魔法少女リリカルなのは~無限の可能性~


 

第1話「プロローグ」

 
前書き
自己満足として書いていく話になると思いますが、大目に見てください。何かアドバイスをくれたら嬉しいです。

 

 




       =???side=





「……あれ?ここ…どこ?」

 ふと気が付くと、辺りが一面真っ白の世界だった。

「確か…普通に家に帰って…それで…」

 さっきまで何をしていたのか思い出そうとしても、靄がかかっているみたいに思い出せない。

「…あ~、こう思い出せないと少しイライラするな」

 そんな事を言っても結局思い出せないので記憶をもう一度探りなおす。

「……えっと…あ、思い出した。…のか?これ」

 何とか思い出す事はできたけど、その記憶は少し不自然だった。

「寝た訳でもないし、ただ晩飯を食べようとしただけなんだけど…」

 もしかして、記憶に何か異常をきたしているのか?こんな状況なんだし、ありえないとは思えないんだけど。

「…う~ん……」

 僕はその場で唸るように考え込む。とりあえず、思い出せるだけ思い出そう。





「…あの~…」

「あー、やっぱり心当たりないな。ホント、どこなんだここ?」

 少し考えてみたけど、ちっとも思い出せない。…って、あれ?

「…誰?」

 ふと視線を現実に向けると、ピンクの髪をした幼い女の子がいた。

「あの…ごめんなさい!」

「……え?」

 なぜかいきなり謝られた。なんでだ?

「…あなたは、私のせいで死んでしまいました」

「え…?どういう…事…?」

 いきなり言われた事実を、僕は上手く呑み込めなかった。なにせ、僕より圧倒的に幼い…それこそ、小学生低学年程の女の子がこんな事を言い出すのだ。信じる方がおかしい。

「…私は、あなたの世界でいう神です。それで、以前に起きたこの神界での戦いの事後処理に追われていた私は、誤ってあなたを含めた複数の人たちの書類を破いてしまったんです」

「書類...?」

「...神界にある個人の情報が書かれた書類は、その個人の生命そのものでもあるんです。ですから、それが破られたのなら、それに書かれていた人物は死んでしまうんです」

 そう説明されて、僕は絶句した。神という存在にも驚いたけど、死んでいた事の方が驚いた。

「……つまり、僕は本来まだ死ぬわけじゃなかったの?…いや、僕だけじゃない。その破られた書類の人たちは」

「…そういう…事です…」

 肯定され、僕は怒りが湧いてきた。

「…なんだよ…なんだよそれ!なんで僕達の命がそんな紙切れ一枚で左右されなきゃならないんだ!」

 実際、破いてしまった事にはそこまで怒っていない。だけど、僕達の命が紙切れ一枚に左右されること、そしてそんな大事そうなものが誤った程度で破れるほどぞんざいな扱いなのが許せなかった。

「…それについては、本当にごめんなさい。それで、お詫びと言ってはなんですが、あなたを転生させる事にしました」

「てん…せい…?」

 いきなりそんな事を言われて少し困惑する。

「はい。記憶はそのままに、生前とは違う世界に転生するんです。アニメやマンガなどの世界にも行けますし、三つまでなら要望に応えられます」

「は……?」

 そこまで言われて、少しばかり心当たりがある事があった。

 …“神様転生”。それは、大抵が神様にミスによって主人公が死に、お詫びとして空想上の世界に特典と呼ばれる…まぁ、一種の願い事だな。それを持って転生するというモノだ。

 今まさに自分の状況がソレなのだろう。でも、僕は先程の怒りが治まってないから素直に受けいられなかった。

「…まさか、もう一度人生を謳歌させてあげるから許してくれとか、そんな訳じゃないだろうね?」

「…っ、その事は、本当にすいません…」

 …別に、そういうつもりではなさそう…か?

「それと、聞きたい事がひとつある」

「な、なんでしょうか?」

「…どうして、こんなお詫びをしなければいけないような事態になるほどの書類が、そんなうっかりした程度で破けるんだ?」

 お詫びをしなければいけないというならば、それほど重要な書類なはず。なら、うっかりした程度で複数人分が破けるはずがない。…ぞんざいな扱いでなければ、だが。

「…まさか、普通に放置してるような感じとかじゃないよな?」

「っ…その、通りです…」

 …本当にぞんざいな扱いだった…だと?

「…っ!お詫びする事態になるぐらいなら、もっと大事に保管しろよ!なんでそうしてないんだ!?」

「それは…」

 …っと、いけない。冷静にならないと。怒ってばかりじゃダメだ。そう思って一旦心を落ち着けようとする。

「っ、ぐ…!?」

 しかし、いきなり僕の体が動かせなくなる。

「な、なにが…」

「全く、どうして人間はこう、自分勝手なのかねぇ?」

 女性の声が聞こえる。

「あ、お姉ちゃん」

「まったく…手間かけさせるんじゃないよ」

 現れたのはオレンジ色よりの金髪の女性だった。

「うちの所に来るのはどいつもこいつもすぐにキレて…」

「…怒らないでいてくれたのは“彼”だけです…」

 僕の前に来ていた人たちの話だろうか?そんな話をしている。

「そうだねぇ。あいつはいい奴だったね」

「はい」

 …なんだろうか。その“彼”とやらの話をしてる二人の雰囲気に違和感が…

「…その“彼”とやらは、一体どんな奴だったんだ?」

 僕と同じように事情は聞かされたはずだ。なのに、許したって言うなら余程のお人好しか、状況が分かってないバカだな。…というか、いきなり死んだのに家族とかはいいのか?

「“彼”は、事情を説明しても決して怒らずに、すぐ許してくれたんです」

「他の奴らと違ってね」

 やっぱりだ。二人の雰囲気が何かおかしい。…いや、神様相手に雰囲気がどうとか関係ないかもしれないけど。

「ふーん…。で、そいつは家族とかいたのか?余程人生に色々あって達観してるような奴しかそういう事は言えないぞ。普通は。でなければ、家族とかに何とも思わない薄情な奴か、事の重要さを良くわかっていないバカだな」

 未だに身動きはできないけど、口は動くので思った事をはっきり言う。

「っ…!“彼”の事を悪く言わないでください!」

「がっ…!?」

 体中が締め付けられるように苦しくなる。

「あいつの事をバカにするなら、今ここで消してやろうか?」

 二人して僕を睨んでくる。…やっぱりだ。何か、おかしい。

「っ…、随分と入れ込んでるみたいだけど、神様が人間一人をそんな贔屓していいのか?」

「“彼”は特別です!」

 …なるほど。何か理由があって二人は“彼”とやらに妄信的になってるな…。“彼”とやらを思う彼女達の目が濁って見える。

「そうか…。お前らもだいぶバカだな。神様がそれでいいのか?」

「…その状態で随分と減らず口を叩けるねぇ」

 彼女がそう言うとさらに締め付けのようなモノが強くなる。このまま押しつぶされそうだ…!

「余程人生に色々あって達観してないと言えないとか言ったな?なら、お前はどうなんだ?」

「ぐ…が……!」

 締め付けが強すぎてなかなか言葉が口にできない…!

「淡々とグチグチ言ってさ。達観してるくせに言いたい放題言ってさ。…どうなんだよ!」

「が…!く…、あぁ、色々あったさ!自他共に認める分にはな!」

 僕は、中学の頃に両親を亡くした。兄弟もいなかったし、遺産でお金とかはあったとはいえ、生きて行くことだけでも苦労した。割と裕福だったから親戚の奴らはこぞって遺産目当てにやってくるし、天涯孤独だからっていじめを受けた事だってある。高校に上がってからは、生きて行く上で社会の闇も垣間見た。数少ない友人がいたからこそ、僕は心が壊れずにここまで生きてきたんだ…!

「ぐ…、だからこそ、言わせてもらう!人を何人も殺してしまっておいて、怒られないとでも思ったのか!?僕が怒ったのは、至極当然の事だ!転生とかそんなの関係ない!なのに、怒らずにただ赦すだけなんて、事の重さが分かってないただのバカだ!!」

「いい加減にしろよお前!」

 言いたい事をはっきり言ったら、女性の方に殴り飛ばされた。普通なら死ぬはずの吹っ飛び方と威力だったのに、意識がはっきり残ってるのはもう死んでるからか。

「あぐ…!」

「あいつをバカにするのも大概にしろよ?消すぞ?」

「はっ…!関係…ないね…!」

 もう既に死んでるんだ。“消す”って事が何か分からないけど、何も怖くないね。

「…お前らは“彼”に対して妄信的になってるだけさ…!さっきから違和感があると思ったら、お前らは神様のくせに正気じゃないんだよ…!洗脳でもされたか…!?なぁ!」

 神の威圧相手にも決して折れずにはっきりと言葉にし続ける。…人生で培ってきた度胸がこんな所で役に立つとはな…。人生、何があるかわからんもんだ。















「―――もういい。消えろ」













   ―――瞬間、僕は宙を舞っていた。

「……え?」

「その魂ごと、消え去れ!」

 視界に移るは光の奔流。…無理だ、宙で避けられるはずがない…!















   ―――光の奔流に飲み込まれる瞬間、僕は―――――











 
 

 
後書き
元々は自己満足のために、メモ帳とかで自分だけの小説として作ってたんですが、友人にせがまれたのでせっかくだから作ってしまおうと思って出来上がったのがこの小説です。テンプレばかりの展開で読む人を絶対に選びますが、できるだけエタらないように頑張って行きます。

感想、待ってます! 

 

第2話「日常」

 
前書き
伏線とかが苦手なので、展開が読みやすいですが、ご了承ください。



空白期から、前回と同じ人物(主人公)の視点で始まります。

 

 


       =???side=







「―――はっ!?」

  布団から飛び起きる。

「...また、あの夢か...。」

  いきなりミスで死んで、なんか正気じゃない神様二人に消されそうになる夢。不定期だが稀に見るな。

「...ホント、あの後どうなったのやら。」

  実際、僕は転生はしている。あの後気が付いたら赤ん坊だったし、なんか特典みたいなモノも使えた。

「...相変わらず、覚えてないんだよなぁ...。」

  あの光の奔流に飲まれそうになった後の記憶が一切ない。何かあった事は確かだろうけど、本当に一切覚えていない。

「...とりあえず、支度するか。」

  さっさと布団を畳み、服を着替えてリビングへと向かう。





「さーって、今日は...無難な奴でいいか。」

  冷蔵庫から卵やウインナーなど、昼の弁当にありがちな具材を取り出していく。

「~♪~~♪」

  適当に鼻歌を歌いながら、テキパキと二人分(・・・)の弁当を用意していく。

「後は...レタスとミニトマトでも添えようか。」

  色々な具を入れて行き、少し余ったスペースにレタスとミニトマトを入れる。

「.....よし、できたっと。」

  ご飯を敷き詰め、パラパラとふりかけをかけて弁当箱の蓋を被せる。

「次は朝食だな。」

  今度は食パンを取り出し、卵とベーコンも取り出しておく。

「そろそろ起きてくる時間だし、ちょうどいいかな。」

  食パンをオーブントースターに入れ、卵とベーコンをフライパンで焼いていると、寝室がある二階から足音が聞こえてくる。

「...お兄ちゃん、おはよ~....。」

「おはよう緋雪(ひゆき)。もうすぐできるから顔を洗っておきなよ。」

「は~い...。」

  眠たそうにしながら起きてきたのは僕の一つ下の妹である志導(しどう)緋雪だ。いつも朝に弱いので、大抵さっきのやりとりをしている。

「ふわぁ...まだ眠い...。」

「はい、眠気覚ましのアイスコーヒー。」

「ありがと~...。」

  ミルクと砂糖が多めの甘いアイスコーヒーを緋雪は飲み、そこでようやく眠気がなくなったのか、うとうととした雰囲気はなくなった。

「朝食を食べたら着替えなよ。」

「はーい。」

「それじゃあ、」

「「いただきます。」」

  作った朝食を二人で食べる。...両親はもういない。緋雪が小学校に上がる直前の春休みの時、交通事故で亡くなった...とされている。

  なぜ“されている”なのかは、遺体がなぜか行方不明なのだ。これについてはメディアが色々と憶測を立てたりしたが、結局は分からず仕舞いだった。

  結果、僕らは小学生低学年の年齢でたった二人で生きて行くことになってしまった。親戚とかはいたけど、ある程度裕福だったせいか、遺産狙いの人しかやってこなかった。だから、僕はそれらを拒絶して必死に妹と暮らして行けるように頑張った。...前世の経験が生きたなぁ...。

「...ごちそうさま。」

  僕は、未だに両親の事を悔やんでいる。なぜなら、両親がいなくなってしまう事を感じ取っていた(・・・・・・・)からだ。

「(あの時、無理矢理にでも引き留められてたら...。)」

  僕が持っている特典であろう物の一つ、“虫の知らせ(シックスセンス)”は自分にとって不幸な事が起きる際にどこぞのニュータイプのように感知する能力だ。...それが発動したのにも関わらず、僕は引き留められなかった。

「(....っ、ダメだダメだ。しっかりしないと...!緋雪には負担を掛けられない...!)」

  暗い感情を振り切るように頭を振って思考を切り替える。

「....?お兄ちゃん?」

「あ...なんでもないよ。ほら、着替えてきな。」

「はーい。」

  緋雪にも心配されたのできっちりと思考を切り替える。

「さて、僕は洗い物をっと。」

  緋雪が着替えてくる間に朝食の後片付けを終わらせる。

「着替え終わったよー。はい、お兄ちゃん。」

「ほいほいっと。」

  緋雪から着替え終わったパジャマを受け取り、纏めておいた洗濯物と一緒に洗濯機に入れて洗う。

「...うわぁ...髪が...。」

「うおっ、今日は結構ひどいな。」

  洗濯物が洗い終わるまでに歯磨きをして、緋雪の髪を整える。

「自分でもできるのに、なんで僕にやらせるんだ?毎回思うけど。」

「えー?だってお兄ちゃんの方が上手いじゃん。」

  綺麗な背中まである黒い髪を梳かしながら緋雪に聞くと、そんな返事が返ってくる。

「そうなのか?慣れただけだから実感がないんだけど。」

「そうなんだよ。それに、気持ちいいし♪」

  むぅ、男には分からないものだな。

「よし、これでいいだろ。」

「うん!ありがとう、お兄ちゃん。」

「いつもの事だ。別にいいよ。」

  両親がいなくなる前も、何度か髪を整えたりはしてたしね。

「さぁ、学校の準備で忘れ物がないか確認しときなよ。」

「分かってるって。」

  僕も確認しておく。......うん、完璧だな。

「今日の天気は...よし、晴れだな。」

「降水確率も0だって。」

「じゃあ、干しに行くか。」

  天気予報を確認して、ちょうど洗い終わった洗濯物を干しに行く。





「忘れ物はないかー?」

「大丈夫!問題ないよ。」

  洗濯物を緋雪と一緒に干し終わり、鞄を持って玄関を出る。

「うぁー、今日、社会あるんだよねー。」

「苦手科目だもんな。頑張れよー。」

  学校へと歩きながら緋雪とそんな話をする。

「お兄ちゃんは、苦手科目とかないの?」

「うーん...ない、かなぁ?強いて言うなら、英語だね。」

  これでも前世は大学卒業して社会人にまでなってたからね。いくらなんでも小学生の問題で躓かないよ。

「公立の小学校だったら英語はもっと簡単だろうにね。」

「仕方ないよ。今更他の学校になんて行けないんだし。」

  僕達兄妹が通っている学校は、この辺りでも有名な私立の学校だ。親が行方不明になった時、緋雪の入学はもう決まっていたので、ここに通っている。親戚とかは頼りにならないし、今は保護者に当たる人がいないから、転校もする事ができない。...まぁ、お金に関しては平気だったけど。

「あ、もうそろそろ着くよ。」

「そうだね。」

  適当に話していると、僕達が通う小学校、私立聖祥大附属小学校の門が見えてきた。

「じゃあ、緋雪、今日も頑張れよ。主に社会。」

「うっ...が、頑張る...。お兄ちゃんも、また昼休みにね。」

「おーう。」

  下駄箱で上靴に履き替え、緋雪は四年生なので二階、僕は五年生なので三階に行くため別れる。

「おはよー。」

「おはよー志導君。」

  教室に入りつつ挨拶をすると、何人かの人が挨拶を返してくれる。

「なあ、優輝(ゆうき)。宿題、見せてくれないか?」

「...またやってこなかったのか?」

「あっはっはー。....ごめん。」

  友達の一人が僕の名前(優輝)を呼んでそう頼み込んでくる。...いや、謝るくらいなら自分でやってきなよ...。

「計算の仕方がよくわからなくてよー。つい放置しちまったぜ。」

「いや、せめてできないながらもやれよ。うちの妹もそうしてるぞ。」

「うぐっ....。」

  まぁ、緋雪もいやいや言いながらだけどな。

「...はぁ。ほら、提出前には返せよ?」

「わかってるって。」

  そう言って自分の席に戻る友人。それと入れ替わるように一人の女子生徒が近づいてきた。

「...志導君、また宿題貸しちゃったの?」

「一度貸さずにひどい目を見たら懲りるとは思うんだけどねー。ほら、どうも僕はお人好しみたいで...。」

  この性格は前世から続く。どんなに辛い目に遭ってもこれだけは変わらなかったので、そういうものだと思っている。...さすがに人は選ぶけど。

「私が言うのもなんだけど、優しくしすぎると堕落しちゃうよ?」

「...もう、手遅れなんじゃないかな?」

  こういうのはどんどん嵌って行ってしまうモノだ。矯正しようにもできなくなったりする。

「聖奈さんみたいに、ちょうどいい具合に優しくできれば、堕落しないんだろうけどなぁ...。」

「あはは...私の場合はちょっと別の理由があるからかも...。」

「あー...確かに。」

  僕に話しかけてくる彼女は聖奈司(せいなつかさ)さん。背中辺りまであるふんわりとした綺麗な亜麻色の髪にブルーの瞳をしている、この学校で“聖女”の通称で知られている美少女だ。誰にでも優しく、優等生で人望もあるため、相当有名になっている。彼女が言った“理由”も、その有名な事だろう。いくら優しくされるとはいえ、美少女にかっこいい所を見せたいがために堕落はしない。...そんな感じだろう。男子限定だけど。

「まぁ、さすがに何とかするよ。忠告ありがとね。」

「うん。それじゃあ。」

  そう言って、彼女は自分の席に戻っていった。

「このっ、羨ましいぞ優輝!聖奈さんと親しく話せて!」

  すると、すぐ近くで談笑していた男子達の一人が絡んでくる。

「いや、話しかけてくる事はあるんだからそこから話題を発展させれば親しく話せるだろ?」

「それができないから羨ましいんだよ!」

  それただの自業自得じゃね?というか、嫉妬だよね?

「はぁ...。いくら聖祥九大美少女の一人とは言え、会話しようとするだけでテンパったらだめだろ。」

「くっ...!これだから落ち着いた奴は...!」

  聖祥九大美少女とは、この学校でも有名な美少女達の事だ。...うちの妹もその一人だったりする。

「こいつに弱点はないのか...!?」

「いや、弱点ってなんだよ。」

  強いて言うならやっぱり英語が弱点だろうけど...。

「あまり目立たないのが欠点...ではないな。」

「地味で悪かったね。」

  僕の容姿はそこまで良くはない。緋雪曰く、“クラスで三番目の顔”みたいな感じらしい。あ、あと女顔だとも言われる。...まぁ、僕はあまり自分の容姿に無頓着なんだけどね。

「妹の髪は梳いたりするけど、僕自身はあまり整えたりしないからね。」

  ちなみに、あまり整えないのが原因だったのか、前世の学園祭では面白半分で女装させられた事がある。しかもメイド服。学園祭の割に全力で容姿を整えさせられたから少しトラウマだったりする。...しかもなぜかその時の僕を見た男子連中が顔を赤くしてたし。

「くそ、これが兄妹だという事の余裕か...!?」

「志導さんの髪を梳く...だと!?」

  緋雪が求めてくるし、二人暮らしなんだから仕方ないだろ。...とは言わない。言ったら色々と荒れるし。

「はいはい。もうチャイムが鳴るから座れよ。」

「くっ...。覚えておけよー!」

  ありがちな捨て台詞を吐いてチャイムの音と共に席に座る。

「(本気で言ってる訳じゃないからこうやって気軽に話せるんだよなー。)」

  転生して小学生に上がった時は、大人の感性で小学生に馴染めるかなーとは思ったけど、なんだかんだと上手く行ってるからホッとしている。

「(...あいつらは、元気にしてるかな...。)」

  同年代の友人と言うことで、前世の親友たちを思い出してしまった...。いきなり僕が死んだことになって、どう思っているかな...。

「(もう、会えない...それは分かってるんだけど...。)」

  死別した訳じゃない分、前世と今世での両親の死よりも辛い...。

「(...っ、だけど、僕はこの世界で生きてるんだ。だからちゃんとしなきゃな...。)」

  まだまだ引きずってはいるけど、前世みたいに目の前の事に集中しなくては生きていけないしな。







     ~昼休み~





「お兄ちゃん、お待たせ!」

  あれからあっさりと時間は過ぎて行き、昼休み。屋上へと行ける階段で僕は緋雪と合流した。

「よし、じゃあ行こうか。」

「うん。」

  僕らはいつも屋上で二人で食事を取る。...僕が一緒に食べるほど仲のいい友達がいないからなんだけどね...。

「毎回思うんだが、緋雪は僕とじゃなく、他の友達と食べていてもいいんだぞ?」

  緋雪の友達事情は知らないけど、別にボッチって訳じゃないはずなんだけど...。

「私はお兄ちゃんと一緒に食べたいから。」

「そっか。ならいいんだけど。」

  ...ふと思ったんだけど、どうしてここまで緋雪に慕われているんだ...?

「(普通の妹ならともかく、転生者(・・・)ならここまで慕うなんて...。)」

  ...まぁ、嫌われてるわけじゃないからいっか。

「(例え転生者でも、家族としてここまで慕ってくれてるんだから、それでいいよな。)」

  なぜ緋雪が転生者か分かったのかは僕のもう一つの特典であろう物、“キャラクターステータス”のおかげだ。これは、“視よう”としたらゲームとかのキャラクターのようにステータスが分かるような能力だ。頭に思い浮かべるだけにもできるし、パネルのように目の前に表示することもできる。人の個人情報を覗いてしまってるようで、今では視るべき相手以外は視ないようにしてるけど。

  ちなみに、緋雪のステータスはこんな感じだった。

     志導 緋雪(しどう ひゆき)
   種族:人間(吸血姫) 性別:女性 年齢:9歳
   プロフィール▼
   称号:転生者▼、ブラコン▼、吸血鬼の姫君▼、悲■にて■■し
   ■■き■、■■、■か■■者
   アビリティ▲
    吸血鬼化▼、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力▼、
    洗脳・魅了無効化▼
   スキル▲
    スペルカード(12)▼、闇耐性C(S)、魔法耐性D(B)、精神操作
    耐性EX、火属性強化E(C)、闇属性強化C(A)、光耐性弱化E(D)、
    魔法技術E(A)、知識吸収C(A)、狂気E(D)、見稽古D(B)、
    直感C(S)、自然治癒力強化C(S)▼
   ステータス▲
    Level:4 種族レベル:23(50)
    体力:100(1000) 魔力:500(3500) 筋力:45(450) 耐久:30(300)
    敏捷:40(350) 知力:40(100) 運:15(20)
   概要▼

  一部分、なぜか分からない所があるけれど、僕も自身の特典について全部分かってるわけじゃないからどうしようもない。

「(“悲”ってついてる時点でなにかやばそうなんだけどね...。)」

  分からないものは仕方ない。という事で放置している。

「(...大丈夫。いざとなれば虫の知らせ(シックスセンス)が知らしてくれるから。)」

  そう考えて正当化してるけど、実際はどうしようもないだけなんだよね。

「...お兄ちゃん?どうしたの?ボーッとして。」

「あっ、いや、なんでもないよ。」

  いつの間にか弁当を食べ終わってボーッとしてたみたいだ。

「....あ、またやってる...。」

「うん?....あー...。」

  緋雪の見ている方を見ると、黒髪の少年と銀髪の少年が言い争ってた。傍らには何人かの女子達がいる。

「...迷惑だよな。ああいうの。」

「...うん。あ、聖奈さんが止めに行った。」

  再び見たら、聖奈さんが二人を止めに入っていた。やんわりと止められたからか、二人とも案外すんなりと引き下がる。

「聖奈さんがいなければどうなっていた事やら。」

「うるさいままか、私とお兄ちゃんが止めに行ってたね。」

  うん。考えてた事ぴったりだな。上級性として注意するべきだと思ってたし。

「...ま、いつもの事だ。...嫌だけど。」

  これが僕達の日常。日常になって欲しくない部分もあるけれど、僕達はこの日々を享受している。







   ―――まさか、近いうちに非日常に巻き込まれるともつゆ知らずに。





 
 

 
後書き
虫の知らせ(シックスセンス)…自身にとって不幸な事が起きる要因が発生するとき、察知できる能力。一応、誰が要因の中心かは分かるらしい。

キャラクターステータス…対象の人物のステータスが分かる能力。相手を“視よう”と思えば発動する。脳内に思い浮かべる事も、パネルのように表示する事もできる。パネルの場合は他人にも見えるようにする事が可能。表示の際の▼は、表示を省略しており、▲だと表示している事を示している。伏字のものは未だに覚醒していないもの。表示するものは必要な部分だけなため、結構使い勝手がいい。



上手く描写できてるかが不安です。ちなみに、緋雪のステータスの括弧については、アビリティの吸血鬼化を使った際のステータスです。
ちなみに一般男性の平均値↓
体力100 魔力0 筋力50 耐久50
敏捷50 知力50 運10

感想、アドバイスお待ちしております!
 

 

第3話「志導緋雪」

 
前書き
今回は緋雪視点から始まります。

 

 


       =緋雪side=





「お兄ちゃん、そろそろ戻ろう?」

「うん?あ、そうだな。」

  私はお兄ちゃんに声を掛け、食事場所だった屋上を去る。

「(...あんな転生者と一緒のクラスなんて、ちょっと嫌だなぁ....。)」

  唐突だけど、志導緋雪()は転生者である。今でこそ今の人生をしっかりと現実として捉えているけど、最初の頃はどこか浮かれていた。転生者になった事で、この世界を現実とは別物として捉えていたんだ。

  そんな中、私がこの世界を現実だと確信させてくれたのは、他でもない、お兄ちゃんだった...。





      ――転生前――







「.....あれ?」

  気が付くと私は、真っ白な空間に突っ立っていた。

「ここ...どこ?」

  見渡す限り真っ白なその空間に、私は混乱した。

「な、なにが起こって....って、うわっ!?」

  キョロキョロと見渡していると、いきなり目の前が光りだした。

「え、えっと....誰..ですか?」

  光が収まると、そこには仙人を彷彿させるような容姿のお爺さんがいた。

「そうじゃな、お前さん達の所で言う、神と言った所かの?」

「えっ!?か、神様!?」

  確かにそんな感じの雰囲気だけど...。

「ほっほっほ、別に信じなくても構わんよ。それに今は関係ないしの。」

「は、はぁ...?」

  愉快そうに笑うお爺さん。...こんな喋り方をする人、初めてみたなぁ。

「まずは....すまなかった!」

「えっ?...ぇええええええっ!!?」

  いきなり頭を下げられて謝られる。

「儂がいるこの世界ではな、下界の...お前さん達の寿命にも繋がる書類があっての、とある事情でその書類を安全な場所に運ぶ時、他人とぶつかった拍子に破いてしまってのぉ...。咄嗟に避難させようとしたのじゃが、お前さんのだけは助けられんかった。」

「...えっと、つまり....。」

「儂のミスで、お前さんは死んでしまったんじゃ。」

  お爺さん(神様)の言葉に少し固まってしまう。

「私...死んじゃったんだ....。」

「お詫びと言ってはなんじゃが、お前さんに縁のある世界に転生させるつもりじゃ。」

「え...?それって、よくある“神様転生”って奴ですか?」

  小説サイトの二次創作である奴がそんな感じなのが結構あった気が...。

「...まぁ、そんな感じじゃの。嫌なら別の事を要求してくれてもよいぞ?」

「...いえ、転生で構いません。」

  元々、ほとんど未練はないようなものだ。どうせなら、転生してみたい。

「そうかの?..ふむ、それだけでは物足りなさそうじゃから、三つまで追加の要求をしとくれ。」

「特典みたいなものですか?」

「そうじゃ。ただ、あまりに強力すぎるのは却下じゃ。」

  そっかぁ...。じゃあ......。

「東方の、フランドール・スカーレットの強さをください。」

「ふむ...ほう、これか。“強さ”というのは、能力も含むのじゃな?」

「はい。」

  これは、ただ単に私が生前に一番好きなキャラクターだったから選んだだけ。...まぁ、強いしいいかな。

「これで一つ目じゃ。他にないかの?」

「えぇっと...あ、優しい家族と、お兄ちゃんをください。」

「ほう?」

  あ、言ってみて少し恥ずかしくなった。

  私が今のを要求したのは、生前では家族にあまり愛されなかったからだ。いつもどこかピリピリしてて、時たま私にストレスをぶつけてきたりもした。それに昔から私は朝に弱くて、学生時代はずっと怠惰な人生だったから、愛想を尽かされたんだと思う。だから、今度の人生は、そんな事がないようにしたい。...と言ってもただの念押しのための願いだけど。

「家族は特に分からんでもないが...なぜに兄が?」

「....えっと、その...そういうのに、憧れてたから?」

  頼りになる兄に甘えるって言うのをやってみたいんだもん!

「...まぁ、いいじゃろう。三つ目はあるかの?」

「うーん...。」

  特に、思いつかないんだけどなぁ...。

「あ、私が転生する世界ってどんな所ですか?」

「それは儂にも分からん。飽くまで儂はお前さんの魂に縁のある世界へと送るだけじゃからの。...あぁ、ただ、他の転生者がいるかもしれん。お前さんを呼び寄せる寸前に、複数の人間が転生しおった。」

「そうなんですか...。」

  他にも転生者が...。

「...そうじゃの。お前さん達の世界にある小説では、“踏み台転生者”なる転生者が、洗脳・魅了系の特典を持ったりするそうじゃの。...と、言っても大抵は意味がないようじゃが。」

「あ、はい。大体そんな感じですね。」

「そうであれば、洗脳・魅了系の無効化でいいかの?」

「それはいいですね。」

  お爺さんの提案に私は賛同する。この特典なら、転生者以外の存在からの洗脳も受け付けないだろうし。...自分の意志が操られるって怖いし、嫌だからね。

「これで三つですね。」

「そうじゃな。....最後に、本当にすまなかった。」

「...いえ、私自身、人生に挫折しかけていましたから、別に許しますよ。」

  そう言うやいなや、私は光に包まれていき、意識が薄れて行った。















「―――おめでとうございます!元気な女の子ですよ!」

  気が付くと、私は赤ちゃんになっていた。

「(...うわぁ、生まれ変わるって、こんな感じなんだ...。)」

  赤ちゃんになる事なんて普通はありえないから新鮮だね。

「(あ....また、眠く......。)」

  生まれたばかりの体では思考する事もきついのか、また私の意識は沈んでいった。





     ~2年後~





「(....暇だなぁ....。)」

  えっ?時間が飛んでるって?...気が付いた時には、既に2年近く経ってたんだよね...。どうやら、本能だけで今まで成長してきたらしい。

「(...子供らしく振る舞うって、難しい...。)」

  本能だけで育ってきたとはいえ、今までどんな振る舞いをしてたかはうっすら覚えてるし、前世の家庭科とかで習ったりもしたからどう振る舞うのかは分かる。...だけど、恥ずかしいんだよね...。

「ひゆきー?おきてるー?」

「おきてるー。」

  私がいるところに、私より少し成長してる男の子がやってくる。私のお兄ちゃんである志導優輝だ。あの神様は希望通り、優しい家族とお兄ちゃんをくれた。

「ごはんだよー。」

「はーい。」

  今は子供っぽく振る舞わないといけないから窮屈だけど、もう何年かすれば少しはましになるかな?







     ~さらに3年後~





  え?また時間が飛んだって?...窮屈な時間をダラダラ過ごしただけの日々のどこが面白いの?

「うー....やっ!」

  地面に置いている石を握りつぶすイメージで手を握る。だけど、何も起こらない。

「う~ん...やっぱり、魔力とかが分からないとダメかなぁ...。」

  私は今、特典で貰ったフランの強さの一部、“ありとあらゆるものを破壊する程度の能力”が使えるかどうか試していた。だけど、上手く行かない...。

「...あー、デバイスがあればなぁ...。」

  欲を言えばインテリジェントデバイス。それがあれば魔力が分かるのに...。

「まさか、“リリカルなのは”の世界なんてねぇ...。」

  ふと目に入る私立聖祥大附属小学校のパンフレット。お兄ちゃんが通っている学校だ。私はこれを見て、この世界が“リリカルなのは”の世界だと分かった。

「....まぁ、別に私は今の家族さえいれば...。」

  原作の事件は他の転生者に任せておけばいいし。...まぁ、能力は使ってみたいけど。

「緋雪ー。そろそろ出かけるよー。」

「あ、はーい。」

  お兄ちゃんから声がかけられ、私達は家族四人で買い物に出かける。







「....あれ?」

  買い物の帰り、お兄ちゃんが通りかかった公園を見て呟く。

「どうしたの?」

「いや...あの子...。」

  お母さんに聞かれて、お兄ちゃんが示した方向を見てみると、

「(...あの子ってもしかして....?)」

  茶髪でツインテールの女の子がブランコに寂しく座っていた。...間違いない。高町なのはだ。

「...随分寂しそうね。何かあったのかしら?」

  お母さんも彼女の雰囲気に気付いたのか、心配になって声を掛けに行く。

「ねぇ。」

「....ふえ?」

  いきなり声を掛けられて、間の抜けた返事を返すなのはちゃん。

「こんな時間に一人でどうしたの?」

「あ..えっと...その....。」

  お母さんの問いに、口籠ってしまうなのはちゃん。

「お母さんやお父さんが心配してるわよ?」

「っ....。」

  “お父さん”の単語に反応を示すなのはちゃん。やっぱり、これは原作にもあった高町士郎さんが大怪我した頃なのね...。

「...おかあさんは、おとうさんがおおけがをしておみせがいそがしいから、なのははめいわくにならないようにここにいるの。」

「....そう...。」

  なのはちゃんのお父さんが大怪我をしてる事に、少し驚いた顔をするお母さん。

「...でも、こうやって遅くまでお外にいたら、それこそお母さんに悪いわよ?」

「っ...それは....。」

「それに、あなたぐらいの子は、もうちょっと甘えるべきなのよ。」

  諭すようになのはちゃんにお母さんは言葉をかけていく。

「で、でも、それだとめいわくだよ...。」

「子供は迷惑を掛けるものよ。...私もこの子達の母親だから分かるのよ。もっと甘えてもいいのに、この子達はあまりにもお利口さんすぎるから、ちょっと寂しいぐらいなのよ。」

  苦笑いしながら言うお母さん。...確かにあまり甘えてないなぁ...。お兄ちゃんも目を逸らしてるし。

「自分の子供が何か我慢してると、親は心配でたまらなくなるわ。こんな時間まで一人でいると、きっと皆心配で心配で、...それこそ迷惑になるくらいだと思うわ。」

「っ....。...だったら、どうすればいいの...?」

  お母さんの言葉にどうすればいいのか涙目になるなのはちゃん。....どうでもいい事なんだけど、今のお母さんの言葉、五歳児には難しいんだけど...。

「...我慢しなくていいの。“寂しい”とか、自分の気持ちをしっかり打ち明けたら、きっと寂しい思いなんかしなくなるわ。」

「...ほんとう?」

「えぇ、本当よ。だって、あなたの母親は優しいんでしょう?」

「...うん。」

「だったら大丈夫よ。ほら、お家に帰りましょう?」

  優しく手を引いてなのはちゃんを帰らせようとするお母さん。

「あなた、子供達を先に連れて帰ってちょうだい。私はこの子を家に送っていくから。」

「ああ、分かった。」

  お母さんはお父さんにそう言って、なのはちゃんを送っていく。私達はお母さんなら大丈夫だと思い、お父さんと一緒に先に家に帰った。

「(...もしかして原作に関わっていくパターン?これって。)」

  フランの強さを願っておいてなんだけど、私ってあまり命懸けの戦いとかしたくないんだけどなぁ...。

「(...いや、まだ大丈夫。ただ単に家族がなのはちゃんを心配して少し関わっただけだから、悪くても友達止まりなはず...。)」

  原作に巻き込まれて行きそうで心配になる私。

「(...まぁ、そこまで心配しなくてもいっか。無闇に悩んでたら逆に悪い方向に向かってしまうだろうし。)」

  そう楽観的に捉える事にして、嫌な事を考えないようにする。

「緋雪ー?どうしたの?早く帰るよ。」

「あ、うん。待ってー。」

  少し立ち止まってしまってたのか、お兄ちゃんに声を掛けられる。私は急いでそれを追いかける。

「(...私には今の家族がいる。それだけで十分なんだもの...。)」

  原作とかがあっても私には関係ない。私はそれ以上望まない。そう、私は考える事にした。

  ...結局、どこか私は今の人生をアニメの世界だからって、どこか現実として認識していなかったかもしれない。どんな事もなんとかなると思ってたのかもしれない。



















   ―――だから、両親がいなくなってあそこまで悲しくなったのだろう。















     ~約11ヶ月後~





   ―――トゥルルルル!

「あれ?電話?」

  春休み、私がお兄ちゃんと同じ学校に行ける事になったお祝いとして、両親が買い物に行っている時、家に電話が掛かってきた。

「もしもし....。」

  お兄ちゃんが電話に出て応対する。

「........え.....?」

  何を聞いたのか、お兄ちゃんが受話器を持ったまま固まる。

「ぇ...あ....ほん....とう...なんですか....?」

  茫然自失のような状態で聞き返すお兄ちゃん。

「はい....はい......そう...ですか...。....わかりました....。」

  そう言ってお兄ちゃんは電話を切る。

「...何かあったの?」

「緋雪.....心して聞いてくれ....。」

  お兄ちゃんはそこで間を空けて言葉を放った。









「―――お父さんとお母さんが事故に遭った。」







「........え.....?」

  一瞬、その言葉を理解できなかった。

「行きの途中、突然スリップして道路をはずれ、木々に激突したらしい。」

「ぁ...嘘....。」

「...しかも、それだけじゃないんだ。」

  いきなり両親を失った喪失感に頭が真っ白になっている所に、さらに追い打ちがかけられる。

「....死体が、見つからなかったらしい。」

「...どう...いう....?」

  訳が分からなかった。いきなり事故だと告げられて、しかも死体がないなんて。

「車はぐちゃぐちゃ。それなのに、一切血痕や、死んだ証拠となるものがなかったらしい。」

「なに...それ....?」

  聞けば事故の起こった周辺にも痕跡はなかったそうだ。そう、まるで神隠しのように。

「...そして、目撃者の中に不可解なものを見た人がいたんだ。」

「不可解なもの?」

「...曰く、スリップしている時に両親以外の人影を見たとの事だよ。それと、激突する寸前に車内が光っていたように見えたらしい。」

  ...本当に不可解なものだ...。元々、目撃者も少ないらしく、詳しくは分からないらしい。

「...一応、行方不明扱いにはするけど、生存は絶望的だってさ....。」

「そんな....。」

  両親を突然失った喪失感。それは、転生を心のどこかで浮かれていた私を、一瞬で現実に戻すのには十分すぎた。













  しばらくして、両親を弔うために葬式が開かれた。...棺桶は空っぽのまま。

「..........。」

  周りにはあまり人がいない。両親は特に有名って訳でもなかったので、親戚の人達や近所の人がちらほらいるだけだった。

「..........。」

  私は、ただただ呆然と葬式が進んでいくのを見ていた。隣にはお兄ちゃんもいる。でも、私の心はぽっかり穴が開いたようで、目の前の事をしっかりと認識できていなかった。

「....かわいそうに...。」

「まだ6歳と7歳の子供よ?」

「どうやって生きて行くのかしら....。」

  葬式に来ている人の何人かが私達を見てそんな事を呟いている。

「っ.......!」

「.....。」

  お兄ちゃんにもそれが聞こえていたのか、手や足に力が入るのが見て取れた。







「........。」

「...帰るよ。緋雪。」

  葬式が終わり、お兄ちゃんにそう声を掛けられる。小さく頷いて、私達は家へと帰っていった。

「ただいま。」

  お兄ちゃんが家に入ると同時にそう言う。...だけど、返事は返ってこない。...お父さんもお母さんも、もういないんだ...。

「ぁ....ぅ...ぁぁ....。」

  その事に改めて実感させられると、突然涙が溢れて止まらなくなる。

「.....。」

「ぅぁあ....。」

  涙を堪えながらお兄ちゃんに背中を押されてリビングへと向かう。

   ―――「お帰り。二人とも。」

   ―――「今日も二人で遊んでいたのか?」

「っ....!」

  お母さんとお父さんの幻聴が聞こえた。...それだけ、私は両親が大事だった。その事に気が付くと、今度こそ涙腺は決壊した。

「うぁ...ああああああああああ...!」

「.....。」

  ソファーに泣き崩れる。涙が止まらない。声を我慢できない。ただただ、私は泣き続けた。

「あああああ...!お父さん...お母さん....!あぁぁ....!」

「.......。」

  泣き続ける私に、お兄ちゃんは黙って背中を撫で続けてくれた。...それだけが、今の私にとって安心できる事だった...。













   ―――トン、トン、トン

「......ぅ.....?」

  ふと、気が付く。どうやら、私は泣き疲れて眠っていたみたいだ。

「....お?緋雪、起きたか?」

「...お兄ちゃん...?」

  音のする方を見れば、お兄ちゃんがキッチンで料理をしていた。

「ちょっと待っててくれ。遅めだけど、もうすぐ晩御飯ができるから。」

「晩御飯...?」

  そう言ってお兄ちゃんは手際良く...いや、そう見えるだけで所々ミスしながら、料理を盛り付けて行く。

「はい。完成だ。あまり上手く作れたとは思えないから、味には期待するなよ?」

「あ....うん...。」

  “いただきます”の合図と共に、私は料理に手を付ける。

「...美味しい....。」

「そうか?それは良かった。」

  確かに味は絶品っていう訳ではないけど、十分に美味しく食べれる程には美味しかった。

「....大丈夫だ緋雪。僕が、頑張るから...。」

「お兄ちゃん....。」

  もしかして、私を元気づけるために料理を...?

  ...そういえば、お兄ちゃんは両親を失ってから一度も泣いてなかった。葬式の時だって、私が泣いてしまった時だって、一切涙を流さなかった。

「...今日は、眠れるか?」

「...わかんない。」

  さっきも寝てしまってたし、まだ悲しさは残っているから何とかそれを抑えておかないとまた泣いてしまう。

「...じゃあ、眠れるまで僕が傍にいてあげるよ。」

「本当...?」

「もちろん。」

  私を撫でながらお兄ちゃんは微笑む。

「....じゃあ、お言葉に甘えて...。」

「うん。」

  その後、お兄ちゃんは食べ終わった食器を洗い、ずっと私の傍にいてくれた。眠る時なんかは、安心させるためにずっと手を握っていてくれた。







「....うん.....?」

  ふと目が覚める。時計を見れば、ちょうど12時くらいだった。

「...あれ?お兄ちゃん...?」

  眠る前まで傍にいたお兄ちゃんの姿がない。

「どこ....?」

  静かに部屋を出ると、下の階のリビングの方が明るいのに気が付く。

「お兄ちゃん....?」

  足音を立てないように静かに階段を下りて、リビングへと向かう。...そこで、

   ―――.....ぅぁぁ....

「....泣き声...?」

  嗚咽を漏らすような泣き声が聞こえた。気になった私は恐る恐るリビングを覗く。

「(あれ...お兄ちゃん...?)」

  リビングには、テーブルに突っ伏すように泣いているお兄ちゃんの姿があった。

「ぁあああ....うぁあ....。」

「(....お兄ちゃん...。)」

  ...本当は、辛かったんだ。ずっと、泣きたかったんだ。でも、私に弱い所を見せないように、必死に我慢してたんだ...。

「(ごめんなさい...ありがとう....。)」

  今まで心のどこかで転生の事で浮かれていた自分が恥ずかしくなった。...同時に、この世界を現実としてしっかり生きて、お兄ちゃんの支えになりたいと、心の底から思った。





     ――翌日――





「おはよう、緋雪。」

  眠たい目をこすりながら起きてきた私にお兄ちゃんはいつもと変わらない笑顔でそう言った。

「おはよ~...。」

「顔、洗ってきなよ。僕は朝食を作っておくから。」

  その言葉で目が覚める。両親がいない事を思い出させられたからだ。

「お兄ちゃん....。」

「うん?なに?」

  もう、泣く事はなくなった。これでも前世があるし、なにより、お兄ちゃんが励ましてくれたから。

「....もっと私も頼っていいんだよ?」

「....っ!緋雪....。」

  でも、お兄ちゃんは励ましてくれる人がいない分、まだ悲しさが残っているみたいだった。その証拠に、少し目が赤くなっていた。

  ...だから、今度は私がお兄ちゃんを助ける番。

「....ありがとう。」

「うん。じゃあ、顔を洗ってくるね。」











  こうして、私達は何とか立ち直る事が出来た。そして、お兄ちゃんと一緒に生きて行き、助けになろうと強く心に誓った。











 
 

 
後書き
書いていたら結構長引いてしまった...。
両親を失った所の場面を書いている時、ちょっと心に響いた事は内緒です。

ちなみに、優輝は緋雪の事を転生者だと気付いていますが、緋雪は気づいていません。ただ、もし転生者だと分かっても、突き放す事はしないつもりです。
 

 

第4話「転機」

 
前書き
前回の回想が終わり、今回も緋雪視点から始まります。
一応前回や前々回から日にちは経っています。
 

 


       =緋雪side=





「じゃあ、お兄ちゃん、また放課後でね。」

「うん。午後もがんばりなよ。」

  昼休みが終わるので、一時的にお兄ちゃんと別れる。そして、私は教室へと戻る。

「えっと次は...国語かぁ。」

  得意でも不得意でもなく...感想に困る教科だ。...一応、前世の知識もあるからテストで高得点は余裕だけど。

   ―――ドドドドド!

「よかった!間に合った!」

  廊下から慌ただしい足音が聞こえてき、切羽詰った様子で何人かの生徒が入ってくる。

「(あぁ、いつものか。)」

  一人の男子生徒とそれを取り巻く女子生徒。

「(...転生者と、“原作”のキャラか...。)」

  男子生徒...織崎神夜(おりざきしんや)と取り巻きの女子生徒である聖祥九大美少女の内の7人の集団は、この学校で有名だ。美少女が一人の男子生徒を囲っているのもあるが、もう一人の有名人...と言うか、問題児である銀髪の男子生徒...王牙帝(おうがみかど)がよく絡んでいる集団でもあるからというのもある。

  ...私にとってはどっちもいい迷惑だけどね。

  洗脳などを無効化する特典を頼んだおかげか、洗脳などをされそうになった時、無効化するだけでなく洗脳しようとした事も分かるようになっていた。それで、織崎神夜が魅了系の特典を持っている事が分かった。...それも、本人が気づいていないタイプの。

  そのせいで取り巻きの人たちは皆魅了されてしまっている。...中にもう一人女転生者がいるけど、その子も魅了されていた。

  ちなみに王牙帝...所謂踏み台の方は、ニコポ・ナデポを頼んでいたようだけど、発動すらしていなかった。...どうでもいいか。

「(魅了...と言うか、妄信的になってる節があるのが嫌なのよね。)」

  既に好きな人がいる人には効かないみたいだけど、ほとんど見境ないのが嫌だ。第一、どこか本能的に織崎神夜が嫌だ。...なんていうか、行き過ぎた勧善懲悪?思い込みの激しい偽善者?そんな感じの類がなぜか感じ取れた。

「(...そう言えば、聖奈さんは効いてなかったっけ?)」

  お兄ちゃんのクラスメイトである聖奈司さんも、偶にあの集団に関わったりするけど、決して魅了されていなかった。それに、どこか他の人が魅了されている事に気付いている節があった。

「...まぁ、いっか。」

  別に私は無闇に介入したくない。それに、今はお兄ちゃんと二人で生きて行くのだけでも精一杯だ。

「何がいいの?」

「えっ?」

  突然、話しかけられる。振り向けば、隣の席である月村すずかが座っていた。

「あー、別になんでもないよ。月村さん。」

「そうなの?ならいいけど...。」

  普段はお淑やかな感じの月村さんだけど、織崎君(普段は一応こう呼んでいる)が中心の出来事となると途端に妄信的になる。それは他の人も同じだ。

「(...なんか、周りが洗脳された人達ばかりでストレスが溜まりそう。)」

  男子達は別にそういうのではないんだけど、同じ女子としては...ね。

「(...早く放課後にならないかなぁ...。)」

  早くお兄ちゃんと一緒に帰りたい。





     ~放課後~



「ん~!やっと終わったぁ...。」

  終わりのチャイムが鳴り、私は大きく伸びをする。

「...っとと、まだ帰りの準備終わってなかったんだった。」

  鞄に持って帰る物を詰め込み、今度こそ帰ろうとする。

「....あれ?」

  ふと、そこで隣の机...つまり月村さんの机の上に何かが置いてあるのが目に入った。

「...あ、これ宿題に必要な奴...。」

  置いてあったのは国語の教科書で、今日の宿題はこれを使わないと分からない問題だった。

「...仕方ない。まだ放課後になったばかりだし、走れば追いつけるかな。」

  この程度で見捨てるほど私は薄情じゃないし、さっさと鞄も持って駆け出す。

「あれ?緋雪、どうした?」

「ごめん!お兄ちゃん!これ、届けに行かなくちゃならないから一緒に帰れない!」

  階段で待っててくれてたお兄ちゃんに手短にそう伝え、月村さんに追いつくために走る。





「月村さん!」

  校門を抜け、しばらく走った所で月村さんに追いついた。

「えっ、志導さん!?」

「こ、これ...忘れてたよ...。」

  持ってきた教科書を手渡す。

「あっ!あ、ありがとう...。ここまで走ってきたの?」

「まぁね...。ふぅ、疲れた...。」

  特典の恩恵か、私はそれなりに体力がある。...今回はそれでも疲れたけど。

「....あれ?いつものメンツは?」

  そこで月村さんがいつものメンツ(原作キャラとか)と一緒じゃないのに気付く。

「うん。今日はアリサちゃんとヴァイオリンの稽古だから。」

「そうなんだ。」

  道理でバニングスさんと二人でいた訳だ。

「えっと...アンタは志導緋雪...でよかったわね?」

「そうだよバニングスさん。」

  バニングスさんも会話に入ってくる。

「アンタも苦労してるわよね。」

「...?何が?」

「ほら、アイツよ。王牙帝。」

「あー....。」

  確かに、私にも絡んでくるんだよねぇ...。踏み台(アイツ)

「まぁ、そこまで苦労してないかな。いざとなったらお兄ちゃんが助けてくれるし。」

「そう言えば、一つ上のお兄さんがいるんだったね。」

  月村さんには一度お兄ちゃんの事を話した事があったっけ。

「王牙君も、さすがに上級生には逆らわないだろうね。」

「そうとも限らないんだよね...。普通にお兄ちゃんに突っかかるもん。あっさり受け流されてるけど。」

  お兄ちゃんは私の事を護るためか、護身術とかを独学で鍛えてるからね。簡単に撃退しちゃうんだよね。

「あー、そう言う所羨ましいわね。」

「あれ?そっちには織崎君がいるんじゃないの?」

  バニングスさんが言った事に私はそう言う。

「うーん...神夜は頼りになるんだけど...。」

「神夜君の場合、言い合いになってなかなか解決しないの。」

  ...なるほど。お兄ちゃんの場合は転生者じゃないからほんの少し潔く引くけど、織崎君の場合は転生者って互いに分かってる分、反発が凄いのか。

「...って、私はこっちだから、また明日ね。」

「えぇ。また明日よ。」

「教科書、ありがとね。」

  そう言って私は二人とは違う道に行って別れようとする。







   ―――キキィッ!





「「「―――えっ?」」」

  私達三人の声が重なる。理由は目の前に止まった黒塗りの車だ。

「えっ、ちょっ、何するの!?」

「いやっ、離してください!」

「くっ....!」

  中から黒服の人たちが何人も出てきて、私達を車に引き込む。

「(これは...誘拐...!?)」

  ダメ...特典を使いこなせない私じゃ、こいつらは倒せない...!

「(お兄ちゃん....!)」

  そうして、私達はなんの抵抗も出来ずに連れ去られていった。







       =優輝side=





「...どうしたの志導君?」

「えっ、あ、いや...。」

  緋雪が急いで走っていったのを見送っていると、聖奈さんに話しかけられた。

「なんか、妹が急いで何かを届けに行ってさ...。」

「そうなの?」

「多分、誰かの忘れ物を届けに行ったんだろうな。」

  ...まぁ、緋雪が言ったのならしょうがない。今日は一人で帰るか。

「じゃあね、聖奈さん。」

「あ、せっかくだから途中まで一緒に帰ろうよ。」

「えっ?」

  いきなりそう言われるとさすがに驚く。

「別にいいけど...。」

  なんでいきなりそんな事を?

  ...今更だけど、彼女は転生者(・・・)だ。それも、前世は男だったという所謂TS転生者。偶に原作キャラに関わっているのを見て怪しいなと思ってステータスを視てみたら、ビンゴだった。

  ...詳しくはプライバシーとかで視ようと思わなかったから簡略化したけど、こんな感じだった。

     聖奈司(せいなつかさ)
   種族:人間 性別:女性 年齢:10歳
   称号:TS転生者▼、聖女▼、天巫女(あまみこ)

  少し気になる称号があったけど、まぁ、これでTS転生者だって分かった。

「どうして僕と一緒に?」

「うーん...特に理由はないけど、偶々ここで出会ったから?」

  なるほど。飽くまで偶然か。まぁ、聖奈さんは分け隔てなく優しいからな。

「それに私、あまり同級生で普通に喋ってくれる子いないし...。他の学年はもってのほかだし...。」

「あー...。それで僕...か。」

  僕だけだもんな。普通に会話するのは。

「志導君以外は皆戸惑ったりしてね....。理由は分かってるんだけどそれはそれで寂しいから。」

「別にハブられてる訳じゃないから余計に辛いだろうな。それ。」

  そんな事を話しながら校門辺りまで来る。





   ―――ピキーン!





「―――っ!?」

「どうしたの?」

  ...虫の知らせ(シックスセンス)が発動した...。

「(...これは...緋雪!?)」

  緋雪が嫌な予感の中心点だった。

「(一体なにが...。とにかく、緋雪の所へ!)」

「あ、ちょっと志導君!?」

  聖奈さんを置いて走り出す。いつもはセーブしてる身体能力もフル活用して、だ。

「(...もう、家族を失いたくはないんだ...!)」

  例えそれが転生者でも、僕の大切な家族に変わりはない。だから、僕はとにかく急いだ。

「....まったく...。私も追いかけよう。」

  後ろから聖奈さんも追ってきたけど、別に気にはしない。







「はぁ...はぁ...ここか...!」

  虫の知らせ(シックスセンス)の勘を頼りに辿り着いた先は、海沿いの倉庫の一つだった。

「ありがちな...。とにかく、行くか。」

  辿り着いた場所や、その近くに停めてある黒塗りの車から、誘拐だと分かったので、気づかれないように倉庫へと近づいていく。

「...?妙だな。見張りがいない...。」

  普通なら何人かはいるはずの見張りがいなかったのが、遠くからでも分かった。

「...怪しい...。」

  そう思いつつも、倉庫へと近づく。...すると。



   ―――ギャァアアア!!?



「―――っ!?」

  倉庫の方から、大きな叫び声が聞こえてきた。

「何が....!?」



   ―――アハハハハハハハハハハハハ!!



「緋雪.....!?」

  今度聞こえてきたのは大きな嗤い声。それも、緋雪の。

「一体何が....!?とにかく、急がなければ!」

  もう気づかれるとか関係なく全速力で倉庫へと走る。そして、辿り着き、中を覗くと...。

「ひっ!?こ、こっちへ来るな!」

アハハ(あはは)ソンナンジャ(そんなんじゃ)アタラナイヨ(当たらないよ)!」

「ひぃいいいいっ!!?」

  銃を乱射している男と、その弾を爪で弾く、赤い瞳(・・・)を輝かせ、七色の宝石のような物をぶら下げた羽のようなものを生やした緋雪がいた。

  ...それも、“狂ったように嗤い声を上げて”。

「っ.....!」

  辺りには、男と同じような格好をした男性が何人も倒れており、奥には緋雪のクラスメートの月村すずかとアリサ・バニングスが怯えていた。

「志導君!」

「っ!聖奈さんか...。」

  追いついて来た聖奈さんに声を掛けられ、少し驚いてしまう。

「誘拐だって分かって知り合いの凄腕の人たちを呼んだんだけど...これは?」

  “凄腕の人たち”...あぁ、高町なのはの父と兄か。

「分からない...。来た時にはああなってた。」

  すると、男が吹き飛ばされ気絶し、そこへトドメを刺しに行くように緋雪が...。

「やばっ...!」

「ちょ、志導君!?」

  人殺しをしそうになったので、つい飛び出してしまう。

「緋雪っ!」

「...アレ(あれ)オニイチャン(お兄ちゃん)?」

  名前を呼ぶと、こっちに反応する。

「っ...!」

  赤い瞳がこちらを向いた瞬間、僕は怯んでしまう。...あれは、やばい...!

「...今、何をしようとした。」

ナニッテ(何って)コロソウトシタダケダヨ(殺そうとしただけだよ)?」

  当たり前のように言ってのける緋雪。

「緋雪、それの意味が、分かってるのか...!?」

アタリマエダヨ(当たり前だよ)デモ(でも)コイツラハワタシタチヲコロソウトシタンダヨ(こいつらは私達を殺そうとしたんだよ)ダカラ(だから)ソノオカエシ(そのお返し)♪」

  ...やばい、これは正気じゃない...!

「志導君!危険だよ!」

「分かってる!...だけど、あの緋雪は....。」

  正気じゃない。...だけど、あれは僕が何とかしなくてはいけない。...そんな気がする...。

「...緋雪、今のお前は正気じゃない。だから、無理矢理にでも止める!」

  僕が止めなければ、取り返しがつかない事になる。...そんな予感がする...。

ジャマスルノ(邪魔するの)ナラ(なら)イクラオニイチャンデモヨウシャシナイ(いくらお兄ちゃんでも容赦しない)!」

  そう言って緋雪は僕の方へ飛びかかってきた。

「っ、シュライン・メイデン(shrine maiden)!」

〈分かってます!〉

  咄嗟に聖奈さんが前に出て、水色の宝玉が中心に埋め込まれた白い十字架を掲げる。

  すると、澄んだ女性の声が聞こえ、白色の魔法陣に緋雪が阻まれる。

「ッ....!ジャマ(邪魔)!」

「くっ...なんて力...!」

  緋雪はその魔法陣を邪魔だと思い殴るが、聖奈さんは必死にそれを保つ事で防ぎ続ける。

「下がって!志導君!」

「......。」

  聖奈さんの言葉に耳を傾けずに、僕は緋雪の動きを視る(・・)

     志導緋雪 Level4
   状態:狂気▼、暴走▼、吸血鬼化▼

  ...ステータスの一部が表示される。だけど、今は少し目を通すだけで無視する。

  今は緋雪の攻撃の速度・威力・癖を見切る...!

イイカゲン(いい加減)...コワレロ(壊れろ)!」

「(っ、ここだ!)」

  動きを見切り、咄嗟に緋雪の前に出る。

「えっ!?」

「せいっ!」

  振り抜かれる腕を受け流すように掴み、思いっきりその勢い事背負い投げで叩き付ける。

「アグッ!?」

  合気道の要領で叩き付けたから、結構なダメージが入ったはずだ。

「緋雪!しっかりしろ!お前は、こんな事はしないはずだ!」

()ナニヲ(何を)....!」

  力を入れにくいように腕を押さえつけ、そう訴える。

「頼むから...正気に戻ってくれ...!」

  今まで見たこともない緋雪の豹変ぶりに、僕は涙を流しながら必死に懇願した。

オニイ(お兄)...チャン(ちゃん)....?」

  その言葉が通じたのか、緋雪のハイライトのなかった赤い瞳に段々と光が灯る。

「ア...ワ...私....。」

「....!良かった....!」

「...お兄ちゃん....?」

  赤くなった瞳と生えた羽はそのままだけど、正気に戻った事に僕は安堵する。

「あ...私....。」

  今までやってた事を思いだしたのか、瞳が揺れ、怯えの色を見せる。

「....大丈夫。もう終わったから...。」

「お兄ちゃん....。」

  それを抱きしめる事で安心させる。

「...まったく、ヒヤヒヤしたよ。まさか、いきなり前に出るなんて...。」

「あはは...ごめんね。聖奈さん。僕の事助けようとしてくれたのに。」

  さっきの魔法陣とかについては今は聞かない。おそらく、普通に魔法なんだろうし、今は緋雪が元に戻っただけでも良しとしよう。

「っ....。」

「...?緋雪?どうした?」

  抱きしめてるから横顔しか見えないけど、どこか様子が変だった。

「っ....、お兄ちゃん...離れて...。」

「え?どうしt「お願い!」わ、分かったよ...。っ...!?」

  そうして僕が緋雪を離すのと、緋雪が僕を突き飛ばそうとするのは同時だった。

「ぁ....ああ....!」

「緋雪....?」

  突き飛ばされた体を起こし、緋雪を見ると、緋雪は喉を抑えるようにしながら苦しんでいた。

「喉が...喉が渇くの...!」

「喉...?何か飲み物でも....。」

   ―――...いや、分かってる。ただの喉の渇きじゃないって事くらい。

「お兄ちゃんを見てると...喉が...。」

「緋雪....。」

   ―――...でも、信じたくないんだ。

「渇く....欲しい.....。」

「もしかして緋雪、その姿は....その衝動は...。」

   ―――...例え、ステータスを視た時から想像できた事だとしても。



「血が....欲しい...!」



   ―――...緋雪が、血を吸いたくなる衝動に負けてしまうなんて。



「吸血衝動....!」

  僕を見つめる緋雪の瞳は、爛々と赤く輝いていた。

「っ....!」

  思わずステータスを視る。

     志導緋雪 Level4
   状態:吸血衝動▼、暴走▼、吸血鬼化▼

「やっぱり...!」

  思った通りの状態に、思わず歯噛みする。

「志導君!今度こそ下がってて!」

  聖奈さんが前に出て、さっきの十字架を掲げる。

  今度は聖奈さんが光に包まれる。

  光が晴れると、聖奈さんは黒いリボンが付いた大きなボタンのようなものが付いたリボンのように伸びる青い縁の大きな白い帽子を被り、左側頭部に天使の羽の髪飾りを付け、裾と縁のラインが赤色になっている黒い上着を着て、チェック柄の灰色の膝上までのスカートと縁がリボンになっている白いソックス、黒い靴を履き、縁のラインが青色の白いマントを胸元の赤いリボンで止める形で羽織った姿になっていた。

「シュライン!彼女を無力化するよ!」

〈了解です!〉

  またもや女性の声が聞こえ、気が付くと聖奈さんは十字架を模した青いラインの入った白い槍を持っていた。

「っ...ぁ....シャルラッハロート(Scharlachrot)....!」

〈はい。〉

  それに対して緋雪は、蝙蝠の羽が張り付けられた赤い十字架のアクセサリーを掲げる。

  聖奈さんの時と同じように女性の声が聞こえ、緋雪の場合は赤い光に包まれる。

  光が晴れると、緋雪は白いカチューシャと胸元に赤いリボンを付け、所々を赤いラインやリボンで意匠を凝らした、白いフリル付きの黒いドレスを着た姿になっていた。

「嘘...デバイスをいつの間に...!?」

  すぐさま歪んだ時計の長針・短針を繋げたような杖を持ち、そこから赤い魔力の大剣を形成する緋雪。

「...とにかく、無力化を...!」

  デバイスを取り出した事に動揺するも、すぐに向き直る聖奈さん。

「お願い....逃げて....!」

「緋雪....。」

  正気を失いそうな目で僕に懇願してくる緋雪。

「...志導君、アリサちゃんとすずかちゃんを連れて逃げて...!」

「聖奈さん....。」

  聖奈さんも緋雪と同じように僕にそう言う。この戦いに巻き込みたくないのだろう。

「私だって、彼女を相手にいつまで持つか分からないの...。」

「えっ....?」

  弱音のように呟かれた聖奈さんの言葉に、月村さんが反応する。

「今の緋雪ちゃんは、本能に振り回されて暴走しているんだろうけど...。...なんでかな、今の緋雪ちゃんを見てると、冷や汗が止まらないの....!」

  ...多分、緋雪が自分よりも圧倒的な強さを秘めていると、聖奈さんは感じ取ったのだろう。

  ...そうなると、ますます僕はこの場から退いた方がいい。だけど...。

「緋雪を置いてなんて....。」

「気持ちは分かるけど逃げて!」

「っ....!」

  分かってる。確かに分かってるんだ。...だけど、大切で、もう失いたくない家族が、目の前で苦しんでるんだ。僕だって人間だ。理に適った行動を取ろうとしたくない時だってある。

「...ぁ....逃がサなイ...!」

〈封鎖領域、展開します。〉

「しまっ....!?」

  もたついている間に、緋雪が何かを行い、この場にいる僕らが結界に閉じ込められた。

  ...それはいい。まだ、それは戸惑いこそすれど、慌てるような事じゃない。

  ...それよりも、僕は緋雪の...また、正気じゃなくなってしまいそうな顔を見てしまった。

「....三人共!できるだけここから離れて!」

「「は、はいっ!」」

  結界に閉じ込められても、できるだけ避難させようと指示を出す聖奈さん。その言葉に、月村さんとバニングスさんは従うけど、僕は動かない。

「志導君!何やってるの!?」

「...っ、分かった。」

  緋雪の瞳を見て、僕は逃げたくなかった。でも、聖奈さんの言うとおり、足手纏いな僕は避難するべきだと思い、できるだけ距離を取る。

「血ヲ....寄こセ....!」

「来るっ....!」











   ―――そして、望まれない戦いが始まった。









 
 

 
後書き
聖奈さんのバリアジャケット姿はリトバスのクドリャフカを想像してください。

 シュライン・メイデン(shrine maiden)―――聖奈司の、持つインテリジェントデバイス。愛称はシュライン。名前の由来は巫女の英語訳です。ちなみに、元々“祈り”の英訳を名前に混ぜようとしたんですが、英訳がプレイヤー(Prayer)という名前に不似合だったのでやめました。ちなみにAIの性格は清楚な女性をイメージしてます。(cv川澄綾子)

 シャルラッハロート(Scharlachrot)―――緋雪の扱うアームドデバイス。愛称はシャル。由来は緋色のドイツ語です。AIの性格は東方の十六夜咲夜をイメージ。(cv田中理恵)

前回から長めの話になっていますけど、そろそろ少し短くしたいです。
感想、お待ちしてます。
 

 

第5話「狂気」

 
前書き
前回から時間を少し遡り、緋雪視点から始まります。

...戦闘描写、どうしよう...。(←上手くできる自信がない)

 

 


       =緋雪side=



「っ....!」

  黒服の男達に連れられ、使われなくなった倉庫の奥に手を縛られる。隣には月村さんとバニングスさんも同じように縛られていた。

「ちょっと!何よアンタ達!」

「あ、アリサちゃん...。」

  そんな男達に怯まず、叫ぶバニングスさん。

「...誘拐って言う事は、私はともかくとして、裕福な家系である二人の身代金が目的か....また、別の目的があって誘拐したか。....って事だよね。」

  私が誘拐で考えられる目的はこれだけだ。別の目的って言うのにも心当たりがある。実際、“別の目的”の所で月村さんが反応を示していたから多分、確実だ。

「へぇ、そこの嬢ちゃんはオマケにしてはなかなか頭が切れるみてぇじゃねぇか。」

「....そりゃどうも。」

  男の一人がそう言ってくるのを適当に返す。...というか、オマケって...。

「なに?身代金が目的って訳?確かにあたし達の家は裕福だけど、そんな事しでかしてただで済むと思ってんじゃないでしょうね?」

  バニングスさんが男達に突っかかるように言葉を放つ。...そんなに挑発染みた事言って大丈夫なの?軽率すぎじゃぁ...。

「残念。身代金が目的じゃない。そこの嬢ちゃんが言った通り、“別の目的”だ。」

「っ....!」

  男の言葉を聞いた瞬間、月村さんは体を強張らせた。

「俺たちは一種の掃除屋みたいな奴でな...。今回の依頼はそこの男の依頼だ。」

  そう言って、男は一人の服装が違う男性を示す。

「....最初からこの倉庫にいた男...。」

  私達が誘拐されてここに連れられた時、既にここの倉庫には一台の車が停まっていて、中に数人の黒服の男と、その男性がいたのを思い出す。

「君達は勘違いしているようだね。確かに、誘拐染みた事をしたが、今から行う事はれっきとした“正義”だ。」

「は?正義?」

  演説者のように突然喋りだした男性にバニングスさんが思わず聞き返す。

「そうだ!私達人間の中に紛れてのうのうと暮らしている“化け物”への断罪...それが私達が行おうとしてる事だ!」

「っ......!」

  化け物...ねぇ。

「化け物?....そんな事言って、あたし達を誘拐した事に関係ないじゃない!」

「関係あるさ。何せ、“化け物”は今君の隣にいるのだからね!」

  そう言って月村さんを指差す。...どうでもいいけど、なんなのこの男。正義の執行者気取り?今時の正義の味方でもこんな事しないわよ。...今時じゃなくてもしなさそうだけど。

「すずかが化け物ですって!?ふざけるのも大概にしなさいよ!」

「ははは。これだから“裏の世界”を知らない小娘は...。」

  ...やっぱり、“裏”の人間なのね。大体察してたけど。

「そこの小娘...いや、“月村”の一族はな...。」

「っ....、やめて....言わないで...!」

  俯き、涙声でそう言う月村さんに構わず、男性は言葉を続ける。

「夜の一族と呼ばれる吸血鬼の一族なんだよ!」

「いやぁああっ!!」

  暴露された事実に悲痛の叫びをあげる月村さん。

  ....私としては、そんな事実、大した事ないんだけどね。だって、私だって吸血鬼の力を持ってるし、何より転生者だし。...口には出さないけど。

「は....?吸血鬼...ですって?」

「はは。信じられないようだな。だが、事実さ。そんな化け物、私達人間に紛れさせては置けない。だからこの場で断罪するのだ!」

  でも、バニングスさんにとっては戸惑うには十分すぎる事実で、視線が男性と月村さんを行ったり来たりする。

「ね、ねぇ、すずか...嘘よね?」

「.....ううん。本当...なんだ。」

「え......。」

  嘘だと思って本人に聞き、事実だった事に固まってしまうバニングスさん。

「ごめんね...。私、普通の人間じゃないんだ...。ごめんね...今まで黙ってて...。」

「すずか.....。」

「ごめんね...こんな事に巻き込んでしまって...。ごめんね....!本当にごめんね...!」

「.....。」

  泣きながら何度も謝る月村さんに、バニングスさんも、私も雷に打たれたような衝撃を受ける。

「...少し。」

「えっ...?」

「ほんの少しでも、すずかの事を友人と見なくなった私をぶん殴ってやりたいわ...。」

「アリサちゃん...?」

  多分、バニングスさんは友人が一瞬普通の人間じゃないからって、友人として見なくなったのだろう。でも、そんな自分が恥ずかしくなったのだろう。だから、はっきりと言葉を放った。

「あたしはっ!すずかの友達でっ!すずかが例え普通じゃなくてもっ!それは変わらないって事よ!」

「アリ...サちゃん.....!」

  一言一言、強くはっきりと放ったその言葉は、月村さんの心に響くのは簡単だった。

「アンタ!どうせ、今ので友達じゃなくなるのを期待したんだろうけど、残念だったわね!あたしはすずかの親友なのよ!?そのすずかが普通じゃかった程度で、関係は断ちきれない事、その残念な頭でしっかり覚えときなさい!!」

  おまけに男性に啖呵を切るバニングスさん。...(おとこ)らしすぎでしょ。

「...は、はは...。」

「....?」

「はははは...!まさか、ここまで愚かだとはな...!」

  いきなり変な事を言い出す男性。

「愚か、ですってぇ....!?」

「ああ!そうだとも!化け物の味方をするなんて、なんて愚かで救いようがない!」

「(救いようがないのは、お前の方でしょ...!)」

  偽善にも及ばないその行動に、沸々と怒りが湧く。...おかしい、どうして、こんなに苛立つのだろう。

「...仕方ない、こうなっては、化け物共々殺すしかあるまい。」

「なっ...!?」

「っ、やめて!アリサちゃんに手を出さないで!」

  懐から銃を取り出し、私達へ向ける男性。...一応、黒服の男達も銃を取り出しているみたいだ。

「...さぁ、そこのお嬢さんはどうする?」

  話の矛先が私へと向く。

   ―――あぁ、なんだろうか。この感覚。

「君もまた、愚かな選択をするのかね?」

「...志導...さん...?」

  飽くまで諭すように私へ語りかけてくる。

   ―――この、何かトラウマを抉るような...。

「.....ねぇ。」

  ゆっくりと、口を開く。

   ―――開けてはならないものを開けるかのような....。

「...“化け物”と“正義”の定義って、なんなの?」

  ただ、その質問を訪ねる。

   ―――沸々と、何かが湧き出てくる...。

「は...?」

「アンタ、いきなり何言ってるの...?」

「答えて。」

  男性は少し固まり、バニングスさんは訝しんでくる。だけど、私はただ淡々と問いただす。

   ―――私の奥にある、何かが溢れてくる...。

「定義...だって?」

「答えられないの?」

  言葉を詰まらせる男性。...なぁんだ。答えられないんだ。

   ―――...そう、怒りでもなく、憎しみでもなく。

「じゃあさ、私の考えを言うよ。」

  妙にクリアになる思考のまま、私は喋り続ける。

   ―――恐怖でもなく、悲しみでもなく。

「月村さんは、“化け物”じゃない。...そもそも人間じゃないからって“化け物”ってなに?人間の姿をした別物だから?吸血鬼と言う血を吸う存在だから?」

「志導....?」

  淡々と、ただ淡々と紡がれる言葉にバニングスさんが戸惑う。

   ―――心にぽっかりと、穴が開いたような、この感情...。

「人ならざる存在って、皆“化け物”なの?特に悪さをする事もなく、ただただ怯えてるだけでも?」

「ぁ....ぅ....。」

  私から紡がれる言葉に、段々と後ずさる男性。

   ―――.....あぁ、そっか....。

「私にとっては、そんな自分勝手な扱いばかりする人間の方が、“化け物”に見えるんだけど?」

  しっかりと、男性の目を見据えてはっきりと言い切る。

   ―――これは、“虚無”の感情なんだ...。

「う、うわぁああああああ!!??」

  “ダァン!”と言う、重く響く音が聞こえた。

「きゃぁあっ!?」

「か...ふ...。」

  口から何かがこぼれ出る。...そっか。撃たれたんだ。私。

   ―――今度は、どす黒い感情が溢れてきた。

「あ....ぁ....。」

  私に向けられる銃口。私のお腹辺りから溢れ出てくる血。











  ...それを見て、私の何かがキレた。











「.....あはっ♪」

  “ブチッ”という音ともに、簡単に縄が千切れる。

「ひっ!?」

「し、志導...?アンタ....。」

  撃った当人が怯える。バニングスさんが驚愕の表情で見てくる。

   ―――だけど、今はそんなの関係なぁい♪

「...あはっ♪アハハハハハハハ!」

  狂ったような笑いが込み上げる。...いや、狂ったんだ。狂って嗤い声をあげてるんだ。

「ひっ、ひぃいいいいい!!?」

  さっきまで正義の執行者ぶっていた男は私に対して銃を乱射する。

     ギィン!ギギィン!

「なっ....!?」

  その弾丸を、私は爪で弾く。...なぁんだ。こうなれば力が使えたんだ。

「きゅっとして....。」

  掌に“目”を出現させる。魔力を込め、それを握りつぶす。...その対象は、男の銃。

「ドカーン!」

「ぎゃぁっ!?じゅ、銃が...!?」

  銃がバラバラに爆発する。それを見て私は嗤う。

「アハ♪アハハハ♪」

「し、志導...?」

「ん?なぁーに?バニングスさん?」

  バニングスさんが何か聞こうとしてきたので、そっちを振り返る。

「っ...その、羽は....。」

「うん?....あ、ホントだ。」

  私の背中にはいつの間にか服を突き破って羽が生えていた。それも、フランの羽と同じものが。それに、撃たれた傷も完全に治っている。

  ...そっか、フランとしての強さが、やっと使えるようになったんだ。

「まぁ、いいや。それよりも...。」

「ひっ!?ひぃぁあああああああ!!?」

  男の方へ向き直ると、男は腰を抜かして後ずさる。

「むぅ...そこまで怯えなくてもいいのに...。」

  まぁでも...私のこの“どす黒い感情”には関係ない事だね。

「私ね...貴方みたいな人が大嫌いなんだぁ。」

「っ...!っ...!」

  必死に逃げ惑う男。あまりに必死過ぎて周りが一切見えていないみたいだ。...まぁ、その周りも恐怖か何かで動けないみたいなんだけど。

「そうやって普通の人じゃないからって、化け物呼ばわりしたり、差別したりさぁ...。」

  別に私にそんな経験があった訳じゃない。でも、なぜかそれに対する感情が収まらない。

「呼ばれる身にもなってみなよ...。普通に生きようと!必死で!苦しくもがいて!愛する人さえも殺され!狂うしかなかった人の身に!」

  そう叫ぶ私に、私自身戸惑った。

   ―――私は...何を言ってるの...?

「貴方達に何がわかる!?望んでもいないのに人じゃなくなって!望んでもいないのに化け物呼ばわりされて!唯一守ってくれる人も殺されて!その罪すら擦り付けられて!なにもかもを失った“私”の気持ちが!」

   ―――まるで、私じゃないみたい。

  紡がれる言葉に私は心当たりがない。だから、自分が自分じゃない気がした。

「だから...だかラ....もう、壊レちゃエ。」

「ひっ....!?う、撃てっ!奴を殺せ!」

  溢れ出る感情が止められず、その感情の赴くままに体を動かす。

「あ、ぁあああああああ!!」

「こ、この、化け物!」

  周りにいた黒服の男達が一斉に私に向けて銃を撃つ。

「....アハ♪」

  でも、それは赤い霧のような魔力の壁に防がれる。

「な、なんだあれは!?」

「...来て....キテ!“私”ノ、私だケの()!!」

  銃弾を防いでいる間に、私は手を掲げ、そう叫ぶ。すると、

     ―――カッ!

「な、なんだ...!?」

  手に舞い降りるように、蝙蝠の羽が張り付けられた十字架のネックレスのような物が出現する。

Sprache suchen(言語検索)....。検索完了しました。〉

  聞いた事がないはずの言葉の後、日本語の発音が聞こえる。けど、私はそれを気にせずにその十字架の名前を呼ぶ。

「薙ギ払え....シャルラッハロート(Scharlachrot)!!」

〈了解しました。〉

「「「ギャァアアア!!?」」」

  瞬間、赤い霧のような魔力が膨れ上がり、比較的近くにいた黒服たちは吹き飛ばされ、気絶する。さっきから喧しかった男も気絶している。

「...アハ♪アハハハハハハハハハハハハ!!」

  その結果に満足するように私は嗤う。







   ―――そこからはもう、止められなかった。







  思考が加速する。より状況を詳しく理解し、より自身を攻撃的に...。

  ...より、狂気への道を進むために。

「アハッ♪ラクニハコロサナイヨ(楽には殺さないよ)ミンナミンナキゼツサセテ(皆皆気絶させて)イタブッテアゲル(いたぶってあげる)♪」

「ひっ!?な、なんだコイツ!?」

  一人の男が銃を撃ってくる。それを、視認してから躱して懐に近づき、掌で押し出すように吹き飛ばす。すると男は簡単に吹き飛び、気絶する。

「...アハッ♪」

  そう“簡単に(・・・)”だ。それが私は嬉しく思えて。





   ―――こんナに人ガ簡単に倒セるなンテ....。





  嬉しくて、嬉シくテ、ウレシクテ。ワライが止まらなかった。

「もっと...もっとモットモットモット!」

「ぁあああああああ!!?」

「うわぁああああ!?」

  他の男達がパニックになり、私に向けて銃を乱射してくる。

「アハ♪ムダダヨ(無駄だよ)?」

  全て避けるか弾くかして、次々と男達を気絶させていく。

  ...殺しはしない。だって、ソレダケデハスマサナイカラ(それだけでは済まさないから)

「(楽しい、楽シイ...アァ、タノシイ!)」

  狂気の赴くままに、私は男達を屠り続ける。









「―――アグッ!?」

  ふと、気が付くと、私は宙を舞って地面に叩き付けられていた。

「緋雪!しっかりしろ!お前は、こんな事はしないはずだ!」

()ナニヲ(何を)....!」

  誰かに訴えかけられる。起き上がろうとしても、その人物に腕を抑えられ、上手く力も入らずに動けない。

「頼むから...正気に戻ってくれ...!」

「(....あ.....。)」

  そこでようやく、私を抑えてる人物が分かった。

オニイ(お兄)...チャン(ちゃん)....?」

  お兄ちゃんが、涙を流しながら私に懇願してきていた。

「ア...ワ...私....。」

  おかしくなっていた思考が元に戻っていく。

「....!良かった....!」

「...お兄ちゃん....?」

  安堵した顔を見せるお兄ちゃん。

「あ...私....。」

  そこで、私がさっきまで何をしていたのかを思い出し、それに対する恐怖で体が震える。

「....大丈夫。もう終わったから...。」

「お兄ちゃん....。」

  でも、お兄ちゃんが抱きしめてくれることで、私は安心する事ができた。

  ...ちょっと、恥ずかしくてドキドキするけど。

「(....あれ....?)」

  確かに、抱きしめられてる事にドキドキしてるはず。だけど、それ以外にも抱きしめられた際に見えるお兄ちゃんの首筋を見てる事にも、私は鼓動が速くなるのを感じた。

「...まったく、ヒヤヒヤしたよ。まさか、いきなり前に出るなんて...。」

「あはは...ごめんね。聖奈さん。僕の事助けようとしてくれたのに。」

  聖奈さんがお兄ちゃんと会話する。だけど、私はそんな事よりもお兄ちゃんの首筋に牙を突き立てて(・・・・・・・)しまいそうになる。

「っ....。」

「...?緋雪?どうした?」

  私の様子に気が付いたのか、お兄ちゃんが心配してくる。

「っ....、お兄ちゃん...離れて...。」

「え?どうしt「お願い!」わ、分かったよ...。」

  お兄ちゃんの言葉を遮るようにそう言う。...ダメ....!このままじゃ...!

「っ...!?」

  咄嗟に離れようとしていたお兄ちゃんを突き飛ばす。

「ぁ....ああ....!」

「緋雪....?」

  湧き上がってくる衝動に、私は苦しむ。

「喉が...喉が渇くの...!」

「喉...?何か飲み物でも....。」

   ―――そう、これは今の私の生理的欲求に近い、本能によるもの。

「お兄ちゃんを見てると...喉が...。」

「緋雪....。」

   ―――大好きな故に、その衝動は強くなる。

「渇く....欲しい.....。」

「もしかして緋雪、その姿は....その衝動は...。」

   ―――吸血鬼としての衝動。血が吸いたくなる衝動。

「血が....欲しい...!」

「吸血衝動....!」





   ―――吸血衝動が、私を襲った。





「っ....!」

  なんでお兄ちゃんが吸血衝動を知ってるのかは分からない。だけど、今の私にその事を考える余裕はなかった。

  ...今は、できるだけお兄ちゃんを襲わないように抵抗するのに精一杯。

「やっぱり...!」

「志導君!今度こそ下がってて!」

  聖奈さんが前へと出てきて、おそらくデバイスだと思われる十字架を掲げ、バリアジャケットを展開した。

「シュライン!彼女を無力化するよ!」

〈了解です!〉

  槍を構え、覚悟を決めたような表情で私を見る聖奈さん。

「っ...ぁ....シャルラッハロート(Scharlachrot)....!」

〈はい。〉

  欲求に流されるように、私もデバイスを使い、バリアジャケットを展開する。

「嘘...デバイスをいつの間に...!?」

  聖奈さんが驚く。でも、今の私にそんなの関係ない。

   ―――今はただ、この喉の渇きを潤したい。

「(っ...!?違う...違うっ!私は...こんな...。)」

  思考が段々と人のものじゃなくなっていくのに私は恐怖する。

「...とにかく、無力化を...!」

  聖奈さんが再びそう言って私と対峙する。

「お願い....逃げて....!」

「緋雪....。」

  お兄ちゃんが心配した顔で私を見てくる。...お願いだから、お兄ちゃんだけでも巻き込みたくない、だから、逃げて...!

「...志導君、アリサちゃんとすずかちゃんを連れて逃げて...!」

「聖奈さん....。」

  聖奈さんも、私と同じような事を言う。

「私だって、彼女を相手にいつまで持つか分からないのよ...。」

「えっ....?」

  弱音のように呟かれた言葉に、月村さんが声を上げる。...そう言う私も、少し驚いた。

「今の緋雪ちゃんは、本能に振り回されて暴走しているんだろうけど...。...なんでかな、今の緋雪ちゃんを見てると、冷や汗が止まらないの....!」

  つまり、聖奈さんの強さは知らないけど、今の私は聖奈さんよりも強いかもしれない。...だとすると、余計にお兄ちゃんを巻き込みたくない...!

「緋雪を置いてなんて....。」

「気持ちは分かるけど逃げて!」

「っ....!」

  それでも、お兄ちゃんは逃げるのに抵抗を見せる。だったら....。

「...ぁ....逃がサなイ...!」

〈封鎖領域、展開します。〉

「しまっ....!?」

   ―――逃げたくても、逃げられなくしてあげる。

  デバイスを使って、結界を展開して逃げられなくしてしまう。

「(あ...あぁあ...!どうして、私....!)」

  本能による行動に逆らえなくなる。それがどうしようもなく悔しかった。

「....三人共!できるだけここから離れて!」

「「は、はいっ!」」

  それでも避難させようと聖奈さんが指示を出す。だけど、お兄ちゃんはそこから動こうとしない。

「志導君!何やってるの!?」

「...っ、分かった。」

  聖奈さんの叱責にようやく気付いたかのように月村さん達と同じように避難する。

   ―――...もう、我慢できない...!

「血ヲ....寄こセ....!」

「来るっ....!」

  再び正気を失い、私は聖奈さんへと襲い掛かった。





 
 

 
後書き
前回の後書きで短くしたいと言ったな...。あれは嘘だ。



あ、いえ、すいません。短くしようと思ってたんですが、やっぱり予想に反して長引きまして...。今回は緋雪視点からの誘拐の話の続きと、主人公が事件を解決するところまで行きたかったんですけど、緋雪視点の話でここまで長引いてしまいました。...すいません。

感想、待ってます。 

 

第6話「導きの光」

 
前書き
ようやく...ようやく優輝が主人公します。
 

 


       =優輝side=





     ギィイイン!!

「っ....!」

「ぁあっ!」

     ギィン!

  蒼き軌跡を描く白い槍と、豪快に薙ぎ払われる赤き大剣がぶつかり合う。

  ...均衡するのは一瞬で、すぐに槍の方が押し切られる。

「くっ...せぁっ!」

  それを聖奈さんは横に体を逸らすように受け流し、そのまま後ろ回し蹴りを繰り出す。

「ぐっ...!?」

「シュライン!」

〈はい!〉

  その蹴りを受けて間合いが離れ、その隙に聖奈さんが魔力弾を放つ。

「...シャル!」

〈はい。〉

     ドドドォン!

  けど、その魔力弾は緋雪も放った魔力弾に相殺される。

「...シッ!」

  しかしその相殺による煙幕を突っ切るように聖奈さんが不意を突き、大剣の鍔の辺りに引っ掛けるように槍をぶつける。

Magilink break(マギリンクブレイク)

     パキィン!

「しまっ....!?」

  その瞬間に使った魔法の効果なのか、赤い魔力の大剣が消失し、緋雪のデバイスが元の杖の形状に戻る。

「せいやぁっ!」

「くっ...!」

  聖奈さんはそのまま後ろ回し蹴りで、杖を弾き飛ばす。

「はぁっ!」

  そして、蹴りによって後ろを向いた体勢のまま、槍の柄で突きだす。

  しかし、

「嘘っ!?」

「はぁあ....!」

  柄を手で掴まれ、見た目からは想像できない力で引っ張られて体勢を崩す。その隙に、緋雪は力を込め、殴りの体勢に入る。

「っ...!シュライン!」

「ああっ!」

     ギィイイイン...!

  咄嗟に聖奈さんは殴られる箇所に防御魔法を展開し、ギリギリ防ぎ切る。

「このっ...!はぁっ!」

「あぐっ!?」

  防御魔法で均衡している状態から、聖奈さんは宙返りの要領で上に跳び上がり、そのまま膝蹴りを緋雪にお見舞いする。

「シュライン!」

〈すみません、まさかあそこまで力が強いとは。〉

「ううん。私も予想外。」

  膝蹴りから空中で回転して間合いを離してから着地した聖奈さんは、何らかの魔法でデバイスを手に寄せ、そう呟く。



「緋雪...聖奈さん...。」

  そんな緊迫した戦いを、僕は落ち着かない状態で見守っていた。

「(....僕はなんのために...。)」

  確かに僕は誘拐された緋雪を助けにここに来た。...でも、今頑張っているのは聖奈さんで、緋雪は暴走してしまっている。緋雪()を護るために前世から心得ていた護身術とかを鍛えて来たのに、こんなのでは全く役に立たない。

「....くそっ!」

「ちょっ...。」

  自身の無力さの悔しさで思わず近くの壁を殴る。後ろにいる二人が驚いたけどそんなの関係ない。

「あの、落ち着いてください...。」

「落ち着いてる...!落ち着いてるからこそ、悔しいんだ....!」

「アンタ....。」

  両親がいなくなって、でも前世と違って緋雪がいたから護ろうと強くなって。でも、結局何もできなくて。ただ悔しくて悔しくて、現実を突きつけられて嫌になる。

「兄は...妹を護る者だろう...!」

「お兄さん....。」

「っ....!」

  キッと睨みを効かせるように未だに続く戦いを見守る。

「...そうだよ...。僕が、しっかりしなきゃ...緋雪を立派に育つよう、導かなきゃ...。緋雪だって、あんな風に暴走したくないんだ...。」

  力不足だからなに?止めたらダメなのか?

   ―――そんな訳がない。

()が、緋雪()を正しい道へと導くんだ...。」

  力なんて関係ない。必要なのは、覚悟と、それを行う意志の強さだ。

   ―――“あの時”と同じ事を、繰り返さない...!

「(っ...!?今のは...?)」

  ふと、どこか荒廃した地で、誰かを庇って倒れる自分を幻視した。

「...そうだ。あの時とは違うんだ...。」

  幻視した光景が、何かは分からない。だけど、自然と口から言葉が出る。

   ―――強さは低くなっている。

「お兄さん....?」

「何を...?」

  二人が僕の様子を心配してくる。

「力が足りなくてもいい、ただ、止めたいんだ。」

   ―――でもそんなのは関係ない。

「自ら望まない事をしている人を...。」

   ―――行動に移すか移さないか、それだけ。

「僕が大切だと思う、その人を...。」

   ―――覚悟を、意志を固め、それを貫け。







「ただ、救われるその道へ、導きたい!」

   ―――人を幸せに導くのは、それだけでもできるから。







  ....瞬間、目の前が閃光に包まれる。

「何っ!?」

「っ!?」

  戦っている二人がこっちを向いて動きを止める。

Sprache suchen(言語検索)....。検索完了しました。〉

  目の前に現れたのは、光を放っているかのように白いクリスタルだった。

「え....?」

〈ようやく...ようやく巡り合えました...!〉

  目の前に浮かぶそのクリスタルは、僕に向けてそう言葉を放った。

〈一体幾つの年月を待ったか...。ようやく会えましたね。マスター...!〉

「な...に....?」

  このクリスタルを見ていると、懐かしい気分になる。なんで...?

〈っ...。今は、それどころではないみたいですね。マスター!〉

「え、えっ!?」

〈...防護服の展開を。...大丈夫です。マスターならできます。〉

  そう言って僕の手に収まるクリスタル。

   ―――分かる。

〈正式に起動するための詠唱を。〉

「え、詠唱...?」

  どんなのかは分からないはずなのに、自然と頭に浮かんでくる。

   ―――このデバイスの使い方が。

「...“我が身は、人を導きし者”。」

   ―――そう、これは。このデバイスは。

「“世を照らし、護るべきものを護りし光を持つ者”。」

   ―――元々、僕の...僕のための。

「“悪を敷き、善と為り、絶望を消し去る力を手に”。」







   ―――相棒だ。

「“導きの光をこの身に―――”フュールング・リヒト(Führung Licht)、展開!!」









       =out side=



  優輝が光に包まれる。その光景に、アリサもすずかも、司や緋雪までもが動きを止めて見ていた。

〈マスター、防護服の形状は以前のものが残っておりますので、今はそれを使います。〉

「分かった。任せるよ。」

  優輝の服装が変わる。上は鮮やかな赤を基調とした民族衣装のような服になり、下は黄色のラインのある蒼いズボンで、白銀のガントレットとタセットつけている。そして、白いマントのような外套を羽織った姿になる。

〈武器の形状は杖です。行けますか?〉

  そして、手には黄色のシャフトで、先端には白いクリスタルを中心に十字架のように装飾が施されてる杖が握られていた。

「もちろん...!元々、お前が来なくても、行くつもりだった!」

  優輝は剣を扱った事はないが、護身術の一環として会得した棒術が使える杖ならば、使いこなすことができた。

「...緋雪!」

「っ....!」

  優輝は緋雪に大声で呼びかける。

「....来ないで...!」

「“救う”“止める”なんて大層な事は言わない...だけど、僕は兄として!お前を絶対に元の状態に導いてやる!」

  そう言って優輝は緋雪に向かって駆け出す。

「...来ないでって...言ったでしょ!」

「っ!」

  瞬間、緋雪から大量の魔力弾が放たれる。

「志導君危ない!...シュライン!」

〈防ぎ切れるかは分かりませんが...やってみます!〉

  司が祈るようにシュラインを握ると、魔力弾を阻むように防御魔法が展開される。

「くぅっ...!」

  しかし、それでは防ぎ切れずに、シールドは割れてしまう。

「志導君っ!」

「大丈夫!」

  司の悲痛な叫びを跳ね除けるように答える優輝は、まだ残っている魔力弾の弾幕へと突っ込む。

「(やり方は分からないはず。...だけど、分かる!)」

〈存分に扱ってください!私はマスターの全てに応えて見せます!〉

  優輝の集中力が極限まで高まる。迫りくる魔力弾を紙一重で避け、当たりそうなのは杖で弾く。普段はしないはずの動きでも、護身術などによって鍛えられた判断力で見事に全てを凌いでいた。

「ひっ....!?」

「緋雪!」

  魔力弾の弾幕を抜け、突っ込んでくる優輝に怯んだ緋雪に、優輝は一気に間合いを詰める。

「(動揺している...!今がチャンス!)リヒト!」

〈はい!〉

  優輝がリヒトに呼びかけると、緋雪が手足を拘束されて動けなくなる。拘束魔法であるバインドだ。

「(今の緋雪は、あまりの吸血衝動に理性を保てない状態...つまり、正気じゃない。なら、正気へ戻す魔法があれば...!)」

  優輝はそこまで考えてとある魔法が頭に浮かぶ。本当は知らないはずなのに、すぐに理解できたその魔法を優輝は使う。

「自らの志を見失いし者よ、今こそ思い出せ...。ゲッティンヒルフェ(女神の救済)!」

Göttin Hilfe(ゲッティンヒルフェ)

  杖を中心に、巨大な魔法陣が展開され、術式の環もそれを中心に廻るように展開される。

「....綺麗....。」

  そう呟いたのは、誰だったのだろうか。倉庫内が優しい光に包まれて何も見えなくなる。







       =優輝side=





「...大丈夫だよ、緋雪。お兄ちゃんが、間違った事をしても、導いてあげるから。」

「お兄...ちゃん....。」

  光で何も見えないそんな中、僕は緋雪に近寄り、抱きしめる。

「辛かったら、我慢しなくてもいい。今まで僕らは支え合ってきたでしょ?だから、僕を頼ってもいいんだよ?」

「でも....。」

  落ち着かせるように、僕は緋雪の頭を優しく何度も撫でる。

「僕としては、僕に迷惑を掛けるより、一人で抱えっぱなしの方が困るかな。お母さんも前に同じような事言ってたでしょ?僕もそう思うんだよ。」

「お兄ちゃん....。」

  光が晴れると同時に、緋雪から小さく嗚咽が聞こえてくる。多分、泣いているんだろう。

「...ほら。吸血衝動はまだ収まってないはずだから、吸っていいよ。」

  緋雪の顔を僕の首筋へと近づける。

「え?でも、そんな事したら...。」

  吸血鬼の常識だと、吸血鬼に血を吸われた人物も吸血鬼になる。そう言う所とかを緋雪は気にしてるのだろう。

「吸血鬼とかそう言うのは気にしないでいいよ。別になっても気にしないし、....多分、リヒトなら吸血鬼化を防げると思うから。」

〈良くわかりましたね。その通りです。〉

  なんか、直感的にリヒトはチート染みてるからできると思ったけど、その通りだった。

「ね?ほら。」

「あう....。」

  まだ渋ってるので、頭を押してさらに首筋に近づける。

「ぁ....。」

「我慢は体に悪いよ。」

「うぅ...!」

  意を決したかのように、僕の首筋に噛みつく緋雪。

「っ...!」

  血を吸われていく感覚を実感するけど、構わず僕は緋雪を撫で続ける。

「....っ、ぷは...。」

「落ち着いた?」

  しばらくして、緋雪が僕から顔を放す。

「...うん。」

「そっか。よかった。」

  緋雪の口元と、僕の傷跡から少し血が垂れてしまってるけど、別に気にしない。緋雪が満足してくれたなら。

「...ねぇ、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だって。今だって何ともないし。」

「なら、いいんだけど...。」

  やっぱり吸血鬼化が気になるのだろう。緋雪が心配してくるので、大丈夫だとちゃんと返しておく。

「ごめんね聖奈さん。また出しゃばっちゃって。」

「あ、ううん。無事だったらそれでいいよ。でも、もう無茶な事はしないでね?」

「あはは...善処するよ...。」

  後ろで見守っておいてくれた聖奈さんに声を掛ける。

「...あ、結界がそのままだ...。」

「あ、それなら大丈夫だよ。私とシュラインが解析しておいたから今すぐにでも解除ができるよ。」

  そう言うや否や、辺りの雰囲気が元に戻り、地味に結界に巻き込まれていなかった気絶した黒服の男達が姿を現す。

  ...あれ?人が増えてるような...?

「あ、士郎さん達...すいません、結界が張ってあったので...。」

「なんだ、それで現場に来ても気絶してる連中だけだったんだね...。」

  一番年上そうな人に聖奈さんがそう言う。...聖奈さんが呼んだ人たち...つまり、高町士郎さんやその息子である恭也さん、後は月村さんの姉である忍さんか。他にもメイドさんもいるようだ。

「...あまり見ない子達がいるようだけど?」

「あ、クラスメイトの志導優輝君と、その妹の緋雪ちゃんです。緋雪ちゃんはなのはちゃん達のクラスメイトなんですけど、今回巻き込まれたみたいで...。」

  僕達がいる事を説明していく聖奈さん。

「...詳しい事は場所を変えて聞こう。彼らは僕に任せて、君達は恭也について行ってくれないか?」

「...分かりました。皆もそれでいい?」

  場所を変えるらしく、それでいいか聖奈さんが聞いてくる。

「緋雪、どうする?」

「...お兄ちゃんに任せる。」

「じゃあ、僕らは大丈夫だよ。」

「あ、あたしも。」

  満場一致でついて行く事が決まる。月村さんが何も言わなかったのは行先が月村さんの家だからかな?

「...じゃあ、行こうか。ノエル。」

「分かりました。皆様、こちらへ。」

  メイドさんに促され、車に乗る。

「じゃあ、父さん。後始末は任せたよ。」

「あぁ、任せておけ。」

  恭也さんが士郎さんにそう言い、士郎さんを残して僕らは出発した。

「...一つ聞いておきたいが、誘拐された時、とんでもない事を聞かされたりはしてないか?」

「とんでもない事...ですか?」

  出発した所で唐突に恭也さんがそう聞いてきた。

「それって、夜の一族...っていう奴ですか?」

  バニングスさんがそう聞き返す。...僕、そこら辺の会話知らないんだけど。

「っ、あぁ。それだ。....知ってるなら話す事が増えたな...。」

「(...なんか、この後の不安が増えたんだけど...。)」

  虫の知らせ(シックスセンス)はもう発動してないから大丈夫なんだろうけど...。

  なんか不安だ...。面倒事に巻き込まれていきそうで。





 
 

 
後書き
フュールング・リヒト(Führung Licht)…優輝の持つアームドデバイス。名前の由来である“導きの光”の名のままに、人を導くためにあるデバイスとも言える。愛称はリヒト。優輝に会えるのを待っていたようだが...?
防護服のテーマとしては“戦う王族”をイメージしています。...本文中の文章では表しきれてませんが。ちなみにチートデバイスです。夜天の書以上かもしれません。(イメージcvM・A・O)

士郎さんの口調などが分からない...。あ、ちなみに誘拐犯達は士郎さんが呼んだ知り合いの人(警察)に連れていかれました。

感想、待ってます。

 

 

第7話「契約と加護の力」

 
前書き
今の所一切目立ってなかった織崎神夜の魅了...。今回もあまり目立たなさそう(´・ω・`)
設定はちゃんと出ますが。

...タイトルが合わないかもしれません。 

 


       =優輝side=



「...着きました。」

  メイドさんがそう言い、金持ちが住むような大きな家...月村邸に着く。

「すご.....。」

「家と大違いだな...。」

  僕と緋雪はその家の大きさに驚く。...いや、これホントに家?

「こちらです。ついてきてください。」

「あ、はい。」

  メイドさんに連れられ、僕達は客間っぽい大き目の部屋に案内される。

「....さて、なにから話せばいいかしら...。」

  それぞれが席に着くと、月村忍さんがそう切り出す。

「まずは自己紹介をしておくべきじゃないか?彼ら二人は俺たちを知らないかもしれないしな。」

「それもそうね。」

  “二人”って言うのは僕らの事だろう。あまり接点もなかったし。

「じゃあ私からね。私は月村忍。すずかの姉よ。よろしくね?」

「俺は高町恭也だ。あっちにいたもう一人は俺の父さんで高町士郎と言う。すずかちゃんの友人の兄でもあるな。」

  二人が自己紹介する。

「僕は志導優輝です。こっちは...。」

「妹の緋雪です。月村さんやバニングスさんとはクラスメイトです。」

  こっちも自己紹介する。これで話が進められるだろう。

「まずは今回の誘拐の経緯を知りたいのだけれど...。誰か詳しく分かるかしら?」

「私達は少ししてから辿り着いたのでそれ以降なら...。」

  聖奈さんがそう言う。確かに、僕もそれ以前の状況は知らないし、緋雪がどうしてああなったかの原因も分からない。

「...じゃあ、私が説明します。」

「緋雪?...大丈夫か?」

「うん。大丈夫だよ。もう、完全に落ち着いたから。」

  多分、一番何がどうなってたか分かる緋雪が説明を打って出る。あの正気を失った事とかも説明するのかと心配したが、大丈夫そうなので、任せる事にする。

「...誘拐されたのは私が月村さんの忘れ物を届けに行った時です。多分、偶然でしょうけどちょうど私と月村さんとバニングスさんが三人でいたところを誘拐されました。」

  聞けば、誘拐の目的は夜の一族である月村さんを正義の名の下に断罪とか言う訳のわからない偽善だったらしい。...いや、なんだそりゃ?

「それで、よく..分からなかったんですけど、何かの感情が湧いてきて...気が付いたら、私は狂っていたというか...そんな感じになってました。そして、気が付くと私はお兄ちゃんに取り押さえられた状態になってました。」

  その後は僕も知ってる通りの展開だ。そこからは僕や聖奈さんも説明に混じり、それが一通り終わり、二人の反応を待つ。

「...貴方達、魔法が使えたの?」

「使えたと言うか...使えるようになったと言うか...。」

〈お二人共、今まで魔法の“ま”の字も使ってませんでいたよ。デバイスである私が証明します。私たちがお二人に出会ったのは今日が初めてですから。〉

  リヒトが代わりに答えてくれる。

「....少々...いや、かなり気にするべき所があるが...まずは...。」

「夜の一族についてね...。すずか、大丈夫かしら?」

「う、うん。大丈夫...。」

  話にも出てきた“夜の一族”。どうやら、吸血鬼の一種らしい。...緋雪も吸血鬼になれるけどそれはどうなるんだろうか?

「貴方達は夜の一族について何か聞かされたかしら?」

「...特には。」

「じゃあ一応一通り説明しておくわね。」

  どうやら吸血鬼だという事ぐらいしか聞かされていないらしい。と言う訳で、忍さんが簡単に説明してくれた。

「まんま吸血鬼と言うかなんというか...。」

「あまり驚かないのね...。」

  そりゃあまぁ、妹が吸血鬼ですし。

「あ、でも弱点がないってのは羨ましいなぁ。あるとしても血を吸わなきゃ長生きできないって所だけだし。」

「今はそう言う話じゃないよ志導君...。」

  聖奈さんに言われて自粛する。いけないいけない。

「んん゛...。まぁ、そうして特に何とも思わないのはこちらとしても嬉しいわ。」

「私達は魔法も使ってますからね...。探せば同じような種族とかいそうですし...。」

  聖奈さんがそう言う。...あー、確かにいてもおかしくないかな。ファンタジーだし。

「それはそれとして、夜の一族の事を知った場合、私達と契約をしなければいけないの。」

「契約...ですか?」

「そうよ。ちなみに私と恭也とで既に結んでいたりするわ。」

  とりあえず契約内容を聞いてみれば、ずっと裏切らずにいるか、夜の一族と言う事を忘れるかという至極簡単なものだった。...実際はもっと複雑だけどさ。

「てっきりこういうのって“永遠を共にする”的な感じな奴だと思ったんだけどなぁ...。」

「お兄ちゃん...なんか変なマンガでも読んだ?私もそう思ったけどさ...。」

  ほら、吸血鬼で契約ってなんかそんなイメージあるし。

「あー...一応、そんな感じの意味もあるわね。伴侶とかそっちの意味で。」

「は、伴侶って...婚約者ですか!?」

  バニングスさんが反応する。...女の子だからそういうのに興味あるのか?

「ええ。...あ、でも二人は好きな子がもういたわね。確か、織崎神夜君だっけ?」

「え、あ、は....あれ?」

  バニングスさんが忍さんの言葉を肯定しようとして詰まらせる。...なんだ?

「あら?違ったかしら?」

「あ、あれ...?確かにアイツの事は好き...だったはず...。」

「なにか違和感が...。」

  二人の様子が少しおかしい...。まさか...。

     アリサ・バニングス
   状態:正常、導きの加護▼
   概要(一部)▲
    つい最近まで魅了をされていたが、導きの加護を
    授かった事で魅了が解除された模様。

  ...やっぱり洗脳が解けていた。月村さんの方も見たけど同じだった。

  “導きの加護”とやらが気になるので詳細も見てみる。

     導きの加護▲
   人を正しき道へと導くための加護。この加護を受けた
   際、洗脳などの精神異常が解除され、精神が崩壊する
   事も防がれる。時間経過で解除される。

  ...これのおかげか。しかしいつの間に?

「どうしたのお兄ちゃん?」

「いや、別に...。」

  緋雪が“視てた”事に勘付いたのか聞いてきたのではぐらかしておく。

〈お二人共、もしかして洗脳か何かに掛かっていたのでは?だとすれば、その違和感にも納得がいきます。〉

  リヒトが突然そう言いだす。

「何か知ってるのか?」

〈はい。もし、その月村すずか様が言われた“違和感”が洗脳によるものだとすれば、マスターがさっき使ったあの魔法の暴発で偶々お二人にも効果が出たのだと思います。ですから、洗脳が解除され、今のように違和感を感じるのです。〉

  あの魔法にそんな効果が?いや、緋雪を正気に戻した魔法だからそんな効果があってもおかしくないか。

「...ちょっと、待て。今、暴発って言ったよな?」

〈はい。マスターは初めて魔法を使ったのであのような大魔法をしっかり成功させる事は出来ていませんでした。ちなみに本来ならもっと強力な効果が出ますし、倉庫内を光で包むほどの光の量はありません。今回は暴発でも何とかなりましたけど、これからはしっかりと制御できるようにしてくださいね?〉

「あ、はい。」

  今回は回復系の魔法だったから大丈夫だったのか...危ない危ない。

「洗...脳....?」

「なんで、そんな事が...。」

  バニングスさんと月村さんが顔を青ざめさせながらそう言う。

〈何か以前と変わった事は?そこから洗脳を施した人物を推測してみましょう。〉

「...その必要はないよ。リヒト。」

  面倒な手間をしようとするリヒトを止める。...怪しまれるだろうけど、言っておこう。

「洗脳...と言うか、魅了を使った人物は分かってる。」

「誰なの!?」

  忍さんが詰め寄ってくる。まぁ、妹を洗脳した奴だからな気になるのだろう。

「織崎神夜...好いていた相手本人が魅了を使っていたんです。」

「嘘...神夜が...?」

  信じられない顔をするバニングスさんと月村さん。

「信じられないのも分かるけど...多分、緋雪と聖奈さんもそう思ってるんじゃないかな?」

「そうなのかい?」

  恭也さんが二人に聞く。

「...はい。彼が魅了を使っていた事は知っていました。...それと、彼と仲良くしている人たち全員が魅了されていた事も。」

「私も知っていました。クラスの女子皆が魅了されていましたから...。」

  聖奈さん、緋雪とそれぞれが答える。

「二人には魅了とやらが効かなかったのかしら?」

「えっと、それは...。」

  忍さんの質問に口籠る緋雪。...まぁ、神様特典とか意味わからんよな。

「そういう体質なんでしょう。二人とも。」

「...それにしても、どうして優輝君はそれが分かってたんだい?」

  恭也さんが僕にそう聞いてくる。まぁ尤もな意見だよね。

「...これを見てくれませんか?」

  目の前にパネル型のステータスを表示させる。

「これは....?」

     志導優輝
   種族:人間 性別:男性 年齢:10歳
   ステータス▲
    Level:5 種族レベル:50
    体力:200 魔力:500 筋力:100 耐久:110
    敏捷:120 知力:60 運:20

「僕の持つ能力...ですかね。」

  僕のステータスを皆に見せるように表示する。

「ステータス?まるでゲームみたいね...。」

「まぁ、そんな感じにわかりやすくした奴ですね。他にも、こういう風に表示したりとか。」

     技能:護身術、棒術、合気道、柔術、etc.

  今度は僕が扱える技能を表示する。...多いから省かれとる...。

「これは他人のステータスも視れるので、それで彼を怪しんで使った結果が...これです。」

     織崎神夜
   無意識の魅了▲
    異性を自覚しない内に魅了し、虜にする能力。
    目を合わせる、会話をするなどのコミュニケーションを
    取らずとも発動する。かなり無差別。
    能力を持つ本人も自覚せず、魅了された者は対象に妄信
    的になる節がある。一種の洗脳でもある。
    他にも、魔法の資質が高い程、魅了の効果は高くなる。
    逆を言えば、一般人なら比較的効果が薄い。
    相応の耐性がないとこの魅了は防げない。
    ただし、既に想い人がいる場合は無効化される。
    解除するためには強力な洗脳などを解除する力が必要。

「何よ、この能力...。」

  表示された文章を読み、そう呟くバニングスさん。

「あたし達は!今まで騙されていたって言うの!?」

「ひどい...ひどいよ、こんなの....!」

  机を叩き付けるように激昂するバニングスさんと、手で顔を覆い、泣きじゃくる月村さん。...どちらも、ショックが大きかったのだろう。

「...まさか、なのはもか?」

「...はい、なのはちゃんも、魅了されています。」

  恭也さんの呟いた疑問に、聖奈さんが答える。

「...どうして...。」

「...?」

  忍さんが俯いたままそう呟く。...なんだ?

「どうして!それを知ってて放置してたの!?こんなの、見過ごせるような物じゃないわよ!?」

「そうよ!分かってたんなら、助けてくれてもよかったじゃない...!」

  忍さんの悲痛な叫びに、バニングスさんも便乗する。

「...できなかったんだ!!」

「っ....。」

  確かに、尤もな言葉だ。でも、僕だって万能じゃない。

「確かに、早い時期に魅了の件については知ったよ。だけど、僕には何もできなかったんだ!ただどういう状態になってるかだけ分かって、何もする事ができずに、いつ、緋雪が同じ目に遭ってしまうか怖くて...怯えるだけしか、できなかった...。」

  平常に振る舞ってはいた。緋雪のステータスから洗脳されないだろう事も分かってた。だけど、周りの女性がどんどん魅了されていくのが耐えられなかった。いつか、緋雪の洗脳耐性を超えた魅了をしてくるんじゃないかって...。

「...志導君は、悪くないよ...。」

「聖奈さん...?」

「私なんか...私の方が...!」

  今までの優しい雰囲気は引っ込み、悲痛な雰囲気を見せる聖奈さんに、皆が注目する。

「...魔法と関わった時から、私は皆が魅了されている事に薄々感づいていたの。だけど、皆が魅了されていくのを、私は見ているだけしかできなかった!フェイトちゃんとアリシアちゃんと、八神家の人たちは助けられたはずなのに!私は...私は、何もしてあげられなかった...!」

〈マスター...。〉

  ...そうか、聖奈さんも、自分だけが無事で周りが魅了されていくのに助けられなかったのが苦痛だったのか...。

「...二人共、ごめんなさい...。失言だったわ...。」

「...ごめん...。」

  忍さんとバニングスさんが謝ってくる。

「...大丈夫、もう魅了を解く事ができるようになったからさ。」

〈...お言葉ですがマスター。そうはいきません。〉

「えっ?なんで?」

  僕が言った言葉をリヒトに否定される。

〈今回、あの魔法が使えたのは今まで体内に溜まっていた余剰魔力と、あの場に溜まっていた緋雪様の魔力、さらにはマスターの魔力を限界まで使った事によって何とか発動したものです。しかも、暴発しなければ緋雪様を完全に正気に戻すのも確実ではありませんでした。さらには暴発した事により今のマスターは魔法がしばらく使えません。〉

「....つまり?」

〈もっと精進しなければあの魔法を完全には使えません。〉

  ...マジかよ。しかもしばらく魔法が使えないのかよ...。

「あの魔法、どれくらい魔力を使うんだ...?」

〈そうですね...。今でいう魔力ランクAAA分の魔力全ては必要ですね。ちなみにマスターはCランクです。〉

「随分多いな...。」

  それに比べて僕の魔力って低いな。

「...待ってくれ、それじゃあ、また二人は魅了されてしまうって事か?」

「えっ...。」

  恭也さんが放った言葉に、バニングスさんと月村さんが怯える。

〈それに関しては大丈夫です。〉

「シュライン?」

  聖奈さんが自身のデバイスが言った事に反応する。

〈マスターなら、魅了を事前に防ぐ事ならできます。〉

「そうなの!?」

  デバイス(シュライン)の言う事に聖奈さんが驚く。聖奈さんも知らなかったのか?

〈当然です。私は祈祷特化型デバイス。マスターが強く想えば、洗脳などを防ぐ事はできます。それこそ、限界まで極めれば解除もできるほど。〉

「そう...なんだ...。」

「聖奈さん...?」

「...良かった...。私にも、できる事が...。」(ボソッ)

  ...そうか、今まで何もできなかったから、嬉しいんだな...。

〈では、早速。〉

「分かったよ。強く想えばいいんだよね?」

〈はい、ただ祈る。それだけを。〉

「...行くよ。」

  聖奈さんが早速魅了を防ぐための魔法を掛けるため、バニングスさんと月村さんの前に祈りを捧げるように手を合わせて座り込む。

(そら)に祈りを捧げる巫女の願いを叶えたまえ...。〉

  すると、聖奈さんの服装が変わる。

  薄水色を基調とした白い布で肩などに装飾があるワンピースの上に、透けた薄レモン色の衣を羽織っている、まさに祈りを捧げる聖女のような姿になる。

「汝らの御心を護りし加護を...。」

〈天駆ける願い、顕現せよ。“Wish come true(ウィッシュ・カム・トゥルー)”〉

  白く光り輝く魔法陣が展開され、バニングスさんと月村さんを光が包む。

「暖かい...。」

「これは....?」

  光に包まれている二人はそう呟く。...それよりも、凄い澄んだ魔力なんだけど...。

「......!」

  聖奈さんは強く祈り続けている。誰も邪魔はしない。いや、普通に邪魔する事なんてないんだけど、あまりの神聖さに誰もが固唾を呑んでいる状態だ。

〈......マスター。もう終わりました。〉

「....ふぅ....。」

  魔法陣が消え、聖奈さんは力が抜けるように床にへたり込む。

「...この魔法、凄く魔力を使うのね...。」

〈効果に応じて使用魔力が増減しますので。今回はAAランク程使いました。〉

「...ほとんどじゃん。それ。」

  僕のあの魔法程ではないけど相当魔力を使ったみたいだ。

「これでホントに効かなくなったの?」

〈そのはずです。〉

  忍さんの言葉にシュラインが答える。...視てみるか。

     アリサ・バニングス
   状態:正常、導きの加護、祈りの加護

  月村さんも視ると同じようだった。

     祈りの加護
   天巫女の祈りによって宿った加護。その力は精神への干渉を
   防ぎ、心を惑わされないようにするもの。
   その加護は強き想いと祈りにより強固であり、術者である天
   巫女が死なない限り、解除される事はない。

  ...なにその永続バフ。というか聖奈さんマジ聖女。

「大丈夫ですよ。ちゃんと効かなくなります。」

  とりあえす皆に祈りの加護について説明しておく。

「効果が分かりやすくなっていいね。その能力。」

「“分かる”って事には優れてるからね...。」

  聖奈さんの言葉に皮肉りながら返事する。

〈...マスター。これからは私もいるんですから何もできないと思わないでください。〉

「...ありがとう、リヒト。」

  そう言えば、リヒトについても、緋雪のデバイスについてもほとんど聞いてないな。後で聞いておかないと。

「...あのー、これで魅了に関しては防止できるって分かった所で悪いんですけど...夜の一族の契約に関しては...?」

  ふと緋雪が思い出したようにそう言う。...忘れてたなんて言えない。

「あっ、そうだったわね。有耶無耶になってたんだけど...それで、この事について忘れるか、私達を裏切らないようにすr「忘れたくありません!」そ、即答ね...。」

  忍さんの言葉に被せるようにバニングスさんは言った。

「すずかとは親友ですし、裏切る真似は絶対にしないししたくありません。それに、今回の事を忘れてしまったら魅了の事とかも忘れてしまいますし...。」

「...そうね。都合を合わせるように記憶を改竄する事になるから、それも忘れてしまうわね。」

  バニングスさんの言い分に忍さんも納得する。

「あなた達はどうするのかしら?」

「僕も契約を結びます。」

「私も。」

「私もです。」

  僕らもこの事は忘れずに覚えておく選択をする。

「...あ、ただ、伴侶とかそこら辺の事は保留でお願いします。と言うか、絶対ではありませんよね?」

「ええ。そこに関しては大丈夫よ。」

  よかった。絶対とか言われたらどうしようかと思ったよ。

「...ふぅ。何とかメインの話は終わったわね...。」

「なんか、話が逸れて行きましたからね...。」

  魅了とか魅了とか...。織崎神夜許すまじ。(責任転嫁)

「...これ以上は暗くなってきたからまた別の日にしよう。今話さなければいけない事はないか?」

「いえ、特には...。」

  あるとしたら緋雪とデバイス達とだな。

「なら、解散だ。いいな?忍。」

「ええ。ノエルに送らせるわ。」

「優輝君と緋雪ちゃんは家の人は心配してないか?アリサちゃんと司ちゃんの所は俺達の方から連絡しておいたから大丈夫だが...。」

  恭也さんが心配してそう聞いてくる。...どうしよう、正直に答えるか?

「お兄ちゃん...。」

「...家族は、もういません。」

  ...正直に答えよう。別に、月村さんの秘密に比べたら微々たるものだ。この程度の秘密ぐらいは伝えておこう。

「っ、すまない。」

「いえ、別に謝る必要はありません。...確かに、両親を失った事は悲しかったです。でも、いつまでも引きずっていたら、それこそいなくなった両親に悪いですから...。」

「そうか...。」

  それに、遺体は見つかっていない。だから僕は心のどこかではきっと生きていると信じている。

「...とにかく送ろう。すまないが、家の場所を案内してやってくれ。」

「分かりました。」

  ノエルさんに車を運転してもらい、家に送ってもらう事となった。







「...正直、私も彼が魅了を使っていた事が信じられませんでした。」

「...ノエルさん?」

  帰り道の案内の途中、いきなりノエルさんがそう言ってきた。

「もう一人メイドで妹がいるのですが、おそらく私もその妹も魅了されていたのでしょう。“信じられない”、“ありえない”と言う感情が強いです。」

  そう言えば、ちらっともう一人メイドさんを見たような...。あの人か?

「私達は貴方の魔法を受けていないので、魅了は解けていません。ですから、今でさえも信じられない感情が強く、貴方に敵意さえ持ってしまいます。」

「ノエルさん...?」

  しまった。この人はあの魔法の余波を受けていないから、魅了が解除されていないんだ...!

「...御安心を。私達は元々自動人形と言う、人間ではない存在...詰まる所ロボットです。なので、この程度の精神干渉なら、抵抗できます。貴方の言う事を正しく認識する事ができます。」

「そうですか...。あ、そこ右です。」

  ロボットって言う事に少し驚くけど、それよりも魅了に抵抗できる事に驚いた。...おかげで助かってるんだけど。

「ただ、やはり魅了されているだけあって、抵抗するのに少しばかり骨が折れます。」

「....。」

  顔を見れば、無表情ながらも、少し冷や汗が出ているように見える。

「...ですので、無理強いはしませんが、できれば早急に魅了を無効化できるように、お願いします。」

「...はい。」

  本来なら、メイドである彼女はここまで意見を主張しないのだろう。だけど、抵抗しているのに無理をしているとなれば別だ。自分の感情が勝手に歪められるのならこうやって意見ぐらい主張するだろう。

  僕としても、早急に魅了を解除できるようにしたいしね。

「...あ、そこを曲がればすぐそこです。」

「分かりました。」

  そうこうしている内に、家に辿り着いた。

「送ってくれてありがとうございました。」

「いえ、当然の事をしたまでです。...では。」

  そう言ってノエルさんは帰っていった。...あれ緋雪が静かだな。

「緋雪?どうした?」

「....ふえっ?な、なんでもないよ?」

  反応が鈍い。...これは...。

「もしかして緋雪、疲れてる?」

「えっ、う、うん。...今日は、色々あったから...。」

  誘拐されたり、吸血鬼化して暴走したり、なんか魅了とかそこら辺の話したり...確かに色々あったな。

「...よし、じゃあ今日は早めに寝よう。」

「うん。」

  そう言って、僕達は家に入る。

「「ただいま。」」

  例え、返事が返ってこないと分かっていても、僕達はこう言う。...だって、ここは僕達の家なんだから...。





 
 

 
後書き
Wish come true(祈りの加護)…天巫女の祈りによって掛けられる加護。術者が人として死なない限り解除されず、永遠に護られ続ける。英語に関してはノリです。意味は全然違います。

今更ですけど、主人公も緋雪も一応原作知識は持っています。
それと、ステータスにあるレベルについてですが、種族レベルはそのままゲームとかでありがちなレベルそのものだと思ってください。Levelの方は、魂のレベルみたいなもので、普通が1~2で、転生者が2~3です。Level×100が種族レベルの上限でもあります。(つまり優輝と緋雪は規格外...?)

感想、待ってます。 

 

第8話「“夢”と熱」

 
前書き
これリリなのである必要あるんだろうか?(おい

展開がなかなか進めれません...。いえ、自業自得ですけど。 

 


       =優輝side=



   ―――これは、夢だ。

  その光景を見た時、すぐさま僕はそう思った。

  豪華だけど、所々ボロボロになっている城。見渡す限り荒れている荒野。倒れている戦士のような人間達。...まさに戦場。そんな光景だった。

「■■■■、どこだ...?どこにいる...?」

  そんな光景の中、夢の中の“僕”は誰かを探していた。...名前はノイズが掛かったようで聞き取れなかったが。

「まさか...くそっ...!」

  何か心当たりがあるのか、“僕”は舌打ちした。

「魔力反応....あっちか!」

  そう言って“僕”は飛び立つ。魔力が感じた方向と思われる場所へ。

   ―――場面が変わる。

「■■■■!しっかりしてくれ!」

「あぁ...あぁあアあアア...!」

  ノイズが掛かって聞き取れない名前を、目の前の...緋雪に似た人物に呼びかける。しかし、彼女は正気ではないようだった。

「っ....!仕方ない...!」

  そう言って“僕”はデバイス...リヒトを展開して彼女を止めに動いた...。

   ―――意識が暗転する...。









「はっ....!?」

  飛び起きるように目を覚ます。ふと時計を見ればいつもより少し早い時間だ。

「...なんなんだ、あの夢...?」

  起きたばかりの頭で、僕はただたださっきの夢について疑問に思っていた。







       =緋雪side=





   ―――何....これ....?

  その光景を見た時、私はそうとしか言えなかった。

  血に濡れた荒野。無残な姿で倒れている人間の亡骸。戦場の真っただ中とも言えるその光景は、私に多大なショックを与えた。

「え...ぁ....■■■...?」

「ぐ...ごほっ....!」

  そして、私を庇うように抱きしめているお兄ちゃんに似た人物。夢の中の“私”は彼の名前を言ったはずだけど、ノイズが掛かったように聞き取れなかった。

「■■■!?■■■!!」

「は...はは...ヘマ...しちゃったな...。」

  腹部にいくつかの貫通した傷。...そして、何よりも心臓辺りにある傷。...致命傷だった。

「どうして!どうして私なんか...!」

「...そう言うなよ■■■■...。庇ったのは、僕の勝手なんだから...。」

  庇った事に何か言おうとする“私”に、彼は力なくそう言った。

「くそっ...!なんでそんな化け物を...!」

  すると、彼に傷を与えた犯人であろう人物がそう言った。

「このっ....!」

「黙れっ!!」

  “化け物”と言う単語よりも、彼を非難した事に何か言おうとした“私”を遮り、彼は致命傷を負っているとは思えない声量でそう言った。

「お前に...■■■■の何が分かる...!次、同じ事を言ってみろ...!地を這ってでもお前を...殺してやる...!!」

「■■■....。」

  致命傷を負ったと思えない気迫で、彼はその人物へそう言った。

「ひっ...!?」

「...まぁ、そんな機会、二度と来させないがな...!」

  そう言って彼は一つの剣をどこからともなく出現させ、それを射出するように繰り出してその人物を殺した。

「ぐっ...!?」

「■■■!?しっかりして!今、治療を...!」

「...ダメ..だよ。心臓を貫かれてる。...今、こうやって喋れるのはリヒトの補助のおかげだよ...。」

「そんな...!?」

  治療を施そうとする“私”に、彼はそう言って止める。...あれ?“リヒト”?それって、お兄ちゃんのデバイスの名前だったような...?

「...リヒトも、悪いね...。ここで終わってしまってさ...。」

〈...いえ。私は、マスターの相棒ですから...。〉

「はは...。でも、僕が死んだらちゃんと違う主を探せよ...?」

  彼の首に掛かっている白いクリスタルに彼は話しかける。

〈お断りします。例え、貴方が生まれ変わるのを待ってでも、私は貴方以外に仕える気はありません。〉

「..は、はは..。それは、困ったなぁ...。」

  クリスタル...リヒトの言葉に、彼は苦笑いしながらもどこか嬉しそうだった。

「...■■■■。」

「....なに?」

  “私”は涙を流しながら、彼の言葉を聞く。

「....助けてあげられなくて....ごめん...な....?」

「ぇ.....。」

  そう言って、“私”の頬に触れるぐらいまで手を伸ばした後、その腕は力なく落ちた。

「■■■....?■■■ってば...。起きて...起きてよ...!」

  間違いなく、死んだ。それでも“私”は彼の体を揺さぶる。

「お願い...!起きてよ...!私を...独りにしないで....!」

  懇願するように“私”は彼を揺さぶり続ける。...だけど、彼はもう、目を覚まさない。

「あ...あぁ...ああああああああああ!!!」

  突きつけられた現実に、“私”は絶叫した。

     ―――!――!

  周りから、人がやってくる。それに“私”も気づいた。

「....お前たちの....お前たちのせいで....!!」

  “私”から魔力が溢れ出す。怒り、悲しみ、憎しみ...様々な感情と共に溢れ出して行く。

「■■■は...!■■■は!!」

  彼を抱きしめるように私は悲痛の叫びをあげる。その運命を呪うように。認めたくない現実を怨むように。ただただ涙を流した。

「....もう、いい。」

  集まってきた人達が、“私”に向けて魔法を放ってきた時、“私”そう呟いた。

「....もう、いいよ。皆...ミンナ、壊レチャエ!!」

  膨大な魔力が解き放たれた。

  その魔力は、“私”に向かってきた魔法を消し去るだけでなく、集まってきた人たちを全員消し去る程までだった。

「アハ、アハハハハハハハハハハ!!」

  狂った。そう、昨日の私のように、夢の中の“私”も狂った。そして、嗤っていた。狂って、嗤って、それでいて、涙を流していた。





   ―――まるで、愛しき人を亡くした事を、後悔するように。











「―――っ....!!?」

  飛び起きた。それはもう、被っていた布団が吹き飛ぶくらいに。

「はぁ...はぁ...ゆ、夢....?」

  そう、夢だった。...とびっきりの悪夢とも言える程、哀しい夢だった。

「なんで...あんな夢を....?」

  怖かった。悲しかった。辛かった。そして、何よりも...。

「―――悔しかった。」

  夢の中の“私”が、彼を失った事が、何よりも悔しく思えた。

「...お兄ちゃんに、似てたからかな...?」

  夢の中の彼が、あまりにもお兄ちゃんに似ていたから、私も悔しく思ったのだと思った。

「っ....。」

  体がふらつく。夢の影響だろうか?そう思って私は額に手を当てた。

「あ、熱だこれ。」

  ...ただの熱だった。







       =優輝side=





「...40,2度...とんでもない高熱だな...。学校は休むか。」

  緋雪の熱がとんでもない事になった。

「ごめんね...。お兄ちゃん...。」

「...いや、別に緋雪は悪くないさ。でも...。」

「お兄ちゃん?」

  歯切れ悪くする僕に緋雪が心配してくる。

「...僕も、熱が出てるんだよな。」

「...えっ?」

  39,1度。さっき測った結果がこれだった。

「兄妹揃って風邪を引くとは...ついてないな...。」

  とりあえず、学校に連絡しておこう。

     トゥルルルル

【はい、こちら私立聖祥大附属小学校です。】

「すみません。5年2組の志導優輝です。4年1組の志導緋雪と共に高熱が出てしまったので今日は休みます。」

【わかりました。担任の先生に伝えておきます。お大事にね?】

「はい。」

  ...よし、これで大丈夫だろ....っとと...。

「あー...結構辛いな...。」

「お兄ちゃん...無理しないで...。」

「いや、緋雪の方が熱があるんだから、無理せず寝とけって。」

  とりあえず、緋雪が寝ているベッドにもたれるように座り込む。

「...こんな状態じゃ、緋雪の吸血鬼化をどうにかする事もできないな。」

  実は、昨日から緋雪の吸血鬼化は治っていない。吸血衝動自体は収まったけど、肝心の羽や赤い瞳などは元に戻っていない。

「羽って...結構邪魔なんだよね...。」

「背中に何か挟んでるようなもんだもんな。」

「うん...。感覚もあるから、背中に手を敷いてるみたいな感じ...?」

  あー...なにもやる気が起きない...。というか体がだるい...。

「ちょっと...眠るか...。」

「うん...。あ、お兄ちゃん、そこでいいの?」

  緋雪はベットに入ったままだけど、僕はもたれてるだけだったな。

「そうだったな。自室に戻r「待って。」...どうした?」

「えっと...一緒に寝てくれないかなぁ....って。」

  手を掴まれて、上目遣いでそう言ってくる。

「...すっごく暑くなるけど..いいのか?」

「うん。今はお兄ちゃんといたい。」

  ...しょうがない。熱が引いたら布団を洗うか。

「...にしても、どうしたんだ?こんな事頼み込んでくるなんて...。」

「...ちょっと、嫌な夢を見たから...。お兄ちゃんと一緒なら、大丈夫かなって。」

  夢か...。今朝のを思い出すな。

「そっか。...なら、安心して眠れるね。」

「うん。...お休み...。」

  そうして、僕達は一緒の布団で寝た。









「....う、うーん....。」

  ふと、目を開ける。すると、目の前には緋雪の寝顔があった。

「なんで緋雪が...って、一緒に寝たんだったな。」

  寝る前に何をしていたのか思いだし、緋雪を起こさないように布団を出る。

「...うん。意識は大分はっきりするな。...熱は治まってないけど。」

  もう眩暈とかはしてないため、家事とかもできるな。

「<ぐぅ~>...朝は何も食べなかったからな...。おかゆでも作るか。」

  緋雪の分も作っておかないと...。





「うぅ....お兄ちゃーん....?」

  フラフラとしながら緋雪が起きてきた。

「緋雪、無理しなくていいよ。」

  まだ熱がある僕が言えた事じゃないけど。

「...お腹減った...。」

「今おかゆ作ってるから少し待って。」

「は~い...。」

  そう言って緋雪はソファーに倒れこむように横になる。

「...よし、完成っと。」

  僕の分と緋雪の分に取り分けて、テーブルに置く。

「熱いから冷まして食べなよ?」

「うん。」

  食欲自体はしっかりあるのか、あっという間に僕らはおかゆを平らげた。

「...しかし、いきなり熱が出るなんて....。」

「昨日、疲れたから早く寝たのになぁ...。」

  熱は治まってないものの、気分とかは大分楽になったので、リビングで少し緋雪と話す。

「風邪を引くような事はしてないのにな。」

〈それについては私から説明しましょう。〉

「リヒト?」

  昨日の帰宅後から一切喋っていなかったリヒトが話に入ってきた。

〈簡単に言えば、お二人が熱を出したのは、リンカーコアの活性化と同時に、過剰な魔力運用をしたのが原因です。〉

「過剰な魔力運用?」

〈はい。昨日は、マスターは自身の魔力に見合わない使い方をしましたから。〉

  ...あの魔力AAAランク分の魔法か...。

「あ、じゃあ、私も...。」

〈はい。緋雪お嬢様も狂気に囚われていたが故、異常な魔力運用でした。〉

  緋雪の言葉に、緋雪のデバイスが答える。

〈シャルラッハロート、貴女は緋雪様を止めようと思わなかったのですか?〉

〈私はお嬢様最優先ですので。〉

  ...あれ?なんか、デバイス同士で険悪な雰囲気に...。

「というか、知り合い?」

〈はい。それぞれの以前のマスターは親しい関係でしたので。〉

「わお。凄い偶然。」

  ...でもなんだろう。偶然であって偶然じゃない気がするのは。

「にしても魔力運用が原因かぁ...。」

〈今日一日安静にしていれば明日には治るのでご安心を。〉

  リヒトがそう言うので、特に何かして治さなきゃいけない訳ではないと安心する。

「じゃ、今日は大人しくしておくか緋雪。」

「そうだね。」

  そう言う事で、僕らはのんびりとその日を過ごして行った。

  偶には平日にゆったりまったりしておくのもいいね。







 
 

 
後書き
今回は少し短めです。...今までが長かっただけですけど。

魔導師として覚醒したその時に過剰な魔力運用をすると今回のようになるのは独自設定です。ありえてもおかしくないと思ったのでこうしました。

感想、待ってます。 

 

第9話「お見舞い」

 
前書き
ようやく司が転生者らしい(?)行動に出ます。 

 


       =司side=



「えー、志導君は今日、熱が出たみたいでお休みです。」

  担任の先生がそう言う。...あれ?昨日は疲れていたとはいえ、元気だったのに?

「(なにかあったのかな...?)」

  ...放課後、お見舞いに行こうかな。







「司さん!」

  放課後になって、早速志導君の家にお見舞いに行こうかと思って下駄箱に行く途中、呼び止められる。

「アリサちゃんに、すずかちゃん?どうしたの?」

「えっと...志導さんが休みなので、気になっちゃって...。」

「司さんなら知ってるかなって...。」

  どうやら二人も昨日の様子から少しおかしいと思ってたみたい。...あれ?でも学年が違うのに、どうして志導君が熱を出した事を知ってるんだろう?

「...もしかして、志導さんの方も?」

「え...?じゃあ、お兄さんの方も?」

  やっぱり、兄妹揃って熱を出してしまったらしい。

「...私も良く知らないから、とりあえずこれからお見舞いに行こうと思ったんだけど...。」

「あ、じゃああたしも行きます!」

「わ、私も!」

  二人ともお見舞いに行く気満々だ。...まぁ、昨日散々関わりあった人物が二人とも熱を出してるから優しいアリサちゃんとすずかちゃんなら普通の事かな。

「じゃあ、行こうか。」

  二人を連れて再び志導君の家へと向かう。







「...ところで、司さんは志導さんの家を知ってるんですか?」

  すずかちゃんが家に向かう途中、聞いてくる。

「いや、知らないよ?」

「えっ?」

「だって私、昨日まで志導君とはちょっと親しいクラスメイトってだけだったもん。」

  志導君とちょっと親しかったのは、他の皆と違って、普通に接してくれるからだ。...皆、私を聖女だとか言ってこう...遠慮?してるんだよね...。

「じゃ、じゃあどうやって...。」

「それはね...。」

〈私があの方達の魔力を記録して、それを目印にしてるからです。〉

  シュラインがあの二人の魔力の波長を記録してたみたいで、私はそれを頼りに家に向かってる。...さすがに道順は知らないからとりあえずそこに向かう感じでだけどね。

「魔法って便利ですね...。」

「ん~...これくらいなら魔力がなくても使えると思うよ?ただ、探す相手に魔力がなかったら意味ないけど。」

「なるほど。そんな欠点があったんですか。」

  そんな感じで後は雑談しながら歩いて行き、ようやく志導君の家に着いた。

「ここが志導君の家...。」

「なんというか...何も感想が出ないというか...。」

「普通..って感じだね。」

  ...二人とも、少し失礼だよ。...確かにただの一軒家だから仕方ないけど。

「じゃ、鳴らすよ。」

  インターホンを押す。

     ピンポーン

【はい。】

  インターホンから声が聞こえる。志導君の声だ。

「あ、志導君?聖奈司です。お見舞いに来たんだけど...。」

【あ、聖奈さん?お見舞いに来てくれたんだ。ありがとう。入ってきていいよ。】

  入ってもいいと言われたので、入る事にする。

「お邪魔します。」

「「お、お邪魔します...。」」

  玄関を開けて、靴を脱いで上がる。

「いらっしゃい。...って、月村さんとバニングスさんも一緒だったのか。」

  現れた志導君は、顔が少し赤いけど、結構元気な姿だった。







       =優輝side=



  テレビを見たりして時間を潰していると、インターホンが鳴ったので出ると、聖奈さんだった。お見舞いに来たとの事なので、家に上げるとまさかバニングスさんと月村さんまでいるとは...。

「随分、元気そうだね。熱は引いたの?」

「いや、熱はそのままだよ。だけど、風邪が原因じゃなかったから、安静にしておくべきだって。」

  聖奈さんの疑問に答える。

「風邪が原因じゃなかった?じゃあ、どうして熱が...。」

「あーっとね...実は、昨日の魔力運用が原因なんだって。...ま、とりあえずリビングに案内するよ。」

  いつまでも玄関に居させる訳にもいかないのでリビングに案内する。

「月村さん、バニングスさん、聖奈さん、こんにちは。」

「こんにちは...って、まだ羽生えてるの?」

  緋雪の挨拶に返したバニングスさんがそう言う。

「うん。まだ仕舞い方が分からなくて...。」

「...羽って仕舞える物だっけ?畳むことはできるだろうけど...。」

  それは確かに。羽が仕舞えるなんて聞いた事がないかな。

「...それで、昨日の魔力運用が原因って、どういう事?」

「えっと、リヒトが言うには、昨日の僕らの魔力の使い方は、魔導師として目覚めたばかりにしては過剰な使い方だったかららしいんだ。」

  僕の場合は過剰なだけでなく、その身に合わない大魔法を使った事。緋雪の場合はとにかく魔力をまき散らすような暴走状態にあった事。それらが過剰な運用だったと思う。

「なるほど...。そんな事もあるんだ...。」

「リヒトの受け売りだけどね。」

  僕も魔法については詳しくないからね。...と言うか、ほとんど知らない。

「まぁ、明日には元気になるさ。」

「そっか...。なら安心だね。」

「もしかして...心配させちゃった?」

  お見舞いに来るほどだったから、そう思って聞いてみた。

「...そうだね。昨日の今日だし、聞きたい事もあったし...。」

「聞きたい事?」

  なんだろうか?やっぱりリヒトの事とかか?

「あ、志導君にじゃなくて妹さんの方にね?」

「緋雪に?」

  緋雪に聞きたい事が?...まさか、あの羽(・・・)の事か?

「それは緋雪に聞いてみない事には...緋雪!」

「えっ、なーに?」

  バニングスさんと月村さんと会話していた緋雪を呼ぶ。

「聖奈さんから話があるみたいだけど...。」

「話?別にいいけど。」

  どうやらいいみたいだ。

「そう?じゃあ、今からでも...。ちょっと、席をはずすね?」

「話なら私の部屋でしましょう?じゃ、お兄ちゃん、月村さん、バニングスさん、ちょっと行ってくるね。」

  そう言って緋雪と聖奈さんは緋雪の部屋に向かっていった。

「あの...。」

「うん?」

  ふと、月村さんが話しかけてきた。

「...昨日はありがとうございました...。」

  昨日?...あぁ、誘拐の事か。

「僕...特に何もしてないけど...。」

  緋雪を止めたのは確かだけど、誘拐の解決には関わってないはずだ。

「あ、そ、そうでしたっけ...?」

「誘拐の事を言うなら、直接助けたのは緋雪だね。緋雪にはお礼を?」

「あ、志導さんにはちゃんと言っておきました。それでお兄さんの方にも言おうと思って...。」

  聖奈さんと会話してる時にでも言っていたのだろう。

「...それでも、私達の魅了をなくしてくれてありがとうございました。」

  あー、それもあったな。確かに魅了を解いたのは僕ではあるけど...。

「僕だけだったらまた魅了されてたよ?防いでくれたのは聖奈さんの方だよ。それに、リヒトが言うにはしばらく同じことは絶対できないし...。」

「それでもです。ありがとうございました。」

  ....まぁ、お礼を言われて嫌な気持ちにはならないし、いっか。

「...あの子は、ホントに大丈夫ですか...?」

「緋雪の事?...大丈夫。もう落ち着いてるから。」

  バニングスさんが緋雪の事を心配する。

「でも...私と違って、志導さんは...。」

「確かに、緋雪は吸血鬼になったよ?だけど、それがどうしたの?」

  元々、僕は知ってたし、別にどうとも思ってない。

「あっ...。そう、ですよね。すいません、変な事言っちゃって。」

「...あなたは、凄い..ですね。」

  唐突にバニングスさんがそう言う。

「...あたしは、少し心の整理がついていません。すずかは、すずかなりの事情があったから早い事心の整理がついたみたいですけど、あたしには...。」

「...そうか...。」

  親友同士であろう月村さんが相手ならともかく、そこまで親しくなっていない緋雪が相手ならそれも仕方ないだろう。

「...緋雪が、怖く見えるかい?」

「っ、いえ!それは...ないです。」

  緋雪が怖いかと聞くと否と答える。

「確かに、昨日のあの子は恐ろしく見えました。...だけど、それ以上に....哀しそうに、見えたんです...。まるで、大事な何かをなくしてしまったような...。」

「っ、私もです!」

「...そう、か...。」

  “哀しそう”...か。二人にも、そう見えたのか...。おそらく、聖奈さんにもそう見えたんだろうな...。

  “狂う”と言う事には、何かしらの原因がある事が多い。...それも、大事な人を亡くした場合のものが。

「ただ、哀しそうにしてるのが、辛くて....。ただ、あの子の事は怖く思いません。」

「なるほどね...。」

  優しい子達だ。ただのクラスメイトの事を、ここまで心配するなんて。

「.....心の整理は、まだつかなくてもいいんじゃないか?」

「えっ?」

  僕の言葉に間の抜けた返事をするバニングスさん。

「強制はしないけどさ、これから緋雪と関わって、じっくりと心の整理をつけていけばいいさ。」

「....はいっ!」

  元気よく返事を返してくれた。...うん。これなら大丈夫だな。

「(緋雪の方は、何を話しているのかな?)」

  どちらも転生者だったりするから、それ関係の話だったりして...。







       =司side=





「...それで、話とは?」

  志導君の妹さんの部屋に案内され、改めて彼女がそう聞いてくる。

「...単刀直入に聞くよ。」

  これは、一応推測でしかない。だから、違ったら変な目で見られるだけだけど、どうしても聞きたかった。

「...志導緋雪さん。貴女、転生者?」

  今も生えている彼女の羽には見覚えがある。私が前世で知っていたとある同人作品のキャラクターの羽とそっくりなのだ。吸血鬼と言う設定の部分も。さらには、昨日使っていたデバイスの杖形態と、魔力の大剣。ますますそのキャラクターと同じなのだ。

「...なんの事ですか?」

「東方project、東方紅魔郷、フランドール・スカーレット。これらに聞き覚えがあると思うのだけれど。」

  いつもと違って、私は緊張した面持ちで言う。

「........。」

「沈黙は肯定と見なすよ?」

「...そうですよ。私は、転生者です。」

  随分とあっさり認める志導さん。

「今まで原作に関わってこなかったから分からなかったよ...。」

「当然ですよ。だって私、関わる気なんてないですから。」

  きっぱりと言ってのける志導さん。

「...理由を聞いてもいい?」

「先に一つ聞いていいですか?」

  私の質問に答える前にそう言ってくる。

「なにかな?」

「あなたはこの世界の“原作”をどうしたいと思ってますか?」

「どう...したい?」

  質問の意図が一瞬分からなかった。

「どこぞの二次小説のように、原作よりも幸せな結末にしたいとか、そういうのです。」

「私...は....。」

  どうしたいのだろう。私が関わるようになったのは巻き込まれただけだし、別段そう言うのは考えていなかった。ただ、その場その場で感情の赴くままにって感じにしか行動していなかった気がする。

「...私は、小学校入学直前まで、この世界を心のどこかで現実として見ていませんでした。...ただのアニメの世界。物語の世界だと、タカをくくっていました。」

「.....。」

「どんな事もどうとでもなる。“原作”の知識があれば最悪な事態は回避できると、そう思っていました。....両親がいなくなるまでは。」

  志導さんの独白を黙って聞く。...聞いておかなければ、いけない気がしたから。

「...両親がいなくなって、初めて私はこの世界がれっきとした現実だと...世界はそう甘くはないのだと、思い知らされました。」

「いなくなったって...。」

  昨日も言っていた事だけど、詳しくは知らない。だけど、唐突の事だったのだろう。

「お兄ちゃんに励ましてもらえなかったら、私はずっと打ちひしがれていたでしょう。...だから、もう私はこの世界がアニメを基にした世界だとは思ってません。そんな事を思ってもなんの得にもならないと分かりましたし、何より救ってくれたお兄ちゃんに失礼だと思いました。」

「......。」

  何とも言えなかった。多分、私もこの世界を現実として見ていなかった。...と、言うより、自身が転生者だという事で特別なんだと思っていた、浮かれていたからその言葉が心に響いたのだろう。

「...聖奈さんは、どうお考えですか?」

「私....私..は....。」

  言葉が出ない。“記憶を持って転生する”事の重さを理解させられて、ひどく動揺していた。

「っ.....少し、考えさせて...。今まで、その場の感情の赴くままにしか行動してなかったから、そういう事、考えたことなかった....。」

  その行動も、私はどうだった?まるで現実の問題として見ていなかったのか?

「....それで、いいじゃないでしょうか。」

「....えっ?」

  彼女にそう言われて、間の抜けた声を返してしまう。

「“感情の赴くまま”...つまり、“原作”の知識に関係なく、自分のやりたい事を行ったという事ですよね?....それでいいじゃないですか。」

「あ......。」

  今までの行動はどうだったのか。現実として捉えていなかったのか。

  ....捉えていたんだ。自分の思うがままに、目の前で困っている人がいて、それを私が助けたいと思って。きっと、“原作”を知らなくても、私はそうしていたのだろう。“聖奈司”と言う人物が持つ、元々の優しさで。

  思えば、“原作”の事件の最中は、一切“原作”の事なんて考えてなかった。哀しそうなフェイトちゃんを助けたい。悲劇で狂ったプレシアさんを助けたい。闇の書の呪いに蝕まれるはやてちゃんや守護騎士の人たちをなんとかしたい。...それらは全て、“原作”からの感情じゃなかった。私自身の、本心からの想いだった。

「.....そう、だったんだ...。」

「聖奈さんは、ちゃんとこの世界を現実として捉えていましたよ。私は、そう信じます。」

  志導さんにそう言われて、目頭が熱くなる。心が救われた。そんな感じがした。

「...良かった...!私、ちゃんと現実を見れていたんだ....!本当に、良かった...!」

  もしなのはちゃん達の事を、アニメの人物として捉えていたらと思うと、背筋が凍った。言いようのない罪悪感と言うか、後悔とかそう言う類のモノに押しつぶされるかと思ってしまった。

「もう...そんな泣かないでくださいよ。」

「ふえっ?な、泣いてなんか...。」

「ほら、いつも学校で見せてるような笑顔や優しさを見せてください。聖奈さんらしくありませんよ。」

  そう言って涙が伝う私の頬を彼女はハンカチで拭いてくれた。

  ...涙脆いなぁ...私って。

「...ありがとう。もしかしたら、私は誤った道を進んでたかもしれないよ。」

「いえ...何かの助けになったのならこちらこそ嬉しいです。」

  ...最初はこういう話じゃなかったんだけどなぁ...。ま、いっか。

「あ、志導さん。私の事は名前で呼んでもいいよ?」

「そうですか?...だったら、私も名前でいいです。お兄ちゃんと被るので。」

「そっか。」

  志導さん改め、緋雪ちゃんの言葉に甘える。...あ、緋雪ちゃんに名前で呼んでもらえるなら、志導君にも呼んでもいいように言っておかないと、不公平だね。

「あ、でもお兄ちゃんはそう簡単に渡しませんからね?」

「えっ....?....って、私そういう感情はまだ持ってないよ!?」

  緋雪ちゃんに盛大に勘違いされた。...いや、確かに他の男子達よりは仲がいいけど...。

「“まだ”...ですか。」

「ちょ、言葉の綾だよそれは!」

  別に志導君に対してそんな関係になりたいとか思ってないし!いや、嫌いではないけどさ!

「あはは...分かってますよ。」

「...まったく...。」

  前世と合わせて何歳かは知らないけど、今世での年上をからかわないで欲しいよ。

「っ....。」

「...?大丈夫?」

  突然緋雪ちゃんが頭を押さえたので、心配する。

「...大丈夫です。まだ、熱が残っているので...。」

「あっ、そうだったね...。」

  今の緋雪ちゃんと志導君は熱を出してるんだった。普通な装いだったけど、それは普通の風邪とかじゃないからってだけで、安静にしておくべきなんだ。

「そ、そろそろお兄ちゃんの所に戻りましょう..。」

「...ホントに大丈夫?フラフラしてるけど...。」

  緋雪ちゃんがリビングに戻ろうとして足が覚束なくなる。

「だ、大丈夫でsきゃっ!?」

「わわっと....。ほら、言った傍から...。」

  躓いてこけそうになるのを、私が抱き留める形で阻止する。

「ご、ごめんなさい...。」

「いいよいいよ。」

  ...あ、でも抱き心地がいい...。それに、何か...母性本能みたいなのがくすぐられる...。

「...ね、もう少しこのままでもいい?」

「ええっ!?は、恥ずかしいです!」

「いいからいいから♪」

  あぁ...緋雪ちゃんが小柄だから余計に抱き心地がいい...。

〈(...マスターに変なスイッチが...。)〉

「そうだ、熱でふらつくなら、私がこのまま連れて行ってあげるよ。」

「ちょっ!?やめてください!」

  なんかシリアスが一気にギャグっぽくなったけどいいよね!





       =優輝side=



「...どういう状況?」

  少し二人と雑談をしていたら、緋雪の部屋から、聖奈さんが緋雪を抱きかかえた状態で降りてきた。

「なんか...緋雪ちゃんが可愛らしくて。」

「司さんが、離してくれないんです...。」

  ふむ、よく分からんな。

「だって、なんか母性がくすぐられるんだもん。」

「私は恥ずかしいです!」

  ...なんか、仲のいい姉妹みたいになってないか?

「随分と仲良くなったみたいだね。名前を呼ぶようにもなってるし。」

「えっとね、せっかくだからって感じに提案したら、お互いに名前で呼ぶようになっちゃって。...あ、志導君も名前で呼んでいいよ?」

「いいの?...じゃあ、僕の事も名前でいいよ。」

  でも、学校で名前を呼んだりしたら色々言われそうだな...。

「...お兄ちゃん、助けて。」

「いや、そう言われてもなぁ...。」

  別に害がある訳でもないし、むしろ聖奈さn...司さんの膝にすっぽりと収まる感じに乗せられてるのが愛くるしくて可愛いんだけど。

「....ほい。」

     カシャッ

「ちょっ、お兄ちゃん!?なに当然のように写真撮ってるの!?」

  持っていたケータイで写真を撮る。...いや、結構珍しい構図だったから...。

「でも今の緋雪なら司さんの拘束を力ずくで解けるでしょ?」

「うっ...。...でも、力加減が...。」

  あー、確かに吸血鬼の強すぎる力じゃ司さんに怪我を負わせてしまうかもしれないな...。...抱きかかえられてるのも満更じゃなさそうだけど。

「しょうがない...。司さん、離してやってくれないか?」

「えー?...しょうがないね。」

  司さんはそう言って渋々ながらも緋雪を離してくれた。

「....恥ずかしかった...。」

「いや、だからって今度は僕の膝に?」

  顔を赤くしながら今度は僕の膝に収まるように座る緋雪。

「僕の場合は恥ずかしくないのか?」

「うん。なんか、安心する...。」

  兄妹だからか?...まぁ、いっか...。

「....あっ、そろそろ帰らないと...。私、家に連絡入れてなかったから..。」

「あ、じゃあ私もそろそろ...。」

「あたしも...。」

  時間を見てみれば、既に四時半辺りになっていた。小学生で連絡を入れていないなら遅いと心配される時間だろう。

「...なんか、お見舞いって感じじゃなかったね。」

「いや、それでも来てくれたのは嬉しいよ。ありがとね?」

「どういたしまして。」

  三人が帰っていくのを見送る。

「...さ、僕らもしっかり熱を治して明日元気に学校に行くよ。」

「うん!」

  そう言って、僕らは明日の下準備を終わらして、早めに寝る事にした。





 
 

 
後書き
司はメンタルが弱めです。それでも一般人以上にはありますが。後、回復も早い時は早いです。
ちなみに現実として見ている強さは、優輝>司≧緋雪>>>>>神夜≧帝、という感じです。もう一人女転生者がいますが、名前も出ていないので今は載せません。

...司視点の転生当初の話を近い内にやっておこうかな...?

感想、待ってます。 

 

第10話「学校にて」

 
前書き
優輝の人間関係は、浅くとも良好な関係な感じです。特定の友人という相手はいませんが、万遍無く友好的な人間関係という感じです。(作者もこうなりたい...。) 

 


       =優輝side=



「おはよー。」

  教室に入って挨拶をする。

「おお!優輝!もう復帰したのか!」

  一人の友人がそう言って肩を叩いてくる。

「まぁね。高熱だったけど一日で治ったよ。」

「いやぁ、結構心配してたぜ?」

「あはは、もう大丈夫だよ。」

  そう軽口を叩き合いながら、僕は席に着く。

「おはよ、優輝君。ホントにすぐ治ったね。」

「あ、司さん。緋雪も問題なく回復したよ。」

  司さんも挨拶してきたので、少し会話をする。

「そっか。よかった...。じゃ、また後でね。」

  そう言って席に戻る司さん。...後があるのか?

「...おい、優輝...。」

「うん?なに?...ってうわ。」

  友人の声に振り向くと、周りの男子が全員僕を見ていた。

「お前...いつの間に聖奈さんを名前で呼ぶようになった!?」

「えっ?....あっ。」

  しまった、忘れてた。学校じゃ司さんは有名だから名前で呼んだらこんな事になるくらい予想できた事なのに!

「あー、えっと、昨日お見舞いに来てくれたんだよ。」

「なっ....!?」

「「「「「なんだって!!?」」」」」

  周りの男子が一斉にハモって叫ぶ。...耳がぁ...!

「いや、司さん、妹の緋雪と知り合いだったからさ...。ぼ、僕はついでだよついで。」

  あまりの迫力に、つい嘘を言う。

「な、なんだ。ついでか....。」

「いや、誤魔化されねぇぞ!それじゃ、なんで名前呼びになってるんだ!」

「そうだった!どうしてだ!」

  そう言って肩を揺らしたり詰め寄ってくる皆。

「ちょ、やめろって....全員、一旦落ち着け!!」

  あまりにもみくちゃにされるので、一喝して何とか止める。

「あー...簡単に言えば、司さんが兄妹共に名字で呼ぶとごっちゃになるから、緋雪を名前で呼ぶようにしたんだけど、それだと不公平だから僕の事も名前で呼ぶようにした訳。...で、そこからさらに派生して僕も司さんを名前で呼ぶようになったって事。」

「....う、羨ましい...!」

「優しい司さんならあり得る事だろ?」

  嘘と事実を混ぜて言う。

「...と言うか、もし僕のお見舞いに来てたら、お前らも司さんを名前で呼べるようになってたかもしれなかったんだぞ?」

「....あ。」

  その考えはなかったと言わんばかりに固まる男子達。....おいこら。

「な、なぁ、優輝。一度冷水を頭から浴びてみないか?」

「....それは僕にもう一度熱を出して、お見舞い行かせろって事か?」

「うっ....。」

  バレバレだろ。...というか、僕をダシに使うな。

「そんな事をするとさすがの司さんも嫌うぞ?」

「「「「「ごめんなさいやりません!」」」」」

  変わり身早いな。ってか、お前ら全員同じこと考えてたのかよ。

「はぁ....。とりあえず、もうすぐホームルームだから座れよ。」

「くそ、これが強者の余裕か...。」

「妹さんだけでなく、聖奈さんまで....!」

  ブツブツ言いながらも全員自分の席に戻る。ちょうどそこでチャイムも鳴った。

「(...なんか、平穏から遠ざかる予感が...。)」

  これからは男子達に絡まれ続けるんだろうなぁ...。







「やっと昼か...。」

  昼休みなう。ちなみに休み時間で度々男子達に絡まれたけどテキトーにあしらっておいた。

「...なんでこんなに疲れてるんだろうか。」

  いつもはここまで疲れないはずなのに...。...男子共か。そうですか。

「あ、優輝君、これから屋上に行くの?」

「司さん。...まぁ、緋雪と一緒にね。」

「ふーん...。あ、私も同行していい?」

  屋上に行く階段で緋雪を待っていると、司さんが同行を求めてきた。

  ...ここで許可するとまた男子達がうるさくなるけど...。

「(そんな理由で断ったらひどいし、別にいっか。)いいよ。」

「いいの?ありがとう。」

  僕だって、司さんと一緒なのは嬉しいしね。

「お兄ちゃん、おまたせー!」

  緋雪が下の階から上ってきた。...って、あれ?

「あれ?司さん?」

「バニングスさんと月村さん?」

  お互いに普段はいない人物の名前を呼ぶ。

「こんにちは緋雪ちゃん。今日は私も一緒に昼食を取るんだけど、いい?」

「すいません、お兄さん。」

「今日はあたし達も一緒に昼食を取っていいですか?」

  司さんは緋雪に、バニングスさんと月村さんは僕にそれぞれ一緒に昼食を食べていいか聞く。

「もちろん、いいよ。」

「私もいいですよ。」

  当然、断る理由もないので僕も緋雪も許可する。

「それじゃあ、行こうか。」

  僕が先導して屋上へと向かう。

  屋上へと着くと、幸い人が少なめだったので、5人分の場所を簡単に取る事ができた。

「わ...優輝君も緋雪ちゃんも、綺麗なお弁当だね。」

「えへへ。お兄ちゃんが作ってくれたんです。」

  僕と緋雪の弁当を見て、司さんがそんな感想を言う。緋雪も綺麗だと言われて嬉しそうだ。...作ったのは僕だけどね。

「むぅ...年上とは言え、負けた...。」

「最近の男の人って、料理もできるんですね...。」

  バニングスさんと月村さんも弁当を見てそう言う。

「僕の場合は少し違うかなぁ...。料理しなければいけない状況だし。」

「...そう言えば、両親がいないって言ってたね。」

「あ.....。」

  思い出すように司さんがそう言い、やってしまったような顔をする月村さん。

「...死んだわけじゃない。きっと、どこかで生きている。...僕はそう思ってるよ。」

「...そっか...。」

  三人とも深くは詮索してこない。...むしろ、その方がありがたいからいいけどね。

「っと、しんみりしちゃったね。...そういえば、二人はどうしていつものメンツと昼食を取らずに僕らの所へ来たの?」

  話を切り替えるようにバニングスさんと月村さんに聞いてみる。

「あー...なんというか...。」

「...先日、織崎君に魅了されていたと知ってから、ちょっと、近寄り難くなっちゃって...。」

「...そう言う事か...。」

  ま、普通はいつものように接しられる訳ないわな。

「...僕からは何も言えないな...。僕は彼に対して一方的に嫌悪してる訳だし、好き勝手言えるような立場も権利もない。」

「え?そうだったのお兄ちゃん。」

「そりゃあ、無自覚とはいえ、周りの異性を魅了しまくってるんだよ?もし緋雪も同じように魅了されたら、僕自身何をしでかすか分からん。だから嫌いなんだ。」

「お兄ちゃん....。」

  呆れたようにそう言う緋雪。え?シスコンだって?何か悪い?

「あはは...人格自体はそこまで悪い訳じゃないんだけどね...。」

「人間、生理的嫌悪とかする時があるから。...ま、あっちから仕掛けてこない限り、ひどい事はしないよ。」

  仕掛けてきたらやらかしてしまいそうだけど。

「...お兄さんは、志導さんの事が大切なんですね...。」

「そりゃあ、大切も大切。だって、大事な家族なんだし。」

  緋雪の頭を撫でながらそう言いきる。

「もうっ、お兄ちゃんたら...!」

  恥ずかしそうに僕にそう言ってくる緋雪だけど、緋雪も嬉しそうだよ?

「....羨ましいな...。」

「えっ?バニングスさん、何か言った?」

  バニングスさんが何か呟いたらしく、緋雪がそう尋ねた。

「な、なんでもないわ!頼りになるお兄さんがいて羨ましいとか、そんなの全然考えてなんてないんだから!....あ。」

「ふふ...アリサちゃん、全部言っちゃってるよ?」

「~~~~っ!!?」

  ツンデレ的な性格なのか、あっさりと本音を自爆してしまうバニングスさん。顔が真っ赤だ。

「ちょ、ちがっ、そうじゃなくて...えっと...その...!」

「アリサちゃん...。」

  真っ赤な顔で、必死に弁解しよう言葉を巡らせようとするバニングスさんを、月村さんは苦笑いで見ていた。

「あはは...いいよ。バニングスさんもお兄ちゃんを兄として見るの。」

「べ、別にそうじゃないって言ってるでしょ!」

  緋雪も苦笑いしながらそう言う。...って、別にいいんだ。僕も別にいいけどさ。

「あ、でも、お兄ちゃんはそう簡単に渡さないよ?」

「それ、アリサちゃんにも言うの!?」

  緋雪は何を言ってるんだ...。ってか、“にも”って事は司さんも言われたのか?

「えっ、あっ...。~~~~っ!!?<ボンッ!>」

  顔を真っ赤にして撃沈してしまうバニングスさん。...そこまで恥ずかしかったのか...。

「弄るのもそこまでにしてあげなよー。さすがに可哀想だ。」

「はーい。」

  弄ってた自覚はあったのか。...なおタチ悪いな。

「.......。」

「...どうしたの?司さん。」

  あまり喋らなかった司さんは、僕らの様子を見てニコニコしていた。

「あっ、なんかね、優しい雰囲気な空間だなぁ...って、思ってたって言うか...。」

「...まぁ、こういう雰囲気はいいよね。」

  複数人で一緒に会話を弾ませながら食事をする。...今まで僕と緋雪だけじゃ成し得なかった事だからね。僕も結構楽しんでたりする。

「でしょでしょ!」

「う、うん。...なんか、司さんいつもの態度と少し違うような...。」

「あ、ゴメン...。初めて同年代の男友達ができたから、嬉しくって...。」

  あー、そういえば司さんは男友達はいなかったね。皆、司さんを“聖女”とか呼んで祀り上げてるって感じだったから。

「...と、ところで!緋雪ちゃん、昨日は羽が仕舞えなかったけど、今はないって事は仕舞えるようになったの?」

  さすがに気恥ずかしくなったのか、話題を切り替える司さん。そして緋雪の羽の事が少しきになるみたいだ。

「あー...実は、まだ仕舞えてないんだ。」

「えっ?そうなの?でも、見えないけど...。...って、あ。」

  司さんは魔法が使えるからカラクリに気付いたみたいだ。

「あはは...。実は、シャル...私のデバイスが認識阻害を掛けてるんです。瞳の色も同じで、吸血鬼としての大きすぎる力はリミッターを掛けてます。」

「...気を抜いていたからか、気づいていなかったよ。」

  シャルラッハロート(緋雪のデバイス)曰く、緋雪の魔力を使って自分だけで魔法を行使しているとか言ってたけど、そんなに隠蔽度が高かったのか?

「...それじゃあ、緋雪ちゃんは羽を仕舞えないの?」

「いえ、シャルが言うには、頑張れば今日中に羽と目の色は何とかできるらしいです。...力加減はもっと頑張って行かないとダメですけど....。」

  昨日も、リミッターなしだった時はいくつか食器を壊してしまったからな...。

     キーンコーンカーンコーン

「あ、予鈴...。」

「ちょうど食べ終わるタイミングだったね。」

  見れば、全員食べ終わっていた。

「今日はありがとうございました。」

「いいよいいよ。僕らとしてもバニングスさんと月村さんに親しくなれたからさ。」

  月村さんのお礼の言葉に僕はそう返す。

「...あの、よければ名前で呼んでもいいですよ?名字だと呼びづらそうですし...。」

「うーん...二人がいいのなら...。」

「あたしもいいですよ?」

  いつの間にか復活していたバニングスさんもそう言う。

「...じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな?アリサちゃん、すずかちゃん。」

「私も呼んでいい?二人も私の事を名前で呼んでいいからさ。」

「うん。いいよ。」

  緋雪も名前で呼び合うようにするようだ。

「あ、なら僕の事も名前で呼んでいいよ。司さんの事も名前で呼んでるみたいだし。」

「あ、はい。えっと...優輝さん。」

  ちょっと馴れ馴れしい感じで名前を呼んでいいって言ってしまったけど...まぁ、いっか。

「じゃあ、そろそろそれぞれの教室に戻ろうか?」

「はーい。」

  皆で屋上を後にして、それぞれの教室へと戻る。

「優輝君、傍から見ればモテモテみたいな構図だったね。」

「...そう言われると...って、あ...。」

  司さんにそう言われて、とある事を思いだす。

「どうしたの?」

「いや、ちょっと...。」

  嫌な予感が途轍もなくしながらも、教室のドアを開ける。...すると。

「「「優輝~!!!」」」」

「(...やっぱりか...。)」

  男子達が僕を羨むように睨んできた。

「聖奈さんと一緒に教室に帰ってくるだけじゃ飽き足らず、九大美少女の内さらに二人と仲良くなりやがってぇぇ...!!」

「...随分情報が早いな...。」

  屋上にいた誰かが伝えたのか?

「なんでお前だけそんな得するんだよ!!」

「知らんがな。」

「く~っ!冷静なその態度が妬ましい!!」

  はぁ...。やっぱり絡まれた。...なんでこうなる事を簡単に予想できたのに忘れてたんだ?

「...だって、皆私を祀り上げてるみたいなだけで、親しくなろうとはしてないもん...。」

「「「「....へっ?」」」」

  司さんがいきなり放った言葉に、男子達の目が点になる。

「私だって、男友達の一人や二人、欲しかったのに...。」

  織崎神夜は友達ではないんですか。そうですか。...別にどうでもいいけど。

「優輝君は初めての男友達だから、ここまで親しくなってるのは当然だよ?」

「「「「......。」」」」

  完全に固まっている男子達。...どうしたし。

「あの、司さん。それ、はっきりと言われたら結構恥ずかしい事なんですけど...。」

「えっ?...あっ、ご、ごめん...。私も今更恥ずかしくなってきた...。」

  恥ずかしかったのか...。

   ―――ヒソヒソ...ヒソヒソ...

「...っ、ちょっと、そういう訳じゃないよー!」

  少し離れた所にいる女子達に、司さんがそう言いながら突撃していく。...なんか変な事でも言われてたのか?

「(...とりあえず、座ろう。)」

  固まった男子達は動かないし、やる事もないのでチャイムが鳴るまで席に座っておく事にした。

     キーンコーンカーンコーン

「(あ、チャイム鳴った。)」

  チャイムが鳴ったことで、ようやく固まっていた男子達はそれぞれ席に着き始めた。

「...そんな....俺たちがしてた事が、逆効果だったなんて.....。」

「...俺は...俺たちはなんて事を....。」

  ...近くを通る男子の呟きがあまりにも暗いんだけど...。どれだけショックだったんだよ...。

「(絡まれないのは助かるけどね。)」

  司さんの言葉でショックを受けたって事は、大体自業自得だし。

「って、なんだこの雰囲気!?どうした男子達!?」

  あ、入ってきた先生が戸惑ってる。...まぁ、いいや。







「えっと、優輝君...。」

「どうしたの?司さん。」

  五時間目が終わり、司さんが話しかけてくる。

「べ、別にさっき言ってた事って、優輝君が好きだからだとかそう言うのじゃなくて...って、これじゃあ、もっと勘違いがー!」

  なんかテンパってしまっている司さん。

「あぁ...さっきのあの子達の話で、テンパっちゃった...!」

「えっと...司さん?」

「ご、ゴメン。さっき、友達に変な事言われて、支離滅裂になっちゃった...。」

  変な事って一体...?...いや、ここで聞いたら余計にテンパるからやめとこう。

「あー、えっと...つまり..な、なんでもない!」

「えっ、あ、うん...。」

  ...傍から見たらなんだこのやり取り....。







「....あ、優輝さん。」

「あれ?すずかちゃんにアリサちゃん?」

  放課後になり、二階の階段で待っている緋雪の所へ行くと、緋雪と一緒にアリサちゃんとすずかちゃんもいた。

「私とお兄ちゃんに用があるんだって。」

「へー...。」

  どんな用事なんだろう?

「えっと、恭也さんと士郎さんから連絡があって、“できれば今日、翠屋に来てほしい”って。」

「翠屋って...。」

  あそこか....?そういえば、士郎さん見掛けた事あるなぁ...。

「うーん...特に用事もないし、いいよ。」

「私も。」

  一体なんで呼ばれるかは分からないけど、特に予定もないので行くことにする。

「そうですか?なら、早速向かいましょう。」

「...え?今?一度家に帰ってからじゃなくて?」

  別にそれでもいいけどさ。

「あ、大丈夫です、車で送りますので。」

  すずかちゃんがそう言う。

「あ、そうなんだ。...じゃあ、行こうか。」

  そういう訳で、僕らは翠屋へと行くことになった。











 
 

 
後書き
優輝と緋雪は、実はまだ魔法を使いこなせません。6話の時は、ご都合主義的な覚醒の勢いで魔法を使ってましたが、通常では使い方を知りません。と、言うか優輝は魔法の代償でどの道しばらく魔法が使えませんけど。 

 

第11話「限界を極めし者」

 
前書き
このサブタイトル、主人公に対するものではありません。...まぁ、分かる人には分かる...よね? 

 


       =優輝side=



「...う~ん、来るのは、いつぶりかな...?」

  車で送られ、翠屋の前に着く。

「あれ?優輝さん、翠屋に来たことがあるんですか?」

「まぁね。ここのシュークリームは相当有名なんだし、特におかしくもないと思うよ?」

  何度か買いに来たことがある。普通に買って普通に帰ったから向こう側からすれば特に印象に残らなかっただろうけど。

「あー、確かに...。」

「じゃあ、入ろうか。」

  ふと思ったけど、どうして態々店に呼び出したんだろう?今は仕事中だからかな?

「いらっしゃいませー。あら、アリサちゃんにすずかちゃん。」

「こんにちは桃子さん。」

「こんにちはー。」

  店に入ると、若い茶髪の女性が出迎えてくれる。どうやらアリサちゃんとすずかちゃんの知り合いらしく、気軽に挨拶を交わしている。

「今日はなのはと一緒じゃないのね。どうしたのかしら?」

「いえ、今日は士郎さんに呼ばれてて...。」

「あら?そうなの?じゃあ、呼んでくるわね?適当な席に座って待ってて。」

  そう言って奥へと引っ込んでいった女性。....とりあえず、手ごろな席に座るか。

「ん~...どの席がいいか...。」

「...あれ?お兄ちゃん、あそこに座ってるのって...。」

  緋雪が何かに気付き、その示した方向を見る。

「...司さん?」

「ゆ、優輝君!?」

  そこに座っていたのは、なんと司さんだった。僕が司さんの名前を呼ぶと、司さんも僕に気付いたのか驚いた声を上げる。

「あ、司さん、こんにちは。」

「こんにちはー。」

「あ、アリサちゃん、すずかちゃん、こんにちは...。」

  驚きを隠せてはいないけど、律儀に二人に挨拶を返す司さん。

「優輝君、どうして翠屋に...?」

「あー、えっと、士郎さんに呼ばれてね。司さんはここによく来るの?」

「...まぁね。顔見知りの喫茶店だから落ち着けるし。...今日は、今日の恥ずかしい思いを落ち着かせるためでもあったんだけどね...。<ボソッ>」

  ...うん?後半がなんか聞き取れなかったけど...。

「あ、せっかくですから、相席いいですか?」

「えっ?あ、いいよ。一人だけだと占領してるみたいで嫌だったし。」

  すずかちゃんが司さんにそう聞いて、良いみたいなので相席させてもらう。

「...地味に、ちゃんと翠屋の席に座るのって初めてだなぁ...。」

「そうだねー。」

  僕の呟きに緋雪も賛同する。今まで来たときはシュークリームを買ってすぐ帰ってたし、喫茶店としては利用してなかったなぁ。

「じゃあ、せっかくだから、何か食べて行くかい?」

「うえっ!?い、いつの間に!?」

  いつの間にか席の傍に士郎さんがやってきていた。

「ははは、突然の呼び出しに来てくれてありがとう。」

  朗らかに笑う士郎さん。いや、全然来た気配を感じなかったんだけど...。

「...あのー、結局、なんで僕らを呼んだのですか?」

「ちょっと確かめたい事と提案したい事があるのさ。...結構、時間を取るから、今からでも断っていいんだよ?」

  士郎さんの言葉に僕は少し考える。...時間を取ると言っても、家に両親がいないわけだし、緋雪も一緒にいるからなぁ....。

「...大丈夫です。」

「そうかい?...なら、僕はしばらく仕事があるから抜け出せないけど、家に恭也がいる。恭也に確かめたい事って言うのは任せてあるから、一度家に送るよ。」

「はぁ...?」

  確かめたい事....ねぇ?一体なんなのだろうか。

「アリサちゃん、すずかちゃん、悪いけど、案内してもらえるかい?」

「えっ、あ、はい。」

「わかりました。」

  “じゃ、後は任せたよ”と言って士郎さんは仕事に戻っていった。

「...なんか、悪いね。」

「いえ、別にいいですよ。」

  色々と手を煩わせてしまう事に謝るが、すずかちゃんもアリサちゃんも特に困ってないと言ってくれる。

「あ、司さんも来ますか?」

「えっ?...いいの?」

「今更、一人増えてもいいと思いますけど....。」

  アリサちゃんとすずかちゃんは、話を聞いていた司さんも誘う。...士郎さんに何も言ってないけどいいのか?...まぁ、すぐ傍で話を聞いてたのは知ってるだろうから、いいか。

「...じゃ、行かせてもらおうかな?」

「お兄ちゃん、随分大所帯になったねぇ...。」

  司さんも行くことになり、なぜか緋雪が少しジト目で僕にそう言う。

「...緋雪、どうしたんだ?」

「べっつにー。...お兄ちゃんの周り、いきなり女の子が凄く増えちゃったよ...。<ボソッ>」

  後半が聞き取れなかったけど...なんか悪い事したっけ?

「ほら、二人が案内してくれるんだから、早く行こっ!」

「お、おう、そうだな...。」

  少し不機嫌な緋雪に引っ張られながら、アリサちゃんとすずかちゃんの案内を頼りに、士郎さんの家へと向かっていった。











「....あの、どうしてこうなっているんですか...?」

  僕は木刀を持ち、前には恭也さんが同じように....見えるだけで、雰囲気は歴戦の戦士そのものの状態で木刀を持っていた。

「なに、ただ俺と手合せしてもらうだけだよ。」

「いや、だからどうしてそうなったんですか!?」

  あの後、アリサちゃん達の案内で士郎さんの家に着き、インターホンを鳴らしたら、恭也さんが出てきて特に説明もなくその家の道場に連れて手合せをさせられる事になった。

「....先日の君の歩き方を見て、何かしらの体術を身に着けてると思ってね。それに、今まで兄妹二人だけで暮らしてきたんだろう?。その実力を見てみたいんだ。」

「歩き方でって....。...確かに、僕は独学で護身術を鍛えてますけど...。」

  期待できるものではないですよ?という意味を込めて恭也さんを見る。

「なに、実力を見たいだけで、強さは関係ないさ。」

「....はぁ...。」

  特に裏はないようだし、やるだけやるか....。

「分かりました。分かりましたよ。....ホント、期待しないでくださいね。」

「あぁ、分かってるさ。」

  いや、恭也さんは分かってても、手合せを見学しようとしてる皆が滅茶苦茶期待した目で見てきてるんだけど...。特に緋雪が。

「...ふぅ...志導家長男、志導優輝。」

  一応、適当に名乗りをする。....すると、なぜかそこで無意識に口が動く。

「...流派、導王(どうおう)流。」

  僕自身、記憶にない流派だ。...いや、あっても困るけど。



   ―――...だけど、この名前がなぜかしっくりと来た。



「っ....永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術、高町恭也。」

  流派の名が出た事に、一瞬動揺した恭也さんだったが、ちゃんと名乗りを返してくれた。...正式な言い方ではないけど。(作者の知識不足的な意味で。)

「「いざ、尋常に....!」」

  それを合図に、恭也さんが小手調べとして普通に、しかし早く斬りかかってくる。

「っ....!」

  横からの斬撃を、弧を描くように上から後ろへと受け流す。

「っ、ほう...!」

「(あ、やば....。)」

  今の行動が恭也さんの何かに火が着いたのか、さらに気迫が増した。

「...今の動きで確信した。...君は強いな。」

「いや、あの、今のマグレ...って事にしてくれませんよね...。」

  実際マグレじゃないし、恭也さんも違うと断定している。

「さぁ、どんどん行くぞ。」

「お手柔らかに...!」

  本当に。割とガチで。

「くっ...!はっ、せやっ...!」

  次々と繰り出される斬撃をなんとか受け流し続ける。

「(っ、今....!)」

  いいタイミングで、斬撃を受け流し、そのまま踏み込みを利用して肘鉄を決める。

     パシィイッ!

「くっ...!」

「今のは...危なかった...!」

  しかし、それは少しダメージを与えただけで、片方の手に受け止められてしまった。

「っ....!」

「...っと!」

  受け止めた手を肘で巻き込むように振り払い、そこを木刀で突く。しかし、それは躱されてしまう。

「....ふぅっ...!」

  一息吐き、木刀を構えなおす。今のでほぼ仕切り直しになったようなものだ。まだまだ戦いは続くだろう。

「...すぅ~....っ!」

  このまま防御していても負けるだけだ。護身術として鍛えてきた僕としては、得意ではないけどここは攻勢に出るべきだ。

「ふっ!はっ!せいっ!」

  木刀は木刀を防ぐために使い、主な攻撃は空いている手だけで行う。足を攻撃に使うと隙が大きいからな。カウンターでは使うが、今は控えておこう。

「む....!これ...は....!」

  段々と僕のペースに引き込んでいく。受け身な戦い方になる護身術とは言え、自分のペースに引き込まないと勝てないため、こうやって自分のペースに引き込んでいる。

「(受け流し、カウンター、もう一度受け流し...!)」

  恭也さんの攻撃を誘い込み、何とか防御を安定させる。こちらの攻撃は一切通用してないけど、カウンターなら何度かいい所まではいける。

「(これなら....!)」

  何とかいける。....そう思った矢先、

     カァアン!

「ぐっ....!?」

  受け流そうと木刀を受けた瞬間、手に大きな衝撃が来て木刀を落としてしまう。

「しまっ....!?」

  僕から見て左から右に逆袈裟に振られた木刀はそのまま、反転して袈裟に振られてくる。

「っ....!」

「なにっ!?」

  受け流す木刀はない。避ける暇もない。なら、どうするか?

   ―――素手で受け流す。

  右手の甲で木刀の腹を振り払う様に押し、逸らす。さすがに恭也さんも素手で受け流されるとは思わなかったようだ。ちゃんと刃には触れないように受け流しているし。

「シッ!」

  すかさず、左足で足払いを繰り出し、少しばかり動揺した恭也さんを飛び退かせる。その隙に僕は取り落とした木刀を拾い、構えなおす。

「(なんなんだ?今のは...木刀を受けた瞬間、衝撃が腕に直接響いたような...。)」

「(今のは...まさか、素手で受け流されるとはな...。)」

  互いに攻めあぐねる。恭也さんもさっきの受け流しで動揺しているみたいだ。

「(....今までは正面から受け流していたが、横から払った方がいいか...?)」

「(“(とおし)”を使って引き込まれかけていたペースを乱したのはいいが、これだと対策を立てられるか?...いや、どの道実力を見るのには好都合...!)」

  再度、恭也さんから攻撃を仕掛けてくる。さっきの攻撃と同じ場合もあるので、受け流し方を切り替えて迎え撃つ。

     カァアン!カカァアン!

「(く...!正面から受け流せないのは辛い...!)」

  僕から見て右からの一閃を上に弾くように木刀の腹に右の拳を当てて受け流し、直後の左からの袈裟切りを木刀で同じく上に弾くように受け流し、間髪入れずにもう一度繰り出された右からの一閃を振り上げた木刀をすぐさま振り下ろす事で何とか逸らす。

「(何とか防げてるが、このままじゃ...!)」

  防戦一方でジリ貧になる。さらに、拍車をかけるように、恭也さんの攻撃は苛烈を増した。

「っ!?ぐっ...!」

  突き出された木刀を受け流そうとした瞬間、受け流すために振った木刀をすり抜けるように見えた。咄嗟に半身を逸らす事によって躱す事は出来たが、完全に動揺してしまった。

「くっ、ぁあっ!」

  突き出された木刀を、恭也さんはすぐさま逆手に持ち替え、攻撃してくる。それを、何とか木刀で防ぐも、正面から受け止めてしまったので、手に伝わる衝撃と共にいとも容易く弾き飛ばされてしまう。

「(今度はまた違う技!?木刀を取りに行く隙は....ない。)」

  つまり素手で凌ぐしかないという事だ。完全に不利な状況になった所為か、いつもよりも思考がクリアになり、速くなる。

  いつの間にか僕もこの勝負にのめり込んでいたのだろう。何としても勝ってみたいと思った。

   ―――格上の相手。...だけど、それでこそ導王流(・・・)の本領が発揮できる!

「....む...?」

「...木刀がなくなっても、降参はしませんよ...。」

「ほう......。」

  雰囲気が変わった僕に気付いたのか、恭也さんが不適な笑みを浮かべる。

「....シッ!!」

「なっ...!?」

  縮地で一気に間合いを詰める。突然の動きのキレに、恭也さんも同様する。

「ふっ、はっ!」

「ぐっ....!?」

  左半身に向けて右の拳を繰り出し、それを受け止めようとした左手を、僕の左手で恭也さんの体を回転させるように引っ張り、予想外な動きをさせられて隙ができた横っ腹に右の肘鉄を決める。

「くっ...!」

「...っ!ふっ!」

  間合いを離すために振られた木刀を右の手で綺麗に上に受け流し、左手で掌底をする。しかし、今度は躱され、間合いも離された。

「まだまだ...!」

「っ....!」

  もう一度縮地を利用して間合いを詰め、攻める。さすがに対応してくる恭也さんだが、僕の攻撃方法は戦いづらいのか、若干僕が押している。

   ―――...行ける!

「....えっ?」

  ベストタイミングで振られた木刀を受け流して強めのカウンターが決まりそうになった時、一瞬で恭也さんが消える。

「(落ち着け。こういう時に仕掛けてくる方向は....死角!)」

  後ろへ向きながら両手のどちらもすぐに上に振れるようにする。

「(ビンゴ!)」

「っ...!?」

  運よく、左から後ろに振り向き、恭也さんは僕から見て右から斬りかかっていたので、そのまま左手で木刀を逸らす事に成功する。

「くっ....!」

  防がれた事に驚愕した恭也さんは一度間合いを取る。

「(まさか、神速に反応した?...いや、今のはただ攻撃する場所を予想しただけに過ぎない。...神速を使う必要はないと思っていたが...面白い!)」

「(今のは正真正銘マグレだ。次は防げないだろう。どんな技を使ったかは分からない。だが、知覚できない(・・・・・・)程のスピードなら、早々多用できないはず...。)」

  というか、生身でそんなの連発されたら泣くわ!

「...そろそろ決着と行きませんか?」

「む..俺はもう少し確かめたいが...まぁ、いいだろう。」

  これ以上はやめてください。お願いします。

「(...いつもは、技なんてないんだけどな...。これは、しっくりとくる。)」

  構えを変え、いつもは使わない()を構える。...多分、導王流の技なのだろう。

「....導王流、奥義!」

「御神流正統奥義・鳴神(なるかみ)...!」

  互いに間合いを詰め、決着の一撃を放つ。

「ッシィッ!!」

「“刹那”!!」

  見えない程高速な一閃が放たれる。僕はそれに対し、カウンターの技を放ち、いくらかのダメージを覚悟でカウンターを決める。

「ぐぅっ....!?」

「がっ...!」

  カウンターを決めたのはいいが、威力が不十分だったし、受け流しきれなかったのか恭也さんの一閃に吹き飛ばされる。

「(だけど、こっちのがまだ...!)」

  吹き飛ばされた先に弾き飛ばされていた木刀があったため、それを拾い、トドメの一撃を放つ。

「なっ...!?」

  しかし、それは先程と同じ高速移動で躱され、横側からの四連続の抜刀攻撃を木刀に受け、木刀が破壊されて僕は体勢を完全に崩す。

「....降参、です。」

  目の前に木刀を突きつけられ、さすがに僕は降参する。

「...まったく、いつ寸止めするか分からなかったぞ。」

「寸止めする気配なんてなかったですよね!?」

  あれ、完全にガチだったよ。絶対。

「「「「......。」」」」

「ほら、皆固まってるし!」

  見れば、見学していた皆が固まっていた。

「...それについてきた君も大概だと思うが?」

「ぐっ....。」

  言い返せない...。というか、自信のあった護身術がまるで歯が立たなかったぞ?導王流とやらがあったおかげでやりあえたけど、この人のステータスどうなってるんだ?

     高町恭也
   種族:人間 性別:男性 年齢:20歳
   Level:2 種族レベル:113

  .....うん。待って。確か、僕が調べた限りじゃ、Level×100が種族レベルの上限だった。この際、Levelが転生者でもないのに2なのには目を瞑ろう。修業すればこれぐらい行きそうだし。

  でも、種族レベルはおかしいだろ!?確か、いくら上限が200だからって100レベルを超えるのは最低100年はかかるぐらい難しいとかあったぞ!?なのに100超えてるとか...。

「うん?どうした?」

「...いえ、なんでも....。」

  突っ込んだら、負けなんだろう。うん、きっとそうだ。そうであってくれ。

「....それで、僕の実力はどうでしたか...?」

  一応、恭也さんの当初の目的なので、聞いておく。

「...正直、独学とは思えない程の強さだった。一応聞いておくが、魔法などは一切使っていないな?」

「もちろんです。...というか、今は魔法が使えません。」

  リンカーコアがまだ回復しきってませんからね。

「ただ、導王流と言いましたが、あれも僕は良く知りません。」

「....知らないのに流派として使ったのか?」

「ほぼ感覚です。」

  確かに独学の護身術と似通った部分は多かったけど、感覚でしか使ってない。

「...だけど、妙にしっくりと来ました。」

「そうか....。」

  まるで前から僕が使っていたかのようだった。

「...優輝さんって、そんなに強かったんだ...。」

「......。」

「凄い....。」

「優輝君....。」

  外野も何とか再起動したみたいで、三者三様の反応をする。...緋雪だけ放心したままだけど。

「....おーい、緋雪ー?」

「ふえっ?っ...!お兄ちゃん!?」

  目の前で手を振ってみると、ようやくそこで復帰した。

「お、お兄ちゃん!なに、あの...なんというか...凄い動き!」

「....抽象的な表現だと分かりにくいぞ...。」

  多分、導王流奥義“刹那”とか、恭也さんとの攻防とかの時の事だろう。

「僕としては御神流正統奥義の方がやばく感じたんだけど...。」

  体が勝手に動いたおかげで少しは防げたけど、まったく攻撃が見えなかったし。

「ははは。さすがに正統奥義の秘密を易々と教える事はできないよ。」

「なんでそんな技を僕に使ったし...。」

  そしてそれを防ぎかけた導王流もやべえな。

「...もう、疲れた。帰っていいですか?」

「うん?...まぁ、いいよ。さすがにやりすぎたからまた別の日にでも。」

  またあるのかよ。...面倒臭い...。

「緋雪、帰るよ。」

「あ、はーい。」

  この後、僕らは皆と別れて家に帰った。

  ....なんで、こんなに疲れたのだろう....。





 
 

 
後書き
刹那…導王流の奥義らしい。優輝も感覚のみで使っていたが、相手の攻撃を瞬時に見切り、最小限の被害で受け流し、そのまま強烈なカウンターを決める。ただ、今回の場合は感覚だけで放っていたため、威力が一割ほどしか出なかった。

ちなみに、ステータスにはヘルプ機能的なものがあり、それによって優輝はステータスの法則などを理解しています。

作者は戦闘描写が下手(というか知識が乏しい)です。おかしい所があれば指摘もしくはアドバイスをお願いします。
...まぁ、おかしい所と言っても、どちらも現実的な流派ではないんですけどね。
なお、今回使われた御神流の技は、登場順に徹、(ぬき)、神速、鳴神、神速+薙旋(なぎつむじ)です。技自体が分からない人はグーグル先生にでも聞いてください。(丸投げ) 

 

第12話「翠屋での交流」

 
前書き
タイトルのネタが思いつかない...。(展開が進まないせい)
展開が進まないから投稿ペースを速めたいのにそれもできない...。
いい加減、魔法をどんどん使わせたいんですけどね...。(自業自得)

二次創作とはいえ、原作主人公が名前しか出ていない...。(´・ω・`)
 

 


       =優輝side=



「こんにちは。優輝君。」

「.....なんでここに居るんですか?」

  恭也さんとの模擬戦の翌日、休日の午前になぜか士郎さんが僕の家に来ていた。

「昨日は恭也と模擬戦をしたんだってね。恭也から聞いたよ。」

「おかげで全身筋肉痛ですけどね...。」

  過剰すぎる運動だった...。

「それより、どうやって僕の家に来たんですか?確か場所は教えてませんでしたよ?」

「あぁ、それならちょっとした伝手でね。」

  ...聞かない方がいい類かな?

「...はぁ、とりあえず、今日は何の用ですか?」

「いや、昨日の内に済ませられなかった用事をね。」

  ....昨日、模擬戦なんかせずにその用事を済ませれば良かったんじゃないか?

「単刀直入に言うけど、僕の家の養子にならないかい?」

「養子...ですか?」

  親がいない事を恭也さんから聞いていたのだろう。だからこんな提案を...。

「...すみませんが、遠慮させてもらいます。」

「なぜだい?」

「士郎さんが善意でそう言ってくれてるのは分かるんですが、僕や緋雪としてはまだ両親が死んだとは思ってません。なのに、養子になったら両親の死を認めてしまったようで嫌なんです。」

  大した理由ではない。ただの我が儘だ。それでも、僕はこの意見を貫き通したい。

「そうか...。だが、これからも二人で生きて行けるのかい?」

「今まで二人で生きて来れましたから。...と、言いたいですが、厳しいですね...。」

  今までは両親の遺産で何とかしてきたし、これからもそうなる事だろう。だけど、私立の学校だからか、後の事を考えると結構お金が厳しい。

「ふむ...。なら、養子とまではいかないが、僕達から二人の生活をサポートさせてもらえないかい?」

「サポート...ですか?」

「うん。簡単に言えば、仮の保護者になる感じかな。子供だけでは解決できない事などは僕らに任せるような感じだよ。」

  ....今までの親戚と違って、士郎さんは根っからの善人だ。だから、信じても問題はない...かな。

「簡単には引き下がらない...ですよね?」

「あぁ、そのためにここに来たからね。」

「....はぁ。分かりました。ただ、サポートだけですからね?」

  本来なら養子も頼むべきだろうけど、これはただの僕の意地だ。

「分かっているよ。...あ、もしよければ家のお手伝いをやってみないかい?」

「お手伝い....って、翠屋のですか?」

  手伝えることと言っても、皿洗いぐらいしかできな気がするんだけど...。

「そうだよ。言い方が悪くなるけど、お金に困ったらいつでも手伝いにおいで。お小遣いぐらいなら渡すつもりだからさ。」

「...まぁ、頼りにする時は頼りにします。」

  中学からはバイトするつもりだったし。

「うん。...っと、昼はまだだよね?だったら、せっかくだし家で食べないかい?」

「翠屋でですか?....うーん...。」

  将来の事を考えると、外食する余裕はあまりないんだよなぁ...。

「お金に関しては心配ないよ。昨日のお詫びで、奢ってあげるよ。もちろん、緋雪ちゃんの分もね。」

「む.....じゃあ、お言葉に甘えて...。」

  デメリットもなさそうだ。

「では、緋雪を呼んでくるので少し待っててください。」

「ああ。分かってるよ。」

  リビングに行き、緋雪に声を掛ける。

「誰だったの?」

「士郎さんだ。翠屋で御馳走してもらえることになったから簡単な準備を済ませてくれ。」

「えっ!?そうなの?...っと、分かった。すぐ準備するね!」

  そう言って緋雪は一度自分の部屋に戻り、そしてすぐに降りてきた。

「準備完了!いつでも行けるよ!」

「よし、じゃあ早速行こうか。」

  僕も既に準備を済ませているので、玄関を出て士郎さんと合流する。

「お待たせしました。」

「ん、じゃあ行こうか。」

  士郎さんに先導されながら翠屋へと向かう。

「うあー...やっぱり太陽がきついよ...。」

「いくら羽が仕舞えたからって、吸血鬼の特徴がなくなった訳じゃないしな..。」

  太陽の日差しをうっとうしそうにする緋雪。灰にならないだけマシだけどね。

「ほら。念のために持って来てよかったよ。」

「あはは...ありがとうお兄ちゃん。」

  持ってきておいた赤いリボンのついたつばの大きい帽子を被せる。

「....不便そうだね。」

「今までと違って日向や流水が苦手になりましたからね...。まぁ、“苦手”で済んでるだけマシなんですけど。」

「ははは、それもそうだね。」

  本来なら灰になるような吸血鬼の特徴を、緋雪は“苦手”で済ましている。...これって結構凄いことなんだが、緋雪は気づいているのだろうか?

「にゅぅ~...熱中症になるぅ~...。」

「ほら、ポ〇リスエット。...自分でも準備しなよ?」

「ありがとー...。」

  ...気づいてなさそうだ...。





「...あれ?司さん?」

「優輝君?どうしてまたここに?」

  翠屋に着くと司さんがちょうど入ろうとしてる所だった。
  それはこっちのセリフだよ司さん...。

「士郎さんが昨日の模擬戦のお詫びで奢ってくれるって言われてね。」

「へー...。」

  いや、そんな“いいなぁ”って目で見られても...。

「...なんなら、司ちゃんの分も奢ってあげようかい?」

「えっ、あ、いいですいいです。...親が今日は外で食べてきなって昼食代を渡されているので...。」

「そうかい?...なら、いいんだけど。」

  とりあえず翠屋に入る事にする。...今日は休日だから人数が多いな。

「正午になってないのに随分多いね。」

「それだけ人気って事だよ。....空いてる席は...っと。」

「あ、あっちの席が空いてるよ。」

  司さんが示した場所にはちょうど一つだけテーブルが空いていた。

「じゃあ、三人とも座って注文するんだよ。僕は仕事に戻るからね。」

  そう言って士郎さんは奥へと行ってしまった。

「.......。」

「.......。」

「.......。」

  ....話題がなくて会話がない....!

「「あ、あのっ...!」」

  被った...!司さんと被った..!恥ずい...!

「....二人とも、そんな初々しいカップルみたいな会話やめてよ...。」

「カップrっ...!?」

「我ながらそう思えてしまった...!」

  緋雪に指摘され、二人して恥ずかしくなる。司さんに至っては絶句してる。

「話題がなくてこうなったんでしょ?だったら...昨日の事で話せばいいんじゃないかな?」

  緋雪が気を利かせて話題を提示してくれる。...そういえば、昨日の事で緋雪は何も聞いてこなかったな。ああいうの、聞いてくると思ったのに。

「私も、お兄ちゃんに昨日の事を聞きたかったから。」

「あ、それは私もかな。」

  ...ただ単に聞きそびれてただけか。それにしても司さんも食いついてくるな。

「...まぁ、僕に答えられる事なら...。」

  自分でも分からない部分はあるけどね。

「じゃあ、まずは...。」

「あ、ちょっと待った。」

  早速質問しようとする緋雪にストップを掛ける。

「えー、なにー?」

「...昼食、注文しなきゃな。」

「「あっ....。」」

  二人ともこの短時間でど忘れ!?

  とにかく、適当なものを三人で注文してさっきの話題に戻る。

「あ、念のため認識阻害を張っとくね。」

  司さんが会話を誤魔化す結界を張ってくれる。ありがたい。

「じゃ、改めて聞くけど、お兄ちゃん、導王流って...なに?」

「恭也さんも知らない武術だったよね。しかも、素手で戦ってた。」

  ...やっぱり、それを聞かれるんだよなぁ...。

「...正直言うと、僕にも良くわからない。」

「えっ?」

「あの時の名乗りは、無意識に行ってたからね。後半の素手での戦いも、半分無意識、半分感覚でやってたから、なんというか体が動きを覚えてるような感じだった。」

  厳密には導王流なんて使った覚えがないから体が覚えてるとは少し違うんだけどね。

「じゃ、じゃあ、なんでそんな事が...。」

「...覚えもない。なのに体が覚えてる感じがする。...なら、もっと違う部分が関わってるんじゃないかな。」

「違う部分?」

  そう、僕という存在の根底に関わりそうな要素とか...。

「例えば...魂とか。ほら、前世とかそういう話があるじゃん。」

「そ、そうだね...。」

  “前世”のワードに少し動揺したな、この二人。別にいいけどさ。

「...まぁ、ステータスが視れるからそれを見ればいいか。」

「あ、それもそうだね。」

「忘れてたよ...。」

  と言う訳で、僕のステータスを皆にも見れるように出す。

「...って、あれ?」

  なんか、重要なお知らせ的な表示がある。まじでゲーム画面かよこれ。

「お知らせって...ゲームじゃないんだし...。」

「ヘルプとかもあるから良く分からないんだよなこの能力。」

  っと、なになに...?

「“特定の条件を満たしたので、今後この特典は使用不可となります。”....いや、なんでさ。」

「ますますゲームみたい...。」

  特定の条件ってなんだよ。...一応、今回は見れるから確認はできるけど。

「...とりあえず、確認してみるか。」

  皆してステータスパネルを見る。

     志導優輝
   種族:人間 性別:男性 年齢:10歳
   称号:転生者、導きし者、導■、無■■可■■、未覚醒者
   アビリティ
    止まらぬ歩み(パッシブ・エボリューション)、精神干渉系完全無効、道を示す者(ケーニヒ・ガイダンス)
    魔力変換資質・創造、共に歩む道(ポッシビリティー・シェア)、記憶力向上
   スキル
    キャラクターステータス(使用不可)、虫の知らせ(シックスセンス)(使用不可)
    導王流EX、ベルカ式魔法適性S、ミッドチルダ式魔法適性C
    闇耐性A、光耐性A、魔法技術S、知識吸収A、見稽古B、直感S
    自然治癒力強化E、解析魔法S、家事S
   ステータス
    Level:5 種族レベル:63
    体力:254 魔力:36(700) 筋力:133 耐久:157
    敏捷:163 知力:72 運:21
   概要(一部抜粋)
    先日、リンカーコアを覚醒させた事により、魂に刻まれた
    技術が復活。現在はリンカーコアの負傷により、魔法はほ
    とんど使えないが、それを扱う技術は健在。
    しかし、覚醒した事によって得た技能の代償に、キャラク
    ターステータスとシックスセンスが使用不可になる。元々
    死なないようにするための特典であり、導■としての能力
    が戻ったらなくなるようにしていたらしい。

「....なにこれ。」

  ステータスがいくつか上がっていて、二つの特典が使えなくなっていた。

「....え...?...え、お兄ちゃん、転生者...?」

「..あっ。」

  しまった。今更だけど称号に転生者ってあるじゃん。

「まぁ、いいや。」

「「えっ?」」

  あっけらかんと流す緋雪に、さすがに僕も司さんも驚く。

「お兄ちゃんには別に何も企んでる事なんてないし、お兄ちゃんがお兄ちゃんな事には変わりないもん。だから、今更だよ。」

「緋雪...。」

  ここまで信じてくれてるのを喜べばいいのか、むしろ恥ずかしがればいいのか...。

「...まぁ、余計に異性としてしか見れなくなったんだけど...。<ボソッ>」

「ん?なんか言ったか?」

「なんでもなーい。」

  うーむ...まぁ、別にいいか。

「それよりも、いくつか気になるアビリティ?があるんだけど...。」

「あー、増えてるのもあるなぁ...。」

  というか、以前僕自身のステータスを見た時はアビリティがなかったはず。

「パッシブ・エボリューションは...所謂、成長限界なしか?」

「魔力変換資質・創造って...どんなのだろう?」

  説明欄を見ようにも、これ以上は見れなくなっている。...キャラクターステータスが使えなくなったからか。

〈変換資質については私が説明しましょう。〉

「リヒト?」

  そう言えば、この場には皆のデバイスもいるんだった。...あれ?そう言えば、デバイス達は転生者関係なかったような...。

〈転生者などに関しては、今は置いておきます。〉

  置いといてくれるのか。ありがたいね。

〈魔力変換資質・創造とは、魔力を消費し、明確にイメージしたものを創り出す事ができます。尤も、創造する物の形状・材質・効果などをしっかりとイメージしなければなりませんが。〉

「基本となる骨子をちゃんとしていないとダメって事?」

〈その通りです。基本骨子を想定し、構成材質を複製し、制作に及ぶ技術を模倣し、成長に至る経験に共感し、蓄積された年月を再現する。...そうする事によって、ようやくあらゆる工程を凌駕して創造する事ができるのです。〉

  ...なんというか、Fateの士郎みたいだな...。

〈尤も、魔力で構成するので、一部の工程が雑になった所で、十分にモノとしては扱う事はできますが。〉

「なるほどね...。」

  魔力変換資質については大体わかった。次は...。

道を示す者(ケーニヒ・ガイダンス)か...。」

「検討がつかないや。」

  道を示す者とルビであるケーニヒ・ガイダンスの関連も良く分からないしな。

「ガイダンス...案内とかそんな意味だったような...。」

「確か、“導き”って意味だったよ?」

〈ケーニヒとはこの世界でいうドイツ語での“王”です。〉

  司さんとリヒトが教えてくれる。...“王の導き”か...。

「やばい。余計分からなくなった...。」

「確かにね...。」

  道を示す...王の導き...なんだ?リーダーシップでも発揮するのか?

「もう、後回しでいいや。」

「...そうだね。」

「最後は共に歩む道(ポッシビリティー・シェア)か。」

  これもこれで分からない...。

「ルビの意味は可能性と共有かな?」

「可能性の共有か...。」

  司さんが先にルビの意味を言ってくれたのでそこから考える。

「共に...共有...。」

「可能性の共有って事は、他の人に影響を与えるのかな?」

「...多分、そうだろうな。」

  緋雪の言葉に僕も同じ事を思った。

「共に..って事は、それぞれ違う事が得意な人がいた場合は、それぞれの得意な事が互いにできるようになるって感じかな?」

「なるほど...。まぁ、そのうち分かるか。」

  司さんの意見に納得し、それ以上はここで悩んでも仕方ないと打ち切る。

「リヒト、一応このデータを保存しておいてくれ。...もう見れないし。」

〈分かりました。〉

  名残惜しいけどもう見れなくなるステータスを閉じる。

「....結局、なんで導王流が使えたか分からなかったね。」

「...あっ。」

  司さんに言われて思い出す。しまった、忘れてた。

「...多分、伏字になってた二文字の導何とかが関係してるんだと思うよ。」

「二つのスキルが使えなくなる条件だったっけ?」

  多分、そのはずだ。それ以外に関連してるところなんてなかったし。

「お待たせしました。」

  すると、そこで注文していた料理がやってきた。相当混んでたから結構話し込んでてもちょうどいいくらいだったな。ちなみに運んできたのは恭也さんだった。

「へぇ~、美味しそう。」

「実際、凄く美味しいよ?」

  見ただけでも分かる程美味しそうなパスタ料理だった。

「う~ん...お兄ちゃんのも美味しいけど、このパスタも負けてないなぁ...。」

「おお、確かに美味しい。」

「...私としては優輝君の料理が翠屋に匹敵してるのに驚いたんだけど。」

  スキルの家事がSランクですし。

「...これからは、魔法も本格的に鍛えて行かないとなぁ...。」

「突然、どうしたの?」

  ふと呟いた言葉に司さんが聞いてくる。

「いや、概要にあった通りなら、生き抜くためだったシックスセンスが使えなくなった代わりに導何とかの力が使えるようになってるんでしょ?それに魔法に関わるようになったんだから、魔法関連の事に対応できるようにしておかないとね。」

  導何とかに関してはリヒトが詳しそうだから後に聞いておくか。

「それに...緋雪も魔法に関わったことで色々と狙われるかもしれないからね。」

「あー...吸血鬼とか、そう言うので人体実験とか...。」

「お、恐ろしい事言わないで!?」

  実際、大いにありうるんだよなぁ...。

「...ま、そうならないように、僕が緋雪を護るためにも..ね?」

「お、お兄ちゃん....。」

  うん?なんか緋雪の顔が一気に赤くなったような...。

「素敵な兄妹愛を見せてくれるなぁ...。」

「っ~!もう~っ!!恥ずかしいセリフ禁止!」

「ちょ、痛い痛い!わ、分かった。分かったから!」

  リミッターを掛けてるとはいえ、ポカポカ殴られると結構痛い。

「...ん~、じゃあ、私も手伝おうか?」

「え?いいの?」

「うん。最近は、する事もあまりないから暇なんだよね。それに、私としても優輝君ぐらいの、こう...技術?が高い魔導師と戦ってみたいし。」

  とてもありがたい申し出だな...。

「私も別にいいと思うよ。」

「そうか?緋雪がそう言うのなら、お願いしようかな。」

  俺一人じゃ、鍛えるのに限界があるからな。

「ありがとう!」

「後はいつするか決めるだけだけど...うん?」

  ふと店の入り口に意識が向く。



「...もう、最近はアリサちゃんもすずかちゃんも付き合いが悪いよ!」

「き、きっと、二人にも事情があるんだよ...。」

「うぅ...私もフェイトちゃんの事で同じような事をしたし、あまり言えない...。」

  ...原作組だ。原作組+αがいた。

「いつもの面子から、アリサちゃんとすずかちゃんを抜いたメンバーだね。」

「それでも6人か...。多いな。」

  高町なのはとテスタロッサ姉妹、八神はやてに織崎神夜。そしてもう一人、女転生者である天使奏(あまつかかなで)か...。今更だけど大所帯だな。

「(....やっべぇ。シックスセンスはなくなったはずなのに、嫌な予感しかしない。絶対何かに巻き込まれる。)」

  ...はぁ、まだ昨日が原因の筋肉痛治ってないんだがな...。





 
 

 
後書き
今回はここまでです。次回はやっと原作組と絡んでいきます。

優輝が転生者だという事が二人に露見する話でした。
...あれ?この話を書き始めた時はそんな予定なかったのに...。(計画性皆無)
スキルなどのランクはAでも相当高い設定です。(FateでのAランクに匹敵かも) 

 

第13話「面倒事」

 
前書き
天使奏の容姿は、名前から連想してると思いますが、Angel Beats!の立華奏です。 

 


       =優輝side=



「(絶対関わってくるよなぁ...。)」

  原作組+αを見ながら僕はそう思う。...というか、知り合いになってる司さんがいる時点で関わってくる確率が高い。

「(...いっそのこと、今回の面倒事は諦めるか。)」

  もう今回はとことん関わってやる方が無難に済みそうだ。

「それにしても、随分混んどるなぁ...。」

「....昼、だから...。」

  店内をキョロキョロ見渡す八神はやてと、その言葉に答える天使奏。

「...おっ、あそこが空いてるぞ?」

「あ、ホントだ!」

  そして、織崎神夜が空席を見つけたのか僕らの近くに座る。

「あれ?そこに座ってるの、聖奈さん?」

「あ、ホントだ。」

  そして、僕ら...と言うより司さんに気付く一行。

「お~い、聖奈さ~ん。」

「はやて、他の人といるみたいだし、呼びかけたらダメだよ。」

  うん。できれば関わらないでくれ。これでも面倒事は嫌なんだ。

「...どうしよう、優輝君。」

「...僕としてはあまり関わりたくないんだけど...司さんの好きにしていいよ。」

  と言っても、司さんの優しさなら無視はしないだろうなぁ...。

「無視するのも悪いし、会釈だけでもしておくね?」

「いいよー。」

  そう言ってあっちのグループに手を振る司さん。...寄ってこなけりゃいいけど。



「よぉ!俺の嫁たちよ!ここで会うとは奇遇だな!」

  火にガソリンどころか爆弾投下するような奴が来やがった....!!

「また来たの...。」

「...面倒...。」

「なんで来るのかな?」

「奇遇でもなんでもないくせに...。」

「どっか行けばええのに。」

  次々と文句を言う女子勢。...いや、僕からしたらアレに反発する際に騒がしくするのも迷惑なんだけどね?
  ...まぁ、突っかかっていくアリサちゃんが居ないからマシだけどね。

「っ、織崎ぃ!!てめぇ、また嫁たちと一緒にいやがって!嫌がってるだろうが!」

「.....。」

  織崎神夜に突っかかる王牙帝。やっぱり織崎神夜も関わりたくないのか無視を決め込んでいる。

「あ、あの、優輝君?騒がしくてイラつくのは分かるけど、落ち着いて?」

「えっ、あ、ゴメン。」

  いつの間にかコップを持っていた手が震えていた。やばいやばい。

「もう!さっさとどっか行ってよ!奇遇とか言って、私達をストーカーしてたんでしょ!」

「ははは。何を言っている。俺の嫁たちとはいえ、そんな事する訳ないじゃないか。」

  アリシア・テスタロッサが女性陣を代表してそう言うが、まったく堪えた様子はない。

「それに、ストーカーしてるのはコイツの方だろ?」

「神夜はそんな事しないよ!というか、私達が神夜を誘ったんだからね!」

「なに?...てめぇ、また無理矢理ついてきたんだな!!おまけにアリシアにこんな事まで言わせやがって...!」

  いや、どこをどう解釈したらそうなる。

「まさかとは思うが、てめぇはなのは達に好かれてるとでも思ってんのか!?そんなの、ありえる訳ねぇだろ!!万が一あったとしても洗脳とかだろ!」

  ...やべぇ、この転生者、半分当たってる。主に洗脳の所。

「(...どの道、うるさい事には変わりないけどね。)」

  というか、席が近いから余計にイラつくんだが。緋雪はよくこんなのがいる教室で授業ができるな。僕、感心するぞ。これは。

「....ちっ、いい加減、黙らないのか?他の人達の迷惑だぞ?」

「うるせぇ!てめぇがなのは達に無理強いするからだ!」

  ようやく反論した織崎神夜。そしてそれに暴論で返す王牙帝。
  ...それはともかく、店の奥に形容しがたき形相の士郎さんがいるんですけど。

「...お兄ちゃん。」

「あぁ、止めるか。」

  ふと見れば、司さんも席を立っている。目配せをすると、目的は同じのようだ。

「...なぁ、そこの男子。さすがに騒ぎすぎだ。ここのマスターも、そろそろキレかねないぞ?」

「お客さんにも、店の評判にも迷惑なんだし、そこでやめようね?」

  僕と司さんが止めに入ったことで、王牙帝と織崎神夜のグループが驚く。...まぁ、転生者達は僕が止めに入ってる事に驚いているが。まぁ、見た目モブだし。

「あぁ?なんだてめぇは?」

「...一応、先輩に値するんだから言葉には気を付けるようにな。」

「はっ!そんなの俺には関係ないな!モブは引っ込んでろ!」

  やばい。実際に会話すると思ったよりもイラつく。...もう殴ってもいいよね?

「はぁ....。(士郎さん、つまみ出していいですか?)」

  視線でそんな思いを送ってみる。
  ...あ、首掻っ切る仕草から親指が下向いた。しかも恐怖すら感じる笑顔で。

「(りょーかいっと!)」

  士郎さんもキレてるんだなと思いつつ、王牙帝の襟を掴む。

「おいてめぇ!離せ!この野郎!」

「うるさいからね。つまみ出すよ。」

「あ、おい....。」

  ギャーギャー喚くのを無視して引きずっていく。織崎神夜が何か言いたそうにしてたが、おそらく普通の人間(だと思っているのだろう)の僕が踏み台扱いとは言え、転生者を連れて行くことに危機感があったからだろう。主に僕が危ない的な意味で。

「(まぁ、そんな心配は杞憂だろう。)」

  さすがに街中でモブだと思っている相手を本気で殺そうとはしないだろう。いくら踏み台的な過激な思考の持ち主でも。

「くそっ...この...モブ野郎が!!」

  引きずり、店を出た所で暴れ出すように僕から離れる。

「俺と嫁たちの邪魔をしやがって...何様のつもりだ!」

「お客様の一人ですが。なにか?...というか、絶対お前さ、何回も同じような事してただろ?士郎さんがあんな形相するとは思えないぞ。」

  まだそこまで関わりあった訳ではないけど、それでも士郎さんは優しい人物だと思っている。そんな士郎さんがあんなにキレてるとか...。

「うるせぇ!モブのくせに!」

「あー、もう....。」

  こいつどうしようか?中に残っている司さんや緋雪を見ると、同じように呆れていた。

「おい、モブ野郎。これ以上邪魔すると...!」

「邪魔すると...なんだ?」

  殺気を込めて睨んでくる王牙みかd...もう王牙でいいや。いちいちフルネームはメンドイ。
  王牙が睨んでくるが、適当に流す。この程度の殺気、恭也さんのがやばい。

「...はっ、少しばかり、立場を分からせてやる...!」

「うん?これは....。」

  周りの雰囲気が変わる。それに僕と王牙以外の人が消えている。

〈『マスター、これは結界魔法です。それも、マスターを閉じ込めるための。』〉

「(っ...!なるほど、これが結界か...。)」

  頭に直接響くようにリヒトの言葉が聞こえる。これが念話なのだろう。それよりも、まさかここまで過激な行動にでるとはな...。

「ククク...!驚いているようだな...ここはてめぇが俺に逆らわなくなるための場所だ!さぁ、身の程を知るがいい!!」

  そう言って王牙の背後の空間が歪み、そこから剣が飛んでくる。

「っと!!」

  それをなんとか、避ける。すると飛んで行った剣は地面にぶつかった瞬間、爆ぜるような衝撃を生み出した。

「うっわ、厄介だな。少しでもミスると死ぬじゃん。」

「避けた?...いや、そんな訳ないな。ただの偶然だな。...だが、次はそうはいかんぞ!」

  今度は三つ程空間が歪む。つまり剣などが三つ飛んでくるのだろう。

「(落ち着け、思い出せ...。)」

  思い出すのは、昨日の恭也さんとの戦いで使っていた導王流の動き。流れるような動作で剣すらも素手でいなすその技術を、今ここにもう一度!

「っ....ふっ!!」

     ガィン!ガィイン!!

  先行して飛んできた一つ目の剣の腹を叩いて逸らし、その勢いで回転しながら後ろ回し蹴りを高めに繰り出すことで、二つ目の剣を躱しつつ、三つ目の剣を弾く。

「(まだだ!まだ、昨日の状態じゃない!)」

  今のはまだ護身術の応用だ。昨日の導王流で、いくらか技術が上がっていたから対処できたが、これではまだまだ足りない。

「(だけど、悠長に昨日の技術を思い出している暇はない!魔力も使えない今、できるのは...。)」

   ―――短期決戦!

  足を踏み込み、縮地の要領で一気に距離を縮める。

「っ...調子に、乗ってんじゃねぇ!!」

「(来るっ...!)」

  王牙の背後に大量に武器が展開され、それらが一斉に掃射される。

「っ...ぜぁっ...!!」

  一秒も満たない内に僕へと辿り着く武器群に、僕は立ち止まらずに、むしろ走り出した。
  最短距離を、最速で、最小限の被害で突き進むために。

     ガィン!ズザァッ!

  一つの剣を左手で受け流し、狙いが甘く隙のある地面スレスレをスライティングで抜ける。

「っ...!」

     ダン!

  すぐさま起き上がるために右手を左側の地面を叩くようにつき、飛び上がるように起きる。この際、足で飛んできていた武器を払っておく。

「っぁ....!」

  見事に起き上がり、体勢を立て直す間もなく地面を蹴り、武器群の中に飛び込む。
  飛んでくる武器群に対して、いつまでも立っている体勢では命中しやすく、絶対に凌ぎきれない。だから武器群に平行になるように突っ込めば、命中率は低くなる。もちろん、ちゃんと飛び込む際に武器の弾幕が最も薄い所を狙ってある。

「ぐっ...らっ....!」

  一瞬。ほんの一瞬武器の弾幕が薄くなった所で僕は空中で体を捻り、踵落としの要領で当たりそうな武器を逸らし、一度着地する。

「(残りの距離は、ほんの三メートル!)」

  上手い具合にしっかりとした体勢で着地できたので、そのまま縮地で一気に距離を詰める。

「なっ!?」

「....っらあ!!」

  ついに攻撃が届く距離になり、驚愕に染まる王牙の顔。それに対し、僕はまっすぐ、勢いを利用した強力な掌底を両手で放った。

「ぐはぁっ....!?」

「(捉えた....!!)」

  動揺していた王牙に、その掌底は見事に決まって吹き飛ばした。

  だけど....。

「てめぇええええええ!!!」

  剣を構え、突っ込んでくる王牙。

「ちっ...やっぱり一撃じゃ、無理か!」

  元々魔力の篭っていない体術の一撃。対して奴はバリアジャケットという普通に殴った程度じゃ一切ダメージの通らない服を纏っている。当然、衝撃を徹すような攻撃じゃなかったから耐えられるだろうな。

「(だけど、激昂して武器の射出がなくなっている。これなら...!)」

  突っ込んでくる王牙を迎え撃とうとして身構える。

     ガキィイイン!!

「ストップ!そこまでだよ!」

  王牙が手に持つ剣を振りかぶり、僕はそれを受け流そうと手を動かした瞬間、剣の進路をふさぐように槍が差し込まれる。

「お兄ちゃん!」

「緋雪!?それに司さんも!」

  緋雪が僕に駆け寄ってくる。王牙の攻撃を防いだのは司さんだったようだ。

「つ、司!?」

「...はぁ。ねぇ、何をやってるのかな?一般人相手に魔法だなんて...。」

  さすがに司さんも呆れている。

「こ、こいつが俺の邪魔をするから...。」

「優輝君は、店のためを思って君を追い出したんだよ?...もしかして、迷惑なんて掛けていないなんて思ってる?」

「っ.....。」

  言葉を詰まらせる王牙。...一応、自覚はあったのか。

「.....んだよ...。」

  しかし、俯いた状態で何かを呟く。...嫌な予感がする..。

「っ、お兄ちゃん、下がって。」

  緋雪が僕を庇うように前に出て、吸血鬼の姿を晒す。

「なんだよ...転生者でもない癖に、出しゃばってんじゃねえ!!!」

「っ....!危ない!」

  さっきの戦いよりも多い数の武器を射出してくる。

「“アフェクション・シールド”!!」

     ギギギギギギギィイン!!

「くぅっ....!」

  司さんは、僕達を庇うように防御魔法を使って武器を防ぎだす。だけど、数が多すぎるせいか、押され始めている。

「...任せて。」

「緋雪?」

「決定打にはならないけど、怯ませるくらいはできるはず....!」

  両手を王牙の方向に翳し、何かを“視る”ように念じ始める。

「“ツェアシュテールング”!!」

     ドォオオオオオン!!

  緋雪の両手に赤い光の球のようなものが出現し、それを緋雪は両手で潰す。すると、巨大な爆発が武器群の中で起こり、飛んでいた武器が全て吹き飛ばされる。もちろん、爆風で王牙は怯み、武器の射出も止まる。

「っ、今!“エモーションシューター”、シュート!!」

  その隙を突き、司さんが素早く、貫通力のある水色の魔力弾を放ち、王牙の脳天にぶち当てる。

「がっ...!?」

「...ふぅ、これで...。」

「っ!まだ!」

  緋雪が上を向いてそう叫ぶ。

「なっ....!?」

  上を見れば、大量の剣が浮いていた。...しかも、そのどれにも魔力が込められている。

「くそっ....!」

〈マスター!?ダメです!魔法は...!〉

「お兄ちゃん!?」

「優輝君!?」

  二人を庇うように咄嗟に前に出て、手を翳す。...僕自身、無謀な事をしてるのは分かっている。司さんなら防げていたのに、僕が咄嗟に出たせいで反応が遅れたのも分かっている。
  ...だけど、今更引けるか!皆に庇ってもらってばかりじゃ、いられないんだ!

「リヒト!魔力を絞り出せ!」

  イメージするは、強力な盾。僕の持つ魔力変換資質は、fateの衛宮士郎に似ている部分がある。...ならば!

「行くぞ...!“熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”!!」

  創造したのは、あの七つの花弁を繰り出して防ぐ防御型の宝具。だけど、今僕の目の前に展開されたのはたったの三枚。...なら、この三枚に残りの魔力全てを込める!

「ぐぅううぅう....!」

「...シャル!」

〈分かりました。〉

  圧倒的に魔力が足りず、一枚砕け散る。すると、緋雪が僕の後ろで何かし始める。

「...“スターボウブレイク”!」

  七色の色とりどりの魔力弾が、僕の背後から援護するように飛んでいく。ふと後ろを見てみれば、緋雪が杖形態のシャルラッハロートを弓のように引いた後だった。

「ナイス緋雪!これで....!」

  もう一枚、砕け散る。だけど、射出された剣は残り少し。王牙は司さんの一撃で気絶したため、追加の攻撃はない。...行ける!





「はぁっ、はぁっ、はぁ....!」

  し、凌ぎきった...!!

「...優輝君っ!!」

「うっ、司さん....。」

  見るからに顔が怒っている司さん。...まぁ、怒られるよなぁ...。

「なんて危ないことをしたの!?魔力も回復していないのに、あんな大量の攻撃を防ごうだなんて!緋雪ちゃんの援護がなかったら、死んでたかもしれないんだよ!?」

「...返す言葉もありません...。」

  我ながらなんであんなことをやったんだってレベルだし。

〈私も同意見です!...おかげで、リンカーコアの回復が遅くなってしまいましたよ。〉

「反省しています...。」

  リヒトにまで言われる始末だ。...何やってんだか...。

「...ところで、この後どうするの?」

「あっ...そういえば..。」

  地形の被害は結界を解けば元に戻るが、さっきの戦いで僕の服は所々切り裂かれ、所々掠ったり、素手で武器を弾くのには無理があったため、結構傷もある。それにここは一応道端だ。王牙を放置したらあらぬ噂が立つ。

「あー、こういう時の対処は任せて。以前にもあったから。」

  すると、司さんがそう言って王牙を掴んで見つかる事のなさそうな茂みに投げ入れる。

「これでオッケーだよ。」

「よ、容赦ないな...。」

  確かに人に見つからないようにするには良い手かもしれないけどさ。

「後は優輝君の傷と服をなおさなきゃね。」

  そう言って司さんは祈る体勢に入って魔法を使う。するとみるみる内に僕の格好が戦闘前に戻る。

「じゃ、結界を解除するよ。中に入る際、結界の術式を乗っといておいたから。」

「準備いいな...。」

「あっ、羽を隠さなきゃ。」

〈お任せください。〉

  司さんが結界を解除する前に、緋雪が羽などの吸血鬼の要素を隠す。
  そして、景色が元に戻る。道を行く人達も元に戻り、結界が解かれた事が分かる。

「じゃ、店に戻ろうか。」

「そうだね。」

  司さんの言葉に従い、僕らは店の中に戻る。...一応、まだ食事中だったからね。

「すまないね。まさか、彼があんな暴挙に出るとは思わなかったよ。」

「あ、士郎さん。」

  店に戻ると士郎さんが出迎えてくれた。

「まぁ、なんとかなったんでいいですよ。」

「司ちゃんも悪いね。」

「いえいえ。」

  ...にしても、織崎(こっちも名字で呼ぶようにした。)のグループは見ていただけで何もしなかったみたいだな。...大方、司さんが出向いたから大丈夫だと思ったんだろうけど。

「あちゃぁ...冷めちゃってる。」

「あ、でもまだ美味しい。」

  料理は冷めてしまったけど、美味しさはしっかり残っていた。さすが翠屋。

「ごちそうさま...。..ちょっとあっちの皆が私に話があるみたいだし、行ってくるね?」

「んー、分かったよ。行ってらっしゃい。」

  そう言って司さんは織崎のグループに向かう。話っていうのは多分さっきの戦いだろう。

「(まだ僕が魔法を使えるって事は知らないみたいだな。...緋雪は怪しまれたみたいだけど。)」

  ちらりと織崎の顔を見て、そう判断する。

「(天使奏...毎回思ってしまうけど、まさか...な。)」

  彼女を見て、僕は少し考えてしまう。
  前世に知り合った、立花奏というキャラに似た境遇の少女の事を...。

「(そうそう都合良く同じ世界に転生とかしないだろう。...いや、この場合は都合悪く、か?死んでしまったという事になるからな。)」

  おそらく、立花奏の能力を特典として願った転生者ってだけだろう。...キャラクターステータスで見ても転生者って事しか分からなかったしな。

「(第一、あの子はドナーの心臓が必要だったから、ドナー登録していた僕の心臓で生き永らえてるはずだしな。...いや、でも...。)」

  なんかどんどん思考が暗い方向に行くから頭を振って強制的に思考を切り替える。

「どうしたの?お兄ちゃん。」

「いや、なんでもないよ。」

  確信はないし、それに彼女の方は洗脳されている。前世の事云々よりも、洗脳を解く方を考えるべきだ。

「...ん...?」

「今度はどうしたの?」

  ふと、司さんの方を見ると、織崎がなんか照れ臭そうにしていた。

「いや...まさか....。」

「もー、司さんの方を見て何を...。」

  緋雪も司さんの方を見る。
  待て待て。まだ決まった訳じゃないって言うか、そもそも照れ臭そうにしている時点でそう思うのは間違いな気がする。だけど、あの反応は....。

「まさか、織崎の奴...司さんの事を好いてる?」

「えっ?そんな訳....あれ...?」

  緋雪も気づく。やっぱり本当に好いているのか?

「(司さんって、前世が男だったらしいから、恋愛感情が結構複雑だと思うんだよなぁ...。)」

  少なくとも、そう簡単に男の事を好きになれるとは思えないんだけど。

「ま、これは司さんが決める事だからな。僕らには関係ないよ。」

「そうだね。」

  すると、ちょうど会話が終わった所で司さんも戻ってくる。

「もう、あんなに聞いてくるんだったら、自分が助けに入ればよかったのに。」

「...何言われたんだ?」

  どうせ碌な事じゃなさそうだけど。

「優輝君や緋雪ちゃんに魔法がバレただろうから、口外しないように伝えてだとか、無事だったかだとか。他にも色々だよ。」

「人任せにしてそれか...。」

  第一、僕が巻き込まれた時点で魔法バレは確定なのに。...もう知ってたけどさ。

「まぁ、いいや。どの道、しばらくはリンカーコアの回復と魔力運用の向上に専念するし。」

  後、恭也さんとの試合で身に付けれそうな技術とか。

「一応、口外しない事は伝えておくね。」

「任せるよ。....さて、と。」

「あれ?もう行くの?」

  僕と緋雪が席を立つと、司さんがそう聞いてくる。

「まーね。もうここでやる事はないし。士郎さんに一声かけて帰るとするよ。」

「そっか。私はもう少しここにいるね。」

「じゃあ司さん、一緒に食事、楽しかったよ。」

  緋雪が最後にそう言って、僕らは士郎さんに一声かけてから翠屋を後にした。
  あ、ちゃんと士郎さんの奢りだったから出費はなかったよ。





  ...これから、どんどん魔法に関わるんだろうなぁ。あぁ、平穏が遠のいていく...。





 
 

 
後書き
今回はここまでです。次回はようやく魔法をメインにできます。(魔法を使うとは言っていない。)

踏み台転生者の名前を忘れてた人、結構いるんじゃないですかね?...作者自身も書いている時忘れてたので4話を見直してきました。(おい

緋雪のツェアシュテールング(破壊のドイツ語訳)は所謂フランの“きゅっとしてドカーン”です。一定以上の威力を出そうとすると無詠唱は無理です。 

 

第14話「魔法の特訓」

 
前書き
ようやく優輝たちが魔法を練習します。
前回からそれなりに時間は経ってますが、それまでは平和な日々を過ごしていました。 

 


       =優輝side=



「じゃ、緋雪、準備はいい?」

「いいよ。じゃあシャル、お願いね?」

〈分かりました。隠蔽の術式を混ぜた結界を張ります。〉

  景色が切り替わる。これで、外界からは一切見えなくなったらしい。

「じゃあ、早速魔法の特訓に入るか!」

「そうだね!」

  やっぱり、魔法には憧れるのか、僕も緋雪もテンションが高めだ。

〈...マスター、まだリンカーコアは回復しきってないので、無茶はダメですよ。〉

「ぐっ...分かってるよ...。」

  翠屋での一件の後、一週間が経っているが、まだリンカーコアは回復しきっていない。これでもリヒトや司さん曰く、人一倍回復は早いのだが...。

「とにかく、僕は魔力の技術や体術と組み合わせたりするとして...。」

「私は、一度自分の使える魔法を確認するんだね。」

  緋雪はまだ自分の力をほとんど把握していない。司さんと同じくらいの才能はあるらしいが、それ以外は一切知らないからね。...僕も自分の力をあまり把握していないけど。

「こっちはこっちで適当にやっておくから、頑張ってなー。」

「じゃあ、私は向こうでやってくるね。」

  そう言って緋雪は僕から離れた所で魔法の練習に入る。

「(さて、僕も練習に入るか。)」

〈ところでマスター、先日の転生者の件なのですが...。〉

  あー、そう言えば、結局リヒトはあれから追及してこなかったな。

「よし、魔法の練習がてら、説明するよ。」

  最初は魔力弾のコントロールとかでいいでしょ。





       =緋雪side=



〈...なるほど。そういう事でしたか。〉

「魔法の練習に入るかと思ったら、まさか転生者の事を聞かれるとは...。」

  お兄ちゃんの所から結構離れた場所で、私はシャルに転生者の事を適当に説明した。

〈では、今度こそ魔法の練習に入りましょう。今回張った結界は相当広いので、少々規模の大きい魔法でも問題ありません。〉

「分かったよー。..それで、どんな魔法が使えるの?」

  一応、フランのスペルカードが使えるはずだけど...。

〈まずは、先日感覚だけで放った魔法についてお教えしましょう。〉

「えっと...ツェアシュテールング....だっけ?」

  噛みそうな名前だけど、すんなり言えてよかった...。

〈はい。...それと、私と初めて会った日に使っていた魔法もです。〉

「ええっと...それはあんまり覚えてない...。」

  フランのレーヴァテインみたいなのを使ってた気がするけど...。

〈とにかく、先日のからお教えしましょう。〉

「はーい。」

  見た目アクセサリーに教えてもらう女の子って...傍から見たら変人だね。私。

〈まず、魔法を使った時の感覚を覚えていますか?〉

「えっと....確か、対象を“視て”、その対象を構成している緊張点を手に具現化して魔力を込めて握り潰す...だったっけ?」

  フランの能力をイメージしてたから曖昧だけど。

〈概ねそれで合っています。つまりは、魔法の対象の弱点の“目”を掌に具現化し、握り潰すという魔法です。〉

「...説明を聞くと、ただの凶悪な魔法なような...。」

〈物は使いようです。〉

「まぁ、うん。そうだね。」

  でも凶悪な事には変わりないと思う。

〈では早速練習しましょう。〉

「うん。...そこら辺の石でいっか。」

  手頃な石に狙いを定め、掌に“目”具現化させて握り潰す。

「....あれ?簡単...?」

  あっさり成功する。しかも、砕け散った石以外には全然被害は出ていない。

〈...まぁ、この魔法は他の魔法などと組み合わせた方が効果的ですからね。〉

「だろうね~...。」

  あまりに簡単に成功したから拍子抜けしちゃったよ。

〈次はお嬢様にとって基本となる魔法です。〉

「基本?」

  リリなのの魔力弾とか?

〈はい。最初にお会いした時の事なので、覚えていませんが、武器を作る魔法と、通常の魔力弾などです。ベルカ式なので、武器の方からお教えしましょう。〉

「はーい。」

  武器を作る...レーヴァテインとか?

〈魔法名はマギー・ヴァッフェです。魔法名を言わなくても展開できますが、一応魔法名は覚えておいてください。なお、意味は魔法の武器です。この世界ではドイツ語の発音が一番近いですね。〉

「へぇー...。」

〈では、早速やってみてください。魔力を武器としてのイメージに固めればできます。〉

  そう言ってシャルは杖の形態になって私の手に収まる。

「武器...イメージ....。」

〈はい。魔力の動きも安定しています。いい調子ですよ。〉

  イメージするのは、やっぱりフランのレーヴァテイン。杖を芯に、赤い魔力がそのまま刃になるような、そんな大剣を....。

「....できた!」

〈お見事です。ですが...。〉

「えっ、何かダメなところが!?」

  イメージが足りなかったかな?

〈魔法としては成功しています。ただ、魔力の構成が甘いので、これでは耐久性が足りません。〉

「そっか~...魔力はまだ扱いが完全じゃないもんね。」

  魔力の扱いに慣れないと、この魔法も強くならないって事ね。

〈これは要練習ですね。次は遠距離魔法です。魔力を球状に固めてください。〉

「えっと....こう、かな。」

  掌に浮かぶように魔力弾が出てくる。

〈では、それを自由にコントロールしてください。後は数を増やしたりしていけば立派な遠距離魔法です。〉

「し、シンプル....!」

  確かにちゃんと魔力を固めればそれだけで鈍器のような攻撃ができるけどさ。

〈こればかりはお嬢様による応用に任せられます。〉

「そっかぁ....。」

  リリなのに出てくる魔導師たちも皆同じような感覚だったのかな?ともかく、これは練習あるのみだね。

「あっ、遠距離と言えば、砲撃魔法とかはないの?」

〈ありますよ。ただ、まずは魔力弾を普通に扱えるまでは危険です。魔力が暴発する事もあるので。〉

  ちょ、物騒な...。でも、暴発するのなら後回しかぁ...。

〈基本となる魔法はこのぐらいです。後は念話や並列思考(マルチタスク)ですが...これは日常生活で練習すればいいので今はいいでしょう。〉

「じゃ、しばらくは練習だね。」

  それからしばらく、魔力の操作を練習したり、魔力弾や武器を上手く作るのに勤しんだ。





「...ふぅ~....結構、疲れるものだね...。」

〈これで基本はほぼ完璧です。実戦でも問題は早々起きないでしょう。〉

  何とか魔力弾を多数展開して操作や、砲撃魔法などを使えるようになった。...私の魔力、凄く操作しづらいと思うのは私だけ!?

〈しかし、お嬢様は未だにご自身の魔力に振り回されている節があります。基本魔法の習得に時間がかかったのもそれが影響しているのでしょう。〉

「ど、通りで難しかった訳...。」

〈ですので、今度は精密操作などで魔力操作に慣れてもらおうと思ってますが...お嬢様は相当疲労されておられるようなので、一度休憩しましょう。〉

「そ、そうするよ....。」

  魔力も結構使ったので、だいぶ疲れた...。

「あ、そうだ。お兄ちゃんの方はどうなってるかな...?」

  気怠くても歩く体力は結構余っていたので、お兄ちゃんの所へと向かう。





「...これ、は.....。」

〈...流石...と、言うべきでしょうね。〉

  お兄ちゃんの所に来てみると、五つの空き缶にそれぞれ魔力弾を毎回違う缶を狙って当てて飛ばしていた。

「...ねぇ、シャル。これって、どれくらい難しいの?」

〈五つの魔力弾を別々に動かし、さらには毎回狙う缶を変えているので、そうですね...魔力操作が難しい魔法を10としたら、ざっと100は行きますね。〉

  分かりづらい例えだけど、凄いのは何となくわかった。

「凄い...正確で、綺麗....。」

  見惚れてしまう程性格に空き缶に当てていて、とても綺麗に見えた。しかも、これをお兄ちゃんがやっていると思うと、凄く興奮する。

「....ラストっ!」

  お兄ちゃんが突然声を上げ、最後を決めるように魔力弾を空き缶に当て、遠くにある置いてあった籠に全て入れる。....と思ったら、一つだけ弾かれた。

「あちゃ...一つミスったか...。」

〈飛ばした位置と狙った場所の距離からすれば、充分だと思いますよ。〉

「いやぁ...それでも一つだけ入らないとなんか嫌じゃん?」

〈何となく気持ちはわかります。〉

  私から見たら、もう次元が違うとさえ思えてくるんだけど...。

「じゃ、緋雪も休憩してるみたいだし、僕も休憩に入るよ。」

「(ば、ばれてた!?)」

  明らかに私の方を向きながらそう言うお兄ちゃんに、私は驚きを隠せなかった。...うぅ、これでも身を隠してたのに...。





       =優輝side=



「もー...なんでばれたの?」

  茂みから緋雪が出てくる。

「魔力の動きを読んでたから...かな。」

「魔力の..動き?」

  良くわからないといった顔をする緋雪。...まぁ、普通は分からないよな。

「ああ。魔力を持つ存在からは、隠しておかないと魔力が感じられるんだ。さらに、いくら持っている魔力を隠していても、一度魔力を使った直後だと、体に魔力が纏わりついていて探知できる。」

  これはリヒトから魔力について聞き、そこから僕なりに考えた事だ。尤も、リヒトも知っていた事だったみたいだ。

「今の僕は、魔力がとても少ないからな。ならば、いかに使用魔力を最小限に抑え、効率よく使うかが重要になる。それの一環として、さっきのような事や、魔力の気配を探知するような技術を伸ばしているんだ。」

「...ほぇー....。」

  いや、そんなポカーンとされても...。

「リヒト曰く、既に魔力操作は神がかってるとか言われたけどな。」

「うん。それは同感だよ。」

  苦笑い気味に言うと、今度は即答された。

「...よし、休憩後に一度模擬戦するか。」

「ええっ!?」

  ふと放った僕の言葉に驚く緋雪。...まぁ、魔力量が違うしね。

〈...マスター?回復しきっていないリンカーコアで、何を言ってるんですか?〉

「うっ....。」

  静かに怒るような口調でリヒトが言ってくる。

「あー、分かった分かった。だったら、今度は一緒に練習でどうだ?」

〈...それならいいでしょう。〉

「お兄ちゃんと一緒にって...一体どんな?」

  共同での魔法の練習と言うのがよくわからないんだろう。

「魔法を避ける練習とか、そこら辺だな。」

「なるほど。」

  とりあえず、休憩するために変換資質で創りだした刃を潰したナイフでジャグリングをする。
  ...え?休憩してないって?魔力はこれ以上使ってないし、大丈夫大丈夫。





「....ん、よし。回復したよ。」

「僕も回復してるなっと。」

  緋雪の言葉に、僕はナイフをキャッチしながらそう答える。

「じゃあ、早速行くから、ちゃんと避けなよ?」

「えっ...?」

「シッ!」

  キャッチしたナイフを投擲する。

「うひゃぁっ!?」

「さてさて、どんどん行くぞ?」

  魔力弾を五つ出し、攻撃する。

「ちょっ、いき、なりっ、すぎ、ないっ!?」

「そういう練習だし?」

「にゅぁああああああ!!?」

  次々と飛来する魔力弾を、危なげながらも回避する緋雪。

「ほいほいほいっと。」

「そんな操〇弾みたいに!?ちょ、避け、づらっ...!」

  シュババっと手を動かし、五つの魔力弾を自由自在にコントロールする。
  あ、当たった。

「いたっ!?」

「あー...デバイスとか障壁も使っていいよ?」

「あ、そうなの?」

  いや、避けるだけだったらそれこそ魔法の意味が少ないし。

「そう言う事なら!....って、え...?」

「まぁ、そう簡単に魔力弾を消させないけどね。」

  迎え撃とうとして空振りする。僕が魔力弾を回避させたからな。

「あたっ!?ちょ、当たら、ないっ!?って、また痛っ!?」

  緋雪は杖を振り回すが、一切当たらず、むしろさっきよりも被弾している。

「あーもう!盾!」

「お、障壁を張って来たか。」

  なら、と、魔力弾を鋭く、まるで針のようにする。

「...えっ?魔力弾って、そんな事できるの...?」

「僕の魔力弾って、変換資質のおかげで自由に形が変えられるんだよね。」

  つまり、鋭くすればその分、貫通力が増えるって事だ。

「貫け!」

「え...~~~っ!!?」

  針の孔ほどまで鋭くした魔力弾は、障壁を破壊せずに貫き、そのまま緋雪に直撃した。

「鋭くした分、魔力密度も高くなってるから、障壁も貫けるよ。」

「いや...怪我はしてないのに痛くてそれどころじゃない....。」

  むぅ...もっとやりたい事はあったんだがな...。

「じゃあ、今度は緋雪の番だよ。」

「いつつ....お返しなんだから!」

  お返しとばかりに魔力弾を僕に撃ってくる。

「っと。」

「逃がさない!」

「やっぱ速いなっと!」

  魔力の質も量も違う緋雪の魔力弾なので、当然弾速も僕より速い。避けきれないと瞬時に悟った僕は、その魔力弾を腕で受け止め、受け流す。

「えっ!?今の、どうやったの!?」

「ちょっとした魔力の工夫だよ。」

  本来なら、魔力弾は当たった瞬間に炸裂するが、僕はそれを薄い魔力の膜で“当たった”という判定をなくして受け流している。

「...むぅ...。」

「さぁ、どんどん来な!」

  魔力も十分に残っているから、このままノー被弾で行くぞ!







「はぁ...はぁ...まさか、あれだけの魔力で当てられないなんて...。」

「っ...よし、何とか、耐え切ったぞ...。」

  あの後、ずっと緋雪の魔力弾を避けるor受け流し続ける事で、見事に当たらずに済んだ。ただ、滅茶苦茶疲れたけど。

「お兄ちゃん...凄いよ...。」

「ま、魔力が足りないからジリ貧だけどな...。」

  緋雪が僕にしなだれてくる。緋雪も疲れてるのか...。

〈マスターはまず、リンカーコアを回復させるべきですからね。〉

「そういう事だな..。じゃ、今日はもう終わりにするか。」

「そうだね...。シャル。」

〈結界を解除します。〉

  途轍もなく疲れたので、しばらく休むか...。

  この後は、少し休憩した後、普通に一日を過ごして行った。







 
 

 
後書き
今回はここまでです。

緋雪の魔力量は2話の時よりも増えていて、今はS-ランクぐらいです。
その緋雪の攻撃を現状D-程の魔力で凌ぎきる優輝は、文句なしの規格外です。

感想、アドバイス待ってます。 

 

第15話「草の神」

 
前書き
今回はリリなのに一切関係ないキャラ(作者のお気に入り)が出ます。
...一応、それが優輝がさらに魔法に関わるきっかけになります。 

 


       =三人称side=





「はぁっ....!はぁっ....!はぁっ....!」

  暗がりの森の中、二つの影が駆けて行く。

「っ....追手は!?」

「まだ追いかけてくるよ!」

「もう!なんなのよあいつら!」

  駆けているのは、二人の少女。どうやら、何者かから逃げているようだ。

「多分、“ソレ”が原因だよ!」

「ああもう!なんで“一つ”になるのよ!」

  少女が自身の首に掛けている紫色の勾玉の首飾りに対してそう言う。

「はぁっ、はぁっ、...くっ...。」

「だ、大丈夫!?“かやちゃん”!」

  走っている少女が息苦しそうに胸を抑える。

「だ、大丈夫よ...あ、あんたなんかに心配される程じゃ、ないから...。」

  強がってるようだが、誰がどう見ても大丈夫じゃない。それはもう一人の少女も分かっているようだ。

「...かつての力が、使えればいいんだけどね...。」

「贅沢言ってられないわよ...。主を失くした私達が弱体化するなんて、分かっていた事よ。」

  そう言いつつ、駆けるのをやめない。やめれば、すぐにでも追手に追いつかれるからだ。

     ビシッ!

「っ!あいつら、撃って来たわよ!」

「あたしが弾くよ!あれぐらいなら、まだ!」

  弾丸状の何かが着弾し、片方の少女がレイピアを構えつつもう一人を庇うように走る。

「あれ、霊力じゃないわよね。一体...。」

「多分、魔力じゃないかな。あたしの故郷に同じような力があったから。」

「魔力...か。」

  庇われる少女は、走りながらも弱ってしまった自身の体を見る。

「(私にもっと力が残っていれば...。)」

  弱体化した事を悔やむ。だけど、それでは何も事態は好転しない。

「力は残ってなくても、これぐらいなら....!」

  背負っていた弓を持ち、同じく背負っていた筒に入っている木製の矢を番える。

「(位置は分からない。だけど、さっきの着弾場所の角度からするに...。)」

  急いで相手の居場所を計算する少女。ちょうどその時、もう一人の少女が飛んできた弾丸を弾き、居場所が判明する。

「そこね!」

     ヒュン!

  風切り音と共に、矢が暗がりの森に消えて行く。弓が得意な彼女にとって、今の矢は確実に当たったと確信していたが...。

     ―――キィイン...!

「っ...!?なに、あれ...!?」

「障壁!?厄介な....!」

  その矢は、障壁に阻まれた。その光を見た二人は動揺してしまう。

「っ、危ない!」

「きゃっ!?」

  咄嗟に、弾丸を弾いていた少女がもう一人を庇うように倒れこむ。

  そして、そのすぐ上を光の奔流が通り過ぎた。

「なに!?なんなの!?」

「っ...ビームは、彼女の特権なのに...厄介すぎるよ!」

  色こそ違うものの、二人のかつての仲間が使っていた技に似た攻撃を見て、二人は戦慄する。“このままでは逃げきれない”...と。

「....行って。」

「なにを....。」

  レイピアを持った少女が走るのをやめ、そう言う。

「あたしが、足止めするから...かやちゃんは先に行って。」

「っ...!なに言ってるの!?そんな事したら、あんたは...!」

  足止め...つまり、犠牲になってでももう一人を逃がそうとするつもりだ。だけど、当然もう一人はそれを認められない。

「...あたしなら、ある程度魔力の知識もあるし、力も残ってる。」

「それでも...!」

「それに、狙われてるのはその勾玉なんだよ?かやちゃんは、逃げて。」

「っ.....!」

  分かってる。どちらかが犠牲にならなければ逃げる事もできない事など。だからこそ、少女は納得したくなかった。

「...お願い。絶対に、死なないで...!」

  いつもは、素直に言えず、拒絶のような言葉を言ってしまう少女は、その時だけ、素直にそう言った。

「あはは、かやちゃんが素直になったの、初めてだね。」

「う、うるさいわね!私だって時と場所は弁えるわよ!」

  やっぱり素直になれない少女に、もう一人は笑顔になる。

「...うん!かやちゃんに応援されたなら、なんだってできるよ!」

「...なら、後は頼んだわよ...“薔薇姫(ばらひめ)”。」

  そう言って、少女は背を向け、再び走り出した。





「.....なーんて、強がってみたけど...。」

  残った少女は今まで見せた事のないような真剣な顔になり、森の奥を見つめる。

「...ここまでのピンチ、昔でもなかったなぁ...。」

  レイピアを構え、一つの油断もなく構える。

「...いい加減、出てきなよ。」

  少女は森の奥にいる“存在”に話しかける。

「魔法...それもあたしの知らない魔法を使う輩...か。」

  先程から使われていた魔法は、少女も知らない魔法だった。だからこそ、少女は隙の一つも見せることができない。

「...分かってるよ。目的はあの勾玉...でしょ?」

  森の奥から返ってきた返事に、そう答える少女。

「...ふぅん。勾玉と一つになった“アレ”さえ手に入れば他はどうでもいい...か。」

  森の奥を見つめる少女が目を細める。

「そんなの、当然させる訳ないでしょ?」

  “どうしても欲しいのなら”と少女は区切り、

「力を失ってなお、吸血鬼としての力を振う薔薇姫(あたし)を倒してからにしなよ!」

  赤い瞳を爛々と輝かせ、はっきりとそう告げる。

「古くから語り継がれてきた陰陽の力、見せてあげる!」

  そう言って、少女は森の奥にいる“敵”に向かって、駆けだした。







「(....誰か....。)」

  逃げ続ける少女は、足止めをしてくれる彼女を思い浮かべながら、祈る。

「(私を...ううん、あいつを、助けてあげて...!)」

  素直に言葉には出せなくても、少女は彼女の身を案じる。

「(力を失った私の代わりに....どうか....!)」

  森をついに抜け、拓けた場所に出る。

「.....神.....社......?」

  息も絶え絶えに辿り着いたそこは、そこまで大きくない神社だった。

「(お願い....誰か.....。)」

  いないのは分かっている。だけど、少女は昔仕えていた主の事を求めた。きっと、“あの子”なら真っ先に助けに来てくれるだろう...と。

「(....あはは....なに思ってるんだろう...私...。)」

  ふらふらと、体力にも限界を感じ、神社の縁側に倒れこむように乗る。

「....誰か...助けてよぉ.....!」

  今までにもたくさん危険な事はあった。だけど、今回ばかりは少女の精神はだいぶ追い詰められていた。
  衰弱しきった力。訳も分からずに襲ってくる何者か。そして、足止めのために犠牲になった数少なくなった(・・・・・・)友人の一人。
  その全てが少女の精神を蝕んでいた。弱気になるのも無理はない。

「(誰かぁ...お願い.....。)」

  体力を使い果たしたからか、縁側の板を涙で濡らしながら少女の意識は闇に沈んだ。











       =優輝side=



  ....はて、僕はなにをしているのだろう?

「お兄ちゃーん!待ってよー!」

  状況を確認しよう。今日は土曜日。時刻はまだ朝で、現在位置はあまり通る機会のない道。休みだから学校とかは問題ない。宿題も終わらせてある。
  ...いや、そこではなくて...。

「いきなりどこに行くのー!?」

  そう。今僕が向かっている場所。それは僕にもよくわからない(・・・・・・・・・・)

「いや、何か助けを求められた気がして...。」

「助けが?」

  感覚的というか、無意識というか...とにかくよく分からないが、助けを求める“意志”が感じられた。

「何か...導かれてる気がするんだよね...。」

「導かれてる?...なんか怪しい予感が...。」

  それは僕も理解している。だけど、なぜか向かわなくてはいけない気がした。





「...ここ?」

「多分...だけどね。」

  感覚だけで辿り着いた場所は“八束神社”。海鳴市でも有名な神社で、夏には祭りを開催したりもする。

「神社に導かれたって...なんだろう、神様関連?」

「...だとしても、行くしかないだろうね...。」

  石段を上り、境内に入る。

「....あれ...?」

  石段を登り切り、最初に見たのは...。

「あ、おはようございます。」

  セミロングの茶髪の巫女さんと、その傍らにいる子狐。そして、彼女に介抱されている明らかに弱った勾玉の首飾りを付けた狐だった。

「おはようございます。...あの、その狐は...。」

「朝、ここに来たら縁側に倒れていたの。一応、命の危険はなさそうだけど、目覚めなくて...。」

  反射的に、最近使えるようになった解析魔法を掛ける。

「(身体衰弱...生命を維持するための仮の姿?...霊力不足による気絶状態?)」

  どうやらただの狐じゃなさそうだ。...というか、霊力ってなに?

「(...でも、なんとなく、分かる。僕が導かれたのは、この狐だ。)」

  無意識に狐に近づく。そして、優しく狐に触れる。

「....“譲渡”。」

  狐が淡い青色の光に包まれる。突然の事に巫女さんも緋雪も...それとおそらく子狐も驚いているけど...僕自身、無意識だったから驚いている。

「(...なんで“霊力”持っててそれが渡せるの?)」

  これも以前に見たステータスのアビリティのせいだろうか?

「っ.....。」

「あ、起きるかな?」

  巫女さんが僕のやったことを聞こうとしたが、狐が目覚めそうになってそれを取りやめる。

「....っ!?」

「っと?」

  狐は目覚めた瞬間、辺りを見回して僕らを認識し、すぐさま縁側に置かれていた木製の弓と矢筒を器用に引っ掛けて持ち、僕らから距離を取る。

「....あのー、あの弓矢は?」

「えっ?あ、確か狐と一緒に縁側に置いてあったんだけど...。」

  ...つまり、あの狐の物か。

「......。」

  凄い敵意を抱いて僕らを見てくる。

「くぅー....?」

「あっ、久遠...!」

「っ......。」

  子狐の方が狐に近づいていく。狐の方はやはり警戒しているようだ。

「....くぅ、仲、間...?」

「えっ?」

「うん?」

  あれ?この子狐、喋らなかった?

「あ、ちょっ、久遠!人前で喋らないようにって....あ。」

「.....。」

  うん。この巫女さん、墓穴掘ったね。

〈『ちなみに元々タイミングを見計らって私達から教えるつもりでした。』〉

「『あ、気づいてたんだ。』」

  さすがリヒトとシャル。

「っ...(あやかし)!?まさか、こんな所で...!」

「おっ?」

「えっ....?」

  子狐が喋った事に驚き、いきなり少女の姿を取り臨戦態勢に入った元・狐。
  少女となったその容姿は、ふわっとした茶髪のストレート。肩の部分が紐で編んだだけで露出している水色の和服。それを、真ん中が赤色の青い帯で締めており、腰には大きな青いリボンがある。そして主張するかのようにある狐の耳と大きな尻尾というモノだった。首には狐の時にもあった紫色の勾玉の首飾りが掛けられている。白い足袋と草履を履いており、和風っぽさを彷彿させる。
  身長は150㎝ぐらいだろうか?...まぁ、何が言いたいかというと、緋雪や司さん達のように“美少女”だった。

  ....別に、やましい意味で言ってる訳じゃないからね?

「....狐の姿を取ってる事から妖狐辺り....いえ、まさか管狐?」

  矢をいつでも番えるように警戒しつつ、何か分析している少女。

「...そもそも、(あやかし)なら人間と一緒に居るのがおかしい...か。」

  “それに”と言いつつ、もう一度僕らを見る少女。

「...あなた達はあいつらの仲間でもなさそう...ね。」

  そう言って、ようやく弓を降ろして警戒を解く。

「...勘違いして悪かったわね。少し、聞きたい事があるわ。」

「....僕らも色々聞きたいから、いいよ。」

  魔力は感じられない。でも何かしらの“力”は感じられる。おそらくこれが“霊力”なのだろう。そして“あいつら”というワード。気絶していたのに関係あるのだろう。

「まず、私に霊力を分けてくれたのは、そこの貴女?」

「えっ?私は手当しただけで、霊力を渡したのは....。」

「僕だ。...と、言っても感覚だったから良く分からなかったけど。」

  なぜ霊力が渡せたのかも分からない。...なぜかできたって感じだし。

「.....確かに、貴方からは霊力が感じられるし、“繋がり”があるわね。」

「繋がり?」

「霊力を与えてる者と与えられてる者の間にある繋がりの事よ。他に呼び方がなかったからそう呼んでいるわ。」

  つまり、魔力で言うパスみたいなものか。

「とりあえず、名前を教えてくれないかな?僕は志導優輝。こっちは妹の緋雪。」

「...私は草祖草野姫(くさのおやかやのひめ)よ。...かやのひめと呼ばれてるわ。今はかやのひめの方が本名みたいなものだから、そっちで呼んで頂戴。」

  ...どことなくアリサちゃんに似た声と雰囲気だな...。

〈草祖草野姫....日本神話に登場する草の神ですね。〉

「「「か、神様!?」」」

〈暇だった時に色々と知識を蓄えていたのでその時に知りました。〉

  僕、緋雪、巫女さんが同時に驚く。...巫女さんの場合はリヒトが喋った事にも驚いていたけど。

「...それ、まさかだとは思うけど方位師の媒介道具じゃないでしょうね...?」

「方位師....?」

「あー、なんでもないわ。忘れて。」

  また知らない単語を...。霊力とかからイメージすると、どうも陰陽師を連想するけど、これは全然分からないな...。

「(...もう、いる訳ないのに、何言ってるのかしら。私...。)」

「あ、えっと...私は神咲那美(かんざきなみ)。それで、こっちの狐は久遠。」

「くぅ。」

  遅れて自己紹介する巫女さん。子狐も可愛らしく鳴く。

「...その子は管狐なの?それとも....。」

「えっと、一応久遠は妖狐...かな?」

「....?釈然としないけど、妖狐なのね?」

「....実は、元祟り狐だったり...。」

  その答えに驚愕の目で子狐を見るかやのひめさん。

「元....ね。なら別にいいわ。」

  もし元ではなかったらどうしたんだろうか...?
  ...それにしても、海鳴市って結構魔窟だよなぁ...。どうしてこう、摩訶不思議な事ばかり起きるのだろう....。

「....そろそろ私の事を話すべきね...。」

「「「.......。」」」

  かやのひめさんの言葉に、僕らは息をのんで聞く。





「―――...と言う訳よ。後はあなた達の知っている通りよ。」

  かやのひめさんの話を要約すると、こうだ。
  かやのひめさんは江戸時代の時まで栄えていた“陰陽師”の式姫と呼ばれる(よくある式神みたいなもの)者として存在しているらしい。ただ、江戸時代末期には陰陽師や陰陽師の敵となる(あやかし)はほとんどいなくなり、かやのひめさんを含めるほぼ全ての式姫が力をなくし、ほとんどが式姫になる前に居た“幽世(かくりよ)”に還ってしまったらしい。
  草の神故か、今まで生き残っていたかやのひめさんは、昨日、よくわからない結晶のような物を拾い、それが今首に掛けている勾玉と一つになってしまったとの事。さらにその夜にそれを狙って何者かが襲撃してきて、その足止めとしてその時一緒にいた“薔薇姫”という少女が残り、命からがらこの神社まで逃げてきたらしい。
  ...所々、ツンデレみたいなキャラが混じった事でかやのひめさんの性格が大体掴めた気がする...。

「...襲撃者と結晶...か。」

「お兄ちゃん、まさかだとは思うけど....。」

  緋雪も同じような事を考えているのか、同時に口に出す。

「「....まさか、魔法関連...?」」

  襲撃者=魔導師で、結晶=ロストロギア辺りだと妥当すぎる。

「魔法...あいつも言っていたけど、それが関係しているのね...?」

「確信はないけど...。」

「そうとしか考えられないというか...。」

  たて続きに色々と巻き込まれてるな。僕らは。

「魔法関連なら...僕らが協力するべきだな...。」

〈...あの、その事についてなんですが...。〉

  考えを巡らそうとした僕にリヒトが言ってくる。

〈...当事者のかやのひめ様はともかく、神咲那美様は魔法の事を知っていいのですか?〉

「....あっ。」

  そういえば、魔法って隠蔽するべき事なんだった...!

「えっと...つまり、退魔士と似たようなものなのかな?」

「退魔士って言うのはよく知りませんが...世間にばらしてはいけないというのならばそれで合っています。」

  そういえば、この子狐...久遠も喋ってたっけな。退魔士...なるほど。やっぱり海鳴市は人外魔境だな。ここまで色々な存在が集まるとは。

「...うん。わかった。こういうのは秘密にするべきだもんね。」

「分かってくれて助かります。」

  さて、問題はかやのひめさんの方だけど...。

「...リヒト、何か分かる?」

〈勾玉と融合しているモノは勾玉そのものに何かしらの力が憑いているのか、はたまたただ解析しづらいのかは分かりませんが...デバイスに近い反応としか分かりません。〉

〈私も同じ結果です。〉

  リヒトとシャルでも分からないのか...。

「...この勾玉には私の力というか...私の霊力が篭ってるから...。」

〈なるほど。それで解析ができなかったのですね。〉

  霊力と魔力だと互いに邪魔しあうみたいだな。...反発する訳じゃなさそうだけど。

「...私としては、この勾玉の事より、あいつを助けてほしいのだけど...。」

「...そうだね。ロストロギアにしろただのマジックアイテムにしろ、助けないといけないもんね。」

「でも、どこにいるのか...。」

  そう。どこにいるのかが分からないから、今の所受け身な行動しか取れないんだよね...。

「......ん?」

「どうしたの?お兄ちゃn...あれ?」

  何かの気配を感じた。緋雪も感じたみたいでキョロキョロと見回す。見れば久遠も動物特有の察知能力で感づいているみたいだ。

〈っ!来ます!結界です!〉

  辺りの雰囲気が変わる。...これは、閉じ込めるタイプの結界か!

「...力を失ったせいか、こんなにあからさまな術の行使にも気づけないなんて...。」

「魔法だから..かもしれないけどね。」

  かやのひめさんは動物そのものじゃないから久遠のように感づけなかっただけで、“魔法”として気づけたのは僕と緋雪だけだろう。

〈...封鎖結界...これは、逃げられませんね。〉

「なら、倒すしかない...か。」

  上空を見ると、いつの間に現れたのか、数人の人影があった。

「っ....!薔薇姫っ!」

「彼女が....?」

  複数ある人影の中に、一人だけ足を掴まれてぶらさがっていた。
  右のサイドポニーの銀髪で、内側がピンク色のボロボロの黒い外套を纏い、その外套を留めるように菫色のリボンを胸元に付けている。内に来ている服は女子高生の制服のような茜色のスカートと白いシャツで、菫色のリボンが巻かれた黒いショートブーツを履いていた。
  ....ただし、ボロボロになり、折れたレイピアを持って気絶していた。...いや、ほぼ死んだも同然だ。そこまでボロボロになっている。

「薔薇姫ぇっ!!」

  かやのひめさんの悲痛な叫びに、奴らはにやけながら彼女を投げ...





   ―――容赦なく魔力弾をぶつけた。



「っ....ぁ....!」

「あいつら....!!」

  魔力弾により吹き飛ばされた彼女は、ちょうど僕達の所に飛んでくる。かやのひめさんがそれをキャッチし、緋雪は奴らに対して怒る。

「落ち着け...。」

「でも....!」

  僕だって憤ってるのは変わりない。僕も奴らを睨むと、奴らはにやけながら、

「ほらほらどうしたぁ?感動の再会だぜ?」

「ま、犬死にしてるけどな!ぎゃはははは!」

  ...あいつら...!そんじょそこらの盗賊みたいな喋り方が余計癪に障る...!

「っ....!あんたたちねぇっ!!」

  怒りに任せ、かやのひめさんが何かしらの力(おそらく霊力)を込めた矢を奴らに向けて放つ。

「おっと、危ない。」

「っ....。」

  しかし、それは余裕を持った防御魔法で防がれる。

「ふはははは!無様だなぁ?必死に逃げて、友人サマを犠牲にしたのに、こんな所で追い詰められて、渾身の一撃も防がれたんだからなぁ!」

「っ...く....!!」

  バカにされてかやのひめさんは悔しさに俯く。

「なんなのよ...なんなのよアンタたちはぁっ!!」

  ボロボロになった薔薇姫さんを抱きしめながらかやのひめさんは叫ぶ。

     バシュッ!

「うをっと!?」

「お、お兄ちゃん!?」

  ゲラゲラ笑っていた一人に向けて、無言で魔力弾を放つ。

「...緋雪、他の三人を護ってて。」

「え、あの、お兄ちゃん...?」

  緋雪が僕を心配してか声を掛けてくるが、無視して前に出る。

「あー?なんだぁ?魔導師もいたのかよ?」

「......。」

  ...まだ、かやのひめさんとは会ったばかりで、よく知らない。薔薇姫さんもかやのひめさんから話に聞いただけだ。

「あ、貴方....?」

「..........。」

  相手は典型的な盗賊のような魔導師。...直感で分かったけど、こいつらは本当にありがちな犯罪グループかなにかだろう。

「......っ.....!」

  だけど、こうしてかやのひめさんの友人である薔薇姫さんが踏み躙られ、奴らは僕らを貶すように嗤い、かやのひめさんは薔薇姫さんが犠牲になった事...そしてなによりも自身が無力で何もできない事を悔やんでいる。





   ―――理由はそれだけで十分だろう?





「僕は...あいつらを倒す!!」

  至極単純な事だ。自分勝手だけど僕の怒りをあいつらにぶつけてやる!!

「お前らのしでかした事、この場で償え!!」

  そう言って僕はリヒトを剣型にして構えた。







 
 

 
後書き
今回はここまでです。
かやちゃ<ドッ!>...あ、なんでもありません。

かくりよの門....知ってる人、この小説を読んでくれている人でどれくらいいますかね...。一応、元ネタは知らなくても大丈夫ですけど...。
あ、かやのひめの声のイメージは釘宮さんです。(王道ツンデレだから) 

 

第16話「大苦戦」

 
前書き
明けましておめでとうございます。新年初の更新です。

盗賊グループの名前が思いつかない...。テキトーでいいですかね?

 

 


       =優輝side=



〈マスターの魔力ではおそらくどう足掻いても多勢に無勢です。〉

「『分かってる!そのため(・・・・)の魔法があるんだろ?』」

  リヒトの忠告を受けながら、僕は奴らの下へと跳ぶ。

「バカめ!正面から突っ込んでくるとはな!」

  そう言いながら、奴らの一人が魔力弾を撃ってくる。

「っ、邪魔!」

  剣型になっているリヒトで、魔力弾を斬り伏せる。リヒトはアームドデバイスで頑丈だから、魔力を込めなくとも魔力弾を斬れる。

「(創造開始(シェプフング・アンファング)。)」

   ―――構成術式、解明。

   ―――魔力波長、解明。

   ―――波長・術式、変換。

   ―――魔力吸収、完了。

「リヒト!」

〈身体強化ですね。〉

  斬った魔力弾の魔力を吸収し、それをそのまま身体強化に回す。

「ぜぁっ!」

「ふん。」

     ギィイン!

  足元に魔力を固め、それを足場に思いっきりリヒトを振るも、防御魔法に防がれる。

創造開始(シェプフング・アンファング)!」

  しかし、その防御魔法の術式を解析し、切り裂く。当然、防御魔法の魔力も吸収しておく。

「なっ!?」

「堕ちろっ!」

  油断して隙を晒したところを容赦なく叩き落すようにリヒトをぶつける。

「まず、一人!」

  そのままもう一人に斬りかかる。

「くっ、舐めやがって!」

  ようやく僕をちゃんとした敵と認識したのか、周りの奴らも魔力弾を撃ってくる。
  さすがに数が多いのでリヒトで斬り伏せる事はできない。

「なら....!」

  薄く魔力を放出し、魔力弾の術式を解析する。

「そらっ!」

  魔力弾の軌道を読んで、当たりそうな魔力弾のみ術式を弄って逸らす。

「『リヒト、大気中に散らばった魔力でいくつ魔力弾が生成できる?』」

〈一つがギリギリです。それ以上は威力がなくなります。〉

「十分!」

  砂をかき集めるようなイメージで大気中の魔力で魔力弾を作る。

「ハッ、魔力弾一つで何ができる!」

「こうするん...だよ!」

  奴らの一人に斬りかかる。防御魔法に防がれるが...。

     ギギィイン!

「ぬぅっ!?」

「変則型二刀流、味わえ!」

  魔力弾を剣の形に変え、それを操りながら二刀流で攻める。

「....ふん。どうってことないな。」

「っ...!くっ...!」

  正面と真後ろからの同時攻撃を仕掛けたりするが、やはり手練れらしく、あっさり対処される。攻撃力に欠けるか...!

「ほらよ!」

「くっ....!っ、がぁっ!?」

  魔力弾を躱そうと、体を動かした瞬間、下から飛んできた砲撃魔法に掠り、ダメージを受けてしまう。

「あの程度で仕留めれたとでも思ったか?」

「ぐっ...はぁっ、はぁっ、はぁっ。」

  まずいな...。僕は防護服があまり頑丈じゃないから、掠っただけで相当ダメージを喰らってる...。奴らは、一人も倒せていないし...。

「(だけど、辺りに魔力が溜まっている...。これなら!)」

  思考中に迫ってきていた魔力弾を蹴り、その反動で地面に向かって跳ぶ。

「(波長、解析。同調、把握。)...大気魔力、固定!!」

「ぐぅぅっ....!?」

  空間が固定されたかのように、奴らの動きが止まる。

「っ.....!」

  ただし、大気中の魔力を固定するという荒業だ。リヒトを介してさえ、膨大な情報量が頭を巡り、脳が焼き切れるような痛みが走る。大気中の魔力を集めるならまだしも、完全に固定するのは骨が折れる...!

「っ...緋雪...攻撃、してくれ...!」

「わ、分かった!」

  他の三人を防御魔法で護っていた緋雪が、魔力弾を大量に放つスターボウブレイクで攻撃をする。これなら...!

〈ダメです!魔力を固定していたので、大した威力が...!〉

「しまっ...!?」

  そうだった...!大気中の魔力を固定しているという事は、固定している場所そのものが防御魔法に近い存在になる。それじゃあ、あまりダメージが...!

「よくもやりやがったなぁあああ!!」

「くっ....!」

  一人が緋雪の魔法で発生した煙幕から飛び出してくる。とにかく迎え撃とうと、僕が剣を構えなおした瞬間....



     バチィイッ!!



「がぁっ!!?」

「....えっ?」

  いきなり閃光が走り、襲い掛かってきた男が倒れる。

「あ、あんた、そんな事もできるのね...。」

「くぅ....これくらいなら。でも、お腹空く....。」

  ふと後ろを見れば、見覚えのない巫女服姿の少女が、掌から電気を迸らせた状態で立っており、それをかやのひめさんが驚いた表情で見つめていた。

「(...よく見れば、狐の耳と尻尾?...まさか、久遠か?)」

  見れば子狐の姿がない。...まぁ、強いのなら逆に助かるからいいんだが。

「お兄ちゃん、お兄ちゃんだけじゃ、さすがに勝てないよ...。」

「...分かってる。だけど....。」

  悔しそうにしているかやのひめさん。ボロボロで、既に生きているのかも分からない薔薇姫さん。...会って一日どころか数時間も経っていないけど、酷い目に遭っている二人を僕は見過ごせないし、奴らは許せない。

  ...偽善者だと言われるような行為だろう。魔力どころか多勢に無勢だ。こんなのは勇敢や蛮勇を通り越して愚かの一言でしかない。

「...でも、目の前で今まさに困っている人を放っておける程、腐った性根は持ってないんだよ...!」

「お兄ちゃん....。」

  変にトリッキーな動きをしても圧倒的物量で正面から叩き潰されるだけだ。なら、応用を利かせる程度で、錯乱しながら一点突破、一撃でなくても必殺で行く!!

〈...今回は付き合ってあげます。ただ、無茶はしないでください。〉

「承知の上だ!」

  地面を蹴り、一気に空中の奴らの間合いを詰める。

「(生半可に攻めても無駄。だったら、僕だけの技術じゃない。恭也さんや、導王流を...!)」

  足元に魔力を固め、それを足場に跳び回る。

「(恭也さんの使っている御神流の技の一つ、あの衝撃がそのまま腕に響いた技。あれはおそらく、衝撃を徹す技なのだろう。なら、僕でも再現自体は...可能!)」

  後はそれを魔法に応用するだけ。錯乱するように跳び回り、一人に狙いを付けて...斬る!

「ぐぅ...!?」

「(まだだ!今のは、できていない!)」

  杖型のデバイスに防がれたのを認識した瞬間、その場から飛び退き、またもや跳び回る。常に動き、相手に動きを読まれないように絶えず変化させ続けないとな。

「もう...一度ぉっ!!」

  今度は正面から突っ込み、防御魔法を張らせた上で斬りかかる。

     ガィイイイン!!

「ガァッ....!?」

「(手応えアリ!成功だ...!)」

  魔力の衝撃がそのまま防御魔法をすり抜け、相手の腕にダメージを与えたのを確認し、思わず口端が吊りあがる。

「っらぁっ!!」

「ガフッ!?」

  ダメージと動揺で隙ができた相手の胸を肘鉄で思いっきりどつく。魔力もしっかりと込めてあるので、ダメージもでかいはずだ。

「っせあっ!」

「ぐっ...!?」

  そのままもう片方の手で肩を掴み、倒立するようにして後ろに回り込みながら後頭部に膝蹴りをかます。それでようやく一人を倒す事ができた。

「次...!」

  格下の相手に一人とはいえ簡単にやられた事に、ようやく奴らに明確な隙ができる。

「スカーレットアロー!!」

「ぐぁあっ!?」

  次の相手に向かおうとした瞬間、下から赤い魔力の矢が飛んできて一人を撃墜する。

「『お兄ちゃん!援護なら任せて!』」

「『緋雪か!?分かった。そっちも狙われるから気を付けて!』」

  緋雪の今の魔法なら、防御の上からでも奴らを牽制or撃墜する事はできるからな。
  ...懸念するのは、かやのひめさんの護りが薄くなる事だが。

「『早速、スターボウブレイクで撹乱してくれ。』」

「『わかったよ。』スターボウブレイク!」

  色とりどりの大量の魔力弾が、下から飛んでくる。それを奴らは防ぐか避けるかして凌ぎだす。

「だけどそれは、隙だらけだ!」

  魔法の特訓で散々緋雪のスターボウブレイクを見た僕は、すいすいと弾幕の中を跳んでいく。偶に当たりそうになる魔力弾は、事前に察知して逆に僕の魔力へと変換する。

「はぁっ!」

「くそ...うっとうしい!」

  避けまわっていた一人に斬りかかり、動きを止めさせる。

「(攻撃自体は防御魔法で受け止めたけど...それは悪手だ!)」

  あっという間に防御魔法の波長などを解析し、切り裂く。

「しまっ...!?」

「堕ちろ...!」

  緋雪の弾幕に身を晒し、僕の斬撃で無防備になったその体に直接魔力の衝撃を撃ちこむ。

「かはっ....!?」

  地味に今までの僕の攻撃の中で一番の威力を発揮したらしく、一撃で倒す。

「つg<ドォオオン!>っ、なんだ!?」

  次の相手に移ろうとした瞬間、下から爆音が聞こえてきて動きを止めてしまう。

  ...見れば、スターボウブレイクの魔力弾が消えている。

「緋雪っ!?」

「隙だらけだ!」

「くっ....!」

  おそらく緋雪に向けて魔法が放たれたのだと思い、動揺する。その隙に剣型のデバイスを持った奴に阻まれ、身動きが取れなくなる。

「邪魔を...するな!」

「ぐっ...!?」

  恭也さんの剣捌きを見た後であれば、今の相手の剣筋など簡単に見切る事ができる。
  あっさりと剣を受け流し、針状にまで鋭く高密度に固めた魔力弾を刺す。

「術式破壊!」

「なっ....!?」

  針状にまで鋭くした事でバリアジャケットを貫いたその魔力弾は、魔法術式を破壊するための術式を上手く組み込んである。それが機能すれば、相手の魔法は一時的に全て破却される。
  ...つまり、バリアジャケットや飛行魔法でさえ消したという事だ。

「緋雪ぃいいい!!」

  相手が驚愕している隙に、未だに砂煙が立ち込めている場所へ、僕は跳ぶ。

「っ....!?」

「っぁ...お兄、ちゃん....。」

  しかし、時すでに遅く、リーダー格の男...他の奴らよりもガタイの良い男が、緋雪の頭を鷲掴みにした状態...つまり、人質にとっていた。

「....雑魚の割には随分とやってくれたなぁ?」

「くそ...お前...!」

「おっと、動くなよ?動けばこいつの頭は....。」

  “グシャッ”と、もう片方の手で表す男は下劣な笑みを浮かべてそう言う。
  他の奴らも、余裕綽々なのか、僕らを嘲笑っている。

「ひ、卑怯よ!」

「あん?卑怯だぁ?ハッ、手前で巻き込んでおいてよくそれが言えるなぁ、おい?」

「ぐっ....!」

  かやのひめさんに対してバカにするようにそう言う。

「...戦いの場で、卑怯とかは言うつもりはないけど...。」

「ないけど、なんだ?」

  ニヤニヤしながら僕を見てくる男。...うざいな。だけど今は我慢だ。

「人の妹に何してくれてんだ。この野郎。」

「ほう?てめぇの妹ちゃんか。...で、どうするんだ?」

  未だにイラつくような笑みを張り付けてそう言ってくる。
  ....ああもう、なんていうかさ....。



「―――とりあえず、僕の妹舐めんな。」



「あん?」

「っ...うざったい!」

「ぐぅっ....!?」

  頭を掴まれ、ぶら下がっていた緋雪が、いきなり掴んでいる腕を逆に掴み、体を振り子のように振って蹴りを男に叩き込む。

「なんだ...!?この馬鹿力は...!?」

「ああもう!髪の毛がぐしゃぐしゃだよ!直すの大変なのに!」

  防御魔法の上からでも届いた威力に、戦慄する男と、髪がボサボサになって嘆く緋雪。

「緋雪の力を侮ったね。大方、小さい少女だと思って油断してたんだろ?」

「くっ....。」

  緋雪を人質にするのなら、魔力で身体強化しておくべきだったからな。

「ちっ...管理外世界にこんなのがいるなんて聞いてねぇな...。だが。」

「きゃっ!?」

  いきなり後ろから声が聞こえる。

「かやのひめさん!?」

「おっと、よそ見してていいのか?」

「っ....!」

  つい後ろを向こうとして隙を晒してしまう。それを突いて男が斧型のデバイスで攻撃してきたのを、ギリギリ受け流して凌ぐ。

「うちには優秀な暗殺係がいてなぁ...。短距離転移なら防御魔法の中にも可能なんだよ!」

「くっ....。そう、言う事か...!」

  攻撃をしながら男はそう言ってくる。その言葉に納得した僕は、かやのひめさんがやばいのだと心の中で大いに焦る。

「くぅっ!」

「ダメっ、久遠!」

「っ....!」

  久遠がかやのひめさんを助けるために動こうとするも、神咲さんが人質に取られる。

「(まずい...!まずいまずいまずいまずい!!)」

  一気に状況が悪化していく事に、僕はさらに焦る。

「そらっ!」

「しまっ...!ぐぅ...!」

  さらに、受け流すのに少し失敗して、久遠のいる所まで後退する。

「終わりだ!」

「させないっ!」

  体勢を崩し、隙だらけな僕を男はトドメを刺そうと斧を振う。だけど、それをなんとか緋雪が杖で防ぐ事で凌ぐ。

「(落ち着け!考えろ!状況は神咲さんが人質。かやのひめさんは戦力外レベルまで弱っている。薔薇姫さんは生死不明。久遠は神咲さんが人質に取られて実質戦闘不能。僕はそんな久遠のいる所まで追い詰められている。唯一奴らと対等に渡り合える緋雪も経験不足で多勢に無勢だ...!)」

  一通り状況を確認し、一言に纏めると...。

「(絶体絶命の大ピンチ....!)」

  第一に神咲さんが人質に取られている時点で僕らに勝ち目はない。どうすれば...!

「(“創造”の魔法でどうにか...できるのか?)」

  辺りの地形と奴らの配置と知っているだけの特徴を照らし合わせ、打開策を練る。

「(いや、やるしかない。相手は生死構わずに襲ってきてるんだ。できるかできないかなんて気にしてられない!)」

  悠長な事は考えてられない。最速で、最善で、脳を焼き切ってでもこの場を打開できる策を考えつけ!

「(制限時間は高く見積もって緋雪が戦闘不能になるまで。それまでに策を...!)」

  辺りの状況と僕のできる事を照らし合わせる。

「(最優先で助けるべきなのは神咲さん。人質がいなくなれば一瞬でも時間に猶予ができる。次に優先なのはかやのひめさん。狙われているうえに戦闘ができない。今だってギリギリ逃げているみたいだし、早く助けないと...。)」

  久遠と緋雪は最悪自分で何とかできると踏み、次にどうするか模索する。

「(この状況を打開できるとしたら、“創造”の魔法か未だよくわからない導王流...。)」

  この際、魔力は切れてもいいと仮定してできる限りの事はする...!

「きゃあっ!?」

「っ、緋雪!」

  ついに緋雪が一度こちら側に吹き飛ばされてくる。
  ...故意にこちらに飛ばしてきたという事は....。

「...ちっ、優位な立場だからって遊んでやがるな...?」

「おー、よくわかったなぁ?」

  相変わらずこちら側をバカにしてくるな...。

「(...牽制に十本。神咲さんとかやのひめさんを助けるのにそれぞれ三本は必要...か。)」

  目の前の男から意識を逸らさずに、この後どうするかを決める。

「(悟られたら全て台無しだ。最速...一瞬で投影をする!)」

  僕の“創造”は所謂fateの士郎の投影魔術に酷似している。しかも、士郎のよりも投影できる種類は多いし、燃費も多分いい。だから、それを上手く利用して...!

「(創造開始(シェプフング・アンファング)....!)」

  地上に降りている奴らにギリギリ当たらない角度に、神咲さんを人質に取っている奴の正面と死角に一つと二つ、かやのひめさんを助けるのに三本、一遍に剣を瞬時に投影する。

「っ!?なにっ?!」

「(今の内に神咲さんとかやのひめさんを...!)」

  予想通り少しばかりの隙ができた。この隙に必ず神咲さんとかやのひめさんを助け出すために意識を集中させ、思考速度を極限まで加速させる。



   ―――刹那、景色から色が消えた。



「(っぅぅぅ....!?)」

  頭が軋むように痛む。しかしその代わりにいつもより速く、そして早く動けるため、痛みを堪えて動く。

「(まず...神咲さん...!)」

  周りも僕自身もスローで動く中、距離的に近かった神咲さんを助け出すため、魔力で身体を強化して人質に取っていた奴を無理矢理吹き飛ばす。

「(次...!っ、ぐ、ぁあ...っ!?)」

  かやのひめさんを助け出そうとそのまま動こうとすると、思考を加速させたまま身体強化をした代償か、意識が薄れるほどの頭痛に見舞われる。

「(しまっ...!動きが...!)」

  モノクロでスローな世界が元に戻る。僕の体の動きも完全に鈍っている。まずい...!

「ぐ、ぅうううう!!」

「きゃっ!?」

  無理矢理体を動かし、何とかかやのひめさんを抱えて助け出す。

「ぐっ...がっ....!」

「あ、貴方....!」

  しかし、少し間合いを離した所で、僕は朦朧とした意識と頭の痛みに耐え切れず、地面を転がるようにこけてしまう。

「緋雪ぃっ!!」

「っ、“ツェアシュテールング”!!」

  僕の叫びに何をするべきか察した緋雪は、魔法を使って目暗ましをする。

「ぐ....くっ....!」

「貴方....。」

  体にガタが来たかのように動きづらい。だけど、そんな体に鞭打って僕は立とうとする。

「....っ、かやのひめさん?」

「...力を失った私でも、支える事は出来るわ。」

  今にも崩れ落ちそうな僕をかやのひめさんが支えてくれる。

「...ありがとう。」

「べ、別に何もできないのが悔しいだけで、貴方のためじゃ...。」

「とにかく、今の内に...。」

  ツンデレ的な発言があったけど今は気にしている暇はない。



「―――どこへ行くんだ?」



「っ....!?」

  移動しようとした瞬間、目暗ましとして立ち込めていた砂煙が切り裂かれ、リーダーの男が現れる。

「この程度の目暗ましで逃げられるとでも思ったか!」

「くっ....!」

  斧を振りかざすのを見て、咄嗟に回避しようとするが...。

「ぐぁっ....!?」

  無茶な動きをしたせいか、体が動かなくなる。
  くそ...リヒトに無茶するなって言われたのにこの様か...!

「(まずい.....!)」

  既に回避は不可能。せめてかやのひめさんを逃がすために突き飛ばそうとして...。





     ―――ドンッ!



「「―――えっ...?」」

  僕とかやのひめさん。二人揃って声を上げる。

  誰かに二人共突き飛ばされた。それは分かる。なら誰が?そう思って寸前までいた場所に目を向けると...。

「...薔..薇.....姫....?」

  絞り出すようにかやのひめさんがそう言う。
  そう。僕らを突き飛ばしたのは、薔薇姫さんだった。
  ボロボロで、生きているのか死んでいるのかすら分からないほどだった薔薇姫さんが、僕らを庇って斧に斬られていた。

「てめぇ、まだ生きていたのかよ...!」

「ふ、ふふふ...吸血鬼の頑丈さ。舐めないで...よ..ね....。」

  そこまで言って倒れる薔薇姫さん。

「っ、くそがぁああああ!!」

  脳が焼き切れんばかりの雄叫びを上げ、大気中の魔力と僕の魔力の全てを集中・圧縮。拳ほどの細さまで圧縮した砲撃魔法を放つ。

「なにっ!?これは...!」

  爆発音が轟き、リーダーの男を吹き飛ばす事に成功する。
  ...まだ、やられてはいないだろうが。

「ねぇっ!薔薇姫!返事をしなさいよ!ねぇ....!」

  かやのひめさんは倒れた薔薇姫さんに駆け寄り、必死に呼びかける。
  ...肩から腰までバッサリといかれたんだ。これじゃあ....。

「ごめ...ん....かやちゃ..ん...私、もう....。」

「嘘よ!死なないでよ!死んだら許さないわよ...!」

  いくら吸血鬼でも、生命力そのものがなくなったら死んでしまうのだろう。...僕から見れば、彼女の生命力はまさに風前の灯だった。

  ....つまり、もう、助けられない....!

「お願いよ...!死なないでよ...!これ以上、友人を失いたくないのよ.....!」

「かや....ちゃん....。」

  涙を流し、懇願するように言うかやのひめさん。

「大...丈夫....。あたしは...いつでもかやちゃんを、見守っているか...ら....。」

「薔薇姫?....ねぇ、薔薇姫...!薔薇姫っ!!」

  力なく頭が垂れる薔薇姫さん。



   ―――誰かが目の前で死ぬのは、誰だって見たくない。



  沸々と、怒りと悲しみ、そして悔しさの感情が湧き出てくる。

「嘘よ...う、そ....っ、ぁあああああああああっ!!!」

  泣き叫ぶかやのひめさん。灰になって崩れていく薔薇姫さん。



   ―――そして、相変わらず僕らを嘲る“敵”。



「(助けられなかった悔しさ?間に合わなかった悔しさ?...違う。)」

  もっと単純だ。人を踏み躙り、殺したこいつらが憎いだけだ...!

「....殺す.....!」

  体の痛みなんて知らない。この場の魔力を尽くしてでもこいつらを...!





   ―――そう考え、動き出した瞬間。







「.....フザケナイデ....!」

「ッ―――!!?」







   ―――僕よりも瞳に怒りを宿した緋雪の魔力が、爆ぜた。







 
 

 
後書き
今回はここまでです。

創造開始(シェプフング・アンファング)…解析魔法と魔力変換資質・創造を合わせた特殊な魔法。イメージとしては士郎の投影魔術に似ている。

さらっと神速擬きを使っている優輝ェ....。せ、設定的にはチートスペックだからいいですよね? 

 

第17話「悔しさ」

 
前書き
実は敵の犯罪グループは結構強いです。
大体、魔導師ランクで
リーダー:SS-ランク、その他:A~AAA-ランク
です。

先週の日曜に公開するのを設定し忘れていたので、今回は二話同時に公開します。
 

 


       =緋雪side=





   ―――目の前で、人が死んだ。



  厳密には人間じゃないけど、それでも目の前で誰かが死んでしまった。どこかで誰かがいなくなるなんて世界規模で見ればよくある事だけど、目の前なのは滅多にない。

「っ....ぁ....。」

  今日であったかやのひめさんの事は、よく知らない。薔薇姫さんに至っては話で聞いて、ついさっきボロボロの状態で出会っただけだ。
  ...それでも、目の前で死ぬのは嫌だ。

「(なん.....で.....。)」

  吸血鬼の特性からか、薔薇姫さんは灰になって崩れて行く。それを泣きながら抱えようとするかやのひめさんを見て、夢の中の“私”と“彼”と重なる。

「っ.....!」

  “私”とかやのひめさんの違う所は、“私”は狂気に堕ち、彼女は悲しみに暮れた。その違い。



   ―――狂ってしまった方が、マシ。



  大事な人が目の前で死ぬ。...“私”なら“彼”。かやのひめさんなら薔薇姫さん。私なら...お兄ちゃん。きっと、実際に起きたら私も心が壊れてしまうと思う。だから、そう考えてしまう。



   ―――だからこそ、許せない。



  薔薇姫さんを殺して嗤っているアイツらが。そんな奴らに勝てなかった私に。薔薇姫さんを助けられなかった私に。

「(...狂気には身を委ねない。でも、今回は怒りに身を委ねさせてもらう。)」

  未だに嗤っている奴らを見るだけで、今にもキレたくなる。



「.....フザケナイデ....!」

  ...少し、狂気が出てきてた。落ち着かないと...。

「....邪魔!」

  傍にいた敵を思いっきり殴る。油断していたのか、直撃して吹っ飛んでいく。

「(....よし、大丈夫。思考は落ち着いている。)」

  気分はそこまで高揚していない。むしろ、怒りで氷のように冷たくなっている。

「なっ!?こいつ...!」

  一人が砲撃魔法を放ってくる。

「...(シルト)。」

〈“Schild(シルト)”〉

  それを、あっさりと防御魔法で防ぐ。...冷たくなった思考だからか、いつもよりも上手く術式が組み立てられる。

「はぁっ!」

「......。」

  砲撃魔法を放った奴が回り込んでデバイスで殴りかかってくる。それを、私は横目で見るだけで後は防御魔法で防ぐ。

「....吹き飛べ!」

「がぁあっ!?」

  ツェアシュテールングで空気を爆発させ、敵を吹き飛ばす。

「“ロートクーゲル”!」

  赤い魔力弾を放ち、トドメを刺す。...別に、殺しはしてない。ちゃんと非殺傷設定にしてある。

「...シャル、行けるよね?」

〈お嬢様なら、どこまででも。〉

  ありがたい程に大した忠誠心だ。なら、やろうか。

「行くよ...“フォーオブアカインド”!!」

  大きな魔法陣が展開され、私が四人に増える(・・・)。フランのスペルカードが基になっている魔法なんだろう。
  魔力が四分の一にまでごっそりと減るが、気にしない。

「“過去を刻む時計”!」

「“カゴメカゴメ”!」

「“クランベリートラップ”!」

  本体の私以外の“私”が、それぞれ魔法を放つ。その間に、私はお兄ちゃんの下へと行く。

「...お兄ちゃん、もし、私が止まらなくなったら、よろしくね。」

「.....分かった。」

  私の意を汲み取ってくれたのか、頷いてくれるお兄ちゃん。

  ...これで心置きなく斃せる...!

「“禁忌《レーヴァテイン》”...!」

  魔法だと大剣程度だけど、スペルカードのつもりでレーヴァテインを展開する。...まぁ、単なる神社の境内一帯程度を薙ぎ払える(・・・・・)ぐらい大きな大剣を創りだしやすくするための言葉なんだけどね。

「さぁ...簡単に、コワレないでね?」

  弾幕で翻弄されている奴らへと、レーヴァテインを振りかぶる。





「.....あれ?」

  レーヴァテインを振った時に気付いた。奴らの数が減っている。おかしい。

〈お嬢様。結界が書き換えられ始めています。〉

「結界が?」

  見てみると、奴らは次々と転移魔法で逃げており、結界が私達を閉じ込めるものじゃなくなっている感覚がした。

〈...書き換えから、解く方に変えました。〉

「...奴らが逃げた事に気付いたのかな。」

  既に、奴らは全員逃げてしまった。弾幕に晒されている奴に転移魔法を使う暇はなかったはず。なら、バックに誰かが居たって事かな。

「みすみす逃した...!」

〈お嬢様...。〉

  分身した私達が魔力に戻って私に還ってくる。

「...ち..さいよ...!待ちなさいよ!返してよ!!」

  かやのひめさんが泣き叫ぶようにそう言う。

「薔薇姫を!私の友人を、返しなさいよっ!!」

「かやのひめさん....。」

「っ......!!」

  お兄ちゃんが心配するようにかやのひめさんの名を呼ぶ。
  ...私は、結局奴らを逃してしまった事が、悔しくて、悔しくて、ただ怒りに震える事しかできなかった...。





       =優輝side=



「くそ.....。」

  結界が解かれる。それと同時に、僕はその場に座り込む。
  頭が痛い。体も痛い。...でも、それよりも、奴らを逃した事が嫌だった。

「終わった....の?」

「くぅ.....。」

  神咲さんも座り込んでいる。久遠は...子狐に戻っていた。

「ぐすっ....ひっぐ.....。」

  かやのひめさんは、未だに薔薇姫さんが存在していた場所で泣いていた。
  ...誰も、彼女に話しかけない。そんな余裕もないし、何より、友人が目の前で死体すら残さずに消えてしまった事になった彼女に、声を掛ける事なんてできない。

「....リヒト...。」

「....シャル...。」

  僕と、僕と同じように怒りに震えていた緋雪が、それぞれのデバイスに声を掛ける。

〈...魔力波長は既に記憶済みです。〉

〈...いかがなさいましょうか?〉

  リヒトが僕に、シャルは緋雪にそれぞれ返事する。

「...一種の、復讐だよ。あいつらを何としてでも見つけ出して、然るべき償いをさせなきゃ。」

「それまでに、私達は強くなっておく。」

  どの道、奴らはかやのひめさんを狙ってきたんだ。また、現れるだろう。
  ...その時、絶対に捕まえてやる...!





「....優輝君、緋雪ちゃん....!?」

  唐突に、名前を呼ばれる。

「...司、さん....?」

  名前を呼んできたのは、司さんだった。見れば、バリアジャケットを纏っている。

「次元犯罪者が現れたから来たんだけど....これは...。」

  この場にいる人達を見渡しながら呟く司さん。

「...その犯罪者に、襲われたんだ。」

「っ、やっぱり....。」

  申し訳なさそうな顔をする司さん。...別に、司さんはなにも悪くない。責任を感じているだろうけど、どの道あいつらの所為には変わりない。

「えっと、時空管理局です。話を、聞かせてもらえますか?」

「あ...それ言うの忘れてた....。」

  金髪のツインテール...フェイト・テスタロッサもいたようで、僕らにそう言ってくる。

「...分かりました。」

「でもお兄ちゃん、他の人達は...。」

  神咲さんと久遠は大丈夫だろう。でも、かやのひめさんは....。

「...彼女に、なにがあったの?」

「...目の前で、大切な友人を殺されたんだ。」

  聞いてきた司さんに、簡潔に伝える。
  ...未だに、かやのひめさんは薔薇姫さんが持っていた折れたレイピアを握り締めている。

「...あの....。」

「...なによ。」

  テスタロッサさんが話しかけるも、何も受け付けたくないような声で返事を返す。

「...事情を聞きたいので、ついてきてもらえますか?」

「.....分かったわよ....。」

  心ここに在らずといった様子でついて行くかやのひめさん。

「...じゃあ、優輝君達もついてきてくれる?」

「分かった。」

「じょ、状況が上手く呑み込めないのだけど...。」

  僕と緋雪は大丈夫だけど、神咲さんは今日魔法に関わったばかりだからまだまだ戸惑っているみたいだ。

「えっと...さっきの戦いに関する事で、ちょっと事情聴取する感じです。それと、魔法は公にできないので、その事に関する事でも話があります。」

「なるほど...うん、わかった。」

  とりあえず、ついて行く事にしたみたいだ。

「では、転移しますね。」

  司さんとテスタロッサさんの転移魔法で、僕らはその場から転移した。





「ふわぁー....。」

  間の抜けた声を出しながら、辺りを見回す神咲さん。

「次元航行艦アースラという船です。...まぁ、地球からしたらSFですよね。」

「私、あまりSFには興味ないけど、それでも実際に見ると凄いなぁ...。」

  神咲さんの言い分は分かる。確かに圧巻されるな。

「........。」

  そんな会話の中でも、暗い雰囲気のかやのひめさん。

「(彼女にとって、司さん達は遅すぎた助け...か。)」

  間に合わなかった。その一言で片付いてしまうが、かやのひめさんにとっては致命的だった。目の前で親しい人が殺されるのは、誰だって堪えられない。

「(...あれ?そう言えば、管理局として司さんは来た。それとテスタロッサさんも。...だとしたら、もしかして...。)」

  ふと、気が付く。二人がいるのなら、転生者である織崎もこの艦に乗っている可能性がある。多分、嘱託魔導師になっているだろうし、この艦に乗っていてもおかしくはない。
  もしそうなら、かやのひめさんや神咲さんが魅了に掛かってしまう気が...。

「『司さん、司さん。』」

「『...?どうしたの?優輝君。』」

「『この前、すずかちゃんやアリサちゃんが魅了に掛からなくなるようにした魔法、使える?』」

「『魔法?...使えるけど...あ、そう言う事か。』」

  察しがいいのか、すぐ理解してくれた司さん。

「フェイトちゃん、ちょっと、先に行って艦長に報告しておいてくれる?」

「え?あの、別にいいですけど、どうして...?」

「ちょっと、心のケアが必要だからね...。同じ場所にいた人たちと一緒に、少し落ち着かせたいんだ。」

「あ....そう、ですね。では、先に行ってます。」

  適当に理由を考えて、テスタロッサさんを引き離す司さん。

「...あれ?フェイトちゃんも一緒の方が、魅了を解除できたんじゃ...。」

「いや、魔力が足りないよ。ナイス判断だったよ司さん。」

  未だに僕の魔力は足りない。あれからBランク程の魔力になったけど、最低でも発動にAAAランク分の魔力が必要なのだから、足りなさすぎる。
  しかも、魔力が多いほど効果が強くなるのだから、リヒト曰くAAAランク程の魔力の持ち主になると、SSランク以上の魔力が必要なようだ。...多すぎない?

「えーっと...こっちの部屋がいいかな?」

「結界は僕に任せて。リヒトとなら、余程じゃない限り、ばれないから。」

  司さんについて行って、一つの部屋に入る。

「あの...なにをするの?」

「...えっと...ちょっとした、加護を付ける、的な?」

「加護....?」

  まぁ、よくわからないだろうなぁ...。

「適当に腰かけておいてください。私が勝手にしますので。」

「は、はぁ...?」

  そう言って司さんは、以前のすずかちゃんとアリサちゃんの時のように祈りの体勢になる。

(そら)に祈りを捧げる巫女の願いを叶えたまえ...。〉

「汝らの御心を護りし加護を...。」

〈天駆ける願い、顕現せよ。“ Wish come true(ウィッシュ・カム・トゥルー)”〉

  聖女のような姿になり、神咲さん達が暖かい光に包まれる。

「.....これで、大丈夫です。」

「くぅ....ポカポカする...。」

「これが...加護?」

  神咲さんと久遠がそんな感想を漏らす。

「ぁ......。」

  かやのひめさんも、声を漏らした。

「....ねえ。」

「ん、なに?」

  かやのひめさんがいきなり僕に話しかけてくる。

「ちょっと、私と契約してくれる?」

「契約....?」

  さっきまでの暗い雰囲気がなくなってるのにも驚いたけど、契約というのも気になる。

「...この中でまともに霊力を持っているのは、貴方と彼女だけ。でも、彼女は既に妖狐がいるから、必然的に貴方と契約する事になるのよ。」

  ...緋雪と司さんは持ってないんだな。霊力。で、神咲さんは久遠がいるからダメだと。...神咲さんは久遠と契約的な事してなさそうなんだけどな...。

「でも、契約って、どうすれば....。」

「....ちょっと待って、何か、筆...書くものない?」

「書くもの?えっと....。」

  あ、今手持ちに何もないや。

「えっと、ペンなら持ってるけど...。」

  司さんがペンを持っていたらしく、差し出す。

「...床に描く事になるわね...。」

  紙も必要なのか...。...あ、そうだ。

創造開始(シェプフング・アンファング)。」

  魔法で適当に画用紙を投影する。一応、三人程乗れるくらいの大きさにしたけど...。

「あ、ありがと。...少し時間かかるから、ちょっと待ってて。」

  そう言って何かを書き始めるかやのひめさん。

「ここが確かこうで...あ、こうだったわね。」

「これは....五行の陣...?」

  五芒星のように描かれていくソレは、所謂魔法陣の陰陽版みたいな物らしい。神咲さんも見た事があるようだ。...僕はマンガとかでしか見た事ないけど。

「今は霊力不足だから簡易的なものしかできないけど...これでよし...ね。」

  しばらくすると、書き終わったのか、かやのひめさんが立ち上がる。

「貴方、霊力は扱え...ないわよね。」

「魔力ならできるけど...霊力はちょっと...。」

  扱った事がないし、霊力を渡せたのは無意識だったからね。

「...私から契約を持ちかける事で強制的に霊力を覚醒させるわ。心の準備はいい?」

「え、あ、うん...。」

  心の準備って...。...まぁ、覚悟はできた。

「陰陽の力を持ちし者よ...汝、我と契約を結ばん...。」

「.....。」

  五行の陣に立ち、かやのひめさんは言葉を紡ぐ。
  すると、かやのひめさんは淡い水色のような光を放ち始める。

「っ....?....これが...霊力?」

  体から魔力とは違う力が溢れてくる。

「そうよ。それが霊力。...量は“あの子”に遠く及ばないけど、純度は引けを取らない...いえ、同等ね...。」

「へぇ~....。」

  純度は高いんだな...。“あの子”って前の主の事か?

「後は契約を.....。」

「っとと...あ、繋がった。」

  霊力が少し二割程持って行かれる感覚がした後、かやのひめさんと何かが繋がった。霊力を譲渡した時にできたパスとは違う、契約らしい繋がりができた。

「...契約時に二割、後は一割分私に供給する感じでしばらくはいいわ。」

「これで契約完了...なのか。」

  これが霊力...ちょっと、興味があるな。

「あ、それと....。」

  かやのひめさんの胸元から浮き出すように、人型の紙が出てくる。

「私の型紙よ。」

「型紙?」

「そうよ。私は厳密には草祖草野姫本人ではなく、その分霊の一人みたいなものよ。...でなければ、神そのものを従える事になるからね...。これがあれば、少し離れていても呼び出せるし、私がどうなっているか分かるわ。」

「なるほど...。」

  漫画とかの陰陽師で言う式神の本体って所か?

「回復にはまだ時間がかかるけど、これで私もかつての力が取り戻せるわ。」

「そうなんだ。」

  それにしても、どうしていきなりこんな話を持ちかけたのだろう?

「...あの、さっきまで落ち込んでいたけど、大丈夫なの...?」

  緋雪も心配してかそう言って聞いてみる。

「...ええ。彼女の術のおかげか、暗い気持ちがなくなってるわ。少なくとも、後ろ向きな考えにはなりにくくなってる。..と言っても、悲しみが消えた訳じゃないわ。」

  司さんの魔法のおかげで立ち直れているみたいだ。さすがだな。司さん。

「それに、立ち直れたおかげで、今は悲しみよりもあいつらに報いを受けさせてやりたい気持ちの方が大きいわ。だから、貴方に契約を持ちかけたの。」

「なるほど....。」

  かやのひめさんの言う事はよくわかる。...むしろ、復讐と言ってないだけ優しいとも言えるぐらいだな。

「貴女も、ありがとう。」

「あ、うん...助けになれたのなら、私としても嬉しいよ。」

「そう...。もう、大丈夫よ。案内してくれるかしら?」

  既に立ち直ったかやのひめさんからは、しっかりとした決意が見られた。

「分かったよ。じゃあ、案内するね。」

「式姫...型紙かぁ...帰ったら、聞いてみようかな...?」

  司さんの案内について行く際、神咲さんがそんな事を呟いている。...退魔士として、どことなく気になるのかな?





「...これは...。」

「なんというか.....。」

「くぅ.....。」

「壁の材質とかから、違和感がありまくりね...。」

「日本を少し勘違いした外国人って感じ?」

  司さんの案内で艦長の部屋に案内され、その艦長の部屋を見た途端、僕を含めた様々な感想が呟かれた。

「あはは...初見じゃ、そう思うよね...。」

「...薔薇姫でもこんなのはしないわよ...。」

  司さんも苦笑い。どうやら、初見じゃそう思ってしまうものらしい。

「まぁ、日本の“和”って、日本のような文化がない限り、理解しづらいしな....。」

「...君達は、結構はっきり言うんだな...。僕も同感だが...。」

  あ、僕らが入る前から人がいるの忘れてた。声の方に目を向けると、黒い服に身を包んだ僕らぐらいの少年と、青い上着と白いズボンという服装の緑髪の女性がいた。

「...誰か日本の文化について詳しい人に教えてもらおうかしら...。」

「母s...艦長、僕も調べてみた事があるんですけど、再現するにはまず、部屋の造りとかから変えないと意味ありませんよ...。」

「.....そうね。」

  あれ...?結構、重要な話し合いになるはずなのに、グダグダ...?
  ....あ、僕らのせいか。

「...んん、とりあえず、楽に座っていいわ。」

「あ、はい。」

  楽に、と言われても、かやのひめさんと神咲さんは正座なんだな...。

「...先に自己紹介しましょう。私はこの艦の艦長を務めています、リンディ・ハラオウンです。」

「管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。」

  リンディさんとクロノさんだな。...一応、原作で知ってるけどね。

「あ、神咲那美と言います。こっちは久遠。」

「志導優輝です。司さんのクラスメイトでもあります。...で、妹の..。」

「志導緋雪です。」

「...かやのひめと言うわ。」

  僕らも自己紹介をし、話へと入る。

「まずは...私達の事情にあなた達を巻き込んで申し訳ありません。」

「事情...と言うのは、魔法の事ですよね?」

  僕が聞き返す。まぁ、それ以外に心当たりがないからね。

「はい。魔法について説明はいりますか?」

「...リンカーコアと呼ばれる器官から生成されるのが魔力で、それを行使する事で魔法が使える。細かい事を行う場合は大抵デバイスと呼ばれる道具を用い、地球にはその文化はない。...と、これぐらいですか?まぁ、大体ファンタジー物の魔法と変わりませんね。科学寄りなだけで。」

  僕がいきなり代わりに説明した事に驚くリンディさんとクロノさん。

「君は...知っていたのか?」

「リヒトに...僕が使っているデバイスに教えてもらいました。」

「...デバイスも持っているのか...。」

  あれ?司さんから何も聞いてないのかな?

「...そんな事より、奴らの事を聞かせてもらえないかしら?」

「..それもそうですね。」

  かやのひめさんがそう割込んで、本題へと入る。

「...彼らは“カタストロフ”と呼ばれる、次元犯罪者のグループです。」

「次元...犯罪者?」

「はい。次元を隔てた先に、いくつもの世界があり、その次元を超えた先でも犯罪を犯す者の事をそう呼んでいます。」

  神咲さんの疑問の声に、リンディさんが答える。

「...“カタストロフ”は、以前から私達も追いかけていたんですが、つい先日、とあるロストロギアを狙われた際に交戦し、そのロストロギアは地球へと流れ着きました。」

「...ちなみに、ロストロギアとは通称“失われた技術”...簡単に言えば、行き過ぎた技術によって作られた危険物って所だな。」

「そんなものが...地球に?」

  色々と説明を省いているな...。まぁ、細かく説明しすぎると、理解が追い付かなくなるから、ちょうどいいんだけどさ。

「ロストロギアの名称は“フュージョンシード”...効果はまだ不明です。」

「発掘したのを運搬中に襲われましたからね...。」

  ...かやのひめさんの話と合わせると、勾玉と融合したのがそのフュージョンシードか...?

「“カタストロフ”はそんなロストロギアを追いかけ、地球へと向かい、昨日魔力反応があったため、私達も地球へと来ました。そして今日、“カタストロフ”と戦っていたあなた達と出会った...と、言う訳です。」

「昨日...?魔力....?」

  かやのひめさんを気づいているのか、疑問の声が漏れている。

「なお、昨日魔力反応があった場所には、戦闘の形跡とこれが...。」

  リンディさんが取り出したのは、折れた刀身。刃はついているものの、明らかに刺突系の武器のようだけど...。

「それは...!」

「...なにか、心当たりが?」

「....それは、薔薇姫の....。」

  かやのひめさんも、今まで持っていた折れたレイピアの持ち手の方を取り出す。

「ぴったり...やっぱり、あいつの...。」

「...薔薇姫さん...。」

  かやのひめさんを逃がすために、戦ってたんだな...。

「あの、その薔薇姫と言うのは...?」

「...私の、友人よ。..もう、消えちゃったけどね....。」

  その一言で、リンディさんは理解する。

「っ...すみません、軽率に聞いてしまって...。」

「..いいわ。悲しみは消えてないけど、平静は保てるもの。」

  そうは言うかやのひめさんだが、やっぱりどこか辛そうだ。

「...先に話しておきましょう。僕らが、今日どうなっていたか。」

  本来なら先にこっちを説明するべきだからね。奴らの事は一度後回しだ。









   ―――...平穏から遠のくは嫌だけど、こればっかりは解決したいからね...!







 
 

 
後書き
長くなるので今回はここまでです。

ロートクーゲル…赤と弾丸のドイツ語を繋げただけ。ミッド式のように応用は利かないが、速度と貫通性には優れている。複数よりも、連射の方が効率がいい。

かやのひめさんの精神がいきなり回復したのは、祈りの加護による副次効果です。7話の時よりも効果は上がっているので、軽い鬱状態などを治せるようになっています。ただ、やはり悲しみが消えていないため、ツンデレな言動はなくなっています。
それと当然、契約での詠唱はテキトーです。それっぽい言葉を並べただけです。 

 

第18話「協力」

 
前書き
優輝が敵にあそこまで苦戦したのは、初の魔法の実戦+敵が常に浮遊していたからです。地上戦ならもっと上手く戦えていました。後は、敵側の戦闘技術が高かったために、優輝でも攻撃を受け流す事が難しかったからです。

 

 


       =優輝side=



「―――以上です。」

  戦いの経緯を話し終わる。

「...君達は...たった三人で奴らとやりあったのか!?」

「...まぁ、そうなりますね。」

  久遠は護衛、緋雪は援護で、最初に戦ってたのは僕だけだけど。

「無茶を通り越して無謀だ。そんなの...!」

「...ええ。だからこそ、薔薇姫さんを、護りきれなかった...!」

  手に力が入る。経緯を話したため、さっきの悔しさが込み上げてくる。

「っ...管理局としても、早急に奴らを見つけ出して捕まえるつもりだ。悔しいのは分かるが、君達は魔法の事を忘れて普段の生活に...。」

「お断りよ。」

  クロノさんの言葉を遮るようにかやのひめさんが言う。

「絶対引き下がるなんて嫌よ。私は薔薇姫を殺されたのよ?あいつらに、然るべき報いを私自身の手で与えなきゃ、気が収まらないわ。」

「し、しかし....。」

  眼が鋭くなり、明らかに生半可な事では引き下がらないと分かる状態のかやのひめさんに、クロノさんもタジタジになる。

「...僕も、ここで引き下がるつもりはありません。」

「...私も。」

  僕も緋雪も引き下がるつもりは毛頭ない。

「き、君達は...。」

「...先の戦いでは、私の力は完全に失われていたわ。でも、今は別。霊力が回復する今なら、あいつらを絶対に倒して見せる。」

「っ.....。」

  言葉だけでも余程の想いの強さがあるのか、クロノさんが言葉を詰まらせる。

「つ、司は何とも思わないのか?」

「...止めるのは無理...かな?クロノ君も分かってるでしょ?三人とも、絶対に引き下がろうとしない事なんて。」

「だ、だが....。」

  クロノさんとしては、巻き込みたくないのだろう。

「...なら、協力しましょう。」

「えっ...?」

  そこで、リンディさんが割り込む。

「あなた達は自分達の手で“カタストロフ”を捕まえたい。...なら、せめて管理局と協力しましょう。」

「母s...艦長!いいんですか!?」

「ええ。下手に勝手に動かれるより、よっぽどいいわ。」

  ...はっきり言ってくれるなぁ。実際、そのつもりだったけど。

「...協力してくれるのは嬉しいけど、斧を持った男は私にやらせて。あいつだけは譲れない...!」

「(薔薇姫さんを殺した張本人だからな...。)」

  僕もあいつの相手をしたいけど、ここは引いておくか。

「...わかりました。とりあえず、協力する人達を紹介するわ。移動しましょう。」

「わかりました。」

  こことは別の部屋に移動するようだ。
  ...あれ?神咲さんと久遠はどうするのだろうか?



「...私、完全に話に置いてかれた...。」

「くぅ....。」









「.......よし。」

「かやのひめさん?どうしたんだ?」

  手を握ったりして何かを確かめているかやのひめさんに尋ねる。

「ちょっと、調子を確認してただけよ。少なくとも戦えるぐらいには回復してるわ。」

「そっか。今は戦う必要がないから、その分も回復に回しているのか。」

  通りで僕の霊力の減りが早い訳だ。

「...そう言えば、その霊力とやらは何なんだ?魔力とは違うようだが...。」

  別の部屋へ移動中、クロノさんがそう聞いてくる。

「...この世界にも、独自の“魔力”と霊力があります。そちら側の魔力と違ってリンカーコアのような器官はないですけど、やはり一部の者しか持っていない...だよね?」

「...ええ、そうよ。魔力は舶来の...日本以外の国からやってきた式姫が使っていたわ。...薔薇姫とかね。霊力は、陰陽師や日本の式姫が使える力よ。...多分、そっちの魔力と変わらないわ。」

「そうなのか....。」

  “地球にもそんな技術が...”とか言って考え込むクロノさん。
  ...あれ?なんか結構影響及ぼす事言ったか?これ....。

「...ところで、私達はどうすれば...。」

「...そう言えば、聞いてませんでしたね...。」

  神咲さんがおもむろに聞いてくる。

「私は戦闘ができませんし、久遠もあまり戦闘には向かない性格ですし...。」

「神咲さんは、完全に巻き込まれただけですもんね...。」

  攻撃力自体は申し分ない久遠も、性格や燃費から戦闘には向かなさそうだし。

「...先に言ってくればよかったのですけど...。」

「す、すいません...。...でも、戦闘に参加できなくても、ここで引き下がってのうのうと家で過ごすのなんて嫌なので...。」

  合理的ではない言い分だけど、気持ちは分かる。

「...でしたら、このアースラで待機しているだけでもいいですよ?」

「え...あ、でも、何もしないのも...。何か手伝えることがあれば、手伝います。」

「はい。」

  そうこうしている内に、協力者がいる部屋に辿り着いた。...中にいる人達が誰なのか、大体予想がつくけど...。





「じゃあ、次元犯罪者グループ“カタストロフ”について話すわね。」

「あの...その人たちは...?」

  織崎が僕らの事についてリンディさんに聞く。

「...フェイトさんは知っていると思いますが、今日、そのカタストロフに襲われた方達です。」

「なっ....!?」

  リンディさんの答えに驚く織崎。...想像が付くと思うんだがな。

「あー、志導優輝だ。で、こっちが妹の...。」

「志導緋雪です。」

「あ、私は神咲那美です。こっちは久遠。」

「くぅ。」

「...かやのひめよ。」

  それぞれ自己紹介をする。...久遠は人見知りなのか神咲さんの後ろに隠れたけど。

「彼らだけ自己紹介もあれだから、皆も自己紹介しましょう?」

「あ、はい。」

  リンディさんの言葉に、ここにいる面子がそれぞれ自己紹介をしていく。
  ...まぁ、ここにいるのは原作三人娘にヴォルケンリッター、ユーノ・スクライアにアルフ、原作では死んでいたアリシア・テスタロッサとプレシア・テスタロッサさん、リニスさん、リインフォースさん。それと転生者の織崎と天使と王牙で、僕は知っているので自己紹介は省いておく。

  ...リニスさんが司さんの使い魔になってた事には少しだけ驚いたけど。





「さて、自己紹介も終わった所で、カタストロフについて話しておきます。」

  自己紹介が終わったので、リンディさんが本題に入る。

「“カタストロフ”に所属している魔導師のランクは軒並みA~AAA-ランクとかなりの高ランクです。中でも、リーダーである“クルーアル・カタストロフ”はSS-ランクです。」

「『管理局の魔導師は大体がC~Aランクって言えば、どれくらいか分かるよね?』」

「『え、あ、うん。大体はね。』」

  司さんが念話で補足してくれる。ありがたい。

「あの...それほどの次元犯罪者がなんで今まで放置されてたんですか?」

「...正確には、放置していたというよりは捕まえられなかったというのが正しいです。“カタストロフ”は優秀な魔導師が揃っているだけでなく、連携も上手く、管理局が大量の戦力を投入しても、逃げられるほどですから。」

  緋雪のあの弾幕から逃げたのもそれか...。優秀なバックアップもいるんだろうな。

「此度狙われたロストロギアは“フュージョンシード”。遺跡で発掘したばかりなので、名称以外は分かっていません。」

「そして、そのロストロギアは今、なぜか彼女の持っている勾玉と融合してしまっている。」

  皆の視線がかやのひめさんの勾玉に集まる。

「今回、彼女達が狙われたのも、フュージョンシードが彼女の勾玉と融合したからです。」

「この場に集まる理由となった昨日の魔力反応を覚えてるか?」

「『私達がアースラに集まっているのは、昨日の魔力反応が理由なの。』」

「『なるほど...。』」

  どうやら、昨日の薔薇姫さんの戦いをこっちで感知していたらしい。

「昨日の時点で、彼女は一度カタストロフに襲われた。その時は彼女の友人が身を挺して時間稼ぎをして庇ったそうだが...。その名残がこの回収した刃先だ。」

  クロノさんがレイピアの刃先をテーブルに置く。

「かやのひめさんはその後も逃げ続け、今日の魔力反応があった場所...確か八束神社だったか?そこへ辿り着いた。そして、彼らも神社に来た時に、再度カタストロフに襲われたと言う訳だ。」

「もしかして...その友人は...。」

  気づいてしまった様子で、八神さんは恐る恐る口にする。

「....最期まで、私の事を庇ってくれたわ...。」

「っ.....。」

  かやのひめさんのその一言で、八神さんは察して俯く。

「聞き方が悪くなるんだが、どうして他の人は無事なんだ?」

「あぁ、それは...。」

  織崎の質問に、クロノさんが僕に視線を向けてくる。...説明しろって事か。

「...最初は緋雪が他の三人を護衛、僕が奴らの相手をした。...当然、敵わないから途中から緋雪も援護に入ったんだけどね。...その結果が、人一人の犠牲だ...。」

〈それと、厳密には無事ではありません。マスターは無茶な動きを連発したため、脳と身体にダメージがあります。〉

「って、リヒト、ばらすなよ...。」

  確かに体の節々が痛いし、頭痛も少しするけどさ...。

「っ、どうして言わなかったんだ!?とにかく、早く医務室に...!」

「それは大丈夫だ。特に支障はきたさないし、後遺症は残らないからな。」

  クロノさんが医務室へ連れて行くように手配するのを止める。

「それに、うちのリヒトは優秀だ。こうやって話している間にも、治癒は進んでいる。」

〈ええ。まだ短い付き合いですが、無茶をするのをやめないというのを理解するくらいには優秀だと自負しております。〉

「ぐっ...耳が痛い...。」

  確かに無茶ばっかしているけどさ...!

「...以前から魔法を使っていたのか...?」

「あれ?知ってるんじゃないのか?以前、そいつに襲われたのを。」

  僕は王牙を指してそう言う。

「まぁ、リヒトを持つようになったのは、それよりさらに前だけどな。」

  ...おや?王牙の様子が....?

「そういやてめぇ!よくもあんな卑怯な事しやがったな!!」

「....は?」

  どうやら王牙の中では先日のあの戦いは卑怯な勝ち方になっているらしい。

「司を誑かして、あんな勝ち方しやがって!モブの癖に調子に乗ってるんじゃ―――」

     ―――ヒュン!

「―――えっ?」

  王牙の顔の横を水色の矢のような物が通り過ぎる。
  緋雪も魔力弾を放つ構えをしているけど、魔力光が違う。誰だ?

「...ちょっと、黙っててくれる?」

「か、かやのひめさん...?」

  どうやら、さっきのはかやのひめさんがやったらしい。弓も構えているし、間違いない。

「あんた、ただでさえ嫌な性格が雰囲気に滲み出ているのに、さらに場を乱そうとしてるの、自覚してる?...いえ、自覚してるなら、もう少しマシなはずだったわね。」

「っ....。」

  明らかにキレているかやのひめさんに、皆が少し引く。

「私は早く薔薇姫の仇を取りたいの。余計な話をするんじゃないわよ。」

「す、すまない、君の考えを考えずに...。」

  頑張ってニコポ(無意味)をしようと笑いかける王牙。...その特典、正しい使い方をしないと機能しないんだけどな。

「いつの時代でもまともな人間は少ないわね。...はぁ。」

「かやのひめさん、人間なんてそんなもんだよ。」

  腐った人間はいなくならない。一度根絶やしにしても、またどこからか湧いて出てくる。...そうじゃなかったら、ここまで人間は争い続けないだろう。
  ...と、話が逸れたな。

「...んん゛、話を戻します。皆に集まってもらったのは他でもありません。彼女のためにも、管理局としても、カタストロフを捕まえるのを手伝って欲しいのです。」

「別に手伝う事は構へんのやけど、どこにいるのか分かっとるんですか?」

  リンディさんが無理矢理話を戻し、その言葉に八神さんが質問する。

「大体の見当はついています。そこを重点的に探すつもりです。」

「...あー、リンディさん?それについて、ちょっと渡しておきたい物が...。」

「何かしら?」

  リヒトを机に置き、とある記録を取り出す。

「...奴らの...おそらくですけど、リーダーの魔力波長です。これを使えば、比較的容易に奴らを見つけられると思います。」

「これは...!?すぐに解析班に回したいのだけど、預かってもいいかしら?」

「何か記録媒体はありますか?それに直接転送します。」

「エイミィ!」

「はい!」

  執務官補佐であるエイミィ・リミエッタが適当な記録媒体を用意したので、リヒトに任せて情報を転送しておく。

「...君のデバイスはデタラメだな...。」

「...自覚はしてます。」

  AIなはずなのにやけに人間味があったり、武器形態が多くて無駄に高機能だったりと、デバイスの概要を聞いた時には本当に高性能すぎると思ったよ。

「では、カタストロフの居場所は解析班に任せるとして、簡易的な作戦を立てておきましょう。」

「簡易的な作戦...ですか?」

「はい。カタストロフは先程も言った通り、優秀な魔導師ばかりで厄介です。いくら魔力量で勝っていても、連携でやられてしまうでしょう。」

  僕と戦ってた時は油断してたのか加減してたのか...どの道、本気ではなかっただろうな。

「リヒト、戦闘記録を映し出しておいて。できるだけ情報は多い方がいい。」

〈分かりました〉

「助かります。...カタストロフの明確な人数が分からない現状、生半可な戦力で行くのは危険すぎます。...手伝って、くれますか?」

  リンディさんはそう言いつつ皆を見渡す。...どうやら、引き下がる奴は一人もいないみたいだな。

「作戦の要は、いかにしてクルーアル・カタストロフを他の者から引き離すか...でしょう。Sランク以上の魔導師がいるだけで、かなりの脅威ですから。」

「...引き離すのはともかく、そいつの相手は私がやるわ。」

  かやのひめさんの言葉に他の人が驚く。

「...やはり、本気ですか?」

「嘘を言ったとでも思った?...分霊とはいえ、草の神を舐めないでちょうだい。」

「っ....!」

  濃密な殺気のような圧力が放たれる。...とはいえ、身が竦む程ではなさそうだ。

「...まだ一割も回復していないんだから、今ので気圧されないでくれるかしら?」

「...今ので一割か...。...分かった。クルーアル・カタストロフはかやのひめさんに任せます。...ただし、ちゃんと回復してからが条件です。」

「分かってるわ。」

  クロノさんの条件を飲み、まだ出ていた圧力を引込めるかやのひめさん。
  なお、今の圧力で怯んだのは、場数を踏んできたであろうリンディさんとクロノさん、ヴォルケンリッター。それと、僕や緋雪、司さんや神咲さん、久遠以外の全員だった。...まぁ、怯んだだけで誰も竦んではいないけど。

「...リーダーを引き離すのは、僕と緋雪...あと一人で任せてください。」

「...理由を聞いておこうかしら?」

  まぁ、ぽっと出の奴らが重要な役割を進んで出るんだからな。相応の理由がないとダメか。

「この中で敵の戦い方を最も理解しているのは誰ですか?」

「...なるほど。実際に戦ったあなた達なら、何とかできるかもしれない...と。」

「自信はないので、もう一人必要なんですけどね...。」

  何故一人なのかは、二人以上だと僕らが連携を取りづらいからだ。

「...じゃあ、私が行くよ。優輝君と緋雪ちゃんの動きを知っているの、この中じゃ私だけだし。」

「...ありがと、司さん。」

  僕としてもそれなりに知っている相手と協力したかったからな。魅了を喰らっている連中やその元凶とは組みたくないし、問題児な王牙とも組みたくない。...執務官であるクロノさんと組むって言う手もあるけど、クロノさん、優秀そうで単独の方が強いかもだし。
  司さんが立候補してくれて助かった。

「では、優輝さん、緋雪さん、司さんがクルーアル・カタストロフを引き離した後、かやのひめさんはクルーアル本人を、他の人は残ったカタストロフの者を相手にするという事で。異論はありますか?」

  ...誰も異論はないようだ。王牙も、特に文句は言わない...か。

「...異論はありませんね。じゃあ、カタストロフのアジトが見つかるまで各自特訓するもよし、交友を深めるのもよし、よ。では解散。」

  話は終わったので、一度かやのひめさんの下へと向かう。

「かやのひめさん。」

「何かしら?」

  僕がかやのひめさんの所に向かったのは、ちょっとした懸念事項があったからだ。

「奴らの頭目と戦う事には反対しませんけど、武器...少し心許なくないですか?」

  そう。かやのひめさんが持っている武器は木製の弓矢。あまりにも武器としては頼りない。

「...そうね。霊力があれば攻撃力はどうにかなるけど、耐久性はどうしようもないわね。矢はともかく、弓はどうにかしておきたいわ。」

「...じゃあ、僕が創りましょうか?」

  僕のレアスキルなら創り出す事ができるはずだ。

「...助かるわ。ここの人間に用意してもらっても良かったけど、一番信頼できる貴方に作ってもらえるならそっちの方がいいわ。」

  “つくる”のニュアンスが少し違う気が...。まぁ、いいか。

「それにしても、どうして僕をここまで信頼してくれるんですか?」

「いくつか理由はあるけど...根拠としては、その澄み切った霊力ね。それと、魂から滲み出る雰囲気。この二つよ。」

「霊力と...雰囲気?」

  魂から滲み出ているって...。

「霊力の純度って言うのはね、人柄で変わるモノなのよ。その人物が如何に歪んでいないか、それで変わったりするの。雰囲気の方も同じよ。...まぁ、他にも信頼できる人はいるのだけれどね。」

  そう言ってかやのひめさんは緋雪、神咲さん、久遠と流し見する。

「なるほど...。そう言うの、よくわかりますね。」

「これでも、草の神たる草祖草野姫の分霊よ。それぐらい、分からなくちゃ。」

「そういうものですか。」

  神様の力って言うのはよくわからないけど、やっぱり格が違うのかな?

「...それはそれとして、少し気になる子がいるのよ。」

「気になる子...?」

「ほら、彼女。...確か、聖奈司とか言ったっけ?」

  司さんが?一体、どういう事だろう?

「雰囲気も貴方と同じぐらいに澄んでいるはずなのに、どこか歪なの。何か、嫌な過去でも持っているかのような。...多分、何かしらの理由があるのだろうけど...。」

「歪...か...。」

  男から女に転生したからか?いや、違うか...。

「...それと、優輝、敬語はいらないわよ。」

「え?でも....。」

  草の神だしなぁ...。それに見た目はともかく年上だし...。

「敬語はむず痒くなるのよ。普通でいいわ。」

「...そう?なら、普通に喋るけど...。」

  契約をしたからか、何かと距離感が近くなった気がする。...気のせいだろけど。

「お兄ちゃん、かやのひめさんと随分仲良くなったね。」

「うぇっ?そんな事ないと思うけどなぁ...。」

「...私から見ても仲良く見えるんだけど。」

  司さんにもそう言われる。...やっぱり契約したからか?

「...っと、そうだ。できれば、君達の実力を知りたいんだが...いいか?」

「実力...ですか?」

  クロノさんに呼び止められる。

「ああ。さっきの戦闘映像だけでは少し情報不足でな...。実際に模擬戦をして実力を確かめたい。」

「...分かりました。」

  経験を積んでおきたいし、むしろ望む所だな。

「君と、君の妹と、そして彼女の一人ずつで戦ってもらいたい。相手はこちらで用意する。」

「分かりました。ただ、かやのひめさんは魔力じゃなくて霊力を扱うんですけど、そこは...?」

「...そういえばそうだったな...。まぁ、本人に聞いてくれ。」

  一番知ってるのはかやのひめさん自身だからな。妥当か。

「かやのひめさん。」

「...あら、今度は何かしら?」

  目を瞑り、瞑想でもしていたらしいかやのひめさんに再度声を掛ける。

「クロノさんが、模擬戦をして実力を見ておきたいだって。」

「模擬戦...まだ、回復しきってないのだけれど...まぁ、いいわ。やってあげるわ。」

「大丈夫なの?...まぁ、クロノさんに伝えておくよ。」

  とりあえずクロノさんにかやのひめさんもやるという事を伝えておく。

「(カタストロフが見つかるまで猶予はある。その間にできるだけ強くなるか...。)」

  ...ふと、そこである事を思いだす。

「『...ねぇ、リヒト。』」

〈『なんでしょうか?』〉

  今の僕は弱い。火力不足だし、魔力も少ない。なら、それを補うには―――

「『この前言っていたアレなんだけどさ―――』」









 
 

 
後書き
今回はここまでです。(中途半端が定着してきた気が...。)

ちょっとした設定↓
カタストロフ…管理局でも有名な犯罪グループ。積極的に犯罪は起こさないが、SS-ランクやAランク以上の魔導師が複数いるため、中々捕まえる事ができない。

ブチギレかやちゃ怖い...( ゚д゚)
書いている時、作者自身「怖っ」って思ってしまいました。(ツンデレが書きたいのに何でこうなったし)
まぁ、薔薇姫が殺された事と、鬱状態になってないとはいえ、精神に余裕がないのでこうなったんですけどね...。おかげでツンデレの面影が消えている...。

優輝が久遠に対して戦闘に向かないと言っていますが、大人形態ならば“カタストロフ”を全滅させれます。(命もろとも)
 

 

第19話「模擬戦」

 
前書き
第1章は25話ぐらいには終わらせるつもりです。(終わらせられるとは言っていない。)
 

 


       =緋雪side=



「...それで、最初は誰が行くの?」

  いつの間にか模擬戦を行う事になり、私がそう言う。

「かやのひめさんはしばらく回復に徹して、僕はその供給源だから...。」

「...私、か。」

  お兄ちゃんが勝手にクロノさんと決めた事なのに、私が一番最初か...。

「あ、じゃあ、私が相手をするよ。」

「司さん?」

  誰が相手になるのか聞こうとしたら、司さんが立候補した。

「いいのか?」

  クロノさんが司さんにそう聞く。

「うん。...あの時の決着もつけておきたいし...ね?」

「(...あぁ、そういう...。)」

  私が暴走した時の決着をここでつけたいって訳ね。....望む所。

「お兄ちゃんは渡さないからね?」

「まだそのネタ引っ張ってたの!?」

  いや...いつか司さんがお兄ちゃんの事を好きになるかもしれないじゃん。

「...いいから準備を済ませてくれ...。」

「ご、ごめん...。ほら、早く行くよ。」

  クロノさんに催促されたので、私も司さんについて行って模擬戦をする場所に行く。





『準備はいいか?』

「『私は大丈夫だよ。』」

「『私もオッケーです。』」

  司さんとある程度間合いを離した状態でバリアジャケットを纏って対峙する。

『では...始め!』

「「っ....!」」

  あの時と同じように、私と司さんは同時に間合いを詰める。

     ギィイン!

