何かわからないうちに


 

第一章

                       何かわからないうちに
 父の上田研一が難しい顔で本家の主である上田研作に答えているのを聞いていた。
「しかしご本家」
「しかしも何もないだろう」
 研作は厳しい顔で自分に向かい合って座っている研一に言っていた。
「うちの家は娘しかいない」
「それは知っていますが」
「だからな、本家を継ぐのはな」
「そちらの沙織ちゃんですね」
「沙織が長女だからな」
 それ故にというのだ。
「当然だ」
「それでうちの大輝と、ですか」
「うちの沙織と結婚させてな」
 そのうえでというのだ。
「将来うちを継いでもらいたい」
「しかしうちの大輝は」
「何だ?」
「長男であることはいいです」
 研一はそのことは構わなかった。
「ご本家のことを考えても」
「それならいいな」
「いえ、大輝はまだ五歳ですよ」
 研一が言うことはこのことだった。
「五歳でもう許嫁とかは」
「同じ歳じゃない、沙織と」
「それはそうですが」
「なら構わない、二人が大学を卒業したらな」
 その時にというのだ。
「家を終いでもらう」
「結婚して」
「大輝に婿入りしてもらってな」
「そうですか」
「うちは代々続いている社だ」
 研作は研一にあえてこのことを言った。
「それこそ奈良時代からな」
「大社ですし」
「だから継いでもらわねばならないのだ」
「それで今からですか」
「決めておきたい」
 研作は研一に一歩も引かない口調で告げた。
「わかったな」
「そうですか」
「ではいいな」
「五歳で」
 許嫁を決める、研一はこのことに釈然としないものがあったがそれでもだった。本家の主の言葉だからだ。
 仕方なくだ、こう言うのだった。
「わかりました」
「よし、ではな」
「じゃあ大輝は沙織ちゃんの許嫁になって」
「社を継いでもらう」
「それでは」
 こうして話は決まった、だが。
 隣で話を聞いていたその大輝も沙織もだ、親達の話を聞いてもだ。
 全く事情がわからずだ、二人きりになった時にこう言うばかりだった。
「何かね」
「お父さん達変なこと話してたね」
「そうだね」
「一体何の話かしら」
「許嫁?」
「何、それ」 
 二人共わからないままこの言葉について考えた。
「僕達それになったらしいけれど」
「何かしら」
 二人で首を傾げさせながら話した、幼いままで。
「僕がこのお家に入るの」
「そんなことも言ってたよね」
「それで沙織ちゃんと一緒に住むの?」
「そうなの?」
「ひょっとして」
「そうなるのかしら」
 二人で話す、しかしだった。
 幼い二人は全くわかっていなかった、許嫁というものについて。しかし。 

 

第二章

 大輝は小学三年になった時にだ、彼のクラスメイト達に言われた。
「御前許嫁いるんだって?」
「うん、何かよくわからないけれど」
 この時も許嫁につていてよく知らないのでだ、こう返したのだった。
「沙織ちゃんとね」
「三組のあの娘とだよな」
「そうよね」
「そうだよ」
 こうクラスメイト達に答えたのだった。
「それがどうかしたのかな」
「じゃあ御前大人になったらな」
「沙織ちゃんと結婚するのよ」
「それで御前がお父さんになってな」
「沙織ちゃんがお母さんになるのよ」
「あれっ、僕沙織ちゃんと結婚するんだ」
 ここでだ、やっと大輝は気付いたのだった。
「そうなんだ」
「お母さんから聞いたぜ、御前と沙織ちゃん許嫁だってな」
「大人になったら結婚するんだって」
「もうそれが決まっててな」
「あんたと沙織ちゃんが夫婦になるのよ」
「ううん、そんなことはじめて聞いたよ」
 大輝はきょとんとして言った。
「僕達ってそうだったんだ」
「沙織ちゃんと仲良くな」
「もう彼氏彼女じゃない」
「喧嘩とかするなよ」
「離婚は注意よ」
「離婚とかって」
 そう言われても大輝には実感がなかった、それで。
 沙織に許嫁のことを言うとだ、沙織もこう彼に言った。
「私も言われたの、クラスの皆に」
「許嫁のことを?」
「ええ、大人になったら結婚してね」
 そしてというのだ。
「一緒に住むことになるって」
「沙織ちゃんも言われたんだ」
「私達そうなるのね」
「大人になったら」
「それで大輝君はね」
 沙織は大輝本人にも言った。
「私と結婚して私のお家で住むのよ」
「僕のお家じゃなくて」
「そうみたい、私が大輝君のお家に住むんじゃなくて」
「僕がなんだ」
「私のお家に住むの」
 そうなるというのだ。
「そうなるみたいよ」
「そうなんだ」
「何でも私のお家のお父さんになるから」
「僕がお父さんに」
「そうなるらしいのよ」
「何かわからないね」
 まだ小学生、それも三年生の彼にはだった。そう言われてもとてもだった。
 そしてだ、沙織もだった。
 わからないという顔でだ、こう大輝に言った。
「私が大輝君の奥さんになって」
「大人になったらね」
「そう言われてもね」
「実感湧かないよね」
「どうしてもね」
 それがというのだ。
「どういうことなのか」
「私達が結婚するって言ってても」
「どうしてもね」
「何なのか」
「本当にね」
 二人共許嫁同士と言われてもそれがどういったものかだ、結婚がどういうものかわからなかった。だが。
 中学校に入った頃にはだ、色々と知識が備わった。そして周りも。
 それでだ、大輝に周りが笑ってこんなことを言うのだった。 

