が止まりそうなくらいショックを受けそうになった。でもここまでリィンの姿はなかった……じゃあやっぱり……


「フィー、落ち着くのだ」
「ラウラ……」
「リィンは死んではいない、私達がそう信じないでどうする。まずはここから脱出するんだ、そうすればリィンが生きているのかどうかわかるはずだ」
「……」


 ラウラの言葉を聞いてわたしもリィンを信じようと思った。


「ごめん、ラウラ。迷惑をかけちゃった」
「気にするな、私も同じ気持ちだ。リィンにもしもの事があったら……」
「……」


 ラウラも不安なんだよね、なのにわたしを勇気づける為に気丈に振る舞ってる。わたしも頑張らないといけないね。


「ここを出るにはこの特異点を生み出している存在を倒すしかありません。その存在は鳥のような姿をした魔獣だと思います」
「それなら私達心当たりがあるよ。この浮島に大きな鳥が休みに来てたのを見たの」


 エマはここを脱出するにはこの空間を生み出している存在の特徴を話すとアネラスは心当たりがあるのかその魔獣を見たと話す。


「本当か?」
「うん、白い体毛とおっきな羽根が腕に生えた鳥みたいな魔獣だよね。そいつがここに来るのを見たの」
「僕も見たよ、二人だけでは勝てそうになかったから隠れていたんだ。多分ここがその魔獣の住処なんじゃないかな?」
「ならここで待っていればソイツが帰ってくるんじゃないの?」


 アガットはクローゼとオリビエに確認を取ると二人の証言はわたし達が見た魔獣と一致していた。エステルはここがアイツの住処なら待っていれば帰ってくるんじゃないかと言う。


「でもあの魔獣は知能が高そうですので私達がいると分かれば降りてこないでしょうね」
「うん、何とかしてあの魔獣を飛べないようにしないと……」


 クローゼとティータの言う通りここで待ち伏せても空に逃げられたら意味はないね。


「そうだ、携帯料理を使って気を逸らせばいいんじゃないかな?その隙にあの羽を攻撃して飛べなくするの!」
「そんなに上手くいくかな?」
「だがこのままなにもしないよりはいいだろう、試してみよう」


 エステルの作戦にわたしは上手くいくのかと思ったけどラウラの言う通り何もしないよりはいいだろう、わたし達は携帯していた料理を奴の住処に置くことにした。


「ここが奴の住処だね」


 アネラスの案内でわたし達は浮島の中心にある崖の上に来ていた。身を隠せる場所も多いし待ち伏せにはちょうどいいかもね。


「よいしょっと」
「フィー、何をしてるの?」
「アイツの匂いを付けてるの。そうすれば隠れていてもばれにくくなるから」


 わたしは奴の寝床で寝転がってアイツの匂いを体に付着させた。これは一人で生きていたころに覚えたサバイバル技術だよ。魔獣は匂いに敏感なタイプも多いからこうしておくだけでも見つかる可能性は大きく下がる。


 獣臭いけど我慢だ、終わったらエルモ温泉に入ろっと。


 他のメンバーも同じように体に匂いを付けてその後に餌になる料理を置いていく。


「あっ、フィーの料理知らないレシピね」
「ん、これはあの料理を独自に改良してみたの。帝国ではこういうのが流行ってるよ」
「わぁ!ラウラさんの料理美味しそうですね」
「ふふっ、私の故郷レグラムの伝統料理を参考にこのレシピをアレンジして作ったのだ。今度ティータにも作ってあげよう」
「なるほど、今あるレシピを元に別の料理の調理法を加えるのですね。王家に伝わるあの料理をこの料理にいかせば……」
「今度皆で色々試してみようよ!」
「お前らな……緊張感を持てよ」


 ガールズトークをするわたし達にアガットが呆れたように呟いた。



「さて、後は奴が来るのを待つだけだね……」


 わたし達は物陰に隠れてあの魔獣が帰ってくるのを待った。すると空からあの魔獣が下りてきてわたし達のおいた料理に興味を示していた。


 こうしてみると鳥に似てるけど腕とか獣みたいに逞しいね、爬虫類系の魔獣の要素も強いみたい。


「警戒していますね……」
「うん……」


 クローゼの言う通りアイツは警戒していた。でも辺りを見渡して何もいないことを確認すると料理の一つを食べた、すると味を気に入ったのか他の料理も食べ始めた。所詮は魔獣だね。


「ティータ、今だよ」
「はい……!」


 ティータは導力砲を構えると煙幕弾を放った。それが魔獣の顔に当たり奴の目を隠した。


「アルゼイド、いまだ!」
「承知!」


 そこにアガットとラウラが飛び込んで魔獣の羽を大剣で斬り付けた。赤い鮮血が飛び散って奴が悲鳴を上げる。


「ちっ、予想以上に固くて切断までには至らなかったか!」
「だが傷はつけたぞ、あれでは飛べまい!」


 奴の皮膚は想像以上に固かったらしく切断は出来なかった。でもあの傷なら飛ぶのは無理そうだね。


「皆、いくわよ!」
『応っ!』


 魔獣が怒りの咆哮を上げわたし達は武器を構えて魔獣と対峙する。


 わたしはバトルスコープで魔獣のデータを調べる。名前は『ギアスバーン』……強そうだね。


「皆、コイツは弱点はないけど炎を無効化するよ!」
「なら威力の高いアーツで攻めよう!」


 オリビエはそう言うとアーツを放つ準備に入った。クローゼとエステルはその前から準備をしていたのでわたし達に補助系のアーツをかけて援護する。


「やっ!」


 わたしはギアスバーンに目掛けてクリアランスを放つが奴は腕を振るってカマイタチを起こして銃弾を弾いた。


「らあっ!」


 攻撃力の上がったアガットの一撃がギアスバーンに直撃した。でも皮膚が硬いからかそこまでダメージは入っていなかった。


「ぐおっ!」


 アガットを爪の一撃で吹き飛ばしたギアスバーンはアガットに目掛けて火炎を吐き出した。


「させません!」


 そこにエマが割って入って何か障壁のような物を展開して炎を防いだ。


「鉄砕刃!」
「金剛撃!」


 ラウラの一撃がギアスバーンの脳天に直撃して奴を怯ませる。そこにエステルが接近して奴の腹部に金剛撃を叩き込んだ。


「きゃあっ!?」
「むう……!!」


 でもギアスバーンは体から爆炎を噴き出して二人を吹き飛ばした。


「あいつの皮膚、硬すぎるね。打撃も斬撃も効果が薄い……!」
「ならこれはどうだい!」


 オリビエはゴールドハイロウを発動して複数の光の玉を直撃させる。さらに追い打ちでアネラスがプラズマウェイブ、クローゼがアイスハンマーを放った。


「キョアア……!」


 堪らず空に飛んで逃げようとするギアスバーン、あの傷でまだ飛べるのかと思ったがやはり傷が痛むのかさっきみたいな速さや硬度は出せないみたいだ。それでも速いけどね。


「突っ込んでくるぞ!」


 ギアスバーンは炎と風邪を纏って高速で突っ込んできた。わたしはティータとクローゼを引っ張って奴の攻撃の斜線上から回避させた。


「あ、危なかった……!」
「また来るぞ!」


 幸い一回目は全員回避できたみたいだけどギアスバーンはまた突っ込んできた。


「アガットさん!ラウラさん!私が魔獣の攻撃の衝撃を和らげます!アレを抑え込んでください!」
「心得た!」
「簡単に言いやがって……やってやらぁ!」


 エマの放った光がラウラとアガットを包み込んだ。そして二人は突っ込んできたギアスバーンに目掛けて剣を振り下ろす。


「ぐうぅぅぅぅぅ……!!」
「らあぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 二人は大きく後退したがギアスバーンの突進を抑え込んだ。凄い馬鹿力だね。


「そこだよ!」


 アネラスは動きの止まったギアスバーンの頭に乗ると奴の目に剣を突き刺した。流石に目までは皮膚のような硬さはなかったようでギアスバーンは痛みで叫んだ。

 
 ギアスバーンはアネラスを振るい落とすと空中から炎を雨のように吐いてきた。でもそれはエマの障壁が全部防いでくれた。


「炎のブレスは私が防ぎます!皆さんは攻撃を!」
「エマさん、ありがとう!」


 エマにお礼を言ったエステルは跳躍して奴の足に一撃を当てた。その攻撃でバランスを崩したのか不安定な体制になった。


「落ちろっ!」
「喰らえっ!」


 跳躍したアガットとラウラの一撃がギアスバーンの右腕に挟むように放たれた。その一撃が遂にギアスバーンの硬い腕を切り落とす。


「キャルアァァァァァッ!」


 ギアスバーンは怒って二人をもう片方の腕で弾き飛ばした。そして全身を発火させると炎の弾丸を広範囲に放つ。


 エマがティータとクローゼを守ってくれたが他のメンバーは炎の弾丸を受けてしまった。幸い補助アーツで耐性を上げていたから致命傷にはならなかったが炎傷の状態異常になってしまったみたいだ。


「わたしが決めるしかないね!」


 運よく炎の弾丸を回避できた私は再び炎の弾丸を放つギアスバーンに接近していく。攻撃を避けながらギアスバーンに接近していく。


 ギアスバーンは腕に炎を纏い広範囲の爆撃をわたしに放ってきた。でもすでに奴の攻撃範囲を見抜いていたわたしはその攻撃を回避してワイヤーを使ってギアスバーンの首に乗っかった。


「これで終わり……!」


 そしてもう片方の目に双剣銃の刃を突き立てて闘気を込めた一撃を放つ。その一撃はギアスバーンの頭の中で炸裂した。


「カ……ァ……」


 その一撃が致命傷になったのかギアスバーンはフラフラとよろめき遂に地に伏せたのだった。


「やった……!」
「やりましたね……」


 エステルがガッツポーズをしてクローゼは安堵のため息をついた。


 すると空間にヒビが入り始めて不安定な状態になっていった。


「何が起きてるの!?」
「ここを生み出していた主を倒したので元の世界に戻ろうとしているんです!」
「じゃあ出られるのね!でも浮島も崩れ出したし大丈夫なの?」
「皆さん、中心に移動して伏せてください!」


 エステルに元の世界に帰れると答えたエマは皆に伏せてと叫んだ。わたし達は下のマグマに落ちないように身を寄せ合って安全な場所に集まる。


 そしてまばゆい光がわたし達を包み込むとわたしの意識は薄れていった……

 

 

第80話 鬼気解放

 
前書き
 リィンが鬼気解放を使いましたがこれはまだリィンが鬼の力を使いこなせていないからこっちを使ったという風にしています。


 どうみても神気合一の下位互換にしか感じないんですよね、鬼気解放…… 

 
side;リィン


「がはっ!?」


 強い衝撃と共に岩壁に叩きつけられる、俺は痛む体を抑えながら刀を構えて走り出した。


「遅ぇよ」


 だがヴァルターは俺の顔に前蹴りをすると岩壁に叩きつけた。


「ぐぁ……!」
「いつまでこんな茶番を繰り返すつもりだ?お前如きが俺を殺さないで制圧できると本気で思ってんのかよ?」


 タバコを吸いながら余裕そうに俺を貶すヴァルター、俺は刀を離してナイフを取り出してヴァルターの足に刺したが……


「なっ……!」


 ナイフは先端が少し刺さっただけでそれ以上はさせなかった。


「硬ぇだろう?氣を練って肉体の強度を上げているのさ。お前だって似たようなことをやるだろう、それと同じさ」


 確かに武術の中には氣を使った肉体強化はある、八葉一刀流にもそういう技術はあるし流派によってやり方は違うだろうが基礎ともいえる技術だ。


 だがこの男は今まで戦ってきた武術家や戦士の中でも氣の練り方が熟練されている、まるで鉄の鎧に刺しているみたいだ。


 俺はナイフを捨てヴァルターの足を掴んでドラゴンスクリューという組み技で奴の体を倒し寝技に持ち込んだ。ヴァルターの腕を掴み足を組みつかせて三角締めをかけた。


「おいおい、俺は男と寝る趣味はねえぜ?」


 三角締めは首の動脈を締め付け呼吸を奪い失神させる技だ。普通なら意識が薄れていくはずなのにヴァルターは余裕そうに呟いた。


 ヴァルターは俺の左腕を持つと無理やり首から外そうとする、なんて力だ……!


 俺は必至に技をかけなおそうとするが首と右腕を振りほどかれた。俺は一瞬だけ鬼の力を解放するとヴァルターを投げ飛ばした。


「おおっ♪」


 俺は直ぐに起き上がりヴァルターの顔をボールを蹴りぬくようにキックした。


「はっ、なってねえな。蹴りって言うのはこうやるんだぜ!」


 ヴァルターは目にも止まらぬ速さで俺の顎を蹴りぬいた。意識が持っていかれそうになるが歯を食いしばって何とか耐える。


「ぐふっ……!?」
「今見せたその異能、レーヴェに一撃入れた奴か」
「はぁはぁ……レーヴェ?誰だ、そんな奴は知らないぞ」
「そうか、お前らの前ではロランスと名乗っていたんだったな。奴の名はレオンハルト、俺と同じ執行者だ」


 ロランス少尉の本当の名はレオンハルトというのか……やはりあの男も執行者だったんだな。


「しかしなんでその力をフルで使わねえんだ?俺はそれが見てぇからお前にちょっかい出したんだぜ?態々各地で情報まで残してやったのによぉ、焦らすなよな」
「やはり誘い込んだのか、お前ほどの男が一般人に姿を見られる訳が無いからな」


 ツァイス各地でヴァルターの姿を見たと言う証言が多かったのはこいつがわざとそうしていたからだ。俺達がここに来るように仕向けていたんだな。


「お前も分かってんだろう?今のままじゃ俺には勝てねぇってよ……なのになぜ使わない?出し惜しみするようなもんでもねえだろう」
「……お前には関係ないだろう」


 俺がそう言うとヴァルターは溜息を吐いた。


「はー、くだらねぇ……こんなんじゃ満足できねえよ。折角良い玩具が見つかったと思ったんだが期待外れか」
「……」
「だが俺は良いことを考えた。お前がその力を俺に向けて使いたくなるようにしてやるよ」
「何をする気だ……」


 ヴァルターは二枚の写真を取り出した、そこにはフィーとラウラが写っていた。


「ブルブランから借りたもんだ、この二人お前のコレだろう?こいつらの首を引っこ抜いてお前の前に並べてやれば俺を殺す気になるんじゃ……がっ!?」


 ヴァルターが全てを言い切る前に俺は奴の胸に破甲拳を放った。ヴァルターはさっきの俺のように岩壁に激突する。


「フィーとラウラを殺す……?殺すだと……!?」


 俺はヴァルターを睨みつけた。


 普通なら唯の戯言だと意識しない、だがこの男はそれを本当に実行できる実力を持っている。フィーやラウラどころかエステルや姉弟子、クローゼさんやオリビエさん、アガットさんにティータと全員殺すだろう。


「いいさ、殺し合いがしたいなら俺が付き合ってやる。お前を殺してやる……!!」


 手加減して勝てる相手じゃない、俺が殺されればこの男は俺の大切なフィーやラウラ、仲間を殺す。


 だったら俺がこの男を殺さないと……!


「鬼気解放!」


 鬼の力を解放した俺は太刀を拾いなおして上段から振るった。


「滅・緋空斬!!」


 縦に振るわれた燃える飛ぶ斬撃がヴァルターに目掛けて放たれた。ヴァルターは足から衝撃波を繰り出して緋空斬を相殺する。


「ククッ……漸く殺る気になったようだな。そうじゃなくちゃ面白くねぇ」


 ヴァルターは全身から闘気を迸らせ構える。なんて威圧感だ……!


「レイザーバレット!」


 ヴァルターは足から衝撃波を連続で放ってきた。


「滅・疾風!」


 俺は疾風を使い衝撃波を回避しながら奴に斬りかかった。ヴァルターはその一撃を先程ナイフを通さないほど肉体を硬くできる気の硬化で受けたが完全には防げずに血が噴き出した。


「くそっ!切断には至らなかったか!」
「はっはっは!いいじゃねえか!傷を負ったなんて久しぶりだ!」


 ヴァルターは怪我などお構いなしに俺に接近すると怒涛の連続攻撃を放ってきた。


「インフィニティコンボ!」
「残月!」


 俺は残月の構えに入り奴の攻撃をいなしていく、完全にはいなせずに複数の打撃を貰ったが構わずに業炎撃を繰り出した。


「フレイムブロウ!」


 それに対してヴァルターは摩擦によって燃え上がった拳で打撃を打ち込んできた。業炎撃とフレイムブロウがぶつかり合い大きな衝撃が走った。


「うおぉぉぉぉっ!!」
「らあぁぁぁぁっ!!」


 業炎撃とフレイムブロウの鍔迫り合い、その決着は互いに大きく後退するという引き分けに終わった。


「レイザーバレット!」


 先程より大きな衝撃波を足から放つヴァルター、俺はその攻撃を跳んで回避すると時雨の構えを取る。


「時雨・山風!」
「ソニックシュート!」


 上空から突きを連続で放ちそれを飛ぶ斬撃にして放つ範囲攻撃を繰り出した。それをヴァルターも高速で放たれる拳で相殺する。


「上空に跳んだのが運の尽きだったな、死ね!」


 そして空中で動けなくなっていた俺にヴァルターが跳んで向かってきた。そして俺の足を掴むと組み付いて何かの技に移行する。


「デストロイドライバー!」


 ヴァルターは俺の四肢を封じ込めて頭を地面に激突させようとする。俺は拘束から逃げだそうとするが完全に極められており逃げられない。


(だったら……!)


 俺は鬼気解放によってあふれ出ていた赤い気を内部へと圧縮させていく。そして叩きつけられる寸前にそれを解放した。


「爆芯!!」


 咄嗟に名付けたそれは俺の全身から圧縮された気を一気に開放するという単純な技だ。だがそれはヴァルターの拘束を吹き飛ばすほどの衝撃を生み出した。


「くっ……!」
「今度はお前がさっき自分で言ったことを味わえ!」


 上空に浮かんでいたヴァルターは回避できない、先に地面に着いた俺は直に奴に攻撃を放った。


「水龍脈!!」


 時雨では硬化する肉体に弾かれると判断して隙が大きいが威力のある水龍脈を放った。ヴァルターの心臓に目掛けて放ったが奴は咄嗟に拳で突きの軌道を逸らす、俺の肩名は奴の右肩を突き刺した。


 そのまま壁にヴァルターを叩きつけた俺は次の手を考えた。


(突きは外したがこのまま斬り上げて肩を切断してやる!)


 俺はこのままヴァルターの肩を斬り裂いてやろうと刀に力を籠めるがヴァルターは俺の片方の腕を掴んでそれをさせない。


「ククッ、どうする?」


 不敵に挑発するヴァルター、俺は警戒するがその時俺の頭の中にまたあの声が響いた。


『殺セ……殺セ……!』
(くっ!lこんな時に出てくるな!)


 俺は声を抑え込んだがヴァルターがその隙を見逃すはずもなく俺の腹部に拳を添えた。その瞬間俺の内臓がまるで爆発したかのような衝撃に襲われて俺は吹っ飛んだ。


「……ッ!?」


 ゴスペルの刺さった杭にぶつかり勢いが弱まって地面に叩きつけられた。


 声も出せないほどの痛みで地面を転げまわるも何とか歯を食いしばって気絶するのは抑えれた。は、早くダメージを回復しないと……!


 俺は薬を飲もうとするがそこに何かが飛んできた、それは奴が放った気弾だった。


 俺はその気弾を後方にジャンプして回避する。気弾は地面に当たり砂埃を巻き上げた。


「奴は何処に……!」


 俺はヴァルターを探すがその時砂煙を引き裂いてヴァルターが俺の目の前に現れた。


「破甲拳!!」


 俺は咄嗟に破甲拳を奴の顔面に放った。だがヴァルターはサングラスを割られながらも構わずに攻撃を放った。


「アルティメットブロー!」


 次の瞬間、俺の顎に凄まじい衝撃が走り俺の体は洞窟の天井まで打ち上げられて叩きつけられた。脳が揺れて意識が薄れていく。


「ぐふっ……!」


 俺は血を噴き出して地面に落ちていった。横たわる俺にヴァルターが肩を抑えながら近寄ってくる。


「ククッ……残念だったな、最後の最後で気が乱れたぜ?その力を完全に使いこなせていなかったお前の負けだ」
「ぐっ……」
「だが楽しかったぜ、久しぶりに血肉湧き上がる殺しあいが出来た。その礼としてこれ以上苦しまないようにトドメを刺してやる」
「俺を……殺すのか?」
「アイツは出来れば殺すなと言っていたが俺には関係ないことだ。そもそも例の計画にはなんの関係もないアイツの私情だからな、俺も好きにさせてもらう」


 ヴァルターが言った計画が気になったが今はそれどころじゃない、早く逃げないと……


 俺は痛む体に鞭を撃って這いずりながら逃げようとする。


 頭の中にはフィーとラウラの笑みが浮かんだ、もう二人に会えないなんて嫌だ……無様だろうが逃げきってやるんだ……!


「ククッ、その状況で逃げる気か?無様……と言う奴が殆どだろうが俺はそんな事言わねえよ、生きようとするのは当たり前の事だからな」


 だがヴァルターに踏みつけられて動けなくなった。くそっ、今になって本気で死にたくないなんて思うとは……俺は何処まで馬鹿なんだろうか。


(ごめん、フィー……ラウラ……)
「あばよ、リィン・クラウゼル。俺が死んだら煉獄でこの戦いの続きをしようぜ」


 そして奴の手刀が放たれて……


「させない!」


 だがそこにフィーが現れてヴァルターに銃撃を放った。ヴァルターは後方に大きくジャンプしてそれを回避する。


「リィン!大丈夫!?」
「フィー……なのか?」
「しっかりして!今薬を飲ませるから!」


 フィーが俺の頭を抱き上げて薬を飲ませてくれた。


「フィーさん!」
「クローゼ、リィンをお願い!」
「分かりました!」


 すると他のメンバーたちも駆けつけてくれた。みんな無事だったんだな……


「ほう、お前ら特異点を脱出できたのか。予想より早かったな」
「はっ、あんな程度俺達にはなんてことなかったぜ」
「リィンの仇、討たせてもらおう」


 アガットさんやラウラ、それにエステル達は俺の前に出て武器を構えた。


「覚悟しなさい!とっつかまえてやるわ!」
「はっ、小娘が舐めてんじゃねえぞ。負傷してるとはいえそれはお前らも同じこと……全員纏めて相手をしてやる」
「ならまずは俺の相手をしてもらおうか」
「ッ!」


 その言葉と同時に何者かがヴァルターに向かっていった。その人物はヴァルターに飛び蹴りを放ち奴を交代させる。


「どうやら間に合ったようだな」
「ジン……さん?」


 それはかつて俺達の力になってくれたカルバート共和国の遊撃士、ジン・ヴァセックだった。


「リィン、よくコイツを相手に耐えたな。後は俺達に任せろ」
「ありがとう……ございます」


 ジンさんほどの達人が加勢してくれるなんて心強い……俺は安心して気を失った。


―――――――――

――――――

―――


side:フィー


「リィン!……気を失っただけか、良かった」


 わたしは気を失ったリィンを見て一瞬驚くが少なくとも命に別状はなかったようなので安堵の溜息を吐いた。


「ククク……レーヴェの報告にあったカルバート共和国のA級遊撃士……ジン、てめぇの事だったのか」
「まあそういうことだ。まさかこんな場所であんたと再会するとはな……ヴァルター」


 ジンはサングラスの男……ヴァルターを睨みそう言い放った。もしかして二人って知り合いなのかな?


「いつから『結社』なんぞに足を突っ込んでいやがるんだ?」
「あの出来事の後さ。どこかで見ていたのか直ぐにスカウトが来てな、話を聞いて面白そうだったので入っただけさ」
「馬鹿な事を……」


 そう言って笑うヴァルターをさらに強い目で睨みつけるジン……この二人、唯の知り合いじゃないね。なにか因縁じみたモノを感じるよ。


「あんた、自分が一体何をしてるのか分かってるのか!?そんなんじゃ師父はいつまで絶っても浮かばれ……」
「おいおい、綺麗事を抜かすなよ」



 その時だった、さっきまで飄々としていたヴァルターが明らかにいら立ちを込めた声色に変化した。


「てめぇは知ってるはずだ、ジン。俺がどんな道を選んだのかをな」
「……」
「ふざけた事を抜かすと……殺すぞ?」


 リィンに付けられた傷から血が噴き出した。でもそれ以上に怒りの感情が闘気と共にあふれ出ていた。


「……だったらあんたは知ってるのか?ツァイスの町にキリカがいる事を」
「っ!」


 キリカの名前を聞いたヴァルターの闘気が少しだけ小さくなった。


「2年ほど前からツァイスの遊撃士支部で働いているんだ、どうやらそれまでは大陸各地を回っていたらしい。キリカはあんたの事を今でも……」
「チッ……衰えたぜ」


 ヴァルターはそう言うと杭に設置されていたゴスペルを抜き取って洞窟の上にあった穴に飛び上がった。


「おい、ヴァルター!結社の事は兎も角キリカはずっとあんたを……!!」
「うるせぇよ、ジン。アイツとはもう終わった仲だ」


 ヴァルターはこっちを見下ろすとわたしに声をかけてきた。


「おいガキ、リィンに言っておけ。次に殺りあう時はその力使いこなせるようになっておけとな」
「気安くリィンの名前を呼ばないで……!」


 わたしはヴァルターを睨みつけるが奴はそんなもの気にもしないで去っていった。


「逃げたわ!追いかけないと……!」
「いや止せ。ヴァルターは身体能力においては泰斗の弟子の中でも随一だった、追いつけはしない。それよりもリィンの方が先だ」
「フィー!リィン君は大丈夫!?」



 アネラスはヴァルターを追おうとするがジンに止められた。アイツ凄く強そうだった、下手に追いかけても負傷してるわたし達では危険だし今はリィンの方が先だ。


 エステルは駆け寄ってくるがわたしは首を縦に振った。


「傷は回復させた。でも直ぐにミリアムの所に連れて行った方が良い」
「なら急いでツァイスに向かうぞ!」


 ジンがリィンを担いで外に向かっていく。わたしはアガットやアネラスに後の事を任せてジンの後を追った。


  
 

 
後書き
―――オリジナルクラフト紹介―――


『フレイムブロウ』


 摩擦によって燃え上がった拳で相手を打ち抜く。範囲攻撃で50%で炎傷・気絶。


『デストロイドライバー』


 敵を上空に蹴り上げて組み付き地面に叩きつける。単体攻撃で30パーセントの確率で即死、70%で気絶。 

 

第81話 絆を深める

side:リィン


「……ん、ここは?」


 ヴァルターに敗北した俺は気が付くとベットの上で眠っていた。見覚えのあった天井を見て俺はここが中央工房の医務室なのに気が付いた。


「リィン!」
「気が付いたのか!」
「フィー、ラウラ……」


 側にいてくれたのか二人が俺に駆け寄ってきた。


「リィン、体は大丈夫?痛くない?」
「そなた、丸一日は眠っていたんだぞ?もう起きても大丈夫なのか?」
「……ああ、まだ体は痛むけど少なくとも団長の拳骨を喰らった時よりは楽だよ」
「そんな冗談が言えるのならもう大丈夫だね」
「うん、そうだな」


 フィーが安堵の笑みを浮かべ釣られてラウラも笑った。その後ラウラがエステル達を連れて来てくれた、皆俺が目を覚ましたと知って喜んでくれたよ。


「ジンさん、お久しぶりです。助けてくれてありがとうございました」
「なに、礼を言われることはしていないさ。寧ろ身内が酷いことをしてしまって申し訳ない」
「身内?」
「ヴァルターは俺の同門だ、かつて俺が修行を付けてもらっていた師父の一番弟子だったんだ」
「泰斗流の……通りで強い訳だ」


 俺はジンさんからヴァルターが元泰斗流の門下生だと話を聞いた。


「しかしあいつの使う技に泰斗流では見た事もない物があったのですが、何か知りませんか?」
「恐らくだがヴァルターは泰斗流以外の武術も取り入れて独自の武を極めたのだろう、あいつは格闘のセンスは誰よりもずば抜けていたからな」


 俺は前にジンさんに稽古を付けてもらったがその際に泰斗流の技も見せてもらった。だがヴァルターは俺が見た事の無い技を使ってきたので俺の知らない泰斗流の技かと思ったが違うようだ。


 ジンさんに技の詳細を聞いておけば次に奴と戦う時に助けになると思ったのだが、そんなに上手くはいかないよな。


「……ジンさん、お願いがあります。俺に稽古を付けてくれませんか?以前のようなものじゃなくてもっと実戦的なものをお願いします」
「張り切るのは良いがまずは体を治してからだ、ミリアム先生が傷の治りが普通より早いと驚いていたがそれでも大きなダメージを負った事に変わりないからな」


 ジンさんが呆れた様子でそう話す。俺の体は普通の人より傷の治りが早いらしい、これは元々こうだったのではなくD∴G教団の人体実験をされたことで得た副産物だと俺は思っている。だってあいつらのアジトから逃げてからこんな体質になったからだ、間違いないだろう。


「そういえば姉弟子はいないんですか?アガットさんの姿も見えませんが……」
「アガットとアネラスさんはあの杭が刺さっていた場所の調査をしてるわ」


 俺はここに来ていない仲間の事を聞くとエステルが教えてくれた。


 あの後ヴァルターは撤退したようでその場には七耀脈を活性化させるという杭だけが残されたらしい。その杭はラッセル博士の元に送られたようでブルブランが実験に使っていた投影装置と共に解析を進めるらしい。


 それからみんなと話をしてオリビエさんがリュートを引きそうになったのでエステルが耳を引っ張って連れて行った。他のメンバーもフィーとラウラを残してホテルに戻っていった。


「そういえばフィー達は特異点にいたんだよな?何があったんだ?」
「それがね……」


 そしてフィーは特異点で何があったのかを話してくれた。


 特異点を支配していた魔獣を倒すと源泉が湧く洞窟の入り口に立っていたらしい、そしてギルドに報告しに紅葉亭へ向かい導力通信機で連絡すると丁度ジンさんが来ていたらしく応援に駆けつけてくれたようだ。


「でも入り口は高温の蒸気に阻まれていて入れなかったんじゃなかったか?」
「うん、そうだよ。でも突然水蒸気が収まって中に入れるようになったの」
「もしかするとヴァルターに吹っ飛ばされた時あの杭に当たって杭が地面から外れたな、そのおかげかもしれない」


 俺はヴァルターとの戦闘中に杭に当たったことを思い出した。偶然とはいえあれが無かったから殺されていたな、運が良かった。


「フィーは一目散にそなたの元に向かったのだ、よほど心配だったのだろうな」
「そうか、フィーのお蔭で殺されずに済んだ。ありがとうな、フィー」


 俺はラウラからそう聞いてフィーにお礼を言った。でもフィーは複雑そうな表情になる。


「どうしたんだ、フィー?」
「……わたしは何も出来ていないよ、今回はたまたま運が良かっただけ。わたしはリィンを守るって誓ったのに結局肝心な時は側にいられなかった……わたし、役立たずだったよね」
「フィー……」


 フィーはそう言って落ち込んでしまった。思う事があったのかラウラも同じような状態になる。


「……フィー、ラウラ、俺の近くに来てくれないか」
「えっ?」
「いいから、ほら」
「ご、強引だぞ……」


 俺はフィーとラウラの腕を引っ張って側に寄せた。そして……


「んんっ!?」
「んっ……!」


 俺は自分から二人の唇を奪った。


「リ、リィン……?」
「なにを……」
「俺、決めたよ。二人を俺の嫁にする」
「えっ……」


 俺の突然の告白に二人は目を丸くした。


「俺は二人に告白されてずっと考えていたんだ、どっちの想いを受け取るかって……でも考えても考えても選べなかった、そんな中途半端な自分が情けなくて二人の好意に甘えてばかりで心底無様だった」
「リィン……」
「でもヴァルターに殺されかけて俺は死にたくないって思った、フィーとラウラを悲しませたくないし何より俺が死んだら二人が他の男に取られてしまうって嫉妬さえしてしまった」
「……」


 二人は俺の話を真剣な目をして聞いていた。


「俺、フィーとラウラが好きだ。他の男なんかに取られたくないし俺だけのモノにしたい!だから俺は二人を奪うよ、団長やヴィクターさんが反対しても二人から奪い取ってやる!だから二人とも、俺のモノになってほしいんだ。本当の家族になってほしい!……これが俺の答えだよ」


 俺は二人にそう伝えた、我ながら最低の答えだ、二人が呆れて俺の元を去っても仕方ない。


 でも俺は俺自身の本音を話した。何もできず死ぬくらいなら玉砕してもこの思いを伝えるべきだと思ったんだ。


「……」
「……」
「あの、せめて返事は返してほし……ッ!?」


 俺は二人に返事をしてほしいと言おうとしたが強い衝撃と共にベットに倒れてしまった。痛ったぁ……!!