「っ....せやっ!」

「っ、くっ...!」

  大剣状に構成した魔力の剣を、司さんは受け流して、蹴りでカウンターをしてくる。それを私は予め大剣から離しておいた手で防ぐ。

「.....シュート!」

「っ...!くっ...!」

  何かの素振りを見せたかと思ったら、いきなり背後から魔力弾が襲い掛かってくる。咄嗟に防御魔法で防ぐが、隙が出来てしまう。

「貫け、“魔穿突”!」

「ぐっ....!....なっ!?」

     バキィイン!

  魔力を持った刺突を剣で防ぐも、そのまま剣を破壊されてしまう。咄嗟に後ろに跳んでそのまま直撃するのは避けたけど、魔力の剣が破壊されたのには動揺してしまった。

「結構、慣れてきたのに...!」

「....滅せよ、悪なる者を...。」

  ふと司さんを見ると、何かを詠唱している。嫌な予感がする....。

〈っ、下です!お嬢様!〉

「しまっ...!?」

「“セイント・エクスプロージョン”!」

  いきなり足元に巨大な白い魔法陣が展開される。反射的に飛び上がったけど、範囲が広い...間に合わない...!



     ドォオオオオオン!!





「....やった....?」

「“ロートシュトース”!」

「っ!?ぐっ...!」

  油断して隙があった司さんに、横から貫通力の高いレーザーのような射撃魔法をぶつける。ギリギリで防御魔法を張られて威力を軽減させられたけど、これで明確なダメージが入った。

「(上手く、凌げた...!)」

  さっきの魔法をどうやって躱したかというと、そこまで複雑じゃない。ただ、私の目の前の空間を爆発させて、範囲外まで無理矢理私を押しやっただけだ。

「“ロートクーゲル”、シュペルフォイアーディプロイメント(弾幕展開)...フォイアー!!」

  さらに追撃として、魔力弾をこれでもかという程展開し、それらを全て放つ。

「くっ....断て!いかなる侵攻さえも!“スペース・カットオフ”!」

  またもや大きな魔法陣が展開され、それに全ての魔力弾が防がれる。

〈『今のは空間を一時的に遮断する事による魔法です。...司様、なかなかの大魔法の使い手ですね...。』〉

「『空間を遮断って...チートじゃない?』」

  一時的って訳だから、燃費とか時間制限とかあるだろうけどさ。

「“セイントレイン”!」

「っ!危なっ!?」

  私の上から魔力弾が雨のように繰り出される。それを私は駆け抜けるように何とか躱す。

「捕らえよ!戒めの鎖!」

「っ....!薙ぎ払え、“レーヴァテイン”!」

  躱した所を予測していたのか、鎖状の拘束魔法が迫ってくる。レーヴァテインで強引に薙ぎ払う事で、それを回避する。

「“カゴメカゴメ”!」

  即座にレーヴァテインをそのまま地面に刺し、巨大な魔法陣を展開し、黄緑の魔力弾で鳥籠のように司さんを囲んでいく。

「これは.....!」

「いっけぇ!」

  大きな魔力弾を適当に放ち、それでカゴメカゴメを動かして攻撃する。...まぁ、フランのカゴメカゴメそのまんまの攻撃だ。

「避けづらいけど...遅い!」

  そう言って司さんは槍を地面に刺し、足音に魔法陣を展開する。

「さぁ、悪しき干渉を打ち消せ...“聖撃”!!」

     カッ―――!!

「っ....嘘...!?」

  一瞬、光に目が眩み、光が晴れたところには、カゴメカゴメの弾幕が全て打ち消されていた。

「“スターボウブレイク”!」

  とりあえず、目暗ましの弾幕を放つ。...どうせ防がれるか躱されるだろうけど。

「(でも、隙としては十分...!)」

  その間に、魔法陣を展開し、魔法を発動させる。

「“フォーオブアカインド”!」

  四人に分身して、皆でレーヴァテインを持つ。

「「「「これで終わりだよ!」」」」

「くっ...さすがに、四人はきつい...!」

  やっぱり弾幕を凌ぎ切っていた司さんに、連携攻撃を仕掛ける。

「...でも、こっちも“仕込み”は完了してるんだよね。」

「えっ...?」

  突如、私を囲う様に展開される多数の巨大魔法陣。

「広域殲滅魔法、“満ちる極光(セイクリッド・フィナーレ)”!!」

「シャル!多重障壁展開!間に合わせて!」

〈分かりました!〉

  私を囲う様に二重、三重の障壁が張られていく。...そして、視界が光に包まれる。
  魔法が発動するまで張れた障壁は10枚...これで防げなかったら...!







       =優輝side=





「....で、自爆したと。」

「うぅ...そうなるね...。ケホッ、ケホッ。」

  砂埃にまみれた状態で涙目になっている緋雪。司さんも同じ感じだ。

「ツェアシュテールングの威力を極限まで上げて、相殺を試みようとしたら、威力が強すぎてそのまま自爆からの相打ち...か。」

「あはは...結界が壊れなくてよかったよ...。」

  ちなみに結界を維持していたユーノ・スクライアは余程の衝撃だったのか、疲労でへたり込んでいる。...非殺傷設定じゃなかったら死んでたぞ...。

「...訓練場が壊れたらどうするつもりだったんだ...。」

「ごめんなさーい...。」

  クロノさんも溜め息を吐いている。...結界が壊れなくてよかった...。

「しかし...司と互角の強さか...。」

「今回は経験の差で勝ちかけたけど、次からはそうとは限らないかもね...。」

  自爆の威力も相当だったからな。

「...さて、次は僕だけど...。」

  相手は誰になるのかな?

「...俺が行く。」

「(織崎か...。)」

  織崎は王牙と違って強い。...いや、僕からすれば王牙も充分強いけどさ。
  ...まぁ、僕が転生者じゃないか見極めるつもりなのだろうけど。実際、緋雪の魔法を見て転生者だと断定してたし。

「『リヒト、“アレ”は大丈夫?』」

〈『はい。二発だけ、装填されたままです。』〉

  二発だけ...か。まぁ、作る暇がなかったしなぁ...。作り方もまだ知らないし。

「...じゃ、行くか。」

「頑張ってね、お兄ちゃん。」

「おう、任せろ。」

  緋雪に格好悪い所は見せられないしな。





『では...始め!』

「........。」

  クロノさんの合図によって、模擬戦が開始されるが、織崎は構えすらしない。

「(...先攻は譲るってか?)」

  まぁ、以前に視た特典からすると、その余裕も分かるけど。

「魔力が少ないからって、その余裕は命取りだぞ。」

  小手調べとして弓状にしたリヒトで矢の形の魔力弾は放つ。

  しかし、その魔力弾はあっさりと織崎の体に弾かれ、霧散する。

「そうか?そのつもりはなかったんだけどな。」

「(嘘つけ。思考ではそう思ってなくても、心の奥底ではそう思ってるんだよ。)」

  多分、構えがないのが構えなつもりなのだろうけど、そんなの特殊な武術を極限まで極めた者がする事だ。達人ですらないのに、構えがないなんて余裕からとしか考えられん。

「(“十二の試練(ゴッドハンド)”...火力不足な僕の天敵だな。)」

  さっきの攻撃は織崎の特典である宝具に無効化された。
  Fateではなくリリカルなのはの世界だからか、Aランク以上の攻撃ではなく、一定以上の威力の攻撃なら効くようになっているが、それ以外はFateとなんら変わりないため、火力不足が難点な僕の天敵となっている。
  ....まぁ、今回は模擬戦だから、その防御力以外は関係ないんだけどね。

「『リヒト、攻撃の瞬間の一点だけに魔力による威力の底上げ、可能だな?』」

〈『当然です。朝飯前ですよ。そんな事。』〉

  いや、魔法の練習の時、結構難しい技術って言ってたよな?

「オッケー、なら...行くぞ!」

「っ....!」

  リヒトを刀に変え、突撃する。
  ...イメージするのは、恭也さんの動き...!

「(恭也さんの技術は最近分かったけど、おそらくは一刀ではなく二刀での技術...!だから、模倣してもあまり効果はない。だったら、参考にする!)」

  適度に魔力で身体強化をし、踏み出す際に魔力を爆発させる事で、高速移動を可能とする。それを利用し、一気に攻撃をする...!

「くっ...!」

「せやぁっ!」

  織崎は自身のデバイス“アロンダイト”で僕の斬撃を防ぐ。
  やっぱり、剣の技術はそこまで高くないのか、僕の剣戟を上手く防げていない。僕が魔力を使った複雑な動きから攻撃してるのもあるのだろうけど。

「ここだっ!」

「ぐっ....!?」

  一瞬の隙を突き、剣を弾いて一撃を入れる。

「ふっ!」

「っ、これでも効かないか!」

  しかし、その攻撃を無視して反撃をしてきたので、僕はそれを躱す。
  しっかりと魔力も込めた鋭い一撃だった。しかし、それでも織崎は僕の攻撃を防いだ。

「くそ....!」

  もう一度斬りかかり、何度か攻防を繰り広げた後、鍔迫り合いになる。

「はぁあっ!」

「くっ...!」

  薙ぎ払われるように力負けする。織崎もちゃっかり身体強化してるな...!

「(貫通力を...高く...!)」

  薙ぎ払われる際、僕からも飛び退き、空中でもう一度弓を引き絞る。
  ただ一閃、疾く、貫ける一撃を放つように魔力を鋭く集束する...!

「貫け!“ロイヒテンファルケン”!!」

  光の速さの如く駆けたその一閃は、その速さによって不意を突かれた織崎を貫いた。

「がっ....!?」

「(効いた!)」

  ようやく織崎の防御力を貫く事ができた。

「『リヒト、今の威力と“アレ”とは...。』」

〈『本来の威力なら、今の方が上回ります。ですが、今のマスターの場合はそちらの方が上です。恐らく普通に通用するでしょう。』〉

「『わかった。..貴重な一撃だ。しっかり決めないとな。』」

〈『はい。』〉

  切り札になるであろう攻撃よりも、威力は低い。だからか、織崎もすぐに立つ。

「まさか、俺の防御力を貫くとはな...。」

「言ったよな、命取りだって。...今のでどれほどの威力なら通用するか分かった!」

  またもや織崎に接近戦を仕掛ける。

「ぐっ...!?なに...!?」

「はっ...!」

  何回かの剣戟の後、一撃決まる。完全に体勢を崩したのでもう一度斬ろうとするが...。

「ぐっ...!?(防御魔法か...!)」

「っ...シュート!」

「くっ......!」

  今まで使ってなかったからか、失念していた防御魔法に防がれる。
  織崎はその隙に紺色の魔力弾で攻撃してくる。僕はそれをリヒトで受け止め、それと同時に後ろに跳んで間合いもついでに取る。

「はぁあっ!」

「っ、まず...っ!」

  さすがに攻撃に回る織崎。咄嗟にリヒトを双剣に変え、迎え撃つ。

「ぐぅうう....っ!」

「中々やるな。こっちからも行くぞ。」

  重すぎる攻撃に苦悶の声を上げる。くそ...!織崎の特典はFateのヘラクレスとランスロットの宝具だけなはずだが、多少なりともステータスにも影響してるのか...!?

「くそっ...!」

     ギィイン!

  織崎の攻撃を利用して、また後ろに下がる。

「“シャープスラッシュ”!」

創造開始(シェプフング・アンファング)...!」

  飛ばされた魔力の刃を受け止める。
  ギャリギャリと耳障りな音を間近で聞きつつも、魔法の術式を解析してその魔力を吸収する...!

「なに...!?」

「“ドルヒボーレンベシースング”!!」

  その魔力をそのまま魔力弾に変換し、貫通するのに長けた砲撃魔法を放つ。

「っ...プロテクション!」

  咄嗟に織崎は防御魔法を使い、防ごうとする。

「ぐっ....!?」

「おまけ....だっ!」

  あっさりと防御魔法を貫き、織崎は怯む。さらにそこへ、僕はロイヒテンファルケンをもう一度放つ。しかし、効きはしたものの、剣で少し逸らされてしまった。

「(防御が固いと言っても、ダメージは攻撃力-防御力にはなってないみたいだな。防御さえ貫けたら、そのまま大ダメージになるのか...。)」

  今までの通用した攻撃からの織崎の反応を見ると、そんな感じがした。

「(...大気中の魔力で創れるものは威力を考慮すると、多くて五つ...いや、三つか。僕自身の魔力は一応残っているから、“アレ”も含めて攻撃が通用するのは多くて七回...か。)」

  一回分は他の回数分の攻撃を当てるために使うだろうから、実質六回か。

「(恭也さんが使っていたあの技...あれを使えば隙を作れるだろう。)」

  長く思考してしまった。実際にはあまり時間は経っていないが、織崎が体勢を完全に立て直すほどには考え込んでいたようだ。

「行くぞ...っ!?」

  駆けだそうとした瞬間、手足が動かせなくなる。...バインドか...!

「だが、甘い...!」

  即座に術式を解析、魔力を吸収してバインドを解く。

「なっ...!?」

創造開始(シェプフング・アンファング)...!」

  大気中の魔力を利用し、三つの剣を創る。もちろん、織崎の防御を貫けるように強固に魔力を凝縮して...だ。

「投影魔術...!」

「...フォイアー(発射)!」

  やっぱりと言うべきか、投影魔術と勘違いされる。
  それはともかく、剣を自在に操るように織崎に向ける。

「(一つは牽制。もう一つは攻撃。そしてあと一つは隙を突くように...!)」

「くっ....!厄介な...!」

  避ける、弾く、受け流す。そうして僕の攻撃を凌ぐ織崎。

「このっ...!はぁあああ!!」

  しかし、さすがに対処できるのか、一瞬の隙を突いて僕に攻撃してくる。僕を攻撃すれば制御も乱れると判断したのだろう。

「だが、それは悪手だ。」

「っ...!?しまっ...!?」

  しっかりと魔力で身体強化し、織崎の攻撃を真正面から受け止める。...そう、“受け止める”事によって、足止めをした。

  背後から高速で剣が飛来する。

「っ....!」

  何とか上に跳ぶ事で剣を避ける。もちろん、僕には当たらない軌道だから、剣はそのまま僕の横を通り過ぎる。

「二つだけ....!?」

  そう、飛んできたのは二つの剣だけ。なら、もう一つは?

「...計算通り。」

「っ、ぐぁああっ!?」

  当然、避けた先を狙う。
  飛び上がった所をバインドで足止め。そして、剣で攻撃。簡易的だが、計算通りだ。

「むっ....?」

  吹き飛ばされながらも、織崎から魔法を使った気配がする。
  何をしたかと思ったら、またもや僕がバインドで拘束された。

「この程度...!なっ...!?」

  また解析で解こうとしたら、さらにいくつものバインドで拘束される。

「(飽くまで時間稼ぎをするつもりか...!)」

  まずい...非常にまずい。バインド自体は時間は少しかかるが、解けるだろう。問題はそこじゃない。少しの時間、その間に僕の魔力じゃ防げない攻撃をしてくるに違いない。だとしたら、それを喰らう前に何とかしなければ...!

「(後...少し...!)」

  バインドは既に半分以上解析して解除した。だけど、間に合わない...!

「これで、終わりだ!“ブレイブバスター”!!」

  紺色の光の奔流が迫ってくる。バインドは解け切っていない。回避は不可能...!





  ―――ならば、回避せずに正面から打ち砕けばいい。

「“カートリッジ・リボルバー”、フォイア!!」

「なっ..!?がぁあっ!?」

  放たれた弾丸は、砲撃魔法を貫き、織崎に直撃した。

  何をしたかといえば...タネを明かせば簡単な事だ。
  まず、リヒトを持っている左手に掛けられているバインドだけを集中して解除し、リヒトが使えるようにする。そして、即座に形態を変えて“切り札”を使って砲撃魔法の術式の基点を貫いてそのまま織崎を攻撃しただけの事だ。
  砲撃魔法も基点を破壊したから僕に届く前に爆発して掻き消えている。

「(カートリッジをそのまま弾薬として使う形態...さすがの威力だ...。)」

  今のリヒトはライフル銃のように長い形のリボルバーの形になっている。カートリッジは弾丸の形をしており、本来は魔力を増強するためだが、この形態ならそのまま銃の弾丸として使える。
  確か、名前は...カノーネフォームだったな。
  砲撃魔法を風穴を開けるかのように貫通し、さらに織崎の防御力をも貫通した。
  古代ベルカの技術...流石だ。

〈『本来は魔力を増強するためのものですので、それをさらに応用した形です。威力は今のように保証できますが、多用は控えてください。子供の体であるマスターには負担が大きすぎます。』〉

「『分かってる。今も痛みと痺れがでかい。』」

  尤も、この戦いでは後一回しか使えないけどな。カートリッジ自体がないし。

「カートリッジ...だと...!?」

「おいおい...僕がベルカ式を使ってたのは分かっているはずなんだから、使ってもおかしくはないだろうに...。」

  いや、銃の弾として扱ってる事に驚いているのか。
  ...しっかし、なかなかにタフだな...。

「そろそろ体の負担がきついな...。終わらせる...!」

  僕がそう言うと、織崎も気を引き締めてこちらを見てくる。

「(間合いはさっきの一撃で結構離れている。...一気に決める!)」

  地面が凹む勢いで踏み込み、突っ込む。

「負けて堪るか!」

  織崎も砲撃魔法と射撃魔法を併用して攻撃してくる。砲撃魔法は簡単に躱せるが、射撃魔法はそう簡単にはいかない。...だけど。

   ―――導王流とは、人を導くための武術。

「この程度の障害...!」

   ―――人を導くには、矢面に立たなければならない。

  魔力弾を、全て魔力を纏わせた拳で受け流すように弾く。

   ―――だから、導王流はその際に現れる全ての障害を...

「嘘..だろ...!?」

「どうってこと、ない!!」



   ―――受け流し、弾き、跳ね除ける。



  あっという間に、魔力弾の雨を掻い潜り、織崎の懐に入り込む。

「フッ...!!」

「くっ...!」

  掌底を一撃。衝撃を徹すように放ったが、いまいち効果がない。
  だけど、その攻撃に意識を向けさせただけで十分...!

「はっ!」

「うおっ!?」

  掌底をした手で脇腹を持ち、足払いで転倒させる。もちろん、ただ転倒させるだけではなく、地面に叩き付けるように。
  そして、すぐさま上に跳び上がり、リヒトをカノーネフォームに変える。

「やば....!なっ!?」

  僕が銃口を向けているのに気付いた織崎は、何とか弾丸を避けるために動こうとするが、仕掛けておいたバインドに引っかかり、動きが一瞬止まる。

「“チェック”、だ...フォイア!!」

  カートリッジが弾として織崎に迫る。これが決まれば....。

「“無毀なる湖光(アロンダイト)”ぉっ!!」

     ―――ガ、ギィイイイン!!

「(弾かれた!?)」

  無毀なる湖光(アロンダイト)...そうか!ステータス強化...!それで無理矢理弾いたのか...!

「これで...終わりだ!」

  僕の攻撃を弾いた後、すぐに僕に向かって斬りかかってくる。
  まずい...!今ので決まると思っていたから、弾かれるなんて想定していなかった...!





   ―――...と、織崎は思っているのだろう。



「っ...!?幻影...だと!?」

  織崎の攻撃が空振りする。まぁ、僕だと思っていたものが、ただの幻影だったのだから、当然だろう。
  ...なら、僕はどこにいるのかって?

「織崎が後半で魔法を多く使ってくれたおかげで助かったよ...。」

「上...!?」

  そう。僕はこの訓練場の天井近くに浮かんでいる。

   ―――左手にリヒト。右手にとある本(・・・・)を持って。

「僕が“チェック”と言ったため、さっきのがトドメの一撃だと勘違い...。...うん。僕の想定通りに勘違いしてくれたね。...まぁ、そうじゃなくてもそこまで変わらなかっただろうけど。」

  チェスで言う“チェック”と“チェックメイト”は似ているようで違う。“チェック”は将棋でいう“王手”だ。まだ“詰み”にはなっていない。
  さっきの“チェック”も同じだ。“チェックメイト”ではない。
  それを織崎は“チェックメイト”と同じだと思い込み、攻撃を凌いで反撃に出て意表を突いた気分になっていたのだろう。

「くそ!...なっ!?」

「あ、言い忘れてたけど、そこには多数のバインドが...って、もうかかってるか。」

  ストラグルバインド、レストリクトロック、クリスタルケージ。複数の拘束魔法で織崎を止める。結構な魔力を使ったため、大気中の魔力も枯渇して、既に一つの魔法と飛行魔法の分の魔力しかなくなっているが...これでいい。

「はずせない...!?」

「凄く複雑な術式で設置したからね。簡単に解かれちゃ困るよ。」

  織崎に聞こえるようにそう言いながら、本のページを捲る。

〈マスター。“グリモワール”に記されている魔法は確かに強力です。ですが、制御が困難な事を、忘れないでください。〉

「分かってる。飛行魔法はリヒトが制御してて、僕は“この魔法”の制御に集中するから。」

〈分かりました。〉

  この本...グリモワールは、リヒトに収納されていたベルカ戦乱期にあった魔法のほぼ全ての術式が記載されている本らしい。空想の魔導書みたいなものかな?デバイスじゃなくて。

「じゃ、行くよ。」

  手を掲げ、そこへ紅色の槍の形になるように魔力が集束する。

  ...そう。今から放つ魔法は、絶対必中の逸話を持つグングニル...それを模倣した魔法。
  どこかの世界ではとある吸血鬼が使用する技の一つでもある。

「“スピア・ザ・グングニル”...!!」

  大きな槍となったそれを、織崎に向けて放つ。
  飛行魔法の分以外の全ての魔力を凝縮・集束させた魔法だ。織崎の防御など、容易く貫く!







「...その本は、一体...?」

「リヒトの中に入ってただけの魔法が載ってる術式ですよ。それ以外はただの本と同じです。辛うじてマジックアイテムに分類されるんじゃないですかね?」

  模擬戦が終わった後、クロノさんに質問される。
  ...え?結果?勝ったよ。普通に最後の一撃が命中して終わり。ただそれだけ。

「...確かに、載っているのは魔法の術式だけで、本自体には固定化の魔法以外はなにもかかってないな...。」

  固定化の魔法とは、劣化や風化を防止するための魔法の事だな。

「...しかし、この本の存在が上層部にばれたら、卒倒するぞ...多分。」

「とんでもない魔法ばかり載ってますからね。」

「まぁ、それの所有者は君...と言うより、君のデバイスになるのか?」

「そうですね。」

  僕は借りただけにすぎない。

〈私はマスターの所有物なので、グリモワールもマスターの物ですよ?〉

「...そうなるのか?」

「...まぁ、ロストロギアではないから、君が持っていてくれ。」

  クロノさんがそう言うのなら持っておくか。

「しかし...君は魔力ランク詐欺もいい所だな。Bランクでどうやってあそこまであんな大魔法が放てるんだ...。」

「大気中に散らばった魔力を全て再利用していますからね。後は、織崎の魔法の魔力をそのまま吸収したり...。」

「...一度、君の魔導師としての全てを詳しく検査したいよ...。」

  いや...なんか頭を悩まさせてすいません...。

「それとあのカートリッジの使い方はなんなんだ?」

「リヒト曰く、ベルカ戦乱時代には一部で使われていた技術だそうです。」

  使い方はそのまんまカートリッジを弾丸として使うだけだし。

「古代ベルカ...か。」

「文献か何かに書いてあるかもしれませんよ?この技術は、魔力が少ない者が攻撃力を補うために武器に工夫を加えた事でできた事ですから。」

「魔法で手を加えた訳じゃないのか?」

「一応は...ですけどね。」

  銃の構造上、何かしらの術式が必要らしいけど。

「...戦力の増強などにも使えるかもしれないな...。後でユーノ(あいつ)に調べてもらうか。」

  ぶつぶつと何かを呟くクロノさん。...まぁ、僕には関係ないだろう。

「...他は特にないな。君が僕以上に魔力の使い方が巧いのも分かったし。」

「魔力不足は扱い方で補えってね。以前は操作技術を上げる事しかできませんでしたから。」

  そう言って、一度模擬戦に関する話は終わらせる。

「お兄ちゃんさっすがー!」

「神夜君に勝つって...私でも難しいのに...。」

  緋雪と司さんが褒めてくれる。

「...あっちは貴方が勝った事が信じられてないみたいだけどね。」

「あー....。」

  かやのひめさんの言葉に織崎の方を見ると、原作組+α達が揃って僕を驚愕の目で見ていた。

「神咲さんに至っては、緋雪の戦いの時から放心気味だけど。」

「通りでずっと喋ってなかったのか!?」

  クロノさんの言葉に神咲さんを見てみると、本当に放心状態だった。...辛うじて状況を認識してるみたいだけど。...久遠はよくわからないな。子狐状態だし。

「...次は私の番ね。」

  かやのひめさんが戦いの準備を始める。...相手は誰だろうか?

「...って、ちょっと待って。まだ弓を創ってないよ。」

「そうだったわ...。危うく、この弓で行く所だったわ...。」

  ...まだ、かやのひめさんの戦いは少し後になりそうだ...。







 
 

 
後書き
司のシュラインは所謂とらハのリリカルおもちゃ箱でのレイハさんです(つまりチート)。強くイメージした通りの魔法が使えるため、相手からすればなかなかに厄介です。

Aランク以上の攻撃と一定以上の威力の攻撃の違いが少しわかりづらいですが、分かりやすく言えば、Fate設定ならどんなに強い貫通力を持っててもBランクなら無効化されるが、この作品では貫通力さえあれば効くという事です。(つまりランサーのゲイ・ボルクが効く。)

優輝の魔法や緋雪の魔法は、ベルカ式と言う事で、大体がドイツ語訳での適当な言葉を並べています。(一応、効果と合う言葉を選んでいるつもりです。)

本文の文字数、10000文字超えてる...だと...!?((((;゚Д゚))))
 

 

第20話「実力」

 
前書き
今回は序盤、織崎神夜視点から始まります。(すぐに終わりますが。)

“クロノさん”と打つとき、なぜか“黒野さん”になる。
誰だよ黒野さんって...。(´・ω・`) 

 


       =神夜side=





   ―――嫌な予感がしたのは、王牙の奴があいつを襲った時からだ。

「(俺が...負けた?)」

  あいつ...志導優輝との模擬戦で、俺は負けた。
  俺の魔力量はSランクで、志導優輝はBランク。おまけに最近魔法を扱うようになっただけだ。魔力量も経験も、俺の方が勝っている。...そのはずなのに、負けた。

「(最後の攻撃...やはり転生者か...?)」

  そう。俺はあの日、王牙が志導優輝を襲った日の時点で、嫌な予感がしていた。“こいつは傍観していただけで転生者じゃないのか?”と。

  今更だが、俺は転生者だ。二次創作の小説によくあるパターンで、神様に特典をもらって転生させてもらったという、テンプレにありがちな転生だ。
  神様が出てきた時点で、“神様転生”だなと俺は思ったので、怒らせないように神様のミスが原因でも許したら、いつの間にかFateのヘラクレスとランスロットの特典を持って転生させてもらっていた。
  デバイスもアロンダイトと言うのを持っていて原作に介入して...と、今はこの話は置いておこう。

「(重要なのは、志導だ...。)」

  今日、クロノに昨日あった魔力反応について呼ばれたが、まさか志導兄妹のような一般人が来るとは思っていなかった。しかも、明らかに普通じゃない奴もいた。

「(“かやのひめ”...前世でやってたMMORPGにいたな...。)」

  確か、“かくりよの門”だったか?あれの登場キャラクターだ。

「(志導優輝は投影魔術とレミリア・スカーレットのスペルカード。その妹の志導緋雪はフランドール・スカーレットのスペルカード。...そしてかやのひめ...。)」

  どう考えても転生者だろう。かやのひめも本来は江戸が舞台だ。ここにいるはずがない。...まさか、転生者がこんなに潜んでいたなんて...。
  今の所害はなさそうだが、司と仲がよさそうだ。...油断はしない。

「(もしハーレムだとか考えていたら...。)」

  なのは達を好きにさせる訳にはいかない。
  そんな行動を起こした時は、模擬戦ではない、本気の戦いで...ぶっ潰す!







       =かやのひめside=





  私の模擬戦をやる前に、優輝に弓を作ってもらう。
  どうやら、作るのに魔力が必要みたいで、しばらく回復で時間を取ってしまった。

「それにしても、どうやって弓を作るのよ?」

「あー...作るというより...今回は強化かな?」

  強化?よくわかっていない私を余所に、優輝は私の弓を持つ。

「...木製の弓でも、強度は鉄以上だったら、どう思う?」

「....?それは当然、普通よりそっちの方がいいわね。」

  一体、なにをするつもりなのかしら?

「まぁ、こうして...創造開始(シェプフング・アンファング)...。」

  呪文らしき言葉を唱えて、弓に一度線のような物が現れる。

「基本骨子、解明。構成材質、解明。...基本骨子、変更。構成材質、補強。」

「...なにをしたの?」

  線が消え、元の弓に戻る。...いえ、そう見えるだけで、明らかに何かが変わっている。

「これで、デバイスには劣るだろうけど、鋼とかよりは遥かに強固なはずだよ。」

「...どうやらそのようね。」

  何をどうやったのかは分からないけど、木製の弓の強さを鋼以上にしたみたい。

「それに、微かに霊力がある...。」

「本当?慣れない力だったから不安だったけど、ちゃんと篭っていたのか。」

  ...使った事のない霊力を誰の師事もなく武器に込めた...ですって?

「貴方...凄いわね。」

  まるで“あの子”みたい。

「矢も強化するよ。」

「あ、それはいいわ。基本、霊力で矢を作るし、それらは霊力の媒体にするか、霊力の節約のためだもの。別にいいわ。」

  それに、これは模擬戦だから、下手に強化したら相手が死んでしまう可能性があるわ。

「なら、これでいいか?」

「ええ。ありがと。」

  少し照れながら礼を言う。

「準備は終わったか?」

「ええ。」

  黒服の少年...確か、クロノって言ったかしら?彼がそう言ってきたので、私も準備が終わったことを伝える。

「相手は誰になるのかしら?」

「そうだな....。」

  クロノが一同を見回して、一人に目が止まる。

「じゃあ、ヴィータ。相手をしてくれるか?」

「あたしが?どうしてあたしなんだ?誰も立候補しなかったとはいえ。」

  選ばれたのは、赤毛の三つ編みの小さい少女だった。...見た目と違って、結構な修羅場を潜り抜けてきたみたいね。油断できないわ。

「彼女は後にクルーアル・カタストロフと戦うんだ。クルーアルは斧型のデバイスを使っていて一撃一撃が重い。奴と戦う時のためにも、できるだけ共通点がある相手と戦わせた方がいいと思ってな。」

「...そう言う事か。分かった。ならあたしがやるよ。」

  どうやら、後のためが理由で彼女を選んだみたいね。

「じゃあ、行くぞ。」

「分かったわ。」

  彼女についていき、模擬戦をする場所へと向かう。





「なぁ、誰も聞いてなかったけどよ、おめぇ、なにモンだ?」

「...それはどういう質問かしら?」

  模擬戦の場所へ着き、唐突に彼女...ヴィータが聞いてくる。

「おめぇはこの世界...地球の生き物のはずだ。魔力を感じねえから、間違いないはずなんだ。...なのに、守護獣や使い魔みてぇに耳と尻尾がついてやがる。そんな姿で人間なんて言い張らねぇよな?」

「そうね。人間じゃないわ。」

  他の人達は私の事より重要な話があったのだから、聞いてこなかっただけだと思うわ。リンディ(...だっけ?)とクロノには先に伝えてあるのだけど。

「草祖草野姫...所謂草の神よ。狐の耳と尻尾は私にも分からないわ。」

「分からねぇのかよ。」

「だって、式姫になった時にはこの姿だったもの。」

  出会った人は皆可愛い可愛い言うけど、そんなにかしら...?
  ...べ、別に嬉しくなんてないんだからね!

「...そろそろ始めましょ。」

「ああ。疑問も解けたし、始めるか。」

  少し間合いを取って、優輝に強化してもらった弓を持つ。

  そして、優輝に貰っておいた合図用の石を真上に高く放り投げる。
  なんでも、念話というものでの合図では私には分からないから、そのためのものらしい。

「っ、でりゃぁああああ!!」

  石が地面に落ちた瞬間、彼女は私目掛けて一気に間合いを詰めてきた。

「っ!」

「はぁあああっ!」

「...っと!!」

  横に振られた鎚を跳んで躱し、さらに当てに来たのを足に沿わせ、勢いを利用してさらに高く跳ぶ。これで距離が取れた。

「まずは...小手調べよ。」

  霊力を矢の形に編み、それを彼女目掛けて射る。

「ちっ!」

    ギィイン!

  しかし、それは簡単に障壁に阻まれる。

「(今のでは弾かれる...ね。)」

  ならばと、今度はさらに多くの霊力を固める。優輝には悪いけど、一気に霊力を補充させて貰ったから全快ではないけど、これなら霊力の心配はないはず。

「あ?もう一発か?」

「...“戦技・強突”!」

  しっかりと弦を引き、射る!

  ...本来なら槍術師が基本的に使う技なのだけど、これは弓術士の私でも使えるわ。

「がぁっ!?」

「っと、これなら障壁を貫けるのね。」

  地面に着地し、彼女の様子を見る。

「くそっ、油断してたぜ。今度はあたしから...!」

「(来る...!異世界の魔法に対して、私の力はどこまで通用するかしらね...。)」

  彼女は鉄らしきの球を取り出し、それらを私に向かって鎚で打ちだす。

「“シュワルベフリーゲン”!」

「っ...!」

  その球は魔力弾(というのだったかしら?)となって私に襲い掛かってくる。もちろん、素直に当たるつもりはないので、躱す。...だけど。

「追尾式...!?」

  魔力弾は弧を描くようにまた私へと向かってくる。

「撃ち落とすしか...!」

  霊力を即座に固め、撃ちだす。数がそれなりにあるため、早く撃つ!

「“弓技・双竜撃ち”!」

  二連続で撃ちだす弓術を使って、何とか全て撃ち落とす。

「(しまっ...彼女はどこに...!)」

  気配を感じて後ろを振り向く。

「“ラケーテン・ハンマー”!!」

「っ.....!」

  加速して鎚を振ってくる。...回避?遅すぎる。防御?防げるわけがない。



   ―――なら、攻撃そのものを止めさせる。



     ギィイイイン!!

「なっ....!?」

  彼女が驚愕に目を見開く。当然だ。なにせ...。

「受け止めた....!?」

「っ......。」

  私は短刀を彼女の鎚の柄の部分に当てる事で、彼女の攻撃を止めていたのだから。

「鎚や斧のような、強い破壊力を持つ武器ってね、遠心力で威力を出してる場合が多いから、その中心点に近い場所で受け止める事ができるのよ....!」

  もちろん、普通に受け止めてもそのまま吹き飛ばされるだけなので、ちゃんと霊力で身体強化を施している。...ほんの少しだけだけどね。

「私だって、接近された時のための対処法は心得ているのよ。この、短刀みたいにね...!」

  鎚の柄を掴み、すぐさま短刀の柄で彼女の鳩尾を突く。...刃で斬る事はしない。これは模擬戦だから。...峰では叩くけどね。

「はっ!」

「くっ....!」

  蹴りを入れ、体勢を崩させながら間合いを取る。
  即座に矢を番え、弓を構える。

「“弓技・螺旋”!!」

「がぁああっ!?」

  抉り取るように回転しながら突き進む矢に、彼女は吹き飛ばされる。...直撃したら死んでいたと思うから、掠らせるようにしておいたけど。

「ぐっ....!」

  やっぱりそこまで体力が減った訳じゃないみたい。

「...シッ!」

  体勢を立て直した彼女に向けて、連続で矢を射続ける。
  しかし、それらは全て宙を飛ぶ事で回避される。

「だりゃぁああああ!!」

「っ....!」

  私の放った矢を紙一重で避け、真上から鎚を振り下ろしてくる。
  何とか後ろに下がる事で回避する。

「逃さねぇ!」

「くっ、ふっ、っ...!」

  振り下ろした後も、すぐさま私に向けて振るって来る。さっきはどう振られるかがすぐに分かったから短刀で止めれたけど、連続じゃ、受けきれない...!

「はぁっ!」

「っ、はっ!」

  上半身に横薙ぎに振るわれた鎚を体を反る事で躱し、そのまま地面に手をついて、ついでに蹴り上げ攻撃を繰り出す。不意を突いたとはいえ、少し攻撃が緩む程度で躱される。
  そのまま一回転して着地した時には、既に彼女は私に攻撃する所だった。

「喰らえ!...なっ!?」

「...引っかかったわね。」

  彼女は私に向かおうとして、地面から炎が噴き出し、足止めを喰らう。

「霊術の一つ、“火炎”よ。さっき手を地面についた時、仕掛けておいたのよ。」

  媒体として使ったのは御札。これなら紙さえあればいくらでも予備が作れるからね。

「くそっ...!」

  まぁ、大した威力は出なかったけど。

「ついでよ。受け取りなさい、“弓技・旋風の矢”!」

「ぐっ...がぁっ!?」

  風を纏い、空気を切り裂きながら突き進む矢に、彼女は障壁で防ごうとするが、そのまま霊力の風が炸裂して怯む。

「終わりよ。」

「っ!?しまっ....!?」

  その隙に懐に入り込み、短刀の柄で鎚を叩き落とし、霊力の矢の先を首元に突きつける。

「...参った。降参だ。」

「私の勝ちね。」

  そこまで苦戦もしずに勝てた。...でも、それは霊力という相手にとって未知の力だったからだと思う。







       =優輝side=



「...短刀も強化しておくべきだったかな。でも、知らなかったし...。」

  かやのひめさんが勝った所を見て、僕はそう言う。

「彼女...非殺傷じゃないどころか、質量兵器を...!?」

「クロノさん?」

  そりゃあ、彼女にとって非殺傷設定なんてないし、質量兵器...短刀だって、彼女が生き抜くために必要だったんだから、持ってて当たり前だろうに。

〈霊力というものは、割と容易く魔力の術式に干渉できるようですね。〉

「そうだね。あっさりと防御魔法を貫いていた。」

  霊力は魔力と相性がいいらしく、防御魔法の術式を容易く抉っていた。

「...お兄ちゃん、かやのひめさんは“カタストロフ”と戦って大丈夫そう?」

「分からないな...。彼女に直接聞いてみないと。」

  防御を貫く事に関しては大丈夫だろう。でも、肝心の彼女本人の防御力が分からない。

「戻ったわ。」

「あ、かやのひめさん。」

  少し考え事をしてる内にかやのひめさんが戻ってきていた。

「霊力は全快でなかったとはいえ、普通に勝てたわ。」

「って、全快してなかったんだ...。」

  それなのにあまり苦戦してなかったなんて...。

「相手の意表ばかり突いたからよ。次はそうはいかないわね。」

「なるほどね...。」

  そんな会話をする僕らに、クロノさんが険しい顔で近づいてくる。

「一つ聞きたいが、君の使う力...霊力は非殺傷にできるか?」

「非殺傷?傷つけないようにするためかしら?そんなのないわよ。」

  キッパリとそう言ってのけるかやのひめさん。...まぁ、当然だよね。

「相手を殺してしまう可能性もあるのか...。質量兵器だが、あの短刀も彼女にとっては必須の武器...。...仕方ない、こればっかりは見逃すか...。」

「...あなた達って、その非殺傷設定とやらを使って殺さずに戦ってるのかしら?」

  ぶつぶつと呟いて一人で納得したクロノさんに、かやのひめさんはそう質問する。

「ああ、そうだが...それがどうしたんだ?」

「いえ...ただ、随分と生温い戦いなのね。と、思っただけよ。」

「っ.....!」

  かやのひめさんに貶されたクロノさんは図星を突かれたかのような表情をする。

「私達式姫は、こと生きるか死ぬかの戦いにおいては、星の数ほどこなしてきたわ。だから、いざとなれば相手を殺す覚悟もできているし、無論殺さないようにする手加減もできる。.....言い方が悪かったわね。つまりは、死ぬ事のない戦いばかりしていると、いざという時...例えば殺さずを得ない場合、非殺傷だからと安心して殺してしまった時、他には...その非殺傷設定とやらが使えない場合での覚悟ができないわよって事よ。」

「...そうだな。」

  遠回しな言い方だったために、かやのひめさんは言い直す。

「あなた達は犯罪を犯した者を捕らえるのが主な仕事だから、非殺傷で戦うのはよく分かるけど、非殺傷に頼り切ってると手加減を忘れてしまうわ。」

「そうだな....僕も、そんな人を見た事がある。」

  非殺傷設定の解除は警察で言う発砲許可だからなぁ...。その時の人を殺してしまう覚悟がなければ捕まえる事はおろか、その時に殺されてしまう可能性もあるからなぁ...。
  まぁ、かやのひめさんは江戸時代辺りの感性でほぼ止まっているからこういう事を言ったのだろう。殺す事よりも生かす事の方が難しいし...。

「...まぁ、貴方や貴方の母親はその覚悟が出来ていたみたいだからいいんだけど。...問題はあっちに固まっている連中よ。」

「...なのは達か...。」

「ええ。彼女達、当たり前だけど人を殺した事がないでしょう?さっきの例えのような目に遭ったら、いつか心が壊れるわよ。」

  なるほど。かやのひめさんなりのアドバイスか。

「遠回しとはいえ、助言をしておくなんて、かやのひめさんは優しいね。」

「なっ....!?べ、別に助言のつもりなんて...!」

  あ、ツンデレった。しかもなぜか花が二つ現れる。

「あれ?なんで花が...?」

「そ、それは私が嬉しいと思ったら勝手に現れ...って、別に嬉しくなんかないんだから!」

  なるほど。嬉しいと花が出てくるのか...。なんでさ。

「......。」

「.......。」

「.......。」

  僕、緋雪、それと今まで黙っていた司さんが生暖かい目でかやのひめさんを見る。...僕らの頬が少し緩んでにやけてるのは気のせいだ。うん。
  ちなみに、クロノさんも苦笑いをしていた。

「な、なによ!そ、そんな目で見ないでよ!」

  顔を真っ赤にしながらそう言うかやのひめさん。

「なるほど。これがツンデレか。生で初めて見た。」

「っ....!だ、誰がツンデレよ!」

  あ、ツンデレの意味は知ってるんだ。

「んん、まぁ、話を本筋に戻そう。...さて、これで三人とも模擬戦が終わったのだが..。」

  クロノさんが話を切り替えてそう言う。

「...ぶっちゃけて言えば、あの戦いを見ただけで十分優秀だと分かった。詳しい強さはこちら側で見極めるから、詳細はまだ分からないがな。」

「私のは相性もあったけどね。」

  かやのひめさんも霊力とこっちの魔法は相性がいいのに気付いていたらしい。

「だからこそ、改めて言おう。...今回の件、次元犯罪組織“カタストロフ”の捕縛の協力。その作戦の要、任せたぞ。」

「了解です。任せてください。」

  問題だった火力不足も半分程解決した。緋雪は魔力の操作と経験を積めばいいし。かやのひめさんはとりあえず回復すればいい。戦いの経験は多いからな。

「あ、クロノさん、カートリッジを補給したいんですけど、どうすればいいですか?」

「カートリッジをか?それなら、デバイスのメンテナンス室にいるだろう、マリエル・アテンザというメンテナンススタッフの女性に頼んでくれ。」

「分かりました。」

  そう言う事なので早速その部屋に向かう。





「...って、あれ?なんで二人ともついてきてるの?」

  メンテナンス室への道をクロノさんに聞いてから向かっている途中、緋雪とかやのひめさんがいる事に気付いた。

「私もカートリッジは必要かなぁ..って。」

「私はあの後どうしておけばいいか分からないし、新しい主の傍にいた方がいいからよ。」

「あー...。」

  なんとか納得はした。

「ちなみに司さんは神咲さんの付き添いで残ってるよ。」

「なぜそこで司さんの名前出てくる。」

「だって...仲が良いし...。」

  なぜそこで不満そうな声になる。

「司さんとはクラスメイトだから、自然と仲良く見えるんだよ。」

「むぅ...そうだけどさぁ...。」

  何かが納得いかないらしい緋雪。

「....ねぇ、一つ聞きたいのだけれど。」

「なにかな?かやのひめさん。」

  おもむろに僕らに口を開くかやのひめさん。

「あなた達、兄妹なのよね?」

「そうだけど....それがどうかした?」

「いえ、ちょっと...人間じゃない気配が貴女からするのよ。」

「っ....!?」

  かやのひめさんの言葉に身を強張らせる緋雪。

「...どうやら本当に人間じゃないようね。」

「...確かに、緋雪は人間じゃなくなった。だけど、実の兄弟であり、家族だ。...それ以外に何か問題でも?」

「...いえ、何もないわ。」

  少しばかり威圧するようにかやのひめさんにそう言うと拍子抜けな答えが返ってきた。

「ただ、どうして実の兄妹なのに貴女の方が人外の気配がするのか疑問に思ってね。」

「...そういえば、なんでだ?」

  緋雪の特典で“フランドール・スカーレットの強さ”と言うのがあったから、吸血鬼としての力が使えるのは分かる。だけど、どうして吸血鬼になったのかは分からない。確か、誘拐の時にはもうなっていたみたいだけど...。

「...私にも、よくわからないよ。」

  緋雪も分かっていないみたいだ。

「そう...変な事聞いちゃったわね。」

「ま、気にするだけ無駄かな。...っと、着いたな。」

  メンテナンス室に着く。中に入ってみると緑のショートで眼鏡を掛けた女性がいた。多分、この人がマリエル・アテンザさんなのだろう。

「あれ?あなた達は....?」

「えっと、今回の事件で協力する事になった志導優輝です。」

「妹の緋雪です。」

「かやのひめよ。」

  まだ僕達は知れ渡っている訳ではないからちゃんと挨拶しておく。

「あぁ!あなた達がクロノ執務官の言っていた。私は技術部のマリエル・アテンザです。クロノ執務官とエイミィ先輩の後輩でもあります。気軽にマリーって呼んでね。」

「あ、はい。よろしくお願いします。」

「それで、どんな用事なの?」

  カートリッジを作りに来た事を説明する。

「カートリッジかぁ...えっと...これだね。」

「あ、ありがとうございます。」

  一ダース分、マリーさんから貰う。

「できれば、自分で作れるようになりたいんですが...。」

「ええと...材料さえあれば作れると思うけど...。」

〈作り方でしたら、私が教えますよ。〉

  リヒトが知っているようで、教えてもらえるようだ。

「あなたのデバイスは優秀なんだね。じゃあとりあえず、一応空のカートリッジがあるから、それも渡しておくね。」

「ありがとうございます。」

  さらに二ダース分の空のカートリッジも貰う。...結構奮発してもらったな。

「では...。」

「頑張ってね。私はバックアップしかできないから。」

「はい。」

  メンテナンス室を後にする。

「とりあえず、緋雪にも六個渡しておくよ。」

「ありがとう!」

  緋雪にカートリッジを半分渡し、僕もリヒトをカノーネモードにして装填しておく。

「とにかく、奴らが見つかるまで僕らは技術を高めよう。」

「私は戦闘中の魔力操作技術の向上。」

「僕は模擬戦を重ねてできるだけ魔力を伸ばす。...幸い、僕の魔力量はなぜか増えやすいからな。」

  多分、ステータスにあった止まらぬ歩み(パッシブ・レボリューション)の効果かな?

「...私もそれに混ぜてもらえないかしら?」

「かやのひめさんも?いいけど...。」

  かやのひめさんに足りない所って、霊力不足だけじゃあ...?

「私、弓での戦闘は大丈夫だけど、未だに接近された時の対処が不安定なのよ。幸い、接近された時の技術の当てはあるんだけど、その特訓相手がね...。」

「なるほど...。分かった。僕らでよければ。」

「助かるわ。」

  模擬戦用に刃引きした武器を用意しなくちゃな。



「戻って来たか。」

「...?どうしたんですか?」

  クロノさん達がいる場所に戻ると、クロノさんが待ち伏せていた。

「いや、君達の親に連絡を入れようと思ったんだが、肝心の君達がメンテナンス室に行ってから気づいたんでな...待ってたんだ。」

「連絡....ですか。」

  そっか。クロノさんは知らなかったんだな...。

「親は...いません。」

「なに...?」

「不可解な事故に巻き込まれて、世間的には死んだことになっています。」

  こういう所で秘密にしていても意味がないので、簡潔にそう言った。

「っ...すまない。迂闊だった。」

「いえ、誰も予想してませんよ...。...後、僕達はまだ死んだとは思ってません。」

「...飽くまで“死んだことになっている”だったな...。」

  クロノさんもそこに気付く。

「はい。事故現場からは両親の遺体どころか、血痕すら見つかりませんでしたし、目撃情報では、車内から不可思議な光が漏れていたのと、両親以外の人影を見掛けたというのがありましたから。」

「不可思議な光と、人影...?」

「はい。」

  ....今思えば、あれは魔法関係だったかもしれんな...。

「お兄ちゃん....。」

「なぁ、それって...。」

「...三人とも、考え付く事は同じみたいですね。」

  緋雪もクロノさんも僕と同じ考えに思い当たったらしい。

「...今回の事件が終わり次第、捜索願いを出しておこう。」

「助かります。」

「それと、だ。僕に対して普段は敬語は使わなくていい。名前も敬称でなくていい。コンプレックスではあるが、身長が君と同い年に見えるからな。」

「そうですか?...じゃなかった。そう?」

  僕もクラスの男子の中では低い方に入るんだけど...。

「ああ。僕自身、公の場でない限り常に敬語はむず痒いからな。」

「...私と同じね。」

「緋雪、君もだ。かやのひめは最初から敬語ではなかったようだが...。」

  そういえば神様だったな。と納得するクロノ。

「私、こう見えて齢は余裕で七桁を超えてるわよ?....まぁ、それは本体の齢だから、式姫になってからは...千二百年程ね。」

「き、規格外だな...。神様って言うのは、不老なのか...?」

「大抵はそうよ。寿命という概念はあっても、老いる事はないのがほとんどよ。」

「...なるほどな...。」

  さすがだなぁ...。神様はやっぱり格が違うな。

「....話を戻そう。二人共家に連絡する必要はなし...か。保護者のような人はいないのか?」

「あっ....えっと、いるにはいますね...。」

「誰だ?」

「高町士郎さんです。」

「えっ....?」

  なぜなのはの親が...?と頭を抱えるクロノ。

「まぁ、色々あったんですよ。あの人、お人好しですし。」

「お兄ちゃんが言えた事じゃないよ。」

「うぐっ...。」

「...まぁ、とりあえず連絡はしておくよ。」

  緋雪、最近容赦がない気がするんだけど...。

「かやのひめは...。」

「...お母様とは連絡を取れないわ。お父様もどこにいるのか分からないし。」

「あれ?かやのひめさんの両親って...。」

伊邪那岐(いざなぎ)伊邪那美(いざなみ)ですね。〉

「...黄泉の国にいるのにどうやって連絡しろと。」

  そして父親の方は行方不明と。

「.....まぁ、かやのひめの両親への連絡は諦めよう。僕のような人間が手出しできる事じゃないな。これは...。」

  あ、考える事放棄し始めたな。この人。

「とにかく、“カタストロフ”が見つかるまでこのアースラで暮らしてくれ。」

「分かりました。」

  他の人と交流を深めるように...って言われてたしな。誰かと話してみるか。









 
 

 
後書き
今回はここまでです。

マリーさんも織崎の魅了に掛かっています。脇役だからほとんど意味ないけどね!(おい

感想、アドバイス待ってます。
 

 

第21話「交流、そして敵討ち」

 
前書き
アースラ内で魅了に掛かっていない女性はリンディさん、エイミィ、リニス、プレシアさんの四人だけです。他は全員織崎の魅了に掛かっています。(もしかしたら効いていない人もモブキャラでいるかも。)
 

 


       =優輝side=



  奴らが見つかるまでアースラで暮らす事になった僕らは、とりあえず未だに取っていなかった昼食を食べる事にした。

「ここか。」

「あ、結構広いんだね。」

  僕、緋雪、かやのひめさん、司さん、神咲さん、久遠の六人で食堂に来る。
  ただし久遠は子狐形態だ。

「そういえば、神咲さんの方は家に連絡したんですか?」

「一応ね。でも、誤魔化しが効かない人たちだから、事件が終わったらちゃんと説明しなきゃなんだよね...。」

「そうなんですか...。」

  ふとかやのひめさんを見ると、なぜか落ち着かない様子だった。

「どうしたの?」

「いえ...異国...というか異世界の設備の構造が、私が今まで知ってきたのと全然違うから、落ち着かないのよ...。」

「あー...洋風ならまだしも、こんな未来的だったらなぁ...。」

  “和”の雰囲気しかほとんど知らないかやのひめさんからしたら、違和感しかないだろうな。

「とにかく何か食べない?そろそろお腹ペコペコだよ。」

「それもそうだね。」

  司さんがそう言ったので、僕らは何か食事を頼む。

「ここってどんなメニューがあるの?」

「このアースラは他の管理局の艦と違って、より日本の食文化を取り入れてるからね。普通の喫茶店やレストランのメニューがあるよ。」

「うっ、横文字...私には何も分からないわ...。」

  メニュー表があったけど、かやのひめさんにはやっぱり分かりづらいみたいだ。

「....和食は?」

「リンディさんが取り入れたのか、少しだけならあるよ。ほら。」

「...再現出来てなさそうな予感がするけど、かやのひめさんにはこれがいいかな。」

  和食定食っぽいメニューがあったので、かやのひめさんのはそれにする。
  僕らは普通に適当なメニューを選び、注文する。

「クロノ君から交友を深めるように言われたから、後でいろんな人と話してみる?」

「うーん...そうだね。カートリッジの魔力も込めたいけど、そっちもしておかなくちゃ。」

  とにかく今は昼食を食べよう。





「ごちそうさま。」

「似ている...けどなにか違う...。」

  昼食を食べ終わる。かやのひめさんはやっぱり和食が再現しきれていなかったからか、何か納得が行かなかったみたいだ。

「じゃあ、交友を深めに行きますか。司さんは誰か紹介しておきたい人とかいる?」

「えっと...二人、いるかな。」

  じゃあ、その人達に会いに行くか。

「誰と誰なの?」

「私の使い魔のリニスと、フェイトちゃんとアリシアちゃんの母親であるプレシアさんだよ。」

「その二人ならそこにいるよ?」

  緋雪が示した方向には、件の二人が食事を取っていた。

「『リニスさんとプレシアさんは、神夜君の魅了に掛かってないんだよね。』」

「『そうなの?』」

  司さんから念話でそう伝えられる。なぜ念話なのかというと、あまり人に知られてはいけないような事だからだ。(ばれた所で信じられないだろうけど。)

「『うん。他にもリンディさんやエイミィさんも。』」

「『...確か、既に想い人がいると効かないって感じだったから...それかな?』」

  エイミィさんは原作ではクロノさんと結婚するし、リンディさんやプレシアさんは今はいなくてもかつては夫がいたからかな?

「『でも、だとするとリニスさんはどうして...?』」

「『....私と、使い魔の契約をしてるからかな?私に魅了が効かないから、使い魔であるリニスさんも私の影響を受けて効かなくなってるとか...。ほら、使い魔とは精神がリンクするし。』」

「『なるほど。』」

  まぁ、魅了されていないのなら話しやすいな。

「お兄ちゃん?どうしたの?いきなり黙って。」

「ん..いや、なんでもないよ。」

  緋雪に疑問に思われたので、誤魔化しておく。

「とにかく、行こう。」

  リニスさんとプレシアさんの所へ歩いて行く。

「すいませーん。」

「あら?貴方は確か...志導優輝と言ったかしら?」

  話しかけて、それに答えるプレシアさん。

「はい。クロノに交友を深めるようにも言われていたので、ちょっと世間話に。」

「そうなんですか。あ、席は空いてるので座って構いませんよ?」

  リニスさんが空いている席を指す。お言葉に甘えさせて座らせてもらう。
  ...さすがに五人分は空いてなかったので他の所から拝借させてもらったが。

「世間話...ね。ちょっと聞いておきたいのだけれど。」

「はい、なんですか?」

「貴方は、あの子達がおかしくなっているのに、気づいてる?」

  あの子達とは高町さん達の事を示すのだろう。...おかしくなっている..か。もしかして、プレシアさんは洗脳の事に気付いているのか?

「優輝君も緋雪ちゃんも気づいていますよ。」

「そう...あなた達は無事なのね。」

  司さんが代わりに答え、プレシアさんは緋雪や神咲さんにそう言う。

「私が、予防はできる魔法を掛けておきましたから。」

「予防...ね。既になっていたら意味ないのね。」

「はい。....すいません。」

「謝る事ではないわ。...私なんか、それすらできないのよ...。」

  顔を俯かせ、悔やむように言うプレシアさん。実際、悔しいのだろう。

「プレシア....。」

「どうして、私だけ無事なのか、それが逆に嫌になるわ...。」

「そう言う事、言わないでくださいプレシア。...貴女だけではありません。私や司、リンディさんやエイミィさんも無事ではないですか...。」

「でも、それでも何もできないのは嫌なのよ....!」

  テスタロッサさんの母親だから気付いたのだろうけど、むしろそれが悔しさに拍車をかけているのだろう。

「....ごめんなさい、情けない所を見せちゃったわね。」

「いえ...。しかし、いつ魅了に気付いたんですか?」

「私はあの子達の母親よ?ほんの些細な事でも気が付くわ。」

  ...さすがだな。だけど、今回ばかりは裏目に出て余計に悔しいのだろうけど。

「...待って、魅了って、どういうこと?」

「......かやのひめさん達には、話してなかったね。」

  かやのひめさんや神咲さんにも織崎の魅了の事や、女性のほとんどはそれに掛かっているという事を簡単に伝える。



「―――という事なんです。」

「.....なん...なの....それ.....。」

  一通り説明すると、神咲さんは絶句していた。

「自覚がないのが余計癪に障るわね。魂の雰囲気に違和感があると思ったら、その力が原因ね。」

「...さすがかやのひめさん。大体は気づいてたんだね。」

  さすがは神様と言った所か。

「想い人が居れば効かない...。私が効かないのは今は亡き夫への想いがあったからなのね...。」

「私は元々体質で効かない司と契約しているから無事...なのですね。」

「はい。...すいません、僕も、あまり力になれなくて...。」

「...いいのよ。まだ、おかしくなったのが魅了で、解く事は可能なのだから。」

  確かに、僕の魔法にも精神を正常に戻す事で魅了も解く事ができる魔法はある。...魅了を解くとまで行くと、必要魔力が多すぎるんだけどね。
  他にも、司さんの魔法も極めれば魅了を解けるみたいだし、調べれば他の魔法でも代用できるかもしれないしね。

「....さぁ、後ろめたい話はここで切り上げましょう。そちらのお嬢さんが限界になるわ。」

「...っと、神咲さん、これは僕達で解決します。神咲さんは気にしないで...とは言えませんが、心配しないでください。既に解決法自体は分かっているので。」

「っ....う、うん...。大丈夫...大丈夫だよ。」

「くぅ...那美.....。」

  久遠も心配そうにしている。...無理に励まさずに、そっとしておこう...。

「話題を変えましょ。....ところで、司と彼の馴れ初めを聞きたいのだけれど...。」

「プレシアさんもそう思ってるの!?」

  どうやら緋雪だけでなく、プレシアさんにも僕と司さんが特別な関係に見えるらしい。

「...悪いですけど、私もそう思うんですが...。」

「リニスさんまで!?」

「貴女は誰にでも優しくしてるけど、彼とは特別親しく見えるわよ?」

  ...まぁ、同年齢の友人だからなぁ...。そう見えるのかも...。

「それに、使い魔だから分かるんですが、司が優輝さんと会話していたりする時、他の方の場合と違ってさらに楽しそうにしてるんですよ?」

「う、嘘っ!?」

  リニスさんの言葉に慌てふためく司さん。

「司さん...やっぱり.....。」

「ち、違うよぉ!私は同い年の男の子で初めての友達だから、それで...。」

「はいはい。そう言う事にしてあげるわ。」

  プレシアさんにその後もからかわれ続ける司さん。...こんな司さん、見るの初めてだなぁ。いつもは弄られるなんて事なかったのに。





   ―――こうして、交流の時は過ぎて行った。







「....シッ!」

「っ、くっ...はっ!」

  短刀を創造で創りだした斧で受け流し、柄の方で反撃をする。

「甘いわ!」

「っ!?しまっ...!?」

「...終わりよ。」

  しかし、その反撃は躱され、しかもその際に斧に乗られて斧を封印される。
  そして、目の前に短刀を突きつけられ、戦いは終わる。

「...ふう。慣れてきたわ。」

「もう、斧の僕では勝てなくなったね。」

「魔法なしだからよ。」

  そう。これは模擬戦だ。短刀も斧も僕が創り出したもので、刃を潰して怪我をしにくく加工してあるから遠慮なく模擬戦ができる。もちろん、この模擬戦の目的はかやのひめさんの近接戦での弱点の克服だから遠距離攻撃はどちらも使っていない。...防御は使うけど。

「...式姫で刀を使っていた人たちって、皆これ以上に強かったの?」

「まあね。私は短刀だし、付け焼刃だからね。刀捌きは当然上よ。」

  かやのひめさんが言っていた近接戦の技術の当てとは、同じ式姫で刀を扱っていた人たちの事だったらしい。...確かに、付け焼刃でも十分に強い。

「そろそろ休憩にしましょ。緋雪もね。」

「221、222、223...あ、分かったよ!シュート!」

  僕らの傍らで魔力弾の操作練習(原作の高町さんがやっていたアレ)を終わり、空き缶はちゃんと目標の場所へと飛ばす。
  ちなみにこの場所にはゴミ箱がなかったので目的の場所に飛ばした後、ちゃんとゴミ箱に入れに行かなければならないんだけどね。

「たった二日で、結構上達したね。」

「そうね。私もここまでできるようになるとは思えなかったわ。」

  実は、プレシアさん達との交流から既に二日経っていたりする。
  あの後、一応他の人達とも交流したけど、ちょっと挨拶したり世間話をしただけなので、特筆するような事は何もなかった。

「...っと、いつの間にか昼になってたか。」

「じゃあ、お昼を食べに行く?」

「そうだな。」

  模擬戦場からそのまま食堂へ行く。...もちろん、手洗いと着替えはしておいたぞ?かやのひめさんは着物が霊力が編まれているので一度消してからもう一度創り出すだけでいいけどね。

「今日は...この“すぱげってぃ”に挑戦してみるわ。」

「フォークの扱い方が分からなかったら聞いてね。」

「ふぉー...?....分かってるわ。」

  なお、かやのひめさんは頑張って洋食に慣れようとしている。これまではうどんや蕎麦もあったからそれにしたり、昨日の夕飯はカレーに挑戦していたりしている。横文字も何とか覚えたらしく、まだぎこちないけど読めるようにはなった。

「あ、優輝君、緋雪ちゃん、かやのひめさん、三人も食堂に来てたんだ。」

「司さん。司さん達も今食事に?」

「うん。」

  声を掛けられたので振り向けば、司さんとリニスさんやプレシアさん、神咲さんや久遠も一緒にいた。神咲さんと久遠はやる事がないから大抵司さん達に付き添ってるんだよね。

「あ、かやのひめさん、フォークはこうしてこうやって...。」

「あ、ありがと.....。」

  早速使い方に困っていたかやのひめさんに使い方を教える。

「優輝君達はさっきまで何してたの?」

「ん、接近戦での模擬戦かな。奴らのリーダーを想定して、僕が斧を使ってかやのひめさんと。」

「私はずっと魔力操作技術の向上かな。」

  隣のテーブルに座った司さんと雑談する。
  そうこうしている内にかやのひめさんはフォークの使い方に慣れたようだ。



『すまない、ちょっといいか?』

「クロノ?どうしたんだ?」

  僕らの近くに画面が表示される。

『食事中だったか。すまない。だが、“カタストロフ”の居場所が判明した。』

「っ....!」

  かやのひめさんが反応する。

『すぐに管制室に集まってくれ。』

「分かりました。」

  残り少なくなっていた昼食を食べきり、急いで僕らは管制室へと向かう。





「来たか。」

「奴らの居場所は!?」

  管制室に辿り着き、クロノを視認した途端にかやのひめさんが詰め寄る。

「お、落ち着け!今から説明する!」

「っ....ごめんなさい。」

  一度冷静になり、かやのひめさんは下がる。

「....皆、集まったみたいだな。“カタストロフ”が潜伏している世界は第30無人世界“アマンド”。環境は場所によって結構違ったりするが、大気中の魔力が比較的濃いのが特徴だ。」

「今、大画面にも映し出されている地図のこの位置から“カタストロフ”の魔力を感知しました。...相手の動向が分からないため、現地にて各自判断で動いてもらいます。」

  クロノ、エイミィさんの順で説明する。

「大まかな作戦は二日前に言った通りだ。任せたぞ。」

「「「「「「はいっ!!」」」」」」

  クロノの言葉に、全員が元気よく返事する。

「皆、準備はいい?」

「いつでも大丈夫です!」

「それじゃあ、転移、行くよー!」

  エイミィさんの合図で、転送ポートから目的地に飛ぶ。







「細かく役割分担はしない方がいいかもな。まだ連携を取れるほど経験を積んだ訳でもない。だから、全員で一気に奇襲。そしてかやのひめさんとクルーアル・カタストロフを分断する。」

「...異論はない。」

  一応、こちらの方が戦力は上だからな。織崎も今ので納得しているみたいだ。

「はっ!俺だけで十分だ。行くぜ!」

「って、おい王牙!勝手な行動は....!」

  今まで大人しかったと思ってたが、そんな事はなかった。
  王牙が先走り、“カタストロフ”が潜伏している場所へと攻撃をし始める。

「...ああもう、奇襲自体には成功したから、僕らも行くよ!」

「分かった!」

「私達でクルーアルの取り巻きを引き離し、かやのひめさんに任せる。これでいいよね!」

「それでいいわ!」

  すぐさま、僕、緋雪、司さん、かやのひめさんが駆けだす。リニスさんも他の連中に一声指示を飛ばし、そのまま“カタストロフ”の下へと向かう。

「『アジトは洞窟になっている。だから、転移で引き離した方がいいな。』」

「『なら、私が転移魔法を使うよ。優輝君と緋雪ちゃんは取り巻きを。』」

「「『了解!』」」

  王牙の攻撃を受け、滅茶苦茶になったアジトの入り口に突っ込む。
  もちろん、王牙の攻撃はバカみたいにまだ続いているので、ちゃんとそれも回避していく。

「かやのひめさん、大丈夫か?」

「平気よ。いつでも奴を倒せるわ。」

  僕と並走しているかやのひめさんにそう聞くと、頼もしい返事が返ってくる。

〈もうすぐ最深部です。〉

「了解...!」

  最深部の少し広い空間に辿り着く。
  ちなみに、途中にいた奴らは、適当な攻撃で怯ませ、後続の連中に任せた。

「.....よぉ...久しぶりだな....!」

「けっ、この前のガキじゃねぇか。なんだ?敵討ちにでも来たってのか?」

  相変わらず下卑た嗤いを浮かべているクルーアル。
  ...取り巻きは...四人か。

「『...行けるな?』」

「『もちろんだよ。』」

  緋雪に念話を送り、いつでも戦えるようにしておく。

「...ええ。その通りよ。ああ、安心して。...あんたの相手は、私だけだから!」

「緋雪っ!」

「“ツェアシュテールング”!!」

  かやのひめさんが言葉を発したのを合図に、緋雪が目暗ましに空間を爆発させる。

「『司さん!』」

「『了解!』」

「....チェーンバインド!」

  念話で司さんに合図を送り、司さんが転移魔法を発動させる。
  僕はその転移魔法に取り巻きが入らないようにするためにチェーンバインドで引っ張る。

「なにっ!?」

「転移!」

  いとも簡単に転移に成功し、僕と緋雪と取り巻きだけが残る。

「ぼうっとしてる暇はないぞ?」

  怯んでいる取り巻きの一人に、刀に変形したリヒトで斬りかかる。

「くっ....!」

「そっちの人達の相手は私だよ!」

  緋雪も動揺している隙を突き、上手いこと敵を翻弄する。

「はぁっ!」

     キィンキィン!ギィイイン!

「くそがっ...!」

  取り巻きの一人が剣に長けているようだったので、僕はそいつに対して執拗に攻める。
  剣を受け流し、鍔迫り合いで剣を巻き込むように横に逸らして隙を作る。

「...ふっ!」

  魔力を徹すように掌底を撃ちこむ。

「ぐぅっ...!?」

「もう一丁!」

  怯んだ所にさらに鋭く魔力を固めた魔力弾を脳天にぶつける。

「....“アォフブリッツェン”!!」

「がぁっ....!?」

  そして、居合の要領で魔力の込められた一閃をお見舞いする。
  それをまともに受けた相手は、壁に叩き付けられ、そのまま気絶した。

「っ、お兄ちゃん!後ろ!」

「っ....!」

  一人を倒した事で、気が抜けたのか、他の仲間の後ろからの攻撃に反応が遅れる。

  ...でもまぁ、問題はない。

     ―――ギィン!

「.....お帰り、司さん。」

  司さんが転移魔法で戻ってきて、すかさず後ろからの攻撃を防いでくれる。

「...優輝君、もしかしてこれを見越して隙を晒したの?」

「あ、ばれた?」

  もうそろそろ戻ってくる頃かなとは思ってたからね。

「まったく....。」

「てめぇ...!リーダーをどこにやった!?」

  攻撃してきた男が司さんに怒鳴るようにそう言う。

「どこって....ここから離れた場所だよ?封鎖結界を張って、然るべき相手と戦闘中。」

「お前らが殺した人の親友だ。...つまりは敵討ちだな。」

  かやのひめさんは既に戦闘を開始しているだろう。

「...へッ、残念だったな!敵討ちだぁ?あんなガキがうちのリーダーに勝てる訳ねぇだろ!」

「そう?...まぁ、どの道...。」

  僕と司さん、二人で一瞬に懐に入る。

「「あなた/お前たちはここで終わりだけどね!!」」

  そして、二人同時に魔力を込めた掌底を放ち、吹き飛ばす。

「ごはっ....!?」

「これで二人....っ、転移魔法!?緋雪!」

  二人を昏倒させた途端、その二人が転移魔法に包まれる。

「ごめん!こいつら、やっぱり連携が上手い....!」

  どうやら、残りの二人の内一人が転移魔法の使い手で、もう一人が緋雪を上手いこと妨害していたようだ。既に、転移魔法は止められない...!

「はっ、残念だったなぁ...!転移!!」

  取り巻きの四人全員が洞窟内から消える。
  アジトを含んだ辺り一帯は封鎖結界で覆っておいたから違う世界には逃げていないはず。

「逃げられた...二人共、追うよ!」

「...待って、嫌な予感がする。」

  司さんの指示を遮るように、僕は洞窟の天井...正しくはその先の空を睨むように見る。

「転移魔法の使い手はあの短時間で四人を転移させた。...多分、既に他の仲間も洞窟外に転移させてるだろう。...そして、僕らは洞窟内に残っている...なら、敵の取る行動は?」

「っ...!まさか!?」

  司さんがそう言った瞬間、爆発音が響き、天井に罅が入る。

「まず....!空間転移...!」

「やめた方がいい。転移魔法なら相手の方が上手だし、転移で脱出した所を狙い撃ちされるかもしれない。」

「っ.....。」

「お兄ちゃん、そんな事言ってる暇ないよ!」

  司さんが転移を躊躇したため、天井が崩れ落ちてくる。咄嗟に緋雪が防御魔法で生き埋めにならないようにしてくれる。

「じゃあ、どうするの!?」

「....ここから、撃ち抜く。」

「「....えっ?」」

  司さんだけでなく、緋雪も驚く。....いや、確かに気持ちは分かるけども。

「僕の魔力操作、舐めないでよね。」

「いや...それは近くでよく見てきたから分かってるんだけど...。」

「大丈夫。一発で転移魔法の使い手を撃ち抜くから。」

  魔力を薄く広げ、どこに誰がいるのか探る。エリアサーチという魔法だと気付かれる可能性があるからな。こっちの方がいい。

「....見つけた。」

  そのまま、その方向に両手の掌を向け、魔力を集中させる。

「くぅ....!防御魔法が....。」

「っ、私も張るよ!なんだか、優輝君に任せた方がいい気がするし!」

  ずっと生き埋めを防ぐのが辛いのか、緋雪が苦悶の声を漏らすが、司さんも手伝う事で何とか持ち直す。

「...集束、圧縮、相乗....鋭く、ただ貫くために鋭く...!」

  魔力の塊を槍のような形に変え、魔力を集中させる。見た目では分かりづらいけど、途轍もなく速く回転もしている。

「一撃で昏倒させて撃ち堕とす....!“アインドリンランツェ”!!」

  槍のような魔力弾が途轍もない速度で撃ち出される。

〈魔法、的中。標的、自由落下中です。〉

「倒した....!」

  リヒトの言葉に、予想通り命中できた事が判明する。

「この隙に...司さん!」

「っ...!空間転移....!」

  今度こそ、司さんは転移魔法を使い、僕らは洞窟内から抜け出した。







   ―――まだまだ、戦いは続く...。







 
 

 
後書き
かやのひめ達が見ている食堂のメニューはミッドチルダ語ではなく日本語に訳しておいたものです。以前(原作の事)地球に訪れてから、日本語に訳したメニュー表を追加したという設定です。
なんてご都合主義...!(おい

無人世界の名前は無人の英語から参考にしました。(つまり適当です。)
魔法名の由来はアォフブリッツェンが一閃の、アインドリンランツェが貫通と投げ槍のドイツ語訳です。 

 

第22話「負けられない」

 
前書き
19話で25話には終わると言いましたが...無理ですねこれ。(おい

今回はかやのひめ視点から始まります。
 

 


       =かやのひめside=



  司の術により、私と奴はどこか違う場所へと移動する。

「ちっ、俺を仲間から引き離す魂胆だったか...。」

「...まぁ、その通りだね。」

「だが、無意味だ。てめえらを倒してそのまま合流すれば済む話だからな。」

  相変わらず腹の立つ下卑た笑みを浮かべながらそう言うクルーアル。

「...お生憎様、アンタはここで倒れてもらうわ。」

「....ほう?まさか、二人掛かりで倒せるとでも?」

「二人掛かり...ねぇ。」

  唐突に矢を放ち、不意打ちをする。疾く、鋭い攻撃だったため、クルーアルの頬を掠めて飛んでいく。さすがに速さを求めた一撃だから、反応が遅れたみたいね。

「言ったはずよ。アンタなんか私一人で十分ってね。」

「てめぇ.....!」

「...かやのひめさん、後は任せたよ。」

  一発触発になった私達を置いて、司は優輝の下へと戻る。
  ...これで心置きなく戦える。

「魔力の欠片も持ってねぇ癖に、俺を一人で倒すだぁ?調子に乗ってんじゃねぇぞおらぁ!!」

「調子に乗ってる...ねぇ....。」

  クルーアルの言葉に、私は少し笑みが浮かぶ。



   ―――本当に調子に乗ってるのは、どっちかしらね?



「っ....!?」

「本来の私らしくない性格だけどね....。分霊の一端とは言え、草の神を舐めるんじゃないわよ!親友を目の前で殺した罪、この場で償いなさい!!」

  優輝から供給されたおかげでだいぶ回復した霊力を開放する。
  さすがに未知の力とは言え、雰囲気で察したみたいでクルーアルは怯む。

「“弓技・旋風の矢”!」

「ぐっ...!?」

  怯んだ隙を逃さず、旋風を纏った矢を射る。クルーアルはそれを回避できず、障壁で防ぐが、込められた霊力の威力に顔を歪ませる。

「“戦技・強突”!」

  さらに追撃として、強力な矢の一撃を放つ。

「なめんじゃ...ねぇ!!」

     ギィイイン!

「(弾いてきた...!だけど、このくらい...。)」

  しかし、その一撃は斧に弾かれ、無効化される。

「おらおらぁ!避けれるもんなら避けてみやがれ!」

「っ....!」

  魔力による弾が私に襲い掛かってくる。

「“速鳥”!」

  一枚の御札を取り出し、術を発動させる。
  鳥のような形の光に包まれ、私は飛躍的に速度が速くなり、攻撃を全て躱す。

「お返しよ!“弓技・矢の雨”!!」

  術式を込めた霊力の矢を上空に放ち、それが炸裂し、小さな矢が雨あられと降り注ぐ。

「しゃらくせぇ!」

「(威力が弱い!今のじゃ、弾かれるだけ!)」

  矢の雨が斧に弾かれ、無効化される。そのままクルーアルは私へと接近し、斧を振ってくる。多分、私が弓しか使わないから近接戦闘に弱いと思ったのだろう。....けど。

「甘いわ!」

「ぬっ!?ぐっ....!?」

  最小限の動きで斧を受け流し、後ろ回し蹴りを叩き込む。

「呪術....“死者の手”!」

「なっ...!?」

  どす黒い手のような物が地面から現れ、クルーアルの足に絡みつく。

「(今の内に....!)」

  間合いを離し、弓を構える。ここで強烈な一撃を...!

「...邪魔だおらぁ!!」

「っ!?まず....!?」

  しかし、クルーアルは魔力を放出させる事で無理矢理術を破壊する。

「そんな小手先の技で、この俺を倒せるとでも思ってのかぁ!!?」

「くっ....!」

  魔力の込められた斧が連続で振るわれる。私も短刀に霊力を込めて対抗するけど、一撃一撃が重いため、受け流すのが精一杯だ。

「術式...“火炎”!!」

「ぬぅっ!?」

  受け流しながら後退する際に、足元に御札を仕込んで術を発動させる。

「この程度...!」

「まだよ!術式混合...“火焔旋風”!!」

「がぁあっ!?」

  あっさりと術を破ってくるが、その一瞬の間にさらに強力な術式を組み、発動させる。
  巻き起こる竜巻の如き業火。障壁で防ごうとしたが、その上から容赦なく燃やす。
  今度のは、ちゃんと効いたようだ。

「...それでも...私は、負けられないのよ....!!!」

  様子見の戦いはもう終わり。ここからは、私の全てを賭して勝つ!!









       =優輝side=



「っ.....くそ....!」

  迫りくる刃を受け流す。すぐさまその場を飛び退き、仕掛けられたバインドを躱す。さらに魔力を足場に地面に向かって跳ぶ。すると、直前までいた場所に複数の魔力弾が通り過ぎる。

「(予想はしてたけど...連携が上手すぎる....!)」

  転移魔法の使い手を洞窟内から堕としたのはよかった。しかし、その後転移して攻撃を仕掛けてみれば、いつの間にか緋雪と司さんから分断され、複数で僕を潰そうと襲い掛かってきた。

「っ...!やばっ....!?」

  地面に向かう途中で、魔力の足場を創り、無理矢理飛び上がる。なぜ飛び上がったかというと、その足場のすぐ下にはバインドが設置されていたからだ。

「(格上の魔導師にも連携で上手くやりあっている....ここまで手強いとは....!)」

  司さんや緋雪だけでなく、他の仲間も苦戦していた。
  神社での戦いはお遊びだった訳か...!

「おらぁっ!」

「っ!くっ.....!」

     ギィイン!

  思考する暇もなく、剣が振るわれる。それをなんとか受け流す。

「はっ!」

「っ!」

     ―――キィン!

「....フォイア!」

  隙ができたので斬りかかるも、防御魔法で防がれる。留まっていたらバインドの餌食なので、その場から飛び退きつつ、魔力弾を連射する。

「甘い!」

「(ちっ、防御役か...!)」

  すかさず割込まれ、強固な防御魔法に防がれる。

「(本当に連携が上手いな...。管理局で有名な割に、捕まらない訳だ...。)」

  バインドや魔力弾を回避しつつ、そんな事を考える。

「(幸い、魔力は敵の攻撃や大気から吸収して回復できる。...問題は、どうやって相手の布陣を崩すかだな...。)」

  僕が今相手にしているのは、射撃型魔導師一人、捕縛系魔導師一人、近接型魔導師二人に防御型魔導師一人だ。...過剰戦力とは思うが、まずは一人潰しておきたいのだろう。

「ほらよぉっ!!」

     ギィン!

「っ...。(近接型は剣使いと槍使い。...上手いこと、近接型二人で連携を取られないようにしてるけど、時間の問題だな...。)」

  魔力弾を回避している時に近接戦を仕掛けてくるため、攻勢に出れない。上手く連携を取れないように動き回ってるだけマシだけど。

「(洞窟内で戦った奴らは全員不意打ちと動揺の隙があったからか....。転移使いを倒せたのは本当に良かったな...。)」

  もし転移使いが残っていたら、既にこちらが負けていたかもしれない。

「(このまま凌ぎ続けてもジリ貧だ。その内負ける。だから、何とかして戦況を変えないと...。)」

  かやのひめさんのためにも、この戦いは負けられない...!

「(そのためにも....!)」

  一気に加速し、剣使いに斬りかかる。

「おっと!」

「はぁっ!」

     ギィン、キィイン!

  鍔迫り合いになったのを剣を巻き込むように横にずらし、力の集中する方向を逸らした瞬間に大きく弾きあげる。

「せぁっ!」

「....ふっ...!」

  その大きな隙を逃さず攻撃しようとして、その相手が不敵な笑みを浮かべる。

「っ、バインド...!」

「ようやく引っかかったなぁ。」

  二重...いや、三重になったバインドに掛けられ、僕は拘束される。

『お兄ちゃん!っ、この...!』

『優輝君!?くっ....!』

  緋雪と司さんは他の仲間よりも比較的近くにいたからか、僕を助けに行こうとする。
  しかし、あっちはあっちで妨害されてしまっているようだ。

「『...大丈夫。僕の事よりも、自分の事に集中して。』」

『...信じてるからね。お兄ちゃん。』

『...頑張って。』

  僕がそう言うと、一応任せてくれるみたいだ。...その方が、助かる。

「戦いを急ごうとしてミスったみたいだなぁ?だが、これで終わりだ!」

「っ...!」

     ―――キィイイン!!

  目の前の剣使いが僕に剣を振り下ろしてくる。それを、集中させた防御魔法で逸らすように受け流す事で凌ぐ。

「ほう...まだ足掻くか...。だが、いつまで持つかな?」

「...そっちこそ、いつまでも油断してない方がいいよ。」

  再度振り下ろされた剣を、今度は“浮遊している剣”が防ぐ。

「なにっ!?」

「ほら、トドメを刺さないの?」

「っ....舐めやがって!」

  何度も振り下ろされる剣を、二つの浮遊する剣で受け流し続ける。
  タネは簡単だ。ただ単に創造のレアスキルで創りだした剣を操っているだけ。剣を二つ用意したのは実際に振るうのよりも難しいから保険ってとこだな。

「なんだ?....なんだと!?」

「あ、術者本人が気付いたのか。でも、もう遅い!」

  バインドもあっさりと解く。バインドの術者が念話で目の前の男に伝えた時にはだいぶ解析が終わっていたからね。近くにいた槍使いも驚いているな。

「リヒト!」

〈カートリッジ、ロードします。〉

  今回は弾としてではなく、正式にブーストとして使う。
  増強された魔力をほぼ全て身体強化に回し、目の前の男に斬りかかる。

「なっ!?がぁっ!?」

「まず一人!今ここで叩く!」

  吹き飛ばされた男を追いかけ、追撃を試みる。

「させねぇよ!」

「っ!」

  防御使いと槍使いが妨害してくる。...が。

「邪魔!」

「なっ!?」

「ぐぅっ...!?」

  防御魔法を蹴り、槍に剣をぶつけ吹き飛ばし、無視する。

「っ!?バインドか....無駄だ!」

  バインドでさらに足止めされるも、すぐに解析して吸収、さらに身体強化に回す。

「“アォフブリッツェン”!!」

「ごっ.....!?」

  剣使いについに辿り着き、魔力を込めた一閃を放つ。
  空気の漏れるような声を出し、剣使いは地面に叩き付けられ、気絶した。

  ....これで、一人!

「(たかが一人。されど一人だ。...これで、攻勢に回れる!)リヒト!」

〈はい!〉

  動揺している間に、リヒトからグリモワールを取り出す。

「戦場を駆けし一筋の光よ!彗星となりて敵を打ち砕け!」

〈“ブレイジングスター”〉

  魔力を纏い、まさに彗星の如く勢いで槍使いと防御使いに迫る。

「ぐっ....な...!?なんだと....!?」

  防御使いが強固な防御魔法を使うが、無理矢理それを突破する。

「ぶちぬけぇええええええ!!!」

  防御魔法を突き破り、防御使いに直撃させる。

「がぁああああっ!!?」

「これで....二人目!」

  気絶した事を確認して、魔法を止める。

「(厄介な部分は潰せた。これでジリ貧にならずに済む...。)」

  だけど、気は緩めない。それでも十分に勝ちづらい相手だからな。

「っ...。(バインドか...。)」

  ブレイジングスターでできた隙を狙い、バインドで捕らえてくる。
  ...なら、次の手は...。

「砲撃魔法...か。」

  魔力が集束しているのを感じ取る。
  ...バインドは少し硬い。できるだけ逃さないように抵抗しているのだろう。

「『リヒト。』」

〈『分かっています。』〉

  砲撃魔法が飛んできた。それを僕は、バインドを解除すると同時に避ける。

「喰らえやおらぁっ!!」

〈『マスター!!』〉

「.....みーつっけた!“ロイヒテンファルケン”!!」

  槍使いの男を無視して、とある方向に魔法を放つ。

「どこを狙ってやがる!!」

「っ....!」

  槍使いの男を無視していたため、槍の穂先が目の前まで迫ってくる。

  ....まぁ、大丈夫だけどさ。

     ―――ギィイン!!

「なにっ...!?」

「想定済み。対策もバッチリってね。」

  槍の穂先は横から高速で飛んできた剣に弾かれ、逸らされる。
  もちろん、この剣は予めこの事を予想して創りだしておいたものだ。

「ふっ....!創造開始(シェプフング・アンファング)....!」

  槍を掴み、魔法を発動させる。槍であるデバイスと纏っている魔力を解析し、妨害用の術式を打ちこむ。
  すると、デバイスが機能しなくなり、目の前の男が隙だらけになる。

「てめっ...!」

「はぁっ!!」

  魔力をありったけ手に込め、掌底を槍使いの腹に決める。

「がはっ....!?」

「これで....四人!」

  掌底で気絶させたのを確認し、残りは一人となる。
  ....え?二人じゃないかって?...バインド使いは、さっきの魔法で堕としてるんだよね。
  バインドされた時に術者の位置特定をリヒトに頼んでおき、砲撃魔法を回避した時に居場所が分かったためそこに魔法を撃ちこんだ。ただそれだけで倒せたからな。脆くて助かった。

「...っと!」

  飛んでくる魔力弾をリヒトで斬る。どうやら、まだ諦めていないみたいだ。

「できるだけ時間稼ぎをするって事か。...で、仲間が他の奴を倒して合流すればいい。...そう考えてるんだろうな。」

  事実、他の皆も苦戦している。連携が上手いため、全員が孤立するように分断され、あの司さんでさえ苦戦している。だから誰かが負けるとでも考えてるんだろう。

「だけど、そうはさせないよ。」

  僕だって皆が負けるとは思ってない。だけど、万が一と言う事もあるし、なによりかやのひめさんが頑張っているのに僕一人時間稼ぎに付き合ってる訳にはいかない。

「リヒト、魔力の割合を身体強化7、魔力付与3で。」

〈分かりました。〉

  リヒトに魔力を纏わせる事で、魔力弾どころか砲撃魔法もその気になれば切り裂けるようになる。...まぁ、強力なのはさすがに無理だけど。

「はっ!せぁっ!」

  射撃型の魔導師がいる方向へ宙を駆けながら魔力弾を切り裂きつつ迫る。
  切り裂いた魔力弾の魔力の一部は当然吸収して魔力回復に回している。

「“アォフブリッツェン”!」

  砲撃魔法も魔力を込めた一閃に切り裂かれる。
  術者も慌ててるだろうな。仕掛けていたらしいバインドも躱して、射撃魔法どころか砲撃魔法も切り裂いて迫ってきてるんだから。

「(実を言うとこれ、結構無理してるんだよな。)」

  本来なら、魔力弾はともかく砲撃魔法は切り裂けない。僕がそれをやってのけているのは、剣で切り裂く直前に高速で砲撃魔法を解析、術式を理解することでそれに適した魔力の斬撃を放っているからだ。当然、マルチタスクを多用するので頭痛がひどい。

「でも、これで終わりだ!」

  射撃型魔導師の懐まで接近し、デバイスを弾き飛ばし、地面に向けて吹き飛ばす。
  地面に激突する前に仕掛けておいたバインドで拘束し、砲撃魔法を放ってトドメ。
  これで、僕が相手をしていた魔導師は全滅だ。

『よくやった優輝。できれば、他の援護に行ってほしいが...。』

「『大丈夫です。気絶させた奴らは任せましたよ。』」

『ああ。頑張ってくれ。』

  クロノからの通信にそう答え、とりあえず緋雪の援護に向かう。

〈.....マスター。〉

「なに?リヒ...ト.....。」

  リヒトに話しかけられ、意識を向けた途端、言葉が詰まる。
  なぜなら、デバイスであるはずのリヒトから異様な圧力があったからだ。

〈....また、無茶をしましたね?〉

「そ、そんな事は......すいません。」

  誤魔化すのを咄嗟に諦め、素直に反省する。

〈..はぁ、まったく、言ってもやはり聞きませんね...。〉

「....勝つためには、これぐらいしないとな...。」

  元々、ただでさえ魔力も数も上回っているのに、さらに連携も上手いんだ。それに勝つためにはこれぐらいの代償は付き物だろう。

〈...それもそうですが...。〉

「とにかく、緋雪の援護に向かうぞ。」

〈......分かりました。〉

  緋雪の方へ向かおうとして、ふと動きを止める。

「.......?」

〈...マスター?どうかしましたか?〉

「....嫌な予感がする。」

  僕や皆が戦闘してる場所から遠く離れた場所の魔力反応、おそらくかやのひめさんが戦闘している方向を見ながら、僕はそう言った。

「....先にあっちに行こう。」

〈ですが、他の方は...?〉

「緋雪は進路上の先で戦闘してる。向かいがてら、援護でもすれば大丈夫だよ。」

  今は、嫌な予感を拭う方が先だと思い、すぐさまそちらへ向かった。

「(向かう先の途中は激戦の渦中だ。早々通してもらえないだろうけどな...。)」

  一人か二人堕とせば後は他の皆がやってくれそうだけど。









       =かやのひめside=





「はっ!」

「おらぁっ!!」

  矢を放つ、あっさり弾かれ、そのまま斧が振るわれる。

「くっ....!」

「逃がすかぁ!」

「“弓技・双竜撃ち”!!」

「ちぃっ!」

  なんとかそれを回避し、二連続で矢を放つ。それをクルーアルは舌打ちしながら回避する。

「術式、“風車”!」

「くそがっ!」

  すかさず、回避した方向に風の刃を放つ。しかし、それは障壁に阻まれる。

「“弓技・旋風の矢”!」

  今度はクルーアルにではなく、地面に向けて風を纏った矢を放つ。
  地面に当たると同時に風が炸裂し、砂煙を巻き起こす。

「(“戦技・隠れ身”...!)」

  気配を殺し、近くにある林に隠れる。隠蔽性の高い術式を組み、それでさらに認識を阻害する。...これで見つからないはず...。

「(...だけど、攻撃する際に気付かれる可能性が高い。)」

  だとすれば、“あの技”は使えない...か。

「(幸い、しっかりと見つからずに済んでいるわね。だったら、一番発動の早い....。)」

  術式を組み、矢を番える。そして...。

「....“弓技・瞬矢”!」

  早く、速く、疾く、ただ速さを求めた矢がクルーアルに迫る。

「っ!?ぐぅっ....!?」

  直前で気づき、身を捻ったが、肩に掠る。これで、ようやく傷が入った...!

「(本来なら速い矢を連続で放つ攻撃だけど、一発だけにして正解だったわね。)」

  連続攻撃の方だと、速さも威力も幾分か落ちる。だったら、確実に当てられそうなこっちの方が良いと判断したけど、間違いじゃなかったわね。

「いつまでもちまちま攻撃してきてんじゃねぇぞぉ!!」

「っ....!?まず...!?」

  クルーアルが魔力を斧に込め、地面に振り下ろす。
  まずい...!早く、距離を取らないと...!

     ―――カッ!!

「っ、ぁあああああああ!!?」

  斧を中心に辺りが光に包まれる。...いや、これは魔力の爆発だ。
  その爆発から逃れようと、私は動いていたけど、少し巻き込まれてしまった。

「っ....術式、“息吹”....!」

  淡い光に私は包まれる。悠長に回復の術式を組んでいる暇はないから、せめて自然治癒力を高めなきゃ...!

「そこかぁ!!」

「っ....!」

  砲撃魔法とやらが飛んでくる。それをすんでの所で回避し、お返しに矢を放つ。

「邪魔だ!」

「(まだまだ...!)“弓技・螺旋”!」

  斧に弾かれるのにも構わず、もう一発、今度は障壁も削れるように霊力を込めて射る。

「当たらねぇんだよ!」

  しかし、それも躱される。

「死ねぇ!!」

「っ....!」

  斧が大振りに振るわれる。それを、紙一重で躱し、短刀を繰り出す。

「“戦技・三竜斬”!!」

「ぐっ...ぁああっ!?」

  三連続の斬撃をクルーアルに向けて放つ。障壁に阻まれるけど、二撃目でそれを切り裂き、見事に三撃目が命中した。

「...今のは、薔薇姫の得意技よ...。これだけで終わりじゃないわ。貴方のしでかした事の報い、しっかりとその身に刻みなさい...!」

  そう。今のはよく薔薇姫が使っていた技。最も使いやすく自分にとって出しやすい技って言ってたっけ。...薔薇姫の敵討ちのため、私も習得しておいたのよ。

「誰が刻むかよ!」

「っ!」

  すぐさまその場から飛び退く。その瞬間、寸前までいた場所を魔力弾が通り過ぎて行く。

「っ...!しまっ....!?」

  飛び退いた所で、私は身動きが取れなくなった。
  手足に輪のような物がついている。確か、バインドとか言う拘束魔法だったはず。

「死ねっ!!」

  身動きができない私に向かって斧が振るわれる。
  回避は不可能。迎撃も不可能。なら....。

「っ、ちぃっ...!小賢しい真似を...!」

「っ.....。」

  霊力で障壁を作り、なんとか受け流す。もちろん、受け流すといっても、無理矢理になので負担は大きい。
  ...扇があれば、もっと強固な障壁が張れたのだけど...贅沢は言ってられないわね。

「(完全に受け流すのはさっきので精一杯...!なら、最小限の被害で...!)」

「おらぁっ!」

「ぐっ....!」

  今度の狙い澄まされた一撃は受け流せない。むしろ、さっき受け流せたのはほぼ偶然だ。
  ...だから、直接斬られなければ耐えられるので、刃引きの状態にするかのように、霊力で斧の刃を包みこむ。当然、そのまま斧は腹に減り込むけど、斬られるよりはマシよ...!

「(優輝は言ってた。霊力は魔力と反発する事はないけど相性自体はいい。だから、霊力による攻撃などは魔力の防御を削りやすい。....なら!)」

  バインドとやらに込められている魔力を削ぐように霊力を注ぎ込む。
  もちろん、斧で斬られないように耐えながら...よ。

「いい加減....死んどけやっ!!」

「(っ...解けた!)」

  魔力が込められ、受け流す事も耐える事もできない攻撃が振るわれる直前に、バインドを解く事に成功する。
  すぐさま振るわれた斧を避け、足払いを掛ける。

「っぁ....“神鳴り”!!」

     ピシャァアン!

「がぁあああっ!?」

  霊力を開放し、無理矢理神鳴り...つまり雷で攻撃する。
  足払いで隙を作っておいたからか、直撃する。

「はぁっ....はぁっ....はぁっ....。」

  ...思ったよりも、さっきのバインド中の攻撃が効いてるみたい。
  早く、決着を付けないと....。

「っ、がぁああああ!!」

「っ!?キャァアッ!?」

  神鳴りによる砂煙の中からクルーアルが飛び出し、魔力を込めた斧で横薙ぎに攻撃してくる。
  ほぼ不意打ちだったため、斬られるという事だけしか防げず、思いっきり吹き飛ばされる。

「ぁ...ぐぅう.....。」

「はぁっ...はぁっ...てめぇ....!よくもやりやがったな...!」

「く.....!」

  クルーアルは息切れをしており、明らかに弱ってきてはいる。
  だけど、私もさっきので吹き飛ばされ、地面を転がったため、立ち上がるだけでも痛みが走る。...正直、さっきまでの激しい動きはできないわね。

     ドンッ!

「死ねぇ!」

「っ!!」

   ―――....だけど...それでも......!

「負けられないのよぉっ!!」

  魔力による身体強化で一気に接近し、振るわれた斧に、短刀をぶつける。

     ガキィイイン!!

「なにっ...!?」

「“神撃”!!」

  私も霊力で身体と短刀を強化していたため、斧を受け流す事に成功する。
  そのまま、空いている右手の掌に霊力を込め、思いっきり掌底を放つ。

「がはっ!?」

「っ....。(やっぱり、体力が低下して威力が....。)」

  だけど、その一撃は戦いの疲労によって致命打とはならない。

「(まだ...まだよ....!)」









   ―――薔薇姫の仇を取るまで、私は死ねない....!









 
 

 
後書き
かやのひめは一応相手を殺さないようにしています。しかもまだ全盛期ではありません。
霊力はまだ半分くらいしか回復していません。仮にも草の神の分霊なので、霊力の容量が大きいため、優輝程度の霊力供給じゃ、いくら頑張ってもこの程度です。
ですので、全盛期かやのひめなら既にクルーアルを殺しています(捕まえるじゃなくて)。

...それはともかく、戦闘描写は苦手です...。変な所ありませんかね?あったらアドバイスしてくれると助かります。(今のままでもいいのならそれはそれで嬉しいです。)

現在のかやのひめのダメージは結構やばいです。イメージとしてはA's序盤のSLBを撃つ直前のなのはぐらいの状態です。場数の差でなのはよりも動けますが。

 

 

第23話「“破滅”の終わり」

 
前書き
前回の話を書いてて思ったんですが、優輝たちの動きって傍から見ればあまりにも行き当たりばったりすぎますね。作戦を細かく考えてなかったり、あっさり戦力が分断されたり....。
...全部作者の力量不足ですけどね!(おい

 

 


       =優輝side=



「シッ!」

「っ、くっ...!」

  首元を狙った攻撃を、間一髪上体を逸らす事で躱す。
  コイツ、以前にクルーアルが言っていた暗殺型の奴か...!

「(僕らが仲間を殺さない事を承知で倒して油断した所を狙ってきたか...!)」

  かやのひめさんの場所へ行こうとして、僕はコイツに襲われた。
  ...早く、かやのひめさんの場所へ行かなきゃならないのに...!

「はっ!」

「甘い!」

「っ!?ぐっ...!」

  剣を振うも、短距離転移で躱され、再度首元を狙われる。

「あの状況から勝つとは思わなかったが...なるほど。確かに厄介だ...。」

「今まで隠れて居場所を掴めなかったお前も厄介だけど...な!」

  人質を取るかのような体勢でナイフを突きつけられるが、攻撃が当てられないように腕を掴み、投げの要領で拘束から抜け出す。

「ククッ...!」

「.......。」

  投げられた男はそのまま再び転移する。僕は黙ってそれを見送った。
  このままだと、また不意打ちを食らうだろう。...だけど、無駄だ。

「っ、なにっ...!?」

「...お前さ、暗殺ばかりしてて、一人で戦う事少なかっただろ。」

  再度不意打ちをしようとして、バインドに掛かる。

「判断を誤ったな。他の奴と連携して確実に一人ずつ潰して行けばこんな事にはならなかったのに。」

「くそっ...!なんでだ!なぜ、こんなにもあっさりと...!」

「いつもなら、他の仲間が隙を作ってそこで暗殺して終了...だけど、今回は味方なしで単独だ。僕自身、こんなに無警戒にバインドに引っかかるとは思わなかったよ。」

  優秀な暗殺係と聞いたから、もっと警戒してたけど、優秀なのは短距離転移ぐらいじゃないか。厄介な奴らとは思ってたけど、ここまで弱いのもいたんだな。

「じゃ、気絶してて。僕は急いでるんだ。」

「がっ....!?」

  魔力を押し込むように掌底を放ち、気絶させる。
  こいつもクロノに任せておこう。

「(...緋雪を援護するのは、狙ってる奴らに牽制するだけで十分だろ。)」

  僕の周りに剣を創造しておき、いつでも放てるようにしておく。

「(交戦地帯はここから約300m。数は...五人か。)」

  大体僕と同じ状態だな。なら、突っ切る形で援護するか。

「『緋雪!僕は嫌な予感がするからかやのひめさんの所へ行く!ついでに援護をするからその隙に一気にやっちまえ!緋雪ならできる!』」

『お兄ちゃん!?あの状況から切り抜けたんだ...。...うん、わかった!任せて!』

  空中に魔力を固め、それを足場にする。そして、身体強化を掛け、一気に...駆ける!!

「座標は?」

〈特定済みです。〉

「だろうね!フォイア!!」

  緋雪が交戦している中を駆け抜けるように通り過ぎる。
  その際に、浮遊させておいた剣をそれぞれの敵に一つずつ発射する。

  ...たったこれだけで一瞬とは言え、連携が途絶える。
  つまり....。

「隙あり!!」

  後は、緋雪の独壇場だ。
  目の前の近接型の防御を無理矢理抜き、そのまま倒す。
  一人さえ倒せば後は大丈夫だろう。

「『後は任せたよ!』」

『りょーかい!』

  僕は後を緋雪に任せ、かやのひめさんの所へ向かった。





   ―――間に合ってくれよ....!







       =かやのひめside=



「おらぁっ!」

「っぁあっ!?」

  再度、吹き飛ばされ、地面を転がる。だけど、すぐさま私は立ち上がる。

「ちっ、しぶてぇな...!」

「っ....!」

  矢を放つ。だけど、それは空に飛ばれる事で回避される。

  ...さっきからこんな調子だ。矢は空を飛ばれて回避され、斧は回避しきれずに当たってしまう。...斬られるという事は回避できてるけど...。
  今のままじゃ、いずれ立ち上がれなくなるわね...。...ただでさえ、気合で立っているというのに...!

「っ....“弓技・旋風の矢”!」

「はっ!届かねぇよ!」

  さらに空高くまで飛び、回避される。

「(あまりにも相性が悪い...!このままじゃ、このままじゃ...!)」

  薔薇姫の仇を取れない...!

「(そんなの、無駄死によ...!)」

  負けたくない。その一心でクルーアルを睨む。

「おぉ、怖い怖い。...ほらよぉ!」

「っ...!ぐっ...!」

  魔力弾が放たれる。数発は回避できたけど、一発だけ足に被弾してしまった。

「(これじゃあ、走れない...!)」

  もう、攻撃を避ける事さえ難しくなった。どうすれば...!

「もう動く事すらできねぇようだなぁ...?なら、バインドなんていらねぇ、これでケリを付けてやろうか!」

  クルーアルはそう言って目の前に魔法陣を出現させる。

「(これは...魔力が、集束している...?っ!まずい...!)」

  魔法に詳しくなくても直感で理解できた。これは、大技が来る...!

「(どうする!?回避は不可能!防御も心許ない!...迎撃しか、手はない...!)」

  でも、どうやって...?今ある手札は、いくつかの術式が込めれる御札と.....っ!

「.....今こそ、使う時ね....。」

  ふと、ある“モノ”を思い出した私は、今までずっと背負っているだけで中身を使ってなかった矢筒に触れる。そして、そこから一つのモノを取り出す。

「....薔薇姫。力を貸して頂戴...!」

  そう、取り出したモノとは、薔薇姫が使っていたレイピアの...折れた刃先。
  クロノに無理言って貰っておいたもの。

「迎撃は元より不可能。だけど、貫いて攻撃する事はできる。...なら!」

  ありったけの霊力をレイピアの刃先に込めて、番える。

「私を命を賭してでも守ろうとした薔薇姫の想い...。この刃先からでも感じ取れるわ...。私も、貴女の仇を取りたい....だから!」

  私の足元に五行の陣が出現する。霊力も溢れてくる。

「今私の出せる最大最速最強の技を以って、斃す!!」

  レイピアの刃先が焔に包まれる。
  ...クルーアルの集束魔法も、だいぶ集束している。時間はもうない。

「ははははははは!!そんなチンケな矢で、俺の集束砲撃を防げるとでも思ってんのかぁ!!」

「.........。」

  高笑いしているのを無視し、霊力を込め続ける。

「おら!あの嬢ちゃんと再会してきな!“ジャスティス・ブレイカー”!!」

「....“弓奥義・朱雀落(すざくおとし)”!!」

  集束砲撃に遅れて繰り出すように、私は矢を放つ。
  放たれた矢は、焔に包まれ飛んで行き....。

「な...!?...がはっ.....!?」

  集束砲撃を貫き、クルーアルの腹を貫通した。

「...私を...式姫を侮ったわね...!私の...勝ちよ...!!」

  集束砲撃を放っている間は、当然その場から動けない。だから、集束砲撃を貫く事によって回避不可能の状況を生み出し、見事に斃してみせたのだ。

「(....これで、いいのよね...。)」

  そう思考する私の視界には、迫ってくる集束砲撃。
  
  ....そう。集束砲撃は、貫いただけで相殺した訳ではない。優輝が言っていた術式の基点を破壊して魔法を霧散させるという事もしていないので、集束砲撃は残ったままだ。

「(薔薇姫....今、そっちに行くわ...。)」

  集束砲撃が目の前にまで迫り、私は目を瞑った....。









「―――かやのひめさん!!」

  しかし、来るべき衝撃は来ず、抱きかかえられた感触と声がするだけだった。











       =優輝side=



「まずい!!」

  かやのひめさんが見える所まで来た時には、既に集束砲撃とかやのひめさんの技が放たれようとしていた。

「リヒト!ロード、カートリッジ!!」

〈はいっ!!〉

  一気に三つロードし、全てを身体強化に回す。
  もちろん、体への負担が半端なく、血管が切れそうな感覚に陥るが、構わず駆ける。

「(間に合え....!)」

  クルーアルは既にかやのひめさんの矢で撃ち落とされた。...腹が貫かれたから放置してたら死ぬかもしれないけど、今は関係ない!

「(間に合わない....!?)」

  どんなに急いでも、間に合わないと、そう確信してしまった。

「(どうすれば...!)」

  間に合わないと分かっても、諦めきれない。そう思い、何か手がないか考える。

「(....っ、そうだ!)」

  懐から、あるモノを取り出す。

「(かやのひめさんの言った通りなら....!)」

  取り出したのは、かやのひめさんから渡された型紙。
  これを使えば、呼び出せたはず...!

「来たれ契約せし式姫、かやのひめよ!!」

  頭に浮かんだ、簡単な言霊。霊力を使い、それを行った瞬間...。

「かやのひめさん!!」

  目の前に、かやのひめさんが出現する。咄嗟に抱え、落ちないように支える。
  ...危なかった。多分、後ほんの少しでも遅れていたら、間に合わなかった...。

「優輝....?」

「よかった...間に合った....!」

  なんとかかやのひめさんを助けだす事に成功した。

「どうして、ここに...?」

「...嫌な予感がしたから、まっすぐこっちに来たんだよ。そしたら、案の定...。」

  何とか立ち上がり、かやのひめさんの言葉に返事する。
  ...体の節々がとんでもなく痛いけど、我慢だ...!

「...リヒト、とりあえず治癒魔法を。」

〈あまり効果に期待しないでくださいね。〉

  魔法陣が展開され、僕らの傷が少しずつ癒えて行く。

「.....あのまま、幽世に還ってもよかったのに...。」

「かやのひめさん....?」

  様子が少しおかしいかやのひめさんに、少し戸惑う。

「報いだの償いだの...都合の良い事ばっかりいって、結局はただの復讐よ...。そんなの、やり遂げても空しいだけ...。途中でそう気付いたの。」

「かやのひめさん....。」

  声の雰囲気が暗い。相当、思い詰めているんだろう。

「...だったら、いっそ、復讐を果たしたら私も幽世に還ってしまえば...!」

「っ、かやのひめさん!」

  “死んでもいい”。そんな解釈もできるその言葉に、語気を強くそう言って僕に向きなおさせる。

「そう言う事、言わないでほしい!結局は復讐だろうと、そんな自身がどうなってもいいような事は、言わないでほしい!」

「っ....貴女に...貴女に私の気持ちの何が分かるって言うの!?」

  泣き喚くように僕に叫ぶかやのひめさんに、少したじろぐ。

「....分かる訳、ないよ。僕は心が読める訳でも、かやのひめさんのように復讐に走った事もない。...だけど、薔薇姫さんは君を助けようと命まで賭した!なのに、そんなにあっさり死のうだなんて...!」

「っ.....。」

  少しぐらい、分かる。かやのひめさんの悲しさは。薔薇姫さんの行った事は、傍から見れば恰好のいい自己犠牲だけど、実際は悲しさや苦痛をかやのひめさんに押し付ける結果になっているという事だという事も、分かってる。
  所詮、僕が綺麗事止まりの事しか吐けないのも、分かってる...だけど!

「どんなに空しくても、どんなに悲しくても、薔薇姫さんがいなくなった事がどんなに苦痛でも、同じようにいなくなるなんて事、してほしく...ないんだよ....!」

「優輝.....。」

  僕のこの言葉も気持ちの押し付けだって分かってる。...だけど、それでも、目の前で死なれる事はしてほしくなかった。

「....ごめん。かやのひめさんが、親を失った時の緋雪の雰囲気と重なって、こんな事押し付けがましい事言っちゃった...。」

「....いいわよ。もう、死のうだなんて、思ってないから...。」

「かやのひめさん....。」

  苦笑いするかやのひめさんに僕は安堵する。

「....って、いつまで抱いてるのよ!は、恥ずかしいじゃない!」

「あ、ごめんごめん...。...って、暴れないで!落ちる!かやのひめさんが落ちるから!」

  今僕らは上空にいて、かやのひめさんは僕が抱えていないと落ちてしまう。だから、とりあえずゆっくり降下していくことにした。

「.....その、ありがとう....。」

「えっ...?」

  地面に降り立つ際に、いきなりそう呟かれる。

「助けてくれて....ありがと....。」

「かやのひめさん....。」

  顔を俯かせ、僕の服の裾を掴みながら恥ずかしそうに言うかやのひめさん。
  周りにはいくつも花が出現してる事から、結構嬉しかったのだろう。

「...どういたしまして。」

「っ~~~!」

  ポポポポンと次々と花が出現する。...あれ?嬉しさ天元突破でもしてるのか?

〈っ、マスター!〉

「っ....!」

     ―――キィイン!

  リヒトの叫ぶような警告にハッと気づき、咄嗟に防御魔法を張る。

「きゃぁっ!?」

「ぐぅう....っ!まだ立ち上がるのか....しぶといなっ...!」

  飛んできた砲撃魔法を歯を食いしばって耐える。
  奥には、腹から血を流しながらも砲撃魔法を放つクルーアルの姿があった。

「てめぇら....!許さねぇ...!」

「(どう考えても平然としてるのはおかしい!いつ倒れてもおかしくない...!)」

  よくよく見ると、顔が憎悪に染まっていた。...憎悪だけで立ってるのかよ...。

「リヒト、あの状態で非殺傷とはいえ、昏倒させるほどの魔法は大丈夫か?」

〈...正直、ショック死の可能性が大きいです。〉

「そうか...。」

  カートリッジを一発ロードし、砲撃魔法を耐えきる。

「だけど、昏倒させておかなきゃなぁっ!」

  グリモワールを手に取り、一つの術式を発動させる。

「聖なる光を以って、悪を根絶せよ!“ユーベル・カタストロフィ”!」

Übel catastrophe(ユーベル・カタストロフィ)

  クルーアルを中心に、大きな魔法陣が展開され、魔法陣から縦状に白い光が放出される。

「がぁああああああああ!!??」

  体を焼かれるように叫び声を上げ、光が治まると今度こそクルーアルは倒れた。

「....“カタストロフ(破滅)”の名を持つ者が、同じ名の魔法にやられるなんて、皮肉だね。」

「...やったの....?」

「今度こそ.....多分ね。」

  念のため、バインドを掛けておく。後、死なせないために治癒魔法も。

『優輝!かやのひめ!終わったのか!?』

「クロノ?...ああ、今、終わった。」

  空中に画面が現れ、クロノがそう言ってくる。画面が出たのは、かやのひめさんにも見聞きできるようにだろう。

『なら、そっちに部隊を向かわせるから、他の援護に向かってくれ。』

「まだ、苦戦してるんですか?」

『いや、優勢にはなってる。念のためだ。』

「わかりました。」

  とりあえず、向かうか。

「かやのひめさん、行ける?」

「...大丈夫よ。」

  僕はともかく、かやのひめさんはまだボロボロだ。リヒトが範囲系の治癒魔法(移動可)を発動し続けてるとはいえ、無茶はよくないけど...。

「...分かった。」

「....それと、もう“さん”付けはしなくていいわ。」

「えっ?」

「.....優輝には、もう呼び捨てにしてもらいたいから....。」

  顔を赤らめながら、そう言うかやのひめさん。

「...分かったよ。かやのひめ。」

「っ....~~!」

  顔をさらに赤くし、俯くかやのひめ。...花も発生してるんだけど...。

「とりあえず、援護に向かうよ。だから...ちょっとごめん!」

「えっ?きゃっ!?」

  かやのひめの肩と膝裏を持つ。つまりはお姫様抱っこだな。

「えっ、ちょ、あ、あのっ!」

「ごめん、我慢して!」

  空に飛びあがり、緋雪たちの方へ向かう。

「は、恥ずかしいわよ!せ、せめておんぶにしてよ!」

「わ、わっ、暴れないで...!分かったから!」

  魔力で足場を作り、一度かやのひめを降ろす。

「....む.....。」

「...今度はどうしたの?」

「い、いえ、なんでも....。」

  そう言って僕の背中に乗っかったかやのひめ。

「よし、行くよ!」

「(こ、これも結構恥ずかしい....!)」

  かやのひめさんはまた何か考えているようだけど、とにかく緋雪たちの所へ向かった。







       =緋雪side=



「はぁああっ!」

「がぁあああっ!?」

  また一人、レーヴァテインで倒す。
  お兄ちゃんのおかげで一人倒して以来、少しずつ優勢になってきた。

「(でも、まだ攻めきれないなぁ...。)」

  やっぱり奴らの連携が上手いため、一気に倒す事ができずにいる。
  油断すれば、あっさり負けそうになるし...。

「おらぁっ!」

「っ!」

  残っていた接近型の男が、攻撃を仕掛けてくる。それを私は凌ごうとして...。

「がっ....!?」

「えっ....?」

  先に何かに撃ち落とされる。

『緋雪、聞こえるか?』

「『お兄ちゃん!?どうしたの?』」

『今、かやのひめと一緒にいて二人で狙撃してる。援護は任せてくれ!』

「『そうなの!?...分かった!』」

  お兄ちゃんからの援護なら安心して任せられる。

「(....あれ?今、お兄ちゃん、かやのひめさんの事、呼び捨てで....。)」

  ....後でちゃんと聞かせてもらおう。うん、そうしよう。

「な、どこから....!?」

「私の事も忘れないでね!」

「ぐほっ!?」

  狙撃に驚いた一人に腹パンを決める。魔力で強化しておいたから大ダメージだよ!

「はい、おまけ!」

「がはっ!?」

  腹パンをしてないもう片方の手で射撃魔法を放つ。これでノックアウトだ。

「『司さん!』」

  司さんの方にいる敵目掛けて射撃魔法のスカーレットアローを放つ。

『ありがとう!』

「隙ありぃっ!」

「残念、想定済みだよ!」

  砲撃魔法が飛んできたので、一時的に防御魔法で防ぎ、その間にレーヴァテインを再度発動し、ぶった切る。

「堕ちなよ!“ツェアシュテールング”!!」

  砲撃魔法をした奴の目の前を爆発させる。爆風だけでも相当な威力だからね。

「っ...!」

〈バインドです。〉

「そうだ...ねっ!」

  バインドで拘束されるも、力ずくで破壊する。...いや、シャルがバインドブレイクをしやすいようにしてくれてるけどね。

「あはははははっ♪」

「ひぃっ!?」

  なんかお兄ちゃんの援護があるからか、テンションが高まって笑いながらバインドをしてきた奴に接近する。

  ...結果、怖がられました。ショックだなぁ...。

「そーれっ!」

  バインド使いはこれで堕とした。後は....。

『緋雪、他の奴は倒しておいたから、他の人の所に....あ、別にいいや。』

「『あ、お兄ちゃんがやったんだ。』」

  それにしても、別にいいってどういうことだろう?

『他の所も全部片付いた。つまり、決着がついた訳だ。』

「『これで終わったの?』」

  ....なんか、あっけないというか、終わったって実感が薄いなぁ...。

『余裕があるなら、適当に捕縛して連れてこいってクロノから言伝だ。』

「『りょーかーい。』」

  当然、私は余裕がまだあるので適当にバインドで連れて行く。

「シャルー、転移魔法って使える?」

〈当然です。座標はアースラの転移ポートでいいですね?〉

「うん。お願い。」

  魔法陣が展開され、私はその場から転移した。







       =優輝side=



「....終わったな。」

「そうね。」

  援護射撃で次々と倒せたので、最後は一気に戦いが終息した。

「さて、僕らも戻ろ...っ!?」

「ど、どうしたの?」

  さすがに捕縛して連れて行く余裕はないので、すぐに転移魔法を使おうとしたが、力が抜けて使うのを失敗する。

「....魔力切れみたい....。」

「....えっ?」

〈マスターは今まで無駄なく魔力を使用していましたが、さすがに足りなかったようですね。〉

  締まらないなぁ...。

「大気中の魔力を吸収。リヒト、回復までどれくらいかかる?」

〈転移魔法だけでしたら一分程で。〉

  早くて助かった。この世界の魔力濃度が低かったらもう少しかかってただろうな。

「ごめんかやのひめ。少し、戻るのに時間がかかる。」

「...別にいいわ。それに....(しばらく一緒にいれるし...)。」

「それに....?」

「な、なんでもないわよ!」

  そっぽを向いてしまうかやのひめ。...なんだったんだろう?







  一分後、無事に僕らはアースラへと戻った。
  長いようで短い戦いもこれで終わりだ。一件落着...なのだろう。







 
 

 
後書き
ユーベル・カタストロフィ…ユーベルとは悪のドイツ語。つまり、悪の破滅を表した魔法である。ちなみに、明確に魔法の種類に分類される事はなく、砲撃魔法や射撃魔法にも変化させられる。今回のは広域殲滅魔法。

(恋愛的な意味で)堕ちたな(確信)。
はい。かやのひめもヒロインの一人です。(ツンデレの時点で察し。)
ようやく一つの戦いが終わりました...。後は後始末と第一章のエピローグ的な話(つまり蛇足的な話)と、閑話をいくつか挟みます。
その後は一章時点での一部キャラ紹介を経てようやく第二章に入ります。
 

 

第24話「それから」

 
前書き
もっと投稿スピードを上げたいんですが、これ以上早く書けないというジレンマ...。
一日から三日で一話あげている人達ってつくづく凄いと思います。
 

 


       =優輝side=



「....お疲れ様。」

「あれ?神咲さん?」

  魔力が回復したので、かやのひめを連れてアースラの転送ポートに転移すると、神咲さんが出迎えてくれた。ちなみに久遠も一緒にいた。

「結局私、なにもできなかったからせめてお出迎えをね?」

「なるほど。」

  そう言いつつ、とりあえず管制室に向かう僕らについてくる。

「...貴女、退魔士なんだから、何か術が使えるんじゃないの?」

「えっ...?...あっ!治療の術が使えたんでした!」

「忘れてたんですか!?」

  この人、今更だけど結構ドジだ!?

「....まぁ、神咲さんは久遠と一緒にいるだけで精神的な癒しになってたらしいけど...。」

「...えっ?」

  やっぱり自覚なしだったか...。ちなみに癒し云々は食堂で他の局員が話していたのをチラッと聞いただけだ。...まぁ、いるだけで癒しになる人って結構いるしな。

「....これで、終わったんだよね?」

「そのはずですよ。」

「....あの子の仇も....。」

「...そうですね。」

  神咲さんも、薔薇姫さんの事を引きずっていたらしい。...と言っても、あの場にいた全員が引きずっているんだけどね。

「そう言えば、緋雪は見ませんでしたか?」

「緋雪ちゃん?...そう言えば、先に行って優輝君を待ってる的な事を言ってたけど...。」

「そうなんですか。なら、早く行きませんとね。」

  そう言って少し歩くのを速くする。体力が減ってるから無理はできないけど。





「あ、やっと来た。お兄ちゃ~ん!」

  管制室の前に緋雪が立っていた。隣には司さんもいる。

「戦闘、お疲れ様。優輝君。」

「司さんこそ。緋雪も、お疲れ様。」

「えへへ...♪さすがに疲れたよー。」

  労りの言葉と共に緋雪の頭を撫でると、なんかすっごい嬉しそうな声を上げた。
  ...僕ってそんな撫でるの上手いっけ?まぁ、どうでもいいか。

「むぅ.....。(いいなぁ...。)」

「.....あの、かやのひめさん?」

  かやのひめが何か不満そうにしてるのに、司さんが聞く。

「っ、な、なんでもないわ。」

「(もしかして...?)」

  おもむろにかやのひめの頭も撫でてみる。

「......♪...って、何するのよ!?」

「いや、緋雪みたいに撫でてほしいのかなって...。」

「ち、違うわよ!」

  その割にはすっごい量の花が出現したんだけど...。ここ、お花畑?ってレベルで。

「.....君達は戦闘の後だというのに随分と元気だな...。」

「あ、クロノ。」

  管制室からクロノが出てきてそう言う。

「....君達も医務室に向かってくれ。無傷ではないだろう?」

「もう治っちゃった。」

「すいません、治癒魔法で既に治してます。」

「私もです。」

  クロノの指示に緋雪、僕と答える。かやのひめさんもボロボロだったけど既に治ってる。
  ずっと僕の治療魔法を掛け続けてたからね。

「はぁ...じゃあ、適当な客室で休んでいてくれ。」

「分かった。行くよー。」

「はーい。」

「あ、私もついて行くね。」

  まぁ、管制室にいても何もする事ないよな。と言う訳なので、皆で移動する。
  神咲さんもついてくるようだ。

「ところでお兄ちゃん、いつの間にかやのひめさんを呼び捨てにするようになったの?」

「えっ?」

「あれっ?そうなの?」

  客室に入り、寛ぎ始めた所で、いきなり緋雪が僕にそう聞いてくる。司さんも知らなかったみたいだけど...いつ呼び捨てにしてるって気づいたんだ?アースラに戻ってからはかやのひめの名前を呼んでなかったはずだけど。

「戦闘中の念話でふと気になったの。ねぇ、どうして?」

「戦闘中...あぁ、あれか。...どうしてって言われても...なぁ?」

「...って、なんでそこで私に振るのよ!?」

  全員の視線がかやのひめに向く。...って、神咲さんも気になってるんだ。

「....べ、別に、私の主なんだから、いつまでも他人行儀な呼び方は嫌だっただけよ。...そ、それだけだから!それだけだからね!他に理由なんてないから!」

「あー....(察し)。」

  あ、緋雪は何となく分かってしまったらしい。そう言えば、明確な理由は僕も知らないな。

「...っと、そうだわ。緋雪、貴女もずっと敬称を付けてるけど、別にいいわよ。あ、後司、貴女もよ。」

「あれ?いいの?」

「...むしろ、あなた達兄妹が遠慮しすぎてるのよ。他の人達は呼び捨てだったわよ。馴れ馴れしいくらい。....一部子ども扱いしてきたけど...。」

  子ども扱い....リンディ艦長辺りかな?

「うーん...でも、見た目的にも年齢的にも年上だから、さん付けははずせないかなぁ...。遠慮と言うか、自然とそう呼んでしまうって言うか...。司さんも同じ感じでさん付けのままだし。」

「そう...なら、仕方ないわね。」

  さすがに強要はしないようでかやのひめは引き下がる。

「...私は呼び捨てはともかく、ちゃん付けに変えようかな?...ところで、この後はどうするつもりなの?魔法に関わるのかとか、そう言う分野で。」

「魔法...魔法かぁ....。」

  正直、僕はどっちでもいいとは思うが、両親が魔法関係に巻き込まれた可能性が高くなったからなぁ...。

「...私の場合、余計に今まで通りにはいかないわね。ロストロギアとやらがあの勾玉と融合してしまったし、あれは私にとって大事な物だし....。....薔薇姫は、殺されてしまったし...。」

  段々と、声が暗くなるかやのひめ。やばい..!話題切り替えた方が...!

「....っ、いつまでも引きずってられないわ。...とにかく、新しい主ができた事だから、拠点が優輝基準になるわね。」

「(自力で割り切ったか...。)僕基準って...家に住むのか?」

  客間でもある和室が空いてるから部屋は大丈夫だけど...。

「っ...と、特別よ!....一人は、寂しいもの...。」

「.....そうだな。」

  一人...前世の時の僕がそうだったな...。確かに、一人は寂しい。今世で緋雪がいるからこそ、余計にそう思うようになったしな...。

「僕は...両親の事もあるから、関わっていくかな。まぁ、最低でも高校を卒業するまで管理局に入るつもりはないけど。」

  ちなみに、模擬戦での僕らの魔導師ランクは暫定で緋雪と僕共にAAAランクだったらしく、戦いに赴く前に管理局に勧誘されたりもした。...断ったけど。

「お兄ちゃんがそうなら、私もそうなるかな。」

「私は....退魔士の仕事があるから...。」

  神咲さんはしょうがないと思うなぁ...。一応、今回の事件は完全に巻き込まれただけの一般人って感じだったし。

「....まぁ、クロノ君からそう言う話が持ち出されるだろうし、その時にちゃんと言えばいいと思うよ。神咲さんも、さすがに無理して関わる事もありませんし...。」

「そう...だね。」

  司さんの言葉に何か思う所があるらしいが頷く神咲さん。

『ちょっといいか?事件の事をまとめるために一度会議室に集まってもらいたい。』

「あ、はい。分かりました。」

  クロノに呼び出されたので、皆で会議室に向かった。





  ...まぁ、そこでした事は大した事はなかった。所謂、カタストロフがどういう魔導師たちだっただとか、これからのカタストロフの処遇を言われたりしただけだ。...ま、報告的な意味合いが大きかったかな。
  ちなみに、あの戦いで王牙だけ負けて気絶していたらしい。...あんだけ威勢よく攻撃したのにあっさり...。まぁ、気絶だけで済んだ分、悪運は強いらしい。

「....それで、僕らだけ別の話があるとは?」

  そして、会議が終わって僕と緋雪とかやのひめと神咲さんと久遠だけが艦長室に呼ばれ、別の事で話があるらしい。

「...大体予想してると思うが、これからについてだ。司から一応聞いたが、神咲さんはこのまま元の生活に、優輝と緋雪は関わりはするが管理局に入るつもりはなし。かやのひめは一応優輝と緋雪に追従する感じらしいな。」

「まぁ...一応そうです。」

  ちなみに久遠は神咲さんと一緒に数えられてるらしい。

「...私としては管理局に入って欲しかったのだけれどね...。それと、神咲さんやかやのひめさんの力、そして久遠さんの力については、深く話し合った結果、上層部に伝えない方がいいと判断したわ。」

「...祟りなどというモノがある以上、下手に手を出さない方がよさそうだからな。」

「あはは....間違ってませんけど...。」

  霊力という魔力とは別の力。管理局としては伝えたかったのだろうが、下手に藪をつついて蛇を出したくなかったのだろうな。...互いに秘匿にするべき事柄だしな。

「それと、優輝たちの両親の事だが...。さすがにこの数日だけでは何も分かっていない。一応捜索願いは出しておいたがな。」

「でしょうね...。次元世界って管理外だけでも97個以上ありますからね...。」

「むしろ、何か分かっていたら奇跡だからな...。」

  さすがにこればかりは気長に待つしかない。魔法が絡んでいる可能性があると分かっただけでも儲け物だと思わないと。

「...そこで、だ。管理局に入るつもりはなく、関わるつもりではあり、こちらとしても手軽に連絡を取れるようにしたい。...と言う事で、嘱託魔導師にならないか?」

「嘱託魔導師...ですか。」

  確か、管理局に協力する民間魔導師...だったか?一応、協力を申請された時、場合によっては拒否もできるらしいっていう。

「あぁ。嘱託魔導師になるための魔導師としての資料もこの前の模擬戦で十分だし、この話が終わった後にでも申請できる。」

「むぅ.....。」

  デメリットは特になさそうだし、魔法に関わる立場としてはこれ以上にない手頃な立場だ...。緋雪も特に不満はなさそうだし...。

「...じゃあ、嘱託魔導師になります。」

「そうか。なら、後で申請しておくよ。」

  リンディさんもそれで満足らしい。

「...それで、最後にかやのひめが持っている勾玉の件だが...。」

「何か分かったんですか?」

  ちなみにその勾玉、危険性を最優先に調べて危険性がなかったため、ずっとかやのひめが持っている。...そう言えば、この勾玉と融合したロストロギアが発端だったな...。

「フュージョンシードの効果だが...一応は分かった。」

「...どんな効果だったんですか?」

「非常に限定された効果なんだが...“融合した物体をユニゾンデバイスに変質させる”という効果らしい。」

「ユニゾンデバイス..ですか。」

  本当に限定された効果だな。

「ああ。管理局でも珍しいとされるユニゾンデバイス...まぁ、管制人格となるものがないと機能しないから、結局は無意味な融合だったがな。」

  何かしらの生命体と融合して初めて効果を発揮するって訳か。

「だから、既にそれはロストロギアではない。...と言う事で今まで通りかやのひめが持っていてもいいという事だ。今までずっと身に付けていたからな。その方がいいだろう。」

「...そうね。私としても、その方がいいわ。」

  思い出の塊でもあるからな。

「それと、これも一応返しておこう...。」

「これは....薔薇姫の...。」

  渡されたのは折れたレイピアの柄の方。刃先の方はかやのひめ曰く、クルーアルに放った一撃で霊力を込めすぎたせいか消失したらしい。

「ああ。僕達が預かるより、かやのひめに持ってもらう方が、君を庇った薔薇姫としても、浮かばれるだろう?」

「....ありがとう。」

  胸に抱きこむように受け取るかやのひめ。いくつか花が出現するが、さすがに誰もそれを指摘したりはしない。

「困った事、その他諸々で相談したい時は遠慮なくしてほしい。...こちらとしては、巻き込んだだけだからな。では、僕が送ろう。転送先は臨海公園だが...そこでいいか?」

「あ、そこでいいです。」

  クロノに送ってもらい、僕達はアースラを後にする。





「じゃあ、いざという時は遠慮せず頼ってくれ。」

「ありがとう。...魔法が関係ない時でも、クロノやユーノとは友人として交流したい所だ。」

  ちなみに、ユーノともあの数日間で仲良くなっている。...主に高町さん辺りのハチャメチャっぷりの愚痴を聞く感じだったけど。

「僕もだ。久しぶりに気の合う友人に恵まれたからな。」

「...じゃ、またいつか。」

「ああ。またいつか。」

  握手をしてクロノは去っていく。...他の皆空気状態だったな...。

「お兄ちゃん、そういえば特に仲のいい男友達っていないよね。」

「うぐっ....!?」

  緋雪....!そう言う心を抉る発言はやめてくれ...!
  い、一応話をする程度の男友達なら結構いるから...!...特に仲のいい友達なんて司さんしかいないけどさ....。

「じゃあ、私はさざなみ寮に帰るね。多分、また神社とか翠屋で会うかもしれないけど。」

「あはは...そうですね。では、またいつか。」

「うん。またいつかね。」

  神咲さんも久遠を抱えて帰っていく。

「....じゃあ、僕らも帰るか。かやのひめに家を紹介しないといけないし。」

「そうだね。」

「...これからよろしく頼むわね...。」

  照れ臭そうに言うかやのひめ。そんなかやのひめに苦笑いしつつ、僕らも帰路に就いた。





「ここが優輝たちの家....。」

「そうだよ。まぁ、とりあえず入って。」

  かやのひめを家に招き入れる。

「そういえば、洋風の家の構造って分かる?」

「...分かる訳ないでしょ...。まぁ、慣れていくつもりよ。」

「そっか。とりあえず追々教えて行くよ。」

  まずリビングに案内する。一度、ここで休憩するか。戦闘の疲れもあるし。

「...見ない内に、随分と文明も進んだのね...。」

「アースラの設備を見た後じゃ、あまり驚かないと思うけど...。」

「...あれは異世界の文明として見てたからよ。日本だと色々思う所が違うの。」

  そういうものか...。とりあえず、一通り説明する。一応、横文字の家具や設備はできるだけ日本語に直して説明しておく。

「......横文字にも慣れなきゃね。」

「少しずつでいいよ。...で、かやのひめの寝室になる部屋なんだけど...。」

  客間であり和室でもある部屋に案内する。和室とだけあって、和の家具しか置いていない。

「あまり散らかってないから、そのまま使えるよ。そこの押入れに布団も入ってるから。」

「な、なにからなにまで....その、ありがとう...。」

  花一つの出現と共に照れ臭そうにお礼を言うかやのひめ。

「...これからは家族なんだから、当然だろ?」

「足りない物があったら、なんでも言ってね!」

  僕と緋雪で優しくそう言う。すると、かやのひめの目尻に光るものが...。

「っ...!...そ、そう、た、頼りにさせてもらうわ...!」

  咄嗟に手で拭い、そう言い切るかやのひめ。

「...さて、そろそろ夕食の時間だな。」

「かやのひめさんも家に来たことだし、豪勢にしなきゃね!」

  無茶言うなよ緋雪...。第一、ご飯炊いてないし...。

「....うわぁ...あまり食料もないな...。」

  幸い、生鮮食品とかそこらへんの食材はなかったから無駄にはならなかったみたいだ。

「作れるのは...うどんくらいか。」

「明日、買いに行かなきゃね...。」

「緋雪、言っちゃあれだけど、明日は平日...つまり学校なんだよな...。」

「あ....。」

  今日の夕飯と明日の朝食は何とかなるだろう。だけど、このままじゃお弁当がご飯にふりかけをかけるだけのショボイお弁当になってしまう。
  僕はいつもお弁当は手作りオンリーなのでレンジですぐできる食品とかは買ってないんだよなぁ...。

「え、もしかして、いきなり食料の危機なの?」

「いや、一つだけツテが....。」

  ケータイを取り、ある電話番号に電話する。

【もしもし、優輝君かい?】

「士郎さん、すいません。実は魔法関連の事件が解決して家に帰ってきたんですけど、家の食材がちょうど明日の朝食までしかもたなくて...。」

  電話に出たのは士郎さん。まぁ、頼ってくれって言ってたしな。仮とはいえ保護者代わりの人でもあるから、今回だけは頼らせてもらおう。

【ふむふむ...つまり、明日のお弁当をどうにかしてほしいのだね?】

「はい。そう言う事です。あ、それと同居人...家族が一人増えましたので、彼女の様子を見に来てくれると助かります。」

【...少し気になる点があったが...分かった。店で手が空いたら様子を見に行くよ。その増えた家族はずっと家にいるのかい?優輝君は学校に行くみたいだけど...。】

「はい。その通りです。」

  最終手段として明日も休むという手があるけど、休んだ場合外を出歩くのは怪しすぎる。

【じゃあ、朝の登校する前に優輝君の家にお弁当を届けに行くよ。】

「ありがとうございます。学校帰りに食材を買って帰るので、明日の昼だけで十分です。」

【わかった。...もっと頼ってもいいんだよ?】

「...考えておきます。」

  そう言って電話を切る。...いや、悪い人でも話でもないけどさ、ただでさえ店を営んでいるのに必要以上に負担を掛けられないし...。

「....さて、一応問題は解決したから夕食を作るよ。」

「私も手伝うよお兄ちゃん。」

  緋雪と協力してテキパキとうどんを作っていく。
  特に何かある訳でもなくあっさりと完成し、三人で頂く。

「っ...!おいしい....。」

「そりゃよかった。」

「今までちゃんとした日本の料理を食べてなかったもんね。」

  ただの家庭でも作れるうどんなのだが、かやのひめにはそれでも好評だったみたいだ。

「久しぶりよ。うどんを食べたのは。」

「そっか。」

  僕らにしても数日振りの自宅での食事なので、三人揃ってすぐに平らげた。

「ごちそうさま。...お風呂に関しては緋雪に聞いて。着替えは....。」

「あ、着替えはいいわ。霊力で編めば服なんて作れるもの。」

  いざという時は緋雪の服(大き目)を使おうと思ってたけど、省けたならいいや。

「じゃ、僕がお風呂使ったら好きなタイミングで入ってくれ。...僕は風呂に入ったら寝るよ。さすがに、疲れた....。」

  魔力自体は僕より上で、連携も上手い連中と戦ったんだ。疲れて疲れて...正直、風呂に入らずすぐに布団の中に行きたい...。

  そういう訳なので、湯張りが済み次第すぐにお風呂に入って歯磨きをしてから僕は眠った。
  ...あ、ちゃっかり明日の学校の用意は済ませておいたよ?







       =かやのひめside=



「...優輝も相当疲れてたのね...。」

  さっさと自室に行く優輝を見て、私はそう言った。

「私は吸血鬼だからまだ大丈夫...と言うか夜になるからむしろ回復してるけど。」

  私もそこまで疲れてないのよね...。

「さ、私達もお風呂に入ろ?」

「そうね。お風呂なんて久しぶりよ。アースラでは体を洗うだけだったし。」

  人間から隠れて暮らすようになってからは、偶然見つけた温泉に入る以外、清めの術か水浴びで我慢してたのよね。かれこれ二十年ぶりかしら?





「ふぅ....温まるわね。」

「そうだね~。」

  緋雪にお風呂にある物の使い方を教えてもらいながらだったけど、体を洗い終わり、二人で湯船に浸かる。

「.....ねぇ、かやのひめさん。」

「...なにかしら?」

  おもむろに緋雪は私に何かを言おうとする。

「かやのひめさんって、やっぱり、お兄ちゃんの事が好き?」

「え.....な、何言ってるのかしら!?そ、そんな事...!」

  唐突なその質問に、思わず言葉が詰まってしまう私。

「ない...とは言い切れないでしょ?」

「っ...うぅ....。」

  言い切れない...。確かに優輝の事は好きよ!悪い!?

「....別にいいよ。お兄ちゃんの事が好きになってても。」

「だ、だから、そういうのじゃ...。」

  素直になれず、また否定しようと口が動く。

「だけど...あっさり見捨てるとかそういうのだけはやめて。」

「....緋雪?」

  今までのからかうような言い方をやめ、少し俯きながらそう言った緋雪に、私は訝しむ。

「...今の私達には親がいない。だから、全部自分達でなんとかしないといけない。...最近は士郎さんが一応保護者代わりになってくれるけど...。...そんな中、新しい家族としてかやのひめさんは現れた。家族がいなくなった私達にとっても、寂しさを和らげる事になるの...。」

「.......。」

  二人も、私と同じようなものだったのね...。

「両親が死んだだなんて、私は思いたくない。だけど、新しくかやのひめさんが...お姉ちゃんのような人が、家族になった。」

「緋雪....。」

「...また、家族を失うような事にはなって欲しくないから...。」

  家族を失う。...私にはよくわからない事だけど、それでも悲しく、恐い事だって言うのはわかる。緋雪が言った見捨てる...つまり、私からいなくなる場合なんかは、さらに恐いのだろうと、容易に想像できた。

「....ごめんなさい。かやのひめさんが神様だからか、頼りたくなっちゃって...色々と押し留めていた気持ちが溢れちゃった...。」

「.......そうなの...。」

  おもむろに緋雪を少し抱き寄せ、撫でる。

「か、かやのひめさん!?」

「....貴女の寂しさ。私にも伝わってきたわ。...優輝にはこれ以上不安や負担を掛けたくなかったから、ずっと押し留めていたのよね?...今は、そうしなくていいわよ...。」

  二人共、私が薔薇姫を喪った時は私によく気に掛けてくれた。...だから、今度は私が緋雪を慰めなきゃね...。

「...うん....。」

「(優輝も緋雪も、魂は澄んでいる。...けど、その分脆くて不安定なのね...。我慢してるみたいだけど、時々抑えられなくなってる。...私も、いつまでも引きずってられないわね。)」

  甘えるように抱き着いた緋雪を再度撫でながら、私はそう思った。

「ほら、そろそろ上がらないと、のぼせるわよ。」

「あ、そうだね。お姉ちゃん。」

「えっ?」

「....あっ。」

  間違って私を“お姉ちゃん”と呼んでしまった緋雪の顔がみるみる赤くなる。

「ち、違うの!い、今のは学校の女の先生をお母さんって呼んでしまうようなもので...!」

「お、落ち着いて!私にはその例えの意味が分からないわよ!?」

  辛うじて例えを言おうとしてるのは分かったけど。

「...はぁ、今まで様々な人に出会ってきたけれど、私の事を“姉”と呼ぶのはいなかったわよ?」

「だ、だから違うって...。」

「分かってるわ。のぼせるから、早く上がりましょ。」

  緋雪が取り繕うとするのを苦笑いで見つつ、私達はお風呂から上がった。





「...うぅ...恥掻いた...。」

「当事者の私以外聞いてないんだからいいでしょ。」

  お風呂から上がって、居間で座りながら私達は会話する。

「はぁ....。そういえば、明日士郎さんが来るだろうけど、大丈夫?」

「それは人付き合い的な意味でかしら?」

「いや、それもあるけど....。」

  別に私は人見知りじゃないわよ。

「...まぁ、士郎さん相手ならいざとなれば全部話しちゃってもいっか。」

「....なるほど、秘匿にするべき事を喋ってしまわないかって事ね。」

「うん。でも、士郎さんは魔法の事を知ってるから、大丈夫だよ。」

  私だって喋ってはいけない事ぐらい弁えてるのだけど....。

「...ふあ....さすがに眠いかな....。」

「そうね。私もそろそろ寝ようかしら?」

  緋雪があくびをしたので、会話を切り上げてそれぞれ寝室に向かう。
  ...あ、ちゃんと歯磨きとやらとかもしたわよ?

「布団はここから.....んしょっと...。」

  自分の部屋となった和室の押し入れから布団を出して敷く。

「...布団で寝るのなんて、何十年ぶりかしら...。」

  布団に入りながら私はそう言う。....人里で暮らさなくなって以来、一度も寝てないわね。

「......薔薇姫.....。」

  いつも、寝る時も一緒にいた薔薇姫。でも、今はもういない。

「...薔薇姫。私、新しい家族ができたのよ?...でも、寂しいわ。なんでかしらね....。」

  ポツ、ポツ、と涙が落ちる。やっぱり、親友がいなくなったのは、すぐに割り切れる訳じゃない。...今まで、ずっとそうだった。

「....ふふ...江戸の時まで、ずっと親友だなんて認めなかったのに、今はすっかり認めてるわね...。」

  苦笑い気味にそう言って、今度はさらに涙が溢れてくる。

「....やっぱり、寂しいよぉ.....!」

  きっと、司の精神保護の術がなければ、今すぐにでも私は自殺して幽世に還っていただろう。そこまで、私は寂しかった。
  多分、優輝や緋雪がいても、しばらくは寂しいままだろう....。











   ―――〈...管制人格の覚醒を確認。これより、最適化を開始します。〉

   ―――〈最適化、10%、20%.......100%。〉

   ―――〈最適化完了。管制人格を表面化します。〉

   ―――〈これより“生命融合型ユニゾンデバイス”起動します。〉









「.....ん....。」

  ふかふかな感触に埋もれながら、私は目を覚ます。

「...そっか、私、優輝の家に....。」

  いつもの野宿などと違って寝心地が良かったためか、すっきりとした目覚めだった。

「ん....起きないと....。」

  そう言って私は体を起こして...。

「おはようかやちゃん!」

「......えっ?」

  いきなり挨拶され、その声に思わず振り向く。

「....薔薇...姫.....?」







   ―――...なぜなら、その声の主は、死んだはずの薔薇姫だったから。







 
 

 
後書き
基本的に緋雪は寂しがり屋でもあるんです。かやのひめが草の神と言う訳で、溢れる母性のような何かの雰囲気があり、それによって緋雪は自身の気持ちを吐露した...という感じです。
かやのひめが本当の“家族”として馴染むには、こういう気持ちの打ち明けがないとですね。

...とまぁ、そんなしんみりした話も最後で吹き飛びましたが。
 

 

第25話「再会」

 
前書き
一つの戦いが終わり、家族を得たが親友を亡くしてしまったかやのひめ。
そんな彼女が目を覚ました時、目の前にいたのは死んだはずの親友で....!?

...書く事がなかったので書いてみただけです。特に意味はありません。
かやのひめ視点から始まります。
 

 


       =かやのひめside=



「....どう...して、薔薇姫が....ここにいるの...?」

  驚きのあまり、はっきりと言えないながらも薔薇姫に聞く。

「えっとね...色々訳があるんだけど.....わっ!?」

  何か説明しようとする薔薇姫を遮るかのように、私は薔薇姫に抱き着く。

「良かった....!生きててくれて....本当に良かった....!」

「かやちゃん....。」

  涙ながらに、私はそう言う。...服も体も傷一つなく、まるであの戦いを経験していないようなその姿が、少し気になったけど、今はそんなの関係なかった。

「それにしても、ここって誰の家?」

「...私の恩人の家よ。覚えてないかしら?あの神社で一緒にいた少年...。」

「...あっ、あの子ね!」

  どうやら覚えていたようで説明が省けて助かる。

「―――かやのひめ!部屋に魔力反応...が.....。」

「あ、優輝。」

  ドタバタと足音を鳴らしながら、血相を変えて部屋に入ってくる優輝。
  薔薇姫を見てそれも尻すぼみになったけど。

「おはよう。君がかやちゃんを助けてくれたの?」

「あ、おはようございます。....えっ?薔薇姫さん?」

  呆気に取られる優輝。よく見れば、寝惚けたままの緋雪も後ろにいた。

「お兄ちゃ~ん?なんなの早朝から....。」

「あ、緋雪。ごめんごめん...。かやのひめの部屋から魔力反応をリヒトが感知したから、慌てて来たんだだけど...。」

「ん~....?....あれ?その人は....?」

  寝惚けていた緋雪も、薔薇姫を見て段々と目を覚まし始める。

「....とりあえず、居間に行ってから説明してくれるかしら?」

「いいよ!...で、居間ってどっち?」

「あ、こっちだよ。」

  優輝はまだ少し眠気が残っているらしい緋雪を連れながら薔薇姫を案内していった。
  ...私も行かなくちゃ。





「....さっきは聞きそびれたけど、一体、どうやって生き返ったの?」

「うん。確かに私は幽世に還るはずだったよ。」

「なら、どうして....。」

  居間で私と薔薇姫で対面しつつ、話を聞く。どうやら、優輝も緋雪も私を中心としてくれるようで、斜め後ろに控えている。

「首元。」

「首元....?....あれ?」

  ふと首元を見ると、勾玉がなかった。

「そういえば、寝る前にはずしたわね...。でも、見当たらなかったような...。」

「当然だよ。だって、私がその勾玉だから。」

「えっ...?」

  一瞬、意味が分からなかった。

「“生命融合型ユニゾンデバイス”....それが今の私みたい。」

「まさか....あのロストロギアが!?」

  ユニゾンデバイスという単語に、優輝が反応する。

「ロストロギア...って言うのはよく知らないけど、“フュージョンシード”による効果で、勾玉がユニゾンデバイスになったの。...管制人格はいなかったけどね。」

「...そこまでは既に聞いてあるけど...。」

  私も全て理解できないながらも全部聞いた。...だけど、それよりもどうして薔薇姫がそこまで知っているのかが、気になった。

「.....そのフュージョンシードに惹かれたからかは分からないけど、幽世に還るはずだった私の魂が管制人格として勾玉に入ったって訳だよ。」

「...まさか、薔薇姫さんが目を覚ましたからフュージョンシードが正しくユニゾンデバイスとして機能するようになったってこと?」

「その通り!」

  半分ほど、私には理解できなかったけど、とにかく薔薇姫は助かったって事でいいのよね?

「.....けど、どうして薔薇姫さんはそこまで詳しいんだ?」

「ユニゾンデバイスになった際に、最適化させられてね?その時にデバイスとしての知識を埋め込まれたって感じ。生命融合型とあって、知識が埋め込まれる時ちょっと気持ち悪かったけど。」

「なるほど....。」

  ...つまり、薔薇姫の魔法関連の知識が増えてるのは、デバイスになったから?

「もちろん、デバイスとしてのマスターはかやちゃんだよ!」

「わ、私?...私、魔力なんて持ってないけど...。」

  魔法に関する知識も、あの数日で少しは蓄えた。
  だから、魔力もなしにデバイスなんて持ってても意味ない気が...。

「....このフュージョンシードって、結構凄いよ。私が管制人格だからか、かやちゃんの勾玉と融合したからか、ちゃんとこっちの魔力と霊力で扱えるようになってるの。」

「.....さすがはロストロギアと言うべきか....。」

  どうやら、私でも扱えるようになってるらしい。

「...クロノにどうやって知らせようか...。」

「確かに....。」

  優輝と緋雪は納得したものの、管理局にこの事を伝えるか悩んでいるようだ。

「あ、ちなみに、今はいつもの姿だけど、こうやって....。」

  薔薇姫はそう言って一度光に包まれて...。

「小さくなったり、後、勾玉の姿にもなれるよ!」

  可愛らしい感じに小さくなった薔薇姫がそう言う。

「まぁ、いつもは勾玉か、普通の姿でいるよ。」

「そうなの...。」

  疑問のほとんどが解けて、また目頭が熱くなってくる。

「....さて、一人増えたけど、まぁ、朝の分は足りるかな。」

「あ、お兄ちゃん、手伝うよ。」

  優輝と緋雪はいきなりそそくさと台所の方へと行ってしまった。

「....気を遣ってくれたみたいだね。」

「...そうね....。」

  優輝と緋雪は積もる話があるであろう私達だけにしてくれたらしい。

「.....いい主が見つかったね。」

「そ、そんな事ないわよ...。まだ、子供だし....。」

「....あれ.....?」

  照れ臭そうに言った私を見て、何かに気付いたのか疑問の声を上げる薔薇姫。

「.....へぇ~....。」

「な、なによ....。」

  意地の悪そうな笑みを浮かべる薔薇姫に嫌な予感を感じる。

「いや、別に...?なんでもないよ。」

「う、嘘よ!明らかに私と優輝を交互に見てたでしょ!」

  ああもう!こいつの考えている事が大体わかったわ!分かってしまう程分かりやすい私にも問題はあるけど!

「大丈夫!あたし、かやちゃんの事応援してるから!」

「っ~...!このっ....!」

  瞬時に弓と矢を霊力で創りだし、放つ。

     ―――ドッ!ポン!

「ハッ!?偽物!?」

  頭に命中したものの、煙のように薔薇姫の姿が消える。

「....あら?」

  薔薇姫がいた場所を見ると、勾玉が一つ落ちていた。

〈あはは....まだまだ魔力不足だから自然と勾玉になっちゃった。〉

「...なにやってるのよ...。」

〈とりあえず霊力で戻るから.....っと。」

  光に包まれ、また薔薇姫の姿になる。

「一応、以前からある魔力と霊力でも補えるんだけど、やっぱり異世界の魔法に使われる魔力の方が効率がいいみたい。...まぁ、大気中の魔力を吸収してるから関係ないけど。」

  薔薇姫が使っていた魔力は、大気中にある魔力を使うのが主で、優輝たちの魔法の場合は体内から生成する感じで、結構違ったりするらしい。...優輝の場合は普通に大気中の魔力も使ってるから関係ないんだけどね。

「はい、二人共できたよー。」

「簡単なものしか作れなかったからそこは勘弁してね?」

  優輝と緋雪が朝食を持ってきた。...余り物でご飯と味噌汁を作ったのね。

「久しぶりの味噌汁だ~!」

「...そういえば、久しぶりね...。今までは山菜とかだったし。」

  ちゃんとした食事にありつけた日なんて、人里離れてからは数えるほどしかないわね。

「具が少ないけどね...。...っと、僕も緋雪もまだ着替えてなかったよ。」

「食べてからでいいんじゃない?」

「そうだね。」

  とにかく朝食を食べる事にした。





       =優輝side=



  四人で楽しく朝食を取り、着替えも終わった頃...。

     ―――ピンポーン

「お、士郎さんかな?」

  インターホンが鳴り、僕はそれに応じる。

「おはよう。優輝君。」

「おはようございます。」

  案の定士郎さんだったので、軽く挨拶を交わす。

「はいこれ。優輝君と緋雪ちゃんの分のお弁当だよ。」

「ありがとうございます。」

  花の模様の入った赤色と青色の風呂敷に包まれた弁当箱を渡される。

「じゃあ、僕はまだ店で用事があるから...昼頃には手が空くようにするよ。」

「忙しい所を態々すみません...。....それと、家族がもう一人増えたんですが...。」

「えっ?そうなのかい?...まぁ、詳しい事情はまた後日に聞くよ。」

  どうやら、薔薇姫さんが増えた事も許容してくれるみたいだ。
  ...器広すぎないか?この人。

「じゃあね。」

「お弁当、ありがとうございました。」

  帰っていく士郎さんを見送る。

「...さて、僕も学校に行く準備を整えなきゃ。」

  歯磨きとか、まだ終わってないしな。





「お兄ちゃん!お弁当は!?」

「はいこれ緋雪の!」

  赤い方のお弁当を渡す。

「久しぶりにテレビ見てたら時間がー!」

「僕も同じようなものだったから何も言えない...!」

  後、かやのひめ達に電子機器の説明もしてたし、時間が...!

「いってきます!かやのひめ!薔薇姫さん!くれぐれも不用意に外に出ないでね!」

「分かってるわよ!」

  僕達は急いで学校へ向かった。...復帰早々遅刻しそうになるなんて...!





「...そう思ってたけど、急げば何とかなったな。」

「身体能力上がってたの忘れてたよ。」

  緋雪はもとより、僕も昨日の戦いで体がさらに鍛えられて...というか、リミッターが外れた感じ?になって溢れる身体能力で簡単に間に合った。

「(...ステータスにあった止まらぬ歩み(パッシブ・エボリューション)が関係してるのか?)」

  パッシブの意味が英語そのままではなく、ゲームとかにあるパッシブスキルとかと同じ意味であるならば...。エボリューションは進化...つまり、常時進化し続けてるという意味になるのかもしれない。
  以前は成長限界なしだと思っていたが、これは常に成長し続けるというのが本当の効果なのか...?...まぁ、憶測にすぎないが。

「じゃ、お兄ちゃん、また休み時間にでも。」

「おう。またな。」

  二階の階段で緋雪と別れ、僕も教室へ急ぐ。

「おはよう。」

「おぉ!優輝、久しぶりだな!...と言っても、四日ぶりだが。」

  一人の男子生徒が挨拶を返してくれる。

「あはは...。まぁ、休みを挟んだら久しぶりな気になるからね。」

「それにしても、今日はギリギリだったな。どうしたんだ?」

「いや...ちょっと油断しちゃってね。」

  どういうことだ?と首を傾げる彼。そんな時、チャイムが鳴ったので僕は席に座る。

「(なんとか間に合ったか...よかった。)」

  ふと辺りを見渡せば、普通に司さんもいた。...まぁ、司さんは以前にも魔法関連で休んだ事があっただろうしな。慣れてるんだろう。
  ...というか、今回遅れかけたのは僕らのドジだし。

「(...さて、授業について行けるだろうか?)」

  前世の知識がある僕ならどうってことないかもしれないが、この学校は私立...しかも相当学力が高い。油断すればついて行けなくなるかもしれない。





「(...まぁ、そんなことなかったけどね。)」

  どんなに学力が高くても所詮は小学校。前世で大学も卒業していた僕にはどうってことなかった。むしろなんでついて行けなくなるかもしれないと考えたのかと思ったぐらいだ。
  ...英語は危なげだったけど。...いや、復習みたいな感じで思い出したけどな?

「さてと...昼休みか。」

  士郎さんから貰った弁当箱を見ながら呟く。

「...とりあえず、いつも通り緋雪の所に行くか。」

  またいつものように階段で緋雪を待つ。

「私も一緒していいかな?」

「司さん?いいよ。」

  拒む理由もないし、ここ数日でさらに親しくなった。だから別に構わない。

「お、お兄ちゃ~ん!」

「お、緋雪...って、げ。」

  走ってきた緋雪の後ろにいる人達を見て、思わずそんな声を上げてしまう。

「待ってよ緋雪ちゃん!置いてかないで~!」

「な、なんかついてきたんだけど...。」

  ついて来た人達...原作組+αのメンツに対し、緋雪がそう言った。

「あぁ、そういうことか....。」

  せっかく魔法関連で関わりあったのだから、学校でも仲良くしたいとか、そんな考えなのだろう。織崎の魅了とか関係なしにそんな性格だろうし。

「す、すみません優輝さん。今回ばかりは...。」

「あー...いいよ。この際、皆で食べれば。」

  元々緋雪と一緒に来ようとしていたらしいすずかちゃんが謝ってくる。見ればアリサちゃんも申し訳なさそうにしている。

「........。」

「(...他はいいんだが、こいつらはなぁ....。)」

  織崎と天使が観察するようにこっちを見てくる。
  二人共転生者なため、僕の事を訝しんでいるのだろう。

「(...今気にしてもしょうがない。魔法関連に首を突っ込んだ時点で、こいつらと関わる事は分かっていた事だしな。)」

  織崎だって、成り行きで関わった事には何も言わないだろう。

「...こんな大人数だったら、広く場所を取らないとダメだね。」

「あー...空いてたらいいんだが...。」

  屋上は広いとはいえ、その分生徒も結構いたりする。...大丈夫だろうか?





「...なんか、運よくちょうどいい感じに空いてたな。」

「そうだね。」

  心配も杞憂に終わり、空いていた場所で皆で弁当を広げる。

「あれ...それ....。」

「ん?なのは、どうした?」

「...えっと、お父さんとお母さんが作ってたお弁当に似てるなって...。」

  高町さんが僕らの弁当箱を見てそう言ってくる。
  ...織崎、いきなり睨むように見てくるのはやめろ。

「そりゃあ、今日の僕らのお弁当は、士郎さんに頼んだ奴だからなぁ...。」

「お父さんに?どうして?」

「あー...ちょっと色々あってな...。まぁ、なんで弁当を作ってもらったかって言うと、先日の件で家の食材がなくなってたのを忘れてた。買いに行く暇もなかったし。」

  高町さんは弁当を作った理由には納得したものの、僕らと士郎さんの関係がまだ気になるようだ。...他の皆もだが。

「....士郎さん、僕らが二人暮らししているのを知ったら、養子になるよう勧めてきてね。...せめて、頼るだけにさせてほしいって事になって、今に至る訳。」

「...まぁ、優輝さんにも事情があるのよ。深く聞くのもやめときなさい、なのは。」

  深く聞かれるのもアレだったので、アリサちゃんが止めてくれたのは素直に助かる。

「(...そろそろかやのひめの所に士郎さんが来てる頃か...。)」

  昼なので、家にいるかやのひめ達の事を思い浮かべる。
  ....大丈夫かな...?







       =かやのひめside=



「えっと...これがこうで、ここはこうやって...。」

「熱心だねー。」

  優輝たちが学校...今での寺子屋に行ってる頃、私は必死に電子機器の使い方を覚えていた。

「これからこの家に住むもの。覚えておかないと大変でしょ。」

「それもそうだね。」

  呑気に言っている薔薇姫も、同じように使い方を覚えている。

「優輝が紙に簡単な使い方を書いてくれてて助かったわ...。」

  簡単な使い方だけで、詳しい使い方は説明書を読むように書かれてたけど。

     ―――ピンポーン

「えっと....。」

  この音は士郎とか言う人間が優輝に昼食を届けに来た時にも聞こえた音だったはず。
  なら、また誰かが来たのかしら?

「...あ、書いてあったわ。えっと...“インターホン”と言う物で、誰かが家を訪ねに来た時に鳴らす...って、結局誰かが来たのね。」

  とりあえず玄関に行き、扉を開ける。

「...昼になったから様子を見に来たけど...君が優輝君の新しい家族かい?」

「....あんたが士郎って人間かしら?」

  黒髪の優しげな雰囲気の男性。....どこかで見た事があるような....。

「そうだけど...。」

「...かやのひめと言うわ。」

「改めて、高町士郎だ。....ところで、どこかで会った事ないかい?」

  士郎も私に見覚えがあるらしい。....じゃあ、実際に会った事が...。

「かやちゃーん?どうしたのー?」

「あ、薔薇姫。」

  時間をかけてしまったため、居間から薔薇姫が出てくる。

「っ....!思い出した!」

「えっ?」

「25年前、山で修行してた時に出会わなかったか!?」

  山...25年前...あっ!

「あの時の子供!?そう言えば、面影があるような...。」

  よくよく見れば子供の時の面影がしっかりと残っている。
  士郎も薔薇姫と私を一緒に見て思いだしたのだろう。

「あの時の子供がここまで成長してるなんてね...。」

「僕としては二人が全く成長していないのが気になるけど...。」

「私達は人間じゃないもの。成長は遅いわよ。」

  ...と、そろそろ中に入れないと...。

「..ほら、上がってちょうだい。」

「色々と気になる事を言った気がするが...まぁ、お邪魔するよ。」

  士郎を上がらせ、居間へと連れて行く。

「とりあえず、二人の昼食を適当に作らせてもらうよ。」

「助かるわ。...食材も持ってきてたのね。」

  袋に入れていたのは食材だったようで、それで料理を始める士郎。
  ...優輝みたいに手慣れてるわね...。

「しかし、あの子供がここまで成長してるなんてね...。」

「...今のあたしだったら、負けそうな気がするんだけど...。」

  本当、それよね。薔薇姫が言う様に、士郎は恐らく刀の扱いに相当慣れている。...結構な修羅場を潜り抜けたのだろう。あまり回復していないとはいえ、薔薇姫よりも強いなんて...。

「....本当に、二人は何者なんだ?人間じゃないとは言ったが...。」

「...そういえば、かつての時は言ってなかったわね。」

  あの時は山で偶然出会って、迷ってたから道を示しただけだものね。
  ...怪しまれはしたけど。

「草祖草野姫よ。草の神であり、今は式姫と言うのをやってるわ。...尤も、分霊だから本人とは言い難いわ。気軽にかやのひめと呼んでちょうだい。」

「あたしは薔薇姫。吸血鬼だよ。」

「日光も流水も平気だけどね。」

  つくづくこいつは本当に吸血鬼なのかと疑うわ。...かつての仲間の吸血姫(ドラキュリア)も同じような事を言ってたし。

「...神様に吸血鬼か...。そりゃあ、見た目が変わらない訳だ。」

「今は力を失ってるけどね。」

  優輝と契約したおかげでだいぶ回復したけど。
  薔薇姫もデバイスになってから力が戻ってきてるようだ。

「....っと、よし。簡単にだけど、完成したよ。」

「あら、ありがとう。」

  士郎が料理を運んでくる。...あ、この料理は見た事あるわ。

「確か、オムライス...だったかしら?」

「あれ?知らないのか?」

「私、あまり西洋の食べ物は知らないのよ。」

「あたしは大体分かるけどねー。舶来だし。」

  辛うじてオムライスはアースラで優輝に教えてもらって食べたけど...。

「まぁ、これから慣れて行くわよ。ここで暮らすのだし。」

「かやちゃん、あの子の事を気に入ったみたいだしねー。」

「べ、別にそう言う訳じゃ...!」

  ああもう!またこいつはそんな事を言う!

「へぇ...。まぁ、優輝君は優しいからね。」

「だ、だからそうじゃ....!」

「でも、彼、結構モテると思うよ?今こそあまりだけど、既に妹の緋雪ちゃんは...。」

「違うって言ってるでしょう!?」

  顔が真っ赤になるのを自覚しつつ、思いっきりそう叫ぶ。
  ...ええそうよ!優輝の事は好きよ!だからって素直になれる訳ないじゃない!

「ははは...からかいすぎたね。」

「もう....!」

  とにかく、オムライスを食べよう。調子が狂っちゃうわ。

「.....!美味しい...!」

「ん~!こんなに美味しいの、久しぶりだよ。」

  アースラにあったオムライスも普通に美味しかったけど、こっちは格が違うわね。

「うん、口に合ってよかったよ。」

  士郎もなぜか嬉しそうにする。...作った人からすると、美味しく食べてもらうのは嬉しいのかしらね?...私も作れるようになろうかしら?
  ....た、他意はないわよ?

「....ごちそうさま。」

  気が付けば、食べ終わっていた。薔薇姫もご満悦みたい。

「よし、じゃあ僕は食器を洗ったら店に戻るよ。」

「あれ?もうなの?」

「まあね。空き時間で来たとはいえ、そこまで長い時間じゃないし。」

  元々忙しい身で私達のためにここまで来たのね。

「ありがとう。助かったわ。」

「いや、あの時のお礼とでも思ってくれ。」

「....そうね。」

  そうこうしている内に食器を洗い、帰る準備が整う士郎。

「今度は僕がやっている店に来てほしいな。歓迎するからさ。」

「...この生活に慣れたらね。」

  そう言って士郎は自分が営んでいる店へと帰っていった。

「まさか、あの時の子供に再会するなんてね...。」

「人生、何が起こるか分からないものだね。」

「...私達、人間じゃないけどね。」

  さて、優輝が帰ってくるまでもう一度電子機器の使い方を覚えましょうか。







 
 

 
後書き
かやのひめと士郎さんの過去の出会いは書きません。実は知り合いだった的な設定なだけなので。
...というか、偶々遭遇しただけの事なので書く事がありません。

次回が一応第1章最終話です。...閑話がその後に続きますが。
 

 

第26話「これから」

 
前書き
上手く締まらないかもしれませんが、第1章最終話です。
 

 


       =優輝side=



「薔薇姫さんが、ユニゾンデバイスにね...。」

  昼休み、司さんに薔薇姫さんがユニゾンデバイスとして蘇った事を簡潔に伝える。

「クロノ君曰く、フュージョンシードが正常に働いたとしてもそのユニゾンデバイス自体はロストロギアじゃないから大丈夫だろうけど...。」

「...問題はかやのひめ自身の力...霊力だよね。」

  フュージョンシード単体ならロストロギア扱いだが、役目を果たした後...つまりユニゾンデバイスに変化した後はロストロギア扱いされないらしい。
  だから、ロストロギア不法所持とかで捕まったりはしないのだが、かやのひめが扱う霊力や、薔薇姫さんが扱う“魔力”は、管理局に目を付けられるらしい。

「クロノ君やリンディさんとかは特に気にしないだろうけど、上層部とかはね...。」

「そうなんだよねぇ....。」

  緋雪が吸血鬼って事みたいに、秘密にしておくべき事が増えたな...。

「...まぁ、家に帰ったら相談してみるよ。」

「うん。頑張ってね。」

「...頑張るのは、こっちの方かな....。」

「....そうだね。」

  ふと視線を向けると、そこには執拗に迫ってくる高町なのはからできるだけ避け続ける緋雪の姿があった。...大丈夫か緋雪?

「ああもう!いい加減にしなさいなのは!緋雪が困ってるでしょ!」

「だって~!」

「だってじゃない!そんな執拗に迫るから緋雪も嫌がるのよ!」

  ついにアリサちゃんが割って入り、説教を始めた。

「た、助かったよ~....。」

「...なにを迫られてたんだ?」

「名前で呼ぶようにって...。でも、あんなに迫られたらむしろ呼びたくなくなるというか...。」

  おおう...原作でもあった“名前を呼んで”的なアレか?
  ...ま、あんな積極的に近寄られちゃあな...。

「...また迫られてもアレだから、次からは名前で呼ぶけど...。」

「....それはそれで、また詰め寄られそうじゃないか?」

  主に“名前を呼んでくれた!”って感じに感極まって。

「あ、アリサちゃんかすずかちゃんを仲介に...。」

「ちょ!?なにこっそりあたしやすずかを盾にしようとしてるの!?」

  どうやら聞いていたらしいアリサちゃんが緋雪の言葉に反応する。

「...って、もうすぐチャイムが鳴るな。」

「あ、そうだね。戻らなきゃ。」

  僕と司さんはそう言って広げていた昼食(完食済み)を片づける。

「あわわわ...!まだ食べてなかった...!」

「にゃー!?私も!」

  緋雪と高町さんはさっきのやり取りがあったからか、まだ食べ終わってなかったみたいだ。

「じゃあ、僕らは先に戻ってるからなー。遅れるなよー。」

「うん、わかったー!」

  僕の言葉に、急いで食べつつも緋雪は返事をした。
  ...さて、戻るか。







       =緋雪side=



「(早く食べなきゃ...!)」

  ああもう!高町さんのせいでまだ三割程残ってるよー!

「ちょ、そんなに早く食べると喉に...。」

「んぐっ!?....んっ....ふぅ。」

「あー、やっぱり詰まらせた...。」

  すぐに無理矢理飲み込んだからいいでしょ。

「(せっかくお兄ちゃんのとは違った美味しさなのに、それを楽しめないなんて...。)」

  惜しいなぁ...。と思いつつ、一気に食べ終わる。

「...ごちそうさま!」

「まだ間に合うのだからそこまで急がなくても...。」

  気分の問題だよアリサちゃん!所詮気分だから結局急がなくてもいいんだけどね!

「じゃ、私も先に行ってるね!」

「ええ。あたし達はなのはが食べ終わるのを待ってるわ。」

  一足先に私は教室へと戻る。

  ............。



「....何か話でもあるの?」

「........。」

  教室に戻る途中、人気が少なくなったのを見計らって後ろに声を掛ける。
  ...そこにいたのは織崎君だった。

「...君は、この世界で一体何がしたい?」

「いきなり何言ってるの?」

  そう言えばお兄ちゃんが言ってたけど、織崎君は私たちが転生者だと勘付いているらしい。...かやのひめさんは転生者じゃないのにね。

「とぼけるな。転生者だって言うのは分かってる。」

「ふーん...。」

  証拠はあるの?とか、なんで勝手に決めつけられてるの?とか、言いたい事をなんとか押し留めて、平静を保つ。

「何がしたい...とか、意図が掴めないけど、強いて言うならお兄ちゃんの支えになりたい。」

「なに...?」

「私はお兄ちゃんの傍にいたい。いつも助けられてるから、私もお兄ちゃんを助けたい。だから、お兄ちゃんの言う事ならなんだって聞くよ。」

  妄信的だと言われるだろうけど、一応ちゃんと考えてる。
  言う事を聞くって言ってもそれは普段の家事とかそこら辺の程度だし、この前の戦闘とか真剣な時なら、お兄ちゃんの身を案じて止めたりもする。
  
「お兄ちゃんなら私を正しく導いてくれる。間違っても正してくれる。...だから、何がしたいかなんて特にないよ。さっきも言った通り、強いて言うならお兄ちゃんの支えになりたいだけ。」

  お兄ちゃんだって間違える事はあるだろう。私はそう言う時の支えになりたい。
  ...だって、私はお兄ちゃんが大好きだから...!

「そうか.....。」

「...話はそれだけ?」

「...そうだな。うん、それだけだ。」

「じゃ。」

  さっさと織崎君から離れる。...私が言った事で何か考えているみたいだけど、気にもしたくない。...無自覚で人を魅了で陥れてる奴だから、一緒にいたくない。





       =神夜side=



「今の....。」

  兄の力になりたいと言っていた志導緋雪。

「...妄信的になってるな...。」

  力になりたいとか、支えになりたいとか、挙句の果てに言う事は何でも聞くとか...。

「...まさか、洗脳されてたりするのか?」

  同じ転生者でも、それは十分あり得る。

「...だとしたら、何とかして解放しなければな....。」

  それにしても、妹さえも洗脳するとは優輝の奴...!

「...許せないな....!」

  いつか解放してやる。
  俺はそう決意して、教室へと戻った。





       =優輝side=



「....ん?」

  何か、今面倒な奴に目を付けられた気がする...。...気のせいか。

「どうしたの?」

「いや、なんでもないよ。」

  司さんに少し心配されたので、大丈夫だと言っておく。

「....これから平穏に暮らせるか....?」

「...無理だと思うよ?」

「だよねー....。」

  つい呟いた言葉にばっさりと司さんに突っ込まれる。

「魔法に関わった時点で、平穏から離れると思うから...。」

「魔法ってそんな疫病神みたいな存在だっけ...?」

  少なくとも関わっただけでそうなる訳じゃないはず...。

「...まぁ、嫌でも関わるべきなんだけどな。」

「....両親が魔法関連の事件に巻き込まれたかもしれない事?」

「まぁ、ね....。」

  なんで司さんがその事を知ってるのかは分からないけど、大方クロノから聞いたのだろう。...司さん、色んな人からの信頼が厚いし。

「クロノ君はロストロギアの可能性が高いだろうって。後、次元犯罪者も関わってた可能性も...。」

「そうなのか...?」

  これは初耳だ。...クロノが情報源って事は司さんを経由して僕に教えるつもりだったのかもしれないけど。

「次元犯罪者か...。...お父さんとお母さん、大丈夫かな...?」

「無事だと信じるしかないよ...。」

「...そうだね。」

     キーンコーンカーンコーン

  ...と、チャイムが鳴った。司さんも席に戻る。

「(...どの道、今回の事で強さがまだまだ足りない事が分かった。なら、強くならないとな...。)」

  そして、そのためには....。







「...はぁっ!」

「っと、まだまだ!」

  翌日の放課後、僕は高町家にある道場で恭也さんと木刀を打ち合っていた。

「...強大な力を求めている訳ではない。...家族を、大切な人を護るための強さが欲しい...か。」

「まぁ、優輝らしいわね。」

  端の方では士郎さんとかやのひめが観戦しながらそんな会話をしていた。
  かやのひめと薔薇姫(こっちも呼び捨てでいいと言われた)が士郎さんと昔会った事があるってのは驚いたな...。...まぁ、別にどうこうする訳じゃないしどうでもいいんだけど。

  ...とまぁ、そんな感じで、昨日あの後、放課後の買い物の後に士郎さんに鍛えてもらうよう頼んでおいたのだ。とりあえず、翠屋の仕事がない間は鍛えてもらえるようだ。...尤も、今の相手は恭也さんだけど。

「やっ!」

「まだだよ!力加減が出来てない!」

  そして、僕から少し離れた場所では、緋雪と薔薇姫が同じように木刀を打ち合っていた。

「...で、緋雪ちゃんはそんな優輝君の支えになりたい...と。」

「羨ましいくらいの兄妹愛ね。...少し違うけど。」

  そう、緋雪も僕に護られてばかりは嫌だと、そう言って修行に参加したのだ。
  まぁ、主に力加減を覚えて無駄な動きを減らす事を今は鍛えてるけど。
  薔薇姫はかつての動きと今の力の感覚を覚えるために付き合っている。

「...君は参加しなくていいのかい?」

「私の本領は弓よ。確かに、近接戦も鍛えた方がいいけど...今は優輝たちが優先よ。」

「なるほど。」

  そんな会話をしている二人を余所に、恭也さんと剣戟を繰り広げ続ける。

「ぐっ....!」

「ぜぁっ!」

「....はっ!」

  木刀を弾かれ、素手にさせられた所に放たれた木刀を拳で受け流す。
  ...導王流のほんの一端で、齧った程度とはいえだいぶ扱えるようになっていた。
  これなら実戦でも結構役に立つだろう。

「っ....!」

「(っ!“神速”か...!)」

  鍛えてもらうに当たって、教えてもらった士郎さん達が使う剣術の奥義の一つ、“神速”。
  知覚力を上げてあたかも周りが止まっているかのように振る舞う事ができる歩法らしい。...明らかに生身で使えるような技じゃないだろう...。

「.....つぅ....!」

「なっ...!?同じ領域に...!?」

  後ろに回り込まれたのを、同じように知覚力を上げて対処する。
  当然、そんな事をすれば恭也さんも驚く。

「...つくづく驚かされるな...。」

「いえいえ...恭也さん達には及びません...。」

  実際、僕の今の動きは恭也さんに劣っている。知覚力を上げるとは言え“神速”のように周りが止まって見えるほどではないし、使える時間も3秒に満たない。
  ...その代わり負担が少なめかもしれないが。

「剣の腕も体術も申し分ないとは思うが...。」

「そうですか...?...ですが、まだまだ足りないと....。」

「...そう思うなら、付き合おう。御神流でない強い相手との打ち合いは、俺にとっても得になる。」

  例え技量が十分にあっても、護るための力が欲しい。だから護る事に長けている御神の技を使う士郎さん達に鍛えてもらうように頼んでいるからな...。

「さぁ、まだまだ行きますよ!」

「あぁ、来いっ!」

  その後も、しばらく僕は恭也さんと打ち合った。





「....疲れたぁ...。」

「お疲れ様。どうだい?手応えは?」

「...少しは強くなれた。...そんな気がします。まだまだ精進しますけどね。」

  散々打ち合って疲れた僕に、士郎さんはタオルと飲み物を持ってきてくれた。

「そういえば優輝君、彼女達の事なんだが...。」

「かやのひめ達ですか?」

「ああ。彼女たちは君の家に住むんだろう?だとしたら、戸籍が必要になる。」

  確かにそうなるな。やっば、考えてなかった...。

「...この際、戸籍自体は僕が用意するさ。」

「え、あ、ありがとうございます。」

「問題は戸籍を作る際の名前だ。そのままの名前で登録する訳にもいかないだろう?」

「...そうですね。」

  かやのひめとか、薔薇姫とかじゃ不自然すぎる。...名字として使うならまだしも。

「....式姫には、かつて各々の主が個別に名前を付けていたわ。今回も同じようにすればいいんじゃないかしら?」

「そうなのか?...けど、名前か...。」

「なんでもいいわよ。語呂とかさえに気を付ければ。」

  かやのひめにそう言われて少し考える。

「かやのひめ...う~ん....つばき?...椿か...。」

  かやのひめは嬉しくなると花が出現するため、花の名前を考えてしまったが、“草野姫椿(かやのひめつばき)”...結構語呂もいい。

「椿...花言葉には“控えめな優しさ”や“誇り”と言った意味があるね。」

  士郎さんがそう言う。...あ、花言葉があったか。

「うーん...心当たりがある程度だけど...。」

  そこまで難しく考えられない...。やっぱり花言葉はあまり考えないでおこう。

「じゃあ、“草野姫椿”でいい?」

「ええ。それでいいわ。....まさか、かつてあの子が考えた名前と同じだなんてね...。」

「えっ?」

「...なんでもないわ。」

  後半の言葉が聞き取れなかった。...まぁ、特に何かある訳ではないだろう。

「薔薇姫は......ダメだ。薔薇しか思いつかない...。」

  元々名前に薔薇が入ってるから先入観的な感じで思いつかん。

「えっと...葵...とか....?」

  なんとなく、ほんの何となく元気なイメージのある“葵”と言う名前を挙げてみる。

「お~!あの子が考えた名前と一緒だね。」

「...凄い偶然ね。」

  ...あの子って前の主の事だよね?確かに、凄い偶然だ。

「じゃあ、登録の際の名前は“草野姫椿(かやのひめつばき)”と“薔薇姫葵(ばらひめあおい)”でいいかい?」

「構わないよね?」

「ええ。」

「大丈夫だよ。」

  手元にあったメモに士郎さんは書いておく。少ししたらめでたく二人の名前は“草野姫椿”と“薔薇姫葵”になるだろう。

「じゃあ、キリもいいし、今日の特訓はこれで終了だ。」

「ありがとうございました。またお願いします。」

「ああ。店の勤務時間外なら、大抵受け付けるよ。」

「はい。では、さようなら。」

  そう言って僕らは高町家の道場を後にする。
  ...あ、ちなみに外出する際はかやのひめは耳と尻尾を隠してる。
  隠居生活を送ってる際、使えるようにしていたらしい。

「戸籍...ね。面倒な物が増えてたのね。」

「まあ、身分を証明するにはそういうのも必要だからね。」

  ずっと隠居生活をしていたかやのひめ達は戸籍という概念を知らなかったみたいだ。

「...まぁ、決まった以上、これからは椿と名乗るわ。」

「あたしは葵だね。」

「優輝たちも新しい名前で呼ぶようにね。」

「分かったよ。」

  かやのひめ改め、椿の言葉に頷く。

「じゃあ、帰ろっか。私達の家に!」

「...ええ。」

  まだまだ元気のある緋雪の言葉に、椿も笑みを返しつつ返事する。

「(....これからしばらくは、平穏に過ごせそうだな...。)」

  緋雪たちの誘拐事件に始まり、椿と共に巻き込まれたロストロギアと次元犯罪者絡みの事件。他にも細かい所を言えば王牙とのいざこざもあったな。
  ....ホント、色々大変だったな。

「(...なんだろう、また何かに巻き込まれそうな気が...もう、諦めるか。)」

  どうせ、自分の性格的に巻き込まれたら巻き込まれたで積極的に解決に向かおうとするからな。それなら気にしてもしょうがない。

「(...ま、友人が増えた事を考えれば良い事だしね。)」

  司さんにクロノにユーノ。そして友人と言うより家族だけど、椿と葵。
  他にも士郎さんやプレシアさんなど、大人の人とも交流ができた。
  その事を考えれば、厄介事ばかりではないけど...。

  ....まぁ、さっきも言った通り、気にしてもしょうがない。
  その時その時を享受していこう。













       ~out side~





  どこか遠い世界の森の中、二つの影が一つの影を追いかける。

「....はっ!」

「ブモォッ!?」

「せやっ!」

  一人が矢を放ち、もう一人が剣で仕留める。
  どうやら、追いかけていたのは猪のような生き物らしい。

「...ふぅ、今日の狩りはこれでいいわね。」

「そうだね。」

  猪モドキを仕留め、一息つく二人。どうやら男性と女性のようだ。

「じゃあ、そろそろ帰ろうか....。」

「いえ、ちょっと待って。」

  男性が猪モドキを縄で縛り、持って行こうとして女性が止める。
  すると....。

     ―――がさがさ...

「....なるほどな。」

「結構でかいわよ。」

  草をかき分ける音に、二人は警戒する。

「...魔法、いけるか?」

「最近は調子がいいわよ。だいぶ強くなった実感があるから。」

「...俺もだ。」

  そんな会話をする二人の前に、音の正体が現れる。

「倒すのは無理だったら逃げるぞ!」

「分かったわ!」

  長く鋭い爪に、ぎらつく牙。そして大きな体といかつい顔を持った熊のようで全然違う生き物。...それが二人と相対したモンスターだった。

「爪とかは俺が防ぐ。」

「私は足を狙い撃てばいいのね。」

  二人を視認した途端、熊モドキは男性の方へ図体に見合わない程高速で接近し、爪を振るう。

「はぁあっ!!」

     ―――ギィイイン!!

  気合を込め、腰の捻りをしっかり入れて男性は剣を振う。
  そんな渾身の一閃で、何とか爪を正面から防ぐ。

「貫きなさい!」

  そこへ女性が魔力を込めた矢を熊モドキの足に放つ。

「グギャァアッ!?」

「隙あり!」

  足に矢が刺さった事で怯んだ熊モドキを、男性はすかさず剣を一閃。

「制御任せた!」

「ええ!遠慮なく放ちなさい!」

  足の矢と腹に決まった一閃のダメージで熊モドキは動けないのを確認した後、二人は少し間合いを取り、並んで立つ。

  そして、二人共念じるように両手を突きだし、魔法陣が二重に発生する。
  男性がオレンジで、女性が白い魔法陣を発生させたらしい。

「「“トワイライトバスター”!!」」

  そして、魔法陣からオレンジと白が混ざったような砲撃が放たれる。
  それは熊モドキをいとも簡単に飲み込み、そのまま森の奥へと消えて行った。

「....ふぅ、なんとか倒せたな。」

「ええ。」

  熊モドキを倒した事を確認した二人は、そこら辺に放置しておいた猪モドキを再び担ぐ。

「さて、帰ろうか。」

「そうね。」

  そう言って二人はどこかへと足を進める。

「......。」

「....あの子達の事を考えてるのか?」

「...ええ。」

  ふと、女性が物思いにふける。

「...大丈夫さ。あの子達はしっかりしているから。」

「でも、早く帰らないと...。」

「....世界を渡る手段が見つからない限り、無理だよ...。」

  そう言って二人共落胆の溜め息を吐く。

「...信じるしかないよ。俺たちは。」

「...そう、よね...。」

  幾分か暗い表情のまま、二人はその場から去って行った....。









 
 

 
後書き
織崎は優輝、緋雪、かやのひめを警戒しているように見えて本当に警戒してるのは優輝だけです。他二人は実は優輝に騙されてるだけじゃないか、とかも思っていたりします。
ちなみに王牙は唯一以前の戦闘で負けていたので、その時の怪我で学校を休んでいます。(出番的な意味で書けなかったなんて言えない...。)

次回から少し閑話が続きます。(本編で挟めなかった日常回とか。) 

 

閑話1「とある休日」

 
前書き
ただの日常回です。...というか蛇足です。
優輝にはこんな事もできるんだ程度に捉えるだけでいいと思います。

...いざとなれば読み飛ばしてもなんの支障もないし(ボソッ
 

 


       =out side=



「....ん.....。」

  カーテンの木漏れ日に当てられ、亜麻色の長髪を持った少女....聖奈司は目を覚ます。

「ふわぁ....。久しぶりにゆっくりできるかな。」

  ついこの前にあった魔法関連の事件で、彼女も少なからず疲れていた。
  なので、この休日でゆっくりと休みたいのだろう。

「とりあえず顔を洗ってこよ。」

  彼女には優輝と違って家族がいるため、別に朝食を用意する必要はない。
  だから、のんびりと顔を洗いに洗面所へと向かった。





「ごちそうさま。」

  手を合わせ、食べ終わった時の言葉を紡ぐ。

「(宿題も終わってるし、特になにかしたい訳でもないし...どうしよう?)」

  適当にのんびりしててもいいが、それでは暇になるため何かした方が彼女にとってはいいらしい。

「....天気もいいし、適当に散歩しようかな。」

  空は見事に晴れ渡っていおり、絶好の外出日和だ。
  そういう訳なので、彼女は外出の準備を整え、親に一言言ってから家を出た。

「...って、行き先も明確に決めてないや。...ま、いっか。」

  特に行き先を決める事もなく、心赴くままに散歩をするようだ。







「八束神社....那美さん、いるかな?」

  ふと辿り着いたのは八束神社。彼女はそこで以前の事件で知り合った巫女の女性の事を思い浮かべる。事件以降一度も会っていないのだ。

「...あ、いた。」

「あれ?あなたはえっと....。」

「聖奈司です。」

  階段を上りきり、境内を掃除していた那美と挨拶を交わす。

「そうそう。司ちゃんだったね。...あの時はありがとうね。」

「いえ、それほどでも...。」

  司は那美がアースラにいた時、なにかと同じ地球の人として色々と付き合ってあげたりしていたのだ。おかげで、那美にとって不慣れなアースラでの生活も難なく過ごせた。

「...そういえば、ちゃんと魔法の事は喋ってませんよね?」

「あー...秘密にする事自体が無理だったんだよね...。」

  そう言って溜め息を吐く那美に、司は訝しげになる。

「...実は、私が住んでる寮...さざなみ寮って言うんだけどね?そこに心が読める人がいて...。」

  曰く、リスティ・槙原という女性がそんな能力を持っていてばれてしまったとの事。...どうやら秘密にすることには同意してくれたようで難を逃れたようだが。
  その事に司は驚きはしたものの、苦笑いで済ませた。

「...この街って、案外普通の人が少ないですね。」

「今更ながら私もそう思うよ。...あ、心が読める人がいるっていうのは秘密ね?」

「分かってます。」

  司が知っているだけでも魔導師、人外レベルな剣士、吸血鬼、退魔士、式姫、神様と超人揃いだ。...普通の方が少ない。

「...でも、秘密にするのはいいんだけど、あの時...確か、薔薇姫さんだっけ...?」

「あ....。」

「彼女が死んでしまったのが、どうしても心に残ってて...。」

  司は那美が薔薇姫は生きている事を知らない事に気付く。

「えっと...実は...。」

  とりあえず、説明する事にした。



「...良かったぁ...死んでなかったんだ...。」

「...厳密には一度死んだようなものらしいですけど...まぁ、本人たちが良ければいいですよね。」

  一通り説明し、那美はホッとする。

「では、そろそろ行きますね。」

「うん。またね。」

「はい。」

  そう言って司は八束神社を後にする。

「(...尤も、行き先はないからどこへ行こうか...。)」

  散歩と言ってもルートを決めていないため、無計画だ。
  結局、放浪するように散歩をすることになった。







「....因果の如くここに来ちゃうなぁ...。」

  しばらく散歩し続け、そろそろ疲れてきた頃、司はある店に辿り着く。

「喫茶翠屋...お母さんからもし外で食べる場合のためのお金も貰ってるし、ここでお昼も済ませちゃおうかな。」

  海鳴市でも有名な翠屋に司はよく寄っているのでついついここに来てしまったのだろう。
  だが、ちょうどいいのも事実。そのまま司は店内へ入る。

「いらっしゃいませー。」

「...あれ?」

  店に入り、出迎えた店員を見て司は首を傾げる。
  自分と同い年くらいの、長めの黒髪と綺麗な黒目の可愛らしい店員。
  普通なら“こんな同い年の子がどうして翠屋の店員を?”程度の疑問なはずだが、司はどこか既視感を感じたので首を傾げていた。

「お一人様ですか?」

「あ、はい。」

「では、こちらにどうぞ。」

  綺麗な声に促されるまま、空いている席に案内される。

「...あれ?司さん?」

「あ、緋雪ちゃん。」

  案内された席の隣には、緋雪が座っていた。
  他にも椿と葵が座っていた。

「かやのひめちゃんと薔薇姫さんも?」

「あ、今はもう草野姫椿という名前よ。椿の方で呼んで頂戴。」

「名前、変えたんだよね。君が司?あたしは薔薇姫。今は薔薇姫葵って名乗ってるよ。葵って呼んでね?」

「そ、そうなんですか。」

  名前が変わっている事と、一応初対面の葵にどもりつつも返事をする司。

「....あれ?」

  そこでふと、司はある事に気付く。

「優輝君はいないの?」

  そう、いつも緋雪と一緒にいるはずの優輝がいないのだ。
  椿と葵もいるのに、優輝だけいないのに疑問に思う司。

「あー、えっと、お兄ちゃんはね...。」

「この店の手伝いをしているわ。...始めてこの店に連れてこられたかと思ったら、当の本人は手伝いに回るんだもの...のんびりできても、優輝がいないと...。」

「あ、そうなんだ。」

  店のバイト...というか、年齢的にお手伝いをしていていない事に納得する司。
  ちなみに椿の後半の言葉は聞き流したようだ。

「それにしてもお手伝いって事は裏方?ざっと見たけど接客はしてなさそうだし...。」

  そう言いながら店内を見渡す司に、緋雪達は少し笑いを堪える。

「ど、どうしたの?」

「いやいや...ちょっとね...。」

  とりあえず、注文しようと司は適当にメニューを選び、店員を呼ぶ。
  
  偶然なのか、先程の店員が来た。

「ご注文をお伺いします。」

「えっと、ミートスパゲッティと、アイスティーを。アイスティーはミルクと砂糖をお願いします。」

「はい。ミートスパゲッティと、アイスティーですね。以上でよろしいでしょうか?」

「はい。」

「では、しばらくお待ちください。」

  慣れたような手際で司の注文を承った店員。
  それを見て、やはり司は首を傾げる。

「(...どこかで会った事あるのかなぁ...?)」

  会った覚えはないのに、既視感がある。その事に司はもやもやしていた。

「っ....!っ...!」

「....あの、なんでそんな笑いを堪えてるの?」

「だって...だって....!」

  さっきよりも笑いそうになっている緋雪にさすがの司も少し苛立った。

「お兄ちゃん...どうしてあんな....ぷっ、ふふ...!」

「.....えっ.....?」

  つい漏らした緋雪の呟きに、司はさっきの違和感が解消されると共に言葉を失った。

「まさか....今のが優輝君...?」

「そ、そうだよ...。」

  信じられないのか、そのまま固まってしまう司。

「(そ、そういえば、前世で....!)」

  司はそこで前世のある出来事を思い出す。
  かつて通っていた高校で、一人のクラスメイトが文化祭で女装させられ、異様に似合っていた事を...。

「(...だとしたら、既視感があるのも納得...かな?)」

  そのクラスメイトと優輝は似ているため、納得しかけた。
  ただ、まだ信じられなかったが。

  少しして、先程の店員が料理を持ってきた。

「お待たせしました。ミートスパゲッティとアイスティーです。」

「あの....優輝君...なの?」

  全くいつもの優輝と違う店員に、恐る恐る司は聞いた。

「.....ばれた?」

「.......。」

  いつもの声...ではないが、いつものような雰囲気に戻って店員...優輝はそう返した。
  
「どうして、女装なんか....。」

「えっと実は―――」





       ~一時間前~



「ここが...翠屋?」

「うん。士郎さんがマスターをしている店だよ。」

  優輝は緋雪と共に椿と葵を引き連れ、翠屋に案内していた。

「いらっしゃいませ....っと、優輝君達か。」

「こんにちは、士郎さん。」

「椿さんと葵さんはこの店は初めてだね。」

  珍しくさん付けで椿と葵を呼ぶ士郎。

「呼び捨てでいいわ。」

「見た目年下なのに敬称は違和感あるよね。」

「そうかい?だったらそうさせてもらうよ。」

  士郎は相手が年上且つ神様だという事もあり、敬称を付けていたようだ。

「じゃ、席に案内するよ。」

「はい。」

  優輝たちは士郎に案内され、席に座る。

「注文は決まってたりするかい?」

「いえ、椿と葵が...。」

「じゃあ、決まったら呼ぶようにね。」

  そう言って士郎は店の奥へと去っていく。
  しばらくして、優輝たちは料理を注文した。

  そして、食べ終わった後...。

「....うん。ちょうどだね。...どうしたんだい?」

「あ、いえ、ちょっと...。」

  お金を払い、しかし何か悩んでいる優輝に士郎は声をかける。

「...この前のお弁当のお礼として、何かしようかと思って...。」

「なるほど...。なら、店を手伝ってみないかい?」

「えっ...?」

  士郎は優輝にそんな提案をする。

「...自分で言うのもなんですけど、小学生を働かせるのは...。」

「まぁ、そうなんだけどね...。優輝君の意見を優先するよ。僕にとっての、恩を返す一つの手段だと捉えてくれればいい。」

  そう言われて優輝は考え込む。つまりは自分の意志次第なのだ。
  ....労働基準法とかは置いておいて。

「....じゃあ、やらせてもらいます。」

「そうかい。じゃあ、桃子に話を通してくるよ。しばらくしたら呼ばれると思うし、桃子の指示に従ってね。」

「わかりました。」

  士郎にも仕事があるため、すぐさま仕事に戻る。

「(バイト...いや、本当にお手伝いだと考えればいいか。)」

  そんな事を考えながらさっきの席に戻り、緋雪たちに説明しておく。
  しばらくして、桃子に呼ばれ、奥へと入っていく。

「....あれ?あの、桃子さん?これって...。」

「ええ。似合うと思って♪」

「...元々恩を返すためですし、こうなればとことんやってみますよ。....経験もあるし。」

  渡された服は....女性のものだった。ご丁寧にウィッグなども用意されている。
  一体どうやって似合うかどうか見極めたのか謎だが...優輝は諦めてソレを着用した。

「声とかもしっかり変えるので、驚かないでくださいね?」

  そう言って、店員の服を着用...もとい、女装が完了した。

「あー、あー、あー....こんなものですかね?」

「...正直、予想以上だったわ。」

「では、接客してきますね。」

  そう言って優輝は接客へと向かっていった。...明らかに男とは思えないような仕草も伴って。
  ...実は優輝、結構ノリノリだったりする。





       ~~~☆~~~





「―――って事。」

「説明を受けた時は私達も度胆を抜かれたわよ...。」

「お兄ちゃん、似合いすぎ...。そして、似合う事を見抜いた桃子さん凄すぎ...。」

  別に女性らしい服を着ている訳でもないのに、ウィッグとかで完全に女性に見えるのは、おそらく優輝自身の資質かもしれない。

「じゃあ、僕...私は接客に戻るからね。」

「...優輝君、ノリノリだね...。」

「ノリノリになる事で羞恥心とかをなくせるんだよ。」

  そう言って、優輝はまた入ってきた客の応対に向かっていった。

「いらっしゃいませ~。お二人様ですか?」

「えっ、あ、はい。」

「では、こちらにどうぞ。」

  優輝が応対した客はこれまた知り合いのアリサ・バニングスと月村すずかだった。

「ご注文が決まりましたらお呼びください。」

「あ、はい。」

  やはり、アリサ達も優輝の女装姿に違和感を持っていた。
  すると、司は苦笑いしながら二人に近寄って...

「二人共、実はあれ、優輝君なんだよ。」

「えっ....嘘っ!?」

「私も驚いたよ~。」

  立ち振る舞いが完全に女性のものなので、違和感は感じるものの、一切正体が分からない。
  だから、知り合いが見るとここまで違和感が生じるのだろう。

「(前世の文化祭の経験がこんな形で活かされるとは...。結構、楽しい...♪)」

  やはりこの男(の娘)、ノリノリである。

「きゃぁあああ!!?」

「っ....!」

  突然店内に響き渡る悲鳴。咄嗟に優輝が声のした方...店の入り口を見ると、そこには覆面をした男が5人立っていた。...しかも銃を持って。

「全員、動くんじゃねぇ!」

「(...手にバッグを持っている。膨らんでいる所を見るに、強盗か何かした後か?それで警察に追いかけられてここに逃げ込んできたと...。)」

  外を見ればパトカーも集まっていた。優輝の推察通り、強盗の後逃げ込んできたのだ。

「てめぇらは全員人質だ!怪しい動きをしたら見せしめとして殺してやる!」

「ひっ....!?」

  そう言って一番近くにいた、さっき悲鳴を上げていた女性に銃が突きつけられる。

「(見たところ、全員銃を持っている。多分、銃以外にも凶器は持っているだろう。)」

  典型的な強盗。そう結論付けた優輝は奥にいた士郎と恭也に目配せをする。

「...ついでだ。おい、そこのガキ。この店の有り金全部この鞄に詰めろ。」

  そう言って強盗は近くにいた優輝にまだ空きのあるバッグを投げつけられる。

「....早くしろ!」

「は、はい!」

  怒鳴られ、つい返事をする。...という演技をし、レジまで行って一瞬だけ強盗達の視線が逸れた瞬間...。

「はっ!」

「なっ!?ぐっ!?」

  レジにある鉄製のお金を置くトレイを、女性に銃を突き付けている男に投げつけ、持っている銃を弾き飛ばす。

「っ!?このガキ...!」

「....シッ!」

  レジから横に飛び退き、銃で狙われる直前にしゃがみ込む。その際にふわりと浮きあがったスカートから覗く、太ももに着いているベルトから投げナイフを四つ取り、投げる。

「ぐっ....!?」

  強盗達は揃って銃を取り落としてしまう。
  もちろん、殺傷沙汰を避けるため、刃引きはしてある。

「はっ!」

「ぜぁっ!」

  すかさず、待機していた士郎と恭也が飛び込み、二人ずつ仕留める。

「このガキャァアア!!」

「っ....!」

  残った一人がナイフを取り出し、優輝に襲い掛かる。
  それを見た周りの人達は悲鳴を上げる事すらできずに、見ている事しかできなかった。
  ....が、

「...はっ!」

「ぐぅっ!?」

「せやっ!」

「おぐっ!?」

  強盗の突っ込んできた勢いを利用して投げ飛ばすように叩き付け、その上さらに、がら空きになった胴体へ全体重をかけて肘打ちをする。

「お客様、店内で乱暴はいけませんよ?」

「ぐ....くそ...が.....。」

  念のため、ナイフを手から弾き飛ばし、気絶したのを確認する。

「士郎さん、後は任せます。」

「ああ。...しかし、いつの間にそんなベルトを?」

「いつか役に立つかと思って...。」

  ちなみにこれらは女装を想定しており、ベルトとナイフはレアスキルの創造で作ってある。
  ...一体、なぜそんな事を想定していたのだろうか。

「助かった...のか?」

「店員さんがやっつけたの...?」

  周りの客からちらほらとそんな声が漏れる。そして....

「「「「「おおおおおおおーーっ!!」」」」」

  歓声が上がる。強盗が入ってきたのを店員が撃退したのだから、当然かもしれない。

「(あちゃー...こりゃ、完全に営業に戻れそうにないなぁ...。)」

  強盗が入った時点でその日は営業に戻れる訳がないのだが、優輝はそんな事を暢気に考えていた。一応、誰かの命を失う危険があったのは承知しているため、現実逃避的な事を含めてそう思っただけなのだが。

「(まぁ、巻き込まれたら徹底的にやる性分だし、仕方ないかな。)」

  そう結論付け、入ってきた警察の事情聴取を受けに行った。









「...色々あったなぁ...。」

  夕暮れの帰り道、司は一人でそう呟いた。

「優輝君の女装とか、強盗とか...あれ、休日ってなんだっけ...?」

  あまりにも多くの事があったため、司にとって休日という感覚ではなくなっていたようだ。

「...それにしても、優輝君...。」

  思い起こすのは、女装していた優輝の雰囲気や声、仕草。

「そっくりだったなぁ....。」

  司は、そのどれもに()()()()()()()

「....ふふっ。」

  かつての...そう、前世の事を思いだして司は笑った。
  ()()()()()()()()()()()....と。

「....さーて、明日も休日だから、明日こそちゃんと休もう。」

  軽く伸びをしながら、司はそう言った。







   ―――どこか憂いを帯びた眼差しで、夕日を眺めながら....。









 
 

 
後書き
第2話で前世で女装させられたという事を優輝が地の文で言っていましたよね?実はあれ、この話の伏線だったんですよ!(伏線というかこんな話がやりたかっただけ)

...と言う訳で、優輝の特技(?)の一つ、女装でした。
本当はメイド服で強盗の時に“戦うメイドさん”にしたかったんですけど...。無理でした。

前書きにもあった通り、いざとなれば読み飛ばしてもさして影響はない話です。(伏線みたいなのがあるとか言っちゃいけない。)

...まだ、閑話は続きますよ?この話は一話完結ですが。
 

 

閑話2「幸せになる資格」

 
前書き
司の過去編です。ちょっとした伏線とその回収もあります。

※この話は本編の二話分近くの長さがあります。予めご了承ください。
 

 


       =司side=





   ―――幸せになる資格って、なんだろう....。



  私は常々そう思う。
  私は幸せになっていいのか、どういう人は幸せになる資格がなかったりするのか。
  いつもいつも、どこかでそんな事を考えてしまう。

  こんな考えを持つようになったのは、いつからだったかな...?



  ....そうだ。まだ“私”が“僕”だった時だ....。





       ~~~~~☆~~~~~





  前世での私...いや、僕は、“祈巫聖司(きふせいじ)”というごく普通の男子高校生だった。
  普通に優しい家庭で、お母さんもお父さんも優しかった。
  学校でも普通に馴染んでいて、友人もちゃんといた。



   ―――高校二年の冬に、病気で倒れるまでは。



  その病気は突発性なうえ、相当ひどかったらしく、いつ死んでもおかしくなかったらしい。病院に緊急搬送され、的確な処置で何とか死は免れた...そう言う事らしい。

  目が覚めた後も、命の危険は残っていた。
  おまけに、治そうと手術をするだけでも相当の費用がかかるらしかった。

「安心しろ聖司。お金くらい、なんとかする。」

  お父さんはそう言って安心させようとしてたけど、どう考えても負担がかかると分かっていた。親に相当な負担を掛けていると、僕の心は暗くなっていった。

「大丈夫か?聖司。早く元気になれよ。」

「あ、ありがとう、優輝君...。」

  まだまだ命の危険があり、落ち込んでいた僕を励ましに来てくれたのは、親友である()()()()君だった。

「早く元気になるのよ...。」

「俺たちも頑張るからな。」

「ありがとう、お父さん、お母さん...。」

  もちろん、お父さんとお母さんも何度も見舞いに来ていた。
  そんな、皆の支えもあって、治る見込みがないと言われても僕は精一杯生きる事ができた。

  そうしてきたからか、奇跡的に僕の病気は全治に着実に向かっていった。





   ―――....そんな、ある日...。



「(....話し声?)」

  眠っていた僕は、病室の扉の方から聞こえる声に目を覚ました。

「どういうことよ...!治る見込みがなかったんじゃないの...!?」

「そうだ!このために高い保険に入れたってのに!」

「ぇ....?」

  耳を疑った。両親が僕にとって信じられないような話をしていたからだ。

「なんだよあいつ、治る見込みがないとか言われた癖に、治りやがって...!」

「多額の借金をしたのに、どうやって生活していけばいいのよ...!」

「(..嘘だ...。...夢....そう、これはなんかの夢だ...!)」

  まるで、僕にこのまま死んでほしかったように聞こえる言葉に、僕は信じられず、再び眠りに就こうと耳を塞いで寝た。







  さらに月日が流れ、僕は退院する事になる。
  喜ばしい事だろうけど、高校は中退。なかなかに辛い状況だ。
  ....それに、あの時の事もあって、不安も残っていた。

「(でも、久しぶりの家だ...!)」

  それでも、ようやく家に帰れるという事実は僕を喜ばせた。
  ....後ろにいる両親の冷たい眼差しに気付かない程。







「あぐっ....!?」

  お父さんに殴られた。
  退院してからは、家の雰囲気は一変した。...いや、入院中に変わっていったというべきか。
  
「どうして....。」

「お前のせいで俺たちは借金まみれになったんだ!」

「っ.....。」

「生命保険にも入れておいたっていうのに、勝手に治りやがって...!」

「がっ....!?」

  また殴られた。...でも、その痛みよりも、僕の心は絶望が占めていた。
  あの時夢だと思いたかった事が、現実だったからだ。
  殴られながらも、僕は嘘だと心の中で叫び続けた。



「........。」

「あんたの分はないわよ。散々金を使わせたもの。当然でしょ?」

  当然、嘘な訳でなく、現実だ。
  お母さんにも、ご飯を抜かれたりした。...そのお母さん達も、質素なご飯だったが。

  そんな虐待染みた...いや、実質虐待だろう。そんな扱いを受けて、当然のように僕の心は荒んでいった。

「(どうして僕はこんな扱いを受けないといけない?どうしてお父さんとお母さんは僕にこんな事をする?どうして僕は病気が治ってしまった?どうして....どうして....。)」

  ボロボロになった自室の隅で蹲り、僕は心の中で自問を繰り返し続けた。

  どうして、こんな事になってしまったのか。

  どうして、僕は助かってしまったのか。

  どうして、二人は不幸になってこんな仕打ちをしてきたのか。



   ―――あぁ、そうか....。

「(....僕が生まれてきたのが、間違いだったんだ....。)」

  誰も助けてくれない。そんな状況で、僕はそんな結論を出した。

「(なんで...どうして、僕は生まれてきたんだ...!家族を不幸にするような僕が、なんで...!)」

  思考がどんどんマイナスの方へと沈んでいく。
  もう、僕の心は限界に近かった。

「...い、嫌だ....もう、何もかも嫌だ...!」

  怖い。全てが怖い。怖い、恐い、コワイ....!

     ―――ガチャッ

「ひっ....!?」

  唐突にドアが開く。

「お、お母..さん.....?」

  そこに立っていたのは、お母さん。
  ...しかし、その様は幽鬼のようで、包丁を持っていた。

「...そうよ。あんたが死ねば、保険金が貰えるのよ。」

「え.......。」

「...あぁ、どうして気づかなかったのかしら?疫病神を殺せるついでに、お金が貰えるのにね!」

  そう言って、お母さんは僕へと突っ込んできた。

「ひぃっ....!?」

  咄嗟に避ける。なんとか避ける事はできたけど、僕はお母さんに恐怖してしまった。

「逃がさない...!」

「っ....!」

  すぐさま部屋を飛び出す。

「(殺される...!殺される...!それだけは...イヤだ....!!)」

  どんなに心が壊れかけていても、死への恐怖は健在だった。
  それを糧に、僕は裸足で外へと逃げ出した。

「(警察...!警察...!どこ...!?どこだ....!?)」

  石を踏みつけ、足裏の皮が切れる。
  その痛みに堪えながらも、僕は走り続ける。

  ...死から逃げるために。

「(人が......嫌だ!巻き込みたくない....!)」

  これ以上、僕のせいで誰も不幸になって欲しくない。
  その一心で、僕は人ごみを避け続けた。

  ....まだ、お母さんは追ってくる。





「はっ、はっ、はっ....!」

  息が荒い。栄養も足らず、体力も相当落ちたのに、無理して走り続けたからだ。

「(誰か...助け....嫌だ、巻き込みたくない...!)」

  助かりたい欲求と、巻き込みたくない思い。その二つが葛藤を起こしていた。

「はっ、はっ、はっ....っ!?」

「っと!?」

  角を曲がった時、誰かにぶつかってしまい、尻餅を着く。

「す、すいません....って、え...?」

「ぁ....優輝、君....?」

  退院する少し前からずっと会っていなかったけど、見間違えるはずがない。
  ぶつかった相手は、親友である優輝君だった。

「まさか...聖司...なのか?」

「ぁ...ぅ....。」

「いつ、退院していたんだ?それに、その恰好は....。」

  この時の僕の恰好は、家にあった普通の私服だが、繰り返される虐待と、お風呂に入る事もできなかったためか、ボロボロになっていた。
  そんな事よりも、僕は優輝君を巻き込んでしまった事に声を出せずにいた。

「...なにがあった?」

「ぁ..ごめ....僕に、近づいちゃ....。」

「え、どうして....っ!」

  なぜかと聞こうとした優輝君が、僕の後ろを見てハッとする。

「まさか...!」

「ひっ....お母さん....!」

  お母さんが、ついに僕を見つけてこちらへと走ってきた。
  まだ距離はある。だけど、優輝君を巻き込んでおきながら置いて行くなんてできなかった。

「下がれ!聖司!」

「優輝君...!?」

  すると、優輝君が持っていた鞄を手に、前へと出た。
  そうこうしている内に、お母さんは包丁を構えて僕の方へ突っ込んでくる。

「させない...!」

「死ねぇえええ!!」

  そこへ優輝君が割り込む。しかし、お母さんはそれに気づかず、雄叫びを上げながらそのまま突っ込んでくる。

「(ダメだ....!)」

  ふと、景色がスローモーションになる。
  ...いや、そう見えるだけで、思考が加速しているだけだろう。

「優輝君.....!」

  咄嗟に、痛む体を無視して優輝君を横に突き飛ばす。

「なっ....!?」

  突き飛ばされた事に、優輝君は驚愕の顔で僕を見つめる。

「(...ごめん、巻き込んじゃって....。)」

  そのまま、僕はお母さんに刺された。

「が....ぅ.....。」

「あんたなんかに....幸せなる権利なんてないわよ....!ここで死になさい...!」

「っ、あ......。」

  その言葉が、やけに頭に残った。

  痛い。熱い。刺されたお腹から血が溢れてくる。
  そのままお母さんの勢いで倒され、夕方の道路に仰向けに転がる。

「聖司...!?くそっ....!」

  倒れた僕に、優輝君は駆け寄ろうとして、先にお母さんに向き直る。

「あ...はは...やったわ...やって....っ!?」

「お前....!このっ...!」

  ちょうど僕の視界からはずれた所で、優輝君の声とお母さんの声が聞こえた。
  ...なにをやっているかは、僕には分からない。...分かっても意味がない。
  どうせ、僕はここで死ぬのだから。

「誰か!警察と救急車を!」

「...ぁ...優...輝....君.....。」

  いつの間にか、人が集まってきていた。それに優輝君は声を荒げてそう言う。

「(....ダメだよ優輝君。もう、手遅れだから....。)」

「聖司!しっかりしろ!くそっ...!なんでこんな事に...!」

  優輝君が、刺された場所を押さえて止血しようとする。

「...も..ぅ、無..理....だ...。」

「聖司....どうしてここまで衰弱して....っ、そう言う事か...!」

「(はは...さすがは優輝君...。触っただけで僕の状態が分かるんだ..。)」

  食事を何度も抜かれ、暴力を振られ、僕の体は衰弱していた。
  多分、適切な処置を取れば助かる傷だったのだろうけど、衰弱していた僕には致命傷だった。....それは、僕自身もよくわかっていた。

「くそっ...!くそっ...!聖司!しっかりしろ!」

「...ぁ...ぅ....。」

  背中辺りが生温く感じる。血が溢れ、地面に溜まってきてるのだろう。

「....優輝...君...。巻き込んじゃって...ごめん...。」

「聖司...?聖司!!」

「(....せめて、優輝君だけでも幸せに、なっ..て.....。)」

  そこで僕の意識は薄れ、消えてしまった。







   ―――この時から、“僕”は“私”という存在になった。









「――――....ぇ...ぁ..れ....?」

  気が付けば、どこか知らない家に、私はいた。

「ここ、どこ...?“僕”は.....死んだはず...。」

  見覚えのない部屋に、戸惑いを隠せない。

  ....いや、本当は覚えている。
  うっすらと、この家の子供として生まれ、今まで育てられてきた記憶がある。

「どういう...こと?」

  ふと、そこである事に思い当たる。
  まだ幸せだった頃、パソコンやケータイで見ていた二次小説などで偶に見かけた言葉。

「“転生”....?」

  主人公が死に、神様などに会ったりして転生させてもらう。稀に神様に会わずに転生していた的なケースもあったりする。
  ...この時の私は、それにそっくりな状況だった。

「....綺麗な部屋....でも、どこか....。」

  女の子っぽい?と思って、私は気づく。

「っ.....女の子に...なってる?」

  長い亜麻色の髪。小さく、華奢な体。そして何より、男と女の決定的違いとなる存在が女性のものだった。

「....そっか、女の子として生まれたのか...。」

  この時、ようやく記憶から私が“聖奈司”だという事を自覚した。
  戸惑いはあったけど、これでも記憶はうっすらと残っているから仕草とかは既に女の子のものとなっていた。

「...これからは、“僕”じゃなくて“私”....か。」

  既に一人称も“僕”より“私”の方がしっくりくるようになっていた。

「...なんだが不思議な感覚...。」

  祈巫聖司(自分)じゃないはずなのに、聖奈司(自分)としては馴染んでいる。
  それがとても複雑で不思議な感覚だった。

「あ、そう言えば、ここは....。」

  記憶から、私が今いる場所を知る。
  聖奈司()(現在6歳)の自室のベットの上だったらしい。

「....リビングに行かなきゃ。」

  まだ、私は朝食を取っていない。だから、リビングに朝食を取りに行った。





「司、今日は起きるのが少し遅かったじゃない。ほら、早く食べなさい。」

「はーい。」

  前世のお母さんとは違う、今の私と同じ亜麻色の髪の、綺麗な容姿をしたお母さんがそう言って食べる事を催促してくる。
  ....前世でのお母さんとの優しさのギャップで、涙が出そうになるけど、何とかそれを堪える。

「(美味しい.....記憶では、いつもこういうのを食べてたんだけどなぁ...。)」

  どうも前世の記憶と今の記憶が混同して、複雑な気分になる。

  しばらくして朝食を食べ終わり、歯磨きを終えて、する事もなかったので、自室に戻る。

「(....なんだか安心.....してるのかな...?)」

  前世での両親との違いに、私は安堵していたのかもしれない。



   ―――あんたなんかに....幸せなる権利なんてないわよ....!



「っ......!」

  息が詰まる。心臓の鼓動が早くなり、苦しくなる。

「ぁ....ぅ.....!?」

  歯がガチガチと鳴るように震え、恐怖が溢れ、止まらなくなる。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい....!」

  殺されるまでの一連を思い出し、さらに吐き気がするほど震えが止まらなくなる。

「(やっぱり自分は幸せになっちゃいけないんだ...!なのに、今の家族の暖かさに浸ろうだなんて...!そんな事、許されるはずがないんだ...!)」

  私に、幸せになる資格なんてない。....そう、私は思った。









「(.....リリカルなのはの世界....あまりしっかりとは覚えてないなぁ...。)」

  入学した学校...私立聖祥大附属小学校の入学式の最中、私はそんな事を考えていた。

  あの後、私は自分以外の幸せを願い、ただし自身は幸せになったらダメなのだと心に決め、そうやって生きてきた。
  その過程で、私はこの世界がリリカルなのはの世界だと知った。

「(小学校....私、馴染めるかな...?)」

  元々私は高校生(中退したけど)。それなのに小学生からやり直すのは難しいと思う。
  某探偵はそれをしてるんだけどね...。

「(適度に優しく、でも甘やかさない...そんな距離感で行こうかな?)」

  特定の誰かと仲良くって言うのは、さすがに精神年齢の差で難しいと思ったから、広く浅く交友関係を持とうと、私は思った。

  しばらくして、入学式が終わり、各々の教室に行って自己紹介の時間になる。

「(...あまり、凝った自己紹介じゃなくてもいいよね?)」

  無駄に凝った自己紹介だと、この年齢の場合違和感あるし。

「志導優輝です。好きな事は...妹と一緒に何かする事かな?これからよろしくお願いします。」

「っ....!?(え....?)」

  思わず、聞こえてきた言葉に振り向いてしまう。
  驚愕の声を洩らさなかっただけ凄いと思えるほど、私は驚いた。

「(優輝君....!?)」

  運悪く、同じ列の前の方だったので顔は見えなかったけど、どこか既視感を感じた。

「(....他人の空似...だよね?)」

  優輝君も転生しているのかと思ってしまったけど、きっと気のせいだと思った。
  ...といっても、前世での優輝君との付き合いは中学からだから小学生の頃の優輝君はどんなのか知らないんだけどね。

  そんな事を考えている内に私の出番になった。

「聖奈司です。好きな事は静かな場所で読書をする事です。...これからよろしくお願いします。」

  無難な自己紹介を済まして、私は席に座る。
  実際、読書は前世から気に入っている。...と言っても、入院期間で暇な時があったからその時に読んでいただけなんだけど。

「.......。」

  座る時にざっと見まわしたけど、なぜか見惚れられてた。
  ...確かに、以前に自分でも綺麗な容姿だとは思ったけど...。そこまで?

「(....とりあえず、優輝君か確かめてみないと。)」

  休み時間になったので、早速遠くからだけど優輝君を見てみる。
  ...見た目は前世での優輝君の面影があるけど...。

「(...もしかしたら、この世界で生まれ育ったっていうだけかもしれないんだよね...。)」

  遠目から見ていても普通に馴染んでる。
  きっと、私の知っている優輝君とは違うのだろうと思った。
  それに、自己紹介で妹もいたし、前世の環境と違うみたい。

「(もし、前世の優輝君と同じ道を辿るなら....。)」

  前世で優輝君は中学の頃、家族を亡くした。
  もし、それと同じ道を辿るなら私はそれを阻止したいと思った。

「(...優輝君は不幸な目に遭わせたくない...。)」

  でも、私が関わるときっと不幸になってしまう。
  だから、私はあまり近づきすぎないように関わっていく事にした。







  それからさらに月日は流れて四年生の春。
  二年生になって原作の子達が入ってきて私が一つ年上なのに初めて気づいた以外、特になにもなかった。最初の思惑通り、同級生の皆とは広く浅く付き合っており、イジメとかそう言う問題もない。...九大美少女とかで原作キャラの子とかと一緒に祭られてるのが気になるけど。
  他に何かあるとすれば...猫を拾った。
  偶々、とても弱っている猫が道端にいたので、そのまま見殺しにする訳にもいかないので、必死に助かるように祈りながら応急処置をしていたら、何とか助ける事ができたって感じ。
  それからは成り行きで飼う事になったけど...まぁ、お利口だから苦労はしてない。

「(やっぱりだけど、転生者は他にもいるんだなぁ...。)」

  屋上で静かに昼食を取っていると、原作キャラのやり取りの中に、覚えのない人が何人かが混じっている。言動からしても、前世の二次小説とかで見た転生者そのものの人もいた。

「(織崎神夜と王牙帝と天使奏....。)」

  王牙帝は言うまでもなくよくある踏み台のような言動と容姿。天使奏は綺麗な白髪と琥珀色の瞳が特徴的で、前世で見たアニメのキャラからそういう特典を貰ったのだと推測。織崎は一見、黒髪黒目の普通の容姿だけど....。

「(...怪しい....。)」

  どこか、彼と他の女の子たちとの会話を見ていると違和感があった。

「(...というか、絶対皆神様転生だよね?)」

  明らかに特典でそうなってそうな容姿だったので、どうして私だけ神様に会わずに転生してるのか疑問に思った。特典らしきものもないし。

「(やっぱり幸せになるなって事かな...?)」

  前世のお母さんの言葉を思い出し、少し暗くなる。

「(....それよりも、ジュエルシード....だったっけ?)」

  実を言うと、既に昨日の時点で原作にもあった念話(だったかな?)を聞いている。
  ...といっても私にはどうしようもないので保留だったけど。

「(...関わっても、良い事ないよね。)」

  私も、相手も。
  そう思って、私は関わらないように決めた。



   ―――まぁ、そんな思いは簡単に砕かれるのだけど。



「っ.....!」

  走る。走る。ただひたすら走る。

「忘れ物なんてっ...!取りに戻るんじゃなかった...!」

  あれから数日後、偶々帰りが遅くなって、しかも帰り道の途中で忘れ物に気付いたのでお母さんに連絡を入れてから取りに戻ると、幽霊のようにぼやけた化け物に襲われた。

「なんなの...!?あれ....!」

  そこまで素早く私を追いかけてきてる訳ではないけど、確実に私に向かってきているのは分かる。...素早くないって言っても走ってる私ぐらいの速さなんだけど。

「(考えられるのはジュエルシードか、全く別物の...それこそ幽霊のような何か...!)」

  走ってる間にも今巻き込まれている出来事を分析する。
  ...思い当たるのは今挙げた二つだけなんだけどね。

「(学校は人が多いから思念も強い....幽霊は思念体みたいなものだから、思念が集まってジュエルシードが活性化した!?)」

  我ながら良い推察だったと思う。...だからどうしたって感じだけど。

「っ....校門から逃げたら...!」

  街の人も巻き込まれる。そう思って校門から逃げるのを思いとどまる。

「どうすれば...!」

  着実に狭まってくる距離に、私は恐怖する。

「(...もしかして、私はここで死ねって事かな...?幸せになっちゃいけないから、皆を不幸にしてしまうから....。)」

  マイナス方面の思考になって頭を振る。
  ...その行為が祟ったのか、小石に躓いて、こけてしまう。

「っ...!しまっ....!」

  振り返れば、そこにはさっきの思念体。

「ぁ....あ.....!」

  ゆっくりと、思念体の腕が振り上げられる。
  私は恐怖で動けずに、その場に座り込んだままだった。
  そして、その腕が振り下ろされそうになって....。

「グォッ!?」

「っ....え...?」

  私と思念体の間に何かが現れ、その光で目が眩む。
  思念体も光に怯んだみたいだけど、ちょっと挙動がおかしかったような...?

「...十字架....?」

  光の中にあったのは、水色の宝玉が中心に埋め込まれた綺麗な白い小さな十字架だった。

Language Search(言語検索)....検索完了しました。〉

  私も思念体も動けない中、その十字架から綺麗な声が聞こえてくる。

〈...ジュエルシード、適性者共に確認。...適性者をマスターと認識します。〉

「...え...?」

  ジュエルシードは目の前の思念体だというのは分かる。
  でも、適性者って...私?じゃあ、私がマスター?

〈ジュエルシードに異常確認。これより、封印処置を行います。...マスター。〉

「は、はいっ!」

  何故か十字架を見て思念体が怯んでいるように見えるけど、それよりもいきなり声をかけられて変に思いっきり返事をしてしまう。

〈私の詠唱に続いてください。〉

「え...あ、うん。」

  促されるままに、十字架の言葉を待つ。

〈祈りは(そら)に。〉

「い、祈りは天に。」

〈夢は(うつつ)に。」

「夢は現に。」

  続けて詠唱をするうちに、頭に勝手に言葉が浮かんでそれを紡ぐようになる。

「想いを形に....我は天に祈りし巫女....シュライン・メイデン(shrine maiden)!セットアップ!」

〈Standby ready.Set up.〉

  再び光に包まれる。今度は私も中心となってだ。

〈マスター、防護服を思い浮かべてください。私が最適化します。〉

「ええっ!?えっと....!」

  防護服といきなり言われても、そう簡単に思い浮かばない。
  だからか、私は防護服というより、ある服装を思い浮かんだ。

〈バリアジャケット、展開。〉

「えっ!?あ.....。」

  思い浮かべてしまった通りの服装になり、やってしまったと思う。
  ちなみに、思い浮かべたのは私の容姿と似ていたリトルバスターズの能美クドリャフカの制服姿だ。.....キャラだけ知ってて、作品は知らないけどね。似てるからって思い浮かべてしまった...。

〈来ます!構えてください!〉

「えっ...きゃぁあっ!?」

  手に十字架を模した青いラインの入った白い槍がいきなり現れ、さすがに怯みから回復した思念体が腕を振ってきた。
  それを咄嗟に槍の柄で受けて、少し後ずさる。

〈臆する事はありません。マスターが負ける事はありませんから。〉

「で、でも....。」

  未知の相手なうえ、実戦経験なんてあるはずのない私からしたら怖い。

〈想いを強く、敵を打ち倒す力を強くイメージしてください。〉

「う、うん....。」

  再び振り上げられる腕を見て、それを打ち払うイメージをする。

〈イメージの通りの動きを。〉

「....やぁっ!!」

  腕が振るわれると同時に、槍を振う。

「グォオオッ!?」

「や、やった...!?」

〈まだです!しかし、怯ませました。今の内に封印を...!〉

  封印と言われても、どうイメージすればいいか分からないため慌ててしまう。

〈敵が静かに、大人しくなるように祈りを込めて....撃ってください。〉

「撃つの!?」

  封印(物理)のような発言に、つい突っ込んでしまう。

〈マスターの思い描く魔法を。後は私が実行します。〉

「わ、分かった....!」

  言われた通り、大人しくなるように祈りを込めて、槍の穂先を向ける。

「グゥォオオ....!?」

  思念体はまだ怯んで....あれ?動けなくなってる?
  ....まぁ、チャンスかな。

「....“ホーリースマッシャー”!!」

  穿つように白い砲撃が放たれる。それは、あっさりと思念体を飲み込み...。

〈ジュエルシードⅩⅩ(20)、封印完了しました。〉

「お、終わった....の...?」

〈はい。マスターの勝利です。〉

  その言葉に、私はその場にへたり込む。
  すると、唐突に足音が聞こえてきて....

「えっ....あれ?」

「どうした?....って、なに!?」

「っ....!」

  高町なのはと、織崎神夜がやってきた。

「ど、どうして一般人が...。」

「いや...魔力を感じる....魔導師なのか!?」

  織崎君の言葉に高町さん(この時は名字で呼んでた)の肩に乗っているフェレットが答える。

「あ...えっと....。」

「......どうやら、巻き込まれただけみたいだ。」

〈...ふむ、少し、説明が欲しいですね。〉

  十字架...シュラインの言葉を皮切りに、簡潔に説明してもらう。

  ...要約すれば、私でも覚えている事ばかりだった。
  ジュエルシードが事故でばら撒かれ、高町さんと共に回収している事。
  織崎君もそれに協力しているとの事だった。

  私は忘れ物を取りに来て、それで襲われ、そしてシュラインに助けられた事を伝える。

〈しかし、ジュエルシードはなぜこのような機能に....。〉

「分かりません...。僕が発掘した時には、こうなってましたから...。」

  ...あれ?フェレット...ユーノ・スクライアとシュラインしか話してない...?

「...とりあえず、私はどうするべきかな...?」

〈...協力しましょう。〉

「...そう、だね。巻き込まれたからには、放っておくのも嫌だし...。」

  私には力がないと思ってたから、迷惑にならないように関わらないようにしようとしてたけど...。...力があるのなら別だ。
  私が、不幸になる人達を助けないと....。

「....私も、協力させてもらうよ。」

「は、はい。えっと....。」

「聖奈司。二人は...高町さんと織崎君ね。」

「えっ?知ってるんですか?」

「...主に、騒がしい意味でね。」

  私がそう言うと二人は目を逸らす。...王牙君といつも言い争ってる(?)からね。

「...これからよろしくね。」

  こうして、私はジュエルシードを回収する事に協力する事になった。
  ....私なんかでも、誰かの助けになるのなら...。








  あれからしばらくして、街でジュエルシードが発動した。
  ジュエルシードを横取りしてくるフェイト・テスタロッサとアルフという人物も現れ、封印した後、戦っていたんだけど...。

「っ....!危ない!」

〈危険です!その状態のジュエルシードの近くでぶつかり合ったら...!〉

  私とシュラインの注意も空しく、なのはちゃんとフェイトちゃん(二人共こう呼ぶ事にした)のデバイスがぶつかり合い、ジュエルシードの魔力が爆ぜた。

「くぅうううっ....!?」

〈...マスター、一刻も早くあのジュエルシードを...!〉

「わ、分かってるけど...!」

  魔力が爆ぜた際の爆風で、ジュエルシードに近づけない...!





「―――“サンダーレイジ”!!」

  突如、上空から雷光の奔流が飛来し、ジュエルシードに直撃する。

「なっ...!?」

「っ.....!」

  織崎君の驚愕の声がどこからかするけど、私は驚きの中に、どこか知った感じの雰囲気を感じた。...私の、身近にあるような...。

「う、嘘だ....あれは....!」

  ...見れば、アルフさんも見覚えがあって驚いている。

  そうこうしている内に、今の魔法でジュエルシードは再度封印された。

「っ.....!」

「司!?」

  ユーノ君の制止も無視し、魔法が飛んできた場所へと飛ぶ。
  アルフさんも確かめようとしたけどフェイトちゃんが心配で動けないみたいだ。

「....様子を見ていましたが、まさか暴発するとは...。」

「...貴女は.....。」

  上空に上がれば、そこには奇妙な帽子を被り、白を基調とした服を着ており、灰色の髪と青い瞳をした女性が浮いていた。

「....聖奈司さん、私に魔力を分けてくださり、ありがとうございました。」

「え....?」

「....私は、あの時の山猫です。名前はリニスと申します。」

  そう言われて、ハッとする。
  山猫....猫と言われれば、家で飼っている猫だけど、よく見れば毛の色と髪の色が同じだ。

〈なるほど。マスターも無自覚だったのでスルーしていましたが、やはり使い魔ですか。〉

「...あなたには分かっていましたか。そうです。私は山猫を素体として使い魔で、契約が解除されて消えそうになっていた時、気が付くと見知らぬ世界を彷徨っていました。」

「...それで、私が拾った...?」

「はい。」

  でも、使い魔って契約を結んだりするはず...。私、契約を結んだ覚えなんか...。

「当時、貴女は魔法の使い方を知らなかった。ですが、“助けたい”と言う想いが形となったのか、無自覚に使い魔契約を結んでいたのです。」

〈...マスターの力ならありえますね。〉

「そ、そうだったの...。」

  そんな事になってたなんて、知らなかった...。

「そして、今まで貴女の事を見守っていたのですよ?」

〈...なるほど。あの時のジュエルシードの不審な動きは...。〉

「はい。私がバインドで止めていました。」

  不審な動きって、思念体が止まっていた事?
  ...あの時、助けてくれてたんだ...。

「そして今回も。今回のは突然だったので隠れて...という訳にはいきませんでしたが。...それに、教え子の危機でもあったので...。」

「えっ.....?」

  教え子って...誰か知り合いが...?

「...詳しくは家で話しましょう。」

〈私もその方がいいかと。上空で立ち話はあれですし。〉

「あ、うん。連絡を入れておくね。」

  なのはちゃんと織崎君に念話で連絡を入れて、先に帰らせてもらう。



   ―――そして家で、驚愕の真実を知った。



「....なに...それ...。」

〈それはまた...悲しい運命ですね。〉

  聞かされたのは、リニスさんの以前の主だったプレシア・テスタロッサの現状と、秘めている想い。そして、フェイトちゃんの真実。
  聞かされていく内に、うろ覚えだった原作の知識も思い出したけど、ほとんどそれと同じだった。...だからこそ、私は居ても立っても居られなかった。

「...止めなきゃ...。」

「司?」

「...止めなきゃ!そんなの、不幸しか生まない...!」

  病気で苦しんでいるプレシアさんも、真実を知らされずにいるフェイトちゃんも...!そして、アリシア・テスタロッサも...!皆、不幸になるだけ...!

〈マスター、落ち着いてください。今の貴女が行っても...いえ、居場所すらわかりませんが、例え行けたとしても返り討ちが関の山です。〉

「っ....!」

〈今は力を蓄え、待つ時です。〉

  シュラインに諭され、何とか思い留まる。

「...そのデバイスの言う通りです。今は、待ちましょう。」

「....分かった...。」

  誰かが不幸な事になっているのが、耐えられなかった。
  ...だから、思い留まったとしても、来るべき時のために...!

「シュライン、リニスさん...。」

〈なんでしょう?〉

「なんでしょうか?」

「....私を、強くして....!」

  このままな私だと弱い...!弱いままだと、足手纏いになるだけ...!
  だから、私は強くなる。



   ―――そう、想いを決めて、私はさらに戦いへと身を投じて行った。









「―――...あれから、もう一年以上...か。」

  え?時間が飛びすぎ?...尺の都合です。(メタ発言)

「結局私は....。」

  助けたいと思った。救いたいと思った。止めたいとも思った。
  そのために強くなろうと思った。実際に強くなったと自覚もしている。
  ....だけど、あまり役に立てなかった。

〈マスターはやり遂げましたよ。〉

「そうですね。プレシアの病気の治療、闇の書のバグの完全末梢。...これだけでも凄いです。」

  ...確かに、リニスさんの言った通り、ジュエルシードの魔力を逆手に取ってシュラインと共に強く祈る事でプレシアさんを若返らせ、病気を治す事もできたし、同じように強く祈る事で再発するはずだった防衛プログラムを完全に消し去る事もできた。

「...でも、それでも私一人では...。」

〈私はマスターがいないと何もできません。〉

「私も、貴女がいなければここには存在しませんよ?」

  二人は暗くなりかけた私を励ましてくれた。
  優輝君や緋雪ちゃんにも話していない、私の本当の素顔の片鱗を、二人は知っている。だからこそ、私の気持ちを理解してこうやって励ましてくれる。

「うん...ありがとう。」

  ふと、優輝君の事を思い浮かべる。

「(優輝君は転生者なのはこの前知ったけど...やっぱり、似てる....。)」

  前世の優輝君に。
  そこまで考えてその思考を振り払う。

「(...だったら、優輝君が死んで転生しちゃった事になっちゃう。...私が、巻き込んだから...!)」

  私は未だにあの時の事を引きずっている。
  あの時、優輝君を巻き込んでしまった事を。
  あの時、家族に迷惑を掛けてしまった事を。
  あの時、私の...“僕”の病気が治ってしまった事を。

「(優輝君...優輝君...私は、どうすれば...いいの.....?)」

  私はまだ二度目の人生でのしっかりとした生き方が分かっていない。
  前世の親友が転生してきたとなれば、余計にそれに拍車がかかった。

「(誰も助ける事もできない。不幸にする事しかできない...。)」

  そんな私なんか....。









   ―――あんたなんかに....幸せなる権利なんてないわよ....!





「っ......!」

  胸がチクリと痛む。....前世のお母さんの言葉は、今も頭に、心に染みついている。

「(あぁ、やっぱり....。)」













   ―――私に、幸せになる資格なんてないんだ....。















 
 

 
後書き
一話に纏めようとしたら凄く長くなりました。
と言う訳で司視点の過去話(できるだけダイジェスト)でした。
フェイトとアルフはリニスともう一度再会するのは六つ同時発動の時です。
これ以上過去話を書くと作者の技量ではごちゃごちゃになるので脳内補完でお願いします。

....これでかやのひめ(今は椿)の言っていた“歪さ”が表現できただろうか...?
つまり、司は優輝たちに巧妙に隠しているものの、心に闇を抱えているという事です。

作者の文章力不足でその闇っぽさが表現しきれてないかもしれませんが...。
何かアドバイスがありましたらよろしくお願いします! 

 

閑話3「可能性」

 
前書き
これが正真正銘第1章最後の話です。(キャラ紹介除く)
伏線....のつもりです。 

 




       =???side=





  ―――魔力を開放し、その反動を利用して光の奔流を避ける。

「なに...?」

  僕が避けた事に、光を放った女性が少し驚く。

「洗脳されてるなら、斃し、正気に戻すまで...!」

「っ....!」

  両手にそれぞれ剣を創りだし、一気に女性と少女に接近する。
  そして、剣を振う.....が。

「なっ!?」

「残念だったな。」

「っ、くっ...!」

  なぜかその攻撃はすり抜け、反撃とばかりに光の弾が放たれる。
  すぐさまその場から飛び退き、間合いを取って体勢を立て直す。

「(すり抜けた!?実体じゃないのか!?....いや、待て。そもそも僕自身も実体なのか?)」

  確か僕は死んだと言われていたはずだ。

「(解析魔法...!)」

  自身に解析魔法を掛け、どうなっているのか確かめる。

   ―――状態、精神体。肉体は存在せず。

   ―――精神体での物理攻撃、可。

   ―――限界解除。通常では無理な行為も可能。

   ―――魔力量、自身の意志に依存。

「(これは....。)」

  魂だけになったことにより、色々と都合がよくなっているようだ。
  しかし、これを見た限り僕は実体に攻撃できるようだ。

「(なら、相手は実体じゃない?)」

  しかし、実体じゃないにしても魔法なら効くはず。
  先程の一閃は魔力を纏わせていた。それなのに、すり抜けた。

「(どういうことだ...?)」

  再び飛んできた光弾を避ける。
  その瞬間、避けた所に女性の方が回り込んでくる。

「遅い。」

「(速い!?)くっ.....!」

  魔力で一気に身体強化し、振るわれた拳を両腕をクロスさせガードする。

「がっ....!?」

  しかし、それでも一気に数百メートル飛ばされ、ダメージを受ける。

「(なんて強さだ...!?これが...神...!)」

  だが、負ける訳にはいかない。
  幸い、魔力量は精神に依存。おまけに精神体のおかげで肉体に負荷がかかるような事もやりたい放題となっている。

「(もう一度、確かめてやる!)」

  ありったけの魔力を身体強化に回し、音速を軽々と超える速度で接近。
  先程の剣をもう一度振るう。

「っ!またか!」

「無駄だと分からないか?」

  しかし、またもやすり抜ける。
  相手の攻撃は当たるのに、僕の攻撃は当たらない...。これは....。

「(相手は神。そして僕は魂のみとはいえ人間...。ここは神のいる世界で、そんな場所で僕の知りうる常識が通じるか...?まさかとは思うが....。)」

   ―――人間は神より下位にあたる存在だから、攻撃が通じない?

「(っ.....!そうだと仮定したら、普通の攻撃は一切通じない!)」

  魔法でさえ通じないだろう。...僕の仮定の通りであるのなら。

「(攻撃が通じるようにするには....そう言った神にも通じる概念を持つ武器か...。)」

   ―――()()()()()()()()か....!

「(生憎、生前も“前世”もそう言った武器は知らないな。)」

  ならば同格の存在に至らない限り攻撃は当たらない。...しかし...。

「(同格の存在って言ったって、どうやってそこまで昇華しろと...!)」

  同格の存在...つまり“神に成る”って事だ。

「(そんなの、可能性的に天文学的数値ってレベルじゃねぇぞ....!)」

  ...だけど、ここで諦める訳にはいかない。

「どうした?無駄な足掻きはそれで終わりか?」

「......。」

  洗脳を受けているからか、女性と少女の僕を見る目が無機質に見える。
  ....それが我慢ならなかった。

「....神に成る。...それがどんなに危険な賭けかは知らない...。」

   ―――でも、確率は“0”じゃない。

「だけどそれがどうした...!」

  確率が低い?それがどうした。その低い確率を掴み取ればいいだけだろ?
  確率なんてそんなもんだ。百分の一の確率だって、その一の部分を最初に持って来れば100%になる。今回だって同じ事をなせばいい!

「例え無量大数分の一の確率だって関係ない!可能性があるのなら....それを掴み取るだけだ!」

「いきなり何を言い出すかと思えば...覚悟しな!」

  啖呵を切ると同時に女性が音速を軽々どころか、何倍もの速度で接近してくる。
  いや、実際は光の速度に達しているのかもしれない。

「まだだ!」

  しかしそれを僕の持っていた魔力の数倍...いや、数十倍の魔力を全て身体強化に回す事で見切る。本来なら不可能な事だが...魔力は精神に依存しているため、可能になっている。

「っ!」

  そこへ少女が光弾を放ってきて、妨害してくる。
  姉妹だからか、コンビネーションが良い。...厄介だ...!

「昇華せよ....!」

  何とか避け続けながらも、さらに魔力を溢れさせ、“僕と言う存在の格”を無理矢理昇華させる。...分かりやすくすれば、魔力を用いて無理矢理“進化”している。

「はっ!」

「通じないねぇ!」

  少し格が昇華した所ですれ違いざまに拳を繰り出す。...が、すり抜ける。
  まだまだ昇華が足りないようだ。

「(もっとだ!もっと速く....!)」

  音速の数倍どころか、十倍を軽々超える速度になる。
  もっと速くなってもいいのだが、これ以上は思考が追い付かない...!

「ちっ、すばしっこいねぇ....止まりな!」

「っ、ぐ、が...!?」

  突然、体が動かなくなる。
  これは、()()()()()()にもあった拘束...!?

「今度こそ終わりだ。」

「ぐ.....!」

  魔力でいくら身体強化しても動けない。...拘束そのものも格が違って通じないのか..!

「(ならば....!)」

  魔力を際限なく生み出し、それを体内で練る。

「魂ごと消え去れ!」

  またもや光の奔流が迫る。
  しかし、今度は拘束されて避ける事もできない。

「ああああああああああああ―――――....!!!」

  体が灼き尽くされ、意識が薄れて行く。
  魂が削られ、存在が薄れるのが分かる.....。





  ....いや......。



















   ―――....まだ.....まだだ....!!!















「まだ....終われない....!!!」

  魔力...いや、女性や少女の使っていたのと同じ“力”を開放する。
  体はボロボロになったが、何とか耐え切った。

「なっ....!?」

「へ、へへ.....耐えきったぞ...!」

  体内で練った魔力による、存在の保護。魔力が通じなくても、体内...この場合魂の内だが、それを護る事はできる。
  ....そして、僕がしていたのはそれだけじゃない。

「.....虚数の彼方にある可能性、掴み取ってやったぜ....!」

「お前....!どうやって、()()()()()になった...!?」

  そう、僕は今の攻撃で彼女達と同格の存在へと昇華した。

「お前の攻撃をまともに受けつつ....その力を直接解析したまでだ...!」

  解析魔法では通じなかったが、直接喰らいつつ解析する事はできた。
  なにせ、魂に直接攻撃されているんだ。身を...魂を以って直に受ければ、それだけでどういう力か解析する事ができる。

「っ、それだけで同格になる事など...!」

「言っただろ...?可能性を掴み取ったってなぁ....!」

  しかし、代償も大きい。
  彼女らと同格の存在へと昇華し、()()()()()()()を取り戻し、その時の力を扱えるようになった代わりに、魂が削れている。
  このままでは、再び記憶と力が失われる。
  だから、短期決戦だ...!

「お前は、一体....!?」

「.....“無限の可能性”....その異名で知られていた...らしいな。」

「なっ....!?その名は....!?」

  取り戻した記憶の中にある名を言うと、女性も少女も驚く。

「...時間がない。終わらせる。」

「っ、くっ....!」

「後ろだ。」

「なっ....!?」

  僕の言葉に身構える女性だが次の瞬間には僕は後ろに回り込んでいた。

「“十重煌閃(とえこうせん)”。」

「くっ....ぁああっ!?」

  手に剣を創造し、それで十重に見える斬撃を浴びせる。
  それを“力”...神力で防ごうとするが、それ事吹き飛ばす。

「今、正しき意志へと導こう....。」

「ぐっ....喰らいなっ!」

「お姉ちゃん!加勢します!」

  そろそろ終わらせようと、一振りの剣を創造し、“溜め”に入る。
  女性が吹き飛んだのが少女の傍だったからか、二人してあちらも“溜め”に入る。

「これが“前世”にて使っていた最強の技にして、お前たちを元に戻す(導く)光!」

  剣を振り上げ、その剣に神力を込める。そして....。

「「“ディバインシュラーク”!」」

「“勝利へ導きし王の剣(エクスカリバー・ケーニヒ)”!!」

  同時に、技を放つ。
  それぞれの光の奔流がぶつかり合い....そして。

「弾けた!?」

「勝利へ導くための布石だからな!」

「しまっ....!?」

  相殺し、光の奔流は消え去る。それに驚愕した女性と少女の間に入り込み...。

「“我、正しき意志へと導かん(ヴィレ・フュールング)”!」

  二人に掌を向け、魔法....いや、神力を使った魔法だから...神法?
  それにより、二人は光に包まれる。

「ぁ....ぅ....。」

「......。」

「...やった.....。」

  光りが収まると二人は気絶した。だけど、正気に戻った事は確信している。

「っ...ぐ....きつい、な....!」

  そして、僕もその場に倒れこんだ。
  魂を代償で削られ続けたからだろう。もう、神力は使えない。

「(.....まだ、やる事はある.....。)」

  しかし、薄れゆく意識に僕は逆らえなかった。

















「――――.....ぅ.....。」

  目を覚ます。...どうやら、気絶していたらしい。

「っ....やっぱり、か。」

  体を起こし、自身に解析魔法を掛ける。
  ....結果は、予想通りだった。

   ―――状態、“代償”により力と記憶の一部が摩耗中。

「...もう少しすれば、記憶も力も失う...か。」

  多分、僕が最初の光の奔流を避ける寸前までの記憶が削られるだろう。

「....ん?」

  ふと、顔を横に向けると、二人の少女と女性が土下座していた。

「....はい?」

  正直、男ならともかく女性と少女が土下座とか理解できない。

「....すまなかった!」

「すみませんでした!」

「...あー...えっと...。」

  そのまま二人は謝ってくる。いや、だから理解できないって。

「あなたのおかげで、私達は正気に戻れました...。」

「けど、お前にやった事は忘れてない...。今更ながら、なんであんなことを...!」

  どうやら、さっきまでの行いを恥じているようだ。

「...頭を上げてくれ。」

「「......。」」

  顔を上げた二人は、申し訳なさなどで僕を直視できていなかった。

「.....人間の魅了に掛かった事は、正直情けないと思っている。だけど、もう過ぎた事だ。当初の予定通り、僕を転生させてくれ。」

「え....!?」

「で、でも...!」

  赦す訳でもなく、責める訳でもない事に納得しない二人。...まぁ、当然だ。

「...()()()には時間がない。記憶と力も摩耗し、魂は削れていっている。このまま下界に転生して存在を安定させなければ....分かってくれるな?」

「っ....分かったよ...。」

「....はい.....。」

  分かってくれて何よりだ。

「...二つ程条件を付けて転生させてくれ。」

「...分かりました。あなたのためなら、いくらでも。」

「まずは....ゲームのシステムのように、相手の能力...ステータスなどが見える能力と、自身にとって都合の悪い事を感じ取る能力をくれ。」

  どちらも、保守的な特典だ。

「ステータスの方は、本当にゲームシステムのようにしてくれて構わない。称号とか、スキルとかみたいに。...後、ヘルプ機能的なのも付けてくれると助かる。」

「い、一応聞きますけど、どうしてそのような...。」

「僕自身が生き残るためだよ。さっきも言った通り、記憶と力は摩耗していっている。転生すれば、このやり取りの事と力も忘れているだろう。そして、転生する先の世界にも関連がある。...お前たちを魅了した奴の転生先は?」

  理由を言う前に先に聞いておく。

「えっと...“リリカルなのは”の世界です。」

「....なるほど。なら、なおさら必要かな。...その世界は、僕の生前の世界にある二次小説でよく転生者が行く世界だ。多分、実際も例外じゃない。...そうなると、“原作”とかの世界よりも危険度が増す。それらを出来うる限り回避するためだよ。」

「...なるほど。ステータスを視る能力と、危険を感じ取る能力で徹底的に回避するためか。」

「そう言う事。」

  何とか理解してもらえたみたいだ。

「.....少し気になる事がある。転生先のリリカルなのはの世界の歴史...閲覧してもいいか?」

「え、はい、どうぞ。」

  年表のようなものを渡され、ある年代の部分をタッチし、その時の出来事を空中に映像として映し出す。

「....まじか...。」

「これは....!」

  それに映っていたのを見て、僕は驚く。

「...追加条件だ。前世の相棒と巡り合えたら、前世での力が徐々に扱えるようにしてくれ。」

「あなたのような存在にそのような条件を付けると、条件を満たす前からその力が漏れ出る事もありますが....。」

「構わない。飽くまで自衛にしか使わないからな。」

  魂に刻まれた力だからな。使えるようになる前から漏れ出る事はあるだろう。

「そしてもう一つの条件だ。....僕が一定以上成長したらか、ある存在と遭遇した時、本当の“僕”としての力が扱えるようにしてほしい。」

「先程の条件と似てますけど...分かりました。しかし、ある存在とは...?」

  “ある存在”の事を伝え、転生前の準備は全て終わる。





「....そろそろだな。記憶の摩耗で、意識も薄れてきた。」

「本当にすいませんでした。...そして、ありがとうございました。」

「お前がいなかったら...。」

「いいって事だ。それよりも....。」

  少し二人に振り返って言う。

「魅了された件、多分他の神にも知られているだろうから、覚悟しなよ?」

「「えっ?」」

  そして僕の意識は完全に消え、転生を果たした。

















       ―――――☆―――――















       =out side=





「....ふむぅ....。」

「...また、下界の様子を見ておられるのですか?」

  枯山水のように美しく、それでいて神々しい雰囲気を持つ場所にある、和風のこれまた神々しい雰囲気をどこか漂わせる屋敷の部屋にて、白い髪と長い髭、金色の瞳を持ち、仙人を彷彿させるような老人が、宙に浮く鏡のように楕円形のレンズのようなものを見ていた。
  それに鮮やかに青く長い髪に水色の瞳の美しい女性が声を掛ける。

「おー、そうじゃな。あやつらの報告を聞いてからは度々見ておるの。」

「まぁ、かくいう私も気になりますね。」

「そうじゃろう?まさか、あやつが転生しておったとはな...。」

  そう言いつつ、二人は楕円形のレンズのようなもの――これが下界の様子を映しているのだろう――を眺める。

「しかし、ものの見事に集まりましたね。」

「そうじゃのう。儂が転生させた娘もそうじゃが、ものの見事にあやつに引き寄せられておるわ。」

  映し出されるのは、優輝の姿だった。

「彼には導く才能がありますね。」

「前々世が前々世じゃからのう。それ以外にも理由はあるが。」

  次に、織崎神夜が映し出される。

「...こやつの所為で色々と狂っとるのう...。」

「はい。私が転生させた娘も、魅了に....。」

「全ては、あやつの所為か....!」

  何かを思い出すように目を見開く老人。

「あやつがこやつに厄介な能力を持たせおったから....!」

「そうですね...。...彼女らも、魅了を受けていたのは情けなかったですが。」

「あやつらなら今知り合いに扱かれておるよ。」

  ふと、目を向ければ....。

「ひゃぁああああああ!!?」

「ちょちょちょ、待っておくれよ!」

「待ちません!いくら“あの存在”の影響を受けた者の魅了とは言え、その程度に引っかかる神がいますか!?鍛え直します!」

  シンプルだが煌びやかに見える洋服を着た少女と女性が、巫女装束を来た亜麻色の髪の女性に追いかけられている。...どうやら修行らしい。

「....容赦ありませんね。」

「まぁ、神でありながら人間の魅了にかかるなんて体たらく、あやつは容赦しないからのう...。あの姉妹には効果的じゃろうて。」

「そうですね。」

  同情しているように見える彼女も、その体たらくから少しばかり情けなさと怒りを持っている。今、この場にあの姉妹を助けようとする者はいないだろう。

「しかし、彼女が密かに転生させていた...祈巫聖司と言いましたか?」

「今は聖奈司じゃの。....少し歪んでしまっておるな。」

  レンズに今度は司が映し出される。

「まぁ、こやつに任せれば大丈夫だろう。」

「前世でも親友でしたからね。確かに大丈夫ですね。」

  再び、優輝が映し出される。

「ところで“サフィア”よ。儂に何か用があったのじゃろう?」

「...っと、そうでした。“封印”の確認の報告です。」

「ほう....。」

  老人の目が細まる。余程重要な事らしい。

「やはり、ほんの少しずつ綻びが出来てきています。我々でも封印の補強はしているのですが...なにせ、“彼”が命を賭して張った封印ですから、少しの補強しか手が加えられません。」

「封印が解けるのも時間の問題...かの。」

「はい。このままだと下界換算で15年から25年以内には封印が解けてしまうかと。」

  その言葉に老人は顔を顰める。

「早いのう....。儂らだけでは、あやつには敵わん。」

「はい。...せめて、“彼”がいれば...。」

「あやつは無限に等しい可能性の中からたった一つの最善策を掴み取ったのじゃ。....命をなげうってな。これ以上、あやつに頼る訳にもいかん。...今では、頼る事もできぬが。」

「....そうですね...。」

  二人共“彼”の事をよく信頼しており、そして頼っていたのだろう。

「儂らだけで何とかする..かの。」

「はい。今度こそ、私達の手で....。」

  二人は決意を固めるようにそう言った。

   ―――ひゃぁあああああ!!?

   ―――うわぁあああああ!!?

   ―――待ちなさーい!!

「....少しうるさいですね。」

「そうじゃな。....止めるかの。」

  二人は立ちあがり、少し離れた先で起こっている特訓と言う名の戦いを止めに行った。







「....はぁ、少々、やりすぎましたか。サフィアさんと“天廻(あまね)”様に止められるとは...。...まぁ、特訓自体は請け負ってくれましたからいいですけど...。」

  少しして、巫女装束の女性がレンズの前にやってくる。
  先程の二人はこの女性に代わって特訓に行ったようだ。

「...おや?下界の様子ですか....。」

  女性はレンズの存在に気付き、映像を少し切り替える。

「...それにしても、サフィアさんも天廻様も気づかないんですね...。私が天使から女神になったから気付けるだけでしょうか...?」

  ある場面で切り替えを止め、彼女はそう言う。

「...まぁ、気にしても仕方ありませんね。どの道、いずれ起こる戦いは“彼ら”に頼る事はできませんから...。」

  そう言って、彼女はその場から去って行った。









   ―――レンズには、高町なのはと天使奏が映し出されていた....。



























       ~どこか、光に溢れた場所~





  そこには、光に溢れているにも関わらず、明確な“闇”の存在が感じ取れた。

   ―――.........。

  その空間の中心にて、幾重もの結晶のようなものに包まれた存在がいた。

   ―――....もう、すぐ.....。

  その存在は怨念のように言葉を漏らす。

   ―――もうすぐ....会えますからね....?

  丁寧なようで、その念には途轍もない狂気が含まれていた。

   ―――あぁ....会いたい....会いたい会いたいあいたいアイタイ!!

  封印された存在。...そのはずであるにも関わらず、封印からは“闇”が漏れ出ていた。







   ―――嗚呼....私の、愛しき(憎き)旦那様(ユウキ・デュミナス)....!













  ....復活の時は、そう遠くない.....。















 
 

 
後書き
サフィア…サファイアを弄っただけの名前。神様なので“~語”的な由来はあまり使いません。
天廻…“天”と“輪廻”を合わせた感じ。和風な神様なので漢字で。
ユウキ・デュミナス…まだ未登場ではある。相当な重要人物。“デュミナス”は可能性のギリシャ語。一体、誰の事なんだ....!(露骨)

ディバインシュラーク…“神の一撃”的な意味で付けた名前。神なら大抵使える必殺技らしい。
ヴィレ・フュールング…“意志を導く”と言う意味を持つ。本編でのゲッティンヒルフェの“正気に戻す”部分をさらに強化したような魔法。

...技名を考えると必然的に厨二になる。なんでだ...!(厨二病だからです。)

それはともかく、登場人物の誰が誰を転生させたか、分かりますよね?
ついでに第1話の姉妹のその後も書いておきました。一応、もう魅了に掛かる事はないです。 

 

キャラ設定(第1章)

 
前書き
閑話を含めた第1章の主要人物などを紹介します。
原作とあまり変わらない&出番がほとんどなく、ネタバレにもなるキャラは簡単にしか紹介しません。
魅了されている以外変わらないキャラは紹介すらしません(笑)。

...一応、作者自身が扱いきれなくなって展開上消えてしまったステータス方式で書いて行きます。ただし、本編にあったアビリティやスキルは省き、ステータスも数字ではなくランクで表示しています。ちなみに、ランクはリリなの方式で、FからAAAやSSSを含めてEXまであります。
第2章からはそれすらもなくなる可能性がありますが。

ちなみに、この時点での西暦は2016年という事にしています。(数年前の設定だとその時の科学の進歩とかを調べるのが面倒なので。)

参考ステータス↓
 20歳一般人(魔力はCランク相当)
魂Level:1 種族レベル:15
体力:D 魔力:D 筋力:D 耐久:D 敏捷:D 精神:D 運:D
魔力操作(魔導師の場合のみ):C 戦闘技術:E(Cランク魔導師の場合はD~C) 総合戦闘力:E(C)

種族Level…RPGにある基本的なレベルと同じと考えていいです。
魂Level…一般人なら1のまま生涯を終えるほど上がりづらい。相当な経験を積まないと2にすらならない。ただし、転生を経験すると強制的に1は上がる。魂Levelは輪廻に魂が還り、白紙に戻る事でリセットされる。裏を返せば、還らなければそのままである。Levelが高ければ高い程、基本ステータスが高くなり、伸びもよくなる。 

 




     志導優輝(しどうゆうき)

種族:人間 性別:男性 年齢:10歳
称号:転生者,導きし者,導■,無■の可■■,未覚醒者
能力:特典-キャラクターステータス-(使用不可),特典-虫の知らせ(シックスセンス)-(使用不可)
  止まらぬ歩み(パッシブ・エボリューション),道を示すもの(ケーニヒ・ガイダンス),共に歩む道(ポッシビリティー・シェア),解析魔法,古代ベルカ式
  精神干渉系完全無効化,魔力変換資質・創造,流派・導王流
ステータス
 魂Level:6 種族Level:94
 体力:A- 魔力:C+ 霊力:E 筋力:C+ 耐久:A- 敏捷:B+ 精神:A 運:A
 魔力操作:S+ 霊力操作:D+ 戦闘技術:AAA 総合戦闘力:AAA+
常備品:フュールング・リヒト,かやのひめの型紙,複数の暗器
概要
 この小説の主人公。黒髪黒目でルックスは上の下くらい。
 基本的に優しい性格をしており、物事をしっかりと捉える事ができる。
 原作の知識は一通り持っているが、既にうろ覚え程度まで忘れている。
 前世では一応社会人で、一人暮らしだった。
 両親は既に死んでおり、頼れる親戚などもいなかったため、ずっと一人で生きてきた。
 その際、社会の闇など、一般人の身に余る程の経験を積む。一人で生きるために体を
 鍛えたり、様々な武術を独学で身に付け、自分だけの技術にしたりしてきたため、そ
 こら辺の者には負けないぐらい強かった。
 幼女神の不手際により死んでしまい、転生する事になるが、そこで幼女神の様子がお
 かしい事に気付く。言及しようとした所、その神の姉に拘束され、挙句の果てに魂ご
 と消されそうになり...気が付けば転生していた。
 転生してからは両親と妹とで四人暮らしだったが、小学二年生になる直前で両親が行
 方不明に。妹と二人暮らしになる。
 前世での鍛錬はそのまま続けており(ただし年齢に合わせた内容)、妹を護るためにも、
 さらに強くなっている。
 誘拐事件で緋雪が吸血衝動に呑まれた際に、不思議と手に馴染むデバイス“フュール
 ング・リヒト”と出会いを果たし、魔法に目覚める。しかし、その際の戦闘で魔法を暴
 発させ、しばらく魔法が使えなくなった。
 学校ではほとんどの人と分け隔てなく接しているため、広く浅くとも親しくしている。
 中でも司とは仲がいい。
 ステータスを視る能力と自身にとって不都合な事を感じ取る能力を持っていたが、魔
 法に目覚めた所為か、使用不可となる。
 それに気づいた際に、緋雪と司に転生者である事がばれるが、二人はそれでも普通に
 接してくれれる事を少し嬉しく思っている。
 “カタストロフ”との戦いでさらに強くなろうと決心し、今は高町家にて、積極的に
 鍛錬に励んでいる。
 戦闘技術は高く、“導王流”と言う優輝自身にも分からない武術を使うようになって
 からは、さらに技術が高まった。
 ステータスを視る能力を失った代わりに、解析魔法に適性があると知り、今ではそれ
 を能力の代わりに使っている。
 なお、戦法は専ら魔力の精密操作を利用した少ない魔力でのやりくりを得意としてい
 る。動きにあまり無駄がなく、魔力量を無視した魔導師としての強さを誇る。
 また、魔法や大気の魔力を吸収する事で、魔力を回復する事が出来るため、実質的な
 魔力枯渇はなかなか起こさないため、持久戦にも強い。
 しかし、それらを行うのに脳に負担をかけるため、戦闘ではしょっちゅう頭痛になり、
 リヒトに怒られている。
 魅了の元凶である神夜に対しては全くいい印象を持っていない。魅了されている人達
 に対しては魅了を解きたいとは思っているが、魔力が足りないため、それができずに
 少し悩んでいる。
 優輝自身も把握できていない事が多く、自身の存在にはまだまだ何か秘密があるのか
 もしれないと、薄々思っていたりする。
 余談だが、女装をすると相当可愛くなり、声も変えれるために初見では男に見えなく
 なる。ちなみに左利き。
   




     志導緋雪(しどうひゆき)

種族:吸血姫 性別:女性 年齢:9歳
称号:転生者,導かれし者,吸血鬼の姫君,■王,悲■にて■いし■■き姫,ブラコン
能力:吸血鬼化,破壊の瞳,特典-洗脳・魅了無効化-,狂化,古代ベルカ式
ステータス
 魂Level:5 種族Level:79
 体力:A+ 魔力:AAA 筋力:AA- 耐久:B 敏捷:A 精神:C 運:B
 魔力操作:C+ 戦闘技術:C+ 総合戦闘力:AA
常備品:シャルラッハロート
概要
 優輝の妹。腰の少し上くらいまである黒髪に赤目の美少女。
 元気っ子で、純粋な性格。優輝に影響されてか物事をちゃんと捉えられる。
 原作の知識については三期まではそれなりだが、それ以外はからっきし。
 老人の神様に誤って殺されてしまい、縁ある世界に転生させてもらった結果、なぜか
 “リリカルなのは”の世界に転生した。
 前世では一般的な家庭だったが、朝に弱く、怠惰な生活を送ってきたためか、家族か
 らあまり愛されなく、偶にストレスの捌け口された事もある。
 故に、特典で優しい家族を願った。他にも、優しい兄に憧れていたため、それもつい
 でに願った。
 他の特典で東方のフランの強さを願ったためか、誘拐事件をきっかけに吸血鬼になる。
 しかし、転生関連の事を一切知らないはずのデバイス“シャルラッハロート”は特に
 驚く事もなく、むしろ見慣れたような様子で普段と変わらずに接してくるので、少し
 特典とは違うのかもしれない。
 もう一つの特典である洗脳・魅了無効化は、ただそれらを用心しただけで、特に意味が
 ある訳ではないらしい。
 転生当初はどこか二度目の人生をちゃんとした現実として捉えず、どんなことが起き
 てもなんとかなるだろうと思っていた節があった。
 しかし、小学校に入学する直前で両親が行方不明となり、否が応でも現実を突きつけ
 られ、悲しみに暮れた。
 そんな緋雪を救ったのが、自身の悲しみを押し込めてさりげない優しさで励ましてく
 れた優輝だった。
 以降、緋雪は優輝が一人で抱え込まないように支えになる事を誓い、決して現実から
 目を逸らすような考えはしなくなった。
 優輝には誘拐の一件以来、兄としての想い以外に、異性としても意識するようになる。
 ただ、優輝が転生者であろうとも、血の繋がった兄妹なので、結ばれるには色々と障
 害が多いと悩んでいたりする。
 ちなみに、優輝が他の女性と仲睦まじくしているのを見ると、可愛らしく嫉妬したり
 して、その女性に“お兄ちゃんは渡さない”的な発言をする事も。ただし、可愛らし
 い嫉妬なのでヤンデレになる心配はない。
 “カタストロフ”の一件以来、さらに強くなろうとする優輝の支えとなるために緋雪
 自身も強くなろうとする。
 魔力は吸血鬼になって以来相当な量になったが、操作精度が低く、色々と雑になって
 いる。辛うじて武器の形を取る魔法だけは精度が高いが、それ以外は力任せな所もあ
 り、そこまで強くはない。
 しかし、機転を利かせる事はできるため、決して弱くもない。
 作品内のヒロインの一人で、まだまだ秘密があるらしい。





     聖奈司(せいなつかさ)

種族:人間 性別:女性 年齢:10歳
称号:TS転生者,天巫女,聖女,導かれし者,心に歪みを持つ者
能力:祈祷顕現(プレイヤー・メニフェステイション),穢れなき聖女(セイント・ソウル),ミッドチルダ式
ステータス
 魂Level:3 種族Level:71
 体力:B- 魔力:AA+ 筋力:D 耐久:C 敏捷:B- 精神:D- 運:D-
 魔力操作:A+ 戦闘技術:A- 総合戦闘力:AA
常備品:シュライン・メイデン
概要
 学校にて聖女と言われているTS転生者。リトバスのクドリャフカに近い容姿で美少女。
 分け隔てなく優しい性格をしており、聖女と言われる所以もこの性格から。
 原作の知識はうろ覚え程度で、重要な事程度しか覚えていない。
 前世で深い心の傷を負った後、いつの間にか転生していた。
 前世では祈巫聖司(きふせいじ)という普通の男子高校生だったが、ある日病気を患ったのを境に、
 徐々に家庭が崩壊していった。退院した時には両親は多額の借金をしており、さらに
 は彼を保険に入れ、死ぬ事でお金を取り戻そうとまでしていた。
 その事実を知った彼は多大なショックを受け、その後も両親からの虐待を受けて一気
 に心に罅が入っていった。そして、全て自分が悪いと思い込むようになってしまった。
 しばらく虐待の日々が続いた後、母親に殺される事になり、必死に逃げたが殺されて
 しまう。その際に言われた“幸せになる資格などない”という発言が、彼...彼女の心
 に未だに残っているらしい。
 その事が原因なのか、自分が不幸になってでも他人は不幸にしてはいけないと思って
 おり、それが優しい性格の元ともなっている、歪な心の持ち主。
 前世の世界にも優輝はおり、親友だったようだが....?
 魔法の才能は、原作なのはを魔力を増やしてバランスタイプにしたようなもので、結
 構強い。また、名前は本編では未登場だが、レアスキルである“祈祷顕現”による祈り
 を現実に反映させる能力で、普通ではできない事をやってみせる。
 ジュエルシードの事件で、学校に現れた思念体に襲われるが、その際にデバイスであ
 る“シュライン・メイデン”に助けられる。
 また、アニメ6話であったビル街での戦闘にて、二年前に助けた猫がリニスであった事
 が判明し、しかも使い魔契約もしていた事に気付く。
 それからは必死に他人を不幸にしないようにと奮闘した結果、プレシアの病気と闇の
 書のバグを完全に治す事ができた。
 しかし、それでも司はあまり役に立てていないと思い、さらに前世での母親の言葉が
 頭に染みついているため、まだまだ後ろ向きな考えを持っている。
 それを祓うには、前世からの彼女を知っている人物にしかできないだろう。
 なお、司は既に男から女になった事には慣れており、恋愛関連以外は完全に女性とし
 て馴染んでいる。
 TS系ヒロインとかやってみたかった故に生まれたキャラなので、ヒロイン(予定)。





     草野姫椿(かやのひめつばき)

種族:式姫(神) 性別:女性 年齢:1219歳
称号:草の神,式姫,導かれし者,ツンデレ
能力:豊緑之加護(ほうりょくのかご),霊術
ステータス
 魂Level:9 種族Level:212
 体力:AA+ 霊力:S+ 筋力:B+ 耐久:A- 敏捷:AA 精神:A 運:A
 霊力操作:AA- 戦闘技術:AA 総合戦闘力:SS-(AA)
常備品:強化和弓,強化短刀,御札数十枚,媒介用矢数十本
概要
 山奥などで隠居していた草の神の分霊。容姿はかくりよの門そのまま。
 褒められると素直じゃなくなるツンデレだが、普段は遠回しながらも優しい性格をし
 ている。...結果、それが褒められてツンデレになるのだが。
 薔薇姫とは式姫になって間もない頃からの付き合いで、江戸辺りから親友として認め
 始めた。しかし、薔薇姫に執拗に抱き着かれたりするのは今も変わらない。
 本当は草の神だが、式姫になったため、本体とは別。しかし、曲りなりとも神なので、
 霊力の保有量はずば抜けている。
 また、草の神として草などの緑の成長を促進させる加護も持っている。ぶっちゃける
 と草の神なのにそれらしい能力がないとおかしいためこの能力を付けた(by作者)
 ちなみに、嬉しく思うと花が出現する。花の量は嬉しさの度合いで変わるらしい。
 山奥を転々と隠居していた時、ロストロギアを拾ったのが原因で次元犯罪者に追われ、
 薔薇姫が犠牲になって逃げまわっていた所を優輝と出会う。
 友人である薔薇姫を殺されて、“カタストロフ”に復讐するために優輝たちと協力し、
 見事リーダーを倒す事を成し遂げた。
 リーダーを倒した際に、相打ち覚悟だったため死にそうになるが、優輝に助けられる。
 しかも、それまでも優輝に何かと親切にされていたためか、優輝に惚れる。
 優輝とは式姫として契約したために、優輝の家に住む事になる。 また、優輝に草野
 姫椿という名前を貰う。
 弓を主に扱った後方支援が主な戦い方だが、接近されても短刀や術で牽制したりして
 決して不利な一面を見せない。接近戦の心得もある。
 なお、武器である弓や短刀は優輝によって強化されており、普段は収納の術式を込め
 た御札に入れて持ち運びを楽にしている。
 実際の強さは第1章最強クラスだが、霊力が不足しているため、強キャラ止まり。
 ずっと山などで隠居していたためか、電化製品や横文字の物について理解するのが遅
 く、今でもまだまだぎこちない。
 実は25年前、山に修行に来ていた士郎と会った事がある。
 現在は優輝の特訓に付き合ってあげる事で、近接戦の対策や、かつての戦闘の勘を取
 り戻していったりしている。





     薔薇姫葵(ばらひめあおい)

種族:デバイス(吸血姫) 性別:女性 年齢:0歳
称号:吸血鬼,元・式姫,導かれし者,ユニゾンデバイス,生けるロストロギア
能力:ユニゾン,魔術,霊術,弱点無効化(流水・日光),ミッドチルダ式
ステータス
 魂Level:8 種族Level:121
 体力:S- 魔力:AA+ 霊力:C 筋力:A+ 耐久:AAA+ 敏捷:A+ 精神:A+ 運:B+
 魔力操作:A 霊力操作:A- 戦闘技術:AA- 総合戦闘力:S+(A-)
常備品:なし
概要
 椿と一緒に隠居していた吸血鬼。容姿はかくりよの門そのまま。
 何事も楽観的に捉えるような性格で、よく椿の血を吸おうと追いかけたりするが、時
 と場合は考えているため、やるときはちゃんとやる。
 なお、別に血を吸わなくてもいいらしい。追いかけるのは反応が楽しいからとの事。
 ユニゾンデバイスになったため、年齢はリセットしたが、式姫としての年齢は椿と同
 じくらい。吸血鬼としては数えていないから分からないらしい。
 また、ユニゾンデバイスになった事で魔力や霊力などの最大保有量も変化しており、
 種族も変わったためレベルも変わっている。(ステータスはそこまで変化がない。)
 椿と共に“カタストロフ”に襲われた際、ロストロギアを持っていた椿を逃がすため
 に囮になり、最終的に椿の目の前で一度殺されてしまう。
 しかし、事件が終わった翌日にさも当然かの如く復活していて、椿を驚かせる。
 実際は生き返った訳でなく、ロストロギア“フュージョンシード”という正式名称、
 生命融合型ユニゾンデバイスと魂が融合した結果らしい。
 椿と再会してからは、デバイスとしてマスターが椿になるので、椿と同じく優輝の家
 に住む事にする。なお、式姫ではなくなったため優輝とは契約を結んでいない。
 ...のだが、パス自体は繋いであるため、供給自体は可能。
 椿と同じように、高町家にて“薔薇姫葵”と言う名を貰う。
 本編では描写されていないが、2章までの間に司に加護を与えてもらったため、神夜の
 魅了は効かなくなっている。
 レイピアを用い、頑丈な体に物を言わせたゲームで言う“盾キャラ”のような戦い方。
 尤も、それはチーム戦での話で、一人であれば吸血鬼の身体能力を生かした素早い戦
 いを行う。もちろん、椿と同じくトップクラスの強さだが、魔力&霊力不足と、ユニ
 ゾンデバイスとしてまだ体が馴染んでいないため、そこまで強くない。
 持っていたレイピアは既に折れてしまったが、デバイスになったからかどこからとも
 なく取り出せるため、大抵は手ぶらで行動する。
 隠居中は順応性があまり高くない椿の代わりに、人里の状況を軽く見に行ったりして
 いるため、椿と違って横文字や電化製品にもすぐ慣れた。
 舶来の式姫なのと、デバイスになった事による影響もそれに拍車をかけている。
 現在は吸血鬼の先輩として緋雪の特訓に付き合ったり、椿と組手をして昔の勘を取り
 戻したりしている。





     織崎神夜(おりざきしんや)

種族:人間 性別:男性 年齢:9歳
称号:転生者,自覚なき悪,偽善者,魅了を振りまく愚者,■■の傀儡,オリ主(笑)
能力:無差別魅了(パッシブ・チャーム),特典-ヘラクレスの宝具-,特典-サー・ランスロットの宝具-
   ミッドチルダ式
ステータス
 魂Level:2 種族Level:81
 体力:AA 魔力:AA+ 筋力:A+ 耐久:S 敏捷:B 精神:D 運:D
 魔力操作:B 戦闘技術:C+ 総合戦闘力:AAA+
常備品:アロンダイト
 典型的な転生者。黒髪黒目のイケメン。
 表面上は誰にでも優しいように見えるが、悪は悪で完全に叩き潰したり、善となる者
 は贔屓にしたりと、行き過ぎた勧善懲悪のような行動をする。
 しかも、決めつけたり、行き当たりばったりな行動が多く、さらには“原作”を重視
 しているせいで、“原作”外の事に関しては早とちりや勘違いが多い。
 おまけに、無差別に魅了をする能力のせいで、ほとんどの女性を魅了している。
 迷惑極まりないので、優輝も嫌っている。
 転生者に対しても、嫌な奴でなければ別に気にしないとか言っているが(司にそう言っ
 た事があるらしい)、実際は第三者から見れば女性を贔屓している。
 しかし、これでも強いので、行動を阻害しようにもしづらい。
 “原作”での事件では、自分の偽善に従い、場をかき乱す事もしばしば。なお、その
 度に司が尻拭い紛いな事をしていた。
 “原作”をより良い方向に持っていこうとしていたようだが、結果的にそれを実行し
 たのは司と奏だけ。こいつなんもやってねぇな。
 しかも、魅了された女性は彼に対し妄信的になる節があるので、無事な者や男性から
 すれば本当に迷惑である。
 実質、オリ主の皮を被った足手纏い(役目的に)である。
 “カタストロフ”の一件以降、優輝をいらぬ早とちり&勘違いで敵視している。
 司の事を好きなようで(転生者と言う事は知っているがTSとは知らない)、そんな司と
 仲良くしたり、緋雪を洗脳(勘違い)したりしているので、余計に優輝を敵視している。
 本当に迷惑極まりない。(大事な事なのでry)
 戦い方は特典であるヘラクレスの宝具による防御力のごり押しが多い。さすがに高い
 威力を持つ魔法は避けたりするが、大抵ごり押しである。
 ただ、それでも基礎能力が極めて高いので十分に強い。
 なお、この小説での立ち位置はオリ主(笑)である。





     王牙帝(おうがみかど)

種族:人間 性別:男性 年齢:9歳
称号:転生者,踏み台,ナルシスト
能力:特典-エミヤの能力-,特典-ギルガメッシュの宝具-,特典-ニコポ・ナデポ-,ミッドチルダ式
ステータス
 魂Level:2 種族Level:50
 体力:C+ 魔力:S+ 筋力:C- 耐久:B 敏捷:C+ 精神:A 運:D
 魔力操作:C 戦闘技術:D 総合戦闘力:B+
常備品:エア
概要
 よくある踏み台転生者。銀髪に赤と青のオッドアイでイケメン。
 正直あまりにもテンプレな踏み台転生者なので紹介は不必要な気がする程、踏み台。
 特典であるエミヤとギルガメッシュの宝具は、ちゃんと“中身”も伴っている設定で
 決して経験がないから干将・莫耶が投影できなかったり、王の財宝の中身がなかったり
 することはない。
 彼の扱うデバイスは乖離剣エアを模したインテリジェントデバイスで、AIは女性との
 こと。しかし、あまり相性が良くないのか、義務を果たす程度の働きしかしない。
 ニコポ・ナデポは邪な気が全くない状態でないと発動しない(という設定の)能力なので、
 帝が使っても効果がない。
 正に踏み台な行動を“原作”でもしてきたため、ほぼ全ての出会ってきた人間に嫌われ
 ている。
 戦い方はエミヤやギルガメッシュの宝具と膨大な魔力に物を言わせたごり押しで、狙い
 も甘いため、あまり強くない。
 ただ、対処法を分かっていないと物量差で負けるほどには強い。
 今の所ただの脇役踏み台転生者という出番的な意味で可哀想なキャラである。





     天使奏(あまつかかなで)

種族:人間 性別:女性 年齢:9歳
称号:転生者,導かれし者,魅了に囚われし者,天使
能力:特典-立華奏の能力-,アタックスキル,一度きりの無条件蘇生(使用済み),ミッドチルダ式
ステータス
 魂Level:2 種族Level:87
 体力:B 魔力:A+ 筋力:D 耐久:C 敏捷:B 精神:B 運:C
 魔力操作:A 戦闘技術:A- 総合戦闘力:AA-
常備品:エンジェルハート,エンジェルプレイヤー
概要
 Angel Beats!の立華奏の姿をした転生者。容姿は立華奏そのままである。
 性格はこれまた立華奏と似た大人しい性格で基本的に寡黙。
 第1章ではほとんど出番がなかったキャラなので、影が薄い。
 緋雪や優輝を転生させた神とは違う神に転生させてもらい、転生先で織崎神夜に出会っ
 てしまったが故に魅了されてしまった。
 転生する際に願った特典は、元々の境遇が似ていたために“立華奏の能力”、デバイス
 があった方がいいと思ったので“高性能なデバイス”としてインテリジェントデバイス
 のエンジェルハートを、どうしても蘇生なしじゃ助けれそうにないアリシアを助けるた
 めに条件付きとして“一度きりの無条件蘇生”を願った。
 “リリカルなのは”の世界に転生したのは、転生先をランダムで選んだためらしい。
 前世は病弱で、髪が白い髪でなかった以外ほとんどが立華奏と境遇が似ていた。
 立花奏の能力とされる“ガードスキル”は基本的に防御や自衛よりなので、決定打とな
 る力を身に付けるため、攻撃力・殲滅力の高い“アタックスキル”を生み出した。
 ちなみに、それらを改造したりするエンジェルプレイヤーはエンジェルハートに内蔵さ
 れており、スマホ型で取り出してパソコンなどに接続も可能である。
 “原作”の事はそこまで覚えてる訳でもないが、無印編では最終的にアリシアを生き返
 らせるという事を為している。...なお、そのアリシアは魅了されてしまったが。
 戦闘方法は大体が“ガードスキル”を用いた近接戦で、“アタックスキル”を用いた遠
 距離戦はトドメなどに用いる。実質どの距離でもそつなくこなせる万能型。
 魔力量が比較的低いが、使う魔法のほとんどが消費魔力が少なく、近接戦などは身体強
 化と飛行魔法以外全然魔力を使わないのであまり関係ない。
 今の所完全脇役で、出番が少ない。





     ↓以下、デバイスや主要でないキャラの紹介

フュールング・リヒト…優輝のデバイス。初登場時に意味深な事を言っていたが...?
 色々と不明な点が多いが優秀すぎるアームドデバイス。愛称はリヒト。
 待機形態は白いクリスタルが付いた首飾り。

シャルラッハロート…緋雪のデバイス。緋雪最優先で融通が利かない事もある。
 リヒトと同じく不明な点が多いが優秀なアームドデバイス。愛称はシャル。
 待機形態は蝙蝠の羽が張り付けられた赤い十字架のネックレス。

シュライン・メイデン…司のデバイス。ジュエルシード事件の際に都合よく現れた。
 ジュエルシードに関連があるらしいインテリジェントデバイス。愛称はシュライン。
 待機形態は中心に水色の宝玉が埋め込まれた十字架の首飾り。

アロンダイト…神夜のデバイス。まんまFateのランスロットが扱うアロンダイトである。
 特典でランスロットの宝具のおまけとしてついてきたインテリジェントらしきデバイス。
 AIは女性で神夜のデバイスなため、魅了を喰らっている。
 待機形態はランスロットのアロンダイトをそのまま小さくしたようなペンダント。

エア…帝のデバイス。乖離剣エアを模したインテリジェントデバイス。
 AIは女性で、義務を果たす程度しか働かないので、忠誠がほとんどない。
 ただ、義務を果たすだけでも十分高性能で、魅了も無効化するほど、解析及び干渉を受け
 付けない。待機形態はFateのエアをアクセサリサイズに小さくしたもの。

エンジェルハート…奏が特典で頼んだインテリジェントデバイス。
 待機形態は手首に付けれるほどの金の輪っかに天使の羽が付いた腕輪。

高町なのは…原作主人公。神夜の魅了を喰らっており、今は出番が少ない。
 閑話3にて何やら秘密があるのが判明したようだが...?

フェイト・テスタロッサ…原作と違い、アリシアは生き返り、プレシアも生存しているので
 精神的に追い詰められた部分が少なめ。闇の書にも取り込まれなかった。
 当然、神夜の魅了を喰らっている。

アリシア・テスタロッサ…フェイトのいもうt...姉。奏によって生き返らせてもらった。
 死んでいた頃の記憶はなく、当初は戸惑ったが今は馴染んでいる。
 神夜の魅了を喰らっているが、魔力が極僅かしかないので影響は比較的少ない。

八神はやて…夜天の書の主。原作と違い、リインフォースが助かっているため、少し違う。
 ヴォルケンリッター共々魅了を喰らっているため、ザフィーラが苦労人に。

リインフォース…夜天の書の管制人格。司によってバグが取り除かれ、生存した。
 その際に、ユニゾン機能だけは失ってしまった。
 神夜に魅了を喰らっている。

アリサ・バニングス…金持ちの令嬢の所を除けば一般人代表。
 神夜に魅了されていたが、6話にて優輝の魔法(暴発)で解除、司によって加護を授かった。
 それ以来、神夜を避けるようになり、しばらくはなのは達とも少し付き合いが悪かった。

月村すずか…夜の一族。吸血鬼な事をコンプレックスに思っていたが、それ以上に絆が強
 かったため、今は吹っ切れている。魅了が解けたならなのは達にも伝えるつもり。
 アリサと同様、6話で魅了が解かれてからしばらくは付き合いが悪かった。

ユーノ・スクライア…三期から影が薄くなる人。本編では会話の描写がないが、優輝と親友
 になっている。苦労人その1。

クロノ・ハラオウン…名前も服も黒い人。アニメでも本編でもあまり活躍出来なかったが、
 実際はかなり強い。優輝と親友になっており、苦労人その2。
 優輝たちの両親を探す手続きをしてくれた。いつか報告に来るだろう。

リンディ・ハラオウン…抹茶に砂糖をいれる甘党提督。クライドに対する愛が衰えていない
 ため、神夜の魅了にかかっていない。
 優輝に魅了に関して教えてもらい、クロノといい感じになっているエイミィが魅了にかか
 っていなくて少しホッとしている。

プレシア・テスタロッサ…無印編ラスボス。映画版なので最後の方でフェイトがアリシアの
 妹で、それに対する愛情に気付き、その後は司に病気を治してもらった。今は親馬鹿。
 優輝に教えて貰う前から魅了には気づいていたが、何もできなかったのを悔やんでいる。
 魅了に関しては、今は亡き夫への愛がまだ残っていたので効かなかったらしい。
 ...実は親馬鹿が功を為して効かなかった可能性が...?

リニス…本来なら消えるはずだったが、偶然司が助けていた。今は司の使い魔。
 司と契約してるからか、神夜の魅了は効かなくなっている。

神咲那美…八束神社のアルバイトな巫女さん。詳しくはとらいあんぐるハートで。
 “カタストロフ”の件に偶々巻き込まれ、ずっと無事に解決するのを祈っていた。
 魅了に関しては司が加護を与えたので大丈夫。
 多分、もう出番はない。

久遠…狐巫女。子狐、巫女少女、巫女女性と三段階の姿になれる。かわいい。
 強力な雷を繰り出し、燃費を考慮しなければ街一つを焦土に変えれる。
 那美と同じく事件に巻き込まれた。ずっと子狐状態で待機していたが。
 魅了に関しては那美と同じく司に加護を与えられた。
 那美と同じく出番はないかも。

高町士郎…若々しい翠屋の店長。店長な癖にそこらへんの傭兵より強い。
 御神流を極めており、大怪我以降衰えた今でも強い。
 御神流を扱わずとも、恭也と互角に渡り合う優輝に興味を持っている。
 若い頃、椿と葵に山の中で会った事があり、実は椿は初恋の相手だった。

高町恭也…シスコンさん。妹のためなら人殺しも辞さない(嘘)。
 優輝と手合せをした際、優輝に興味を持つ。
 優輝たちの事情を士郎と共に知り、優輝を弟分として見ている節も。
 美由希、なのはが魅了されている事に薄々感づいているが、どうしようもないので優輝
 達を信頼して任せている。

カタストロフ…本作オリジナルの次元犯罪者。管理局でも有名で、Aランク以上の魔導師を
 多く保有しており、連携も上手いせいで中々捕まえられなかったとの事。
 椿たちの逆鱗に触れたため、最後は同じ“破滅”の名を関する優輝の魔法にやられた。

冒頭の神姉妹…姉御肌なオレンジよりの金髪の姉と、桃色髪の幼女な妹。
 神夜に魅了を掛けられ、優輝を消し去ろうとしたが...?
 閑話3にて、お仕置きとして鍛え直しの修業をさせられている。
 なお、名前は姉がエルナ(姉妹のスペイン語から)、妹がソレラ(姉妹のイタリア語から)。

天廻…緋雪を転生させた神。仙人みたいな恰好をしており、イメージは和風な神。
 それなりに神としての階級が高いらしい。
 優輝の事を見て何か言っていたが...?

サフィア…サファイアを彷彿とさせる神々しさを持つ女神。
 転生させた人物が魅了に掛かっており、少し落ち込んでいる。
 何か封印らしきものを確認して天廻に報告していたようだが...?

巫女装束の女神…天使から女神に成りあがった神らしい。茶髪の女性。
 なのはと奏を見て何かに気付いていたようだが...?
 なお、名前は祈梨(いのり)。巫女装束は和風だからね。

最後の女性?…なんか封印されてて怨念みたいなのを出している。
 誰かとの再会を待ち侘びているようだが...?

ユウキ・デュミナス…上記の女性が言っていた人物。今の所何もかもが一切不明である。





 
 

 
後書き
前提としてデバイスは魅了が効かない設定です。ただ、それはストレージなど、AIが人間味を帯びていないのが条件なので、インテリジェントデバイスやユニゾンデバイスは効いてしまいます。
しかし、インテリジェントデバイスの場合は“マスターへの忠誠”が想い人代わりとなり、魅了が無効化される...という設定です。
...実際にはそこら辺の事を考えてなかったのでキャラ設定を書いている時に後付けしました。 

 

第27話「新たな厄介事?」

 
前書き
はい、第2章の始まりです!
主な流れはリリなのGODにしますが、ゲームソフトどころかPSPすら持っていないので、セリフはほぼ独自展開です。(設定的にゲーム通りにする事の方が難しいけど)
おまけにBOAを経ていないので、時系列もずれています。

※注意:この章はオリジナル展開ばかりになります。1章は空白期でしたので仕方ありませんでしたが、今回は原作と完全にかけ離れている(と言うか原作キャラの影が薄い)ので、予めご了承ください。
 

 






   ―――....なぁ。

   ―――なんでしょうか?主。

   ―――ベルカの騎士で最強って、誰になるん?

   ―――ベルカの騎士で...ですか?

   ―――やっぱり、シグナムとか?

   ―――...いえ、強さで言えばかつての“導王”や“狂王”の方が強いです。

   ―――“導王”?“狂王”?

   ―――私も実際にあった事はありませんが、知識だけは知っています。

   ―――どんな人なん?

   ―――...曰く、導王は導きの王そのものであり、統率力は当時のベルカ一でした。

   ―――導きの王かぁ...なんや、凄い名やなぁ...。

   ―――狂王は...導王の知り合いでありながら、狂気の赴くままに導王を殺しました。

   ―――....なんや、それ...。

   ―――だからこそ、“狂王”と呼ばれるようになったのです。

   ―――じゃあ、最強の騎士はその狂王なん?

   ―――.....いえ、そうではありません。

   ―――えっ?違うん?

   ―――はい。狂王はかの有名な“聖王”と“覇王”に打ち倒されました。

   ―――じゃあ、その“聖王”か“覇王”が?

   ―――いえ、それも違います。

   ―――えぇ~?じゃあ、誰なん?

   ―――....ベルカには、こんな話がありました。

   ―――話?

   ―――かつて、全ての騎士を一人で打ち倒した災厄に、打ち勝った騎士がいると。

   ―――...どういうことや?それ。

   ―――先程の導王などがいた時代よりも遥か昔の話らしいです。

   ―――“らしいです”って...詳しくは知らんの?

   ―――お恥ずかしながら...。

   ―――全ての騎士を倒した相手に勝った騎士って...矛盾しとるんやないの?

   ―――しかし、話ではそう伝えられています。

   ―――むぅ...詳しく分からんのはモヤモヤするなぁ...。

   ―――ただ、その災厄の脅威というのは、闇の書を凌駕すると思います。

   ―――....ほら、全ての騎士を倒したからなぁ...。

   ―――ですので、それを打ち倒した騎士が最強ではないかと。

   ―――むぅ~...あー、こんなん考えても無駄なだけやな!

   ―――全ては昔の事ですから...過ぎた事ですからね。

   ―――せや!だから、この話はもうやめにしよう!

   ―――そうですね。











       =優輝side=



「...はぁっ!」

「ふっ!」

  カン!カン!と、木刀がぶつかり合う音が断続的に響き渡る。

「そこっ!」

「甘い!」

「っ!」

  一瞬の隙を見つけ、突きを繰り出すも、紙一重で回避されて反撃を喰らいかける。

「ま、だ...!」

「っ、く....!」

  斜めから振り下ろされる木刀の腹に拳を添わせるように当て、木刀を逸らす。
  そのまま、突きから戻してきた木刀をそのまま払うように振るう。

「――――――。」

  しかし、その木刀は空を切り、姿も見失う。
  すぐに僕は思考を加速させ、視界をモノクロの世界に切り替える。

「―――はぁっ!」

「―――ぜぁっ!」

  後ろから迫ってきていた四つの斬撃に、僕は同じ数の斬撃で受け流そうと対抗する。

     ―――バキィイッ!!

「っ...!」

「くっ....!」

  しかし、その際の負荷に耐え切れず、木刀が折れてしまう。

「....木刀も折れたし、キリもいいだろう。ここまでだな。」

「...そうですね。恭也さん。」

  本当は素手でもできるが、飽くまで鍛錬なのでここで終わりだ。

「直しておきますね。」

「助かる。...しかし、結構便利だな。その魔法。」

「木材とかポピュラーな素材の物なら大抵直せますしね。」

  魔力変換資質・創造。それはFateの士郎の投影魔術に似通っている部分が多いため、こうして武器の修復には重宝している。

「今日はこれで。ありがとうございました。」

「ああ。また明日な。」

「はい!」

  一礼して、僕は高町家を後にする。
  “カタストロフ”の一件から、僕はずっと恭也さんと鍛錬に励んでいる。
  さすがに既に導王流があるため御神流は習えないが、恭也さんは剣士として強いので、模擬戦をするだけでも僕の糧になる。

  ...さて、それはそうと帰って夕飯の支度だな。

「ただいまー。」

「お帰りなさーい。」

  家の玄関を開けると、緋雪が出迎えてくれる。
  リビングに行けば椿と葵もいた。

「あっ、お帰りなさい。」

「ただいま、椿。」

  僕が返事を返すと照れ臭そうに顔を逸らす。...今のに照れる要素あったか?

「優ちゃん、今日はどんな感じだった?」

「いやぁ、また木刀壊れて終了だよ。恭也さんも僕との模擬戦でさらに強くなってるから、まだまだ容易に勝てないよ。」

  葵は葵で僕に今日の鍛錬の結果を聞いてくる。
  ちなみに葵は人の名前の一部を取ってちゃん付けで呼ぶ癖があるらしく(かやちゃんとか)、僕の事は“優ちゃん”、緋雪は“雪ちゃん”と呼んでいる。椿は以前のままだが。

「明日は土曜日だし、少し緋雪と模擬戦でもするか。」

「えっ?やるやるー!」

「“少し”だからな?全力じゃないぞ?」

「分かってるよー。」

  “強くなる”と決心してからしばらく経っているが、最近は至って平和だ。
  だからと言って決心したのは変わらないので、こうやって偶に模擬戦もしたりしている。







「じゃあ、昼になる少し前に始めるぞー。」

「うん。りょーかーい。」

  翌日、朝食の準備をしつつ、模擬戦のする時間を決めておく。

  そして、昼前になって....。

「よし、じゃあそろそろ...。」

     ―――ピンポーン

  始めようと外に出ようとした時にインターホンが鳴る。
  誰だ...?

「...って、あれ?司さん?」

「おはよう....というより、もうこんにちはかな?」

「どうしたのこんな時間に?」

  玄関を開けるとそこには司さんがいた。
  はて、司さんが僕の家に来るような理由に覚えはないけど...。

「そういえば、優輝君と模擬戦した事なかったなぁって思って...。」

「あー...今から緋雪と模擬戦するつもりだったんだけど...。」

「あ、そうなの?...じゃあ、見学だけさせてもらっていい?」

「ん、それならいいよ。」

  そう言えば確かに司さんと戦った事ないなぁ....。
  また機会があれば戦ってみるか。

「緋雪ー!始めるぞー!」

「待ってー!....っとと、って、あれ?司さん?」

  すぐに支度を済ませて玄関まで緋雪はやってくる。そして、司さんに気付く。

「私も模擬戦、見ていいかな?」

「え?別にいいけど...。」

「...せっかくだし、椿と葵も誘ってみるかな。」

  そういう訳で、二人も誘ってから近くの山の空き地に行く。





「じゃあ、始めるぞー。」

  結界を張り、準備は万端になった。
  椿と葵も快く見学する事を承ってくれたので、今回は三人も観客がいる事になる。

「....っ!」

「ふっ!」

  早速緋雪はレーヴァテインを作りだし、斬りかかってくる。
  それを、僕は真正面から受け...ようとして、後ろに受け流す。

「シャル!」

「っと、防がれるか。」

  受け流すと同時に隙だらけな胴体に魔力弾を放ったが、防御魔法で防がれる。

「はぁっ!」

「くっ....!」

  防御魔法の上から突き飛ばすように剣形態のリヒトを振う。
  その反動で僕は間合いを測り....。

「貫け...!“ドルヒボーレンシーセン”!!」

  多数の魔力弾を、一斉に放つ。
  もちろん、それも貫通力を高めたため、生半可な防御だとあっさり貫く。

「っ...!薙ぎ払え!!」

  それを、緋雪はレーヴァテインの魔力を放射状に放ち、相殺する。

「“模倣(ナーハアームング):カゴメカゴメ”!」

「嘘ぉっ!?」

  緋雪が以前に使っていた魔法を模倣し、繰り出す。
  コピーされた事に緋雪も驚いたみたいだ。

「っ....“きゅっとして....ドカーン”!!」

  咄嗟に緋雪は能力を使い、弾幕の半分以上を一遍に破壊する。
  けど....。

「はっ!」

「しまっ..!?あぅっ!?」

  その間に僕は懐に接近し、一閃する。
  レーヴァテインに防がれたけど、吹き飛ばしてダメージは与えられた。

「(もう一度...!)」

「させ...ないっ!」

「っ!」

  もう一度斬りこもうとしたら、緋雪は魔力を開放し、僕を吹き飛ばす。
  すぐさま僕は体勢を立て直し、攻撃に備えr.....!?

「“フォーオブアカインド”!!」

「やば...!」

  僕は魔力が少ない。だから、四人に増えられると対処が...!

「....やる、か。」

  今までは“違う戦い方”と言う感じで戦ってたけど...やっぱり、こっちのが性に合うらしい。

「.........。」

  魔力を魔法と身体強化で3:7に振り分ける。
  リヒトを左手でしっかりと持ち、半身を逸らした状態で構える。

「はぁっ!」

「っ!」

     ―――ギィイイン!

  増えた緋雪の一人(ちなみに分身)が斬りかかってくる。
  もちろん、牽制で真正面からだったので、リヒトで受け流す。

「(....よし、行ける!)」

  そこからは四人の緋雪による連携攻撃が始まる。
  右からの斬撃をリヒトで左に受け流し、背後からのは右の裏拳で逸らす。
  隙だらけとなった胴体に薙ぎ払いが迫るが、ムーンサルトの要領で蹴り上げ、逸らす。

「はっ!」

  大して多くない霊力を衝撃波として放ち、さらに来るであろう追撃を阻害する。
  それによりできた隙を見逃さず、一人の緋雪(勿論分身)に迫り、リヒトを振りかぶる。

「くっ...!」

「はっ!」

  レーヴァテインを横に逸らして行き、その隙に剣を創りだし、射出する。

(シルト)!!」

  しかし、それは防御魔法に防がれる。...が、それで力がほんの少し弱まる。

「はぁっ!」

  レーヴァテインを大きく逸らし、無防備な体に一撃を入れようとする。

「しまっ....!?...なんてね♪」

「っ!?」

  驚いた顔を一変させ、してやったりな顔になる緋雪。
  そう。後ろには既に三人の緋雪が迫ってきていたのだ。

  ....だけどまぁ....。

「甘い、ね。」

「えっ!?ガッ...!?」

  超短距離転移で横に避け、そのまま魔力弾を放って後ろから斬りかかってきていた一人の緋雪のレーヴァテインに当て、囮だった緋雪に当たらない軌道なのを、当たるようにする。

「まず一人。ほら、ついでだ!」

「「「きゃぁあっ!?」」」

  剣をさらに三つ創りだし、残り三人の緋雪に向けて射出する。
  辛うじて防御魔法に防がれたけど...まぁ、いい。

「はぁあああっ!」

  防御魔法で弾かれた剣を再度操り、またもや分身の緋雪に斬りかかる。
  今度のは創造した剣でも攻撃を繰り返しているので、分身は捌ききれずに消滅する。

「もう一人!」

「させ...っ、くっ...!」

  最後の分身に斬りかかろうとすると、本体の緋雪が妨害しようとする。
  それを三つの内一つの剣を使って妨害する。視界に入れておけばマルチタスクで操作できるからな。少しばかり遊んでもらおう。

「これで....終わり!」

  最後の分身を斬り、これで一対一に戻す。

「さて....っ!?」

  すぐさま飛び退くと同時に自身に魔法などの術式が全て破壊されるように霊力を流し込む。
  その瞬間、浮いていた剣が全て爆散する。

「....ふぅ、危機一髪。」

「今の...躱されるとは...。」

  防護服を再び纏い、一息つく。
  ふと視線を向ければ、とっくに剣を破壊していた緋雪がこっちを見ていた。
  さっきの爆発はやっぱり“破壊の瞳”か....。
  破壊の瞳とは、レアスキルの事で、所謂フランの“きゅっとしてドカーン”だ。
  なぜ“破壊の瞳”と言う名前か分かったというと、リヒトから教えてもらった。

「結局は術式によって攻撃してる事には変わりないからな。解除するのは時間がなかったけど、術式を破壊する事はできた。...変わりに無防備になったけど。」

  というか、体内にそれを仕掛けてくるとかなかなかに恐ろしい事してくるな。緋雪は。
  非殺傷設定だから、魔力ダメージだけなんだろうけど、ショック死するぞ....?

「..でも、短距離とはいえ転移魔法を使わせたから、魔力は少ないよね?なら、このまま...!」

  まともに斬り合っても受け流されるのが分かっているのか、魔力切れを狙っているらしい緋雪。...まぁ、有効な戦い方だよね。....でも。

「一つの事ばかり狙ってると、足元掬われるよ?」

「えっ?..っ、きゃあっ!?」

  下から剣が飛んできて緋雪は掠めながらもギリギリ躱す。

「えっ?えっ?...いつの間に...!?」

「分身の一人目に防がれた剣。まだ消えてなかったんだよねぇ...。」

「...あっ....。」

  剣について言いながら、一気に動揺した緋雪の目の前に迫る。

「動揺が大きすぎる!」

「あうっ!?」

  脳天に魔力を込めた拳を当て、ノックアウトさせる。

「はい、終了。...まぁ、僕が相手だから動揺が大きいのだと思うけど、ありとあらゆることを想定しておかないと咄嗟に動けないぞ?」

「うぅ...はーい...。」

  模擬戦の最後はあっけなく終わり、僕らは地上に降り、結界を解除する。

「50点ね。」

「うぐっ!?」

「優輝も言っていた通り、動揺が大きすぎるわ。」

「スペックは高いんだから、それを生かさないと。」

  すると、椿と葵から辛口評価を受け、緋雪は崩れ落ちる。

「結構辛口だよな...僕でも60点は固いと思ってたが...。」

「はぅっ!?」

  あ、余計にダメージ受けたみたい。

「これでも妥協してる方よ。今の緋雪は、種族としての強さに物を言わせて、他を補ってるだけ。それじゃあ、優輝みたいに技術が高かったり、格上の相手には勝てないわ。」

「あたし達は格上の相手なんてよくあったからねー。あたしもかやちゃんと同意見だよ。」

「なるほどな...。」

  技術力の問題か....。こればっかりは、修練を積まないとどうにもならないか。

「...ところで、司さんは何を悩んでるんだ?」

「えっ?...あー、えっと...。」

  なぜか戦いが終わって見てみたら戸惑っているし、今も歯切れ悪そうにしている。

「...どこか、既視感があったの。」

「既視感?」

「うん。...優輝君と、緋雪ちゃんが戦っている事にね。...今まで、見た事ないはずなのに。」

  既視感か...しかも、悩む程って事は....。
  ....嫌な予感がするな...。

「...ごめんね。変な事言っちゃって。...でも、嫌な予感....ううん、嫌な事が頭に思い浮かんだから....優輝君か緋雪ちゃんのどちらかがいなくなってしまうなんて...。」

「司さん....?」

  ....なんだろう。司さんが嫌な事を思いだすような表情をしてる...。

「な、なんでもないよ!...うん、なんでもない....。」

「.......。」

  怪しい...。けど、司さん自身もよく分からないようだ。

「...優輝君、緋雪ちゃん、椿ちゃん、葵ちゃん。」

「どうしたの?」

「「.......。」」

  おもむろに僕ら全員の名前を神妙な面持ちで呼ぶ司さん。
  緋雪も、椿や葵も、その雰囲気に真剣に次の言葉を待つ。

「...私にはこの嫌な予感がよくわからない。....だけど、気を付けて。」

「司さん....。」

「...私に言えるのは、これだけ。....ごめんね、ちょっと帰るよ。」

「.....うん。明らかに気分悪そうにしてるよ。帰った方が、いいよ。」

  司さんは“ありがとう”と言ってそのまま帰ってしまった。

「“気を付けて”....か。」

「お兄ちゃん...。」

「あの司さんがあそこまで尋常じゃない面持ちで言ったんだ。何事にも対応できるように備えておいた方がいいかもな。」

「同意見よ。私も嫌な予感がしたもの。」

  僕は椿、葵、緋雪の順で顔を見る。
  ....皆、嫌な予感はしたようだ。

「...とにかく、家に帰ろう。今この場で巻き込まれたらちょっときつい。」

  僕らは急いで家に帰った。





「.....予備カートリッジ、オーケー。リヒト、調子と装填済みのカートリッジは?」

〈カートリッジ含め、オールグリーンです。〉

  ...よし、これで一応戦闘に巻き込まれてもなんとかできるな。
  カートリッジは“カタストロフ”の一件以来、自作もしている。
  今では僕と緋雪でそれぞれ三ダースぐらい持っている。

「皆も備えは大丈夫か?」

「ええ。元々、私は貴方からの霊力があれば大丈夫だし。弓も大丈夫よ。」

  椿の弓は僕があの後さらに強化し、見た目は和弓だが、強度が合金に近くなっている。
  霊力の媒体となる矢もいくつか増やしている。

「あたしも魔力は十分だよ。後、霊力も蓄えれるだけ蓄えたし。」

  葵はユニゾンデバイスになって、元々舶来の...魔力を使う式姫だったため、主な力は魔力だ。
  しかし、今は椿に合わせたデバイスなので魔力を霊力に変換し、蓄積する事もできるようだ。

「私も大丈夫だけど...お兄ちゃん、今ここでここまでしなくても...。」

  緋雪も調子は良好だ。偶に僕の血を料理とかに混ぜているため、吸血鬼としても調子が悪くなっていない、むしろ優れているようだ。

「...なんでかな。虫の知らせ(シックスセンス)は使えなくなったのに、嫌な予感しかしないんだ。」

「お兄ちゃん...?」

  司さんの言葉を真に受けすぎって言われればそれまでだけど。

「...とりあえず、いつ何が起きても対処できるように備えは万全に」

〈マスター!謎のエネルギーを確認!これは....!?〉

「なっ!?」

  僕らは今、部屋の一か所に集まっており、そのすぐ頭上で空間が歪み...光り始めた。

「これは...時空に干渉してるのか!?」

  なぜ分かったのか分からないが、僕にはそう感じ取れた。

〈エネルギー拡大!ダメです!巻き込まれます...!〉

「っ....!」

「お兄ちゃん!」

「きゃぁあああっ!?」

「かやちゃんっ!」

  僕と椿が空間の歪みに巻き込まれ、緋雪と葵が追いかけるように僕らにしがみつく。

「(解析....!....転移魔法の術式と同じような座標設定...転移でもするのか!?)」

  何とか解析魔法は通じるようで、歪みを解析すると、座標が設定されていた痕跡があった。
  ...尤も、歪んでしまってよくわからなかったが。

「皆!絶対、離れ離れにはなるなよ...!」

「い、言われなくても~!!」

「こんな所で誰も離れたくないわよ~!!」

「かやちゃーん!!」

  皆が皆、固まるようにしがみつき合う。
  ....葵、どさくさに紛れて椿に抱き着いてない?

〈マスター!どうやら、空間の歪みから抜け出すようです!〉

「っ.....!」

  リヒトの言うとおり、空間の歪みが薄れて行った。
  そして、目を開けると....。

「...って、なんで夜空ぁあああああ!!?」

〈マスター!飛行魔法を!〉

  なぜか夜に、しかも空の上に放り出され、僕らは落下する。
  急いで魔法で浮遊して、全員の体勢を立て直す。

「かやちゃん!」

「ええ!分かったわ!」

「set up!」

  椿は、薔薇姫とユニゾンしないと飛行魔法を使えないため、ユニゾンする。

「....なんとか、助かったわね...。」

  ユニゾンし、浮かび上がった椿がそう言う。
  ちなみに、椿の今の姿は、最初に出会った頃の着物姿の上に、葵のマントと胸元のリボン、そしてレイピアを付けた状態になっている。
  一見アンバランスだけど、この状態の椿なら飛行魔法を扱え、接近戦にも相当強くなっている。遠近両方で戦えるのは凄いよな。

「...ちょ、寒い!?防護服防護服...!」

〈どうやら、冬の気候ですね。〉

  それ、半袖半ズボンの僕にはきつ過ぎるじゃないですかー。やだー。

「....というか、確か梅雨の時期に入る直前だったよね?確か。」

〈はい。しかし、これはどう見ても...。〉

「....冬、だね。」

  さっき感じた寒さは上空にいるだけではないほど寒かった。というか、凍るかと思った。
  防護服越しから感じる冷たさも冬にある気候そのものだし...。

「...ちょっとリヒト、ネットワークとかに干渉して今の日付確認できる?」

〈できますけど...。...分かりました。〉

  おお。できるのか。ハッキングみたいで短時間で終わらせたいけど。

「お兄ちゃん...どうしたの?」

「嫌な予感が...的中しそうでね。」

「......?」

  緋雪が首を傾げている間に、リヒトが日付を確認したようだ。

〈マスター、信じられないと思いますが、今の日付は2月5日...過去です。〉

「っ.....!やっぱり....!」

  予想通りの結果だったため、僕は顔を顰める。

「...お兄ちゃん、何か知ってるの?」

「...うろ覚えだけどね。...所謂、“原作”にもあった話。」

  今まで気にしてなかったけど、どの時期に巻き込まれてもおかしくない事件があったのを完全に忘れていた...!...いや、気にした所で参考にしかならないけどさ。

「展開もほとんど覚えてない。...ただ、事件の中心となるのは、“砕け得ぬ闇”。」

〈“砕け得ぬ闇”...ですか?〉

  僕が呟いた単語に、なぜかリヒトが反応する。

「知ってるのか?」

〈一応は。以前の主の時代、当時は存在していた文献でその単語を見た事があります。〉

「そうなのか。記録に残ってるか?」

  文献にも残る程....。結構、やばいものだろうな...。

〈...ありました。これです。〉

「....いや、僕ら古代ベルカ語読めないし...。」

〈そうでしたね。〉

  空中にその文献の画像を映し出してくれたが、如何せん僕らには読めん。

〈“沈む事なき黒い太陽、影落とす月、故に、決して砕かれぬ闇。その災厄である砕け得ぬ闇が現れし時、世界は破滅を迎えるであろう。”....と書いてあります。〉

「....やばいな。」

  僕のうろ覚えの記憶だけでもやばいってのは分かるけど、リヒトに残っている文献の文で、余計にそれに拍車がかかった。

「こりゃまた...厄介な事に巻き込まれたなぁ....。」

「...優輝、どうするの?」

「....とりあえず、近場の高いビルの屋上に行こう。いつまでも飛んでいられない。」

  頭を抱えたくなるのを抑え、近場の屋上へと着地する。

「...一応、この場が過去で、僕らがいた未来は普通にあった所を見るに、ちゃんと解決されたのは保障できる。...でも、未来から来た僕らは別だ。」

「未来から来た以上、この時間で死んでも未来から過去に来るまでの運命に一切影響を与えないから...そうだよね?」

「その通り。」

  葵が僕の言いたい事を先に言ってくれた。

「だから、死なないように気を付ける事には変わりない。」

「あの...タイムパラドックスとかはどうなるの?」

「あー、それか...。」

  実際、パラドックスについては結構悩んでいる。
  平行世界として運命が別たれるかもしれないし、僕らが行動する事によって未来が変わるかもしれない。そこら辺の判断は、僕らには全然分からない。....けど。

「一応の判断として、僕は全ての出来事は一連の“流れ”だと捉えている。」

「“流れ”?」

「僕らが過去へ行き、そして事件は解決し、未来へ戻る。...まぁ、これ自体が確定した事ではないんだけど。それら全てが一つの流れで、別に過去に遡っても未来に影響はない。」

  ....ちょっとわかりにくい表現だな。

「...まぁ、川の流れに例えてみてくれ。時間や運命が川の流れそのもので、僕らが過去に来たのが、川の上流に行く事ではなく、“過去に行く事”すら川の流れの一部にすぎない。...分かったか?」

「う~ん...なんと、なく....?」

  難しい事だよな。こういうのって。

「...まぁ、こういう事で常に悩んでいても、何も変わらない。行動に移すべきだな。」

「まずは情報収集?やっぱり色々知っておかないときついし。」

「過去に来た原因を調べるのにも必要よね。」

  葵、椿と僕にそう言ってくる。

「同意見だ。緋雪もそれでいいか?」

「うん。こういう事は、お兄ちゃんや二人に任せた方がいいと思うし。」

  よし、当面の方針は情報収集だな。

「一か所に固まって動くのは効率悪いし、かといって全員ばらけるのは危険すぎるな。....よし、二手に分かれて情報を集めるぞ。」

「じゃあ、私と葵が地上から集めるわ。優輝と緋雪は上空をよろしく。」

「分かった。くれぐれも目立たないでくれよ?過去の世界なんだし。」

  椿と葵なら大丈夫だろう。経験も豊富だし、以前と違って僕からの霊力供給もあるから、早々死にかけるような目に遭う事もない。

「分かってるわ。」

「元々隠れて生きてきたから、隠密行動は得意だよ。」

  二人共頼りになる返事を返してくれる。

「じゃあ早速二手に別れて....以前に会った魔法関係の人から情報を集めてくれ。いざとなれば、接触する事も辞さない。」

「了解。そっちは任せたわよ。」

「ああ。」

  僕と緋雪は早速飛び立ち、上空から何かないか探し出す。
  椿と葵はビルの屋上に置きっぱなしだけど、認識阻害の術も使えるみたいだし、ビルから降りる事ぐらい、造作もないだろう。

「(....司さんの言っていた“嫌な予感”...もしかしてこれか?)」

  ふと、司さんの言っていた言葉を思い出す。

「(....この事件、一筋縄ではいかないな...!)」

  僕はさらに気を引き締め、緋雪と共に何か情報がないか探しに行った。







 
 

 
後書き
ちなみに、管理局にある無断で魔法を使用云々の事ですが、あれは魔法を使って場所を移動したりと、日常生活に使うのがダメで、別に魔法の特訓や結界を張って模擬戦程度なら大丈夫だという解釈をしています。 

 

第28話「闇の欠片」

 
前書き
大体察してる人もいると思いますが、U-Dとかの設定が変わっています。
 

 






   ―――...あの、■■■。

   ―――なんでしょうか?

   ―――もし、私がどんな目に遭っても助けてくれますか?

   ―――もちろんです。私は貴女の騎士ですから。

   ―――...ありがとうございます。

   ―――しかし、なぜ突然そんな事を?

   ―――....いえ、私、皆さんにあんまり何もしてあげられないので...。

   ―――何を言うんですか■■■。貴女は私達に労りの言葉を掛けるだけで十分です。

   ―――でも....。

   ―――貴女は優しい。だから私達に任せてばかりは嫌なのは分かります。
   ―――ですが、“何かしてあげなくては”と思う必要はありません。
   ―――貴女は、私達の主ですから。

   ―――■■■....。

   ―――それに、貴女は治癒魔法で治療してくれるではないですか。
   ―――本来なら、私達騎士は、主である■■■の手を煩わせてはいけないんですよ?

   ―――あはは...。

   ―――ですから、■■■が深く悩む必要はありません。

   ―――すみません■■■...。貴女にこんな事を言ってしまって...。

   ―――幼い頃からの付き合いです。構いませんよ。

   ―――....ありがとうござます。











       =優輝side=



「.....既に結界が張られてる、か。」

「そうみたいだね。」

  落ちてきた時は気にしてなかったけど、僕達がいる場所を含めてかなり広範囲で認識阻害の結界が張られている。多分、それだけ広範囲で何かが起きているのだろう。

「正直、うろ覚えだから何が起こるのかはほとんど忘れてる。気を付けて、緋雪。」

「分かってるよ。」

  緋雪にそう言いつつ、飛んでいると正面から魔力を感じる。

「...誰かいるな。」

「...うん。」

  夜だから見えにくい。でも緋雪なら吸血鬼だから夜目でもはっきり見えるはず。

「あれは....なのはちゃん?」

「高町さんか...。」

  近づいて僕にも見えるようになる。
  ....少し様子がおかしいな。

「え、あれっ?あの、あなた達は....?」

「....解析魔法。」

   ―――対象の名称、通称“闇の欠片”

   ―――対象状態、正常。

   ―――対象構成材質、魔力。

   ―――参考にした素体がある模様。

  .....どうやら、高町さんの偽物のようだ。

「(正常か...。そういえば、解析魔法でも魅了されてるのは分かったな。なら...。)」

「...えーっと、私、何かしたかな..?」

  状態が正常と言う事は、偽物とはいえ目の前の高町さんは魅了されていないらしい。

「...一つ聞きたいけど、織崎神夜の事をどう思ってる?」

「神夜君の事?....っつぅ...!え..なに、これ....!?」

  一つ質問してみると、突然高町さんは頭を抱えだした。

「神夜君は....彼は.....!」

「お、お兄ちゃん、これは...?」

「......。」

  すずかちゃんとアリサちゃんは魅了されている時の記憶もあった。
  だから、偽物とはいえ高町さんで試してみたかったんだけど...。

「嫌い....あんな人...大っ嫌いっ!!」

「っ!緋雪!」

「だ、大丈夫!」

  癇癪を起こすように魔力弾が放たれる。
  僕も緋雪もなんとかそれを躱す。

「どうやら、偽物...闇の欠片でも魅了されてる時の記憶はあるようだ!そして、その時の記憶を強く嫌悪してる!」

「それで私達に攻撃!?とんだとばっちりだよ!?」

「そうだな!しょうがない、倒すぞ!」

  飛んできた魔力弾を二丁拳銃に変化させたリヒトで撃ち落とす。
  緋雪も“破壊の瞳”で魔力弾を破壊したようだ。

「緋雪!僕が牽制するから攻撃を!」

「了解!」

  こんな真正面から砲撃魔法は隙だらけ。
  だけど、偽物且つ錯乱している今の高町さんなら...!

「“ドルヒボーレンベシースング”!」

「っ...!“ディバインバスター”!!」

  読み通り、相殺してくる。
  すぐさま砲撃魔法の制御を片手だけにしてリヒトを剣に変える。

「斬り開け!!」

〈“Aufblitzen(アォフブリッツェン)”〉

  砲撃魔法の術式を破棄し、砲撃魔法に回していた魔力を身体強化とリヒトに回す。
  そして、目の前まで迫ってきた砲撃魔法を切り裂く。

「緋雪!」

「っ!貫け!焔閃(えんせん)!!」

〈“Lævateinn(レーヴァテイン)”〉

  砲撃魔法を切り裂かれ、動揺した高町さんの目の前まで緋雪は跳び、フランのレーヴァテインとしてではなく、ベルカ時代にあった魔法としてのレーヴァテインを放つ。

「く、ぅううううううっ....!!」

「はぁああああっ!」

  辛うじて防御魔法が間に合ったようだけど、そんなのは焼石に水。
  あっさりと防御魔法を貫き、高町さんは貫かれる。

「っ...ぁ....にゃ、にゃはは...ごめんなさい。八つ当たりしちゃって....ありがとう。」

「「......。」」

  貫かれた高町さんは、そう言って消えて行った。

「....これも、あいつのいるから起きた事なの?」

「そうみたいだな...。とりあえず、知り合いとかの偽物が現れるようだ。椿と葵にも伝えておかないと...。」

  緋雪が織崎に対して怒りを抱いているのを余所に、葵に念話を飛ばす。
  葵はデバイスになってから念話が使えるようになったので、連絡を取りやすくなって助かる。

「『葵、聞こえる?』」

『聞こえるよー?どうしたの?何か見つけた?』

「『見つけたというか、報告。どうやら結界内には知り合いとかの偽物が出現するらしい。通称“闇の欠片”。強い人物の偽物が現れる可能性もあるから気を付けて。』」

『りょーかい。....っと、言った傍から出てきた。切るね?』

  そう言って葵から念話を切られる。...交戦に入った模様だな。

「そういえば、魔力が大きい程魅了の効果は強くなるってあったな。...その弊害か。高町さんのあの嫌悪っぷりは。」

「本当、いい迷惑だよね。」

「まったくだ。」

  しかし、闇の欠片か...。どういった基準で出てくるんだ?
  まさか、結界内の人物は全て模倣される...?

「....厄介な事件だな...。」

「そうだね....。」

  ...さて、戦闘を開始したらしい椿たちは大丈夫かな?







       =椿side=



「っ、はっ!」

  矢を放ち、牽制する。

「かやちゃん!そいつらは全員偽物!本物じゃないよ!」

「道理で!こんな街中に“(あやかし)”が大量に現れる訳ないものね!」

  葵が優輝と連絡を取り合ってる最中に、いきなり妖が現れた。
  今の時代、もう全て幽世に還ったかと思っていた妖の出現に驚いたけど、偽物だったのね。

「なら、さっさと片付けるわよ!」

「後衛は任せたよ!」

  そう言って葵はレイピアを持って妖の大群に斬りこむ。

「ちゃんと避けなさいよ!“弓技・火の矢雨”!!」

  炎を纏わせた矢を上空に放ち、それが炸裂し、炎を纏った霊力の細かい矢の雨が降り注ぐ。

「あははっ!あたしは散々かやちゃんの矢を喰らってきたからね!これぐらい避けれるよ!」

「それ自慢する事じゃないでしょ!?」

  しかも矢を喰らわせる原因のほとんどが血を吸おうとする事だし。

「っ....“戦技・四天突”!」

  葵が矢の雨に耐えた、もしくは避けた妖に対して高速の四連突を繰り出す。
  元々槍術師が使う技だけど...レイピアならむしろ相性がいいわね。

「...っと。...あら?これで終わりかしら?」

「あれ?そうみたいだね。」

  葵から少し離れた所に残っていた妖を撃ち抜き、一段落着く。
  どうやら、そこまで大量に出てくる事はないらしい。

「本物と比べて弱かったわね。」

「そうだね。本物の強さなら今の強さだと厄介だけど。」

  そう言って私達は臨戦態勢を解除する。

「さて、偽物が出てくるのは分かったけど少し疑問に思うわね。」

「うん。この結界は明らかに“魔法”。私達式姫とは関係がないはず。それなのに妖の偽物が出てきた。」

「黒幕が私達式姫や妖の事を知っているのなら話は別だけど、知らないのなら偽物が現れるはずがないわね。」

  魔法関連なのに妖が出るはずがない。それに私達は引っかかった。

「...もしかして、偽物には基準があるのかしら?」

「基準?」

「ええ。...さっきの妖は全部それなりに印象に残っていた妖だったわ。」

  気づいた推論を述べて行く。
  さっきの妖には“しょうけら”などの厄介だったからよく覚えていた妖などがいたのよね。

「...多分、偽物は私達...結界内にいる者の記憶から作りだされているのだと思う。」

「なるほど...。うん、あたしもそう思うよ。」

  けど、記憶からとなると厄介ね。
  ...それこそ、“あの子”の偽物が出たら...例え、偽物でも危険すぎるわ。

「...情報収集に戻りましょ。葵、一応偽物に対する考察を優輝たちに伝えておいて。」

「りょーかい!」

  今は情報を集めるのが先決。気にしてもしょうがないわ。







       =優輝side=



「『...なるほど。確かに辻褄が合うね。』」

『とりあえず、そう想定しておいてね。』

「『わかった。そっちも頑張って。』」

  葵との念話を切る。すると並んで飛行していた緋雪が訪ねてくる。

「どうしたの?」

「偽物...闇の欠片は結界内の人物の記憶から作りだされてるかもしれないってさ。」

「へ~...って、それって結構やばくない?」

  緋雪の言うとおり、強い奴も偽物として現れるので結構やばい。

「...かといって、結界内じゃないと情報の集めようがないだろう?」

「うー、そうだけどさ...。」

  結界があるって事は魔法を隠蔽してるって事。なら、結界外に行った所で結界を維持してる魔導師ぐらいしかいないだろう。...情報を集めるにはやはり結界内でないと。

「(思い出せ...“原作”と現実は違うとはいえ、参考にはなるはずだ。思い出せ...!)」

  今巻き込まれている事件との類似点が多いゲームの内容、もしくは設定を思い出そうと僕は悩む。今の所分かってるのは偽物が闇の欠片と呼ばれる存在って事だけ。
  後、過去に遡っている事ぐらいか。

「(確か...ほとんどの登場人物が関わったはずだ...。...って、大した事じゃないな。)」

  ここまで大規模な結界だったらそりゃあ、当然の如く大人数が関わるだろう。

「....他に未来から来た人を探すか。」

「えっ?どうして?...というか、他にも未来から来た人がいるの?」

  僕ら以外にも未来から来る人物がいたのを思い出す。
  ...というか、なんで未来から巻き込まれるのは分かっていたのに忘れてたんだ?

「まぁな。...思い出せないけどね。少なくとも、僕らだけではないはずだ。」

「そうなんだ。...でも、どうして?」

  なぜ探すのか疑問に思う緋雪。

「思い出してみろ。今の時期、僕らは司さんとでさえ仲良くなっていない。それに、女性のほとんどが魅了を喰らっている。...なら、少しでも魅了に掛かってる可能性の少ない未来の人の方がいいからな。それと、同じように未来から来たって事で何か分かるかもしれないし。」

「なるほど....。」

  まぁ、どちらを探してもどちらかには嫌でも遭遇するだろうけどね。

「他にも、あまり管理局に椿や葵の秘密は知られない方がいいしな。僕らの時代でこそ何とか受け入れられたけど、ここは過去だし。」

「厄介事になりかねない...って事?」

「そう言う事。緋雪が吸血鬼って事もね。」

  ばれたら目を付けられるしね。クロノとかなら何とかなりそうだけど...。

「じゃあ、未来から来た人達を探すんだね。」

「そうだね。...まぁ、僕らも見覚えがない人を探せばいいだろう。」

  少なくとも見覚えのある人は今の人だろうし。

「問題はその人が敵じゃないかどうかだけどね。」

「あっ...。」

  同じように未来から来たからって味方とは限らない。
  最悪の場合、僕らと敵対していて過去の僕らを殺そうとしてくるだろうしね。

「...っと、また誰かが....って、げ。」

「誰...あー....。」

  また誰かが来たかと思ったら、銀髪に金ぴかの鎧...王牙だった。

「偽物?...どっちにしても会いたくないけど。」

「うーん...偽物だね。」

  解析魔法を掛けて判断する。
  ...なら、遠慮なくやれるかな。

「...誰の許しを得て(オレ)を見ている、雑種。」

「(あ、これ完全ギルガメッシュだ...。)」

  言っちゃなんだけど偽物のが強いなこれ。
  威圧感も王牙と比べものにならない。...王牙の威圧感がなさすぎるだけだけど。
  ...いや、偽物ってだけで王牙には変わりないんだけど...なんだこれ。ギルガメッシュの特典を持ってるからギルガメッシュみたいな思考になったってか?

「ど、どうするのお兄ちゃん?」

「.......。」

  戸惑う緋雪を余所に静かに剣を構える。
  どの道闇の欠片なら倒しておかないと....。

「ほう、剣を向けるか。」

「...悪いけど、お前はここにいてはいけない存在だ。倒させてもらう!」

「思い上がるなよ?雑種如きが!」

  瞬間、飛んできた剣を避ける。
  やっぱり本物より速いし狙いが甘くない!偽物のが強いってどういうことさ!?

「緋雪!遠慮はするな!多分、本物より強いぞこいつは!」

「わ、分かった!」

  偽物も僕らを敵だと認識したのか、王の財宝を開放してくる。
  元ネタよりも慢心してない!?厄介すぎないか!?
  ....いや、ステータス的な部分で大いに劣っているから元ネタよりは圧倒的に弱いけど。

「くそっ!」

「きゃっ!?..っとと...“スターボウブレイク”!」

「っ!ナイス!」

  量の多い宝具に対し、僕は一部を弾きながら避け、緋雪は一度射線上から避けて弾幕を張って相殺を試みる。
  それによって宝具の弾幕が薄くなったため、僕は突っ込む。

「(宝具に解析魔法を掛ければ“創造”で投影できるだろうけど...って、これ闇の欠片だから偽物じゃないか!?意味ないじゃん!?)」

  Fateの士郎のように対処しようとして、無理だと気付く。

「くっ...リヒト!」

Zwei Schwert form(ツヴァイシュヴェルトフォルム)

  リヒトを双剣の形にして斬りこむ。

「む....!?」

「フォイア!」

  そして、“創造”で創りだしておいた剣を射出し、宝具を相殺していく。

「な、にぃ...!?」

  懐まで行くと、偽物は驚愕する。
  まぁ、双剣で宝具の大群を抜けてきたからな。
  だけど、懐に飛び込んだ所で僕は双剣を左右に振りきった状態。隙だらけだ。

「(けど、それは剣を持った状態での話!)」

  リヒトから手を離し、掌に魔力を溜め....。

「“ドルヒボーレンベシースング”!」

「な...!?ぐぁああああ!?」

  砲撃魔法を放つ。魔力消費を抑えるために威力は軽減したけど...。

「緋雪!」

「切り裂け!焔斬(えんざん)!」

〈“Lævateinn(レーヴァテイン)”〉

  後ろに回り込んでいた緋雪が焔の大剣でぶった切る。

「お、のれぇええええええ.....!!!」

「....やったか。」

  叫びながら消えて行く王牙の偽物を見ながらそう言う。
  ....決してフラグじゃないからな?

「...まさかとは思うが、闇の欠片の原因の近くだったらさらに出現しやすくなるのか?」

「うぇえ....それは嫌だなぁ...。」

  さっきのように性格の違いで厄介な場合もあるから、それは嫌だ。

「....幸い、偽物だとデバイスまでは再現しきれてないみたいだが...。」

「でも、それってインテリジェントデバイスの時だけだよね?」

「...厳密に言えば、高度なAIを持ったデバイスは....かな。」

  高度のAIがあると、マスターをサポートするからな。リヒトやシャルだって助言してくれるし、インテリジェントデバイスならなおさらだろう。

「一度僕の推察も交えて闇の欠片の特徴を纏めてみよう。」

「色々と分かってた方が対処も楽だもんね。」

  ...と言っても、解析魔法と実際に戦って思った事ぐらいしか分かってないけどな。

「まず、闇の欠片は僕ら...厳密に言えば結界内にいる人物の記憶から作られている。」

「その人物の事を鮮明に覚えてればその分細かく再現されたりするのかな?」

「さぁ?そこまではまだ分からないけど...。次に、戦闘力。これは偽物と言えるだけあって本物より弱いのが普通だな。...王牙の場合は油断や慢心がない偽物の方が厄介だけど。」

  それでも僕と緋雪で攻めればあっさりと倒せるぐらいには偽物は弱い。

「...で、闇の欠片がどこまで再現してるかだけど...。おそらく、デバイスと耐久度以外はほとんど再現されていると言ってもいいね。記憶を含めて。」

「デバイスはAIの部分で再現しきれないのは分かるけど...耐久度?」

  耐久度に関しては分からないのか、緋雪は疑問に思う。

「闇の欠片は見たところ、魔力で作られた生命体のようなものだ。よって、魔力ダメージだけにする非殺傷設定で攻撃しても非殺傷にはならない。その部分がオリジナルよりも耐久度が低い要因となってると思ってる。」

「そういえば、さっきもレーヴァテインで真っ二つにしたっけ?」

「幸い、魔力で作られたからかグロい状態にはならないけどな。」

  いくら殺してしまう覚悟とかはあっても、グロいのは耐性がないとな...。

「...それと、闇の欠片って名前なだけあって、少しでも大ダメージを喰らえば偽物を作る術式と言うか...基盤のようなものが崩れるんだろう。それだけ脆い存在になっているのも、耐久度が低い理由の一つだ。」

「なるほど.....。」

  ただ、攻撃力は変わらないっぽいからそこは気を付けないとな。

「...で、これは多分一番重要な事なんだけど...。闇の欠片は、オリジナルと性格が違う事がある。例えばさっきの王牙のように。」

「明らかに余計に偉そうだったよね。あまりどっち道厄介だけど。」

  ギルガメッシュ寄りの性格だったからな...。

「でも、性格が違うだけでそこまで重要なの?」

「ここからは推測になるんだけど、さっきの王牙は性格が違っていて、その前の高町さんは魅了に掛かっていなかった。...つまり、本物とは相違点があるんだ。」

「うん。偽物だからね。普通に考えてあるとは思うけど...。」

「王牙の方はまぁ....あれだけど、高町さんの場合は織崎に対して嫌悪感を露わにしていた。それこそ魅了が解けて心が惑わされていたのに気付いた(・・・・)かのように。」

  あの嫌悪感は明らかに異常だ。アリサちゃんやすずかちゃんは戸惑うだけだったのに。

「所謂IFって奴かな?“もしこうなっていたら”な出来事を辿ったかのように性格の違いや記憶の違いがあるのだと思う。」

「IF....でも、それって重要なの?」

  あー、まだ分かりづらいか...。

「例えば、緋雪の偽物が出たとしよう。普通なら会話だけで事が終わりそうだけど闇の欠片の場合....そうだな、あの誘拐事件で僕に助けられなかったIFを辿ったような性格をしているかもしれない。」

「っ....!それって...!」

「...まぁ、そう言う事だ。」

  所謂バッドエンドを辿った性格...簡単に言えば負の側面に偏った性格になっている可能性がある。...王牙のはよく分からんが。

「そういう違いから戦い方にも変化がある。だから厄介になるかもしれないって事。」

「....気を付けなきゃだね。」

「ま、極論を言えば闇の欠片なんだし本物と区別して倒せばいいんだけどね。」

  どの道倒すし、戦う時は戦法の違い以外気にする事もないだろう。

「さて、じっとしてる訳にもいかないし、誰かいないか探すぞ。」

「うん!」

  椿たちも頑張ってるし、僕らも頑張らないとな!