 

第三章

「いいよな、御前は」
「もう彼女、いや許嫁がいてな」
「沙織ちゃんと何処までいったんだよ」
「キスしたか?」
「もっといったか?先まで」
「そんなこと出来る筈ないじゃない」
 大輝は周りにいつもむっとした顔で答えた。
「だって沙織ちゃんはね」
「将来の奥さんだろ」
「だったら何してもいいだろ」
「親御さん達が許してくれてる関係だろ」
「だから何してもいいだろ」
「だから、僕は分家筋の神社の息子で」
 そしてというのだ。
「沙織ちゃんはご本家の大社の跡取り娘で」
「ああ、お互い神社の子供だからか」
「そういうこと厳しいか」
「そういえば沙織ちゃん神社の中で巫女さんにもなってるな」
「舞も舞うし」
「僕だって神社を継ぐから」
 その大社をだ、本家の。
「そんなこと出来ないよ」
「で、家の神社は弟さんが継いでか」
「御前は婿養子さんになるんだな」
「じゃあ彼女とかか」
「そういうのじゃなくてか」
「キスなんてしてないよ」
 大輝は顔を赤くさせて言い切った。
「一切ね」
「いや、そこで力説するのはな」
「それはないだろ」
「結婚する前でもそういうことしていいだろ」
「許嫁なんだしな」
「そういうのじゃないから、許嫁は」
 とかくだ、大輝は言うのだった。
「僕達もね」
「そうか、まあとにかくな」
「御前と沙織ちゃん大人になったら結婚するんだな」
「それであの大社を継ぐんだな」
「そうなんだな」
「そうだよ、何か最近ね」
 中学生になってからだというのだ。
「そのことがやっとわかってきたかな」
「神主さんになるのか、夫婦で」
「正月忙しそうだな」
「じゃあ俺達も大人になったら正月お参りするな」
「破魔矢とかお守りとか買うな」
「結婚式もやってるよ」 
 大輝はクラスメイト達もこうも返した。
「神式のね」
「というかそれ御前等だろ」
「あの大社でそうした結婚式するんだろ」
「日本の趣きでな」
「そうなるんだな」
「そうなると思うよ」
 こう言うのだった。
「やっぱりね」
「だよな、大人になったらか」
「大学を卒業したら」
「あの大社に入ってか」
「神主さんになるんだな」
「あちらがご本家で」
 このこともだ、大輝は意識しだしていた、そうした世間のことも知る年頃になってきているせいである。
「凄く大きいからね」
「でかい家に住むか」
「そうなるんだな」
「そうなるかな、まあお家自体はね」
 住む家はというのだ、敷地はともかく。
「普通だから」
「ああ、お家はか」
「普通か」
「そうだよ、確かに社は凄いけれど」
 それでもだというのだ。 

 