「ふ、二人とも?」


 フィーとラウラが俺に抱き着いてきて胸に顔を埋めていた。そして涙を流しながら顔を上げた。


「嬉しい……やっと……やっとリィンがわたしに告白してくれた……」
「まったく……待たせ過ぎだぞ、馬鹿者……」
「えっと……二人とも?返事の方は……」
「そんなのOKに決まってるよ!だってずっと待っていたんだよ?」
「うん、そうだぞ。わたし達はいつでも二人でそなたを受け入れる気でいたのだ、断るなどあり得ない」
「へっ……そうなの?」


 俺はまさかの肯定的な返事にそんな間抜けた声を出してしまった。


「ラウラはわたしにとっても初めての親友だしラウラならいいかなって思ったの。リィンは無茶ばかりするから二人でリィンを守ろうって話し合ったんだ」
「うん、わたしもフィーの提案に乗らせてもらったんだ。そのおかげでそなたに告白できた」
「そ、そうだったのか……」


 これならもっと早く想いを打ち明けておけばよかったな、本当にウジウジしすぎだろう、俺……



「ねえリィン、もう一回ちゃんと想いを伝えてほしいの。駄目かな?」
「私からも頼む。先ほどは不意打ちで驚いていたからしっかりと聞き取れなかったんだ」


 フィーとラウラは期待のこもった目で俺を見てきた。なら俺はその期待に応えないとな。


「……フィー、ラウラ、俺は二人の事が好きだ。これからもずっと一緒にいたいし誰にも渡したくない、だから俺の家族になってください」
「……うん!」
「……はい」


 フィーは満面の笑みを浮かべて、ラウラは優しく微笑んで俺の告白を受け入れてくれた。


 かなり待たせてしまったけど、これで多少は男として責任を取れたよな。


 俺はそう思い二人を抱きしめるのだった。


―――――――――

――――――

―――


 それから2日が過ぎた。ミリアム先生からもう退院して良いと言われたので彼女にお礼を言って皆に合流した。


 因みに俺達の関係は皆にはまだ内緒にしておこうって事になった、理由はエステルに申し訳ないからだ。


 エステルはヨシュアを取り戻す為に頑張ってるのに申し訳ないからだ。


 俺達が結ばれたと知れば純粋に祝福してくれると思う、俺達が気にしすぎなだけかもしれないがやはりこういう報告は全員が幸せな気持ちになれないと駄目だろう。


 だから皆に打ち明けるのはヨシュアを連れ戻してからだ。


(ヨシュアさん……いやヨシュア。女の子は俺達が思っている以上に強いぞ、いつまでも逃げ切れると思わないことだな)


 俺は心の中で女の子の強さを舐めるなよと今はいない親友に向けて心のメッセージを送った。後もうさん付けは止めた、親友に壁は作りたくないからな。


 まあヨシュアがそう思っているとは分からないが、俺はあいつを親友だと思っている。エステルの為にも、そして俺自身の為にも必ずヨシュアを連れ戻そうと誓った。


 まあそういう事で結社を追う旅を再開させようと思ったのだがキリカさんにある提案を受けた。


「えっ、休暇ですか?」
「ええそうよ。今の所他の地方で異常現象が起きているという報告もないし貴方達も二度の異変を解決して疲れているでしょう。丁度エルモ温泉も近いんだし一日くらいゆっくりしなさい」
「う~ん、こんな時に良いのかな?仕事も残ってるのに……」


 エステル達は俺が休んでいる間も仕事をしていたらしく結構疲れているようだ。


「なら俺が皆の代わりに働くよ。それならエステルも休めるだろう?」
「却下よ」
「えっ、どうしてですか?」
「貴方だけ働いていたらみんなが気にしてちゃんと休めないでしょう?」
「でも俺は……」
「おいおい、まさかずっと寝てたからなんて言わないよな。そんなこと言ったら俺だって怪我で仕事できなかったんだぞ?」
「グラッツさん……」


 今まで動けなかった俺が代わりに仕事をすると言うとキリカさんに却下された。俺はそれでもと続けようとするがグラッツさんにそう言われて何も言えなくなってしまった。


「リィン、ここはキリカの提案を受けようよ」
「うん、そなたが申し訳なく感じてしまう性格なのは分かるが病み上がりの体で無茶をしても意味はないぞ」
「……そうだな、分かった」


 フィーとラウラにそう言われたら嫌とはいえないな。


「キリカさん、話を折ってしまい申し訳ありません」
「構わないわ、他人に気を使えるのが貴方の美徳ですもの。もっともそれが行き過ぎてしまうのもたまに傷だけど」
「あはは……」


 キリカさんにそう言われて苦笑いをする、団長にも空気を読んだ方が良いと言われたことがあるしこれからは気を付けよう。


 そして俺達はエルモ温泉に向かい一日の休養を取ることにした。


「あっ、リィンさん。もう動いても大丈夫なんですか?」
「大怪我をしたって聞いたから心配してたのよ」
「ティオにアリサ?どうしてここに?」
「今回の作戦に協力した縁で折角だからってキリカさんが私達も誘ってもらったの。エルモ温泉には興味があったし楽しみだわ」
「私もロイド兄さんやセシル姉さんのお土産を買っていこうと思いましたので」
「なるほど、なら一日だけだけどよろしくな」


 確かにこの二人はティータ達のように俺達に協力してくれたしフィーもティオともっと話したかっただろうし歓迎だな。


「ふぅ……やはりここの湯は身に染みる程気持ちいいな……」


 俺は温泉を堪能している、体に暖かさと心地よさがしみ込んできて何とも言えない極楽だな……溶けそう……


「いやー、前に来た時も良い湯加減だったけど相変わらず何度も入りたくなる気持ちよさだねぇ」
「そういえばオリビエさんはクーデター事件の後にエルモ温泉に来たことあるんでしたっけ?」
「うん、そうだよ。あの時はシェラ君も誘ったんだけど断られちゃってさ、彼女と一緒だったらもっと楽しかったのになぁ」
「貴方みたいな変人がシェラさんを誘えるわけないじゃないですか」
「酷いことを言うねぇ、リィン君。なら君に楽しませてもらおうかな」
「近寄らないでください」
「あふんっ」


 目を怪しく光らせてにじり寄ってきたオリビエさんを押しのける。この人マジでそっちの気もあるんじゃないだろうな?


「しかし……」
「あん?何見てやがる」
「どうした、お酒に興味があるのか?流石に未成年にはやれんぞ、すまんな」


 俺はアガットさんとジンさんの鍛え上げられた肉体を見てため息を吐いた。


「いえ、お二人の体は凄いなって思って……」
「……おい、お前少し離れろよ。俺はそっちの気はねぇぞ」
「俺も流石にそういう愛を否定はしないが自分が向けられるのはちょっとなぁ」
「なんだい、リィン君も興味あるんじゃないか。僕が優しく教えてあげようかい?」


 何故かアガットさんが俺から距離を取ってジンさんは困ったように苦笑した。オリビエさんが意味の分からない事を言ってるけどどういう……


「……あっ、言っておくけどそっちの気があるわけじゃないですよ!?ただ筋肉があって逞しい体してるから羨ましいってことですよ!貴方はさっさと離れてください!」
「おふんっ♡」


 俺は3人の反応を見て俺がそういう目で見てると思われていると分かったので慌てて訂正した。後またにじり寄ってきていたオリビエさんは押しのけた。


「俺って体質的に筋肉が付きにくいのかあまりお二人みたいにムキムキにならなくて……」
「ふむ、だが俺から見てもかなり鍛え込まれた良い肉体をしてると思うがな」
「細身じゃ嫌なんですよ、俺は将来団長みたいな男になりたいんです」



 ジンさんが褒めてくれるがもっと筋肉が欲しいんだ、団長やジンさんみたいな丸太のような腕なんて逞しくてカッコいいじゃないか。


「僕としてはリィン君は細身の方がタイプなんだけどね♡」
「貴方の意見なんて聞いていませんよ」
「はっ、体うんぬんよりそんな小せぇこと気にする精神を鍛えろってんだ」
「うっ……」


 オリビエさんが気持ち悪いこと言ったのでバッサリ切り捨ててやったが、逆に俺はアガットさんにバッサリと切り捨てられてしまった。やっぱり女々しいのかな……


「それよりもクラウゼル、お前結社の一人とやり合ったんだよね?相手はどんくらい強かった?」
「そうですね……ヴァルターは俺が戦ってきた戦士の中でも抜群の身体能力を持っていましたよ、一瞬のスピードや瞬間的なパワーはロランス……いやレオンハルトを超えるかと」
「ちっ、そこまでかよ。ロランスの本名がレオンハルトだったな、アイツとは一度交戦したがかなりの使い手だった。そいつと同じくらい強いのか」


 アガットさんがヴァルターの実力を聞いてきたので俺は奴の強さを話す。それを聞いたアガットさんはかつて戦ったレオンハルトを思い出して苦い顔をしていた。


「ヴァルターは泰斗流の門下生の中でも最高クラスの実力を持っていた。それが今では違う流派の技も取り込んで更に厄介なものになっている」
「そういえばヴァルターに触れ合いで衝撃を叩き込まれたんですがあれも泰斗流の技ですか?」
「泰斗の奥義の中に相手の内部に衝撃を流し込んで内側から破壊する『寸勁』という技がある。ヴァルターの得意な技で奴は鉄の塊すら粉々にしたほどだ」
「そんな技を喰らって良く生きていたな、俺……」


 ジンさんにヴァルターが使った技の正体を聞いて俺は自分が良く生きていたなと幸運に感謝した。


「お前とヴァルターの戦いを聞いたが確かその技を喰らう前にお前は内部に気を込めていたんだったか?」
「はい、デストロイドライバーを回避するために鬼の力を内部に溜めて爆発させました」
「爆芯だったか……多分その時溜めた気がまだ内部に残っていたのだろう。それが寸勁の威力を弱めたのかもしれないな」
「なるほど……」


 俺はジンさんに良いヒントを貰った。次にヴァルターと戦う際に有効な手段になるかもしれないな。


「しかしリィン、鬼の力は以前も見たがあれは禍々しい力だ。本来力とは善悪のない純粋なものだがアレに関してはお前に悪い影響を与えるだろう、まるでお前ではない別の存在が生みだした力……」
「別の存在……」


 俺は以前ラッセル博士から鬼の力の元は俺の心臓から出ていると言われたことを思い出して胸の傷に触った。


「アレを使うなとは言わんがあまり過信しすぎてもいかんぞ」
「分かりました」


 ジンさんからのアドバイスを俺は真摯に受け止めた。


「……俺も異能の力があれば妹を守れかのかもしれないな」
「アガットさん、今何か言いましたか?」
「はっ、なにも言ってねえよ。俺はもう上がる」


 アガットさんはそう言って外風呂を後にした。何かつぶやいたような気がしたんだけど気のせいだったみたいだな。


 その後またオリビエさんが変な事をしようとしたので拳骨して気絶させた。ジンさんが彼を持って行ってくれたので今は一人で温泉に入っている。


「俺もそろそろ上がろうかな……」


 そう思って立ち上がると女湯の方から誰かが入ってきた。


「あっ、やっぱりリィンの気配だ」
「流石だな、フィー。私ではそんなことは分からないぞ」
「フィー、ラウラ、今来たのかい?」


 入ってきたのはフィーとラウラだった。相変わらずラウラは良いスタイルをしているな、湯着の上からでも分かってしまうくらいだ。数年後にはもっと魅力的な女性になるだろう。


 そんな魅力的な女性を恋人に出来たのか、俺は……ふふっ、なんか嬉しくなってきたよ。


「わたしにはそういう目を向けないんだ」
「えっ?」


 気が付くとフィーが不満そうに頬を膨らませていた。


「いや別にフィーが魅力ないなんて思ってないし……」
「ふーん、そう言う割にはラウラばっかり見てるじゃん。変態」
「うぐっ……」


 しまった、体型を気にしているフィーの前で同じ恋人とはいえ違う女性に見惚れていたら面白くもないよな。


「フィー、ごめん。フィーだって魅力的な女の子だよ。数年後にはラウラと同じくらい素敵な女性に成長するさ」
「……ん、今日は許してあげる」


 ハグをして頭を撫でながらキスをして謝るとフィーは許してくれた。


「そなた、なんだかルトガー殿が言うようなセリフを言いだしたな」
「そうかな、もう二人は俺のモノだし遠慮しなくてもいいかなって思っただけだけど……」
「馬鹿者、そう言う事を恥ずかしげもなく言うな……」


 ラウラはそう言うが嬉しそうな顔をしている。今までさんざん待たせたからな、これからは攻めていくスタイルで行こうと思ったんだ。


「ところで二人だけか?他の女性陣は上がったの?」
「なんだ、私達だけでは不満か?」
「ち、違うよ!もし他に誰かいるならこんな風に二人と接することが出来ないなって思っただけで……!」
「ふふっ、そんなに慌てなくてもよい。冗談だよ」
「そ、そうか……」


 俺は他に人がいたら二人と恋人として接する事が出来ないなと思ってそう聞いたが、ラウラの冗談に焦ってしまった。


「エステル達は先に上がったぞ、オリビエ殿がいるから変な事をされたくないと言って外湯には来なかったのだ。だが気配がそなただけになったとフィーが言ったのでこちらに来たんだ」
「そうなのか、じゃあ二人だけなんだが」
「いや、そういう訳では……」
「お待たせー、髪を洗っていたら遅くなっちゃったわ」
「わぁ……里の温泉を思い出しますね」
「兄さんとも来てみたいですね」
「へっ……?」


 ラウラの言葉が言い終わる前に金髪の女性と薄紫の髪の女性、水色の髪の少女が外湯に入ってきた。


「アリサにエマ、ティオまで……」
「えっ、なんで女湯にリィンがいるのよ!」
「アリサさん、ここ混浴ですよ。だから湯着の着用が義務付けられているんですよ」
「そうなの?てっきりこういう物かと思ってたんだけど……」
「私は知っていましたよ。ちゃんと注意書きを読まないと……」
「ううっ、仰るとおりね……」


 アリサは混浴だと知らなかったようで俺を見て驚いていた。エマに説明を受けて渋々納得している。ティオの言う通り注意書きはしっかり見ないとな。


「あの、俺がいると落ち着けないなら俺上がるけど……」
「べ、別にそこまでしなくていいわよ!驚いただけでルールを知らなかった私が悪いんだし……逆に気を悪くしちゃうから気にしないでいいわ」
「そうか……エマとティオは良いか?」
「はい、私も構いません。寧ろリィンさんとお話しできるいい機会ですし」
「私も兄さんの事をいっぱい話したいですし気にしなくても良いですよ」


 3人はそう言うとゆっくりと外湯の中に足を踏み入れた。


「……はぁ~♡中のお風呂の湯加減も良かったけど外湯も格別ね~♡シャワーとは違った温かさだわ」
「アリサさんの実家はお風呂は無いんですか?」
「帝国じゃバスタブが主流ね、後はシャワーかな。こんな風に広いお風呂に入ったのは子供の頃に一回旅行に行ったきりなの」
「そうなんですか、私の里では温泉があるんで毎日入っていましたので知らなかったです」
「えっ、そうなの?日常的に温泉に入れるなんて羨ましいわね。ティオは何処出身だっけ?温泉ある所なの?」
「今はクロスベルに住んでいますね」
「クロスベルは温泉とかないの?」
「こういった温泉地帯はありませんがミシュラムというリゾート地には温泉があるらしいです」
「ミシュラム……面白そう、いつかそっちにも行ってみたいわね」


 アリサとエマとティオは仲良くなったらしく温泉のトークをしていた。というかエマの住んでいた里って温泉があるのか、俺も行ってみたいな。


「エマの里ってもしかしてユミルって所?」
「いえ違いますが……そこは何処でしょうか?」
「ユミル?懐かしいわね、私が小さいころに行ったのってまさにそこよ。フィーも行ったことあるの?」
「ううん、わたしは行ったことないけどユンお爺ちゃんが良い温泉があるって言ってたから」


 フィーの質問にエマとアリサはそれぞれ違う反応をみせた。偶然にもアリサが話していた旅行に行った場所だったみたいだ。


「ユンお爺ちゃんってフィーの祖父の事?」
「本当のお爺ちゃんじゃない、リィンの剣の師匠でわたしも教えを受けた事があるの。いつもお小遣いくれる良い人だよ」
「あの人フィーに甘すぎるからな……」


 アリサの質問にフィーがそう答えた。西風の旅団の団員達に負けないくらいフィーに甘いんだよな、老師は……


「でもお爺ちゃんか。私も最近お爺様に会っていないし何だか懐かしくなっちゃったわね~」
「アリサのお爺さんってラインフォルト社の元会長であるグエン氏の事か?」
「えっ、お爺様の事を知ってるの?」
「直接会ったことはないけど名前は知ってるよ、有名人だしな」


 アリサの祖父であるグエン・ラインフォルトはあのG・シュミット博士とも親交を持っており導力鉄道や様々な兵器など多くの発明に携わってきた人だ。


「もしかしてリィンも私みたいに技術系のお仕事をしてるの?それともリベールにいるから遊撃士なのかしら?」
「どっちでもないよ、俺は猟兵だ」
「猟兵?」


 俺がそう言うとアリサとエマは首を傾げた。まあ猟兵を知らない人もいるか……


「戦場を渡り歩く傭兵の中でも特に強い集団の事だと思ってくれればいいよ。俺達が所属している猟兵団はラインフォルト社からも依頼を受けるんだ」
「だからお母様の事を知っていたのね。でも私、貴方達とは一回も会ったことないわよ?」
「そりゃしょっちゅう行ってるわけじゃないしな。そもそもイリーナ会長と依頼のやり取りしてるのは団長だし俺は2回会ったくらいだよ」
「ふーん、よく分からないけどお母様が依頼するならそれだけ凄い組織って事なのね」


 まあイリーナさんは優秀な人物だし娘であるアリサもそれは分かっているから彼女が依頼する俺達の団が凄い組織だと思ってくれたみたいだ。


 あんまり褒められた組織じゃないんだけど褒められると嬉しくなってしまうな。


「……アリサってイリーナって人の事嫌いなの?」
「えっ?」
「お、おいフィー……」


 フィーが急にそんな事を言ってアリサが目を丸くした。俺は慌ててフィーに止めようとする。


「急にごめんね、でもアリサってイリーナの名前を聞いたり話をしたりすると何だか寂しそうな目をしていたからつい……わたしは家族って暖かくて優しくしてくれるものだって思ってるから気になっちゃって……」


 なるほど、フィーからすれば家族は優しさと愛情の象徴みたいなものなんだな。それがあるから嬉しくなるし暖かさを感じる、それは俺も同意見だ。


 だからこそ寂しそうな目をしたアリサが気になったんだろうな。


「そっか、フィーは家族をそう思ってるのね。私もそう思うわ、でも今は家族と仲良くできないの」
「どうして?」
「私、お母様の気持ちが分からないの。昔はもっと笑みを浮かべる人だった、お父様や私の為に慣れない料理を頑張ったり一緒に旅行したり……今でも楽しかったって鮮明に思い浮かぶくらいに暖かくて素敵な家族だったわ。でもお父様が事故で亡くなってからお母様は変わってしまった。仕事に没頭するようになって私の事を相手してくれなくなったの。仕舞いにはお爺様から会長の座まで奪い取って……」
「アリサさん……」


 アリサの家庭の事情にフィーとエマは複雑そうな表情を浮かべた。ラウラとティオも思う事があるのか何かを考えこんでいる。


 家族との仲が上手くいかないのって辛いよな……俺も昔団長とケンカしたことを思い出した。


 でも俺達はその度にお互いを理解して絆を深めていった。だがアリサとイリーナさんは気持ちがズレていく一方のようだ。


「私、何度もお母様と話し合おうとしたわ。何回も何回も粘ってようやく一緒に食事をする機会を作ってもらってね、その日を楽しみにしていたんだ。でもお母様が急な仕事が入ったってボイコットしたからそれで我慢の限界が来て……」
「家出したのか、それは何というか……ごめん、上手く言えないや」


 アリサの悲しそうな顔に俺は慰めの言葉をかけようとしたが上手く言えなかった。仕事人間だとは思っていたけどここまでとは……


 まあイリーナさんにも事情があるんだろうけどそれを理解しろと言うのはアリサに酷だよな、まだ10代半ばだろうし親に甘えたい歳だ。


 家出したくなるほど悲しかったんだろうな。


「結局家出も出来なかったけどね」
「えっ?」
「それから数日後にようやく家出の準備が出来たから実行しようと思ったんだけどシャロン……私の家に仕えているメイドなんだけど彼女がリベールの中央工房に私が研修に行く手立てがすんだって言われてなし崩し的に連れてこられたって訳。きっとお母様は私が家出するって分かっていたんでしょうね……だから先手を取っていたんだわ。でもそれなら一言謝ればいいじゃない!それだけでいいのに厄介なものを押し付けるみたいに……あー、ムカムカする!」


 アリサはイリーナさんの顔を思い出したのかぷんすかと怒り出した。


「アリサさん、もし良かったら愚痴くらいならいくらでも聞きますよ」
「うん、ため込んでいる物をこの際全部出してしまった方が良いだろう」
「はい、私も不満とかあったら兄さんに聞いてもらっていますしいっぱい話してください」
「エマ、ラウラ、ティオ……ありがとう、気遣ってくれて嬉しいわ」


 エマ達の気遣いにアリサは笑みを浮かべて礼を言った。


 その後俺達はお互いの家族関係や俺達の経験してきた事、旅をしてきたほかの地方や好きな料理や趣味などいろんなことを話した。流石に聞かせられない事はボカしたけど俺達は絆を深めながら楽しい時間を過ごしたのだった。

 

 

第82話 迷子の子供

 
前書き
 原作と違いヘイワーズ一家がホテルに宿泊していた記録もなくなっていますのでお願いします。 

 
side:??


 リベールの空の上、そこに巨大な赤い飛行戦艦が静かにたたずんでいた。その戦艦のデッキにレオンハルトが立っており静かに空を見ている。


「戻ったぜ」


 するとそこにヴァルターが現れてレオンハルトに声をかけた。彼は振り返ることもなくヴァルターと話をする。


「痩せ狼、実験の方はどうなった?」
「ノルマは達成したぜ、地震が発生したデータもゴスペル内に記録してある。後は教授に任せるさ」
「そうか。しかし油断したな、負傷するとは情けない」


 レオンハルトはヴァルターを見ていないが彼が腕に怪我を負った事を知っておりそれを指摘する。


「まあ多少は手加減したが正直こんな傷を受けるつもりはなかった」
「それを油断と言うんだ」
「はっ、お前だって一撃貰っただろうが」
「あれはまぐれだ」
「なら俺だって同じだろう」


 レオンハルトの皮肉をヴァルターは好戦的な笑みを浮かべて言い返した。


「まあいい、俺がお前に言いたいのはこんなくだらねえ言い合いじゃねえからな」
「なら何をしに来た」
「剣帝、あのガキに手を出すな。あいつは俺の獲物だ」
「なにかと思えばそんなことか。好きにしろ、あんな奴に興味など無い」
「駄目よ、痩せ狼さん。あいつはレンのターゲットなんだから」


 話を続ける二人の前にレンとワイスマンが姿を現した。


「ヴァルター、彼と交戦したようだね。私は特異点に引き込めと命じたはずだが……」
「あー、そうだったか?」
「まあいいさ、結果的に彼を消耗させてくれた。だが殺そうとしたのはいただけないな、死んだらそれまでとは言ったが意識して殺そうとするのは止めてほしいものだ」
「はっ、あんたに俺の流儀を口出しされる筋合いはねえな」


 ワイスマンの言葉にヴァルターは悪びれる様子もなくそう言い放った。


 本来組織の最高幹部にこのような口をきくのはあり得ないが、結社という組織は変わっていた。執行者はある程度自身の意思で活動することを許されているのだ。


 なのでこの場にいるレオンハルトもレンもワイスマンに忠誠を誓っている訳ではない。それぞれが持つ考えや目的、それらによってこの作戦に参加しているのだ。


「ねえ教授、そろそろレンも動いていいでしょう?他のメンバーはお仕事を貰っているのに私だけ待機だなんてつまらないわ」
「ふむ、なら王都に向かうと良い。そろそろ例の奴らが動き始めるようだ、彼らを利用して君の好きなストーリーを作るといいだろう」
「まあ素敵、なら最高のお茶会にしたいわね」


 レンはそう言ってある写真を懐から出した。そこにはリィンが写っていた。


「貴方とももうじき会えそうね、リィン・クラウゼル……」



―――――――――

――――――

―――


side:リィン


 休暇を終えた俺達はキリカさんから王都グランセルのギルド支部から王国軍から応援要請があったと聞いたのでそちらの方に向かう所だ。


「みんな、わたし達はこれ以上一緒には行けないけどどうか気を付けてね」
「皆さんの旅のご無事をお祈りします」
「ありがとう、アリサ、ティオ。もしこの旅が無事に済んだら今度はクロスベルやエレボニアにもお邪魔させてもらうわね」
「アリサさん、ティオさん、また帰ってきたらお話の続きをしましょうね」
「お二人共もお気を付けて、また会えるのを楽しみにしていますね」
「ティオちゃん、また会えたらハグさせてね!アリサちゃんも帝国の可愛い物いっぱい教えてくれてありがとうね!」


 すっかり仲良くなったエステル達女子グループが見送りに来ていたアリサとティオに別れの挨拶をしていた。


「リィン達も気を付けてね、また会えたらおしゃべりしましょう」
「ああ、アリサもまたな」
「バイバイ、アリサ」
「そなたも気を付けてな」
「アリサさん、またお会いしましょう」


 俺とフィー、ラウラ、エマはアリサに別れの挨拶を言った。なんだかこのメンバーはまた集まって会えるような気がするんだよな。


「リィンさん、フィーさん、もしクロスベルに来たらぜひ会いに来てください。セシル姉さんも喜びますので」
「そうだな、もしかしたらロイドも帰ってくるかもしれないしこの件が終わったら絶対に会いに行くよ」
「うん、また会おうね」


 ティオにも別れの挨拶をして俺達は他にも見送りに来てくれたラッセル博士やキリカさん達に別れを告げて新たに仲間に加わったティータとジンさんを加えて王都グランセルに向かう飛行船に乗り込んだ。


「わぁ……空からの景色ってこんなにも綺麗なんですね」


 エマが飛行船のデッキから地上を見下ろして歓喜の声を上げた、どうやら飛行船に乗るのは初めてのようだ。


「エマは飛行船は初めてなのか?」
「いえ、リィンさん達に会いにリベールに向かった際に乗ったのが初めてですね。帝国では鉄道で移動しましたし外の世界にこんなにも沢山の乗り物があるなんて思ってもいなかったです」
「じゃあエマは初めての旅を一人でしてるのか。いくら俺に会うためとはいえ凄いな」
「いえそんな……私にはセリーヌも付いていましたし」


 エマがそう言うと何処からかセリーヌが現れて彼女の肩に乗った。神出鬼没だな。


「あはは、賢い子なんだな」
「はい、セリーヌはずっと昔から一緒にいる相棒ですから」


 俺はセリーヌに触ろうとしたが手で弾かれてしまった。嫌われたのか?


「こ、こらセリーヌ……」
「いやいいよ。昔からあんまり動物には好かれないから」


 俺は昔から動物には好かれないようで大体が怯えて逃げて行ってしまうんだ。


「多分動物はリィンさんの内部に眠る異能を恐れているんだと思います。動物はそういうのに敏感ですから」
「そうか……エマはこの力について何か知らないか?」
「ごめんなさい、私ではちょっと……でもお婆ちゃんならなにか知ってると思います」


 俺は異能の力についてエマに確認してみたが彼女も分からないと言う。だが彼女の祖母なら何か知ってるかもしれないようだ。


「私のお婆ちゃんは魔女の長でもあり様々な事を知っています。もったいぶる悪癖がありますがその知識は本物です」
「それならこの件が片付いたらエマの里にお邪魔させてもらおうか、その祖母さんやイソラさんにも会いたいからね」
「はい、その時は里を上げて歓迎いたしますね」


 このリベールでの旅が終わったらエマの祖母やイソラさんに会うために彼女の里を訪れると約束した。


「リィン、こんなところにいたんだ」
「フィー」


 するとデッキにフィーが現れた。


「そろそろ着くっぽいから準備した方が良いよ」
「あっ、なら荷物を持ってきますね」


 エマはそう言って船の中に戻っていった。


「リィン、早速浮気?」
「い、いやそんなんじゃ……!」
「ふふっ、嘘だよ。恋人になれたんだしそのくらいじゃ怒らないってば」


 フィーはそう言ってクスクスと笑った。


「まったく……」


 俺は溜息を吐きながらもそんなフィーを見て笑みを浮かべた。


―――――――――

――――――

―――


 グランセルに到着した俺達は久しぶりにグランセルのギルド支部に顔を出した。そしてエルナンさんから軍から来た依頼の内容を確認する。


 どうも通信では聞かせにくい内容のようで軍の関係者が出向いてソレを説明してくれるらしい。エルナンさんの予想では『不戦条約』が関係してるかもしれないと言っていた。


 これはリベール、エレボニア、カルバートの3つの国の間で締結される条約で分かりやすく言うなら暴力や武力ではなく話し合いで物事を解決しようという条約だ。


(ただエレボニアとカルバートがそう簡単にその条約を守るとは思えないんだよな……)


 ゼムリア大陸でも特に強い軍事力を持つこの二大国家は争いごとや厄介ごとも多く起こしてきた。特にエレボニア帝国は最近猟兵の出入りが多くなってきており、団長たちは戦争の前触れを予想していた。


 戦場を生業としてきた団長たちがそう言うのだからなにかしらは起こるだろう、それはそう遠くない未来なのかもしれない。


 まあただの猟兵でしかない俺がそんな事を考えても仕方ないんだけどな。


「おや、通信ですね」


 そんな時だった、ギルド支部にある導力通信機が鳴ってそれをエルナンさんが出る。


「……なるほど、直ぐに向かわせますね」
「エルナンさん、どうしたの?」
「実は……」


 エルナンさんの話によるとエルベ離宮に観光で来ていた子供が迷子になっていたらしく保護をしたそうだ。だがその子の保護者が見つからないようなので遊撃士に探してほしいとのことらしい。


 唯でさえ今は忙しいから軍の関係者では動けないのだろう、その子の保護をエステルと姉弟子に任せて俺達は溜まっていた依頼をこなすことにした。


 俺は現在エマとクローゼさんと行動を一緒にしている、彼女達と一緒にグランセルの地下水路にいる手配魔獣を探している所だ。


「でもクローゼさんはギルド支部で待機していてもよかったのに……」
「ごめんなさい、でも少しでもお役に立ちたかったんです」
「その気持ちは俺も分かりますよ、貴方の安全は俺が守りますから後ろにいてくださいね」
「はい、お願いしますね」


 クローゼさんは割と行動力のある人なので俺達についてきた。こうなった以上彼女をしっかりと守らないとな。


「そういえばエマの戦いは俺は見た事が無かったな、基本はアーツで戦うんだっけ?」
「はい、アーツ以外にも魔法や棒術を多少使えます」
「棒術も使えるの?」
「はい、お母さんに教えてもらいました」


 どうやらエマのお母さんであるイソラさんは棒術も使えるみたいだな、思い返してみればD∴G教団のアジトで初めて会った時見事な対さばきをしていたな。


 エステルの様にメインではなく咄嗟の攻撃手段ぐらいにしか使わないらしいが……お手並み拝見だな。


「なら連携を取れるように君の戦い方を見せてくれ。前衛は俺が出るから後方からサポートを頼む」
「分かりました」


 そして地下水路に出てくる魔獣と戦ってみたが……なるほど、エマも中々やるな。


 彼女の戦い方は実に多芸だ。補助、攻撃、防御を状況に合わせて使いこなしている。


 接近されたら棒術でいなしたり攻撃して距離を取る、余裕があるなら補助アーツ、いざという時は魔法で作った障壁でガードも出来る。俺が動かなくともクローゼさんのフォローをしてくれるので動きやすい。


 正直西風にスカウトしたいくらい優秀だ、絶対にスカウトはしないけど。だってあんな血生臭い世界にエマを引き込みたくないからな。


 でもそう思う程彼女は優秀だ。ちょっと実戦慣れしていないのか想定外の事が起こると一瞬動きが止まってしまうという欠点もあったがそれも直ぐに慣れていくだろう。


「エマのお蔭でスムーズに戦えたよ。魔女って凄いな」
「私もフォローしてもらいましたしエマさんってお強いのですね」
「そ、そんな……たまたま上手くいっただけですよ。リィンさんのフォローのお蔭でもあったしクローゼさんも私が動く前に行動していたりしていましたしやっぱり場慣れしている人たちは凄いですよ」


 確かにエマの言う通りクローゼさんも状況を判断して的確に動いていたな、エマとは違いそれなりに場数を踏んできたからだろう。


 本当にお姫様……?と思うくらいには場慣れしてると思う。


「でも予想より早く手配魔獣を倒してしまったな、まだ合流するまでに時間があるし……そうだ、二人とも、外に出てアイスでも食べないか?」
「アイスですか?」
「うん、東街区にお気に入りのアイス屋があるんだ。久しぶりに食べてみたい」



 俺は前にフィーやラウラと食べたアイスを思い出してまた食べたくなってきた、二人を誘ったけどOKを貰えたよ。


 ホテルに戻った俺達は各自の部屋でシャワーを浴びてから東街区に向かった。流石に地下水路に潜ったから衛生面が心配だったからね。


「これがアイス……噂には聞いていましたが初めて見ました。綺麗ですね」


 エマはアイスを初めて見るらしく興味深そうに観察していた。エレボニアでも帝都ヘイムダルのような主要都市ぐらいにしかアイスは普及していないし里から出たばかりのエマにアイスは珍しいよな。


 因みにこのアイス屋の店員さんは俺の事を覚えていたらしく「久しぶりですね」と挨拶してくれた。でも連れている女の子がフィーとラウラじゃなかったので「また違う女の子とデートですか?お兄さん本当にモテますね」とからかわれてしまった。


 あくまで俺がアイスを食べたかったのでデートとかそんなつもりはないんだけどな……


「んっ、甘くて美味しい……しかもサラッと口の中で溶けてしまう触感が面白いですね」
「ははっ、気に入ってくれたなら誘った甲斐があったよ」


 エマはアイスを気に入ってくれたようで笑みを浮かべて食べていた。


「リィンさんはこういった買い食いはよくされるのですか?」
「うん、フィーと一緒にね。一人の時でもやるけど……」
「ふふっ、それなら他国に旅行に行く場合はリィンさんもいれば美味しいお店を教えてもらえますね」
「あはは、それなりに自信はありますよ」


 クローゼさんに買い食いは良くするのかと聞かれたのでそうだよと答えた。猟兵をやってるとやっぱりそれなりに色々な国に行くからその町の名物料理なども食べているんだ。


 特にエレボニアとカルバートは頻繁に行き来するから食べ物限定なら観光の案内も出来るかもしれないな。


 まあまさか猟兵の自分がリベール王国で食べ歩きが出来るとは思っていなかったけど……ある意味棚からぼた餅って奴かな?