 
 

 
後書き
原作での闇の欠片の詳しい設定は知りません。
飽くまでこの小説での設定ですので、そこの所ご了承願います。 

 

第29話「秘められし過去」

 
前書き
キャラが多すぎると動かすのが大変ですね。
動かすのを少しでも怠れば影が薄く...。

...っと、今回は司(当時)の視点から始まります。
 

 






   ―――■■■!!

   ―――■■■...?どうして、戻ってきたのですか...?
   ―――せっかく、他の騎士に頼んで遠い所へ行ってもらったのに....。

   ―――これは...一体どういうことですか!?

   ―――...人の身に余る力を身に付けた、その代償です。

   ―――代償...?■■■、まさか....!

   ―――...はい。あの時、私の体に取り込まれた結晶です。

   ―――バカな...!あれは既に■■■が封印したはず...!

   ―――...できてなかったんですよ。人間には、無理だったんです...。

   ―――そんな....!?

   ―――...日に日に、力を抑える封印が解けて行くのが分かりました。
   ―――いつか、この力が暴走してしまうと私は悟りました。
   ―――だから私は、貴女だけでも逃がしたかった。

   ―――っ...他の、騎士達は....?

   ―――私を止めようとしました。...だけど、無駄だった。

   ―――そんな...!あの屈強な騎士達が...!?

   ―――隣国からも、辺境からも騎士はやってきました。
   ―――皆皆、私を止めようとしました。...だけど、それも無駄だった。

   ―――っ......。

   ―――それを分かっていたからこそ、■■■、貴女だけでも逃がしたかった...。

   ―――■■■.....。

   ―――でも、貴女は戻ってきてしまった。
   ―――今からでも遅くない。どうか、逃げて....。

   ―――...見くびらないでください!!

   ―――っ....!?

   ―――逃げる?私は■■■の騎士だ!主である■■■から逃げるなど、言語道断!!
   ―――暴走?それがどうしました?そんなの、私が止めればいいだけ!!

   ―――っ、ダメなんです!これは、人間に抑えられる物じゃ...!

   ―――そんなの!やってみなくては分かりません!
   ―――それともなんですか!?私の...貴女の騎士の力が信じられないと!?

   ―――....だからって....。

   ―――私は貴女を止めてみせる。...例え、幾千の時が流れようとも!!











       =司side=



「....ごめんね?」

  シュラインの穂先で、切り裂く。

「母、さん.....。」

  フェイトちゃん...その偽物が瓦解し、消えて行く。

「...偽物で弱体化してるとはいえ、これはちょっと厳しいかな...?」

  クロノ君から聞いた限りだと、大規模で張った結界内のどこにでも偽物は出現するらしい。
  ...正しくは、出現する範囲に結界を張ったんだけどね。

「その内、群れで攻めてくるとかないよね?」

  ただでさえ、偽物とはいえ知り合いが暗くなってるんだ。
  精神的にも少し辛い...。

〈マスター。〉

「...っと、言ってる傍からまた....。」

  魔力を持つ誰かが佇んでいるのをシュラインが感知する。また誰かの偽物だ。
  この辺りは私に任せられたから他の皆はいないはずだしね。

「あれは...奏ちゃん?」

〈バリアジャケットも纏っていない....病院の患者が着る病衣を着ていますね。〉

「んー...どういうことだろう?」

  今まで出会った偽物は皆バリアジャケットを着ていた。
  まぁ、偽物が皆魔導師や騎士だから仕方ないんだけど...。
  ....でも、奏ちゃんも魔導師なはず。なのに、どうしてバリアジャケットを纏わないどころか、病衣なんて着て浮いているんだろう?...偽物だとしても気になる。

「....ここ、どこ?」

「(上空...って答えればいいのかな?この質問は。)」

  どこか現実を見れていないような表情でそう呟く奏ちゃんの偽物。

「....?髪が白い?...おかしい、私って、茶髪だったはず...。」

「えっ....?」

  何かが食い違っている。まるでそんな風に聞こえたため、つい声を出してしまった。

「...誰...?」

「えっ...と.....。」

  今までの偽物とは違う気がして、少しどもってしまう。

「っ....今、貴女は夢を見ているようなものなの。だから....!」

「っ!?」

     ―――ギィイン!

  心苦しいというか、明らかに非人道的なやり方だけど、奏ちゃんの偽物を倒すため、シュラインを振う。...けど、それは偽物の手首辺りから生えた剣に防がれた。

「ハンドソニック...!」

「っ、いきなり...なにするの...!?」

「ごめんなさい!でも、こうするしか...!」

  再び、シュラインを振う。

「あぐっ....!?」

  一度はまた防がれたけど、シュラインを回転させ、柄の方でお腹を殴る。

「....ごめんね。」

〈“Holy Smasher(ホーリースマッシャー)”〉

  怯んだ隙にバインドで拘束し、砲撃魔法で撃ち抜く。

「そんな....まだ、()()()にお礼を...言えてない.....の..に.....!」

「..........。」

  そんな悲痛な言葉と共に、奏ちゃんの偽物は消えて行った。

「“あの人”....って、織崎君の事じゃないよね?」

〈おそらくは。〉

「(...もしかして、転生する前の奏ちゃん...なのかな...?)」

  そんな事を考えながら、私は原因究明の探索に戻ろうとした。

〈マスター!二時の方向にて、魔力反応が!〉

「っ、本当だ。.....戦闘?」

〈はい。一つと...恐らく二つの魔力反応がぶつかりあってます。〉

  結構離れてるのに感じ取れるって、相当な魔力だよね....。

「...行こう。シュライン。」

〈はい。マスター。〉

  ぶつかり合うって事は、片方は確実に偽物じゃないはず。
  もしかしたら、追い詰められてるかもしれない!だったら、助けないと...!











   ―――時は少し遡り...





       =優輝side=



「...ん?あれは...?」

  飛行中、視界の奥の方に何かを見つける。

「緋雪、見えるか?」

「んー....なんか....靄みたいなのが見えるよ?」

  靄?なんでそんなものが..って、ただの靄じゃないか。

「とりあえず、警戒しつつも近づいてみよう。」

「うん。」





「....なんだ、これ....?」

「き、気味が悪いよ...。」

  近づくと、そこには黒い靄のようなものが中心から吹き出ていた。
  魔力も感じ取れるが、緋雪の言う通り気味が悪い。

「っ、あれは.....司、さん....?」

「えっ!?ど、どうして....!?」

  靄の中心地点には、司さんらしき姿が見えた。
  バリアジャケットも以前見た事があるものだし、間違いないはず。

「......偽物...ではあるはず。」

「に、偽物だからってこうなるの!?」

「さ、さぁ...?なるんじゃないの?」

  解析魔法を使ってみるが、靄の魔力に妨害されて分かりづらい。一応、司さん本人の波長とは少し違うとは分かったけど...。

「―――ごめんなさい....。」

「えっ.....?」

  暗く、響くように声が聞こえた。...司さんの声だ。

「ごめんなさい....ごめんなさい.....。」

「司...さん.....?」

  何かを深く後悔するような、そんな謝罪の声に、僕は戸惑う。

「お、お兄ちゃん...どうしたら...。」

「(倒すのは変わりない。けど、何かおかしい...。)」

  それに、不用意に攻撃するのは....。
  そう考えていた僕の耳に、また司さんの言葉が聞こえてきた。

「ごめんなさい....お母さん、お父さん...。病気が治ってしまって、ごめんなさい....。」

「(病気...?治る....?)」

()()のせいで巻き込んでしまって....ごめんなさい、優輝君.....。」

「え.......?」

  “お母さんお父さん”“病気が治る”....そして、僕の名前。
  この三つのキーワードに、思わず耳を疑った。

「.....聖司....?」

「っ......!?」

「え?お兄ちゃん?」

  思わず呟いたその名前に、司さんの偽物が動揺したのが見えた。
  同時に、黒い靄も揺らめく。...司さんとリンクしてるのか....。

「優輝君....?優輝君なの.....?」

「まさか...本当に聖司なのか...?」

  TS転生者だとは、ステータスを視た時にとっくに知っていた。
  だけど、前世の名前とかまでは見られなかった。
  まさか、あの日実の母親に殺された聖司だなんて.....!?

「お兄ちゃん、“聖司”って一体....?」

「....前世の、親友の一人だ。」

「嘘..!?じゃあ、司さんってもしかして...!?」

  僕自身も驚いている。まさか、聖司が転生していたなんて...。

「そんな.....ボクのせいだ....ボクが巻き込んだから....。」

「聖司....お前は...。」

「こないでっ!!」

  瞬間、僕と緋雪は咄嗟にその場から飛び退く。
  すると、次の瞬間には靄が先程までいた場所を薙ぎ払っていた。

「ボクと関わったから、ボクなんかがいたから....!優輝君を巻き込んでしまったんだ!だから転生なんて....死んでしまう目にも遭ってしまったんだ!!」

「.......。」

「全部、全部....ボクの...せいで....。」

  悲しみを吐露するように司さんの...聖司の闇の欠片は涙を流す。

「....緋雪、下がってて。」

「えっ?お兄ちゃん?」

「...これは、僕が倒す。」

  緋雪を下がらせ、僕は臨戦態勢に入る。

「....親友として、僕がやらなきゃいけないんだ。」

「お兄ちゃん....うん、わかったよ。助けが必要ならいつでも呼んで!」

  しかし、不用意に接近するには嫌な予感しかしない。
  なので、最初は様子見で....。

「っ、こないでってば!!」

「っ!」

  また靄が薙ぎ払われたので、躱す。

「....やっばい威力だな。受け流せるのか?」

  躱す際に設置型の防御魔法を置いたのだが、いとも容易く破られた。

「黒い靄....。司さんの能力は祈りを実現する能力.....。」

  そう、つまり感情によって左右されたりもする能力だ。

「っ....!(まさか、負の感情が漏れ出ているのか...!?)」

  黒い靄の正体がそうだとしたら、相当やばいな...。

「(けど、結局は魔力の塊に他ならない。なら、魔力を纏わせれば切り裂く事は可能だな。)」

  解析魔法をかけた結果、靄からは強い...というか、ドロッとした感覚の魔力が感じ取れた。つまり、概念とかそんな感じじゃないって訳だ。

「“ドルヒボーレンベシースング”!」

     ―――バシュゥッ!!

「...なるほど。」

  砲撃魔法を離れた所から放つが、靄によって阻まれる。

「(今の所自己防衛でした靄は動いていない。...攻めるなら...今っ!!)」

  少し間合いを離して攻撃を受けないようにしていたが、一気に間合いを詰める!

「いやっ!!」

「っ、リヒト!」

〈“Aufblitzen(アォフブリッツェン)”〉

  振るわれた靄を一閃し、切り裂く。

「(よし!通じる!)...って、うわっと!」

  しかし、切り裂いても際限なく靄は迫ってくる。
  それをなんとか回避し続けるも、数が多すぎる....!

『お兄ちゃん!』

「『大丈夫だ!』」

  緋雪の心配する声が聞こえてくる。
  大丈夫だと答えたけどこれは.....。

「....まさか、取り囲むとはね....。」

「...お願い、ボクを、ほっといて....!」

「それなら、取り囲むのやめてほしいんだけどね....。」

  黒い靄は僕と聖司の闇の欠片を包み込むように広がっていた。
  おそらく、緋雪から見れば僕は取り込まれたように見えるのだろう。

「ボクなんかと関わったらまた....!」

「....そうは言ってるけどさ、本当は助けてほしいんだろ?」

「っ.....!」

  自分を卑下して、何もかも自分が悪いように言っているけど、本当は違う。

「助けてほしい、救ってほしい、安心させてほしい。...本当はそれを願っているんだろ?」

「っ....違うっ!!そんなの、ボクなんかが求める資格なんてないっ!!」

  言葉に出ていなくても、雰囲気やそこら辺で分かる。
  ....本当は、幸せになりたいんだ。でも、前世の最期が赦してくれなかった。

  僕は知っている。聖司が死ぬ時、どんな気持ちだったのか。
  どんな家庭環境だったのか、聖司がどんなに追い詰められていたのか....。
  僕が聖司を助けられなかったあの悔しさと共に、僕は知ったんだ。

「......そう、か......っ!」

  取り囲んでいた靄が一斉に僕に襲い掛かる。
  ....これ以上、問答を続けても意味はないようだな。

「なら、楽にしてやる....!」

  リヒトを双剣にして、魔力を纏わせる。もちろん、身体強化もしておく。

「はぁあああっ!!」

「っ.....!?」

  襲い掛かってきた靄の一点....聖司の闇の欠片目掛けてリヒトを振う。
  後ろから迫りくる靄は“創造”した剣で切り裂き、防ぐ。

「.....安心しろ。幸せになる資格なんていらない。...お前は、幸せになっていいんだ。」

「ぁ......。」

  闇の欠片の懐まで僕は斬りこみ、リヒトで思いっきり闇の欠片の腹を貫く。

「夢から醒めろ、聖司。いつかまた、“聖司(親友)”として会おうぜ。」

「優...輝.....君........。」

  靄と共に、聖司の...司さんの闇の欠片は消えてゆく。

「.........。」

  刺したリヒトを払い、僕は戦闘態勢を解いた。

「お兄ちゃん!」

「緋雪....。」

  緋雪が僕に駆け寄ってくる。

「(.....闇の欠片は、素体とした人物の負の面を強くする。だから、司さんは....いや、聖司はあんな状態になった。....あまり、不用意に触れるべきじゃないなこれは。)」

  未来に戻ったら司さんとこの事について話し合おうと思ったが、やめておく。
  下手に藪をつついて蛇を出したら堪ったもんじゃない。

「(いつか、司さん自身が向き合う時が来る。その時は、助けになろう。)」

「...お兄ちゃん?」

  ...っと、思考に浸ってたからか、緋雪に心配されたようだ。

「緋雪、さっきの事は、僕らだけの秘密だ。」

「えっ?どうして....?」

「....聖司の親友として、頼むよ。」

「......分かった。」

  さすがに空気を読んで了承してくれる緋雪。
  ....これは、僕か司さん自身しか介入できない問題だからな。

「....報告しておくか。この一件で、闇の欠片は負の面の感情が強い場合があると分かった。」

「椿さんと葵さん、大丈夫かな?」

「大丈夫だろう。僕らより戦闘経験は多いんだから。」

  しかも、今ならユニゾン中限定とはいえ空も飛べるようになっているしね。
  そう言いつつ、僕は葵と念話を繋げる。

「『また一つ報告。偽物...闇の欠片はその人物の負の感情を強化している時があるから、気を付けて。』」

『りょーかい!こっちは妖の偽物が頻繁に発生するから面倒だよ!』

「『あはは...頑張ってね。』」

『優ちゃん達こそ!』

  そして、また出現した闇の欠片と戦いに行ったのか、念話が切れる。

「妖....地上だからかな?空を飛んだら出現しないんじゃ...?」

  いや、そんなの関係ないかもな。というか、飛べる妖もいるし。
  それに、記憶を再現しているのなら、さっきの司さんも僕の記憶にはないし。...いや、聖司自体は知ってるけど、あそこまで思い詰めていたのは記憶になかった。

「(...聖司、ごめんな。気づいてやれなくて...。)」

  もう過ぎた事とは言え、僕は心の中で後悔せずにはいられなかった。
  僕の思っていた以上に、聖司の心が追い詰められていたなんて...。

「.....行こう。早く、この事件を解決しよう。」

「...そうだね。」

  決意を改め、再び探索に戻ろうとする。

〈っ、マスター!九時の方向から誰か来ます!これは....司様です!〉

「九時....あっちか。」

「えっ!?こ、このタイミングで?」

  明らかに間の悪いタイミングなんだが....。

「う、嘘っ!?志導君達!?ど、どうして...!?」

「...あ、今の私達と司さんって、あまり親しくなってなかったね。」

「...忘れてたのか。緋雪。」

  とりあえず戸惑っている司さん(過去)をどうにかしないと...。

「あーっと...とにかく、情報が欲しいんだけど...。」

「え、えっ?そ、それよりもどうして二人が魔法を!?」

  って、やっぱりそこから説明しなきゃならんか。

「家に帰って嫌な予感がしたら上空に飛ばされた!以上!」

「そんな説明じゃ分からないよ!?」

  いや、とりあえず大まかな部分を教えて落ち着かせようと思って...。

「で、魔法が使えるのは...デバイスを持ってるからだね。」

「え、あ、そっか。デバイスあったら、魔法の一つぐらい、使ってもおかしくないもんね...。」

  リヒトとの出会いとか説明したら長くなるし、簡単に説明しておく。

「(....今気づいたが、この時の事件の記憶はどうなっている?今この場で司さんに出会ったなら、未来での司さんも僕らについて知っているはずだ。どうして...?)」

  多分、だいぶ忘れてしまった“原作知識”で分かるのだろうけど...。
  ....待てよ?確か司さんは....。

   ―――...どこか、既視感があったの。

「(既視感...つまり、見た事がある気がした。でも記憶にない...。記憶が消されている?)」

  確かに、未来から来た人物が関わる事件なんて、記録どころか記憶にも残しておけない。僕は過去に遡る事さえ一つの流れだと言ったけど、それでも未来の事を覚えっぱなしは危険だ。

「(...いや、待て!そうなると僕と緋雪の戦う事で既視感を感じ、司さんがあそこまで嫌な予感がしたって言うのなら―――!!)」

〈マスター!上空に転移反応!これは...マスターの時と同じです!〉

「っ....!」

  思考を中断させられ、リヒトの言うとおり上を見る。
  司さんと緋雪も転移反応を感じ取ったのか、同じ方向を見る。



「―――ぇえええええええーーっ!!?」

  突然、叫び声が聞こえる。...まぁ、いきなり上空に転移は驚くな。事故なら。

「お兄ちゃん!空から女の子が!」

「うん、声で分かった。というか...。」

〈魔力反応は二つ。二人いますね。〉

  僕にも薄っすらと見えるようになる....っと、一応受け止めるか。

「空を飛べるとも限らないし、受け止めるぞ!」

「うん!分かった!変な事しないでね!」

「しねーよ!?普段からしないから!?」

  そんなラッキースケベな展開はハーレム系主人公だけでいいです!

「く、クリス!浮遊制御!」

「っ、待ってください!下から誰か来ます!」

  受け止めに行くと、向こうもこちらに気付いたらしい。

「っと...。」

「ほいっとね。」

「ふえっ!?」

「はわっ!」

  僕は碧銀の髪の少女を。緋雪が金髪の少女を受け止める。
  ...落下防止はできたみたいだけど勢いで受け止めちまった。

「ふ、二人とも行動が早いね...。まぁ、助かったんだけど...。」

  一瞬遅れて司さんも追いついてくる。

「えっ....?緋雪お姉ちゃん....?」

「「「........えっ?」」」

  金髪の少女が言った言葉に、僕と緋雪と司さんが固まる。

「お、お兄ちゃん!私に妹っていたっけ!?」

「お、落ち着け。なんでそうなる。」

  なお、いなかったはずである。

「も、もしかして優輝さん....ですか?」

「えっ、僕の事知ってるの?」

  僕が抱えている碧銀髪の子にそう言われる。

「(...まさか、未来から来たのか...?)」

  思い当たる節がないので、それが妥当な考えだろう。

「と、とりあえず飛べるから降ろして~!」

「え、あ、うん。」

「わ、私も降ろしてください。」

「あ、ごめんごめん。」

  二人共降ろすと、デバイスらしき小さな兎と..猫?のぬいぐるみが出てきて浮遊魔法を二人に掛ける。...飛行魔法ではないのか。

「え~っと...話が掴めないんだけど...。」

「もしかして司ママ!?」

「え....ま、ママ!?」

  おおう...この子、どんどん爆弾発言を...。

「落ち着け。とにかく情報整理だ。つかs...聖奈さんも、それでいいか?」

「....パパ、だよね?」

「ふぁっ!?」

  さすがに驚いた。まさか緋雪や司さんだけでなく、僕にも特殊な呼び方があったなんて...。

「あー...とにかく!あそこらへんの屋上に行って情報整理!全員オーケー!?」

  このままでは埒が明かないので一喝して屋上に短距離転移で連れて行く。

「(...葵たちとも合流するか。)『葵、大至急椿と一緒に僕らの所に来て。』」

『...?よくわからないけど、了解!』

  僕らの居場所は魔力とかで分かるだろう。

「しばらくしたら僕らの仲間も来る。少し待っててくれ。」

  椿と葵が来るまで待つことにする。
  ...二人は混乱しているからな。落ち着ける意味でもちょうどいい。



「優輝!いきなり呼んでどうしたのよ?」

「お、早いな。ちょっと色々あったからね。」

「....色々あったってのは分かったわ今ユニゾン解くから。」

  飛んで来るためにユニゾンしていた椿がユニゾンを解く。
  勾玉が椿の胸辺りから出てきて、それが葵になる。....全員揃ったか。

「つ、椿お姉ちゃんに葵お姉ちゃんまで...!」

「....どういう事かしら?」

「...今から説明するから待ってくれ。」

  さすがに司さんも固まっている。
  椿たちもこのままだと混乱するだろうから、さっさと説明に移るか。

「....あー、混乱してるだろうから、僕が一応推理して整理した状況を教える。二人もそれでいいな?」

「...今の状況が分からないから賛成です。」

  何とか受け答えするぐらいには落ち着いた碧銀の子が答える。
  ...金髪の子はまだ混乱してるっぽいけど。

「まず、ここは第97管理外“地球”の海鳴市。暦は新暦...66年だっけ?」

〈合ってますよ。〉

  西暦とは違うので不安だったが、合ってたようだ。よかった...。

「...で、月日は2月5日。リヒト、ちなみに現在時刻は?」

〈22時45分です。〉

「...だ、そうだ。」

  ざっと聞いてから疑問とかを聞くつもりなのか、皆黙って聞いている。
  さすがに時間が違うからか二人は驚いているみたいだけど...。
  ...まぁ、話しやすくて助かるな。

「...で、つかs...聖奈さんはこの時間の住人で、僕らは同じ年の6月2日から飛ばされ、二人はもっと未来から飛ばされてきた...って程度かな?」

  今分かっているのはこの程度だ。闇の欠片とかは今は関係ないし。

「み、未来から飛ばされてきたって....。」

「事実だ。実際、僕らは家で変な光の歪みに取り込まれて上空に転移した。」

「あ、私も同じだよ!」

  ようやく頭の中が整理しきれたのか、金髪の子も返事する。
  ...いや、これは整理しきれなかったからとりあえず目の前の事に集中した感じだな。

「ちなみに二人はいつぐらいから来た?」

「えっと、新暦79年からです。」

  この時間からだと13年も先か...。

「....まぁ、未来から来たって言っても早々信じられるような事でもないし...。」

「...いや、信じるよ。未来から...って訳じゃないけど、明らかにおかしい次元渡航者がいたから。それに、志導君はこんな事で嘘つくような人じゃないし。」

  そう言って信じてくれる司さん。

「(...それにしても、安易に未来の人と接触するのは間違いだったかな...?)」

  こうなる事も分かってただろうに...。なにやってんだろ、僕。









   ―――この時、僕は忘れていた。

   ―――過去に来る前、司さんが言っていた“既視感”の本当の危険性を....。









 
 

 
後書き
今回はここまでです。

一人称での“僕”と“ボク”は肉体の性別によって区別しています。(男なら総じて“僕”、女なら“ボク”)

若干サブタイトル詐欺になりましたが許容してください!(ぜ、前半は合ってるし、いいよね..?) 

 

第30話「とりあえず」

 
前書き
気が付けば30話...早いものですね。
 

 






   ―――...ねぇ、■■■。

   ―――なんだ?■■■■。

   ―――私...ホントに■■■の傍にいていいの....?

   ―――何言ってるんだ。当然、いてもいいに決まってるじゃないか。

   ―――....でも、私、■■■になってしまったし...。

   ―――...もしかして、他の奴らを気にしてるのか?

   ―――.....うん。皆、私を怖がってる...。

   ―――まったく、あいつらは...。
   ―――元はと言えば、■■■■が■■■になったのは僕らの落ち度だと言うのに...。
   ―――後でしっかり言っておくよ。

   ―――そ、そんな...!そこまでしなくていいよ...!

   ―――僕と■■■■は幼馴染だろう?その程度、遠慮しなくていいよ。

   ―――...でも、私時々暴走しちゃうのに...。

   ―――気にすんな。いつでも僕が止めてやる。
   ―――それに、オリヴィエやクラウスだって協力してくれるさ。

   ―――......うん.....。









       =優輝side=



  全員が情報を整理できたのか、大体落ち着いてきたようだ。

「...一応、自己紹介しておくか。僕は志導優輝。」

「私は妹の緋雪だよ。...まぁ、皆分かってるみたいだけど...。」

「私は聖奈司...って、私が一番、皆から見れば過去の人間だから知ってるよね。」

  実質、自己紹介が必要ない僕らから紹介する。

「私は草野姫椿よ。優輝の式姫...まぁ、使い魔みたいなものよ。」

「あたしは薔薇姫椿!かやちゃん...椿ちゃんのユニゾンデバイスだよ!」

「ユニゾンデバイス...!?珍しい....。」

  次に、司さんは知らない椿と葵が自己紹介する。
  司さんはやっぱりユニゾンデバイスが珍しいのか、葵を珍しそうに見ていた。

「最後は私達ですね。私はハイディ・アインハルト(E)ストラトス(S)・イングヴァルトと言います。」

「(ん?どっかで聞いた事あるような...?)」

  主にイングヴァルトの部分で、懐かしい響きに聞こえた。
  ...気のせいだな。

「えっと、私は志導ヴィヴィオです!」

「「「「「.......え?」」」」」

  ....イングヴァルトさん以外全員がその言葉に固まった。
  なにせ、名字が僕らと同じだったからだ。

「(そういえばさっき僕の事をパパって....待て待て待て!僕は13年経っても満24歳!見た所彼女は今の僕らと同い年くらいだ!なら....え?中学生で子持ち?んなバカな。)」

  ...あ、ヤバ。混乱してきた。

「ヴィ、ヴィヴィオさん、もう少し付け加えないと皆さん、混乱するのでは...?」

「えっ?えっと、えっと...何を?」

「あー、えっと...僕らと同じ名字?」

  二人のポワポワした会話で何とか混乱せずに済んだ...。

「あ、うん!私、パパの家族だもん!」

「....養子って事か?」

  というかそうであってくれ。中学生で子持ちとかシャレにならん。

「そうだよ!...えへへ、小さい頃のパパと話せるなんて新鮮!」

「よ、養子か....よかった...のかな?」

  司さんが人知れずホッとしている。
  ...まぁ、司さんの事を“ママ”と呼んでいる=僕と司さんの子って勘違いするよな。

「....あの、未来の事って話したらダメなのでは...?」

「あっ.....。」

  イングヴァルトさんが気付いたのか、そう言ってヴィヴィオもハッとする。
  ちなみにヴィヴィオだけ呼び捨てなのは家族と言う事らしいので、呼び捨てでないとむしろ失礼だと思ったからだね。
  単純に自分の名字をさん付けで呼ぶのに違和感があったのもあるけど。

「多分、大丈夫だろう。」

「えっ?」

「事件が解決した後、何かしらの記憶操作があるんじゃないか?」

「そ、そうなの!?」

  確実と言えるような根拠が一つもないが、多分そうだと推察する。

「未来...僕らがいた時間にて、僕はつk..聖奈さんと親しくなっている。...で、聖奈さんが今起きている事件を覚えているのなら何かしらの素振りがあるはずなんだ。」

「...私もそう思うかな。未来の事知ってたら、隠せる気がしないし。」

  司さんも同感なのか、そう言う。

「さすがに既視感は感じるみたいだけどね...。」

「あ、そうなんだ。....ところで志導君、さっきから私の事名前で呼びかけてるけど、未来での呼び方と同じでいいよ?」

  司さんの言葉に少しありがたいと思う。
  慣れた呼び方を変えるって少し難しいからね。

「....いざとなれば僕が記憶を封印する魔法を作ればいいし。」

「えっ!?作れるの!?」

「さすがパパ!...と言いたいけど、記憶を封印ってなんかヤダ~。」

  ...確かに効果だけ聞くと怖いと言うか気味が悪い。
  ちなみに作れるかどうかかと言えば...作れる。
  解析魔法の応用で記憶を解析して部分的に封印とかできそうだし。

「と、とりあえず、アースラで話を―――」

「っ.....!」

  司さんがそう言おうとした瞬間、僕はリヒトを剣に変え、司さんに向かう。
  見れば、葵もヴィヴィオ達の方へ走り、椿は緋雪の方へ御札を投げる。

「ギッ.....!?」

「....え?」

  そして、リヒトの穂先が、葵のレイピアが、御札の炎が、それぞれ司さん、ヴィヴィオ、緋雪の背後に迫っていた妖怪っぽい奴を消し去る。

「全員背中合わせに固まれ!!」

「かやちゃん!」

「ええ、分かってるわ!」

  魔導師組にそう呼びかけ、戦闘経験が一番多い椿たちは僕達を護るように立つ。

「椿、一応聞くけど今のは...。」

「妖よ...。尤も、本物よりは全然弱いけどね。」

  気配は結構漏れてたからよかったけどこれは....。

「数が多い...。まさかよじ登ってくるとは...。」

「空を飛ぶ妖もいるわよ。厄介ね。」

  大量の小さい魔力反応が今いるビルの屋上を囲っている。
  ....どうしてこうなっているんだ?

「...あれは....!」

「どうしたのかやちゃん?...って、あれは!」

「二人共、何かあったのか?」

  片手間に襲い掛かってきた妖を倒しながら、下の様子を見た椿と葵が声をあげる。

「百鬼夜行・大首....!」

「....なんだそいつは?」

  百鬼夜行はともかく、大首は知らないな...。

「群れをなしている妖よ。....一掃しなければ増えるばかりね。」

「倒しても倒してもなかなか数が減らない、厄介な奴だよ。」

「そうか...。」

  二人が厄介と言うならば...。

「この妖の群れも、そいつが原因か?」

「...多分ね。」

「...なら、全員でそいつを叩きに行く。ここで防衛していても何の意味もない。」

  幸い、妖自体の強さはそこまでないらしい。
  さっきから魔力を適当に込めて両断するだけで倒せる。

「イングヴァルトさんとヴィヴィオは戦えるか?」

「もちろん!パパに鍛えてもらったもん!」

「行けます。...それと、私の事はアインハルトで構いません。」

  そう言って二人はそれぞれぬいぐるみを掲げ、

「セイクリッド・ハート!」

「アスティオン!」

「「セーットアーップ!」」

  二人してバリアジャケットを纏.....あれ?

「大人になってる...?」

「あ、はい。子供の体だと、体格差によるリーチで不利になりますから。」

「なるほど...。」

  僕の場合は特に不自由がないけどな...。

「近接主体はこのまま敵陣へ、遠距離が扱えるのはここから支援してくれ。あ、それと緋雪は一掃するために魔力を溜めておいてくれ。」

「分かったよ!」

  見た所、椿以外で遠距離向きなのは司さんだけ...か。
  ヴィヴィオとアインハルトは格闘系っぽいし。

「じゃ、先攻するわ。司、あなたも砲撃魔法をよろしく。」

「分かったよ。」

  司さんが槍を、椿が弓をビルの下にいる妖に向けて構える。

「“弓技・火の矢雨”!」

「“ホーリースマッシャー”!」

  白色の砲撃と、燃え盛る矢の雨が妖の群れを襲う。

「行くぞ!」

  そして、砲撃魔法が開けた群れの穴に僕達を降り立つ。

「椿と葵曰く、そこまで強くはない!油断せず、焦らず倒せば大丈夫だ!」

「でも数は多いから気を付けてね!」

  僕と葵の言葉に従い、ヴィヴィオとアインハルトが格闘技で妖達を倒していく。
  ....軽く無双してないか?僕らもだけど。

「...って、本当に数が減る気がしないな!」

〈実際に魔力反応は減ってませんね。〉

  無限湧きかよ!ゲームみたいだな!
  そんな事を叫びつつ、リヒトで目の前に現れる妖を斬る、斬る、斬る!
  偶に攻撃が来る素振りを見つけると、その妖の後ろに回り込み、薙ぎ払いの一閃。

     ―――ドスッ!

「お、さすが椿。」

  後ろから迫っていた妖に対処しようとして、それをやめて別の奴を斬りに行く。
  すると、その瞬間に妖は上から飛んできた矢に貫かれて消滅した。

『お兄ちゃん!魔力溜め終わったよ!充満してる魔力も十分!いつでも行けるよ!』

「『了解!』全員!ビルの上に撤退!緋雪が一掃するぞ!」

  皆が戦闘を中断し、ビルの屋上へと撤退する。

「大気を漂いし魔の力よ、今こそ爆ぜよ!」

〈“Zerstörung(ツェアシュテールング)”〉

  撤退する際、緋雪の詠唱を聞き、それが終わった瞬間。



     ―――ドォオオオオオン!!!



「えげつねぇ....!」

  大爆発が起きた。
  ...いや、詠唱した方が威力が上がるってのは知ってたけど...。

「...跡形もないね。」

「これが“破壊の瞳”の本領...!」

  爆発に巻き込まれたビルが崩れるので、急いで葵は椿とユニゾンして皆が空中に浮く。

「ごめーん。結局溜めた魔力は少ししか使わなかったよー。」

「あれで加減してたのか!?」

  充満した魔力だけで妖の群れを全滅...か。

「....終わったね。」

「...あまり手応えを感じませんでしたね。」

  司さんのがそう言い、アインハルトは手応えのなさを呟いていた。

「とりあえず、皆アースラに来てくれる?」

「アースラ?」

  司さんがそう提案する。
  ヴィヴィオとアインハルトはアースラを知らないみたいだ。

「リンディさんが提督をしている艦だ。」

「へー!」

  13年もすると色々と変わっているんだろうな。だからアースラも知らない..と。

「...そういえば、過去と言う事は小さい頃の皆様に会えるんですね...。」

「まぁ、そうなるね。僕らからすれば数か月前って程度だけど。」

  二人からしてみれば13年前の世界だ。

「なのはママや奏ママもいるんだねー。」

「.....えっ?」

  ヴィヴィオの呟きに、再度アインハルト以外が固まる。

「...えっと、ヴィヴィオ?」

「どうしたの?パパ。」

「その...“ママ”って一体何人いるんだ?」

  恐る恐る聞く。既に三人と聞いている。....この時点で多すぎないか?

「え?うーん...いないよ?」

「あれ?」

  いや、でも司さんとかを“ママ”って...。

「あー、えっと、私ね、つい何かと親しくしてくれる人を“ママ”付けで呼んでしまうの。これでもだいぶマシになったんだけど、呼び慣れた人のは直せなくて...。」

「...私も最初は、色んな人を“ママ”と呼ぶのには驚きました...。」

  ....つまり、愛称みたいなものか?

「あっ!でも、“パパ”はパパだよ!」

「えっ...?」

  だが、どうやら僕だけは違うみたいだ。

「だって、“家族”だもん!」

「....そっか。」

  ヴィヴィオのいる時間の僕は満24歳。父親と呼ばれるのにはまだ若いけど、純粋な彼女の事からすると、断れなかったのだろう。
  ...現に今の僕も断れないしね!

「....ん?」

〈クロノから通信です。〉

  転移魔法をしようとしていた司さんが、クロノからの連絡を受ける。
  僕らにも見えるように、映像を映し出す配慮をしてくれた。

「クロノ君?どうしたの?」

『すまない、至急はやての所へ向かってくれ!なのはとフェイトにも頼みたかったが、あの二人はそれぞれ偽物と戦っている最中だ!』

「っ!分かった!とりあえず、クロノ君、次元漂流者...になるのかな?そんな人達を保護したから、今から送るね!」

『分かった。こちらで手配しておく。』

  クロノは僕らを一目確認してから通信を切る。

「そう言う事だから、ゴメン!私は同行できない!」

「...分かった。僕らだけで対応するよ。未来では会った事あるからね。」

「そうなの?じゃあ、送るよ!」

  そう言って司さんは転移魔法を使い、僕らをアースラへと転移させた。

「...頑張って、司ママ。」

「....!うん、頑張るよ。」

  転移する直前、ヴィヴィオの言葉に少し驚いて司さんはそう言って微笑んだ。







       ~アースラ~



「...慌ただしいな。」

「さっきの通信と関係があるんじゃない?」

  アースラに転移したのだが、局員が廊下を行ったり来たりしているのが見える。
  椿の言う通り、僕らも巻き込まれている事件に関係があるのだろう。

「次元漂流者の方達ですか!?すいません、管制室へこのまま案内します!」

  現れたのは金髪のツインテールで、活発な雰囲気を持つ少女。
  ...アリシア・テスタロッサさんか。

「もしかして、アリシアママ!?」

「えっ、えっ!?」

「ヴィヴィオ、混乱するから大人しくしてくれ...。」

  過去の皆を見て興奮するのは分かるが、時と場所を考えてほしい...。
  ...未来の僕、そこら辺ちゃんと教えてやれよ...。

「あー、とにかく、案内してくれないか?」

「あ、うん。りょーかい!」

  そうして、僕らはテスタロッサさんについて行く。
  ...ヴィヴィオとアインハルト以外、知ってるんだけどね。





「連れて来たよー。」

「...来たか。」

  管制室に着くと、まさに仕事中だった。

「アリシア、状況に変化があったら伝えてくれ。僕が彼らから事情を聞く。」

「任せて!」

  クロノはそう言ってから僕らに向き直る。

「緊急時故にこの場で簡潔に話す事になって済まない。僕はクロノ・ハラオウン。時空管理局執務官だ。」

「...志導優輝です。こっちは妹の緋雪。」

「私は草野姫椿よ。...耳と尻尾については私が使い魔みたなものだからよ。」

「あたしは薔薇姫葵。ユニゾンデバイスだよ!」

「わ、私は志導ヴィヴィオです。」

「ハイディ・E・S・イングヴァルトです。アインハルトと呼んでください。」

  簡潔に自己紹介を済ませる。

「先に行っておきますと、僕らは未来から来ました...というか、飛ばされてきました。」

「未来から...だと?」

  根掘り葉掘り聞かれても困るだけなので、先に伝えておく。

「僕らはこの時間から四か月程、ヴィヴィオとアインハルトは13年後からです。」

「ちなみにクロノ君はお兄ちゃんと友達になってたよ。」

「...にわかには信じ難いが、嘘をついている様子も、メリットもないな。」

  さすがクロノ。話が早くて助かる。
  ...これならタメ口でいいだろう。

「...っと、これは本題じゃないな。僕らは未来から飛ばされてきた。それも、“何かに巻き込まれて”だ。これ自体は今起きている事件と関係があると思っている。」

「....十中八九そうだろうな。これほどまでの異常事態だ。ロストロギアなら、あってもおかしくはない。...滅多にない件だがな。」

  ロストロギア...なんかとんでもない事は大抵使われる便利な言葉みたいになってるな。

「...そう言えば、司さんが明らかにおかしい次元渡航者がいたって...。」

「.....その通りだ。僕らは彼女らを追ってきたんだが....まさか、偽物が大量に発生する状態になっているとは思わなかった。」

「...今起きている事件の内容。知っている限り僕らにも教えてくれないか?」

  元々僕らは情報が欲しかったからな。こうなったからにはクロノに聞いた方がいい。

「あまり分かってはいないが....。」





「―――..と言う事だ。」

「なるほど...。」

  まとめると、
  ・アミティエ・フローリアンと名乗る無断次元渡航者を追いかけて地球に来た。
  ・その時、地球では魔導師の偽物が大量に発生する事件が起きていた。
  ・次元渡航者を探すついでに偽物の対応も現地の魔導師で行っている。
  ...って所だな。

「そして、今は状況が動き、はやて...彼女の所で一悶着あった所だ。」

  大きなモニターの一端に映る茶髪の少女を示すクロノ。
  そのすぐ傍には、桃色の髪の少女がいた。

「アミティエ・フローリアンの妹らしい。名前はキリエ・フローリアン。彼女は“砕け得ぬ闇”なるものを探しているそうだ。」

「“砕け得ぬ闇”...!?」

  それは、僕が覚えている“原作”の内容で、リヒトが記録していた文献にもあった...。

「そして、偽物とはまた違う、偽物....。」

  今度は高町さんとテスタロッサ妹さんとそれぞれのそっくりさんが映し出される。

「明らかに他の偽物とは逸脱した性格、魔法の運用から、他の偽物とは区別して捉えている。どちらも手強いが、容姿の元となった二人がそれぞれと今戦っている。」

「.....。」

  戦っている二人が映し出され、また八神さんの方が映される。

「クロノ大変!はやてが...はやてが負けちゃった!後、はやてのそっくりさんも!」

「なに!?くっ...司と神夜と奏はまだか!?」

「今、来た所!」

  状況が動いたらしく、あのクロノが慌てている。

「(...ところで王牙は?)」

  名前も出ないほど期待されていないのだろうか?
  もしくは、既に撃墜されて医務室にいるとか...。

「撃墜した奴は!?」

「っ...言い損ねていた事だが、おそらく“砕け得ぬ闇”だ...!」

「なっ.....!?」

  その言葉に、思い出されるのは文献にあった言葉。

   ―――砕け得ぬ闇が現れし時、世界は破滅を迎えるであろう。

「っ....ごめんクロノ!嫌な予感しかしない!」

「ちょ、お兄ちゃん!?」

「何をするつもりだ!?」

  驚く周りを無視し、僕は転移魔法を使う。

「“アレ”はこのままだと倒せない!何とか引き離して現場の皆を撤退させる!」

「君は...!くっ、無茶だけはするなよ!」

  後で叱られるのは覚悟の上。
  ....僕なんかでは攻撃の一つも通らないかもしれない。けど、囮になるぐらいなら...!















       =第三者side=





「......ここは?」

  どこかの空。そこに、一人の少女が佇んでいた。

「....街?人間がいるの?」

  下の景色を見下ろし、そう呟く。

「....アハッ♪誰か見ーつけた♪」

  そして、同じく空を漂っていた人物、高町なのは....その闇の欠片を見つける。

「ちょうど喉が渇いてたし、いただきまーす!」

  そう言って少女は一気に闇の欠片に接近し、

「....ッハァ....♪」

「っ、ぇ...ぁ....?」

  闇の欠片の心臓部を貫いた。
  その手には血の滴る、まだ脈動もする心臓が握られている。

「うーん...ただの魔力の塊かぁ...。ま、いっか♪」

  少女はそのまま腕を引き抜き、落下しながら消える闇の欠片を無視し...。



   ―――その心臓を喰らった。



「んー、おいし...!」

  悪魔のような、そんな行為をさも当然かの如く少女は行う。
  ....七色の宝石のようなものがぶら下がった羽を生やして。

「うーん...それにしても、ここどこだろう?記憶も曖昧だし....。」

  血で汚れた手と口元をそのままに、少女は呟く。

「ま、いっか♪....人間を殺せるなら、なんだっていい.....。」

  明るい声が一変し、暗く、震え上がらせるような声でそう言う少女。

「さぁ...楽しい虐殺の時間だよ♪」

  両腕を広げ、高らかに少女はそう言う。

「あは、あはははははははははは!!」

  笑い、嗤い、哂う。何もかもがおかしいように、狂ったように。

「まずは....アレからっ....!」

  そして、視界の奥の方に見つけた少年に向けて、彼女は飛んだ。











   ―――...狂気の影は、すぐそこまで迫ってきている....。











 
 

 
後書き
百鬼夜行・大首はでっかい生首みたいなのが無限湧きしてると考えてください。(きもいけど)
なお、作者自身もゲームの方では苦戦させられました。(三体同時に倒せって...。)

GODではクロノはこの時出張してますが、この小説では既にアースラごと地球に来ています。
優輝たちがアースラに行くまでは、アースラの中で指示を出したりと頑張ってました。
あ、ちなみに王牙は優輝の予想通り期待されてないうえに、出しゃばって撃墜されてます。 

 

第31話「無限の魔力」

 
前書き
ストーリーの流れは大体GODに沿ってて、今はU-Dが現れてはやてが負けた所です。
なお、U-Dの強さはGODのより強いです。(主に防御力が)
優輝が出しゃばって戦いに出ましたが、正直言ってちょっと強いだけのソロが滅茶苦茶強いレイドボスに挑むようなものです。勝てません。
それでも戦いに赴いたのは、前回もあったように撤退するためです。
ちなみに、優輝一人な理由は、椿&葵は空中戦にまだ慣れ切っていない、緋雪は戦闘技術が高くないため油断するとやられる、ヴィヴィオとアインハルトはまだ実力を把握していないので不用意に前線に出すのは危険...という判断からです。

キャラが多すぎて動かしきれないぃぃ....!
 

 






   ―――■■■■!■■■■っ!!

   ―――うウう...ぅぁああああアあああアアッ!!

   ―――■■■■!僕だ!気づいてくれ!

   ―――............。

   ―――■■■■.....?

   ―――....アハ、血を....血ヲ頂戴....。

   ―――くっ....■■■■!!

   ―――喉が渇くノ...頂戴....!

   ―――っ....正気に戻ってくれよ....!







   ―――はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ....。

   ―――っ....ぁぅ....■■■....?

   ―――っ....よかった。正気に戻ったんだな...?

   ―――っ....!来ないで!

   ―――■■■■...?どうしたんだ?

   ―――また...!また私は.....!

   ―――........。

   ―――もう、もう嫌...!いつも、いつもいつもこんな...!こんなっ....!

   ―――■■■■.....。

   ―――お願い、■■■....私を...殺して....!

   ―――なっ....!?

   ―――早く、殺してよ!もう...もう、耐えられない....!

   ―――■■■■.....お前....。

   ―――お願い...だから....!

   ―――.....っ!■■■■!!

   ―――......えっ?

   ―――...ガッ......!?

   ―――え...ぁ....■■■...?

   ―――ぐ...ごほっ....!

   ―――■■■!?■■■!!

   ―――は...はは...ヘマ...しちゃったな...。

   ―――どうして!どうして私なんか...!

   ―――...そう言うなよ■■■■...。庇ったのは、僕の勝手なんだから...。













       =out side=





  茂みの中に、何かが逃げ込む。

「ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ....!」

  その何か....少年は、息も絶え絶えに空の様子を伺う。

「はぁ...はぁ....もう、追ってきてないよな...?」

『多分....大丈夫だと思うけど....。』

  響くような少女の声に、少年は安堵してへたり込む。

「どうして...緋雪さんがあんな....。」

『どう見ても、おかしかったよね....?』

  一息つけると思った少年は、そう言って悩む。

「....様子がおかしかったし、なにより“狂っていた”。緋雪さんに限ってそれはおかしい...。」

『緋雪さん、そういう精神的な事に強いもんね...。』

  本来はありえないという事態に、少年は慌てる。

「っ...あーもう、訳わかんねぇ....!」

『とりあえず、できるだけあそこから離れよう?』

  少女のいう“あそこ”とは、先程まで戦闘...いや、蹂躙をされていた場所の事だ。

「...そうだな。どの道、俺たちじゃ緋雪さんには勝てないんだ。」

  少年も離れる事に賛成する。

「...と言ってもリリィ、どこ行こうか?」

『....ここ、どこかわかんないもんね。トーマ...。』

  ただし、先行きは不安なままのようだ....。









       =司side=



「くっ、ぁ....!」

  迫りくる大きな魔力弾を、体勢を崩すのもお構いなしに上体を逸らして避ける。
  しかし、それでも避けきれず、掠って下の方....海へと叩き付けられそうになる。

「(なんて...魔力.....!)」

  魔力を測ろうとしなくても分かる程の、圧倒的魔力に戦慄する。

「これが...“砕け得ぬ闇”だって言うの....!?」

  私はそう言って、魔力弾を放った人物...少女を見る。

  見た目は私達と変わらない背丈に、ウェーブのかかった金髪。
  白と紫を基調とした防護服に翼のように赤黒い何かが背中に一対ある。
  ...見た目はそれでも、私...私達を圧倒する程の強さを持っているのだ。

  それも、目覚めたばかりの、半分以下の力で。

「冗談じゃ...ないっ!」

〈“Holy Smasher(ホーリースマッシャー)”〉

  砲撃魔法を彼女に向けて放つ。

「....無駄、です。」

  しかし、それは翼のようなものに防がれる。

「...その程度では、“魄翼(はくよく)”を破る事はできません....。」

  魄翼...どうやら、それがあの翼の名称らしい。

「はぁああああっ!!」

「っ....!」

  そこへ、織崎君と奏ちゃんが斬りかかる。
  けど.......。

     ―――ギギギギギギギギィイン!!

「デタラメ...過ぎる...!」

「っ、ガードスキル....“Delay(ディレイ)”....!」

  それは同じく魄翼に...しかも、魄翼が二人の攻撃に細かく対処し、防がれる。
  すぐさま奏ちゃんは反撃を受けないように高速で動き、織崎君を連れて間合いを離す。

「....またアロンダイトを持つ者が現れた時は、なんの皮肉かと思いましたが....期待外れです。この程度では、弱すぎます...。」

「(“また”....?織崎君のアロンダイトを知っている...?)」

  気になる言葉が聞こえたけど、魄翼の動きを見てそれどころじゃないと判断する。

「回避っ!まともに受けないでっ!!」

  瞬間、魄翼が伸びて薙ぎ払われる。
  それを私は防御魔法を利用して弾かれるように躱す。

「(魄翼による圧倒的殲滅力と、私達の攻撃を通さない防壁....!)」

  私はその場で祈る体勢になり、魔法を発動させる。

「聖なる光よ、降り注げ...!」

〈“Holy rain(ホーリーレイン)”〉

「っ!」

  細めの砲撃魔法が雨のように彼女へ降り注ぐ。
  しかし、それは魄翼に防がれる。だけど....!

「アタックスキル....“Fortissimo(フォルティッシモ)”!!」

  さらにそこへ奏ちゃんの砲撃魔法が決まり、魄翼の防御が薄れる。

「織崎君!!」

「だりゃぁあああああああ!!!!」

〈“Penetrate thrust(ぺネトレイトトラスト)”〉

  そこへ、織崎君が魔力を込めて鋭い突きを放つ。

「(でも...それでも....!)」

  魄翼の防御が薄くなった所を狙った、絶妙のタイミングの攻撃。
  けど、それは....。

「....無駄、なんです....。」

「ぐ...!く、そ.....!」

  防御魔法に阻まれる。...貫通力が高い魔法でも貫けない強固な防御魔法。
  こんなの、どうやって突破すれば....!

「....滅せよ、悪なる者を...!」

〈“Saint explosion(セイント・エクスプロージョン)”〉

  織崎君が間合いを取ったのを見計らって、彼女の足元に巨大な魔法陣を展開、爆発させる。

「これでも....!」

〈無駄、でしょうね...。〉

  決して効いているとは思わず、シュラインを構える。

「........!」

「っ....!」

  予想通り、一切効いていなかった彼女が、私に向かってきた。
  魄翼を腕の形にして、私に振りかぶってくる。
  それを迎え撃とうとして―――





「はぁあああっ!!」

「っ!?っぁ.....!」

  横から突っ込んできた志導君に彼女が吹き飛ばされた。







       =優輝side=





「全っ然効いてないなぁ!!畜生!」

  身体強化で思いっきり斬りかかり、それが防がれた所を魔力を放出するように蹴る事で、吹き飛ばす事に成功する。
  ...ただ、吹き飛ばせただけで、ダメージの手応えは一切なかった。

「『司さん!今すぐ撤退を!それまで僕が時間を稼ぐ!』」

「『志導君!?どうしてここに!?』」

「『嫌な予感がした....それだけだよ。』」

  少し離れており、大声で会話する暇もないので念話で会話をする。

「...あなたは...一体...?」

「...時間稼ぎ役さ。....どこまで通じるか分からないが、行かせてもらうぞ!」

  この場で倒そうとするには明らかに戦力が足りない。
  例え、僕や司さんなどの転生者四人で戦っても、それは変わらない。
  ...そう、僕は直感的に悟った。

「(解析....!)」

  初手として、相手を解析魔法でできるだけ解析する。

   ―――識別名、“U-D(アンブレイカブル・ダーク)
   ―――通称、“砕け得ぬ闇”
   ―――人物名、“ユーリ・エーベルヴァイン”
   ―――対象状態、半暴走
   ―――背後の展開物名称、術式“魄翼(はくよく)
   ―――体内保有魔力確認、推定魔力量...エラー
   ―――体内保有魔法物確認
   ―――魔法物名称、“永遠結晶(エグザミア)
   ―――暴走の原因はエグザミアによるものだと推定

「これ、は.....!」

  得られた情報は、予想よりも多かった。
  というか、暴走しててその原因まで分かった。

「魔力が...多すぎて解析しきれない...!?」

  問題は、魔力が多すぎる事だった。

   ―――保有魔力、測定不可能
   ―――原因、エグザミアによる無限魔力供給だと推測

「あーもう!規格外すぎるぞ!?」

  結局、僕はそれを相手にしなければならない訳だが。

「...私を止めるつもりですか?...やめておいた方がいいです。」

「...止めたいのはやまやまなんだけどなぁ...。」

  どう考えても僕では無理です。はい。

「っ....早く撤退を!って言うか下がれ!」

  求めるようにじゃなく、命令するように僕は言い放つ。

「『わ、分かったよ。...無理しないでね。』」

「『そこの二人も!早く!』」

  司さんは何とか納得して、おそらく堕とされた人達を回収しにいった。

「『俺たちも戦う!全員でやれば...!』」

「『勝てないっつってんだろ!!戦って分かってるだろ!!』」

「『っ....。』」

  今までにない危機感から、つい乱暴な口調になる。

「『そんな事ない。私と神夜なら....。』」

「『そんなもん一度攻撃を効かせてから言え!そうでないなら...』っ!?くっ....!」

  念話で怒鳴っている所に、魄翼による薙ぎ払いが迫る。
  それにリヒトを滑らすように添え、上に弾かれるように受け流す。

「ぐっ...!(速いしとんでもなく重い!!僕の防御じゃ、易々と貫かれる...!)」

  たった一撃。それだけで僕はそう悟った。

「...だけど、その程度....!」

  防御が貫かれるからなんだ?そんなの、当たらなければいい。

「らぁああああっ!!!」

  もう一度振るわれた魄翼に全力で逸らすように剣を当てる。
  何とか受け流す事に成功するが、そのまま勢いにつられて回転してしまう。
  ...だけど、その方が攻撃に転じやすい!

「喰らえっ!!」

〈“Aufblitzen(アォフブリッツェン)”〉

  突っ込みながら受け流したため、懐まで入り込み、一回転の勢いもあって強力な一閃を放つ。

「...通じません。」

「ぐ....!堅い.....!」

  しかし、その一閃は防御魔法により防がれる。
  ...一点に集中する力が強いこの技でもびくともしない....!

創造(シェプフング)....(シルト)!!」

  魄翼が僕を狙っていたので、盾をいくつも展開し、受け止める。
  ...もちろん、それでは防御の上から吹き飛ばされるだけなので、僕からも後ろに跳ぶ。

「『早く!逃げろ!!』」

  一度間合いを離せたため、再び念話で呼びかける。
  ...くそっ、実際に撤退しようとしてるの、司さんだけじゃないか...!

「『織崎君!奏ちゃん!逃げるよ!』」

「『だ、だが....。』」

「『志導君なら大丈夫!ちゃんと隙を突いて逃げるから!....そうだよね?』」

「『ああ。その通りだ。...早く行け。』」

  司さんの説得も入り、ようやく織崎は動き出す。

「さて....。」

  それを見てもう少し時間を稼げればいいと判断した僕は、再びU-Dと向き合う。

「(ただでさえ防御を易々と貫く攻撃。それに加え、圧倒的な防御力を誇る障壁。....多分、魄翼自体でも防げるのだろう。)」

  一切攻撃が通じない。だけど相手の攻撃は一つ一つが危険。

「...でも、その程度なら問題ない。」

  防御が堅いなんてさしたる問題にはならない。
  ...攻撃を()()()いいのだから。

「恭也さんとの特訓が活かされる....な!!」

  魔力の足場を強く踏み込み、一気に肉薄する。

「っ....!」

「遅い!」

  振るわれた魄翼に手を添え、跳び越えて躱す。

「『リヒト!魔力運用の割合を身体強化8、創造1、足場1で!』」

〈分かりました!〉

  次々と振るわれる魄翼を躱し、魔力を足場にまた肉薄する。
  ...やっぱり、このやり方の方が躱しやすいな。

「...シッ!!」

「無駄でs....っ!?」

  リヒトを一閃。それは防がれたが、その次に放った掌底は衝撃を徹し、ダメージを与える。

「っ...今、のは...!?」

「どんなに防御力があっても、衝撃を徹されたら意味ないよね。」

  これは御神流にもある技術“徹”だ。
  これなら防御力に関係なくダメージを与えられる。
  ...僕自身扱いきれてないから上手く行かないと無理だし、障壁だから魔力使わないと徹しても届かないけどね。

「っ.....!」

「っと!くっ....!」

  再び振るわれる魄翼を避ける、避ける。
  一発、躱しきれないので、剣を添わせて逸らすようにして躱す。

「『...頑張ってね。志導君。』」

「っ....!?」

  念話で司さんの声が聞こえたと思うと、体が軽くなる。
  見れば、司さんが祈るような体勢のまま、転移で撤退していった。

「....祈りの力か...!」

「ぁ、っ....!」

  軽くなった体で再度肉薄し、至近距離で魄翼を躱してから一閃、攻撃を徹す。

「(攻撃は効いている!これなら....!)」

「....確かに、あなたは他の者よりも強いです。.....でも。」

  何かを呟くU-Dに僕はもう一度一撃を徹そうと迫る。




   ―――それでは....それでは足りない....。



「――――ッ!!?」

  U-Dの魔力が膨れ上がり、途轍もない殺気を感じて離れようとする。
  ...その判断が、僕の命を救った。

     ―――ギギギギギギギィイン!!!

「ぐっ、がっ....ぐ、ぅ....!」

  瞬間、寸前まで僕のいた場所に魄翼が雨のように針状となって通り過ぎた。
  しかも、それだけに収まらずに僕の方にそれが迫ってきた。
  咄嗟に剣を創造し、さらにリヒトも振るって凌ごうとするが、それでも吹き飛ばされた。

「ぐ...がはっ....!?」

  魔力を足場に、体勢を立て直しつつも滑るように後退する。
  そして、ダメージが大きかったのか、吐血する。

「白兵戦モード、開始。....出力、70%...。」

「...やべぇ...本気..ではないけど、殺る気だ...!」

  下手にダメージを与えなかったのがいけなかったのだろう。
  U-Dはついに僕を“敵”と認識したようだ。
  白と紫を基調としていた服は赤と黒を基調とした色に染まり、髪の色も心なしか金色から黄色になったように見える。
  さらに、顔に赤い紋様のようなものが現れ、明らかにやばい。

「(魔力は大気から吸収しているから平気...だけど、ダメージが....!)」

  一応、既に治癒魔法をかけているけど、焼石に水だ。ダメージが大きい。

「...その中途半端な強さが、こうやって早い死を招く。...覚えておくといい。」

「っ...!死んでたまるか...!」

  先程までよりも圧倒的速さで魄翼が振るわれる。
  いくつかは受け流した方が避けやすいが、さっきのでそれも無理だと分かっている。
  つまり、避けるしかない....!

「リヒト!カートリッジロード!三発!」

〈分かりました!〉

  カートリッジの魔力も身体強化に回し、体が悲鳴を上げながらも躱し続ける。

「くっ....!」

「無駄だ...。」

「嘘だろ!?」

  短距離転移で躱しても、転移先を感知した途端魄翼が迫ってくる。
  くそ...!幾重にも枝分かれしているから、躱すのも一苦労だ....!

「(もう皆撤退している!後は僕が撤退すればいいだけなのに....!)」

  あまりにも多く、速い攻撃にその隙も見当たらない。
  少しでも時間を掛ける魔法を使えば、たちまち殺されるだろう。

「(落ち着け...!こういった時に役立つのが導王流だろう...!)」

  相手の攻撃さえ導き、勝利へと繋げる技術。それが導王流。
  U-Dの圧倒的力を前に、いつの間にか相当焦っていて忘れていたようだ。

「リヒト、格闘モードだ!」

Kampf form(カンプフォルム)

  手に付けているガントレットが消え、代わりに黒色のオープンフィンガーグローブのような物になる。...防御力が減ったように見えるが、リヒトがグローブになった事により、防護服よりも強固になっている。

「(....凌ぐっ!!)」

  迫りくる魄翼に対し、僕は目を見開く。
  振るわれた魄翼の一撃一撃を添えるように拳を当て、逸らす。
  力の方向を上手く誘導...導くことで、ほとんど抵抗を受けずに受け流す。

「はぁぁああああああ.....!!」

  ただ凌ぐだけじゃ、足りない。
  僕は魄翼による攻撃を凌ぎながら、着実に彼女の下へと迫る。

「な....!」

「はぁあああっ!!!」

  ついに懐まで入り込み、“徹し”を込めた拳を叩き込む。

「....残念だが、それはもう、届かない。」

「なっ!?くっ....!」

  しかし、それは二重に張られた障壁に防がれる。
  幸い、隙ができないように攻撃したため、すぐさま離れて魄翼を凌ぐ。

「衝撃及び、魔力を徹す。....なるほど、確かに厄介だ。...しかし、一枚目で攻撃そのものを、二枚目で徹された衝撃及び魔力を防げば....届かない。」

「...ここまでっ、あっさり弱点をっ、見抜かれるとはねっ...!」

  魄翼を凌ぎながらそう言う。
  くそっ、今ので隙が出来れば逃げていたのに...!

「(まだだ!次の手を....!)」

  もう一度接近を試みる。
  ほんの少しずつ、攻撃を逸らす拳にダメージが蓄積されていくが、気にしていられない!

「はぁああっ!!」

「...無駄だと言ったはずだが?」

「“解析(アナリーズ)”....!」

  障壁の術式を瞬時に解析し、術式を脆くするように魔力を流し込む。

「なに....?」

「くっ...時間がかかりすぎる!」

  障壁を破れるようにはなる。しかし、魄翼を回避しながらだと時間がかかりすぎる...!

「...次!」

「何をしようと無駄だ。あなたはここで朽ち果てる...。」

「っ....!」

  魄翼による攻撃だけでなく、輪っか状の魔力弾を放ってきた。
  もちろん、当たる訳にはいかない。どうみても異常な魔力が込められているからだ。

「まだ...まだぁああああっ!!」

  魔力弾、そして魄翼を凌ぎつつも再度肉薄する。

「破れないなら...吸収するまで!!」

「っ....!」

  術式はもう解析してあるので、障壁の魔力を一気に吸い取る。
  ただ、術式を見た所魔力を注げば障壁は維持されるので、吸収では障壁は消えない。
  その代わり、大量の魔力が使えるようになる。

創造(シェプフング)....開始(アンファング)!!」

  吸収しながら剣と槍を大量に創造する。
  僕の魔力だけではできないほど創造したため、全てを細かく操るのは不可能だが...。

「これで!!」

  吸収した魔力で創造した武器の三分の二を包囲して射出する。
  隙が少しできるけど、攻撃する事で魄翼の攻撃を薄くする事ができるため、大丈夫だ。

「....この程度の攻撃、効く訳がない。」

「知ってるさ!だから...こうする!!」

  さも当然のように、放った武器群は粉砕され、無傷のU-Dが現れる。
  今度は、残りの剣と槍を()()()()うえで、射出する。

「無駄だと言って.....っ!?」

「それらは、全て魔力を吸収し、その魔力を爆発力に変える術式を込めた!」

「....!」

「自身の圧倒的魔力で...自爆しろ!!」

  瞬間、放った武器群が大爆発を起こす。
  これでだいぶ魔力を削れたはず...!
  ...ただ、僕も大爆発に巻き込まれたため、早く体勢を立て直さなければ...!

「ぐぅぅうう....!!」

  爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされる。
  何とか体勢を立て直し、術式を組む。

「次元転そ....っ、ガッ!?」

「....なるほど、確かに....()()()()()()()()。」

  転移魔法で撤退するため魔法を発動させようとした瞬間、魄翼が槍のように僕に迫ってきた。
  咄嗟に上に逸らそうとしたが、逸らしきれずに吹き飛ばされる。

「バカな...!魔力はだいぶ削ったはずなのに...!」

   ―――対峙した時となんら変わりない....!

「しかも“ちょっと痛かった”って....!」

  つまりほとんど効いてないという事じゃないか...!

「これが...無限の魔力....!永遠結晶(エグザミア)....!!」

  その圧倒的強さに、僕は戦慄する。

「...知らなかったか?私からは、逃げられない...。」









   ―――まだ闇は...砕かれる事はない....。







 
 

 
後書き
Fortissimo(フォルティッシモ)…ガードスキルとは違い、攻撃に特化したスキルの一つ。非常に強い砲撃で、単純な直射砲撃にしたら、なのはのハイぺリオンスマッシャーの威力を超える。
Penetrate thrust(ぺネトレイトトラスト)…意味は“貫く突き”。文字通り、貫通に長けており、一気に突貫するには都合のいい技。

いやぁ~、ユーリは強いですね!(小並感)
ちなみに、優輝のあの武器の爆発は、術式の暴発が起きるほど魔力を吸い取ったため、トリプルブレイカ―に匹敵します。 

 

第32話「集合」

 
前書き
優輝の攻撃はなぜU-Dに通じたのかと言うと、所謂防御無視攻撃です。
U-Dは某ドラ〇エで言う所のメタル系並の防御力を持っているため、防御力に関係なくダメージを与えられる“徹”を使う事で、ダメージを与えれます。(司達はそう言う技を使ってなかった。)

...あ、今更ですけど、U-Dは普段は敬語で、白兵戦モード(赤色になった時)は敬語じゃなくなります。 

 








  昔々、とある国に、一人のお姫様とその騎士様がいました。

  お姫様はとても可愛らしく、そしてとても優しい子でした。

  騎士様はそんなお姫様に心から仕え、ずっと支えてきました。

  しかし、ある日、お姫様は強大な災厄に取り込まれてしまいます。

  騎士様は慌ててお姫様の下へ駆けつけましたが、既に他の騎士達は倒れていました。

  お姫様は災厄に囚われながらも騎士様に言います。

   ―――あなただけでも逃げてください...!

  しかし騎士様はそんなお姫様の願いを跳ね除けます。

   ―――私は貴女の騎士だ。絶対に助け出して見せる!

  そう言って、騎士様はお姫様を救うべく、災厄へとたった一人で立ち向かいました。

  何人もの騎士を倒した災厄との戦いは、長きに渡りました。

  城は崩れ、街も壊れ、大地は荒れ果てて行きました。

  それでも、騎士様は決して諦めず、お姫様助けようと戦い続けました。

  一体、どれほどの時間戦い続けたのでしょう。

  国そのものがなくなりかけた時、ついに騎士様は災厄を打ち倒しました。

  お姫様も助けだし、二人は仲良く国の再建に取り組みました。



  人々はお姫様を助けた騎士様の事をこう呼びます。

   ―――“忠義を貫きし英雄”....と。

  お姫様はその事を聞いて、騎士様に問います。

   ―――あなたはいつまでも私に仕えてくれますか?

  騎士様は答えました。

   ―――もちろんです。我が忠義は、貴女のために。

  やがて、国はかつての賑やかさを取り戻し、二人は平和に過ごして行きました。





                       古代ベルカおとぎ話全集より一部抜粋













       =緋雪side=





「お兄ちゃん.....!」

  私は、モニターに映るお兄ちゃんの戦いを、祈るようにして見つめる。

  司さんが撤退した後、お兄ちゃんは自身も撤退するための隙を作ろうとしたのか、敵である少女へと攻撃を仕掛けた。
  でも、生半可に攻撃が通じたのがいけなかったのか、今は完全に防戦一方だ。

「早く!彼の援護を!」

「ダメよ!」

  クロノさんが援護するように指示を出そうとして、椿さんが止めます。

「何のために優輝は一人で出たと思っているの!?それに、助けに行く者が相手と戦える強さでないと被害を増やすだけよ!」

「っ......。」

  そういう椿さんも、助けに行きたいのか、手が握りしめられており、見るからに悔しそうな顔をしていた。
  ...お兄ちゃんが私達を置いて行った理由は分かる。
  ヴィヴィオちゃんとアインハルトさんはまだ実力がよくわかってないし、私は自分でも分かる程、戦闘技術が低い。お兄ちゃんにもよく負けるし。
  椿さんと葵さんは、空中戦に慣れていないから危険だし。

  ....だからこそ、悔しかった。

「っ....!今の爆発...推定SSSランクオーバー!!おそらく、トリプルブレイカーに匹敵します!」

「なっ...!?それほどの爆発を至近距離で!?」

「お兄ちゃん!!」

  映像で、お兄ちゃんが創造した剣と槍に細工をして相手にぶつける。
  すると武器群は大爆発を起こし、お兄ちゃん諸共相手を巻き込んだ。

「優輝君の反応....健在!無事です!」

「っ....よかった...!」

  爆風から弾かれるようにお兄ちゃんは姿を現す。
  確かに、爆風でだいぶダメージを受けているけど、何とか助かったみたい。
  そして、お兄ちゃんはすぐに撤退しようとして....。

「なっ...!?無傷だと!?」

「そんな...!あの爆発を喰らったのに!?」

「..........!」

  クロノさんとエイミィさんの声をバックに、私は頭が真っ白になる思いでモニターを見続けるだけだった。
  お兄ちゃんが、危ないのに....!

「....大丈夫。」

「...司、さん....?」

  お兄ちゃんの危機で私の頭が真っ白になったのに気付いたのか、司さんが私に優しく語りかけてくる。

「...志導君は...優輝君は、きっと大丈夫。...信じてあげて...。」

「.....うん。」

  司さんも、不安なのだろう。
  私を励まそうとする手が少し震えていた。
  ....でも、少し安心した。

「(....頑張って、お兄ちゃん....!)」

  きっと無事に帰ってきてくれると、私はそう信じ続けた。







       =優輝side=





「ぐっ....く....ぁあっ!」

  魄翼と魔力弾の攻撃に、僕は翻弄される。

「く...そ.....!」

  隙がない。逃げられない。攻撃も通じないから怯ませる事もできない。

「万事休すじゃねぇか....!」

  爆発に巻き込まれたのと、その後の攻撃のダメージも効いている。
  今はジリ貧とはいえ凌げてるけど、このままだと...!

「ぐっ...!っ、しまっ....!?」

「終わりだ....。」

  逸らすのに少し失敗し、体勢を崩す。
  さらにそこへ魄翼の手が背後から襲い掛かり、僕は魄翼に握られた状態になってしまった。

「ぐ....が...ぁ.....!」

「....その少ない魔力で、よくここまで戦ったと、褒めてあげたいくらいだ。....でも、その程度では、私を止める事など....不可能だ。」

「ぐっ.....!」

  全魔力を身体強化に回しても、びくともしない。
  まずい...!このままだと握り潰されてしまう....!

「リ、ヒトぉ....!カートリッジ、装填されている奴全てロード!!」

〈っ...!カートリッジ、全弾ロード!!〉

  体への負担だとか、そこらへんを考慮しない判断だが、そうでもしなければ抜け出せないとリヒトも判断したのだろう。素直にカートリッジをロードした。

創造(シェプフング)....叩き斬れぇええええええっ!!!」

「っ...!」

  斧を創造し、それを思いっきり僕を捕らえている魄翼に振り下ろすように操る。

「無駄だ。その程度では......?」

「まだ、まだぁああああっ!!」

  それでは斬れないので、巨大な剣を少し上に展開し、射出する。

「(...ダメだ!創造して射出しただけの武器じゃ、斬れない!)」

  だが、それも無駄だと悟る。

「...時間稼ぎのつもりか。」

「ぐ...がぁああっ!!?」

  少し強く握られ、身体強化した体でも悲鳴を上げる。

「(こう...なったら.....!!)」

  悲鳴を上げる体と頭を無視して、並列思考(マルチタスク)をフル活用する。
  視界がスローになり、御神流で言う“神速”の領域にも入る。

「(大気に漂う魔力は僕の魔力が切れない程多い。それを活用して、空間を遮断すれば...!)」

  思い描くは、かつて司さんと緋雪の模擬戦で、司さんが使っていた()()魔法。

「.....ん?」

「“模倣(ナーハアームング):スペース・カットオフ”!!」

  大気中の魔力を導き、まるでガラスなどのように形を整え、術式を組む。
  そして、僕を捕らえている魄翼に照準を合わせ、術式を発動した。

「なっ.....!?」

「がはっ....はぁ、はぁ....!」

  空間を一時的に遮断する司さんの魔法。
  それは、魄翼も一瞬とはいえ遮断できる程だった。

「(おかげで、抜け出せた....!)」

  しかし、あまり戦況は変わらない。
  今のはU-Dも動揺したが、素直に転移で逃がしてはくれないだろうし、戦況が圧倒的不利なのは変わらない。...正直、最悪を避けただけだ。

「ぐ....がふっ...!く...そ.....!」

  既に体はボロボロ。立っているだけでもキツイ...。

「...最後のには驚いた。だけど、これで終わりだ。」

  U-Dが魄翼を振り上げ、僕を叩き落そうとしてくる。
  逸らす、もしくは回避しようとするも、体が動かない。

「(...まだ、まだ終われない....!)」

  それでも、無理矢理にでも体を動かそうとした。

  その時....。

「っ!?......!」

     ―――ドォオオオオオン!!

「えっ....?」

  U-Dが何かに気付き、振り下ろそうとした魄翼を盾のように構える。
  すると、そこへ赤い砲撃魔法が直撃する。
  そして、僕は横か飛び込んできた水色の閃光に抱えられる。

「....危機一髪....という所ですか。」

「いやー、ギリギリだったよー。」

  U-Dから離れた場所で、僕は解放される。
  二人の少女の声が聞こえ、そちらを見れば、見覚えのある人にそっくりな少女達がいた。

「....二人は、一体....?」

「...今はそれどころではありません。...レヴィ。」

「スピード重視で攻撃に当たらないように...だよね?」

「...できますか?」

「もっちろん!!」

  そう言って、レヴィと呼ばれた水色の髪の子はU-Dの方へ凄まじい速さで飛んで行った。

「..さて、ここからレヴィが時間稼ぎをする間に隙を作り、転移魔法で撤退するという事をこなさなければいけません。」

「そうだな...。転移魔法、使えるのか?」

  今は緊急時故に、何も聞かずに協力する事にする。

「使えます。...しかし、隙を作る事はできません。」

「...なら、僕が隙を作るのか.....。」

  確かに、今この場には僕しか隙を作る事ができる人物はいない。

〈マスター!それ以上は体が...体が持ちません!〉

「だからって、何もしなければここで死ぬだけだ...!」

  共闘者が現れた事により、リヒトが自身の体を考慮するように言うが、僕はそれを断る。

「(幸い、防御を脆くするための術式は組める。後は、魄翼をそこまで拮抗せずに貫ける魔法があれば....!)」

  要はダメージが入る、もしくは怯むような魔法を当てれば、その隙に水色の子は離脱し、隣の茶髪の子は転移魔法を発動させれるようになる。
  後は僕がその魔法を当てればいい話なんだ。

「リヒト、グリモワールを!」

〈マスター...!....わかり、ました...。〉

  リヒトから悲痛な声が聞こえるが、今はこの窮地を脱しなければならない。

「っ...!(これなら...!)」

『ひ~ん!シュテるん!もう避けきれないぃ~!!』

「『耐えてくださいレヴィ。もう少しです...!』」

  一つの魔法が目に入り、両手を前に突きだす。
  あの子も限界だ。さっさとしなければ...!

「絶望を呑み込みし極光よ!黄昏に染めよ!」

〈“Twilight spark(トワイライトスパーク)”〉

  黄昏を連想する色の砲撃魔法が、U-Dへと迫る。

『わっ!?あわわわ...!』

  時間稼ぎをしてくれた子もそれに気づき、無理矢理U-Dから離れる。
  ...あのスピードなら逃げ切れるしな。

「今!」

「『レヴィ!こっちです!』」

  魄翼を貫く事ができ、そのまま防御魔法を削れる魔法としてこの魔法を使ったが、正直魔力がスッカラカンだ。大気中の魔力とカートリッジで増加した魔力も使い果たした。
  ぶっちゃけ、転移するまでの飛行魔法分の魔力しか残っていない。

「3...2....1...。」

「うわぁああああ!?もうこっち来たよ!?」

  レヴィと呼ばれる子が叫びながら転移魔法の範囲内に入る。
  それと同時に、やっぱり無傷なU-Dがこちらへと魄翼を伸ばす。
  間に合うか....!?

「....0!!」





「―――っ、はぁっ....!!?」

  魄翼の爪が目の前まで来た瞬間、間一髪で転移魔法が間に合う。
  放り出されるように僕は転移先で倒れこむ。

「お兄ちゃんっ!!」

「うごふっ!?」

  そこへ、緋雪が飛び込んできた。
  ちょ、鳩尾にクリーンヒットした....!?

「お兄ちゃん....!よかった...!よかったよぉ....!」

「緋雪....。」

  ずっと心配していたのだろう。緋雪は泣いていた。

「シュテル!レヴィ!」

  すると、他の二人に駆け寄る少女がいた。

「王さま~!やっと会えたよ~!」

「まったくです。迷子を捜すのは苦労するのですよ?」

「直接会って開口一番にそれか!?シュテル!」

  ....全員が全員、僕の知ってる人たちにそっくりなのは気にしたらダメなのだろうか?

「早く医務室の手配を!....まったく、なんて無茶をするんだ君は!!」

  素早く指示を出した後、僕に対して叱ってくるクロノ。

「...はは、返す言葉もないな...。」

「....しかし、よくあの強さを相手に帰ってこれたな...。」

「...“白兵戦モード”とやらになった時は、死ぬかと思ったがね。」

  しかもあれで本気でないときた。チートすぎるだろ...。

「....色々と情報を整理したい....が、一度君の治療をしてからの方がいいだろう。」

「自分の魔力で治癒を続けてるけど...その方がいいな。」

  さすがにダメージが大きすぎる。
  気を抜けばそのまま気絶してしまいそうだ。







「....ふぅ、なんとか回復したな。」

  翌日、僕は魔力と霊力を治癒に回し、僕はだいぶ回復した。
  今から会議室にて現場にいた者達で情報を整理するようだ。
  ちなみに、アースラの戦闘員が闇の欠片をできるだけ抑えたり、交代制にして皆も仮眠を取っておいたようだ。
  まぁ、深夜だったからな。仮眠は取っておくべきだ。

「お兄ちゃんおはよー....。」

「...相変わらず朝に弱いな...。」

  それなりに時間は経っているのだが、緋雪はまだ寝惚けていた。

「...あれ?緋雪、その目....。」

「んー...?....あっ。」

「どうしたんだ?」

  緋雪の目には、泣いたような、涙を流した跡があった。

「な、なんでもないよ。」

「...そうか?」

  何かあるとしか思えないが....。

「まぁ、今は事が事だから、気にしないでおくが...。」

  今は会議に集中するべきだからな。

「.........。」

「(...ん...?)」

  今、一瞬緋雪が憂いを帯びた顔をしたような...。

「....では、一度情報を整理しよう。」

  ...っと、会議に集中せねば。

「ただいま偽物が大量発生しており、リインフォースが言うには闇の書の闇の残滓との事だ。そして、異世界からの渡航者と未来から飛ばされてきた者。そして、マテリアルと名乗る彼女達がいる。」

「偽物は基本的にオリジナルより弱く、性格も違っていたりします。」

「言わば、劣化コピーって所だな。」

  既に分かっていたらしい情報を改めて言うクロノ。

「そこで、偽物の被害が出ないように結界を張ってから手分けして情報を集めたが....まずは異世界と未来から来た者達などに自己紹介してもらおうか。」

  そう言ってクロノがこちら側...管理局側ではない人が座っている方を向く。
  それにつられて他の管理局の人達も僕らを見てくる。

「アミティエ・フローリアンです。えっと...“エルトリア”と言う世界から来ました。親しい人は“アミタ”と呼びます。」

「...キリエ・フローリアンよ。名前から分かると思うけど、私達は姉妹で、私が妹よ。」

  まず、おそらく異世界から来たと言われている二人が自己紹介をする。
  ...映像でチラッと見た時はボロボロで体が機械なのか、何か見えていたけど...直したのか?全くそんな様子が見られない。

「(....で、嫌な予感がすると思ったら案の定...。)」

  解析魔法で状態をほんの少しだけ覗く。

   ―――状態、“魅了”

「(また織崎か....!)」

  やはり織崎に魅了されていた。

「(....今はそれどころじゃない、気にしないでおこう。)」

  とりあえず今起きている事件が最優先だ。

「彼女らは“ギアーズ”と呼ばれる...まぁ、機械を使った体らしく、先程の戦いで体の一部が欠損していた。...まぁ、何とか直す事はできたが。」

「だからと言って、会話したから分かると思うけど、それ以外はほとんど人間と変わりないよ。...まぁ、そんな無粋な事を考えてる人なんてここにはいないだろうけど。」

  機械だから人間じゃないってか?確かに、ここにいる人はそんな事考えないだろう。

「....次は私達ですね。私はマテリアルS、“理”を司っています。星光の殲滅者シュテル・ザ・デストラクターと言います。シュテルと呼んでください。」

「ボクはマテリアルL!“力”を司っていて、雷刃の襲撃者レヴィ・ザ・スラッシャーって言うんだ!よろしくね!」

「我はマテリアルD、闇統べる王ロード・ディアーチェぞ。もちろん、マテリアルの中では“王”を司っておる。」

  次に、なんか2Pカラーみたいな三人。
  解析を少しかけるとどうやら魔法プログラムによるシステム構築体のようだ。

「彼女らは見ての通り、どうやらそれぞれなのは、フェイト、はやての姿を元にしており、適性魔法の傾向も似ている。最初は偽物と同じようなものだと思われていたが、強さは元にした人物に匹敵...いや、それよりも強い。」

「彼女達はヴォルケンリッターと同じように魔法プログラム生命体みたいだね。」

  エイミィさんもそこら辺は分かっているのか、ちゃんと説明しておく。
  ...それにしてもオリジナルより強いのか。

「...最後は僕らか。...今から四か月くらい未来から来た志導優輝だ。私立聖祥大附属小学校5年生...いや、この時間はまだ4年生か。...つまり司さんと同年代だ。」

「私は志導緋雪。お兄ちゃんと一つ違いで...なのはちゃん達と同じ年だね。」

  まずは僕ら。僕はともかく緋雪は少しとはいえ知られていたらしいな。

「私は草野姫椿。...優輝の使い魔よ。」

「あたしは薔薇姫葵!ユニゾンデバイスだよ。」

  次に椿と葵。
  予め、式姫や霊力の事は伏せておくように言っておいたからこういう自己紹介になっている。
  椿は耳と尻尾があるから使い魔の方が分かりやすいしね。

「えっと...13年だっけ?それくらい未来から来た志導ヴィヴィオです!」

「同じく13年先から来たハイディ・E・S・イングヴァルトです。アインハルトとお呼びください。」

  最後にヴィヴィオとアインハルト。
  ...もちろん、ヴィヴィオと僕らの名字が同じだから全員に驚かれた...。

「あー、ヴィヴィオは未来での僕の養子らしい。」

「....との事だ。まぁ、未来の事はあまり詮索するな。」

  一応、簡潔に説明しておく。

「....では、分かった情報を整理していこう。...と言っても、どうやら情報については僕らよりも彼女達の方がよく知っているようだ。」

  そう言ってクロノはマテリアルと呼ばれる三人の方を見た。

「...まず、あなた達の言う“偽物”ですが、あれらは通称“闇の欠片”と言います。どういったモノかは先程言った通り、闇の書の残滓です。そして、闇の欠片は人々の記憶から姿形を作りだします。“闇”と言うだけあって、大抵は負の感情を増幅させた性格をしていますね。」

  シュテルと呼ばれる子が説明する。
  ...大体、僕らが分析した情報と同じだな。

「次にU-D...先程戦闘を行った相手です。識別名“U-D(アンブレイカブル・ダーク)”、私達は“砕け得ぬ闇”と呼んでいます。彼女は私達マテリアル...紫天の書が闇の書に取り込まれる以前から闇の書の中におり、私達でも詳しく分かっていません。」

「なにやら重要な事項があったはずなのだが...如何せん、そこらの記憶がちと曖昧だ。」

  紫天の書...一部僕らには分からないキーワードがあるな。
  後で聞くか、気にしない事にしよう。
  ...それにしても、彼女達にもU-Dについてはよくわからないんだな。

「....U-Dについては僕からも。彼女の名前は“ユーリ・エーベルヴァイン”。体内にロストロギアを保有しており、ロストロギアの名前は“永遠結晶(エグザミア)”。効果は無限に魔力を供給するらしい。それと、彼女は半分暴走した状態だった。多分、エグザミアが関係してるのだと思う。」

  僕からも情報を提示しておく。

「ユーリ....そうか、ユーリか!思い出したぞ!礼を言うぞそこの男!」

  するとディアーチェと言われた少女が何かを思い出したようだ。

「彼奴は我ら紫天の書のマテリアルの盟主だ。かつて、彼奴になぜか掛けられていた封印が解けかけた時、その魔力の多さに我らは彼奴を盟主と定めた。尤も、魔力は多くとも暴走寸前だったが故に、咄嗟に全力で封印を修復したがな。おそらく、その後であろう。闇の書に取り込まれたのは。」

「封印されているため、闇の書に取り込まれても何の反応を示さなかったのでしょうね。」

  ディアーチェとシュテルがそれぞれそう言う。
  ...気になる事が次から次へと出てくるんだけど...これ、全部解決するか?

「ちょっと待ってくれ!あまりに一遍に分かりすぎて整理が追い付かない!」

  そこでクロノがストップを掛け、一度整理する。

「そのU-Dは“ユーリ・エーベルヴァイン”と言う名前で、君達マテリアルの盟主。そして体内にロストロギアを保有しており、ロストロギア名はエグザミア。効果は無限の魔力供給で、今は暴走している...と。これでいいのか?」

  クロノが情報を纏めて新たに言い、確認を取る。

「...一つだけ訂正を。私も先程思い出した事ですが、無限の魔力供給は特定魔力の無限連環システムによるものです。」

「...とのことだ。...ところで、君達が現れたのは暴走を止める事が目的なのか?」

「ふん、今はな。本来なら、目覚めた時に彼奴の力を我が扱い、この世界を闇に染めてやったものだが、ちと彼奴の力は規格外すぎる。」

  なんか怪しい事を言った気がするけど...。

「...二人の目的は?」

「私はただ妹を連れ戻しに来ただけですが....。」

  ギアーズと呼ばれる二人の目的も聞くクロノ。
  ...姉の方は妹を連れ戻しに来ただけのようだ。

「....私達の故郷、エルトリアは“死触(ししょく)”と言う現象で滅びかけてるの。水と大地は腐敗し、人が住める場所はもう僅か...。でも、私達の生みの親であるグランツ・フローリアン博士はずっと死触を何とかするための研究をしていたの。そして、その過程で生まれたのが私達“ギアーズ”。」

  ...彼女達の故郷も随分切羽詰っているんだな...。

「....詳しい事は省くけど、“砕け得ぬ闇”の無限連環システムに目を付けた私はそれさえ手に入れれば死触を祓えると思って、エルトリアから来たって訳。」

「....そうか....。」

  目的を一通り聞き終わって、クロノは難しい顔をする。
  多分、エルトリアの方も何とかしたいが、今は砕け得ぬ闇をどうにかしないといけないからそこら辺で悩んでいるのだろう。

「エルトリアは時間も違う異世界。特殊な装置を使ってそこからこの世界へ飛んできた際に、おそらく未来の人達は巻き込まれてしまったのだと思うわ。....ごめんなさい。」

「...別にいいですよ。時間を越える....って言うのは驚きましたが。」

  僕がいいと言うと、どうやら緋雪や他の皆も別に許すようだ。
  しかし時間も違う異世界か...。相当大がかりな装置なんじゃないのか...?

「......まとめると、今回の偽物...“闇の欠片”の原因は闇の書の残滓と言う訳で、直接的には“砕け得ぬ闇”などとは関係ない。そして未来から飛ばされた原因は二人のエルトリアと言う世界から飛んできた際に巻き込まれた...と言う事か。」

  大まかにはそんな感じだろうな。

「ちょお、待って。やとしたら、なんで砕け得ぬ闇は暴走してるんや?その話を聞いても、原因が分からへん。なんや、現れた時は“制御ができない”とか言ってた気がするけど...。」

「...その通りだ小鴉。彼奴は封印されていたのは、おそらくエグザミアを制御できないからだろう。彼奴自身、エグザミアの暴走を抑えようとはしているようだがな。」

  半暴走と言うのはそこから来ているのだろう。

「....さて、大体の事は分かったから、次はU-Dの対策を考えたいと思う。....まず、具体的なスペックを知りたいが...。」

「こちら側で分かった事は、“魄翼”と呼ばれる翼のような魔力の塊で様々な攻撃と強固な防御が行えること。貫通力の高い魔法でも貫けない防御魔法。圧倒的魔力量。....そして、AAAランク級の魔導師三人がかりでも一切敵わなかったという事実だけ。...あのトリプルブレイカ―並の威力を喰らって無傷だったしね...。」

  一番の問題点はそこだな。
  あの圧倒的殲滅力と防御力。...さらにはあれで全力じゃないと来たもんだ。

「...先にやばい点から言っていいか?...僕が最後にやられそうになった時、まだ彼女は70%の強さらしい。彼女自身がそう言っていた。」

「なっ....!?」

  ....あー、うん。驚くようなぁ...当然。
  あれだけ圧倒的強さを誇っておきながら全力ではないんだから。

「...優輝、あなたは最後まで戦って、その観察眼でどこまで分かったかしら?」

「....そうだな。まず、魄翼による攻撃は並大抵の防御魔法じゃ絶対に突き破られる。どこまで強固な防御魔法なら耐えれるかは分からないが...。そして、防御力の方だが...これはSランク級以上の砲撃魔法などなら、通じる可能性はある。」

「S級以上....最低ラインが恐ろしく高いな...。」

  椿の言葉に、僕が思ったスペックを述べるが、自分で言っておいて最低ラインが高すぎると思う。....でも、これだけじゃないんだよなぁ...。

「....問題は防御魔法の方だ。...あれ、純粋な火力だと僕がやった武器の爆発ぐらいの威力を出さなきゃ、通用しない。....通用しても“ちょっと痛かった”だし...。」

「あのトリプルブレイカ―並の威力でか!?...いや、むしろ無傷じゃない事を喜べばいいのか..?」

  そう言えばさっきトリプルブレイカ―並の威力でも無傷とか言ってたっけ?
  ....一応、効いてはいるんだけどな...。

「あの防御魔法を破るには、魄翼をどうにかしてから防御魔法の術式を壊さなければ無理だろう。僕がやったあの爆発は多対一には向いてないし。」

  尤も、あの威力を出そうとすると必然的にあれぐらいの爆発は起きるだろうけど。

「....この中でU-Dの防御を破れると確信できる術を持っている奴は何人いる?」

  クロノの言葉に、僕、緋雪、ヴィヴィオ、アインハルト、フローリアン姉妹、織崎が手を挙げる。
  ....結構いるな...。

「...優輝は戦っていたのを見ていたから分かるが....他の皆は一体どんな手段だ?」

「私は防御魔法とか関係なしに内部を攻撃できるよ。」

  ...そういえば、緋雪の“破壊の瞳”はそんな事もできたな。

「私はパパに教えて貰いました。防御魔法に適した破り方を!」

「同じく私もです。防御を徹す攻撃も少々。」

  ヴィヴィオとアインハルトは未来の僕からそういった術を教えて貰ってたようだ。
  ....だがアインハルト。防御を徹す攻撃はあまり効果ないんだよな...。

「私達はほぼ自爆攻撃ですが、威力には自信があります。」

「...悪いが、そういうのは却下だ。できれば犠牲を出したくないのでな。」

  自爆攻撃は例え自身が戦闘不能にならなくても相当危険な技だ。
  クロノの言うとおり、却下しておくべきだな。

「....シールドブレイクと併用した強力な斬撃で破れるはずだ。」

「...なるほど。他にいないか?」

  織崎の案を聞いた後、もう一度クロノは聞き直す。
  ...が、さすがにいないようだ。

「...倒すのは厳しいな。トリプルブレイカ―でも少々のダメージしか与えられなく、しかも全力でないと来た。どうすれば....。」

「その事ですが執務官。我々に秘密兵器があります。」

「秘密兵器!?ボク聞いてないよ!?なんなのなんなの!?」

  シュテルの言葉にレヴィが反応する。
  ...って、仲間同士なのに聞かされてなかったのかよ。

「我らマテリアルは彼奴を盟主と定めたのだぞ?暴走する事も承知しておる。....なら、それを弱体化させるワクチンプログラムぐらい作っておるわ。」

「ワクチンプログラム...どういった物なんだ?」

  ディアーチェの言うプログラムについてクロノが聞く。

「ディアーチェの言った通り、弱体化させるためのプログラムです。かつて暴走の一端を見た時から少しずつプログラムを組んでおきました。...これがその専用カートリッジです。」

「カートリッジか...システムを組んでいる人にしか渡せないな...。」

  シュテルがそう言って机に置いたカートリッジを見てクロノが唸る。

「そのカートリッジはいくつあるんだ?」

「3ダースほどは作り置きしてあります。...ただ、重複させる事はできないので効くのは一回だけです。」

「36個...とりあえず、カートリッジシステムを持っている者は一つずつは持っておいてくれ。」

  いや、勝手に借りる発言してるけど、いいのか...?

「どうぞ。使う人数は多い方が確実なので。」

「(あ、いいんだ。)」

  ディアーチェの方はなんか渋々と言った感じだけど。

「....とりあえず、ワクチンプログラムで弱体化させ、そこを火力のある者で攻撃、後は....。」

「我が暴走するシステムを上書きすれば沈静化できる。」

「...と言う訳だ。作戦は後で伝える。一端休憩してくれ。」

  クロノのその言葉に、場の雰囲気が少し楽になる。

「(厄介な事になって来たな...。)」

  ....それに嫌な予感もする。気を引き締めなければ....!








 
 

 
後書き
一人が囮になり、一人が怯ませ、一人が転移魔法を使うなら、司達の時も同じように行けると思いますが、あの時ははやてなど戦闘不能になった人を保護していたので無理でした。

....あれ?いつもより長くなってる....? 

 

第33話「捜索」

 
前書き
ぶっちゃけて言おう。
冒頭の伏線的なモノローグのネタが尽きました。(´・ω・`)
計画性なしにするのは愚策でしたね...。
 

 






   ―――ぁ...ぐ...ぁあ....!

   ―――.........。

   ―――■■...■.....!

   ―――やっぱり...やっぱりダメだったんですよ...!
   ―――私を、止めるのなんて....!

   ―――い..いえ...まだ...です....!
   ―――まだ...終わってなど.....!!

   ―――どうして...どうしてそこまでして....!

   ―――わ、たしは....■■■の騎士....!
   ―――助けようとするのに、それ以上の理由が...必要ですか...?

   ―――っ....。

   ―――....それ、に...そこまで救いを求めた顔で見られて...引き下がれますか!

   ―――っ...ぁ...ぁああああああ....!

   ―――っ...暴走がまた....!

   ―――う..ぁあ...!うぁああああああああっ!!!

   ―――あぐ....!?くっ....!

   ―――に....げ......て.........!!

   ―――....これで....最後です.....!
   ―――はぁああああああああああ......!!!!









       =優輝side=



「.....あの戦闘では助かったよ。」

  一度休憩として、自由時間になったので僕はシュテルに話しかける。

「いえ。ディアーチェが戦闘不能になり、その時の撤退の手助けをしたと知ったので...。」

「えっ?でもここに転移してきた時、直接会うのはって...。」

  直接会ってないなら念話か?

「はい。ディアーチェが借りを返すためだと。...まったく、照れ隠しなどせずにきっちりと助けてくれたお礼だと直接言えばいいものを...。」

「おいシュテル貴様!なに勝手な事を言っておる!?」

  シュテルがなんかばらしてはいけない事をばらすと、案の定ディアーチェが来た。

「い、今のはシュテルの冗談だ!実際は借りを返しただけだ!真に受けるでないぞ!?」

「....あー、うん。」

  これは照れ隠しだな。うん。
  でも、彼女の威厳とかのためにも黙っておこう。

「...本当に貴女は素直ではありませんね。」

「貴様...本当は我を敬っておらぬな....?」

「いえ、そんな事はありませんよ。我が王よ。」

  ....あ、これは完全におちょくってますわ...。

「(...邪魔しちゃいけないし、クロノの所にでも行くか。)」

  多分、クロノもクロノで忙しいと思うけど。





「...何をしてるんだ?」

「ん?君か...。いや、とりあえず分かった事をまとめているんだが...彼女達...ギアーズの二人については、どうしてもロストロギア扱いになるんだ。」

「死触によって汚染された土地を復興させるための機械で作られた存在...か。しかも魔法も使えるのなら、そりゃあロストロギア扱いだな。」

  そこら辺の事でクロノは滅茶苦茶頭を悩ませていた。

「...忙しそうだし、僕は退散するね。」

「そうしてくれ...。今すぐにでも報告書に書く事を放棄したい....!というか帝が目覚めたらまた説明しなきゃならんのか...!」

  ...あー、うん、頑張れとしか言いようがないな....。
  というか王牙やっぱり撃墜されてたのな。

「....ちょっといいか?」

「うん?」

  話しかけられたので、そっちを向くと織崎がいた。
  ...そういえばさっきは緋雪や椿たちの方に行ってたな。
  一体なんの用なんだ?大体察しがついたけど。

「二人だけの話にしたい。こっちに来てくれ。」

「あー、分かった。」

  変に勘違いするようなら適当にあしらっておくか。面倒だし。





「...単刀直入に言おう。お前は転生者か?」

「....やっぱりその質問か...。」

  いや、もうわかりきってた事だけどね?
  改めて言われると面倒臭さ倍増って言うか。

「そう答えるって事は、やっぱり転生者か...。」

「どうせ、緋雪たちにも聞きに行ってたんだろう?さっき話しかけてたの見たし。」

  椿たちはいい迷惑だろうな。身に覚えのない事を言われるんだから。

「...いや、探ろうとしただけだ。やりとりを見てそうではないと思ったが。」

「なんだ。...で、イレギュラーな僕に直接聞きに来たって事か?」

  多分、緋雪たち全員を僕が転生者な事によるイレギュラーだと考えたんだろうな。

「そう言う事だ。それで、お前はこの世界で何をしようと...。」

「平穏に暮らす。以上だ。悪いが今は緊急時で考えるべき事が多い。じゃあな。」

  簡潔に伝え、すぐに皆がいる方へと戻る。
  どうせ、どんな風に答えても疑ってくるような奴だし。

「.....怪しいな.....。」

  ...ほら、簡潔に答えただけでもこれだ。





「(...あ、そういえばヴィヴィオとアインハルト、マテリアルの三人は魅了に掛かってなかったよな?)」

  チラッと状態を視た感じでは正常だったはずだが...。

「(....ま、耐性でもあるんだろ。司さんも似たようなものだし。緋雪は違うけど。)」

  ...それよりもこれからの事だ。
  U-Dをなんとかするのも相当重要な事だが、どうも嫌な予感がする...。
  無事に未来に帰れたらいいんだが...。

「おいクロノ!今はどうなっている!」

  ....あ、王牙が目を覚ましてやってきた。

「帝か...。実はな....。」

  クロノが簡単に説明していく。
  王牙の顔が百面相のように変わるが、気にしないでおこう。
  どうせ碌な事考えてないし。

「―――と言う訳だ。」

「なるほど...なんだ、俺がやれば楽勝じゃねぇか。」

「君のその自信はどこから来るんだ....。」

  クロノ言うとおりだな。おそらく闇の欠片に撃墜されたんだろ?
  なのに、どうやって闇の欠片が束になっても勝てなさそうなU-Dに対して楽勝って言えるんだよ...。

  その後は、一度僕の方を睨んできたけど、気にせずに緋雪たちに言い寄ってた。
  緋雪たちは一蹴してたけど。







「...では、詳しい作戦を伝える。」

  再びクロノの招集がかかり、皆が集まる。

「カートリッジシステムを持つ者は皆一つずつ彼女達から貰っておくように。余ったのは彼女達が持っておけばいいだろう。」

「次に、U-Dに関してだけど実は少し前のあの戦闘で最後はサーチャーが全部壊されちゃってね。居場所が分からないの。だから、手分けして捜索するよ。」

  クロノ、エイミィさんの順にそう言う。

「手分けに関してだが...こちらで用意したグループに分かれてもらう。そしてU-Dを見つけたら連絡を入れてくれ。決してすぐに手を出さないように。」

  クロノは特に王牙に対して強く言う。
  ...まぁ、この中で一番先走りそうだしな。

「全員..は難しくとも、主力になる者達が集まれば攻撃開始だ。ユーノ達妨害組がバインドでできるだけ動きを阻害。カートリッジがない、決定的火力がない者は同じく動きを阻害するように援護してくれ。そして、決定的火力がある者はできればU-Dを怯ませてくれると助かる。後はカートリッジがある者で弱体化。弱体化に成功したらカートリッジがある者も火力があれば攻撃、なければ援護に回ってくれ。....いいな?」

「「「「「はいっ!!」」」」」

  クロノの指示にほぼ全員が元気よく返事をする。

「捜索する際に、闇の欠片に接触する場合、できれば倒しておいてくれ。...と言っても、闇の欠片は基本的に捜索の邪魔になるから結果的に倒す事がほとんどだろう。」

  そう言ってグループに分けられていく。
  いちいち全員のを確認してられないので、身内のだけ確認しておく。

「(僕は緋雪、司さんと一緒か。...で、椿は葵、ヴィヴィオ、アインハルトと同じグループ。)」

  何ともまぁ、未来組でほとんど固めたな。
  ちなみに、大体が三人グループで、葵はユニゾンデバイスで椿が飛ぶには葵が必要なので特別に四人グループだそうだ。

「では解散!決して無理はするなよ!!」

  そう言ってクロノはユーノ、王牙と共に一足先に捜索に行った。
  ....にしてもクロノのグループ、どう考えても王牙を抑制するためだよな...。

「...緋雪、司さん、僕らも行くよ。」

「うん!」

「よろしくね。二人共。」

  僕らも転送ポートを使って転移する。

「(.....なんだろうか、この胸騒ぎは....。)」

  ....途轍もない不安を抱えながらも、僕は捜索へと向かった。









       =椿side=



「では、私達も行くわよ。」

「うん!」

「お願いします。」

  私を先頭に、ヴィヴィオとアインハルトが返事をする。

『じゃあ、転移いっくよー!』

  そして、ユニゾンした葵の言葉と共に、私達は転移した。





「...そういえば、闇の欠片って偽物が出るんだよね?」

「急にどうしたのよ?」

  ヴィヴィオが転移先で飛行中にそんな事を聞いてきた。

「妖の偽物とは戦ったけど、私達魔導師とかの偽物とは戦ってないなぁ...って。」

「...負の面を強くした状態らしいから、出会っても何の得もないわよ。」

  まぁ、稀に違う場合があるらしいけど...。

「...と、言ってる傍からいたわよ。」

「えっ...?....あ、私だ。」

  遠くの方に、ヴィヴィオと同じような姿をした者がいる。

「っ...!?...いえ!あれはヴィヴィオさんではありません!」

「えっ...?」

「....そうね。魂の雰囲気が違うわ。」

  姿こそヴィヴィオに似ているものの、魂の雰囲気が違った。
  ...闇の欠片なのだから、魂なんてないんだけどね。

「....あれは聖王オリヴィエ、その闇の欠片です....!」

「わ、私のご先祖様!?」

  聖王...また知らない単語が出て来たわね。
  ヴィヴィオの先祖らしいけど...。

「...すいません。おそらくあの闇の欠片は私の...クラウスの記憶から生まれたものだと思います。」

「アインハルトさんの謝る事じゃないよ!」

「どの道、誰かの記憶を読み取って闇の欠片は現れるわ。」

  ...むしろ、“あの子”じゃないだけマシかもしれないわ。
  “あの子”の場合は魔力じゃなくて霊力だから大丈夫かもしれないけど。

「.....ごめんなさい。」

「....えっ?」

  どの道倒すので、接近していくと、聖王とやらの闇の欠片が突然謝罪の言葉を発した。

「ごめんなさい。貴女を、狂気の道から救う事ができませんでした....ごめんなさい...!」

「っ......!」

「...どういうことなの?」

  誰かに謝るように呟く闇の欠片。
  その言葉にアインハルトが少し動揺したのを、私は見逃さなかった。

「...聖王オリヴィエ...と言ったわね。貴女は今、夢を見ているようなものよ。さっさと現へと還りなさい。」

「えっ?椿お姉ちゃん!?あっ....。」

  アインハルトの動揺からするに、あまり思い出したくない事でもあるのだろう。
  だから私は容赦なく矢で闇の欠片の頭を撃ち抜いた。

「...容赦ないなぁ...相変わらず...。」

『あたしにもよく矢を射るからね。』

「あんたは射ぬいても死なないでしょうが...。」

  しかも大抵の場合は偽物だし。
  ...というか相変わらずってなによヴィヴィオ!?
  そ、そこまで容赦なくないわよ!....優輝とかには....多分...。

「....()()()()....。」

「....アインハルト。」

「っ、は、はいっ!?」

「...行くわよ。」

「....はい。」

  ....本当に、何があったのかしらね。





「...さっきから出てくるのは闇の欠片...しかも妖のばかりね。」

「あぅー...偶に気味悪いのが出てくるよー。」

  まぁ、U-Dを見つけた所で私達では敵わないのだから別にいいのだけどね。

「....誰か見つけたわ。今まで見た事ない奴ね。」

「ふえー...相変わらず椿お姉ちゃんは目がいいなぁ...。」

  弓を扱うのだから、遠くは見れるようになっておかないとね。

『あ、こっち来るよ!』

「っ....一応、警戒はしておいてね。」

  ヴィヴィオとアインハルトにそう呼びかけておく。
  ...だって、私の見えている人間、明らかに見た目が禍々しいもの。

「....っ!やっぱり椿さん!ヴィヴィオとアインハルトも!」

「....へ?」

  私達が誰か分かる距離になって、やってきた“彼”は開口一番にそう言った。

「.....誰?アインハルトさん、知り合い?」

「いえ...記憶にありません。」

「でもヴィヴィオとアインハルトを知っている...。...もしかして未来の住人かしら?」

  少なくともそれは合ってるはず。

「えっ.....?」

『と、トーマ、やっぱり何かおかしいよ!』

「最初は緋雪さんそっくりの誰かで、次に俺たちの偽物...あーもう訳わかんねぇ!」

  近くまで来て私達の声が聞こえたのか、固まる彼。
  それより、葵みたいに頭に響くような声と、気になる単語が...。

「(緋雪の偽物.....優輝の危惧してた事が起きたのかしら...?)」

  ふと、そんな事を考えるが、今は置いておこう。

「...あなた達が誰かは分からないけど、あなた達は未来から来たのよね?確認するわ。今は新暦66年よ。」

「ろ、66年!?81年じゃなくて!?」

  じゅ、15年後....ヴィヴィオ達より未来じゃない。
  道理でヴィヴィオ達を知っているのにヴィヴィオ達は知らない訳ね。

「...一応、自己紹介してくれないかしら?ここにいる私達はあなた達より過去の人物なのだから。」

「わ、分かりました...。えっと、俺はトーマ・アヴェニール。」

『リリィ・シュトロゼックだよ。』

  名前が分からずにずっと“彼”と呼ぶのも忍びないので、名前を聞いておく。
  ...さっきから聞こえる声は、葵と同じユニゾンデバイスなのかしら?

「トーマ...もしかしてあのトーマ!?」

「知っているのですか?」

  ヴィヴィオはトーマとやらの名前を知っているみたいね。

「で、でも、私の知ってるトーマはもっとちっちゃいし...。」

「...それぞれ違う時間から来ているのなら、相違点なんてあるに決まってるわよ...。人間なら、成長とかもあるから余計に。」

  ....私は式姫以前に草の神だからもう体は成長しないけどね!
  .......自分で言って悲しくなったわ....。
  ち、小さいって訳じゃないわよ!?

「....とりあえず、葵。クロノに連絡入れておいて。私達以外にも未来から来た人がいたって。」

『りょーかい。すぐにでも通信するよー。』

  とりあえず簡潔に説明はしておこうかしら?

「あなた達、さっき偽物とか言ってたわね?無事で済んでるところを見るに、それなりに強いか逃げ足は速いと判断するわ。」

「そ、そうだ、あの偽物は一体....?」

  トーマも気になるのか、私達に尋ねるような顔をする。

「その偽物は“闇の欠片”と呼ばれるものよ。人の記憶から偽物が作りだされるから、色々と厄介よ。....例えば...。」

  すぐに私は下へと矢を放つ。

「....あれみたいにね。」

「なにあれ!?虎?いや....えっと、何!?」

「鵺よ。」

  確かに体は虎に見えるわね。

「鵺...ですか?」

「...あなた達は異世界の住人だから知らないのも無理ないわね。...鵺と言うのは昔、この日本に存在していた妖...あなた達でいう魔法生物の一種よ。」

  これもまた、私か葵の記憶から....ね。

「鵺と言うのは正体が分からない妖として有名で、本当の姿は誰にも分からないわ。虎だったり、猿だったり、鳥に見えたという人もいたわ。」

「じゃ、じゃああれが本当の姿?」

「...いえ、あれもまた、鵺の多面性の一つかもしれないわ。...つまり、先程挙げた動物の要素も持ってるかもしれない。...気を付けなさい!!」

  そう言うや否や、もう一度矢を放つ。
  しかし、その矢は鵺の爪によって弾かれる。

「っ....ようやく手応えのある妖が現れたって所ね....。」

「...でも、あれ飛べないんじゃ....。」

  ヴィヴィオがそう呟いた瞬間、鵺の背に烏の羽が生え、私達の所まで飛んできた。

「え、えぇえええええええ!!?」

「鵺は鳥の要素も持ってるって言ったわよ!いいから早く戦闘態勢取りなさい!トーマも!」

「は、はい!!」

  恐らく、鵺程の相手となると弱体化した私だと苦戦するかもしれない。
  ...いえ、地上に降りて葵と二人掛かりなら簡単に倒せるけど...。

「本物と比べれば、とんでもなく弱いわよ!落ち着いて戦えば苦戦しないわ!」

  鵺は飛べるとはいえ、空中戦には私同様慣れていない。
  だから、そこに付けこめば無傷で倒せるだろう。

「爪の攻撃と牙の攻撃、そして溜めに入った時は注意しなさい!」

「は、はい!」

  攻撃の注意点を教え、私は弓で援護をする。

「(このままなら―――!)」

   ―――“泣けなかった”

「っ!?きゃぁあっ!?」

「ヴィヴィオさん!」

  瞬間、ヴィヴィオは薙ぎ払うかのような腕の一振りに吹き飛ばされた。
  ...ギリギリで直撃は避けたみたいだけど....!

『かやちゃん!こいつは....!』

「...ええ。...訂正よ!こいつは鵺じゃない...正しくは、鵺の記憶よ!」

「記憶?」

「...鵺は陰陽師...あなた達で言う魔導師ね。それを取り込む事に成功しているわ。そして、今相手にしているのは、その陰陽師の“死をもたらした妖”として強化された記憶よ。」

  ...その記憶の中心は、(すず)...“あの子”の先輩にあたる人物...。
  だから、アレの想いから来る強さに飲み込まれてはいけない...!

   ―――“東の方角を見ている”

「っ....!全員!防御魔法よ!!」

   ―――“帰りたかった”

  私が指示を飛ばし、全員が防御魔法を張ると同時に、悲しい想いが呪いの塊として私達を襲った。

「『なに...?これ....?』」

「『気をしっかり持ちなさい。....所詮は偽物よ。』」

  ヴィヴィオ達は苦しそうだが、こんなの、本物に比べたらどうってことない。

「....悪いわね。私達のどちらかの記憶から出てきたのだろうけど...貴女は、もう解放されてるのよ。すぐに夢から覚めなさい。」

  レイピアを構え、一気に接近、連撃を繰り出し、置き土産に“火炎”の御札を置いて行く。
  さらに間合いを取る際に身を翻しながら弓を構え、“弓技・瞬矢”を撃ちこむ。

「.....葵!」

『....“呪黒剣”!!』

  鵺の足元から大量の黒い剣が生え、鵺を串刺しにする。
  ....それだけで終わったのか、鵺は消え去る。

「....鵺の記憶は特別、人の精神へと影響を与えるわ。...少し、あなた達には荷が重かったかしらね。」

「...椿、お姉ちゃん....。」

「いえ...大丈夫です。」

「なんとか...行けます。」

  ヴィヴィオは少しきつそうだけど、アインハルトとトーマは何かで慣れたのか幾分かマシだった。...これなら大丈夫そうね。

「っ....。」

『...かやちゃん。』

  そう思った矢先、私は下に広がる街中にとある人影を見つける。
  ...葵も気づいたようね。

「『.....行くわよ。地上に降りたらユニゾンは解除よ。』」

『分かってる。』

  ヴィヴィオ達を置いて一度私達は地上に降りる。
  ...そして、地上に降りると同時に葵がユニゾンを解除する。

「...薄々出るとは思ってたけど。」

「案の定...だったね。」

  私達の目線の先には、桃色と薄桃色の縞模様のような着物に赤い袴を着ており、くせっ毛な紫の長髪の頭に赤いリボンを付けた少女がいた。リボンからは少し髪の毛がちょこんと出ている。
  ....間違い、ないわね...。

「.....()()()....。」

「....ん....あれ...?」

  “あの子”の...彼女の名前を呼ぶと、彼女はこちらに気付く。

「...椿ちゃん、葵ちゃん?」

「....あの日以来ね。とこよ。」

  有城(ゆうき)とこよ....江戸時代、幽世の大門を閉じた要因の人物として陰陽師の間では知られている陰陽師。
  けど、彼女は幽世の大門が閉じられたと知れ渡った時にはもう行方不明となっていた。
  私と葵は、幽世の大門を閉じに行く前に重傷を負って、それ以来会えなかったのよね。

「ん~....ねぇ、ここどこか分かる?」

「....ここは200年以上未来の日本よ。」

「未来...?」

  本来なら、すぐにでも彼女は倒した方がいいのだろう。
  ...けど、懐かしさからつい私は彼女と話してしまう。

「...ねぇ、とこよちゃん。一度、全力で勝負しようよ。」

「実力が一歩足りなかったが故に、私達は重傷を負った。でも、私達は強くなろうと努力してきた。...その成果を見てほしいのよ。」

「成果...うん、わかったよ。」

  自身の状況があやふやにしか考えられないのか、明らかにおかしい私達の提案にあっさり承諾するとこよ。

「...今の貴女は夢の中にいるようなもの。...全力で来なさい。」

「その分、私達も全力で行くよ。」

  私が弓を、葵がレイピアを構える。
  すると、とこよも差していた刀を構える。

「「.....いくわよ/いくよ!!」」

「うん!!」

  そして、私達はとこよへと攻撃を開始した。





 
 

 
後書き
無駄なオリジナル展開になりましたがここまでです。
...い、一応椿たちが前の主に未練があるって言う意味で出したから...。(震え声)

トーマは過去に来て早々に緋雪の闇の欠片(?)に襲われたので、状況把握ができないまま椿たちの所まで逃げてきた感じです。なので、トーマの闇の欠片とは戦ってますが、過去に来た事を把握しきれてません。
...あ、Forceはにわかどころか全然知らないので、原作と違う所があっても優輝たちがいる事による変化と捉えたりして妥協してくれればありがたいです。

後半に出てきた彼女は、自分のかくりよの門でのアバターの姿です。公式四コマの髪の色を紫に変えただけですね。(詳しくは“式姫四コマ”の277話辺りか、かくりよの門のトップの右上にいるキャラ。) 

 

第34話「イレギュラー」

 
前書き
イレギュラーって言っても転生者じゃありません。
作戦でのイレギュラーです。 

 






  数百年前、古代ベルカ戦乱時代。

  とある国に、一人の少女と少年がいました。

  二人は仲が良く、幼馴染としてすくすくと成長していきました。

  しかし、時は戦乱。当時王子だった少年は、父親が死んだ事により、王になりました。

  少女は少年と違い、貴族ですらなかったため、なかなか会えなくなりました。

  しかし、少年はそれでも王の義務の合間に少女と会うようにしていました。

  少女は少年に申し訳なく思いましたが、同時に嬉しくもありました。

  もちろん、少年は王としての責務も果たし、国民からの信頼も厚かったです。

  国民を導き、兵を導き、戦乱の世の中を見事に生き抜いていきました。

  そんな少年の事を国民は“導王”と呼び称えました。



  彼が導王として有名となりしばらくした時の事です。

  非人道的な実験をしている組織に、彼女が攫われる事件が起きてしまいました。

  実験の内容は“吸血鬼化”。

  血を吸い、驚異的な身体能力を持つ化け物を戦場に放つための実験でした。

  彼は彼女が攫われた事にいち早く気が付き、すぐに騎士を編成し救出に向かいました。

  しかし、辿り着いた時、彼女は実験による暴走で暴れ回っていました。

  彼はその事に動揺しつつも、何とか彼女を正気に戻す事に成功します。

  ...けど、手遅れでした。

  実験自体は既に行われており、彼女は吸血鬼となってしまいました。

  血を欲し、異常なまでの身体能力に、国民たちは彼女を恐れました。

  彼女もまた自身の体に怯え、いつもいつも泣いていました。

  そんな彼女を救ったのは、やはり彼でした。

  彼は自身の城に彼女を匿い、何度も何度も大丈夫だと励ましました。

  しかし、またもや彼女は暴走してしまいました。

  血を欲する“吸血衝動”に耐えられなくなったのでしょう。

  そのことにより、さらに彼女は国民から恐れられ、敵視されました。

  彼女を庇う人は徐々に減っていきました。



  しばらくして、彼女を庇う人はほとんどいなくなってしまいました。

  彼女を庇い続ける彼も、徐々に国民からの信頼がなくなっていきました。

  それでも、彼は数少ない友人...聖王と覇王と共に彼女を助けようとしました。

  ....だからこそ、必然的に起こった事件なのかもしれません。

  彼への信頼をなくし、反逆を始めた国民が、攻めてきた国に寝返ったのです。

  さらには、偶然が重なり、彼女も暴走してしまいました。

  彼は、別の国の王である聖王と覇王に助けを求める事もできませんでした。

  それでも彼は、数少ない兵で襲撃を足止めし、彼女を止めに行きました。



  ....結果は、悲惨でした。

  幾度にも重なる暴走と、自身への恐怖に、心が壊れてしまったのでしょう。

  狂気に完全に呑まれてしまった彼女に、彼は殺されてしまいました。

  もう、正気に戻る事のない彼女は、まず故郷と攻めてきた国を滅ぼしました。

  狂気に嗤い、破壊を楽しむかのように。悪逆の限りを尽くしました。

  ....もう、誰も彼女を止められませんでした。



  それは、導王の友人であった聖王と覇王にもその事は知れ渡りました。

  すぐさま聖王と覇王は共闘し、彼女の討伐へと足を運びました。

  ...既に、彼女によって殺された者は数え切れず、世界中の人々に恐れられていました。

  人々を虐殺し、狂ったように嗤う彼女。

  恐怖と畏怖を込め、人々は彼女を“狂王”と呼びました。

  聖王と覇王が駆け付けた所には、殺された無惨な死体が積み重なっていました。

  そして、聖王と覇王は彼女へと挑みます。

  ...深い悲しみと狂気を、終わらせるために....。



  長い死闘の末、聖王と覇王は彼女を討つ事に成功しました。

  ....狂気による悲劇は、ここで幕を降ろしたのです。



  歴史には、彼女の事が悲劇を生み出した悪魔として語られています。

  曰く、彼女は最初から導王を殺すつもりだった。

  曰く、ほぼ全て彼女が自ら望んだ事だった。

  ....など、導王を殺した事により、彼女は恩人を殺した悪魔として語られました。

  それは史実であると思われ、どの文献を見ても、同じように記されていました。



  何もかもを殺し、破壊し、狂気の赴くままにベルカを混乱に陥れた狂王。







   ―――....しかし、本当に彼女は狂っていたのでしょうか...?









       =椿side=



「はぁぁああああっ!」

「くっ...はっ!」

  葵が連続で刺突を繰り出し、とこよがそれを躱してから反撃の一撃を繰り出す。

「させないわよ!」

「くぅっ...!」

  それを私が矢を放つ事で妨害する。

「っ....これならどう!?」

  飛び退き、間合いを取ったとこよは御札を三枚取り出し、私達に投げつけた。
  それに込められていた術式は“火炎”“氷柱”“風車”の三つ。

「......っ!」

   ―――“刀技・黒曜の構え”

  三つの属性故、不用意の防御じゃ意味がない。
  だから、どの攻撃にも対処がしやすい構えを葵は取って...。

「...はっ!!」

  全てを切り裂いた。

「...喰らいなさい。」

   ―――“弓技・矢の雨”

「っと、“扇技・護法障壁”!」

  私が放った矢の雨をとこよは扇を使って張った霊力の障壁で....って、あれ?

「(....霊力が、感じられない...?)」

「くぅうう....!」

  しかも、簡単に防げるはずの攻撃を、とこよはギリギリで防ぎきる。

「....そういう..事。」

  偽物だから、どこか本物とは違うって分かってた。
  ただ未練があったからこうやって出現したのも分かってた。

  ...けど....。

()()()()()()()()()()だなんて、ちょっと私達陰陽師を舐めすぎよ。闇の欠片。私達に対して喧嘩売ってるのかしら?」

「...かやちゃんも気づいてたんだね。...本当、全然質が違うのに、再現できる訳ないのに。」

「....そうだよね。」

  私と葵のその言葉に、とこよの闇の欠片が同意した。

「...うん。今が夢のような感覚で、私は偽物だって言う事、分かってるよ。」

「....あんた....。」

「私は二人の大事な記憶で、未練。再現度も高くなるよ。...能力以外はね。」

  まさか、自身が偽物だと自覚しているとは思わなかった。

「...じゃあね、二人共。最後に、奥義を見せてくれると嬉しいな。」

「....葵。」

「うん。分かったよ。」

  私は矢を番えて狙いを定め、葵はレイピアを居合のように構える。

「“弓奥義・朱雀落”!」

「“刀奥義・一閃”!」

  私が焔に包まれた矢を放ち、それが命中する瞬間に、葵が霊力を込めた強力な一閃を放つ。
  それらは、とこよの胸と首へと吸い込まれ、とこよは何も言わずにそのまま消えた。

「.....未練、ありすぎね。」

「そう...だね。」

  いつも明るい...明るすぎる葵も、少し暗くなっている。

「....あの時と同じ名前を与えられたからかしら?未練が大きくなったのは。」

「そうだねー。優ちゃんのせいかな。」

  ...まぁ、懐かしい気分になれたわね。

「椿お姉ちゃん!葵お姉ちゃん!」

「あら、ヴィヴィオ。どうしたのかしら?」

  上からヴィヴィオが降りてくる。
  ...そういえば、放置してたわね。

「気が付いたら下に降りてたんだもん!しかも戦ってたし!」

「ごめんねー。あたし達が終わらせるべきだったからつい...。」

  葵がヴィヴィオに謝る。
  すると、アインハルトとトーマも降りてきた。

「葵さんから念話で割込まないように言われてたので待機していました。」

「葵..いつの間に...。まぁ、助かったけど。」

  確かにあの戦いは割りこまれたくなかった。
  葵もそれが分かってたから念話で伝えておいたのだろう。

「...まぁ、もう終わったわ。捜索に戻りましょ。」

  そう言って再び葵とユニゾンし、飛び立とうとした。
  その時...。

『すまない、連絡が遅れた。せっかくの連絡の所悪いが、そっちで対処してくれ。アースラに送るのが最善だが、できれば協力してくれると助かる。』

「『了解よ。まぁ、本人に聞いてみるわ。』」

  どうやらクロノ自身が対処する事が出来ないので各自判断になっているらしい。
  ...まぁ、クロノも捜索に参加してるのだし、仕方ないわね。

「...と言う訳よ。トーマ、リリィ、あなた達はどうするのかしら?」

「どうするって言われても....。」

『どうしようか、トーマ?』

  二人は少し悩む。

「....同行します。これでも、俺たちは皆さんに鍛えられたんですから。」

『頑張ろうね、トーマ!』

  少し考えてから、二人は同行する事を決める。

「...そう言う事なら、しっかりついてきなさいよ。」

  そう言って、今度こそ私達は飛び立つ。

「今、私達はU-Dと呼ばれる存在を止めようとしてるわ。そして、今は数名の組に分かれて捜索中なの。」

「は、はぁ....。」

  同行するからには今している事を説明しなくちゃね。
  そういう訳なので、簡潔ながらも伝えておく。

「そして、見つけたら見つからないように他の全員に通達。大体の主力が集まったら攻撃開始よ。」

『役割は大きく分けて四つ。拘束魔法を使ってとにかく動きを阻害する足止め役。援護攻撃による同じく動きを阻害する援護役。U-Dの圧倒的防御を貫ける火力で怯ませる攻撃役。特殊なプログラムでU-Dを弱体化させるために確実に攻撃を入れるべき人達の四つだよ。』

「...あなた達はとりあえず援護に入ってもらうわね。」

「わ、分かりました!」

  二人がどれほどの火力を持ってるか分からないため、一応援護組に振り分けておく。

「じゃあ、行くわよ。」

  一通り説明はしたので、私達は捜索に戻った。







       =優輝side=



「....っと。」

「ぁ..ぐ....。」

  赤毛の三つ編みの少女...確かヴィータだったな。その闇の欠片を倒す。

「...案外見つからないね。」

「闇の欠片が湧いているからか、魔力が充満して探知もできないからかもな。」

  ...それにしても見つからなさすぎる気が...。

「...ふと思ったけどさ、U-Dって次元転移できるんじゃないの?」

「.....あっ。」

  司さんも完全に失念していたらしい。
  ....まずいなこれは。

「一応、できるだけ探索しよう。それで見つからなかったら周囲の世界も捜索だな。」

「あちゃー...そうだよ、闇の欠片が地球にしか出なかったから忘れてた...。U-Dは実質、闇の欠片に関係ないし、次元転移が出来てもおかしくないよ...。」

  失念していた事に、司さんは頭を抱える。

「...一応、クロノ君に伝えておく?」

「そうしておいてくれ緋雪。」

  緋雪に連絡を任せ、僕と司さんで周囲を警戒しつつ捜索する。

「...ねぇ、志導君。今回の作戦、どう思う?」

「作戦?....そうだな、上手く行かないとダメなんだが...。」

  そこでU-Dと戦った時の事を思いだす。

「...敢えて少人数で行くべきだと僕は思うよ。」

「やっぱりそう思う?」

  よくオンラインゲームとかはレイドを組んで大ボスとかに挑んだりするけど、それはボスが大きいからできる事だ。今回のように人と同じぐらいだったら少数精鋭の方がいい。

「人数が多すぎるとかえって連携が取りづらくなるし、U-Dの前でそれは致命的だ。」

「そうだよね。...別に拘束魔法は連携の邪魔にならないからいいけど、それ以外は...。」

「斬りこむのは一人の方がいいし、援護射撃も斬りこむ前には止めるべきだしな。」

  しかし、一人で斬りこむには相当な強さが必要だ。
  ...正直、それって僕ぐらいしかできないんじゃないか?

「...今は考えないでおこう。とりあえず、捜索に戻るよ。」

「...そうだね。」

  緋雪もちょうど連絡をし終わったようだ。

「お兄ちゃん、司さんと何話してたの?」

「いや、大した話じゃないよ。」

  首を傾げる緋雪。まぁ、作戦なって実際やらないと分からないものだけどね。

「さて、U-Dがこの世界にいればいいけd....っ!!?」

     ―――ギィィィイイイン!!!

  横から感じた魔力に、咄嗟にリヒトを剣に変えて、横に逸らすようにぶつける。
  しかし、あまりに強い攻撃だったため、僕は仰け反ってしまう。

「(今のは....矢!?)」

  赤い、魔力の矢。それが僕らを襲った魔法だった。
  ...それも、ほんの小手調べ程度に放たれた。

「なに!?」

「攻撃だ!....あそこにいる!」

「....あれは....わた、し.....?」

  緋雪には見えるのか、攻撃が飛んできた方を見てそう言う。
  ...緋雪の闇の欠片....厄介かもな....!

「っ....!まずい....!」

  強大な魔力と共に、七色の魔力弾が大量に飛んでくる。
  これは...スターボウブレイクか!

「“セイントレイン”!!」

「“スターボウブレイク”!」

  弾幕の如き魔力弾に、司さんと緋雪が対抗して魔力弾を撃つ。
  二つの魔法により、飛んできた弾幕は()()された。
  ...そう、相殺だ。同じ魔法にさらに違う魔法も放たれているのに、相殺止まりだった。

「っ...ここで防御してても意味がない!接近するぞ!」

「「うん!」」

  魔力の足場を蹴り、一気に闇の欠片の方へ駆けて行く。
  二人もついてきて、すぐに闇の欠片の場所へ辿り着いた。

「....あれが...。」

「私の...闇の欠片?」

「嘘...こんな....。」

  緋雪の闇の欠片を見て、その魔力に僕らは息を飲む。
  なにせ、()()()()()()()魔力が大きかったのだから。

〈〈.......!〉〉

「...リヒト?」

「...シャル?」

  何かリヒトとシャルの様子がおかしい。
  緋雪の闇の欠片を確認した途端、なぜか驚いたように点滅した。

〈...いえ、お嬢様。なんでもありません。〉

〈...私達の気のせいですよ。マスター。〉

「...そうか?」

  怪しいとは思ったが、今は目の前の事だ。

「さて...どんな性格になってるやら...。」

「ちょっ、そこを気にしてるの!?」

  ここまで禍々しいと思えるような雰囲気を放ってるんだ。
  それぐらい、少しは気になるだろう?

  そう思って、もう一度闇の欠片を見た時...。





「―――アハ♪」

「「「――――っ.....!!?」」」

  嗤った。そう、嗤った。
  ただ...ただそれだけなのに、途轍もない悪寒が走った。

「さっきの防いできたんだぁ...ちょっとは強いのかな?」

「っ.....ぁあっ!!」

  あまりの悪寒に、咄嗟に僕は間合いを詰めてリヒトを振るう。

〈いけません!マスター!!〉

「っ....!」

  突きだしたリヒトをあっさり()()で受け止められ、そのまま無理矢理横に受け流される。
  そして、もう片方の手の爪で一閃してきたのを、ギリギリ体を仰け反らす事で回避する。

「危...ねぇ....!」

  目の前を爪が通り過ぎた事でその威力を察する。
  これは...まともに受けたら死ぬ....!

「....あれ...?」

  僕を見て一瞬固まったのを好機に、一気に身体強化をして掴まれていたリヒトを闇の欠片の手から引きはがす。

「....()()()...?」

「え.....?」

  緋雪の闇の欠片が、僕を見てそう呟いた。

「(ムート...?なんの事だ...?)」

  とにかく、その場に留まるのは危険なので、緋雪たちの所まで下がる。

「....違う、違う...。ムートがこんな所にいる訳がない。いるはずがない。だって、だってだってだって!ムートは私が...私が....。」



   ―――殺したんだもの....!

「っ......!」

  狂気の笑みに歪んだ顔を見て、またもや悪寒が走る。

〈...ムート...Mut...“勇気”のドイツ語です。文字は違いますが...発音はマスター、貴方と同じです。〉

「...まさか...偶然...なのか.....?」

  リヒトがこういうのなら、ムートと言うのは人物名なのだろう。
  そして、僕の名前と共通点がある。

〈....ムートは、私の...前の主です。〉

「なっ....!?」

  何かが、繋がった。
  リヒトと初めて会った時、“ようやく巡り合えた”と言う言葉。
  僕の知らないはずの“導王流”がなぜか扱えること。
  ムートと、僕の名前に共通点がある事。
  ...そして、リヒトの前の主が、ムートだという事。

「(つまり....つまり.....!)」



   ―――僕はかつて、ムートだった....?

「(っ....!ありえないありえない!例えそうだったとたら、前世の記憶はなんだ!?僕は前世から転生して今まで生きてきた記憶もある!“ムート”だった時の記憶なんてない!)」

  混乱する。ありえない話だ。だけど、辻褄が合う。
  転生とか、記憶とか、何がおかしくて、なにが正しいのか、分からなくなる。

「お兄ちゃん!!」

「っ!」

  瞬間、体を逸らして爪の一閃を避ける。
  ...緋雪の声がなかったらヤバかった....!

「志導君!しっかりして!」

「っ....!」

  司さんの呼びかけと共に飛び退き、置き土産に剣を創造して放っておく。
  ...が、あっさり剣は砕かれた。

「あは、あは、あははははははははは!!」

「ぐっ...!っぁ、く、ぅう....!」

  何度も振るわれる闇の欠片の爪を、リヒトで何とか受け流す。
  しかし、一撃一撃が重い....!
  かつてのクルーアル以上だ....!

「お兄ちゃん!くっ、この....!」

〈“レーヴァテイン”〉

  僕が少し間合いを離した瞬間に、闇の欠片を阻むように炎の剣が振られる。

「...捕らえよ、戒めの鎖...!」

〈“Warning chain(ワーニングチェーン)”〉

  さらに、光の鎖が闇の欠片を捕らえ、拘束する。

「っ..邪魔っ!」

「嘘っ!?」

  しかし、その鎖は無理矢理引きちぎられる。

「フォイア!」

「っ!」

     ―――ギギギギィン!!

  その間に僕は四つの剣を創造し、それらを射出する。
  しかし、それらは爪の一閃により全て砕かれた。

「もう...一度!!」

〈“Warning chain(ワーニングチェーン)”〉

  そこで司さんがもう一度拘束魔法を使い、捕らえる。
  今度はさっきよりも量が多く、破られないようにした。

「っ...!っ....!!」

「...つ、捕まえた...!」

  さすがに今度は外せないらしく、身動きが取れないようだ。
  念のために、僕と緋雪も拘束魔法を重ね掛けする。

「....あは..こんなので止めたと思ってるの...?」

「え....?」

「っ...!?二人共!間合いを取って防御!!」

  闇の欠片の手に集まる魔力。
  それを感じ取った瞬間、僕は二人にそう指示を出し、防御魔法を張った。

「“ツェアシュテールング”!!」

     ―――ドォオオオオオン!!!

  大爆発が起き、僕らは吹き飛ばされる。
  また、僕の拘束魔法が破られたのを感知した。
  今の魔法は拘束魔法を壊すためのものだったのだろう。

「ぐっ....!」

  爆発の煙幕で周りが見えなくなる。
  すると、闇の欠片に動きがあった。

「(....っ!緋雪を狙ってる!?)させるかっ!!」

  煙幕の範囲から外れた所にいる緋雪に向けて、僕は跳ぶ。

「....あはっ♪」

「え...っ!?」

「緋雪っ!!」

  緋雪目掛けて手を突きだす闇の欠片に向けて、思いっきりリヒトを振う。

「っ、邪魔!」

「ぐっ...!」

〈“Beschleunigung(ビシュライニーグーン)”〉

  防御魔法で防がれ、それと拮抗した所を爪で一閃される。
  なんとか躱し、加速魔法で緋雪を連れて間合いを離す。

「見つけた....やぁっと見つけた....!」

「(今のは緋雪を意図的に狙ったのか...!?)」

  明らかにあれは偶然ではなく、緋雪を狙っていた。
  なぜだ?素体となった人物だからか?
  ...いや、理由にならないはずだ。
  闇の欠片は負の感情を増幅させるが、だからと言って緋雪が自分を怨む出来事はなかった。

「(なにか、別の理由が....。)」

  ...いや、待てよ?
  アレが緋雪の闇の欠片とは限らないんじゃ...?
  ムートと言う知らない人物名が出た以上、緋雪に似ているだけの誰かの可能性が...?

「この曖昧な記憶。夢のようなあやふやな思考...そうだよ。私はただの()。本物じゃないんだよ。...ふふ...あはは....!」

「ひっ.....!?」

  よくわからない事を呟き、またもや嗤う。
  それに緋雪は怯える。

「思い出させてあげる!さぁ、泡沫の夢から覚めなよ!」

「っ....!」

  僕になんぞ見向きもせずに、緋雪へと闇の欠片は迫ってくる。

「させ...ない.....!」

「っ...またお前...!」

  そこを司さんが再び拘束魔法で止める。

「くぅぅ....!」

「緋雪、逃げろ。...ここは僕と司さんが。」

「え...でも....。」

  緋雪にそう呼びかけるが、突然言われても心配なのだろう。
  緋雪は逃げるのを渋る。

「なぜかは分からんが、狙いは緋雪、お前だ!だから、早く逃げろ!!」

  攻撃力だけならU-D並の脅威だ。油断は一切できない....!

「でも...お兄ちゃんと司さんは...!」

「....二人掛かりなら、何とかなるさ...!」

  その時、司さんの拘束魔法がまた引きちぎられたので、僕は斬りかかる。

「行け!僕らが足止めしている内に!」

「っ....!」

  押し切られそうになる程の力による攻撃を、何とか受け流しながら緋雪にそう言う。
  緋雪は僕らを心配そうにしながらも、言うとおりに逃げてくれた。

「『司さん、アースラに映像は?』」

『さっきサーチャーを飛ばしたから送ってるよ。』

  ...よし、これで他の人達にも情報は行きわたるはず。
  後は....。

「っ、がっ、ぐぅ....!」

「あは!あははは!それそれそれそれぇ!!」

  爪による乱撃をぎりぎりで受け流し続ける。
  くそ...!デタラメすぎる力だ...!

「聖なる光よ!槍となりて、敵を貫け!」

〈“Holy lancer(ホーリーランサー)”〉

  光の槍のような魔力弾が闇の欠片に襲い掛かり、僕の負担が少し軽くなる。

「だからぁ....!」

「っ....!(まずい...!?)」

「邪魔だって言ってるでしょ!!」

   ―――“Lævateinn(レーヴァテイン)

  闇の欠片の手に、炎が揺らめくような大剣が現れ、振るわれる。
  咄嗟に僕らは回避と防御魔法を同時に行う。

「ガッ....!?」

「きゃあっ!?」

  しかし、僅かに間に合わず、防御魔法を砕かれ、僕らは吹き飛ばされる。

「....あは♪逃がさない...!」

「くっ...待て....!」

  緋雪は既に逃げてるから、追いつかれるのには時間がかかる。
  ...そんな考えは甘かった。

「転移...魔法....!?」

「あはっ、じゃあね。」

  僕らを見下すように、嘲笑うように転移していく。

「くそっ....!」

「ま、待って!」

  僕も急いで転移魔法を使い、緋雪の下へと急ぐ。
  司さんを置いて行く結果になったけど、この際構わない!





「―――緋雪っ!!」

  転移魔法で跳び、辿り着いた先には...。

「っ、ああっ!?」

「あはっ、いっただっきまーす。」

  爪で緋雪の攻撃を弾き、緋雪に迫ろうとしている闇の欠片の姿があった。

「緋雪ぃいいいっ!!!」

「.......。」

「っ、しまっ....!?」

     ―――ドォオオオオン!!

  咄嗟の事だったからか、判断を見誤り、闇の欠片の“破壊の瞳”による爆発を避けきれずに喰らってしまう。

「あ、あああああああああああ!!??」

「っぁ...緋雪....!!」

  爆発の煙幕で見えないが、緋雪が闇の欠片に何かされてしまう。

『お兄...ちゃん.....。』

「くそっ...ぁあっ!!」

  魔力を一時的に放出し、煙幕を吹き飛ばす。
  すぐさま緋雪のいる方に跳ぶ。

「緋ゆk....っ!?」

「.....。」

  闇の欠片はいない。だけど闇の欠片が放っていた魔力は感じられる。

  ....なぜか、()()()()

「....アハ♪」

「っ....!!」

     ―――ギィイン!!

「ガッ....!?」

  緋雪の持つシャルが振るわれ、僕はリヒトで受け止めるも吹き飛ばされる。

「...嘘....だろ....!?」

「あは、あはは、あはははははははははははははは!!」











   ―――緋雪が....乗っ取られた....!?









 
 

 
後書き
Warning chain(ワーニングチェーン)…司の扱う拘束魔法。チェーンバインドの上位互換みたいなもので、強度もなかなかの強度。“戒め”と“鎖”の英語訳。
Beschleunigung(ビシュライニーグーン)…優輝の扱う高速移動魔法。“加速”のドイツ語で、瞬間的にはフェイトの高速移動魔法に匹敵する。
Holy lancer(ホーリーランサー)…司の射撃魔法。誘導性、速射性共になのはのディバインシューター以上。

...ようやくこの章もクライマックスに入っていきます。
...え?U-D?...あっちもあっちでクライマックスになりますよ。(震え声)
まぁ、もう少し先ですけど。 

 

第35話「狂気に堕ちし緋き雪」

 
前書き
余談ですが、もし優輝たちや転生者がいないと、この世界は間違いなくバッドエンドになります。
U-Dがとんでもなく強化されているので、誰も勝てません。(というか勝ててもその前に誰かが死ぬ。)
他にも、“カタストロフ”が襲ってきた時に、椿や葵、那美さんが死に、久遠が再び祟りを振りまくなど、ガチでやばい展開になります。 

 






       =緋雪side=







「(....あ...れ...?わた...し....?)」

  意識がぼやける。私が何をしていたのか、それが分からなくなる。

「(...そうだ...私は....。)」

  寸前までの記憶をなんとか思い出しかける。
  ...その時、何かの光景がよぎった。



  それは、私ではない“私”の記憶。

  忘れていた、忘れる事のできない、悲しい記憶。



「(っ.....!?)」

  夢で見た光景と同じ。

  ...いや、正確には違う光景。だけど、同じ場所の光景だというのが分かった。

   ―――怖い...怖いよ、()()()...。

  その記憶での“私”は、お兄ちゃんに似た“彼”に泣きついていた。

「(確かムートって....。)」

  私の闇の欠片が言っていた....。

  ...場面は移り変わる。

   ―――あは..あはははははは!!もっと!ねぇ!もっと頂戴よ!

「(ひっ....!?)」

  さっきとは打って変わって、私は狂ったように嗤いながら暴れていた。
  “私”と私は同じ視点になってるから、顔とかは分からないはずなのに、私は身震いした。

   ―――....っ、()()()()

   ―――あはは!...あは.....?

  そこへ、“彼”が誰かを引き連れて“私”の所へやってきた。
  そこで“私”も彼に気付く。

   ―――...あはっ♪美味しそうなの見っけ...!

   ―――シュネー!くっ...!オリヴィエ!クラウス!

  しかし、“私”はそのまま“彼”らに襲い掛かる。
  “彼”はそんな“私”を見て、隣にいた二人の男女に声を掛け、戦闘に入った。

「(なに...これ....?)」

  何が起きているのか全く理解できない。..いや、したくない。
  第一、私の今の状況が分からない。

  ...また、場面が移り変わる。



   ―――ひっ....!?....う、うぅ....。

「(ぁ.....。)」

  どこか、街の中で、“私”は周りの視線に怯えていた。

「(...そう、だ。()は....。)」

  ふと、見ている光景と同じ記憶が思い出される。
  ...私の記憶には、こんなのなかったはずなのに。

   ―――うあっ!?

「(やめて...!やめてよ...!)」

  “私”はただ怯えてるだけじゃなく、周りの人達に罵倒され、石を投げられた。
  まるで忌み子のように。化け物を見るかのように。

   ―――シュネー!

   ―――ぅあ....ムート...?

   ―――っ、これは....シュネー、城に来て。

  そう言って“私”は“彼”に連れられて城へと案内された。

「(...なんだろう、安心する...。)」

  “彼”の握る手が、とても安心できた。
  まるで、私がお兄ちゃんに慰められた時とかみたいに。

   ―――...ねぇ、ムート。

   ―――なんだ?シュネー。

   ―――私...ホントにムートの傍にいていいの....?

  場面はまた移り、傍にいてくれる“彼”に“私”は寄り添いながらそう尋ねた。

「(...怖い、不安、嫌だ、泣きたい、助けて....。)」

  ぐちゃぐちゃと、そんな風に掻き混ぜられたような“私”の想いが、私を襲う。
  本来なら私の心が乱されて、混乱するはずだけど、なぜかそれを“普通”だと捉えていた。...なんで....?

   ―――何言ってるんだ。当然、いてもいいに決まってるじゃないか。

   ―――....でも、私、吸血鬼になってしまったし...。

「(吸血鬼...!?)」

  それは、今の私の種族と同じ。
  そういえば、“私”の背中には羽の感触がある。多分、私と同じものだろう。

「(どうして...それに、この光景は....。)」

  私の吸血鬼化の原因は神様に願った特典なはず。
  でも、あまりにも“私”と私の共通点が多すぎて、無関係とは思えない。

   ―――...はい、これ。

   ―――これは...?

  “私”は“彼”にあるものを渡される。

「(あ、これって....。)」

   ―――シュネーのお守り。きっと守ってくれるよ。

   ―――....いいの?

   ―――ああ。シュネーのために技術の粋を集めて作ったからね。

   ―――....ありがとう。

  それは、蝙蝠の羽が張り付けられた赤色の十字架のネックレスだった。

「(....そっか、そういう事だったんだ。)」

  私は一人、納得する。なにせ、そのネックレスは...。

   ―――名前はなんて言うの?

   ―――まだ決めてないよ。...シュネーが名づけてあげて。

   ―――....う~ん...。あ、そうだ。あの日、ムートと見た夕日の色にちなんで...。

   ―――“あの日”か....懐かしいな。

「(あれ....?)」

  “あの日”。その単語で、なぜか“彼”と城のバルコニーから夕陽を眺めている光景が、フラッシュバックした。
  ...それこそ、懐かしい記憶のように。

   ―――さぁ、名前を呼んであげて。

   ―――うん。...起きて、“シャルラッハロート”。

「(...これが、シャルの誕生...。)」

  シャルと私。そして、シュネー。
  ...やっぱり、無関係とは思えない。



  ...また、場面は変わる。



   ―――また...!また私は.....!

「(ぁ...ぁあ....!ああああ.....!)」

  泣き崩れる“私”の想いが流れ込んできたのか、私も苦しくなる。
  悲しい、苦しい、辛い、もう嫌だ。そんな、暗い想いが、私を覆う。

   ―――もう、もう嫌...!いつも、いつもいつもこんな...!こんなっ....!

「(そう...“私”は....()は...!)」

  苦しかったから、悲しかったから、辛かったから。
  私は、殺されたかったんだ。“彼”に。大好きな“彼”に。

「(でも....。)」

   ―――.....っ!シュネー!!

   ―――......えっ?

   ―――...ガッ......!?

「(...それは、叶わなかった。)」

  私を何かから庇い、“彼”は何かに貫かれる。

   ―――え...ぁ....ムート...?

   ―――ぐ...ごほっ....!

  血に濡れた荒野。“私”を庇うように倒れる“彼”。
  ....どこか、見覚えがあった。

「(...これは...あの時の夢...?)」

  そう、夢で見た光景。それが“私”の記憶として映っていた。

   ―――....助けてあげられなくて....ごめん...な....?

   ―――ぇ.....。

「(ぁ.....。)」

   ―――ムート....?ムートってば...。起きて...起きてよ...!

「(ぁあ.....。)」

  ドクン、ドクンと、鼓動が速くなる。
  溢れ出る感情が抑えられないかのように、何かが爆発しそうなように。

   ―――お願い...!起きてよ...!私を...独りにしないで....!

「(あっ、ぁああ...!あああああああ!!!)」

  思い出すような“ムート()”を失うショックに、私は叫ぶ。

   ―――あ...あぁ...ああああああああああ!!!

「(あああああああああああああああああ!!!)」

  シュネー()も、緋雪()も叫ぶ。
  悲しみを共有するように。何かが一つになるように共鳴しながら。

   ―――....お前たちの....お前たちのせいで....!!

「(あぁ、そうだ。そうだよ、全部、全部...!)」

  “私”から、魔力が溢れる。
  私も、これ以上ないほどに怒りと憎しみを抱いていた。

  ...まるで、それが私自身の記憶であるかのように。

   ―――ムートは...!ムートは!!

「(...ああ、なんか()()()()()かも...。)」

  “私”の感情と、私の感情が段々と全く同じになっていく。
  忘れていた記憶を思い出すかのように。

   ―――....もう、いい。

「(....そうだよ。彼がいないならもういいんだよ。)」

   ―――....もう、いいよ。皆...ミンナ、壊レチャエ!!

「(ムートがいない世界なんて!いらないよ!!)」

  もう、第三者のように私は見ていない。
  “私”は私なんだ。緋雪()は、シュネー()だったんだよ...!

「『アハ、アハハハハハハハハハハ!!』」

  シュネー()緋雪()の声が重なる。

  ...もう、全部思い出した。

  私が人体実験で吸血鬼にされた事も。

  私はずっとムート達に助けられてた事。

  私の目の前でムートが殺されてしまった事。

  ....私が、狂気を持っているって事。

「アハハハハハ!そうだ!そうだよ!ずっと、ずっとずっと疑問だったんだ!フランの特典を貰ったとはいえ、どうして吸血鬼になった途端狂気に呑まれるんだろうって!」

  止まらない。停まらない。トマラナイ。
  狂気は抑えられない。抑えない。

  ...だって、これが私の本当の姿なんだもん。

「当然だよ!だって、私はずっと狂気を持ってた!ムートが殺されたから狂った!当たり前だよ!大好きな人を目の前で殺されたんだもん!狂いたくもなるよ!!」

  まだ()の記憶は続いている。

「楽しい!愉しい!タノシイ!!」

  心の...狂気の赴くままに、ムートを裏切った...偽善を振りまく人間共を殺す。
  嗚呼...なんて楽しいのだろう!

「あはははははは!あは、あはははは....!」

  記憶は段々と早送りになる。
  人間を殺して、殺してころしてコロシテ...。
  殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して!

   ―――もう、止められない。止まらない。止めたくない。

「あは、あはは...あは、は......。」

  粗方殺し尽くし、とある洞窟に入る。
  ...そこは、まだムートと一緒に遊んでいた頃、秘密基地として遊んでいた洞窟だった。

「.....ぅぁ...ぁあ....!」

  その中で、私は泣く。
  失われた悲しみは、消えないのだから。
  例えそれは、狂気に堕ちても。





   ―――...いつの間にか、私がムートを殺した事になっていた。

  目撃した人間は全員殺したのだから、唯一生きている私がそう疑われる...いや、決めつけられるのは分かっていた。
  ...それでも辛かった。

「....壊れちゃえ。」

  だから殺した。壊した。見たくも聞きたくもなかったから。

「ふふ....あはは....あはははは...!」

  屍を積み重ね、血まみれになった私はその上で嗤う。

  ...もう、それしか私の心を壊れないようにする方法がなかったから。

「...あはは....あれ...?」

  誰かが、屍の山の前に来た。
  金髪の女性に、碧銀髪の男性。

「....あぁ、そっか....。」





   ―――私、ここで死んだんだったね。















「....アハ♪」

「っ....!!」

     ―――ギィイン!!

「ガッ....!?」

  シャルを振う。久しぶりにシュネー()として振るったなぁ...。

「...嘘....だろ....!?」

「あは、あはは、あはははははははははははははは!!」

  あの時は殺された。復讐は終わってなかったのに。
  ...だから、今度は成し遂げる!殺し尽くしてやる!

「さぁ、さぁ!さぁ!!さぁ!!!....狂気の宴を始めましょう?」

  私はシュネー・グラナートロート。ベルカ戦乱にて名を馳せた狂王。
  時を越え、今ここに復讐を果たすために君臨する!

「さぁ、恐怖に叫べ!愚かな人間さん!!ふふ、あはははははははは!!」

  嗚呼...楽しみ....!







   ―――.....お兄...ちゃん......。













       =優輝side=





     ―――ギィイイイン!!

「ぐぅうっ....!」

  振るわれたシャルを、リヒトで滑らすように受け流す。
  だが、それだけでも相当な力が僕にのしかかる。

「(なんて力....!さっきより増している...!?)」

  さっきまでの闇の欠片の時よりも段違いで力が強い。
  U-Dを軽く超えてるぞこの力は...!

「緋雪!聞こえているか!?緋雪!!」

「あははははは!聞こえているよ!私は緋雪だもん!緋雪だし、シュネーでもある!だから、聞こえてるよ“お兄ちゃん”!」

「くっ...!ガッ....!?」

  そう言いながら振るわれたシャルを受け流し損ねてしまう。
  本来なら少し体勢を崩す程度のそのミスは、僕を吹き飛ばす程の威力があった。

「(まともに喰らったら死ぬ....!)」

  すぐさま体勢を立て直し、追撃を喰らわないようにする。

「(どうなってる!?どうして緋雪は乗っ取られた!?闇の欠片にそんな力が!?それとも緋雪にそんな力があったのか!?)」

  今度は攻撃を受け流さずに積極的に避ける。
  避ける度に攻撃の余波が魔力の足場を木端微塵に砕く。

「(...違う。なにか決定的なモノを見落としている...!)」

  避ける。避ける避ける避ける。
  その合間に、緋雪に対して解析魔法を掛ける。

   ―――人物名、志導緋雪/シュネー・グラナートロート
   ―――所持品、シャルラッハロート
   ―――状態、覚醒・悲哀/狂気

「(....“シュネー・グラナートロート”....?)」

  見覚えのない名前だ。
  だが、そのはずなのに、懐かしいような、居た堪れないような感覚になる。

〈シャルラッハロート!貴女はまた....!〉

〈私はお嬢様が最優先。お嬢様が言うのなら、貴女にだって容赦はしない。〉

  ...どうやら、シャルも敵に回っているようだ。

「あは、あはははは!緋雪()になってから随分と“お兄ちゃん”にはお世話になったね!だから、殺すのは最後にしてあげる!あは、あははははははは!」

「くっ....!」

  叫びつつ振るわれるシャルを躱す。
  “最後にしてあげる”と言う割には完全に殺す気じゃないか...!

「(だけど、U-Dと違って逃げられない訳じゃない!ここは態勢を立て直して...!)」

  剣をいくつか創造して射出し、操作する事で動きをほんの少しだけ阻害する。
  ...すぐ壊されたけど。

  ...だけど、それだけで十分。

「っ......!」

  緋雪から逃げ出す。
  別に、臆病風に吹かれた訳じゃない。このまま戦っても負けるだろうから撤退するだけだ。

「(...ま、ただ逃げるだけじゃ追いつかれるけどね。)」

  追いかけてくる緋雪に対して、武器を創造して射出する。
  ダメージは一切与えられないけど、これなら少しだけ遅くできる。

「(よし、このままなら.....っ!?)」

  逃げ切れる。そう思った矢先に、視界に司さんが入る。
  しまった...!司さんが追い付いてしまった...!

「...あはっ♪」

「っ....!」

「司さん!!」

  司さんに緋雪は気づき、そちらへと襲い掛かる。
  司さんは構えるけど、さっきまで相手にしていた闇の欠片とは格が違うんだ...!

「....ッギ.....!!」

「く...ぅう......!?」

「し、志導君!?」

  リングバインド、チェーンバインド、“創造”による鎖。
  それらの拘束で腕、足、胴を抑える。
  一気に魔法を行使し、魔力を消費する事で頭に痛みが走るが、構ってられない。
  ...幸い、何重にも拘束を施したおかげで、司さんに攻撃が行くことはなかった。

「つか、ささん...!逃げろ...!今の緋雪は....普通じゃない!!」

「っ....!?」

「....もう、邪魔!!」

  バチィイッ!!という音と共に、全ての拘束が千切れる。
  ...おいおい...あまり魔力が感じられなかったって事は、ほぼ素の力かよ...!

「っ....!逃げろ!」

「し、志導君は!?」

  緋雪に斬りかかり、司さんにそう叫ぶ。
  言った通りに逃げようとする司さんは、僕にそう言うが...。

「...兄として、責任もって足止めするさ...!」

「そんな....!?」

  司さんと共に逃げるのは、少しばかり危険だ。
  なら、一人でも逃げられる僕が足止めした方が、片方は確実に助かるからその方がいい。

「あはっ、逃がさないよ。」

     ―――ジャララララ!

「残念だけど...しばらく僕の相手をしてもらおうか...!」

  司さんを再度攻撃しようとしたのを、僕が創造した鎖を腕に巻きつける事で阻害する。

「...ふふっ、それっぽっちなの?力は?」

「え?うおっ!?」

  デタラメな力で鎖を引っ張られる。
  やばっ、このままだと....!

「っとぉっ!?」

「...あれ?」

  魔力を固め、そこに手をついて逆立ちの要領で上を取る。
  振られたシャルはそれによって空振り、上手く攻撃を避けた事になる。

「(カノーネフォルム....は、さすがに威力不足か?)」

  カートリッジを弾丸として撃ち出して攻撃しようとしたが、威力固定なカノーネフォルムだと緋雪の力には弾かれてしまうため、却下する。

「(...とりあえず、司さんは逃げ始めたか。)」

  司さんは逃げ始めたので、感知できなくなるまで離れた所を見計らって僕も逃げるか。

「(それまでは....。)」

「ふふ...あはは...ムートと同じ事ができるんだ...。見た目だけじゃなくて、魔法も似てるんだね。....全く、癪に障るよっ!!」

「(こいつを抑えるのか....!!)」

  何かが琴線に触れたのか、さらに魔力が爆発する。
  ...U-Dと言い、なんで僕はこんな強敵とばかり戦うんだよ...。

「あはっ、シャル!」

〈“レーヴァテイン”展開。〉

  杖形態のシャルに炎のような魔力が纏わりつき、それが大剣と成す。
  ...今までよりも大剣の強さが違う。僕はそう直感した。

「リヒト、カートリッジロード!」

〈マスター...!....分かりました..!〉

  僕はU-Dとの戦闘での体への負荷がまだ残っている。
  その状態でまたカートリッジを多用すれば大変な事になるだろう。
  だけど、それ以前にこの戦いを生き抜けないと、リヒトも思ったのだろう。
  カートリッジを一気に三発ロードしてくれる。これでなんとか....!

「そーれっ!」

     ―――ッギィイイイン!!!

「ガッ....!?」

  嘘....だろ......!?
  あれだけ身体強化したのに、受け流し損ねる程の威力....!?

「(まずい...!まずいまずいまずいまずい!!)」

     ―――ギィイン!!ギィイイン!!

  何度もレーヴァテインが振るわれる。
  その度に僕は受け流し損ね、軽くダメージを受ける。
  ...軽くって言っても並の魔力弾が当たった程のダメージだがな...!

「(不幸中の幸いは、攻撃に雑な所がある事だな...!)」

  力が制御できないのか、使いこなせてないだけなのか。
  どの道、そのおかげですぐにやられる事はなかった。

「(そして....。)」

  攻撃の合間に剣を創造。射出する。

「っ!」

「(隙もできやすい!)」

  それを片手で破壊する緋雪。
  しかし、そこに隙が生じる。

「はぁっ!!」

  すれ違うように一閃。
  すぐさま魔力で足場を作り、それで反転してまた一閃。
  ...それも、殺傷設定で。

「ふふっ...無駄だよ!」

「...だろうな...。」

  斬りつけた傷は、浅かったのか、治っていくのが目に見えた。吸血鬼の再生能力だ。
  ...無意識に緋雪だからと手加減していたか...。

「うふふ...まだ力が体に慣れ切っていないみたい。なら....。」

「っ....!」

  緋雪の足元に三角形のベルカ式の魔法陣が展開される。
  っ...この魔力の規模は....!

「させ...っ!?」

「...残念♪」

  させまいと阻止しようとしたら、進行上の空間が爆発する。
  “破壊の瞳”か...!

「くそっ...!」

「今までのとは違うよ?...さぁ、具現せよ!我が分身よ!!」

〈“Alter Ego(アルターエゴ)”〉

  魔法が行使され、緋雪の分身が三体現れる。
  ...フォーオブアカインドじゃない...?

「(....いや、あれはフォーオブアカインドの本来の名前か...?似たようで違う...?...くそっ、なんだこのさっきからある違和感は...!?)」

  不思議とあれはフォーオブアカインドであってフォーオブアカインドではないと感じ取る。
  ...そう、まるで見たことがあるかのように。

「(..というかそれどころじゃない!これはまずすぎる....!!)」

  ただでさえ力が使いこなせてない一人でもきつすぎるというのに、それが四人になるだなんて....!
  ...例え、力が四分の一になっていたとしてもやばい...!いや、むしろ力が制御できる分、余計に危険だ...!

「(司さんは....もうだいぶ遠くに行った!これなら...!)」

「「「「さぁ!遊んであげる!!」」」」

「っ.....!」

  全員が全員、魔力の剣を生成して斬りかかってくる。
  おそらく本物であろう一人だけ、シャルを使ったレーヴァテインだが、どれもこれも掠るだけでも危険だ...!

「っ...ぁあっ!!」

  連続で降りかかってくる斬撃を、創造もフル活用して全力で凌ぐ。
  まだだ...一瞬の隙を....!

「....ここだっ!!」

〈“sprengen(シュプレンゲン)”〉

  魔力を瞬間的に開放し、四人の緋雪を吹き飛ばす。

「今っ!リヒト!転移魔法だ!」

〈分かりました!〉

  吹き飛ばした事によって、隙ができる。
  その間に転移魔法を組み立て、その場から脱する。

「(咄嗟だから短距離しか飛べないが...これで猶予はできる!)」

「....逃がさないよ?」

「残念、逃げるさ。」

  転移魔法に気付いた緋雪が飛んでくるが、ギリギリの所で転移する。



「っ....またすぐに飛ばないと...。」

  転移し、すぐまた転移魔法を使おうとする。







「―――“逃がさない”って言ったでしょ?」

「っ....!!?なっ...!?」

     ―――ガギィイイイン!!

  後ろから聞こえた声に、咄嗟に振り向いてリヒトで盾にする。
  そこに拳が当たり、大きく僕は吹き飛ばされた。

「(シャルを持っていた緋雪は分身...こいつが本物だったのか...!?)」

  無意識に掛けた解析魔法で目の前にいる緋雪が本物だと分かる。

「ふふふ...あはははははは!ねぇ!どんな気持ち!?必死で逃げたのに簡単に追いつかれた気持ちはどんなの!?ねぇ!ねぇ!!ねぇ!!!」

「ぐっ....!」

  再び四人の緋雪に包囲される。
  ...転移魔法の先を予測されていたか....。

「(万事休す...か...?)」

「「「「あはははははははは!!」」」」

  狂気に満ちた笑い声と共に、四人の緋雪が襲い掛かってくる。

「くっ....!がっ....!?」

〈マスター!?いけません!体が....!〉

  体に凄まじい痛みが走り、つい動きが鈍る。
  これは...!U-D、緋雪と続いた戦いの代償か...!

「あは♪もう終わり?じゃあ、死んじゃえ。」

「くっ....ぁあああっ!!!?」

  盾を重ねるように創造し、さらに防御魔法を張って腕をクロスさせてガードする。
  しかし、それらは度重なる激戦で疲労したせいか脆く、全て砕かれ、緋雪の拳によって腕のガードの上から吹き飛ばされた。

「ぐっ、がっ....っ!」

  下は海で、それに叩き付けられる。
  すぐさま飛行魔法で海面から上がり、飛び上がるが...。

「....あはっ♪」

「っ!?ぁああああああああ!!?」

     ―――ッギィイイイン!!!

  そこへ背後から分身の緋雪が、シャルのレーヴァテインを振りかぶってくる。
  それを避ける事もできず、僕はリヒトで直撃を避けるように盾にするしかなかった。
  もちろん、そんな事をすれば吹き飛ばされるのは目に見えていて...。

「.......――――。」

「っ..!?が..あっ!!?」

  本物の緋雪が、両手を組んでそれを振り下ろしてくる。
  それは僕の腹に直撃し、海へと叩き落された。





  緋雪に叩き落され、力尽きた僕は薄れゆく意識の中ただただ考えていた。

「(...どういうことなんだよ....緋雪....。)」

  拳を振り下ろす際、緋雪は確かに呟いていた。

   ―――.......ごめんね。

  ...と。

「(....ちく...しょう......。)」

  しかし、力尽きた僕には何も考える事ができず、そのまま意識が暗転した。









       =司side=



「....嘘.....!?」

  志導君が、やられてしまった。

「そんな....!」

  私は志導君の言うとおりに逃げて、随分と離れた所まで来ていた。
  ...その時だ。志導君の転移反応と、それを落とした緋雪ちゃんの魔力を感じたのは。

「あ....ああ....!」

  私が見捨ててしまったから...!私が犠牲になっていれば...!
  そんな後悔が渦巻く。



「―――あは♪見つけた♪」

  ...そんな私を追い打ちするかのように、緋雪ちゃんが現れた。
  志導君が言うに、彼女は緋雪ちゃんであってそうではないらしい。

  ...でも、今はそんなの関係なかった。

「っ、ぁあああああああ!!!」

  感情の赴くままに、魔力を込めてシュラインを振った。

「....弱いよ。」

     ―――ギィイイイン!!

「っ、ぁ.....。」

  しかし、それはあまりにも容易く上に弾かれてしまった。

「あは、“お兄ちゃん”よりも手応えがなかったね。さよなら。」

  そのまま彼女の杖が魔力の大剣となり、私に振り下ろされた。









 
 

 
後書き
Alter Ego(アルターエゴ)…分身のドイツ語。フォーオブアカインドの上位互換。
sprengen(シュプレンゲン)…爆破する、破裂させるのドイツ語。魔力を開放して周囲の敵を吹き飛ばす。間合いを取るための魔法で、ダメージ自体はほとんどない。

支離滅裂な感じで書く事により、狂気が表現できるのだと思ってる。(小並感)

...あ、古代ベルカ産の吸血鬼は普通の吸血鬼と違うので、明確な弱点は光属性的な攻撃と銀くらいです。
日光は当たると弱体化しますが、防護服を着ていると無効化されます。(つまり大した弱点じゃない。) 

 

第36話「命からがら」

 
前書き
力は緋雪、堅さはU-Dが上となっています。
二人がぶつかりあったら...まぁ、某DBのような戦闘音が鳴り響くでしょう。 

 






  守りたかった。助けたかった。救いたかった。

  ...そんな、後悔ばかり僕は背負ってきている。

  あの日、あの時、手遅れだと実感してから、ずっとそう思っている。

  民はもう、僕の味方ではなくなっていた。

  彼女の“お守り”を作るのに協力してくれた者達も、全てが敵に回った。

  協力してくれるのは、既に他国の者である聖王と覇王だけ。

   ―――それでも、僕は彼女を救いたい。

  それが僕の贖罪だから。幼馴染としての僕の誓いだから。



  ....人一人をちゃんと導けずに“導王”だなんて笑っちゃうよね。

  なにが“導きの王”なんだか...。

  民に見捨てられ、人一人も導けない。...そんなの、導王な訳がない。



  ....ああ、攻めてきたか...。それに.....。







   ―――....さぁ、今日もあの子を助けに行こうか。













       =out side=







     ―――ッギィイイイン!!

「......え....?」

  甲高い弾かれるような音が鳴る。
  振り下ろされた大剣に目を瞑っていた司は恐る恐る目を開け、それを確認した。

「...誰....?」

  目を見開いた。
  見知らぬ青年がその大剣を蹴りで逸らしていたのだ。

「志導..君.....?」

「......。」

  その雰囲気、防護服のどれもが、司の知っている優輝にそっくりだった。

「(...ううん、志導君はこんなに大きくない。...だけど、“優輝君”にそっくり...。)」

  さっきまで見ていた優輝とは姿が違うが、かつての記憶の中にある“優輝”とは容姿がそっくりな事に、司は驚く。
  そうこうしている内に、彼は剣を素手で弾き、流れるような動きで緋雪を弾き飛ばす。

「....逃げろ、()()()よ。」

「えっ....?」

「...あいつは...シュネーは僕が相手をする。早く逃げるんだ!」

  “天巫女”“シュネー”という単語に聞き覚えのない司だったが、指示に従った方がいいと判断し、逃げようとする。

「....なに?なんなの?ムートの偽物?ふざけないでよ、どうしてそんなのが出てくるの。」

「........。」

  弾き飛ばされた緋雪が戻ってきて、そう呟く。
  それに対し、彼は無言で佇む。

「...態勢を立て直せ。僕でも今のシュネーには勝てない。...所詮、偽物だからな。」

「え、偽物だって自覚を....。」

「行け!」

  驚く司の足元に金色に輝く三角の魔法陣が展開される。
  ...彼の転移魔法だ。

「待っ――――」

「....頼んだぞ。きっと、“僕”なら....。」

  言葉を言い切れずに、司は転移してしまった。

「.....さて。」

  転移した司を見送り、彼は緋雪と向き合った。

「ねぇ、死ぬ覚悟はできた?腕も足も首も、全部ぐちゃぐちゃにへし折られて、地獄のような痛みに叫ぶ覚悟は出来た!?」

「...生憎、そうなる前に僕は消えるさ。」

  何かの琴線に触れたのか、緋雪はさっきまでより攻撃的になっている。
  そんな緋雪の言葉を受けて、彼は飄々としていた。

「...シュネー、君の偽物は“彼女”を目覚めさせる“鍵”だった。...なら、“彼”の偽物でもある僕は“彼”の“鍵”だろうね。」

「...うるさい。もうその姿で、その声で...ムートとして....喋るなっ!!」

  魔力を爆発させ、緋雪はレーヴァテインを振う。

「どこまで行けるか分からないけど、布石は打たせてもらうよ、シュネー!!」

  そう言って彼は拳を構え、緋雪へと立ち向かっていった。



   ―――今ここに、狂気に堕ちた雪と、仮初めの導きの王がぶつかり合った。









「...っ、ぐ.....!」

「.....つまんない。」

  彼の腹から夥しい量の血が溢れる。
  彼の腹が緋雪によって貫かれた結果だ。

「つまんない、つまんない!つまんない!!つまんない!!!」

「.......。」

  彼は緋雪と戦い、そして負けた。
  その時間、約5分。
  ...闇の欠片としてなら、緋雪相手によく持った方なのだろう。

「....はは...落ち着けよシュネー...。」

「っ...なに?まだ喋るの?いい加減黙れよ偽物。」

「冷たいなぁ...。...ま、そう言ってられるのも時間の問題だよ。」

  腹を貫かれ、既に消滅が決定していても彼は喋り続ける。

「....布石は打った。これで“鍵”は開かれる....。」

「....なにを.....。」

「....偽物としてじゃなく、既に死んだ“()()()()()()()()()()()()”として言っておくよ。」

  消えゆく体を顧みず、彼は言う。

「....()()()()、助けてやるよ、シュネー....!」

  ...そう言って、彼は消えてしまった。

「......嘘つき。そんなの、もうできる訳ないのに。」

  残った緋雪はそう呟く。

「“お兄ちゃん”ならそれができると思ってるの?あの人はムートと似ているだけの別人なのに。...もう死んだんでしょう!?これ以上、私に希望を持たせないでよ!!」

  泣き叫ぶように、嘆くように緋雪は叫ぶ。
  ...もう、救われないと分かっているかのように。

「...どの道、ムートがいない世界なんていらない。壊すのには変わりないよ。さっきの人間には逃げられたけど...もう三人、見つけちゃったもんね。」

  そう言って緋雪はとある方向へ飛んで行った。









  一方、織崎神夜とアミティエ・フローリアン、キリエ・フローリアンのグループでは...。

「....通信が、途絶えた...?」

『ああ。司から来ていた通信が全て途絶えた。寸前までは恐らく闇の欠片に乗っ取られたであろう緋雪が映っていた。おそらく....。』

「っ.....。」

  クロノからの通信に神夜は歯噛みする。
  まさか、司が倒されるとは思っていなかったのだろう。

『そちらも警戒してくれ。今回の事件、予想以上に状況が厳しい。』

「分かった。」

  そう言って神夜は通信を切る。

「...くそ...!」

「神夜さん...。」

  悔しがる彼を、アミタが心配するような声で彼の名を呼ぶ。
  ...尤も、ここまで彼女が彼を心配するのはひとえに“魅了”の所為なのだが。

「(なんだよこれ...!原作と大違いじゃないか!BOAはなかったし、GODであるはずの今もユーリは強い、闇の欠片で変な奴は現れる、なぜか本物を乗っ取る力もあるとか相違点が多すぎる!...くそっ、どうなってんだ...!?)」

  彼は原作と違う事に焦る。
  ...なお、“変な奴”とは妖の事である。乗っ取るのも緋雪限定の事である。

「(おまけに未来から転生者とその家族?は来るし、そのうち二人程知っている容姿をしてたし、おまけにヴィヴィオが志導優輝(あいつ)の養子!?原作はどうなってるんだよ!)」

  想定していた通りにならず、頭を掻き毟る神夜。
  ...当然だが、彼ら転生者がいる時点で“原作”というものは存在しない。
  そして余談だが、元々この世界に“原作”となる物語は存在しない。

「っ...誰か...来る!」

〈主、この魔力と圧力は....!〉

「っ....!?」

  彼らは何かが接近してくるのを感知した。
  そして、その方向を見ると...。

「....あはっ♪」

「っ....!?二人共、散r」

     ―――ドォオオオオン!!

  緋雪が彼らに手を向け、それを握る瞬間だった。
  “破壊の瞳”によって、彼らの集まっていた場所が爆発する。

「ぐっ....!」

「きゃぁあっ!?」

「っ....やったわねー...!」

  三人とも爆発に吹き飛ばされ、キリエがすかさず反撃に移る。
  “ヴァリアント・ザッパー”と呼ばれる可変銃器を大剣に変え、斬りかかる。

     ―――キンッ!

「えっ...?」

「うふふ...よっわーい。そんなんじゃ、人も殺せない...よっ!」

  しかしその攻撃は、杖形態のシャルによっていとも容易く防がれ、吹き飛ばされた。

「頑張って避けてね!あはははは!」

〈“Rot regen(ロートレーゲン)”〉

  赤色の魔力弾が、彼らの上空に大量に展開され、降り注ぐ。

「ぐっ...!?ぁあっ!?」

「っぁああああああ!?」

「神夜君!?お姉ちゃん!?」

  防ごうと、相殺しようと試みた神夜とアミタが魔力弾の雨にやられる。
  唯一、先程吹き飛ばされて射程圏外だったキリエが、二人を心配して叫び声を上げる。

「..あはっ、なーんだ。機械なんだ。残念。これじゃあ、血を吸えないや。」

  魔力弾の雨に晒されたアミタの右腕が吹き飛ばされる。
  そこから見える機械の部品に、緋雪は落胆した。

「血...だと?」

「あれー?今更気づいたの?私は吸血鬼、この世界の全てを壊す吸血鬼なの!お前たち人間が招いた必然の結果なんだよこれは!!」

  そのあまりの防御力のおかげか、大したダメージを負っていない神夜は緋雪にそう言われて顔を顰める。
  彼は緋雪は乗っ取られていると思っているのだ。それで単純な怒りを抱いている。

「やめろ!正気に戻るんだ!」

「あははは!あははは...は?」

「お前だってこんな事は本当は望んでいないだろ!」

  神夜から放たれた言葉に緋雪は嗤いを止める。

「なに?もしかして闇の欠片に乗っ取られてるとでも思ってるの?バカみたい!これは私の本心!乗っ取られたんじゃない、思い出したんだよ!人間は!この世界は!もう、壊すべきなんだって!」

  両手を広げ、高らかに緋雪はそう言う。

「っ...!嘘だ!お前はそんな奴じゃない!」

「...ふふ..あはは...あははははははは!」

  それでも違うという神夜に、緋雪は笑いだす。

「バカみたい!バカみたい!!バカみたい!!!目の前の事をただ認めようとしないなんて、ホンットバカみたい!!」

  笑い、嗤い、哂う。嘲るように緋雪は神夜にそう言う。

「...お前みたいな偽善者がいたからムートは死んだんだ!!そんな奴が“正気に戻れ”?ふざけるな!ふざけるな!!全部お前らが招いた自業自得だよ!!自分がやった事を棚に上げて言う事がそれ!?これなら真っ当な悪者の方が万倍もマシだよ!!」

「っ....!」

  突然緋雪は捲くし立てるように怒りを露わにする。

「ああそうだよ!こんなのただの八つ当たりだよ!でもね、もうムートが死んだ時にいたようなクズみたいな偽善者なんて消えてなくなって欲しいんだよ!」





   ―――だからさ、死ねよ。クズ。



「がっ....!?」

  瞬間、彼女は神夜を殴りつけていた。

「お前さぁ、一定以上の威力じゃないと何も効かないんだって?じゃあ、ちょっとストレス発散に付き合ってもらうよ!!」

「っ....!?」

  そう言って緋雪はレーヴァテインを展開して振りかぶる。

「ぐっ...!」

「あはっ!まともに受けようって言うの?いいよ、やってみなよ!!」

     ―――ギィイイイン!!

「っ!?ぐぁああああっ!?」

  レーヴァテインを神夜はアロンダイトで受けようとするが、その上から吹き飛ばされる。

「ほら、ほら、ほら、ほら、ほらぁ!!」

「がっ、ぐっ、ぎっ、ぐぁっ...!?」

  吹き飛ばされ、回り込まれ、また吹き飛ばされる。

「...一度死ねば?」

〈“Zerstörung(ツェアシュテールング)”〉

  瞬間、神夜は爆発した。
  体の防御力を無視したような、体内からの爆発。
  一瞬にして死んだ神夜は自分が殺された事すら自覚できなかった。

「神夜..さん....?」

「嘘....!?」

  一瞬にして神夜が殺された事に、アミタとキリエは信じられないような顔をする。

「くっ...!よくも....!」

「よくも神夜君を...!!」

  二人は自身に残るダメージを顧みず、怒りに任せて突撃する。

「ぁああああっ!!」

「はぁああああっ!!」

  一見、怒りに任せただけの愚直な攻撃だろうが、そこは姉妹。
  きっちりと連携を取って緋雪に攻撃する。

「へぇ...なかなかにやるじゃん。でもぉ...。」



   ―――後方注意...ね?



「「―――っ!?」」

  後ろから突然飛んできた魔力弾を、咄嗟に二人は回避する。

「甘いあまーい果実に釣られて、罠に引っかかって惨めな最期を遂げるのはだぁれ?」

〈“Obst falle(オープストファレ)”〉

  甘い果実(緋雪)に接近してしまった二人は(魔力弾)に包囲されてしまう。

「...お姉ちゃん、腕は....。」

「...片腕だけならいけますよ。」

  先程の魔力弾の事もあってか、怒りを鎮めて冷静に対処しようとするアミタとキリエ。
  背中合わせになり、包囲して迫ってくる魔力弾にどう対処しようか考える。

「一発一発が弱い砲撃魔法並の威力です。気を付けてください。」

「あはは、安心しなよ。さっきのよりは威力は低いよ。さっきのよりは...だけどね!」

「「っ....!」」

  緋雪の言葉と共に、勢いよく魔力弾は迫ってくる。
  それを二人で連携して対処する。
  アミタが残った片腕で魔力弾を放ち、勢いが弱まった所をキリエが切り裂く。
  二人の連携でこそ凌げているが、徐々に押されていく。

「っ、ぁあっ!?」

「キリエ!」

  ついに対処しきれず、キリエは魔力弾を喰らってしまう。
  片方がダメージを受けた事により、魔力弾は対処しきれなくなり...。

     ―――ザンッ!!

「―――大丈夫か!?」

  魔力弾が当たりそうになった瞬間、魔力弾が切り裂かれる。
  現れたのは死んだはずの神夜。

「...面倒。12回も殺さないといけないなんて。」

「っ...緋雪、お前を...止めてみせる!」

「はっ!やってみなよ!何回だって殺してあげる!!」

  神夜はFateのヘラクレスの宝具“十二の試練(ゴッドハンド)”により、12回殺されないと死なない。
  おまけに、死因となった攻撃には耐性が付き、効きにくくなるという効果もある。
  だからこそ神夜は生き返り、緋雪に立ち向かった。





「....これで三回目。」

「...っごふ、はぁっ、はぁっ、はぁっ....。」

  爆殺、斬殺、圧殺。それが神夜の三つの死因。
  結果は明らかだった。神夜はアミタとキリエとも連携を取り、緋雪と戦ったが、二人は気絶、彼は計三回も殺された。

「あーあ、飽きちゃったな。もう、こうなったら....。」

  先にアミタとキリエを殺そうと、照準を変える。

「させ、るか....!」

「邪魔。」

「ごっ....!?」

  邪魔をしようとした神夜は緋雪に殴られ、吹き飛ばされる。

「じゃあ、殺すね。やっちゃえ、シャルラッハロート!」

〈“Lævateinn(レーヴァテイン)”〉

  今までのレーヴァテインよりも激しく燃え盛り、その大剣を振りかぶる。

  そして―――









「―――“ 満ちる極光(セイクリッド・フィナーレ)”!!!」

  緋雪を多数の魔法陣が包囲し、極光に包まれた。

「司....?」

「逃げるよ!」

  魔法を放った人物...司はすぐに神夜達三人の下へ駆け寄り、転移魔法を使う。

「...ぁあああああああああああ!!!」

「っ...!(あの大剣の魔力で防がれた...!?)」

  緋雪は先程の魔法を大剣に込めていた魔力で防ぎ、爆発させ、相殺したようだ。
  そして、緋雪は雄叫びと共に魔力を爆発させ、司に気付く。

「っ...!またお前....!」

「...転移っ!!!」

  相手にしていられない。
  司はそう分かっていたので、転移魔法で遠くに逃げた。





「......っ。」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ...。」

「き、キリエ...無事ですか...?」

「...これが、無事に見える....?」

  転移先にて、崩れ落ちるように二人は体勢を崩す。
  気絶していたアミタ達も、転移の衝撃で目を覚ました。
  幸い、転移先はどこかのビルの屋上だったため、四肢を投げ出して休めた。

「危機..一髪....!」

  司は、優輝の闇の欠片に転移させられた場所から、神夜達の所まで駆けつけたのだ。

「(...助けれて...よかった...!)」

  なお、助けに行く際に緋雪に対する恐怖と、もう不幸に..死なせたくないという想いの葛藤もあり、助けれた事に司は安堵していた。

「クロノ君、聞こえる!?」

『司か!?無事だったんだな!』

「なんとかね...。織崎君達のグループが緋雪ちゃんと交戦、緋雪ちゃんは完全に暴走しているような感じで、三人がかりでも全然倒せそうになかった。多分、私が咄嗟に転移魔法で助けに入らなかったら志導君みたいに...。」

  司は早速クロノと連絡を取り、状況を伝える。

『っ...彼は!彼はどうなったんだ!?』

「...海に、落とされた....。」

『っ.....くそ...!』

「今すぐ探索に出ている人達を撤退させて。多分、今の緋雪ちゃんはU-Dに匹敵するかもしれない。」

『....分かった。こちらから伝えておく。』

  そこまで話して通信を切る。

「とにかく、私達もアースラに...。」

〈マスター!魔力反応です!これは...!〉

「「「「っ....!」」」」

  シュラインの警告に、四人は魔力反応があった方向を見る。そこには...。

「....私....?」

「闇の欠片か...!?」

  そこには、薄水色を基調とした服に、肩などに白い布の装飾があり、その上に透けた薄レモン色の衣を羽織った司が佇んでいた。
  見た目も雰囲気もまるで聖女のように神聖で、攻撃するのが躊躇われるほどだ。

「....私はただの断片。貴女を構成する要素の一つでしかありません。」

「え....?」

  澄んだ、透き通るような声で司にそう言う司の闇の欠片。

「...少し、他の方々には眠っていてもらいましょうか。」

「っ、何を...!」

  “何をする”と言う間もなく、司を除く三人は気絶してしまった。

「皆!?」

「安心してください。ただ眠ってもらっただけ。むしろ自然治癒能力も高めています。」

「........。」

  闇の欠片はそう言うが、司は警戒心を緩めない。

「....私は、天巫女として生まれた貴女の偽物。」

「天...巫女....?」

「そうです。祈りの力を高め、極めた可能性の一つ。」

「(天巫女...そう言えば、志導君の闇の欠片も言っていた...。)」

  聞き覚えのない“天巫女”と言う単語に首を傾げる司。

「...今の貴女には関係ない話でしたね。」

「.....それで、私達をどうするつもり?」

  どの道、自身の偽物には変わりないと断定し、闇の欠片を睨む司。

「そうですね。強いて言うのなら...餞別です。」

「え....?」

  そう言うやいなや、祈りの体勢に入る闇の欠片。

「天に祈りを捧げる巫女の願いを叶えたまえ...汝らの心に巣食う闇を祓い、護りし加護を....天に輝き、天を駆ける願いよ!今ここに顕現せよ!」

   ―――“Wish come true(ウィッシュ・カム・トゥルー)

  瞬間、司達を光が包み込む。

〈これは....!〉

「暖かい....。」

  シュラインは何かに気付いたような声を上げ、司はその光に暖かさを感じる。
  ...しかし...。

「...っ、えっ!?」

  司と神夜だけは、光が弾かれるように消えてしまった。

「っ....やはり、断片風情では本体の心は救えませんね...。“彼”に期待しましょう。」

「えっ、えっ?どういうこと...?」

  顔を顰める闇の欠片。しかし、すぐにとある方向を見て真剣な顔になる。

「...彼にも効かないのが些か気になりますが、時間がありません。今の祈りの術式を、貴女に託しておきます。」

「ちょ、ちょっと、説明してよ..!」

  闇の欠片はまた祈りの体勢になり、何かの文字の羅列が闇の欠片を周りを回る。
  そして、それが司へと移り、その文字の羅列は司へと吸い込まれていった。

「....では、御武運を。」

「ま、待っt―――」

  言い切る間もなく、闇の欠片の祈りによって司達は転移した。









  神夜の首元にあるペンダントも光に包まれていたのに、誰も気づかないまま...。











   ―――...なるほど、状況は理解しました。このような事になっていようとは...。

















「....行きましたね。」

  一人残った司の闇の欠片は、そう呟く。
  そして、次の瞬間。

「....ご...ふ........。」

  胸から突きでる手、溢れる血。...そう、貫かれたのだ。

「....ふふっ、偽物だけど、美味しそうなの見っけ♪」

「...ぐ...もう、来ましたか....。」

「お前、あいつの偽物みたいだね。でも、本物よりも美味しそうだなぁ...。」

  にぎにぎと、体の中で手を動かす緋雪。

「....貴女を..救う事は、祈りを極めた...私にも不可能.....。」

「あは、何言ってるの?私を救う?そんなの不可能に決まってるじゃん。何を今更。」

  ケラケラと、嘲るように緋雪はそう言う。
  そう、狂気に堕ちた緋雪を救うなど、もう不可能なのだ。

「....そう、ですね...。貴女を救う..事ができるのは、ただ、一人....だ..け.....。」

「.........ふん。」

  緋雪は司の闇の欠片から手を抜き、それについた血を舐める。
  吸血鬼にとってその血は美味いらしいのだが、緋雪は不機嫌だった。

「ムートはもういないんだよ。その“ただ一人”はもういないんだよ。それこそ今更だよ、偽物風情が。」

  消えてゆく闇の欠片に、緋雪はそう吐き捨てる。

「....あーあ、また逃げられちゃった。...もう、さっさと結界を破壊した方がいいかな?」

  そう言いながら緋雪は漂う。

「...あ!そうだ、せっかくだからU-Dも食べちゃえ。あの力が手に入ったらもっと楽しく壊せそう♪制御なんてしなくても私はいいもん。」

  クスクスと笑いながら緋雪はそう言う。

「でもー、さすがに一対一で真正面から戦うのはきついかなー?どうせ人間共も止めに来るんだろうし。」

  そこまで言って、緋雪はある存在に目を付ける。

「そうだ!“アレ”を従えれば....♪」

  そう言って、緋雪は勢いよく飛んで行った。











   ―――...狂気の復讐は、止まらない....。







 
 

 
後書き
Rot regen(ロートレーゲン)…赤と雨のドイツ語。文字通り赤色の魔力弾の雨を降らせる。
Obst falle(オープストファレ)…果物と罠のドイツ語。フランのクランベリートラップの上位互換。

緋雪が緋雪らしからぬ性格をしているのは仕様です。もう彼女は止まれませんから。
あ、ちなみに司の闇の欠片が“祈りの力を極めた”と言ってますが、それは闇の欠片としての範囲です。司本人ならもっと高い効果が出せます。 

 

第37話「窮地」

 
前書き
主人公の出番がないなんて思っちゃいけない。(戒め)

古代ベルカについてよく知ってるのは今の所アインハルトとユーノだけなんですよね。
と言う訳で序盤はその二人ばっか喋ります。

...え?リインフォース達?あの人らは魅了受けてるから使い物になりません。(おい
 

 




       =椿side=



「....緋雪....。」

  通信が葵に入り、全員がアースラに撤退した。
  その中で私は、私を姉のように思ってくれた緋雪の名を呟く。

「...知っての通り、今、緋雪は暴走...いや、狂ったような状態になっている。彼女を止めようとした兄である優輝は、海に落とされてしまったようだ。今、サーチャーで探索を行っている。」

  クロノが緊急会議として事情を簡潔に話している。

「その緋雪の強さなんだが...これまた厄介だ。君達には、神夜に普通に殴っただけでダメージを与えれるレベル....と言えば分かりやすいか?」

  その言葉にほとんどの人がざわめく。
  ...確か、一定未満の攻撃は一切効かないのだっけ?そしてその“一定”が結構高いと。
  ちなみに、私達未来から来た人や、“ギアーズ”と呼ばれる姉妹はよくわからないのか、首を傾げている。...まぁ、姉妹の方は実際に戦ったから恐ろしさは分かっているだろうけど。

「...間近で感じたけど、少なくともSS以上の魔力はあるよ。」

「....とのことだ。...U-Dの事もある以上、相当切迫した状態だという事を自覚してくれ。」

  私にとっては、主戦力になる優輝が倒されて、切迫どころか絶望なんだけどね..。

「....クロノさん、発言よろしいでしょうか?」

  そんな時、アインハルトが挙手する。

「なんだ?」

「...緋雪さん....いえ、シュネー・グラナートロートについてです。」

  シュネー...?確か、アインハルトが探索の時に呟いていたような...。

「シュネー・グラナートロート?...どういうことだ?」

「...今の緋雪さんの言動、行動には全て見覚えがあります。...古代ベルカ戦乱時代、“狂王”として恐れられた人物と、容姿を含めてほぼ同じなのです。」

「“狂王”...?」

  狂王と言う単語に、聞き覚えはないのかクロノは首を傾げる。
  ....私も知らないわね。
  しかし、今度はユーノが反応を示した。

「...聞いた事があるよ。確か、その名の通り、狂ったように辺りを破壊し尽くし、幼馴染だった一国の王さえも殺した悪魔だって...。」

「彼女はそんな人じゃありません!!」

「っ、ご、ごめん...。」

  そう言ったユーノに、アインハルトは憤る。
  ...文献でしか知らないのだから、それは理不尽なのだけど。

「...シュネーは、好きで破壊しまわった訳じゃないんです...。ずっと...ずっと護られて、怯えられて、罵られて...彼女の心は限界だったんです...!なのに...なのに!」

  後悔するかのように、自分たちの非であると訴えるようにアインハルトはそう言う。

「何も分かっていない導王の民が!導王を裏切って、殺さなければ...!」

「...文献にあった事とは、真逆...。導王を殺そうとしたのは狂王ではなくて、導王の民...!?」

  ユーノは文献が間違っていた事に驚く。
  ...あの、皆ついて行けないのだけど...。

「.....アインハルト、なぜそこまで知っている?」

「...ここまで話したのなら言っておきましょう。私はハイディ・アインハルト・ストラトス・イングヴァルト...覇王の記憶を受け継ぐ者です。」

「覇王の...!?」

  ...だから、私達には分からないのだけど...。

「.....この際、覇王だとか古代ベルカの事はおいておこう。...本題はなんだ?」

「そうですね、先に本題を言いましょう。...彼女とまともに戦えるのは、私とヴィヴィオさんだけです。他は無理...いえ、邪魔です。」

「なっ...!?」

  アインハルトの言葉にクロノは驚愕する。
  “敵わない”ならまだしも、“邪魔”だとはっきり告げられたのだ。

「....かつて、覇王と聖王はどうやって狂王を打ち倒したと思ってるんですか?」

「.....詳しくは文献にも載ってなかったはず...。」

「...“導王流”のおかげです。覇王流も、狂王には歯が立ちませんでした。」

  導王流...?それって、確か....。

「優輝も使っている武術の流派...?」

「...はい。それでなぜ私達が...というのは、言わない方がいいでしょう。」

「...未来に関わるという訳か。」

  ...大体は予想できるわね。口には出せないけど。

「つまり、導王流を扱える私達でないと碌にシュネーとは戦えません。」

「そ、そんな事はない!俺たちだって頑張れば...。」

「では、彼女の攻撃を正面から受けれますか?」

「っ....。」

「そう言う事です。」

  ...緋雪...いえ、シュネーと戦うからには、あの攻撃を凌ぐ術がないとダメ...ね。

「そしてもう一つ。....もう、彼女を正気に戻す方法はありません。」

「なっ...!?それはつまり...!」

「殺すしかありません。」

  ....そう言う事。道理でアインハルトはそこまで思い詰めた顔を...。

「ふざけるな!そんな事、できるはずが...!」

「ではそれ以外に、なにがあるというのですか!?」

「っ...!?」

  涙ながらに叫ぶアインハルト。

「シュネーの心を救うのは、それしかないんですよ!?」

「だ、だが...。」

「かのオリヴィエやクラウスだって、彼女を助けようとしました!だけど、無理なんです..!彼女の心の傷は...全てを壊すか、自身を理解してくれる者に殺される以外、癒される事はないんです...!」

  ...殺すしかないという選択肢は、子供にはきついでしょうね...。
  そのオリヴィエとクラウスという人物は王らしいから大丈夫だっただろうけど、その記憶を受け継ぐアインハルトは、心苦しいでしょうね。

「しかし、緋雪がそのシュネーと同じとは...。」

「同じです。それは断言できます。...緋雪さんは、シュネーの生まれ変わりですから。」

「なっ....!?」

  ....本当に絶望したくなる状況ね...。
  片やU-D、片や狂王の生まれ変わり。
  どちらも人員を欠かす事のできない強敵で、緋雪の方は殺さなくてはいけない。
  これは....。

「....行きましょう、アインハルト、ヴィヴィオ。」

「っ、君は...!」

「葵!」

「りょーかい!転移!」

  どちらも早い事片づけないといけない事案。
  なら、もたもたしていられない。
  相手にできるのがアインハルトとヴィヴィオだけなのなら、さっさと二人を連れて転移すればいい。
  ...殺すかどうかで悩んでいる時間はないわ。







「....ヴィヴィオ、大丈夫かしら?」

「..う、うん。大丈夫...だと思う。」

  相手にできるのは二人だけだとしても、クラウスと言う人物の記憶を受け継いでいるらしいアインハルトと違って、ヴィヴィオは本当に子供。
  殺し、殺される戦いに身を投じるのは怖いのだろう。

「無理しなくていいわ。...いざとなれば、私が殺す事を担うから。...私と葵が、一番“殺す”事に慣れているからね。」

「う、うん。...ありがと、椿お姉ちゃん...。」

  ん...なんか、“お姉ちゃん”と呼ばれるのはむず痒いわね...。

「しかし、よかったのですか?他の人達を置いてきて。」

「今の緋雪...私はとりあえずこっちのが呼びやすいからこう呼ばせてもらうわね。...緋雪は狂気の赴くまま、暴れ回るのでしょう?なら、早い事決着を付けないといけない。...でしょ?」

「...はい。かつての時も、そうしなかったせいで、無数の屍が...。」

  そこまで言って青い顔をするアインハルト。
  ...記憶から思い浮かべてしまったのかしら?当時の事を。

「...悪いわね。殺すかどうかで悩んでる暇もなかったから、誰も連れ出せなかったわ。」

「いえ、連携を取る際には、ヴィヴィオさん以外は邪魔なので...。...椿さん、葵さん、未来ならともかく、過去のあなた達も含めて。」

「ええ。理解してるわ。」

  アインハルトのいる時代の私達なら二人の動きを理解してるでしょうけど、私達はそんなのは分かる訳がない。

『...!見つけたよ!適当に転移したけど近かったみたい!』

「...覚悟を決めなさい。ここから始まるのは戦闘じゃないわ。...死闘よ。」

「「.....はい!!」」

  私も視認できる程の距離に緋雪を見つける。
  っ...!あれは....!

「...なるほど。どちらも、負の感情を増幅している。...なら、反発する事もないわよね。」

「嘘...なにあれ...。」

「まさか...そんな....!」

  遠くに佇む緋雪。その下には....。

「あれ、全部妖の闇の欠片って事ね...!」

『うわー...百鬼夜行みたい。』

  ビルの時に現れた群れとは比較にならないほどの妖の群れ。
  ...緋雪が何かしらの方法で従えたのね。

「....あれらは私達が相手をするわ。あなた達は緋雪を頼むわ。」

「し、しかし...!」

  あの数は、私でもきついとアインハルトは心配してくる。

「大丈夫よ。多対一には慣れてるわ。」

「...椿お姉ちゃん...葵お姉ちゃん...。」

「....ヴィヴィオ、そっちは任せたわよ。」

  そう言って、私と葵はヴィヴィオ達を置いて妖の群れの真ん中に降りる。
  妖の群れはほとんどが地上にいるから上空にいる二人にはあまり被害はないはずよ。

「.....さて、葵。」

『ユニゾンは解除しておくね。』

「ええ。」

  ユニゾンが解除され、葵が私と背中合わせになる。

「....二人での共闘は久しぶりね。」

「江戸以来だねー。あたしの背中は任せたよ!」

「私の背中はあんたが守りなさいよ!」

  その言葉と同時に妖の群れは襲い掛かってくる。

  来る....!









       =out side=



「....シュネー...。」

「...あは♪やぁっぱり止めに来たんだ。」

  椿たちが妖の闇の欠片と戦い始めた頃、アインハルトとヴィヴィオは緋雪と対峙していた。

「私、気づいてたよ?二人はオリヴィエとクラウスに関係...ううん、二人に近い存在だって!そう!例えば私のように生まれ変わったみたいに!」

「っ...シュネー、貴女は....。」

  アインハルトの言葉に、緋雪は一切耳を貸さない。

「ふふ、あはは!さぁ、始めましょう!生きるか死ぬかの、パーティーを!」

「っ.....。」

  緋雪から魔力が溢れ、二人は身構える。

「さぁ!あの時のように殺してみせなよ!オリヴィエ!クラウス!!」

「ヴィヴィオさん!」

「...うん!」

  今ここに、聖王と覇王対狂王の死闘が再現される....!









「....やっぱり殺させない!俺は行くぞ!」

「おい!待て神夜!」

  ...アースラでは、神夜がやはり助けるという決断をし、転送ポートを使う。

「神夜君が行くなら私達も行くの!」

「なのは...!君達も...!」

  それに続くように女性陣(ついでに帝)も転送ポートへと向かう。
  行こうとしていないのは、戦闘不能なフローリアン姉妹と、マテリアルの三人、クロノやユーノ、司、リニス、プレシア、後はトーマとリリィぐらいだった。

「くそ...!全員身勝手な...!」

「...クロノ、僕達はどうするの?」

「....どの道、U-Dも彼女も放ってはおけない。挨拶も碌にできず済まないが、君も協力してくれるか?」

「お、俺..?...はい。緋雪さんにはお世話になりましたから。」

  トーマとリリィも未来で緋雪に世話になったらしく、行くことに決める。

「...私も行くよ。」

「...助かる。」

  司も間近で緋雪を見てきたから、助けようと決意する。

「...結局、僕らも行くんだね。」

「そうだな。」

  クロノ達も結局結界内に向かう事となる。
  そして、残されるのはマテリアルだけだが...。

「....君達はどうするんだ?」

「知れたこと。我らの目的はユーリのみ。他の事など知った事ではないわ。」

「...王よ、そわそわしていては説得力がありません。」

「ええい!できるだけ誤魔化しておったのに貴様は!」

  三人もU-Dが目的ではあるが緋雪の事も気になるようだ。

「ぬぅ...。...なんというかだな...。彼奴は我らと同じ“闇”の性質を持っておる。...故に、我にも理解できてしまうのだ。彼奴の悲しみがな...。」

「...そうか。...まぁ、三人の好きにしてくれ。この緊急事態だ。君達の行動を制限できるほどの余裕はないからね。」

  言外に“できれば手伝ってほしい”という想いを込めてクロノはそう言う。
  そして、そのまま他の三人(+一人)を連れて結界内へと転移していった。







「はっ!」

「やぁっ!」

「...ふふ。」

  左右からの挟撃。それを軽々と受け止める緋雪。

「まだです!」

「っ!」

  アインハルトは受け止められた瞬間に反転、その際にもう片方の手で受け止めた手を上に弾き、懐へと入り込む。

「『ヴィヴィオさん!』」

「っ、やぁあああっ!!」

  念話で合図を出し、ヴィヴィオも緋雪の上を取って、アインハルトは掌底、ヴィヴィオは踵落としでまた挟撃を試みる。

「...くすっ♪」

「「っ!?」」

  しかし、それは緋雪が放った魔力の衝撃波によって吹き飛ばされ、不発になる。

「....当然、一筋縄ではいきませんね...!」

「うん...!」

  一度体勢を立て直し、二人は並んで緋雪と対峙する。

「あはは、やっぱりその程度なんだ。...いくら二人に近い存在だからって期待しすぎちゃったかな?...じゃあ、殺すね。」

「『っ、来ます!!』」

「『絶対にまともに受けてはいけない...だね!』」

  瞬間、緋雪がその場から消える。
  ...正確には、一瞬でアインハルトとヴィヴィオの所に接近したのだ。

「っ...!?」

「...っ、導王流“流動”...!」

  振りかぶられた拳を、アインハルトは手首を掴んで後ろへと受け流す。
  ..しかし、それでもある程度のダメージは受けてしまったようだ。

「..はぁあっ!」

「っ、っと。」

「はああっ!」

「っ、ぁあっ!?」

  すかさず入ったヴィヴィオの攻撃を緋雪は空いた手で受け止るが、その上からアインハルトのカウンターが入り、緋雪に明確なダメージが入る。

「入った...!」

「油断しないでください!」

「っ...!?ぁあっ!?」

  攻撃が通った事に一瞬喜ぶヴィヴィオだが、反撃に来た緋雪の攻撃をぎりぎりで受け流し、そのまま吹き飛ばされてしまう。

「ヴィヴィオさん!」

「ふふっ、よそ見厳禁...だよっ!」

「くっ...が....!?」

  ヴィヴィオが吹き飛ばされた事に動揺したアインハルトにも攻撃は及び、受け流し損ねて吹き飛ばされる。

「『アインハルトさん!無事ですか!?』」

「『なん...とか...!ヴィヴィオさんこそ大丈夫ですか?』」

「『これでも緋雪お姉ちゃんに散々鍛えられたもん。大丈夫...!』」

  どうやら緋雪は積極的に攻撃する事はないようなので、ヴィヴィオとアインハルトはその隙に体勢を立て直す。

「『....手加減されています。』」

「『...やっぱりそうだよね。.....でも。』」

「『だからこそ付け入る隙が....あります!!』」

  念話でそう言った瞬間に、アインハルトは飛び出し、緋雪に接近する。

「はぁっ!」

「っと、ふふっ。」

「っ...!」

  回し蹴りを繰り出し、それが躱され、反撃がくる。
  それを、顔面スレスレでアインハルトは避ける。

「せいっ!」

「残念♪」

「その防御魔法は....何度も見たよ!」

     ―――パキィイン!

  すぐさまヴィヴィオが後ろから殴りかかる。
  それを緋雪は防御魔法で防ぐが、未来で同じような防御魔法を何度も見たヴィヴィオにとっては、それは絶好のチャンスだった。
  一瞬で防御魔法を破り、隙を作る。

「「はぁああっ!!」」

「っ....!」

  そして、挟むように二人で緋雪を攻撃する。

「ぐっ...いい加減に...しろっ!!」

「「っ....!」」

  しかし、その攻撃は受け止められ、反撃が繰り出される。

「させ....!」

「ないっ!!」

  それをヴィヴィオが受け流し、アインハルトがカウンターを決める。

「ぐっ....うざったい!!」

  またもや攻撃が通るが、次の瞬間、二人がいた場所を魔力弾が通り過ぎる。

「(魔力弾...遠距離攻撃を使ってきた...!)」

「(付け入る隙があるとはいえ、戦いが長引けばこちらが不利...!)」

  間合いを離し、魔力弾を避ける二人は同時に同じことを考える。

「(だからと言って、緋雪お姉ちゃんは短時間では倒せない!)」

「(決め手となるのは....!)」

「ふふ...あははは!!なーんだ、結構やるじゃん!じゃあ、もうちょっとだけ本気出してもいいよね!!」

「「(導王流による強力なカウンター....!!)」」

  長期戦になればなるほど緋雪は本気になり、強力な攻撃をしてくる。
  それを導王流によるカウンターで決めれば倒せると、ヴィヴィオとアインハルトは念話で話さずともそれを理解した。

「「(...ここからが正念場....!)」」

  まだまだ続く死闘に、二人は身を投じた。







「“弓技・矢の雨”!」

  一方、椿の方では、椿が矢の雨を放ち、妖の群れを貫く。

「はぁあああっ!!」

  矢の雨を逃れた妖に向けて、葵がレイピアで貫き、どんどん処理していく。
  ...が、妖はそこそこ強いのか、矢の雨にもレイピアにも貫かれて生きている個体も存在していた。

「....っ、キリがないわね...!」

「雪ちゃんによって強化されてるんだろうね...。頭に風穴開けても死なないよ..!」

  妖でも頭を貫かれるのは致命傷な事が多い。
  だが、今回はそれでも死なない場合が多いのだ。

「蜂の巣にしてやるしか倒せないわね...。」

「この数相手に一体一体それをするのはきついね...!」

「文句言ってる暇はないわ..よっ!」

  二人はその場を飛び退き、妖の攻撃を回避する。
  椿は回避した後、すぐに矢を番え、そこを狙った妖の攻撃を葵が防ぐ。

「煌めきなさい...“弓技・閃矢”!!」

  そして椿から光の矢が三つ放たれ、妖の群れを穿つ。

「ついでよ受け取りなさい!」

   ―――“旋風地獄”

  さらに、振り向いて御札を三枚投げる。
  それらに込められた術式が一斉に発動し、風の刃が群れを吹き飛ばす。

「...貫け。」

   ―――“呪黒剣”

  それにより一時的に妖の攻撃を防ぐ必要のなくなった葵が、レイピアを地面に刺し、巨大な黒い剣を地面から生やし、大量の妖を貫く。

「っ、っと...!」

「葵!」

  攻撃の隙を突かれ、葵はレイピアで攻撃を防ぎつつも後退する。
  そこへ椿が回復の術式を込めた御札を投げつけ、回復させる。

「ありがと....かやちゃん!後ろ!」

「っ...!くっ、きゃぁっ!?」

  しかし、椿の後ろから来た攻撃に、椿は回避しきれずに吹き飛ばされてしまう。

「嘘...あれって....!」

「っ....そうね、負の感情を増幅させた存在が多いのなら、いるはずよね...!」

  体勢を立て直し、椿は葵の傍で呟く。
  目に映るのは、椿の闇の欠片...ただし、黒いオーラのようなものを纏っている。

「嘆き、怒り、憎しみ、全てを祟ってやろうと思った私が!」

「ぁああ...!かえ、せ..!薔薇姫を...返せぇええええええ!!!」

  瞬間、闇の欠片から黒い瘴気のような触手が伸びてくる。

「じょ、冗談じゃないよ!それってかやちゃんが祟り神化したようなものって事!?」

「ホンット、冗談じゃないわ...!アレ、別格の強さよ...!」

  しかもそれだけじゃない。椿の闇の欠片の他にも、妖の群れもいるのだ。

「....責任持ってアレは私が相手するわ。葵は他の奴を。」

「かやちゃん!?それは....!」

「私の事は私がよく知ってる。...私が招いた事だもの。私が処理するわ。」

「っ....分かったよ。他はあたしに任せて。」

  椿は御札に仕舞っていた短刀を取り出し、単独での戦い方に変える。
  葵も構えを変え、護りから攻めへと変える。

「...司や優輝がいなければ、私はああなってたのね。」

  椿は自身の闇の欠片を見てそう呟きつつ、苛烈になる戦闘へと再び身を投じた。







「これ...は....!?」

  一方、結界に転移してきた管理局組は、街で蠢く妖の群れに戦慄していた。

『そこら一帯に何かの術式が仕掛けられてるよ!多分、それが闇の欠片を集めてる原因だと思う!』

「なるほど...!厄介すぎる...!」

  追いついてきたクロノがエイミィの通信にそう言う。
  結界内の闇の欠片がここに集まるとなると、相当危険な事になる。
  しかも、この地帯の近くに椿たち四人や緋雪がいるのだ。放置しておけない。

「全員!戦闘態勢に入れ!この闇の欠片を殲滅する!」

  クロノが鋭く指示を飛ばし、全員が戦闘態勢に入る。

「(この数...!しかも中心地で明らかに戦闘が起きている。あの四人は一体どうやって戦っているんだ...!?)」

  闇の欠片を集めてメリットがあるのはU-Dか緋雪だけ。
  だから放置もできず、その中心で戦っている椿たちをクロノは心配していた。









「あぐっ....!?」

「アインハルトさん!」

  受け流し損ね、吹き飛ばされる。
  だが、威力はだいぶ流せた方なので、まだアインハルトは戦える。

「油断禁止。」

「しまっ...!?」

     ―――ズパァアン!!

  背後に回り込まれた一撃を、ヴィヴィオはギリギリで受け流す。
  平手で叩いたような、空気が殴られる音を聞きつつ、受け流した反動で吹き飛ばされる。

「実戦経験がまるでなし。そんなんじゃ、私は殺せないよ!」

「っ....シッ!」

  復帰してきたアインハルトが拳を繰り出す。

「その戦法は....。」

「っ、はぁっ!」

「見飽きたよ!!」

「がふっ...!?」

  回避され、反撃の拳を受け流し、カウンターを決めようとして...魔力を使った掌底のような攻撃で吹き飛ばされた。

「『っ...ヴィヴィオさん!』」

「っ!?バインド...!?」

「“セイクリッドブレイザー”!!」

「....甘い!」

  アインハルトが吹き飛ばされた瞬間にバインドが仕掛けられ、その背後からヴィヴィオが特大の砲撃魔法をお見舞いする。
  ...しかし、それを緋雪はあろうことか魔力を纏わせた手の爪で切り裂いた。

「てやぁああっ!」

「....っ!」

  だが、それすら読んでいたようにヴィヴィオは接近し、回し蹴りを放つ。
  それに対抗するようにもう片方の手で吹き飛ばそうとして...。

「『させ...ません...!』」

「なっ...!?ぐっ....!?」

  そこへ、ピンポイントに衝撃波が手に当たる。
  アインハルトが放った衝撃波だ。

「っ...ふふ...あははははははは!!いいよ!そこまで足掻くなら遠慮なく殺してあげる!親友に似てるからって遠慮しすぎだよね失礼だよね!!」

  ヴィヴィオの回し蹴りは決まった。
  しかし、それが原因かは分からないが、ついに緋雪は本気を出してしまった。

「っ!?」

「....吹っ飛べ!」

  回し蹴りの隙を突き、緋雪はヴィヴィオの足を掴む。
  そのままアインハルトがいるであろう方向へ投げる。

「ぁああああああっ!?」

  凄まじい力によって無理矢理投げられたヴィヴィオは、何とか途中で体勢を立て直す。

「...貫け。“スカーレットアロー”。」

「(っ...!私が避けたらアインハルトさんが...!)」

  緋雪はそのままシャルを用いて紅の矢を放つ。
  ヴィヴィオをアインハルトの方向に投げたのは、ヴィヴィオが避けれなくするため。
  だからこそ、ヴィヴィオは避けずに矢を対処しようとした。

「...パパ、力を貸して...!」

   ―――導王流“流水”

「っ....ぁあっ!!」

  目の前まで来た魔力の矢に、手を添え、するりと横へ逸らす。
  瞬間、ヴィヴィオは吹き飛ばされるが、アインハルトが吹き飛ばされた場所よりは大きく外れ、ヴィヴィオへのダメージも最小限に抑えられた。
  ...それでも十分なダメージだったが。

「(まだ...まだまだ....!!)」





「はぁ...はぁ....。」

「っ...ふぅ....。」

「ふふ♪あはは♪あははははははは♪」

  受け流し、反撃し、受け流し、吹き飛ばされ、その繰り返しで、ヴィヴィオとアインハルトはボロボロになっていった。

「(なんとなく分かる.....()()()()()()()()()...!)」

「(それに対して私達は限界...でも、戦わなければ...!)」

  止められるのはアインハルトとヴィヴィオしかいない。
  実際、もし二人以外が戦っていれば手加減もなく容赦なく惨殺されていただろう。
  かつてのオリヴィエとクラウスに似ており、さらに導王流を扱うからこそ、緋雪の油断に付けこみ、相性の良さで戦えているのだ。
  ....だから、二人はここで倒れる訳にはいかなかった。

「(形勢は圧倒的に不利。むしろ、窮地と言ってもいい...!)」

「(それでも、緋雪お姉ちゃんを倒せるのは....!)」

  息を整え、再び二人は限界を顧みずに緋雪に挑みかかった。

「「(私達だけ.....!!)」」











   ―――狂気との死闘は、終わらない...。







 
 

 
後書き
導王流“流動”…簡潔に言えば導王流の中で基本的な受け流しの技。流れるような動きに敵の攻撃を巻き込み、受け流すという技。
導王流“流水”…流水の如き動きで敵の攻撃を受け流す。“流動”の上位互換。

...あ、今はU-Dの姿が影も形もないですが、離脱する際の優輝の魔法が少しは効いている&完全に目覚めた訳じゃないのでそのための休息状態になっています。(運よく?見つかってないだけ。) 

 

第38話「覚醒の時」

 
前書き
ようやく主人公復活の時です。

ちなみにプレシアさんとリニス、アリシアのようなGODでは生存してない三人は、アリシアはエイミィと一緒にバックアップ、他二人は闇の欠片を殲滅して回っていました。
 

 




       =優輝side=





「(...ここは....?)」

  どこかのお城のバルコニーらしき風景が視界に映る。
  しかも、夕陽に照らされていてそれがなんとも言えない美しさを醸し出している。

「(....緋雪?)」

  そんな僕の隣には、緋雪によく似た少女が嬉しそうに夕陽を眺めていた。

   ―――凄い!すっごく綺麗だよムート!

「(...ムート...か。)」

  どうやらこの光景での“僕”は僕自身ではないらしい。
  ...ムート...確か、リヒトの前の主だったか...。

   ―――そうだろう?シュネーに見せたかったんだ。

「(シュネー?シュネーって確か...。)」

  勝手に“僕”の口が動く。
  その口から発せられた名前は、確か緋雪を解析した時に出てきた...。

「(リヒトの前の主はムート。リヒトとシャルは知り合い。緋雪を解析した際に出た名前がシュネー...。)」

  ...何かが、パズルのピースが当てはまるように繋がっていく。

「(まさか...!僕がリヒトに会ったのも、緋雪がシャルに会った事も、全て必然なのか...!?)」

  根拠もない、無茶苦茶な理論。
  だけど、自然とそう思えた。



   ―――光景が移り変わった。



「(これ...は....!?)」

  かつて夢で見た戦場。それが僕の視界に入ってきた。

「(後悔、無念、悔しさ....あぁ、そうか。)」

  これは、“僕”が至らなかった結果か...。

   ―――助けたいと思った。でも、救えなかった。

「(...え....?)」

  さっきの“僕”とシュネーによる会話は映像の音声を聞くような物だった。
  だけど、今度のは脳に響くように聞こえた。

   ―――僕は精一杯頑張った。...それでも、届かなかった。

「(あ.....。)」

  目に映るのは、止められなかったシュネーの暴走。倒れ伏す数々の屍。
  シュネーの幼馴染として、導王として動いても、覆せなかった現実。

   ―――...君は、まだ間に合う。

「....シュネーの事か?」

  光景の中の“僕”とは関係なしに、僕は喋る事ができた。

   ―――ああ。だが、君は違うだろう?

「...緋雪...。」

  暴走し、狂気に堕ちた緋雪の事を思い返す。

   ―――例え人の身に戻せなくとも、彼女の心は救えるはずだ。

「....だけど、僕では緋雪には敵わないよ。」

  それは、緋雪と戦った時に悟った事だ。
  U-Dもそうだが、僕では時間を稼ぐ事しかできなかった。

   ―――そのはずはないよ。

「なに...?」

  しかし、“僕”...ムートは否定してきた。

   ―――僕は君で、君は僕。なら、扱えるはずだよ。“導王流”の極致を。

「導王流.....。」

  思い出すのは、かつて恭也さんと試合をした時、最後に使った技。
  確かにあの時、“奥義”と無意識に言っていた。

   ―――思い出して。かつての自分を。そして、彼女を...シュネーを...。

「っ.....!」

  ムートが光の粒子となり、僕の中へと入ってくる。
  その瞬間、僕は思い出した。

  僕が導王だった事。
  かつての名がムート・メークリヒカイトだった事。
  そして...シュネーを、救う事が出来ないまま、庇って死んでしまった事。

  ...それら全てを、鮮明に僕は思い出した。

「あぁ....そうか、そうだよな...。」

  そりゃあ、悔しいよな。こんな結果なんて....。

「...それを目の前で見たんだ。シュネーもああなるさ。」

  狂気に堕ちた緋雪を思い浮かべ、僕は苦笑いする。

「...いいさ、やってやろうじゃないか...!」





   ―――今度こそ、救って...いや、導いてやるよ、緋雪(シュネー)...!











〈....す..ー...すたー...マスター!!〉

「っ!!っ、がぼぼっ!?」

  リヒトの呼びかけに僕は目を覚まし、同時に溺れた。

「(し、しまった...!水中のままだった...!)」

  咄嗟に息を止め、なんとか溺死せずに済む。

「『リヒト、早速で悪いけど、短距離転移だ!』」

〈海の上にですね。分かりました!〉

  咄嗟に息を止めただけなので、当然長くは持たない。
  だから、さっさと転移魔法で海の外に出る事にした。



「...ふぅ。」

〈...海の底まで沈んだ時は、どうなるかと思いましたよ...。〉

  何とか転移に成功し、一息つく僕にリヒトがそう言ってくる。

「...海の底なら水圧とかが....。」

〈水圧は防護服が。息の関係はマスターが気絶している間は私が保護しておきました。〉

「そっか。助かったよ。リヒト。」

  すると、なぜか照れるような雰囲気で点滅するリヒト。

〈いえ...それより、マスターの雰囲気が...。〉

「....久しぶり、とでも言うのかな。フュールング・リヒト。」

〈....え...?〉

  いきなり正式名称で呼ばれたリヒトは少し驚く。

「....これで、本当に再会したんだね。リヒト。...もう、導王ではないけど、これからも頼りになる相棒として、よろしくな。」

〈ぁ...あああ...!ムート...!我が主、ムートなのですね...!〉

「....今は志導優輝だよ。」

  歓喜に打ち震えるリヒトに、僕は苦笑い気味でそう答える。

「...再会の喜びを分かち合いたい所だけど、それより優先すべき事がある。」

〈...緋雪様..いえ、シュネー様の事ですね?〉

「ああ。...行くぞ。」

〈分かりました。〉

  もたもたしていられない。そう思って、僕は魔力が蠢く街の方へ飛んで行った。







       =out side=



「あはははははははは!!」

「ぐっ...ぁあっ!?」

「っ、きゃぁあっ!?」

  避けきれず、受け流しきれず、ヴィヴィオとアインハルトはまたもや吹き飛ばされる。
  既に体をボロボロで、受け流しや攻撃に使う拳と腕は血まみれになっていた。

「(っ...私はともかく、ヴィヴィオさんがもう...!)」

  アインハルトはまだギリギリ戦える。
  しかし、ヴィヴィオはもう限界だった。
  当然だ。クラウスの記憶から経験を受け継いでいるアインハルトと、それがないヴィヴィオではダメージが違う。

「あははっ!まずは...オリヴィエから!!」

「っ、させ....!ぁあっ!?」

「アインハルトさnきゃあっ!?」

  ヴィヴィオを狙った攻撃に、ついアインハルトは庇いに行ってしまう。
  瞬間、受け流し損ねた攻撃はアインハルトを吹き飛ばし、後ろにいたヴィヴィオも巻き込んで下にあった街中に吹き飛ばされてしまった。

「ぁ...ぐ...!」

「ぅぁ...!」

「あはははははは!もう終わりだね!これで殺してあげるよ!」

  どちらもついに動けなくなり、緋雪は手を掲げ、そこへ魔力を集中させる。

「さぁ....穿て!神槍!」

〈“Gungnir(グングニル)”〉

  その魔力は大きな紅き槍となり、緋雪の手から放たれた。
  そして、その槍は二人が吹き飛ばされた場所へと着弾し...。

     ―――ドォオオオオオン!!

「...あはっ♪」

  大爆発を起こした。
  既に二人は戦闘不能になっており、回避も防御も不可能。
  よって、緋雪は二人が死んだのだと確信した。

「...さぁって、邪魔者はいなくなったし、U-Dを探しに行こっと。」

  そう言って、緋雪はその場から去って行った。









   ―――着弾地点に僅かに転移魔法の残滓がある事に気付かずに...。









「くっ....!」

   ―――“弓技・螺旋”

  椿は迫りくる魔力の矢を霊力の矢で相殺する。
  しかし、そこへさらに瘴気の触手が迫る。

「っと、はっ!!」

   ―――“戦技・四天突”

  それを軽やかに避け、四連続で矢を放つ。
  しかし、それは全て触手に叩き落される。

「くっ...!しまっ...!?」

   ―――“旋風地獄”

  御札を三枚投げ、大量の風の刃で触手を切り裂こうとしたが、切り裂ききれず、迫ってきた触手を躱しきれずに吹き飛ばされてしまう。

「はぁ、はぁ....っ、ホント、厄介ね...!」

  息を切らし、椿はそう言う。
  先程からなかなか攻撃を当てれないのだ。

「かやちゃん!」

「目の前の事に集中しなさい葵!!この程度、私一人で...!」

  そうは言うが、明らかに椿は劣勢である。
  葵も他の妖の闇の欠片を一人で相手しているため、防戦一方である。
  それでも一歩も引かないのはひとえに子供であるヴィヴィオとアインハルトが頑張っているのに自分達が倒れる訳にはいかないというプライドがあるからである。

「しまっ...!?ああっ!?」

「かやちゃ...ぐっ...!?」

  しかし、ついに二人して吹き飛ばされる。
  そして偶然、二人は同じ場所で体勢を立て直し、背中合わせになる。

「....ふふ...こんな危機に陥ったのは、とこよが未熟だった時以来かしらね...。」

「あの子、あの時はあたし達に護られてばかりだったからね...。」

  絶望的な状況。それなのに二人は笑う。
  この程度の逆境では、二人が止まる事はないからだ。
  そして、もう一度襲い掛かろうとした時...!

「っ!かやちゃん!上!」

「なに!?っ、あれは...!?」

  二人が上を見ると、なんと大量の剣や槍、はたまた斧が落ちてきた。
  それらは全て妖の群れを貫き、さらに椿の闇の欠片は念入りに貫かれた。

「これは...。」

「...っ、優ちゃん!」

「えっ!?」

  瞬間、武器群に込められた魔力が膨張すると同時に、上から優輝が降り立つ。
  二人を庇うように降り立った優輝に椿たちは驚く暇もなく...。

「―――“螺旋障壁”!!」

     ―――ドォオオオオオオオン!!!

  辺り一帯が爆発に包まれた。
  優輝は剣になっているリヒトを掲げ、魔力で渦を作るかのように防御魔法を発動させ、爆発の余波を完全に防いだ。

「優....輝.....?」

「お待たせ、椿、葵。」

「優輝っ!!」

  爆発が収まり、妖の群れが全滅した所で優輝はそう言った。
  椿はその瞬間、感極まって思わず優輝に抱き着く。

「....悪い、椿。まだ、戦いは終わってない。」

「っ、ええ、そうね。」

  すぐに平静を取り戻し、まだ少し遠くに残っている妖の闇の欠片へと目を向ける。

「...ヴィヴィオとアインハルトが緋雪と戦っているわ。」

「いや、二人はもう回収済みだ。」

「えっ?」

  すると、魔法陣が現れ、そこから気絶したヴィヴィオとアインハルトが現れる。

「...ちょっと無理に回収しちゃったから回復魔法を掛けてるけどな。」

「いつの間に....。」

「...緋雪を...シュネーを救うためには、これぐらいやってのけないとな。」

  どこか決意のある瞳で優輝は緋雪がいるであろう方向を見る。

「...それと、これで闇の欠片は全滅だ。」

「「えっ?」」

  二人が疑問の声を上げた瞬間、遠くで大量の剣が射出される。

「術式...解析!!」

  さらに、優輝は地面に手を付き、巨大な魔法陣を展開する。

「術式...掌握、解析...完了!....決壊せよ!」

     ―――パリィイン!!

  優輝がそう言った瞬間、緋雪が仕掛けていた闇の欠片を集める術式が破壊される。

「....弾けろ。」

「....えっ?ここら一帯の魔力反応が..消えた?」

  葵は辺り一帯にあった闇の欠片の魔力反応が消えた事に驚く。
  先程射出された剣が存在していた闇の欠片を貫き、爆発して全滅させたのだ。

「っ....一体、なにが....?」

「...パ、パ....?」

  そこで、ヴィヴィオとアインハルトも目を覚ました。

「悪いな。ここから、皆にはもう一仕事する羽目になるかもしれない。」

〈カートリッジロード。〉

  優輝はそう言いつつ、カートリッジをロードし、回復魔法を全員に掛ける。

「...来たか、管理局の者達よ。」

「志導君!?無事だったの!?」

  次々と降り立つ管理局の魔導師たち。
  その中でも、司は優輝が無事だった事に驚いた。

「...君の妹はどうした?」

「...今頃、U-Dを探し回っている所だろう。」

「そうか....っ!?」

  クロノが一歩踏み出そうとした瞬間、クロノの目の前に剣が刺さる。

「...どういうつもりだ。」

「緋雪...いや、シュネーの下へ行くつもりだろう?...残念だが、お前たちにあいつと戦う資格はない。」

「なに...?」

  “戦わせられない”なら分かる。だが“戦う資格がない”という事にクロノは訝しむ。

「今のシュネーには、誰の声も届かない。それこそ、当時に聖王や覇王でさえ。....あいつに言葉が通じるのは、いつだって、いつの時代だって、たった一人だけだ。」

  そう言って優輝は少し目を伏せる。
  ...かつて、助けきれなかった事を悔いているのだろう。

「だから僕達には戦う資格がないと?」

「そうだ。それに、多人数だとかえって邪魔だ。」

「....そうか。」

  クロノは執務官の経験としてか、ただただ直感でか、優輝の言う通りにするべきだと悟る。
  ...だが。

「そんな事はない!一人でも多い方が可能性はある!」

「...一人で十分だと言っているんだ!...部外者が、邪魔するな...!」

  こればかりは譲れないと、優輝は神夜を睨む。

「部外者だと...?そんな事、今は関係ないだろう!?」

「なら、はっきり言ってやろう!お前たちでは力不足だ!!」

  引こうとしない神夜に優輝はそう言う。

「そんな事はない!俺たちだって力になれる!」

「...そこまで言うのなら、試してみようか。この程度凌げなければ話にならん。」

  そう言った瞬間、魔導師たち目掛けて大量の剣が降り注ぐ。

「なっ....!?」

「遅い。」

  魔導師たちは各々防御や回避をするが、そこから全員拘束魔法で捕まってしまう。
  唯一、神夜だけがそれを偶然逃れた。

「今のが回避できないものは、いくら足掻いてもシュネーには勝てん!」

「優輝、アンタ....。」

  どこか焦ったような瞳でそう言う優輝に、椿が気付く。

「....椿、葵、ヴィヴィオ、アインハルト。...悪いけど、彼らの足止めを頼む。」

「パ、パパ!?」

「....分かったわ。」

「分かったよ。」

「椿お姉ちゃんと葵お姉ちゃんも!?」

  いきなりの指示にヴィヴィオは戸惑う。
  椿と葵はどこか察していたのか、すぐに納得する。

「....ヴィヴィオさん、優輝さんは今度こそ邪魔の入らない、シュネーを助けるための戦いに赴きたいのです。...だからこそ、邪魔の入らないように私達に足止めを...。」

「っ....分かった!パパの言う事だもん。信じるよ。」

  アインハルトも理解しており、軽くヴィヴィオに説明すると、ヴィヴィオも信じ、納得してくれた。

「....助かるよ。皆。」

「待て!!」

「っ....!」

     ―――ギィイイン!!

  刹那、優輝は襲い掛かってきた神夜の剣を防ぐ。

「どうして今になって状況をかき乱す!?」

「言っただろう?...邪魔だと!」

     ―――ギィイン!

  すぐに優輝は神夜の剣を弾き、改めて対峙する。

「俺たちはただ彼女を助けたいだけだ!どうして邪魔をする!」

「...うるせぇよ。あいつの気持ちを欠片も理解していない偽善者が...!」

  優輝は目の前の神夜をかつて偽善でシュネーを殺そうとした者達と重ねる。
  ...だからこそ、優輝は怒る。

「...いいだろう。お前の行いが(正義)で、僕の行いが間違い()というのなら、僕は何度でも悪を成そう。....覚悟はいいか?偽善者(正義の味方)...!!」

「志導優輝ぃ...!」

  言っても聞かないと互いに理解し、同時に斬りかかる。

     ―――ギィイイン!!

「っ、なっ...!?」

  あっさりと受け流され、吹き飛ばされた事に、神夜は慄く。

「力も速さも不足している。かといって、それを補う程の能力もない。...お前がいても足手纏いだ。」

「くっ....これならどうだ!!」

  神夜は一息で優輝の急所を狙い澄ました九連撃を放とうとする。
  もちろん、非殺傷設定なので、当たっても死ぬ事はないが...。





「....それが本気か?」

   ―――導王流奥義“刹那”

「がっ....!?」

  それを優輝は、全て受け流し、強力なカウンターを攻撃の数だけ喰らわした。
  カウンターを受けた神夜は、デバイスであるアロンダイトを遠くに弾き飛ばされ、ビルへと突っ込むように吹き飛ばされてしまった。

「....本気の攻撃でそれならば、どの道無駄だ。」

  優輝の言うとおり、神夜はこのままでは力不足だった。
  神夜の防御力では緋雪の攻撃力の前では無意味であり、緋雪は神夜に対して容赦はない。むしろ、偽善者に対する憎悪で本気で殺しにかかってくるだろう。

「...じゃあ、椿、葵、ヴィヴィオ、アインハルト。足止めを頼んだ。」

「任せてよ!」

「...頑張ってください。」

「...行ってらっしゃい、パパ。」

  優輝の言葉に、頼まれた四人の内三人はそう返し、椿は優輝に背を向けるように一歩前に出て、顔だけ振り返り...。

「ねぇ、優輝。...足止めするのは構わないけど、別に、倒してしまっても構わないのでしょう?」

「...ああ、遠慮なくやっていい。」

「了解よ。」

  椿の言葉に優輝は不敵な笑みを浮かべ、後は任せて緋雪の下へ向かおうとする。





「待たぬか。」

「...なんだ?」

  そこへ、ディアーチェ達マテリアルの三人が現れる。
  アースラから転移してきたようだ。

「...ユーリが貴様の妹と戦闘を始めたのを観測した。さすがのうぬでも二人の戦いに介入するのは厳しいだろう。」

「...そうか。...それを伝えに来ただけではないだろう?」

「ふ、知れた事。貴様の想い、同じ王として我も分かっておる。...ユーリは我らに任せるがよい。」

  確かに優輝だけではさすがに二人相手では勝てない。
  だからこそ、ディアーチェ達がユーリの相手を買って出たのである。

「....勝てるのか?」

「...正直に言えば、我らだけでは足止めもままならぬ。...だが、それしきで諦める事など、貴様の前ではできないのでな。」

「...そうか。なら、行くぞ....っ!?」

  今度こそ行こうと優輝が飛ぼうとした時、大きな魔力反応を近くから感じ取る。

「っ...誰だ...?」

  すぐさま、そっちの方へ優輝は向かう。

「ま、待て!」

「...ちょっとひどいけど、もう足止めは始まってるの。行かせないわよ。」

  追いかけようとバインドを解こうとするクロノだが、その目の前に椿が短刀を突きつける。

「くっ....。」

「.....必ず、緋雪を助けなさいよ...優輝。」

  義務とか役目とか関係ない。ただ自身がそうしたいから動く優輝。
  そんな彼の想いを、椿はある程度理解していた。
  ...故に、こうして彼の手助けをする事に今は集中する。







「....ここは...織崎のデバイスが飛んで行った場所...。」

  優輝とマテリアルの三人が魔力反応のあった場所へ辿り着く。

「シュテるん!王様!あそこに誰かがいるよ!」

「あれは....。」

  デバイスが落ちたはずの場所には、一人の女性が立っていた。
  長い黒に近い紺色の、ウェーブのかかった髪を後ろで束ねており、顔は凛々しい雰囲気を醸し出す目つきをしている。
  手には、神夜のアロンダイトが剣の形態で握られており、体は紺色の騎士服と毛皮の腰布、そして肩や手などに僅かな甲冑で身を包んでいる。

「誰だ...?」

  見覚えもない。味方なのかも分からない。
  だが、優輝は目の前の騎士の強さを、瞬時に自身と同等だと悟った。











   ―――終わらなかったかつての悲劇は、もうすぐ終わろうとしている...。









 
 

 
後書き
椿が某弓兵の死亡フラグなセリフを言ってますが大丈夫です。
なんてったって椿は弓を使ってますからね弓兵じゃないんです。だから死にません。(あれ?

クロノ達が戦闘から外されたのは単純に足手纏いは来てほしくないからです。
GODではユーリに対して大人数で挑んでいましたが、あれはここのユーリよりも弱いからこそできた事です。ここのユーリに対してそれをしても羽虫のように叩き落されます。
緋雪の場合も同じです。...なので、クロノ達は戦闘から外されました。 

 

第39話「決戦の時」

 
前書き
今までの冒頭にあった伏線(のようなナニカ)を回収しておきます。
...と、言っても、半分程は既に緋雪が回収していったけど。
 

 








  目の前に迫る人間の顔を、腹を、心臓を貫く。

  辺り一帯殺し尽くした後、血や心臓を貪る。

  ...ああ、渇いた喉が癒される。



   ―――...でも心の渇きは癒されない。



  いつからだろう。こうなってしまったのは。

  いつからだろう。こんな気持ちになったのは。

  ....そうだった。



   ―――ムートが、殺されてからだ....。



  彼がいないから、私は狂気の赴くまま殺し続ける。

  彼がいないから、私はこんな気持ちになっている。

  彼がいないから、心が渇き続ける。

  ...彼じゃないと、私の心は癒せない。



  ...ねぇ、ムート。もう一度頼みたいな。





   ―――私を、殺して....ムート(お兄ちゃん)...!











       =優輝side=





「...誰だ?」

  目の前の騎士に僕はそう問いかける。
  彼女は、味方とは限らない。だから、決して油断はしない。

「...いずこの王とお見受けします。」

「......。」

  凛とした声で、彼女は僕にそう聞いてきた。

「...ユーリの事は、私に任せてもらえるでしょうか?」

「なに...?」

  突然、そう言った彼女に、ディアーチェが反応する。

「いきなり現れた貴様に、我らの盟主であるユーリの事を任せろと?」

「.....その通りです。それが、私の騎士としての“誓い”ですから。」

  その言葉を放った時の彼女の瞳は、僕と同じような“決意”に満ち溢れていた。

「幾千の時が流れようと、必ず助けてみせる。...それが私の...“サーラ・ラクレス”としての誓い。決して、我が主ユーリを闇に囚われたままではいさせません!」

「サーラ・ラクレス...“ラクレス”?」

  聞いた事のある名だ。
  確か...ムートだった時に見た文献で....。

「...お伽噺にもいたあの騎士か...!?まさか、あれはエグザミアの事を...!」

  あの話に出てくるお姫様がユーリの事を、騎士が彼女の事を表すなら...!
  災厄がエグザミアの暴走だという事に...?

「いや、お伽噺の通りなら彼女は助けられたはず...。」

「...今の時代にどう伝わっているかは知りませんが、あの時、私は命を賭してもユーリを封印する事しかできなかった...!...だからこそ、今度は助けたい...!」

「...そのアロンダイトは?」

  この際、彼女の正体が偽物だろうと関係ない。
  その決意は、僕と似たような物なのだから...。
  だが、それよりも織崎のデバイスを使っているのが少し気になった。

「これは元々私の剣です。私はあの時、この剣に魂を込め、いつかユーリを救うために英気を養ってきました。...ただ、あの男の妙な能力のせいで、私の意識は封じられていましたが。」

「ま た 織 崎 か !」

  大抵あいつが関わってるな!まったく!

「...この際、細かい事は置いておこう。...それぞれ助けたい者がいるんだ。...任せよう。」

「ありがとうございます。」

  さて、僕はどっちでもいい訳だけど、ディアーチェはどう判断するか...。

「....貴様、本気なのだな?」

「当たり前です。あなた達がユーリとどんな関係であろうと、こればかりは譲れません。」

「...ふ、ならやってみせるがいい。生憎、我らだけではユーリを倒す事さえままならぬのでな。」

  あら優しい。
  多分、ただ利用するためにそう言ったのだろうけど、本心では認めてるんだろうな。
  ディアーチェって、なんかそんな感じがするし。

「...時間は限られている。行くぞ。」

  僕は四人にそう言って先に転移していく。
  待ってろよ、シュネー...!









       =out side=



「うふふっ、みーつけた。」

  緋雪が笑いながらそう言う。
  その視線の先には、U-D...ユーリが佇んでいた。

「君は..そうか。君が、“狂王”なのか...。」

「あれ?私の事知ってるんだ?」

  何故か自身の事を知っているユーリに、緋雪は首を傾げる。

「...私は、封印されている間もずっと意識はあった。そして、外の様子を見る事も可能だった。」

「....ふーん、それで私を知ってると...。」

「....貴女と私はどこか似ている。絶望し、何かに諦めたような...。」

  瞬間、紅い閃光がユーリの横を通り過ぎる。

「...分かったような口を利くな。」

「....悲しみを狂気に変えて振りまいて、貴女はそれでいいのか?」

「うるさい。やっぱりお前は私とは似てないよ。」

  強く、殺意を持って緋雪はユーリを睨む。

「もういいや。さっさとお前の力を貰うよ。」

「私の力を?...それこそ、やめておいた方がいい。これは、制御など...。」

「制御なんてしないもん。私は、その力を振りまくだけ。...愚かな人間共にね!」

  瞬間、強大な衝突音が鳴る。
  緋雪の拳を、ユーリが幾重にも重ねた魄翼で防いだのだ。

「っ...へぇ...!正面から受け止めたのは、お前が初めてだよ!」

「...なるほど、今まで戦ってきた者達の中で、一番の力を誇っている。」

  ユーリは防御力。緋雪は攻撃力。
  互いに規格外の力を持ち、それがぶつかり合った際の衝撃は凄まじかった。

「あはははは!でも、どこまで受けきれるかな!?」

「力だけでは、私は倒せない...!」

  緋雪の爪の一閃が魄翼を切り裂き、魄翼による迎撃を緋雪は拳で叩き落す。
  魄翼を突破してきた攻撃は防御魔法で防がれ、受け止められる。

「切り裂け!焔斬!」

〈“Lævateinn(レーヴァテイン)”〉

  一度間合いを離し、緋雪は焔の剣を振り下ろす。

「“エターナルセイバー”!」

     ―――ギィイイイン!!

  それをユーリは二振りの炎の剣に魄翼を変化させ、それを交差するように受け止める。
  腕力であればあっさり押し切られていたが、魄翼なので拮抗する。

「っ...その翼、邪魔だよ!」

〈“Zerstörung(ツェアシュテールング)”〉

  しかし、緋雪は魄翼に掌を向け、握る。
  その瞬間、魄翼は爆発し、一瞬とはいえユーリは無防備になる。

「終わりだよ!」

「....その程度では、闇は砕かれない...!」

  無防備になった所を攻撃しようとして、横からの妨害に飛び退く。
  妨害してきたのは、破壊したはずの魄翼。

「...沈む事なき黒き太陽、影落とす月。....故に、決して砕かれぬ闇。」

「....圧倒的防御力と“闇”の再生能力....か。」

  魄翼を破壊してきれないと、緋雪は理解し....。

「...あはっ♪」

  ...嗤った。

「つまりそれっていくらでも壊せるって事でしょう!?あぁ!嬉しい、嬉しいわ!いくら殴っても易々と壊れないなんて!」

「...先に、お前が壊れる。」

「それがどうしたの!?もう私は壊れてるよ!...とっくの昔にね!!」

  再度、二人はぶつかり合う。





   ―――かつて救われなかった者に、救いを....。









       =優輝side=



「(...これは.....。)」

  爆発するような衝突音。シュネーとユーリが戦っているのだろう。

「(常人であれば、割込みたくない場面だな。)」

  僕達はシュネーたちが戦っているのが見える所まで来ていた。
  明らかに割込めない戦闘だが....。

「...行くぞ!」

  僕の合図で、まずシュテルとディアーチェが強力な砲撃魔法を二人に撃ちこむ。

「「っ!」」

  もちろん、不意打ちとは言え、分かりやすい攻撃なので、魄翼に防がれ、レーヴァテインで切り裂かれてしまった。

  ...けど、それで十分!

「はぁっ!!」

「っ..!」

     ―――ギィイイン!

  転移魔法で後ろに回り込み、リヒトでシュネーに斬りかかる。
  シャルで防がれるけど、これでこっちはオーケー。
  そして....。

「はっ!」

「っ、なっ...!?」

  同じく、ユーリの方も、サーラが転移魔法で不意を突くように斬りかかる。
  防御魔法で防ぐユーリだが、相手がサーラだという事に驚いたようだ。

「そっちは任せたぞ!」

「はな...せ....っ!!」

  拘束魔法でシュネーの動きを阻害し、そのまま転移魔法でその場から離れる。
  これで互いの戦いの邪魔をする事はなくなっただろう。









       =サーラside=



「....行きましたか。」

  私は主...ユーリと対峙する。

「『予定通り、あなた方は援護に徹してください。』」

『分かっておる。前に出た所で、ユーリの攻撃は防げぬゆえな。』

  ユーリを盟主と定めた紫天の書のマテリアルと名乗る三人は、私の援護に徹するようにさせる。

「......サーラ...?」

「...一体、どれほどの時間が経ったのでしょうね。...お久しぶりです。我が主よ。」

  ...見た目は変わらないが、私には分かる。
  ユーリは、私が死んでから何度も何度も絶望し、心が摩耗したのだと。

「嘘だ...サーラは、千年以上前に死んだはず...。ましてや、こんな管理世界でもないこの星にいるはずが...!」

「...千年。...千年、ですか...。」

  それほどの年月、私は眠り続けていたのですね。

「言ったはずです。...幾千の時が流れようと、貴女を止めてみせる...と。」

「...っ!そうか、アロンダイト...!その剣に、自身の魂を...!」

「....その通りです。」

  さすがユーリですね。あっさりと勘付くなんて...。

「...Dr.ジェイル特製の剣です。....アロンダイトは、応えてくれましたよ。」

「....だけど、復活した所で...!」

  そう言うと同時に魄翼が私に向かって振るわれる。

     ―――ギギギギギギィイン!

「...私は必ず止めると誓った!そして、今は一人ではない!!」

  私はアロンダイトを振い、迫りくる魄翼を全て切り裂く。
  そして、それと同時に...。

「っ!?」

「...貴女を止めようとする従者は、私だけではありませんよ?」

  三筋の砲撃魔法が、ユーリを襲う。
  ...ただ、防御魔法によって防がれましたが。

「...なるほど、紫天の書...マテリアルであるあの三人も...。」

「...行きますよ?ユーリ!」

  一気にユーリとの間合いを詰める。
  しかし、当然のように魄翼が私を妨害してくる。

「シッ!!」

「ああっ!」

  三方向から迫る魄翼を、三連撃で弾いて逸らし、ユーリの声と共に振りかぶられた魄翼の腕は、剣で受け止めるように当ててから上に逸らす。
  ...相変わらず、相当身体強化をしないと圧倒される力ですね...!

「(アロンダイトに魂を込め、人の身でなくなったためか、体が重い!)」

  魂をアロンダイトに込めたせいか、体が思うように動かせない。
  これでは、生前よりも弱い...!

「(だけど!)」

「はぁっ!」

「っ!?」

  意識を逸らすようにレヴィと名乗った少女が魔力の鎌で斬りつけ、そのまま離脱する。
  魄翼であっさりと防がれ、無傷ではあるが、これで一瞬とは言え意識が逸れる。

「ぜぁあああっ!!」

「ぐっ...!」

  その一瞬の隙を突き、超高速の五連撃を繰り出す。
  ...本来なら、九連撃の所だが、やはり体が思うように動かなかった。
  しかし、それでも魄翼を切り裂き、ユーリの防御魔法に罅を入れる事ができた。

     ―――ドォオオン!

「なに...!?」

  さらにそこへ、炎の砲撃魔法が直撃する。

「今...!...っ!?」

  罅が広がる。そこへ攻撃しようとしたが、横から来た魄翼の腕を避ける。

「(本当に体がついていかない!生前なら、今のを受け流して攻撃できた!)」

「....避けて。」

  宙返りをした体勢で、ユーリが魄翼を広げ、大量の魔力弾を展開しているのが目に入る。

「(避け...っ、否、無理...!?)」

  ダメージを覚悟し、少しでも迎撃しようと剣を構える。

     ―――ドォオオン!!

「っ、なに!?」

  だがその瞬間、飛来した複数の魔力弾らしきものが炸裂し、魔力弾を全て撃ち落とした。

「っと、ととっ!」

  とりあえず、魄翼による攻撃を防ぎ、一度間合いを取る。

『無事か!?』

「『ディアーチェか!?』」

『うむ、その通りだ。...どうやら、思ったような動きができぬようだな。その分は我らで補う!安心して戦うがよい!』

「『...援護、感謝する。』」

  先程からの援護も、私の動きの事を見抜いての事か。
  ...さすがだな。

「(...徐々に体も慣れてきている。...長期戦は避けたいが、長引かなければ碌に戦う事もできない...。...だが、その程度で止まるつもりなど...ない!!)」

  再度、ユーリとの間合いを詰める。
  振るわれる魄翼の腕に手を添え、上に乗りつつ切り裂く。
  そのまま魄翼の腕を走り、振り落とされる前に跳び、上から振り下ろされる他の魄翼の側面に沿えるように魄翼を受け流し、それを足場にさらに踏み込む。

     ―――キィイイン!!

「くっ....!」

「...サーラ、貴女の力はこの程度だったのか...?」

「(障壁が...破れない...!)」

  鋭く繰り出した刺突は、防御魔法に阻まれる。
  ...生前なら罅が入る程の力を込めたつもりだったのだけど....。

「まだまだ....!」

「貴女を、また殺す事になるとは....。」

  この程度で立ち止まっていては、ユーリは止められない...!

「砕け得ぬ闇は...私が砕いてみせる!!」

  弱くなったなんて関係ない。私は、私の誓いを決して曲げたりはしない...!











       =優輝side=





「ぁあっ!!」

「っと...!」

  転移した先で、緋雪は魔力を放出し、拘束魔法を吹き飛ばした。

「どうして、どうしてまた邪魔するの!?一度沈めたのに!なに、死にたいの!?死にたいのなら遠慮なく殺してあげるよ!!」

  怒りを露わにし、僕にそう言うシュネー。

「....シュネー。」

「“お兄ちゃん”がその名で呼ばない...で....。」

  静かに、以前よりも増えた魔力を開放する。
  ...そう、“ムート・メークリヒカイト”としての魔力を。

「....ムー..ト.....?」

「...ああ、あの時、あの戦い以来だな。」

  魔力には、波長がある。
  それは人それぞれ異なっており、例えクローンでも...それこそ、平行世界の同一人物だったとしても全く同じではない。
  波長を構成するのは、その人物の魂と存在そのもの。
  故に平行世界の同一人物であっても、微妙に違うのだ。
  ...だけど、僕と緋雪は別。...僕らは、同じ魂を持ち、同じ存在でもある。
  僕は“志導優輝”でもあり、“ムート・メークリヒカイト”で、緋雪は“志導緋雪”であり、“シュネー・グラナートロート”でもある。
  ...だから、僕はムートと同じ魔力の波長が出せる。緋雪もまた然りだ。
  だからこそ、シュネーは僕の正体に気付いてくれた。

「どう..して....ムートは、死んだ...はず.....。」

「シュネーと同じだ。“鍵”は開かれ、記憶が戻った。...それだけだ。」

  信じられないような顔で僕を見るシュネー。
  ...そりゃあ、信じられないだろうな。目の前で、殺されたはずの人物なのだから。

「シュネー...。」

「っ....。」

「...戻ろう。いつもの生活に。起きて、ご飯を食べ、学校に行って、休日は遊んだり、友達と交流したり...そんな、日常にさ、戻ろう。」

  手を差し伸べ、僕はそう言う。
  ....だけど。

「....戻れないよ。私はもう、血に濡れた存在。血に飢え、肉を喰らい、何千人と人間を殺した化け物。...元の生活になんて、あの時から戻る事なんてできない!」

「戻れる!...完全に以前と同じとまではいかなくとも、僕が、絶対に導く。」

  シュネーがこうなってしまったのは、元はと言えば僕の不注意が招いた事だ。
  ...だから、僕が責任持って彼女を導く。

「...うるさい...うるさい!どうして、どうしてあの時私を救ってくれなかった!!どうして...私を置いて死んだ!!」

「っ!!」

     ―――ギィイイイン!!

  瞬間、杖形態のシャルが振るわれる。
  それを僕はリヒトで受け流し、凌ぐ。

「どうして!どうして!どうして!どうして!!」

「っ、くっ、ぐっ....!」

  受け流し、受け流し、受け流す。
  しかし、強大すぎる力に僕は後退する。

「今更!私の前に出てこないでよ!!」

「っ.....!」

  間合いが離れた瞬間、大量の魔力弾が展開され、僕に襲い掛かってくる。

「(...恐れるな!全ての動きを一種の“流れ”と捉え、導け...!)」

  “導王”としての本質を思い出し、襲い掛かる魔力弾を見る。
  リヒトの形態を剣からグローブへと変えておく。

「(“流れ”を逸らし、僕に当てなければいい...!)」

  魔力弾に手を添え、少し押す。
  それだけをしたら次に迫る魔力弾へと手を添え、また少しだけ押す。
  それを繰り返していく。
  すると、襲い掛かってきた魔力弾は僕の横ギリギリを通り抜けるように逸れて行く。

「っ、“ツェアシュテールング”!!」

「やばっ!?」

  シュネーが“破壊の瞳”で僕自身を狙っていたので、咄嗟に霊力で衝撃波を発生させ、僕にロックオンしていた術式を壊すと同時にその場から飛び退く。
  以前までは僕が使っている魔法が全て解除されたけど、今回は飛行魔法と防護服はそのままで残しておくことができた。

「シュネー!」

「うるさい!うるさい!どうせ、私の悲しみなんて分かっていない癖に!!」

「っ....!」

  再び、今度はレーヴァテインを展開して斬りかかってくるのを、剣形態に戻したリヒトで受け流す。
  シュネーが飛び退くと同時に魔力弾が繰り出されるが、それも逸らして対処する。

「...あぁ、分からないよ。僕はシュネーではないし、なにより僕はシュネーより早く死んでしまった。...だから、分かるはずがない。そんなのは、本人にしか分からない。」

「っ.....。」

「でもな!その程度で引き下がる理由にはならない!僕はお前を護ると...導くと誓った!だから...今はお前を、止める!!」

  瞬間、僕は短距離転移でシュネーの背後に回り込む。
  突然とはいえ、分かりやすいためシュネーは振り向きざまにシャルを振ってくる。
  それを宙返りで回避し、リヒトを振り下ろす。
  しかし、それは防御魔法で防がれた。

「っ....なら!受け止めてよ!私の悲しみを!悔しさを!この...怒りを!!」

「っ...!」

     ―――ギィイイイン!!

  シャルがリヒトにぶつけられ、僕は大きく後退する。

「シュネー....。」

「ぁああああああっ!!!」

  そこへ、大きく拳を振りかぶって、シュネーは殴りかかってくる。

「っ....!!!」

     ―――バシィイッ!!

「っ、ぁ....!?」

  それを、僕は全ての魔力を身体強化に...特に手を強化。
  左手で受け止め、右手で左手首を支えるように受け止める。
  受け止めた手は目の前ギリギリで止まり、シュネーの勢いが止まる。

「...あぁ、受け止めてやるよ。お前の想い、感情、全てな!!」

  一度間合いを離し、僕は魔力と霊力を開放する。

「術式混合...混じれ、“霊魔相乗”!!」

  瞬間、衝撃波が僕から発せられる。
  これは、所謂よくあるダブルブースト的な奴だ。
  僕は魔力がそこまで多い訳ではない。だからと言って、霊力も多くない。
  だから、その二つを掛け合わせ、莫大な力を生み出した。

  ...僕の体を、霊力と魔力が螺旋状に駆け巡る。

「....来い、シュネー!お前の悲しみ...全部僕にぶつけろ!!」

  あの時の誓いを...今度こそ成し遂げる...!!











 
 

 
後書き
“サー・ラ”ンスロット、ヘ“ラクレス”。
...つまりはそう言う事です。(単純)

戦況としては、まずユーリが某弾幕STGのように弾幕を張っており、そこへサーラが斬りこんでいる形です。マテリアルズはその弾幕はできるだけ撃ち落としたり、魄翼の妨害をする援護射撃を主に行っています。(偶にレヴィが気を逸らすために接近するけど。)

ユーリは意識自体はそのままなので、ちゃんとサーラの身を案じています。
なので、U-Dとしての攻撃を避けるように言う時もあります。 

 

閑話4「偽善VS想い」

 
前書き
椿sideの話です。足止めの戦いを一応書いておきます。

なお、リーゼ姉妹はバックアップに行っているのでいません。(というか作者が扱いきれない。) 

 




       =椿side=



「っ!!」

  クロノに短刀を突きつけていた手が拘束される。

「クロノ!」

「ユーノか!助かった!」

  ...なるほど。彼はこういうのが得意だったわね。

「葵!」

「了、解っ!!」

     ―――パキィイン!

  葵がレイピアで私を傷つけないように拘束魔法だけを破壊する。
  私が霊力で無理矢理解除してもいいけど、こっちの方がいいからね。

「...相手は魔導師。なら、葵。」

「分かってるよ。ユニゾン・イン!」

  私は葵とユニゾンする。
  ...相手は全員空を飛べるもの。こっちも飛べないとさすがに不利すぎるわ。

「...さて、二人には遠距離の人を相手してもらうわ。」

「は、はいっ!」

「過去とはいえ、強敵揃いですから、侮れませんね...!」

  私が相手をするのは、近接戦にも優れている人達。
  ヴォルケンリッターとかいう四人の内三人と、天使奏、織崎神夜がそういう人物だ。
  ...王牙帝とか言うのは戦況をかき乱すだろうから、有効活用させてもらいましょう。

「...行くわよ!」

「「はいっ!!」

  別に、勝つ必要はない。これは足止めなのだから。
  ...だけど、私は勝つつもりで戦う。
  今までそうしてきたし、これからもそうするつもりだから。
  ...それに、こんな偽善者に負けたくない。
  優輝の想いを理解してない奴に、負けたくない。

「先制攻撃よ。“弓技・火の矢雨”!」

  炎を纏った矢の雨を繰り出し、全員に回避か防御をさせる。
  そこへ、ヴィヴィオとアインハルトが突貫し、遠距離組へと攻める。

「...ガードスキル...“Hand sonic(ハンドソニック)”!」

「っ、来たわね。」

     ―――ギィイイン!

  繰り出された刺突をレイピアで逸らし、避ける。

「(彼女を相手にしている内に他の連中に突破される...なら。)」

     ―――ギギギィイン!!

  両手からそれぞれ生えるように存在する剣をレイピアで防ぎ、大きく弾く。
  そして、私は懐から大量の御札を取り出す。

「葵!少しだけ、足止めよろしく!」

『りょー...かいっ!!」

  ユニゾンが解け、葵が奏の相手をする。
  その間に私は御札に霊力を込めて行く。

「(...私はまじない師じゃないから、こういうのはあまり得意と言う訳ではないけど...。)」

  今組み立てている術式は、霊力の檻で敵を逃がさないようにする結界。
  まじない師ならば範囲が狭ければ数秒でできるのだけど、私だともう少しかかる。

「...さぁ、括目しなさい。我ら式姫と陰陽の力を!!」

   ―――術式“五行結界”

  五行の力を得た五枚の御札は遠くへ散らばり、五芒星を描くように私達を囲うだろう。
  そして、他の御札は全て結界の維持に使われる。

「さぁ...これで私達を倒す事しかできなくなったわよ、管理局!」

「くっ...エイミィ!アリシア!...くそっ、通信が届かない!」

  空間を隔離するこの結界は魔法による通信も拒むみたいね。好都合よ。

「...行くわよ管理局。魔力の貯蔵は十分かしら?」

「くっ...この数の差で思い上がるなよ!」

  クロノも管理局の一員としての想いがある。
  それだけじゃない。管理局としてじゃなく、個人の意志も彼は強い。
  ...偽善者じゃないなら、また手加減はしてやるわ。

「かやちゃん!」

「っと、お返しよ。“弓技・旋風の矢”!」

  上から降ってくるように振り下ろされた鎚を躱し、お返しに旋風の矢を射る。
  ...鎚って事は、ヴィータね。

「ユニゾン・イン!」

「はぁあっ!!」

  葵がユニゾンしたのを確認し、また上から来た剣士...シグナムにレイピアを繰り出す。

「くっ...!」

「“戦技・四竜烈斬(しりゅうれつざん)”!!」

「なっ!?速い!?ぐっ...!」

  高速で四連撃を繰り出し、シグナムを後退させる。

「っ、これ、は...!」

   ―――“刀技・護りの構え”

  飛来してきた多数の武器相手に、レイピアを振い、全て弾いていく。
  っ...!速い上に重いわね...!

「だけど...!」

   ―――術式“全速鳥”

  御札を三枚取り出し、それの術式を開放する。
  これにより、私とヴィヴィオ達の体が軽くなる。

「わ、わっ!」

「これは...!」

「....行くわよ。」

  武器群の合間を駆け抜け、武器を射出している帝の懐に入る。

「“刀技・十字斬り”!!」

「っ、がぁあっ!?」

「おまけよ!」

   ―――術式“風車”

  帝を十字に斬り、さらに通り過ぎながら御札を三つ投げ、それらに込められた術式を開放、風の刃で切り裂く。

「てぉおおおお!!」

「っ!」

   ―――“戦技・鉄化”

  瞬間、狼の耳と尻尾を生やした銀髪の男が殴りかかってくる。
  ...確か、ザフィーラとか言ったかしら?

「なっ...!?」

「遠慮しては..勝てないわよ!」

   ―――“戦技・金剛撃”

  しかし、その拳は身体強化した私の手によって受け止められた。
  ...彼はこの状況の中でまだ葛藤しているみたいね。だからこそ、私への攻撃の際、少し遠慮していて威力が弱かった。
  だからこそ、反撃として霊力を込めた掌底を腹に繰り出す。

「がはっ...!?」

「っ、固いわね...。」

  それなりに霊力を込めたのだけど、手応えが固かった。
  鉄化程ではないけど、相当な防御力を持っているわね...!

「でも...これで終わりよ!」

「ガッ...!?」

  掌底で吹き飛ばしたのに追いつき、後ろに回り込みつつ、膝蹴りをお見舞いする。
  強烈な一撃だったため、これでしばらくは復帰できないわね。

「(次!)...っ!!」

     ―――ギィイイイン!!

  横からきた攻撃にレイピアを添わせ、弾く。

「(鉄の...棒!?)」

「なん、で...!邪魔をする!!」

  攻撃してきたのは織崎神夜。
  持っている物が鉄の棒....鉄パイプだったかしら?それだった。

「なんでって...あんた達を行かせても無駄...いえ、邪魔だからよ!」

「そんな事はない!俺だって力に...!」

「あんたみたいな考えの奴を、緋雪は嫌っているのよ!力になんかなれないわ!」

  空中で攻撃を受け流し続ける。
  くっ....!空中だから踏ん張りが利かない...!

「“皆で行けば大丈夫”?ええ、確かにそうでしょうね。でも、いくらそれが最善でも、正しい行いでも、“正解”とは限らないのよ!」

「くっ....!」

  踏ん張りが利かないとはいえ、戦いの経験はこちらの方が上。
  上手く攻撃を逸らし、その合間に刺突を叩き込む。

「あんたは優輝の気持ちも、緋雪の気持ちも汲んでない!ただ客観的に見て“これが正しい”と決めつけた行動をしているだけよ!」

   ―――“弓技・瞬矢”

「がっ...!?」

  一瞬で三連続の矢を放ち、神夜を吹き飛ばす。
  ...あまり効いていないみたいね。

「....あんた達はどうするのかしら?」

「..........。」

  いつの間にか私の後方にいた司とトーマに聞く。

「俺は...。」

「....正直、クロノ君達のやり方の方が確実に行えるとは思う。さすがに全員だと足手纏いが多すぎるからダメだけど、少数精鋭なら確実に止められる。」

  司は俯き、そう言う。

「そう....っ!?」

  瞬間、後ろから鎌を持った少女...フェイトが来るのを察知する。
  それに対して構えようとして...。

「っ!?くっ...!」

「....そう、それが貴女の答えね。」

  砲撃魔法が当たりそうになり、フェイトは回避する。
  ...放ったのは、司だった。

「....けど、それだとダメ。絶対ダメ。....そんなの、表面上しか解決できてないから。」

「そうね。それだと緋雪の心の問題は解決されない。」

「...だから、私は志導君を...優輝君を信じる!信じて、今は管理局と...皆と敵対する!!」

  薙ぎ払うように魔力を放出し、迫ってきていた者達を全員吹き飛ばす。

「...俺も行きます。優輝さんを信じて間違った事なんて、ないんですから....!」

「...なら、精々負けないように気を付けなさい。」

  どうやら、この二人は私達の味方に回ってくれるようね。

「なっ!?司!?裏切るのか!?」

「ごめん、クロノ君。...今回ばかりは、感情論を...想いを優先する!」

  そう言ってクロノと司はぶつかり合った。
  ...クロノは厄介だから警戒していたけど、これなら大丈夫ね。

「っ....リニス!」

「...司がその選択にするのなら、私は従うだけです。」

  司が名前を叫んだと同時に、リニスと呼ばれた女性は近くにいた二人を拘束する。

「ユーノ!アルフ!」

「な、なんで...!」

「...私も、司と同意見だからですよ。なので、大人しくしててもらいますよ!」

  味方が増える。嬉しい誤算ね。

「...あら、貴女もこちら側に回るのですか?...プレシア。」

「ええ。...あの坊やの覚悟、あの時の私と違って輝いていたもの。なら、それを見届けるべきだと思ってね。」

  刹那、(いかずち)が走る。
  っ....なんて魔力...。これほどまでの実力者がいたのね...!

「形勢は逆転ね。...これなら、本当に倒してしまうわね。」

『だからと言って油断はしないでねかやちゃん。』

「分かってるわ。」

  さっきまでは全力で足掻いていた。ここからは...全力で叩き潰す!

「母さん...!リニス...!どうして....!?」

「....時には、最善の手より、解決したい事柄を確実に解決できる手段を優先する事があるのですよ。フェイト。....覚えておいてくださいね。」

「別に、殺す事はないわよ。...ちょっと、大人しくしてもらうわ。」

  ....向こうは向こうで任せればいいわね。
  ヴィヴィオ達も拮抗した戦いが出来ているし、トーマはヴィータなどを相手してくれてる。

「....私の相手はアンタ達ね。...織崎神夜、天使奏。」

「そこを...退け...!」

「神夜の邪魔をしないで...。」

  ....飽くまで私達を突破しようと言う訳ね。

「『....葵、さすがに二対一は厳しいわ。地上戦に持ち込んだら、貴女は神夜の方をお願い。奏の方は私がやるわ。』」

『わかったよ。』

  ...さて、まずは地上戦に持ち込まなければね。

「...五行の力を以って、敵を圧し潰せ!」

「っ、させ...!」

   ―――術式“五行圧殺陣”

  霊力は感知されないのを良い事に、気づかれずに霊力を練り、術式を組み立てれた。
  止められるよりも早く術式を発動し、強力な重力を発生させる。

「なっ...!?」

「うあ....!?」

「っ....!」

  私を中心に発動させたため、二人は避けられずに落ちて行く。
  私も巻き込まれ、地面に向かっていく。

「っ....葵!」

『任せて!」

  地面にぶつかる前に術を解除し、着地と同時に葵がユニゾン解除。
  葵は神夜の方へ向かっていく。

「はぁっ!」

「っ....!」

     ―――ギィイイン!

  私もすぐさま短刀を構え、奏へと斬りかかる。

「シッ!」

「....!」

     ―――ギィン!ギギィン!ギギギギギィン!

  受け止め、払いのけ、相殺する。
  刺突をしゃがんで避け、足払いを放ち、躱された所で短刀を振り、上からの攻撃を防ぐ。

「くっ....!」

「はぁああああ...!」

  接近戦が私はあまり得意ではないけど、経験の差でなんとか押している。
  両腕から生えてるから私よりも手数は多いはずなのだけど...。

「私は、負けてられないのよ....!」

「っ.....!」

  一度大きく間合いを離し、矢で牽制する。

「あんた達のような、偽善者に....!」

  ...式姫と主である陰陽師は、霊力を供給している繋がりがあるからか、主の感情などが流れ込んでくる事がある。
  ...それによって、私は優輝の“想い”を一部とはいえ、知ってしまった。
  偽善者によって緋雪...シュネーが迫害されていた事。
  助けたくても助けれなかった無念。
  当人の気持ちを知ろうともせず、勝手な行為を押し付けられた怒り。
  私も、優輝自身も自分勝手なのは分かっている。だけど...。

「邪魔...されたくないのよぉ!!」

  霊力を爆発させ、奏を吹き飛ばす。
  すぐさま足に霊力を回して一気に間合いを詰める。

「っ...ガードスキル“Delay(ディレイ)”...!」

「甘い!」

   ―――ギィイン!

  一瞬で後ろに回られるも、それを読んで私は奏の攻撃を相殺する。

「速、い....!?」

「生憎、弓を扱う私は全方向、どこからの攻撃にも敏感なの。...そう簡単に倒せると思わないことね!」

「くっ....!」

  “ディレイ”...そう言った回避する術は、どうやら残像を残す程だけど、やはり戦闘経験が少ないのか、私の死角を突いてくる事はなかった。

「私の得意分野である弓を使わせてない時点で、貴女の負けよ。」

「っ....!」

   ―――術式“霊撃”

  短刀で両腕の刃を弾き、術式を込めた御札を押し当てる。
  瞬間、霊力による衝撃が奏を貫き、気絶させた。

「....貴女は、もっと強くなれるはずでしょうに。」

  奏の能力は詳しくは知らない。
  ...でも、直感的に彼女はまだまだ伸びるはずよ。

「....こっちは終わり、問題は.....。」

「っ、ぁあっ!」

  ダン!と、葵が地面に叩き付けられる。

「っ....!」

「...こっちね。」

  ....強さだけは一人前のようね。織崎神夜...!







       =葵side=





「はぁっ...!」

「くっ....!」

     ―――ギギギギギギギギィイン!!

  突く突く突く突く突く突く突く!
  かやちゃんの術で怯んだ隙を狙い、あたしはレイピアで刺突を繰り返した。
  ...けど、防御力が高いのか、甲高い音を立ててレイピアは弾かれる。

「っ....素の攻撃じゃ、びくともしない...か。」

「はぁっ!」

「くっ....!」

  振るわれる鉄パイプをレイピアで払いのけるように受け流す。
  だけど、吸血鬼なあたしの力に匹敵..いや、それ以上の力なのか、押されてしまう。

「(優ちゃん並の技量があればなぁ....。...あれ?あたし年下に技術で負けてる?)」

  何百年と生きたのに、百年も生きてない子供に負けてる事に少しショックだった。

「っ、っとぉ!?」

「逃がさない!」

「やばっ!」

  捌ききれなくなって飛び退いた所に魔力弾が飛んでくる。
  それを咄嗟にレイピアで切り裂くけど、隙を晒してしまった。

「“トゥウィンクルバスター”!」

「“闇撃”!」

  飛んでくる砲撃魔法に、黒い魔力を纏わせた手で対抗する。
  少しは拮抗したが、あっという間にあたしは吹き飛ばされそうになる。

「っ、らぁっ!」

  ギリギリで逸らす事に成功し、何とか凌ぎきる。

「そこだ!」

「しまっ....!」

  だが、その後に追撃を防げずに、あたしは吹き飛ばされる。

「(っ...!なんて力...!)」

「...今はデバイスがないから殺さずに済ます自信がない。そこを退け。」

「....なに?デバイスがなければ手加減もできないの?...そんなのでよく雪ちゃんを止めるとか言えるね!!」

  一瞬で間合いを詰め、レイピアに霊力を込め、刺突を繰り出す。

   ―――“戦技・四天突”

「ぐっ...!」

「一点に集中させた刺突...。一発一発では通じなくても、これなら...!」

  少しはダメージが通ったようで、神夜は呻く。

「...ぐっ...はぁっ!」

「っ!?ぁあっ!?」

  けど、レイピアを掴まれ、咄嗟にレイピアを手放したけど、間に合わずに殴られてしまう。
  ...ギリギリ腕で直撃は防いだけど...。

「はぁああっ!!」

「っ、くっ....!」

     ―――ギギギギギィイン!

  奪ったレイピアで攻撃してくるのを、新しく作ったレイピアで凌ぐ。
  ...あたしが作ったレイピアなのに、消せない...!?

「(レイピアの所有者を無理矢理書き換えた!?なんてデタラメ...!それに、強度とかも上がっている....!)」

  連続して繰り出されるレイピアの攻撃に、あたしは防戦一方になる。

「このっ...!」

   ―――術式“氷柱”

  目暗ましと時間稼ぎとして、氷の柱をぶつけ、あたしは間合いを取る。

「邪魔、だっ!!」

  ほんの一瞬で氷の柱は破壊される。...だけど、それで十分。

「はぁっ!」

「....“刀技・魂止め”。」

「っ、ぁ...!?」

  繰り出された刺突を、レイピアで横に滑らすように受け流し、あたしの頬を掠るのもおかまいなくレイピアに纏わせた霊力を神夜に撃ちこむ。
  それにより、一瞬だけ彼の動きが止まる。

「(体内...というより、身体の活動そのものを止めるように霊力を撃ちこむ。...ダメージは一切ないけど、通じてよかった。)」

  もちろん、動きを止めるだけでは意味がないので、すぐさま行動に移る。

「(呪属性の術は、かやちゃんよりもあたしの方が得意なんだよね。)」

「なっ....!?」

   ―――術式“死者の手”

  黒い手のようなものが、彼の足元から現れ、身動きができないように絡みつく。

「(あたしは飽くまで時間稼ぎ。倒す必要はない...!)」

  この術は、決して攻撃ではない。
  ただ、次の攻撃に繋げるためか、戦況を有利に進めるためだけにある術だ。

「.....ふぅー.....。」

  一息吐き、呼吸を整える。
  ...あたしは式姫だった頃よりもだいぶ力が落ちている。
  まだデバイスとして馴染んでいないのもあるけど、霊力も扱いづらくなっている。
  ....だけど、そんなのは関係ない。今出せる力で....止める!

「っ、ぁああああっ!!」

「っ、来た....!」

  死者の手が破られ、再びあたしに迫ってくる。
  あたしでは彼を倒せない。攻撃がほぼ効かない。
  だから、足掻く。とにかく足掻く。時間を稼ぐために...!

「(経験はあたしの方が圧倒的に上。だけど、相手はその経験を丸ごと叩き潰す程のスペックを持っている。技術で凌いでも...!)」

  レイピアの攻撃を逸らし、避ける。しかし....。

「っ、しま...!」

  ついにレイピアが大きく弾かれ、無防備になってしまう。

「はぁっ!!」

「ぐっ...!」

  そのまま回し蹴りで地面へと叩き付けられる。

「っ、ぁあっ!」

  叩き付けられたことにより、空気が漏れるように声が出る。

「っ....!」

  視界にかやちゃんが映ったので、すぐさま体勢を立て直す。

「...無事かしら?」

「なんとかね...。ごめんね、かやちゃん。あたしじゃ、足止めにもならなかった。」

  これでも式姫時代はもっと敵の攻撃を引き付けるのは上手かったんだけどなぁ...。

「...私達の役目は足止め。....なら、ユニゾンはしないわ。」

「あたしが攻撃を凌いで、かやちゃんで足止め...だね?」

「ええ。」

  簡単。本当に簡単な作戦。
  だけど、今はそれが一番有効な作戦だ。

「いつも通り。...ええ、何もあの時代の戦いと変わらないわ。」

「あはは、そうだね。....式姫の...あたし達のしぶとさ、見せてあげる!」

  そう言ってあたしは再び神夜の下へと向かっていった。







       =司side=





「“スティンガーレイ”!」

「くっ....!」

  クロノ君から放たれる直射型の魔力弾を、防がずに避ける。
  あの魔法は貫通力が高いから、避ける方が良いからね。

「邪魔をするなら、容赦はしないぞ!」

「当然...!優輝君の邪魔は、させないから!」

  実際、今優輝君がどんな思いなのか、私には分からない。
  だけど、きっと優輝君のやり方の方が緋雪ちゃんは救われると思う。

「だから...今はごめんなさい。」

〈“Saint rain(セイントレイン)”〉

  魔力弾を雨のように降らし、回避させずに防がせる。

「くぅぅううう....!!」

「...穿て、槍よ!」

〈“Saint lance(セイントランス)”〉

  そこへ、防御魔法をも貫ける近接魔法を発動し、シュラインを突くように放つ。

「っ!?」

「あまり...僕を舐めないでくれよ!」

   ―――“スティンガースナイプ”

「くっ....!?」

  だけど、その突きは手首辺りにバインドを仕掛けられることで不発する。
  それだけじゃなく、背後から魔力弾が襲い掛かってきて、バインドで動きが制限されながらも、辛うじて躱す。
  ...けど、今のでクロノ君が優位に立った。

「(...と、思うよね?)」

〈“バインドブレイク”〉

「それは、こっちのセリフだよ!!」

  バインドをすぐに破壊し、魔力弾を撃ち落としつつシュラインを持っていない左手に魔力を集める。
  同じようにクロノ君も魔力弾を操作しつつ、砲撃魔法を構えていた。

「“ホーリースマッシャー”!!」

「“ブレイズカノン”!!」

  白い砲撃と青い砲撃がぶつかり合う。
  相殺され、爆風に体が煽られる中、私はすぐに行動を起こす。
  多分、クロノ君も間髪入れずに行動してるだろう。

「(経験ではクロノ君が圧倒的有利!なら、私はこの“力”で打ち勝つ!)」

  身を捻り、飛んできた魔力弾を避ける。クロノ君のスティンガーレイだ。
  避けると同時に、私は祈る。私にあるレアスキルを行使するために。

「捕らえよ、戒めの鎖...!」

〈“Warning chain(ワーニングチェーン)”〉

  私の足元に発生した魔法陣から、白い鎖がクロノ君に向けて幾つも放たれる。
  クロノ君は避けるけど、鎖は追尾する。...ただ、その代わりに私はあまり動けない。

「くっ...!そこだ!」

「っ...!」

  クロノ君は鎖を躱しながらも、さっきの魔力弾を操作して私を狙ってきた。
  一度回避し、鎖が消えてしまうが魔力弾を撃ち落とそうと私も魔力弾を放つ。

「スナイプショット!」

「くっ...!断て!いかなる侵攻さえも!」

〈“Space cutoff(スペース・カットオフ)”〉

  だけど、魔力弾を躱すようにクロノ君の魔力弾は加速して私に迫ってきた。
  咄嗟に貫通されなさそうな防御魔法を張り、凌ぐ。

「聖なる光よ...降り注げ!」

〈“Holy rain(ホーリーレイン)”〉

  すぐさま祈り、細い砲撃魔法の雨を降らす。

「穢れなき光よ...我が身への干渉を打ち消せ!」

〈“Holy safety(ホーリーセーフティ)”〉

  光を纏い、さっきと同じように魔法の雨を避けているクロノ君に突きを放つ。
  用心深いクロノ君なら、またバインドを仕掛けてあるだろうけど...。

「なにっ!?」

「はぁっ!!」

  そんなのを無視して、私はそのまま突く。
  さっきの魔法で、バインドなどによる干渉を無効化したのだ。

「くっ...!」

「まだまだ!」

  これで搦め手は使えなくした。クロノ君は接近戦もできるけど、槍と杖なら、私の方が有利...!このまま押し切らせてもらうよ!

「捕らえよ、戒めの鎖!」

〈“Warning chain(ワーニングチェーン)”〉

  再度、鎖を放ち、槍を凌ぐクロノ君をさらに追い詰める。

「ぐ、く....!!」

「(...油断はしない。クロノ君は、確実に無力化する!)」

  クロノ君は強い。カートリッジとかのブーストがない限り、今だになのはちゃんもフェイトちゃんもクロノ君には勝てない。
  例え、私より強い神夜君を相手にしても、私以上に負けずに踏ん張る。
  そこから考えるに、クロノ君は最後の最後まで油断できない...!

「っ...!まだだ!」

「っ!?」

  私の刺突、二振りの鎖を避け、その一瞬の隙を突いて魔力弾をクロノ君は放つ。
  意表を突かれたので、思わずシュラインで切り裂くが...。

「っ!?しまっ....!」

「“ブレイクインパルス”!!」

  切り裂いたシュラインに杖をぶつけられ、放す事もできないまま魔法が発動する。
  ブレイクインパルス...目標の固有振動数に合わせた振動エネルギーで、敵を粉砕する少ない魔力で高い威力を持つ魔法...。

「ぐっ...!?」

「終わりだ!」

  クロノ君の魔法で、手に痺れが走り、シュラインを弾き飛ばされてしまう。
  そして、私を捕縛しようとするクロノ君だけど...。

「っ、ぁあっ!!」

「がぁっ!?」

  感情を高ぶらせ、上から下へと力場が働くように腕を振い、クロノ君を叩き落す。

「(搦め手は大体予想できる。なら、それらを悉く潰せばいい!)シュライン!!」

  シュラインを呼び戻し、再び構える。
  ...行ける。このまま、押し勝てる....!







       =out side=





「「はぁああああっ!!」」

  黒い大剣と白い剣が剣戟を繰り広げる。
  担い手はそれぞれトーマとシグナム。剣士同士の戦いだった。

「っ...なかなかやるな...!」

「まだまだ...!この程度では終わらない...!」

  筋の良さに賞賛の呟きを漏らすシグナム。
  それに対し、トーマは少々余裕がないが、冷静にシグナム見据える。

「それほどまでの剣術、どこで覚えた?」

「...師事する人物が優秀だっただけですよ...。貴女の手は分かっている!」

  実際、実力ではトーマよりシグナムの方が上だ。
  それでも拮抗...いや、ほんの少しトーマが押しているのは、トーマがシグナムの剣筋を知っているからだった。
  また、未来の優輝に教えて貰った戦い方によって、実力差を埋めていた。

「だが、解せんな。なぜ、そこまでして私達を止める。」

「....助けられる者の気持ちを、貴女は考えたことがありますか?」

「なに?」

  問うたシグナムに、敢えて問い返すトーマ。

「ただ、助けられただけでは、救われるとは限らない...。だから、優輝さんはあの選択をした!緋雪さんを一番理解している優輝さんが助けないと意味がないと、俺には分かるんです!」

「だが、それで助けられなければ意味がない。」

「助けられる!俺は、未来の優輝さんを知ってるからこそ、そう言えます!」

  きっと救える。そう信じてトーマは戦意をさらに昂ぶらせる。

「...そうか。お前があいつを信じるのならば、私は神夜を信じ、その意に従おう。」

「...そうですか。なら...。」

  再び、剣を構えなおして二人は対峙する。

「行くぞ、リリィ。」

『うん、トーマ!』

  空中を踏み込むように姿勢を低くし、トーマはシグナムに斬りこむ。
  それを、シグナムは落ち着いて後ろに受け流し、反撃を打ちこもうとする。
  トーマはその反撃を身を捻らせる事で避け、再び剣を振う。

「はぁっ!!」

「せぁっ!」

  斬りこみ、受け流し、反撃し、また斬りこむ。
  手を知り、実力で勝っているからこそ、二人の剣戟は続く。
  だが...。

「はぁっ!」

「っ、見切った!」

  反撃の一閃を、トーマは見切り、逆に受け流す。

「しまっ...!」

『トーマ!!』

「ああ。...喰らえ、“アォフブリッツェン”!!」

  その際にできた大きな隙を、二人は見逃さない。
  強力な魔力の一閃を、シグナムの胴に叩き込んだ。

「がぁっ!?」

「どうだ...?」

  近くにあったビルの屋上に叩き付けるように、シグナムは衝突する。
  その際の砂煙によってシグナムは見えなくなり、トーマは警戒する。

「....なぜだ...今のは、古代ベルカの一撃...。お前の魔法は....。」

『まだ倒れてないよ!?』

「...教えて貰ったんですよ...。」

  驚くリリィを余所に、トーマは答える。
  その魔法は、剣の師匠であるシグナムと優輝に教えて貰った技だった。
  だからこそ、トーマはその魔法で決着を付けたのだ。

  トーマに聞いたシグナムは、満身創痍だ。だが、トーマは手を緩めなかった。

「...今は、眠ってください!」

「ぐっ...!?」

  容赦なくさらに一撃を加え、シグナムは気絶した。

「....はぁ、師匠越え...にはならないよな...。」

『未来より圧倒的に弱いもんね...。』

「まぁ、一定の腕前は越えたって事だろう。」

  シグナムを倒して拘束し、一息つく二人。
  だが、まだ戦いは終わってない。そう思い、トーマは椿たちの方へと向かっていった。





  時は少し遡り、ヴィヴィオ達の方では...。

「でやぁああああっ!!」

「甘いです!」

  ヴィータの一撃をヴィヴィオは受け流し、隙を作った所ですかさずカウンターを加える。

「くそっ...!攻撃が当たらねぇ...!」

「攻撃を受け流すのは導王流の基本だもん!」

  ヴィータのような、ハンマーを使った攻撃は、ヴィヴィオのような導王流を使ったカウンター型にはカモとも言える程相性のいい相手だった。

「(援護を頼みてぇが、他の皆も抑えられている...!なんとか、コイツを倒さなねぇと...!)」

  ヴィータはヴィヴィオの攻撃を凌ぎながらも、辺りを見回す。

「はぁああっ!!」

「っ、はぁっ!」

  フェイトが高速で接近したのを、アインハルトは見切り、拳を繰り出す。
  速いが上に回避できたが、フェイトはアインハルトの技量に戦慄する。

「(母さん、リニス...。)」

  それだけではない。フェイトはプレシアとリニスが敵に回っている事もあって、いつものような実力が出せないでいた。
  チラリと目線を向けた先では、なのはやはやてと撃ちあい、シャマルやリインフォースと妨害し合っているプレシアとリニスがいた。

「っ、強すぎる...!」

「病気が治っているから、調子もいいのよ。さぁ、どんどん撃ってきなさい!全てを正面から押し返してあげるわよ。お嬢ちゃん達!」

「くっ...!この....!」

「させませんよ!貴女の相手は私です!」

  完全遠距離支援のはやてと、遠距離向きのなのはでさえ、プレシア一人に押されていた。
  また、シャマルも援護しようにもひたすらリニスに邪魔をされる。
  リインフォースは援護と攻撃を繰り返すが、元々主従だったプレシアとリニスのコンビネーションに、攻めあぐねていた。

  極近くで行われる三つの戦いで、全て優輝に味方している方が押していた。

「(どうにかしてこいつの動きを止めて、固まっているあいつらを叩き潰せば...!)」

  その中で、ヴィヴィオを相手にしているヴィータは、自分が流れを変えなければいけないと、ヴィヴィオを睨む。

「(けど...!)」

「やぁっ!」

  軽快なフットワークと共に、隙のない拳を繰り出すヴィヴィオ。
  それにヴィータは防げてはいるものの、押されっぱなしだ。

「(あたしも動けねぇのには、変わりねぇ...!)」

「(...ヴィータさん、さすがベルカの騎士...全然倒せないよ...。)」

  ヴィヴィオが押してはいるが、一進一退の攻防にヴィヴィオは悩む。
  ヴィータとヴィヴィオ、この二人の決着で戦況は大きく傾く。

「“フォトンランサー”...ファイア!」

「....“覇王旋衝波”!!」

  一方、アインハルトとフェイトの戦いでは、アインハルトが圧倒的に押していた。
  フェイトの速さは見切られ、射撃魔法は全て投げ返されてしまう状況に加え、フェイトは動揺しているため、アインハルトは全然体力を消費していなかった。

「(堅い...!隙が一つもないし、攻撃も通じない...!)」

「(...過去とはいえ、些か弱いですね。覇王流だけでも勝てます。)」

  焦りと動揺で余裕がないフェイトに対し、アインハルトはあまりに余裕だった。

  ...この戦いの決着もまた、戦況に大きく影響を与える。
  そして...。

「『ヴィヴィオさん!』」

「『分かったよ!』」

  アインハルトはプレシア達の戦いにも目を向けており、その状況から決着をつけるべくヴィヴィオに念話で呼びかける。
  呼びかけられたヴィヴィオは、ちょうど絶好のチャンスだった。

「導王流...“流水撃”!!」

「っ!?がぁっ!?」

  ヴィータの攻撃を水のようにスルリと受け流し、そのまま吹き飛ばすように掌底する。
  それをまともに受けたヴィータは、大きく吹き飛ばされ、無防備になる。

「はっ!」

「ぐっ...!?」

  アインハルトもまた、掌底をフェイトに当て、大きく吹き飛ばす。

「一閃必中!“セイクリッドブレイザー”!!」

「“覇王断空拳”!!」

  そして、虹色の砲撃が、強力な拳の一撃が、それぞれヴィータとフェイトに叩き込まれた。
  まともに攻撃を受けた二人は、大きく吹き飛ばされ、そのまま気絶した。

「あ、後で謝っておくべきかなぁ...?」

「...とりあえず、バインドで拘束してあちらの援護に行きましょう。」

  少しばかり罪悪感のあるヴィヴィオに、アインハルトはそう言う。
  ヴィヴィオも、そうするべきとは思っていたので、そのままプレシア達が戦っている場所へと、宙を駆ける。そして、そのまま加速して...。

「後ろからごめんなさい!」

「少し、眠ってもらいます!」

「へ?...っ!?」

  広範囲魔法が厄介だと判断し、はやてを背後から攻撃。
  完全に不意を突いたため、経験が浅いはやてはそれだけで撃墜された。

「はやてちゃん!?」

「主!?」

「次!」

  間髪入れずに今度はリインフォースを狙う。
  それを阻止しようとするシャマルとなのはだが...。

「させないわよ?」

「行かせません!」

  すかさずプレシアとリニスが妨害する。
  どちらも、一対一だとなのはとシャマルが押し負けるため、このまま終わるだろう。

「くっ...!」

「ベルカ式の防御魔法は...見飽きました!」

「これで終わらせます!“覇王断空拳”!!」

  ヴィヴィオがリインフォースの防御魔法を破壊し、すぐさまアインハルトが懐に入って重い一撃を繰り出し、リインフォースを吹き飛ばす。

「え?きゃあっ!?」

「っ、今です!」

   ―――“サンダーレイジ”

  吹き飛ばされたリインフォースは、偶々シャマルと激突してしまう。
  そこへ、好機と見たリニスが砲撃魔法を叩き込み、撃墜させた。

「後は....。」

「もう終わってるわ。」

  後はなのはだけ。そう思ってヴィヴィオがそちらを向くと、既にプレシアが撃墜していてバインドで拘束してあった。

「さすがですね。」

「まだまだ子供には負けれないわよ。」

  リニスの言葉にプレシアはそう答える。
  大魔導師と言うだけあって、プレシアはまだまだ余裕だった。

「さて...後は....。」

「司さんと椿さん達ですね。」

  未だに戦いが終わっていないのは二つ。
  司と椿たちの戦いだった。

「...あの坊やではあの子は倒せないわ。それよりもあっちの援護に行きましょう。」

「あ、はい!」

  プレシアは椿たちの援護に向かうべきだと判断し、皆を連れだって再度飛び立つ。

  ....戦いはもうすぐ終わろうとしている...。









       =椿side=



「はぁあああああ...!!」

「っ....!」

     ―――ギギギィイン!ギギギギギギギィイン!!

  逸らし、弾き、受け流す。そうやって葵は怒涛の攻撃を凌ぐ。

「...“弓技・螺旋”!」

「っ、く...!」

「そこ!」

   ―――“刀技・十字斬り”

  私が矢で防御魔法を使わせ、生じた隙を突き、葵が魔力を込めて十字に斬る。

「ぐ....!」

  その一撃を受けて神夜は後退する。...けど、効いてはいないみたい。

「(順調....に見えてギリギリね。一撃でも喰らえば戦況が崩れる...!)」

  私は言うまでもなく、葵でさえ奴の攻撃にはまともに受ければ耐えられない。

「(けど....。)」

  周りをざっと見回してみる。
  ヴィヴィオとアインハルトが前衛をして、リニスがサポート、プレシアが後方から大魔法を使う事で、ほとんどの魔導師と騎士を相手取っている。
  トーマはシグナムを相手に互角の戦いをしているし、司もクロノを押している。
  ....これなら...!

「(今は...耐えるだけね!)」

  再び矢を放つ。
  今度は、葵を狙う軌道を妨害するように腕に当てる。

「っ、っと....!かやちゃん!」

「分かってるわ!」

  当然、そんなわかりやすい前衛と後衛の戦い方をしていれば、後衛である私を狙ってくるに決まっている。

「はぁっ!」

「っ....!」

     ―――ギィイイイン!!

「“戦技・四天突”!」

  振るわれた攻撃を短刀でギリギリ受け流し、そこへ葵が刺突で割込んでくる。

「吹き飛びなさい....!」

   ―――術式“霊撃”

「ぐっ....!」

  御札を投げ、そこから霊力による衝撃波が発せられる。
  それによって、神夜は大きく吹き飛ばされた。

「足元注意だよ♪」

   ―――術式“呪黒剣”

  さらに追い打ちをかけるように足元から黒い剣を繰り出し、攻撃する。

「ぐっ....!」

     ―――ガガガガガガガガッ!!

  それらは防御魔法に阻まれて防がれてしまう。...けど。

「見切れるものなら...見切ってみなさい!」

   ―――“弓技・瞬矢”

「ガッ....!?」

  渾身の力を込めた矢を、私は放つ。
  瞬きもしない内にその矢は神夜に命中し、吹き飛ばす事に成功した。

「....時間切れよ。」

「なに...?っ...!」

  大した傷を負っていない神夜は、私の言葉に訝しむ。
  だが、次々と集まった気配に気づく。

「....残るは、アンタとクロノだけ。...さぁ、この人数相手に勝てるかしら?」

「くっ.....!」

  神夜の防御力を貫ける人は、結構いる。
  ...というか、工夫さえすれば魔力が少なくても貫けるらしいわね。優輝みたいに。

「(....優輝、そっちは任せたわよ....!)」

  ここから離れた場所で戦う優輝に想いを奔らせ、私はまた矢を番えた。









 
 

 
後書き
何かを助けたい、支えたい。そんな想いって、偶に圧倒的な差を覆す時があると思います。(小並感)

最初は四対十八人(+一人?)ですが、途中から司、リニス、プレシア、トーマ&リリィが仲間になり、それまでに四人(帝、ザフィーラ、ユーノ、アルフ)倒したので八(+一人?)対十という形になっています。
そこからは順調に倒して行き、最後は神夜とクロノ以外は全滅しました。

クロノと司はあのままずっと戦って、神夜が倒された所でクロノが降参します。

ちなみに、トーマの剣の師匠がシグナムと優輝と書いてありますが、独自設定です。
forceの時間では完全に原作なんてない状態なので、そんな感じになっています。


  ※7/4追記
感想で他のキャラが知らないうちに落とされていたのがもったいないとあったので、他のキャラの描写を加えました。(結果的にだいぶ長くなりましたが。) 

 

第40話「助けたいから」

 
前書き
フローリアン姉妹は魅了は解けましたが戦闘不能なのでアースラで様子を見守っています。
なお、神夜には不信感を持つようになりました。
 

 








  ...優輝君と別れてから、不安感が止まらない。

  何が起こるの?...いや、何が起こっているの?

  心に穴がぽっかりと空いたような、そんな怖さ。

  何かを喪うような、後悔のような、そんな気持ち。



  ...でも、今の私が動いた所で、なにも変わらない。それだけは確信できた。

  それがとても嫌で、嫌で堪らなかった。

  なんの役にも立てない。そんな悔しさが、私の心を駆け巡る。



  ...あぁ、なんだろう、この気持ち。

  何か...何か、忘れているような....。

  でも、思い出したくない。そんな想いもある。







   ―――...お願い、優輝君。どうか、無事に....!











       =サーラside=





「っ....!!!」

     ―――ギギギギギギギィイン!!!

「“ナパームブレス”...!」

「はぁっ!!」

  魄翼の連撃を全て弾いて逸らし、迫ってきた赤黒い大きな魔力弾も一太刀で切り裂く。

     ―――ドドドドォオオン!!

「っ....!」

「穿て!」

「ぁあっ...!」

  ディアーチェ達の援護砲撃で魄翼を妨害し、私は強烈な刺突を繰り出す。
  ...が、それは躱された。

「っ....!纏え漆黒、黒き輝きとなりて、切り裂け!」

〈“Schwarz säbelhieb(シュヴァルツゼーデルヒープ)”〉

  すぐに間合いを離し、剣を腰に差すように構える。
  迫りくる魄翼の腕に対し、黒い魔力を纏わせた斬撃を放つ!

「っ....!」

「“雷光輪・(つい)の太刀”!!」

「っ!?」

     ―――ギィイン!!

  斬撃で一瞬怯んだ所に、レヴィが斬りかかり、さらに怯ませる。

「(今!)斬り裂け!!」

〈“Aufblitzen(アォフブリッツェン)”〉

  一瞬で間合いを詰め、強力な一閃を放つ。
  咄嗟に防御魔法を張られるが、破られる寸前まで罅が入る。

「(これでっ!!)」

「...まだ、甘い。」

「っ...!!」

  控えさせていた魔力弾で防御魔法を破り、一撃を与えようとして飛び退く。
  ...攻撃の軌道上には、拘束魔法が仕掛けられていた。

「...さすがはサーラ。今ので見切ったか。」

「...私は当時、最強とまで謳われたのですよ?ユーリこそ、態と知らせるために声に出しましたね?」

「........。」

  何度か打ち合って、理解している。
  あの時だって、こんな感じだった。

「...ユーリ、貴女はまだ希望を抱いている。助けてほしいと、願っている!」

「.....違う、私はもう....。」

「なら!さっさと私を殺せばいい!それをせず、私を助けるような真似をするという事は、まだ願っているのでしょう!?」

「.......。」

  魄翼が迫り、またそれを弾く。
  ユーリの意志とは別に、勝手に攻撃する魄翼は会話中も容赦がない。

「貴女は私を助けようとしている!そして、なにより私が貴女を助けれるようにするために、自身の攻撃を知らせている!」

「っ......。」

「もっと、素直になってください!頼ってください!...貴女の騎士達を!!」

  振るわれた魄翼の両腕を、片方は回避し、もう片方は切り払う。

「......助けて....ください....。」

「....!」

「助けてください!!私を、もう、これ以上何かを壊させないで...!」

  魄翼による大きな一撃と共に、ユーリはそう叫ぶ。

「....御意に。...私は、貴女を助けるためにここにいるのだから....!」

  その一撃を大きく避け、私はそう叫んだ。

「さぁ、行きますよ!!」

  まだまだ、私は...私達は戦える!!











       =out side=





「っ.....!」

「これは....。」

  完全にビルなどが破壊され、荒地となった市街地で、椿は唸る。

「なんて戦いなの...。一撃一撃が砲撃魔法並よ。」

「それを、あの騎士はほぼ一人で凌いでいる...。」

  プレシアとリニスが、司のサーチャーによって送られてくる映像を見てそう言う。

「....あれ?」

「どうしたの?ヴィヴィオ。」

  そこでヴィヴィオが何かに気付く。

「...あ、この人、サーラさんじゃ...。」

「あれ?知り合いなの?」

  ヴィヴィオを代弁するように呟いたトーマの言葉に、葵が聞き返す。

「うん。偶にパパの家に来たりするよ。...そう言えばユーリさん?」

「....ヴィヴィオ、これ以上未来の事は言わないで。」

  どんどん未来の事がばれてしまうので、椿がストップをかける。

「(あ、余計気になる所で切っちゃった。)」

  しかし、そのストップでは全員が余計に気になってしまうのだった。

「....本当に様子を見ているだけか?」

「当然よ。貴方も見て分かるでしょう?この戦いには割込めない。」

「...確かにそうだな。」

  唯一気絶していなかったクロノの言葉に椿はそう返す。

「っ、見つけた!」

「優輝....。」

  司は他のサーチャーを操作し、優輝たちの戦いも見つける。

「こっちもこっちで凄まじいわね...。」

「サーチャー越しからでも分かる程の威力の高さ...!」

  映像の中では、優輝が緋雪の拳を上手く捌いている。
  優輝自身にはあまりダメージはないだろうが、捌く際に相当な衝撃波が発せられている。

「...かやちゃん、今の優ちゃん、どうやってかは知らないけど、霊力と魔力を混ぜ合わせて使っている...。こんなの、体が...!」

「嘘!?優輝!?」

  唯一霊力と魔力を細かく感知できる葵の言葉に、椿は驚く。

「優輝君....!」

「(...優輝はさっきから緋雪の攻撃を捌いているだけ。...理由は分かってる。この戦いは、ただ倒すだけでは何も解決できないから、優輝は...!)」

  映像から情報を読み取る椿だが、如何せん映像が追い付かない。
  司のサーチャーで追いつけない程、縦横無尽に動き回りながら戦闘を行っているからだ。

「....大丈夫...大丈夫だよ...!」

「ヴィヴィオ...?」

「...パパは、負けない...。緋雪お姉ちゃんだって、無事に戻ってくる...!」

  ...未来ではヴィヴィオにとって優輝たちは家族。
  ヴィヴィオは家族として信じているのだ。無事に帰ってくるのを。

「(...私も、信じてるわよ。優輝...!)」

  椿もそう願い、司のサーチャーによる映像を見つめた。









       =優輝side=





「ぁああああっ!!」

「っぜぁっ!!」

     ―――ッパァアン!!

  シュネーの拳を、片方は受け流し、もう片方は受け止める。
  受け止めた音とは思えないような音が、小さな衝撃波と共に発生する。

「ぁあああああ!!」

「っ....!らっ....!」

  受け止め、受け流し、受け止め、受け流す。

「(受け止められる...!拮抗...できている...!)」

  霊力と魔力を合わせた反則級の身体強化。
  それにより、圧倒的だったシュネーとの力の差が、極端に縮まった...!

「っ!レーヴァテイン!!」

「くっ..!....甘いっ!!」

     ―――ギャ...リィ....!!

  蹴りを放たれ、間合いが離される。
  その瞬間レーヴァテインで横薙ぎに振るわれる。

  ...それを僕は、右肘と右膝で挟み、受け止める。

「どうした...!こんなもんか...!?」

「っ....ぁああああっ!!」

「リヒト!」

  グローブ状にしていたリヒトを剣に変え、叫びながら振るわれるレーヴァテインを正面から受け止める。

「『...リヒト、大丈夫か?』」

〈『...私は貴方のために作られた矛です。...そして、変わったのは貴方だけではありません。...この程度、強度に問題ありません。』〉

「『はっ....そりゃ、頼もしい...!』」

     ―――ッギィイイイン!!!

  真正面からの斬撃を、リヒトで受け止める。
  ...あぁ、確かに、これほどの攻撃でびくともしないな、リヒト...!

「こい!シュネー!」

「っ、ぁあああああああああ!!!」

     ―――ギギギギギギギギギギギギィイン!!!!

  互いに剣をぶつけ、弾かれ、相殺し、受け止める。
  剣をぶつけ合う度に空気が震える。
  チート級の力に、裏技を使った力で対抗する。
  剣戟が繰り広げられ、小さな衝撃波が幾度となく発生する。

「(ぐっ....!)」

  もちろん、裏技な時点で代償もある。
  ...体への負担が大きすぎるのだ。それも、常人なら一分ももたないほどだ。

「(だけど、こんな程度で音を上げれるか...!)」

  体中が痛い?それがどうした。
  体が動かせない訳ではない。...なら、まだ行ける!

「(シュネーはもっと痛かった!もっと苦しかった!僕が死んでしまったばかりに、ずっと悲しんでいた!...だったら、この程度でくたばってたまるか!!)」

  僕はシュネーの悲しみを受け止めると誓った。
  決して逃げないと...そう決めた!

「ぁああっ!!」

「はぁっ!」

     ―――ギィイイイン!!!

  また、強くぶつける。
  代償を払った強化だからか、ちゃんと受け止められる。

「っ....“ツェアシュテールング”!!」

「っ...強化集中!」

  自身の一部に魔力が...術式が集中するのが分かる。
  その一点を閉じ込めるように集中して強化する。

     ―――カッ!

「ぐ、うぅ....!!」

「...なんで..なんで、どうして!?どうして壊れないの!?」

  術式が発動するのを感じ取る。...だが、僕の体は爆発しない。
  確かに、魔力の爆発は起きた。だから体内は傷ついている。
  だけど、それは最小限にまで抑えれた。傷だって治癒魔法ですぐ治せる。

「...受け止めるって言ったろ、シュネー...!」

「っ....!」

  シュネーの目が見開かれる。
  次の瞬間、僕はそれぞれ左右斜め前に防御魔法を張り、飛んできた魔力弾を防ぐ。

「ぎ...!貫け!焔光!!」

〈“Lohen pfeil(ローエンプファイル)”〉

  防いだ時には既にシュネーは間合いを取っており、弓形態のシャルから矢を射るように炎を纏った砲撃魔法を放ってきた。

「....受け止めろ。アイギス!」

《“Aigis(アイギス)”》

  それを僕は十字架に円を重ねたような魔法陣を展開して受け止める。

「(ぐ....!?)」

〈...マスター、リンカーコア、身体、どちらも限界まで20%を切っています。〉

  代償で体が痛む。
  ...リヒトは止めない。リヒトも、シュネーとシャルを止めたいからだ。

「...ここで終われるかよ...!」

  救うと決めた。助けると誓った。
  あの時果たせなかった約束を、今度こそ果たしたいと願った....!
  だから、ここで終わる訳にはいかない...!

「っ、ぁああああああ!!」

「...!ぁっ!!」

     ―――ギィイイン!!

  シュネーが斬りかかってきたのを、リヒトで防ぐ。

「死んでよ!壊れてよ!私の邪魔をしないでよ!!」

「ぐっ...ぁあっ!」

  防ぐ、受け止める。体が痛む。気合で耐える...!
  シュネーの苦しみはこんなもんじゃなかったんだ...!

「いい加減に...倒れてよ....!」

「....!」

  何度も、何度も何度も斬りかかってくるシュネーの顔を見て、僕は目を見開く。



   ―――泣いていた。



  目尻に涙を浮かべ、懇願するように僕に攻撃をする。
  ...そう、まさにシュネーは“悲しみをぶつけている”のだ。

  僕が死んでしまったから。
  狂うしかなかったから。
  誰にも悲しみを理解してもらえなかったから。
  誰にも、助けてもらえなくなってしまったから。

「っ.....!」

「倒れて...!倒れ...て、よぉおお!!!」

「ぐっ....!」

  鍔迫り合いになり、その上から僕を吹き飛ばすシュネー。
  ...やっぱり、力はまだまだシュネーが上か...!

「ぁあああああっ!!」

「っ、はぁっ!!」

     ―――ギィイイン!!

  下にあった海ギリギリで復帰し、攻撃を受け止める。
  レーヴァテインが展開されており、その熱で海面が蒸発していく。

「ぐ...!ぐぐ...!」

「っ、ぁああ...!ぁぁああ....!」

  押し負けそうになるのを、気合でこらえる。
  身体強化の代償で、既に体は限界。...だけど、限界程度では終わらない。

「ぐぅう...!シュネー...!お前の本気を...ぶつけろ!!」

「っ....!」

     ―――ギィイン!!

  一瞬。ほんの一瞬、僕の言葉で力が緩む。
  その瞬間に間合いは離れ、僕はリヒトを真上に掲げる。

「....来い、シュネー。僕が、受け止めるから。」

「........。」

  僕の言葉に、シュネーは俯いたまま答えない。

「...ホントに、私の悲しみを受け止めてくれる?」

「当たり前だ...!」

「....そっか。」



   ―――安心したよ。



「っ.....!!?」

  ズンッ!と魔力による圧力を感じ取る。
  ...シュネーの、全開の魔力だ。

「なら、受け取ってよ!私の狂気を...悲しみを!!」

「シュネー....あぁ、来なよ。」

  僕も魔力と霊力をリヒトに込める。
  それだけじゃない。大気に散らばった魔力もかき集める。
  僕もシュネーも、最大まで溜める。そして....!





「“勝利へ導きし王の剣(エクスカリバー・ケーニヒ)”!!!」

「“狂気に染めし悲しみの紅(ルナティック・グラナートロート)”ォオオオオオオオ!!!」

  金色の極光と、紅色の極光が放たれる。
  その二つは拮抗し、その衝撃波で海を吹き飛ばした。

「はぁああああああ!!!」

「ぁあああああああ!!!」

  ...押されている。僕の魔法が。

  ...でも、これでいい。この魔法の本領は....。

「っ.....!?」

   ―――人を導く事だ。

「シュネー...!」

「ぁ...ぅ...!?」

  打ち消されるように、シュネーの魔法が消える。
  それに固まってしまったシュネーを、僕は抱きしめた。

「っ....!」

「...変わらないな。...いや、転生したから縮んだかな?」

  “ムート”として、僕はシュネーにそう言う。
  あの日、あの時死んでしまって以来、“ムート”ではなくなっていたからな。
  “志導優輝”としてではなく、今は“ムート・メークリヒカイト”でいたい。

「.......。」

「...相変わらず、泣き虫だな。シュネー。いつも、こうやって慰めてたよな?」

「っ....ぅぅ....!」

  あれほどの魔力だからか、さしものシュネーも魔力が尽きたらしい。
  おまけに、抵抗する気力もないらしく、僕になすがままになっていた。

「...辛かっただろ?悲しかっただろ?....もう、大丈夫だ。」

「っぁ....ムー..ト....。」

  言葉を紡ぎながら、僕はシュネーの頭を撫でる。

「...悪かったな、先に死んでしまって。...もう、離れないからな....。」

「ムート...ぅ..ぁあ...ムート....!」

  恐る恐ると言った感じで、シュネーが抱きしめ返してくる。

「...存分に泣け。....泣いて、いいぞ。」

「ぅ..うう...うああああああああああああああん!!!!」

  僕の胸に顔をうずめるように、シュネーは泣き崩れた。

「寂しかった!苦しかった!ずっと...ずっとずっと、ムートがいなくて...私は...私は....!ああああ...!ああああああ...!」

「........。」

  僕はシュネーの言葉を聞きながら、そっと転移魔法を使い、陸まで行って地面に降りる。

「でも...でも!嬉しかった...!また、ムートに会えて....ひっぐ...ぅぅ...私....嬉しかった...!ぐすっ....ぁあああああああ....!!」

「....あぁ、僕もだ。」

  泣き続けるシュネーを、僕はあやし続けた。





「ぐすっ....ひぐっ....ぅぅ....。」

「....さぁ、戻ろう。」

  ようやく落ち着いてきたので、僕はシュネーの背中を押してそう促す。

「っ......。」

「.....シュネー?」

  トン...と、僕を押して距離を取るシュネー。

「....ありがとう、ムート。...私、これで救われたよ...。」

「え?ああ、あの時の約束、果たせなかったからな。」

  まだ溢れる涙を拭いながら、シュネーはそう言う。

「...だから...さ、ムート....。」











   ―――私を...殺して。











「.....え....?」







   ―――悲しき運命は、もうすぐ終わる....。







 
 

 
後書き
Schwarz säbelhieb(シュヴァルツゼーデルヒープ)…“黒き斬撃”。魔力を纏わせた斬撃。所謂強攻撃的な技。詠唱ありだと威力アップ。
Lohen pfeil(ローエンプファイル)…“燃え上がる矢”。炎を纏った強力な砲撃魔法。貫通力も高い。
Aigis(アイギス)…神話にもあるアイギスを模した魔法。ありとあらゆる害のある攻撃を防ぐ。

アォフブリッツェンは古代ベルカの騎士なら一部の人は扱える強力な斬撃魔法です。
なので、サーラも使えます。(シグナムも使えるかも?) 

 

第41話「散り行く雪」

 
前書き
もうすぐ、戦いは終わります...。

あ、優輝たちが今いる場所は海鳴臨海公園です。
 

 




       =優輝side=





「....どういう...事だ...?」

  一瞬、シュネーの言った事を僕は理解できなかった。

「....言葉通りだよ。....私を....殺して。」

「っ....!?」

  頭が聞いた言葉を拒絶したがる。
  信じられない。信じたくない。どうして...どうして...!?

「なんでそんな事を...!?」

「....前も言ったでしょ?...()()()()()()()()って...。」

「っ....!」

  思い浮かぶのは、(ムート)が殺される寸前にあった会話。
  あの時も、シュネーは殺してほしいと言っていた....!

「だからって...だからって....!」

「....どの道、もう生きられないよ。だって.....。」

  そう言って、シュネーはすぐ傍にあったベンチに座る。
  すると、足の様子が少し変だった。

「....ムートは覚えてるよね?私がどんな実験に使われたか。」

「...今で言う吸血鬼のように改造を施し、生物兵器として戦場に放つための実験...。」

  今でも覚えている。なにせ、シュネーをこんな風にした原因なのだから。
  ....忌々しい。思い出すだけで腸が煮えくり返る。

「....生物兵器の最期って、どんなのだろうね?」

「最期って....まさか!?」

「...製作者によって処分されるか、戦場で殺されるか.....()()するか。」

「っ....!?」

  血の気が引くような感覚だった。
  それは、つまり....!

「....血を吸わなくちゃ、私は生きていけなかった。暴走したのだって、血を求めたから。....血を吸えなければ、私はどうなると思う...?」

「っ.....。」

  そう言うシュネーの足は...一部分が灰と化していた。

「...私は力を使い果たした。....闇の欠片の血は吸っていたけど、あれも結局は魔力の塊。....一時的な回復にしかならないよ。」

「っ、なら、僕の血を吸えば...!」

「今必要な血の量が、成人男性一人分全てでも足りないと言ったら?」

「っ....!」

  ....足りない。僕の命を賭しても、足りない。

「なら、アースラから輸血パックを....!」

「...その結果、今度こそ私は生物兵器に堕ちるよ?」

「ぐ....!?」

  ...打つ手なし....か!?...まだ、まだ何か...!

「....もういいよ。ムート。もう、私は....。」

「そんな事....せっかく、会えたのに...!今度こそ、助けるって思っていたのに...!こんなの...こんなのってありかよ....!!」

「.........。」

  思わず近くにあった木を殴り倒す。

「ぐっ...!?」

  手から血が出る。...もう、身体強化の時間は切れている。
  本来なら、立っているだけでもきついぐらい体はボロボロだ。

  ...でも、今はそんなの関係なかった。

「...ねぇ、ムート。もう一度言うよ?....私を、殺して。」

「っ.....。」

  ...できる訳がなかった。
  僕はシュネーを助けたかった。でも、それは叶わずに死んでしまった。
  二度生まれ変わり、もう一度チャンスが回ってきた。...なのに、また、無理なんて...!

「そん、なの....!」

「っ、私は!生物兵器として死にたくない!...ムートの幼馴染として...志導優輝(お兄ちゃん)の妹として死にたい!...だから、殺してよ....!」

  絞り出すように否定しようとして、涙ながらに訴えられる。

「そんな事....!」

「....そっか、ムートはムートであって、志導優輝(お兄ちゃん)でもあるんだったね。...死なせたくない気持ちは、二人分だったね....。」

「っ.....。」

  僕がムートとして、シュネーはシュネーとしてだったら、僕は覚悟を決めて殺していたのだろう。
  ...だけど、今は僕は優輝であり、シュネーは緋雪でもある。
  ...どちらも二人分だからこそ、殺したくない気持ちも多い。

「...シュネー・グラナートロートは、既に死んだ身。...だから、志導緋雪(お兄ちゃんの妹)として言うよ。....今まで幸せだった。」

「っ....!」

  今にも崩れそうな、そんな儚い笑みでそう言うシュネー(緋雪)

「たった九年間。凄く短い期間だったけど、お兄ちゃんと一緒にいられて、本当に幸せだったよ。」

「緋雪.....。」

「ずっと頼りになるお兄ちゃんだった。ずっと大切な家族だった。....だからこそ、そんなお兄ちゃんの手で、私を今まで続いてきた苦しみから解放してほしい。」

  そっと、振るえているリヒトを握る左手を両手で包む緋雪。
  ...その間にも、段々と体が灰になっていく。

「っ.....でも....!」

シュネー()の最期の願いくらい聞いてよムートっ!!!」

  それでも諦められない。そう言おうとした僕の言葉を、シュネーはそう遮った。
  ...心が締め付けられた。どうしても、殺さなきゃいけない現実に。

「...もう、苦しみたくないの....お願い...ムート....!」

「っ...ぅぅ....!」

  震える。手が、震える。
  認めたくない。助けれないのを。
  諦めたくない。その身を救う事を。
  ...でも、分かってる。無理だって言う事が。

「リヒ、ト...!カートリッジ、ロード....!」

〈....Jawohl(ヤヴォール)...!〉

  震える手を抑えながらも、僕はリヒトを水平に構え、カートリッジをロードする。
  ...リヒトも、認めたくないのだろう。この現実を。
  デバイスなのに、まるで僕のように声が震えていた。

「....もう一つ、志導緋雪(お兄ちゃんの妹)としての最期のお願い。.....あの子を、ユーリ・エーベルヴァインを助けてあげて。...まだ、間に合うから....。」

「っ....分かっ、た....!」

  魔力が、リヒトの刀身に集まる。
  手が震える。止まらない。トマラナイ。
  ...だけど、しっかりと緋雪を、シュネーを見据える。
  最期だから、目を逸らしてはダメだから。

「...行くぞ...!」

「....うん。」

  僕も、彼女も涙を流す。
  それでも、僕は魔法を放つ。....それが、彼女の願いだから。

















   ―――....ありがとう。大好きだよ、ムート(お兄ちゃん)









「っ、ぁああああああああああああああ!!!」

〈“Aufblitzen(アォフブリッツェン)”....!〉







     ―――ザンッ!







  ....血と、首が宙を舞った。



「っ....ぅう....!」

  振り払ったリヒトを、待機形態に戻す。
  体はボロボロだった。...けど、それ以上に、心が壊れそうだった。

「緋雪....シュネー.......。」

  ...ふと、上から何かが降ってきた。



   ―――雪だった。

「っ....ぁぁ...あああ....!」

  二月だから、雪が降ってもおかしくはないだろう。
  ...だけど、その雪が緋雪(シュネー)を強く連想させられた。

「緋雪....シュネー....。」

  彼女の首は、すぐ近くに転がっていた。
  一瞬で斬ったから、あまり飛ばなかったのだろう。
  ...それに、彼女の顔は、死んだというのにとても安らかだった。

  ...だけど、それさえも灰へと還った。

「っ....うあああああああああああああああああ!!!」

  叫ぶように、僕は涙を流した。
  救うと誓ったのに、救えなかった。
  助けたいと願ったのに、助けれなかった。

「なんのために!なんのために僕は力を求めた!?...シュネーを...緋雪を護るため、救うために求めたんだろうが!どうして、どうしてこんな....!」

  少し、大きな風が吹いた。
  灰となった彼女は吹き飛ばされ、残ったのは最後に着ていた服と、一つのカチューシャだけだった。

「っ....うう.....!」

  その残った服とカチューシャを集め、僕はただただ涙を流した。







「優輝君!」

「.......!」

  魔力の動きを感知した時、司さんが飛んできた。

「サーチャーが壊れて、すぐその後に緋雪ちゃんの魔力が感知できなくなって....。...何があった...の....?...え.....?」

  司さんは、僕の抱えている緋雪の服とカチューシャを見て、察する。

「...は...はは...なんで、こうなったのかな....?」

「..嘘.....そんな.....。」

  力のない、渇いた笑みを浮かべながら、きっと、引き攣ったような顔で僕は司さんにそう言ったのだろう。
  ...司さんも、考え付いた事が事実で、呆然としていた。

「優輝!」

「優ちゃん!」

  後から椿と葵も追いついてきた。
  ...そうか、足止めの必要がなくなったから、司さんが来ていたのか。

「優kっ.....!.....。」

「....ぇ....緋雪、お姉ちゃん....?」

  椿と葵は僕の様子を見て察し、ヴィヴィオはただ信じられずにそう呟いていた。

「....まさか、今年買ったプレゼントが、形見になるなんてな....。」

  今手に持っているカチューシャは、2月6日(今日)....今年の緋雪の誕生日にプレゼントしたカチューシャだ。...今頃、この時間の“僕”がプレゼントしてるだろうな。
  ...まさか、形見になるとも思わずに...ね。

「.....なんで、こうなるんだよっ....!」

「待って...待ってよ!私のいる時間では緋雪お姉ちゃんは生きてた!死んだなんて、そんな...そんな...!」

  嘆く僕に、ヴィヴィオがそう言ってくる。
  ...確かに、未来で緋雪は生きているらしい。...でも。

「...はは、ヴィヴィオ、あんまり考えたくなかったんだけどさ、関係ないかもしれないんだよ。....その未来が、パラレルワールドなら....!」

「パラレル...ワールド....?」

  過去を改変、もしくは影響を与えて、未来に影響がないパターンは二つある。
  一つは、影響を与えた事すら許容範囲で、一種の無限ループのような構図になって結局は未来に影響しないパターン。
  ...もう一つは、未来と過去が平行世界で影響しないだけというパターン...だ。

「....ヴィヴィオ達が辿った未来は、この世界とは違うんだよ....!」

「っ.....!?」

  僕はそう言い、手に持っている緋雪の遺品に目を落とし、ただただ嘆く。
  ...周りの皆も、絶望しているようだ。





「―――ふざけるなよ!!」

「.....あ...?」

  ふと、怒鳴り声が近くで聞こえた。
  見れば、そこには織崎が立っていた。

「っ、もう気絶から目覚めたの...!?」

  椿がそう呟いている所から、気絶から回復してきたのだろう。

「どうして...どうして彼女を殺した!!」

「.........。」

  顔を怒りに染め、胸倉を掴んで僕にそう言ってくる織崎。
  ...本来なら、胸を締め付けられるような言葉だろう。
  ...だけど、今の僕には響かない。

「....るせぇ.....。」

「答えろ!どうして殺した!なんで助けなかった!!」

  ....イラつく。
  こいつの言葉が、上辺だけの言葉にしか聞こえない。
  どうして殺した?なんで助けなかった?

「うるせぇよ!!」

「っ...!?」

  胸倉を掴まれたまま、見下ろすように僕は織崎に怒鳴る。

「殺した?ああそうだよ!僕が殺したんだよ!だけどな、それがあいつにとって一番の救いだったんだよ!!」

「っ....ふざけるな!殺される事が救いだと?!そんな訳ないだろうが!!」

  ...そんな訳ない?何を根拠に?
  なんでコイツはシュネーの考えを決めつけてるんだ?

「お前にシュネーの何が分かる!あいつがどれだけ苦しみ、悲しんでいたと思っているんだ!綺麗事ほざいてんじゃねぇよ!!」

「それでも!殺すなんて事...!」

  ああ...イラつく...。
  なんだよコイツ。ふざけてるのはそっちだろうが...!
  僕どころか、シュネーと緋雪の想いすら汲み取らないのか...!

「なんでもかんでも決めつけんじゃねぇ!!殺すな?殺す以外に何が方法あるって言うんだ!!」

「っ...それは...!」

「あいつは血を吸わなければ自壊するだけだった!...でもな、あいつは“人間”でいたいから、“兵器”に堕ちるのを拒んだ..!だから、“人”として死にたいと、僕に願ったんだよ!!」

  どう足掻いても、シュネーを傷つけるだけだった。
  だから殺してほしいとシュネーは願った。

「“人”として死にたい。...それがあいつの最期の願いだったんだ!それを殺すな?助けなかった?...上辺しか見てない偽善者が勝手な事言ってんじゃねぇ!!」

  苦しみから解放されるために死ぬ。
  それは賛否両論ある事だ。
  だけど、今回ばかりは...それしか、道はなかった...!

「っ....だが!何かもっといい方法が...!」

「なかったんだよ!...何もかも都合良く行くと思うなよ!!」

「ガッ...!?」

  もう視界にも入れたくない。
  そんな想いで頭を掴み、地面に叩き付ける。

「...何が導王だ。何が“導きの王”だ!....結局、人一人も導けてないじゃないか...!」

「優輝....。」

  拳を握りしめ、僕はただただ後悔していた。





〈...いつまでそうしているおつもりですか?〉

「...えっ?」

  抱えていた緋雪の服の中から、声が聞こえてくる。
  そうだ、そう言えば...!

「シャル...!」

〈もう一度問います。いつまでそうしているおつもりですか?マイスター。〉

  目なんてないのに、真っ直ぐ僕を見定めるように問いかけてくるシャル。

〈...お嬢様の最期の言葉、忘れたとは言わせませんよ?〉

「最期の...言葉...?」

  確か、シュネーは...緋雪は最期に...。

〈今度は無駄に手遅れにするつもりですか。マイスター。〉

「...分かってる。...行かなきゃ...な...。」

  “ユーリ・エーベルヴァインを助けてあげて。”
  それが緋雪の最期の願いだった。

「優輝、その体でどこに行くつもり?」

「....まだ、戦いは全て終わっちゃいない...。」

「....分かってると思うけど、貴方の体は....。」

  椿が僕を心配してそう言ってくる。
  ...ああ、分かってるさ。

「立ってるのも辛いほどボロボロだよ。」

「っ...なら、どうして....っ!」

  椿はなんで僕がそうしてまで行こうとするのか聞こうとして、気づく。
  ....まったく、察しがいいのも嬉しいやら悲しいやら...。

「....緋雪が、僕に託した最期の想いなんだ。....叶えてやりたい。」

「.....そう。」

  僕の言葉に、椿は誰かと目配せをする。
  視線の先には....葵?

「言っても止めないなら、せめて死なないように。」

「こっちの事は、あたし達に任せて。」

   ―――術式“大回復”

  十枚の御札が二重の五芒星を描き、僕の体を癒していく。

「いくら想いを叶えたいと言っても、さすがに傷が大きいわ。」

「だから、あたし達からの選別!」

  霊力による治癒で、僕の体は焼石に水程度だけど癒されていく。

「.....ありがとう。」

  短く、一言だけ礼を言って僕は飛び立った。

「(...大気中の魔力を使って体の治癒。...転移魔法を使う余裕はない。)」

  大気中の魔力を治癒に回すのでさえ、体とリンカーコアが痛む。
  ...だけど、止まる訳にはいかない。
  緋雪に託された想いを、完遂するためにも...。

「(........本当...どうして、こうなったんだろうな....。)」

  雪が降っており、振り返ればその雪に紛れて椿たちが見えなくなっていた。



   ―――...今思えば、僕は緋雪を殺した場所から逃げたかったのかもしれない。



「(...世の中、こんなはずじゃない事ばかりだな....。)」

  ふと、頬を伝う涙を拭い、痛む体を考慮しつつ、スピードを上げて行った。









「....なぁ、シャル。」

〈なんでしょうか?〉

  無意識に持ってきていたシャルに、僕は声を掛ける。

「....お前は、これからどうするつもりなんだ?」

〈.........。〉

  シャルは主であるシュネー...緋雪を喪った。
  それは僕にとって幼馴染()を喪った事でもあるけど....今は置いておこう。
  これからどうしていくつもりなのか、僕は知りたかった。
  ...シュネー(緋雪)の、もう一つの形見でもあるからな...。

〈...私は、生涯お嬢様以外に仕えるつもりはありません。〉

「...だよな。お前は、僕がシュネーを...あいつを護ってほしいという想いを込めて作ったんだ。...そう言うと思っていたよ。」

〈...ですが。〉

  予想はしていた答えを聞き、僕はそう言ったが、まだ続きがあるようだ。

〈私はお嬢様の想いと共に、マイスター...貴方に託されました。〉

「えっ....?」

〈主を変えるつもりはありません....が、力は貸しましょう。それが、お嬢様の願いなのですから。〉

「......。」

  シャルはそう言って、再び黙り込んだ。
  ...シュネー(緋雪)の願い...か。断る訳にもいかないな。

「....頼りにさせてもらうぞ。シャル。」

〈...御意に。マイスター、ムート。...いえ、優輝。〉

  態々今の名前に言い換えるシャルに、少し苦笑いする。

「.....行くか。」

〈〈....はい。〉〉

  僕の声にリヒトとシャルが反応する。
  それを聞き、僕はさらにスピードを上げた。









 
 

 
後書き
優輝は都合よく行く訳がない的な発言をしましたが、この小説はご都合主義です。

優輝の今の状態は実は相当やばいです。
裏技な身体強化による負担でリンカーコアも体もボロボロで、本当に立っているのが不思議なくらい傷ついています。回復の術とリジェネ系の魔法を使っても焼石に水程度です。
それでもこうして行動しているのは、気合とシュネー(緋雪)に対する後悔などの感情で痛みを無視しているからです。 

 

第42話「託された想い、砕ける闇」

 
前書き
今更ですけどストーリー構成の才能がホスィ...。
のめり込むようなストーリーが書けるようになりたいです...。(´・ω・`)
 

 






   ―――....?どうしたのシャル?

   ―――...いえ、何かお嬢様が思い悩んでいるように見えたので...。

   ―――...ちょっと...ね。闇の欠片と、あの“夢”の事を考えてたの。

   ―――“夢”...ですか?

   ―――うん。私とお兄ちゃんにそれぞれそっくりな人が出てくる“悪夢”。

   ―――......。

   ―――“そっくり”っていうので闇の欠片からその夢の事を思い出したの。

   ―――...何か思い当たる事が?

   ―――.....ねぇ、シャル。

   ―――なんでしょうか?

   ―――...知ってる事、全部教えて。

   ―――.......それが、お嬢様の命令であるならば。

   ―――知っておかなきゃいけない。そんな気がしたの。

   ―――...なるほど。分かりました。





   ―――.......そっか....。

   ―――お嬢様にとっては、まさに“悪夢”でしたね。

   ―――心に...魂に刻まれた記憶だから、夢で見たのかな。

   ―――おそらくは。

   ―――...となると...うん。...きっと.....。

   ―――...お嬢様?

   ―――シャル、ちょっとやっておきたい事があるの。













       =out side=



「っ、ぁああああああ!!」

     ―――ギィイン!ギギギギギィイン!!

  迫りくる魄翼の猛攻を、サーラは()()で剣を振い、凌いでいく。

「っ.....!」

「ぐ...!ふぅ...!ふぅ...!」

  その猛攻を妨害するように、多数の魔力弾と、砲撃魔法が飛来してくる。
  それによってほんの少しだけ空いた間でサーラは息を整える。

「(ようやく...ようやくあの時に近い力を取り戻せた...!だけど...!)」

  その一瞬の間に、彼女は思考する。

「(....ユーリはあの時よりも攻撃が過激になっている。...それはおそらく暴走を抑え込もうとしている反動でしょう。...故に、力を取り戻して彼女達が援護してくれてやっと互角...!...いえ、片手を負傷している今では、不利...ですね。)」

  再度飛んできた魄翼を避け、追撃を切り払う。
  ...そう、彼女は既にこれまでの戦いで片腕を負傷してしまったのだ。
  それが利き腕ではないのが...いや、片腕だけなのは不幸中の幸いだろう。

  だからこそ、今の今まで拮抗した戦いができていた。
  ...尤も、ユーリは傷をほとんど負っていない...いや、無傷に近いのだが。

「サー...ラ....!」

「ユーリ...!」

  絞り出すような声を出すユーリに、サーラは益々焦る。

「ダメです...!もう、抑えられな....っ!」

「くっ....!」

  ユーリがそう言った瞬間、今まで発せられていた魔力が格段に上がった。
  ...今まで抑えていた暴走が、再開してしまったのだ。

「逃げ....て....っ!!」

「っ...!!」

     ―――ッギィイイイン!!

「ガッ....!?」

  咄嗟にサーラはアロンダイトを盾にし、魔力弾の攻撃を防ぐ。
  しかし、追撃の魄翼によって吹き飛ばされてしまう。

「っ....あの時と...同じ...!」

  圧倒的な魔力と威圧感。
  援護射撃の魔力弾が、まるで砂煙を防ぐかのように魄翼に阻まれてしまっている。
  レヴィの接近も既に魄翼に許されない状況になっていた。

「........。」

「っ!」

     ―――ギィイン!!

  援護射撃をものともせず、ユーリは一気にサーラに接近する。
  サーラは振るわれた魄翼をアロンダイトで防ぐが...。

「しま....!?」

  魄翼が広がり、二つの腕となってサーラを捕らえてしまった。

「(くっ...!体のダメージが大きすぎて反応が遅れてしまった...!)」

  しかし、本当にやばいのはこの後だ。

「....私に忠誠を誓ってくれたサーラ。...貴女を喪うのは心苦しい。」

「が.....!?」

  ユーリは動けないサーラの胸に手を入れる。
  物理的にではなく、魔法を使用しており、人体には影響はないようだ。
  だが、それはリンカーコアに干渉し、その魔力で大きな剣を作り上げた。
  リンカーコアに干渉された事により、サーラは苦悶の声をあげる。

「だけど、私を止められないのなら、ここで....さよならだ。」

「ユー..リ....!」

  ゆっくりと禍々しい赤色の剣を引き抜くユーリ。
  サーラはそんなユーリに声を絞り出して呼びかける。

「....“エンシェントマトリクス”....!」

「っ.....!」

  大きく飛びのき、ユーリはそれをサーラ目掛けて投げつけた。

「(この..ままでは....!)」

  目の前に防御魔法を張り、それを防ごうとする。
  だが、手を翳さず無詠唱だったため、それは脆く、破られる。
  サーラが覚悟を決め、次に来る衝撃に耐えようとした。











「―――斬り裂け!焔閃!!」

〈“Lævateinn(レーヴァテイン)”〉

  刹那、その魔法は炎の魔剣によってサーラを拘束していた魄翼ごと断ち切られた。









       =優輝side=



「ぐ..ぅ....!」

〈マスター!〉

「大丈...夫だ....!」

  体とリンカーコアが痛む。
  けど、それを僕は耐える。この程度では倒れるわけにはいかないから。

「無事か!?」

「なんとか...そちらは....?」

「......。」

  サーラの聞き返しに、僕は答えられなかった。
  ...何せ、今の僕の左手にはシュネー(緋雪)のシャルが握られているのだから。
  さっきの魔法だって、シャルを使って放った魔法だ。
  ちなみにリヒトはグローブ型となって専ら僕の体を保護してくれてる。

「....想いを託されて、僕はここに来た。」

「っ...!ですが、その体では...!」

「大丈夫だ。」

  すぐに察したサーラの言葉に僕はそう返す
  殺してしまったあいつに比べれば...な。
  想いも託されたんだ。ここで倒れたらなんの意味もない。

「...彼女を助けてあげて、と。今ならまだ間に合う、と...そう言っていた。」

「.....!」

「だから、助太刀する...!」

  飛んでくる魄翼の攻撃を杖形態のシャルで受け止める。
  創造魔法によって射出した武器で勢いを弱め、リヒトとシャルというデバイスの二重使用による身体保護と強化で、ボロボロでもそれを成した。

「...私も、おそらく貴方も既に魔力も体力も限界に近いです。」

「.......それが?僕達に、そんなの関係ないだろう?」

  とっくに分かっている事をサーラは僕に言った。
  だけど、それを僕は一蹴する。

「...ですね。」

「...一撃で決めてくれ。活路は僕が開く。」

「.....はい。」

  そう言って、二人で凌いでいた魄翼の攻撃に目を向ける。

「...力を貸してくれ、シャル!」

Jawohl(ヤヴォール) Meister(マイスター)...お嬢様の想いは貴方のために。〉

  杖形態のシャルから剣のように魔力の刃が現れる。

「....薙ぎ払え、魔剣!!」

〈“Lævateinn(レーヴァテイン)”〉

  腰あたりに構え、薙ぎ払うようにシャルに込めた魔力を解き放つ。
  魔力は真っ赤な炎の剣のように広がり、僕らを襲ってきていた魄翼を全て薙ぎ払った。

「っ.....!」

「穿て、神槍!!」

〈“Gungnir(グングニル)”〉

  攻撃も防御も薄くなった所を、間髪入れずにシャルを媒体に大きな真紅の槍を作りだす。
  そして、シャルを思いっきり振りかぶり、槍の部分だけを投擲した。

     ―――ズガァアアアアン!!!

「っぁ....!?」

  魄翼と防御魔法でユーリは防ごうとするが、グングニルは容易く魄翼を突き破り、防御魔法と拮抗して大爆発。
  煙幕が晴れるとようやくユーリはダメージを負っていた。

「(恭也さん、御神流の奥義、借りますよ...!!)」

   ―――“御神流奥義之歩法、神速”

  視界がモノクロとなり、全てが止まって見えるようになる。
  ほんの少しすれば頭痛が訪れるが、それよりも早くユーリに接近、背後に回り込む。

「(取った!)は、っ...!?」

「っ、ぁああああああ!!?」

  不意を突き、完全に拘束してしまおうとした瞬間、魔力の衝撃波によって僕は飛び退かされる。
  ユーリは絶叫のように大声を上げ、その魔力を頭上に塊として固め始めた。

「これは...!?」

「っぐ...なんて魔力...!」

  鈍器で殴られたような頭痛を抑え、サーラの下へ一度戻る。

「...私が片手を犠牲にして防いだのより強い....いや、比べものにならない...!?」

「....無限の魔力にものを言わせた超極大殲滅魔法って所か....!」

「暴走が再開したから、ここまで...!」

  ...普段の僕なら、これは防げないだろう。....でも!