第四章

「住んでいるお家はね」
「普通か」
「別に凄くないか」
「ごく普通のものか」
「そうなんだな」
「そうだよ、これは大抵の神社でもそうだよ」
 その大社だけでなく、というのだ。
「お寺も天理教やキリスト教の教会も」
「本堂とかは大きくてもか」
「神主さんや住職さんが住んでる場所は普通か」
「広くも立派もなく」
「贅沢でもないんだな」
「贅沢とかとんでもないよ」
 大輝は皆にこのことも否定した。
「宗教のお家は本当に質素だよ」
「あんなでかい社でもか」
「そんな感じか」
「もう外車とか普通にあるとか思ってたけれどな」
「違うんだな」
「だって神社というか神道のことでも一番上の皇室の方々でもだよ」
 大輝は言わずと知れた日本の国家元首であられる方とご家族のことにも言及した。
「質素なんだよ」
「ああ、皇室はな」
「皇室の方々凄いよな」
「驚く位質素だよな」
「国家元首なのにな」
「日本は世界第三位の経済大国なのにな」
 それだけに相当に贅沢が出来るのにというのだ。
「それでもな」
「何処ぞの将軍様と比べると全然違うな」
「びっくりする位質素だぜ」
「あそこの将軍様の国なんか将軍様一人の贅沢で国家予算の二割使うんだぜ」
「もう高い酒にご馳走ばかり飲んで食ってな」
「国民餓えててもそんなのなのにな」
 そうした国、独裁者と比べてというのだ。彼等も。
「質素だよな」
「気品ある質素だな」
「明治天皇なんて軍服の裏破れてたら縫って終わりだったらしいぜ」
「昭和天皇も使えるものは最後まで使われる方でご寝室も質素で」
「皇室は本当に質素だよ」
「俺達の方がいい暮らししてねえか?」
「その皇室の方々を見てもだから」
 それでとだ、大輝も言うのだ。
「ご本家もうちも質素だよ」
「そんなもんか」
「大社でもか」
「神主さん達の生活は質素か」
「そんな感じか」
「色々と出費もあるみたいだし」
 このこともだ、大輝はわかってきていた、成長と共に。見れば彼もあどけない顔から目はそのままあどけない感じだが黒髪をショートヘアで伸ばし額をかなり隠している。眉は細くそれでいて色は濃く斜め上に一直線になっている。
 白い細面で口は小さく鼻の形は丸めでまとまっている、詰襟の学生服が非常によく似合う顔立ちとスタイルだ。
「結構しんどいんだよ」
「それでそこにか」
「御前は入るんだな」
「沙織ちゃんと結婚して」
「婿養子で」
「そうだよ」
 その通りだとだ、大輝も答える。
「その為に今から色々勉強してるしね」
「神主さんになる為にか」
「そういえば御前弓道部だしな、沙織ちゃんと一緒で」
「弓道も神社でするからか」
「だからか」
「そうだよ、本当に今からね」
 まだ学生だがそれでもだというのだ。
「勉強中だよ」
「それ考えると大変だな、御前も」
「何かとな」
「神主さんになるのも楽じゃないな」
「そうしたことをする暇もないとか」
「婚約者がいても」
「いや、だからね」
 その話になるとだ、大輝は笑って返した。 

 

第五章

「僕もそういうのは苦手だし沙織ちゃんもね」
「沙織ちゃん真面目だからな」
「優しくて面倒見がいい娘だけれどな」
「本当に真面目だよな」
「巫女さんだけあるよな」
「無茶苦茶真面目だな」
「御前よりも真面目だからな」
 大輝よりもというのだ。
「あんな真面目な娘いないぜ」
「そうそうな」
「あんな娘だとか」
「そういう話もないか」
「それよりもか」
「うん、沙織ちゃんと一緒にね」
 それこそというのだ。
「あの大社を預かることをね」
「考えてか」
「毎日修行中か」
「そう言うとお坊さんみたいだな」
「まあ同じものか?」
「違うけれどそんな感じだね」
 仏教の話が出てもだ、大輝はこう答えた。
「お寺も大変だから」
「何処もか」
「跡継ぎさんは大変なんだな」
「何かと」
「うん、そもそもね」
 ここで大輝が言うことはというと。
「跡継ぎさんの確保すらね」
「おい、暗い話だな」
「それお店でも同じだけれどな」
「中小企業でも同じだぜ」
「跡を継いでくれる人がいないとな」
「店も会社も畳むしかないからな」
「神社やお寺も同じなんだな」
 友人達はこのことも知ることになった。
「跡継ぎさんをまずキープする」
「そこからなんだな」
「それで修行してもらって」
「継いでもらわないと駄目なんだな」
「僕もね、子供の頃何のことかわからなかったよ」
 許嫁や跡を継ぐ、こうしてことがだ。
「けれど最近わかってきたよ」
「シビアな話なんだな」
「キスとかそんなの吹っ飛ぶ位の」
「跡継ぎさんの確保」
「何処も同じ事情か」
「大変なんだな」
「そうだよ、最近お店とか中小企業とかの閉店とか倒産も」
 業績の悪化以上にというのだ、その理由は。
「その理由で一番多いのはね」
「跡継ぎさんがいない」
「お店や会社を継いでくれる人がいない」
「そういうことなんだな」
「怖い話だな」
「そうなんだ、ましてご本家は娘さんしかいないから」
 この現実もだ、大輝は話した。
「跡継ぎさんが必要だったんだ」
「それで御前に白羽の矢が立ったんだな」
「分家筋の長男だった御前に」
「聞けば聞く程シビアな話だな」
「ロマンとか全然ないな」
「そうだね、まあそれでもね」
 全てを受け入れている顔でだ、大輝は言うのだった。
「こうしたものだってね」
「思ってるんだな、御前自身は」
「それでいいって思ってるんだな」
「受け入れているんだな」
「そうだよ、物心ついた時にはだったから」
 もう決まっているからだというのだ。
「修行してるよ」
「そうか、じゃあな」
「沙織ちゃんと一緒に頑張れよ」
「それでいい神主さんになれよ」
「何かあったらお参りに行くからな」
「頼むよ」
 大輝は彼等に笑顔で応えた。 