「あら、リィンさん。早く食べないとアイスが溶けてしまいますよ」
「おっと……」


 おしゃべりに夢中になっていてアイスの事をすっかり忘れていたよ。完全に溶けちゃう前に食べてしまわないと……


「……ってあれ?無くなってる?」
「ん~♡冷たくて美味しいねー♡」


 俺の持っていた器からアイスが無くなっていた、そのすぐ近くにいた赤い髪の男の子が口にクリームを付けながらアイスを食べていた。


「君は確かエア=レッテンで出会ったコリン君?」
「お兄ちゃん、久しぶりだね!」


 コリン君は笑みを浮かべて俺に抱き着いてきた。


「おっとっと……相変わらず元気な子だな。今日はグランセルの観光に来てたのかい?」
「うん、エルベ離宮の観光に行ってたんだー!」
「エルベ離宮?それってもしかして……」
「コリン君!待ってよー!」


 俺はエルベ離宮で迷子を保護したというエルナンさんの話を思い出してそれについてコリン君に尋ねようとするとエステルと姉弟子が慌てた様子で走ってきた。


「エステル、姉弟子も……」


 俺は二人と合流して事情を話してもらった。


「えっ、親御さんが見つからない?」
「そうなのよ……」


 俺の予想通りエルベ離宮で保護された迷子の子供はコリン君だった。普通ならそのまま親を探して彼を引き渡すのだがコリン君の両親はエルベ離宮では見つからなかったらしい。


「街道とかにはいなかったんですか?」
「うん、必死に探したし人にも聞いたんだけどそれらしい人は見かけなかったって……」


 エマの質問に姉弟子はそう答えた。警備をしている人がいるから人の出入りを見ているはずだけど……たまたま見てなかったのか?


「それでもしかしたらグランセルに戻ってるのかもしれないと思ったから戻ってきて探していたんだけど……」
「見つからなかったのか……」


 コリン君の両親とはエア=レッテンで会ったが子供を置いて何処かに行ってしまうような無責任な人間には見えなかったけどな。


「ねえコリン君、お母さんとお父さんは何処に行ったの?」
「分かんない、気が付いたらいなくなってたの」
「そうですか……」


 クローゼさんが優しくコリン君に尋ねると彼は急にいなくなったと答えた。


「益々わからないですね、コリン君のご両親は何故いなくなってしまったのでしょうか?」
「何か事件に巻き込まれたのかな?」
「とにかく一度ギルドに戻りませんか?他のメンバーが何か知ってるかもしれませんし……」
「そうね、まずは一旦戻りましょう」


 エマと姉弟子は事件に巻き込まれたんじゃないかと話す、俺は情報を他のメンバーと共有しようと話してエステルも首を縦に振った。


 俺達はコリン君を連れてギルドに戻るのだった。


―――――――――

――――――

―――


「待てー」
「わー!」
「きゃはは!こっちこっち!」
「前を見ないと危ないですよ」


 フィーとクローゼさんが逃げるティータとコリン君と追いかけっこをしてるのを俺は微笑ましい気持ちで見ていた。


「ふふっ、愛らしいな」
「はい、子供が元気に遊ぶ姿を見てると微笑ましい気持ちになってしまいますね」
「あたし達もまだ子供だけどね」
「それは言っちゃ駄目だよー」


 ラウラ、エマ、エステル、姉弟子はそんな姿を微笑ましそうに見ていた。


 今俺達はグランセルの東街区の広場にいるんだけどあれから色んなことが起きたんだ。


 ギルドに戻るとそこにレイストン要塞でエステル達が世話になったというシード中佐がいて俺達に依頼の内容を説明してくれた。


 依頼の内容は情報収集だそうだ、なんでも不戦条約を妨害しようとする脅迫状が届いたみたいなんだ。


、最初は悪戯の可能性を考えたらしいがこの脅迫状はレイストン要塞を始めとしたリベール各地の施設に送られたらしい。


 そんな多くの場所に脅迫所を送り込むのは個人では難しいだろう、つまり集団での犯行だと考えられる。軍としても万が一の事があってはならないと判断して遊撃士協会に応援を要請したんだと思う。


 とはいえじゃあ誰が妨害しようとしてるのかは分からない、何せ容疑者が多すぎるからだ。エレボニア、カルバートを筆頭にそれとは違う多くの小国やリベール王国内でもそういう事をしようとする容疑者がいるんだ、絞れるわけがない。


 しかも王国軍は警備などで動けない状態だ、だから俺達に脅迫状が届けられた各場所に向かい情報を集めてきてほしいらしい。


 エルベ離宮、レイストン要塞を除いて7か所は回らないといけないので全員が分担して情報収集を行う事にした。


 その際コリン君の両親の事もエルナンさんに話してとりあえず一旦ギルドで預かる事になった。彼の相手は年が近いティータに任せて俺達は別れて行動する。


 それで情報収集が終わったので戻ってきたんだけどどうもコリン君が泣き出してしまったらしく俺達に遊んでほしいと言ってきたんだ。


 まだ他に掲示板にある依頼もあったのでジンさんやアガットさん、オリビエさんに任せて俺達はコリン君の相手をすることにした。


 本当は俺も依頼の方に行こうとしたんだけどコリン君は何故か俺に懐いていて俺が行こうとするとギャン泣きしたので残ったんだ。


 でも子供の体力って凄いな、俺とも追いかけっこをしていたんだけど疲れてフィー達に交代したんだ。でもコリン君は元気に走り回っている。


「でもコリン君の両親は何処に行ったんだろうね?」
「確かクロスベル自治州に住んでいるヘイワーズ夫妻だったな、エルナンさんが軍と協力して情報を集めているようだが……」


 姉弟子の問いかけにラウラがコリン君から聞いた両親の名前を呟いた。最初この名前を聞いたとき俺はクロスベルで最近やり手として名を上げている商人がそんな名前だった事を思い出した。


 確かハロルド・ヘイワーズっていう名前だったはずだ。直接会ったことはないけど猟兵として有名な人物の名はある程度把握している。


 俺達はホテルや飛行船の乗り付け場でヘイワーズ夫妻の情報を得ようとしたんだけどそういった人物が施設を利用した形式が無かったんだ。


「コリン君の話を信じるならヘイワーズ夫妻は急に姿を消したようだ。普通なら子供を置いていなくなったりはしないだろう」
「そうなると普通は旅行客を狙った誘拐を疑うんだけどまさか飛行船やホテルを利用したお客さんのリストにも名前が載ってなかったなんて思わなかったわ」


 ラウラの言葉にエステルが複雑そうな表情で答えた。普通飛行船や宿泊施設を使う際に名前を記入するのだがヘイワーズ夫妻の名前は無かった、つまり単純に考えるとヘイワーズ一家は飛行船を使わないで街道を使って行き来しているか偽名を使ってるということだ。


 だがどちらもヘイワーズ夫妻の姿を見た人はいなかった。


 そうなると徒歩での移動しか考えられないが……あり得ないだろう、一般人が唯の旅行で魔獣も出る危険な街道を使うなんて命知らずもいい所だ。


「とにかく今はエルナンさんの情報待ちだな、流石に不法入国などしていないだろう」


 ラウラの言う通り唯の一般人が不法入国など出来るはずもない、関所を超えようとすれば必ず個人情報が残るんだ。もしそれすら無かったら……


(……コリン君は間違いなく唯の子供だ。もし結社の関係者を考えるなら親の方だろう)


 コリン君からは強さを微塵も感じない唯の子供にしか見えない。警戒心の強いフィーも何も言わないので彼は間違いなく唯の子供だ。


 そうなると急に消えた両親の方を警戒しないといけないな。結社のやることは訳が分からない、俺達を欺くために関係の無い子供を誘拐して洗脳してその親に成りすましていた……なんてなっても驚かないぞ。


 もちろん何も関係なくて事件に巻き込まれた、もしくはコリン君と同じで結社に操られているという可能性もある。とにかく今は情報を待つしかない。


「ねえねえお兄ちゃん、肩車して!」
「うん、いいよ」


 俺はコリン君を肩車する。俺も幼いころは団長にやってもらったっけ。


「あはは!高い高ーい!」


 無邪気にはしゃぐコリン君を見て俺はせめて親が見つかるまではお兄ちゃんとして接してあげようと思うのだった。


――――――――――

――――――

―――


「結局ヘイワーズ夫妻は見つからなかったか……」


 夜になり全員が集めた情報をエルナンさんに報告して書類にまとめてもらった。


 結果的に言えば脅迫状の犯人も絞れなかったしコリン君の両親も見つからなかった。見かけたとか実際に会ったという情報はいくつかあったのだが何処にいるのかまでは分からなかった。


 その日はもう日も暮れたので夕食を外で食べた後オリビエさん、ジンさんはそれぞれの大使館に、クローゼさんはグランセル城に、そして俺達はホテルに向かった。


「リィンはどう思う?今回の二つの件について」


 俺の部屋に遊びに来ていたフィーが脅迫状とコリン君の両親の失踪について尋ねてきた。因みに今コリン君はエステル達に任せている。


「そうだな、俺としては脅迫状については何とも言えないな。愉快犯の可能性もあるしそっちは警戒するしかないと思う」
「そうだね、皆の集めた情報を纏めても誰がやってもおかしくないからね」


 皆が集めた情報では自分の国の人間がそんな事をするとは思えないという話が殆どだ。これで犯人を特定するのはまず不可能だ。


 そもそも脅迫状からしておかしいんだよな、そもそも脅迫って犯人が望む内容、目的をさせるために相手を脅す事だ。


 でもあの脅迫状には明確な目的は書かれておらず『不幸が訪れる』とだけ書いてあった。これじゃあ悪戯だと思っても仕方ない。


 つまり現時点では何も分からないという事だ。これで犯人の目的でも書かれていれば絞れるんだけどな。


「コリン君の両親については……正直結社を疑ってる」
「だよね、唯の一般人が何の情報も残さないで国に入るなんて不可能だし怪しすぎる」


 ヘイワーズ夫妻がホテルに泊まったり飛行船を使った記録が無かったのはおかしい、さっきも言ったけど唯の一般人、それも旅行客が魔獣が出る陸路を使うの何でまずあり得ない。


 仮に目的があったとしても遊撃士を護衛にしたりするだろう。でもそういった依頼は無かったとエルナンさんの調べで分かった。


 つまり現時点で俺とフィーはヘイワーズ夫妻を怪しんでいる。コリン君を置いていったのも俺達に何かを仕掛けるためかもしれない。


「ただ露骨過ぎない?如何にも怪しんでくれって感じだし」
「そうなんだよな……」


 フィーはヘイワーズ夫妻が怪しいのは確かだけど露骨過ぎないかとも話す。


 現状ヘイワーズ夫妻は調べれば調べる程怪しい所しか出てこない、だがこれは俺達を騙すための結社の罠なんじゃないかとも思うんだ。


 だってあまりにも怪しすぎて狙ってやってるんじゃないかと思うくらいだ。


「まあクロスベルのギルドにも連絡をしてヘイワーズ一家がいるかどうかを確認してもらってるからそれ次第だな」


 エルナンさんに頼んで現在クロスベルにヘイワーズ一家がいるのかどうか確認してもらっている。流石に直には連絡を取れないがそれも時間の問題だろう。


「後はその情報次第だな。ヘイワーズ一家がクロスベルにいればリベールにいた夫妻は偽物、いなければ事件に巻き込まれた、もしくは結社のメンバーなのを警戒する……これしかないか」
「まあそれしかないね。でもわたし、仮に結社がコリンを利用しているって分かったら流石に許せないよ」
「ああそうだな、俺も許せない」


 もし結社の勝手な思惑で何の罪もないヘイワーズ一家が巻き込まれたのなら俺は奴らを許さない。


「とにかく今は情報を待つしかない。今日はもう寝てしまおう」
「ん、そうだね。それじゃ寝よっか」


 フィーはそう言ってベットに潜り込んだ。


「おいおい、フィーの部屋はラウラとエマがいる部屋だろう?」
「別にいいじゃん、エステル達はコリンと寝てるしラウラもエマも寝ちゃってるよ。起こしちゃったら不味いし今日はここで寝る」
「仕方ないな……」


 フィーはこう言い出し絶対に折れないので早々に諦めた。俺は隣のベットに入るがフィーが猫のような俊敏な動きでこっちのベットに入ってきた。


「一緒に寝よう、恋人なんだし」
「ラウラに悪いだろう……」
「いいじゃん、別に。一緒に恋人になったけど抜け駆けはしないなんて約束してないし」
「はぁ……」


 そう言うフィーに俺は早々に折れた、正直もう眠いんだ。


「リィン、お休みのちゅーしよ」
「はいはい……」


 俺はフィーの顎を指で上に軽く上げると優しく唇を重ねた。


「ふふっ、これいいね。今日から毎日しよう」


 フィーは笑みを浮かべると俺に抱き着いてきた。


「お休みなさい、リィン」
「お休み、フィー……」


 俺はフィーの温もりを感じながら夢の中へと旅立つのだった……

 

 

第83話 鉄機隊

side:リィン


「レン!待ってくれ!」


 俺は暗闇の中でずっと探していたレンを見つけてその後を追う、だがどんなに走っても彼女に追いつくことが出来ない。


 それでも必死に走り続けて何とかレンに追いついた。


「レン……ようやく見つけたよ」
「……」
「遅くなってごめん、ずっと探していたんだ。さあ俺と帰ろう、これからはずっと君を守るよ。約束する」


 俺はレンに手を差し伸べてそう言った、そしてレンがこちらの振り返る。


「なっ……!」


 レンの顔は蒼白く目に眼球が無かった、真黒な空洞から血を流して俺を見つめる。


「嘘つき、何が俺が君を守る……よ。貴方は可愛い妹と綺麗な幼馴染を恋人にして楽しくやってるじゃない。私の事なんて忘れちゃったんでしょう?」
「俺は必至で君を……」
「言葉では何とでも言えるわ、でも貴方は私を見つけてくれなかった」


 レンはそう言うと消えてしまった。そして辺りを見渡すといつの間にか無数のレンに囲まれていた。


「嘘つき……嘘つき……」
「苦しかった……寂しかった……」
「貴方は所詮口だけ……何も守れない……」
「や、やめろ……」


 レンは俺を囲いそう言い続ける。


「嘘つき……嘘つき……」
「死ね……死んじゃえ……」
「偽善者……人殺し……」
「うわああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 俺は唯耳をふさいで声を荒げる事しかできなかった……


―――――――――

――――――

―――


「はっ!?」


 俺は目を覚ましてベットから起き上がった。ゆ、夢だったのか……


「リィン!」


 フィーの叫びが聞こえそちらを見る、すると目に映ったのは黒いフードで全身を覆い隠した何者かの振り下ろそうとしたナイフをフィーが抑えている光景だった。


「破甲拳!」


 敵だと瞬時に判断した俺は襲撃者の胸に破甲拳を打ち込んだ。


(なんだ、この感触は?)


 人間を殴った時に感じる感触ではないことに一瞬違和感を感じた、まるで鉄の鎧を殴ったような感触だった。


 だが今はそんな事を気にしている場合じゃない、俺は側に置いてあった太刀を拾い襲撃者に斬りかかる。


 襲撃者は直に立ち上がり煙幕玉を床に投げつけて視界を奪ってきた。そして素早く窓ガラスを割って外に逃げる。


「くそっ、逃げられた!フィー、皆を起こせ!」
「ヤー!」


 俺はフィーに仲間を起こすように指示して逃げた人物を追いかける。襲撃者はグランセルの建物の上を素早く飛び移り逃げていく、俺もそれに続いた。


「待て!」
「……」


 襲撃者は構わず逃げ続ける、俺は奴の右足と左足に投げナイフを投げつけた。投げたナイフは見事に突き刺さったのだが……


「なにっ……?」


 だが襲撃者はナイフが刺さっても痛がるそぶりも見せずに逃げ続ける。


「馬鹿な、足にも何か付けているのか!?」


 胸を攻撃した際の感触で上半身に何かを装備していると判断した俺は足を狙ったが出血してる様子もない、どうなっているんだ?


 襲撃者は街道へと逃げ込んだ。俺も後を追うが暗闇に聳え立つ木々の陰に奴を見失ってしまう。


「……くそっ、気配を感じない」


 奴からは全く気配を感じることが出来ずこれ以上深追いするのは危険と判断して街に戻った。そして駆けつけてくれた仲間達に何が起きたのかを報告した。


 当然このことは遊撃士協会や王国軍にも話が行き警戒態勢になった。俺達も起きて警戒をするが結局その後は朝まで何も起きなかった。


 その翌朝に改めてギルドにて襲撃者の事を話し合うのだった。


「じゃあ最初にフィーがそいつを見たのね」
「ん、そうだよ。殺気を感じて目を覚ましたらリィンに目掛けて何者かがナイフを突き立てようとしていたから止めたの」
「間一髪だったじゃない!もしフィーがいなかったらリィン君は殺されていたって事?」
「ああ、情けない話だがそうなっていた可能性があった。フィーには感謝しないとな」


 エステルの問いにフィーが起こった状況を話した。エステルの言う通りフィーがいなければ俺は殺されていた可能性がある。


「リィン、そなたは気配を感じなかったのか?」
「俺は全く感じなかった」
「ふむ、そういう訓練をしているリィンでも捕らえられないほどの気配の消し方……間違いなく達人だな」


 ラウラの問いに俺は情けなく感じながらも素直に答えた。


 戦場では寝ている際に襲撃を受ける事も珍しくないので気配や殺気を感じ取るための訓練を受けている、そんな俺が気が付けなかったのだから相手は気配を消す達人なのだろう。


「気配を全く感じなかった、殺気がまるで無かったんだ」
「わたしも本当に僅かな殺気を感じ取って起きたの。もし後1秒でも遅れてたら……」
「フィーにすら気配を直前まで感じさせないか、厄介だな」


 俺は気配を全く感じなかったとラウラに応える。普通人間である以上最低限の気配は感じるものだ、だがあの襲撃者にはそういったものを一切感じなかった。


 気配や危険を察知する能力は俺以上のフィーですら本当にギリギリのところで気が付いたようだ、あの襲撃者は気配を消すスキルだけなら団長やカシウスさんといった俺が知る強者達以上かもしれないな。


「でもどうしてリィン君やフィーを狙ったんだろう?まさかまた結社の仕業?」
「いやもしかしたら脅迫状を送った人間が雇った刺客かもしれねえぞ、ウロチョロ嗅ぎまわっている俺達を脅す為かもな」


 エステルは結社の仕業を考えたようだがアガットさんの言う事にも可能性があるな。


「先程届いた情報なんですが黒い装備で武装した集団がボースの方で複数見られたとシェラザードさんから報告がありました」
「えっ、シェラ姉が?」


 エルナンさんからシェラザードさんから情報を送ってもらったと聞いてエステルが笑みを浮かべた。どうやら無事に調査を進めれているみたいだな。


「でもその黒い装備をした集団って……」
「ええ、特務兵の残党である可能性があります。実際その集団が付けていた装備や武器は特務兵が使っていたものと一致しますから」


 クローゼさんは集団に覚えがあるらしくエルナンさんは答えを話した。


 特務兵……かつてクーデターを企てたリシャール大佐が率いた組織の事だ。リシャール大佐は捕まったが一部のメンバーが逃げ出して今も逃亡している。


「もしかしたらその特務兵が脅迫状の犯人なんじゃないかな?彼らからすれば帝国と仲良くしようとする条約なんて嫌なだけだと思うけど……」
「可能性はあるが断定はできないな、れっきとした証拠がない」
「うぅ……良い推理だと思ったんだけどなぁ」


 姉弟子は特務兵が犯人だと言ったがジンさんに証拠が無いと言われて落ち込んだ。確かに怪しいがこれに関しては容疑者が多すぎる、ジンさんの言う通り今の段階で決めつけるのは危険だ。


「じゃああたし達もボースに向かった方が良いのかしら?」
「いえ、陽動の可能性もあります。そちらの方は軍にお任せして私達はグランセルで警戒をしていた方が良いでしょう」


 エステルは自分達もボースに向かった方が良いのかと聞くとエルナンさんは陽動の可能性も考慮してここに残ってくれと返した。


「あ、あの~……」
「どうかされましたか?」


 そんな時だった、ギルドに若い女性が入ってきたんだ。格好からしてグランセルの市民だな。


「実はつい先ほど北町区の辺りで女性からこの手紙をギルドに届けてほしいと言われて……」
「手紙ですか?」


 女性は手紙を預かっていると言いエルナンさんに渡した。


「……これは」
「エルナンさん、何が書いてあるの?」
「実際に見てください」


 エルナンさんから渡された手紙をエステルは読み始める。


「えっと……『リィン・クラウゼルへ、貴方に決闘を申し込みますわ。今日中にグランセル城の地下にある遺跡に一人で来なさい。絶対に来なさい、いいですわね?』……これって果たし状じゃない!?」


 エステルが呼んだ手紙の内容は俺にあてられた果たし状だった。


「絶対罠じゃん、これ書いた奴馬鹿だよ」
「うん、私でももう少し考えて書くぞ」


 あまりにもストレートすぎる果たし状にフィーとラウラが呆れた表情でそう言った。


「というかまたお前かよ」
「なんですか、その顔は?俺だって好きで指名されている訳じゃないんですけど」


 アガットさんに呆れた目で見られたので抗議した。


「でもどうするのこれ?多分結社だと思うけど絶対罠だよね?」
「うーん、普通なら全員で向かう所だけど下手に要求を断ったら何かしてくるかもしれないのよね」


 姉弟子はこの果たし状は結社が送ったものだという、まあその可能性は高いだろう。だがエステルの言う通り要求を呑まなかったら何か起こす可能性もある。


「それなら私が魔術で姿を見えないようにできます。それでリィンさん以外のメンバーを待機させて様子を伺うのはどうでしょうか?」
「えっ、そんなことが出来るの!?」


 エマの魔術の力にエステルが驚いた様子を見せる。仮に罠だとしてもこれなら対処できそうだな。


「はい。ただ私を含めて3人しか効果はありません」
「ならクラウゼルを含めた4人をそっちに向かわせて残りは……」
「大変だ!エルベ離宮近くの街道に魔獣の群れが……!軍も対応しているんだが見た事もない魔獣で強いんだ!遊撃士も手を貸してくれ!」
「あんですって!?」


 エマの4人までと言う言葉にアガットさんがメンバーを選出しようとする、だがそこに王国軍の兵士が一人現れて魔獣が出た上に苦戦しているから手を貸してほしいと言ってきた。


「時間がないな。リィン、俺達はこっちを対応するからお前はメンバーを選べ!」
「分かりました!」


 魔獣の群れは複数あるようでそれぞれが分かれて迎撃に向かうようだ。俺はジンさんの指示通りメンバーを選ぶ。


 俺は立候補したフィー、ラウラ、エマ、そして最後にクローゼさんを連れてグランセル城に向かった。


 クローゼさんが事情を話してくれたおかげでスムーズに許可が下りて地下に向かえるようになった。


「敵の正体が分からない以上この先は危険です、クローゼさんはここにいてください」
「……分かりました、どうかお気をつけて」


 敵の勢力や罠を考えるとクローゼさんも連れて行くのは危険すぎると判断した俺は彼女にそう伝えた。クローゼさんは素直に頷いて俺達の無事を祈る言葉を送ってくれる。


 そして俺はフィー、ラウラ、エマを連れて地下の遺跡に向かった。


「……またあそこに向かうのか」
「どうしたんですか、リィンさん?」
「いや、苦い敗北の思い出があってな」


 心配そうに顔を覗き込んできたエマに俺はそう答えるとフィーとラウラの顔も険しいモノになった。

 
 無理もない、二人も俺と同じでここには良い思い出はないからな。


「さて……遺跡についたはいいが誰もいないな」


 俺は一人で指定された場所に向かったがそこには誰もいなかった。エマの魔術でフィー、ラウラが姿を消して少し離れた場所にいてもらっている。


「来ましたわね、リィン・クラウゼル」


 誰かの声が聞こえると床に魔法陣が現れてそこから3人の女性が現れた。全員鎧を着こみ武器を構えた女騎士のような恰好をしている。


「お前達は……」
「初めまして、リィン・クラウゼル。わたくしは『鋼の聖女』に仕えし『鉄機隊』が筆頭隊士、『神速のデュバリィ』と申します」
「同じく鉄機隊が一人、『剛殻のアイネス』だ」
「『魔弓のエンネア』よ、宜しく」


 現れた三人は間違いなく強者だ、全員が油断ならない強さを持っている。


「……西風の旅団リィン・クラウゼルだ。果たし状を送ってきたのはお前達か?」
「その通りですわ、わたくしが貴方にその果たし状を送りましたの。でも流石は猟兵、平然と汚い手を使いやがりますわね」


 デュバリィと名乗った女は俺の背後に視線を向ける。


「そこにいるのは分かっていますわ、さっさと姿を見せなさい」


 デュバリィがそう言うとエマは魔術を解除して姿を現した、同時にフィーとラウラも姿を見せる。


「見抜かれていたみたいですね……ごめんなさい」
「エマのせいじゃない、あの三人は相当な手練れだ。見抜かれても仕方ない」


 エマが責任を感じているという表情を見せたので俺はフォローした。実際あの三人の目をかいくぐるのは無理そうだ、エマは悪くない。



「わたくし達を謀ろうとするなど10年は早いですわ。卑怯な戦い方ばかりする騎士道精神もない猟兵の考えそうな事などお見通しですのよ」
「誉め言葉として受け取っておくよ、まあお前も三人でリンチしようとしているんだから人のこと言えないんじゃないか?」
「そんなつもりはありませんわ!この二人は見届け人としていてもらうだけですので」


 俺の挑発にデュバリィという女性は怒ってそう言った。沸点は低いようだな。


「そなた達の目的は何だ、リィンを殺すつもりなのか?だとすれば私も黙ってみてはおれんぞ」
「ふん、アルゼイドの人間などに応える義理はありませんわ」


 ラウラが一歩前に出てそう言うとデュバリィはアルゼイドの人間とは話すことはないと言った。


「デュバリィといったか?そなた、アルゼイドと何か関係があるのか?」
「アルゼイドの人間が気に入らないだけですわ、傍流の剣技を得意げに振るう愚かな集団などに……」
「傍流だと?」


 デュバリィに傍流だと言われたラウラの瞳が鋭くなる。


「傍流とはどういうことだ?」
「傍流は傍流ですわ、無知とは幸せですのね」
「ラウラ、もういいじゃん。こんな失礼な奴にまともに話し合う気なんてないよ。全員やっつけて捕まえちゃおう」


 なおもラウラを馬鹿にするデュバリィにフィーが軽くキレた様子を見せる。優しいフィーが親友を馬鹿にされて怒らないわけがないからな。


「あらあら、殺気立ってるわね」
「筆頭が言い過ぎたからだろう、謝った方が良いんじゃないか?」
「貴方達はどちらの味方ですの!」


 エンネアという女性は頬に手を当てて困ったようにそう呟き、アイネスという女性は呆れた様子でデュバリィにそう話す。


「……それでお前達は何がしたいんだ、脅迫状を出したのはお前らか?俺を殺したいのか?それもお前らのボスの指示か?」
「質問攻めは止めなさい!それにあんな下劣な男がわたくし達のボスなどあり得ませんわ!わたくしが仕えるのがこの世でただ一人のお方『鋼の聖女』ことアリアンロード様だけですわ!」


 俺はブルブランやヴァルターの起こした事件の時のように指示を出している存在、つまりこいつらのボスや脅迫状などについて聞いてみた。


 まあ普通なら敵である俺達に情報を答える訳が無いのだがデュバリィは心外と言わんばかりに表情を歪ませた。


「アリアンロード……確か結社って執行者の上の最高幹部がいるんだよね?つまりそいつがリベールで事件を起こしている執行者達を陰で操ってる人って事?」
「そこのおチビ!マスターは悪戯に人を傷つけるお方じゃありませんの!知らない人間が好き勝手言わないでほしいものですわ!」
「そんなこと言われてもわたしその人のこと知らないし……勝手に怒って馬鹿みたい」


 フィーはアリアンロードという名の人物がこのリベールで事件を起こしている執行者たちのボスなのかと予想するがデュバリィは更に怒ってしまう。そんな彼女をフィーは呆れた様子でそう呟いた。


「リィン・クラウゼル、わたし達は結社に属しているが執行者ではない。蛇の使徒の一人であるアリアンロード様ことマスターが率いる鉄機隊に属しているだけだ」
「だから私達はマスターの指示でしか動かないの。今回の計画を進めている蛇の使徒はマスター以外の人間だから私達がその者の指示で動きはしない」
「……つまり貴方たちは今回事件を起こしている結社のメンバーとは関係ないアリアンロードという方の指示で私達に接触してきたという事ですか?」


 アイネスとエンネアがデュバリィの代わりに自分達の目的を話す。エマは今回リベールで事件を起こしている首謀者と鉄機隊のマスターは違う人物なのかと言う。


「ちょっと貴方達!筆頭である私を置いて話しを進ませないでくださいまし!」
「デュバリィ、貴方に任せていたら話が進まないわ」
「マスターを待たせる気か?」
「うっ……申し訳ありませんわ」


 二人に噛みつくデュバリィだったがマスターと聞くとさっきの怒りが嘘のようになくなってしまい落ち着いた様子を見せる。


「コホン……つまり私達の目的はリィン・クラウゼル、貴方の実力を測るためですわ!」
「俺の?」
「ええ、忌々しいですがマスターは貴方に強い興味を持っていますの。故に貴方の実力を確かめたいと言われたのでわたくし達が来たというわけですわ」
「なるほど……」


 俺はデュバリィの何故かドヤ顔を浮かべ言うその言葉に溜息を吐く。また変な奴に目を付けられたのか……


「リィン・クラウゼル!貴方なにを面倒くさそうな顔をしてやがりますの!マスターに目をかけてもらえるなど名誉以外の何物でもないというのに!」
「だから俺はお前達のマスターの事なんて知らないんだって……」


 デュバリィは余程そのマスターを慕っているようで俺が嫌な顔をしたことを抗議してきた。だが結社に属している時点で猟兵とそう大差ないだろうが……


「まあいいですわ、これ以上マスターを待たせるわけにはいきませんの。私と戦いなさい!」
「……どのみち結社の関係者だろう?捕まえて情報を吐かせてやる」


 剣を突きつけてきたデュバリィ、俺も太刀を抜いて戦闘を始めようとするが……


「待て、リィン。私達もやらせてもらうぞ」
「ん、見てるだけなんてごめんだね」


 フィーとラウラが俺の前に出た。


「貴方達には用はありませんわ!そこをどきなさい!」
「断る。そなた達の目的がリィンだと分かれば黙ってみている筋合いはない」
「リィンはわたしとラウラが守る。もう見てるだけなんて事はしない」


 デュバリィは二人に用はないというが二人は決して譲らなかった。


「ふふっ、良い殺気だな」
「ええ、ただの若い雛鳥かと思っていたけど実際は私達を食い殺そうとする獅子だったわけね」


 デュバリィの前にアイネスとエンネアが武器を構えて躍り出た。


「貴方達、今回は……」
「デュバリィ、確かに今回は筆頭であるお前に任せるとは言った。だがこの二人は決して譲らないぞ?」
「私達全員で相手にしてもいいけど今回のマスターの依頼は個々の実力を把握する事……この子達のデータも取っておけば後で役立つと思うわよ」
「……仕方ないですわね、マスターを待たせるわけにはいきませんし」


 デュバリィはそう言うと懐から何か紙のような物を取り出した。それを地面に置くと3つの魔法陣が現れる。


「なんの真似だ?」
「これは貴方達雛鳥に与えるための試練ですわ。今からわたくし達はこの魔法陣で一人ずつ違う場所に向かうので好きな相手を選んで入りなさい」
「ただし入れるのは一人だけだ。つまり一対一での戦いになる」
「逃げてもいいのよ?その時はマスターに試す価値もない人物だったと報告するだけだから」


 デュバリィ、アイネス、エンネアはそう言うとそれぞれが魔法陣に入って姿を消した。


「……あそこまで言われては逃げられないな」
「そうだね、舐められたらお終いだよ」


 ここで逃げてしまったら西風の旅団の名に泥を塗ってしまう、本当にヤバいのなら逃げるが戦いもしないで逃げるつもりはない。


 フィーの言う通り舐められてしまうと『俺達に手を出しても問題ない』と馬鹿な連中が調子づいて厄介ごとに巻き込まれてしまうかもしれないからな。


「ならリィン、デュバリィという女性は私にやらせてほしい」


 ラウラが俺にデュバリィと戦いたいと話す、その目には決意が込められていた。


 アルゼイド流を傍流などと言われてしまえばその剣術を信じて剣を打ち込んできたラウラは到底無視できないだろう。


「……分かった。ならフィーはどうする?」
「そうだね……わたしはアイネスとかいったハルバート使いと戦うよ。ちょっと試してみたいことがあるし」
「なら俺はエンネアという弓使いか」


 フィーはアイネスと戦うというので俺はエンネアと戦うことにした。


「エマ、相手は達人だ。達人との戦闘経験がない君では分が重い」
「ええ、分かっています。私はギルドに戻ってエルナンさんにこのことを報告します」
「ああ、頼んだぞ」


 エマではあの三人とは戦えないからな、ギルドに言って応援を呼んできてもらおう。


「皆さん、どうか無事に帰ってきてください!」


 エマはそう言って地下遺跡の入り口に向かっていった。


「二人とも、相手はかなりのやり手だ。油断はするな」
「勿論だ、決して油断などしない。私の修行の成果を見せてやる」
「ん、負けるつもりもないし油断するつもりもない。二人も気を付けてね」


 俺達はお互いに激励を送ると奴らが消えていった魔法陣の上にそれぞれ立つ。そして光に包まれて俺達の姿はその場から消えた。

 

 

第84話 西風の絶剣VS魔弓のエンネア

 
前書き
 エンネアの異能の力はオリジナル設定なのでお願いします。 

 
 魔法陣を通りリィンがやってきたのは霧が立ち込める障害物の多い広間だった。


「なんだここは?霧が濃いな……」


 視界が悪い場所に来たことでリィンは警戒度を上げる。すると空気を斬り裂く音と共に何かがリィンに迫ってきた。


「うおっ!?」


 間一髪体をひねってそれを回避したリィンは壁に刺さった物体を見てみる、それは矢だった。


「矢……いきなりだな」
『よく来たわね、リィン・クラウゼル』


 リィンの呟きと共に広間に女性の声が響いた。


「確かエンネア……だったな」
『あら、女性の名前を覚えるのが早いのね。女好きという情報があったけど噂通りなのかしら?』
「俺が好きなのはフィーとラウラだ、勝手な事を言うな」
『あらあら、お熱いのね』


 くすくすと笑うエンネアにリィンは顔をしかめる。


「からかうな、お喋りは良いから早く戦おう。それとも俺が相手では不服か?」
『そんなことはないわ。ただ私もまさか貴方が来るとは思っていなかったけど……ふふっ正直デュバリィやアイネスの方が貴方には都合が良かったかもしれないわね』
「……」


 リィンは辺りの切りや障害物を見て溜息を吐いた、状況から見て自分が不利と悟ったからだ。


「弓使いらしく姿を隠して不意打ちか……理に叶った戦法だ」
『うふふ、ごめんなさいね。本来なら相手の前で正々堂々戦うのが私のポリシーなんだけど今回は貴方を試す立場として試練を与えさせてもらうわ』
「それもあんた達のマスターの指示か?」
『そうよ、あのお方の言葉は絶対……その為なら自身のポリシーだって捨てられるわ』


 リィンはエンネアの決意のこもった言葉を聞き、そのマスターが相当に慕われているんだなと思った。


「ふっ!」


 考え事を得いていたリィンの背後から矢が三本飛んできた。気配もなく完全な死角からの攻撃だった。


「不意打ちは効かないぞ!」


 話をしている最中に容赦なく攻撃されたがリィンはそれを回避して距離を詰める、目的は矢の飛んできた方角だ。


「そこだ!」


 リィンは眼前に見えた蔭に向かって太刀を振り下ろした。しかしそれは人ほどの大きさの柱だった。


「ふっ!」


 リィンの右上から4本の矢が降り注ぐように向かってくる、リィンはそれを素早いサイドステップで回避して矢が飛んできた場所に向かって孤影斬を放つ。


(手ごたえがない……?)