「....もう、シュネー(あいつ)と同じ結末を....生み出したくないんだよ!!」

  なけなしの魔力を絞り出す。それだけじゃない、大気中の魔力も使う。

  ...シュネーは、緋雪に生まれ変わっても僕が不甲斐ないせいで、結局生きたまま救われる事がなかった...!ユーリだって、あいつが“助けてあげて”と言ったんだ。...だからもう、同じ存在を生み出す訳には、いかないんだよ!!

「が、ぐぅううう....!!?」

〈マスター!?〉

「構う、な...!リヒト...!」

  リンカーコアと体から激痛が走る。
  でも、それでも魔力を操るのをやめない。

「貴方は...!」

「...お前は...最後の一撃に備えろ...!」

  サーラはトドメを刺すまで動かす訳にはいかない。

「しかし、その体では...!」

「っ、お前の手で助けなくてどうする!“忠義の騎士”ぃっ!!!」

「っ.....!」

  かつておとぎ話で呼ばれていた名で僕は叫ぶ。

「...分かりました。」

「...その忠義、彼女に示してやれ...!」

  僕はそれだけ告げ、彼女に背を向けてユーリと相対する。

「行く、ぞ...シャル....!」

〈分かりました!〉

  既に、まるでアルマゲドンのように大きな魔力の球となって、ユーリの頭上で蠢いていた。
  まさに無限の魔力がないとできないような魔力。
  全てを闇に呑み込み、絶望へと誘う凶悪な魔法。
  ...それに、僕はシャルを向けた。

「託された想いを...今、この手に!!」

「っぁあああああああ!!!」

  ユーリの魔法がこちらに向かうと同時に、僕も魔力をシャルに集束し終える。
  そしてそれを....解き放つ!!





   ―――“黒き太陽、絶望の闇(フェアツヴァイフルング・ドゥンケル)

   ―――“託された緋き雪の想い(ヴィレ・シャルラッハシュネー)





「っぐぅうううう.....!!?」

  膨大...いや、今向かい合ってる魔法でさえ無限の魔力と思えてくるほどだった。
  それを、僕はなんとかサーラを庇うように拮抗させていた。

「....負.....け..る、か...よ....!」

  掻き消えそうな声を絞り出し、負けそうになる体を支える。

「シュネーが...緋雪が...!僕なんかのために託してくれた想いなんだ...!」

  完全に押されていた状態から、再び拮抗させる。
  周りの音も視界も気配でさえ、魔力の暴風で掻き消えても、僕は負ける訳にはいかない。

「負けて...たまるかぁあああああああああああああああああああ!!!!」

  想いを強く、貫く!!

  シャルから放出された魔力は、ユーリの魔法を貫き、霧散させた。
  ...だが、結果として大気中の魔力濃度が高くなり、僕は堕ちる。

「(でも...それでいいんだよ...!)」

  崩れ落ちる僕の視界に、再び赤黒い魔力を集めるユーリが映る。
  ...ったく、本当、無尽蔵な魔力だな....!

  ...だけどな...!









   ―――...お前の騎士の“忠義”は、それを討ち破るぞ?













       =サーラside=



「...今こそ、助けます...!ユーリ!」

  彼が作ってくれた時間。それを利用して、私は魔力をアロンダイトに集束させた。
  ...いや、私の魔力だけではない、先程の大魔法の残滓である魔力も集束させる。

「っ...ぁああ...!ぁああああああああ!!」

「......!」

  ユーリは苦しそうに唸りながらも、再び魔力を集束し始めた。
  先程とは違い、正面に集束させている。

「(これは...集束砲撃...!)」

  見覚えがあった。...そう、生前での戦いだ。
  あの時、私はこの魔法で死に追いやられた。
  ...尤も、相打ち覚悟でその時はユーリを封印させたのだが...。

「...来い、ユーリ!今度こそ、その“闇”を...討ち破って見せます!!」

  私もアロンダイトを頭上に掲げるように構える。

「サー...ラ....ぁああああああああああ!!!!」



   ―――“決して砕かれぬ闇(アンブレイカブル・ダーク)



  赤黒い、全てを絶望へと呑み込んでしまうような砲撃魔法が私に向かって放たれる。
  ...生前の時よりも、それは強大だった。

「...我が主は、天上天下ただ一人。貴女を助けるための忠義を、今ここに示す!!」

  その魔法に対し、私は勢いよくアロンダイトを振り下ろした。



   ―――“我が忠義は貴女のために(ラクレス・ロヤリティート)









  視界が、光に包まれた。













       =out side=





「くっ....!」

  優輝は何とか崩れ落ちて落下していた体を立て直し、上空を見る。

「....何が起きたのですか?」

「...シュテルか。....決着が、付いたんだよ。」

  優輝を助けるためか、接近していたシュテルが聞いてきたので、そう答えた。

「...後は、“エグザミア”のシステムを暴走しないように解析するだけだ。」

「なるほど。では、王の出番ですね。」

  そう言っておそらく念話の素振りを見せる。

「王の持つ“紫天の書”は、エグザミアのシステムの暴走を無力化させる事ができます。...ただ、一定以上弱らせる必要がありましたが。」

「その条件は今、満たしたって訳か。」

  そう言う優輝の視界には、白銀の極光が赤黒い極光を打ち破る光景が映っていた。

「...時に、強い意志は実力差を根底から覆す事がある。」

「....なるほど。それがあの方と、貴方ですね。」

  誰かを助けたいと、救いたいと思う意志。
  それが優輝と緋雪、サーラとユーリという圧倒的な実力差を覆したのだ。

「...僕も行くか。シュテルは?」

「我らは紫天の下に集うマテリアル。王がいる所へ行くのが普通です。」

「そうか。」

  二人は揃って光の残滓が残っている場所へと向かっていった。











「....機能破損....永遠結晶(エグザミア)にダメージ...。」

  光に包まれ、ユーリは落下する。
  だが、その顔はどこか安らかだった。

「(これで...いいんです....これで.....。)」

  自身が死ぬ事により、もうエグザミアの脅威はなくなる。
  それだけで、ユーリは満足だった。

「.....っ.....?」

  しかし、そこでふわりと体が受け止められる。

「無事...ですか?」

「サー...ラ.....?」

  受け止めたのは、ユーリの騎士であるサーラだった。

「...ふ、我の策が上手く嵌ったようだ。」

「王....?」

  ふと、ユーリが視線を横に向けると、そこにはディアーチェが佇んでいた。

「彼女のおかげで、結晶の暴走を完全に止める事ができたのです。」

「...!エグザミアが...止まっている...?」

  自身の暴走の原因であるエグザミアが完全に停止している事に、驚くユーリ。

「...唯一エグザミアのシステムに干渉できる紫天の書を用いた完全な暴走の鎮静化及び、紫天の書の盟主の制御下へのシステムの上書き.....さすがだな。」

「貴方は....。」

  そこへ、優輝とシュテル、レヴィも現れる。

「体への負担も大きい。今は眠っておきな。」

「...彼の言うとおりです。今は、眠ってください...。」

  優輝の言うとおり、いくら無限の魔力とは言え、大量の魔力の酷使にユーリの体にはだいぶ負担が掛かっていた。
  だから、この場にいる全員がユーリに休むよう諭した。

「....そうさせて...もらいますね.......。」

  長きに渡り、苦しみ続けた反動だろうか。
  ユーリは吸い込まれるようにそのまま眠ってしまった。

「....さて....。」

「.......。」

  優輝は改めるようにサーラと向き合う。

「....時間か?」

「...はい。」

  優輝の問いにそう答えたサーラは、体から光の粒子が出ていた。

「貴様、その体....!」

「...限界を超えて戦い続けていましたからね...再び眠りに就きます。」

「.....やはり...か。」

  サーラのその言葉に、優輝は納得する。
  優輝がサーラの下に駆けつけた時点で、優輝は気づいていたようだ。

  ...既に、サーラの活動時間は残り少ない...と。

「今の私の本体はアロンダイト。アロンダイトに私の魂を込め、肉体を魔力で作りだしているにすぎません。」

「....二度と会えない...という訳ではないんだな?」

「....はい。」

   ―――...僕とは、違うんだな。

  その言葉を聞いて、優輝は少し安心する。
  緋雪と違って、死ぬわけではない...と。

「残念ながら、アロンダイトは何故かあの男から主を変えていません。今でこそ、天巫女の力で私が表に出て正気でいますが....。」

「時間が来たら元に戻ってしまう...か?」

  言外の言葉を理解してそう言う優輝。

「...それに、天巫女の加護はユーリに託します。...もう、二度とユーリが苦しまないためにも。」

「その結果、自身が犠牲なろうとも?」

  自身を犠牲にしようとしているサーラに優輝は問う。

「...私は既に死んだ身です。...想いを託し、誓いを果たせた。それだけで、十分です。」

「っ...残された彼女はどうするんだ!?」

  つい、自身の境遇と重ねてしまい、優輝はサーラに怒鳴る。

「.....ユーリには、新たな騎士がいますから...。」

  優輝はハッとしてディアーチェ達を見る。
  ...そのディアーチェ達は、ただただサーラの言葉を受け入れていた。

「貴様の想いは分かる。...だが、貴様の代わりはおらぬぞ?」

「分かっています。...ですが...。」

  光の粒子が増える。...時間も迫っているらしい。

「時間もありません。...打つ手は...ないんです。」

「っ.....。」

  “打つ手がない”...その言葉を優輝は受け入れたくなかった。
  緋雪の時と同じ結末を、生み出すとしか思えなかったから。
  ...しかし、受け入れるしかなかった。

「...ユーリに加護を託します。....我が身に宿る加護を...“譲渡”。」

  サーラが光に包まれ、その光がユーリへと移る。
  天巫女の加護がサーラからユーリへと移ったのだ。

  ...それと同時に、光の粒子がさらに増える。

「....貴方に、言伝を頼んでいいですか?」

「っ....なんだ?」

  もう数分も持たない。それを理解していた優輝は言葉を詰まらせながらも聞き返した。

「“立ち止まらないでください。私は...貴女の騎士は必ず貴女の下へ戻る”...と。」

「っ.......。」

  優輝はそう言うサーラを見て、緋雪とのやり取りと重ねてしまう。

「....分かった。」

  だからこそ、まだ会える可能性を秘めている彼女の言葉を必ず伝えようと、優輝は力強く了承した。

「....では、新たなユーリの騎士達といずこの王よ....。」

「...ムート・メークリヒカイト。...今は志導優輝だ。」

  溢れると言わんばかりの量の光の粒子がサーラから出てくる。
  そんなサーラに、改めて名前を伝える優輝。
  その様子に、ディアーチェもシュテルとレヴィに目配せをする。

「シュテル・ザ・デストラクターです。」

「レヴィ・ザ・スラッシャーだよ。」

「ロード・ディアーチェぞ。....後の事はしばし、我ら紫天の書のマテリアルに任せるがよい。...立派な盟主に仕立て上げて見せようぞ。」

  落ち着いた佇まいで、いつも通り活発な様子で、傲慢で尊大のような態度で、サーラに名を告げるディアーチェ達。

「...忠義の騎士、サーラ・ラクレス。また会える日まで、休むといい...。」

「.....私が再び目覚めた時、ユーリが無事でなかったら許しませんよ?」

  優輝の言葉に、サーラはそう言いつつ、ディアーチェにユーリを託した。

「安心せい。貴様の代わりとはいかぬが、貴様以上の活躍をしてやろう。」

「...ふふ、そうですか...。....あぁ、安心しました....。」

  その言葉と微笑みと共に、サーラの体が消えてゆく。



   ―――...またいつか、会いましょう.....。







「....行ったか。」

「ああ。...あいつの下に、アロンダイトは転移したみたいだな。」

  サーラが消え、残ったアロンダイトも織崎の下へと行ったのを、優輝たちは確認する。

「終わったな。」

「...あぁ...終わった.....終わった....のか....。」

「む?」

  明らかに歯切れの悪い言い方の優輝に、ディアーチェは訝しむ。

「.....っ!?っぐ、ごほっ...!?」

  すると、突然優輝は血を吐く。

「き、貴様!?どうしたというのだ!?」

「が、ぐ...!?ツケが...回ってきたか....!ぐ....!?」

  血を吐きながら優輝は崩れ落ちて行く。

「貴様!しっかりせぬか!おい!貴様!!っ...レヴィ!」

  意識を薄れながらも優輝が視たのは、必死に自身を助けようとするディアーチェ達と...。







   ―――後悔のように思い浮かんだ、緋雪の儚い笑顔だった...。













 
 

 
後書き
Lævateinn(レーヴァテイン)…今までにも緋雪が何度か使ってた魔法。シャルを媒体とし、炎のように赤い魔力の大剣を作る。“斬り裂け”や“薙ぎ払え”は所謂Fateで言う“真名開放”で、強力な魔法を放つ。

Gungnir(グングニル)…レーヴァテインと肩を並べる魔法。レーヴァテインが近距離~中距離なら、これは中距離~遠距離を担当する魔法。貫通力も殲滅力もある魔法。

黒き太陽、絶望の闇(フェアツヴァイフルング・ドゥンケル)…無限の魔力に物を言わせ、超巨大な魔力弾を相手にぶつけ、炸裂させる魔法。術者以外の魔法が命中してもちょっとやそっとじゃ誘爆しない。“絶望”と“闇”をドイツ語にした魔法名。
既にサーラに向けて放たれており、その時は今回の四分の一ぐらいだったが、それでも片腕を犠牲にしなければ防げない程だった。

託された緋き雪の想い(ヴィレ・シャルラッハシュネー)…赤い魔力をシャルから放射状に放つ魔法。威力は想いの強さに比例する。緋雪から託された想いを魔法にしたもの。“意志”と“緋・雪”をドイツ語訳が魔法名。

決して砕かれぬ闇(アンブレイカブル・ダーク)…ユーリ(暴走)の最強魔法。全てを絶望に呑み込む集束砲撃を放つ。その威力はトリプルブレイカー五発分以上(曖昧)。エグザミアの名を冠する魔法。

我が忠義は貴女のために(ラクレス・ロヤリティート)…名前の通り、忠義を力に変えた集束砲撃。サーラがその場で編み出した最終奥義。
魔法名はサーラの名字と“忠義”のドイツ語訳を組み合わせたもの。



ようやく第2章も終わりに向かう...と見せかけてもうちょっと長引きます。
...いや、ホントオリ展開だらけでどうしようかと思ってます...。リリなのキャラを使っていかなくちゃ...。 

 

第43話「また会う日まで」

 
前書き
今回で未来に帰れます。

...ただ、喪ったものは....。
 

 




       =優輝side=





「......ぁ....。」

  目を開けると、清潔感の漂う白い天井が視界に入った。

「目が覚めたかしら?」

「...椿?」

  ふと、僕を覗きこむように椿が見てくる。

「...そうか、僕、気絶したんだっけ...。」

「体は戦闘が出来ていたのがおかしいほど、リンカーコアも魔力を扱うだけで痛むほどの状態だったらしいわよ。...むしろ、もう目を覚ましたのがおかしいくらいだわ。」

「...だろうね。」

  それ以下の代償だったら、逆におかしいだろうね。
  体を壊す勢いで身体強化と戦闘をこなしていたんだから。

「...椿だけなのか?」

「一応、よく知ってる相手が傍にいた方がいいだろうと、クロノの配慮よ。私一人なのはもしよからぬ事を考えていた場合の対策ね。これでも管理局と一時敵対したのだから。」

「なるほどね。」

  公務執行妨害をしたんだ。これでも軽い方だろう。

「ありがとな。目覚めるまで傍にいてくれて。」

「っ、べ、別に、クロノの言う通りにしただけよ。す、好きでやった訳じゃないからね!」

「...はは、そっか。」

  花がいくつか出現してる時点で、モロバレだけどなぁ...。

「っ、ぐ....!」

「って、なに起き上がろうとしてるのよ!安静にしなさい!」

  ベッドから起き上がろうとした僕を、椿は抑えようとする。

「...まだ、事後処理は終えてないのだろう?」

「そ、そうだけど...それはあんたが動き回れるようになってからで...!」

「...なら、もう行ける。」

  まだ完全に一連の事件が全て終わった訳じゃない。
  ...僕にも、今回の事件で責任を持つ事があるんだ。さっさと行かないと...!

「...っ、ああもう!」

「......!」

  ...悪いね、椿。今度、何かで埋め合わせするからさ...。





   ―――...こんな、バカな兄に付き合ってくれ...。









「.....!」

「....よぉ。」

  椿に先導され、僕はクロノ達が集まっている部屋に来た。
  僕抜きでもできる事後処理は先に済ましておくつもりだったらしい。

「君は...!」

「...続けてくれ。」

  驚き、僕に何か言おうとしたクロノにそう言う。

「な..!?回復魔法もかけれない程に君の体とリンカーコアはボロボロなんだぞ!?その状態で、なぜ動こうと..!」

「...一応、霊力による自然治癒促進はできる。...負わねばならない責任があるんだ。許容してくれ...。」

  そう、魔力は使えないが、霊力はギリギリ使う事ができた。
  ...尤も、僕自身が術式を組み立てる余裕はないので椿に掛けてもらったが。

「責任...君の妹の事か...。」

「ああ....。」

  織崎やその取り巻き(原作組)がその言葉で睨んでくる。

「....彼女...ユーリは?」

「まだ目覚めておらぬ。...よほど今までの苦しみが深かったのだろう。」

  ...ボロボロになって気絶した僕より目覚めが遅い...か。
  それだけ、彼女も苦しんでたんだな。

「....ん?」

  ふと、誰かが近づいてくる。
  そちらに目を向けると、フローリアン姉妹が立っていた。

「えっと...その...。」

「すみませんでした!私が...私達が時間移動に巻き込んでしまったばっかりに...!」

  姉の方...アミティエさんが妹のキリエさんの代わりに謝る。
  ...そうか、時間移動に僕らは巻き込まれて、そのせいで緋雪が死んでしまう目に遭ったと思って、責任を感じているのか...。

「...いいよ。遅かれ早かれ、緋雪はシュネーとして目覚めていた。過去に来て闇の欠片に影響されたなんて関係ない。....責任を負うのは、僕だけで十分だ。」

「ですが....!」

  僕がそう言っても納得できないのだろう。アミティエさんは食い下がってくる。
  ...ちょっとひどい言い方になるが...。

「逆に言わせてみれば、緋雪を...シュネーを本当に理解していない奴に責任を負うとか言われる方が僕は嫌だ。...だから、責任を感じるな。」

「っ....はい...。」

  まだ納得してないだろうけど、一応表面上はこれでいい。
  ...僕だって、表面上は平静を装ってるだけだしな...。

「...君は、辛くないのか?」

「辛くない?....そんな訳ないじゃん。幼馴染(シュネー)を、(緋雪)を!この手で、殺してしまったんだから...!...っ、ぐぅ...!?」

「ああもう、動かないで!」

  クロノの問いに、少し勢い強く言う。
  その際に体が痛んで椿に諌められてしまう。

「っ...すまない、失言だった。」

「...いいよ。僕もつい強く言ってしまった。」

  痛む体を抑えながら、謝ったクロノにそう言う。

『王様ー!目を覚ましたよー!』

「...っと、彼女が目を覚ましたらしい。」

  レヴィからの通信で、ユーリが目を覚ました事が分かる。

「っ....行ってくる。」

「本来なら安静にしてろ...と言うべきだが...言伝を頼まれたのだったな。」

「...悪い、ディアーチェ。」

  椿に代わってシュテルに支えてもらいながら、僕はディアーチェと共にユーリのいる部屋へと向かっていった。
  クロノ達もついてくるようだ。





「あ....。」

「体に異常はないか?」

  ディアーチェが部屋に入るなりユーリにそう聞く。
  それに次いで、僕らも部屋に入る。...半分くらいの人は外で待機だけど。

「だ、大丈夫です。」

「...まったく、あれだけ暴走して大丈夫だなんて...。」

「貴様とは大違いだな?」

  僕のぼやきにディアーチェが嫌味っぽく言ってくる。
  ...確かにそうだけどさ。

「...サーラは...?」

「「っ....!」」

  いなくなってしまった彼女の名を呼ぶユーリに、僕とディアーチェは僅かながらに動揺してしまう。

「...サーラは...貴様の騎士は...もうおらぬ。」

「ぇ....?」

  ディアーチェが、絞り出すようにユーリに告げる。

「元々、我らと違って存在するのに制限があったのだ。」

「そん、な....!?」

  ディアーチェの言葉に、絶望するユーリ。
  ...当然だ。ようやく暴走も収まり、改めて自身の騎士と再会できるはずだったのだから。

「せっかく....せっかく会えたのに....サーラ.....。」

  涙を流し、項垂れるユーリ。

「“立ち止まらないでください。私は...貴女の騎士は必ず貴女の下へ戻る”....。」

「え....?」

  唐突にそう呟いた優輝に、涙で顔を濡らしながらも顔を向けるユーリ。

「...忠義を貫いた誇り高き騎士からの言伝だ。...信じろ。前を向け。....二度と会えない訳じゃない。また、会う事ができる。」

「........!」

  その言葉をゆっくり飲みこむように、徐々に希望を宿した顔になっているユーリ。

「(...そう、僕と違って...ね。)」

  対照的に、優輝は暗かった。
  尤も、それは誰にも気づかれないように隠していたが。









「....記憶を封印処理してこの事件をなかった事にする。...異論はないな?」

  それからしばらくして、事件の処理についての会議が終わった。

  未来から来たという事実は、未来の流れに影響があるからと、なかった事になり、事件そのものも極秘中の極秘になった。
  また、マテリアルの三人とユーリは、行く宛てもないのでとりあえずエルトリアを救いに行くことになった。それにはフローリアン姉妹も喜んでいた。

「...異論はないようだな。」

  異論はなかったので早速記憶の封印へと移った。
  尤も、人数が多いうえに記憶を封印できる人数が少しだけ(フローリアン姉妹と優輝
ユーリのみ)なので相当時間がかかるが...。

「...封印しようにもできない...か?」

「....当然だ。記憶を封印した所で、緋雪が死んだ事実は変わらないし、いっそのこと覚えておいた方がいい。...責任もあるしな。」

  クロノの問いに優輝はそう答える。

「...まぁ、未来の人物に関わった...っていう点においては封印しておくさ。封印するのに納得したっていう記憶もあれば不用意に封印は解かないだろうし。」

「ならいいが...そっちの二人は...。」

  優輝以外にも、記憶を封印できないのが二人いた。椿と葵だ。

「クロノも気づいているでしょうけど、私達は使い魔でもデバイスでもないの。葵はともかく、私は厳しいわね。」

「そうか...。」

  記憶が封印されてないと、未来に影響があるためどうにかしたい所だが、それができないという事でクロノは悩む。

「...尤も、それは魔力での話よ。私達と貴方達では扱う“力”が違うの。なら、私達の力で記憶を封印しておけばいいわ。」

「...なんだ。それならそうと言ってくれればいいのに。」

  御札を取り出しつつそう言う椿に、クロノは溜め息を吐く。

「(...だけど、封印する記憶は優輝と同じように未来や過去に関連する事だけ...。緋雪が死んだ理由、起きた事件そのものは...私達も忘れる訳にはいかないわ。)」

「(...優ちゃんは、平静を装ってるけど、雪ちゃんが死んだ事で、相当気が参っている。...支えれる人が少しはいなきゃ...だね。)」

  傍にいるクロノと優輝に気付かれないように椿と葵はアイコンタクトで会話をする。







   ―――そして、未来に戻る時が来た...。





       =優輝side=



「....お別れは済んだか?」

  クロノの言葉に、未来へ帰る皆が頷く。
  ...元々、そこまで交流する時間はなかったのだが。

「...優輝さん。」

「...なんだ?」

  少し、ほんの少しだけ反応が遅れるが、僕を呼んだユーリに向き直る。
  ....やはり、緋雪が死んだことが影響しているらしい。

「...あなた達のおかげで、私はこうして苦しむ事のない明日を迎える事ができます。....本当に、ありがとうございました。」

「...その感謝、今度サーラと再会した時にでも伝えてやってくれ。...君を直接救ったのは、彼女だからな。」

「...ふふ、そうですね。...でも、貴方にも助けてもらいましたから...。」

  暴走していた時の面影はなく、彼女の表情はとても優しかった。

「...では、そろそろお別れですね。」

「ああ。そうだn....っ!?」

  そっと、彼女は僕に近寄り、頬に柔らかい感触を与えた。

「..ぇ....?」

「貴方の...いえ、あなた達の想い...私は忘れません。」

  ...僕が何をされたか思考停止して分からないのを余所に、ほんのりと顔を赤くしたユーリはそう言ってディアーチェ達の下に歩いて行った。
  周りも驚いて固まっている。...エイミィさんはなんか興奮してるけど。

「....はっ!じゃ、じゃあ、行きますよ!」

  なんとか我に返ったアミティエさんが時間を移動するための装置(?)を使う。
  その瞬間、僕らの意識は一瞬暗転した。











「.....あれ....?」

  失っていた意識が戻る。視界に広がるのは、いつもの居間。

「え...?あれ?さっきまで、一体...?」

  今の今までしてきた事が上手く思い出せない。
  周りを見ても、いるのは椿と葵と......

   ―――手に握られた、見覚えのあるカチューシャと服だけ。

「....!緋..雪....!」

  思い出した。思い出してしまった。
  今、ここには緋雪はいない。...僕が殺してしまったから。

「(細かくは思い出せない...けど、緋雪の...シュネーに関する事は...!)」

  いっそのこと、全部忘れてた方が良かった。...そう思う自分もいる。
  だけど、記憶を封印する事に同意している自分の記憶もあり、なによりも彼女を殺した事を忘れているなんて嫌だった。

「シュネー...!緋雪...!...うぅ...うぁああああああああああ!!!!!!」

  一気に悲しみが膨れ上がり、僕は涙を流しながら叫んだ。
  ...きっと、さっきまでも随分と悲しみを堪えていたのだろう。
  それほどまでに、僕は悲しさに心が壊れそうだった。

「っ......。」

「優ちゃん....。」

  後ろで椿と葵が心配そうに僕を見てくる。
  ...二人共ごめん。...今は、泣かせてくれ....!

「(...事件の内容は、思い出せない。...だけど、僕がムートとして、緋雪がシュネーとして目覚め、そして殺し合ったのは覚えている。....最終的に、生かす事もできず、殺すしか...なかった事も...!)」

  全てを思い出せない僕自身に腹が立つ。
  ...でも、それ以上に無力感と悲しさに打ちひしがれた。

「(.....司さんの言っていた“嫌な予感”は、これの事だったんだ...!僕と、緋雪が殺し合って...緋雪がいなくなるっていう...!)」

  後悔先に立たずとは、まさにこれの事だ。今更悔やんでも、何もかも遅い。
  ...でも、それでも...唯一救いがあったとすれば...。

「(...緋雪は...シュネーの“心”は...救えた....。)」

  不幸なまま、死なせずに済んだという事だけだろう。

「........ごめん、気分が悪い。...寝てくる。」

「...ええ。そうした方がいいわ。...今の貴方は、あまりにも儚く見えるわ。」

  体とリンカーコアも痛い。椿と葵も心配してくれた。
  ...今はただ、少しでもこの悲しみを忘れたかった。







       =椿side=



「...優輝....。」

  覚束ない足取りで寝室へと向かう優輝を、私は見ていられなかった。

「(...私達は、おそらくこの事を忘れてはいけないと思って、緋雪に関する事の記憶は封印しなかった。...もちろん、封印した事は一切覚えてないから、どういう経緯でそうなったのか、私達には結局分からないのだけど....。)」

  それでも、これは、あまりにも...。

「私達は、優輝の心の支えになれるよう、中途半端に記憶を残したのに、こんなんじゃ、むしろ封印しなければ...。」

「...でも、そうしようと決めたのは、記憶を封印する前のあたし達だよ?」

  記憶がそのままであれば、何が起きていたのか全て理解でき、今味わっている心に空いた穴のような虚無感はなかっただろう。

「....もどかしい。中途半端にしか思い出せないのが。...心の支えになろうと思っていたのに、これでは支えになれない私自身が、もどかしいわ...!」

「本当だよ。....どうして、世の中こんなやるせない事ばかりなんだろう...。」

  いつもは素直になれない私が、無駄にはっちゃけてる葵が、そんな雰囲気を感じさせない程に心に傷を負っているのが、自分でも分かる。

「...幾度となく、同胞の式姫たちと別れてきたけど、今回のは....。」

「皆の時は、幽世に還るだけだっただもんね。...でも...。」

  幽世に還るのと、死ぬのは別。
  私達式姫は、普通に殺されても幽世に還るだけ。
  ...まぁ、それでも死に別れみたいだから葵の時は絶望しかけたのだけど...。
  それでも、幽世に還れば、また会う事はできる。

  ...だけど、死ぬのは違う。ましてや、それが人間ならば。
  死んだ場合は、魂が輪廻の輪に還り、そして生まれ変わる。
  ...そこに、再会の余地なんて...ない。

「...たった数ヶ月触れ合った私達でさえ、ここまで悲壮感があるのよ。...ずっと...それこそ、前世からの付き合いもあった優輝は、一体どれほどの...!」

  ...好きな相手だからか、余計にそれが心配になる。
  葵も、その点においては特別心配しているみたいね。

「どうして...どうして、こんな結末になったんだろうね...。」

「...分からないわよ!...分かる訳、ないでしょ...!」

  あの時、あの場所で、現場にいた誰も悪くはない。
  誰かが悪いと、強いて言うのであれば、それは緋雪をあの状態になってしまうようにした、古代ベルカの研究者達だろう。
  ...でも、そんな人間はとっくに死んでいる。

  だから、誰かが悪い訳でもない。
  だからこそ、それがもどかしい。やるせない。...納得、できない...!

「それに、優輝は私達みたいに“緋雪が死んだ”という事で悲しみを感じているだけじゃないのよ...!...あの子を、殺した罪悪感まで背負いこんで...!」

「っ...本当、“辛い”で済まされないだろうね...助けようと思った相手を、殺すしかないなんて、誰だって経験はおろか、想像もしたくないもん。」

  私達も幾度となく“別れ”を経験してきた。
  もちろん、悲しみもあったし、葵の時みたいに絶望したくなった時もあった。
  それを、私達は乗り越えてきた。
  ...でも、それはひとえに私達が人為らざる者だったが故の、人とは違う感性を持っていたからこそできた事。
  ...生まれ変わっても人には変わりない優輝は....。

「(...ううん、落ち込んでばかりはダメよ!あの日、あの時、優輝と緋雪は見ず知らずの私を助けてくれた。...なら、その恩に報いるぐらいはしなくちゃダメよ!)」

  暗い考えを一度頭を振って振り払う。

「....とりあえず、今日の夕餉は私達が作りましょう。」

「...優ちゃん、疲れてるもんね...。」

  優輝がどんな思いをしているのか、それは本人にしか分からないわ。
  だから、私達にはこういう生活面での支えぐらいにしかなれない。

「...それと、士郎にこの事を伝えておくわ。」

「......いいの?そんな事して。」

  確かに、魔法どころか陰陽の力も使えない彼に伝えるのはおかしいと思うわね。
  ...けど、そうやって私達だけで秘密にしていても...ね。

「どの道、緋雪が死んだ事は隠し通せないわ。なら、いっその事私達が覚えてる範囲だけでも伝えておこうと思うのよ。...士郎なら、色々と配慮してくれると思うわ。」

  魔法を知っている彼なら緋雪が死んだ事実を分かってくれるはず。
  それに、緋雪が死んだ事について公になる時、情報を操作してくれそうだし..ね。

「...夕餉まで時間はあるわ。今の内に伝えに行ってくるわね。」

「うん。分かった。...あたしは優ちゃんの様子を見ておくね。」

  葵も時と場所を弁えているので、ふざけたりはしないでしょう。
  そういう訳なので、私は早速士郎の家へと向かった。



















   ―――ねぇ、ムート(お兄ちゃん)

   ―――...なんだ?シュネー(緋雪)

   ―――.....ずっと、一緒にいようね?

   ―――...もちろんだ。





  ...かつて交わされた、幼馴染(兄妹)同士の約束...。

  それは....果たされずに、破られてしまった....。



















 
 

 
後書き
ユーリは優輝に対してはまだ親友以上恋人未満な好意を持っている程度です。
それなのに頬にキスしたのは...あれです、ノリです。(おい
ユーリは子供にしか見えませんが、実際は暴走する前の時点で16歳は越えてます。...まぁ、この小説限定の設定ですけど。
なので、少し大人っぽい行動(?)を取ったのです。

...それよりも悲しい結末になってしまいました...。
果たして、優輝は立ち直れるのでしょうか? 

 

第44話「心の傷」

 
前書き
緋雪を喪った悲しみ。

...それはあまりにも深くて....。
 

 




       =優輝side=





「....ぁ...っつぅ...!?」

  ふと、目を覚ます。そして、それと同時に体とリンカーコアに激痛が走る。

「っ、ぁ...霊力による自然治癒促進...切れてたか....。」

  昨日は、椿たちが夕飯を作ってくれて、それを食べた後は風呂に入る体力もなかったのでそのまま寝てしまったんだっけ...?

「つぅ...リビングに...行かなきゃ....。」

  筋肉痛のように、一晩寝て痛みが悪化していた。
  それでも、我慢してリビングへと向かおうとする。

「..って、優輝!?無理しないの!ほら、私に掴まって!」

  向かおうと、扉へ歩き出そうとして、様子を見に来たらしい椿に助けられた。

「ひ、一人で...行ける...!」

「嘘言わないの!私だって神の端くれだから、貴方の容態は見ただけでも分かるのよ!」

  そう言って無理矢理椿は僕を支える。

「居間へ行くのでしょう?負ぶってあげるわ。」

「っ....ありがとう...。」

  だけど、椿の言うとおりだ。僕は無理をしている。
  素直に、僕は椿に負ぶられてリビングへと向かった。





「....えっ?士郎さん?」

「...おはよう、優輝君。」

  リビングへと行くと、既に作られていた朝食と、なぜか士郎さんがいた。

「なんで、士郎さんが...。」

「...椿から事情は聞かせてもらったよ。」

「っ...!?」

  士郎さんの言葉に僕は驚き、椿を見る。

「...隠し通せないのは、優輝も分かっているでしょ?なら、信用ができ、頼れる人には話しておくべきだと判断したわ。」

「椿...。」

  確かに、緋雪が死んだなんて隠し通せる訳がない。
  その点においては、良い判断だと思う。

「...慰めの言葉はむしろ逆効果だと思うから言わないが...何か、してほしい事はあるかい?」

「....緋雪が死んだことには変わりありません。...そして、それを隠しておくのはただの“逃げ”です。....なので、葬式を....きちんと、緋雪を葬らせてください。」

「...分かった。ただ、魔法の事は隠すしかないよ?」

「構いません。」

  体も心もボロボロな状態の僕が何かするより、士郎さんに任せた方がいいだろう。

「それと優輝君。君には一度、病院に入院してもらう。」

「えっ?」

  唐突な言葉に僕は聞き返してしまう。

「椿から君がボロボロだと言われてね。...表面上は取り繕ってるけど、バレバレだよ。」

「っ.....。」

「...世間上は事故と言う事にしておく。...まずは、体を癒してくれ。」

「....はい。」

  確かに、士郎さんの言うとおり僕は体を癒すのが先決だろう。
  魔法も使えなく、ちょっとした治癒魔法でも僕のリンカーコアが過剰に反応して激痛を迸らせる。...霊力で自然治癒を促進させるしかない今、安静にしておくべきだな。

「...当事者ではない僕は、君の今の気持ちがどんなのかは分からない。君自身も容易に理解はされたくないだろう。....だけど、辛ければ頼ってくれ。分かったかい?」

「.....はい。」

  僕の琴線に触れないように言葉を選んで気遣えてる時点で、士郎さんは十分に僕の気持ちを理解できてると思う。
  ...それでいて、理論や言葉では解決できない事は避けてくれている。
  それが、本当にありがたかった。







       =out side=





「(....あれ?優輝君、遅刻かな?)」

  月曜日、学校にて司はSHRの時間なのに優輝の席が空席なのに気付く。

「ほらー、皆座れー。SHRだぞー。」

  担任の先生がやってきて、SHRが始まる。

「...えっと、だ。皆に重要なお知らせがある。....皆は志導が来ていない事に気付いていると思うが....その志導が、先日事故に遭った。」

「え....!?」

  先生の言葉に、クラスの全員がざわめく。
  優輝はそこまで深くなくとも広く友好関係があったため、皆驚いたようだ。

「(嘘...!?一昨日、あんなに元気だったのに...!?)」

  司は、一昨日に会ったばかりなので、事故に遭ったのが信じられなかった。

「...兄妹揃って事故に遭い、志導の方は軽傷だったが....四年生の妹の方は.....。」

「っ....!?」

  今度は、ざわめく事も出来なかった。

「...っ、いや、なんでもない。..とにかく、志導は事故によって入院中だ。...なので、皆でお見舞いの手紙を次のLHRで書いてもらう。」

  失言だったのか、先生は誤魔化したが、全員今ので察してしまったようだ。
  先生の言葉に耳を傾ける事もできず、ただ人が死んだ事を実感できずにいた。

「.....連絡は以上だ。」

  自身も動揺して言わないべきだった事を言ってしまった先生は、さっさとSHRを終わらせ、教室を出て行った。

「(....嘘....?緋雪ちゃんが....?)」

  皆が沈黙する中、緋雪とも仲が良かった司は、信じられずにいた。

「(...嘘、嘘だよ...!きっと、緋雪ちゃんの教室では...!)」

  SHRと一時間目の間の休み時間を使って、司はすぐさま緋雪がいた教室へと向かった。





「アリサちゃん!すずかちゃn....っ!!?」

  教室の扉を開け、確認を取ろうとアリサとすずかを呼ぼうとして、司は言葉を詰まらせた。

「....ぇ....?」

  教室内の空気が、あまりにも重かったのだ。
  ...まるで、先程伝えられた事が事実だと証明するかのように。

「司...さん...?」

「ぁ..す、すずかちゃん...緋雪ちゃん、は....?」

  信じられない、信じたくない。
  そんな気持ちで、恐る恐る司はすずかに聞いた。

「っ.......。」

「う、そ....!?そん、な.....!」

  信じたくなかった。しかし、それは事実だった。
  その事を悟り、司は膝から崩れ落ちた。









「...さて、志導へこの手紙を届ける訳だが...行きたい奴はいるか?」

  午後にあったLHRで、先生がそう言う。
  しかし、衝撃的な事を知った皆は、それどころじゃなかった。

「.....はい。」

「.....聖奈だけか?」

  その中で、唯一司だけが手を挙げ、司が優輝のお見舞いに行くこととなった。

「(優輝君に、訳をちゃんと聞かなきゃ...!でないと...でないと...!)」

  ...尤も、司自身も心の中では焦燥感に煽られていたが。











     ―――コンコンコンコン

「.....はい?」

「...優輝君、お見舞いに来たよ。」

「司さん?...入っていいよ。」

  病室のドアをノックし、司は優輝の病室へと入る。

「.....優輝君、あの、これ....。」

「お見舞いありがとう司さん。...花束と...手紙?」

「...クラスの皆からだよ。」

  なるべく...できるだけ平静を装いつつ、司は優輝へお見舞いの品を渡す。

「ありがとう。後で読んでおくよ。」

「うん。...それで、えっと...。」

  まだ信じられない気持ちが強く、司は口ごもる。

「....緋雪の、事...?」

「っ....!....うん。」

  司の考えを汲み取ったのか、優輝は司が聞きたい事を言い当てる。

「...学校に伝えられた通り...って言っても、信じられないよね?」

「....うん。緋雪ちゃんは....言ってはなんだけど、吸血鬼。...生半可な事故で死ぬ訳ないよね?....どう考えても、魔法等に関連した事件に巻き込まれた...。」

「........。」

  司は信じられないながらも、ある程度の予測は立てていた。
  その予測を、優輝は黙って聞いた。

「...概ね、当たってるよ。」

「....でも!それだと、どうして私が...クロノ君とか、他の魔導師が気付かなかったの!?それも、つい一昨日か昨日の事だよ!?」

  信じられない。嘘であってほしい。
  そんな想いを込めて、司は事の真偽を確かめようとする。

「....事件の細かい事情は話せない...というか、記憶を封印してるから分からないけど、事件は今より過去で起きたんだよ。...だから、皆気づかなかった。」

「え...?過去....?」

  “過去で起きた”という言葉に戸惑う司。
  ちなみに、記憶を封印している優輝だが、覚えている事だけでも過去に遡った事は推測できた。先程司が言った通り、日付は全く進んでいないのを疑問に思えたからだ。

「....ごめんな、司さん。せっかく、“嫌な予感がする”って忠告してもらったのに、結局命は助けられなかった...!」

「ぇ...あ.....。」

  過去に遡る前、司に言われた事を重要視しきれていなかった事を謝る優輝。

「...司さんには、話しておくよ。...過去に....緋雪に何が起こったのかを....。」

  ゆっくりと、優輝は司に覚えている事のあらましを話した。







「―――と言う訳だよ。....士郎さんに頼んで、世間には事故扱いにしてもらってる。」

「.....そん、な....。」

  絶望に近い、そんな気持ちを司は味わっていた。

  信じられない。その気持ちは途轍もなく強い。
  しかし、心のどこかで分かっているのだ。“それは紛れもない真実だ”と。
  ...過去での司は、事件の全てを知っていて、そして記憶は封印されている。
  その名残が今の司にあるのだろう。

「...っ、ごめん優輝君...せっかくお見舞いに来たのに....ちょっと気分悪くなっちゃった。...帰っていい?」

「....いいよ。僕こそ、信じたくない事を話してごめん。」

  ふらふらと、少し覚束ない足取りで司は優輝の病室を後にした。

「(....優輝君が、一番ショックを受けているのに....。)」

   ―――どうして、そんな平然を装おうとしているの...?

  司は帰路を歩きながら、病室でのやり取りを思い出していた。
  優輝は、平然を装っているつもりだったのだが、司にはそうではないと見破られていた。

「(...どうして....どうしてこんな事に....。)」

   ―――過去に起きた事だから仕方ない?...違う。

「(過去にも私はいた。だから仕方ない訳がない。)」

  グルグル。グルグルと思考が回る。
  それが運命だと、仕方ない事だと思いたくないから。

「(何がいけなかったの?何が悪かったの?.....あぁ、そうだ..)」




   ―――....悪いのは、私が存在してるからだよ...。





  ....そして、その思考は負の方面へと向かっていく。
  根拠はない。無理矢理こじつけたかのように、司は自分のせいだと決めつける。

「(私がいたから、私なんかと二人が関わってしまったから、こんな....こんな事に...!!)」

  一種の狂気のような、そんな歪んだ思考に司は囚われて行く。

「(全部...全部全部全部全部!!私が!私がいるからいけないんだ!!私がいるから皆を不幸にするんだ!!“お母さんお父さん”の時も...今回だって!!)」

  叫んで気持ちをぶちまけたくなるのを抑えながら、司はそう考える。

「.....もう、(ワタシ)なんて....。」

「―――司!」

「っ....!」

  突如、呼びかけられた事に硬直する司。

「司!どうしたのですか!?」

「ぇ、あ....リニスさん....?」

「使い魔のパスに違和感があったので様子を見に来たのです。」

  使い魔との魔力によるパス。
  それはある程度の精神状態なら、パスで繋がっている相手の状態が分かる。
  それによってリニスは司の所へ駆けつけたのだ。

「...なにがあったのですか?」

「っ...なんでもない。」

  リニスの問いに、司はなんでもないと答える。
  ...もう、自分に関わらせたくないがために。

「嘘でしょう?」

「...緋雪ちゃんの事で、動揺してただけだよ。」

「.....話を聞かせてもらっても?」

  司はリニスに優輝から聞いた話を話す。



「....それで司は先程のような....。」

「...うん。」

  嘘だ。そう、司は心の中で自虐する。
  リニスは緋雪が死んだショックで先程のような精神状態になっていると思うが、実際は違う。ただ、歪んだ思考で自分を責めていただけにすぎない。

「...とにかく、今日はゆっくり休んでください。まずは、心の整理が必要です。」

「...分かったよ。」

  リニスに言われた通り、司は早く家に戻ろうとする。
  リニスも心配なため、付いてきた。

「(....どうせ、私なんて...。)」

  暗い気持ちのまま、司は家へと帰っていった。









   ―――....ズズ....。



  ...シュラインの中にある存在(モノ)が、黒く染まった気がした....。











       =優輝side=





「.....はぁ....。」

  視界に広がるのは、緋雪の葬式として装飾された家。
  ささやかではあるが、きっちり葬式は済ます事になっている。
  僕も入院しているけど車椅子で参加した。

「緋雪ちゃん....。」

「緋雪....。」

  ...参加したのは、高町家、月村家、バニングス家など、知り合いの家族や、他には魔法関連の人達。....皆、話を聞きつけて来れる人は来たようだ。

「....優輝、大丈夫か?」

「...クロノか...。...無事に見えたら、お前の目は節穴だぞ。」

「.....だろうな。」

  クロノが僕を心配して声を掛けてくれる。
  ちなみに、クロノは執務官の身でありながら、態々急遽有休を取ってきたらしい。

「...家族を、二度も失う事になるなんてな...。」

「.......すまない。」

  ふと、自嘲気味に呟いた僕にいきなり謝ってくるクロノ。

「...どうしたんだよ、いきなり。」

「...ただ、僕は無力だと思ってね...気にしないでくれ...。」

  苦虫を噛み潰したような...思い出したくない事を思い浮かべたような顔で、クロノは僕にそう言った。

「.....無力を感じてるのは、僕の方だよ。」

「それでも君は、よくやった方だ。...すまない、君も一人の方が落ち着けるだろう。そろそろ僕は向こうに戻ってるよ。」

  そう言ってクロノは管理局組の方へ戻る。
  ...今はその気遣いだけでも辛いんだけどね...。

「(親を失い、次は妹を失う....か。まるで疫病神だな。僕って。)」

  それなのに、僕だけは生きている。
  なんとなく、それがもどかしく感じられた。







「......。」

  葬式が終わり、葬式の片づけを黙って見ている。
  高町家の人達が気を利かせて片づけを手伝ってくれたようだ。
  ちなみに、僕は無理をしないようにじっとしておくように言われた。

「(....死に別れって、ここまで辛かったっけな...?)」

  僕が今まで経験した死に別れは、前世での両親と聖司。
  それと、世間上ではあるが、今世の両親。

「(...皆、確かに辛かった。でもここまでは...。)」

  つい先日まで知っていた人物と会えなくなる。
  確かにそれは辛い。だけど、今回ばかりは違った。

「(緋雪だから....シュネーだから...か。)」

  ムートだった時の、大切な幼馴染だから。
  家族で、僕の妹だったから。
  ...一度助けられず、そして二度目の機会でも命を助けれなかったから。
  チャンスを逃し、そして、僕自身が殺した。
  だからここまで辛いのだろう。

「(...全部、全部僕の力不足だな...。)」

  あの時(前々世)、僕がシュネーをもっと早く助けれたら...。
  あの時(死に際)、僕が解決策を編み出せていたら...。

  ...全て、僕が至らなかったせいで、緋雪の命は喪った。

「っ......。」

  悲しみの夜は過ぎて行く。
  しかし、心に空いた穴はそのままで、喪ったモノは戻らない。

  









   ―――心に刻まれた傷はあまりに深く、その痛みからは逃れられない...。













 
 

 
後書き
↑悲壮感を出そうと頑張ってみた結果。

司は、優輝に次いで緋雪を喪って傷ついています。
司自身の歪さゆえに、自分のせいで不幸な運命になったと、そう思い込んでいるからです。
相変わらず原作キャラを上手く動かせない...。 

 

第45話「自分を追い詰めて」

 
前書き
悲しくて、悔しくて。自分を追い詰める。
そんな時って、どうすればいいですかね?

それはともかく、第45話です。
 

 




       =優輝side=





「はっ...はっ...はっ...!」

  逃げる、逃げる、逃げる。
  何かに追われるように、後ろから迫る赤黒い影から逃げるように走る。

   ―――ネェ...。

「っ...!ぁあああ...!」

  後ろから聞こえた声に、僕は走る速度を上げる。
  ...でも、まったく引き離せる気がしない。

   ―――ドウシテ...。

「違う...違うんだ....!」

  頭を抱え、それでもなお走る。
  走っても引き離せない。...けど、走らないと追いつかれるから。

   ―――ドウシテナノ...?

「っ...それしか...それしか方法がなかったんだ...!」

  何かの言い訳をするように、僕は叫ぶ。
  ...嘘だ。もっと、良い方法は存在していたはず。

   ―――ドウシテ...ドウシテ....?

「ひっ...!?ぅぁああああああ!!?」

  無我夢中で走る。逃げる。...けど、後ろから迫る気配はどんどん近づいてくる。

   ―――ドウシテ、ワタシヲコロシタノ?

「っ...ぁああああああああああああああああああ!!!?」

  後ろから肩を掴まれ、振り返ると...。



  ...血まみれになって、首と胴体が離れた緋雪の姿があった。













「――――はっ....!!?」

  掛布団を吹き飛ばす勢いで、僕は飛び起きる。

「はぁ...はぁ....夢....か...。」

  ....最近、偶に見るな....。

「はぁ...はぁ...っ...!」

  胸が痛む。退院はしたけど、まだリンカーコアは治っていない。
  おまけに、無理な動きをすればそれだけで肉体も痛むらしい。

「...支度、するか。」

  布団を畳み、着替えてからリビングへと向かう。
  時間を見れば、いつも通りの早起きだった。



「えっと...これとこれとこれ...でいっか。」

  材料と手に取って、レシピを考えて朝食と昼食の弁当を決める。
  すると、和室の方から物音がした。

「おはよう、椿。」

「...おはよう。相変わらず早いわね。」

「まぁね。」

  起きてきた椿と挨拶を交わしながら、僕は朝食と弁当を作っていく。

「おはよー。優ちゃん、かやちゃん。」

「おはよう、葵。」

  大体を作り終えた所で、葵も起きてきた。

「椿、悪いけど緋雪を起こs...あ、なんでもない...。」

「っ...!」

  いつものように頼もうとして、思い留まる。
  ...緋雪はもういなかったな...。

「....ねぇ、優輝。」

「ん?何かな?」

「....どうして、()()()のお弁当を作ってるの?」

「っ...!」

  ...料理をする手が止まった。
  ......その手元には、僕がいつも使う青色の弁当箱と....緋雪の赤い弁当箱があった。

「あー...いつもの癖かな...。どうしよう...。」

「...私達の昼食の足しにでもするわ。」

  とりあえず、作った分は冷蔵庫にでも入れておくか。

「....優輝...。」

「退院したばっかりで気が抜けてるのかな?」

  心配そうな椿の声に被せるように、僕はそう言う。

「...無理は、しないでね。」

「......。」

  椿の言葉に、僕は何も言い返せなかった。





「(...リハビリ程度の運動に留めておくか。...今は。)」

  学校が終わり、下校に就きながら僕はそう思っていた。
  ...ちなみに、学校では僕を気遣ってか腫れ物を扱うような態度を皆に取られた。

「(...強く...ならなきゃ...。)」

  僕が至らなかったせいで緋雪は死んだ。
  だから、二度とそんな事を繰り返さないためにも、僕は強くなる...!







「はっ!ふっ..!っぐ..!?...はぁっ!」

  休日、山の中。
  体の痛みも多少の動きでは感じなくなり、僕は木刀で素振りをしていた。

「(もっと...!もっと早く、鋭く...!)」

  多少程度の動きではないため、体に痛みが走るが、無視して木刀を振り続ける。

「ぐ...く...ぁっ!っ、はっ!」

  足元が覚束なくなる。無理をしているからだろう。
  ...だからって、この程度では終われない...!

「ぁあっ!っ、はぁっ!!」

  剣先がぶれる。もっと、もっと鋭くだ!
  これじゃぁ...この程度では!

     ―――カァアン!!

「...っ。」

「...そこまでだよ。優ちゃん。」

  振り下ろした木刀が、レイピアで止められる。
  見れば、葵がそこにいた。

「山菜を取りに来たと思えば、まさかそんな事をしてたなんてね。」

「...葵だけか?」

「...かやちゃんとは別行動だよ。」

  葵の言うとおり、椿の気配はしないので、別行動らしい。

「止めないでくれ、葵。」

「ダメだよ。これ以上は、優ちゃんの体が壊れちゃう。」

  いつもはふざけている葵の声は、真剣そのものだった。

「...それがどうした...僕は、強くならなきゃ...!」

「っ...ごめんね。」

「え?ガッ...!?」

  一言、葵が謝ったかと思うと、首に衝撃が走り、僕の意識は暗転した。







「.....っ...。」

  ...目が、覚める。
  視界に入ってきたのは、いつもの僕の部屋だった。

「...目が覚めたかしら?」

「...椿?」

  横から声がかけられ、そちらを振り向くと、不機嫌そうな、それでいて悲しそうな顔をした椿が座っていた。

「僕は....。」

「葵が気絶させてここに連れてきたのよ。...無理してたみたいね。」

  椿の視線が一転して咎めるような視線になる。

「...私、言ったはずよ。“無理はしないで”って。」

「......。」

「どうして、無理しているの?...ううん、無理をして、何になるっていうの?」

  椿の言葉に僕はなにも言い返せず、続けて椿は言い直しながらもそう言った。

「...強くなるためだよ。もう、緋雪のような結末を見たくないから。」

「....だから、無理をしている、と?」

「そうだよ。」

  僕がきっぱりそう言うと、椿は何か考え込んでしまう。

「......とにかく、下に降りなさい。夕食は私達で用意しておいたわ。」

「...ありがとう。」

  しばらくして、椿はそう言った。
  何を考えていたのかは分からないけど、とりあえず夕食にするようだ。





「....改めて言うわ。...無理しないで。」

「......。」

  夕食を食べ終わり、今度は葵も交えて話し合う事になった。

「今の優輝はただでさえ壊れかけてるわ。それなのに、無理をしたら...。」

「でも、強くなるには...。」

  そう言おうとした瞬間、僕の頬スレスレを葵のレイピアが通り過ぎる。

「...ほら、今のも反応できなかった。」

「っ....。」

  そう、今の攻撃は過去に行く前の僕でも対応できた。
  けど、さっきのは反応が遅れてしまっていた。

「あたしが優ちゃんを気絶させた時も、本来なら防げたはずだよ。」

「...それほどまでに、貴方の体は傷ついている。...自覚して。」

  心配に...本当に心配して二人は僕にそう言う。...だけどね。

「...それがどうした。...無理でもしなきゃ、また緋雪と同じような事が...。」

  緋雪の時は、無理をしても助けられなかったんだ。
  なら、この程度で音を上げてられない...!

「っ、いい加減にしなさい!!」

「ぐっ....!?」

  そう言った瞬間、椿は僕の頬を叩いて部屋へと去ってしまった。

「かやちゃん!....優ちゃんも、一度頭を冷やして良く考えて。」

「.....。」

  そして、葵も椿を追いかけて部屋へと行ってしまった。

「....冷やすもなにも、やる事は変わりないよ。」

  全部、僕が弱かったせいで起きた事なんだ。
  だから、強くならなきゃいけない。

「...風呂に入るか。」

  一人になった僕は、仕方ないので風呂に入る事にした。







  休日になり、僕は高町家の道場で木刀を振っていた。
  ...あの日以来、椿とは最低限の会話しかしていない。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ....ぜぁっ!!」

「っ...!」

  木刀同士がぶつかり合う音が響き渡る。

「.....。」

「まだ...まだ..!!」

  体が痛み、息切れも激しい。
  それでも、僕は木刀を振い続ける。

「....終了だ。これ以上は優輝の体がもたない。」

「まだ..まだ行けます!だから...!」

     ―――カァアン!!

  まだ行ける。...そう言おうとした瞬間、僕の木刀が弾き飛ばされる。

「...まだ痛む体でそれ以上はダメだ。」

「っ...痛む程度で、止まっていては、強くなんて...!」

  そう言った瞬間、恭也さんの眼が鋭くなる。

「...いいだろう。なら、模擬戦をしてやる。」

「...え?」

「俺は木刀一本だけで、これを落としたら負けでもいい。対して、優輝はなんでもありだ。」

  ...その模擬戦は、恭也さんに相当なハンデがあった。

「...さすがに、それでは恭也さんが....。」

「不利すぎると?...なに、今のお前には素手でも勝てる。」

  ...その言葉には、さすがにカチンと来た。

「...いいでしょう。後悔しても知りませんよ?」

「じゃあ、始めるか。」

  お互いに構え、注意深く隙を探る。
  ...僕は受け身型の戦い方だ。だから、攻めてきた所を....。

「....っ!?」

「はぁっ!」

  突然接近してきた恭也さんが木刀で一閃する。
  咄嗟に、僕はしゃがむ事でそれを回避するけど、また少し隙ができてしまう。

「ぜぁっ!」

「ぐっ...!」

  そのまま放たれた蹴りを横に転がって躱し、すぐに起き上がる。

「シッ!」

「っ、ぁあっ!!」

  すぐさま接近され、高速で突き連発される。
  それを僕はかろうじて逸らし、防ぐ。

「まだ...まだ...!」

  最初は不意を突かれただけ。
  ここからが、反撃だ...!







「...ぐ、ぅ....!」

「...悪いが、今のお前ではどう足掻いても俺には勝てん。」

  数分後、僕は恭也さんの前で這い蹲っていた。

「ついでに言っておくと、俺は今回、御神流を一つも使っていない。純粋な剣の腕前だけでお前を相手した。...にも関わらず、この有様だ。」

「なん、で....?」

  なぜ勝てない。そう思って、僕は声を漏らす。

「なぜお前が俺に勝てないか。...それは、お前の心がそれだけ追い詰められてるからだ。」

「.......。」

  心が追い詰められてる?...あぁ、なるほど...。

「緋雪の...事か...。」

  確かに、僕の心は追い詰められてる。だけど...。

「だからこそ、少しでも強くなろうと....。」

「...ふざけるな。お前のしている事は、強くなろうとしているのではない。...周りを顧みず、ただ自分自身を追い詰める愚行。...それだけの事だ。」

「っ.....!」

「自分を追い詰め、心に余裕がない。...そんな者相手に、俺が負ける訳がない。」

  恭也さんの淡々とした言葉に、僕は氷のように頭が一気に冷めた気がした。

「....俺も、お前と同じような事をした事があってな。...父さんが事故に遭った時、俺は家族を護ろうと死に物狂いで特訓した。」

「........。」

「...だが、それは周りを困らせ、あろうことかなのはに孤独を味わせてしまった。」

  そう語る恭也さんは、後悔するような、そんな表情をしていた。

「....そんな経験をした俺だからこそ、今のお前は放っておけない。」

「........。」

  恭也さんは、恭也さんなりに親身になって僕の事を心配してくれていたらしい。

「...お前だって、分かっているだろう?周りを顧みず、無理して強くなった所で、お前の妹は喜ぶのか?報われるのか?」

「っ.....!」

  ...分かってる。分かってるんだ。
  こんな事したって、緋雪が喜ばない事ぐらい...!

「お前がどれだけ悲しみ、どれだけ傷ついているかは俺には分からない。...だけどな、少しは周りを頼って、前に進め。...俺と同じ過ちを繰り返すな。」

「....はい....。」

  恭也さんに言われて、目が覚めた。
  ...僕は自身が思っていたより、緋雪が死んだことに動揺していたんだな...。

「...すいません、家に帰って、一度自分の気持ちを整理してきます。」

「...そうする事だ。」

  ふらふらと、少し覚束ない足取りで僕は家に帰る。

「(...椿も葵も、これが分かってたからあそこまで僕を説得しようとしてたんだな...。)」

  泣きそうな表情になっていた椿を思い出す。
  ...後で、謝らなければな...。







「....っ....。」

  ボフッと、僕はリビングのソファに倒れこむ。
  一応、シャワーを浴びて着替えているから汗とかの心配はない。

「....なにやってんだろな。僕....。」

  シュネーを助けられず、緋雪を自身の手で殺し、挙句の果てに自分を追い詰める。
  ...本当に、何やってんだか...。

「こんなんじゃ、緋雪に顔向けできないや....。」

  自分の不甲斐なさに後悔しつつ、僕はそう呟く。

「...悪いね、リヒトにシャル。...こんな僕に付き合ってもらって。」

〈...正直、見ていられませんでした。...マスターが、今にも壊れてしまいそうで...。〉

〈お嬢様の事で動揺を隠せないのは分かります。...今後は、気を付けてください。〉

  デバイス二機の言葉に、僕は苦笑いする。
  ...本当に、迷惑かけてしまったな...。

「......緋雪....。」

  ....ただ、愚行に気付けても、この悲しさが消えた訳じゃない。
  緋雪の名を空しく呟きながら、僕はそう思った。

「...帰ってたのね。優輝。」

「....椿か。」

  ソファの上で仰向けになり、光を遮るように腕を目に当ててると、椿が声を掛けてきた。

「....ごめんな、椿。二人の気持ちも知らずに無理してしまって。」

「っ....!」

  僕は椿に謝る。体勢が些か誠意が感じられないが、椿は分かってくれたみたいだ。

「ばっ...!わ、私は、優輝の支えになりたいから、無理してほしくなくて...言ってたっていうか...その....。」

「.......。」

「な、なんでもないわ!...もう、無理はしないでね。」

  照れたような声で言ったからか、後半が聞き取れなかった。
  ...まぁ、椿なりに僕を心配してたんだろうな。

「...ありがとな。椿。...葵にも伝えてやってくれ。」

「っ~~!...わ、分かったわ...。」

  素直にお礼を言うと、花が出現して椿は顔を赤くした。

「.......。」

  ...ふと、心が暗くなり、僕は顔を伏せてしまう。
  それに、椿はすぐ気付いた。

「...辛いのなら、休んできなさい。」

「....ありがとう。」

  椿の言葉に甘えて、僕は自室に戻る。



「......。」

  フローリングにマットが敷かれ、隅にベッドがあり、その横に勉強机。傍にテーブルというシンプルな部屋で、置いてあるクッションにもたれながら、僕はボーッとしていた。

「....はぁ....。」

  もちろん。ただボーッとしてるだけではない。
  ...心に空いた虚しさ故に、今ある現実から逃れようとしているだけだ。

「(...悲しみからも、逃げようとしてたんだな。)」

  無理をする事で、悲しみから逃れる。
  ...あの無茶には、そんな意味もあったみたいだ。

「....やっぱり、辛いなぁ....。」

  前々世(ムート)の時、僕は何人もの人の死を見て来たし、何人も殺してきた。
  それ自体に罪悪感がなかった訳じゃないけど、それでもここまで辛くなかった。
  ...やはり、緋雪だからなんだろうな...。

「(....なぁ、緋雪。....僕は、どうしたらいいんだ?)」

  自問するように、物思いに耽るように、僕は心の中の緋雪に問いかける。

「(...お前が死んで、僕は途轍もなく悲しい。...あぁ、シュネーもこんな気持ちだったんだろうなとも思う。....でもさ、僕には、どうすればいいか、分からないんだよ....。)」

  どうすれば、この悲しみをなくせるのか。
  それが分からなくて。分からなくて。

  ....ただただ、空しく、哀しい時間が過ぎて行く....。





〈....マイスター。〉

「....シャル?」

  ...そんな不甲斐ない僕を見ていられなかったのか、シャルが話しかけてくる。

〈マイスター宛てに、一つのメッセージがあります。〉

「メッセージ...?」

  今更、何かメッセージを貰ったって...。

〈...差出人はお嬢様です。〉

「っ....!」

  どういうことかと、問いただすようにシャルを首から外し、近くのテーブルに乗せる。

「どういう...事だ...?」

〈...お嬢様の命令です。...マイスターが悲しみに暮れている場合、再生するようにと。〉

「....聞かせてくれ。」

  僕がそう言うと、シャルは少し浮き、映像を映し出した。









【...よし。...お兄ちゃん、聞こえてる?】

「っ.....!!」





  ...それは、紛れもなく本物の声で。
  ...どこか、儚い表情を浮かべた緋雪が、映っていた。











 
 

 
後書き
恭也さんの口調が分からない...!(とらハは寡黙らしいけど、リリなのだから...。)

他の方の小説で、偶に見る主人公と恭也さんのやり取り(士郎さんが入院中)で、大抵は恭也さんが主人公に言い負かされてますけど、この小説ではむしろ恭也さんがその時の経験から主人公を励ましています。...まぁ、不器用で励ませてるか分かりませんけどね。 

 

第46話「前を向いて」

 
前書き
死亡キャラを出したくない的なバカな考えを持っているせいで、死んでしまった際の描写が書けない作者です...。
助からないキャラがいるからこそ、映える作品もあるというのに...!

あ、どの道この小説はご都合主義&作者の趣味全開なので死亡描写がほとんどありません。
(書けないだけなんて言っちゃダメ。)
 

 




       =優輝side=





「.....緋雪....。」

  映像に映る緋雪。
  もう、見る事のできない、“生きて動いている”緋雪の姿。
  ...それを見ているだけで、胸の奥が熱くなる。

【お兄ちゃんがこれを見てるって事は、私はもう、そこにいないか、死んでると思う。】

「っ.....!」

  そしてそれは、自分が死んだ後、僕へと向けたメッセージだった。

【そして、この映像はお兄ちゃんが立ち直れない時のために残したの。...だから、今見ているお兄ちゃんは、私が死んだ事を引きずってるんだよね?】

「....予期していたのか...。」

  映像を撮っていた時、既に緋雪は自分が死ぬ事を予想していた。
  その事に少々驚いた。

【...シャルに教えて貰ったよ。私がかつて...前世の、そのまた前世は、古代ベルカ時代に名を馳せた“狂王”だって言う事、私はその生まれ変わりだという事を。】

「.....。」

【そして、お兄ちゃんは狂王の幼馴染...導王ムート・メークリヒカイトだという事も。】

「シャル、お前....。」

  いつ教えたのか、緋雪はいつそれを知ったのか。
  記憶が曖昧な今の僕には分からない。

【私の前々世...シュネー・グラナートロートは幼馴染のムートを殺したと、歴史では伝えられてるって言う事も教えて貰ったっけ。】

「...歴史ではそうなってる...。」

【けど、それは違う。ムートはシュネーの目の前で殺された。シュネーを...前々世の私を庇って。】

  僕は既に思い出しているけど、この映像の緋雪はそれを知らないはずだ。
  ...でも、まるで自分の事のように...。きっと、魂に記憶が刻まれてるのだろう。

【...シュネーは悲しんだ。そして狂った。彼を殺した者達に復讐するために。】

「.......。」

  その行為は僕にもわかる。
  あの時緋雪と...シュネーと相対した時、それほどまでの狂気と悲しみを感じられたから。

【...覚えてない私にも、その悲しみは分かるよ。】

  他人事だと、あまり実感がないかもしれない。
  だけど、映像の緋雪は、本当にその悲しみを理解していた。

【...そして、これを見ているお兄ちゃんも、悲しみを味わってるんだろうね。】

「っ....。」

【どうして私を助けれなかったか。どうして死なせてしまったのか。悔しくて、悲しくて、心が折れそうで。...きっと、無理してると思う。】

「....。」

  ばれている。予想、されていた。
  僕の今の気持ちが。無理しているという事が。

【悔しいよね?悲しいよね?私も同じ立場だったらそう思うと思う。】

「.....。」

【...でも。】

「っ。」

  儚い、そんな雰囲気の表情が一変し、少し睨むような顔で緋雪は言った。

【甘ったれないで。】

「っ....!?」

【悲しい?苦しい?悔しい?...うん、両親がいなくなった時、私もそうだったからそう思うのは仕方ない。...だけどね。】

  一度そこで一区切りを付け、緋雪は息を吸って言葉を紡ぐ。

【私が死んだから、シュネーが死んだから、それで立ち直れなくなるのは、やめて。】

「っ....。」

【お兄ちゃんも人間だもん。立ち止まる事はあるよね。...でも、いつまでも引きずらないで。前を向いて、ちゃんと歩き続けて。】

  強く、諭すように、緋雪は映像を見ている僕にそう言う。

【...私が死んだら、志導家はお兄ちゃん一人になってしまう。だけど、周りには椿さんや葵さんがいるし、司さん、すずかちゃん、アリサちゃん、士郎さん、恭也さん。他にも、久遠や那美さん、クロノ君とかアースラの人達もいる。】

「......。」

【...決して、一人で背負いこまないで。...もっと、周りを頼って。...もう、お兄ちゃんには、いっぱい頼れる人がいるんだから...。】

  言外に、“私がいなくても大丈夫”だという、緋雪。
  ...自然と、涙腺が緩くなってくる。

【私だって、死ぬのは怖い。死にたくない。...一度死んだのだから、余計そう思える。...だけど、せめて悔恨だけは残したくない。】

「ぁ....。」

【...私は、お兄ちゃんに悲しんでほしくない。泣いてほしくない。...ずっと、支えになりたいって、そう思ってる。だから、前を向いて...立ち止まらないで...!】

  段々と、緋雪の表情が崩れて行く。泣きそうに、なっていく。

【お願い...お兄ちゃん...!心苦しいのは、悲しいのは分かるよ。でも、そうじゃないと...私、安心して、死ねないよ...!】

「.....!」

  それは我が儘で、自分の気持ちを押し付けるだけの詭弁だった。
  ...だけど、僕はその言葉に心が打たれた。

【私は...死なないといけない。シャルが言うには、吸血鬼...生物兵器という概念が、私の魂にまで影響してるから...どの道、長くない。】

「....だから...か....。」

  僕が緋雪を殺すときも、同じことを言っていた。
  本来なら前々世の事だから関係ないはずなのに、あの時は生物兵器として存在していた。
  ...あの時は疑問に思っていなかったけど...なるほど。生物兵器の因子が、魂に刻まれて、それが今になって表に現れた...と言う事か。

【だから、お兄ちゃん。私の分も、生きて。】

「......。」

【私の死を、気にしないでなんて言わない。気にしてもいい、悲しんでもいい。...でも、前を向いて。私の死を、引きずらないで。】

  僕にそう語りかけてくる緋雪の声が、段々と上擦ってくる。
  その目尻には、涙が溜まってきていた。

【きっと、お兄ちゃんは私を助ける方法があったはずだと、そう思ってると思う。...でも、例え方法があったとしても、私は後悔しない。】

「緋雪....。」

  思い出すのは、殺す寸前の緋雪。
  あの時の緋雪の言葉は、本心からの言葉で、確かに死ぬという結果を後悔していなかった。

【...人の気持ちなんて、分かりっこない。だから、この映像を見ているお兄ちゃんがどんな思いをしているのか、正確には分からないよ。】

「...っ。」

【...でも、お兄ちゃんなら、この映像がなくても、いつの間にか立ち直ってると思う。...だって、私のお兄ちゃんだもん。...そう、信じてる。】

  涙を流し、声を上擦らせながらも、緋雪ははっきりと、そう言った。
  その言葉に、一体どれだけの想いが込められたのだろうか。

【だから、ね?私が死んでも、無理しないで。ちょっとずつでいいから、前を向いて歩き続けて。...どうか、幸せに、生きて...!】

「緋..雪....。」

  それは、懇願にも似た、緋雪の想いだった。
  自分が死ぬと分かっても、悲しんでいるであろう()のために、幸せを願う。
  自分の“生きたい”という気持ちを抑えてそう願う緋雪は、どんな気持ちだろうか。
  今は、もうそれを確かめる術はない。

【....さようなら。私の大好きな、お兄ちゃん....。元気でね...。】

「........。」

  涙を流しながら、映像はそこで切れる。

「っ...ぁぁ...!」

  映像が終わり、メッセージを聞こうと思っていた僕の態勢が崩れたからだろうか。
  不意に、涙が溢れてくる。

「ぁああああああああああああああああああああああああああ....!!!!」

  涙を流し、僕は叫んだ。
  悲しみを吐露するかのように。
  緋雪がいない寂しさを、改めて認めたかのように。
  僕は、気持ちを吐き出すように、泣き叫んだ。







   ―――...緋雪、今までありがとう...。もう、僕は大丈夫だ。











       =out side=





「....ん....。」

  志導家の和室にて、椿が目を覚ます。

「(...木刀を振る音?)」

  体を起こした所で、庭からそんな音を聞く。

「...優輝からしら?」

  まだ眠っている葵を放置し、外に出て確認する。
  ...案の定、優輝が木刀を振っていた。

「無理...してる訳ではないのね。」

  昨日は結局、優輝は部屋に戻ってそのまま眠ってしまっていた。
  なので、椿は心配していたのだが...杞憂だったようだ。

「(昨日までの鬼気迫る感じじゃない...。一切の波がない水面のように落ち着いている...。)」

「....ふっ!」

  流れるように、素早く、鋭く木刀が振るわれる。
  それはまるで、呼吸をするかのように自然な動きで、見惚れるような軌跡だった。

「....心構えが違うだけで、ここまで変わるんだな。」

「(...どこか、晴れやか...というか、後ろ暗い雰囲気がなくなったわね...。)」

  今まで悲しみに暮れていた雰囲気と違う事に、椿も気づく。
  そんな椿に、優輝は気づいていたのか、声を掛ける。

「おはよう、椿。」

「...おはよう、優輝。...乗り越えたのね。」

  椿のその言葉に、優輝は微笑む。

「...ああ。緋雪は、僕を信じて逝ったんだ。...その信頼に答えないとな。」

「でも、無理はしないでよね?」

「分かってるさ。...素振りも、今ので終わりだしな。」

  そう言って、優輝は椿に笑いかけてから、家に戻った。
  その笑みに中てられたのか、椿の顔がみるみる赤くなる。

「....もう、不意打ちするんだから...。」

  そう照れ臭そうに言う椿も、笑っていた。
  ...それほどまでに、優輝が立ち直った事が嬉しいのだろう。







「...そっか、立ち直れたんだね...。」

「まぁ...な。本当に心配かけたな。」

  リビングにて、朝食を食べながら優輝は葵と会話していた。

「ううん。あたしとしても、優ちゃんが元気なら嬉しいよ。かやちゃんも嬉しそうだし。」

「っ、あ、葵!いちいちそう言う事言わなくていいの!」

  葵の余計な一言に椿が反応するも、葵の言う通り嬉しそうだった。
  花もいくつか出現しており、嬉しさがよく分かる。

「...なぁ、椿、葵。それとリヒトにシャル。」

「な、なによ。」

〈なんでしょうか?〉

  ふと名前を呼ばれ、何かあるのかと聞き返す椿とリヒト。
  葵とシャルも聞き返してはいないものの、気にしているようだ。

「...これから、何度も失敗したり、躓いたりして立ち止まるかもしれない。...でもさ、少しずつでも、確実に前を向いて進んでいくから...ついてきてくれるか?」

〈...マイスター...。〉

〈マスター....。〉

  優輝は、少し儚い笑みを浮かべてから、皆に対してそう言う。
  緋雪のメッセージを一緒に聞いていたリヒトとシャルは、その意を瞬時に汲み取った。

〈...もちろんです。私は、貴方のためにいるのですから。〉

〈お嬢様が私を貴方に託したのです。途中で見捨てるのはお嬢様への裏切りです。〉

「...リヒト、シャル...。」

  リヒトとシャルの言葉に、優輝は感激する。

「....私達は優輝の式姫よ。支え、ついていくのは当然。...と、言いたい所だけど、今回ばかりはそれを抜きにしてもついて行くわ。...そう、決めたもの。」

「今更だよ、優ちゃん!」

「椿、葵も...。」

  椿と葵もそう言い、優輝は少し泣きそうになる。

「(...あぁ、僕って、こんなに支えてくれる人がいたんだな...。)」

  今まで、一人でも頑張ろうとしていたがための、感動。
  それを優輝は噛み締めていた。

「(...うん。緋雪、僕はこれからも頑張って行ける。....安心して、眠れよ...。)」

  傍にいなくても、きっと見守っているであろう緋雪に、優輝はそう祈った。















       =優輝side=





  緋雪を喪った悲しみを乗り越えて、一段落ついた所で椿に一つ頼んでみる。

「霊力を本格的に扱いたい?」

「ああ。今、魔力は扱えないから、体を完治させる事もできないだろう?霊力なら自然治癒で完治を早めるぐらいはできるかなって。」

  そう。それは霊力の扱い。
  魔力に関してはムートの記憶と経験もあって、完全に習得しているが、さっき言った通り魔力はリンカーコアがボロボロだからほとんど使えない。
  だから、まだ扱いきれてないであろう霊力の使い方を教えて貰おうとした。

「...正直、教える事なんてないわよ?」

「...えっ?」

「だって貴方、記憶が曖昧だけど、緋雪と戦ってた時、魔力と合わせて使ってたじゃない。負担が途轍もないにせよ、合わせて使う程の技量があるんだから、教える事なんてないわよ。」

  椿にそう言われて、ふと思い出した。
  ...そういえば、裏技みたいな強化してたっけ...。

「...まぁ、独特な使い方で、私達が扱う“術”は使えてないから、それは教えるわ。」

「あ、そうか。ありがとう。」

「...優輝の頼みだもの...。」

  ん?今、椿がなんか言ったか?

「霊力そのものの扱い方は分かるわよね?」

「ああ。魔力と同じような感覚だった。」

「...私は魔力を扱わないから分からないのだけど...。」

  そこでひょっこりと葵も会話に参加してきた。

「扱い方は同じだよー。霊力も、あたしの魔力も、リンカーコアの魔力も、皆扱い方は同じ。だからあたしとユニゾンした時はかやちゃんも使えるはずだよ。」

「...いや、今は私じゃなくて優輝の事なんだけど...。」

  葵が元々扱ってた魔力も同じ扱い方なのか...。

「...自然治癒は、霊力を全身に巡らすようにするだけで高まるわ。」

「....そうみたいだな。巡らし方を弄れば、もう少し高めれそうだ。」

「早速使ってるのね...。」

  魔力での身体強化に似ているな。
  しかし、霊力だとなんというか...乾いた喉を水で潤す感じ?なんだよな...。
  ちなみに魔力の身体強化の場合はお風呂とかで体の芯から温める感じだ。

「そっちの魔力と違って、全身を覆う障壁のような物は霊力では常に張っていなかったのよ。術式を込めた物で近い事はできたけど...。」

「...そこで、この技術か...。」

  自然治癒としか言ってはいないが、身体強化も兼ねているらしい。
  これなら、戦闘中で傷ついても戦い続けられるって訳だ。

「....とりあえず、今日はここまででいいよ。治癒力を高めたかった訳だし。」

「明日は学校だものね。分かったわ。ここまでにしましょう。」

「あたし、あんまり来た意味なかった?」

  切り上げて、夕方なのでそろそろ夕食に取り掛かる。
  ...うん、葵が来た意味は...霊力と魔力の共通点を知らせてくれた事ぐらいだな。

「(....悲しみは乗り越えた。もう、無茶する事はないだろう。....だけど、これ以上何かを喪うのが嫌なのは変わりない。)」

  霊力を体に巡らせながら、僕はそう考える。
  ...強くなるのは、変わりない。ただ、無理をするかしないかの違いだけだ。

「(...それぐらいはいいだろう?緋雪。)」

  元々、以前から強くなるつもりではあったんだ。
  強くなるやり方が少々変わっただけで、特に変化はない。







「おはよう。」

「「「.......。」」」

  ...相変わらず、教室の雰囲気は暗めだ。
  緋雪の事は、僕らのクラスでも結構知られてたからな。

「....優輝君...。」

「おはよう、司さん。....もう、大丈夫だ。」

  未だに心配そうな顔で、司さんは僕にそう言ってくる。
  そんな司さんに、僕はしっかりと大丈夫だと伝える。

「っ.....。」

「悲しんで、立ち止まってばかりじゃ、ダメだ。...僕は、緋雪の分も生きる。」

  そう言っても、司さんは暗い表情のままだった。

「....強い、ね。優輝君は....。」

「...強くなんかないさ。...強かったら、緋雪は...。」

  強さが足りないのは、結局変わらない。悲しいのも、変わらない。
  それでも前を向かなきゃと、僕はそう思うようになった。

「..っと、もうすぐSHRだ。席に座っとくよ。」

  そう言って、僕は自分の席に座る。

「....羨ましいな。その心の強さ....。」

  どこか諦めたような、そんな司さんの言葉を聞き逃して...。









「はっ!....せやっ!」

  学校が終わり、僕は家の庭で木刀を振う。
  ...結局、皆暗いままだった。
  昼休みはアリサちゃんとすずかちゃんと一緒だったけど、二人も落ち込んでいた。
  皆、緋雪を喪った事がだいぶショックなんだろうな...。

「(身近な人の死...。...皆は、それを経験してないからかな。)」

  元々、僕みたいなのが異例すぎるんだ。
  普通はこれぐらいショックを受けると思う。

「(でも、乗り越えなければ、何も変わらない...!)はぁっ!」

  ヒュン!と、空気を切り裂く音が響く。
  今行っている素振りは、体に負担は掛けず、尚且つ技術は高めれるようなものだ。
  無理をしないと決めた以上、負担はかけられないからな。

「(僕には“攻撃の姿勢”が足りない。導王流が防御向きなのもあるからだけど...。)」

  だからこそ、自身から“攻撃”する技術を身に付けている。
  導王流は既に極致に至っている。だから、今更それをどうこうしても意味がないからね。

「(幸い、導王流とこの水のように静かな動きは相性がいい。だから...。)はぁっ!」

  木刀を振り、少し離れた所に立てておいた木の棒(創造魔法によるもの)が斬れる。
  水を切るような斬り方で、空気を切り裂き、鎌鼬擬きを発生させたのだ。

「....っと、ここまでにしよう。」

  体の動きに違和感を覚える。
  これ以上は体に負担がかかると察し、僕は素振りをやめて家に入る。

「お疲れ様、優輝。はい、飲み物よ。」

「ありがとう、椿。」

  椿からスポーツドリンクをコップ一杯貰う。
  椿や葵からは、体に負担をかけないという信頼を得たので、こうやって無理しない程度の特訓は普通に認可してくれる。

「...独特な動きだけど、特に何かの流派って訳でもないのよね?」

「まぁね。導王流を参考にしてるけど、なんというか...。」

  さっきの素振りの動きに関して、椿が聞いてくる。
  似た動きはどこかにあるかもしれないけど、あれは一応オリジナルの動きだ。

「...でも、防御主体の導王流を攻撃に変えたから導王流には変わりない...のか?」

「...曖昧ね。」

  所謂防御を攻撃に転換したようなものだ。

「...じゃ、便宜上“導王流・弐ノ型”としておくか。」

「普段の導王流が“壱ノ型”ね。」

  安直だけど、他に特に思い浮かばないし、これでいいだろう。

「さて、夕食にするか。」

「私も手伝うわ。皆でやった方が手っ取り早いでしょ。」

「助かる。」

  椿が葵を呼びに行くので、僕は夕食のメニューを適当に考え、材料を取り出す。

「(...大丈夫、僕はちゃんと前を向いている。)」

  椿と葵が戻ってきて、三人で料理に取り掛かる。
  そして、食材を切りながら、僕はそう思考する。

「(途中、躓くかもしれない、立ち止まるかもしれない。...でも、見守っていてくれ。僕は、きっと前を向き続けるから....。)」

  今はもういない緋雪に向けた想い。
  きっと、ここではないどこかで見守っていてくれてるだろうと、僕は思った。

「....夕陽が綺麗だな。」

「ちょっと、手元危ないわよ。」

「っと、悪い悪い。」

  ふと、窓から綺麗な夕陽が差し込んでいた。





   ―――その色は、とても綺麗な緋色で....。

   ―――僕らを見守っている。...そんな気がした。











 
 

 
後書き
はい。と言う訳で立ち直りました。
上手く文章にできていればいいのですが...。

ちなみに、緋雪のメッセージですが、あれは32話の時に撮りました。
だからあの時泣いた痕があったのです。

...あ、まだ第2章は続きます。 

 

第47話「立ち直って」

 
前書き
どうやって日常に戻したり、この章にオチを付けようか...。
そう考えつつ、結局なるようになれと思いながら書く作者です。

なお、今回は自信のない内容になってしまいました...。
 

 




       =優輝side=



「その花はもうちょっとそっちに...ああ、そこそこ。」

  花を活けた大きな花瓶の位置を指定し、ちょうどそこに置かせる。

「....よし、これでいいだろう。」

  準備が完了し、ようやく完成した。

  ...全校生徒による、緋雪の追悼式の始まりだ。









   ―――時は遡り...。



  始まりは、ほんの些細な事だった。

「.......。」

「......。」

「......。」

  ...雰囲気が暗い。皆、緋雪の事を引きずっていて、どう見ても元気がなかった。

「田中ー。この問題を解いてみろー。」

「.....。」

「田中?」

「...あっ、はい....。」

  先生の呼びかけにも中々反応しなく、授業の進行度も大幅に遅れていた。
  先生たちは、やはり大人なのか、悲しみはしているものの、表面上は大丈夫だった。

「...次は気を付けるように。」

「....はい。」

  そう言って、名指しされたクラスメイトは座る。
  先生も皆の気持ちを察しているため、無闇に怒る事はできないのだ。
  ...ただ、いつまでも引きずられるとやはり怒りたくなるようで...。

「お前ら....いつまで落ち込んでいる!」

「「「「っ.......。」」」」

  授業を中断し、先生は教卓を叩いてそう言った。

「確かに、知っている人が死んでしまうのは、皆にはまだ早く、辛いかもしれない。....だがな!身内である志導だって立ち直っているんだぞ!!周りが落ち込んだままでどうする!!」

  先生も悲しんでいる。それはその怒鳴り声と共に感じられる先生の想いで分かった。

「...っ、すまん、怒鳴ってしまった。授業を再開する。」

  そう言って、先生は授業を再開するが、もちろんの事、皆は集中できなかった。





  翌日、急遽全校集会が行われた。
  どうやら、職員会議で何か話し合ったらしく、そのことについてらしい。

「(...十中八九、今のこの状況だろうな。)」

  緋雪は人気者だった。
  別に、大会で優勝したとかそういう類で注目されてた訳じゃない。
  ただ、おふざけのように作られた“聖祥九大美少女”の一人だったから知られていた。
  だからと言って有名なのには変わりなく、親しまれていたのも間違いない。
  ふと見渡せば、皆少なからず緋雪の事を引きずっているようだった。

「(皆、どんなに精神が早熟でも小学生には変わりない。....人の死は、相当な波紋を呼び起こしたみたいだな...。)」

  皆から親しまれていたが故に、皆は悲しみを引きずっている。
  ...そんな所だろう。

「(...流石に、一年生辺りはまだよく分かっていない子もいるけど。)」

  全校集会の意図が全く分からないのか、気楽でいる一年生もチラホラいた。

「(...っと、そろそろ始まるな。)」

  僕は静かにして、全校集会の内容に耳を傾けた。









「...で、追悼式をするとはね...。」

  全校集会での話は、要約すれば“皆引きずりすぎ。立ち直るためにも追悼式をしよう。”って感じで、こうして各々の胸の内に悲しみを仕舞うのではなく、一度大々的に悲しみを吐露した方が楽だろうっていう、教師たちの考えらしい。
  ...まぁ、一度悲しみは吐き出した方が楽だからね。

「(進行や大体は先生が先導するけど、僕にも役はある...か。)」

  実の兄だからか、追悼式の準備とかでも中心に動いていたし、追悼式でスピーチしたり、花束を受け取ってそれを緋雪に対して供える役もある。

「(....これで、皆が立ち直ってくれたらいいんだけど...。)」

  そんな、不安と期待を持ちながらも、追悼式が始まった。
  校歌斉唱に始まり、校長先生、教頭先生の話。
  ...そして、僕の番が回ってきた。

「........。」

  檀上へ上がり、皆を見渡す。
  皆が皆、個人差はあれど悲しい顔をしている。

「.....正直、皆がここまで悲しんでいるとは思っていませんでした。」

  マイクを使い、皆に聞こえるように僕は喋る。
  手元にスピーチの内容を書いた紙を....置いていない。
  必要、ないからね。

「...人の死は、喪失感はあれど実感はないものです。例えどんなに身近な人がいなくなってしまっても、実感をあまり感じられず、そして徐々に喪失感が増していく。...そう思います。」

  それは、僕も感じたことで、皆も大抵が感じている事だろう。

「だからこそ、僕は皆がここまで悲しんでいる事を、逆に嬉しく思います。」

  そう言うと、僕から見える人のほとんどが意味が分からないと言った顔をする。

「...ここまで悲しんでくれるほど、妹の緋雪は慕われていたという事ですから、兄としては誇りに思えます。」

  悲しいのも、辛いのも分かる。
  だけど、その分慕われていたんだという嬉しさもある。

「緋雪は、いつも明るく、皆と仲良くしていました。緋雪本人からも、何度もそのような話を聞いていたので、本当に慕われているのだと思っていました。」

  そこで一区切り付け、はっきりと聞こえるように喋る。

「...それを踏まえた上で、言います。...いつまでも、悲しみに囚われないでください。」

  ザワザワと、少しだけ騒がしくなる。
  だけど、その騒がしさに負けないように、僕ははっきりと喋る。

「別に、緋雪の事を忘れろ、とはいいません。緋雪が死んでしまったのは事実ですし、僕自身、なんであの子だけ死ななければならなかったとか、なんで僕は生きているのかとすら思った事があります。....でも、だからと言って引きずったままでいい訳ではありません。」

  少し、語気が強くなりつつも、僕は喋り続ける。

「緋雪が死んでしまった事を、皆は悲しんでいい。泣いてもいい。...でも、必ず立ち直って、強く生きるようにしてください。...皆がずっと悲しんでいるのは、緋雪は望んでいないはずですから...。」

  喋り続ける僕も、少し涙を流す。
  ...まだ、悲しみが消えた訳じゃないからね。

「緋雪は死んだ。これは事実です。だからこそ、緋雪の分も僕らは生きるべきなのです。....悲しいのなら、一度大いに、全てを吐き出すように悲しんでください。...そして、緋雪のためにも精一杯前を向いてください。....それが、緋雪への最高の手向けになると思います。」

  “以上です”と締めくくり、僕は檀上から降りる。
  生徒の嗚咽があちこちから聞こえ、悲しんでいるのが分かる。
  だけど、後は立ち直ってくれるのを祈るしか僕にはできない。

「(...この追悼式を経て、皆が立ち直ってくれるといいけど...。)」

  そのまま式は進み、僕が花を供えるのを最後に終了した。







「...良い傾向...かな...?」

  前よりはマシになった。...そう思える雰囲気に教室はなっていた。

「(少しずつだけど、皆立ち直ってきてる。)」

  あの式の後、皆泣いていた。
  その時に一気に悲しみを吐き出したのか、少しずつ立ち直ってきていた。

「(僕としても、皆が立ち直ってくれると助かるからね。)」

  既に友達のほとんどは立ち直っている。
  アリサちゃんやすずかちゃんも、僕が立ち直っているのを見て、いつまでも悲しんでいられないと立ち直ったみたいだ。
  ...司さんは未だに少し引きずってるけど...まぁ、時間が解決するレベルだ。

「(....僕は、導王失格だ。緋雪を....シュネーを導ききれなかったからな。....でも、だからこそ、皆を悲しみに囚われないように導くぐらいは、できないとな。)」

  以前よりは明るい雰囲気で続く授業を受けながら、僕はそう思った。









「(...でもまぁ、そう上手く行くとは限らないよな...。)」

  休日の昼過ぎ。椿と葵との三人で、買い物に行った帰り...。

「なんでそんな平気でいるんだ!妹が死んだって言うのに!!」

「よくも嫁の一人を見殺しにしやがったな!モブ野郎が!」

  織崎と王牙の二人とエンカウントして、なぜかこんな事を言われた。

  ...いや、まぁ、会ったのは偶然なんだけど...なんでイチャモン染みた事言われるの?
  しかも今回ばかりは二人の意見が合致してるみたいだし。

「平気?見殺し?何言ってるのかしら?」

「気にしたら負けだよかやちゃん。都合のいい解釈しかしてないだろうし。」

  椿と葵も呆れてる。
  正直僕も相手してられないんだが。体は完全に治ってる訳じゃないし。

「皆泣くほど悲しんでいる中、お前だけ平気だっただろう!それでも兄なのか!?」

「緋雪の代わりにてめぇが死ねばよかったんだよ!」

  ...口々に言ってくれるな...。

「『....はぁ、葵。近所迷惑になるから結界張っておいて。』」

「『分かったよ。確かにうるさいもんね。』」

  霊力を使った魔法での結界と同じような結界を張る。

「...僕は、もうとっくに泣いて悲しんださ。助けたかったし、悔しかった。....でもな、あいつは...緋雪はその悲しみを引きずらないようにって、僕のためにメッセージを遺してくれたんだ。だから、いつまでも悲しんでられないんだよ!」

  きっぱりと、僕は二人に言い切る。

「平気でいられる?見殺しにした?...はっ!そんな奴がいるなら、ぜひともぶん殴ってやりたいぐらいだよ!....テキトーな事言ってんじゃねぇぞ!!」

「っ.....!」

  大事にしていた家族なんだ。喪えば悲しいに決まっている。
  ...なのに、なにを根拠にそんな事を言えるんだ?こいつらは...!

  ...そんな想いを込めて強く言ったからか、織崎は怯んだ。
  だが、王牙は何も分かっていないらしく、より苛烈になった。

「うるせぇうるせぇうるせぇ!!責任とっててめぇも死ね!!」

「っ!!」

  すぐさま飛び退く。
  すると、さっきまでいた場所に剣が突き刺さる。

「...何をしているか分かっているのか?これで僕を殺せば立派な殺人だぞ!!」

「はっ!言ってろ!一応非殺傷にはしておいてある!...痛い目でも見とけ!!」

  ...言葉の綾ってだけで、本当に殺す気ではないみたいだな。
  だが、それとこれとは別だな。王牙は“殺し”とかに関して意識が薄いみたいだし。

「(魔力は使えない。体も無理できない。....使えるのは、霊力だけ!)」

「優ちゃん!」

  飛んでくる剣や槍を避け、そう思考する。
  避けきれなくなって、霊力強化した手で逸らそうとして...葵に庇われる。

「....今は私達もいるわ。無理しないで。」

「...ありがとう。」

  葵が僕を庇うように王牙の武器群を弾き、それを椿が弓で援護する。
  その間に僕は霊力を編んで術式を編み出す。

「行け....!“霊撃”!」

  霊力による衝撃波。それを武器群の合間を縫って王牙に迫る。

「ガッ...!?」

「(...浅い!)」

  あっさりと被弾した。
  しかし、ダメージはほとんどなく、今の隙では葵も突貫できなかった。

「っ、優輝!後ろ!」

「....ああ!」

「はぁっ!」

  後ろからの気配に対して、僕は剣形態のリヒトと杖形態のシャルを振う。
  二つのデバイスにより、織崎の後ろからの攻撃を逸らす事に成功する。

「あいつのように、死んで償えとは言わない。...だが!少しは死んでしまった彼女の痛みを知って反省しろ!!」

「織崎ぃ....!!」

  自分勝手すぎだろ、それは....!

「優輝!」

「椿!葵!そっちは任せた!」

  どちらかを疎かにする訳にはいかない。
  織崎は言うまでもなく、王牙は殲滅力とかは高いからな...!

「リヒト!カートリッジは!?」

〈...六発だけです。しかし、マスターの体を考えると三発が限度です。〉

「...少ないな...!」

  記憶が曖昧になる前...つまり緋雪がまだいた時は三ダースだったのに...!
  これは、何がなんでも外せないな...!

「喰らえ!」

「っ...!」

  飛来する魔力弾。それを僕は回避する。
  ...本来なら、切り裂くと同時に魔力弾の魔力を吸収するのに、それができない...!

「(戦闘の条件は...以前の模擬戦よりも格段に厳しい...!)」

  魔法は使えない。体も無理できない。
  デバイスはシャルも使ってるけど、生憎霊力しか使えない。
  火力不足どころか全てにおいて不足している...!

「(だが、技術においては...!)」

  途轍もないパワーとスピードで振り下ろされるアロンダイトを、僕はリヒトとシャルで器用に滑らすように受け流す。
  僕のすぐ横にアロンダイトが振り下ろされ、地面が抉れる。
  それに構わず、僕はアロンダイトを踏みつけるようにし、リヒトとシャルを振う。

     ―――ギィイイイン!

「固い....!」

「この...!」

  しかし、その攻撃は織崎の肉体に阻まれ、僕はすぐさま飛び退く。
  バインドが寸前までいた場所に仕掛けられ、織崎は体勢を立て直す。

「(元々火力不足なのは分かってたけど、シャルの斬撃はリヒトよりも手応えが固すぎた...!確か、織崎の特典は死因となった攻撃は効きにくくなる...。...こいつ、過去で緋雪に殺されたんだな...!)」

  シャルを今の僕が扱っても効かないというのが分かり、さらに戦況が厳しくなる。

「(....通じるのは、カートリッジだけか...。)」

  ならば、と言う訳で、リヒトをカノーネフォームに変え腰に付ける。
  そして、シャルを両手で構え、棍のように扱う。

「(元より期待できる火力はカートリッジだけ。なら、いっそのこと...。)」

  他の全ては、そのための布石にすればいい。
  その考えに至った僕は、織崎との間合いを詰める。

「(チャンスは一回!必ずモノにしてみせる!)」

  長期戦になれば明らかに僕らが不利。
  だから、すぐに勝負を仕掛ける。

「(...一瞬、ほんの、少しだけ...!)」

     ―――“神速”

  飛んでくる魔力弾の雨を、御神流の奥義で動きを把握し、掻い潜る。
  いくらか掠り、少しの間だけとはいえ反動で頭痛もするが、構わず突っ込む。

「はぁっ!!」

「無駄だ!」

     ―――ギギィイン!ギィイイイン!!

  織崎のアロンダイトを受け流し、さらに織崎の攻撃を受け流した反動で跳び越えるように飛びあがる。

「はっ!!」

  すぐさまシャルに霊力を込めて、織崎目掛けて投げつける。
  だが、それはあっさりとアロンダイトに弾かれる。

「(それは囮!本命は....!)」

  その間に僕は織崎の懐に入り込もうとして....。

「引っかかったな!」

  仕掛けられていたバインドに引っかかる。
  魔力が使えず、バインドは解けない。霊力で削れるといっても、隙だらけだ。
  万事休す....だと普通は思うだろう。

「...フォイア!!」

「がっ...!?」

  僕は、リヒトの引き金を抜き、織崎の顎を掠めるように弾丸を当てる。
  それにより脳が揺さぶられ、織崎は気絶した。

「....霊力のおかげで、気づかれずに済んだか...。」

  さっきバインドに捕まったのは、霊力と御札を使った偽物だ。
  シャルを投げたのはそれを作る目暗ましで、全部カートリッジを当てるためだ。

「さて、後は...。」

  防戦一方になっている椿たちを見る。
  ...僕がいなければ勝っていただろうなぁ...。全部僕を庇ってるし...。

「でもま、すぐ終わらせるか。」

  先程と同じ“霊撃”の術式を込めた御札を、十枚程一気に王牙に投げつける。
  それと並走するように僕自身も駆ける。

「優輝!?」

「優ちゃん!?」

  横を通った時、椿と葵の驚きの声が聞こえるが、この際無視する。

「織崎の雑魚を倒した所でいい気になってんじゃねぇぞぉ!!」

「っ、はぁっ....!!」

     ―――ギィイイン!!ギャリィイン!!

「くっ...!」

  飛んできた武器群を、御札を少し追い抜きつつ、逸らす。
  しかし、体への負担からあまり霊力で強化していないので、綺麗に受け流せない。

  ...だからこその御札なんだけどね。

「はぁっ!!」

「っ!」

  武器群を僕から外すように御札から霊力の衝撃波が迸る。
  その隙を利用して、もう一度僕は縮地の要領で踏み込み、刺突を繰り出す。
  だが、それは辛うじて防御魔法に防がれる。

「“刀技・魂止め”!!」

  つい最近、椿や葵から教えて貰った刀技を放つ。
  霊力を込めた行動を止めるための技。
  ダメージなどほとんどなく、動きを止める事に特化したその技は...。

「...葵!!」

「任..せてっ!!」

  明確な、隙を作る事ができる。

   ―――“刀技・五龍咬(ごりゅうこう)

「がぁああああっ!!?」

  葵は一気に五連撃を放ち、一瞬で王牙を気絶に追い込む。

「....まったく、魔法を使えない相手に大人げない...。」

「それでも倒した優輝が言う事かしら?」

  戦いが終わり、そう愚痴る僕に椿は容赦なくそう言ってくる。

「霊力と、導王流...それと、プライドがあったからさ。」

「プライド?」

  僕がそう言うと、葵が聞き返してきた。

「...緋雪の兄としての...かな?」

「...それは、負けられないね。」

  緋雪の事は、緋雪以外で僕か両親が一番分かっているつもりだからな。
  そんなに分かってもいない奴に負ける事はできないよ。

「...とりあえず、クロノと司さんに伝えておくか。そうすれば反省するだろ。」

「そうは...思えないわね。」

  椿の言葉に、僕も前言撤回してそう思えてきた...。

「とにかく、厳重注意ぐらいはしてもらおう。僕も何度も相手してられないし。」

  第一、この二人は僕が悲しんでいないと決めつけて襲ってきたからな。
  ...リヒト辺りが僕について記録撮ってあるから、恥を忍んで映像を渡しておくか?

「どの道、早い事僕は体を完治させなきゃね。」

  体は霊力を巡らしてるから大丈夫だけど、リンカーコアは厳しいようだ。
  リヒトとシャル曰く、魔法が使える余地があるのが不思議なくらいらしい。
  ...それほどまでに無茶してたのかって聞いた時は思ったね。

「...あー!?」

「ちょ...いきなり何よ葵!」

「....アイスが...。」

  ...そう言えば、今は買い物帰りで、アイスも買ってたっけ?

「...急げ!まだ、まだ間に合う...!」

「えっと、えっと...“氷柱”!」

  結界を解除し、気絶させた二人を椿が適当な場所に放置し、葵がアイスに霊術を使う。
  ...アイス以外も氷で包んでしまったけど、この際仕方ない!

「さっさと帰って冷凍庫に入れよう!氷柱も霊力だから持たない!」

「りょーかい!先に帰ってるね!!」

  葵はそう言ってダッシュで家に帰っていった。

「...アイスでどうしてそこまで...。」

「いやぁ...最近暑いし?せっかくのアイスが溶けたらもったいないし。」

  椿は僕と葵の慌て振りに少し呆れていた。

「...とりあえず僕らも帰るか。」

「そうね。」

  先程の戦闘の疲労もあるので、帰って休みたい。
  そんな気分になりながら、僕は帰路へ就いた。















   ―――....対精神干渉プログラム構築進行度、5.67%....













  ...アロンダイトが消えそうな程弱々しく明滅していた事に、気づく事もなく....。











 
 

 
後書き
スピーチとかって、作者苦手なんですよね...。(ならなんで書いたし)
アドバイスがあれば指摘してくださると助かります。

アロンダイト...というかサーラ復活フラグです。
回収は相当後の予定(忘れそう)ですが。 

 

第48話「違和感とお墓参り」

 
前書き
一応第2章最終話です。
なお、閑話とキャラ紹介がまだありますが。
 

 






       =out side=





「ユーリさん、こちらの資材運んでてもらえます?」

「あ、はーい!」

  “死蝕”という物に蝕まれ、滅亡の一途を辿って()()世界...エルトリア。
  その世界の、安全な場所にて、少女が小さな資材を運んでいた。

「やぁ、おはよう...いや、おそようだね。ユーリ。」

「あ、博士。...大丈夫なんですか?出歩いて。」

  そんな少女に挨拶をしたのは、ボサボサの黒髪で、白衣を着た男性。
  ...ギアーズを作りだしたグランツ・フローリアンその人だった。

「まぁ、何とかね。体もだいぶ楽になったし、ここら一帯は“生命”を取り返したから空気も綺麗だからね。」

「そうですね。皆さん、とても頑張っていますし。」

  ユーリが思い浮かべるのは、新たに自身の騎士となった三人。
  彼女達のおかげで、エルトリアを蝕む“死蝕”への対抗が十全となったのだ。
  おかげで、今エルトリアで生きている人々の安全を確保するぐらいはできた。

「...その中に、ユーリも含まれているさ。」

「そ、そうですか?...私、生身だとこれを運ぶのだけでも疲れるのですけど...。」

  謙遜するユーリに博士はそう言うが、ユーリはそれでも遠慮する。
  ...事実、生身のユーリはか弱く、魔法もU-Dだった頃よりも全然使えない。
  ただ、それでも並の魔導師数人分は下らないのだが。

「....というか、一国の姫様を働かせるのはなんというか...。」

「べ、別に構いませんよ!それに、もう滅んでいますし...。」

  自分の住んでいた国を、自分が滅ぼした。
  その事に少し暗くなるユーリ。

「ああっ、ご、ごめん...。」

「い、いえ....大丈夫です。では、私はこれを...。」

「...ああ、引き留めて悪かったね。」

  そう言って別れて、ユーリは資材を運び終える。

「(....ここに来て、早数ヶ月...。“死蝕”も順調に取り払われてますし、博士の容態も良くなってきています。...きっと、彼のおかげですね...。)」

  少し休憩に入りつつ、ユーリは物思いに耽る。
  思い浮かべるのは、自身の騎士たちと共に助けに来た優輝。

「(...導王...人を導く事で知られていましたが....彼の本質はもっと別...。)」

  ....優輝本人も気づいていない事を、ユーリは感じていた。
  なにせ、それこそが博士の容態が良くなる要因なのだから。

「(...“可能性を掴み取る”力...。そして、それは他者から他者にも影響する。)」

  例え、一パーセントでもその結果を掴み取る。
  その力が、本来なら死んでしまう博士を救っていたのだ。

「(彼がいたから、私はサーラと再会できました。暴走も止まりました。...そして、博士も救われました。....本当、凄いですね。)」

  ただ、それでも緋雪の命は助けられなかった...。
  その事実もあり、気分が暗くなるが、すぐに頭を振ってその気分を振り払う。

「...私も、もっと頑張らないとですね!」

  ユーリは小さく拳を握り、少し休んでからできる事を探しに行った。





「(....そういえば...。)」

  そんな意気込みをしたからか、ふとユーリは思い出す。

「(あの違和感は一体....?)」

  ユーリが感じた違和感。それは、アミタとキリエが他の皆を未来に帰した時の事だった。

「(アミタとキリエは言ってましたね...。“未来だけど、私達にとっては過去ではない”と...。)」

  今ユーリ達がいるエルトリアは、優輝たちがいた世界からしたら未来だ。
  だが、優輝たちの元の時間はれっきとした過去だったが、ヴィヴィオやトーマ達の元の時間は、優輝たちからすれば未来に見えるが、エルトリアからすれば過去ではなかった。

「(...確証はないですけど、推測では時空そのものが捻じれている...でしたね。)」

  ユーリ達がいた時間から、エルトリアの世界の時間までの時間軸は一つだ。
  それはユーリもアミタとキリエから聞かされて分かっている。
  しかし、ならばエルトリアから見ても“過去”に見えるはずである。
  それが“過去”に見えない。...その事にユーリは違和感を感じていた。

「(なにか...何かがおかしい...。そんな気がします。)」

  まるで、ヴィヴィオやトーマ達のいる“時間”が、別枠にあるような。
  ユーリはそんな感じがした。

「(時空そのものが捻じれているのなら、アミタ達の時間移動には巻き込まれないはずです。もし、巻き込まれたのだとしても、容易に元の世界に戻せる訳が...。)」

  だが、その両方ができた。
  その事に、ユーリはさらに違和感を覚える。

「(...優輝さん達からすれば、ちゃんとした“未来”ではある。....なら、優輝さんに任せましょう。彼ならきっと、“奇跡”を掴んでくれるはず...。)」

  過去と見れないとはいえ、エルトリアから干渉する訳にはいかない。
  そんな考えから、ユーリは優輝に“可能性”を託した。











       =優輝side=





  追悼式が終わって早数週間。
  皆大好き(?)夏休みと、皆大嫌いな大量の宿題がやってきた。

「...やば、ちょっと集中しすぎて汗が...。」

  ついでに、途轍もなく暑い。
  だけど、成人までお金を考慮しなくちゃいけない僕は、クーラーを使っていない。
  ...それに、氷とか魔法や陰陽術で出せるし。

「...うーん...確かに、早めに終わらせればいいと思ってたけど...。」

  僕は机に広がった宿題()()()()()を見る。
  ...一週間、できるだけ減らしておこうと思った結果、日記や作文など、時間も必要な宿題以外全て終わらしてしまった。

「...まぁ、その分満喫できると思えばいいか。」

  元々すぐ解ける問題集ばっかりだったからな。早く終わるのも仕方がない。

「.....昼か。椿と葵は戻ってるかな。」

  椿と葵は、家にいてもやる事がないので、専ら山に篭ったりしている。
  一応僕の家に住んでいるので、昼とかは帰ってくるけど。

「今日は...シンプルに素麺でいいか。暑いし。」

  夏と言えば素麺。椿たちが山菜取ってたらそれを天ぷらにするのもいいな。

「さて、そうと決まれば準備するか。」

  終わった宿題を片づけ、一階に降りる。
  案の定リビングには椿たちが帰ってきてたので、予定通り素麺と天ぷらにした。







「...ふっ!」

「はっ!!」

  昼食を取り、僕らは庭(結界も張ってる)で特訓していた。
  刃を潰したリヒトと葵のレイピアで斬り結ぶ。
  突きを中心とした素早い葵の攻撃に、流れるような動きで剣筋を逸らしていく。

「っ、はっ!」

「そこよ!」

  葵のフェイントに対処しようとした瞬間、椿が刺さらないように霊力でコーティングした矢で狙ってくる。

「くっ...っと!」

  それを、間一髪のタイミングでギリギリ防ぎきる。

「しまっ...!」

「終わりだよっ!」

  しかし、防ぎきった一瞬の隙で側面に回った葵の連撃に、僕は体勢を崩す。

「...“詰め”よ。」

「....あー、負けた...か。」

  そこに椿が矢で狙いを定めてきたので、そこで僕の敗北が決まった。
  実戦なら、既に矢が放たれてたからね。

「うーん...やっぱり二人には敵わないなぁ...。」

「....二人同時相手してる優輝に言われても納得いかないわ。」

  いや、確かに一対一なら僕が勝てるけどさ...。

「あたし達、人間の寿命以上に経験を積んできたのに...。」

「それは...導王の時の経験と、導王流が一対一に向いてるからだよ。」

  導王流の唯一の弱点。...それは、多対一には向いていない事だ。
  波状攻撃ならともかく、一斉攻撃だと攻撃を“導く”場所がなくなるからね。

「それに、言っておくけど二人の体捌きや剣捌きは受け流しにくいんだよね。」

  これは、弱点と言うより、相性が普通なだけだ。
  元々、椿たちの扱う陰陽師式の剣術はしなやかさなどがあって、逸らしづらい。
  ...導王流で相性がいい動きが多すぎるから、ある意味弱点か?

「だから、霊力込みの模擬戦だと葵には負けるかな。」

「私は弓術士だから勝てるのね...。」

  ...あ、椿を落ち込ませてしまった...。

「ひ、人には得手不得手があるから...。ほら、僕は椿のように弓が上手くないし...。」

  一度僕も弓を扱ってみたけど、椿には敵わなかった。
  ムートの時も結構使ってたんだけどな...。

「...まぁ、優輝が多芸すぎるのよね...。」

「徒手に始まり、剣、槍、斧、鎚、弓、銃...というか、武器全般は万遍無く扱えるよね。あの子でもそこまでできなかったよ。」

  中でも使えるのは剣と刀なんだよね。一番は徒手だけど。

「....っと、結界を解くよ。」

  ふと、思い出すように結界を解く。
  ちなみに、リンカーコアはある程度回復している。結界はリハビリ代わりだ。

「さて、少しシャワーを浴びたら翠屋を手伝ってくるよ。」

「じゃ、あたし達は適当に過ごしておくねー。」

「...弓を中心に鍛え直そうかしら...。」

  そう声を掛けて、僕は風呂場へと行く。
  ...地味に椿に強化フラグが...。まぁ、別にいいか。

「(えっと今日は...五時くらいまででいいか。)」

  どれくらい手伝うか考えて、僕はシャワーを浴びた。







「いらっしゃいませー。って、アリサちゃんとすずかちゃん。」

  翠屋の店員の服に身を包み、ホールの手伝いをしていたら二人がやってきた。

「優輝さん、今日も翠屋を?」

「まぁね。世話になってる事も多いから。...あ、案内するよ。」

  とりあえず二人を手頃な席に案内する。

「メニューはもう決めてる?」

「あたしはシュークリームセットの飲み物はアイスティーで。」

「あ、私も同じのでお願いします。」

  二人は常連なので、もう決まってるのか聞くと、案の定決まっていた。

「畏まりました。ではしばらくお待ちください。」

  今更ながらに店員としての対応をし、僕は厨房の方にメニューを伝えに行く。

「あ、優輝君。少し休憩に入ってもいいのよ?せっかくだからアリサちゃん達の所で休んで来たら?」

「え?いいんですか?」

  すると、そこで桃子さんにそう言われる。
  一時休憩なものなので、お言葉に甘えさせてもらおう。





「お待たせー。」

「...あれ?三つ?」

  注文の品ができたので、僕は二人の所へ持っていく。
  ちなみに、店員のエプロンは外してある。

「ちょっと休憩してこいって桃子さんからだよ。」

「あ、そうなんですか。」

  そういう訳で、僕は三つのシュークリームセットと飲み物を、それぞれに分ける。
  ちなみに僕はアイスコーヒーだ。

「...って、宿題か?」

「あ、はい。二人でやった方がいいかなって。それに、ここなら集中しやすいですし。」

  アリサちゃんとすずかちゃんが広げてる問題集を見て、僕はそう言う。
  ...あー、僕が去年やった問題もあるなぁ...。見覚えがある。

「あ、よければ教えてくれませんか?」

「え?アリサちゃんなら分かると思うんだけど...。」

「あー、あたし、あまり教えるのは得意じゃないんで...。」

  なんでも、感覚的に分かってしまうだけで、どこをどう考えたらいいか教えるのには向いていないらしい。それで教える時もなかなか考えが伝わらないみたいだ。

「....まぁ、別にいいんだけど...すずかちゃんも大体分かってるじゃん。」

「あはは...そうなんですけど...先輩から教えて貰う方が理解が深まると思いまして...。」

  そう言う物か...?まぁ、すずかちゃんがそう言うならと言う事で了承する。

「えっとな...ここはこういう風に掛けて、それからこうすれば...。」

  前世があるから言える事だけど、やはりうちの学校はレベルが高い。
  どう見てもこれ、6年生を超えるレベルの算数だ...。数学かと思うくらい。

  ...それはともかく、公式などを利用した応用問題の解き方を教える。
  ノートの隅っこに解き方を書きつつ、言葉で教えて行く。

「あっ、なるほど...!理解できました!」

「...あー、あたしもこんな感じで解いてたわね...こう教えればいいんだ...。」

  上手く理解してもらえたみたいで、僕としてもよかった。
  アリサちゃんも、これで教え方が少しは理解できたらしい。

「....っと、まぁ、前置きはここまでにして...。」

「「っ....。」」

  唐突に僕がそう言うと、二人はビクッとする。
  ...やっぱりだったか...。

「...気づいてたんですか。」

「二人共、頭が良く、正直言って教えられるより教えるような立場だ。なのに、態々翠屋に来て僕に教えて貰う必要なんてない。...特に二人に至っては家に教えてくれる人がいるしね。」

  アリサちゃんだと、執事の鮫島さん。すずかちゃんだと姉の忍さんだな。

「...まぁ、大体は気づいたよ。...気を遣ってるね?」

「.....はい。」

  皆、立ち直ったと言っても、緋雪を喪った悲しみは消えた訳じゃない。
  だから、何気ない交流でその悲しみを紛らわそうと、二人はそう思ったみたいだ。

「....二人が心配しなくても、僕は大丈夫だよ。既に立ち直ってるし、いつまでも悲しんでいては周りも迷惑なだけだからね。」

  それどころか緋雪があの世から怒りに来そうだ。悲しんでばかりだと。

「そう...ですか...。」

「...ありがとね。僕なんかに気を遣ってもらって。」

  どの道、僕を心配してたのには変わりないので、お礼を言う。

「...そうだ、せっかくだから、今度一緒にお墓参りに行く?」

「えっ?お墓参り...ですか?」

  唐突に、僕は二人をお墓参りに誘う。
  緋雪の...と言うより、志導家のお墓は八束神社の近くの墓地にある。
  場所も近いし、せっかくだから誘ってみた。

「どの道、お盆でもお墓参りに行くんだけどね。...どうする?」

「...えっと...。」

「...行きます。」

  少し考えるすずかちゃんだったが、アリサちゃんが断言するようにそう言った。

「あたし達、緋雪の友達だから、友人として行きたいです。」

「わ、私もです!私も行きます!」

「...そっか。」

  それなら、決まりだな。

「じゃあ、できれば明日か明後日に行くけど...予定はある?」

「明日の午前なら空いています。」

「あたしもです。」

「なら、明日の午前...10時くらいに八束神社の階段前に集合。それでいい?」

  そう聞くと、二人共大丈夫のようだ。

「決まりだね。...っと、そろそろ手伝いに戻るよ。じゃ、また明日ね。」

「はい。」

「頑張ってください。」

  会話の合間にシュークリームセットは食べていたので、僕はそのまま手伝いに戻った。

  ...さて、明日はお墓参りだな。椿と葵も誘おうかな?









「...っと、来た来た。」

「うわぁ...豪華な車...。」

「仰々しいわね...。」

  翌朝、集合場所に来ていた僕らの前に、黒塗りの車...リムジンが停まる。
  ...うん、流石金持ちだな。

「「おはようございます。」」

「ああ。おはよう。」

  車を降りてきたアリサちゃんとすずかちゃんに挨拶をする。

「ではアリサお嬢様、すずかお嬢様、お帰りの際は連絡を。」

「ありがとう、鮫島。」

  運転手である鮫島さんはそう言って帰っていく。
  ちなみに、その際に僕らに対して危険な目に遭わせないようにと目で伝えてきた。
  ...さすが専属の執事さん...。

「えっと、そっちの二人は...。」

「薔薇姫葵だよー。」

「草野姫椿よ。...何気に会話するのは初めてね。」

「あっ、あたしはアリサ・バニングスです。」

「月村すずかです。」

  何気に初対面なので、四人で挨拶を交わす。
  ...前に翠屋で見掛けたはずだけど、話しかけはしなかったんだな。

「えっと、お二人と優輝さんの関係は...。」

「...ちょっとした事情でね。居候してるの。」

「山菜について詳しいから、気になったら聞いていいよ。」

  一応ある程度事情を伏せる椿。
  まぁ、いきなり秘密をべらべら喋るのはおかしいしな。

「それじゃあ、行くよ。」

  とりあえず、僕が先導して墓地まで向かう。





「あ、結構見晴らしがいい...。」

「一応山の中だからね。開けた場所なら、見晴らしもいいよ。」

  墓地につき、アリサちゃんの言葉に僕はそう答える。

「....ここだよ。」

「ここが...。」

「緋雪ちゃん...。」

  志導家の墓まで連れて行く。
  やはり、緋雪が死んだ事を再確認すると二人共悲しいようだ。

「アリサちゃん、すずかちゃん。」

「え、ええ...。」

「はい...。」

  二人を催促するように名前を呼び、二人共持ってきた花を供える。

「緋雪、今日はアリサちゃんとすずかちゃんも来たぞ。」

  そう言って、僕は黙り込むように黙祷する。
  他の皆も、合わせるように黙祷をした。

「....なぁ、アリサちゃん、すずかちゃん。」

  しばらくして、僕は二人に話しかける。

「魔法を知ってる二人なら、察してると思うけどさ。...緋雪が死んだのは、事故じゃなくて魔法関連の事件なんだ。」

「...そう、ですか...。」

  やはり、と言った表情に、やっぱり分かってたのだと察する。

「詳細は言えないけどさ、やむを得ない理由で緋雪は僕の手によって死んだ。」

「やむを得ない理由...?」

「暴走...とでも言っておくよ。...そうなった後、緋雪自身が殺してと願ったんだ。...その身が“怪物”になる前に...な。」

  今でも鮮明に思い出せる。...と言っても、封印している以外の記憶だが。

「だから、優輝さんが...?」

「...僕だって、緋雪の命を助けたかったさ。...だけど、救えたのは緋雪の心だけだった。...ただ、それだけだよ。」

  (優輝)として、幼馴染(ムート)として、助けたいと願い、叶わなかった。
  悔しいのは今でもそのままだ。だけど...。

「...緋雪はさ、そうなる事を予期して、僕のためにメッセージを遺していたんだ。....何もかも、分かっていた上で、自分は助からないだろうと、確信して。」

「え....。」

  誰だって、予想しないだろう。事実、僕も予想していなかった。
  あれは、紛うこと無きイレギュラーだった。
  なのに、緋雪はそうなると知り、さらに自身は死んでしまい、僕が悲しみに暮れるだろうと言う所まで、全て予想し、そのためのメッセージを遺していた。

「“ちょっとずつでいいから、前を向いて歩き続けて。”...か。」

「...優輝さん?」

  悲しんでも、悔やんでもいい。だけど、立ち止まるのだけはダメ。
  ...緋雪は、全てを分かっていた。でも、その道から逃げなかった。
  ...僕も、見習わなければな。

「......本当、僕にはもったいないくらい、良く出来た妹だよ...。」

  ...もちろん、(ムート)にとっても、ホント良く出来た幼馴染だった...。
  初恋の、彼女(シュネー)に対するそんな想いを、そっと胸に仕舞う。
  ...僕は、志導優輝であって、もうムートではないからね。

「...しんみりさせちゃったね。...もう、帰ろうか。」

「...あ、はい...。」

  想いに耽る僕を見て、少し呆けていたのか、二人の返事が少し曖昧だった。

「...大丈夫だって。さぁ、帰ろう。」

  心配させないようにそう言って、僕らは家へとそれぞれ帰った。









   ―――僕は生きる。緋雪の分も。緋雪のために。



   ―――僕は生きる。悲しみと殺した罪を背負って。



   ―――これからも後悔するだろう。失敗するだろう。

   ―――...だけど、それでも前へ歩き続ける。



   ―――それが、僕に出来る緋雪への手向けとなるから。











 
 

 
後書き
章の最終話にしては締まりがあまりない話。

ちなみに、エルトリアの話はグランツさん以外GODと同じと考えて結構です。
グランツさんは謎の因果的なモノにより、生存しました。(ご都合主義には変わりない)
おまけに、最終章(予定)の伏線も張りました。
...そこまでエタらないようにしないと...。 

 

閑話5「夜の一族と式姫」

 
前書き
...うん。また(誘拐)なんだ...。(´・ω・`)

ただ衝動的に思いついた話なので、読み飛ばし可です。

 

 




       =椿side=



「ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎに...。」

「後、食パンとかも必要だよ。」

  平日の午後、私達は商店街に買い物に来ていた。
  ...まぁ、ただ単に優輝の代わりに買いに来ただけね。
  夏休みとやらで学校がないからって、翠屋で手伝ってばっかり...。

  ...べ、別に寂しいって訳じゃないわよ!?

「...って、あら?あれは...。」

  そこで、ふと見覚えのある人物二人を見かける。

「えっと、確かアリサちゃんとすずかちゃんだったね。」

「やっぱりね。」

  なんとなく話しかけようと近づき始めて、ふと気づく。

  ...どこか、人気が少ないような....。

「おーい!アリサちゃん、すずかちゃーん!!」

「葵!」

  嫌な予感がし、葵に呼びかけるも、一足遅かった。
  こちらに気付いた二人の背後に、メイド(って言ったかしら?)が立っていた。

「っ、こっちにも...!」

「椿さん!?葵さん!?」

  ある程度近づいたから私達も対象になったのか、次々とメイドが現れる。
  ...どう見ても、ただのメイドじゃない...!

「(こいつら、人の気配がしない...!?)」

「アリサちゃん!すずかちゃん!」

  私達を捕らえようと押しかかってくる多数のメイドからは、人の気配がなかった。
  かと言って、妖のような気配も、何か違和感がある訳でもない。

「っ!くっ...!」

  気絶させようと殴りかかってきたのを、両腕で防ぐ。
  ...その力も人のソレではなかった。

「(この気配のない存在...確か...!)」

  人ではないのに、人の姿に見える存在。
  それを、私や葵は知っている。...かつて、同じような式姫が仲間にいたから。

「(天探女(あまのさぐめ)と同じ存在...!しかも霊力がない分、気づきづらい..!)」

  絡繰りで動いていた仲間の式姫と同じ存在に歯噛みする。
  こんな街中で、霊術なんて使えない...!

「葵!」

「分かってる!!」

  せめて二人を逃がそうと、霊力や武器を使わずに守ろうとする。
  しかし....。

「椿さん...葵さん...!」

「っ...なんなのよ...!なんなのよコイツら!!」

「(っ、早い...!)」

  予想以上にメイド達の行動が早く、二人は既に捕らえられてしまっていた。
  しかも、私達が抵抗できないように丁寧に刃物を突き付けて。

「(...葵。)」

「(...ここは大人しくするべきだね...。)」

  葵と目配せをし、大人しくする。
  一応、葵に優輝に連絡をしてもらう。

「....殺す事以外、好きにすればいいわ。」

「...だけど、二人に手を出してみなよ。...感情が生まれるまで恐怖を刻んであげる...!」

  おそらく感情がないであろう絡繰りのメイドに、私達は拘束される。
  そのまま、車に詰め込まれ、どこかへ連れて行かれる。
  ...なるほど、だから人気が少なかったのね。

「(...さて、鬼が出るか蛇が出るか...。)」

  どちらにしても、誘拐だなんて真似、許さないけどね...!







「(...どこかの廃工場...ね。)」

  最近、ようやく現代の知識に慣れてきたため、連れてこられた場所を理解する。

「...椿さん、葵さんごめんなさい...。」

「...いきなりどうしたの?」

  いきなり謝るすずかに、葵がそう聞き返す。

「さっきの人達...もしかしたら...。」

「...知ってるの?すずか?」

  どうやら見覚えがあるらしい。すずかの様子が変だった。

「...自動人形...ごめんなさい。また、私の事情で...。」

「すずかの事情って事は...夜の一族?」

「......。」

  アリサの問い返しに弱々しく頷くすずか。
  ...夜の一族って?

「...でも、今回は少し違うと思うの。...今回は、夜の一族と言うより、月村に対して...。」

「...つまり、すずか以外の私達は見せしめになるのかしら?」

  事情は詳しく分からない。
  だけど、すずかの家系に関する事で誘拐され、私達も巻き込まれたとなると...。
  脅しか何かで、私達を見せしめに使うのだろう。

「...はい。...ごめんなさい...。」

「別にいいわよ。厄介事には慣れてるし。」

  見渡せば、先程のメイドたちが私達を見張っている。
  ...ここは、人気がないし、アリサとすずかにばれても...まぁ、なんとかなるわね。

  そういう訳で、徐に私と葵は縄抜けで縄を外す。

「「えっ!?」」

「脱出するわよ。こんな所、いつまでもいるつもりはないわ。」

「とりあえず縄を外すね。」

  葵が縄を取り外そうとすると、当然のようにこちらに気付いたメイドが襲ってくる。
  それを、私は体術でいなし、他のメイドに投げ返す。

「(...随分とまぁ、デタラメね...。...天探女には及ばないけど、ねっ!)」

  服(普段は着物じゃなくなった)の中に仕込んでおいた短刀を取り出す。
  同時に、メイドたちも刃物のようなモノを腕に取りつけ、斬りかかってくる。
  それに短刀をぶつけ、いなす。

「っ、葵!まだ!?」

「もう取れたよ!」

  相手の底が知れないため、警戒しつつも葵を呼ぶ。
  もう二人の縄は解けたみたいなので、ここを突破しようとする。

「何をやっている!早くそいつを捕まえろ!」

「っ!」

  そこで、入り口の方からそんな声が聞こえる。
  見れば、中年ほどの男性がそこにいた。

「下がって!」

「...指示を出してるのはあいつだね...。」

  指示を受けたメイド達が逃がさないように進路を妨害しだしたので、一端様子見のためにアリサとすずかを下がらせ、護るように私達が立つ。

「...安次郎...おじさん...。」

「...知り合い?」

「...親戚の人です。...確か、月村家の遺産相続で不満を持っていました....。」

  遺産相続....まーた、ありがちで厄介な事ね...。

「...と、言う事はなにかしら?このメイド達を使って脅し、すずかを経由して月村家の遺産を無理矢理奪おうとか、そんな感じかしら?」

「っ...よく分かってるじゃないか。」

  一切関係なさそうな私達があっさり思惑を見破ったのか、男は少し動揺する。

「お前らは知らないようだが、こいつらはただのメイドではない。自動人形...つまり、命令を忠実に実行する駒だ。」

「...どうやらそのようね。しかも、性能は人間以上と来たわ。」

  さっきまでのあの動きは、全てが並の人間じゃあ、歯が立たない程だったわ。

「なんで...なんでいきなりこんな事を!?」

「凡才で容姿も悪い自分のような者は、金を頼みとしなければ幸せを掴むことが出来ないのでね。...だが、そんな苦労をしているのを余所に、のうのうと平和に生きているのを見れば、嫌がらせぐらいしてやりたくてねぇ!」

  ...あー、つまり、ただの嫉妬って訳ね...。見苦しいわ...。

「それで...それだけで、皆を巻き込んだんですか!?」

「そうさ!君が傍にいたから巻き込まれた!まぁ、自分の不運を呪う事だ!」

  普段は大人しそうなすずかが、男に食って掛かるようにそう言う。
  ...すずかとしては、私達を巻き込んだのを申し訳なく思ってるのね。

「...いやぁ、むしろ幸運だと思うなぁ...。」

「...なに?」

「だってさ....あたし達がいたから、すずかちゃんは助かる訳だしね!」

  だが、それを葵が否定するようにそう言う。
  ...まぁ、その通りね。私達がいれば、あの男の思惑通りにはならないもの。

「はははは!そうか、お前たちはすずかを庇おうと言うのか!」

「...?そうよ。何かおかしいかしら?」

  男は笑う。まるで、“助ける相手が何者か分かってない”のを笑うように。

「おかしいとも!なにせ、人ではない者を助けようとしてるのだからな!」

「...へ?」

  男の言葉に葵が素っ頓狂な声を上げる。

「何の因果か知らんが、すずかと忍は人間と仲良くしているみたいだが...。せっかくだから教えてやろう。俺達は...月村の一族は夜の一族と言ってな...所謂吸血鬼なのだよ!」

「....へぇ....。」

  知らされた真実に、思わず葵がそんな言葉を漏らす。
  ...すずか達が吸血鬼...ね。

「それがどうしたって言うね。」

「そうね。吸血鬼程度で驚く訳がないわ。」

「なっ....!?」

  別段、驚く事もない。私達は、それ以上の存在と巡り合ってきたのだから。
  ...というか、吸血鬼なら私のすぐ隣にいるし。

「だから、安心していいわよ。すずか、アリサ。」

「へ...えっ?」

「...ちょっと、不安に思っていたでしょう?私達が、貴女の正体を知って軽蔑するのかもしれない。もしそうだったらどうしようってね。」

  アリサは以前に知ったようで、すずかと同じ事で少し不安だったらしい。
  ...でも、それでも大体信じていたのは、私達が優輝の家族だからかしら?

「...というかね?吸血鬼って言うのは....こういう存在なんだよ!!」

「っ...!?」

  瞬間、葵が見せびらかすように式姫としてのいつもの姿になる。
  マントをはためかせ、赤い瞳を爛々と輝かせ、鋭い犬歯を主張する。
  ついでに、私も横で式姫としてのいつもの着物姿になり、隠していた耳と尻尾を出す。

「夜の一族?すずかちゃんには悪いけど、あたし達にとっては、ただの特異な人間だね!」

「予定変更よ。隠しておこうと思ったけど...私達式姫の力、見せてあげる!」

  御札に変えていた弓を持ち、霊力の矢を番える。
  葵もレイピアをどこからともなく取り出す。

「え、ええっ!?」

「自動人形?いいわ、かつていた妖より強いか、私達が見定めてあげる。」

「壊れたって文句言わないでね!」

  そう言うと同時に、驚く二人を置いて私達は駆け出す。
  まずは...一番近い奴から!

「“弓技・旋風の矢”!」

「“戦技・三竜斬”!」

  元々、感情もない。魂もないのは分かっている。
  だから、私達は躊躇なく自動人形を破壊する。

  すると、男の表情が分かりやすく崩れた。

「な、なんなんだお前ら!?」

「陰陽師って分かるかしら?」

「あたし達は、その陰陽師に仕えていた、式姫。」

「...ま、つまりは裏の存在よ。」

  狼狽える男に適当にそう言い、人形を破壊し続ける。
  抵抗してくるけど、霊力を解禁した私達の敵じゃないわ。

「ああ、そう。逃がさないわよ。」

「がっ!?」

  慌てて逃げようとした男に御札を投げつける。
  痺れさせるような術式を込めていたため、男は痙攣しながら崩れ落ちる。

「ふふふ。あたし、最近...というか、ここ何年も血を吸ってないの。」

「ひっ...!」

  人形を全て破壊し、葵は男にレイピアを突きつける。

「だから、ちょっと吸わせてくれる?」

「や、やめろ...!」

  うわぁ...分かりやすい脅しね...。葵も楽しんでるわね。あれ。

「...なーんて!あたしが吸うとしたらかやちゃんだよ!」

「あんたはここでもそれか!!」

     ―――ポン!

  ...ハッ!?思わず葵を射ってしまったわ...。
  まぁ、蝙蝠に変わった事からどうせ偽物だけど...。

「えー?嫌?だったら、優ちゃんとか...。」

「ゆ、優輝もダメよ!」

  続けてそう言った葵に、私はそう叫ぶ。
  ...って、別に、そう言うつもりじゃ...!

「へぇ~....。」

「っ!?~~~っ!!」

  ニヤニヤと、葵は笑う。
  それだけで私は燃え上がる程顔を赤くするのを、自分でも感じ取った。

「皆!無事か!?」

「すずか!アリサちゃん!」

「椿!葵!」

  ...と、そこで優輝や恭也達が助けに来た。

「もう終わってるよー。」

「あー、やっぱりか...。...で、犯人は...。」

「...安次郎さん...。」

  葵がそう言うと、やっぱりとでも言いたげな表情で優輝は辺りを見回す。
  主犯の男を視界に捉えた所ですずかの姉(...よね?)が男の名前を呟く。

「...一般人にこの御札は破れないよね。とりあえず、拘束しますか。」

「それにしても、凄いのね式姫って...。」

  優輝が男を縄で縛るのを余所に、すずかの姉が壊れた人形を見回しながらそう言う。

「すずかお嬢様、お怪我はありませんか?」

「アリサお嬢様もです。」

「だ、大丈夫だよノエル...。」

「大丈夫よ鮫島。...ありがとう、助けに来てくれて。」

  それぞれの付き人らしきメイドと執事が二人を介抱する。
  ...まぁ、縄で拘束されてた以外、特になにもないから大丈夫ね。

「...うわぁ...これ、全部凄い作り....魔法技術なしでこれって凄いなぁ...。直接見て改めてそう思ったよ...。」

「...何してるのよ優輝...。」

「ん?あー、何かしら役に立つかなって。」

  優輝は拘束し終えた後、人形の残骸を見ていた。
  ...優輝に天探女を見せたらどんな反応をするかしら?

「...とりあえず、私の家で詳しい事情を聞かせてもらうわ。恭也はこの人を警察に届けておいて頂戴。」

「分かった。」

  そう言って、恭也は男を連れてどこかへ行ってしまった。

「忍さん、この残骸どうします?」

「...回収するわ。一応、人目に付かせたくないから。」

「分かりました。じゃあ、車に運んどきますね。」

  優輝はすずかの姉...忍にそう聞いてから、魔力を纏わせて操ったのか、残骸を一気に浮かせて持ち運んで行ってしまった。
  ....便利ね。相変わらず。

「それじゃあ、一度私達の家に行きましょうか。」

「...そうね。互いに色々知っておきたい事があるみたいだし。」

  私達は、そう言う事で一度すずかの家へと向かった。









「...さて、一応夜の一族について話しておこうかしら?」

  すずかの家に着き、長い長方形の机(会議室とかにある長いテーブルの事)を囲むように椅子に座り、忍がそう言って話を切り出した。

  ちなみに、鮫島と呼ばれていた執事は、一度家に無事だと報告しに行ったらしいわ。

「―――なるほどね...。」

  一通り、“夜の一族”について聞かされる。
  聞いた限りだと、葵とかと同じように思えるけど...。

「...どう考えても実際の吸血鬼の下位互換なのよね...。」

「うーん...あたしも同意見かなぁ...。」

  元々突然変異が定着した一族だし、これが妥当なのかしらね?

「あ、あの...二人は一体...。」

「...あぁ、すずかとアリサちゃんには言わなきゃいけないわね。私は優輝君から車の中で一通り聞かせてもらったのだけど。」

「じゃあ、私が説明するわ。」

  戸惑うすずかとアリサに、私が説明する事にする。

「まず前提として、私達は陰陽師と言う存在に使役されていた“式姫”と言う存在なの。...陰陽師がどんなのかは大体分かるわね?」

「えっと...御札とか使って霊とかを祓う...。」

「...まぁ、ちょっと違うけど...別にいいわ。今では式姫というより式神として伝えられてるわね。式神も式神で存在していたのだけど、今では一括りになっているわ。」

  これらは優輝から聞いたり、パソコンとやらで情報を集めた葵から聞いた話よ。
  ...私もそれなりに調べたりしてたけどね。

「式姫は幽世にいる存在が、型紙という物を媒体にして顕現しているの。...で、式姫になる存在は色々いるわ。例えば私は草祖草野姫、葵は薔薇姫という吸血鬼よ。」

「他にも座敷童や烏天狗、雪女とかも存在していたね。」

  葵が補足として説明してくれる。

「吸血鬼...だから、夜の一族の事を聞いた時...。」

「そう。私達の仲間に同種族がいたら何とも思わないわ。...と言うか、自分自身が人間じゃないのに、どうして人外ってだけで差別するのよ。」

  私なんか神様だし。人を差別ってどうかと思うわ。

「私達式姫は、陰陽師に使役されながら妖を討伐する事を生業としてたけど、今では式姫を使役する陰陽師もほとんどいなくなって...というか、陰陽師自体が少なくなっているわね。...そうなってからは、段々と式姫たちは幽世へ還っていったわ。」

「まぁ、あたし達はその生き残りみたいなものだね。」

  私達以外に生き残りがいるかは知らない。
  ...まぁ、ほとんどいないでしょうね...。

「ちなみに、今は優輝に使役されてるわ。優輝は霊力も持ってたから、契約ができたのよ。」

「あたしはちょっと事情があってデバイスになったけどね...。一応、仮初めだけど優ちゃんと契約はしてるよ。普段はかやちゃんのユニゾンデバイスだけど。」

  ...と、一気に説明したら訳わからなくなるわね。

「...まぁ、簡単に言えば、以前に優輝にお世話になってね。それ以来、優輝の家に住まわせてもらっているって訳。...他の詳しい事は別に覚えなくてもいいわ。」

「そ、そうですか...。」

  アリサとすずかは、自分なりに私達から聞かされたことを整理しているようね。
  ...まだ子供なんだし、気楽に考えればいいのに。

「それにしても...また誘拐されるだなんて...。」

「家の警備はともかく、すずかお嬢様、アリサお嬢様個人の安全性を考慮すべきでしょう。」

「そうよね...。どっちも、外出時に攫われたんだもの。」

  攫われた事に対する対策を、忍は考える。
  ...確かに、また攫われたら危ないものね。

「あ、ならこれとかどうですか?」

「これは...御札?」

  優輝が忍に渡したのは、一目で複雑な術式が込められていると分かる御札だった。

「二人がこれを見に付けていれば、危険が迫った時に知らせてくれるんです。」

「知らせるって...誰に?」

「少し手間を掛けますけど、基本的に誰にもです。それも、複数人。」

  ...なるほど。そんな術式なら複雑になるのも当たり前ね。

「でも、私達魔法もその陰陽師みたいな力もないわよ?」

「大丈夫です。これは所謂第六感的な感じで知らせてくれるので。」

  ...前言撤回。さっき言った術式なんて少し苦労するだけだわ。
  ...霊力すら持っていない人でも感知できる術式って...一体どんな術式なのよ!?

「また、掠り傷とか小さい怪我程度は負いづらくなる加護と、致命傷を防いでくれる加護も付けてあります。」

「一体どれだけ術式込めてるのよ!?」

  どんなまじない師でも込めるのに丸一日はかかるわよそんな術式!?

「いやぁ、暇な時いっつも術式考えたりしてたから...。」

「だからってこれは...。」

  どんなに良く見ても、生粋の陰陽師などではない者が組めるような術式ではなかった。....どれだけ凄いのよ、優輝は...。

「....とても助かるけど...貰っていいのかしら?これほどのもの...。」

「どうぞどうぞ。暇な時に作ったものなので。」

  ...タダであげるとか、本職の人が聞いたら卒倒するわよ...。

「...ちなみに、椿ちゃん...椿さん?」

「...好きな呼び方でいいわ。見た目と相反しているのは自覚してるし。」

「じゃあ椿ちゃんで...貴女はさっきとても驚いていたけど、これの価値って実際どれほどのものなの?...とてもタダで貰えそうにないありがたさなんだけど...。」

  ...言っていいかしら?...いえ、言っておいた方がいいわね...。

「...国が挙って欲しがる程の代物よ。....そうね、一枚だけで小さな家一つは買えるんじゃないかしら?少なくとも、金持ちになれる程の値打ちよ。」

「....本当に対価なしで貰っていいのかしら?」

  それには激しく同意だわ。忍。
  全く、どうして優輝はこんなとんでもない物をいとも簡単に...。

「あ、じゃあさっきの残骸解析させてください。」

「...それっぽっちでいいの?...いえ、さすがに口外はしないでね?」

「ええ、それだけでいいです。もちろん口外もしません。」

  それならと、忍は承諾し、優輝はそれらが保管されている部屋に向かった。
  優輝が去った所で、忍と私達は溜め息を吐く。

「...優輝君って、凄まじいわね...。」

「最近、凄さに磨きを掛けてきたのよね....。つくづく驚かされるわ...。」

  既に、陰陽師じゃないのにそこらの陰陽師以上に霊力を扱えてるわね...。
  というか、術式を編む事に関しては、既に私達と同等じゃないかしら?

「...あ、そういえば言い忘れていたのだけど...。」

「あなた達の一族に関しては口外しない...でしょ?」

「分かっていたのね...。」

「私達も似たようなものなんだから当然よ。」

  いつだって世間は例外的な存在を忌避するわ。
  それが分かっているから、私達の存在は秘匿するべきなのよね。

「困った事があったらお互い助け合いましょう。」

「...そうね。こちらとしても、助かるわ。」

  私的に、この街はいい街だと思っているからね。
  忍...月村家とも良好な関係を取っていきたいわ。

  ...別に、優輝がいるからこの街を好んでいる訳じゃないわよ!?

「あなた達も、今日は災難だったわね。」

「い、いえ...その、ありがとうございました。」

「お二人がいなかったら、私達...。」

  ...あー、えっと...二人共ちょっと態度が遠慮してるわね...。

「もっと気楽な態度でいいわよ。それに、お礼を言われるまでもないわ。私はいつだって、人の子は守るべきだと思っているもの。」

「あたしも、子供は好きだからねー。」

  私も葵も、基本的に子供好きよ。
  だから、かつての時も士郎を助けたのよね。

「それじゃあ、優輝が戻ってきたら私達は帰るわ。」

「ええ。今日はありがとうね。優輝君が戻ってくるまで、好きにしてて頂戴。」

  そう言われたので、せっかくだからとアリサやすずかと雑談する。





  しばらくして、優輝が帰ってきたのでそのまま帰らせてもらった。
  優輝も満足そうにしてたし、無事に事が終わってよかったわね。









 
 

 
後書き
天探女…かくりよの門の傾奇者(かぶきもの)(所謂斧系)の最上級亜種激レアの式姫。絡繰りで動いているっぽい。

...とらハシリーズを持ってないので、安次郎の口調を知りません。
もう、オリキャラと捉えてください。

アリサとすずかに渡された御札の効果は、優輝が持っていた虫の知らせ(シックスセンス)から優輝が参考にしました。 

 

閑話6「古の戦い」

 
前書き
かつてあったシュネーの最期です。
ただの補完みたいなものなので読み飛ばしは一応可です。
 

 










  ....え?シュネー()の最期ですか?

  前々世の話な上に、大して面白くもありませんよ?

  .....それでもいいのなら...まぁ、話しますけど...。







   ―――...そう。あれは、ベルカ戦乱時代。ムートが死んでしばらく経った時...。











       =out side=





「ふふふ、あはは♪」

  荒れ果てた大地。立ち込めた暗雲。
  草木は枯れ、地には罅が入り、そして...夥しい量の血と肉片が散らばっていた。

  その肉片と肉塊...人間の死体を積み重ね、その上で少女が嗤っていた。

  黒い、艶やかな長い髪に、黒を基調として、赤や白の装飾があるドレス。
  髪も白いカチューシャで纏められている。

  ....しかし、その全てが血に濡れていた。

「つまんないなぁ...もっと骨のある奴はいないの?」

  血に濡れた少女は嗤う。狂気を滲ませて。



     ―――ザッ....。



「....んー?」

  そこへ、一つの集団がやってくる。
  金髪の女性と、碧銀髪の男性を筆頭にした、鎧を来た集団だ。
  鎧を着たと言っても、筆頭の二人は軽装だった。

「...シュネー...。」

「...あは♪誰かと思えば、オリヴィエとクラウスじゃん。何しに来たの?」

  女性...オリヴィエが少女の名を呟く。
  そこで少女...シュネー・グラナートロートがそう返事した。

「...シュネー、貴女を止めに来ました。」

「.....ふーん...そう...。」

  ニコニコと、飽くまで嗤っていたシュネーの表情が、オリヴィエの一言で変わる。
  目を細め、見下すように屍の山の上から集団を睥睨した。

「シュネー、貴女はどうしてそこまで...。」

「...なに?言葉で止めに来たの?...ふざけないでくれる?」

「っ....。」

  オリヴィエがシュネーに対し何かを言おうとして、酷く冷たい声色でそう言われる。
  気に入らないのだ。今更言葉で止めようとするのが。

「止めたいのならさぁ...その拳で止めてみなよ!そのために矮小な戦力を引っ提げてここに来たんでしょ!?」

「......。」

  “矮小”。そう言われて鎧の集団の一部は少し憤る。
  ...が、相手が誰だか弁えているため、行動に移す者はいなかった。

「....分かりました。...貴女を殺してでも、止めます。」

「...あはっ♪殺せるものなら殺してみなよ!!」

  ついに覚悟を決め、オリヴィエはシュネーと相対する。

「クラウス!」

「ああ。...皆の者は第三者の介入を阻止するのに専念!!彼女は僕とオリヴィエの二人だけで相手をする!...何人たりとも、この戦いの邪魔をするな!!」

  オリヴィエが男性...クラウスに呼びかけ、クラウスは他の者に指示を飛ばす。

  ...さすがに、その指示には戸惑った。
  元々、彼らはシュネーの討伐隊として集まったのだ。
  それなのに、実際戦うのは二人だけだった。

「あはは、戸惑っている暇なんかないよ!!」

〈“Zerstörung(ツェアシュテールング)”〉

  戸惑う彼らにシュネーは手を翳し、緋色に光る球のようなモノを握りつぶす。
  瞬間、爆発が起きる。

「っ....!」

「オリヴィエ!」

「大丈夫です!」

  彼らは爆発を避けきれずに吹き飛ばされるが、二人は回避して近くに着地する。

「『...行きますよ。』」

「『...あぁ、ここで僕達が...シュネーを止めるっ!!』」

  念話でタイミングを合わせ、同時に二人はシュネーへ挑みかかる。

「はぁっ!」

「ふふっ♪」

     ―――バシィイッ!!

「っ....!」

  強く踏み込んだ、先手且つ強力なクラウスの拳を、シュネーはあっさり受け止める。
  覇王流の使い手でありながら、あまりにあっさり受け止められたため、一瞬とはいえ、クラウスの動きが硬直してしまう。

「“殴る”って言うのはこうするんだよ?」

「させません!!」

  空いている手で、殴り返そうとするシュネーに、オリヴィエが割り込む。
  繰り出された攻撃をクラウスを庇うように逸らし、同時にカウンターを叩き込む。

「ぐっ...!?」

「はぁっ!」

「っ、ぁあっ!!」

  カウンターでよろめき、そこへすかさずクラウスが追撃する。
  だが、シュネーは魔力を解放し、衝撃波で辺りを吹き飛ばす。

「ふふ、ふふふ...!いいよいいよ!少しは楽しめそう!ねぇ!シャル!!」

〈“Lævateinn(レーヴァテイン)”〉

  シュネーは手に歪んだ棒状の物...シャルラッハロートを持つ。
  そして、それは炎に包まれ、大きな魔力の大剣と化す。

「そー、れっ!」

「「っ....!」」

  そしてシュネーはシャルを大きく振りかぶり、振り下ろす。

「...導王流...“流水”!」

「導王流...“流撃衝波”!!」

  それを、オリヴィエが当たらないように紙一重で逸らし、クラウスが地面に当たった衝撃を利用して、回転しながら間合いを詰め、強力な回し蹴りを放つ。

「くっ...!」

「はぁああっ!!」

「っ、ぁあっ..!」

  それを、シュネーは片腕で受け止めるも、クラウスは気合で蹴り抜き、後退させる。
  だが、大してダメージは入らない。

「(大振りの攻撃...例えばレーヴァテインなどは隙が大きい...。)」

「(だからこそ、反撃できますが...無傷と言う訳にはいきませんか...。)」

  二人はまるで通じ合っているかのように、同じことを思考する。
  だが、オリヴィエが思った通りに、受け流しに使った腕は負傷していた。

「(おまけに、大して傷を負わせれる訳でもない...。)」

「(やはり...。)」

  オリヴィエは負傷した腕に魔力を回し、治癒力を向上させる。
  だが、もちろん治るのを待つ訳でもなく、二人はシュネーとの間合いを詰めた。

「「(攻めなければ、勝てない!!)」」

「ふふふ..あはは...!あははははははははは!!」

  二人の猛攻をシュネーは迎え撃つように受け止める。
  そのまま投げ飛ばそうと引っ張った瞬間、それを利用されて同時に蹴られる。

「っ....!」

「「はぁっ!」」

  蹴りで仰け反った所を、さらに追撃として二人は魔力弾を放つ。

「うざったい!!」

  だが、それをシュネーは魔力で薙ぎ払う事で無理矢理打ち消す。
  オリヴィエとクラウスはそれぞれ左右に避け、着地してすぐに間合いを詰める。

「....“覇王断空拳”!!」

「効かないよっ!!」

「っ、がぁっ!?」

  クラウスが足から練り上げた力を拳から放つ。
  それに対し、シュネーは()()()()()()()だけで相殺どころか競り勝った。

「(なん、て...力....!)」

「はぁっ!!」

「くっ....!」

  自身の渾身の一撃が、ただ殴りかかられただけで押し負けた。
  その事に慄くクラウスだが、シュネーも無傷ではなかった。
  殴った手の骨が折れていたし、オリヴィエに懐に入られ、吹き飛ばされていた。

「...ふふ...いいね。ホントにいいよ....これで心置きなく全力を出せるよ!!」

「っ...!」

  ドンッ!と魔力が放出され、吹き飛んだシュネーが相当なスピードで戻ってくる。
  そのままオリヴィエに向かい、スピードを乗せた一撃が繰り出される。

     ―――ヒュ、パンッ!!

「っ.....!!」

「がっ....!?」

  その一撃は、オリヴィエの髪を掠めるだけに終わった。
  逆に、シュネーの顔面にオリヴィエのカウンターが命中した。

  ...なんて事はない。紙一重で避け、相手の力をカウンターに利用しただけだ。
  だが、それでもオリヴィエは拳圧だけでダメージを受けていた。

「っ...ふふ...!」

「しまっ....!」

  明確なダメージを与えた事はよかった。
  しかし、そのカウンター後の隙で腕を掴まれ、逃げられなくなってしまう。

「まずは...オリヴィエから!!」

「させ、ないっ!!」

  攻撃を繰り出した腕に、クラウスが横から断空拳を繰り出す。
  それにより、オリヴィエを殺すはずだった一撃は紙一重に逸れた。

「っ、今っ!!」

「くっ...!」

「はぁあああっ!!」

  その瞬間に、オリヴィエは掴まれてるのを利用して逆に投げ飛ばし、地面に叩き付ける。
  間髪入れずにクラウスが追い打ちをかけるように拳を放つ。

「っ....!」

「なっ!?」

  しかし、それは転移魔法によって避けられた。

「さすがだよオリヴィエ!クラウス!じゃあ、これらも耐えれるよね?」

〈“Obst falle(オープストファレ)”〉

  シャルがそう言うと同時に、四方から魔力弾が襲ってくる。

「っ...クラウス...。」

「オリヴィエ...あぁ、分かってる。」

  オリヴィエとクラウスは背中合わせになり、魔力弾を対処する。
  受け流し、それを利用して他の魔力弾と相殺させる。
  決して受け止めも、被弾もせずにただ受け流し、凌ぎ続ける。

  ...だが、それでは防戦一方だ。
  だから、クラウスは行動に出た。

「オリヴィエ!」

「分かっています!」

  オリヴィエに呼びかけ、一瞬だけオリヴィエだけに受け流させる。
  一瞬、ほんの一瞬だけクラウスに余裕ができ、その余裕をクラウスは利用した。

   ―――“覇流旋衝波”

  次に迫ってきていた魔力弾を、全て高みの見物をしていたシュネーに投げ返した。

「なっ..!?」

「今だ!!」

「はいっ!!」

  投げ返された事にシュネーもさすがに驚き、その隙にオリヴィエが接近する。

「―――薙ぎ払え!!」

〈“Lævateinn(レーヴァテイン)”〉

  咄嗟にシュネーは炎の魔剣で薙ぎ払うが、まるで木の葉のように躱される。

「はぁっ!」

〈“Panzerschild(パンツァーシルト)”〉

  躱し、すぐさま掌底を放つが、シャルによる防御魔法で防がれる。

「なんで...!?どうして...!?今のも...さっきまでのも...!」

「...ムートの動きとそっくり...ですか?」

「っ....!」

  シュネーは違和感を持っていた。自身の大好きな人と同じような動きをする二人に。
  その答えを、オリヴィエは口にした。

「...託されてたんですよ。....自身が、死んだ時のために...。」

「え....!?」

  ムートは、自分が死ぬ可能性も考えていた。
  だからこそ、いざという時のため、オリヴィエ達に導王流を教えていた。

「....ムートのためにも、シュネー。貴女を止めます!!」

「っ....ぁあああああああああ!!」

   ―――“Tod Käfig(トートケーフィヒ)

  シュネーが叫ぶと同時に、魔力が迸る。
  鳥籠のようにオリヴィエ達を魔力弾が囲う。

「うるさいうるさい!!ムートのため?今更出てきたお前らがそんな事を口にするな!!...今更、出てこないでよ!!」

「っ、ぐ、く....!」

  シュネーがそう言うと同時に、オリヴィエに襲い掛かる。
  それを、何とか受け流すオリヴィエだが、受け流しきれない程の重さと、シュネーの動きによって動いた鳥籠の魔力弾に動きを阻害される。

「オリヴィエ!」

「クラウス!そっちにも行きます!!」

「っ...!」

     ―――ドンッ!!

  オリヴィエに攻撃したシュネーは、受け流された事もお構いなしにクラウスに迫る。
  クラウスはそれを辛うじて避け、シュネーは地面へと突っ込み、陥没させる。
  その衝撃を利用して、クラウスは飛び上がり、オリヴィエの傍へと行く。

「...二人で対処するべきだな...。」

「...はい。この“鳥籠”も、シュネーの攻撃力も、厄介すぎます。」

  そう言って二人は並んで構える。
  クラウスは覇王流を。オリヴィエは導王流を混ぜた自己流の構えを。

  ...同時に、再びシュネーが途轍もないスピードで迫る。

「シッ....!!」

「ぜぁっ!!」

「っ...!」

  それをオリヴィエが逸らし、その隙にクラウスが懐にカウンターを繰り出す。
  だが、シュネーは身を捻らせ、掠る程度に終わらせた。

「はぁぁああっ!!」

  攻撃はそれで終わらない。鳥籠の魔力弾が再び襲い掛かる。
  オリヴィエがそれを全て受け流すが、またシュネーが襲い掛かる。

「(受け流していては...!)」

「(勝てない...!)」

  そう悟った瞬間、二人はその場から飛び退くように離れる。
  シュネーはすぐさま避けた片方の方...オリヴィエへ向きを変え、爪を振るう。

「っ....!」

「死ね!死んじゃえ!お前らなんかが...ムートの技を使うな!!」

「くっ...!」

  振るわれる爪をまともに受ける訳にはいかない。
  そんな思いで、オリヴィエは爪を躱し続ける。

「はぁっ!!」

「邪魔!!」

「っ、甘い!」

  そこへクラウスが背後から攻撃する。
  それを、シュネーは爪を振るう事で阻止しようとするが、躱される。
  クラウスは横に回り込み、躱された隙を突いてオリヴィエも反対に回り込む。
  そして、同時にクラウスの拳と、オリヴィエの蹴りが繰り出される。

「っぐ...!」

「(受け止められた...!)」

  ...が、それはそれぞれ片腕で受け止められる。

「爆ぜろ!!」

「っ....!!」

  振り払うかのように腕が振られ、二人は間合いを離す。
  ...が、その瞬間、“破壊の瞳”によってオリヴィエがロックオンされる。

「壊れちゃえ!!」

「オリヴィエ!!」

「.......。」

  ロックオンされたオリヴィエは、観念したかのように目を瞑る。
  クラウスは、そんなオリヴィエに悲痛な声で呼びかける。
  そして、“破壊の瞳”の“眼”を握りつぶされる。その瞬間、

「っ、ここっ!!」

     ―――パキィイン!!

「なっ...!?」

「クラウス!!」

「っ...!」

  オリヴィエが心臓辺りを殴り、それによってオリヴィエに仕掛けられていた“破壊の瞳”の術式が破壊される。
  それにより、シュネーが動揺する。
  クラウスがその隙を逃す訳がなく、無防備な体に一撃を叩き込む―――!

   ―――“覇王断空拳”

「っ、ぁあああああああああっ!!?」

  まともに入り、シュネーは大きく吹き飛ばされた。

「....ムートの言うとおり、集中すれば術式の基点が視えました。」

「なるほど...こっちも、直撃させた。」

  再び横に並び、短く言葉を交わす。

「だけど....。」

「“ロートレーゲン”!!!」

  クラウスが何かを口にしようとして、二人の頭上から赤い魔力弾の雨が降り注ぐ。

「『....やっぱり、あの再生力は厄介すぎる。』」

「『骨が折れてもすぐに元通り...ですか。』」

  そう、シュネーは一度腕の骨が折れたし、先程の一撃も肋骨を何本も折っていた。
  だが、すぐに戦闘に復帰してくるのは、その異常な再生力があるからだ。

「(....戦闘状況は拮抗しているように見えて、押されてばかり。)」

「(人間なら致命打になる一撃も、シュネーならすぐ回復...か。)」

  戦況を分析し、完全にジリ貧になっているのに二人は苦笑いする。

「(...ですが、ここでシュネーを止めます。)」

「(それこそが、ムートの無念を晴らす、たった一つの手だ...!!)」

  だが、すぐに顔を引き締め、いつ終わるか分からない死闘へ、再び身を投じた。











「はぁああああっ!!」

「ぁあああああああ!!」

  轟音が鳴り響く。
  大地は荒れ裂け、轟音の度に地割れが広がる。

  あれから、どれぐらい経ったのだろうか。数分か、それとも数十分、数時間か。
  オリヴィエとクラウスは、その轟音の元であるシュネーの拳をいなし続けた。
  右に、左に、上に、下に。全て直撃しないように受け流す。
  その度に地面に向いた拳の拳圧で、轟音と地割れが起きる。

「ぜぁああっ!!」

「っ....!」

  オリヴィエが一瞬隙を作り、クラウスが渾身の一撃を繰り出す。
  シュネーはそれを片手で受け止めるが、勢いは殺せずに大きく吹き飛ばされる。
  だが、ダメージは少ないだろうと、二人は確信する。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ...!」

「(このままでは...このままでは、勝てない...!)」

  息を切らす二人は、既に満身創痍だった。
  一度もシュネーの攻撃をまともに受けていないのだが、その途轍もない力で掠ったりほんの少し受け流し損ねただけでダメージを負うのだ。
  長期に渡る戦闘でそのダメージが蓄積し、二人の体はボロボロになっていた。

  ...対して、シュネーは傷を負った様子がない。
  半端に傷を負わせても、戦闘中に回復してしまっているのだ。

「また、来ますよ!」

「あぁ!」

  吹き飛ばされたシュネーが戻ってくるやいなや、クラウスに殴りかかる。
  それをクラウスは紙一重で横に避け、同時に腕に衝撃を与えて逸らす。
  それにより、攻撃後の隙を大きくし、そのままカウンターを撃ちこめる。

  ....が、

「クラウス!!」

「なっ...!?」

     ―――ッ、ドンッ!!

  オリヴィエがクラウスを横から庇うように立った瞬間、途轍もない衝撃音が鳴る。
  そこにはもう一人シュネーがおり、どうやらクラウスに攻撃しようとしていたらしい。
  それを、オリヴィエは庇い、攻撃を受け流したようだ。

「分身...!」

「厄介ですね...!」

  ただでさえ一人でも大苦戦するのに、分身によりさらに増える。
  分身の数だけ強さが割かれるらしいが、それでも脅威には変わりない。

Alter Ego(アルターエゴ)....これをムートは良く防げていましたねっ!!」

  受け流しの際に作った隙を突き、オリヴィエは分身を吹き飛ばす。
  ...ちなみに、オリヴィエの言った通り、ムートはかつてたった一人で、分身も暴走していたシュネー本体とも相手取っていた。

「っ、ぁあああああああ!!」

「っ...!まだ...!」

  そこへさらに分身...否、本物が襲い掛かる。
  クラウスの方にもさらにもう一人の分身が襲い掛かっていた。
  これで、分身は三体だ。

「くっ...!ふっ!!」

「「がっ..!?」」

「ぜぁっ!はぁっ!!」

「「っ...!」」

  オリヴィエは攻撃を受け流して誘導し、同士討ちを。
  クラウスは足払いで体勢を崩し、掌打で両方を吹き飛ばす。

  ...力が四分の一になった分、それを成すのが容易になったのだろう。

「ちっ...!」

「「....!」」

  本物のシュネーは、あっさりいなされた事に舌打ちし、離れる。
  二人もそれを追いかけようとして、再び背中合わせになる。
  ...三体の分身がまた襲い掛かってきたからだ。

「シュネーが何を仕出かすか分かりません!早急に片づけます!」

「分かった!!」

  四分の一に弱まっているのなら、一人でも受け流す事は出来る。
  よって、二人は三体の分身の攻撃を受け流しつつ、反撃をしていった。

「はぁっ!」

「“覇王断空拳”!!」

  オリヴィエが分身の動きを阻害し、クラウスがトドメを刺す。
  この戦法で多少なりとも時間はかかったが、分身は全て倒された。

「シュネーは...。」

「あそこです!!」

  遠くで何やら魔力を練っているシュネーを二人は見つける。
  すぐさま跳び、間合いを詰めるが...。

「...遅い。」

   ―――“Alter Ego・Schöpfung(アルターエゴ・シェプフング)

  刹那、凄まじい魔力の奔流がシュネーから放たれる。
  現れる四つの魔法陣。そこから、シュネーの偽物が四体、現れた。

「...もう、二人は私の全力で葬ってあげる。それまで偽物とでも戯れて。」

「っ、来ます!!」

  二人共とっくのとうに満身創痍の身。
  加えて、先程既に同じ強さの分身三体と戦ったのだ。
  疲労とダメージが蓄積し、このままでは二人共倒れてしまう。

「(しかし、倒れる訳には...!)」

  守るべき民のため。親友として止めるため。
  ...なによりも、彼女を想っていたムートのために、それでも二人は立ち向かう。







「...っ、ぐ...!」

「っ、ぁ...く...!」

  ...それから、十分以上。
  二人は、大きな傷こそないものの、満身創痍で、限界も来ていた。

  ...しかも、分身は倒せたが、シュネー本人は依然健在だ。

「...ムー、ト...。どうか、貴方の、力...を...!」

「シュネーを...止めなくては...!」

  それでも...それでもなお、二人はシュネーの下へと向かう。

「....遅かったね。」

「シュ、ネー...!」

「あはっ、ボロボロだね。でも...容赦はしない!」

  再び、魔力が迸る。...それも、先程より()()だ。

「...染め上げろ。我が狂気に!!」

   ―――“悲哀の狂気(タラワーヴァーンズィン)

  ...刹那、世界を狂気が覆った。

「「っ....!?」」

  空を紅い暗雲が覆っている。それにも関わらず、赤い月が煌々と輝いている。
  大地の様子は、先程とさほど変わらないが、血のような水面が、大地を覆っていた。

「...なん、だ...これは...!?」

「(血...いえ、幻覚!?けど、これは...!?)」

  いきなり辺りの風景と雰囲気が変わり、動揺する二人。

「二人は止めるって言ったけどね、私は止まる気はない!!ムートはもういない世界なんていらないから!全部、全部全部全部!全て壊し尽くすためにも、私は止まらない!!」

「っ、ぁ...!?」

「ぐ...!?」

  赤い水面に波紋が広がる。
  それが二人の所まで来た瞬間、精神を蝕むような感情が流れ込む。

「ムートの為?いらないよそんなの!ムートが殺された時点で、そんなの関係ない!!私は全部壊さなきゃ気が済まないんだから!!」

「それ、を...ムートが望んでいると思っているのですか!?」

「うるさいうるさい!!全部、全部今更なんだよ!!」

  再び、波紋が広がる。その度に、二人の精神が蝕まれる。

「ぁ、ぐ...!?」

   ―――殺したい壊したい悲しい苦しい怖い嫌だ死んで死に死死死死死死

  それは、まさに狂気。
  “狂気”が波紋となって、二人の心を蝕む。

「(...こんな..!こんな感情を、シュネーは...!!)」

  狂いそうになるのを必死に耐えながら、オリヴィエは戦慄する。
  ...あぁ、彼女は、ここまで苦しんでいたのか...と。

「どうせ...どうせ誰も私の本当の気持ちなんかわかりやしない!!私が、どれだけ..!」

「っ.....!」

  シュネーの叫びに、悲しみが混ざる。

「...だからさ、皆...皆、壊れちゃえばいいんだ!!!」

  再び、魔力が膨れだす。...結界を発動する時に近い魔力量だ。
  その間も、波紋は何度も広がり、二人の心を蝕む。

「....クラウス!!」

「...オリヴィエ!」

  ...だが、二人はその瞳に強い意志を宿し、それ以上の干渉を許さなかった。

「“狂気に染めし悲しみの紅(ルナティック・グラナートロート)”!!」

  狂気を表すかのような紅色の極光が放たれる。
  範囲も広く、既に満身創痍な二人には回避不可かと思われる一撃。

  ...それを二人は避ける。
  刹那、大地に命中した極光は巨大な爆発を起こした。

「(シュネーに対する勝率は既にないに等しい。)」

「(だけど、ゼロじゃない...。)」

「「(なら!その可能性を掴み取る!!)」」

  幻覚だろうか。二人の体を淡く、見えない程の金色の光が包んでいた。
  紅い極光をギリギリで躱した二人は、爆発をその身に受け、加速する。

  ダメージがない訳じゃない。既に立っているのもきつい。
  それでも、二人は立ち向かう。...可能性を掴むため。

「なっ...どうして...なんで!?」

「シュネー!!」

  さしものシュネーも、避けられたのには動揺していた。
  その隙を逃さず、オリヴィエが肉薄する。

「貴女の悲しみを断ち切るため...今、ここで斃します!!」

「くっ...!」

「甘い!!」

   ―――導王流奥義“刹那”

  苦し紛れに放たれた..だがオリヴィエを砕け散らせる程の威力を持つ拳を、受け流す。
  それだけじゃなく、その拳に匹敵する程の威力のカウンターが、放たれる。
  ...その一撃が、シュネーの心臓を穿ち、吹き飛ばす。

「...“覇王...断!空!拳!!”」

  二人の体はボロボロ。だからこそ、クラウスは全てを込めて、拳を放つ。

「っ、ぁ―――――」

  ....その拳が、シュネーの頭を捉えた。

  シュネーの体は、吸血鬼になっており、脳と心臓のどちらかが残っていれば再生する。
  だが、オリヴィエの一撃で心臓が、クラウスの拳で脳が穿たれた今...。

「....ぁ...ムー....ト.......。」

  ...シュネーは、灰になり、空中で屍と化した。

  残ったのは、力を使い果たし倒れながらも、悲しみに暮れる聖王と覇王だけだった...。



















  ―――...以上が、(シュネー)の最期ですよ。

  ...いえ、いいんです。もう、終わった事ですから...。

  ...でも、オリヴィエとクラウスには悪いことしちゃったな...。
  (シュネー)を殺したという重責を背負わせたんだから...。

  ...後悔はありませんよ。もっと良い方法はあったかもしれませんけど...。

  でも、それでも、私は後悔していません。
  体は死んでも、心はムートに...お兄ちゃんに救われたんですから。

  ...はい!自慢のお兄ちゃんです!...あ、渡しませんよ!

  ...あー...寂しい...っていうのは、もちろんあります。

  あはは...さすがに生き返るのは無理ですよ...。

  ...でも、お兄ちゃんなら、またいつか、会えると思うんです。

  根拠?....勘...ですかね...。

  ...はい。さて、もうこの話はいいでしょう?では、また特訓、お願いします!















   ―――とこよさん!

















 
 

 
後書き
流撃衝波…敵の攻撃をギリギリで躱し、その攻撃で発生した衝撃を利用してカウンターを繰り出す導王流の技。攻撃に応じて構えも違う。
Tod Käfig(トートケーフィヒ)…“死の鳥籠”。カゴメカゴメの上位互換。
Alter Ego・Schöpfung(アルターエゴ・シェプフング)…“分身・創造”。喜怒哀楽を模した分身を四体作り出す。本来のAlter Ego(アルターエゴ)と違い、本体の強さはそのままで、分身も四分の一程の強さを持っている。
悲哀の狂気(タラワーヴァーンズィン)…名前の由来は悲哀と狂気のドイツ語(Trauer Wahnsinn)。fateの固有結界...に近い魔法。というか固有結界という認識でもいい。
  空を紅き暗雲が覆い、尚且つ地を照らす赤い月が輝いている。大地は荒れ果て、草木は枯れ、まるで紅い血の水面のようなモノが地面を満たしている。そんな風景の結界に招き入れる。その水面に波紋が広がる度、中にいる者は狂気に襲われる。
  この結界を討ち破るには、狂気に負けない強い意志と覚悟が必須である。

頭に浮かんで消えないので話にしちゃいました。
原作設定と違う部分が多々ありますが、ムートとシュネーの存在が影響しています。
原作ではクラウス<<<(越えられない壁)<<<オリヴィエってレベルで実力差がありましたが(おまけにまだ覇王じゃない。)、この作品ではムートと共に鍛え、シュネーの暴走から民を護るために既に覇王レベルの強さを持っています。(なお、それでもクラウス<<<オリヴィエな模様。)

原作メインキャラよりサブor脇役キャラのが動かしやすいのはなんで...?
...あ、ちなみにオリヴィエ、クラウス以外に集まっていた人達はあの後復帰して二人の戦いに介入できないと悟った後、言われた事を遂行しに行きました。 

 

キャラ設定(第2章)

 
前書き
第2回キャラ設定です。第1章と変わりない者の紹介は、少しだけorしません。
また、出番がほとんどなかった(作者の力量不足)未紹介キャラも少しだけしか紹介しません。
表記の仕方は第1章をそのまま参考にしています。
また、一部の説明描写なしのものについて補足説明を入れています。

ちなみに、総合戦闘力に大きく関わっているのは、魔力(霊力)操作、戦闘技術、そしてなによりも特殊な能力の影響です。
これらが高ければ、基本戦闘力よりも強い戦闘力を持ちます。
 

 




     志導優輝(しどうゆうき)/ムート・メークリヒカイト

  種族:人間 性別:男性 年齢:10歳/16歳(故)
  称号:転生者,導きし者,導王,無■の可■■,半覚醒者,悲しみを乗り越えし者
    緋き雪の想いを託されし者
  能力:止まらぬ歩み(パッシブ・エボリューション),道を示すもの(ケーニヒ・ガイダンス),共に歩む道(ポッシビリティー・シェア),解析魔法,古代ベルカ式
    精神干渉系完全無効化,魔力変換資質・創造,流派・導王流,霊術
  ステータス(優輝)
 魂Level:8 種族Level:231
 体力:A+(A-) 魔力:A+(C+) 霊力:D+ 筋力:B-(C+) 耐久:A 敏捷:A(B+) 精神:AA- 運:A
 魔力操作:SS- 霊力操作:A 戦闘技術:S+ 総合戦闘力:SS(S)
  ステータス(ムート)
 魂Level:3 種族Level:253
 体力:AA 魔力:AAA 筋力:A 耐久:AA+ 敏捷:AA 精神:AA- 運:B
 魔力操作:SS 戦闘技術:SS 総合戦闘力:SSS-
  常備品:フュールング・リヒト,シャルラッハロート,かやのひめの型紙,御札数十枚
  概要
前々世の記憶を思い出し、さらに一つの悲しみを乗り越えた主人公。
前々世では、一国の王だった。
緋雪の前々世...シュネーとは王子と平民という立場での幼馴染で、いつも仲が良かった。
シュネーが攫われ、人体実験に使われてから徐々に国の崩壊が始まった。
皆から恐れられるシュネーを庇い続けた結果、民には裏切られ、それでもシュネーを助けよ
うとして、彼女を庇って命を落とした。
緋雪を自身で殺めたため、一時期深い悲しみに囚われていたが、その緋雪のメッセージによ
り、悲しみを乗り越えた。
それらによって、魂と種族のレベルが跳ね上がっている。
他のステータスも上がってはいるが、“無理はしないで”という緋雪の想いから、無意識の内
にリミッターを掛けており、一部はそのまま。(括弧内は制限時のステータス)
悲しみから立ち直った後は、無理しない程度で強さに磨きを掛けている。
霊術に関しては椿たちも驚かせている。他にも、導王流にも手を加えたりしている。
緋雪から託されたシャルも扱っており、戦力自体はさらに上がっている。
また、魔力と霊力を合わせる事で、体を壊す勢いで身体強化ができる。(なお使用封印中)
ムートとしては、シュネーが初恋の相手だった模様。だが、優輝としては前世の記憶や様々
な経験から、ムートの初恋の想いは引き継いでいない。
魔法だけでなく霊術にも手を出し、どこまで強くなるのかは、誰にも分からない。
なお、夏休み中に原作組とかと交流を深めたらしい。
面倒事を避けたい云々は、既に諦めたようだ。





     志導緋雪(しどうひゆき)/シュネー・グラナートロート

  種族:吸血姫 性別:女性 年齢:9歳(故)/16歳(故)
  称号:転生者,導かれし者,吸血鬼の姫君,狂王,悲劇にて狂いし悲しき姫,ブラコン
    哀しみから救われた者
  能力:吸血鬼化,破壊の瞳,特典-洗脳・魅了無効化-,狂化,古代ベルカ式
  ステータス(緋雪)
 魂Level:7 種族Level:211
 体力:S+ 魔力:SS 筋力:SS- 耐久:AA- 敏捷:AA+ 精神:C+ 運:B
 魔力操作:B- 戦闘技術:B- 総合戦闘力:SS-
  ステータス(シュネー)
 魂Level:3 種族Level:262
 体力:SS- 魔力:SSS- 筋力:SSS- 耐久:AA 敏捷:AAA- 精神:C 運:C
 魔力操作:B 戦闘技術:C+ 総合戦闘力:SSS-
  常備品:シャルラッハロート
  概要
前々世の記憶を思い出し、狂気と悲しみを振りまいた。故人。
前々世では、ムートと平民の身でありながらも幼馴染だった。
ムートが王に就任してしばらくした時、生物兵器の人体実験のために攫われてしまう。
吸血鬼の身となったシュネーは、度々暴走する自分や、周りから怯えて過ごす事になってし
まう。(なお、両親は早々にシュネーを捨てたらしい。)
何度も自分を助けてくれるムートやオリヴィエ、クラウス達にいつも申し訳なく思っていた
らしく、いつも自分を責めていた。
その矢先、ムートが殺され、悲しみを狂気として振りまく事になった。
狂王として恐れられ、何人もの人間を殺した所で、オリヴィエとクラウスに殺される。
今世でも、シュネーの闇の欠片により記憶が復活。狂気を振りまく事となった。
また、魂Levelと種族Levelもそれによって跳ね上がる。
だが、それは復活した優輝によって止められた。
しかし、その後は、生物兵器として、体が崩壊する事となり、生きられなくなってしまう。
せめて“人”として死ねるように優輝に頼み、殺された。
ヴィヴィオ達が言うには、未来では緋雪は生きているらしいが...?
なお、緋雪が今世で吸血鬼の体になったのは、吸血鬼としての因子が、魂に組み込まれてい
たからである。魂に影響を及ぼすとは古代ベルカ恐るべし。
ちなみに、本編と閑話では閑話の方が大量の血や肉を喰らっているため、圧倒的に強い。





     志導ヴィヴィオ

  種族:人間 性別:女性 年齢:9歳
  称号:聖王の現身,導王の養子,■■世界の住人
  能力:導王流,古代ベルカ式,近代ベルカ式,ミッドチルダ式,大人モード(戦闘形態)
    精神干渉無効化,霊術
  ステータス
 魂Level:3 種族Level:94
 体力:B 魔力:C+ 霊力:E+ 筋力:C- 耐久:D+ 敏捷:A- 精神:A 運:A
 魔力操作:S 霊力操作:B 戦闘技術:AAA+ 総合戦闘力:AAA
  常備品:セイクリッド・ハート,御札数十枚
  概要
未来から来た人物。未来の優輝の娘(養子)。聖王オリヴィエのクローン。
優輝の事をパパと呼び、椿や葵、緋雪をお姉ちゃん付けで呼んでいる。
また、親しい女性の事を、幼少の頃の癖でママと呼んでしまう。
優輝の娘なだけあってか、ステータスの傾向が優輝と似通っている。
なお、ステータスは大人モードでの表記で、普段の場合は体力・筋力・耐久・敏捷・戦闘技術
が1ランクダウンする。
また、未来では管理世界に住んでいるが、未来の優輝達の手ほどきで霊術も扱える。
足りない魔力を少しでも節約するため、普段は霊力は身体強化に回している。
過去では後述のアインハルトと共に緋雪に挑んだ。
アインハルトとの連携も上手く、戦闘技術も高いため何とか拮抗していたが、やはり緋雪
には勝てずに殺されそうになる。...が、そこを優輝に助けられる。
結局、緋雪が死んでしまった時はショックを受けたが、未来では緋雪は生きているらしく、
一応、悲しみに暮れる事はなかった。
なお、これ以降出番はない模様。





     ハイディ・E・S・イングヴァルト

  種族:人間 性別:女性 年齢:12歳
  称号:覇王の末裔,導王の弟子(仮),■■世界の住人
  能力:覇王流,導王流,古代ベルカ式,大人モード(戦闘形態),記憶承継,精神干渉無効化
  ステータス
 魂Level:5 種族Level:99
 体力:A- 魔力:B- 筋力:B- 耐久:B+ 敏捷:B+ 精神:A- 運:A
 魔力操作:AAA 戦闘技術:AAA+ 総合戦闘力:AAA
  常備品:アスティオン
  概要
未来から来た人物その2。ヴィヴィオの年上の親友。(百合ではない)
普段はアインハルト・ストラトスと名乗っている。
覇王の末裔であり、クラウスの記憶を一部引き継いでいる。
未来では、そのクラウスのシュネーを殺すしかなかった無念さを引き継ぎ、ミッドチルダ
で格闘系の実力者に野良試合を挑んでいた。
なお、その話を聞きつけたその時代の優輝が現れ、野良試合は止められる。
それからは、弟子のように格闘関連の事を教えて貰っている。
導王流を使えるのは、優輝の手ほどきとクラウスの記憶からである。
霊力関連は扱えないので、ヴィヴィオとは総合的に互角の強さ。もちろん、魔法限定であ
ればヴィヴィオより強い。
もちろん、こちらも大人モードを解除すれば、同じステータスがダウンするが、年齢の関
係で、こちらは1ランクではなく4分の3ランクダウンになっている。
過去に行った時は、シュネーの事を知る数少ない人物として、重要な情報を持っていた。
緋雪が死んだ際、ショックを受けたが、未来では生きているので、きっと大丈夫だと心の
どこかでそう思っている。
ヴィヴィオと同じくこれ以降の出番はない模様。





     ユーリ・エーベルヴァイン

  種族:半プログラム構築体(元人間) 性別:女性 年齢:不明(1000以上は確実)
  称号:砕け得ぬ闇,紫天の盟主,亡国の姫君,不老
  能力:U-D(アンブレイカブル・ダーク),永遠結晶(エグザミア),魄翼,古代ベルカ式,精神干渉無効化
  ステータス
 魂Level:5 種族Level:192
 体力:D-(S) 魔力:∞ 筋力:E+(A) 耐久:D(SS) 敏捷:C(AA) 精神:B- 運:A
 魔力操作:A 戦闘技術:B 総合戦闘力:SSS
  常備品:エーベルヴァインの首飾り(家宝)
  概要
原作より強化されたラスボスさん。千年以上前に存在していた国のお姫様。
ある時、魔導研究で作られた結晶をその身に取り込んで封印したが、その封印が解ける。
その結晶こそがエグザミアで、暴走した彼女は自身の国を滅ぼしてしまう。
素のステータスは、普通のか弱い少女レベルだが、無限の魔力で身体強化をしている。
括弧内は強化状態のステータスである。
種族は、暴走の際に変質してしまったようで、プログラムによって構成されている。
ただ、人間の要素を持ち合わせているので、体を構成している組織を壊される事はない。
暴走の際、一応自我はあるが、誰にも止められないのでどこか諦めている。
しかし、サーラやマテリアルズとの戦いでは、助けてほしいという願いが再燃し、暴走に
対して必死に抵抗した。
サーラと優輝によって暴走が止められた時は、あまりの安心感で気絶してしまった。
暴走が止まってからは、非常に優しく大人しい性格で、愛されキャラ。
作者のお気に入りキャラでもある。かわいい。かわいい。(大事な事なのでry
目を覚ました時には既にサーラがいなくなっていたので、悲しみに暮れようとしたが、伝
言を預かっていた優輝の言葉で立ち直る。
今では、エルトリアにてシステム面などで皆のサポートを行っている。
未来から来た者達を送るのに同行した際、どこか違和感を持っていたようだが...?
優輝に色々恩が出来ており、恐らく好意を持っている...?
本編では描写されていないが、かつて姫だった証である首飾りを身に付けている。
なお、能力の精神干渉無効化は、サーラから受け取った加護を吸収して、自ら耐性を付け
たものである。




 
     サーラ・ラクレス

  種族:デバイス(元人間) 性別:女性 年齢:不明(ユーリと同上)
  称号:忠義の騎士,不撓不屈,ベルカ最強の騎士,不老
  能力:古代ベルカ式,不撓不屈,人型化
  ステータス
 魂Level:5 種族Level:211
 体力:S+ 魔力:S+ 筋力:A+ 耐久:A+ 敏捷:AA 精神:AAA 運:AA
 魔力操作:S 戦闘技術:SS- 総合戦闘力:SS-
  常備品:アロンダイト
  概要
かつてユーリに仕えていた、ベルカ最強と謳われる騎士。
ウェーブのかかった黒に近い紺色の髪を後ろで束ね、紅い瞳に凛とした顔をしている。
お伽噺の主役にもなった程の人物であり、その名(忠義の騎士)に恥じない強さを持つ。
なんら特殊な能力もなく、ただ不屈の心だけでこれほどの強さを持っている。
一体どこの主人公?という程である。
かつて、暴走したユーリと相打ち(封印)する形で殺されたが、自身のデバイスであるアロ
ンダイトに自分の魂を移らせる事で、いつか助けるために一度眠りに就く。
なお、アロンダイトはサーラ曰くDr.ジェイル特製と言っているが...一体何スカリエッテ
ィの事なんだ...?
マテリアルズと協力し、ユーリの阻止に向かうが、如何せん1000年以上眠っていたブラン
クがあり、大苦戦する。
だが、それをものともしない不屈の意志で立ち向かい、最後は砕け得ぬ闇を討ち破る。
ユーリを助けた後は、肉体での活動に限界が来たらしく、優輝に言伝を頼んでアロンダイ
トに戻ってしまう。
...また、いつか目覚めるうえに、ヴィヴィオは知っていたみたいだが...?
余談だが、このキャラを作る際にイメージしたのは、fateのランスロットとヘラクレス。
騎士服や技(未登場だったが)もその二人を意識している。





     オリヴィエ・ゼーゲブレヒト

  種族:人間 性別:女性 年齢:16歳(閑話6より)
  称号:聖王,導王の弟子,英雄,武の天才,聖女,悲しみを背負いし者
  能力:古代ベルカ式,導王流,エレミアの武術,武の才能,聖王の鎧
  ステータス
 魂Level:3 種族Level:192
 体力:A 魔力:AA- 筋力:B 耐久:C+ 敏捷:B+ 精神:B+ 運:B
 魔力操作:AAA+ 戦闘技術:AAA+ 総合戦闘力:S
  常備品:エレミアの義手
  概要
古代ベルカ時代に存在していた女性。今ではベルカ地区で“聖王”と崇められている。
基本的に原作と変わらない設定だが、それに加えてムートやシュネーと親友と言う設定が
ある。また、ムートに導王流の手ほどきも受けていた。
狂王と恐れられていたシュネーを討伐した一人であるが、彼女自身はシュネーを救えなか
った事を大いに嘆いていた。
なお、その戦いは熾烈を極め、普通ならば絶対に勝てないという状況から倒したらしい。
ちなみに、シュネーの死を嘆いていた事から、周囲の民からは狂った悪魔の死でさえもそ
の命を慈しみ、嘆いた“聖女”とも呼ばれている。
シュネーや当人からすれば皮肉も良い所だ。
最期はこれ以上シュネーのような悲しみは生み出したくないとの事で、戦争を終わらせよ
うと“ゆりかご”を起動させたらしい。
余談だが、彼女は武術に関しては天才と言え、ムート曰く後数年もすれば導王流は免許皆
伝だったと言わしめるほどだった。





     クラウス・G・S・イングヴァルト

  種族:人間 性別:男性 年齢:16歳(閑話6より)
  称号:覇王,導王の弟子,英雄,悲しみを背負いし者
  能力:古代ベルカ式,覇王流,導王流
  ステータス
 魂Level:3 種族Level:222
 体力:AA- 魔力:A+ 筋力:A 耐久:B+ 敏捷:B+ 精神:A- 運:B
 魔力操作:AAA+ 戦闘技術:AAA 総合戦闘力:S-
  常備品:なし
  概要
古代ベルカ時代に存在していた男性。今では“覇王”として名が知られている。
原作との最も大きい相違点は、オリヴィエが“ゆりかご”を起動する結構前から“覇王”と
呼ばれていた事。
なお、その原因はムートから武術の手ほどきを受けていた事と、シュネーを助けるために
強くなろうと努力していたからである。
当然、原作より強い設定(と言っても原作の強さが分からない)で、覇王流にも磨きがかか
っている。
しかし、それでもオリヴィエには勝てずにゆりかごを起動させるのを止める事はできなか
った。
そんな彼とオリヴィエでもシュネーに勝つのはほぼ不可能に近く、渾身の一撃を決めれな
かったら、負けるのは必然だっただろう。
サーラと同じく特殊能力や才能は特になく、努力だけでここまで強くなった。
才能がない分、導王流よりも覇王流の方が馴染み深く、練度も高い。
ムート曰く、免許皆伝には十年以上はかかる程だったらしい。







   以下、紹介を簡略化(面倒だなんていえなryゲフンゲフン...)



草野姫椿…今回はサブキャラ止まりだった草の神様。
  霊力がほぼ全快しており、十全に力を発揮できる。
  優輝の緋雪を救いたい想いを感じ取り、管理局を食い止めていた。

薔薇姫葵…同じくサブキャラ止まりだった吸血姫。
  デバイスの体にも慣れて、今では椿と同等の強さを持っている。
  同じく優輝の想いを理解し、椿と共に管理局を食い止めていた。

トーマ・アヴェニール…原作通り未来から来た人物。優輝や緋雪に色々師事されている。
  また、剣の師匠として優輝とシグナムがおり、原作より強くなっている。

リリィ・シュトロゼック…トーマと同じ。トーマが好きだが気づいてもらえない。

マテリアルズ…ちょっとinnocentよりな性格をしている。ダークヒーロー的な?
  何気に優輝を助けたり、サーラのサポートで役立ったり、影で活躍してた。

闇の欠片…原作がどうだったかは知らないけど、海鳴を中心とした広範囲の中にいる人物の記憶からその偽物を作りだしていた。なお、結界でその範囲は狭められていたらしい。
  ちなみに、プレシアさんとかに結構殲滅させられてたようだ。

妖…江戸時代辺りには結構いたらしい。椿と葵がよく知っている。今回は闇の欠片の雑魚ポジとして登場。ただし数が多すぎる。

鵺の記憶…“かくりよの門 鵺の記憶”で調べれば分かる。とある陰陽師の絶望などを取り込んでおり、その悲しみで心が折られそうになる。だが偽物なので、本物より圧倒的に劣る。
  ちなみに、椿と葵の記憶から再現された。

椿の闇の欠片…葵が殺された時の記憶から、“もし祟り神になっていたら”というIFの姿として現れた闇の欠片。悪堕ちすると強くなる法則みたいなので椿を追い詰める。
  なお、復活した優輝にあっさりやられる模様。所詮偽物だった。

アミティエ・フローリアン…GODでは主人公格だった姉妹の姉。
  織崎の魅了に掛かっていたが、司の闇の欠片により洗脳が解除されている。
  他は特に変化なし。

キリエ・フローリアン…同じく妹。姉と同じで、詳しくは原作見た方が早い。

聖奈司…今回は脇役だったヒロイン(予定)。優輝に“嫌な予感”を仄めかしたり、過去ではユーリに挑んだりと色々していた。閑話にてクロノとガチバトル。
  彼女の闇の欠片により、優輝が前世で知り合いだと知った。

クロノ・ハラオウン…GODの時期がずれているため、出張に行っておらず闇の欠片にすぐ対処していた。忘れがちだが相当優秀な執務官なので、厄介な能力を持つ司と拮抗していた。
  今回の事件で色々と悔しく思い、さらに精進する事になるが、それはまた別の話。

織崎神夜…原作と違うからと、何かと戸惑っていたオリ主(笑)。
  緋雪の最期などに色々優輝に文句を言うが、ノープランで言っていたらしい。
  そろそろ意味不明な行動ばかり取りそう。

王牙帝…脇役(笑)。踏み台させたかったのにどうしてこうなった...。
  闇の欠片に撃墜され、閑話で椿にあっさり撃墜され...。
  ある意味一番不幸なキャラである。
  作者の力量が上がれば出番も増えるはず...!

アロンダイト…実は千年以上前に作られたデバイス。神様製じゃなかった。
  昔に作られたのに、何気にリヒトと同等以上に高性能。

天使奏…未だに出番が増えない女転生者。
  椿曰く、魅了されてなければ、もっと強くなれていたらしい。

奏の闇の欠片…どこか様子のおかしかった闇の欠片。
  おそらく前世の記憶のままで、魅了の影響もない模様。
  意味深な言葉を遺して司に倒された。

古代ベルカの研究者…シュネーを吸血鬼化させた張本人たち。
  “戦場で暴れ、役目を果たせば自壊する生物兵器”を作ろうとしていた。
  なお、失敗して暴走したシュネーに殺された模様。

生物兵器…有り体に言えば吸血鬼化と言う事になっている。
  血を吸い続けなければ暴走し、自壊するようになっている。
  また、血を吸い続けても人としての理性はなくなってしまうらしい。

魔力と霊力の関係…式姫の魔力と霊力は空気中のマナや霊脈(所謂星の力)を汲み取る他、自身の生命エネルギーを力に変換しているようなもので、リンカーコアなどの専用の器官は必要ない。ただ、限界を超えて使用すると、寿命を縮め、最悪消滅する。
  魔導師達の魔法に対して、防ぎやすい・破りやすいなどと有利であり、反発はしないが打ち消し合うので、同時に使用する事は困難を極める。もちろん、無理に混ぜ合わせたりすれば体への負担は凄まじい。

霊魔相乗…優輝が行った霊力と魔力を掛け合わせる事による反則的な強化。
  霊力がリンカーコアを活性化させ、魔力が身体強化及び霊脈の力を汲み取る量や速さを強化、そしてそれで得た霊力でさらに...を繰り返すというまさに裏技。
  当然、体への負担は凄まじく、使いすぎると死の危険がある。
  反則っぷりの参考としてプリズマイリヤのツヴァイフォームが近い。







 
 

 
後書き
オリヴィエ、クラウスの年齢を知らないので、暫定的にムート達と同じにしています。
もし公式で設定されていたら調整するので、知っていればご指摘ください。 

 

第49話「微かな前兆」

 
前書き
はい第3章です。
ここからどうにかして原作キャラの影を濃くするぞ....!
 

 




       =優輝side=



「夏休みも、もう終わりか...。」

  ふと、僕はそう呟く。
  気が付けば夏休みなんてあっという間に過ぎていて、今日は8月30日。
  まだ1日あるけどもう終わったようなものだろう。

「...あの、優輝君。明後日の方向向いてないで手伝ってくれる?」

「あー、分かってる分かってる。」

  すずかにそう言われて、改めて目の前に広がる状況を見る。
  場所は月村邸。まぁ、広い勉強部屋があって今はそこにいる。
  面子は四年生の知り合い皆+アリシアと、僕や椿、葵、そして司さんだ。
  他にも、リニスさんもいる。ただし、王牙は省られてた。王牙ェ...。

「...計画的にやっておけばこんな事にはならなかったのに...。」

「管理局の手伝いしてたから、仕方ないだろ!」

「...いや、それって僕と司さんも同じ条件だからな?」

  僕、司さん、すずか、アリサ以外の皆は宿題が終わりきってないらしい。
  だから、今日ここでやっていると言う訳だ。僕らはその手伝い。
  ちなみに、そこまで多く残ってる訳ではないらしい。

「ぁあああー!国語分からないっ!」

「落ち着けって...。国語は問題が示されている所の前後の文章に答えかヒントがあるから、それを探せば分かる。苦手なら、余計に良く読むべきだ。」

「うぅ..はーい...。」

  国語が分からなくて喚いたアリシアにそう説明する。
  ちなみに、夏休み中にあった嘱託魔導師としての仕事や、今回の勉強会で、皆の事を名前で呼ぶように複数人に言われた。(なのはとかアリシアとか)
  だが、織崎だけはやめといた。織崎もなんか僕を嫌ってるし。

「....というか、一つ下の学年に教わるって...。」

「はぐっ!?...うぅ、だって分かんないし...。」

  そう、忘れやすいけど、アリシアは僕の一つ上で、六年生だ。
  なのに今のように僕や司さんに教えを乞うたりする。

「というか、優輝は一週間でほとんど終わらせたっておかしすぎるよー。」

「集中しすぎた結果だ。僕も驚いたし。」

  ちなみに、作文とかは無難に夏祭りに行ったのでその事を書いた。

「...優輝君、よぅこんな暑い夏でそんな集中できるなぁ。」

「慣れだ慣れ。贅沢してたら両親のお金が成人までなくなるからな。暑さ寒さは自力で克服した。それに、工夫すればある程度は涼しくできたからな。」

  はやての言葉にそう答える。
  実際、僕は多分集中するのは得意だと思う。魔力や霊力の精密操作ができるし。

「しかし、教えるのもなかなかですね...。」

「...あー、これは僕にもよく分からないです。偶々上手く行ってるだけだと思いますが。」

「私には、十分才能があると思いますよ。」

  リニスさんの言葉に僕はそう答える。
  ...ちょっと嘘ついたかな?
  教えるのが上手く行ってる理由は、前々世が導王だったのが関係してると思う。
  人を導くのと、人に教えるのってどこか似ているし。

「ほら、皆揃いも揃って算数は終わらせてるんだし、休憩まで気張れよー。」

「あうぅ...国語難しいよー...。」

「いや、妹だって頑張ってんだから姉らしくしろよ...。」

  ちなみにそのフェイトは、司さんやリニスさんに聞いたりしながら真面目にやっている。
  ...姉妹でなんだこの差は...。

「(...しかし、アリシアだけ少し魅了の効果が薄いよな...?)」

  その分、他の四人からは魅了の嫌な感じが濃い。
  おそらく、魔力量が関係してるのだろう。...厄介な。

「(というか、今更だけど転生者なら宿題ぐらいすぐ分かって終わらせれるだろ...。)」

  残っている宿題を焦りながら解いていく織崎を、僕はジト目で見ていた。
  ...ちなみに、奏はスラスラ解いていたけど、偶に分からない所とかもあるようだ。
  もしかしたら、前世の人生の関係上、あまり勉強が出来なかったのかもしれないな。

「(...そうなると、ますます似て....。)」

  ...と、そこまで思考してその考えを振り払う。
  今は手伝うのに集中しないとな。

「...む、所々変わっててやりづらいわね...。」

「基本は変わってないんだけどねー。」

「...って、二人も教わる側に!?」

  椿と葵がいつの間にか教わる側にいた。
  ...まぁ、二人は今まで隠れて暮らしてたからな...。仕方ないと言えば仕方ない。

「あ、竹取物語。懐かしいわ。」

「と言っても仲間にいたよね。」

  ...うん。もう二人は二人で勝手にさせておこう。
  別に、何か仕出かすような性格はしてないし。

「皆さーん、三時なので一度休憩しましょう。」

「や、やっと休憩やわ....。」

  ファリンさんの声に、はやてが机に突っ伏しながらそう言う。
  ...休憩が終わったらまたやるぞ?





「この調子なら四時半くらいに終わりそうだね。」

「まぁ、何事もなければなんだけどね。」

  休憩中、お菓子のクッキーを口に放り込んでから、皆の宿題の進行度を見る。
  ....うん。余程の事がなければ司さんの言うとおりの時間に終わるな。

「以前の内に読書感想文を終わらさせといて正解だったな。」

「管理局の仕事とかで皆本を読んでなかったからね...。」

  実は以前にも、皆で集まって宿題を終わらせようとした事がある。
  確か、夏休み終盤になっても読書感想文が終わってないのに危機感を感じたんだっけ?
  なら、ちゃんと計画的にやっとけよって話なんだが...。
  ちなみにその日には読書感想文と作文を終わらさせた。

「............。」

「...?どうしたの?」

「ああいや、管理局でちょっと思い出してな...。クロノに頼んでいる事。」

「...あー、両親の事...だね。」

  両親について、クロノ経由で調べてもらっているのだが、やはり闇雲に探しても見つからないとの事だった。
  だから、事故当時の日にちから調べる事にするらしい。この前連絡があった。

「こればっかりは待つしかないからな。嘱託魔導師だし。」

「権利がないから自分からは調べられないもんね。」

  クロノと同じ執務官ならある程度は自由に調べ回れただろうけど、これは仕方ない。

「...それと、両親の件とは関係ないけど、ちょっと気になる事が....。」

「気になる事?」

  首を傾げながら、司さんは僕に聞き返してくる。
  ...やっぱり...。

「....司さん、無理...してない?」

「...え?」

「緋雪が死んでから、ずっと思い詰めてるように見えて、さ....。」

  普通は分からないだろう。...だけど、僕には何となくそう思えた。

「...別にそうでもないよ?...うん。緋雪ちゃんの事は、もう立ち直ったから。」

「....なら、いいんだけど...。」

  普通に否定する司さん。やはり、気のせいだったか...?
  ....いや、でも...。

「(....また、嫌な予感がする...。)」

  司さんを見ていると、途轍もなく嫌な予感がした。
  ...それこそ、緋雪の二の舞になるような、そんなレベルの...。

「(...いや、もうそんな事は起こさせない。...そう決めたんだ。)」

  そのために、現在進行形で強くなっている。

「...そろそろ休憩も終わるし、もうひと頑張りするか。」

「そうだね。」

  今は頭の隅に置いておこう。無理に解決できるような事でもないし...な。











「さて、皆。宿題はちゃんとやって来たか?」

  夏休みが無事に終わり、先生の一言に何人かが呻き声を上げる。

「残念ながら待つという事はしない。さぁ、諦めて後ろから回せー。」

  渋々と、おそらく全部はやってないであろう宿題を、一部の人は回していく。
  当然僕らは全部やっているので堂々と提出できるな。

「なんで見せてくれなかったんだよ優輝ぃ...。」

「いや...あれじゃ、焼石に水じゃん。」

  隣の席の友人が、そう言ってくる。
  ちなみに、こいつはほとんどやってきてなく、僕が来た途端写させるのを要求してきた。

「そうは言ってもよー...。」

「...諦めて先生に怒られな?」

「ちくしょー!!」

  そう言って机に突っ伏した。

「(...あいつらも僕らが手伝わなかったらこうなってたかもしれんのか...。)」

  四年(+アリシア)の面子を思い出しつつ、そんな事を考える。
  あ、ちゃんと一昨日に終わらせるようにしたぞ?

「(...久しぶりの学校...。特になにも変わってないはずなんだけどなぁ...。)」

  夏休み中に色々...主に嘱託魔導師の仕事があって、なぜか新鮮に感じた。

「(ま、別にどうでもいいか。)」

  正直、二度目の小学校だ。大学まで卒業した僕からすれば、その程度の認識だった。







「じゃあ、今日はここまでだ。久しぶりの登下校だから、道中気を付けろよー。」

  礼をして、学校が終わる。
  この学校は三学期制なので、夏休み明けの初日は午前までだった。

「(...午後は暇だし、翠屋でも手伝うか。)」

  その前に家で昼食を取るので、適当にメニューを考える。
  ...別に、翠屋で食べるって手もあるな。

「(とりあえず、家に帰ったら椿と葵に相談.....あれ?)」

  下駄箱まで来た所で、ふと司さんが目に入る。
  ...ちょっと、何かを気にしてるみたいだけど...。

「司さん、どうかしたのか?」

「あ、優輝君。...ちょっとね。ここ最近、調子が悪くて...。」

  ...そういえば、夏休み中にあった仕事でも、偶にミスしてたっけ...?
  一応、心配だからと一緒に帰る事にする。

「やっぱり、無理してるんじゃ...。」

「そ、そんな事ないよ?...休息も十分に取ってるはずなんだけど、それでも調子が悪くて...。それに、シュラインも最近調子が悪いの。」

  休息も取っているのにか...。それに、デバイスも?

「...メンテナンスとかは?」

「欠かせてないよ。この前もマリーさんに見てもらったけど、異常なしだったし。」

「....うーん...。」

  シュラインに聞いてみても、“異常はありません”なのだそうだ。

「...体の方は精神的に疲れていたりするからって推測なんだけど、デバイスの方は分からないなぁ...。異常なしなのに調子が悪いって...。」

「精神的...かぁ...。うん、ありがとね?相談に乗ってくれて。...結局シュラインの方は分からなかったけど...。」

  そう言って、司さんは僕と別れて帰っていった。
  僕も、少し溜め息を吐いて、帰り道に視線を向ける。

「(...また、だ。...また、嫌な予感がした。)」

  これは単なる気のせいか?...それとも...。

「(....どの道、体の方はともかく、シュラインの調子が悪いのは気になるな。)」

  メンテナンスも欠かせてないし、なによりシュライン自身が異常はないと言っている。
  それなのに、調子が悪いだなんて...。

「(...異常はない。....“異常”は....?)」

  そう、“異常”は、だ。...もしかしたら、異常ではない範囲でおかしいのか?

「(何かしらの原因で調子が悪いのでさえも、シュラインと言うデバイスにとっては“正常”の範囲内...?..でも、だとしたら原因は....。)」

  デバイスについて詳しいマリーさんでさえも、原因は分からなかったらしい。

「(...いや、シュライン“自体には”異常がないって事も考えられるな...。)」

  なんらかの外的要因により、司さんがそう感じている場合もある。
  ...それこそ、司さん自身になにか...。

「(杞憂に終わればいいが...。)」

  原因も、それに近い事も分かってない。だから、今は動く事はできない。
  少し気になる事が増えながらも、僕はそのまま帰った。







「ありがとうございましたー。」

  帰っていく客にそう言い、他のやるべき事へ移ろうとする。

「あ、優輝君。休憩に入っていいわよー。なのはも休憩してるし、ちょっと話して来たら?」

「あ、はい。分かりました。」

  ...が、そこで休憩に入っていいと桃子さんに言われるので、お言葉に甘える。

「(...あれ?そういえば、普通にアルバイトみたいに働いてる気が...。)」

  ...いや、飽くまでお手伝いだ。別にアルバイトではないはず...。
  というか、保護者代わりになってくれてるしな。その恩返しだ。うん。

「あ、優輝君。休憩なの?」

「まぁね。あ、そうだ。ついでだからこれを...。」

  そう言って、僕はなのはに透明な水晶のような結晶を渡す。

「....これって...?」

「無色の魔力。なのはの切り札って、魔力をかき集めてるでしょ?それに、その結晶に自分の魔力を流し込めば魔力を回復できるようにもなるし。」

「へぇー....。」

  なのはは受け取った結晶を光に翳したりする。

「...そういえば、魔力を回復する道具なんてなかったような...。」

「...まぁ、人それぞれの魔力の波長が違うからな。それだって、作るのに苦労したしな。...そこで行き着いたのが、魔力を流し込む事でその魔力の持ち主の魔力にするっていう方法なんだ。」

  僕だけ回復できる結晶なら、今まで何度か作った事はあった。
  だけど、他人の魔力を回復する結晶はなかなか作れなかった。
  人から人へ魔力を明け渡す事は簡単だけど、大気中や外部の魔力を吸収だなんて、本来は僕しかやらないような事だしな。

「とりあえず、なのはは魔力量も多いし、その結晶は切り札にでも使えばいいよ。」

「くれるのは嬉しいけど...どうして私に?」

「あ、特に理由はないよ?それなりに作ってあるし、知り合いには渡すつもりなんだ。」

  試行錯誤して作ったから、ただ単に皆に使ってもらいたいだけだ。他意はない。

「(...ま、一応の保険にもなるしな。)」

  いざというとき魔力が足りなかった場合の助けにもなるだろうし。
  特に、僕みたいにあまり魔力が多くない人は役立つだろう。

「ないよりはマシ、カートリッジの代わりとでも思ってればいいよ。」

「あはは...まぁ、ありがたく貰っておくね?」

  ...さて、大した会話のネタがないから今の内に渡したんだが...。

「...ねぇ。」

「...ん?」

  せっかくの休憩時間、何を話そうかと思っていると、なのはから話しかけてきた。

「緋雪ちゃんがいなくなって、前にちょっと怖くなった事があるの。」

「...怖くなった事?」

  唐突にそう言ったなのはは、だいぶ不安そうだった。

「緋雪ちゃんが事故に遭って、“あぁ、人ってこんなにあっさり死ぬんだな”って、思う様になって...。そんな事を考えてたら、今もやってる管理局の仕事って、死ぬかもしれないって、途端にそう思えてしまって.....。」

「.........。」

  ...“死”を目の当たりにして、死と隣り合わせでもある管理局の仕事に、死ぬかもしれない恐怖を自覚したって事か....。

「...私が魔法に関わった始まりはね、ジュエルシードって言うロストロギアが地球に落ちてきてからなの。...そこから、ユーノ君と出会って、魔法に関わって来たんだけど...。」

「...なのは?」

「....よくよく考えれば、ジュエルシードの時も、闇の書の時も、どうして死人が出なかったんだろうってぐらい、危ない事件だったんだなって...そう思えるの。」

  ....随分と、深く考えてるな...。
  僕が言うのもあれだけど、まだ四年生だぞ?ここまで考えれるものなのか?

「“死”ってこんなに怖いんだなって、そう思ったら途端に怖くなって...!」

「.....なのは。」

  でも、やっぱり子供だ。
  こんなにも、魔法に、“死”に敏感になっている。

「...そうやって、怖がっているからこそ、人って言うのは頑張れるんだ。」

「....え...?」

  ふと、なのはとシュネーが重なる。
  ...どうも、怯えてるのを見ると慰めたくなるんだよな...。

「何かに怯えて、だからこそそれを乗り越えようとする。...何にも怯えずに、ただ真っ直ぐ行ってるだけじゃ、すぐ折れちゃうからな。」

「あ.....。」

  一度それに恐れを抱いたからこそ、覚悟も決められるってもんだ。
  なんでもかんでも、最初からできる奴なんていないからな。

「“人の死が怖い”。そんなの、当たり前だよ。....だからこそ、覚悟するんだ。」

「....うん。」

  慰めにはあまりなっていない。
  だけど、なのはには何かが見えたようだ。

「...そうだね。うじうじしてても何も変わらないし....うん、ありがとう、優輝君。」

「...まぁ、立ち直れたならいいけど、無理はするなよ。いざという時は、逃げてもいい。周りを頼ってもいいんだから。」

  頼るのと頼らないのでは、大違いだからな。

「それと、これからはそう言うのは士郎さんに相談しな。...士郎さんはなのはの親なんだから、きっと僕よりも良い事を教えてくれるよ。」

「あはは...うん。そうだね。そうするよ。」

  ...っと、そろそろ休憩も終わるとするか。

「じゃ、僕は手伝いに戻るよ。」

「え?ああっ!私も行かなくちゃ!」

  ばたばたと、慌ててなのはは店の方へ向かった。

「....ありがとう、優輝君。」

「士郎さん...。」

  休憩室を出ると、すぐ傍に士郎さんが立っていた。

「...まさか、態と同じ時間に休憩させました?」

「いや、なのはは僕達にも秘密にしている想いがあるからね。あわよくば...程度にしか思ってなかったよ。まぁ、交流を深めてくれれば、とは思っていたけど。」

「そうですか。」

「それに、どちらかと言うとそう言う風に仕向けたのは桃子じゃないかな。」

  ...桃子さん...。まぁ、結果的にいい方向に向いたと思うし、いっか。

「じゃあ、僕も手伝いに戻ります。」

「ああ、頑張ってね。」

  さて、もう一仕事頑張りますか!







「ただいまー。」

  まぁ、アルバイトでもないのにたくさん働ける訳もなく、四時ぐらいに帰宅した。

「あら、お帰りなさい。」

「優ちゃんお帰りー。」

  椿と葵が、リビングで何かをしていた。

「...何やってるの?」

「優ちゃんみたいにちょっと研究をね。」

「優輝の霊力操作が凄まじいから、私達も何かしなきゃって思ってね。」

  見れば、御札に複雑な術式が込められている。
  これは....。

「...霊力保管?」

「...よく分かるわね。そうよ。これに霊力を込めておけば、いざと言うとき霊力を回復できるの。...まぁ、優輝が試行錯誤してた奴の霊力版って所ね。」

「呪い師の分野だから作るのに苦労したよー。」

  そう言って同じような御札を数枚見せてくる。

「本当、優輝は規格外よね。本来なら数枚で発動させる術式を、たった一枚に収められるんだから。...私達、同じ事をするのにどれだけ苦労したか...。」

「作れたのこれだけだもんねー...。」

  葵が手に取ったのは、複数枚の御札の中でも三枚だけ。
  それだけ、失敗を繰り返していたのだろう。

「いや、何かしてくれようとしただけでも僕は嬉しいよ。ありがとう、椿、葵。」

  本心から、その言葉を二人に掛ける。

「なっ...べ、別に優輝のためじゃ...!それに、お礼なんていらないから!」

「あははー、かやちゃん照れてるー。」

「そういうアンタだって顔を赤くしてるじゃない!」

  椿の周りに咲き誇るように花が出現する。
  ...椿は、こう言う所わかりやすいよな。そう言う所が椿らしくていいんだけどさ。

「じゃあ、霊力関連の方は任せたよ。二人の方が専門家だからね。」

「...任せなさい。あっと驚かせてやるんだから。」

  照れているのを一度落ち着かせ、椿はそう言った。

「(僕が作った魔力結晶と、椿たちの霊力回復の御札...なーんか、フラグが...。)」

  まさにこれから必要になるかもしれないというタイミングの良さに、少し不安になった。

「...よし、夕飯まで時間はあるし、軽くリヒトとシャルのメンテでもするか。」

  その不安を振り払うように、僕は二機のメンテに取り掛かった。



















「...くくく...管理局も存外に警備が甘いな...。バレてもまんまと逃げれる程度とは...。」

  薄暗い部屋の中、一人の男が嗤っていた。

「...これで...これで全てが揃う。」

  男の手の中には、青色の菱形の石があった。
  どうやら、複数個あるらしく、机の上にいくつも浮かんでいた。

「さぁ、全てを思い通りにできるよう、願いを叶えてくれよ...?」

  封印処理を済まされているとはいえ、膨大な魔力を秘めているソレに、男は手を翳す。







「―――()()()()()()()よ...!」







   ―――...脅威は、すぐ傍まで忍び寄って来ている...。









 
 

 
後書き
アリサとすずかに対する優輝の二人称が呼び捨てになっていますが、それはムートの記憶が蘇ったからです。年上に対しては基本敬称で呼んでます。(アリシアは例外)
ついでに言えば、夏休み中にいくらか交流があったため、他の人も優輝の事を君付けで読んでいます。(敬語とかもなし)

いつの間にか優輝に惹かれている葵。
葵は可愛いもの好きな傾向があるので、今の所ショタな優輝が気に入った→好きになった。的な感じの流れで惹かれて行った感じです。
まぁ、一つ屋根の下で暮らしてるからね。しょうがないね。 

 

第50話「次元犯罪者を追って」

 
前書き
...前回の話、もっと時系列を遅らせればいいほど時間が空いています。
まぁ、さすがに詰め込みすぎですから、少し離す事にしました。
 

 




       =優輝side=



「...ん?クロノから通信?」

  夏休み明けに抱いた不安は、どうやら杞憂に終わったらしく、既に10月末~11月にあるシルバーウィークの前日になっていた。
  そこへ、唐突にクロノから通信が入った。

「どうしたんだ?」

『緊急だ!至急、手伝ってもらいたい事がある!来れるのであれば、海鳴臨海公園に集まってくれ!他の皆にも既に伝えてある!』

「分かった。今すぐにでも行くよ。」

『助かる!』

  そう言って通信が切られる。....さて。

「椿、葵。」

「聞いていたわよ。」

「あたし達もいつでも行けるよ!」

  話は聞いていたらしく、椿と葵は準備万端と言った風に返事をした。

「椿と葵は士郎さんに一応伝えておいてくれ。僕は先に行っておく。」

「分かったわ。伝え次第、葵から連絡を入れるから、型紙で召喚して。」

「ああ。」

  そう言って、僕らは家を出る。
  もちろん、鍵はちゃんと閉めて、士郎さんに渡しておくために椿に渡す。

「(...しかし緊急か...。なんなんだろうな...。)」

  一体今回は何があるのだろかと、僕は思いつつ公園へと向かった。







「...それで、今回は一体...。」

  アースラから迎え(クロノ)が来て、僕らも乗り込む。
  そこで、開口一番にそう聞いてみた。

「....管理局から、ロストロギアが盗まれた。」

「なっ...!?」

  深刻そう言ったクロノの言葉に、驚きの声が漏れる。

「ロストロギアを盗んだ犯人が、ちょうど僕らが巡回している辺りに来ている。だから君達に招集をかけたんだ。」

「...そやけど、緊急なのはともかく、こんな大所帯な必要はあるん?」

  はやてが僕も気になった事を聞く。
  ちなみに、今この場には魔法関連の面子が全員揃っている。
  普段は地球にいる人物だけでも僕ら含めて19人。確かに大所帯だ。

「...はやて達は知らないだろうけど、その盗まれたロストロギアが厄介でな...。その数と危険性上、人数はできるだけいた方がいい。」

「“はやて達は”...?知っている人もいるって訳?」

  今度は椿がそれを聞く。
  ...確かに、クロノの言い方だと、この中には知っている人もいるって訳だ。

「...ああ。なのは達には、馴染み深いと言えば馴染み深いモノだ。」

「っ、それってまさか...!?」

  クロノのその言い方に、織崎が気付いたように声を上げる。
  それに、クロノは肯定として頷き、告げた。





「―――盗まれたのはジュエルシードだ。...それも、21個全て...な。」











「....厄介な事になったな...。」

  とりあえず、招集についての説明が終わり、一度解散する。
  その中で、僕はポツリとそう呟いていた。

   ―――以前の時と違い、ジュエルシードは全て一か所にある。
   ―――その全てが力を発揮した場合、全員で当たらなければならない。
   ―――...皆、気を引き締めておくように。

「(願いを歪めて叶える願望石。ジュエルシードか...。)」

  説明の際に言っていたクロノの言葉を思い出しながら、僕は思考する。

「(あー、ムートの記憶が蘇ったから余計に忘れてたなぁ...。まさか、“原作”に出てきたロストロギアが関連してるとは...。)」

  もうほとんど覚えていないが、“原作”一期のキーアイテムがそのジュエルシードだったはずだ。...尤も、願いを歪めて叶える程度しか覚えてないが。

「....数は21個。一つ一つが世界を滅ぼしうる力を持っている。....確かに、そんなのが一か所に集まってて、全てが猛威を振るう場合なんて....想像したくないな。」

「むしろ、これだけで足りるのかしら?とでさえ思ったわ。」

「今までの仕事なんてお遊びだったって言えるくらい、厳しい戦いになりそうだね。」

  いつの間にか椿と葵が会話に入ってきていた。
  いや、まぁ、二人とはいつも一緒に行動してるから当然なんだが。

「...っと、まだここに居たのか、優輝。ちょうどよかった。」

「クロノ?」

  一度リンディさんに報告しに行っていたクロノが、戻ってくるなり話しかけてくる。

「椿と葵もいるが...まぁ、同居してる二人なら問題ないだろう。」

「...何か話が?」

  その言い分からするに、僕への個人的な話でもあるのだろう。
  そう思って、聞いてみる。

「...優輝の両親の事についてだ。」

「っ、なるほど...。」

  確かに、できるだけ個人的な話にした方がいいな。

「事件当日の日にちから調べた結果、車内にあった人影について分かった。....当時、転移系のロストロギアを持った次元犯罪者がいてな。同時刻、行方が掴めなくなっていた。」

「っ....つまり、転移系のロストロギアに、両親は巻き込まれた...?」

  管理局から逃げ回っていた犯罪者が、そのロストロギアを使用。それで両親の車内に転移し、再度ロストロギアを使用。それに両親は巻き込まれた...と。
  おそらく、こんな感じなのだろう。

「ああ。そして、その次元犯罪者はつい最近、見つかった。...まぁ、見つかったと言っても捕まえた訳じゃない。さらにロストロギアを盗んで逃げたんだ。」

  つい最近?ロストロギアを盗んで逃走?
  ....まさか、それって...。

「...その犯罪者の名前は“クリム・オスクリタ”。...今回の事件と同一犯だ。」

「なっ....!?」

  そう、その名は先程の説明の際、出てきた名前だ。
  ジュエルシードを盗んだ張本人。...まさか、両親を行方不明にした犯人だったとは...。

「...犯人を逃さない理由、増えちまったな...。」

「君の両親の安否は分からない。...が、確かに、逃せない理由は増えたな。」

  まさか、こんな所で事件が繋がるなんてな...。

「とりあえず、クリム・オスクリタが見つかるまで待機していてくれ。」

「ああ。分かってるさ。」

  僕ら個人で探すより、アースラの設備を使って探した方が効率がいいからな。

「じゃ、ちょっと体を動かしてくる。」

「ああ。あまりやりすぎないでくれよ?」

  大丈夫だと手を振って、僕はアースラ内にある模擬戦場に行く。







『クリム・オスクリタを発見した!至急向かってくれ!僕も向かう!』

「っ、了解!」

  適当に体を動かして休んでいると、クロノから連絡が来た。
  すぐさま転送ポートに向かい、指定の世界に転移する。

「....あの洞窟か...。」

  向かった世界は無人世界。そこの天然の洞窟に身を潜めているらしい。

「...僕が奇襲をかける。皆は逃げ出した時のために包囲していてくれ。」

「分かった。だが、洞窟だぞ?既に袋小路な気がするが...。」

  クロノの言葉に織崎がそう返す。
  ちなみに、今この場にいるのは僕、フェイト、ヴィータ、奏、織崎、クロノの六人だ。
  今の所ジュエルシードも発動していないし、速いか小回りの利く人選らしい。

「忘れたか?奴は次元転移すら可能にする転移系ロストロギアを持っている。油断すれば一瞬で逃げおおせる代物だ。」

  そう。これが管理局からジュエルシードを盗めた要因。
  僕にとっては両親が行方不明になった原因でもあるロストロギアだ。
  確か、名称は“メタスタス”だったな。

「では、行ってくる。感づかれる真似はしないでくれよ?」

  そう言ってクロノが洞窟へと音を立てずに向かっていく。

「(さすが執務官。身のこなしはバッチリだな。)」

  クロノは僕程ではないけどなんでもそつなくこなせる。魔力も僕より多いしな。
  なのはやフェイトもカートリッジなしではなかなか勝てない程に強いし。

「...僕らも行こう。」

  僕がそう言い、皆も包囲するように位置に就く。
  もちろん、感づかれないようにだ。

「...............。」

  洞窟から少し離れてるため、中からの声は聞こえない。
  だからこそ、緊張し、待機している時間が途轍もなく長く感じられる。

「(...状況は...クロノが拘束に成功しているな。...だけど、この落ち付き様は...?)」

  霊力で中の様子をレーダーのように探り、状況を視る。
  ついでに、魔力の質も覚えておく。後で必要であればリヒトに登録しておくか。

『っ!?すまない!取り逃がした!!』

「『なっ!?こっちでは捕捉してねぇぞ!?』」

  突然のクロノからの念話...その内容に思わずヴィータが言い返す。

「『...霊力で探知してたけど、その場からいきなり消えたのを確認した。』」

『...やはりロストロギアの力か...くそっ、油断した...!』

  心底悔しそうなクロノ。...確かに、絶好のチャンスと言えたからな...。

『...一度、アースラに戻ろう。奴の目的の一端は知れたからな。』

「『了解。』」

  クロノが出てくるのを待って、僕らはアースラへと戻った。







  アースラに戻った後は、会議室にて一端情報の整理を行う。

「...転移系ロストロギア“メタスタス”...。事前にあった情報通り、少ない魔力で転移するのは分かった。...だが...。」

「あまりに早い。発動した瞬間には転移していた...だな?」

「ああ。...危険性が少ないと、僕が油断していた落ち度だ。...すまない。」

  クロノはそう言って頭を下げる。

「だ、大丈夫だよクロノ君!また探し出せば...!」

「数ある次元世界の中からたった一人...それも転移系のロストロギアを持っている犯罪者を探し出すのは、困難を極めるんだ。...それこそ、砂浜の中から真珠を探し出すように。」

「っ....。」

  なのはがフォローを入れようとして、失敗する。
  ...確かに、管理局ですら把握しきれていない次元世界の中から探し出すのはな...。

「...クロノ、一応奴の魔力の波長データを渡しておく。これで少しは足しになるだろう。」

「...助かる。」

  ...だが、これでも焼け石に水だ。あまり大した効果はないだろう。

「じゃ、じゃあ、もう探し出すのは...。」

「いや...いくらかは絞り込める。だが...。」

  司さんの言葉に、クロノはそう返す。
  だが、その次の言葉を言いよどむ。

「...少しでも情報はあった方がいいぞ?」

「...そうだな。奴の目的、その一端を話しておこう。」

  そう言ってクロノは一度悔しさを引込め、真剣な顔になる。
  ちなみに、どうやって知ったのかと聞くと、本人が得意げに言っていたらしい。

「...奴の目的..というよりその過程だな。奴は、ジュエルシード全て集めるつもりらしい。」

「全て...?21個が全てではないの?」

  ジュエルシードについて大きく関わっていた経緯のあるプレシアさんが聞き返す。

「はい。....奴は、少なくとも後三つはあるような口ぶりをしていました。」

「そんな馬鹿な!?ユーノは21個しか発見していなかったぞ!?」

  以前にユーノから話を聞いたのだろうか、織崎がそう主張する。

「僕にも詳しくは分からない。...だが、奴は残り三つの場所を知っているようだった。」

「その場所に向かった可能性が高い...だけど場所が分からない...か。」

  やばいなぁ...完全に後手に回っている...。

「....重要なのは、ジュエルシードの使用目的。」

「...碌なものではないだろう。奴の表情がそれを物語っていた。」

  奏の言葉にクロノが苦虫を噛み潰したような表情で返す。
  あっさり逃げられた事を根に持っているのだろう。

「くそ...!奴が行動してからでは遅いのに、ジュエルシードが発動しない限り、捕捉するのは困難を極めている...!どうすれば...!」

  大人しく行動しだすのを待つしかない状況に、クロノが頭を悩ませる。
  それらを見守っていたリンディさんも、今では思案顔だ。

  ...かくいう僕も、何もいい案は浮かばない。
  ジュエルシードは完全に封印しているらしく、誤作動で発動する事はない。
  だから、どうしようもない状態なのだ。

「(どうする。なにか案はないか...なにか...!)」











〈―――25個、です。〉



「.....えっ?」

  突然、響いた声に司さんが反応する。
  皆も、司さん...いや、司さんの首元にあるシュラインを見る。

〈...ジュエルシードは全部で25個です。〉

「....どうして...シュラインがそれを...?」

  あまりに唐突すぎて、司さんは途切れ途切れに聞く。

〈本来であれば、あのように歪み、変質してしまったジュエルシードは封印されておくべきでした。ですが、そうも言っていられなくなったので、少しばかり進言を。〉

「いや、そう言う事じゃない。シュライン、なぜ司のデバイスである君が、ジュエルシードの正確な数を断言できる?」

  訝しむように、クロノはシュラインにそう言う。
  ...それより、直接ではないけど視線を集めている司さんがちょっと不憫...。

〈...元々、ジュエルシードと私は共にある存在でしたから。...ジュエルシード管制デバイス“シュライン・メイデン”...それが私の名前です。〉

「...それが本当だとして、君はどこまでジュエルシードについて分かる?」

  シュラインの言い分に、皆驚いて言葉を出せないようだ。
  そこで、僕が気になった事を問う。

〈本来の性能と使用用途、出自。そして大まかな座標が分かります。〉

「全部、説明してくれるか?」

〈いいですよ。少々、長くなりますが。〉

  リヒトに記録するよう指示しておき、シュラインから話を聞く。





〈―――以上です。〉

「......。」

  とりあえず、性能・使用用途、出自について聞き終わる。
  まとめると...。

   ・本来は願いは歪まず、内包する魔力で実現可能な事象を引き起こす。
   ・願いを歪めるようになったのは、あの21個のみ。
   ・用途は災厄など、人に害を為すモノから護るのが主。
   ・ジュエルシードを正しく扱えるのは、天巫女という一族のみ。
   ・ジュエルシードは遠く離れた次元世界にて、天巫女によって生み出された。
   ・遺跡で発見されたのは、その世界から移動し、変質したジュエルシードだった。
   ・ジュエルシードの本質は、司さんの持つ“祈りの力”と同じ。

  ....こんな所か。

「...ジュエルシードの大まかな位置の前に、その“天巫女”っていうのは...。」

〈...マスターのように“祈祷顕現(プレイヤー・メニフェステイション)”という能力の持つ女性の一族です。〉

  祈祷顕現...あの祈りを具現化する力か...。

「ま、待って!じゃあ、私の両親は....。」

〈どちらかが天巫女の血を引いているのです。天巫女の一族はかつて、災厄によって世界を滅ぼされないために、3個のジュエルシードで災厄ごと世界を移動し、21個のジュエルシードで災厄を討ち祓い、残り一つと私で、おそらくこの地球に流れ着きましたから。〉

  またもや驚愕の事実だった。
  さすがに、驚きなれたのか、皆はもう固まる事はなかったけど。

「...“おそらく”って事は、確実ではないのか?」

〈はい。当時の天巫女を転移させた後は、私はずっと次元を彷徨っていましたから。〉

  ....この短時間で色々と壮大な事を知ったな...。
  まさか、ジュエルシードと司さんの一族にそんな関係があったなんてな...。

「...話が逸れてしまったな。シュライン、さっき言ってた通り、ジュエルシードの大まかな位置を教えてくれないか?」

〈わかりました。〉

  クロノの言葉に、シュラインは淡い光を放つ。
  皆に見せるために、位置データを投影するように映し出される。

〈....大体、二つ次元世界を跨いだ所ですね。21個もありますから、位置がわかりやすいです。...方向は...二時方向に進路を変えた先です。〉

「...わかった。艦長!」

「ええ。管制室に伝達。二時の方向に進路を変えてちょうだい!」

「了解!」

  シュラインの言葉に、クロノがリンディさんに指示を仰ぎ、リンディさんがシュラインの言った位置へ向けて進路を変えるように指示をする。

「...次に見つけるまで時間があるだろう。それまで解散していてくれ。」

〈また移動するかもしれませんので、私は残ります。マスター、よろしいですか?〉

「え、あ、うん。いいよ。」

  司さんがシュラインをクロノに預け、僕らは一度解散する。
  ...長丁場になりそうだな...。とりあえず、今日はもう遅いし寝るか。







「はい、司さん。」

「あ、ありがとう優輝君。」

  翌日。食堂にて、司さんの分の朝食を運ぶ。

「昨日から元気がないな。」

「...うん。ちょっと、色々知りすぎちゃったから...。」

「まぁ..あれはなぁ...。」

  誰でもあれは驚愕の事実だと思う。
  (司さんにとって)因縁のあるジュエルシードが、まさか自身に深く関わってるだなんて、普通は思わないだろう。

「椿ちゃんは?」

「葵と一緒に飛行練習。...と言っても、僕らと大差ないくらいには上達してるけど。」

  度々嘱託魔導師として僕が動く際に、(便宜上)使い魔である椿とそのデバイスである葵も連れて行くので、その度に椿は飛行技術を上げている。
  元々戦いには慣れているから、その分上達も早いのだろう。

「....司さん、ふと気になった事があるんだけど...。」

「どうしたの?」

「昨日のジュエルシードの件。...25個中、21個は敵の手中で、多分3個は元々あった世界にある。....じゃあ、残り一つは?」

  ...そう、何気に見落としていた残り一つのジュエルシード。
  シュラインとその一個で司さんの先祖を地球に転送させたらしいけど...。

「...まだ、次元の狭間を漂流してるんじゃないかな...?シュラインがそうだったみたいに。」

「...普通に考えれば、それが妥当かなぁ...。」

  嫌な予感が拭えない。
  以前にあった司さんやシュラインの調子が悪いという件。
  あれはまだ解決した訳でなく、支障が出ない程度に今も続いている。

  ...もし、その原因がジュエルシードだったら?
  先程、そう考えてしまった。

「(...残り一つはシュラインの中に収納されているんじゃないか?だからこそ、他のジュエルシードの位置も掴める...。)」

  そこでふと、シュラインが投影していたジュエルシードの座標を思い出す。
  21個のジュエルシードを示す光点と、もう一つ小さな光点がど真ん中にあった。
  あの時は現在位置を示しているのかと思ったが、あれも実は残り一つのジュエルシードの位置を示しているのでは?
  そうだとすれば、余計にシュラインの中に収納されている可能性が高い。

「(...だとしても、それでどうして調子が悪い?)」

  シュライン自体に異常はなく、外的要因としてジュエルシードが関わっているのであれば、なぜシュラインはそれを対処しようとしない?
  それに加えて、あの21個以外のジュエルシードは変質していないはずだ。
  なら、なんで“調子が悪い”などと、マイナスの効果が...。

「(...いや、“対処できない”のか...?)」

  何かしらの理由があり、シュラインでは、司さんでは対処できない。だから収納したままで放置するしかない。
  もしそうであるならば、その原因は....。

「優輝君?」

「....っ、ごめん。考え事してた...。」

  ....深く考えすぎだ。確証なんて、どこにもないのに。

「(今は目の前の事...だな。)」

  とりあえず、あの次元犯罪者をどうやって逃げられないようにするかが先だな。







       =椿side=



『次、出すよ!』

「ええ!」

  葵が魔力弾を出し、素早く動かす。
  それを、私は空中で回避しつつ、正確に射抜く。

「...ふぅ。」

『お疲れさまかやちゃん。』

「これで飛行に関して不安はなくなったわね。」

  私達式姫には飛ぶ機会も方法も限られていたため、少し慣れていなかった。
  だけど、さすがに慣れたのか、もう完全に克服していた。

『ところでかやちゃん...。』

「分かってるわ。....隠れているのは分かっているの。出てきなさい。」

  休もうとして、私達を覗いていた気配にそう言う。
  ...出てきたのは...織崎神夜。

「...優輝と離れて、機会が回ってきたって所かしら?」

「.......。」

  今まで彼と関わる時は、決まって優輝が傍にいた。
  今回は偶々別行動しているので、今の内に接触しておこう...って感じね。

「...二人は、なんであいつに付き従う?」

「別に付き従っている訳じゃないわよ。私は優輝に恩があって、新しい主として家も使わせてもらって....あら?」

「それ、付き従ってるどころか、凄くお世話になってるよ。」

  いつの間にかユニゾンを解除している葵がそう言う。
  思い返せばそうだったわね。
  ...って、優輝にあまり恩を返せてないじゃない!?

「まぁ、式姫...使い魔としてなら、付き従ってるのも間違いじゃないわね。」

「かやちゃんの場合は、付き従うというか、慕っているよね。」

「ばっ...!そ、そういう訳じゃないわよ!」

  ...つい反射的に否定してしまったけど、その通りなのが恥ずかしい...!

「...なら、どうしてあいつの間違った行為をそのままにしている!」

「間違った行為?」

  優輝が客観的に見て間違っている事なんて...あったかしら?

「...なんの事よ?」

「あれかなぁ...?雪ちゃんが死んじゃった時の...。」

「ああ、あれね...。あれは確かに間違っていたわ。...結局、私達では止められずに緋雪のおかげで収まったんだけど。」

  でも、この様子じゃあ、彼の言っている事と私達の言っている事は別のようね。

「まさか、お前らも洗脳されてるのか...?」

「洗脳?それこそありえないわ。」

  優輝の性格を、人柄を...そして苦悩を見てきたからこそ、それは断言できる。
  優輝は、決して人の心を操ったりなんてしないと。

「嘘だ!現に緋雪はあいつに対して妄信的になっていた!あれが洗脳されていないのなら、なんだって言うんだ!」

「...あんた、何勝手な思い込みをしているの?」

  緋雪が妄信的な所も理解できない。
  優輝と同じく、緋雪も私達はよく見てきた。
  ...あの子は、寂しがり屋で、それでも純粋な良い子だった。
  そんなあの子が妄信的になっている所なんて、私達は見た所がない。

「司さんがあいつと仲良くしてるのも、きっと洗脳されているからなんだ...!」

「(...ねぇ、もう相手したくないんだけど。)」

「(無視したって絡んでくるよ。多分。)」

  目で葵とそんな会話をする。
  すると、そこで自分の中で結論に至ったらしく、変な事を口走り始めた。

「そうか...二人も洗脳されてるんだな...!待ってろ、今解放して...!」

「いい加減にしなさい。さっきから洗脳洗脳って...。」

「そっちのが本当に人を洗脳してる癖に、何言ってるんだろうね。」

  呆れてそうとしか言えなかった。
  優輝から聞いたり、他の人達を視た限り、どう見ても彼の方が洗脳をしている。
  優輝曰く、無自覚に異性を魅了するらしいけど...。

「目を覚ませ!二人だって、転生者なんだろう!?なら、あいつの洗脳に負けるな!」

「....“転生者”?」

  記憶にない単語ね。“転生”とかなら聞いた事はあるけど。

「(多分、輪廻転生と関係あるのだけど...閻魔...はともかく、夜摩天(やまてん)からもそう言う事は聞いた事ないわね...。少なくとも転生は関わっているのだろうけど。)」

  転生...魂を輪廻の輪に戻し、新たな生命として生まれ変わらせる...。
  当然、その際に生前の記憶は失う。...稀に前世の名残を持っている者もいるけど。

  ...もしかして、“転生者”って記憶がそのまま残っている者の事かしら?
  優輝と緋雪、司や目の前の彼の魂だって、明らかに練度の違う魂だったし。

「....だとしたら、とんでもない勘違いね。」

「....なに?」

  ...あぁ、口に出てきた言葉に反応したわね。ちょうどいいわ。

「“転生者”というのはよく知らないわ。でも、私と葵は式姫としての志がある限り、現世にいる護るべき人の子を護るのが使命よ。....それに、変わりなどないわ。」

「何を以ってあたし達を“転生者”と言っているのかは分からないけど、優ちゃんも護るべき人の子。...害を為す気なら、相応の対応をさせてもらうよ。」

  彼の魂も優輝たちと同じように常人よりも練度はある。
  だけど、それだけしか分からず、他は()()()()()()()
  だからこそ、私達は一瞬の隙も見せる事ができない。

「くっ...記憶も改竄されてるのか...!」

「(呆れて何も言えないよ...。)」

  飽くまで自分の推測が正しいと思い込んでいる彼に、葵もさすがに呆れる。
  ...もう、問答するのも面倒ね。

「...はぁ、思い込みも大概にしなさい。」

「思い込みじゃない!くそ...!あいつめ...!」

  明確な根拠もない。確固たる証拠もない。
  それなのに、どうして思い込みじゃないなんて言えるのかしら?

「一度頭を冷やして、客観的に考えなさい。」

「っ!?」

  地面を軽く蹴り、一瞬で彼の懐に入り込み、顎を一閃。
  彼の防御力を貫き、脳を揺らす事であっさり気絶させる。

「容赦ないね。」

「こういう類は、一度思考を中断させないとどんどん深みに入るのよ。だから、一度気絶させた方が良いのよ。」

「同感だね。」

  第一、今はそれをやってる暇はないでしょうに...。

「とりあえず、長椅子あたりに寝かせておくわ。」

「そうだねー。」

  さて、そろそろ優輝の所に戻りましょうか。









 
 

 
後書き
メタスタス…転移系ロストロギア。少ない魔力で簡単に次元転移すら可能にする。転移できる範囲も広く、いくつかの次元世界を跨ぐことが出来る。一応、危険性の少ないロストロギアらしい。名前の由来は“転移”のフランス語。
閻魔…式姫の一人。傾奇者。極度の面倒臭がりで、面倒だからと魂を裁く際に、全部地獄行きという判決にする事も。
夜摩天…同じく式姫の一人で傾奇者。主に閻魔の所為で苦労人になっている。料理は普通におにぎりを作ろうとしても異形のナニカができる(穢れがあるらしい)。

さて、織崎の頓珍漢っぷりが上手く表現できたかな?(元々こんな感じの奴です。)
優輝を敵視するオリ主(笑)ポジなのに、全然それっぽくなかったので少し入れました。
これにより、しばらく敵視します。(仕事中なので一応自重しますが。)

あ、ユーノは無限書庫に篭っているので今回はアースラに乗っていません。
...ユーノ、君(の出番)は犠牲となったのだ...。

いつか活躍の場を与えてやりたいです。 

 

第51話「未知の次元へ」

 
前書き
描写されてないですが、設定では椿達は優輝より強いです。
だから、前回あっさりと織崎を気絶させれました。不意打ちなのもありますが。

ちなみに王牙は描写するまでもない状態です。
そこら辺のナンパ男みたいに女性陣に絡んではあしらわれてるだけですから。
 

 




       =優輝side=





「...未探索エリア?」

「ああ。そろそろそこへ入る。」

  クリム・オスクリタを逃してから二日目。
  一度皆を集めてからクロノはそう言った。

「次元世界は皆も分かってると思うが、管理局でも把握しきれていない。」

「...だからこそ、“管理外世界”と呼ばれる世界がある。」

「その通りだ。」

  クロノや補足した奏の言うとおり、管理局はいくつも連なる世界の全てを知っている訳ではない。
  地球が“管理外世界”と呼ばれるように、管理しきれていないのだ。

  だから、“未探索”と呼べる次元の域が存在し、その先は管理局も知らないらしい。

「長丁場になると分かっていたため、物資は十分にある。本局にも、そのエリアに進入する許可を得ている。...だから、危険だと判断すればすぐに本局に応援を求められる。...尤も、要請するために撤退できればだがな。」

「...だけど、未知となる領域だから、覚悟しておけと...?」

「そうだ。...僕自身、そんな経験は初めてだからな。何が起きても対処できるよう、用心と覚悟をしておいてくれ。」

  まぁ、誰だって“未知”は恐れるものだし、クロノの言うとおり気を付けないとな。

「結局、クリム・オスクリタはどんどん転移で逃げて行ったからねー。」

〈おそらく、残り三つのジュエルシードの下へと向かっているのでしょう。〉

  アリシアの言葉にシュラインが答える。
  ...そう、一昨日シュラインが言った通り、クリム・オスクリタは何度もロストロギア“メタスタス”を使って転移を繰り返していた。だからこんな所まで来たのだ。

「伝えておきたかったのはそれだけだ。何かあればすぐ連絡する。またしばらく自由にしていてくれ。」

  クロノがそう言い、話は終わる。





「...そういえば、残り三つがある世界って、まだ人っているの?」

〈そればかりは分かりません。なにせ、数百年経っていますから...。〉

  皆が解散し、ふと呟いた司さんの言葉にシュラインがそう答える。
  ちなみに織崎の魅了を受けている女性陣は皆出て行った。
  リニスさんとプレシアさんもデバイスとかの点検をするらしく、同じく出て行った。
  ...そういや、織崎にさらに敵視されるようになってたな...?

「...僕の予想としては、まだいると思う。」

「クロノもそう思ったのか?」

  クロノの言葉に僕はそう言う。
  僕も誰かが生き残っていると思っていた所だ。

「希望的観測だけどな。...ジュエルシードがその世界にある事を奴は知っていた。それはおそらく、メタスタスであの世界に流れ着いた時に知ったのだろう。...でないと、普通は知る事ができないからな。」

「管理外どころか、未探索の世界だからな。僕もそう思う。」

  本来シュラインぐらいしか知らない事実だからな。

「そうだとして、もし人が生き残っていないなら奴は既にジュエルシードを持ちだしているはずだ。その三つは願いを歪める事もないのだからな。」

「そうじゃないという事は、そこに誰かが生き残っていて、ジュエルシードを護っているから...って所か?」

「その通りだ。」

  どうやら僕とほぼ同じ考えだったようだ。

「だけど、ジュエルシードを扱えるのって私の一族だけなんでしょ?」

〈おそらくは知らないのだと思います。かつて25個あったときは、暗黙の了解でしたから。...それに、天巫女の一族でなくとも、内包されてる魔力を扱う事はできます。〉

  司さんの疑問にシュラインが答える。
  ...もう一つ最悪な想定もあるけどな。奴も天巫女の一族の可能性っていう。
  ...まぁ、天“巫女”だから結局正しくは扱えないだろうけど。

「...この際、ジュエルシード関連は置いておこう。問題は、奴をどうやって捕まえるかだ...。」

「確か、バインドで拘束した状態から逃げたんだよね?」

  クロノ曰く、バインドで完全に拘束し、逃げられない状態だったらしい。

「ああ。あの時のように奇襲に成功しても、すぐに逃げられるだろう。」

「方法としては、不意を突いた一撃で気絶させるか、そのメタスタスをどうにかするか...。」

  だけど、前者は奇襲を前提とした作戦だ。
  奇襲じゃなければ、不意を突いても魔力を流し込むだけで逃げられるメタスタスがあるので、余程速い一撃じゃなければいけない。
  ましてや、何気に長年管理局から逃げ続けている犯罪者だ。一筋縄でいく訳がない。

  だからと言って、奇襲のチャンスを待つほど悠長な事はできない。
  いつ、奴がジュエルシードを使うか分からない今、早く行動を起こさなければならない。

「....どちらも厳しいな。メタスタスをどうにかしようにも、やはりロストロギアだ。不意を突いて撃ち落とす以外の方法は困難を極める。」

「相変わらず凄い推察だな...。確かに、その通りだ。」

  問題は奴本人の実力が未知数なところだ。
  弱いのであれば、メタスタス発動までに僕や椿、もしくはフェイト辺りでメタスタスを撃ち落とせるが...今まで管理局の手を逃れてきた奴が弱いとは思えない。
  そんな奴が、警戒していつでも逃げられるようにしていたら...。

  ....ん?“警戒”して....?

「...むしろ、“逃げる”と言う選択肢を選ばせないようにすれば...?」

「....なに?」

「敢えてジュエルシードを使わせ、“別に逃げる必要がない”と思わせ、その時にメタスタスを撃ち落とせば...!」

  逃げる選択肢を失くせば、後は手段を奪えばいい。
  ....だが、これは...。

「バカな事を言うな!みすみすジュエルシードを使うのを....皆が危険に晒されるのを見逃せというのか!?」

「...そこが、問題だよな...。一個、二個程度なら何とかなるだろう。だけど、おそらく奴は全て使うつもりだ。そうなれば、捕まえるどころの話じゃなくなる...。」

  結局、振り出しに戻った。

「....いや、一つだけ手がある...?」

「えっ?」

  ふと、一つの事に思い当たり、司さんを見る。

「...司さんが、天巫女として残り三つのジュエルシードを使って、対抗すれば...。」

「み、三つで対抗できるの...?」

〈可能です。あの歪んだジュエルシードの出力より、正当な使い方をした方が強力ですから。対抗は可能です。...ですが。〉

「対抗止まり...か。いや、三つで7倍の数に対抗できるって...。」

  そう考えると、天巫女って凄まじいな。
  ...って、待てよ?三つで...なら...。

「四つだとどうなんだ?」

〈.....抑え込む事は可能です。もちろん、その後の封印などは他の者任せになります。〉

「うーん...。」

  まぁ、封印するだけなら何とかなるか...?

〈ちなみに、それはどれだけ低く見積もっても...です。しっかり使えば、三つだけで事足ります。〉

「マジでか...。凄まじいな...。」

  改めてロストロギアの凄まじさを垣間見た気がする...。

「だが、危険な事には変わりない。司が例え天巫女の一族だとしても、上手く行くとは...。」

「...いえ、やってみます..いえ、やらせてください!」

「司?」

  突然そう主張した司さんに、僕もクロノも少しばかり驚く。

「(私がやらないと、皆の危険が増す...。それだったら、私だけが...!)」

  ...なんだろうか、嫌な予感がまた...。

「...上手く行けば、こちらとしてもありがたい。...だが、危険だというのを忘れないでくれ。」

「...大丈夫、分かってるよ。」

  クロノも少し訝しんでいるが、僕がさっき言った展開になった場合はそうするしかないので、とりあえず了承した。

「だが、最善手はジュエルシードを使わせる前に完全に捕縛する事だ。」

「そうだな。まぁ、あいつの目的はジュエルシード全てだ。早々ロストロギアで逃げる事もないと思うよ。」

  目的の物が目の前にあってみすみす逃げる事はしないだろう。
  ...まぁ、用心に越した事はないが。

「...とりあえず、今のを参考にこれからの作戦を組み立てる。...少し集中したいから一人にしてくれないか?」

「了解。...あまり根を詰め過ぎるなよ?」

「分かってる。慣れもあるが、それぐらいは身を弁えてるさ。」

  まぁ、クロノはきっちりしてるからそこは大丈夫だろう。
  無理はするだろうから油断できないが。

「そう言う事だし、出ておこうか。」

「うん、そうだね。」

  あれ?そう言えば椿と葵もいたはずだけど...。

「...なにやってるの?」

「相変わらず魔法関連は理解しにくい事があるから、聞き流しながら御札調整?」

「重要な所は聞いちゃってたけどねー。」

  そう言いながら、大量の御札を仕舞う。

「どうせ後の会議で分かるでしょ。さぁ、出ておきましょ。」

  ちょっとぶっきらぼうに椿はそう言って、先に出て行く。

「(...機嫌損ねたかな?)」

  もしかして放置してたから?

「かやちゃん、優ちゃんに構ってもらえなかったからって拗ねてるー。」

「なっ...!?す、拗ねてないわよ!べ、別に寂しくなんて...!」

「誰も寂しい?って聞いてないよ?あたしはちょっと寂しかったけど。」

「っ~~~!!」

  ...あー、やっぱり、放置してたのが悪かったか...。
  後で、なにか埋め合わせを...。

「まぁ、放っておいて悪かったよ。放置されるのは精神的にきついもんな。」

「むぅ...ま、まぁ、いいわよ。分かってくれたなら。」

  椿はそっぽを向きながらも、許してくれた。

「あー...君達...?」

「っと、すまんクロノ!ほら、行くぞ椿!」

「あ、ゆ、優輝!?」

  未だに部屋に留まっていたせいで、耐えかねたクロノが声を掛ける。
  慌てて僕は椿の手を握ってその部屋から退散した。
  もちろん、葵や司さんもついてきている。

「っ~~~!(ゆ、優輝の手、手が...!)」

「(うわぁ...かやちゃん、尻尾振れまくってるし、花も...。)」

  ...なんか椿の手に熱がこもった気がして後ろを振り向くと、顔を赤くした椿と、なぜか出現しまくる花が...。
  何か嬉しい事でもあったのか?

「椿?」

「え?っ、きゃっ!?」

「あ、しまっ!?」

  立ち止まって聞こうとしたら、いきなりすぎたのか椿は体勢を崩してしまう。
  そのまま、僕にぶつかる形で転んでしまう。

「....あ、えと..。」

「っ...!ぅ、ぁ....っ~~!」

  僕を押し倒す形になった椿は、みるみる顔を赤くする。

「ご、ごめんなさい...!」

「あ、ああ。いきなり止まった僕も悪かったよ。」

  すぐさま僕の上から退いて謝ってくるので、普通に許す。
  まぁ、怪我もないし別にいいからね。

「....優輝君ってもしかして...。」

「うん。多分、天然の女誑しだよ。」

「なんか言ったか?」

  司さんと葵が何か言っていた気がするけど、聞き逃してしまった。

「っ......!」

  ...椿は椿でさっきの気にしてか顔赤いし。(なぜか花も出てくる。)

〈...マスターは昔からこうですよね...。〉

「おい、リヒト。それどういうことだ。」

  なんか納得のいかない会話が繰り広げられてる気がする...。







「シッ!」

「はぁっ!」

  トレーニングルームにて、リヒトと椿の短刀がぶつかり合う。
  さっき放置していた事に対するお詫びの一つだ。
  他にも、僕の手料理を振る舞ってくれとか頼まれている。
  ちなみに、司さんはあの後リニスさんやプレシアさんのいる方へ向かった。

「はっ!」

「っと!」

  連続の突きを、僕はリヒトで受け流す。
  けど、受け流す事は予測されているため、受け流されても隙がない。
  それどころか...。

「甘いわ!」

「なっ!?」

  反撃を逆に受け流され、懐に入り込まれる。
  そのまま放たれる掌底を、何とか身を捻らす事で回避する。

「まだよ!」

「くっ...!」

  だけど、回避した所に足を薙ぎ払われ、思わず後退してしまう。
  ...ここまで来れば、もう詰みだ。

「終わりよ。」

「っ!!」

     ―――ヒュガガガガ!!

  一瞬でいくつもの矢が放たれ、微妙に速さが違うそれらは、僕に到達する時には寸分の狂いもなく同時だった。
  そのため、全てを受け流す事もできず、僕は壁に磔状態になり、手も足もでなくなる。
  実戦であれば、すかさず追撃を受けるため、これで僕の負けだ。

「...やっぱり腕を上げた?」

「霊力も完全に回復して、ちょっと力不足を感じたのよ。...それに、もっと優輝の役に立ちたいから...。」

「まだまだ子供には負けられないよー。」

  椿と葵も、緋雪が死んでからさらに腕を上げたらしく、二人共一対一でも僕に勝てるようになっていた。

「しっかし、すぐに追い抜かれたなぁ...。」

  緋雪の死から立ち直ってしばらくの頃は、二人同時に相手してても拮抗できていたのに、今では一対一でも負ける事があるようになっていた。

「優ちゃんがこのまま大人になっただけでも、あたし達は勝てなくなると思うけどね。」

「優輝に勝てるのは、まだ優輝が子供の体だからよ。」

  種族によるスペック差もあるだろうけど、やはりそこなんだな...。
  僕もムートの時の経験を思い出してはいるけど、如何せん前々世とは体格が違う。
  だから、いくつかの齟齬が生じ、二人に負けてしまう。

「それと、本来は式姫の強さには上限があるのに、優輝の式姫になってからはそれが感じられないのもあるわね。」

「あたしもデバイスになった...と言うよりも、優ちゃんと一緒にいるようになってからは同じだね。だから、その分あたし達も成長しているの。」

  あー...そりゃ、勝てないかな...。
  ただでさえ戦闘に関しては僕並なのに、さらに成長するからな。

「...ま、心強いのには変わりないよ。」

「と、当然よ。私は優輝の式姫なんだから。」

  顔を赤くしてそっぽを向きながらそう言う椿。花が出てる所から嬉しいのだろう。
  そんな椿に、葵と共に和んでいると、クロノから通信が入る。

『これからの方針を決める。一度会議室に集まってくれ。』

「...決まったみたいだな。」

「っ、ええ。行きましょうか。」

  ちょうど特訓もキリがいいし、そのまま会議室に向かった。






「さて、作戦についてだが...。まず大前提として、僕達の目的は次元犯罪者クリム・オスクリタの捕縛だ。ロストロギアはその過程で障害になるものと分かっていて欲しい。」

  再び皆が集まり、クロノの話を聞く。

「捕縛の作戦は至ってシンプルだ。奴が逃亡する前に行動不能にする。...それだけだ。」

「でも、それが難しいんじゃ?」

  なのはが率直にそう言う。一部の人も同じ考えのようだ。

「まぁ、飽くまでこれは“捕縛の作戦”だ。ロストロギアの存在からすれば、当然そんなのは容易じゃない。」

「じゃあ、どうやってそれを成し遂げるの?」

  今度はフェイトが聞く。

「やはり一番上手く行ってほしいのは奇襲をかけてロストロギアを使われる前に行動不能にする事だ。もちろん、そうするために全力を尽くすが...。」

「...失敗した時の対策...だな?」

  この会議の中心はそれだ。
  さっき、クロノはそれについて考えていたのだから。

「ああ。...奴の目的はジュエルシード全て。おそらく、行動に出たら逃げる可能性は低くなるだろう。目的の物が目の前にあるからな。」

「...つまり、ジュエルシードを囮にするのか?」

  織崎が推測してそんな事を言う。

「そんな危険な事、本来ならしたくないが...当たらずとも遠からず...だ。」

「...おいクロノ、もしかして...。」

  なんとなく、さっきクロノとしていた会話を思い出す。

「...もし、ジュエルシードを使われた場合の作戦の要は、司だ。」

「っ...!」

  クロノは僕と司さんを一瞥してから、皆にそう告げた。

「司が天巫女としてその世界にあるジュエルシード三つを使い、奴に対抗する。」

「なっ....!?」

「ふざけんじゃねぇ!!なに司を態々危険に晒してやがる!!」

  織崎と王牙が驚愕し、クロノにそう怒鳴る。
  まぁ、気持ちは分かる。囮とそんなに変わらない事をさせてるからな。

「...飽くまで最悪の事態になれば...だ。僕だってそんな事は実際になってもしたくない。...だが、彼女自身がその時の覚悟を決めているんだ。...なら、信頼するべきだろう。」

「っ...くそ...!」

  ....実際は、他に打つ手がないのだろう。だから、こんな危険な作戦を...。

「さっき言った通り、これは最悪の事態での作戦だ。ジュエルシードの危険性を考えると、奴に“逃げ”の選択肢を取らせた方がマシだ。」

「でも、使われた場合は私が...。」

「...不本意ながら...な。」

  最悪を想定して対策を立てておくのは良い事だが、その内容が織崎たちには納得できないのだろう。

「ジュエルシードを制御できる可能性が高いのは、司だけだ。だから、どうしてもジュエルシードを使われた場合は司を中心として動く必要がある。...分かっていてくれ。」

「僕らは精々サポート...って事か?」

「そう言う事だ。」

  変質していないジュエルシードを制御するのは、確かに容易だろう。
  そして、その力で他のジュエルシードを抑え、僕らはサポートに徹する。
  なんともまぁ、他力本願みたいで歯がゆいなぁ...。

「そんな面倒な事なぞせずに、さっさと追いついて捕まえりゃいいだろうが!」

  納得のいかない王牙が吠える。

「なら、君はどうやって奴を捕まえる?奴は僕達管理局を警戒している。その上で気づかれず、魔力を使う隙も与えずに昏倒させれるのか?」

「はっ!俺なら楽勝だ!」

  ...いや、毎回あっさり負けたりするお前が言っても説得力皆無だぞ?

「帝の言った事を実現するには、まずアースラの転移装置を使わずに...そして奴に勘付かれずに次元転移をする必要がある。...この時点で相当難しいのが分かるだろう?」

  まず、単独で次元転移ができる人物の時点で、人数が少し限られる。
  おまけに、“気づかれない”事が条件に入ると、誰もできないだろう。

「もし逃げられなかったとしても、その際にジュエルシードが発動したらどうするんだ?たった一つでさえ次元世界を崩壊させる危険性があるんだ。」

「あれ?それは司がジュエルシードを使った時も同じじゃないの?」

  アリシアがそんな疑問を持ち、クロノに質問する。

「日本の慣用句というものに、“目には目を、歯には歯を”というものがある。...少なくとも、僕ら人が対抗するよりはマシだ。」

〈また、マスターならば三つで他のジュエルシードを抑える事が可能です。〉

  クロノとシュラインの回答に、アリシアは一応納得したらしい。

「...とにかく!先程言った作戦が、今の所最善手になる。それを心に留めておいてくれ。...勝負は天巫女一族の故郷に辿り着き、奴が現れた時だ。」

  そう言って、クロノは解散を言い渡す。
  ....着くまで時間があるんだな...。

「(シュラインで天巫女一族の故郷は分かるとしても、奴より先に着けるのか?)」

  後手に回っている今、奴より後に着いた場合はすぐさま逃げられるかジュエルシードを使われるかの二択のはずだ。
  それを、クロノが見落としているとは思えないが...。

「...なぁ、クロノ。奴より早く辿り着けるのか?」

「...計算上は可能だ。幸い、僕らがまだ追いかけている事に奴は気づいていないらしくてな。休みでもしているのか、シュライン曰く世界を移動していないそうだ。」

  聞けば、既に僕らは追い抜いているらしい。
  ...いつの間に天巫女一族の故郷を探知したんだ...?

「ホント、今回はシュラインのおかげで色々助かっている。世界の位置についても、シュラインが見つけて報告してくれたからこそ分かるようになったんだ。」

「そうなのか....。疑問が解けたよ。それじゃ、体を休めておくよ。」

  そう言って、僕は部屋を出る。

「...いよいよね。」

「優ちゃんの両親のためにも、必ず捕まえなきゃだね!」

  与えられている個室に向かう途中、椿と葵がそう言う。

「....ああ。」

  嫌な予感が拭えない。
  確かに今回の事件は僕にとっても途轍もなく重要だ。
  だけど、それ以上に...。

「(...それも含めて、しっかりと備えておかねば...。)」

  ありとあらゆる事態に対応できるように、今は体を休めよう。
  そう思って、個室へとさっさと向かう。

「....焦らないで。」

「っ...そうだな...。」

  足早になっていた僕を椿が引き留めてくれる。
  ...助かった。どこか焦っていたらしい。

「...貴方が焦るという事は、よからぬ事が起きるのかもしれない。...だけど、私達がいる事も忘れないで。...いいわね?」

「...もちろんだ。もう、間違えたくはない。」

  緋雪の二の舞にはしたくない。
  そう強く思い、志をしっかりと固めておく。

「もしもの時は、しっかり頼らせてもらうぞ。」

「ええ。任せなさい。」

  二人は僕より強い。だから、いざという時は頼らせてもらう。

  そう思いつつ、僕らは個室へと向かっていった。









   ―――翌日、いよいよ目的の世界へと辿り着いた...。







 
 

 
後書き
色々とオリ設定を盛り込んでいく回。
第3章は結構長引く予定です。

一応、流れとしては司が要となる章です。
ちなみに、優輝は“天巫女”については、ムートの時に見た文献と、かつてあったキャラクターステータスで見た知識しかありません。
ただ、文献で知っているため、天巫女の力を漠然とだけど知っている感じです。
...だからどうしたって話ですが。(第2章でムートの欠片が思わせぶりなセリフを言っていたので、一応補足です。) 

 

第52話「辿り着いた世界で」

 
前書き
この章の今の展開は、無印で言う所の魔法少女になる手前。(つまりまだプロローグ)
...もしかしたら2章分の量になるかもしれません。
 

 




       =優輝side=



「ここが....。」

「....私の、ご先祖様の故郷...?」

  アースラに乗ってから数日。
  ようやくシュラインが示していた世界に辿り着いた。

〈世界の名前は“プリエール”。...地球で言う、フランス語での“祈り”という意味です。〉

  偶然とは思えない意味を持つ名前だけど、クロノ曰く珍しい事ではないらしい。
  次元世界と言うのは、どこかで共通点を持つらしく、文化・魔法・言語などのどれかが似ている、もしくは全く同じという事があるらしい。
  ミッドチルダも英語に近いし、ベルカもドイツ語に近いからね。
  ...そうなると地球って凄いな。魔法はないのにそう言う世界と共通点があるし。

「シュライン、奴の居場所は?」

〈...まだ来ていません。〉

「...よし、今からこの世界に転送する。各自準備はいいか?」

  クロノがそう言って皆を見回す。
  ...皆、準備は既にできているようだ。

「じゃあ、行くぞ!」

  転送ポートを使い、僕達は天巫女一族の故郷“プリエール”に転移した。







「森...やはり自然が多いな...。」

  転移した先は森の中。...まぁ、まだこの世界の地理は欠片も知らないからな。

「エイミィ、この星はどういった環境だ?」

『えっと...ざっと見た所、地球に似てるかな?文化レベルは低いよ。』

  アースラにバックアップとして残っている人達からそんな情報が来る。
  ちなみに、バックアップに回っているのはエイミィさん、アリシア、プレシアさんだ。

「...集落かなにかはあるか?」

『ちょっと待ってて....あ、近くにあるよ。』

「そうか....とりあえず、そちらへ向かおう。案内してくれ。」

『りょーかい。』

  エイミィさんと通信をしながら、クロノは集落へ向かっていく。
  僕らもそれについて行く。





「ここか...。」

  ちょうど木陰で向こうからは見えない所から、クロノは見つけた集落を見る。

「....見た目は昔の村みたいな感じか...。」

  僕も集落を見てみると、昔の山奥の村にありそうな雰囲気の集落で、ファンタジー物の村を連想するような感じだった。

「天巫女の一族がいたって事は、魔法もあるのか...。」

「...とにかく、こんな大人数で行く訳にもいかないな...。なら...司、優輝、椿、葵の四人は僕と一緒に来てくれ。他の皆はここで待機だ。」

  ...司さんは先祖がここに住んでたから分かるけど、なんで僕ら?
  椿と葵は長生きしてるから経験豊富だし、僕も導王だったから交渉とかはできる。
  だけど、クロノはそれを知らないはずだが...。
  ...まぁ、理由なんてないかもしれないけどな。

「...行くぞ。」

  クロノの言葉と共に、僕らはごく自然に集落へと歩いて行く。

「...そういえば、言語の違いとかは大丈夫なのか?」

「ああ。翻訳魔法があるからな。」

  そういえばあったな。そんなご都合主義魔法。
  原理としては、言葉に込められた言語の違いがない“意思”を伝えあえるようにする魔法で、そのまま翻訳と言う訳ではないらしい。
  傍から見れば翻訳しているみたいで翻訳魔法という名前が付けられたとか。

「すみません、少しよろしいですか?」

「...ん?見掛けない人達だな...。」

  クロノが近くの男性の村人に話しかける。
  ...なにか、警戒されている...?

「その服装....まさか、異世界の者か?」

「...まぁ、その通りです。異世界とかを認識しているんですね。」

「以前に異世界から来た奴がいてな。」

  男性はそう答える。
  ...以前?もしかしてクリム・オスクリタの事か?

「っ...聞きたい事があるのですが....この男とジュエルシードと呼ばれる物に心当たりはありませんか?」

「...!こいつは...!」

  クロノが提示した写真(データではなく紙媒体)を見て、男性は驚く。

「見覚えが...?」

「...村長を呼んでくる。俺の判断じゃどう答えればいいか分からない。」

  そう言って男性は集落の中心の方へ走って行った。

「...あの様子だと、何かあったみたいだな。」

「そうだな...。」

「...顔を見た時の驚き様と僅かに聞こえた歯軋り...。多分、襲われて何人か犠牲を出してしまったのかしらね...。」

  椿の言うとおり、男性が写真を見た時、因縁があるようなそんな表情をしていた。
  怒りや悔しさが滲み出ていたため、生半可な因縁じゃないな...。

  そんな会話をしていると、さっきの男性が村長らしき老人を連れてきた。

「...そなた達が、あの男を知っていると言ったのじゃな?」

「はい。...その様子だと、何かあったんですね。」

  クロノが恐る恐る聞く。
  ...老人は写真に対して明らかな怒りを持っていた。
  おまけに、それを持っている僕らに対しての警戒も強い。

「...あ奴は、突然村の中心に気絶した二人の男女と共に現れおった。その時は言葉も通じず、ただ情報を共有するのに必死だった...。」

  ...気になるワードがあったが、それは後回しだ。
  おそらく、メタスタスでこの世界に転移して、自分の事を知らないからと隠れ蓑にしようとしたんだろう。

「...だが、あ奴が祠に行き、ジュエルシードについて知った途端、いきなり儂らに襲い掛かってきたのじゃ...!」

「....まさか、悪用しようと?」

「おそらくそうじゃ。儂らはあ奴を止めようと村総出で立ち向かったが....。」

  そこまで言って老人は顔を伏せる。言いたくないのだろう。

「...なぜ、そなたらはあ奴について尋ねる?...事と場合によれば...!」

「っ...!」

  老人から魔力が迸る。また、隣の男性からも殺気が溢れる。
  ...もし奴の味方とでも言えば、即座に攻撃してくるだろう。

「ま、待ってください!別に私達は...!」

「ならば、示してもらおうか...!そなたらが、奴の仲間ではない事を...!」

  前に出て僕らを庇うように立つ司さんに、老人はそう言う。

「っ...私達は時空管理局と言います。それと、私は天巫女の子孫です!」

「なに....?」

  司さんの言葉に、男の方は訝しんだままだが、老人は目を見開き驚く。

「まさか...そんなはずが...!?」

〈そのまさかですよ。ご老人。〉

「っ....!?」

  シュラインが光に包まれ、槍の姿になる。
  また、司さんの姿もあの聖女のような衣を着た姿になる。

「おお...おおお....!まさしく...まさしく伝説の姿...!!」

「そ、村長...?」

  膝を着き、感激するかのように声を上げる老人に、男は驚く。

「....かつて...天巫女と呼ばれた女性が、ジュエルシードを使い、この世界から姿を消す事で災いを退けた...その伝説の存在が、こうして戻って来ようとは...!」

「え、えっと...この反応は私も予想外なんだけど...。」

  戸惑う司さん。うん、僕も予想外だ。

「そ、村長...彼女は一体....?」

「...お主もかつての出来事を記された古記録...ジュエルシードにまつわる伝説を知っているじゃろう?」

「あ、ああ。だからこそ、俺達はジュエルシードを...。」

「そのジュエルシードを作り出した一族の末裔が、彼女なのじゃよ...。」

  ようやく理解できたのか、男の方も固まるレベルで驚く。
  ...どうでもいいけど、さっきから僕ら蚊帳の外だぞ。
  待機している連中なんか、ただ待ちぼうけ喰らってるだけだし。

「だ、だが、どうしてそんな事が...。」

「古記録に記された天巫女の姿...そして天巫女が使用していた杖...どちらも、今の彼女と同じなのじゃよ...。」

「っ....!?」

  声にならない程に驚く男。

〈....感激に浸る暇はありません。早急に協力してほしい事があります。〉

「っ、そうだった。この男についてです!」

  シュラインの一言に、クロノが再起動してもう一度写真を見せる。

〈この男は歪み、変質した21のジュエルシードを持って、すぐにでもこの世界にやってきます。狙いはもちろん残りのジュエルシード。...我々はそれを止めに来たのです。〉

「21...!?古記録には、一つだけでも世界を壊す程の力が込められていると...!」

「ですから、協力してもらいたいのです。」

  シュラインの言葉に狼狽える二人に、僕がそう言う。

〈...そして、マスターがジュエルシードを使う許可をどうか....。〉

「....本来であれば、ジュエルシードを使わせる訳にはいかない。...じゃが、天巫女様であれば...あ奴を倒してくれるのであれば...!どうか...どうか仇を取っておくれ...!」

  “仇”...やはり、誰かが犠牲になっていたのだと、その言葉を聞いて思った。

「...任せてください。」

「...司、君が中心となってくれ。...彼らにとってもその方が救いになる。」

「分かってるよ。」

  司さんはクロノの言葉にそう返す。
  ...だけど、少し焦ってるような...プレッシャーに押し潰されそうな司さんの表情から、途轍もない嫌な予感を感じた。

〈...!転移反応を確認...来ます!!〉

『クロノ君!来たよ!!』

  シュラインとエイミィさんの警告が同時に響く。
  それに伴い、僕自身も転移反応の魔力を感じ取る。

「っ、村長さん方!急いで村人の避難を!ここからの対処は僕達が行います!」

「だ、だが...。」

「....あい分かった!ほれ、急ぐぞ!」

  老人が男を引っ張り、集落の中へと戻っていく。
  それと同時に、待機していた皆も出てきた。

「...いきなり修羅場ね。」

「まぁ、慣れたものだけどね。」

  椿と葵も臨戦態勢に入る。

「司さんは祠らしきものを探して。そっちにジュエルシードがあるはずだから。クロノ!」

「分かってる!」

  僕がクロノに呼びかけると、クロノは結界を張る。
  規模は集落をまるまる包むほど。できるだけ村人を危険に晒さないための結界だ。

「フェイトと奏は奴がジュエルシードを見つけ、油断した所を速攻で確保するようにしてくれ!くれぐれもそれまでに仕掛けるな!」

「他の人達は集落の人達の安全確保へ!椿、葵....いざと言う時の咄嗟の判断は任せる。」

「分かったわ。」

  当初の作戦通りにジュエルシードを囮に奴から“逃げる気”をなくす。
  逃げる気がなくなった所を速攻で倒す算段だ。

  ...当然、上手く行くとは思えない。そのために避難誘導を他の人に任せる。
  速攻を仕掛けるのは速い動きができるフェイトと奏の二人。
  僕や椿でもできるけど、僕らはいざという時のための要員らしい。
  なんでも、臨機応変に対処できるだろうというクロノの見識だ。

  ...それと、最終手段として司さんだ。
  司さんは唯一ジュエルシードを正しく扱える存在。
  先に祠に向かってもらって、奴が逃げずに他のジュエルシードを使った場合、残りのジュエルシードを用いて抑える作戦だ。
  
  もちろん、そんな作戦に危険がないはずもなく、そのために僕らは控えている。

「(...これらの手段が杞憂に終わればいいが...。)」

  ...絶対一筋縄ではいかない。
  なぜか、そんな予感が僕の脳裏を駆けて行った。









       =out side=





「(...ここ...!?)」

  司は集落の上空を飛び、祠らしき場所を発見する。
  入口が仰々しく飾られている洞窟。おそらくこの中なのだろう。

「....どう?」

〈...ここです。三つのジュエルシードが、この洞窟の奥にあります。〉

  シュラインがジュエルシードを探知し、洞窟にある事が確定する。

「シュライン。」

〈...私の探知には反応はありません。まだ来ていないようです。〉

「...でも油断はできない..よね。」

  そう言いつつ、周りを警戒しながら司は洞窟へと入っていく。

「(...ジュエルシードはたった一つで世界を崩壊させる力を持っている。...それも、変質して劣化した状態で...そして、それに対抗できるのは私だけ...。)」

  強大な力を想像し、少し体が震える司。

「(もし、そんな力がぶつかり合えば、皆が危険に晒される。...私が、しっかりしなきゃ...しっかり...しなきゃ!)」

  緊張した面持ちでゆっくりと歩いていたが、そんな思いと共に徐々に駆け始める。
  そして、祀られているジュエルシードを見つけた瞬間...。

〈マスター!!〉

「っ...!!」

  背後に突然魔力反応が発生する。
  反射的に振り向けば、そこには21個の浮かぶジュエルシードと、一人の男がいた。

「クリム・オスクリタ....!」

「...俺の名前を知っているという事は、管理局か...。だが、目的は目の前...もう手に入れたも同然だ!」

  司を見たクリムは魔力を迸らせ、目暗ましの魔力弾を放とうとする。

「(っ、逃げる気はなし。つまり...!)」

  だが、その動作を目の前に司は動こうとしない。
  なぜなら...。

「はぁっ!!」

「ガードスキル“Hand sonic(ハンドソニック)”...!」

  背後から、素早くフェイトと奏が襲い掛かる。

「っ!」

  しかし、その攻撃は躱される。
  ...正しくは、超短距離転移によって空振りした。

「ははは!遅い遅い!いくらスピードがあっても、俺には追い付けまい!!」

「くっ...!一瞬で転移...!」

「厄介だとは思ってたけど、これほどとは...!」

  予備動作が一切ない連続転移。
  短距離だからこそすかさず再度攻撃できているが、もし長距離ならば既に逃げられていた。

「ジュエルシードは目前!逃げる必要もない!なら、景気づけにこうしようか!!」

「っ...!?」

  瞬間、21個のジュエルシードが鳴動する。
  同時に魔力が溢れ、ただならぬ悪寒に三人とも身震いしてしまう。

「くぅうう....!?」

〈いけません...!ジュエルシードの魔力で空間が軋んでいます!何かで対抗しなければ...!〉

  魔力の鳴動で、洞窟が揺れる。

「椿!葵!」

「優輝君!?」

  そこで、入り口から優輝の声と共に矢と黒い剣が飛んでくる。

「おおっと。」

  だが、それはジュエルシードによる魔力障壁で打ち消される。

「葵!」

「分かってるよ!」

「ん?」

  すかさず接近してきた椿と葵が御札をばら撒く。
  余裕があるのか、クリムは転移する事もなく様子を見ている。
  おそらく、ジュエルシードの魔力障壁ならどんな攻撃も防げると思っているのだろう。

「空間固定!」

「術式起動!」

「「“霊魔束縛陣”!!」」

  御札に込められた魔力と、椿と葵の霊力が混じり、空間ごとクリムを拘束する。

「お、おお...?」

「(空間そのものを固定する拘束術式...!)」

「(これでも逃げられるだろうけど...優ちゃんの攻撃の隙は作れる!!)」

  ジュエルシードごと動きを止めているので、すぐに術式は破られる。
  だが、優輝にとってはそれで十分。

「...硬化、強化、加速、相乗...!」

  駆けだす優輝の周りを透明な結晶が漂う。
  優輝が作り置きしていた魔力の結晶だ。
  それらが、優輝の掌に槍の形として集束する。

「ただ一点を...貫く!!」

   ―――“貫く必勝の魔槍(ブリューナク)

  魔法の術式が綴られた本を浮かばせながら、優輝は魔力で練り固められた槍を突く。
  ただ一点...ジュエルシードの魔力を貫くために放たれたその刺突は...。









「―――っ、届...かない....!!?」

  その魔法は、優輝の持つ魔法で最も貫通力があった。
  だが、椿と葵の拘束を破り、防御に徹したジュエルシードの魔力には敵わなかった。

「く...ははははは!!なにをするかと思えば!その程度、通じんよ!!」

「(ダメだ!こいつは人一人の力でどうにかなるモノじゃない!!)」

  できれば司の天巫女としての力を使わずに倒したかった。
  その想いで優輝は魔法を放ったのだが、それさえ通じないとなると、どうしようもない。

「....悪い、司さん。頼る事になってしまった。」

「っ...ううん。大丈夫...私、頑張るから...!」

「頼んだ。....フェイト!奏!椿!葵!足止めだ!」

  結局最終手段に頼るのに、優輝は悔しがる。
  それでも、司が天巫女の力を使うまでの時間稼ぎのため、クリムに襲い掛かった。

「...っ!」

〈....使い方は至って簡単です。...ただ、純粋に祈るだけです。〉

  祠から三つのジュエルシードを手に取り、司は天巫女の衣装になって祈る。

「司さん!」

「ははは!たった三つで俺に対抗できると思うてか!!」

  ジュエルシードが強く光を放つと同時に、足止めを突破してきたクリムの手が迫る。

「――――っぁあっ!!」

「な....!?」

  瞬間、洞窟内を埋め尽くすほどの強い光が放たれる。

「これが...ジュエルシードの本当の力...。」

「...凄い....。」

  強大すぎる...だが、害のないその魔力に、実際にジュエルシードに関わってきたフェイトと奏が驚愕する。

「....く...ははは!!それがどうした!所詮三つ!こっちは21もある!圧し潰してやらぁ!!」

「させない!!」

  21個の暴れるような魔力と、3個の純粋な輝きのような魔力がぶつかり合う。

「っ...!崩れる...!」

「脱出しなさい!急いで!」

  もちろん、それほどの規模の魔力がぶつかり合えば、洞窟は持たない。
  優輝たちは急いで洞窟を出た。

「はははははははははは!!!」

「くっ....ぁあああああああ....!!!」

  暴れようとする魔力と、それを抑えようとする魔力。
  互いに打ち消し合う二つの魔力だが....。

「っ...!押され....!?」

  ...若干、司が押されている。それでもまだ拮抗はできているが...。

「どうして...!?」

〈...おそらく、まだマスターが天巫女としての力を発揮できていないのかと...!〉

  押されている事に司は焦り、その焦りがジュエルシードの力をさらに揺らがせる。

〈(あと一つあればいいのですが、あれは...あれは....!)〉

  何とかして、マスターのためにも今の状況を打破しようと模索するシュラインだが、何か訳があるようで、唯一の策を使うのを躊躇っていた。

「この...ままじゃ....!」

〈(...誰か....誰か...!)〉

  司の焦りが増し、シュラインも焦る。
  デバイスとしての機能をフル活用し、辺りを探知する。

〈っ.....!〉

  そして、一人の人物を...優輝を捉える。

〈(....根拠も、確証も一切ない。...ですが....賭けましょう。可能性に。)〉

  マスターである司と友人である優輝。
  前々からただならぬ雰囲気を感じ取っていたシュラインは、その優輝の“可能性”に賭け、もしもの時の対処を任せる事にした。

  ...優輝なら、きっと最善の結果を掴んでくれると信じ...。

「(...嫌...!嫌!これ以上、皆を不幸になんか...!私が、不幸にしたりなんか...!)」

〈....マスター。〉

  焦り、暗い思考が出てきた司に、シュラインは静かに話しかける。

〈...私の中に、最後の...25個目のジュエルシードがあります。それがあれば...。〉

「ホント!?それじゃあ...!」

〈....ただ、一つ...いえ、二つ程忠告を。〉

  さらに魔力が押され、早く出してほしいと思う司に、シュラインは告げる。

〈....自分を見失わないでください。〉

「.....え?」

  最後のジュエルシードが、シュラインから出てくる。
  ...だが、そのジュエルシードは....。

   ―――....黒く、濁っていた。

「っ、ぁ....ぁああああああああああああああ!!??」

  刹那、そのジュエルシードから黒い魔力のような瘴気が溢れ、司を包み込む。

「な、なんだ!?」

  さすがに、その事にクリムも驚いてしまう。

「ぁあああ...!ああああああ!!?くっ...が...ぁあああああああ!!!」

  瘴気に呑まれ、頭を抱えて叫ぶ司。
  瘴気は段々と司の体に吸い込まれていき、司が瘴気を纏うような状態になる。

「っ...ぁぁあ....。」

  ....その瘴気は、負の感情。負の想い。
  司自身が、今まで募らせてきた、自分を責める、歪んだ想い。
  それらがジュエルシードの魔力と混ざり、黒い瘴気となって司に吸い込まれたのだ。

「っ...ぁ....ぁ.......。」





〈―――それが、無理であるならば...。〉





  黒い感情に呑まれ、朦朧とした意識の中、シュラインの声が司の頭に響く。







〈....“彼”を、信じてあげてください。〉





  ....その言葉を聞いた瞬間、司の意識は暗転した。











「っ、くっ....!」

「危ないわね...。」

  一方、洞窟を脱出した優輝たちは、魔力の余波をギリギリで躱していた。

「避難は....終わってるか。」

「...住居はボロボロだけどね。」

  誰か巻き込まれていないか、見渡すが既に避難は済んでいた。
  尤も、既に結界があるので早々被害は出ないのだが。

「....司、押されてる...。」

  戦いを見ていた奏がそう呟き、他の皆も戦いを見る。

「(...司さんの力は感情に左右されやすい...。よく見れば、ほんの少し司さんの方のジュエルシードの魔力が揺らめいてる。...このままじゃ...。)」

  “負ける”。そう確信した優輝もまた、今の状況を打破しようと思考を巡らす。

「(...ブリューナクを使えば、動きは止められるだろうけど、あの魔力の暴風を突っ切って行くのは困難を極める。...だからと言って、遠距離攻撃じゃ、あいつの魔力障壁は貫けない...。)」

  チラリと、優輝は周りの面子を確認する。

「(...フェイトと奏は高機動型。だけど、防御力が低いからあの魔力に巻き込まれるような事はさせれない。....椿は遠距離が本領だから、そっちの方に回らせた方がいい。...葵なら、あの魔力を突っ切る事自体は可能だけど、椿のためにもデバイスとしているべき。....なら...。)」

  結局自分が突破口を開くのかと、優輝は一歩踏み出そうする。
  その時...。





   ―――ゾクッ...!!

「っ....!?」

  優輝の脳裏に、最悪の予感がよぎった。
  その瞬間、崩れた洞窟から魔力が迸る。

「なっ....!?」

「嘘...あれは....。」

  その魔力は、クリムによるジュエルシード21個の魔力ではなかった。

  ...2()5()()、全てのジュエルシードの魔力だった。

「ぐがぁああああああ!!?」

「っ!?」

  さらに、そこへ一人の男が飛来した。
  どうやら、あの魔力に吹き飛ばされてきたらしい。

  ...もちろん、その男はクリム・オスクリタ。司と戦っていた男だった。

「っ、椿、葵!そいつ任せた!」

  膨大な魔力から、触手のように一筋の閃光が迸る。
  それを魔力の膨れ上がりから感知していた優輝は、クリムを椿と葵に任せ、前に出る。

「受け止めろ...“アイギス”!!」

〈“Aigis(アイギス)”〉

  円に十字を重ねたような魔法陣で、閃光を受け止める。

「ぐっ....!」

〈なんて威力...緋雪様の一撃に匹敵...!〉

  だが、それでも優輝が後退してしまうほどの威力だった。

「どういうことだ...!なんで....どうして...!」

  ジュエルシードが上空へと浮かび上がり、その中心に人影が見える。
  その人影は....。

「...嫌な予感が当たった....!」

〈...天巫女の力は、感情に左右される...それがマスターの推測でしたが、これはつまり...。〉

  黒い瘴気に包まれ、膝を抱えるように浮かぶ司。
  それを見て、全員が慄く。

「....一体、どこまで追い詰められてたんだよ...司さん....!!」

  ジュエルシードをも浸食し、瘴気を振りまく災厄そのものになった司に、優輝は冷や汗を流しながらそう呟いた。



   ―――優...輝.....君........。



「(っ....くそ、記憶がチラつく.....だが、それよりも....!)」

  既視感を感じるような、そんな光景が脳裏に過るが、今は目の前に集中する。
  そう思って優輝は上空に浮かぶ司を見つめた。









   ―――...お前は、幸せになっていいんだ。





「(....必ず、助ける....!)」







 
 

 
後書き
クロノが集落に行く際の面子(主人公勢)を選んだ理由は、“交渉ができる”“経験が豊富”という理由からです。司は先祖の故郷なので問答無用で選ばれました。
...椿や葵は年齢や種族を聞いていたから、経験などから選ばれたのは分かるが、なぜ優輝をクロノが選んだのか...。
(ヒント:記憶)
なお、本編の流れには特に影響はありません。 

 

第53話「堕ちた天巫女」

 
前書き
やべぇ...なんか、優輝が言ってる事、大抵結果が伴ってねぇ...。
緋雪の時もそうでしたし、まるで中身の伴ってない偽善者みたいな振る舞いになってますが、相手がとにかく規格外なだけです。(ジュエルシード25個同時使用って...。)
...ただ、優輝も設定的に規格外なので、ほぼ結果が出てからの逆転も可能です。
しかし、そうなるまで長丁場なので予めご了承ください。
 

 






       =out side=



「っ...!あれは....!」

「...早く戻ろう。村が危ない...!」

  森の中、猪擬きを担いで移動していた二人の男女が、ある方向を見てそう呟く。
  ...その方向には、瘴気のような魔力が迸る集落があった。

「急げ...!あの魔力...どこか見覚えがある...!」

「確か...あれって....!」

「ああ。....感じられるのは邪悪なモノしかないけど、あの魔力は間違いない....ジュエルシードだ...!あの時、あいつを撃退するのに感じた魔力と、同じ....!」

  二人は思い出す。...魔法を使う切っ掛け、そしてこの世界で暮らす切っ掛けを。

「それが、あの規模...!」

「っ.....!」

  二人は駆ける。災厄が渦巻く集落へと。









       =優輝side=



「司さん....!」

  魔力で視力を強化して、瘴気の中心にいる司さんを見る。
  ...司さんは目を開いてはいるが、まるで意識がないように目に光が灯ってなかった。

「っ、全員避けろ!!」

  しかも、そんな悠長に見ている暇はなかった。
  魔力の触手が僕らに襲い掛かり、全員が散り散りに避ける。
  その中でも、クリムを抱えていた葵は掠ってしまったのか、大きく吹き飛ばされる。
  ついでにクリムも葵より吹き飛ばされ、森の中へ消えた。

「くっ....!」

  避け、切り払い、逸らして凌ぐ。
  だが、量も質も対処不可能に近い。
  フェイトや奏も防戦一方で、椿でさえきつそうだった。

「(距離が近すぎる...!ここは撤退したいけど...!)」

  攻撃が苛烈すぎて撤退さえできそうにない。
  何か仕掛けて隙を作るしか...。

「穿て...“呪黒剣”!!」

「っ!?葵!?」

  瘴気に向けて黒い剣が次々と放出される。
  そんな攻撃をしたら、反撃が....!

「葵!避けっ...!」

  吹き飛ばされた事で僕らよりも少し離れた所にいる葵に、瘴気の触手が迫る。
  だけど、葵は少し笑みを浮かべるだけで、避けようとしない。

「っ...!“アォフブリッツェン”...シュナイデン!!」

  咄嗟に斬撃を飛ばし、瘴気の触手を断とうとする。
  だが....。

「(一瞬...間に合わなかった...!?)」

「葵!?」

  着弾まで一瞬遅れてしまい、椿は悲痛の声を上げる。

「っ....!!」

     ―――ギギギギギギギギギギィイン!!

  さらに、瘴気の触手が僕に向かってきて、それの対処に追われる。
  重さを捨てた、超高速の乱撃。それを創造した二刀で対処する。

「は、早っ...!?対処が....!」

  だけど、それでも足りない。遅い。
  あまりにも速すぎて、僕の身体能力では防ぎ切れない。

「断ち切れ、“呪黒剣”!」

「っ!?」

「優ちゃん!」

  防ぎ切れず、攻撃を喰らいそうになった所で、黒い剣が地面から生え、瘴気を防ぐ。
  声がした方を振り向けば、そこには葵がいた。

「いつの間に!?って、また...!」

  またもや葵に攻撃が向かう。
  ...だが、葵はその場から忽然と姿を消し、僕のすぐ隣に現れた。

「っ!?」

「優ちゃん!皆!撤退するよ!」

  僕の手を握り、そう言う葵。
  ...反対の手には、黄色がかった水晶...ロストロギア“メタスタス”を持っていた。

「(そういう...事か...!)」

  あのクリムが持っていたメタスタス。あれがあるから葵はあんな無謀な攻撃をしたんだ。
  僕達の攻撃を転移で躱したクリムのように、葵もあれで攻撃を回避していたんだな。

「近かったら碌に攻撃もできない。それどころか、あたし達じゃなかったらとっくにやられてる程の攻撃の苛烈さだよ!とにかく、今は距離を!」

「そうだな...!」

  今、瘴気の攻撃を凌げているのは、僕らだからこそだ。
  僕と椿と葵は、戦闘経験も豊富で強力な攻撃や速い攻撃の対処を心得てるし、奏とフェイトは素早いし回避も上手い。設置型のバインドとかがないからその分も避けやすい。
  クロノでも対処できるだろうけど...これがなのはとかならやられていただろう。

「っ....さすがに人数が増えると転移が...!」

「僕が凌ぐ!葵は集中して!」

  次に奏を回収した所で、僕らなら阻止できる程の転移までのタイムラグが出来た。
  そこで僕が転移が間に合わなかった時のために掌に魔力を溜めておく。

「(絶望を呑み込みし極光よ!黄昏に染めよ!)」

  フェイトが回収される。コンマ一秒で転移が間に合う。
  それギリギリで見極め、僕はさらに魔力を集中させる。
  最後に椿の所に行き、遠くに転移しようとする所で、魔力を放つ!

「“トワイライトスパーク”!!」

〈“Twilight spark(トワイライトスパーク)”〉

  極光を放ち、迫っていた瘴気を討ち払い、さらに瘴気の中心へと迫る。
  だが、21個の時点でブリューナクを防いだ魔力だ。通じるとは思えない。
  とはいえ、時間稼ぎにはなったので、そのまま僕らは遠くへ転移した。

「...遠くから見れば相当やばいな。アレ....。」

「司...どうして...?」

  ショックを受けてるフェイトと奏を余所に、僕は瘴気の魔力を見て顔を顰める。

「....とりあえず、クロノ達と合流よ。」

「分かってる。方向は...近いな。」

  クロノ達が集まっている場所を僕は探知する。

「(これからどうするべきだ...?)」

  1個でも危険な代物が25個全て集まり、それら全てが災厄を振りまいている。
  そして、その中心にはよりにもよって司さん。
  正直、考えを放棄したいくらいやばい状態だ。

「(...とにかく、クロノと合流が先決だな。)」

  そう思いつつ、僕らはメタスタスでクロノの下へと飛んだ。





「クロノ!」

「っ!?優輝か!あれはどういう事だ!?何が起きている!?」

  僕がいきなり現れた事に驚くクロノだが、すぐに瘴気の事を聞いてくる。

「...詳しくは分からない。...けど、あれはジュエルシードと司さんだ。」

「なっ...!?」

  ...そういえば、集落の人もいるここは被害がないな...。
  結構あの瘴気から離れてる場所だが、あっちからも普通に確認できるような...。

「どうして司が!?」

「...分からない。けど、司さんの能力は感情に左右されるだろう?...つまり、あれは...。」

「司の...負の感情とでも、言うのか...?」

「...さすがに、ジュエルシードで増幅されてると思うけどな。」

  しかし...魔力の波動がここまで...。
  緋雪の時よりも、強大だな...。

「司は...司本人は?」

「...遠目だから分からなかったけど、多分、意識はない。あっても何もできないだろう。」

「そうか...。」

  クロノは少し考えて一度アースラと通信を繋げる。

「エイミィ、アリシア。そっちからはどう見える?」

『....なんというか...ジャミングが掛かってるみたいだよ。』

『それに、魔力量は計測不能だよ!』

  少しノイズ混じりにエイミィさんとアリシアの通信が聞こえる。

「...クリム・オスクリタは?」

「悪い、攻撃を受けた時に一緒に吹き飛ばされた。ここから反対側の遠くの森に吹き飛ばされたから、探すのには手間がかかる。」

「そうか...。」

  クロノがどう動くか考える。
  僕も、どうするべきか思考を重ねる。

「(あの瘴気はさっきは攻撃してきたけど、今は襲ってこない。さっきと今で違うのは...人数と距離ぐらいか。人数はまず関係ないだろうから...距離か?)」

  どう動くかはクロノに任せ、僕は瘴気の特徴を解析する。
  あの瘴気は負の感情を魔力に乗せたモノで、今はこちらを攻撃してこない。

「(...そういえば、かつて椿が言ってたな。司さんの魂はどこか歪だって。...辛い過去があって、それを抑え込んでいたのなら、攻撃的にはならない...。)」

  つまり、あれは一種の防衛機能とも言えるのか?
  一定以上近づけば、排除しようと瘴気が襲い掛かる...そんな感じの。

「む、村が...。」

「ど、どうしてこんな事に...。」

  ふと、聞こえてきた声に思考を中断する。
  見れば、そこには集落の方角を見て嘆いている人達がいた。

「天巫女様は...天巫女様はどうしたんじゃ...。」

「っ.....。」

  村長である老人がそう言った時、僕は何も言えなかった。

「...彼女は...ジュエルシードの力...いや、それによって増幅された負の感情に...呑み込まれました。...今、彼女に自我はありません。」

「っ...なぜ、どうしてそうなった!!そなたらが付いていながら!」

「っ....すみません....。」

  憤るように声を張り上げる老人に、僕は頭を下げるしかなかった。
  ...僕らだって司さんがああなったのを認めたくなかった。
  だけど、集落の人達にとっては、僕らがいたから伝説上の存在である司さんが逆に災厄を振りまく存在になってしまったと思ってしまっているだろう。
  ...僕らのように、認めたくないから。

「そなたらに任せたのが間違いじゃった...!このままでは、儂らは...世界は...!」

「....クロノ。」

  怒りよりも、これからの事で絶望しているのだろう。
  老人は頭を抱えて蹲る。皆、あの瘴気を見てどうしようもないと思っていた。

  だからこそ、指示を仰ごうと僕はクロノに声を掛ける。

「ああ...!なんとしてでも止める。優輝、少しでもいい。何かあの瘴気の情報はないか?」

「推測も混じるが...いいか?」

  どんな些細な情報でもいいらしい。クロノはすぐに頷いた。

「...まず、あれがジュエルシード25個分の魔力なのは分かる。そして、おそらく今は一種の防衛機能と化している。一定の距離まで近づけば、瘴気の触手による攻撃をしてくる。」

「なるほど...。だからこっちに被害がないのか。」

「次に防衛機能による攻撃の威力だが...。速い時は途轍もなく速い。おそらく、フェイトでも回避不可能な速さだ。それに、威力も半端じゃない。並大抵の防御魔法じゃ、あっさり破られる。」

  ぶっちゃけて言えば、束で掛かってどうにかなるか分からない相手だ。 
  そうクロノに伝えると、クロノは苦虫を噛み潰した顔をしながらも指示を出す。

「優輝...その攻撃は、対処可能か?」

「...至近距離は無理だな。四方八方から囲まれて袋叩きだ。...だが、ある程度離れているのなら、防御も回避も可能だ。」

「...よし。なのは、はやて、椿、帝、リニスは遠距離から攻撃してくれ!フェイト、奏、優輝、葵、神夜、シグナム、ヴィータ、ザフィーラ、アルフは陽動。攻撃を引きつけてくれ!...他は集落の人達の守護。援護ができるならしても構わない。」

  鋭く指示を出し、次にアースラへと通信を繋げる。

「...艦長。」

『言わずとも分かってるわ。...プレシア、出撃して頂戴。』

『分かったわ。』

  通信を繋げた理由は、プレシアさんの出撃許可を貰うため。
  リンディさんも状況は分かっているため、すぐに許可を出す。

「それと、そちらで何か分かった事があればすぐに連絡を頼みます。」

『ええ。...健闘を祈るわ。』

  通信を切ると同時に、ちょうどプレシアさんも転移してくる。

「分かってるとは思いますが、遠距離魔法で援護を頼みます。」

「ええ。...それでも、足りるかは分からないけど...。」

  指示を出し負わり、いざ行動しようとする。

「待てよ!司は...司はどうするんだよ!」

  すると織崎がクロノにそう言う。

「あの瘴気から救う手段は今の所ない。ジュエルシードを封印する事が最も有効な手段だと思うが?」

「っ...そうか...。」

  だが、クロノはそう言って一蹴し、織崎を納得させる。
  ...これが僕だったら言い返してきてただろうな。

「はっ!そんな作戦なぞなくとも、俺が救ってやるぜ!待ってろ司!」

「あ....。」

  ...バカが一人で突っ込んでいった。
  いや、お前...いつもあっさり撃墜されたりするのに、なんでそんな自信満々なんだよ。

「とにかく、作戦通りに行動だな?行くぞ!椿、葵!」

「分かったわ!」

「任せて!」

  一人で突っ走っても戦力が削がれるだけなので、僕らも援護に向かう。

「...責任は、僕達で取ります。.....あれを認めたくないのは、皆同じです。」

  一言、集落の人達に言ってから、僕は飛び立つ。
  ...っと、言い忘れてた。

「『クロノ!クリム・オスクリタの持っていたロストロギアは、現在葵が持っている。相当便利なうえ、今は緊急事態だから、使わせてもらうぞ!』」

『なっ..!?...ああもう!後で始末書ものだぞ!?』

  悪用しないと分かっているからこそ、仕方ないとクロノは割りきってくれた。
  ...後が怖いけどな。

「司!今、助けてやる!!」

  葵によって転移すると、そこでは王牙が王の財宝を使って攻撃していた。
  もちろん、そこは防衛機能の範囲内で...。

「な、なにっ!?」

「って、やっぱりか!!」

  王の財宝で射出された武器群は、瘴気の触手で横から叩き落される。
  そのまま王牙に触手が迫った所で...。

「させるかよ!!」

〈“Aufblitzen(アォフブリッツェン)”〉

  僕が一閃して断ち切る。

「なっ...!?貴様!!」

「連携を取れ馬鹿野郎!人間一人の力でどうにかなる代物じゃない!!」

「かやちゃんは援護頼んだよ!あたしが引きつけてくる!」

   ―――“戦技・大挑発”

  怒鳴るように王牙に言う僕を余所に、椿は弓で狙える場所へ。
  葵は葵で霊力と魔力を膨れ上がらせ、注目を集める。

「うるせぇ!俺一人で十分だ!俺はオリ主だからな!」

「一人では敵わないと理解しろバカ!」

  葵が引きつけてくれても、それでもここは陽動組が動く領域。
  結構近い位置なため、まだ僕らを狙って瘴気が攻撃してくる。

「はっ、しゃらくせぇ!!....なっ!?」

「馬鹿の一つ覚えかよ!リヒト!」

Jawohl(ヤヴォール)!“守護せし七つの円環(シュッツ・アイアス)”!〉

  ちょうど七方向から攻撃が来ていたので、それぞれを花弁を模した障壁で防ぐ。
  だが、防ぎきると同時に障壁は割れる。

「...相当、強固な障壁なんだがなぁ...。」

  魔力も結構使う魔法なのに、たった一撃で破られた事にちょっと泣きたくなる。
  ...まぁ、そんな暇はないんだけどね。

「邪魔するんじゃねぇ!」

「さっきのを防げなかった癖に何言ってんだよ...。」

「はっ!あんなもん、オリ主の俺には通用しねぇよ!」

  ダメだこいつ。作戦をぶち壊しにかかってやがる...!

「『クロノ!王牙をどうすればいい?一人で突っ走ってばかりだ!』」

『なっ!?...ああもう、あいつは...!』

  またもや飛んでくる触手の攻撃を、創造した剣を射出してなんとか打ち消す。

『説得は?』

「『無理!言う事一つ聞かない!』」

『....気絶させてこっちに送ってくれ。...火力には期待してたんだが、このままじゃ被害しかでない。』

  唸るように悩んだ後、クロノはそう言ってきた。

「『了解。いい加減学習してほしいよな。』」

『全くだ。』

  とりあえず念話を切り、触手を魔力を込めた鋭い一閃で相殺。
  それと同時に、遠い所から光を帯びたいくつもの矢が飛んでいく。

「(椿か...。それに...。)」

  さらに、そこから桃色の砲撃と白銀の砲撃が飛んでくる。
  なのはとはやての砲撃魔法だろう。

「(攻撃が一瞬止まった!今の内に...!)」

  未だに王の財宝を射出しまくっている王牙の後ろに回り込み、手刀で気絶させる。
  魔力で衝撃を徹していたからいとも簡単にそれを成せた。

「『クロノ!送ったぞ!』」

『ああ、今来た。後は頼んだぞ。』

  転移魔法で王牙をクロノの所に送り、再び襲ってきた触手を避ける。

「避けるだけならリヒトじゃなくてもできる...なら、シャル!」

〈承知しています。〉

  宙返りの要領でさらに触手を避け、手元にシャルの杖形態を出現させる。
  それを握り、棍の要領で避けた触手を断ち切る。

「面子は揃った。...行くぞ!」

〈“Magie Waffe(マギー・ヴァッフェ)”〉

  魔力で赤い大剣――シュネーや緋雪が良く使っていた形態――を作り、空を駆ける。
  途中、触手が襲ってくるが、全部ステップで回避する。

「(あの瘴気は生半可な攻撃じゃ、当然貫けない。なら、少しでも攻撃を徹せるように、僕ら陽動組で穴を開ける!)」

  何度も椿の矢や、なのはの砲撃が瘴気の塊に直撃しているが、どう見てもダメージがあるように見えない。
  だから、僕らで“道”を作る方が良い。

「『葵!』」

『了解!」

  念話で葵に声を掛けると、返事の途中で隣に並ぶように転移してきた。
  そのまま、僕らは瘴気の塊に接近し...。

「「はぁああああっ!!」」

  ただ、魔力を込めて斬りまくる!!
  一撃必殺な攻撃でも、正直効果が薄い。
  だから、効果が薄くても連撃を繰り返した方が効率は良い。

「(だけど...。)」

「(それでも...。)」

  僕らを排除しようと瘴気が襲ってくる。
  それを、互いに庇うように切り払いながら、攻撃を続ける。

「「(...びくともしない...!)」」

  僕ら以外にも、遠距離組が何度も攻撃を放っている。
  織崎も隙を見て反撃ぐらいはしているだろう。
  椿に至っては、僕らの連撃の合間を縫うように矢を同じ箇所に当てている。

  ...それでも、瘴気は一切晴れない。

「(瘴気の魔力を片っ端から吸収してそれで攻撃してるのに...!)」

「(一向に変化がない...!それどころか...!)」

  今までと違い、大木程の太さの触手が襲ってくる。
  さすがにそれは切り払えず、ついに僕らは間合いを離してしまう。

「どんどん...強大になっている...!?」

「まずいよ優ちゃん...!」

  大木程とは言わないが、それでも切り払えないほどの太さの触手が襲ってくる。
  それらを、僕らは逸らしながらも避ける。

「(瘴気は段々と強くなっている。悠長に斬っていても、それ以上のスピードでパワーアップするだろう。...そうなれば、司さんがどうなるか分からない。ここは...。)」

  迫りくる触手を、大きな剣を創造して縫い付けるように刺して止める。
  その傍らで、僕は念話を繋げる。

「『全員に通達!生半可な攻撃をしてても、瘴気は強くなるだけだ!一斉に超強力な攻撃をぶち込まないと、この瘴気は突破できない!』」

『魔力の密度がさらに増大!優輝君の言うとおり、一斉攻撃じゃないと、意味がないよ!』

  僕の念話と共に、エイミィさんからもそんな通信が入る。
  ...相変わらず、ノイズ混じりなのも余計にヤバさを引き立てている。

「『クロノ!』」

『...ああ。フェイト、奏、シグナム、優輝、葵は遠距離組に回ってくれ!全員で一点に集中した強力な魔法を叩き込む!...残りの陽動組は引き続き囮になってくれ。無茶はするなよ?』

「『了解!』」

  クロノの指示通り、僕と葵は遠距離組がいる距離までメタスタスで転移する。
  引き抜かれた面子は誰もが一点集中な砲撃が放てる者だ。
  葵の場合は椿とユニゾンする事による威力の底上げだろう。

「『クロノ!撃ちこむための場所は?』」

『今こっちで割り出し中...椿ちゃんの所がちょうどいいよ!』

  クロノにどこがいいか聞くと、エイミィさんからそんな通達が入った。
  ...流石椿。弓術士としてのポジションが分かってるな。



「っと、ここか。」

「...来たわね。」

  ついた場所は、ギリギリ防衛機能の範囲外の高台だった。
  確かにここなら全員の魔法が届くな。

「念話の声、一応聞こえていたわ。一番乗りはやっぱり優輝たちだったわね。」

「え?念話を...?椿って、魔力がなかったはずじゃ...。」

  そう思って解析魔法を掛けると、微弱...それこそ雀の涙程の魔力でしかないが、椿はリンカーコアを持っていた。
  ...なんで?

「なぜか聞こえたのよ。まぁ、今まで何度も魔法に関わって来たし、それで順応でもしてしまったんじゃない?」

「...まぁ、今は気にしてられないか。」

  次々と集合してくるのを余所に、僕はグリモワールを開き、五芒星を描くように魔力の結晶を浮かべる。

「...それは何かしら?」

「ちょっとした増幅装置です。この術式を起動させるにも結構魔力を使うので...。これを通して魔法を使えば、さらに威力が増すはずです。」

  いつの間にかプレシアさんとリニスさんが来ていて、プレシアさんが五芒星について聞いてきたので答えておく。

「それと、全員にこれを。」

「これは...。」

「魔力の結晶です。カートリッジには劣りますが、それで魔力を増幅できます。」

  全員揃った所で作り置きしていた結晶を渡す。
  カートリッジシステムが付いていない人でも、これなら増幅ができる。

「かやちゃんはあたしだね。」

「ええ。」

  椿も葵とユニゾンし、準備完了だ。
  ちなみに、リインフォースさんも来ていたのか、既にはやてとユニゾンしていた。

「全員...チャージ開始!」

  僕の一言に、なのはとフェイトとはやて、奏、プレシアさん、リニスさん、シグナムさんが魔力を高め、椿は予め僕が創造しておいた特殊な矢に霊力と魔力を込める。
  カートリッジシステムを搭載している者はカートリッジでさらにブーストさせている。
  僕もグリモワールを傍らに、魔力を集中させる。

「......放てぇ!!」

   ―――“Starlight Breaker(スターライトブレイカー)
   ―――“Plasma Zamber Breaker(プラズマザンバーブレイカー)
   ―――“Ragnarök(ラグナロク)
   ―――“Fortississimo(フォルティシシモ)
   ―――“Thunder Rage(サンダーレイジ)
   ―――“Plasma Saber(プラズマセイバー)
   ―――“Sturmfalken(シュツルムファルケン)
   ―――“Vermillion Bird(ヴァーミリオン・バード)
   ―――“Twilight spark(トワイライトスパーク)

  僕の声と共に、全員の全力の砲撃が放たれた。
  しかし....。

『っ!?ジュエルシードから高エネルギー反の―――』

「っ!?」

  エイミィさんから警告するような通信が入るが、途中で途絶えてしまう。
  ...瞬間、瘴気の方から黒い閃光が迸った。

「っ、ぐ―――――!!!」

  僕らが放った魔法と、その閃光がぶつかり合い、衝撃波が奔った。







『―――!...っ...!!....んな...!皆!!』

  衝撃波が止み、まだノイズ混じりだが通信が繋がる。

「....っ、エイミィさん!状況はどうなってますか!?」

『攻撃を誘導していた皆は事前に離れていたから無事!ジュエルシードの方は....嘘!?』

  囮になっていた皆はどうなったのか少し不安だったが、それを聞いて安心する。
  だけど、続いた悲鳴染みた驚愕の声に戦慄した。

『....魔力反応、健在....あれを...凌いだの...!?』

「なっ....!?」

  その言葉に、全員が驚愕する。それと同時に、瘴気を覆っていた煙幕が晴れる。
  ...そこには、ほんの少しだけ小さくなったものの、瘴気の塊がまだあった。

「っ...!?椿!」

「ええ!」

   ―――“Aigis(アイギス)
   ―――“刀技・金剛の構え”

     バチィイイイッ!!

  瘴気から煌めくものが見えて、咄嗟に僕と椿で皆を庇うように立つ。
  そして、迸った閃光を障壁で弱め、障壁が破られた所を椿が何とか弾いた。

「っ...なんて、重さ....!」

「全員離脱!捕捉されている!」

  僕の声に皆が散り散りに離れる。
  瞬間、先程までいた場所が閃光によって薙ぎ払われた。

「っ、くっ...!」

  閃光が薙ぎ払うのを横目で見ていると、僕目掛けて触手が襲ってきていた。
  それを、なんとかシャルで逸らす。

「...範囲が広がっている...!?」

「...それだけじゃないわ。」

  偶々一緒の方向に逃げていて、隣にいた椿が言う。

「...あの閃光、どうやらあれっきりじゃないらしいわね。」

「...そうだな。」

  そう。触手だけでなく、閃光も放たれるようになっていた。
  これでは、ますます近づけないし、封印もできない。

「(くそっ...どうすれば...!)」

  とにかく、クロノに指示を仰ごうと通信を繋げようとする。





   ―――....め...さい....。



「....っ....?」

  何か、何かが、聞こえた気がした。

「....司?」

「司さん...なのか?」

  僕より耳が...と言うか、感度が良い椿が、司さんの声だと断定する。

『....ごめん...なさい....皆...私の...せいで.....。』

「『っ...司さん!?意識が戻ったのか!?』」

  念話を飛ばすが、こちらからは通じないのか、反応がない。
  ...当然だ。あんな瘴気の中にいるのだから、通じる訳がない。

「(だけど、この程度なら...!)」

  瘴気で妨害されている。...だけど、それだけだ。
  広範囲には無理だが、一つの方向...司さんに対してだけなら、繋げられる!

『皆...私の、せい、で...不幸に....。』

「『...司さん!無事なのか!?今、何とか助けて....!』」

  妨害に対抗する魔力を片っ端から詰めながら司さんに念話を繋げる。
  魔力はそこらじゅうにある。これで、声が届いたはず...!

『っ....嫌っ!来ないで!!』

「なっ....!?」

  刹那、閃光と触手による攻撃が苛烈になった。
  皆避けようと距離を取っていたから、避けるのは簡単だったが...。

『私なんかが...!私なんかがいたから....!』

「(拒絶してる...!?くそっ、迂闊だった...!)」

  司さんは精神的に追い詰められている。
  そんな状態に無闇に声を掛けても、拒絶されるだけなのは、分かっているのに...!

「っ、しまった!?」

  閃光を避けて行く。しかし、そのうち一筋の閃光がクロノ達のいる方へ飛んで行った。
  場所は把握してある。あれだと、直撃コース...!

「くそっ、間に合え!!」

「ちょ、優輝!?」

  ユニゾンしているため、今は椿が持っていたメタスタスを奪い取るように借りて、その力を行使する。
  転移先はクロノ達のいる所。間に合え...!

   ―――ズキン!

「ぐっ....!?」

  転移は間に合った。しかし、今回の戦闘での魔力行使が、やはりこの体には無茶だったのか、鋭い痛みが全身に走る。
  そのせいで、コンマ数秒動作が遅れてしまう。

「間に...合わな....!?」

  いきなり転移してきた事に驚くクロノ達が、とても遅く見える。
  それと同時に、途轍もないスピードで迫る閃光。
  せめて、僕自身を盾に......!









「「―――“トワイライトバスター”!!」」







  ...その瞬間、オレンジと白が混ざったような極光が、閃光を打ち消した。

「.......優輝....なのか...?」

「....え....?」

  極光を放った男女の、男性の方が僕を見てそう言った。
  ...その姿を見て、僕も思考が止まった。





「....父さん...母さん....?」











 
 

 
後書き
守護せし七つの円環(シュッツ・アイアス)…元ネタ(Fate)のロー・アイアスを改造した魔法。
  七つの花弁による障壁を分散させ、多方向からの攻撃を防ぐ。
  特徴はロー・アイアスと同じで遠距離に強いが、花弁一枚分の防御力しかない。
  シュッツは守護のドイツ語(Schutz)から。
Magie Waffe(マギー・ヴァッフェ)…14話にも一応登場していた、魔力で武器を作る魔法。術者の魔力操作の精度によって、強度も変わる。
Fortississimo(フォルティシシモ)…奏の使う集束型の砲撃魔法。アタックスキルの中でもトップクラスの威力を誇る。
Vermillion Bird(ヴァーミリオン・バード)…弓奥義・朱雀落に魔法を加えて強化したもの。葵とユニゾン中のみ使える。威力はもちろん朱雀落よりも強力。

椿にリンカーコアが出来たのは優輝のとある能力のおかげです。(キャラ設定に既に載っている。)

さぁ、ついに助っ人...優輝の両親と再会しました。(ピンチなのは依然変わらず)
再会の余韻に浸る間もなく、引き続き戦闘は続きます。 

 

第54話「これが私の運命」

 
前書き
ちなみにジュエルシード25個同時発動とありますが、一つ一つの出力が少なくとも原作の3倍以上になっているので、優輝たちの全力砲撃に対抗できたという設定です。原作通りの出力ならあれで封印できています。(ついでに司にトラウマを植え付けてる。)
 

 




       =優輝side=



  薄々感づいてはいた。老人が言っていた“男女二人”。
  その二人が、僕の両親だって事は、状況から考えて当然だった。

  ...でも、それでも、こうして生きていてくれたのは、本当に嬉しかった。

「(....って、今はそんな感傷に浸ってる場合じゃない!)」

  再会を心から喜びたい所だけど、状況が状況だ。
  そうこうしている内にも、また閃光が一筋。

「っ、穿て!」

〈“stoß(シュトース)”〉

  また直撃コースなので、対抗するようにシャルで刺突を繰り出す。
  ただ突くのではなく、閃光の中心に当たるように突く。

「優輝!」

「ぐっ...クロノ!もっと遠くへ避難させてくれ!ここも危険だ!」

  なんとか凌ぎきり、クロノにそう叫ぶ。

「優輝、なんでここに!?」

「母さん、父さん。話は後!集落の人達を避難させて!」

  驚く両親にもそう言って、避難を任せる。
  ...閃光はある程度ランダムにばら撒くように放たれている。
  だからと言って、またここに命中するかもしれないから、急がないと...!

「早く!!」

「っ、こっちへ!」

  催促するように言って、クロノはすぐに行動を起こす。
  その間にも、閃光は何度も迸る。幸い、直撃はしていないが。

「『エイミィさん!誰かやられてたりは!?』」

『...だ、大丈夫!皆なんとか避けてるよ!』

  誰もやられてない事にほんの少し安堵するも、事態は何も好転していない。
  むしろ、司さんが助けられる事を拒絶してああなったから、悪化している。

「(なぜ、司さんは助けられるのを拒んだ?....いや、大体は分かっている。元々あの瘴気は司さんの負の感情によって生じたモノ。あれほどまでの負の感情と、自分を責めるような言葉...。)」

  それはまるで、自分は死ぬべきだと言っているみたいだった。

「(冷静になれ!緋雪の時のように、一人で突っ走る必要はない!今はただ、あの瘴気をなんとかして司さんを助け出す事を考えろ!)」

  もう、緋雪の二の舞のような事を起こしたくない。
  だから、必死にあの瘴気の対処法を考える。

「(今のあの瘴気は最初よりもだいぶ強化されてしまっている。司さんの意識はあるけど、救助を拒絶。無事でいるのかも分かっていない。...そしてなによりも、僕らの一斉砲撃をアレは相殺した。)」

  避難しているクロノ達に当たらないように、閃光を逸らす。
  思考と行動を別で行いながら、さらに思考を加速させる。

「(...だけど、少し考えれば、相殺さえされなければ通じる可能性はある。むしろ、あれは防衛機能の一端として相殺してきたんだ。通じる確率は高い。)」

  だけど、どうやってそれほどの威力を叩き込むかだ。

「(さっきと違って、攻撃が苛烈になってしまっているからさっきのような一斉砲撃は不可能。だから、一瞬であれに近い威力を出さなければ...!)」

  もう一度飛んできた閃光を、シャルで上になんとか逸らす。
  やる事は決まった。後は、その手段...!

「『エイミィさん!皆の各状況は!?』」

『えっと....椿ちゃん以外、自分の事に精一杯みたい!今は大丈夫だけど、このままじゃ...!』

  エイミィさんからの状況報告に、僕はさらに思考を加速させる。
  動けるのは椿のみ。正しくは椿と葵のみ...か。
  僕の手元にはメタスタス。これがあれば回避も接近も容易だが...。

「(とにかく、今の攻撃は全て防衛機能によるもの。なら、一度全員を退避させるか。)」

  今の僕になら、それは可能だ。
  どの道、攻撃を避けるのに精一杯なんだ。一度退避した所で変わらない。

「『クロノ!一度全員を攻撃の範囲外に退避させる!いいか?』」

『っ、ああ!その方がいいだろう。皆がまだ落とされていないのが奇跡な状態だからな!』

  クロノに一応聞いて、許可が入ったので行動に移す。
  もうクロノ達も相当遠い所まで行ったので庇う必要もないだろう。
  ...あそこにいる面子でも閃光は防げるし。

「『エイミィさん、アリシア!一番危なそうな奴から回収していく!そっちから教えてくれ!』」

『分かったよ!』

『了解!』

  まず、攻撃範囲の確認をして、どれくらい離れればいいか確認しておく。

『っ、はやてちゃんが!』

「『了解!』」

  自分の事で精一杯で、誰かを護れる状況じゃないのなら、やはり一番ピンチなのははやてだったか。
  後方から広域殲滅魔法で戦うスタイルだから、あまり回避も上手くないしな。
  なのはの場合は移動砲台みたいなものだから、幾分かマシなのだろう。
  ...と言っても、時間の問題か。

『ああっ!なのはもやばいよ!』

「『って、考えてる傍から...!』」

  はやてを捕まえるように転移に巻き込み、なのはも連れて範囲外へと逃げる。

「な、なんや!?」

「えっ!?」

「一時撤退だ!それ以上アレに近づくなよ!」

  戸惑う二人を置いて再び通信を繋げる。

「『次!』」

『次は...ヴィータちゃん!』

『後、アルフも危ない!』

  ずっと陽動していて動きが鈍ってきていたヴィータと、同じく疲弊した上にフェイトのように回避が上手くないアルフがやばいらしい。
  当然、すぐさま転移して助け出す。

  その後も、危ない人から助けだし、最後に椿を連れて一時撤退を終わらせる。

「っ...はぁっ、はぁっ、はぁっ...!」

  メタスタスの使用には微量とはいえ、魔力を使う。
  さらに転移は一応体に負担が掛かるらしく、それで僕は大きく疲弊していた。

「(一応、クリム・オスクリタも回収したかったが...。)」

  元よりそいつを捕まえるためにここに来たので、そいつも回収したかった。
  だが、吹き飛んだ場所にそいつはいなかったため、仕方なく諦めた。

「(逃げたか...。)」

  単身でも、転移魔法が使えたのだろう。
  緊急時だからって、後回しにしたのが間違いだった。

「(いや、今はそれよりも....。)」

  ジュエルシードの方を見据え、思考を巡らせる。

「(防衛機能による迎撃は、僕らの一斉砲撃をも相殺する。故に遠距離からの攻撃ではあの瘴気の突破は不可能と見ていい。だからと言って、接近しようにも...。)」

  あの触手と閃光を避ける、もしくは防ぎながら接近するのは至難の業。
  ....だけど、それは僕と椿と葵以外での話だ。

「(...僕と椿であの瘴気を破れるか?....いや、破れなければ意味がない。)」

  しかし、問題なのは瘴気そのものの耐久度だ。
  一斉砲撃は相殺されたから不明....いや、一応余波で瘴気は削れていた。
  つまり、一斉砲撃の余波に近い威力ならば確実に瘴気は破れる。
  まぁ、肝心の威力が分からないから耐久度については結局分からず仕舞いだが...。

「....試してみるか。」

  メタスタスで瘴気の目の前に転移しようと、魔力を込める。
  その瞬間。

     ―――ザザザザザ!!

「が...!?」

  耳障りなノイズのような音が響き渡り、転移が出来なかった。

「優輝!?」

「...メタスタスの転移が...拒絶された....!」

  どうやってロストロギアによる転移を防いだかは分からない。
  だが、転移が拒絶されたのだけは分かった。

「くそっ...反則すぎる...!」

  なんの根拠もない推測だが、ジュエルシードと負の方向に働いている天巫女の力が原因となっているのだろう。
  ...ロストロギアに対抗できるのは、ロストロギアだけってか...?

「...ますます近づけないな...。」

  自力で接近となると、本格的に僕と椿でしか攻撃できそうにない。
  僕と椿で、接近した際に放て、尚且つ瘴気を破れそうな魔法は...。

「....椿。」

「...一つだけよ。それ以外は隙が大きいわ。」

  椿に確認すると、一つだけあると答えてくれる。
  ...僕も隙や溜めの関係上、使える魔法は一つだけか...。

「(...魔力はそこらじゅうにある。体もまだ大丈夫。後は...。)」

  ふと、魔力反応が近づいてくるのを感知する。
  この魔力は....。

「クロノ。集落の人達は?」

「あっちに残っている者で十分と判断した。...こっちの方が重要だからな。」

  なるほど。あっちは大丈夫だから助っ人に来てくれたのか。

「...一応聞くが、アレを突破して接近する事は?」

「...無茶を言わないでくれ。命がいくつあっても足りなさそうだ。...まさか。」

  冷や汗を流しながら僕の問いに答えた後に、僕がやろうとしてる事を察する。

「...それ以外に方法はない。遠距離だと、相殺された上に反撃を受けるからな。」

「確かにそうだが....。」

  クロノは周り...皆を見渡し、少し考える。

「...行けるのか?」

「確証はない。だけど、それしか今の所方法がないのも確かだ。」

「そうか...。」

  一体脳内でどれほど悩み抜いたのか。
  苦虫を噛み潰した顔で、クロノは言葉を紡ぐ。

「...僕らでできる事は?」

「反撃の事を考えると、援護射撃はむしろ邪魔かな。」

  僕と椿に任せるのは不安なのだろう。僕だってクロノの立場なら不安だ。
  だから、せめて何か助けになろうとクロノは言った。...が、あまりできる事はない。

「...だけど、クロノのあの凍結魔法...エターナルコフィンだったか?あれなら、一度だけであればちょうどいい援護にはなる。」

「なるほど...。」

  あの魔法であれば、触手の動きを制限できるはずだ。
  他の魔法と違って、凍結させるからな。

「だが、発動まで時間がかかるし、なによりここからでは届かない。....護衛がいるな。」

「そうか....だが...。」

  あの魔法は広域殲滅魔法に分類される。
  つまり、座標の指定などから、発動までは動けないのだ。
  だから、その間クロノを護る人材が必要なのだが...。

「(防げる...もしくは相殺できる人物は...なのはと織崎とザフィーラか....。くそっ、ユーノがいればもう少し楽になったのに...!)」

  ユーノの防御魔法は盾の守護獣であるザフィーラに匹敵するほどだ。
  だから、ユーノもいればだいぶ楽になっただろう。

「...とりあえず、クロノの護衛として...なのは、織崎、ザフィーラ。...この三人がついてくれ。」

  なのはと織崎は相殺ができ、防御力も高い。ザフィーラは防御魔法で防げる。
  この三人以外は疲弊しているのもあるが、ちょっと条件が足りない。
  だから、この三人が最も適している。

「クロノもそれでいいか?」

「ああ。僕もこの三人が適していると思った所だ。」

  クロノからも同意見が貰えた。
  ちなみに、残りの全員で護衛に当たればいいと思うが、やはりアレは防衛機能であるため、人数が多いほど攻撃が苛烈になるようだ。
  先程全員を回収する際に分かった事だ。

「よし、ならそれで行こうか。」

「...皆、異論はないか!?」

  クロノが周りに聞くと、皆は特に反論をしてこなかった。
  唯一織崎だけ相変わらず僕を敵視していたが、案には異論はないらしい。

「では、今言った通りに....作戦開始!!」

  クロノの掛け声と共に僕と椿が範囲内に入る。
  途端に触手が迫ってくるが、まだ遠いため軽く躱す。
  横目でクロノの方を見れば、あちらも援護できる位置に移動していた。

「(この防衛機能は、一番近い者を優先して排除しようとする。...まぁ、司さんが拒絶しているのだから、当然だな。)」

  つまり、援護が入るまでは僕らでもおいそれと間近まで接近できないと言う事だ。
  おまけに、その後は一撃で司さんまでの道のりを切り拓き、助け出さないといけない。

「(それを成すのは...至難の業!だけど、そんなのは元より承知!!)」

  隣を同じように駆ける椿を横目で見る。
  彼女と葵は、この程度の逆境を何度も乗り越えてきたんだ。
  それに、前々世の僕だってそうだった。
  ...今更過ぎるんだよ!この程度!!

『いやっ!!来ないで!!』

「っ...!!」

  司さんの拒絶の念話と共に、さらに触手と閃光が殺到する。
  だけど、それを僕らは悉く躱す。

「(距離...約300m!カートリッジは...まだまだある!)」

  椿と隣り合って走っているが、互いに避けるのを阻害する事はない。
  椿たちと共に暮らすようになってから、何度も連携は取っているからね。

『優輝!行くぞ!』

「『了解!』」

  クロノから合図の念話が発せられ、その瞬間、背後から魔力が迸る。
  命中した対象及び近辺の物を凍らせるその魔力は、途中で触手に迎撃される。
  だが、そこから一気に辺りを凍結させ、一種の道が出来た。

「(よし!これなら...!)」

  行ける。そう確信して駆け出そうとした瞬間、脳内に声が響き渡る。

『....優....様....。』

「っ....!」

  つい驚いてしまい、躱す動作が少し大きくなってしまう。
  エイミィさんからの通信よりもひどいノイズが混ざった念話。
  声が途轍もなく聞き取りづらかったが、確かに念話として聞こえた。

『優輝さ....。どう......どうか...マ...ターを....。』

「(この声...まさか!?)『シュライン!!シュラインなのか!?』」

  攻撃を躱しながら念話に答えようと、こちらも念話を発するが通じない。

『....後は任...ます...。貴方に賭けましょう...マスターを、頼みます。』

「シュライン!っ....!」

  最後だけはしっかりと聞き取れた。
  僕を信じて、シュラインは司さんの事を任せてくれた。
  なら、その想いに応えなくちゃな。
  そう思って加速しようと足を踏み出した瞬間...。

『来ないでって....言ってるのに!!』

「なっ....!?」

  司さんの叫びと共に、今までとは比較にならない密度で閃光と触手が迸る。

「(っ...!今更引けるか!これぐらい...!)」

  弾幕のように迫りくる触手と閃光。
  どれか一つに掠ったりして減速すれば、たちまち蜂の巣にされてしまうだろう。

「っ、しまっ....!」

  だけど、さすがの密度に僕でも躱しきれず、思わずシャルで逸らしてしまう。
  それだけで、ほんの少し減速してしまった。

創造(シェプフング)....!間に合わな...っ!?」

  次々と迫る触手に対し、大きな剣を創造して串刺しにして凌ぐ。
  しかし、閃光は防げないし、なによりも物量の差がありすぎる。
  そのまま押し切られそうになって....。



   ―――“弓技・閃矢”

「っ...!!」

「行きなさい優輝!!」

  黒い閃光が、白い閃光を纏った矢で逸らされ、触手は打ち消された。
  振り返れば、そこには椿が弓を構えて立っていた。

「っ...任せた!!」

  瘴気を破るための戦力は削がれた。
  だけど、このままだとどちらもやられていたのだから、この判断は合っている。
  後ろは、椿に任せよう。

「っぁ....!!」

  躱す躱す躱す躱す。跳び、しゃがみ、横に避け、さらに走る。
  当たりそうになる攻撃は、椿が落としてくれる。
  だが、近づくにつれさらに攻撃の密度は高くなり...。

「...一種の壁かよ....!」

  瘴気の前に、切り拓かなければいけない程の触手が、そこにはあった。
  そして、それらは一斉に僕に迫ってくる。

「だが....!」

  すぐさま驚いていた思考を切り替え、魔力の結晶を投げつける。
  ...術式は知っている。何度も見たし、何回か受けた事もある。だから、使える。

「....爆ぜろ!!」

〈“Zerstörung(ツェアシュテールング)”〉

  僕の声とシャルの音声と共に、触手の壁が爆ぜる。
  それに誘爆するように、魔力の結晶も爆発する。

「(これで...“詰め”だ...!)」

〈“Lævateinn(レーヴァテイン)”〉

  そしてさらにシャルを大剣に変え、さらに切り拓く。

「(瘴気までの道は拓けた...!これが最初で最後...!!この先勝機は二度と来ない!!)」

Explosion(エクスプロズィオーン)

   ―――ここで...救い出す!!

  カートリッジを込めてある全弾ロードし、リヒトを槍の形に変化させる。
  そして、魔力を込め、魔法を発動―――

「っ....!?」

  しかし、そこへ煌めく黒い光。...あの閃光が瘴気から発射されそうになるのを見る。
  不味い...!今は攻撃の体勢。躱す事は、不可能...!

「(一手....届かな....っ!)」

     ―――キィイイン!!

  発射され、僕に当たると確信した瞬間、僕のすぐ横を朱い閃光が駆け、閃光を打ち消す。

「っ.....椿....!」

  振り返れば、触手などによる攻撃に晒されながらもこちらに弓を向けている椿がいた。
  さっきのは椿による“弓技・朱雀落”だろう。
  助かった...!これで....届く!!

Heilung(ハイルング),Stärkung(ステァクング),Beschleunigung(べシュロイニグング),Synergismus(ズネギスモス)...!〉

「ただ一点を...貫く!!」

   ―――“貫く必勝の魔槍(ブリューナク)

  リヒトから放出された金色の魔力が巨大な槍と成り、瘴気を穿つ。
  瘴気を破った手応えを感じ、そのままその魔力を解き放って孔を広げる。

「司さん!!」

  間髪入れずに身体強化を施し、その孔に飛び込んでいく。
  内側だからか、瘴気による攻撃もない。だが、弾きだそうとしてくる。

「...優...輝.....君.......。」

「今...そこに...!」

  瘴気によって押し戻されそうになるのに、必死に抗う。
  身体強化を施し、限界まで力を振り絞り、中心地にいる司さんに近づく。

「いいよ...私は、ここで....。」

「ふざけるな!そんな事....っ....!」

  さらに押し戻されそうになるのを、何とか踏み留まる。

「...ダメなんだよ...。どんなに誤魔化しても、どんなに押し殺しても...。」

「なにを....!?」

  虚ろな目のまま、司さんは僕に手を翳す。
  途端に、押し戻す力が膨れ上がる。

「どんなに取り繕っても...結局、私は....!」

「がっ...ぐぅ....!」

  暴風のように押し戻そうとする力に、ギリギリで僕は踏み留まる。
  だけど、司さんの負の感情はさらに膨れ上がっていく。

「私は!皆に...ずっと皆に迷惑ばかり....!」

「そ...は....!」

  “それは違う”と否定しようにも、声が届かない。
  くそ...!声さえも拒絶されてる...!

「これが...私の運命...結局、皆に迷惑を....。」

「司..さ.....!」

「だけど....。」

  ふと、こちらに顔を向ける司さん。
  手を差し伸べ、それを手に取ってくれるのかと、一瞬思うが...。

「...それだけは...皆に迷惑を掛ける事だけは....!」

「司..さん...?」

  刹那、さらに押し戻す力が膨れ上がる。

「ぐっ...!?ぁああああ!!」

「.....せめて、迷惑を掛けずに....。」

  離れて行く。そんな感覚に陥った僕は、リヒトを振い瘴気を少しでも祓おうとする。
  そうして無理にでも近づき、一歩強く踏み出して手を伸ばす。

「っ.....司さん!!!」

「........!」

  手が届きそうになり、司さんは虚ろなまま目を見開く。
  届く!そう確信して、さらに手を伸ばして....。









「―――え....?」

  司さんの姿が掻き消える。
  代わりに握られたのは青い菱形の宝石...ジュエルシードだった。

『こうなるのが...私の運命...。だから...もう、来ないで。』

「っ、がっ...!?」

  聞こえた司さんの声と共に、押し戻す力だけでなく、圧迫する力も発生する。

「(このままでは...押し潰される....!?)」

  身体強化しているので、辛うじて耐えているが、このままでは体が持たない。

「(転移魔法...発動する暇がない!瘴気を切り拓く...?ダメだ!とてもじゃないけど切り拓く余裕はない!このまま耐える....?それこそ死に一直線だ!)」

  万事休すか...そう思って力を抜きかけた瞬間、思い出す。

「っ、これ...だっ!!」

  一際力が強くなった瞬間、ある物に魔力を通す。





「っ、がはっ...!」

「優輝!?」

  後ろに吹き飛ばされながらも、脱出できた事を認識する。
  横から驚いたような声...これは椿か...。

「(メタスタスがなければ、死んでいた...!)」

  そう、あの瘴気の中で使ったのはメタスタス。
  外から中に転移するのは無理だったが、中から外なら可能だった。

「優輝!どうなったの!?」

「...最悪だ...!拒絶の意思が強すぎる...!助け..出せなかった...!」

  周りを見れば、そこは防衛機能の範囲外だった。咄嗟の転移でここに来たか...。
  瘴気の方を見れば、これから何か起きるとでも言いたげな程、脈動していた。

「もう一度...!」

「無茶よ!さっきのでも精一杯だったのに....!」

  引き留めようとしてくる椿。だけど、みすみす見殺しにするのは...!

「司ぁああああっ!!」

「あっ、神夜君!?」

  横から雄叫びと共に何かが飛び出したかと思うと、なのはが驚いていた。
  ..って、あれ織崎か!?

「馬鹿野郎...!お前じゃ、接近なんて...!」

  僕が言えた事じゃないが、無茶すぎる。
  織崎は司さんを好いている傾向があったから、ついに我慢が出来なくなったのか...。

「くそっ...!このままじゃ...っ!?」

  握りしめていた右手から、青白い光と魔力が鳴動する。

「優輝!それは...!」

「ジュエルシード...!」

  司さんを助けようとして、失敗した際に代わりに掴み取ったもの。
  封印が解けているソレは、今にも魔力が爆発しそうで...。







「―――お前は...黙ってろ!!」

  ...だけど、それを僕は無理矢理抑える。
  溢れ出んばかりの魔力を逆に吸収し、それを封印する魔力に変換。
  それに僕の魔力も上乗せして、あっという間に封印する。

「今はそれどころじゃないんだよ...!」

  封印したジュエルシードはすぐにリヒトの収納領域に突っ込んでおく。
  それよりも、今は司さんを...!