 

第六章

「何時でも待ってるからね」
「ああ、しかしな」
「何か御前ってな」
「もっと言えば沙織ちゃんもか?」
「あの娘もか?」
 その相手である彼女もというのだ。
「あの娘もこんな感じか?」
「気付いたら許嫁になっていてな」
「それで神社を継ぐことになっていて」
「その勉強をしている」
「そんな感じか?」
「そうなのか?」
「そうだと思うよ、沙織ちゃんもね」
 その彼女もとだ、大輝も答えた。
「よく一緒にいるけれど」
「そうか、やっぱりな」
「沙織ちゃんもそうか」
「婚約を意識するよりもか」
「一緒に神社の神主になってやっていく」
「そんな感じなんだな」
「あの娘にしても」
 クラスメイト達も話を聞いて言うのだった、納得した口調で。
「何か思ってたのと違うな」
「ああ、もっとな」
「結構今から夫婦だって思ってたら」
「また違うんだな」
「そうなんだな」
「まあね、お家のことはいつも頭の中にあるから」
 大社を継ぐ、このことがだ。
「僕も沙織ちゃんもね」
「だからか」
「それでなんだな」
「恋愛とかよりもか」
「そっちか」
「うん、好きとか嫌いとか」
 そうなるとだ、大輝が言う答えは。
「嫌いでないことは確かよ」
「だよな、沙織ちゃんも」
「お互い嫌いじゃないよな」
「そのことは間違いないな」
「そうだよな」
「うん、ずっと一緒にいて喧嘩をしたこともあったけれど」
 それでもだというのだ。
「仲はいいつもりだよ、お互いのことをよく知ってるつもりだし」
「そういえば従兄妹同士だしな」
「家も近くて同じ学校でな」
「それじゃあな」
「よく知ってるよな」
「お互いの家に泊まることも多いし」
 そうしたこともあるというのだ。
「だからね」
「何か兄妹みたいだな」
「いや、姉弟か?」
「まあどっちにしてもな」
「ずっと一緒にいてこれからもか」
「一緒にいるんだな」
「そうだよ、お互い最初はそんな風に意識してなかったけれど」
 幼い頃はだ、まだ何も知らなかったその頃はだ。許嫁と言われてもそれが何なのか実感も何も出来なかった頃だ。
「それでもね」
「今はか」
「そういうことも意識してか」
「神社に入る」
「それがいつも頭の中にある」
「お互い一緒にいて」
「これからもなんだな」
 皆次第に二人の関係がわかった、許嫁という関係が。
 大輝は高校、そして大学に入ってからも同じだった。やはり沙織と共に大社を継ぐべく勉強をして共にいた。
 弓もして様々な神事を勉強した、そして。 

 