 だがリィンは相手を斬った手ごたえが無いことに違和感を感じていた。今のタイミングでは遠くまで逃げられるはずが無い、なのに最初からそこに誰もいなかったかのような手ごたえの無さを感じたようだ。


 するとリィンの背後から3本の矢が飛んできた。リィンはそれを太刀で切り落とすが今度は左斜め上から4本の矢が襲い掛かる。


「馬鹿な、複数人いるのか!?」


 息も吐く暇もない怒涛の矢の雨にリィンは驚愕する。この短いサイクルの間に四方八方から矢を放つなど一人では不可能なはずだ。


「ちぃっ!」


 リィンは太刀を振るったばかりで体勢が崩れていた、先ほどのように太刀で切り落とすには不安定な状態だった。


 だからリィンは体をひねってジャンプして矢を回避した。しかしそこにまた背後から2本の矢がリィンに向かってきた。


(まずい、この状態じゃ回避できない……!?)


 ジャンプしてしまったため動けなくなったリィンは太刀を背中に回してなんとか一本の矢を防いだ。だがも一本の矢はリィンの背中の右肩辺りに突き刺さった。


「がっ……!」


 痛みで苦痛の声を上げるリィン、だがリィンは転がりながらも障害物の陰に身を隠す事に成功する。


「くそっ、何処にいるのか分からないぞ!」


 痛みを抑えながらリィンは相手の気配が読めなくなった事に気が付いた。


「もしかしてこの霧が……?」


 フィーほどではなくとも自分も相手の気配を読むことには長けていると思っていたリィンは、この気配の読めない状態が霧にあるのではないかと気が付いた。


「くそっ!」


 だが休む間もなく飛んで来る矢をリィンはなんとかかわす、だがその動きは先程より鈍いものになっていた。特に右腕はまるで固まったように動かなくなっている。完全に動かないわけではないが力が入らない。


「なんだ、体が重いぞ……麻痺か?」


 リィンは自分の体の異常に気が付いて状態異常の麻痺かと考える、だが麻痺にしては全体ではなく部分的に動かない右腕を見て可笑しいと感じていた。


『私のメデュースアローを喰らっても動けるなんて貴方はどんな体をしているのかしら?その矢は石化の状態異常を与えて一回でも喰らえば動けなくなるはずなのに』


 するとエンネアは丁寧に自身のクラフトを説明した。リィンの右腕が動かないのは先程右肩に喰らった矢が原因らしい。


 リィンはD∴G教団の実験で状態異常に対して強い耐性を得ていた、特に体の動きを阻害する麻痺や石化などには高い耐性がある。


 なので完全に動きが固まることはなかったが右腕が動かなくなったリィンは辛そうな表情を浮かべる。


(利き腕をやられたのは痛いな……回復しようにもこの攻撃の速さでは隙が無い)


 利き腕をやられてしまったので上手く太刀を振れなくなってしまった、回復しようにもそんな隙をエンネアは与えない。


(とにかくまずはエンネアを見つけないと話にならない、この邪魔な霧を吹き飛ばす必要があるな)


 リィンは放たれる矢を必死で回避しながら打開策を考えていく。まずはこの視界の悪さをどうにかしようと彼は考えた。


(エアリアルで吹き飛ばすか?だがアーツは駆動中は無防備になる、このまま使えばいい的だ)


 リィンは風属性のアーツ『エアリアル』で霧を吹き飛ばせないかと考える、しかしアーツは使う際に動けなくなる時間がありその隙を狙われてしまうと警戒して使えないようだ。


(なにかエンネアを誤魔化せる手段はないか……分け身はどうだ?いやアーツを使う前に消えてしまうな)


 リィンは身を守る手段として実態のある残像を生み出す『分け身』を使えないかと考える、だが分け身は瞬間的にしか使えない、直ぐに消えてしまうだろう。


(いや待てよ?分け身に鬼の力を流し込んで実態を作ればもっと長く維持できるんじゃないのか?たしかレオンハルトがそんな事を言っていたな)


 リィンは前に武術大会でロランスことレオンハルトが生命力と氣を流して分け身の実体化をしていたことを思い出した。


(出来るかどうかわからない、だがこのままではいずれ嬲り殺しにされるだけだ。やるかやらないか……人生はギャンブルだ!)


 上手くいく保証はなかったがリィンは賭けに出た、鬼の力を生み出した分け身に流し込んでいく。


 そしてリィンの目の前にもう一人のリィンが現れた。


「上手くいったのか……?それにしてもかなり疲れるな、多用は出来ないぞ、これ……」


 実態を生み出す事は出来たがかなりの体力を持っていかれた、リィンはこの技は多様出来ないなと考える。


 そこに4本の矢が四方から襲い掛かってくる、リィンは2本の矢を切り落とし分け身がもう2本の矢を切り落とす。


「よし、上手くいったぞ!」


 未だ存在を残す分け身を見てリィンは賭けに勝ったと思いアーツの準備に移った。そこに更に矢が飛んで来るが分け身が全て防いでくれた。


「よし、これなら使えるぞ!エアリアル!」


 リィンはアーツを駆動して導力魔法を放った、辺りに大きな竜巻が現れて霧を吹き飛ばしていく。


「見つけたぞ!」


 霧が晴れた広場の柱の上、そこにエンネアと宙に浮かぶ矢の山だった。


「まさかそんな手を使うなんてね……!」


 エンネアの言葉と共に矢が一斉にリィンに向かっていった。リィンは分け身と共に矢を切り抜けてエンネアに接近していく。


「くらえっ!」
「甘いわ!」


 リィンの振り上げた太刀をエンネアは弓で受け止めた。普通の鉄ではないようでリィンの太刀を受け止めても弓は斬れなかった。


「はっ!」


 そしてエンネアは弓を持つ反対の手で矢を指と指の間に挟み込んでリィンを斬り付けた。斜め右上に振り上げられた一閃がリィンの頬を切り裂いた。


 更に追撃で顔に目掛けて突きの連打を放つエンネア、リィンはそれを回避しながら後退する。


 そこに浮いていた矢が素早く動きリィンに目掛けて飛んできた。リィンは分け身に援護してもらいながら矢をかわした。


「矢を操れるのか!?」
「ええ、貴方と同じ私もD∴G教団で人体実験をされた、その際に得た力がこれよ」
「なんだと……!?」


 エンネアの言葉にリィンは驚愕の表情を浮かべた。まさか目の前の女性があの教団で自分と同じ人体実験をされていたとは思わなかったからだ。


「生き残りがいたのか……」
「ええ、私を救ってくださったのはマスターよ。あの方の為ならなんだってする、こんな卑怯な手もね……」


 エンネアが矢の先端を見せる、そこには液体が塗られており光に反射していた。


「グッ……!?」


 するとリィンの体に異常が起きる、腕や足に鈍い痺れが襲い掛かってきたのだ。左腕以外が上手く動かせなくなってしまった。


「薬か……!」
「ええ、この矢にはさっき貴方の動きを阻害した薬が塗られているの」


 リィンは斬られた頬に意識を向ける、その時に新たな薬を体に入れられたことを悟った。


「そこよ!」
「しまった……!」


 更に追撃で分け身に矢が刺さり消滅した、これでリィンは丸裸になってしまった。


「さあ、これで終わりよ」


 エンネアは十分に距離を取るとリィンに向けて矢を構える。


「降参しなさい、そうすれば命までは奪わないわ」
「ぐっ……」
「猟兵は命を大事にするのでしょう?賢い貴方ならどうするか分かるわよね?」


 エンネアの言葉にリィンは悔しそうに歯ぎしりする、そして彼の脳内に嘗てルトガーに言われたある言葉が浮かび上がった。


『団長はどうしてあの時逃げなかったの?あんな軍勢を前にたった一人で殿をして……死んでいてもおかしくなかったんだよ?僕には逃げろって言ったのに団長は守ってないじゃないか!団長が死んだら僕嫌だよ……』
『ごめんなリィン、だがな俺はお前に嘘をついたわけじゃないんだ。命があってこその猟兵だ、確かにあの場は俺も逃げるべきだった。だがな、男には時に絶対に逃げられない時が来るんだ。もしあそこで逃げていたら俺は仲間を失っていたしもう二度とあの場には立てないって思ったんだ』
『団長……』
『でもお前は真似すんなよ?死んじまったら意味ねえからな』


 がははと豪快に笑うルトガーをリィンは憧れを込めた眼差しで見ていた。そんな昔を彼は思い出していた。


「……俺は逃げない。今逃げたら俺はもう結社とは戦えない、レオンハルトの前には立てない」


 リィンはかつて完敗した強者を思い浮かべた。奴とはまたぶつかる事になるとリィンは直感で感じていた、今逃げたらもうあの男の前には立てないとリィンは思ったのだ。


「このくらいの逆境を跳ねのけられないならどのみちこの先生きてはいけない!勝負だエンネア!」


 リィンは片腕で太刀を構えてそう叫んだ。


「見事な覚悟ね、なら私も全力でお相手するわ」


 エンネアはそう言って弓を構える、彼女の周りには沢山の矢が浮かんでリィンに照準を合わせていた。


「せめて苦しまずに逝きなさい……はっ!」


 エンネアは弓から一本の矢を放つ、リィンは太刀を水平に構えて矢に向かって歩みを進めた。


(喰らったら死ぬ……そんな極限の状況こそ成長するチャンスだ!)


 死を目前にしてリィンの集中力は極限にまで研ぎ澄まされていた。


 エンネアの放った矢がリィンの制空権に入ったその瞬間、リィンは太刀の先を矢に当てて力の流れをコントロールする。すると矢の軌道が逸れてリィンを横切った。


「……ッ!」


 それを見たエンネアは驚きながらも直ぐに新たな矢を放ち更に浮かせていた矢を3本リィンに向かわせた。しかもすべての矢が不規則な動きをしながらリィンに向かっていく。


「はっ!」


 だがリィンはその四本の矢を全ていなした、まともに動けないのに自身の矢を防いだことに流石のエンネアも驚きを隠せなかった。


 ジリジリとゆっくり歩を進めながらエンネアとの距離を縮めていくリィン、エンネアは矢を放つが全ていなされてしまう。


(この子、なんて集中力なの……!?)


 自分より年下の少年、最初は多少の油断もあった。だがこの時何故エンネアが自身が慕うマスターが興味を持ったのか身をもって理解した。


(なるほど、この子は剣帝に匹敵する逸材ね。あの方が気にするわけだわ……!)
(おかしいな、こんなに痛いし死ぬかもしれないのに楽しくなってきた……!)


 久しく見なかった『強者』にエンネアは無自覚に心を躍らせていた。そしてリィンも死を目前にして笑みを浮かべていた。


「……」
「……」


 互いに構えにらみ合う二人……そして先に動いたのはリィンだった。


「はっ!」


 エンネアは1本の矢を高速で放つ、速さが今までと違いタイミングが僅かにずれて力の流れを完全にいなすことが出来なかったリィンは大勢を崩しながらも太刀の柄で矢を受けた。


 続けて足元に放たれた2本の矢をなんとか飛んで回避する。だが……


「貰ったわ!」


 だがエンネアは残りの浮いていた矢を全てリィンに向けて放った、タイミングをずらして体勢を崩しわざと足元を攻撃してジャンプするように陽動したのだ。


 片腕、ましてや空中でこの量の矢は防げない、エンネアは勝利を確信した。


「爆芯!」


 だがリィンはそれを読んでいた、狙い通り放たれた矢は真っ直ぐにリィンに向かってきたがリィンは圧縮した氣を解き放ち矢を全て吹き飛ばした。


「なっ……!?」


 予想もしていなかった動きにエンネアは一瞬硬直してしまった。リィンの情報は調べていたのでクラフトなどは把握していたエンネアだったが、爆芯は前に戦った痩せ狼ヴァルターとの戦いでリィンが新たに得た技だ。故に情報の中に入っていなかった。


 完全に虚を突かれたエンネア、リィンは空中で太刀を構え直すとエンネアに目掛けて袈裟斬りを放った。


「貰った!」
「しまっ……!」


 距離を詰められたエンネアは死を覚悟した。だがその直前で太刀がエンネアを斬る前に止まった。


「えっ……」
「俺の勝ちだな」


 リィンはそう言うと太刀をしまった、エンネアはそんなリィンの行動が理解できなかった。


「待って、どうして私を斬らないの?」
「あんたが俺を本気で殺す気が無かったからさ、だから太刀を収めた」


 リィンがエンネアが本気で自分を殺す気が無いと戦いの中で悟ったのだ。もし彼女が本気ならもっと複雑な矢の操作でリィンに近づけさせることなくなぶり殺しにでいたはずだ、でも彼女は態々真正面からリィンが何とか対応できるような攻撃をしていた。


「私が手を抜いているって分かっていたの?」
「ああ、あんたの実力はそんなものじゃないだろう?本気なら俺は殺されていた」
「でも私が憎くないのかしら?貴方は矢を受けたり怪我をしたのよ?しかも薬まで盛られて……普通ならやり返したいって思わないの?」
「別に。俺はケンカを売られたから買っただけでそれが終われば遺恨はないよ」
「……」


 あっけらかんとそう言うリィンにエンネアは最初はぽかんとしていたが徐々に笑い始めた。


「ふふっ……貴方っておかしな子ね、矢を刺されてもやり返さないなんて……貴方にはその権利があるのよ?」
「だから良いって。あんたとの戦いは楽しかったし俺も強くなれた、それで十分だ」
「そう……ならこれくらいはさせて頂戴」


 エンネアはそう言うと回復のアーツでリィンを治療した、そして何か薬を渡す。


「これは?」
「鉄機隊に伝わる回復薬よ、体の治癒力を高めてくれるの」
「そうなのか、なら有難くいただくよ」


 リィンはそう言うと躊躇なく薬を飲み干した。


「おおっこれは効果がありそうだな」
「貴方躊躇なく飲んだわね、毒だとは思わなかったの?」
「いまさらそんな姑息な手を使うような人だとは思わなかったからさ」
「本当に面白い子ね、貴方」


 当たり前のように言うリィンにエンネアはまた笑みを浮かべて笑った。


「合格よ、リィン・クラウゼル。貴方は間違いなく戦士だわ」
「それで何か報酬でもあるのか?」
「マスターに会わせてあげるわ。あの方に直接会える人間なんてそうはいない、とても名誉なことよ」
「ふーん……」


 リィンはエンネアが慕うマスターに興味が湧いた。それに結社の幹部に近づけるのは危険だがチャンスでもある、リィンは相手の情報を得る事を優先する。


「じゃあ行きましょう、マスターの元に」


 エンネアはそう言うとリィンの腕に自らの腕を絡ませて組んだ。


「おい、何をしてるんだよ」
「薬でまだ動きにくいでしょう?エスコートしてあげるわ」
「別にいいよ。フィーとラウラに誤解されるから離れてくれ」
「あらあら、意外とウブなのね。同じ教団の人体実験を受けた同士でしょう?仲よくしましょう」


 エンネアはそう言うと更に強くリィンの腕に抱き着いてきた。リィンはどうかフィーやラウラにバレない様にと祈りながらエンネアの言うマスターの元に向かった。


(フィー、ラウラ……勝ってくれよ)


  

 

第85話 力比べ

 魔法陣を通りフィーが降り立ったのは空中にかけられた遺跡を繋ぐ一本道の通路だった。横は深い谷底になっており落ちれば確実に死ぬだろう。


「よく来たな、西風の妖精」


 フィーの視線の先には大きなハルバートを構える女性が立っていた。


「名前は確かアイネスでいいんだっけ?」
「如何にも。我が名は剛毅のアイネス、鉄機隊の一員で切り込み隊長を自負している。さあ正々堂々と戦おうではないか!」
「ふーん……」


 大きな声でそういうアイネスにフィーは耳をふさぎながら出会った頃のラウラに似ていると思っていた。


「ところで鉄機隊ってなに?聞いたことが無いんだけど」
「よくぞ聞いてくれた!鉄機隊とは我らがマスターが率いる精鋭部隊の事だ。かつてエレボニア帝国で『槍の聖女』リアンヌが率いたという『鉄騎隊』の名を取らせてもらった」
「リアンヌ……ラウラの話の中にあったね。正直あんまり覚えてないけど」


 フィーはリアンヌという名を聞いて昔ラウラからリィンと一緒に聞いた昔話に出てきた伝説の人物だった事を思い出していた。


 だがフィーはすぐに退屈さを感じてリィンの膝枕で早々に夢の世界に行ってしまったためあまり覚えていないようだ。


「それでその鉄機隊がなんでわたし達にちょっかいを出すの?恨み?依頼?」
「それは我がマスターがリィン・クラウゼルに興味があるからだ。たとえどんな小さなことでも我らはマスターの為に行動する」
「マスターか……結社の一員なんでしょ?変なこと企んでいそう」
「はっはっは、確かにお前達からすれば結社は得体の知れない人物たちの集まりにしか見えないだろうな。だが私が言うのもなんだがマスターは素晴らしい人格者だ、決して悪意を持ってリィン・クラウゼルに興味を持ってはいない。話はこれでいいだろう?そろそろ始めようか」


 きっぱりと言うアイネスにフィーはもうこれ以上は無理かと内心思った。少しでも情報を得ようとしたがアイネスはこれ以上は話さないだろう。


「お前の事も聞いてるぞ、西風の妖精。その小さな体躯で戦場を風のように駆け回り『西風の兄妹』と大人の猟兵からも恐れられている猛者だとな」
「最悪、猛者なんて言わないで。わたしは何処にでもいる可愛い女の子だよ」
「ふふっ、それは失礼した」


 軽口を言い合いながらフィーとアイネスは武器を構える、そして先に行動したのはフィーだった。


「クリアランス!」
「ふっ!」


 フィーは牽制にまずは銃弾の雨をアイネスに目掛けて放った、しかしアイネスはハルバートを振り回して銃弾を弾き飛ばしてしまう。


「スカッドリッパ―!」
「甘いぞ、貰った!」


 フィーは地面を強く蹴り上げて高速の一閃をアイネスに放つ、アイネスはカウンターでハルバートを横なぎに振るってくる。


「甘いのはそっち」


 だがフィーはそれを走りながら上半身を大きくそらして器用に回避した。そして振るいきったアイネスの胴に斬りかかる。


 長物の弱点は懐に入られると武器を扱いにくくなってしまう、フィーはその弱点を見事についていた。


 だがアイネスという猛者はそんな簡単な相手ではなかった。


「はぁっ!!」
「ぐっ……!」


 アイネスは片腕を自由にするとワンインチパンチをフィーに放った。


 このパンチは相手と1インチ(妬3㎝)の至近距離からテイクバックなしで放たれるパンチだ、フィーは咄嗟にガードをするがアイネスの膂力に体が浮いて後方に飛ばされてしまった。


「そう簡単に行かないよね……」


 フィーは吹き飛びながらも予め安全ピンを向いておいた閃光手榴弾をアイネスの足元に転がしていた。そして眩い光がアイネスを襲う。


「むっ!」


 アイネスは目を隠してガードするがフィーはエリアルハイドで気配を消してアイネスの背後に移動していた。


(貰ったよ)


 そして意識を刈り取るべくその首筋に目掛けてみねうちを放つ。


「なっ……!?」


 だがフィーの一撃は当たらなかった、アイネスは死角からの完全な不意打ちを回避したのだ。そして無防備だったフィーの腹部にソバットで蹴りを打ち込んだ。


「ガハッ!」


 フィーは攻撃を受けながら何故動きを読まれたのか理解した。


(ここは直線的な通路の上、動きもある程度読みやすいんだ……!)


 そう、フィーとアイネスが戦っている場所は遺跡を繋ぐ空中通路の上だ。その通路は直線的で狭くフィーの武器の一つである速さを活かすには向いていなかった。


 そもそもフィーはそのスピードと身のこなし、そして壁や障害物も利用して動く縦横無尽にして変幻自在な戦いを得意としている。その為彼女が一番能力を発揮できるのは狭い室内や障害物の多い森や町などでの戦闘だ。


 だがここは身を隠す事の出来ない真っ直ぐな通路だ、おまけに狭いので縦横無尽に動き回ることが出来なく必然的に直線的な動きになってしまう。


 アイネスは目を隠した際に自身の感覚を背後に集中させた。如何に早くても来る場所が予想できるなら対処は容易い、そして見事にフィーの不意打ちを防いだのだ。


 自身の失敗を感じながら口から唾液を吐きフィーが後退する、すぐに体勢を立て直そうとするがアイネスは既にハルバートを構えていた。


「兜割り!」


 そして地面が砕けるかのような衝撃と共にフィーが引き飛ばされた。咄嗟に自分から後ろに飛んだので直撃こそ避けたがそれでも無視できないダメージを負ってしまった。


「そこっ!」
「むっ!?」


 だがフィーも唯では転ばなかった、アイネスに目掛けて銃弾を放ったのだ。その銃弾はアイネスの頬を掠めて鮮血を垂らす。


 フィーはその間に薬を飲みダメージをある程度回復させる、だが傷そのものが無くなるわけではないので以前フィーが不利だった。


「やるな、攻撃を受けながらも反撃を試みるとは……その年ですさまじい執念だ」
「やっと好きな人と結ばれたんだもん、簡単には死なないよ。でもさっきの一撃は加減したでしょ?どうして?」
「私はお前達の実力を測るようにマスターから言われたのでな、殺すわけにはいかないのだ。もっとも先程程度の一撃で死ぬなら話は別だが」
「言ってくれるね、まったく……」


 フィーは一方的に勝負を挑んできたにも関わらず悪びれずにそう言うアイネスに呆れた溜息を吐いた。


 しかしフィーも内心助かったと思った、先ほどの一撃が完全に殺すつもりだったのなら自分は死んでいたと思ったからだ。


「……そっちがそのつもりならわたしも利用させてもらうよ」
「なに?」
「わたしの踏み台になってもらうって事、別にいいよね?そっちもわたし達を試そうとしてるんだし」


 フィーはアイネスを利用しようとした。アイネスはかなりの実力者だ、本来なら自分も本気で……それこそ死ぬか殺すかの覚悟で挑まなくてはいけない相手だ。


 だが相手は自分が死なない程度には加減してくれると分かったのでフィーもそれを利用しようと思ったのだ。


 フィーは強さを求めている、リィンやラウラ、西風の旅団という家族を支えられるように子供ながらに必死だった。


 だがここ最近身喰らう蛇という世界の裏側に潜む闇の集団と対峙した。フィーはレオンハルトやブルブランという執行者と対峙したがどちらにも痛い目にあわされた。


 特にレオンハルトは恐ろしい奴だった。リィン、ラウラ、オリビエと共に完全に敗北した。もしレオンハルトが見逃さなければ全滅していただろう。


 更に先日リィンが痩せ狼ヴァルターという執行者にやられてしまった。それを知ったフィーは心の底から恐怖した。


 自分が想像していたよりも身喰らう蛇のメンバーは層が厚く強者揃いだった、そして剛毅のアイネスもその一人……間違いなく強い。


 自分よりも強い強者と戦う、これ以上の修行は無いだろう。しかも相手はある程度手加減してくれると言うのだ、利用しない手はない。


「はっはっは!私を踏み台にするだと?そんな事を言ったのはお前が初めてだ!」


 フィーに踏み台にすると言われたアイネスは怒るどころか豪快に笑いだした。


「いいだろう、こちらも一方的に戦いを挑んだのだ!存分に利用するがいい!」
「ん、そうさせてもらうね」


 意気揚々とハルバートを構えるアイネス、フィーも双銃剣を構えて対峙する。


「はぁっ!!」


 アイネスがハルバートを振るうと斬撃が地面を走った。


「ふっ!」


 フィーは双銃剣をバツの字に振るい斬撃を放った。二人の斬撃がぶつかり合い衝撃が走る、そして斬撃が共に消滅した瞬間にフィーが踏み込んだ。


「やぁっ!」


 フィーは双銃剣の片方を右斜めからアイネスの眉間に目掛けて振るった、アイネスはそれをハルバートで防ぐ。


「はっ!やぁっ!せいっ!」


 フィーはもう片方の双銃剣も使い連続で攻撃を仕掛けていく。胸、頭、手首と確実に急所を狙う怒涛の連撃だったがアイネスは長物のハルバートをまるで手足のように動かしてそれを防いでいく。


 フィーに目掛けて再びアイネスがワンインチパンチを放つがフィーはギリギリでそれを回避する。


「貰ったよ!」


 そしてアイネスの腕を取って十字固めを仕掛けた。ギチギチと骨がきしむ音が辺りに鳴り響く。


「ぐうぅ……!」


 無論アイネスも抵抗する、体勢を変えて拘束を解こうともがいた。だがフィーはそれを読んでおり素早く技を切り替えてリストロックで手首を抑える。


「見事な切り返しだ……!」
「体格が小さいことは理解している、だからその対策をしてきたつもりだよ……!」


 フィーは体格の小ささもあって力比べには弱い、だが戦場では自身より大きな戦士と戦うのは当たり前だ。


 そのためフィーは徹底してその対策をしてきた。特に組み付きは重点的に行い例え体格や力で負けていてもその力の流れを利用して自分に優位に立てるように動けるように特訓を重ねた。


 故にアイネスの膂力をもってしても簡単には引きはがせなかった。リストロックを外そうとすれば三角締めに移され逃げられない、まるで蛇が獲物に絡みついているみたいに彼女は感じていた。


(ぐっ抜け出す隙が無い、見事な重心の移動だ。こうなれば……)


 抜け出すのは至難だと察したアイネスは抵抗を止めて立ち上がろうとする、当然フィーはそんな隙を見逃さず再び腕を十字固めに仕掛けた。


「逃がさないよ……!」
「逃げはしないさ……その腕、欲しければくれてやる!」
「なら遠慮なく……!」


 フィーは腕に力を込めてアイネスの腕の骨を折った、ゴキリと嫌な音が響きアイネスは苦痛の表情を浮かべる。


「今だ!」


 だがアイネスは怯まなかった、腕を折った事で一瞬フィーの力が弱まったのを見抜き一気に立ち上がった。そして……


「はぁっ!!」
「がっ!?」


 折れた腕を上にあげてフィーの背中を自身の膝の上に叩きつけた。背中を走る衝撃にフィーは苦痛の表情を浮かべてアイネスの手から腕を離してしまう。


「はぁっ!」
「やぁっ!」


 そこにアイネスの折れていない腕から放たれた打撃がフィーの腹部に決まった。だがフィーも空中で器用に体をひねりアイネスの顔を蹴りぬいた。


 フィーは滑るように地面を転がりアイネスは顎を揺らされたから尻もちを付いた。二人はふらつきながらも立ち上がり武器を構える。


「ははっ!こんなに高ぶってきたのは久方ぶりだ!さあもっとやろう!フィー・クラウゼル!」
「望むところ……!」


 そしてフィーの双銃剣とアイネスのハルバートがぶつかり合った。片腕が折れているというのにアイネスの振るうハルバートはすさまじい重さだった。


 フィーは双銃剣をふるい攻撃をいなしながら反撃のチャンスを伺うが先程受けた衝撃がいまだ体に残っており踏み込みに力がない。


「どうした!先程までの勢いが無いぞ!」
「うっ……」


 勢いよく振るわれた横なぎの一撃、フィーはそれを上半身を仰け反らせてギリギリで回避する。


「はっ!」


 そしてアイネスの眉間に銃弾を撃ちこもうとした。片腕は使えないので先程のように体術で邪魔はされることはない、フィーは勝利を確信して引き金を引こうとする。


「せいっ!」


 だがアイネスは折れた腕で体当たりを仕掛けてきた。予想外の攻撃にフィーの体が動かされて銃弾が外れてしまう。


「貰った!」
「があっ!?」


 そしてアイネスのハルバートによる突きがフィーを襲った、幸い斧の部分が反対の方を向いていたため致命傷は避けれたがハルバートの先端の鋭い突起がフィーの横腹を抉る。


 フィーは咄嗟に体をひねったので内臓に傷をつくことは避けれたが決して浅くないダメージを受けてしまった。


「兜割り!」


 再び放たれた上段からの一撃をフィーはなんとか双銃剣で逸らした、だが場所が悪かった。


「えっ……?」


 叩きつけられたハルバートの一撃が通路に大きなヒビをいれて遂に崩してしまった。そこは丁度先ほど同じように兜割りが叩き込まれた場所であり二度目の衝撃に通路が耐えられなかったのだ。


「くっ!」


 フィーは下に落ちないように瓦礫を駆け上がりワイヤーで通路に戻った。


「はぁ……はぁ……」


 痛む脇腹を抑えながらフィーは息を整える。だがこの時自分が追い詰められた事に気が付いた。


「……やられたね」


 フィーはゆっくりと背後に振り替えるとそこにはハルバートを上段に構えるアイネスの姿があった。


「もう逃げられないぞ」
「ん、そうみたいだね」


 フィーの背後には大きな穴、前方にはアイネス、逃げ場がなかった。アイネスはこの状況を作り出す為にフィーを脆くなった場所まで誘導したのだ。


「どうする、ここで降参しても構わないぞ。私はお前を殺す事が目的ではないからな」
「……」


 アイネスの言葉にフィーは考える。目の前の相手が嘘をつくような奴じゃないとフィーも戦っている内に察している、見逃すと言う言葉は嘘ではないだろう。


 だがもしここで逃げてしまえば自分はこの先の戦いをリィンやラウラと一緒に進むことが出来るのか?