「優輝!...ああもう、付き合ってあげるわ!」

  ここで助け出さないといけない。僕はそう思って瘴気に再度接近する。
  織崎もごり押しで進んでいる。...だが、辿り着けはしないだろう。

「(ごめん緋雪!....ちょっと、無茶をする!!)」

  心の中でそう言って、霊力を魔力を混ぜ合わそうとする。













  ...その瞬間、視界が...いや、世界が光に染まった。



















   ―――....ごめんね。優輝君...皆...。....さようなら....。















  ...消えゆく意識の中、司さんの謝る声が聞こえた気がした...。









 
 

 
後書き
stoß(シュトース)…“突き刺す、衝突”のドイツ語。アォフブリッツェンには劣るが、強力な突きの一撃。ベルカの騎士で刺突を扱うのならばほぼ確実にこの魔法は使える。
貫く必勝の魔槍(ブリューナク)…52話にも登場したグリモワールに載っている魔法。
  優輝が扱う魔法の中でもトップクラスの貫通力を持ち、カートリッジか魔力の結晶を用いて初めて扱えるようになるほど、使用魔力も多い。
  ちなみに、今回この魔法を使う前にあったリヒトのセリフは、それぞれ“硬化”“強化”“加速”“相乗”のドイツ語にしたもの。(どこぞのプリヤで見た事あるなんて言っちゃダメ。)

一部分、プリヤの展開をパクr..参考にしてます。
ちなみに、ジュエルシード一つで次元震が起こるのに、今いる世界が無事なのは、一応司自身が次元震を起こさないようにしてるからです。(その代わり攻撃の密度とか他がやばい)
ついでに言うと、闇堕ち司>全盛期シュネー≧暴走ユーリです。
ジュエルシード25個同時使用はシュネーの強さを軽く凌ぎます。
司がせめて皆を傷つけないようにと思っていなければ、全員死んでました。 

 

第55話「事件解決...?」

 
前書き
原作キャラを動かそうと思って結局大して動かせてないという...。
こ、これからだし!3章はまだ始まったばかりだし!(震え声)
 

 






       =優輝side=







「―――はっ...!?」

  “がばっ”と起き上がる。どうやら、眠っていたようだ。

「...ここは...医務室?」

  辺りを見渡し、今いる場所を把握する。

「そうよ。」

「椿....。」

  僕が寝ていたベッドの横で、椅子に座りながら椿と葵が御札を弄っていた。
  多分、霊力とかを込めて術式でも組んでいるのだろう。

「...まったく、結局無理しちゃったわね。」

「うぐ...。」

  そう言われて鈍い痛みが体を駆け巡る。

「とりあえず、目を覚ました事を皆に伝えておくわ。葵。」

「任せてー。」

「あ、ああ....。」

  痛みに堪えつつ、椿の言葉に相槌を打つ。

「...確か....。」

  ふと、なんで気絶していたのか、思い出そうとする。

「....ジュエルシード25個の同時暴走を、貴方は止めたのよ。...無理をしてね。」

「...そうだった...。....ん?」

  どこか違和感を感じた。...いや、気のせいか...。

「少しの間とはいえ、霊力と魔力を混ぜて使ったから、しばらく体は満身創痍よ。」

「それ以前にも結構無茶な魔力運用してたでしょ?それも結構負担かかってたよ。」

「そういうこと。安静にしなさい。」

「そ、そうするよ...。」

  確かに体の至る所が痛い。まるで全身が骨折したようなぐらい痛みが強い。

「...本来なら、人一人が単身で挑む物じゃなかったのよ?なのに、貴方は一人で...。」

「わ、悪かったよ...。」

  確かにあの時僕は無茶をした。それこそ、緋雪の時みたいになるのを覚悟して。
  でも、ああしなければ誰かが死んでいたと、僕は思ったからな...。

「...ありがとう、ずっと看ていてくれたんでしょ?」

「っ...!べ、別に私は皆が貴方の事を心配してたから、代わりに...!」

  椿はそう言ってそっぽを向く。
  ...まぁ、顔を赤くしてるから照れてるのは丸わかりなんだけどね。

「優輝っ!!」

「目が覚めたのか!?」

  そこで、声をあげながら誰かが部屋に入ってくる。

「って、まだ急に触ったりしちゃダメよ!まだ治ってないんだから!」

「わ、悪い...!」

  勢いよく僕を労わろうとしたが、椿と葵に止められる。
  ...って、父さんと母さんか...。

「あー...言うのが遅れたけど...久しぶり。父さん、母さん。」

「優輝....!」

  感極まって涙を流す母さん。父さんも感激で上手く言葉が出せないみたいだ。

「....僕は...僕らは、母さんと父さんが生きてるって、信じてた。」

「っ...優輝...!」

  自然と僕も声が上擦る。...平静を装っても、嬉しいものは嬉しいんだな...。

「...二人には、優輝の事情を話していないわ。...貴方から話してあげなさい。」

「...ああ。」

  椿にそう言われ、一度落ち着く。
  ...そう。僕から話さないとな...。特に、緋雪の事は...。

「とりあえず、これに霊力を流しながらゆっくり話してなさい。」

「あたしたちは気にしないでね。」

  そういって椿は御札を一枚渡してくれる。
  霊力を流せば、体の中から癒される感じがする。...治癒促進の術式か。

「どこから話せばいいか...。とりあえず、どうしてここにいるかから話すよ。」

  そういってから、僕が魔法に関わった発端を話す。
  緋雪はシャルと、僕はリヒトと出会って魔法を使うようになった事。
  魔法と関わっていき、このアースラに乗っている人たちと知り合った事。
  父さんと母さんに関わりのある犯罪者の情報が入り、その犯罪者を追ってここまで来て、今に至った事...それらの事を大まかに話した。

「....とりあえず、大体は分かったわ...。」

「ところで...緋雪はここに来てないのか?」

「っ....。」

  わかっていた。聞かれるとは思っていた。むしろ、聞かれないと困る。
  だけど、それでも一瞬僕は言葉を詰まらせてしまう。

「....緋雪は、もういない...。」

「え....?」

「僕と共に事故に遭って死んだ...って世間には伝えられてる。」

「...どういうことなの?」

  今までにない、途轍もなく真剣な表情で母さんが聞いてくる。
  父さんも、先ほどまでの感激はどこに行ったとばかりに真剣になっていた。

「...ここからは突飛な話になるけど...。」

  幸い、ここにいるのは事情を知っている椿と葵だけ。
  葵から連絡でも入れておいたのか、魔法とかで見ている気配はない。

「....僕と、緋雪にはそれぞれ古代ベルカ...戦争で滅びた魔法の世界に存在していた人物の記憶を持っているんだ。」

  話すのは一応前々世の事だけ。生まれ変わりはともかく転生は話す必要がないからね。

「僕は、導きの王...導王ムート・メークリヒカイトの、緋雪は狂った吸血鬼として恐れられたシュネー・グラナートロートの記憶を...それぞれ持ってる。」

「...前世...みたいなもの?」

「その通り。...生まれ変わりなんだよ、僕らは。今僕が持っているリヒトとシャルも、その二人がそれぞれ持っていたデバイスなんだ。」

  信じ難いようで、父さんも母さんも考え込む。

「ムートとシュネーは王と平民という身分差でありながら幼馴染だったんだ...。だけど、人体実験によって吸血鬼と同等の存在に。...ムートはシュネーを救おうと思い、民の裏切りにより死に、シュネーはムート達の友人だった聖王と覇王によって斃されたんだって。...歴史上では、ムートはシュネーに殺された事になってるけど。」

  要点だけを両親に伝える。今重要なのはそこじゃないからね。
  ちなみに、シュネーの最期についてはシャルから聞かせてもらった。

「...そして、生まれ変わりである僕と緋雪だけど...。...シュネーの吸血鬼化は、魂に影響するものでさ、緋雪も吸血鬼になった...と言うより、シュネーに戻ったんだ。...もちろん、ムートが殺された事で狂ったかつての状態に。」

「っ....まさか...!」

  話を聞いて情報の整理だけで精一杯だった母さんが、もう察したらしく信じられないといった表情をする。

「....シュネーは...緋雪はずっと寂しがりやで、悲しんでいたんだ。...吸血鬼に...化け物の存在に堕ちるのに怯えながら、ずっと我慢してたんだ。...だから、僕に殺してもらうように、願った。」

「優輝...。」

「....僕だって、ムートの記憶を思い出して必死に助ける方法を考えたさ。...だけど、時間が圧倒的に足りなかった。焦っていたのもあるけど、どうしても命を助ける事はできなかった。....だから....。」

  ここから先は言わなくても分かったのだろう、部屋が沈黙に包まれる。

  ...なんて言われるだろう。
  どんな事情があったにせよ、僕は妹を...父さんと母さんの娘を殺したんだ。
  人殺しだと責められても、口々に罵倒されてもおかしくはない。

  ...だけど...。

「.....ごめんなさい...。」

「.....え....?」

  ...母さんは、優しく抱きしめてくれた。
  父さんも、責めるどころか、どこか申し訳ないような目で僕を見ていた。

「どう...して...。僕は、どんな理由があったにせよ、妹を...家族を殺したんだよ...?」

「...だから、だからよ...!そんな状況に、二人はいたのに私たちは傍にいられなかった...!親として、二人を支えてあげられなかった...!」

  そういって、母さんは涙を流す。
  ...父さんと母さんは、僕が緋雪を殺した事よりも、自分たちが親として支えてやれなかった事を悔いているんだ...。

  ...確かに、人殺しなのには変わりない。どんな事情があったにせよ、その事実にはなんら変わりないのだから、普通なら僕は糾弾されているだろう。
  だけど、父さんと母さんは僕を赦して、それどころか自分たちの無力を悔いていた。

「っ....ぁああ...!ぅぁあああ....!」

  それが親として、人として正しいのかは僕にはわからない。
  それでも、僕はそれが途轍もなく嬉しかった。





「....優輝も、まだ子供なんだから...。生まれ変わりとか、前世の記憶とか関係ない。子供なら、もっと親を頼りなさい。」

「....うん。」

  ...久しぶりに、みっともなく泣いてしまったな...。

「...他にも聞きたい事はあるのだけれど...。」

「...大丈夫。...椿と葵の事だね?」

  泣き止んだばかりで、時間を置こうとする母さんだけど、それを遮って話を続ける。
  聞きたい事とは、やっぱり親しくしている椿と葵の事だろう。

「ええ。優輝の事を看ていてくれたのは嬉しいけど、関係が気になって...。」

「一言で言えば居候かな。僕と緋雪が管理局と関わる切っ掛けになった事件...その被害者が二人なんだ。」

「そこから先は私たちが言うわ。優輝はもう少し休んでなさい。」

  続きを喋ろうとして、椿が遮る。
  ...まぁ、まだ体は痛むから、そうさせてもらうか...。

「まず、私と葵がどんな存在か知ってもらう必要があるわね。」

「その方が説明しやすいもんね。」

  そういって二人は自分たちが式姫という存在だという事。
  椿が草祖草野姫という神様で、葵は薔薇姫と呼ばれる吸血鬼だという事を話した。

「...地球にもそんなオカルト染みた存在がいたのね...。」

「陰陽師に式姫か...。」

  日本にも魔法のようなものが存在していた事に、二人とも驚きを隠せないようだ。

「私たちが優輝と出会えたのは偶然ね。偶々私たちがロストロギア...ジュエルシードのようなものを拾って、そこを次元犯罪者に襲われなかったら出会う事はなかったわ。」

「次元犯罪者...まぁ、魔法とか次元世界に関わる犯罪者だよ。」

  椿が説明し、葵が補足する。
  母さんも父さんも魔法は使えるけどその辺りの事情には疎いらしい。

「私たち式姫は主による霊力供給がなければ弱まっていく...だから、その犯罪者たちに対して、私たちは逃げるしかなかった。...そこで。」

「あたしが囮になって、かやちゃんは海鳴市の神社...八束神社まで逃げ延びた。」

「そこで偶然優輝達に出会ったのよ。」

  大雑把でも細かくもない程度に説明していく椿と葵。

「実を言うとね...あたし、一度死んでるんだよね。厳密にはもう吸血鬼じゃないんだよ。」

「死ん...え?じゃあ、今は...?」

「それにロストロギアが関連してるのよ。私たちが拾ったロストロギアは私が肌身離さず持っていた勾玉と融合して、死んだ魂がその勾玉に入り込んで、デバイスと化したの。」

「デバイス...皆が使ってる魔法の杖みたいなものか。...機械っぽいけど。」

  父さんと母さんは...というより、あの世界はデバイスを使わない魔法文明らしい。

「まぁ、直接見たほうがいいよね。はいっ!」

「っ、勾玉に...?」

〈これが今のあたしの本当の姿。ユニゾンデバイスっていう融合型のデバイスだよ。〉

  勾玉の状態で葵はそう言ってから、いつもの姿に戻る。

「大まかな流れとしては、優輝達と出会ったところで、再び犯罪者..その組織に襲われて応戦。囮になっていた葵はもうボロボロで、最期まで私を庇って死亡。...その後、私は優輝と契約してその犯罪者組織を潰したのよ。」

「優ちゃんが主になったから居候してるって訳だよ。ちなみにあたしはデバイスとしてはかやちゃんが主だけど、式姫としてなら優ちゃんが主だよ。」

  椿と葵との出会いの話なので戦闘の話はカット。
  何気に那美さんと久遠の事も話してないな。

「優輝って...陰陽師としての力もあるの?」

「才能...というより霊力の純度が高いのよ。霊力量はそこまで多くないわ。だけど...。」

「...あー...。」

  なんとも言えない表情で僕を見る椿と葵。

「...優輝が導王としての記憶を持っているのはさっき優輝が話したわよね?」

「ええ。まぁ。」

「...その導王は魔力の使い方が上手いのよ。その影響か、優輝は複雑な術式も簡単に組んでしまって...。」

「陰陽師じゃないけど並の陰陽師とは比べ物にならない程術が凄いんだよね。」

  正直魔法と同じように扱ってるだけだけど、それほど凄いんだな。

「とまぁ、私たちと優輝の関係はこんな感じよ。」

「...うん。大体は分かったわ。細かい事はまた別の時に。」

「その方がいいわね。今はやるべき事があるんだし。」

  そういって、椿たちの話は終わる。

「かやちゃん、かやちゃん。一つ大事な事言い忘れてるよ?」

「え?そんな事ないはずだけど...。」

「ほら、あたしとかやちゃんは優ちゃんの事が―――」

「ああああああ!!言わなくていい!言わなくていいのよ!!」

  ...葵が何か言いかけたけど、椿に遮られた...。

「........。」

「べ、別にそういう訳じゃないのよ!?ただ...ただ....!」

「...そういうことね。優輝も隅に置けないわ。」

  母さんは葵が何を言おうか理解したみたいで、目を見開いた後そう呟いた。
  ...なんの事だ?とりあえず椿は落ち着こうか。

「...そういえば、母さんたちも魔法使ってたけど、あれは...。」

「お察しの通り、あの世界で集落の人たちに教わったのよ。」

「管理局の人たちに聞いたけど、俺たちにもリンカーコアがあったからな。」

  ...実は僕らの祖先って魔法のある世界の住人だったりしない?
  一家全員がリンカーコア持ってるって...。

「母さんたちは、ずっとあの集落の人たちと一緒に暮らしてたの?」

「まぁ...そうね。言葉も通じない、土地勘もない私たちを助けてくれたのだから。」

「言葉が通じない....集落の人が翻訳魔法でも使えたの?」

「翻訳...村長は、“意思を伝える魔法”って言ってたわね。」

  翻訳魔法と原理は同じか...。というより、翻訳魔法の元となった魔法みたいなものか。

「......。」

  話が一通り終わり、会話が途切れる。すると...。

「...そろそろ入っていいか?」

「クロノ?...もう入っていいぞ。」

  ずっと待っていたのか、クロノが扉から入ってきた。

「もしかして、そこで待機してたのか?」

「葵から邪魔しないよう念話が入ったからな。ずっと待っていた。」

「...なんか悪い。」

  邪魔されないのは嬉しいが、待ってもらったのは少し罪悪感があるな。

「とりあえず、これからの事を伝えに来た。」

「...そっか。一応、あの世界に用はなくなったしね。」

「本命のクリム・オスクリタには逃げられたけどな...。」

  どうやら、捜索したけど既に違う次元世界に逃げられていたようだ。

「まぁ、もうジュエルシードもメタスタスもない。探し出すのは困難になったが、奴の逃走手段もなくなったからな。じっくり追い詰めて行くさ。」

「...そういえば、ジュエルシードはどうなった?」

  クロノの言い方からして、クリムを追いかけるためのジュエルシードの反応はもうなくなったのだろう。
  だとすれば、そのジュエルシードはどこに...。

「...よくわからない。優輝が死に物狂いで転移させた後、反応が消えた。...おそらく、虚数空間が発生して吸い込まれたのだろう。」

「...あー、そういえば、アースラからは観測できなくなってたっけ。」

  ジュエルシードのジャミングによって、肉眼でしか確認できなくなってたらしい。
  だから、虚数空間が発生していたのかどうかすらわからないという事だ。
  ...まぁ、あそこまで膨大な魔力なら発生してるだろうけど。

「....で、だ。まず君のご両親の今後だが...。管理局で保護する事になる。理由は分かるか?」

「...地球では死んだ扱いになっているから...か?」

「その通りだ。戸籍がないならともかく、死亡扱いだとな...。」

  まぁ、想定の範囲内にはあった事だ。そこまで驚きはしない。

「それと、しばらくの間、プリエールの集落の復興を手伝う事となっているが...これは僕ら管理局の仕事だ。嘱託魔導師である君たちの仕事ではない。」

「あー...ほとんど破壊されてしまったもんな...。」

  ジュエルシードがあった祠を始め、集落の中心部分は完全に破壊されてしまっている。
  事件が終わって“はい終わり”って訳にもいかないので人員を派遣するらしい。

「とにかく、君たちの出番はこれで終わりだ。後は僕らに任せて地球に帰るといい。....ご両親の事は僕らに任せてくれ。」

「...ああ。よろしく頼む。」

  クロノ達なら上手くやってくれるだろう。

「...えーっと...クロノ...執務官?」

「あ、クロノでいいですよ。」

「...少し気になったんだが、労働基準法のような法律はそっちにないのか?」

  父さんがクロノの外見年齢を見てそう尋ねる。
  ...まぁ、気になるよな。

「確か、地球の日本にある法律の一つでしたね。...管理局では、そういうのがありません。確かに、子供でも容赦なく戦場に駆り出されるのはおかしいと思います。ですが...。」

「...管理局は慢性的な人手不足で、まさに猫の手でも借りたい状態なんだ。...だから、成人していなくとも働けるなんて状態になっている。」

  クロノの言葉に補足するように僕も説明する。

「それは...。」

「...僕からすれば、管理局は魔法に頼りすぎてるんだ。質量兵器を使えとは言わないけど、マジックアイテムとかで代用できないのか?」

「ここ最近、僕もそう思っているよ。...確かに僕ら魔導師は“魔法”にしか頼っていない。...魔力がなくとも扱える質量兵器でもない武器の開発を、あまり進めていないんだ。」

  ...それさえ解決すれば結構マシになるんじゃないのか?

「うーん...結構便利になるんだがな...。」

「...何もかも君のように使いこなせる訳ではないからな?」

  それでも簡単な魔法の銃とかでも結構役立つと思うが。
  地雷式のバインドとか、作りやすいと思うんだがな。

「....少なくとも、俺たちのような一般人がどうにかできる問題じゃない...か。」

「はい。...一応、同じような考えを持っている人が訴えかけているので、近いうちに少しは改善されるかと...。」

「...なんか難しい話になってしまったな。とりあえず、ここで話を切り上げよう。」

  手をパンと叩いて、父さんは話を切り上げた。
  ...確かに、この状況に無粋な話だったな。

「明日には地球に着く。短い間だが、家族の団欒を楽しんでくれ。」

「ありがとうね。貴方も、あまり無理はしないでね?」

「はい...。...あ、それと、優輝はちゃんと椿と葵に診てもらってから動くよう判断してくれよ?」

「わかってるって。」

  そう言ってどこかへと行くクロノ。
  多分、リンディさんや他の皆に報告に行ったのだろう。

「団欒...って言われても...。」

「何を話せば...。」

  父さんと母さんは、久しぶり過ぎて何を話せばいいか戸惑う。

「...じゃあ、僕の今までの話を聞いてくれる?」

  だったらと、僕がそう言いだす。
  緋雪を喪うような、悲しい事もあった。
  だけど、それ以外にも楽しい事などはあった。
  そんな僕の今までを、母さんと父さんにも聞いてほしかった。

「...ええ。存分に話しなさい。」

「俺たちも、優輝の今までの暮らしとか、聞きたいしな。」

  母さんと父さんも了承してくれたので、話し出す。
  椿と葵は、話が終わるまで待っていてくれるようだ。

  ...数年振りとの家族との再会、そして語らい。
  それは、前世や前々世の記憶とかを持っている僕が、“志導優輝”という一人の子供に戻れる、唯一の時間だった...。









「...じゃあ、父さんと母さんの事を頼むよ。」

「ああ。任せてくれ。」

  そして翌日の夕方。
  僕らは海鳴公園で一時の別れを行う。

「士郎さんによろしく言っておいてね。」

「分かってるよ。」

  母さんたちに話した話の中に、士郎さんにお世話になっている事もあった。
  だから、念を入れて士郎さんに言っておくように母さんに言われた。

「じゃあ...また。」

「ええ。またね。」

「できるだけ早く帰ってくるからな。」

  そう言って、母さんと父さんはクロノに連れられてアースラへと帰った。

「...さて、俺たちも帰るか。」

「そうね。」

  椿たちに声をかけ、僕らも帰路に就く。
  ちなみに、なのはや他の皆は空気を読んでか先に帰っている。

「..........。」

「どうしたのー?早く帰るよー!」

「....あっ、ごめんごめん。」

  ふと、何かが引っかかって足を止めていると、葵に催促される。
  多分気のせいだろうと思い、今度こそ僕は帰路に就いた。











「おはよー。」

「おー、優輝。久しぶりだな。」

  翌日、久しぶりの学校に登校する。
  それなりの期間休んでたので、色々とやるべき事が溜まってそうだ。

「授業についていけるかー?なんなら俺が教えてもいいぞー?」

「...ふっ、お前に教えられるのか?」

「んなっ..!?鼻で笑われた!?」

  いやだって...今まで授業でわからない所教えてたの僕だし。

「くそう...!なら、この問題はどうだ!」

  そう言って見せてきたのは、休み前にはやっていなかった範囲の問題。
  内容は算数で、立体の体積だ。これなら...。

「累乗の問題か。5の3乗...125だな。」

「暗算...だと...!?」

  いや、前世は社会人だったし、この程度なら暗算余裕だろ。
  まぁ、こいつは知らないから仕方がないけどさ。

「なぜだ...!この時お前は休んでいたはず...!」

「予習してたんだよ。というか、一つ下の学年で同じ事できる奴知ってるぞ。」

  主にアリサとか。この前聞いた話だけど、授業が全部わかってしまうから授業中はノートに落書きしているらしい。

「くそ...!お前を笑ってやるチャンスだったのに...!」

「はっはっは。そうしたいのならまず僕と同じ成績になるべきだな。」

  まぁ、僕は最近は魔法関連で欠席が多くなってるからオール5とかではないけど。
  それでも平均4は取っている。

「.........?」

「ん?どうした?いきなり教室を見渡して。」

「いや...なんかな...。」

  気のせい...か....?

「...席替えとかしてないよな?」

「当たり前だろ。見りゃ分かるだろ。」

「だよな...。」

  どこか...教室の席に違和感を感じたが...。

「...しばらく休んで、少しボケたか?」

「いや...そんな事は...。」

  ...やっぱり、昨日も感じたけど、どこかおかしい。

「...とりあえず、久しぶりの学校だから、気を引き締めておかないと。」

「ああ。宿題とか忘れたりするもんな。」

「...忘れたのか。」

「休み明けのを...ちょっとな。」

  こいつの場合、やってすらいなさそうだが。
  ちなみに僕はちゃんとやった上に忘れていない。

「お前なぁ...。いい加減その癖直せよ?」

「いやぁ...いざとなれば見せてくれるだろ?」

「何度もはさすがに断る。というか、僕以外にも....以外にも...あれ?」

  誰かの名前を出そうとして、その名前が思い出せない。

「お前以外にいないって。」

「...じゃあ、僕が断れば...。」

「やめてください死んでしまいます。」

  ...さっきから...いや、昨日からいろいろとおかしい。
  何か...何か忘れているような...?











 
 

 
後書き
今回はここまでです。
...そう、3章はここからが本番です。 

 

第56話「消えぬ違和感」

 
前書き
第3章はここからです。
 

 












  ........暗い。

  ...暗い暗い、闇の中。

  生き物は何も存在しない。そんな闇の世界。そこに私はいる。

  誰も、何も私を認識しない。いや、私がそうなるよう願った。

  ...私に関われば、皆少なからず不幸になるから。幸せになれないから。

  周囲に漂う24個の青い輝き。これらだって、本来は幸せにするはずの存在。

  だけど、私はこれで皆を不幸な目に遭わせようとした。

  だから、私はここにいる。自分で自分を閉じ込めて、誰にも認識されないように。

  誰とも関わらなければ、誰かを不幸にする事はない。

  誰にも認識されなければ、誰かに関わる事はない。

  ...嗚呼、本当にごめんなさい。私がいなければ、貴方達も付き合う必要はなかった。

  ジュエルシードに、シュライン・メイデン...私なんかを主としなくても...。

  シュラインは、こんな私を未だに主としている。

  ジュエルシードは、こんな私を死なせずに生き永らえさせている。

  本当にごめんなさい。こんな私に付き合わせてしまって...。

  貴方達以外は、皆私の事を忘れている。

  私の力が必要だった場面は、きっと都合よく書き換えられているだろう。

  リニスの再契約も、プレシアさんの病気の事も、リインフォースのバグの事も。

  皆皆、都合よく、私がいない記憶に改竄されて解決した事になっているだろう。

  ...それでいい。それでいいんだ。私なんか、いなくても...。

  私は、永遠にここで過ごす。誰にも迷惑をかけず、誰にも認識されず。

  体が、精神が、心が、魂が、全てが朽ち果てるまで、私はずっと...。







   ―――....ごめんね、優輝君....皆....。









〈.....マス...ター......。〉















       =優輝side=





「はぁ....。」

「おいおい。6年生になってまだ一か月経ってないぞ?なんでそんな疲れてるんだよ。」

  教室でつい吐いた溜め息に、友人からそう突っ込まれる。

「いやまぁ、疲れる事が多くてなぁ...。」

  強くなるための特訓も、無理しない程度に頑張っているし、管理局の手伝いもある。
  それらが疲れの要因ではあるが、他にもある。

「(....まだ、違和感を感じる。)」

  ...そう、あの両親と再会する事ができた事件から感じる違和感。
  それがまだ残っているのだ。

「(...まぁ、他にもいろいろあったのも大きいけどさ。)」

  友人が言った通り、僕は6年生になった。
  あれから、僕らはそんな大きな事件に巡り合う事もなく平和だった。

  クリスマスでは翠屋でささやかなパーティーをし、両親もその時に一度帰ってきた。
  クロノとか色んな人もいたから、ささやかどころか豪華だったけど。
  ついでに僕の家の両親の部屋に転送装置が設置された。
  会える時はすぐ会えるようにっていう管理局の配慮らしい。

  正月も普通に神社に初詣に行ったり、ごく普通の正月を過ごした。
  桃子さんが椿と葵の着物を持ってきた時は驚いたけど...。
  あ、二人とも凄く似合ってたよ。

  そして三月。一つ上のアリシアが卒業する月も、特に問題はなかった。
  ...いやまぁ...アリシアが学校でフェイト達と会えないってごねてたが...。

  そんなこんなあって、今は新学期。アリシアも中学で上手くやっているらしい。
  既に容姿と性格から結構人気が出ているらしい。
  ちなみに、アリシアの通う中学は私立聖祥大附属中学校。去年まで女子限定だったが、今年からは男子も通えるようになったとか。

「(最近、夢見が悪いのもあるのか?)」

  疲れの心当たりはもう一つある。
  最近...いや、クリムの件以来から変な夢を見るようになっている。
  毎回内容は忘れているが、最近になって頻度も高まっている。
  おそらく、それも要因の一つなのだろう。

「...ホントに大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫。今日は金曜日なんだし、ゆっくり休むさ。」

  明日は朝の特訓を終わらせたら昼まで休むか。











   ―――...これは夢だ。

「...志導君、また宿題貸しちゃったの?」

  見覚えのある教室で、誰かが話しかけてくる。
  夢の中の僕の視点では、その人物の顔が見えるはずなのに、なぜか見えない。
  声色も、しっかりと言葉が聞こえるのにも関わらず、判別できない。

「志導君!」

  場面が変わる。...これは...緋雪達が誘拐された時?
  間違いない。誘拐犯達を緋雪が蹂躙しているからね。
  そして、また同じ人物に呼びかけられた。
  おかしい。ここは()()()()()()()()のに。

「(...記憶の改竄?いや、でも...。)」

  よくわからない。思考がまとまらない。
  まるで、()()()()()()()()()()()かのように。
  そうこうしている内に、また場面が変わる。

「汝らの御心を護りし加護を...。」

〈天駆ける願い、顕現せよ。“Wish come true(ウィッシュ・カム・トゥルー)”〉

  次に見えたのは、また同じ人物がアリサとすずかに向かって祈っている場面だった。
  緋雪もいて、場所がすずかの家から察するに、おそらく誘拐後だろう。
  デバイスと共に紡がれた言葉で、アリサとすずかが光に包まれる。

「(...そうだ...これで二人が再度魅了される事は....。)」

  ....待て。どういうことだ。
  ()()()()()()()()()()()()。でも、こうでなければ“矛盾が生じる”。
  一体、どうやって二人が再び魅了されるのを防いだ?
  ...それが、まったく思い出せない。

「(おかしい...おかしい...!)」

  記憶が混濁する。思考がまとまらない。
  それでも場面は変わりゆく。

「ストップ!そこまでだよ!」

  今度は、王牙との戦いで、介入された所。助けに来たのはまたあの人物。
  ...記憶では、緋雪に助けられた事になっている。

  場面が変わる。今度は“カタストロフ”との戦い。
  椿と“カタストロフ”のボスを転移させる所に...あの人物はまたいた。

  また、場面は変わる。ビルの上で、椿曰く妖と呼ばれる存在の偽物と対峙している。
  共に立つのは、緋雪と椿と葵と...記憶に覚えのない二人の少女と、あの人物。

「(...誰...なんだ....?)」

  どんな場面に変わっても、その人物は存在していた。
  ...そして、また場面は変わる。

「(っ....!)」

  今度は、ジュエルシード25個の暴走。...だが、その中心にその人物がいた。
  顔は未だに認識できないが、その瞳が虚ろだったのはよくわかった。

「(っぁ....!)」

  その人物に、僕は必死に手を伸ばす。助けようと、救おうとして。
  だけど、その人物は突き放すようにそれを拒絶した。
  伸ばした手が空振る。代わりに掴んだのは一つのジュエルシード。





   ―――....ごめんね。優輝君...皆...。....さようなら....。





「■さん....!!」

  聞こえてきた悲しい()()の声に、僕は誰かの名前を叫んでいた。
  ...意識が、遠のく...。夢から、覚める....。





〈....優輝様....。〉





  ...聞き覚えのあるような、ないような。そんな“デバイス”の声が聞こえた気がした。















「っ....!はぁっ、はぁっ...!」

  掛け布団を吹き飛ばし、切れた息を整える。

「今...のは....!?」

  多分、今まで何度も見てきた夢と同じ。
  だけど、今回はなぜか覚えていた。

「くそっ...なんなんだ....?」

  訳がわからないまま、ふと外を見る。

「...夜明けか。もう一度寝る事はないな。」

  遠くが少し明るくなっている。
  しょうがない。もう起きておくか。朝の鍛錬もあるし。

「(...走り込みがてら記憶の整理だ。)」

  眠気覚ましついでに水分補給してから、家を出ていつものルートを走る。

「(今回見た夢も、おそらく今まで見てきた夢と同じ。...感覚的にそう思っただけだが。...唯一違うところと言えば、今回は覚えていた事と...夢の最後。)」

  そう、夢の最後に聞こえたデバイスらしき声。
  なんとなく、覚えている訳ではないが、以前までの夢にはそれはなかった。

「(夢の内容は、一言で言えば、“僕の知らない誰かが今までの事に介入している”...そんな夢だ。)」

  走るペースを乱さず、考えていく。

「(夢の感覚としては、明晰夢に近い...?意識はしっかりあったな。)」

  内容だけでなく、夢の特徴も解析しておく。

「(...問題なのは、僕の記憶との相違点...いや、僕の記憶の矛盾点。)」

  そう。重要なのは夢の内容と僕の記憶の違いよりも、僕の記憶に存在する矛盾点。
  この際、夢は置いておこう。だけど、その矛盾点は見逃せなかった。

「(アリサとすずかの魅了は確かに僕の魔法で解除した。...正しくは緋雪を正気に戻した際暴発した影響だけど。だけど、それだとそれ以降の魅了はどうやって防いでいるのかがわからない。)」

  どうして今まで疑問に思わなかったのか。
  不思議にすら思うほど、それは不自然だった。
  少なくとも、あのタイミングで魅了を防げる魔法は使えなかった。
  ...今ならグリモワールに載っている術式を漁れば行けるかもしれないけど。

「(だけど、あれ以来間違いなく二人は魅了を受け付けなくなった。)」

  一度解けたら再度かからない?
  ...いや、それなら僕は()()()()()()()()()()()()()だ。
  だが、どんなに自分の記憶を再確認しても、()()()()()()()()

「(...よくよく自分の記憶を振り返ってみると、不自然なところが多い。)」

  どう考えても僕や他の人たちでは為せなかった事が所々あった。
  ...そこで、ふと夢で見た内容を思い出す。

「(...そう。あの人物がいれば全て辻褄が合う。)」

  アリサとすずかに魅了が効かなくなるのも、数々の不自然な所も。
  夢で見た内容、その全てが、あの人物がいれば成り立つと、なぜかそう思えた。

  ...気が付けば、走り込みは終わっていた。

「(...一度素振りをして気を切り替えよう。)」

  雑念が入ると剣筋もぶれるからな。
  椿もそろそろ起きてくる頃だろう。椿は早起きだし。
  葵は吸血鬼だから、朝に弱いけど...まぁ、6時くらいには起きるだろ。







「.....ふぅ。」

  しばらくして、いつもの庭での素振りを終わる。
  ふと、家の開けている窓を見ると、椿が訝しげにこちらを見ていた。

「...どうしたんだ?」

「...どこか、雑念が入っていたわね。」

  ...さすが椿。気づいていたのか...。

「これでも思考を切り替えた方なんだがな...。」

「何があったの?」

  夢の事や記憶の矛盾...葵ももうすぐ目覚めるし、話しておくか。





「....なるほどね...。」

「...二人は何か違和感とかはあるか?」

  今までは疑問にすら思わなかった。
  それがおかしく思えて、ふと二人にも聞いてみる。

「分からないわ...。記憶を探っているんだけど...。」

「矛盾が感じられない...いや、感じようと思えないのかな?」

「そうか...。」

  二人でさえ、違和感を感じる事はできない。

「...でも、分かった事はある。」

「ええ、そうね。」

「あたしもわかってるよ。」

  僕らは少し間を置き、一斉に異口同音に言う。

「「「記憶や矛盾に対する、認識の阻害。」」」

  そう。“疑問に思わなかった”。これがキーワードだ。
  今朝気づいた矛盾は、少し考えればすぐ感じる事のできる矛盾だ。
  それなのに気づかなかった...疑問にさえ思わない事にこそ、僕らは疑問に感じた。
  そして、葵も言っていた“矛盾を感じようと思えない”。これではっきりした。
  矛盾などに対して思考が働かない。...その時点でおかしい。
  だから僕たちはそう結論付けた。

「僕自身、夢を見るまで一切気づかなかった。」

「そんな優ちゃんに言われてもまだわからないあたしたち。」

「よく考えれば普通にわかる事よね。」

  だけど、問題となるのは...。

「それを行った存在...。」

「あたし達三人...いや、多分最低でもこの街全ての人に認識の阻害をかけてるんだよね?」

「...いくら式姫とはいえ、私は神の分霊よ?それに影響を及ぼすなんて...。」

  夢の内容からすれば、クロノ達も認識阻害の範囲内だろう。
  つまり、次元世界規模で認識阻害が働いているという事になる。
  それは、まさしく神に匹敵する現象。

「...それほどの事ができる存在って...。」

「それこそ、どこぞの神の仕業...もしくは、神に匹敵する力...ね。」

  そんな存在、いるとすれば...。....っ!

「.....ジュエル...シード...?」

「まさか!さすがにあれでもここまでの力は...。」

「...厳密には、夢に出てきた人物が使用した場合のジュエルシード...。」

「「っ...!」」

  そう、この現象にはあの人物が関係しているのは間違いない。
  それに、夢であの人物はジュエルシードの中心にいた。

「...どの道、僕が感じている矛盾点と夢の中に出てきた記憶にない人物。...それとこの現象は大きく関わっているはずだ。」

「でも、ジュエルシードは虚数空間に...。」

「あれは憶測だ。実際に見た訳ではないだろう?...ましてや、記憶とかが改竄されている時点で、この前のジュエルシードの件全てが怪しい。」

  だからと言って今どうするべきかはわからない。
  それに、今の所僕しか明確な違和感は感じれていないんだ。
  せめて、椿と葵だけでも同じ違和感を共有したいが...。

「...調べよう。」

「え?」

「僕が違和感を感じる場所を、全部調べよう。さすがに次元世界は渡らないけど、調べれば椿や葵も何か気づけるかもしれない。」

  元より、これ以外に取れる行動は限られている。
  ならば、せめて行動した方がいいだろう。

「...わかった。付き合うよ。」

「優輝がそうするなら、私たちはついていくわよ。」

「ありがとう。じゃあ、まずは...。」

  二人も了承してくれたので、すぐに支度を済ませる。
  まず向かうのは...緋雪と僕が魔法に目覚めた場所。







「ここが...。」

「何も変わってないな。」

  海沿いにある使われていない倉庫。
  そこは、かつて誘拐があった時と、なんら変わりない状態でそこにあった。

「...まぁ、そう簡単に手がかりがある訳ないか...。」

  少し調べてみたが、何もない。
  誘拐事件に関しては、表沙汰にならない程度で片づけてしまったからな。

「一応サーチもかけてるが...リヒト、シャル。何か違和感は?」

〈特には。〉

〈私もです。〉

  リヒトとシャルにも何か感じられるか探ってもらっていたが、何も感じられないらしい。

「...次、行こうか。」

  違和感はあるが、何もわからない。
  他にも回る場所はあるので、ここはもういいだろう。





「....くそ...。」

  あの後、様々な場所を巡った。
  王牙と戦った翠屋の前。椿と出会った八束神社などetc...。
  だけど、そのどれもが違和感を感じるだけで何もわからなかった。

「収穫はなし...。強いて言うなら、以前まで感じなかった“違和感”がある程度か...。」

  そう。何気に翠屋前は夢を見る前は違和感などなかったのだ。
  そこを考えると、収穫なしではないようにも思える。

「...いえ、それだけじゃないわ。」

〈椿様の言う通りです。〉

「...なに?」

  どこか思案顔な椿とリヒトが僕の言葉を否定する。
  ふと見れば、葵も椿に同意するように頷いていた。

「...私たちも感じれるわ。貴方の言う“違和感”を。」

「それと矛盾もね。...優ちゃんと一緒にいたからかな?」

〈サーチ自体には何も引っかかりはありませんが...どこかおかしいと、そう思えました。〉

  ...つまり、原因は分からないが、違和感はあると思えるようになったのか?

「でも、肝心な部分は何もわからず仕舞いか...。」

「そうね...。」

  夢に出てきたあの人物については、何もわからなかった。
  それには変わりなく、疲れも出てきた僕らは海鳴公園で少し休む事にした。

「....って、ユーノ?」

「あっ、優輝!それに椿と葵も!」

  ベンチにでも座ろうと思ったら、なぜかユーノがいた。
  手元には海鳴公園で偶に屋台をやっている所のたい焼きがある。

「なんでまたこんな所に。」

「クロノからの調べ物の依頼がようやく終わってね。休暇がてら地球に来たんだ。」

「あー...。」

  ここ半年間、ユーノとは数えるほどしか会っていない。
  その理由が今ユーノ自身が言った依頼関係だ。
  無限書庫と呼ばれる管理局本局にある超巨大データベースの司書。
  それが今のユーノのが勤めている所で、調べればどんな情報でも出てくるらしい。
  だけど、巨大すぎるが故に中身の整理が全然出来ていなく、ユーノが司書になるまで整理は始めてすらいなかったらしい。

  ...で、スクライア一族であるユーノにとって、無限書庫的存在は望む所らしく、文書探索などで頼られているんだとか。
  ...頼られてはいるんだが、クロノにいいように扱われて疲労気味らしい。
  だから、ようやく取れた休暇でのんびりしている。

「ちなみにその調べ物って?」

「ジュエルシード。もう虚数空間に呑まれたから必要ないと思うんだけどね。」

「っ....。」

  ...これはちょうどいいのでは?
  僕らが探し求めている“違和感”には、おそらくジュエルシードも関わっている。
  なら、少しでも情報を...。

「...ユーノ、聞きたいんだけど、ジュエルシードについてどこまでわかったんだ?」

「え?...細かくは分からなかったけど、大体は分かったよ。...まず、ロストロギア...つまり失われた技術だと言われてるけど、厳密には違う。」

「...どういうこと?」

「“技術”そのものが使われていなかったっていうか...。あー、説明するにはまず“天巫女”について説明しないといけないね。」

  今のうちに念のため認識阻害の結界を張っておく。魔法関連の話だからね。
  しかし、“天巫女”か...。導王時代の文献以来見たことない単語が出てきたな。

「天巫女...以前に君たちが行った世界“プリエール”に伝わる一族でね。祈りを現実に反映させるレアスキルを持っているんだ。その祈りの力は個人差はあれどどれも凄まじく、一説によれば死者蘇生に似たこともできたらしいんだ。」

「死者...それは凄いな...。」

  文献にも載っていた事と同じだな。

「...ジュエルシードは当時の天巫女のほぼ全て...25人によって創造されたんだ。...さっき言った、祈りの力でね。」

「...ロストロギアと呼ばれるほどのモノを、人の身で...!?」

「そう。それほどまでに天巫女の力は凄まじい。...それこそまさに、“神の所業”と呼ばれるほどにね。」

  ユーノの言ったそのワードに、ふと“違和感”の何かが繋がりそうな気がした。

「ジュエルシードは本来、願いを歪めて叶える機能なんてなかったんだ。...あるのは天巫女に祈りの力を増幅させる機能だけ。後は膨大な魔力を持っているくらい。...それが変質して違う世界に流れ着いたんだけどね。」

「........。」

「ジュエルシードの本当の力は信じられない程だよ。かつて“プリエール”を襲った災厄...負の感情...そのエネルギーをプリエールから遥か遠い世界へ転移させ、そして打ち消したんだから。」

「っ....!」

  “負の感情”...それに聞き覚えがある気がした。
  重要そうで...だけど、それ以上は思い出せない...。

「....といっても、虚数空間に消えてしまった今、報告するだけして、なんの意味もないんだけどね。」

「...そうか。ありがとう、ユーノ。」

「あはは、なんか面と向かってお礼を言われるのは久しぶりだな。」

「...どれだけ酷使されてきたんだよ...。」

  なんかいつかユーノが倒れないか心配だわ...。

「じゃ、もう少し僕はここにいるけど...。」

「僕らは家に帰るよ。じゃあね。」

「うん。またね。」

  そういってユーノと別れる。





「...天巫女...ジュエルシード....か。」

「...関係、あるのかしら?」

  帰路に就きながら、僕らはユーノからもらった情報を整理する。

「ユーノの言った通り、“神の所業”に匹敵する事が可能ならば、この現象を引き起こす事も可能かもしれない...。」

「じゃあ、ジュエルシードが原因?」

「...どうだろうか...。」

  夢に現れたあの人物の存在を記憶から消す意味...それは一体...?

「(仮にあの人物が天巫女だとして、記憶から消える理由がわからない。...負の感情....消える...?....いや、まさか....。)」

  何かが繋がりそうになる。
  だけど、やはり認識阻害が効いているのか、上手く思考がまとまらない。

「....ん...?」

「どうしたの、優輝?何か考え込んで....。」

  ふと、何かが目に入って、僕の足が止まる。
  椿が考え込んでいた僕を心配して声をかけてくるが、今は耳に入らない。

「あれは....。」

「どうしたの?家なんか眺めて...。」

  僕の視線の先にあるのは、二階建ての一軒の家。
  なんの変哲もない、ただの家なはずだけど...。

「...ねぇ、葵...。」

「うん。あたしも感じるよ。」

  ...椿と葵も感じ取ったみたいだ。

「(...感じる。“違和感”が。...ここには、何かある...!)」

  決定的な“何か”があると、僕の勘が告げていた。









   ―――表札に書かれている“聖奈”という字から、僕は目を離せなかった...。









 
 

 
後書き
記憶改竄の穴を突きながら解決に向かう優輝達。
それよりユーノをただの便利キャラにしてしまった...。ごめんよ、ユーノ。

ちなみに、本編ではまだ語られていない優輝の能力が椿たちに働いています。
そのおかげで二人は“違和感”を感じられるようになりました。 

 

第57話「手掛かりと異変」

 
前書き
司の存在抹消に関してですが、所謂世界改変に近い事をやっています。
実際に改変したというより、痕跡をできる限り消したって感じですけどね。
優輝達が言っている通り、認識阻害に近いので、ヒント同士を結びつける事ができなかったりします。(読み手からすればなんでわからないって感じですけど。)
 

 






       =優輝side=





「....“聖奈”...か...。」

  目の前の家を眺めながら、僕は表札に書かれた名前を呟く。
  記憶にはない。だけど、久しぶりな感じがする苗字。

  ...おそらく、きっとおそらく、夢のあの人物の苗字だろう。
  強くそう思えないのは、それすらも阻害されているからか...。

「...さすがに人の家を調べるのは...。」

「...いや、これほどの“違和感”、調べないと...。」

「すずかちゃんの時はやめておいたのに?」

  そう。夢の内容にはすずかの家もあった。
  だけど、さすがに人の家はやめておこうと思ったんだけど...。

「...バレなければ、問題ない。」

「あのね...。」

  椿に呆れられる。...まぁ、当然だわな。

「...認識阻害を多重掛けして、そのうえで気配を消していく...これで完璧!」

「不法侵入という法においての欠点があるけど?」

  それは...ほら、やむを得ないというか...。

「...じゃ、行ってくる!」

「あ、逃げた。」

「まぁ...見逃そうよかやちゃん。」

  超短距離転移で家の中に入る。住人である夫婦がいるが...まぁ、無視しよう。
  転移魔法は魔力反応を消すのが難しいが、ここまで短距離なら隠せる。
  家の中に入れば、直感的に最も“違和感”の感じる場所へと向かう。

「(....二階か...。)」

  直感に従い、二階に上がる。
  同時に、違和感も大きくなる。

「(...何もおかしい所はない...?...いや、これは...!)」

  二階の構造にしては、扉が少ない。
  それこそ、“一部屋丸ごと分”の空きがあるほど、扉同士の間隔が広い...!

「『リヒト、サーチ!』」

〈『はい!....っ!?...反応...ありません...!?』〉

「な、...っ....!?」

  思わず驚きの声を上げてしまいそうになった。

「(反応...なし...!?馬鹿な...!?)」

  リヒトは優秀だ。それこそ、まだ子供の体の僕にはもったいないくらい。
  それなのに、見つけられないだなんて...!?

「くっ...!」

  防音結界を張り、扉が不自然な間隔を空けている真ん中辺りの壁を叩く。
  部屋があれば、音が不自然に返ってくるはず...。

「っ...!(...なん、だ...これ...!?)」

  返ってきた音が、上手く聞き取れなかった。
  ただ単に聞き損ねただけと思いそうだが、明らかに不自然だった。

「(...絶対、何かがある...!)」

  だけど、なぜかそれを認識できない。

「(...確実にここに部屋がある。だけど、僕はそれを知覚できない...か。)」

  知覚できないのなら、手探りでドアを探しても見つからないだろう。
  ならば...。

「(...一種の、賭け...か。)」

〈マスター!?なにを....!?〉

「リヒト、シャル!身体保護任せた!...転移!」

  ただ、勘だけで、部屋に直接転移する!!



「...っ、ぁ...!?」

  転移は...成功したらしい。
  だけど、周りが見えない...というより、知覚できない。
  そのうえ、見えない何かに圧迫されるような感覚に陥る。

「(...周りが知覚できないのなら...!)『リヒト、周りの風景を映像及び写真で保存!』」

〈っ、わかりました!〉

  僕自身、“違和感”の正体を探るために持ってきておいたカメラで写真を撮る。
  そして、圧迫感に押し潰されそうになった所で、外に転移する。

「―――ぷはっ...はぁっ、はぁっ...!」

「優輝!?」

  息を止めていたらしく、切れた息を何とか整える。
  そこへ、椿と葵が駆け寄ってくる。

「...手に入れたかもしれない。...手がかりを。」

「....!...っ、それ以前に無茶しないの!その様子だと、また...!」

「ご、ごめん...。」

  勝手に入った上に、何かしらの無茶をしたと椿に怒られる。
  ...あー、また心配かけさせてしまったな...。

「...待っててくれたんだな。」

「っ...べ、別に優輝が心配だった訳じゃ...!」

「優ちゃん!体は無事なの!?」

「なっ...!?」

  顔を赤くして背ける椿を無視して、葵が僕の体の心配をしてくる。

「あ、葵っ!?ずるいわよ!?」

「...あー、大丈夫だ。異常は残ってない。」

  椿が何か言っているが、とりあえず二人にそう言っておく。

「そ、そうなの...。...とりあえず、今日はもう家に帰るわよ。」

「わかった。...情報も整理したいからな。」

  そうして、ようやく僕らは家に帰った。





「っ、ぐ....!?」

「ど、どうしたの!?」

「な、なにか頭痛が...!」

  家に帰って一休みしていると、突然頭痛が起こる。

「(なんだ...これ...!?)」

「ちょっと、優輝!?しっかりしなさいよ!?」

「優ちゃん!」

  普通とは違うような頭の痛み方に、その場に蹲ってしまう。
  椿と葵の呼びかけも、どこか遠くに聞こえた。

「..リヒ..ト...!身体スキャン...を...!」

〈.......マス...タ..ー....。〉

「...リヒト....?」

  リヒトに僕の体がどうなっているかスキャンしてもらおうと呼びかける。
  しかし、ノイズだらけの返事しか返ってこず、そのまま沈黙してしまった。

「くっ......。」

  僕も頭痛に耐え切れず、そのまま意識が薄れていった...。











   ―――....優輝様...。









「....っ、く...!」

  ふと、飛び上がるように目を覚ます。

「...朝....?」

  おかしい。僕の記憶では既に夕方だったはず...。

「優輝!ようやく目が覚めたのね...!」

「...椿...?」

「...あの後、ずっと眠ってたのよ?今は日曜日よ。」

  ....そうか、日を跨いだのか。

「....リヒト。」

〈...大丈夫です。既に回復しました。マスターこそ大丈夫ですか?〉

「ああ。頭痛も治まった。」

  あの頭痛は何だったのか。明らかに普通じゃなかった。

「リヒトのあの不調の原因は?」

〈...わかりません。マスターが頭痛に陥られたのと同時に何もできなく..。〉

  ...リヒトも原因不明らしい。もしかしてこれは...。

「...無事ならいいわ。とりあえず、朝食は作っておいたから。」

「ああ。ありがとう、椿。」

「........。」

  顔を赤くしながら逸らし、周りに花を出現させる椿。...嬉しいんだな。
  ...とりあえず、昨日できなかった情報整理のためにもまずは朝食だな。





「....二人はどこまで推測した?」

「いや、優ちゃんが目覚めるまで個人でしか推測してないよ。」

「一番情報を持ってるのは優輝だから。」

「そうか...。」

  ある程度は自分で推測を立てているらしい。

「昨日、“違和感”を感じた場所は全て夢の中で見た人物が今までの出来事に介入した場所。...と言っても、僕の記憶限定だけどね。」

「私たちも“違和感”は感じれるようになった。」

  椿たちが感じれるようになったのは八束神社から...つまり、僕と出会った時からだ。
  僕らと会う前に起きた出来事の場所に行っても、何も感じなかった。
  ...と、いう事は...。

「...“違和感”の正体は僕らそれぞれの記憶から生じる矛盾。...まぁ、これは探索する前からある程度わかってた事だね。」

「問題なのは、最後よ。」

  重要なのはここからだ。

「僕があの家で見つけたのは、“知覚する事のできない部屋”。」

「知覚できない...って事は、認識阻害が?」

「多分ね。」

  そして、家に帰ったら謎の頭痛で気絶。リヒトも謎の不調を起こす。

「...あ、そういえばシャルは昨日どうだったんだ?」

〈...リヒトと同じです。マイスターが頭痛を起こされたのと同時に...。〉

  時間差とはいえ、あれはあの家から帰った後。もしかして...。

「...僕らに掛かってる認識阻害を無視するような場所に、無理矢理干渉したから...?」

「どういうこと?」

「あの知覚ができない部屋...あそこに僕は無理矢理転移で入ったんだ。だから、僕らに掛かってる認識阻害が原因で大きな矛盾を引き起こして、所謂オーバーヒート的な事が起きた...。」

  多分、あの頭痛はそういう事だろう。

「....“聖奈”って家だったね。あそこ...。」

「ああ。だから、僕らの記憶から消えた人物は、あの家の住人...って、それはあの家に“違和感”を強く感じてた時点でわかる事か。」

  そして、その人物は夢に出てきた人物と同一だろう。

「...あ、そういえばリヒト、昨日撮った映像とかは出せるか?」

  思い出したようにリヒトに尋ねる。
  それと一緒に、僕もカメラで撮った写真を印刷しに向かう。

〈はい。出せます。...昨日は知覚できなかったのに、これは...。〉

「何か写ってるのか?っと、出てきた。」

  印刷した写真を取り、リビングに戻ってテーブルに広げる。
  同時に、空中にリヒトが映像と写真を投影する。

「....この部屋は?」

「さっき言ってた部屋。」

  写っているのはシンプルな部屋。女の子らしさがあるって程度でなんの変哲もない。
  ...一つあるとすれば、くっきり写っているのに一部知覚できない事か。

「ノイズが走るかのように見づらいな...。」

「認識阻害...ここまで影響するんだね。」

  となると夢の人物は女性って事になるな。
  ...夢の記憶とかで十分それは考えられたはずなのに、なんで今更。

「...この現象...夢の記憶...天巫女......そういうことか。」

「何か納得いくことが?」

「ようやく結びついたって所かな。これも認識阻害の影響だったかもしれないけど。...まぁ、この現象で消えた人物は天巫女で、なぜかは知らないけどジュエルシードで皆の記憶から消えたって事。」

  思考が纏まらないのも、拒絶反応のように頭痛が起こったのも。
  全部、その人物が自分を思い出してほしくないと思ったから。

「天巫女...ユーノは一部説明してなかったけど、祈りの力は感情に左右されやすい。」

「...まぁ...祈るって事は雑念とかで影響が出るものね...。」

「...だからこそ、ユーノの言っていた負の感情のエネルギーを打ち消す事ができた。....同じような力だったから。」

  同じような力だからこそ、対抗できた。

「ジュエルシードはその祈りの力を増幅させる。...つまり、それを扱う天巫女本人が負の感情で強く祈ってしまえば...。」

「っ.....!」

「....この現象は、そういう事だ。」

  負の感情...拒絶などの意思で祈りの力を行使した。
  大方、“自分なんていなければいい”とかそんな祈りだろう。
  それが増幅され、僕らの記憶から消えた。

「...夢の中では、僕らは結構その人物に助けられていた。それなのに、どうしてこんな事にしたのか...。」

「...本人のみぞ知る...ね。」

  もしかしたら、このままにしておくべき事なのかもしれない。
  だけど、ここまで来て“はいそうですか”と引き下がる訳にもいかない。

「...どうにかしたいけど、手がかりはここまでなんだよな...。」

「どうするの...?」

「...時が来れば、また何か思い出すかもしれない。昨日みたいに。...だから、それまで色々準備って所かな。」

  今僕らにできる事は、それぐらいしかないだろう。
  ユーノ曰く神に匹敵する力が働いているんだ。早々認識阻害に干渉もできない。

「(...一応、試してみるか。)」

  それでも、試してみる価値はあるだろう。
  様々な視点から、幾重もの手段で干渉を試みれば或いは....。











   ―――...優輝様...どうか、マスターを頼みます....。











「じゃあ、また明日ー。」

  学校が終わり、真っすぐ家へと帰る。

「(...夢の代わりに“声”か...。)」

  昨日、今日と夢を見なかった代わりに、声が聞こえた。
  確信はないが、デバイスらしき声。自分の主の事を僕に頼んでいた。

「(...言われなくても、そうするつもりだ。)」

  全てを拒絶して皆の記憶から消える。
  何かしらの理由があるだろうけど、そんな末路は悲しすぎる。

「(昨日、結局認識阻害に干渉する事はできなかった...。やはり、何かしらのきっかけがないと干渉すらままならないのか...。)」

  元々知覚する事もできていなかった認識阻害だ。干渉できる方が珍しい。

「(とりあえず、今日も帰って色々試すか。)」

  家では既に椿と葵が色々試している。僕もやれることはやらなきゃな。







「...これも無理...か。」

  組んでいた術式を破棄する。
  今日も様々な術式を試したが、なんの成果もなかった。

「やっぱり、何か手掛かりを見つける方が...。」

「...だとしても、当てが何もないわよ?」

「それなんだよなぁ...。」

  こうしている間にも、もしかしたら取り返しがつかなくなるかもしれないのに...。

「(ジュエルシードの力が行使されたのは、夢の内容から見てもプリエールで...だ。あれ以降の記憶は夢に出てきていないからな。...だとすれば、その世界に行けば何かわかるかもしれないが...。)」

  個人でそこまで行く力はない。それ以前に、無断で次元渡航したらダメだし。
  例えクロノ達に頼むとしても、僕らは嘱託魔導師。未だに個人的理由の範疇を出ない事情でプリエールまで行けるほどの権限はない。

「....手詰まりか...。」

  見ればとっくに夕食時になっている。
  さっさと準備するか。





『.....優...さ.....。』

「っ....!」

  夕食を食べ終わり、まだしていなかった風呂の準備に向かおうとした瞬間、念話らしきものが頭に響く。

「椿!葵!」

「どうしたの!?」

「念話だ!念話が聞こえた...!」

  心を落ち着け、まだ念話が来ていないか確かめる。
  助けを求めているのなら、早くいかなければ...!

『....優輝様...。』

「っ、あたしにも聞こえた!」

「私もよ!」

  どうやら今度は二人にも聞こえたらしい。
  しかも、聞こえてきたのは僕の名前。

「(...僕に対する念話...?一体誰が...。)」

『...学校へ...来てください....マスターを助けるために....。』

「学校...?」

  どうしてそこへ?
  疑問は残るが、助けを求められているのなら行くべきだろう。
  目で合図し合った僕らは、急いで準備を済ませ、学校へと駆け出した。








       =アリシアside=





「あー...だいぶ遅くなっちゃったな...。」

  部活での話が長引き、帰りがだいぶ遅くなってしまった。
  辺りはもう暗いし、完全下校時刻ギリギリだよ~...。

「ママたち心配してるだろうなー。」

  私自身わかるほど、ママは親馬鹿だ。一度死んじゃった私を生き返らせようとしたし。
  ...その時フェイトに虐待してたから生き返った時はついキレちゃったけど。

「うーん...魔法が使えたらな...。」

  魔法を使って体を動かしてると、基礎体力も付くみたいだし。
  魔法で家に帰るのはさすがにせこいけど、体力つけて早く帰るぐらいはしたい。

「...というか、夜ってどこでも物騒なんだよねー...。」

  家が近いので、登下校に自転車とかは使ってない。
  だから、余計に危険なんだけど...。

「...って、あれは...?」

  帰り道の途中、見知った人影が通り過ぎる。

「学校に行くのに、転移魔法は使わないの!?」

「いや、普通に禁じられてるからな!?」

「...優輝と椿と葵?...どうしてこんな時間に?」

  ちょうど電灯に照らされ、姿と聞こえた声でその人影が誰か判別できた。
  しかし、どうして今の時間にここにいるのかがわからなかった。

「(...怪しい...。)」

  優輝はいつも神夜と対立している。
  神夜が言うには、緋雪や椿たちを洗脳しているらしい。
  だから、今どこかへ向かっているのも、とても怪しく見えた。

「(っ...追いかけなきゃ、見失うね。家に帰る暇はないか。)」

  そう判断した私は、急いで三人を追いかけた。
  目的地はおそらく言っていた学校だろう。








       =優輝side=





『....優輝様...どうか早く...。』

「『あぁもう、聞こえてるってば!』」

  念話で返事しても、反応はない。どうやら一方通行のようだ。
  急いで走る。ここまで何度も呼びかけるという事は、猶予はあまりないらしい。

「よし、ここを曲がれば...!」

  角を曲がり、見えた校門を飛び越える。
  もう完全下校時刻は過ぎてるから当然誰もいない。

「さて...見たところ誰もいないが...。」

  校庭を見渡し、そう呟く。
  一見して何もない。だが....。

「優ちゃん...これ...。」

「ああ。...“違和感”が満ちているな。」

  魔力も、ノイズがかかっているように感じづらいけどある。
  これは一体....。

「リヒト、サーチ....って、かけても無駄か?」

〈.....そのようですね...。ノイズでほとんどわかりません。〉

  どうやら無駄のようだ。....さて、どうするか...。

『...こちらです...。』

「っ!....こっちか...!」

  そこで聞こえた念話に導かれるように僕は歩き出す。
  ...その先は、ちょうど玄関前。

『そこの綻びから中へ...。』

「綻び...?リヒト!」

〈.......っ、見つけました!〉

  リヒトで念入りに探し、ようやく“綻び”を見つける。

「これは...結界...か?」

「...入りましょう。」

「...ああ。」

  そして、僕らは結界らしきものに繋がる“綻び”の穴を通る。





「.....学校..なのは変わりないか。」

「みたいね...。ただ...。」

「なにアレ...。」

  穴の先は同じく校庭。ただ、ノイズが走るかのように、所々空間がバグっていた。
  別に触れても問題はない。まるでデータが破損した映像のようだ。

「っ、優ちゃん!!」

「どうした...って、今のは...!?」

  葵に呼ばれ、そちらに振り返ると、誰かとナニカが校舎の角を曲がっていった。

「追いかけるぞ!」

  胸騒ぎがし、急いで追いかける。
  僕も椿も葵も、すぐに技が使えるようにしておく。

「っ、見つけた...!」

「危ない!」

「させないわよ!」

  角を曲がると、ちょうど誰か...少女をナニカが襲う所だった。
  すぐさま椿が矢を放ち、妨害しようとするが...。

「くっ...。」

  ナニカ...黒い瘴気の怪物の触手で薙ぎ払われてしまう。

「“呪黒剣”!!」

「“チェーンバインド”!!」

  すかさず、葵が襲おうとしている触手を地面から生やした剣で断ち切る。
  そして、僕がバインドで動きを止める。
  同時に、僕と葵が駆け出し、襲われている少女を救い出そうとする。

「っ!?何!?」

「壁...魔力障壁!?」

  しかし、そこで魔力による透明な壁により進行を阻まれる。
  まるで、事の成り行きをそこで見ていろと言わんばかりに。

「(しまった!今のでチェーンバインドの術式が...!)」

  それは空間自体を隔てているのか、バインドとの術式的な“繋がり”が断たれる。
  そして、バインドが引きちぎられてしまう。

「二人とも退きなさい!」

「「っ!」」

   ―――“弓奥義・朱雀落”

  そこから横に飛び退き、壁に矢が突き刺さり、炸裂する。

「...くそっ!」

「“刀奥義・一閃”!!」

  しかし、余程頑丈だったのか、椿の矢でもそれは破れなかった。
  すかさず葵が強力な一撃を叩き込むが、それでも破れない...が、罅は入った。

「穴を開けてやる!」

〈“Zerstörung(ツェアシュテールング)”〉

  さらに追撃として、罅の部分を起点に、緋雪の魔法を叩き込む。
  “破壊の瞳”を通した訳でなく、模倣しただけだから威力は著しく落ちるが...。

〈開きました!〉

「っ...!!」

  リヒトの言葉と共に、穿たれた穴から壁の内側に入る。
  よし、これでバインドで動きを止めれば....!





   ―――...この時、僕らは壁を破るのに集中して気づけていなかった。





「ぁああああああああああ!!!?」

「っ―――!?」





   ―――...既に、手遅れな事に。





「待っ―――!!」

  ....言い表しようのない、砕ける音と潰れる音と共に、ナニカが溢れ出した。











   ―――....そこに、既に命はない。











 
 

 
後書き
春先って7時前にはだいぶ暗くなってたはず。そして部活は終わりの際に話がある事があり、それが無駄に長引けば完全下校時刻(7時)近くなるはず。だからアリシアはこんな時間に出歩いてます。

最後の障壁は何気に魔力が集中していたので、なかなか破れませんでした。
ちなみになのはのディバインバスターも一発なら余裕で耐えます。 

 

第58話「蘇る記憶と...」

 
前書き
結界のイメージはプリズマイリヤの鏡面界です。(景色全然違うけど)
つまり、全くの異空間的な扱いです。
 

 
















  ....手元からジュエルシードがいくつか消えた。

  シュラインも返事をしてくれない。一切喋らない。

  ...当然だよね。こんな主だもの。いつまでも仕える訳がない。

  ジュエルシードは誰か...管理局に見つかれば封印されるだろう。

  シュラインはきっと、私よりいい主を見つけるはず。

  ...そう。私は一人でいいんだ。

  一人で....。









   ―――■■て....












       =優輝side=









   ―――...一瞬、ソレを理解するのを拒絶した。







「――――――。」

  グチャリ、グチャリと、怪物の触手が抉るように何度もソレを突く。
  まるで、()()()()()()とでも言うかのように。

「っぁ――――。」

  肉を、骨を砕かれ、中身が溢れ出すように潰されたソレに、息はない。
  猟奇的なまでに残酷だった。スプラッタに慣れていないと吐いていただろう。
  ...前々世で死体に見慣れていたからこそ、僕も吐き気だけで済んでいる。

「っ...!“創造開始(シェプフング・アンファング)”!!」

  溢れ出す感情と共に剣を怪物の周りに創造。射出し、突き刺す。

「“呪黒剣”!!」

「“弓技・瞬矢”!!」

  さらに、地面から生えた黒い剣が、連続で放たれた神速の矢が突き刺さる。

「砕け散れ!!」

〈“Zerstörung(ツェアシュテールング)”〉

  そして、剣に込めた魔力を爆発させ、怪物を四散させた。

「....くそがっ...!」

「っ......。」

「.......。」

  無残に横たわる死体を前に、僕はただ悔しがる事しかできなかった。

「まさか...誰かが巻き込まれていたなんて...。」

  目の前まで来たのに、助けられなかった。
  それが、僕らの無念さに拍車をかける。

「....っ、やっぱり...。」

「優輝?」

  ふと、その死体を少し注視して、そう漏らす。

「...聖祥大附属小学校(うち)の制服だ...。」

「それって...。」

「...この場に巻き込まれた時点で、薄々わかっていた事だけどな...。」

  血に塗れているが、どう見てもそれは女子の制服だった。
  つまり、この少女は学校の....。

「....悔いても仕方ない。とにかく、結界を解除して....。」

  とりあえず警察に連絡して、死体の埋葬をしてもらおうとして...。





『いけません!罠です!!離れてください!!』





「「「っ―――!!」」」

  突然響いた念話で、咄嗟にその場から大きく飛び退く。

「何...!?」

  少しすると、死体に集まるように四散した怪物の破片が集まっていく。
  ...再生?いや、少女を中心としているから少し違う。

「依代?...いや、あれは....あの少女が、本体か...!?」

  感じられた魔力と、少女が中心になっている事から、そう推測する。
  ...よくよく考えれば、知覚すらしづらいこの結界に巻き込まれる訳がない。
  もしかしたらあり得る事かもしれないが、普通はありえない。

  ...いや、問題はそれだけじゃない...!

「今の念話...どういうことだよ...!」

「優輝?どうしたのよ?」

「...さっきの念話、...アレが発生源だ。...正しくは、アレの核である存在が..な。」

  そう。念話の発生源はあの少女だったモノ。
  何かが核として存在しているのだろう。そこから聞こえてきた。

「一体何が起こっているんだ...!」

  この謎の結界。そして謎の怪物。さらには念話。
  ...何が起きているのか、全く全容が掴めない...!

『...倒してください。この暴走体を!封印魔法をかければ...!』

「....その言葉、信じるぞ?」

  また聞こえた念話。どうやら目の前の少女だったモノを倒してほしいようだ。
  確かに、今やった方がいいのは封印魔法だろうし、言葉通り倒してやる。

「やるぞ、椿、葵。」

「...わかったわ。」

「りょーかい。」

  少女だったモノの姿が、変わる。
  黒いワンピースに黒い羽衣。まるで、闇に堕ちたかのような姿になる。

「(...どんな攻撃を仕掛けてくる...?)」

  相手の動きを探ろうとして、直感的なものが僕の頭を駆け巡る。
  ...曰く、武器として槍を使ってくると。

  瞬間、敵の手に槍が出現し、それを地面に突き刺した。

「っ....!飛べ!」

  地面から高エネルギーの魔力を感じ、二人にそう指示を飛ばして僕自身も飛ぶ。
  瞬間、辺り一面が爆発する。

「っ!」

  もちろん、攻撃はそれで終わりじゃない。
  敵はそのまま僕の方に飛んできて、槍を振るう。

「シッ!」

  薙ぎ払うように振るわれた槍を上に避け、反撃として一閃お見舞いする。
  その時、妙な感覚を覚えた。

「(...戦い方を...知っている?)」

  また振るわれ、そして突いてくる。
  しかし、それも躱し、逸らす事で回避し、さらに反撃を加える。
  ...対処がスムーズに行える。まるで、以前に何度も戦った事があるかのように。

     ギィイイン!!

「...どういう事だ...?」

  一度大きく弾いて間合いを離す。
  相手の動きがわかってしまう。...そのせいで逆に違和感が出てしまう。

「まぁ、今は...。」

  目の前の事に集中しよう。考えるのはその後でいい。
  そう思って敵を見れば、既に椿と葵に追い詰められていた。
  椿の放った矢に追従するように葵が接近し、連携攻撃で一気に追い詰めて行く。

「...させない。」

〈“Quick shooter(クイックシューター)”〉

  そこで、敵から高魔力が感じられたので、意識を逸らすために魔力弾を放つ。
  魔力弾は敵の後頭部へと迫り、それに気を取られて高魔力が霧散した。

「“一閃・封魔之呪(ふうまのじゅ)”!」

  そのまま椿の矢がダメージを与え、最後に葵の一閃で封印を完了させる。

「(...言われた通り、これで封印は完了した。一体...。)」

  何が起こるのかと、僕らは警戒しながら待つ。
  封印によって、敵の姿は変わっていき、一つの青い菱形の宝石になった。
  それと同時に、結界も解けたので、僕が張りなおす。
  魔法関係者以外に見られる訳にはいかないからな。

「これって...ジュエルシード!?」

〈形状と浮かび上がる“Ⅰ”という数字...間違いありません。〉

  そう、それは虚数空間に消えたはずのジュエルシードだった。
  ...やっぱり、改竄された記憶とは違ったんだな。

〈....ようやく、まともに話せますね。〉

「...え...?」

  ふと、リヒトでもシャルでもない声が聞こえる。
  発生源は、やはり目の前のジュエルシード。

「ジュエルシードって...喋ったっけ?」

〈少なくともそういう類のロストロギアではない事は確かなはずです。〉

  しかし、どう考えても声を発したのは目の前のジュエルシード。
  ...実は人格があったとか?

〈...やはり、私の事も忘れていますか...。〉

「忘れて...?...もしかして、天巫女の...?」

  夢の人物...天巫女のデバイスなのかと聞く。
  ちなみに、名前がわからないので、暫定的に“天巫女”と呼んでいる。

〈...記憶改竄を受け、認識されないようにしてきたのに、既にそこまでわかっているのですか...。流石、と言うべきですね。〉

「.........。」

  彼女(声色的に)が言った事は、概ね僕らが推測した事と同じだった。
  やっぱり、認識阻害だったのか...。

〈...私の名はシュライン・メイデン。マスター、聖奈司のデバイス...その人格です。〉

「シュライン...メイデン....。」

  何かが...何かが頭の中で繋がっていく。
  パズルのピースが次々とはまっていくように、何かを思い出していく。

「....思い...出した....!」

「...ようやくつっかえが取れたって感じね...。」

「すっきりするぐらい一気に思い出せたね。」

  思い出せなくて解けない問題が、小さなきっかけで一気に解けるように、改竄されて失っていた記憶が全て蘇った。

〈...やはり、記憶改竄により抹消されていた存在に会う事で、記憶が蘇りましたか。〉

「....司さん...。」

  シュラインが何か言っている横で、僕はそう呟く。
  ...どうして忘れていたのか...夢の人物...司さんの名前を...。

〈...皆様はこの事態をどこまで推測していますか?〉

「...記憶改竄によって、司さんとシュライン...それに関する記憶が都合よく抹消されている。その原因は司さんが負の感情を持ってジュエルシードを使ったから。...多分、“自分なんかいない方がいい”とか、そんな感じな事を思ったんだと思う。」

  記憶改竄がなくなったからか、思考もちゃんとできるようになる。
  僕が推測を述べると、シュラインは感心するようにチカチカと光る。

〈さすがです。...まさにその通り。マスターはジュエルシードを使い、自身の存在を抹消しました。“自分がいたら不幸になる。いなければ不幸にならない”...そう思い込んで。〉

「そう...なのか...。」

  しかし、どうしてそんな事に?

〈...マスターは、以前から思い詰めていました。そして、あのジュエルシードの暴走で、決定づけられてしまったのです。〉

「...以前から?」

〈はい。....転生した、その日からずっと。〉

「なっ...!?」

  そんな時から...!?全く、気づけなかった...!

「どうして...そんな事を...。」

〈....わかりません。聞かされていなかったので...。〉

  ...待て。以前にもこんな事があったような...。くそっ、思い出せない...!

「....司と貴女の不調は?」

〈あれも厳密にはマスターの“負の感情”が原因です。〉

  椿がシュラインに聞くと、そう答えが返ってくる。

〈...私の中にあったジュエルシードに、マスターの“負の感情”が蓄積していきました。そのせいで、私とマスターに悪影響を...。〉

「...ちょっと待ってくれ。シュラインは“異常なし”って言ってたんじゃないのか?」

  ふと、司さんがそう言っていた事を思い出す。

〈...はい。もし言ってしまえば、その時点でマスターは自分のせいだと思い、ジュエルシードが活性化してしまいますから。それと、実際私自身に異常はなかったので、敢えて言わなかったのです。〉

「でも、それでも言っておけばこんな事態には...。」

  多分、言った時点で暴走するのだろう。それでも、今よりはマシなはず...。

〈...気づいた時には、手遅れだったのです。言っていれば、今よりもひどい事態になり、マスターは壊れてしまいます。〉

「...25個よりもひどい状態?」

〈はい。...私は、マスターの“負の感情”を分散させましたから。〉

  “負の感情”を分散させた?いや、それでも...。

「...それでも25個の方が出力は上なんじゃ...。」

〈“出力は”...です。“負の感情”を一つのジュエルシードに集中させると、あっという間に皆様は“負の感情”に呑み込まれてしまいます。25個だったからこそ、あの程度で済んだのです。〉

  ...あれほどの脅威を、“あの程度”か....。

「...呑み込まれると、どうなるんだ...?」

〈...推測ですが、まず狂います。そして、全てを破壊しようとするか、自殺してしまいます。...どの道、助かる事はできません。〉

「なるほど...な...。」

  そりゃあ、分散させた方がまだ可能性はあるな。

〈...それに、私は貴方に賭けているのです。〉

「僕に?」

〈はい。貴方なら、マスターを助けられると。〉

  どうして僕に...?確かに助けるつもりではあるけど...。

〈...導きの王たる貴方なら、マスターを光へと導いてくれると、そう思いましたから。〉

「...待て、今、なんて言った....?」

  “導きの王”...?それはつまり、導王という事だ。
  ...おかしい。僕ら以外記憶を封印して覚えていないはず...!

「まさか、シュライン...。」

〈...覚えています。過去の...緋雪様の死の真実を。〉

「だったら!なおさら...!」

  どうして僕なんかに。そう言おうとして思い留まる。
  ...また、諦めて緋雪の二の舞にするつもりか?違うだろ?

「...っ、この際、覚えているのはいい。でも、どうすればいい?」

〈...貴方なら止めれると思った理由は、もう一つあります。それは、マスターは貴方の前世の事をよく知っているからです。同じく、貴方もマスターの前世を知っている。互いによく知っているからこそ、最も助けられる可能性が高いと、そう思ったからです。〉

「前世...だと...?」

  前世..というか、転生云々の話が出てくるのはおかしくない。
  以前、翠屋で司さんと緋雪に転生者ってばれた時、シュラインも聞いていただろうし。

「(...前世で互いによく知っている...?)」

  そして、“自分なんていなければいい”なんて転生した時から思う...。
  つまり、それは前世で死ぬまでにそう思うような出来事があったからだ。
  自分のせいで他人を不幸にした、危険な事に巻き込んだ。そのような出来事があれば、そう思うのも仕方がないだろう。

  ...そして、その条件に合う僕の知り合いと言ったら...!

「(っ...!そういう...事か...。)」

  そんな人物は、一人しかいない。
  だけど、あんなの一番の被害者なのは本人だろうが...!

「...理解した。シュラインがそこまで知っていたのには驚きだが。」

〈理解していただけで何よりです。〉

「...二人も協力してくれるか?」

「....例え一人ででも行くつもりでしょう?付き合うわよ。」

「司ちゃんを助けないとだしね。」

  椿と葵も、しっかり協力してくれるみたいだ。

〈...マスターを助けるには、マスターの心を救わなければなりません。〉

「...ああ。自分のせいで不幸になったと思い込んで、あそこまでの“負の感情”を溜め込んでいるんだからな...。」

  普通に助け出しても、自殺しかねない。

「司さんがいてくれたおかげで助けられた事、不幸から救われた人がいるっていう事を、しっかり伝えないとな...。」

「司は卑屈になりすぎなのよね...。」

  今思えば、司さんは常に一線引いた所から皆を見ていた。
  あれも、そういう卑屈な考えから来ていたのだろう...。
  司さんに助けられた人は学校にもたくさんいるというのに...。

「....ところで、どうしてシュラインはジュエルシードに?」

〈...本体はマスターの所にいます。私とて、天巫女に使われるデバイス。ジュエルシードに干渉する事ができます。それにより、人格をジュエルシードに移す事に成功しました。〉

  なるほど。これでジュエルシードになっているのは説明つくけど...。

〈...私の経緯を説明するべきですね。〉

「頼む。」

  色々と気になる所があるので、シュラインの話を聞く。
  どうやら、プリエールに向かう時には既に僕に可能性を賭けるのを決めていたらしい。
  そして、今までずっとジュエルシードに干渉し続け、ようやく人格を移す事に成功し、ジュエルシードの魔力を利用してここまで転移してきた...という事らしい。

〈大体はこんな所です。〉

「...改めて天巫女関連の異常さに驚いたわ...。」

「デバイスだけでも干渉できるなんてねー。」

  話を一通り聞き終えた感想が、それだった。
  さすがにリヒトでもそこまでは無理だろう。...自己進化してるからわからんが。

〈しかし、ジュエルシードの“歪み”はそのままです。転移は上手くいきましたが、それ以上私がどうにかする事はできないです。〉

「...願いを歪めて叶えるのはそのままか...。」

〈はい。暴走する事は私がいるのでありえませんが、ジュエルシードとして使おうとすると、さすがに....。〉

  使用しなければ暴走しないのか...なら...。

「僕が解析してその“歪み”を直す事は?」

〈....相当気の遠くなる作業になるかもしれませんが...危険性は少ないです。〉

「なるほど。」

  なら、できれば僕が直してしまうか。

〈...もう一つ気になる事が。〉

「今度はなんだ?」

〈...私の他にも、いくつかジュエルシードが転移してきています。私は自身のみだったので、マスターが転移させたのかと思いますが...。〉

  ...なんのために地球に転移させたかわからない...って事か。

〈マスターの記憶改竄にはジュエルシードの魔力が必要です。それと、生命維持にも。今回、転移してきたのはそのどちらにも大した影響は与えないのですが...。〉

「転移させた意図が気になると...。」

〈はい。マスターは私の転移に気づいていなかったので、私とは関係ないはずです。〉

  司さん自身が望んでジュエルシードを地球へ転移させた...?

〈...実際、ジュエルシードがいくつかあればマスターの方のジュエルシードに対抗しやすくて便利なんですけどね...。〉

「シュライン...もしジュエルシードがなかったら、どうするつもりだ...った.....っ!」

  まさか...!?いや、でも...しかし、こじつけにしか...。

「どうしたのよ?」

「...司さんは、無意識に助けを求めているんじゃないか?」

〈...はい?〉

  全く違う理由な可能性の方が高いが、都合よく考えればその可能性もある。

「...“自分なんていなくなればいい”とか、そう思っていても心のどこかではそれでも救われたいと思ったりする場合があるんだ。」

「...そうね。無意識の内に助けを求めるなんて、よくある事だわ。」

  俺の言葉に、椿が同意する。
  ...神様として経験でもあったのか?

「ましてや、司さんの場合は...。」

  司さんの前世が前世だとすれば、例え“負の感情”を抱いても、助けてほしいと、救われたいと願ってもおかしくはない。

  ...それに、司さんは今まで頼られてばかりだった。
  自分から頼る事などなく、誰かに何かを望まれて、それを実行していた。
  そんな司さんが、もし自分から望むのだとしたら...?

〈....私にはマスターの真意が全てわかる訳ではありません。〉

「...人の心なんて本人にしかわからないものだ。どんなに仲が良くても、それが家族でも、双子でも、実際の所本人にしかわからないからな。」

  他人にできるのは、そんな本人から本当の気持ちを言ってもらうだけだ。
  緋雪の...シュネーの時だって、僕は全てわかっていた訳じゃない。

「...司さんはジュエルシードを地球に転移させる事で、僕らに気づいてもらい、そのジュエルシードを使って救ってほしいと無意識の内に考えている。...そう思うのは都合がよすぎるかな?」

「...希望が持てるだけ十分よ。私も、そう思いたいし。」

「そうだよねー。マイナスに考えるより、プラスに考えた方がいいしね。」

〈私もその考えを推したいです。〉

  都合のいい解釈なのには変わりないけど...まぁ、この考えで行くか。

〈....何はともあれ、他のジュエルシードを放置する訳にはいきません。私とて、転移した際、先程のような結界を展開し、暴走体が出現していたのですから。〉

「暴走...さっきのあれか?」

  今思えば、色が違うとはいえ、あれは天巫女としての司さんの姿だった。

〈なぜマスターの姿を取ったのかは分かりません。...もしかすれば、他のジュエルシードも同じように、マスターの姿を取っているかもしれません。〉

「そうか...。」

  シュラインにもなぜかは分からないらしい。

〈...ただ...。〉

「...?」

〈ただ、あの場所はマスターと私が出会った場所です。皆様が結界内で見たあの出来事は、もし私が会わなければ、起きていた事かもしれません。〉

「それって...。」

  以前、何気なく司さんに魔法を使うようになった切っ掛けを聞いた事がある。
  確か、その話でも場所は学校だったような...。

「...司さんの記憶を再現しているとか...?それで、“自分さえ~”なんて考えを抱いてたから、あんな死ぬような場面に...。」

〈...可能性としてはありえます。...だとすればますます他のジュエルシードも...。〉

「再現されるモノによっては、面倒だな...。」

  ...どの道、ジュエルシードは危険だから回収しないとな。
  クロノにも連絡して、協力してもらうか。...説明が面倒だが。

〈....マスター....。〉

「...?どうしたリヒト?」

  聞くことは大体聞いたところで、リヒトが弱々しく話しかけてくる。

〈.....すみません。認識阻害が解けたと同時に気が付いたのですが...手遅れ...でした...。〉

「リヒト...?おい、どうしたリヒト!?」

  手遅れ?気づいた?一体、なんの事だ...!?

〈...ジュエル...シード...最後の一つ.....。〉

「ジュエルシード....っ!!そうだ!リヒトの中に一つ...!」

  やけに弱々しいのは、あの時我武者羅に掴んだジュエルシードが原因か!
  封印して収納していたが、まさか封印が解けて....!







   ―――...その時、慌てて出したのが間違いだったかもしれない。









「―――っ!?がぁあああああっ!!?」

  ジュエルシードを取り出した瞬間、そのジュエルシードから黒い魔力の波動が迸る。
  まるで“負”をイメージしたそれは、何かの形になろうとする。
  それと同時に、僕の胸に激痛が走る。

「優輝!?」

「優ちゃん!!」

「(これ...は...リンカーコアが....!?)」

  その激痛は、リンカーコアの魔力が無理矢理奪われたものだった。
  まるでリンカーコアそのものが吸い取られるような感覚に、僕は叫ぶ。

〈そんな...!“負の感情”が...蓄積されている!?〉

〈マスター!?しっかりしてください!マスター!〉

  皆の呼びかけに、何とか意識を保つ。
  そうしている間に、黒い魔力がジュエルシードを核に形を作っていく。
  あれは....!

〈...マイスター...?〉

「僕...だと....?」

  その姿は、まさに僕そのものだった。
  司さんの偽物と違い、防護服の色も全て同じだった。
  ...違うところといえば、ソレから感じられる魔力量と...邪気。

「ぐっ....。」

「優ちゃん、無事?」

「....ギリギリだ。正直きつい...。」

  まるで、リンカーコアがほとんど持っていかれたようだ...。

「(まずいな...この状況で僕の偽物か...。司さんの偽物はほんの一端だけだったけど、祈りの力を使っていた。...なら、あいつも....。)」

  ソレは、掌を閉じたり開いたりと、調子を確かめた後、こちらを向く。




   ―――その瞬間、僕らは魔力の衝撃波に吹き飛ばされた。





「っ、ぁああああっ!?」

「きゃぁあっ!?」

  痛む胸を抑えながら、何とか体勢を立て直して着地する。
  ....って、今誰かいなかったか?

「っ、アリシア!?」

「あっ、やば...。」

  今までいたのは学校の右側面の方。
  そこから吹き飛ばされ、正面側の角の陰に隠れるようにアリシアがそこにいた。

「どうしてここに!?...って言ってる場合でもないか...!」

  すぐさまアリシアを庇うように立つ。

「い、一体何が...。」

「説明してる暇はない!」

  見れば、そこには大量に浮かぶ剣の数々。...創造魔法で創り出したのだろう。
  その中心には、僕の偽物。

「....これは...まずいな....。」

  今僕に扱えるのは、主に霊力だけと言っていい。
  魔力を扱う事はできるが、それはほんの少しだけだ。リンカーコアが痛い。

  ...対して、奴さんは膨大なジュエルシードの魔力を持っている。
  リンカーコアが吸われた事を見るに、色々コピーされているだろう。

「...下がってろアリシア。...庇う余裕すらないかもしれない。」

「えっ....。」

  見れば、椿と葵も臨戦態勢に入っている。
  その顔は真剣そのもの。...当たり前だ。敵が敵なのだから。

「...ああもう。なんでこんな面倒な事に....。」

  痛みを我慢しながらリヒトを構える。
  ...やるしか、ないか...。











 
 

 
後書き
Quick shooter(クイックシューター)…優輝が習得しておいたなんの変哲もないミッド式の射撃魔法。誘導性・弾速・速射性全てにおいて優れているが、一斉操作ができない。

一閃・封魔之呪…刀奥義・一閃に魔力で封印属性を持たせた技。今は葵しか使えない。

優輝は過去で司の闇の欠片とのやり取りを忘れています。記憶を封印しましたから。 

 

第59話「偽物」

 
前書き
何気に今まで優輝が魔力量の割に規格外の相手と戦えたのは、導王流とそれに連なる高い戦闘技術があるからです。(魔力吸収も技術の内)
しかし、今回の相手はそんな優輝のコピー。おまけに優輝はリンカーコアが損傷しています。
...相性最悪の相手です。
 

 






       =優輝side=





「(戦力分析...!)」

  ...まず、僕が行ったのは、相手の強さの推測と、こちらの戦力の確認だ。

「(敵...リンカーコアを吸われる感覚があった所を見るに、おそらく僕をコピーしたのだろう。僕の魔法・戦闘技術も模倣し、おまけにジュエルシードが核だから僕よりも魔力が多い。...ただ、霊力が使えるかは不明。ジュエルシードが霊力を再現していたらお仕舞いだが。)」

  しかも既に剣を大量に創造して臨戦態勢だ。

「(...対して、僕はリンカーコアをほとんど...9割方吸われてしまって損傷している。...魔法は使い物にならないとみていい。という事は、霊力だけで自分自身に勝てって言っているみたいなものか...。しかも....。)」

  ちらりと後ろを見る。そこには、不安そうなアリシアがいる。

「(...こっちはアリシアを庇って戦わないといけない。...幸い、椿と葵は戦闘に何も支障はない。だとすれば...。)」

  椿たちもこちらを見、視線だけで合図をする。

「(僕はアリシアの護衛。二人がコピーを倒す!)」

「“弓技・火の矢雨”!!」

  椿が火を纏った矢の雨を放つと同時に、剣群がこちらへと飛んでくる。

「っ...!僕の後ろから動くなよ!」

「っ、う、うん...!」

  僕は御札に霊力を通して剣を二振り取り出す。
  これは御札に何かを仕舞っておくことができる術式を組んであり、この剣は事前に僕が入念に魔力を使って創っておいた剣だ。易々と折れる事はない。

「(魔力が使えなくとも...霊力はある!)」

     ギギギギギギギギギィイン!!

  霊力で身体強化を施し、双剣で剣群を弾く。
  リンカーコアは使ってないので、鈍痛はそのままだが、無事に全て捌き切る。

「(頼むぞ...椿、葵!)」

  椿と葵に、僕は最近勝てなくなっている。
  だけど、それは軽い模擬戦での話で、実戦となればどうなるかわからない。
  おまけに、魔力量もコピーの方が上なので、余計に厄介だろう。
  ...二人を信じるしか、他にあるまい。









       =out side=





「優ちゃんの偽物...厄介だねぇ...。」

「今優輝は護るのに精一杯...私たちで倒すしかないのよ。」

  同じく剣群を凌いだ椿と葵がそう呟く。

「...いつも通りの布陣で行くわよ...。」

「偽物とはいえ、優ちゃんのコピーだから、全力だね!」

  言うや否や、葵は地面を踏み出し、偽物へと迫る。

「は、ぁっ!!」

  息もつかせぬ高速の突きを葵は繰り出す。
  しかも、その突きは軌道が微妙に弧を描いており、生半可な対処では攻撃を逸らせないようになっている。...ついでに言えば椿の援護射撃もある。

「っ、く....!!」

「...甘いよ。」

  長い修練を重ねて会得した高い戦闘技術による連撃。
  しかしそれは、偽物と互角に渡り合うのが精一杯だった。

  ...優輝に出会うまでの間も、修練を怠っていなければこうはならなかっただろう。

「葵!」

「っ...驚いた...人格あるんだ。」

  攻撃を捌く際に喋った事に、葵は驚いていた。
  シュラインと違い、優輝をコピーしただけの存在が喋るとは思わなかったからだ。

「当然。僕はオリジナルをコピーしたんだ。人格もコピーしてあるに決まってるよ。」

「....なるほど...ね。」

  人格があるとすれば、並の戦術は読まれる。
  そう葵は思い、ますます厄介だと認識する。

「それより、その場にいてもいいのか?」

「....ああ、これら?」

  ほんの少しの思考の間に、偽物は剣を創造して葵を囲っていた。

「全く問題ない....ねっ!!」

   ―――“戦技・四竜烈斬”

「っ....!」

     ギギギギギィイン!ギギギギィイン!!

  葵はそんな剣群を無視し、四連撃を繰り出す。
  そんな葵に、偽物は剣を差し向け、四連撃を全て捌く。

  幾多もの金属がぶつかり合う音が響くが、どちらも無傷だった。

「...なるほど。」

「かやちゃんの弓、コピーした癖に忘れてない?」

「いや、ちゃんと分かっていたさ。」

  そう。葵を狙った剣群は全て椿が撃ち落としていた。
  ついでに()()()()()()()()()も撃ち落とした上で、だ。

「っ、く....!」

「こ、こっちも狙って...!?」

  ...そう。偽物は、葵だけでなく、椿も優輝達をも狙っていた。
  優輝もアリシアを庇いつつ全て捌いたが、やはりまだ体が痛むようだ。

「(僕らも視野に入れているのか...!コピーしただけあるな...!)」

  アリシアを庇い切った優輝は、つい偽物に対し感心してしまう。
  確かに優輝の能力ならばこの場にいる全員を相手取れるのだ。

  ...()()()()()()()()

「はは、ははは...さすがジュエルシードの魔力。これで僕の足りない所は全て補える!」

「っ、な....!?」

「こ、こんな数、見たことないわよ!?」

  ...偽物は、ジュエルシードを核としている。
  つまり、ジュエルシードの魔力がそのまま魔力量となっているのだ。
  そんな魔力で創造魔法を使えば、当然、埋め尽くすような武器群ができる。

「さて、これはどう凌ぐ?」

「っ....皆!あたしの後ろに!!」

  武器群は椿たち全員に矛先を向け、射出されようとしている。
  葵が咄嗟にそう叫び、その言葉通りに全員が葵の後ろに行く。

「かやちゃん、優ちゃん!サポート頼んだよ!」

「分かったわ!」

「任せろ!」

  武器群から目を離さず、葵は優輝と椿に指示を飛ばす。
  その指示通りに優輝と椿は御札を使い、葵の身体能力を底上げする。

「...行け。」

「防ぎ...きるっ!!」

   ―――“刀技・金剛の構え”
   ―――“刀技・挺身の構え”

  喧しいばかりに幾多もの金属を弾く音が鳴り響く。
  逸らし、切り払い、弾き、相殺し、武器群を一身で捌く葵。

  一人だけだったら既に蜂の巣だっただろう。
  今も凌げているのは、二人のサポートがあったからだ。

「は、ぁあっ!!」

  最後の武器を切り払い、なんとか凌ぎきる葵。
  しかし、偽物とはいえ優輝の攻撃がこれで終わりなはずがない。

「っ...!!」

     ギィイイン!!

「きゃっ!?」

「やっぱり...!後ろからアリシアを狙ったか...!」

「...さすがオリジナル。読んでいたか。」

  後ろからアリシアを狙った一閃を、優輝はなんとか防ぐ。

「優―――!」

「遊んでろ。」

「っ、くっ...!」

  優輝を援護しようと、椿が動こうとして、飛んできた剣に妨害される。

「さぁ、どこまで防げる...!」

「ぐっ....!」

  方や傷つき、既に満身創痍に近い優輝。
  方や偽物とはいえ、優輝のコピーで魔力も多い偽物。

  ただの近接戦だが、どちらが勝つかは明白だった。

「ぐ、ぁっ...!」

「...我ながら、厄介な技術だ。こうまで攻めづらいとはな。」

「くそ...!コピーしただけなのに何言ってるんだ...!」

  オリジナルに迫る完成度の導王流のコピー。
  既に戦闘がきつい優輝にとって、それだけでも脅威だった。

「ははっ、そのコピーに負けてるのはどこのオリジナルだ!?」

「ぐっ....く....!」

  繰り出される双剣の攻撃を、同じく双剣で凌ぐ。
  受け流し、力の流れを導き、最小限の動きで最大限の隙を作りだす。
  そんな導王流の技術を使う優輝だが、同じ技術相手では防戦一方だった。

「くっ...はぁっ!」

     パキィイン!

「っ、“創造(シェプフング)”。」

「ちっ....!」

  だが、さすがに武器の強度は優輝の方が上で、偽物の方の剣を破壊する。
  しかし、すぐに創造魔法で新しく作られ、無意味に終わる。

「ん?...っと。」

   ―――“呪黒剣”

「逃がさないわ!」

   ―――“弓技・瞬矢”

  そこへ再び襲ってきた剣を凌いだ葵が援護に入り、地面から剣を生やす。
  それを躱した所を、同じく凌いだ椿が追撃する。
  並の者だと反応できないスピードの矢を、偽物は...。

     キンッ!!

「...それは、導王流の恰好の的だ。」

「...無駄...ね。」

  鏃に少し当てるだけで軌道を逸らし、回避した。

「じゃあ、これはどうかしら?」

   ―――“三重矢(みえや)

  ならばと、椿は矢を放ち、それが三つに分裂して同時に襲う。
  導王流の弱点である同時攻撃。それに対し偽物は...。

「...なんのための創造魔法だと?」

  創造した三つの剣で相殺した。

「(くそ...手詰まりか...。)」

「(...あたしとかやちゃんだけなら倒そうと思えば倒せるけど...。)」

「(...優輝とアリシアが....。)」

  魔力量が多いとはいえ、所詮は優輝の偽物。椿と葵が本気を出せば倒せる相手だ。
  しかし、今は足手纏いの優輝とアリシアがいる。これでは倒せない。

「...シュライン...。」

〈...私にはどうにもできません。今人格を移してあるジュエルシードは未だに歪んでいます。マスターの下に導く事はできますが、それ以外は何も...。〉

  優輝は傍に漂うシュラインに尋ねるが、やはり何も手出しできなかった。

「ジュエルシードが喋った...?」

「...彼女はジュエルシードであってジュエルシードではない。...というか...。」

   ―――記憶...戻らないんだな。

  そんなシュラインに気づいたアリシアに、優輝は戦闘中でありながらついそう思った。

「...説明は後だ。今は目の前の事に集中しろ。」

「う、うん...。」

  とりあえず優輝はそう言っておき、目の前の事に集中する。

〈...しかし、些かおかしいです。あれは、暴走しているというより...。〉

「(...どう見ても、理性を持って独立している....よな。)」

  優輝の魔力で活性化したには、些かおかしいと優輝とシュラインは思う。

「(....ジュエルシードは感情でも活性化する。暴走とは違い、理性がある。そしてあれは僕のコピー...。...もしかして、僕の感情に影響された?)」

  暴走しない原理は分からないが、理性とかがある訳を優輝は推測する。

「...人格がある、思考もしっかりしている。...なら、なぜ私たちを攻撃するのかしら?」

「理性があるうえに、優ちゃんのコピーなら、攻撃する理由はないはずだけど?」

  それに気づいてた椿と葵も、偽物に対して問う。

「..はは、はははっ。それ、本気で言ってる?」

「何...?」

「...あぁ、そうか。オリジナルは意識してなかったな。それならわからないのも納得だ。」

  そこで優輝は気づく。...偽物の瞳が濁っている事に。
  ...そう、まるで緋雪(シュネー)の時のように、狂気が滲み出ているのだ。

「ほら!自分の胸に聞いてみなよ!それなら自ずと答えは見つかるさ!」

「お前....。」

「僕の目的のためには皆止めるだろう?だから、先に殺してしまえばいいんだよ!オリジナルに至っては、僕が殺せば僕が本物になる!そら、理由はこれで十分だろう!?」

  “狂っている”。偽物の言葉を聞いた皆はそう思った。

「(...僕も、間違えればああなっていたのか...。)」

  目的は分からないが、もし緋雪の時に立ち直れていなかったああなっていたのかと、優輝は身震いする。...それほどまでに、偽物は狂っていた。

「それよりも....会話してていいの?」

「っ....!」

  瞬間、そこらじゅうに現れる剣群。

「(囲まれた...!)」

「しまった...!偽物の方は優ちゃんよりも魔力が多かった...!」

  包囲するように展開された剣群に、優輝と葵は戦慄する。

  ...元より、偽物は本物に似て気づかれないように魔法を運用するのが上手い。
  それに気づけるのは本物である優輝か、優輝の魔法に慣れた葵ぐらいだった。
  しかし、優輝は手負いで、葵は一瞬の油断で気づくことができなかった。

「っ...椿!アリシアを頼む!葵は二人の援護を!...駆け抜けるぞ!」

  瞬時にどう動くか考え、優輝は二人に指示を飛ばす。

「優輝は!?」

「...足止めぐらいなら...!」

  自身の偽物だからこそ、これを凌ぐだけでは追撃を受けると優輝は悟る。
  自分ではアリシアを守り切れない事から、優輝は足止めを買って出た。

「....っ、時間がないわね。死なないでよ!アリシア、捕まって。」

「活路は任せて!」

  剣群はすぐ傍まで迫ってきている。
  他の手段はないと確信し、それぞれ動き出す。

「...っ、やはり来たか...!」

「させないっ!」

  剣群を駆け抜け、追撃に使う術式を組んでいた偽物に斬りかかる優輝。
  それを偽物も予想していたのか、互いの双剣が鍔迫り合う。

「(今の僕はリンカーコアの損傷で碌に魔法が使えない!魔力感知はリヒトとシャルに任せるが、それ以外は全て霊術で補う!)」

  優輝は剣に霊力を纏わせる。
  霊力は魔力に有利なため、すぐに偽物の剣を破壊する。

「っ...舐めるなオリジナル!!」

「くっ...!」

  しかし、すぐさま創造魔法で剣を補給し、高密度の魔力を纏わせて振るってくる。
  それに吹き飛ばされ、地面をこすりながらも何とか着地する。

「(だけど、これで時間は稼いだ...!)」

「....喰らいなさい。」

   ―――“弓奥義・朱雀落”

  優輝はさらに後退し、椿とアリシアの所まで行く。
  同時に、椿が朱い矢を放つ。

「この程度...。」

「なら、もう一手間加えようか!」

   ―――“呪黒剣”

「っ....!」

  単発だけでは、導王流で簡単に逸らされる。
  だからこそ、葵は着弾と同時になるように地面から剣を生やす。

「避けさせはしない!」

   ―――“霊縛呪(れいばくじゅ)

  そこへ、さらに優輝が避けさせまいと霊力によるバインドを仕掛ける。

「....ジュエルシードを舐めるなよ?」

「っ....!!皆!防御を...!」

  避ける事も、逸らす事も封じた。...それでも、無駄だった。
  偽物から膨大な魔力が溢れた瞬間、創られた剣が優輝の霊術を破った。
  同時に椿と葵の攻撃を紙一重で避け、創造した剣群で攻撃した。

「ぐ...くっ...危、ねぇ....!」

「ゆ、優輝...?」

「...どうってことない。無事か?」

  その剣群に対し、椿と葵と優輝だけなら大丈夫だった。
  しかし、アリシアもいたため、優輝は剣に掠りながらも防ぐしかなかった。

「な、なんとか...。」

「...脱出させてやりたいが....っ!」

     ギィイン!

「...この攻撃の雨だ。悪いが、我慢してくれ...!」

  再び飛んできた剣を弾いて、優輝はそういう。
  その間にも、椿と葵は偽物に挑みかかる。

「(...どうして、私は彼を疑ってたの...?)」

  庇われ、助けられ、そんな中でアリシアはそう思った。
  魅了の効果が比較的弱いため、そんな疑念を抱いたのだ。

  なぜ、神夜の言う事を真に受けていたのか。
  なぜ、一つも自分で探る事なく優輝を疑っていたのか。

  ...戦闘中でありながらも、アリシアはそう思わざるを得ない程、違和感を抱いた。

「ぐ、ぁあっ!?」

「っ、優輝!」

  そんな時、現実に引き戻すかのように優輝の叫びが耳に入る。
  見れば、何度も剣を防いでいた優輝がさらに傷ついていた。

「大...丈夫...だ...。」

「そんな訳っ...!」

  非殺傷設定なんて存在しない偽物の攻撃は、容赦なく優輝を傷つけていく。
  普通に戦えて、経験豊富な椿たちでさえ、だいぶダメージを負っていた。

「きゃぁあっ!?」

「ぁああああっ!?」

「っ...椿...!葵...!」

  魔力の鎖や、創り出した剣、そして導王流と、多彩な攻撃を魔力の心配もなく繰り出す偽物に、ついに椿や葵が倒されてしまう。

「く....ぅう....!」

「かはっ....優...ちゃん...!」

  ボロボロに打ちのめされた椿と葵。...しばらくは戦闘に復帰できないだろう。

「はは、ははははは!!そろそろこの魔力も馴染んできた所だ!ようやく全開で魔法を行使できる!」

「く....今まで、全力じゃなかったのかよ...。」

  薄々わかっていた事とはいえ、優輝はその事実に悪態をつく。
  ...しかし、それでも偽物の手は緩まない。

「...シャル、リンカーコアの保護及び、痛覚を後遺症が残らない程度に遮断してくれ。」

〈マスター!?それは...!〉

  優輝の指示にリヒトが反対しようとする。
  当然だ。損傷しているリンカーコアを無理矢理使おうとしているのだから。

〈...Jawohl(ヤヴォール)、マイスター。〉

〈シャルラッハロート!?〉

「...このままだとやられるだけだ。わかってくれ、リヒト。」

〈それはっ...!...そう、ですけど...!〉

  そうでもしないと無事では済まない。それはリヒトにもわかっていた。
  それでも無茶をしてほしくないと、優輝を思うが故に反対していたのだ。

「それにさ....。」

     ッギィイイン!!

「...悠長に悩む時間もない。」

  斬りかかってきた偽物を優輝は受け止める。

「(...っ、重い...!身体強化に込めた魔力はこちらの霊力の効果を上回るか...!)」

  受け止めた体勢から徐々に押される優輝。
  しかし、背後にはアリシアがいるので、このまま押される訳には行かない。

「くっ...術式!」

「っ!」

「“風車”!」

  そこで優輝は椿と葵に教えてもらった霊術を使い、一瞬だけ間合いを離す。

「....“扇技・護法障壁(ごほうしょうへき)”!!」

「え、ええっ!?」

「...そこから動くなよ!」

  その隙に御札を十枚使い、五枚ずつで五行の陣を組んで術式を組み立てる。
  そして扇を御札から取り出し、それを起点に障壁を張る。

「(無茶して魔法を使うが、リンカーコアが損傷してるから自分の魔力を使う事はできない。...できるとすれば、外部の魔力を操る事だけ!)」

  偽物の魔力によって空気中に魔力が散らばっている。
  それを利用して、優輝は大量の剣を創造する。

「....リンカーコアを損傷したお前如きに追いつけるか?」

「っ....言ってろ....!」

  同じく偽物も大量の剣を創造する。
  リンカーコアを酷使しているのを体で感じながら、優輝は偽物の攻撃を相殺する。

「(最優先事項はアリシアを結界外に逃がす事!そのためには、奴を足止めする事が必要!...いや、それ以前に....!)」

  剣と剣がぶつかり合う中、優輝は思考を巡らす。
  アリシアを庇う必要がなくなれば、こちらにも勝機はあるのだ。
  しかし、そのための隙がなかなか作れないうえに、結界は既に乗っ取られていた。

     ギィン!ギギィイン!

「ちっ...!」

「僕に隙を作ろうってか?そう簡単に行くと思うなよ!」

  導王流での防御は捨て、攻撃用に新たに編み出した“二ノ型”で攻撃する。
  互いに“軌道を導く”ので、掠りはすれども直撃はしない。
  その間も、互いに創造した武器がぶつかり合う。

「(っ...ダメだ!ジリ貧どころか、押されている!)」

  しかし、徐々に防戦一方になるのを否が応でも感じ取ってしまう。

「(椿と葵はまだ立て直しに時間がかかる。このままだと...っ!!)」

     ギィイイン!!

  大きく弾かれ、アリシアの所まで後退してしまう優輝。
  さらに、そこにバインドが加わり、一時的とはいえ身動きができなくなる。

「ぐっ....!」

「....さぁ、これを防いでみろよ...!」

「っ....!」

  輝くは黄金の剣。...偽物が創造したその剣は、優輝の切り札と同じだった。

「っ、ぁああっ!」

  霊力で無理矢理バインドを破壊し、魔力結晶を取り出し、優輝も構える。

「(既に発射可能まで溜められている。避ければアリシアに直撃...!なら、相殺するしか...!)」

  止めに動いた瞬間、偽物は極光を放つだろう。
  それが予想できたため、優輝もリヒトを剣に変え、魔力を手繰る。

「...なぜ、そいつを庇う?」

「....は...?」

  突然、語りかけてきた偽物に、思わずそう返す。

「そいつはあの男の言いなりで、あの男と共にお前を敵視している。...そんな奴を庇う必要があるのか?」

「え.....?」

「...いきなり何を言ってやがる...!」

  “アリシアを見捨てないのか”と聞いてくる偽物に、優輝は呆れる。

「...必要はあるさ。魅了されてる?ああ、確かに魅了されて妄信的になっているだろう。...だからなんだ?彼女は悪くない。ましてや、ただの被害者だ。....それにな...。」

  言葉に一区切りをつけた瞬間、優輝の剣が一際輝く。

「守るべき者を守るのに、何か理由が必要かっ!!!」

「優、輝...っ!」

   ―――“勝利へ導きし王の剣(エクスカリバー・ケーニヒ)

  確かな“意志”を込め、優輝は黄金の極光を放つ。

「はっ....!...そうかよっ!!」

   ―――“敗北へ叩き落す王の剣(エクスカリバー・ケーニヒ)

  対して、偽物も黄金の...それでいて闇を秘めた極光を放った。



     カッ――――!!!













       =優輝side=





「が....ぁ....!」

  ...一瞬、意識が飛んでいた。
  極光同士がぶつかり合った瞬間、少しの拮抗の後、僕とアリシアは吹き飛ばされた。
  極光同士の決着は相殺。しかし、反動のダメージがひどかった。

「優輝...!しっかり...しっかりして...!」

「く、っ....!」

  僕が庇ったため傷があまりないアリシアが呼びかけてくる。
  その言葉に応じて、痛む体を何とか起こす。

「私のせいで...私が、優輝を疑って追いかけなかったら...。」

「...その先は、言うな...。」

  アリシアが自分を責めようとしたので、遮りながら立ち上がる。

「...“自分のせい”だと、閉じこもられるのはもう勘弁だ。....守るのに理由なんて必要ない。まだ...行ける....!」

  体は痛む、魔法はほとんど使えない。...だけど、霊力はまだ使える。
  結界は奴に乗っ取られたが、霊術なら突破は可能だ。
  ...それに...。

「優輝...。その....。」

   ―――...今までごめんなさい...。

  ...そんな、織崎神夜(あいつ)を映さなくなり、濁りをなくした(魅了が解けた)瞳で言われたからには、守るしかないだろう...!

「っ、ぁあああああああ!!!」

  再びアリシアを守る障壁を張り、雄叫びを上げながら特攻する。

「っ...!さすがはオリジナル!こんな状況でも諦めないか!なら...これはどうだ!」

  偽物は高密度の魔力弾で弾幕を張る。
  だが...。

「まだだ!!」

  全て霊力を込めたリヒトで切り裂く。

「(やはり...!奴は()()()使()()()()!霊力を使えばこの程度の弾幕...!)」

  そう。ミッドやベルカの魔力は地球の魔力と霊力に打ち消されやすい。
  だから、僕の霊力を込めた攻撃は魔力を込めて防ぐのは得策じゃないはず。
  なのに、奴は魔力を使った。魔力に余裕があっても、“僕”ならばそれはありえない。
  つまり、偽物は霊力まではコピーしていないという事だ。

「これ...なら....っ...!?」

「...霊力が使えない。...それぐらい分かってるぞ?」

  ガクンと、体が重くなる。
  痛覚をシャルによってだいぶ遮断しているのに、苦しい。

「そら、立ち止まっていいのか?」

「っ、がっ...!?」

  それに動揺し、また吹き飛ばされる。

「ぁ..ぅ...これって....。」

「...魔力濃度が高まっている...まさか...!」

  アリシアも苦しんでいるようで、見れば遠くにいる椿と葵も苦しんでいた。

「その通り!オリジナルが斬った弾幕に込めた魔力が充満しているのさ!空気中の魔力濃度が増せば、一酸化炭素中毒のように結界内にいる者は最悪死に至る!...ジュエルシードが核の僕を除いてな!」

「くそ...!」

  その間も魔力弾は次々と打ち出される。
  切り裂いても避けてもその魔力は辺りに充満する。なら、何か打開しなければ...!

「(空気中に魔力が充満するのは、その魔力に指向性を持たせていないから...なら、この魔力を利用して魔法を行使すれば...!)」

〈マスター!!〉

  魔力中毒は避けれる。そう判断したところでリヒトが叫ぶ。

〈何を考えているのは予想がついています!ですが、それは...それは...!!〉

「...最悪、リンカーコアが全損するほどの負担がかかる...だろう?」

  これほどの濃さの魔力を今の僕が扱えば、最悪そうなるだろう。
  ...でも...。

「...シャル、痛覚遮断は解いていい。代わりに、リヒトと共に魔力の制御を頼む。」

〈なっ...!?〉

「...リヒトとシャルが魔力操作を請け負えば、大丈夫だ。」

  それ以外に方法はない。
  リヒトの返答を聞く前に僕は魔力を集める。

「...素直にそれをさせるとでも?」

「思ってないさ。....だが...。」

   ―――式姫のしぶとさ、甘く見るなよ?

  僕に向かってさらに魔力弾を撃とうとして、飛んできた矢に阻まれる。
  飛んできた方向を見れば、そこにはボロボロながらにも矢を番える椿の姿が。

「“刀奥義......一閃”!!」

「っ....!」

     ギィイイン!!

  さらに、追撃としてこれまたボロボロな葵が一閃を放つ。

「二人の強さは、僕をコピーしたお前にもわかるだろう?」

「っ...そうだった...な...!」

  満身創痍だとは思えない二人の力強さに偽物は動揺する。
  その間に、僕はグリモワールを取り出し、あるページを開く。

「(...司さんの認識阻害を解くために漁った際にあった術式.....魔力消費がとんでもなく大きいが、これがあれば織崎の魅了も防げる...。)」

  人ではない身である椿と葵はまだ大丈夫だ。
  だが、リンカーコアを損傷している僕と、魔力がほぼないアリシアは時間がない。
  ...だからこそ、今から行う魔法はうってつけだ。
  魔力消費が無駄に多く、ありとあらゆる()()()()を無効化する魔法...!

「...其れは全ての害意、全ての禍を防ぐ我らが魂の城....我らの意志は、何人たりとも侵させぬ....!」

「えっ....?」

  僕の足元に魔法陣が広がる。...その対象は、アリシア。
  それをさせまいと、偽物は動こうとするが...。

「行かせ...ない....!」

「くそっ...お前ら....!」

  椿と葵が喰らいつく。
  どちらも切り傷のように剣などで傷ついており、葵に至っては腕がちぎれかけている。
  ...それでも、僕の魔法行使まで必死に時間を稼いでくれる。

「っ....ごふっ....っ...!」

〈マスター!!〉

  ...もちろん、僕の体も無事じゃない。口から血がこぼれる
  無理矢理な魔法行使に加え、体に害を起こすほどの空気中の魔力を操っているんだ。
  負担がかからない訳がない。

「(だが....!)」

  それでも倒れぬよう、足にしっかりと力を込める。
  視界が霞み、体は今にも倒れそう。...だが、それでも僕は立つ。

   ―――さぁ、行くぞ...!

「...顕現せよ...!“魂守護せし白亜の城(ゼーレ・キャメロット)”!!」

  空気中に充満した魔力は一気に消費され、苦しさがなくなる。
  ...だが、これで終わりではない。まだ空気中に魔力はある。これで...!

「っ――――!」

「....吹き飛べ。」

  だが、それをも見越していたかのように、偽物は魔力の衝撃波を放った。





「....ちっ。」

「ぐ....ぁぁ....!」

  血が滲む脇腹を抑えながら、偽物は舌打ちする。
  ...どうやら、椿と葵が一矢報いていたらしい。

「(でも、これじゃあ....。)」

  今の衝撃波で、正真正銘僕らは戦闘不能だ。アリシアも傷を負って気絶している。

「くそっ....!」

「っ...。」

「まだ....!」

  剣を、弓を、レイピアを支えに僕らは立ち上がる。
  だが....。

「うざったい!!」

  唐突にアリシア以外...つまり僕らの足元に現れる魔法陣。
  満身創痍な僕らに、当然それが躱せるはずもなく―――











   ―――僕らは、その結界から消えた。













 
 

 
後書き
刀技・金剛の構え…かくりよの門では、敵視を大幅に下げる代わりに、一定時間無属性or毒以外の全てのダメージを無効化するという技。ちなみにMP消費も大きい。
  この小説では、攻撃や他の事への気配りを一切捨て、防御に専念する構え。

刀技・挺身の構え…かくりよの門では、一定時間全てのダメージを引き受ける技。
  この小説では、仲間を背後に庇い、全ての攻撃を自分が受ける構え。
  ゲームでも小説でも上記の金剛の構えと併用する場合が多い。

三重矢…霊力の矢を放ち、それを三つに分裂させて同時に攻撃する技。
  模擬戦で優輝の導王流を破るために使うようになった攻撃方法である。

霊縛呪…本文にもあった通り、霊力によるバインドのようなもの。

扇技・護法障壁…かくりよの門では一定ダメージカットをパーティに付与する技。
  この小説では、扇を起点に障壁を張る技で、五行の陣で強化可能。

勝利へ導きし王の剣(エクスカリバー・ケーニヒ)…第40話でも使った優輝の切り札の魔法の一つ。
  モチーフはfateのエクスカリバーで、字の通り勝利へと導く極光を放つ。
  極光の威力は優輝の意志の強さに影響し、圧倒された状態からも相殺に持ち込める。
  また、その光を見た者を正しい志へと導く効果もある。

敗北へ叩き落す王の剣(エクスカリバー・ケーニヒ)…偽物だからちょっと反転させた字にしただけで、オリジナルと大差ない。負のイメージを持つ字なのは偽物の正体に関係あるから。

魂守護せし白亜の城(ゼーレ・キャメロット)…かつてベルカ時代、とある城の聖女が使った魔法。(意味のない設定)
  字の通り、魂...精神に干渉するもの全てを防ぐ事ができる魔法である。
  元ネタはもちろんFateから。

色々と駆け足気味でわかりにくい描写ですが、優輝達は何気に今までで一番傷ついてます。
結界が乗っ取られているので、無理矢理アリシアを脱出させようにも、その一瞬の隙で偽物は優輝達を全滅させます。だから、こんな結果になりました。
ちなみに、最後の優輝の魔法行使は偽物を倒す訳でも脱出するためでもありません。
ただ、充満した魔力を使用する事で魔力中毒で死なないようにしただけです。 

 

第60話「波乱の幕開け」

 
前書き
椿…脇腹二か所に両腕にそれぞれ二か所、足にも三か所斬られており、アバラも二本ほど折れている。さらに全身打撲。掠り傷も全身にあり。
葵…脇腹に一か所刺し傷があり、さらに切り傷も二か所、腕は左腕が三か所の切り傷、右腕は切り傷が多すぎてちぎれかけ。アバラも三本折れている。さらに全身打撲に掠り傷も全身にあり。
優輝…リンカーコア9割以上損傷。しばらくは魔法が使えない。全身打撲に全身に掠り傷があり、無理な魔法行使によって内蔵が傷ついている。

...これが三人の大体の状態です。...なんで戦えるの?
葵が一番ひどいですが、吸血鬼の再生力があるので何とかなってます。

あ、今回から改行の際の空白を1マスにしました。
 

 








       =out side=





「っ....開きました!」

「行くぞ!」

 リニスの言葉に、神夜が声をあげ、一気に結界内へ雪崩れ込む。

 ...気づいたのは、ついさっきだった。
 ふと、プレシアがアリシアの帰りが遅いと心配していた時、結界の反応を捉えた。
 その反応を頼りに、プレシア達は同じく気づいていた神夜や奏、なのはと共に学校に来てみれば、ベルカ式の結界が張られていたのだ。
 今は八神家は管理局に無償奉仕として行っているので、プレシア達は優輝が張ったものだと推測。なぜか入れなかったので、リニスが解析して侵入する事にして、今に至る。

 ちなみに、今はクロノ達はいない。代わりに休暇を取って地球に滞在しているユーノはいるが。(なお、リニスと共に結界の解析に貢献していた。)

「「アリシア!」」

 アリシアが心配なプレシアとフェイトが我先にと結界へ入る。

「アリシアっ!?」

「....来たか。」

 ...そこには、倒れ伏す傷ついたアリシアと、崩壊し荒れた結界内の校庭。
 そして、所々にある血痕と、脇腹に傷を負った優輝...いや、偽物がいた。

「これは...!?」

「っ、アリシア!」

 アリシアを視界に入れた瞬間、フェイトはアリシアの下へ駆け出す。
 しかし、その行く手を飛んできた剣が遮った。

「優輝!?何を!?」

 もちろん、そんな事を知らないユーノは攻撃してきた訳がわからず問う。
 ...ふと、そこでプレシアが気づく。

「....辺りにある血痕は...どういうことかしら?」

 アリシアのものではない、とプレシアは断定づける。
 アリシアは掠り傷こそあるものの、大きな傷は負っていないからだ。

「ああ、これか?...大体察しはつくだろう?」

「っ....てめぇええええええ!!」

 この場におらず、本来ならいつも一緒にいる存在...。
 つまり、椿と葵の事を遠回しに示した事を察し、神夜は駆け出す。

「...っと、危ない危ない。」

「よくも椿と葵をぉおおお!!」

 神夜の攻撃を、偽物はあっさりと受け流す。
 それに構わず、神夜はアロンダイトを振るう。

「っ、今の内にアリシアを...!」

「そうね...っ、避けなさい!」

「....!くっ...!」

 まずはアリシアの保護が優先だと、ユーノは動こうとする。
 しかし、それをまたもや飛んできた剣が阻み、プレシアの声と共に防御魔法で防ぐ。

「がぁっ!?」

「神夜君!?」

 その直後、神夜が地面に叩きつけられる。
 プレシアが偽物を見れば、蹴り抜いた体勢の偽物がいた。
 神夜の攻撃を受け流し、カウンターで強力な蹴りを叩き込んだようだ。

「なぜ、アリシアを...!どうして椿と葵を殺した!!」

「どうして....ねぇ?」

 あの二人ならアリシアを置いて逃げない。だからいないという事は殺された。
 そう思って、ユーノは思いの限り叫んだ。

「当然、僕の邪魔をしたからさ!霊力の供給を断てばあの二人にも余裕で勝てる。」

「邪魔だって...?...一体、何が目的だ!!」

 優輝のあまりの変わりように、魅了されていないユーノ達は戸惑いながらも問う。

「目的?.......ははっ、いいだろう。せっかくだ。教えてやるよ。」

 そう言って偽物は核でもあるジュエルシードを取り出す。

「まずはジュエルシードを集める事だ。願いを歪めて叶えるよう変質してしまった、天巫女の持つジュエルシード...感情に左右されるのは目的にちょうどいいからな!」

「ジュエルシード...!?そんな、虚数空間に消えたはずじゃあ...!?」

「ははは!憐れだな!それが正しいと、誰が決めた?その記憶が正しいと、本当にそう思うのか?」

「何を....。」

 先ほどから驚愕の連続に、ユーノもプレシアもリニスも理解が追いつかない。
 ...ちなみに神夜達は神夜が攻撃に移った時点で既に敵視している。

「ああ!本当に憐れだ!()()()()()に気づけないなんて!」

「偽り...?」

「...おっと、まだ目的を話していなかったな。」

 話を逸らす(この場合元に戻しただけだが)ようにジュエルシードを懐に仕舞う(と見せかけて体の中に戻している)偽物。
 そして、高らかに目的を語り始めた。

「僕の目的は緋雪を蘇らせる事!ジュエルシードがあればそれが可能となる!」

「「「「「なっ.....!?」」」」」

 その言葉に、ただ敵視していた神夜達もさすがに驚いた。
 ...なにせ、それはかつてプレシアが行おうとしていた事だからだ。

「そんな馬鹿な!ジュエルシードにそんな力はない!」

「...本当にそう思うか?」

「......っ、まさか...!」

 神夜の主張にそう返し、その言葉にユーノが気づく。

「ジュエルシードの本当の力...それを使えば理論上は可能となる。」

「本当の力...やっぱり...!」

 本当の力...つまり天巫女が使った際の事を示している。
 しかしそれは...と、ユーノは言い返す。

「それは、天巫女の一族にしかできないはず...!」

「ああ。祈りの力は天巫女にしか扱えない。...だが、僕が必要としているのは祈りの力を増幅するその魔力だ。」

 かつて次元震をも起こしたジュエルシードの魔力。
 そこから考えるだけでも、膨大な魔力だとその場の全員が思った。

「その魔力を使って、緋雪の魂を呼び寄せ、肉体を創造魔法で創り出せば....ほら、蘇生ができるだろう?例え膨大な魔力が必要としても、ジュエルシードなら賄える。」

 そんなの机上での空論でしかない...と、ユーノは言えなかった。
 なにせ、偽物の言った事はやり方がわからないとはいえ確かに魔法で実現可能なのだ。

「...だからこんな事をして、それで生き返らされたあの子は喜ぶと思うの?」

「...さぁ、どうだろうな?」

 かつてアリシアを生き返らせようと躍起になり、生き返ったアリシアに怒られたプレシアだからこそ問うた言葉に、偽物は答える。

「人の気持ちは、本人にしかわからない。...もしかしたら喜ぶかもしれない。」

「....そう...。」

 返ってきた言葉にプレシアは目を伏せ、少ししてから顔を上げる。

「...何が貴方を狂わせたのか、私には理解できないけど....私と同じ過ちを起こさせる訳にはいかないわ!!リニス!フェイト!アルフ!」

「「「っ...!」」」

 プレシアの言葉にリニスとフェイトとアルフが行動を起こす
 刹那、頭上から雷が落ちてくる。

「っ...!ちっ、“アイギス”!」

「今、だぁあああ!!」

 強力な魔法を前に防御魔法を使う偽物。
 それを好機と見て、アルフがシールドブレイクを仕掛ける。

「はぁああっ!!」

「っ、くそ...!」

 さらに下からフェイトがサイズフォームのバルディッシュを振るう。
 上下からの挟撃に、偽物は防御魔法に割く集中力を減らす事となった。
 その結果、防御魔法は破られたが...。

「っ、なっ...!?」

「くっ...!」

 そこは導王流による受け流しで防がれる。
 椿や葵のような戦闘技術があれば、話は変わっていたが...。

「今よ!」

「っ!」

 だが、そこへさらに雷撃が入る。
 先程よりも弱い雷撃を偽物は咄嗟に受け流す。

「ユーノさん!」

「っ!分かりました!」

 しかし、受け流した腕にピンポイントでリニスのバインドが決まる。
 さらに、その上にユーノの頑丈なバインドで偽物でも易々と解けなくする。

「喰らいなさい...!」

   ―――“Thunder Rage(サンダーレイジ)

 流れるような連携の最後に、集束された雷の砲撃が放たれる。
 プレシアの大魔導師としての砲撃魔法が、偽物に直撃...したかのように見えた。

「......防がれたわね...。」

「なっ!?あれを...!?」

 苦虫を噛み潰したかのようなプレシアの言葉に、神夜が驚く。
 神夜の中ではあれで倒したと思っていたようだ。

「創造魔法...なるほど。厄介ね。」

「....これでも、ダメージは通ったんだけどなぁ...。」

 砲撃魔法による煙が晴れると、そこには盾を創造した偽物が佇んでいた。
 バインドを解除するよりも、防ぐ事を優先したようだ。
 しかし、防ぎ切る事は出来なかったらしく、少し焦げていた。

 ちなみに、剣で相殺も試みていたが、あっさり撃ち落とされたらしい。

「っ....。くっ、傷が開いたか...。」

「っ、逃がさない!!」

 椿と葵によってつけられた脇腹の傷が今ので開いたらしく、偽物は撤退しようとする。
 それを止めようと、神夜と奏が駆け、なのはが砲撃魔法を放とうとするが...。

「...別に、この程度の傷でもお前らは倒せる。」

「ぐっ...!?」

「くっ...!」

 二人の攻撃を受け流し、そのまま偽物はなのはへと投げつける。
 これにより、三人の咄嗟の行動はあっさり止められた。

「っ....!」

「おっと、動くなよ?」

「アリシア!!」

 次にフェイトが動こうとして、偽物は剣をいつでもアリシアを刺せる位置に創造する。
 ...先程プレシアの砲撃の際にリニスが保護しておいたのに...だ。

「っ....!」

「少しでも動きを見せれば、防がれる前に殺せるぞ?」

 まさに目と鼻の先。そんな位置に剣はある。
 遠隔的な人質に、保護しているリニスさえ動けなかった。

「....じゃあな。」

「っ....くそっ!!」

 あっさりと逃げられた事に、神夜は悔しがる。

「....椿ちゃん....葵ちゃん....。」

「...生きてる...とは言い難いかな...これじゃあ...。」

 なのはとユーノは、僅かに残る椿と葵の服の切れ端を見て悲しみに暮れる。
 所々にある血痕から見ても、傷が大きいはずで、逃げられたとも思わないからだ。

「....リンディに伝えましょう。...これは緊急事態よ。」

「そうですね...。」

 プレシアの言葉にリニスも賛同し、一度家に戻って管理局へと連絡した。







   ―――...こうして、偽物が偽物だと気づかれないまま、夜の戦いは終わった。





















「...ぁ....ぐ....。」

「っ......。」

「ぁ...ぅぅ.....。」

 森の中、血塗れの少女二人と、吐血している少年が身動きも取れずに倒れていた。
 ...言わずもがな、優輝達三人である。

「....アリ...シアが.....くそ.......。」

 アリシアを助けようと動こうにも、そこで優輝は力尽きてしまう。

 ...なぜ、三人がこんな森の中にいるのか。
 それは、あの時仕掛けられた魔法陣がただの転移魔法だったからだ。
 ...最も、転移の衝撃さえも三人にはダメージとなったが。

「優..ちゃん.....。」

「....葵、動けるかしら....?」

「...さすがに、きついかな...?」

 気絶した優輝を介抱しようにも、椿と葵も動けない。
 本来なら戦えない状態なのに、それでも戦ったから当然の事だ。

「...動ける、まで....どれ、くらいかかる..かしら?」

「...かやちゃんも、無理しないで.....。...デバイスになったからかな....?...10分は、かかるよ...。それでも、ギリギリ...だね。」

「そう...。」

 葵の吸血鬼の再生力を以ってしても10分かかる事に、椿は力を抜く。
 このまま、無理に動くよりも少しでも回復に体力を回した方がいいからだ。

「....霊力に、まだ余裕はある...わ...。」

「...りょー、かい。....誰か、来てくれればいいんだけどなぁ....。」

 霊力を回復促進に割り当て、二人は回復に専念する。
 骨も折っているが、式姫の二人なら霊力で元通りになるので、そのままにしておいた。

「......くぅ?」

「...はは...狐じゃあ、さすがに....無理かなぁ...?」

 ふと、葵が顔を向ければ、そこには子狐が。
 さすがにそれでは意味がないと、葵は思うが...。

「...久、遠.....?」

「...くぅ..?....神..様...?」

 その狐...久遠に椿は気づき、顔を向ける。
 そんな椿に久遠も気づいたのか、少女の姿になって駆け寄る。

「...那美を...連れてきて頂戴...。」

「...くぅ、わかった。」

 今の時間は夜。大抵の人が家にいる時間だが、緊急事態だと椿は久遠にそう頼む。
 それを聞き入れた久遠は、そのまま那美のいる場所へ向かった。

「...よかった...これで....。」

「妖狐....野生の妖怪が、まだいたんだ...。」

 これで優輝がこのまま死なずに済むと、二人は安心する。

「これで...少し安心.......。」

「...かやちゃん...?眠いの?....実は、あたし...も.....。」

 そして、二人はそのまま死んだように眠ってしまった。



















「....嘘...だろう...?」

「残念だけど、事実だよ。僕も、あの優輝がこんな事仕出かすのには違和感があるけど。」

 プレシア達の連絡を受け、丁度地球の近くにいたアースラはすぐに駆け付けた。
 そして、ある一室でクロノはユーノから詳しい事情を聞いていた。

「それに...ジュエルシードか....。」

「...クロノの無駄な注文が役に立ったよ...。...まさか、またジュエルシードが現れるなんて。...それも、また地球に。」

「...ジュエルシードに優輝....予想外な事ばかりだ...。」

 お互い、かつてジュエルシードに関わった事もあるため、その危険性を知っている。
 さらにそこへ優輝(偽物)が敵に回っているのだ。厄介極まりない。

「....椿...葵....。」

「...血痕と僅かな服の切れ端から、生きている可能性は低いだろう。....あいつが、そう易々と逃がすはずがないからな...。」

 優輝と友人である二人であるからこそ、椿と葵はもう生きていないと考える。
 実の所とんだ勘違いだが、今の二人にそれを判断する術はない。

「アリシアの容態はどうだ?」

「僕とプレシアとリニスで軽く診たけど、傷は軽いものだったよ。...ただ、頭を打ったみたいでしばらく目を覚まさないけど。」

「そうか...。」

 これからの事について、クロノは考える。
 ジュエルシードが再び現れ、頼りになる者は殺されたか敵に回っている。
 おまけにジュエルシードの魔力をいいように利用されては勝つことも難しい。

「はやて達は?」

「連絡は取れるがすぐに来てもらうのは難しい。...今アースラにいる人材だけで解決しないといけないな。」

「そう...。」

 他の仕事があるようで、はやて達にはしばらく協力を仰げない。
 だからこそ厳しい事件になると、二人は思った。

     コンコンコン

「入っていいかしら?」

「構わない。」

 ふとノックが鳴り、プレシアとリニスが入ってくる。

「あれ?アリシアの様子は見ておかないんですか?」

「今はフェイトが見ているわ。さすがにずっといる訳にも行かないしね。」

「それに、少々気になる事があって来ました。」

 そう言いつつ、二人はクロノ達と同じテーブルに就く。

「気になる事?」

「ええ。貴方も記録映像は見たでしょう?...彼の印象はどうだったかしら?」

「優輝の...?」

 プレシアに問われ、クロノとユーノは思い出す。
 ...そして、ふと気づく。

「....なんというか、優輝らしくなかった...ような...?」

「言動、性格がおかしい。まるで、狂ったかのような、別人のような...。」

「それだけじゃないわ。これを見て頂戴。」

 そう言ってプレシアが示したのは、昨夜の戦闘の記録の一部だった。

「.....デバイスを一切使っていないわ。」

「っ...!確かに...フュールング・リヒトも、シャルラッハロートも使っていない...!」

「彼はデバイスに頼る戦い方はしないけれど、だからと言って一切使わない事もないはずよ。...けど、この戦闘では一切使っていない。」

 プレシアが疑問に思うのも無理はない。
 いくら優輝のコピーとはいえ、デバイスまでコピーした訳ではないからだ。
 だから当然、リヒトとシャルを持っていない。

「....怪しい...。」

「...一概に優輝が犯罪者になったとは断定できないな...。もしかしたら、何か理由が...それこそ別人かもしれない。」

「ええ。その可能性が高いわ。」

 個人的な考えとしても、優輝はあんな事をする訳がない。
 そう思っている四人は、既にこれが単純な事件ではないと考えていた。

「....もう一つ、気になった事があるわ。」

「もう一つ?」

「アリシアに関してよ。」

 “単なる思い過ごしかもしれないけどね”と言ってから、プレシアは説明する。

「アリシアが無事...とは言い難いのだけど、それでもあの程度の怪我で済んでいたのは少しおかしいわ。」

「....?どういう事ですか?」

「私たちが結界の反応を捉えて、内部に突入するのに数十分かかったわ。もし、結界が張られた時点で戦闘が始まっていたのだとしたら、ちょっと遅すぎるわ...。」

 偽物は“霊力の供給を断てばあの二人にも余裕で勝てる”と言っていた。
 その事から、プレシアは()()()()()()()()()()()()と思ったのだ。

「...単に、それだけ椿と葵が耐えたか、結界が張られても戦闘はまだ始まっていなかったとかは...?」

「それこそありえないわ。彼はアリシアを遠距離から人質に取ったのよ?それができるのなら、私たちが中に入った時、アリシアは死んでいるか無傷のどちらかよ。...それ以外にあったとしても重傷よ。」

 遠距離から人質を取る。それは創造魔法による剣の操作があるからこそできた事。
 それは椿や葵にも対処は難しい。プレシアはそれがわかっていたからそう思った。

「でも、アリシアは掠り傷程度で済んでいた。...そこがおかしいのよ。」

「それは...椿と葵が庇ったから....。」

「いや、あの二人でもこの遠隔での人質の対処はできない。こんなのに対処できるのは、同じような事ができる.....っ!」

 ユーノの言葉にクロノがそう返し、その途中で気づく。

「...優輝?」

「...飽くまで憶測よ。私の見当外れの可能性もあるわ。」

「....今は頭の片隅に置いておくべきか...。」

 “とにかく”...と、クロノ達は思考を切り替える。

「今は現状の対処だ。アリシアの事は時間が解決してくれる。...だけど...。」

「ジュエルシードと優輝...。この組み合わせは厄介だよ...。」

「優輝の唯一の弱点である魔力量がジュエルシードで代用されてるしな...。」

 味方だと頼りになるが、敵に回れば想像以上に厄介...クロノ達はそう思った。

「...そもそも、なぜジュエルシードはあそこにあったんだ?」

「...優輝が言っていたんだ。“偽りの記憶”って。...もしかしたら、今回のジュエルシードの件は、去年の皆が解決した事件と繋がっているのかもしれない。」

「あの事件の記憶そのものが、偽りだと言うのか?」

 クロノの言葉にユーノは頷く。

「....僕らだけで考えるのはダメだな。一度、アースラの皆に事件について報告して、それからどうするべきか会議するべきだ。」

「....そうですね。」

 とりあえずと決めた方針に、リニスが返事する。...が、少し歯切れが悪かった。

「どうかしたのか?」

「...いえ、何か違和感が....。...こう、ジュエルシードを見てから、胸がざわついているかのような気がして....。」

「ざわつく?」

「....途轍もなく、重要な事を忘れている...そんな気がするのです。」

 しかし、それが全く分からないと、リニスは言う。

「重要な....。」

「....あ、すみません。忘れてください。...今は、目の前の事を。」

「そ、そうか...。」

 明らかに置いておけなさそうな事だが、確かに今はジュエルシードと優輝を優先すべきだと、クロノは何とか頭から振り払う。

「(.....この事件、想像以上に複雑になりそうだな....。)」

 ジュエルシード、優輝の行動、そして微かに胸に宿る違和感。
 それらを考え、クロノはそう思わざるを得なかった。















「...くそっ、あいつめ....!」

「アリシアちゃん...。」

 一方、神夜達はアリシアのいる医務室で、ただただ悔しがっていた。

「緋雪の事と言い、洗脳したり見殺しにしたり....挙句の果てに椿と葵を殺すなんて....許せねぇ.....!」

「どうして...あんな....。」

「言っただろう?あいつは表面上だけ良い奴で、実際はあんな奴なんだ...!くそっ、ふざけやがって...!」

 悲しむなのはとフェイトに、神夜はさも本当かのように、ただの憶測(勘違い)を押し付ける。

「.....許せない...。」

「うん...こんな事するなんて...。」

 しかし、魅了されているなのはとフェイトは、それが当然の如く事実だと思い、ただ神夜に妄信的になりながらついていくだけだった。

「お姉ちゃん....見ててね...。」

「よし、クロノ達の所に行くぞ。多分、既に志導の対策について話してるだろうし。

「うん!」

 眠っているアリシアの手をフェイトは一度祈るように握ってから、神夜についていった。
 なのはもそれについていき、ずっとそれらを見ていた奏もついて行こうとして...。

「..........。」

 ...ふと、違和感に足を止める。

「(...あんな事をする?....本当に?)」

 唐突に...ふと、唐突にそんな疑問が浮かび上がってきたのだ。

「(神夜はこういう事で間違った事は言わない....。...でも、どうして....。)」

 魅了の効果で、奏も妄信的になっている。
 しかし、それでも優輝が本当に“悪”だというのが、信じられなかった。

「(......何か...忘れている.....?)」

 とても大事な事を、忘れるべきではない事を、忘れてしまっている。
 奏は、それを思い出そうにも、どうにも思い出せなかった。

「奏?どうしたんだ?行くぞ。」

「あ....うん....。」

 立ち止まっていたからか、神夜に話しかけられ、ようやくそこで現実に戻る。

「(....大丈夫...神夜は正しいんだから、大丈夫...。)」

 そう考え、さっきまでの違和感を忘れ、奏は神夜についていった。











   ―――....トクン....。













 .....彼女の心臓が、その考えを否定するように、小さく鳴った....。



















 
 

 
後書き
久遠と那美さんの出番はもうないと(キャラ設定で)言ったな.....あれは嘘だ。
...で、出番はない“かも”だったし。確定ではなかったし...!(震え声)

奏...Angel beats!...心臓...後は分かるな?(えっ 

 

第61話「傷ついてでも動く」

 
前書き
王牙にも出番をやりたい。(踏み台としてだけど)
 

 






       =優輝side=







   ―――....夢を、見ている...。





「....父さん...母さん....。」

 夢の中の自分は、中学生だった。
 誰もいなくなった、他にも誰かがいた家の中で、僕は泣いていた。

   ―――これは...前世の...。

 そう。その光景は、まさしく僕の前世のもの。
 中学時代に両親を亡くし、一人で生きていくことになった時だ。



「電気代、水道代、食料に生活用品....えっと、他には...。」

 場面が変わり、学校にて僕は一つのノートに何かを書いていた。

「優輝君?何を書いているの?」

「ん?あー、家計簿...ではないな。まぁ、家計に関するメモって所か。」

 そこに一人の男子生徒が話しかけてくる。
 “祈巫聖司”。この中学からの僕の親友で、色々お人よしな奴だ。

「...もしかして...。」

「...僕は一人で暮らす。あんな親戚共の所には行かないからな。」

「そっか...。」

 親戚はどいつもこいつも両親の遺産狙いで近づいてきた。
 狙われる程の遺産はあるため、そいつらを突っ撥ねて僕は一人暮らしをすると決めたんだ。





「よっ、聖司。この前言ってた新巻、持ってきたぞ。」

「あ、ありがとう優輝君。...優輝君はいいの?」

「ん?僕はもう読んできたし、いつまでもベッドの上は暇だろ?」

 さらに場面は進み、ある一室で僕と聖司が会話していた。
 ...聖司は高校のある時、急病で入院した。

 人当たりの良い性格だったから皆心配していて、僕がよく代表してお見舞いに来ていた。

「...災難だな。高校を中退って言うのは。」

「仕方ないよ...。結構やばい病気らしいから...。」

「仕方ない...か。まぁ、退院したら教えてくれよ?色々頼ってもいいからさ。」

 そう。僕はこの時聖司にそう言った。
 それからは、受験の事や、家計などで色々忙しくなり、見舞いの頻度が下がっていった。

 そして、受験前の見舞いで“受かってくる”とか言って、それからしばらくして...。





   ―――...その時には、既に取り返しがつかない状況だった。





「っ!?」

「っと!?」

 それはある日の大学からの帰り。角を曲がった所で誰かとぶつかった。

「す、すいません....って、え...?」

「ぁ....優輝、君....?」

 その誰かとは、聖司だった。
 普通に私服を着ていたのだが、その姿はボロボロで、裸足だった。

「まさか...聖司...なのか?」

「ぁ...ぅ....。」

「いつ、退院していたんだ?それに、その恰好は....。」

 最近は忙しくて会えなかったから色々聞くが、聖司は答えない。
 それどころか、何かに極端に怯えている。

「...なにがあった?」

「ぁ..ごめ....僕に、近づいちゃ....。」

「え、どうして....っ!」

 とにかく何があったか聞こうとして、僕は聖司の背後から見える人物に気づいた。
 それは女性だった。ただし、髪を振り乱し、手に包丁を持っていた。

「まさか...!」

「ひっ....お母さん....!」

「下がれ!聖司!」

「優輝君...!?」

 何があったかを聖司の言葉から察し、すぐに庇うように前に出る。
 手に持っているのは鞄だけ。だけど、これでも包丁ぐらいなら...!
 そう思い、僕は迫ってくる聖司の母親に対して身構える。

「させない...!」

「死ねぇえええ!!」

「優輝君.....!」

 叫びながら突き出される包丁に対し、鞄で防ごうとして....聖司に突き飛ばされた。

「なっ....!?」

「が....ぅ.....。」

 申し訳ないと言った顔で聖司は僕を見て、そのまま庇って刺される。

「あんたなんかに....幸せなる権利なんてないわよ....!ここで死になさい...!」

「っ、あ......。」

 呪詛のように聖司の母親はそう言い、聖司はそのまま仰向けに倒れる。

「聖司...!?くそっ....!」

「あ...はは...やったわ...やって....っ!?」

「お前....!このっ...!」

 狂ったように笑う聖司の母親に対し、僕は蹴りを放つ。
 それで包丁を叩き落し、そのまま一本背負いをして無力化する。

「誰か!警察と救急車を!」

「...ぁ...優...輝....君.....。」

 人が集まってきていたので、他の人に救急車を頼み、僕は応急処置に当たる。

「聖司!しっかりしろ!くそっ...!なんでこんな事に...!」

 刺された箇所を抑え、必死に止血しようとする。
 ...しかし、とても衰弱しているようで、それだけでは助かりそうにない。

「...も..ぅ、無..理....だ...。」

「聖司....どうしてここまで衰弱して....っ、そう言う事か...!」

 言っている途中で、大体察してしまう。
 詳しい事は分からないが、ずっと虐待を受けていたのだ...と。

「くそっ...!くそっ...!聖司!しっかりしろ!」

「...ぁ...ぅ....。」

 徐々に弱まっていくのを手で感じながら、必死に助かってほしいと願う。

「....優輝...君...。巻き込んじゃって...ごめん...。」

「聖司...?聖司!!」

 ....だけど、無常にも聖司の心臓は、そこで止まってしまった。

「....おい....嘘だろう....?」

 目の前で、命が消えた。その事に僕は茫然自失となる。

「聖司...!聖司...!...っ、ぁああああああああああああああああああ!!!」

 親友を喪った。その事に僕は声の限り慟哭を上げた。
 どうして気づけなかった。どうして救えなかった...と。















「.........。」

 ...目を、覚ます。そこは夢で見ていた光景じゃない。どこかの部屋だった。

「あ、目を覚ました?」

「....えっと...那美さん...?」

 僕が目を覚ましたのに気づき、那美さんが声をかけてくる。
 ...はて、どうして那美さんが?

「ここは....。」

「ここはさざなみ女子寮の私の部屋。...久遠に連れられて発見した時は、驚いたよ。」

「...そういう、事ですか...。」

 つまりは、久遠と那美さんによってここに連れられ、僕らは手当てされたようだ。
 ...っと、椿と葵は?

「二人の症状はもっとひどいから、まだ目を覚まさないんだけどね...。」

「...無事...ではないけど助かったのか...。」

 偽物にやられ、挙句適当な場所に転移だ。
 もし久遠に見つからなかったら、そのまま死んでいたかもしれない。

「ぐっ....!」

「だ、ダメだよ動いたら!な、内蔵が傷ついているみたいなんだから...!」

「...あぁ、道理で...。」

 それだけじゃない。リンカーコアが9割以上損傷しているしな。

「....あれ?リヒトとシャル、それにシュラインは...?」

 ふと体を探ってもどれも見当たらない。

「あ...それなら...。」

「ん?起きたようだね。どうだ?調子は?」

 那美さんが何か言おうとして、誰かが部屋に入ってくる。
 銀髪のショートカットの美人さんで、傍らには....!

「シュライン!」

「ああ、返しておくよ。粗方事情も聴いたしね。」

「え....?」

 事情って事は...主に魔法やジュエルシードの事をか?

「ほら、前に私が事件に巻き込まれたでしょ?その時の事もばれてて...。」

「HGS...って知っているか?」

「一応は....。」

 確か、大まかに言えば超能力みたいなものだったな...。

「まぁ、それで心を読んでな。それで私も粗方な事は知っている。」

「...それで、リヒトとシャルとシュラインを...。」

「大事な相棒みたいだしね。丁重に扱ったよ。」

 確かにリヒト達に傷は一つもついていない。...元々滅茶苦茶頑丈だから当然だけど。

「...っと、名乗ってなかったね。リスティ・槙原だ。刑事をやっている。」

「刑事...。」

 何気に刑事に会うのは初めてだな。...時空管理局も一部はある意味刑事か?

「...行くつもりだろう?」

「...なんと言っていましたか?」

 ふとリヒト達に目を向けてから、リスティさんはそういう。
 ...僕がもう動こうとしているのを察していたか。

「...どんなに傷ついても動く困った主だって聞いたよ。」

「.....自覚はしてます。」

 苦笑いしながらそう返事する。

〈自覚しているなら改善してください。〉

「そのうちな...。」

 拗ねるようなリヒトにそう答えながら、体の調子を確認する。

「(...体は過激な運動には厳しく、魔力は絶望的...だけど、霊力は無事...か。)」

 ならば。と、僕は霊力を回復促進に回しながら立ち上がる。

「行くよ。椿、葵。」

「っ...まだ癒えきってないのに無茶言うわね...でも、わかったわ。」

「あたしも動けるよ...。」

 いつの間にか目を覚ましていた二人に声をかける。

「...驚いた。骨は折っていたはずだが...。」

「生憎、普通ではないのよ。私たち。」

「霊力もまだあるし、少し体を動かせば調子も戻るかな。」

 体を少し動かし、二人は調子を確認する。

「....止めはしない。元々私たちには手が出せなさそうな事だ。」

「...そうしてくれると助かります。...これは、どうやら僕がやらなきゃダメみたいなんで。」

 目を瞑り、ただ僕らが通り過ぎるのを待つリスティさんと、わかっていても不安そうな那美さんを通り抜け、僕は部屋を後にする。

「...助けてくれてありがとうございました。」

「....頑張れよ。」

 最後にそう言って、僕らはさざなみ寮を後にする。
 時刻は昼で、一応僕らはひっそりと出て行った。

「...ところで優輝。これからどうするつもり?」

「...何がだ?」

 少し歩いた所で、椿がそう聞いてくる。

「...言っても無駄でしょうけど、私たちはまだ満身創痍よ。この状態でジュエルシードを集めるつもり?」

〈私からもそれはおすすめできません。マスターを助ける前に貴方が死にます。〉

「分かってるさ...。」

 今の僕らは回復が追いついていない。
 おまけに魔力も扱えないから、全て霊力で補う必要がある。
 ...でも、全てを賄えるほど僕の霊力は多くない。

「以前、二人は言ってたよね?霊脈があるって。」

「...ええ。言っていたわね。」

 それは僕が椿と葵に霊術について教わっていた時についでに教えてもらった事だ。
 星の力の一端を扱う霊力には、“霊脈”と呼ばれるパワースポット的な場所がある。

「...そこを利用すれば早く回復できる。」

「...そういうこと。」

「つまり、八束神社に向かうんだね?」

 ついでに言えば、海鳴市の霊脈は八束神社の所にある。
 これは椿と葵が事前に調べて知っていたらしい。

「...ちょっと、偽物についても考えたいからね。」

 色々と整理がついていない事もある。それについても考えたい。







「これをこうすれば....。」

「...ここからなら街も一望できるしちょうどいいわね。」

 御札を置き、霊脈から霊力を受け取りやすくする。
 そして、神社の縁側に座りながら情報を整理する。

「まず...偽物についてだな。」

「....そうね。」

 ジュエルシードを核とし、僕をコピーした偽物。
 強さや正体もそうだし、あの後どうなったのかも気になる。

〈...それについては私から言います。ある程度予想がついているので。〉

「そうなのか?じゃあ、聞くよ。」

 シュラインがそう言ったので、まずはシュラインの話を聞く事にする。

〈優輝様方も予想はついていると思いますが、あの偽物は優輝様のリンカーコアを吸収し、その性質をコピーする事で霊力以外のほとんどを扱えるようになっています。〉

「...ああ。リンカーコアは吸い取られた感覚だったからな。」

 これは少し考えればわかる事だった。

〈また、あのような結果になったのは、フュールング・リヒト。貴女にずっと収納されていたからです。〉

〈...私に、ですか...?〉

 それはちょっと気になる事だった。
 確かに僕は記憶を改竄される前にリヒトにジュエルシードを収納していた。
 ずっとリヒトの中にあったとはいえ、一体どんな関係が...。

〈...貴女とシャルラッハロートは最も優輝様の身近にいる存在です。つまり、優輝様の感情・精神・意志などを最も受ける訳でもあります。〉

「...それは一体、どういう...。」

〈.....“感情”。...それが原因です。〉

「っ...!」

 その言葉を聞いて、ハッとする。
 そうだった。ジュエルシードは元々天巫女が生み出したモノ。
 感情に左右されるのであれば...!

〈...簡単に言えば、あのコピーの正体は優輝様の“負の感情”です。心の奥底に燻っていた暗い感情が、収納されていたジュエルシードに蓄積されていったのです。〉

「.....なるほど...な...。」

 “負の感情”...それなら僕の偽物があそこまで攻撃的になるのも納得だ。
 ...まだ、理由までは分かり切ってないけど。

「....自分の胸に聞けっていうのは、そういう事か...。」

「何か思い当たる節があるの?」

 偽物が言っていた事を思い出して、ふと一つの事に思い当たる。

「生憎、自覚はしていない。...だけど、未だに心には残っているんだろう。...緋雪の事だ。」

「...!そういう事...。」

 確かに僕は緋雪の事に関してはちゃんと割り切っている。
 だけど、無意識にまだ後悔とかをしているのだろう。

「となると偽物の目的は...緋雪の蘇生か?」

 緋雪(シュネー)のように復讐で世界の全てを壊すのならば、結界をそのままにせずに解いてそこらじゅうに被害を出していただろう。
 今だって破壊の後が見受けられないのならば、その線は薄い。

「蘇生って...。」

「...僕の魔法であれば可能だ。魂を呼び寄せる魔法もグリモワールに載っているからな。」

「そっか...創造魔法...。それで、肉体を...!」

 唯一の問題である魔力も、ジュエルシードで補うのだろう。

「僕の無意識な願いが、形となった...って訳か。」

「優輝....。」

 ...でも、そんな事をしても緋雪が喜ぶとは思えない。
 そんなのは、いくら“負の感情”で具現化した偽物でもわかるはずだが...。

「...ともかく、偽物の相手は僕がするべきだな。」

「相性的にも、存在的にも?」

「...無茶は、しないでよね。」

「分かってるさ。」

 止めはしないのは二人も分かっているのだろう。...あれは僕が倒すべきだって。
 責任を感じているのもあるけど、何より少なからず僕にも迷いがあったという事だ。
 なら、それにケジメを付けないとな。

「....あ、そういえば偽物が現れる前にシュラインは言ってたよな?“負の感情”に呑まれるとかなんとか...。僕の場合は大丈夫だったのか?」

〈その事ですか。...一言で言えば、優輝様の“負の感情”とマスターの“負の感情”の強さが違いすぎたからです。...所詮は無意識下での感情ですしね。〉

「そういうことか...。」

 おそらく、僕程度では足元にも及ばないのだろう。
 ...一体、どれだけ一人で抱え込んでいたんだ...。

「僕らを殺そうとしたのは、絶対に邪魔してくるから...って所か。」

 おまけにオリジナルである僕が負傷しているんだ。またとないチャンスだったのだろう。
 ...まぁ、だったらどうして確実に殺さずに転移させたのかがわからないが。

「...っていうか、アリシアは...。」

「少なくとも、あたし達と一緒に転移させられた訳じゃないよ。」

 ずっと気になっていたアリシアについて聞くと、葵がそう答えた。

「...結界に取り残されたか...。」

「偽物が殺す気なら、アリシアはもう...。」

 思わず手に力が籠ってしまう。...既にどうしようもない事だ。
 もしかしたら、なのはとかが駆け付けてくれてるかも....と言うのは、高望みか。

「くそっ....!」

 どうしようもなかった....なんて僕の言い訳だ。
 僕らがアリシアに気づいていれば、偽物が現れる前になんとかできたのだから...。

〈落ち着いてくださいマスター。...今は、先の事を考えましょう。〉

「っ、ああ...。そうだな...。」

 落ち着け。冷静になれ。
 これ以上、犠牲者を出してはいけない。そのためにも...!

「(僕らの現状はあまり良くない。僕らの傷は癒えていないし、僕は魔法を使えない。)」

 現状を把握し、どう行動を取るか考える。
 今魔法が使えるのは葵だけだ。椿も微量の魔力を持っているが扱えないしな。
 霊力も回復に回しているから全快はしていない。

「(霊脈をフル活用すれば葵ならものの十分ほどで傷も完治するだろう。椿も一時間ぐらい。...僕でも数時間でリンカーコア以外は治るな。)」

 霊脈の力は凄まじい。あれほどの重傷もこんな短時間で治せるのだから。
 ちなみに、霊力と魔力は別のため、リンカーコアまでは治せない。

「(目下の目的は傷の完治とクロノ...管理局への連絡。...後食事だな。)」

 少し腹の虫が鳴ったので目的を一つ付け加える。

「かやちゃん...ここなら...。」

「...そうね。手段の一つとして考えておくわ。」

「無理はしないでね?...“憑依”が使えたらなぁ...。」

「ないものねだりをしても仕方がないわ。」

 ふと、椿と葵を見てみれば、霊脈を調べながら何か会話していた。

「どうかしたのか?」

「ん?えっとね、ちょっとした裏技かな?」

「裏技?」

 霊脈と関係あるのだろうけど、一体どういう...。

「...優輝の偽物は強敵よ。それは優輝もわかってるわね?」

「ああ。霊力が使えないなんて関係ない程に厄介だ。...魔力もほぼ無尽蔵だしな。」

 様々な術式が載っているグリモワールもコピーはされていない。
 しかし、以前に僕は読み漁り、その記憶を偽物はコピーしている。
 そのため、グリモワールにある術式も一部は使えるだろう。

 ...最も厄介なのは導王流と創造魔法なんだけどね。

「...それに対抗するための切り札よ。」

「それは一体...。」

「.....“神降し”よ。」

「っ....!」

 神降し...神をその身に宿す事だ。
 主に巫女や神主がする事で、神を降ろす事でその力の一端を扱う事ができる。
 ...つまり、神の力を使って偽物を倒す...と?

「...でも、椿は式姫だろう?僕だって霊術使いなだけで、神主でも...ましてや厳密には陰陽師でさえないんだけど。」

「そうね。...でも、分霊で式姫な私でも“(しるべ)”にはなれるわ。」

「そこから優ちゃんが本体を降ろせばいいんだよ。神主じゃなくてもできるよ。」

 二人は簡単にそう言ってのけるが、色々と気にするべき事が...。

「...その場合、椿はどうなるんだ?」

「...やってみない事には、わからないわ。実際に降ろすまで...契約するまでは普通でいられるけど、降ろした際には....少なくとも、何も行動はできないわね。」

「死ぬ訳では...ないんだな?」

「そのはずよ。神降しをやめれば、元に戻るはず。」

 つまり、神の力を使う代わりに少なくとも椿は戦えなくなる訳だ。

「色々と準備も必要だから、出直す必要があるけどね。」

「とりあえず何か食べないと...。」

「....だな。」

 霊脈と僕とのパスを繋げ、まずは自宅に戻るとする。
 クロノへの連絡もそれからでいいだろう。







「....繋がらないね...。」

 家に着き、昼食を取ってから葵がクロノと通信を繋げようとするが、中々繋がらない。

〈...どうやら、何らかの妨害を受けているようです。〉

「...どう考えても偽物の仕業か...。」

 どうやったか詳しくは分からないが、偽物が原因で通信が妨害されているみたいだ。

「援軍は頼めないって訳か...。」

「でも、魔力反応とかで他の人が気づいているかも?」

「それまでは僕らだけって訳だな。」

 ...なんだろうか。偽物が妨害程度で終わらす気がしない...。
 曲りなりとも僕の偽物だ。相当用意周到に仕掛けを施しているはず...。

「...嫌な予感がする。早めに行動しよう。」

「...そうね。司もいつまでも無事とは限らないわ。」

 そうと決まればすぐに支度して八束神社に向かう。
 作り置きしておいた魔力結晶と御札も全部持って行くか。















   ―――...待っててくれ司さん...必ず、その心を救って見せる...!













 
 

 
後書き
霊脈…星の所々にある人間でいう血管みたいなもの。星の力(この場合主に霊力)を受ける事ができ、テレビなどでパワースポットと呼ばれている場所の半分以上は霊脈がある。
 霊脈の恩恵をフルで活かせば、奇跡に近い現象を起こす事もできる。

神降し…名前通りその身に神を降ろす事。
 降ろす神と契約を事前に結んでおき、その身に降ろして力を行使する事ができる。
 降ろした際に、降ろした神の姿の一部が反映される。

とらハは詳しく知らないのでちょい役的な感じで使うだけです。久遠(with那美さん)ぐらいしか大きくは関わりません。
また、口調などの違いは大目に見てくれると助かります。 

 

第62話「出来る事から」

 
前書き
メリークリスマス!作者からのプレゼントです!(ただのいつもの週一更新)

ちなみに神降し・霊脈はオリジナル設定です。
ありがちな感じにしておいたので“オリジナル”とは言い難いですけど。
 

 






       =優輝side=





「――――。――――、―――――――。」

 澄み切った霊力が境内に広がる。
 神秘的で、神の力とでも思ってしまいそうな、そんな霊力が椿から溢れ出る。

「...分霊が本体にアクセスするのって、こんな感じなのか?」

「あたしが知る訳ないじゃん。かやちゃんが知ってただけだよ。」

「そうなのか。」

 場所は八束神社。もう日も傾き始め、人気も少ない。
 さらに人払いの結界を霊力で張っているため、誰もここにはこないようになっている。

「―――、―――――。――――――。」

「...昔の巫女さんとかは、こういうのをやってたのか...。」

「ちょっと違うと思うよ?あっちは神降しで、かやちゃんのは飽くまで本体にアクセスするためのもの。優ちゃんが後で契約する時の方が、昔の巫女や神主がやってた事に近いんじゃないかな?」

「ふーん...。」

 ちなみに、霊脈を椿が使っている今、僕らは自前の霊力で体を癒している。
 ...葵は既に完治してるけどね。僕だってリンカーコア以外は治っている。
 霊力で直接治せなくても、何もしないよりは早く治っているようだ。

〈...こんな悠長な事をしてていいんでしょうか...?〉

「連絡は妨害される。僕は魔法がほぼ使えない。...となると、自分たちで新たな力や方法を生み出すしかないんだよ。」

 やはり司さんが心配なのだろか?シュラインが少し焦っている。

「...焦っては何もいい事はないよ。...それに、偽物をどうにかしないとな。」

〈...そうでした。すみません...。〉

 あの偽物がいればできる事もできないだろう。

「...リヒト...シャル。行けるか....?」

〈...ギリギリですね。霊力の加護があってようやくです。〉

〈少しでも慌てたり、無茶をするとダメです。〉

「...できるならそれで上出来だ。」

 椿が本体へアクセスしている今、僕はシュラインが人格を移しているシリアルⅠのジュエルシードの歪んだ部分を直そうとしていた。
 魔力でないと直せそうになかったので、魔力結晶の魔力を用い、霊力でリンカーコアを保護したうえで、リヒトとシャルを介しているが。

「...もう一度聞くが、暴走の心配はないんだな?」

〈...はい。一度封印し、私の人格がある今、暴走する事はありえません。〉

「了解...!」

 リヒトとシャルを介し、魔力結晶の魔力を行使する。
 少しのミスも許されない。ミスすれば、リンカーコアが治る可能性も潰える。

「――――。――、――――、―――――。」

 文字の羅列による呪文のような言葉を紡ぐ椿を後目に、僕はジュエルシードへの干渉及び修理を開始する。

「(ジュエルシードのその実態は、所謂“想い”の塊。天巫女の祈りによって形を為したソレは、デバイスのようなシステム面での歪みはない。ならば....!)」

 システムや法則性がない、概念的な部分から干渉を試みる...!

「(まずは解析...!歪みの実態とどうすれば直せるかを把握する...!)」

 精神を研ぎ澄ませ、ジュエルシードに干渉していく。
 土の中を手探りで掘って空洞を探すかのように、気の遠くなる作業だ。

「ッ――――!!」

 周りの音が聞こえなくなる程に、意識を集中させる。
 失われた技術(ロストロギア)を解析しているのだ。これくらいの集中なんて当たり前だ。







「―――ッ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁー...ふぅ....。」

 何分、何時間経ったのだろうか。集中していた精神を一度落ち着かせる。
 集中しすぎていたせいか、息切れもしていた。

「...どこまでわかったの?」

「...歪んでいた部分、その大体は把握できたよ。」

 吹き出る汗を拭きながら、葵の言葉に答える。

「まるで靄のようにわかりづらかったけど、何とか大体は把握できた。...問題はそれをどうやって直していくか...だな。」

「そこまで難しいの?」

「何も知らない一般人に霊術をやれっていうようなものだな。やり方がわからない。」

 把握するのも具体的なやり方は分からなかったけどな。全部手探りだし。

「リヒト、どれくらい時間が経った?」

〈10分34秒です。魔力結晶の魔力もちょうど使い果たしました。〉

「あまり経ってないなぁ...。それに、ギリギリだったか...。」

 一つの魔力結晶で大体10分ほどしか解析できないとなると、ジュエルシードを完全に直すには、本当に気の遠くなる作業になるな。

「椿の方は?」

「今終わった所よ。」

 椿は上手くいったのかと思った所で、ちょうど終わったらしい椿が話しかけてきた。

「首尾は?」

「上々よ。何気に注目されていたみたいね。優輝。」

「え?」

 注目って...椿の本体...草祖草野姫に?

「現代ではなかなか見られない魂だって言ってたわ。...まぁ、私もそう思うけど。」

「いや、一応同一()物なんだし、同じ事思っても不思議じゃないような...。」

 まぁ、上手くいったのならいいか。

「でも、使いどころをしっかり見極めなさいよ。巫女でも神主でもない、ましてや厳密には陰陽師ですらない、霊術を扱うだけの優輝が神降しだなんて、負担もあるんだから。」

「分かってる。...使うとしても二回だろう。」

 偽物の時と、司さんの時...だな。

「さてと、今できる事は粗方やったが...。」

「...ねぇ、ふと思ったけど、なのはちゃんとかを経由して連絡できなかったの?」

 これからの方針をどうしようと思った矢先に、葵がそういう。

「.....あ。」

「...忘れてたね。」

「ああ。すっかり忘れてた...。」

 まぁ、やって損はない行動だったからいいか...。

「それと、適当に使い魔を飛ばしてたんだけど、どうも学校での出来事は現実に反映されていないみたい。どうやら結界内での出来事は結界内で終わったみたいだね。」

「結界自体は?」

「なくなってるよ。アリシアちゃんの死体がないって事は、移動したかそれとも...。」

 ...とにかく、翠屋辺りに行ってなのはから連絡を入れてもらうように頼むか。









「なのは?今朝からアースラに行ってるけど...。」

「....え?」

 翠屋で桃子さんになのははどこか尋ねると、そんな返事が返ってきた。

「...アースラって事は、もしかして....。」

「他にも、フェイトちゃんとかも行ってるみたいね。」

「やっぱりか...。」

 どうやら、魔導師組は全員アースラに行ったらしい。
 ...つまり、連絡手段は完全に潰えた訳だ。

「リヒト...妨害を解除できるか?」

〈...無理ですね...。やはり、マスターをコピーしただけあって、私の構造をよく知っています。私が解除しようにもできなさそうです。〉

「シャルも...同じか。」

〈...そのようです。〉

 リヒトもシャルもムート()が作ったデバイスだ。構造は理解している。
 ...しかし、今回はそれが仇となったようだ。

〈ちなみに、マスターから干渉しようにも、弾かれるようにプロテクトされているようです。...マスター自身のリンカーコアからの全力の魔力で直接干渉しない限り、解除できないでしょう。〉

「そうか...。」

 リンカーコアが回復しない限り、無理って事か...。

「あたしも無理だよー...。なんというか、デバイスになったばかりの頃みたいになってるし、普通に魔法は使えるけど、連絡だけはって感じ。」

「八方塞がりじゃないか...。」

 どうやら、誰かに協力を要請する事はできないらしい。

「...なのはの方でも何かあったみたいだけど...。」

「...まぁ、魔法関連です。ちょっと連絡が取れない状況でして...。」

 家に設置された転送ポートを使おうにも、無断渡航になるからダメだ。
 ...一応、最終手段として取っておくか。緊急事態だったら許可とか言ってられないし。

「...無理はしないようにね?」

「はい。...あ、わかっていると思いますけど...。」

「学校にはこっちから連絡入れておくわ。安心して行ってきていいわよ。」

「ありがとうございます。」

 学校への連絡も桃子さんがやってくれるようだ。

「営業中お邪魔しました。」

「ええ。何でもとは言えないけど、もっと頼っていいのよ?」

「...はい。」

 魔法関連だからこそ“何でも”とは言えないのだろうけど、その言葉はありがたかった。







「さて、どうするか...。」

 連絡を取る手段はない。椿や葵はともかく僕は魔法が使えないハンデ持ち。
 そうなるとできる事は限られてくるけど...。

「...偽物の居場所がわからない今、できる事と言えば...。」

「ジュエルシードの探索...だね。」

 司さんを助けに行く手がかりにもなるジュエルシード。
 それを僕らは探しに行くことにする。...元々それを目標にするつもりだったしね。

「シュライン、場所は分かるか?」

〈....微妙ですね。何かしらの反応があれば探しやすいのですが...。〉

「そうか...。」

 曰く、かつてのジュエルシード事件でも、何か起きない限り探知するのは困難で、どうしても後手に回っていたらしい。

「.....ん...?」

「...何か思い当たる事があるの?」

 ふと、昨日シュラインが言っていた言葉を思い出して何かに引っかかる。

「...なぁ、シュライン。...どうして暴走したんだ?それになぜ校庭に...。」

〈...昨夜の事ですか?〉

 そう。シュラインは地球に転移してきた後、暴走した。それも司さんの姿になって。
 ただ、転移のはずみで暴走しただけかもしれないが、どうも引っかかった。

〈...正しくは分かりません。...考えられるとしたら、分散させていた“負の感情”による暴走だと思います。...転移場所については分かりません。〉

「と、いう事は...シュラインに限った事じゃない訳だな。暴走は。」

 他にも転移してきたジュエルシードも暴走している可能性があるという事だ。

「...なら、少しだけ探す範囲を絞れるかもな。」

「そうなの?」

「ちょっとこじつけだがな。」

 シュラインが暴走した場所は学校。そして姿は司さんだった。
 おまけに、あそこはシュラインと司さんが出会った場所。...所謂ターニングポイントだ。
 その時の様子をIFとはいえ再現した...つまり...。

「...司さんにとって印象深い場所にジュエルシードがあるかもしれない。」

〈印象深い場所...ですか。〉

 たった一つの例から無理矢理考えただけだけどな。

「...虱潰しに探すよりは楽ね。とりあえずそういう場所から探しましょ。」

〈...そうですね。当てもなく探すよりその方がいいです。〉

「といっても、もう夜だからな。明日からにしよう。」

 リンカーコアもできるだけ回復させたいからな。...治るかすらわからないが。

「あたしは夜が本領だから、使い魔で探索しておくよ。疲れもほとんどないし!」

「...吸血鬼はこういう時便利ね...。」

 夜の間は葵が探索しててくれるようだ。助かる。

「魔力結晶を大量に作っておいてよかったな...。」

「リヒトとシャルを介せば、ほぼリンカーコアに負担を掛けずに強力な魔法も使えるしね。」

 カートリッジも結構あるし、カノーネフォルムで攻撃するのもいい手だ。

「じゃあ、夜は任せたよ。」

「りょーかい。代わりに朝に少し眠らせてもらうよ。」

 葵に夜の間を任せ、僕らは風呂に入ってそのまま寝た。











       =葵side=





「...ん、じゃ、そろそろ始めようかなっと。」

 優ちゃんとかやちゃんが寝たのを確認して、あたしは闇に紛れつつ、屋根に上る。

「探しておくべきなのは、ジュエルシードの場所と...できれば偽物の居場所かな?」

 ジュエルシードはともかく、優ちゃんの偽物は無理だろうなぁ...。
 偽物とはいえ、優ちゃんだし。連絡手段を断つ程用意周到なんだから、あたし程度の探知じゃ全然引っかからなさそうだしね。

「じゃあ、行ってきて!」

 掌を夜空に向け、蝙蝠型の使い魔を飛ばす。

「(探す場所は司ちゃんの印象深い場所...あたしは優ちゃんよりもそういう場所には心当たりがないんだけど...。)」

 少し自分の記憶を思い返してみる。
 けど、特に思い当たるような場面はない。

「(まぁ、当然だね。司ちゃんにとって印象深くても、あたしからすればそうでもなかったりするもんね。)」

 しかし、そうなると色々と面倒だ。結局虱潰しになるのだから。

「...ちょっとシュラインに聞いてみようかな?」

 思い立ったが吉日。早速一度中に戻ってシュラインの所へ行く。

「シュライン、起きてる?」

〈葵様?...一応は。〉

 デバイスにも休息は必要なんだけど、どうやらシュラインは起きていたみたい。

「シュラインには司ちゃんにとって印象深い場所って分かる?」

〈マスターの...ですか...。〉

 チカチカとしばらく明滅してから、シュラインは続きの言葉を言う。

〈正直、確信はありませんが、そうだと思える場所ならいくつかあります。〉

「そうなの?じゃあ、そこから探そうかな。」

 ずっと一緒にいたシュラインの言う場所なら、確率的に高そうだしね。

「それで、その場所は?」

〈少々お待ちを。データを送ります。〉

 そう言われて、あたしもデバイスだった事を思い出す。
 デバイスなんだからデータの受け渡しもできたね。

「....なるほど...ね。」

 少しして、データを受け取り終わる。

〈...すみません。どうやら、ジュエルシードに人格を移している分、私にも休息する時間が必要なようです。スリープモードに移行します....。〉

「あ、ごめんね?こんな時間に。」

 シュラインはそのままスリープモードに入ったので、さっきの場所に戻しておく。

「...さて、じゃあ、データ通りの場所に...。」

 シュラインから受け取った印象深い場所(推測)へと、使い魔を送る。

「かやちゃんと出会った場所や、優ちゃんが初めて魔法を使った場所かぁ...。」

 場所は雪ちゃんが誘拐された倉庫と、八束神社。
 確かに司ちゃんからすればどちらも“新たな出会い”なんだから印象に残るだろう。

「ジュエルシードは普通には見えないだろうし、一遍に探索は無理かな?」

 使い魔に魔力を通し、魔法関連のモノを視えるようにする。
 司ちゃんの認識阻害が解けたからって、普通にある訳じゃなさそうだしね。

「....見えた...。」

 まずは倉庫の方。使い魔と視覚を共有し、探索する。

「...もう誰にも使われてない...ボロボロだね。それで、肝心のモノは...っと。」

 やっぱり、普通では見えないみたい。
 けど、倉庫内に微弱な魔力が漂っているのを見る事ができた。

「魔力がある...って事は、何かあるんだね。」

 それにしても、やけにあっさりだね。ちょっと拍子抜けだよ。
 そう思いつつ、その魔力の発生源を探す。

「...それだけ、この倉庫が印象深かったのかな?」

 それとも偶然かな...。
 まだ、印象深い場所=ジュエルシードの位置って決まった訳じゃないし。

「....っ、見つけた...!」

 ようやく発生源を見つけ、そこをよく見る。
 すると、認識阻害はまだあるものの、何かが見えた。

「これは....結界...?」

 学校でも見た綻びのようなもの。それが倉庫にもあった。
 つまり、倉庫にも学校にあったような結界がある訳だ。

「...どうやら早速当たりだね。」

 あたし単身で乗り込むのはもちろん、体力の回復しきっていない優ちゃんやかやちゃんを起こしてまで向かう訳にはいかない。
 とりあえず、倉庫にジュエルシードがあるのは確定したから、マークしておこう。

「次に八束神社...。」

 かやちゃんが初めて優ちゃんと出会い、そしてあたしが一度死んだ場所。
 シュライン曰く、あたしが死んだ事とか、かやちゃんの存在が印象深そうとの事。

「事件の事は詳しくは聞いてないんだよね。そういえば。」

 あたしは死んでデバイスになって眠ってたから、その後かやちゃんや優ちゃん、雪ちゃんから軽くあらましを聞いた程度にしか、あの時の事は知らない。
 機会があれば、改めて聞いてみようかな?

「.....って、あれ?」

 使い魔とのパスが消えた。...つまり、何者かに落とされたようだ。

「まさか...。」

 もう一度使い魔を放って、撃ち落とされた所が遠くから見える場所へと送る。
 そして、辺りをよーく見てみると....。

「...魔力反応...多分、いるね。」

 姿は見えない。だけど、滲み出る優ちゃんの魔力を感知する事ができた。
 つまり、どこかに優ちゃんの偽物がいるという事。

「探索を妨害しにきたって所かな?...って、また落とされた。」

 ...警戒されてるって事は、これ以上使い魔を放っても無意味だろう。
 むしろ、何度も送っていると今度こそ攻め込まれて殺されるかもしれない。

「...わかったよ。あたしも大人しくしててあげる。」

 今のあたし達では勝てるかは分からない。だから、ここは素直に引き下がっておく。
 ...少しでも優ちゃんのリンカーコアを回復させておきたいからね。

「(...動く気配はない....か。)」

 もう一度使い魔を放って、さらに遠くから様子を見る。
 しかし、魔力が動く気配がない。

「余裕があるのか、或いは別の理由があるか...。」

 なんとなく、ほんのなんとなくなんだけど、偽物には違和感を感じる。
 雪ちゃんの死が認められない優ちゃんの“負の感情”が姿を為したらしいけど、それにしてはあまり動きがない。

「....今考えても仕方がないか...。動きがない方が都合がいいしね。」

 もしかしたら漁夫の利を狙ってるだけかもしれないし。

「...とは言っても、これ以上はねー....。」

 偽物がいるからには、探索はあまりできない。
 かと言って、このまま眠るには時間が勿体なさすぎる。

「撃ち落とされないくらい離れた場所を探索しようかな。」

 そう思って、適当に街の方に使い魔を飛ばそうとする。

「....っ!?」

     ギィイイン!!

 その瞬間、飛んできた剣を咄嗟にレイピアで弾く。

「(どこから!?いや、それよりも...どうやって....!?)」

 剣を飛ばす...そんな攻撃をするのは、あたしの知ってる中では三人しかいない。
 まず優ちゃん。そしてその偽物。後一人は...帝って名前だっけ?
 とにかく、その三人しかこんな攻撃はしない。
 そして、優ちゃんは就寝中。帝はあたしを攻撃する理由はないので、必然的に...。

「...そういう事...。動いていないんじゃない。()()()()()()()んだね。」

 どうして気づかなかったのだろう。使い魔で探索している時、いくら夜でもおかしいくらいに()()姿()()()()()()
 つまり、その時点で既に結界は張られていた。...あたしが気づく事もなく。
 使い魔を介して見ていた光景は...大方、幻術か何かだろう。

「っ....!」

     ギギギギィイン!!

 再び飛んできた複数の剣を、全て弾く。
 でも、こんなのは牽制程度でしかない。あの偽物が、こんな生易しい訳がない。

「....あたし達三人が揃っていれば、例え圧倒的な力を持っていても逃げられる。...だから、あたしが一人になっている所狙った...そういう事だね?」

「...なんだ。さすがは葵。オリジナルじゃなくても僕の考えは分かってるじゃん。」

 冷や汗を掻きながらあたしがそういうと、いつの間にか接近していたのか、偽物が近くの家の屋根に立っていた。周りには当然のように剣が浮かんでいる。

 ...優ちゃん達がこの結界に気づく事はないだろう。
 偽物とはいえ、優ちゃんの隠蔽性に優れた結界だ。例え優ちゃん本人でも、起きていなければ気づく事はできない。
 ...つまり、この状況をあたし一人で打破しなければならない...!

「....オリジナルと椿と葵...この三人は唯一僕を打倒し得る存在。...なら、そんな存在は早々に芽を摘んでおかないとな!」

「っ.....!!」

 その言葉と共に、あたしを囲うように大量の剣が創造される。
 ...幸い、誰かを庇う必要のない今なら凌ぐ程度ならなんとでもなる。

「でも....。」

「さぁ、葵!今ここで殺してやるよ!」

 ...魔力の心配がない優ちゃん相手では、例え偽物でもあたしでは勝てない。
 遠距離攻撃をあまり持たないあたしでは、遠距離攻撃に圧し潰されるだけだ。

「....ごめん。かやちゃん、優ちゃん....。」

 今の絶体絶命な状況に冷や汗を掻きつつ、創造された剣にあたしは立ち向かった。















   ―――...あたし、帰れないかもしれない....。

















 
 

 
後書き
葵の使い魔はリリなの的な使い魔ではなくて、情報収集用の蝙蝠です。
ちなみに霊術で御札を利用して式を飛ばして同じような事ができます。 

 

第63話「暴走体と勘違いと」

 
前書き
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
...と、テンプレな挨拶を済ませて、いつも通り本編へ行きます。
 

 






       =優輝side=







   ―――...葵がいなくなった。





 朝起きてみれば、葵の姿が家のどこにもなかった。

「見つかったか!?」

「いえ...見つからないわ...。」

 家の中を隈なく探し、尚且つ周辺も探してみたが、葵は見つからなかった。

「...一体、どこに....。」

「...いないだけじゃない。....霊力のパスが...。」

 そう、ただいないだけならどこかに行ってると思えるだろう。
 しかし、葵との間にあるはずの霊力的な繋がりが起きた時からなくなっていた。

「......まさか.....。」

「...そうは、思いたくないが....。」

 一晩の間に、葵の姿が消え、途轍もない嫌な予感に見舞われる。

〈....昨晩、ジュエルシードを探索するまでは健在でしたが...。〉

「それ以降は分からない...か。」

 一番最後に接触したシュラインに聞くも、大した情報は得られない。

「ともかく、霊力のパスが切れているという事は、何かしらの方法で遮断された状況下にいるか、それとも既に幽世に還ってしまったか...。」

「葵が殺されたって言うの?そんな事...!」

 “ない”とは言い切れない状況が、今である。
 僕の偽物ならば、寝ているとはいえ、僕らに気づかれる事なく葵を殺せるだろう。

「...でも、だとしたら、なぜ僕らは生きている?」

「っ...そうよね...葵だけを狙う必要なんてないんだし...。」

 葵が一人でいたから狙った?
 ...そうだとして、もし葵が殺されたなら、なぜ僕らは無事なんだ?
 偽物は僕ら三人ともを殺そうとしていた。寝ている僕らなら暗殺する事など容易に可能だろう。それなのに、今無事でいるのは....。

「葵がまだ戦っているか、もしくは偽物を撤退させる程の傷を....?」

「...そうなるわね...。」

 元々、僕ら三人が瀕死だった時になぜ追撃されなかったっていう疑問もあるが...。
 とにかく、今の状況から割り出せるのはこの程度だろう。

「(...何か、違和感が....。)」

 しかし、どことなく、偽物に対して違和感があった。
 まるで、行動全ての詰めが甘いような...敢えて見逃しているような...。

「....ジュエルシード探索と並行して、葵の行方も探そう。原因が偽物なら、ジュエルシードを探すうえで何かわかるかもしれないしな。」

「...そうね。ジュエルシードも、放っておけない...。葵を信じましょう。」

 葵の安否は、僕も椿も心配だ。
 だけど、だからこそ葵を信じて、僕らは予定通りジュエルシードを探しに行く。

〈探しに行くのであれば、少し助言を。〉

「ん?」

 家から出た所で、シュラインから念話で助言を貰う。
 曰く、司さんにとって印象深いと思える場所について。
 昨夜、葵にも教えたらしい場所の事を教えてもらった。

「...僕とリヒトが出会った場所か...。」

 辿り着いたのは、かつて緋雪達が誘拐された倉庫。
 司さんにとっても、この時の事は結構印象深いだろうと、シュラインは言っていた。

「...椿、何か感じるか?」

「そうね.....。」

 椿が地面に手を着き、霊力を水面に波紋を起こすように行き渡らせる。
 霊力による探知だ。魔力と違ってどこか神秘的だ。

「....空間の歪み....微弱だけどあるわね。」

「リヒト、どうだ?」

〈椿様の言う通りです。こちらでも空間の綻び...結界を発見しました。〉

 どうやら、早速当たりのようだ。...多分、葵も見つけていただろうな。

「...いつ偽物がやってくるかわからない。気を付けろ...。」

「ええ...。」

〈...では、行きます...!〉

 シュラインが魔力を発して綻びに干渉し、“穴”を開ける。
 そこから僕らは結界の中へと入っていった。







「...っと、あまり外と変わらないな。」

「でも、やっぱり少し違うわね。」

 結界内は、まるでビデオを再生しているかのように少しノイズがあるだけで、外の倉庫となんら変わりない光景が広がっていた。

「...で、ジュエルシードは...。」

「......。」

 そんな光景の中心に、佇む人影が一人。

「....なるほど。僕の姿か...。」

「...偽物...とは違うようね。」

 こっちも偽物ではあるが、“負の感情”らしき邪気が感じられなかった。
 おまけに、偽物よりも身長が低い...つまり、当時の僕の姿だった。

〈...間違いありません。あれは理性がない...つまり、ジュエルシードの暴走体と全く同じです。〉

「そうなのか?」

 暴走体と実際に戦った事はないが、シュラインが言うのならそうなのだろう。
 ...って、こっちに気づいたか...。

〈...唯一違う所と言えば...。〉

「っ―――!!」

〈―――その強さ、と言った所でしょうか?〉

 一瞬で間合いを詰め、僕にリヒト(見た目だけ)で斬りかかってくる暴走体。
 それを僕らは咄嗟に躱す。

「それはそれで厄介だな...!」

「優輝!援護するわ!」

 偽物とまでは行かないが、暴走体は強い。
 すぐさま御札から剣を取り出し、椿は援護に回って臨戦態勢を取る。

「(これは...僕を再現している?偽物のようにコピーしたのではなく...。)」

 導王流を導王流で相殺し、椿の矢は創造魔法による剣で防がれる。
 そんな中、僕は暴走体を観察する。

「(...相変わらず、霊力はない。...多分、再現できなかったのだろう。)」

 霊力を込めた一閃で暴走体を弾き飛ばす。
 身体強化や防御に込めていた魔力を霊力で削いだから弾き飛ばせたのだ。

「(...力や魔力自体は僕より上...だけど、やはり霊力の有無が影響してるな。)」

 相手は魔力。対してこちらは霊力。
 霊力は魔力を打ち消すので相性が良く、僕らが押していた。

「やはり...理性がない分、対処がしやすいっ!!」

 自分の戦い方は自分が一番理解している。
 理性がないので、戦法が常に変化する事がなく、容易に誘導する事ができた。

 霊力で魔力を削いで弾き、そこへ椿の追撃が迫る。
 暴走体の強さは把握したため、こちらが常に押している。

「....我ながら、厄介だなぁ...。」

「押してはいるのに、中々倒せないわね...。」

 戦況はこちらが圧倒的有利だ。おまけに既に小さいダメージなら与えている。
 でも、それでも暴走体は耐え凌いでいる。...まるで僕みたいにしぶとく。

「そこまで再現しなくていいじゃないか...。」

「理性がない分、そこからの逆転が脅威ではないから助かるけどね。」

 時間はかかるが、確実に勝てる相手。
 仕方がないので、僕らは辛抱強く暴走体が力尽きるまで戦った。









       =out side=





「ジュエルシードの反応、発見しました!」

「っ...!」

 優輝が倉庫で戦っている一方、アースラでも動きがあった。
 結局、クロノ達はロストロギアであるジュエルシードの回収を優先した。
 その過程で、優輝(偽物)を捕縛しようと決めたのだ。

「これは...結界!?ジュエルシードが単体で結界を...!?」

「...周囲に被害が出ないだけ、儲け物だと思え。...油断はできないが。」

 かつての事件とは決定的に何かが違う。
 そう思いながらも、クロノはなのは達を現場に向かわせた。

「(ジュエルシードとの戦闘経験が多いなのは達なら多少の事は大丈夫だろう。...だが、問題となるのは...。)」

 クロノはそこで優輝の顔を思い浮かべる。
 本当に優輝なのかと疑ってはいるが、優輝と同じ能力なら厄介だと思っているからだ。

「(もし優輝が現れたならば、現場の面子ではきついかもしれない。....いつでも出れるようにしておかなくては。)」

 何事にも対処できるような心構えで、クロノはサーチャーによる映像を見つめた。









「はぁあっ!」

 剣と剣がぶつかり、相殺し、互いに受け流し合う。
 そんな剣戟を、優輝と暴走体は幾度となく繰り広げる。

「(....まだ、倒れないのね...。)」

 もちろん、剣だけでなく、創造魔法による攻撃も暴走体は行う。
 だが、その攻撃は椿によって全て撃ち落とされていた。
 さらに、二人掛かりという事もあって、圧倒的に優輝達の方が優勢だ。

「これでっ!」

「っ、今よ!」

 剣を上に受け流し、すれ違いざまに暴走体の膝を斬りつけ、機動力を奪う。
 さらに、追撃で椿の矢が足に刺さり、暴走体はほとんど動けなくなった。

「っ....封印!!」

 すかさず優輝は五枚の御札を投げ、それで五行の陣を組み、霊力で封印する。

「....これいいのか?」

〈...はい。暴走する気配はありません。霊力での封印でも問題ないかと。〉

「よし、それならいいか...。」

 今、結界内に魔法による封印をできる者はいない。
 優輝はリンカーコアを損傷しているし、椿は魔法を使えない。
 リヒトとシャルも単体で封印魔法は使えず、唯一使えた葵は今はいない。
 だから霊力による封印にしたのだ。

「まさか、そんな事に戦闘中に気づくとはね...。」

「あはは...焦ったよ。」

 そう、二人は戦闘している最中に、封印魔法が誰も使えない事に気づいた。
 さすがにそれだけで戦闘に支障を来す程動揺はしなかったが。

〈...!結界が崩れます。〉

「脱出する必要は?」

〈ありません。自動的に元の世界に戻されます。〉

 なら特に動く必要はないと、二人は体を休める。

「...暴走体とはいえ、やっぱりしぶとかった...。」

「そうね...。霊力と言うか...気力を削がれた気分だわ。」

 そんな会話をしながら、崩れていく結界を眺める。
 そして、結界が崩れ去ると....。





「っ....!!」

「っと...!...って、なんだ、皆か。」

 結界から出た途端、自身に向けられる敵意・警戒心に驚く優輝。
 すぐに魔導師組の皆だと気づいた優輝は、身構えようとした体を抑える。

「(連絡が取れなかったし、そっちから来るのはラッキーだったな。)」

 そう思って近づこうとして...すぐにそこから飛び退く。

「...おいおい。一体なんの真似だ?」

「しらばっくれるな...!お前の好きにはさせない....!!」

 攻撃してきた相手...神夜はそう言って、さらに追撃を放ってくる。

「なんの話だ...っ、くっ...!」

 アロンダイトによる一閃を逸らし、フェイトの背後からの攻撃をしゃがんで躱し、そこへ襲い来るなのはのシューターを地面を滑るようにして避ける。
 さらにそこへ奏の連撃が入り、その間合いから離れると、帝からの王の財宝による絨毯爆撃が降り注ぎ、一旦落ち着く暇もない。

「(喋る暇がない!念話も今はできないし...くそっ!)」

 連携攻撃を魔力を使わずに捌く優輝。
 霊力による身体強化をしているが、それでは喋る余裕はなかった。

「はぁああっ!!」

「っ、ぐっ...!」

 アルフの拳を受け流しきれずに、受け止める形となってしまう。
 さらに、そこへユーノのバインドが入り、身動きが取れなくなる。

「これで...終わり...!」

「っ....!」

 そして、トドメとして奏のハンドソニックが迫り.....横からの矢に弾かれる。

「...私を忘れては困るわ。」

「...助かったよ。」

「その気になれば脱出できたでしょう?」

 椿によって助けられた優輝は、霊力を込めてバインドを破壊する。

「椿...!?なんで...!?」

「なんではこっちが言いたいわ。」

 あまりにも敵意がある。そう思って椿は臨戦態勢になる。
 優輝も、既に臨戦態勢になっていた。

「...こんな事してる場合ではないはずなんだがな...。」

「何...?」

 司や葵の事で急ぎたい優輝の言葉に、神夜が反応する。
 ただし、“自分を相手にしてていいのか?”という意味合いとして。

「....クロノ?クロノ!?」

「どうしたのユーノ君!?」

 念話しようとしていたのであろうユーノから、驚いた声が上がる。
 近くにいたなのはが、何があったのかと尋ねる。

「.....アースラとの通信が、切断された...!」

「なっ...!?」

 通信ができなくなった事に、神夜は驚く。

「(あの偽物...!アースラにまで手を...!それにこの反応...もしかして...。)」

 優輝は、状況を冷静に判断して、なぜ襲われているのかを推測する。

「(...あいつ、仲間割れさせる気か...!)」

「てめぇ....!!」

 偽物の意図に気づく優輝だが、途端に帝の王の財宝によって回避を強いられる。

「っ...!くっ...!」

 雨あられのように降り注ぐ武器群を、隙間を縫うように動いて躱す優輝。
 所々当たりそうになるのは、霊力を込めた拳で逸らして凌いだ。

「(去年の翠屋前の時と同じだな...。だけど、今は霊力も使える。連携を取らない王牙の行動のおかげで、他の奴の攻撃も今はない。...なら、まずは...!)」

 御札から剣を二振り取り出し、武器群を逸らしつつ接近する。

「(挑発して誘導、相討ちを狙う!)」

 比較的重い武器は避け、軽い武器だけを逸らすように弾いて行く。
 そのまま帝に一撃を入れれる。そう思える距離まで行った所で....。

「っ....!」

「はぁっ!」

     ギィイイン!

 武器群の合間を縫うように飛んできた魔力弾に進行を止められ、さらに追撃してきたフェイトの一閃を受け止める羽目になった。
 今の優輝は空を飛べないため、空中で受けた優輝はそのまま吹き飛ばされる。

「はぁああっ!!」

「っ、くっ....!」

「させないわ!」

     ギャリィイッ...!!

 追撃として神夜による一閃が迫り、優輝がダメージを覚悟にまともに防ごうとする。
 そこへ、椿が割って入り、短刀で受け止めて無理矢理逸らす。

「どうして...どうしてそいつの味方をする!」

「どうしてって...むしろそっちが攻撃してくるのが疑問に思えるわ。」

 互いに体勢を立て直し、警戒しつつも言葉を交わす。

「そいつはアリシアを...お前を殺そうとしたんだぞ!?」

「....?」

 神夜の言葉に、椿は少し首を傾げる。
 当然だ。神夜の言葉のような状況に陥った事などないのだから。

「....もしかして...。」

「...そうか、そういう事だな...!」

 思い当たる節があり、椿はそれを口にしようとする。
 しかし、それを遮るように神夜が喋り出す。

「よくも...椿を洗脳したな....!」

「「.....は?」」

 まるで見当違い。そんな言葉に椿と優輝はついそんな声を漏らしてしまう。

「許せねぇ...!」

「ちょっと、何を...!」

「てめぇえええええ!!」

 椿の言葉を無視し、神夜は優輝へと接近する。

「椿ちゃん!絶対に...絶対に正気に戻すから!今は....!」

「話を聞きなさい!!」

 優輝を援護しようとする椿の前に、なのはとフェイト、アルフが立ち塞がる。
 ...たったあれだけの神夜の言葉を、信じ切っているのだ。

「(....もしかして.....。)」

 ...その中で、たった一人、ユーノだけが感付く。何か違うと。

「ちっ....!」

「はぁあああっ!!」

「っ....!」

 帝による武器の雨あられの中で、神夜と奏からの攻撃を必死に凌ぐ優輝。
 霊力しか使えない優輝にとって、今出来る事は限られている。
 本来なら対処できる状況も、今では凌げるか分からないレベルだった。

「っ...リヒト..!」

Jawohl(ヤヴォール)Kanone Form(カノーネフォルム).〉

 御札から出した剣で凌ぎつつ、リヒトを銃の形に変化させる。

「(非殺傷ではないけど...この距離と武器群ならちょうどいい!!)」

「させっ....!?」

 剣からリヒトに持ち替えた所で、神夜がそれを阻止しようとする。
 銃ならば攻撃は防げない。そう思って繰り出された神夜の攻撃は、器用にグリップをアロンダイトの側面を叩く事によって逸らされる。

「“カートリッジ・リボルバー”、フォイア!」

「なっ...!?ぐぅっ!?」

 帝に向けて放たれたカートリッジの弾丸は、見事に命中して大ダメージを与えた。
 非殺傷ではないが、一部の武器が掠って威力が落ちたため、致命傷にはならなかった。

「まず...一人!」

「ちっ...!」

「っ...!」

 銃を撃った体勢から、即座に二刀流に持ち替え、霊力による身体強化で神夜と奏の挟撃を受け止める。

「(ここから僕一人で二人を倒すのは至難の業か...!)」

 今の優輝には決定打と呼べる威力を持つ攻撃がほとんどない。
 あるとすれば、先程の銃か、霊術による攻撃のみだ。

「(...生憎、霊力は身体強化に大幅に割いているしな...。)」

 そして、銃による攻撃を二人は警戒している。
 早々決着を着かせてくれるとは思えないと、優輝は確信した。





 ...一方、椿の方では...。

「てりゃぁああっ!!」

「っ!」

 アルフの魔力を纏った拳を、対抗して霊力を纏った手でいなす。

「シッ!」

「甘いわ!」

 さらに背後から振るわれたフェイトのバルディッシュを、短刀で受け止める。

「っ....!」

「...!無駄よ!」

 フェイトがすぐの飛び退き、何をしてくるか予想した椿は、包囲するように迫ってきていたなのはの魔力弾に対し、御札と矢を放つ。
 前方には矢、後方には御札を飛ばし、全ての魔力弾を撃ち落とす。

「今だ!」

「それは悪手よ!」

 相殺の煙幕に紛れ、再びアルフが殴りかかってくる。
 それを椿は後方に受け流し、そのまま勢いを利用して地面に叩きつける。

「ぐぁっ!?」

「まず、一人...っ!?」

 そのまま霊力を流し込み、気絶させようとして...四肢がバインドされる。

「捕まえた....!フェイトちゃん!」

「この程度...!」

「させ...ないよ....!」

 椿は逃れようとするが、アルフがボロボロでありながらも止めにかかる。

「(っ....あまり、したくはなかったのだけど...!)」

 フェイトの刃が迫り、椿はできれば使いたくなかった手を使う事にする。
 まずは霊力を短刀を持つ手に込め、その手に仕掛けられているバインドを破壊する。
 そのままフェイトの刃を受け止めて、他のバインドも同じ要領で破壊する。

「ふっ!」

「がふっ...!?」

 即座にアルフに霊力を打ち込み、気絶させる。

「アルフ!」

「吹き飛びなさい!」

「っ....!」

 アルフがやられた事に動揺したフェイトに対し、椿は霊力を込めた掌底を放つ。
 しかし、それは間一髪の所で回避される。

「しまっ....!?」

「少しそれで遊んでなさい。」

 だが、椿はそれを予想しており、追撃に御札を大量に投げつけていた。
 当たれば炸裂する御札を、フェイトは必死に躱す。
 その間に、椿は飛来した魔力弾を躱し、そのままなのはへと駆ける。

「っ....!」

「無駄よ!」

   ―――“戦技・強突”

 魔力弾を突破され、接近された椿に対してなのはは咄嗟に防御魔法を使う。
 しかし、それは霊力を込められた強力な短刀の突きで破壊される。

「っ...どうして...!」

「洗脳だなんて、ただの勘違いよ。」

 倉庫の壁に押し付け、デバイスは片手で抑え、短刀を突きつける。
 抵抗ができないようにする事で、人質としても使え、フェイトの行動を制限させた。

「っ...それは、気づいてないだけだよ...!神夜君が、間違った事を言う訳...!」

「人間、誰しも間違う事はあるわ。...鵜呑みにしないでちょうだい。」

 瞬間、猛烈な殺気が椿から発せられる。

「....ぅ...ぁ....っ.......!?」

 まだ子供で、至近距離から強力な殺気を浴びた事のないなのはは、それによって恐慌状態に陥り、戦意を喪失してしまう。

「....刺激が強すぎるわね。これで自重しましょう。」

「なのは....っ!」

 その殺気は、フェイトにまで届いており、振り返った椿に恐怖してしまう。

     ジャララララ...!

「っ....ユーノ?」

「.........。」

 それ以上は行動させまいと、チェーンバインドが椿の腕に巻き付く。
 霊力でさえすぐには破壊できないそれを、椿は放置してユーノを見る。

「...そういえば、貴方はさっきから全然動いてなかったわね。」

「........。」

 そう問いかけるが、ユーノは浮かない顔のままだ。
 まるで、ずっと何かを考えているかのように...。

「....ぁ...っ....!」

 何かを口にしようとして、また閉じる。
 殺気の影響もあるが、確信が持てずに口にできないようだ。

「........。」

「.....っ...。」

 それでも、ユーノの瞳は真っすぐ椿を捉えている。
 真実を見定めるために。

「....どの道、彼女らには話が通じないわ。」

「っ....なら....!!」

 何かを察し、椿はそう口にする。
 その瞬間、ユーノは行動を起こした。





「はぁあああっ!!」

「せぁっ!」

「っ....!」

 速い連撃と、重い連撃を御札から出した棍で器用に捌く優輝。
 先ほどから防戦一方で、同時攻撃を捌きやすい棍ですら防ぐのに必死だった。

「(強力な霊術を放つ暇がない!このままだと...!)」

 霊術も身体強化以外には満足に使えず、ジリ貧になっていく。

「導王流...“薙流閃(ていりゅうせん)”!」

 上手く受け流し、棍を薙ぎ払う事で一度間合いを離すように弾く。
 ...その瞬間、腕にチェーンバインドが巻き付き、引っ張られる。

「ユーノかっ!?」

「優輝っ!」

 すぐさまバインドを破壊しようとする優輝に、椿の声がかかる。
 見れば、そこには同じようにバインドが巻き付けられた椿が。

「何を...っ!(あれは...転移魔法!)」

 すぐにユーノが何をするつもりなのか理解する。

「ユーノっ!?」

「転移っ!!」

 神夜がユーノのしている事に気づき、それと同時にユーノ達は転移した。









「っ....!」

 転移によって跳んだ先は、人気のない林の中。

「.........。」

「...やっぱり、戦う気はないんだな。」

 転移した途端、ユーノはバインドを解いて無抵抗の意を示す。

「...確かめたい事があるんだ。」

「ああ。僕らも確かめたい事がある。」

 ユーノは目の前の優輝が本当にアリシアを襲ったのかを。
 優輝はなぜ攻撃してきたのかを互いに確かめる。

「...一昨日の夜、僕らと会ったかい?」

「...会ってないな。...なるほど、そういう事か。」

 ユーノの一つだけの問い。それだけで優輝は合点が行った。

「一つだけ聞いていいか?...アリシアは無事か?」

「え?...うん。まだ目を覚ましてないと思うけど...。」

「...なら、いい。」

 アリシアが無事だった事に、安堵する優輝。

「ユーノ達が会った僕は、ジュエルシードを核とした偽物だ。....それも、僕らと一戦を交えた後の...な。」

「っ...!?....それってつまり...。」

「...僕らは負けたよ。命からがら逃げた...いや、見逃されたんだ。」

 完全にではないが、ユーノは優輝達の強さを理解している。
 だからこそ、偽物程度に負けた事に驚いた。

「...さっきの戦い、魔力を使ってなかっただろ?...偽物にリンカーコアを吸われたんだ。だからコピーされ、僕らは負けた。....幸い、守ろうとしてたアリシアはユーノ達が保護してくれたみたいだが。」

「...色々、事情が混み合っているみたいだね。」

「ああ。...ある程度、詳しく説明するか。」

 そういって、優輝は椿も交えてユーノに事情を説明した。













 
 

 
後書き
薙流閃…導王流の中でも数少ない多対一の技。受け流した勢いを利用して周囲を薙ぎ払い、敵を弾き飛ばす。威力はそこまで高くない。

矛盾だらけな考えを持つオリ主(笑)...それが織崎神夜です。
むしろ踏み台よりタチ悪いです。
ちなみに、ユーノが転移で跳んだ場所はアニメ第1話のなのは達がユーノを発見した場所です。 

 

第64話「休む暇はなくて」

 
前書き
アースラが偽物に色々妨害されてますが、優輝もその気になれば可能です。
優輝だとデバイスが必須ですが、偽物はジュエルシードで補っています。
 

 






       =out side=





「っ...!通信、回復しました!」

「よし、急いで繋げ!状況を把握するんだ!」

 偽物によって通信が切断されたアースラでは、ようやく繋げられるようになったと同時に、急いで状況がどうなっているか把握しようとしていた。

「(転移も通信もできなかった...こんな事ができるのは...!)」

 クロノはそんな中、誰が妨害を行ったのか推測していた。
 通信や転移の妨害...つまり、システムに干渉したという事。
 それができるのは、内部の者かハッキングなどに長けている者。

「(...優輝はこういう何かしらを弄るような事を得意としていた。....まさか....。)」

 優輝は複雑な術式などをよく組み立てたりしており、システム面には強かった。
 その事から、クロノは優輝の仕業ではないかと勘繰る。

「(いや...今は現在の状況が優先だ...!)」

「映像、映します!」

 思考を切り替え、映し出された映像を見る。

「...戦闘は...終わっているのか?」

 映像には、倉庫が映し出されており、なのはが気絶して他の皆がそれを介抱していた。

「.....ユーノはどこだ?」

「...いませんね...。」

「とにかく、事情を聞こう。」

 そういって、クロノは繋げられるようになった通信から、連絡を入れた。





『皆、状況はどうなった?』

「クロノ!通信が回復したんだな?」

『なんとかな。』

 繋がらなかった通信が繋がった事に、少し喜ぶ神夜。

『....戦闘は終わっているんだな?』

「...ああ。結果はなのはが気絶、ユーノが志導と椿を連れて移動した。」

『ユーノが?どういうことだ?』

 神夜は戦闘がどんな感じだったかを話す。

「...で、なのはがやられた所でユーノがバインドを利用して転移魔法で移動したんだ。」

『...ユーノの奴....。』

 なぜ、ユーノがそういう行動を起こしたのか、クロノは考える。

『(...椿の相手をしていたのはなのはとフェイトとアルフ。そのうちなのはとアルフがやられた所を見るに、自分を犠牲にして戦闘を終わらせたと思うのが妥当だが...。)』

 おそらくそうではない、とクロノは思った。
 ユーノは無限書庫の司書を務めれる程頭が良く、マルチタスクも使える。
 そんなユーノが、ただ転移魔法で隔離するだけとは思えない。
 むしろ、強力な防御魔法やバインドで援護した方が効率は良かったとも思える。
 その事からクロノは今考えた理由は違うと判断した。

「こうしてる間にもユーノが...クロノ!」

『っ、あ、ああ。エイミィ!』

 とりあえず、転移の反応を追おうと、エイミィに呼びかける。

『....ダメ。何かに妨害されて、痕跡が途絶えてる!』

『...だ、そうだ。すぐに追いかけるのは無理だな...。』

「そんな....!」

 無情な状況に、ユーノを助けられないのかと神夜は嘆く。

『(痕跡が途絶えている...という事は、結界か?アースラの追跡を遮断する程の結界を張れるのは...優輝...いや、霊力による結界であるならば椿や葵でも行ける...。)』

 その間にも、クロノは痕跡を遮断された理由を考察する。

『(...とにかく、霊力による結界ならば、僕らでは追跡できないな。)...とりあえず、一端アースラに戻ってきてくれ。』

「...わかった。」

 神夜達はクロノの指示に従い、一端アースラに戻って態勢を整える事にした。











       =優輝side=





「―――....と、言う訳だ。」

 ユーノに事のあらましを伝え終わる。

「ちょ、ちょっと待って!整理するから...。」

「...まぁ、いきなり言われても混乱するわね。」

 ユーノは少し考え込み、僕らが話したことを整理する。

「僕らが会った優輝はジュエルシードが優輝の“負の感情”とリンカーコアを吸って優輝そのものを霊力以外コピーした存在...。当然、優輝の強さをそのままコピーしていて、さっきの戦闘で通信を妨害したのも偽物...なんだよね?」

「ああ。」

 結構事細かに伝えたのを、簡略化した感じでユーノは言う。

「優輝達も偽物によって通信関連が一切使えない状態で...それでもジュエルシードを集めている。....その、“聖奈司”という人物を救うため...。」

「その通りだ。....記憶に違和感はないか?」

 経緯のついでに、ユーノに司さんの事も言っておいた。
 覚えてないとはいえ、言っておいた方がいいしな。...思い出すかもしれないし。

「...名前だけじゃあ、無理かな...?優輝が言うに、その子は天巫女で、ジュエルシードを使って自分の存在を抹消したんだよね?」

「そうだよ。...で、そのデバイスであるシュラインがジュエルシードに人格を移して転移してきた。...シュラインのおかげで僕らも思い出せたからね。」

「そっか...。」

 それからまたユーノは考え込む。

「...ダメだよ。思い出せない。その子は僕らとどういう関係だったんだい?」

「そうだな...。僕と同い年で、細かい所から大きな所まで、色々助けになってたよ。常に一歩引いた感じでそこにいて、でも何かと気に掛ける優しい子って感じだね。」

 ...まるで前世と変わらない。そんな人物だ。司さんは。
 そう人物像を伝えると、何か引っかかったようだ。

「....違和感はあるかな。...覚えていないようで、でも心当たりはある。」

「今はそれで充分だよ。」

 正直、司さんを覚えているかどうかは今は重要じゃない。
 別に覚えてなくても助けるという事には変わりないしね。

「...それより、そっちでも葵の行方は把握していないんだな?」

「...うん。...と言うより、昼に会うまで優輝達の行方も把握していなかったよ。」

「そうか...。」

 こうなると、ますます葵の生存に希望が持てなくなったんだが...。

「....とりあえずユーノ、アースラと連絡を取って連れて行ってくれないか?」

「いいよ。ちょっと待ってね...。」

 僕らは連絡ができず、アースラの座標もわからず、おまけに魔力も使えないため転移ができないが、ユーノならできるため、連絡などを任せる。
 これで勘違いがなくなり、協力もできるだろう...。

 ...しかし、その考えはユーノの言葉によって破られた。

「....通信が繋がらない....。」

「なにっ!?」

「何かに妨害されているんだ!」

 どういう事かと、周りを見渡す。
 ユーノが偽物に何かされた訳じゃない。何かしらの外的要因が...!

〈...マスター!結界が...!〉

「っ...そういう事か...!」

 僕はともかく、ユーノすら気づかない内に結界が張られていた。

「ユーノ!」

「え、っ!?」

     ギィイイン!

 ユーノに向けて飛んできた剣を、咄嗟に庇って弾く。

「来るぞ!ユーノ、一番強力な防御魔法を!!」

「わ、わかった!」

   ―――“Sphere Protection(スフィアプロテクション)

 ユーノに呼びかけ、僕らに強力な球状の防御魔法を張ってもらう。
 ...その瞬間、僕らを剣群が襲った。

「っ...!長くは持たない...!」

「少し防げれば充分!椿、不意打ちは頼んだ!」

「任せなさい!」

 剣を二振り構え、ユーノの防御が破られた瞬間、二人の前に躍り出る。

「はぁああああああっ!!」

     ギギギギギギギギィイン!!

 霊力による身体強化にものを言わせ、全て剣群を防ぎきる。

「っ、そこよ!」

「はっ!」

     キィン!ギィイン!

 椿が矢を放ち、そこへ僕も追撃するように剣を振るう。
 矢は弾かれたが、剣を防がせる事ができ、相手の姿が現れる。

「っ...!偽物...!」

「やっぱりな...!」

 当然の如く、その相手は僕の偽物だった。
 ...ご丁寧に、魔力結晶の技術までコピーしていたらしい。
 さっきの大量の剣群はその魔力結晶を使っており、だからユーノの強力な防御魔法でも長く持たずに破られてしまったのだ。

「ちっ...やっぱりユーノを味方につけたか...。」

「...そっちこそ、予想していたか。」

 多分、ユーノが転移を使った時点でわかっていたのだろう。
 通信は妨害できても転移は妨害できていなかったからな。

「...葵はどうした。」

「葵?...ああ、それなら昨日の晩に...言わなくてもわかるだろ?」

「「っ....!」」

     ギギギギィン!

 その言葉と共に椿の矢と僕の二刀流で一気に攻める。
 しかし、それは同じく二刀流と剣群によって相殺された。

「水も日光も弱点でないとはいえ、銀は普通に弱点だったからねぇ...。」

「くそっ...!」

 偽物の口ぶりから察するに、葵が殺された可能性が高い。
 ...いや、待てよ...?

「(...ブラフの可能性もある...?)」

 先程僕らの事情を説明する際に、ユーノからも少し話を聞いた。
 その話では、偽物は僕と対立させるように偽の情報を話したらしい。
 ...だから、今回も僕らの冷静さを欠かせるためのブラフかもしれない。

「(...どの道、こいつを倒す事には変わりないけどな...!)」

「...っと。」

 剣と剣がぶつかり合う。
 リンカーコアの損傷はそのままだが、一昨日と違ってリンカーコアを吸われた時の痛みは残っていない。よって、導王流でのぶつかり合いは、互角だ。
 ...いや、霊力を扱っている分、こちらの方が僅かに上だ。
 尤も、それは空が飛べないという部分で相殺されているが。

「ユーノ!!創造魔法による不意打ちには気を付けろ!決して気を抜くなよ!」

「っ、分かった!」

 アリシアと違って、ユーノは魔法が使える。
 防御に集中させれば、いくら偽物とて早々手を出せない...!

「人の心配をしている暇はあるのか?」

「さぁ、どうだろう...なっ!」

   ―――導王流“流撃衝波”

「っ...!

 剣による攻撃を受け流し、その勢いを利用して強烈な一閃を放つ。
 ...が、それは寸での所で回避された。

「...ふむ、早計だったか?」

「僕らの回復力を侮ったな...!」

 霊脈の力を借りなければ、未だに傷は残っていただろう。
 だけど、それがない今なら椿と二人掛かりなら...!

「はぁあああああああ!!」

「っ、くっ...!」

 導王流は同じ導王流で相殺し、剣群は椿に撃ち落としてもらう。
 単純な役割分担だが、僅かにこちらが押している....!

「っぁ...はぁっ!」

   ―――導王流弐ノ型“流貫(ながれぬき)

「ぐっ....!」

 苦し紛れな...しかし剣をすり抜けるように突きが迫る。
 その技が放たれた瞬間、御札から大剣を取り出したので、ギリギリ防ぐ事に成功する。
 ...代わりに、その大剣は一撃で折れたけど。

「椿っ!」

「ええ。....躱してみなさい。」

   ―――“弓技・瞬矢”

 突きによって僕は間合いが離され、間髪入れず三連の高速な矢が偽物に迫る。
 導王流といえど、高速な連携攻撃を対処するには気力が必要だ。

「おまけだ...!遠慮なく受け取れ!」

 だが、それだけでは偽物には足りない。
 なので、さらに僕は御札を投げつけ、相殺に使おうとしていた剣群を落とす。
 さらに拘束の術式を込めた御札で拘束を試みる。

「(瞬矢を凌いでも拘束が迫る。どう足掻いても隙はできる。...そこを叩く!)」

 そこまでしても偽物は倒せない。だけど隙を作る事ができる。
 なら、そこを叩けば今度こそ...!

「ちっ、くっ....!」

「す、凄い...。」

 予想通り、拘束に成功し、その連携にユーノが感嘆の声を漏らす。
 霊力による拘束なので、魔力しか持たない偽物には有効なはず...!
 今なら...!

「はぁっ!」

「っ、まだだ!」

 拘束されながらも、剣群を放ってくる。
 それに対して、僕は....。

「なにっ!?」

「弾けろ!」

   ―――“霊撃”

 突破するのではなく、“道”を拓くように霊撃で相殺する。
 そう、トドメを刺すのは僕ではなく椿...!

「くそっ...!」

「させるかよ!」

 咄嗟に拘束を無理矢理破ろうとする所に、さらに御札を投げつけ、拘束を強化する。
 さぁ、後はトドメを刺すだけ....!

「これで終わり...よ....?」

「.....え....?」





   ―――...その瞬間、“ドスリ”と、鈍い音が響いた。





「....くく....!」

「....なん...で...?」

 暗く嗤う偽物を気にする暇もなく、椿の腹を貫いた“レイピア”に目が釘付けになった。
 椿も、背後から刺した人物に対して、信じられない声を上げる。

「油断したねー、かやちゃん、優ちゃん。」

「....あお、い.....!?」

 ...そう、その人物とは、葵だった。

「オリジナル達の連携、予想していなかったとでも?」

「っ、しまっ...!」

   ―――ギィイイン!

 そちらに気を取られていたため、拘束が破られ、反撃の一撃を受ける。
 辛うじて御札から取り出した剣で受け止めたが、大きく吹き飛ばされる。

「っ...かはっ....!」

「...ふふ...。」

「どう...して....?」

 大きく吹き飛ばされた先では、レイピアを抜かれた椿が血を吐きながら膝をついていた。

「椿!....くっ、ユーノ!」

「“チェーンバインド”!!」

 椿に駆け付けようとして、偽物に阻まれる。なので、ユーノに椿を頼む。
 ユーノはチェーンバインドを葵に巻き付け、思いっきり投げ飛ばそうとする。

「(非力...!)」

 しかし、力が強くないユーノでは逆に葵を自身に引き寄せるだけとなってしまう。
 ...いや、待てよ...あれで計算通り...!?

「“プロテクション”!」

「っ、なっ...!?」

 引き寄せられるのを利用して攻撃しようとした葵に、防御魔法が迫る。
 まるで大きな板を叩きつけるように、今度こそ葵が吹き飛んだ。

「(なんつー防御魔法の使い方...。)..っと!」

 ユーノは攻撃魔法がほとんど使えない。使えたとしても滅茶苦茶弱い。
 だから、ユーノは防御魔法でも攻撃できる手段を編み出していたようだ。

 ...と、考えている暇もなく、僕は偽物の攻撃を捌く。
 さっきと違って椿の援護がないため、どうしても僕が押されてしまう。

「っ...どうして葵が...!」

「教えてやろうか...?」

 例え偽物がどんな目的を持っていたとしても、葵が協力するはずがない。
 協力するなんて、それこそ洗脳かなに...か....。

「....洗脳か....!」

「さすがオリジナル。この程度なら簡単に答えに辿り着けるか。」

 そう、洗脳魔法だ。別に、何もおかしくはない。
 そういった魔法は普通にあるし、例えレジストされやすくても、それがされない程弱らせる...または相手の抵抗を上回る洗脳をすれば可能だ。
 ...ましてや、僕程の術者になると、強力な洗脳魔法も組み立てられてしまう。

「くそ...がぁあああ!!」

「っ....!」

     ギギギギギギギギ、バギィイン!ギィン!ギギギィイン!

 怒りを力に変え、一気に攻める。
 創造魔法による剣群の攻撃をも全て弾き、受け流して剣を振るう。
 導王流によって剣の攻撃は捌かれ、さらにそこへ剣群の雨が襲い掛かり、剣は折れる。
 しかし、それでも素手で剣群と偽物の剣を受け流し、懐に入り込む。

「なにっ...!?」

「“霊掌(れいしょう)”!」

 もちろん、ごり押しな部分もあり、いくつも掠り傷が付く。
 しかし、それでも肉迫し、霊力を込めた掌底を放つ。

「がっ...!?」

「っ......!」

 ようやく。といった一撃が入り、偽物は吹き飛ぶ。
 しかし、置き土産に剣群を僕に向けて飛ばしていたようだ。
 無理矢理接近して体勢は立て直せない。防護服もない今、喰らえば即死...!

「っ、ぁああああああ!!」

     ギギギギィイン!!

〈ま、マスター!?〉

 張り裂けるような声を上げ、無理矢理リンカーコアを霊力で活性化。
 限界を無視した創造魔法を行使し、剣群を剣群で相殺する。

「ぐ、ぅ....!?」

〈なんて無茶を...!〉

 当然、無理矢理リンカーコアを行使したため、体に激痛が走る。
 しかし、この場で痛み悶える暇はない...!

「っ....!」

     パ、ギィイン!

「ぐぁっ...!?」

 地面から殺気を感じ、咄嗟に御札を防御に使う。
 その瞬間、地面から黒い剣が生え、御札を四散させる。
 僕自身は御札が四散した際に弾かれるように横に転がったため、何とか回避できた。

「葵か...!」

「っ....!」

   ―――“弓技・閃矢”

 ユーノが吹き飛ばした方向から葵の気配がし、そちらへ椿が矢を連射する。

     ギギギギィイン!

「っ....くっ....!」

「くそっ...!」

 しかし、それは上から降り注ぐ剣に防がれる。

「椿!その傷じゃあ...。」

「...式姫の耐久力...舐めちゃ困るわね...!」

 ユーノに傷を心配される椿だが、霊力を傷に当て、回復する事で立ち上がる。
 ...尤も、それは応急処置程度なので戦闘するには回復が足りないが。

「あはは、じゃあ、これなら....どうかな?」

「っ、ぁ...!?」

「っ...!させない!!」

 そこへ葵が肉迫してユーノに斬りかかる。
 それを椿が咄嗟に短刀で庇うように防ぐ。

「くっ...!」

「おっと、行かせないよ。」

 僕も助けに行きたい所だが、降ってきた剣に阻まれる。

「(...この、状況は....!)」

 瞬時に今の状況が完全に劣勢だと悟る。
 逆転の目処も立たないし、頭の片隅に撤退を考える。

「リヒト....カノーネフォルムで待機だ。」

〈...わかりました。〉

 リヒトをカノーネフォルムに変形させ、腰に差して待機させておく。
 カートリッジによる弾丸は今ではすぐに放てる最も高威力な攻撃だ。
 逃げるにしても、使う事になるだろう。

「(...何とかして偽物を突破。椿とユーノを連れて戦線を離脱。....結界を突き破るにしても、ユーノに転移してもらうにせよ、結界を穿つしかない...!)」

 今偽物に勝つにはあまりにも劣勢だ。葵が敵に回った事で動揺も大きい。
 だから、今はこいつを突破する事を考える....!









       =out side=





     ギィイン!ギギギィイン!

「っ...ぐ...!」

「あはっ、ほらほらほらほら!」

 防ぐ防ぐ防ぐ。高速で次々と繰り出される突きを、椿は短刀で凌ぐ。
 しかし、短刀とレイピア、遠距離向きと近距離向きという、武器と戦法による差から、徐々に椿が押されていく。
 当然だ。元々、椿は近接戦において葵に勝てた事は少ない。

「っ、ぁ...っ!」

「椿!」

 しかも、今の椿は一度腹を貫かれて怪我を負っている。
 傷こそ表面上は塞いでいるが、ここまで激しい戦闘となるとまた開いてしまう。

「(くそ...!僕も援護を...!)」

 そこで庇われているユーノが行動を起こす。
 椿の前面に防御魔法を張り、さらにチェーンバインドで葵の動きを阻害する。

「っ、邪魔だなぁ...。」

「くっ...助かったわ...!」

 ちょうどギリギリ椿が少し仰け反った所でそれを行ったため、結果的に椿を救う。
 既に椿の状態は腹の傷が開き、葵の攻撃によって掠り傷が大量にできていた。

「(焼石に水程度....だけど、ないよりマシね。)」

 チェーンバインドで葵が拘束されている間に椿は懐から出した御札を体に押し当てる。
 すると椿は淡い光に包まれ、掠り傷が癒されていく。
 ...尤も、完治させた訳ではないので、椿の言う通り焼石に水である。

「これで....っ....!」

「....ふふ....。」

 未だにユーノによってバインドが解けずにいる葵へ、椿は弓を向ける。
 しかし、矢はなかなか放たれない。

「射れないよね?...あたしが死ぬから。」

「っ....いいえ、少し躊躇っただけよ!あんたはこの程度では死なない!」

   ―――“弓技・氷血の矢”

 その言葉と共に、氷の力を纏った矢が放たれる。
 それは葵の胸を穿つ所で....彼女を通り過ぎた。

「―――!しまっ....!」

 そして、大量の蝙蝠が飛び立つ。...そう、葵は体を蝙蝠に変えたのだ。
 デバイスの身になっても吸血鬼としての能力はほとんどそのままだったので、その力によって椿の矢とユーノのバインドを回避したのだ。

「残念だったね。」

「っ、させない!!」

     ドシュッ!

 後ろに回り込まれ、ユーノを狙って繰り出されたレイピアを、椿は身を挺して防ぐ。
 霊力を手に流し、左手首を犠牲にレイピアを防ぐ。

「っづ....!」

「終わりだよ!」

「“プロテクション”!!」

     キィイイン!!

 レイピアを引き抜き、そのまま椿にトドメを刺そうとして...ユーノに防がれる。

「甘い。甘いよそれだけじゃあ!」

「っ、ぐ...!?」

 しかし、それでは足りずに防御魔法を回り込むように葵は椿に肉迫する。
 そのままレイピアを繰り出し、対処しきれない椿の脇腹などを抉る。

「.....っ、だったら!!」

 すぐさまユーノはどうすればいいのか思考し、再び庇いに出る。

「(一回だけの防御魔法だとダメ。けど、連続で使用するには消費が多い。なら...!)」

     キキキキキキキィイン!

「なっ...!?」

 マルチタスクをフル活用し、葵が突きを放つ大体の場所に小さく防御魔法を張る。
 小さいため魔力消費が少なく、さらに突きが逸れるように弾かれる。

「っ、下がるわよ!」

   ―――“霊撃”

 攻撃を凌ぎ、一瞬できた隙をついて椿が御札を複数枚投げつける。
 そこから霊力の衝撃波が迸り、葵は弾かれる。
 ユーノと椿も範囲内だったが、椿がユーノを引っ張って逆に衝撃波を利用して大きく間合いを取る事に成功する。

「わっ!?っと、ととぉっ!?」

「っ、どうにかして撤退しないと...!」

 地面を擦るように着地し、すぐさま行動を起こそうとする。
 ...と、そこへ一つの影が飛び込んでくる。

「っ、ぁああっ...!」

「優輝!?」

 何かに吹き飛ばされたように優輝がそこへ着地する。

「ナイスタイミング...!撤退するぞ...!」

「.....分かったわ。」

 撤退を宣言した優輝に、椿も状況を考えて賛成する。

「優輝、体が...!」

「こんなもの、まだマシな方だ...!」

 ユーノが優輝の体の状態...切り傷でボロボロになっている事に気づく。
 ...そう、優輝が吹き飛んできた理由は、撤退するために偽物の攻撃を利用したからだ。...その代償として、既にボロボロになってしまっている。

「(剣群による攻撃をほぼ無視してさらに同等の戦闘技術を相手に、攻撃を利用して間合いを取る...か。我ながら無茶したものだ...。)」

 剣群を利用するだけではすぐに追撃が来てしまう。
 よって、優輝はボロボロになりながらも直接偽物の攻撃を受け、それを利用したのだ。

「ユーノ!転移魔法の準備を!」

「っ、わ、わかった!二人は...!?」

「...少しぐらい、時間を稼ぐさ!」

   ―――“扇技・護法障壁”

 飛んできた武器群を、扇と御札を使って障壁を張り、防ぐ。

「(とは言ったものの、転移魔法の事は絶対に予想されている。普通に発動させるだけでは逃げられないだろう。....というか、“逃げ”に回っている時点で何もかもがそう上手くいかないんだよな...。我ながら厄介だ...!)」

 魔法に強い霊力の障壁も度重なる剣に破られる。
 その瞬間に、二人を庇うように優輝が前に出て二刀で防ぐ。

「(私たちがやる事は結界に穴を開け、そこからユーノの転移魔法によって逃げる事。...その間、私たちは偽物の妨害を防げればいい。なら...!)」

 一際大きい剣を弾いた際に、優輝が大きく後退する。
 それをカバーするように御札で傷を塞いだ椿が矢と短刀を駆使して剣群を防ぐ。

「(っ、来た...!)」

「(チャンスは一度きり...!偽物たちの予想を上回る!)」

 剣群を放ちながら偽物と葵が接近してくる。
 それを認識した瞬間に優輝と椿は阿吽の呼吸のように動き出す。
 椿はユーノの前に立ち弓を構え、優輝は二振りの刀を地面に刺し、二刀を構える。

「(劣勢?力不足?そんな事知った事じゃない。)」

「(私たちはただ、目的へと事を導く!!)」

 優輝が葵と偽物の突きを二刀で外側へ逸らす。
 そこへ椿の矢が迫り、二人がそれを躱した所で優輝が足払いをする。
 それによって、刺さっていた刀が弾かれ、円を描くように一回転し、その刃が避けた二人に襲い掛かる。。

「っ...!?」

「くっ...。」

 さすがにそれは予想していなかったのか、咄嗟に葵と偽物が後ろへと飛び退く。

「シッ!」

「っと。」

 そこへ追撃するかのように優輝が御札を投げつける。
 ...が、それは剣群によって相殺される。

「甘いよ!」

「っ....。」

 ならば、と放たれた椿の矢も葵によって全て弾かれる。

「(一つ一つの動きが命を左右する。ミスは許されない。ユーノに攻撃を届かせず、いかに二人の隙を突くか....!)」

 再び接近してくる二人に、気を引き締めて集中力を極限まで高める優輝。

「(両サイドからの突破は椿が防ぐ。...なら、僕がすべきことは...!)」

     ギギギギギギィイイン!!

 弾き、防ぎ、受け流し、凌ぐ。
 圧倒的さの手数を必死に防ぎ、剣では防げないのは瞬時に素手で側面を弾く。
 素手で弾いた後は、先程一回転してまた刺さっていた刀を流れるように引き抜き、また攻撃を弾いて凌ぐ。

 一手一手の防御が命を左右する中、優輝は剣と素手を使い分け、葵と偽物を止める。

「(考えろ!この二人が予想しない一手...!僕自身が普段はしない行動を...!)」

 攻撃を防ぎながらも、優輝は思考を加速させる。
 そして、一つの手に行き当たる。

「こ、れ...だぁっ!!」

 瞬間、手に持っていた剣と刀を投げ、剣群を撃ち落とすのを支援する。
 そして、素手となった優輝は手に霊力を流し...!

「なっ....!?」

「っっ....!これ、なら...!」

 ...レイピアと剣を、無理矢理掴み取った。
 霊力で強化したとはいえ、刃が食い込み、血が流れる。

「(予想だにしない一手...つまり、悪手を狙えばいいんだよ...!)」

 受け流した方が隙も作りやすく、常に最善手を掴むのが優輝の戦い方。
 それなのに無理矢理相手の武器を掴むなど、本来はするはずがないのだ。

「椿っ!」

「今回ばかりは無茶は見逃すわ。....受け取りなさい。」

   ―――“弓技・矢の雨”

 矢の雨が降り注ぎ、武器を掴まれていた二人は咄嗟に手放して避ける。

「っ...!これでっ!!」

   ―――“封魔陣”

 陣のように広がった霊力が、偽物と葵を吹き飛ばす。

「ユーノ、行けるわね!」

「う、うん!」

「舌、噛まないようにね!」

   ―――術式“速鳥”

 すかさず椿が速度上昇の術式を自身にかけ、優輝とユーノを連れて逃げる。

「おまけだ...!受け取れ!」

〈“Cartridge Revolver(カートリッジ・リボルバー)”〉

 そして優輝がカートリッジを偽物と葵の足元に着弾させ、砂塵を巻き起こす。

「もう一発!」

〈“Cartridge Revolver(カートリッジ・リボルバー)”〉

 さらにもう一発が結界の壁に向けて放たれ...結界に穴を穿つ。

「行け!ユーノ!」

「っ....転移!!」

 最後にユーノが準備していた転移魔法が発動する。
 穿たれた結界の穴から脱出し、三人は偽物と葵から逃げおおせる事が出来た。












 
 

 
後書き
流貫…攻撃に向けた導王流弐ノ型の技。相手の攻撃や防御をすり抜けるように躱し、突きを放つ。御神流の貫を参考にしている。(実質同じ性質)

霊撃…霊力を御札に込め、衝撃波を発する技。御札を介さずとも放つ事は可能。攻撃を弾いたりと色々利便性がある。イメージとしては東方緋想天などの霊撃。

霊掌…霊力を掌に込めて掌底を放つ技。単純であり、それ故に結構重い一撃。

弓技・瞬矢…霊力の矢を三連射する弓の技。一射に集中すれば三連射の時の三倍以上の速さが出せる。かくりよの門では“突”属性の三回攻撃。(筋力による防御無視ダメージあり)

弓技・閃矢…閃光のような霊力の矢を連続で放つ。お手軽で強力な連続攻撃。
 かくりよの門では“突”属性の三回攻撃。(器用さによる防御無視ダメージあり)

弓技・氷血の矢…氷の力を纏った矢を放つ。当たった対象を凍らせる事が可能。
 かくりよの門では“水+突”属性の攻撃。

弓技・矢の雨…文字通り矢の雨を降らす技。かくりよの門では“突”属性の全体技。

封魔陣…どこぞの博麗の巫女が使うスペカ....を模倣した霊術。
 霊撃の上位互換のようなもので、主に隙を作るのに使う。

速鳥…速度が上がる術式を自身に施す霊術。かくりよの門でも速度が上がる。

休む暇のない怒涛の戦いの連続。...優輝の偽物だからね。しょうがないね。
今回のサブタイトル通り、本当に休む暇はありません。
ですが、少しずつ巻き返すようになっていきます。 

 

第65話「解決に向かう」

 
前書き
本来なら強い優輝がここまで苦戦する理由は、大抵ハンデを背負っているからです。
魔力不足とかリンカーコア損傷とか、攻撃を全て受け止めるとか...。
ただ倒すだけならチート級の強さを発揮します。(今の所そんな相手は“カタストロフ”以外いませんけど)

ただ、偽物だけは例外です。(優輝と同じ能力なので)

 

 






       =out side=





「....っ、ぁ.....。」

 八束神社のある山...国守山(くにかみやま)の奥の森の中で、一つの呻き声が聞こえる。

「.....ぅ....。」

 銀髪の綺麗だったであろう髪は、土や血に濡れ、見る影もない。
 服もボロボロで、至る所から血が出ていた。

「っぁ....銀は...きつかった.....なぁ......。」

 腕や腹には、所々穴が開いてしまっている。手足に至っては一部がなくなっていた。
 もし人間であれば、既に死んでいるだろう。

「.....吸血鬼の再生力を....封じられた...か.....。」

 体中が傷だらけで、どうみても動けそうにない。
 彼女は薄れゆく意識の中、ただ“二人”の事を思い浮かべた。

「....優...ちゃん......かや....ちゃん......。」

 彼女は眠る。
 誰にも気づかれる事のない、山奥で...。

















「.....っ....う....。」

 アースラの病室にて、そこでも一つの呻き声があった。

「....ここ....は...?」

 体を起こし、周りを見る。
 そこで、彼女が起きた事に気づいた者がいた。

「....お姉ちゃん...?」

「...フェイト?....そっか、ここ、アースラなんだ。」

 彼女...アリシアの目覚めにフェイトは驚き、アリシアは今いる場所を把握する。

「お姉ちゃん....!」

「わっ...!もう、フェイトったら...。」

 歓喜のあまり抱き着くフェイトを、アリシアはしょうがない妹だと頭を撫でる。

「...あ、急いで皆に伝えてこなきゃ...!」

「フェイト?...って、行っちゃった...。」

 ハッとしたフェイトは急いで皆のいるところへ走り出す。

「........そっか、私あの時....。」

 そこでようやくアリシアは何があって眠っていたのかを思い出した。

「っ.....優輝....!椿、葵...!」

 思い出し、三人に安否を確認しようとして....立ち上がれずにこける。

「いったたた....。ち、力が入らない....。」

 一日中眠っていたため、体に力が入らなかったようだ。
 それでも何とか立ち上がり、皆がいるであろう場所を目指す。

「っ、あっ...!」

 部屋を出て、一つ目の廊下の角を曲がった所でまたもやバランスを崩す。
 そして、こけそうになった所で...。

「アリシアー!!」

「わぷっ!?ま、ママ!?」

 プレシア(親馬鹿)によって助けられる。

「目が覚めたのね!?今こけそうになったけど大丈夫!?怪我はしてない!?」

「お、落ち着いてよママ!私だって、状況が把握した―――」

     くぅ~....

 慌てるプレシアを宥めようとしたアリシアのお腹から、可愛らしい音が鳴る。

「.....まずは、ご飯が食べたいな...。」

「...そうね。」

 微妙な空気になったのと、顔を真っ赤にしたアリシアでプレシアは冷静に戻る。
 ...一応、状況が状況なのだ。親馬鹿でもちゃんとする時はちゃんとする。





「んぐ....そんな感じになってるんだ...。」

「ええ。ジュエルシードもあの坊やも放置しておけないわ。」

 食堂にて、アリシアは食事を摂りながらプレシアから話を聞く。
 なお、クロノとリニスも説明のため同席している。

 ちなみに、フェイトが皆にアリシアが目覚めた事を話したが、クロノ達が一斉に行っても混乱するだけだろうという事で、待機してもらっている。

「...アリシア。あの日、何があったか覚えているか?」

「一応はね。....でも。」

 スッと目を細め、アリシアの顔が真剣なものへと変わる。

「...優輝はそんな事しない。」

「...どういうことだ?」

「ママやリニス、クロノだって優輝の為人(ひととなり)は見てきたでしょ?...なら、少し怪しいと思ったりもしたでしょ?」

 アリシアの言う通り、三人とユーノは本当に優輝なのかと疑っていた。

「....という事は...。」

「あれは優輝ではない....という事ですね?」

「うん。断言するよ。...私自身、優輝達に庇われてたんだし。」

「っ...!」

 呟かれたアリシアの言葉にクロノは驚く。

「...プレシアさんの言う通りだったか...。」

「...正直、憶測に憶測を重ねたような考えだったのだけどね。」

「その様子だと、元々疑ってたんだね。」

 三人の反応にアリシアはホッとしたような...しかし憂いを帯びた笑みを浮かべる。

「...アリシア?」

「....っ、ごめんなさいママ...。私、ずっとおかしかった...。」

 悲しく目を伏せるアリシアに、“まさか”とプレシア達は気づく。

「アリシア...貴女もしかして...。」

「...うん。優輝が戦っている時に、解けたよ...。」

 “解けた”...それはつまり、魅了が解けている事を表していた。

「正直、どうしてあそこまで妄信的になってたんだろうって...あれは本当に私だったのかなって思えたよ...。」

「アリシア...。」

 魅了が解け、今まで神夜に対し抱いてきた感情が魅了による偽物だと分かり、アリシアは途轍もない喪失感に襲われ、体を震わせた。

「...何なの...何なのアレ...!ひどい...ひどすぎるよ!人の想いを、感情を踏み躙るようなモノだよ!!どうして...なんであんなのが...!」

「落ち着けアリシア!」

 涙を流し、錯乱したように取り乱すアリシアを、クロノは抑えようとする。

「なのはも!フェイトも!皆、皆私と同じで...!なんで...!なんであんな奴...!」

「....落ち着きなさい、アリシア。」

 心を弄ばれた事に怒りを露わにし、感情が爆発しようとした所で、プレシアの抱擁が入ってそれは止められる。

「マ...マ.....?」

「...想いを、心を、感情を弄ばれた気持ち...同じ目に遭っていない私にはわからないわ...。...でも、怒りに身を任せるのは....周りが見えなくなるのはダメよ。」

 自身がアリシアを生き返らせようとそうなったからこその、プレシアの言葉だった。

「でも....でも!!」

「...怒りをぶつけたって、何も変わらないのよ...!」

「っ....。」

 それでも、と言葉を続けようとするが、プレシアの言葉に詰まらせてしまう。

「私も...私たちも辛かった...!貴女達が...知っている子が抵抗すらできずに魅了されているのを知って、どれだけ無力さを感じたか...!」

「ママ....。」

 自身を抱き締める母の体が悔しさに震えているをの感じ、アリシアの抱いていた怒りが薄れていく。

「....そっか...ママたちも、ずっと辛かったんだね...。」

「...それでも、貴女が元に戻って、本当に嬉しいわ...。」

「....うん。落ち着いたよ...。ありがとう、ママ...。」

 母も辛かったのだと思い、アリシアの怒りの感情が治まる。

「.....ここ、食堂だという事を忘れてないか?」

「「っ...!」」

「...一応、認識阻害の結界をクロノさんに許可を貰って張っておきましたけどね。」

 今いる場が食堂だった事を思い出し、急に恥ずかしくなる二人。
 そこで一応大丈夫なようにしていたと、リニスのフォローが入る。

「はぁ....話、戻せるか?」

「ぅ...ごめん、ちょっと待って....。」

 クロノが呆れながら話を戻そうとするが、アリシアは恥ずかしさが上回っているため、少し待つ事になった。





「....うん。落ち着いたよ。」

「よし、じゃあ話を戻すぞ。」

 アリシアが落ち着いたため、クロノは話を再開する。

「....あの優輝が偽物というのは分かったが...だとしたら偽物は一体...。」

「...ジュエルシードだよ。」

 早速疑問を呟いたクロノに、アリシアが返答する。

「...ジュエルシード...だと?」

「うん。私、見たんだ。...優輝がリヒトからジュエルシードを取り出した時、そのジュエルシードが優輝のリンカーコアを吸ってコピーした所を。」

「....待て、今色々気になる事があったぞ。」

 アリシアの言葉にクロノが思わず引き留める。

「まず、ジュエルシードが優輝をコピーしたのはいい。ロストロギアなら起きてもおかしくはないからな。....だが、リンカーコアを吸われただと...?」

「うん。遠目だったけど、間違いないよ。」

「だとしたら...今の優輝は魔法を使えない...?」

「そうだろうね。私を庇ってた時も、ほとんど霊術しか使ってなかったし。」

 魔法を使わずとも戦闘を行っていた事に、クロノ達は驚く。
 ちなみに、アリシアがなぜ霊術だと分かったのは、何故か直感的にそう思ったかららしい。

「...いや、こっちはまだいい。リンカーコアを吸われた優輝が心配だが...。」

「...問題はなぜ優輝さんがジュエルシードを持っていたか...ですね?」

「ああ...。」

 現状、ジュエルシードが地球に再び現れたのは原因不明となっている。
 それなのに、優輝が所持していた事に疑問を抱いたのだ。

「...多分、あの時かな...?」

「あの時?」

「...プリエールでの事だよ。多分、司を助けようとした時に掴み取ったんじゃないかな。」

 現場での事を通信が途絶えて分からなかったアリシアが、推測で言う。

「アリシア....。」

「ん?どうしたのクロノ?」

「....“司”とは....()()()()?」

 ...しかし、クロノ達にはその話が通じなかった。

「え.....?」

「プリエールでは村に被害は出たが、誰かが助けられるような出来事はなかったはずだが...?」

「....え、で、でもだって...。」

 話が嚙み合わず、アリシアは慌てる。
 プレシアは知っているかもしれないと、アリシアは見るが...。

「.....知らないわ。」

「え......?」

 プレシアも知らないと首を振り、ますます混乱する羽目になる。

「リニス...!」

「....いえ、私も覚えは...。」

 少し顔を歪ませているのに違和感を持つが、リニスも覚えていない事にさらに焦る。

「(どういうこと...!?どうして、どうして皆司の事を覚えてないの...!?)」

 なぜ自分だけは覚えている。そう思って記憶を探って...気づく。

「(あ...れ...?そういえば、どうして司がいなくなったのに、私....。)」

 そう。司がジュエルシードに取り込まれ、皆の記憶から消えてから既に半年近くだ。
 そんな長い期間、アリシアは司の事を意識せずに過ごしてきた。

「....もしかして...皆、記憶を....。」

「...どういう事だ。詳しく説明してくれないか?」

「...私自身、もしかしたら一昨日までそうだったかもしれないけどね...。」

 アリシアはおそらく皆記憶が弄られている事、司がどういう人物で今はどうなっているかを伝え、何故か自分は思い出している事を話す。

「なんで私だけ思い出したのかはわからない。...でも、こんなの、放置してられない...!」

「だが、半年近くも経ったのなら、人間では....。」

「それでも!皆に忘れ去られていくのだけは...!」

 人間では、どう足掻いても半年間食事なしで生きる事はできない。
 しかし、それでもアリシアは放置だけはしたくないと思った。

「.....司...聖奈....司.....?」

「...リニス?」

「.....すみません、少し、頭が....。」

 頭痛がするのか、頭を抑えるリニス。

「っ....どんどん解決しなければならない事が増えるな...!はやて達が来るまで、まだ時間がかかるんだぞ...。」

「....クロノ、もしかしたらこの事件、全て繋がってるかもしれないよ。」

 頭を悩ませるクロノに、悪い事ばかりではないとアリシアは言う。

「司は天巫女で、ジュエルシードの担い手。そのジュエルシードが今地球にあるのは、何かしらの理由があってこちらに干渉してきたから。...だとすれば、ジュエルシードを集めて行けば、道が開けるかも...!」

「...優輝の偽物も、所詮はジュエルシードだからな...。繋がっているのか...。」

 それぞれが別方向で事に当たる訳ではないと、ほんの少しだけ肩の荷が下りるクロノ。
 しかし、状況が芳しくないのは変わらないと、思い直す。

「...とりあえず、本物の優輝達とユーノの回収だ。残念だが、おそらく偽物に妨害されているせいで通信を直接繋げる事ができなくなっている。...コンタクトを取るには直接出向くしかない。」

「そうだね。...それと多分、優輝達も司の事は覚えてる。」

「そうなのか?」

「うん。司のデバイス...シュラインの名を呟いてたから、きっと...。」

 そう言って、アリシアもこれからの事を考えるのにシフトする。

「とにかく、まずはこの情報をアースラ全体に行き渡らせないとな。」

「手伝うわ。....リニスはつらいのならアリシアと一緒にいて頂戴。」

「は、はい....。」

 未だに頭痛なのか、苦しそうにしながらプレシアの言葉にリニスは答える。

「リニス...大丈夫?」

「大丈夫です...。ただ、記憶に混乱が...。」

 リニスは今では司の使い魔だ。
 しかし、記憶が改竄されている今では、プレシアの使い魔だと誤認しており、そこでアリシアによって伝えられた真実から、記憶に矛盾が起こり、頭痛が発生しているのだ。

「(...リニスは司の使い魔だったから、司がいなくなっている今の状況だと、とても不安定なんだ...。記憶が改竄されていたからこそ、普通でいられたって事なんだ...。)」

 今の状況と、リニスと司の関係性から、アリシアはそう推測する。

「(私が思い出したのは...多分、優輝のあの魔法を見てから...。それでも、どうして記憶が戻ったのかはわからないけど...リニスもどうにかして元に戻してあげたいな...。)」

「....すぅ....はぁ.....っ、何とか、落ち着きました...。」

 記憶を戻せない事を歯痒く思うアリシアを他所に、リニスは何とか頭痛を抑える。

「...さぁ、行きましょう。アリシア。」

「...うん。」

 リニスに連れられ、アリシアも皆の所へと向かう。

「(...戦闘もできない。何かの助けになる事もできない。...無力だな、私って...。)」

 その時、アリシアは何もできない自分を悔しく思う。

「(.....力が、欲しい...。誰かの助けになれる、力が....!)」

 このまま無力でいるのは嫌だと、ただただアリシアはそう思った。











   ―――....ドクン....






 ...胸の鼓動と共に体から溢れる力に、気づく事もなく...。



















       =優輝side=







「っ、ぁ....!」

「ぅぐ....!」

 転移による浮遊感がなくなり、転移が終わったのだと確信する。

「...逃げ切った....の?」

「...なんとかな...。だが、追いかけられる可能性もある。その前に何とかしなければ...。」

 ユーノの言葉に答えつつ、今いる場所を確認する。

「.....八束神社の裏手か...。」

「っ、ぐ...かふっ...!」

 ここがどこか確認した所で、椿が吐血しながら膝をつく。

「椿!?」

「っ...先の戦闘ね...。ちょっと、捨て身すぎたわ....。」

「だろうね...かくいう僕も、結構無理を....っとと..。」

 椿は左手をレイピアで貫通させられたからな。出血も多い。
 僕もかなり無理をしていたので、ふらりとその場に座り込んでしまう。

「霊力はまだ使えるか?」

「ええ。霊脈と繋げるぐらいは。」

「なら、今は回復に専念だ。」

 早速霊力を操り、霊脈とのパスを繋ぐ。
 これで回復力も上がるし、椿に至っては失血死の心配はなくなる。
 式姫ってその気になれば霊力があれば死なないしね。

「....これから、どうするの...?」

「...とにかく、態勢を立て直す。ユーノ、クロノ達と連絡は取れるか?」

「ちょっと待って.....っ...、無理みたいだ。」

 ユーノが念話辺りを飛ばそうとしたが、通じない。
 しかし、それだと僕が考えている状況と少し違う。

「...どういう事だ...?リヒト、結界は?」

〈....張られていません。〉

「だとすれば、デバイスを持たないユーノの通信が妨害されるはずが...。」

 僕と葵の場合、デバイス(葵の場合は本人がだけど)に細工されて連絡できない状態になっていたけど、結界の妨害もないのにユーノの通信が繋がらないのはおかしかった。

「まさか、偽物が....いや、そうだとしても...!」

「....おかしいわね...。」

 思考を加速させ、一つの推測が浮かぶが、それはすぐに違うと切り捨てる。
 椿もおかしいと思い、そう呟いた。

「...何がおかしいの?」

「...この状況が、だ。ユーノの通信が繋がらないって事は、何かしらの妨害が働いているって事。でも、そんな事をする奴なんて偽物しかいないだろう?...けど、僕の偽物なら今の僕らに対して放置するはずがない。」

「そっか...!追いかけれるのに、追いかけてないなんて、優輝の偽物にしては甘すぎる...!」

 僕の説明にユーノも納得したようだ。

「...偽物の目的は、本当に緋雪を生き返らせる事なのか...?」

「本人はそう言ってたけど、もしかしたら...。」

 何か別の目的があるのかもしれない。そう僕らは思った。

「(第一、元々僕の心の奥底に残っていた願望...“負の感情”が形を為したんだ。...心の奥底に残っていた想いが、そこまでの執念を見せるか?仮にも僕だぞ?)」

 自分でいう事ではないが、僕はそんな“負の感情”をずっと持っているような人間ではない。...それに、緋雪に対する後悔は他ならぬ緋雪自身のメッセージで払拭されているのだ。

「(...くそっ、わからない...。)」

 所詮、相手は偽物。僕とは考えが異なるのかもしれない。
 それにしても、僕らに対するこの詰めの甘さは疑問だが...。

「....でも、だったら葵はどうして...?」

「...葵は偽物の本当の目的を知っている。だから協力している....のなら僕らに何かしらのメッセージを残すな。...僕らがこの考えに至る事ぐらい理解してるだろうし。」

 葵の事も気になる。偽物は洗脳したと言っていたが、ここまで詰めが甘いとそれすら疑わざるを得ない。
 いや、それよりも何か違和感が...。

〈....考察の所申し訳ありませんが.....ジュエルシードです。〉

「シュライン?....マジか...。」

 懐に入っていたシュラインがそう告げ、僕は頭を抱えたくなった。
 どうしてこう、連戦になるんだ...!

「場所は...?」

〈すぐ近くです。...しかし、この近くには...。〉

「...?」

 言い淀むシュラインに、何の事か聞こうとすると...。

「...優輝君?」

「那美さん!?」

 那美さんが僕らに気づいて裏手に回ってきた。傍には久遠もいる。

「っ、傷だらけ...!もしかして、また一昨日みたいに...!」

「くぅ...。」

 すぐに僕らの状態に気づき、駆け寄ってくる。
 久遠も悲しそうに鳴いている。

「っ、逃げてください!この近くに...!」

〈ダメです!結界が私たちを取り込もうと...!〉

 急いで那美さんたちを逃がそうと声をかけるが、一歩遅く、空間の割れ目のようなものに僕ら全員が吸い込まれてしまった。





「...っ...。」

「え...ここ、は...?」

 辿り着いた先は、ノイズの走った八束神社の境内。
 突然の事に那美さんは戸惑っているようだ。

「...ユーノ、二人を守ってやって。...椿、戦えるか?」

「...何とかね..。でも、長くは持たないわ。」

 二人をユーノに任せ、僕と椿で何とかしようと構える。
 霊脈の力を借りて回復している最中だったんだ。長期戦は不利...!

「ここにジュエルシードがあるって事は、相手は....。」

「...私...ね。」

 現れたのは、少し黒い瘴気を纏った椿の姿をした暴走体だった。
 やはり、僕の偽物と違って理性はないが...。

「...なんだあの瘴気...。」

「....所謂、祟りを再現したって所かしら...?」

「なるほど。椿のもしもの姿って訳か...。」

 本物の祟りではないらしく、リヒトを介して解析してみると、魔力しかなかった。

「霊力を魔力で代用...か。....待てよ...?」

 そういえば、葵の時も...。

「優輝?」

「ん、いや、なんでもない。...とにかく今は...。」

 このジュエルシードを何とかするだけ...!











 
 

 
後書き
当初適当に考えていた展開よりも早めに進んでる...。まぁ、穴だらけの構想じゃこうなると反省しながら、今回の話はここまでです。

アリシアが目覚めた事により、クロノ達とは敵対しなくなりました。クロノ達とは...ね。
そしてもしかしたら巻き込まれ属性があるかもしれない那美さん。今回も関わりますが本筋までは関わりません。久遠は分かりませんけど。 

 

第66話「合流」

 
前書き
暴走体(司)→偽物、暴走体(優輝)→オリ主君勢→偽物→暴走体(椿)
...なんて連戦っぷり...。しかも初戦以外万全の態勢じゃないという...。

優輝達とアリシアで司関連の思い出し方に違いがありますが、違和感を前々から強く感じていれば、思い出した事を自覚する設定です。
...でないと解決した際に学校の人達が驚きに包まれる...。
 

 






       =out side=





「―――と、いう事のようだ。」

 アースラにて、クロノは神夜達に事の顛末を話していた。
 アリシアも補足の説明をしておき、これで優輝と無意味に戦う事はなくなるはずだった。

「....なんだよそれ。全部あいつのせいじゃないか!」

「っ、何を言ってるんだ?」

 説明し終わった途端、神夜はそう言い切る。

「あいつがジュエルシードを持っていたからこうなったんだろ!?おまけに勝手に暴走させて...!あいつが緋雪を生き返らせたいなんて願望を持ってたからこんな事に...!」

「今はそれどころじゃないだろう!?事は想像以上に複雑かもしれないんだ!」

 クロノとアリシアは、記憶が改竄されているかもしれない事は説明していない。
 しかし、それが仇となり神夜の思い込みは加速する。

「あいつのせいで葵は殺されたんだろう!?椿といつも一緒にいる葵があの場にいないのは、そういう事だろ!?」

「お前...!」

 勝手な事を口走る神夜に、クロノが抑えようとして...。





     ―――パァアアン!!



「.....えっ?」

「っ....!」

「アリシア?」

 ...アリシアが目に涙を浮かべつつ思いっきり神夜の頬を引っ叩いた。

「ふざけないでっ!!ジュエルシードを持っていたから優輝のせい?だったら...!だったらその場で守られるだけでしかなかった私はどうなるって言うの!?」

「な、なにを...。」

 いつも自分の味方をしてくれるアリシアが、自分を否定しだした事に酷く動揺する神夜。
 そんな事などお構いなしに、アリシアは言葉を続ける。

「優輝達は、本当なら優輝の偽物ぐらい、どうって事なかった!優輝と椿と葵...三人だったら例え偽物でも普通に倒せた!...なのに、なのに倒せなかったのは、私がいたからだよ!私がいなかったら、偽物なんてもういなかった!」

「おい、アリシア...!」

 涙を流しつつ、自分を責めるアリシアに、クロノはどう止めればいいかわからなかった。

「全部優輝のせい?...ううん、違う。私のせいだよ!優輝を責める前に、私を責めたらどう!?優輝達がどれだけ辛い戦いをしたと思ってるの!?」

 魔力は使えず、リンカーコアは痛み、何もできないアリシアを守りながら自分よりも魔力が多い偽物と戦う。...例え、椿と葵が万全でもそれは途轍もなく厳しい戦いだった。

「何もできなくて、無力で、足手纏いな私を庇って優輝達は戦ってた!優輝に至っては、リンカーコアが吸われて魔法が使えなかったんだよ!?それなのに...それなのに優輝のせいだって決めつけるなぁ!!」

 自身に宿る無力感や悔しさ、怒りを吐き出すようにアリシアは叫んだ。
 思いの丈をぶつけてきたアリシアに、さしもの神夜達も黙り込む。

「....アリシアの言う通り、これは優輝のせいではない。....というより、誰のせいでもないのかもしれない。ただ、悪条件が重なっただけかのような...。」

「....間が悪かっただけ?」

「...まぁ、そんな感じだ。...今回の事件は、誰の責任でもない。いいな?」

 クロノの言葉に、奏がそう返し、それに続けるかのようにクロノは念を押す。

「っ...わかったよ...。」

「姉さん...。」

 それに渋々神夜は従い、フェイトは泣き崩れたアリシアを心配した。

「っ...ぐすっ...ぅぅ...。」

「(...アリシア自身、無力だったであろう自分を責めている状態だからな.....優輝なら、おそらくそんなの気にしないだろうに...。)」

 “だからそのためにも”と、クロノは思考を切り替える。

「とにかく、優輝達を見つけたら保護するように。...あの二人の事だ。無茶をしてでもまだ戦っているかもしれない。」

「...ユーノ君は...?」

 優輝達を連れて転移したユーノの事が気になり、なのははクロノに質問する。

「あいつの事だ。優輝達から話を聞いて協力してるだろう。心配する事はない。」

「そっか...。」

 クロノの返事に大丈夫だろうとなのはは納得する。

『クロノ君!海鳴市八束神社でジュエルシード反応が!』

「なにっ!?わかった!すぐ向かう!」

 突然、エイミィから通信が入り、クロノはすぐさま行動を起こす。

「(前回も優輝達はジュエルシードを倒していた。なら今回も...。)...よし、今回は僕も行こう。すぐに転送ポートへ向かうぞ!」

 もしかしたら優輝達もいるかもしれない。そう思ってクロノは転送ポートへ向かった。













       =優輝side=





「っ....!」

     ギィイン!ギギィイン!

「っ、ぁ...!」

 素早く重い閃きをリヒトで上手く逸らす。
 ダメージがまだ残っており、霊力も回復しきっていない今では、それだけでもなかなかにきつい所がある。...まぁ、まだやりようはあるけど。

「っ!っと...!」

 しかし、暴走体の攻撃は矢だけではない。
 祟り...負のエネルギーが触手のようにうねり、襲ってくるのだ。
 魔力で再現されてるだけなので、霊力なら防ごうと思えば防げるだろう。
 ...尤も、割に合わない霊力の消費量だから避けるけど。

「っ....!」

「はぁっ!」

 弓の弦が引き絞られる音を聞き、そして放たれた矢と共に暴走体に接近する。

 ...椿の左手が負傷している今、椿はあまり連続で矢を放てない。
 だからこそ、一回一回のチャンスを無駄にはしない...!

「っ....!」

 触手が椿の矢を薙ぎ払う。その触手を僕は飛び越え、さらに接近する。
 懐から御札を取り出し、再び襲ってきた触手と矢に投げつける。

「弾けろ!」

 御札から霊力が迸り、僕に迫ってきていた攻撃は逸れる。
 そして間合いを詰め、リヒトを振るった瞬間...!

「っ!ぐっ...!」

 瘴気が庇うように割り込み、剣先が逸らされる。
 斬り返しで再び攻撃するも、今度は短刀で防がれた。

「やっぱり...!」

 深追いは禁物だ。今の僕らには強行突破できる余力は残っていない。
 すぐさまバク宙の要領で後ろに飛び退き、襲ってきた触手を回避する。
 さらに追撃で飛んできた矢を利用し、防いだ反動で椿の所まで飛び退く。

「決定打が足りない...!」

「霊力不足と...先の戦闘での傷ね...。」

 幸い、那美さんと久遠はユーノに守ってもらっているから庇う必要はない。
 椿を再現してると言っても、所詮は魔力だからな。ユーノなら防げるだろう。

「朱雀落は...?」

「....一射が限度よ。それ以降の戦闘にも支障を来すわ。」

 決定打になりうる椿の技は一回が限度。
 しかし、それも回避されれば終わりだし、放つまでが無防備だ。

「っ...!とにかく、突破口を見つけるしかないな...!」

「ええ...!そうね!」

 その場を飛び退き、飛んできた矢を躱す。
 理性がないおかげで回避は容易い方だが、それでもジリ貧だ。
 このままでは、先にスタミナが尽きる....!

「(どうすれば...!)」

 先も言った通り、突破口を見つけるしかないのか...。
 そう思った瞬間、閃光が走った。

     ピシャァアアアアン!!

「なっ...!?」

 瘴気に防がれたが、充分決定打になりうる強力な雷。
 そんな事ができるのは、僕らの中には.....っ、一人だけいた...!

「久遠...!?」

「...!私も、戦う...!」

 そこには、巫女服の姿をし、狐耳と五本の尻尾を生やした金髪の女性がいた。

「(....誰?)」

 ...って、久遠か。少女形態の面影があるし。所謂、本気モードって奴なんだろう。
 “カタストロフ”の時に使わなかったのは燃費が悪いからって所か。
 短期決戦を目指している今ならちょうどいいな...!

「(よし...!)久遠!突破口を開くために強力なの頼む!ユーノは変わらず守っていてくれよ!...椿、頼むぞ!」

「分かった...!」

「分かったわ!」

 僕らの動きは大して変わらない。そこへ久遠の援護が入っただけだからな。

「(術式に流し込めなくてもこれぐらいなら...!)Anfang(アンファング)!!」

 触手を躱し、矢を逸らして懐から魔力結晶を三つ取り出す。
 それを投げつけ、ほんの僅かに扱えた魔力を流し、爆発させる。

「久遠!」

「任せ、て...!」

     ドゴォオオオオン!!

 瘴気で防がせ、守りに入った所に爆音のような雷が落とされる。
 ...って、これ並の砲撃魔法なんて目じゃない威力だぞ!?

「椿!」

 ともかく、これで瘴気の守りに穴が開いた。これで後は...!

「“朱雀落・封魔之呪”!」

 朱い炎を纏った矢が暴走体を貫き、封印が施される。
 ...戦闘、終了だ。

「終わった...!」

「な、何とかなったわね...。っ...!」

 封印され、沈黙したジュエルシードを確認して、椿はその場に崩れ落ちる。
 霊脈のおかげで辛うじて使えた左手がまた使えなくなったのだ。

「...ユーノ、念のため魔法での封印を頼む。そっちの方がいいしな...。」

「分かった。...治療は必要かい?」

「霊脈の方がいいさ。ユーノの魔力も勿体ない。」

 結界が崩れていくのを見ながら、ジュエルシードをユーノに任せる。
 ...後で倉庫での時のジュエルシードも任せるか。

「今のは....。」

「...今僕らが対面している事件の代物です。...久遠、さっきは助かった。」

「くぅ。」

 那美さんがジュエルシードについて聞こうとしてきたので、僕が答える。
 ちなみに久遠は既に子狐の姿に戻っていた。

「まさか...それで二人はそんなにボロボロに...?」

「...一際厄介なのがいましてね...。」

〈マスター、魔力反応です。これは....。〉

 那美さんに説明してしまおうとした時、リヒトの言う通り誰かが飛んでくる。

「あれは....クロノか?」

「っ、本当!?」

 霊力で視力を強化し、見てみると、それはクロノだった。
 そんな僕の言葉にユーノも反応する。

「...安心するのはまだ早いぞ。誤解が解けてない可能性がある。」

「あ....。」

 警戒を解かずに、クロノ達を待つ。
 那美さんは今回巻き込まれただけだから、守る必要はないだろう。保護されるし。

「っ....!」

「待て!」

 僕らが警戒しているのを見て、織崎が真っ先に構えようとする。
 それをクロノが抑えた。

「....本物の優輝で間違いないな?」

「...その質問をするって事は...。」

「目を覚ましたアリシアから話は聞いた。」

 その言葉を聞き、僕らは警戒を解く。

「なるほど。...その割には約二名が臨戦態勢なんだが。」

「っ...神夜!帝!」

 織崎と王牙は相変わらず僕を睨みつけている。
 ...どうせ、僕の偽物だから僕が原因とでも考えてるんだろ。

「...葵はどこだ。」

「.....そっちでも、行方は分かってないんだな。」

 織崎が絞り出すように聞いてきたので、クロノにそう確認するように言う。

「そう答えるという事は...。」

「僕らは生きてると信じたい。」

 ふと気づいた事があり、そこから考えても僕は葵が生きていると信じている。

「ふざけるな!お前のせいで...お前のせいで葵は...!」

「そうだ!てめぇのせいで葵は殺されたんだ!」

 二人は怒りを露わにして僕を睨みつけてくる。
 なのは達も魅了のせいでそれに便乗して少し睨んでくる。

「君達は...!アリシアが言った事を蔑ろにする気か!!優輝に全ての責任を負わせようとするな!!」

「でも...!優輝君がジュエルシードを封印せずに持っていたから...!」

 クロノの叱責になのはが言い返す。
 ...ジュエルシードの封印はちゃんとしていた。しかし、僕の“負の感情”から偽物が現れてしまったのは事実だ。だから、あまり言い返せない。

「そもそも、僕らの記憶が改竄されていなければこんな事にはなっていない!」

「クロノ...?今、なんて言った...?」

 記憶が改竄...?まさか、司さんの記憶が...。

「...アリシアから聞いただけだ。...その様子だと...。」

「...覚えている。...それにしても、アリシアがか...。一体、いつの間に...。」

 シュラインが何かした訳でも、僕が何かした訳でもない。
 ...というか、僕らがそんな事する暇なんてなかったはずだ。

〈...おそらく、貴方の力でしょう。あの意志を宿らせた眩い輝きの(つるぎ)...あの輝きがアリシア様を正しき状態へと....。〉

「...なるほど...な。」

 勝利へ導きし王の剣(エクスカリバー・ケーニヒ)...あの技は僕の...導王としての力と確固たる意志を込めて放つ技だ。
 瞬間的な出力であれば、アリシアを正気に戻して記憶改竄も治す可能性はある。
 なにせ、“導く”ための聖剣だからな。

「ジュエルシード...!?」

「あ...。」

「やっぱりお前...!」

 シュラインがジュエルシードに人格を宿しているのを、当然皆は知らない。
 よって、より警戒させる羽目になった。

「...待て。今、ジュエルシードに人格がなかったか?」

「...クロノがいてくれて助かったよ。...その通りだよ。ちょっとした事情から人格をジュエルシードに移している。...害はないよ。」

「ユーノから見てどうだ?」

「同意見だよ。初見は驚いたけど、害はない。人格を宿している事によって、暴走しないようになっているみたいだ。...代わりにジュエルシードとしての力も単体では使えないけど。」

 クロノとユーノが仲介してくれたおかげで、不毛な争いに発展しずに済む。

「それとそちらの女性は...あの時の....。」

「...また、巻き込まれたんだよ。あ、クロノ。こっちの封印を頼む。霊術で封じているが、やっぱり魔法は魔法で封じた方がいい。」

「っと。...沈黙してるが、魔力を感じないのが不気味だな。僕には霊力がわからないから仕方ない事だが。」

 疲れ切っている僕らよりもクロノの方が効率がいいので、投げ渡しておく。

「アリシアも交えて事情を聞きたい。ついてきてくれ。」

「分かった。...こっちとしても、休みたいんだ。偽物が妨害しに来る前に連れて行ってくれ。」

 ようやく休息が取れると、肩の荷が下りて僕はその場に座り込む。

「...神咲さんも一度連れて行くべきか...。」

「...すみません。久遠はともかく、私は何も助けになれなさそうなので...遠慮しておきます。」

 クロノの呟きに那美さんがそう返事する。
 ...多分、今なら偽物に狙われる心配もないからその方がむしろいいかもな...。

「そうか...。」

「久遠も実戦経験があまりないから連れて行かない方がいいぞ。」

 僕からもそう言い、那美さんは連れて行かない事に決定する。
 久遠の場合は那美さんの念のための護衛でいておく方がいいしな。

「では、この事は口外しないように...。」

「はい。...頑張ってください。」

 那美さんに見送られ、僕らはクロノによってアースラへと転移した。









「....ふぅ....。」

 久しぶりにアースラ...つまり安全な場所に来れて、思わず力が抜けてしまう。

「...随分、疲れているな...。」

「当たり前さ...。シュラインに導かれてジュエルシードを封印したと思ったら、リンカーコアを吸われて死にかけるわ、翌日の夜に葵はいなくなるわ、今日に至ってはジュエルシード、偽物、ジュエルシードの連戦だぞ...。」

「それは....。」

 クロノが絶句する。まぁ、当然だよな...こんな連戦だし。
 しかも、前提として初戦のジュエルシード以外魔法がほぼ使えないのだからな。

「リヒトとシャルも偽物に細工されて通信が使えなかったしな...。」

「...道具がなければメンテもできない...か。」

「ああ。」

 魔力的な細工だからな。どうしようもなかった。

「優輝!!」

「っ!?ぐほっ!?」

 その時、いきなりアリシアが突っ込んできた。

「良かった...!無事だった....!」

「...一応、それはこっちのセリフなんだがな...。」

 それと地味に無事ではないんだよなぁ...。リンカーコアとか、葵とか...。

「....悪い、アリシア。...まだ、終わってない。」

「っ....そうだね...まだ、司と葵が...。」

 ハッとしたようにアリシアは僕から離れる。

「...とりあえず、移動しようか。そこで事情は聞こう。」

「分かった。...できれば治療もしたいんだがな...。」

「医療班を手配しておく。傷だけならそれで充分だろう。」

 それならいいだろう。霊力もあるからそれをリンカーコアを治すのに使おう。







「....なるほど...な...。」

 僕らの話を聞き終わり、クロノはそう呟く。
 ちなみに、話したのはプリエールでの本当の事とジュエルシードについてだ。
 本来はどういう結末だったのかだとか、ジュエルシードが僕らを再現してるとかな。

「司...優輝...椿....ジュエルシードが再現する姿って、何か基準があるの?」

「基準...シュライン、わかるか?」

 アリシアからの質問に、僕はまずシュラインの意見を聞いてみる。

〈....分かりません...。マスターと関わりのある人物であるならば、マスター自身を再現する事はありませんし...。〉

「そっか...。」

 聞いただけではあれなので、僕自身でも考えてみる。
 偽物を除いて...いや、除かなくても変わらないが、再現された姿は僕と司さんと椿...場所はそれぞれ緋雪達が誘拐された倉庫、司さんとシュラインが出会った校庭、“カタストロフ”に襲われた神社だ。
 ザッと考えて思いついた共通点は、そのどの場面にも司さんがいた事だ。
 そして再現された人物もその場にいた。....つまり...。

「...ジュエルシードのある場所で司さんが経験した出来事...その時その場にいた人物が再現されている...?」

「.....可能性としては、あり得るな...。」

 確証なんてない。ただ条件に当てはまっただけだ。

「飽くまで候補として考えておくとするわ。...それと、目先の問題である優輝君の偽物の事と葵さんの事だけど...。」

 リンディさんがそう言って、話が偽物と葵の事に移る。

「二人の話だと、偽物が葵を洗脳して敵に回っているとの事だが...。」

「洗脳魔法だなんて、本来犯罪として扱われてるんだけど...まぁ、偽物ならしょうがないわね。」

 ...ん?僕に視線が...。
 ..あ、そうか。犯罪になる魔法を偽物が使うって事は、本物である僕も使えると思われてるのか。...実際、使おうと思えば使えるけどさ。
 一応、弁解させてもらおうか。

「元から僕が扱ってた訳じゃない。...洗脳魔法は所謂思考などを弄る魔法だ。...魔法の理論を詳しく知っていれば、ゼロから創り出す事だってできてしまう。」

〈付け加えて言えば、私やシャルラッハロートには洗脳魔法の類は登録されていません。〉

 織崎と王牙がうるさくする前にそう言っておく。
 あ、それともう一つ...。

「...付け加えれば、偽物の所の葵は本当に洗脳された葵なのか?とも思っている。」

「それは...葵が自分の意志で偽物と共にいると?」

 クロノの問いに僕は首を振って否定する。

「...霊力については皆知っているな?誰もが持っている、生命エネルギーのようなものだ。...当然、元々式姫だった葵も霊力はある。」

 そして、魔力ではほぼ探知できないという点もあるが...今はいいか。

「僕や椿なら常人の霊力はともかく、葵程ならば戦闘中であろうとも霊力を感じ取れるはず。だけど、あの時は...。」

「感じられなかった...と?」

 クロノの言葉に僕は頷く。椿を見てみれば、“そういえば”と言った顔をしていた。

「飽くまで可能性だけどね。洗脳前の戦闘によって霊力が枯渇していて感じ取れなかったって可能性もあるし、確証もない。」

「...優輝と椿個人としては、どう思ってる?」

 戦闘の時を思い出し、考えてみる。

「...偽物、かな。僕のように、葵を模した偽物かもしれない。」

「同意見よ。....それに、霊力が枯渇しているほどの戦闘を行ったのなら、もっとボロボロになっているはずよ。」

 さらに言えば偽物の言っている事が本当かどうかもわからないからね。
 ジュエルシードを核とした僕の偽物なら、同じジュエルシードを利用して葵をコピーする事もできるだろうし...。
 ...そうであるならば、そこにはジュエルシードが二つある事になるけど。

「....?ユーノ君、さっきからずっと思案顔だけど...どうしたの?」

 ふと、なのはがユーノの顔を見てそういう。
 ...そういえば、ずっと何か考えているな。

「...あ、いや...クロノ達が来る前に優輝が言ってた事を考えてて...。」

「それって.....。」

「...偽物についてだよ。」

 クロノが来る前...正確には暴走体と戦う前に言ってた事...。
 確か、僕の偽物にしては詰めが甘すぎるって事だっけな。

「優輝から聞いた偽物の行動を照らし合わせて、やっぱり優輝の偽物としてはあまりにも詰めが甘い。...偽物が優輝を殺す気でいるのなら、それこそもう本物の優輝はいないよ。」

「我ながら同意見。正直、予想以上に見逃してくれたから生き延びれたものだ。魔力が大量にあるのなら、創造魔法で散々やらかしにかかってくるからな。」

 葵の(暫定)偽物もいるのなら、創造魔法と併用して足止めしつつ、トワイライトスパークで一掃してくるからな。...あれは逸らせないし防げない。

「....それはただ単に、優輝を殺すつもりがないんじゃ...。」

「そうだろうね。...だけど、それだと言ってた事と違うから、ますます目的がわからなくなる。」

 偽物の目的は緋雪を生き返らせる事。その過程で僕らは邪魔だから殺すと言っていた。
 ...もし、僕らを殺すつもりがないのなら、とことん邪魔される事ぐらい承知のはずだ。
 ...だとすれば、僕の偽物にしては行動がちぐはぐだ。

「...どの道、偽物はどうにかしないといけない。...この際、目的はいいだろう。」

「そうだな...。今は、いかにして偽物を倒し、ジュエルシードを回収するかだな」

 気になるが、倒してしまえばいかな目的であろうともそれで終わる。
 動機とかは今は重要じゃない。

「...改めて説明するが、今回の事件は地球だけの規模のように見えて、途轍もない規模で起きている。...一番の影響は僕らの記憶そのものだ。」

「記憶を何らかの方法で取り戻した優輝君、椿ちゃん、アリシアちゃんの話によると、“聖奈司”という人物とそれに関する一切の記憶が改竄されて抹消されているみたい。」

 クロノとエイミィさんが全員にしっかり聞こえるように改めて説明する。

「数人、数十人どころか、数多の次元世界から自身の存在を消す...そんなのは当然、人の身では不可能だ。そこで使用されたのが....。」

「今回の要である、ジュエルシード...。それも、本来の力でね。」

「ジュエルシードの総数は25個。そしてその真の力は天巫女による“祈祷顕現(プレイヤー・メニフェステイション)”の力によって解放される。....その規模は、椿曰く“神に等しい所業”との事だ。」

 誰かが唾を呑み込む音が聞こえた。...まぁ、改めて聞いても凄まじいからな。

「件の彼女のデバイスである、シュライン・メイデンの話によれば、彼女は“自分なんていなければいい”などといった、“負の感情”があり、それがジュエルシードに伝達し、今の状況になっている。」

「...自身の存在を消す。...まさに“いなくなった”って訳だよ。」

「僕らにできる事は一つだけ。今地球に散らばっているジュエルシードを回収し、彼女を助けに向かうんだ!」

 そうクロノは力強く言い、一呼吸おいて言葉を続ける。

「...その過程で、優輝の偽物が現れている。“敵に回れば厄介”を体現したかのように、とても危険だ。奴の対処をどうするか決めるべきなんだが...。」

 そこで視線が僕と椿に集まる。
 僕らの事情を話していた時に、“策がある”って言ってたからな。

「...手はあるんだな?」

「ええ。とびっきりのね。」

「僕の偽物は僕自身で片を付ける。」

 僕らが強く言うと、クロノは納得したように一度目を伏せ、リンディさんに視線を送る。

「...これより、皆さんにはジュエルシードを発見次第回収しに向かってもらいます。一つ一つが誰かの姿を再現し、非常に強力なものとなっているので、向かう際は複数人で行ってもらいます。また、優輝さんの偽物が現れた際は必ず連絡が取れるなら取ってください。決して単独で倒そうとしないように。」

 リンディさんはスラスラと指示を出していく。

「ジュエルシードは結界を展開しており、非常に発見が困難です。さらにそこへ偽物の襲撃の可能性もあるので、結界外で誰かを待機させる必要があります。」

「我々アースラクルーもジュエルシード発見に全力を尽くす。...久しぶりに困難な戦いになるだろうけど、頑張ってくれ。」

「回収の際のグループは連携、戦力を考慮した組み合わせでお願いするわ。...どちらかが欠けているだけで、優輝さんの偽物はその隙をついてくるわ。」

 僕じゃなくても、戦いが巧い人は普通そうすると思うが...。
 ...ともかく、これで全体的な方針は決まった。後は...。

「優輝は今すぐ医務室に向かってくれ。霊力で戦えるとはいえ、リンカーコアが使えない今、できるだけ治しておきたい。」

「分かった。椿と...後ユーノ、ついてきてくれるか?」

 クロノの指示通り、医務室へ向かうため席を立つ。
 そこで椿とユーノに呼びかける。

「分かったわ。」

「椿は分かるけど...なんで僕も?」

「やりたい事があってな。見てもらうならユーノが一番適任なんだ。」

 ロストロギアに詳しいユーノだからこそだしな。

「...何をするわからないけど、僕にできるのなら。」

「助かる。...じゃ、行こうか。」

 そうして僕らは医務室へと向かっていった。









 
 

 
後書き
久遠の雷…なんか本気ならリインフォースと渡り合えると聞いた事があるので、なのはのハイペリオンスマッシャー以上の威力はある設定です。強い(確信)

朱雀落・封魔之呪…以前あった一閃の朱雀落版。封印の術式を載せてある。

何気に祟り椿再登場。ただし本気久遠にあっさりやられる。
何とか管理局と合流しました。ようやく優輝も回復できます。 

 

第67話「休息の間に」

 
前書き
キャラ全体に見せ場をやりたい...。(ただし織崎除く)
ちなみに優輝のリンカーコアは霊力のおかげで常人の二倍以上のスピードで治ってます。
 

 






       =優輝side=





「....とりあえず、できる限りの手を尽くしました。後は安静にしておけば徐々に治っていきます。見た所、安静にさえしておけば、確実に完治させる事ができるでしょう。」

「ありがとうございました。」

 医務室にて、リンカーコアを診てもらい、そう判断を貰った。
 ...そんな状態で一度魔法を使った事はさすがに話していない。

「さて...。」

「やりたい事って、結局なんなの?」

「ん?まぁ、ついてきなって。」

 疑問に思い続けるユーノと椿を連れ、アースラでの僕の部屋へと移動する。





「さて...と。椿、霊脈は?」

「...さすがに繋がってないわね。」

「そうか。...まぁ、そのための御札と魔力結晶なんだけどね。」

 霊脈が繋がっているのなら、霊力の心配がほとんどないけど、これは仕方がない。
 ...って、あれ?

「...地球から離れる事で霊脈の恩恵が受けれないなら、神降しは?」

「あ....。」

 ...やばい。地球の...それも日本の神を降ろした所で、異世界にまでその力を持っていけるとは思えない。

「....偽物との決着は...まぁ、大丈夫として、司さんはきついな。」

「一応、少しの時間なら降ろしたままで行けるだろうけど...盲点だったわ...。」

 これだと、偽物との戦いは地球の地前提だな。

「神降しって...?」

「他の次元世界にはないか?神様の力をその身に降ろして行使するっていうのだが...。」

「...うーん...似たようなのはあったかなぁ...?」

 まぁ、探せば案外他の世界でもあったりするだろうな。

「...って、今はその事で悩んでる場合じゃなかった。リヒト、シュライン。」

〈はい。〉

〈いつでもどうぞ。〉

 リヒトとシュラインに呼びかけ、リヒトから魔力結晶と御札が出される。
 シュラインは机の上に佇むように舞い降りた。

「何を...。」

「ユーノ、シュラインが宿っているジュエルシードに異常が起こらないか、よく見ていてくれ。何か起これば対処を頼む。」

「優輝!?」

 まるでこれからジュエルシードに何かするかのような言い方に、ユーノは驚く。
 ...“ような”ではなくて実際するんだけどね。

「椿はまだ魔力を扱えない。かといって、僕だと対処する暇がないからね。」

「一体何をするつもり?」

 大体何をするのか察しているだろうに、ユーノはそう聞いてくる。
 ...察しているからこそ、聞いてるのか。

「ジュエルシードを元の状態に戻す。」

「元の...って事は、願いを歪める事のない...天巫女が所持していた時の?」

「ああ。シュラインが宿っている今、それが可能だ。」

 そして、一つさえ変質していないジュエルシードがあれば、他のも直せるしな。

「でも、ロストロギアに干渉だなんて...。」

「不法所持と無断使用が禁止なんだろ?所持はリンディさんとクロノから既に許可を貰ってるし、使用してる訳じゃないからな。」

 飽くまで解析と修正だ。多分法には引っかからない...はず。

「いや、もうこの際そこには目を瞑るよ。問題は...。」

「直せるかどうかなら安心してくれ。既に大体は把握してある。」

「えっ?」

 僕の言葉にユーノは固まる。
 ...あぁ、そっか。ユーノにとっちゃ、“ロストロギアを既に解析してある”って言ったのと同義だもんな。普通は驚く。

「ジュエルシードはシステム的な構造をしていないからな。そうやって視点を変えて解析をすれば、大体は分かる。」

「そういうものではないと思うけど...。」

「生憎、解析魔法は得意でね。」

 創造魔法があるからこそ、ものの構造を視る解析魔法も得意になっている。
 だからジュエルシードがあんなに早く解析できたのだろう。

「とにかく、これから集中する。異常があれば対処してくれ。」

「わ、わかった。」

 霊力を用いて魔力結晶の魔力を操り、魔法を行使する。
 ジュエルシードに解析魔法を通して干渉し、“歪み”に手を加えていく。

「っ......!」

 マルチタスクをフル活用し、周りが一切見えなくなる程に集中を高める。
 普通の所には触れず、異常な所には刺激を与えずに直していく。

「(ここは後回し、こっちはこうして、これは魔力を流しながら...。)」

 魔力を流し、整え、正していく。
 時限爆弾のコードを切って解体するかのように、細心の注意を払いつつ順番に“歪み”を少しずつ直していく。

「(制限時間は10分余り。...このペースなら、行ける...!)」

 “流れ”が掴めてきたので、さらにペースを上げる。
 そうして、僕はジュエルシードの修復に没頭した。









「っ.....は、ぁっ....!」

 まるで止めていた息を再開するかのように、息を吐く。
 それと同時に、魔力結晶の魔力が切れ、僕の干渉は終わった。

「っ、ぁー...頭使いすぎた...。」

「...それで、結果はどうなの?」

 椅子の背もたれにぐったりともたれ、反るように後ろを見る。
 そこで椿が結果を聞いてくる。

「....シュライン。」

〈.....完璧です。まさか、こんな短時間で直すとは...!〉

「...って訳だ。疲れた...。」

 そういう訳で、ジュエルシードⅠは無事修復が完了した。
 内部構造は暗記していないが、正常に戻った今ならリヒトとシャルでも解析できる。
 シュラインもいる事だし、構造は後で記録しよう。

「....え?...え...?」

 ...あ、ユーノが信じられないような目で見てる。
 まぁ、仮にも“失われた技術”だもんなぁ...。それを完璧に直すのには驚くか。

「シュラインだけで何ができる?」

〈大した事はできませんが...。優輝様のリンカーコアの治癒を促進させる事ぐらいはできます。〉

「そう?じゃあ、頼む。」

〈では...。〉

 一度シュラインが淡く光、僕の胸辺りが温かくなる。
 ...なるほど、“治す”という意志を魔力に浸透させ、それを僕に送ってるのか。

「やっぱり、“治す”事に特化させれば霊力より効果が高いな。しかも併用できる。」

「なら、次の戦いで優輝は魔法を使えるのかしら?」

「どうだろうな。いつ戦闘になるかで変わるが...。」

 少なくとも無理すれば使える。...とは口に出さない。
 どうせ、リヒトと椿に止められるし。

「ゆ、ゆ、優輝!?個人でロストロギアを...それも完璧にって!?」

「あー、その、なんだ。落ち着け。」

 パニックになったユーノをなんとか落ち着かせる。

「確かにジュエルシードはロストロギアに分類されるけど、その実態は“失われた技術”というより、レアスキルの集合体や塊みたいなものだ。」

「レアスキル...いや、確かにそうだけど...。」

「デバイスやミッド式、ベルカ式のようにシステム的な側面はあまりないから、そこも他のロストロギアと違う。...そこは分かるな?」

「う、うん。...だからって干渉できる気がしないけど。」

 まぁ、僕も前世がなければこんな事はできなかっただろう。
 ムートとしてなら、ベルカ式を主軸に考えてどうしてもシステム的な見方をしてしまう。
 前世を経たからこそ、違った見方ができたのだろう。

「じゃあ、一つ聞くけど...レアスキルはシステム的な側面はあるか?」

「え...あ!?レアスキルによるけど、解明されてない...!」

 炎熱変換のように魔力を何かに変換するレアスキルは解明されているが、それこそ司さんのレアスキルや、僕の創造魔法も解明されてない。

「だからこそ、レアスキルを以って干渉すれば...。」

「な、なるほど...って言えないよ!?」

 さすがに納得できないとユーノは言う。
 いや、説明はここで終わりではないんだけどね?

「まぁ、つまりだ。さっき言ったように、解明されていないレアスキルなら、同じ概念的な側面を持っている場合があるんだ。」

「...同じ概念的側面を持っていれば、干渉も容易い?」

「ジュエルシードと僕限定でな。“創造”を活用すれば、“祈り”が変質したジュエルシードを正しい状態にできる。」

 僕とジュエルシードの性質の相性が良かったからこそ、できた事なんだよね。これ。

「ジュエルシードの歪んだ部分を、“正しくあれ”とレアスキルを使って魔力を通せばジュエルシードの性質も相まって自然と直せるんだよ。だから直せたって訳。」

「...うーん...上手く理解でいないんだけど...。」

「言葉では説明しづらいからね。...ただ、相性が良すぎたから直せたって思っていればいいよ。どんな変質をしたにせよ、ジュエルシードには“元の状態”があったんだ。その名残から“創造”しただけだよ。」

 口では言えるが、実際やるとなると途轍もない集中力がいるけどね。

「こればっかりは理論よりも感覚で理解してもらうしかないかな。」

「...とにかく、優輝がとんでもない人物だって事は理解したよ。」

「....そりゃどーも。」

 ...自覚してるけどさ。自分が普通じゃないって事ぐらい。
 でも、面と向かって言われるとちょっと胸に来るなぁ...。

「...で、この事はクロノに知らせるの?」

「一応な。切り札にもなるし。」

 ジュエルシードにある膨大な魔力を撃ちだすだけでも相当な威力になるしな。

「何よりもリンカーコアを早く治せるのが大きいわね。」

「そっか。一応便宜上はロストロギアだから、許可を貰わないと使えないもんね。」

「そういうことだ。」

 さっき少し使ってしまったことは気にしてはいけない。

「じゃ、早速行ってくるか。」

「あ、私もついていくわ。」

「僕も行くよ。」

 そういう訳で、三人でクロノの元へ向かう事となった。







「では、もうすぐなんだな。できるだけ急いでくれ。」

 クロノのいる部屋の前に行くと、誰かと通信していた。
 とりあえずノックしてみる。

「入っていいぞ。...って優輝達か。」

「誰と通信してたんだ?」

「はやて達とだ。明日の朝には来れるそうだ。...君の両親も、な。」

「母さんと父さんも?」

 戦力が多いに越したことはないが...。
 ...まぁ、久しぶりに会えるからいいか。
 それに、母さんと父さんはデバイスなしでも連携でクロノ以上の強さを発揮するからな。
 二人曰く、プリエールでの生活で鍛えられたそうだ。

「それで、君達はなんの用だ?」

「クロノにシュラインの...ジュエルシードの使用許可を貰いに来たんだ。」

「...内包されてる魔力を使う気か?」

「いや、ちょっと違う。」

 クロノに対し、どういう事か説明する。
 ...あ、頭抱えた。

「どうして君はそう...規格外な事ばかり...。」

「相性がいいとしか言えないな...。」

 大きなため息を吐くクロノに、そっとユーノが肩に手を置く。

「...諦めも、時に重要だよ。」

「お前な...。」

 なんでそんな二人共疲れ切った顔をしているんですかね?
 ...いや、自覚あるけどさ。

「それで...どうなんだ?」

「はぁ...。まぁ、いいだろう。暴走の心配もないし、何より優輝が使うなら危険性はないだろう。それに、リンカーコアを早く治せるなら便利だしな。僕から申請を出しておく。」

「助かる。」

 さて、許可も貰えたし、後はどうするかな...っと。

「...素直に休むつもりはないのか?」

「それもいいけどな...。」

 やれる事はやっておきたい。備えがしっかりしておいた方がいいしな。
 確かに、休む事も必要だけど、それは霊術とかで誤魔化せるし。

「とりあえず、適当に歩きながら考えてみるよ。」

「無理だけはするなよ。」

「分かってるって。」

 とりあえずクロノの部屋を出る。
 ...って、椿ずっと黙ってると思ったら霊力で色んな術式組んでたんだな...。
 次の戦闘のため、御札を作っていたのか。

「...あ、思い出した!」

「えっ?こ、今度は何を...?」

 ふと椿が作業しているのを見て、つい声を出してしまう。
 ...ユーノ?驚くのは分かるが、どうしてそんな“何やらかす?”って顔してるんだ?

「一つ例えを出そう。普段はハサミで紙を切っていたけど、ある時ハサミがない。代わりにあったのはカッターだ。どうする?」

「そりゃあ、カッターで紙を...。」

「当然代用するよな?それと同じように、魔力を霊力で代用して、リヒトに通せないかなって考えてさ、前から試してたんだよ。」

 試し始めたのは司さんの事を思い出す数日前。
 さすがに簡単に成功する訳ではないので、今まで失敗してきたが...。

「どうだ?リヒト。」

〈一応、あれから少しずつ適応させてきました。そして、マスターが連戦で霊力のみ使用していたので、おそらく...。〉

「よし!なら早速トレーニングルームで試そう!」

 思い立ったが吉日。早速僕はトレーニングルームへ向かった。

「あ、ちょっと優輝!?」

「きゃっ!?あ、術式が!?」

 ...試行錯誤を繰り返してたのが成功するからか、テンション上げすぎた...。
 ごめん。椿...。







「それじゃあ、試すぞ。」

〈はい。....ヌメロフォルム。〉

 リヒトの形そのものは変わらず、剣のままだ。
 しかし、霊力を扱っている今の僕の手に、よく馴染むような...。

「ユーノ!的、出せるか?」

「防御魔法でなら...。」

「威力も試せるからちょうどいい。」

 そういうと、ユーノが上手く術式を組み立て、空中に防御魔法がいくつか現れる。

「まずは...“霊弾”!」

 リヒトに霊力を通し、魔力弾の要領で撃ちだす。

「え、あれっ!?」

「...おお、成功した...。」

 霊力版の魔力弾はそのままユーノが用意した的を貫通する。

「う、嘘...?術式がごっそりと削られた...。」

「...しかも霊力の効果はそのまま...と。」

 魔力を打ち消す効果を持つ霊力による攻撃だからか、ユーノの防御魔法も的代わりだとしても貫通してしまうほどだった。

〈っ....、しかし、今はまだ安定しないようです...。〉

「そうか...。まぁ、不意打ちには役に立つ...か。」

 偽物に対してはあまり期待できないが、暴走体相手には有効だろう。

「...で、創造魔法は....。」

 魔法と同じように、ただし使うのは霊力で創造魔法を発動させる。
 すると、大した違和感もなく、剣を創造する事ができた。

「...これで手数は増えたな。」

〈ただし、やりすぎは禁物ですよ?〉

「分かってるって。リヒトにも負担がかかるしな。」

 それでも霊力が魔力の代わりに使えるのは大きい。
 ...さて、やりたい事は終わらせたし...。

「....よし、折角トレーニングルームに来たんだし、体動かしておくか。」

 ここの所、連戦続きで適度な運動ができなかったからな。

「付き合うわ。」

「ユーノは見ていてくれ。」

「うん。...さすがに混ざろうとは思えないよ。」

 ...まぁ、今僕と椿が持っているのは剣と短刀...どう見ても近接戦だ。
 ただでさえユーノは攻撃手段に乏しいのだから、参加する訳ないよな。

「じゃ、いつも通りで行くか。」

「ええ。いつでもいいわよ。」

 いつも通り...つまり霊力などの強化なしで、降参するまでという感じだ。

「....シッ!」

「っ!」

     ギィイン!

 踏み込み、一気に間合いを詰めた突きは、短刀で少し逸らされただけで回避される。
 そこへ反撃である短刀の一閃が迫るが...。

「...まぁ、ここはいつも通り...ね。」

「何番煎じって感じ...だなっ!」

 それを空いてた片手で持ち手を防ぐ事で攻撃を止める。
 そのまま弾かれるように、一度間合いを取る。

「はぁっ!」

「シッ!」

 突きを受け流すような相手に、先程と同じ攻撃はNG。
 元々、僕の戦い方にはあまり向いていない。
 よって、今度は斬るように振るう。

     ギギギギギィイン!

「はっ!」

「甘いわ!」

「なんの!」

 剣を振るう勢いで足払いも仕掛けるが、それは躱され、逆に上からの強力な一撃が来る。
 それを剣で逸らし、殺しきれない勢いを利用して横に避ける。

「はっ!」

「ふっ!」

 そこへ振るわれる短刀を、持ち手を止める事で防ぐ。
 そして、剣を逆手に持ち、柄の部分で突こうとする。

「っ!」

「くっ...!」

 しかし、それは椿の空いていた手で防がれる。
 いや、それだけじゃない、これは...!?

「(しまっ...!)」

「はぁっ!」

 突く際の勢いを利用し、椿はそのまま片手で僕を投げ飛ばす。
 体勢を崩され、そこへ短刀が投げつけられてきたので、ギリギリ防ぐ。

「これで...終わり!」

「ぐっ...!?」

 だが、防いだのは悪手で、その瞬間に椿は僕の懐い接近。
 剣を持つ手首を取られ、腕に掌底が当てられ、僕は剣を取り落としてしまう。
 そのまま、掌底の状態から腕を掴まれ、それを基点に椿は一回転、その勢いで僕を体重を乗せて思いっきり背中から押し倒してくる。

「導王流でも...これは防げないわよね?」

「うぐ....参った...。」

 背中が叩きつけられ、追撃で固め技をかけてくる椿に、僕は降参する。

「...あー、導王流にももう慣れられたか...。」

「残念ながら賭けに勝っただけよ。どうせ、二度目は通用しないでしょう?」

 確かに、椿の言う通りだ。
 二度目なら、短刀を弾いた後の接近を許さないだろう。

「...軽い...運動?」

「うん。組手みたいなものだな。僕らにはこれがちょうどいい。」

「準備運動は連戦があったから必要ないしね。」

 確かにユーノから見れば軽くないが、僕らにとっては軽い。
 ...この場に葵がいないのが違和感あるが...。だからこそ、早く助けないとな。

「二人とも...魔力使ってなくて今のなんだよね?」

「そうね。霊力も使ってないわ。」

「純粋に身体能力と技術だけだな。」

 人間と式姫とじゃ、スペックが違うけどね。

「優輝は前々から接近戦が異様に強いと思ってたけど、椿はそれを上回るなんて...。」

「あ、その事だけど、それは導王流の弱点...というか、隙を突いただけよ。」

 実際の所、近接戦で僕が椿に負ける事はない。
 ...と言っても、それは普段の時だ。時と場合によってはどんな相性も覆る。

「僕が扱う導王流の弱点は、多対一の他にもあるんだ。」

「それが日本にある合気などの“柔”の技ね。」

 合気だと、既に相手...つまり僕の力を利用された状態だ。
 そんな状態で相手の力を誘導させれる訳がない。...よって、導王流が使えないのだ。
 他の“柔”の技も似たようなもので、導王流が使える状態に持っていけない。

「投げ飛ばしとかは導王流で防ぎようがないからね。」

「そこから導王流を封じて行けば、技術で負けていても勝てるわ。」

 近接戦の技術はなくてもいいが、結局はそこまで持っていく戦闘技術は必要だけどね。

「地球って...凄いね...。魔力がないからか、色んな工夫が...。」

「ユーノもやってみるか?簡単な事なら教えられるし、自衛もできるぞ?」

 ユーノは攻撃魔法に適正がないからちょうどいいしな。

「...機会があったらかな?今は今の事件に集中しなきゃ、だしね。」

「そうだな。...あ、理論だけでも教えておくよ。ユーノなら多分使える。」

 教えるのは魔力を衝撃として打ち込み、相手にダメージor気絶させる技。
 デバイスなしで魔法を行使するユーノなら使えるはずだ。

「今回の事件...特に僕の偽物相手には使えないけど、バインドとかで拘束した後にこれを打ち込めば、大ダメージを与えられるよ。...ただ、強すぎると危険だけど。」

「加減を考えろって訳だね。...って、これってもしかして...。」

 魔力を衝撃として打ち込む所に、ユーノが気づく。

「防御魔法にも、通用する?」

「そりゃあ、通用する。効果抜群だ。」

「...なるほど...。」

 ...お、これはいい影響になったか?
 ユーノの事だ。無駄な結果にはならないだろう。

「ちょっとこれに叩き込んでみろ。...刃には打ち込むなよ?」

「そ、それはしないよ!」

「はは、冗談だ。さ、やってみろ。」

 先ほど創造魔法で創造し、椿との斬り合いにも使った剣を床に突き刺しておく。
 それに、ユーノは魔力を込めた手で掌底を放つ。

「っ...やぁっ!!」

   ―――“徹衝(てっしょう)

     バキィイイン!!

 初めてやったとは思えない程に、あっさりと剣は折れる。

「す、凄い威力だね...。クロノのブレイクインパルスみたい...。」

「さすがにあれより威力は劣るけどな。使い勝手はいいだろ?」

 例え攻撃魔法に適正がなくとも、デバイスなしで魔法がしっかり扱えるなら使えるしな。
 今度母さんと父さんにも教えておこう。

「...さて、さすがにやる事はなくなったかな。」

「そうね。霊力も回復させておきたいし、休むとしましょうか。」

 普段なら余っている霊力や魔力を御札に込めたり結晶にするが、今はそれをする余裕もないからね。大人しく休むとしよう。

「...ようやく休むんだね...。じゃ、僕はもう行くよ。」

「ああ。ありがとう、付き合ってくれて。」

「面白い魔法を教えてもらえたことだし、別にいいよ。...ただ、いきなりロストロギアを直すなんて真似はもうしないでくれ...。心臓に悪い。」

「...なんか、ごめん。」

 普段の魔法に慣れている人ほど僕のやってる事って信じられないんだろうな...。
 やっぱり、少しは自重するべきか?

「じゃあ、休みに行こうか。」

「ええ。」

 とりあえずという事で、僕らは部屋に戻ってゆっくり休む事にする。
 葵の事が心配だけど、それはアースラクルーの人に任せよう。
 僕らだけで無茶する必要はないのだから。























       =out side=







 街の一番高いビルの屋上。給水タンクの上に、一つの人影があった。
 傍らには、人影がもう一つあり、タンクに腰かけている。

「.....役者は明日揃う。準備も完了した。」

 街を見通すように、人影...優輝の偽物は言う。

「決着は明日。ジュエルシードの位置は全て把握した。...その気になれば、今からでも動かせるな。」

「でも、それはしないんでしょー?」

 偽物の言葉に、もう一人...葵が言う。

「まぁね。....だが、オリジナルが乗り越えなければ結末は同じだ。」

「絶対向こうも気づいているよ。...詰めが甘すぎるって。」

「...結局、“負の感情”を集めたとて、それだけ僕は甘いって事さ。」

「...そうだね。」

 物思いに耽るように、偽物は夜空を見上げる。

「...良い月だ。この景色も、今宵で見納めか。」

「そうだろうね。」

 悲しそうに...だが達観した面持ちで偽物は言う。
 まるで、自分がどうなるのか承知しているかのように。

「結局、雪ちゃんを生き返らせたいのは嘘なの?」

「いや、本心さ。...誰だって、大事な人が死んだら、生き返って欲しいって思うだろう?」

「...なるほどね...。」

 葵の問いに答える偽物。
 その答えに、葵は何かに合点が行ったようだ。

「...あたしは優ちゃんと違って、“負の感情”が蓄積されて生まれた訳じゃない。だから、優ちゃんとは考えが違うと思ったけど...。」

「その実、変わりないって事さ。」

「結局、優ちゃんは人間らしい...けど、負の感情は持たないってね。」

 そういって二人は軽く笑い合う。
 ...優輝達と戦った雰囲気が、まるで嘘かのように。

「.....さぁ、オリジナル。僕らが行う事、止めたければ...。」

「あたし達を乗り越えてね。」

「乗り越える事ができれば、おそらくは....。」

 気持ちを切り替え、二人は言葉を紡ぐ。
 優輝に挑戦状を差し向けるように、挑発染みた物言いで。













   ―――...全ては、我らが主を救うため...。















 
 

 
後書き
ヌメロフォルム…リヒトに霊力を通し、魔法のように扱うための形態。ヌメロは霊術のドイツ語(Numero)から。

霊弾…魔力弾の霊力バージョン。ただそれだけ。ただし汎用性は高い。

徹衝…魔力及び霊力を打ち込み、ダメージを与えたり昏倒させる技。使い勝手はいい。

決戦の時は近い...ように思えて、密度の高い一日になるのでまだまだ話数は増えます。
最後のは暗躍っぽい文章にしてみたかった...ただそれだけです。(できてないけど) 

 

第68話「始動」

 
前書き
さて、大量のキャラをどう動かしていくか...。
(小説で一番きついのって、個人的にこういう所だと思う。)

何気に優輝の両親の名前が出てない...。という訳で↓
母親:優香(ゆうか) 父親:光輝(こうき) 

 






       =優輝side=





「...っ、ぁー...!」

 ベッドから起き上がり、大きく伸びをする。
 ...なんか、久しぶりな気がするな。しっかり休んだの。
 一応、昨日もしっかり休んだはずだけど。

「(霊力は...全快してるな。)リヒト、シャル。調子はどうだ?」

〈良好です。〉

〈同じく。〉

 二機の返事に僕は満足に頷く。
 さて、後は...。

「...っと、シュライン。ずっと僕のリンカーコアを癒しててくれたんだな。」

〈いえ、実質私という人格は優輝様方のように休んでいました。リンカーコアを治癒していたのは、ジュエルシードの効果です。...その、お礼を言われる事ではありません。〉

「そうなのか?...でも、だいぶ治ってるからな。それでもありがとう。」

 “だいぶ”と言っても、まだ五分の一未満だ。
 今日もずっと治してもらう事になるし、これでも十分かな。

「椿、起きてるか?」

「ええ。もちろんよ。」

 下のベッドで寝ていた椿に話しかける。
 ちなみに、僕らが寝ていたベッドは二段ベッドで、僕は上で寝ていた。

「霊力も回復しているわ。これなら...。」

「ああ。」

 とりあえず、起きたのなら軽い運動をしようかな。

「椿、僕はトレーニングルームに行くが...。」

「私も行くわ。軽く体を動かしましょ。」

 そうと決まれば、僕らは支度をしてトレーニングルームに向かった。









「...ふぅ。よし、体もほぐれたな。」

「...思ったより早い時間だったのね。」

 軽く体を動かした今の時間が、6時半。...確かに早いな。

「...今日あるであろう戦闘のため、体力は温存しておくか。」

「そうね。...そうとなれば、どうするの?」

「適当に歩き回ろう。誰か起きているかもしれないし。」

 汗を流すためのシャワーを浴びて着替えるついでに、そうする事に決める。
 ...そういえば、母さん達ってまだ来てないのかな?







「...あ。」

「あ。」

 シャワーを浴び、着替えを済ませた所で、廊下でばったりと母さん達に遭遇する。

「久しぶりね、優輝!」

「わぷっ...っと、久しぶり。母さん、父さん。」

 出会い頭に抱き締められながらも、僕はそう言った。

「結構早朝に来たと思ったのだけど、もう起きてたのね。」

「早起きだからね。母さんと父さんこそ、随分早い時間に来てるね。」

「ただ中途半端な時間にアースラに着いただけだ。」

 通りでこんな所でばったり会う訳だ。

「椿ちゃんも久しぶりね。」

「え、ええ。...随分と嬉しそうね...。」

「当然よ!久しぶりに会えたもの!」

 プリエールで再会してから、母さんは久しぶりに会う度にテンションが高い。
 椿もそのテンションは苦手のようだ。

「優香、今はそれどころじゃ...。」

「っと、そうだったわね...。...事態は深刻そうね。」

 父さんが母さんを止める事で、真剣な雰囲気になる。

「ジュエルシードか...。一応、俺たちにも関係はあるんだよな...。」

「助けてもらったプリエールに伝わる秘宝だものね...。」

 そういえば、二人はプリエールで再会するまでは生きてきた。
 だから、その世界に伝わるジュエルシードにも思う所はあるのだろう。

「....とりあえず、朝食を食べましょう。中途半端な時間に着いたから、お腹減ってるのよ...。」

「...仕方ないな、母さんは...。食堂、もう開いてたっけ?」

「一応ね。」

 そうと決まれば食堂へ行こう。
 ついでに、僕らも朝食を取ればいいな。







「...ところで、葵ちゃんは?」

「っ....。」

 朝食も食べ終わり、満腹の余韻に浸っていると、母さんがそう話を切り出す。

「...葵は...今はいない。」

「...事情は聞いたが、まさか...。」

 いくらか事情を聞いたのか、父さんが察したような表情をする。

「...生きてる。葵は生きてるわ...。」

「ああ。...少なくとも、僕らはそう思っている。」

「...そうか...。」

 洗脳されているか、殺されているか。
 結局、葵に関してはそのどちらかだと思われている。
 でも、それでも僕らは葵は生きていると信じている。...母さんと父さんの時のように。

「...ごめんなさい、こんな事聞いちゃって...。」

「謝る事ではないよ。」

 母さんが申し訳なさそうにするが、別にそう思う必要はない。
 ...葵は、絶対に生きているんだから...。

「....ねぇ、その...司ちゃんって子について、教えてもらえないかしら?」

「司さんについて?」

 おそらくクロノから司さんという存在については聞いたのだろうけど、どうして...?

「私たちは覚えていないどころか、知らないから...。」

「あ...そういえば、二人は司さんの事知らないんだったっけ...。」

 そう。両親と再会したのはプリエールで、司さんがいなくなったのもプリエール。
 ちょうどすれ違う形だったので、二人は一切司さんについて知らないのだ。

「...わかった。僕が知りうる限りの司さんの事、教えるよ。」

 必ず彼女を助けるためにも...ね。
 ...あ、もちろん転生に関わる事は省くよ?







「...なるほどね...。」

「優しい子なんだな...。」

「うん。...その代わり、自身を顧みないけどね...。」

 粗方説明し終わり、父さんがそんな感想を漏らす。

「...司さんは、報われるべきなんだ...。だから、絶対に助けないと...!」

「...その子の過去に一体何があったの?」

「...言えない。僕だけは知っているけど、司さんからすれば、他の人がその事情から説得しに行っても、説得力がない。拒絶されるだけだと思う。」

 応じてくれるとすれば、それこそ僕のように、司さんの前世を知っていないと...な。

「そう...。...辛い過去なのよね?」

「それこそ、自分がいなくなればいいって思うほどには...だろうね。」

「......。」

 僕の言葉を聞いて、母さんは考え込む。

「...その子の両親はどうしているんだ?」

「司さんの両親は魔法は知っているけど使えないからね...。魔導師としての行動を容認しているだけで、普通に暮らしているよ。...今は忘れているけど。」

「そうか。」

 同じ親として少し気になったのだろうか?

「....要となるのは優輝なのね?」

「多分ね。」

「分かったわ。私たちも、全力でサポートするわ。」

 自惚れ抜きで、司さんに話が通じるのは司さんの前世を知る者としての僕のみだろう。
 他の人では前世は知らないし、どんな目に遭ったかも知らない。

「まぁ...まずは、目の前の事からだがな...。」

「そうだね....。」

 気持ちを切り替え、ジュエルシードの事に集中しようと思った。
 その瞬間...。

「っ...!アラート!?」

「まさか...!」

 突然食堂に鳴り響くアラート。
 これが鳴るという事は、当然緊急事態が発生したという事だ。

『皆!すぐに会議室に集まってくれ!!』

「了解!!」

 クロノから通信が入り、急いで向かう。





「何があったんだ!?」

 会議室に入ると同時に、僕はクロノにそう聞く。
 既に何人か来ており、同じように気にしていたようだ。

「....ジュエルシードが、一斉に発動した。」

「なっ...!?」

「詳しくは皆が集まり次第話す。」

 その一言だけでも、緊急性が理解できた。
 ...何個あるかは不明だが、地球上のジュエルシードが一斉に発動したんだ。
 その危険性は計り知れない。

「一つ一つがあのレベルだとすれば....っ、数によっては対処しきれるか...?」

「分からないわ...。...はやて達が間に合ってよかったわね。」

 一つだけでも椿の再現のように強い場合があるのだ。
 久遠のおかげで突破できたが、あれはなかなかに強敵だった。

「....集まったな。」

 少しすれば、全員が集まり、クロノが話し出す。

「これを見てくれ。海鳴市全域の大きな魔力反応を感知するレーダーだ。」

 映し出されるのは、海鳴市と隣接した海の一部を写す地図だった。
 所々に白いマーカーみたいなのがあるが...。

「そのマーカーは全てジュエルシードの反応だ。」

「っ....!」

 一斉に発動したとは言っていたが...五つか...。
 しかも、そのうち二つはどちらも海鳴臨海公園か...。片方は一際反応が大きい。

「これを見ればわかる通り、ジュエルシードが一斉に発動している。ジュエルシード自身が結界を張っているため、被害はまだないが、放置しておくわけにはいかない。」

「...つまり、これらを回収しに?」

 一遍に見つけた場合を想定して、複数のチームを作るように言っていたが...。
 まさか、ここでそれが役に立つとはな...。

「ああ。そうしてくれ。...ただし、偽物には気を付けろ。いや、それだけじゃない。ジュエルシードそのものも危険だ。しっかりチームを組んで、それから向かってくれ。」

 クロノはそう言ってチームを組ませ始める。
 さて、僕の場合は...。

「母さんと父さんと椿...妥当すぎる...。」

「連携を取り合う二人組を組み合わせたのね。...確かに妥当だわ。」

 こういうのは、メンバー同士の関係も重要だからな。
 そう考えると、家族である僕らはぴったりなんだが。
 それと、戦力から考えてもこの人数で十分だしな。

「さて、すぐに向かうぞ!エイミィ、アースラからのバックアップ、頼んだぞ。」

「了解!任せてよ!ね、アリシアちゃん!」

「皆、頑張ってね!」

 どうやらクロノも向かうようで、エイミィさんとアリシアが激励を送ってくる。
 戦闘できるメンバーで待機しているのは、プレシアさんだけだ。
 リンディさんもいるが、あの人は提督だし...。

「よし、行くぞ!」

 クロノの声を合図に、僕らは転送ポートからそれぞれの場所向かう。







   ―――....はずだった。







〈っ...!これは...!妨害です!!〉

「しまっ...!?」

 全員が転移するその瞬間、転移に対して何かの妨害を受ける。
 そのため、転移先の座標がずれてしまう。

「(まさか...!偽物の仕業...!?)」

 いきなりこんな事になるのは、どう考えても外的要因がある。
 それで思いつくとすれば、偽物だけだ。

「(読まれてた...!これだと、皆バラバラに転移される...!)」

 これではせっかくチームを組んだ意味がない。
 とにかく、臨機応変に対処しなくては...!

「椿!」

「っ!」

 咄嗟に最も近くにいた椿の手を握る。
 よし、これで少なくとも椿とは離れ離れにはならない...!

 ...そう思った瞬間、座標が狂った転移は完了した。









「っ....。椿!」

「....いるわ。」

 転移された先...人気のない路地裏にて、椿がいるか確認する。

「...してやられたわね。」

「ああ。...まさか、転移する瞬間を狙ってきたとは...。」

 そう考えると、ジュエルシードの一斉発動も偽物の仕業だろう。
 同じジュエルシードなら、位置ぐらいなら探し出せるかもしれないし。
 なお、シュラインはジュエルシードに人格を移しているだけなので例外だ。

「エイミィさん!」

 すぐさまアースラと通信を取ろうとする。
 ...が、ノイズしか聞こえず、通信ができそうになかった。

「リヒト...またか?」

〈...厳密には違いますね。妨害には変わりありませんが、それは転移の付随効果です。アースラの方から解決してくれるでしょう。〉

「そうか...。」

 ならば、今取れる手段は...。

「リヒト、シャル。辺り一帯をサーチ。ジュエルシード及び誰かいたらそっちへ向かう。」

〈わかりました。〉

 魔力結晶をリヒトに押し当て、その魔力で探知魔法を使う。
 リンカーコアが少し回復した今なら、魔力結晶と術式を誘起させる事ぐらいはできる。

「...どうするつもり?」

「とにかく、誰かいれば合流。ジュエルシードも放置できないから、発見したらせめて結界ぐらいは張っておくつもりだ。」

「...そうね。」

 今取れる最善手はそれぐらいだ。
 後は、偽物がどう動くかだが...。

「...既に相手の思惑の時点で、考えるだけ無駄か...。」

 思いつく事のほとんどが偽物の想定内だろう。
 余程の事がない限り、しばらくは掌の上だ。

「(僕自身が僕の手を読むとしたら...まぁ、“全て乗り越えてくる”が結論だろうなぁ...。間接的な方法じゃ、効果は少ないだろうし。)」

 自惚れのようだが、実際そんな気しかしない。
 ...とはいえ、直接的な戦闘力は偽物の方が上だ。おそらく、そこで僕を仕留める気だ。

〈....見つけました!ジュエルシードの反応と...これは、奏様です!それと、遠くにユーノ様もいます!〉

「よし、まずは奏の方だ!二人とジュエルシードの反応の距離は?」

〈奏様が大体200mほどかと。それと、ジュエルシードの方が近いです。ユーノ様は奏様からさらに300mほど離れています。〉

「そうか...。」

 なら、合流する前に結界を張っておくか。

「行くぞ、椿。」

「ええ。」

 とりあえず、近くにいる面子でジュエルシードを封印するようにしていくか。
 ...くそ、僕としたことが、油断してしまうなんて...。











       =out side=







   ―――一方、優輝達が転移された頃、他の皆は...。







「っ....!」

「....これは....。」

 優香と光輝はすぐに辺りを見渡し、状況を確認する。
 周りには木々。どうやら、人気のない林に転移したようだ。

「...転移の寸前、優輝のデバイスが言ってたな...。」

「妨害...。そう言う事ね。」

 転移の座標が狂わされたのだと、二人は悟る。

「まず、ここがどこだか把握しないと...。」

「見た所林...少し歩けば外だな。」

 とりあえずという事で、二人は林を抜ける。

「....公園か?」

「...そのようね。...それと...。」

 優香は海の上の方を見る。そこには黒服の少年...クロノがいた。

「無事ですか!?」

「何とかね...。そちらは?」

「僕は平気です。...ただ、全員バラバラに転移されたようです。」

 降りてきたクロノがそういう。
 先ほど海の上に浮かんでいたのは、辺りを探索するためだったのだろう。

「....まずいな。ここには二つも結界がある...。」

「一応、結界を張っておいたので周囲に被害は出ません。...とりあえず、他に誰かいないか探しましょう。」

 三人はすぐに手分けして他に誰かいないか探す。

「っ、あれは...。」

「む....。」

 沖の方にいる人物をクロノが見つける。

「...ザフィーラか。」

「クロノか。主たちは見たか?」

「いや、僕らも飛ばされてきたばかりだ。」

 見つけた人物、ザフィーラを連れてもう一度公園へ戻る。

「...周囲にはザフィーラと...。」

「私しかいなかったようですね...。」

 公園へ戻ると、優香がリニスを連れていた。

「これ以上、ジュエルシードを放置する訳にもいかないわ。」

「しかし...二つ結界がある以上、人数が...。」

「そこが問題よね...。」

 優香とクロノが悩む。
 どちらも放置できないが、一遍に取り掛かれる人数でもない。
 バックアップも今はない状態なため、援護も期待できない。
 だからこそ、どう行動するべきか悩んでいた。

「....私がここに残りましょう。その間に、皆さんで片方の回収を。」

「...いいのか?」

 リニスがそう進言し、クロノが聞き返す。

「耐え凌ぐくらいならできるでしょう。」

「優輝の偽物相手は?」

「...私を舐めないでください。」

 しっかりと覚悟を決めているリニスを見て、クロノは渋々その案を了承する。
 何気にこれが最善策なのだ。
 できるだけ短時間で片方を封印できれば、その後もう片方にも取り掛かれる。
 また、ジュエルシードは結界を展開してこそいるものの、それ以上の動きはまだ見せていないため、しばらくは放置していても大丈夫なのだ。
 だから、リニスが見張りとして残り、クロノ達が片方ずつ封印した方が良い。

「では、その方針で行こうか。」

「準備はできている。いつでも行けるぞ。」

 そういって、外をリニスに任せ、クロノ達は一つの結界へ突入した。









「...え、えええええ!?」

 海鳴市に隣接した海の沖の方で、少女の驚きの声が響く。

「れ、レイジングハート!どうなってるの!?」

〈...Perhaps, it has been interference.(おそらく、妨害されました。)

 少女...なのはは状況を把握するため、愛機であるレイジングハートに聞く。
 そして、返答を聞き、何があったのかを察する。

「他の皆がいないって事は...私だけか皆バラバラ?」

 今自分一人しかいない事に気づき、とりあえず動こうとする。

「...どの道、誰かを見つけないと...。」

 辺りに誰かいないか、飛び立とうとした所で...。

「なのは!」

「っ...!...フェイトちゃん!」

 別の場所からフェイトが飛んでくる。

「良かった...バラバラに転移されたから、はぐれちゃって...。」

「うん。私も同じなの...。...他の皆は?」

「見てない...かな。」

 他の皆がどこにいるかわからない現状に、二人は落ち込む。

「...探してみよう。」

「うん。」

 一応、警戒して手分けはせずに誰かいないかを探す。

「....なのは、あっち...。」

「あれは...。」

 少し移動した所で、遠目に誰かを発見する。

「...ん?なのはとフェイトじゃねーか!」

「無事だったか。」

「シグナム!」

「ヴィータちゃん!」

 そこにいたのは、同じく飛ばされていたシグナムとヴィータだった。

「その様子だと、そちらもバラバラに飛ばされたようだな。」

「...という事は...。」

「今はあたしとシグナムしかいねー。あたしだって、シグナムに咄嗟に掴まれなければ離れ離れになっちまってたぐらいだ。」

 “それに...”と続けてヴィータはある方向を見る。

「...こいつを放置する訳にもいかねーだろ?」

「結界...!?という事は...!」

「ジュエルシードだ。...ついさっき発見した。」

 沖に浮かぶ空間の歪み...結界の穴を見ながらシグナムが言う。

「本来であれば、アースラからのバックアップを受けつつ、どう動くか決めるべきだが...。」

「今は繋がらねー。つまり、あたしらだけで何とかしろって事だ。」

 そう言ってから、なのはとフェイトを見る二人。

「偽物の事もある。誰か一人は置いていかねばならない。」

「誰かを...。」

 どうしようかと、互いの顔を見て悩むなのはとフェイト。
 報告にて、ジュエルシードが強化されていると聞かされている事もあり、どちらの人員も少なくする事はできない状況だ。無理もない。

「そんな互いの危険性を増やす真似をしなくてもいいんだよ。四人で突っ込んで、ソッコーで倒す。...で、偽物が襲ってくる前に結界外に出ちまえばこっちのもんだ。」

「...はぁ、ヴィータ、そんな単純なら...。」

「そうだね!それがいいかも!」

 シグナムがヴィータの言葉に文句を言おうとしたら、なのはが思いっきり賛同してしまい、思わずシグナムは頭を抱える羽目になる。

「筋は通っている。...が、同時にリスクを高める事になるぞ?」

「んなもん、こんな状況になった時点で変わらねーだろ。」

「...それもそうか...。」

 それならば是が非でも結果を吉と出すべきだと、シグナムは納得する。

「ならば、早々に封印してしまおう。」

「うん。...所で、ここのジュエルシードは一体誰を...。」

「誰でもいいんだよ。叩き潰しちまえば変わらねぇ。」

 フェイトの疑問をヴィータが一蹴し、四人は結界へと入っていった。











「わっ!?っとと....!」

 街中のビルの屋上に、アルフは驚きながらも着地する。

「...なんだいここは?フェイトは....いない!?」

 辺りを見回し、主であるフェイトがいない事に気づく。

「っ...あたし一人だけかい!?くそっ、なんでこんな事に...!」

 遅れながらも自分一人だけなのを把握し、どうしようか慌てるアルフ。

「...誰か、近くにいないのかい?」

 完全に孤立した状態なため、近くに誰かいないか探すアルフ。
 ....と、そこへ...。

『無事!?他に誰かいない?』

「っ...!『シャマルかい!?...残念だけど、誰もいないよ。』」

 遠くからアルフを見つけたシャマルの念話が飛んでくる。
 それにアルフは答え、とりあえず合流する事にする。

「...転移を妨害されて、そのまま皆バラバラになったのね...。」

「あたしとシャマルが近くにいたのは偶然かい?」

「多分そうね。」

 合流し、今の事態を解析する二人。

「こんな事をするのは...。」

「偽物...。」

「ええ。...こんな回りくどい手口を使うだなんて...。」

 その場にはいない偽物に対して、シャマルは溜め息を吐く。
 まるで嫌がらせのような妨害なのだ。呆れるのも仕方がない。

「それに....これを見て。」

「っ、これは...!」

「...近くにジュエルシードの結界を見つけたわ。」

 シャマルが示すのは、クラールヴィントによるサーチャーの映像。
 そこには、ジュエルシードが展開する結界があった。

「...あたし達二人で行くしかないのかい?」

「そうなるわね。...幸い、私が後衛、貴女が前衛でバランスはいいわ。偽物への警戒が手薄になるけど、ジュエルシードを放置する事もできないし...。」

 二人だけというのが不安であるが、二人は結界の場所へと向かった。

「....待って、誰か近くにいるわ。」

「誰だい?」

「.....えっと、あまり...いえ、全く頼れそうにないわね...。」

 歯切れを悪くしながらいうシャマルに、アルフは訝しむ。

「...一体、誰なんだい?」

「....王牙君よ。」

「.........。」

 その一言で、アルフは納得した。

「...確かに、頼れない...いや、頼りたくないね。」

「でも、さすがに実戦でそんな我儘は言ってられないわ。バラバラになっている今、少しでも戦力を上げないと...。」

 嫌々ながらも、二人は近くにいる王牙と合流しにいった。











「うーん...皆見つからへんなぁ...。」

「やはりバラバラに飛ばされたのでしょう...。」

 臨海公園の住宅街側の上空を、はやてとリインフォースが飛ぶ。
 はやての傍にいたリインフォースが、咄嗟にはやてを掴んだ事で、二人は離れ離れにならずに済んだのだ。

「そうやったとしたら、どうして合流しようか...。」

「ジュエルシードの反応があった場所は、ここからだと臨海公園が近いです。もし、合流するつもりであれば、そこに集まる可能性が高いかと。」

「そっか!ジュエルシードの場所に行けば、誰かいるかもしれんもんな!ナイスやリインフォース!」

 そういうや否や、はやては臨海公園に向かって飛ぼうとする。

「待ってください。...誰か、来ます。」

「え?...あれは...。」

 公園とは反対方向から、誰かが来るのを二人は見つける。
 しばらく待つと、やってきたのは...。

「神夜君!」

「はやてとリインフォースか。」

「そちらは誰もいないのか?」

 織崎だった。
 リインフォースは他にもいないのか聞くが、織崎は首を振る。

「...早い所、奏を見つけないとな...。」

「これやと、せっかく組んだチームが意味ないもんなぁ...。」

 元々組んでいたチームの内、奏だけがその場にいないので、三人は奏を探そうとする。

「...やはり、ジュエルシードの場所に行った方が...。」

「...それもそうだな。なら、今から行こうか。」

「せやね。」

 すぐに行動に移し、三人は臨海公園へと向かった。















 
 

 
後書き
チーム分けは一部以外適当です。
一応、それなりに連携・バランスはいいかと。
まぁ、妨害を受けてバラバラになったので関係ないですけどね。

ここからそれぞれの視点での戦いを展開していきます。
ちなみに優輝達は一番最後になるのでしばらく出番ないかも...。 

 

第69話「仮初の緋き雪」

 
前書き
まずは一番早く結界に突入したクロノsideからです。
再現とはいえ、緋雪の強さは半端ないです。
 

 






       =クロノside=





 片方の結界に突入し、すぐさま辺りを警戒する。
 結界内の様子は、海鳴臨海公園にノイズをかけたような光景で、少し不気味だった。

「(....誰かを再現してくるとすれば、一体誰を...。)」

 一つの推測として出たのは、何かがあった当時その場にいた人物が出てくるらしい。
 優輝の話によれば、緋雪が誘拐された場所では優輝。
 椿と初めて会った場所では椿が、それぞれ再現されたとの事。
 もし、その推測が正しければ、ここには一体...。

「....不気味ね...。」

「気を付けてください。何が起こるか分かりません。」

 まるで古い映像を再生しているかのような、結界の内部に対し、優香さんがそういう。
 ...誰かを再現しているという見方においては、このような光景は合っているな。

「....来たぞ。」

「....あれは....。」

 ザフィーラの声に、僕は沖方面に浮かぶ人影を見つける。
 ...それは、最近ではもう見られない人物だった。

「.....緋...雪.....?」

「...優輝に見せてもらった記録の姿と同じ....緋雪...なのか...?」

 そう、緋雪だ。再現され緋雪が、そこにいた。
 その事に、緋雪の両親は戸惑う。

「惑わされないでください!...あれは、ただの偽物です...!」

「あ、ああ。それは分かっている...。」

「少し取り乱したわ...。」

 そういって、すぐに僕らは身構える。
 緋雪を再現しているとなれば....本気でかからなければ死ぬ...!

「直撃は絶対に避けてください...!一撃の威力は、僕が知っている魔導師の中で随一の強さです...!」

「分かった。優香!」

「ええ!」

 僕が注意を呼び掛けると同時に、再現された緋雪...暴走体は矢を打ち込んでくる。
 それを回避しつつ、優香さんと光輝さんはアイコンタクトで合図する。

「(緋雪の攻撃を防げるとすれば、それはザフィーラだけだ。...尤も、まともに受ければザフィーラでさえ防ぎきれないが...。)」

 僕自身、どう動くか考える。
 ジュエルシードが動力源となっているのだ。一筋縄でいく方がおかしい。

「(...それに、“どの”緋雪を再現しているかにもよる...!)」

 椿を再現した暴走体は、“祟り神”と化した場合というIFの姿を取っていたらしい。
 他にも、僕は覚えてないし知らないので意味ないが、“司”を再現した暴走体も、“もし助からなかったら”というIFを表現していたと聞いた。
 だとすれば、この緋雪も何かIFを...。

「っ!」

 考えている所に、紅い閃光が迸る。
 咄嗟に避け、未だ距離のある暴走体を睨む。

「(仮説が正しいとして、この場所で起きた事から考えると、今の緋雪は...!)」

 攻めあぐねている他の三人を通り抜け、率先して挑みかかる。
 優輝曰く喋らないと聞いていたが、再現された緋雪の表情は...。



   ―――“狂っていた”



「やはり...かっ!!」

 近づいたため、振るわれた拳を何とか躱す。
 躱した際にバインドをかけ、すぐさまその場から離れる。

「(あれは緋雪の再現であり...()()()()の再現でもある...!!)」

 かつてベルカ時代にて、“狂王”と恐れられた、哀しき少女...。
 緋雪のかつての姿も再現している事に、少し嫌な気分になった。

「クロノ、不用意に近づくな。お前が接近しては、誰も連携を取れん。」

「すまない。早急に確かめたい事があったからな...。」

 隣にザフィーラが来て、僕にそういう。
 確かにあれは連携を取るにしては愚策すぎた。

「そうか...で、結果は?」

「厄介だ...。...ただでさえ、ジュエルシードで本人より強いかもしれないのに、あれは皆の知っている緋雪より強い。」

「っ....。」

 優輝でさえ、代償を無視した反則技を使ってようやく互角になったほどの相手だ。
 ...と言っても、あれは緋雪の想いを受け止めるためだったため、勝つ事はできたらしい。

「勝算はあるのか?」

「...ない訳ではない。...所詮は、暴走体が再現しただけだからな。」

 本人であれば、僕らでは勝てない。
 文献では聖王と覇王でさえ、二人掛かりでギリギリだったらしいからな...。

「指示は任せる。前衛は俺がやろう。」

「了解。優香さん、光輝さん!二人はザフィーラを援護するように中距離か近距離で戦ってください!僕が指示を出しつつ援護します!」

「「了解!」」

 早速散開しながら僕は魔力弾を暴走体に向けて放つ。
 それを、暴走体は避ける事も防御魔法を使う事もなく、拳で相殺する。

 ...デタラメなのは承知。暴走体の攻撃に当たらなければいいだけの事だ...!

「でりゃあああああっ!!」

 僕の魔力弾が拳で打ち消された所へ、ザフィーラが魔力を纏った拳で殴り掛かる。
 ザフィーラは日本の武術でいう“剛”のスタイルだ。地力で勝る緋雪の暴走体相手では相性が悪いが...そこはベルカの騎士。格上の相手への心得も備えているようだ。

「っ、ぜぁっ!」

 あっさり受け止められ、空いた片手で反撃が迫る所を、身体強化魔法を集中させたもう片方の手で殴りつけるように逸らす。
 一手一手が全力な所を見るに、それだけ威力が高いようだ。

「それ以上はさせない!」

「はぁっ!!」

 それだけではまだ追撃がある。
 だから僕はバインドで動きを妨害し、その間にザフィーラは蹴りを入れて間合いを離す。

「今!!」

「「“トワイライトバスター”!!」」

 間髪入れずにそこへ二人の砲撃魔法が入る。
 炸裂による煙幕に包まれ、暴走体が見えなくなったため、僕らは警戒を最大限高める。

「っ....!避けっ...!!」

 一瞬、煙幕の中に赤い光が見えた瞬間、僕は叫ぶのと避けるのを同時に行っていた。
 刹那、寸前までいた場所が赤い大剣で薙ぎ払われた。

「無傷...!予想はしていたけど...!」

 大方、馬鹿力でバインドを破壊してそのまま砲撃を相殺したのだろう。
 ...強すぎるぞ。

「くっ....!」

 咄嗟にもう一度魔力弾で攻撃する。
 だが、それは全て躱され、そのまま間合いを詰められる。

「っ....!」

 振るわれた大剣を紙一重で躱し、バインドで動きを妨害。
 すぐ破られると見越し、だが敢えて接近する。

「“チェーンバインド”!」

「“リングバインド”!」

 そう、優香さんと光輝さんの援護だ。
 それを知っていたからこそ、僕は接近した。
 そして、同じく接近してきていたザフィーラと挟むように、攻撃を放つ!

「でりゃああああああ!!!」

「“ブレイクインパルス”!!」

 どちらも胴に叩き込むように命中させる。
 命中の瞬間、バインドが破壊されたため、攻撃の反動を利用して僕らは間合いを取る。

「やったか...?」

「...いや、これは....。」

 胴に穴を開けた暴走体。
 しかし、平然としたまま、掌を上に向け....。







   ―――大量の魔力弾を上空に展開すると同時に、それらを落としてきた。







「なっ....!?」

 それはまさに雨のような魔力弾。
 しかも、一発一発が非常に強力だ。

「っ....!」

「これ、はっ...!」

「優香...!」

「くっ...!」

 全員が必死に避ける。
 こんなのをまともに防いでいたらたちまちハチの巣になってしまう。

「(それに...!)」

 視界の端に赤色が移る。
 それを認識した瞬間、僕は身を捻らせ、そこから離れる。
 ...そして、赤い大剣が薙ぎ払われた。

「まずっ...!」

「させないっ!!」

 赤い大剣を避けただけでは足りない。
 そのまままた魔力弾の雨を避けるのだが、体勢が崩れた所へ偽物が迫る。
 ダメージを覚悟で、魔力弾の雨を突っ切って回避しようと思った所で援護が入る。

「光輝!」

「任せろ!」

 優香さんのチェーンバインドで暴走体の動きが止まり、光輝さんがデバイスを繰り出す。
 その間に僕は間合いを離し、そこでようやく魔力弾が治まる。

     ギィイイン!