第七章

 大学を卒魚する頃にだ、二人でそれぞれの父である研作と研一とそれぞれの妻達つまり二人の母親達も含めてだった。
 家族会議が行われた、もっと言えば一族全員が揃っている。
 その場でだ、研作は二人に言った。
「もうわかっていると思うが」
「はい、大学を卒業したら」
「その時はですね」
 大輝だけでなく沙織も言う、黒髪を奇麗に伸ばし後ろで束ねている。はっきりとした目に薄めの眉を持っていて唇は奇麗なピンク色でやや大きい。しっかりとした顔の輪郭で背もわりかし高めだ。スタイルのよさが目立つ。
「僕と沙織ちゃんが」
「結婚して」
「この家に入ってもらう」
 つまり大社にとて、研作は二人に告げた。
「いいな」
「はい」
 二人は同時に答えた。
「お願いします」
「その時は」
「よし、しかしだ」
 ここでだ、研作は二人にこうも言った。
「一つ重要なことがある」
「大事なことといいますと」
「そのことは」
「御前達自身のことだ」
 大輝と沙織のことというのだ。
「御前達が仲が悪くてはどうしようもな」
「そうだ、夫婦仲が悪いとだ」
 研一もここで言うのだった。
「どうしようもないからな」
「だからね、貴方達がお互いに嫌いなら」
「結婚しなくていいのよ」
 二人の母もだ、二人に言うのだった。
「その時はね」
「貴方達のことも大事なのよ」
「許嫁ではある」
 研作はこのことも前提として述べた。
「しかしだ」
「それでもですか」
「私達の仲が悪いとですか」
「そうだ、どうにもならないからな」
 だからだというのだ。
「御前達がどうかだ、少し考える時間を渡す」
「僕と沙織ちゃんに」
「そうしてですか」
「決めるのだ、いいな」
 こう二人に告げるのだった。
「そして私に言え」
「わかりました、それじゃあ」
「私達でよく考えてみます」
「それでそのうえで」
「決めます」
 二人も答えた、そしてだった。
 大輝と沙織は大社を二人で歩きつつだ、話をした。まずは大輝が沙織に尋ねた。大社の中にある池の中の亀達を見ながら。
「あの、僕でいいかな」
「大輝君が私のお婿さんになって」
「うん、いいかな」
 今度は沙織に顔を向けて尋ねた。
「そうして」
「それを言うとね」
「それを?」
「私でいいの?」
 沙織は森の方を見てだ、大輝に顔を向けて尋ねた。
「私が大輝君のお嫁さんになって」
「お互い聞くことは一緒だね」
「そうね、私はね」
 沙織は正面を向いてやや俯いた様になって答えた。 

 

第八章

「大輝君のこと好きよ」
「自分から言うんだ」
「その言葉は」
「僕だってだよ」
 その大輝もというのだ。
「沙織ちゃんのことが好きだよ」
「そうなのね」
「ずっと一緒にいて」
 そしてというのだ。
「沙織ちゃんのことを知ったうえでね」
「私のこと好きなのね」
「そうだよ」
 こう沙織に答えた。
「ずっと一緒にいたいよ」
「そうなのね、それはね」
「沙織ちゃんも?」
「私も。大輝君のことよく知ってるから」
 だからだというのだ。
「ずっと一緒にいたいから」
「結婚しても」
「相手は大輝君以外考えられないから」
 ここまで言う沙織だった。
「宜しくね」
「じゃあお互い答え出たわね」
「そうね、ただね」
「ただ?」
「最初はお父さん達の間で決められたわね」
 沙織は話を二人のはじまりの時に戻した。
「そうだったわね」
「うん、僕達がまだ物心つくかつかないかの時にね」
「あの時は何が何かわからなかったわね」
「そうだったね、僕も沙織ちゃんもね」
「そのことがわかってきて」
 そしてというのだ。
「成長していって」
「その間ずっと一緒にいていって」
「お互いのこともわかって」
「それでだからね」
「今に至るけれど」
「何か結婚することも」
 大輝はしみじみとした口調で言った。
「決まっていて」
「それでね」
「うん、今にまでなるけれど」
「それでもよね」
「お互い一緒にいるうちに知っていって」
「好きになって」
「自然にかな」
 まさにだ、一緒にいるうちにだった。
「お互いじゃないとって思える様になってるね」
「そうね、社のこともね」
「僕沙織ちゃんと一緒ならね」
「私も。大輝君と一緒なら」
「凄く大きくて歴史のある社だけれど」
 それでもとだ、大輝は言うのだった。
「二人ならね」
「やっていけるわね」
「一人なら無理でも」
「一緒なら」
「他の皆もいてくれるし」
「二人でやっていきましょう」
「それなら」
 二人で話してだった、そしてだった。
 大輝と沙織は両親達のところに再び出てだ、二人で答えた。
「僕達これから」
「二人で大社に入らせてもらいます」
「そうか、わかった」
 研一も頷いてだ、そのうえで。
 式の用意を一族に言った、二人は大学を卒業すると結婚して大輝は社に婿入りしてだった。沙織と共に社を預かる為にさらに共に歩んでいくのだった。


何かわからないうちに   完


                         2015・5・17