 仮にもしまたレオンハルトと遭遇して今度は生き残れるのか?


 色々な事を考えてフィーは一つの答えを出した。


「……わたしは逃げない、最後まで戦う」
「いいのか、死ぬかもしれないぞ?」
「ここで逃げて生き残っても結局いつか殺されるだけ、なら死ぬ覚悟をして何かを掴める可能性にかけた方がよっぽどマシだ……!」


 フィーは覚悟を決めた目でアイネスを見据えた。


「わたしはリィンとラウラと一緒に生きていくんだ!それを邪魔されるなんてウンザリなの!皆を守るには強くなるしかない、だからわたしは逃げない!」


 フィーはハッキリとそう告げる。それを見たアイネスは目を閉じてフィーに謝罪した。


「済まなかった、戦士としての誇りを侮辱してしまったな。情けをかけるなど無礼でしかない、私の全力を持って相手をしよう」


 アイネスはそう言ってハルバートを握る片腕に力を込めた。


「行くぞ、フィー・クラウゼル!」
「勝負!」


 そして二人は同時に駆け出した。アイネスは片腕にも関わらず凄まじい速度でハルバートを振り下ろした、それに対してフィーは双銃剣を構える。


「はあぁぁぁぁぁっ!!」
「やあぁぁぁぁぁっ!!」


 二人の影が交差して大きな砂煙が立ち上がった、そして砂煙が晴れると……


「ば、馬鹿な……!?」
「……わたしの勝ちだね」


 アイネスのハルバートを斬り裂いで彼女の胴を大きく切り裂いたフィーの姿があった。


「がふっ!」
「ぐっ……」


 胴を斬られたアイネスは膝をついた、フィーも血が出る個所を抑えて顔を痛みで歪める。


「な、なぜ我がハルバートが斬られたのだ……お前の力ではとても断ち切れないはずだ……」
「ん、貴方の言う通りわたしではその大きなハルバートを両断するのは無理、だから合わせたの」
「合わせた……な、なるほど、そういう事か……」


 アイネスは斬られたハルバートの切り口を見て納得した。そこには二か所から同時に斬り付けられた切れ込みがあったのだ。


「私の一撃に合わせてお前は全く同じタイミングで双銃剣を挟むように当てて斬ったのか……」
「ん、正直イチかバチかの賭けだった。でもわたしは賭けに勝ったよ」
「この土壇場でそのような行動をするとは……見事だ」


 アイネスは負けを認めると懐から何か薬のようなものを取り出してフィーに渡した。


「なにこれ?」
「我が鉄機隊に伝わる霊薬だ、傷の回復を早めてくれる」
「ふーん……」


 普通なら警戒するがアイネスが毒殺を狙うような性格でないと思ったフィーは一気に薬を飲み干した。


「苦い……」
「良薬は口に苦しと言うからな。だが効果は抜群だぞ」


 アイネスの言う通り二人の傷口から血が止まっていた、味は苦かったが効果は相当なものだった。


「フィー・クラウゼル、見事な勝利だった。お前をマスターへと会わせよう」
「ん、まあ別にマスターっていうのに興味はないけど結社の関係者なんでしょ?顔くらい見ておくかな」
「はははっ!!勇ましいのは良いがマスターには適わないぞ、お前もマスターに会ってみればわかる」


 フィーは結社の幹部の情報を集めあわよくば捕まえようと考えたがそんなフィーの考えを読んだアイネスは豪快に笑った。


「相手が誰であろうとリィンを狙うならわたしの敵……勝てる勝てないじゃないの」
「まあそう警戒するな、先ほども言ったがマスターはどちらかといえばリィン・クラウゼルに強い興味を持っているようだったぞ。いつもは凛々しいその表情がリィン・クラウゼルの話になると子を見つめる母のように穏やかになるほどだ、害したりはしないさ」
「えっマスターって女性なの?」
「そうだが……」
「別の意味でマスターって人に興味が湧いてきたよ、わたし……」


 フィーはアイネスの話でそのマスターが女性だと知りまたリィンが女性関係で何かしたのかと思い苛立った。


「じゃあ行こうか、そのマスターって人に会いにね。あとリィンにも話がある」
「うむ、では行こうか」


 明らかに機嫌が悪くなったフィーとそれに気が付かないアイネスは共にマスターの元に向かうのだった。

 

 

第86話 殻を破れ

 鉄機隊の戦いが二つ終わった。リィンはエンネアの異次元ともいえる弓裁きに翻弄されながらも勝利をつかみ取り、フィーはアイネスの苛烈な一撃を乗り越えて勝ちを拾った。


 残るはラウラのみ、彼女は魔法陣を超えるとそこは円形に広がる大きな足場の上だった。


「空中に浮かぶ闘技場か?」


 ラウラは警戒しながらも大剣を抜いて辺りを見渡した。


「待っていましたわ」


 すると気配が生まれラウラが振り向いた方にいつの間にか誰かが立っていた。


「アルゼイドが相手ですか、本命は外れましたけどまあ妖精を相手するよりはマシですわね」
「フィーを侮辱するか?あの子は強いぞ?」
「別に侮辱したつもりはないですわ。マスターに気にかけられているあの男とアルゼイドの娘である貴方と比べたらやる気が起こらないと言っていますの」


 ラウラの眼光にデュバリィは溜息を吐きながらそう言った。


「よほどアルゼイドが嫌いなのだな?過去に何かあったのか?」
「別に何もありませんわ、ただ気に入らないだけですの。ただ譲り受けただけの名前を誇らしげに名乗る貴方方が心底に」
「……Sの名か」


 ラウラは自身の名に付けられた意味を思い出して彼女が何を気に食わないでいるのか理解した。


「このSはリアンヌ様の名字である『サンドロット』の名を譲り受けたモノ……そなたにどうこう言われる筋合いはない」
「そんなことはありませんわ!この私を差し置いてサンドロットの名を授かるなど……キィー!気に入りませんわ」
「理解できぬな、リアンヌ様は既に遠い過去の人だ。尊敬する気持ちは分かるがなにをそこまで怒るのだ?」
「リアンヌ様は生き……ゴホンッ、とにかく気に入らないものは気に入らないんですの」


 何かを言おうとしたデュバリィはそれを飲み込んで剣をラウラに付きつける。


「ラウラ・S・アルゼイド!雛鳥である貴方の実力、この私が測って差し上げますわ!」
「雛鳥か……ならしっかりと叩き込んでやろう、私の力をな」


 二人はそう言うと武器を構えて相手の出方を伺う。


「……ふっ!」


 先に踏み込んだのはラウラだった、氣の操作によって上昇された身体能力はまるで爆発するかの如くデュバリィの眼前に立っていた。


「中々早いですわね、でも……」


 それに対してデュバリィは冷静に剣を振るいラウラの大剣を止めた。


「ぐう……!」
「この程度ならかわすまでもありませんわね!」


 デュバリィは大剣を押し返してバックステップで距離を取る。


「今度はこちらの番ですわ!」


 デュバリィは剣を構えて一直線に突っ込んできた。


「はぁっ!」


 そして電のような速度で袈裟斬りを放つ。


「くっ!」


 ラウラはそれをバックステップで回避するが腕を浅く切られていた。


「まだまだこれからですわよ、ガッカリさせないでくださいまし!」


 デュバリィは息を休める間もなく連続で剣を振るう。上段からの振り、一文字斬り、逆袈裟斬りと様々な剣技でラウラを攻め立てる。


 ラウラも致命傷を避けて防御していなしていくが徐々に傷を増やしていく。


(焦るな!冷静の相手の剣を振るうタイミングを見極めろ!)


 ラウラは傷を負いながらもデュバリィの攻撃の癖を見極めて反撃の機会をうかがう。


(……今だ!)


 そしてわずかな隙を捕えたラウラは大きく跳躍した。


「鉄砕刃!」


 そして上空から振り下ろされた大剣が地面を打ち砕いた。完全に虚をついた一撃だったが……


「いない!?」


 目の前にはデュバリィの姿はなく砕かれた地面があるだけだった。


「どこを見ていますの?」
「っ!?」


 背後から声が聞こえたラウラは素早く大剣を横なぎに切り払うが空気を斬るだけに終わった。


「遅いですわね、まるで遊戯を見ているようですわ」
「いつの間に……!?」


 ラウラの前に現れたデュバリィはやれやれとラウラを小ばかにするように振る舞う、自身の目では負えなかったデュバリィの速度にラウラは驚愕していた。


「私の二つ名は神速……貴方では私を捕えることは叶いませんわ!」


 デュバリィは先程よりさらに速い踏み込みでラウラに接近した。ラウラは咄嗟に大剣を構えて防御しようとするがデュバリィの姿が消える。


「遅いですわよ!」
「ぐわっ!?」


 背後に現れたデュバリィが峰でラウラの背中を攻撃する。激しい痛みにラウラは苦痛の表情を浮かべるが直ぐに反撃をした。


「どこを狙っていますの?」


 だがその攻撃は空振りした。ラウラは一度デュバリィから離れると息を整える。


「なぜ斬らなかった?」
「兎を狩るのに全力になる獅子はいませんわ。私は貴方を試す立場なのでいきなり命を奪ったりはしませんの」
「……そうか」


 ラウラはそう言って再び剣を構えた。昔のラウラなら侮辱されたと思い怒りで視野が狭くなっていただろう、だが戦場も経験したラウラは冷静に今の状況を見据えている。


(殺す気が無いのなら好都合だ、そなたとの戦いを私の糧にしてさらに成長させてもらおう!)


 ラウラはそう思い剣を上段に構える。


「地裂斬!」


 ラウラが放った一撃は地を砕きながらデュバリィに向かっていく。


「こんなもの楽にかわせますわね!」


 だがそれをあっさり回避したデュバリィは神速と呼ばれる自慢の速度で彼女を翻弄していく。


「……」


 だがそれに対してラウラは目を閉じて剣を構えて佇んでいた。


(諦めた?いえそんな気配は微塵も感じませんわね)


 デュバリィはラウラの動きに疑問を感じたが何かを狙っていると思い警戒しながら攻撃を放つ。


(もらいましたわ!)


 ラウラの死角から音もなく放たれた斬撃だがラウラはそれを大剣で弾いた。


「そこだ!」


 そして横一文字に大剣を振るうラウラ、デュバリィは神速のようなバックステップでそれを紙一重で回避した。


「……中々の速さですわね、先ほどよりも鋭くなっていますわ」


 しかし完全には避けれず鎧に大きな傷がついていた。体には到達していないがプライドの高いデュバリィは内心怒りに震えていた。


「まさか貴方が『制空圏』を会得していたとは思ってもいませんでしたわ」
「ああ、必死で学んだからな」


 デュバリィはラウラが使った技の正体を言い当てる。


 制空圏とは自身の攻撃が届く範囲に氣で結界を作り本能で反撃をする自己防衛の技だ、これを使う事によって自身の360度から来る攻撃を防げるようになる。


 もちろん相手の方が強ければ破られることもあるがこの時デュバリィはラウラを試すため力をセーブしていた、だからラウラが反応できたのだ。


 達人なら剣で斬撃を飛ばせるように極めたものが使う基本的な技術だ。ラウラは超一流の達人ではないがこの年齢にしては相当鍛え込んでいるので達人に脚を踏み入れた状態である、完全には会得できていないが何とかデュバリィの攻撃に反応することが出来たようだ。


「速さを売りにしている者を他にも知っているのでな、それに対処するために会得したのだ」
「なるほど、その若さで大したものですわ。でもタネが分かれば対処は出来ますわ」


 ラウラはそれを聞いて先程仕留められなかったことを後悔する、こういうのは相手が知らない内に使うのであれば大きな効果があるが知られれば対処も容易いからだ。


「行きますわよ!」


 デュバリィは再び神速の動きでラウラを翻弄していく、ラウラも制空圏を使い対処していくが徐々に押し込まれていった。


「ぐうっ……!?」
「どうしましたの?少しギアを上げただけで付いてこられないのですか?」


 必死で攻撃をいなしていくラウラだがデュバリィが速度が増していき対処が難しくなっていった、その綺麗な体に切り傷が走っていく。


「ここですわ!」
「がはっ!?」


 そして一瞬の隙を突かれて胴体を袈裟斬りで斬られてしまった。みねうちとはいえ激しい痛みがラウラの体を走る。


「ぐうっ……」
「ここまでですわね」


 膝をつくラウラに剣を付きつけるデュバリィ、勝負はついたかに思えた。


「ま、まだだ……」


 だがラウラは立ち上がった。


「負けを認めなさい、貴方では私には勝てませんわ」
「ああ、そなたに目にものを見せてやると息巻いていたがここまで実力の差があるとはな。自分の弱さに呆れが出るほどだ」


 だがラウラはそんな言葉とは裏腹に強い闘志を出しながら剣を取った。


「それでも私は引き下がるわけにはいかない、剣士として守るべきものを守れずして何が剣士だ。私はいずれアルゼイドを継ぎレグラムを守っていきたい、そして今新たに守りたい存在が出来たんだ」


 ラウラは自身の髪留めを触ってリィンの事を想う。


「最初は好敵手として見ていた、だが共に競い合い時には協力して戦場を駆け抜けてきたんだ。そのうち私はリィンを一人の男として好意を持っていたんだ。初めてだったんだ、この想いは……今はこの想いを抱けたことを嬉しく思う」


 そしてラウラは強い眼差しでデュバリィを見る。


「だからリィンを狙うそなた達を放っておくことはできない!愛する者を守るために絶対に引けないんだ!」
「……愛ですか、なるほど」


 ラウラの決意を聞いていたデュバリィはなにかを想うように考え事をしていた。


「私もマスターに愛をささげている者、貴方の気持ちは分かります。でも愛だけでは埋めれない実力の差を思い知らせて差し上げますわ」


 デュバリィは剣と盾を構えて更に強い闘気を出していく、先ほどより本気を出したのだろう。


「行くぞ!」


 ラウラは一気にデュバリィに接近して上段から勢いよく剣を振り下ろす、だがそれは簡単にかわされてしまう。


「痛みで精密さが出せないようですわね、そんなもの当たりはしませんわ!」
「ぐふっ!?」


 デュバリィはラウラの腹部に剣の柄を当てて後退させる。


「今度こそ終わらせて差し上げますわ!私の奥義にて散りなさい!」


 膝をつくラウラにデュバリィは分け身で3人になり一斉にラウラに襲い掛かった!


「『プリズムキャリバー』!!」
「……その瞬間を待っていた!」


 ラウラは懐から安全ピンを抜いた閃光手榴弾を地面に転がして目を閉じた。


「なっ!?」


 ラウラの予想外の行動にデュバリィは虚を突かれ防御が遅れた、その瞬間凄まじい光が辺りを照らしてデュバリィの視界が奪われる。


「ぐうっ……卑怯な手を!?」
「戦場ではなんでも使う、私が西風の旅団から学んだことだ」


 動きの止まったデュバリィにラウラが向かった。


「洸円牙!」
「がっ!?」


 ラウラの放った洸円牙が3人のデュバリィに直撃した。分け身は消えてデュバリィは大きく吹き飛ばされる。


 デュバリィは地面を転がるも素早く体勢を立て直す、しかしその表情は憤怒に染まっていた。


「卑怯者め!少しは見所がある剣士かと思ったのに……そんなモノを使わなければ戦えないとは情けない奴ですわ!」
「……そうか、そなたを見ていると何か既視感を覚えていたがようやく理解した。そなたは私だ、昔の私そのものだ」
「誰が貴方なんかと!ぶった切ってやりますわ!」


 激高するデュバリィは剣士の感でラウラに向かっていった。そんなデュバリィに対してラウラはバックステップで交代する。


「そんな速度で私から逃げられると思いまして!?」
「逃げてはいないさ、もう次の手は打ってあるからな」
「なにを……っ!?」


 その時だった、デュバリィの片足を何かが貫いたのだ。


「これは闘気の剣!?」
「アルゼイド流『熾洸剣』、闘気の刃を生み出し相手を攻撃する技だ。先ほどそなたの視界を奪った際に仕掛けさせてもらった」


 ラウラはそう言いながら大剣に光を集めてデュバリィに接近していた。足を負傷したデュバリィは動きが一瞬遅れてしまう。


「奥義『洸刃乱舞』!!」
「があぁぁぁっ!?」


 そしてラウラの放つSクラフトをまともに受けてしまった。


 大の字で倒れるデュバリィ、ラウラは息を荒くしながら膝をつく。


「はぁ……はぁ……なんとかトラップが上手く決まって良かった……」


 閃光手榴弾で視界を奪いデュバリィを誘導して熾洸剣を当てる、上手くいくとは思わなかったがデュバリィが怒ったことが功を奏した。


 もし彼女が冷静だったら見抜かれていた可能性が高い、成功したことにラウラは安堵する。


「流石にアレが直撃すれば……っ!?」


 ラウラがチラリとデュバリィを見るとなんと彼女は震えながらも立ち上がった。


「馬鹿な!?洸刃乱舞は直撃したぞ!」
「そんな卑怯な剣士に負ける程私は堕ちぶれたつもりはありませんわ……!」


 確かに洸刃乱舞は直撃した、だがデュバリィは最後の一撃の際に盾でラウラの攻撃を少しいなしていたので立ち上がれた。無意識に行われたそれは彼女が歴戦の戦士だからこそ出来たことだろう。


「私は負けません……マスターの教えを受けた私がそんな卑劣な手を使う貴方などに負けるわけにはいかないのですわ!」
「なら決着を付けよう」


 デュバリィは本気だ……それを察したラウラも剣を構える。


「……」
「……」


 無言でにらみ合う二人、そして次の瞬間二人の剣がぶつかり合った。


「うおぉぉぉっ!!」
「はあぁぁぁっ!!」


 気合と共に放たれる一撃が空気を震わせる、お互いの剣がぶつかり合う音だけがこの空間に響いていた。


 流石に片足を負傷したからかデュバリィは先程のような速度は出せなくなっていた、だがそれでも達人を思わせる足取りでラウラを攻めていく。


「それだけの腕を持っておきながらあんな卑怯な手を使うとは!アルゼイドは下劣な一族でしたのね!」
「私は兎も角一族を侮辱するな!父上はあんな手を使わなくともそなたに勝てる!」


 デュバリィの放った逆袈裟斬りがラウラの腕を掠める、おかえしに放たれた一閃はデュバリィの足に切り傷を付けた。


「なら何故貴方は卑怯な手を使うのですか!貴方には剣士としての誇りは無いのですか!」
「あるに決まってるだろう!私とて正々堂々戦って勝てるならそうしたい!だがそれではそなたに勝てない!」


 鍔迫り合いをしながらお互いの言葉をぶつけあう二人、ラウラは必至の形相で叫んだ。


「どんな綺麗言も勝てなければ戯言に過ぎない!正々堂々戦う事に拘りそなたに負けてしまえばリィンに危機が迫る!なら私は邪道を使ってもそなたに勝つ!」
「ッ!?」


 ラウラがデュバリィの剣を徐々に押し返していく。


「卑怯と言いたければ幾らでも言えばいい!私は守るべきものを守るためなら正道を捨てても構わない!それが私の剣士としての戦いだ!」


 そしてラウラの振り下ろした剣がデュバリィを弾き飛ばした。


「今だ!」


 ラウラは闘気を纏うと大きく跳躍して一気にデュバリィに突っ込んでいった。その全身には獅子のオーラが纏われていた。


「私は……私は負けるわけにはいかない!必ず勝って見せますわ!マスターの為に!」


 デュバリィは分け身で3人に分身すると一斉にラウラに向かっていった。


「奥義!『獅子洸翔斬』!!」
「プリズムキャリバー!!」


 二人の全力の一撃がぶつかり合う……はずだった。


「なにっ!?」
「なっ……!?」


 だが二人の一撃はいつの間にか乱入していた人物に止められていた。その人物は全身に鎧を纏い闘気を纏った腕のみで二人の全力の一撃を止めてしまったのだ。


「マ、マスタ―……!?」
「デュバリィ、剣を引きなさい。この勝負は彼女の勝ちです」


 うろたえるデュバリィにマスターと呼ばれた人物はそう告げた。


(女性か?片腕だけで獅子洸翔斬を止めるとは……)


 自分だけでなくデュバリィのプリズムキャリバーも同時に止めた人物が優しい女性の声だと知ったラウラはオーレリアを思い浮かべていた。


 オーレリア・ルグィン、エレボニア帝国に使える将軍でラウラの姉弟子でもある。彼女はアルゼイド流だけでなくヴァンダール流も極めており帝国でも5本の指に入る実力者だ。


 だが目の前の人物はそのオーレリアすら霞むほどの闘気を感じてラウラは警戒を最大にする。


「ラウラ・S・アルゼイド、そう警戒なさらなくても貴方、そして彼らに危害を加えるつもりはありません」
「その言葉を信じろと?」
「はい、そうです」
「……」


 この女性が結社の一員なのは間違いない、だがラウラは女性から一切の敵意を感じず困惑していた。なにより女性が醸し出す優し気な雰囲気に初対面だというのにこの人物は自分を騙そうなどとは思っていないと信頼感すら生まれてしまっていた。


「マスター、私はまだ……!」
「デュバリィ、本来なら実力で勝る貴方が勝てた勝負でした。しかし貴方は追い込まれた、その原因は理解していますか?」
「……アルゼイドを侮り怒りで視野を狭くしてしまったからですわ」


 デュバリィは悔しそうにそう呟いた。事実デュバリィは実力ではラウラを圧倒していた、しかし怒りで視野が狭くなり手痛い反撃を喰らってしまった。


「その通りです。彼女は人が卑劣と思うような不意打ちをしました、ですがそれは貴方に勝たなければ守れないものがあると覚悟をした決死の行動です。彼女の言う通りプライドを優先して守る者を守れない、そんなものは騎士とは言いません」
「……どんな時でも正々堂々敵と戦い打ち勝ってきたマスターは私の誇りでした、だから私もそうなりたかった。でも私ではそうはなれないのですわね」


 デュバリィはそう言って俯いてしまうが鎧を着こんだ女性が彼女の肩に手を置いた。


「そんなことはありません、貴方の真っ直ぐな太刀筋は私にとって誇りです。私が言いたいのはもっと広い視野を持ってほしいと言う事です」
「視野を?」
「自分の考えだけに固執せず相手の考えを受け入れ尊重し学ぶ、そのうえで自身の誇りを貫けるように常に己を鍛え続けなさい。そうすれば貴方は誰よりも強くなれます。貴方は私が何よりも期待する自慢の弟子なのですから」
「マスター。私の事をそこまで……」


 女性の言葉にデュバリィは感動した眼差しで女性を見ていた。


「マスター!私は必ず今よりも強くなって見せますわ!貴方の期待に応えられるように更なる鍛錬を積み何事にも動じずに受けいられる広い心を持って見せます!」
「貴方なら必ずできます。期待していますよ、デュバリィ」
「マスターに期待していただけるなど有難き幸せです!」


 デュバリィはそう言って女性に膝をついて敬意を払う。


「ラウラ・S・アルゼイド、貴方には感謝いたします。デュバリィはまた一つ成長することが出来ました」
「私も自信の発言を撤回して謝りますわ、申し訳ありませんでした。少なくともアルゼイドは傍流などではないと……ただ貴方を完全に認めたわけではないのでそこは勘違いなさらないように!」
「そ、そうか……私もいい経験になったよ」


 テンションの激しいデュバリィに若干引きながらもラウラはそう答えた。


「これはお礼です」
「この液体は?」
「それは命の霊薬という希少な薬です。飲めば傷の回復を早めてくれます」
「……いただこう」


 ラウラは女性から薬を渡された、一瞬警戒したが毒殺しようとするような相手ではないと思い薬を口にする。


「おおっ、傷が癒えていくぞ!」


 ラウラの体にあった傷がみるみると治っていった。まるで戦闘前のコンディションに戻ったかに思える程の全快だった。


「さあ行きましょうか、他の4人を待たせていますので」
「リィンとフィーは?」
「あの二人も勝ちましたよ、どちらも貴方に負けない素晴らしい戦いぶりでした」
「そうか、良かった……」


 ラウラはリィンとフィーが無事に勝てた事に安堵する。


「あの、もし宜しければあなたの名前を教えていただけないだろうか。相当な武人だと見受けられるが……」
「そうですね、まだ名を名乗っていませんでした」


 女性はそう言うとラウラに自身の名を告げる。


「私の名はアリアンロード、人は私を鋼の聖女と呼びます」

  

 

第87話 蛇の使徒

side:リィン

 エンネアとの戦いを終えた俺は同じくアイネスとの戦いを終えたフィーと合流していた。後はラウラだけなのだが……


「リィンから離れて……!」
「あらあら、ヤキモチかしら?可愛いわね」


 俺を挟んでフィーがエンネアに殺気を飛ばしていた。フィーと合流した際彼女は嬉しそうに俺に駆け寄ってきたが俺の右腕を抱きしめるエンネアを見て表情を強張らせてしまいこうなった。


 俺の左腕にくっ付いてエンネアを威嚇するフィー、そんな彼女の殺気を涼しい顔で受け流しながらエンネアは微笑んでいた。


「リィンはわたしとラウラの恋人なの。出会ったばかりなのにベタベタしないで」
「余裕が無いのね、私は別に彼と恋仲になろうとは思っていないわ。気に入ったから仲良くしたいって思うのは普通の事でしょ?」
「嘘、リィンを見る目がシャーリィとかと同じ。油断できない」
「ふふっ、その貧相な体と同じで心も小さいのね。どっしりと構えて男を見守るのも良い女の秘訣よ」
「殺す」


 ノ―タイムで銃剣を構えるフィー。流石に拙いと思った俺は彼女を抑えた。


「フィー、落ち着け!挑発に乗るな!」
「離して……!私だって成長してる!ちょっとは胸も大きくなった……!」
「それで?もうちょっと栄養を取った方が良いわよ、こんな風に♡」


 鎧の上からも分かる豊満な胸を張りながらフィーにそう言うエンネア、それを見た俺は思わず唾を飲んでしまう。


「リィン?まさか敵に見惚れてないよね?」
「えっ!?み、見惚れてないけど!?」


 いつの間にかフィーの怒りの矛先が俺の方に向いていた!拙いぞ!?


「だいたいリィンも悪いんだよ?どうして戦った女と仲良くなるの?シャーリィとか他の猟兵団に所属していた女猟兵にも言い寄られていたことあったよね?」
「シャーリィは別にそういう関係じゃないしアレはからかわれていただけだろう……」


 再会するたびに笑って殺し合いを求めてくる女とどうやってそんな仲になれと言うんだ。それに女猟兵の件も相手は俺をからかって遊んでいるだけだろう。


「リィンの馬鹿、すけこまし、鈍感、女たらし、優柔不断、スケベ」
「ぐっ、そんなマシンガンみたいに悪いとこを言わなくてもいいだろう」
「ふん」


 ふてくされてしまうフィー、一体どうすればいいんだよ……


「うふふ、仲が良いのね」
「アンタのせいで不仲になりそうだけどな、面倒な事をしてくれたよ」
「なら私と恋仲になる?その子はもう貴方なんて嫌いでしょうし」
「駄目!リィンは渡さない!」


 エンネアがそう言うとフィーは凄い勢いで俺の顔に引っ付いてきた。苦しい……


「なあリィン・クラウゼル。今度私と手合わせをしてくれないか?フィーと共に強くなってきたお前の腕前をぜひ試してみたい」
「この状況でマイペースな奴だな……」


 アイネスが手合わせをしたいと言ってきたが目の前の状況が分からないのか?案外天然なのかもしれないな。


「待たせてしまい申し訳ありません」


 その時だった、魔法陣が現れてそこから信じられないような闘気を感じた俺とフィーは即座に戦闘態勢に入った。


(なんだ、この闘気は……!?今まで多くの達人に出会ってきたがそれとはまた違った異質なものを感じるぞ!?)
(例えるなら人間じゃなくて嵐や雷といった自然災害が襲ってきたときの恐怖を感じた、本当に人なの……!?)


 そこから現れたのは全身を鎧で覆い隠した人物だった。だがそれは人と言うにはあまりにも大きすぎる闘気を感じさせる。


「リィン!フィー!」
「ラウラ!無事だったんだな!」
「良かった……!」


 俺とフィーは一緒に現れたラウラを見て彼女に駆け寄っていった。


「そなた達も無事のようだな。フィー、そなたに貰った閃光手榴弾は役立ったぞ」
「ソレを使ったって事は強かったんだ、あのデュバリィって奴は」
「いやアリアンロードという人が戦いを中断させたんだ、正直あのまま続けていたら勝てたかは分からなかった」
「そうか、俺もかなり苦戦したからな。筆頭と呼ばれるだけの事はあるって訳か」


 どうやらラウラは引き分けたようだな、はたから見ても格上だったデュバリィという剣士に引き分けたラウラは流石だと思う。


「筆頭、どうやら負けたようだな」
「ええ、あの結果は私の負け同然ですわ。貴方達も手痛い結果になったようですわね」
「そうね、私の中に一切の油断が無かったとは言えないわね。それを踏まえてもリィンは強かったけど」
「フィーも素晴らしい戦士だった、私達もまだまだだな」
「ええ、その通りですわね。帰ったら徹底的に鍛え直しますわよ」


 同じく姿を現したデュバリィにアイネスとエンネアがねぎらいの言葉をかけていた。俺達は互いの無事を喜び合いながらも鎧の人物に向き合った。


「初めまして、リィンクラウゼルにフィー・クラウゼル。私はアリアンロード、結社の一員で蛇の使徒の第7柱を務めさせていただいています」
「蛇の使徒?確か団長のくれた情報にあったな」


 ここに来て身喰らう蛇の最高幹部が出てきたか、蛇の使徒という奴らはこんな人外レベルの存在だということなのか!


(今まで戦ってきたレオンハルト、ブルブラン、ヴァルターは戦闘員でしかないって事か!?一体どんな厚い層があるっていうんだ、結社は……!?)


 あいつらは恐ろしい相手だった、そんなヤバイ奴らを束ねるのがこの蛇の使徒か。この闘気を見ればそれも納得できる。


「その蛇の使徒が俺達に一体何の用なんだ?」
「単刀直入に言います、貴方達3人『鉄機隊』に入りなさい」
「なっ!?」


 まさかの言葉に俺達は驚いた、勧誘を受けるなど思ってもいなかったからだ。


「ふざけるな!結社の一員になどなれる訳が無いだろう!?」
「同感、わたし達も人様に偉そうに言える立場じゃないけどエステルやクローゼが大事にしてるこの国を滅茶苦茶にした連中の仲間になんて無理」
「アンタが奴らの幹部ならあの胸糞悪いクーデターも指示したのがアンタって可能性もあるんだ。ミラを積まれてもその案は受けいられない、信用ならないからな」


 ラウラが怒りフィーは冷静に見せながらも怒りのこもった言葉を言う、俺も到底信用できないと否定の言葉を言った。


「マスターがあんな下劣な作戦を思いつくわけねーですわ!ふざけたこと言うなら私が……!」
「デュバリィ、静かにしなさい」
「うぐっ!?申し訳ありませんでした……」


 怒りだしたデュバリィをアリアンロードが鎮めた。


「あのクーデターを企てたのは第3柱、つまり私の同僚です。私も思う事はありましたが結局は見過ごしました」
「ふん、言い訳か?自分は指示してないから悪くないと言いたいのか?」
「そんな事はありません、私にも罪はあります」
「そもそも顔を隠してるような奴を信用しろって方が無理だろう、大きな怪我をしていてやむを得ないなら話は別だけど」
「確かにその通りですね、では外しましょう」


 俺がそう言うと鎧の人物はあっさりと頭部の鎧を外してみせた。


「……」


 そこから出てきたのは眩い金髪が美しく煌めく美女だった。思わず声を失いかけてしまう程の美しさに俺達は黙ってしまう。


「リ、リアンヌ様!?」


 だがラウラはアリアンロードの顔を見て驚きの表情と共にリアンヌという名前を言った。


「リアンヌってあの伝説の?」
「ああ、父上に見せてもらった古い絵に描かれたリアンヌ様にそっくりだ」


 ラウラが言うにはアリアンロードはリアンヌと全く同じ顔をしているらしい。


「だがリアンヌという人は過去の時代の人間だろう?まさか子孫か?」
「分からない、リアンヌ様は子を作っていなかったと聞いているが……そなたはリアンヌ様の子孫なのか?」
「さあどうでしょう」


 アリアンロードはラウラの質問を一瞥した。


「私は貴方達に結社に入れとは言っていません」
「鉄機隊は結社の一員じゃないのか?」
「私は結社の一員ですが彼女達はあくまで客将として結社に身を置いています。協力者という言葉が合っていますね」
「協力してるなら結局あいつらの仲間だろう?そんな奴らの仲間になんてなれるかよ」
「私はただ貴方の強さを見てみたいだけです、結社の言う事を聞く必要はありません」
「……」


 ……まずいな、警戒しないといけないのにどうしてか警戒心が薄れて言っている。あの眼差しを見ていると何故かなつかしさまで感じてしまう。


(……俺は過去に彼女と会ったことがあるのか?何故か安心感さえ感じてしまうぞ)


 俺はアリアンロードから視線を外す。


「貴方は強さを求めている、そして私は貴方を強くしたい。利害は一致していると思いますが?」
「……」
「こう思えばいいのですよ、貴方達猟兵はどんな手段を使っても任務を達成するのが流儀、だから私を利用しているだけだと……」
「なんでそこまでして俺を……」
「私は貴方の行く末に興味がある、それを見届けたいのです」


 俺はその言葉を聞いて迷ってしまう、このアリアンロードという女性を信じてもいいんじゃないかとさえ思えてきてしまっている。


(しっかりしろ、相手は得体の知れない敵だぞ……!)