「ちっ...!」

「でりゃあああっ!!」

 しかし、バインドはすぐに破られ、剣型デバイスによる攻撃を再現されたシャルラッハロートによって防がれる。
 そこへザフィーラも追撃に入るが...。

     キィイイン!

「ぬ、ぐっ...!」

「二人とも離れて!!」

 それは防御魔法に防がれる。
 だが、それを見越した優香さんが、暴走体が何かを仕出かす前に魔法を放つ。

「“アトミックブラスト”!!」

 巨大な魔力弾が暴走体目がけて放たれ、咄嗟に光輝さんとザフィーラは飛び退く。
 しかし、暴走体はその魔力弾に掌を向け...。





   ―――握るとともに魔力弾を爆発させた。





「なっ...!?」

「(“破壊の瞳”...!)」

 優輝や緋雪自身から聞かされた事のある、緋雪のレアスキル。
 それによって、魔力弾は無効化された。

「っ、しまっ...!」

 刹那、暴走体は僕に接近し、再現されたシャルラッハロート...杖を振り下ろしてくる。
 咄嗟に僕は三重の防御魔法を使い、さらにデュランダルに魔力を通して防御する。

「がっ...!?」

 ...無意味だった。
 いや、実際はだいぶ威力を減らしたのだが、暴走体は全ての防御を突き破って僕にダメージを与えてきたのだ。
 おかげで、僕は海へと一直線に叩き落される。

「っ....!」

「このっ...!」

「でりゃああああ!!」

 すぐさま復帰しようと飛び上がる。
 その間に光輝さんとザフィーラが攻撃を仕掛けるが...。

     ギィイイン!バシィイッ!

「「っ....!」」

 光輝さんは杖に、ザフィーラは素手で攻撃を受け止められる。

「ぐぅ...!」

「っ、がはっ...!?」

 そのまま、光輝さんは剣ごと吹き飛ばされ、ザフィーラは腕でガードし、タイミングを合わせて飛び退いたものの、反撃で殴り飛ばされてしまう。

「(っ、まずい...!)」

 吹き飛ばしたザフィーラに向け、暴走体は掌を向ける。
 それを認識した瞬間、僕は魔力弾を展開しつつ暴走体に向けて一直線に加速する。

「させるかぁああああ!!」

     バチィイッ!!

 魔力弾をコントロールし、掌をかちあげる。
 意識をこちらに逸らす事にも成功し、暴走体はこちらへと向く。

「優香さん!」

「分かったわ!」

 光輝さんはともかく、ザフィーラが立て直すまで僕と優香さんで時間を稼ぐ。
 幸い、暴走体は僕に集中したようなので、庇う必要はない!

「(一撃一撃が必殺。おまけに、速い!...だけど、対処できない訳じゃない!)」

 僕はこれでも執務官として強くあろうとしてきた。
 優輝達と出会ってからは、さらに精進しようと強くなった。
 だから、これぐらい...!

「(バインドは気休め程度!タイミングをずらすぐらいにしか使えないが、それで充分。優輝のように巧くはできないが...!)」

 懐に入り込み、同時に優香さんのバインドが仕掛けられる。
 それで一瞬タイミングが遅れるも、無理矢理引きちぎって僕へと拳を振りかぶる。
 それに対し、僕は防御魔法を使って、進路を逸らすように防ぐ。

     パキィイン!

「“ブレイクインパルス”!!」

 その試みは成功し、防御魔法が破られる代わりに攻撃は逸れて僕の横を通り抜ける。
 それを見届ける事もなく、デュランダルを押し当てて魔法を行使する。

「おまけだ。受け取れ!」

 そのまますれ違うように通り抜け、振り返りざまに待機させておいた魔力弾で攻撃する。
 暴走体の再生能力は緋雪を再現している事もあって非常に高い。
 ...いや、ジュエルシードが核だからというのもある...か。

 とにかく、この程度では倒せない。まだ、何か...!

「っ!」

 次の行動を起こそうとした瞬間、上に飛び退く。すぐそこを赤い大剣が通り過ぎる。

「くっ...!」

 そこから生死を賭けた鬼ごっこが始まる。
 凄まじいスピードで暴走体は僕を追いかけてくる。
 それを僕はバインドや魔力弾を駆使して何とか逃げ回る。
 優香さんの援護も入るが、それでも徐々に距離を詰められる。

「っ...!」

「クロノ君!」

 追いつかれ、大剣を振りかぶる暴走体。
 優香さんのバインドも空しく無効化される。立て直した光輝さんが追いつく時間もない。
 絶体絶命....普通はそう思うだろう。

「喰ら、えっ!!」

     バチィイッ!

 暴走体の顎からかちあげるように、魔力弾が当たる。
 ...一つだけ残しておいたのだ。

「(体力が持たないな...。決定打になる攻撃もなかなかできない...。だが、これで...!)」

 かちあげた際の怯みを利用し、僕と優香さんでありったけのバインドを掛ける。
 この隙に、特大の砲撃を...!

「っ、がぁっ!?」

 そう思った瞬間、吹き飛ばされていた。
 体勢を立て直しつつ、何があったか考えて、今のが魔力の衝撃波だと察する。

「あれだけバインド掛けてもこれか...!」

 魔力を開放した事による、衝撃波。
 それは近くにいた僕を吹き飛ばしただけではなく、バインドも解かれていた。

   ―――“レーヴァテイン”

「やばい....!」

 赤い大剣が、さらに炎を纏い、大きくなる。
 全てを焼き尽くさんとする炎の魔剣が、僕へと牙を向く...!

「がっ...!」

 縦に振るわれるのを横に避け、さらに防御魔法を張る。
 しかし、余波だけで僕は吹き飛ばされてしまう。

「くっ...!」

 ふと暴走体を見れば、僕へ向けて掌を向けている。
 まずい、今は体勢が...!

「“ソニックエッジ”!!」

     ―――ザンッ!!

 その瞬間、僕に向けてあった掌の手首ごと、斜めに胴体が斬られる。
 ...立て直した光輝さんの高速移動と共に繰り出された斬撃だ。

「...ったく、娘と同じ姿を斬るってのはなんか嫌だぜ...!」

「光輝!」

「分かってる!」

 すぐさま光輝さんは構え直し、再生して既に動けるようになっている暴走体に向く。
 まったく...!再生能力が高すぎる...!

「....優香、やれるか?」

「...わからないわ。」

「そうか...。」

 光輝さんが優香さんに何かを聞き、傍に寄った優香さんがそう答える。
 一体、何を...?

「...クロノ君、要所要所で援護...できるか?」

「...はい。しかし、一体何を...。」

 ザフィーラはまだ復帰できていない。多分、復帰できたとして腕を怪我しているだろう。
 そんな状況で、二人は一体何をするつもりなんだ...?

「...偽物だが、いっちょ娘に俺たちの連携を見せてやるか...!」

「ええ!」

 瞬間、光輝さんが空を駆け、優香さんが魔力弾で援護をする。
 それを迎え撃つように、暴走体が剣を振るうが...。

「はぁああああっ!!」

     ッギィイイン!!

「喰らいなさい!」

 光輝さんはデバイスを全力で大剣の側面に叩きつけ、逸らす。
 その隙に優香さんが魔力弾で攻撃する。

「ちっ!」

「まだよ!」

 しかし、それは片手間の防御魔法で簡単に防がれる。
 すぐに優香さんが追撃を放ち、光輝さんは回り込むように何度も斬りかかる。

「.....!」

 その連携は、まさに阿吽の呼吸。
 基本は前衛と後衛だが、互いをフォローし合うように偶に入れ替わる。
 夫婦ならではの連携が、そこにあった。

「(....ここだ!)」

 しかし、それだけでは足りない。再現とはいえ、相手は緋雪の再現だ。
 本来なら、小手先程度の応用は通じない。
 だから、僕は攻撃後にバインドを仕掛ける事で、隙を作る。

「はぁああっ!」

 その一瞬の隙を利用し、光輝さんは暴走体を吹き飛ばす。
 その先に優香さんが魔力弾で攻撃し、反対に吹き飛ばし、また光輝さんが攻撃する。

「っ!?」

     バキィイッ!!

 しかし、そんな都合よくいくわけがなかった。
 斬られながらも暴走体が攻撃を繰り出し、光輝さんのデバイスを破壊した。
 咄嗟に、僕がバインドをかけて動きを一瞬止める。

「はぁっ!」

「っ!?」

 本来なら、飛び退いて態勢を立て直すべきだろう。
 しかし、デバイスがしばらく使い物にならなくなっても、光輝さんは攻撃を繰り出した。

「“コンプレッションストラッシュ”!!」

 一応隙はあったため、魔力の籠った蹴りが入って暴走体を吹き飛ばす。
 その背後に回り込んで斬るように、魔力を刃状に圧縮してデバイスに纏わせた優香さんが思いっきり斬りかかる。

     ッギィイイン!!

「っ、ぁ...!?」

「はぁっ!」

 しかし、暴走体はそれに反応し、魔力を込めた杖で受ける。
 攻撃を何度か喰らい、再生も間に合ってない状態であるにも関わらず、その威力は高かったのか優香さんの攻撃は相殺されてしまう。
 それをカバーするように、光輝さんが再度蹴りを喰らわせる。

「これで...どうだ!」

   ―――“ブレイズカノン”

 もちろん、僕も黙って見ていた訳ではない。
 片手間に魔力を溜めつつ、バインドで動きを止め、そこへ砲撃魔法を打ち込む。
 バインドで動きを止めるまでにしっかりと準備はしておいたため、砲撃魔法までのタイムラグはほとんどなかった。
 さすがに、今のは命中しただろう。

「―――っ!?がっ...!?」

 だが、その考えを否定するように、赤い刃が砲撃を突っ切ってきた。
 それは咄嗟に躱そうとした僕の脇腹を掠って行った。

「....魔力を圧縮し、伸ばして相殺...か...!」

 その赤い刃は、先程から使っていた大剣だ。
 それを砲撃魔法に向けて伸ばし、僕へと貫通させたという訳だ。

「だけど、これなら...!」

 デュランダルをその赤い刃に沿わせ、滑らせるようにそのまま暴走体に接近する。
 魔力を身体強化重視に使い、そのまま吹き飛ばされないようにしておく。

「っ....!」

 剣による攻撃を封じる手段としては、最適だっただろう。
 しかし、暴走体は片手で大剣を扱っており、もう片方の手は、こちらへ向けられていた。

「破壊の瞳....!」

 回避は不可能。阻止も今からでは不可能だろう。
 ...だけど、大丈夫だ...!

「させないわ!」

 魔力で作られた矢がその手に突き刺さる。
 優香さんによる援護射撃だ。さらに、光輝さんのバインドもかかる。

「“ブレイクインパルス”!!」

 援護によって作ってもらった隙を利用し、暴走体の胸に思いっきり魔法を叩き込む。
 その反動で僕は飛び退き、二人の魔法が炸裂する。

「「“トワイライトバスター”!!」」

 二筋の極光が暴走体を呑み込む。
 ようやく決定打にもなりうる魔法が当たった。これで...!

「なっ....!?」

 決まった。...そう思っていた。
 しかし、防御魔法を利用したのか、弾かれるように暴走体は射線上からずれる。
 その勢いを利用し、凄まじい勢いで僕へと接近して...。

「でりゃぁあああああ!!」

 横合いからの蹴りに再度吹き飛ばされた。

「ザフィーラ...!助かった。」

「...遠目から見えていたが、あれでも仕留めきれないのか...。」

 蹴りを放ったのはザフィーラだった。ようやく復帰できたのだろう。

「....ザフィーラ、まだ戦えるか?」

「...軽減したとはいえ、攻撃をまともに受けた。...しばらくは腕は使えん。」

 そういうザフィーラの腕は少し震えていた。
 おそらく痺れているのだろう。...骨が折れていないだけマシかもしれん。

「だが、この程度で戦闘不能など、守護獣としてありえん。まだ戦える。」

「そうか...。」

 劣勢なのは変わりない。とにかく、間合いは離せたのだから、今の内に...。
 ...まて、僕らは攻撃に警戒していつでも動けるようにしている。
 しかし、未だに攻撃が来ない。と、いう事は...!

「しまった...!“ブレイズカノン”!!」

 すぐさま暴走体に向けて砲撃魔法を放つ。
 ...攻撃してこないという事は、何か大魔法を仕掛けてくる...!

   ―――“フォーオブアカインド”

「間に合わなかった...!?」

 魔法陣が展開され、影が三つ飛び出す。
 残った一つが防御魔法を展開し、僕の砲撃を防ぐ。

「分身...?」

「気を付けてください!」

 僕がそう叫んだ瞬間、三つの分身が他の三人を搔っ攫うように突進してきた。
 しまった...!分断された...!

「っ、ぁああっ!!」

     バキィイイン!!

 離された三人に気を取られ、咄嗟にデュランダルに魔力を込めて振るう。
 そこへ暴走体の杖が当たり、僕は吹き飛ばされる。

「(一対一に分断だなんて...!これでは...!)」

 厳密には、優香さんと光輝さんは連携を取ったため、二対二になっている。
 それでも、ピンチには変わりない...!

「(いや、むしろこれは...!)」

 しかし、先ほど吹き飛ばされた時、何か違和感があった。
 そう、これは...!

「っ、はっ!!」

 体勢を立て直し、再度斬りかかってくるのを躱してバインドで動きを止める。
 ...やはり、若干だけどさっきまでよりも弱くなっている...!

「(分身した際、能力も分散されるのか...!)」

 しかし、だからと言って僕では勝てない。
 現に今も、魔力の衝撃波で吹き飛ばされた。

「『分身したからか、個々の能力は落ちている!本体は今僕が相手しているから、何とか分身を遠ざけて援護を!』」

 念話で三人に伝える。
 倒すように言わないのは、それだけで一苦労なのと、倒すと力が戻るかもしれないからだ。

『......<ザザ>....ロノ...ん...!....クロノ君!』

「『っ...エイミィ!?』...ぐぁっ!?」

 そこでいきなりノイズ混じりの通信が繋がる。
 しかし、いきなりだったので大きく吹き飛ばされてしまった。

『クロノ君!?』

「なんだ...?こっちは結構ピンチだ...。援護ならば助かるが...。」

 再び振りかぶられる杖を、弾き飛ばされるように受け止め、間合いを離す。
 その際にバインドを仕掛けておくのも忘れない。

『っ、緋雪ちゃんの姿...!?わかった!すぐにプレシアさんの援護を!』

「っ...!よし...!わかった!」

 これは朗報だ。どうにかしてプレシアさんの魔法を当てれば、それだけで形勢が逆転できるかもしれない。

「(そのためにも...!)」

 すぐさまザフィーラの下へと飛んでいき、脚だけで凌ぐザフィーラを助け出す。
 魔力弾を展開し、フェイントを織り交ぜて命中させ、バインドで一時的に止める。

「ぐ、ぅ....!」

「飛ぶぞ!」

 既に満身創痍になってしまったザフィーラを連れ、今度は優香さんと光輝さんの方にいる分身に魔力弾を放つ。
 躱されてしまったが、その隙に二人が攻撃を繰り出し、吹き飛ばしてから僕らの所へ来る。

「....何とかして本体だけでも動きを止めます。そうすれば...。」

「分かった。....行けるか?」

「ええ。」

 察しがいいのか、二人はすぐに了承してくれる。
 そこで仕掛けておいたバインドが解けたのを確認する。
 その瞬間、四体の暴走体&分身がこちらに向かってきた。

「来ます!」

「クロノ君と私で動きの制限!光輝とザフィーラさんは防いで!!」

「無茶を言うな...!」

 僕と優香さんが魔力弾の弾幕を張り、暴走体とその分身の動きを制限する。
 動きを読みやすくする程度だが、これで対処が可能だ...!

「盾の守護獣たるもの...ここで防いで見せる!!はぁああああああああ!!!」

 近づいて来たところを、ザフィーラが雄叫びを上げながら大きな防御魔法を張る。
 余程の魔力を込められたのか、四人がぶつかってきても破壊はされなかった。
 しかし、飽くまで“破壊”はされなかっただけで、繰り出された拳は貫通していた。
 だが、それをザフィーラは気合で動かした手で受け止める。
 光輝さんもそれに続くように、本体の杖を気合で防ぐ。

「させない!」

 さらに追撃が来る所を、僕がバインドで動きを止める。

「“レストリクトウィップ”!!」

 四人が纏まった所を、優香さんが鞭のように巻き付ける拘束魔法を使い、捕縛する。

「全力で止めろ!」

 そこへ、僕と光輝さんが追加でバインドをする。
 ザフィーラはさっきので戦闘不能なため、動けなくなっていた。

「今だ!!」

   ―――“サンダーレイジO.D.J”

 通信を通して僕が叫んだ瞬間、極大の雷が落ちた。
 かつてジュエルシード事件の時にも見た、次元跳躍魔法だ。

「ジュエルシード、封印!!」

 雷に晒され、隙だらけとなった所へ、封印魔法を放つ。
 ...ようやく、封印できた...!

「う、ぐ....!」

「っ、ザフィーラ!」

「...心配無用だ...!」

 今にも落ちそうになっているザフィーラを支える。
 当たり前だ。魔力を振り絞り、ほぼ使えなくなっていた手を無理矢理使って暴走体達の攻撃を受け止めたのだ。無事で済ませれるのは緋雪本人か優輝ぐらいだ。

『クロノ君!結界が崩れて元の世界に戻るよ!』

「分かった...!」

 エイミィの通信に答えつつ、崩壊していく結界を僕らは眺めた。

「...所詮は、偽物だったという訳か...。」

 理性もなく、ただ再現しただけの暴走体。
 本物であれば、僕らの動きに合わせて戦法も変えてきただろう。
 ...何より、再現しきれていなかった。

「(....まだ、事件は終わっていない。ここで倒れる訳にはいかないな。)」

 結界が崩壊し、僕らは元の世界へと帰っていった。











 
 

 
後書き
アトミックブラスト…巨大な魔力弾をぶつける。見た目は元気玉っぽい。

ソニックエッジ…刃を飛ばすのと、直接斬る二種類に使い分けれる。どちらも超高速の魔法で、“ソニック”の名に恥じない。もちろん直接の方が威力は上である。

コンプレッションストラッシュ…魔力を武器に圧縮し、繰り出す斬撃。単純且つ強力な魔法だが、少しの溜めが必要なため、使いどころを見極めなければならない。

レストリクトウィップ…鞭のように振るい、巻き付けて拘束する捕縛魔法。

偽物だけどクロノ達を圧倒する緋雪。スペックが高かったから仕方ないね。
結局プレシアさんの援護射撃により、あっさり終わってしまいましたが、これがなければクロノ達は相討ちレベルで苦戦していました。
ザフィーラを盾の守護獣っぽく活躍させたかった。その結果がこれです。
...少しは防御に役立ったからいいよね?(劇場版以下の活躍)

さて、次は....なのは達か。 

 

第70話「仮初の紫天」

 
前書き
再現と言っても、原作キャラだと苦戦する相手ばかり出てきます。
一対一で勝てる原作キャラはいません。再現される相手が強いのばかりなので。
(逆に言えば再現される相手によればクロノやなのは辺りなら勝てる)
 

 








       =out side=





「ここは...。」

「さっきと変わんねー...けど、違うな。」

 結界に突入したなのは達は、ノイズ混じりの光景に驚く。

「ちっ、気持ちわりー。早く封印して出ようぜ。」

「うん。...でも、ジュエルシードはどこに...。」

 ヴィータの言葉になのはが頷き、辺りを見回す。

「...なのは、アレ....。」

「あれは...。」

 そこで、遠くに何かが浮かんでいるのを見つける。

「レイジングハート、わかる?」

〈...Apparently, it seems to be a girl.(どうやら、少女のようです。)

「女の子...?」

 レイジングハートを介した映像を見て、なのは首を傾げる。
 そこに佇んでいるのは、白と紫を基調とした服に身を包み、赤黒い翼のようなものに包まれているなのは達と同じくらいの金髪の少女だった。

「...あの感じ...なのは、アレはジュエルシードだよ...。」

「...うん。少し、どうしてここにいるのかな?って思ったけど、この感じはよく知っているよ...。」

 ジュエルシードが発するプレッシャーのような魔力を感じ、なのははあれがジュエルシードが再現した姿だと確信する。

「...まだこっちに気づいてねーみたいだな。」

「...不意を突くべきか。」

 なるべく早く戦闘を終わらせたいシグナムとヴィータは、冷静に初手を考える。

「おいなのは、お前の長距離砲撃で瞬殺してやれ。」

「え、ええっ?...いいのかなぁ...?」

「気づいてねーんだから好都合なんだよ。どうせアレには理性がねぇ。なら、不意打ちの一発で終わらせた方が他の所にも行けて手っ取り早いんだよ。」

 なんとなく不意打ちというのに気が引けるなのはに、ヴィータはそういう。

「う、うん。そうだよね...。よし...。」

「特大のをぶちかましてやれ!」

 レイジングハートを構え、なのはは暴走体に向けて魔力を溜める。

「....“ハイペリオンスマッシャー”!!」

 そして砲撃を放ち、暴走体に命中させる。

「.....おいおい、マジかよ...。」

「これは....。」

 しかし、命中したものの、シグナムとヴィータの表情は晴れない。

「...なのは...。」

「嘘....私、手を抜いた訳じゃないのに....。」

 命中はした。しかし、当の暴走体は、防御魔法と翼を使い、受け止めていた。

「なんて防御力...!」

「っていうか、気づいていてこっちを無視してたみてぇだな...。」

 そう。ヴィータの言う通り、暴走体はなのは達に気づいていた。
 だが、手を出さない限り反撃する事はなかったのだ。

「...誰かを再現する。そう聞いたはずだが...。」

「あんなの、私たちは知らない...!」

 再現している姿...ユーリの事を、なのは達は忘れている。
 だからこそ、驚きも大きかった。

「やべぇぞ、なのはの魔法を防ぐってんなら、相当な相手だ...!....行動される前に、ぶっ潰す!!」

「待て!ヴィータ!」

 ゆっくりと動き出す暴走体に向かって、ヴィータはカートリッジを使用して一気に加速し、接近する。

「“ラケーテンハンマー”!!」

 シグナムの制止も聞かず、加速して遠心力を乗せたハンマーを暴走体へと叩き込む。

「なっ....!?」

 しかし、その一撃は暴走体の翼...魄翼を固める事によって防がれてしまう。

「ヴィータ!」

 すかさず動きの速いフェイトが援護のために後ろに回り込み、斬りかかる。
 しかし、それも魄翼によって防がれる。

「堅い...!」

「はぁっ!」

 さらにシグナムが斬りかかり、“防ぐ”という動作をさせる事で隙を作る。
 そしてすぐさま三人は飛び退き、そこへなのはの魔力弾が殺到する。

「...あたしのハンマーが通じないなんて...。」

「先走るなヴィータ。...どうやら、想像以上の相手のようだ。」

「...ああ。」

 やはりといった形で、無傷でそこに佇む暴走体。
 その事実に四人は一層警戒を高めた。

「四人で入ったのは正解だったな。...あれはそれほどの相手だ。」

「隙を突くか作るかしないと、ほとんどの攻撃は通じない...。」

「その通りだ。テスタロッサ。それほどあの“翼”と障壁は堅い。」

 なんとなく、封印された記憶の名残から魄翼を“翼”だと仮定するシグナム。

「封印するには余程の威力じゃないとダメ....だよね。」

「だとすりゃあ、この中で最も適任なのは...。」

 シグナム、ヴィータ、フェイトの視線がなのはに集中する。

「....私?」

「私たちで隙を作って、なのはが砲撃で封印っていうのが一番いいからね。」

「あの悪魔みてーな全力砲撃ならアレもさすがに倒せんだろ。」

 実際に砲撃を何度も放たれたフェイトとヴィータがそういう。

「あくっ...!?ヴィータちゃん!?」

「別にいーだろ。こんな言い方でも。」

 案外的を射ている言い方なので、それで言い返せなくなるなのは。

「悠長に話している時間はなさそうだぞ。」

「え?...っ!?」

 シグナムの忠告の直後、なのは達がいた場所に魄翼の爪が振るわれる。
 それを咄嗟になのは達は躱す。

「私とヴィータで相手をする!テスタロッサはそこへ隙を作るように援護を!なのはは援護射撃をしつつ、いつでも砲撃魔法を使えるようにしてくれ!」

「「「了解!!」」」

 シグナムがそう言い、各々のポジションに三人は就く。

「(とはいえ、未だに相手の出方は分からん。それによっては動きを変える必要があるかもな...。まぁ、ともかく今は...!)」

 隣に立つヴィータと目配せをし、シグナムは暴走体に斬りかかる。

「はぁっ!」

     ギィイン!

「でりゃぁっ!」

     バチィイッ!

 振るわれる剣と槌を、暴走体は魄翼で受け止める。

「(やはり、普通の攻撃では通りそうにない...か。)」

「(だけど....!)」

 すかさず背後に回ったフェイトがバルディッシュで一閃を繰り出す。

     ギィイイン!

「っ...!」

 ...が、それも魄翼によって防がれてしまう。

「なるほど。反応はなかなかに早い。」

「けど、あたし達を忘れるな!」

 しかし、その瞬間に懐に入り込むようにシグナムとヴィータが挟撃を仕掛ける。

「はぁあああっ!」

「でりゃぁあああ!!」

 先程よりも強力な一撃。だが、それも魄翼によって防がれる。

「“アークセイバー”!!」

 それを見越し、フェイトは魔力を込め、斬撃を飛ばす。

「使わせんぞ!」

 魄翼で防がれる前にシグナムは行動を起こし、蛇腹剣のようになったシュランゲフォルムで魄翼を絡めとるように巻き付ける。
 魔力の塊のようで実体がないが、それでも効果はあったらしく、魄翼の動きが鈍る。
 そして、フェイトの魔法が直撃した。

「ぬっ...!...やったか?」

「いや、まだだ!」

 レヴァンテインが弾かれつつも、シグナムがそう呟くが、ヴィータが否定する。
 事実、その通りだった。防御魔法が張られており、暴走体は無傷でそこにいた。

「ちぃ...!っ!!」

     ッギィイイン!!

「なっ...!?危ねぇ!?」

 悔しがるシグナムに魄翼が振るわれ、それを防いだもののシグナムは吹き飛ばされる。
 ヴィータにも振るわれていたが、そちらは間一髪躱していた。

「っ...!“プラズマランサー”、ファイア!!」

「“アクセルシューター”、シュート!!」

 その魄翼を止めるため、フェイトとなのはが魔力弾を放つ。
 それらは魄翼にきっちり命中し、何とか動きを阻害させる。

「かっ飛ばせぇええええ!!」

     ガッ、ギィイイン!!

 そこへさらにヴィータがグラーフアイゼンでかちあげる。
 全力で一部分を叩いたため、かちあげに成功し、そのまま一回転して本体も狙う。

     ドドドォオン!!

「でりゃああああっ!!」

 なのはの援護射撃により隙を広げ、そのままヴィータは攻撃を繰り出す。
 ...が、それはまたもや防御魔法に防がれる。

「ちっ...。“翼”は突破できても、防御がかてぇな...。」

 反撃の魄翼を躱し、ヴィータはそう呟く。

「...無事か?シグナム。」

「ああ。防御はできていたからな。」

 そこへ吹き飛ばされていたシグナムが舞い戻ってくる。
 攻撃自体は完全に防いでいたので、大したダメージはなかった。

「「っ....!」」

     ギギィイン!ギギギィイン!!

 休む暇もなく、暴走体は魄翼による攻撃を繰り出す。
 それをシグナムは逸らし、ヴィータは躱して凌いでいく。
 要所要所でなのはやフェイトの援護も入り、徐々に動きに慣れていく。

「はぁっ!」

「でりゃあっ!」

 動きに慣れてきたのもあり、シグナムとヴィータは反撃の一撃を繰り出す。
 魄翼を躱してから放たれた一撃は、暴走体に防御魔法を使わせた。

「っ...!今っ!」

「“エクセリオンバスター”!!」

 そこへフェイトが射撃魔法で魄翼を妨害し、シグナムとヴィータが飛び退いた所へなのはが強力な砲撃魔法を繰り出した。

「通った...!...けど、浅い!」

「ちっ、もっと強力なのをぶちこまねーとダメみてぇだな!」

 確かに防御魔法を貫通し、暴走体へダメージを与えた。
 しかし、それだけでは足りず、少し焦げたものの暴走体は魄翼を振り回した。

「っ、避けて!」

「なっ...!?」

「なんて量の弾幕...!なのは以上かよ!」

 咄嗟にフェイトが叫んだ瞬間、至近距離のシグナムとヴィータが暴走体が放った魔力弾の雨に見舞われてしまう。
 辛うじて回避が間に合った二人は、その魔力弾の多さに戦慄する。

「フェイトちゃん!」

「うん!相殺する...!」

 すぐさまなのはが魔力弾を放ち、シグナムとヴィータを襲う魔力弾を相殺する。
 シグナムとヴィータがその場から離れた所へ、フェイトが砲撃魔法を繰り出す。

「“プラズマスマッシャー”!!」

「今だ!」

 砲撃魔法が炸裂し、魔力弾の回避が容易くなった所で、再びシグナムとヴィータは突撃する。

「“ラケーテンハンマー”!!」

 ヴィータのハンマーが魄翼を打ち破る。

「一刀にて斬り伏せる!“アォフブリッツェン”!!」

 そこへシグナムの一閃が叩き込まれ、防御魔法を削る。

「撃ち抜け、雷神!」

〈“Jet Zamber(ジェットザンバー)”〉

 さらにフェイトの魔力の刃が炸裂し、防御魔法を破り切った。
 そして、なのはがそのまま砲撃魔法を撃とうとして...。

「なっ...!?」

「バインド...!」

 シグナムがバインドに捕まってしまう。
 その事で一瞬全員の動作が遅れ、結果的にチャンスを逃してしまう。

   ―――“ジャベリンバッシュ”

「させる、かぁあああ!!」

 投げつけられる魄翼による槍を、ヴィータが庇うように弾く。
 だが、まだバインドは解けていなく、このまま庇い続ける事になってしまう。

「ちっ....フェイト!シグナムは任せる!あたしとなのはで時間を稼ぐ!」

「わ、わかった!」

 その場に立ち止まるのは愚策だと思い、ヴィータはシグナムの事をフェイトに任せ、援護であるなのはと共に暴走体の相手をして時間を稼ぐ事にした。

「でりゃぁあああああ!!」

 ヒット&アウェイを繰り返し、暴走体に魄翼で防がせる。
 ダメージは一切通じないものの、それによってヴィータはシグナム達から離れる。

「(ありえねぇ堅さに、ありえねぇ程の弾幕...。...堅さと射撃魔法に至っては、なのはの完全上位互換じゃねぇか...!それに、あの“翼”の事も考えると、反撃も馬鹿にならねぇ...。...落ち着いて解析してみりゃ、中々厄介な相手じゃねぇか...!)」

 魄翼を躱し、時間を稼ぐ程度に反撃を繰り出すヴィータは、そう心の中で呟く。
 時間を稼ぐため、躱すのに専念ができるため、改めて落ち着いて解析できたのだ。

「(だけど、何度か防御魔法を破ってはいる。闇の書の障壁程度か。...なら、まだ勝機はある!)」

     ギィイイン!!

 なのはの援護射撃と組み合わせ、防御魔法の上からヴィータは攻撃を繰り出す。
 完全に防がれてしまったが、時間稼ぎはこれで完了した。

「すまない。待たせた。」

「いいや、大した事ねぇ。...だけど、本気を出すつもりらしいぜ?」

 そう、暴走体はまだ本気を出していなかった。
 何度か防御魔法を破られ、再び四人が揃ったため、暴走体はついに本気を出し始めた。

「...赤く染まった...?」

「...おいおい、これ、再現だろ?...なのに、なんてプレッシャーだ...!」

 暴走体の装束が赤く染まる....“白兵戦モード”に、なのは達は全員警戒を高める。
 再現...つまり、偽物なはずなのに、それほどまでにプレッシャーがあったからだ。

「っ....!」

     ギィイイン!

「っぁ...!がっ...!?」

 さっきまでのような受け身のような戦い方と違い、暴走体は攻めてきた。
 魄翼を大きく振りかぶり、シグナムへと振るう。
 シグナムは魄翼自体は受け流せたが、追撃の攻撃を防ぎきれずに喰らってしまう。

「てめっ...!」

「ヴィータちゃん!」

 その事にヴィータが怒り、手を出そうとして...先に攻撃を仕掛けられる。
 咄嗟にグラーフアイゼンで受け止めようとして、横からのなのはの砲撃に助けられる。

「せぁっ...!」

 すかさずフェイトがバルディッシュで斬りかかり、気を引く。
 四人の中で最も速いフェイトの動きであれば、魄翼の攻撃を躱す事も可能だった。

「なのははシグナムの所に行ってくれ!あたしとフェイトで凌いでおく!」

「わ、わかった!やられないでね!」

 格段に上昇した機動性に攻撃性。
 それらに反撃の機会を見いだせないながらも、適切な行動を取っていく。

「シグナムさん!」

「っ...なのはか...!すまん、二度もやられた...。」

「それよりも!」

「ダメージに関しては大丈夫だ。遮蔽物がないのが幸いした。」

 結界内は海の上であり、遮蔽物はなにもない。
 だからこそ、吹き飛ばされたシグナムは何かに当たる事もなく、その分ダメージも少なく済んでいたのだ。

「だが、距離が離れてしまったな...。早く戻らねば。」

「...フェイトちゃんとヴィータちゃんが...。」

「ああ。...なのはは先程と変わらず援護だ。....なに、今度は簡単にはやられん。」

 そういって、二人は戦場へと戻っていく。



「っ、はぁっ、はぁっ...!」

「ぐっ...強ぇ...!」

 フェイトが魄翼の攻撃を何度も躱し、ヴィータが合間を縫うように攻撃を繰り出す。
 しかし、そのどれもが通じず、二人は既に追い詰められていた。

「無事か?」

「....そう言いてぇとこだが...正直、きつい。」

「だろうな...。」

 相手は無傷、対してこちらは既に二人が満身創痍だった。
 防御を貫く手段は持ち合わせているが、当てる所まで持っていく事ができていない。

「三人とも!退いて!!」

「なのは!?」

 体力を消耗している二人を回復させるために、なのはが前に出る。
 本来遠距離型のなのはが前に出た事に、フェイトが驚く。

「....行くよ、レイジングハート!!フルドライブ!」

〈All right.My master.〉

 カートリッジをロードし、なのはは単身で暴走体へと空を駆ける。

     バチィイッ!!

「っ...シュート!」

 魄翼を掠めるようにすれ違い、振り返りつつ魔力弾を放ち、背後からの攻撃を防ぐ。
 そのまま上を取るように飛翔し、砲撃魔法を繰り出す。

「(もっと...!もっと強く...!)」

 さらにカートリッジをロードし加速、暴走体の背後に回る。

「はぁああっ!」

〈“Flash Impact(フラッシュインパクト)”〉

 放たれた打撃攻撃は魄翼に防がれるも、その際の閃光が暴走体の目を眩ます。

「.....、シュート!!」

 目が眩んでいる間になのはは暴走体を包囲するように魔力弾を展開し、それを繰り出す。

「(もっと強く...!)」

 油断せずにさらにカートリッジをロード。
 単騎だからこそできる豪快な戦いぶりとは裏腹に、なのはどこか焦っていた。

「....っ!!」

〈“Protection(プロテクション)”〉

     バキィイイン!

 魔力弾の炸裂で発生した煙幕から魄翼が伸びる。
 それを咄嗟に防ぐなのはだが、防御魔法は破られ、吹き飛ばされる。

「っ....!」

 軽いとは言えない程のダメージを受けたなのは。
 だが、すぐに復帰して海の上に立つ。

「(...もう、誰も死なせたくない...!だから、もっと強く...!)」

 ...なのはの脳裏には、緋雪の姿が浮かんでいた。
 緋雪の死の真実を、なのはは記憶の封印により忘れている。
 しかし、“見た”事は事実なので、心のどこかに残っていたのだ。
 “自分がもっと強ければ”という、悔しさが。

「(フェイトちゃんも、ヴィータちゃんも既にギリギリ...前衛の皆が頑張っているんだから、私だって...!)」

 その悔しさと、緋雪の死によって自覚した“死に対する恐怖”が相まって、なのはは大いに焦っていた。それこそ、単身で戦闘するなどという、無茶をするほどに。



「なのは!」

「なのは...!ぐっ...!?」

 呼び止めようとするヴィータとフェイトだが、戦闘によるダメージが大きい。
 直撃はしていないものの、二人とも掠ったり防御の上からダメージが入っている。
 シグナムはまだ戦えるが、割り込む隙がなかった。

「(ヒット&アウェイを繰り返す事で、なのはは単騎で渡り合っている。だが、あれでは長くは持たない。...何とかして、隙を作りださなければ。)」

 シグナムはそこまで考え、カートリッジをロードしておく。
 そして、レヴァンテインをボーゲンフォルムに変える。

「(....いや、ここは敢えてなのはを信じよう。...彼女なら、成し遂げるはずだ。)」

 魔力を溜め、いずれできるであろう“隙”をシグナムは待った。



「っ、ぁ...!シュート!」

 逃げ回り、魔力弾を放って追撃を防ぐ。
 やはり、単純な強さでは暴走体に劣るためか、なのはは劣勢だった。

「(攻撃を徹す隙がない...!せめて、あの“翼”を止めれれば...!)」

 そう考えるが、方法がなくすぐさまそこから飛び退く。

「(...!そうだ...!これが...!)」

 レイジングハートに収納していた“もの”を、なのはは取り出す。
 すぐさま魔力弾を放ち、少しだけ動きを阻害する。

「借りるよ。優輝君...!」

 取り出したのは、優輝の使っていた魔力結晶。
 以前、渡されていたものがまだ残っていたのだ。

「受けてみて!!」

〈“Hyperion Smasher diffusion(ハイペリオンスマッシャー・デフュージョン)”〉

 三つのカートリッジをロードし、間合いを詰めてきていた暴走体に砲撃を放つ。
 その砲撃は魔力結晶を介した際に拡散し、それらは魄翼へと直撃する。

   ―――“レストリクトロック”

「レイジングハート!」

〈A.C.S standby.〉

 砲撃で怯み、バインドで動きを封じられた暴走体へ、なのははレイジングハートの矛先を向け、魔力を迸らせる。

「エクセリオンバスターA.C.S、ドライブ!!!」

 そして、暴走体に向け、なのはは突貫した。

     ッギィイイイイイイイイイッ...!!

「く、ぅうぅぅう....!!」

 魄翼と防御魔法による障壁と、なのはが拮抗する。

「(堅い.....!)」

 魄翼との合わせ技により、かつての闇の書の時よりも防御は強固になっている。
 そのため、突破するのに僅かながら時間がかかる。
 その隙を、暴走体は見逃さない。

「っ....!」

 防御を防御魔法だけにし、魄翼をなのはへと振り下ろす。
 回避も防御も不可能。だが、なのはの瞳に“諦め”は浮かんでいなかった。

「魔力結晶は...一つだけじゃない!!」

 さらに“二つ”。レイジングハートから魔力結晶を取り出した。
 レイジングハートを持つ手を片手だけにし、もう片方の手で結晶を一つ掴み...。

「バスター!!」

 ディバインバスターを放った。
 それにより、魄翼の攻撃は相殺される。

「はぁああああああっ!!」

 そして、再び両手でレイジングハートを握る。
 さらに、残ったもう一つの魔力結晶が砕け、その魔力がなのはを強化する。

「ブレイク...シュート!!!」

 そして、ストライクフレームが暴走体の障壁を貫通し、砲撃が至近距離で放たれた。



「やった...!?」

 それを遠くで見ていたフェイトが、ついそう呟く。

「いや...油断はできない。」

「っ...!」

 しかし、シグナムは油断せずに、ボーゲンフォルムのレヴァンテインを構える。
 矢を生成し、それを番え、狙いを暴走体へと定める。

「封印のための魔法を用意しておけ。奴はなのはに集中している。...その隙を突く!」

「...任せろ!」

「了解...!」

 同じく、ヴィータとフェイトも魔力を溜め、大魔法に備える。



「はぁっ、はぁっ、はぁっ...っ...!」

 一方、砲撃を放ち終わったなのはは、さすがにフルドライブの反動で疲労していた。
 しかし、それでも油断はせず、前を見据えて警戒する。

「(まだ...油断できない...!)」

 あのシグナムやヴィータ、フェイトを相手にして圧倒していた暴走体だ。
 自分一人ではまだ倒せていないだろうと、なのはは考え次の行動に備える。

「っ....!」

 案の定、砲撃を打ち込んで発生した煙幕の中から魄翼の腕が伸びてくる。
 それを後ろに避け、魔力弾を放つ。

「(ダメージはある。けど、足りない...!)」

 姿を現した暴走体の服はボロボロで、明らかにダメージを受けていた。
 しかし、それでもなのはに攻撃を繰り出す。

「避け...っ!?バインド...!?」

 間合いを取ろうとするなのはだが、バインドで足を取られ、動けなくなる。
 回避もできず、防御も間に合いそうにない。
 なのはが死を覚悟し、目を瞑った瞬間...。

「翔けよ、隼!!」

〈“Sturmfalken(シュツルムファルケン)”〉

 一筋の炎閃が、暴走体を捉えた。
 魄翼と防御魔法で咄嗟に防いだものの、それでもダメージは通った。

「っ、ぁああっ!?」

 余波に巻き込まれ、吹き飛ばされるなのは。
 吹き飛ばされながらも、矢を放ったシグナムを見て、安心する。

「レイジングハート!」

〈“Restrict Lock(レストリクトロック)”〉

 咄嗟に拘束魔法を使用し、暴走体の動きを阻害する。

「轟天爆砕!!」

 そこへ、ヴィータがギガントフォルムを使って暴走体の上を取り...。

「“ギガントシュラーク”!!」

 超巨大な槌の一撃を叩きつけた。
 その一撃は、暴走体の魄翼と防御魔法の防御を砕き、海へと叩きつける。

「今だ!テスタロッサ!」

 そして最後に、上空で魔力を溜めて待機していたフェイトが動く。
 カートリッジを三発ロードし、構えていたバルディッシュを振り下ろす。

「雷光一閃!!“プラズマザンバーブレイカー”!!」

 雷を纏った砲撃が、ヴィータの攻撃で無防備になっていた暴走体を呑み込んだ。







「....やった...の?」

「直撃はしたはずだ...これで死なねぇなら、それこそバケモンだ。」

 杖を支えにするように浮かぶなのはに、ヴィータがそういう。

There is no reaction.(反応ありません。)

「...よかった...。」

 レイジングハートの言葉に、過激な戦闘を経てボロボロになったなのはは崩れ落ちる。

「...ったく、無茶しすぎなんだよ。」

「え、えへへ...ごめんねヴィータちゃん...。」

 気が抜けて落ちそうになるなのはを、ヴィータが支える。
 そこへ、ジュエルシードを回収したシグナムとフェイトがやってくる。

「封印は完了した。直に結界も崩れるだろう。」

「...そういえばまだ終わりじゃねーんだったな。」

「ああ。まだジュエルシードは残っている。」

 ここまで強敵だったのにまだ残っているという事に、ヴィータは顔を顰める。

「...早く、他の所にも行かなきゃ...だね。」

「ああ。だけど、なのは。お前は休め。一人で戦ってたんだからよ。」

「...ううん。大丈夫。援護くらいならまだできるよ。」

 休む事を促すヴィータだが、なのははそれを断る。

「ヴィータ、なのははこう言ったらなかなか聞かないよ?」

「ちっ...わーったよ。だけど、無理すんじゃねーぞ?」

「にゃはは..さすがにわかってるよ...。」

 フェイトの言葉に渋々認めるヴィータに、苦笑いしながらいうなのは。
 そうこうしている内に、結界は崩れ始める。

『....!...よかった!繋がった!』

「アリシアちゃん?」

 そこへ、アリシアが通信を繋げてくる。

『通信が転移事故のせいで繋がらなかったの!他の皆の方は繋がったから、これで完全に回復したの!そっちは無事?』

「...なんとかな。相手が強敵だったから、だいぶ梃子摺ったけどな。」

『そっちもなんだ...。クロノの方も、今ママの援護が入る所だよ。』

 ヴィータの返事に、不安を感じながらもそういうアリシア。

「とにかく、我々も他の所へ向かう。」

『ちょっと待ってね。他に助っ人が必要そうなのは...。』

 他の戦況をアリシアが確認している間に、結界は崩れ、元の世界に戻される四人。

「...まず、陸に戻ろうか。飛んでばかりでは、疲れるだろう。」

『っ...!待って!そっちに大きな魔力反応!!それに、結界が...!』

「っ....!!」

 叫ぶようなアリシアの警告と同時に....()()が四人を襲った。







「してやられた!四人とも結界内に行っていたなのは達を狙うなんて...!」

 通信を行っていたアリシアは、焦ったようにそういう。

「皆!どうにかして凌いで!他の皆を向かわせる!...皆!?」

 防御に徹するように言うアリシアだが、通信先がノイズに塗れる。

「っ...!また通信妨害...!」

 完全になのは達を孤立させられた事に、アリシアは悔しそうに手を叩きつける。

「(...お願い優輝、皆...!早く、フェイト達を助けて...!)」

 何もできない事に憤りを感じながらも、アリシアはそう願った。













 
 

 
後書き
Hyperion Smasher diffusion(ハイペリオンスマッシャー・デフュージョン)…ハイペリオンスマッシャーのバリエーション。優輝の魔力結晶を通して放つ事により、拡散して複数の対象に攻撃できる。

多対一よりも一対一のが圧倒的に書きやすい...。
やっぱりキャラが少ない方が動かしやすいんですよね...。

とりあえず闇の書と一対一で戦えるという事で、一人の方が戦闘の派手さを増すなのはさん。もう全部この人だけでいいんじゃないかな。
カートリッジもどんどん使っているので、短時間であれば渡り合えます。
というか、闇の書と同じような展開に...。(主にA.C.Sの部分)
なお、これでも原作ユーリよりも弱い模様。 

 

第71話「それぞれの動き」

 
前書き
流石に一チームにつき一話は長くなりすぎる...。
ましてや、優輝達の方は数話使うし...。
それでも必要なので書くんですけどね。とりあえず、巻きで行きます。(多分)
 

 








       =out side=









「....皆....。」

「...くぅん....。」

 八束神社にて、一人の女性と子狐がどこかで戦っている者達を想う。

「やっぱり、心配...。」

「...くぅん。」

 女性...那美は、優輝達が今も戦っているであろう事を想像し、余計に心配になる。
 そんな那美に、子狐...久遠は不安そうに鳴く。

「...ううん。きっと大丈夫...。管理局の皆さんもいるんだから、きっと...。」

 不安を振り払うようにそう呟くが、やはり心配が拭えない那美。
 すると、そこへ...。



     ガサガサ...!



「っ...!何...?」

「....!」

 神社の裏...山の方面の茂みから音が聞こえてくる。
 山なので何か動物が出現してもおかしくはないが、那美と久遠は身構える。

「...くぅ...血の、臭い...?」

「血...!?それって...!」

 怪我をしているか...何かを殺してきたか。
 その二択の状態の存在が来るという事に、那美は一層警戒する。

「....ぁ...ぐ...!」

「え....?」

 茂みから、件の存在が現れる。その存在に、那美は驚いた。
 途轍もなくボロボロなのもあるが、何よりもその人物を知っていたから驚いた。

「...葵...ちゃん....?」

「っ....やっと...着いた...?」

 その傷だらけの体は、ボロボロどころではなかった。
 身は抉れ、穴が開き、手足の一部がなくなっているのだ。

「っ...っぐ...うっ...。」

 慣れていなければ吐き気すら催すその状態に、那美は気分を悪くする。

「...っ、ぐ...ぁ...。」

 葵も、体力の限界だったのか、その場で倒れこむ。
 血は止まってはいるが、傷口が塞がっていない。
 血を流しすぎて既に死に体だという事に、那美はそこで気づく。

「っ...!治療...しなきゃ...!」

「くぅん...!」

 すぐに那美は手頃な場所に葵を寝かせる。
 那美の力では運ぶのに少し手間取るので、久遠も人化して手伝う。

「久遠は桶とタオルを持ってきて!桶には水をしっかり!」

「分かった...!」

「ひどい傷...。どんな戦いをしたら、こんな...。」

 土の汚れなどを拭き取れる道具を久遠に頼み、那美は改めて葵の容態を見る。

「っ、....銀の武器で...吸血鬼の再生力を...封じられた...から、ね...。」

「銀...吸血鬼...そっか、弱点...!」

 葵は吸血鬼としての弱点...太陽や流水などは一切効かない。
 しかし、さすがに悪魔系統の弱点である銀は、耐性がなかった。
 だからこそ、葵は再生もできずにこうして瀕死の状態で彷徨っていた。

「...霊脈、で...銀の効果を打ち消し...て....。」

「霊脈...?わからないけど、とにかく、治療を...!」

 まずは傷を塞ぐべきだと判断し、那美は治癒術を行使した。

「(....早く、優ちゃんとかやちゃんを助けに行かないと....。)」

 薄れゆく意識の中、葵は大事な二人の事を想っていた。























 一方、ビル街の上空では...。

「.....で、誰が行って誰が残る?」

「ははは、俺が一人で片づけてやるよ!」

 アルフの不機嫌そうに言った言葉に、帝が自信満々にそういう。
 ちなみに、不機嫌なのは帝がいるからだ。

「...予定していた作戦は使わない方がいいわ。」

「なんでだい?」

 帝の言葉を無視し、アルフとシャマルで会話する。

「既に予定とは違う状況になっている...。そんな状況で戦力を分けるのはさらに危険よ。一つにまとめて置いた方がいいわ。」

「だけど、それだと偽物が現れた時の対処が...。」

 シャマルの言う通りにすると、偽物の妨害への対処が疎かになるとアルフは言う。

「そこは私が何とかするわ。探知に関してはこの中で最も優れているもの。」

「んー...でも...んー....。」

 悩むように考え込むアルフ。頭脳派ではないので、どうもしっくりこないようだ。

「そんなに悩むなら、俺がさっさと片づけてきてやるよ!」

「あ、ちょっと!」

 帝が勝手に先行し、シャマルの声も聞かずに結界の中へと入って行ってしまう。

「っ...私たちも行くわよ!どの道、偽物は私たちでは相手にできない!」

「っ、わかったよ!」

 それに続いて、慌ててシャマルとアルフも結界へと入る。





「...ノイズが走った光景って、なんか気味悪いね...。」

「.....ジュエルシードは....見つけた!」

「もう始まっているようだね!」

 結界内に突入し、すぐにジュエルシードを見つける。
 先に入っていた帝は既に戦闘を開始しており、武器を雨あられと射出していた。

「あれは...リニス!?」

 そして、暴走体の姿にアルフは驚く。

「ふははははは!そのまま堕ちろ!」

「...相変わらず、火力だけは凄まじいねぇ...。」

「あっさり凌がれてるけどね。」

 高笑いしながら攻撃を続ける帝を、アルフとシャマルは呆れながら見る。

「....まぁ、ここは早々に倒すのが先決よ。」

「となれば、あたし達で動きを止めようか。」

「そうね。」

 そういうや否や、二人はバインドを暴走体へと仕掛ける。

「はははは!これで終わりだ!」

 あっさりとバインドに捕まった暴走体は、そのまま武器群に貫かれた。

「...っ!まだだよ!封印されていない!それに再生している!」

 しかし、暴走体は瘴気が集まるように体を再生させていく。

「封印されていなければ、再生し続けるって訳ね。なら...。」

 再び暴走体が動き出し、今度はアルフ達に狙いを定めた瞬間...。



   ―――その胸を突然後ろから貫かれた。



「....封印、と。」

「...なかなかに恐ろしい事するね...。」

「手っ取り早い方がいいでしょう?」

 そう。シャマルが“旅の鏡”によって背後から暴走体のジュエルシードを封印したのだ。
 ...見た目が後ろから腕で刺すというものなので、傍から見ればえげつない。

「さすがシャマルだぜ!まぁ、俺一人でも倒せてたがな!」

「はいはい。...結界が崩れるわね。」

 ジュエルシードを回収した事により、結界が崩壊する。
 そして、三人は元の世界へと戻った。

「相性が良かったとはいえ、結構早く片付いたわね。」

「妨害もなかったしね。」

 周囲を見渡しながらアルフが言う。
 あまりにも早く終わったため、何事ものなくすんなりと事が進んだのだ。

『....!よし、繋がった!』

「エイミィ!」

 そこへ、通信が回復してエイミィが繋げてくる。

『皆、無事?』

「安心しろ!既にジュエルシードは封印してやった!」

「あんたが一人でやったみたいに言うな!」

 まるで自分一人でやったと言わんばかりの帝に、アルフは突っ込む。
 その様子を見て、エイミィも安心した。

『よかった....ビルが見えるって事は、そこは街中の奴だね?』

「そうです。ちなみに、リニスさんの姿を再現していました。」

『反応もそこだけなくなっている...。うん。ここが一番早いみたいだね。』

 アースラのレーダーを確認し、アルフ達のいる所だけジュエルシードの反応が消えている事を確かめるエイミィ。

『それじゃあ、早速他の所の助けに回って!まだ他の所と連絡は取れてないから、どこに向かうかはそっちで選んでね!』

「連絡が取れてないって...無事なのかい!?」

『...わからない...けど、皆を信じてあげて。』

「...わかったよ。」

 そういって、エイミィは通信を切る。
 他の所と連絡が取れるか確かめに行ったのだろう。

「....じゃあ、近くのジュエルシードの所に行きましょう。」

「そうだね。」

「ここから近いのは....海鳴病院ね。」

 座標を確認し、シャマルがそういう。

〈....マスター。〉

「なんだ?今から他の所で戦っているなのは達を助けに行くんだ。邪魔すんじゃねぇ。」

 そこで、帝のデバイス“エア”が言葉を発する。

〈....結界が張られています。〉

「あん?」

「っ....!」

 エアの言葉に、シャマルがすぐさまクラールヴィントを介して確かめる。
 その瞬間...。

「っ!?なっ....!?」

     ギィイイン!

 アルフの背後から何者かの攻撃が繰り出され、アルフは咄嗟に防御魔法で防ぐ。

「...ホントに結界が張られている...いつの間に...!」

「くぅうう...“バリアバースト”!!」

 結界が張られていた事にシャマルが驚き、アルフは防御魔法を爆発させる。
 しかし、攻撃を繰り出した者はその瞬間には飛び退いていた。

「....へぇ、そっか。狼を素体とした使い魔だから、危険察知はお手の物...か。」

「アンタ...!」

 攻撃を繰り出してきたのは葵...その偽物だ。

「結界も攻撃まで気づかれず、背後からの不意打ちだったんだけどなぁ...。これに気づくなんてさすがだよ。」

「クラールヴィント!」

 アルフの事を軽く称賛する偽物に、シャマルがすかさず拘束に掛かる。

「甘いよ。」

「なっ...!?」

 しかし、偽物は体を蝙蝠に変える事でそれを回避する。

「ジュエルシードがある今、こういった事だって簡単にできるんだよね。」

「っ...!はぁああっ!」

「っと。」

     パシィイッ!

 アルフとシャマルの背後に回った偽物に、アルフが拳を繰り出す。
 しかし、それはあっさりと受け止められてしまう。

「なっ...!?」

「忘れがちだけど...あたしは吸血鬼。その程度の力じゃ、あたしには勝てないよ!」

「くっ!」

 レイピアを振るおうとする前に、咄嗟にアルフは蹴りを放ち、距離を取らせる。
 すると、そこへ武器群が降り注ぐ。

     ギギギギギィイン!

「危ないなぁ...。」

 だが、それを偽物は一部を躱し、それ以外はレイピアで全て受け流す。

「待ってろ葵!今すぐ正気に戻してやるからな!」

「ふふふ...やってみれるものならやってみなよ!」

 まるで空気の読めない帝がそう言い放ち、偽物はそれに受けて立つ。

「(...戦闘する場所をどうにかして変えないと...。私たちでは、あまりにも不利...!)」

 その様子を見ながら、シャマルは冷静に分析し、戦況を変えれないか考える。

「私が援護するわ。どうにかして、抑え込んで!誰か援軍が来るまで持ちこたえるわよ!」

「へっ!俺が片づけてやるよ!安心しろシャマル!」

「(貴方だから安心できないのよ!)」

 帝の言葉に内心そう呟きつつも、葵の偽物との戦いへと臨んだ。

























 その頃、ジュエルシードの場所向かうついでに仲間を探していた神夜達は...。

「あ、あそこにいるのはもしかして...。」

「リニス!」

 公園へと向かっていた神夜達は、公園で辺りを警戒しているリニスを見つける。

「っ!....貴方達ですか。」

「なぜ結界の前で....そういう事か。」

 リニスも神夜達に気づき、一度警戒を解く。
 リインフォースはなぜ結界の前で立ち往生しているのか、様子を見て納得した。

「ええ。私が警戒しています。そちらの結界にはクロノさん、ザフィーラさん、優香さん、光輝さんがいます。」

「既に四人で戦っているのか...。」

 ちなみにだが、神夜は優輝以外を敵視していない。優輝が洗脳していると思い込んでいるため、全ての責任を無理矢理優輝にあると決めつけているのだ。
 だから、優輝の両親に対して特に思う事はないようだ。

「よし、俺たちはもう片方の結界へ行こう!リニスは引き続き偽物の警戒をしててくれ!」

 そういって、神夜は勝手にはやて達を引き連れてもう一方の結界へと入って行った。

「待ちなさい!....っ、ああもう...!」

 どうせならばクロノの加勢に行った方がいいのにと、リニスは項垂れる。

「...偽物が来る可能性がある今、私も動けませんし....。」

 結局、自分はここにいるしかないのだとリニスは思った。

「....私の主....聖奈司さん....ですか。」

 ふと、負の感情に囚われていると言われている司の事を思い出す。

「....記憶からは消えている...ですが、“その人物がいる”と言われれば....確かにパスから感情が流れ込んできます...。」

 記憶は消され、“答え”に辿り着かないように認識の阻害を受けていても、リニスは使い魔のパスから司の感情をほんの少しだけ感じ取っていた。

「...使い魔である私が何もできなかった...。ならば、今度こそ絶対に助けてみせます...!」

 覚えていなくとも、使い魔としての責任を果たす。
 そう誓いを新たに、周辺の警戒を続けた。

『....!リニスさん!聞こえますか!?』

「この声は...エイミィさん?」

『よかった、無事でしたね!』

 そこへ、エイミィから通信がかかってくる。

『転移妨害によって通信ができませんでしたけど、ようやく回復しました。...他の皆は?』

「私が知る限りではクロノさん、ザフィーラさん、優香さん、光輝さん、神夜さん、はやてさん、リインフォースさんは無事です。しかし、他の皆さんは...。」

『分からない...と。大丈夫、こっちではアルフさんとシャマルさん、帝君を。アリシアちゃんの方で優輝君と椿ちゃん、奏ちゃんにユーノ君を把握してるから...。』

「不明なのは、なのはさんにフェイト、シグナムさんとヴィータさんですね。」

『まだ確かめてないだけですけどね。』

 実質全員無事そうだと、リニスとエイミィはお互い安堵する。

『ところで、他の皆は?』

「結界の中です。私は偽物の警戒をしています。...ただ、神夜さんとはやてさん、リインフォースさんは勝手にもう片方の結界に入ってしまいました...。」

『ええっ!?緊急時なんだから固まって行動してよぉ...。』

 せっかく集まったのに自ら戦力を分断している事に、エイミィは泣きたくなる。

「とりあえず、私は引き続き警戒をします。エイミィさんは神夜さん達と連絡を。」

『了解。結界内だから少し時間がかかるけど...任せてください!』

「...頼みました。」

 通信を切り、リニスは警戒へと戻る。

「...はぁ、上手く行くといいんですけど...。」

 こういう時は大概上手くいかないと、リニスは溜め息を吐いた。







「....これが結界内か...。」

「うわぁ...ノイズって現実に出るとこんなに気持ち悪いんやなぁ...。」

 結界内に入った神夜達は、結界内の光景に少し驚く。

「...主、神夜、警戒を。...そこにいます。」

「あれは...なのはちゃんにフェイトちゃん?」

 海に面する公園の柵の少し先に浮く二人の姿をした暴走体を見つける。

「しかも、どちらからもジュエルシードの魔力を感じるぞ...。」

「...どうやら、ジュエルシードは二つあるようだ。」

「っ...!」

 ジュエルシードが二つ。その事に神夜は警戒心を高める。

「主、援護を頼みます。」

「分かったわ。前衛は...神夜君、頼んだで...。」

「任せてくれ。...幸い、なのはとフェイトなら半分ぐらいの魔法は無効化できる...。」

 すぐさまポジションを決め、先手必勝とばかりに神夜は暴走体へと駆け出した。

「っ!」

     ドドドドドォオオン!!

「はぁっ!」

 すぐさま暴走体二体から魔力弾が飛んでくるが、神夜の特典であるヘラクレスの宝具の一つ、“十二の試練(ゴッドハンド)の効果により、全て無効化される。
 そのまま接近し、神夜はアロンダイトを振るう。

「逃がさん!」

 その攻撃は避けられたが、リインフォースがバインドを放ち、なのはの姿の暴走体が捕まる。ちなみに、フェイトの姿の方は素早いため、避けられたようだ。

「今....っ!?」

     ギィイイン!!

 片方の暴走体が捕まり、そちらに砲撃を放とうとする神夜だが、そこへフェイトの姿の暴走体が妨害に入ってくる。
 ザンバーフォームから放たれる一閃に、神夜は反射的にアロンダイトで防ぐ。

「っ....!込められてる魔力量が...!?」

「神夜君!っ、させへんよ!」

 ザンバーフォームの光刃に込められた魔力量は、神夜の防御を貫通する程だった。
 よって、それを防ぐ事に気を取られた神夜はバインドを解いたもう片方の暴走体に対して無防備となってしまう。
 すかさず、はやてが魔力弾を放つ事により、フォローをした。

     ギィイイン!

「ちぃっ...!やっぱりジュエルシードで強化されている...!」

 再現されたバルディッシュを何とか弾き、神夜はそう呟く。
 実際のフェイトでも、同じ戦法を取ったであろうが、それはカートリッジを前提とした話だ。普段の状態...それも鍔迫り合いの状態から魔力をさらに込めるという事は、フェイトにもできない。

「....私と主で高町なのはの相手をしよう。神夜、そちらは頼む。」

「...わかった。正直、連携を取られるときつい。」

 そういうや否や、リインフォースはなのはの姿の暴走体へ突撃。
 パイルスピアという武器のデバイス“ナハト”を繰り出し、防御の上から攻撃を徹す。

「はぁっ!」

 神夜もフェイトの姿の暴走体へと攻め、二体を分断する。

「任せたぞ!」

「ああ!」

 互いに距離を離すように、反対方向へと押し込むように攻める。
 はやてもリインフォースの援護に入り、どちらも押している。

「ぜぁっ!」

     パ、ギィイイン!!

 神夜の攻撃が暴走体の防御魔法を突き破り、一際強く吹き飛ばす。
 ...元々、神夜はなのはやフェイトよりも強い。例えジュエルシードで強化されていたとしても、それは変わらなかった。
 リインフォースの方も、二対一なのとリインフォースのデバイスがバリア貫通に向いているため、こちらも相当優勢だった。

「.....再生もするのか。」

 先ほどの一撃で、暴走体の片腕は斬られていた。
 しかし、再び神夜に斬りかかってきた時には、既に再生が終わっていた。

「....しまったな。フェイトの電気は俺と少し相性が悪い...。」

 暴走体の攻撃は、その半分以上が神夜の前では無効化される。
 しかし、電気変換資質持ちのフェイトを再現しているので、魔力弾などに込められた電気が神夜の動きを鈍らせていた。
 ...尤も、それでも神夜の方に分があるが。

『...!...君!....神夜君!!』

「っ!?うわっとと..!?」

 突然かかってきた通信に、神夜は驚き、暴走体の攻撃をまともに受けてしまう。
 幸い、それも無効化できる威力だったため、すぐに立ち直る。

「...エイミィさん?」

『よし、通じた...!』

 とりあえず神夜は返事し、その事にエイミィは安堵する。

「悪いけど、今は戦闘中だから手が離せない!」

『ああもう!どうしてこんな時に態々手分けするの!?戦闘に入ったのなら止めないけど、さっさと終わらせるように!!』

「了解!」

 返事を返し、通信が切られる。そして、そのまま戦闘に集中した。
 ...なお、なぜ手分けして怒られたのか神夜は理解していなかった。

「...と、言う訳だ。さっさと片を付けさせてもらうぜ...!」

 瞬間、神夜はスピードを上げて暴走体に接近する。
 負けじと暴走体も速度を上げるが、進路先を魔力弾が通り過ぎる。

「ちっ、これも躱すか!」

 さらに魔力弾を放ち、自身も追いかける神夜。
 理性がない故、暴走体は臨機応変に対処できず、そのまま追い詰められ...。

「っ...!捉えた!!」

 バインドによって、動きが止められる。

「終わりだ!!」

 そして、魔力を帯びた斬撃に切り刻まれ、砲撃魔法で封印された。

「....よし。」





「はぁあっ!」

     ギィイイン!!

 一方、リインフォースはパイルバンカーの攻撃と暴走体の防御魔法を拮抗させていた。

「っ!」

「リインフォース!」

 そこへ暴走体の魔力弾が襲い、リインフォースは飛び退く。
 すかさずはやてが援護射撃を行い、互いに睨み合う間合いになる。

「...奇しくもあの時と逆だな。」

 思い出すのは、かつての闇の書となのはの戦い。
 リインフォース自身の記憶は闇の書の中でのはやてとの会話が主だが、なのはとの戦いも覚えており、また記録映像を見た事もあった。
 今回のこの戦いは、その時と立場が逆のようであった。

「...あの時よりも、私の力は圧倒的に劣っている。だが...。」

「......。」

「....今は主と...仲間と共にいる。.....ただの再現とはいえ、負けんぞ。」

 後方にいる主を一瞥し、暴走体が相手とはいえ、リインフォースはそう言ってのけた。

「『主よ、蒐集した術式よりフェイト・テスタロッサの最大魔法を。』」

「『フェイトちゃんのって言ったら...フォトンランサー・ファランクスシフト?』」

 再び激突を繰り返しながらも、リインフォースははやてへ念話を飛ばす。
 手元の夜天の書から、はやては言われた術式を探す。

「『厳密には違います。かつて私が使った魔法、それが記されているはずです。』」

「『....あった。ジェノサイドシフトって奴やな?』」

「『はい。...それで一気に片を付けます。隙を作るのですかさず発動してください。』」

 そういって念話を切り、暴走体へと肉薄する。

「せぁっ!!」

     パ、ギィイイン!ドンッ!!

 デバイスで防御魔法を破り、掌底で大きく吹き飛ばす。
 リインフォースはこれでも古代ベルカ時代の存在だ。接近戦もお手の物だった。

「『主!』」

 吹き飛ばされた暴走体は、すぐさまバインドに捕まる。
 リインフォースの仕掛けたバインドだ。二、三重なため、すぐには解けない。

「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル。フォトンランサー・ジェノサイドシフト。撃ち砕け、ファイアー!!」

 そこへ、大多数の魔力弾が包囲するように形成される。
 そのまま、その魔力弾は暴走体へ収束し、炸裂した。

「ジュエルシード、封印!!」

 最後の一際大きな槍のような魔力弾を、はやては投げつけ、封印を完了させた。





「....よし、封印は完了したな。」

「少し長引いたが、何とかなったな。」

 二つとも封印が完了し、はやて達と神夜は合流する。
 お互い、ほとんどダメージはなく、消費したのは魔力だけだった。

「...結界が...。」

「外でリニスが待っている。早く出よう。」

「...ああ。」

 そういって、三人は結界が崩れる前に脱出していった。



「...戻ってきましたか。」

「異常は?」

「ありません。」

 結界外に戻ると、リニスは変わらず辺りを警戒していた。
 神夜の問いに簡潔に答えるリニスだが、どこか不機嫌だった。

「...どうしたんや?」

「...どうしたもこうしたも、なぜこの状況で手分けしたままなのですか?誰か一人か二人私と共に残り、クロノさん達の加勢に行った方が確実です。」

 説教染みたその言葉に、三人とも言葉を詰まらせる。

「だ、だけどこうして早めに決着を着けてきただろ?」

「それは結果論です。....こうして話しているのも時間の無駄ですね。早く加勢に....。」

 “向かおう”とリニスが言おうとした所で、結界から四人が出てくる。
 それと同時に、結界も崩れた。

「....何とか勝てましたか...。」

「...ああ、きつい戦いだった...。」

 出てきた四人にリニスがそう呟き、クロノが戦いの感想を漏らす。

「...参考なまでに聞いても?」

「...緋雪を再現していた。正直、プレシアさんの援護魔法がなければ勝てたかどうかも怪しい。」

「それは...。」

 緋雪の強さはその場にいる全員が知っている。
 だからこそ、相当苦戦したのだと、全員が思った。

『...一段落着いた所申し訳ないけど、緊急事態だよ。』

 だが、そこへエイミィの通信が来る。

「...何があった?」

『...アリシアちゃんから、海の沖の方にいるなのはちゃん達が、優輝君の偽物と交戦。また、その時に気づいたのだけど、ビル街の方に結界が。おそらくはシャマルさん達が結界内に...。』

「...二か所同時襲撃か...。」

 どこに誰がいるか詳しく説明している暇はなかった。
 尤も、リニスがそれを知っているため、説明する必要はあまりないが。

『優輝君たちのグループはまだジュエルシードと戦ってる。...優輝君たちが負ける事はなさそうだけど、このままじゃ皆がやられちゃう!早く援護に向かって!』

「了解!」

 クロノが返事し、一度その場にいる全員を見渡す。

「エイミィ、戦況を教えてくれ。どちらにどれだけ人員を割くべきか...エイミィ?」

 そして、チーム分けを決めるために戦況を聞こうとして...通信が途切れる。

「なっ...!?通信が....!」

「クロノ!どうしたんだ!?」

「通信が...切断された。」

 クロノの言葉に、全員が驚く。
 ついさっきまで繋がっていたのだ。あまりにも突然すぎる。

「...早く救援に行きたい時に、なぜ....。」

 そう呟くクロノに、念話がかかった。









『―――別に、救援に向かう必要はないぜ?』



 それと同時に、吹き飛ばされてくる者達がいた。

「フェイト!それに、アルフや皆さんまで...!」

 その者達は、他の場所で戦っている者達だった。



「....さぁ、決着と行こうか。管理局...!」

「......!」

 クロノ達が見上げれば、そこには優輝と葵の偽物が佇んでいた。



 











 
 

 
後書き
エイミィが通信を掛けている順は、アルフ達→リニス→織崎達→クロノ達です。
順番がごちゃ混ぜになっているのはあれです。展開的な仕様です。すみません。

リインフォースが使っているデバイスは、まんま劇場版で使ってた奴です。
名前もナハトヴァールにちなんでナハトになりました。一応アームドデバイスです。

詠唱が本来ならないジェノサイドシフトですが、あれは闇の書のリインフォースだからこそできた事で、はやて単体だと詠唱が必要だという設定にしています。ファランクスシフトと全く同じ詠唱なのは見逃してください。 

 

第72話「再現された“闇”」

 
前書き
ようやく優輝sideに回帰。
ただし、優輝達のジュエルシード戦は一話では終わりません。
 

 














 ...何か、おかしい。

 具体的に何がおかしいか問われると分からないけど、何かがおかしかった。

 周りの環境?...闇に覆われていてよくわからない。

 この闇は、全部私によって生み出された。...私のせいで生み出されたのだ。

 改めて認識すれば、やっぱり私はいなくて正解だったと思う。



 ...やっぱり、違和感がある。

 辺りを覆う闇に対して、違和感が募る。

 確かに、これらは私が生み出したものだ。だから、私は独りでここにいる。

 ...だけど、“何か”が混ざっているように思えた。

 私のモノではない、“何か”が...。



 ...考えても仕方がない...か。

 どうせ、私はここで朽ち果てる。

 誰にも認識されず、誰にも迷惑をかける事もなく。

 この闇を...私の罪を一身に背負って、肉体も魂も朽ちていくのだ。

 そうすれば、被害に遭う人もいない。誰も不幸にならない。



   ―――...■けて....。



 私に、幸せになる資格なんてない。

 前世のお母さんを、お父さんを不幸にし、優輝君にも迷惑をかけた。

 今世だって、私がいたせいで危うく皆ごと次元世界を崩壊させてしまいそうになった。

 そんな私が、どうして幸せになる必要があるのだろうか?



   ―――...■けて....。



 本来なら、私なんて死んでそのまま終わればよかったんだ。

 なぜ、私は転生したのだろう...。

 私なんかじゃなく、他の人を転生させればよかったのに。

 ...実際に神様を見た訳でもなく、気が付いたら転生していただけだけどね、

 ...あぁ、そうか...。やっぱり、私は...。

 死んでも人に迷惑をかける。転生したのだって、私が不幸の根源だからだろう。

 私のせいで、皆は不幸になる。

 ...もしかしたら、転生させたのは神様じゃなくて悪魔だったかもね...。

 ふふ...もう、そんな事どうでもいいや...。

 .....なんだか、眠くなってきたし....ね.....。











   ―――...■けて...!

























       =優輝side=







「...これがジュエルシードの結界の場所か。」

 まず、ジュエルシードがある場所へと着く。
 場所は海鳴病院の屋上。そこに結界の反応があった。

「結界を張っておきましょ。」

「ああ。」

 結界を張り、万が一影響が外に出ても街には被害が出ないようにする。

「...シュライン、ここではどんな事があった?」

〈病院の屋上...ですか。〉

 許可を貰い、持ってきたシュラインに聞く。
 少なくとも僕の記憶には病院が関わった事件はなかったので、僕が魔法に関わる前の事だとは思うが...。

〈...おそらく、闇の書の事件ですね。ここではやて様が闇の書を暴走させてしまったので。〉

「...となると、再現されるとしたらはやてかその闇の書か...。」

 印象に残るとすれば、おそらく暴走体の方だろう。

〈...だとすれば、厄介です。ジュエルシード一つでは強さに上限があると思いますが、闇の書はいくつもの次元世界を滅ぼした代物です。環境、状態を考慮せずに戦闘力だけを再現したのであれば、はやて様はともかく闇の書はそう簡単には...。〉

「...だとしても、ここで立ち止まる訳にはいかないな。」

 次元世界を滅ぼす...ね。ジュエルシード単体でもそうだが、そんなの今更だ。
 それに、どう考えてもあの時司さんを助け出せなかった時の方が手強い。

「それにしても....病院、か....。」

「...何か、思う所でもあるのかしら?」

「まぁ、ね....。」

 前世で何度も聖司をお見舞いに行ったのもあるが、それとは別にもう一つある。

「(奏ちゃん...。)」

 前世で、入院した同僚の見舞いに行った際、偶々知り合った少女。
 心臓の病気で、義務教育すら碌に受けれなかった、儚くも純粋な少女。
 そんな彼女の事を、ふと思い出した。

「深くは聞かないけど...深刻な事かしら?」

「...深刻...なのかはわからないかな...。ただ...。」

 そんな少女の名前は、“天使奏”。
 そう、今世で知り合った魅了を受けてしまっている奏と同姓同名だ。

「気にはなる...かな。でも大丈夫。戦闘に支障を来すようなものではないから。」

 奏と“奏ちゃん”は同姓同名だ。
 だけど、だからと言って同一人物とは限らない。

「...そう言われると余計に心配よ...。」

「ごめんごめん...。」

 奏の特典は“立華奏の能力”。その特典から今の名前になったとも考えられる。
 確かに“奏ちゃん”は立華奏に境遇や名前も似ているけど、別人だ。
 ...だけど、それでも気になってしまう。もし、同一人物だとしたら...と。

「........。」



   ―――...生きるって、辛くないですか...?



 ....ふと、前世で“奏ちゃん”に言われた事を思い出す。
 当時の彼女は、心臓病のせいで、病院の中でただ生きるだけの毎日だった。
 そんな彼女を見舞いに行くようになった時、言われた言葉がそれだ。

「(...辛くないか?...か。)」

 ただ生きているだけになっていた彼女にとっては、辛かったのだろう。
 でも、僕が死んでしまう前ぐらいには、だいぶ生きる事に喜びを得ていた。

「(辛い事があっても、悲しい事があっても、前を向き続ける。それが生きるって事。そうすれば、その分だけ、楽しい事、嬉しい事がある。)」

 僕がそう言ったからこそ、彼女は生きる事に希望を見出した。
 ...まぁ、それを言った僕も緋雪が死んだ時は悲しみに暮れたものだけど。
 ...なんか、黒歴史だな。これ。

「....優輝、本当に大丈夫?」

「....ごめん、ちょっと物思いに耽ってた。」

 椿に声をかけられ、現実に戻ってくる。

「病院だからか、つい思い出してしまったか...。」

「.....?」

 彼女は、今どうしているだろう。
 心臓病に関しては、僕が適合者且つドナー登録をしていたから大丈夫だろう。
 なら、きっと転生なんてしていなければ、元気になって...。

「....なんて、僕が気にしてもしょうがないな。」

 前世の事は前世の事。さすがに前世の世界に行ける訳がないし、気にしてもな...。
 むしろ、奏がますます“奏ちゃん”だと思えてしまう...。

「...ああもう、考えても仕方がないっての!」

「ゆ、優輝?」

 また思考にのめりこんでいたのか、椿が戸惑っている。

「ごめん、また考え事してた。.....っし、っと。」

 頬を叩き、思考を切り替える。
 考え事をして物思いに耽っている場合ではないのだ。今は。

「...ふぅ、まさか病院ってだけであそこまで思い出す事になるとは。」

「...心配なんだけど、もういいのよね?」

「ああ。それよりも、ユーノ達を呼び寄せないと。」

 結界を張ったから、気づいてくれると思うが、念のため信号弾代わりの魔力弾を打ち上げておく。

「これで僕らの所に来るだろう。」

「そういえば、当初予定していた作戦はどうするの?」

 椿の言う作戦とは、誰かが偽物を警戒するという、役割分担の事だろう。
 だけど、シュライン曰く厄介な相手となれば、戦力を分ける訳には...。

「...偽物は僕らが転移する瞬間を狙ってきていた。多分、今のこの状況は偽物の思い通りなんだろう。そう考えれば、ジュエルシードの一斉発動も偽物の仕業。...そこまで行けば、むしろ戦力を分担する方が危険かもな...。」

「手薄になる事で、対処ができなくなる...。」

「そういうこと。」

 椿もそこらへんは分かっていたみたいで、納得したように頷く。

「...ああくそ、偽物がもうちょっとわかりやすければな...!」

「...貴方を模倣した結果よ?」

「つまり自分のせいって事だな!畜生っ!」

 手口が読みづらい。ブラフとかまだ完璧に判明していない事もあるから余計にだ。

「...作戦通りで貫くか、固まって行動するかであれば、固まっていた方がいいな。シュラインが厄介というほどの相手なんだから、戦力的にもそっちの方がいい。」

「その方が体力の消耗も避けれそうだものね。」

 どの道、取れる行動は限られている。
 それならば、対処しやすいように一か所に固まっておいた方がいい。

「...さて、来たか。」

「近づく気配は二つ。...まず奏で、遅れてユーノね。」

 とりあえず僕らに気づいたからここに集まってから、って感じか。
 まだ、結界に変わりはない。猶予はあるだろう。



「.....。」

「来たわね。」

 まず奏が舞い降りてくる。
 相変わらず口数は少なく、僕とはあまり会話しようとはしない。
 ...まぁ、魅了を喰らってて織崎のいう事を聞いて敵視気味だもんな。

「...他の人は?」

「もう少しでユーノも来る。...それ以外はさすがにわからんな。」

 椿、僕と面子を確認して、奏はそう聞いてきた。
 転移妨害のせいで一時的に通信もできなくなっている。
 だから、近く以外は誰がどこにいるのか把握しづらいのだ。

「優輝!椿!それに、奏!」

「...揃ったわね。」

 そこでユーノも到着する。
 これで近くにいる者は全員集まった。

「海鳴病院...再現しているのであれば...。」

〈闇の書...もしくははやて様です。〉

「...だよね...。」

 シュラインの言葉に、ユーノは驚く事なくむしろ納得する。
 病院に結界がある時点で、過去にあった事から大体は予想していたのだろう。

「....誰が残って、誰が行くの?」

「そうだった...。本来のチームじゃないから、それを決めないと...。」

「いや、それはやめておこう。」

 奏とユーノはまだ手分けしようとしていたので、僕が止める。

「既に相手の手の内。その上で戦力を分断するのは危険すぎる。」

「っ、そうだったね...。なら、四人で?」

「そういう事になるな。」

 理解が早いユーノは今言った事だけで納得する。
 しかし、僕を敵視気味で見ている奏は、“僕が言った”から複雑そうな顔だった。
 ただ、理解はしているため異論はないようだ。

「(戦力的にはこれで大丈夫だが....問題は罠で包囲された場合だ。)」

 ジュエルシードで体力を消耗した所で僕らを一網打尽...という懸念もある。
 偽物の事だから、普通にしてきそうで怖い。

「(...気にしてもしょうがない。偽物の予想を上回るしかないからな。)」

 何度も言うように、既に今の状況は偽物の掌の上。
 偽物の予想を上回らない限り、少なくとも大きく戦力を削られるだろう。

「........。」

「...?奏、どうかした?」

 ふと、考え事をしていたら、ユーノがそういった。
 見てみれば、奏が僕と病院を見ながら何か考えていた。

「...特に、何も...。」

「嘘ね。...とてもそうは見えないわよ。」

「......。」

 何か、思い当たる事があるのだろう。
 奏の誤魔化しをあっさり見破って、椿が聞く。

「...思い出せないだけ。それがもどかしく感じられた....それだけの事。」

「そう....。」

 淡々という奏に、椿はどこか気にしながらも、それ以上は聞かなかった。
 嘘は言ってなかったため、本当にただ何かが思い当たっただけなのだろう。
 その肝心の“何か”が思い出せないだけで。

「...そろそろ結界に行くぞ。」

「分かったわ。二人とも、準備はいい?」

 椿がユーノと奏に聞き、二人とも頷く。

「さて、行くぞ...!」

 そう言って、結界に踏み出そうとした瞬間...。



『....!優輝!聞こえる!?』

「っ...!」

 アリシアから通信が繋げられる。すぐさま返事のために応答する。

「聞こえるぞ。...通信は回復したのか?」

『一応ね。...状況が確認したいけど、今そこにいるのは?』

「僕と椿、ユーノと奏だ。」

 椿と奏に結界の見張りを任せ、アリシアの問いに答える。

『....他の皆は?』

「残念ながらわからない。ついさっきまでアースラとだけでなく、現地でも通信が繋がらなくなっていたからな。」

『そっか...。こちらから確認した限りだと、既に一つのジュエルシードの結界の前にいるようだね。なら、結界は任せたよ。皆はこっちから探してみる。』

「分かった。...任せたぞ。」

 両親や、他の皆が気になるが、ここは皆とアリシアを信じて任せよう。

『....頑張って。』

「...任せろ。」

 まだ、魅了が解けたばかりで僕に対する認識に何か複雑な所があるのだろう。
 そんなアリシアの簡潔にまとめられた言葉に、僕はしっかりと返事する。

「よし、改めて行くぞ。」

「ええ。」

 今度こそ結界へと歩を進め、内部へと侵入した。







「.....これは...。」

「...四度目になるかな。この光景も。」

「そうね。」

 結界内のノイズ掛かった光景に、奏が驚く。
 対する僕と椿は、さすがに四度目なのでもう驚かない。ユーノも平常だし。

「...椿、渡しておくよ。」

「これは...シュライン?」

 敵が現れる前に、シュラインを椿に渡しておく。

「僕のリンカーコアを治療している今でも、椿の足場を作る程度はできるはずだ。」

「そうなの?」

〈はい。それぐらいならば、並行して行えます。〉

 前回、前々回のジュエルシードと違って、今度は空を飛ぶかもしれない。
 椿の行動範囲を増やすためにも、渡しておいて損はないだろう。

「....さて、と。」

 すぐ近くの上空に、目を向ける。
 そこには銀髪の女性...リインフォースを再現した暴走体がそこにいた。

「やっぱり、リインフォース...いや、闇の書が再現された...!」

「これは...少し厄介だな...。」

 僕らの仲間の方のリインフォースは、全盛期より大幅に弱体化しているらしい。
 その全盛期に近い力を模倣とはいえ、この暴走体は持っている事になる。
 そうであるならば、この暴走体はそれなりに厄介な相手になる。

「(導王時代、文献で要注意な相手という認識で知っていた。...負けはしなくとも、大きく戦力を削られるかもな...。)」

 ロストロギアが暴走した姿を、ロストロギアが本来の力を発揮して再現している。
 ...文面だけでも厄介なのがよくわかる。

「っ、散れ!!」

「....!」

 暴走体に動きが現れ、僕は咄嗟にそう叫んで暴走体から距離を取る。
 僕の言葉に反応して、他の皆も同じように距離を取る。

   ―――“Diabolic Emission(デアボリック・エミッション)

「くっ...!“護法障壁”!!」

 暴走体が掲げた掌から、闇色の玉が爆発するように広がる。
 避けきれないと判断した僕は、咄嗟に霊術で防ぐ。

「ぐぅううう...!」

 障壁が削られるのがよくわかる。霊力でなければ大きく魔力を削られただろう。
 受けている衝撃もなかなかのもので、防ぎきれるかもわからない。

「椿...!!」

「分かったわ!」

 ()()で支えるには厳しいので、椿の援護が入る。
 障壁を椿にも維持してもらう事で、背後に庇うユーノと奏共々、防ぎきる。

「....お返しだ...!遠慮なく受け取れ...!」

 もちろん、ただで攻撃を防いだ訳ではない。
 使っていなかった左手で、先程の魔法の魔力を集めておいた。
 集まった魔力は強力な魔法一回分。さぁ、喰らえ...!

「“ドルヒボーレンベシースング”!!」

 暴走体の魔法が治まった瞬間を狙い、砲撃魔法を放つ。
 集めた魔力を全て込めた砲撃魔法だ。トワイライトスパークには遠く及ばないが、生半可な防御魔法程度では防ぐ事は不可能だ。

   ―――Bohrung stoß(ボールングシュトース)

「っ....!?」

 しかし、それは突くように放たれた中距離砲撃魔法に打ち消された。

「ちっ...!『ユーノ!バインドは頼んだ!椿は遠距離から援護!奏は中距離を保って攻撃を仕掛けてくれ!僕が斬り込んで隙を作る!』」

 念話で指示を出し、リヒトを構えて暴走体に接近する。

「(さっきのような広域殲滅魔法を連発されたら勝てる戦いも勝てない!ここは、短期決戦で一気に片づける!)」

 防御が堅い、動きが早い、攻撃が強い。
 等々、厄介な点は他にもあるかもしれない。
 それでも、その厄介さが浮き彫りになる前に片づけた方が、都合がいい。

「はぁっ!」

 リヒトを一閃。
 次の攻撃に繋げるためのその一撃は、暴走体のパイルスピアに受け止められる。

     ギィイイン!

「はぁあああっ!!」

 パイルスピアと手甲の間で受け止められたのを利用し、上に大きく弾く。
 空いた右手に霊力を溜め、それをそのまま叩きつける。

「っ!」

「ガードスキル...“HandSonic(ハンドソニック)”...!」

 ...が、その一撃は高密度の局所的な障壁で防がれ、その勢いで間合いを取られる。
 しかしそこへ奏が追撃。暗器のように生やした二刀で斬りかかる。

     ッ、ギィイン!

「っ...!」

「“チェーンバインド”!」

 暴走体はその攻撃を躱そうとして、パイルスピアを弾かれて体勢を崩す。
 すかさずユーノがバインドを仕掛け、拘束に成功する。

「貫け...!“弓技・閃矢”!」

 トドメに椿が矢を放とうとする。
 ユーノのバインドは強固なため、僕だって解くのに時間がかかる。
 そんなバインドで暴走体を拘束しているため、直撃は必至。
 だが....。

「っ......!?」

   ―――嗤っていた。

 まるでここまでの事を想定していたように、暴走体は嗤った。
 刹那、悪寒が僕の背筋を駆け、反射的に体を動かしていた。
 椿も同じだったのか、慌てて矢を放つと同時に回避行動に移っていた。

   ―――“Bloody Dagger(ブラッディダガー)

「く、ぁああっ!」

 暴走体は瞬時に40発程の血の色をした短剣を展開。
 10発ずつ僕らに向けて放たれる。
 それを霊力の小さ目の障壁で一部を防ぎ、残りは切り抜けるように逸らして避ける。
 直感的に防御するとダメージが大きいと判断したが、間違いではなかったようだ。

「(着弾時に爆裂効果あり...!ユーノ程じゃないと、ダメージは必至か...!)」

 椿は霊力で一部相殺、他は躱し、奏も振り切るように回避した。
 唯一、ユーノだけは防御魔法で防いだが、さすがユーノ。堅い防御魔法だ。

「はぁああっ!!」

 今の魔法で、この暴走体は相当な相手だと判断。一気に攻める。
 長期戦になれば、確実にこちらが不利だ。

     ギィイイン!ギギィイン!

「(高密度の障壁による防御...!霊力との相性を、一瞬で見抜いた...!?)」

 霊力は魔力を削るが、高密度となれば話は別だ。
 それを暴走体は理解し、高密度の障壁で僕の攻撃を悉く阻む。

「ちっ...!」

「はっ...!」

 霊力で一気に片づけるという予定を変更し、導王流で攻める。
 奏も接近戦に参加し、一気に攻撃する....が。

   ―――“セイント・エクスプロージョン”

「「っ....!」」

 足元に白い巨大な魔法陣が出現する。
 瞬間、僕は大きく飛び上がり、魔力を固めて足場にし、さらに跳ぶ。

     ドォオオオオオオン!!

「っ...!あれは、司さんの...!」

 ギリギリ範囲外まで逃れ、体勢が崩れないように爆風に耐えつつ、そう呟く。
 ...そう、あれは司さんの魔法のはずだ。お手軽で強力なため、厄介だった。
 しかし、なぜ暴走体が司さんの魔法を...?

「(他人の魔法をコピーしている...?)」

 そこまで考えて、桃色の魔力弾が飛んできたのを避ける。

「(今度はなのはの魔力弾...!)」

 ちらりと見れば、暴走体はユーノと椿の妨害を躱しながら僕と奏に攻撃していた。
 ...あの戦闘技術、並大抵じゃないぞ....!

「チィ....!!」

 桃色の魔力弾を霊力の弾...霊力弾で相殺すると、今度は黄色の魔力弾が襲ってくる。
 ...フェイトの魔力弾か!

「速い...!くそ...!」

 展開される量も多いうえ、四方八方から襲い掛かってくる。
 椿とユーノの援護も期待できない。それぞれが自分の事で精一杯だ。

     ギィイイン!

「くっ...!包囲展開は...お前だけのものじゃない!」

 パイルスピアで攻撃してきたのをリヒトで防ぎ、魔力弾を創造した剣で撃ち落とす。
 そのまま、パイルスピアを弾き、斬り返しで反撃する。

     キィイイン!

「(防がれた!)は、ぁっ!!」

 しかし、その一撃は障壁で防がれたため、“徹”を混ぜた蹴りで突き放す。

「はぁ...!」

「ぜぁっ!」

 暴走体の背後から魔力弾を振り切ってきた奏が斬りかかる。
 僕も同時に斬りかかり、挟撃を仕掛ける。

「っ...!堅い....!」

「....!」

 しかし、それすら障壁に阻まれる。
 霊力を込め、さらに“徹”も使った一撃なのに、容易く防がれた。
 手ごたえはあった。...おそらく、“徹”の影響を受け付けないのだろう。
 ...理性のない、魔力によって構成された暴走体には、衝撃を徹した所で無意味か。

「ちっ!」

「くっ...!」

 障壁により一瞬動きを止めた僕らを、暴走体はバインドで捕えてくる。
 僕はすぐに解除したが、奏はそうもいかない。
 しかも、その一瞬の隙を突き、暴走体は僕らに魔法を叩き込もうとした。

「させないわ!」

     ギィイイン!

 だが、それは椿の矢によって阻止された。
 椿とユーノの方を見れば、先程の魔力弾を何とか凌ぎきったようだ。

「(闇雲に攻撃しても意味がない。ここは...。)」

 椿の援護の隙を利用し、奏のバインドを破壊。
 一度椿たちの場所へ行き、態勢を立て直しにかかる。

「(暴走体は司さんの過去の記憶から再現している。...断定はできないけど。再現するのに必要な要素は、大まかにはその人物の特徴や知りうる記憶など。つまり、司さんの記憶やイメージを元に再現しているはず...。)」

 相当な強さを、僕は素早く解析していく。
 闇の書...導王時代にもその恐ろしさは聞いていたが、ここまでではないはずだった。
 少なくとも、いくつかの攻撃を徹せるはずだ。

「(...!そうか、イメージを元にしているなら、強さもそれに依存する!...つまり、この暴走体は、“絶対的な強者”としたイメージの補正がかかっているのか...!?)」

 確証はないが、可能性は高そうだ。
 そうであるならば、後の偽物との戦いに余力を残すとか考えている場合ではない。

「...優輝、どうするの?」

「...陣形はそのまま。...僕と奏で何とか隙を作りだす。」

 椿の言葉にそう答える。
 ポジションは変わらない。だけど、今度は本気で食らいつく。
 余力を残すための計画性を持った行動じゃない。ただ、“斃す”ために攻撃を仕掛ける。

「っ!」

 足元に霊力を固め、それを利用して跳躍する。
 同時に、奏も飛び出し、先程と同じように肉迫し、接近戦を仕掛ける。

「はぁっ!」

「シッ...!」

 またもや同じように挟撃を仕掛ける。
 しかし、今度は事前に創造しておいた剣を射出し、牽制してからだ。
 剣を障壁で防がせ、死角からの攻撃をお見舞いする。

「っっ!?」

「っぁ....!?」

 ...が、それは目の前に迫る赤い短剣によって失敗した。
 咄嗟に顔を逸らし、躱したが、挟撃は失敗。奏は腕を掴まれてしまった。

「(事前に用意していたのは、こいつも同じか...!)」

 すぐに体勢を立て直し、剣を暴走体の背後から襲わせる。
 創造した剣で直接奏を掴む腕を攻撃してもいいが、それでは奏を盾にされてしまう。

「はっ!」

 背後からの剣を障壁で防いだ暴走体の頭上を取り、剣を振り下ろす。
 同時に、椿の矢が下から放たれ、上下からの挟撃と成す。

   ―――“Blitz Action(ブリッツアクション)

「なっ....!?」

 しかし、それはフェイトの移動魔法によって躱される。
 幸い、椿の矢と僕は直線上にいた訳ではないので、フレンドリーファイアはなかった。

「ぁあっ!?」

「くっ...!?」

 僕の斜め真後ろに移動した暴走体は、僕に向けて奏を投げつけてきた。
 咄嗟に受け止めたが、それが悪手だった。

「......!」

   ―――呑まれろ。

 暴走体の口がそう動いた瞬間、僕と奏を囲うように魔法陣が展開される。
 おまけに、僕と奏をまとめてバインドで拘束してきた。
 その魔法陣に触れた瞬間、僕の意識は遠のいていった。

「優輝!?奏!?」

















   ―――戦場に、二人の姿はもうなかった。





















 
 

 
後書き
ドルヒボーレンベシースング…優輝の持つ砲撃魔法。使われる事は少ない。貫通するのに長けているので、防御魔法の破壊などに使える。ただし影は薄い。魔法名の由来は“貫通する”“射撃、砲撃”のドイツ語から。

Bohrung stoß(ボールングシュトース)stoß(シュトース)の派生魔法。突き穿つような砲撃魔法のような刺突を放つ中距離魔法。ボールングは“穿つ”のドイツ語。

セイント・エクスプロージョン…魔法陣を発生させ、それを中心に大きな爆発を起こす。
 司が使う魔法だが、闇の書事件にてリンカーコアを蒐集されていたので、闇の書も使う。

露骨すぎるフラグ。もっと前から伏線として張っておけばよかった...。
無理矢理ですが、前に入院してた時は緋雪関連で心の余裕がなかったので今回のようにはなりませんでした。今回も事件の真っ只中なので余裕はない方ですけどね。

ここで一つ暴走体の強さに関して説明を。
暴走体の姿及び強さは司の記憶やイメージに依存しています。
多少補正がかかって本物っぽくなっていますが、強さが本物を凌ぐ場合もあります。つまりイメージでの強さが強いと、その分再現された暴走体も強くなります。
こと、今回の暴走体に関しては、闇の書としての強さをありありとイメージされているので、戦闘技術、魔法の強さがジュエルシードの限界近くまで高められています。
つまり、今回の暴走体は総合的に見れば緋雪の暴走体に匹敵する強さです。 

 

第73話「“未練”を断ち切って」

 
前書き
ジュエルシードの展開する結界は、結界同士で干渉しません。
よって、結界によっては海鳴市全域を再現していたりもします。
 

 








       =out side=







「優輝...!?」

 優輝と奏が消えた。その事に椿は動揺を隠せない。

「吸収された...!?」

「ユーノ?どういうこと...?」

 以前闇の書事件に関わっていたユーノは、何が起きたのか理解していた。
 その事に椿も気づき、どういう事か聞く。

「...闇の書は、ああやって吸収...リインフォースに聞いた限りじゃ、転移魔法の一種らしいんだけど...。とにかく、吸収してその人物が深層意識で望んだ光景を夢として見させるんだ。そして、そのまま永遠の眠りに...って訳。」

「それって...!」

 結構やばい状況らしい事に、椿は驚く。

「...かつての事件の時、誰も吸収されていなかったけど...まさか、そこまで再現されているなんて...。」

〈誰も、という訳ではありませんよ。〉

 ユーノの言葉を、シュラインが否定する。

〈...マスターが一度吸収されました。だからこそ、再現されたのでしょう。〉

「...どの道、助ける事に変わりは...ないわっ!」

 飛んできた暴走体の魔力弾を飛び退いて避けつつ、椿はそう言った。

「方法はあるのかしら!?」

〈砲撃魔法のような強い魔法でダメージを与え、中で眠っている二人を目覚めさせれば可能です。また、自力で目を覚まして脱出する場合もあります。〉

「...つまり、優輝達次第って事ね...。」

 外からではほとんど何もできない事に、椿は歯噛みする。
 そうしている間にも、魔力弾と共に暴走体が襲い掛かる。

「っ..!」

     ギィイイン!

 振るわれたパイルスピアを、椿は短刀で受け流し、蹴りを放って距離を離す。
 同時に、ユーノもバインドを仕掛けて間合いを取る。

「(私とユーノ、どちらも前衛向きではない...!厳しいわね...。)」

 遠距離主体の椿に、防御魔法が堅いとはいえ、攻撃手段がごく僅かなユーノ。
 どちらも前衛をするには足りないものがあり、二人は逃げ回りながらの戦いを余儀なくされた。

「(優輝、奏...!信じてるわよ...!)」

 きっと目覚めてくるであろう優輝達を信じ、椿は絶対的不利な戦いへと身を投じた。





















       =優輝side=







「....ん....む、ぅ......。」

 微睡みから意識が覚醒していく。
 ....なんだ....?

「お兄ちゃん!起きて!」

「ん....ぇ....?」

 横から声が掛けられ、僕はその声の主に驚く。

「....お兄ちゃん?どうしたの?」

「緋雪....?」

 そう、緋雪だ。...あの日、あの時、死んだはずの緋雪だ。

「なんで....。」

「なんでって...お兄ちゃんが私より起きるのが遅いから、起こしに来たんだよ?」

 違う。そういう事じゃない。
 おかしい。明らかにおかしい。どういう事なんだ?

「(....夢....?)」

 そう、夢。夢だ。
 確かに、緋雪が生きていたらどんなに嬉しいか。...でも、それはありえない事なんだ。

「(でも、一体なんで夢なんか...。)」

 ついさっきまでの記憶が曖昧だ。
 確か....。

「ほら、早くリビングに来て!お母さんもお父さんも、椿さんや葵さんも待ってるよ!」

「あ、ああ....。」

 思い出そうとして、緋雪に遮られる。
 そのまま連れられるようにリビングへと下りて行った。





「(これは....。)」

 時間が早く過ぎていくように、あっさりと朝食を食べ終わる。
 まるでまだ微睡みの中にいるような...そんな、安心感のある感覚だ。

「ほら、早く翠屋に行こう!」

「あ、待てよ緋雪!翠屋って、なんで...。」

 緋雪に手を引っ張られ、思わずそう聞いてしまう。
 ここは夢。だから聞いたって無駄なはずなのに。

「...?なんでって...今日は“天使さん”の退院祝いでしょ?」

「え.....?」

 ...だけど、その言葉だけは無視できなかった。
 緋雪の奏に対する呼び方は、“奏ちゃん”だ。決してさん付けでも苗字呼びでもない。
 それだけなら、ただ偽りの世界なだけだと思うが...。

「(“退院”...?まさか....!?)」

 ありえない。おかしい。そんな思考が入り乱れる。
 いや、夢だからおかしいものだと言えるけど、それでもそう考えてしまった。

「お兄ちゃん...やっぱりまだ寝ぼけてる?ここの所、ずっと戦い漬けだったから...。」

「......。」

 緋雪の言葉に、僕は答えない。
 夢とはいえ、何か無視できない感じがしたため、どうもさっきから引っかかるのだ。

「.....お兄ちゃん、今は、ゆっくりと休んでいいんだからね...?」

「え...あ、ああ....。」

 沈黙が本当に疲れてると勘違いしたのか、緋雪が労わってくれる。
 ....ああ、確かに、ここの所戦闘続きで、碌にゆっくりと休めていないな...。

 ......ここの所...?

「(そうだ!確か...!)」

「じゃあ、早く翠屋行こう!」

 さっきまでの事を思い出しかけて、また緋雪に遮られた。
 ...まるで、もう少しこの状況に身を委ねるべきだと言わんばかりに。

「(一体...何が....。)」

 思考が纏まらないまま、僕は緋雪に連れられて翠屋へと向かった。









「(.....なんなんだ...これ....?)」

 翠屋に着き、退院祝いとやらで賑わっている翠屋店内を見て、そう思わざるを得なかった。

「おい王牙!つまみ食いしようとするな!」

「げっ、見つかったか!」

 お祝い用の料理をつまみ食いしようとした王牙を注意する織崎。
 そして、それを見て微笑ましく笑う周囲の皆。
 ...ありえそうで、今は決してありえない光景だ。
 だが、それはまだいい。しかし、それ以上にありえない光景が他にもあった。

「賑やかですね、クラウス。」

「ああ、平和でいい事だ。オリヴィエ。」

 ...隅の方の席で、男性と女性がそんな会話をしていた。
 その二人は、導王時代の僕の友人、オリヴィエとクラウスだった。

「っ.....!」

 そう、“導王時代”の友人だ。つまり、この時代に存在する訳がない。
 なのに、そんな二人が今は当たり前のようにそこにいる。

「オリヴィエ...クラウス...。」

「おお、ムート、ようやく来たんだね。」

「皆さん、もう準備万端のようですよ。」

 僕がつい名前を呟くと、二人はそう声をかけてくる。
 ...頭が混乱する。夢とはいえ、あり得ないその光景にどうしても思考が纏まらない。

「桃子さん、これはこっちに?」

「ええ。あ、これも頼むわね。」

 ...しかも、それだけじゃない。

「店一つ貸し切りでお祝いか...凄いな。」

「そんなパーティに私たちも呼ばれるなんて...聖司のおかげね。」

「あはは...僕が皆と知り合いってだけだから、そんな大した事じゃないよ。」

 ...一人の少女と、仲睦まじい家族の談笑。
 .....司さんと、聖司...そしてその両親だ。

「えっと...あの...ここまでしてくれて、ありがとうございます...。」

「いいよいいよ!やっと退院できたんだもんね!皆でお祝いするよ!」

 そして、主役であろう一人の少女となのはがそんな会話をしていた。
 少女は茶髪で、どこか...いや、相当奏と似ていた。

「(....本当に、どういう事なんだ...。)」

 似ているのは当然だった。...その少女の名前は、“天使奏”。
 僕が前世で知り合った、病院にいた少女だったからだ。

「(緋雪が言った“天使さん”は、“奏ちゃん”の事だった...。ありえない。夢だとしても、ここまでの光景はありえない...!)」

 第一に、同一人物が前世と今世で分かれて二人存在している時点でおかしい。
 ...だけど、おかしいと感じると同時に、確かに僕は嬉しさを感じていた。









「........。」

 “奏ちゃん”の退院祝いのパーティは進んでいく。
 それを、僕は隅の方で眺めながら享受していた。

「...お兄ちゃん、あんまり楽しそうじゃないね?」

 隅の方にいるとはいえ、僕は影が薄い訳じゃない。
 緋雪がそんな僕に気づき、声をかけてくる。

「...そうでもないさ。」

「嘘。お兄ちゃん、どこか戸惑ってるでしょ。」

「...さすがに、緋雪は誤魔化せない...か。」

 ありえない。だけど嬉しく思うこの光景。
 それに僕はずっと戸惑っている。

「....ごめん、ちょっと席を外すよ。」

「...うん。落ち着いたら戻ってきてね。」

「分かった。」

 そういって、僕は翠屋から一端外に出る。




「...いるはずのない人物。あるはずのない光景...か。」

 本当にありえない光景だ。
 椿や葵、緋雪だけじゃない。あの場にいた全員が楽しんでいた。
 それは、とても幸せそうで―――

「....嗚呼...そういう事....か。」

 ようやく、合点がいった。
 どうして、ここまでありえないと思う反面、嬉しく思っていたのか。
 どうして、ここまでありえない光景が広がっていたのか。
 それらの謎が全て解けた。



「....僕は、心の底でこういう光景を望んでいたんだな....。」

 それは、あまりにも偽善的で、あまりにも強欲な事だった。
 誰も彼もが幸せになる光景なんて、ほぼありえない。
 それを、僕は心の底では願っていたんだ。

「........そりゃあ、嬉しく思うよ...な.....。」

 その事実に気づき、僕は静かに涙で頬を濡らした...。















   ―――...助けられなかった命があった。



「....聖司...。」

 店内で、両親と楽しく談笑する聖司を見る。
 聖司が死んでしまった後、聖司の両親は警察に捕まった。
 だけど、もし借金などで狂う事がなければ、あんな光景もあったかもしれない。

「...僕が、助けれていれば...。」

 気づくのが遅かった。...仕方がないとはいえ、それは言い訳にしか思えなかった。
 あの日、あの時、僕を庇って死んでしまった聖司。

 ...目の前で死んでしまった事に、僕は無力を感じた。





   ―――...助けようにも、助けれなかった命があった。



「....リヒト、シャル...。」

 ふと、僕の持つデバイス二機に声をかける。
 今、夢の中のこの場にも存在するとは思えないけど、声を掛けた。
 ...だが、返事はない。

「...緋雪...。」

 この夢の中で、明るく笑顔を振りまき、パーティを楽しむ緋雪の名を呟く。
 そして、あの時、過去に行った時に自ら手を掛けた緋雪を思い出す。
 ...あの行動に至るまでは、とても最善とは言えなかった。
 もっと、もっと良い最善とも言える手は残っていたはずだった。

 ...だけど、時間があまりにも足りなさ過ぎた...。

「...後悔はしても、立ち止まる訳にはいかない...か。」

 でも、それでも、後悔はする。...それだけで、僕の心を蝕む。





   ―――...手を伸ばしても、届かなかった者がいた。



「司さん...。」

 桃子さんの手伝いをしながら、自らもパーティを楽しむ司さんを見る。
 彼女は、多分...いや、ほぼ確実に聖司が転生した姿だ。
 ...そして、またもや助けられなかった。

「っ.....。」

 全てを拒絶し、自ら殻に篭ってしまった彼女。
 今、この時、本物の彼女がどうなっているかは分からない。
 だからこそ、あの時、助けられなかったのが悔やまれる。

「一度ならず、二度までも...か。」

 前世と今世と言う大きな違いがあるが、それでも同じ相手をまた助けられなかった。
 前世と違い、魔法や霊術で余程強くなったのに...だ。

「助けると、そう誓ったのに....!」

 何が助けるだ...何が導きの王だ...!
 大切な人を二度..いや、三度も失って....!!

「くそ!」

 近くにあった木をつい殴ってしまう。
 ...夢の中だからか、周囲に人影はない。
 当然だ。この夢は、僕が知る人達の幸せを望んだ世界。知らない人は再現されない。

「....こんな事をしている場合じゃない...。」

 泣いてもいい。後悔してもいい。だけど、立ち止まらない。
 腐っている暇があったら、少しでも強くなれ...!頭を働かせろ...!
 緋雪を喪って、緋雪に励まされて、そう誓っただろう...!

「そうだ...。こんな事をしている場合じゃないんだ...!」

 この夢を見る直前の記憶。それはまだ朧気だ。
 だけど、こんな事をしている場合じゃないのは確かだ。
 だから、今すぐにでも思い出して―――

「お兄ちゃん?」

「っ.....!?」

 ...また、緋雪に声を掛けられ、思考を遮られた。

「...本当に大丈夫?どこか具合が悪かったりしない?」

「あ、ああ....。」

 ...なぜだ?なぜ、さっきから肝心な所ばかり緋雪に遮られる?
 まるで僕が記憶を思い出すのを阻止するような...。

「(....僕の深層意識が、夢から醒めるのを拒絶している....?)」

 確信がないとはいえ、この夢は僕が心の底で望んだ夢だ。
 ...だから、そこから出るのを、僕は拒絶している。

「っ......。」

「お、お兄ちゃん!?」

 その考えに行きついた瞬間、少しふらついてしまう。
 緋雪に心配されるが、それどころじゃなかった。

「ごめん。」

「えっ?あ、お兄ちゃん!?」

 “こうしている場合ではない”、と焦る気持ち。
 “すっとここで幸せでいたい”、という気持ち。
 二つの気持ちがせめぎ合い、思考がぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。
 どうすればいいか分からなくなり、僕は緋雪の制止を無視してそこから走り出した。











「..........。」

 どれほど走ったのだろうか。数分か、数十分か、数時間か。
 どの道を走ってきたのかわからないほどに、僕は無我夢中で走っていた。

「....ここ、は.....。」

 目の前に広がるのは、海鳴市を見渡すような景色と、大量の墓。
 そこは、八束神社の近くにある、墓地だった。

「......。」

 ここの墓地には大して思い入れがある訳ではない。
 あるとすれば、それは形だけでの両親と緋雪の墓...と言った所だろう。

「確か....。」

 少し、墓地の中を移動する。
 そして、一つの墓の前で立ち止まり、刻まれた名前を確認する。

「....“志導緋雪”....。」

 ...そう、緋雪の墓だ。
 この夢では、緋雪は生きている。だから、あるのか確認したかったのだ。
 ...けど、それ以外にも理由は存在している。

「認めていない...そういう訳じゃなかったんだな....。」

 もう一つ、確認したかった事があった。
 それは、“緋雪の死を本当に認めているのか”という事だ。

「.........。」

 そっと刻まれた緋雪の名前の所を撫ぜる。
 夢から未だに出られていないのは、“出たくない”と思っているからだと思ったが...。

「そうでもない、か...。」

 大事な人が生きている幸せな夢。
 その夢から醒めたくないのは誰だってそうだ。つまり....。

「....結局は、自分の意志次第...という事か?」

「....そうだね。」

 後ろを振り返らずに、僕はそういう。
 返ってきた声の主は...もちろん緋雪だ。

「この夢は僕の深層意識が望んで作り出したもの。...僕が考える中で、最も幸せだと思える...そんな世界。だけど、所詮は仮初めの夢だ。」

「........。」

 今、目の前にいる緋雪は、所謂夢から醒めないための抑止力なのだろう。
 だから、ずっと僕が直前の記憶を思い出そうとすると遮ってきた。

「....あぁ...そう思えば、直前の記憶なんて簡単に思い出せるじゃないか。」

 夢を見る直前の記憶をあっけない程すんなりと思い出す。
 闇の書を再現した暴走体と戦い、その過程で奏と共に吸収されたという事を。

「....ねぇ、お兄ちゃん。」

「...なんだ?」

 緋雪は僕の前まで歩いていき、自身の墓の上に座りながら聞いてくる。
 墓の上に座るのは罰当たりかと思うが、自分の墓な上に夢なので別にいいだろう。

「...お兄ちゃんは、今幸せ?...夢の中じゃなくて、現実でね。」

「それは.....。」

 ...あまり、考えていなかった。
 両親と再会して、嬉しいと思った事はあったが、幸せと思った事は...どうなのだろう。

「....その様子だと、幸せと思った事はなさそうだね。」

「....ああ。緋雪が死んで、司さんを助けれなかった。...後悔するような悲しい出来事を経て、幸せに思うのなら、とんだ薄情者だ。」

 緋雪が死んでから...いや、あの時、聖司を助けれなかった時から、僕は心から幸せだと思った事はないのだろう。
 一時の幸せや、嬉しさを味わったとしても、それが後悔を打ち消す訳ではない。

「...お兄ちゃんならそういうと思ったよ。」

「...緋雪はどうなんだよ。僕に殺されて、本当に良かったと思っているのか?」

 僕の弱い部分が曝け出されそうになって、思わず問い返す。
 ...夢の中の緋雪に聞いた所で、無意味なのにな。

「....さぁ、ね。状況的に、あれが正解だったのかはわからない。...だけど、私はあの選択が最もマシだったと思う。」

「“良かった”とは言わないんだな。」

「お兄ちゃんが悲しんだんだもん。口が裂けてもそんな事言えないよ。」

 そういいながら、緋雪は苦笑いする。

「.......。」

「.........。」

 そして、少しの沈黙が流れる。
 ...緋雪は僕が作り出した夢の住人。だから、それが緋雪本人の言葉とは思えない。
 だからこそ、あまり感情的に話す気にはなれなかった。

「....お兄ちゃん、私を所詮夢の住人だと思ってるでしょ。」

「っ.....。」

 ...まさか、緋雪自身に問われるとは思わず、つい体が反応する。

「やっぱり....。」

「....だって、その通りだろ...?」

 緋雪は死んだんだ。なら、目の前の緋雪は偽物じゃなくてなんになる?

「...うん。当然、本物じゃないよ。だって、私は死んだのだから。」

「.......。」

 ああ。知っているさ。今、この場でどれだけこの緋雪が本物であればいいか、そう思える程、わかってはいるさ...!

「でも、夢の住人でもない。私の口からでる言葉は、お兄ちゃんが想像しているだけのものじゃない。」

「っ.....!」

 思わず、手が出る。
 怒りを滲ませ、緋雪の肩を強く掴んでしまう。

「嘘をつくな!!本物でも、夢の住人でもないのであれば、なんだっていうんだ!!」

「....お兄ちゃん...。」

 ...涙が、溢れる。
 感情が爆発し、抑えきれなくなったのだろう。
 ...そんな僕を、緋雪はただ優しく抱き留めた。

「........!」

「...辛かったよね...。ごめんね、お兄ちゃん....。」

「なに、を....。」

 優しく、子供をあやすような声色で、緋雪は言う。

「...私が、“立ち止まらないで”って言ったから、お兄ちゃんは....。」

「っ......。」

 ...その言葉で、ようやく自覚した。
 僕は、ずっと罪悪感に苛まれていたんだ。
 緋雪を殺して、後悔して、悲しんで、でも、立ち止まる事は許されなくて。
 ただただ罪悪感が募って....そうして、今の僕がいる。
 でも....。

「それ、は....緋雪が悪い訳じゃ....。」

「ううん。私が言った事だもん。私が責任を負わないと。」

 それは、緋雪が悪い訳じゃない。ただ、僕が勝手にそうなっただけだ。
 だから、緋雪は謝らなくても...。

「お兄ちゃんは悪くない。お兄ちゃんは、本当に私を助けるために頑張ったよ。」

「...でも、僕は...。」

 緋雪を助けられなかった。...それだけで罪悪感は積もる。
 ...目を逸らしていただけだったんだ。両親に許されても、僕自身が許していなかった。

「...罪悪感は、拭えないんだね。うん、その気持ちは私にもわかるよ。」

「....緋雪?なにを...。」

 墓から降り、緋雪は僕の胸にすり寄るように抱き着いてくる。

「なら、受け取って。....私の、志導緋雪が最期に抱いたお兄ちゃんへの想いを。」

「っ....!?」

 ぎゅっ、と抱き締められた瞬間、胸の辺りから暖かいものが広がっていく。

「これ、は.....。」

「.......。」

 流れ込んでくる緋雪の想い、感情...。
 そのほとんどが、僕に対する感謝だった。

「お兄ちゃんは、ずっと“失敗した”と思ってた...。だけど、それでも私は嬉しかったんだ...。感謝、してるんだよ...。」

「緋雪....。」

 流れ込む想いが、僕の罪悪感を解かしていく。
 “嬉しかった”。そう心から想う緋雪の感情が、僕にとっても嬉しかった...。

「....あぁ、そういう...事なんだな....。」

「.........。」

 気が付けば、僕は緋雪を抱き締め返していた。
 本物じゃないからと、軽く見ていたけど、彼女はそんな存在じゃなかった。

「...“残留思念”。...文字通り、君は緋雪の想いそのものなんだね...。」

「....うん。お兄ちゃんに託されたシャルに、私の思念が残ってたんだよ。」

 想いを託されたと思っていたが...事実、本当に想いが宿っていたとはな。

「....ありがとう。僕もこれで、救われたよ....。」

「...うん...。」

 理解はできても、納得はできない。...僕の罪悪感は、そういうものだったのだろう。
 ...だから、緋雪の純粋な感謝のおかげで、僕は罪悪感を払拭できた。

「....ねぇ、お兄ちゃん。」

「...なんだ?」

 抱き締めていた体を一度離し、僕の目を見据えて緋雪は聞いてくる。

「...ずっと、夢の中にいる気はない?」

「.......。」

 それは、ずっと幸せなままでいようという事だろうか?
 確かに、この夢は緋雪も生きているし、とても幸せを感じる。
 だけど...。

「それはお断りだ。...それじゃあ、ただ逃げているだけだ。」

 夢の世界に逃げる訳にはいかない。

「...お兄ちゃんなら、そういうと思ったよ。」

「っ...!緋雪、体が...!?」

 僕の回答に満足そうに笑った緋雪の体が、透け始める。

「私は残留思念。お兄ちゃんに想いを伝え、お兄ちゃんはそれを受け取った。....だから、私はここで消えるの。」

「っ....そう、か....。」

 所詮は、そこに残った思念だ。いずれは消えゆく定めなのだろう。
 ...さっきまでなら、罪悪感を覚えた所だけど、もう大丈夫だ。

「...うん。大丈夫そうだね。...これで安心できるよ。きっと、本人もそう思ってるよ。」

「ああ。...ありがとう、緋雪。」

 改めて緋雪に感謝する。
 ...まったく、自分の心に関する事は、緋雪に助けられてばっかりだな...。

「....お兄ちゃん、現実に戻ったのなら、本気を出しなよ。」

「本気?...僕は別に手を抜いたりは...。」

 そこまで言って、少し思い当たる。
 今までは、緋雪に対して罪悪感を抱き、“無茶をしない”と自分を戒めてきた。
 その罪悪感が払拭された今、なんとなく、力をセーブしていた気がするのだ。

「...わかった。導王として、志導優輝として、本気を出してくる。」

「...うん!」

 互いに拳を突きだし、軽くぶつけ合って笑みを浮かべる。
 その瞬間、緋雪は足元から消えていった。



   ―――...頑張ってね。私は、いつでもお兄ちゃんを見守っているよ...。



「.....ああ。見ていてくれ。緋雪。」

 最後に心に響くように紡がれた緋雪の言葉を噛みしめ、決意を新たにした。
 そして、目の前に広がる夢の世界を見据える。

「....リヒト、シャル。」

〈...ご命令を、マスター。〉

〈いつでも私たちは行けます。〉

 首に掛けられている白いクリスタルと赤い十字架...リヒトとシャルに改めて声をかける。
 ...今度は、返事が返ってくる。

「...一応、聞いておくけど、さっきの時はなぜ沈黙を?」

〈マスターの心が不安定だったからです。この状態で無理矢理脱出した所で、後の戦闘に支障を来すと思いましたので。〉

〈...また、お嬢様の思念が残っているのは分かっていました。なので、マイスターが立ち直るまで、私たちは様子を見ていたのです。〉

「...つくづくよくできた相棒たちだよ...。」

 マスターのために、敢えて様子を見るなんてな...。
 ...さて。

「この夢とも、お別れの時だ。リヒト、シャル。」

〈〈Jawohl(ヤヴォール).〉〉

 リヒトはカンプフォルムとなり、グローブの形態となって僕の手に装着され、シャルは杖の形態で僕の手に収まる。
 デバイスの二重使用。これによって、体への負担も大きく減らせる。

「だけど、まずは...。」

〈“Lævateinn(レーヴァテイン)”〉

 そのまま、炎の大剣を展開する。
 そして、その大剣を大きく振りかぶり、一閃する。



     パ、キィイイイイイン!!!





「...“彼女”を、起こしに行かないとね。」

 夢の世界に罅が入り、全てが決壊する。
 それに見向きもせず、僕は歩みを進めた。





















 
 

 
後書き
Kampf form(カンプフォルム)…グローブ型の形態。武器もなく、籠手ですらないため、実質素手。ただし、防護服には変わりない。手の防御力が高いため、導王流の真骨頂を見せれる形態でもある。

優輝のステータスが更新されました。
これによって、優輝の心のしがらみが取れ、無意識にかけていたリミッターが外れます。
まぁ、まずはその前に奏を助けに行くんですけど。 

 

第74話「足掻く」

 
前書き
一方椿たちは...的な話。
原作での闇の書戦みたいな感じですね。
 

 








       =奏 side=







「.......。」

 私は困惑していた。目の前に広がる光景に。

「奏ちゃん、退院できたんだってね。おめでとう。」

「....いえ、あの、■■さんこそ、いつもお見舞いに来てくれてありがとうございました。」

 自身の記憶を探ってみても、今会話している相手を知らない。
 その事が、私を大きく混乱させていた。

「切っ掛けはちょっとした事だったんだけどなぁ...。まぁ、ドナーが見つかって本当によかったよ。その人にも感謝しなきゃな。」

「....はい。」

 会話の相手の言葉に、少し微笑みながら返事をする。
 ...嬉しく思っているのだ。自分が生きている事に。

 確かに、私は前世で生きるのをほぼ諦める程の心臓病に掛かっていた。
 だから、こうして退院できる程に回復したのが嬉しいのだと思う。
 ...だとしたら、今正面にいる彼は誰...?

「(...安心する....。)」

 彼と近くにいるだけで、私は深い安心感を覚えていた。
 それはまるで、私の全てを包み込むような、そんな暖かさだった。

「さぁ、行こう奏ちゃん。やりたい事、いっぱいあるんだろう?」

「...はい!」

 手を差し伸べられて、私は元気よく返事をしながらその手を取る。
 ...先ほどから私は喋っているけど、全部私の意思は無視されている。
 つまり、勝手に喋っているのだ。

「(...誰?誰なの...?)」

 安心感があると同時に、彼が誰なのか非常に気になる。
 ...いや、気になるというより、思い出せない...?
 私は、彼を知っている...?



   ―――...トクン...



「...生きる事の素晴らしさを教えてくれて、本当にありがとうございます。...()()さん。」

 小さな鼓動の音と共に、彼の顔が明らかになる。
 ...その姿は、あの優輝を青年に成長させた...そんな姿だった。







   ―――...トクン...









 ...心臓の音が、私に何かを訴えかけている...そんな気がした。





















       =out side=







「くっ....!」

 ノイズの走る偽物のビル街を、椿は駆ける。

「は、ぁっ....!」

 魔力によってできた足場を利用し、何度も跳ぶ。
 その度に、寸前までいた場所に赤い短剣が刺さり、爆発する。

「(強い...!)」

 苦し紛れに反撃の矢を放つも、それは躱される。

「“チェーンバインド”!」

 遠くの方で、ユーノの声がし、鎖状のバインドが暴走体へと迫る。
 ...が、それも躱され、反撃の砲撃魔法が繰り出される。

「ぐぅぅぅ....!」

 何とかユーノは防御魔法でそれを凌ぎきり、すぐさまそこを飛び退く。
 瞬間、その場所に椿にも放たれていた赤い短剣が突き刺さった。

「(ただ魔法が強いという訳じゃない...。この暴走体、戦闘技術が高い...!)」

「(僕が攻撃魔法に適正がないのを理解していて、危険性が高い椿ばかり攻撃している...。理性がないはずなのに、どうしてそこまで状況判断が上手いんだ...!?)」

 攻撃を躱しつつ、椿とユーノは同じことを考える。
 それほどまでに、闇の書を再現した暴走体は強いのだ。

「っ...優輝がすぐに倒せないのも納得ね...!」

「ブラッディーダガーとなのは達の魔法...相当厄介だ...よっ!」

 二人とも一度空中で背中合わせになり、小言を漏らしてすぐにそこから飛び退く。
 当然かの如く、寸前までいた場所に魔法陣が現れ、爆発を起こした。

「この...!」

 爆風により、飛べない椿はダメージはないものの、大きく吹き飛ばされる。
 その間にも霊力の矢を番え、暴走体に向けて放つ。

「っ、駄目ね...!」

 しかし、やはりそれは躱される。
 すぐさま椿はシュラインに自分のすぐ真上に魔力の足場を作らせ、それに手をついて地面へと一気に跳び、魔力弾を躱す。

「それに、空中は戦いづらいわね...!」

 葵とのユニゾンで空中戦に慣れた椿だが、飽くまでそれは“飛べた”からだ。
 飛べない状態では、やはり空中戦は戦いづらかった。

「っ、っと、はっ、くっ...!」

 ビルとビルの間を飛び回り、暴走体の魔力弾を避ける。
 ユーノもユーノで、空中で防御魔法を駆使しつつ何とか凌いでいた。

「っっ.....!!」

     ギィイイン!!

「椿!っ、くっ....!」

 しかし、攻撃は遠距離だけじゃない。
 暴走体直々にも、パイルスピアで攻撃してくる。
 それを椿は咄嗟に短刀で防ぐも、空中では踏ん張りが利かず、ビルに叩きつけられる。
 ユーノが助けに動こうとするが、魔力弾が襲い掛かり、その対処に追われる。

「このっ....!」

 蹴りを放ち、暴走体を引きはがした椿は、すぐにそこから動く。
 相手は暴走体でありながら卓越した戦闘技術の持ち主。立ち止まっていたらすぐに攻撃の餌食になってしまうと、理解しているからだ。

「(攻撃が当たらない!放つ隙もない!ユーノ曰くS級ロストロギアらしいけど...その再現とはいえ、強すぎるわね...!)」

 椿も相当な戦闘経験を積んでいる。
 その経験を以ってしても、“勝つのは厳しい”と思わざるを得ない程だった。

「(遠距離の方が勝ち目が薄いなんて...弓術士として泣きたくなるわね。...でも、ベルカの騎士の割には私でも近接戦が可能!なら...!)」

 そう、暴走体...闇の書とはいえ、再現している姿はリインフォースそのものだ。
 そのリインフォースは、ベルカの騎士としては近接戦にそこまで強くはない。
 シャマルと同様、後方支援が主な戦い方なため、それが暴走体にも影響され、後衛型の椿でも接近戦で渡り合えるのだ。

「...保険として持っておいて正解だったわね...。」

 暴走体から逃げ回りつつ、椿は懐から御札を一枚取り出す。
 それに霊力を流し込み、“収納”していたものを取り出す。

「葵とユニゾンしているならレイピアだけど...私個人なら刀の方が扱えるわ!」

 短刀を仕舞い、回避不可能になった魔力弾を、取り出した刀に霊力を込め、切り裂く。
 この刀は、事前に優輝が創造しておいたものである。
 武器を紛失した時の保険として御札に収納しておいたのだ。

     ギィイイン!!

「っ...!!」

 魔力弾を潜り抜け、椿は暴走体へと斬りかかる。
 霊力を込めたその一撃は、パイルスピアによって受け止められてしまう。

「まだよ!」

   ―――“霊撃”

 片手を刀から離し、霊力を掌に集めて掌底を放つ。
 ...しかし、同じように暴走体も掌に魔力を集めていた。

「ぐっ...!」

 霊力と魔力がぶつかり合い、相殺するように爆発が起きる。
 咄嗟に椿は後ろに跳ぶが、爆風は躱しきれずに吹き飛ばされてしまう。

「っ、させない!」

   ―――“チェーンバインド”

 吹き飛ばされる椿に対し、追撃を行おうとする暴走体だが、バインドに阻まれる。
 魔力弾を凌ぎきったユーノが、その行動をさせまいと動いていた。

「くっ...!」

「椿!僕が防ぐから....っ!!」

     ギィイイイイイイン!!

 バク転の要領で魔力の足場に手をつき体勢を立て直す椿。
 それを見て、バインドによってできる隙を突くようにユーノは言うが、暴走体に引っ張られ、おまけに暴走体もユーノに襲い掛かってくる。
 パイルスピアによる一撃を、ユーノは咄嗟に防御魔法で防ぐが...。

「っ、あがっ...!?」

「ユーノ!」

 パイルスピアの穂先が防御魔法に食い込み、そこから砲撃魔法が放たれる。
 幸い、威力はそこまで高くなかったのか、ユーノの防護服で傷はない。
 だが、ダメージは大きかったようで、すぐさま身動きが取れなかった。

「させ、ないわよ!!」

   ―――“弓技・閃矢”

 ユーノが射線上に入らないように閃光の如き矢を連続で放ち、追撃を阻止する。
 すぐさま弓を仕舞って椿は暴走体へと斬りかかる。

「ユーノ!チェーンバインドだと引っ張られるわ!他のバインドにしなさい!」

「っ、わかった!」

 勢いよく斬りかかったため、少しだけ暴走体を押す。
 その間に椿はユーノに忠告し、暴走体から放たれる赤い短剣を躱す。

「(っ、バインドの位置を読まれている...!かといって、チェーンバインドだと椿の言った通り引っ張られてしまう...!)」

 飛び回りながら互いの武器をぶつけ合う椿と暴走体を見ながら、ユーノはそう思う。
 座標を指定しておく設置型のディレイドバインドの位置を読まれているのだ。
 さらに、他のバインドでは捉えきれない程暴走体の動きは速かった。

「(バインドが躱されている...?でも、おかげで動きが制限されて読みやすい...!)」

 だが、それでも椿にとってはプラスの効果だったようで、得意ではない接近戦で何とか渡り合う事ができていた。

 ...しかし、それも長続きはしなかった。

   ―――“Blitz Action(ブリッツアクション)

「っ!ぁあっ!?」

 見失う程のスピードで暴走体は動き、椿の後ろへ回り込む。
 咄嗟に刀を後ろに振り抜く椿だが、暴走体の一撃を殺しきれず、吹き飛ばされた。

「くっ...!(動きが止まる瞬間に魔力弾!?この暴走体...やっぱり戦術が上手い...!)」

 椿に一撃を放った瞬間の隙を狙い、ユーノはバインドを仕掛けようとしたが、飛来する赤い短剣によって中断せざるを得なくなる。

   ―――“Divine Buster(ディバインバスター)

「っ!!くっ!」

 吹き飛ばされている椿に向けて、暴走体はなのはの砲撃魔法を放つ。
 それが視界に入った瞬間、椿は咄嗟に進行方向に足場を作らせ、弾かれるように上に跳んで砲撃魔法を避ける。

   ―――“Blitz Action(ブリッツアクション)

     ギィイイン!!

「っぁ...!」

 しかし、そこへ移動魔法で加速してきた暴走体に攻撃され、刀で防ぐもののさらに吹き飛ばされてしまう。

「椿!」

 遠くに吹き飛ばされていくのを見て、ユーノもすぐに追いかける。

「(魔法を多用してきた...!“温存していた”っていうの!?理性がないのに!)」

 先程までは魔力弾を主に使い、接近戦にはほとんど魔力を使っていなかった。
 しかし、椿が接近戦を始めたためか、移動魔法も使うようになっていた。

「(っ、そういえば、優輝と奏が吸収される寸前も移動魔法を使っていたわね...。状況に応じて戦術を変えるなんて...。理性がないにしてはえらく芸達者ね!!)」

 砲撃魔法を躱し、パイルスピアの一撃を受け流す。
 すぐさま足場を作って飛び退き、移動魔法からの攻撃を躱す。
 さらには魔力弾も飛び交っているため、度々パイルスピアの一撃をまともに防ぐ事になってさらに海の方角へと吹き飛ばされてしまう。

「(何とかして援護をしないと...!バインド?捉えきれない!チェーンバインドなら得意だから捉えられるけど...引っ張られて余計な被害を増やすだけだ!)」

 どんどん海の方角へ押されている椿を追いかけつつ、ユーノは思考を巡らす。
 攻撃魔法が使えず、目で追うのがやっとのユーノでは、援護すらままならなかった。

「(考えろ...!優輝ならこの程度で終わらない!機転を利かせるんだ...!チェーンバインド以外では捉えられない...なら、チェーンバインドを拘束以外に利用すれば....!)」

 そこまで考えたユーノはチェーンバインドを発動する。
 ただし、何かを拘束する事もなく、魔法陣だけをその場に待機させた。

「(...僕のバインドは、防御魔法同様に自他共に認める程十分に強固だ。...なら、ちょっとやそっとの魔力弾では、壊れないはず!)」

 椿と暴走体の位置を大まかに見極める。
 そして、暴走体の放つ魔力弾に向けて、バインドを放った。

「っ!」

 放たれたチェーンバインドに魔力弾が妨害され、結果的にバインドによって魔力弾を撃ち落とすという図が出来上がる。
 それを見た椿は、好機とばかりに暴走体のパイルスピアを受け止め、蹴りを放つ。
 蹴り飛ばした先には、闇の書の再現だからか海に生えている巨大な角のような柱。
 叩きつけられるように暴走体は激突し、そこへ椿が畳みかける。

「はぁっ!っ!くっ!」

 しかし、放たれた一撃は紙一重で躱され、逆に椿が叩きつけられそうになる。
 椿は咄嗟に刀を無理矢理後ろに振り抜き、柱を切り裂きつつ、反撃を防ぐ。
 さらに、それだけでは押し切られると判断したのか、足を柱に付けて椿は踏ん張る。

「させないよ!」

「喰らいなさい!」

   ―――“チェーンバインド”
   ―――“風車”

 鍔迫り合いになった状態から、暴走体は赤い短剣を展開し、椿を攻撃しようとする。
 だが、そこへユーノのバインドが短剣に絡みつき、破壊する。
 同時に、同じく鍔迫り合いの体勢のまま、椿が風の刃を放った。

「ユーノ!そのバインドで魔力弾を妨害し続けてちょうだい!」

「分かった!」

 移動魔法により躱された所で、椿がユーノにそう叫ぶ。
 その直後に、椿がその場でバク宙をすると胴があった辺りを魔力の刃が通り過ぎた。

「いつまでも...調子に乗ってるんじゃないわよ!」

 追撃に放たれたパイルスピアの一撃を躱しつつ、パイルスピアに刀を引っ掛ける。
 引っ掛かった刀に引っ張られるのを利用し、そのまま暴走体の後頭部に膝蹴りを放つ。

「(入った!)」

 ここに来て、ようやくまともなダメージが暴走体へと刻まれる。

「はぁっ!」

 椿を引き剝がそうと放たれた魔力弾をユーノが妨害し、椿は刀をパイルスピアから離し、斬り返しのように一閃を放つ。
 狙うはパイルスピアが装着された腕。ここで攻撃手段を削ぐつもりだ。

「かはっ!?」

「椿!?っ!」

 しかし、その一閃が腕に当たる直前に、暴走体が魔力を放出して椿は吹き飛ばされる。
 ユーノがそれに驚くと同時に、襲い掛かってきた魔力弾と砲撃魔法を躱す。

「(僕に狙いを定めてきた!?厄介性が増したから!?)」

 椿を吹き飛ばすと同時に、暴走体はユーノに対し弾幕の如く魔力弾を放つ。
 展開したままであったチェーンバインドを振り回しながら、ユーノは凌ぐ。
 バインドによる妨害を編み出したためか、ユーノも暴走体に狙われるようになっていた。

「くっ...!」

「っ!」

 防げるとはいえ、圧倒的物量で攻められ、ユーノは押しつぶされそうになる。
 そこへ、暴走体の背後から体勢を立て直した椿が斬りかかった。

     ギャリィイッ!

「は、ぁっ!」

 振り向きざまに振るわれたパイルスピアに刀を引っ掛け、弾くように逸らす。
 そのまま一回転し、その勢いを利用して斬りかかる。

     キィイイン!

「叩き割るわ!」

   ―――“霊撃”

 防御魔法で斬撃が防がれるも、追撃で霊力をそこに叩き込む。
 障壁に罅が入り、暴走体が魔力弾を放とうとするが、そこへユーノの妨害が入る。

「同じ手は食わないわ!」

 防御と妨害が破られ、魔力を放出して椿を吹き飛ばそうとする暴走体だが、それを察知していた椿は霊力を込めた刀による逆袈裟切りで相殺する。
 そのまま斬り返しの一閃を放つが...。

「っ!(防がれた!)」

 それはパイルスピアによって阻まれてしまった。

「っ、ユーノ!避けなさい!」

   ―――“verdr''angen(フェアドレンゲン)

 椿とユーノはその場と飛び退きつつ、障壁を張る。
 瞬間、暴走体を中心に薙ぎ払うかのような魔力の波が迸る。

「「ぁああああああっ!!?」」

 咄嗟に障壁を張らなければ、今のでやられていた。
 そう二人が確信するほど、今の魔法は単純且つ強力だった。

「ぐ、くぅ....!」

「っ、やっぱり強い...!たった一撃で...!っ!」

 炸裂し、辺りを包む煙幕から二人は吹き飛ばされるように飛び出してくる。
 椿はすぐに体勢を立て直すが、ユーノがまだ崩れたままだった。
 それを見た瞬間、椿はユーノの方へすぐさま跳ぶ。

「えっ...!?」

「はぁっ!!」

     ギィイイイイン!

 煙幕から暴走体が不意打ち気味にユーノへと攻撃を仕掛ける。
 それを椿は庇うように横から妨害する。...が、防御魔法に阻まれてしまう。

「椿!」

「油断は禁物よ!戦場では常に気を張ってなさい!!」

 椿は障壁を利用し、弾かれるようにユーノの方へ跳ぶ。
 ユーノを抱え、すぐさまそこを離脱し、襲い掛かってきた魔力弾を躱す。

「(ただでさえ押されているというのに、直撃ではないとはいえ、魔法を受けてしまった...!これじゃあ、積極的に反撃もできない...!)」

 外からのダメージで優輝達の早期脱出を図り、椿たちは隙あらば反撃をしていた。
 しかし、先程の魔法で小さくないダメージを負ってしまったため、動きが鈍り、攻撃を凌ぐだけでも難しくなってしまっていた。

「まだ動けるわね?離すわよ!」

「分かった!」

 抱えていたユーノを離し、同時にその場から飛び退く。
 瞬間、その場所に雷が落ちる。...フェイトの魔法である。

「っ、くっ、っ...!」

「っ....!ぐぅううう....!」

 再び弾幕のように放たれる赤い短剣や魔力弾の嵐。
 それを、椿は魔力の足場を利用してアクロバティックに避け、ユーノは赤い短剣は躱して魔力弾は防御魔法で凌ぎきる。

「(私たちが傷を負ったから、近接戦から遠距離に変えてきた...!もう、食らいついてこないと分かったというの!?)」

 暴走体の先程までの戦闘スタイルと、今の弾幕を張る遠距離型のスタイルは総合的に見れば同じくらいの脅威ではある。
 だが、今のスタイルは食らいつけば隙が突きやすいため、先程のように近接重視のスタイルで椿たちと戦っていたのだ。
 それを今はダメージを受けたため、食らいつく確率は少なくなったと、理性がないはずの暴走体は判断し、今の状況になっている。

「っ....舐めてくれたものね....!」

「っ、ぁあっ!?」

 悪態をつく椿の下に、耐え切れずに吹き飛ばされたユーノが飛んでくる。

「...くっ!“扇技・護法障壁”!!」

 咄嗟に十枚の御札を取り出し、それを使って柱を背に障壁を二枚張る。

「...ユーノ、魔力は?」

「...もう空っぽだよ。むしろ、よくここまで持った方だよ。」

 障壁に魔力弾がいくつも突き刺さる。
 御札には相当な霊力が込められており、まだしばらくは持つようだ。

「...受け取りなさい。」

「これは....優輝の持っている?」

「魔力結晶よ。それで魔力を回復しなさい。....私も使うわ。」

 椿は御札から魔力結晶を取り出し、ユーノに渡す。
 同じように自分にも御札を使い、霊力を回復させる。

「....耐え抜きなさい。優輝達が戻ってくるまで。そして、隙あらば...。」

 そこで椿はユーノに対し、耳打ちする。それを聞いたユーノは驚く。

「簡単に言ってくれるね...。だけど、了解!」

 暴走体が砲撃魔法を放つ。さすがにそれは耐え切れないと判断し、二人は跳ぶ。
 殺到する魔力弾を搔い潜り、二人は暴走体との間合いを詰める。

「(霊力も回復して、余分な霊力は回復に回した...。)」

「(全快には遠く及ばないけど、これで動きの鈍さは解消した!)」

 喰らったダメージを幾分か回復し、敢えて間合いを詰める。
 ただ耐え抜くのであれば、遠距離よりも近接の方が体力の消耗が少ないからだ。

「“チェーンバインド”!」

「燃え盛れ....術式“火焔旋風”!!」

 ユーノのバインドが魔力弾を相殺し、椿が投げた御札から炎の旋風が迸る。

「“リングバインド”!」

「はぁっ!」

 旋風の範囲外に逃れた暴走体を、ユーノのバインドが捉える。
 一瞬止まった瞬間を狙い、椿は刀で斬りかかる。

     ギィイイン!

「っ...!(遅かった!)」

 しかし、距離が遠すぎたため、斬りかかるまでにパイルスピアを着けている腕のバインドが解かれ、刀は防がれてしまう。

「ぐ、く....!!」

 霊力を身体強化に回し、押し切ろうとする。
 だが、拮抗するに留まり、それ以上はいかない。

「(こいつ...!身体能力が式姫の私に匹敵するというの!?)」

 鍔迫り合いの間に、暴走体はバインドを全て解いてしまう。
 幸い、魔力弾の方はユーノがバインドで相殺していたため、反撃を喰らう事はなかった。
 ...逆に言えば、再びバインドに捉える事もできなかったのだが。

「(司の記憶や、暴走体の元となった存在に対する心象が、そこまでの存在に押し上げているのね...。なら...!)」

 椿はさらに霊力を込める。
 先程まではダメージも狙っていたため、スピード重視だったが、今度はとにかく時間を稼ぐために、敢えて鍔迫り合いに持ち込み、力で攻めていく。

「はぁああああ...!!」

 霊力によって、徐々に椿が押していく。
 ...しかし、ここで刀の扱いが得意でない事が裏目に出る。

「っ....ぐっ...!」

 ちゃんとした刀での戦い方がなっていなかったため、がら空きとなっていた胴に向けて、暴走体の空いていた掌から砲撃魔法が放たれる。
 咄嗟に上に躱すが、それによって鍔迫り合いが終わってしまう。

   ―――“Blitz Action(ブリッツアクション)

「っっ...!!」

     ギィイイン!

 一瞬で椿の死角に移動し、暴走体は魔力を纏った拳で殴り掛かる。
 辛うじて椿は刀を間に合わせ、弾かれる形で防ぐ事に成功する。

「これなら....どうだ!」

 暴走体へ鎖型のバインドが殺到する。
 チェーンバインドでは、例え捉えても反撃を喰らうだけだが...。

「術式は固定して、柱へと繋げる...。これなら、十分に拘束の役目は果たせる!」

「っ、今っ!」

 本来なら術者が魔法を保たせるものを敢えて放棄し、辺りに生えている柱に固定する。
 それにより、バインドを引っ張られて反撃を喰らう事もなく、拘束に成功する。
 その瞬間を逃さずに、椿は体勢を立て直しつつ矢を放つ。

「は?」

「えっ?」

 しかし、それは相殺された。...ユーノの仕掛けたバインドに。
 思わず、二人は間抜けな声を漏らしてしまう。

 ...やった事は単純だった。ただ、柱ごと引っ張って、そのバインドで矢を弾いたのだ。
 その過程で、柱が折れていても、至って単純だった。

「...そうよね。身体強化した私と力で渡り合えるんだもの....!」

「せっかく反撃を喰らわない方法を編み出したのに...!」

 すぐにそこを飛び退き、飛んでくる赤い短剣を避ける。
 その直後に移動魔法を用いて、暴走体は椿へと襲い掛かる。

「っ!」

     ギィイイン!!

 魔力の足場で踏ん張り、何とか攻撃を受け止める。
 展開される魔力弾を、ユーノのバインドが貫く。

「っ、ぁっ!?」

 鍔迫り合いと魔力弾とバインドの相殺。
 拮抗すると思える状況だったが、暴走体はパイルスピアに魔力を流し込み、身体強化の要領で一時的に力を増幅させた。
 その力に椿は圧倒され、体勢が崩れてしまう。そして...。

     キィイイン!

「っ、しまっ...!」

 パイルスピアに刀が絡め取られ、刀は弾き飛ばされてしまう。
 弾き飛ばされた刀は、近くにあった柱に刺さる。

「っ、せぁっ!!」

 刀が弾かれ、胴に砲撃魔法を叩き込まれそうになる。
 そこで椿は上に逸れた腕を無理矢理振り下ろし、砲撃魔法を放とうとした腕に当てる。
 その勢いで上に避け、そのまま一回転して足を振り下ろす。

     キィン!

「くっ...!ぁ、ぐ、ああっ!?」

 しかし、その一撃は防御魔法に防がれた。
 すぐさま身を捻って飛び退こうとするが、一足遅く足を掴まれてしまう。
 そのまま胴体に魔力の籠った掌底が放たれ、椿は吹き飛ばされてしまう。
 辛うじて霊力で障壁を張り、ガードしたがそれでもダメージは大きかった。

「がはっ!?」

「椿!」

 さらに、吹き飛ばされた事により、強く柱に刺さる刀の傍に叩きつけられてしまう。
 いくら霊力を纏ってバリアジャケットのように防御力を上げているとはいえ、大ダメージは必至だった。

   ―――“Blitz Action(ブリッツアクション)

「ぐ....っ!?」

 叩きつけられ、仕込んでおいた御札がまき散らされる。
 すぐにそこから動こうとするが、移動魔法で加速した暴走体が襲い掛かる。
 繰り出されるパイルスピアの突きを、仕舞っておいた短刀で受け止める。

「ぐ、...く、くっ....!」

 互いに霊力や魔力を身体強化に回し、鍔迫り合いが続く。
 幸いとも言えるのは、身体強化に魔力を費やしているからか、パイルスピアの穂先から砲撃が放たれない事だ。

「ユー、ノッ!!」

「はぁああああっ!!」

 椿が受け止めている間に、ユーノが暴走体の背後から襲い掛かる。

「(まったく...!椿もホント無茶を言ってくれるよ...!)」

   ―――...私が動きを止めるから、貴方が攻撃なさい。

「(僕が攻撃魔法を使えないのを知っていて言ったよね...!)」

 ユーノ・スクライアは攻撃魔法に適性がない。
 それは、魔法に疎い椿でさえ知っている事であった。
 ...だが、攻撃手段がない訳ではない。

「(...優輝に教えてもらった技。ありがたく使わせてもらうよ!)」

 優輝に教わった技を思い出し、それを実行に移そうとする。

「っ...!」

 ...しかし、いくらパイルスピアから砲撃が放たれないとはいえ、他の魔力弾は別。
 弾幕が展開され、攻勢に移ったユーノに容赦なく襲い掛かった。

「させ、ないわよっ!!」

   ―――“霊撃”

 だが、それを読んでいた椿が、“まき散らしておいた”御札から霊力を迸らせる。
 霊力を受け、御札一つ一つから衝撃波から放たれ、魔力弾を全て相殺した。

「喰らえっ!!」

 正面は椿が抑え、遠距離攻撃の手段も椿が塞いだ。
 今、暴走体を守るのは防御魔法の障壁のみ。そこへ、ユーノは魔力を手に込め...。

「叩き、割れぇっ!!」

   ―――“徹衝”

 ただ、真っすぐに拳を振り抜いた。

     パキィイイイイン!!

「もう...一発!!」

 その一撃のみで、暴走体の防御魔法を叩き割る。
 それに動揺したのか、暴走体は怯み、椿が押し切って体勢を崩す。
 すかさずユーノがもう一度拳に魔力を込め、アッパーカットの要領で打ち上げる。

「....これで...!」

 間髪入れずに椿が動き、丁度左肩近くに刺さっていた刀を引き抜く。
 そのまま弓を御札から取り出し、刀を番える。

「終わりよ!!」

   ―――“弓技・瞬矢”

 ユーノの攻撃で怯み、動きが鈍っている所に、神速の矢が放たれる。











 防御も回避も許さない会心の一撃が、暴走体を貫いた。















 
 

 
後書き
verdr''angen(フェアドレンゲン)…“排除する”の意を持つ広域砲撃魔法。多対一に有効で、射程範囲が広い。

火焔旋風…かくりよの門では火属性と風属性依存の術。
 この小説では、火災旋風のような炎を巻き起こし、焼き尽くす霊術。

地の文の赤い短剣は全てブラッディダガーです。あれ結構隙を埋めるのに有効そう。
椿が利用している足場ですが、あれはシュラインが椿の思考を読み取ると同時に展開しています。シュラインが今ジュエルシードに入っているからこそできる芸当です。

優輝の存在による影響で、ユーノが強化されていく....!
元々デバイスなしでベルカの騎士の攻撃を防げる強さですからね。ユーノ君まじ盾キャラ。 

 

第75話「お礼」

 
前書き
段々とパワーインフレが激しくなっていく...。
さすがに制限がかかりますけどね。
 

 






       =優輝side=





「...真っ暗だな。」

 夢の世界が決壊し、僕は暗闇の中を漂っていた。

「...闇の書が実際にそうだったのか、司さんの記憶にない場所なのか...。」

 ...おそらく、後者だろう。闇の書の中の割には、あまりに静かすぎる。
 “闇”の中なのだから、怨念やプログラムの一部が何かしてくるはずだ。

「ゲームでいう“裏世界”みたいなものか。」

 となれば、下手に動き回れば碌な事にはならなさそうだな。

「リヒト、シャル。何かわかるか?」

〈....厳しいですね。サーチが阻害されています。〉

〈おそらく、司様の記憶にない領域...空白の領域なため、ジュエルシードの魔力が霧のように漂っているのだと思います。〉

 ...言われれば、やけに辺りには魔力が多い。
 幸い、魔力中毒になるほどではないため、防護服で十分に防げているが。

「....僕がこの魔力を吸収するから、その魔力でサーチを続けてくれ。できるだけこの空間にはいたくないが、それでも動き回るのは危険な気がする。」

〈わかりました。〉

 そう言って、僕は周りの魔力を操り始めた...。













       =椿side=





「はぁっ、はぁっ、はぁっ....!」

 幾重にも思考を巡らせ、ついに暴走体に会心の一撃を与えた。
 私の放った矢は、暴走体を貫き、ジュエルシードを...。

「っ...!?そんな...!」

「嘘...だ....。」

 ...信じられなかった。貫かれた暴走体は普通に再生してしまったのだ。
 再生するのはまだいい。その事は既に優輝の姿の暴走体で知っていたわ。
 ...だけど、“再生する”という現象が起きた時点で、信じられなかった。

「....外した....?」

 外した。一言でいえばたったそれだけだが、絶望感は大きかった。
 せっかくの会心の一撃、逆転の一撃を外してしまったのだから。

「っ、まだ...!ユーノ!回復しなさい!」

「っ...!わかった...!」

 私はユーノに魔力結晶を渡し、私自身も御札を取り出して回復の術を行使する。
 焼石に水としか思えないが、ないよりはマシよ...!

「希望を捨てないで!まだ終わった訳じゃない!」

「分かってる...けど....!」

 ...ユーノが弱音を吐きたくなるのも無理はない...わね。
 私だって、勝てる光景が思い浮かべられないもの...。

「(....それでも...負けられない!)」

 優輝...!早く出てきなさい...!
 私たちが、倒れる前に...!















       =優輝side=







「っ....?」

 ...今、何か感じたような...。

「....椿?」

 式姫として契約しているからか、椿の念らしきものが感じ取れた。

「...もたもたしてられない...か。」

 早く、奏を見つけないと...。

〈っ、見つけました!〉

「どっちだ!?」

〈二時の方向...そこを真っすぐです!〉

 リヒトの声を聞き、その方角へ一気に跳ぶ。
 飛行魔法と霊力の足場を利用し、加速に加速を重ねる。

「.....見えた....!」

 見えてきたのは、球体に包まれた天動説の地球のような場所。
 ...と言っても、それは夢で再現されている範囲までなので、そこまで大きくはない。

 ...大きくは、ないんだが...。

「....広い....!」

 それでも、人一人の記憶から夢を作り出しているのか、途轍もなく広かった。

「(....焦るな。僕と同時に取り込まれた奏がまだここにいるという事は、彼女は夢に囚われている....もしくは、まだ夢の世界で意識が目覚めていないかもしれない。)」

 その状況で、無理矢理僕がこの世界を壊したら、どうなるか分かったものではない。

「...まずは降り立つか。」

 夢の世界は結界の壁のようなものがあったが、転移魔法ですり抜けられた。
 そのまま、夢の世界の中に降り立ち、辺りを見回す。

「....?(この光景...どこかで....。)」

 辺りを見回して、僕はどこか既視感を覚える。
 明らかに海鳴市ではない。遠くの方を見ても、海は見当たらない。
 ...いや、まだ夢の世界の端っこの方なのだから、当然かもしれないが。

「リヒト、シャル。この光景に見覚えはあるか?」

〈...いえ、ありません。〉

〈該当データなし...私もです。〉

 記憶としてではなく、記録として僕が見聞きしたものを知っているリヒトとシャルでさえ、見覚えがないという。
 だけど、確かに僕は見覚えがあった。

「...とにかく、移動してみるか。」

 この場所に留まっていても、なにかわかる訳でもない。
 そういう訳なので、早速僕は移動する事にした。





「あはは、ほら、こっちだよー!」

「このー...待てー!」

 ....歩いて移動している途中、子供たちが遊んでいるのが目に入る。
 さすがに、その子供たちにまでは既視感はない。

「.......。」

 違和感が付きまとう。...何だろうか...思い出せそうな...。

「っ....!」

 そこで、ある建物が目に入り、動きを止めてしまう。
 ...その建物は...病院だった。

「ぁ.....。」

〈...マスター?どうかされましたか?〉

 リヒトの声が聞こえるが、それどころじゃなかった。

「...思い出した...そうだ...ここは....。」

 海鳴市ではなく、リヒトとシャルも知らない。....当然だ。
 なぜなら、ここは...。

「.....前世の世界....。」

 僕が前世で過ごしていた街...それがこの世界の光景だった。
 思い出してみれば、そこら中が見覚えのある場所だ。

「なぜ.....。」

 夢の世界は囚われた者が深層意識で願う光景を元に構成されているはず。
 だとすれば、この世界を生み出した者...奏の前世は、僕と同じ街に住んでた事になる。

「っ....!」

 思わず走り出す。目指す先は...僕の家。
 まずは本当に僕の前世での街と同じなのか、確かめたかった。



「.....っ、はは...マジか...。」

 三人が暮らすにはちょうど良さそうな家。表札には...“志導”。
 前世と現世は同じ姓だからわかりにくいが、現世での家とは明らかに違う。
 ...間違いなく、僕の住んでいた家だった。

「っ...!次!」

 今度は、病院へと戻る。“確信”を得るために。
 ...先に確認しておけと思うが、これでも慌てていたんだ。仕方ないだろう。



「.....失礼...。」

 自動ドアが開き、僕は病院内へと入っていく。
 ...そういや、僕の夢と違って色んな人が再現されているな。
 しかし、その人達に僕は認識されていないようだ。
 ...当然か。元々僕はこの夢の住人じゃないのだから。

「確か...この階の....。」

 エレベーターを使わず、階段を跳んで上る。こっちの方が早いしな。
 そして、一つの病室の前で止まる。

「.....違う...か。」

 そこに、僕が予想していた名前は書かれていなかった。

「...ただの思い過ごしか?」

 だが、そうだとしてもこの夢は...。

〈...マスター?どういう事なのか説明を要求します。〉

「...っと、悪い。そうだったな。」

 どうせ誰にも認識されていない。ここで適当に話すか。

〈“前世”という単語から、この夢の世界はマスターの前世の世界と酷似していると推測していますが...。〉

「多分、正解だよ。だけど、少しばかり相違点はあるけどね。」

 ...なんだ。説明するまでもなく大体わかってるじゃん
 さすがリヒト。優秀すぎる。

「この世界はまさに僕の前世の街を再現している。建物の内部、街の雰囲気、僕の家までほぼ全てを...ね。さすがに内部構造が一般に知られていなく、複雑な建物とかは再現しきれていないだろうけど...。」

〈...この世界に囚われているのは奏様ですよね?〉

「そうだ。...だからこそ、気になってな...。」

 あまりに条件が合いすぎている。...と、言うより僕が目を逸らしていたと言うべきか。
 これほどまでに共通点があって、“違う”と言える訳がない。

「....奏と僕の前世の知り合い“奏ちゃん”は同一人物...。というか、“奏ちゃん”が転生したのが今の奏というべきか。...その可能性が高い。」

〈それは...なんとも奇妙な縁ですね...。〉

「そうだな...。」

 前々世にシュネー、前世に聖司と奏ちゃん...ホント、奇妙な縁だな。
 ...ちなみに、リヒト達には既に聖司について教えてある。

〈緋雪様に司様に奏様...ここまで集うとは....“導き”でもあるのでしょうか?〉

「...導王な僕にはあまり冗談とは思えないな。それ。」

 変に捉えれば僕が導いてしまっているから転生したとも思えてしまうぞ?
 さすがにリヒトはそんなつもりで言っていないだろうけど。

「...だけど、そうだとしたら少しおかしいんだよ。」

〈...この病室がですか?〉

 さすがリヒト。言わなくてもわかってるな。
 ...僕が今いる病室には、本来いるはずの人がいないのだ。

「もし、奏が“奏ちゃん”なら、この病室にいるはずなんだ。...だけど、今は空室だ。」

 他に入る人もいなかったらしく、本当に無人の病室だ。

「夢に囚われているのは奏で、“奏ちゃん”の可能性は高い...。でも、だとしたら...。」

〈...あの、この夢は深層意識で望んだ世界ですよね?〉

「...そうだが...?」

〈...なら、入院していれば“退院する”という事も望んでいると思いますが...。〉

「......あ。」

 ...どうして、忘れていた...というか、病室にいると思ったのだろうか。
 僕だって皆が幸せでいるのを望んであの世界ができてたじゃないか...!

「...ありがとう、リヒト。」

〈...マスターは稀に抜けている事がありますね。〉

「否定できない...。」

 実際、今だってそうだったからな。

「...とにかく、病院を出るか。」

 窓を開けてそこから外に飛び降りる。
 入る時もこの手段を使えばいいと思うが、さすがに外からは場所が把握できてない。





「....見つからない...。」

 気配や魔力を探ろうにも、上手くいかない。
 まるで水と油のように、僕という異物とこの世界に何か隔たりがあるようだ。

「...子供が目立つな...。」

 公園を見ると、大抵子供が無邪気に遊んでいた。
 ここは深層意識が望む光景を具現化した世界。そんな頻繁に子供が出るという事は...。

「っ、時報か...。」

 夕方を知らせる音楽が聞こえてくる。
 それに気づいた子供たちは、一斉にどこかへ帰ろうとする。

「...?それぞれの家じゃなくて、一緒の場所...?」

 全員が全員、同じ道を通ってどこかへ帰ろうとしている。
 ...気になるな。ついて行こう。



「....ここは....。」

 見えてきたのは、一軒の施設。そこには、“孤児院”という文字が書かれていた。

「...そういえば、あったな。」

 僕も何度かお世話になった事があったな。
 親戚よりも孤児院の先生の方が信用できるっていうのもどうかと思うが。
 ちなみに、お世話になったと言っても近所づきあい的な意味でだ。

「...まぁ、いいか。次だ。」

 奏を探しに戻ろうと、踵を返す。





     ―――トサッ...





「....ん?」

 ビニール袋を落とした音が聞こえ、そちらを振り向く。

「....ぇ.....?」

「...“奏ちゃん”...?」

 そこには、僕を見て驚いている“奏ちゃん”が立っていた。
 ...そう。“奏ちゃん”だ。奏と違って茶髪な事から間違いない。

「それに....っ!?」

 そして、その隣に立つ男性を見て、今度は僕が驚いた。

「前世の僕か...!」

 僕を成長させたような男性。...それがそこに立っていた男だ。
 見間違うはずがない。前世では鏡を見ればいつもあの顔があったのだから。
 ...ちなみに、僕の前世と現世での容姿は然程変わっていない。子供相応にはなったが。

「(....いや、だが...あれは...!?)」

 “奏ちゃん”の様子を見て、おかしいと気づく。
 ...どう見ても健康体だ。つまり、心臓病は治っているという事。

「(ドナーは僕が死ぬ寸前まで全くと言っていいほど手掛かりすらなかった。そして、僕が死んだことでドナーは手に入ったはずだ。....なら。)」

 健康な“奏ちゃん”の隣に僕が存在する事はありえない。
 そして、そんなありえない光景を生み出したのが奏ならば....。

「.....それが、君の望んだ光景....という事か?」

「....なんの...事.....?」

 自然と“奏ちゃん”...奏ちゃんへの接し方になる。
 ...前世では僕の方が年上だったからな。僕は社会人で、奏ちゃんは学生だったし。

「....魅了の弊害か?僕が“僕”である事なんて、この状況にでもなれば嫌でもわかるはずだが...。」

「っ......。」

 よくよく見れば、奏ちゃんは僕と同じ気配がするし、この世界の中心なのもわかる。
 だから、ただの夢の住人じゃないのは間違いない。

 ...そう考えていたら、奏ちゃんは何かの痛みを感じたのか、片目を瞑る。

「っ...何か....何か、忘れている...よう、な....?」

「(...“僕”が固まっているな。“僕”ならば何かしら行動を起こしているはずだが...。)」

 苦しんでいる奏ちゃんから目を離さずに“僕”を見る。
 ...奏ちゃんが今ああなっているから固まっているのか?

「魅了の弊害による記憶障害....リヒトとシャルはどう思う?」

〈私も同意見です。〉

〈同じく。魅了の効果は原因に対して妄信的になる事。...重要なファクターとなる人物の記憶が上書きや消去されていてもおかしくありません。〉

 リヒトとシャルに意見を聞いてみるが、同じように魅了の弊害という推測だ。
 魅了は誰かが好き...デバイスの場合は主を信頼していたら無効化されるという事は、奏ちゃんには好きな人はいなかったのだろう。
 ...ただ、シャルの言った事が正しいのなら、少なくとも“僕”に何かしら大きな感情を抱いていたのだろう。

「そうか....なら。」

 僕はリヒトに収納しておいた魔力結晶を取り出す。
 奏ちゃんの魔力はなのは達に比べて比較的少ない。だから...十個ぐらいでいいか。

「自らの志を見失いし者よ、今こそ思い出せ...!」

〈“Göttin Hilfe(ゲッティンヒルフェ)”〉

「なに、を....!?」

 久しぶりにリヒトを杖の形態にし、魔法陣を展開する。
 魔力結晶が共鳴し、僕の魔力不足を補い、奏ちゃんを術式の環が囲う
 シャルにも制御を手伝わせ、大魔法の負担を軽減する。

「女神の救済という意味を冠する魔法だ。....戻ってきなよ、奏ちゃん。」

「ぁ....ぁあああ....!?」

 奏ちゃんが光に包まれ、彼女は声を上げる。
 同時に、夢の世界に罅が入り、“僕”の姿が欠ける。
 その光景は、さながらグラスが割れてそれに描かれていた絵が崩壊するかのようだ。

「....ちょっと無理矢理だったかな?」

 緋雪の時は暴走してたからだったけど、この子の場合は苦しんでいただけだ。
 それなのにいきなり魔法をかけるのは...なんか...うん。罪悪感がある。
 ...まぁ、成功したしいいか。

「(魔力結晶...だいぶ減ってきたな。)」

 作り置きしておいた魔力結晶は、既に半分以上が使われている。
 おまけに他の皆にも渡してある。...この事件で一度なくなるかもしれないな。

「(...まぁ、また作ればいいか。)」

 奏ちゃんで成功したという事は、魔力結晶があればなのは達も魅了を解除できる。
 ...例えそうだとしても、魔力量に応じて必要な魔力が指数関数並みに増えるのは些か理不尽に思えるのだけど...。

「.....大丈夫か?」

「......。」

 光が治まり、へたり込んでいる奏ちゃんに声をかける。
 ...あ、夢の世界に亀裂が走ったからか銀髪に戻ってる。

「....“優輝”さん.....なの....?」

「.....ああ。志導優輝...前世の名前は、現世と同じだ。...どちらかというと、現世が前世と同じ名前だと言うべきか。」

 茫然と言った形で僕を見上げる奏ちゃん。

「...どう...して、今まで....。」

「...魅了による弊害だろう。まさか記憶にまで影響を及ぼすものとは知らなかったが。」

 頭を抱えて、どうして今までわからなかったのかと俯く奏ちゃん。

「...聞かせてくれるか?どうして、転生してしまったのか。」

 心臓の移植は、例え適性が高く成功しても、寿命は短い。
 できれば、その寿命ぐらいは全うしてほしいけど...。
 ...それなら、転生するとは思えない。あれって、大抵がイレギュラーな死が理由で転生させてくれるのだから、普通に死んだ場合はそう簡単に転生するとは思えない。

「.....はい....。」

 小さく呟き、奏ちゃんは語り始める。

 心臓移植は僕のおかげで無事に成功し、退院できた事。
 その後は、この空間にもある孤児院にお世話になっていた事。
 子供の世話をし、そして僅か十年程で心臓に限界が来て死んでしまった事。

「....そっか...。」

 奏ちゃんは、心臓のもつ限り天寿を全うしていた。
 ...でも、だとしたらどうして転生を...。

「....っ!そういう事か...。」

 僕はイレギュラーな死で転生した。そして、奏ちゃんはそんな僕の心臓で助かった。
 ...つまり、“奏ちゃんが僕の心臓で助かる事”自体がイレギュラーだった。
 だから、その十年後に死んだ後に転生する事になったのかもしれない。

 ...確証はないし、そう考えると奏ちゃんはあそこで死んでしまう事になるけど...。
 いや、もしかしたら他にドナー提供者が見つかるかもしれないし...。

「転生する時の事は覚えているのか?」

「....はい。...ただ、転生してから魅了を...。」

「...転生の理由は?」

「えっと....。」

 聞けば、僕の推測はほとんど当たっていた。
 存在そのものがイレギュラーになったので、人生のリトライという事らしい。
 特典は態々やり直すからと、餞別としてくれたらしい。

「...まぁ、この際は転生に関してはいいさ。」

 とにかく、これで魅了が解け、この空間からも脱出ができそうだ。
 ...だけど、まだやる事がある。

「...このままだと、また魅了されてしまうな...。」

「っ....!...嫌....!」

 僕の言葉に、奏ちゃんは助けを乞うように僕に縋りつく。

「ちょ、いきなりどうした!?」

「...嫌...嫌なんです...!もう、優輝さんの事を忘れたくない...!ずっと....ずっとお礼を言いたかったのに...!」

 ...そっか。知っている人を忘れてしまうのは、忘れられた人物だけじゃなく、忘れてしまった本人も辛いものだよな...。

「お礼....?」

「はい...。私は...優輝さんのおかげで生き永らえた...!生きる喜びを教えてもらった...!...ずっと、ずっとそのお礼が言いたかった....!」

「そっか....。」

 僕が死んでしまったから、お礼を言える事もなく、一生を終えた...って訳か。

「本当に...本当にありがとうございます...!私に、生きる素晴らしさを教えてくれて...本当にありがとうございます....!」

「........。」

 涙を流しながら僕に縋りつくように言う奏ちゃんを、僕はただ受け止める。
 ...本来なら、もう会えない人物だったんだ。感動は相当なものだろう。

「....ねぇ、奏ちゃん。」

「...はい...。」

「...君は、僕が死んでからの残りの人生、幸せだったか?」

 これだけは聞いておきたかったと、僕は静かに問う。

「....はい。...けど、優輝さんがいないのは....。」

「そうか....。」

 しばらく奏ちゃんを抱き締め続け、そして一度離す。

「奏ちゃん。僕らは転生した。だから、前世の全てを捨てる訳じゃないけど、またここから始めよう。一から...いや、例えゼロからでも。」

「....はい...!」

 まだ目尻が涙に濡れているが、満弁の笑みでそういった。

「...年も近くなったんだし、これからは“奏”と呼び捨てにするけど...いい?今じゃ、呼び捨ての方がしっくりくるからね...。奏ちゃんも、敬語はなくていいから。」

「はい....うん...。優輝さん....。」

 奏ちゃん改め、奏も僕に対しての敬語が少し抜ける。
 さん付けは前から変わらないようだが。...まず、魅了状態で名前を呼ばれた事がない。

「....さて、後回しになったけど、魅了の予防をしよう。」

「...!忘れてた...。」

 忘れてたって結構重要な事なのに...。
 ...まぁ、それだけ僕の事が大きかったと考えれば、悪い気はしないが。

「意志を強く持てる程、この魔法は強くなる。....行くよ。」

「....うん。」

 魔力結晶を五個取り出し、準備を整える。
 既にこの空間には、魔力中毒にはならないものの、相当な魔力がある。
 その魔力と魔力結晶で、この魔法は使える。

「其れは全ての害意、全ての禍を防ぐ我らが魂の城....我らの意志は、何人たりとも侵させぬ。....顕現せよ...!“魂守護せし白亜の城(ゼーレ・キャメロット)”!」

 杖形態のままのリヒトを地面に突き刺す。
 すると、五つの魔力結晶から魔力が開放され、魔法陣が展開される。
 魔法陣の中心にいる奏を覆うように、光が柱となって迸った。

「...この魔法は、心、精神、魂を不朽の城の如き力で守るものだ。強き意志がある限り、例え神であろうと奏の想いを乱す事はできないよ。」

「っ....ありがとう...!」

 光はまだ治まらない。それどころか、さらに空間に影響を与えている。

「...結界が崩れる。すぐに暴走体と戦闘になるだろう。」

「っ、わかった。」

「ああ、ちょっと待ってくれ。...戦うのは僕だけでいい。奏は椿とユーノを頼む。」

 戦闘のために態勢を整えようとする奏を引き留める。

「え、で、でも...。」

「...大丈夫だ。僕を信じろ。」

「.....うん。」

 リヒトをグローブ形態にし、シャルは僕の身体保護に回す。
 ...武器は必要ない。...というか、創り出せる。

「...さぁ、奏。その意志を解き放て!」

「っ.....!!」

 “志導優輝”である僕と再会し、魅了も解けた奏に、もう何も悩む事はない。
 だからこそ、目を見開き、自身の意志を開放した奏の光は、凄まじかった。















       =out side=







「っ、ぁああっ!」

     ギィイイン!!

 背後からの強襲を、咄嗟の防御魔法で何とか凌ぐユーノ。

「(僕を狙ってる...!)」

 バインドに加え、一撃で防御を破壊した事により、暴走体のヘイトはユーノに向いていた。

「はぁっ!」

     ギィイン!

「っ、ぐっ!?」

 気を引こうと短刀で斬りかかる椿だが、パイルスピアで防がれた後に魔力による衝撃波で吹き飛ばされる。

「(くっ...まずはユーノを仕留めるつもりね...!)」

 理性がないにも関わらず、厄介な相手を先に潰そうとするのに椿は歯噛みする。
 ...尤も、狙う相手をとことん狙うというのは、やはり理性がないからこそである。

「(私が飛べないのも理解して吹き飛ばしてくる...。例え足場で即座に体勢を立て直したとしても、それでも少しの時間だけ遅くなる。あの暴走体...そこまでわかっているっていうの!?)」

 椿を適度にあしらい、その間にユーノを仕留めようとする暴走体。
 理性がない故の合理的行動なのだが、それが二人にとってはとことん厄介だった。

「くっ...!」

 体勢を立て直し、椿は再び斬りかかる。
 しかし、それは躱され、背後から反撃が繰り出される。
 それを足場に手を付き、倒立する要領でそこから飛び退いて回避する。
 ...が、そこへ魔力の衝撃波が飛び、椿は再び離される。

「ユーノ!」

「ぐっ...くっ....!」

 暴走体は再びユーノに襲い掛かる。
 魔力弾ではなく、移動魔法を利用した物理攻撃にユーノは翻弄され...。

     パキィイン!

「ぐ、がはっ...!?」

 ついに防御魔法が破られ、まともに一撃を喰らってしまう。
 バリアジャケットのおかげで、その一撃で流血などはしなかったが...。

     ドンッ!

「が、ぁっ...!?」

 そのまま柱に叩きつけられ、その衝撃でユーノは吐血してしまう。

「っ、このっ...!」

 体勢を立て直した椿が、矢を放ちながら暴走体へと接近する。
 しかし、矢は躱され、距離もまだ遠かった。

「は、ぁっ....ぐぅぅぅ....!」

 追撃とばかりに暴走体はユーノへと襲い掛かる。
 叩きつけられたダメージを負ったまま、ユーノは咄嗟に防御魔法を張るが...。

「ぐ、ぅ...!(耐え切れない...!)」

 徐々に広がる罅。このまま突破されるとユーノは確信してしまう。

「させないわよっ!!」

 そこへ追いついた椿が暴走体へ斬りかかる。
 躱され、再び魔力で吹き飛ばされそうになるが...。

「っ、“霊撃”!」

 同じく霊力の衝撃波で相殺し、ユーノを庇うように割り込む。

「ぐ、くっ....!」

 短刀とパイルスピアが拮抗する。
 しかし、暴走体はそれだけで終わらない。

「っ、“霊壁”!!」

 防いでいるパイルスピアの穂先が光る。
 瞬間、椿は咄嗟に霊力を壁のように固める。
 ...そこへ、一筋の閃光が突き刺さり、魔力の衝撃が徹って椿はダメージを受ける。

「ぐ、ぅ....!」

 一筋、二筋と、一度だけでなく何度も放たれる閃光。
 椿はそれを何とか適格に霊力で防ぐが、威力を殺しきれずにダメージが蓄積する。
 しかし、それでも椿はユーノを庇っているため、動けない。

「(まずいわ....!このまま、だと...!)」

     ドンッ!

「うぐっ!?」

「きゃぁっ!?」

 “やられてしまう”。そう椿が思った瞬間、再び衝撃波が二人を襲う。
 叩きつけられるように二人は柱に押し付けられ...。

「あ.....。」

 少し離れた位置に暴走体。翻す手には三角形のベルカ魔方陣。
 椿とユーノはそれが砲撃魔法だと確信し、その後の“死”を覚悟した。

「(優輝...ごめんなさい....。)」

 目を閉じ、来るだろう衝撃に備え....。















「させる...かぁっ!!」

「ガードスキル“Delay(ディレイ)”!」

 暴走体は上から繰り出された蹴りで海に叩き落され、二人はその場から助け出された。

「っ、何が...。」

「....無事...ではないわね....。」

「奏...?」

 二人を助け出した奏は、角のように海から出ている柱の上に二人を降ろす。

「じゃあ、さっきのは...!」

「優輝...!」

 先ほどまで暴走体のいた所を見て、二人は歓喜する。

 ...そこには、待ち望んでいた人物が佇んでいたのだから。









「....さぁ、反撃の時間だ。」















 
 

 
後書き
霊壁…霊力による障壁。扇技・護法障壁の下位互換。所謂プロテクション。

Göttin Hilfe(ゲッティンヒルフェ)…女神の救済の意を持つ魔法(由来もそれをドイツ語にしたもの)。正気に戻す効果を持つ。第6話に登場して以来の出番である。

露骨なセリフパロ。この小説には度々そんなパロが入ります。
奏さん救済。ヒロインが増えるよ。やったね優輝!
...とまぁ、これから奏は普段はクールなままだけど、優輝の前ではデレる形になります。(描写できるとは言っていない。)
一応、まだ“好き”という感情は抱いてません。飽くまで“恩人”です。

...さぁ、ようやくこのジュエルシード戦も終わります。
後に偽物戦が控えていますが。 

 

閑話7「闇の書・前」

 
前書き
所謂過去編。
司がいかにして闇の書に対して絶対的な強さをイメージするようになったかの回です。
...え?本編はどうしたって?...し、知りませんね。(目逸らし)

一話に無理矢理詰め込んだので文字数ががが...。
 

 








       =out side=







「.......。」

 ...ふと、司は思い出す。闇の書事件と呼ばれた出来事の一部を。
 “勝てない”と、心からそう思ってしまった、その戦いを。

「(....あの時も、“拒絶”したっけ....?)」

 “拒絶”...それは、司が周りに行っている行為。
 “自分はいてはいけない”。そう思って、皆の記憶から自身を拒絶させた。

「(....私は、幸せになる資格なんてない....。)」

 暗く、暗い闇の中で、司は閉じこもるようにただそう思考していた。

















       ―――闇の書事件、当時...





「どうして...!神夜...!」

「悪いな奏...。俺だって、引き下がれない!」

 海鳴病院の屋上にて、複数の者達が睨み合っていた。
 片や、管理局の一員として、闇の書の暴走を止めようとする者。
 片や、優しき主のために意地でも闇の書を完成させようとする者とその協力者。
 今にも戦いが始まりそうな雰囲気に、屋上は包まれていた。

「(もうすぐリーゼ姉妹が俺たちを拘束しようとする...!バインドの一つや二つぐらいなら回避や破壊が可能だから、そこから全員を助け出して...!)」

 その中で、神夜はその後に起きる“原作”の流れを思い出し、どう行動するか考える。
 ...しかし、飽くまでこの世界は“原作”に似ただけの世界。
 想像通りにはいかないのが常である。

「っ、なっ...!?」

 神夜の驚愕の声に、全員がその方向を見る。
 なんと、幾重ものバインドが集中的に神夜を拘束していたのだ。

「まさか...!」

 すぐさま乱入者に気づいた司は、術者を探知する。
 その間に、設置されていたらしきバインドにシグナムとフェイトが捕まる。

「見つけ...っ!」

 司は術者である仮面の男を見つけると同時に、仕掛けられたリングバインドを躱す。
 司の視線を見て、奏がそちらへ飛ぼうとするが...。

「甘い。」

「しまっ...!?」

 飛び掛かってくるのを予想して設置されたバインドに捕らえられる。

「きゃぁっ!?」

「なっ!?くそっ...!」

「くっ...外れない...!」

 司達がバインドの術者に気を取られている内に、もう一人の仮面の男がシャマルを不意打ちで倒し、ヴィータとなのはをバインドで捕える。

「後は貴様だけだ。」

「くっ...!」

 全員がバインドに捕らえられ、魔力弾によって人質を取られる形になる。
 唯一司だけが無事だったが、人質によって身動きができなかった。

「厄介な者達には眠っておいてもらおうか。」

「何を...っ、が...!?」

 “するつもりなのか”と司が聞く前に、魔力弾が叩き込まれて全員が気絶させられる。

「今の内に蒐集を。脳を揺らして意識を失わせたが、すぐに目を覚ます。」

「了解。」

 全員を気絶させたのを確認した仮面の男たちは、シャマルから闇の書を奪い、ヴォルケンリッターの内、シグナムとシャマルの二人のリンカーコアを蒐集する。
 蒐集されきった二人は、そのまま服のみを残して消えてしまった。

「...っと、忘れていた。」

「てぉぁあああああ!!」

「もう一人いたのだったな。」

 自宅で待機しており、異変を感じ取ったザフィーラが駆け付け、殴り掛かる。
 しかし、それを仮面の男の一人が防御魔法で防ぐ。

「終わりだ。」

「ぬ、ぐぅ...!貴様らぁっ...!」

 防御魔法で防いでいる内にザフィーラはバインドで拘束され、そのまま蒐集された。
 蒐集が終わった時、やはりザフィーラの姿はもうなかった。

「....では、予定通りに。」

「...ああ。」

 二人はそういうや否や、変身魔法で姿を変える。
 ...そう、なのはとフェイトの姿に。

「さぁ、闇の書の目覚めの時だ。」











       =司side=





「っ、ぐ、ぅ....!」

 痛む頭を押さえながら、私は目覚める。

「...そうだった...!私、仮面の男たちにやられて...!」

 記憶がほとんど残っていないが、“原作”にもこんな展開があったはず...。
 ...つまりは、まんまとしてやられた訳...か。

「(...バインドで手足を使えないように四重で縛って、さらに檻のような拘束魔法も使われている...。デバイスなしじゃあ、このバインドは厳しいね...。)」

 努めて冷静に今の状況を確認し、どう動こうか考える。

「(....私が、もっとちゃんとしていれば...。)」

 つい、そう考えてしまう。
 とりあえず、今はそんな事を考えている場合じゃないと思考を切り替える。

「う...ぐ...。」

「う、ぅぅ....。」

 すると、皆が目を覚ます。
 私より目を覚ますのが遅かったのは、多分バインドをされてなかった分、私だけ無意識に魔力弾に対して身構えていたからだと思う。

「ここは...?」

「...拘束魔法の中だよ。...捕まってるの。私たち。」

 なのはちゃんの疑問の声に私が答える。

「そんな...!」

「目を覚ましたのなら、話は早いね。皆は自分に掛かってるバインドを解除して!私がこの檻を...!」

 私たちをデバイスも使えない程バインドで拘束したのはいい判断だと思う。
 ...だけど、私とシュラインはそれだけじゃ足りない!

「我を囲いし檻よ...破綻せよ!」

〈“Restraint break(リストレイントブレイク)”〉

 自身に触れているバインドを全て破壊する。
 ...そう。この祈りを実現する能力で、バインドを即座に破壊したのだ。

「急いで!」

 すぐに飛んで病院の屋上へ戻る。
 私の魔法で皆のバインドも緩んでいたらしく、皆もすぐついてきた。

「っ....!」

「ぁあああああああああ!!」

 でも、もう手遅れだった。
 あの二人が何をしたのかはわからないけど...はやてちゃんが涙を流し叫んでいた。
 辺りにはヴォルケンリッターの服...殺されたのだろう。

「(また...周りの人を不幸に....。)」

 私がもっとしっかりしていれば...と、つい私はそう思ってしまう。
 だけど、それどころじゃないと思い知らされる。

「はやてちゃん...!?」

「あれは...!?」

 なのはちゃんとフェイトちゃんの驚く声が聞こえる。
 ...はやてちゃんの足元に魔法陣が展開され、闇の書の暴走が始まるのだ。
 はやてちゃんの姿が変わり、銀髪の女性へとなる。

「....また...全てが終わってしまった...。一体幾度、こんな悲しみを繰り返せばいいのか...。」

 その女性は、背中に生える二対四枚の黒翼を広げ、淡々とそう言った。

「はやてちゃん...?」

「はやて...。」

 変貌してしまったはやてちゃん...いや、あれは闇の書だ。はやてちゃんじゃない。
 その闇の書に、なのはちゃんとフェイトちゃんは悲しそうに名前を呟く。

「...我は闇の書...。我が力の全ては....。」

   ―――“Diabolic Emission(デアボリック・エミッション)

「「「「「っ.....!!」」」」」

 闇の書が上に掌を向け、闇色の球体を出現させる。
 広域殲滅魔法...!まずい...!

「主の願いの...そのままに....!」

「っ―――!シュライン!!」

〈はいっ!!〉

 球体が膨張する瞬間、私はシュラインに呼びかけて防御魔法を張る。
 誰も庇う余裕なんてない。見れば、皆同じように防御魔法で防いでいた。

 ....そして、衝撃が私たちを襲った。











       =out side=







「....隠れたか。」

 広域殲滅魔法を放ち終わった闇の書は、静かにそう呟いた。



「くっ...!」

「...皆、無事か?」

「何とか....。」

 少し離れたビルの影。そこに司達は隠れていた。

「広域攻撃型...接近したら、避けるのは難しいよ。」

「そう...なら。」

 司の言葉にフェイトは頷き、ソニックフォームからライトニングフォームへと戻る。
 少しでも防御力を上げるつもりなのだ。

「フェイト!」

「皆!」

 そこへ、ユーノとアルフが合流してくる。



「....主よ、貴女の望みを叶えます...。」

 一方、闇の書は自身の中に眠るはやてに語り掛けるようにそう言い、魔法陣を展開する。

「愛おしき守護者たちを傷つけた者達を...今、破壊します。」

〈“Gefängnis der Magie(ゲフェングニス・デア・マギー)”〉

 既に張られていた結界を上書きするように、閉じ込めるための結界が展開された。



「っ....!結界...!?」

「あの時と同じ、閉じ込めるタイプのだ...!」

 結界が展開された際の波動を感じ、司達は気を引き締める。

「私たちを狙ってるんだ...。」

「今、クロノが解決法を探してる。援護も向かってるんだけど、まだ時間が...。」

 フェイトの呟きに、ユーノがそういう。

「つまり、それまで私たちで何とかするしかない...。」

「...そういう事になる。」

 息をのみ、それぞれが闇の書という強敵にどう立ち向かうか考える。









「っ....なに....!?」

「....!」

 その頃、先に帰っていたアリサとすずか、アリシアが辺りの異変に気付く。

「人が....!?」

「(これは...!)」

 人がいなくなり、どこか色を失ったような景色になる。
 それに、アリシアは見覚えがあった。

「(結界...という事は...。)」

 随分と遠くにある病院をアリシアは見据える。
 そこで戦っているであろう、妹たちを想って。

「どうしよう...。」

「とにかく、誰かいないか探すわよ!」

「あ...。」

 そうしている間に、アリサとすずかが人を探そうと行動に移る。
 さっさと手分けして探しに行ってしまったので、アリシアは取り残された。

「...どう説明しよう...。」

 まだアリサとすずかは魔法を知らない。
 なので、アリシアはこの状況をどう伝えようか悩んでいた。

「...とりあえず...頑張って...!フェイト、皆...!」

 一度病院の方角を振り返り、アリシアは二人を追いかけた。











     ドォオオオン!!

「なっ....!?」

「...やはり、ここにいたか。」

 隠れるのに使っていたビルを突き破って、闇の書が現れる。
 あまりにいきなりすぎるその行動に、全員が一瞬硬直する。

「薙ぎ払え。」

   ―――“verdr''angen(フェアドレンゲン)

「っ...!抑え込んで!!」

〈はいっ...!〉

 膨れ上がる魔力を感じた司は、咄嗟にシュラインに呼びかける。
 闇の書を包むように障壁が展開され、放たれた広域砲撃魔法を封じ込む。

「ぐっ、ぅううう....!」

「っ、今の内に離脱!奏!司を頼んだよ!」

「ガードスキル“Delay(ディレイ)”...!」

 少しの間、司が抑え込んでいる間に、全員が魔法の範囲外に逃げる。
 最後に奏が司を連れ去るように抱えて離脱する事で、ギリギリ魔法を回避した。

「あんなの、まともに喰らったら...!」

「っ...!司!」

 妨害がなくなって放たれた砲撃魔法を見て、思わず司はそう呟く。
 奏から離してもらい、いざ動こうとしてユーノの言葉で咄嗟に動く。
 襲い掛かってきていた闇の書の一撃を、防御魔法で防ぐ。

「まずはお前からだ...。」

「っ、させない...!」

 防御魔法の上から、パイルスピアで何か仕掛けようとする闇の書。
 それを見た奏は、すぐに動いて攻撃を仕掛ける。

「甘い。」

「っ、ぐっ...!」

 しかし、それは回り込むように躱され、反撃をガードするものの喰らってしまう。

「はぁあああっ!!」

「.....!」

 そこへ、神夜がアロンダイトを構え、突っ込んでくる。
 バックステップで闇の書は躱すが、神夜は間髪入れずに追撃に向かう。

「むっ....!?」

「隙ありっ!」

 闇の書に対し、二種類の魔力弾が襲い掛かる。...なのはとフェイトの魔力弾だ。
 それを防御魔法で防ぐも、それで両腕が使えなくなる。
 好機と見て、神夜は斬撃を繰り出すが...。

「吹き飛べ。」

「なっ!?がっ...!?」

「く、ぅうう....!」

 闇の書から放たれた魔力の衝撃波に吹き飛ばされてしまう。
 近くにいた司もその衝撃波を受けるが、距離が開いているためなんとか踏ん張る。
 ....踏ん張るのが、いけなかった。

「そら。」

「っ!ぐ...!」

 再び襲い掛かる闇の書。
 パイルスピアの一撃をシュラインの柄で司は受け止める。
 しかし、その状態で穂先から閃光が放たれ、不意を突かれた司はまともに受ける。
 幸い、威力も高くなく、バリアジャケットのおかげで傷はなかった。

「はぁあっ!」

「ガードスキル“Hand sonic(ハンドソニック)”...!」

 司に対する追撃を阻止するため、フェイトと奏が斬りかかる。

「....断て。」

   ―――“Schild(シルト)

 しかし、その攻撃は闇の書の一言で展開された二つの障壁に阻まれる。

「レイジングハート、撃ち抜いて!」

〈“Divine Buster(ディバインバスター)”〉

 フェイトと奏の攻撃を防いだ闇の書の背後から、なのはが砲撃魔法をお見舞いする。

「....ふ。」

   ―――“Blitz Action(ブリッツアクション)

 だが、闇の書はそれを薄く笑いながら、フェイトの移動魔法で躱す。
 しかも、それだけでなく...。

「っ、なのはちゃん!」

「きゃぁっ!?」

 なのはの背後に回り、パイルスピアの一突きが放たれる。
 辛うじて司の呼びかけにより、なのはは咄嗟の防御魔法が間に合って吹き飛ばされるだけに留める事ができた。

「今のって...!」

「...うん。私の魔法だ...。」

 司は、なのはが何とか助かった事にホッとしつつも、今の魔法に驚く。
 隣に来たフェイトも、自身の魔法が使われて驚いていた。

「夜天の書は、収集したリンカーコアの持ち主の魔法を扱えるんだ!多分、フェイトのだけじゃなく、なのはや司の魔法も...!」

「そんな...!」

 ユーノの言葉に、司は驚きを隠せない。
 自分たちが使ってきたからこそ、厄介だと直感的に悟ったからだ。

「はぁああっ!!」

「....!」

 そこへ、再び神夜が斬りかかる。
 多少の魔法では効かないが故の、ごり押しな攻め方だ。

「『ユーノ!今の内にとびっきりのバインドを頼む!』」

「『っ、了解!』」

 執拗に闇の書に斬りかかる神夜からの念話に、ユーノは頷く。
 そして、よく狙いを定め...。

「っ...!」

「よしっ!」

 ユーノのリングバインドがかかる。
 それに追従するように、アルフもバインドを仕掛けた。

「今度は...フルパワーだよ!!」

〈“Divine Buster(ディバインバスター)”〉

 それを見計らったように、カートリッジを三発ロードしたなのはの全力のディバインバスターが闇の書に向けて放たれる。

 なのはの得意な“集束”を生かした超高威力の砲撃魔法。
 回避も防御も不可能だろうと思われたその一撃は...。

「...甘い。」

   ―――“Bohrung stoß(ボールングシュトース)

 闇の書の掌から放たれた細めの砲撃魔法により、打ち破られた。
 片手にかかるバインドだけに集中し、片手だけを自由にして砲撃魔法を放ったのだ。

「っ、ぁあああっ!?」

「なっ!?」

 ギリギリ相殺に持ち込めたものの、爆発によってなのはは吹き飛ばされる。
 まさか砲撃魔法でなのはが打ち負けると思っていなかったため、神夜は動揺する。

「吹き飛べ。」

   ―――“stoß(シュトース)

「がぁっ!?」

 その隙を闇の書は見逃さず、鋭い突きで神夜を吹き飛ばす。
 パイルスピアから放たれたその一撃は、神夜の防御力を貫通したようだ。

「っ....!」

「よくも神夜を!」

「はぁっ!」

 神夜が吹き飛ばされた事により、奏、アルフ、フェイトが同時に仕掛ける。

「待って皆!」

 司が慌てて止めようとするが、一瞬遅く...。

「堕ちろ。」

「っ!」

 魔力の衝撃波により、神夜達と同じように地面へと吹き飛ばされる。

「....滅せよ、悪なる者を...。」

「っ...!まずい!皆!逃げ―――」

   ―――“セイント・エクスプロージョン”

 司の言葉が言い終わる前に、広範囲に渡って地面に魔法陣が展開される。
 そのまま魔法陣の輝きが増し、魔法が炸裂する所で...。

「....っ、ぐ、ぅ....!シュライン....!」

〈数秒が限界です!〉

 司の“祈りの力”で、発動させまいと抑え込む。
 自分がよく使う魔法だからこその荒業だった。

「なのは!神夜!」

 その間に最も機動力の高いフェイトがダメージを受けて怯んでいるなのはと神夜を連れ、一気に魔法の範囲外から逃げ出す。

〈限界です!〉

「司!」

 司の抑え込みが破られ、魔法が発動する。
 抑え込むために動けなかった司は、ユーノの防御魔法で庇われた。







「っ...。闇の書は...。」

「どこに...?」

 何とか耐え切り、闇の書を見失う司とユーノ。
 他の皆はギリギリ範囲外まで逃げ切れたようだ。

「っ、あそこ...!」

「なっ...!?あれって...!?」

 上にいる闇の書を司が見つけるが、それを見てユーノは驚愕する。
 闇の書が構えているのは、鳴動する桃色の球体。その魔法は...。

「.....咎人達に、滅びの光を...。星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ...。」

「スターライトブレイカー....!?」

「嘘...あんなの、ここに落とされたら...!」

 既に集束を終わらせるだけの段階まで術式は組み立てられている。
 その事から阻止するのは不可能と判断し、二人は逃げ出す。

「『全員、今すぐ闇の書から距離を!』」

「『なのはちゃんのスターライトブレイカーが落とされる!!』」

 急いで念話で皆に呼びかけ、一気に離脱する。

「『こ、こんなに距離を取らなくても...。』」

「『至近で食らったら、防御の上からでも堕とされる!』」

「『なのはちゃん!自覚がないのは時として自分を追い詰める事になるよ!』」

「『ええ!?』」

 なのはの疑問に、フェイトと司が諭すように言う。

「(どうしてこんな事に...!もっと、私がしっかりしていれば...!)」

 必死に闇の書から距離を取りながら、司はこんな状況になった事を後悔する。

〈っ...!マスター!十時の方向、300m先に誰かいます!〉

「っ!?嘘っ!?」

 そこへ、シュラインの忠告が耳に入る。

「(近くには...ユーノ君とアルフさん...!)シュライン!案内して!」

〈はい!〉

 同じ方向に逃げている面子を分析し、司はシュラインが示す場所へと向かう。

「『ユーノ君!アルフさん!こっちに来て!巻き込まれた人がいる!』」

「『なんだって!?』」

「『っ、わかった!すぐに行く!』」

 その途中で、ユーノとアルフを呼んでおく。

「(私だけだと、守り切れないかもしれない...!そんなのは絶対ダメ!)」

 自分のせいで守れないのは嫌だと焦りながら、司は急いだ。









「何...あれ....?」

「アリシアちゃん...。」

「っ.....。」

 一方、巻き込まれた人物であるアリシア達は、スターライトブレイカーの光を見て立ち止まっていた。

「(なのはのスターライトブレイカー...でも、なのはが使うには状況がおかしい...!なら、あれは敵が...!?)」

 唯一事情を知り、尚且つなのはの魔法の恐ろしさを知るアリシアは、病院の方角にある桃色の光に戦慄する。

「アリシア...あれは一体何なの!?」

「知ってるんだよね...?」

「....一応、ね。」

 人がいないからと、色々と動き回ろうとする二人を、アリシアは先程止めていた。
 “不用意に動き回ると危険”と言って止めたアリシアを、二人は何か事情を知っていると理解し、こうして三人で固まっていたのだ。

「...逃げるよ二人とも。」

「逃げるって...どこに?」

「とにかくアレから離れるよ!防ぐ手立てがない私たちじゃ、そうでもしないと助からない!」

 必死にそういうアリシアに、アリサとすずかもただ事ではないと理解し、走り出す。
 気休めにしかならない。絶望的な状況だと分かりながらも、ただ走り続けた。



「シュライン!ここら辺?」

〈はい!....っ、見えました!〉

 そこへ、司が駆け付ける。急いで来た司は、誰がいるのか確認する。

「嘘...アリシアちゃんにアリサちゃん、すずかちゃん...。」

〈...おそらく、はやて様の所にお見舞いに行った以上、闇の書に敵対認証されてしまったのでしょう...。〉

「そんな!?ただ巻き込まれただけなのに!」

 魔法について知っているアリシアはともかく、アリサとすずかは本当に巻き込まれただけな事に司はそう言わざるを得なかった。

「とにかく、守らないと...!」

 スピードを上げ、アリシア達の所へ辿り着く。

「アリシアちゃん!」

「っ...司!」

 必死に走っている三人の上から、司は呼びかける。
 それに気づいたアリシアが、上を向いて一度立ち止まる。

「ぇ...司、さん...?」

「ごめん、アリサちゃん、すずかちゃん!説明は後。そこから動かないでね!」

「何を...!?」

 司はそういうや否や三人の前に立ち、シュラインを地面に立てるように構える。

「....貫け、閃光。“スターライトブレイカー”。」

 ...そして、全てを塗りつぶす程の桃色の極光が放たれた。

「(余波が来るまで時間はある...!)シュライン!!」

〈はい!〉

 魔力を迸らせ、司は魔法陣を展開する。

「司!」

「っ、ユーノ君!アルフさん!状況は見て判断!急いで防御を!」

「了解...!」

 駆け付けたユーノとアルフもアリシア達を見て庇うように防御魔法を展開する。
 余波が辿り着くまで十秒もない。急いで司は言葉を紡ぐ。

「...其れは遥か遠き理想郷。未来永劫干渉される事のない領域を、今一度ここに...!あらゆる干渉を防げ!“アヴァロン”!!」

〈“Avalon(アヴァロン)”〉

 司の前に、青と黄金を基調とした鞘のようなものが現れる。
 それを中心とし、司達全員を囲うように障壁が展開される。

「っ....!!」

 そして、破壊の星の光が司達を襲った。

「ぐ、ぅうううううう....!!」

「なん、て重さ....!」

 スターライトブレイカーは、周囲の魔力を集め、放つ魔法。
 周囲の魔力が多い...つまり、その場での戦いが激しく、尚且つ人数が多い程威力が増す。
 そして、この結界においては既に強力な魔法が何度か使われており、さらには魔力の多い魔導師も多く集まっている。

 ...よって、今司達を襲うスターライトブレイカーの威力は計り知れなかった。

「(耐え切って...見せる...!)」

「っ、ぁあああああ!!」

「はぁあああああ!!」

 魔力を必死に送り、障壁を保たせようとする。
 余波が過ぎ去るまでたったの数秒...だが、司達にとってそれは長く続く苦痛だった。



「はぁっ、はぁっ、はぁっ...!」

「防ぎ...きれた...?」

 司、ユーノ、アルフの張った障壁全てに大きな罅が入った所で凌ぎきる。
 司はともかく、司が防いだ砲撃の余波だけでユーノとアルフの障壁に罅を入れた事から、どれほど強力な攻撃だったのかが伺えた。

「っ....。」

「だ、大丈夫...?」

「な、なんとか...。」

 守り切ったアリシアから尋ねられ、息を切らしながらも司は答える。

「『司!無事なのか!?』」

「『無事...だけど、アリシアちゃん達が...!』」

 神夜の慌てた念話に司が答える。
 神夜達は神夜達で、なんとか射程範囲外に逃れていたようだ。

「(くそ...!アリシアがいるから大丈夫だと思ってたけど、やっぱり結界内に...!)」

「『エイミィさん!』」

 予想が外れたと悔しがっている神夜を余所に、司はアースラへと念話をかける。

『避難させたい...んだけど、さっきの魔法と、結界の影響で外にはしばらく避難させれない!』

「っ....!」

『こっちで結界の解析を急いでいるから、それまで結界内で避難させて!』

 スターライトブレイカーのあまりの威力によって、アースラからの転移が安定しなくなり、さらには闇の書が張った結界のせいで閉じ込められて出られなくなっていた。

「そんな...。」

「つ、司さん...。」

「.....ごめん、なさい...。巻き込んでしまって...。」

 “巻き込んでしまった”。その事実が、司の精神を追い込める。

「....僕とアルフで守っておくよ。司はなのは達の助けに行って。」

「え、でも...。」

「任せなよ。ユーノは防御魔法が得意で、あたしも主を守る使い魔...守りに関しては得意なのさ。」

 適材適所。そう言われた司はアリシア達をユーノ達に任せ、闇の書の方へ向かった。

「(...もう一度アレを撃たれる前に、何とかしなきゃ...!)」

「司!」

「っ...!」

 司が闇の書へ向かう途中、別方向から神夜達が合流する。

『皆!クロノ君から連絡!闇の書の主に...はやてちゃんに、投降と停止を呼びかけてって!』

「.....!」

 さらにそこへ、エイミィ経由のクロノからの連絡が来る。
 それに従い、なのはとフェイトが呼びかけるが...それは拒絶された。

「『ふざけるなっ!それをはやてが本当に望んでいるとでもいうのか!?』」

 騎士たちを殺された事が夢であってほしい。だから幸せな夢の中で眠らせ、他は全て破壊する事で“願い”を成就させようとする闇の書に、神夜がそういう。

「『...お前の事は、主も大事にされていた...。ならば、お前も私の中で眠るといい。』」

「『断る!俺ははやてを...そしてお前も助け出す!』」

「『私も...?愚かな。主だけならまだしも、私を助けるなどと言うとは...。』」

 神夜と闇の書が念話で問答を続けていると、地面から炎が噴き出してくる。

「『...早いな。もう崩壊が始まったか。』」

「......!」

「『...私も時期に、意識をなくす。そうなればすぐに暴走は始まる。』」

 聞く耳を持たないと、その場にいる全員が理解した。
 それと同時に、このままでは明らかに危険だという事も。

「『皆!何とかしてダメージを与えるんだ!中で眠っているはやてを叩き起こすんだ!』」

「『た、叩き起こすって...。』」

「『さすが神夜君!わかったよ!』」

 根拠もないのに、神夜の言う事が正しいと思ったなのはとフェイトはすぐに動く。

「『....飽くまで抵抗するつもりか。』」

「『当たり前だ!』」

「『...ならば、皆、ここで闇に沈め...!』」

 その動きを見た闇の書は、神夜の言葉に敵意を強める。
 瞬間、四人の元へ赤い短剣が飛来した。

「っ...!ぐっ...!」

「ああっ!?」

「っ...!」

「皆!」

 神夜は防いで耐え切り、なのはは被弾。フェイトがギリギリで躱す。
 司も飛び退く事で回避し、皆の心配をする。

「っ、後ろだ!」

「ふっ!」

「きゃっ!?」

 その瞬間、闇の書は司の背後に回り、パイルスピアを繰り出す。
 ギリギリで司は反応してシュラインで防ぎ、その場から飛び退く。

「...魔法の傾向、騎士たちの戦闘記録から、お前たちの戦闘パターンは読めている。...諦めて、闇に沈め...。」

「なっ...!?」

 言外に“動きは読めている”という闇の書に神夜は驚きを隠せない。
 なにせ、“原作”にはなかった事だ。“原作”を前提に考えている神夜が驚くのも無理はないかもしれない。

「はぁっ!」

「....。」

     ギィン!

 すぐに復帰してきた司が斬りかかるも、パイルスピアで防がれる。

「それでも...!諦められない...!見過ごせない!」

「なに....?」

「シュライン!」

 鍔迫り合いの状態から、魔法陣を展開。司は自分ごと魔法で攻撃した。

「っ....!今までの戦法が通じないなら、戦い方を変えるまで...!」

「...そうか。理にかなっている。だが、それだけだ。」

「がっ...!?」

 しかし、その魔法はパンツァーガイストという身に纏う防御魔法で防がれる。
 そのまま闇の書は空いている手で司の首を掴む。

「司!」

「司さん!」

「う...ぐぅ....!?」

 力を込めれば首の骨が折れる。
 そんな司を人質にした状況にされ、なのは達は動きが取れなくなる。

「どれほどの力の持ち主か分かっていれば、どれほどのスピードで動くかもわかる。...例え戦術を変えようとも、付け焼刃では通じない。」

「っ.....!」

 もがこうとする司だが、闇の書の力が強く、びくともしない。

「(私のせいで、皆が動きを取れない...。)シュ...ライン....!」

〈はい!〉

 息苦しい中、司は魔力をシュラインに通し、それを闇の書に当てる。

「っ....!」

「っぐ...はぁ...はぁ...はぁ...!」

 なんとか拘束から逃れ、シュラインを構えながら司は息を整える。

「っ...ぁ....!」

「司!」

 すかさず他の皆がフォローに入り、司を少し休ませる。
 ...しかし、司の様子がおかしかった。

「(.....怖い。)」

 容赦なく自身を蹂躙する闇の書に対し、司は恐怖を抱いていた。
 その恐怖は、まるで前世で虐げられた時のようで...。

「っ、ぁぁ....ぁああああああ!!」

「司!?」

 一瞬とはいえ、恐怖が司の臨界点を突破し、シュラインを構えて突貫する。

〈マスター!?〉

「あああああああっ!!」

 先ほどまでと違い、我武者羅に司は攻撃を放つ。
 シュラインの声も届かず、半ば暴走状態にあった。

「....お前も、“闇”を抱えているのか...。」

「っ....!?」

 そんな様子の司を見て、闇の書は何を思ったのか、障壁で正面から攻撃を受け止める。
 そして...。

「...ならば、お前も私の中で眠るといい...。」

「ぁ....ぁ....!?」

 司は淡い光に包まれ、その場から姿を消してしまった。

〈“Absorption(アプソプツィオン)”〉

「司...!?」

「嘘...!?消えた....?」

 司が吸収された。
 その事実に、なのは達は驚きを隠せなかった。

「てめぇええええええ!!」

 神夜は激昂し、アロンダイトを構えて闇の書に斬りかかる。
 それに続くように、なのは達もデバイスを構えた。









   ―――悲しみの夜は、まだ続く...。











 
 

 
後書き
Avalon(アヴァロン)…司の持つ魔法の中で最大級の防御魔法。かのアーサー王伝説に記されるエクスカリバーの鞘の効果を模した魔法で、あらゆる攻撃を防ぐ。元ネタはもちろんFate。

リーゼ姉妹の下りは完全に原作そのままなのでカット。
王牙はアースラで療養中です。少し前の戦闘で蒐集&ボロボロにされたので。(話に組み込めなかっただけだなんて言えない...。) 

 

閑話8「闇の書・後」

 
前書き
一話にまとめるにはあまりにも長すぎたので分けました。
 

 






       =司side=







「.....ん....。」

 目を、覚ます。深い微睡から目覚めたように、眠気を伴いながら。

「ここ...は....?」

 直前の記憶があやふやだ。ついさっきまで何をしていたか少し思い出せない。

「...確か....闇の書と...。」

 そう。私は皆と一緒に闇の書と戦っていたはず。なら、これは...。

「っ.....!」

 ....そこで、ついさっきまでの出来事を思い出した。

「そう、だ...!私っ...!」

 私は、闇の書に吸収された。
 なら、今私が見ているこの光景は夢か幻覚辺りだろう。

「早く何とかしないと、また...!また...!」

   ―――皆に、迷惑が掛かってしまう...!





「....司?起きているの?」

「.....え....?」

 ...思考が、一瞬停止した。
 扉越しに聞こえてきたその声の主が、あまりにも信じられない存在だったからだ。

「起きているのなら、早く下りてらっしゃい。朝食はもうできてるわよ。」

「.....お母...さん.....?」

 誰にも聞こえない程、か細く私は呟いた。
 ...そう。その声の主はお母さんだ。...ただし、前世の。

「(なんで....?)」

 理解ができなかった。...いや、私が無意識に理解するのを避けていた。
 ありえない...というより、辻褄が合わないからだ。

 ...それに、何よりもお母さんが私なんかにあんな優しく声をかける訳がない。

「一体...どうなって....。」

 体は司のまま。だけど、状況は前世の聖司の状態。
 よく見れば、今私がいる部屋は入院前の私の部屋にそっくりだった。

「司?起きているのなら早く....。」

「っ.....!」

 部屋の中の物音で私が起きていると判断したのか、お母さんが入ってくる。
 ...その瞬間、私の体が震えあがった。

「っ...ぁ....!?」

「司!?ど、どうしたの!?」

 震えが治まらない。お母さんを見るだけで叫びたい程の感情の昂りを覚える。
 ...そう、これは恐怖だ。...私は、お母さんに恐怖している。

「ぁ....ぁ....。」

「司!司!大丈夫!?しっかりしなさい!」

 これは夢だと、頭でわかっていても体の震えは一向に治まらない。
 ...それだけ、私にとってお母さんが恐怖の象徴となっているのだろう。

「.........。」

 そのまま、力が抜けるように私は意識を失ってしまった。







「.......。」

 ...再び、目を覚ます。
 今度は直前の事は覚えている。...私がお母さんに恐怖した事も。

 多分、あれは私のトラウマが掘り起こされたようなものなのだろう。
 だから、私はあそこまで怯えていたのだと思う。それこそ、気を失う程。

「....落ち着いた?」

「...お母...さん...。」

 ずっと看病してたのだろうか。お母さんが話しかけてくる。
 ...今度は、大丈夫だった。

「ごめん、なさい...。」

「何を謝ってるのよ...。それより、大丈夫なの?」

「...なんとか...。」

 それでも、まだ恐怖は拭いきれていない。
 恐る恐る私は話すけど、お母さんは優しく語り掛けてくる。



   ―――“優しく”....?





「.....司?」

「はっ..!?...な、なんでもないよ...。」

 何か違和感を感じたけど、今は気にしないでおく。

「本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。....ちょっと、夢見が悪かっただけ...。」

 適当に言い訳をしておく。

「そう...。なら、早く朝食を食べましょう。」

「うん。」

 お母さんと一緒にリビングへと降り、そこにいるお父さんと一緒に朝食を食べる。

「大丈夫だったか?母さんから聞いたが、相当怯えたような様子だったが...。」

「だ、大丈夫だよ...。」

 お母さんと同じように、お父さんも“優しく”言ってくれる。

「......。」

 その後は、軽く雑談しながら、朝食を食べ終わり、朝の支度も終わった。
 まるで、何気ない日常のように幸せで...。





   ―――....“幸せ”....?





「....ぁ.....。」

 ...なんとなく自分の部屋に戻って物思いに耽った所で、気づく。
 ....気づいて、しまう。







   ―――あんたなんかに....幸せなる権利なんてないわよ....!







「ぁぁ....ぁああ.....!」

 そう。この夢は、私が望んだ夢だ。
 私が、“こうであれば幸せだろう”と思ったからできた夢だ。
 “幸せ”になれる。そんな夢...なんだ...!

「ぁああああああああ!!」

 だけど、それはダメだ。許されない。赦しては、いけない...。

「私が...私なんかが...!」

 私に幸せになる資格はない。だから、だから...!

「こんな夢なんて、見ていられない!だから....シュライン!」



   ―――この夢を...“拒絶”する。



「“セイント・エクスプロージョン”!!」

 大きく魔法陣が広がり、爆ぜた。
 それと同時に、世界に罅が入り...壊れた。













       =out side=







「が、ぁっ!?」

「神夜君!」

 攻撃が躱され、ビルに叩きつけられる。
 その力はあまりにも強大だったのか、ビルは崩れ、神夜の防御力を貫通していた。

「終わりだ。」

「ぐ...く....!」

 四対一でさえ、劣勢だった。
 叩きつけられた神夜は、そのままバインドで拘束され、巨大なドリルのような槍が差し向けられる。

「させ....っ!」

     ドドドォン!!

「っ....!」

「邪魔はさせん。」

 阻止しに行こうとした奏だが、飛んできた赤い短剣に阻まれ、近づけない。
 そのまま、槍が放たれそうになった瞬間...。

「ぁああああああっ!!」

     ―――ザンッ!!

 闇の書から光の球が現れ、そこから司が飛び出してくる。
 そして、強い魔力を持ったシュラインで槍を真っ二つに切り裂いた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ...!」

「司....?」

「司さん!」

 息を切らし、シュラインを振り切った司は、そのまま闇の書を睨む。

「....まさか、もう抜け出してくるとはな...。」

「っ...あの夢で、私が囚われるだなんて、思わないで!」

 瞬間、司は感情に任せて突貫する。
 そのスピードは今までよりも遥かに速く、闇の書もパイルスピアで咄嗟に防いだ。

「ぁあああああっ!!」

 防がれた状態から、司はさらに魔力を放出し、穂先から衝撃波を繰り出す。

「むっ...!?」

「その想いを以って、打ち砕け!」

〈“Prayer blow(プレイヤーブロウ)”〉

 障壁を展開し、ほんの少しだけ間合いが離れるに留まった闇の書が、先程よりも強く穂先に集まる魔力に気づき、声をあげる。
 その瞬間、司の祈りをそのまま力にした槍の一突きが放たれた。

「っ....!?」

「ぁあああっ!!」

 咄嗟に障壁を十枚展開し、自身も後ろに飛び退く。
 刹那、障壁は五枚程割れ、闇の書は海の方角へ吹き飛ばされる。
 それを追うように司は声を上げ、追撃を繰り出す。

     ギギィン!ギギギギィン!

「っ、ぁ....!」

 息をつかせぬ勢いで司は連撃を放つ。
 突き、払い、叩きつけ。長物の槍とは思えない程高速に司は動いた。

 ...だが、その全てを闇の書は受け止めていた。
 それも、吹き飛ばされた勢いはそのままとはいえ、無傷に...だ。

「っ....!」

「囚われる前よりは動きがいいが...一つ覚えのような連撃、徹ると思うてか。」

 全ての攻撃がパイルスピアと障壁で受け流される。
 ...当然だ。今の司は感情に任せて攻撃している。
 そんな直線的な攻撃では戦乱に存在していた闇の書に勝てるはずもない。

「ならっ!」

 今度は間合いが離れたまま槍を振るう。
 瞬間、シュラインから斬撃が飛び、闇の書を襲う。

「.....!」

「はぁっ!」

 それを避けずに受け止めた闇の書。
 その背後から司は襲い掛かるが...。

「甘い。」

「っ!?」

     ギィイイン!!

 後ろを取ったのが仇となり、受け流された斬撃が司を襲う。
 咄嗟にシュラインで防ぎきるが、明確な隙を生じてしまう。

「ふっ!」

「ぐ....ぁあっ!?」

 意趣返しかのように背後から強襲され、大きく吹き飛ばされる司。
 いつの間にか海に来ていたのか、暴走の影響で海から生えてきた角のような柱に司はそのまま叩きつけられてしまう。

「虹よ...七色の光となりて撃ち貫け。“Regenbogen Strahl(レーゲンボーゲン・シュトラール)”...!」

「っ.....!?」

 虹のような七筋の砲撃。それが無慈悲にも司に放たれた。

「ぁあっ!」

 着弾の寸前、司は祈りの力を放出する。

「っ、なに...!?」

「“セイント・エクスプロージョン”!!」

 すると、司の姿は砲撃が着弾した所から消え、闇の書のすぐ傍にいた。
 それに闇の書が気づくも一足遅く、司はシュラインを振り下ろして爆発を起こした。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ....!」

〈マスター!〉

「大..丈夫...!」

 普段と違う戦法。それは、あまりにも苛烈な攻め方なため、体力の消費も大きかった。
 シュラインも司を心配するが、司は依然変わらないまま構える。

「........。」

「っ.....!」

 そして、無傷で現れる闇の書。
 無傷だという事実に、司は少し恐怖を覚えた。





「司さん...どうしちゃったの...?」

「...どこか、今までと違う...。」

 司が闇の書を吹き飛ばした後、なのは達も闇の書を追いかけてきていた。

「...司、どうしちまったんだ...!一体、闇の書の中で何が...!」

 三人とも、復帰した司の様子に、困惑していた。
 特に、司を好いている神夜は“原作”から闇の書の夢を知っているが故に、人一倍司の事を心配していた。

 ...三人は知らない。
 司は“幸せになってはいけない”という、強迫観念に囚われているのを。

「今すぐにでも、援護した方が...。」

「ダメ...!あの状態の司だと、下手に援護すると却って危険...!」

「そんな...!」

 未だ繰り広げられる、闇の書と司の苛烈な攻防を、三人は眺めるしかなかった。

「...司がやられそうになるまで、見てるしかないのか...!」

「っ....。」

 悔しそうに神夜は言い、何もできない事に手を握り締めるなのは。

「...なのは、A.C.Sは使えるか?」

「えっ?...使えるけど...どうして神夜君が...。」

 ふと思いついたように、神夜がなのはに聞く。
 なのはは、なぜレイジングハートの新たな機能を知っているのか疑問に思った。

「二人のデバイスにカートリッジを実装される時に、マリーさんに聞いたんだ。」

「そうなんだ。」

 実際は“原作”で知っていただけで、神夜は少し冷や汗を掻いていた。
 思わない所でボロを出してしまいそうになったからだ。

「...それで、私は何をすればいいの?」

「闇の書が隙を見せるか、司がやられそうになった時、突撃してくれ。援護は俺とフェイトでやる。だから、迎撃とかは気にするな。」

「っ...!...うん、わかったよ。」

 神夜の言う事に、なのははしっかりと返事をする。
 そして、三人は来るべき時に備えながらも、司を見守った。





「ぁぁあっ!」

「....!」

     ギィン!ギギィン!

 槍とパイルスピアがぶつかり、展開されたお互いの魔力弾は相殺される。
 司が後を考えずに猛攻を仕掛けているため、ギリギリ戦いは拮抗していた。

「っ、ぁあっ!」

「はぁっ!」

 ...だが、それはいつまでも続かない。
 力負けした司が柱に叩きつけられ、そこへ闇の書が追撃する。

「っ、ぐ...!」

 ギリギリでそれを回避するも、追撃で放たれた回し蹴りを喰らってしまう。

「が...ぁ...っ!?」

〈マスター!!〉

 意識が飛びそうになるのを、司はシュラインの声で何とか保つ。

「っ、ぁっ!」

「む...!」

 祈りを反映させ、下から突き上げるような砲撃を放つ。
 それを見た闇の書はすぐに飛び退き回避する。

「ぐ...かふっ....!」

「......。」

 その間に司はその場から飛び退き、間合いを離す。
 ...しかし、動きが鈍くなった事により生じた隙を闇の書は見逃さない。

「....よくやった、と言いたい所だな。」

〈“Photon Lancer Genocide Shift(フォトンランサー・ジェノサイドシフト)”〉

「....だが、終わりだ。」

 司を包囲するように、魔力弾が包囲する。
 フェイトの扱う最大魔法...その派生魔法だ。

「っ、ぁ....!?」

〈マスター!防御を!!〉

 既に満身創痍。その状態で包囲するように展開された大量の魔力弾。
 それは、不安定な司の心を恐怖に陥れるには、十分だった。

「っ...ぁあああああああ!!」

〈“Mind shell(マインドシェル)”〉

 そんな状態での、祈りを反映させる防御魔法。
 しかし、恐怖した心が功を為し、普段よりもよっぽど強固な防御魔法が展開された。
 殻に閉じこもるように司は防御魔法に包まれ、射出された魔力弾を防ぐ。



「っ、はぁっ、はぁっ....。」

 何とか防ぎきり、防御魔法も砕け散る。
 1000発を超える魔力弾を防ぎきり、司は少し安堵する。

 ...しかし、それがいけなかった。

「がっ....!?」

「...あれを防ぎきるのは予想外だった。」

 柱に叩きつけられるように、司は闇の書に首を掴まれる。

「だが、これで今度こそ終わりだ。」

「ひっ....!?」

 冷たく、ただ冷たく自身を見てくる闇の書に、司は怯える。

   ―――....怖い...。

「っ、ぁ....ぁぁ....!?」

「...心が折れたか。ならば、せめて痛みを感じずに....眠れ!」

 無慈悲に放たれるパイルスピアの一撃。
 魔力もほとんど使い果たし、恐怖で身動きの取れない司に、それを防ぐ力はない。

「ぁああああああああっ!!」

「っ!?」

 ...だが...いや、だからこそ、司はそれを“拒絶”した。
 少しだけの魔力...しかし、祈りの力で極限まで強化された魔力が、闇の書を弾く。

「ぁ......っ....。」

 ...そして、それが司の限界だった。
 そのまま、力尽きるように司は落ちていく。

「.......っ!?」

「はぁああああああっ!!」

 落ちていく司を見下ろし、トドメを放とうとする闇の書。
 しかし、バインドが足に掛かり、そこへなのはが突貫してきた。

「(...ぁ....みん、な......。)」

 司を抱きかかえるように救出するフェイト。
 カートリッジを何発もロードし、闇の書を押すなのは。

 皆が助けに来た事に安堵し、司はそのまま意識を闇に落とした。













       =司side=







「......っ....。」

 目を、覚ます。
 直前の記憶を思い出そうとして、体が震える。

「わた、し...は....。」

「目が覚めましたか?」

 体の痛みに耐えつつ横を見ると、そこにはリニスが座っていた。

「どう、なったの...?」

「事件は一応の解決となりました。司が気絶した後、フェイト達に加え、結界の解析も終わった事で私やアルフ達も増援に駆け付け、はやてさんの意識を覚醒させました。その後は復活したヴォルケンリッターとはやてさんに協力してもらい、闇の書の防衛プログラムのコアを破壊する事に成功しました。」

「...そう、なんだ...。」

 上手く行った。...と言う事なのだろう。

「私は、結局....。」

「...司の今の状態は、リンカーコアを蒐集された時に相当する程のひどさです。....よく、ここまで頑張りましたね....。」

「ぁ....。」

 優しく、リニスは私を撫でる。
 ...今は、それがどんな言葉よりも癒しになった。

「....ただ...。」

「...え?」

 少し目を伏せ、悲しそうにするリニスに、私は動揺した。

「...防衛プログラムは確かに破壊しました。...しかし、それも結局は一時的なもの。...またいつかは、暴走してしまうようなんです。」

「なん...で....。」

 あれほどまでに頑張ったのに、また復活してしまう。
 その事に、私は絶望を感じずにはいられなかった。

「だから、闇の書...いえ、夜天の書の管制人格であるリインフォースさんは...そのプログラムごと、自身の消滅を望みました。」

「っ...!?」

「管制人格である自分と共に消えれば、プログラムのバグが復活する事はない....と、リインフォースさん本人が言っていました。」

 それは...つまり、自分が犠牲になるという事。

「そんなの...残される人は...はやてちゃんはどうなるの!?」

「...はやてさん自身は、しばらくアースラの監視下でヴォルケンリッターを含め、無償奉仕をする事になっています。」

「そういう事じゃなくて...!」

「.........。」

 この後どうなるのかではなく、どんな思いをするのかという意味でリニスに聞く。
 ....けど、リニスは目を伏せたまま喋らない。

「ダメ....ダメだよ...そんなの、せっかく...助けられたのに....!」

「...リインフォースさん自身が望んだ事なんです...どうか、聞き入れてください...。」

「っ......。」

 例え、消滅する本人が望んだ事でも、私は納得できなかった。

「...何か...他に何か、バグを消し去る方法とか...プログラムを安全化する手段はないの!?そんなの、納得できないよ...!」

 せっかく助かったのに、結局助からない。
 そんな事実、私は認められなかった。...認めたく、なかった。

「...無限書庫であれば、可能性はあるでしょう。...しかし、あまりに時間が足りません。」

「っ....でも....!」

 それでも、諦めきれない。
 なりふり構わずにはいられなくなり、私は立ち上がろうとする。

「っ、無理しないでください!司はまだ、動けるような体じゃ...!」

「シュライン!!」

 リニスが痛みを堪えて動こうとする私を抑えようとする。
 そこで私はシュラインに呼びかけ、私の力を行使する。

〈...後回しにするだけです。マスターの今の状態は、マスター自身の力が起こしたもの。マスターの力では、一時的に凌ぐだけです。〉

「それでもいい!」

〈...では。...後の事を覚悟しておいてください。〉

 そういって、シュラインは私の力を受け、魔法陣を発生させる。
 その瞬間、私の体から痛みが引いていく。

「.....!」

「司!待ってください!司!!」

 リニスの制止を無視して、私は駆けだす。
 目指すは...件のリインフォースさんのいる所!!







「皆!!」

 廊下を歩くなのはちゃん達を見つける。
 その姿は、まるで何かにお別れを告げに行くようで...。

「つ、司さん!?」

「はぁっ、はぁっ....リインフォースさんは、どこ!?」

 なのはちゃん達の驚きを無視して、私は問いただす。

「え、えっと海鳴市の見晴らしのいい場所に行ってるって...。」

「っ....!」

「あ、司さん!?」

 見晴らしのいい場所...それはつまり、高台の可能性が高い!
 そう思った私は、なのはちゃん達を追い抜いて転送ポートへ駆け込む。

「座標は...海鳴市の上空!」





「っ...!」

 上空に放り出されるように転移が完了する。
 すぐに飛行魔法を使い、辺りを見渡す。

「(見晴らしが良さそうな場所は...あそこ!)」

 見つけたのは、海鳴市の中でも一番見晴らしがいいと呼ばれる高台だった。
 ...そして、そこに目的の人物も立っていた。

「っ、はぁっ、はぁっ、はぁっ....。」

「.....!」

 着地し、切らしていた息を整える。
 ...目覚めたばかりだから、体力の消耗も大きい。

「お前は....。」

「リイン...フォースさん....。」

 彼女は、じっと海鳴市の景色を眺めていた。
 ...まるで、これが見納めとでも言うかのように。

「...聖奈司といったな...なぜ、ここに...?つい先ほどは、まだ眠っていると聞いたが...。」

「...っ....貴女を、止めに来ました....!」

 彼女の声に、少し体が震える。昨日の戦いが少なからずトラウマになっているのだろう。
 だけど、それを抑え込んで私はそう言った。

「...無理だ。話は聞いただろう?このままでは、再び暴走が起こってしまう。」

「っ...でも、何か他に方法が...!」

 あるはず。...そうでなくては困る。
 そんな思いで私は聞く。...けど....。

「...無理だ。それこそ、奇跡を起こさない限り...。だが、既に奇跡は起こしてしまった。...我が主を闇から解き放つという、奇跡をな...。」

「そん...な.....。」

 私はその場に崩れ落ちる。
 無限書庫や別の何かで他の方法を調べる時間はない。...だからこその絶望だった。



   ―――....そして、それでもまだ、諦められなかった。



「....嫌だ.....。」

「...なに?」

「.....もう、嫌だ....!」

 ...いや、これは諦められないというより、認めたくなかったのだろう。

「私の目の前で、“不幸”になる人は、見たくないの!!」

「だが、これはどうする事も...。」

 それは、後から考えれば気持ちの押し付けだっただろう。
 だけど、それでも認められなくて...“拒絶”した。

「ぁああああああ!!」

 精神が不安定だからか、私は取り乱すように“力”を行使する。
 シュライン辺りが止めようとしてただろうけど...それは届かなかった。

「っ、く....!?」

「ぁ....っ!?」

 ...やってしまってから、気づいた。
 いつの間にか展開していたシュラインの穂先が、リインフォースさんを貫いていた。



   ―――...でも、結果的には、それが唯一の“正解”の手段だった。



「ぁ、ぁぁ...!」

「っ、....?....なに...?」

 何をやっているのだろうと、後悔と絶望に崩れ落ちる。
 そんな私を余所に、リインフォースさんは怪訝な声をあげていた。

「バグが....完全に消滅している...?」

「....ぇ....?」

 その言葉に、私は顔を上げる。
 ...見れば、シュラインに貫かれたはずのリインフォースさんには、傷が一つもない。

〈...マスターの“拒絶”の意志が、功を為したのでしょう。リインフォース様に対する、“消えてほしくない”という強い想いが、バグを打ち消す力となって働いたのです。〉

「....そう...なの...?」

「そのような事が...あるのか...。」

 ただただ驚くリインフォースさんと一緒に、私は茫然とする。

「リインフォースさん!」

「司!」

 そこへ、急いで追いかけてきていたのか、なのはちゃんとフェイトちゃんが駆け付ける。
 
「な、なにが...。」

「これは...。」

 結果的に大丈夫だったとはいえ、今の私はバリアジャケットを纏っており、シュラインも展開している。...既にシュラインは地面に降ろしているとはいえ、傍から見れば私がリインフォースさんに刃を向けていたようにしか見えない。

「えっと、これは.....ぁ....?」

 とりあえず、弁解しようとして...その場で目眩に見舞われる。

「え!?あ、司さん!?」

「っ、しっかりするんだ!」

 そのまま、座り込むように立っていられなくなる。
 なのはちゃんや、リインフォースさんの心配する声が、どこか遠くに聞こえた...。











「.....ぁ....。」

 ...気が付けば、そこは先程もいた医務室のベッドだった。
 また、気絶してたんだ...。

「....司...。」

「り、リニス...?」

 声を掛けられそちらを見ると、明らかに怒っているリニスがそこにいた。

「...貴女はまた無茶をして...!シュラインとリインフォースさんから話は聞きましたよ。ただ無茶をするだけならまだしも、錯乱してリインフォースさんを刺すとはどういう事ですか!」

「う....ごめんなさい...。」

 体を動かそうとして動かなかったので、とりあえず口だけでも謝っておく。
 ...落ち着けば、ホントになんであんな事を仕出かしたのかが理解できない。

「....ただ、その行為が結果的にリインフォースさんを救う事になったのは、本当に良かったです。...貴女がリインフォースさんを救ったのですよ。」

「私...が....?」

 実感が湧かない。...だって、前世は私のせいで皆に迷惑が掛かったのだから。

「とにかく、安静にしていてください。無茶をした体で、さらに無茶をしたんですから。」

「....うん...。」

 リニスに言われて、私はベッドに沈み込むように休む。







 ....それからは、なぁなぁな感じで事が過ぎて行った。
 私がリインフォースさんにやったあの奇跡は、結局あの時限りの不安定な精神状態での強い想いと偶然が引き起こした正真正銘の“奇跡”という事で、これ以降は起きないだろうという事で片づけられた。
 はやてちゃん達は、全ての原因がバグだという事で、リニスの言っていた通り、アースラの監視付きでしばらくの無償奉仕という処遇になった。
 そして、私はというと...。

「....久しぶりな気がするなぁ...。」

 久しぶりに翠屋にやってきていた。もちろん、お客として。
 あの後、体を癒した後は特に何も聞かれなかった。
 私のレアスキルが特殊なのと、私自身、あの時の力の使い方は覚えていないから、聞いても無駄だと判断されたみたい。
 ....本当に、この力は一体なんなのだろう。
 “祈り”を現実に反映させてるみたいだけど...。

「『...ねぇ、シュライン。教えてくれないの?』」

〈『教えるもなにも、以前に教えた事が全てです。』〉

 念話でシュラインに聞いてみるも、そんな返答しかない。
 シュラインから以前聞いたのは、祈りを現実に反映させる事というだけ。
 ...でも、それにしては...。

「『強力すぎない?』」

〈『...それだけ、マスターの想いが強かったのです。また、私は祈祷型のデバイス。マスターのレアスキルの力を強化する事も可能です。』〉

「『そっか...。』」

 そこまで、私の想いが強かったのかと疑問は残るけど、一応それで納得する。

「さて、と...。」

「あれ?司さん、帰っちゃうの?」

 席を立つと、店の手伝いをしていたなのはちゃんにそう言われる。

「うん。ここでのんびりするのもいいけど、家でゆっくりするんだ。」

「そうなんだ...。じゃあ、はいこれ。」

 そういってなのはちゃんからシュークリームの箱を渡される。

「お母さんから。皆頑張ってきたからだって。」

「...うん。ありがとう。」

 “頑張ってきた”というのは闇の書の事だろう。あの後、なのはちゃんの家族や、すずかちゃん、アリサちゃんとか一部の人達には魔法の事を話したからね。
 断る理由もないので、しっかりと受け取っておく。

「じゃあね。」

「はい!また来てね!」

 なのはちゃんの笑顔に見送られながら、私は帰路に就く。

 “平和”だと実感できる、何事もない日常に帰ってきた。
 私が“拒絶”した犠牲のある事件の終焉を、私たちは回避する事ができた。





   ―――だけど....。







「....っ、はぁっ、はぁっ、はぁっ...!」

 夜中の時間、私は飛び起きる。
 体中に冷や汗を掻き、私は動悸を抑えるように呼吸を整える。

「....また....。」

 私がこうやって飛び起きる理由は、先日の闇の書との戦い。
 あの時の追い詰められた事が、私のトラウマとなっているのだろう。

「(...“勝てない”...。)」

 夢の中で、私はひたすらそう思いながら闇の書に追い詰められていく。
 そして、いつも最後は首を掴まれ、冷たく見つめられながら折られて目が覚めるのだ。

「っ.....。」

 体が震える。...一歩間違えればあそこで死んでいたかもしれないのだから。

「(シュラインも、医務室の人も落ち着けば治るって言ってた...けど...。)」

 度々夢に出てきて、私はその夢に魘される。
 その度に私はこうして飛び起きて恐怖に苛まれた。







 確かに、言われた通りにしばらくしたらそれも治まった。
 だけど、確かにその恐怖は私の心にしっかりと植え付けられてしまった。







   ―――私の心の底で、黒いナニカが燻ったような気がした...。















       ―――――――――――――――――――――















「(私に幸せになる資格なんてない...。)」

 改めて、その言葉を頭の中で反芻する。
 だけど、それ以外にも...。

「(っ......。)」

 あの時の恐怖心が、私の心を侵す。
 ただただ“怖い”と、体が震える。

「(....っ.....ぅ...ぅぅ.....。)」

 私は幸せにはなれない。だけど、それでも...それでも...。



   ―――孤独と闇が、怖かった。









 .....怖い....恐いよ....優輝君.....。

 早く....早く■けに....来て.....。











 
 

 
後書き
Regenbogen Strahl(レーゲンボーゲン・シュトラール)…七つの砲撃を同時に放つ魔法。虹のようにカラフルだが、その威力は一つ一つがなのはのディバインバスター並。由来は“虹”と“光線”のドイツ語。

Mind shell(マインドシェル)…心の壁。所謂A.Tフィールド。恐怖や拒絶と言った感情と相性のいい魔法だが、やはり本領は祈りの力の方が強固。由来は英語での“精神”と“殻”。

最後は“今”の司です。...過去視点との区切りでいいのが見つからない...。 

 

第76話「反撃の時」

 
前書き
夢を見て、心機一転しただけで謎のパワーアップをする優輝と奏。
...ご都合主義なら仕方ないね!(思考放棄)

い、一応理由はちゃんとあるし...。
 

 






       =out side=





「ぐっ....!」

「ほら!どうした!」

 海鳴臨海公園にある結界内にて、クロノ達は窮地に立たされていた。

「(強...すぎる...!)」

 既にクロノは満身創痍。
 今意識を保っているのは、クロノの他には光輝と優香、シグナム、なのは、神夜、リニス、はやての七人だけだった。

「どうした!そちらの方が数は上。なのにこの有様か!」

「くそが...!調子に乗りやがって...!」

 しかも、既にはやてはまともな戦力にはならない。
 リインフォースが庇った場面があったからこそ、今の今まで意識があっただけだった。

「はぁっ!」

「せいっ!」

「甘い...よっ!」

 葵の偽物を相手取る優香と光輝も、ほとんどジリ貧だった。
 シグナムを加えた三人掛かりでなお、押されていた。
 むしろ、優輝の偽物との連携を分断させただけでもよく出来た方だ。

「(早く来てくれ優輝...!僕らでは、まだ荷が重すぎる...!)」

 ジュエルシードからの連戦という事で、既にクロノ達全員が負傷している。
 未だに拮抗できているのが奇跡という状態で、クロノはただ優輝達が早く来るのを祈るしかなかった。













       =優輝side=







 ...まず、状況を分析する。
 僕と奏はたった今暴走体が作り出した空間から脱出した。
 万全とは言えないかもしれないが、少なくとも負傷はしていない。

 しかし、椿とユーノはほぼ戦闘不能だ。
 おそらく、僕らが中にいる間ずっと戦っていたのだろう。
 ならば、やはり奏に守りを任せるのが当然か...。

「奏、二人は任せたぞ。」

「...うん。任された、優輝さん。」

 今までの冷たい返事と全然違う事に、思わず顔がほころびそうになるが、何とか抑える。

「優輝...?まさか、一人で!?」

「その通りだ。ユーノ。二人とも十分戦った。後は僕に任せてくれ。」

 二人とも相当ボロボロな所から、どれだけ辛い戦闘だったかが伺える。
 だからこそ、二人はしばらく休ませるべきだと思った。

「でも優輝!一人でだなんて...!」

「...優輝、いいのね?」

「椿!?」

「...ああ。」

 さすがに一人で戦わせられないというユーノを遮るように椿が言う。
 それに答えるように一言返事をし、暴走体と向き直る。

「...さて、さっきぶりだな...!」

 実際どれだけ時間が経ったのか知らないが、なんとなく暴走体にそう言う。
 ...が、返ってきたのは赤い短剣...ブラッディダガーの展開だった。

「手荒い歓迎...だな!」

   ―――“ブラッディダガー”

 僕が魔力結晶を取り出すと同時に、短剣が射出される。
 被弾まで数秒とかからない。その間に僕は魔力結晶の魔力を開放し...。

「“創造開始(シェプフングアンファング)”!!」

   ―――“ブラッディダガー”

 瞬時にブラッディダガーの術式を解析・模倣し、同じ魔法で相殺する。

「....さっきまでとは、違うぞ?」

 あっさりと魔法を凌いで、僕はそういう。
 ...力が漲る。無意識に掛けていたリミッターが解除されたからだろう。

「(だけど、それだけでは勝てない。リミッターが解けても、リンカーコアの負傷は健在。魔法において暴走体に勝つには、搦め手しかない。)」

 距離が離れているが故、暴走体は再び遠距離魔法を使おうとする。
 今度は砲撃魔法...その七連。

「なら...これでどうだ。」

 対する僕が行った行動は、魔力結晶を三つ追加する事。

「(時間は掛けていられない。できるだけ短期決戦で決める!)」

 さっき使った魔力と、魔力結晶三つの魔力を操る。
 そして、七つの砲撃が放たれる。

   ―――“Regenbogen Strahl(レーゲンボーゲン・シュトラール)

「なっ...!?」

「.....。」

 ユーノの驚く声が聞こえる。
 ...ああ。確かに、普通なら驚くだろうな。
 だけど、その七つの砲撃に、僕は手を翳し...。

「“解析(アナリーズ)”....お返しするぞ。」

   ―――“Regenbogen Strahl(レーゲンボーゲン・シュトラール)

 ほぼ同じ魔法を、魔力結晶の魔力を使って撃ち返す。
 先ほどのブラッディダガーと同じ方法だ。

「奏、もう少し離れてくれ。」

「分かった...。」

 相殺の際の煙幕で視界が遮られている内に、奏に指示を出しておく。
 ...さて、心置きなく戦うか。

「っ.....!」

 霊力で足場を作り、それを利用して跳躍する。
 それを認識した暴走体はすぐさま赤い短剣を展開、僕に放ってくる。

「それぐらいの魔法は...。」

 それを、僕は身を捻らせるようにしてほとんどを躱し、一部の短剣の柄を掴み...。

「余裕で返せる!」

 魔法の術式を上書きし、自分のものにして投げ返す。
 ブラッディダガーは被弾と同時に炸裂する魔法だが、その前に術式を改竄する事で、そっくりそのまま術者を僕に書き換えたのだ。それにより、爆発を防いだ。

「シッ!」

 投げ返したブラッディダガーが目くらましとなり、死角に潜り込む。
 そのままシャルを振るうが、もちろんこのまま喰らう事はなさそうなので...。

「“霊撃”。」

 迎撃に放たれたブラッディダガーを、即座に霊力の衝撃波で相殺する。
 読み通り。だが、それでも攻撃は障壁に阻まれる。

「吹き飛べ!!」

 しかし、今更ベルカ式の障壁なぞ話にならない。
 即座に解析、破壊を済ませ、懐に入り込んで霊力を込めた掌底で吹き飛ばす。

「“模倣(ナーハアームング)Alter Ego(アルターエゴ)”...!」

 間合いを離した隙に素早く術式を模倣して構築する。
 発動するのは、狂王の力を取り戻した時の緋雪の分身魔法...!

「....30秒以内に片づけてやる。」

 一斉に移動魔法を併用して暴走体に接近する。
 今更ブラッディダガーでは僕の妨害になどならない。全て躱し、肉迫する。

「ぁあっ!」

     ギギギギギギィイイン!!

 放たれる剣の一撃と、創造した剣による射出。
 だが、それは全方位に展開された障壁に全て阻まれてしまう。

「はぁああああああっ!!」

 しかし、僕は攻撃をやめない。
 分身と共に何度も暴走体の周りを舞うように斬りかかる。

「っ、ぁ!?」

 だが、そこで暴走体は魔力を衝撃波として放つ。
 間合いを詰めていた僕と分身は、咄嗟に障壁を張って飛び退くが、大きく吹き飛ぶ。

 ....だけど、計画通りだ。

「....この技は、味方がいるときは不用意に使えなくてな。」

 僕と分身体は、それぞれ別方向に吹き飛んでいる。
 ...そして、その手にはピアノ線のように細い糸が巻き付けられている。
 その糸は、暴走体に絡むように張り巡らされており、お互いを引っ張り合う。
 四方向からの張力に加え、もう一つの端は魔法陣に繋がっていた。

「...さぁ、受けてみろ。」

 魔法陣も動き、計八方向から糸は引っ張られる。
 ピアノ線のように細い糸が絡み、そしてそれが強く引っ張られたとなれば...。

「...“創糸地獄(そうしじごく)” 。無残に散るといい。」

 暴走体は、見るも無残に引き裂かれた。

「終わりだ!」

 最後に、糸と分身体に使った魔力を返還し、僕の掌に集めて砲撃魔法を放つ。
 ....それは、あまりにもあっけない暴走体の最期だった。

「.....ふぅ。」

 封印されたジュエルシードに近づき、それを回収する。

「...僕の心のしがらみ...それを結果的に取ってくれた事には感謝するよ。」

 リヒトに仕舞う前に、それだけ言って、僕は椿たちの下に行く。

「...終わったの?」

「ああ。しっかりとな。」

 降り立つや否や奏がそう聞いてきたので、答える。

「...僕たちがあんな苦戦した相手を...。さすが優輝...。」

「.........。」

「...椿?」

 ユーノが驚いたようで、やけに納得したように言う隣で、椿は黙っていた。
 ...なんか、僕を見て放心してるようにボーッとしてるんだけど...。
 しかも少し顔が赤いし。

「...はっ!?...え、えっと...少し、見違えたわね...。心の迷いでも晴れた?」

「....椿さん、声が震えてます。」

「うっ...。」

 取り繕うように言う椿だが、奏の一言で顔を逸らす。

「...どうしたんだ?」

「えっ..と...その...。」

「多分、見惚れてたのだと思うわ。」

「っ~~....ええ、そうよ。」

 奏の適格な言葉により、椿は観念して奏の言った事を肯定する。
 ...はて、見惚れてた?

「...ユーノが言ったように苦戦した相手をあっさり倒したのもあるんだけど...その時の、優輝の姿がとても真っすぐで強かったから...その...。」

「あー....えっと....。」

「.....っ、ああもう!恥ずかしいわよ!それで、何があったのよ!明らかに何か心の迷いが晴れたような雰囲気よ!」

 顔が赤いまま、椿は僕に捲し立てる。
 ...恥ずかしいのなら、これ以上突っ込むのは野暮だな。

「心の迷い....まぁ、そうだな...。」

「...そういえば、奏の雰囲気も...。」

 ふと気づいたように、ユーノが奏を見る。

「...魅了が解けた...って言えばわかるな?」

「っ!なるほどね...。」

 さすがユーノ。理解が早いな。
 ...まぁ、前世での事情もあるから、ここまで雰囲気が柔らかくなったんだけどな。

「....とにかく、二人とも無事でよかったわ...。」

「ああ。...心配させてすまなかったな。」

「...いいわよ。...無事に帰ってきてくれたんだもの。」

 顔を再び赤くして顔を逸らしながらも、椿はそういった。

「...さぁ、結界ももうすぐ崩れるぞ。」

 他の所の援護にも行かなきゃいけないから、その準備をしようとする。
 すると...。

『っ、繋がった!』

「...アリシア?」

 再び、アリシアから通信が繋げられる。

『良かった!こっちまでは通信の妨害がされてなかったんだね!...でも、どうして通信が繋がらなかったの?』

「それはこっちが聞きたいけど...多分、暴走体の仕業だ。」

 どうせ倒さなければいけないからと気にしてなかったが、僕らが結界内に入った時、暴走体はその上からさらに閉じ込めるタイプの結界を張っていた。
 多分、その結界が通信も妨害していたんだろう。

「それよりも、何があった。」

 だが、そんな推察は後だ。アリシアは“こっちまでは”と言った。
 つまり、他の所でも妨害がされていて、この様子では切羽詰まっているらしい。

『大変なんだよ!臨海公園で偽物が現れて、今は優輝達以外の皆は結界に囚われているの!通信が通じないし、皆ジュエルシードとの戦闘で疲弊してるから...早く援護に!』

「っ、わかった!すぐに向かう!」

 僕と葵の偽物が相手で、疲弊している皆なら、相当危険だ。
 僕らも椿とユーノがボロボロだが、それは向かう途中でできるだけ回復してもらおう。

「(こちらも少なからず疲弊しているなら、無駄な体力消費は控えたい。なら...。)」

 その場で一際大きな剣を創造する。僕ら全員が刀身に乗れる程の大きさだ。

「皆。これに乗ってくれ。椿とユーノはこれで回復を。」

 椿とユーノに回復魔法と霊術を使うための御札と魔力結晶を渡す。

「乗れって...一体何を...。」

「できるだけ消費は避けたい。これに乗って僕が飛ばす。」

「え、ええっ!?」

 まぁ、驚くだろうな。でも、結構有効な手段だ。

「...もたもたしていられないわ。乗って。」

「奏はなんでそんなすんなりと乗っているの!?」

「これは...味わった事のない経験ね。」

 奏はすぐ乗ってくれたが、椿でさえ苦笑い気味に遠慮している。

「急いでくれ。皆が危険なんだ。」

「わ、わかったよ。」

「仕方ないわね。」

 皆が乗ったのを確認して、僕も先頭に乗る。

「僕が固定するから、安心してくれ。」

 そういって僕は創造魔法で三人を紐で剣に固定する。

「...余計不安なんだけど。」

「...優輝を信じましょう。」

 そのまま僕は剣を浮かせる。創造魔法で作ったから、この程度の操作は可能だ。

「方角は...あっちか...。距離を考えると角度は...よし。」

 方角と角度を決め、一気に射出する!

「ぁああああああああ!?」

「っ....!っ....!」

 案の定、ユーノの叫びが響く。椿も声を堪えていた。

「(結界があるのなら、それを破る準備もしておかないとな。)」

 飛んでいる間も、僕は次の手を考える。
 偽物は結界を張っているのだから、侵入するために術式を用意しなければならない。

「ユーノ!椿!できるだけ回復しておいてくれよ!」

「む、無茶言わないでよ!?」

「っ...慣れてきたわ...!」

「嘘!?」

 経験の多い式姫だからか、椿が慣れる。
 その事に驚くユーノ。

「...気を引き締めろ。ここからの戦いは、さっき以上に集中しなければならないと思え...!」

「っ....!」

 僕の言葉に、ただ驚いているばかりではないとユーノも理解する。
 ...急げ...!耐え抜いてくれよ...クロノ...!











       =out side=





「がぁっ!?」

「遅い。」

 神夜が、体内に響く掌底を喰らって吹き飛ぶ。
 生半可な攻撃ではびくともしない防御力をものともしない一撃だった。

「かはっ...!?」

「シグナム!」

「これで、残り五人。」

 そして、シグナムも葵の偽物によって沈む。
 レイピアの一撃を凌いだ所に、素手での一撃だった。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ...!」

「っ....!」

 優輝の偽物を相手取るクロノ達も、葵の偽物を相手取る優香と光輝も限界だった。
 この中で最も近接戦での防御力、攻撃力の高い神夜と、経験が豊富で剣技に優れているシグナムが倒されたのも相当きつい。
 それだけでなく、後方支援のできるはやても倒されてしまった。

「(迂闊に創造魔法を使わせられないのに、厳しすぎる...!)」

「(葵ちゃん...の偽物って優輝は言っていたけど、ここまで強いなんて...。)」

「(なのはちゃんも既に限界。リニスさんもまだ戦えるけど、魔力が...。)」

 クロノ、優香、光輝の三人がそれぞれ思考を巡らす。

「っ...く、ぅ...!」

「はぁっ、はぁっ....っ....!」

 後方に控えるなのはとリニスも既に息絶え絶えになっており、戦えそうになかった。

「終わりだ。」

「終わりだね。」

 それらを見て、優輝と葵の偽物は、並んでそういう。
 そして、優輝の偽物は掌を上に翳し、葵の偽物はレイピアを地面に刺す。

「“創造開始(シェプフングアンファング)”。」

「“呪黒剣”。」

 創造された剣群が、地面から生える黒い剣が、クロノ達を襲った。

「なっ...!?...く、ぁあああああ!!」

「この、場面で....!」

「っ、レイジングハート!」

   ―――“Round Shield(ラウンドシールド)

 クロノ、リニス、なのはの三人が咄嗟に防禦魔法を張る。
 クロノが上空の剣を、なのはが地面からの剣を防ぎ、リニスがその二つの防御魔法を内側から支えるように防御魔法を張る。
 魔力を振り絞り、なのはに至っては負担のかかる状態でカートリッジをロードし、何とか偽物二人の攻撃を凌ぎきる。

 ...だけど、偽物たちの攻撃はそれで終わらない。

「「っ!!」」

 背後から、なのはとリニスを狙った剣閃が迫る。
 既に限界を迎えた二人。回避も防御も不可能な所へのその一撃は...。

「は、ぁっ!!」

「せ、ぁっ!!」

 いち早く攻撃に気づいていた光輝と優香が防ぎにかかる。
 光輝が優輝の偽物を、優香が葵の偽物の相手をしようとして...。

「ぐぁっ!?」

「ぁあっ!?」

 同時に弾かれるように吹き飛ばされてしまう。
 既に満身創痍である二人では、攻撃をギリギリ逸らすのが精一杯だった。

「っ、なのは!リニス!」

 すぐさまクロノが動き、バインドを放つ。
 無防備となっているなのはとリニスに呼びかけ、その場から退くように言う。
 ....しかし...。

「逃がすと思うか?」

 再び上空に創造された剣が、二人を襲う。
 バインドで拘束されていても、創造魔法の攻撃は阻止できなかった。
 ...さらには、バインドもすぐに壊されてしまった。

「させ、るかぁああああ!!」

   ―――“ソニックエッジ”

 だが、無理矢理復帰した光輝が飛ばした斬撃により、剣は弾かれる。
 そして、そこでようやくなのはとリニスはそこから飛び退く。

「ちっ。」

「ふっ!」

「ぐ、がはっ!?」

 防がれた事に優輝の偽物は舌打ちし、葵の偽物はとりあえず目の前のクロノを殴る。
 クロノは咄嗟に防御魔法を張り、自身も飛び退くが、それでも大きなダメージを負ってしまった。

「よく耐えたな。だが、今度こそ終わりだ。」

 回避行動も取れず、防御魔法を張る魔力もない。
 そんなクロノ達相手に、偽物たちは魔力を集束させ...。







「させて、たまるかよ!」

 それを阻止するように、巨大な剣が飛来した。













       =優輝side=





「....私が?」

「...ああ。“切り札”を使う時は、頼む。」

「.......優輝さんがそういうなら...。」

 結界へ向かう途中、奏に“頼み事”をしておく。そのための物も持たせた。

「リヒト、結界の解析は.....なに?」

〈...必要...ないですね。〉

 結界に接触する前に解析をして、すぐに突破できるようにするつもりだったが、その必要がなくなってしまった。なぜなら...。

「...外部からの侵入を遮断していない...?」

〈来る者は拒まず...機能としては、脱出と通信を妨害するだけのようです。〉

 やはり...と言った実感があった。
 偽物は、やっぱり詰めが甘い。...いや、態と甘くしていた。

「...いいだろう。それが挑戦とするならば、受けてたとう。」

 どうせ、あちら側も乗り越えてくると想定しているんだろう。
 なら、正面から堂々と行ってやる...!

「結界内に入るぞ!」

 皆に呼びかけると同時に、結界内へと入る。
 すぐさま霊力で式神を飛ばし、公園の様子を確認する。
 魔力でないのは、節約と感付かれないためだ。

「っ....!皆...!父さん、母さん...!」

 そこには、ボロボロになって倒れる皆と、それでも戦い続けている父さんや母さんがいた。

「優輝、状況は...。」

「...皆ボロボロだ。意識を保っているのは、クロノ、なのは、リニスさん、そして父さんと母さんだけ...。他の皆は全員気絶させられ.....気絶?」

 ユーノに聞かれ、答えている途中で疑問に思った。
 式神を通して見た光景は、創造魔法による剣群がそこら中に刺さっていた。
 そんな戦場の中で気絶したとなれば、普通は...。

「....詰めが甘いだけじゃない。これは、もっと決定的な...。」

「...優輝?」

「っ、悪い。とにかく、今言った面子以外は全員気絶している。それに、残りの皆ももう限界だ。...だから、急ぐぞ!」

 ある確信をし、とりあえず剣をさらに加速させて急ぐ。

「僕が突貫するから、皆は他の面子を回収してくれ!その後は、ユーノと奏で守って、椿は葵の偽物を頼む。いいな?」

「ええ。」

「分かったよ。」

「...任せて。」

 三者三様のしっかりとした返事を聞き、ついに現場に辿り着く。
 そこでは、既に僕の偽物がトドメを刺そうとしていた。
 だから...。

「させて、たまるかよ!」

 そのまま、剣を偽物へとぶち込んだ。
 当然、皆は着弾する前に飛び降り、僕も偽物の正面に降り立つ。

「......。」

 放った剣は、当然のように防がれている。
 当然だ。あれは乗り物にするためだけに用意したでかいだけの剣。
 なんの魔法の効果もついていなければ、後から付加させた訳でもない。
 そんな剣では、簡単に防がれてしまう。

「さてと....。」

「.....。」

 無言で僕の偽物は手を翻し、創造した剣を射出する。

     ギギギギィイン!!

「...牽制のつもりか?」

「まさか。挨拶代わりさ。」

 僕ではなく、クロノ達を狙ったその剣群は、僕が投げた御札に込められた霊力が炸裂した事によって全て弾かれる。

「ゆ、優輝....。」

「...悪いクロノ。遅くなった。」

 息も絶え絶えで、魔力もほとんど使い切ったであろうクロノは、そのままユーノに連れられて離れた場所に避難する。
 回復するための魔力結晶を奏に持たせておいたから、少しは回復できるだろう。

「いやはや、待っていたよ。」

「待っていた...まるで、僕が来ないといけないみたいな言い方だな。」

「そりゃあ、そうだよ。だって....。」

 瞬間、先程とは比べ物にならない程の剣群が創造される。
 ...そして、その矛先は全て僕へと向いていた。

「オリジナル程の相手は僕が直接殺さなきゃ安心できないからねっ!!」

 射出された剣が、僕へと殺到する。
 ...葵の偽物が動く気配はない...か。なら...。

「撃ち抜け。“霊砲”!!」

 霊力による砲撃で、殺到する剣群に穴を開ける。
 剣群に穴が開けると、僕は踏み込んでその穴から剣群の範囲外に抜ける。

「ふっ!!」

 抜け出した空中で霊力で足場を作り、それを利用して偽物たちに仕掛ける。
 空中からの霊力を込めた踏み込みは、残念ながら躱され、地面にクレーターを作るだけに収まる。

「....一つ聞かせろ。」

「なんだ?」

 飛び退いた偽物に、僕は問いかける。
 確かめたい事があったからな。

「お前の本当の目的はなんだ。」

「.........。」

 しばらく、沈黙する僕の偽物。
 そして....。

「...いつから気づいた?」

 今まで言ってきた目的は嘘だと、言外にそう言った。

「気づいたのはついさっき。...あまりにも甘い。甘すぎる。」

「....。」

「これだけクロノ達をボロボロにする程の攻撃をしておきながら、“一人も死んでない”。僕の偽物にしては....あまりにも詰めが甘い。いや、殺意がない。」

 つまり、この偽物は()()()()()()()()()()手加減していたのだ。
 ...クロノ達の面子を相手に、それをする余裕があるのも驚きだがな。

「....くくっ....ははは....!ようやく気付いたか...!」

「ああ。僕の記憶をコピーしただけあって、全然気づけなかった。」

 元より、こいつは緋雪の蘇生は目的じゃない。
 おまけに、僕らに対する殺意もない。

「...それで、本当の目的はなんだ?」

「...さぁ?こればかりは教えられないな。」

 肩を竦めてそういう偽物。
 ...あぁ、なるほど。至極単純な事って訳か。

「....力尽くで、聞き出せと?」

「そういう....事だ!」

 瞬間、創造した剣を射出すると同時に、僕と葵の偽物は駆けだす。

「椿!」

「心得てるわ!」

     ギギィイン!ギギギギギギィイン!!

 偽物二人の攻撃を御札から取り出した棍で逸らし、創造された剣は全て椿が撃ち落とす。

「シッ!」

「はぁっ!」

 すぐに棍を回し、僕の偽物へと振る。
 葵の偽物に対し無防備になるが、そちらは椿が縮地の要領で接近し、掌底を放つ。

     ドンッ!!

「っ....ふぅ...!」

「っ...!重い...なぁ...!」

「あんたの相手は....私よ...!」

 その掌底は片手で受け止められるが、大きく後退する。
 僕らとの距離も離れたし、あちらは任せていいだろう。

「はぁっ!」

「っ...!」

 突き、払い、振り回して近づけさせない。例え接近されても蹴りや拳を放つ。

「“創造(シェプフング)”!」

「甘い!」

 創造された剣は、魔力結晶を使って同じ剣を創造して相殺する。

     ギィイイン!!

「っ...!何...!?どこにこんな力が...!?」

「ははっ...!お前は記憶を読み取っただけだから知らないだろうが...僕にはリミッターがかかっていたんだよ!」

 鍔迫り合いになり、僕が力で押す。
 押された事に偽物は大いに驚いた。

「リミッター...だと?だが、そんなのはオリジナルの記憶には...!」

「ああ。一切ないだろうな!何せ、ついさっきまで僕も知らなかった事だ!」

 無意識下のリミッター...それは僕も緋雪の残留思念に教えられるまで知らなかった。
 記憶になければ、偽物は再現できないんだな...!

「っ、ぜぁっ!」

「ぐっ...!」

 そのまま押し切り、蹴りを放って吹き飛ばす。
 手応えはあったものの、防がれたか...。

「はぁっ!」

「なっ!?くぅ...っ!?」

 暴風が吹き荒れ、葵の偽物が吹き飛ぶのが見える。
 大方、椿が“旋風地獄”で怯ませ、掌底で吹き飛ばしたのだろう。





「「...さぁ、今こそ...決着の時!!」」









 
 

 
後書き
解析(アナリーズ)…第31話にも登場した解析魔法。優輝の持ち前の解析能力を生かし、相手の魔法の構造を瞬時に解析する。おまけに、それを模倣する事も可能。由来は“解析”のドイツ語。

創糸地獄…創造した糸を対象に絡め、多方向から引っ張る事によって切り裂く魔法。...色々とえげつない。分身を併用して使うとやりやすく、味方が多いときはあまり使えない。

霊砲…文字通り霊力による砲撃。単純且つ高威力。

旋風地獄…文面のみ登場した術。かくりよの門では風属性依存の全体攻撃。
 風車の上位互換のようなもので、広範囲の風の刃を飛ばす。
 強い風も発生でき、今回は暴風を巻き起こして偽物を怯ませていた。

偽物が何がしたいのか作者にも分からなくなってきた...。
傍から見たら何がしたいのやら...。
一応、ちゃんとした目的はあります。知った所でなんでこんな遠回しなんだって話ですが。 

 

第77話「VS偽物」

 
前書き
前回ラストで押しているように見えましたが、実際は優輝達の方が弱いです。
おまけに不利な状況です。(ジュエルシード戦後で万全ではない)
ただし、リミッターが外れた事によって技術においては優輝は偽物を上回ります。
 

 






       =out side=







「....もういいの?」

「うん。もう行かなくちゃ。きっと、戦いは既に始まってる。」

 八束神社にて、そんな会話が交わされる。

「くぅ....。」

「...手伝えないのは、悔しいけど...。」

「...一定以上自衛できないと、多分戦場に立つことすら難しいからね...。仕方ないと思うよ。」

 臨海公園の方を見据え、身に纏う衣装がボロボロな少女が言う。

「だから、無事に解決するのを信じてて。信じられるっていうのは、式姫(あたし達)にとって力にもなるから。...大丈夫、あたし達は負けない。」

「...でも、まだ傷が...!」

 衣服だけじゃない。少女は未だに体に傷が残っている。
 戦闘自体は可能だが、それでも万全ではない。

「銀の効果が解けただけでいいよ。これぐらいの傷なら、向かっている内に治る。」

「そう...なの?」

「だって、あたしは吸血鬼だもん。再生能力なら、人一倍だよ!」

 一定まで治してくれた巫女に対し、少女は笑う。

「...じゃあ、行ってくるよ。事情を知っている人に何か聞かれたら、上手く説明しておいてくれると助かるかな。」

「......頑張ってね。」

「任せてよ!」

 そう言って、少女は飛び立った。

「何もできない...っていうのは、やっぱり悔しいなぁ...。...それに、あの子は違うけど、ほとんどが私より年下なんだよね...。」

「くぅ....。」

 残された巫女と子狐は、飛び立った少女を見つめながら、そう呟いた。

















「っ!」

 優輝を囲うようにいくつもの剣が創造される。

「打ち崩せ!」

 すかさず優輝は一つの魔力結晶を取り出し、その魔力で同じく剣を大量に創造、包囲していた剣を相殺して撃ち落とす。

「っぁ!」

     ギィイイン!!

 一息つく暇もなく、吹き飛ばした所から偽物が斬りかかってくる。
 それを優輝は棍で受け流すように防ぎ、そのまま棍を回転させて反対の端で叩く。

     ギャリィッ!

「甘い!」

「それはどうかな!」

 しかし、それは防御魔法で逸らされ、反撃の一撃が棍では防げない位置から迫る。
 だが、優輝は棍を双剣へと“創り替え”、逸らす。

「何っ!?」

「驚くフリをしてる暇があったら...。」

     ギギギギギィイン!

「もう少しカモフラージュするんだな。」

 あっさりと凌がれた事に驚く偽物だが、それは見せかけだった。
 不意を狙って創造した剣を射出するが、先程と同じ手口で優輝は相殺する。

「はっ...!言ってろ...!」

「はぁっ!」

 偽物も武器を双剣に変え、怒涛の剣戟を繰り広げる。
 斬り、防ぎ、払い、受け流し、弾く。
 また、互いに不意を狙って射出される武器群がお互い相殺され続ける。

 あまりに激しい攻防だが、それでも二人に傷は一つもない。

「(...埒が明かないな。このままだとこちらが不利....か。)」

 斬り合う中、状況を解析した優輝がそんな結論を出す。
 そして、すぐさま動きを変える。

「はっ!」

   ―――“霊撃”

 二刀の刃が互いにぶつかり合った瞬間、優輝は霊力を放出して間合いを取る。
 すぐさま、優輝は武器を双剣から槍へと“創り替える”。

「“Anhalt auf(アンハルト・アウフ)”...!」

 優輝は、ある青い槍兵を思い浮かべる。
 それは、ただアニメ上での存在と動きでしかないが、それで充分だった。

「っ、く...!」

「は、ぁっ!」

 一息で偽物へと接近し、超高速の突きを連続で放つ。
 導王流・弐ノ型を織り交ぜたその突きは、導王流で受け流す事も難しく、偽物は逸らす事に専念していた。

「ぜぁっ!」

     ギィイイン!!

「ぐ...!調子に乗るな!」

 渾身の一突きが偽物の二刀を捉え、偽物は大きく後退する。
 しかし、その間に射出された剣が優輝を襲う。

「っ...!」

     ギギギギィイン!

 払い、回し、弾く。
 長く、小回りが利かない槍を器用に扱い、剣を全て弾く。

「はっ!」

「っ、ぐっ...!」

 しかし、それは悪手だった。
 背後に短距離転移され、長剣に武器を変えた偽物に斬りかかられる。
 咄嗟に槍を盾にして防ぐも、横に大きく吹き飛ばされてしまう。
 例え基本身体能力が偽物に勝っていても、魔力による強化で簡単に覆された。

     ドドドォオン!

「吹き飛べ!」

「ぐ、ぁあっ!?」

 吹き飛ばされた先に剣が射出され、優輝はそれを上に跳んで躱す。
 しかし、そこへ偽物の攻撃が叩きつけられ、威力を受け流すも吹き飛ばされる。

「ちっ...!」

「遅い!」

 崩れた体勢を立て直すために魔力で足場を作り、宙を駆ける。
 だが、身体強化によって速くなった偽物は、追いついて追撃を仕掛けてくる。

「ぐぅ...!」

「ぜぁっ!」

 魔力に物を言わせた身体強化に加え、導王流を無効化する導王流の動き。
 その二つが合わさり、優輝は再び大きく吹き飛ばされる。
 咄嗟に槍から長剣に創り替え、受け流そうとしても無意味だった。

「さぁ、これはどうする?」

 吹き飛ばされた所に、優輝では不可能な量の創造された剣が叩き込まれる。
 魔力源がジュエルシードだからこそできる物量だ。

「“扇技・護法障壁”!!」

 大量の剣を、優輝は霊力による障壁で防ぐ。
 物質化しているとはいえ、魔力でできた剣なので、圧倒的な剣群を凌ぎきる。

「“模倣(ナーハアームング):セイント・エクスプロージョン”!!」

「っ.....!!」

 だが、凌ぎきった所に、魔法陣が足元に展開し、爆発する。
 それを咄嗟に短距離転移で躱すが...。

「っ、バインドか...!」

 どれか一つにはかかるように、バインドが張り巡らされており、それに引っかかる。
 すぐに解析して解けるとはいえ、それが通じるのは他の者との戦い。
 一瞬の隙も見逃さない偽物のような相手にはその一瞬が命取りだった。

「“アォフブリッツェン”!!」

 一瞬で偽物は間合いを詰め、十八番の技を放ってくる。
 回避は不可能、防御魔法で防ぐしかない状況だが...。

「...はっ。」

「っ!?」

 優輝はそれを薄く笑った後、()()()()()()()()()()長剣ではなくシャルで防いだ。
 シャルには魔力が込められ、炎を纏って一閃を防げるようにしてある。

「なっ....!?この力は...!?」

「“Anhalt auf(アンハルト・アウフ)”...!誰を参考にしたかは、僕の記憶を持っているお前ならば、よくわかるだろう...!」

「緋雪の力....!」

 そう。優輝は緋雪の力をその身に宿し、バインドを無理矢理破壊しつつ、そのまま炎剣を以って攻撃を防いだ。

「緋雪の力と僕の導王流...その無駄にある魔力で凌いでみなっ!!」

「ぐぅ....っ!?」

 さらに魔力が込められ、力で押し切るように偽物を弾き飛ばす。
 だが、創造された剣群が優輝を襲う。

「...爆ぜろ!」

 しかし、それは優輝の魔力を起爆剤とした魔力結晶による爆発で弾け飛ぶ。

「ぜぁっ!!」

「舐めるな...!!」

     ッギィイイイイイイン!!!

 さらに身体強化をした偽物の長剣と、優輝のシャルがぶつかり合う。
 力は拮抗し、鍔迫り合いへと持ち込まれる。

     ギャリィイッ...!

「はっ!」

「っ!」

     パキィイン!

 鍔迫り合う剣を横へと押し込み、優輝は回し蹴りを放つ。
 それを偽物は咄嗟に防御魔法で防ぐが、一撃で割られる。

「ちっ!」

「っ!爆ぜろ!」

 ギリギリで凌いだ偽物は飛び退き、剣群を優輝に差し向ける。
 だが、それは優輝が放った魔力の衝撃波で吹き飛ばされた。

「何...!?」

「はぁっ!」

 しかし、さすがに同じ手を使った訳ではない。
 弾かれた剣の内、二振りの剣が再び優輝へと向かう。
 同時に、偽物も再び斬りかかり、三方向からの攻撃を防ぐ事になる。

     ギギギィイン!

「これ、は...!」

「疑似三刀流...凌いでみろ...!」

 同じく創造した二振りの剣で二刀を受け、偽物からの剣は直接シャルで受け止める。
 創造した剣を操作し、まるで三人で攻撃するように優輝を攻撃する。

「(包囲された状態...力が互角なら、ここから離脱しなければ...。)」

 縦横無尽に振るわれる二刀と直接の攻撃を凌ぎながら優輝はそう思考する。
 そして、すぐさま行動に移す。

     ギギギィイン!

「逃がさん!」

「っ!」

 もう一刀創造し、一瞬だけ三方向全ての攻撃を止める。
 その一瞬を利用し、上に飛び上がる。

 しかし、その動きは予想されていたのか、大量の武器群が優輝を襲う。

「ちっ!」

「はっ!」

 それを魔力結晶の爆発で防ぎ、背後からの強襲も防ぐ。

「圧殺!」

「な...ぐぅっ!?」

 しかし、自身ごと掛けられた重力魔法により、地面へと叩きつけられてしまう。

「っ、そのためにわかりやすい上を...!」

「その通り...!押し潰れろ...!」

 優輝にとって、先程攻防の後で上を取るというのは、常套手段だった。
 なのに、敢えて偽物がその行動を取ったため、重力魔法に掛かってしまったのだ。

「はぁっ!」

「っ...!」

 さらに一際魔力が込められ、優輝は地面にめり込むように押し込まれる。
 その瞬間に偽物は飛び退き、そこへ創造した剣が殺到する。

     ドドドドドォオオオン!!

「...耐えたか。」

「は、ぁ....!」

 剣に込められた魔力が爆発するが、優輝は“アイギス”で耐えていた。
 爆発と重力魔法で出来たクレーターから飛び出し、間合いを離して息を整える。

「(...一手でも間違えれば負けるのは必至。...だけど、それは相手も同じだ。)」

 まだまだ死闘は続くだろうと思い、仕切りなおされた戦闘を再開した。









 一方、椿と葵の偽物は...。

「はぁっ!」

「っ...!」

     キキキキキィイン!

「ふっ!」

「っ!」

     パシィイッ!

 レイピアの連撃を短刀で凌ぎ、一瞬の隙を突いて掌底を繰り出す。
 しかし、その掌底は渾身の霊力は込められていないため、受け止められる。

「くっ...!」

「っと。」

 すぐさま御札を袖から落とし、発生させた風の刃で後ろに下がらせる。

「っ....!」

「へぇ...!」

     キキキキィイン!

 間髪入れずに椿は間合いを詰め、短刀を振るって偽物を攻め立てる。
 しかし、そのどれもがリーチの差で防がれてしまう。

「(やっぱり、まともに攻撃しても通じない...!)」

「....そろそろ、本気で行くよ。」

「っ!」

     ギィイン!!

 静かに偽物がそう言った直後、振るわれたレイピアの一撃で椿は後退する。

「(しまっ...!)」

「“呪黒剣”。」

 後退し、間合いが開いた瞬間、椿はその場から飛び退く。
 瞬間、連続で黒い剣が地面から現れ、次々と椿を襲う。

「くっ...!」

 ユニゾンしなければ飛べない椿ならば、このまま偽物からの攻撃も来て厄介極まりなかった...が、今はシュラインを所持しているため、魔力の足場を跳んで上空へと回避した。

     ギギギィイン!

「っ...!優輝みたいな事を...!」

「はぁっ!」

「くっ!」

 そこへ複数のレイピアが殺到し、咄嗟に短刀で全て逸らす。
 その間に蝙蝠となって背後に回った偽物がレイピアを振るい、椿は屈んでそれを躱す。

「“弓技・三瞬矢”!」

 飛び退き、間合いを取りつつ神速の三連撃の矢を放つ。

「っ、らぁっ!」

     ギギギィイン!

 しかし、それは渾身の力で振るわれたレイピアにより弾かれてしまう。
 だが、それによって間合いを離す事はできた。

「(接近戦に持ち込まれれば私に勝ち目はない。なら、遠近を合わせた戦法で...!)」

 短刀を右手の小指と薬指で持ちながら、何度も矢を放つ。
 短刀と弓矢を同時に扱う事で、遠近両方の攻撃をこなせるようにする。

「はっ!」

「甘い!」

 繰り出される矢、それを弾きながら接近しようとする偽物。
 しかし、椿も常に距離を取るように動いているため、鼬ごっことなっている。

「あたしだって、遠距離の手段はある!」

「っ!」

     ギギギギィイン!

 放たれた矢が、射出されたレイピアによって相殺される。
 弾け飛ぶ矢の霊力とレイピアの魔力が晴れた時、偽物の姿はそこから消えていた。

「っ...!」

「はぁっ!」

     ギィイイン!!

 背後からの殺気に気づき、振り向きざまに短刀を振るう。
 そこへちょうどレイピアが振るわれ、椿は大きく後退する。

「(遠距離攻撃を適格に潰してきた...!なら...!)」

 再び矢を放ち、先程と同じようにレイピアに相殺される。
 そして、またもやそこから偽物の姿は消え...。

「“霊縛呪”!」

「っ!」

 背後からは読まれると思い、横から蝙蝠が集まって現れた偽物が攻撃を放つ。
 しかし、それも読んでいた椿の術式により、レイピアを持つ腕が止められる。

「シッ!」

「く...!」

 拘束が魔力で無理矢理破壊されると同時に、椿の短刀による袈裟切りが決まる。
 肩からばっさりと斬られた偽物だが...。

「残念ながら、その程度の攻撃は無意味だよ。」

「...厄介ね。」

 あっさりと再生して回復され、徒労に終わる。

「(倒すには再生も無意味な一撃必殺が妥当ね...。でも...。)」

     ギギギギィイン!

 風切り音と共に放たれる矢は、全て弾かれる。

「(身体強化魔法...偽物とはいえ、葵なら使えて当然か...。)」

 吸血鬼の力に加え、身体強化魔法によって強化された偽物の力は、容易く椿の矢を弾いてしまう。

「(加え...。)」

「こっちの番だよ!」

     ギィン!ギギギィイン!!ギギィイン!

「(レイピアの投擲による遠距離攻撃ね...!)」

 反撃として放たれたレイピアを、躱し、短刀で逸らす。
 それだけで椿は後退する程の衝撃を受ける。

「(近接戦は元より圧倒的不利。遠距離もこれじゃあ...。)」

 元々、偽物も含め葵は遠距離攻撃が効きづらい。
 式姫として椿と共にあった時から、何度も椿の矢を受け、その度に蝙蝠となって回避しているため、遠距離攻撃はほぼ反射的に回避されてしまうのだ。

「第一、例え当たっても致命打にはならないわね...!」

 霊術によるトラップを仕掛け、それを利用して矢を命中させるも、確実に致命傷となる位置だけは躱されていた。

「(私が勝つには、術を上手く利用するしかない...!)」

 霊力を練り、レイピアを飛び退いて躱してから斬りかかる。

     キィン!

「っ...!“神撃(しんげき)”!!」

「っ、“闇撃(あんげき)”!」

 繰り出された突きをギリギリで逸らし、魔を祓う霊力を叩き込む。
 偽物もそれに対抗し、闇属性の魔力をぶつけてくる。

     バチィイッ!!

「っ...!」

「(今...!)“弓技・閃矢”!!」

 相性の差で、僅かに偽物が怯む。
 すかさず椿は反動で後退しつつ、矢を放つ。

「躱された...!」

 だが、それは蝙蝠になる事で躱されてしまう。
 それを見た椿は、すぐに袖や懐から御札を多数取り出す。

「“戦技・四竜裂斬”!!」

「“神槍”!!」

 上からの四連撃に対し、霊力の槍を御札を利用して繰り出す。
 槍は全て切り裂かれてしまうが、何とか椿が回避する隙は作り出せた。

「くっ...!」

「は、ぁっ!」

     ギギギギィイン!

 連続で矢を放つが、それらは一息に弾かれる。
 数で攻め、何とか当たりそうになった所で...蝙蝠となって躱される。

「シッ!」

「はぁっ!」

 再び実体となって振るわれたレイピアを紙一重で躱し、短刀で反撃を繰り出す。
 しかし、身体強化魔法で偽物の方が一手早く、返すレイピアで防がれる。

「くぅ...!」

「遅い!」

 魔力の足場を蹴って、偽物の周りを回るように斬りかかるが、悉く防がれる。
 それどころか、徐々に椿を押していく。

「っ、“霊撃”!!」

 苦し紛れに放った衝撃波で間合いを取り、さらに偽物から距離を取る。

「この....!」

「甘いよ!」

 距離を取りつつ放った矢は、全て同じように射出されたレイピアで相殺される。
 だが、それは距離を取る際に牽制として放っただけで、当たるとは思っていなかった。
 だから、椿も相殺は予想済みだったが...。

「っ!?」

「...ふふ。」

 咄嗟に魔力の足場を蹴って横に飛び退く。
 寸前までいた場所を闇色の砲撃が通り過ぎ、偽物は薄く笑った。

「(...忘れてたわ...!ユニゾンデバイスになった葵は、ミッドチルダの魔法も使える...!それは、偽物でも同じ...!)」

 油断していたと自らを叱責する椿に、さらに魔力弾が襲い掛かる。

「くっ...!」

「はぁあっ!!」

 短刀で切り裂き、足場を蹴って躱す。
 しかし、躱した先に偽物がレイピアを振りかぶってきて...。

     ッギィイイイイン!!

「っ、ぁああっ!?」

 椿を短刀による防御の上から吹き飛ばした。
 椿もただでやられた訳でなく、自ら飛び退き、すぐさま体勢を立て直して地面に叩きつけられる事は防いだ。

「(力を重点に置いた身体強化...!これじゃあ...!)」

 何とか着地した後、受けたダメージで一瞬怯む。
 その間に偽物は特大の魔力弾を放ち、それに追従するように椿に肉迫する。

「っ....!」

 ダメージは必至と確信した椿は、とにかく魔力弾を凌ごうと短刀に霊力を込め...。





「“極刀・八幡弐刀”!!」

     ザンッ!ドスッ...!

 上から降ってきた何者かによって、魔力弾は切り裂かれた。
 さらに、偽物のレイピアを自分の手を犠牲にして受け止める。

「なっ....!?」

「嘘....。」

 その人物に対し、椿も偽物も驚きを隠せなかった。
 なぜなら...。

「....待たせたね。かやちゃん...!」

 いなくなっていたはずの、葵本人だったからだ。

「葵....?」

「そうだよ。正真正銘、本物のあたしだ...よっ!」

 葵はレイピアの刺さっている手に力を込め、レイピアが抜けないようにしてから霊力を放ち、偽物を吹き飛ばす。

「...一応聞くけど、あの葵の偽物は...。」

「優ちゃんのと同じで、ジュエルシードを核にしているよ。あたしを元にして優ちゃんの偽物が作っているのを見たから。...多分、あっちも一つジュエルシードを手に入れてたんだと思う。」

「なるほどね...。」

 考えれば辻褄が合う事である。
 一人の人物をそのままコピーするには、何かしらの動力源となるものが必要になる。
 生半可なものでは無理なため、考えられる物として妥当なのがジュエルシードだ。

「なぜ...!?あの時、確かに戦闘不能にまで追い込んだはず...!再生もできないように、銀の武器で確かに...!」

「...そうだね。確かに、あたしは死にそうで死なない状態で山に捨てられた。だけど、わかってたでしょ?...あそこの神社には、親切な巫女さんがいるって!」

「っ....!」

 葵は、那美に傷を治してもらい、自分の霊力で銀の効果を打ち消した。
 そのおかげもあって、ここに辿り着くまでには戦闘可能にまで回復していた。

「詰めが甘いよね。ホント。...でも、仕方ないか。だって、二人は...。」

「その先は言わないでよ。...例え予想通りでも、あたしがここで立ち塞がるのには何の変わりもない。かやちゃんも、知りたければあたしを倒しなよ!」

 “真実”となる事を言おうとする葵を、偽物は遮る。

「...そういう事みたいだよ。」

「単純ね。まぁ、分かりやすいわ。」

 椿は一息吐き...刹那、すぐさま矢を番えて放つ。

「っ!」

     ギィン!

「葵が無事だったっていう事もわかったし、容赦なく倒してあげる。」

「っ...!そうこなくちゃ...!」

 偽物は咄嗟にその矢を弾き、それを切欠に戦闘が再開される。

「葵!」

「いつものだね!」

 斬りかかる偽物に対し、葵が前に出てレイピアによる剣戟を繰り広げる。
 しかし、今の葵は片腕を負傷している。それでは霊力以外のスペックで勝る偽物に徐々に押されていく。

「切り裂け...“風車”!」

「っ...!」

 だが、そこは椿からの援護で飛び退かせ、事なきを得る。

「“呪黒剣”!」

「避けて!」

「っ!」

 飛び退いた偽物はそのままレイピアを地面に突き刺し、黒い剣を出現させる。
 椿は上空に、葵は蝙蝠となる事で、それを避ける。

「ふっ!」

「はぁっ!」

 葵は偽物の上で実体化し、落下に合わせて剣撃を放つ。
 それを迎え撃つように偽物もレイピアを振るう。

     ギギギギギギィイン!

「っ...!(さすがに、出力は偽物が上...!)」

 有利な位置から仕掛けても、全く押し切れない。
 それどころか、魔力弾を放つ余裕もあるらしく、椿はそれを相殺する事に専念している。
 ジュエルシードが核だからこそ、椿と葵の二人を以ってしても倒しきれない...。
 だが...。

「(...でも、それは...!)」



   ―――あたし達の本気を、開放してない範囲での話...!



「っ!?」

     ッ、ギィイイン!!

 葵の一閃が、偽物のレイピアを砕き、後退させる。

「っ、なんで、ここまでの力が...!?」

「....霊脈。あたしの記憶もコピーしているのなら、わかるでしょ?」

「それ、は....。」

 見れば、葵の片手にあった傷は既に癒えている。
 闇の書の姿の暴走体と戦っていた椿の体も、だいぶ癒えていた。

「....へぇ、優ちゃんの偽物とは違うんだ。あたしの記憶をコピーした訳じゃないんだね。」

「それが、どういう...!」

     ギィイイン!!

 戸惑う偽物に、葵は一瞬で肉迫し、偽物が咄嗟に取り出したレイピアと鍔迫り合う。

「....霊脈にパスを繋いだあたし達の本気、まだ優ちゃんは知らない。それどころか、式姫としてのあたし達の本領を、皆はまだ知らない。」

「っ....!?」

「...まだ、わからないのかしら?」

 徐々にレイピアが押され、横合いから飛んできた矢を咄嗟に躱す。
 瞬間、仕掛けられていた霊力の術に囚われ、拘束される。

「私たちは、優輝に出会って以来、未だ本当の全力を出していないという事よ!!」

「くっ....!」

 放たれる神速の矢。それを偽物は蝙蝠になる事で何とか躱す。

「...そしてもちろん、これもまだ全力じゃない。」

     ギィイイン!

「ぐぅ....!」

「いや、今の時代だと、どうしても本気は出せないんだよね。」

 実体化した所に葵が接近し、再び斬りかかる。オリジナルだからこそできた先読みだ。
 そして、それを受けた偽物は、吹き飛ばされるように後退した。

「...妖という存在があまり信じられなくなった今の時代だと、妖は力を保てない。そして、近い存在である式姫のあたし達もまた、力を失っている。」

「けど、実際に存在した者。未だにここに実在している。霊脈も陰陽師も式姫も、形を変えて現代にもちゃんと残っている。」

 苦し紛れに偽物は魔力弾や砲撃魔法を放つ。
 だが、それらは全てレイピアや矢に打ち消されてしまう。

「...だから、ちょっとした小細工を使えば、あたし達は全盛期の力に近づける。」

「その一つが、霊脈ね。」

 ちなみに、椿が暴走体に苦戦したのは一重に空中戦だからである。
 また、葵が霊脈の力を持ってきた事で、椿と霊脈との繋がりも強くなったからである。
 決して霊脈とパスを繋いでいたのを忘れた訳ではない。決して。

「....なるほど...ね。」

「終わりだよ。あたしの偽物。」

 レイピアを支えに立つ偽物に対し、葵がそう告げる。
 既に勝敗は見え、椿と葵も一切油断していない。....だが...。

「...あはは、あたしが偽物とはいえ、ただで終わると思う!?」

「っ...!かやちゃん!!」

 瞬間、偽物から高エネルギーの魔力を感知し、葵は椿を庇うように立つ。

「かやちゃんは障壁を!あたしが耐えきる!」

「分かったわ!」

   ―――“扇技・護法障壁”
   ―――“龍魂(りゅうこん)

 そして、偽物を中心として魔力の大爆発が起きた。









「っ....どう...なった...?」

「くっ...煙でよく見えないわ...。」

 爆発が治まり、耐え抜いた二人は状況を確認する。

「偽物は...いない!?」

「ジュエルシードもないわ...!」

 煙が晴れ、偽物がいた所には...何もなかった。
 偽物の姿はもちろん、ジュエルシードさえも。

「(殺気も魔力も感じない...確かに、あれは自爆だったはず...。)」

 自爆で自分たちを巻き込むつもりだったのだろうと、葵は読んでいた。
 なお、その爆発も結局力の一端を開放した二人には耐えきられたが。

 ...だからこそ、そこに残るはずのジュエルシードが見当たらない事が引っかかった。









 
 

 
後書き
Anhalt auf(アンハルト・アウフ)…想像した人物などの速度、力などになぞらえて自身の身体能力を強化する魔法。Fateの憑依経験に近い。名前はトレース・オンをドイツ語にしたもの。

弓技・三瞬矢…かくりよの門...ではなく、スマホにある姉妹作であるうつしよの帳の技。
 ゲームでは文字通り三連撃だが、この小説では瞬矢の三連撃を最適化したような技。
 威力、速度、精密度が瞬矢での三連撃を上回る。

神撃…聖属性依存の術。この小説では闇特効の技。ちなみに霊撃より威力が高い。

闇撃…呪属性依存の術。この小説では神撃の対となる技。

神槍…神撃の全体バージョン。小説では霊力の槍を射出する。

極刀・八幡弐刀…防御無視の二連撃か、味方のHP回復&敵視上昇の二種類の効果を持つ技。
 小説では、渾身の二閃を放った後、込められた魔力or霊力によって周りの者を回復させる事ができる技。二閃の威力も高い。

龍魂…かくりよの門ではHPを一時的に増やす術。
 この小説では、龍の如き霊力or魔力を纏い、攻撃に耐えれるようにする技。

明かされる椿たちの真実...!
...まぁ、後付け設定です。(個人的にまだ弱いなぁと思ってしまったので。)
ちなみに最後の自爆はなのは並の魔導師でも咄嗟には防御の上からでも堕とされる威力です。 

 

第78話「終わらない戦い」

 
前書き
中々終わらないなぁ、この戦い...。(自業自得)
まだ司戦が控えているんですよね。
 

 






       =out side=









「(....なに....これ.....?)」

 暗い、暗い闇の中。何かに纏わりつかれるような感覚に、司は動揺する。

「(知らない...こんなの、知らない...!)」

 ....それは、“負”。
 悲しみ。後悔。怒り。憎しみ。様々な“負の感情”を織り交ぜた“ナニカ”だった。

「(嫌...嫌...!嫌ぁ...!!)」

 どんどん纏わりついて行く“闇”に、司はもがき苦しむ。

「(もう皆を不幸な目に遭わせたく...ない..のに.....。)」

 意識が薄れていく司の脳裏に、優輝の顔が浮かぶ。

「(....優輝...君...。)」

 それは、助けを求めてかは司にはわからない。
 だが、司はただ大切な親友の事を想い続けた....。







   ―――....残された時間は、そう長くはない...。

















       =優輝side=









 ....そこは、一つの地獄と化していた。
 辺りにはいくつもの剣や槍といった武器の残骸が広がっている。
 ただ弾かれ、地面に刺さっただけなものもあり、まさに戦場のようだった。

「っ....!」

 偽物が僕に対し大量の剣を展開する。どれも大きく、簡単には逸らせないものだ。
 それを見て、僕もすかさず魔力結晶の魔力を使い...。

「“創造開始(シェプフング・アンファング)”....!」

     ギギギギギギギィイン!!

 全く同じ数、種類の剣を創造し、相殺する。
 その間にも僕は走り、偽物との距離を詰める。

「....先ほどから同じだな。分かっているはずだ。それでは押し切れないと。」

「っ....!」

 偽物が、離れた所から僕にそう言ってくる。

 ...そう。先程からこれの繰り返しだ。
 ほぼ無制限の魔力による、圧倒的物量での蹂躙。
 一度距離が離れてから、ずっとそれが続いている。
 僕も何度も創造魔法で対抗しているが、距離は一向に縮めれない。
 短距離転移をしても、偽物は距離を保つのを優先にしているのか、僕の攻撃を凌ぎつつ距離を取られてしまう。

「それぐらい...わかっているさ...!」

 再び展開される武器群。同じく僕も創造し、相殺し続ける。
 リンカーコアの代わりに使っている魔力結晶も、既に50個を切った。

「(このままでは魔力結晶が尽きるか、僕が力尽きるだけ!突破口は...。)」

     ギギギギギギギギギィイン!!

 もう一度一気に相殺し、間合いを詰めるために一歩大きく踏み込む。

「(前だけ!!)」

〈“Lævateinn(レーヴァテイン)”〉

 相殺しきれなかった剣を、リヒトで薙ぎ払いながら突っ込む。
 だが、ただ突っ込むだけでは意味がない。
 偽物もトラップを大量に用意しているだろう。だから...。

「全て、薙ぎ払う!!」

「なに...!?」

 煌く10個の魔力結晶。僕十人分の魔力全てを使って、術式を発動させる。
 グリモワールに載っていたその大魔法は、辺りを極光に染め上げる...!



   ―――“Komm,Nova(コム・ノヴァ)”-来たれ、新星よ-

 

 ....刹那、周囲が極光に埋め尽くされた。







     ッ、ギィイイン!!

「気づかれたか...!」

「っ....!」

 未だ閃光が治まらない中、偽物が僕に斬りかかってくる。
 魔力結晶での術の行使だったため、僕も魔法の反動なしに受け止める。

「やはり、幻術魔法...!」

「ああそうさ...!さっきまであそこにいたのは、ただの幻影...!」

 そう。ずっと僕を見下ろすように佇んでいた偽物は、幻術魔法による幻だった。
 だけど、斬りかかってくる偽物の姿はボロボロだった。...僕もだけどね。

 大方、さっきの魔法の余波を咄嗟に防いでから転移して攻撃してきたのだろう。
 ちなみに、僕がボロボロなのは魔法の威力の反動だ。

「驚いたな...!僕でさえ、余波だけでだいぶ魔力を削られた...!」

「へぇ...そりゃ、いいこと聞いた...なっ!!」

 瞬間的に力を強化し、一気に押し切る。
 さらにもう一度瞬間的に、今度は速さを強化し、背後に回り込む。

「っ!」

「ぜぁっ!」

     ギギギギィイン!!

 回り込む際にも斬りかかり、偽物を中心に弧を描くように斬りかかりながら動く。

「一度張りつけば...こっちのものだ...!」

「くっ...!」

 瞬間的な身体強化魔法は、魔力結晶を通していない、僕自身の魔力だ。
 やはり、魔力結晶を使わない自分の魔力の方が扱いやすいようで、身体強化魔法もいつもより上手く行使でき、効果も大きかった。

「畳みかける!」

「舐める...なぁっ!」

     ギギギギギギギィイン!!

 閃光が治まっていく中、僕と偽物は創造魔法による双剣で斬り合う。
 互いに導王流を用い、受け流し、反撃し、攻撃を誘導して攻防を繰り広げる。
 それだけなら、ただの千日手になるだけだろう。
 ...だが、今の僕は一味違う。無意識にかけていたリミッターが外れた今、頭は冴えわたり、いつもの僕の一歩先を行く....!!

「そこだ!」

「っ!?」

   ―――“導王流二ノ型、流貫”

 瞬間的な身体強化で一瞬だけ導王流の動きを乱し、それにより生じた隙を突く。
 偽物の右の剣は弾かれ、左の剣は僕の右の剣で受け流され、そして僕の左の剣が貫いた。

「ぐ...ぅぁあああああっ!!」

「っ!」

 会心の一撃が決まった瞬間、偽物は魔力の衝撃波を放つ。
 ...だが、威力は少ない。やはり魔力をだいぶ使ったのだろう。
 僕はむしろその衝撃波を利用して間合いを取る。

「まだだ...!まだ、終わらない...!」

「....!」

 次々と繰り出される剣群。
 それらを飛び退き、逸らし、受け流して回避や防御で凌ぐ。

「ぁぁあああああ.....!!」

「なっ....!?」

 唸るような雄叫びと共に、偽物の周囲にこれでもかと言う量の武器が創造される。
 それは、文字通り埋め尽くすようだった。

「凌いで...みろ!」

 そして、それが一斉に射出された。
 無数とも見間違えそうなその武器群。防御は不可能。回避も難しいだろう。
 短距離転移による射程範囲外への離脱は予想されているだろう。よってこれも却下。

 ...なら....。

「(迎撃、あるのみ...!)」

 シャルを構え、炎剣状態にして武器の海へと突っ込む。

「シャル!カートリッジロード!!」

Explosion(エクスプロズィオーン).〉

 カートリッジが一気に三つロードされ、僕に魔力が漲る。
 そして、目の前の武器群を見る...!

「(幸い、弾いた武器が他の武器にぶつかる程所狭しとなっているな...。)」

 その間の思考時間、僅か0.01秒。
 ほぼ本能的に目の前の光景をどういうものか理解し、術式を練り上げる。

「(つまり、これは....大したものではない!!)」

 そう確信した僕は、その術式をシャルに込め、そのまま飛んできた一つの剣を弾いた。

   ―――“Kettenreaktion(ケテンレアクツィオーン)

     ギィン!ギギギギギギギギギギギギィイン!!

 けたたましい金属音が、僕の耳に届く。
 それが止んだ時には、目の前には落とされた武器の山があった。

「なっ...!?馬鹿な....!?」

「大量すぎたのが、仇になったな...!」

 起こした事は、そこまで難しい事ではない。
 弾いた武器が他の武器にぶつかる。...その性質を利用しただけに過ぎない。
 つまり、お互いを弾き合って僕に被害が来ないようにしたのだ。

「終わりだ!!」

「っ..!」

     ギィイイン!!

 動揺する偽物に対し、シャルを振りかぶる。
 辛うじて防御魔法で逸らされたが、攻撃の瞬間に力を強化していたため、そのまま偽物は吹き飛ばされる。

「リヒト!」

Kanone form(カノーネフォルム).〉

「なっ...!?バインド!?」

 吹き飛ばされた先には、予めバインドを仕掛けてあり、偽物はそれに引っかかる。
 それと同時に、僕はリヒトをカノーネフォルムに変え、弾丸を撃ちだした。

「っ、が、ぁ....っ!?」

 その弾丸は、見事に偽物を貫通した。
 だけど...。

「(まだだ...!)」

 それは、偽物にとって大ダメージでも、致命傷ではない。
 ジュエルシードを封印しない限り、何度でも再生してしまうだろう。

「だけど、これで...。」

 だいぶ魔力は削った。こちらには魔力結晶が残っており、まだ余力はある。
 そう思って、何とかしてトドメを刺そうとした時。





     ―――ドォオオオオオオオオン!!!





「っ....!?」

 離れた場所...椿たちが戦っている場所で、大爆発が起きた。

「くっ...!」

     ギィン!ギギィン!

 つい意識が逸れた事で、偽物の射出した剣を咄嗟に弾く。
 ...復帰してしまったか...!

「....やられたか。」

「あれは....。」

 腹に穴を開けたまま佇む偽物の傍には、一つのジュエルシード。
 それを見て、偽物は爆発した方を見ながらそう呟いた。

「椿は...無事か。...!それに、葵も...!」

 型紙を確認し、椿が無事なのを確認する。
 また、見知った気配を感じ、それが葵だと理解してつい嬉しくなる。

「(待て...だとしたら、葵の偽物はやられた事になる...。なら、あのジュエルシードは....いや、それよりも...!)」

 すぐさま、身体強化魔法を使って偽物に接近する。
 しかし、それは一歩遅く...。



   ―――偽物は、そのジュエルシードを呑み込んだ。



「ぐ....!?」

 魔力の衝撃波が発せられ、僕は弾かれるように後退する。
 幸い、ダメージはあまりなかった。

「しまった...!」

 偽物はジュエルシードを核にしている。
 つまりは、力の源もジュエルシードとなっている。
 そんな偽物がもう一つジュエルシードを取り込んだらどうなるか?

 ...答えは簡単だ。...途轍もなく強化される。

「形勢...逆転だな。」

「っ....!」

 包囲するように武器群が創造され、その一部が射出される。
 さらに、偽物自身も斬りかかってくる。

「くっ...!」

「はっ!」

 咄嗟に偽物が斬りかかってくる方向以外に、僕を守るように大き目の剣を包囲するように創造して地面に刺しておく。また、上には御札を展開し、霊力の障壁を張っておく。
 そして、武器群の心配がなくなった所で偽物の剣を受け止めるが...。

     ッ、ギィン!!

「っ、ぐ、がはっ!?」

 呆気なく力負けし、壁として刺しておいた剣に叩きつけられる。

「(身体強化が並外れてる...!ジュエルシード二個分の力...ここまでなのか...!)」

 一個ずつならどうにかなった。現に僕も椿たちも追い詰めていた。
 だけど、それが集まっただけで、形勢が逆転される程だった。

 ...その事実が、今の一太刀だけでわかってしまった。

「死ね...!」

「ぐっ...!」

 創造した武器を射出すると同時に、偽物は突きを放ってくる。
 ...背後を守るために創造した剣が仇となった。これでは逃げられない。

「(なら...!)」

 瞬時に術式を構成。短距離転移で包囲網の外に逃げる。
 罠が張られていようと、確実の死よりはマシだ...!

「なっ...!?」

「範囲外だと思ったか?残念、まだ範囲内だ。」

 だが、包囲網の外だと思ったそこは、未だに武器群の中だった。
 先ほどまでいた場所に向いていた武器群は、全てこちらに向き...。

「っ...!」

     ギギギギギギィイン!!

 局所的に展開した霊力の障壁で何とか武器群を凌ぐ。
 弾ききれないものはシャルで逸らし、無事に済ませたが...。

     ギィイイン!!

「っぐ...!」

 短距離転移からの横から振るわれる剣を、シャルを盾にする事で防ぐ。
 しかし、それだけで僕は吹き飛ばされてしまう。
 何とか体勢を立て直すも、その時点で偽物は僕の目の前に来ており...。

「はっ!」

「ぐ、ぜぁっ!!」

 再び振るわれる剣。対抗し、全開の身体強化で迎え撃つ。

「な...!?ぐ、ぅ....!」

 だが、それでも足りない。
 迎え撃つように振るったシャルは、徐々に押されてしまう。

「(ここまでの強化でも...なお届かないのか...!?)」

 そして、踏ん張れずに吹き飛ばされ、近くにあった木に叩きつけられる。

「ぐ、く...!」

「...まだ、諦めないよな?」

 偽物は無慈悲に、下からの斬撃を繰り出す。
 それを咄嗟にシャルで防ぐが、先程と違って身体強化の効果も落ちている。
 あっさりと僕は上に吹き飛ばされ...。

「吹き飛べ。」

     ギィイン!!

「がっ...!?」

 飛ばされた僕に追いつき、横から繰り出された一撃に吹き飛ばされる。
 幸いなのは、それも咄嗟にシャルで受け止めれた事だろうか...?

 だが、それを考える余裕すらなく、そのまま僕は飛ばされていった。









       =out side=





 優輝達が戦っている頃、クロノ達は...。

「...なんて、激しい戦いなんだ...。」

 ユーノによる結界の中で、クロノがそう呟く。
 今、クロノ達はユーノ達に保護された後、奏が持っていた魔力結晶で魔力を回復し、互いに回復魔法で傷を治し合っていた。

「...傍から見ても、見切れません...。あれは、シグナムさん程の腕前でないと、対処も難しいかと...。」

「優輝....。」

「...信じよう、優輝を...。」

 リニスの言葉に、優香と光輝が祈るように戦いを見つめる。
 互いに創造した武器をぶつけ合い、技と技がぶつかり合う。
 魔力に決定的な量の違いがあるにも関わらずに、一進一退の攻防を繰り広げている。

「...かつてのジュエルシード事件の暴走体と違い、人格まで併せ持っているから、あそこまでの強さを持っているんだろうね...。」

「....ああ。事実、今回の暴走体は複数人でも苦戦した程だ...。ジュエルシードに、あそこまでの力が秘められていただなんてな...。」

 ユーノの見解に、クロノが頷く。
 かつてのジュエルシードは、それほど脅威がなかった。
 攻撃魔法に適正がないユーノでさえ、力尽きたとはいえ一つは封印できるのだから。
 しかし、優輝や葵の人格を得たジュエルシードは、本人の戦闘技術を惜しみもなく使い、また魔力の心配をほとんどせずに魔法を使ってくるのだ。

「っ.....。」

「優輝さん...。」

 なのはと奏は、ただじっと二つの戦いを眺める。
 なのはは自分が役に立てない事を悔しく思いながら。
 奏は優輝を信じ、またいざという時の事を託された事に緊張しながらただ見つめる。

「.........。」

 ぎゅっと握る奏の手の中には、優輝に渡された魔力結晶があった。
 握られているものだけでなく、デバイスにいくつも収納されている。

「(...私に、できるの...?)」

 奏は懸念するのは、優輝に託された事。
 その事とは、“神降しを使う際の足止め”だ。
 優輝でさえ苦戦する相手の足止め。...それができる自信が奏にはなかった。
 だが...。

     ―――...トクン...。

「(...ううん。できる、できないじゃない。やってみせる...!)」

 自身の胸を軽く押さえ、決意して戦闘の様子を見つめなおす。
 その鼓動は小さくとも、自分に確かな希望を与えてくれるモノだと信じているから。

「....奏ちゃん?」

「....!」

 なのはに声を掛けられ、戦闘を見るのに集中していた事に気づく。
 それと同時に、奏は確かに実感した。

「(見えた....!)」

 そう。一瞬とはいえ、奏は優輝達の戦いが見て取れた。
 剣戟や攻防の一つ一つがはっきりと理解できたのだ。

「っ....!」

 動きがはっきり見える。...それだけでも戦闘に影響が出る。
 この僅かな短時間で、確かに奏は動きが見えるまでに成長していた。
 まるで、()()()()()()()()かのように。

     ―――トクン...

「(優輝さん...どうか...。)」

 奏の思う(優輝)に呼応するように、奏の鼓動が耳を打つ。
 転生してもなお在るソレ(優輝の心臓)が、優輝と共鳴するかのように...。

「な....ぁ...!?」

「なに、これ....!?」

 その時、圧倒的な魔力をクロノ達は感じ取る。
 葵の偽物がやられ、優輝の偽物がジュエルシードを呑み込んだのだ。

「優輝...!」

「まずい...!あの偽物、さらに強く....!」

 圧倒的魔力と、優輝が追い詰められるのを見て、クロノは焦る。
 優輝達が負けると、あの偽物を倒せる程の戦力が今のクロノ達にはないからだ。

「っ.....!」

 ....だからこそ、奏は来るべき時のために、覚悟を決めた。











「ぁああっ!?」

「優輝!?」

 偽物に吹き飛ばされた優輝は、椿の傍に叩きつけられる。
 辛うじて受け身を取ったため、ダメージは最小限に抑えられた。

「...状況は?」

「っ、芳しくない...!ジュエルシードを取り込んだから、途轍もなく強くなっている...!」

 ダメージを受けている優輝を庇うように椿と葵は立ち、優輝が簡潔に説明する。

「そう...!」

「通りで、自爆したのにジュエルシードが見つからない訳だよ...!」

 感じ取れる魔力に冷や汗を掻きつつ、納得する椿と葵。

「....再会を喜ぶ暇がない。悪いな、葵。」

「気にしないで、優ちゃん。....今は...。」

 刹那、降り注いだ武器群を葵と優輝で弾ききる。

「アレを倒さないと...!」

「ああ...!」

 弾き終わると、視界に偽物が入る。
 偽物は離れた場所で武器群を浮かべながら、悠々と佇んでいた。

「っ...!」

「“創造(シェプフング)”...!」

「行け...!」

 椿が拡散する霊力の矢を、優輝は創造した武器群を、葵は創り出したレイピアを放つ。
 三人による遠距離攻撃に対し、偽物は...。

「....足りん。」

     ギギギギギギギギィン!!

 ...全て、創造された武器群に叩き落された。
 三人に対し、偽物は一人で物量を上回ったのだ。

「くっ...!物量じゃ敵わない!椿、葵!」

「分かったわ!」

「了解!ユニゾン・イン!!」

 量でダメなら質で。そう決めた優輝は椿と葵に指示を出し、二人はユニゾンする。
 霊脈とのパスにより、普段よりも強くなった上でのユニゾン。
 それは、優輝の力量すら上回るが...。

「は、ぁっ!!」

「っ...!」

     ッ、ギギギギギギギギィイン!!

 優輝による援護で接近を可能にし、椿はレイピアを構えて斬りかかる。
 葵の偽物では力負けしたその連撃は....あまりにあっさりと受け止められた。

「なっ....!?」

「っ...こっちも、力が増している...だが、まだ足りない!」

 優輝と同じように、椿たちもパワーアップしている事に偽物は驚くものの、身体強化魔法でその力を上回る。

「くっ....!(相殺しきれない...!)」

「っ...!奔れ、“火焔旋風”!!」

 椿が仕掛けて減っているとはいえ、三人ですら相殺された武器群を相手にしていた優輝が、相殺しきれずに一部の武器が椿に迫る。
 咄嗟に椿は火の竜巻を起こし、目くらましと同時に攻撃を凌ぐ。

「椿!」

「はぁっ!」

     ギィイン!

 しかし、その目くらましも躱され、椿は背後から斬りかかられる。
 咄嗟に優輝が割り込み、シャルを全力で振るって攻撃を防ぐ。

「ぐぅ....!」

     ギギギギギィイン!

 鍔迫り合いになり、優輝は押されながらも次々創造される武器群を相殺する。
 もちろん、椿も黙って見ておらず、偽物の横に回り込んで斬りかかる。

「はぁっ!」

「このっ....!」

 創造される武器群を相殺しながらの連携。
 二対一で、ようやく互角に近い攻防を繰り広げていた。

「っ、“霊撃”!」

「“アォフブリッツェン”!!」

 椿が霊力で武器群を弾き飛ばし、弾け飛んだ武器の合間を潜り抜けて優輝が一閃を放つ。

「っ、くっ....!」

   ―――“Aigis(アイギス)

     ギィイイイイン!!

 そこでようやく、偽物に防御の行動を取らせる事ができた。
 だが、そこで気を抜くなど優輝達はしない。
 反撃に繰り出される創造されたナイフが、素早く二人に襲い掛かる。

「「っ...!“霊壁”!!」」

 咄嗟に霊力の障壁を張り、ナイフを防ぐ。

「...“stoß(シュトース)”。」

     パリィイン!

「っ、ぁあっ!」

 しかし、その霊壁は偽物の一突きによって貫通する。
 貫通したその剣は、優輝が逸らして何とか当たらずに済ませる。

「優輝!」

     ギィイイン!

 だが、さらにその背後から()()()()の偽物が斬りかかってくる。
 椿が庇うように防いだため、事なきを得る。

「分身魔法..か...!」

「正解...!ただ、僕が分身で力も本体と7:3って所だな...!」

 それは、今優輝を相手にしている分身の方が弱いという事だった。
 つまり、オリジナルである優輝を偽物に軽く見られているという事に他ならない。

「確かに、今は椿の方が強いからな...!ならば...!」

 分身の攻撃を、優輝は上手く捌いて蹴りを入れる。
 椿と背中合わせの状態から抜け出し、さらに分身に斬りかかる。

「分身を倒すと元に戻ってしまう。...だから、しばらく相手してもらうぞ...!」

「椿が本体を倒すと?...はっ、思い違いも甚だしい!」

     ギィイイン!

 そう言って分身は剣を振り抜き、優輝を後退させる。

「っ、この力は...!?」

「僕と本体は、確かに魔法の効果で力が分断された。だが、ジュエルシードが核なのは変わらない。そして、そのジュエルシードから僕らの体は作られている。」

 本体も分身も、どちらも一つのジュエルシードが核となっている。
 ジュエルシードは一つずつに分かれているが、力の源が“二つのジュエルシード”なのには変わりがない。

「...それが、どういう...。」

「細胞分裂...って言えばわかるか?それと似たようなものだ。」

 細胞分裂...それは、単細胞生物であれば個体の増殖となる現象だ。
 ...つまり、この分身は細胞分裂に似たような過程を踏み、本体に近い力を有するようになっていたのである。

「力が分かたれたのは、分身魔法を使用した直後のみ。そこから徐々に力は本体に近づいていくのさ。...尤も、それでも一人の時よりは力は劣るが。」

「...くそっ...!」

 苦虫を噛み潰したような気分で、分身との攻防を再開する。
 分身のいう事が正しければ、本体も分身も椿の力量を上回る程の力を有しているのだ。

「っ、きゃぁっ!」

「椿!」

 物量に押し負けたのか、本体と戦っていた椿が吹き飛ばされてくる。
 追撃に来る本体と、自身が相手をしていた分身に、優輝は挟まれる。

     ギィイイン!!

「ぐっ....!!」

 力を重点的に身体強化し、大剣二振りを創造して両サイドからの攻撃を防ぐ。
 導王流を使わなかったその防御は、衝撃が徹される。
 徹された衝撃に耐えつつ、優輝は魔力結晶三つを解放する。

「薙ぎ、払え....!」

   ―――“Twilight Spark(トワイライトスパーク)

 三つの魔力全てを使い、極光を薙ぎ払うように二発放つ。
 さすがにそれは逸らす事も防ぐ事も難しいのか、偽物たちは飛び退く。

「椿....。」

「...ええ、わかっているわ...。」

 再び優輝と椿は背中合わせになる。
 ...ようやく偽物との決着が着くかと思えば、また劣勢に逆戻りだった。

 ...だからこそ、優輝達も切り札を使う事にする。

「神降しを...。」

「...でも、時間がないわ。葵だけだと、どうしても...。」

 しかし、それを行う隙がないと、椿は言う。

「.....手はある。だけど、賭けに近い。」

「...信じるわよ。」

 確実ではない。だが、それでもやるしかないと、二人は覚悟を決める。

「葵は時間稼ぎに出す。...だけど、奏とユニゾンしてくれ。」

「奏と?けど、それは...。」

 優輝の指示に椿が訝しむ。
 ユニゾンは、相性の問題がある。同じ式姫であった椿と、今は切れているものの霊力のパスを繋いでいる優輝以外では、ユニゾンできるかわからない状態だ。

「...大丈夫だ。奏は、僕の心臓を受け継いでいる。...物理的じゃない。魂や精神に関わる分野でな...。」

「だから、奏ともユニゾンできると...?」

 優輝に言われ、椿もどこか腑に落ちる事があった。
 椿は神の分霊であるが故に魂の質が見える。
 ...そして、暴走体を倒した後の奏の魂を見た時に、感じ取ったのだ。

   ―――優輝に、魂の質が似ている....と。

「(以前までは魅了のせいもあって魂がよく見えなかったけど...なるほど、そういう事ね。)」

 どの道、追い詰められた状況。賭けるのも悪くない。
 そう考えた椿は、優輝に全てを任せた。

「奏と葵でユニゾンして、時間を稼ぐ。いいか?」

「...ええ、いいわよ。聞いたかしら?葵。」

〈もちろんだよ。...っ、避けて!!〉

 ユニゾンしている葵からの声に、二人はハッとする。
 迫りくるのは、多数の武器群に加え、大量の魔法。

「“転移”!」

「“霊撃”!」

 さすがに、二人も予想していた。
 その場に留まって会話など、恰好の的だ。対策はするに決まっている。
 すぐさま優輝の転移で移動し、跳んだ先にある罠を椿が吹き飛ばす。

 ....が。

「あれだけの時間、転移先を予測できていないとでも?」

「っ、チィ...!」

 同じく転移してきた偽物達に斬りかかられる。
 罠に罠を重ね、確実に仕留めに掛かってきたのだ。
 それも、優輝達が切り札を使ってくると分かった上で。

「きゃっ...!?」

「が、ぁっ!?」

 再び襲う武器群に魔力弾。さらには砲撃魔法まで放たれる。
 一つ一つが並大抵の威力じゃないそれらは、容赦なく優輝達を地面に叩きつけた。

「優ちゃん!かやちゃん!」

 叩きつけられた優輝は気絶し、椿もすぐには立てない傷を負ってしまった。
 ユニゾンが解け、二人を庇うように立つ葵は、二人に呼びかける。

「っ....優輝が言った作戦を、実行しなさい...!」

「でも...!」

「それ以外に、方法はないわ...!」

「っ.....!」

 優輝は気絶し、椿も満身創痍。
 例え回復できても焼け石に水である状況に、葵もそうせざるを得ないと理解する。

「終わりだ。オリジナル。」

「くっ....!」

 創造した剣を浮かべる偽物に対し、葵は二人を庇うようにレイピアを構える。

 その、瞬間...。







     ギィイイン!!

「っ....!なに...!?」

 横合いから、偽物は斬りかかられる。

「させない...!私が、相手になるわ...!」

 斬りかかった人物は、奏だった。









   ―――決着は近い...。











 
 

 
後書き
Komm,Nova(コム・ノヴァ)…“来たれ、新星よ”。術者の周囲を極光に埋め尽くし、薙ぎ払う広域殲滅魔法。それはまさに新星の誕生のように神秘的で、圧倒的な破壊力を持つ。
 威力ははやての“ラグナロク”を軽く凌ぐ。また、しばらくの間目くらましにもなる。
 グリモワールに載っている魔法の中でも、上位に食い込む威力。

Kettenreaktion(ケテンレアクツィオーン)…“連鎖反応”のドイツ語。文字通り連鎖反応を起こす魔法で、術式を込めた武器で攻撃→攻撃された対象から衝撃波が放たれる→その衝撃波を受けたものがまた衝撃波を放つ→以下ループという現象を引き起こす。
 魔法の対象が所狭しと存在しなければならないので、使う場所を選ぶ。

火焔旋風…火+風属性依存の術。この小説では火の竜巻を起こし、攻撃する技。

まだ続く偽物戦。...もう、あれですね。DBのザマス編並にしつこい...。
一応、次回で決着(予定)です。 

 

第79話「決死の時間稼ぎ」

 
前書き
決着...着かなかったよ...。(´・ω・`)
もう少し戦いは続きます。...あれ?オリキャラばっか戦ってる?
 

 






       =out side=





「エイミィ、結界の解析は?」

「まだです!この結界、解析しきれないようにするためか、先程術式が書き換えられました!」

 アースラにて、リンディの言葉にエイミィが解析のためのキーボードを叩きながら答える。

「っ...優輝達が助けに入ったのに、どうしてまだ...!」

 アリシアもまた、結界の解析のために奔走している。

「....助けに、入った...?」

 そして、そこでふと気づく。

「エイミィさん!」

「どうしたの!?」

「あの結界、もしかして侵入自体はできるかもしれない!」

 そう。優輝達はなんの抵抗もなく結界に入った。
 それ自体はアースラでも観測している。
 ...つまり、結界に入る事自体は普通に可能なのだ。

「気づかなかった...!優輝君たちが入れるなら...!...艦長!」

「...ええ。...行けるわね?プレシア。」

「分かったわ。」

 入れると分かれば、リンディはプレシアへと声を掛ける。

「結界内に入れば、通信は断絶される。こちらでも結界の解析を急いでいるけど、そちらで決着が着くまでに解析しきれるかわからないわ。そして、あちらにはアースラに干渉する事も可能にしている。...投入できるのは貴女だけよ。それでもいいかしら?」

「当然よ。...フェイトもあそこにいるのだから、母親である私が黙って見ている訳にはいかないわ。」

 そう言ってプレシアは魔力を滾らせる。
 ...フェイトが心配が故に、抑えきれなくなっているのだ。

「では、行ってちょうだい。」

「ええ。」

 短く返事をし、プレシアは転送ポートへと向かった。









       =奏side=





「ぁ...!」

 響く魔法の炸裂音に、声が漏れる。
 あの圧倒的な魔力は、おそらく偽物の方。

「優輝...!このままだと...!」

 クロノが危機感を感じている。
 ...私も同じだった。なんとなく、優輝さん達がピンチになっていると分かった。

「.....!」

「奏ちゃん....?」

 なのはが声を掛けてくるが、それが耳に入らない。
 気が付けば、ユーノやリニスが張っている防御魔法の傍まで来ていた。

「(優輝さん....。)」

 かつて、私に生きる希望を見せ、そして私に心臓を託して逝ってしまった人。
 そして、魅了されていた私を救ってくれた私の恩人。
 その人が今、危機に陥っている。

『奏...頼む。』

「っ....!」

 ....だからこそ、今度は私が助けると、覚悟した。
 優輝さんから、合図の念話が来る。それと同時に、私は防御魔法の外に出る。

「奏!?何を...!」

「...優輝さんが危ない。だから、私が助けに行く。」

 ユーノの言葉に、私はそう答える。
 ...優輝さんが私に伝えた指示は、一緒にいたユーノ達以外知らない。例え知っていたユーノでも本当にするとは思えない事だ。だから驚くのも仕方ない。
 でも、それでも制止の声を無視して私は飛んだ。あの人の下へ。





 辿り着いた時には、既に絶体絶命だった。
 優輝さんは気絶。椿さんも満身創痍で戦闘不能。
 ユニゾンが解けた葵さんしか戦える人はいなかった。
 そして、偽物はトドメを刺すための剣を創造して三人に向けていた。

 ...それを見た私は、容赦なく横からハンドソニックで斬りかかった。

    ギィイイン!!

「っ....!なに...!?」

「させない...!私が、相手になるわ...!」

 何故か増えている偽物の片方が驚く。
 あの優輝さんやユニゾンした椿さんを圧倒していた事から、力で勝てるはずがないと判断。すぐに私は飛び退く。

「...オリジナルにすら劣る奏が、なぜここにいる?」

「......。」

 挑発染みた言葉で、私に話しかけてくる。
 多分、魅了されていた時の私ならあっさりと引っ掛かっていたと思う。

「『...葵さん。援護を頼みます。』」

『....了解。』

 ...動きは見える。何故かは分からないけど、今はそれがありがたい。
 後は...偽物の動きを掻い潜って一撃を与えるだけ...!

「っ....!」

 宙を蹴り、一度離した間合いを一気に近づける。
 対して、斬りかかられる方の偽物も、もう一人の方も一切動揺していない。
 ...大したことがないと思われているのだろう。

     ギィイイン!!

「くっ....!」

「軽い上に単調だ。...受け流すまでもない!」

   ―――“Delay(ディレイ)

 受け止められ、放たれた反撃を高速移動で躱す。
 ...見える。そして、対処ができる。だから...!

     ―――トクン...。

「(速く....!)」

〈“Delay(ディレイ)”〉

 微かに耳を打つ鼓動の音と共に、再び高速移動で斬りかかる。

     ―――トクン...。

「(もっと、早く...!)」

「うん....?」

〈“Delay(ディレイ)”〉

 さらに重ね掛けし、速度を高める。
 まだ...まだよ...!まだ、足りない...!

     ―――トクン...。

     ッ、キィン!

「(速く、早く....!)」

〈“Delay(ディレイ)”〉

 見える。理解できる。偽物の動きが。
 でも、まだ私の動きはそこの領域に立っていない。
 だから...。

     ―――トクン...。

「(反則を犯してでも、その領域に立つ...!)」

〈“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”〉

 エンジェルハートが何度も同じ魔法を発動させる。
 魔力結晶を一つ犠牲にし、一気に私は加速する。

「なっ...!?」

     ッ、ギギギギギギギギギィン!!

 普段の私からは想像できない程の高速な連撃を、偽物は全て防ぎきる。
 ...いや、動揺からか、少し掠っている...!

「っ、はぁ...っ!」

 少し間合いを離し、息を短く吐く。
 ...正直、ここまでのパワーアップは私自身予想外ではある。

「(優輝さん...!)」

 でも、きっと優輝さんのおかげだと私は思う。
 この胸の鼓動が鳴る度、はっきりとわかってくるから。

「どこに、これほどまでの力を...!」

「....!」

 私の力に驚いたらしい偽物二人が、同時に武器を創造してくる。
 でも....。

「させないよ!!」

 葵さんが割って入り、魔力で作り出したレイピアを当て、自身も斬りかかって叩き落しにかかる。魔力を全開で使っている事から、片方も抑えるつもりでいるみたい。

「(今....!)」

〈“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”〉

 加速し、加速し、加速する。
 飛んでくる剣を潜り抜け、片方の偽物の妨害も避け、狙いを定めた方の偽物に肉迫する。

「っ....!」

「っ、ぁっ!!」

〈“Forzando(フォルツァンド)”〉

 迎撃に振るわれた剣を、滑らすようにハンドソニックの片方の刃で受けつつ回り込む。
 そして、もう片方の刃で切り裂いた。
 突然の速さに意表を突かれたのか、その偽物はあっさりと攻撃を喰らって消えた。

「(...幻影...?...違う、分身ね...!)」

 一瞬だけ見えたジュエルシードは、瞬時にもう片方の偽物に吸収される。
 ...緋雪だって分身魔法が使えたのだから、何もおかしくはない。

「...まさか、不意を突いたとはいえ、片方を倒すとは...。」

「...葵さん。」

 微かに驚いて言う偽物を睨みつつ、必死に妨害してボロボロになった葵さんに声を掛ける。

「...っ、ぁ...まったく...、優ちゃんも優ちゃんなら、奏ちゃんも奏ちゃんだね...。どっちも無茶な注文ばっかり...。...訳はまだ詳しく知らないけど、ユニゾンするよ。」

「え....?」

 “ユニゾン”。それはユニゾンデバイスと融合する事...なんだけど...。
 葵さんは椿さんとしかユニゾンしてなかったはず...。
 そう疑問に思う私だけど、それに構わず葵さんは私に入り込んだ。

「っ....!」

〈....へぇ...本当、優ちゃんの言った通り。相性いいんだね。〉

 私の中から葵さんの声がする。
 ...ユニゾンは、あまりにもあっさりと成功した。
 私の体から先程までなかった力が漲り、今まで知覚できていなかった“霊力”も自分から感じる事ができた。

「っ!」

     ギィイイン!!

 咄嗟に繰り出された剣を、ハンドソニックで挟むように受け止める。
 そう、今この場で驚いている暇はない。すぐにでも動かないと...!

「...エンジェルハート。ついてこれる?」

〈...お任せください。〉

 私のデバイスに声を掛けると、頼もしい返事が返ってくる。
 彼女は、私が魅了されている間もずっと支えてきてくれた。
 なら、私も相応の信頼をして、この戦いを切り抜ける...!

「(相手は優輝さんの偽物。罠に罠を重ねて相手を追い詰める用意周到な戦法を当然のように使う...。おまけに、ジュエルシード二つを核にしているから、一度に展開される魔力弾や武器の量は...。)」

 戦力を改めて確認する私の視界に、多数の武器群と魔力弾が映る。

「(尋常じゃない...!)」

 瞬間、奏は動き出す。

     ―――トクン

「(速く....。)」

〈“Delay(ディレイ)”〉

 その場から飛び退くように動き、包囲する魔力弾と武器の一部を紙一重で避ける。

     ―――トクン

「(鋭く...!)」

 そして、避けきれないものはハンドソニックで弾き、包囲を抜ける。
 けど、それだけで終わるはずがなく、先程までの場所に放たれていた攻撃が全て私の方向へと向き、新たに放たれる。

     ―――トクン

「(避けきれない...なら!)」

〈“Howling(ハウリング)”〉

 ハンドソニックの刃を合わせ、衝撃波を発生させる。
 すると、呆気ないと思えるほど迫りくる武器群は撃墜され、魔力弾も半分が霧散した。
 ...今までの私だったら、気づけない突破口だっただろう。

〈“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”〉

「ふっ...!」

「っ...!」

     ギギギギギギギギギィイン!

 武器が弾け飛んだ所を一気に駆け抜け、偽物に斬りかかる。
 ただ斬りかかるだけでは受け流されるため、攻撃の瞬間にディレイを使う。
 攻撃のタイミング、位置をずらすその戦法は、上手く偽物の導王流を封じた。

「確かに...厄介だな...!」

「.....!」

 一瞬で展開される、数えるのも億劫な量の武器群。
 一部には魔力弾も混じっている上、少し見えたけど砲撃魔法を放つ魔法陣もあった。

「だが、これはどう捌く...!」

「っ....エンジェルハート!」

〈“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”...!〉

 魔力結晶が次々と消費されていく。
 私の魔法は確かに比較的消費魔力量が低い。
 だけど、ここまで連発すればさすがに消費魔力量が桁違いになる。
 ...そのために、優輝さんは私に魔力結晶を託していた。
 魔力さえあれば、偽物と渡り合えると分かっていたから。

「ぁあっ...!」

 宙を蹴り、駆け抜ける。
 ハウリングを使って武器群を落としても、すぐにまた私に向かってくる。
 迫りくる魔力弾を躱し、偽物の直接攻撃も受け止めた瞬間に移動して受け流す。
 砲撃魔法は放たれた直後に接近して魔法陣を破壊し、再び迫る剣を叩き落す。

「はっ、はっ、はっ...!」

 魔力の心配はほとんどない。体への負担も、私の魔法の場合そこまでではない。
 だけど、思考能力は疲弊と共に低下する。このままではすぐに落とされるかもしれない。

「(なら、一点突破...!)」

 魔力結晶を10個取り出す。...その魔力量は、AAAランクに匹敵する。
 その全ての魔力を、私は一つの魔法につぎ込んだ。

「っ、ぁ、ああっ!!」

〈“Delay(ディレイ)”〉

 まずは間合いを詰め、偽物に肉迫する。
 武器群と魔力弾も一時的にハウリングと散弾のように放った魔力弾で相殺する。

「っ、まさか...!?」

「.....!!」

〈“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”、“Delay(ディレイ)”〉



   ―――音が、消えた。



 ...いや、正確には知覚できなくなったのだろう。
 刃を振るい、当たる瞬間に位置をずらし、すぐさま移動する。そしてまた斬りかかる。
 それを、まさに一息の間に連発すれば、それどころじゃなくなってしまう。
 だけど、その効果は絶大だった。

「っ、ぐ、くっ...がっ、がはっ...!?」

 偽物も身体強化を最大限まで使っていたのか、拮抗する。
 だけど、途中から私が押し始め、一撃、二撃、三撃と決まった。
 ...でも、それは急所とかを狙う事もない、デタラメな太刀筋。ただ受け流されないために放った攻撃だったため、どれも致命傷には程遠かった。

「ぁ、ぁあっ!」

「っ!」

 放たれた魔力の衝撃波に、急いで私は間合いを取る。
 ...あまりに怒涛の連撃だったからか、先程放たれていた武器群は全て地面に落ちていた。

「まさか...ここまで、とは....!」

「っ、ぁ....ぐ...!?」

 間合いを離し、一息つく間があったのがいけなかったのだろうか。
 私は体に鋭い痛みを感じ、重ね掛けていたディレイが解けてしまう。

〈凄い...けど、このままだと...!奏ちゃん!〉

「っ、体、が....。」

 異常なまでの魔法行使だったため、反動が今ここで来てしまった。
 体が上手く動かせず、痛みも凄まじい。

「(でも....!)」

 動かせない訳じゃない。我慢できない訳じゃない。
 優輝さんは今まで何度もこんな痛みを味わっていた。
 例え、どれほどボロボロになっても諦めたりはしなかった。
 だから、私も諦める訳には...!

「っ...!」

「だけど、ここまでみたいだな。」

 下から、さっきまで地面に刺さっていた武器群が迫る。
 それに対し、私は咄嗟にハンドソニックを振るおうとして...。





「“ディバイン...バスター”!!」

 ...桃色の砲撃に、全て薙ぎ払われた。











       =out side=







   ―――奏が偽物に挑みかかった頃...



「奏ちゃん!?」

 なのはの声が響く。
 当たり前だ。本来なら勝てると思えない...実際、なのは達でも負けた相手に、一人で戦いに行ってしまったのだから。

「奏...まさか、優輝の策が...。」

「そうなのか...!?だが、しかし...!」

 無謀なのに挑む。その事にユーノがふと呟く。
 “策がある”。そんな言葉にクロノは驚くも、それでも危険だと思った。

「....そういえば、奏は魔力結晶を結構持っていた。...それも、僕ら全員の魔力を全快させる程の。」

「あれは...優輝のものなのよね?なぜ、あの子が...。」

 ユーノが思い出したように呟き、優香が疑問を抱く。

「...ここに来るまでに、優輝が奏に託していたんです。...“切り札”を使うまでの時間を稼げるように。」

「けど...神夜君でさえ勝てないんだよ!?奏ちゃんだけじゃあ...!」

 奏は神夜に強さで劣る。それは周知の事実だった。だから、なのはは危険だと言う。
 ...しかし、それは“魅了がかかっていた”時の事だ。

 以前、この場ではクロノ以外覚えていない事だが、優輝と緋雪の戦いを妨害させないための足止めの戦いで、椿が奏にある事を言っていた。

   ―――“....貴女は、もっと強くなれるはずでしょうに。”...と。

 それは、魅了が掛かっているが故に、成長の妨げになっていた事を表していた。

「....何かが違ったんだ。」

「...何?」

 ユーノの呟きにクロノが聞き返す。

「僕らが戦った暴走体は、闇の書の時のリインフォースだったんだ。...そして、奏は一度吸収されてしまったんだ。」

「っ、そこまで再現しているのか...。でも、脱出したんだな?」

「当然。そうでなきゃ、ここにはいないよ。...でも、奏の雰囲気が少し違ったんだ。」

 それは、魅了されていた時と、されていない時の違い...とはまた違った。

「...奏自身、何か策があるのかもしれない。」

 実際には、策があるという程でもなかった。
 だが、魅了が解けると共に、奏は心残りなどもなくなっていた。
 さらには、優輝の心臓を前世で持っていたからか、優輝の影響を強く受けて奏は偽物の動きが理解できるほど急激に成長している。魅了による妨げの反動もあるため、急成長はしばらくすれば収まるだろうが...。
 それが、雰囲気が少し違った原因だった。
 ちなみに、この場の全員どころか、優輝や奏すらも気づいていないが、奏の急成長の原因には優輝の能力の一つ“共に歩む道(ポッシビリティー・シェア)”が関係している。
 共に歩む...つまり、互いに成長を促進させているのだ。

「でも...それでも...!」

「...心配なのは、わかるが...。」

 なのはの言葉に、クロノは奏が飛び立った方向に視線を向ける。
 そこには、いくつもの剣と魔力弾が飛び交い、その合間を潜り抜ける奏の姿があった。

「...移動魔法の連発による加速...。でも、あれじゃあ消費魔力が...!」

「...そうか!そのために優輝はあの子に魔力の結晶を...!」

 優香と光輝が、奏のしている事に気づく。
 移動魔法の異常なまでの重ね掛け。それによって偽物と渡り合っていたのだ。

「けど、長くはもたないぞ。あれは...!」

「....くっ、優輝と念話が繋がらない...!」

 光輝の焦った呟きに、クロノが優輝と念話を繋げようとする。
 気絶しているため、繋がらないのだ。

「椿ちゃんには...?」

「...椿は、魔法が使えないんです。だから、念話も通じない...。葵がいてくれれば...!」

 クロノ達は、葵がこの場に来ている事を知らない。
 だから、念話を繋げようとする事もなかった。

「奏ちゃん!!」

「っ、なのは、待て!」

 我慢ならなくなったなのはは、奏を追いかけるようにユーノの防御魔法から出る。

「光輝!」

「分かった!」

 優香の呼びかけに、光輝がなのはを連れ戻しに飛び出す。

「待って!...守りは僕とリニスさんで担当する。皆は、優輝達が“切り札”を使うまで奏の時間稼ぎの援護を!」

「ユーノ!?...だが...!」

 ユーノの言葉にクロノは驚く。
 ...それはつまり、気絶している者達の守りを薄くするのと同義だからだ。

「偽物の気は完全に優輝達や奏に向いている。...守るくらい、やってみせるさ...!僕が得意な事なんて、そういう事ぐらいだからね...!」

「っ......。」

 クロノは考える。奏に任せるか、守りを捨てて助けに行くか。
 ...いや、考えるまでもなかった。

「...どの道、何かに賭けなければ負ける...。なら、少しでも“勝てる”と思える方に...!...ユーノ、リニスさん....頼んだ。」

「...任せて。」

「守るだけしかできないのも悔しいですが....そちらの方が確実ですしね。」

 ユーノとリニスの言葉を聞き、クロノは安心して守りを任せた。

「...行きますよ。優香さん。」

「...わかったわ。...二人とも、気を付けて。」

 そして、クロノと優香も奏のいる所へ飛び立った。







「なのは...?」

「奏ちゃん、助けに来たよ...!」

 奏は、助けに来たなのはに対して驚く。...あまりにも無茶だったからだ。
 ...尤も、奏の今の行為も相当無茶ではあるが。

「邪魔が入ったか...。だが!」

「っ....!」

     ギィイイン!