 俺は頭の中のもやもやを振り払い答えを決めた。


「やっぱり断る、得体の知れない相手と取引はするなって団長からも習ったから」
「……そうですか。なら今日はここまでにしましょう」


 俺がそう言うとアリアンロードはあっさりと折れてくれた。


「ただこのままでは貴方達もこの先の戦いが不安でしょう、一つ贈り物を貴方達に上げます」
「贈り物?」
「こちらに来てください」


 アリアンロードは俺に手を差し伸べてきた、俺はその手を取ってしまう。


「リィン、ちょっと……!」
「どうしたのだ、リィン?」


 俺の行動にフィーとラウラが止めようとするが遅かった。


「っ!?」


 アリアンロードと手を繋いだ瞬間、俺の中にあった枷のような物が砕けた感覚がした。


「一体何を……」
「貴方の潜在能力を少しだけ開放しました。剣を振ってみなさい」
「……」


 俺は言われた通り太刀を抜いて振るってみた、すると……


「こ、これは……!」


 炎を纏った巨大な斬撃を放てた、この技は俺が考えていたけど身体的な問題で未完成だった『火竜一閃(ひりゅういっせん)』!?


「す、すごい……どうやってこんな……」
「私はこれでも長く生きているのでその中で覚えた技術です。さあ貴方達もどうぞ」


 アリアンロードはフィーとラウラの潜在能力を解放してくれた。


「ん、本当に強くなってる……」
「信じられないな……」
「それが貴方達の潜在能力の一部です、これ以上は体の方が耐えられなくなるので外せませんが私が鍛えれば更に強くなれるでしょう」


 アリアンロードはそう言うと顔を鎧で隠して魔法陣を生み出した。


「貴方の答えが変わることを期待していますよ、リィン・クラウゼル」


 アリアンロードはそう言うとデュバリィ達と共に魔法陣の中に消えていった。


「……何もできなかった」
「ん、わたし達じゃ足止めも出来なかったね。寧ろ見逃してもらったかんじ」


 俺とフィーはアリアンロードたちが消えた場所を見つめてそう呟いた。


「ところでリィン、ちょっと用心が足りてないんじゃないの?」
「うん、普段のそなたならあんな簡単に敵の手を取ったりしないだろう」
「ごめん、どうしてか安心感が生まれてしまって……」


 ジト目でそう言うフィーと心配するラウラに俺は申し訳ないと謝った。


「確かになんでか警戒心が薄れちゃってたね、なんでだろう?」
「それも彼女の能力だとしたら恐ろしいな」


 フィーとラウラもアリアンロードに対して警戒心が薄れてしまったようだ。あれが能力で泣く彼女の人柄から感じたモノならば……そんな人物がどうして結社にいるんだ?


「とにかく一度ギルドに戻って報告しよう。蛇の使徒という存在も知れたからな」
「そうだね。エステル達も心配だし急いで戻ろっか」


 俺達は急いで遊撃士ギルドに戻るのだった。



―――――――――

――――――

―――


「蛇の使徒が現れましたか……」
「はい、とんでもない威圧感でした」


 俺はエルナンさんに得た情報を話した。他のメンバーはなんとか魔獣を倒せたらしく2階でコリン君の面倒を見てるティータ以外は揃っていた。


「そのアリアンロードというのが身喰らう蛇の幹部って訳ね。ヨシュアもそいつらの元にいるのかしら?」
「どうだろうな、少なくともアリアンロードっていう人の側にはいなかったが……」


 ヨシュアの居場所を探すエステルは蛇の使徒の側にヨシュアがいるのではないかと話す。


「そもそもその情報は敵から聞いたモンだろう?嘘の可能性だってあるぞ」
「そりゃ俺だってそう思いますよ、ただ……」
「なんだよ?」
「……いえ、別に何でもないです」


 疑いの目を向けるアガットさんに俺はなにかを言いかけて止めた。まさか根拠もないのに『自分はアリアンロードが嘘をついてるとは思えない』などとは言えないよな。


「まあとにかく今まで得体の知れなかった結社という組織の幹部が存在するという情報が確定したわけです、無事に持って帰ってきてくださりありがとうございます」
「いえそんな……」


 エルナンさんに褒められた俺は少し照れ臭くなってしまい頬を指でかいた。


「でもリィンさん達が無事に戻ってきてくれて良かったです。私は何もできませんでしたから……」
「私もです……」
「二人は俺達を信じて待ってくれていたんだろう?だから帰ってこれたんだ。そんな悲しそうな顔をしないで笑ってくれ、二人にはそれが似合うよ」
「リィンさん……」
「ふふっ、ありがとうございます」


 落ち込むエマとクローゼさんに俺はフォローの声をかける。


 エマには魔法、クローゼさんには回復という手段で助けてもらっているんだし二人が役立たずなわけがない。今回は敵がヤバすぎただけだ。


「おやおやリィン君、エマ君とクローゼ君のようなうら若き乙女にそんな言葉をかけてしまったら本気にさせてしまうよ」
「オリビエさん、俺は別にそんなつもりは……」
「いや俺からしてもクサいセリフに感じたぞ」
「ジンさんまで……」


 大人二人にからかわれた俺は抗議の言葉を言おうと思ったが2階から慌てた様子で降りてきたティータを見て止めた。


「ティ―タ、どうしたの?危ないわよ」
「お、お姉ちゃん!コリン君降りてこなかった!?」
「えっコリン君?あたしは見てないけど……」
「コリン君がいなくなっちゃったの!」
「あんですって!?」


 ティータの言葉にエステルだけでなく俺達も驚いてしまう。


「どういうことなの、ティータ!?」
「あのね、コリン君がお菓子を食べたいって言ったから私戸棚からお菓子を取ろうと少しだけ目を離しちゃったの。そして振り返ったらコリン君がいなくて……」
「1階には降りて来てないよね?」


 エステルがティータに説明を求めて彼女は状況を話し出した。姉弟子の言う通り全員がいた1階にコリン君が下りてきた痕跡はない。


「何か音とかしなかったか?例えば窓が開く音とかは?」
「なにも聞こえなかったです、まるで消えちゃったみたいに……」


 アガットさんの質問にティータは何も音はしなかったと話す。


「まさか結社!?」
「とにかく急いで探すぞ、目撃者がいるかもしれない」
「そ、そうね!みんなで探しましょう!」


 エステルは結社の仕業じゃないかと言うがジンさんの言う通り今はコリン君を探した方が良いだろう。


 俺達は町に出てコリン君を探したり聞き込みをしたが何一つ情報は得られずに結局夜になってしまうのだった……


  

 

第88話 銀の襲撃

side:リィン


 コリン君が姿を消した翌日、俺達は再びコリン君を探そうとしていた。


「絶対になにか情報を得るわよ!」
「ああ、何が何でも情報を得ないとな」


 やる気を見せるエステルに俺も同意する、まんまと保護すべき民間人を誘拐されたとあっては遊撃士の名に廃るし敵にいいようにされてしまったら猟兵としても恥だ。


 勿論それを抜きにしてもコリン君は助け出さないといけない。とはいえ何があるか分からないし依頼もあるので全員では探せない、そこでメンバーを分けたのだが……


「アガットさんがこちらに来るのは意外でした」
「ティータを放ってはおけねえし人探しは慣れている、いいからさっさと探すぞ」


 俺にエマ、ラウラにフィー、エステルに姉弟子、ティータにアガットさんがそのメンバーだ。他の仲間達も依頼のついでに聞き込みをしてくれる事になっている。


「なら二人組になって探しましょう、まずは町で聞き込みね」
「ああ、昨日は聞けなかった話も聞けるかもしれないからな」


 俺達はそう言って別れて街の中を聞き込みする事になった。俺はエマと共に情報を探していると早速良い情報が聞けた。


「赤い髪の小さな男の子?それならさっき買い物をしたエーデル百貨店で見かけたわよ?」
「えっ本当ですか!?」
「ええ、あんな小さな男の子が一人でいて大丈夫なのかしらって思ったからよく覚えているわ」
「ありがとうございます、早速向かってみます!」


 町に住む女性から有益な情報を貰った俺とエマは急いでエーデル百貨店に向かった。


「確かこの辺りで見かけたって言っていたよな?何処だ……」
「リィンさん、あそこに!」


 エマが指を刺した方に別の入り口から出ようとするコリン君の姿だった。


「コリン君、待ってくれ!」
「おい、危ないだろう!こんなところで走るな!」


 俺達は急いで合流しようとするが男性にぶつかりそうになってしまった。


「ごめんなさい!迷子を捜していて……」
「そうなのか?焦る気持ちは分かるが気を付けてくれよな」
「はい、本当にすみませんでした」


 俺とエマは男性に頭を下げて外に出る。


「どこだ?」


 辺りを見渡すがコリン君の姿は見えない。


「見失ったのか?」
「子供の足ならまだ遠くに入っていないはずです、辺りを探しましょう」


 俺とエマは辺りを探す、エマの言う通り子供の足で直には遠くには行けないはず……!


「いた……!」


 コリン君は別の区域に行こうとしているのを見つけた俺とエマは急いでその後を追う。だが……


「おかしい、なんで全力で追いかけているのに距離が縮まらないんだ!?」


 俺はエマをお姫様抱っこしてまでして全力でコリン君を追いかけているが一向に距離が縮まらない。


「エマ、あれは本物のコリン君か?」
「はい、魔術で確認してみましたがおかしな点は見つかりません。恐らく本物かと……」
「じゃあ素であんなに早いって言うのか?子供の足の速さじゃないぞ!」


 いつの間にか町を出てしまい街道を走る俺はふとあることに気が付いた。


「これ誘い込まれてるな……」
「えっ?」
「町から離れているし明らかに人気のない所に向かっている」


 俺は距離の離れたコリン君を見ながらエマにそう話す。


「なら戻った方が……」
「あれが本物のコリン君なら逃げたりしたら結社に何をされるか分かったもんじゃない、それに結局振出しに戻るだけだ。なら罠だとしても突っ込むしかない」
「分かりました、私もリィンさんと一緒に行きます!昨日はお役に立てませんでしたけど今日こそは貴方の力になりたいんです」
「ああ、頼りにしてるぞ」


 俺達は意を決してコリン君が入っていった森の奥に向かった。


「コリン君!」


 コリン君に声をかけると彼はフラッと地面に倒れこんでしまう。


「リィンさん、コリン君の様子が変です!早く容体を見ないと!」
「ああ……っ!」


 俺はなにか嫌な予感を感じ取り太刀を抜きエマを庇う、すると金属音と共に何者かが姿を現した。


「えっ?」
「この!」


 惚けるエマを尻目に俺は太刀で防いだ大剣を持つフードの人物に投げナイフを投げる、しかしそれらはすべて回避されてしまった。


「完全に気配を隠していたはずだがよく不意打ちに気が付いたな」
「そうじゃなきゃとっくに死んでる世界で生きてきたからな」


 俺はエマを庇うようにフードの人物と対峙する。


「お前も結社の一員か?」
「結社?違うな。私の名は『銀』、依頼によってお前の命を奪わせてもらう」
「銀だと!?カルバート共和国で伝説になってるあの暗殺者の!?」


 俺は銀という名を聞いて驚いた。裏社会で生きていて銀の名を知らない奴はいない、それくらい有名な暗殺者なんだ。


「そんな奴が何で俺を狙う?誰に雇われた?」
「それを喋ると思うか?」
「なら喋らせてやる!」


 俺は太刀を構えて技を放った。


「『孤影斬・乱』!!」


 俺は四回太刀を振るい飛ぶ斬撃を連続で放つ、銀はそれを大剣による薙ぎ払いでかき消した。


「紅葉切り!」


 俺は太刀を居合の構えにして奴の懐に入ろうとする。当然銀は俺から距離を取ろうとするが……


「はぁっ!」
「ッ!?」


 俺は居合を放つふりをして持っていた太刀を銀に投げつけた、まさかの行動に奴は一瞬硬直したが見事な身のこなしで太刀を回避する。


「破甲拳!!」


 俺は銀に接近して奴の胸に破甲拳を打ち込んだ。奴は咄嗟に右腕を差し込んで防御するが大きく後退して体勢を崩してしまう。


「今だ!」


 俺は太刀を拾いあげて銀に斬りかかった。


「ぐっ!?」


 だが足に鋭い痛みが走り俺は動きが止まる。


「死ね」


 その隙を狙い懐から短剣を出した銀が俺の胴体に目掛けて突きを入れようとする。


「イセリアルキャリバー!」


 だがエマの放った光の剣が銀に襲い掛かった。攻撃を中断した銀は身をひるがえして剣を回避する。


「済まないエマ、助かったよ」
「リィンさん、大丈夫ですか!?」
「ああ平気だ、コレが刺さっていたみたいだな」


 俺は足に刺さっていた物体を抜いて確認する、それは棘のようなものだった。


「まきびしか、初めて見たぞ。俺達猟兵は足元の罠対策に靴に鉄板を仕込んでいるんだが……」
「軽い鉄板くらいなら貫ける特注の鉄で出来ている」
「なるほど、対策はバッチリか」


 いつの間にか姿を消していた銀が丁寧に説明してくれた。


「リィンさん、魔法で姿を追ったのですが見つかりません……!」
「銀は伝説の存在だと言われている、そういったオカルトにも詳しいのかもしれないな」


 エマは魔術で銀を見つけようとしたが駄目だったらしい、恐らく何かしらの対策がされているのだろう。


(まさか銀が出てくるとはな、一番良い方法はコリン君を連れて森から出る事だが隙が無い。それに万が一撤退されたら俺は奴の襲撃に常に怯えなければならなくなる、出来ればここで何とかしたいが……)


 俺は残月の構えになり思考を巡らせる、まさかこんなタイミングで伝説の暗殺者である銀に狙われるとは思っていなかったからかなり焦っている。


「昨日といい今日といいなんでこうもヤバい奴に狙われるんだ?」
「おしゃべりとは余裕だな」
「っ!」


 右斜めから殺気を感じた俺は残月でカウンターを取る、しかし……


「丸太!?まさか噂の『変わり身の術』か!?伝説の暗殺者は「ニンジャ」だったのか!?」
「ニンジャではない」
「うおっ!?」


 俺が切ったのは丸太だった。変わり身の術を見た俺はつい興奮してしまった、なにせカルバート共和国で男の子に憧れられるニンジャをこの目で見られるとは思っていなかったからだ。


 背後からクナイを投げつけられたが身をひねって回避する。


「くそっ!男の夢を壊しやがって!」
「リィンさん、ニンジャって一体……」
「話は後だ!エマ、伏せていろ!」


 俺はエマをしゃがませて炎を纏った太刀を振るう。


「『火竜一閃』!!」


 昨日新たに使えるようになった技で広範囲を斬り付けた、2本の木が横に斬られてゆっくりと倒れていく。


 銀は咄嗟に回避したようだがフードの一部が切れていた。


「ぐっ、情報にない技をこうも出してくるとは……昨日までとは別人だな」
「はっ、そりゃリサーチ不足だな!」


 銀は驚くが俺も驚いている、アリアンロードが開放してくれた潜在能力は俺を確かにパワーアップさせてくれた。


 恐らく銀は俺の情報を調べていて使うクラフトも把握していたんだろうがまさか一日で新たなクラフトを編み出してくるとは想像もつかなかったんだろうな。


 もし俺が銀でもそんな予想は付かない、銀が驚くのも無理はないな。


「螺旋撃!!」


 俺は威力、範囲をさらに大きくした螺旋撃で追撃する、銀はフードを切られながらも巧みな身のこなしで被害を最小限に抑えた。


(くそっ、まともに当たらない!)


 今はなんとか押せているが流石は伝説の暗殺者、決定打を当てられない。


「ふっ!」


 すると銀は鉤爪を投げつけてきた、俺はそれを回避するがその陰にもう一つの鉤爪が隠されていて俺の太刀に絡みついた。


 そして信じられない膂力で俺を自身に引き寄せる。


「『龍爪斬』!!」


 そして大剣で薙ぎ払うように攻撃を仕掛けてきた、俺は鬼の力を解放してその場に踏みとどまり攻撃を回避する。だが腹を少し掠めてしまった。


「アステルフレア!!」

 
 エマが青い炎を杖から出して銀に攻撃する、だが銀はそれをジャンプして回避してエマに何かを投げつけた。


「『爆雷符』」
「えっ……」


 凄まじい速さで投げつけられたお札のようなものからエネルギーを感じた俺はエマの元に急いで向かい彼女を抱き上げて大きく飛んだ。


 その瞬間お札から凄まじい爆発が生まれて俺達は吹き飛ばされてしまった。


「ぐっ、知らない暗器ばかりで厄介だな……」
「リィンさん、私を庇って……!」
「この程度猟兵なら日常茶飯事さ、それよりも奴から目を離すな」


 右腕に怪我を負ったがこのくらいは問題ない、俺はエマを下ろして銀を警戒する。


「『麒麟功』」


 銀の闘気が膨れ上がり戦闘力が大きく上昇した、鬼の力のように自身を強化するクラフトか!


「『鬼疾風』!!」
「『影縫い』!!」


 俺と銀の姿が消えると辺りから太刀と大剣がぶつかり合う金属音と共に風が巻き起こった。俺の鬼疾風に付いてくるとは凄い速さだ!だが負けていられない!


「はあぁぁぁぁぁぁっ!」
「ふうぅぅぅっ……!」


 お互いに気合を入れて武器を振るい相手の隙を伺う、この勝負は一瞬の隙を捕えた方が勝つ!


「早すぎて目では負えない……!?」


 エマの目には何かの影が高速で動いているようにしか見えないだろう、俺はエマやコリン君を巻き込まないように注意しながら戦いを続けていく。


(……今だ!)


 俺は相手の速さより少し速度をわざと遅らせて攻撃をずらす、そしてカウンターを放った。


「残月!」
「ぐうっ……!?」


 俺の放った一撃は奴の大剣を吹き飛ばした。


「貰った!」


 俺は時雨で銀の心臓を突こうとした。


「ぐあっ……!」


 だが体に大きな痺れを感じてしまい足を止めてしまった。


「ようやく効いたか」


 銀はそう言うと俺に接近して発勁を腹部に叩き込んできた。


「がはっ!」


 俺は大きく吹き飛んで地面に横たわった。


「そうか、毒が塗られていたのか……!」
「この大剣には毒が塗ってある、即死はしないが体の自由を奪う毒だ。先ほど掠めた時にすでに勝負はついていたんだ」
「さっきまでの速度合戦はわざとだったんだな、毒が身体を回るのを待っていたのか……」


 俺は毒で意識を失いかけてしまう。


「リィンさん!」
「エマ……逃げろ……」


 俺はエマにそう言うと意識を失ってしまった。


―――――――――

――――――

―――


side;エマ


「リィンさん!」


 私は倒れてしまったリィンさんに駆け寄ろうとしますが銀と呼ばれる暗殺者に道を塞がれてしまいます。


「このっ!」


 私は杖を振るい攻撃しますが簡単に止められてしまいお腹に軽い打撃を受けてしまいます。でもその一撃で私は動けなくなってしまいました。


「ううっ……」
「お前はターゲットに入っていない、大人しくしていれば殺しはしない」


 銀は冷たい声でそう言います。


「でもリィンさんは殺すんですよね?そんな事はさせません……!」


 私は痛むお腹を押さえながら立ち上がりました。


「リィンさんは私のお母さんを助けてくれた恩人なんです!そんな彼を殺そうとするのを黙ってみてられる訳がありません!」
「……そうか、なら話は別だ」


 銀は大剣を構えて私に振り下ろそうとします。しかしそこに魔法の障壁が現れて私を守ってくれました。


「なにやってるのよ、あんたは!」
「セリーヌ!?」


 私を守ってくれたのは使い魔であるセリーヌでした、セリーヌは唯の猫ではなく人間の言葉を話すことが出来ます。


「エマ、あんたの我儘を我慢してたけどこれ以上は無理よ。そいつの事は諦めなさい」
「セリーヌ!そんな……!」
「煩い!大人しくしてなさい!……ほら、この子はもう関係ないからさっさとそいつを殺してどっか行きなさいよ」


 セリーヌはリィンさんを見捨てるつもりだと分かり私は障壁を解除しようとしますがお腹の痛みで集中できずにそれは叶いませんでした。


「……唯の猫ではないようだな、だが私には関係ないことだ。仕事さえ済ませれるのならその少女に危害は加えない」


 銀はそう言うと大剣を構えてリィンさんの元に向かいました。


「お願い!止めてください!その人を殺さないで!」
「……済まない」


 銀はそう言うとリィンさんの首に目掛けて大剣を振るいました。私は最悪の光景を見たくなくて目を閉じてしまいました。


「ぐっ……!?」


 でも聞こえたのは銀の苦しそうな声でした。恐る恐る目を開けてみると……


「リィンさん!?」


 なんと意識を失っていたはずのリィンさんが起き上がって銀のお腹に太刀を突き刺していたんです。


「馬鹿な、毒は効いていたはず……!」
「確かに全く効いていないわけじゃない、でもこのレベルの毒は人体実験の際に何回も身体に入れられたから耐性が出来ているんだ」


 リィンさんはニヤリと笑いながら毒に耐性があると言いました。じゃあ最初から意識を失っていなかったと言う事ですか!?


「ぐっ、次はこうはいかない……!」


 銀はそう言うと煙玉と閃光弾を投げて視界を遮ってきました、そして気が付くと姿を消してしまっていました。


「……気配が完全に遠のいた、逃げたか。敵ながら見事な判断力だな」


 リィンさんはそう言うと太刀をしまい私の元に来ました。


「エマ、大丈夫か?けがはしていない?」
「リィンさん、毒は?」
「ん?ああ毒?それなら問題ないよ。まったく効かないわけじゃないけどこの程度なら死ぬはしないさ」
「……馬鹿!」
「おわっ!?」


 感極まった私はリィンさんに抱き着いてしまいました。


「馬鹿馬鹿!リィンさんの馬鹿!私リィンさんが殺されてしまうって本当に怖くて……!」
「ごめんな、怖い思いをさせてしまって……やっぱりギルドに残っていてもらった方が……」
「そういう事をいっているんじゃありません!」
「えっ?」


 私に怖い思いをさせたから怒っていると思っているリィンさんに私はそうじゃないと言いました。


「私が怖かったのは自分が殺されると思ったからじゃありません!リィンさんが死んでしまうのが怖かったんです!」
「エマ……」
「フィーちゃんやラウラさんがどうしてあんなにも貴方を心配するのかが良く分かりました!貴方は無茶ばかりする!放っておけば死んでしまいそうで怖くて仕方ありません!」
「あはは、エマにもそう言われちゃうか……」
「言いたくもなりますよ、リィンさんの馬鹿……」


 泣く私をリィンさんは困ったように笑みを浮かべて頭を撫でます、そんなリィンさんに腹を立てながらも私は彼の胸の中で泣き続けました。


 そして少しして冷静さを取り戻した私は『セレネスブレス』でリィンさんを治療し始めました。


「エマ、これは?」
「今毒を消しています、少しジッとしていてください」


 そして私はリィンさんを治療しました。


「おおっ体のしびれが取れた!」
「一応後で医療機関に行ってみてもらってくださいね、魔法も完璧ではないので」
「ああ、分かったよ」


 呑気に笑みを浮かべるリィンさんに溜息を吐きながらも私もつられて笑みを浮かべました。


「ところでエマ、そっちのセリーヌなんだけどただの猫じゃないよな?」
「えっと……」
「いいわエマ、どうせいずれはバレていたし」


 リィンさんがセリーヌの事を聞いてきたのでどう説明するか悩んでいると、セリーヌの方から話を切り出しました。


 私はセリーヌに説明を任せてリィンさんの治療に専念することにしました。


(お母さんやお婆ちゃんにリィンさんを紹介しても今後も一緒についていきましょう。リィンさんを放ってはおけませんから)


 私はそんな決心を内心でしてチラリとリィンさんの顔を見ます、ちょっと可愛い系の顔ですが今は勇ましくてカッコいいです。そんな顔を見ていたらドキドキしてきちゃいました。


 最初はお母さんを助けてくれた恩人で慕っていました、でも今は放っておけない危なっかしい人になりました。


(私、本気でリィンさんの事が……事が終わったらフィーちゃんやラウラさんに相談してみましょう)


 私はそう思うと何故か胸が温かくなり嬉しくなってしまいました。リィンさんと一緒に旅をする、そんな未来を想像しながら私はリィンさんを治療していきます。


side:リィン


 俺はエマを慰めた後セリーヌに自己紹介をされている。猫が喋ったことは驚きだが幽霊と会ったりしたこともあるのでリアクションを取る程は驚いていない。


「初めましてリィン・クラウゼル。私はセリーヌ、エマの使い魔よ」
「リィン・クラウゼルだ。よろしく」
「……なんか普通に挨拶を返されたけど猫が喋ってるのに驚かないの?」
「確かに驚いたけどそれ以上に驚くことを沢山経験してきたから今更猫が喋ったくらいじゃね……」
「なんか私が軽んじられているみたいでムカつくわね」


 セリーヌにジト目で文句を言われるが仕方ないだろう、それ以上に大変な事がいっぱいだったんだから。


「さっきアンタを見捨てようとしたことは謝らないわよ、エマの方が大事だからそうしただけ。アンタなんて助ける気はこの先も一切ないからそのつもりでいなさい」
「セリーヌ!」
「構わないよ、別に俺とお前は親友でも家族でもないからな。気にもしていない」
「そう、ならいいわ」
「ごめんなさい、リィンさん。セリーヌはちょっと口が悪くて……」
「大丈夫だよ、エマ」


 エマがセリーヌを叱ろうとしたが俺は手を振って謝らなくていいよと合図をした。


「さて、それよりもコリン君の方を確認しないと。怪我とかなければいいんだけど……!?」


 俺はコリン君の方に視線を向けるとなんと彼の周りに霧が集まって姿を隠し始めたんだ。俺は急いでコリン君に接近するが間に合わず彼は霧と共に消えてしまった。


「くそっ!」


 俺は拳を握り込み悔しさのあまり歯ぎしりをするがグランセルから大きな爆発音が聞こえた。


「な、なんですか!?」
「分からない、ただ異常事態が起こったのは間違いないだろう。エマ、急いで街に戻るぞ!」
「はい!」


 銀の事も含めてギルドに報告しないといけないが嫌な予感がする、俺は不安を胸にしまい込んで急いで街に戻っていった。



 ―――オリジナルクラフト紹介―――


『火竜一閃』


 居合から放たれる神速の紅き一撃。広範囲に素早く攻撃できるので牽制や反撃、集団戦など幅広い場面で使える。


 駆除解除、炎傷60%、封技30%。


『影縫い』


 目にも止まらぬ速さで相手を翻弄して背後から急所を突く死の一撃。


 即死50%、混乱20%。



 

 

第89話 王と闘神の息子たち

side:リィン


 爆発音が町から聞こえた俺達はコリン君を連れてグランセルに戻る、するとそこではとんでもない事が起きていた。


「なんだ、コレは……!?」
「町が攻撃されています!」


 魔獣が町を攻撃している光景が目に映った。しかもその魔獣はグランセル城の地下にあった封印区画に現れた人形兵器によく似ていたんだ。


「あの人形兵器がなぜ町に?」
「まさかあの区画から抜け出してきたのでしょうか?」
「分からないが非常事態なのは間違いない、対処しながらギルドに戻るぞ!」
「はい!」


 俺はコリン君をエマに任せて機械人形達を切りながら先を進んだ。


「皆さん!落ち着いてください!こちらに来れば安全です!」
「エルナンさん!」
「リィンさん!エマさん!戻ってきてくださったのですね!」


 ギルド近くでエルナンさんが市民を避難させているのを見つけた俺達は彼に声をかける。


「エルナンさん、一体何が起きたんですか?」
「爆発音とともに何処からともなくあの機械人形達が現れたのです。そして町が混乱に陥ったと同時に特務隊の姿が確認されました」
「特務隊……あいつらが?」


 かつてこのリベールにてクーデターを起こしたリシャール大佐、その彼が率いていた特務隊の残党が現在も逃亡を続けていたのだが……


「現在エステルさん達が分かれて特務隊や魔獣と応戦しています」
「なら俺達も急いで合流を……」
「おっと、お前の相手は俺達だ」


 そこに頭上から声が聞こえて殺気を感じた俺はエマとコリン君を抱えて後ろに飛んだ。その瞬間上から凄まじい衝撃が走り地面に亀裂が走る。


「ぐうっ……一体何が!?」
「エルナンさん、大丈夫ですか!」
「ええ、なんとか……」


 地面を転がるエルナンさんに声をかけるが彼もギルドの一員、直撃は避けたようだ。


「ははっ、マジでいやがったか。西風の絶剣」
「お前は……」


 砂煙が晴れて俺は現れたその人物に驚愕した。


 赤い長髪に死神を思わせる鋭い視線、身の丈はあるブレードライフルを構えたその人物を俺が知らないわけがない。


「なんでお前がここにいる!ランドルフ・オルランド!」


 俺は目の前にいる人物……赤い星座を率いる『闘神』バルデル・オルランドの血を引く男、ランドルフ・オルランドを睨みながらそう叫んだ。


「はっ、仕事じゃなきゃこんなところに来る訳ねえだろうが」
「仕事だと?お前も俺を殺すように依頼されたのか?」
「なんだ、別の奴に狙われたのか?シャーリィといいモテるな、クラウゼル」
「こっちとしては迷惑だよ」


 俺は武器を構えながら警戒する。目の前にいる男は赤い星座の部隊長でもあり『赤い死神』という二つ名を持つ強者だ。一筋縄ではいかない。


「ランドルフ隊長、この辺りは粗方荒らしました。住民も避難しています」
「そうか、警備の目を十分に引けたならここでの役目は終えたな。今からはお楽しみと行こうじゃねえか」


 そこにザックスと数名の猟兵が現れた。ランドルフの部隊の奴らか、厄介だな……!


「リベールに西風の兄妹がいるって聞いて半信半疑で来てみればマジでいたからな、嬉しい誤算って奴だ」
「くっ……!」


 向こうの目的が分からないが俺とやり合う気でいるのは間違いないな。こちら側にはエマがいるがコリン君が抱えているため戦えないだろう。


 エルナンさんも囲まれて動けないでいる、不味いな……


 だがその時だった。数発の銃弾が猟兵達に降り注いだんだ。猟兵達はその銃弾を回避するがそこに蒼い影が走って地面を砕く凄まじい一撃を放った。


「なんだ?……はっ、妹も来やがったか」
「まさかランドルフがいるなんてね」
「無事か、リィン!エマ!」
「フィー!ラウラ!」


 駆けつけてくれたのはフィーとラウラだった。絶好のタイミングだ!


「リィン、無事で良かった。傷があるけどランドルフにやられたの?」
「いやここに来る前に銀に襲われたんだ」
「銀?確か凄腕の殺し屋だよね?相変わらず厄介ごとに巻き込まれるね」
「違いない」


 軽口を言いながらフィーと情報を交換していく。


「状況はどうなってる?」
「町で暴れてる機械人形はジンやアガット達が対処してる。エステルは合流したシェラザードやケビンと一緒に特務兵とグランセル城前で交戦してる」
「女王陛下を人質にしてリシャール大佐を解放するのが目的か?しかしあそこは今警備が厳重になってるだろう、いくらなんでも無謀じゃないか?」
「普通はね。でもあいつら戦車を持ち出してきたの、しかも別の機械人形も何体も連れていたし赤い星座じゃない見慣れない猟兵も多数いたよ」
「どこでそんな戦力を……そうか、結社か!」
「ん、わたしもそう思う。このタイミングといい絡んでいないとは思えないしね」


 エステル達は別の場所で特務兵と戦っているらしい、だが戦力が増加されているようで苦戦しているみたいだ。


 特務兵の周りには機械人形や見慣れない猟兵がいるようだ。それを聞いた俺は結社が特務兵に戦力を与えたのではないかと考えた。


「私とラウラも町で避難誘導したり機械人形を始末してたんだけどリィンが危ないって思って駆け付けたの」
「急に走り出したからなんだと思ったがこういう事だったのだな。流石フィーだ」
「そうだったのか、二人ともありがとうな」


 二人が駆けつけてくれた理由を知り礼を言う。


「エマ、エルナンさんと一緒にコリン君を安全な場所に連れて行ってくれ」
「分かりました!皆さんどうかお気をつけて!」


 エマはコリン君とエルナンさんと共にその場を後にする。


「話は終わったか?久しぶりに会ったんだ、遊んでくれないとスネちまうぜ?」
「はぁ……シャーリに負けず劣らずの戦闘狂だな。因みに聞くがシャーリは来てるのか?」
「なんだよ、そんなにアイツに会いたかったのか?残念だがアイツは違う仕事に行ってたから来てねえよ。今頃本隊でキャンキャン叫んでるんじゃねえか?」
「そうか」


 俺は念のためにシャーリはいないのかと聞くがランドルフは来ていないと答える。


 勿論鵜呑みにはしていない、敵の言う言葉だ。シャーリが別に動いている可能性は十分にある。


(まあそんな事を気にしてられるような甘い相手じゃない、まずは切り抜けないと……!)


 俺は思考を切り替えてランドルフに視線を向ける。シャーリと同等の強さを持つこの男をまず退けなければ話にならないからな。


「フィー、ラウラ、俺はランドルフとやる。二人はザックスたちを頼む」
「ザックス、妖精と大剣使いは任せたぜ」


 俺とランドルフがそう言うとフィーとザックスは頷きそれぞれ武器を構えた。


「……はっ!」
「しゃあっ!」


 俺とランドルフが同時に動き太刀とブレードライフルをぶつけ合う。激しい衝撃と火花が飛び散り辺りを震わせた。


 お互いの武器が弾かれて一歩後ろに引くとランドルフはブレードライフルを構えて上段から斬りかかってきた。


 俺はそれを回避して背後に回り込んで斬りかかるが、ランドルフは回し蹴りを放ち妨害する。


 俺は蹴りを右手でガードしつつ緋空斬で攻撃を仕掛けた。ランドルフはそれを回避して銃弾で弾幕を張ってくる。


 俺は近くにあった瓦礫を使い盾にして奴に接近する。ランドルフは距離を取ろうとするが縮地を使い距離を一気に詰める。


 瓦礫を投げつけてそれと同時に斬りかかるがランドルフは最小限の動きで瓦礫を回避してブレードライフルでガードした。


 ギリギリと鍔迫り合いになり奴とにらみ合う。


「はっ!前にやり合った時より強くなってるじゃねえか!そうでなきゃ面白くねえよなぁ!」
「お前こそまた腕を上げたな。シャーリといいオルランドは化け物か?」
「当たり前だろう!俺は狂戦士の血を引いてるんだぜ!やればやるほど強くなるってもんだ!」
「厄介な奴らだ……!」


 斬り結びながら俺はランドルフの実力がまた上がっていることに驚愕する。


「おらぁっ!」


 自身の身の丈ほどもあるブレードライフル『ベルゼルガー』をまるで片手剣のように振るうランドルフ、シャーリのテスタロッサと比べると斬撃と銃撃のみのシンプルな作りだが返ってそれが恐ろしい。


「そらそら!細切れになれやぁ!」


 まるで暴風雨のような激しい攻撃を繰り出してくるランドルフに俺は防戦一方になる。奴の恐ろしい所はシャーリのような残虐性に加えて彼女を超える身体能力でごり押してくる戦法だ。


 一撃で相手を仕留めてさらに次の敵を高速で殺していく……戦場を駆け抜けるその赤い影はまさに死神という二つ名に相応しいだろう。


 だが俺も負けてはいない、奴の攻撃を凌ぎながら残月で反撃のチャンスを伺う。


「……今だ!」


 一瞬攻撃が途切れた瞬間を狙い奴の喉元に太刀を振るう、だがランドルフは驚異的な身体能力で体をそらして致命傷を避けた。傷は与えられたが頸動脈を外したので致命傷ではない。


「死ね!」


 片手に大型のサバイバルナイフを持ったランドルフが胸にソレを突き刺そうとした。俺は太刀を手放してランドルフの手を掴みそれを止める。


「くはっ、そう来ると思ったぜ」


 だがランドルフもいつの間にかベルゼルガーを手放していて代わりに手榴弾を持っていた。ピンは既に抜かれており、それを地面に転がす。


「正気か!?」


 俺は直ぐに後ろへ飛んだ。そして次の瞬間爆風が俺を吹き飛ばす。


「ぐうっ……!?」


 闘気でガードしたし上手く爆風に乗って自分から後ろに飛んだので深手は負っていない、だが奴を見失ってしまった。


 すると爆風を斬り裂いて影が俺の背後から飛び出した。咄嗟に身構えるがそれは瓦礫だった。


「貰った!」


 背後から声が聞こえたと思った瞬間、振り返った俺の喉元にランドルフがベルゼルガーを振るっていた。


 完璧なタイミングだ、回避も防御も不可能。そしてベルゼルガーの刃が俺の首を断ち切る……


「爆芯!」


 ことは無かった、俺は溜めていた闘気を鬼の力と共に解放してランドルフをベルゼルガーごと吹き飛ばした。


 俺は太刀を拾いなおしランドルフに向かっていく。だが奴も直ぐに体勢を立て直してベルゼルガーを拾い攻撃してきた。


「裏疾風!」
「デスストーム!」


 市街地を黒い影と赤い影が駆け巡り地面を削り瓦礫を吹き飛ばしていく。まるで二つの竜巻のように激しい攻防を繰り返していく。


「はっはっは!なんだそりゃ!?ウォークライじゃねえよな!?まるで狂戦士だ!」
「お前達と一緒にするな!」


 楽しそうに笑うランドルフに同類扱いはするなと叫ぶ。


「ふっ!」


 上段から放った業炎撃をランドルフがベルゼルガーで受け止めた。


「そらぁっ!!」


 俺を押し返して銃弾の雨を降らせるランドルフ、俺はそれを回避して奴に詰め寄った。


「貰った!」
「甘ぇよ!」


 俺が下段からの振り下ろしを放つが奴はそれを見事に回避して見せた。後ろの建物に俺の放った斬撃が当たり3本の線を刻む。


「砕けろ!」
「はっ!」


 ベルゼルガーを高速で叩きつけようと上段斜め右上から勢いよく振り下ろす、俺はそれを底に鉄板を仕込んだ靴での蹴りで受け止めた。


 地面に亀裂が走り体が僅かに地面に陥没した。鬼の力を使っていなかったらそのまま両断されていただろう。


「うおっ!?マジかよ、そんな止め方するか!?」
「時雨・零式!」


 一瞬虚を突かれて動きが止まったランドルフに俺は全身のバネを使い突きを放つ。ランドルフは其れすらも回避したが流石に全ては避けれずに脇腹をハスって血を流した。


「ははっ!痛ぇな!」


 ランドルフは懐から閃光手榴弾を取り出して投げつけてきた。既にピンは抜かれているので直に破裂するだろう。


 俺は手で視界を覆いガードする、そして次の瞬間まばゆい光が辺りを照らした。


「……攻撃が来ない?」


 なにかしら仕掛けてくると思い身構えていたが攻撃が来ずに怪訝に思う俺、だがランドルフの狙いが分かると流石に動揺した。


「うおぉぉぉぉっ……!」


 なんとランドルフは崩壊した民家を持ち上げていたんだ。どんな馬鹿力だよ……!?


「コイツはかわせるか!?」


 そしてそれを俺に投げつけてきた。


「無茶苦茶だろう!」


 俺は鬼の力を太刀に流し込んで威力を上げた一撃を放つ。


「終ノ太刀・暁!!」


 空間を切り裂かんとばかりに放たれた無数の斬撃が民家を小さな瓦礫へと切り裂いた。


「お前ならそうするよなぁ!!」


 だがそこにサバイバルナイフを構えたランドルフが突っ込んできた。攻撃後の隙を突かれたので防御も回避も間に合わない。


「ならば……!」


 俺もナイフを取り出してランドルフに突き出した。お互いのナイフが肩に突き刺さり血が噴き出す。


「回避も防御もせずに相打ち覚悟で刺してくるか!やっぱお前も俺達と同類だな!」
「だから一緒にするなって……!」


 ナイフを刺し合いながらお互いの腕を掴み硬直状態になる俺達、ここからどう反撃に移ろうかと考えていると何処かで何かが爆発する音が聞こえた。


「なんだ!?」
「おらぁっ!」
「がっ……!?」


 俺は一瞬意識がそちらに向かってしまい、その隙を突かれて腹に前蹴りを喰らってしまう。


 強烈な衝撃に後ずさるが直ぐに体勢を立て直して奴を見る。


「ランドルフ隊長!奴らの戦車が撃沈しました!」
「頃合いか、撤収するぞ」
「了解」


 そこに赤い星座の猟兵が一人現れてランドルフに何かを言うとランドルフは信号弾を放つ。


「クラウゼル、勝負はお預けだ。決着はいずれ付けようぜ!」
「ランドルフ!」


 ランドルフは素早くこの場を後にする。俺はそれを追う事はしなかった。


「さっきの爆発音はグランセル城の方から聞こえたな、まさかエステル達に何かあったのか?」
「リィン!」


 するとフィー達が俺の側に駆け寄ってきた。


「ザックスたちが逃げ出したけど状況が変わった?」
「多分な。さっきの爆発音が気になる、直ぐに向かうぞ」
「そなたは大丈夫なのか?傷が多いが……」


 フィーが状況が変わったのかもしれないと言い俺はそれを確かめるべくグランセル城に向かおうとする。だがラウラは俺の体の傷を見て心配そうに声をかけてきた。


 銀に続いてランドルフとも戦ったからな、正直かなり辛い。


「動くだけなら何とかなる、もし結社の連中がいたら流石に戦えないからその時は任せてもいいか?」
「うん、任せて。わたし達がリィンを守るから」
「ああ、頼んだ」


 俺は二人にそう言うと彼女達は嬉しそうに俺を守ると言った。頼りになる恋人がいて俺は幸せ者だ。


 俺達は急ぎグランセル城に向かう、俺達が城の前にある橋に着くと倒れた特務兵や人形兵器の残骸が辺りに散らばっていた。


「凄い量の残骸だな、相当激しい戦闘だったんだろう」
「あっ、リィン君!」


 すると近くにいたエステルと姉弟子が駆け寄ってきた。


「リィン君、皆!大丈夫!?傷だらけだけど……!」
「一応回復アーツはかけたけど血を流しすぎたからフラフラだよ、まあ気合で我慢してるけどね……そっちは終わったのか?」
「うん、何とかね」


 エステルの話によると特務隊の残党を率いていたカノーネ大尉がアルセイユに使われるはずの新型エンジンを奪い最新型の戦車を使ってグランセル城を占拠しようとしたらしい、理由はやはりリシャール大佐の解放だったみたいだ。


 結社と手を組んだのか人形兵器やゴスペルなども使用してきたようだがエステル達の活躍によってなんとか阻止できたらしい。


 因みに話にあった見慣れない猟兵達は既に撤退していたみたいで一人も捕らえられなかったらしい、恐らく腕の立つ猟兵団だったのだろう。


「だからケビンさんやシェラザードさんも一緒なんですね」
「うん、二人には本当に助けられたわ」


 俺は遠くでカシウスさんと話すシェラザードさんやケビンさんを見てどうしてこの場に二人がいるのか理解した。


 ロレントで調査していたシェラザードさんは特務隊の動きを掴んだらしくその道中でケビンさんと偶然会い協力関係を築いたみたいなんだ。


 ケビンさんが只の神父ではないことは既に知っていたので彼がいる事にそこまで驚きはない。


 カシウスさんがこの場にいるのはリシャール大佐を連れてきたかららしい。暴走するカノーネ大尉を説得するには彼しかいないと判断したらしい。


 リシャール大佐に説得された彼女は漸く観念したようでその場で拘束されたみたいだ。


 俺はカシウスさんの元に向かう、こうして会うのは久しぶりだな。


「カシウスさん、お久しぶりです」
「おお、リィンか。久しぶりだな」


 俺はカシウスさんと握手を交わす。


「話は聞いているぞ、エステルの力になってくれているみたいだな。本当に感謝している」
「俺達が好きでやっていることですので。軍の様子はどうですか?」
「まだまだ立て直しに時間がかかりそうだ、俺もまだ自由に動けそうにない。君たちには迷惑をかけてしまうな」
「気にしないでください、国を守る軍隊が機能しなければリベールが危険なんですから」
「ありがとう」


 どうやら軍の立て直しにはまだ時間がかかるみたいだ。カシウスさんが自由になればかなり助かるのだがそんな簡単に立て直せるものじゃないからこればかりは仕方ないよな。


「リィン、久しぶり。元気そうで何よりだわ」
「シェラザードさん、お久しぶりです。ケビンさんも幽霊事件以来ですね」
「こんなに早く再開できるとは思っとらんかったわ」


 今度はシェラザードさんとケビンさんに声をかけた。


「あんた達知り合いだったのね、うっすらと話は聞いていたけど相変わらず厄介ごとに巻き込まれやすいみたいね」
「あはは……」


 シェラザードさんに苦笑されながらそう言われて俺は愛想笑いを浮かべる。自分で首を突っ込んでいるから文句は言えないんだよな……


「少しいいかな?」
「貴方は……」


 すると俺に声をかけてきた人物がいた、それは……


「リシャール大佐?」
「初めまして……かな?実際は一度ボースで会ってはいるがこうして直接会話をしたのは初めてだからね。私はリシャール、元リベール軍の大佐だ」


 なんとリシャール大佐だったんだ。でもどうして俺に声をかけてきたんだろうか?


「リィン・クラウゼルです。ご丁寧にありがとうございます」
「君の事はカシウスさんから聞いている、前のクーデター事件でもエステル君達と共に解決に導いてくれたと」


 リシャール大佐はそう言って俺に頭を下げた。


「本当にありがとう、君たちのお蔭で最悪の結果を免れた。そして申し訳なかった、私のせいで多大な迷惑をかけてしまった」
「リシャール大佐……貴方は何者かに暗示をかけられていたと聞いています。決して貴方だけのせいでは……」
「それでも私がやったことに変わりはない、暴走する私を止めてくれたのは君たちだ。本当にありがとう」


 彼はとてもまじめな人なんだろう、その言葉には深い誠意と感謝を感じた。その後リシャール大佐は他の特務隊と一緒にカシウスさん達に連れて行かれた。


「リシャール大佐……あんな素晴らしい人を暗示にかけてクーデターを起こさせた人物に改めて腹が立ったな」
「うん、わたしも許せないよ」


 去っていくリシャール大佐達を見ながらあんな良い人の道を踏み外させた第三者に怒りが湧きフィーも同意した。


「リィン君、ちょっといいか?」
「ケビンさん、どうしました?」
「リシャール大佐に暗示をかけた奴なんやけど、俺に心当たりがあるわ」
「えっ、本当ですか!?」


 ケビンさんの突然に話を俺は目を見開いて驚いた。


「そいつは多分俺が追っとる奴や、なにせ教会を裏切った関係者やからな」
「教会の……」
「恐らくリィン君とフィーちゃんも暗示をかけられとるはずや。俺がその暗示を解いたる、そうすれば記憶も戻ると思うで」
「なら早速お願いしても良いですか?」
「いやこの場では出来ん、すこし準備が必要や」


 俺はケビンさんに暗示をかけられていないか確認してもらおうとするがこの場では出来ないらしい。


「取り合えず今は色々やることを終わらせて……」
「あはは、楽しい見世物だったね」
「えっ……」


 ケビンさんの話を遮り誰かの声が聞こえた。


「リィン、門の上だ!」


 ラウラが指を刺したグランセル城の門の上に誰かがいた。


「こんばんは、今日はとっても月が綺麗だね」
「コ、コリン君?」


 そこにいたのはなんとコリン君だったんだ。先ほどエマに安全な場所に連れて行ってもらったのにどうしてあんなところにいるんだ?


「コリン君!そんなところにいたら危ないわよ!お姉ちゃんたちがそこに行くから動かないで!」
「え~、大丈夫だよ。ほらこんな事も出来るよ!」


 エステルはそう叫ぶがコリン君は見せつけるようにジャンプを繰り返す。


「ちょ、ちょっと!本当に危ないから止めなさい!」
「エステルお姉ちゃんは優しいね……そして単純ね」


 すると橋の下からフードを被った二人組が現れた。


「えっ……」


 そして一瞬でエステルに詰め寄りナイフを刺そうとした。


「させないよ」


 だがその二人はフィーとラウラによってナイフを落とされて拘束される。


「フィー!ラウラ!」
「エステル、大丈夫?警戒してて正解だね」
「そなた達だな、前にリィンとフィーを襲撃したのは……正体を表せ!」


 ラウラとフィーは奴らのフードを剥がした、そこから現れたのは……


「えっ?」
「嘘、あの二人って前にエア=レッテンで会った……」


 俺と姉弟子は驚きの声を上げる、そのフードの下から現れた顔は俺達が前に会った夫婦だったからだ。


「あら残念、押さえられちゃったわね。でも好都合だわ」


 コリン君は口調を変えて何かのスイッチを押した。するとフィー達が拘束していた二人から光が漏れる。


「なんだ?」
「……ッ!?」


 だがその瞬間だった、その二人が爆発してフィーとラウラを巻き込んだんだ。


「フィー!?ラウラ!?」


 まさか人間が爆発するなどと予想もできるはずもなく二人は爆発に巻き込まれた。俺は最悪の光景を覚悟した。


「間一髪ね」
「セリーヌ!?」


 煙が晴れると何か結界のようなものに守られたフィーとラウラが目に映った。驚く俺の肩にセリーヌが飛び乗った。


「どうして君が……」
「エマに頼まれて様子を見に来たのよ。そしたら何か危険な香りがしたから防御結界を張ったの」
「あ、ありがとう……!本当にありがとう……!君は命の恩人だ!」
「ちょ、ちょっと!抱き着かないでよ!痛いじゃない!」
「あうっ!?」


 俺は感謝の言葉を言いながらセリーヌを思いっきり抱きしめた。だが痛かったのかセリーヌに顔をひっかかれてしまう。


「フィー!ラウラ!大丈夫なの!?」
「う、うん……正直ビビったけどセリーヌのお蔭で無事だよ」
「不覚、私も未熟だ……」


 エステルが二人に駆け寄る、どうやら無事のようだ。


「ね、ねえ弟弟子君……今その猫ちゃん喋らなかった?」
「アネラス、私も気になるけど今は目の前の事に集中しなさい!」
「あの子、間違いなく只者じゃないで」


 姉弟子がセリーヌが喋ったことを聞こうとするがシェラザードさんに叱責されて武器を取り出す。ケビンさんもすでにボウガンを構えていた。


「あら、残念だわ。折角リィン・クラウゼルの恋人二人がこんがり焼ける光景が見られると思ったのに」
「コリン君、どうしてこんなことするのよ!さっきのは一体何なの?」
「本当に鈍いわね、エステル。まだ私がコリンなんて子だと思ってるの?」
「えっ?」


 コリン……いやあれは間違いなく別人だ、纏う雰囲気が完全に変わっている。


「あいつは偽物よ。本当のコリンって子はエマと一緒に避難場所にいるんだから」
「偽物って……じゃああの子の正体は何なの?」
「うふふ、盛り上がってきたしそろそろ種明かしをしようかしら?」
「なっ……!?」


 セリーヌの説明にエステルはあの偽物の正体は何なのかと問いかける、すると偽物のコリンが声を変えて頬に手を添える。


 だが俺はその声を聴いて驚いた、何故なら俺はその声に聞き覚えがあったからだ。


 そしてコリン君が右手をゆっくりと動かして顔を隠す、すると顔が歪み変化した。そして手が離れると可愛らしい女の子がそこにいた。


「……レン」


 だが俺は目を見開きそう呟くことしかできなかった。なぜなら目の前にいるんは俺がずっと探していたあのレンだったんだから……

 

 

第90話 歪んだ再会

side;フィー


「……レン」


 目を見開きそう呟くリィン、わたしは彼の様子を見てあの子がレンだという少女なのだと理解した。


「うふふ、初めまして。私はレン、今回のお茶会の主催者よ」
「レン?それにお茶会ってどういうことよ?」
「簡単な事、今回の騒動は全てレンが起こしたということよ」
「あんですって!?」


 レンの言葉にエステルは驚くがこの場にいる全員が同じ気持ちだろう、あれだけの大きな騒動を目の前のわたしより年下の女の子が起こしたと聞けば誰だって驚く。


「各組織に脅迫状を送り特務隊に武器やゴスペルを与えたり指示を出したのも全部レンがやったことなの。本当に面白かったわよ、レンよりも大きな大人たちがまるでお人形さんのように操られてくれたんだもの」
「まさかあんな大掛かりな計画を一人で考えたって事!?しかもそれを完壁にこなすなんて……貴方、唯の子供じゃないわね?結社の一員なの?」
「うふふ、流石にベテラン遊撃士さんは察しがついているようね。じゃあもう一つの名前も紹介しておこうかしら」


 シェラザードの問いかけにレンは白いドレスの端を指で摘まみ上品に挨拶をする。


「身喰らう蛇、執行者№XV。『殲滅天使』レン……あまり好きじゃないけどそんな風にも呼ばれているの」
「嘘……」
「こんな小さな女の子が結社の、それも執行者の一員やと!?」
「……あり得るよ。だってレンは本当の意味で天才だから」


 レンの正体が身喰らう蛇の執行者だと知りエステルは驚きケビンは信じられないという。まだ10歳前半の歳であろうレンが結社の一員だという事に全員が驚く。


 ……いやリィンだけ冷静にそう呟いた。


「リィン君?貴方あの女の子を知ってるの?」
「知ってるさ、ずっと俺が探していた女の子なんだからな」


 エステルの問いにリィンは答えながら前に一歩出る。


「レン……久しぶりだな。あの施設で離れ離れになって数年ぶりか、綺麗に成長していて驚いたよ」
「そうね。貴方がフィー・クラウゼルや西風の旅団と仲良くしてる間レンは結社と仲良くさせてもらったわ」
「そうか、結社に拾われていたのか……」


 リィンはそう言うとなんと土下座をした。リィンはずっとレンに謝りたいと言っていた、結社のいちんとはいえようやく出会えたんだ。


 わたしは黙って様子を見続ける。


「すまなかった、レン。俺は君を守るためとはいえ魔獣と共に奈落に落ちて一人ぼっちにしてしまった、俺が強かったらそんな事にはならなかったのに……」
「リィン……」
「今更謝っても許してもらえるとは思わない。それでも本当に済まない……」


 リィンはそう言って額を地面にこすりつける程下げて謝罪をした。


「……リィン、頭を上げて。レンは気にしていないわ」
「レン……!」
「だってこれから苦しんでいく貴方を見れるのが楽しみなんだもの♪」
「えっ……」


 レンは心底楽しそうに笑みを浮かべてリィンの謝罪を切り捨てた。


「レンに謝って許されたかったんでしょ?だから許してあげる。これで満足できたでしょ?」
「満足って……どういうことだ」
「貴方はレンに許されて楽になりたかっただけでしょ?自分が少しでも気が楽になりたかったからレンを探していた、違うかしら?」
「そんなことは無い!俺は真剣に探した!もう一度君に会いたくて……!」
「ならどうして全てを捨ててでもレンを探しに来てくれなかったの?レンのことを一番に思ってくれてるならそうしたでしょ?」
「それは……」


 レンの指摘にリィンは何も言い返せなくなってしまった。


 確かにリィンは西風の旅団やわたしから離れなかった。レンからすれば自分が適当に扱われていると思っても無理は無いだろう。


 でもわたしは何も言えない、だってリィンがわたし達を選んでくれたことは嬉しいと思っているから。


 そんなわたしがレンにかけられる言葉は無い……


「結局貴方はそのフィーって子の代わりとしてレンを利用していただけでしょ?もうレンは用済みだから捨てたんでしょ?」
「そんなことは無い!フィーはフィー、レンはレンだ!代わりになんてできない!」


 リィンはきっぱりとそう言い切った。


「……そこまで言うならチャンスを上げるわ。私のお願いを聞いてくれる?」
「なんだ?出来る事なら聞こう」
「じゃあフィーを殺してレンの元に帰ってきて。そうしたら許してあげるわ」
「なっ!?」


 レンの提案はわたしを殺せというものだった。


「出来る訳が無いだろう!フィーは俺にとって大切な女の子なんだ!」
「ほら、やっぱりできないんじゃない。所詮は口だけ……あなたもアイツらと同じでレンを捨てたのよ。もう貴方の言葉なんて信じない」


 レンは分かっていたという風に首を振ると指を鳴らす。


「来て……『パテル=マテル』」


 すると辺りに大きな振動が起き始めた。そして湖から何か巨大なものが飛び出してきた。


「な、なにあれ!?」
「巨大な人形兵器……!?とんでもない大きさだ!」


 エステルとラウラはそこに現れた巨大な人形兵器を見て愕然としていた。戦車よりも遥かに大きい……!


「うふふ、さあゴスペルを回収しなさい」


 レンの言葉にパテル=マテルと呼ばれた人形兵器が反応して戦車に付けられていたゴスペルをはぎ取った。


「どう?これがレンのパパとママ、決してレンを裏切らない本当の家族よ」
「レン……」


 嬉しそうに自慢するレンにリィンは悲しそうにそう呟いた。


「ねえエステル、貴方も一緒にこないかしら?」
「えっ……」


 するとレンはエステルに声をかける。


「なんであたしに……?」
「レンね、最初エステルを殺そうかなって思ったの。だってヨシュアのお気に入りなんですもの」
「ヨシュアって……レン、貴方ヨシュアを知ってるの!?」


 レンからヨシュアの名前が出てきてエステルが反応する。


「レンを助けてくれたのがヨシュアとレーヴェなの。パテル=マテルと同じレンの大切な家族……そんなヨシュアをたぶらかす悪い奴だって教授から聞いてたから。でもレンもエステルが気に入ったわ、家族になってくれるならヨシュアに会わせてあげる」
「……駄目よ。ヨシュアには会いたいけど結社には入れないわ」
「そう、残念だわ。気が変わったら教えてね」


 レンの提案をエステルは拒否した。


「エステル!」
「アガット!皆!」


 そこに別行動をしていたアガット達が駆けつけて来てくれた。


「あらあら、賑やかになってきたわね。お茶会もすんだことだしレンも失礼させてもらうわね」
「レン!」
「リィン、貴方は近い未来に必ず破滅する。これは決定した未来なの。その時を楽しみにしてるわ」



 レンはパテル=マテルの腕に飛び移るとそのまま飛び立ち漆黒の夜の中に消えて行ってしまった。


「レン……」


 リィンはレンが去っていった空をただ見上げてそう呟くしかできなかった……



―――――――――

――――――

―――


 それから数日が過ぎた。わたし達は被害の確認などの確認に追われたりしていたよ。幸い死傷者はいなかったのが救いだね。


 色々ドタバタしていたけどようやく落ち着けるようになってきた頃、リィンがメンバーをギルドに集めていた。


「皆、色々忙しい中集まってくれてありがとう」
「どうしたのリィン君?急にみんなを集めたりして……」
「そろそろ俺とレンの関係を話しておこうと思ってね。気になってただろう?」
「まあね……」


 リィンの問いにエステルは気まずそうに頷いた。


「それにここで話しておかないと俺がレンと通じてスパイしていたって思われるかもしれないからね」
「なんで俺を見るんだよ」


 リィンにチラッと顔を見られたアガットが不快そうにそう言う。実際リィンとレンの関係を疑ってる軍人や別の遊撃士もいるのは事実だ。


「リィン、良いのか?話す内容は恐らくアレだろう。お前さんにとっても辛い話だと思うが……」
「大丈夫です、ジンさん。謎に満ちた結社の執行者の情報を知ってる以上メンバーにも話しておくべきだと思ったので」
「……そうか」


 ジンはリィンが話そうとしている話の内容を知ってるので気を聞かせてそう言うがリィンは大丈夫だと答えた。


「ただ今から話す話の内容はかなりショッキングなものになる、ティータやクローゼさんは聞かない方が良いと思うけどどうする?」
「わ、私にも聞かせてください!コリン君……じゃなくてレンちゃんの事をちゃんと知りたいんです!」
「私も友人としてリィンさんの力になりたいです、だから聞かせてください」
「……分かった」


 リィンは一応ティータやクローゼに配慮しようとしたが二人も知りたいと答えたので話を始めた。


「俺は今から数年前にD∴G教団に誘拐されたことがあるんだ」
「D∴G教団?何処かで聞いたような……」
「エステル、あんた授業で教えたでしょう?D∴G教団っていうのは過去にゼムリア大陸でとんでもない事件を引き起こした宗教集団の事よ」
「えっと……ああ、確かにそんな話を聞いたわね。ノートに書いてあったわ」
「まったく……」


 ノートを見てそう言うエステルにシェラザードが溜息を吐いた。


「D∴G教団……私も知っています。確か各国で子供のみを狙った誘拐を繰り返した恐ろしい集団だと。孤児院でも警戒されていたはずです」
「ああ、奴らは子供を使った人体実験を行っていた。なにが目的だったのかは分からないが一つ言えるのは奴らに倫理観は一切なかった」


 クローゼも知っていたみたいでテレサの孤児院でも警戒がされたらしい。リィンは頷き教団について倫理観は無いと語った。


 そこからは表現をぼかしつつ自分がされた人体実験を軽く話してくれた。でもやっぱりそのD∴G教団って奴らには殺意しか湧かないね。


「酷いわ、どうしてそんなことが出来るのよ……!」
「チッ、実際に加害者から話を聞くとマジでムカつくな、そいつら」
「私達はその頃はまだ実績が無かったから壊滅作戦には参加できなかったけど……各国が総力を挙げて潰そうとするのも納得ね」


 エステルはどうしてそんなことが出来るのかと困惑してアガットは心底不快そうに顔を歪めていた。


 シェラザードは当時の自分では実績が足らずに作戦には参加できなかったと話している。


「俺はカシウスさんと共に壊滅作戦に参加したが酷い有様だった。確か確認されている生存者は1名だったな」
「1名って……あんまりだわ。その攫われた子達にも家族がいたはずなのに……」


 ジンの生存者は1名という話を聞いてエステルが泣き出してしまった。本当にその通りだよね……


「俺はそんな地獄の中でレンに出会ったんだ。あの子は見た技術を瞬時に覚えることが出来る天才で教団でも丁重に扱われていた。異能を持っていた俺もその施設のトップに気に入られて俺達は一緒に実験を受ける機会が増えて行ったんだ」
「弟弟子君はそこでレンちゃんに出会ったんだね」
「レンがどういう意図で俺に接触してきたのかは分からない、でもあの子の存在は俺の心が壊れるのを止めてくれた。俺にとって恩人なんだ」
「弟弟子君……」


 アネラスは悲しそうな顔でそう呟いたリィンを見て彼の頭を撫でた。


「あっ、ごめんね。つい……」
「気にしないでください。まあ俺とレンはそうやって出会ったんだ。でもあの日に俺達は離れ離れになってしまった」


 リィンは暴走した魔獣と戦い最後はレンを守るためにその魔獣と共に崖から落ちたと話す。


「そんな……じゃあリィン君は悪くないじゃない!レンを守るためにやったんでしょ?」
「でもレンを置き去りにしたのは事実だ。恐らくだがその時に結社が来て彼女を回収していったんだと思う」


 エステルはリィンは悪くないというがリィンは首を横に振った。こればっかりは偶然が重なってこうなってしまったから誰が悪いとはわたしは思えないよ。


「それに俺はその後色々あって西風の旅団に戻ったけどフィーや皆と平穏に過ごしていたんだ。レンからすれば真剣に探していないって思っても無理はない」
「……リィンはどうする気なの?」
「勿論レンと向き合うさ、彼女が俺を恨んでいるならそれに向き合わないといけないんだ」


 わたしの質問にリィンはレンと向き合うと答えた。


 よかった、ちょっとだけ不安だったんだ。罪滅ぼしの為に命を差し出すなんて言うんじゃないかと思ったから……


「それに俺の自己満足だけどレンにはあんなところにいてほしくないんだ。あの子にはもっと平穏な暮らしをしてほしい。だから連れ出したい」
「リィン君、私も同じ気持ちよ!ヨシュアと一緒にレンを連れ出したいの!あんな小さな子が結社なんて胡散臭い組織にいたら駄目よ!」
「エステル……」


 リィンのレンを結社から連れ出したいという意見にエステルが同意した。


「なら力を貸してほしい、エステルの真っ直ぐな気持ちがレンに良い影響を与えるはずだ」
「ええ、一緒に頑張りましょう!」


 リィンとエステルはそう言って握手を交わした。


 ああいう前向きな性格がエステルの魅力だよね、リィンも影響されているのかもしれない。


 そして私達は今後どうやって動いていくか話し合うのだった。


―――――――――

――――――

―――


「ぷはぁ!やっぱビールは最高ね!」
「また飲んでる……」


 わたしはサラと一緒に居酒屋で食事をしていた。なんでサラがいるかというとルーアンからグランセルに派遣されていたかららしいよ。


 前の騒動の時も魔獣や猟兵と戦っていたんだって。


 んで女性陣を誘って飲みに来たって訳、ラウラやエマは違う席でエステルやクローゼ達と会話をしながら食事をしている。


 因みにリィンはアガット達とあっちの席でご飯を食べてるよ。アガットが言いたくもないことを言わせて悪かったって謝ってリィンが気にしてないと答えていた。


「あら、流石紫電さんね。良い飲みっぷりだわ」
「噂の銀閃も良い飲みっぷりね」


 年が近いからかシェラザードと仲良くなったサラは飲み比べをしていた。お酒臭いしあっちの席に行きたい……


「そういえばフィー、もう少ししたらトヴァルの奴も応援に来るわよ」
「そうなの?帝国の方はもういいの?」
「まあ今あっちはゴタゴタしてて遊撃士の活動が制限されてるみたいだし暇してたから丁度いいんじゃないかしら?」
「ふ~ん……」