 偽物は瞬時に奏との間合いを詰め、斬りかかる事で吹き飛ばす。
 奏は咄嗟に攻撃を防いだものの、吹き飛ばされ、さらに追撃の武器群が迫る。
 その武器群は、なのはも対象としており、なのはでは捌ききれない量だった。

「撃ち落としきれない...!」

〈させ...ないっ!〉

 そこで、葵が自身の魔力を使い、レイピアを創り出す。
 そのまま射出し、なのはが撃ち落としきれなかった武器群を相殺する。

「っ....!ガードスキル...!」

〈“Delay(ディレイ)”〉

 奏自身も、反動で痛む体を抑えつつ、そこから飛び退くように避ける。

「っ、ぐ....!?」

 しかし、上手く体が動かず、咄嗟にハンドソニックの刃で凌ごうとして...。

「“ソニックエッジ”!」

 横合いから飛んできた斬撃によって武器群は撃ち落とされた。

「なのはちゃん!離脱を...!」

「させない!」

 光輝がなのはを庇うように立ち、離脱しようとするが、偽物はそれを逃がさない。
 一瞬で展開される対処不可な量の武器群。さらに少し遅れて魔力弾も展開される。

「“トワイライトバスター”!」

「“ブレイズカノン”!」

 光輝となのはに向けて放たれたそれらは、二つの砲撃魔法によって打ち消される。
 そのまま偽物へと突き進むが、偽物は姿を暗まして躱してしまう。

「光輝!離脱はなしよ!ここで足止めする!」

「っ、了解...!」

 優香が光輝の隣に並び立つ。クロノはその背後に立ち、偽物を探す。

「下だ!」

「はぁっ!」

「なっ...!?」

 クロノが魔法では探知できないと思い、肉眼で探して偽物を見つける。
 しかし、見つけた瞬間に偽物は短距離転移で上に回り込み、クロノに斬りかかった。

「させ、ない...!」

「奏...!?」

     ギィイン!

 それに割り込むように奏が偽物に斬りかかり、刃が当たった瞬間に回り込む。
 受け流されないように攻撃を当たる瞬間をずらして何とか偽物を止める。

〈『不用意に直接攻撃はしないで!努めて受け流されないように!』〉

「その声は...葵!?」

 全員に響き渡る念話に、クロノが驚く。
 だが、すぐに気を引き締めなおし、奏を狙うように展開されていた魔力弾を相殺する。

「生きてたのか...!」

〈『どこかの誰かさんが散々ボロボロにしてくれたけどね!今は奏ちゃんとユニゾン中!優ちゃんは気絶してて、今かやちゃんが起こして“切り札”を使うから、それまで時間を稼いで!』〉

「突っ込みどころは多いが...了解!」

 クロノは優香と光輝に目配せをし、魔力弾を展開する。

「『なのはと僕は魔力弾の相殺。...生憎、偽物と接近戦をやり合えるのは今の奏しかいない。優香さんと光輝さんは遊撃!上手くフォローしてくれ!』」

 指示を飛ばし、背後から迫っていた魔力弾を相殺する。

「ここが正念場だ!!」

「....っ、は...!」

 なのはとクロノの魔力弾で偽物の武器群と魔力弾の大部分を相殺し、残ったものは優香と光輝が処理をする。
 奏も必死に偽物に食らいつくが、偽物は嘲笑うように一笑する。

「っ、ぐっ....!」

「奏ちゃん!」

 偽物は鍔迫り合っていた奏を押し、吹き飛ばす。
 クロノ達に剣や魔力弾をばらまいた後、すぐに奏に追撃を放つ。

「っ...!」

〈“Delay(ディレイ)”〉

 間一髪、その一撃は躱す。だが、続けて放たれる攻撃は躱せない。

「“ソニックエッジ”!」

「“レストリクトウィップ”!」

 そこへ、武器群と魔力弾を切り抜けてきた光輝の斬撃と優香のバインドが迫る。
 斬撃はあっさりと受け流されたが、鞭の如きバインドは受け流しきれずに腕を拘束した。

「“創造(シェプフング)”....。」

「っ....!」

 だが、拘束されていないもう片方の手を掲げ、武器群を創造する。
 それを差し向けられた奏達は、必死にそれを防ぎ...。

「“ブレイズカノン”!」

「ちっ...!」

 その間に追いついてきたクロノの砲撃魔法が残りの武器群と偽物を薙ぎ払う。
 尤も、偽物には回避されたが。

「...シュート!」

「はっ!」

 追撃になのはの魔力弾が放たれるが、それらは全て切り裂かれてしまう。

「....この、方角だったな?」

「っ...!ユーノ!!」

「間に、合わない....!」

 無造作に放たれる砲撃魔法。誰も狙ってなかったが故に、一瞬見向きもしなかったそれは、いつの間にか近くに寄っていた、ユーノ達が皆を守る場所に向けられていた。
 相殺するのも間に合わないそれは...。

「“チェーンバインド”!!」

 ユーノが放ったバインドに絡め取られ勢いをなくし、多重展開された障壁で防がれた。

「っ....!」

「さすがだユーノ...!」

 ユーノの頑丈なバインドだからこそできた芸当に、クロノは感心する。

「なら....!」

「っ、させ...!」

〈ダメ!全員下がって!〉

 何かをしようとする偽物を止めようとする奏。
 しかし、葵の鋭い警告を聞き、全員が咄嗟に飛び退く。

「爆ぜろ。」

   ―――“模倣(ナーハアームング):セイント・エクスプロージョン”

 瞬間、偽物を中心に大爆発が起きた。

「っ....!」

「『全員、無事か!?』」

 全員が咄嗟に防禦魔法を張り、クロノが念話で無事を確認する。

「『な、何とか...。』」

「『こっちも防いだよ。クロノ。』」

「『...同じく。』」

 なのはとクロノ、優香と光輝、奏と葵で協力して防御魔法を張り、ユーノも少し離れた位置だったため、全員防ぎきれたようだ。

 ...だが....。

「...これは、どうする?」

「っ....しまった....!」

 ...防御に集中していたがため、偽物への警戒が薄れてしまっていた。
 偽物は巨大な魔法陣を作り、今にもそれをユーノに向けて撃ちだそうとしていた。

「(あれは....防ぎきれない...!)」

 込められた魔力量を感じ、ユーノはそう思わざるを得なかった。
 それでも防ごうと魔力を滾らせ....。



「...“サンダーレイジ”。」

 偽物に対し、紫の雷が降り注いだ。

「ぐっ....!」

   ―――“Twilight Spark(トワイライトスパーク)

 咄嗟に用意していた砲撃魔法を放ち、雷を相殺する。

「...待たせたわね。」

「プレシアさん!」

 雷を放った人物は、プレシアだった。

「アリシアの言った通り、侵入するだけなら簡単ね。...でも、状況は...。」

「芳しくありません。優輝達が“切り札”を使うまでの時間稼ぎですが...。」

 クロノの言葉が終わる前に、プレシアはある方向へ砲撃魔法を放つ。
 なんとそこには姿を暗ましていた偽物がおり、偽物は咄嗟に躱す。

「ちっ...!電気か...!」

「ええ。普通の探知では発見できないから、静電気レベルにまで弱めた電気を張り巡らしてあるの。これなら例え彼の偽物でも...!」

「くっ....!」

 雷が落ちる。それを偽物は防御魔法で逸らす。

「厄介な。...とりあえず、接近戦ができる奴から落とす...!」

「っ....!」

 それでもまだ、偽物は優勢だった。
 さらに、懸念を減らすために偽物はなのは達の魔力弾の合間を縫って奏に接近する。

「させ...!」

「全員、邪魔だ!!」

   ―――“Sternschnuppen(シュテルンシュヌッペン)

 他の皆がそれを阻止しようとするも、巨大な魔力弾が降り注ぎ、その対処に追われる。

「奏....!」

「くっ....!」

     ギギギギィイン!

 一人で対処しなければいけない状況に追い込まれた奏は、必死に攻撃を防ぐ。
 だが、先の魔法の反動で動きが鈍った奏では、防ぎきれず...。

     ギィイイン!

「あ.....。」

 刃が大きく弾かれ、無防備になってしまう。

「まず、一人...!」

 そして、奏目がけて偽物の剣が突き出される。









「.....させないよ。....よく頑張った、奏。」

 ....が、その剣の一撃は、腕を掴まれる事で止められた。

「....優輝、さん....?」

「....ここからは、任せて。」

 そこには、まさに神とも思える神々しさを持つ、()()がいた。













 
 

 
後書き
Forzando(フォルツァンド)…アタックスキルの一つ。接近戦用の魔法で、攻撃のインパクト時に発動する。斬撃、打撃、刺突のどれにも対応し、瞬間の威力を高める。なお、この魔法は単発仕様で、連撃用の魔法が他にもある。由来は音楽用語のフォルツァンド(特に強く)から。

Howling(ハウリング)…Angel Beats!のガードスキルの一つ。ハンドソニックの刃を合わせて共鳴させ、超音波のような攻撃を放つ。超音波なため、投擲武器はもちろん、魔力弾などの術式を乱す事もできる。だが、味方がいる時はあまり使えない。

Sternschnuppen(シュテルンシュヌッペン)…ドイツ語で“流星群”。文字通り流星群の如く巨大な魔力弾を降らせる魔法。一つ一つの魔力弾の威力はなのはのディバインバスター並。

....ようやく次回、偽物との決着が着きます...。長かった...。
奏が超パワーアップしてますが、それは今回限りです。
今回のは反動を考慮せずに、さらには優輝と再会した影響でテンションが上がっていたからこそできた戦闘ですので。 

 

第80話「決着、神降し」

 
前書き
神降しが相当なチート仕様になりそう...。
デメリット...というか、使用制限はありますけど、それでもチートだ...。
 

 






       =優輝side=





「っ、ぐ...!」

「目が覚めたわね?」

 ちょっとした衝撃を感じ、僕は目を覚ます。
 見れば、椿が覗き込むように僕を見ていた。

「状況は分かってる?」

「...偽物にやられた。」

「分かってるわね。」

 やはり瞬間的な出力で負けていたため、一気に弾幕を展開されて落とされてしまった。
 ...そこへ、耳をつんざくような金属音が連続で鳴り響く。

「....奏...。」

「長くは持たないわ。それぐらい、貴方もわかっているはずよ。」

 ...確かに、奏が時間稼ぎをするのを指示したのは僕だ。
 しかし、それは僕が気絶しなかったのが前提だった。
 だから、気絶してしまった分、既に奏は限界のはず。なら、急がなければ...!

「陣は書いておいたわ。ここに乗って。後は私に合わせてちょうだい。」

「分かった!」

 椿の指示通り、描かれた陣の上に乗る。
 そして、椿が霊力を迸らせ、何かを呟き始める。

「(奏...皆....!)」

 遠くの方では、奏の助太刀に来たのか、なのはや父さんの姿が見えた。
 ...それでも、長くは持たない。

「....道は拓けた。...後は任せるわよ。優輝。」

「...了解...。」

 そういって椿の姿が消える。死んだ訳でもない、消失した訳でもない。
 霊力の...いや、僕の知らない力の塊のようになって、僕に纏わりつく。

「.....来たれ、草祖草野姫....!」

 ただ一言、霊力を言葉に込めた言葉...言霊を使って椿が用意した術が起動する。
 何かが僕の体に降りてくる。...そして、それが弾けるように僕に入り込んだ。
 その瞬間、僕の体は神秘的な光に包まれる。

「......!」

 ...まるで、生まれ変わったかのような感覚だった。
 溢れる力は、今までの僕や椿を軽く凌駕していた。

「....あれ?」

 そして光が晴れた時....僕は体の違和感に疑問の声を上げざるを得なかった。

「....“創造(シェプフング)”...。」

 目の前に等身大の鏡を創造して、自分の姿を確認する。

「...椿の姿?」

 いくらか僕の面影は残ってはいるが、僕は椿の姿になっていた。
 黒髪黒目だったのが、茶髪の茶色の目になり、髪は伸びていた。
 さらに服装も、いつもの椿の着物の上に五つ衣という煌びやかな着物を着ていた。
 水色の着物に青鈍(あおにび)色の袴。その上に青、紫、赤紅色の着物を三重に羽織っている。
 赤紅色の着物には、白い花の模様が散りばめられている。

 ...一見すれば明らかに動きにくそうだが、それらは一切感じられなかった。

「....なるほど、ね。」

 神降しすれば、その神の影響を受けて姿も変わるのだろう。
 ...性別まで変わっているのはさすがに驚いたけど。

「....戦況は...まずい...!」

 すぐさま奏達のいる場所へ飛び立つ。
 巨大な魔力弾が降り、偽物が奏を倒そうと追い詰めている。
 距離も少し離れており、以前なら間に合わないと思いがちだったが...。

「(....届く!)」

 溢れ出る力...神そのものの力とも言える“神力”は、それをいとも簡単に可能にした。
 そして、辿り着いた時には、偽物の剣が奏を貫こうとしていたため...。

「.....させないよ。」

 その腕を掴んで止めた。

「....よく頑張った、奏。」

「....優輝、さん....?」

「....ここからは、任せて。」

 僕を見て、奏が驚いた顔をする。
 ...というか、この姿でも僕ってわかったのって凄いな。

「椿....?」

「...分霊じゃないよ。僕が、志導優輝が椿の本体を宿した姿。」

「優輝....?」

 母さんや父さんが驚いた顔をしている。
 ...いや、全員が驚いていた。あの偽物でさえも。

「くっ...!」

 だが、偽物はすぐに自身の腕を切り落とし、僕から離れた。

「...まさか自ら不利になったとは思わないよな?」

 僕が持っていた腕を投げ捨てると、偽物がそういう。
 ...思う訳ないだろう。再生する事ぐらい、もう知っているのだから。

「馬鹿にしないでほしいな。」

 懐から御札を取り出し、斜め後ろに投げる。

     ギンッ!

「...この程度の罠、さっきまでの僕でも見破れる。」

 投げた御札は、切り落とした腕が変化した剣を破壊する。
 ...そう、切り落とした腕そのものが罠だったのだ。まぁ、無駄だったが。

「...時間はあまりない。早々に決着を着けさせてもらおう。」

「っ、何を....!」

「...“撃”。」

 神力を用い、衝撃波を放つ。
 無造作に、瞬間的に、強力に放たれたそれは偽物を捉え、遠くに吹き飛ばす。

「気絶した皆を頼みます。」

「....行ってらっしゃい。優ちゃん、かやちゃん。」

 いつの間にか奏とのユニゾンを解いたのか、唯一驚愕していない葵が言ってくる。
 それに微笑み返し、僕は偽物を追いかけた。





「....なんだ、その力は...!」

「...そういえば、貴方は霊力を感じる事は出来なかったな。...ただ、“力の流れ”としてしか捉えていなかった。それでも、この力は感じ取れるのか。」

 二人称が丁寧になる。神降しの影響だろうか?
 ...何かある気がする。時間はかけられないな。

「くそ...!」

「っ!」

 瞬時に展開されるいくつもの剣。
 それを見て、僕も神力を使って剣を五つだけ創造する。

「...行け。」

     ギギギギギィイン!!

 五つの剣が、途轍もない速度で偽物の剣を蹂躙する。

「なっ...!?」

「シッ!」

 驚く偽物に対し、僕は刀を創造し、一気に間合いを詰めて斬りつける。

「ぐぅ....!」

「...浅いか。」

 だが、その一撃はギリギリ逸らされ、肩を切り裂くのに留まる。

「....なるほど...これが神の力か...。」

「なんだ、わかっていたんだ。」

 偽物は、何か嬉しいように笑う。

「...なにがおかしい?」

「...いや、なんでも。....さぁ、これで存分に全力が出せる!」

 刹那、偽物からさらに魔力が溢れ出す。
 そして姿が掻き消える...が、今の僕には見える!

「甘い!」

     ギギギギギギギギギィイン!!

「ちぃっ...!」

 縦横無尽に駆けるように斬りつけてくるのを、全て刀で受け流す。

「『...悪いなリヒト。さすがに神の力は試せそうにない。』」

〈『わかっています。今はこの戦闘を終わらせる事に集中してください。』〉

 愛機であるリヒトが使えない事に少し申し訳なくなるが、すぐに思考を戻す。

「“撃”。」

「っ...!」

 僕がそう呟いた瞬間、偽物は距離を取る。
 ...あれに反応して回避するのか。

「だけど、これはどうする?」

 今度は椿が使っていた弓を取り出し、矢を番える。
 今から放つのは、かつて式姫や陰陽師が使っていた技...その極致...!

   ―――“弓技・瞬矢-真髄-”

「っ、ガッ!?」

 それは、文字通りの“神速”。音を超え、空気を切り裂く矢が偽物を貫く。
 咄嗟に体が動いていたからか、心臓ではなく少しずれた所を穿った。

「速、い...!?」

「もう一射行くぞ?」

「っ....!」

 すぐさま偽物は魔力弾で阻止しにかかる。
 さらに創造された武器群が視界を埋め尽くし、僕へと迫る。

 ...だけど...。

「無駄だ。」

 宙を蹴り、駆ける。
 飛来した魔力弾は、紙一重で躱し、武器群も間をすり抜けるように避ける。
 体を通せそうにない場面では、刀を振るい、武器を切り裂いて進む。

「斬る。」

   ―――“戦技・双竜斬(そうりゅうざん)-真髄-”

     キ、キンッ!

 金属を断ち切る音が響く。
 ...だが、それは僕の予想していた手応えとは違った。

「...なるほど、知覚能力を上げ、導王流で受け流したか。」

「くっ...!」

 一撃目で剣を断ち切り、そのまま切り裂くはずだった。
 だが、一撃目は受け流しで凌がれ、二撃目で断ち切ったものの、傷は浅い。

「我ながら、厄介だ。」

「ほざけ...!規格外な力を宿しておきながら、何を言う...!」

 ...まぁ、確かに言う通りだな。
 この力は、あまりにも規格外だ。無闇矢鱈に使えば力に呑まれそうだ。
 そんな事になる前に椿や本体が切り離すだろうけど。

「.......。」

「...本気になったか。」

 偽物は魔力を身体強化メインに使い、剣を消して素手で構える。
 ...導王流の本領、素手による戦い方に変えたのだ。
 今まで剣を使っていたのは、手加減。導王流の勢いで殺してしまうのを避けるためだ。

「いくら神速と言えど、簡単に倒せると思うな。」

「...わかっているさ。偽物でも、僕そのものだからな。」

 僕も刀を消し、右手に扇、左手は素手で構える。
 ちなみに、この扇。神降しの際に自然と持っていたものだ。

「「っ!!」」

 互いに同時に宙を蹴る。
 刹那の如く接近し、僕が先手を取って手刀で斬りかかる。
 だが、それは一瞬だけ与えられた下からの衝撃で上に逸れる。
 反撃に繰り出される拳を、同じく添えるように衝撃を与え、逸らす。

 ...これが導王流。最小限の動きで相手の攻撃を無効化し、反撃を繰り出す流派。
 この導王流を以って、かつての覇王流や、エレミアの武術と対等に立っていた。

「ふっ!」

「っ...!」

   ―――導王流壱ノ型“流撃衝波”
   ―――導王流弐ノ型“流貫”

 放った拳は手を添えて躱され、その勢いを利用して貫き手を放ってくる。
 身体能力が格段に上がった僕の攻撃を利用したため、その威力は計り知れない。
 相手の動きさえ利用し、高威力のカウンターを放つのも導王流の特徴だ。

 ...だが。

     バシィイッ!

「っ...!」

「まだ、甘い。」

 それを、畳んである扇で受け止める。
 神力の込められたその扇は、いとも簡単に偽物の貫き手を遮る。

「っ、ぁあっ!!」

「...!」

 受け止められた偽物は、咄嗟に魔力の衝撃波を放つ。
 僕は、飛び退く事で吹き飛ばされるのを回避する。

「止まる暇は与えない...!」

「なるほど、そう来たか。」

 間髪入れずに放たれる剣に魔力弾。さらに砲撃魔法の魔法陣まで展開される。
 ジュエルシード二つの魔力を存分に使った弾幕展開。
 おそらく、接近されれば勝ち目はないと分かったのだろう。

「(さっきまでなら回避も防御もできないな...。やっぱり、手加減されていたか。)」

 どちらかと言えば、状況に応じて限界を突破したと考えるべきか。
 とりあえず、その弾幕に対し、僕は空を駆けまわりながら凌ぐ。
 だが、弾幕は一切薄まる事はなく、このままではただの鼬ごっこだった。

「...そろそろ、慣れてきたな。」

 ...だから、僕はそこで立ち止まり、弾幕に対して手を向ける。

「護れ、“扇技・護法障壁-真髄-”。」

 扇から神力が溢れ出し、五芒星を模した陣が出現する。
 大きく展開された障壁は、放たれていた弾幕を悉く防いだ。

「な....!?」

「神力の扱い方も理解できた。もう、終わらせようか。」

     ギィイイン!!

 そういった瞬間、障壁から金属がぶつかる音が聞こえる。
 見れば、偽物が剣を持って突貫しに掛かっていた。

「貫けぇっ!!」

   ―――“Twilight Spark(トワイライトスパーク)

 さらに、極光を放ってくる。
 ...だが、それでも障壁は破れない。

「な、にぃ....!?」

「ここまでしなければ勝てない事に、改めて凄いと思ったよ。」

   ―――“旋風地獄-真髄-”

 御札を取り出し、暴風を引き起こす。
 風の刃も混ざったそれは、偽物を吹き飛ばし、背後から狙っていた剣も切り裂いた。
 ...何気に、あの状況でも偽物は裏を掻こうとしていた。無意味だったが。

「(これほどの速度、力量差になっても機能する導王流...我ながら、便利な体術だ。)」

 緋雪との戦いでも、僕は力で圧倒的に劣っておきながら近接戦で緋雪を凌駕していた。
 そして、神降しで強くなった僕の攻撃も、偽物は凌げていた。

「(だからこそ...。)」

 神力を手に纏い、吹き飛ばされた偽物に肉迫する。

「シッ!」

 そして繰り出す貫き手。それは寸分違わず、偽物の胸を貫こうとして...。

「そこ、だっ!!」

   ―――導王流壱ノ型奥義“刹那”

 紙一重でそれは躱され、カウンターに魔力を纏った拳が繰り出される。
 それを喰らえば、いくら神降しをしている僕でも大ダメージは必至だろう。

「...だからこそ、自分の最も頼れる“技”を使う。」

   ―――“神撃-真髄-”

「な...かはっ....!?」

 だが、それすらも僕は躱し、カウンターにカウンターで返した。

「...導王流弐ノ型奥義“刹那返し”。...カウンター対策の奥義さ。」

 神力の一撃を喰らった偽物は、見事なまでの風穴が開いていた。
 開いた穴の中には、神力で魔力を持っていかれたジュエルシードが二つあった。

「....僕の勝ちだ。偽物。」

「.......ああ。...そして、僕の負けだ...。」

 ジュエルシードをすぐに掴み、霊力を纏う。
 ...これで、偽物は魔力をこれ以上使う事はできない。再生も封じただろう。

「...正直、ここまでしないと勝てないとは思わなかった。」

「はは...反対に、僕はやっぱりと思ったけどな。」

 ジュエルシードを引き抜く。...まだ、封印はしない。
 封印してしまえば、偽物は消える。だけど、その前に聞いておきたい事があるからな。

「...あぁ、やっぱり...オリジナルは乗り越えてきたか...。」

「....記憶を模倣したのなら、諦めの悪さは理解できていたはずだが?」

 感慨深そうに言う偽物に対し、僕はそう言った。

「ああ。だからこそ、やっぱりと思ったさ。...さすがに、それは反則だと思えたけどな。」

「文字通り“切り札”だ。早々使う訳にもいかない。」

 神降しは、本当に規格外な力だった。
 偽物の攻撃を悉く防ぎ、そして圧倒したのだから。

「....っ!」

「っ、ぁ...!」

 その時、僕の中から急速に力が消えていく。
 そして、その力が形を為し、椿となって隣に現れた。
 ...初めてだから、神降しの時間切れも早かったか。

「...っと。」

「っ、いきなり力をなくすのはびっくりするな...。それと、助かった。葵。」

 眠った状態の椿が落ちそうになるのを、いつの間にかやってきていた葵に支えられる。
 僕自身もふらついたが何とか体勢を立て直す。
 もちろん、ジュエルシードは霊力を纏って持ったままだ。

「決着が着いたってわかったからね。皆も追いついてくるよ。」

「そうか...。」

 次々とクロノやユーノが集まってくる。父さんと母さんもだ。
 リニスさんや、なのはがいないのは気絶している皆を見るためだろう。
 椿も葵が気つけをしたのか、目を覚ました。

「...さて、と。...本当の目的を喋ってもらおうか。」

「...いいよ。この力があるのなら、きっと大丈夫だから。」

 そう言って、偽物は語りだす。本当の目的を。

「...簡単に言えば、僕の...いや、“僕ら”の目的は、我らが主を助け出す事さ。」

「っ...!それは...!」

「...この中で覚えているのは、オリジナルと椿と葵...後は...。」

 空中に映像が現れ、そこにエイミィさんとアリシアが映る。

「...アリシアだな。」

『皆!』

『状況はどうなってるの!?』

 ようやく通信が繋げられたからか、慌てた声で僕らに聞いてくる二人。

「...続けるよ。...オリジナルが気づいた通り、僕らの目的は主である司さんを助ける事。」

「...当然と言えば当然か...。ジュエルシードは本来は天巫女が所有するモノ。つまり、司さんを主と仰いでいてもおかしくはない。」

「でも、だったらどうしてあたし達と敵対なんて?」

 当然の疑問を葵がぶつける。

「....自身の力の証明。もしくは、僕の力を乗り越えられるかどうかを試すため。」

「...そういう事か。」

 言われて、僕はある考えに辿り着いた。

「ジュエルシードの力を最大限に使い、僕らが負けたらお前自身が、勝ったら僕らが司さんを助けに行く事になるって訳か。僕らが負ける程度じゃ、自分がジュエルシードを取り込んで助けに行った方が可能性がある。逆に、勝てたのなら僕らに救助を託す...。」

「そうだ。...僕らのような、所詮は所有物でしかない存在が助けても、主の心までは救えない。だから、オリジナル達の可能性に賭けたんだ。」

「所詮は僕や葵の人格をコピーしただけ...。本物の命には程遠いって訳か。」

 それでも納得しがたいだろう。遠回りな事をしているのだから。
 僕自身、それでは理由が足りないと思っている。

「もう一つ、理由はある。」

「...だろうな。」

 やはり、もう一つ理由はあった。...こっちが本命でもあるのかもな。

「....信じていたんだよ。皆が僕程度、乗り越えると。僕なんかに負けていたら、主は絶対に助けられないからね。」

「態と詰めを甘くしていたのは、“芽”を摘んでしまわないように...か。」

 短期間での成長も見込んでいたのだろう。...尤も、それが叶うのはほんの一握りだが。

「特にオリジナル。...いや、志導優輝。」

「...僕か?」

「僕がお前の記憶をコピーしたのと同じように、主の記憶も持っているのさ。僕は。」

「っ....!」

 司さんの記憶を持っている...それはつまり、聖司の時の記憶も持っているという事。
 そして、その上で“僕を信じていた”となると...!?

「...助けてほしいのさ。主は。」

「やっぱり...!」

 本当に、本心では司さんは助けてほしいと願っていた。
 その記憶がこの偽物に...ジュエルシードに流れ込み、僕を信じてこんな事を...。

「他のジュエルシードもそうさ。皆、助けてもらいたいから、手掛かりとなるように地球に来た。だけど、ただ助けに来てもらうだけでは主の“闇”に薙ぎ払われる。だから、最低限の強さを測るため、主の記憶に残る者達を再現した。」

「そうか...。」

 “一つは僕が拝借したけどな”という偽物。
 多分、葵をコピーするのに使ったジュエルシードの事だろう。

「....百も承知だろうが、改めて...僕らの主を....聖奈司を、救ってくれ....。」

「.....ああ。任せてくれ。」

 緋雪の二の舞にはさせない。必ず、救い出して見せる。

「...あぁ、安心した...。」

「....お前、自分で封印を...。」

 霊力を纏ったジュエルシード二つに、封印の術式が編まれていた。
 しかも、偽物のなけなしの魔力で霊力の保護を突き破って封印できるようになっていた。

「...最後に、一つ伝えておく。...ジュエルシードは後一つ、この海鳴市にある。」

「何..?」

 アースラで見つけたジュエルシードの反応は全て封印したはず。
 なのに、もう一つ...?

「それは、主の始まりの場所にして、帰るべき場所....。」

 ...それだけ言って、ジュエルシードは封印され、偽物は消えた。

「どういう...事だ...?」

 最後の言葉は十中八九場所を示しているのだろう。
 しかし、なぜ最後の最後に謎解きのような要素を残したんだ...?

「....とにかく、アースラへ戻ろう。」

「...そうだな。気絶した皆も回収しないと。」

 偽物が張っていた結界も解けた。すぐに張り直したから一般人に見られてはいない。









「...話は聞いたわ。...皆、今は休んで頂戴。最後のジュエルシード捜索は私たちで行うわ。」

 話を聞いたリンディさんの指示により、全員が各自休憩を取る。

「...優ちゃん、かやちゃん、結局神降しはどんな感じだったの?」

 僕に宛てられた部屋に椿と葵が集まり、葵がそう聞いてくる。

「どんな感じって言われてもなぁ...。やっぱり神様は格が違ったとしか...。あ、椿は意識とかどうなっていたんだ?解除された時は眠っていたけど。」

「そうね...。意識はなかったわ。...でも、漠然とだけど優輝に力を与えていたのは分かったわ。...おそらく、本体と一体になっていたのに近いのかも...。」

 神降しの様子を曖昧とはいえ葵に伝える。

「へー、まぁ、見ただけで“凄い”ってのは分かったね。」

「...そういえば、葵は椿の所に来るまでどうしていたんだ?」

 ふと思い出して、葵に聞く。

「そうよ!皆心配してたんだから!...その、私だって...。」

「...ん?後半が聞き取れなかったけど...?」

「な、なんでもないわ!」

 ...バレバレだよ椿...。葵もわかっていて言ってるし...。

「...それで、結局経緯はどうだったんだ?」

「あ、そうだったね。...あたしがいなくなったタイミングは覚えてるよね?」

 確かジュエルシード捜索に向けて就寝中の時だったと思い出しながら頷く。

「あの時に偽物に襲われてね。抵抗はしたけど、銀製の武器を創造されてからボロボロにされちゃって...。再生もそれで封じられたんだよ。おまけにその時に優ちゃんとのパスも切られて、偽物が持っていたジュエルシードであたしをコピーするし...。」

「だから復帰も遅かったのか...。」

 ここで休むまでに椿に少し聞いたが、助太刀に来る形で葵は現れたらしい。
 葵は再生も早いのになぜここまで復帰が遅かったと思ったが、そういう事か。

「おまけに、国守山の奥に転移させられてね。ホント、大変だったよ。」

「八束神社のある山か...。そこで回復を待ったのか?」

 奥...という事は、以前僕らが偽物に飛ばされた場所よりも奥深くだろう。
 そこだと、助けが来るのも望み薄だが...。

「...ギリギリ...本当にギリギリ動ける程度にはね。でも、それだと今回の戦いには間に合わなかった。だから無理してまで八束神社まで下ったんだ。」

「そうか...。そこなら霊脈もあるし、久遠や那美さんと会えるかもしれない。」

 二人がいなくても霊脈に繋げられる時点でだいぶプラスになる。

「...で、そこで霊脈とのパスを繋ぎなおして、巫女さんに回復の術を掛け続けてもらったんだ。それで、しばらくしたら銀による再生の阻害も打ち破って粗方回復して参戦したって訳。」

「葵も葵で相当大変だったんだな...。」

 傷が治らないのは相当きつかっただろう。
 ...でも、結果的にはこうして無事に合流して偽物を倒す事もできた。

「それにしても、二人とも一段と強くなってなかったか?」

「霊脈の力を借り受けたからよ。本来、式姫はもっと強いんだから。」

「あたし達だって、まだ全盛期には程遠いんだよね。」

 それを聞いて驚いた。...まだ、上があったんだな。

「まだまだ上には上がいる...か。」

「これでも百年単位で生きているのよ?二十年も生きていない人間に負けたら泣きたくなるわよ。」

「とこよちゃんには負けたけどねー。」

 ...改めて二人の前の主の規格外さに驚く。
 この二人でさえその“とこよ”という人物の式姫の中位ぐらいの強さ扱いなのだ。

「...とこよも優輝も規格外なのよ。優輝は転生してきたからまだこじつけができるけど、とこよは本当に...。」

「...一度会ってみたいとさえ思える程だな。それ。」

 ちょっと手合わせしてみたいと思うのは、おかしいだろうか?

「ああもう、この話はやめよ。今は目の前の事。」

「最後のジュエルシードの場所...だよね?」

「始まりの場所にして、帰るべき場所...か。」

 何ともありがちな言い回しだ...。

「とりあえず、今は休もう。激戦で疲れた...。」

「そうね...。」

「あたしも。ずっと体が痛かったしね。」

 そういって、僕らは備え付けのベッドに沈み込むように休んだ。











 
 

 
後書き
撃…神力を用いた簡易的な一撃。衝撃波として放ったり、掌底にも使える。
 威力は軽く放っただけでも優輝の魔力による衝撃波を上回る。

真髄…かくりよの門では、“真髄枠”というスキルレベルが拾壱以上になった技や術をそれぞれ一つだけセットできるものがあり、所謂“極めた”スキルを表す。
 この小説では、元の技を速度や威力などが一線を画すものに昇華させた事を表す。
 まさに、“極致”に至った証である。

戦技・双竜斬…かくりよの門では斬属性依存の二連撃。小説でも扱いは同じ。
 簡易的な二連撃だが、上記の真髄ともなれば、威力は馬鹿にできない。

刹那…チート染みてきた導王流の奥義。相手の攻撃を直感的に瞬時に見切り、全てを躱すか受け流すかし、相手の攻撃の回数分&威力を上乗せしたカウンターを放つ。まさに奥義。
 38話にも登場しており、神夜の九連撃を全部躱してカウンターで吹き飛ばしていた。

刹那返し…導王流弐ノ型の奥義。カウンターに対しさらにカウンターで返す技。
 同じ導王流を使う偽物が相手との事で編み出した“対刹那”の技である。

神降しした姿は、かやのひめのひな祭り衣装を元にしています。(式姫大全から見れます)
初めてなため制限時間が短かったですが、慣れて行けばもちろん時間は伸びます。
その代わり、ある“デメリット”とも言える事態を引き起こしますが...。

次回は久しぶりの戦闘なしの回...になるはず。 

 

第81話「一時の休息」

 
前書き
アースラでの休息のひと時...。
戦闘だけで数話に渡るのでこういう回もありませんとね。
 

 






       =優輝side=







「.....ん....。」

 目を覚ます。...いつの間にか寝ていたらしい。

「...すぅ...すぅ...。」

「....ぅ...ん....。」

 両サイドを見れば、椿と葵は未だに眠っていた。
 それを見て、二人も相当疲れていたんだと実感した。

「(まだ、戦いは残っている...か。)」

 最後のジュエルシードに...司さん。
 多分...いや、ほぼ確実に戦闘になってしまうだろうからな。

「(体の状態でも確認しておくか。)」

 リンカーコアが完治していない状態で色々やったんだ。確認しておかなくては。

「リヒト、起きてるか?」

〈...はい。スキャンですね?〉

「ああ。頼む。」

 僕自身が解析してもいいのだが、寝起きなためそんな集中力がない。
 まぁ、リヒトによる身体スキャンも僕並に細かいから別にいいだろう。

〈....身体、異常なし。ただ、疲労と戦闘での傷が残っています。安静にするべきです。〉

「...まぁ、妥当だな。さすがに厳しすぎた。」

 あれほど連続の戦闘、導王時代を合わせても数える程しかない。

〈...そして、これは驚きなのですが...リンカーコアが七割まで回復しています。〉

「何...?」

 リンカーコアはシュラインを活用しても半分以下までしか回復していなかったはず。
 さらにあれほどの戦闘だ。また損傷を広げたはずだが...。

〈...おそらく、偽物を倒した事によって、偽物が吸収していた分が回復に回されたのだと思います。実際、偽物が消えた際に優輝様のリンカーコアが急速に回復していたので。〉

「シュライン...。...なるほど、そういう事か...。」

 シュラインの言葉に納得する。
 元々、僕のリンカーコアは偽物に吸収されたのだ。
 偽物が自身が消える際に僕のリンカーコアを治療されるようにしていてもおかしくない。
 ...僕に賭けていたぐらいだし、な。

「魔力結晶は...やば、20個を切ったか...。」

 奏に預けていたものもあるが、それらは時間稼ぎでほとんど使われただろう。
 ...僕の予備魔力がないのは少し厳しいか...?

「(...いや、関係ないな。)」

 以前は魔力結晶なしで戦っていたんだ。この程度、ハンデにならない。

「...そういえば、奏は大丈夫なのか?」

 ふと、奏で思い出す。
 奏は相当な無茶をしていたはずだ。...というか僕がそう指示した。

「様子を見に行くか....っ?」

 何か引っ張られる感覚がして、立てなかった。

「...二人とも...。」

 見れば、椿と葵がどちらも僕の服の裾を持っていた。
 取ろうと思えば取れるが、未だに起きない二人を見ているとなんか憚れる。

「椿も、いつもは隠している耳と尻尾を出してるもんな...。」

 普段日常で隠すのが癖になったのか、戦闘時以外は大抵耳と尻尾を隠している椿は、まるで無防備かのように耳と尻尾を出していた。
 ...それほどまでに、此度の戦闘は激しかった訳だ。
 疲労が溜まっているのか、戦闘の意識が抜けきってないって訳だしな。

「寝てるって事は前者だろうけどな...。」

 そういって、自然と椿を撫でてしまう。
 軽くでも誉めると確実に照れる椿だけど、撫でたらどうなるんだろう?
 ふと、そんな好奇心が湧いた。

「....寝てるし、ちょっとだけ...。」

 悪戯心で椿の頭を撫でてみる。

「ん....。」

「(...かわいい。)」

 耳がピクッと動き、反応を見せる椿。...あ、なんかスイッチ入りそう。

「(し、尻尾も...。)」

 起こさないように気を付けながら、尻尾も撫でてみる。
 あ、もふもふしてる....。

「んっ....ふ.....。」

「.....落ち着け僕。」

 何やっているんだと、ふと気づく。

「(尻尾や耳に触れる機会なんて、すずかの家に行った時の猫くらいだからかなぁ...?)」

 動物的な癒しが欲しかったのだろうか?
 椿は狐の耳と尻尾を持っているけど、狐そのものではないのに...。
 ...いや、狐の姿にもなれるから狐では...あるのか?...ダメだ、混乱してきた。

「(とりあえず、狐に触れたいのなら今度久遠にでも頼もう。)」

 久遠は人見知りするらしいから触らしてもらえるかは分からないけど。
 とりあえず、普段は人として暮らしている椿を動物として見る訳にはいかない。
 ...かわいいと思ったのは確かだけど。
 後、そんな事を言ったら久遠もどうかと思うけど...久遠は普段は狐の姿だから...。

「まぁ、とにかく、起きてく...れ....?」

「........。」

 裾を放してもらうために、椿と葵に声を掛けようとして、固まる。
 なぜなら、葵がじっとこちらを見ていたからだ。
 しかも、滅茶苦茶目を輝かせて。...あ、でも若干羨ましさも混ざってる。

「...いつの間に?」

「優ちゃんが、かやちゃんを撫で始めた辺り?」

 葵の応答に、手で顔を覆いながら上を仰ぐ。
 ...なんというか、見られてしまった感がやばい。

「....黙っててくれる?」

「じゃあ、あたしも撫でて!」

 どうしてそうなる。

「撫でられたいのか?」

「かやちゃんだけずるいからね。」

 ...うーん。ただ不公平だからって訳じゃなさそうだけど...。
 まぁ、これで黙っててくれるなら...。

「じゃあ、失礼して...。」

「ん....。」

 期待した顔で見てくる葵を撫でる。

「....えへへー.....。」

「(凄い顔が緩んでる....。)」

 僕ってそんな撫でるの上手いか?...それとも、撫でられるのがそんな嬉しいのか?

「....何、やってるの?」

「...あ、椿....。」

 ...そして、今度は椿が起きて僕らを見ていた。

「撫でて貰ってるんだよ?」

「...いえ、それは見てわかるのだけど...。理由と経緯が知りたいわ。」

 ジト目で見てくる椿。...これは、正直に話した方がいいか...?

「かやちゃんだけじゃ不公平だからあたしも撫でて貰ったんだよ。」

「...え?」

 僕と葵の顔を交互に見て、椿の顔が一気に赤くなる。

「な、撫で、撫でた!?優輝が私を!?」

「...あー、うん。好奇心に負けて...。」

 もう、ぶっちゃけてしまって謝った方が早いな、これ。
 そう覚悟して椿を見ると...。

「...ど、通りでどこか心地よかった訳ね....。」

「....椿?」

「な、なんでもないわ!」

 ボソリと呟いた言葉を、僕は聞き取れなかった。
 声を掛けてみても、顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。

「....ほ、他の人にはやっちゃダメよ!ダメなんだからね!」

「え、あ、ああ。...ごめん...。」

「次はないんだから!」

 怒ったように顔を逸らす椿だが、許してもらえはしたようだ。
 ...というか、花が咲いてるって事は、むしろ嬉しいのか?

「.........。」

「.......。」

「....皆、疲れていたのね。」

 沈黙が続き、気まずくなりかけた所で椿がそういう。

「...まぁ、ね。皆してぐっすり眠った程だし...。」

「それほどまで厳しい戦いだったものね...。」

 “疲れていた”と自覚した途端に、お腹が空いてくる。
 時間を見れば、ついさっきの戦闘の事が昨日になっていた。

「...食堂に行こうか。」

「そうね。」

「あたしもお腹減ったよー...。丸一日何も食べてないし...。」

 そういえば葵は瀕死の状態でずっと国守山にいたんだったな...。
 葵のためにも、さっさと食堂に行くか。







「あら、優輝おはよう。」

「あ、母さん。それに父さんも。」

 食堂に行くと、ちょうど料理を受け取っていた母さんと父さんに出会った。

「さすがに昨日は疲れたみたいね。三人でぐっすり眠っちゃって♪」

「うぇっ!?母さん、僕らが寝た後に部屋に来たの!?」

「ええ。息子たちの事ですもの。気になって様子を見に行くのも当然だわ。」

 まさかあんな無防備に寝ていたのを見られたなんて...。

「あ、それじゃあ私たちは朝食を食べてくるわ。席もまだ空いてるし、よかったら来なさい。」

「...はーい...。」

 第三者に見られるって結構恥ずかしいな...。

「....とりあえず、料理を頼むか。」

「...そうね。」

「そうだねー....。」

 椿と葵も恥ずかしいのか顔が赤かった。
 ...腹ごしらえして、気分を切り替えるか。





「...そういえば、あの銀髪の子...奏ちゃんだったか?その子が優輝の部屋に来ていたぞ?」

「奏が...?」

 結局母さんたちの近くに席を取り、朝食を取っていると父さんにそう言われた。

「私が疲れて眠っているって伝えたら、帰っていったけど...。」

「...ふむ...。」

 魅了が解けて、戦いが一度終わったから何か言いたい事とかできたのか?

「...まぁ、後で会ってみるよ。」

「そう。...ごちそうさま。じゃあ、私たちは行くわね。」

「うん。」

 母さんと父さんは食器をお盆に乗せて返し、そのままどこかへ行った。

「んぐんぐ...。」

「...よく食べるわね...。まぁ、仕方ないのだろうけど...。」

 会話に入ってこなかった椿と葵に視線を向けると、葵はいつもより多く頼んだ料理を口いっぱいに頬張っていた。
 ...丸一日何も口にしてなかったのだ。仕方ないと言えば仕方ない。

「(ジュエルシードが見つかるまで待機...か。何しようか...。)」

 ただぼーっとしてるだけでは性に合わない。
 だからと言って、不用意に鍛えようとすると不測の事態に対処できない。

「(とりあえず、奏の所に行って...その後は...。)」

 今後の予定を粗方決めながら、僕は葵が食べ終わるのを待った。





     コンコンコンコン

「....誰...?」

「僕だ。奏。」

「優輝さん...!?」

 朝食が終わり、僕らは奏に宛てられている部屋に向かった。
 ノックをして声を掛けると、奏は少し驚いた様子だった。

「...どうして、ここに?」

「母さんと父さんから僕の部屋に来たって聞いてさ。何か用があったんじゃないかって思って来たんだ。」

「...とりあえず、入ってきてください。」

 扉越しの会話もアレなので、奏に入ってくるように促される。
 入ると、奏は椅子を出してくれたので座らせてもらう。

「....用って言っても、そんな絶対に済ませなきゃいけないって訳でもないんです。...ただ、改めてお礼を言いたかっただけで...。」

「お礼....か。」

 おそらく、あの夢の中での話か、前世の事を言っているのだろう。

「改めて言わなくてもいいよ。僕がやりたくてやった事だ。」

「...そう、ですか...。」

 そう言っても納得してなさそうなので、席を立って奏の頭に手を置く。

「僕にとっては、親しくしていた奏が魅了から脱した。それだけでいいんだよ。お礼を言いたいのも分かるけど、それならこれからは友人として接してくれればいい。」

「優輝さん...。」

「...その方が、僕も嬉しいからな。」

「...うんっ....!」

 やっぱり奏には笑顔が似合う。
 前世では、僕の知る限り最後の方以外あまり笑わなかったからな...。

「......。」

「かやちゃん、嫉妬してる?」

「はっ!?ば、馬鹿言わないで!そ、そんなはずないでしょっ!?」

 ずっと黙ってた椿と葵がそんな会話を繰り広げる。

「えー?でも、羨ましそうに奏ちゃんを見てたよ?」

「っ....そ、そんな事....!」

 否定しようとしている椿の視線は、必死に目を逸らそうと泳いでいた。

「...優輝さん、やっぱりモテてる?」

「...やっぱりって、どういう事だ...?」

「そのまま。」

 ジト目で奏に言われる。....やっぱりってそんな事ないと思うが...。

「(でも、少なくとも緋雪と椿には好意向けられてるんだよなぁ...。)」

 緋雪はもう死んでしまっているけど、間違いなくあれは好意を向けられていた。
 それも、“シュネー”としてではなく、“緋雪”として。
 僕は別にどこぞの主人公とかと違って鈍感ではないからね。
 ...鈍感じゃ、ないよな...?なんか自信が持てない...。

「....あ、そういえば、これ...。」

「あ、渡したままだったな。まぁ、半分は奏が持っていてくれ。」

「うん。ありがとう...。」

 渡していた魔力結晶の半分を返してもらう。...尤も、だいぶ消費されてたが。

「優輝さんのおかげで、新しい戦い方も見つけれたよ。」

「そうか?...なら、よかった。」

 まぁ、見つけれてなかったら時間稼ぎもほとんどできなかったけどね。
 それがわかっていたからこそ、僕は魔力結晶を渡したのだ。

「魔力結晶がない状態で、どこまで使えるか試したいけど...。」

「...あー、さすがに、相手になるのはパスで。まだ回復しきってないしな。」

「あ、じゃああたしが相手になるよ。体力なら回復してるよ。」

 試験的な模擬戦の相手に、葵が名乗り出る。
 ...さすが吸血鬼。あの傷を治して体力も回復したんだ...。

「....負けないわ。」

「こっちのセリフだよ。」

「(...あれ?なんか火花が散っているように...?)」

 ...二人に何かあったっけ?正直名前の字面が似ている程度しか...。(奏、葵)







「(...さて、僕もパワーアップした葵や奏の強さを見るのは初めてだ。)」

 奏はともかく、葵は霊脈とのパスを繋いだ事で全盛期に近づいたからな...。
 どう戦うのか、楽しみだ。

「どうして優輝やその周りはこう...休まる暇がないんだろうね。」

「...なんか、悪いなアリシア。」

 そして、その模擬戦を管理するのにアリシアが割り当てられた。
 ...さすがに、他にもやる事があるからな。
 正式な模擬戦ではないから、トレーニングルームの端で僕と椿が守る形になっている。

「まぁ、軽い模擬戦だから息抜きもできるんだけどね...。」

「軽い...ね。」

 確かに本気ではないが、軽く見えるだろうか...?

「....始まるわ。」

 そして、椿の呟きと同時に奏が駆け出した。
 ...なるほど。葵は迎え撃つつもりか。

「は、ぁっ!」

「っ...!」

     ギ、ギィイン!

 それは一瞬の出来事だった。
 ハンドソニックを使って奏は二連撃を放ち、葵はそれをレイピアで素早く凌ぐ。
 だけど、それは見えない訳でも対処できない訳でもない、ただの様子見だ。

「葵...凄いな...。」

「私としては、奏の動きの方が驚いたわよ。」

「え、えっ?な、何か驚く事があったの?」

 しかし、今のぶつかり合いはただ斬りかかっただけではない。
 アリシアにはそうにしか見えなかったが...。

「葵は最初は普通に受け止めるつもりだったわ。人間と吸血鬼じゃ、力の差が歴然だものね。」

「だけど、葵は()()()()。なぜだかわかるか?」

「...そうしないと、いけなかったから?」

 再び斬り合い、魔力弾も飛び交うようになったのを背景に、アリシアと会話する。
 会話しながらも、ちゃんと試合は見ているから大丈夫だ。

「その通り。...奏はな、攻撃が当たる直前に、その当てる場所をずらしたんだ。」

「ずらす...?」

「そうだな...例えば、武器を叩き落そうと手を狙ってくるだろう?すると、防ごうと狙われた方も動く。そこで、いきなり狙う場所がずれて、腕辺りを狙われるとどうなる?」

「思っていた所と違う場所を攻撃されるから...防御が崩される?」

「概ね正解だな。」

 防御は行う際に、意識を少なからず集中させる。
 だけど、その外...もしくは少しずれた場所から攻撃されると、力が乱される。
 戦闘に関しては未熟なアリシアには分かり辛かったが、概ね理解はしたようだ。

「ちなみに、奏が攻撃をずらすのには、移動魔法を使っている。」

「“ディレイ”...だよね?奏の移動魔法って言えば。」

「ああ。それを瞬間的に使用する事で、先程言った事を実践している。」

 あらゆる“柔”の技を打ち崩す事のできる戦術だ。
 現に、葵も奏の攻撃を“後から判断”して防いでいる。

「消費魔力も全体を見れば相当なものだが、そこはカートリッジや僕の魔力結晶を用いれば解決する事だ。偽物でもそうしてたし。」

「教えられたとしても早々実践できるとは思えないけど...貴方が教えたので間違いないのよね?」

「ああ。...あれは“僕でも防げない戦法”として教えたからな。実践できるかどうかは...まぁ、奏を信じただけさ。...それよりも、葵があれを初見で凌いだのが驚きなんだけど。」

 あれはまさに初見殺し。偽物はあまりにも大きな力量差だったからこそ、初見でも普通に凌いでいたが、僕であれば一撃は確実に喰らっていただろう。

「....幻惑を扱う妖と戦った事がなかったとでも?」

「...あぁ、なるほど。」

 奏の戦法は一種の幻惑に近い。なら、それと同じように動けば多少は防げる..と。
 というか、やっぱり椿や葵たち式姫の戦闘経験は凄いな...。妖は様々な種類がいるから、その種類によって戦法も違い、その経験も凄まじいのだろう。
 確かに僕も戦闘経験はムートの時代も合わせれば相当な量にはなるが、その種類は豊富ではないからな。

「おまけに、奏は先の戦闘と比べて上手く動けていないし、葵は以前よりも強い..か。」

「遠目で見ていたけど、一時的とはいえあそこまで戦えるのが異常なのよ。」

 火事場の馬鹿力みたいなものか?土壇場だからこそ動きが良くなる的な...。

「...あ、奏が負けた。」

「新しい戦法だからな。先に魔力が尽きたか。」

 見れば、戦闘に決着が着いていた。勝者は葵だった。
 まぁ、奏のあの戦法も、葵は蝙蝠になる事で回避できるから、仕方ないか。

「じゃあ、記録取って私は戻るね。」

「ああ。時間を取って悪かったな。」

 そう言って去っていくアリシアを後目に、僕は用意しておいた飲み物とタオルを持って二人の所へ走っていった。

「お疲れ。」

「いやぁ...奏ちゃん、強くなったねぇ...。」

「....負けた....。」

 椿が回復術を掛け、僕は二人に飲み物とタオルを渡す。
 奏、以前と違って目に見えて落ち込んでるな。
 魅了が解けて感受性が高くなったのか?

「奏はまだまだ伸びしろがあるさ。短期決戦なら、僕を上回れるだろうしね。」

「....うん。」

 さて、模擬戦も終わった事だし、どうするか...。

「(....それにしても...。)」

 ふと、そこでアリシアの事を思い出す。

「(あの潜在霊力...。)」

 椿と目が合い、葵にも目配せして頷く。
 ...まずは、一端奏と別れるか。





「...やっぱり優輝も気づいていたのね。」

「ああ。さすがにな。」

「あれにはあたしも驚いたよ。」

 奏と別れ、やってきた...というより、戻ってきたのは僕の部屋。
 ...もう、三人の部屋って事でいいんじゃないかな?

「模擬戦の事を頼む時、まさか動揺を隠す事になるとは思わなかったよ。」

「...今のこの状況じゃ、不用意に教えても意味がないものね。」

 会話の内容は、もちろんアリシアの事。
 ...そう、さっきまで一緒にいたアリシアについてだ。

「潜在霊力...あれ、今の優輝を軽く超えてるわよ。」

「江戸の時でもあれほどの陰陽師はあまりいないよ。」

「ましてや、アリシアは霊術の一つも使えないしな。」

 アリシアには、途轍もない霊力が眠っていた。それも、僕を軽く凌ぐほどの。
 さすがに、今の椿たちには及ばないが、初期でこれ程なのは異常だ。

「霊術と関係ない暮らしをしてきた人間が、あそこまで霊力を秘めているのはあり得ないわ。それに、ついこの前まではその兆候すらなかったのに...。」

「何か理由がある....と。」

 まぁ、それ以外に考えられないな。

「変わったのは...偽物との戦いが終わってからか...?」

「...違うわ。あの時、ようやく合流を果たした時。...思えば、あの時点でアリシアから霊力を感じれたわ。...あの時は戦いの傷もあって気にしてなかったけど。」

「そうなのか...。」

 ...となれば、おそらく変わった時期は校庭での初の偽物戦....。
 .....まさか...。

「魅了が解けた...から?」

「...さすがにそこまで単純じゃ...。」

「でも、原因の一つとして考えられそうだよ。」

 あれ以外に僕らの知っている中で原因らしい原因はない。
 だけど、それだけが原因とも考えられない。

「潜在霊力が感じられるようになったのは、おそらくそれまで魅了で抑え込まれていたから...。魅了が心や魂に作用しているのなら十分にあり得る...。」

「じゃあ、霊力が多いのは他に理由が?」

「...そうなるかな。」

 “霊力が増えた”という原因としては考えられないが、“抑えていた”原因としては十分に考えられる。

「霊力が増える要因ってなんだ?」

「...普通に鍛えるのが主だけど...そうね、生と死の狭間を垣間見たり、幽世や黄泉と関われば自ずと増えるわ。」

「だから、幽霊やそういう類は霊力を持っているんだよ。」

 生死の狭間...臨死体験や、所謂“あの世”と関わったら...か。
 つまりは、“死”を体験すると、霊力が増えるのか...。

「...あれ?そうだとしたら、僕や葵は...?」

「...そういえば、優輝や緋雪も転生したんだったわね。」

 僕や緋雪は二回、葵は一回“死”を体験している。他の転生者(奏達)もそうだ。
 ...僕と緋雪の場合、二回目の死は自覚できなかったけど。

「あたしの場合は、別の次元世界の産物...つまりは魔法系のモノに生まれ変わったから増えなかったんじゃないかな?むしろ、霊力を再び持てた事が凄いってぐらいだよ。」

「...僕ら“転生者”の転生も、普通とは少し違う。...だからじゃないか?」

「なるほどね。生死の狭間を彷徨う事もなく、また普通とは違う転生だったために霊力の増加は少なかった...と。」

 椿曰く、司さんや奏にも霊力はあるらしい。だけど、ほぼ魔力で隠れているとの事。
 むしろ僕や葵のように、魔力と霊力を自然と両立させている方が珍しいらしい。
 葵も式姫としての経験がなければ両立はできなかったらしいし。

「...そういえば、聞いてなかったのだけど、“転生者”とか司の前世も知っている...つまり、“前世”を二つ持っている事も気になるのだけど...。」

「...また別の機会に話すよ。」

 そろそろ椿と葵には話してもいいだろう。
 ...というか、父さんと母さんにも話しておくべきかな。

「でも、さっきの話から考えると、アリシアちゃんは生死の狭間を彷徨ったか、幽世関連のモノに接触したとしか考えられないけど...。」

「...そういう体験をしたのか、タイミングを見て聞かないとな。」

 少なくとも、司さんを助けるまでは聞く必要はないだろう。

「そっとしておけば、別に霊力が暴走する事もない。かと言って一朝一夕で戦力に仕立て上げる事もできない。...なら、今は置いておこう。」

「...そうね。今は、それでいいわね。」

 さて、アリシアの事も一時的に放置するって決めたし、何をするべきか...。

「(偽物が言ったキーワードは...リンディさん達が考えているし、僕は別方向で何か役に立てないかアプローチしてみるかな。)」

 となれば、今できる事となると...。
 ...と、そこまで考え、無意識にポケットに手を突っ込んだ際の感触に気づく。

「(シュライン....あ、そうだ!)」

 サポートに徹していたため、今はスリープモードに入って僕のポケットで眠っているシュラインに触れ、僕は今できる事を思い出した。









 
 

 
後書き
かわいい椿達が書きたかった。>冒頭
ヒロインなのにただ家族って感じがしたので...。
椿はともかく、葵も(いつの間にか&分かり辛いけど)優輝の事を好いているので、ちょっと嫉妬っぽい成分を入れました。
奏と葵が対抗しているのは、一歩離れた所から優輝を見ている者同士だからです。他には同じ銀髪キャラだったり。(親近感があるからこその対抗心みたいな?そこまで深い理由はないです。)

もう一話戦闘なしの回が続きます。 

 

第82話「修理と“帰るべき場所”」

 
前書き
来るべき戦いに備えて...的な話です。
 

 






       =優輝side=





「....ジュエルシードの修理...だと?」

「ああ。簡単に言えば、ジュエルシードが願いを歪めて叶えるのは壊れているからなんだ。...ユーノからある程度は報告されているだろう?」

 休憩していたクロノを見つけ、少し訳を話す。
 僕がやろうとしているのは、ジュエルシード回収前にシュラインに行っていたジュエルシードを本来の状態に直す修理だ。

「確かに本来天巫女が所持していた時の効果と違う事は知っているが...。」

「...あぁ、直せるかどうかか?それなら大丈夫。既に一度直したからな。」

「確かにそうだが...。しかしな...。」

 僕の言葉にクロノは渋る。...まぁ、当然だ。

「本来の状態がわかれば後は簡単だ。...で、貸してくれるか?」

「いや、普通に僕個人で貸せる程の権限は持ち合わせてないんだが。」

「...だよな。」

 ダメで元々だったけど、やっぱりか。
 回収したジュエルシードは全部預けてしまったしなぁ...。

「一応、艦長に聞いてみるが...普通は無理だからな?シュラインの場合は、本当に特別だったからな。」

「分かってるさ。」

 厄介ごとが増えるかもしれないのに、普通はそんな許可は出さない。
 一応という訳で、クロノは少し通信するために席を外した。

「...んー、やっぱりそう上手くはいかない...か。危険性をなくす意味で見たら、これ以上ない程いい手段だと思うんだがな...。」

〈...まさか、今あるジュエルシードを全て直すおつもりで...?〉

 スリープモードから切り替え、話を聞いていたのか、僕の呟きにシュラインが反応する。

「まぁ、ね。時間があればなんだけど。」

〈...確かに、本来の状態であるジュエルシードがここにありますから、それを元に修理できれば可能ですが...。〉

 そこまで言って、シュラインの言葉は途切れる。危険性もあるからだ。
 シュラインが乗り移っているシリアルⅠと違い、他は封印されているだけだ。
 何かの弾みで封印が解け、暴走する可能性もある。
 そうでなければ、危険性の高いロストロギアとして扱われない。

「....何か安全に直す方法はあるか?」

〈あるにはあります。一度優輝様のリンカーコアの治療を中断し、直すジュエルシードの制御に集中すれば、いきなり暴走するという事はありません。〉

「異変が生じれば周りの人が再封印すればいい...って事か。」

 妥当な所だろう。むしろ、そこまで確実に近い方法があるだけ儲け物だ。

「でも、結局許可が降りない限り、修理はできないわよ?」

「そうだよな...。そこは仕方ない。」

 椿の言葉に、僕は諦めるように返す。
 まぁ、普通に考えれば許可など降りずに一蹴されるだろう。

「戻ったぞ。」

「あ、クロノ。」

 そこに、クロノが戻ってきた。

「時間がないが...一度、話をしてから判断するとの事だ。ついてきてくれ。」

「分かった。」

 話をしてから...か。結構、信頼されてるんだな。
 多分、去年辺りだったら一蹴されていただろう。





「ジュエルシードの修理...という事だけど、危険性がなくなるのは管理局としても助かるわ。だけど、その過程が安全とは限らないの。だから、易々と許可は出せないのだけど...。」

「それは分かっています。」

 むしろ易々と許可出されたら管理局を疑うレベルだ。

「できれば、具体的な方法を教えてほしいのだけど...。」

「分かりました。」

 まず、シュラインを取り出す。シュラインの事はリンディさんも知っているから説明の必要はないと考え、すぐに説明に移る。

「シリアルⅠ....シュライン・メイデンが宿っているジュエルシードね。」

「はい。そして、このジュエルシードは本来の状態に直っています。」

「...そうね。」

 既に一つ直っている事に、リンディさんも知っているため頷く。

「シュラインが宿っているからこそ、暴走の心配もなく、安全に直せました。」

〈直接宿っているからこそできた事です。また、優輝様程の魔力操作に長けた人物でなければ、修理はできませんでした。〉

 前提としてシュラインが直っている事を言い、手段を解説する。

「ジュエルシードは、番号こそ振られてありますが、その内部構造は一切同じです。つまり、このジュエルシードの内部構造を解析すれば、不要な所に接触することなくジュエルシードを修理する事ができます。」

〈ちなみに、既に内部構造は解析済みです。〉

 正常な状態のジュエルシードのデータがあれば、それを参考にどこが歪んでいるかすぐにわかるようになる。

「...けど、それでも暴走する可能性はあるわ。」

「はい。ですから...。」

〈私が暴走しないように制御し、念のために異変が生じればすぐに封印できるようにすればいいのです。〉

 僕が...というより、シュラインが説明する。

「なるほど...ね。」

 説明を一通り聞き終わって、リンディさんは少し考え込む。

「...直す事によるメリットとデメリットは?」

「メリットは、他のジュエルシードに対する対抗策になります。また、司さんを救出する際の大きな助けになるかと。...偽物が言っていましたから。ジュエルシード達も、主である司さんを助けたいと。」

「....そうね。」

 他にも魔力を供給できたり、パスを繋ぐことで治療もできる。

「デメリットは...“危険性”がなくなる分、安易に利用されやすいという所でしょうか。ただ、これはシュライン曰く、天巫女が正式に“所有”する事になれば解消されるらしいです。」

「そう...。」

 なんでも、天巫女以外は簡単に干渉できなくなるらしい。
 しかも、所有者の天巫女は干渉される事に気づけるようで、阻止も簡単だ。

「....優輝君の事だし、悪用はないと信じるわ。....今回は特別よ。」

「母さ...艦長!?」

 許可が出た事に、クロノが驚く。
 ...正直、僕も随分あっさり出された事に驚いている。

「ただし、私とクロノの監視を付けるわ。...いいわね?」

「...それだけでいいのなら。」

 リンディさんは、もしかしたら司さんとの戦いを危惧しているのかもしれない。
 ジュエルシード二個分であの偽物の強さだ。いくら神降しという切り札があっても、確実に勝てるとは言い難い。
 だから、少しでも戦力を増やしたいのだろう。

「ではクロノ、ジュエルシードを。」

「...分かりました。」

 リンディさんはクロノに指示を出して、出してあったお茶を飲んだ。
 ....本当に、信頼されているな。なら、それに応えないと。

「長丁場になるだろうけど、付き合ってくれよ?」

「分かってるわ。」

「異常事態での封印は任せて。」

 一緒に来てくれていた椿と葵に声を掛け、僕らはジュエルシードの修理に臨んだ。











       =奏side=





「ふぅ...。」

 昼食に食堂で麻婆豆腐(激辛)を食べながら一息つく。

「(やっぱり、全体的になんだか軽くなった感じ...。)」

 夢の中で魅了が解け、優輝さんとも本当の意味で再会した。
 魅了が枷になっていたのか、解けてから少し体が軽く感じる。
 だからこそ、偽物との戦いでも上手く動く事ができた。
 ...さっきの葵さんとの模擬戦ではあまり上手く動けなかったけど。

「...ごちそうさま。」

 食べ終わり、食器を返しながら私は思考を巡らす。
 ...考えるのは、“聖奈司”さんの事。

「(まるで、“記憶が改竄されていた”という事がなかったかのように思い出した...。)」

 そう、私は司さんの事を思い出していた。
 タイミングは、おそらく魅了が解けた時。
 多分、魅了のついでに記憶改竄も解けたのだろう。

「(...と言っても、思い出した所で何も変わらないのだけど...。)」

 私が思い出した所で、司さんを救う事に変わりはなく、またプラスにもならない。
 ...私は、司さんの過去を知らないから。
 だから、言う必要もないと優輝さん達にも思い出した事は知らせていない。

「(でも...。)」

 それとは別に、一つ引っかかる事があった。
 それは、司さんに対する優輝さんの様子。
 “絶対に助ける”という、強い意志が感じられた。

「(司さんは、優輝さんやアリシア曰く、“心を閉ざした”ような状態。だから、その原因となる事を知って説得しないとまず拒絶されてしまう。)」

 実際、プリエールの時に助けようとした優輝さんは拒絶されてしまった。

「(...司さんの過去は、誰も知らない。知り合ったのは、ジュエルシード事件の時からだから。)」

 それなのに、優輝さんは確固たる意志を以って助けようとしている。
 まるで、過去を...事情を知っているかのように。

「...あの目、どこかで見た事が...。」

 合流して司さんの事を説明していた時の優輝さんの目。あれを私は見た覚えがある。
 確か....。

「(...前世の時....。)」

 一度、前世で優輝さんから“親友”の話を聞いたことがある。
 助けれなかった事を悔しがり、もう二度と同じ事を起こしたくないという意志。
 それが込められたあの瞳と、同じだったのだ。

「もしかして...司さんは...。」

 ...そこまで考えて、頭を少し振る。
 私がそれを考えても意味がない。優輝さんじゃないと、多分解決できないのだから。

「...始まりの場所にして、帰るべき場所....。」

 ふと、司さんの事で、優輝さんの偽物が言っていたキーワードが頭に浮かぶ。
 意味深な言葉で、最後のジュエルシードの在り処を示しているため、リンディさん達がどういう事か調べている。

「もしかして、これって...。」

 複雑なように思えて、結構単純な事かもしれない。
 “帰る場所”...それで思いつくのは、居場所となる場所...例えば家。
 家であれば、“始まりの場所”にも当てはまる。
 なにせ、ほとんどの人は“家”で育ち、成長して人生を歩んでいくのだから。

「(私は違ったけど、ね。)」

 ちょっと自分に皮肉りながらも、それで納得がいく。
 ...と思ったけど、さすがにそんなに単純じゃないよね...?

「偽物とはいえ、優輝さんが遺した言葉だから....。」

 でも、それ以外に思いつかないので、今は考えないようにしよう。

「....奏...?」

「え...?」

 名前を呼ばれて、振り返る。
 そこには...。

「....神夜...。」

「今、あいつの名前を呼ばなかったか?」

 私に魅了を掛けた張本人が、そこにいた。
 あの時の自分が自分じゃないような感覚を思い出し、つい後ずさる。
 それに構わず、彼はさっき私が呟いた事を問い詰めてくる。

「あいつに何かされたのか!?」

「...別に。偽物が言っていた事を考えてただけ。」

 魅了されていた時の記憶を思い返すだけでも、彼は思い込みが激しい。
 優輝さんを目の敵にしている事から、つい対応を冷たくしてしまう。

「嘘つけ!奏は今まであいつの事を名前で呼ばなかっただろう!?」

「.......。」

 ...言われてみて、気づいた。
 記憶を思い返してみても、魅了されている私は優輝さんの名前を呼んだ事がなかった。

「(いくらなんでも、それはひどい...。)」

 恩人である優輝さんと、魅了されていたとはいえ一切名前を呼ばずに接していた事に、私は罪悪感を感じてしまう。
 罪悪感を感じて少し落ち込んだ事に気づいたのか、神夜は過剰に反応する。

「まさか、あいつに何かされたのか!?」

「っ....!」

 ...それも、完全に思い違いをして。
 思わずこちらも過剰に反応してしまう所だった。

「(....落ち着いて。どうせ、どんなに優輝さんを擁護しても意味がない。)」

 彼に対して渦巻く、言いようのない怒りや憎しみを抑え込んで冷静になる。
 多分、魅了されていたから嫌悪感があるのだろう。
 ...それに、何を言っても彼は優輝さんを“悪”と見ている。
 魅了されていた時の時点で、彼はそうだった。

「...気が付いただけ。」

「なに...?」

「あの人に向けていた感情も、想いも、印象も、全部中身のない、ただの“嘘”だったと気づいただけ。...“偽物”の感情だったから、名前も呼んでいなかった。」

 誤魔化す。意味深な感じな事を言っておけば、大体は誤魔化せる。
 ...実際、言った事は事実なんだけどね。魅了のせいで偽の感情を持っていたし。

「それは...どういう...。」

「...私が優輝さんの事を名前で呼んで、何か問題でも?」

 理解が追いつく前に、話を逸らしていく。
 どうせ勘違いするのだから、煙に巻いてしまう方がいいだろう。

「っ、そ、それは...。」

「私は神夜の何?神夜に私の事を縛れる理由はない。」

 そういって立ち去る。...長居しても意味ないだろう。
 それにここ、食堂だし。

「...まだ事件は終わってない。余計な事で反応しないで。」





 ...さて、立ち去ったのはいいけど、どうしようかな...。

「もっと上手く動けるように....はダメ。せっかく休んでいるのに、魔力を消費したら意味がないもの。だったら...。」

 どうしようか、と思考を巡らせていると、エンジェルハートが口を開いた。

〈それでは、シミュレーション内で試してみてはいかがでしょうか?〉

「シミュレーション?」

〈はい。念話のような要領で、脳内で戦闘のシミュレーションを行います。魔力も消費しませんので、動きに不安があるならば是非。〉

 ...確かに、それならちょうどいいかもしれない。

「なら、部屋に戻らないと...。」

〈はい。〉

 少し早歩き気味に、私は自室へと足を向ける。
 ...次の戦いで足を引っ張る訳にはいかないから...ね。











       =out side=







「........。」

〈....完了です。正常に戻りました。〉

 シュラインの声が響き、優輝が手を翳していたジュエルシードから淡い光が消える。

〈さすがですね。残り三つです。〉

「...さすがに、慣れてきたからな。」

 今、アースラにあるジュエルシードは、シュラインを除いて九つ。
 その内、既に六つは優輝の手によって正常な状態へと戻されていた。

「凄いな....。」

「....シュラインを直した時は手探りだったけど、今は“元”があるからね。精密な魔力操作ができれば、ほとんど作業だよ。」

「その精密な魔力操作が鬼門なんだが...。」

 相変わらず普通ではできない事をやってのける優輝に、クロノは呆れる。

「残り三つ...慣れてきたし、もう少しスピードを上げるか。」

「まだ上がるのか...。」

 優輝は次のジュエルシードに手を翳し、ペースを上げていった。





「....よし。」

〈完了です。これで今あるジュエルシードは全て正常になりました。〉

 優輝の周りを漂うように九つのジュエルシードが浮かぶ。
 封印魔法が解けてあるジュエルシードだが、暴走する気配はなかった。

「...結局、ロストロギアなのが嘘なほどあっさり終わったな...。」

「簡単のように言うけど...クロノ、優輝君がやっていた事...。」

「分かっています...。」

 クロノは、監視の際にデバイスで優輝が行っていた事を解析していた。
 そして、その解析データを見て、クロノは戦慄する。

「...エラーの嵐...。システム外の“ナニカ”で直してある...。」

「まるで、地球のアニメにあるファンタジーのようね...。」

 本来、ミッドチルダやベルカ式の魔法は、科学的な側面があり、術式がまるでシステムのプログラムのようになっている節がある。
 アースラなど、どこかSFチックなのもそれが原因だ。

 しかし、優輝が行っている事は、それに当て嵌らなかった。
 それどころか、地球の“魔法”や、霊術の術式ともどこか違っていた。
 まるで“そうするためだけにある魔力”のように、術式を必要としていなかったのだ。

「...概念的な側面からの干渉です。...こればかりは、“感覚”で魔力を扱わないと上手く行きませんからね。」

「概念的...つまり、形を為さないのか...?」

「そういう事。ジュエルシードの本質は“祈りの結晶”だからね。術式というより、思念の塊なんだ。...だから、こちらも思念を使って干渉するしかない。」

 思念に魔法のようなシステムを用いて干渉するというのは、煙などに直接殴り掛かるようなものだと優輝は説明する。

「...理解も納得も追いつかないな。」

「無理に理解をする必要もないけどな。理屈で成り立ってる訳じゃないし。」

 頭を悩ませるクロノに優輝はそういう。

「言霊...言葉に力を持たせるというものが、日本にはあるわ。似たようなものなら、他にもあるかもしれないけど...。」

「所謂概念を扱う術...って感じかな?日本じゃ、神々がよく扱ってたよ。あたしは実際に見た事ないし、かやちゃんの記憶からの話だけど。」

 椿と葵の補足も付け足され、クロノは“優輝だから仕方ない”と考えるのを放棄した。

「....さて、と。これで今あるジュエルシードは全て直しましたけど、どうしますか?」

「そうね...優輝君は扱えるのかしら?」

「一応は...ですね。シュラインを介せば、ある程度のコントロールが利きます。」

 優輝の言葉を聞き、リンディは少し考え込み...。

「...じゃあ、戦闘になるまではこちらで預かるわ。戦闘時は全て優輝君に一任するつもりだから、きっちり責任を持つようにね?」

「艦長!?」

「分かってますよ。」

 明らかに優輝を贔屓するような発言に、クロノは驚く。
 しかし、クロノも管理局員として驚いているだけで、優輝に預けるというのは理解しているみたいだった。

「さて、私たちも少し休憩したら仕事に戻るわ。優輝君もまだ時間はかかりそうだし、ゆっくりして頂戴。」

「...休憩したらって言いますけど、僕がジュエルシードを直している時、途中から少しくつろぎながら見ていましたよね?」

「........。」

 そう指摘されて、リンディは目を逸らし、クロノは苦笑いする。
 そう。リンディは途中からお茶を飲みながら優輝を監視していたのだ。
 ...一応、これは信頼から来る行動である。監視としては不適切だが。

「まぁ、なんでしたら手伝いますよ。じっとしてるのは性に合わないし、休息なら既に十分取ったので。」

「...邪魔にさえならなければいいが...。艦長?」

「ええ、いいわよ。クロノの言う通り、邪魔にはならないようにね?」

 許可ができたことで、優輝達もクロノ達を手伝う事になる。
 尤も、今やる事は戦いに備える事と、偽物が遺したキーワードから最後のジュエルシードを割り出すだけだが...。

「それはそうと、休息を十分に取ったというけど、さっきの修理でそれなりに体力使ったわよね...?」

「そうだよ優ちゃん!それにリンカーコアも回復しきってないでしょ!?」

「だ、大丈夫だって二人とも...。」

 詰め寄る椿と葵に、優輝はたじろぐ。

「...はぁ、戦闘系じゃないから、別にいいんだけどね...。ちゃんと万全は保っておきなさいよ。」

「分かってるって。」

 本気で心配していると分かっているので、優輝も素直に頷く。

「とにかく、昼食がまだだから食堂に行くよ。二人とも。」

「もうあたしお腹ペコペコだよー。」

 優輝の呼びかけに、二人はついて行く。





「ごちそうさま...と。」

「何気のここの和食、腕を上げてきてるわね...。」

 昼食を食べ終わり、三人は一息つく。
 ちなみに、クロノとリンディも違う席で同じく昼食を取っていた。

「ジュエルシードはOK、体力も万全だし、リンカーコアは...まぁ、仕方ないか。」

「クロノから聞いておいたけど、やる事と言っても態勢を立て直すのが主みたいだよ?ジュエルシードの場所の割り出しは片手間でもできるらしいし。」

「そうか...。」

 “それではどうしようか”と優輝は少し悩む。
 実際、忙しい人はそこまで多くないのだ。正しくは、忙し“かった”と言うべきか。

「....始まりの場所にして、帰るべき場所....ね...。」

「偽物が言っていた事?」

「ええ。どうせやる事も少ないし、これについて考えましょう。」

 椿の提案に、二人も賛成する。

「...と言っても、その言葉で思い当たる場所なんて...。」

「...あたし、一つだけすぐに思い浮かんだんだけど。」

「僕を基にしてたからか、僕も一つ思い当たったよ。」

 そして、すぐに三人とも一つ思い当たり、口にする。

「始まりの場所...それは、生まれ、育った場所の事。」

「帰るべき場所は、“居場所”であり、安らぎを得られる場所の事。」

「それが当て嵌ると言えば....司さんの家に他ならないよな。」

 それらしく言ってみるが、ちょっと考えればすぐにわかる事だった。

「なまじ僕の偽物が言っていたから、皆深読みしすぎたんだろうなぁ...。」

「司の記憶がないのも原因じゃないかしら?」

「ああ、なるほど。」

 優輝達は既に思い出したから影響がないが、他の皆には司の事を思い出せないように認識阻害が掛かっている。
 それによって思考が惑わされ、“司の家”という答えが導けなくなっていたのだ。

「影響がなくなったせいで忘れていたよ。僕らも滅茶苦茶惑わされてたのに。」

「うーん、あの思考が上手く纏まらない感覚、思い出したくもないなぁ...。」

「同感。なんというか、徹夜を何度もして、さらに途轍もなく眠くなって思考能力が落ちてるような感覚だった。」

 何とも言えない感覚を思い出し、三人は苦笑いする。

「とりあえず、クロノ達に伝える?」

「そうするよ。」

 そういって優輝達は立ち上がり、クロノとリンディのいる席へ歩いて行った。









 余談だが、そのすぐ後に優輝達にキーワードの事を言われ、なぜ気づかなかったと頭を抱えるクロノがいたらしい。









 
 

 
後書き
つい最近の戦闘回との文字数の差が2000...さすがに長すぎたと思っていましたけど、短くなりすぎた感が否めません。

何気にクロノ達は優輝達にだいぶ信頼を置いています。
そして、奏が神夜に一言物申しました。まぁ、魅了が解けたキャラはどんどん織崎から離れていきますからね。

次回は最後のジュエルシードです。 

 

第83話「最後のジュエルシード」

 
前書き
さて、ジュエルシードは残り一つです。(地球上では)
さすがに偽物程苦戦させません...が、緋雪やユーリを再現した例もあるので、当然苦戦はします。
 

 






       =優輝side=





「...優輝達のおかげで、最後のジュエルシードの場所が分かった。」

 僕らがクロノ達にキーワードの答えを教えてしばらく。
 再び全員が会議室に集まっていた。

「どうやら、僕らが“聖奈司”を思い出せない認識阻害に掛かっているのと同じように、キーワードの“答え”に辿り着く事を阻害されていたようだ。」

「...結局、あの言葉の答えって...。」

 直接言葉を聞いていたなのはが聞き返す。

「...単純だ。始まりにして帰るべき場所...。そんなの、生まれ育った場所で、いつも帰り着く“居場所”である家しかない。」

「ああっ!」

「っ...!」

 納得したようになのはは声を漏らす。
 ...それと、奏が“ホントに単純だった!?”って感じに驚いていた。

「それで、場所を教えてもらって実際にサーチャーを送ってみたが...僕らでは上手く認識ができなくなっていた。」

「それは一体...。」

「...さっき言った認識阻害さ。」

 フェイトが聞き返し、クロノが答える。

「サーチャーを通して見ても、“そこにある事”が認識できなかった。」

「...記憶を思い出している優輝達や私を除いて...ね。」

 付け加えるように言ったアリシアに、皆の視線が集中する。

「現に、私が見た場合だとしっかりとそこにジュエルシードがあったよ。」

「だが、それを封印しに行くには阻害を受けている僕らでは少々厳しいかもしれない。」

 “そこで”と言って、クロノは一度僕らを見渡す。

「ジュエルシードの暴走体の事も懸念して、少数精鋭で行こうと思う。まず、認識阻害の影響がない優輝と椿と葵は確定だ。休んだばかりだが...頼めるか?」

「大丈夫だ。」

 僕が頷くと、椿と葵も同じように頷いていた。
 ...リンカーコア以外、きっちり休んだからだいぶ癒えている。

「後は僕を含めて何人か....なんだが...。」

「ジュエルシードの結界内がどんな状況かわからないから、臨機応変に対応できる人が望ましい...って訳だよ。」

 臨機応変に...か。それならば、戦闘経験が豊富な人物がいいけど...。

「....私が行くわ。」

「奏!?」

 そこで、奏が立候補する。

「...確かに、奏は偽物戦の時に大活躍をしたが...。」

「大丈夫。...認識阻害なら、影響がないから。」

「....何?」

 そういって、奏は僕の方を見る。もしかして...と思って見つめると、奏は頷く。

「...いつ、記憶が?」

「ジュエルシードの暴走体との戦闘中。夢の中から脱出する際に...。」

「なるほど...ね。」

 記憶が復活して、認識阻害を受け付けないのなら入れた方がいいな。

「クロノ。」

「ああ。奏も参戦だな。他には...。」

 臨機応変っていうのも必要だけど、それ以上に認識阻害をどうにかできれば...。

「(認識阻害は所謂“司さんに関する事”が思い出せないように掛かっている。認識阻害を無効化するには、司さんの事を思い出しておく必要がある。でも...。)」

 それ以外に何か手段がないか思考する。

「(...あれ?“司さんに関する事”...?なら、最初から司さんを知らない人はどうなるんだ?)」

 認識阻害は司さんを思い出さないためのもの。
 なら、最初から知らない人は大した影響を受けていないでは...?

「...優輝、何か思う所でもあったのかしら?」

「...いや、ちょっとね。」

 考え込んでいたのが椿にばれ、視線が僕に集中する。

「.....僕は母さんと父さんを推薦するよ。」

「...理由を聞いてもいいか?」

 当然ながらクロノに理由を聞かれるので、答える。

「一言で言えば、認識阻害の影響が薄いかもしれないから...かな。認識阻害は司さんに関する事を思い出さないようになっている。でも、母さんと父さんは最初から司さんを知らない。だから...。」

「そうか...!それならば...!」

 ...でも、この推測には少し穴がある。
 認識阻害によって、司さんに関する事は“なかったこと”にされている。
 ならば、例え最初から知らない場合でも認識阻害の影響はあるかもしれない。
 まぁ、それでも他の人よりはマシかもしれないけどね。

「...この面子で行くこともできるが...他に誰かいるか?」

 人数は十分。そう思ってクロノは皆を見渡す。
 そこに、一つの意見が挙がった。

「あの、私も行っていいですか?」

「リニス...?」

 そう、リニスさんが立候補したのだ。

「...なんとなく、私が行かなきゃならないと思えたので...。」

「...リニスさんは、司さんの使い魔だからね。何かしら思う所はあるんだろう。」

「そうか....よし、リニスなら臨機応変な対応ができるだろうし、いいだろう。」

 僕とシュライン以外で、最も司さんを理解しているとすれば、それはやはりリニスさんだろう。だからこそ、僕もリニスさんは参戦するべきだと思えた。

「...これ以上は大人数だな。なら...。」

「おいおい、誰か忘れちゃいねぇか?」

 ...大人しいと思ってたけど、そんな事なかったか。王牙...。

「悪いが定員オーバーだ。控え組として待機していてくれ。」

「はぁ!?どう考えてもそいつより俺が行った方がいいだろうが!」

 おー、久しぶりに突っかかってきたな。
 いや、小さい事なら度々突っかかってきたけどさ。魔法関連では久しぶりだ。

「お前は臨機応変な対応ができないし、認識阻害の影響も受けている。それなのに余計に人数を増やすのは愚策だ。他の皆は理解しているぞ。」

「なっ...!?」

 周りを見れば、あの織崎も理解していた。
 ...まぁ、僕が参戦している事にどこか納得がいってなさそうだが。

「...理解したか?」

「......ちっ。」

 王牙も納得はしていないが、理解はしたようで不機嫌ながらも座りなおす。

「さて、じゃあさっき言ったメンバーで行こう。」

「待ってくれ。今から行くのか?」

 まるで今から行くかのように言うクロノに、織崎が質問する。

「ああ。全員、十分な休息は取った。それに、優輝やアリシアの話を聞く限り、あまり悠長にはしていられない。」

「...そうか。」

 司さんは半年近くもの間、誰にも気づかれず、しかも飲まず食わずで過ごしている。
 シュラインや偽物の言動から、まだ生きているのは確実だろうけど、それでもできるだけ早く助けた方がいいだろう。

「準備ができ次第、管制室に集まってくれ。」

「了解。行くよ椿、葵。」

 準備と言っても、ほとんど必要ない。常備しているからな。

「....頑張ってね。皆。私も認識阻害の影響がないから、アースラからのバックアップは任せて。」

「ああ。頼りにしてるよアリシア。」

 アリシアの激励を受け、僕らは管制室へと向かう。





「お待たせしました。」

「よし、これで全員揃ったな。」

 先ほど決まったメンバー。僕、椿、葵、奏、母さん、父さん、クロノ、そしてリニスさんの八人が揃う。

「既に結界は張ってある。僕とリニスではほぼ確実に認識できないだろうから、案内は頼むぞ。」

「分かった。」

 そして、そのまま僕らは司さんの家の前に転移した。





「司さんの両親は巻き込んでいないよな?」

「当たり前だ。アリシアから聞いた限りじゃ、その二人は魔法について知っているそうだが、だからと言って巻き込む必要はない。」

 誰もいなくなった結界内の司さんの家のドアを開く。
 そして、そのまま二階へと歩いていく。

「...なんというか、不法侵入みたいね。」

「言わないでくれ母さん...。自覚してるから。」

 いくら世界をずらした状態である結界内でも、罪悪感はある。

「あら?まだ司の事を思い出せてない時に、この家に入ったのは誰だったかしら?」

「うぐ....!」

 今更掘り返さないでくれよ椿...!

「...つ、着いたよ。...見える?」

 とりあえず、ジュエルシードがある司さんの部屋の前に着く。
 思い出す前と違い、僕らには普通に認識する事ができていた。
 ...が、他の皆は違ったようだ。

「いや...ここまで来ても認識できない...。」

「私たちもよ。」

「...私は見えるけど...。」

 やはり、母さんや父さんですら見えないようだった。
 そして、奏には見えていたようだ。

「とにかく、入るよ。どんな感覚に見舞われるかわからないから、しっかり備えて。」

 ドアを開け、中に入る。
 クロノ達にとっては壁に向かっていくようなものだったけど、僕らに追従する事で何とかついてくる。

「見つけた...。」

「皆、行くよ。」

 奏がジュエルシードを見つけ、僕がその結界に触れて入り込む。
 瞬間、世界が歪んだ。



「っ....!これ、は...。」

「家の前...?」

 結界内に入り、目を開けると...そこは、司さんの家の前だった。

「戻された...って訳じゃなさそうだ。」

「そのようですね...。」

 一瞬家の前に戻されたかと思うが、それは違った。
 今まで通り、景色にノイズが走っており、何より空が闇を表すように黒かった。

「...今までとはまた違った結界...。これはこれで異色だな...。」

「僕らが認識できるという事は、結界内には認識阻害が掛かってないのか?」

 何か嫌な感じのする結界内だ。まるで、心の中を覗かされているような...。

『皆、聞こえる?』

「アリシアか?聞こえるぞ。」

 そこへ、アリシアからの通信が入る。
 その事から、この結界内は別に通信を遮断するような事はなさそうだ。

「そちらからモニターはできているか?」

『一応ね。だけど、ノイズ混じりだから良好とは言えないよ。』

「途切れる可能性もあるのか...わかった。できる限りそっちでもモニターを頼む。」

『了解。』

 そこで一端通信を切り、状況を把握する。

「...ねぇ、この周り...家から離れた所...。」

「...まるで、ここだけ切り離されたかのようだな...。」

 母さんと父さんがそう呟く。
 ...結界内の異常な光景は、空だけじゃない。
 家から20mほど離れた所から先は、まるで暗闇のように見えなくなっているのだ。
 空は見えるのに、20m先の景色は見えない。
 矛盾した不気味な空間...そうとしか言えなかった。

「気持ち悪い...。」

「ああ。なんというか、“負”を表しているようにも見える。」

 もしかしたら、この結界は司さんの“負”の側面を表しているのだろうか。
 そうとも思える程、結界内は不気味に思えた。

「とにかく、もう一度中に入ろう。この家が中心になっているって事は、中にジュエルシードの暴走体があるはず。」

「...そうだな。」

 意を決して家の扉を開ける。

「っ....!?」

「な、な...!?」

「これ、は....!?」

 家の中は、明らかに現実での構造と違っていた。
 まるでホラーゲームにあるような迷宮。そんな迷路が奥まで続いていた。

「...これは、完全に異界と化しているわね...。」

「心象風景というか...とにかく、“負”を凝縮したような世界だね。」

 椿と葵が冷静にその光景を分析する。

「心象...これが、司さんの心なのか?」

「ええ。...迷宮に、まるで“負”を塗り固めたかのような雰囲気。」

「さしずめ、殻に閉じこもっているって所だね。しかも、誰にも気づかれたくないと来た。」

 全てを拒絶し、自分がいなくなればいい。
 そう思っていた司さんに、確かに合っている光景なのかもしれない。

「...進もう。進まなきゃ、何も変わらない。」

「そうね。」

「行くよー、皆。」

 覚悟を決め、中へと足を踏み入れる。
 葵が呼びかけてくれたおかげで、皆もハッとして僕についてきた。





「...不気味なくらい何も出てこないな...。」

 通路を進んでいく中、クロノがそう呟く。
 明らかにホラーゲームのように不気味な道なのに、何も出てこないのだ。
 迷路状になっているため、行き止まりもあったが、それ以外何もなかった。

「タンスにテーブル、イスとかが偶にあるけど...それだけか。」

「偶にタンスで通路を作られたりしているね。」

 まさに寄せ付けたくないような入り組み具合。
 ただただ不気味な雰囲気の通路が続いていくだけだ。

「.......っ。」

「こ、こういうの苦手だわ...。」

 見れば、奏や母さんがこの雰囲気に中てられて怖がっていた。
 クロノも少しばかり怖いのか、冷や汗が見えた。

「...なぁ、少し...聞いてもいいか?」

「...?どうしたんだ?」

 会話が少ないのが嫌なのか、クロノが何か話題を振ってくる。
 ...前方は葵が、後方は椿が警戒しているから、会話には応じれるな。

「...ここまでの迷宮を、思念を受け取っただけのジュエルシードが生み出しているんだ。...それほどの暗い想いを抱くという事は、相応の過去があった...。優輝、君はそれを知っているようだな。できれば聞かせてほしい。」

 その言葉に、皆も気にするように僕を見る。

「....あまり、口外したくはないんだけどな...。いいよ。」

 少し間を置いてから、僕は話し出す。

「まず、前提として、僕...それと司さんには“前世の記憶”がある。」

「前世...なるほどな...。」

「.........。」

 奏は知っているため、黙って聞く。椿や葵は前に保留にした事だと気づいたようだ。

「母さんや父さんには、前に少し話したよね?」

「...ああ。もしかして、司ちゃんも...。」

「...あれとは、また違う前世だよ。」

 司さんも導王時代の人物なのかと思う父さんの言葉を、僕は否定する。

「待ってくれ。違う前世...?まさか、二回も生まれ変わったのか...?」

「...あれ?なんでクロノがそれを...。」

 ...一度、話を整理した方がいいかもしれない。

「ちょっと待って。わかりやすいように一から簡単に説明するよ。まず、僕には二つの前世がある。司さんが心を閉ざした原因のある前世と、“導王”として存在していた、前世のさらに前世。」

「...細かく言えば、前世はこの世界とは全く違う、別世界...。」

 奏が補足する。...まぁ、言っても言わなくても今は変わらないか。

「クロノは、なんでその両方を....って、そうか...!」

「...本当、勘がいいな君は...。でも、口外はしないでくれよ?」

 僕が過去に行った時、皆の記憶は封印したと思っていた。
 でも、事件そのものをなかった事にする訳にはいかないため、なんらかの形で記録を残しておかないといけない。
 ...それでクロノは記憶を封印していなかったんだ。

「え、えっと、優輝?一人で納得してもわからないのだけど...。」

「...まぁ、ちょっとした事情で覚えていたってだけだよ。」

 むしろ気になってしまう納得の仕方だったため、母さんが聞いてくる。
 詳しくは説明できないので、それを適度にはぐらかす。

「...“導王”として存在していた前々世は強さの原点ってだけで、今は関係ないから飛ばすよ。...それで、前世の話なんだけど...。」

 脳内で何を説明するか適当に整理し、話し出す。

「まず、司さんの前世の死因は、大量出血と衰弱。...虐待の末、刺されたんだ。」

「なっ....!?」

 死因を言うと、皆が驚く。
 虐待...つまり、家族に暴力などを振られた挙句、殺された訳だ。
 親である母さんや父さんはもちろん、クロノやリニスさん、奏も大いに驚いた。

「なんで、虐待を...。」

「...聖司...あ、司さんの前世は“祈巫聖司”って言って、元は男だったんだけど...聖司はある日、突然病気にかかったんだ。それも、治るかわからない程重い病気にね...。」

 リニスさんの呟きに答えるように、僕は歩きながら話を続ける。
 ...皆、黙って聞いている。椿や葵も警戒を怠らずに耳を傾けていた。

「最初は、それを治そうと聖司の両親も必死だった。だけど、段々とお金がなくなっていって...切羽詰まった両親は、日に日に心を病んでいったんだ。」

「...病気を治そうとして、お金を使い果たしてしまったのか...。」

「心を病んでいった両親は、そのうち病気にかかった聖司を恨むようになっていったんだ。そして、挙句の果てには治らないと思って、聖司を生命保険にかけた。」

 それは、詰まる所息子を死なせてでもお金を取り返そうという事。
 その事に、皆が絶句する。

「...奇跡的に病気を快復して退院したんだけど、ある意味では病院にいた方が良かっただろうね。...退院してからは、聖司にとっては地獄だっただろうから...。碌に食事は与えられない。顔を合わす度に睨まれ、暴力を振られ...ストレスの捌け口にされた。」

「っ、ひどい...。」

 奏が辛そうな顔をしながらそう呟く。
 ...ああ、僕も事情を聴かされた時そう思ったさ...。

「両親は借金に借金を重ね、聖司も心が壊れていったんだろうね...。そして、衰弱していった頃に、母親が聖司を殺そうと襲ったんだ。」

「っ....!」

 誰かが息を呑む。...この後どうなるか、予想がついてしまったからだろう。

「聖司は必死で逃げた。...そこで、前世での僕と鉢合わせしたんだ。」

「...優輝...。」

 ...無意識の内に、僕は手を力強く握りしめていた。

「怯える聖司に対して、どうしたのか僕が疑問に思っている内に、件の母親が来て...聖司は、護ろうとした僕を庇って、刺されたんだ...!」

「優輝...!無理しなくていいのよ...!」

 宥めるように母さんが言う。
 ...いつの間にか頬を涙が伝っていた。...やっぱり、辛い思い出なんだな...。

「大丈夫...。話を続けるよ。...刺された後、僕は周りに集まっていた人に警察と救急車を頼んで応急処置にあたったんだけど...聖司の体はあまりに衰弱していて...。」

「...そのまま....か?」

「...ああ。...その時、聖司の母親が言っていたんだ。“あんたなんかに....幸せなる権利なんてないわよ....!”って....。」

 ...おそらく、それが今の司さんの心を蝕む元凶なのだろうと、僕は思っている。

「....ひどい...な。」

「ああ。...幸せになるのに、権利なんていらない。なのに、聖司は母親に全てを否定されたんだ。」

 理不尽...この一言に尽きるだろう。
 誰だって、好きで病気にならないし、何よりも助けようとしていた癖に、掌を返すように追い詰めたのがあまりにもひどい。

「...でも、どうして今の状況に...。」

 そこで、父さんが呟くようにそういう。
 確かに、今話した部分だけでは、司さんがいなくなろうとした理由に直接は繋がらない。

「....司さんは...聖司は優しすぎたんだよ。それこそ、自分が関わった事であれば、なんでも責任を持とうとするぐらいに。」

「...まさか、殺される状況になったのも...。」

「....死ぬ寸前、聖司は、さ...申し訳なさそうな顔してたんだよ。まるで、巻き込んでしまったと謝っているような...いや、“自分が生きていて悪い”と思っているように...。」

 リニスさんが感付き、それに続けるように僕は語る。

「前世で僕は天涯孤独になってね...。生活面では無理だったけど、精神面では聖司によく助けられていたんだ。...それだけじゃない、聖司は皆に分け隔てなく優しさを振りまいて....それは、“聖奈司”に転生しても変わらなくて...。」

 脳裏に過るのは、小さい事から、大きい事まで人の助けとなっている聖司、もしくは司さん。...優しすぎた故に、それを否定され、心が壊れたんだ...。

「一度全てを否定されて、悪い方向へと考えてしまう悪循環に陥ってしまったんだろうね...。だから、今はこうしてどこかで誰にも気づかれないように閉じこもっている。」

「.........。」

 ...一通り話し終わって、皆は黙り込んでいる。
 色々と、思う所はあるのだろう。いつも明るい笑顔の裏で、ずっと思い悩んでいたのだから。

「...僕は、目の前で聖司を...親友を死なせてしまった。...だからこそ、今度は助けたい。助けられなかった贖罪として...何よりも、“親友”として...!」

「優輝...。」

 話している内に、決意が新たに固まる。
 辛い思い出だと、悲観はしない。...でも、もう二度と起こさないと誓う。

「....ごめん、長々と話しすぎたね。」

「大丈夫よ。特に何かが起こる気配もなし。逆に言えば、何も変化がないからちゃんと進めているかも不明だけどね。」

 ずっと警戒していてくれた椿がそういう。

「...助けなきゃね。」

「...ああ。」

 葵も、僕の隣に立ちながらそう言った。

「何度か、階段を下りたけど、最深部には着かないわ。」

「...この家には地下はないはず。なのに階段を下りるというのは...。」

「まるで、深層意識に入っていくのを表しているみたいだね。」

 本当に、この結界内は司さんの心を表しているようだ。
 暗く、入り組んだ迷路のような通路。“負”の感情に雁字搦めに囚われ、抜け出せなくなっている...まるでそんな感じだ。

「...でも、そろそろよ。」

「そうだね。」

 椿と葵の言葉に、全員が前方に集中する。

「...今までになかったものが来たよ。」

「扉...。」

 それは、なんの変哲もないただのドア。
 ...だけど、それはまるで最深部と言わんばかりにポツンとあった。

「...突入する前に、僕から一つアドバイス。」

「ん?」

 扉を開けながら、僕は言葉を紡ぐ。
 扉を開けた先には、もう一つ扉が。どうやら、複数扉が並んでいるらしい。

「...司さんを助けるつもりなら、決して“負”の感情には呑まれないで。そうでなければ、彼女は絶対に救えない。」

 そういって、最後の扉を開け放った。











 ...そこには、散らかり、ボロボロになった部屋と...。

 部屋の隅で蹲るように座る司さん...その姿をしたジュエルシードがあった。











 
 

 
後書き
毎回存在を忘れそうになる王牙ェ...。
結界内はなんとなくまどマギの魔女結界をイメージしながら描写しました。
“負”を表現するには不気味さを出すべきですので...。

次回、戦闘です。悪堕ちするとパワーアップする方式をふんだんに使ってあります。 

 

第84話「今度こそは」

 
前書き
司の使い魔なのだから、何とかしてリニスを目立たせたい。
...というか、原作キャラに見せ場をやりたい。(ただの技量不足)
 

 






       =out side=





「モニターが...!」

 アースラから結界内の様子を見ていたアリシア達だが、突然モニターが乱れる。

「...魔力が、ジャミングの効果を持っているみたい...。」

「ダメです艦長!これでは...!」

 元々、通信状況は良くはなく、音声は届いていなかったモニターだが、ここに来て画面がノイズに塗れ、見る事ができなくなってしまった。

「...最深部まで辿り着いたのは見えたわ。後は、無事に回収してくるのを信じなさい。」

「...はい!」

 リンディは、見えなくなったモニターの先を見つめるように、全員にそう告げた。

「(...クロノ、頼んだわ...!)」

 リンディ自身、そう願いながら、ただ皆の帰りを待った。







「なんだ...これは...!」

 一方、最深部に入った優輝達は、その部屋の雰囲気に戦慄していた。

「....心が壊された聖司の部屋...それと酷似しているよ。」

 それは、まるで“心の闇”を表しているかのようで...。

『―――!!』

「っ、ぁ....!?」

 部屋に入った事で、司の姿をした暴走体は、金切り声のような悲鳴を発する。
 その瞬間、重圧のようなプレッシャーにクロノ達は見舞われる。

「皆!気をしっかり持って!」

「っ....!」

 無事だった優輝、椿、葵が全員に呼びかけ、何とか復帰させる。

「“扇技・護法障壁”!」

     ギィイイン!!

 追い払うためだろうか。暴走体から一筋の閃光が迸る。
 それを、優輝は霊力で障壁を張り、防ぐ。

「優輝...なんだ、これは...!」

「...これは、司さんが...聖司が、ずっと心の内で溜め続けていた“苦しさ”だ。...助けたいのならば、これくらいは耐えて見せろ...。」

 その言葉に、まずリニスが立ち上がる。
 それを追うように他の皆も立ち上がった。

「...そうですね...この程度...!...あぁ、覚えていませんが、感覚には既視感があります...。私は、こんな感情を、使い魔として感じた事があります...!」

 瞬間、リニスは魔力弾を放つ。
 その魔力弾は、全員に飛来していた暴走体の魔力弾を次々と相殺する。

「...だからこそ、ここで立ち止まれません...!!」

「....!来るぞ...!」

 全員が完全に立ち直った瞬間、暴走体から高エネルギーが発せられる。
 そのエネルギーは、一つ一つが閃光や魔力弾となり、全員を襲う。

「っ、各自で凌げ!先手を打たれた以上、闇雲に突っ込まないように!」

「了解!」

 クロノが指示を出し、各々自力で閃光と魔力弾を凌ぐ。
 優輝、椿、葵、奏は大体を躱し、時たま弾いて逸らす。
 クロノとリニスは、空中を飛んで大きく旋回するように立ち回って躱した。
 優香と光輝は互いに庇いあうように立ち、全てを防ぎきる。

「...ふっ!」

「“ソニックエッジ”!」

 回避の合間に、椿が矢を、光輝が魔力の刃を暴走体に放つ。
 防御行動を一切取らない暴走体だったが、二つの攻撃が当たりそうになった瞬間...。

     キィイイン!!

「っ、防がれた...!」

「超高密度の魔力障壁...。それだけじゃない。何か特殊効果が付加されている...!」

 攻撃は、水面に波紋を広げるように、六角形の透明な障壁に阻まれる。
 それを見た優輝は、その障壁が並大抵の攻撃では貫けないと悟る。

「っ...!避けろ!!」

「っ!くっ...!」

 優輝の咄嗟の叫びに、椿はそこから飛び退く。
 その瞬間、寸前まで立っていた場所が、何かに圧し潰されたようにひしゃげる。

「...あの障壁、あんな使い方もできるのか...!」

「来るわよ!皆あの攻撃をまともに受けないで!」

 椿に放たれたのは、暴走体を守っていた障壁。
 それを圧縮し、放出するように撃ちだす事で、対象を圧し潰すようだ。

『―――!―――!!』

「っ....!」

 暴走体の攻撃を凌ぎ続ける優輝達に、再び金切り声が響く。
 まるで、優輝達を拒絶するかのように放たれた声は、再び優輝達の心を蝕む。

「(...あぁ、司さんの悲しみが伝わってくる..。)」

 その叫びには、司の心を表すように、悲痛に満ちていた。
 “ごめんなさい”と懺悔のように優輝達の頭の中を暴走体が発する思念が反復する。

「.....っ。」

 所謂精神攻撃。それを受けた優輝達。
 本来なら、少しは動きが鈍くなるが...顔を上げた優輝は違った。

「...もう、繰り返したくはない。」

 その言葉を皮切りに、優輝は駆けだした。









       =優輝side=





「っ、ぉおっ!!」

     ギィイイン!

 振るった剣が、障壁に阻まれる。
 どうやら障壁はただ堅いだけでなく、衝撃も吸収するようで、刃がめり込んだ。

「まだ、まだぁ!!」

 振るった剣から手を放し、新しく創造する。
 ...リヒトは今はグローブ形態だ。武器は創造魔法で補っている。

「はぁあっ!!」

     ギィイイン!!

 回り込み、再び剣を振るう。

「っ...!」

 刹那、僕はそこから飛び退く。
 すると、寸前までいた場所が陥没する。障壁による圧殺攻撃だ。

「くっ....!」

     ギギギギギギィイン!!

 放たれた魔力弾と閃光を弾き...振るわれた魔力の触手を跳んで躱す。
 最深部の部屋は、最初は普通の広さだったが、いつの間にか拡張したように広くなっており、行動するのに狭さを感じる事はなかった。

「ふっ!」

 攻撃を躱した所で、剣を投擲する。
 それが障壁に突き刺さり、僕はすぐに武器を創造しておく。

「......!」

 またもや振るわれた触手を躱し、反撃に武器を投擲。すぐさま創造する。

 ...嗚呼、皮肉なものだな。
 僕は、四度も大事な存在を助けられなかった。
 シュネー、聖司、緋雪...そして()....。
 助けたいと、死なせたくないと思っておきながら...僕の手から滑り落ちて行った。
 何も掴めず、何も守れなかった。

 ...そうして、空っぽになった手だからだろうか...。

「(...こうして、また剣を握れるのは...。)」

 だとすれば、本当に皮肉だな。
 ...そう思考を巡らしながら、さらに剣を投擲する。

「...ぁあっ!!」

 それをいくらか繰り返し、最後に頭上から突き刺す。
 そして...。

「....弾けろ。」

     キィイイイイン!!

 僕がそう呟いた瞬間、障壁に刺さっていた全ての剣が、膨張する。
 ただの剣から、まるで大剣のように大きくなった剣は障壁をさらに突き進む。

「椿!葵!」

「ええ!」

「了解!」

   ―――“弓技・閃矢”
   ―――“呪黒剣”

 すぐさま飛び退き、そこへ矢と黒い剣が殺到する。

「....爆ぜろ。」

   ―――“Zerstörung(ツェアシュテールング)

 最後に、剣に込められた魔力を基に、大爆発を起こさせる。

「....凄い...。」

「優輝さん...。」

 母さんと奏の驚いた声が聞こえる。
 先程の一連の動きの間に、全員が精神攻撃から復活したようだった。

「やったのか...?」

「...いや、よくて障壁を破った所だ。」

 クロノの言葉に、僕はそう答える。

『―――――!!!』

「っ....!」

   ―――“霊魔多重障壁”

 咆哮のような金切り声に、僕は咄嗟に障壁をいくつも展開する。
 椿や葵も、皆を庇うように霊力で障壁を張っていた。

「ぐっ....!」

 そして、衝撃波が僕らを襲う。
 障壁で衝撃そのものは防いだものの、余波だけで僕らは吹き飛ばされそうになる。

「クロノ、指示を頼む...!暴走体の障壁は単発だと効果は薄いけど、一点集中すれば一人でも破れる事がさっきのでわかった!」

「よし...!各自二人以上になって互いをフォローし合ってくれ!砲撃魔法と魔力弾はともかく、障壁による圧殺攻撃だけは躱すように!」

 衝撃波が止んだ瞬間、僕らはクロノの指示通りに動く。
 僕は奏と、椿は葵と、母さんは父さんと、クロノはリニスさんと組む。
 そして、展開される魔力弾といくつもの閃光。それらに向かって駆け出す。

「(これは...暴走した司さんの完全下位互換のようなものか。なら...!)」

     ギギギギギィイン!!

「奏!」

「アタックスキル...“Forte(フォルテ)”!」

 閃光を創造した剣で逸らし、魔力弾は手に持つ剣で切り裂いて活路を開く。
 そこへ、奏が砲撃魔法を放ち、暴走体へと迫る。

「っ!」

 砲撃魔法が迫る瞬間、暴走体の目の前に魔力の揺らぎを感じ、咄嗟に僕は動く。
 いくつもの剣を創造して射出し、盾を創造して奏を連れて横に飛び退く。

「がっ...!?」

 その瞬間、砲撃魔法を突き破るように障壁が圧縮されて撃ち出され、苦し紛れに創造した剣を破壊しながら、僕を掠めて行った。
 僕が盾を構えていなければ、片腕は持っていかれただろう。

「(立ち止まるのは危険...!)クロノ!」

「っ、全員、立ち止まるな!攻撃の際も、防御の際も動き回るんだ!」

 僕の声に、すぐに理解したクロノは指示をもう一度飛ばす。
 その時、クロノ達に向けて魔力弾が飛ばされていたが、それはリニスさんが相殺する。

「(...圧殺以外が防げない訳でも、躱しきれない訳でもない。だけど、攻め手に欠ける...な。誰かが突破口を開かないと...。)」

 そう考え、僕は奏に目で合図を送り、椿や葵にも合図を送る。

「『父さん、母さん。僕らが突貫した後、フォローを頼むよ。』」

「『優輝?何を...。』」

 一気に剣を創造し、射出する。
 それを合図に、展開される弾幕を駆け抜けようと、僕らは走った。

「撃ち落としなさい...!“弓技・矢の雨”!」

「当てさせはしないよ。“呪黒剣”!!」

 魔力弾は矢の雨に相殺され、閃光は黒い剣に阻まれる。
 その合間を抜けるように、僕と奏は一気に暴走体との間合いを詰める。

「“アォフブリッツェン”!!」

     ギィイイン!!

 魔力を込め、渾身の一撃を放つ。だが、それは障壁に阻まれる。
 ...でも、別にそれでもいい。

「...徹す...!“Forzando(フォルツァンド)”!」

     パギィイイン!!

 間髪入れずに、奏が斬撃を障壁へと放つ。
 その強力な一撃は、僕の一閃でダメージの入っていた障壁を砕く。

「縛れ...!“鋼の(くびき)”!!」

 奏の攻撃に巻き込まれないように跳んでいおいた僕が、暴走体の真上を取ってザフィーラさんの扱う拘束魔法を放つ。
 魔力の棘のようなものが、暴走体を囲み、身動きを取れないようにする。
 ...どうでもいいが、どう見てもこれ、縛ってないと思うんだが。

「貫け...!“弓技・螺旋”!!」

 さらに僕らはそこから飛び退き、拘束された暴走体に向けて椿が矢を放つ。
 螺旋状に霊力を迸らせる矢が、暴走体に迫り...。

「(...やはり、そこで使ってくるか...!)」

 再展開された障壁の魔力が圧縮されるのを確認する。
 あのままだと、椿の攻撃は打ち消されるどころか同時に反撃になってしまうだろう。

「(だけど...。)」

「させないよっ!!」

 しかし、その背後から葵が斬りかかる。
 一瞬、人格があるかはわからないが、暴走体の意識が椿から逸れる。

『―――!』

     ドンッ!

 だが、葵の攻撃はあっさり障壁に阻まれ、無防備になった葵は障壁で圧殺される。
 さらには、椿にも圧縮障壁が放たれたが、それは何とか躱す。
 ...同時展開も可能だったのか...。

     ポン!

「残念、そっちは...偽物だよ!」

     ギィイイン!!

 なお、圧殺されたのは葵が用意しておいた偽物だ。当然僕らもそれを理解していた。
 そのまま、葵は暴走体の真上からレイピアを振り下ろし、障壁と拮抗する。

「行くぞ、全員身構えろ!!」

 そして、最後に僕が肉迫し、術式を暴走体の障壁に押し当てる。

「...爆ぜろ。そして、撃ち貫け!!」

〈“Zerstörung Schlag(ツェアシュテールング・シュラーク)”〉

 そして術式が収束し...大爆発を起こした。

「っ....ぐ....!」

 爆発は障壁を貫いた先で炸裂したが、当然至近距離にいた僕と葵は巻き込まれる。
 葵は蝙蝠になる事で回避したが、僕は防御魔法で後ろに吹き飛ぶように下がった。
 ...ダメージは浅い...が、確実に体力は減った。

「(まだ、終わっていない...!)父さん、母さん!!」

「螺旋を描け...!」

「相乗せよ...!」

「「“トワイライトバスター”!!」」

 父さんと母さんが同時に砲撃魔法を放つ。
 二つの閃光は、螺旋状に絡まり、掛け算のように威力が増幅される。

「(さぁ、どうだ...!)」

 砲撃魔法が炸裂し、その間に僕は体勢を立て直す。
 倒した...などと、過信はしない。でも、少なくともダメージは負っただろう。

「っ....!」

「優輝!」

 飛来する魔力弾と閃光。
 それを咄嗟に創造した剣で撃ち落とす。

「(量が減っている...?弱っているのか?...いや、これは...!)」

 母さんや父さんも僕をフォローしようと魔力弾で相殺していく。
 しかし、その量が明らかに少ない。弱っているようにも思えたが、それは違った。

「『クロノ!!』」

「『全員、間合いを取れ!広範囲魔法が来る!!』」

 クロノに声を掛けると同時に、足元から魔力を感じる。
 見れば術式が張り巡らされていた。
 それを確認した瞬間、僕は御札に霊力を徹し、それを用いて敏捷性を上げる。
 傍にいた奏にも御札を当て、母さんと父さんの下へ駆け出す。

「父さん、母さん!手を!」

「っ...!」

 手を伸ばし、二人の手が触れる。
 その瞬間に、用意しておいた短距離転移魔法を発動させ、間合いを取る。

   ―――“Evaporation Sanctuary(イヴァポレイション・サンクチュアリ)

「っ.....!!」

 そして、光が視界を埋め尽くした。
 ...クロノとリニスさんは十分に距離を取っていた。
 椿と葵は自分たちで何とかしているだろう。
 全員が無事で済んだからこそ、目の前に広がる光に戦慄した。

「(...神降しでもしていなければ、絶対に防げなかったぞ...!)」

 ジュエルシードの魔力だから...なのだろう。それほどまでの威力だった。
 余波でさえ咄嗟に防御魔法を張っておかなければただでは済まなかっただろう。

「(防御が固すぎる。一点突破しようにもあの圧縮障壁が厄介...。)」

 広範囲に立ち上る光が治まるまでに、再び暴走体は行動を起こすだろう。
 それまでに、如何に暴走体を打倒するのか思考を巡らす。

「(...やはり、霊力での打倒が有効。でも、ただ霊術をぶつけるだけじゃ、圧縮障壁には勝てない。だから...。)」

 考えがまとまった時、クロノの近くにリニスさんがいない事に気づく。
 魔力反応を調べてみても、クロノの近くにはない。...が、見つける事はできた。
 しかし、その場所は...。

「リニスさん...!?」

「っ....!」

 リニスさんの位置は、ギリギリ魔法の射程外の暴走体の真上。
 そこから、魔法陣を構えながら自由落下していた。

「まずは...一撃!」

   ―――“サンダーレイジ”

 複数に重ねられた魔法陣から、雷光が迸る。
 雷光は光に穴を開け、暴走体までの道を作る。

「そして、二撃!」

   ―――“サンダーレイジ”

 その穴に突っ込み、さらに魔法を放つ。
 肉眼ではわからないが、どうやら障壁と拮抗しているようだ。

「しかしなお、届かぬが故に....!」

   ―――“プラズマセイバー”

 光が治まった瞬間、圧縮障壁の一撃と、リニスさんの渾身の魔法がぶつかる。
 圧縮障壁に対抗するためか、リニスさんの魔法も極限まで収束されていた。
 ...そして、それは相殺に終わる。

「...以上を以って、“三雷必殺”と...したかったのですが、やはり足りませんか。」

 相殺で弾かれ、くるりと一回転してリニスさんは着地し、そういう。

「...ならば、もう一度見せてあげましょう...!」

 だが、それでリニスさんの攻撃は終わりではなかった。
 もう一度リニスさんは三重の魔法陣を展開し、構える。

「...通りで僕に防御を任せる訳だ...。」

「クロノ?...そういう事か...。」

 先ほどでの僕らの一連の攻撃の時、クロノ達は一切行動を起こしていなかった。
 だが、実際はクロノが流れ弾を防ぎ、その間にリニスさんは術式を組んでいたのだ。

「(あれほどの術式の維持、普通はできないはず...だけど...。)」

 それをリニスさんは使いこなしている。

「未だに私の記憶は戻っていません。...ですが、ただの再現に負けると思わないことです!」

「.....!」

 リニスさんは暴走体に向けて駆け出す。

 ...リニスさんはずっと司さんに関して考えていた。
 僕らがリニスさんは司さんの使い魔だという事を教えると、リニスさんは記憶がないものの、自身が司さんの使い魔である事を自覚していた。
 だから、なのだろう。ああして、“助ける”という強い意志を持った目をしているのは。

「っ、リニスさんだけに戦わせられない!皆!」

「分かったわ!」

 僕が皆に声を掛けたと同時に、リニスさんは再び暴走体に仕掛ける。

「っ...!」

 しかし、リニスさんの進行を邪魔するように魔力弾や閃光が繰り出される。

「させないわよ!」

「....行け!」

   ―――“弓技・矢の雨”
   ―――“Stinger Blade Execution Shift(スティンガーブレイド・エクスキューションシフト)

 だが、それらは矢と魔力刃の雨が相殺し、打ち消す。
 さらに、閃光は二筋の砲撃魔法に打ち消さる。...父さんと母さんだ。

「葵!奏!」

「了解!」

「任せて...!」

 移動魔法で加速し、僕らは三方向から同時に暴走体に斬りかかる。

     ギィイイン!!

「“創造開始(シェプフング・アンファング)”!」

「突き立て...!“呪黒剣”!」

「舞い散れ...!“エンジェルフェザー”!」

 障壁に阻まれると、一斉に飛び退き包囲するようにそれぞれ技を放つ。
 創造した剣が囲むように刺さり、黒い剣が包囲するように突き出し、天使の羽が舞い散るように魔力弾が暴走体を囲む。
 そして、それらが一斉に爆発を起こす。

「(これで障壁を使わせた...!少なくともいきなり圧縮障壁は来ない!)」

 爆発により、障壁を崩す。ダメージは通らなかったが、それで充分だ。
 ...後は、リニスさんが決める。

「...ありがとうございます。皆さん。」

   ―――“サンダーレイジ”

 雷が、迸る。
 ギリギリ再展開が間に合ったのか、リニスさんの魔法と暴走体の障壁が拮抗する。

「一撃では届かぬ故に、二撃。」

   ―――“サンダーレイジ”

 追撃にさらに雷が迸る。
 拮抗していた障壁を打ち破り、暴走体は無防備となる。これで...。

「しかしてなお足らぬが故に―――っ...!?」

 最後の一撃。それを叩き込もうとしたリニスさんの頭上に魔力が収束する。
 ...圧縮された障壁。それがリニスさんに放たれようとしていた。

「させるか!!リヒト!」

〈“Numero Kanone(ヌメロカノーネ)”〉

 そこで、僕が霊力による“砲撃魔法”を放ち、リニスさんへの攻撃を阻止する。

「(いくら圧縮障壁が脅威でも、所詮は魔力!霊力による砲撃を受ければ...!)」

 僕の読み通り、圧縮障壁は霊力の砲撃で打ち消される。
 ...これで、“道”はできた。

「っ...!以上を以って、“三雷必殺”!!()()...返してもらいます!!」

   ―――“Plasma saber Overlimit(プラズマセイバー・オーバーリミット)

 あの時見た久遠の雷を上回る程の威力が、暴走体を襲った。

「はぁ....はぁ.....っ...。」

 最後の一撃が決まり、リニスさんは膝をつく。
 ...当然だ。明らかに限界を超えたような魔力行使だった。

「(封印は...まだか...!)奏!」

「うん...!」

 封印の術式は付与していなかったらしく、暴走体は消し飛んだものの、ジュエルシード本体は未だに封印されずに残っていた。
 すぐに奏に頼み、封印を任せる。

「リニスさん!」

「...優輝さん、ありがとうございます。貴方の魔力結晶のおかげで、私はあそこまで戦う事ができました...。」

 ...なるほど。そういう事だったのか...。
 リニスさんが限界を超えた魔力を使えたのは単純な仕組みだった。
 ただ、外部から持ってくればよかったのだ。今回の場合は、僕の魔力結晶だ。
 司さんがいなくなった半年間の間に、僕は皆に魔力結晶を配ってあった。リニスさんはそれを使ったのだろう。

「これでジュエルシードは揃いました。...司を助けに行きましょう。」

「....リニスさん、もしかして...。」

 間違いない。今のリニスさんの目は、明らかに司さんを知っていた。
 つまり、司さんの事を思い出したのだ。

「私は司の使い魔です。...主の事を忘れるなど、いつまでもしてられません。」

「はは...自力で解くなんて、さすがだな...。」

 リニスさんも記憶がない状態では、色々と葛藤があったのだろう。
 そこに司さんの“悲しさ”を表現した暴走体が現れた。
 それが良くも悪くもリニスさんの精神に影響を与え...結果的に、認識阻害を自力で打ち破るという荒業を成し遂げた。

「結界が崩れるぞ!」

「了解!皆!念のために一か所に!」

 クロノの言葉に、僕らは一か所に集まる。
 そして、崩壊していく結界内を見送り、僕らはアースラへと帰還した。











   ―――ジュエルシードは集まった。...待ってろよ、司さん!











 
 

 
後書き
霊魔多重障壁…名前そのままの防御技。霊力や魔力の障壁を多重に展開する。

Forte(フォルテ)…アタックスキルの一つ。なのはのディバインバスターみたいなもので、お手軽な速射系の砲撃魔法。威力は全力ではディバインバスターに劣る。

弓技・螺旋…かくりよの門では筋力による防御無視の突属性の技。
 本編では、霊力が螺旋状に纏った矢を放っている。単発の威力は閃矢などを上回る。

圧縮障壁…A.〇フィールド的な障壁を圧縮し、撃ち出す攻撃。名前はない。
 拒絶する事で、心の壁が攻撃的になったため、こんな攻撃になっている。

Zerstörung Schlag(ツェアシュテールング・シュラーク)…緋雪の破壊の瞳による一撃を模した魔法を、さらにアレンジしたもの。爆発のエネルギーを砲撃のように放つ事で、威力を集中させる。...しかし、着弾時に爆発を起こすので、至近距離での使用は諸刃の剣となる。

Evaporation Sanctuary(イヴァポレイション・サンクチュアリ)…“蒸発の聖域”。対象の領域に魔法陣もしくは魔力を流し込み、光で蒸発させに行く光属性最上級魔法みたいな感じの魔法。まともに食らえばただでは済まない。

三雷必殺…三重に術式を用意し、連続で雷系の大魔法を放つ事を表す。準備に時間がかかるが、効果は絶大で、余程堅い相手でなければ、押し切れる程である。

エンジェルフェザー…奏の扱う特殊な魔力弾による攻撃。一枚の天使の羽を模した魔力弾をいくつも舞い散らせ、それらを連鎖的に炸裂させる魔法。

Plasma saber Overlimit(プラズマセイバー・オーバーリミット)…文字通り限界を超えたプラズマセイバー。
 リニスの現状最強の魔法。

Numero Kanone(ヌメロカノーネ)…霊力を大砲のように放つ砲撃魔法。霊力を用いた魔法なので、魔力の術式を削り取る。シンプルなため、汎用性も高い。

暴走体の障壁が完全にA.〇フィールドですが、気にしないでください。
“心の壁”をイメージしたらこうなったので...。
そしてリニスさん覚醒回。優輝の傍にいるだけでステータスにバフが掛かります。
GODでのなのは曰く、リニスさんは“戦い方が上手い”らしいので、大魔法の術式を三重に展開し、三連発という荒業をさせました。
ちなみに、リニスさんの三雷必殺はノゲノラのジブリールをモチーフにしています。...まぁ、セリフでモロ分かりですね。 

 

第85話「行こう」

 
前書き
リニスさんがいきなり強くなったのは、場所が司の心の闇を映す結界だったからです。
使い魔として、助けたい、救いたいという想いが力となって現れました。
...と言っても、所謂バフみたいなもので、実際は時間をかけて術式を用意しただけです。
 

 






       =out side=





「っ、帰ってきた!」

 転送ポートが反応し、それを見たアリシアは喜んで駆け寄る。
 そして、優輝達が転移で帰還した。

「おっ帰りー!!」

「うおっ!?アリシア!?」

 帰ってきたクロノ達に、アリシアはいきなり突っ込む。
 そのまま、偶然優輝に抱き着く感じになる。

「なんで僕に?」

「偶々だよ!....っと、よく無事だったね。」

 すぐにアリシアは離れ、労いの言葉を掛ける。

「通信が切れた時はどうなるかと思ったけど...。」

「...やっぱり、ジャミングが掛かってたのか。」

「うん。元々音声は拾えてなかったぐらい悪かったからね。」

 クロノも、薄々通信が途切れているのではないかと気づいていたようだ。

「(....音声が拾えてなかったって事は、司さんと僕の関係の話は聞こえてないんだな。)」

 ふと、あれを聞かれていれば、説明などで面倒な事になっていたと、優輝は気づく。

「ジュエルシードを回収したのは反応が消えた事から把握してるよ。」

「後は状況説明か...。クロノ、頼んだ。」

「ああ。皆はしばらく休んでいてくれ。」

 説明はクロノに任せ、優輝達は各々休憩に入る。

「丁度夕飯時か。」

「じゃあ食堂にでも行く?」

 時間を確認し、優輝がそう呟くと、隣に立つアリシアがそう提案する。

「...アリシアはクロノから話を聞かないのか?」

「んー?私は優輝達から聞くよ。」

 なぜ自分に同行するのか疑問な優輝だが、断る理由もないので連れて行く。

「奏とリニスさんはどうする?」

「...私も行くわ。」

「私も同行します。...その、アリシアが何かしでかさないように...。」

「ちょっ、リニス!?私そんなお転婆じゃないよ!?」

 リニスと奏も同行する事になり、それなりの人数になる。

「母さんと父さんは?」

「私は光輝と一緒にいるわ。ゆっくりしてきなさい。」

「モテモテだな、優輝。」

 優香と光輝は、敢えて同行はせずに見送るようだ。

「(...偶然か否か、記憶持ちが揃ったな....。)」

 一緒にいる面子を見て、優輝はそう思った。
 何気に全員が司の事を想い出しているのだ。

「...まぁ、とりあえず食堂に行くか。」

 腹が減っては戦はできぬと考え、とにかく優輝は食堂へと向かった。
 ちなみに、そんなアリシア達と仲良くする優輝を神夜は睨んでいたが、クロノからの話も聞かないといけなかったため、それだけに留まっていた。







「....へぇー、じゃあ、リニスも司の事を思い出したの?」

「はい。...いつまでも、忘れている訳にも行きませんから。」

 食事を取りながら、雑談のように皆はアリシアに何があったか説明する。

「何気に、自力で認識阻害を打ち破ったのってリニスさんだけなんだよね。」

「あれ?優輝達は違うの?」

 優輝の言葉に、アリシアが疑問に思って問う。

「僕らは自力...とは言い難いかな?シュラインに導かれたからな...。」

「あ、そうなんだ。」

 “だからいきなり学校に向かってたんだ”と、アリシアは納得する。

〈...導いてませんよ?〉

「...え?」

〈確かに私は貴方に賭けていました。ですが、導く事まではできていませんでしたよ?〉

「でも、確かにシュラインの声が...あれ?」

 話が食い違っている事に、優輝は戸惑う。

〈私が優輝様方に念話を飛ばしたのは、あの校庭が最初です。〉

「....え?」

 シュラインの言葉に、優輝は固まる。
 ...優輝達は、確かに家でシュラインの念話を聞き取ったのだ。
 しかし、当のシュラインは校庭でしか念話を使ってなかったという。

〈認識阻害も、私は一切干渉していません。...そこから考えるに、やはり優輝様方は自力で認識阻害を解いたのでは?〉

「....そういえば、僕らって司さんがいない事を漠然とだけど感じ取っていたな...。」

 自分達は皆とどこか違う事に気づき、優輝は考え込む。

「(確かにあの時シュラインの声を聞いた。だけど、シュラインはそれを知らない。...無意識?いや、それ以前になぜ僕らは司さんがいない事に“違和感”を感じる事ができた?)」

「...優輝?」

 思考を巡らし、黙り込んでしまった優輝にアリシアは声を掛けるが、反応はない。

「(よくよく考えてみれば僕らだけ...いや、最初は僕だけだったか。僕だけ例外なのか?一体、何が違うというんだ?前世と前々世があるから?....待てよ?)」

 そこまで考えて、ふと優輝はあるものを思い出す。
 今では使えなくなり、二度と見る事のできなくなったもの...。

「(ステータス...!確か、あれに...!)」

 “キャラクターステータス”。以前は使えた、おそらく特典であろう能力。
 最後に確認した時、優輝のステータスにはいくつか効果が不明な項目があったのだ。

「(“止まらぬ歩み(パッシブ・エボリューション)”?“道を示す者(ケーニヒ・ガイダンス)”?“共に歩む道(ポッシビリティー・シェア)”?....うーん...。)」

 どれもしっくり来ず、頭を悩ませる優輝。
 唯一近いと思えるのは、“道を示す者(ケーニヒ・ガイダンス)”だが、それもどこか違うようだった。

「(...いや、能力じゃない...。確か...“導きし者”...。)」

 それは、能力ではなく、所謂“称号”であった項目。
 “導かれた”のであるならば、“導き”が関係していると優輝は考えた。

「(誰かを導くだけじゃなく、“自分自身”をそうなるように導いた?いや、さすがに深く考えすぎか?いや、でも―――)」

「えい。」

     ビシッ

「いつっ!?ちょ、いきなりなんだ!?」

 ずっと考え事をしていた優輝の頭を、アリシアが軽くチョップする。
 そこでようやく優輝は現実に戻ってきた。

「いや、ずっと考え事してたし。」

「...あー、思考を巡らしすぎてたか...。」

 アリシアの言葉に、自身が考え事に耽りすぎていたと自覚する優輝。

「結局、自力なの?違うの?」

「...一応、自力だな。シュラインが干渉していないのなら、そうなる。」

「明らかに他の事で悩んでいたように見えたのだけど。」

「細かい事だ。...今は深く考える必要はない。」

 優輝が考え事をする時は、何か気になる事ができた時。
 それがわかっている椿は優輝に問うたが、考える必要はないとはぐらかされる。

「ともかく、これで地球上にあるジュエルシードは全部集めたんだね。」

「ああ。後は....。」

「司を救うだけ...です。」

 もちろん、それだけで簡単に終わるとは誰も思っていない。
 それでも、優輝とリニスは確固たる“意志”を持ってそういった。

「...あ、忘れてた...。」

「奏ちゃん?」

「ジュエルシード...クロノに渡し損ねてたわ。」

 最後に封印したジュエルシードをクロノに渡しそびれていた事に、奏はふと気づく。

「...あー、まぁ、後で本来の“形”に戻すから、今の内に僕が預かっておくよ。」

「優輝さんが?...はい。」

「っと、あっさり渡すんだな。...ま、現状ジュエルシードを元に戻せるのは僕だけだしな。」

 なぜ優輝がと疑問に思いつつ渡す奏に、優輝は簡単に答える。

「...司、大丈夫だよね...?」

「...大丈夫かどうかじゃない、助けるんだ。...今度こそ。」

 アリシアの不安げな言葉に対し、優輝は淡々と...だが力強く断言する。

「親友として。」

「使い魔として。」

「「...絶対に。」」

 三度目の正直にするため、使い魔として主を救いたいがため、優輝とリニスはそういう。

「...食堂じゃなくて、相応の場所なら、凄く格好よく決まってたね。」

「茶化したらダメだよシアちゃん。かやちゃんなんか羨ましがってるんだから。」

「なっ!?べ、別にリニスと優輝の息が合ってる事を羨んでなんか...!」

「...全部暴露してるわ...。」

 アリシア達は、その二人に感銘を受けながらも、重苦しい空気にならないように茶化す。

「...あのなぁ...これでも真面目なんだけど...。」

「司にとっては、助けられた時にこういう風に明るい雰囲気の方がいいでしょ?」

「堅苦しい雰囲気だと、また責任を負っちゃうよ。」

「っ...!」

 さすがに文句を言おうとした優輝だが、アリシアと葵の言葉にハッとする。

「...そう、か。...そうだな。」

「暖かく迎えてくれる...確かに、その方が司にとっては嬉しいですよね...。」

 気負いすぎていたと、二人は気づく。

「ま、とにかく助け出さないとね。」

「そうだな。...とりあえず、このジュエルシードを直す事から始めるか。」

 昼食を取り終わると、優輝はそういってクロノとリンディの所へと向かった。







「...ふぅ。」

「...早いな。」

 数十分後、無事に優輝はクロノ達の監視の下、ジュエルシードを直し終わった。

「...見てて面白かったか?」

「なんか凄かった!」

「まるでわかってないのがわかったよ。」

 なお、アリシア達はそのまま優輝についてきていた。
 ずっと優輝の作業を見ていたアリシアだが、まるで理解が及ばなかったらしい。

「っ、ジュエルシードが...!?」

 すると、徐に直したジュエルシードが浮き上がる。
 それにつられるように、クロノが保管しておいたジュエルシードも浮かび上がる。

「...シュライン。」

〈...危険性、暴走する可能性は皆無です。ですが、これは....。〉

 優輝がシュラインに聞くが、シュラインは“危険はない”という。
 そして、シュラインも呼応するように浮かび上がる。

〈....なるほど、そういう事でしたか。〉

「どういうことなんだ...?」

 シュラインが一人で納得し、他の皆はよくわからずに疑問符を浮かべる。

〈.......。〉

「...シュライン?」

 ジュエルシード同士で呼応するように明滅し、シュラインはしばらく沈黙する。

     カッ―――!

「何を...!」

 すると、突然光り出し、一筋の光がどこかへ伸びていく。

『艦長!探知機に何者かの干渉を受けています!』

「なんですって!?」

 突然管制室からそんな報告を受け、リンディは驚愕する。
 なんの前触れもなしに、アースラへシステムハッキングを仕掛けられたからだ。

〈大丈夫です。これは....。〉

「...シュライン?」

 相変わらず一筋の光はどこか示していたが、シュラインは“大丈夫”だと断言する。

『これは...座標...?どこかの座標が示されています!』

「光...座標...もしかして...!」

 そこで、優輝が気づく。

「これは、司さんの居場所を示しているのか?」

〈...はい。マスターの今いる座標を示しています。どうやら、ジュエルシード達が私たちを導くつもりのようです。〉

 そう。ジュエルシードが示す光。そして、アースラのシステムに干渉し示した座標。
 そのどちらも、司が現在いる場所を示していた。

「...どうやらシュラインの動きに従っているようだな。」

〈器がジュエルシードとはいえ、私はジュエルシードを管理するデバイスですからね。天巫女でなくともある程度は従ってくれます。〉

 シュラインが優輝の傍に戻ると、それにつられるように他のジュエルシードも優輝に纏うように移動する。

「とにかく、一度全員を集めて訳を説明するか。...艦長、管制室への説明はお願いします。」

「分かったわ。エイミィ、聞こえるかしら?」

 リンディが通信を行ってきたエイミィに説明を始める。

「それじゃあ、手間をかけるが、これから説明のために皆を集める。優輝達は一足先に会議室に行っておいてくれ。」

「分かった。...行くぞ、皆。」

 クロノは足早に部屋を出て行き、優輝も椿たちを引き連れて部屋を後にした。









       =優輝side=





「...それにしても、これじゃあまるで優ちゃんが所有者みたいだね。」

「実際は僕がシュラインを所持してるだけなんだけどね。」

 僕の周りを浮かぶように存在するジュエルシードを見て、葵がそんな事を言う。
 ...それにしても、まさかいきなりジュエルシードが司さんの位置を示すとは...。

「....説明が終われば、アースラは司の居場所へと向かうでしょうね。」

「だろうね。...決着も近い...か。」

 リニスさんとアリシアがそんなやり取りをする。

「...となれば、神降しも事前にしておかなくちゃな...。」

「そうね。」

 霊脈はアースラにいる時点で途切れている。離れすぎているからだ。
 神降しの方も同様で、次元世界を移動すれば長時間はもたないだろう。

「空いた時間で確かめたけど、この場所ならまだ神降しは普通に行えるわ。それと、本体と掛け合ってみた所、次元を跨いでもしばらくはもつそうよ。」

「なるほど。」

「...尤も、私が蓄えられる力の分だけだけどね。」

 つまり、椿の力が尽きれば神降しは使えなくなるのか...。

「短期決戦...か。」

「そうなるわね。」

 厄介な条件だ。
 前提として、僕らは司さんを救い出さなければいけない。
 救うためには、説得も必要だろう。...だけど、その時間が少ない。

「(...いざという時は、“アレ”も視野に入れておくか...。)」

 神降しが時間切れになった時の対策も必要だと考え、その策を頭の中で用意しておく。
 すると、クロノが他の皆を引き連れてやってきた。

「よし、全員いるな。」

 クロノが皆を見渡し、そういう。
 既に来ていた人以外は、皆僕を見てくる。
 ...まぁ、当然だな。ジュエルシードが大量にあるんだし。

「優輝の手によって直されたジュエルシードにより、今回の事件の中心人物...“聖奈司”の居場所が判明した。」

「っ.....!」

 そして、クロノの放った言葉に織崎が驚き、なぜか僕を睨む。
 ...いや、何も悪い事してないから。

「...優輝さんの傍に浮いてるけど、これは優輝さんがジュエルシードの所持者って事を示してるん?」

「いや、違う。...優輝。」

「ああ。...シュライン。」

 はやての問いに、クロノは否定して僕を呼ぶ。
 それに応じて、僕はシュラインを取り出して会議に使うテーブルの中心に行かせる。

「この通り、どちらかと言えばシュラインに従っているようだ。」

「ほえ~...。」

 淡い光を放ち続けるジュエルシード達を見て、はやてはそんな声を上げた。

「ジュエルシードが一筋の光を放っているのが見えるな?その光の先に、“聖奈司”はいるらしい。」

「どうしていきなりジュエルシードが場所を?」

 今度はなのはが疑問をぶつけてくる。

〈おそらくは、地球上のジュエルシードを集めたからかと。なぜ示すかは、ジュエルシードもマスターを助けたいと思っているからでしょう。〉

「...そっか。だからあの時...。」

 なのはは偽物の最後の言葉を聞いている。
 だから、シュラインが言った事ですぐに納得したようだ。

「これより、ジュエルシードが示した座標へ僕らは向かう。...事態は一刻の猶予もない。突然で悪いが、全員戦闘に備えておいてくれ。」

「...なぁ、クロノ。目的地って遠いのか?」

 織崎がふと気づいたのか、クロノに問う。

「...そうだな...。エイミィ!」

『どうしたの?』

「ジュエルシードが示した座標まで、どれくらいだ?」

『そうだねぇ...近いってどころじゃないよ。次元で言えば、すぐ隣。一つ次元を跨いだ所にいるよ。移動に十分もかからない。』

「なっ....!?」

 ...エイミィさんの報告に、僕らも驚いていた。

『座標をよく見てると、少しずつ近づいてきているんだよ。まるで、惹かれ合うように。』

「...そうか。わかった。」

 通信を切り、クロノは少し考え込む。
 ...さすがに予想外だったのだろう。ここまで接近されていたのは。

「なぜ、ここまで接近を...。」

「....おそらく、司の想いが...。」

 呟いたクロノの言葉に、リニスさんが反応する。

「...私は司の使い魔ですから、一部の感情を感じ取れます。今でこそ、何かに妨害されて感じ取れませんが、半年前のプリエールで....微かに、助けを求める想いが感じられました。」

「それって、つまり司は本当は助けてほしいって事?」

 アリシアがリニスの言葉を聞いてそういう。

「...おそらく、そうよ。」

「“自分のせいだ。自分のせいだ。”って思っていても、心のどこかではそれでも助けてほしい。救ってほしいって願う。...それが人間の欲深い所だからね。」

 そして、それに賛同するように椿と葵がそういう。
 僕自身、同意見だ。あんな理不尽を受けて、心の底から自分はいない方がいいと、救われるのを本当に拒絶するはずがない。

「...とにかく、“聖奈司”を助け出す事には変わりない。けど、認識阻害が未だに残っている今、僕らにどんな影響があるかはわからない。だから...。」

「指示はアースラからは私。現場では優輝が主に行うよ。」

 クロノと目で会話したのか、アリシアがそう言ってのける。
 ...僕、そんなの聞いてないんだが。

「待ってくれ!バックアップのアリシアが指示するのはいい。だけど、なんで志導が現場での指示役なんだ!?」

「適任だからだ。...逆に聞くが、優輝以上に現場で指揮できると自負する者はいるか?しかも、前提として認識阻害の影響を受けない。もしくは受けても関係ない人物で、だ。」

「ぐ....。」

 クロノの返しに、織崎は言葉に詰まる。...わかってはいるのだろう。

「連携や作戦を練っている時間はない。その場で臨機応変に対応を行ってくれ。では、準備をするために一時解散だ。準備ができ次第、出発する。」

 クロノはそう言って締めくくり、全員が慌ただしく動き始める。

「...僕らも神降しをしておくか。」

 アリシアが言った指示に関する事なら問題ないだろう。
 これでも、前々世で王をやってたからそれぐらいは可能だ。

「クロノ、トレーニングルームを使わせてもらうぞ。」

「今言った神降しをするんだな?了解した。」

 態々八束神社に転移する訳にもいかないので、トレーニングルームで神降しを行う。
 クロノに使用許可を貰い、僕らは移動した。





「...うん。まぁ、ついてくるのはいいけどさ。皆は準備とかいいのか?」

 移動した後、未だについて来るアリシアと奏に言う。
 ちなみに、リニスさんは戦闘に備えて瞑想などを行うために別行動になった。

「私は戦闘できないからね...。むしろやる事もないし、精神的に気楽にしておこうかなって。」

「...私も大丈夫。」

 ...まぁ、軽く表情とかから状態を見てみたけど、大丈夫だからいいか。

「椿。」

「ええ、いいわよ。」

 椿に合図を送り、椿は陣を描き、霊力を迸らせながら言葉を紡ぐ。

「....時間はもって1時間もないわ。気を付けなさい。」

「分かった...。」

 椿の姿が消え、僕から力は溢れる。

「っ....!」

「凄い...。」

 僕らをじっと見ていたアリシアと奏がそんな声をあげる。
 その間に、僕の姿は椿に近い姿へと変わり、神降しが完了する。

「....ふぅ...。」

「準備完了だね。」

 一息吐いた僕へ、葵が声を掛けてくる。

「....それじゃ、クロノの所へ戻ろうか。」

「あ、じゃああたしが先に行って準備が終わった事を知らせてくるよ。」

 やる事がなかったからか、葵が先に行って準備が完了した事を伝えに行った。
 ...できるだけ体力は温存しておくか。





「.....誰?」

 ...再集合場所である会議室に着いた時の皆の反応がこれだった。
 いや、確かに誰か分からなくなるけどさ。

「...本当、優輝には見えないわね。」

「見間違えるとしても、椿ちゃんか...。けど、雰囲気が違うと断言してるな。」

 母さんと父さんがそういいながら僕を見てくる。
 ...そういや、偽物の時は二人も驚いてたっけな。

「優輝達で最後だ。では、出発する。...エイミィ!」

『了解!』

 クロノが飛ばした指示で、アースラが移動を開始する。

「長くは保てないから、短期決戦で行くつもりだ。」

「分かった。指示は任せるぞ。」

 クロノと互いに頷き合い、僕はジュエルシード達が差し続ける光を見つめた。

「まず、斬り込むのは認識阻害の影響を受けてない者がメインだ。他はできれば援護に回ってほしい。」

「どうなるかわからない以上、常に対応できる者でないといけないからな。」

 と言っても、これはプリエールでの戦いと同じ条件の話だ。
 今回の場合は、まず戦場となる場所がどうなっているのかすらわからない。

『...っ、間もなく目的地!モニターに映すよ!』

「これは....!?」

 次元を渡った瞬間、全員が体に重りを付けられたような感覚に陥る。
 ...精神攻撃か...!

「全員気をしっかり持て!これぐらいなら大したことはない!」

 僕が一喝し、全員を立ち直らせる。
 意志が強ければ問題ない。現に葵は全く動じてなかった。

『...分類としては、今結界内にいるんだけど...こんなの、一つの次元世界だよ!!』

「世界を一つ作り出す程なのか...!ジュエルシードと天巫女は!」

 エイミィさんの報告に戦慄する。...まさに神の所業だ。

「あれの中に...司が...。」

「なに、あれ...。黒い...塊...?」

 モニターに映る黒い靄のようなものの塊。
 ...神降ししている今ならよくわかる。...あれは、全て“負の感情”だ。

「...どうやって突破するつもりだ?」

「...認識阻害の影響は?」

「ない。...というよりも、あんなのを目にしたら、認識阻害なんて吹き飛んでしまう。」

 どうやら、全員特に影響はないらしい。...好都合だな。

『っ、黒い塊から高魔力反応!攻撃、来ます!』

「まずい!シールドを...!」

「いや、僕が行く!」

 神の如き力には、神の力を。
 僕はアースラの前に浮かぶように転移し、神力による障壁を張る。

     ギィイイイイン!!

「(これ、は...!)」

 放たれた閃光は、障壁にあっさりと阻まれる。
 どうやら、あの“負の感情”は物理方面に働いているらしく、特殊な概念や効果などは付与されていないようだ。

 ...つまり、普通の防御魔法などでも防ぐ事は可能だ。

「(息ができる?もしかして...。)シュライン!」

〈...解析しましたが、どうやら人が活動できる環境となっています。〉

 まるでゲームでの異次元空間だ。
 明らかに人がいられなさそうなのに、普通に活動できる空間のようだ。

「『全員外に出てくるように!幸い、外でも普通に行動が可能だ!突破口を開き、アースラを守るために出撃だ!』」

 念話でそう通達し、僕は御札を懐からいくつも取り出し、前方へ投げる。
 そして、それに神力を通し、強靭な障壁と成す。

『優輝!アースラからの援護は必要?』

「頼む!」

 再び放たれる閃光。しばらくは張っておいた障壁が防ぐだろうが、長くはもたない。
 そこで、アースラから砲撃が放たれ、閃光を相殺する。

「優輝!」

「...全員来たか。」

 前線に出るメンバーが転送ポートからやってくる。
 ...僕も、準備は完了だ。

「今からあの塊に穴を穿つ。護衛にユーノ、はやてとリインフォースさん、ザフィーラさん、シャマルさんは残ってくれ。...他は開けた穴から突入だ!」

 全員に魔力結晶と、精神を守る御札を投げ渡しておく。

「...優輝さん。」

「リニスさん...。...助けましょう、()を。」

 隣にリニスさんが立ち、いつでも行ける体勢になる。







「.....行こう。」

   ―――“弓技・朱雀落”

 そして、朱く燃える矢が、“負”の塊を穿った。











 
 

 
後書き
次元航行艦船って名前なぐらいだから、護衛武装の一つや二つ付けてるだろうという事で、アースラに主砲となる武装を付けました。

半年という年月が、一つの世界を作り上げています。さすがにこの小説のジュエルシードでもあっさり世界一つを作れる程の力はありません。 

 

第86話「負の感情の世界」

 
前書き
当然あっさり終わるはずがないので、戦いは何話かに渡ります。
 

 








   ―――....どう...して...?



 “闇”に囚われながら、私はそう思わざるを得なかった。

 この世界。私の“拒絶”とジュエルシードが作り出した、“私が死ぬための世界”。

 そこに、誰かが入ってきた。...否、誰かは分かっている。

 .....次元航行艦船、アースラ。そして、それに搭乗する皆。

 ...あの、優輝君も、あそこに乗っている...。

「(なんで...ここ、が....。)」

 理解できない。したくなかった。

 私は誰からも忘れられたはず。そうジュエルシードに願ったはず。

 誰にも認識されず、誰にも知られずに朽ちていく。そのはずだったのに...!

「(...どうして、気づかれたの...?)」

 ...疑問は尽きなかった。助けに来たのが信じられなかった。

 ...そして、()()()()()()()()()と、思った。

「(お願い...私なんか、助けないで...!)」

 既に私は、自分で動こうと思っても、動けない。

 私を覆う“闇”が、そうさせてくれない。

「(お願い...だから....。)」

 だけど、そんな想いを裏切るように、力の波動を感じた。

 魔力ではない、おそらく霊力でもない、そんな力を。

 その力が“殻”を穿ち、何かが侵入してきた。

「(...優輝...君....。)」

 私が“視ている”のは全体の光景。故に、個人個人の姿はよく見えない。

 でも、それでも、優輝君が来たのだと...来てしまったのだと、理解できた。

「(....ごめん、なさい....。)」

 ただ一言、そう心の中で想い、“どうか私に構わず無事に生き残って”と願った。













 ...本当の願いを、心の奥底に押し込んで....。

















       =優輝side=







     ドォオオオオオン!!

「突撃!」

 僕の放った矢が、黒い塊に穴を開ける。
 その瞬間に、突入する全員が飛び出した。

「葵!奏!」

「了、解!!」

「っ、“sforzato(スフォルツァート)”!!」

     ギギギギギギィイン!!

 妨害するように放たれる閃光を、葵と奏が弾いていく。

「...穿て、光よ!」

   ―――“神槍-真髄-”

 僕がさらに光の槍を大量に放ち、穿った穴を広げる。
 そして、そのまま僕らは黒い塊の内側へと突入した。





「....っ!!」

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

 内部に入った瞬間に、僕は御札を前方に投げ、障壁を張る。
 次の瞬間、全員を保護するように張った障壁に黒い触手のようなモノが激突する。

「全員周辺警戒!!散らばるな!二人以上で固まれ!」

 すぐに指示を出し、辺りを警戒する。
 ...まずいな。分かっていた事だけど、内部に入ったんだ。

「そりゃあ、元々拒絶したんだ。追い出そうとするよな...!」

 プリエールでの戦い...それ以上の弾幕と触手が殺到する。
 幸い、それでも障壁は破られそうにない。

「ふははははは!」

「っ、あのバカ...!」

 だが、障壁で守られているのをいい事に、王牙が勝手に攻撃を仕掛ける。
 確かに、生半可じゃない力が込められている武器群なら有効だけど...。

「質量が桁違いだ...!」

 展開された武器群の全てが相殺される。
 あっさり反撃されないように僕も武器を創造して手助けしたのに...だ。

「(先が見えない。まともに相手していたらこちらが先に力尽きるのは確実。なら...。)」

 ...ふと、そこで下の方にあるものに気づく。

「(...森?...いや、待て。この構図は...。)」

 見た事のある光景だと、僕は思った。
 当然だ。この光景は、確か...。

「プリエールの時と同じ...!」

 そう。あの時、プリエールでの戦いと同じような構図になっているのだ。
 なぜなのか、理由は知らないが、先程穿った“殻”の内側にこの世界を作ったのだろう。

「.....。」

「な、なんでこんな所に森が...。」

 僕が地面に降り立つ。やはり、全員が戸惑っていた。

「(“殻”の内側がプリエールでの戦いを再現しているとなると...もう一つ、司さんが纏っている“負の感情”があるはず。)」

 あの時無理矢理入り込んだ事を思い出す。
 おそらく、以前よりもこじ開けるのは困難になっているだろう。

「優ちゃん、入ってきた穴は閉じたよ。」

「...まぁ、塞がるのは当然か。」

 葵が閉じ込められた事を伝えてくる。...まぁ、予想済みだ。
 ...それよりも、先程から攻撃が止んでいるが...。

「....っ、まずい!!」

 すぐさま神力で障壁を張る。しかし、物理的な障壁ではなく、概念的な障壁だ。
 その瞬間、重力が強まるような感覚に見舞われる。

「(精神攻撃...!障壁を張っていなければ、呑み込まれていた....!)」

 僕や葵はともかく、他の皆は危険だっただろう。
 幸い、一過性のものだったようで、すぐに治まった。

「(短期決戦は必須。...うだうだ悩んでいる暇はない...か。)」

「....お供します。」

「あたしも。ついて行くよ。」

 神力を体に纏い、ふわりと浮き上がる。
 隣にリニスさんと葵が並び立つ。

「....全員外でできるだけ攻撃を抑えるように。最優先事項は“命大事に”。これより()、リニスさん、葵の三人で突貫する。」

「なっ...!?」

 全員でも、まともに相手ができない。だからこその一点突破の指示だが、どうやら織崎は納得がいかないようだ。...まぁ、これは同感だがな。
 他の皆もあまり賛同する気はなさそうだ。...無謀だからな。

「....奏、対応は任せた。」

「...わかった。任せて。」

 唯一連れて行かなかった奏に、後の指示を任せる。

「それが最善か?」

「まともに相手をすると時間が足りない。今必要なのはあれを一点突破をしてでも打倒する事と、司さんの説得及び救出。...なら、僕ら三人が一番適任だと思うが?」

 基礎能力が高い葵。司さんと親しい僕とリニスさん。
 全員に一つずつ一点突破の手段はあり、これ以上の適任はいないだろう。

「...これを渡しておく。...頼むぞ。」

「そっちこそ。奏のサポートは頼んだ。」

 クロノから直しておいたジュエルシードを受け取り、葵とリニスさんと目で合図し、僕らは一気に中心に向けて駆け出した。









       =out side=





「...なのは、フェイト、優香さんは私と一緒に砲撃の対処。ヴィータ、光輝さん、帝はクロノと一緒に魔力弾の対処。...残りは触手の対処と防御。」

「全員、あの三人を援護だ!」

 後ろから聞こえる奏とクロノの指示を聞き流しつつ、優輝は速度を上げる。
 葵とリニスの前に飛び出し、一足先に先手を打った。

「術式...“速鳥-真髄-”...!」

 御札を一枚取り出し、神力を通す。
 その瞬間、優輝の体が軽くなり、途轍もないスピードで動けるようになる。

「舞い踊れ...“瞬閃”!!」

     ザンッ!!

 リヒトをグローブ型に、シャルを細身の剣に変え、振るわれた触手や弾幕を全て斬る。
 傍から見れば、優輝の姿が掻き消え、着地の態勢で現れると同時に触手が切り裂かれたように見えるだろう。

「っ...なのは、フェイト、優香さん!」

「“ディバインバスター”!!」

「“プラズマスマッシャー”!!」

「“トワイライトバスター”!!」

「アタックスキル...“フォルテ”!!」

 攻撃が一瞬止んだ瞬間を狙い、奏達四人の砲撃魔法が放たれる。
 その砲撃魔法は、優輝達の道を切り開くように突き進み、そこで触手に相殺された。

「(再展開が早い...!)」

 しかし、相殺になったと優輝は判断する。
 それを、葵とリニスも理解していたのか、術式を手に前に出る。

「術式開放!“呪黒砲”!!」

「“三雷必殺”!!」

 黒い砲撃と、三連続の雷が目の前に広がる瘴気の壁を打つ。
 穴を穿つには至らないものの、明確なダメージが通った。

「は、ぁっ!!」

   ―――“神撃-真髄-”

 すかさず優輝も一瞬で追いつき、神力の籠った掌底を放つ。
 葵とリニスの攻撃を軽く上回る威力が、壁に穴を穿った。

「っ!!」

 しかし、穿った穴から黒い砲撃が飛び、咄嗟に優輝は神力を纏った拳で逸らす。

「これ、は...!」

「優ちゃん!」

「二人とも後ろに!」

 その瞬間、弾幕や砲撃、触手が展開され、それら全てが優輝達に矛先を向ける。
 躱せない。そう確信した優輝は葵とリニスを後ろに庇う。

「...導王流“木葉(このは)流し”!」

 襲い来る圧倒的物量の弾幕と触手。
 それら全てを、優輝は超反応で受け流す。
 まるで風によって木の葉が逸れるように、神力の籠った手で適格に逸らした。

「っ...!はぁっ!!」

   ―――“撃”
   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

 一瞬の余裕ができた瞬間に、優輝は神力の衝撃波で迫りくる弾幕を相殺する。
 さらに、すかさずに障壁を張る事で、後続の攻撃を阻む。

「(時間がない。突っ込むか...!)」

 間髪入れずに優輝は両手に神力を溜め、それを解き放つ。

「我が威光を知らしめよう。“神威極光(しんいきょっこう)”!」

 放たれた金色の光が、瘴気の壁を打ち破る。
 それは、ただ穴を穿つだけでなく、瘴気そのものを表面の半分程祓った。

「葵、リニスさん!」

「了解!」

「はい!」

 瘴気の壁に開いた穴から、葵とリニスが突入する。

「っ....!?」

「っ、これは...!?」

 しかし、そこで言い表せないような感覚に見舞われ、葵とリニスは動きを鈍らせる。

「“負の感情”...!まずい...!」

「ぅ、ぁ....!」

 葵と、神降ししている優輝は無事だったが、リニスが危険だった。
 先ほど渡しておいた護符代わりの御札をも上回る“負”のエネルギーが、リニスを呑み込もうとする。

「気をしっかり持って!...司ちゃんを、助けるんでしょう!?」

「っ....!」

 だが、葵のその一言により、リニスの瞳に強い意志が宿る。
 ...そう。リニスは助けると誓ったのだ。だからこそ、ここで朽ち果てる訳にはいかなかないと、“負の感情”を退けた。

「...我が光を以って、瘴気を祓え。“浄化神域”展開!」

 さらに、優輝が神力を開放する事で、“負の感情”の効果を打ち消す。
 これにより、再び“負の感情”に呑まれる事がなくなった。

「突入!」

「「っ!」」

 そして、未だ塞がっていない穴へ、今度こそ優輝達は突入した。





「っ、はぁっ、はぁっ、はぁっ...!」

 一方、奏達はと言うと、一時的にリニスと同じように“負の感情”に呑まれかけていたが、優輝の術によって解放されていた。

「....全員、無事?」

「っ....ダメだ!あたしら以外碌に耐えれていない!」

「....。」

 しかし、普段は経験しない精神攻撃だったため、多数が戦闘不能に陥った。
 まだ戦闘が可能なのは、歴戦の騎士であるヴィータとシグナム。
 大人であり、精神が成熟している優香と光輝。経験が豊富なクロノ。
 そして、奏の六人だけだった。

「...優香さんと光輝さんで皆の介護。クロノは引き続き弾幕の相殺。私は砲撃の担当をするわ。...ヴィータとシグナムは遊撃。できれば触手を防いでほしいけど、タイミングを見てフォローもしてほしい。」

「「「「「了解!」」」」」

 苦虫を噛み潰すような思いでありながらも、奏は指示を飛ばす。
 幸い、今は攻撃が一切止んでいたため、隙を突かれる事はなかった。

「(...優輝さんが中に入ったから、アレの防衛機能は優輝さん達に集中しているはず。...たった一度の精神攻撃でこちらの布陣が瓦解した今、迂闊には手を出せない...。)」

 優輝達に攻撃が集中しているというならば、こちらで意識を逸らして援護した奏であったが、先程の精神攻撃のせいでそれができずに歯噛みする。

「優輝さん、どうか、無事に...。そして、司さんを...。」

 奏は生前、一部だけとはいえ優輝から聖司の事を聞かされている。
 また、最後のジュエルシード回収時にも話を聞いていたため、“無事に司を助けて戻ってきてほしい”と、強く願った。







「っ....!」

「はぁっ!」

「くっ....!」

 瘴気の壁の内側に突入した優輝達だが、思いの外苦戦していた。
 瘴気の防衛機能が、優輝達に集中しているのだ。
 例え攻撃は防げても、次から次へと攻撃が飛んでくるため、キリがなかった。

「っ、はっ!」

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

「これはきついね...!」

「どう打開しましょうか...。」

 咄嗟に優輝が障壁を張り、一時的に攻撃を防ぐ。

「神降しもいつ切れるかわからない。元々一点突破のつもりだから、このまま突貫する。」

「...それしかないね。」

「覚悟を決めましょう。」

 時間がない。そのために短期決戦を極める事にする優輝達。
 そのために、葵とリニスが力を集中させ...。

「露払いは任せたよ。」

「...私たちが道を切り開きます。」

   ―――“呪黒砲”
   ―――“三雷必殺”

 黒い砲撃と三つの雷が弾幕の壁に穴を開ける。
 しかし、間髪入れずに触手が襲ってくるので...。

「....散れ。」

   ―――“瞬閃”

 ...全て優輝が切り裂く。

「はぁっ!」

「魔力開放。...穿て!」

   ―――“刀奥義・一閃”
   ―――“ブリューナク”

 攻撃が全て切り払われた瞬間に、もう一つあった瘴気の壁を葵が斬りつける。
 さらに、葵が飛び退くと同時に、リニスが魔力結晶を使って雷の槍を放つ。

「ふっ!」

 二つの攻撃により、瘴気の壁が若干薄くなる。
 そこを狙い、優輝が神力を込めて掌底を放ち、穴を開けた。

「(....?)」

 ...その時、優輝は言いようのない違和感を感じた。
 しかし、動きを止める訳にもいかなく、そのまま穴を神力を用いて広げる。

「行くぞ。圧し潰されるなよ?」

「了解!」

「行きます!」

 こじ開けた穴から、三人はさらに内側へと入り込む。
 その領域は、かつてプリエールで優輝が最後に入り込んだ領域。
 ...司が閉じこもる、瘴気の最深部だ。





「ぐっ....!」

「これは....!」

 内側に入った途端。異物を排除しようと圧迫感に襲われる。

「....はっ!」

 そこで、優輝が神力を発する事で圧迫感を相殺する。

「司...どこですか...?」

「...シュライン。」

〈...今、場所を検出しています...。〉

 最深部に来たと確信した優輝は、シュラインに司の位置を尋ねる。
 シュラインの本体は未だに司が所持しているので、座標が特定できるのだ。

〈っ...!待ってください。これは....!〉

『....どうして....。』

 シュラインが何かに気づき、発言しようとした瞬間、優輝達に念話が届く。

「....司さん。」

『どうして...どうしてここに来たの...?なんで...。』

 約半年振りの司の声は、酷く疲れたようだった。
 そして、それは決して優輝達が来た事を歓迎するものではなく...。

「司。私たちは貴女を...。」

『来ないでっ!!』

「っ...!」

 司の声に呼応するように、衝撃波が優輝達を襲う。
 咄嗟に優輝が神力で相殺したが、その威力は計り知れなかった。

「今のは...。」

『なんで、どうして...どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうして!?』

「優ちゃん!!」

 まるで音波のグラフのように、衝撃波が飛び交う。
 それお優輝が神力で障壁を作り、なんとか凌ぐ。

「......。」

「優輝さん?一体どうしたので...。」

『嫌...嫌、嫌、嫌嫌いやいやイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤァアアアアアア!!』

「っ....!」

 ()()()()()()()ような叫び声を司は上げる。





   ―――...その瞬間、世界が塗り替えられた。





「なっ....!?」

「これは!?」

 イメージで表すとすれば、それは“冥界”が一番近いだろう。
 紫や闇...“負”をイメージする色の瘴気に覆われた空間。
 森や建物もあるが、それら全てが崩壊したように中途半端に色が抜けて存在している。
 そして、そこら中から人魂のようなものが怨嗟の声を漏らしながら纏わりついてくる。

「....どういう、事なんだ...。」

「...優ちゃん。これって...。」

 先ほどから違和感を感じていた優輝と、今気づいたように葵が声を漏らす。

「一体何が...!?司の感情を、何かが浸食している...!?」

 また、主とのパスにより感情を感じ取れるリニスも驚愕する。

「...“別のナニカ”がいる...。」

「それも、司ちゃんの“負の感情”と同じベクトルのものだよ。」

 一言で言えば、司は何かに取り憑かれたようだと、優輝達は感じ取る。

「とにかく、これは危険だよ...!この空間だけ世界そのものを塗り替えてる...!」

「くっ....!」

 刹那、瘴気が弾となって飛来する。それを優輝が神力で切り裂く。

〈マスター!...くっ....!〉

「(ここに来て、別勢力...。これは...。)」

 先程までとは段違いの重圧が優輝達を襲う。
 優輝が神力で相殺を試みるが、“全力に近い”力でようやくだった。

「祟り...いや、それを超える...!これは...本気で神々の領域に達するぞ!?」

「嘘...!?」

 これまで余裕だったはずの優輝の障壁が軋む。
 それほどまでに、“負の感情”による重圧は強大だった。

「司!!」

『私なんて死ねばいい。いなくなってしまえばいいんだよ!皆を不幸にしてしまう私なんか!...今回だってそう!私がいなかったら、こんな事には...!』

「それは違います!」

 嘆く司の声を、リニスが否定しようとする。
 しかし、荒れ狂うような“負の感情”の波の前に、その声は届かない。

「(...全力以上を出すか...。でも、そうしたら何かが...。...仕方ない...か。)」

「っ...!優ちゃん、何を...。」

 罅が入っていく障壁を前に、優輝は一呼吸置く。
 その様子を見て、葵は何かを言おうとしたが、憚れる。

「...同調、草祖草野姫...!」

「優ちゃん...まさか...!でも、神職でもない身でそんな事したら...!」

 “このままでは勝てない”と悟った優輝は、草祖草野姫との同調を試みる。
 ...それは、自身の存在を神に委ねるに等しい。

「...大丈夫...。これぐらいで、“志導優輝”は消えない...!」

「っ...!わかった。どれだけ助けになれるかはわからないけど、あたしも頑張るよ。」

 存在を神に近づける事で、さらに神力を開放する。
 そんな事をしてしまえば、“志導優輝”という存在が意味消失してしまう可能性がある。
 それでも、優輝は勝つ可能性を上げるために賭けに出た。

「これで....!」

 御札を媒体とし、神力で“陣”を発生させる。
 それはその空間全域に広がり、優輝達を襲っていた重圧を相殺する。

「....今!今の内に、司の説得を...!」

 影響が強くなったのか、二人称が椿に近くなる。
 だが、今それを気にする者はここにはいない。

『ごめんなさい、ごめんなさい...!私がいたから...私が転生したから...!』

「違います!司は何も悪くありません!司が気に病む事なんて、ありません!」

『嘘...!嘘嘘嘘!私がいなかったら、ジュエルシードは暴走しなかった!私がいなければ、きっともっと何事も上手くいってた!...()()がいなかったら、お父さんもお母さんも不幸にさせずに済んだ!優輝君だって、巻き込まずに済んだ!』

「司...!」

 リニスが説得しようと声を掛けるが、司は頑なにそれを拒絶する。
 そして、拒絶の声を上げる度に“負の感情”の念が衝撃波となって優輝達を襲う。

「でしたら!私は、プレシアは、リインフォースさんはどうなるんですか!」

『っ....!?』

「貴女がいなければ、私たちは決して救われなかった!貴女がいたからこそ、今の私たちはここにいるんですよ...!」

『それ...は....。』

 涙ながらに叫ぶリニスの声が、ついに司に届く。

「それだけではありません!大きな事だけでなく、小さい事まで...貴女はずっと優しさを持っていました...!その優しさに救われた人もいるんです!それを、忘れないでください...!」

『...ぅ....ぁ....。』

 使い魔としてずっと傍にいたからこそ、リニスの言葉は重かった。
 その言葉が司の心に浸透していく。
 だが....。



   ―――あんたなんかに....幸せなる権利なんてないわよ....!



 ...司の脳裏を過るその声が、それを遮った。

「今、のは....。」

「...聞いた事がある。あれは...聖司の母親の言葉....。」

 司の記憶に強く残るその言葉は、“負”の言葉として優輝達にも届く。

『ぁぁ...ぁああ.....ぁああああああああああ!!!』

「っ、まずい!」

 必要とされる声と、拒絶しようとする声。
 その二つが司の頭の中を反復し、心を揺さぶる。
 感情の爆発が起き、その衝撃波が優輝達を襲う。

「ぐ、くっ...!」

   ―――“護”

 全力で張った障壁によって、何とかそれを凌ぐが...。

『ああああああああああ!!』

「今度は砲撃!?」

 未だ視認できない中心域から、何かが収束するのを感じ取る。

「(自分は護れても、二人は庇いきれない...!)」

 神に匹敵するが故、優輝は庇いきれないと瞬時に判断する。

「ふっ!」

   ―――“神撃-真髄-”

「ごめん!」

「優ちゃん!?何を!?」

「待ってください!司が...!」

 すぐさま外へ繋がる“道”を穿ち、そこから葵とリニスを放り出す。

 ...また、その一撃で優輝は理解した。
 “一度ここから出ると、二人の火力では戻ってこれない”と。

「っ、優ちゃん!」

 外に放り出された葵は、すぐに戻ろうとするしかし、感じ取った膨大な“力”を前に、思わずその足を止める。

「な、なんですか、この魔力は...。」

「まさか...優ちゃん、受け止める気!?」

 優輝が受け止めなければ、その魔力は待機しているアースラにまで及ぶだろう。
 射線がそうなっている上に、そこまで届く事を優輝は瞬時に悟っていたのだ。

「........。」

「....!くっ...!」

 少し振り返った優輝の瞳が、そのつもりだと語っていた。
 それを理解し、また、襲い掛かってきた触手への対処のため、葵は飛び退いた。
 リニスも同じように理解したのか、下がって展開された弾幕を防ぐ。



「....後は...。」

 残った優輝は、今にも解放されそうな魔力を前に、神力を収束させる。

「リヒト、シャル、シュライン。余波に耐えてくれる?」

〈...耐えて見せます。〉

 余波だけでも相当な威力だと判断する優輝は、デバイスたちを少し心配する。
 だが、頼もしい返事が返ってきた事で、優輝は安心する。
 そのまま弓を神力で創造し、“矢”として神力をさらに収束させる。

「...助け出すから、じっとしててよ。」

 膨れ上がる魔力。攻撃が来ると見るまでもなく優輝は理解する。

「....往け、“神滅之矢”!」

 魔力が解き放たれると同時に、優輝も矢を放つ。











   ―――互いに神すらも滅ぼす一撃が、ぶつかり合った。











 
 

 
後書き
sforzato(スフォルツァート)…“その音を特に強く”の意を持つ音楽用語。魔法としては、連続して放つ攻撃の一つ一つのインパクトの威力を上げる。以前にあったフォルツァンドの連撃版。一発の威力自体はフォルツァンドに劣る。なお、両方を兼ね備えたバージョンもある。

速鳥…素早さを上げる術式。かくりよの門でも単体の敏捷性を上げている。
 真髄ともなれば、まさに神速で動けるようになる。

瞬閃…文字通りの速さで何度も斬りつける技。上記の速鳥を合わせて使う事が多い。

呪黒砲…呪黒剣を砲撃にして放つ魔法。ユニゾンデバイスになってから編み出した葵の魔法。

木葉流し…掴もうとして逸れる木の葉のように、攻撃を受け流す技。

神威極光…神力を集束し、砲撃として撃ち出す技。神威の名の通り、まさに神の一撃の如き極光を放つ。神なら誰もが(使おうと思えば)使える技。

浄化神域…文字通り、瘴気などを浄化するための神の領域。神が扱う結界みたいなもので、今回の場合は“負の感情”の効果をなくすために使った。これも神なら誰もが使える。

ブリューナク…雷の魔力を巨大な槍の形にして放つ砲撃魔法。単発ならリニスの扱う中で最も威力が高い魔法。ちなみに優輝の扱うブリューナクとは関係がない。

護…単純に対象を守る障壁を神力で展開する神特有の術。強度は単純ながらも高い。

神滅之矢…神力を収束し、矢として放つ神すら滅ぼす一撃。神降しをした状態での最も威力の高い技。

神降しに早速追加設定が...!
存在を近づける...つまり、今までは優輝が主導権を握っていましたが、その一部を神に委ねるという事です。神降しと言うより、融合が近いですね。(DBのフュージョン的な) 

 

第87話「助ける」

 
前書き
何気に司を覆う“殻”がプリエールの時よりもう一層増えてます。
図としては...。()=殻
(アースラ(奏達(葵&リニス(優輝 司))))
的な感じです。(わかりづらいですけど)
 

 






       =out side=







「っ....!“チェーンバインド”!“ラウンドシールド”!」

     ギィイイン!!

 飛んでくる閃光にバインドが絡みつき、ユーノの防御魔法によって防がれる。

「ぬぅうううううっ!!」

     バチィイッ!!

 さらに飛んでくる魔力弾を、ザフィーラが展開した障壁が受け止める。

「攻撃の頻度が少ないのが幸いやな...!」

「ですが、その分中は危険です。」

「中に入っていった皆が心配ですね...!」

 アースラの護衛を担っているはやて達は、中にいる皆の事を心配する。
 司による精神攻撃も、アースラ付近はさすがに範囲外だったようだ。

「っ、待って!この魔力は...!?」

「...馬鹿な...これほどの魔力、闇の書を超えるぞ...!?」

 そこへ、途轍もない魔力の波動を感じ取る。
 司の感情が爆発した事による魔力砲撃なのだが、はやて達にそれを知る由はない。



「っ、魔力計測器が振り切れた!?」

 一方、アースラ内でも魔力は検知され、騒ぎになっていた。

「まずい!まずいよ!あの魔力が解き放たれたら、次元震どころか次元断層が起きちゃう!」

「艦長!」

 アリシアが慌て、エイミィがリンディに指示を仰ぐ。

「.....私たちには、どうにもできないわ...。全員、次元震及び余波に備えて!」

「...優輝...頼んだよ...!」

 魔力が発生しているという事は、既に優輝が交戦しているという事。
 そう思ったアリシアは、優輝を信じて余波に備えた。





「.......。」

「なんだこの魔力は...!?優輝達は無事なのか...!?」

 気絶したなのは達を守っている奏達も魔力を感じ取り、その魔力に戦慄する。

「優輝....。」

「頼むぞ...。」

 ただ祈るしかない事に、親である優香と光輝は焦燥感に駆られる。

「....優輝さん...。」

 余波が来るであろう事を予期し、防御を固めていた奏もまた、何も助けになれない事を歯痒く思っていた。





「優ちゃん...!?」

「あれは...。」

 そして、最も優輝に近い位置にいる葵とリニスは、唯一優輝が構える光の弓矢の輝きを認識する事ができていた。

「なんて力...!」

「...あんなの、あたしが喰らったら即蒸発するよ...。まさに神の一撃...。」

 神力の輝きが見えるこそ、二人が戦慄するのは魔力ではなく優輝の力だった。

「っ...!」

     ギギギィイン!!

「っ、ぁ...!」

「葵さん!」

 しかし、中心に近い場所にいる二人に、驚いている暇などない。
 襲い掛かってきた触手を、葵は何とか逸らし、リニスが葵を連れてその場から離れる。

「おそらく...いや、ほぼ確実にとんでもない余波が来る!早く防御魔法を!」

「しかし、このような場所では...!」

 リニスが防御魔法を、葵がレイピアを振るいながら飛んでくる攻撃を防ぐ。
 魔力が司に集中しているからか、弾幕にならない程まで攻撃頻度が減っているため、二人でも難なく防ぐ事ができた。
 しかし、立ち止まって防御する暇がある訳ではなかった。

「あたしが盾になる!その間に術式を用意して!」

「分かりました...!」

 一番近い“殻”の内壁まで下がり、葵が霊力で身体強化してリニスの前に立つ。
 その間にリニスは頑丈な障壁を張るために術式を練る。

「護り...きるっ!!」

   ―――“刀技・金剛の構え”
   ―――“刀技・挺身の構え”

     ギギギギギギギギィイン!!

 レイピアを大量に魔力で作り出し、それを駆使して攻撃を弾く。
 負荷に耐え切れずに持っているレイピアが壊れても、すぐさま作り出しておいたレイピアを手に取り、触手や閃光を弾く。
 また、レイピアを射出する事で魔力弾も相殺する。

「っ...!行けます!!」

「了解!...“呪黒剣”!!」

 リニスの言葉に、レイピアを一際多く射出した後に飛び退き、リニスと並び立つようにしてから黒い剣を前方に生やす。
 気休めとは言え、その剣も盾となるようだ。

「重なり、高め合え...!」

   ―――“Decuple Protection(ディカプルプロテクション)

 リニスが十枚もの障壁を張る。
 重ねるように展開された障壁は、一枚一枚が相当な防御力を誇っているようだった。









   ―――....そして、二つの力が衝突した。











「っ....あの光は...。」

 外に出ていたユーノ達を戻し、シールドを張っていたアースラは、優輝が放った矢の光をようやく発見する。

「魔力が観測されない...って事は、優輝...!?」

「...あの光、間違いないよ。優輝が神降しした時にも見た力だ...。」

 ユーノがモニターに映る光を見ながらそう呟く。

「収束していた魔力が、打ち消されていきます...!」

「あれほどの魔力が相殺されるなんて...。」

 次元断層さえも起こしそうな魔力を、いとも容易く相殺した神降しの力に、リンディは驚きを隠せなかった。

「今の力の衝突で、黒い塊の一部が瓦解します!」

「...これで後は司を助けてくれれば...頑張って、優輝...!」

 あともう少しだと願い、アリシアは優輝達の無事を祈った。





「っ、ぁあああっ!?」

「ぁああああああ...!」

 一方、葵とリニスは余波をまともに食らい、十枚もの障壁と黒い剣はしばらく耐えたものの、砕かれて吹き飛ばされていた。
 だが、そのおかげで二人は何とか大ダメージを喰らっただけで済んだ。

「っ...!葵さん、リニスさん...!」

 そこへ、二人の防御のおかげで無事だった奏がやってきて、二人を保護する。
 どうやら、余波で“殻”が一つ吹き飛んだらしい。

「わ、私はまだ動けます...。しかし、葵さんが...。」

「っ、ぐ...咄嗟に動けるのはあたしだけだったしね...。」

 実は、障壁が破られて吹き飛ばされる瞬間、葵はリニスを庇っていたのだ。
 リニスは障壁の維持のために動けなかったため、結果的に葵が霊力で身体強化してリニスを余波から体を張って守ったのだ。

「(今の余波でこの“世界”そのものに穴が開いた。大して損害が出ていないのは障壁で防ごうとした範囲だけか...。)」

「今回復魔法を掛けます...!」

「助かるよ...。」

 ボロボロになり、リニスに回復魔法を掛けられながらも、葵は状況を把握する。
 “負の感情”による瘴気で構成されていた闇の世界は、優輝達の攻撃の余波で穴だらけとなっていたのだ。

「(...最深部だけはほぼ無傷...中までは分からないけど。...それに、膨張してる...。外側がボロボロになったのもあれが影響している...?)」

 葵は瘴気のように形を持たないモノで構成された世界の割にボロボロなままなのはおかしいと思い、規模を大きくした最深部の闇の塊を見る。

「...どの道、後は優ちゃんに託すしかない...か。」

「...優輝さん...。」

 もうあの中には侵入できそうにないと、葵は優輝に全てを託した。

「....少し、いいか?....認識阻害による記憶改竄が、解けたようだ。」

「え....?」

 そこへ、クロノが割り込んできてそう言った。

「認識阻害に割く力に余裕がないかは分からないが、僕も司の事は思い出した。...ヴィータ達も同じだろう。」

「そっか...。でも、今更変わらないよ。」

「ああ。...あれを見れば嫌でもわかるさ。」

 あれほどの余波を起こしていながら無事な最深部の闇の塊に、クロノは冷や汗を掻く。

「...さすがに無傷とまではいかなかったみたいだけど、それでも穴がいくつか開いた程度...。一体、中はどうなっているのやら...。」

 優輝が皆を庇うようにしたからか、葵たちのいる方面だけくりぬく線のように、最深部の塊にも穴が開いていた。

「司...!司ぁあああっ!!」

「ちょっ、神夜!落ち着け!」

「なんだ!?」

 気絶から目覚めたらしい神夜が、一人突っ込もうとしていた。
 どうやら、司の事を思い出し、さらに好いているが故に感情的になったらしい。
 それを、ヴィータとシグナムが何とか抑えていた。
 ちなみに、他の皆はまだ気絶していた。

「放してくれ!くそっ...なんで俺は司の事を...!」

「いいから落ち着け!お前らしくないぞ!」

 気絶から目を覚ましたばかりとはいえ、ヴィータとシグナムの制止を振り切る。

「...寝て。」

「がっ!?」

 ...と、そこで奏が刃を潰したハンドソニックで叩き、気絶させる。
 魔力をきっちりと込めて威力を相当高めたらしく、神夜の防御を貫いていた。

「...今行った所で、邪魔になるだけ...。」

「奏!?てめ、何を...!?」

 さすがにいきなり再度気絶させられたのにヴィータは憤る。

「...気絶でもさせなければ、余計な被害を増やしていたけれど?」

「っ...わーったよ!」

 奏の正論に言い返せず、ヴィータは渋々納得する。
 これが神夜が敵視している優輝であればそれでも何か言っていたが、相手が神夜とも親しくして“いた”奏だったため、何とか抑えたようだ。

「僕らも何かできないだろうか...。」

「....適当に攻撃を仕掛けて力を割くっていうのがあるけど...。」

「得策ではありませんね...。」

 既に戦い続きで疲弊しているクロノ達では、そんな耐久戦はできない。
 おまけに、何人かは未だに戦闘不能である。防御すらままならない。

 ...するとその時、最深部に開いていた穴から人影が()()飛び出してくる。

「あれは...。」

「優ちゃん...!?それに、かやちゃん!?」

 飛び出してきたのは優輝と椿。
 
 ...その事が表すのは、つまり....。

「...神降しが、解けた....!?」











       =優輝side=







   ―――時は少し遡り...







「っ....!」

 矢と砲撃の衝突による余波が治まる。
 少し辺りを見渡せば、瘴気によって構成された世界には所々穴が開いていた。
 神力による一撃だからだろう。相反する力がぶつかって瘴気の一部が消滅したらしい。

「っ、ぁ...!?」

 しかし、次の瞬間には僕の姿が元に戻ってしまった。
 すぐ傍には椿の姿が現れ、神降しをしていたため今は眠っている。

「まずい...!?」

 神降しが解けたという事は、僕の力が落ちてしまったという事。
 しかも、それは半分どころの話ではない。
 そうなれば、いくら瘴気を削ったと言えど、司さんの暴走を抑えるのは...。

「っ、ぎっ....!」

     バチィイッ!!

 襲い来る閃光を魔力を纏った拳で何とか逸らす。
 それだけでリヒトが展開していたグローブは破れ、僕は大きく後退した。

「くそっ....!」

 すぐさま縄を創造して椿に巻きつけ、次に迫る触手を躱す。
 少々乱暴な運び方だけど、我慢してくれよ椿...!

「ちっ...!」

     ギギギギギィイン!

 弾幕のように魔力弾が飛来する。
 それを創造した剣で相殺しようとするが、一部は相殺しきれないため、身を捻って躱す。

「(神降しが解ける制限時間まで、大体20分は残っていた!それなのに解けたのは...力を使い果たしたからか!?)」

 必死に攻撃を凌ぎながら、どうして神降しが解けたのか考える。

「(地球とは違う場所な上、この瘴気の量では神降しは保てなかった...って所が妥当か...。くそっ、さっきので神降しを保つ力を使い果たしたのか!)」

 いくつかの攻撃を凌ぎきり、ほんの少しだけできた隙を使い、椿に霊力を送る。
 そうする事で気つけ代わりになり、椿は目を覚まし、僕は縄を消す。

「っ...!(魔力収束...!まずい...!)」

 すぐさま飛来した魔力弾を躱し、触手を逸らしている時に魔力が収束するのを感知する。
 ギリギリ放たれた砲撃を躱す事はできたが、次に振るわれた触手は回避できなかった。

「っ、させないわ!」

「椿!?」

 ダメージ覚悟で逸らそうとすると、椿が障壁を張って防ぐ。
 触手が激突してもびくともしないその障壁に込められた力に、僕は驚く。

「神力...!?」

「まだ使える神力は残っていたのよ。でも、今ので最後。神降しが解けたと同時にほとんど失われてしまったわ。」

「そうか....っ!椿!」

 椿の言葉に僕は納得する。

 ...しかし、所詮は一枚だけの障壁。
 次々と放たれる攻撃を前に、障壁が持つ訳がない。
 おまけに、再び収束する魔力を感じ、僕は椿の前に立って魔力結晶を取り出す。

「“ドルヒボーレンベシースング”!!」

 閃光が放たれると同時に、僕が砲撃魔法を放つ。
 魔力結晶を用いて放たれた砲撃は....閃光によって貫かれた。

「しまっ....!?」

「っ!」

     バチィイッ!!

 収束していた魔力は、わかってはいたが魔力結晶一つ分以上だった。
 そこから放たれた砲撃など、相殺できるはずもない。

「助かった、椿...!」

「次、来るわよ!」

 障壁をも貫いた砲撃は、椿による霊力の籠った短刀で逸らされる。
 さすがに威力も激減していたらしい。...が、すぐに次の攻撃が来る。

「防ぐより躱す方がいいか...!」

「優輝!」

「っ、ぁああっ!?」

 閃光や魔力弾を躱すものの、いくらなんでも数が多すぎた。
 襲い来る触手を躱しきれずに、僕と椿は触手に防御魔法ごと吹き飛ばされた。





「っ.....!?」

 ...その時、確かに僕は見た。







   ―――中心部で、ジュエルシードを浮かべながら虚ろな目で僕らを見る司さんを。













「っ、ぐぅ....!」

「っぁ...!」

 最深部の空間から飛び出し、僕らは地面を滑りながらも着地する。
 だが、防御魔法越しとはいえ一撃を喰らったため、ダメージが大きい。

「ちっ...!」

 休む暇はない。追撃とばかりに襲い来る触手を逸らそうと、シャルを振るおうとする。

「はぁっ!」

     ギィイイン!

「葵...!」

 だが、その攻撃は葵が逸らしてくれた。

「優ちゃん!かやちゃん!無事...とは言えなさそうだね。」

「ああ...。」

 神降しが解けたのは僕らを見てわかっているのだろう。
 葵の表情には余裕がなく、焦っていた。

「(司さんを説得するにはもう一度最深部まで行く必要がある。だけど、それには...。)」

 神降し並とまでは言わないが、それに近い力が必要となる。

「........。」

「優ちゃん、どうするの?このままだと....。」

「...優輝?」

 黙っている僕に気づき、椿が訝しむ。

 ...神降しに近づける力は、ある事にはある。
 だが、その力は....。

「(他に何か...!)」

 その力を使うには神降しと同じく持続時間が短い...というより、持たない。
 だから、他に何かないか考え、“ある物”に気づく。

「...そうだ。僕は...僕らは助けに来たんだ。」

 “それ”に手を触れ、僕は気づく。僕の...僕らの心を蝕んでいた“モノ”に。

「...さっきまでは、僕に焦りや“まずい”と言った気持ちが溢れていた。」

 ...それは、詰まる所“負の感情”だ。
 そう、僕も...いや、おそらく全員が気づかない内に精神攻撃の影響を受けていたのだ。

「そんな気持ちを抱いていたら、救える“未来”は視えない!」

〈マスター...。〉

 リヒトも、今回ばかりは止めようとしない。
 これは、無茶をしなければ掴めない可能性だ。

「力を貸してくれ、シュライン!ジュエルシード!!」

 シュラインを懐から取り出し、ジュエルシードも全てリヒトから取り出す。
 そして、その力を行使するために、僕は術式を練り...。

「....“Anhalt auf(アンハルト・アウフ)”!!」

 魔法を、行使する。
 この魔法は、イメージする人物のステータスを僕に宿す魔法だ。
 そして、イメージする人物は決まっている...!

「“創造開始(シェプフング・アンファング)”...。司さん、君の力で救われた人は何人もいる。...その事を、今ここに示す!」

 シュラインの宿るジュエルシードを基に、一つの“デバイス”を創造する。
 十字架のような形状の槍型デバイス。...そう、シュラインだ。
 司さんのデバイスを創造し...僕は、司さんの力を宿す。

「全員、援護に回ってくれ!もう一度最深部に突っ込む!!」

 ジュエルシードの魔力を解き放ち、僕は仮初めの“天巫女”として対峙する。
 皆にそう指示を出し、僕は祈りの力を行使する...!

「邪なる力よ、退け...!我らの祈りで、皆に祝福を...!」

   ―――“Sanctuary(サンクチュアリ)

 ジュエルシードが一際輝き、魔法陣が広がっていく。
 その範囲は、僕らがいる場所だけでなく、アースラにまで届く...!

「...これで、精神攻撃の影響は消えたはずだ。」

 僕の言葉に皆が戸惑っている。
 ...当たり前か。僕一人に任せるようなものなのだから。

 ...でも、そんなの関係ない。すぐさま僕はシュラインを構える。

「穴を穿て、聖なる光よ!“聖撃”!!」

 天巫女の力に、瘴気が驚いたのだろうか?少し怯んでいた。
 その間に最深部への壁を掌底で攻撃し、そこに穴を開ける。

「っ!聖なる光よ、降り注げ!」

〈“Holy rain(ホーリーレイン)”〉

 だが、そこでようやく触手や閃光が襲い来る。
 それに対し、僕は祈りの力で閃光の雨を繰り出し、相殺しにかかる。

「贋作で悪いが、協力してもらうぞ...!断ち切れ!!」

   ―――“Saint slash(セイントスラッシュ)

 ジュエルシードの一つから魔力が迸り、それが斬撃となって触手を切り裂く。
 足を踏み出し、中へと突入しようとするが、穴が塞がりそうになる。

「させないよ!」

「...穿ちなさい!」

   ―――“呪黒砲”
   ―――“弓奥義・朱雀落”

 ...が、そこへ黒い砲撃と朱い矢が突き刺さり、穴を広げる。

「“サンダーレイジ”!」

「“アトミックブラスト”!」

「“トワイライトバスター”!」

 さらに、雷の砲撃が、巨大な魔力弾が、オレンジの砲撃が再度展開された弾幕を相殺する。
 リニスさん、母さん、父さんによる魔法だ。

「行って...!優輝さん...!」

     ギィイイン!

 僕に襲い掛かってきた触手を、目の前に加速して現れた奏が逸らす。
 ...それだけじゃない。遠くからいくつもの魔力弾が降り注いでいる。
 あの術式はクロノだ。...皆が、道を拓いてくれた。

「....任せてくれ。」

 広がった穴へと飛び込む。
 同時に、ジュエルシードの魔力を迸らせ、靄のような瘴気を吹き飛ばす。





『っ....!』

「......。」

 虚ろな目で佇む司さんと離れた位置で対峙する。
 互いに周りにジュエルシードを漂わせ、淡い水色の光が隔離された空間を照らす。
 紫色のこの空間は、さながらファンタジー物の異次元での最終決戦だ。

『ぁぁ...!』

「....!」

 空間が歪む。...正しくは、そう見えるように魔力が揺らめく。
 その瞬間に僕はジュエルシードを前面に向ける。

『ぁああああっ!!』

「っ....!」

 “相殺せよ”と強く念じ、魔力が解き放たれるのに合わせて僕も砲撃を放つ。
 祈りの力をジュエルシードで増幅させて繰り出した砲撃は、司さんの攻撃を相殺する。

『ぅぅぅ....!』

「くっ...!」

 蹲るように司さんは頭を抱え、その周りを回るようにジュエルシードが高速で回転する。
 そして、まさに弾幕のように砲撃や魔力弾が展開される。

「っ...!」

 こちらも光の雨が降り注ぐのをイメージし、さらに剣も創造して繰り出す。
 物量では未だに負けているため、相殺しきれないのは自力で躱す。

「(やはり偽物な上、数で負けているからか...!)」

 所詮は僕が天巫女の力を真似ただけ。
 暴走しているとはいえ、本物の力に真正面から勝てるはずもない。

『ぅ、ぁああ....!』

「っ...司さん...。」

 ...先ほどから司さんは、どこか苦しそうに頭を抱えてばかりだ。
 拒絶するような言動も素振りもない。...ただ、苦しそうだった。

「....この程度じゃない...!」

 襲い来る魔力を相殺できずに、僕はその場から飛び退く。
 追撃の如く振るわれた触手はシュラインを使って上手く逸らして防ぐ。

「天巫女の力は、この程度じゃない!」

 真似ただけの力。...それがどうした。
 ただ“凌ぐ”だけなら、例え全てで劣っていても可能だ...!

「ぜぁっ!!」

 祈りの力をジュエルシードで増幅し、それをシュラインに込める。
 そして、飛んできた空間を歪ませる程の魔力を、そのまま切り裂く。

『っ....!?』

「...司さんを助けたいと思う気持ちは、一つじゃない...!」

 創造魔法と祈りの力を合わせ、光の剣で弾幕を相殺する。
 ...創造魔法と祈りの力の相性は、実は結構良い。
 イメージを基に創造する魔法と、祈りを現実に反映させる力。
 どちらも似通った力なため、掛け合わせる事もできるのだ。

「....はぁっ!!」

   ―――“Prestige Creation(プリスティージクリエイション)

 波紋のように魔力が放たれる。
 その魔力は司さんから放たれる弾幕を悉く撃ち落とし、触手さえ相殺した。

「...ここに来た皆が、司さんを救いたいと、願っている!」

〈“Boost(ブースト)”!〉

 さらに、“助けたい”という意志にジュエルシードが反応する。
 シュラインを通し、ジュエルシードの魔力が僕の身体能力を上げる。

 ...ここからが、本番だ...!







「絶対に...助ける...!!」









 
 

 
後書き
Decuple Protection(ディカプルプロテクション)…リニスが扱う中で最高の防御力を誇る防御魔法。十重にもなる障壁で攻撃の衝撃を吸収して防ぎきる。無印でのなのはのSLBを余力を残して防ぎきれる。ただし、展開まで戦闘中にしては時間がかかるため、隙だらけになる。

Sanctuary(サンクチュアリ)…文字通り聖域となる領域を展開する。消費魔力は大きいため、ジュエルシードを用いるが、その効果は精神攻撃を完全無効化するという高性能。天巫女の本領の一端である。

聖撃…祈りの力を込めた掌底。シンプルな技だが、ジュエルシードの力を行使している今、それだけでも相当な威力を誇る。

Saint slash(セイントスラッシュ)…ジュエルシードの魔力を用いた斬撃。なのはの全力のハイペリオンスマッシャーも軽く切り裂ける。

Prestige Creation(プリスティージクリエイション)…“威光創造”。優輝の創造魔法と天巫女の祈祷顕現の力を組み合わせた技。膨大な魔力を用いてジュエルシードの魔力を相殺する。

Boost(ブースト)…祈りの力での身体強化の際のワード。某赤龍帝と違って倍加ではない。

描写されていませんが、アースラにいる皆も司の事を思い出しています。
尤も、騒いでいる暇はないので思い出した事に関しては後回しにしていますが。 

 

第88話「溢れ出る“負”」

 
前書き
優輝が二次関数のようにどんどん強くなる...!
代償?...知りませんね(目逸らし)
 

 






       =out side=





「接近は避けなさい!遠距離が得意な者はとにかく攻撃を封じるのよ!それができない者は無理しない程度に攻撃を引き付けなさい!私と葵が援護するわ!」

 優輝が突入した後、椿たちに休まる暇はなかった。
 まるでのたうち回るように、触手が振るわれ始めたのだ。

「優香!光輝!二人は引き続き気絶してる者を頼むわ。ただし、できればアースラにまで後退しなさい。そこまでの護衛は...クロノ!」

「分かった!」

 既に司を中心として展開されている瘴気の塊の外部はボロボロになっている。
 そのため、外に行けば行くほど攻撃の頻度も減るため、クロノ一人でも十分だった。

「っ!葵!」

「了、解!!」

     ギィイイン!

 振るわれた触手が攻撃を引き付けていたヴィータに当たる瞬間、葵が割り込んでレイピアで庇うように攻撃を防ぐ。
 弾かれるように葵は吹き飛ばされるが、その反動でヴィータを抱えて跳んだ。

「なっ!?攻撃を利用して加速するとか器用だなおい!?」

「無駄口叩かない!次、来るよ!」

 再び迫ってきた触手を、二人は躱す。
 ちなみに、先程葵は自ら後ろに跳んでいたため、ダメージは少ない。

「拒絶や追い払うというより...苦しんでいる?」

「少なくとも、さっきまでとは違うね...!」

 矢を放ち続けながら、椿は触手の動きを見てそう呟く。
 攻撃を飛び退いて躱した葵が隣に立ち、その呟きに同意するように返事をした。

「それにしてもかやちゃん。後衛なのに前に出ていいの?」

「一人でも多く攻撃を引き付ける必要があるわ。...それに、優輝が無茶してでも助けようとしているのよ。私だって相応の働きを見せるわ。」

「それもそう...だね!」

     ギィイイン!!

 椿は躱し、葵は強力な一閃で触手を逸らす。
 その間に、いくつもの砲撃魔法が触手に向けて放たれ、動きを何とか抑えていく。

「...だけど、それでもジリ貧だよ。」

「...わかってるわ。」

 攻撃を引きつけつつ、椿は他を見渡す。
 今の所誰一人と撃墜されていないが、明らかに押されているのが目に見えた。

「はぁっ!」

「でりゃああっ!!」

 シグナムがシュランゲフォルムとなったレヴァンテインで触手を絡め、そこへヴィータの一撃を与えて攻撃を弾く。
 二人で一撃。椿と葵でなければそれぐらいしなければ余裕を保てなかった。
 しかも、それでさえジリ貧だ。

「....っ!!」

     ギィイイン!

「“サンダーレイジ”!」

 奏とリニスも連携を取り、互いにフォローし合いながらでないと攻撃を凌げなかった。
 奏が受けた触手をリニスが二重に用意した魔法の片方で弾き飛ばし、もう片方で牽制している所を見れば、一人でも耐え凌ぐ程度はできそうだったが。

「っ、退いて!!強烈なのが来るわ!」

 その時、椿と葵は、触手が一際大きな動きを見せるのを察知する。
 すぐさま全員に指示を出すが、他の触手に邪魔され、一部は下がれなかった。

「葵!」

「防ぎきれないよ!」

「それでもよ!」

 咄嗟に葵が庇うように立ち、椿が障壁を張る。
 自分たちへの大ダメージを覚悟し、せめて逸らそうとして...。

     ピシャァアアアアン!!

「っ、この雷は...!」

「プレシア...!」

 巨大な雷が触手を直撃し、触手はボロボロになる。
 すぐさま椿と葵は他の触手を弾き、雷を放った人物であるプレシアを見つける。

「援護に来たわ!...全員、怪我はないかしら?」

「何人か気絶しているものの、全員無事ですよ。プレシア。」

 プレシアの現状確認に、リニスが返事する。

「そう...。...あの坊やは?」

「...あの中です。私たちはここで動きをできるだけ抑えています。」

「分かったわ。」

 プレシアはそう呟くと、次の瞬間魔法を放つ。
 即座に放ったとは思えない程の威力が触手を襲い、撃ち落とす。

「あの坊やが頑張っているのなら、こちらも頑張らないといけないわね。」

「....はい。」

 再び触手は動き出し、椿たちは攻防を続ける事になる。

「(...優輝、こっちは何とか抑えて見せるわ。だから、早く助けなさい...!)」

 椿はそう祈り、いつ終わるかわからない戦いへと身を投じて行った。









「っ、はっ...!」

     ドォオオオン!!

 ジュエルシードの魔力がぶつかりあい、相殺される。
 しかし、暴走している方が数と展開速度が早いため、優輝は回避も強いられる。

「っ....!」

     ギィイイン!!

 そして、攻撃はジュエルシードによるものだけではなかった。

「...そりゃあ、そうだよな...!地球に来たジュエルシードは、全て誰かの姿を模していた...ここにあるジュエルシードができない訳はないよな...!」

 優輝に斬りかかったのは、奏の姿を模した偽物。
 それにつられるように、葵の偽物やプレシアの偽物も現れる。

「くっ...!」

     ギィイン!ギギィイン!

 シュラインを巧みに操り、奏の偽物の攻撃を弾く。
 さらに、横から斬りかかってきた葵の偽物を短距離転移で躱し、即座に切り裂く。

「っと...!」

 そこへ雷が落ちてくるので、飛び退いてそれを躱す。

「...っ、なっ...!?」

     ギィイイイイン!!

 しかし、そこで優輝は吹き飛ばされるように攻撃に弾き飛ばされる。
 咄嗟に防御をした優輝を、防御の上から力任せではなく技術で吹き飛ばしたのは...。

「...誰、だ。お前は...。」

 優輝にとって、記憶にない人物であった。
 ウェーブの掛かった紺色の長髪を後ろで束ね、まさに騎士のような姿をしていた。

「っ....!」

 明らかに修練を積み重ねたような、巧みな動きで優輝に接近する。
 優輝は咄嗟にシュラインで攻撃を受け流そうとするが、受け流しきれなかった。

「それは...織崎のアロンダイト...!?」

 形だけとはいえ、その偽物の扱う武器が神夜のものだと気づく。
 ...そう。その偽物は、記憶の封印により優輝が覚えていないだけで、以前優輝も会った事のある相手だった。

「ちっ....!」

 サーラ・ラクレス...その偽物だけにかまけてはいられない。
 他の偽物が攻撃を仕掛けてくるだろうと思った優輝は、創造した武器を周囲にばら撒く。

「(やっぱりジリ貧か...!)」

 まともに相手をすれば、いくら天巫女の力を使っているとはいえ、勝てるはずがない。
 改めてそれを認識した優輝は、一気に仕掛ける事に決める。

「っ、ぁっ....!」

〈“Boost(ブースト)”〉

 動きを加速させ、サーラの偽物に斬りかかる。

「(っ...戦闘技術は僕と同等...いや、それ以上かもしれない。)」

 しかし、サーラの偽物はあっさりと優輝が振るったシュラインを受け流す。
 斬り返しで反撃されるが、優輝はシュラインの柄で受け止め、そのまま受け流す。

「(だけど...。)」

 他の偽物の攻撃を凌ぐためにヒット&アウェイを繰り返す優輝。
 そこで、優輝はサーラの偽物に対して気づいた事があった。

「(戦闘技術も高い。単純な斬り合いなら負ける。...だけど、()()()()だ。)」

 確かにその強さは目を見張るものがあった。
 しかし、“それ以外”がまるで再現されていなかったのだ。

「...大方、知っている情報が少なすぎて再現できなかったって所だな!!」

〈“セイント・エクスプロージョン”〉

 攻撃を受け流すと同時に、シュラインを地面に突き立てる。
 その瞬間、魔法陣が展開されて大爆発を起こす。

     ギィイイン!!

「っ....!」

 だが、それを切り抜けてサーラの偽物は攻撃を仕掛ける。
 咄嗟にシュラインで防いだ優輝だったが、シュラインは真上に弾き飛ばされてしまう。

「シャル!!」

〈“Aufblitzen(アォフブリッツェン)”〉

 しかし、即座に優輝はシャルを展開し、炎剣を用いて袈裟切りを繰り出す。
 サーラの偽物はそれを防げずにそのまま切り裂かれた。

「っ...!」

     ギギギギギィイン!!

 そこへ、葵と奏の偽物が一気に斬りかかってくる。
 連撃を主体とした二体の攻撃を、優輝は凌ぎきれずにシャルも弾き飛ばされる。

「甘い!!」

 だが、優輝は即座に創造魔法で剣を二振り創造する。
 手数を重視した優輝は、二体の攻撃をあっさり受け流し、一撃ずつ反撃する。

「吹き飛べ!」

   ―――“ショック・エモーション”

 さらに、ジュエルシードから衝撃波が放たれ、二体を吹き飛ばす。
 間髪入れずに優輝は二体を追いかけるように跳び、ちょうど落ちてきていたシュラインを掴み、地面へと突き立てる。

「爆ぜろ!」

〈“セイント・エクスプロージョン”〉

 魔法陣が展開され、爆発を起こす。
 偽物二体は防御魔法を使ったが、その上から吹き飛ばした。

「切り裂け、焔閃!!」

〈“Lævateinn(レーヴァテイン)”〉

 さらに一歩踏み込み、シャルをキャッチして葵の偽物との間合いを詰める。
 そのまま炎の一閃を放ち、葵の偽物を切り裂いた。

「終わりだ。」

 最後に、斬りかかってきた奏の偽物の攻撃を受け止め、創造した剣を操って背後から突き刺して倒した。

「戦闘力は再現できても、戦い方が再現できてないな。」

 優輝はそう吐き捨て、すぐさまその場を飛び退く。

「そっくりそのまま...お返しするぞ!」

   ―――“Reflexion(レフレクスィオーン)

 目の前に雷が落ちてきた所を、優輝は術式を組んだ魔法陣で受け止める。
 すると、その雷がそのまま跳ね返り、放った張本人であるプレシアの偽物に直撃する。

「おまけだ!」

 それだけでは倒れないと思った優輝は、短距離転移で偽物の背後に回り、トドメを刺す。

「ふ、ぅ...っ...!」

 一息吐いて、優輝はすぐさまその場から飛び退く。
 すると、そこへ圧殺するように魔力が圧縮されて撃ち出されていた。

「っ....!」

 優輝がふと司へと視線を向けると、“ソレ”が目に入り、さらに飛び退いた。

     ドンッ!!

「く...っ....!」

 寸前までいた場所に魔力が叩きつけられる。
 その威力は、ユーノやザフィーラでも防げないとすぐに理解できるほどだった。

「.......!」

 優輝は目まぐるしく視線を動かす。
 その視線の先にあるのは、暴走したジュエルシードだ。
 ジュエルシードが凄まじいスピードで動き、魔力弾や砲撃を放ってくる。

「っ、そこだ!」

 13個のジュエルシードの内、一つの魔力を感じ取る。
 それに向けて優輝もジュエルシードを翳し、魔力を相殺する。

「くっ....!」

 縦横無尽に駆けまわりながら、回避しきれない攻撃を適格に相殺する。
 ...優輝にとって、まともに相手をして勝てる存在ではないのだ。
 ただでさえ、神降しをしていても倒しきれなかった相手を、その時の力に劣る今では余程の無理をしなければ倒す事さえ不可能だろう。

 ...しかも、今回の戦いも“倒す”だけでは解決しない。

「は、ぁっ!!」

 繰り出されるいくつもの自力では防御不可能な衝撃波。
 それを掻い潜りながら、優輝は司へと再び呼びかける。

「司さん!」

『っ....!』

 その瞬間、空間全体が揺らめき、優輝は跳んで空中にいながら地震に遭った感覚に見舞われる。

「っ、ぁ...!ジュエルシード!!」

     キィイイイイン....!!

 体勢が崩され、そこへ暴走したジュエルシードの圧縮された魔力が襲う。
 それがわかっていた優輝は、シュラインを除いた11個のジュエルシードを用いてなんとか防御に成功する。

「(声には反応する...だけど、それ以上の反応がない...!)」

 攻撃を躱し、凌ぎ、そしてまた声を張り上げる。
 その声は確かに司の耳に届いていたが、反応はほとんどなかった。
 しかも、声に対して僅かながらに反応を示す度に、空間の揺らめきに見舞われる。

「(精神が何かに呑まれて...以前より、さらに不安定になっている...?)」

 神降しをしていた際に、優輝はある事に感付いていた。
 ...司に何かが取り憑いていると。
 その“何か”に精神が呑み込まれたのだろうと、優輝は推測した。

「(なら、まずはそこから引きずり出す...!)」

〈“Boost(ブースト)”〉

 身体強化をさらに高め、優輝は加速する。
 本来なら凌ぐはずだった攻撃を置き去りにするように躱し、一気に司との間合いを詰める。

「司さん!」

『ぁ.....。』

 水面に波紋が広がるように、空間に揺らめきが生じる。
 その揺らめきは、優輝の声が司の心の殻を波打たせるかのようだった。

「シュライン!」

〈穢れなき光よ、我が身への干渉を打ち消せ。“Holy safety(ホーリーセーフティ)”〉

 空間の揺らめきが優輝を捉える寸前、優輝は光を纏う事でそれを無効化した。

『わた、しは.....。』

「っ、司さん!」

『っ....!』

 ようやく優輝に気づいたかのように、司は反応を返す。
 しかし、何かに怯えるように、司は殻に篭るように闇を纏った。

「なっ....!?」

 一際異質な魔力の揺らめきが起こり、空間に穴を開ける。
 ただ“黒”を映すその空間の穴から泥のようなものが溢れ出てくる。

「(これ...全てが高密度の“負”のエネルギー...!?)」

 その泥はまさに“負”を固めたようなもの。
 黒く、何もかもを呑み込むかのような泥が溢れていく。

『ぁぁぁ....!ぁぁああ.....!』

   ―――“闇よ猛れ、負を満たせ(フォールン・エモーション)

 司が苦しむように呻き、それに呼応するかのように溢れる泥の量が増える。
 そして、その泥から湧くように、優輝も知っている人物たちの偽物が溢れる

「っ!なん、なんだ...!?あれは...!」

 ジュエルシードから放たれる魔力を相殺ないし回避しながら優輝は泥を見て戦慄する。
 なにせ、泥の色とはいえ、偽物が大量に発生したのだ。

「っ、ぎっ....!」

 ジュエルシードを用いて優輝は障壁を展開する。
 そこへ、泥の偽物の内、緋雪の姿をした偽物が斬りかかってきた。

「(力は....本物に迫るか...!)」

 緋雪の偽物の攻撃を障壁があっさりと受け止めるが、間髪入れずに他の偽物が襲い来る。
 “負”のエネルギーという事から、優輝は即座に流れ出ている泥には触れるべきではないと判断し、飛び上がる。

「これ、は....!」

 まるでイナゴの群れのように偽物達が優輝へと群がる。
 あまりの数に優輝も回避しきれないと判断し、ジュエルシードから魔力を解き放つ。

「キリがない...!」

 ジュエルシード程の魔力放出となれば、偽物は一瞬で何体も倒せた。
 しかし、それを上回る程のスピードで偽物は発生し、優輝へと襲い掛かる。

「っ、“アイギス”!!」

     ピシャアアアアン!!

 優輝は咄嗟に自身の魔力で障壁を張り、プレシアの偽物から放たれていた雷を防ぐ。

「っぁ...!薙ぎ払え!」

〈“Evaporation Sanctuary(イヴァポレイション・サンクチュアリ)”〉

 他の皆を守るために使った“サンクチュアリ”を攻撃魔法として放つ。
 司の姿の暴走体も使っていた対象を蒸発させんばかりの極光が、偽物を薙ぎ払う。

「く...ぅ....!」

 広範囲の偽物を全て消し去ったが、泥は再び溢れ、偽物もまた復活する。

「.....?」

 再び襲ってくるまでの間、優輝は違和感を感じる。
 それは、今まで続いていたものがふとなくなったような感覚...。

「(...ジュエルシードによる攻撃が...ない?)」

 そう。司の所有するジュエルシードからの攻撃がなくなっていたのだ。
 尤も、それを補う程の偽物が襲い掛かってくるが。

「(っ、今は関係ない...!それよりも、物量差で押される...!)」

 いくらジュエルシードで消し去っても無限に湧き出てくる。
 絶え間なく襲い来る偽物の猛攻に、優輝も回避が間に合わなくなる。

     ギィン!ギギィイン!ドンッ!!

「ぐっ....!」

 攻撃を受け流し、凌ぐものの、受け流しきれずに吹き飛ばされる。
 その先には地面があり、既にそこは泥に埋め尽くされていた。

「っ、“セイント・エクスプロージョン”!!」

 咄嗟に優輝は魔法を発動して吹き飛ばすものの、すぐに泥が溢れてくる。
 すぐさま優輝はジュエルシードを操り、魔力を放出させる事で泥を祓う。

「(注意するべき偽物は緋雪とプレシアさん。それと見知らぬ...おそらく過去で会ったであろう騎士と魔力の羽を持つ少女...。後は椿と葵...そして僕自身か!)」

 単純火力が高い者と、戦闘技術が高い者を要注意して偽物の猛攻を捌く優輝。
 ちなみに、見知らぬ二人はユーリとサーラの事である。

「ぁああっ!!」

 気合を込め、緋雪の偽物の拳をいなす。すぐさまそこから少し横にずれる。
 すると、寸前までいた場所に雷が落ち、余波を霊力の障壁で防ぐ。
 そこへ薙ぎ払われるユーリの偽物の魄翼を、むしろ利用して受け流して飛び上がる。

「っく...!」

     ギィイイン!

 そこへ斬りかかってきたサーラの偽物の攻撃を受け流し、その場から離脱する。
 飛来する矢と魔力弾は創造した剣で撃ち落とし、背後から襲い掛かる葵の偽物を斬る。
 さらに優輝は魔力弾を撃ち落とした際に椿やなのはの偽物の位置を把握しておき、そこに向けて創造した剣と砲撃魔法を撃ちこみ、ジュエルシードの魔力を収束させておく。

「...撃ち抜け!」

 そして放たれた魔力は、今まさに襲い掛かろうとしていた神夜の偽物を撃ち抜く。
 続けざまに奏の偽物の攻撃を受け流し、投げ飛ばしてアルフの偽物とぶつける。
 間髪入れずにそこから飛び退き、シャマルやクロノの偽物が仕掛けたバインドを躱す。

「っ....!」

 高速移動で接近してきたフェイトの偽物をいなし、続けてシグナムの偽物もいなす。
 そこへ迫るユーノの偽物のチェーンバインドを躱して逆に掴み、引き寄せる。
 そのまま投げ飛ばし、ヴィータの偽物にぶつける。

「ぁあっ!!」

   ―――“セイント・エクスプロージョン”

 シュラインを振り下ろし、周囲の偽物を巻き込んで爆発を起こす。
 その反動で優輝は飛び上がり、迫ってきていた魔力弾と砲撃を躱す。

「っ、ジュエルシード!!」

   ―――“フラワリング・フラッシュ”

 上空にはやて、リインフォース、リニス、プレシア、そして優輝の偽物が待ち構える。
 魔法の術式が大量に用意されており、今まさに降り注ごうとしていた。
 それに対し、優輝はジュエルシードを使い、弾幕を張って相殺を試みる。

「リヒト!」

Lord Cartridge.(ロード、カートリッジ。)

 相殺が成功したのを見届ける間もなく、優輝はカートリッジでブーストを掛ける。
 銃形態にしたリヒトから魔力弾を放ち、斬りかかってきた優輝の偽物を牽制する。

「ちっ...!」

〈“Boost(ブースト)”〉

 シュラインからの身体強化も重ね、優輝は自身の偽物と切り結ぶ。
 その間にも優輝はジュエルシードと創造魔法を扱い、他の攻撃を何とか凌ぐ。

 ...一手一手が研ぎ澄まされる。少しでも判断を誤れば、すぐに追い詰められる。
 決して倒しきれず、それでもなお優輝は司を助けようと動き続けた。

「く...ぐ、がっ!?」

 ....だが、そこまでだった。

 司の記憶を基にして作られた偽物は、記憶の中の強さに依存する。
 泥が再現した中にはユーリやサーラ、緋雪、そして優輝などがいる。
 司にとって、優輝達は“強い”と認識されているため、強さに補正が掛かっていた。
 
 そんな中、大量の偽物と戦えばこうなるのは必然だった。
 優輝は自身の偽物から飛び退いた瞬間、緋雪とサーラの偽物の攻撃を躱した所で、ユーリの魄翼によって地面に叩きつけられてしまった。

「ぐ、ぅ....!」

 すぐさま起き上がろうとするが、群がる偽物達がそう簡単に許してくれない。
 優輝は転がるように攻撃を避け、体勢を立て直そうとした所で...。

   ―――....泥が、波のように優輝を襲った。

「なっ....!?」

 咄嗟に防御魔法で泥の直撃を防ごうとする優輝だが、その泥の波をお構いなしに突っ込んできたヴィータの偽物により、障壁に罅が入り、突破されてしまう。

「ぁ...ぁあああ....!?」

 最深部を覆う“殻”の内壁に叩きつけられ、優輝は波に呑まれる。
 ...その泥は、“負”を集めた塊。
 いかに優輝と言えど、その“負”に蝕まれるのは防ぎようがなかった。









       =優輝side=







「....ぁ....ぅ....。」

 ...目の前から、呻き声が聞こえる。
 いつの間に、視界を閉じていたのだろうか。僕の視界がそこで開ける。



   ―――...一瞬、呼吸を忘れた。



「な....!?」

 血に濡れ、倒れる司さん。胸に剣で刺された穴があり、それが致命傷になっていた。
 ...瞳孔は開き、既に死んでいるのがわかった。
 辺りにはジュエルシードも散らばり、一部は罅が入っている程だった。
 その全てが、機能を停止している。

「なに、が....!?」

〈...マス....ター....。〉

「リヒト!?」

 手に持っていた剣は、リヒトだった。
 だが、その刀身は罅が入り、リヒトが機能停止する寸前なのが分かった。
 見れば、足元に落ちている杖形態のシャルも罅が入り、こちらは既に機能停止していた。

「ど、どういう...事だよ...。」

 辺りを見渡せば、それはまさに死屍累々の光景だった。

 ....誰もが死んでいる。
 椿が、葵が、奏が、父さんが、母さんが、リニスさんが、クロノが....。
 皆が皆、確実に“死んでいる”状態で倒れていた。
 葵や一部の者に至っては、頭や体の一部がなくなっている程だった。

 ...それだけじゃなかった。
 遠くにアースラが見えたが、それも既に破壊されていた。
 巨大な剣や槍が突き刺さり、砲撃魔法でも直撃したかのように崩壊していた。

「...な、なんで...。」

   ―――誰がやったのか?

 ...簡単だ。皆は全員死んでいて、無事なのが僕一人な時点で丸わかりだ。

「ぜ、全部僕が....。」

 どうして...と考えれば、すぐに答えは浮かんできた。
 先ほど...実際の時間ではどれくらい経ったかわからないが、泥に呑まれたからだ。
 あれは“負”の塊。あれに呑まれ、心が蝕まれたのだろう。

「っ....。」

 体を見れば、まるで“闇”に堕ちたかのように全てが暗い色になっていた。
 手や体は返り血に濡れ、まるで殺人鬼のようだ。

「ぁ、ぁああ....!」

 リヒトが手から滑り落ち、膝をつく。
 ...どうして、こうなったのかが理解できなかった。ただ、理不尽だと感じた。

「司...さん....!」

 僕は...僕らは、司さんを助けに来た。
 なのに、結果がこのざまだ。

   ―――“全滅”

 この言葉が、まさにふさわしいだろう。
 次元を行き来する船もなくなり、僕もずっとここにいられる訳ではない。
 まさに最悪。あり得る未来の中で、“最悪の結末”を引き当ててしまったのだ。

「ぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 ただただ叫んだ。それが、どんなに意味がないものかは理解していた。
 それでもそうせずにはいられなかった。
 ...僕は、とんでもない取り返しのつかない事をしてしまったのだから。

 こんな結末は、誰も望んでなかった。なのに、僕のせいでこうなってしまった。
 それが、嫌で、納得できなくて、でも現実で...。
 ...絶望に...ただ絶望に呑まれて行くかのようだった。



















   ―――....助けて....。



















 
 

 
後書き
ショック・エモーション…名前の通り、感情が衝撃波となる。感情の強さによって衝撃波の威力も変わる、天巫女の技の一つ。

Reflexion(レフレクスィオーン)…“反射”。そのままの効果。某ドラ〇エのマホ〇ンタみたいなものだが、当然術式が破壊されるような魔法は跳ね返せない。

Holy safety(ホーリーセーフティ)…膜のように光を纏い、バインドなどの所謂“状態異常”を無効化する魔法。

闇よ猛れ、負を満たせ(フォールン・エモーション)…“堕ちた感情”。空間に穴を開け、そこから“負”のエネルギーの塊である泥を溢れ出させる。その泥は依代となっている人物の記憶に基づいて形を為す。イメージとしては、プリズマイリヤドライの泥の英霊無限湧き。

フラワリング・フラッシュ…“開花する閃光”。ジュエルシードの魔力を開放するように、幾重もの砲撃魔法を放つ技。偽物達の弾幕をほぼ全て撃ち落とす。

司はGOD編の事を覚えていませんが、それは記憶が封印されているからなので、“記憶そのもの”は残っています。だからユーリやサーラの偽物も現れました。
強さはさすがに本物に何段階か劣ります...が、優輝やサーラ辺りの偽物はそれでも並の強さでは勝てません。しかも無限湧き。なんだこの絶望。ムリゲーすぎですね。
ちなみに最後の優輝が押され負けてからの絶望、滅茶苦茶ノリよく書きました♪(ゲス顔)
尤も、自分はハッピーエンド主義者なので、後で読み直して後悔しています。 

 

第89話「本当の気持ち」

 
前書き
どんどん優輝がボロボロになってますが、諦めない系主人公の宿命ですので♪(ゲス顔)
その代わり、一時的な強さもどんどん高まっていきます。
 

 










   ―――....本当は、わかってた...。

   ―――私は、本当は生きていたいって...死にたくないってわかってた。

   ―――でも、それはダメなものだと思っていた。

   ―――両親に大きな迷惑をかけて、恨まれて。

   ―――そんな(ボク)なんて、死んでしまえばって思った。

   ―――...でも、それでも、救われたかった。

   ―――私だって、誰かに助けてもらいたかった。頼りにしたかった。

   ―――親に殺された時、(ボク)は理不尽だと思った。

   ―――...理不尽に殺されたのだから、生きたいと思うのは当然だった。

   ―――それを、私はただ抑え込んでいただけ。

   ―――......死にたくない.....。



   ―――....ねぇ、緋雪ちゃん...私、間違ってるかな...?

   ―――...皆を拒絶して、死にたがっていたのに...。

   ―――“救われたい”って思うの、間違ってるかな....?



   ―――...ねぇ、優輝君...。

   ―――...こんな事、仕出かした私を、まだ友達と思ってくれる...?

   ―――...“親友”だって、暖かく迎えて、くれる、かな....?





   ―――....嫌だよ...。

   ―――....もう、嫌だよ...。

   ―――....もう、暗い所にはいたくないよ....!







   ―――....助けて....。











   ―――助けて....優輝君.....!!





















       =out side=





「何、あれ...!?」

 触手による攻撃が治まり、訝しんでいた椿が気づく。
 最深部の“殻”から、泥のようなものが溢れ出てきた事に。

「偽物...!?しかも、この数は...!?」

 その泥が広がると、そこから大量の偽物が湧いてくる。
 その量の多さに、その場にいる全員が戦慄した。

「っ....!今すぐアースラに救援を要請しなさい!!」

「分かりました!」

 咄嗟に椿が矢の雨を降らせ、リニスにそう指示を出す。
 慌ててリニスはアースラへと追加戦力を要請しに行った。

「葵...!」

「時間を稼ぐ....事すら難しいよ!」

「そう...!」

 集団戦や、圧倒的戦力差との戦いの経験がある椿と葵が前に出る。
 しかし、無限に湧いてくる偽物からすれば、そんな事をしても無意味だった。

「ぐ...ぁあっ!?」

「くっ...!多すぎるわ...!それに、強い...!」

 一体一体が、雑魚とは間違っても言えない程の強さ。
 その事実にさらに椿たちは戦慄する。

「なんだよこれ...。こんなの、ありえる事なのかよ!?」

「...現に今起こっている。だが、これは...!」

「...優輝さん....。」

 ヴィータも、シグナムも、奏も。目の前の出来事に動揺していた。

     ピシャアアアアン!!

「っ...相殺された...!...そう、私の偽物もいるから当然の事よね...。」

 プレシアも強力な雷魔法で攻撃するが、複数の自身の偽物に相殺されてしまう。

「全員、後退しつつ牽制を!接近は絶対にダメよ!」

「皆、偽物はともかく、泥そのものには触れないで!...あれ、全部“呪い”の類に匹敵するよ!対策がないと、触れただけで心が蝕まれる!」

 椿と葵が即座に判断を下し、全員が後ろに下がりながら遠距離攻撃で牽制する。
 二人は“闇”の性質に近い存在である“幽世”に関わった経験から、泥の性質を見ただけで見抜き、触れないように警告する。

「優輝...!」

「優ちゃんはどうなっているの...!?」

「分かれば苦労しないわ...!」

 今優輝がどうなっているのか、式姫のパスを確かめても、二人にはわからなかった。
 ただ、明らかに中もこのようになっていると、半ば確信していた。

「(まずい...!まずいまずいまずいまずいまずいまずい...!!)」

「(優ちゃんの魔力結晶を使って呪黒剣を連発しても、全然効果がない...!)」

 後退しながら...というよりも、半ば逃げている状態に、さしもの椿と葵も慌てる。
 他の者に至っては、完全に恐れをなしていた。

「プレシア!相殺されてもいいわ!全力のをお願い!」

「っ...わかったわ!!」

 椿がプレシアに指示を出し、巨大な雷が偽物達に迫る。
 だが、椿の言った通りそれは相殺されてしまう。

「...穿て、“弓技・螺旋-真髄-”!!」

 最大限の霊力で矢を作り、射る。
 真髄に至る螺旋状に霊力が渦巻く矢が、偽物の群れを穿った。

「爆ぜなさい!」

 そして、椿はその霊力を爆発させ、時間を稼ぐ。

「これで....っ!?」

 爆発させた際の煙幕の中から、神夜の偽物が現れる。
 すかさずそれを葵が防ごうとして...上空からの雷の砲撃魔法が偽物を吹き飛ばす。

「間に合いました...!」

「闇に沈め...“デアボリック・エミッション”!!」

 上空を見上げれば、そこにはリニスとアースラに待機していた者達がいた。
 そして、はやてがリインフォースとユニゾンし、広域攻撃魔法を放った。

「アースラからの支援砲撃も頼んでおいた!っ、安心はできないが、持ち堪えるぞ!」

「っ...“ハイペリオンスマッシャー”!!」

 また、気絶した者を連れて行ったクロノ達も戻ってきており、その気絶していた皆も既に目を覚まし、同じように駆け付けていた。
 アースラから放たれた支援砲撃に続くように、なのはも砲撃魔法を放つ。

「(ここで駆け付けてくれたのは助かるわ。....でも。)」

「(それでも、足りない...!)」

 確かに強力な援護にはなるだろう。...だが、無意味だった。
 相手は偽物と言えど、その量は椿たちの人数を比べ物にならない程上回る。
 一体一体が弱体化していようと、束になれば...。

「効いてない...!」

「くそっ、もう一度だ!」

 数が多いためか、あの帝さえも勝手に突っ込まずにずっと射出攻撃を続けている。
 それでもなお、数に負ける程、多勢に無勢だった。

     ドォオオオオオオン!!

「っ...!今度は何...!?」

 そこへ、大きな爆発音が轟く。
 椿が何の音か確認すると、最深部の一部分が爆発の煙に包まれていた。

「....優輝....!?」

 そして、そこには吹き飛ばされ、体勢を立て直す優輝の姿があった。











       =優輝side=







   ―――.....声が....助けを求める、声が聞こえた....。





「っ......!」

 それは、聞き間違いない...聞き間違えたくない、司さんの声だった。

「そう、だ.....!」

 目の前に広がる無残な光景に、罅が入る。

「僕は....!」

 どこからともなく、11個のジュエルシードが僕の周りに集まる。
 そして、手元にはシュラインが握られていた。

「僕は...絶望に呑まれてなんか、いられないんだっ!!」

 瞬間、ジュエルシードから魔力が迸り、見ていた光景(幻覚)が崩壊していく。
 しかし、その罅で開いた穴から、闇色の手が伸びてくる。
 おそらく、あれが絶望に引き込んでいたのだろう。

 ....だけど、今更そんなの関係ない。

「其れは全ての害意、全ての禍を防ぐ我らが魂の城....我らの意志は、何人たりとも侵させぬ!....顕現せよ!!」

   ―――“魂守護せし白亜の城(ゼーレ・キャメロット)”!

 闇色の手を、絶望に引き込む世界を、僕を呑み込もうとする泥を、吹き飛ばす。

「我が魂を守りし白亜の城...この程度では破れん!!」

 僕を守る光は、さらに輝きを増し、近くにいた泥の偽物を吹き飛ばした。

〈マスター!〉

「っ!」

     ギィイイン!!

 織崎の偽物が斬りかかってきたのを、リヒトの警告と共にシュラインで防ぐ。
 その反動で、先程の光で穴が開いた場所から、僕は外へと吹き飛ばされる。

「嘗め、るな...!」

 すぐさま体勢を立て直し、偽物の追撃を受け流す。
 その際にだいぶ後退したが、それはまた突っ込めばいい。

「“セイント・エクスプロージョン”!!」

 ジュエルシードの魔力を使い、周囲の偽物を薙ぎ払う。
 これで一瞬の隙ができた。だが、突破する力がない。

「(でも、そんなのは関係ない!)」

 ―――力が足りない?
 そんなもの、絞り出せ。

 ―――それができなければ?
 外から持ってくればいい。

 ―――どこにもそんな力がなければ?
 ...全て、“創造”すれば事足りる....!

 ―――それができる可能性なんて絶無なのに?
 ...でも、“0”じゃない...!

「行くぞ....止めてくれるなよ、リヒト!!」

   ―――“霊魔相乗”

 体内の霊力と魔力が螺旋状に混ざり合い、互いに高め合う。
 ...緋雪との決戦でも使った、反則技だ。

「優輝!?」

「優ちゃん!?」

 遠くから椿と葵の驚く声が聞こえた。
 目がいいから、僕が何をしたのかが見えたのだろう。

「...まだだ。まだ、足りない!」

 あの緋雪の攻撃を受け止める程までに強化ができる、霊魔相乗。
 それを使っても、まだ足りないと僕は確信していた。

「力を...かつて得た、導王の力を今ここに!」

   ―――“Anhalt auf(アンハルト・アウフ)Überlappung(ユーベラプング)⁻”

 変身魔法と併用し、かつての僕の力を自身に上乗せする。
 他の者を再現するのと違い、これは元々僕自身の力だ。
 おまけに、司さんの力の上にさらに上乗せしている。...その力は、絶大だ。

「が...!?ぐぅ....!?」

 だが、その分の負担も大きい。
 ジュエルシードの魔力で負担を軽減しているとはいえ、霊魔相乗の上にこれだ。
 力を宿しただけで既に相当な負担がかかった。

「(まだ...だ。馴染んでない...!)」

 ...負担がかかる理由は、僕の体に力が馴染んでいないからだ。
 だからこそ、馴染ませようとする。



「っ......!」

 ....その時...。



「ぁ.....!?」

 “何か”の背中を、幻視する。







「っ....く、ぁ.....!」

 視界が切り替わり、世界が止まったかのような感覚に見舞われる。
 ...いや、事実止まっているのかもしれない。
 辺りは全て真っ白。何もない景色へと変化している。

「っ......!」

 体中に突きつける風のようなもの。
 暴風の如きソレに、僕は前に顔を向ける事すらままならなかった。
 ...否、これは暴風ですら生温い。一種の“暴力”だ。

「.........!」

 ...その中で、“彼”は平然とそこに立っていた。
 記憶にはない人物。だけど、“誰よりも知っている”ような、そんな感覚を覚える。
 白いマントに、装飾品がついた黒を基調とした服。
 僕より少し長い黒髪を持ち、導王の僕と同じくらいの体格だった。
 どこか、僕に似た雰囲気を持つ“彼”は、僕の方へ少し振り向く。

   ―――....ついてこれるか?

「っ....!」

 顔はなぜか見えない。声も聞こえない。
 だけど、僕に向けてそう言った事だけはなぜかわかった。

「.....はっ....!」

 口から薄い笑いが漏れる。
 ...“ついてこれるか?”だって....?

「...これでも元導王だ...!導きの王であるならば、人の前に立つのは当然...!」

 体中に突きつける“暴力”を退けるように、しっかり前を向く。

「....お前の方こそ、ついてこい...!!」

   ―――......そうか.....。

 僕の言葉に、“彼”は満足そうに微笑んだ。

   ―――....ならば、“可能性”を示せ。

 そして、そんな言葉を残して僕の前から消える。
 刹那、“暴力”が消える。それどころか、景色も全て元に戻った。
 真っ白な景色はなくなり、泥の偽物達が僕へと襲い掛かる所だった。

「っ....!」

 霊魔相乗、アンハルト・アウフの二重掛け、ジュエルシードの使用による体の負担はいつの間にか完全に消えていた。
 ...馴染んでいる。そう確信した僕は、即座に行動を起こす。

「っ...“偽・瞬閃”...!!」

     ギギギギギギギギギギィイン!!

 迫りくる僕や葵、奏、織崎、シグナムさんの偽物による攻撃を全て受けなし、弾く。
 それだけではなく、弾き返した瞬間に斬り、偽物を一気に倒す。

「“創造開始(シェプフング・アンファング)”....薙ぎ払え!!」

 巨大な剣を上空に大量に創り出し、それを偽物達へと射出する。
 牽制となったそれは、偽物達を少しの間だけ足止めする。

「来たれ!新星よ!!」

〈“Komm,Nova(コム・ノヴァ)

 5個の魔力結晶とジュエルシードの魔力を利用し、周囲を極光で埋め尽くす。

「『....足止め、頼んだよ。』」

『優ちゃん!?っ....絶対、連れ戻してよ!』

「『当然...!』」

 後方にいる皆に念話を飛ばし、返ってきた葵の念話にそう返す。
 そして、極光が治まると同時に、僕は一つの弾丸になった。

「っ、ぁぁっ....!!」

 今までの敵の攻撃を躱す際のスピードとは比べ物にならない。
 神降しの時とまでは行かないが、それに迫るスピードで突き進む。

「邪魔だ!!」

 目の前を遮るように偽物が現れる。
 だが、そんなのお構いなしに僕は突き進む。
 武器が振るわれれば、シュラインで後ろへ受け流し、柄で叩いて加速。
 魔力弾が来れば、躱して踏むことで、さらに加速。
 砲撃魔法ならば、逸らして受け流し、追いかけてくる偽物を撃墜する。

「突き貫け、“貫く必勝の魔槍(ブリューナク)”!!」

 そして辿り着く最深部の“殻”。
 ジュエルシード三つの魔力を束ね、プリエールでも放った魔法を繰り出す。

「置き土産だ...!遠慮なく受け取れ!」

   ―――“Evaporation Sanctuary(イヴァポレイション・サンクチュアリ)

 最深部の“殻”に開けた穴に入る前に、振り向きざまに広域殲滅魔法を放つ。
 本来は自身を中心にして放つ魔法だけど、ジュエルシードで無理矢理扇状にする。

「っ、見かけないと思ったら、ここに集中してたのか...!」

 最深部に再び戻ると、多くの司さんの泥の偽物が見えた。
 その瞬間、偽物が一気に襲い掛かってくる。

「は、ぁっ!!」

 織崎の偽物の攻撃を逸らし、カウンターの掌底で吹き飛ばす。
 吹き飛ばした事で後続の偽物の足止めをし、後ろから迫る椿の偽物の矢をキャッチする。
 間髪入れずに回し蹴りを放ち葵の偽物を蹴り、飛び退きつつ奏の偽物を魔力弾で倒す。

「っ....!」

     ドンッ!!

 そのままさらに飛び退くと、寸前までいた場所を圧縮された魔力が通り過ぎる。
 司さんの偽物の仕業だ。どうやら、他の偽物はお構いなしらしい。

「ふっ...!」

     ギィイイン!!

 両サイドから僕の偽物と、記憶にない黒騎士の剣を受け止め、そのままいなす。
 すぐさま短距離転移でその場から離れ、霊力で牽制代わりに衝撃波を放つ。
 近くにいた偽物は退けたが、そこへ圧縮された魔力が迫る。
 ...だけど。

「もう、見飽きたんだよ、それは!」

     パギィイイン!!

 霊力を込めた拳により、圧縮された魔力は砕け散る。
 司さんを再現した暴走体で散々苦戦した圧縮魔力が、今ではこの通りだ。

「は、ぁっ!!」

     ギギギギギギギィイン!!

 シュラインを待機形態にし、霊力を纏った拳で次々と放たれる圧縮魔力を破壊する。
 もちろん、それだけでは他の偽物を無視する事になるので...。

「っ、らっ!」

 飛び退き、飛んでくる砲撃を逸らし、剣を受け止める。
 ついさっきまで凌ぐのに精一杯だったが、今ではただただ煩わしい。

「邪魔、するな!!」

   ―――“Komm,Nova(コム・ノヴァ)

 極光を放ち、一気に偽物を消滅させる。
 ...さぁ、隙はできた。後は...!

「司さん!!」

『.....!』

 目の前に佇む、中に司さんがいる黒い塊に、再び呼びかける。
 僅かな反応が返ってくるが、それは魔力の衝撃波となるだけで、それ以上はない。

 ....だから。

「....っ、いい加減にしろよ、()()ぃ!!」

『っ....!?』

 前世の名前で、僕は彼女を呼ぶ。
 すると、今までとは違う反応が返り、虚ろだった司さんの意識が覚醒したのがわかった。

『なん、で....。』

「...いつまでも、一人で背負ってるんじゃねぇよ!」

 どうして、と彼女は思っているだろう。
 今まで、似ているだけの別人だと思っていた相手が、本人だったのだから。

「っ....!」

 だが、いつまでも呼びかける暇はない。
 すぐさま偽物が復活し、僕に襲い掛かってくる。

「ジュエルシード、薙ぎ払え!!」

 攻撃を躱し、受け流した後に、ジュエルシードの魔力で薙ぎ払う。
 そのままシュラインを地面に突き立て、護るようにジュエルシードで薙ぎ払い続ける。

『どうして、なんで、“ボク”の名前を....。』

「...僕が、お前の知っている“志導優輝”だからに、決まっているだろう...!」

 偽物達の攻撃は止まない。ジュエルシードが薙ぎ払う事で応戦しているが、それでも抑えきれずに、流れ弾や何体かの偽物が何度も飛んでくる。
 だが、全て受け流し、カウンターを放つことで吹き飛ばす。
 僕の偽物辺りは受け流すだろうが、その反応速度を上回って掌底を放っている。

『なんで...なんで、この世界に....。』

「...なんでだろうな。...だけど、きっとお前を助けるためだと、僕は思うぞ。」

 なんとなく。ほんのなんとなくだが、僕は助けを呼ぶ声に“導かれた”気がする。
 緋雪の時も、彼女の時も。だから、こうして無茶までしてここに立っている。

『っ...また、(ボク)が....!』

「...お前のせいじゃない。」

 ...そう。いつもいつも、こいつは一人で背負いすぎている。
 まるで、僕が無茶をする時のように。...だからこそ、親友になったんだろうな。

「...何もかも、自分のせいにするな。いなくなればいいなんて思うな。」

『でも!(ボク)のせいで迷惑を...!』

「人は...誰しも、迷惑をかけるものだ。」

 一人で生きていくなんて、そんな事できる訳がない。
 前世の僕や、今世での僕と緋雪だって、周りの助けがなければ生きられなかった。
 緋雪と支え合って生きなければ、生活なんてできなかった。

「誰かに迷惑をかけて、その分だけ誰かを助けて...。そうやって支え合って生きていく。それが人間だ。...だから、迷惑だなんて気にするな。」

『っ.....。』

 ...届いている。僕の声は、確かに彼女に届いている。
 自意識過剰かもしれないが、やはり前世からの知り合いという事が大きいのだろう。

『でも...でも、そのせいで、お母さんとお父さんは....!』

「......。」

 聖司の両親。聖司を殺した直接的な要因の二人。
 ...優しい聖司なら、そう思うのも無理はないだろう。だが...。

「...お前が死んで、しばらく経った時、逮捕されたお前の両親と会話したんだ。」

『....!』

「...そしたら、お前の両親、懺悔してたよ。“どうしてあんな事してしまったのか”ってな...。」

 ストレスにより気を病み、その結果が聖司殺害だったのだろう。
 だから、一度逮捕されて落ち着き、そして後悔したのだろう。

「親が子を大事にするのに、理由はいらない。...結果はともかく、お前は両親に相当大事にされていたんだよ。...それこそ、精神をすり減らしてでもな。」

『ぁ.....。』

 結果こそが悲惨なものだが、それでもあの両親は彼らなりに大事にしていたのだろう。

『...ホントに、(ボク)がいてもいいの....?』

「ああ。皆、お前の帰りを待っている。」

『こんな事しでかして、散々迷惑を掛けたのに...?』

「それを補う程の“優しさ”が、お前にはある。お前に救われた奴は、山ほどいるんだよ。....もちろん、僕もその一人だ。」

 前世で、一人で暮らしていく事になった時、度々聖司に助けてもらっていた。
 今世だって、小さな事だがよく手助けをしてもらっていたしな。

「だから、いつまでも引き籠ってるな。お前がいるべき場所は、ちゃんとある。」

『っ....。』

 彼女を覆う“闇”が薄まる。
 だが、それを阻止しようと、偽物の勢いが強まる。

「シュライン!!」

〈はいっ!!〉

 そこで、僕は切り札を切る。
 ジュエルシードからシュラインの人格が消え、槍は形だけのものとなる。
 そして、当のシュラインは、彼女の手元へと戻る。

『シュライン...!?』

     キィイイイイン...!

 “闇”の中から微かに光が溢れ、偽物の動きが弱まる。
 その間に僕は周囲の偽物を薙ぎ払い、再び呼びかけを再開する。

「シュラインも、ジュエルシードもお前を助けようとしている。リニスさんだって、お前を助けようと今も戦っている。」

『.......!』

「お前が誰かを不幸にしたくないと思うなら、それこそ戻ってこい。お前がいない方が、僕らは不幸だと、そう言ってやるぞ。」

『ぁ....ぅ.....。』

 聞こえる声に、涙ぐむ音が混ざる。...泣いているんだな。

「....帰ってこい、“親友”。」

『っ...優輝、君.....!』

 その瞬間、辺りの“闇”が嫌がるようにのたうつ。
 魔力の衝撃波がいくつも発生し、僕はそれを片っ端から相殺する。

『優輝君!?』

「っ....願え!お前の願いを!お前の、“本当の気持ち”を打ち明けろ!!」

『ッ――――!』

 襲い掛かる偽物を受け流し、吹き飛ばすが、ついにその場に留まれなくなる。
 シュラインが彼女の手元に戻った事で、こちらの力が弱まったからだ。
 だけど、僕は大声で彼女にそう呼びかけ....。







『....助けて。....助けて、優輝君!!』







 彼女の本当の気持ち(願い)を、聞き入れた。

「はぁっ!!」

   ―――“セイント・エクスプロージョン”

 ジュエルシードを用いて大爆発を起こし、少しの隙を作る。
 その間に、僕は“力”を手繰る。

「“創造(シェプフング)開始(アンファング)”....!!」

 掌にその“力”を集め、一つの武器を創造する。

「...基本骨子、創造。構成材質、選定...!」

 その“力”は、霊力でも、魔力でもない。
 僕の中に僅かに残った残滓にして、“可能性”。
 神降しが解除された時に残った、“残りカス”...!

「“創造展開(シェプフング・アインザッツ)”!!」

 そう、僕は“神力”を以ってして、ここに勝利を導く武器を創造する!











「....任せろ、(聖司)。」







 ....そう言って構える僕の手には、一振りの“刀”が握られていた。















 
 

 
後書き
Überlappung(ユーベラプング)…“重複”。アンハルト・アウフをした上で、さらに重ね掛けをする際のワード。

偽・瞬閃…間違っても瞬閃と同じとは言えない程劣化しているため、偽りの瞬閃として放った優輝の技。反則級の強化の重ね掛けにより、瞬閃には及ばないものの相当な速さで切り刻む。

創造展開(シェプフング・アインザッツ)…開始が展開になっただけ(アインザッツは展開のドイツ語)。いつもは省く手順を、最後まで通した場合この呪文が最後に来る。

当然最後の呪文はFateの士郎を参考にしています。(他にも参考にした描写が)
さぁ、ようやく長い戦いにも決着が着きます。 

 

第90話「おかえり/ただいま」

 
前書き
このままだと第3章が2章分の長さになりそう...。
 

 






       =out side=







 優輝が置き土産に広域殲滅魔法を放った後、椿たちは...。

「っ、数が減ったわ!このまま抑え込みなさい!」

「砲撃魔法、広域殲滅魔法が使える者は撃ち続けろ!少しでも多く仕留めるんだ!他の後衛組は適格に撃ち落とせ!前衛はその討ち漏らしの処理を!」

 椿の言葉に、クロノが一気に指示を出す。
 すぐさま役割を分担し、泥から溢れる偽物を抑え込む。

「ユーノ!ザフィーラ!シャマル!こちらの攻撃の合間から飛んでくる攻撃の防御は任せた!王牙!君はとにかく攻撃を続けろ!近づく必要はない!」

「了解!」

「けっ、言われなくてもわかってらぁ!!」

 いくら強い者を再現したとはいえ、所詮は偽物。当然強さは劣化している。
 一体一体の攻撃さえ対処できれば、後は手数で対抗すれば抑える事は可能だった。

『っ、ようやく繋がった!』

「エイミィか!?そっちの状況はどうだ!?」

 瘴気のせいで繋がらなかった通信が、ようやく繋がるようになる。
 並の戦闘員だけしか置いていないアースラの状況を、クロノは尋ねる。

『平気!こっちに残ってる人員だけでも凌げるし、まだ優輝君が張った障壁にアースラのシールドも残ってる!』

 神降しが解けてしまったとはいえ、設置型としてアースラの前に張った優輝の障壁は、未だ残り続けていた。それだけでも、相当な防御力を誇る。

「そうか。なら、そのまま持ち堪えてくれ!こっちも何とかする...!」

『了解!頑張って!』

 通信を切ると同時にクロノは待機させておいた魔力弾と砲撃魔法を撃ちこむ。

「っ、緋雪と優輝の偽物...!椿!葵!」

「分かったわ!」

「任せて!」

 一部の緋雪と優輝の偽物が攻撃の合間を抜け、戦線に打撃を与えようとする。
 そこで、椿と葵が前に出て対処をする。

「はぁっ!」

「シッ...!」

 椿が優輝の、葵が緋雪の偽物を担当する。
 受け身に回る事で、何とか椿は攻撃を受け流し、その間に葵が緋雪の偽物を倒す。
 蝙蝠になる事で後ろに回り込み、レイピアで突き刺すと同時に作り出したレイピアでさらにめった刺しにする事で消滅させる。
 間髪入れずに葵が椿の援護に回り、数の差で優輝の偽物も倒す。

「次...!神夜!」

「任せろ!」

 他の偽物も攻撃の合間を抜けてくる。今度は神夜が前に出て切り刻む。
 力が強いため、大抵の相手ならば防御の上からでも切り裂いた。

「あれは...。...っ、なのは!はやて!あの羽を持つ偽物を堕とせ!奏!今抜けてきた黒騎士を頼む!」

 クロノがユーリとサーラの偽物が抜けてきたのを確認し、すぐさま指示を出す。
 唯一脅威を覚えているからこその迅速な対応だった。

「っ...!“ディバインバスター”!」

「来よ、白銀の風、天より注ぐ矢羽となれ!“フレースヴェルク”!!」

「はぁっ!」

 なのはとはやてが砲撃魔法を放ち、奏が泥の黒騎士と切り結ぶ。

「嘘っ!?」

「耐えられた...やと!?」

「くっ...!」

 だが、砲撃魔法は羽...魄翼の防御で耐えられ、奏は剣戟で押し負ける。

「(さっきまでは一掃してたから気づかなかったけど...。)」

「(この偽物、めっちゃ堅い...!)」

「(...まずい、一体に手間取ったら....!)」

 一体一体に時間は掛けられない。そう思って三人は再び攻撃を繰り出そうとする。

「....シュート!」

「っ....!クロノ...!」

 だが、三人の攻撃でできた隙を突くように、魔力弾が二体の偽物の頭を貫く。
 ...クロノが倒しきれない事を想定して既に手を打っておいたのだ。

「リニス!」

「お任せください!」

 しかし、それでも時間をかけてしまった。
 それを補うようにリニスが前に出て、備えておいた術式を開放する。

「“三雷必殺”!!」

 三筋の雷の砲撃が重ねるように連続で放たれる。
 広域殲滅魔法程ではないが、確実に偽物の群れに穴を開けた。

「優香さん!光輝さん!椿!葵!」

「っ....!」

「任せて!」

 その砲撃魔法で散らばった偽物を、四人が的確に倒していく。



 ...一見すると、一進一退の攻防だが、それでもジリ貧だった。
 優輝の魔力結晶がいくらか残っているとはいえ、これでは魔力が持たない。
 それを、クロノや椿など、場の状況を把握している者は気づいていた。

「(優輝のようにジュエルシードのバックアップもない...!何か、手を打たなければ、このまま押し負けてしまう...!)」

「(優輝...!まだなの...!?もう持たないわよ...!)」

 未だに戦線は破られていないものの、長く持たないのは見て取れた。
 徐々に司令塔にもなるクロノと椿に焦りが募っていく。







   ―――....その時、

   ―――最深部から一つの光が迸った。







「っ....!?」

「あれは....。」

 その光が現れた瞬間、泥の偽物は踵を返すように最深部へと向かっていく。

「なっ!?いきなりなぜ...!?」

「優輝さん...!」

 いきなりすぎるその行動に、クロノが戸惑い奏は優輝の身を心配する。

「....優輝、なぜ、貴方が....。」

「...かやちゃん?...もしかして...。」

 全員が偽物の動向に戸惑う中、椿だけは別の事に戦慄していた。

「....神力...神降しは解けたはずなのに...。」

「......!」

 そう、本来人の身に神力は扱えない。神降しなどの特殊な条件を除いて。
 だから椿は驚いたのだ。
 また、葵も迸った光が普通の光ではないと気づいていたため、同じように驚いた。

「....今は気にしたらダメね。....ふっ!」

「椿!?」

 気持ちを切り替え、椿は最深部へ向かおうとする偽物に矢を放つ。

「少しでも優輝の負担を減らすのよ!幸い、こちらには見向きもしないわ!」

「そうか...!全員、攻撃だ!できる限り殲滅しろ!」

 残った魔力や霊力を振り絞り、椿たちは泥の偽物を倒し続ける。
 “優輝がやってくれる”。そう信じて....。













       =優輝side=







「........。」

 辺り一帯から偽物が押し寄せる。
 先程までと違い、全ての偽物が僕へと襲い掛かってくる。

「っ....“光円斬”!」

 目の前から来た攻撃をバック宙の要領で躱し、回転するように刀を振るう。
 ...それだけで、周囲の偽物は全て消え去る。

「ちっ....!」

 攻撃力が上がっても、他はそのままだ。数で押し切られる可能性もある。
 そのため、すぐにその場から動く必要があった。

「.....!」

 目の前に次々と絶え間なく偽物が押し寄せるが、片っ端から斬り伏せる。
 神力を用いて創り出したこの刀は、泥の偽物と一切拮抗せずに斬る事ができる。

「くっ....!」

     ギィイイン!!

 回避も攻撃も間に合わなくなった攻撃を、手元に引き寄せた器のみとなったシュラインの槍で受け止めて防ぐ。

「....これがジュエルシードだという事、忘れるなよ?」

   ―――“Twilight Spark(トワイライトスパーク)

 受け止め、威力を完全に殺した瞬間に、槍を元のジュエルシードの形に戻す。
 そして、ジュエルシードの魔力を開放して砲撃魔法で一掃する。

 砲撃魔法によってできた群れの穴に一気に飛び込み、再び刀を振るう。

「(単純に斬り伏せてあいつを助けるのは物量差的に不可能!...なら、そうなるように()()()()()()。)」

 元より、この刀はそれに特化した刀...!
 単純な火力なら、この刀は神力で創り出したにしては弱すぎる。
 だけど、この刀の本領は別にある。

「...導け、皆が望む、未来へ!」

 僕の言葉に呼応するように、僅かに刀が光る。
 その瞬間、レールに沿って動くかのように体が軽くなり、動きに補正がかかる。

「....その身に刻め、“瞬閃”!!」

 途轍もない速度で動き、一気に偽物を切り裂く。
 これは、本来なら神力で身体強化をしなければ使えない技だ。
 しかし、威力を捨てて速度に特化すれば、天巫女とかつての僕の力を宿し、霊魔相乗とジュエルシードの力を合わせれば再現できる。

「......!」

 ...これが、この刀の力の一端。
 望むべき未来へ、“導く”力だ。

「...導王流奥義“刹那”....!」

 しかし、いくら切り裂いてもすぐに湧いてくる偽物。
 再び全方位から襲い来る偽物に、的確にカウンターを与え、倒す。

「っ.....!」

 ジュエルシードの魔力も全力で使用し、偽物を消し去っていく。
 だが、それでも視界全てに偽物がひしめいている状態だ。
 ...正直、気持ち悪い。

「(これほどまでの過剰な反応...この刀か...!)」

 僕がこの刀を創り出した瞬間、偽物の動きが変わっていた。
 ...それほどまでに、この刀は“泥”にとって危険なものなのだろう。

「....はっ...!邪魔、するな...!」

 だが、そんなのは知らない。知る必要もない。
 僕はただ、あいつ(親友)を助けるだけだ。...だから、邪魔をするな。

     ギギギギギギギギギギギィイン!!

「はぁああっ!!」

 ありったけの剣を創造して撃ち出し、同時に刀で一閃する。
 偽物の波を押しのけるにはまだ足りないが、それでも相当な数を切り裂いた。

「(相手していたらどんどん離される!ここは....!)」

 “一点突破に限る”。そう断じた僕はただ前に進んだ。
 襲い来る偽物を次々と屠り、後ろからの攻撃はジュエルシードで相殺する。

「見せてやるよ。この刀の本当の“力”を....!」

 “導く”力で動きに補正がかかる。
 偽物を踏み台にしつつ、上へと跳び上がり、司の位置を確認する。

「“因果確定”...!拓け!僕らの望む、“未来”への道を!!」

 周りの偽物を切り裂いてから、僕は刀を()()()

 ...そう、この刀の本領は、“望む未来への(しるべ)になる”事だ。
 ただ切れ味がいい訳でもなく、絶大な力を持つ訳でもない。
 道標となり、そこへ導く...それだけの刀だ。
 ...故にこそ、この状況で本領を発揮する。

 この刀は、僕が創り出した唯一無二の武器だ。だから、銘はない。
 だが、名付けるとしたら....。

   ―――導く標となる刀...“神刀(しんとう)導標(みちしるべ)”だ。

『.......!』

 司の驚いた声が頭に響く。
 ...そう、僕が投げた先は、司の足元。
 そして、投げた事により、そこまでの射線上には()ができている。
 偽物も、司を覆う“闇”にすら穴を開けていた。

「は、ぁっ.....!」

 そこへ向けて、僕は宙を蹴って一直線に進む。
 ただ愚直に、妨害するもの全てを無視して。

「リヒト!カートリッジ、フルロード!!」

Jawohl(ヤヴォール)!!〉

 リヒトをグローブから剣へと形を変え、込められているカートリッジを全て使う。
 さらに、魔力結晶を三つ使い、ジュエルシードの魔力も収束させる。

「ぁあああああああっ!!」

 偽物が襲い掛かってくる。それをジュエルシードから放つ砲撃で薙ぎ払うが、当然それだけでは足りない。

「っ.....!」

 いくつもの攻撃が僕の体を掠めていく。...いや、一部の攻撃は浅く当たっている。
 それでも、僕は一直線に跳ぶ。...あいつ(親友)を助けるために。

「邪魔、だっ!!」

 ジュエルシードから一際大きな魔力を迸らせ、偽物を薙ぎ払う。
 ...だが、圧倒的に手数が足りない。

「ぐ、っ....!」

 頭を狙った攻撃を辛うじて躱す。その際に頭を掠めるが、気にしない。

「っ.....!?」

 だけど、これ以上は行かせないとばかりに、司の偽物が立ちはだかる。
 また、司を覆う“闇”から“手”が伸び、僕へと迫る。

「(回避は...不可能!迎撃...ジュエルシードは全て全力稼働...!被弾...構うものか!既に“道”は拓いた!後は...そこを通る!)」

 圧縮された魔力が、“闇”から迫る“手”が僕を襲う。
 だが、それに見向きもせず、僕は突き進む事にした。

 ダメージは避けられない。しかし、全速力なら致命傷は避けれる。
 弾幕の合間を縫い、掠めるように潜り込めば....!

「ぁっ.....!?」

 ...その瞬間、僕の目と鼻の先に圧縮された魔力が現れる。
 回避は元より不可能。せめて直撃は、と思うが、それも避けれそうになかった。

「っ.....!!」

 いくら反則的な強化をしているとはいえ、無防備に攻撃を喰らえば死ぬ。
 回避も防御も不可能。本来なら、諦めるだろう。

 .......だが....。





   ―――“道”は拓け、“因果”は定めた。...“未来”は、既に確定した...!







     ドンッ!!



「っ...!」

 僕を狙う偽物が、消えるように抉り取られる。
 また、僕を襲っていた攻撃も、全て打ち消された。

「(あれは....!)」

 視界に映るのは、(聖司)の周りを淡い光を放ちながら漂うジュエルシード。
 僕が今持っているものではなく、先程まで僕を襲っていたジュエルシードだ。

「(....は、はは....!)」

 自然と、笑みが浮かび上がる。

 ...あのジュエルシードとやり合っていた時、僕はなんて思っていた?
 “暴走している”?....とんでもない勘違いだ。

「(やっぱり、()を護るためだったんだな...!)」

 先程まで僕を攻撃していたのは、壊れかけの彼女の心を守るため。
 途中から攻撃してこなくなったのは、彼女の身の安全を最優先するため。
 ...そして、僕を助けたのは、僕が彼女を助けると確信したから。

 ...そう、全て...全て彼女のためにジュエルシードは動いていた。
 暴走?ありえなかった。元よりジュエルシードは天巫女の所有物。
 一度封印され、そして天巫女の力が猛威を振るった時、正常に戻ったのだろう。

「ナイスだ...ジュエルシードォ!!」

 ...これで、障害はなくなった。
 僕は剣を振り上げ、魔力の収束を終わらせる。

「はぁああああ.....!」



   ―――それは、民の希望となる光。人を導く輝き。

   ―――“導王”として振るった剣の、もう一つの姿。

   ―――希望となり、民を導き、人を救う聖剣。



 その名は....!



「“来たれ、導きの光よ―――!(エクスカリバー・フュールング)”!!」

 リヒトを、(聖司)の目の前に突き立てるように地面に刺す。
 その瞬間、光の紋様が広がり、辺りを極光が包み込む。

「.....ぁ.....。」

「.....!」

 “闇”が祓われ、(聖司)の姿が露わになる。

「...っと...。」

「...優輝、君....。」

 “闇”から解放された事で、倒れ込みそうになる(聖司)を抱き留める。

「....色々言いたい事はあるけど...。」

「.......。」

 目を合わせ、今一番言いたい事を口にする。

「.....おかえり。」

「っ....!...うん...!ただいま...!」

 涙を溢れさせ、(聖司)は感極まった様子で僕の言葉にそう返してくれた。

「...さぁ、帰るぞ。皆が待ってる。」

「...うん。」

 (聖司)の顔は先ほどまでのように、虚ろな表情ではない。
 心の憑き物が落ちたように、晴れやかになっていた。

「っ....!」

「え....。」

 無事に終わらせた。そう思って帰ろうとした僕らの前に、“泥”が流れてくる。
 先程の極光で、広範囲の“泥”を消し去ったはずなのに、また湧いて出てきたのだ。

「...あの“穴”。お前の絶望が開けた訳じゃなかったのか...。」

「...うん。あれは、知らないよ...。」

「まぁ、ジュエルシードの意思がわかってから、薄々そう思ってたけどな。」

 あれほど主が大事なジュエルシードが、防衛を最優先にしていた。
 (聖司)の絶望が開けたのなら、せめて害がないようにするはずなのだ。
 それなのに守ったという事は、また“違う”代物なのだろう。

「さっきの魔法で“泥”はほとんど消し去った。...でも、連発はできないんだ。」

「後少しなのに...?」

 先程の魔法によって、最深部となる“闇”はだいぶ薄れていた。
 ...まぁ、薄くなる代わりに広範囲に広がったから、最深部の“殻”は健在なんだが。

「ああ。....だから、手伝ってくれるか?」

「え....?」

 彼女の手を握り、シュラインがその手に槍として展開される。

「僕は今、天巫女の力を宿している。...と言っても、所詮は偽物だ。本物には遠く及ばないし、それではジュエルシードの力も発揮しきれない。」

「...ジュエルシードなら、行けるの?」

「ああ。確実にな。」

 何しろ、全力ならば神に匹敵する力を持つんだ。
 弱まった“闇”程度、祓えるだろう。

「...わかった。私にできるなら...。」

「できるさ。僕にだってできたんだから、本物ができないはずがない。」

「........!」

 僕がそういうと同時に、全てのジュエルシードが淡い輝きを放ち始める。
 そして、僕らの周りを旋回しながら、徐々に輝きを増していく。

「...祈りを込めて、願うんだ。あの“穴”を閉じるようにな。」

「分かった....!」

 彼女の体を抱き寄せ、意思を重ねるように目を閉じる。
 泥の偽物の気配が辺りに湧いてきたが、それよりも早く決める。

「祈りを束ねし、願望石よ....。」

「今、天の杯となりて、願いを叶えよ...。」

 頭に浮かんでくる詠唱文を紡ぐ。

 ...そう、これはジュエルシードの...天巫女の本当の力...。
 祈りを束ね、その想いを増幅し、現実に反映させる...!





「「さぁ、“絶望”を祓え―――!」」



   ―――“我、聖杯に願う(ヘブンズフィール)





 その瞬間、神話の“聖杯”を幻視した。
 光が溢れ、“泥”が蒸発して消えていく。
 “穴”も閉じられ、最深部を覆う“殻”も消え去った。

「凄い...!」

「はは...さすがだな...!」

 僕だけでは、こんな事はできなかった。
 本物であり、何よりも彼女の“優しさ”があるからこその光だった。

「皆...!」

「...帰ろう。」

「...うん!」

 鞘を創造し、神刀・導標を仕舞って腰に下げて、(聖司)にそう言った。

 “殻”が消え去り、世界を構成する“闇”も完全に崩壊していた。
 視界の奥には、クロノや椿たちが僕らを待っていた。

「光の道...?」

「...綺麗...。」

 そこへ導くように、ジュエルシードが光の道を作り出す。
 ...まったく、大盤振る舞いだな。

「歩けるか?」

「た、多分...っ!?」

 歩き出そうとする僕らだが、(聖司)が足をもつれさせ、こけそうになる。
 ...まぁ、無理もない。半年程歩いていなかったのだから。

「ちょっと失礼するぞ、(聖司)。」

「え...きゃっ!?」

 左手で首の辺りを支え、右手で膝の裏を支える。
 ...所謂“お姫様抱っこ”だ。

「ゆ、優輝君!?にゃにを...!?」

「いや、歩けないのなら運ぶしか...というか、噛み噛みだったな今の...。」

 驚きのあまり噛む彼女に、僕は平然と答える。
 ...あぁ、恥ずかしいのか。まぁ、これはな...。

「負んぶだとそれでもお前に負担を掛けるからな。身を預けるこっちの方がいいんだ。」

「そ、そうかもしれないけど...!」

 恥ずかしがる(聖司)だが、ある事に気づいて顔を強張らせる。

「優輝君...血が....。」

「ん?...あぁ、攻撃の中を突っ切ってきたからな。」

 体中を攻撃が掠ったため、所々血が出ている。

「...ま、お前を助けれた事に比べれば安いもんだ。」

「.......。」

 暗い顔をされたので、創造した魔力の手でデコピンをする。

「そんな思い詰めるな。お前がそう暗い顔をされたら、僕も困る。」

「ご、ごめん...。」

「ほら、申し訳なさそうにするのも禁止。親友なんだから、もっと頼れ。」

 光の道を進みながら、僕は彼女にそういう。
 ...すると、突然僕の体から力が抜ける。

「っ...!?」

「優輝君!?」

「...悪い。体に掛けていた強化が全部解けたから力が抜けただけだ。」

「そ、そっか...。」

 嘘はついていない。でも、体への負担は大きいため、今も体中が痛い。
 ...けど、これ以上は心配掛けたくないからな。

「優輝!司!」

「優ちゃん!司ちゃん!」

 いつの間にか、光の道をだいぶ進んでいたのか、椿と葵が出迎えてくれた。

「よいしょっと。...皆、持ち堪えてくれてありがとう。」

 (聖司)を降ろし、とりあえず皆にお礼を言う。

「そ、そんなの、今更じゃない。」

「そうだよ!皆、司ちゃんを助けようと思ってたんだから、持ち堪えるのは当然だよ!」

 “ありがとう”という言葉に照れ臭そうにする椿に、“当然”と答える葵。
 決して楽な戦いではなかったのに、二人は元気だった。

「...ほら。」

「....皆...。」

 (聖司)の肩を叩き、一言だけでも喋らせる。

「....ただいま。」

「「「「「...おかえり。」」」」」

「皆....!」

 一言。たった一言だったが、それでも充分だ。
 ...それだけでも、彼女は“救われた”と、実感できたのだから。

「.....。」

「.....ふっ。」

 隣で感動のあまり泣く親友を後目に、父さんや母さん、クロノ達と目が合う。
 そして、互いに薄く笑い、“成し遂げた”と共に思いあった。

『感動の再会の所悪いけど、皆をアースラに回収するよ!』

「アリシア。...そうだな。ここも崩壊しかけている。」

 アリシアから通信が入り、僕らの足元に魔法陣が現れる。

「さぁ、帰ろうか。お前がいるべき場所に。」

「...うん...!」

 そして、僕らはアースラへと転移した。











「司~!!」

「あ、アリシアちゃん...!?」

 転移でアースラに戻るなり、アリシアが(聖司)に抱き着いてくる。

「ストップだ。アリシア。」

「え~?」

「今、(聖司)はジュエルシードで平常を保っているに過ぎないんだ。早く体の調子を戻さないといけないから、あまり無理を掛けるな。」

 そう、彼女が半年もの間、飲まず食わずで生きられた理由はジュエルシードだ。
 ジュエルシードが栄養関連の問題を補っていたという訳だ。
 だから、今すぐにでも医務室に連れて行った方がいい。

「あー...なら、しょうがないかな...。」

「ごめんね?」

「ううん、私の方こそ。」

「まったく...。」

 ...呆れる反面、そんな気楽になれるようになったんだと、そう思えた。

















   ―――....そうして、無事に事件が終わる。....そう思っていた。







「っ!?魔力反応増大...!これは...嘘!?こんな事って...!?」

 崩れていく“闇”を監視していたエイミィさんが、驚愕の声を上げた。

「艦長!“闇”が―――」







   ―――....その瞬間、途轍もない衝撃がアースラを襲った。











 
 

 
後書き
光円斬…“神刀・導標”を使って繰り出す回転切り。シンプルな技だが、武器が武器なため、それだけでも相当な威力を誇る。

因果確定…“そうなる”ように因果を定める事。因果逆転と似ているが、飽くまで自分からそこへ向かう状態から放たなければ成立しない。

神刀(しんとう)導標(みちしるべ)…優輝が創り出した唯一無二の刀。所謂神器なため、既に並外れた切れ味を持っているが、その本領は“望む未来への標になる”事。因果逆転にも等しい力は、導きの王たる優輝にふさわしいだろう。

来たれ、導きの光よ―――!(エクスカリバー・フュールング)…優輝が振るう切り札魔法のもう一つの姿。人を導き、人を救い、希望を与える。そんな光を放ち、邪悪を全て祓う。優輝が“導王”たらしてめた魔法の一つである。

我、聖杯に願う(ヘブンズフィール)…ジュエルシード&天巫女の本領。願いを叶える聖杯を顕現させ、その力を以って“絶望”を祓う。

ヘブンズフィールはそのまんまFateが元ネタです。なんか、ジュエルシードと聖杯って似ているので...つい...。
そして、まだ終わらない戦い。
まぁ、あれだけ“別の存在”を仄めかしてたのでね...。 

 

第91話「祈祷顕現」

 
前書き
技名とか見返してみるとFateの影響が大きいなと思うこの頃...。
それはともかく、第3章ラスボスです。
 

 







       =out side=







「っ....エイミィ!状況確認!」

 衝撃に襲われ、アースラクルーが体勢を整える。
 リンディがすぐに指示を飛ばし、現状を確認する。

「はい!先程の戦闘で崩壊していた“闇”が突如膨張!その魔力放出による衝撃かと思われます!そして、測定魔力....っ、SSSを軽くオーバー!おかしいです!核となるジュエルシードがなくなった今、未だに並のロストロギアを超える危険性を保っているなんて...!」

「アースラへの損害は!?」

「....無事です!優輝君の残っていた障壁が緩衝材になった模様。衝撃が来ただけで、損傷はありません!」

 急いで態勢を整えていくが、終わったと思った所への異常事態だ。
 全員が慌てていた。

「“闇”の膨張...まさか...。」

「........。」

 優輝や椿、葵やリニスは感付く。
 これは、司に取り憑いていた“ナニカ”なのだろうと。

「...シュライン...優輝君....あれって...。」

「...正体は知らない...が、お前を依代としていた元凶とも言える存在だ...。」

 痛む体を抑え、優輝は立ち上がる。

「椿!葵!アレが何かわかるか!?」

「っ....わからないよ。...けど。」

「...“祟り”や“呪い”に近い存在なのは確かよ...!」

 魔力を感じられるものの、それ以外の存在だと思った優輝は、椿と葵に聞く。
 だが、椿と葵にも正確な正体は分からなかった。

「っ!魔力増大...!第二波、来ます!」

「シールド展開と回避!急いで!」

 再び魔力が増大し、アースラのシールドで防ごうとする。

     ドォオオオン!!

「っ...!」

「っ、掠った...!右舷一部損傷!」

 しかし、シールドでは弱めるのみに留まり、右舷に掠ってしまう。

〈....薄々分かっていましたが、なぜ、あれがここに...。〉

「....シュライン?」

 シュラインの呟きに、司が聞き返す。

〈...今で言うならば、概念型ロストロギア“アンラ・マンユ”と言った所でしょうか...。〉

「っ、知っているのかシュライン!?」

 正体らしき単語を言ったシュラインに、今度は優輝が驚く。

〈かつて、天巫女はプリエールを襲った災厄を打ち消しました。...その災厄が、あの“負”のエネルギー集合体。今で言う、ロストロギアです。〉

「アンラ・マンユ...。ゾロアスター教に出てくる悪神と同じ名前か...!」

「悪神...仮にも、同じ名前を冠しているなら...。」

「っ、椿!葵!ユーノ!ザフィーラさん!シャマルさん!リニスさん!悪いけど...!」

 鎖を創造し、優輝は呼んだ者を引き寄せ、アースラの前に転移する。

「第三波...シールドの再展開は間に合わない...!全力で防がないと...!」

「くっ...全員、疲弊してるのに...!」

 魔力や霊力を振り絞り、全員が障壁を展開する。
 さらに、優輝と椿、葵、リニスはもう一つ術式を展開し、砲撃魔法も放つ。

「ぁあああああああああああっ!!」

 そして、第三波の“闇”の衝撃波が襲った。







「優輝君たちの障壁と第三波が拮抗!...でも、これじゃあ...!」

「っ...どうすれば...!」

 戦力は出し尽くし、ほぼ全員が疲弊しきっている。
 そんな状態では、決して“勝てる”とは思えない。

「シュライン...!」

〈“負”のエネルギーが集まり、再び現れた...という事ですね。...だとすれば、並の人間では手に負えません...。〉

「そんな...!」

 いくら優輝が並外れた強さを持っているとはいえ、激戦の後だ。
 力が落ちている今、“並”の範疇に収まってしまっている。

〈...神降し状態の優輝様であれば、倒す事も可能でしたが....。〉

「っ.....。」

 打つ手なし。そう思って、司は俯く。

〈...マスター。〉

「....何、かな...?」

 “自分を助けに来たがために、こんな事になった。”
 そう考えてしまう司に、シュラインが声を掛ける。

〈...“死”を、覚悟できますか?〉

「...どういうこと?」

〈貴女が覚悟を決めれば、アンラ・マンユは消滅させる事ができます。ですが、それは他の方々の協力の下に成り立つ話です。おまけに、それでも五分五分な上、貴女は―――〉

「分かった。どうすればいいの?」

 シュラインの言葉を遮るように、司は了承する。

「皆だって、私を助けるために、命を賭けたの。だったら、私だって相応の覚悟くらい、見せなきゃ。」

〈....そうですか。ですが、理解しておいてください。例えアンラ・マンユを滅した所で、貴女は....。〉

 続けられたシュラインの言葉に、司は黙って頷いた。
 ...それすらも、覚悟しているかのように。







「ぐっ....はぁ....はぁ....!」

「まずい...ね...!」

 全員が膝をつき、疲弊しきっている。
 ギリギリ第三波を防ぐ事は成功した...が、そこで体力は尽きてしまった。

「...その刀は使えないのですか?」

「使えるには使える。...けど、後一太刀が限度だ。それ以上は、形が保てなくなる。それに、たった一撃じゃあ、アレは消せない。」

 リニスの問いに、優輝はそう答える。
 既に優輝が創造した刀の耐久値は限界なのだ。
 元々体に残る神力を寄せ集めて創り出したため、保てる時間も長くなかった。

「どうすれば...。」

「......。」

 優輝も、椿も、葵も、打開策を考えるが、一切浮かんでこない。ほぼ詰んでいるのだ。
 例え優輝が先程のような強化をしようにも、倒す前に体に限界が来る。

「っ、魔法陣...!?これは...司!?」

「えっ!?」

 リニスの声に、優輝が驚く。

「.....。」

「どうしてここに...!?」

 シュラインを携え、ジュエルシードと共に転移してきた司に、優輝が問いかける。

「アレは天巫女が...私が倒さないといけないから...。」

「...お前....。」

 覚悟を決めた瞳を見て、優輝は引き下がる。

「...一人で突っ走るなよ。」

「分かってる。...行くよ、シュライン、ジュエルシード。」

 司の言葉に呼応するように、ジュエルシードが淡く光る。

「祈りよ集え、願いよ集え...。我が力を以って、ここに現と成そう。我が名は聖奈司...天巫女の末裔なり!」

Prayer system limit release.(祈祷機能制限解放)

 シュラインが司の声に応えるようにそう呟いた瞬間、ジュエルシードが輝く。
 そして、膨大な魔力が溢れ、司の防護服が聖女のような姿になる。

「天巫女の名を以って命ずる..ジュエルシードよ、その力を解き放て!」

「これ、はっ....!?」

 そこへ、再び“闇”からの攻撃が迫る。
 シールドは既に再展開しているが、防ぐ事はできない。

「はぁあああっ!!」

 ...だが、その攻撃を、司は相殺した。

「アンラ・マンユ...この世全ての“負”を取り込み、肥大化し続ける災厄....今再び、天巫女の力を以って滅する...!」

〈シリアルⅠ、Ⅱ、Ⅲ、魔力開放。〉

   ―――“サクレ・クラルテ”

 さらに、司の力に反応したのか、アンラ・マンユから触手が伸びる。
 それに対し、司はジュエルシードから砲撃魔法を放ち、それらを薙ぎ払う。

「皆!援護をお願い...!」

「...了解...!勝つぞ、(聖司)!」

「うん!」

 “闇”が最深部があった所に集まり、一つの塊となる。
 その瞬間、本当の戦いが始まった。

「っ!煌け流星!」

〈シリアルⅣ、Ⅴ、魔力開放。〉

   ―――“エトワール・フィラント”

 振るわれる触手に対し、司が魔力弾で弾く。

「弾ききれない...!」

「っ、ユーノ!ザフィーラさん!」

「分かった!」

「承知!」

 だが、一つ弾き損ねてアースラへと襲い掛かる。
 そこへ優輝とユーノ、ザフィーラが飛び出し、相殺を試みる。

「縛れ、鎖よ!」

「“チェーンバインド”!!」

「はぁあああああっ!!」

 優輝とユーノが鎖で勢いを弱め、ザフィーラが障壁を張って防ぐ。
 しかし、それでも抑えきれない程の威力を持っていたので...。

「“霊撃”!」

「“刀奥義・一閃”!!」

 間髪入れずに優輝が霊力の衝撃波を放ち、すかさず葵が一閃で弾く。

「(一つの攻撃を弾くのにこれほどか...!きついな...!)」

 たった一回の攻撃を...しかも、討ち漏らしただけの攻撃を凌ぐのに、計四人の力が必要だった事に、優輝は戦慄する。

「(くそ...!ここまで来て(聖司)に頼りっきりか...!)」

「撃ち貫け...極光よ!」

〈シリアルⅥ、Ⅶ、Ⅷ、Ⅸ、魔力開放。〉

   ―――“サクレ・リュエール・デ・ゼトワール”

 攻撃を防いだ瞬間に、司が極光を放ち、アンラ・マンユへと突き刺さる。

     ギィギ■■ギギ■■■■ギィイイ■■■!!

「っ....!?」

 形容し難き“声”を上げ、アンラ・マンユが苦悶する。
 効いていると分かったのはいいが、その“声”だけで、優輝達の精神が削れる。

「...!護るべき者達に、聖なる加護を!」

   ―――“Sanctuary(サンクチュアリ)

 そこへ、司が広範囲に魔法を展開する事で、皆を守る。

「(防御に集中しても勝てないし、攻撃に集中する事もできない...。長期戦は虚数空間が現れ始めている時点でこちらの方が不利。...防御か攻撃、少しでも僕らで補わないと...!)」

 埒が明かないどころか、自分たちを守っている司の方が不利だと悟った優輝は、すぐさま打開するための行動を起こす。

「クロノ!まだ戦闘が可能な人を全員こっちに寄越して!少しでも援護する!」

『っ...了解!それしか僕らにできる事はなさそうだ...!』

 クロノへ通信を行い、アースラ内に残っていた者達が外に転移してくる。
 同時に、アースラからも攻撃を行い、アンラ・マンユの攻撃を逸らそうとする。

「(圧倒的質量...!導王流じゃ受け流せない...!)」

「...守って!」

〈シリアルⅩ、魔力開放。〉

   ―――“バリエラ”

 アースラの支援砲撃を物ともしない触手を、司が展開した障壁で防ぐ。

「クロノ!指示頼んだ!」

「了解!とりあえず、リインフォースははやてとユニゾン!なのは、フェイト、はやての三人は魔力を溜めておけ!他の者は、それぞれ協力して攻撃を逸らす事に集中!決して気を抜くな!」

 指示をクロノに任せ、優輝は今持っている全ての魔力結晶を取り出しておく。

「(攻撃をするのはむしろ悪影響。攻撃は任せておいた方がいい。...かと言って、相殺し損ねた攻撃一つで四人必要だった事を踏まえると...。)」

 優輝が高速で思考を巡らす間にも、司とアンラ・マンユの攻防は続く。

「....一発一発を全力...行くぞ、椿、葵。」

「....わかったわ。」

「手数よりも威力...だね!」

 そして、椿と葵に声を掛け、葵がユニゾンする。

「輝け、星々よ!」

〈シリアルⅩⅠ、ⅩⅡ、ⅩⅢ、ⅩⅣ、魔力開放。〉

   ―――“エトワール・スプランドゥール”

 その間に、司が多数の魔力弾を展開し、触手を相殺。
 さらに、次々と放たれる“闇”の弾幕も撃ち落としていく。

「あの“闇”には、決して触れないで!」

「っ...!“サンダーレイジ”!」

「“トールハンマー”!!」

 撃ち落とし損ねた弾幕を、リニスとプレシアの砲撃魔法が撃ち落とす。

「翔けよ、隼!」

〈“Sturmfalken(シュツルムファルケン)”〉

「打ち砕け!!」

〈“Zerschlangen Schlag(ツェアシュラーゲンシュラーク)”〉

「アタックスキル...“Fortissimo(フォルティッシモ)”!!」

 さらにシグナム、ヴィータ、奏の遠距離攻撃が放たれ、アンラ・マンユの攻撃を妨害する。

「光よ、闇を祓え!」

〈シリアルⅩⅤ、ⅩⅥ、ⅩⅦ、ⅩⅧ、ⅩⅨ、ⅩⅩ、魔力開放。〉

   ―――“サクレ・クラルテ”

 再び司から砲撃魔法が...それも、先程よりも圧倒的に数を増して放たれる。
 それらは、アンラ・マンユが展開していた触手や弾幕を全て薙ぎ払う。
 さらに、幾重もの数が放たれたため、それらを突っ切って光が“闇”に突き刺さる。

     ギギギィイ■■■ィイイ■■■■■■ィァアアアア!!!!

「っ...!我が聖域は、何人たりとも侵させぬ...!」

〈シリアルⅩⅩⅠ、ⅩⅩⅡ、ⅩⅩⅢ、ⅩⅩⅣ、ⅩⅩⅤ、魔力開放。〉

   ―――“アンビュラビリティ・サンクチュエール”

 形容し難き“声”と共に、今度は物理的な衝撃波が放たれる。
 それを、司はアースラごと包み込むように障壁を張って防ぐ。

〈...ここに来て、ようやく本気ですか...!〉

「ぐ、ぅぅ....!」

 防ぎきったものの、アンラ・マンユはようやくここで“本気になった”。
 それに対し、司は放たれ続ける衝撃波に押されていた。

「(...本来なら、天巫女がその身を賭して倒す程の相手だ。...それも、ちゃんと“天巫女として成長した”存在が...だ。(聖司)だと、天巫女としての経験はなく、おまけに僕らを庇いながら...。例えジュエルシードが揃っていても、これでは...!)」

 劣勢になっていく状況に、優輝は思考を巡らす。
 付け加えて言えば、既にジュエルシードは優輝との戦いで消耗していた。
 それも劣勢の要因となっているのだ。

「(とにかく、追撃を弾く!)」

〈“Twilight Spark(トワイライトスパーク)”〉

「羽ばたけ、(ほむら)よ!」

   ―――“Vermillion Bird(ヴァーミリオン・バード)

 追撃として迫っていた触手を、優輝と椿の一撃が吹き飛ばす。
 ...一応、優輝達は不利になるのを予想はしていたのだ。
 そのため、対策として一撃一撃を全力で放っていた。

「ぐっ...!」

「優輝!」

「...大丈夫だ。...くそっ、これでも全体の僅かしか相殺できないか...。」

 度重なる戦いで、体がボロボロな優輝は膝をつく。
 そうまでして放った一撃だったが、それでもほとんど相殺できていない。

「っ...!“ナインライブズ”!!」

「太陽の輝きをここに...“ガラティーン”!!」

「光よ、邪悪を断て!“カリバーン”!!」

 神夜、光輝、優香の高威力の砲撃魔法が放たれ、さらに追撃を相殺する。
 だが、いくら高威力の砲撃を放っても相殺するには足りない。

「っ...!ぁあっ!」

〈シリアルⅠ、Ⅲ、ⅩⅩ、魔力開放。連鎖相乗。〉

   ―――“サクレ・ぺネトラシオン・クラルテ”

 三つのジュエルシードが重なり、連鎖反応を起こすように魔力を開放する。
 そのまま押し出されるように砲撃魔法が繰り出され、触手と弾幕を突き破ってアンラ・マンユに直撃する。

「っ、今だ!撃ち落とせ!威力が足りないならば、防御魔法で防ぐんだ!」

 その一撃にアンラ・マンユの攻撃が一瞬止まる。
 すぐさまクロノが指示を飛ばし、その通りに全員が行動を起こす。

「もう一回...!」

〈シリアルⅡ、Ⅳ、Ⅴ、Ⅷ、魔力開放...!〉

 司もすぐに体勢を立て直してシュラインを構える。
 その間にもシグナムや椿が矢で触手を弾き、帝と優輝が大量の武器群で弾幕を相殺する。
 ヴィータ、光輝、優香がさらに触手を撃ち落とし、それでも相殺しきれなかった攻撃はユーノ、ザフィーラ、シャマル、アルフによる防御魔法で凌ぎきる。

「もう一度よ...!今度は、さらに強いわよ!」

「三撃を以って撃ち貫け...!」

「悠久なる凍土 凍てつく棺のうちにて 永遠の眠りを与えよ 凍てつけ!」

   ―――“トールハンマー”
   ―――“三雷必殺”
   ―――“エターナルコフィン”

 攻撃を防ぎきった所で、プレシアとリニス、クロノの魔法が放たれる。
 アンラ・マンユには届かないものの、“道”を作る事に成功する。

「撃ち貫け...極光よ!」

   ―――“サクレ・リュエール・デ・ゼトワール”

 そして、そこへ司の砲撃魔法が通る。
 だが、アンラ・マンユも無防備で受けるはずがなく、“闇”を集めて防御される。

「っ....!(やっぱり、このままじゃダメ...!何か、強力な一撃を...!)」

「.......クロノ。」

「...わかった。これ以上やってもジリ貧だな。」

 先に持久力が尽きる。それが理解できた司は焦る。
 それを見た優輝はクロノに目配せをし、クロノも頷く。

「...(聖司)、今撃てる最高の魔法を使ってくれ。」

「えっ...?でも、放つのに時間が...。」

「それぐらい、僕らが稼ぐ。...僕らを、信じてくれ。」

「......わかったよ。....シュライン。」

 真っすぐ見つめてくる優輝の瞳を見て、司はこの方法しかないと判断する。
 ...それと、信じているのだ。優輝を。仲間を。

「今撃てる、最高の一撃を...!」

〈全シリアル、魔力開放。充填開始...!〉

「信じるよ、優輝君、皆...!」

 そして、司はシュラインを構えて魔力を溜め始める。
 それと同時に、アンラ・マンユの攻撃が迫る。

「(刀の使い道は決めてある。なら、今は...!)リヒト!シャル!」

〈はい!〉

〈任せてください!〉

「魔力結晶開放!行くぞ...!」

 その攻撃の正面に立つように、優輝がグリモワールを持って構える。
 リヒトとシャルにも放つ魔法の制御を任せ、15個の魔力結晶を使用する。

「打ち砕け、極光!全てを破壊し尽せ!」

   ―――“ミョルニル”

 迫る触手と弾幕に対し、極光を放つ優輝。
 込められた強大な魔力によるプラズマを纏い、その極光は放たれた攻撃を相殺する。

「が、ぁあ....!?」

〈っ...!反動が...!〉

「これぐらい...承知...!」

 司が使っていた砲撃魔法に匹敵する威力だが、その反動で優輝の腕が焼け爛れる。
 すぐに残った魔力結晶を用いて回復魔法をかける。

「っ、今だ!!」

「なのは!フェイト!はやて!」

 一時的とはいえ、攻撃を相殺した。
 その一瞬の隙を利用し、クロノがなのは達に指示を出す。

「これが...!」

「私たちの...!」

「全力全開や!」

   ―――“Starlight Breaker(スターライトブレイカー)
   ―――“Plasma Zamber Breaker(プラズマザンバーブレイカー)
   ―――“Ragnarök(ラグナロク)

 三人が溜めに溜めた魔力が開放され、極大な砲撃魔法が放たれる。
 なのはの砲撃がフェイトとはやての砲撃を螺旋を描くように纏い、突き進む。

「(ずっと魔力を溜めていた...。なのはの魔法は空気中に魔力が多ければ多いほど蓄えられる威力が増す...!ここまで時間を稼いだものなら...!)」

     ドォオオオオオオン!!!

 優輝が思考した通り、三人が放った魔法はそれこそ司の一撃を上回る程だった。
 迫りくる触手や弾幕を薙ぎ払うように突き進み、アンラ・マンユを怯ませた。

「今だ!全員、結界で抑え込め!」

 正真正銘、司を除いて最強の攻撃。
 その結果を無駄にせず、間髪入れずにクロノが指示を出す。

「“強装結界”!!」

 ユーノが繰り出した結界を、全員で強化してアンラ・マンユを閉じ込める。
 この結界は、かつて一般局員だけで張ったものでさえ、ヴィータやザフィーラを閉じ込め、内側からでは強力な一撃でなければ破れないと言われたものである。
 それを、結界魔導師であるユーノが張り、全員がそれを強化する。

「結晶の全魔力...持っていけ...!」

「全員で抑えているのに、それでもこれか...!」

 優輝が持っていた魔力結晶を全て使い、他の皆も魔力を振り絞る。
 しかし、それでも気を抜けば即座に結界が破られてしまいそうになる。

「耐え抜け...!アレに攻撃をさせるな....!」

 全員が魔力を振り絞り、アンラ・マンユを抑え込む。
 止められる時間はごく僅か。

〈....魔力充填完了。...いつでも行けます。マスター。〉

「....うん。」

 ...そして、“時”は来た。



「...祈りは(そら)に、夢は(うつつ)に。想いを束ねて形と成せ...。」

 その祝詞のような司の声が、魔力が迸る空間の中、響き渡る。

「願いは集いて奇跡となる。聖なる光を今ここに....。」

 25個全てのジュエルシードが輝きながら司の周りを旋回する。
 司もシュラインを掲げ、淡い神秘的な光に包まれていく。

「“闇”を祓え、“絶望”を祓え!奇跡の光は、今ここに顕現する!」

 一際光が強まり、詠唱が終わる。

 ...その瞬間。

「っ、結界が....!?」

「司!」

 結界が破られ、アンラ・マンユの魔力が揺らめき、今にも襲い掛かろうとする。

「っ――――!?(間に..合わない.....!)」

 既に一つの魔法を起こそうとしている。回避も防御も不可能。
 かと言って、他の者では防ぐ事も不可能だ。
 そして、先に魔法を放つ事もできない。
 万事休す...誰もがそう思っていた。





「.....させるかよ。」

 ....ただ一人を除いて。

「優輝、君...?」

「...任せな。」

 優輝が司の横に立ち、安心させるように微笑みながらそういう。

「...シャル、無理させる事になるが...構わないな?」

〈...はい。マイスターに任せます。〉

「オーケー。なら、存分にやってやるか!」

Bogen form(ボーゲンフォルム)

 シャルを弓の形に変え、それに神刀・導標を鞘から抜き、矢のように番える。
 元々創造魔法によって創り出した刀なため、みるみる形状が矢へと変わる。

 ...そして、アンラ・マンユの魔力がついに砲撃となって放たれた。

「...道を拓きて、標となれ!“今こそ、道を拓く時(神命一矢)”!!」

 一筋の閃光が、優輝の弓から放たれる。
 同時に、弓はボロボロになり、シャルは強制的にスリープモードに入る。
 また、優輝の回復しかけていた腕も再び焼け爛れ、簡単には回復できなくなる。

     カッ―――!!

「魔力の砲撃に、穴が...!」

 ...その代償による成果は、絶体絶命の状況を書き換えた。
 アンラ・マンユから放たれた極太の砲撃の中心に穴が開き、台風の目のようになる。
 アースラはその穴を通るように砲撃に当たらずに済む。

 ...だが、それはほんの僅かな時間だけ。
 形を持たない魔力の砲撃であれば、すぐに開けられた穴は閉じるだろう。



   ―――....尤も...。



「行け....!(聖司)!!」

「っ....!」



   ―――その僅かな時間で、全てが終わる事になると、優輝は確信していた。







「祈祷顕現...!“天翔ける、巫女の祈り(プレイヤー・メニフェステイション)”!!」

 光が、全てを呑み込む。
 司が発動させた魔法は、全ての“闇”を打ち消すように広がり、優しく包み込む。
 アースラを消し去ろうとする砲撃をも、その光を前に掻き消えた。

 其れは、まさに“祈り”そのもの。
 安心を、平和を、平穏を願う、人々の祈りの....その極み。
 “闇”を、“絶望”を祓うために特化したその祈りは、アンラ・マンユすら打ち消す。
 ジュエルシードも全ての力を使い、“負”の集合体を完全に消し去ったのだ。











 
 

 
後書き
アンラ・マンユ…概念型ロストロギアという珍しいタイプのロストロギア....と言っても、厳密にはロストロギア(失われた技術)ではなく、“負”の概念が集まった意思を持つエネルギー集合体のようなものである。かつて、天巫女がその身を賭して滅した存在だったが、生物の“負の感情”がある限り在り続ける存在なため、再び現代に出現し、司を依代として戦力強化していた。

サクレ・クラルテ…フランス語で“神聖”と“光,輝き”の意。天巫女(withジュエルシード)の本気の一端。優輝が扱っていた時と違い、正真正銘全力全開のジュエルシードから放たれる砲撃魔法。威力は通常の優輝のトワイライトスパークを軽く凌ぐ。

エトワール・フィラント…“流星”のフランス語。流星の如き魔力弾を多数放つ。一発一発が並の砲撃魔法じゃ歯が立たない程の魔力を持っている。

サクレ・リュエール・デ・ゼトワール…サクレ・クラルテの上位互換。フランス語での“神聖”と“星明り”の意。上位互換なので、サクレ・クラルテと威力や範囲以外変わらない。なお、威力はトリプルブレイカーを凌ぐ。

バリエラ…“障壁”のフランス語。天巫女の全力では基本系の防御魔法。なお、それでも相当な強度を誇る。

エトワール・スプランドゥール…“星”、“輝き”のフランス語。眩い輝きを放つ魔力弾を多数展開し、攻撃する。エトワール・フィラントの上位互換。

トールハンマー…プレシアの持つ単発魔法ではトップクラスの威力の砲撃魔法。シンプルだが、それ故の高威力を持つ。

Zerschlangen Schlag(ツェアシュラーゲンシュラーク)…ヴィータのシュワルベフリーゲンをさらに一撃特化にしたような魔法。威力は単発な分高い。意味は“砕く一撃”。

アンビュラビリティ・サンクチュエール…全力の天巫女が扱う中でもトップクラスの防御力を誇る防御魔法。意味は“不可侵の聖域”。

ナインライブズ…神夜の扱う中でも強力且つ使い勝手の良い魔法。九つのホーミングレーザーを放つ。Fateの宝具であるナインライブズを魔法に転換したもので、宝具ではない。

ガラティーン…光輝の扱う魔法でもトップクラスに強い砲撃魔法。炎で薙ぎ払うかのような砲撃を放つ。威力の割には低燃費。飽くまで魔法名なだけで、武器とは関係ない。

カリバーン…優香の扱う魔法でトップクラスに強い砲撃魔法。被弾した箇所で光が炸裂し、さらにダメージを与える。もちろん名前だけで、アーサー王とは一切関係ない。


なんだこの新技の大盤振る舞い...。後書きが...。
載せきれなかった技は次回に載せます。
イメージとしては、一部のゲームにある最終決戦でのイベント戦です。所謂“負ける気がしない”的な。...その割に滅茶苦茶苦戦してますけどね。OPのオーケストラアレンジが掛かりそうな場面です。 

 

第92話「優しさの報酬」

 
前書き
前回後書きに載せれなかった技を↓

連鎖相乗…イメージとしては電池を直列に繋ぐ感じ。文字通り相乗効果で威力が上がる。

サクレ・ぺネトラシオン・クラルテ…サクレ・クラルテの貫通力をさらに上げたバージョン。もちろん威力も上がっている。

ミョルニル…グリモワールに載っている魔法の中でもトップクラスの威力を誇る魔法。ただし燃費が悪い。膨大な魔力によって発生するプラズマを纏った極太の砲撃を放つ。ただし、あまりの威力なため、反動で腕が焼け爛れる。ちなみに雷神トールとは関係ない。

今こそ、道を拓く時(神命一矢)…“しんめいいちや”。神刀・導標を矢として用いた弓の一撃。残り僅かな神力ではあったが、その威力はやはり神に匹敵する。

天翔ける、巫女の祈り(プレイヤー・メニフェステイション)…天巫女一族の最終奥義。ジュエルシード全てを使い、魔力を充填した上で、詠唱してから放たれる。その“祈り”による光はこの世全ての“負”の感情すらも浄化する。...なお、洗脳とかの状態異常は治さないので、これを使っても魅了は解けない。


さて、ようやく3章のラスボスは倒しました。後は...。
 

 












   ―――....そうですか。ですが、理解しておいてください。

   ―――........。

   ―――例えアンラ・マンユを滅した所で、貴女は....。

   ―――.......。

   ―――...死にます。生命を維持するジュエルシードの力が尽きて。

   ―――生命を...維持...。

   ―――半年もの間、何も口にせずに生きるなど、人間には不可能です。

   ―――そっか...それをジュエルシードが...。

   ―――魔力でコンディションを保っていました。貴女を助けるために。

   ―――それが、なくなると...。

   ―――一気に栄養失調を引き起こし、衰弱死します。

   ―――...だから、“死”を?

   ―――はい。

   ―――.....いいよ。それで、この状況を打破できるのなら。

   ―――...では、私たちも赴きましょう。

   ―――待って、どうすればいいの?

   ―――私が言わなくとも、ジュエルシードが教えてくれます。

   ―――え....?

   ―――...まぁ、自ずと分かる事です。急ぎましょう。

   ―――.....うん。








       =優輝side=







 綺麗な...どこまでも綺麗な光が、全てを包み込む。
 僕らを呑み込まんとしていた“闇”の砲撃はその光を前に打ち消され、アンラ・マンユと呼ばれた“負”のエネルギーの集合体ですら消し去った。

「.....勝った....のか....?」

 光が晴れ、何も肉眼で確認できなくなって静まり返った空間で、クロノがそう呟く。

『...魔力反応...消失!やったよ...やったよ皆!!』

「“闇”の力は感じない...確かに、消し去ったわね。」

 エイミィさんと、椿の言葉に、ようやく“倒せた”という実感が湧いてくる。
 他の皆も同様だったのか、一気に喜び始める。

「は、ぁ....っ....!」

〈...お疲れ様です。マスター。〉

「...うん...。やったんだ...私...。」

 隣で今回の最大の功績者である(聖司)がへたり込みながらそういう。

「いっつつつつ....。」

〈しばらくは絶対安静ですね。マスター。〉

「だな...。」

 僕は僕で、先程放った矢の一撃の反動による痛みに悶える。
 まるで焼け爛れたような腕。...まぁ、身に余る力を放ったからな。

「...シャル。大丈夫か?」

〈.............。〉

 弓の役割を果たしたシャルに声を掛けるが、返事は返ってこない。
 当然だ。強制スリープモードになり、待機形態の十字架は罅が入っているのだから。

〈私の見た所、コアの損傷によるデータ破損はありません。〉

「そうか...っつ....。」

 痛みを我慢しながらも、人間でいう所の後遺症がない事に安心する。

「緋雪に悪いな...。」

〈緋雪様なら、きっと許してくれますよ。〉

 ...そうであれば...いいな。
 まぁ、あいつの事だ。むしろ、使ってでも助けるように言いそうだな。

「とりあえず、アースラ内に戻ろう。皆、魔法陣に乗ってくれ。」

 それぞれが手を取って喜び合ったりする中、クロノがそういう。
 一つの次元世界と化していたとはいえ、本来ここは次元の狭間のような場所。
 いつまでも生身で外に居られないからな。

「ゆ、優輝君、その手...大丈夫なの?」

「ん?...あー、しばらくは使い物にならないかな...。普通に焼け爛れたのと違って、神の力を生身で使った代償だから、治すのにも手間がかかるし。」

 (聖司)に心配され、状態を軽く説明する。
 ...まぁ、実際はこれ以外にも魔力が枯渇してるんだけどね。

「それよりも、僕らも乗るぞ。」

「あ、うん...。」

 僕らもクロノが用意した転移の魔法陣に乗る。
 そして、転移しようと魔法陣が輝いた瞬間....。

「....ぁ......。」

「っ、おい?どうした...?おい!?」

 力が抜けるように、(聖司)が僕の方に倒れ込んでくる。
 同時に、彼女の周りに浮かんでいたジュエルシードも輝きを失って落ちる。





   ―――....それはまるで、糸が切れた人形のようだった...。











「おい...!しっかりしろ...!おい!!」

 転移が終わり、僕は倒れ込んだ(聖司)に必死に声を掛ける。
 そんな様子に、喜んでいた皆も気づいて駆け寄ってくる。

「クロノ!医務室の手配を!」

「分かった!」

「椿、葵!霊力で応急処置はできるか?」

「分からないわ!まず、容態を確認しないと...!」

 クロノに医務室への手配を頼み、僕が運びつつ椿に容態を診てもらう。
 ...だが、触れただけでわかる。これは、途轍もなく危険な状態だと。

「(触れただけで確認できるのは...明らかな、身体の衰弱。しかも、現在進行形だ。まるで、ダムが決壊したかのような速度で...。)」

 そこまで瞬時に判断した所で、床に落ちているジュエルシードが目に入る。
 葵に目配せをして、拾ってもらう。

「...輝きを失ってる...。まるで、力を使い果たしたような...。」

「まさかだとは思うが、ジュエルシードがずっと体調を維持していたのか...?」

「....その通りよ。彼女、人としての機能がどんどん失っている...。」

 完全に意識を失った彼女に刺激を与えないよう、丁寧且つ迅速に運ぶ。
 そんな中で立てた推測だったが、軽く容態を診た椿がそれを裏付ける。

「霊力や魔力で応急処置は!?」

「できる...けど、焼石に水よ!」

「ないよりはマシだ!」

 ここまで来て、死なせる訳にはいかない。
 僕自身の霊力も振り絞り、椿に譲渡する。

「頼む...生きてくれ...!」

 椿が霊力で生命力を高めるのを見て、僕は祈りながらも医務室へと急いだ。
 例え代償で腕を痛めていようが、今はそんなの関係なかった。







「.....手は尽くしました。しかし....。」

「私も診たけど、助かる可能性は....。」

 医務室にいる医師の人と、シャマルさんがそういう。

「そんな...!」

「司!」

 なのはや、織崎が悲痛な声を上げる。
 ...正直、僕だってそんな声を上げたい。

「どんなに手を尽くしても、衰弱する速度が速すぎます。生命力を保つ事が、できないのです...。」

「今までは、ジュエルシードが補っていたんだと思うわ。でも、最後の魔法でジュエルシードの魔力を使い果たして、機能を失ったから...。」

「っ.....!」

 その言葉に、心配で医務室までついてきたほとんどの人が悔しそうに俯く。
 ...“助からない”。そう、思ってしまったのだろう。

「嘘...嘘だよ...!何とかならないの!?」

「...情けないですが、これ以上は...。」

 なのはが医師に食って掛かるが、医師はただ申し訳なさそうにする。
 既にアースラにある医療機器は使える物全て使っているのだ。

「リインフォース...!」

「...ダメです。夜天の書に、彼女を助けられるような魔法は...。」

 はやても諦めきれずにいるが、何もできない。

「優輝さん...。」

「...無理だ。グリモワールにも生命力を大幅に回復させるような魔法は...。」

 奏が僕を頼ろうとするが、僕も何もできない。
 第一に、魔力が足りない。例えそんな魔法があっても、魔力が足りなければ意味がない。
 空気中の魔力を吸収するにも、その吸収するための魔力すら残っていない。

「司!目を覚ましてくれ!司!!」

「お、落ち着いて、神夜...!」

 織崎に至っては、錯乱したかのように縋りつこうとする。
 なんとかフェイトが抑えているが、力の差で長くは持ちそうにない。

「っ...シグナム、ヴィータ。悪いけど神夜を外に連れて行ってくれ。」

「...わかった。」

「放せ!放してくれ!」

「暴れんなっての!あたしたちじゃ、どうしようもねーんだ!」

 何を仕出かすかわからないと見かねたクロノが、シグナムさんとヴィータに指示を出す。
 バインドを使ってまで、二人は織崎を外へと連れだした。

「........。」

「優輝...?」

 皆が悲しむ中、僕はそっと眠る彼女の手を握る。
 ...触れるだけでもわかる。椿と葵が霊力で命を繋ぎ止めているが、それでも持って10分超えれるかわからないぐらいだ。
 それほどまでに、既に彼女の体から生命力が消えていた。

「...僕はここに残るよ。なのはとか、子供は外に出ておいた方がいいよ。....死ぬ瞬間なんて、見たくはないでしょ?」

「っ...優輝さん...!」

 奏が、声を震わせながら僕の名前を呼ぶ。
 きっと、今の僕はほとんど感情が顔に出ていないのだろう。
 ...それほどまでに僕も精神が追い詰められているのに、彼女は気づいたようだ。

「...私が連れて行きます。」

「私も行こう。主や神夜を外に放ってはいられない。」

 なのは達を連れ、リインフォースさんやシャマルさん、アルフさんも出ていく。
 残ったのは魅了に掛かってない人だけになった。

「奏、アリシア。二人も...。」

「...ううん。私は見届けるよ。」

「...私も。例え、悲しくても...。」

 アリシアと奏はどうやら残るらしい。
 既に悲しみで顔が歪んでいるのに、意地を張っちゃって...。

「...それに、まだ、諦めてないでしょ?」

「なに...?」

 アリシアが、まるで見透かしたようにそう言い、クロノが少し驚く。

「...驚いた。いつの間にそんな観察眼を?」

「ただの直感だよ。...でも、合ってるでしょ?」

「...まぁ、ね。」

 アリシアの言葉を肯定しながら、僕は一度立ち上がる。

 ...そう。ずっと、医務室に入ってから考えを巡らせていた。
 どうすれば助けられるのか。
 どうすれば生命力を補えるのか。
 マルチタスクをフル活用し、超高速で僕は思考を巡らせていたのだ。

「シュライン、聞いておきたい。どうしてこうなった?」

〈...天巫女の全力を出し尽くしたからです。つまり、単純にジュエルシードの力を使い果たしたため、マスターの生命を維持する機能が停止しました。〉

「やっぱりか...。」

 大体は予想していた。
 第一、あれほどの“闇”を祓ったんだ。力を使い果たしただけで済んだ方が凄い。

「じゃあ、その生命力を補えばいいんだな?」

〈はい。そして、足りていない栄養を補給すれば、自ずと回復していきます。〉

 マルチタスクを使いながら、どうすればいいか高速で考えていく。

「椿、葵。霊脈を使えば補えるか?」

「...ええ。でも、そこまで持たないわ。」

 ...つまり、霊脈がある場所...八束神社まで彼女を生き永らえれば良い訳だ。

「条件は理解した。後は、それを満たす手段だ...!」

 自身の記憶を探り、何か手はないか探す。
 グリモワールにそのような魔法が載っていないのは既に理解している。
 載っているのは、どれも傷などを癒すもので、“生命力を補う”魔法ではない。

「...もう、大切な奴が目の前で喪うのは嫌なんだよ...!」

「優輝...。」

 一度目は、志半ばで斃れた。
 二度目は、目の前で自分を庇って殺された。
 三度目は、結局助けられずに、自ら殺した。
 四度目は、目の前まで来たのに、結局届かず仕舞いだった。

 ...その四度目を覆してまで、ここまできたんだ...!

「絶対に...助ける!!」

 時間が足りない?手段がない?そんなの関係ない!
 そのための“創造魔法”だろうが...!

「何か、何か手があるはずだ...!」

 そう。それこそ、アニメとかにある奇跡のような手段が...。
 ....“アニメのような”....?

「そうだ...!」

 そこで僕は一つの手段を思いつく。

「.......。」

 その手段を実行すべく、脳内で術式を組み立てる。

 ...僕は転生者だ。一度は死に、そして生まれ変わった存在だ。
 僕の場合はそれが二回あった訳だけど...今はそれは関係ないので置いておこう。

 Fateというゲームやアニメ、漫画に“宝具”と呼ばれる切り札が存在する。
 大体がとんでもない攻撃力や、特殊能力を持っている。
 それは、その宝具の持ち主が歴史に残るような事象を基に存在している。
 そして、その宝具を持つ存在は“英霊”と呼ばれる...一度死んだ英雄だ。
 中には反英雄となる真逆の存在もいるが、今は割愛する。

 英霊と転生者...どちらも“一度は死んだ存在”だ。
 そして、僕は過去に“導王”として歴史に名を遺した。
 ...つまり、Fateで言う英霊の条件を満たしているのだ。

 フィクションだから意味がない?
 いや、特典として使えたり、僕自身も“熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”を模倣した事がある。
 模倣できたという事は、どこかにFateの世界が存在しているという事。
 ...まぁ、詳しい話は置いておこう。

 簡潔に言えば、僕自身に“英霊”としての条件を当て嵌める。
 そして、宝具を使えるようにする。
 恥ずかしい話だが、導王としての僕は“導きの王”などと称えられていた訳だ。
 民を導き、絶望から希望へと変える。そんな偉業が逸話として遺っている。
 これだけで、“英霊”としては十分...!

「(この世界に同じのがあるかは分からない、“別の世界のルール”。普通、それを自分に当て嵌めるのはやり方すら一切分からない事だ。だが...。)」



   ―――“創造魔法”は、それを可能にする...!



「優輝...!?」

 “カチリ”と、何かが切り替わる感覚に見舞われる。
 魔力は使っていない。創造“魔法”とは言ったが、使ったのは“創造”の性質だけ。
 性質を扱うだけなら、魔力は一切使わない。

「優輝の存在の格が、上がった...!?」

「一体何をしたの優ちゃん!?」

 椿と葵が驚愕する。...尤も、その間も延命行為は続けてくれていた。
 まぁ、二人が驚くのも無理はないかな。
 荒唐無稽な話に思えるが、“世界の意思”に意識を傾け、Fateの世界のルールを自身に適用させ、存在を“受肉した英霊”に昇華させたのだ。

「(導王としての“宝具”を使えば、多分(聖司)は救える。だが....。)」

 ...ここまで来て、単純且つ、今はどうしようもない問題に突き当たる。

「....魔力が、足りない....っ!」

「なっ...!?ここまで来てか!?」

 せっかく光明が見えたのに、それを閉ざされる。
 クロノも、そう思ったのか驚いていた。

「くそっ...!くそっ....!ここまで来て...!」

 このままでは目の前で死んでいくのを見るしかなくなる。
 それだけは嫌だと、必死に考えを巡らせる。

「もう、親友を目の前で見殺しにしたくはないんだよ...!」

 ...だけど、どれだけ思考を巡らしても解決策は見えない。
 こうなったらと、無理矢理にでもリンカーコアを活性化させようとする。

「っ、待て優輝!それをすれば君の命が...!」

「知った事か!それに、確実に死ぬ訳じゃない!」

 クロノの制止を振り切り、リヒトを宝具として使用するため、魔力を振り絞ろうとする。

「....優輝さん。」

「奏?なんだ....っ!?」

 その時、奏が何かを差し出してくる。それを見て、僕は目を見開いた。

「...優輝さんの偽物との戦いが終わった時、貰ったままで残ってた...。」

「.....!」

 あの時、まだ使う機会があるだろうと、奏にあげた魔力結晶。
 その残りが、まだ奏の手にあったのだ。

「....使って。これで、司さんを...。」

「........。」

 “奇跡”は、既に一度(聖司)が起こした。アンラ・マンユを倒すという“奇跡”を。
 それと、今ここに(聖司)を助ける手段が確立したのは、皆が起こした“奇蹟”だ。

「...見せてやるよ。“導王”の奇跡を...!」



   ―――そして、もう一つの“奇跡”を、ここに起こそう...!



「んっ...!」

 魔力結晶を奏から受け取り、それを無理矢理飲みこむ。
 幸い、魔力結晶は宝石のような形をしているから、喉で刺さる事はない。

「ちょっ、優輝!?」

「元々、この魔力結晶は僕の魔力でできたものだ。だから、無理矢理にでも飲みこめば、そのまま僕の体に馴染み、魔力が回復する。」

 例え、回復するようにする魔力がなくても...な。

「リヒト!」

〈...今回ばかりは、見逃します!〉

 リヒトが杖の形態に変わる。...これが本来のリヒトの姿だ。

「っ....。」

 杖を握る手が痛む。...が、今は我慢だ。
 時間もない。すぐに取り掛かる。

「...我が身は、人を導きし者。世を照らし、護るべきものを護りし光を持つ者。悪を敷き、善と為り、絶望を消し去る力を手に。導きの光をこの身に...!」

 かつて、今世において初めてリヒトを使った時の起動ワードを呟く。
 それと同時に、魔力が迸る。

「導きの時は来た!我は希望を紡ぎしもの!救われぬ者に救いを、報われぬ者に報いを与えよ!我が力、我が光は、人々の希望となろう!」

 僕を中心に魔法陣が広がる。
 本来ならもっと範囲が広くなるが、今回は部屋いっぱい程度に狭める。

「我が名は導王...導王ムート・メークリヒカイトなり!導きの力を以って、今、汝の“絶望”を打ち砕こう!」

 リヒトが光に包まれ、それに呼応するように(聖司)の体も光に包まれる。
 ...そして、最後の言葉を紡ぐ。

「導きの光よ、今ここに!“導きを差し伸べし、救済の光(フュールング・リヒト)”!!」







   ―――“奇跡”が、“絶望の未来”を蹂躙する。







 リヒトの柄が床を打ち、魔法陣が光り輝く。
 魔力が迸り、金色の光が(聖司)を優しく包み込む。
 その光は、まさに“希望の光”。人を“未来”へと導く光だった。
 衰弱し、血色の悪くなっていた顔はみるみる内に元に戻っていった。

「生命力が...!」

「これなら、もうしばらくは持つよ!」

 ずっと霊力を流し続けていた椿と葵がそういう。

「クロノ!アースラを八束神社へ!そこで生命力を補う!」

「分かった!」

 クロノにそう言って、アースラを八束神社へ向かうよう指示してもらう。

「っ.....!」

「優輝、その腕...。」

「大丈夫...!」

 杖を握り続ける手が痛み、母さんが心配してくる。

「治るのが少し遅れるけど...それで親友の命が救えるのなら惜しくはない...!」

「手が空いている人は栄養補給になるものを用意して頂戴!それと、魔力が少しでも残っている人は八束神社に転移するための魔法を!」

 アースラが地球に向けて動き出し、椿が指示を飛ばす。
 地球にアースラが着くのに約10分かかり、その間に休めば転移一回分の魔力は回復する。

「奏、魔力は残っているか?」

「...まだ、魔力結晶がいくつかと少しだけ...。」

「借りるぞ!」

 宝具を維持するため、奏と一時的にパスを繋いで魔力を借りる。
 宝具に集中するため、魔力結晶での回復は奏任せだ。

「アリシア!ちょっとこっちに来て頂戴!」

「えっ!?何!?」

「深呼吸して、気を落ち着けておきなさい。」

 椿がアリシアを傍に呼び寄せ、少しの間霊力を流すのを中断する。
 もちろん、その間は僕が椿の肩代わりをする。

「霊力を借りるだけなら、これで...!」

「な、何を...!?っ、椿、これって...。」

「貴女の霊力を借りてるのよ。少しの間我慢して頂戴。」

 椿も僕と奏のようにアリシアとパスを繋ぐ。
 霊力を借りられるのは、体力を吸われるのに近いので、感覚はあまりよくないだろう。

「私に、そんな力が...?」

「理由は詳しくは知らないわ。でも、今はそれがありがたいの...!」

 “自分も役に立てる”。そう思ったのか、アリシアは霊力を譲渡するのに集中した。

「優輝のおかげで、完全に安定しているわ...!これなら、確実に霊脈まで持つ...!」

「それがこの宝具の力だからな...!」

 この宝具がなければ、未だに衰弱の方が早かっただろう。
 だけど、この宝具は“絶望”を打ち破るのには最適だ。
 最善の未来を掴むため、この宝具は()()()()凌駕する...!







「着いたぞ!」

「転移!急げ!」

 クロノの声と共に、母さんと父さんが転移魔法を発動する。
 ちなみに、外で待機している皆には、リニスさんが説明しに行っており、だが邪魔をしないように抑えているらしい。

「転移、八束神社!」

 魔法陣が僕らを包み、僕らは八束神社の境内裏へと転移した。



「光輝!結界!」

「ああ!」

「椿!霊脈を!」

「分かったわ!」

 転移してすぐに父さんが認識阻害の結界を張り、椿が霊脈を弄る。
 痛む腕を無視し、(聖司)を抱えて神社の縁側に寝かせる。

「っ、繋げたわ!これで....!」

「...安定...か.....っ!?」

「優輝さん...!?」

「っ、助かる...。」

 霊脈の力が(聖司)に流れていき、生命力を維持するのを確認して宝具を解除する。
 同時に、力が抜けて奏に支えてもらう事になる。

「栄養補給になるものを持ってきたわ!」

「ありがとうございます!」

 プレシアさんが栄養補給となる医療品及び、料理を持ってきた。
 料理は目覚めてからだとして、医療品を使っておく。

「後は...。」

 霊脈から少し霊力を貰い、それを用いて心臓に軽く衝撃を与える。
 心臓マッサージ代わりだ。手でやると今の彼女の体にはそれでも酷だからな。

「ん....。」

「ああっ!?」

「優輝!?...って、人工呼吸か...。」

 さらに、人工呼吸もしておく。
 アリシアがなぜか驚いているが、緊急事態だから無視だ。

「.....っ、ぅ....こほっ、こほっ....。」

「.....!」

「司!」

 (聖司)が弱めの咳をして、目を覚ます。

「...優輝...君....?」

「良かった...!目を覚ましたんだな...!」

 抱き締めはしない。彼女の体に負担がかかるし、僕の今の腕じゃあね...。
 だけど、そうしたい程、僕らは嬉しかった。

「...私...確か...。」

〈はい。マスターは、マスターが覚悟した通りに、確かに生命力の維持が途切れ、衰弱死を迎えようとしていました。〉

 シュラインがそう説明する。...やっぱり、死ぬのを覚悟してたんだな。

「だったら...どうして...。」

「皆が、君を助けるために頑張ったからさ。」

 “なぜ助かったのか”。そういう彼女に、クロノがそう答える。

「...皆が...?」

「....まぁ、あれだ。」

 色々説明が必要だが、簡潔にまとめるとすれば...そうだな。













   ―――お前(聖司)自身の、“優しさの報酬”って訳だ。





「だから、遠慮なく受け取れよ。親友。」













 
 

 
後書き
優輝の英霊(?)化…Fateでの英霊になる条件を自分に当て嵌め、自身を“受肉した英霊”とする事で、宝具を使用可能にした。別の世界のルールなため、本来は不可能だが、そのルールを“創造”した事で、適用させる事に成功した。理論を一切無視した、“考えるな、感じろ”作戦でやった、まさに荒業である。

導きを差し伸べし、救済の光(フュールング・リヒト)…ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人
 導王ムート・メークリヒカイトが英霊として存在した場合の宝具である。
 対象の人物及び場所にとって、最善の状況に持っていく事ができる宝具。
 その力は、因果逆転に似通っており、発動したが最後、運命を覆す事すら容易い。
 デバイスのフュールング・リヒトを杖形態にして初めて発動可能。


またfateかよ(今更)。
今回行った事は別の世界のルールを自身に当て嵌め、fate世界での“宝具”を習得したと言った感じです。普通に使う魔法などより、逸話として昇華した宝具の方が効果が高いという事で、優輝はこの手段を選びました。かなり強引ですけどね。自分じゃ、これが限界だったんです...。

正直、王の財宝持っている帝なら、霊薬とかで助けられる可能性があるとか言わないで...。
ほら、ドラ〇もんでも使える道具をなぜか使わない時があるし...。
ちなみに、設定的に全員がその事を失念している感じです。...というか、ギルガメッシュ本人じゃないから把握しきれてないという...。
さて、ようやく解決して、後は後日談です。 

 

第93話「事件解決」

 
前書き
長いようで短い、怒涛の戦いも終わり、後は事件の後始末です。
記憶改竄がなくなった今、司の境遇をどうしよう...。
 

 






       =司side=







 もう、助からないと思っていた。死ぬことだって覚悟していた。
 だって、そうでもしないと、皆死ぬ所だったから。

 ...でも、こうして、私たちは皆無事に帰ってくる事ができたんだ...。

「っ.....!」

「うぇっ!?ちょ、どうした!?」

 いきなり泣き出した私に、優輝君は困惑する。

「な、何かおかしい所とか....。」

「...ううん...嬉しいんだよ...。こうして、無事に帰ってこられたのが。」

 諦めてた。自分なんていなければいいと思ってた。
 でも、優輝君がそんな考えを全部払拭してくれた。“絶望”から、引っ張り出してくれた。

「ありがとう、優輝君。...ありがとう、皆。」

 心からの言葉を、皆に述べる。
 今までずっと悩んでいたのが、嘘のように心が軽かった。

「とりあえず、これを食べて栄養を補給しておきなさい。」

「あ、はい...。」

 プレシアさんから、病院食のような栄養補給を目的とした料理を受け取る。
 病院食という事で、前世の事を思い出すけど、今までのような恐怖感はなかった。

「ほぼ半年間、一切の食事がなく、しかも動いてなかったから身体機能が著しく低下している。...しばらくはリハビリを兼ねた療養生活だな。」

「半年...そっか、そんなに時間が経ってたんだ...。」

 実感は湧かない。でも、上手く動かせない体と空腹がそれを物語っている。
 第一に、ジュエルシードの力が尽きたら死ぬはずだった時点でお察しだ。

「そういえば、ここって...八束神社?」

「ああ。ここには霊脈が通ってるからな。その霊力を使って、ジュエルシードの代わりに生命力を補っているんだ。」

「ふーん....?」

 なんというか、私がいない間に優輝君達は新しい力の使い方を手に入れたみたい。
 霊脈だとかは多分クロノ君とかも詳しくは知らないだろけど、意味がわからなかった。

「あ、そうだ。ジュエルシードは...。」

「あたしが持ってるよ。なんか、輝きを失ってるけど...。」

 葵ちゃんがそういってジュエルシードの一つを見せてくる。
 確かに、ジュエルシードに本来あるはずの輝きがなくなり、どこかくすんでいた。

〈力を使い果たした...という訳です。しばらくは使用不可能でしょう。〉

「そっか...。」

 ...ずっと、私のために頑張っててくれたんだから、休ませないとね...。

「なにはともあれ、一命は取り留めたけど、まだ霊脈がなければ死んでしまう。だから、しばらくはここにいないといけないけど...。」

「...えっと、それってどれぐらい?」

 今の私は生命力が自分で補えない状態。
 その生命力が戻るまでなのだろうけど....それ、絶対に一日ではすまないような...。

「...あー、那美さん経由でしばらくここに住まわせてもらうようにするか。」

「また巻き込んじゃったね...。」

 那美さんといえば、この神社で巫女のアルバイトをしていた...。
 ...って、“また”って事は、私がいない間にも巻き込んだのだろうか?

「霊脈を扱える人もついていた方がいいし、ここは...。」

「あたしとかやちゃんと優ちゃんの内一人はいたほうがいいね。」

 なんだかトントン拍子に事が進んでいる...。
 ...まぁ、私はここから身動きが取れないのだから話に入れないのは仕方ないけど...。

「...こちらの方でも、色々と報告書を纏めないといけない。....事件が終わったからと言って、まだ一安心はできないな。」

「....そうだな。」

 クロノ君のその言葉に、優輝君が真剣な顔つきで相槌を打つ。
 ...あれ?事件の報告をするだけなら、忙しいとはいえそこまで真剣に...。

「...あー、司、君はつい先ほどまで、ほぼ全ての人の記憶から消えていた。それは分かっているか?」

「...うん。私がそう願ったから...。」

 でも、今はそれは解けているはず...。...あ...。

「...気づいたみたいだな。その記憶改竄が消えたという事は、“聖奈司は半年間存在が消えていた”という事になる。...そんな事、知れ渡れば大騒ぎだ。」

「そ、そうだった...。」

 私自身、死ぬつもりだったから、そんな事を一切考えてなかった。

「あの“闇”の集合体...アンラ・マンユについてもそうだし、ここまでの大規模な記憶改竄は犯罪だ。...このままでは、司は次元犯罪者になる。」

「なっ.....!?」

 クロノ君の言葉に優輝君も驚く。...もちろん、私も驚いている。

「大規模な記憶改竄、ロストロギアの無断使用...これだけでも条件は満たしている。」

「だけど、(聖司)がいなければアンラ・マンユは倒せなかった!」

「僕としても司が次元犯罪者になるのはおかしいと思ってる!」

 正当性があっても、法律が許してくれない...そんな感じなのだろう。

「事件の全容を見れば、この事件の一番の功労者は優輝と司だ。...特に、最後は司がいなければ確実に僕らは死んでいた。」

〈...付け加えさせてもらえば、マスターが心を閉ざしていた状態だったからこそ、アンラ・マンユを今まで抑え込めていました。〉

「...え、ちょっと待って、シュライン。それ、どういう事...?」

 聞き捨てならない情報が聞こえ、思わずシュラインに聞き返す。

〈...無自覚だったのですか?...いえ、それも当然ですか...。〉

「シュライン...もしかして、アンラ・マンユがいる事に気づいてたの?」

〈いえ、アンラ・マンユがマスターを依代にしていた事にすら気づけていませんでした。...ただ、依代にしていた割には動きが少なかった事から、推測したまでです。〉

 ...つまり、それが事実かどうかは分からないんだ...。

〈少なくとも、マスターの“迷惑を掛けたくない”という想いが、今までアンラ・マンユの動きを抑えていた事はほぼ間違いないです。〉

「そ、そうなんだ...。」

 自分勝手な想いだったけど、それも役に立ってたんだ...。

「...思わぬ情報も手に入ったが、司が悪意を持って事態を引き起こした訳ではない事も踏まえ、僕個人としては司を“被害者”として扱おうと思っている。」

「被害者...?」

「...なるほど、ね。」

 いまいちピンと来ないけど、優輝君にはわかったみたいだ。

(聖司)はアンラ・マンユを今まで抑え込み、そして僕らと協力して力尽きるのもお構いなしに討ち破った...。その過程で、記憶改竄が起こってしまった。...って所か?」

「その辺りが妥当か。ついでに、MVPであることも強調すれば、犯罪者扱いにはならないだろう。」

「え、え?二人とも...?」

 これではまるで、私が犯罪者にならないように情報をでっち上げてるような...。

「か、管理局が捏造していいの!?」

「...いや、待って司。...これ、嘘は言ってないよ。何一つ。」

 ユーノ君がそういって、私は固まる。
 そして、二人が言っていた事を思い出す。

「アンラ・マンユを抑え込む....その過程で記憶改竄...。」

〈抑え込んでいた事はほぼ事実です。状況証拠のみですが。そして、抑え込む際に自身の存在ごとという事で、その代償として記憶改竄。....嘘にはなりませんね。〉

「た、確かに...。」

 私がやった記憶改竄は、“聖奈司”という存在を少しずらすものだ。
 認識をずらし、対象を認識できなくなる認識阻害の、存在バージョンだ。
 そうする事でアンラ・マンユの動きを制限していたというなら...嘘ではない。

 ついでに言えば、ジュエルシード...ロストロギアの無断使用も、“緊急時な上、必要だった”という事なので、早々それだけで犯罪者扱いにはならない。
 正当防衛みたいなものだし。

「な、なんか...せこくない?」

「自覚はしている。」

 あ、自覚はしてるんだ。...そういう問題じゃないけど。

「まぁ、任せてくれ。かつてのジュエルシード事件の時のフェイト達のように、無罪を勝ち取ってみせるさ。」

「よし、任せたぞクロノ。」

 ガシッと握手する優輝君とクロノ君。
 ...二人って、こんな感じだったっけ?特にクロノ君。

「“どうしてそこまでしてくれるのか?”って顔だね、司。」

「え?あ、うん...。クロノ君とか、もっときっちりしてたのに...。」

 私が疑問に思っていた事にユーノ君が気づいてそう言ってくる。

「まぁ、理由としては...皆司に少なからずお世話になってたからだよ。...もちろん、僕もね。」

「....お世話に...?」

〈マスターは細かい事から大きい事まで色々手助けしていたでしょう?その事です。〉

 ...ほとんどが些細なお手伝いとかだったけど...。

〈小さな積み重ねが、こうして確かな“絆”となるのです。...貴女の優しさは、こうして貴女を助けたいと思うに至らしめるものなのですよ。〉

「....そっか...。」

 まだまだ卑屈になるかもしれない。
 だけど、こうして私は皆に助けられた。...私にいて欲しいと思って。

   ―――あんたなんかに....幸せなる権利なんてないわよ....!

「っ.....。」

 あの日、あの時、言われた言葉が再び蘇る。
 優輝君曰く、あれは一時の気の迷いから出た言葉で、本心ではないらしいけど、それでも私の心に強く残っている言葉だ。

「ねぇ、優輝君。」

「ん?なんだ?」

 だから、一つ確かめておきたかった。優輝君の口から聞きたかった。

「....私、幸せになっていいのかな?」

「...当たり前だろ?第一、幸せになっちゃいけない奴なんてどこの悪人だよ。」

「...ふふ...。」

 さも当然かのように、優輝君は言い切った。
 だけど、それは私の心に未だ残っていた“負の想い”を完全に消し去ってくれた。

「な、なんだよ、いきなり笑い出して。」

「んーん、なんでもない。」

 優輝君は、いつだって私の“親友”でいてくれた。
 その事が嬉しくて、つい笑みがこぼれてしまったようだ。

「むぅ....。」

「........。」

「優輝も罪な子ねー。」

「そうだなー。」

 ....なんか、外野からの視線が...。

「...あれ?そういえば、そちらの二人は...?」

「....あ、(聖司)は知らなかったっけ?...僕の両親だ。プリエールにいたんだよ。」

 優輝君の両親...?え、あの行方不明になってた...?

「え、ええええええええええええええ!!?」

 いつの間に、とか、リンディさんや桃子さんみたいに若々しい、とか。
 色々な驚きを込めて、私は大声を上げてしまった。







「じゃあ、僕らは事件を纏めてくるよ。」

「ああ。...父さん、母さんも頑張って。」

「もちろんよ。」

「優輝も達者でなー。」

 ...あれから少し経ち落ち着いた私たちは、とりあえず後始末を終わらせる事になった。
 優輝君、椿ちゃん、葵ちゃんはここに残り、他の皆は一度アースラに戻るそうだ。

「司、後でリニスも来ると思うわ。労わってあげなさい。」

「あ、はい。...リニスも私のために頑張ってくれたみたいですしね。」

 プレシアさんの言葉に、私はしっかり頷く。
 優輝君たちの話によると、リニスは私のために相当奮闘したらしい。
 ...それだけ、私が心配だったみたいだ。

「.....司さん、また、詳しい話をしに来るわ。」

「う、うん...。よ、よろしくね?」

 なぜかジト目で私を見ながらそう言ってくる奏ちゃん。
 私を助けに来る前に、優輝君が魅了を解いたらしいけど、どうしてこんな事に...?

「霊力、かぁ...。私にそんな力があったんだ。」

「また機会があれば教えるわ。...まずは後始末を終えないといけないけど。」

 そしてアリシアちゃん。彼女も魅了が解けたみたい。
 私が助かったのがそんなに嬉しかったのか、終始ニコニコしていた。
 ...魅了が解ける前よりも明るくなってない?

「はぁ...アンラ・マンユについてと、ジュエルシードの情報をまた無限書庫で纏めないといけないのか...。疲れるだろうなぁ...。」

「僕も手伝えたら手伝いたいが...そう簡単にそっちまで行けないからな...。」

 ...ユーノ君はユーノ君で、これからあるであろう仕事に気分が滅入っていた。
 優輝君もそんなユーノ君が心配なのか、手伝えたら手伝おうとしてるし。

「事情聴取のため、少ししたら管理局の方へ行かないといけない。それまでに体の状態を元に戻しておいてくれ。」

「うん。...学校に復帰は、まだかかりそうだね。」

「すまないな。ケジメはつけておかないといけないからな。」

 既に半年くらい学校に行ってない上に、記憶改竄があったとはいえ無断で休んでいるも同然になっている。...授業内容はともかく、成績とかが...。

「家の事情とか言って、色々誤魔化さないといけないか...。」

「家と言えば、お父さんとお母さんが...。」

 二人は魔法を知っているから、事情を説明すれば何とかなるかな。
 ...それよりも、帰って顔を見せないと心配される...。

「...すまないが、さすがにそっちの事情にまでは手は貸せないな。」

「大丈夫だ。士郎さん達と相談しながら何とかするさ。」

「さらっと士郎を巻き込むのね。いや、彼なら“裏”についても知っているのだけど。」

 優輝君の言葉に、椿ちゃんが突っ込む。
 確かに、士郎さんを巻き込むのはちょっと...。

「...長くなったな。じゃあ、司の事は任せたぞ。優輝。」

「ああ。そっちも任せる。」

 そういって、クロノ君たちはアースラへと戻っていった。
 残ったのは、私と優輝君と椿ちゃん、葵ちゃんだ。

「....あ、そうだ優輝君。」

「ん?どうした?」

 目が覚めてからずっと気にしてた事で、優輝君に声を掛ける。

「私の事は、“司”って呼んで。前世の“聖司”じゃなく、今までのさん付けでもなく。...もう、私は“聖奈司”だから。一人称も“私”だしね?」

 助けられた時は気にしてなかったけど、やっぱり事件が終わってからだと気になるしね。

「あー、そういえばずっとそっちで呼んでたか...。重ねて見てたからなぁ...。...ま、()がそういうのなら、そうするよ。」

「うん。」

 別に、“祈巫聖司”を忘れる訳ではない。これはただのケジメだ。
 過去の事を、もう必要以上に引きずらないための、ケジメ。

「んー、なんだかあたしたちじゃ入り込めない感じ...。」

「前世からの親友なんだから、仕方ないわよ。」

 葵ちゃんと椿ちゃんが蚊帳の外になってる...。
 二人が言ってた事が私にも聞こえたので、少し気恥ずかしくなって顔を伏せる。

「...あー、じゃあ、僕は家に戻って適当に何か作ってくるよ。夕食も近いし。」

 “食材残ってたかな?”とか言いつつ、優輝君は一度家に向かっていった。
 必然的に、椿ちゃんと葵ちゃんは残される。...気を遣われたのかもしれない。

「あちゃ、気を遣われたね。これは。」

「う...わ、悪かったわよ...。」

 二人もそれに気づいたのか、なぜか私に謝ってくる。

「べ、別にいいよ...。私も蚊帳の外にしちゃってたし...。」

 優輝君が“優輝君”だと分かって、やっぱり再会の嬉しさがあったんだと思う。
 だから、むしろ蚊帳の外にした私と優輝君の方が悪いんじゃないかな?