 サラからトヴァルがリベールに応援に来ると聞いた。今帝国では遊撃士と政府がなんかバチバチになってるみたい。遊撃士協会も色々大変だね。


「あ~、それにしてもカシウスさんってやっぱり素敵な人よね。アタックしてみようかしら?」
「先生は亡くなった奥さんを愛しているから可能性は無いわね」
「う~、やっぱ無理かぁ……ジンさんもいいけどもうちょっとだけ歳を取っていた方が好みなのよねぇ」
「貴方本当に年上好きなのね。人の好みにどうこう言う気は無いけど失敗ばかりしてるならちょっとは若い子も視野に入れたらどうかしら?」
「ぐぬぬ……相手がいるから余裕を感じるわね」
「やだ、オリビエの事を言ってるの?あんなの唯の腐れ縁よ」
「本当かしら……」


 底から二人は女子の好きな恋バナって奴を話し始めた。サラはジト目でシェラザードを見て余裕そうと言うがシェラザードはそんなんじゃないと手を振る。


「うぅ~……フィーにさえ彼氏が出来たのに私はいつになったら結婚できるのよ……」
「まあそのうち見つかるわよ」


 サラが泣き出してしまったので面倒になったわたしはラウラ達の方に逃げた。


「ラウラ、そっちはどう?あっちは面倒になったから逃げてきちゃった」
「そうなのか?だがこちらも今は……」
「あ~、フィーも来たのね、丁度貴方のことを話してたんだ」
「わたしの事?」


 ラウラに話しかけると彼女は何やら話しにくそうに困っていた。するとエステルがわたしの話をしていたと言ったので首を傾げる。


「うん、どうして二人は弟弟子君を共有しようと思ったのか気になったの」
「ああ、そのことか」


 アネラスの言葉にわたしはなるほどと思った。


 前にレンがバラしたおかげでわたしとラウラがリィンと恋人関係になってることがバレちゃったんだよね。リィンがめっちゃからかわれてたよ。


「単純な事、リィンは無茶ばかりするからわたし以外にも彼を支えてくれる人が欲しかったの。あとわたしはラウラも親友として1番好きだったから彼女ならいいかなって思っただけ」
「そうなんだ、私もアガットさんを支えてあげたいけど二人は嫌かな~……」
「まあ普通はそうだろうね。うちの団長も複数の女性と関係持ってるからそれを見てきたわたしもあんまり気にならないってのもあるかな」
「お、大人の関係だぁ……!」


 ティータの質問に普通は一人だけと付き合うよねと同意する。団長が複数の女性と関係を持ってるのを見てきたからわたしは普通とは違う価値観なんだよね。


 それを言ったらティータは顔を赤くして目を輝かせてた。


「まあ信用できる人ならもうちょっと増えても良いと思ってるよ」


 わたしがそう言ってアネラス、クローゼ、エマに視線を送ると3人は顔を赤くして逸らした。


 なんとなく可能性がありそうなのがこの三人なんだよね。クローゼとアネラスは前に話をしたしエマもリィンを見る目に熱が入り始めたし。


 エステルとティータだけは首を傾げていたよ。


「じゃあフィーちゃんが正妻なの?」
「えっ、それは当然わたしだよ」
「待てフィー、私はそれを認めていないぞ」


 ティータの質問にわたしは当然と言わんばかりに肯定しようとしたがラウラに待ったをかけられた。


「ラウラ、どうしたの?」
「どうしたもあるか。なぜそなたが正妻になってるのだ?」
「だってわたしがリィンの一番なのは当然じゃん」
「いや共に背中を並べている私の方がふさわしいだろう」
「えっ、そんなわけないじゃん」


 わたしとラウラはそう言ってにらみ合った。


「そもそもわたしはリィンの義理の妹だよ?ずっとリィンと一緒にいたんだからわたしが一番好きに決まってるでしょ?」
「私とリィンは共に剣の高みを目指そうとしている同士でもある。そなたが知らないリィンの一面も私なら知ってるぞ。例えば剣の構えや太刀筋の調整などよく相談されるんだ」
「へぇ、そうなんだ。わたしはリィンの好きな食べ物やクセ、好きな趣味なども知ってるけどね」
「リィンとわたしが結ばれたらリィンはアルゼイド家に嫁ぐのだぞ?なら必然的に私が正妻だろう?」
「リィンは西風の旅団団長の義理の息子だよ?同じ猟兵で娘のわたしの方が上手くいくはず」


 わたしとラウラは一歩も引かなかった。


「あわわ……ど、どうしようお姉ちゃん!」
「流石にアレに割って入る勇気はないわね」
「あはは……」
「弟弟子君、モテモテだねぇ」
(私は3番目以降でも構いませんよ、うふふ♪)


 ティ―タは怯えてエステルにしがみつきクローゼとアネラスは愛想笑いを浮かべていた。エマも笑っていたけど何処か余裕も感じられた。


「埒が明かぬな、ここは猟兵の流儀である力で奪わせてもらう」
「望むところ。勝負はどうする?」
「リィンに決めてもらえばいいだろう、女のやり方でな」
「それでいこっか」


 わたしとラウラは立ち上がるとリィンの元に向かった。リィンはオリビエにからかわれて怒っていたけど構わず声をかける。


「リィン、ちょっといいかな?」
「うん?どうしたんだ、フィー。それにラウラまで……なんか怖いんだけど?」
「なに、少し勝負するから見届けてほしいのだ」
「勝負?こんな時間にか?もう夜だぞ?」
「だいじょうぶ、仕合とかじゃないから」
「まあいいけど……」


 リィンは立ち上がってミラを置いて外に向かった。わたしとラウラもミラを置いてそれに続く。


「リィン君、頑張ってね……」


 エステルの声が聞こえた気がするけど今は気にしない、わたしはそのまま二人と宿泊してるホテルに向かった。


「それでなんの勝負をするんだ?」
「ん、リィンの正妻を決める勝負だよ」
「制裁!?俺、二人に罰せられるのか!?」
「違う、そちらではない。正しい妻と書いて正妻だ」
「ああ、そっちね……って正妻!?」


 わたしの正妻という言葉を制裁と勘違いしたリィンが驚くが、ラウラの訂正にホッとしてまた直に驚いた。


「リィンも団長とマリアナ見てて分かってるでしょ?ハーレムには取り仕切る一番が必要だってこと」
「まあ分かるけど……今決めないと駄目なのか?」
「うん」
「そう言われてもな……優柔不断なのは自覚してるけど二人の事は同じくらい愛してるから今すぐに決めろって言われても……」


 私が団長とマリアナの事を言うとリィンも納得した様子で頷くがそれでも決められないらしい。まあ愛してるって言われたのは嬉しいけど……


「だからわたし達がアピールする、それでリィンは選んでほしい」
「うん、そういう事だ」
「……分かった。大事なことだからな」


 取り合えず準備をする為にリィンには一旦席を外してもらうことにした。


「ほ、本当にこれを着るのか!?」
「うん、リィンに喜んでもらえると思って買っておいた」
「い、いやしかし……」
「嫌ならいいよ。わたしの不戦勝ってことで」
「そ、そうはいかん!やってやろうではないか!」
「ん、それでこそだね」


 わたしとラウラはある衣装を着てリィンを呼んだ。


「リィン、入っていいよ」
「ああ、分かった……っ!?」


 部屋に入ってきたリィンはわたし達を見て驚いた。なぜなら……


「にゃあ、フィーだにゃん」
「ラ、ラウラだわん……」


 わたしとラウラは水着になってそれぞれ猫と犬の耳のカチューシャと尻尾、後手袋と靴下を装着してコスプレをしていた。


 あっ因みに言っておくけど尻尾は腰にはめて装着するタイプのものだからね、変なこと考えないでよ。


 わたしは猫みたいなポーズで、ラウラは顔を真っ赤にしながら犬みたいなポーズで挨拶をする。


「な、な、な……!?」
「ほら、こっちに来るにゃん」


 わたしは動かなくなったリィンを引っ張ってベットに座らせた。そして彼の膝に頭を乗せて丸くなる。


「撫でてほしいにゃん」
「えっと、こうか?」
「……♪」


 リィンは猫を撫でるようにわたしの頭を撫でてくれる。ん、気持ちいい……♡


「う、うう……」
「ラウラ、おいで」
「えっ……う、うん……じゃなくてわん」


 リィンに手招きされたラウラはリィンに近寄った。するとリィンはラウラの頭を撫でた。


「可愛いよ、ラウラ」
「あっ……んっ……♪」


 ラウラは嬉しそうにリィンの手に頬すりをする。


「今はリィンの猫ちゃんだにゃん。いっぱい可愛がってほしいにゃん」
「わ、私も遊んでほしいわん……」
「ああ、いっぱい遊ぼうな」


 それからわたし達はリィンといっぱい遊んだ。お腹を撫でられたり背中を摩ってもらったりしたし猫じゃらしやボールで遊んだりもした。


「二人とも可愛いなぁ」
「にゃあ……」
「くぅん……」


 リィンに抱き寄せられて幸せに浸るわたしとラウラ、そろそろ次の段階に……


「……二人とも、ありがとうな」
「えっ?」
「俺がレンの事で気を張ってると思ったから気分転換の為にこんなことしてくれたんだろう?」
「えっ……そ、そうだよ」


 リィンがレンの件で自分が気を張ってるからコスプレしたんだろうと言った、正直そんな意図は無かったけど同意しておいた。


「ごめんな、二人に心配かけて……でも俺は大丈夫だよ。レンの事は諦めたわけじゃない、俺は彼女の憎しみと向き合ってレンを取り戻す。だから俺を支えてくれないか?」
「……ん、勿論だよ。わたし達もリィンと一緒に戦うから」
「ああ、そなただけには背負わせないさ。私達は一心同体なのだからな」


 わたしとラウラはリィンと共に戦う事を改めて誓った。


「ん、じゃあそろそろ本格的に勝負に入ろうか」
「えっ、勝負って……?」
「正妻を決める勝負だよ」
「ええっ!?あれって冗談とか建前じゃなかったの!?」
「そんなわけ無いじゃん。それはそれ、これはこれだよ」


 私はそう言うとリィンを押し倒してべろちゅーをした。ラウラもリィンの耳を舐めて攻めている。


「絶対に一番を決めてもらうからね、リィン」
「ああ、逃げられると思うな」
「……はは、俺はこんなにも愛されて幸せだな」


 その後わたしとラウラはリィンに正妻を決めてもらう為にいっぱいアピールをしていった。


 一応言っとくけど一線は越えてないから。ただ下着姿になってリィンを挟むように寝転がって耳元で『わたしを選んで……』って囁いたり、リィンも下着姿になってもらってハグしたりべろちゅーしたりリィンの下の太刀をラウラと一緒に手入れしただけだから。


 最終的にリィンはわたしを選んでくれた、やったね。

 

 

第91話 霧のロレント

side:フィー


 夢を見ていた。見た事もない大きな都市の一角、そこにあるお店に3人の女性が集まっていた。


 一人は緑の髪の凛とした女性、一人は黒と白が混じった長い髪のおっとりとした女性、そして最後の一人が青い髪を束ねた可愛らしい女性だった。


「あー、ここのお菓子はやっぱり美味しい!久しぶりにオルガちゃんとサライちゃんと集まれて嬉しいよ!」
「お前は相変わらず騒がしいな……」
「ふふっ、そこがダーナさんの良い所じゃない」


 青い髪の女性……ダーナはお菓子を砲張りながら嬉しそうに笑う。それを見ていた緑の髪の女性……オルガは溜息を吐きながら紅茶を飲み、おっとりとした女性……サライは微笑ましい層に笑った。


「だって最近は空の巫女のお仕事が多くてこうしてゆっくりも出来なかったんだもん!」
「確かにここ最近は戦も増えてきたな。豊かな我が国を手中に収めたいと思う国が多いのだろうが……」
「そうですね、最近は母も私も忙しくてこうして外に出たのさえ久々ですから……」


 3人はそれぞれ思う事があるのか暗い顔を見せた。


「オルガちゃんは軍の将軍、サライちゃんは女王としての仕事、私は空の巫女……お互い立場が変わっちゃったねー。学校に通っていたころはもっと気楽だったんだけどなぁ」
「お前はわんぱくだったからな、付き合わされた私達の身にもなってほしいものだ」
「あー!オルガちゃんそういう事言うんだ!なんだかんだ楽しんでいたくせに!」
「お前は目が離せなかったから付き合っただけだ!学校近くの大樹に昇ろうと向かった時は立ち眩みをしたくらいなんだぞ!」
「うふふ、あの頃は楽しかったですね」


 ダーナとオルガが言い争いをするがどちらも本気ではなく楽しそうだった。そんな二人を見てサライも和やかに笑みを浮かべる。


「でも私も時々あの頃が懐かしくなります。最近は過激派の方々を抑えるのに苦労していて……お母様も王女として彼らの気持ちは理解できるのですがやはり輝く環を戦争に持ち込むのは良くないと思っている故に溝が深まっていくばかりで……」
「軍でもそう言った声は上がってきているな」
「私も信者の人たちの中にそう言った声が上がってきてるのを聞いてるよ。確かに輝く環を使えば世界の支配も出来るとは思うけど……絶対にロクな事にならないよ」
「私もそう思います。空の女神から授かった強大な力は人間の欲の為に使うべきではないと思うのです」
「ああ、それを管理して守っていくのが我らの使命のはず……嘆かわしいものだな」


 輝く環……確かおとぎ話に出てくる空の女神が授けた7つの至宝のことだっけ?昔マリアナが聞かせてくれたおとぎ話に出てたのを覚えてる。


「……二人とも大丈夫だよ!今は分かってくれなくても私達が頑張れば絶対に良い結果にしていけるって!だから頑張ろうよ!」
「……ふふっ、そうだな。お前の言う通りだ」
「はい、私もそうなることを信じています」


 暗くなっていた雰囲気がダーナの声で一気に変わった。なんていうかエステルみたいな子だね、ダーナって。


「ダーナさんは本当に変わりませんね。昔から前向きでそこにいるだけで人を笑顔にしてくれる……そんな貴方だからこそ輝く環に選ばれたのかもしれませんね」
「えへへ、そんなに褒められたら照れちゃうよ……」
「サライ、あまりダーナを甘やかさない方が良い。すぐに調子に乗るからな」
「オルガちゃん酷いよ!」


 3人のやり取りを見ていると本当に仲が良いんだなって思う。


「もう怒った!今日はオルガちゃんのおごりね!すみませーん、一番高いケーキくださーい!」
「おい!まだ食べるつもりか!?」
「うふふ……」


 すると私の意識がだんだんと薄れていくのを感じた。夢が冷めるのかな……?


―――――――――

――――――

―――


「……ん、ここは何処だっけ?」
「フィー、起きたか?」
「リィン?」


 目を覚まして頭の中を再起動する、すると隣から大好きな声が聞こえてそっちを向くとリィンがいた。


「もうすぐボースに到着するぞ。良いタイミングで起きたな」
「ボース?……あっ、そっか。ここ飛行船の中だったね……」


 わたしは今自分が飛行船に乗っていたことを思い出した。


 わたし達は現在グランセルからボースに向かう飛行船に乗っている。そこで寝ちゃったんだ。


「なんか不思議な夢を見ていた気がする……ダーナって人知ってる?」
「まだ夢を見てるのか?ダーナって人は知らないぞ」
「ん、ごめん。まだ寝ぼけてる……」


 何故かダーナという言葉が頭に浮かんだので呟いてしまった。いけないいけない、しっかりしないと……


「それにしてもロレントで濃霧の発生に赤い星座がカプア一家の飛行船を奪取……色んなことが起きてるな」
「ん、ケビンの話だと結社の目的が輝く環の可能性があるみたいだし話が一気に大きくなってきたね」
「ああ、結構な事に巻き込まれてきたつもりだけどまさかおとぎ話に出てきた伝説の至宝まで絡んでくるとはな」


 グランセルを旅立つ前に挨拶に来たケビンと情報を交換したり、ドロシーから貰った写真に飛行船を奪う赤い星座が写っていたりと多くの情報を得たけど……なんかこんがらがりそう。


「まずはボースに降りて情報を収集、その後可能ならロレントに向かうんだよね?」
「ああ、霧で視界が悪いせいでロレント行きの飛行船は今運航停止してるからな」


 ロレントで発生した濃霧のせいで飛行船は飛ばせなくなってしまったの、厄介だね。


「そういえばそろそろコリン君がクロスベルに着いたくらいじゃない?」
「そうだな、無事に両親に会えればいんだけど」


 わたし達と一緒にいた時のコリン君はレンの変装した偽物だったけど、リィンが助けたのは本物のコリン君だった。


 怪我もなくいたって健康だったみたいで安心した。コリン君はレンに面倒を見てもらっていたようで彼女にとても懐いていたの。


 帰り際でもレンお姉ちゃんに会いたいって言っていたし相当懐いていたね。レンは子供好きなのかな?


 そしてコリン君は護衛のサラと一緒にクロスベルに帰っていった。また会えると良いね。


「でもなんでレンはコリン君を誘拐して変装したんだろうな?」
「ん、そこが謎だよね」


 ギルドに来ていた情報ではクロスベルでヘイワーズ夫妻の姿を確認されていた。でも息子のコリン君が行方不明になっていて捜索願が出されていたらしい。


 わたしとラウラを巻き込んで自爆したのはヘイワーズ夫妻に良く似せた機械人形だったみたい。


「なんでレンはヘイワーズ夫妻に似せた人形まで使ってコリン君に変装したんだ?別に誰に変装してもいいはずなのに」
「嫌がらせがしたかったとか?もしレンがヘイワーズ夫妻の子供で彼らに捨てられていたら……」
「確かにレンは俺にアイツらと一緒で自分を捨てたと言ったな。もしそれが本当なら夫妻を悲しませる為にコリン君を誘拐したのか……」


 あくまで想像だけどそう考えれば態々そんな手間がかかることをした理由にはなるね。


「ヘイワーズ夫妻に会ったことは無いがダンナさんの方は良い噂ばかりで悪い話は聞かない。でもそういった人に限って人に言えない過去もあるかもしれないのか……この件が終わったら一度ヘイワーズ夫妻を訪ねてみてもいいかもな」
「そうだね、ここまではあくまで想像でしかないしね」


 わたしとリィンは一旦この話を止めることにした。真実は分からないし想像で好き勝手言うのは失礼だからね。


「そういえばアネラスが一旦このチームから離れる事になったんだよね?」
「ああ、遊撃士で集まって結社の根城を探すチームを作る事になったらしい」
「ん、ちょっと寂しいね……」


 結社がリベールに拠点を持ってるのは明らかでいつも先手を打たれていた。サラなどの増援も来たので今度はこちらから奴らの拠点を探し出そうという計画があるみたいなの。


 そのチームにアネラスが選ばれて彼女は去っていった。


「姉弟子がいないと寂しいけど奴らにこれ以上好き勝手させるわけにはいかないし拠点の発見は優先すべきことだ」
「ん、わたし達も行きたかったけどリィンは銀に狙われているからね」
「ああ、もし銀が結社に雇われているのなら俺が一緒だとかえって迷惑だろうから仕方ない。フィーだけとも思ったけど……」
「駄目。そろそろロランス……いやレオンハルトが出てくるかもしれない。リィンを一人には出来ないよ」
「そうだな、アイツは必ずリベールにいるはずだ」


 かつて戦ったロランス少尉の正体……レオンハルトは未だ姿を見せない。でもそろそろ出てくる可能性は高いはずだ。


「レンの話にヨシュアと一緒に出てきたし多分関係があるよね」
「ああ、もしかしたらヨシュアはレン達と一緒なのかもしれない。ヨシュアやレンを追うためにも奴との対決は避けられない」
「ん、今度は負けない。ラウラもいるし皆でリベンジだね」
「頼りにしてるぞ、フィー」
「任せて」


 わたしはそういってリィンと拳をこつんとぶつけて笑みを浮かべた。


―――――――――

――――――

―――


 ボースに着いたわたし達はまずギルドに向かいルグランから情報を貰うことにした。


「こんにちは、ルグランさん!」
「おおエステル!久しぶりじゃな!元気そうでなによりじゃ」


 エステルが挨拶をかわし早速情報を貰うことにした。


「ボースでは今のところ何か事件や異変が起きたなどの話はないぞ。ロレントでは相も変わらず濃霧が立ち込めているらしい」
「そうなんだ……」


 ルグランの話ではボースでは異常なことは起きていないらしい。でもロレントでは変わらず濃霧が起こっているらしくエステルが不安そうにそう呟いた。


「しかもその濃霧は導力通信を妨害するのか連絡が取れん。更に魔獣も凶暴化していて派遣した遊撃士が傷を負って逃げかえってきたくらいじゃ」
「じゃあロレントは陸の孤島となってるのね。猶更急いだほうが良いわ」


 視界も悪く魔獣まで凶暴化してるならロレントも危ない状態になってるはず、早く向かわないと。


 わたし達は準備を済ませると街道を渡って関所にまで来た。ここまでは何事もなかったけど……


「な、なによアレ!?」


 エステルが指を刺しながら驚く、関所の門の先はまるで世界が変わってしまったかのように真っ白な濃霧が空まで覆い隠していた。


「想像以上の濃霧ね。ロレントは霧が発生することはあるけどこんな大規模なものは初めて見たわ」
「まるで壁のように分厚い霧だね」
「ああ、ボースには流れてこずにロレント周辺のみを覆い隠す霧か……明らかに異常事態だな」


 シェラザードはこんな凄い霧は見た事が無いと話しオリビエはまるで壁みたいな霧だと感想を言う。ジンはこの現象は明らかに異常事態だと呟いた。


 わたし達は関所の責任者に話を聞いてみることにした。そこの隊長の話だと霧は一週間前に起き始めてあっという間にロレント地方を飲み込んでしまったらしい。


 本来なら今は関所は通れないが遊撃士協会から話が行っていたのですんなりと通してくれた。ロレント側に出るともう何も見えなくなってしまった。


「こりゃやべえな、少し先すら見えねぇじゃねえか」
「魔獣の気配も感じないな。この霧のせいか?」
「……だ、駄目です。念のために持ってきたセンサーなども使えません!」


 アガットは予想以上の視界の悪さに眉を歪めラウラは魔獣の気配が読めないと警戒を強めた。ティータは持ってきていた装置を確認するがどうやら使えないみたいだ。


 わたしは気配を読む力に長けているけどなにも感じなくなってしまった。明らかに普通の霧じゃないね。


「エステルさん、このまま進むのはあまりにも危険すぎます」
「そうね、土地勘のあるあたしさえまったく分からないし一旦戻るしか……」
「皆さん、私に考えがあります」


 クローゼとエステルが一旦引き返すべきかと話してるとエマが考えがあると言った。


「エマ、一体どうしたの?」
「実はボースに入った時、微かに魔力を感じたので念のためにあるものを用意しておいたんです」


 エステルの質問にエマが答えた何かを取り出した。


「これは眼鏡ですか?」
「はい、伊達眼鏡です。この眼鏡に術式を施しておきました、これをかければ少しは視界が良好になると思います」


 クローゼは眼鏡を見て首を傾げてエマが説明をする。


 わたしは言われたとおりに眼鏡をかけてみる。するとさっきまで隣の人すら見えなかった視界が広がったんだ。


「わっ!凄い!さっきより明らかに視界が良くなったわ!」
「これなら注意して進めば魔獣の不意打ちなどにも対処できそうね。やるじゃない、エマ」
「本当なら完全に視界をよくしたかったのですが急遽作ったのでそれくらいしかできませんでした。申し訳ありません」
「いや十分だ。これでロレントに向かうことが出来るな」


 エステルは眼鏡をかけて嬉しそうに当たりを見渡しシェラザードは感心していた。エマは完全に視界をよく出来なかったことを謝罪するがジンが十分だと答えた。


「それにしても……あはは!アガット、アンタ眼鏡をかけても頭良さそうには見えないわね~!」
「あぁっ!?てめぇだって似たようなもんだろうが!」


 エステルがアガットをからかうがお互い様だと思う。二人とも直感で動くタイプだから知的って感じじゃないよね。


「アガットさん、私は眼鏡似合ってますか?」
「お前はもともと賢いだろうが」
「あう、そうじゃなくて……」


 ティータがアガットに眼鏡が似合ってるかと聞くがアガットは知的に見えるかと聞かれたと勘違いしたようでティータが苦い顔をする。


「アガット君、ティータ君は眼鏡をかけた自分を知的に見えるかじゃなくて似合ってるか聞いてるんだよ」
「そうなのか?まあ似合ってるぞ」
「ッ!……えへへ」


 オリビエのフォローでアガットがティータにそう言うと彼女は嬉しそうに笑った。


「リィン、わたしは眼鏡似合ってる?」
「ああ、大人のレディみたいな雰囲気を感じるな。似合ってるよ」
「ありがとう。リィンもかっこいいよ」


 リィンはすんなりとわたしを褒めてくれた。これが付き合う前ならアガットみたいな勘違いをしていたかもね。


「でも皆さん気を付けてください。この霧から魔力を感じます」
「つまりエマみたいに魔法に精通してる奴が霧を生み出してるって事?」
「少なくとも魔術に詳しいのは確かだと思います。魔獣が暴走してるのも霧に中に含まれる魔力に刺激されているからだと思いますので」


 エマは霧から魔力を感じるので気を付けてと話す。エステルはこの霧を発生させたのは魔法が使える人かと聞くとエマは可能性はあると答えた。


 もしこれが自然発生じゃなくて結社の仕業なら今度の相手は魔法を使える相手なのかもしれない、用心していこう。


 そう思いながらわたし達は霧に包まれた街道を進んでいくのだった。


―――――――――

――――――

―――


 襲ってくる魔獣を撃退しながら慎重に霧の中を進んでいきわたし達は無事にロレントにたどり着くことが出来た。


「は~、やっと着いたわね。見慣れた道も霧のせいで迷いそうになるし疲れたわ」
「ほらしっかりしなさい。まずはアイナに話を聞きに行くわよ」


 エステルが溜息を吐いて疲れたというとシェラザードは手を叩きながらギルドに向かうと話す。


「……」
「リィン?どうかした?」
「いやなんでもないよ」


 リィンが一瞬考え事をしていたような気がしたので声をかけたけどなんでもないと言われた。わたしはなんか変だなと思ったけど今は流すことにした。


「ん?おお、エステルじゃないか!」
「レトラさん、ただいま!」


 すると近くを通りかかった町の住民がエステルを見て声をかけてきた。


「帰ってきていたのか!立派になったなぁ」
「やめてよ、恥ずかしいじゃない!」
「いやいやすまんな。お前やヨシュアの事はカシウスさんから聞いていたから町の皆全員が心配していたんだ。元気な姿を見て安心したよ」
「そっか、皆心配してくれたんだ……嬉しいな」


 エステルはそう言われて笑みを浮かべた。町の皆に愛されているんだね。


「ん?君は確か以前ギルドで保護されていた……」
「リートです。お久しぶりですね」
「……」


 リィンは偽名を使って挨拶をした。わたし達の正体を知ってるのは一部の人間だけだからね。


 でも町の住民はリィンとわたし、そしてラウラを見て怪訝そうな顔をしていた。


「確かそっちの銀髪の女の子もロレントのギルドで保護されていたな。青い髪のお嬢さんは初めて見たが……」
「ねえレトラさん、リィ……リート君になにかあるの?」


 何か言いにくそうにわたし達を見るこの人にエステルが理由を尋ねた。


「なあエステル、リート君達とは一緒に行動してるのか?」
「うん、今ボースから一緒に来たばかりよ」
「そうか。じゃあやはりあれは別人だったのか……」
「一体何の事?」


 なんかわたしたちを警戒してるように見えるね、エステルは怪訝そうに首を傾げた。


「実はな、この霧が発生して一週間が過ぎたが3日ほど前から窃盗の被害が出たんだ」
「せ、窃盗!?またぁ!?」


 窃盗という言葉にエステルがまたと言って驚いた。そういえば以前聞いたけどエステルが準遊撃士の時にロレントで空賊が盗みを働いてそれを捕まえたって聞いた覚えがある。


「被害にあったのは4件でな、この霧のせいで顔ははっきり見えなかったが微かに黒髪と銀髪、そして青髪の3人組が逃げていくのを何人も目撃しているんだ。銀髪の奴は小柄だったな」
「黒髪と銀髪、それに青髪って……」
「俺達の事だな」
「ああ、丁度お前さん達のような恰好をしておったよ。ただ青髪のお嬢さんは恰好が違ったな」


 このメンバーの中で黒髪と青髪はリィンとラウラだけ、銀髪はわたしとシェラザードだけど小柄って言ってたからわたしの事だと思う。


「犯人は黒いジャケットを着ていて黒、銀、青の髪の人物なんですね?」
「ああ、目撃情報ではそう言われているよ」
「ふむ、ただ全員がそんな恰好をしていたのか。つまり私の格好とは似ていないという事か?」
「ああ、あんたみたいな白い服じゃなかったな」


 リィンとラウラの質問に住民の人は丁寧に答えてくれた。


 わたしとリィンは西風の旅団のジャケットを着ているがラウラは旅装束で白と青を基調にした服を着ている。でもその3人組は全員黒いジャケットを着ていたらしいね。


「間違いなく俺達に変装して盗みをしているな。とんだ迷惑だ」
「うん、間違いなくそうだね。ただラウラの事も西風の旅団のメンバーだと思ってるみたい」
「なるほど、だからそなた達と同じ格好をしていると思ったのか」


 リィンは溜息を吐きわたしはラウラが仲間だから同じ格好をしていると推理する。ラウラも頷いた。



「結社の仕業かしら?」
「結社にしてはお粗末すぎると思うが……」
「じゃあ空賊の仕業じゃない?あいつら飛行船を奪って逃げたって聞いたし以前もやってるから怪しいわ」


 シェラザードは結社の仕業かというがジンがお粗末すぎないかと答える。するとエステルが空賊の仕業じゃないかと言った。


「赤い星座はリィン君を狙った、つまり銀と同じで結社に雇われている可能性があるという事だ。もし空賊も結社と手を組んだのなら可能性はあるかもしれないね」
「で、でもそんな事をする理由って何なんでしょうか?」
「さあな。結社の奴らが何を考えているか分からねえしもしかしたらあのレンってガキがクラウゼルに嫌がらせするためにさせてるんじゃねえか?」
「うーん……結社の目的が明確でないから関与してるのかすら分からないですね。空賊以外にも火事場泥棒をしようとする人がいないわけではないでしょうし……」


 オリビエは今までの情報から赤い星座は結社に雇われていて空賊も引き込んだんじゃないかと話す。それを聞いたティータは何故そんな事をするのか理由を考えていた。


 でもアガットの言う通り唯の嫌がらせの可能性もある。そもそもクローゼの言う通り結社が関与していない第三者の犯行もあり得るね。


「ここで考えていてもしょうがないわね。まずはギルドに行って話を聞きましょう」


 シェラザードの言葉に全員が頷いた。今は情報収集が大事だよね。


「えっと……やっぱりあんた達が犯人じゃないんだよな?」
「あたしが保証するわ」
「そうか……失礼な事を言って済まなかった。リート君とフィルちゃんは少しとはいえロレントで生活していて交流もあったのだが疑ってしまった。申し訳ない」
「気にしないでください。悪いのは盗みをした連中ですよ」


 わたし達は町の人に礼を言うとギルドに向かった。


「アイラさん、ただいま!」
「エステル、お帰りなさい。シェラザードもお疲れ様」
「ただいま、アイラ」


 エステルとシェラザードは顔なじみの愛らに挨拶をした。


「アイラ、久しぶり。元気にしてた?」
「久しぶりね、フィル」
「あれ?情報いっていないの?」
「冗談よ。貴方がフィークラウゼルなのは知ってるわ」
「そっか。騙しちゃってごめんね」


 わたしは以前お世話になったアイラに何も言わずに帰っちゃったから少し気にしていたけどこうして謝れてよかった。


「そういえばリィ……リート君はいないのかしら?」


 アイラは意地悪な笑みを浮かべてわざとリィンの偽名を言った。そういえばリィンが静かだって思って振り返るとリィンは気まずそうに掲示板の後ろに隠れていた。


「リィン、なにやってるの?」
「あ、いや……」
「アイラが呼んでるよ。早く出なよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……!」


 わたしはリィンの手を引っ張ってアイナの前に連れ出した。


「えっと……お久しぶりです、アイナさん」
「久しぶりね、リート君。何も言わずに帰っちゃったから寂しかったわ」
「あの……俺の名前は……」
「なにかしら?はっきり言ってくれないと分からないわよ?」


 なんでか声が小さいリィンにアイナは楽しそうに笑みを浮かべて偽名を言い続ける。そういえばリィンは世話になったアイナに何も言わずの帰ったことを気にしていたんだっけ。


 でも騙していたようなものだから気まずいんだね。


 相変わらず変に気にしすぎだよね、リィンは。アイナは気にしてなさそうなのに。


「アイナさん、俺……貴方に嘘をついてて……謝りもせずに帰ってしまって……すみませんでした」
「……違うでしょ?」
「えっ?」


 アイナはカウンターから出てくるとリィンの前に立って彼を抱きしめた。


「お帰りなさい、リィン君」
「あっ……ただいま、アイナさん」


 リィンはそう言うとアイナの背中に手を回して抱擁を交わした。わたし達はそれを見てそれぞれが色んな反応をしていた。


 わたし?わたしは良かったって思ってるよ。リィンほどじゃないけどアイナにはお世話になったしリィンも気にしていたからね。


 まあ後でべろちゅーはしてもらうけど。


 それからリィンはアイナと5分くらいは抱擁を続けていた。