「...優ちゃんが必死になって助けようとするのもわかるかな。」

「え....?」

 唐突に葵ちゃんがそういう。

「優ちゃんから司ちゃんの前世の事は大体聞いたんだ。」

「...助けられなかった親友と、優輝は悔やんでいたわ。」

「そっか...。」

 だから“今度こそ”と思って、あそこまで必死に...。

「羨ましいわね。そこまで想ってもらえて。」

「あ、かやちゃんヤキモチ~?」

「ばっ、ち、違うわよ!?」

 すぐに葵ちゃんがからかい出す。...この二人は相変わらずだなぁ...。

「(でも....。)」

 だけど、少し引っかかった事がある。
 ...二人の表情が、どこか後悔していたような...。

「(そういえば、二人の過去って誰も知らないよね?一体、何が...。)」

 きっと、何かがあった。...そんな予感がした。

「ん....?」

「あれ?魔法陣?」

 そこで、すぐ近くで魔法陣が発生する。転移魔法だ。
 ...と、いう事は、転移してくるのは...。

「司!」

「わぷ...リニス...。」

「良かったです。こうして帰ってきてくれて...!」

 さっきクロノ君が帰り際言っていた通り、リニスが来た。
 そして、転移してくるなり抱き着いてきた。

「...?彼はいないのですか?」

「あ、優輝君はちょっと夕食を作りに...。」

 優輝君の事を聞いてきたので、今はいないと伝える。
 ちなみに、私は先程栄養補給のための食事をしたが、お腹はまだ空いている。

「...あの、いつまでこうしてるの...?」

「...もうしばらく、このままでお願いします。司がこうして帰ってきてくれたのが、今は何よりも嬉しいのですから...。」

 優しく抱擁したまま、しばらく時間が流れる。
 椿ちゃんと葵ちゃんも空気を読んでか邪魔はしてこないし、必然的に無言で私は居たたまれない状態が続いた。



「作ってきたぞー。...って、やっぱりリニスさんも来てたか。」

 しばらくして、優輝君が戻ってくる。
 さすがにその時にはリニスも落ち着いて、適当に雑談していた。

「...?手ぶらにしか見えないけど...。」

「ああ、それなら....っと!」

 優輝君が御札を数枚取り出し、それを縁側に置くと、全てが夕食や食器に変わった。

「食べ物だから一回限りだけど、僕の創造魔法と霊術を合わせればこの通りってな。」

「便利だねー。」

「武器や霊力を仕舞う術式を応用したのね。」

 湯気が立ったりしてる事から、おそらく状態を固定していたんだと思う。
 ...やっぱり優輝君は凄いな。

「それじゃあ、司が帰ってきた事を祝って、ささやかながらも...乾杯。」

「カンパーイ!」

「乾杯。」

 飲み物を注ぎ、優輝君がそういって皆で料理を食べる。
 ...って、何気にリニスの分も用意してたんだ。さすが優輝君。

「....それにしても、本当に無茶をしましたね。」

「ん?...ああ、腕の事...。まぁ、こうまでしないとアンラ・マンユは倒せなかったので。」

 リニスが優輝君の腕を見てそういう。
 優輝君の腕は、矢を放った際の代償でボロボロになっており、今は痛覚をある程度遮断する事で使えるようにしているだけらしい。
 実際は、どんな魔法を使っても簡単には治らない程ひどいみたいだけど...。

「神力を無理矢理使ったのだから、仕方がない事よ。司の療養と一緒に、霊力を循環させて治していきなさい。」

「治せるってだけマシって事かな。」

「ええ。本来なら消し飛んでるわ。」

 ...あっさりと椿ちゃんは言ったけど、私は背筋がゾッとした。
 代償とはいえ、もしかしたらあの時点で優輝君の腕は...。

「確率がゼロじゃなければ、その僅かな可能性を引き当てればいいだけだ。」

「え...?」

「...だろう?」

 まるで私の考えを見透かしたように、優輝君はそう言った。
 馬鹿みたいと、一蹴されそうな言葉なのに、何故か説得力を感じた。

「...まぁ、治せるからいいのだけど、できるだけそういう事態にならないようにしてよね。」

「“できるだけ”止まりな時点で、僕の事よくわかってるじゃん。」

「ゆ、優輝がいつもそうだからよ!分かる分からない以前よ!」

     ポンポポン

 ソッポを向く椿ちゃんだけど、少し花が咲く。
 “わかってる”って部分が嬉しかったんだろうなぁ...。
 でも、心配しているのは本当だから、自重しようね優輝君?

「....わかってるよ。」

 私の思いが通じたのか、優輝君は申し訳なさそうに私にそう言った。

「...今、目で通じ合ったよ。」

「通じ合いましたね。」

「そこ、何ひそひそやってるの。」

 葵ちゃんとリニスが何かひそひそ話し合っている。
 僅かに聞こえた内容から、私たちを茶化しそうなので、釘を刺す。



「...まぁ、とりあえずしばらくはここで療養だ。僕から那美さん経由で話を通しておくし、士郎さん達や司の両親にも伝えておくよ。」

「うん。...優輝君はいいの?」

 しばらく雑談した後、優輝君が今後の事を切り出す。

「何が?」

「いや、私に付き合ってたら家にあまりいられないから...。」

「別に。思い入れがないとかそういう訳じゃないけど、親友といる時間も大事だ。それに、また勝手に死にそうになられちゃ、こっちが困る。」

「うっ....。」

 そう言われると弱い...。

「体調自体はほんの数日で元に戻せるだろうけど、問題は身体能力だな...。僕の腕を治していくついでに、色々サポートするから、一緒に頑張るか。」

「うん。」

 霊脈の力のおかげで、私は衰弱する事はない。
 だけど、普通に走ったりする事すら、今は不可能だ。
 食事をしている今でさえ、体をあまり動かせないくらいだし。

「まぁ、僕以外にも椿や葵、リニスさんもいる。...色々頼ってくれ。」

「うん。...改めて、よろしくね。」

 軽く笑って、私と優輝君は握手を交わす。
 親友(聖司と優輝)として、そして新たに親友(司と優輝)を始めるため。













   ―――....大丈夫。...もう、絶望に呑まれたりはしない。













 
 

 
後書き
3章ハッピーエンド!
もうちょっとだけ後日談を挟んで、閑話からのキャラ紹介。そして次章に入ります。
...つまりまだもうちょっとだけ3章は続きます。 

 

第94話「目覚める“想い”」

 
前書き
詳しく描写はされていませんが、今の優輝は武器を持った戦闘や、魔法を使う事はできない程に手とリンカーコアの状態がやばいです。無理しすぎたんや...。
ただし、神降しをするとその時だけは手だけは回復します。代償による怪我なので、代償がいらない状態となれば一時的に治す事ができる的な設定です。

前回から少し時間が飛んで始まります。
優輝と司の同棲生活?ナニソレオイシイノ?
...正直、書くほどではないのでご想像にお任せします。
 

 






       =司side=





「.....ふぅ...。」

「お疲れ、司。」

 事情聴取が終わり、一息ついている所にアリシアちゃんがやってくる。

「まだ体力は戻り切ってない?」

「まだ...かな?普通に暮らす分には戻ったんだけどね。」

 優輝君達としばらく神社で暮らし、私の体力はだいぶ戻った。
 日常生活ぐらいなら支障はないけど、戦闘とかはまだまだだ。

「それにしても、さすがだね。ほぼ容疑者な私なのに、事情聴取だけに済ませるなんて。」

「私も手伝ったからね。嘘はないけど、真実も一部は隠れてるって感じ?」

 あの後、学校に行かなくてはならない人は全員家に帰り、残った人達で事件についての報告書などを纏めていたらしい。
 アリシアちゃんも学校終わりとかに手伝ってたみたいだけど。

「...なんだか、騙しているみたいだね。」

「アンラ・マンユは“負の感情”がエネルギーとなっているんだから、そのまま伝えていざこざが起きるよりはマシだよ。」

 いざこざが起き、“負の感情”がそこらかしこで発生してアンラ・マンユの復活が早まってしまってもいけないから、確かにそうなんだけど...。

「そういえば、優輝って学校はどうしてたの?」

「普通に行ってたけど...あれ?直接聞いてないの?」

 中学校に行くようになったとはいえ、聞く機会はあったはず...。

「...勉強について行くのに精一杯で...。」

「あー....。」

 私たち(転生者)と違って、勉強しないといけないんだったね...。
 この分だと、なのはちゃん達も四苦八苦してそうだ。

「まぁ、優輝君がいない間は椿ちゃんとか、リニスもいるからね。」

「そっか、それなら普通に行けたね。」

「家と神社を行き来してるからなんか申し訳なかったよ...。」

 ちなみに、私の事に関してはしばらく海外に留学という事にしたらしい。
 両親にも口裏を合わせてもらい、士郎さんのコネで何とかしたみたい。

「でもくーちゃんと仲良くなったんでしょ?いいなー...。」

「そんなに羨む事かな...?確かに久遠ちゃんは人見知りだけど...。」

 那美さんに懐いている久遠ちゃんとも、神社で暮らしている間に仲良くなった。
 前と今回(私は知らないけど)は事件に巻き込む形だったから、普通に交流するのは初めてだったけど、すぐに仲良くなれた。

「そういえば、八束神社に住んでいたけど、水道とかは大丈夫だったの?」

「えっと...一応、水と電気は通ってるし、大抵の事は優輝君達が何とかしてくれたよ。台所もあったし、布団とかは家から持ってくればよかったし。...あ、椿ちゃんたちが持ってきた山菜は美味しかったなぁ...。」

「へぇー...。」

 ずっと森や山で暮らしてきたからか、椿ちゃん達は山菜を見分けるのが上手い。
 だから、スーパーとかで買えるものよりも美味しかった。
 優輝君の手料理だから美味しかったし。

「....なんというか、夫婦みたいだね。」

「ふう....っ!?な、にゃに言ってるのかなアリシアちゃん!?」

 突然の言葉に、思わず噛んでしまう。

「....まさかそこまで狼狽えるとは思わなかったなぁ...。」

「っ....!」

 私の狼狽えぶりにむしろ驚かれた事に、さらに顔が熱くなる。

「だって優輝に家から通ってもらったり、あったかは知らないけど一緒に神社で寝泊まりしたんでしょ?それに料理とかも作ってもらってただろうし、それなんて通い妻?って感じだよ。優輝は男だけどさ。」

「っ..た、確かに...そうだけど....。」

 でもそれは私が無茶をしないようにするためだったし...。
 そもそも、優輝君とは親友なだけで特になにも...。

「つ、椿ちゃんや葵ちゃん、それにリニスもいたからそんな“夫婦”って感じじゃ...。」

「そして何よりも、優輝の事を話している司が凄く楽しそう。それはもう惚気話なのかってぐらいに幸せなオーラを出してるよ。」

「ふえっ!?」

 そそそそんな事は...ない...は..ず.....あれ?
 我ながら...結構楽しかったような...。

「あ、ありえないありえない!ゆ、優輝君とは親友なだけで、それ以上でもそれ以下でも...!」

「それ自覚しきれてない典型だよ...。もう、これは確定だね...。」

「あうぅ....!」

 アリシアちゃんに凄く生暖かい目で見られ、私は両手で顔を隠す。
 べ、別に優輝君の事は親友としか思ってないのにぃ....!

「で、でも私は前世は男なんだから、優輝君とそんな...そんなこ..ぃだなんて!」

 “恋”の部分がほとんど声に出ていなかったけど、今はそんな事は気にしない。

「前世...?...あ、そういえば優輝はあの時司の事を“聖司”って呼んでたっけ?そういう事かぁ...。なるほどねぇ...。」

「な、なに....?」

 ニヤニヤと、“新しいおもちゃを見つけた”と言わんばかりの目をするアリシアちゃん。

「実はねぇ...司が目を覚ましてない間、優輝にキスされたんだよ?」

「な...ぇ、っ...ぁ....!?」

 声を失う程、顔が熱くなって驚く。
 キス!?優輝君が、私に!?なんで!?

「あっははは!さすがに分かりやすすぎるよ司!」

「ぇぅ.....。」

 何か言い返そうとするけど、あまりの恥ずかしさに声が出ない。

「実際はただの人工呼吸なんだけどね。」

「ぇ...ぁ...っ...!...あ、アリシアちゃん!!」

 からかわれたと理解して、少し怒る。

「ごめんごめん。...でも、その感じだと本当に優輝の事が好きになっちゃったみたいだねー?」

「あ....ぅ.....。」

 ...もう、言い訳はできない。自分でもそう思えた。

 ...うん。私は...優輝君の事が“好き”...なんだろう。
 “聖司”としては確かに親友だけど、“司”である今はもう異性として見ているのだろう。

「前世が男とか関係ない。今の司はどう考えても女の子だよ!」

「で、でも、でも...!」

 それでも、私は超えてはならない一線のような気がして、必死に否定しようとする。

「...だって、優輝君にとっても私は親友な訳で、いきなり私が優輝君の事を好きとかそんなの言っちゃったら、さすがにドン引きされるよ...!」

「そうかなー?優輝も司が女の子なのはわかってると思うけど...。」

「そう言う問題じゃないよ!嫌われたらどうするの!?」

 そうなったら、私、今度こそ耐えられないよ...。

「....“嫌われたら”って考えるだけ、優輝の事意識してるじゃん。」

「あぐぅ....。」

 どんどん顔が熱くなる。正直、無理矢理にでもこの話を終わらしたい。

「うー...うー.....。」

「じゃあ素直になれない司に一つ...。」

「....なに...?」

 凄くニコニコしながら私にそう言ってくるアリシアちゃん。
 ...あの時、終始ニコニコしてたのは私と優輝君の関係を見てだったんだね...。

「まぁ、まずは優輝に助けられた時の事思い出して?」

「優輝君に...助けられた時?」

 それは...アンラ・マンユに囚われていた時だろうか?
 刀が飛んできて、そこへ光り輝く剣を持った優輝君が来て...。
 “闇”が祓われて、私は助け出された...。

「その時の優輝、どう思ったかな?」

「どうって...えっと...。」

 私を絶対に助けようと決めた瞳。ボロボロになってでも私の下へ来てくれた優輝君...。
 自分の殻に閉じこもっていた私を、また“親友”と言って受け入れてくれたのは...。

「.....カッコ...よかったなぁ.....。」

 今思い返してみれば、あそこまでする男性ってホントカッコいいと....。

「...ハッ...!?」

「........。(ニヤニヤ)」

 嵌められた...!っていうか私単純すぎ....!

「ああもう!この話はもう終わり!終わりだよ!」

 もう耐えられない。そう思って私はこの場から逃げ出すように立ち去った。

「あはは!ちょっとからかいすぎちゃったかな?」

「っ~~!」

 後ろから聞こえるアリシアちゃんの言葉に、ますます顔が熱くなる。

「....うぅ...帰ったら学校に復帰するのに、これじゃあ優輝君に顔を合わせられないよ...!」

 なかなか冷める事のない熱を感じながら、好きになってしまった優輝君の事を想った。













       =優輝side=







「今日から聖奈さんが復帰するって本当か!?」

「本当だよ。彼女の両親から聞いた。」

 早朝の学校にて、既に来ていた友人とそんな会話をする。
 今日は司が学校に復帰する日だ。
 ちなみに、友人には両親からと言っているが、実際は司本人から聞いた。

「(...呼び捨てにしてる事、バレたら色々言われるだろうな...。まぁ、何とかするか。)」

 そう、実は司を呼び捨てにするようになったのは学校の皆にはバレていない。
 言ったら絶対に面倒な事になるからだ。
 まぁ、どの道司が来たら呼び捨てにしてるのはバレるんだがな。

「...っと、来たみたいだぞ?」

「マジか!?よし、行ってくる!」

 窓から校庭を眺めていると、司の姿が目に入り、友人に伝える。
 ちなみに、記憶改竄について誤魔化すための留学云々の話だが、本当に士郎さん達が上手く根回ししてくれたおかげで、上手く行った。
 何人かは疑問に思ったりしただろうが、時間が経てば気にしないだろう。

「.....ん?」

 司の復帰を待ちわびていた生徒たちが司に群がり、僕はそれを眺める。
 すると、司が僕と目が合ったんだが...なぜか逸らされた。

「(...なんだ?)」

 なんというか、顔を合わせられないかのように逸らされたが...。

「...まぁ、同じクラスだし後で聞いてみるか。」

 というか、あいつら群がりすぎだろ...。司が困ってるじゃん。



「と、登校するだけで疲れるなんて...。」

 SHR五分前くらいに、ようやく司が教室に入ってくる。
 ...十分ほど前に校庭に来てたから、それだけ群がられてたんだな...。

「えっと...おはよう。」

 教室に残ってた人に向けて、司は息を整えてから挨拶を交わす。
 そして、そのまま僕の方へも来るんだけど...。

「.....。」

「......?」

 なぜか、若干俯いた状態で沈黙している。
 何かを言おうとして、またそれが引っ込んで...というような素振りを見せる。
 そして、ようやく口を開いたが...。

「ゆ、ゆゆ、優輝君、お、おは、おは..ょ...ぅ....。」

「....えっと....?」

 さすがに、後半部分がほとんと聞こえなかった。
 多分、僕にも朝の挨拶を交わそうとしたんだろうけど...。

「あー、おはよう、司。」

「っ~~~!おおお、おはよう優輝君!」

 なぜ、ここまで司は緊張してるんだ...?

「どうかしたのか?」

「えっ!?い、いや!?何でもないよ!?」

「いやいやいや、どう見ても何かあっただろう...。」

 事情聴取に行く前と比べて明らかに様子が違う。
 熱でもあるんじゃないかっていうぐらいに顔が赤いし。

「...ぅぅ....。」

「...?」

「っ....!」

「あ、ちょっ、司!?」

 居たたまれなくなったのか、司はもうすぐチャイムが鳴るのに廊下へと走り出す。

「ぅぅ...!アリシアちゃんのせいで....!」

「(....ん?)」

 走っていく際に、微かにアリシアの名前が聞こえた。
 ....もしかして、アリシアの奴...何か余計な事吹き込んだな?

「優輝ぃ!!い、今のどういう事だ!?」

「ちょっ、いきなりなんだ!?」

 司がどうしてああなったのか考えるのもお構いなしに、友人の一人が詰め寄ってくる。
 ...いや、彼だけじゃない。教室の男子ほぼ全員が詰め寄ってきている。

「せ、聖奈さんを名前で呼び捨てだと!?」

「ついさっきまでさん付けだっただろ!」

「名前で呼んでる時点でギルティ。」

「それになんだあの反応!?」

「どういう事か説明しろ!」

「というか羨ましいんじゃこの野郎!」

 皆が皆、口々に僕に言う。...いや、あのさ、僕は聖徳太子じゃないんだから...。
 マルチタスクを使わない限り一遍に喋られても聞き取れないっての。

「名前呼び捨てになったのはそれぐらい仲良くなっただけだ。さっきまでさん付けだったのは、どうせお前ら騒ぐだろ?だからできるだけ後回しにしたんだよ。」

「ぐぬぬ...!当たっているだけに腹立たしい...!」

「羨ましい。というかずるい。なんでお前だけ仲良くなれるんだ。」

 ずるいとか言われてもな...。
 いや、確かに前世からの付き合いがある分、ずるいのか...?

「ずるいも何も、お前らが遠慮しすぎなんだってば。なんで高嶺の花のように会話する事すらほとんどないんだよ。」

「ぐぅ...!」

「ちくしょう...言い返せねぇ...。」

 僕の言葉に詰め寄っていた奴の半分以上が撃沈する。
 いや、もうそれくらい言い返せるようになれよ。
 ...というか、お前らのその気迫に他の女子はドン引きしてるぞ?

「だが、それでも!聖奈さんがなぜお前に対してあんな反応をする!」

「あ、それは気になる!」

「志導君に対する司ちゃんのあの反応...私たちも気になるな!」

 しかし、司のあの反応に関しては、男子どころか女子も食いつく。

「...いや、僕にも何が原因か分からないんだけど。」

「私が思うに、あれは恋する乙女だよ!」

「ええっ!?じゃあ司ちゃんは志導君の事を...!」

 女子が勝手に立てた予想を、目を見開いて驚きながら聞く男子。
 ...あ、やばい。これは...。

「優輝ぃ!!どういう...!」

     キーンコーンカーンコーン

「ほ、ほら!SHRだ!座れ!なっ?」

 さらにひと騒ぎ起きそうな所で、チャイムに救われる。

「(危なかった...。)」

 休み時間は、どうやってやり過ごすか...。
 ちなみに、司はギリギリで何とか戻ってきた。





「ひ、昼休みか...。」

 時刻は昼になり、四時間目の授業が終わる。
 ...授業が安息の時間だったんだが...。

「(何とかあいつらの質問攻めに耐えたぞ...。)」

 とりあえず、休み時間は誤魔化しに誤魔化した。
 第一に誤解をされないように女子が言った事に対して弁解し、司のあの反応に関しては本当に僕は知らないという事で何とか納得させる事ができた。
 なお、その時の司は、僕と同じ教室にいるのが恥ずかしいのか、廊下に出ていた。

「(...また騒がれるけど、これは奏達との約束だし、仕方ないか。)」

 そして、ようやくゆっくりできるはずの昼休みだが...これがそうもいかなくなる。
 何せ、司が学校に復帰した時のためのアリサ、すずか、奏との約束があるのだ。

「司。」

「ひゃっ!?な、何かな優輝君!?」

 弁当を持ち、司に話しかける。
 やはり緊張した面持ちで返事が来るが、今はとりあえず無視だ。

「ちょっと弁当を持って来てくれ。」

「え、えっ?」

 弁当を持った司の手を引き、連れて行く。
 後ろで女子がキャーキャー黄色い声を上げているけど...まぁ、腹を括るか。
 ...また、男子たちに質問攻めにされるんだろうなぁ...。











       =out side=







「....よし。誰もついて来てないな。」

「(あわわ...ゆ、優輝君の手が....!)」

 優輝が後ろを振り返り、誰もついてきていない事を確認する。

「ゆ、優輝君、なんで校舎裏なんかに...。」

 そしてそのまま、屋上が人気な故、人気の少ない校舎裏に辿り着く。

「ま、まさか優輝君、こんな所で...。」

 司は、アリシアに言われた事で必要以上に優輝を意識してしまい、見当違いな事を口走る。

「ん?何の事だ?...っと、いたいた。」

 ぶつぶつ呟いている司を一端置いて、優輝は既に来ていた奏達に手を振る。
 それに返すように、来ていた三人...アリサ、すずか、奏も手を振り返した。

「そっちの方が早く着いてたのか。」

「今日は追いかけられなかったから...。」

「なるほど。」

 いつもなら大体王牙辺りに寄り付かれるが、今日はそれがなかったらしい。

「え、え?....どうして、三人が?」

「どうせなら皆で食べたいだろ?でも、だからと言って屋上にすれば、逆に人が集まりすぎる。司は人気がある上に久しぶりの登校だからな。それと、アリサとすずかが事件についての事を聞きたいから、こうして集まったって訳。」

「あ、そ、そうなんだ...。」

 想像していた展開と違う事に、やや落胆する司。
 そして、直後になんでそんな事を考えているのかと顔を赤くする。

「まぁ、昼休み中に全部話せる訳ではないから、後日の翠屋でのパーティーとかに持ち越しになるだろうけどな。」

「パーティー?」

「司が無事に帰ってきてくれた事を祝って...な。」

 事情を知らない人にとっては、ただ留学していたに過ぎないが、そうじゃない人にとって司は半年間行方不明だったのだ。
 その状態から無事に帰ってきた事に対して、事件の完結も合わせて祝う事になった。

「奏からはどれぐらい話したんだ?」

「大体の事件の流れぐらい...かしら?客観的な部分しか伝えてないけど...。」

「司さんが皆の記憶から消えて、最近になってからジュエルシードを集めて助けに行った...という事は説明されたよ。」

「司さんがどんな状況だったかとか、既に要所は教えてもらったわ。」

 どれぐらい教えてもらったかをアリサ達は優輝に伝える。

「じゃあ、どんな感じだったとか、そういう細かい所は教えてもらってないのか。」

「そう言う事になる...かな。」

 それぞれがどんな印象だったのか、それは教えてもらってないとすずかは言う。

「奏、前世については教えたのか?」

「...いえ、まだだけど...。」

「んー、司の事を知っていて、この事件を知るとなると、それについても教えるべきかな。」

「前世...?」

 “さすがに導王の事は話しはないけど。”と、念話で奏だけに言う。
 前々世がある事は話しても、それ以上は今は話す必要はないからな。

「司、話してもいいか?」

「え?あ...うん。大丈夫だよ。アリサちゃんとすずかちゃんなら。」

「よし。...じゃあ、突拍子もない話だけど、一通り黙って聞いてくれ。」

 司に話してもいいか聞いてから、優輝は前世の事を話し始めた。





「―――それで、事件の途中で僕らは本当の意味で“再会”したって訳さ。」

 一通り優輝は説明し、最後に互いが前世での知り合いだと気づき、再会したと締め括る。

「...なんというか、本当に突拍子もない事ね...。」

「“輪廻転生”とは、また違う転生...そんなのがあるんだ...。」

 アリサとすずかは、前世の記憶があり、奏も司も優輝と知り合いだった事に驚く。

「あ、あれ?私が男だった事にはあまり驚いてない...?」

「え、だって...今はそんなの全然感じないし...。」

「完全に司さんは女の子になってるから...“そうだったんだ”程度にしか...。」

 だが、それ以外についてはあまり驚く事はなく、司は少し拍子抜けする。

「...それで、なんで司さんはそんな緊張してるの?」

「一気に話を違う方向に持っていったな奏...。まぁ、確かに。なんでだ?」

「ふえっ!?え、えっと、それはぁ....。」

 司は言えない。
 緊張していた理由が、優輝と手を繋いだ事や傍にいる事だからなどと。
 だが、その様子を見て優輝以外の三人は察してしまう。

「あー...。」

「司さんが...そっかぁ...。」

「..........。」

「あ、ぅ....ぅぅ...。」

 アリサは苦笑いし、すずかは司にも好きな人ができたのだとしみじみ思い、奏はそんな司をあまり面白くない目で見つめる。
 三者三様の視線に、司は顔を赤くして何も言えなくなる。

「え、もしかして三人は原因が分かったのか?」

「...むしろ優輝さんは知らないでいてください。」

「なんで!?」

 顔を赤くしている司にジト目を向けながら、奏は優輝にそういう。

「(...今の司さんを見てると、なぜかイライラする...。なんで...?)」

 悶々と、奏も自身に燻る気持ちに思い悩む。

「司、もしかしてアリシアに何か言われたか?」

「えっ!?どうしてそこでアリシアちゃんが...。」

「今朝廊下に走っていく時、呟いてたのが聞こえてな。」

 奏達には教えてもらえそうにないと、優輝は司に直接尋ねてみる。
 尤も、素直に教えるはずがないと、優輝もわかってはいた。

「そ、そうなんだ...。」

「で、何か言われたのか?少なくとも、何かきっかけがあったのだろうけど。」

「...うん。ちょっと、事情聴取の後に....ね。」

「やっぱりか...。アリシアの奴、多分面白半分で言ってただろ...。」

 明るく元気のあるアリシアの事だからと、優輝はそう言って溜め息を吐く。

「で、でもでも、別にそんな特別な事は何も...。」

「そんな様子を見て“はいそうですか”と引き下がると思うか?」

「うっ...思いません....。」

 “しゅん...”と小さくなる司。
 それを見て、ますます何を言われて意識してしまっているんだと優輝は思った。

「...なんか、三人共“深入りするな”って目で訴えかけてるから、詳しくは聞かないさ。」

「え?あ、うん。ごめんね、なんか気を遣わせちゃって...。」

「いいよ。ただ、意識しすぎないように。自然体でいられるようにな?」

「...時間はかかるかもだけど、頑張る。」

 男女比1:4というアウェー感から、優輝は深くは聞かずに引き下がる。

「まぁ、後日に翠屋でパーティーがあるんだ。あまり深く考えずに、こうして日常が戻ってきた事を喜んで楽しもう。」

「....うん!」

 何気に居心地が悪くなってきた空気を払拭し、普通の昼食の雰囲気に戻す。
 これ以上はあまり話題にしないようにと、他の皆も理解したようだ。



 この後は、特に何事もなく、楽しく雑談しながら昼休みを過ごしたようだ。













 
 

 
後書き
...誰だこの子。すっごいデレてる。

とまぁ、司の完全ヒロイン化です。マジで誰だっていうくらい意識しちゃってます。
心のしがらみが取れて余裕ができたので、そこにアリシアの言葉(からかい半分)によって優輝への想いが爆発。恋へと変貌を遂げました。サブタイもそれを意識してます。
おまけに、奏も段々と優輝を意識しています。...三角関係?
アリサとすずかも親愛や尊敬みたいな想いを抱いているので...やっとタグのハーレムっぽくなってきた...。

緋雪「..........。」(羨ましそうに本編の司達を眺めている) 

 

第95話「再会し、繋がった絆」

 
前書き
もうこの章で完結って程綺麗に終わりそうになっていますが、まだまだ続きます。
まぁ、3章はこれで最終回ですけどね。
 

 








       =司side=





「家で待っていてって言われたけど...。」

 私が学校に復帰してから初めての土曜日。
 パーティーの準備が終われば呼びに来ると言われて、私は家で待機している。

「...うーん...もう三日なのにまだ慣れない...。」

 頭に優輝君を思い浮かべるだけで、少し顔が熱くなる。
 ...ホント、アリシアちゃんの言った事意識しすぎだなぁ...。

「未だに面と向かって会話できないし...。」

 神社で一緒に暮らしてた時は普通に会話してたのになぁ...。
 一緒に暮らしてた時....一緒に....。

「一緒.....一緒....。」

 ...ダメ。神社の事考えるだけでも顔がどんどん熱くなっちゃう...。

「....ふぅ....。」

 今、家には誰にもいないため、一人で必死に顔を冷ます。
 誰かがいれば、気を紛らしやすいんだけど...。
 シュラインはいつも通り私の傍にいるけど、リニスや両親は皆翠屋に行っている。

「...暇だなぁ...。」

 さすがに一人で待っているのは退屈だ。
 暇潰しになるものってあまり家に置いてないし。

「...........。」

〈...マスター、少しそわそわしすぎです。〉

「ふえっ!?え、あ、そう!?」

 気づかぬ内に、翠屋に行くのが待ち遠しくなってそわそわしていたようだ。

     ピンポーン

「あ、来たのかな?」

 そこでインターホンが鳴り、私はすぐさま玄関に向かった。
 ...分かりやすい程に待ち遠しかったんだなぁ...。

「よっ、司。迎えに来たぞ。」

「ゆ、優輝君!?」

 玄関を開けると、そこには優輝君がいた。
 まさか優輝君が来るとは...可能性としては思っていたけども、つい驚いてしまう。

「リニスさんとどっちが迎えに行くか決め悩んでいたけど、親友だからって僕になったんだ。皆も待っているし、行こうか。」

「あ、う、うん。」

 軽く迎えに来たのが優輝君だった理由を説明され、私は優輝君に手を引かれて家を出る。
 ...うぅ、やっぱり、手を握られるだけで緊張するなぁ...。







「貸し切り...休日にこれって、なんか罪悪感が...。」

「日曜よりはマシだと思うが...まぁ、そうだな。」

 翠屋に着き、掛けられている札を見てついそう呟く。
 翠屋は人気店だから、なおさらだ。

「まぁ、今回は特別だ。気にしないでおこう。」

「...そうだね。」

 こういう事までいちいち気にしてたら疲れるだけだもんね。
 そう考え、私たちは翠屋へと入った。

「わぁ.....!」

「結構な人数だからな。その分、豪勢になったんだ。」

 テーブルには数々の料理があり、皆はもう既に集まって雑談していた。
 なのはちゃん達だけでなく、那美さんや久遠ちゃん、アースラの皆もいる。

「主役のご到着ですね。」

「リニス...。」

「まぁ、パーティーの形式に沿うのも面倒でしょう。なので、一言何かを言って、すぐにパーティーを始めましょう。」

「...うん。」

 パーティーの主役としての作法なんて知らないので、リニスのその言葉はありがたかった。
 私が来た事で皆の注目が集まる中、聞こえる程度の声量で、私は口を開いた。

「えっと...今日は私のために集まってくれてありがとう。ちょっと...いや、凄く皆に迷惑を掛けてしまったのに、こうしてまた暖かく迎えてくれたのは本当に嬉しいです。」

 気の利いた言葉が一切浮かんでこない。
 ...うぅ、こういう人前で喋るのはやっぱり緊張するなぁ...。

「...あー...えっと...。」

「...それでは堅苦しいのはなしにして、乾杯しましょう。」

「あ、か、乾杯!...と、いう事で...!」

 リニスが助け船を出してくれたけど、それでも締まりの悪い終わり方になっちゃった...。

「随分と緊張しちゃってたわね。」

「まぁ、慣れていないとああいうのはな...。俺も結婚式の時は緊張したもんだ。」

「あ、あはは...。」

 お母さんとお父さんが、私にそう話しかけてくる。

「...えっと、お父さん、お母さん...。」

「ん?どうしたんだ?」

「何か言いたい事があるのかしら?」

 両親は、魔法について闇の書事件が終わった時に伝えられた。
 だから、今回の事件の事情も知っている。
 その事で、色々と言いたい事はあったけど...。

「...どんな事情があったにせよ、司は俺達の娘だ。」

「一度忘れたのは親として悔しいけど、こうして戻ってきてくれただけで嬉しいわ。」

「.........!」

 顔に出ていたのか、私が考えていた事に答えるようにそう言われる。

「前世の経験がある分、独り立ちが早くなるだろうというのが、少し寂しいがな。」

「貴女の居場所はちゃんとあるんだから、帰ってくる時は帰ってくるのよ。」

「....うん...!」

 私が魔法関連とかにかまけている時も、両親は見守るのに留まるだけだった。
 それは、それほどまでに()を信頼していたという事。
 私にとって、その事実はとても嬉しかった。

「ほら、お友達の所へ行ってきなさい。」

「え、でも...。」

「娘を楽しませないでどうするんだ。ほら、とっととボーイフレンドの所へ行ってこい。」

 そういってお父さんは私の背中を押す。

「...って、ぼ、ボーイフレ...!?ゆ、優輝君とは別にそういう関係じゃ...!」

「ん?男友達じゃないのか?」

「っ、ぁ....!」

 態とだ...!お父さん、絶対今態と言った...!
 敢えて“ボーイフレンド”を直訳した意味で言ってる...!

「もうっ!」

「ま、友達は大事になー。」

 これ以上弄られたら嫌なため、さっさと私はお父さんから離れる。
 アリシアちゃんのせいで意識してる時に...まったく...。

「あ、司、こっちこっち!」

「あ.....。」

 まるで狙ったかのように、アリシアちゃんが手招きしてくる。
 傍には優輝君や奏ちゃん、アリサちゃん、すずかちゃんがいる。

「.....!」

「えっ?どうしたの?」

 アリシアちゃんを視界に入れた瞬間、言いようのない感情が湧き上がってくる。
 ...そう。私はアリシアちゃんに色々と物申したい。

「ア、リ、シ、ア、ちゃん...!」

「え、ちょ、なんで肩掴んで...って痛い!ちょっと痛い!?」

 肩を掴んで逃がさないようにする。
 少し掴む力が強すぎるかもしれないけど、今はそんなの関係ない。

「アリシアちゃんのせいだよ!?アリシアちゃんがあの時色々からかってくれたおかげで、私必要以上に意識しちゃってるんだよ!?ここの所!」

「えっ?えっと....。」

 私の少々理不尽さがある怒りの言葉に、アリシアちゃんは目を泳がせる。
 その視線が、優輝君へと止まるが...。

「...で、何余計な事吹き込んだんだ?」

「あれ!?逃げられない!?」

 優輝君もどうやら気になっていたようで、さらに逃げれないようになる。

「まぁ、何を言ったとか、内容は聞かないでおいてやる。だが、司の様子からしてお前が原因なのは明らかだからな...。」

「ちょっと...“お話”しようか...?」

 別に説教とかそういうのではない。ただ“お話”するだけだ。

「あわわわ....アリサ、すずか...!」

「...諦めなさい。」

「これを助けるのは...ちょっと...。」

「薄情者ー!」

「妥当だと思うけどな。」

 ふふふ...覚悟してねアリシアちゃん?









       =out side=





「燃え...尽きた......ガクッ...。」

「...ふぅ、少し気が楽になったかも。」

 パーティーによる喧騒の中、その一角でアリシアは燃え尽きていた。
 司による、説教のような淡々とした会話によって精神が削られたのだ。
 対して、司は色々愚痴のように言えた事で、意識しすぎていた事に対して、少し気楽になれるようになった。

「...ストレスでも溜まってたのかしら?」

「色々意識しすぎてたみたいだからね...。」

 奏の呟きに対し、すずかが苦笑いしながら答える。

「奏...明らかに辛そうなんだけど、美味いのか?」

「美味しいわ。....食べる?」

「...じゃあ、一口だけ...。」

 とりあえずアリシアは置いておくと言った感じに、優輝は干渉せずに奏が食べている麻婆豆腐に興味を示し、一口貰う。

「っ...!?辛っ!?」

「あ、優輝君、その麻婆豆腐は...!」

 司がそれに気づき何か言おうとするが、後の祭り。
 その異常な辛さに優輝は悶える。

「よ、よくこんな辛いの食えるな...。」

「前世ではこういう刺激物は食べれなかったから...。」

 食べれなかった物だからこそ、好みになった訳である。
 ますます特典の元ネタと似ている奏だった。

「さすが士郎さんと桃子さん...。こんなに辛いのにちゃんと美味い...。」

「.....あ。」

 辛さに悶えながらも麻婆豆腐の美味しさを噛みしめる優輝。
 それを見ながら、奏は残りを食べようとして、ある事に気づく。

「...間接キス...。」

「っ....!?」

「落ち着いて司さん。」

 奏が使っていたレンゲを、優輝も使ったため、必然的に間接キスとなる。
 そんな奏の呟きを聞き、司は思わず立ち上がってしまい、アリサに窘められる。

「.........。」

「あっ....。」

「やっぱり意識しすぎだよね、司さん...。」

 少し照れながらも、食事を再開する奏に、司は残念そうな声をあげる。
 それを見てますますすずかは苦笑いした。

「あははっ、優ちゃーん、楽しんでるー?」

「葵!?...って、酒の匂い!?もしかして酔ってる!?」

 後ろから葵が抱き着くようにやってくる。
 そして、香ってくる酒の匂いに気づいた優輝は、大人組の所にある酒を見つける。

「ちょっと、何やってるのよ葵!優輝が困ってるでしょ!」

「あはは、あははは!」

「なんでこんなに酔ってるんだよ...。」

 椿がすぐに駆け付け、葵を引き剥がす。

「...ユニゾンデバイスになったから、体質が少し変わったのだと思うわ。」

「あー...そういえば、今まで葵は酒を飲んでなかったな...。」

 詰まる所、“酒に慣れていない”状態なため、葵は酔ってしまったのである。
 ちなみに、見た目と年齢は全然違うため、未成年飲酒にはならない。

「...ところで、椿と葵はさっきまでどこにいたんだ?」

「那美と久遠の所よ。事件の時や、神社滞在で世話になったからね。」

「なるほど。」

 その時に酒を飲んだのだろうと、優輝は結論付けた。

「あははー。」

「...とりあえず、酔い覚ましの一発。」

「はぷっ!?」

 優輝が霊力を込めて葵を一発はたく。
 その際に、霊力を体内のアルコールを中和するように循環させる。

「...相変わらず器用ね。」

「使える力が少ない分、精密さを磨くからな。」

「う、うーん...。」

 はたかれた葵は、少しアルコールが残っているものの、酔いが覚めたようだ。

「手慣れてるなぁ...。」

「...優輝さんは色々と器用だから。」

「何か才能があるっていうより...極めるのが上手いんだよね。優輝君は。」

 手慣れた様子な優輝を見て、司と奏はそう呟く。
 前世から優輝を知っている分、改めて優輝の凄さに感心していた。

「あー、酔ってハイテンションになってたよー...。」

「ほら、水でも飲んでスッキリさせろ。」

「ありがとー...。」

 水を飲んで葵も復帰する。
 さすがに序盤で酔いつぶれたらせっかくのパーティーの意味がない。

「...各々で楽しんでる感じね。」

「まぁ、無理に一緒になっても意味がないしな。楽しんだ者勝ちだ。」

 椿が周りを見渡しながらそう呟き、優輝が頷く。
 集まった皆はいくつかのグループに分かれ、それぞれで楽しんでいた。

「...ところで、どうしてアリシアは燃え尽きているのかしら?」

「まぁ...自業自得...かな。司に余計な事を吹き込んだみたいだし。」

「ならいいわ。そっとしておくわ。」

「少しは構って!?」

 あんまりな扱いに、思わずアリシアは起き上がって突っ込む。

「ほら、元気になった。」

「嵌められた!?」

「じゃあ、続きと行こうか?」

「まだあったの!?」

 司も気分が乗ってきたのか、悪ノリを始める。

「っと、そうだ司。少し聞いておきたい事が。」

「え?何かな?」

 ふと思い出したように、優輝は司に声を掛ける。
 司も少しは慣れたのか、必要以上に緊張する事もなくなっていた。

「結局処遇についてはどうなったんだ?クロノ達が頑張ったとは言え、お咎めなしにはならなさそうだけど...。」

「あー...やっぱり気づいちゃうのかぁ...。」

「さすが優輝君...。」

 司本人と、事情を知っているアリシアは感心したように言う。
 つまり、優輝の言った通りなんのお咎めなしという訳ではないという事だ。

「でも、犯罪者扱いにはなっていないよ。ただ、少しの期間は管理局に無償奉仕だって。」

「少しの間か...。...軽いな。」

「もっと重いと私も思ってたよ...。」

 本来なら犯人扱いな所を被害者に変えたとはいえ、司がジュエルシード...つまりロストロギアを無断使用した事には変わりはない。
 それがいくら緊急時且つ必要であっても、罰はあるのだ。
 尤も、それがあまりにも軽いと優輝達は思った。

「ジュエルシードは?」

「以前と同様、本部で管理だよ。ただし、より厳重にね。」

「なんか、勿体ないな。せっかく天巫女としての力が使えるのに。」

 元より、ジュエルシードは天巫女一族の所有物である。
 事件に大きく関わっていたとはいえ、使えないのはもったいない。

「シュライン曰く、私が呼び出そうとすれば呼び出せるみたいだよ?あの時力を使い果たしたけど、今はもうそれなりに回復してるらしいし。」

「管理局涙目だねー。せっかく封印魔法掛けたのに、それを無視されるんだもん。」

「それでいいのか管理局...。」

 ジュエルシードの事は仕方ないとしても、そう思わざるを得ない優輝だった。

「あたし復活!」

「まだ気分が高揚してるわね。久しぶりの宴だからかしら?」

「な、流れるように頭に矢を刺した...。」

 そのすぐ傍で、テンション高めに復活した葵に矢をツッコミ代わりに直接刺す椿と、それを見て少々引くアリサとすずかがいた。
 ちなみに、奏も表情に出していないが驚いてはいた。

「ほら、こんな話は終わって、楽しもうよ!」

「そうだね。」

「ああ。」

 そんな様子を見て、優輝達もパーティーへと意識を戻す。

「前に見た時も思ったんだが、葵はそれされて大丈夫なのか?」

「んー?慣れてるから大丈夫だよ。」

「慣れる程経験があるのか...。」

 見れば、刺している椿もそれが当然だと言わんばかりに葵を放置していた。
 その様子から余程慣れているのだと、その場の全員が思った。

「...こっちもこっちで楽しんでますね。」

「あ、リニス。」

「私もこっちに同席するようにと、プレシアとリンディ提督に言われたので。」

 そこへ、リニスも同席するようになる。

「ところでどうして葵さんは頭に矢を?」

「いつもの事だよー。」

「...そういえば神社でも何度かありましたね。」

 神社でも似たようなやり取りをしていたため、リニスも何度か見た事があったようだ。

「それはそうと優輝さん、シャルラッハロートは大丈夫ですか?」

「あー...その事か...。」

 シャルラッハロートは、アンラ・マンユとの戦いで神の力の代償として優輝の腕と共に、ボロボロになってしまった。
 コアは無事だが、“代償”のため、自己修復では中々直らなくなっている。

「僕の腕と共に少しずつ直っているみたいだ。僕自身も直しに掛かっているけど、やっぱり何らかの力が働いて直しきれない。」

「そうですか...。」

 優輝の腕も治療魔法をかけても回復しない状態になっている。
 治療や修理をしても決して全快はしなくなっているのだ。

「それが神の力を使った代償よ。...むしろ、その程度で済んだのが凄いわ。」

「本来なら腕を消失してるとか...それぐらいだよね?」

「ええ。しかも、あれほどの威力なら腕どころか命を対価にする程よ。本来ならね。」

 椿と葵の言葉に、アリサとすずかは顔を青くする。
 話に少しは聞いていたとはいえ、一歩間違えればそうなっていたと理解したからだ。

「例え神職者でも、腕を対価にするのが限界よ。それを傷を負う程度に済ませたのは...。」

「神降し後だから....じゃないのか?」

「...それが、私にも分からないのよ。その様子だと、優輝も分からないのね。」

 そう、実は“代償”がその程度で済んだ理由が、椿でさえ分からなかったのだ。

「本来、“代償”で失ったものは元に戻らない。でも、優輝の場合は少しずつ治っている...それも異常なんだけど...原因が分からないのなら、仕方ないわね。」

「....“代償”関係なしに回復する可能性は?」

「絶無と言っても過言じゃないわ。....でも、ゼロでもないわ。」

 “代償”というのは、大抵が対価となるモノの“存在”と引き換えとなっている。
 だが、相当軽い“代償”であれば、“傷”で済む場合がある。
 それならば治るので、椿は可能性がゼロではないと言った。

「...とにかく、今後は絶対あんな事しないように。今回と同じ結果とは限らないんだから。」

「分かったよ。僕だってあれを使う機会は来て欲しくないから。...心配性だな椿は。」

「なっ...!?勘違いしないでよね!?ただ私が見てられないだけなんだから!」

「それを心配性というんだけどなぁ、かやちゃん...。」

 ドスリとまたもや葵の頭に矢が刺さる。
 刺した張本人である椿は、顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

「....むぅ...。」

「......。」

 その様子を見て、司が面白くなさそうにし、奏もどこか不満そうになっていた。

「あっれ~?司と奏、もしかして妬いてる?ねぇ、妬いてる?」

「司?...なるほど...。アリシア、からかいすぎはよくありませんよ。」

 さらに、その二人に対しアリシアがからかい、リニスが事情を察する。
 また、リニスは精神リンクから司の感情を読み取り、アリシアに“忠告”をする。
 ...そう、“忠告”だ。

     ガシッ

「....あ....。」

「アリシアちゃん...“お話”の続き、する?」

「...私も、少し“お話”したいわ。」

 挟むように司と奏がそれぞれアリシアの肩を掴み、逃げれないようにする。
 二人の雰囲気に気づいたアリシアだが、時すでに遅し。もう逃げられなかった。

「わ、私はパーティーを楽しみたいなぁ...なんて...。」

「大丈夫。パーティーは結構続くから。」

「ご、ごめんなさーい!」

 琴線に触れてしまったアリシアはそのまま司と奏に“お話”されるのであった。

「...だから言いましたのに...。」

「またか...。」

 溜め息を吐いて呆れるリニスと優輝。

「司ちゃんちょっと変わった?」

「...まぁ、アリシアに余計な事吹き込まれて少し怒っているからな...。そこにあんな煽りが入れられたらそりゃあ...ね。」

「あー....。」

 矢を抜きながら聞いてきた葵に、優輝は達観した目でそう言った。

「卑屈にならなくなったのは、良い変化ですね。」

「ようやく救われたって事さ。優しいからこその心の脆さ...それがあいつの欠点だったからな。一度否定され、そして吹っ切れたのなら、その欠点も克服しただろう。」

「...だといいですね。」

 優輝の言葉のおかげで、司の考え方は少し変わった。
 自分を卑下する事が滅多になくなり、ネガティブな思考にならなくなったのだ。

「あれはあれで問題がありそうですが...。」

「...あれはただの反動だろう。...そうであってほしい。」

 アリシアに対し、“お話”をする司を見てリニスと優輝は苦笑いする。
 実際、恋心をからかわれて少し怒っているだけで、二人の心配は杞憂である。

「あたし達...。」

「やっぱり、どこか蚊帳の外...。」

「まぁまぁ、今の内に料理を楽しめばいいんだよ。」

 二人に置いて行かれるように、アリサとすずかが呟く。
 そんな二人に対して、葵が励ましついでに用意されていた料理を渡す。

「士郎達、本当に色んな料理ができるのね...。さすが店を経営してるだけあるわ。」

「やぁ、皆楽しんでるかい?」

 椿が料理の豊富さに感心していると、そこへ士郎がやってきた。
 どうやら、皆が楽しめているか少し見回っているようだ。

「噂をすれば...ね。」

「...楽しんでいるようだね。それにしても、司ちゃん達はいいのかい?」

「...まぁ、大丈夫でしょう。優輝とリニスが一応見てるもの。」

 少し周りに咲いている花から、椿たちは楽しんでいるのだと士郎は察したようだ。

「詳しい事情はよく知らないけど...大変だったようだね。」

「そうね。まさか半年前の事件が続いていただなんて、予想できないわよ。」

「だけど、解決したおかげで、司ちゃんはああして本当の笑顔になれた。」

 士郎が見つめる先は、今まで心から笑っていなかった司の笑顔。

「...あれはまた別よ。」

「...そうだね。」

 ただし、それは“お話”している際の笑顔なため、思っていた笑顔と違った。

「神社にいた時に見た笑顔は、本当に幸せそうだった...。」

「事実、幸せになれたのよ。司は。」

 まだ優輝達が神社にいた時、士郎も様子を見に来ていた。
 その時に、本当に幸せそうに笑っていた司の笑顔も見ていたのだ。
 だから、士郎も司が“幸せになれた”と思ったのだ。

「...その“幸せ”の要因が要因だから、少し妬くのだけど...。」

「何か言ったかい?」

「...別に。」

 少し頬を膨らませそっぽを向く椿に、士郎は“優輝君も罪だなぁ”などとつい思った。

「(今分かっているのだけでも、椿、葵、今はいないけど緋雪ちゃん。それと、勘だけど司ちゃんと奏ちゃんも。...まだ分からないのはアリサちゃん、すずかちゃん、アリシアちゃんだな。)」

 勘のいい士郎は、優輝を好いている面子を予想する。
 なお、その予想はほとんど当たっていたりする。

「まぁ、頑張って。僕は他の場所に行くよ。」

「....?え、ええ。」

 “ライバルは多いぞ”などと士郎は椿を心の中で応援しながら他の場所へ向かった。
 椿は一体何の事かは分からなかったため、諦めて食事に戻った。







       =優輝side=





「.......。」

 パーティーが続く喧騒を、僕は眺めるように無言で見る。
 アリシアは既に司や奏から解放され、皆と同じように楽しんでいる。
 司と奏も同じように楽しみ、皆が皆、雑談などで楽しんでいた。

「...どこか、嬉しそうね。」

「...そう見えるか?」

 皆を見ている僕の所に、椿と葵がやってくる。

「ええ。前世があるからか、どこか老成した雰囲気だったわよ。」

「失礼な。未だに老いた事はないっての。」

 前世でも30歳に届いていないのに。
 ...あれ?むしろこれって長生きできてないから悲しいんじゃ...。

「でも、まるで孫たちに恵まれて、それを眺める人みたいだったよ?」

「ひどいな...。」

 葵にまでそう言われて、若干へこむ。

「...それで、何が嬉しかったの?」

「まぁ、あれだよ。...“日常”が戻ってきた感じがあってな...。」

 今まで、戦いの連続だったため、こうして平和になったのがどこか感慨深かったのだ。

「後は...前世での親友と知り合いに再会できたからかな...。お互い、一度死んでしまった事は残念だけど、再会できたのは素直に嬉しい。」

「そうね...。例え転生しても、再会できるとは限らないものね。」

 偶然なのか、必然なのか。僕らは三人共同じ世界に転生していたのだ。
 それこそ、“奇跡”とも呼べる再会だろう。

「...緋雪にも、知ってもらいたかったな。」

「雪ちゃんなら、知ったら知ったでヤキモチ妬きそうだけどね。」

「違いない。」

 きっと、頬を膨らませてそっぽを向いていそうだ。ほら、簡単に思い浮かぶ。

「雪ちゃんの分も、楽しまなきゃね。」

「ああ。そうだな。」

 僕はそう言って皆の所へ向かった。









   ―――生まれ変わり再会し、そして再び繋がった絆。



   ―――きっと、今まで以上に強固で、大事にしていくだろう。











 
 

 
後書き
今までのシリアスを浄化するかのように平和だ...。
まぁ、今までとの雰囲気と落差を付けたって感じです。日常を取り戻した的な。

“お話”はニコニコしながら色々言われる感じ。
明らかに怒っているのに常に笑顔なため、相当怖いです。
される側はその雰囲気に委縮してしまい、申し訳なさそうに相槌を返すしかできなくなります。

実は少し悩んでいた椿と葵に対する士郎の二人称...。
椿がかつて初恋の相手だった事もあり、呼び捨てにしました。 

 

閑話9「恋」

 
前書き
所謂恋バナ....にしたい話です。
本編中じゃ分かりにくい、ヒロイン達の優輝に対する心情を描写します。(描けるとは言っていない)

ちなみに、前回から数日経ったある日の話です。
 

 






       =out side=







 国守山...その一角にある八束神社。
 その境内の裏手にて、複数の人影が集まっていた。

「...さて、今日集まってもらったのは他でもない。」

 その中の一人、リーダー格であろう者が重々しくそう言葉を紡ぐ。

「...そのくだり必要?」

 尤も、それはただの雰囲気作りのために態とやっていただけだったのだが。
 集まった内の一人、アリサにそう突っ込まれたアリシアは、不満そうに口を尖らせる。

「も~、せっかく雰囲気出そうと思ったのに~。」

「アリシアちゃん...。」

 不満そうにするアリシアに、司が苦笑いする。

 ...そう。ここに集まったのは、決して怪しい存在ではない。
 アリシアを始め、司、奏、椿、葵、アリサ、すずかと言った、先日のパーティーの面子だ。
 そして、さらにここに偶然遭遇した久遠も入る。

「それで、どうして私たちを集めたのかしら?」

「んー、ちょっと色々話したかった事があってねー。」

「...くぅ。」

 椿の問いに、アリシアはそう答える。
 なお、久遠はなぜ同席させられているか理解していなかった。

「話したい事?」

「優輝君には聞かせられないの?」

「これは男子禁制だからね!」

 どうやら、呼び出される時に“優輝には話さない事”などと、根回ししていたらしい。
 そのため、普段は椿や葵といるはずの優輝は今はいなかった。
 ちなみに、優輝は今翠屋の手伝いをしている。

「...早く本題に入って。」

「了解了解。...まぁ、一言で言えば、皆優輝に対してどう思ってる?」

「ぇ....ふえっ!?」

 “どう思っている”と言う言葉に対し、司は過敏に反応してしまう。
 数日経ち、面と向かって話せるようになっても、この類の話題には弱いようだ。

「優輝さんに対して...?」

「そうそう。まぁ、椿と司は丸わかりとして...。」

「ちょ、ま、丸わかりって何よ!?まるで私が分かりやすいみたいな...!」

 顔を赤くしながら、椿はアリシアの言葉を否定しようとする。
 だが、その態度がますます分かりやすい事を示していた。

「あ、あたしは優ちゃんの事好きだよー。もちろん、異性として。」

「...そこまで軽く言うのは予想外だったなぁ...。」

 葵があまりにもあっさりと言い、さすがのアリシアもそれには驚いた。

「...まぁ、いいや。じゃあ次、アリサ達は?」

「あたしは...よくわからないわ。頼れる人って感じかしら...?」

「私も...かな。優輝君、親しみやすいから...。」

「むむむ...。」

 曖昧な返答に、アリシアは納得のいかなさそうな顔をする。

「そ、そういうアリシアちゃんはどうなの?」

「私?私は...考えてなかったや。」

 未だに顔を赤くしている司の問いに、アリシアはそう答える。

「...自分に聞かれてその返答は卑怯。ちゃんと考えてほしいわ。」

「ちょっ、ハンドソニックは禁止...!」

 あんまりな返答に、奏がガードスキルを使って脅す。

「うー...ちゃんと答えるってば...。」

「そう。ならいいわ。」

「奏ったら、優輝関連の事になるとこうも敏感になっちゃって...。」

 奏にとって優輝は恩人なため、つい敏感に反応してしまうようになったらしい。
 厳密に言えば、優輝に向けられている感情に反応するらしいが。

「私は...恩人、かな...。偽物との戦いの時、ずっと守ってくれたばかりか、魅了も解いてくれたから...。今まで、神夜に関する事ならいつも敵意を向けてたのに、それなのに私を守ってくれたから...。感謝してもしきれないよ。」

「.....そう。」

 先ほどまでと打って変わって、しんみりとした雰囲気でそう述べるアリシア。
 その様子に、奏は少しリアクションに戸惑ったようだ。

「...なにさー。」

「いえ、アリシアもそんなしんみりした事が言えるんだなって。」

「ちょっ、それはさすがにひどいよアリサ!?」

 皆が少し沈黙したのを訝しんだアリシアに、アリサがそういう。
 いくら普段が明るいからと、それは心外である。

「さぁ、最後は奏だよ!私は答えたからね!」

「うるさいわ...。そこまで大声じゃなくても聞こえてるわ。」

「やっぱり恥ずかしいんだねー。」

「あぅ...。」

 例え好いている訳ではなかったとしても、相当恥ずかしいようだ。
 それを葵に指摘され、アリシアは顔を赤くする。

「....私にとっても恩人よ。前世で私に生きる希望を与え、今世では魅了を解いてくれた...。...でも....。」

 優輝の事を頭に思い浮かべると、奏の顔に少し熱がこもる。

「あれ?」

「えっ...?」

「.....。」

 葵がその様子に気づき、司が“まさか”と言った顔で奏を見る。
 抱いた“感情”がその二人の反応から何かわかったのか、奏は顔を逸らす。

「はは~ん....って危なぁっ!?」

「ちょっ、落ち着きなさい奏!」

 アリシアが奏の反応ににやつくが、すぐさましゃがみ込む。
 頭があった場所には奏のハンドソニックがあり、椿が奏を羽交い絞めにしていた。

「し、死ぬよ!?当たったら私死んでたよ!?」

「っ...!っ....!」

「うわぁ...奏がこんな感情的に...。」

「ねぇ、誰か私の心配して!?」

 顔を上気させ、奏は何とも言えないような顔でアリシアを睨む。
 珍しい奏の表情に、アリサがふとそう呟き、心配されてない事にアリシアは涙目になる。

「くぅ、アリシア...大丈夫?」

「く、くーちゃん...!あなただけは私を心配してくれるんだね...!」

 人化し、へたり込んだアリシアを立たせる久遠が心配してくれて、アリシアは感極まる。
 ちなみに、言葉にしていないだけで、皆一応アリシアを心配はしていた。

「あ、そういえばくーちゃんはどうなのかな?」

「同席させたって事は、久遠ちゃんにも聞くの?」

 人化した事で、思い出したように葵とすずかがアリシアに聞く。

「あ、そうだったね。ねぇ、くーちゃん。」

「何...?」

「くーちゃんは優輝の事、どう思ってるの?」

 奏も落ち着き、改めるようにアリシアが久遠に聞く。

「優輝...?...んー....。」

「(かわいい...。)」

 可愛らしく首を傾げる姿に、アリシアは思わずそんな事を考える。
 その間にどう思っているのか分かったのか、久遠が口を開く。

「....好き...?」

「えっ!?」

「っ...!」

「あー...。」

 呟かれた言葉に、司と奏が敏感に反応してしまう。
 しかし、同じく反応しそうな椿は歯切れが悪そうな反応だった。

「...?どうしたの椿?」

「いえ、久遠の“好き”って言うのはね...。」

「あっ、そっか...。」

 しばらく神社で交流があったが故の椿の反応に、司も気づく。

「え?なに?どういうこと?」

「まぁ、聞けばわかる事よ。」

 戸惑うアリシアを他所に、椿は久遠に寄る。

「じゃあ久遠。他に那美とか、恭也はどう思っているかしら?後私たちも。」

「....?皆好き...だけど?」

「...ね?」

「あー....。」

 つまり、親愛や友愛と言った形での“好き”だったのだ。
 久遠は純粋すぎるため、異性としての“好き”がまだ理解しきれていなかった。

「うーん...くーちゃんにはまだ早かったのかなぁ...。」

「...そうでもないわよ。」

 久遠には恋愛事が早かったのかと、アリシアが溜め息を吐く。
 しかし、それを否定するように椿が言う。

「少なくとも久遠は一回、人を愛した事があるわ。」

「えええっ!?」

 “好きになった”どころか、“愛した”と言う事実にアリシアが驚く。

「久遠には“夢移し”という力があってね。傍にいる人の記憶を他人に見せる事ができるみたいなの。それで、久遠の過去が夢として出てきたのよ。」

「へぇー...。」

「くぅ....。」

 椿の説明に感心するアリシアとは対照的に、久遠は暗い顔をする。

「...久遠のためにもどんな過去だったかは言わないわ。でも、愛した人物が存在した事は確かよ。」

「そっかぁ...。」

 アリシアもただならぬ事情がある事を察し、それ以上は聞かなかった。

「それで、優ちゃんに対する気持ちを聞いてアリシアちゃんはどうしたいの?」

「どうしたいか...んー、特には決めてなかったけど...。」

 一通り話を聞いて、アリシアはどうしようかと考える。

「...ま、ここは女の子らしく恋バナとでも行こうよ!」

「好きな人が被っている上で恋バナって....。」

 本来ならそれぞれが好きな男の子について語るのが恋バナである。
 それなのに、四人も好きな人が被っているのはきついと、アリサは呟く。

「どこがカッコよかったーとか、ここが良い!ってトコを話し合うだけだよ?」

「それでも一人を対象はどうかと思うわ。」

「なんかそれ、アイドルのファンみたいね。」

 どの道恋バナらしくないと椿とアリサは言う。

「ぶー、じゃあどうするのさー。」

「なんで恋バナ限定なのよ...。」

「でも、優ちゃんの良い所を挙げてみるのも、優ちゃんの為人(ひととなり)を見直すみたいで、別にいいんじゃない?」

 ついでに欠点も見つけられれば、それを補うのもいいかもしれない。
 そう葵が意見し、皆がそれに賛成する。

「優輝の事でぱっと思いつくとすれば...。」

「優しい、面倒見がいい、家事万能、戦闘で強い、他にも様々な事に精通している。...あれ?何この凄い優良物件。」

「け、欠点がないぐらいに凄いわね...。」

 なぜあまりモテているという話を聞かないのか不思議な程だった。
 なお、そういう話がない原因は神夜の魅了のせいである。
 好意を寄せる相手がいない時に魅了され、優輝の“良さ”が隠れていたのだ。

「欠点がないって訳じゃないわよ。」

「あー...。」

「...?優輝君にもどこかダメな所が...?」

 椿の言葉に、葵とアリシアが納得したように声を漏らし、すずかが疑問に思う。
 確かに、日常的な所を見れば欠点はないに等しいだろう。
 だが、“それ以外”を見れば、一つの欠点が浮かんでくる。

「...優輝さん、いつも無茶をするわ。例え、どんなに絶望的な状況でも、どんなに傷ついても...。諦めが悪いとも言うわ。」

「...そういえば、以前私たちが誘拐された時も、その時はまだ魔法を使えないのに緋雪ちゃんの暴走を止めてたっけ...?」

「どんなに言っても改善しようとしないわ。」

「“諦めない”っていうのは良い事でもあるけど、同時に短所でもあるよねー。」

 “ねー”と葵とアリシアが苦笑いしながら同調する。
 擁護のしようがないので、司や奏達も苦笑い気味だった。

「でも、そういう所も好きなんでしょ?」

「ぅ.....うん....。」

「......。」

「し、心配なだけよ!」

「あはは、そうだねー。」

 アリシアの言葉に、司は顔を紅潮しながらも肯定、奏も顔を紅潮させ、俯く。
 椿は素直に認めず、言い訳染みた事を言い、葵はあっさりと肯定した。

「...でも、考えてみれば優輝って結構心が弱いわよ。」

「え?あんなに諦め悪いのに?」

「......。」

 椿の言葉にアリシアがそう返し、葵は少し憂いを帯びた表情をする。

「...緋雪が死んだ時、一番傷ついていたのよ。優輝は。」

「...大切な妹が死んだんだもんね...。」

 結局、あの時は緋雪が遺したメッセージのおかげで立ち直ったため、自分たちでは心を癒してあげれなかった事を椿と葵は悔やんでいた。

「諦めが悪いからこそ、それでも助けれなかった時、優輝は人一倍悔やむのよ。」

「...そういえば、入院時にお見舞いに行った時、当時は気づいてなかったけど、優輝君の表情に一切元気がなかったような...。」

「後悔して、自分を追い詰めていた時期ね。...見ていて、痛々しかったわ...。」

 それほどまでに、心に負った傷は大きかったのだと、改めて実感する。

「...そういえば、前世で司さん...聖司さんの話を聞いていた時も、とても悔やんでいたわ...。それまで知っていた優輝さんと違って、弱々しかったわ...。」

「....優輝にも、弱い所はあるんだね...。」

 場が暗い雰囲気となってしまう。
 それに気づいたアリシアが、払拭しようと手を叩き、話を変える。

「暗い雰囲気はおしまい!優輝の欠点と弱い所が浮き彫りになったんだから、今後は私たちで支えて行けばいいでしょ?」

「...そうだね。優ちゃんだってまだ子供だから。一人ではできない事もある。なら、あたし達でそれを補わなくちゃね。」

「優輝さんって前世じゃ成人してたんじゃ....。それに、この場で子供じゃないのは椿さんと葵さんだけ...。」

「それは言っちゃダメだよー。」

 実際、奏も司も前世では成人せずに死んでしまったため、椿と葵以外は全員子供である。
 その事を指摘され、葵は苦笑いする。

「さて...優輝について分かったけど、今のを経て皆は優輝とどう接していきたい?」

「どう...って言われても...。」

「それにしても、どうしてアリシアはこんな話し合いを?」

 なぜアリシアがこのような話題を出し、仕切るような真似をしているのか。
 疑問に思った椿がアリシアに聞く。

「...私自身、どう接するかで悩んでいるからだよ。」

「まさか、今までの話題はこの話のために...?」

「...うん。」

 誰よりも自分自身が悩んでいたためにこの話し合いを開いたというアリシアに、椿と葵以外の皆が驚きに目を見開く。
 椿と葵は、むしろ“なるほど”と言った納得が大きかった。

「今まで魅了されて、敵視してたからどうすればいいか悩んでいる訳ね。」

「....うん...。」

 いつもの明るさが消え失せた様子で、アリシアは頷く。
 それを見て、椿は溜め息を吐く。

「全く...そんな事で悩んでいたのね。」

「そんな事って...。」

「優輝は気にしていないわ。気にしているのなら、きっちり謝っておけば、それでいいのよ。アリサとすずかも、罪悪感を感じていたけど今はもう大丈夫よ。」

 それでも気にするのなら、後は時間が解決してくれるだろう。
 そう説明する椿に、アリシアも少しは気が楽になったようだ。

「そっか...よし...うん!もう大丈夫!」

「切り替えの早さはさすがね。それでいいのよ。」

 頬を叩いて気持ちを切り替えるアリシアに、椿は満足そうに頷く。

「じゃあ、改めて....皆は優輝にどう接して...。」

「僕がどうしたって?」

「.....え?」

 改めて皆に聞こうとして、背後から掛けられた声にアリシアは固まる。
 対面にいたアリサとすずかは、そのアリシアの背後を見て驚いていた。

「ゆ、優輝!?いつの間に!?」

「いや、翠屋の手伝いが一段落ついたから適当に散歩をってな。皆もいないし、久遠にでも会おうとここに来たら皆がいたって訳。」

「話に集中してて気配に気づかなかったみたいだねー。」

 一応椿が人払いの術を使っていたが、霊力がある優輝には無意味だったようだ。

「優輝ー。」

「よーし、久遠。大福持ってきたぞ。」

「ありがとう。」

 優輝に抱き着く久遠に、優輝は持ってきておいた大福をあげる。
 その様子はまるっきり兄妹だが、二人にそういう自覚はない。

「.......。」

「.....。」

 それを見て、司と奏はどこかそわそわする。
 そんな二人の様子に、アリサ達は二人の気持ちを察するが敢えて口には出さない。

「あれ?もしかして二人も抱き着きたぁあっ!?」

「ちょっ、二人ともいきなりどうした!?」

 ...なぜなら、二人の琴線に触れると分かっていたからだ。
 それにも関わらず、からかおうとしたアリシアは、当然のようにシュラインの柄とハンドソニックを当てられそうになる。

「余計な事を言わない。...ね?」

「い、いえす...。」

 笑顔で言う司に、アリシアもさすがにからかうのはやめようと思った。

「何か分からないが、アリシアが悪いというのは分かった。」

「なんで!?」

「いや、だってあの司が怒るなんて前世含めてそこまで見た事ないし。...まぁとりあえず、司も奏も落ち着け。アリシアが何を言おうとしたかは分からんが、ここで武器は出すな。」

「ぁ...うん。ごめん。」

 優輝に咎められ、司と奏は出していたものを仕舞う。
 その際に司の顔が少し紅潮していたが、さすがにアリシアも気づいても指摘しなかった。

「それで、結局なんの話をしてたんだ?」

「えっと....。」

「アリシアが魅了が解けてから優輝と接するのを悩んでたみたいなのよ。」

「あ、ちょっ、椿!?」

 言い淀むアリシアの代わりに、椿があっさりと暴露する。

「なんだ。そんな事か。...ま、悩むぐらい後悔とかしてるなら、それで充分さ。別に気にしなくてもいいぞ。アリシアも被害者になるんだからな。」

「ぁ....う、うん...。ご、ごめんね...?」

「必要以上に責任を感じるのは皆同じだな...。」

 納得しても、つい謝ってしまうアリシアに、優輝はそう言って苦笑いする。

「くぅ...優輝は久遠の事...好き?」

「えっ?」

「あ、く、久遠!?」

 先程の話から少し気になっていたのか、久遠は優輝に尋ねる。
 その問いに、優輝がどういう事なのかと驚き、アリシアは慌てる。

「好きかどうかで聞かれれば...僕は久遠の事は好きだぞ?どうしたんだいきなりそんな事を聞いて。」

「くぅ、アリシアが皆に優輝が好きか聞いてた。」

「またアリシアか...。」

「あれ、私ってもうそんな扱いになってるの?」

 まるで“大体アリシアのせい”のような風潮になっている事に、アリシアは戸惑う。

「......ふと気になったけど、優輝君って恋した事あるの?前世も含めて。」

「あ、それあたしも気になるなぁ。」

「恋バナか...男の僕にはあまり話すネタはないぞ...?」

 恋愛関連の話が出た所から、優輝は恋バナの類だと悟る。
 とりあえず、司から受けた質問に答えようと、優輝は記憶を漁る。

「前世に....初恋はあったかな。いつの間にか冷めてたけど。」

「えっ...。」

「ええっ!?」

 “恋した事がある”という優輝に、全員が驚愕の声を上げる。

「...いや、僕だって恋するからな?前々世に至っては、シュネーの事を愛してたんだから。...と言っても、ムートと僕はもう別人扱いだからカウントしないが。」

「そ、そうだけど....意外、っていうか...。」

 それでも誰かが好きだった事に驚きを隠せない司と奏。
 前世が同じ世界だからこそ、余計に驚きが大きかった。

「司と奏も知っている人だぞ?二人共、一度は会った事あるし。」

「えっ、そうなの?」

 自分たちも知り合っていたと言われ、二人は誰なのか記憶を探る。

「....あ、もしかして...安那(あんな)さん?」

「ええっ!?安那ちゃんに恋してたの優輝君!?」

 優輝の知り合い且つ、自身も出会った事があるという情報から、正解を導き出す奏。
 司もその名前を聞いて驚愕する。

「優ちゃんに恋させるなんて...その人ってどんな人なの?」

「そんな僕を難攻不落みたいな扱いしなくても...。...まぁ、中学からの友人で、同僚でもある人物だ。奏と同じ病院に入院した事があってな。その時に奏と知り合った。ちなみに、名前は天野安那。特殊な事なんて一切ない普通の子だよ。」

 司(聖司)と共通の友人で、優輝がお見舞いに行った同僚だったので、司と奏の二人とも知っている人物だったのだ。

「容姿は...美由希さんぐらいのスタイルで、すずかを茶髪にした感じが近いかな。創造魔法で何とか表現...っと。こんな感じだ。」

「あ、普通に美人だね。」

 言葉だけでは分かり辛いと、優輝は創造魔法で立体映像のように映し出す。

「性格は...アリシアを結構大人しくしたみたいだな。」

「...それって、私がお転婆って事?」

「自覚あるんだな。」

「嵌められた!?」

 実際は自爆しただけなのだが、優輝はそれを華麗にスルーする。

「ち、ちなみにいつ頃に好きになったの...?」

「...高校に上がった時ぐらいかな...?大学に進学してからは、疎遠になっていていつの間にか冷めてたな...。決定的なのは、司...聖司が殺されてからだ。助けられなかったのが悔しくて、心に余裕をなくしてしまったから、恋愛事に興味を向ける事もなかった。」

「そ、そうなんだ...。」

「...責任を感じるなよ?これは僕の心の問題だからな。」

 言わなければ責任を感じそうだからと、優輝は司に釘を刺しておく。

「まぁ、きっかけなんてないものだ。友人として接してたのが、偶然片想いに発展しただけって話さ。特筆するような事なんてないぞ?」

「いやー、優ちゃんが恋愛してた時点で特筆モノだよ。」

「人生を青春に使ってなかっただけで、僕だって恋くらいするっての。」

 珍しく照れながら葵の言葉にそう返す優輝。
 なお、そのギャップに既に優輝を好いている者はノックアウトされかけた。

「....そういえば、安那って何気に桃子さんに雰囲気?が似てるんだよな。性格も違う部分が多いのに。」

「そうかな?私はそうは思わないけど...。」

「雰囲気というか....うーん...表現しづらいんだけど、とにかく似ている部分があるんだ。」

 “何か”が似ている。言葉にはできないが、優輝はそう思った。

「魂が似ているとか、そういうものかしら...?」

「うーん...どうだろう...。」

 それもどこか違うと、優輝はなんとなく確信していた。

「...他にも...皆は知らないけど、前々世...導王の時に侍女長にアリス・エッズィーラっていう女性がいたんだけど...彼女も安那や桃子さんにどこか似ている節が...。」

「...共通点とかはないの?」

「ない...かなぁ?アリスに至っては、性格も容姿も似てないし...。」

 優輝曰く、その女性はムートとして死ぬまで決して裏切らずについてきてくれたらしく、緋雪...シュネーもムート以外で信用していた数少ない人物である。

「まぁ、さして気にする事でもないかな。」

「そこまで仄めかされると気になるんだけど...。」

「いや、だって気のせいかもしれないし。」

 しかし、優輝は観察眼が凄いため、周りは一概に気のせいと断じれないのである。
 そのため、アリシア達はそれが気になってしょうがなかった。

「...そろそろ翠屋に戻るか。じゃあ久遠、またな。」

「うん、またね。」

 子狐の姿に戻った久遠を胸に抱いていた優輝が、そう言って帰り出す。
 アリシア達も引き留める理由はないので、そのまま優輝は戻っていった。
 つい先ほど言っていた事は気になるが、これ以上聞いても分からないと悟ったようだ。

「どうする?」

「どうするって言われても....。」

「話す内容なんてもうない...よね?」

 そして、アリシア達も話す事がなくなったため、そのまま自然解散となった。











 なお、それぞれが帰宅してから、これからの優輝との接し方について自分しか話していなく、皆に聞きそびれたと気づくアリシアであった。











 
 

 
後書き
天野安那(あまのあんな)…前世での女友達であり、優輝の初恋の相手。なお、その恋はフラれたなどではなく、自然と冷めてしまった模様。高町桃子と“何か”が似ているらしい。登場予定はなし。

アリス・エッズィーラ…ムートの時代の時に、侍女長としてムートに仕えていた女性。ムートが死ぬまでずっと仕えていたらしい。安那と同じく“何か”が似ている。登場予定はなし。エッズィーラは、“語り手”のドイツ語(Erzähler)。


アリシアもいずれヒロインの座に沈む...。(ナウシカ風)
すっごい伏線的な描写がありますが、本編に直接関係しません。
次章からは日常回が多くなるので、今回はその試験的な話です。 

 

キャラ設定(第3章)

 
前書き
第3回キャラ設定です。登場しても前回と変わらないキャラは少ししか紹介しません。
前回までと違い、称号と常備品の項目を消します。また、能力からは特殊能力以外(ベルカ式や流派)なども表記しません。概要で紹介する場合はあります。
 

 




     志導優輝(しどうゆうき)

  種族:人間(英霊) 性別:男性 年齢:11歳
  能力:止まらぬ歩み(パッシブ・エボリューション),道を示すもの(ケーニヒ・ガイダンス),共に歩む道(ポッシビリティー・シェア)精神干渉系完全無効化
    魔力変換資質・創造,神降し
  ステータス
 魂Level:9 種族Level:484
 体力:AA− 魔力:AA+ 霊力:C+ (神力:A) 筋力:B+ 耐久:AA− 敏捷:A+
 精神:AAA 運:A 魔力操作:SS 霊力操作:AA− 戦闘技術:S+ 総合戦闘力:SSS−
  概要
相変わらずボロボロになる主人公。
今回も例外でなく、本編終了時は全力の半分を出せれば良い方。
リンカーコアがボロボロになっても、魔力が尽きても決して諦めない精神の持ち主。
緋雪への罪悪感で制限されていた力も解放され、心のしがらみもない状態になっている。
第92話で自身を受肉した英霊へと存在を昇華させたため、ムートの時代の力もいくらか加算
され、軒並み能力が上がっている。
さらには椿と協力する事で神降しが可能になり、神降しをすると神力が使えるようになり、
普段の二倍近い強さになる事ができる。
なお、これでもムートの時代よりも幼いため、体格の問題で一部の能力は伸び悩んでいる。
ただ、逆に言えば将来は約束されたようなものであり、成長と共に自然と強くなる。
89話から、神降しなしで神力を手繰り刀を創造したが、椿にも優輝本人にも、その原理は分
からない模様。しかし、何かしら特殊な能力があると思っている。
何度も大事な存在を失い、その悔しさを糧に絶対に諦めなくなった。
その意志は、例え世界を覆う程の悪意に晒されようと、揺らがない。
歩みは決して留まる事を知らず、優輝はこれからも日々強くなり続ける。





     聖奈司(せいなつかさ)

  種族:人間 性別:女性 年齢:11歳
  能力:祈祷顕現(プレイヤー・メニフェステイション),穢れなき聖女(セイント・ソウル)
  ステータス
 魂Level:4 種族Level:158
 体力:B 魔力:AAA 筋力:D+ 耐久:C+ 敏捷:B 精神:C+ 運:C+
 魔力操作:AA 戦闘技術:A− 総合戦闘力:SS−
  概要
第3章のメインヒロイン。
優しすぎた性格故に、前世の最期に両親に否定され、心が壊れていた。
その心の闇にジュエルシードが反応し、“自身の存在を消す”という結果を引き起こした。
司自身の力ではそれは不可能だったが、ジュエルシードを用いる事で、全ての存在の記憶か
ら自身を消し、さらに認識されないという所業を為した。
しかし、心の奥底は“救済”を求めており、後に優輝によって救い出された。
“闇”から助け出された後、生命力の枯渇により絶体絶命の状況になるが、受肉した英霊と
化した優輝の宝具により、九死に一生を得る。
ジュエルシードの力をフル活用した時は、優輝でさえ神降しをしなければ相手にする事すら
ままならないほどの強さを持つ。
また、天巫女の能力である祈祷顕現を用いれば、それこそ生物の負の念の集合体ですら祓う
事ができる程力は凄まじい。椿曰く、“神の所業に近い”との事。
その力はジュエルシードがなくとも相応の強さを持ち、司の強さに大きく影響している。
今は管理局がジュエルシードを預かっているため、その力は振るえないものの、いざとなれ
ばジュエルシードが司の声に応じ、勝手に手元に来るらしい。
心の闇が祓われ、もう自身を責め続けなくなり、改めて人生を歩むようになった。
その際、命を賭してまで自身を救おうとしてくれた優輝を好いている事に気が付く。
前世が男だったため、様々な葛藤があるものの、“好き”というのは否定しないようだ。
からかわれたり、優輝を身近に感じるとすぐ赤面するが、本人は案外幸せらしい。





     草野姫椿(かやのひめつばき)

  種族:式姫(神) 性別:女性 年齢:1220歳
  能力:豊緑之加護(ほうりょくのかご),神降し(標)
  ステータス
 魂Level:9 種族Level:289
 体力:AAA 魔力:F− 霊力:SS+ 筋力:A 耐久:A+ 敏捷:AA+ 精神:AA 運:A
 霊力操作:AAA− 戦闘技術:AAA 総合戦闘力:SSS−
  概要
相変わらずツンデレな草の神様の分霊。
魔力と関わってきたからか、優輝と共にいたからなのかは不明だが、いつの間にかリンカー
コアを僅かながら保有している。ただし、念話を享受できる程度にしか意味がない。
3章では、ほとんど優輝と共に行動していたため、優輝と同様ボロボロになっていた。
式姫な分、優輝より丈夫且つ回復が早いため、優輝のようにしばらく傷が残る事もない。
葵がいなければ飛ぶ事ができないため、足場があっても未だに空中戦は苦手。
それでも、補正の掛かった闇の書の偽物に一矢報いる程の強さを持つ。
また、霊脈とパスを繋いだため、全盛期に近い力を得た。
さらには自身を通じて本体の草祖草野姫にアクセスする事で、優輝の神降しが可能になる。
ただ、神降しの最中は椿は消えてしまうため、戦力外となってしまう。
尤も、それを補って余りある力を神降しは保有している。
3章が終了した時点では、優輝と同じ戦闘力を持っているが、それは総合的に見た結果で、
相性の差で椿は優輝に負ける事が多い。ただし、状況が違えば結果も違ったりする。
戦闘面でも、精神面でも優輝の助けとなっている椿だが、そんな優輝を見ていると、どこか
不安な気持ちに駆られるらしい。過去に何かあったようだが...?





     薔薇姫葵(ばらひめあおい)

  種族:デバイス(吸血姫) 性別:女性 年齢:1歳
  能力:ユニゾン,弱点無効化(流水・日光)
  ステータス
 魂Level:8 種族Level:229
 体力:S+ 魔力:AAA 霊力:B+ 筋力:AA 耐久:S 敏捷:AAA 精神:AA 運:A
 魔力操作:AA 霊力操作:AA+ 戦闘技術:AAA 総合戦闘力:SSS−
  概要
いつも明るくお気楽思考な元吸血姫。やっぱり椿をからかったりする。
デバイスの体に慣れ、椿と同じく霊脈とパスを繋いだため、強さが跳ね上がっている。
3章では、偽物に一度敗戦し、ボロボロになりながらも回復に勤しんだが、一日と待たずに
単独でジュエルシードを捜索していた所を再度襲撃され、一度行方不明になる。
実は、八束神社のある国守山の山奥で、ずっと倒れていたとの事。
吸血鬼の再生力を以ってもなかなか復帰できなかったのは、悪魔系の弱点となる銀の武器で
傷つけられたため。さすがに銀は弱点のままであった。(他にも聖属性も弱点である。)
しばらくして、ギリギリ動けるようになり、八束神社に辿り着く。
銀の効果を打ち消すまで、那美に治療してもらい、そのまま戦いへと赴いた。
ちなみに、野生動物に襲われなかったのは、葵が瀕死の状態でも気配を潜めていたから。
戦闘に復帰してからは、霊脈の効果もあり、自身の偽物を圧倒。
しかし、それでも優輝の偽物や終盤の戦いでは火力不足だった。
優輝と同じ戦闘力だが、やはり弱点などで一概に同等とは言えない。
優輝の事を好いており、それをあまり隠したりはしない。逆に示す事も少なかったりする。
いつも明るい性格だが、偶に昔の事を思い出して暗い気持ちになる事もあるらしい。
やはり、椿同様過去に何かあったようだが...?





     天使奏(あまつかかなで)

  種族:人間 性別:女性 年齢:10歳
  能力:特典-立華奏の能力-,アタックスキル
  ステータス
 魂Level:3 種族Level:138
 体力:B+ 魔力:AA 筋力:D+ 耐久:C+ 敏捷:A 精神:AA− 運:B
 魔力操作:AA 戦闘技術:AA 総合戦闘力:SS−
  概要
魅了が解け、優輝とは前世で知り合っていた事が判明した少女。3章のサブヒロイン。
闇の書の偽物との戦いで、優輝と共に取り込まれ、その中で優輝によって魅了が解かれた。
魅了が解けたからか、優輝の影響かは不明だが、戦闘技術が目に見えて上がっている。
超単距離の移動魔法を駆使し、攻撃を当てる地点をずらすと言う高等技術を扱う。
ただし、魔力量が見合っていないため、実質短期決戦型である。
前世は病弱で、優輝が生きていた頃は滅多に病院の外に出れなかった。
心臓のドナーが必要だったが、一切当てが見つからず、生きる希望が見いだせなかった。
そこへ、同僚の見舞いに来た優輝が偶然通りかかり、知り合う切っ掛けとなった。
優輝と出会ってからは生きる希望を見出し、結果的にドナー登録をしていた優輝が死んでし
まった事で、奏は延命する事ができた。
優輝の死がイレギュラーな事もあり、延命もイレギュラーとなって、心臓が限界を迎えて死
んでしまった後、転生する事となった。
優輝に対しては、多大な恩を抱いており、ずっとお礼が言いたかったらしい。
しかし、優輝が突然死去し、お礼の言えないまま転生、そして魅了されてしまった。
後に魅了が解かれ、ようやく奏は“再会”できたのである。
二度も助けてもらった事により、恩は恋へと変化し、優輝の事を好いている。
普段は口数が少なく冷静だが、優輝の前ではさりげなく甘えているようだ。





     志導光輝(しどうこうき)

  種族:人間 性別:男性 年齢:35歳
  能力:なし
  ステータス
 魂Level:2 種族Level:98
 体力:B+ 魔力:B+ 筋力:A− 耐久:B+ 敏捷:B+ 精神:A− 運:B
 魔力操作:A 戦闘技術:A+ 総合戦闘力:A−
  概要
行方不明になっていた優輝の父親。
司の祖先の故郷であるプリエールにて、管理局に保護される事になった。
次元犯罪者の持っていたロストロギアでプリエールに転移し、その世界の住人に今までお世
話になっていたらしい。
その際に、魔法についても教えてもらい、妻の優香と共に鍛えていった。
デバイスなしでの魔法行使だったため、一人では大した強さは持たないが、優香とコンビを
組むと、例えデバイスなしでもクロノを凌ぐ強さになる。
夫婦のコンビネーション、ここに極まれりである。
現在では、管理局の保護の下、様々な場所で優香と共に活躍している。
直接的な庇護をしているのはアースラなため、大抵はアースラにいる。
地球では死んだ扱いなため、長居はできないが、いつでも帰れるようにと、自宅に転送ポー
トを設置してもらい、息子の優輝とはいつでも会えるようにしている。
“実は生きていた”系キャラとして、活躍させようとしたものの、作者の力量と展開の都合
で大した活躍がなかった悲しきキャラ。





     志導優香(しどうゆうか)

  種族:人間 性別:女性 年齢:34歳
  能力:なし
  ステータス
 魂Level:2 種族Level:96
 体力:B− 魔力:A 筋力:B 耐久:B− 敏捷:B 精神:A 運:B
 魔力操作:A+ 戦闘技術:A+ 総合戦闘力:A−
  概要
行方不明になっていた優輝の母親。
経緯はほぼ全て光輝と同じである。
同じく、単騎では大した強さではないものの、光輝と組むことで強くなる。
近接戦よりな光輝に対して、優香は遠距離向き。魔力の扱いも光輝より上である。
優輝と緋雪の事は光輝共々大事にしており、所謂“理想の両親”と言った性格をしている。
かつて、孤独を感じていたなのはを励ましており、実は高町家と交流があった。
椿や葵の事は、光輝共々、今後優輝とどうなって行くか期待している。
今後は、ちょいちょい裏で活躍する人になりそう。





     クリム・オスクリタ

  種族:人間 性別:男性 年齢:29歳
  能力:なし
  ステータス
 魂Level:1 種族Level:62
 体力:C+ 魔力:B+ 筋力:C+ 耐久:B 敏捷:A 精神:B 運:D
 魔力操作:B 戦闘技術:B 総合戦闘力:C
  概要
優輝の両親が行方不明になった元凶の次元犯罪者。
本人は大して強くはないが、逃げ足だけは管理局も手を焼くほど。
その逃げ足の良さを利用し、いくつかのロストロギアを盗み出した事もある。
両親を巻き込んで行方不明にしたのも、転移系のロストロギアが原因である。
さらには、そのロストロギア...メタスタスを悪用して管理局からジュエルシードを盗み、
全てのジュエルシードを我が物にしようとした。
結果としては、司の暴走により、どさくさに紛れ逃走。本編の預かり知らぬ所でクロノに
よって捕縛された。





     アンラ・マンユ

  種族:概念 性別:なし 年齢:不明
  能力:ケイオスダイト,“闇”の発現
  ステータス
 魂Level:なし 種族Level:なし
 体力:EX 魔力:EX 筋力:なし 耐久:EX 敏捷:なし 精神:EX 運:なし
 魔力操作:なし 戦闘技術:なし 総合戦闘力:EX
  概要
第3章ラスボス。人型どころか生物ですらない。司が“負の感情”に囚われた元凶。
世界に存在する“負の感情”をエネルギーとし、実質不滅の存在。
しかし、今回の脅威程になるには、相応の年月が必要である。
かつて、天巫女一族のほとんどを壊滅させ、最後の一人がジュエルシードを用いて滅ぼし
たはずの存在。
しかし、長い年月で蓄えた“負の感情”で復活した模様。
その力は、神に相当し、世界をあっという間に壊滅させる力を持つ。
優輝達の力でこれを倒したのは、まさに奇跡と言っていいだろう。
司を依代として取り憑いたのは、プリエールで司が暴走した時である。
暴走した時は、司自身が蓄積させた負の感情が暴走の原因であり、アンラ・マンユは関係
していない。しかし、取り憑いてからは司の負の感情を増幅させると同時に、浸食してい
った。尤も、浸食した事で司は負の感情から切り離される事になったのだが。
司が救出された後、司が展開していた世界ごと全てを取り込もうとするが、天巫女として
覚醒した司によって、消滅させられる。
例え不滅の存在であろうと、優輝達が生きている間に復活する事はない。
ちなみに、元ネタはFateのこの世全ての悪から。







     以下、原作キャラなため簡易説明。

アリシア・テスタロッサ  種族:人間 性別:女性 年齢:(暫定)12歳
 魂Level:2 種族Level:34
 体力:E 魔力:F− 霊力:AA+ 筋力:F 耐久:E− 敏捷:E+ 精神:C 運:A
 魔力操作:F− 霊力操作:なし 戦闘技術:F− 総合戦闘力:F
偽物との初戦闘にて、魅了が解かれた。同時に、記憶改竄も解除される。
それからは、優輝に罪悪感を感じながらも、明るくし続けている。
優輝との接し方について悩んでいるが、気にしなければいいと周りに言われている。
かつて死んだ事があるからか、霊力保有量が半端じゃない。
一切霊力について知らない状態でも、優輝を軽く超えている。
椿曰く、自身を超えるかもしれないとの事。
なお、年齢はフェイトの姉という事で、暫定的に12歳となっている。



ユーノ・スクライア  種族:人間 性別:男性 年齢:10歳
 魂Level:1 種族Level:72
 体力:C+ 魔力:B 筋力:C 耐久:A− 敏捷:C 精神:C 運:C
 魔力操作:B+ 戦闘技術:A+ 総合戦闘力:A−
原作でのマスコット。(なお一期のみ)
3章では、管理局組で一番最初に勘違いに気づいた。
それにより、優輝達に話を聞いたが、その際に偽物に襲撃される。
優輝の影響か、防御魔法やバインドに応用を利かせるようになり、原作よりも強い。
相変わらず攻撃は弱いが、防御面はさらに強化されている。



リニス  種族:使い魔(山猫) 性別:女性 年齢:27歳
 魂Level:2 種族Level:121
 体力:B 魔力:AA 筋力:C+ 耐久:B 敏捷:B 精神:A 運:B+
 魔力操作:AA 戦闘技術:AA 総合戦闘力:S−
原作では死亡しているキャラ。司の使い魔。
3章では、主である司を助けるために、自力で記憶改竄を跳ねのけた。
また、術式を三重に重ねる事で、強力な魔法を編み出した。
優輝に次いで司を大事に想っている人物である。





     以下、2章と変更なしなため、さらに説明簡潔化

  志導緋雪
故人。ただし、残留思念がシャルラッハロートに残っていた模様。
優輝が闇の書の偽物に囚われた際に、心のしがらみを取り除いた。

  織崎神夜
所謂オリ主君。原作の時期はそれなりに活躍していたけど、現在はそれが薄い。
相変わらず魅了している自覚はなく、魅了が解けたアリシアと奏の事も、優輝に何かされたと思い込んでいる。優輝どころかそれ以外の人が指摘しても聞かない。
一応、魔法の特訓とかもしているため、強い。ただし導王流のカモ。

  王牙帝
所謂踏み台。しかし影が薄い。
作中に描写されていないだけで、日常ではよくなのは達を追いかけまわしている。
大抵先走って真っ先にやられる噛ませだが、それでも能力は強い。
使いこなせていないものの、3章の泥の大群相手にはそれなりに活躍していた。

  クロノ・ハラオウン
多分原作キャラで一番出番が多い。
何故か隠れがちだが、相当優秀。優輝でもすぐには倒せない程。
3章では、前線に出たり、指示を飛ばしたりと裏方で活躍していた。

  神咲那美
ちょいちょい出てくる巫女さん。(アルバイト)
3章では、負傷した葵を治療するなど、小さな活躍を見せている。
これからも度々登場するかも。

  久遠
同じくちょいちょい出てくる狐。
直接的な戦闘は得意ではないものの、放たれる雷はジュエルシードをあっさりと射貫く。
戦いの“た”の字も知らないので、まだまだ伸びしろがある。モフモフ。

  リスティ・槙原
那美が住んでいるさざなみ女子寮にいる刑事さん。ちょい役。
HGSという超能力的な力がある。(作者も詳しくは知らない)
心が読めるような能力もあり、那美から魔法関連については知っている。
HGSが強力で、一応魔導師基準に考えても相当優秀な強さを持っている。

  プレシア・テスタロッサ
原作一期のラスボス。この小説ではinnocentのように親馬鹿。
魅了が効いていないため、魅了されているフェイトを親として心配している。
病気が司の祈りによって治っているため、SSランク魔導師としての力を存分に振るえる。
3章では、追加戦力として後から戦闘に参加する事が多かった。

  高町士郎
優輝の世間上での保護者。
魔法について知っており、色々と根回ししてくれる。お人好し。
以前はボディーガードなど、色々と裏稼業をしていたらしい。今は喫茶店のマスター。
椿が初恋の相手だが、今はもちろん一途に桃子を愛している。

  高町桃子
異様なまでの順応さを見せる。大抵の事では驚かない。
優輝達の簡潔な説明で、どうなっているか察し、学校を休む連絡をしてくれたりする。
閑話で優輝の知っている人物と何か似ているらしいが、不明である。

  天野安那
前世での優輝の初恋の相手。優輝、聖司の共通の女友達でもある。
高校生で優輝が片想いしていたのだが、聖司の死により自然と疎遠になってしまった。
桃子と何かが似ているらしいが、不明である。出番はない予定。

  アリス・エッズィーラ
導王の際に、ムートに仕えていた侍女長。
数少ないムート以外で最後までシュネーの味方でもあった人物。
また、ムートの良き理解者でもあった。
安那と同じく何か似ているらしいが、もちろん不明である。登場予定なし。

  幻視した男性
アンハルト・アウフの重ね掛けに加え、霊魔相乗を行った優輝が見た幻影。
声も顔も分からなかったが、どこか優輝に似ている。
優輝をよく知っており、優輝も誰よりも知っている気がしたが...?
セリフや状況はFateのパロである。





     用語・道具解説

  ジュエルシード
3章で中心となったロストロギア。
その実態は、天巫女一族の祖先が祈りの力を結晶化させたもの。
天巫女がその力を開放すれば、神にも匹敵する。

  天巫女
祈りを現実に反映させる力を持つ一族。“巫女”なため、女性しか存在しない一族。
遥か昔、最も天巫女の数が多かった時代にジュエルシードを作り出した。
アンラ・マンユを消滅させる際に、唯一の生き残りが地球に漂着したらしい。
その生き残りが、司の祖先にあたる。

  偽物
ジュエルシードが優輝のリンカーコアを吸収した事で現れた存在。
他にも、司の記憶から再現した暴走体や、優輝の偽物から作り出した葵の偽物もいる。
記憶から再現しているだけでも強さが似通っており厄介だが、リンカーコアからコピーした偽物は、自我も持っているためさらに厄介である。

  霊脈
星に存在する、星の血管のようなもの。地球以外にも存在するらしい。
生命力が溢れており、霊力として扱う事ができる。
パスを繋ぐ事で、式姫の力が全盛期に近づく。

  神降し
巫女や神主が行う、その身に神を降ろす事。
神を降ろす事で、その神の力や強さを一時的に宿す事が可能。
神職者以外が行えば、代償を必要とするらしい。

  泥の偽物
司救出の際に出てきた泥から生み出された偽物。
能力はオリジナルよりは劣るが、数が無制限である。
その実態は、アンラ・マンユにより生み出されるケイオスダイトと呼ばれるものである。
その泥に呑まれると、絶望や負の感情に呑まれ、精神が崩壊し死に至る。

  神刀・導標
優輝が創造したオリジナルの神器。
“その事象に導く”という効果を持っており、因果逆転すら容易い。
持ち主の意志が揺らがない限り、決して未来を掴めない事はない。



 
 

 
後書き
正直、基礎ステータス(身体能力)は身体強化魔法でどうにでもなったりします。(特に優輝は)
このキャラ紹介で紹介しているのは、デフォルトの身体強化...つまり、戦闘態勢になった時のステータスであり、実際はもっと高くできたりします。(DBの戦闘力みたいな)
...もっと総合戦闘力は基準を低くすべきでしたね。次章ではランク付けそのものが消えるかもですが。というか、キャラごとの強さが分かり辛いので確実に消します。 

 

第96話「弓」

 
前書き
正直3.5章にして4章の繋ぎにしてもいいと言えるような章です。
日常成分が多めで、所々魔法などが入ります。
シリアスはそこまで多くない...かも?
 

 






       =out side=





 国守山にある八束神社の境内裏。その奥の森の中に、人払いの術が掛けられていた。

「ほら、また腕で引いてるわ。こうして、肩を開くように...。」

「あっ....引きやすい...。」

「でしょう?それで、そのまま保って...弓手(ゆんで)...左手をぶれないように、妻手(めて)...右手を放す。っと、まだぶれるわね。ここはしっかり練習よ。」

「はーい...。」

 そこにて、何人かが集まり、弓を扱う練習をしていた。
 弓を持つのはアリシア。教えているのは椿だ。
 他にも、優輝と葵もそこにいた。

「弓道って色々と細かいよな...。ベルカ時代なんて当てればそれでよかったよ。」

「それでも優ちゃんも十分上手いと思うよ。かやちゃんも感心してたし。」

 アリシアが練習しているのを、二人は眺めながらそんな会話をしていた。
 二人は弓道について教える程詳しくはないため、大人しくしているのだ。

「今日合わせ、残り九日。それまでにある程度まで上達させるから、厳しく行くわよ。」

「...うん!」

 椿の言葉に、アリシアはやる気を再燃させ、言われた箇所を修正していく。



 なぜ、このような状況になったかと言うと...








   ―――昨日...





「椿ー!!」

「きゃっ!?な、なによ!?」

 扉を開け放つように、優輝の家にアリシアは乗り込んでくる。
 名前を呼ばれた椿は、突然の事に驚く。

「なんだ?」

「アリシアちゃん?いきなり家に来てどうしたの?」

「えっと...。」

 アリシアは、いつもの元気な姿を引っ込んでいた。
 そのまま、椿の前まで来て....見事な“土下座”をした。

「私に!弓を教えてください!!」

「....えっ?」

 突然の訪問からの突然の土下座&頼み事に、さしもの椿も固まってしまう。

「えっと...経緯を聞かせてもらえないかしら?」

「実は...。」

 聞くと、アリシアは中学に進学した際、弓道部に入部したという。
 中学校に弓道部は珍しい事なのだが、今は関係ない話なので置いておこう。
 先日まで、司関連の事件でしばらく学校を休んでいたので、部活もやっていなかった。
 解決後に復帰した訳なのだが、当然他の部員よりも遅れていた。
 それでもアリシアは懸命に練習に取り組んでいたのだ。

 しかし、一部の者はそんなアリシアを快く思わなかった。
 事あるごとに、遅れているアリシアを馬鹿にしてくるのだ。
 大体の同級生や先輩は、そんなアリシアを応援したり庇ったりしてくれるのだが、アリシアにも限界があり、つい噛みつくように言い返してしまったのだ。
 その際、“十日後に競射で勝ってやる”と啖呵を切ってしまったのである。

「...それで、私に頼りに来たの?」

「うん...。シグナムは魔法で使うだけだし、優輝も使えるだろうけど、それは“当てるための弓”であって“弓道”じゃないし...。椿が一番適任だと思って...。」

「まぁ...理にかなっているわね...。」

 アリシアも“和”の文化については興味があった。
 だからこそ弓道部に入ったのである。
 そして、その“和”に最も通じているのが椿だと分かっていたため、こうして椿に直接頼みに来たのだ。

「お願いします!私に弓を教えてください!」

「教えて...って言われても、アリシアは素人でしょう?さすがに十日で人並みにっていうのは、厳しいわよ?」

「でも、それでもあんな先輩に負けるのなんて嫌なんだよー!」

 椿も、アリシアのいう事は分からない訳ではない。
 アリシアも遅れた分を取り戻そうと頑張っているのだ。
 それを馬鹿にするような人間に負けたくはないし、逃げたくもない。
 しかし、それでも十日で人並みに上げるのは少し難しかった。

「....はぁ。まぁ、やってみるわ。うんと厳しくする上に、どれだけ上達するかは分からないわよ?それでもいいかしら?」

「やらないよりは断然マシだよ。...お願いします。」

「教えるなんて、あまり経験はないのだけど...。優輝、葵。手伝ってくれるかしら?」

 とりあえず教える事に決め、椿は優輝と葵に協力を求める。
 別に断る理由もないので、二人はあっさりと了承した。

「場所は...八束神社の近くがいいでしょ。じゃあ、早速行くわよ。」

「えっ、もう!?」

「一刻を争うわ。それとも、上手くなれなくてもいいのかしら?」

「っ、ごめん。行くよ。」

 そうして、アリシアは椿に弓を教えられる事になった。
 その日は基礎知識を体で覚えさせて終了し、そして冒頭に至る。

 ちなみに、椿の弓の知識と弓道は、少しばかり違いがあったため、優輝が図書館から弓道関連の本を借りて照らし合わせながら教えていた。







「とりあえず正座関連は大丈夫だけど、肝心の射法八節がまだね...。」

「二日目でそこまで行ったのは凄いと思うけどねー。」

「無理矢理詰め込んでいるだけよ。せめて五日目までには大体できるようにして、後は全部体に馴染ませないと、上手く射れないわよ。」

 射法八節とは、弓矢を用いて射を行う射術の事である。
 足踏み、胴造り、弓構え、打起し、引分け、会、離れ、残()の八つの動作を表しており、これができなければ基本弓道で矢は上手く射れず、(あた)らない。

「手厳しいな。」

「むしろ一朝一夕で簡単に上達したら困るわ。優輝みたいなのが他にもいたら弓使いの式姫として悲しくなるわ。」

「僕だって一朝一夕で習得してないって...。」

 優輝は導王時代の実戦経験と、前世での手際の良さから、霊術を早く習得していた。
 ....実の所、優輝に才能があるかと聞かれれば、あるとは言えないレベルである。

「いたたた...。」

「まだ射形が正確ではないから、長時間射続けるのは無理ね...。」

「うん...。腕と手が痛い...。」

 まだ弓を実際に引くというのに慣れていないのか、アリシアは腕を痛めていた。
 本来なら腕を痛める程ではないので、やはりまだ射形が上手く出来ていないのだろう。

「...霊力を使えば回復できるけど...どうする?」

「....いや、いいよ。魔法や霊術には頼らない。そんな事したら卑怯だから。」

「そう言うと思ったわ。」

 しかし、やはり続行するには支障を来すので、一度休む事にする。
 森の中ではあるが、優輝達が先に手入れしておいたため、座ったりするスペースはある。

「そう言えば、霊力でどうやって治すの?筋肉痛は、魔法でも少し治しづらいけど...。」

「魔力ではそうかもしれないけど、霊力は生命力に近いのよ。だから、体内で循環させるように流し続ければ、自然治癒能力を高めれるの。」

「へぇー...。」

 休みながら、アリシアは椿に霊力について聞く。
 司の件以来、自身に霊力が多量にあると分かったので、興味を持っているのだ。

「便利....だけど、頼っちゃダメ。頼っちゃダメ...。」

「早くも意志が揺らいでる...。」

 必死に楽な道を拒もうとするアリシアに、葵は少し呆れる。

「しょうがないな...。アリシア、ちょっといいか?」

「えっ?」

 そこで、優輝がアリシアに近づき、手を取る。

「ちょっとしたマッサージだ。放置していると筋肉痛になるものでも、こうしてほぐしておけば大丈夫だし、痛みの回復も早い。」

「あっ、っ、く、くすぐったいよ。」

 手のツボとなる部分を、優輝は押す。

「ほら、腕もだ。」

「んっ...う、上手いね優輝...。」

「覚えられるものは全部覚えてきたからな。筋肉痛にならなければ、動きに支障を来す事もないから、これは覚えておいたんだ。」

 手慣れた様子でアリシアの手や腕を揉み解す優輝。
 アリシアもくすぐったいのと同時に気持ちいのか、上擦った声を漏らす。
 ...傍から見れば、セクハラである。

「っ......!」

「凄く誤解されそう...。」

 気持ちよさそうにするアリシアと優輝に、椿は視線を行ったり来たりさせる。
 葵は葵で、人に見られない場所でよかったと密かに安堵していた。

「ん、っ~~.....!」

 アリシアも恥ずかしい所があるのか、声だけは漏らさないように空いている手で口元を抑えていた。



 そして、十数分後...。

「あ、あまり女の子にはしないようにね!」

「お、おう...?まぁ、あの様子じゃ、仕方ないか...?」

 顔を赤くしながら言うアリシアに、優輝もタジタジになりながら頷く。
 優輝自身、アリシアの様子に少し恥ずかしくなっていたのだ。

「さて、休憩も終わったから再開するわよ!」

「えっ!?も、もう!?」

「優輝に色々してもらったんだから回復してるでしょ!ほら、早く!」

 捲し立てるように急かす椿に、アリシアは慌てて(かけ)を付け、弓を持つ。
 ちなみに、弽とは弦を引く手に付ける弓道用の道具だ。

「かやちゃん、もしかして苛立ってる?」

     ドッ

「何か言ったかしら?」

「れ、霊力込みの矢...。」

 葵の余計な一言に、椿は敏感に反応し、アリシアが持ってきた矢を霊力を込めて射った。
 なお、この矢はアリシアが弓道部で買った物で、部活共有の物ではない。

「さ、さすがに効いたぁ...。」

「余計な事を言わない!」

「わ、私の矢が...。」

 さすがに葵にも、その矢は痛かったらしい。...あまり効いてはいないが。

「よっと...よし、曲がってはいないぞ。」

「よ、よかった...。」

「あたしの心配はしないんだね。まぁ、大丈夫なんだけど。」

 優輝が矢を抜いて曲がってないか確かめ、曲がっていない事にアリシアは安堵する。
 葵がその横で何か言っていたが、本人の言う通り大丈夫なため、心配はしていなかった。

「さぁ、続けるわよ。」

「りょ、了解デス...。」

 “イイ笑顔”で言う椿に、アリシアは冷や汗を掻きながら返事するしかなかった。







「....これぐらいか。」

「そうだねー。これなら弓道場の的と同じ距離かな。」

 翌日、優輝が地面に線を引き、弓道での的との距離を測っていた。
 的は既に自作しており、木に立てかけてある。

「残り八日...今日は午前練が終わったら午後はずっとらしいからな。」

「かやちゃん、厳しいよねー。」

「それでも教えるのはちゃんとやっているから、椿らしいけどな。」

 ちなみに、椿は現在部活中のアリシアを見に行っている。
 もちろん、霊術などで気配を消して見つからないようにしている。

「...それにしても、私有地でこんな事やっていいの?」

「...ダメな気がする。」

 他人の土地を使うどころか、安全対策のない外で弓を扱っている時点でアウトだと、優輝は遅まきながらに気づく。

「....結界を張っておくか。」

「そうだね。」

 空間位相をずらしておけば少なくとも安全だろうと、優輝は結界を張った。
 後はモラル的な問題だが...魔法に関わっている時点で、今更な部分もあった。

「士郎さんに道場使わせてもらえるか聞いておこうかな...。」

「でも、あそこは剣術の道場だよ?」

「距離の問題があるか....。」

 弓を引く場所と的の距離は、28m必要なため、高町家の道場では大きさが足りなかった。
 ちなみに、28mは近的の場合で、遠的をする場合は60mも必要だったりする。

「そういえば、この弓は?アリシアちゃんは自分の弓を持ってたよね?」

「ん?あぁ、これか。僕もちょっとやってみようかなってね。」

 葵は弓道部から持って帰ってくるアリシアの弓とは別に置いてある弓を見つける。
 どうやら、優輝も興味を持ったようで、自作(創造)しておいたようだ。

「そっか。だから昼前にここに来たんだね。」

「まぁな。普通の弓ならこの通り...。」

 そういって放った矢はあっさりと的に命中する。

「簡単に中てれるけど、“弓道”として射ると...。」

 次に、優輝は射法八節を意識して引くが、今度は当たらない。

「全く当たらない。しかも射法八節も上手くできてないと来た。」

「弓術と弓道の時点で色々違うからね。仕方ないよ。」

 そういいながら、葵も弓を射ってみる...が、中らない。

「...難しいね。」

「これを十日でか...。そりゃあ厳しい訳だ。」

「かやちゃん曰く、弓道...“道”の文字が入るものはただ腕前を鍛えると言うより、精神を鍛えるらしいからね。ただ中てるだけじゃあ、意味がないって事かぁ...。」

 改めて“道”は奥が深いと実感する二人だった。





「...とりあえず、射法八節はある程度叩き込んだから、一度見本を見せるわ。」

「そういえば、通しでの見本は見てなかったなぁ...。」

 一節ごとの見本は見せていたものの、射るまでの一連の流れは見せていなかったため、アリシアはどんな感じなのか興味を示していた。

「弓道場を見た感じ、この辺りからね。それに、立射みたいだから座ってする必要もなかったわね。」

 弓手に弓を、妻手に二本の矢を持ち、そのまま両拳を腰に付ける。
 “執弓(とりゆみ)”と呼ばれる姿勢を椿は取り、それを合図に優輝達は黙る。

「......。」

 椿は一礼をし、射手が控える“本座”と呼ばれる位置から、射を行う位置である“射位(しゃい)”へと静かに移動する。
 次に足踏みを行い、矢を番える。
 弓構え、打起しと静かに行い、“大三(だいさん)”と呼ばれる動作を経て引分けに入る。

「.........。」

 優輝も、葵も、アリシアも、その様子を物音一つ立てずに見る。
 結界で外界との音が遮断された今、その場の音は弦を引き絞る音のみだった。

「っ....!」

 “バシュッ”と小気味よい音を立て、矢は放たれる。
 弦を引いていた妻手は離れ、まるで大の字のように両手が伸びた状態となる。
 弓は弓手で持っていた所を軸に回転し、弓は執弓の時と同じ向きになる。

「.....。」

 伸ばしていた両腕を降ろし、椿は弓へと向き直り、もう一本を番える。
 そして、先程と同じように、美しさを感じさせる程静かに矢を放った。
 もちろん、二射とも的の真ん中に命中していた。

「っぁ.......。」

 アリシアは、一瞬呼吸を忘れていた事に気づき、少し声を漏らす。
 それほどまでに椿の射形に見入っていたのだ。

「...こんな感じよ。どうだったかしら?」

「.....凄い...。...ごめん、凄すぎてそんな感想しか出ないや。」

「表情を見ればどう感じていたかわかるわ。」

 まさに研ぎ澄まされた射。
 式姫だからか、ただ弓が上手いかはアリシアには分かりかねるが、それでもただただ美しく、凄いと素直に実感した。

「私にとって、弓道式の引き方は精神統一の儀式みたいなものなの。中てると思わず、ただ心を落ち着けて射っているだけなのだけど...。」

「明鏡止水の心...か。一種の極致だよなぁ...。」

「それで真ん中に中るって相当だよね。」

 精神統一しているからこそ、矢が中る訳なのだが、それでも凄いと優輝は感心する。

「まぁ、そっくりそのままできるぐらいになれとは言わないわ。でも、要領はさっきの通りよ。じゃあ、始めましょうか。」

「...うん。弓道の本当の凄さがわかったから、ますますやる気になったよ。」

 そういって、アリシアは意気揚々の本日の練習を始める。
 相も変わらず厳しい指導の椿だが、アリシアはその方が上達している実感がある程、腕前が上げれていると分かっていたので、文句一つ言わずに取り組んだ。







 ...そして、そんな練習が続き、ついに約束の日が来た。









       =アリシアside=





「....よし。」

 更衣室の中で、私はついにこの時が来たのだと、気合を入れる。
 今日までの十日間。椿のおかげで弓道の腕前は上がったと自他共に実感している。

「うん、着付けもバッチリ。じゃあ、行こうか...!」

 そんな気合を表すためにも、今日は袴を着ている。
 ...着付け関連も、椿に叩き込まれたっけ...?やっぱり厳しかったなぁ...。

「...あれだけ仕込まれたんだから、大丈夫っ!」

 椿や葵、優輝だけじゃない。ママやフェイト、練習を見に来てくれた司や奏(フェイトや優輝から話を聞いたみたい)にも応援されたんだから、上手く行くはず!

「今こそ、あの先輩を見返す時っ!」

 準備は万端。後は、弓道場に行って競射を行うだけだ。
 そう思って、私は弓道場へと向かった。



「....あれ?優輝に葵に...椿も?どうしてここに?」

 弓道場に向かう途中で、何故か優輝達と会う。

「まぁ、応援って感じかな。椿が気にしててさ。」

「べ、別にそういう訳じゃ...!あれだけ叩き込んだんだから、相応の結果を出してもらわないと困るからよ...!」

「ちゃんと先生とかには許可を貰ってるから気にしないでね。」

 わざわざ私のために応援に来てくれたらしい。
 ...嬉しいんだけど、余計に緊張しちゃうかも...。

「ほら、来年には僕もここに通うんだから、ここで先輩らしい所見せてくれよ?」

「先輩...よっし、まっかせてー!」

 なんか優輝に“先輩”って言われるようになると思うと、俄然やる気が出てきた!
 ここは一つ、優輝の言う通り先輩らしい所を見せなきゃね!

「じゃあ、行こっか!」

 他の弓道部の皆はまだ更衣室にいる。
 これは私と先輩の個人的な争いなので、部活が始まる前にやるのだ。




「....来たわね。おめおめと逃げ帰れば良かったんじゃないかしら?」

「...逃げる訳ないじゃん。私から売った喧嘩なのに。」

 相変わらず私を嘲るように言ってくる件の先輩が、そこにいた。
 そんな彼女に便乗している同級生や先輩も、私を笑うためなのか既に来ていた。
 ちなみに、敬語なんて使っていない。...使うような相手じゃないし。

「あら?そこの三人は?」

「...私を態々応援しに来てくれたんだよ。私が勝つって確信した上でね。」

 もちろん、三人共そんな事は言ってない。ただのはったりだ。
 ...でも、そのつもりで臨んで欲しいのか、優輝は今の言葉に笑みを返してくれた。

「っ...知り合いの前で恥を晒すのね。これだからちやほやされている輩は...。」

「御託なんてどうでもいいよ。早く勝負を始めるよ。部活が始まる前に終わらすんだから。」

 弽を付け、弓と矢を手に取る。
 手入れは万全だ。椿はこういう所も厳しかったからね。
 ちなみに、ここの弓道場はそれなりに広いため、優輝達が入っても邪魔にはならない。

「ふん、あの程度の腕前で私に勝つ気なのね。嘗められたものだわ。」

「........。」

 先輩の言葉をまるで聞いていないかのように無視する。
 なぜなら、既に私は矢を射るための精神状態に移行しているからだ。

「(...それに、練習中の腕前だけで判断...か。)」

 八日程まではそのままだったけど、それ以降の部活では手を抜いていた。
 手の内を晒して、逃げられる訳にもいかないしね。
 ちなみに、椿が見学してた時の事だけど、部活後に椿が先輩の魂を見たからなのか、“碌な大人にならない”って言ってたっけ?それを聞いた時は笑っちゃったな。

「....始め!」

 そうこうしている内に、競射が始まる。
 教えられた通りに射位に立ち、弓を番える。

「(....これは、一種の精神統一の儀式。椿はそう言った。だから、ただ、心を落ち着けて...射る!)」

     ドッ

 私が放った矢は僅かに下にずれ、外れる。逆に先輩は中てたようだ。
 ...やっぱり、少し緊張してたみたいかな。

「ふふ...。」

「.......。」

 私を嘲笑うように先輩とそれを見ている取り巻きが嗤う。
 そんな様子に、私は一切影響されずに、次の矢を番え、射る。

     タンッ!

「なっ....!?」

「.....。」

 ほんの少し、上へと修正したため、今度は命中する。
 弓道は、狙いが1mmずれただけでも3㎝もずれるらしいから、狙いの調整は難しい。
 ちなみに、今度は先輩は外していた。これでどちらも一中だ。

「(...心を落ち着け、精神を統一...。)」

     タンッ!

 呼吸に合わせ、三射目を射る。...またもや命中する。
 なんてことはない。ただ、さっきと同じように射っただけだ。
 弓道は、突き詰めてしまえは中った時と同じ動きをし続ければずっと中てられる。

 その“同じ動き”が、普通はできないものなんだけどね...。
 だけど、椿の教えはそれを可能にさせてくれた。
 それが精神統一。心を落ち着けて射る事だった。
 ...まぁ、これを習得できたのは昨日の最後の方だったんだけどね。
 それでも凄い方だと椿も素直に言う程だったらしいけど。

「っ.....!?」

 同じく中てた先輩だが、明らかに焦っている。何せ、未だに同中だ。

「(....この勝負、貰ったよ。先輩。)」

 明らかに心が乱れているのが見なくてもわかった。
 ...なら、私が負ける要素はもうない。

「ぁっ.....!?」

「...一番、二中.....四番、さ、三中!」

 先輩の“しまった”と言った声のしばらく後、“采配”と呼ばれる...中ったかどうかを判定する人の声が響く。
 ...四射三中...中学生の、それの一年生でこの結果は中々だろう。
 先輩も、別に腕前が低い訳じゃない。むしろ高い方ではある。
 まぁ、心が乱れたから中るものも中らなかったんだけどね。

「お疲れ、アリシアちゃん。」

「ふぅ...。ブイ!」

 労いの言葉を言ってくれた葵に返すように、私はVサインをする。
 もちろん、弓道としての礼儀を忘れずに、退場での“体配(たいはい)”という動作も欠かせてない。

「お疲れ、アリシア。」

「...上出来よ。」

「えへへー、頑張った甲斐があったよ。」

 優輝も椿も、労いの言葉を掛けてくれて、自然と私の頬は緩んでしまう。
 そんな和やかな雰囲気に対し、先輩の方は信じられないと言った風だった。

「嘘...嘘よ!こんなの、マグレに決まってるわ!!」

「そうよ!こんなのありえないわ!」

「....はぁ。」

 “やり直せ”とか、“卑怯だ”とか口々に私に文句を言う。
 そんな先輩たちに対し、椿が溜め息を吐いて立ち上がる。

「アリシア、一番強い弓を借りるわよ。」

 そういって、椿は誰も使ってない弓を手に取り、懐から弦を取り出して張る。
 椿が手に取った弓は、前任の顧問の先生が使っていた弓で、18㎏と他の生徒や今の顧問の先生には少々引きづらい弓だ。

「...こんなものね。」

「何を...。」

 “弓把(きゅうは)”と呼ばれる、弓と弦の間の距離を一度の調整で整え、戻ってきた私の矢を二本借りて的前に立つ。
 そして、あの時私に見せた射形を、披露してみせた。

「.....私がアリシアに弓を教えたわ。アリシアが貴女に勝ったのは偶然じゃなく、必然よ。アリシアはこの十日間、貴女を見返すために必死に努力したわ。その努力に、文句など言わせないわ。」

「っ.....。」

 殺気とも取れそうな、椿の気迫が伝わってくる。
 椿は、私に弓を教える際にしっかりと責任を持っていた。
 だからこそ、私の努力を誰よりも理解していたし、認めてくれていたんだ。
 それで、納得させるために、あの射形を見せたのだろう。

「全く...。ただの嫉妬で人を貶すんじゃないわよ。...あ、勝手に使って悪かったわね。」

「あ、うん。誰も使ってなかったから、壊さない限り別にいいんだけど...。」

 見た目はどんなに高く見ても高校生に見えるかどうかなのに、先程の椿はそれを感じさせない程の雰囲気を出していた。
 だからこそ、先輩たちも認めざるを得ないと、肩を落としていた。

「...あー、椿?なんか、滅茶苦茶見られてるぞ?」

「えっ...?あ....。」

 他の部員の皆が、椿の射形を見ていたらしく、椿は凄く注目されていた。

「....これは、しばらく帰れそうにないな。」

「あはは...なんか、ごめん。」

 苦笑いしながら言う優輝に、私は弓道部を代表して謝るしかなかった。









 この後、椿は弓道への関心が強い部員に質問攻めされ、疲れ果ててしまった。












 
 

 
後書き
おかしいな...こんな作者の個人的なネタの話なのに、書こうと思えば2話に渡る事ができそうな程だった...。まぁ、簡略化して1話に収めましたが。
結局どんな話だったかと言うと...アリシアが先輩に馬鹿にされて椿の協力の下、見返す話です。その題材が弓道になったって感じです。

弓道関連に関しては自論(?)です。妻手については“馬手”とも書きますが、この小説では妻手にしてあります。
そして、弓を話題に出す通り、アリシアの武器の一つが弓になります。
なお、他の武器はinnocent仕様です。
ちなみに、弓道をしている時のアリシアの髪は後ろで一つに束ねてあります。ポニテとはちょっと違う感じです。(弓道でポニテやツインテは厳禁なので)
それと、結果での番号が一番と四番なのは、弓道では三番ごとに第一射場、第二射場と分け、同じ射場では順番に引くルールがあるからです。違う射場なら自分のペースで引けるため、こうして一番と四番に分かれていました。

なぜアリシアが一部にこんなに嫌われているかって?...ただの妬みです。
アリシアが美少女且つ、明るい性格なため、その人気に嫉妬してるだけです。 

 

第97話「霊力と霊術」

 
前書き
4章は、時間を進めると同時に、後々関係してくる話などを展開しています。
他にも、パワーアップしたり、新たな原作キャラも関わります。

PS.普段は予約投稿しているこの小説なんですが、ちょっとした手違いで日にちがずれていました。今回の話が94話の投稿日と同じになっており、そこからずれこんでいました。読者の皆さんには特に影響はないですが、予定を合わせるためにしばらく二話ずつ更新になります。
 

 






       =優輝side=





「それでね、私が四射三中、先輩が二中で見事に私が勝ったのだ!」

「ホント!?やったねアリシアちゃん。」

 すずかの家にて、先日あった競射の話を、アリシアは胸を張りながら話していた。
 アリサもすずかも、結果を何気に気にしてたからな。

「いやぁ、十日間頑張った甲斐があったよー。」

「僅か十日で休んだ分を取り戻すどころか、先輩を超えるなんて...。」

「ちなみに、高校生と同等以上の腕前だぞ。そのレベルは。」

 僕の指摘に、アリサとすずかはさらに驚く。
 ちなみに、今この家に来ているのは他に司と奏、椿と葵だ。

「まぁ、かやちゃんがみっちり教えたのなら妥当だけどね。」

「いや、普通は十日であそこまで上達しないわよ?人間なら先に体が壊れるわ。」

「えっ!?そんな厳しかったの!?」

 衝撃の事実に今度はアリシアが驚く。

「まぁ、アフターケアが良かったからねぇ...。本来なら筋肉痛になっていたんだから、無理するはずだったのに、それがなかったからね。」

「凄っ!?優輝のマッサージ効果凄っ!?」

「っ....!?」

 ...導王時代の経験を合わせてマッサージしただけだが、想像以上の効果だったらしい。
 それと、司と奏がなぜか反応した。

「どうかしたか?」

「あっ、いや、なんでもないよ?」

「....そういえば、前世でやってもらった事が...。」

「司はまだそこまで上手かった時じゃないけど、奏の時は...まぁ、それなりだったな。」

「ええっ!?」

 僕の言葉に、司はバッと奏の方を見る。そんな司に、どこか奏は自慢げに見えた。
 ...何をそんなに意識してるんだ?

「私もやってもらった時があったけど...充分上手かったよ!?それで上手くなかったなんて....今は、一体どれほど....。」

「....恥ずかしくて言葉に言い表し辛いなぁ...。」

「アリシアがこういう程って...余程気持ちよかったのね。」

 なお、僕自身もやってて少し恥ずかしかった。
 そういや、前世でも同僚とかにやった後の会話が気まずかったな...。

「魔法とか霊術の代わり...だったんだけどなぁ...。」

「さすがに卑怯だからやめた...だっけ?」

「そうそう。」

 弓が上手い椿に教えてもらっている時点で十分卑怯とか言ってはいけない。
 そういえば、あの後質問攻めに遭った椿だが、色々とはぐらかして逃げた。

「霊術で思い出したけど、私って結構霊力持ってるとか言ってたような...。」

「言ってたねー。」

 そういや、結局聞きそびれてたけど、アリシアに聞いておきたい事があったな。

「霊力は人間誰しもが必ず持っていて、霊的な才能がある人は常人でも多いらしい。それと、臨死体験とかした人も多いらしいけど...。」

「アリシアはそう言った経験ある?言いにくいならいいけど...。」

「あー...もしかして...あれかな?」

 聞いてみると、20年以上前にあった事故で一度死んだとアリシアは説明してくれた。
 ...って待て、臨死体験ならともかく、一度死んだとか軽く話せる事じゃないぞ?

「ちなみに、実際は死んだというより、仮死状態だったらしいよ?どの道、アリシアちゃんはそうなる直前の記憶がないみたいだけど。」

「ふと目を覚ましたら20年以上経っていたから、びっくりしたよ。ママも記憶にある姿よりやつれて老けていたように見えたし...。」

「...その事を口に出して、プレシアさんはショックを受けてたけどね。」

 ...うーん...人一人が死に直面してたとは思えない会話だ...。
 まぁ、本人たちが気にしてないのならいいか...。

「...ついでに言ってしまうと、ここにいる全員霊術が扱える程度には霊力があるわよ?」

「えっ!?あたし達も!?」

 それは僕も初耳だった。司と奏は転生者だから、常人より霊力があるのは知っている。
 だけど、アリサやすずかにまで霊力があるとは思わなかった。

「...でも、“ある”って言われても、いまいちピンとこないのよね...。」

「霊術って...陰陽師とかが扱う御札みたいなイメージしか...。」

「まぁ、普通はそうだよな。」

 実際、御札を介した術も結構あったりする。術式を形成する手間も省けるし。
 デバイスがない分、事前に術式を組んでおくって感じだな。

「僕のイメージとしては、魔法はファンタジー、霊術は神秘って感じだな。霊術は清めとか、(まじな)いとかの側面が強い。」

「似て非なるもの....って事?」

「そうなるな。ただ、司のレアスキルだけは霊術よりだな。」

 祈りを実現するのに使うエネルギーが魔力なだけで、行っているのは概念や感情など、形のないものの具現化だ。それは霊術に近い。

「実際、見せた方がいいな。こっちが魔力の球。こっちが霊力の球だ。」

「んー...パッと見ても、色が違う事しか分からない...。」

「そりゃあ、見た目はそうだろ。」

 それぞれの掌に出した球を見たアリシアの言葉に、僕はそう突っ込む。
 魔力は僕の魔力光である金色。霊力は無色なのだが、今は分かりやすく水色にしている。

「...なんとなく、雰囲気が違うような...。」

「...やっぱり、霊力が人並み以上にあるから、雰囲気がわかるみたいだな。」

 すずかの言葉に、アリシアやアリサも“確かに”と頷く。

「魔力はリンカーコア、霊力は生命力から出るエネルギーだ。例えるなら、魔力は血液、霊力は元気そのものって所だな。だからなんとなく違うってわかる。」

「...あれ?だとしたら、霊力って使い続けたら...。」

「寿命を縮めるわ。私たちが見てきた陰陽師にも、そういった人間はいたわ。...と言っても、余程身の丈に合わない上に無茶をしなければ、衰弱する程度で済むわ。」

 ...なんだか、霊力や霊術に関する講座みたいになってきた...。

「つ、使うのなんだか怖いなぁ...。」

「寿命を縮めるほどの霊力の消費なんて、滅多にないわよ。多分、あったとしてもそれをしなければ死ぬような事態よ。」

「あ、安心できないなぁ...。」

 普通に戦闘する限りでは、そんな寿命を削る事にはならない。
 先に気絶してしまうからな。大規模な術を使わない限り。

「....この際だから、教えちゃう?自衛にもなるよ?」

「アリシアは絶対ね。アリサとすずかはどうするのかしら?」

「えっ!?私、絶対なの!?」

 椿と葵の言葉にアリシアは驚愕する。

「アリシア、貴女の霊力は膨大よ。それこそ、今の優輝を軽く超えているわ。ただ持っているだけでは、アリシアに害もないわ。」

「だけど、その力は霊的なものを引き寄せる可能性がある。だから、霊力を扱えるようにして、いざという時の自衛に使ってほしいんだよ。」

「ゆ、幽霊とかが...。」

 幽霊がやってくるのは嫌なのか、椿と葵の言葉にアリシアは顔を引き攣らせる。

「もちろん、人前では使えないけど...。」

「....あたし、やってみようかな...?」

「...私も...。」

 しばし考え込んだ後、アリサとすずかは椿の誘いを受ける。

「使えるものは使えるようになっておきたいからね。」

「それに...皆が使う魔法とか、結構憧れてたりしたから...。」

 魔法を知っていても、使えない。助けにもなれない事を考えるともどかしいだろうな。
 しかし、憧れているのも事実らしく、大人びてるアリサ達でも子供らしい所があるんだなと、つい僕はそう思ってしまった。

「魔法と関わってから、なのはちゃんとあまり会えなくなってきたよね...。」

「魅了が解けてからは、余計によ。こっちは成り行き上仕方ないけど。」

 すずかの言う通り、三年生の冬辺りから、なのはは魔法へと関わっていったのか、それなりの頻度で休むようになり、付き合いが悪くなっていた。
 その事もあり、魔法を持たない者として、疎外感があったのだろう。

「今日だって、管理局の手伝いでしょう?」

「うん。私たちは断ったけど、なのはちゃん達は行ったみたいだね。」

「...あれでは、いつか体を壊すわ。」

 嘱託魔導師として管理局に登録している僕らは、協力を要請される事がある。
 ただし、嘱託であるなら断る事もできるのだ。
 日常生活もあるから、余程じゃなければ断る方向で僕らは生活している。
 なのに、なのはは誰かの助けになる事が嬉しいのか、何度も手伝っている。

「二人から言っても聞かないのか?」

「残念ながら、ね。“ちゃんと休んでるから大丈夫”って聞かないんだよ。」

「子供の時から肉体労働は本当にきついぞ...?よく無茶してる僕だからこそ言える。」

〈その割には自重しませんけどね。〉

「うぐっ。」

 会話に入ってなかったのに、いきなりリヒトからダメ出しされた...。

「...生半可な正義感は身を滅ぼすな。」

「ええ。...クロノや周りの人にそれとなく休ませるように伝えましょう。」

 なのはは、“人を助ける事による喜び”でそれほどまでに管理局で働いているのだろう。
 それではいつか確実に心身のどちらかを滅ぼす。

「プレシアさんやリニスもいるから、きっと大丈夫だとは思ってるけど...。」

「いざという時のための保険は必要だよなぁ...。」

 フェイトやはやても同じように働いているが、そっちは保護者であるプレシアさんやリインフォースさん、ヴォルケンリッターがいるから大丈夫だ。
 だけど、なのはには保険となる人材が傍にいない。
 ちなみに、リニスさんは司の使い魔だけど、普段は魔力を提供するだけで、プレシアさんやフェイト、アリシアの傍にいる事が多いらしい。

「....ついでよ。アリシア、霊術を覚える際に所有者の命を守る御守りを作りなさい。」

「えっ!?私が!?」

 椿の言葉に、アリシアが驚く。
 別に僕や椿が作ってもいいんだろうけど、これは所謂課題だろうな。

「私はともかく、優輝は何かと魅了されている一味には信用されてないわ。姉的存在であるアリシアが、なのはのためにって作った御守りなら、喜んで受け取ると思うわ。」

「そ、そうかなぁ...?というか、それなら椿が作れば...。」

「あ、ついでだから家族全員のを作るのはどうかな?」

「追加課題!?」

 葵の横槍に、椿は頷いてアリシアは戦慄する。

「そうと決まれば、霊術が使いたいなら明日巳一刻(みひとつどき)、八束神社に集合よ。いいわね?」

「決定事項かぁ...。うぅ...。」

 巳一刻...午前9時の事だ。大体は丑三刻しか聞かないから分かり辛いぞこれ。

「あの、私たちも行っていいかな?」

「別にいいと思うぞ?司も奏も、霊力はあるんだし。」

「そっか。」

 どうやら、司と奏も明日来るようだ。
 いつも思うけど、男女比がひどいなこれ。
 だからこそ前世が男の司と会話するんだが...司もあんまり会話をしてくれない。
 まぁ、今は女性として生きているから、“男同士の会話”にはならないから仕方ないと言えば、仕方ないとも言えるが。

「...ところで、巳一刻って何時なの?」

「...午前9時だ。まぁ、分からないのも無理はない。」

「十二支の図を時間に当て嵌めてるからね...。アリシアちゃんには分かり辛いかな。」

 すずかが分かりやすく説明する。...すずかは国語が得意...というか、読書が好きだからそういった知識も身に着けていたみたいだな。

「じゃあ、霊力関連の話については一端終わりだね。」

「そうね。だからって猫の海に飛び込まないの。」

「ぶ~。」

 偶々猫がほとんど集まっていたので、アリシアがそこに飛び込もうとする。
 それをアリシアが止めた。

「ちょうど皆の餌の時間だね。取ってくるけど、皆もあげてみる?」

「いいの!?やってみたい!」

 そういうすずかに、アリシアは目を輝かせながら言う。
 そう言えば、以前プレシアさんに聞いた話だと、アリシアはリニスさんの素体である山猫...所謂生前のリニスさんを飼っていたとか聞いたっけ。
 もしかしなくてもアリシアは猫派なんだろうな。



 この後は、皆で猫の餌やりなどを楽しんで、その日は解散となった。











 翌日、僕や椿、葵は一足先に八束神社へと来ていた。

「どうでもいいけど、最近八束神社がたまり場みたいになってる気がする。」

「確かに、最近よく来るよね。」

 先日の事件もそうだし、アリシアの弓の特訓でもよく来ていた。
 ここまで来ていると、その分...。

「那美さんともよく出会うよな。」

「...今度はどんな用なのかな?アリシアちゃんの特訓は終わったと思うけど...。」

 那美さんはアリシアの特訓の時とも出会っている。
 さすがに何度も何かしらの用事で来ているから、今回も何かあると思っているみたいだ。

「優輝の腕の傷の治療と、今日は霊術を教えるのよ。」

「腕の治療と...霊術を?」

「くぅ?」

 いつの間にか来ていた久遠と共に、那美さんは首を傾げる。

「無茶の代償で負った怪我は普通の治療じゃ治らないんです。だから、霊脈とパスを繋いで霊力を腕に流し続ける事で、少しでも治りを早くしているんです。」

「代償って...一体何を...。」

「人の身で神の力を扱ったのよ。これでも軽い方よ。本来なら治らないわ。」

 椿の言葉に那美さんは固まる。
 まさか、そこまでやばいものだとは思っていなかったのだろう。

「なななな、何やっちゃってるの!?」

「いやぁ、さすがに二度はないと思いますよ?」

「当たり前だよ!?というか、一度もやっちゃいけないよ!?」

 見事な驚き様だ。...と、そうこうしている内に来たな。

「...って、皆揃って来たのか。」

「鮫島さんが皆を拾って車で来たんだよ。」

「なるほどな。」

 そしてその鮫島さんは既に去っていると。...執事の鑑だな。

「...結構な大所帯で...。」

「くぅ。」

「あ、那美さん、おはようございます。」

 司がご丁寧に挨拶を交わし、他の皆もそれに倣う。

「もしかして、皆霊術を?」

「アリシアは強制。アリサとすずかは希望。司と奏は見学って所です。」

「アリシアちゃんは相当な霊力を持っているからねー。使えるようにしておいた方が、自衛の意味も兼ねて便利なんだよ。」

 葵が久遠とじゃれ合いながら補足する。

「それにしても、どうしてここを...。」

「あまり人が来ないのと、霊脈がここにあるからよ。それに神社だから、何かと霊術と相性がいいのよここは。」

「そうなんだ...。」

 椿の説明に、漠然とだが理解したらしい那美さん。
 一応人払いの結界を張っているため、見られてしまう事はない。

「じゃあ、早速始めるわよ。まずは、各々霊力を感じ取ってもらうわ。」

「あたしも手伝うよ。あ、優ちゃんは傷を治してて。」

「まじか。じゃあ、口頭だけでも教えるよ。」

 少しでも代償の傷を治しておけと言われたので、大人しく治す事にする。

「私はどうすれば...。」

「見学する、でいいと思いますけど。」

「くぅ。」

 縁側に座った僕の膝に来た久遠を撫でながら、僕は那美さんにそういう。

「霊力を感じ取るって具体的にどうすればいいの?」

「僕の時は契約で感じ取れるようになったけど、多分普通なら霊力を循環させるように流し込んで、どんな感じの力なのか分かるようにする感じかな。」

 これなら人体に害が出る事はないし、安全に確認ができる。

「わ、わ、わっ!?」

「自覚できたかしら?アリシアはそれだけ膨大な霊力を持っていたのよ。」

 すると、椿が僕が言っていた方法を実践したのか、アリシアから霊力が渦巻く。
 ...ホントに、僕を軽く超える霊力量だな...。

「まずは深呼吸をしなさい。まだ扱えないのだから、私が抑え込むわ。」

「う、うん....。」

 アリシアが深呼吸を繰り返すと、その呼吸に合わせて徐々に霊力の波動が治まる。
 その横で、アリサとすずかも霊力を感じ取っていた。

「なんだか、不思議な感じ...。」

「“湧いてくる”っていう表現がぴったりね...。」

「じゃあ、次は抑え込むやり方を教えるよー。」

 アリサとすずかは人並みより多い程度なため、アリシアのようにはしない。
 どうやら垂れ流しの状態で次の段階に進むようだ。

「基本は気分を落ち着けるイメージがいいね。深呼吸して、荒れ狂う海を落ち着けていくように、自身に巡る力を抑えてみて。」

「........。」

「........。」

 葵に言われるがまま、二人は霊力を抑え込もうと試みる。
 しかし、少しは抑えられるものの、あまり上手くはいかない。

「まずは霊力を自分の力だと完全に認識する事が重要だよ。二人は人並み以上とは言え、そこまで多くはないから、体中を巡らすようにしながらコントロールを覚えてね。」

「...む、難しい....わね...。」

「霊力がどんな感じかは分かる...けど...。」

 二人が悪戦苦闘するのを、僕らは眺める。

「魔力と違って、コントロールに時間がかかるんだね。」

「魔法はデバイスがあるからな。ある程度のコントロールは感覚だけで出来てしまう。ユーノ辺りに聞いたら、もしかしたら同じような覚え方かもしれないぞ?」

 司の言葉に、僕はそう答える。
 魔力と霊力は色々と勝手が違うからさすがに同じではないだろうけど。
 ...導王の頃が懐かしいな。身体強化が楽しくて色々していた記憶がある。

「うー...アリサとすずか、いいなぁ...。」

「アリシアの場合は、保有霊力が多すぎるわ。そういう類の知識もないから、放出させながら覚えるわよ。とりあえず、私が相殺するから霊力を操りながら使いなさい。魔力弾のような使い方でいいわ。」

「分かった...やってみる。」

 アリシアは感覚と体で覚えさせるのか、とにかく霊力を使わせるようだ。
 ...まぁ、あれだけの霊力を先にコントロールしろなんて、厳しすぎるもんな。

「えいっ!」

「っと...!」

 形があやふやだが、どこか球状の霊力がアリシアから放たれる。
 それを、椿は霊力で張った障壁で受け止める。

「無駄に霊力が込められているわ。今ので放つ感覚は分かったはずだから、今度は出力を抑えてきちんとした形を作りなさい。」

「う、うん...。」

 しばらくは、三人共同じことを繰り返すようだ。
 ...やっぱり、見ているだけだと退屈だな。

「...ねぇ、優輝君。」

「ん?どうした?」

 タイミング良く、司が僕に話しかけてくる。

「私の祈祷顕現って、魔力で使っているけど、霊術寄りなんだよね?」

「まぁ、そうだな...。想いを形にするっていうのは、呪いとかそういう類に似ているから、どちらかと言えば霊術寄りになる。」

「....じゃあ、霊力で祈祷顕現が使えたりしないかな?」

 それは...どうなのだろうか。
 天巫女一族の能力が、魔力依存なのかどうかは、どんな記録にも載っていない。
 第一に、魔力以外で行使した事がないのだからそれも仕方ないのだが。

「どうだろうか...。試してみるか?」

「うん。ついでに、霊力を扱えるようになればいいしね。」

「...司さんがするなら、私も...。」

 結局、司も奏も霊力を扱う事に決めたようだ。
 ...奏の場合、どこか司に対抗心を燃やしてたようだが...。

「那美さんはどうします?」

「私は...いいかなぁ...?私も退魔士だから、霊力については知っているから...。霊術とかは興味あるんだけどね。」

「そうですか...。まぁ、覚えて損はなさそうですね。久遠はどうする?」

「くぅ...やってみたい...。」

 どうやら、那美さんも霊術には興味があるようで、久遠もやってみたいようだ。
 とりあえず、二人は霊力を扱った事があるから、まずは司と奏に霊力を流して自身の霊力を感じ取ってもらおう。

「ふえっ?あ、優輝君!?」

「っ....!?」

「いや、椿と葵も触れていただろ?どうして驚くんだ?」

 二人の手を取ると、何故か驚かれる。
 心なしか顔が赤いが...。

「あ、ご、ごめん。いきなりでちょっと驚いちゃった。」

「...まぁ、いいか。じゃ、行くぞ。」

 二人の手から、霊力を循環させるように流し込む。
 椿に腕を治すように言われたが、この程度なら大丈夫だろう。...多分。

「....うん。なんとなく...掴めたかな?」

「.....私も、わかったわ。」

「さすがに早いな。」

 二人の霊力に僅かに揺らぎが現れ、落ち着いていく。
 いつも魔力を使っているからか、もう霊力の感覚を掴んだようだ。
 特に奏は、以前に葵とユニゾンしたからか、司よりもコントロールが上手かった。

「えっ!?司さんと奏、もうやり方が分かったの!?」

「力の感じが違うとは言え、魔力をいつも使ってるからかな...?」

 あっさりアリサとすずか以上に扱えるようになったため、二人は驚く。
 司と奏も、魔力を扱っていたからこそ、ここまで扱えるというのは分かっているようだ。

「優輝...?」

「いやぁ、暇だったから、つい。って危なぁっ!?」

「次はないわ。」

「あ、はい。」

 軽く矢が僕の顔面に向けて放たれる。それを頭をずらす事で躱す。
 ...避けられると分かって放ったんだろうけど、心臓に悪い...。

「優輝君...。」

「さすがに実践して教えるのはダメみたいだ。それに、口頭で教えようにも、僕自身椿たちに教えてもらった身。あまり教えられないな。」

「なら、仕方ないね。」

 自分で組んだ術式なら教えられるけど、飽くまでそれは僕に合わせた霊術だからな。
 いきなり応用から始めるようなものだから、教えるのには向いていない。

「くぅ...。」

「久遠?どうしたんだ?」

 結局、まずは霊力の感覚を完全に理解する事に、今日は集中するだろう。
 そう思って、二人に自在に霊力を操れるように要練習と伝えると、久遠が動きを見せる。

「........。」

「....ちょ、まさか...。」

 人型になり、久遠は両の掌を向かい合わせるように構える。
 その瞬間、掌の間に相当な霊力が渦巻く。

「...できた。」

「...見ただけで、コントロールが上がったのか...。」

 純粋な霊力の球。それを久遠は掲げるように持つ。
 今まで久遠は霊力を雷として繰り出していた。
 それを、僕らのやり取りを見ただけで純粋な霊力の球に変えたのだ。

「これが天才か...。」

「....優輝?」

 才能による差をまざまざと見せつけられる。
 実際、僕は大して才能は持っていない。全部経験とかで補っているだけだ。
 だから、まざまざと見せられると、どうも才能の差を感じてしまう。

 そんな僕の様子に気づかず、久遠は何か困った様子で僕に尋ねてくる。

「どうした?」

「...これ、どうしよう。」

 ...まさか、後始末の仕方も分からないまま出した?

「あ、葵!」

「了解!くーちゃん、それ上に投げて!」

「....!」

 葵を呼び寄せ、久遠は葵の言葉に従って上空に霊力の球を投げる。
 すぐさま葵がレイピアを投げ、霊力の球を貫く。

「ふぅ....。」

「久遠、今度からは、やり方をしっかり理解してから試すように。」

「くぅ、わかった。」

 霊力はそのまま霧散し、葵は一息つく。
 その横で、僕は久遠に注意する。まぁ、久遠も悪意があった訳じゃなく、分かってくれた。





「今日はこのぐらいかな。」

「そうだね。」

 しばらく各自で霊力の特訓を行い、今日はお開きとなる。
 アリシアの弓と違い、それなりにのんびりと進んでいる。

「じゃあ、今日はもう帰るの?」

「そうなるかな。」

 アリシアの言葉に、僕はそう答える。
 特にここでやる事がなければ、いつまでも居座る訳にはいかないからな。必要もないし。

「あ、最後に神降ししておくわよ。」

「えっ?どうしてだ?」

 椿が帰ろうとする僕を引き留めてそういう。

「神降しの状態になれば、その傷も治せるかもしれないからよ。」

「神の力の代償だから、神降しして力を行使すれば治る...と?」

「そう言う事よ。」

 なるほど。一理あるな。
 試して、損をする訳でもないので、椿の言う通り神降しをした。







 ...結果から言えば、半分成功、半分失敗だった。
 少しは治せたのだが、全治は無理だった。
 神降しの状態で治しても、元に戻ると傷も開くようだ。

 そういう訳で、何とも言えない空気のまま、今日は解散となった。
 僕らも、そのまま家に帰って、その日は終了となった。













 だが、まさか神降しの結果、あのような事態になるとは...。
 この時、僕も椿も...誰もが、予想だにしていなかった....。















 
 

 
後書き
人間の力も妖怪の力も“霊力”で一括りにしています。ただし、妖怪の場合は“妖気”と呼称する場合もあるという設定です。 

 

第98話「神降しの代償」

 
前書き
代償と言っても人によっては大した事がないです。
逆に言えば、人によっては死活問題レベル...?

サブタイの割にはシリアスというよりギャグ寄りの展開です。
ギャグなんてセンスないのであまり書けませんけどね!
 

 






       =司side=





「.........。」

 日曜日の朝。私は眠気覚ましついでに体内に霊力を循環させる。
 昨日、優輝君達に霊力の扱い方を教えてもらう事になり、とりあえず体内を循環させるように操る事で、霊力に慣れるようにしていた。
 今やっているのもその一環だ。

「司、ご飯よ。起きてるかしら?」

「あ、うん。今行くよ。」

 お母さんが部屋の外から声を掛けてきたので、私はリビングへと下りる。

「(今日はどうしようかな...。)」

 別に霊力を扱えるようになるのは、急いでいる訳でもない。
 だから、今日は特に予定がないのだ。

「(まぁ、八束神社にでも行って考えようかな。)」

 もしかしたら、優輝君や、久遠とも会えるかもしれないし。
 そう考えながら、私は朝を過ごしていく。





「行ってきまーす。」

 朝食や身支度を終わらせ、私は家を出る。
 学校の宿題も金曜日の内に終わらせておいたので、懸念事項は何もない。

「(そういえば、魔法が使えない以前はどうやって休日を過ごしてたっけ...?)」

 外出する場合は、ゲームセンターとかに行ってたっけ...?
 他には、前世だと優輝君と遊んだりもしたかな。
 家でだったら、録画しておいたアニメとか見て時間を潰してたっけ。

 ...あれ?今世じゃ、魔法にかまけてあまりそういうのやってない...?
 ま、まぁ、すずかちゃんやアリサちゃんの家で偶に遊ぶし...。

「(強くなろうって、強迫観念に囚われてたからなぁ...。)」

 誰かを不幸な目に遭わせたくない。...そんな想いで今までは過ごしていた。
 そのせいで心にゆとりがなかったし、誰かと遊ぶというのもなかった。

 そのゆとりができたらできたで、どう過ごすか悩んでいるんだけどね。

「...っと、着いた。」

 考え事をしながら歩いていたら、いつの間にか八束神社前に着いていた。

「あれ?誰かいる?」

 石段を登っていくと、神社に誰かいるのが目に入る。
 あれは...。

「椿ちゃんと、葵ちゃん?それに....。」

 那美さんは今日はいないみたいだ。...もしかしたら席を外してるだけかもだけど。
 でも、いつもは見ない人がいた。

「(優輝君はいない...?じゃあ、あれは...。)」

 珍しいと思った。優輝君以外の人と椿ちゃん達がいるのは。
 だけど、その人物は....。

「緋雪...ちゃん....!?」

 神社の右側の縁側に座っていたその姿を見て、私は驚く。
 長い黒髪の女の子。...緋雪ちゃんに、とても似ていた。

「あっ....。」

「っ....。」

 私に気づいたようで、女の子も私を見る。
 そして、すぐに気まずそうに顔を逸らした。

「(...似ている。けど、違う...。)」

 確かに緋雪ちゃんに容姿が似ていた。だけど、雰囲気が違った。
 むしろ雰囲気で似ているのは...。

「あー...司に見られたわね。」

「....どう説明しよう...。」

 椿ちゃんが頭を抱え、女の子も悩んでいた。

「別に、事情を説明できる相手だからいいでしょ。」

「...それもそうか。」

「そう言う訳よ。だから、説明しなさい。()()。」

「....えっ?」

 今、椿ちゃんの口からとても見知った名前が出たような...。

「どこから説明したものか....。」

「...ま、まさか...。」

 頭を掻きながら説明に悩む女の子を、私は震えながらも指さす。

「...優輝、君...?」

「...まぁ、誠に不思議ながら...。」

 気まずそうに目を泳がせながら、私の呟きが肯定される。

「ど、どうしてそんな事に...。」

「実は...。」

 聞くと、朝起きたら既にこうなっていたらしい。
 椿ちゃん曰く、神降しの代償とか...。

「そう言う事で、()は女の子になっちゃったって訳。」

「神降しで、どうして性別が...。」

 一人称どころか、今の優輝君は口調まで変わってしまっている。
 性別が変わっただけで、そこまで影響があるはずが...。
 いや、第一にどうして神降しで性別が変わるのかが分からない。

「まだ憶測でしかないけど、私...草祖草野姫を優輝は降ろしていた。その際、私を標としていたわ。それは分かるわよね?」

「う、うん...。あまり詳しくは知らないけど、大体は...。」

 私がアンラ・マンユに囚われていた時、優輝君は神降しをしていた。
 それで、解けた時に椿ちゃんも現れたから、どういうものかは少しは分かる。

「そして、優輝は神職者ではない。...つまり、例外的な神降しなのよ。」

「...だから、こうなったと?」

 イレギュラーなら、確かに何が起こるかは分からない。
 だけど、それだけじゃあ根拠として弱い気が...。

「本体と私は、女性。私を標とし、本体を降ろした優輝にも、それは影響するの。」

「...えっと...?」

「つまり、優輝は神降しの際に、(草祖草野姫)の影響を受けているの。」

「分かりやすく言えば、優ちゃんがかやちゃんに似た存在に近づいているって事だね。」

 葵ちゃんの補足に、何とか理解を追いつかせる。
 似た存在になる...。つまり、それって...。

「このまま神降しを何度もすれば、優輝の存在は意味消失するわ。」

「意味...消失...?」

「存在そのものが消えるのよ。」

「っ....!?」

 “存在そのもの”...。それは、元々そこにいなかった事にされるって事。
 私がやった記憶改竄とは違う、正真正銘の存在の消失。

「そんなっ...!?」

「もちろん、今はそうなる事もないわ。」

「でも、神降しの代償が少しずつ蓄積して、今朝その兆候が出たって感じだね。」

 まだ大丈夫。...そう、二人は言う。

「少なくとも、まだ一日分の時間は持つわ。...これも予想だけどね。」

「...それでも、安心はできないよ。」

「司....。」

 無意識の内に、心配して優輝君の手を握る。
 以前に握られた時と違って、女の子らしい手だった。

「...女性になった直接的な訳を言ってなかったわね。簡潔に言うと、優輝には私の“因子”が混ざっているわ。正しくは、“女性の因子”と言った所かしら?」

「それが原因で、優ちゃんは概念的に女性になっているの。まだただの性転換だから、雪ちゃんに似た容姿になったみたいだね。」

 兄妹だから、緋雪ちゃんに似た容姿になったという事なのだろう。
 とにかく、これで性転換の原因は分かったけど...。

「...戻るの?」

「それが分からないの。椿が言うに、因子が取り除かれれば、私は勝手に戻るらしいけど...。その因子をどうやって取り除くか...。」

 うぅ...女の子っぽい優輝君は違和感があるよ...。
 前世や以前にも女装姿と演技は見たけど、今はこれが素だから、余計に違和感が..。

「一日で戻るとは....。」

「言えないかな。幸いな事に、基礎体力以外は男の時のままだから、いざとなれば変身魔法で変装すればいいけど...。」

「そ、それは困るよ...!」

 優輝君の言葉に、ついそう言ってしまう。
 だって、女の子のままだったら...って、私は何を考えてるの!?

「だよね。でも、概念的な性転換かぁ...。」

「普通の性転換なら口調が変わる事はなかったわね。...“普通の性転換”なんて自分からしようと思わない限りないけど。」

 性転換と言っても、危機的状況ではないため、皆そこまで困っていない。
 私も、そこまで“何とかしなくちゃ”と慌てている訳でもなかった。

「...とりあえず、一日で戻るとは限らないから、事前に士郎さん達に説明しに行っておこうかな。明日の朝にいきなり知らせるのはアレだし...。」

「普通に説明しに行っても驚かれると思うよ...。」

 見た目は緋雪ちゃん、実際は女の子になってしまった優輝君。
 ...うん。驚いて固まる士郎さんが幻視できた。









       =優輝side=





「...ところで、優輝君の今の服、どこから持ってきたの?」

 とりあえず翠屋に行って士郎さんに説明しに、八束神社を出発する。
 その際に、司がそんな質問をしてきた。

「ちょっと緋雪の服を拝借しているの。創造魔法で作れても良かったんだけど、使われてないのはもったいないと思ってね...。」

 それに、服を創造して着るってなんかセコイし...。

「ふ、普通に着こなしてるね...。私、転生したばかりは戸惑ってたのに...。」

「私の場合は、因子によって心まで性転換してるからね。その分もあって、着こなせていると思うよ。それに、着方自体は知っているし...。」

 主に前世とか、以前の翠屋での手伝いとか...。
 ...それにしても、女性になるのに違和感がない事に違和感を感じる...。
 心まで女性になっているから、男の時との差異に違和感がないのが怖い...。

「.......。」

「どうかした?」

「ううん、ちょっと...。」

 先ほどから、司は私と話している時、何度も目が泳いでいる。
 なんというか、必死に違和感から目を逸らしているような...。

「やっぱり違和感がある?優ちゃんったら、起床時に驚いてからは、だいぶ順応しちゃってるからねー。あたしから見ても違和感が...。」

「そう言う事かぁ...。なんか、ごめんね?」

「ああいや別に今の優輝君が嫌って訳じゃ...。」

 早口でしどろもどろになりながらも、申し訳なさそうにする私に、司はそういう。

「なんというか、なまじ緋雪ちゃんに似ているせいで、重ねて見てしまう事もあって...。そ、それになんだか距離が近い...。」

「えっ?そう...かな?緋雪に似ているのはともかく、距離は...。」

 ...そこまで言って、確かに近い事に気づく。

「ごめんごめん。嫌だった?」

「ううん!そんな事はないよ!?...う、嬉しかったし...。」

「....?」

 後半が聞き取れなかったけど...まぁ、嫌がってないようだし、いいか。

「距離が近いのは...多分、私も女性になったから、同姓という事で近いんだと思うよ?ほら、前世の時に肩を組んだりしたでしょ?あんな感覚だよ。」

「な、なるほど...。」

 それだけ私が“女性”になっているという事でもある。
 ...今だって、心で考える思考でさえ、女性になっているし。

「...と、という事は、優輝君は私を女の子として見てくれてる...!?」

「...?当たり前でしょ?前世が男だったとはいえ、今は女の子なんだから、相応の接し方じゃないとダメでしょ?司が良くても、周りがいいと言う訳でもないし。」

 なんで当たり前の事を言われて嬉しそうなんだろう...?

「むぅ....。」

「大丈夫だよかやちゃん!あたし達だってちゃんと女の子として接してくれてるよ!」

「そう言う訳じゃないわよ!」

「ちょっ、ここで弓を出すのは禁止...!」

 葵の言葉に椿がつい弓を出そうとするのを、何とか抑える。

「はぁ...。まったく、着いたわよ。」

「そうだね。」

 ...さて、どう説明しようか...。
 桃子さんでも士郎さんでも恭也さんでもいいけど、驚かれるのは間違いない。
 店の妨害にならないように、どう説明しようか悩みどころだ。

「...とりあえず、昼食も兼ねて入っておこう。」

「どう説明するか考えてなかったのね。」

「うぐ...。」

 椿にあっさり見抜かれる。
 ちなみに、司は事前に家に連絡を入れて、私達と昼食を共にする事になっている。

「とにかく、厄介な相手には会いたくないかな。」

「あー...確かに...。」

 織崎とか、王牙とか。
 あいつらだと何しでかすか分かったものじゃない。





「...初っ端から鉢合わせしなくてよかった...。」

「今は厨房にいるみたいだね。恭也さんはいるけど。」

 高町家で接客を行っているのは今は恭也さんと美由希さんだけだ。
 店に入った時はその二人でさえなかったけど。

「厨房にいるなら、向こうが見つける前にこっちから行こうかな?」

「えっ?勝手に行っていいの?」

「気配を消していくから大丈夫。まぁ、注文を頼んでからだけどね。」

 ちょうど前を通った店員さんに注文し、私は椿と一緒に厨房へと向かった。
 椿が同行するのは、説明するのに適しているから。
 もちろん、気配も一般の人にはバレないようにしている。

「(恭也さんとかに気づかれるかもと思ったけど、大丈夫かな。)」

 殺気や敵意がないからか、偶然恭也さんにも気づかれなかった。

「...あ、ちょうどよかった。」

「士郎、少しいいかしら?」

 厨房の方へ向かう時に、ちょうど士郎さんとすれ違い、椿が話しかける。

「あれ?椿と...その子は?緋雪ちゃんに似ているけど...。」

「...さすが士郎。見間違えはしなかったわね。」

 私が話しかけても意味がないので、しばらくは椿に会話を任せる。

「彼...いや、彼女は優輝よ。ちょっと訳ありで性別が変わってしまったの。」

「簡潔にまとめたね。確かに、伝えるべき情報は伝えてるけど...。」

 ほら、士郎さんだって“冗談だろう?”って顔してるし。

「....本当なのかい?」

「...お生憎様、本当です。おまけに、ちょっと特殊な性転換なため、思考も含めて女性になっちゃいました。一人称も“私”ですし。」

「....なんというか、つくづく君達には驚かされるよ...。」

 もう、慣れてきたのかな?呆れられた...。

「それで、どうして僕に?」

「一日で戻れるとは限らないから、事前に知らせておこうと思ったのよ。」

「明日は学校がありますから、その事も含めて...。」

「戻らなければ、休むから...か。分かった、そういう事なら仕方ないな。」

 どうやら、簡潔とはいえ分かってもらえたようだ。
 後は、ここで昼食を取るため、しばらく客としている事を伝え、司達の所へ戻った。

「どうだったの?」

「士郎さん、さすがに慣れてきたみたい。そこまで驚かれなかったよ。」

「あはは...。」

 元々“裏”の仕事とかもやってたみたいだし、経験もあるんだろうね。

「後は、厄介ごとが起きなければいいけど...。」

「...優輝君、そう言うと、逆に...。」

 司がそこまで言いかけた所で、店のガラス越しに見知った人物が通る。

「アリサ、すずか?どうしてあんなに走って...。」

「あっ...。」

 なぜ二人が走っているかと思えば、それを追いかけるように王牙がいた。

「...起きたね。厄介ごと。」

「....面倒くさいなぁ...。」

 葵に言われ、私は頭を抱える。
 司達曰く、今の私はパッと見、緋雪に見えるみたいだしな...。
 雰囲気とか、なんとなく別人だっていうのはすぐにわかるみたいだけど...。

「(アリサとすずかにとって、翠屋は一種の避難場所だからなぁ...。)」

 並の強盗だと撃退される程の防衛力だからね。
 そして、やはりと言うべきか、二人は店に避難してきた。
 だが、王牙は店に迷惑を掛けるのもお構いなしに入ってくる。

「あっ、司さん!それに椿さんと葵さんも!」

「すみません、あの...!」

 アリサとすずかは私たちを見つけたからか、助けを求めてくる。
 ...しょうがない。いつも通り対処しようか。...今女性だけど。

「えっ...?」

「今の、緋雪ちゃん...?」

「二人とも、下がって。」

 引き寄せるように二人を私の後ろにやり、私は王牙と相対するように立つ。

「お....?」

「......。」

 私が立ちはだかった事により、王牙も立ち止まる。

「っ......。」

「(後々黒歴史になるかもしれないけど、仕方ないか。)」

 今の私は相手にとっては“見知らぬ誰か”だ。緋雪に似ているけど。
 だから、それらしく振舞わさせてもらおう。

「嫌がっている人を追いかけるのは、どうかと思うよ?」

「.........!」

 ...さて、どう来るかな...?

「わ....。」

「....?」

「悪かった....。」

「ええっ!?」

 まさかの素直に謝ってくるという事態に、アリサが驚きの声を上げる。
 ...まぁ、普段は滅茶苦茶しつこいのに、素直に従ったら...ねぇ?

「ちょ、ちょっと!今まで散々しつこく追いかけてきた癖に、どういう心変わりなの!?」

「........。」

 王牙はなぜか私から顔を逸らし、気まずそうに頬を掻く。

「(まぁ、とりあえず...。)これからは、迷惑かけないようにね?」

「っ...!?わ、わかった...!」

 そういって王牙は立ち去って行った...。
 ...ホントに、むしろ気持ち悪いくらいに素直だったなぁ...。

「...まさか...。」

「葵?」

「いやいや、あたしの気のせいだよ。何でもない。」

 後ろで、葵が何かに気づいた素振りを見せる。
 ...それにしても、この後二人にどう説明しようか...。





「...もはや、なんでもありね...。」

「まさか、女の子になってしまうなんて...。それも、緋雪ちゃんにそっくり...。」

「見れば色々違うのだけどね。」

 結局、司の時のように簡潔に説明する事になった。
 それから、二人も同席して一緒に昼食も取る事になった。

「わぁ、やっぱり昼だから多いなぁ...。」

「幸い、席は空いているみたいだな。」

 その時、また来客があった。

「っ....!」

「ゆ、優輝君!?」

「ど、どうしてこういう時だけエンカウントするの...?」

 その知っている声に、思わず私はテーブルに頭を打ち付ける。

「よ、よりによって神夜達ね...。」

「空いてる席、近いから気づかれるよ?」

 私たちのいる席の左斜め後ろと前が空いており、他は埋まっている状態になっている。
 今の私はともかく、アリサやすずかがいるから気づかれるのは必然だ。

「...誤魔化そうかな...。」

「それが一番マシな方法ね。」

「でも、どう誤魔化すの?」

 私が優輝だと気づかれなければ、適度にあしらえば済むだろう。
 ...私相手だから織崎は絡んでくるのだから。

「適当に、親戚って扱いでいいよ。それと、名前は優奈とかで。」

「下手に他人だというより、親戚の方が無難だからねー。」

「じゃあ、それで。司達も頼むわよ。」

 そういう訳で、今の私は“志導優奈”という架空の親戚という事になる。
 椿たちと一緒にいる経緯は適当に誤魔化して口裏を合わせてもらおう。

「あれ?アリサちゃんにすずかちゃん?」

「司も...?」

 そして、席に座った織崎たちが、私たちに気づく。
 ちなみに、面子は織崎の他に、なのは、フェイト、はやてだ。
 それから、おまけに...。

「(なんで、奏とアリシアまで...!リニスさんも付き添ってるし...!)」

 後からその三人も来店してくる。
 誰も待ち合わせとかしていないのに、どうしてこんなに集まる...!

「あれ?皆?」

「偶然...。」

「珍しいですね。」

 席に座る際に、当然のように三人も私たちに気づく。
 ...さて、そろそろか...。

「あれ?その子は...?」

「........。」

 私は壁際の方に座っていたため、先にアリシアのグループが気づく。
 ...それより、気づいた奏がじっと見つめてくるのが気になる...。

「えっと、優輝の友達かな?私は優奈。優輝の親戚なの。」

「っ....。」

 初対面らしく自己紹介する。
 こら葵、そこで笑いを堪えない。ばれちゃうよ。

「親戚...?」

「ちょっとこの街に寄る事になって、ついでだから優輝の様子を見にね。聞いた話じゃ、色々苦労しているみたいだし心配だったの。」

「へぇ~それで...。」

 いつの間にかアリシアがこっちの席に来ている。

「だから緋雪に似ているんだね。」

「うん。...もう会えないのは、寂しいけどね...。」

「あっ、ごめん...。」

 本当の親戚っぽく振舞っていると、同情を買ってしまったようだ。
 心苦しいけど、誤魔化せているみたい。

「...本当に演技?」

「優輝君、演技が上手いから...。」

「器用ね...。」

 傍でアリサ達がぼそぼそと話している。
 聞こえたらまずいから遠慮してほしいんだけど...。

「でも、どうして優輝といないの?」

「それが、留守みたいでねー。そこで家にいる椿と葵に会って、なんやかんやあって今ここにいるの。あ、私の両親は用事を済ませるために別行動だよ。せっかくだから遊んで来いって言われてね。」

「へぇー。」

 あれ?アリシアとしか会話してないなぁ...。
 まぁ、アリシアはコミュ力もあるから必然的に多く会話するからなんだけど...。

「所で、優輝の事どう思ってるの?」

「優輝の事?」

 アリシア、なんでそんな恋愛的な事を聞いてくるの...?
 ...とりあえず、自分を客観的に捉えて答えるか。

「...手の掛かる弟みたいなものかな。いっつも無茶して体痛めて...。知ってる?優輝ったら、緋雪を助けるために助けも呼ばずに不審者に立ち向かったんだって。幸い、優輝の両親が駆け付けて事なきを得たみたいだけど。」

「それは...確かに無茶だね...。」

 ちなみにこれ、実話だったりする。
 まだ両親が行方不明になる前に、近所で噂になってた誘拐犯に緋雪が狙われて、誘拐されそうになったのを止めたって感じ。

「....でも、やる事は絶対にやるって、頑固な程に意志を貫く子でもあるね。」

「あ、わかるよ!諦めが悪いっていうか...それに結構優しいって事で評判だよ。」

「あ、そうなの?」

 初耳だなぁ...。私、周囲にそう思われてたんだ。

「っと、そうだ。ここに来たのなら、気を付けた方がいいよ。王牙帝っていう、ちょっと...アレな人がいるから...。」

「アレ?」

「かわいいと思った子なら誰でも嫁扱いするんだよ!言い聞かせても意味がないし...!あ、ちなみに容姿は銀髪で顔はいいからわかりやすいよ。」

 うわぁ、嫌われてるなぁ、王牙。自業自得だから仕方ないけど。

「あ、それならさっき出会ったかな?でも、店に迷惑だって言ったら、素直に引き下がってくれたけど...?」

「嘘ぉっ!?」

 そこまで驚く事?...だね。うん。
 織崎のグループも今の話を聞いて驚いていたし。

「しっ、お店の中だから...!」

「あ、ごめん...。にしても、まさか引き下がるなんて...。」

「あたし達も見た時は驚いたわよ。」

 私自身、驚いていたりする。まるで様子が違ったし。

「ま、とにかく、普段は本当にしつこいから、気を付けてね?」

「分かったよ。」

 念を入れて言ってくるので、とりあえず頷いておく。

 この後は、食事しながら会話を楽しんだりした。
 椿たちも私の演技に慣れてきたのか、会話に混じるようになった。
 ちなみに、アリサや司が所々ボロを出しそうになったけど、まぁ何とか誤魔化した。

 そして、しばらくして先に私たちは店を出たんだけど...。





「...ずっと見てたみたいだけど、何か用でもあるのかな?」

「......。」

 織崎が、ついて来ていた。
 ...この調子だと、まだ何か面倒ごとになるなぁ...。









 
 

 
後書き
おや、帝の様子が....?

TS優輝の容姿は緋雪にカチューシャの代わりにリボンを付けた感じです。
パッと見、緋雪ですが、よく見れば違うという感じです。(王牙も違うと即座に理解しました。)

一話完結のつもりが二話に渡るとは...。 

 

第99話「ふざけないで」

 
前書き
今回は神夜がアホな事をぬかします。
むしろ神夜の方が踏み台らしくなってきた...。
 

 






       =out side=





「あれ?アリサとすずかはついて行かないの?」

「元々偶然会っただけだしね。」

 翠屋にて、残ったアリサ達に、アリシアが話しかける。

「.......。」

「奏、ずっと優奈の事見てたけど、どうかしたの?」

「....何でもないわ。」

 終始無言だった奏にアリシアが聞くが、奏ははぐらかす。

「それにしても、神夜が追いかけて行ったね。」

「...大方、司さんを追いかけに行ったんでしょ。好きみたいだし。」

 神夜もいなくなっている事について、アリシアが言うが、アリサがばっさり言い捨てる。
 自身を魅了していた張本人なため、もう好意的に見る事ができないのだ。

「.......。」

 そんな会話を余所に、奏は何かを考えるように昼食で頼んだ料理を食べていた。









 一方、優輝達の方では...。

「(...あれ、もしかして...。)」

 姿を現した神夜に、司はある事に思い当たる。

「ま、待っ....!」

 司が慌てて優輝...優奈を呼び止めようとするが、もう遅かった。
 優輝はそのまま、神夜と目を合わせる。

「(女の子になったんだったら、もしかしたら魅了が...!)」

 そう。司は魅了について懸念していた。
 優輝は今まで男だったため、魅了に対する耐性に関して何もしていなかった。
 司の加護も、優輝に対しては発動した事がなかったので、掛けられていない。
 つまり、魅了対策がないまま、優奈は神夜と向き合ってしまったのだ。

「...どうしたの?司。」

「え、あれ....?」

 何かを言いかけた司に気づき、優奈は振り返る。
 その平気そうな様子に、司は拍子抜けする。

「(ぶ、無事...?)な、なんでもないよ...。」

「...?そう?」

 とりあえず、平気そうだという事で、司は何でもないと誤魔化す。
 その様子に優奈や椿達は訝しむが、安堵している様子から大丈夫だろうと判断する。

「(確か、魅了が効かない人は、魅了に対する耐性があるか、好きな人が既にいるからだったはず...。でも、耐性がある人なんて、早々いるはずが...。)」

 魅了が効かなかったのはいいものの、その訳を考えてしまう司。
 耐性を持っている人が今までいなかったため、必然的に好きな人がいると考える。
 ちなみに、マテリアルズは司のリンカーコアから吸収した闇の書のデータから耐性を得ていたが、覚えていないのでノーカンである。

「(じゃ、じゃあ優輝君には既に好きな人が...!?そ、そんなぁ...。)」

「...司ちゃん、大丈夫?」

 変な事をどんどん考えてしまう司に、葵が話しかける。
 しかし、聞こえていないようで、司はさらに思考を加速させる。

「(だ、誰が好きなんだろう...緋雪ちゃん?それとも椿ちゃん?葵ちゃん?...もしかして、前世の初恋である安那ちゃんだったり?...うぅ....!)」

 誰が好きなのだろうかと、司は邪推してしまう。
 そこで自分を候補に挙げない辺り、謙虚さが見て取れる。

「(で、でも、優輝君が自分から好きになったんだもん。仕方な....くないよ!諦めきれないよぉ!うぅ、でも....。)」

「....それ。」

「はうっ!?」

 あぅあぅ声を漏らしながら悩む司に、葵がチョップを叩き込む。

「だ、大丈夫?」

「え、ぅ......。」

「ちょっ、司!?」

 心配そうに優奈が覗き込んだ事により、司は思考がオーバーヒートを起こし、気絶する。
 思いがけない展開に、椿がすかさず介抱しにかかる。

「司!?」

「...知恵熱みたいなものね。何か考えすぎたのかしら?」

 司が気絶した事に神夜が駆け寄ろうとするが、椿が妨害するように容態を言う。

「ちょっとそこで横にさせておくから、さっさと話を済ませなさい。」

「あ、うん。わかったよ。」

 近くにあった日陰で寝かせれる場所に、椿は司を寝かせ、優奈に話を促す。

「気を取り直して...それで、なんの用なのかな?」

「あ、ああ...言っておきたい事があったんだ。」

 気絶した司が心配なものの、神夜は用件を話し始める。

「親戚である君には言いづらい事でもあるんだが...あいつには関わらない方がいい。」

「...優輝の事?どうしていきなりそんな事を言うの?」

 いきなり知らない相手に親しい人物と関わるなと言われれば当然の反応である。

「...あいつは、君が思うような奴じゃない。もっとひどい奴だ。」

「あんた、まだそんな事を...!」

 神夜の言葉に、呆れ果てるように言おうとする椿。
 だが、それを遮るように、優奈が手で制する。

「...どうひどいって言うの?」

「上辺に騙されちゃいけないんだ。あいつは人を言葉巧みに騙すんだ!そこにいる椿や葵、司だって、皆あいつに...!」

「...根拠はあるの?」

 段々と、声色が低くなっていく優奈。
 怒りを抱いているのが、背後からでも椿たちに伝わる。

「ああ。あいつに騙された人たちは、皆あいつに盲信的になっている。あいつがどんなに間違った事をしても、それを信じるんだ!」

「っ......!」

 “どの口が”と、怒りに任せて椿は怒鳴りそうになる。
 しかし、目で手を出さないように言う優奈を見て、何とか抑え込む。

「緋雪だって、あいつのせいで死んでしまったようなものだ...。皆、あいつに洗脳されているんだ!だから、あいつに関わったら...!」

「....いいよ。もう、いいよ。」

 未だに何か言おうとする神夜に、優奈はそう告げる。

「...いい加減にしなよ。」

「っ....!?」

 神夜を見るその瞳は、明らかな“怒り”を抱いていた。

「洗脳?騙されてる?...優輝の事を知ろうともしないで、よく言うよ。」

「ぇ.....?」

 それは、親しい相手を馬鹿にされた時のような怒り。
 その怒りに、椿と葵は違和感を感じる。

「ご両親がいなくなって、緋雪まで死んでしまって...どれだけ優輝が苦労していると思っているの!?それなのに“ひどい奴”?ふざけないで!!」

「っ.....!?」

 優奈の怒号が飛び、神夜は怯む。
 なお、辛うじて葵が防音結界を張ったため、周囲には聞こえていない。

「必死に生きて、緋雪だけでも守ろうって思って...なのにまた家族を失って...優輝の本当の気持ちを知らない癖に!」

「うぐ.....。」

 本気で怒っている優奈に、神夜は何も言い返せない。

「今は椿と葵がいるから、多少はマシだよ...。だけど、それでも頼れる親がいないのが、どれだけ苦しいか....!」

「あ、あいつの両親は別に死んでなんか....。」

「死体がないから、行方不明とでも?...関係ないよ。重要なのは、いるのか、いないのか。傍にいないのがどれだけ苦しいのか、分かっているの?」

 椿や葵でさえ、演技とは思えない優奈の怒り。
 その気迫に、神夜は完全に押されていた。

「ち、違う、あいつの両親は生きて...。」

「適当な事を言わないで!」

「うぐっ...。」

 突き放すように神夜の体を優奈は押す。

「優輝の気持ちを理解しない...しようともしない。そんなあなたが、勝手な考えを私たちに押し付けないで!」

「お、俺は...ただ忠告を...。」

「良かれと思ってやっているっていうの?本当、ふざけないで!勘違いな上、ありがた迷惑なの!」

 このままビンタでも繰り出すかのような気迫に、神夜は何も言えなくなる。

「っ.....。」

「...もういい!あなたとは何を話しても無駄みたい!」

 そういって、優奈は椿たちの方へ振り返る。

「....行くよ。司は私が背負うから...。」

「...わかったわ。」

 優奈の態度に茫然とする神夜を放置し、優奈たちはその場を去った。





「......ぁ...。」

「優輝、それ本当に演技なの?私たちですらそうは思えなかったのだけど...。」

 とりあえず神社に戻ろうとする最中、椿がそういう。
 何かに気づいたように呟いた優奈が、その言葉に反応する。

「あ、れ....私、さっきまで何言ってた?」

「え...?どういうこと...?」

 まるで、先程の事を覚えていないように言う優輝に、椿は訝しむ。

「実は...途中から記憶がないんだけど...。」

「ちょっ、それってどういう...。」

 “事なのか”と聞こうとした時、そこへ誰かが追いついてくる。

「...あれ?奏ちゃん?」

「.......。」

 昼食を食べ終わったらしい奏が、少し息を切らして追いついて来た。
 そして、そのまま優輝を見つめる。

「....優輝さん、よね?」

「えっ....。」

 どこか確信めいたような瞳で、奏はそう言った。

「...優輝さんが留守にしては、椿さん達がそれに同行していないのは不自然。何かしら事情があるなら、事前にそれを説明するくらいには、椿さんと葵さんは用意周到だから、敢えて別行動という線も薄い....。」

「........。」

 奏の考察を、優輝達は黙って聞く。
 所々、まさかそこに気づかれるとは思わなかった箇所があり、少し驚く。

「...そして何よりも、優輝さんの話が度々出ていたのに、椿さんも司さんも一切驚くような反応を見せなかった。....だとしたら、何かしらの理由で優輝さんの性別が変わった...って考えただけ。」

「しまった...そこは盲点だったなぁ...。」

「確かに、皆が知らない話を出したら何かしらの反応を見せるのが当然よね...。」

 気にしている相手に関する事だからこそ説得力がある考察に、椿と葵も素直に認める。

「....大当たりだよ。まぁ、ちょっとした事情で思考含めて女性になったの。」

「当然、優輝の親戚の優奈なんて存在しないわ。架空の人物よ。」

 諦めて簡潔に説明する優輝と椿。
 別に、優輝について知っているため、そこまで誤魔化す事でもないからだ。

「...でも、本当に凄い演技だった...。まるで本物みたい...。」

「...あー...その事なんだけど...。」

 先程の優輝の反応から、葵が何かあるのかもしれないと、言い淀む。

「...リヒト、私がさっきまで何を言っていたか、記録してる?」

〈はい。...しかし、本当に覚えていないのですか?〉

「どうやら...ね。」

「...?どういう事...?」

 どういう事か分からない奏を余所に、優輝はリヒトの記録を再生させる。
 再生されるのは、先程の神夜とのやり取りだ。

「....え、これ...本当に、演技...?」

「奏ちゃんもそう思う?あたし達も一瞬演技じゃないかと思ったよ。」

 あまりに“それらしい”やり取りに、さしもの葵たちも演技だと思えなかったらしい。

「...実際、演技じゃなかったのかもね。」

「...どういうことか、説明してもらえるかしら?」

「いいよ。けど、それは八束神社に戻ってからね。」

 優輝の言葉に疑問を持った椿に対し、とりあえず神社に戻ろうと提案する優輝だった。









       =優輝side=





「ぅ....ん...。」

 神社に着き、司を縁側に寝かせると、ちょうど目を覚ました。

「あれ...?ここは...。」

「神社よ。目が覚めたかしら?」

 気絶する寸前の事を覚えていないかのように、ボーッとしている司。
 段々と思い出したのか、目も覚めていったようだね。

「そ、そっか、私気絶して...あれ?奏ちゃん?」

「あの後ついて来てたみたい。...それと、気になった事があってね...。」

 リヒトの記録と共に、先程の記憶がない事を説明する。

「...結局、記憶がないのと、この演技に思えないようなやり取りはどういうこと?」

「多分...なんだけど...人格を増やしちゃった...的な?」

 憶測でしかないけど、先程までの記憶がない事、織崎とのやり取りに出てきていた言葉などから考えると、“志導優奈”という人格を創ったのだと思う。

「私、演技をする時はなりきろうとするから、女性の因子が影響してその時に人格そのものを創り出したんだと思う。」

「人格の創造って...。」

「二重人格の式姫もいたけど、創り出すのはさすがに見た事ないよ...。」

 へぇ、二重人格の式姫とかもいるんだ。....じゃなくて...。

「女性になった事で人格が増えたのかもしれないから、さっさと元に戻れるようにしないと、また何か起きてしまうかもしれないんだ。」

「...甘く見ていたわね...。人格が増えるなんて結構異常よ。」

 女性の思考になった事で人格が増えてしまったのだとしたら、もしかしたら男性としての“自我”がなくなる可能性もある。
 そうならないためにも、早期の解決が望ましい。

「でも、戻し方が分からないのに、どうやって...。」

「ずっと考えてたんだけど、今の私は椿の因子があるから女性になっているの。...だったら、椿と何か...とにかく“因子が戻る”行為をすればいいんじゃないかな?」

 尤も、それが分からないんだけど。

「どうやって私に因子を戻すか....。」

「神降し...は論外だね。そもそもこれが原因だし。」

「ちょっと待って、試してみる。」

 そういって、私は自身に解析魔法をかける。
 それだけじゃなく、霊力で因子が感じ取れないか確かめる。

「(ただ状態を解析するんじゃなくて、魂とか...そういうのを染色体を見るイメージで解析する...。因子なんて、視覚化できる訳がないし。)」

 私はまだ魂を“視れる”訳じゃない。だから、違うイメージで解析する。
 そうすれば、少しずつ因子が分かってきて...。

「ゆ、優輝?」

「...接触とか、傍にいるだけで因子は戻ってるみたい。」

 少しずつ...ほんの少しずつだけど、椿に因子が動いている。
 それに、少し触れてみたらその動きが速くなった。

「なるほど。“繋がり”を強くすれば、それだけ早く因子が戻るって訳ね。」

「繋がり...パスを太くすればいいんじゃないかな?」

 式姫と私のパスを強くする...。いや、どうやって?
 霊脈の近くとはいえ、パスを弄ってこれ以上太くは....。

「あっ....。」

「ど、どうしたのよ。」

 一つだけ、方法があった。
 霊力としての“繋がり”は、概念的な側面が大きい。
 なら、概念的な分野で“繋がり”を太くすればいい。つまり...。

「...椿、とんでもなく恥ずかしい目に遭う代わりに私が元に戻るのが早くなって、多分全盛期の力に近づけるのと...そんな目に遭わずに自然に治るのを待つ...どっちがいい?」

「い、いきなりな質問ね...。というか、恥ずかしい目って一体...。」

「それは...。」

 ...あまり言葉にはできない。言うと多分拒絶されるし。

「まぁ、とんでもなく恥ずかしい目になるのは確かだよ。なんなら防音と遮断の結界を張って見られないようにしてもいいけど...。」

「そ、そこまでなのね...。」

 私の言葉に、椿はしばらく考え込み...。

「...まぁ、いいわよ。これまで散々葵に弄られて恥ずかしい目には遭ってるし。べ、別に全盛期に近づけるからするのよ!勘違いしないでよね!」

「そう?まぁ、一応結界は張っておくね。」

 言質は取ったし、遠慮なく...ではないけど、やらせてもらおうかな。
 あ、ツンデレ発言についてはスルーだよ。皆ほっこりはするけど。

「えっと、何を...。」

「ごめん、ちょっと見せられないよ。」

「見せられないの!?」

 司が気にしていたけど、結界を張って完全に遮断する。
 これで、破られない限り見られないはず...。







       =椿side=





「...なんというか、凄い嫌な予感がするのだけど...。」

 結界を張って、外からは見えなくなったみたいだけど...中からは丸見えなのよね...。
 それに、どこか優輝の雰囲気が妖艶に...。

「まず最初に言っておくよ。....ごめんね?」

「えっ?.....っ!?」

 そういうや否や、優輝は私に近づき...口づけをしてきた。

「な、なにをっ...!?」

「ん......。」

 舌も入れられ、私は喋れなくなる。
 あまりの驚きに、隠していた耳と尻尾を出てしまったみたい。

「....!(これは...霊力...?)」

「ん...っ....。」

 舌を絡められながらも、そこから流れ込んでくる力に私は気づく。
 だけど、こんなのされたら力が抜けちゃう...!

「んん...!ふっ....ぁ...っ...!」

「ん....ふ....は、ぁっ...。」

 膝に力が入らなくなり、体勢が崩れる。
 その拍子に、一度口が離れるけど....。

「....椿も、霊力を流して?」

「っ....!?」

 “ぞくぞく”と、耳元で囁かれた瞬間に体からさらに力が抜ける。
 そのまま縁側に倒れ込むように座り...。

「...わ、わかった...わ....。」

 つい、素直に優輝のいう事に従ってしまった。

「ん...ふ、ぁっ....。」

「ん...ちゅ....。」

 再び口づけされ、力が抜けていく。
 脳までとろけさせられるような、そんな感覚に、私はなすがままだった。

「(こ、これ以上されたら....!)」

 恥ずかしさや、様々な感情が入り混じり、熱に浮かされるように意識が薄れる。
 そんな中、私はただただなぜこんな行為をするのか、疑問に思った。







       =優輝side=





「ん....これぐらいでいいかな?」

 完全に顔を赤くして固まっている椿を見ながら、私は満足して頷く。
 ...決して、アレな意味で満足じゃないからね?

「互いに霊力を流し合い、さらに体液を交換する事で霊力の繋がりを強くする...。うん、概ね予想通りだったね。」

 導王の時に見た文献に、同じような方法で魔力供給などをしていた地域があり、その理屈が今回のように概念的な分野があったため、もしやとは思ったけど...。

「凄い効果的だったなぁ...。」

 今までの繋がりの三倍以上を軽く超えるレベルだった。
 それほどまでに、椿との繋がりが強くなった。

「...でもまぁ、椿には悪い事したなぁ...。」

 今は女同士だとは言え、無断でキスしたのだ。
 多分、元に戻ったら色々言われるだろうなぁ...。

「まぁ、とりあえず...。」

 顔を赤くし、虚空を見つめている椿を軽く叩く。
 すると...。

「っ......!」

「えっ!?」

 絡みつくように抱き着かれた。ふと見れば、尻尾を千切れんばかりに振っている。

「あっ、しまっ...!」

 抱き着かれ、倒れ込む拍子に張っておいた結界の術式に触れてしまう。
 さらに、私自身も結界の壁にぶつかり、結界が割れてしまう。

「....えっと、優ちゃん?」

「こ、これって...。」

 外で待っていた皆が私たちの様子に固まる。

 ...まぁ、当然だろう。
 今の私は、顔を上気させた椿に抱き着かれている状態なのだから。

「つ、椿....?」

「.....!」

 まるで甘えるかのように椿は私に体を擦りつけてくる。

「....何したの?」

「ちょ、ちょっと繋がりを強くする行為を...。...多分、その結果椿の色々な箍が外れてこんな暴走状態みたいに...。」

「なにしちゃってるのさ...。」

 完全に顔が蕩けちゃっている時点で、何をしたのか皆大体察したのだろう。
 例え間違った察し方でも、顔を赤くしている時点で、近しいものを想像したのだろう。
 ...葵だけはいつも通りの調子だから分からないけど。

「....?あれ...?」

「今度はどうしたのさ優ちゃん...。」

 私の呟きに葵が呆れたような声で聞いてくる。

「いや...なんというか...女性でいる事に、違和感が...。」

「いや、普通は違和感があると思うよ?」

「...そういう事じゃないと思うよ。多分、これは...。」

 私に突っ込んだ司にそう言いつつ、葵は私をじっと見つめてくる。

「...兆候、かな?これなら早いうちに元に戻れるかも。」

「....よかった。」

 今日中とまではいかなくても、これで早めに元に戻る事がわかった。
 繋がりを強くした事で、私に混じっていた椿の因子が戻っているのだろう。

 早めに戻ると分かった事で、司と奏もホッとしている。
 やっぱり、元の姿の方が馴染み深いからそっちの方がいいんだろうね。

「さて、そうと分かれば家に帰って戻るのを大人しく待つとするよ。...椿をこのまま放ってはおけないしね...。」

「そうなったのは優輝君が原因な気がするけど...うん、それじゃあここまでだね。」

 そういって、私たちはそれぞれ家に帰っていった。
 あ、椿は私が背負ったよ。何故か離れようとしてくれなかったから。







 結局、椿は家に帰っても元に戻らなかった...いや、調べてみた限りだと、どうやら無意識に動いているだけなようで、つまりは気絶してるだけらしい。
 葵曰く、私に対する気持ちだけで動いているかもしれないとの事。

 ...とりあえず、元に戻ってからが怖いなぁ。









 
 

 
後書き
せ、せ、セーフッ!!
口づけだけだからなんの問題もないです!プリズマな魔法少女でもやってたから!
所謂体液交換になる行為ですが、概念・関係的な意味で“繋がり”を強くする事で、パスを強化する...そんな感じの設定です。

司がやけに深読みしていますが、キャラ紹介のステータスの通り、耐性があるだけです。
何気に、人格が変わっている時は地の文の名前を変えています。 

 

第100話「平穏な日々」

 
前書き
記念すべき(?)100話目。
それにしても前回の蛇足感ェ...。
前回で綺麗に終わらせられなかったので、後日談と共に平穏な日々のお話です。
 

 






       =優輝side=





「....ん....。」

 自然と目を覚まし、目覚まし時計で時間を確認する。
 ちなみに、目覚ましの設定はしているけど、大抵それより前に起きるので使わない。

「....ん?んん...?」

 起き上がり、目に入った手を見て、()は気づく。
 ...男に戻っている事に。

「...朝に女になって、朝に元に戻る...か。」

 まぁ、早めに戻ってよかったよかった。
 やはり、昨日の椿とのアレが相当効率をよくしたのだろう。
 ...結果、椿には悪い事をしてしまったという罪悪感があるけど...。

「(女同士だからノーカン...とはいかないだろうなぁ...。)」

 反応と、無意識下とはいえ僕に散々甘えてきたし...。
 ...うん、しばらくまともに口を利いてくれなさそう。

「...とりあえず、起きるか。」

 ちなみに、パジャマは普通に僕のを使っていた。
 予想していた訳じゃないが、こうして朝起きた時戻っている可能性もあったからな。
 ...寝る時はぶかぶかで不便だったな...。

「(起こさないように...起こさないように...。)」

 そして、今僕の隣には椿も眠っている。
 昨日、結局元に戻らず、寝食を共にしたのだ。後お風呂も。
 ここで起こしてしまえば...うん、ややこしい事態になる。

「よし...。」

 何とか起こさずにベッドから降り、着替えてからリビングに行く。
 まだ朝が早いから、いつもの日課を終わらせて学校の弁当を作るか。





「あ、おはよう優ちゃん。元に戻れたんだね。」

「おはよう葵。...まぁ、学校までに戻れてよかったよ。」

 日課の走り込みなどを終わらせ、弁当を作っていると葵が起きてきた。

「かやちゃんは?」

「起こす訳にもいかないから、僕の部屋で寝てるよ。」

「そうなんだ。」

 まだ起きていない所を見るに、アレが余程効いたみたいだな...。

「...そういや、今更だけどさ。葵は吸血鬼だから本来は夜型だろ?普通に早起きとかしているけど、吸血鬼としてそれは大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。優ちゃんが学校に行っている間とか、暇な時は寝てるから!」

 なるほど。...それに、式姫で吸血鬼だから、そこまで影響なかったりもするのか。

「あ、そうだ。ついでだから椿を起こしてきてくれるか?僕が起こすより、葵が起こす方が反応としてはマシだろうし。」

「そうだねー。色々あるだろうねー。」

 にやにやとしながら、葵は了承して僕の部屋へと向かった。
 ...どうなる事やら...。







「おはよう。」

 しばらくして、僕は教室の扉を開け、自分の席に座る。

「(...どうやって機嫌取ろうかな...。)」

 結局、椿とは碌に口を利けなかった。
 話しかけようとしても、露骨に避けられるし、凄い睨まれてしまう。
 どうやら、無意識下で行っていた時の事も少しばかり覚えているみたいだった。

 ...ただ、花も咲き乱れていた事から、恥ずかしさの気持ちが勝っているだけで、ただ嫌がっているだけではないのは理解できた。
 椿にとって、嬉しい事でもあったらしい。

「あ、優輝君。」

「おはよう、司。」

 ふと、そこへ司が来る。
 男に戻ったのを見て、少し驚いているみたいだ。

「...元に戻ったんだね。」

「朝起きた時にな。ただ、椿が...。」

「...結局、どうなったの?」

 他の人に聞こえない程度の声量で、司に軽く説明する。

「....と言う訳で、結局葵を通してじゃないと碌に会話できない。」

「それは...椿ちゃんも恥ずかしいだろうね...。」

 まぁ、威嚇してくる子猫みたいなもので、可愛らしいものだけどな。
 別に、嫌われた訳じゃないし。

「でも、椿ちゃんがああなるなんて...ホントに何したの?」

「...ちょっと、ここでは言えないかな...。」

「......むー...。」

 さすがにキス...それも相当アレだったから、そのまま伝える事はできない。
 ただパスを強くするためだけで、別に変な意味じゃない...と言う方が失礼か。

「(あの時は女だったから、余計に抵抗がなかったんだよなぁ...。)」

 今だと異性だから抵抗があるからな。

「...また後で聞かせてよね?」

「了解。時間があればな。」

 司はそう言ってから一度自分の席に行く。
 ...少しだけどこか不機嫌そうだったけど....椿の事かな?

「よっす優輝。まーた羨ましいなこの野郎!」

「っと、なんだよ(さとし)。別にいつもの事だろう?」

 いつもの男友達である聡が、肩を組むようにしながら僕に言う。

「“いつもの事”にできるのが羨ましいんだよ!」

「言っても、親友だしなぁ...。というか、お前にも幼馴染がいるだろう?彼女だって容姿が悪い訳ではないのに、どうしてそこまで司にこだわるんだよ。」

玲菜(れな)はただの幼馴染だし、聖奈さんは学校でも大々的に有名だからな。知名度って奴の差だよ。...多分。」

「おい。」

 玲菜は、聡の幼馴染らしく、僕も何度か顔合わせした事がある。
 学校では数少ない魅了が効かない人で、容姿も悪くない。
 ちなみに、魅了が効かない事から分かる通り、彼女には好きな人がおり...。

「聞いてるぞ、本人が。」

「え...?...げっ。」

「“げっ”って何よ!“げっ”ってー!!」

 その好きな相手が、こいつだ。時間があれば別クラスなのに会いに来るくらいだ。
 僕が言うのもアレだが、さっさとくっついてほしい。

「(ま、こういう光景が“日常”って感じがして、いいんだけどな。...最近は、そんな日常からかけ離れてたし、偶にはこういうのもいいだろう。)」

 昨日が昨日なだけに、改めてそう思えた。





「優輝君、椿ちゃんと何をしてたのか、聞かせてもらうよ。」

「...私も、気になる...。」

「そのためだけに一緒に帰ろうと言ったのか...。」

 普通に学校は終わり、放課後。
 司から一緒に帰ろうと提案され、乗ってみると昨日の事で言及された。奏も同伴だ。

「...ま、あまり人には聞かせられないから、下校中に話すのはちょうどいいな。」

 防音の霊術でも使えば他の人に聞かれる事もないし。

「さて、聞かせてもらうよ。」

「...何度も言うが、あまり言いたくないんだが...。」

 観念して話す事にする。

「前提として、これは女性の精神状態だったからこそした事であって、今はする気にはならないからな?椿にも悪いし。」

「そういえば、“恥ずかしい目”って...あの、大体察せたんだけど...。」

 話す前から二人ともある程度は察したみたいだ。
 察してたのは昨日からだけど、さらに確信が深まったようだ。また顔赤くしてるし。

「まぁ、やった事は“繋がり”を深くする事だ。“繋がり”とは、魔力のパスでも霊力のパスでも同じことが言えるし、はたまた“人間関係”でも言える。簡単に言えば、概念的な側面から“繋がり”を強くしたんだ。」

「建前で誤魔化しているように聞こえるけど、あの椿ちゃんの様子からして...。」

「...“関係”という“繋がり”を深くするために、“そういう事”をした...。」

 ...うん。二人の視線が痛い。途轍もなく痛い。

「...キスによる体液交換...それも霊力を込めて...。」

「.....やっぱり.....!」

「むぅ......。」

 ああ...二人とも不機嫌に...。
 まぁ、あの時は女同士とはいえ、いきなりキスしたんだもんなぁ...。

「あの時は女同士だったから...って、言い訳はダメだな...。...家に帰ったら、ちゃんと話をしなきゃなぁ...。」

「...今、椿ちゃんはどうしてるの?」

「葵が見てくれてるけど....。僕に対しては、碌に会話してくれないかな。嫌われているって程でもないから、ちゃんと話し合えば何とかなる...はず。」

 女心はよくわからないから、慎重にいかないとな...。

「....ずるい...。」

「えっ?奏、今何か言った?」

「....なんでもないわ...。」

 何か呟いたように聞こえたが、ふいっと顔を逸らされた。

「そ、そういえば...優輝君って、椿ちゃんの事どう思ってるの?」

「椿の事?家族と思ってるけど....って、そういう意味ではなさそうだな。」

 司の遠慮しがちな様子から、おそらく異性として...とかの部類だろう。

「...そうだな...。」

「あ、え、えっと、無理して答えなくても...。」

 手や首を振ってあわあわとする司。
 聞きたいけど、聞きたくない...そんな様子だな。

「いや、無理して...というか、今までそういうのを意識していなかったからな。」

「そ、そうなんだ...。」

 今までは生きる事や、強くなる事でいっぱいいっぱいだったからな...。
 椿とのキスも、女同士だったからあまり異性としてとかは意識していないし。

「恋愛...か。折角の転生...それも三度目の人生だし、今度こそ成就したいな...。」

「っ....!意識してる人がいるの!?」

「...!」

 ボソリと呟いた言葉に司が敏感に反応する。さらに奏もつられて反応していた。

「い、いや、だから今まで意識していなかったし、機会があればなって...。」

「そ、そっか...。」

 今度はホッとする二人。....まさかとは思うけど...。
 ...いやいや、ここで聞いて話をこじらせる訳にはいかないか。

「じゃ、僕はこっちだから。」

「あ、もうこんな所まで...じゃあ、また明日ね。」

「また明日...。」

 話も終わった所で、僕たちは別れてそれぞれ家に帰宅した。





「...さて...。」

 家の前まで帰ってきた所で、一度立ち止まる。
 本来なら、放課後から夕飯の支度までは自由時間であり、僕の場合は魔法などで出来る事の見直しや、発展をしているけど、今日は別だ。

「ただいま。」

 扉を開け、リビングへと向かう。

「あ、優ちゃんお帰りー。ほら、かやちゃん。」

「........。」

 ...うん。今朝よりはマシだけど、まだ顔を合わせてくれないようだ。

「あー、えっと...その....。」

 ...まずい、どんな言葉を掛けても椿を傷つける事になりそうだ...。

「優ちゃん、かやちゃんの事もだけどさ、この花どうしたらいいの?」

「えっ...ってうわっ!?」

 僕のいた場所からは死角となっていた場所に、大量の花があった。
 椿の喜びの感情によって出現した花のだが、あまりにも多い。

「...喜んでいるか、不機嫌なのか、どっちなんだ?」

「どっちもなんじゃないかな?とりあえず、庭にでも植える?」

 どっちもか...。それはまた難儀な...。
 ちなみに、庭にはちょうどいいスペースがあったので了解しておく。

「ほら、かやちゃん、ちゃんと自分の口から言いなよ。」

「えっ?葵、椿の気持ちがどうなのか聞いたのか?」

「まぁね。でも、あたしの口から言っても意味ないでしょ?」

 それもそうだが、この様子だと...。

「じゃあ、あたしはこの花を植えてくるねー。さすがにもったいないし。」

「あ、ちょ....。」

 しかし、態となのか葵は席を外す。そして、必然的に椿と二人きりになる。

「.....すー....。」

「...椿...?」

 僕に背を向けたまま、椿は深呼吸をし、ようやく顔を合わせる。
 だけど、視線は逸らしたまま...。

「ゆ、優輝....。」

「椿....。」

 何とか視線を合わせようとして、また逸れる。
 顔を赤くしながらも、それを何度か繰り返し、言葉を紡ぐ。
 その様子は、不機嫌と言うより、ただ恥ずかしがっているような...。

「...せ、責任、取りなさいよ...。」

「....えっ?」

 そう言って、“ボフン”とでも効果音が付きそうな程顔を赤くする。

「だ、だから!あんな事した責任、取りなさいよ!」

「...それは、言われるまでもない事だけど...。」

 ...ここまで来て、それだけで終わらす訳にはいかないよな...。

「あっ...。」

「まぁ、なんだ...。僕はまだ恋愛とか、実の所よくわかっていないし、具体的にどう責任を取ればいいのか分からないけどさ.....うん、言葉にできないや。でも、責任は取るよ。それだけは、約束する。」

 落ち着かせるために、椿を抱き寄せ、撫でながらそういう。

「ふあ....。」

「椿も、昨日のアレはどういった目的のためかは理解しているだろう?だから、そこまで気負わず...って、ちょっと無責任だけど、あまり気にしないでほしいかな。」

「むぅ...。」

 僕がそういうと、少し頬を膨らませる椿。あ、かわいい。

「...やっぱり、優輝は重要な所で女心がわかってないわ...。」

「無茶言わないでくれ...。心が読める訳でも、昨日みたいに心も女性になっている訳じゃないんだし...。」

「まぁ、無茶は言わないわ。....優輝をその気にさせるまで諦めないんだから。」

 ん...?まぁ、いつも通りの調子に戻ったみたいだし...って、なんだこれ!?

「うわぁ、また溢れてる...。」

「リビングが花畑に...。」

 葵も戻ってきて、リビングの惨状に驚いている。
 そう、椿の影響で、大量の花が出現したのだ。

「あっ!?こ、これは...!....ゆ、優輝が悪いのよ!」

「ぼ、僕のせいか...?」

 いや、まぁ、椿をその気にさせてるっていうなら、僕にも責任が...?

「...とにかく。優輝、これからはあんな事するならちゃんと言いなさいよ。あんなの、無許可も同然なんだから。だから、私もあんな態度を取ったの。理解した?」

「...あー、それは、確かにダメだな...。」

 ようやく合点がいった。というか、それを覚悟してただろ僕...。

「とりあえず、この花をどうにかしないの?」

「っと、そうだな。」

「私が出した訳でもあるし、手伝うわ。」

 その後は、いつも通り三人で夕飯の支度をしたりと、いつもの日常に戻っていった。

 ...ただ、心なしか椿との距離がさらに縮まった気がするが...。
 まぁ、悪い気はしないので、別に気にする事はないだろう。







「....的な感じで、仲直り...というか、いつもの感じには戻れた。」

「...やっぱり羨ましいな椿ちゃん...。」

 翌日の昼休み、簡潔にだが昨日の事を司と奏に話す。
 アリサとすずかもいたため、事前に軽く説明しておいた。

「二重人格になったとか、そこら辺の方があたしは気になるんだけど...。」

「神降しの際に演技した影響だな。まぁ、あれは“志導優奈”になりきらなければ大した影響はないし、特に気にする事はないだろう。」

 その神降しも早々使う機会はないはずだから、まぁ一安心だ。

「この話はもう解決したし、いいだろう。ところで、皆は霊力の調子はどうなんだ?」

「あたしはだいぶ流れがわかって動かせるようになったけど...すずかは?」

「私も同じくらいかな...?ようやく慣れてきた所。」

 アリサもすずかも、自主練でそれなりに慣れてきたようだ。
 これなら、術とかの使い方を教えてもいいだろう。

「私は...魔力弾っぽい状態にはできるかな?実用性は発揮できてないけど...。」

「...私は身体強化が半端だけどできるわ。」

 そして、魔法が使える事がアドバンテージになっているのか、司と奏は二人の上を行っており、少しの術ならある程度まで行使できるようだ。

「肝心のアリシアちゃんは?」

「アリシアは椿や葵が見ていないとダメだからな...あんまりだな。」

 昨日と一昨日は見る時間がなかったから仕方がないが。

「ま、これは地道に上達していけばいい話だ。」

 そう締めくくり、時間を確認すると同時に予鈴が鳴った。

「時間だな。片づけは...大丈夫か。」

「じゃあ、また放課後でね。」

 弁当などの片づけを確認し、僕と司は奏達と別れる。

「さっきは話に出なかったけど、今度の音楽会大丈夫かな?」

「日常に戻ったら戻ったで忙しいな...。夏休み前にテストもあるし。」

 教室に戻りながら、司とそんな会話を交わす。
 実の所、前世での合唱コンクールの経験から、魔法関連で休んでいた分の遅れは簡単に取り戻す事は可能だし、テストも僕らにとっては難しくはない。
 しかし、テストはともかく音楽会は他の人の練習(偶に指導の手伝い)に付き合わなくてはならないので、やる事が多いのには変わりないのだ。

「まぁ、僕らが小学生だった頃もこんなんだっただろ?」

「...そうだね。なんだか懐かしいよ。あの時はまだ優輝君と知り合ってないけど。」

 こういった学校行事があると、なんとなく懐かしい気分になる。
 また、“日常”に戻ってきたんだと、実感する事もできる。

「ちょうど次は練習だ。頑張るぞ。」

「うん。」

 そう言って僕らは教室に入り、午後の授業に臨んだ。







「ただいまー。」

 音楽会の練習も終わり、放課後になって僕は帰宅する。

「あ、お帰り優輝。」

「待ってたぞー。」

「父さん!?母さん!?」

 玄関を開けると、母さんが出迎え、それにつられて父さんも出てきた。

「管理局から暇を貰ったの?」

「ええ。クロノ君が家族と交流するのも大事だって、気を遣ってくれたのよ。」

「クロノが...。」

 連絡なしなのは驚いたが、悪い事ではないな。

「いやぁ、びっくりしたよ。いきなり家に帰ってくるんだから。」

「悪いわね。あ、お土産もあるわよ。」

「わーい!」

 葵と母さんは仲がいいみたいで、既に二人で土産について楽しんでいる。
 ...って、ちょっと待て!?

「なんか、豪華な食材があるんだけど...。」

「ああ、それか。ちょっと奮発してきたんだ。今日は豪華な夕飯になるぞ?」

 おそらく他の次元世界の食材らしきものがそれなりに並んでいる。
 どれも解析魔法を使った限り、地球の食材とあまり変わらないみたいだ。

「今日は私たちが料理するわ。優輝達はゆっくりしてなさい。」

「こういった所だけでも、親らしい事しなければな。」

 そういって、下拵えを始める父さんと母さん。
 ...まぁ、言葉に甘えて、僕らはゆっくりするか。







「さぁ、出来たわよー!」

「おお...!」

 調理が長くなる食材だったため、夕飯の時間ちょうどに完成した。
 テーブルに並べられる料理の豪華さに、思わず声が漏れる。

「それじゃあ...。」

「「「「「いただきます。」」」」」

 その言葉と共に、各々料理に手を付けていく。
 どれも美味しく、舌鼓を打っている時に、ふと気づく。

「父さんと母さん、今度帰ってこれるのっていつになるの?」

「そうね...。許可を取ればいつでもとは言えないけど、調節はできるわ。」

「どうしたんだ?藪から棒に。」

 どうやら休もうと思えば休めるようだ。

「いや、できれば学校行事とか見に来て欲しいなって。参観日とかは難しくても、音楽会や体育祭とかは見に来れるでしょ?」

「そういえばそうだな。見たのは優輝が一年の頃以来だしな。」

「日がわかったら教えて頂戴。そういう事なら休んででも見に行くわ。」

 どうやら見に来てくれるようだ。
 ちなみに、参観日などがダメなのは、学校には親がいない事が知られているため、少しでもばれるリスクをなくすためだ。
 音楽会などは参観日よりも人が密集するため、見つかりづらいしな。

「椿ちゃん達も見に行くのかしら?」

「そうね...そのつもりよ。」

「普段はあまりやる事ないからねー。偶に翠屋を手伝ったりはするけど。」

 椿と葵も見に来てくれるようだ。

「戸籍...は士郎さんが何とかしてくれたけど、資格とか他の問題でバイトすらままならないからなぁ...。」

「士郎の協力もあって、少しずつ問題も解決しているわ。」

「それまでは翠屋にお世話になるだろうけどね。」

 椿も葵も、出会った時と比べてだいぶ現代文化に慣れてきている。
 士郎さんの伝手があれば椿たちの強みを発揮できるバイトとかに就けるだろう。

「お金とかの問題は大丈夫なの?」

「何とか...って所かな?椿や葵が山菜を採ってきてくれるから、そういう時は食費が浮いたりするし、翠屋を手伝っているからお小遣いは貰ってるから。」

 できるだけ節約しているため、まだ余裕はある。

「そう...ならいいんだけどね。」

「いざとなれば頼ってくれよな?」

「大丈夫だって。」

 前世の事とかを知っても、両親は僕を子ども扱いしてくる。
 まぁ、二人にとって息子なのは変わらないからなんだろうけど...。

「...所で、椿ちゃん...。」

「な、何かしら...?」

「優輝とはどこまで進んだのかしら?」

 話が変わり、母さんが椿に話しかける。

「なっ....!?」

「どこか優輝との距離が縮まった気がするのよねー。」

「べ、別に何も...。」

 椿...それじゃあ、母さんにはバレバレだって...。

「あらあら...これは面白い事が聞けそうね...。」

「優香...ほどほどにな。」

「父さん、止めないんだな...。」

 母さんにとって、椿はからかい甲斐がある相手なのだろう。
 会う度に何かしらで弄られている気がする。

「うぅ....。」

「さぁ、詳しく聞かせてもらうわよー?」

 夕飯も食べ終わり、母さんは椿を連れて別の部屋に消えていった。

「...うん、まぁ、平和な証だな。」

「優ちゃん、誤魔化さないで。」

 いい感じに締めてしまおうと思ったが、葵に咎められる。
 昨日の今日でまた椿は辱められるのか...。

「ははは。それにしても、優輝の周りは女の子が多いな。」

「...まぁ、それで肩身が狭い時もあるんだけどね。」

 学校だとそこまでだけど、そうでない時は大抵男女比率がひどい。

「っと、聞き忘れてたけど、父さんたちは調子どうなの?」

「ん?まぁ、普通だな。特に困った事もないし、逆にこれと言った話題になるような事も起きていない。強いて言うなら今日は奮発したってだけだな。」

「そっか。」

 まぁ、“何事もない”って事だな。
 大きな事件続きだったからそういうのは新鮮だ。

「クロノ君も最近の情勢は平穏だから、特に何か起こるって事もないとの事だ。」

「しばらくは平和って訳か...のんびりできるな。」

 のんびりと言っても、日々の修練は怠らない。
 それに、アリシア達に霊術の事も教えなければな。

「ま、久しぶりに“日常”を過ごせるな。」

 少なくとも命を張るような事はないだろう。
 とりあえずは、迫る音楽会について、取り組もうと思う僕だった。









 
 

 
後書き
大宮聡(おおみやさとし)…優輝のクラスメイト兼男友達。三年間同じクラスなモブキャラ。今まで優輝に率先して話しかけていたキャラは彼である。

小梛玲菜(こなぎれな)…聡の幼馴染。優輝とは別のクラス。聡が好きなのだが、それが伝えられていない。容姿は悪くなく、所謂“クラスで3番目にかわいい”と言えるキャラ。


聡の容姿は適当な元気な少年、玲菜は茶髪のショートカットなイメージです。
日常寄りの章なので、脇役以上に出番がないキャラにも名前がつきます。別に魔法に絡んだり、逸般人(いっぱんじん)だったりはしません。至って普通の人間です。
...結局綺麗に締めれませんでした。まぁ、それでも次回は時間が飛ぶんですけど。 

 

第101話「合間合間の非日常」

 
前書き
一気に飛んで夏休みでの話です。
え?音楽会?なんの事ですか?(おい
ちなみに、3章で残った怪我やリンカーコアの損傷も治っています。
 

 




       =優輝side=





「はっ!」

「なっ!?」

 すぐ傍の次元犯罪者組織の一人に肉迫し、即座にバインドで拘束、無力化する。

「クロノ、残りは?」

「後五人。だが気を付けろ。情報を見た限り、その内一人は...。」

 クロノからそんな返事が返ってき、僕は気を引き締める。
 ...そう。僕は今、嘱託魔導師として地球近くの次元世界に潜伏していた次元犯罪組織の制圧に来ている。
 神降しの代償も治ったため、こうして管理局を手伝っているのだ。

「外は椿と葵が制圧してくれているな。なら、クロノ...。」

「...他の奴は任せろ。君は親玉を頼む。」

「了解!」

 現在、嘱託魔導師としているのは僕と椿、葵だけだ。
 なのは達はミッドの方に行っているし、奏と司も別件でいない。

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ!お前たちをロストロギア不法所持、密輸、その他諸々の罪で拘束する!」

 クロノと共に残り五人がいる場所へ突入する。
 ちなみに、他にも十人以上いるのだが、そいつらは外の方で椿たちが戦っている。

「ちっ、どんな奴が来るかと思えば、ガキ二人じゃねぇか!」

「ガキ...。」

「クロノ...。」

 クロノは今年で16になる。しかし、見た目で言えば中学1年生ぐらいだ。
 それがコンプレックスになっているため、少し頭に来ているらしい。

「『....一人が隠れている。隠密性の高さからそいつが親玉だろう。不意打ちの対処はするから、まずは4人を...。』」

「『ああ。...行くぞ!』」

 念話で合図し、僕らは一気に魔法を行使する。

「なにっ!?」

「僕らがここまでこれたのに、油断しすぎだ!」

「“スティンガーレイ”!!」

 身体強化魔法で僕が肉薄し、それを援護するようにクロノが射撃魔法を放つ。
 貫通力の高い魔法と、リヒトの一閃で一瞬で二人を片付け、バインドで拘束する。

「速い...!?」

「驚いている暇はない!」

「はぁっ!」

 間髪入れずに残りの二人にお互い肉迫する。
 そして、掌底の要領で魔力を撃ち込み、吹き飛ばす。

「(っ、来る!!)」

 そこで、殺気を感じ取る。
 狙いは....クロノか!!

「はぁっ!!」

     ギィイイン!!

「ちっ...!」

「クロノ、他の奴は任せた!」

「ああ!」

 斧型のデバイスを扱う大男...組織の親玉だ。
 管理局の情報によると、Sランク相当の強さを持つらしい。

「(カートリッジを使った一閃でも防ぎきれないか...。)」

「てめぇ、気づいていたな?」

「そっちこそ、その図体でよく隠れていたと思えたな?」

 正直言って隠密には明らかに向いていない体だ。

「仲間はほとんどやられたようだが...俺を捕まえられるとでも?」

「慢心していると足元を掬われるぞ?....こんな風にな!!」

 足を踏み込むと同時に、仕掛けておいた魔法を発動する。
 大男の足元から爆発するように魔力が膨れ上がり...。

「ふんっ!!」

 その上から大男の魔力で叩き潰される。まぁ、予想通りだ。

「その程度の魔力で粋がるなよ!ガキが!」

「......!」

 魔力が少なく、出力も足りなかった。だから叩き潰された。
 その事実により、大男は僕に近接戦を仕掛けてくる。

 ...かかった。

「ふっ!!」

   ―――導王流“撃衝(げきしょう)

「がはっ!?」

 袈裟切りに振るわれる斧を、リヒトで滑らすように逸らす。
 同時に、空いた右手に魔力を込め、思いっきりカウンターをぶちかます。

「はぁっ!」

「がっ...!?」

 さらに、右足を軸に体を回転させて左足で上段蹴りを顔面に当てる。
 もちろん魔力込みなため、威力は高い。

「はい、チェックメイト。」

「ぐっ、まだ、だ....っ!?」

 それだけでは大男は倒れなかった。...が、これで終わりだ。
 掌底と蹴りが当たった所からネット状のバインドが広がり、拘束する。

「なっ!?攻撃を当てた所に魔法を...!?」

「言ったろ?“チェックメイト”と。」

 魔力を撃ち込み、無力化する。

「相変わらずの手際だな。さすがに僕もそれはできないぞ。」

「魔力が少ないのなら少ないなりに生かすのがポリシーだからな。...外の戦闘も終わったみたいだな。」

「なら、帰還しようか。」

 魔法陣を展開し、僕らはアースラへと帰還する。





 ...と、まぁ、こんな感じで管理局の手伝いを続けている。
 夏休みの宿題も終わらせれるものは終わらせたので、修練も兼ねて戦っていた。









「そうそう、そうやって術式を組んで...放つ。」

   ―――術式“火焔旋風”

「わひゃぁああっ!?」

 もちろん、アリシア達の霊術の指導も怠っていない。
 僕はともかく、椿や葵は地球にいる事が多いため、頻繁に教えているようだ。

「いちいち驚いていたらキリがないぞ。コントロールはできてきたから、次だ。」

「うぅ、出力の調整が難しい...。」

 アリシアは、霊力関連に才能を持っていたのか、メキメキ力を伸ばしている。
 威力の調整はともかく、それ以外は既に一人前に迫っている。

「アリサは火属性、すずかは水属性が得意なのね。」

「司ちゃんは聖属性で、奏ちゃんは...他の人程得意ではないけど、風と聖属性かぁ...。」

 今回、椿と葵は司達の方を見てもらっている。
 それぞれ向いている属性があるようで、それを見極めていたらしい。

「くぅ。」

「軽い声でこの威力なんだ...。」

 そして、今回は那美さんと久遠もいる。
 久遠は前々から雷として霊力を使っていたため、アリシアより上達が早い。
 那美さんも治癒系の術を中心に霊力を扱えるようになっている。

「久遠は...分類上は、風か聖属性か。那美さんは言わずもがな聖属性と...。」

「久遠、いつも凄いよね...。」

 今まで雷だけだった久遠の攻撃手段が、霊術を習得した事で凄い増えた。
 霊術勝負なら僕でも苦戦する程だ。...導王流が混ざって勝ってしまうけど。

「ほら、次行くぞ。次は加護を与える術式を組む練習だ。」

「りょうかーい。それは得意だよ!」

 ここで椿たちの方と一緒になる。加護関連は椿の方が詳しいからな。

「それにしても、優輝達も有名になったよねー。」

「ん?...あぁ、管理局での話か。」

 嘱託魔導師としてちょくちょく戦っている僕だが、これまで何度も活躍していたからか、管理局でそれなりに名前が知られているらしい。

「魔力量の割に強いから、そういう部分でも評価されているみたいだよ?」

「本局の方とかに行ったら勧誘されて面倒なんだけどな...。」

 ちなみに、椿は使い魔として、葵は椿のユニゾンデバイスとして知られている。
 さすがに式姫の存在は易々と知られる訳にはいかないしな...。

「“魔導師殺し”とか、“対魔導師魔導師”とか言われてるよね。」

「後者は分かるけど、なんで“魔導師殺し”...?」

 相手の魔法をよく解析して打ち破るからかな...?
 偶に霊力も使ってしまうし、対人戦が多いし。

「比較的少ない魔力なのに、Sランク魔導師とかを簡単に倒しているからだと思うよ。クロノやなのはだって、結構手間取るのに。」

「油断させた所を一点突破でさくっとやってるだけなんだけどな...。」

 ほとんど騙し討ちに近い。
 牽制に創造魔法を使えば警戒されるため、まるで強くなさそうな魔力量を示してから、接近戦で一気に片づけるだけの戦法だ。
 その際に解析魔法で防御魔法の類は悉く破壊し、導王流で大ダメージ。
 おまけに術式を仕込んで一気に決める....あ、普通に考えたら結構凄い事だな。これ。

「高ランク魔導師がいとも簡単に倒されているからそう呼ばれるんだよ。」

「まぁ、別に呼び名とか気にしてないし、いいか。」

「それよりアリシア、手が止まっているわよ。」

 会話をしている内に、アリシアの手が止まっていたため椿から叱責される。

「うーん...あまり上手くいかない...。」

「アリシアちゃんみたいに高等な術式はできないね。」

 アリシアの事は椿に任せ、僕はアリサとすずかの方を見る。

「アリシアの場合は霊力の多さで無理矢理発動しているだけだ。あれぐらいなら僕でも簡単に防げる。...久遠の方は感覚でやっているから参考にもならんぞ?」

「うぅ...でも、上手く行っている気が...。」

「...まぁ、実際使いこなせてはいないな。」

 基礎を教えただけなため、正しいやり方を真似ようとしているだけだ。
 “真似”なため、本来の威力にも劣る。

「型にはまりすぎだな。さっきは久遠は参考にならないと言ったが、むしろ感覚に頼る方がいいかもしれん。霊術は命の力を生かすもの。心の持ちようで変わるぞ。」

「なるほど...。」

「それじゃあ...っ!」

     パキィイン!!

 僕の言う通りにすずかが感覚に頼って“氷柱”を発動する。
 すると、先程までよりも威力が出た。

「あっ...。」

「凄いわすずか!よし、あたしも...!」

 アリサもそれを見て実践しようとするが、先程より少し上がった程度だった。

「えっ、なんで...。」

「アリサは理系寄りだからかな。無意識に型に当て嵌めてるのかもしれん。」

「うっ...。」

 それでも先程よりは威力が上がっているため、マシな方だが...。

「頭固いよ、アリサ!」

「うっさい!」

 その時、アリシアがからかった事で反射的にアリサはツッコミと共に術式を放つ。
 すると、すずか以上に威力が向上した。

「っと。なるほど、アリサは感情で変化しやすいみたいだな。」

「...そうみたいね。」

 先ほどまでの二倍以上の大きさで“火炎”が発動した。
 しかも、威力は二倍どころではない。
 僕が防いだが、その手応えは三倍以上に膨れ上がっていた。

「えっ!?私への心配はなし!?」

「アリシア、続きするわよ。」

「あ、ごめんなさい。」

 アリシアが突っ込んでいたが、椿に封殺される。...まぁいいや。

「御守りとして作るとなるなら、見本はこんな感じね。ちょっと持ってみなさい。」

「....?霊力は感じるけど...。」

「優輝。」

「はーいよっと。」

 一度見本を見せてから教えるのか、椿が僕に声を掛けてくる。
 何をするべきかは分かっているので、リヒトを棒にしてアリシア目がけて振るう。

     キィイイン!

「...と、言った風に、悪意ある攻撃を弾く...。それが今渡した御守りの加護よ。」

「そ、それより...いきなりの攻撃に驚くんだけど...。」

「慣れなさい。どうせ霊術を習得するんだから、戦闘にも慣れてもらうわよ。」

「鬼畜ー!」

 スパルタだなぁ...。弓道の時もそうだったけど。
 なまじ才能があるから無駄にはしたくないんだろうな。

「優輝君、優輝君。」

「ん?どうした司。」

 魔法の知識のおかげで独自でも練習ができる司が、尋ねてくる。

「ここの術式が上手く行かないんだけど...。」

「ここか。ここはこうして...。ついでにこんな風に書き換えると応用も利くぞ。」

「なるほど!」

 司と奏は前世で僕と知り合っているのが共通しているからか、仲がいい。
 霊術関連でもよく二人で教え合っている。
 司は遠距離の攻撃や回復、奏は身体強化などを得意としているから相性もいい。

「今更...なんだけど、小学生が皆して霊術の修行をする絵面ってどうなの?」

「江戸なら家系によってはおかしくはないわよ。」

「あ、そうなんだ。」

 那美さんのツッコミに椿がそう返し、那美さんは納得する。
 いや、そんな事で納得しないで。普通におかしいから。

「(アリシアの場合は幽霊とかに襲われる可能性があるから教えてるけど、皆は興味を持ったから...あれ?こういうのって秘匿にするべきじゃ...。)」

 ...考えないようにしよう。あって困る訳じゃないし。
 ...それに、そう遠くない内に必要になる気がするしな。











「...こんなものか。」

 ある日の事、僕はミッドチルダに行く用事ができ、今は帰る所だった。
 ついでに買い物もしておこうと、現在地の最寄りのデパートに行く。
 ちなみに、椿と葵は地球で霊術の指導だ。



   ―――きゃぁああああ!!

「....!」

 買い物も終わり、トイレに寄っていた時、叫び声と同時に騒めきが聞こえる。

「(何が...。)」

 何事かと霊力で気配を探る。

「(...悪意のある人間が複数...。おまけに魔力持ち。周囲の人からは驚愕が大きく、ショックを受けた様子はない。つまり殺人が起きた訳ではなく....強盗か。)」

 強盗ならば、不用意に出ると人質が取られて危ない。
 そのため、一度ここで様子を見る事にする。

「(...占拠したのはこの階だけか。目的は...まぁ、金が妥当だろう。)」

 他の階の気配も調べ、そう予測する。
 なんでこう、行く先々で厄介ごとが起きるのやら...。

「(外に管理局が集まっている。やはり人質を取っているのか...。それも、大人数だな。となると...。)」

 外の気配と、この階を占拠している事から、次の動きを予測する。
 それは...隠れている客を探しに来るという事。

「(隠れるか。)」

 不用意に倒すと気づかれるかもしれないという懸念から、隠れる。
 ...それだけじゃない。気配を探った時、何か違和感があったのだ。
 とりあえず、天井の隅に張り付いて霊術で隠れれば...。

「.......。」

「(質量兵器持ち...か。典型的だな。)」

 銃で武装している上に、おそらく魔法も使う。まぁ、ありがちだ。

「...こちらファング3、どうやら誰もいないようだ。」

「(“牙”...あぁ、最近話題の強盗か。)」

 コードネームらしき言葉から、相手がどんな奴らか理解する。
 “牙”と呼ばれる強盗団で、既に何件かやらかしているらしい。

「...了解。」

「(念話での通信か。既に連絡をした今なら...!)」

 すぐにばれるという事はない。
 そう思って、気絶させようとして...。

「動くな。」

「っ....!?」

 その男に、誰かが銃型のデバイスを突きつける。

「てめ、隠れて...!」

「....!」

 隠れていた茶髪の青年はすぐに男を組み伏せ、気絶させる。
 ...なるほど、先程の違和感は彼だったのか。

「よし、とりあえず拘束して....。」

「バインドでの拘束は魔力を探知されるかもしれないから、やめといた方がいいですよ。」

 とりあえず、敵ではなさそうなので霊術を解いて降り立つ。

「っ...!?」

「縄があるからこっちで拘束しておきます。」

 警戒されるが、今はスルーして御札から縄を取り出して男を拘束しておく。

「君は...。」

「買い物帰りの嘱託魔導師です。偶々遭遇しまして。」

「なるほど...。」

 青年の様子からして、彼も偶然遭遇したのだろう。
 そして、さっきの手際からして...。

「管理局員...ですね?」

「ああ。...俺も、偶然遭遇したんだ。...それに、おそらく妹が人質に取られてる。」

「それは...。」

 家族を大切にしているのだろう。どこか焦りが見られた。

「志導優輝です。協力してこの状況を打破しましょう。」

「君が噂の...!...ティーダ・ランスターだ。こちらこそ協力を頼む。」

 互いに名前を知った所で、状況を再確認する。

「...敵の数は29人。気絶させたのも合わせると30人です。」

「なるほど...。」

「連絡した後とはいえ、すぐに戻ってきていない事にあちらも訝しんでいるでしょう。...なので、行動を起こされる前に決めます。」

 中々の数だが、この程度なら以前クロノと共に捕縛した犯罪組織の方が格上だ。
 しかし、今回は人質がある。短期決戦でなければならない。

「既に念話が届かない事もあり、誰かが様子を見に来るでしょう。...それと同時に、僕たちが仕掛けます。ランスターさんは人質の安全の確保を。僕が斬り込みます。」

「...できるのか?」

「はい。ただ、僕の言った通りにしてください。まず―――」

 作戦内容を念話で伝えつつ、霊術を行使する。
 それにより、僕らは認識阻害で見えなくなる。
 こうすれば、霊力を理解していない相手はほぼ確実に欺ける。

「(来たか...。)」

 聞こえてくる足音から、誰かが来る事を察する。
 すぐに行動を起こし、僕らはトイレから出る。

「『今!』」

「っ...!」

 トイレから飛び出し、瞬時に配置を確認。
 同時に魔力弾を展開し、射出する。

「何っ!?」

「ふっ...!」

 突然の襲撃に動揺する強盗達。
 その隙を逃さず、僕は斬りかかる。

「はっ!」

「がぁっ!?」

「管理局か!?」

 動揺しているのを利用し、近接攻撃で一人。同時の射撃で一人片づける。
 ランスターさんの方も、人質を守りに動いている。
 射撃魔法が得意と聞いたが、確かに上手い。適格に撃ち抜いていた。

「(残り24人...!....予想以上に動揺が大きい。一気に片づける!)」

 創造魔法を行使し、一気に武器群を創造。
 同時に射出し、一気に片づける。

「っ...!?くそっ!!」

「ひっ...!?」

 そこで、トイレの様子見から戻ってきた残り一人がやけくそになり、人質...それも、小さな少女に向けて魔法を放とうとする。
 当然、させまいと僕が阻止しようとする前に...。

「がっ....!?」

「......。」

 ランスターさんがすかさず撃ち抜いた。

「...人の妹に手を出そうとするんじゃない。」

「お、お兄ちゃん...!」

 ...どうやら、魔法を向けられた相手が妹さんだったらしい。
 そりゃあ、阻止するよな...。

「(敵意のある存在はなし...。)一件落着か。」

 創造した武器群に仕込んでいた術式を起動させ、一気に強盗を拘束する。
 これで完全に無力化が完了した。

「...ああ。終わった。人質も怪我はない。」

「よ....っと。」

 ランスターさんが外にいる管理局と連絡を取っているようなので、その間に無力化した強盗達を一か所に集めて念入りにバインドを掛けておく。

「助かったよ志導君。俺一人では、どうなる事だったか...。」

「いや...ランスターさん程の射撃の腕前なら、一人でも上手く行けたと思いますよ。」

 本当にそう思う。敵の実力がそれほど高くなかったのもあるが、この人の射撃魔法の腕前なら人質で動きを止められる前に撃ち抜けるだろう。

「とりあえず、事情聴取のため時間を貰うが...。」

「いいですよ。...ただ、買った物を早く保存しておきたいですね。」

 一応、生ものも入っているので冷蔵庫ぐらいには入れておきたい。





「時間を取って済まなかったな。」

「いえいえ、大きな事件に巻き込まれた時よりはマシですよ。」

 事情聴取が終わり、僕はティーダさん(妹もいるので名前で呼ぶように言われた)に見送られる形でミッドチルダを後にしようとしていた。

「ほら、ティアナも。」

「...ありがとうございます。」

「いや、君を助けたのはお兄さんだ。礼を言うならそっちにしなよ?」

 ティアナちゃんは元々ティーダさんと一緒にデパートに居たので、事情聴取とかの時間もずっとティーダさんについていた。
 だからついでとして彼女も僕を見送りに来たのだ。

「しかし...俺より八つも年下なのに、凄いな。」

「出来る事は何でもやるのが信条ですから。...それに、僕はちょっとズルしてるようなものですから。ティーダさんの方が凄いと思いますよ。」

 実際、僕は前世や前々世の経験も含めて成り立っている。
 だから、ちょっと普通とは違うのだ。

「飛ばした剣に術式を付けて捕縛する...俺じゃあ、そんな事はできないさ。レアスキルの事を抜きにしても、君は素直に凄いと思う。」

「...そうまでしないと、いけませんでしたからね...。」

「えっ?」

「いえ、なんでもありません。」

 ベルカ時代の導王だった時は本当に大変だった。
 シュネーを守る事は苦痛に思わなかったが、それでも戦闘が多かったからな...。

「それにしても、そこまで優秀なら管理局でも十分やっていけると思うんだが...。」

「住んでいる世界が大切なのもありますが...こっちの世界ではまだ働ける年齢ではないので、どうもそれが抵抗になっているみたいです。」

「....確かに、幼い頃から戦闘っていうのもどうかとは思うな。」

 本当に子供が戦場で働くというのはどうにかならないだろうか、と思う。
 人手不足とは言え、そんな戦時中の国みたいな事をしなくても...。

「それじゃあ、またいつか会いましょう。」

「ああ。」

「さようなら...。」

 ティーダさんの影に隠れながらも、ティアナちゃんがそう言ってくる。
 ....そうだ。

「...ティーダさん、妹さんは大事にしてくださいね。」

「ん?ああ、元よりそうしているが...。」

「...いえ、ただの念押しですよ。...僕みたいにはなってほしくないので。」

 二人を見ていると、かつての僕と緋雪を思い出す。
 だからこそ、どちらも欠けて欲しくないと思ったのだ。

「君は...。」

「では、機会があればまた。」

 ティーダさんが何か言う前に、僕は転移して地球へと帰還する。
 吹っ切れたとはいえ、あまり根掘り葉掘り聞かれたくはないからね。







「...って事があってさ。」

「...本当、優ちゃんって結構巻き込まれ気質じゃない?」

「というより、自分から首を突っ込んでるわね。」

 家に戻り、椿と葵の三人で夕飯を食べながら今日の事を話した。

「まぁ、予定より遅い理由は分かったわ。」

「悪いね。連絡しておけばよかったな。」

「べ、別に優輝の心配はしていないわよ。...大丈夫だって信じてるもの...。」

 ツンデレ発言は相変わらずとはいえ、信頼されているのは分かった。

「あ、そうだ。アリシア達の進歩は?」

「だいぶ基礎は出来上がったかなぁ...?ただ、応用に移るにはアリシアちゃんは丁寧さ、他の皆は精密さが足りないかな。」

「アリシアは雑で、他は無駄が所々にあるのよ。後、久遠も少し基礎の反復練習が必要ね。あそこまで感覚に頼られると、いざという時暴発しそうだわ。」

「なるほどな...。」

 僕は魔力運用が得意だったから、そういう所もなかったって訳か。

「後はそれらを教えたら、ようやく応用できるって訳か。」

「教え甲斐があるよー。なにしろ、アリシアちゃんは“職業”に特化していなくても、並の呪い師ぐらいの火力はあるからね。」

 呪い師は攻撃系の術に優れていると聞いたが...それは凄いな。
 ...いや、ただ消費霊力に無駄があって火力が出ているだけか。

 ちなみに、“職業”とは陰陽師内での役割分担みたいなものだ。
 椿なら“弓術士”、葵だと“武士”との事らしい。

「そういえば、この所優ちゃんは忙しそうだね。」

「嘱託魔導師だから断ってもいいんだが...まぁ、休みたい時は休むさ。」

 僕はベルカ式を使うため、ミッドチルダ北部にあるベルカ自治領とも交流がある。
 そこの聖王協会とも繋がりを持っていたりする。
 ...そういえば、はやてが新しくユニゾンデバイスを作るとか聞いたような...。

「色々資格も取ろうと思っているしな。主にデバイスマイスターとか。」

「霊力が魔法のように使えるデバイスを作るため...だっけ?」

 他にもリヒトやシャルの性能をさらに向上させたいからな。
 そのための資格として必要だったりする。

「フェイトも執務官試験を受けるってアリシアが言っていたわね。」

「執務官試験か...また難しいものを...。」

 相当難易度が高いと聞いたことがある。そして、ティーダさんも目指しているとか。
 ちなみに、デバイスマイスターの試験はもう受けてあったりする。
 後は合格発表を待つだけだ。

「地球での暮らしと嘱託魔導師としての活動...両立は難しいな。」

「長期休暇の夏休みですらこれだもんね。」

「まぁ、それでも大事件よりはマシなんだけどな。」

「それもそうだね。」

 そういって、三人で少し笑いあう。
 細かい事件があるものの、こうして日常を味わえるのは良い事だ。









 
 

 
後書き
撃衝(げきしょう)…よくある攻撃を受け流すと同時に攻撃を繰り出すカウンター技。導王流の中でトップクラスで使いやすい。

なんだか色々詰め込んだ感満載でした...。
この話を要約すると、“夏休み中、嘱託魔導師としても活躍しており、地球に居る時は大抵霊術を教えている。ある日、強盗に遭遇すると同時にティーダと出会った。”という感じです。
まぁ、非日常とティーダさんとの邂逅をやりたかっただけです。

ちなみに、強盗との戦闘があっさり終わっていましたが、それは想定していたよりも実力が低かったからです。人質で身動きを取れなくなった時の搦め手など、色々優輝は考えていましたが、全部無駄になったという感じです。(笑) 

 

第102話「とある来訪者」

 
前書き
かくりよの門要素の追加回です。
なお、まだ夏休み中です。
 

 







       =???side=





   ―――...ご武運を、ご主人様。

   ―――うん。行ってくるね。



 ...あの時、私は無力だった。
 守るべきご主人様について行けず、ただ私は待つだけだった。



   ―――まだ...見つからないのですか?

   ―――はい...。すみません、私がいながら...。



 ...だから、私は取り残された。
 しかし、例えその時帰ってこなかったとしても、私は待ち続けた。



   ―――では、子供たちは頼みます。

   ―――しかし....。

   ―――私にしか、できない事ですから...。



 ...無力だからこそ、私は生き残ってしまった。
 ()つ国との戦で、他の皆が逝ってしまったというのに。

「....私は、なぜ生きているのでしょうか...。」

 偶にそう自問する。
 そして、こう自答する。

「...強くなりたい。在りし日の時よりも。...もう、二度と無力だと思わないために。」

 ....そのために、今日も私は刀を振るう。











       =out side=





「暑い....。」

「暑いわね...。」

 海鳴公園にて、アリシアとアリサがそう呟く。

「仕方ないよ。神社は今度ある夏祭りの準備に追われてるんだから。」

「だからと言って翠屋とかに集まる訳にも行かないしね。」

 すずかと司がそういう。
 そう、司達は、いつものように霊術の特訓のため集まっているのだ。
 ちなみに、優輝達は暑いからと飲み物を買いに行っている。

「...失礼。少しよろしいでしょうか?」

「はい?」

 そこへ、誰かが話しかけてくる。
 アリシアが振り返り、話しかけてきた人物に向き直る。

「えっと...。」

「少々、尋ねたい事があるのですが...。」

 短めの黒髪に、赤と黒の入り混じったシャツとスカートを履いた少女。
 “どこか、普通とは違う雰囲気を持った少女”...それがアリシアの感じた印象だった。

「尋ねたい事...ですか?」

「はい。」

 背には長いものが入りそうな袋を背負っており、また、少し大きめの袋も携えていた。
 それを見て、司は何か武術でもやっているのかと予想した。

「この辺りで、剣術に類する道場はありませんか?」

「道場...剣術をしているんですか?」

「はい。各地の道場を巡っています。」

 丁寧な受け答えからして、悪い人ではないと皆は判断する。

「なら...なのはの家かな。」

「知っているのですか?」

「まぁね。えっと、“高町”って名前の家を探してみて。そこに道場があるから。」

 仮にも道場を持っているため、紹介するアリシア達。

「......?」

「えっと道は...ここを真っすぐ行って―――」

 何か違和感を感じ取り、司は首を傾げる。
 その間にも、アリシアは道を軽く説明していく。

「...ありがとうございます。では...。」

 説明を聞き終わった少女は、そのまま立ち去っていく。

「なのはちゃんの家を紹介したけど、いいの?」

「...恭也さん達、普通とは違うわよ...?」

「あ...。まぁ、手加減はしてくれるんじゃないかな?」

 特に深く考えずに紹介してしまった事に少々後悔するアリシア。
 そこで、ようやく司が感じた違和感の正体に気づく。

「...ねぇ、さっきの人、霊力を持ってなかった?」

「えっ...?」

「...そういえば...。」

 普段から魔力を扱い、コントロールしていたからこそ、霊力の感知もできるようになっていた司と奏が、そう言い出す。

「そっか...!だから普通とは違うって思ったんだ!」

「でも、霊力を持っているってどういう...?」

「なんの話をしているんだ?」

 アリシアも普通とは違う雰囲気の正体に気づき、アリサが疑問を口にする。
 そこで、優輝達が飲み物を持って戻ってきた。

「いや、さっき霊力を持っている人が尋ねて来て...。」

「霊力を?また珍しい...。」

 持ってきた飲み物を渡しながら優輝はそういう。

「剣術関係の道場がないか探していたから、なのはの所を紹介したけど...。」

「神社でも、さざなみ寮でもなく、剣術...?」

「意外...というか、普通ではないわね。」

 退魔士関連であるならば、その二つに行くはず。
 それなのに道場を探すのは不自然だと優輝や椿は思った。

「...あたし達も行ってみる?」

「もしかしたら何かわかるかもね。」

 そうと決まればと、優輝達は高町家へと向かった。





「ここですか。」

 少女は、一足先に高町家の前に着いていた。

「一見、普通の一軒家ですが...なるほど、確かに道場があり....。」

 聞こえてくる音に少女は耳を澄ます。

「そして、並々ならぬ腕前の様子。」

 竹刀、もしくは木刀を振るう際の踏み込みの音。
 それを聞き取って少女はそう呟く。

「......。」

 静かにインターホンを鳴らし、少女は反応を待つ。
 しばらくして、士郎が道場から出てくる。

「何の用だい?この辺りでは見かけないが...。」

「突然の来訪失礼します。私は各地の剣術を扱う道場を巡っておりまして、先程こちらの道場を紹介され、ここに来ました。」

「道場破り...と言った雰囲気ではなさそうだね。」

「はい。ただ、手合わせをお願いしたく。」

 少女の言い分に、士郎は少し考える。
 雰囲気や、真っすぐと目を見て話す様子から、冗談ではないと判断する。

「いいよ。そういう事なら招き入れよう。」

「ありがとうございます。」

 そういって、二人は道場の方へと向かっていく。

「...なるほど、手合わせか...。」

「でも、霊力を持っている説明にはならないよ?」

 その様子を、遠くから見ていた優輝達。
 なぜ剣術関連を尋ねたかは分かったものの、霊力を持っている理由がわからないとアリシアが言い、まだ様子を見る事にした。

「....ねぇ、かやちゃん。」

「...ええ。もしかして、彼女は...。」

 そこで、椿と葵が何かに気づいたように会話する。

「知っているのか?」

「ええ。確信は持てないけど...ね。」

「とりあえず、あたし達も行くよ。」

 日光の下いつまでもいられないため、優輝達も道場へと向かう。

「今日は来客が多いね。」

「すみません、大勢で押しかけて...。実は...。」

 またもや士郎が出てきて、優輝は軽く経緯を説明する。

「ああ、通りで彼女がここを訪ねてきた訳だ。」

「それで、件の彼女は?」

「手合わせするためにいつもの服装に着替えるそうだ。あ、ちなみに相手は恭也だ。」

 見学も構わないらしく、優輝はしばらく道場内で待つことにした。

「あれ?その姿になっても構わないのかい?」

「ええ。私たちの予想が正しければ...ね。」

 椿たちは式姫としての姿に早変わりし、その状態で待つことにした。
 そして、そこへ件の少女がやって来た。

「お待たせしまし...た...。」

「....やはり、ね。」

「まさか、生きているとは思わなかったよ。」

 少女は、先程アリシア達に会った時と違い、黒を基調とした着物に着替えていた。
 そして、椿たちを見るなり驚きの表情へと変わる。

「な、なぜ貴女達が...。」

「ちょっと縁があったのよ。まぁ、詳しい話は後でするわ。手合わせ、するんでしょ?」

「....そうでした。では、お願いします。」

「ああ。」

 驚愕や、訳を知りたい衝動を抑え、少女は恭也と相対する。

「木刀に...鞘?珍しいな...。」

「本来、木刀に鞘は必要ないもんね。多分、現代では無許可で本物の刀を所持する事は禁止されているから、そのために代わりとして似せたんだと思うよ。」

「なるほどな。」

 優輝のその言葉が終わると共に、士郎が合図を出し、試合が始まる。

「........。」

「........。」

 互いに相手の力量を計り、動き出さない二人。
 だが、そこから滲み出る雰囲気に、アリシアやアリサ達は気圧されていた。

「...では、こちらから参りましょう。」

「....!」

 少女がそう言った瞬間、恭也は一気に間合いを詰められた事を察する。
 見えなかった訳でも、油断していなかった訳でもない。
 ただ、予想以上だった事に動揺し、反応がほんの数瞬遅れる。

「くっ...!」

     カァアアン!

「ふっ!」

 数瞬遅れた事になり、恭也は防戦一方になる。
 二刀に対し一刀で攻め立てている事から、少女の剣の腕が相当なものだと分かる。

「はぁっ!」

「っ...!」

 だが、恭也も負けてはいない。
 すぐさま反撃に移り、手数で少女を攻める。
 互いに、避けれる攻撃は避け、それができないものは適格に受け流している。

「す、すご....!?」

「...純粋な剣の腕なら、僕以上か...。」

「......。」

 試合を見ている優輝達は、各々感想を漏らす。
 司達は純粋に、優輝は剣の腕が自分以上な事に驚き、椿と葵、士郎は黙って見続けた。

「はぁっ!」

「っ...!?」

 そこで、流れが変わる。
 御神流・徹、それをまともに受け止めてしまったため、少女の片手が痺れてしまう。
 本来なら弾かれる程の衝撃なのだが、その点においても少女が凄い事がわかる。

「(片腕が封じられましたか...。ですが...。)」

「....!」

 片手でしか木刀を振るえなくなったのにも関わらず、少女の闘気は強まる。
 むしろ、より洗練され、鋭くなっていった。

「はぁっ!」

「(速い...!それに鋭い!?)」

 間合いを詰めると同時に放たれた突きを、恭也はギリギリで躱す。
 咄嗟に一瞬だけ神速を使っていなければ当たっていた程だった。

「くっ...!」

「....!」

 反撃に振るわれる二刀を少女は飛び上がって躱す。
 さらにそこへ追撃が振るわれるが、その攻撃を利用して少女は大きく飛び退く。

「...強いですね。まさか、このような街中にここまでの使い手がいるとは。」

「先程の会話からして、彼女達と関係があるのだろう。だから、その強さに関して驚きはしない....だが...。」

「ですので....。」

「「全力で行かせてもらおう(いましょう)。」」

 瞬間、二人が同時に踏み込み、間合いが一瞬で詰められる。
 徹の性質を見抜いたらしく、少女は攻撃の対処を受け流す事にし、恭也は攻めにくくなったのにも関わらず、隙を突くように立ち回る。

「そこっ!」

「なにっ!?」

 躱し、受け流し、反撃する。その攻防の中で、ついに少女が攻勢にでる。
 円を描くように振るわれた木刀に恭也の木刀が受け流され、隙を晒してしまったのだ。

「(片手だけで、俺を追い詰める....とはっ!)」

「っ!?」

 そこで、ついに恭也は“神速”を解禁する。
 知覚外のスピードで少女の突きを躱し、そのまま決着を着けようとして...。

「甘、い!」

「なっ...!?」

 腰に差していた鞘によって、受け流されてしまう。

「...なるほど。そのための鞘か。」

 それを見て、なぜ鞘を付けていたか納得した優輝。
 意表を突く事を含め、少女は鞘による二刀流を扱ったのだ。

「(早い...!見切れなかった...!ですが、あれほどの動き、今まで使ってこなかった事を見るに、所謂切り札のようなもの...!ならば...!)」

「(来るか...!)」

 少女が間合いを詰め、恭也が神速で迎え撃とうとする。

「はぁっ!!」

   ―――御神流奥義之六“薙旋”

「....っ!」

 自身の間合いに入る瞬間、恭也は踏み込みつつ、神速からの四連撃を放つ。
 それに対し、少女は....。

「なっ....!?」

「くっ....!」

   ―――刀奥義“一閃”

 鞘を盾のように据え、受け止めると同時にそれを足場にして跳躍。
 恭也の真上を取り、強力な一閃を放った。

「(御神流の神速に、対応した...!?)」

「...そこまで!」

 優輝は、恭也の神速を見切り、その上動きで上回った少女に驚きを隠せなかった。
 結局、少女が放った一閃は寸前で勢いを弱めたため当たらなかったが、それを見て決着はついたものだと士郎が判断し、試合が終わる。

「...まさか、鞘を盾にするどころか、足場にするとは...。」

「いえ、それよりも最後の一撃を寸止めしてしまってすみません。どうもあのまま放っていれば貴方の骨を折っていたかもしれませんので...。」

「やはりか...そういった理由で止めたのならば構わない。」

 真剣勝負で寸止めをしてしまった事で少女は謝るが、理由を聞いて恭也は許す。

「まさか神速についてくるとは...。」

「先程の動きですか...。途轍もなく速い剣士は相手にした事があるので対処できましたが....この時代にこのような流派が残っていたとは思いませんでした。」

 どちらもどこか満足した様子で、互いを称え合う。

「す、凄かったね優輝君...。」

「...ああ。だけど、それよりも...。」

 試合を見て、常時驚いていた司が優輝にそう言うが、優輝はそれよりも少女を気にする。
 椿たちと知り合いであり、並外れた剣の腕の持ち主。加えて霊力の持ち主である。
 その事から、少女の正体には予想がついたが、それでも気になるのだ。

「今日は突然の手合わせを受けてくれてありがとうございました。」

「いや、こちらとしても身内以外の相手と手合わせはありがたかったよ。しかし、もっとゆっくりしてくれていいんだが...。」

「...そうしてもいいんですが...。」

「...なるほど。じゃあ、家の方に寄っていくといいよ。幸い、皆僕の知り合いだからね。今日は翠屋は定休日だからそっちに行くこともできないし。」

 高町家の家は広く、今日は翠屋は定休日なためにそちらに行くこともできない。
 外は暑く、少女にとって他人に聞かれたくない話なため、ちょうどよかった。

「...では、お世話になります。」

「じゃあ、こっちへ。皆も寄っていきなよ。シュークリームも出すから。」

「ホント!?優輝!私たちも行こうよ!」

「も、元よりそのつもりだからそんな食いつくなよアリシア...。」

 そんな感じで、優輝達も高町家にお世話になる事にした。







       =椿side=





 ...まさか、彼女が生きていて、この街に来ていただなんてね...。

「直接話すのは、いつ以来かしら?」

「...まだ江戸があった頃...私たちがご主人様を待つのを止めて以来ですね。」

「それほど会ってなかったのね...。」

 かつて残った...残ってしまった私たちは、それぞれで生きる事にした。
 それ以来、各地に散らばったため会わなかったのだけど...。

「こちらこそ驚きです。その様子だと、この街に滞在しているようですが...。」

「これまでは葵...薔薇姫と共に山とかを渡り歩いていたんだけどね。彼...優輝が霊力を持っていて、ちょっとした事件に巻き込まれた時に助けてもらったのよ。それからは、彼の家で暮らしているわ。」

「なるほど...。しかし、彼だけでなく他の子どもたちも霊力を...。」

「あぁ、それはね...。」

 私は次元世界や魔法の事を軽く説明し、アリシアが霊力を多く持っている事を伝える。

「...まだまだ知らない事があるとは...。」

「それで、貴女はなぜこの街に?」

 今度はこちらが聞く番よ。
 優輝達も興味を示しているようだしね。

「その前に、自己紹介がまだですよ。」

「...そうね。」

 私は知っていても、優輝達は知らないのを失念していたわ。
 優輝は彼女がどんな存在かは検討がついていそうだけど。

「私は小烏丸と申します。今は(れん)と名乗っています。」

「優輝は予想がついているだろうけど、彼女も私と同じ式姫よ。」

 刀の付喪神であり、刀を扱うのが得意とする式姫。それが彼女。
 江戸の時は刀の腕はともかく葵より弱かった事から、無力を感じていたらしいけど...。

「この街に来た理由ですが...簡単に言えば刀を極めたいのです。そのため、各地を巡り、名のある道場などに手合わせをお願いして回っていました。」

「名のある...?確かに御神流は一部では有名だけど、世間的には...。」

 優輝の言う通り、御神流は要人警護など、“その類”では有名だけど、一般的にはあまり知られていない流派ね。
 だから、なぜここに...というか、アリシアの言葉をあっさり信じたのかが疑問だわ。

「既に表立って有名な場所は巡ったので...。各地を巡りつつ、修練を重ね、偶然見つかれば...と言った感じで旅をしていました。」

「それで偶然ここを見つけたのね...。」

 佇まいから見て、剣の腕は以前よりも上げたらしい。
 だから、恭也の神速について行けたのね。

「....やっぱり、悔やんでいるの?」

「...はい。」

 彼女は普段から真面目だった。...だけど、各地を巡ってまで修練を重ねる程ではない。
 それなのに、今までずっとそうして来た訳があるとすれば、一つだけ。
 あの子の...とこよの力になれなかった事。

「私は...無力でした。戦いに赴くご主人様の助力にすらなれず、ただ待つことしかできませんでした。...それが、私にはとても悔しくて...。」

「....その気持ち、あたし達にも分かるよ。」

 私たちも当時は足手纏いに過ぎず、それ以前にあった戦いで重傷を負ってしまった。
 そのせいで私たちは何もすることができなかった。

「...そこら辺の話、僕もよくは知らないんだけど...。」

「...また別の機会に話すわ。これは、私たちも悔いとして残っている事だから。」

「了解。そういう事なら、無駄な詮索はしないよ。」

 優輝や、司達が私たちの会話を聞いて私たちの過去を気にしてくる。
 あまり話したくない...というより、思い出したくない事だからはぐらかす。
 結局、そのうち話す事になりそうだけど...。

「貴女が無力を感じ、そして修練を続けている事に関しては止めないわ。...ただ、無茶はしないでよね。貴女だって、大事な仲間なんだから。」

「...承知しています。私も、以前よりも霊力が不足しており、全体的に見ればかなり全盛期に劣っていますから...。」

 私たちのように、主もいなく、霊脈を見つけている訳でもない彼女は、やはり以前の私たちのように弱体化していたみたい。

「それにしても、貴女も随分素直な性格になりましたね。」

「ちょ、べ、別にそんな事ないわよ!というか、この会話でどうやってその結論に至ったのよ!?」

「“大事な仲間”と言った所ですね。本来ならあそこまで素直に言わないと思いまして。」

「確かに。以前なら絶対遠回しに言ってたよね。」

 小烏丸...蓮と葵にそう言われ、私は顔が赤くなるのを感じる。

「そうそう。小烏丸ちゃん、実はかやちゃんね、好きなひtむぐぐ....。」

「なななな、なに言おうとしているのかしら!?」

「あー...えっと...大体察しました。」

「貴女も貴女で納得しないでよ!」

 会話を聞いている皆だって苦笑いしてるし....!
 そんな曖昧な表情で私を見ないでよ!?

「そ、それはそうと!」

「あ、話逸らした。」

「逸らしたね。」

「逸らしたわ。」

「...逸らした。」

 話の流れを変えようとすると、葵を筆頭にアリシアやアリサ、奏にそう言われる。
 別にいいじゃない...!そっちだって恥ずかしい話をされると逸らすんでしょう!?

「えっと、今は蓮だったわね。蓮、アリシアと契約をしてもらえないかしら?」

「えっ、私?」

「契約...となると、式姫としてのですか?」

 提案したのは、私と優輝のように、彼女とアリシアで契約するという事。

「さっき軽く説明した通り、彼女には霊術の才能があるわ。でも、まだ霊力が多くて扱いきれていないの。そこで契約する事である程度制限すれば制御も簡単になると思ってね。」

「なるほど...。しかし、私は旅をしている身で、長くても一週間ぐらいしか滞在しないのですが...。」

「契約と言っても霊力の繋がりを持つだけよ。そこまで気にしなくていいわ。」

 式姫契約は所謂主従になるものだけど、今回は特にそういう事を考えていない。
 ただアリシアが霊力を制御しやすくするための提案でしかない。

「えっと...私の意見は?」

「悪くなるような事は特にないのだし、聞かない事にしてるわ。」

「ひどいよ!?」

 蓮にとっても、何も悪影響はなく、むしろ霊力の不足を補う事に繋がる。

「なるほど。制御の邪魔になる余分な霊力のリソースを、彼女に割く事でアリシアの上達を早める訳か。互いに利益があるから悪い話ではないな。」

「あ、そういう事なんだ。確かに、悪い提案じゃないよね。」

「...後は、個人の感情による賛否ね。」

 優輝、司、奏が私たちの邪魔にならないようにそんな会話をする。
 全部優輝の言う通りね。そして、奏の言う通り後は蓮の了承だけだけど...。

「...私のご主人様はあの方だけと決めています。」

「...そう。なら...。」

「ですが、主従関係とは関係ないのであれば、いいでしょう。彼女も私のように修練を重ねる同志。邪険にはできませんしね。」

 とこよの事を大事にするため、拒否されるかと思えば、了承が貰えた。
 なら、早速契約を結んでしまいましょうか。

「じゃあ...士郎、少し光るけど構わないかしら?」

「害が出なければいいよ。桃子も構わないかい?」

「ええ。いいわよー。」

 士郎と桃子に許可が貰えたので、契約のための陣を描く。
 もちろん、媒体は優輝に創造してもらった紙よ。本当、便利ね。

「やり方は分かっているわね?」

「はい。元々式姫ですから、知識として覚えていなくとも体が覚えています。」

「ならいいわ。アリシア、彼女の前に立って頂戴。」

「う、うん。」

 陣を葵と共に書き、蓮をその中心に、アリシアをその前に立たせる。
 ...後は蓮に任せればいいわ。

「では...少々霊力を持っていかれますが、落ち着いていてください。」

「わ、わかった....。」

 淡い光が二人を包み、式姫契約が為される。
 これでアリシアの霊力は制限され、蓮の霊力も余裕ができたはず。

「明日からは、その状態で霊力の制御を特訓するわよ。」

「なんというか...少し持て余してたのが減ったような...。」

「私が一部を持っていきましたから。」

 無事成功したみたいで、二人がそういう。

「では、これから...っと、名前を聞き忘れてました...。」

「えっと、アリシア・テスタロッサ...です?」

「アリシアさんですね。では、これからよろしくお願いします。....と言っても、短い間しかこの街には滞在しませんが。」

 二人は握手をし、私は陣を書いた紙を片付ける。

「皆、よかったらシュークリームはどうかしら?」

「え、いいんですか!?」

「はいはーい!私食べたいです!」

 すると、そこで桃子がシュークリームを持ってきたので、皆で食べる事になる。
 というか、アリシアは食いつきすぎよ。気持ちは分かるけど。

「シュークリーム...ですか?」

「貴女も食べていきなさい。せっかくなんだから。」

「...では、お言葉に甘えて。」

 そういって、蓮もシュークリームを貰う。
 まぁ、ここのシュークリームは美味しいもの。食べたくはなるわよね♪

「あ、かやちゃんから花が出てる。」

「ふふ、それだけ美味しいと思ってくれてるなら、作った甲斐があるわ。」

 葵や桃子が何か言っているけど、シュークリームを食べてる私の耳には入らなかった。
 ...後から皆に微笑ましい表情で見られてるのに気づいて顔を赤くしたけど。



 この後、蓮の今までの話や、私たちの話で盛り上がる事になった。
 式姫関連の話でなければ、アリサやすずかも話に入ってこれたし、蓮も楽しそうだった。
 私自身、懐かしき知己に会えて、会話も弾んだりした。
 ちなみに、蓮はアリシアの事を少し見てくれるようで、短い間滞在する事にしたらしい。









 
 

 
後書き
式姫契約…そのままの意味。主と式姫という関係になるための契約。ただし、主従という立場をはっきりさせる必要はない。

小烏丸…かくりよの門にて、最初に召喚する式姫。かつての主に、実力不足故についていけなかった事を悔いており、以来ずっと腕を磨き続けている。ちなみに、本来の二人称は名前に“殿”をつけて呼んでいるが、現代に馴染むためにさん付けにした。


日常回になった途端、上手く締めれなくなる...。
まぁ、こんな感じでもう一人式姫追加です。ただし、レギュラー入りはしません。 

 

第103話「陰陽師、式姫とは」

 
前書き
アリシア達の修行回パート2。
ついでにアリサ達の武器も決まります。
 

 




       =優輝side=





「さて、今日も頑張っていくぞー。」

「恭也達が今日は翠屋の手伝いだから、士郎の道場を使わせてもらう事になったわ。」

 小烏丸蓮さん(戸籍上はそうなっているらしい)が来訪した翌日、僕らは士郎さんの家にある道場を借りて、アリシア達の霊力の特訓に取り組んでいた。

「...あれ?昨日よりだいぶ涼しい...?」

「風を起こす術式を仕掛けておいた。風通しが良くなるだけでもマシだろ?」

 ただし氷系の術は使わない。まぁ、道場内はさすがに湿度と温度が合わさって滅茶苦茶暑いからな。熱中症にならないためにも風通しはよくしておいた。

「今回は特別講師として蓮さんも教えてくれるぞ。」

「...と言っても、私が教えられるのは刀の扱いぐらいですけど。」

「霊力の扱いは出来てるでしょう?それで充分よ。」

 しばらく滞在する間、蓮さんもアリシア達に教えてくれる事になった。
 まぁ、アリシアと契約した義理もあるんだろうな。

「とりあえず、霊力の基礎は大体できるようになったし、次の段階に入るわ。」

「次はどんな戦い方が得意、不得意か確かめるよ。」

 アリシアのみ制御がまだだけど、基礎自体はできている。
 だから次の段階に入ろうとしているのだ。
 ...別の機会で那美さんや久遠にも教えておかないとな。

「戦い方...?」

「そう。例えば蓮ちゃんみたいな刀を使った近接戦。敵の攻撃を受け止め、いなし、皆の盾となる戦い方とか、あたしのように回避しながら攻め続ける戦い方。」

「他にも、私みたいに弓を扱ったり、陰陽師や式姫にはそれぞれ戦い方というか...役割分担みたいなものがあるのよ。大抵、得意分野で役割を分担してるわ。」

 僕は例外みたいだな。得意不得意がないし。
 尤も、僕もそういった役割分担の話は聞いたことがないんだが...。

「昨日の内に簡単にまとめてきたわ。これを見て頂戴。」

「武士、槍術師、傾奇者、弓術士、(まじな)い師、巫女...それに、剣豪に符術師?」

「他にも少し書かれてるけど...。」

 椿が出した紙には、それぞれの役割と簡単な備考が書かれていた。
 また、他にも何か書かれており、少しばかり複雑そうだった。

「まず、武士ね。これには葵と蓮が当て嵌まるわ。敵の攻撃を引き付け、回避やいなし、もしくは受け止める事で、他の者を守る“盾”よ。もちろん、剣による攻撃にも秀でてるわ。」

「敵の攻撃を引き付け続けるので、自分で回復する手段も持ち合わせています。」

 椿の説明に蓮さんが補足する。...つまり、ゲームで言う“盾キャラ”か。

「次に槍術師。名前の通り槍を扱うわ。前衛でも後衛でも立ち回る事ができ、また術も扱う事ができる汎用性を持ち合わせているわ。」

「ただし、器用貧乏でもあるから、どれかに特化させる場合が多いよ。後ろから援護するもよし、前衛で武士と同じように敵の攻撃を引き付けるもよしってね。」

 万能ではあるが、それ故に器用貧乏と...。
 大抵は槍による攻撃に重点を置き、隙を突くように攻撃するらしい。

「次、傾奇者。文面じゃ分かりにくいけど、斧を扱うわ。素早いとは言い難く、術もあまり扱えないけど、強力な一撃を誇るわ。」

「所謂重戦士タイプか。なるほど。」

 ...僕ら全員に向いてなさそうだな。パワータイプってイメージがないし。
 強いて言うなら緋雪辺りかな。吸血鬼だし、力も強いしな。
 ...その場合、素早く一撃が強力な反則キャラみたいになってしまうが。

「次に弓術士。これは私を見た通り、弓を扱うわ。後衛からの援護射撃が主で、術もある程度使うわ。...ただ、接近戦がしづらいから気を付けなさい。」

「かやちゃんの場合は短刀でその部分を補っているね。」

 条件が揃えば一方的に攻撃できる役割でもある。
 ...まぁ、自衛のためなんだから戦う=弓術士の利を生かせない状況なんだが。

「呪い師は霊術に特化しているわ。基礎で教えた術をさらに実戦用に強化させ、さらに強力な術を扱うわ。こと術に関しては、最も秀でてるわね。」

「アリシアちゃんが扱い切れてなかった火焔旋風なんて、バンバン使いこなすよ。」

「ええ...あれを?」

 そういえば椿も普通に使ってたな。...なるほど、あれでまだ呪い師に劣るのか。
 所謂魔法使いみたいなポジションなのだろう。

「巫女は呪い師を回復に特化させたようなものよ。聖属性による術で、他の者を治癒させたり、障壁と成して護ったりするわ。」

「偶に霊術で使ってた障壁って...。」

「同じよ。ただ、簡易的な物ならすぐ張れるけど、強力なのは私だと扇や御札を必要とするわ。...そうね、那美が一番巫女らしいわね。元々巫女だけど。」

 一応、アルバイトだから本職ではないらしいけどね。
 確かに、那美さんは巫女っぽいな。回復とか扱って、攻撃を苦手としてるし。

「基本はこの六つの職業ね。」

「...あれ?この剣豪と符術師は?それと、他に二つ書いてるけど...。」

 司が示すのは、残り二つの職業と、“人魚”と“幽霊”という文字。
 態々書いてあるという事は、職業はともかく二つの単語も関係あるはずだが...。

「その二つの職業は陰陽師にしか扱えなくてね。剣豪の方はともかく、符術師は式姫でも真似できるのは少なかったわ。」

「へぇー...。」

 陰陽師限定...ゲームで言う主人公限定の職業って所か?

「剣豪は武士を攻撃特化にしたようなものよ。様々な属性を剣に付与し、相手の弱点を適格に突くように攻撃するわ。符術師は援護や付与に特化しているわ。御札を使って味方を強化したり、相手を弱らせたりね。」

「かやちゃんや優ちゃんの使う御札による衝撃波とかも、符術師の技に含まれるね。」

 剣豪は分かりやすく捉えると戦士から派生した剣士って所か。
 ...で、符術師はゲームで言うバフデバフを得意とする...と。

「じゃあ、この人魚とかは...?明らかに職業ではなさそうだけど...。」

「簡単に言えば、人魚は歌による援護を得意として、幽霊は憑依の効果を上げるのよ。」

「歌?憑依?」

 司やアリシア達は、いまいちピンとこないようだ。
 まぁ、僕もよくわからない。

「霊力を乗せた歌は、仲間に加護のような効果をもたらすわ。素早さが上がったり、術の効果が強化されたりね。」

「憑依っていうのは....今は説明しても無駄だね。一応言うけど。」

 無駄...と言う事は、今はできないのだろう。
 蓮さんも少し寂しそうに目を伏せているし。

「憑依と言うのは、その式姫の力の一部を他の式姫や陰陽師に貸し与える事よ。」

「幽霊で憑依って言ったら、取り憑くってイメージだろうけど...まぁ、大体合ってるかな。憑依された者は憑依した者の力の一部を扱えたりするよ。」

「例えば、椿さんが私に憑依したとすれば、私が弓を扱える事になりますね。」

 ただし、やはり得手不得手はあるらしく、使える力に限度があるらしい。

「...便利だけど...二人は今まで使ってなかったよね?ユニゾンはともかく...。」

「...できないのよ。」

「妖が跋扈していた時代は、霊力とかが豊富でね...。なんというか、環境が変化していって、あたし達が全盛期の力を出せなくなってから、使えなくなったんだよ。」

「詳しい原因は不明だけど、一番の原因は主や方位師を失った事だと思っているわ。」

 つまり、環境が整っており、その上で相応の人員が必要と...。

「主は...今は優輝君がなってるよね?その方位師っていうのは...。」

「陰陽師を支える術師の事よ。遠征する際に、転送したり、念....まぁ、念話みたいなものね。それで会話したりもできるわ。また、式姫の召喚の手助けをしたり...。」

「とにかく、陰陽師を支える存在だね。憑依の儀式にも関係してるよ。」

「...だから今はできないと...。」

 現代じゃ難しいのだろう。さすがに椿や葵もそれらの知識が豊富な訳ではないし。

「...まぁ、そんな感じで、人魚と幽霊の二つは深く考えなくていいわ。」

「とりあえず、こんな感じで八つに分けたから、どれが一番自分に合うか試してみて。」

「相手なら私がなりましょう。」

 解説が終わり、次に実践に入る。
 葵の言葉を切欠に、それぞれがどんな職業に寄せるか試すようだ。
 その中でも、司は槍術師を真っ先に選んだらしい。...まぁ、元々シュラインは槍だからな。それ以外にないだろう。

「言い忘れていたけど、今言っていたのとはまた別に、“副職業”というのもあるわ。」

「これは...まぁ、兼業みたいなものだね。あたし達式姫にはそういう概念がなかったけど、陰陽師は職業という一種の加護を得ていて、本来なら一つの職業にしかなれない所を、一部分だけ加護を得る事で、その職業の力の一部を扱う感じだね。」

 ゲームで言うメインジョブとサブジョブの関係だろうか?
 となると、司で例えると副職業は巫女になるな。...主職業でも良さそうだが。

「深く考えなくていいわ。役割を絞る事で、極めやすいようにする措置なだけだから。」

「実際、全ての職業の力を自在に扱う陰陽師もいたしね。」

 確かに、ゲームのようにできる事...やる事を絞った方が極めやすい。
 そう言った目的も含めての“職業”だったのだろう。

「まずはどこから入るかと言う分野から選んでもいいわよ。」

「んー...悩むなぁ...。」

 並べられたそれぞれの職業の武器に、アリシアが悩む。
 ちなみに、武器(木製)を創ったのは僕だ。

「一通り使ってみたらどうだ?」

「そっか、その手もあったね。」

 どれが一番合っているかは相手をする僕らが見極めてもいいしな。
 そういう訳で、司以外の皆は一通り武器を試すようだ。





     ギィイン!

「...うーん...。」

 アリシアが放った矢を防ぎ、これで一通り見終わる。
 見ていた限り、どれが筋が良いか大体わかった。

「奏はやっぱり剣豪が一番合いそうだな。元々ハンドソニックが二刀のようなものだし、小太刀程の長さの二刀流が合っている。」

「...私も、しっくり来たわ。」

 奏も司同様、元々使っていた武器に近い職業が適していた。
 他に適正があるとしたら...武士か符術師だろう。身体強化とかも得意だし。

「アリサちゃんは武士か剣豪だね。あたしみたいに回避しながら斬るっていうのが一番合ってると思うよ。筋もよかったし。」

「へぇ...まぁ、あたしもなんだかしっくり来てたし、カッコいいものね。こういうの。」

 アリサは主職業が武士で副職業が剣豪と言ったスタイルが適していた。
 葵と似たようなスタイルで、回避型のアタッカーだ。

「すずかさんは槍術師か呪い師が合っているかと思われます。長柄の武器の扱いが出来ていましたし、術と併用していたので、味方を守りながら戦えるかと。」

「そう...かなぁ?術を使いながら戦うのはできるけど、武器は....。」

 蓮さんがすずかに適した職業を教えているが、あまりしっくりこないようだ。
 術を扱いながら戦う事はできても、武器がしっくり来ないらしい。
 それでも、筋はよかったと思うが...。

「呪い師ではいまいち術の火力に欠けます。それを補うためにも、槍術師が合うかと。」

「うーん...まぁ、慣れてみます。」

 すずかは指示や援護に適しているようだし、後ろから味方に指示を出して的確な防御を行う方が合っているかもしれない。
 職業に当て嵌めにくいが、強いて言うなら...という事で槍術師なのだろう。

「さて、肝心のアリシアは....。」

「...........。」

「あ、あの...椿?」

 アリシアの方を見ると、椿が悩んだ様子でじっとアリシアを見ていた。

「一見、弓道をやっているから弓術士が適していると思ったのだけど...。」

「だけど...どうしたんだ?」

 椿の困り様は、“どうしようもない”じゃなく、むしろ“どうするべきか”と言う、よくわからないような困り方だった。

「...所詮、弓道は“戦い”のための弓じゃない...って事ね。」

「え、えっと...結局、私は...。」

「...アリシア。」

 葛藤が少しあったのか、ようやく椿はアリシアに適している職業を告げる。

「...貴女は全部よ。」

「........はい?」

「だから、全部よ。全てに適しているわ。それも、器用貧乏よりも万能に近い感じでね。」

 ...それは、とんでもない才能じゃないだろうか?

「ええっ!?ぜ、全部って事はこの...八つ全て!?」

「ええ。どれも伸びしろがあるわ。」

 本人も自覚がなかったらしく、アリシアは驚く。
 ...確かに、傾奇者ですら筋はよかったな。

「だけど、そうなるとどれを伸ばせば...。」

「ぜ、全部とかはダメなの?」

「...本当にそうするのかしら?」

「う、なんだか嫌な予感...。」

 実際、全部を伸ばそうとすれば相応の苦労が必須となる。
 つまり...。

「...今まで以上に厳しく行くわよ?」

「やっぱり...!」

 短時間で上達するには、特訓の密度を上げるしかない。
 基礎が整えば整う程上達しやすくはなるが、アリシアには厳しいだろう。

「まぁ、目先の目標はなのは達に御守りを作る事だ。だから、呪い師や符術師、巫女辺りを重点的に伸ばせばいいんじゃないか?」

「...それもそうね。失念していたわ。」

「た、助かった...。」

 特訓で忘れがちだが、本来の目標はこれだ。
 膨大な霊力を制御する目的もあるが、アリシアの最初の目標は御守りを作る事。
 なら、まずはそれに適した職業を伸ばすべきだろう。

「あたし達の中で一番御守りや護符の制作に向いているのはかやちゃんだし、その間に他の皆は適正のある職業を伸ばそっか。」

「そうね。基礎しか教えていないから、応用を教えておくわ。」

「じゃあ、司とすずかは僕が、奏の相手は蓮さんで頼みます。葵はアリサを頼む。」

 この中で最も槍に慣れている僕は二人を、残りの二人は剣が扱える二人に任せる。

「よ、よろしく優輝君。」

「お手柔らかに...。」

「んー...優しくっていう保証はないけど、いっちょやるよ。」

 短期で上達するには実践あるのみだ。
 とにかく手合わせをして、ダメな所を指摘していく。
 持久力があまりつかないが、そこは後からでも補えるしな。

「槍って言うのは基本的に突きが主体だ。本来はそのリーチを生かすからな。だけど、肉薄されるとどうも取り回しが難しくなる。そこも含めて実践形式で教えていくよ。まずは司、シュラインを振るう感覚で来てくれ。」

「分かった。じゃあ...行くよ!」

「すずかもこれを見てできる限り学習してくれ...よっと!」

 自分用の木製の槍を創造し、司の突きを逸らす。
 すぐさま司は槍を回転させ、柄で攻撃。さらに回して連撃を放ってくる。

「はぁっ!」

「っと!」

 それらを躱し、横にずれると大きく薙ぎ払ってくる。
 だけど、それはあっさりと僕に受け止められる。

「素の身体能力だと、突きのスピードも取り回しも遅いな。次、霊力も自由に使用してくれ。術の併用も頼む。」

「了、解!」

 霊力も使うように言うと、途端に素早くなり、連続の突きが迫る。
 それらを、僕は槍の中心を持って小回りを利かせながら逸らす。

「ふっ...!」

   ―――“風車”

「甘い。」

   ―――“霊撃”

 突き、払いと器用に攻撃を繰り出して来るが、僕はそれを大きく弾く。
 隙を補うために司は霊術を使用するが、すぐさま僕は相殺する。

「はぁああああ....!」

「っと...!」

 その瞬間を狙うように、大振りの一撃が迫る。
 振り下ろされた槍を、僕は後ろに下がって躱すも、司はそれを地面に叩きつけて跳躍。
 槍を一回転させてさらに強力な叩きつけを放ってくる。
 もちろん、そんな大振りの攻撃は簡単に避けれる。

「っ....!」

「遅い!」

 すぐさま体勢を立て直して、僕の薙ぎ払いを防ぐ司。
 しかし、もう手遅れだ。そのまま僕は連撃を放って槍を弾き飛ばす。

「....強いね、優輝君...。」

「まぁ、ほとんどの武器は扱えるからな。」

 剣はもちろん、槍、斧、弓、棒、ハンマーやトンファーも使えるな。
 全部導王時代に扱えるようになったものだ。

「それで、司の反省点だが...。やっぱりあれだな。祈祷顕現や魔法に頼っていた節が見られる。基本的な槍の技術が大雑把だ。」

「あぅ...やっぱり...。」

 予想していたものの、実際に言われて司はへこむ。

「それと、まだ霊術が基礎しかできていないから、織り交ぜれていないな。ここは仕方ないから次第に慣れるしかないだろう。」

「うーん...槍を使った上手い動きがいまいちわからないんだよね...。」

 確かに、槍の上手い立ち回りは分かり辛い。
 リーチを生かした攻撃も、懐に入られれば役に立たないしな。

「槍は突いた後に細かく動かして攻撃して、懐に入られたら柄を使って攻撃を逸らすべきだな。ただ突くだけだと、隙だらけだ。実際、さっきも何度も反撃できた。」

「なるほど...。」

「詳しい説明は後にして...次はすずかだな。」

「...さっきので自信がないんだけど...。」

「まぁ、何事も挑戦だ。とりあえずやってみて。」

 すずかがおずおずと構える。

「とりあえず、霊術は身体強化一辺倒で、槍捌きを重点的に鍛えよう。ただ、余裕があれば...と言うより、“ここだ”って所で攻撃術を使ってもいい。」

「が、頑張ってみる...!」

 僕の見込み通りなら、夜の一族の身体能力もあって巧く動けるはず...。

「やぁっ!」

 単純な突きが迫る。やはり、槍の技術は素人そのものだ。
 とりあえず、大きく弾き、防げるタイミングで薙ぎ払う。

「きゃっ!?」

「(...さぁ、どう来る?)」

 防がせたが、僕はそのまま大きく吹き飛ばす。
 すると、すずかは空中で体勢を立て直し....。

「っ....!」

   ―――“氷柱”

「っと...!」

 霊術で攻撃してきた。さらに、着地と同時に僕へと肉迫する。
 落ち着いて霊術を相殺し、放たれた突きを逸らす。

「は、ぁっ....!」

「お....?」

 すずかはそのまま舞うように立ち回り、何度も突きや薙ぎ払いを繰り出してくる。
 元々身体能力が高いのもあり、上手い立ち回りだ。
 少し弾き飛ばすとすかさずに霊術で攻撃してくるのも巧い。

「(...見込み通りだな。)」

 とりあえず一度終わらすために、霊術を相殺して素早く突く。
 すずかの槍を捉え、弾き飛ばした事で手合わせは終了する。

「す、凄い....。」

「あれ....?」

 驚く司と、呆然としているすずか。
 まぁ、すずかのあの動きを見ればな...。本人もびっくりしているし。

「な?結構動けるだろう?」

「う、うん...。」

 すずかは学校の球技大会のドッチボールとかで凄い活躍を見せるからな。
 咄嗟の判断ができるのだろう。ただし、実戦じゃないのが前提だが。

「...私より上手く動いていたような...。」

「司の場合は魔導師としてのスタイルに慣れすぎているからだな。似たような動きをしていたから、それを変えようとして上手く動かせなかったって所だ。」

「そっか...癖とかで動きが阻害されるんだね。」

「そう言う事。反面、すずかは類似した動きすらやった事のない事にチャレンジしたため、身体能力と咄嗟の判断で行動して、結果的にいい動きができたって事だ。」

 ゲームとかそういうものでも、“初見の方が良い動きができた”と言う事がある。
 それと一緒のようなものだろう。...まぁ、最初だけだが。

「言い忘れていたが、すずかは思い切りが必要だな。元々運動神経は良いんだし、経験を積んでいけば自ずと上達すると思うよ。」

「すずかちゃんは戦略系のゲームもできたから、複数戦では司令塔も兼ねた方がいいかもしれないね。蓮さんが言ってたみたいに、味方を守りながらね。」

「そっかぁ...。」

 そうこうしている内に、アリサと葵の方も終わったみたいだ。
 アリサは結構息切れしているが、やっぱり葵は余裕らしい。

「やっぱり単調だねー。刀の振り方を教えた方がいいかな?」

「はぁ....はぁ....ぜ、是非そうしてもらいたいわね...。」

 木刀とは言え、何度も振るってそうとう疲れたらしい。
 ...武器の扱い方の基礎も平行して教えていかないとな...。

「...奏ちゃん、凄いね。」

「元々身体強化の霊術は一番出来てたし、二刀流は以前から使ってたからな。」

 そして、奏と蓮さん。
 短めの木刀二本を振るい、奏は蓮さんに斬りかかっている。
 しかし、蓮さんはその全てを木刀一本で全て凌いでいた。
 二人共霊力で身体強化しているとはいえ、あまりにも蓮さんが圧倒していた。

「はっ、はっ、....はぁっ!」

「....!」

     カン!カカァン!

 片方で防がせ、もう片方で切り裂く。...手数の差による常套手段だ。
 しかし、蓮さんは一瞬だけ一撃目を押し退け、瞬時に二刀共弾いて防ぐ。

「っ....!」

「...終わりです。」

 ついに隙を晒してしまった奏の懐に蓮さんは接近し、首に木刀を据えて終了する。

「動きも立ち回りも我流にしては筋がいいです。しかし、一撃一撃が軽いですね。」

「はぁ....はぁ....やっぱり、そこが欠点...。」

「自覚はしていたようですね。後は基礎を整え、その欠点をなくせばいいでしょう。」

 霊力を用いた戦いで、最も優れているのは奏のようだな。
 元々身体強化は得意だし、砲撃魔法や射撃魔法のような技が使えない事以外は大して変わっていないからな。

「少し休憩したらもう一度だ。アリサとすずかはとりあえず自衛の手段として覚えているから、今度は守りを重視してみてくれ。」

「わ、わかったわ...。」

「攻撃は苦手だけど、防御なら...。」

 二人共女の子な事には変わりない。椿たちと違って、二人は人を攻撃する事を躊躇う。
 それが上達の妨げにもなっているのだろう。...まぁ、そこは仕方ないだろう。

「っ、ぁああ~!!暑い!疲れたー!」

「...一度休憩しましょうか。」

 アリシアの方も一旦休憩に入ったようだ。
 ...まぁ、確かに暑いからな...。仕方ない、少しサービスするか。

「水属性と風属性の術を合わせて...即席クーラーの出来上がりってな。」

「あ、涼しい...。」

 この二つの属性を使った術で“氷血旋風”と言うのがあるが、これはそれを攻撃にならない程度にまで弱めたものだ。
 冷たい風を起こしているようなものなので、相当涼しいだろう。

「彼女達は自衛や、誰かを守るために研鑽を積んでいると聞きましたが...貴方はどういった理由で研鑽を積み重ねているのですか?」

「...突然ですね。まぁ...蓮さんと同じ理由ですよ。」

 休憩中、蓮さんにいきなりそう聞かれたので、正直に答える。

「私と...?」

「無力を感じた...だから繰り返さないためにも、今度は大丈夫だと胸を張って言えるように、僕は強くなり続けるんです。...そうでしょう?」

「.....なるほど。確かに、私と同じですね...。」

 蓮さんは常々真面目すぎる。
 だから、無力を感じてずっと研鑽を続けてきたのだろう。
 ...そう、“無力を感じた”んだ。僕のように。

「......。」

「お互い、頑張りましょう。」

「...そうですね。」

 過去に“何か”があった。それも、椿や葵にあった事と同じことが。
 ...おそらくは、話に出てくる前の主“とこよ”なる人物が関わっているのだろう。

「...敬語はなくて構いませんよ。私も癖とは言え人の事を言えませんが。」

「そう...かな?...気楽に話せるならそっちにするけど...。」

 無闇に聞く必要はないだろう。既に過去の事だからな。
 そう思いつつ、僕は蓮さんの言葉に甘え、敬語を外す事にした。

「...さて、休憩中も霊力を循環させるようにな。そうすると自然回復も早くなるし。」

「そうね。特にアリシア、霊力を制御するのにも丁度いいのだからそうしなさい。」

「うぅー...こういう持続系は苦手なんだけどなぁ...。」

 過去にどんな事があったか、確かに気にはなる。
 だけど、今はこうして皆の成長を見守るだけでもいいだろう。

 この後、実戦形式の特訓は続き、夕方まで皆を鍛えた。
 これでだいぶ上達しただろう。...代わりに油断すると筋肉痛になるけど。
 ちなみに、昼食は翠屋に行って済ませておいた。









 
 

 
後書き
各職業の説明には独自解釈が多々含まれています。また、御札による攻撃が符術師の技に含まれている扱いですが、かくりよの門ではそんな設定ありません。独自設定です。
...実際、ゲームシステムにある程度沿っていてもこれぐらいは出来てしまうと思います。

アリサとすずかの武器はinnocentを参照にしています。(剣と槍)
アリシアは....まだ未定です。

次回からはまた一話ずつの更新に戻ります。 

 

第104話「祝福の風Ⅱ」

 
前書き
タイトルからわかる通り彼女が登場します。
 

 




       =優輝side=



「...では、お世話になりました。」

「いやいや、こちらこそ。いい経験だった。」

 高町家の門の前で、蓮さんが士郎さんにそういう。
 蓮さんが来てから一週間ほどが経ち、この街を離れる事になった。
 その見送りとして、僕らは集まっている。
 一応、織崎と遭遇した時のために司に祈りの加護を付けてもらった。

「御神流以外の剣術の使い手は身近にはいないからね、こちらとしても助かった。」

「僕らからも、霊術の特訓を手伝ってくれて助かった。」

「そうですか...。それならよかったです。」

 あれから、何度も実践形式でアリシア達を鍛えた。
 武器の振るい方などを教えるのも手伝ってもらったので、そうとう捗ったな。
 それと、何度か僕と手合わせもしてもらった。
 結果?...剣の腕では負けたけど、導王流としては勝てたな。初見殺しなのも効いた。

 ちなみに、那美さんと久遠もこの一週間の間に蓮さんに紹介した。
 久遠の存在に少し驚きはしたものの...まぁ、普通に一緒になって霊術の特訓をした。
 なお、那美さんも忙しいので別れの挨拶には来ていない。

「無茶はしないようにね。」

「そちらこそ、お達者で。」

 椿と葵も蓮さんと挨拶を交わし、アリシア達も一言ずつ別れの言葉を言う。

「では...また縁があれば会いましょう。」

「またねー!」

 去っていく蓮さんに、アリシアは手を振る。
 契約した事もあってか、ここ一週間で仲良くなっていたからな。

「一週間だけとは言え、寂しくなるな。」

「あれほどの使い手、優輝以外に早々いないからな...。」

 士郎さんと恭也さんも同じ剣士として交流が多かったからなぁ...。
 美由希さんも巻き込んで何度か試合をしてたっけな。

「じゃあ、僕らも一度家に帰ろうか。」

 朝のまだ涼しい時間帯に蓮さんは出て行ったので、僕らはそれぞれ朝食を取るために家へと戻る。...実際、なのははまだ寝てたりするんだよな。





「...あれ?」

 玄関を開ける際、見知った気配を感じる。
 これは...。

「父さん、母さん。いつの間に家に。」

「あ、帰ってきたわね。」

 家に父さんと母さんが帰ってきていた。連絡もなしなのは珍しい。

「連絡もなかったから驚いたよ。」

「まぁ、それは悪いと思ってるわ。でも、ちょっとクロノ執務官から言伝を預かっていてね。そのついでに朝食を取りにきたのよ。」

「言伝...?」

 また何か厄介ごとだろうか...?

「八神さん所でユニゾンデバイスを作るらしくて、同じくユニゾンデバイスを持つ優輝に同行してもらいたいらしい。」

「あー...前にも聞いたなぁ...。でも、どうして僕に?」

 なんでも、本来ユニゾンできるはずのリインフォースさんだが、闇の書から夜天の書に戻る際にその機能を少し失ってしまったらしく、それを補うために後継機を作るとクロノやユーノから聞いたことがある。
 短時間ならユニゾンできるけど、長時間は無理だから...らしい。
 はやてにとっては新たに家族が増えるという側面が強いだろうけど。

「そりゃあ、優輝は形式上ユニゾンデバイスを所持し、デバイスマイスターだからよ。おまけに同じ地球出身。」

「実際所持扱いになっているのは椿だし、僕は資格を得たばかりの新米なんだけど...。」

「細かい事は気にしちゃだめよ。」

 確かに、椿は僕の使い魔扱いで、そのユニゾンデバイスである葵も僕が所持している事になるんだろうけど....それでもなんで僕が...。

「クロノ執務官直々の推薦だから、優輝なのよ。」

「...うーん、随分と信頼されたものだなぁ...。まぁ、断る理由もないしいいけどさ。」

 しかし、急だから急いで準備しないとな。

「(...問題は魅了関連なんだけど...どうするべきか。)」

 生まれてすぐにあいつに魅了されるなんて酷だろう。...自覚症状がないから余計に。
 未だに予防はできても解く事は魔力の問題で難しい。
 魅了が根深くなったせいか、さらに魔力が必要になったし...。

「(...司に連絡して、あいつより先に会うようにするか。)」

 理由付けはおまじないとか適当なのでいいだろう。







「...まさかの八神家総出か。」

「新しい家族の誕生なんやから当然やろ?」

 ミッドチルダに行き、はやてと合流したのだが、全員勢揃いだった。
 ちなみに、父さんと母さんは別件で既に別れている。
 それと、椿や葵もついて来ている。

「とりあえず、なんでデバイスマイスターになって初めて立ち会うデバイスの種類がユニゾンデバイスなんだ...。」

「あたしらが知るかよ。」

「...クロノがそれだけお前の腕を買っているという事だろう。」

 なんとなく呟いた言葉に、ヴィータとザフィーラさんにそう言われる。
 ...まぁ、わかってはいるけどさ。

「それで、件のユニゾンデバイスは...。」

「こっちや。」

 案内されたのは普通のデバイスを作る部屋とは違う部屋。
 ...まぁ、ユニゾンデバイスは珍しいからな。

「あれ?マリーさん?」

「優輝君?どうして...って、そういえばつい最近デバイスマイスターになったっけ。」

 メンテナンススタッフのマリーさんが、作業室にいた。
 まぁ、別段おかしくはない。はやてもマリーさんに協力してもらってたんだろうし。

「...既にほとんど完成してるのに、僕の必要性あるのか?」

「新人として、現場を見ろという事では...?」

「理解はできても納得がいかない...。」

 リインフォースさんの言葉に、僕はそういう。
 ...いや、理由は大体掴めたんだけどさ...。

「(...クロノも予測して僕を宛てたんだろうな。)」

 僕を必要性がほぼないのに派遣したのは、おそらく織崎の魅了を防ぐためだろう。
 僕が傍にいれば、何か理由を付けて予防できるかもしれないからな。
 ...司の方が確実なのになぁ...。

「あれ?小さい...。」

「葵やリインフォースさんが特別なんだよ。本来ならそれぐらいのサイズだ。」

 起動前のユニゾンデバイスを見て呟いた葵にそういう。
 まだ眠っている“彼女”は、掌に乗れる程の小ささだ。妖精さんみたいだな。

「...とりあえず、残り少ないけどやれる事はやるか。」

「じゃあ、データの入力と確認、お願いね。」

 空いている椅子に座り、表示されたデータを見ながらチェックなどを済ませていく。
 ベルカ時代の時と違い、色々便利になっているからデバイス制作も楽だな。

「...何をやっているのか全然わからないわ。」

「うーん、あたしもさっぱりだね。一応、あたしもデバイスなのに。」

「二人は機械関連に疎いからなぁ。葵はまだマシだけどさ。」

「生憎、それと関係のない生活を送ってたからね。」

 仕方がない事だし、そこまで必要としないからいいと思うけどな。
 ...って、本当にもう終わったんだが...。

「後は目覚めさせるだけ...か。」

「早いわね。」

「そりゃあ、ほとんど完了してたし。」

 さて、どんな性格のユニゾンデバイスなのやら...。
 見た目としては、リインフォースさんの銀髪を少し水色っぽく、服の色を黒を基調としたものから白にして縮めただけだが...。

「そういえば...名前は付けてないみたいだな。決めてあるのか?」

「もちろんや。」

 データをざっと確認した時に、まだ名前が登録されていなかった。
 その事について尋ねるが、実はもう決めてあったらしい。

「この子はリインフォースから生まれた妹みたいなもんや。リインフォースと同じ、祝福の風を起こしてくれる...そんな想いも込めた名前なんや。」

「そうか...。じゃあ、目覚めさせるぞ。」

 名付けると同時に目覚めさせる事にする。
 はやて達もそれを望んでいるみたいだしな。

「...起きて、リインフォース・ツヴァイ。」

 ...なるほど。妹みたいなものだから、リインフォースさんとほぼ同じ名前か。
 名前が登録されるのを確認すると、名付けられたデバイスが起き上がった。

「んっ....!...おはようございますです!」

「...異常なし、正常に起動したな。」

 軽く伸びをして、はやて達に挨拶をするリインフォース・ツヴァイ。
 どうやら、性格は元気のいい女の子って感じらしい。

「(...そういえば、どちらも“リインフォース”になる訳だが...どう呼び分けるんだ?)」

 一応、彼女の方には“ツヴァイ”がついているけど...。

「えっと、こっちの方達は...?」

「あたしは薔薇姫葵っていうんだよ。ユニゾンデバイスとしては先輩になるのかな?まぁ、よろしくねー。」

「よろしくです!」

 早速ユニゾンデバイス同士だからか、仲良くなる二人。
 ちなみに、八神家の皆とはもう挨拶を交わしたようだ。

「えっと...ロードはどちらなのですか?」

「かやちゃんの方だよ。」

「私ね。草野姫椿と言うわ。」

 ロード...使用者の事だな。...一応、僕や奏もユニゾンできるんだけどな。
 まぁ、持ち主としては椿だから間違ってはいないが。

「僕は志導優輝だ。椿の主だな。それと、新しくデバイスマイスターにもなった。」

「そうなんですか?よろしくです!」

 うん。元気のいい子だ。何気にこういうタイプの子は周りにいないな。
 アリシアは...似ているようで違うしな。

「ところでさ、名前の呼び分けどうするんだ?さっきから気になってたが。」

「あー、その事かいな。それなら...。」

「私がリインフォース・アインスと名乗り、普段の呼び名を“アイン”や“アインス”とするように決めてある。」

「既に決まってたのか。」

 それなら安心だな。

「そして、この子は“リイン”って呼ぶ事にしたわ。」

「はいです!」

 うん、既に末っ子のように可愛がられているな。微笑ましい。

「...うー、リインもお姉ちゃんや葵さんみたいに大きくなりたいです!」

「ユニゾンデバイスとしてはそれが普通のサイズなんだが...まぁ、不便な事もあるだろうし、ちょっとやってみるか...。」

 少しコンソールを操作し、どうにかできないか確認する。
 元々ベルカが作り出した存在なのだから、ユニゾンデバイスに関する事は、僕だってそれなりに理解している。

「...今は無理だけど、ボディとなるフレームを用意して調整すれば変化は可能だな。けど、スペックとかの問題で、子供姿が限界だし、燃費が悪い。」

「結局は小さい姿がベストって事?」

「そうなるな。」

 もし大人モード的なものを追加するのならば、リインの根幹のシステムから調整していかなければならない。...さすがにそれは、な。
 ちなみに、リインフォース...アインスさんと葵はロストロギア級のユニゾンデバイスなため、こうして普通のサイズでいられるみたいだ。

「うぅー...それなら...諦めますぅ...。」

「まぁ、それでも子供ぐらいのサイズにはなれるから、こっちで準備するか。」

「手慣れてるね優輝君。こっちも了解したよ。実装はまた別の機会になるけど。」

 マリーさんと協力して、とりあえずシステム面だけでも組み立てておく。
 機材とか、そういう類はまた後日だ。

「...よし、後は必要な機材があればOK。マリーさん、頼めます?」

「任せて。」

 今やれる事は全部終わらし、僕は椅子から立ち上がる。

「『...さて、どうやって彼女を魅了から守ろうか...。』」

「『何か考えてるかと思ったら、その事ね...。』」

 御札を用いた念(念話)で椿と会話する。ちなみに葵にも繋げてある。

「『なんでまた彼女だけなのよ?』」

「『いや、なんというか...純粋無垢な子が穢されるみたいに思えて。』」

「『想いが歪められるからねー。まぁ、防げるものは防ぎたいね。』」

 防ぐとなれば、僕でも一応可能だが、司の方が適任だ。けど、ここにはいない。

「『私の作った護符なら...って、彼女には大きすぎるわね。』」

「『そんなもの作ってたのか...。...ん?ちょっと待ってくれ。』」

「『何よ?』」

「『その護符、見せてくれないか?僕なら小さくできるかもしれない。』」

 一度念を止め、椿から件の護符を見せてもらう。
 一見普通の御札だが、それに込められた術式はとても複雑なものだった。

「うーん...これなら、何とか...。」

「どうするの?」

「こうやって....!」

 魔力を使い、創造魔法の応用をする。
 創造魔法は物体の構成を弄る事も可能なため、こうして小さく縮小も可能だ。

「...どうだ?」

「...術式はそのまま。出来てるわ。」

「じゃあ、後は御守りの袋でも作るか。」

 指にちょこっと乗る程度にまで、護符は小さくなる。
 だが、術式はそのままで、まるで布団圧縮機のように小さくできた。

「何してるんや?」

「いや、椿が御守りを作ってあったから、何かの縁としてリインに渡そうかと。」

「御守りですか?」

 気にしていた皆の内、はやてが代表して聞いてくる。
 僕はともかく、椿の作った御守りなら、受け取ってくれるだろう。

「リインのサイズに合わせて今御守り袋を創造してる...っと、出来た。」

「ちっさ!?器用だなおい...。」

「結構精神を集中させたよ。」

 ミニチュアを作る気分だったため、結構きつかった...。
 ヴィータもその小ささに驚いていた。シグナムさんやシャマルさんも興味を示すように小さな御守り袋を見ていた。

「リインの首に掛けれるようにして、後は中に御札を...よし。」

「わぁ...ありがとうございますぅ!」

 完成し、リインに渡す。すると、喜んですぐに首に掛けてくれた。

「そういえば、どんな効果のある御守りなんや?」

「そうね...具体的に言ってしまえば、精神干渉を受け付けないわ。それと、ある程度の危険から身を守ってくれる...と言っても、たかが知れてる程度の、だけどね。」

「ほぉー...便利やなぁ...。」

 精神干渉...まぁ、織崎の事を考えたらそうなるわな。
 危険から身を護るのは、本当におまけ程度の効果しかないだろう。

「『...一応聞いておくが、魅了を防げるよな?』」

「『ええ。魂、心、脳、それぞれに干渉されないように術式を組んでおいたわ。それに、効果があるのは実証済みよ。』」

「『以前に管理局の仕事で彼と会ったでしょ?その時に弾いているのを確認したんだって。』」

 どうやら、既に織崎の魅了を試したらしい。
 御守りによって弾いているかは分かるらしいな。

「『ま、これで一安心だな。』」

「『そうは言っても、この術式は組むのに凄く苦労したから、量産はできないわよ。』」

「『まぁ、便利だし仕方ないだろう。』」

 むしろ予防する手段が増えただけでもありがたい。

「でも、これやと何かの拍子で千切れへんか?」

「あ、その心配もあったな...。」

 護符とは言え、肌身離さず持っていなければ無意味だ。
 首に掛ける紐が千切れたら元も子もない。

「幸い、紐と袋にも術式は込めれる...なら。」

「ちょっと貸してくれるかしら?」

「はいです。」

 椿に目で指示を出し、一度リインから御守りを返してもらう。
 そして、二人で共同して術式を込める。

「....よし、不朽の術式を込めた。これで、術式が壊れない限り紐や袋が千切れたり破れる事もないし、時間で劣化する事もない。」

「...便利やなぁ、霊術って。」

「魔法でも探せば同じようなものはあるけどな。」

 ただ、御守りなどでは霊術の方が適しているけどな。
 なお、グリモワールにそんな感じな魔法が載ってるし、僕自身知っている、

「はい、返すよ。」

「ありがとうございますぅ!」

 上手い事リインに御守りを掛け直す。

「言い忘れていたけど、御守りは肌身離さず持っておくようにね。そうでなければ、御守りの意味がないから。」

「ついでに不穢(ふわい)の術式をあまり強くない効果だけど入れておいたから、汚れる心配もないぞ。だから、常に身に着けられるな。」

「ふわぁ...凄いんですねぇ...。」

 ちゃんと常に身に着けるように言っておく。
 司の祈りの加護を与える前に、外した状態で接触されたら意味がないからな。

「あの...リインにこんな凄そうな物...いいのですか?」

「いいよいいよ。元々、デバイスマイスターとして来たのに全然やる事がなかったし。せめてもの贈り物って事で、遠慮なく受け取ってくれ。」

「作ったのは私だけどね。」

「........。」

 ...いやホント、デバイスマイスターとしての僕必要ないじゃん...。

「えっと、この後は...。」

「管理局と聖王教会に正式な登録をせなあかんわ。」

「そうだな。...じゃあ、ここでお別れだな。」

「せやな。」

 僕は聖王教会に用はないし、やれる事はやったからな。

「またですー!」

「またな。」

 リインが手を振ってくれたので、僕も返して別れる。
 ...さて、後は帰るだけか。

「ついでだから、何か買っていくか?」

「いいね!かやちゃんは?」

「このまま帰るのも寂しいし...いいわよ。」

 そういう訳で、ミッドの街の方へと向かう。





「...あれ?ティーダさん?」

「君は...優輝君か。奇遇だな。」

 街を歩いていると、偶然ティーダさんに出会った。
 すぐ傍にはティアナちゃんもいた。

「買い物帰りですか?」

「ああ。そっちは...。」

「ちょっとデバイスマイスターとして派遣されて...その帰りです。」

「なるほどな。」

 しかし、本当に偶然だな。
 強盗があったとはいえ、最初に会ったのも買い物の時だし。

「そっちの二人は...。」

「あぁ、使い魔の椿と...そのユニゾンデバイスの葵です。」

 椿と葵を紹介し、二人も自己紹介する。
 ちなみに、葵はその後ティアナちゃんの相手をして、既に仲良くなっていた。

「しかし、君は色々と話題が尽きないな。」

「えっ?」

「“魔術師殺し”などの通称が出るような活躍ぶりに、今度は“最年少のデバイスマイスター”と来た。...この前、新聞で見たぞ?」

「あー....。」

 僕は普段地球にいるから、ミッドのニュース関連には疎い。
 しかし、そんなに有名な扱いを受けてたのか...。と言うか、最年少だったのか。

「確か...第97管理外世界出身だったよな?最近は、その世界から優秀な魔導師が管理局に入って有名になっているが...。」

「あー...多分全員知り合いです。」

「管理外世界...と言うより、魔法がない世界なのになぜそんな優秀な人材が...。」

 ティーダさんの言う通りだな...。なぜ地球にこれほどまで...。

「まぁ、俺が気にしても仕方がないか。」

「次元世界は広いですから、そういう事もありますって。」

 主に魔法以外の力とかな。

「...時に優輝君、君は自分が才能に溢れていると思うか?」

「才能...ですか?なぜいきなり...。いえ、僕は才能は溢れてるとは思ってません。」

 凡人...とまではいかないが、よくて二流止まり...僕はそんな感じだ。
 剣術も体術も、全部ベルカ時代の経験から極めて行っただけに過ぎない。

「そうか...。...俺も、あまり魔導師としての才能はなくてな。得意な事と言えば、射撃魔法ぐらいだ。」

「あの時はお見事でした。」

 僕もやろうと思えばできるが、やはりティーダさんは射撃に優れていた。

「ありがとう。...それでな、才能のある魔導師が、俺を追い抜く活躍をしているのを見ていると、努力と言うのは実るのだろうかと思えてしまってな...。」

「なるほど....。」

 才能があるとは言えないからこその悩みだろう。

「...何も、相手の土俵で勝負する必要はありません。ティーダさんは、射撃が得意でしたよね?それを生かすようにすれば、例え相手が格上でも為す術なくやられる事はないでしょう。努力も同じです。例え実る事はなくても、必ず力にはなります。」

「...そうか...。」

 尤も、こういう類で悩んでいる人には、今の言葉では足りないだろう。

「...胸を張ってください。きっと、ティーダさんなら、どんな障害も撃ち貫けるはずです。ティアナちゃんを守るためにも、決して挫けないでください。」

「そう...だな。...あぁ、ティアナがいるのに、俺が挫けてられるか。」

 僕だって、シュネーが、緋雪がいたから挫けなかった。
 ティーダさんも、大事な妹がいるんだから、きっと強くなれるはずだ。

「お兄ちゃん....?」

「心配するなティアナ。ランスターの弾丸に、貫けないものなんてない。」

「....うん!」

 心配そうにしていたティアナちゃんを、ティーダさんは頭を撫でながらそういう。

「...時間を取らせたな。それじゃあ、俺達はそろそろ帰るよ。」

「あ、せっかくですし、連絡先を交換しておきません?」

「...そうだな。これも何かの縁だし、そうするよ。」

 偶然とは言え、二回も街中で会ったのだ。これも何かの縁として、連絡先を交換する。

「そうだわ。これを渡しておくわね。」

「これは....。」

「御守りよ。優輝。」

「はいよっと。」

 椿が御札を取り出したので、僕は創造魔法で御守り袋を創り出す。
 街中で魔法を使ってはいけないので、懐から取り出すように見せかけておいた。

「きっと力になるわ。」

「はい、ティアナちゃんにも。」

 ティアナちゃんには、リインにも渡した魅了防止の護符が入った御守り。
 ティーダさんには、いざという時に身を守ってくれる御守りだ。

「じゃあ、これで。」

「ああ。またどこかで。」

「またねー。」

 葵がティアナちゃんに手を振ったからか、ティアナちゃんも振り返してくれる。
 ...本当、仲のいい兄妹なんだから、どちらにも欠けて欲しくはないな。

「...どうしたんだ椿?」

「えっ、あ、いえ、なんでもないわよ?べ、別に会話に入れなかったとか、そんな事思ってないんだから!」

「お、おう...。」

 これは会話に入れなくて若干拗ねてるな....。
 ...じゃなくて、ティーダさんを見て何か考えてたような...。

「...彼、このままだと早死にする可能性があるわ。」

「え....。」

「...と言っても、“可能性”よ。逆に、それを乗り越えたら強くなれるわ。」

 つまり、生死を分ける出来事がティーダさんに訪れる可能性が....?
 椿が言う事だし、一概に否定できないな...。

「でも、大丈夫よ。家族を守るために強くあろうとしてるのなら、きっとね。」

「....そうだよな。」

「そうだよ!彼なら大丈夫だって!ほら、早く行こう!」

 きっと大丈夫だと僕はティーダさんを信じ、葵に引っ張られながら買い物に向かった。




 この後、特に何事もなく、僕らは買い物をして家へと帰って行った。









 
 

 
後書き
リインは皆の妹ポジ。異論は認める。(なんかそんな感じになってました。)
...と、言う訳で魅了の予防に成功。織崎関連で(優輝にとって)二人目の八神家の良心になりそう。(一人目はザフィーラ)

ティーダさんに色々なフラグが立ちまくっているけど、まぁ原作では故人だから仕方ないね!(生存するとは言っていない) 

 

第105話「夏祭り」

 
前書き
日常を...完全な日常を書かなきゃ...。
夏休み期間という事で、風物詩の一つを。
 

 




       =優輝side=





「リインフォース・ツヴァイです!よろしくです!」

 はやての家にて、リインが自己紹介をする。
 リインが誕生して翌日、新しい家族の紹介として、魔導師組+αが集まったのだ。
 ちなみに、王牙は来ていない。あいつ、最近見ないな。

「わぁ~!妖精さんみたい!」

「可愛いね!」

 珍しいものを見たかのようにはしゃぐなのはとアリシア。

「え、あの子もデバイスなの?」

「妖精とか言われた方が納得するんだけど...。」

「...まぁ、普通はそう思うよね。デバイスとは思えないよ。」

 魔法関連に疎いアリサとすずかは、リインがデバイスと言うのが信じられないらしい。
 司も、気持ちは分かるのか頷いていた。

「...しかし、ここに集まったもう一つの理由、忘れてないか?」

「...多分、見ないようにしてる...。」

 ...そう。実は、八神家に集まった訳はもう一つある。

「はいはい。皆、リインの事ではしゃぐのもいいけど、ちゃんともう一つの目的を忘れないようにね。せっかく集まったんだから。」

「あ、かやちゃんの言葉でアリシアちゃんが撃沈した。」

 思い出してしまったのか、アリシアは崩れ落ちる。
 なお、なのはとはやても暗い顔になった。

「あー...なんだ。頑張ろう。」

「うぅ...神夜君教えてー!」

「早い!?」

 その様子を見て、さしもの織崎も苦笑い。
 しかも、いきなり教えを乞われてる。...お前も終わらせろよ?

「....?皆さん、どうしたのです?」

「...あー、宿題があってな。このままじゃ終わらせれそうにないから、今日に一気にやろうって事になったんだ。」

「そうなのですか。」

 リインには分からないだろうな。まだ、そういう知識がないから。

「うわーん!もうダメだー!」

「早いよお姉ちゃん...。」

 嘆くアリシア。一人だけ中学の問題だしな...。それにしても諦めるのが早い。

「...えっと、今日じゃないとダメなのですか?」

「ダメって訳じゃないんだけど...ちょっと事情があってな。」

「事情...ですか?」

 そう。別に今日じゃなくても夏休みはまだある。八月上旬だしな。
 だけど、こうして今日中に終わらせる訳があるのだ。

「夏祭り...っていう夏に行われるお祭りがあってな。それぞれ、親に出来る宿題は全部終わらせてからと言われたんだ。だから、必死になってる。」

「そうなのですかぁ...。...あれ?でもはやてちゃんはそういうの...。」

「...大方、このままズルズル残したくないから、皆と一緒に終わらせたいんだろう。」

 何気に、リインははやての事はちゃん付けで呼ぶんだな。
 同じアインスさんは主って呼ぶのに。
 まぁ、ヴィータやシャマルさんも名前で呼んでるけどさ。

「優輝君はやらないの?」

「ん?僕は...まぁ、終わらせておいたからな。司は残ってたのか。」

「うん。早め早めにやってたけど、終らせ切れてなくて...。」

 司、奏、アリサ、すずかも自分の分がある。
 まぁ、この四人は自分のペースでしっかりやってたから問題ないだろう。
 ...フェイトも真面目だから国語と英語以外は大丈夫そうだな。

「仕方ない...また教える側か...。」

「かやちゃんとあたしも手伝えたら手伝うよ。」

「助かる。」

 いやまぁ、それを承知でここに来たんだけどさ。
 さて...一番時間がかかりそうなのは...アリシアか。

「ぐでー....。」

「...開始早々ぐったりするなよ...。」

「だってー...皆と違って私だけ難しいしー...。」

 確かに、私立聖祥大附属中学校は、そこらの中学校より難しい。
 それも相まって、宿題も難しいのだろう。
 ちなみに、私立聖祥大附属は、小・中・高と一貫となっている。

「ふむ....。」

「さすがに優輝にも....。」

「...ここの文法はこうだな。」

「.....えっ。」

 パラパラとテキストをめくり、解き方を教える。
 ...まぁ、これでも前世は社会人。おまけに今世でも勉強は怠っていない。
 大学ぐらいまでの問題くらい、解けない事はないだろう。専門知識を除いて。

「...嘘...。」

「はい、驚いてないで次。これを機にある程度克服しろ。」

「...また年下に教えられてる...。」

 ...別の理由でぐったりしやがった...。

「....ちゃんと取り組んだら、ご褒美にマッサージしてやる。」

「えっ...ってならないよ!?翠屋のシュークリームならまだしも!」

 その割には少し期待した表情になっていた気が...。

「じゃあ、ちゃんとやらなければ椿によるスパルタ霊術特訓だ。」

「頑張りますっ!」

 よし、どんどん行くか。なのは達は他の皆に任せればいいだろう。





「ふひゅ~....。」

「まぁ、このペースならいけるだろう...。」

 数時間後、昼休憩になる。
 頭を使うので、合間合間に飲み物や甘いお菓子を用意したが...死屍累々だな。
 元々ちゃんとやってた四人はともかく、必死勢が燃え尽きてる。
 ちなみに、お菓子や飲み物は、事前に皆で担当を分けて準備しておいた。
 飲み物ははやて、お菓子とかはアリサ達が...と言った感じでな。

「....よし、だいぶマシになってるな。...ほれ。」

「あむっ.....そ~う~...?」

「...午後もあるんだから元気だせ。」

 クッキーを口元に近づけると、元気なさそうにアリシアはそれを咥える。
 ...本当に燃え尽きてるな...。

「...とりあえず、無事な面子で昼食を作るか。材料なら持って来てるし。」

 ちなみに献立は冷やし中華だ。暑いしな。

「リインも手伝いますよー!」

「じゃあ、小さい食材を運んでくれるか?椿、葵、手伝ってくれ。」

「任せてー!」

「仕方ないわね。」

 リインも手伝ってくれるようで、四人で昼食を作る。

「あ、昼食なら私が...。」

「シャマルは黙って主達を癒しておけ。」

「そ、そうやで?皆疲れてるから、シャマルに癒してもらいたいなーって。」

 シャマルさんが手伝おうとすると、八神家全員でそれを抑える。
 ...そういえば、凄いメシマズって聞いた気が...。

「どうしたのですか?」

「...まぁ、気にせず用意するか。リイン、早速だけど....。」

「はいです!」

 昼食を食べれば、皆も少しは元気が出るだろう。





「よーし!体力回復!」

「じゃあ、早速進めるかー。」

「うっ...。」

 昼食も終わり、回復したと言い放ったアリシアに、容赦なく宿題を差し出す。

「ほら、後もうひと踏ん張りなんだから。」

「うぅ...はーい...。」

 解き方さえ教えれば、アリシアはすぐに解いてくれる。
 頭が悪いって訳じゃないからな。わかりやすくすればいい訳だ。

「........むぅ...。」

「.....。」

「司さん、奏、羨ましいのは分かったけど...。」

「ふえっ!?べ、別にそういう訳じゃ...。」

 ...あれ?なんか、教える側の視線が集まってるような...。

「あー、マンツーマンだからねぇ...。」

「それだけじゃない気がするが...。」

 主に司、奏、椿からの視線が気になる。
 なんというか、僕じゃなくてアリシアに対して羨ましいと言った感じの...。

「(....どうしたものかな...。)」

 僕の勘違いなら、それでいいのだが、もし想像通りなら...。
 ...うん。向こう側からアクションがあるまで、受け身だな。

「...まぁ、とにかく終わらせるぞ。」

「おー...。...うん、終わりが見えてきたし、頑張ろうっ!」

 未だ元気がないアリシアだが、頬を叩いて奮い立ったようだ。
 これなら、終らせられるだろう。他の皆も大丈夫そうだ。





「終...わったぁああ!!」

「ご苦労様だなアリシア。」

「うん!」

 さらに数時間後。丁度3時くらいにアリシアは宿題を終わらせる。
 途中、精神がすり減りそうになっていたが、何とかなったみたいだ。

「こ、こっちも何とか終了や...。」

「...教える方も疲れたわ。」

 そして、なのは達の方も終わる。
 アリサ達もだいぶ疲弊しているようだ。

「ふぅ...これで心置きなく夏祭りに行ける...。」

「そうだね!」

 一息つき、そう呟く織崎になのはが元気よく返事する。
 疲れ切ったのは確かだが、それよりも夏祭りを堪能できる事の方が大きいようだ。

「あの...。」

「ん?どうしたんやリイン?」

 おずおずとはやてに何か言おうとするリイン。

「リインも夏祭りに行ってみたいですぅ...。」

「...あっ...。」

 そう言われて、はやてはある事を失念していた事に気づく。
 このままでは、リインは夏祭りに行けないと。

「変身魔法を使えばいいんじゃないか?」

「そ、その手があったわ!」

 というか、形態変化とかの機能を組み込まなくても、変身魔法で代用できるだろう...。
 まぁ、ユーノと違って滅茶苦茶燃費は悪くなりそうだが。

「とりあえず....こんな感じか?」

「用意周到だね優輝...。」

 適当に作り上げた術式をリインに掛ける。
 変身魔法は自身に使うものだが、その術式を少し変えれば他人に掛けれるしな。
 そして、魔法が掛かったリインは見事にヴィータぐらいにまで大きくなる。

「ふわぁ...ありがとうございます優輝さん!」

「これぐらいお安い御用さ。...と言っても、明日までずっとそのままな訳にはいかないから、また明日な。」

「あー....。」

 すぐに魔法を解くと、リインは残念そうな声を上げながら元の大きさに戻る。
 変身自体は何の問題もないし、何かの拍子に変身が解けないようにしておくか。
 魔力の供給も今は僕が直接やっていたが、当日は魔力結晶からにしておこう。

「よし、問題も片付いたし、明日は各自集合や!」

「「おーっ!」」

 はやての言葉に、なのはとアリシアが元気よく返事する。
 ...何気に、二人は楽しみしていて、尚且つ宿題に苦労してたしな。

 そういう訳で、その後僕らはそれぞれ自宅に帰り、明日の準備をする。
 ...夏祭りに来ていく浴衣、出しておかなくちゃな。







「おー、賑わってるなー。」

 翌日の夕方。僕らは夏祭りの会場に来た。
 会場は、八束神社前の道路を使っており、結構規模も大きい。
 後、先にはやての家に行き、リインに件の変身魔法を掛けてきた。
 もちろん、魔力結晶も渡しておいたから解ける事はない。

「...こういう催し物は久しぶりね。」

「結構楽しめそうだよねー。」

 当然ながら、僕らは全員浴衣姿だ。僕はシンプルに黒い浴衣に白い帯。

「椿ー、いい加減花は出さないように...。」

「ゆ、優輝があんな事言ったからでしょ!?」

 喜びの感情から花を出している椿に僕は言う。
 椿は、普段式姫としている時に来ている水色の着物を、浴衣っぽくした感じだ。
 色はそのままに、花を散りばめたような柄だな。なお、僕が作った。
 ちなみに、椿が言う“あんな事”とは、二人共浴衣が似合ってると誉めた事だ。
 ...事実なのに。実際、少し見惚れたんだがなぁ...。

「優ちゃん優ちゃん。実際、あたしも嬉しいんだからしょうがないよ?」

「むぅ...まぁ、認識阻害で誤魔化してるからいいか。」

 葵は椿と同じように花を散りばめたような柄で、色は薔薇色。帯は白色だ。
 色の種類からして葵らしいのもあり、似合っている。

「しっかし、暑いのには変わりないな...。」

「日中は35度だったからねー。」

 家にあったうちわで扇ぎながら、店を見て回る。
 ちなみに、このうちわは以前のこのお祭りで貰ったうちわだったりする。

「かき氷、綿あめ、リンゴ飴、たこ焼き、焼きそば...射的に型抜き、お面も売ってる...前に来た時も思ったけど、やっぱりバリエーションが豊富だな。」

「...けど、普通に売ってるのより高いわね。」

「屋台ってそういうものだからな。」

 そういうのは仕方ないものとして諦めよう。

「うーん、何を買おうか...。」

「夕飯もここで済ませるつもりなんだから、焼きそばとかいいんじゃないかな?」

「そうだな。」

 とりあえず、焼きそばとか腹の足しになるものを買っていくことにする。
 ラムネとかも売っているので、それも買うか。

「じゃあ、椿、葵、焼きそばを人数分頼む。僕はラムネを買っておくよ。」

「分かったわ。」

「任せてー。」

 二手に分かれ、とりあえず二品買う事にする。
 ラムネの方が人が少なく、僕が先に買い終える。すると、そこへ...。

「お、優輝じゃないか?」

「あ、聡。お前も夏祭りに来てたんだな。」

「当たり前だぜ。そう言う優輝はしっかり準備してたんだな。」

 クラスメイトの聡と出会う。しかし、僕らと違って私服姿だ。

「聡は一人か?」

「いや、玲菜と来てるぞ。」

「ちょ、さ、聡...待って...!」

 一人で来たのか聞くと、ちょうど後ろから玲菜がやってくる。
 こっちは浴衣姿で、ピンクの可愛らしい柄だ。

「遅いぞー。」

「ゆ、浴衣姿で草履なのよ...!なのに、走っていくなんて...!」

「じゃあ、なんでその恰好で来たんだよ...。」

 お前のためだろ、察してやれよ。

「な、なんでって...それは...。」

「それは...?」

「っ...言わせないでよ!」

「な、なんだよ...。」

 ...うーん、僕と椿たちのやり取りも、こんな感じなのかなぁ...。

「..って、優輝君?来てたんだ。」

「まぁ、ね。ちょっと連れもいるけど。」

 と、ちょうど椿と葵が戻ってくる。

「買ってきたわよ。」

「あれ?そこの二人は知り合い?」

 二人も聡たちに気づいたのか、僕に尋ねてくる。

「クラスメイトだよ。」

「あー、そういう事。」

「そりゃあ、ここで会う事もあるよね。」

 簡潔な説明だが、二人は納得する。まぁ、何もおかしい所はないしな。

「...優輝。」

「ん?なんだ聡...っと!?」

「だ、誰なんだあの二人!?」

 いきなり肩を組むように引き寄せられ、他三人に聞こえない声量で僕に言ってくる。
 ...玲菜はともかく、椿と葵には聞こえるけどな。耳がいいし。

「同居してる二人だよ。と言うか、自己紹介しろ。」

「あ、そ、そうだな。」

 聡を引き剥がし、改めて二人と向き合う。

「紹介するよ。一緒に暮らしてる...。」

「草野姫椿よ。」

「薔薇姫葵だよ。」

 二人の容姿に、聡は若干見惚れていた。...すぐに玲菜に足を踏まれたが。
 まぁ、二人は浴衣が似合ってるし、容姿もいいしな。

「お、大宮聡です...いつつつ...。」

「小梛玲菜です。...まったく...。」

 二人も自己紹介をする。見た目的にも雰囲気的にも年上に見えたのか敬語だ。

「二人共、仲がいいねー。」

「あー、二人は幼馴染でな...だからじゃないか?」

「納得ね。」

 二人の雰囲気から、どういう関係か大体察した椿と葵。
 ...わかりやすいからな...。

「あ!見つけた!おーい!」

 すると、今度は遠くからアリシアがやってくる。
 他にも司、奏、アリサ、すずかもいる。ちなみに、全員浴衣姿だ。

「...えっ?」

「見つけたって...別に待ち合わせとかもしてないのに、探してたのか?」

「どうせなら皆で回ろうと思ってね!あ、フェイト達とは別行動だよ!」

 聡がその面子に驚くのを余所に、僕らを探していた訳を尋ねる。
 ...うーん、男女比率がいつものようにひどくなるけど...まぁいいか。

「あ、大宮君と小梛さん。」

「あれ?知り合い?」

「うん。えっとね...。」

「ちょ、ちょっと優輝借りるな!」

 二人の存在に皆も気づき、司が説明する。
 その時、聡が僕の手を引いて少し離れた場所に移動する。

「おおおお、おお、おま、おまっ、どういう事だ!?」

「...あー、説明するから、落ち着け。頼むから。」

「これが落ち着いてられるか!?」

 そりゃあ、学校で有名な9人の内、5人が来たら...な。
 まぁ、その中の緋雪とアリシアは、過去形になるけどな。

「まず、僕と緋雪は兄妹で、司は親友。これは分かるな?」

「あ、ああ...。...その時点で羨ましいが。」

 とりあえず、前提の所から言い聞かせる。

「やかましい。...で、緋雪と司はどちらも共通の知り合いがいて、それが学校で有名になっている面子だ。まぁ、つまりは縁があって僕も知り合う事になったって訳だ。」

「...理解はした。だけど、納得できねぇ!!」

「正直、お前とか他の奴にも妬まれるのは分かっていたけどな。」

 だからこそ、昼休みとかはあまり人に見られないようにしていた。

「なんで...お前だけ...。」

「...だからさ、別に普通に話しかけろよ。下心がなければ、普通に接してくれるぞ?」

「ぐぅ....。」

 わかってはいるのか、それ以上は反論してこない聡。...とりあえず、戻るか。

「なんの話をしてたの?」

「あー、なんで知り合いになのかっていう、普通な事だよ。」

「その割には、悔し涙みたいなのが見えるけど...。」

「気にするな。」

 聡が悔しそうにしてたのに気づくアリシア。...頼むからそっとしてやれ。
 それと、玲菜が不機嫌になってきてる。早く聡を引き渡して僕らは別行動するか。

「ほら、お前は幼馴染と楽しんでこい。」

「ハーレムかこの野郎。」

「いや、実際男女比率のひどさで肩身が狭いぞ。羨むだけにしておけ。」

 聡の背中を押し、玲菜に目で会話する。“楽しんでこい”と。

「ほら、行くよ!」

「あ、ちょ、引っ張るな!」

「よし、これでオーケー。」

 邪魔者...って訳ではないが、これで心置きなく楽しめるな。...大所帯だけど。
 それに、この夏祭りを気に玲菜も一歩前進....できるといいなぁ。(希望的観測)

「優輝ー!これやろうよ!」

「ん?って、もう楽しんでるな。で、射的か...よし、どんと来い。」

 アリシアが誘ってきたので、僕はそれに乗る。
 続いて司と奏も一緒にやる事になり、僕らは夏祭りを堪能した。





「っ、はぁ~!大漁大漁だよ!」

「皆、見事なまでに堪能したわね。」

 満足そうなアリシアの言葉に、椿がそういう。
 そんなアリシアの両手には、射的の景品や水風船...祭りの景品が大量だった。

「一番楽しんでたのアリシアだよな。」

「射的で大きなぬいぐるみを倒した時は驚いたわね。あれ、ゲットできるのね。」

「同時撃ちが前提だけどな。まぁ、力を一点に集中させただけだ。」

 やれ金魚すくいはどうだっただの、やれ型抜きはどうだったと、話で盛り上がる。
 景品系の屋台はほとんどが大勝利だ。負けたのはくじ系ぐらいだな。
 ...途中から、そういう屋台には警戒されてたけど。出禁喰らわないよな...?

「かやちゃんも楽しんでたよねー。」

「ま、まぁまぁだったわ...。」

「狐の仮面を側頭部に付けてそう言われてもねー。」

 椿もだいぶ楽しんでいたようで、結構花が出ていた。
 ちなみに、葵も楽しんでいたが、別に隠してた訳じゃないので弄りの対象外だ。

「優輝君、何をやらせても万能だね...。」

「金魚すくい、水風船釣り、射的、型抜き、輪投げ...全部高得点だったわ。」

「コツを知ってただけだよ。後、経験かな。」

 戦闘とかで研ぎ澄まされた集中力とかが、こういうので役に立ったりするんだよな。

「あ、花火が上がるよ!」

「うん、事前に取っておいて正解だったな。」

 海の方角で、花火が上がる。
 時間を見て、僕らは八束神社の境内に来ておいたため、特等席でそれを眺める。

「綺麗だねー。」

「...そうね。」

「こういうのに手は抜かないからな。海鳴市は。」

 八束神社からだと、海鳴市の大体が見渡せる。
 だからこそ、花火も綺麗に見る事ができるのだ。

「わぁ.....。」

「......。」

 年相応に花火に感嘆するのに混じって、司と奏も同じような表情をする。
 まぁ、こういうのは大人になっても見とれる物だしな。

「....ふふ...。」

「...ふっ....。」

 僕が視線を向けていた事に気づいたのか、司が微笑んでくる。
 それに、僕も軽く笑い返して、一緒に花火を見る。

「久しぶりだなぁ...こうやって優輝君と花火を眺めるのは。」

「確かにな。前世以来だからな...。」

「私は初めて...かな。やっぱり、親しい人と花火を見るのは楽しいわ。」

 司とは前世以来、奏も、僕が死んでから一度しか打ち上げ花火を見ていないらしい。
 まぁ、そんな複雑な事情を置いておいて、なんだか感慨深い気持ちになった。

「ねぇねぇ、今度は海に行こうよ!」

「海か...。それもいいな。せっかくの夏休みだし。」

 ただし、今は混んでいる場所が多いだろう。

「海に行きたいのなら、あたしがパパに頼んで良さそうな場所を見繕ってもらうわ。」

「...金持ちならではの発言だな、今の...。」

「混んでるのを覚悟してた所にこれは驚くね...。」

 忘れがちだが、アリサもすずかもお嬢様だ。
 だから誘拐の対象になりやすかったりする。
 ...まぁ、貸し切りとか言い出さないだけマシだろう。

「海...という事は、水着なのね。」

「かつて貰った水着って、まだ残ってたっけ?」

「一応あるわ。...でも、今の水着と生地が違うわよ?」

 椿と葵が水着に関して何か話している。

「水着...持ってたのか?」

「ええ。江戸の時に、“海で行動しやすい衣服”として、陰陽師が技術の粋を集めて作っていたわ。正直、その時は今でいう水着だとは思ってなかったけど。」

「江戸時代の陰陽師なにやってんの...。」

 まさか、時代の先取りをするとはな...。

「デザインとか自体は今でも通用するから、優ちゃんが生地を今のに創り替えてしまえば、そのまま使えるよ。」

「...僕の創造魔法、ただの便利魔法になってないか?いや、実際便利だけどさ。」

 まぁ、別に嫌って訳ではないので承る事にする。

「じゃあ、今度の機会に行こうね!」

「海に遊びに行く事なんてほとんどなかったから、楽しみではあるな。」

「あー、私もかなぁ...。」

「私も...。」

 ...僕と司と奏って、普段他の人が楽しんでる事、あまりやってないな。
 それぞれ、色々と事情があったから仕方ないけどさ。

「...くぅ?」

「あ、久遠。今日は人が多いから山奥にいると思ったが...。」

「皆の、声がした。」

「なるほど。」

 茂みから子狐の姿の久遠が現れ、僕の頭の上に乗ってくる。

「じゃあ、久遠も花火を楽しもうか。」

「くぅ。」

 こうして、僕らは花火を眺め続けた。
 花火が終わった後は、祭りも後少しだったため、各々家に帰る事になった。

 父さんと母さんは来れなかったけど、お土産として屋台の料理を買っておいた。
 二人も、この夏祭りは毎年楽しみにしてたからな。これぐらいはしないと。









 
 

 
後書き
まさかの受け身に回る優輝。
飽くまで、自分が惚れるか、相手からアクションがあるまで、普段通りに接するスタイルです。...一応感付いているだけに質が悪い...。(そして陥る悪循環)

原作キャラの浴衣姿はinnocent辺りから、司と奏はそれぞれリトバスのクドリャフカ、Angel Beets!の奏の浴衣姿をイメージしてください。描ききれないです...。(´・ω・`) 

 

第106話「海水浴・前」

 
前書き
今度は海水浴。
キャラが多すぎて描き切れてるか不安です。
 

 




       =優輝side=



「...凄い大所帯だな。」

 夏祭りから数日後。早速海水浴の機会が回ってきた。
 参加する面子は、高町家、月村家、テスタロッサ家、八神家、志導家、聖奈家、天使家、バニングス家から鮫島さんとアリサ、後は織崎だ。
 アリサと織崎の両親はさすがに予定が取れなかったようだ。
 それでも、良さそうな場所を見繕ってくれたみたいだが。

「眠いですぅ....。」

「さすがに早朝だからね...。」

 あまりの眠たさに、リインやアリシアがそんな声を上げる。
 時刻は5時。夏とはいえ、そこまで暑くないと思える時間帯だ。
 さすがに子供にはまだ眠い時間帯だろう。

「早く行かないと混むからな...。仕方ないだろう。」

「そ、そうは言っても...。」

 なのはやフェイト、ヴィータも眠そうだ。
 普段しっかりしてる司、奏、はやては無事だが。後、織崎もな。
 余談だが、今回もリインは僕の魔法で変身する予定だ。魔力結晶もあるしな。

「先日もですけど、ありがとうですー。おかげで楽しめましたー。」

「それは何より。まぁ、せっかく遊びに行くんだし、楽しめるようにしないとな。」

 それにしても、今回はあまりにも大所帯だ。
 35人...小学校一クラスに匹敵するぞ、これ。

「それじゃあ、行くぞー。」

「「「はーい。」」」

 大人組の掛け声に、皆で車に乗り込む。
 高町家、月村家、バニングス家で車が計4台用意された。内、二台がバニングス家だ。
 それぞれ10人乗りのキャンピングカーで、士郎さん、プレシアさん、ノエルさん、鮫島さんが運転する事となっている。
 後は、乗る人をどう分けるかなんだけど...。

「どう分かれる?」

「私は優輝と同じでいいわ。」

「いつも通りの方が気楽だしねー。」

 椿と葵は僕と一緒なようだ。
 一方、なのは、フェイト、はやては真っ先に織崎の所に行っていた。

「結局、仲がいい人と...って感じだな。じゃあ、司、奏、来るか?」

「えっ、いいの?じゃあ...。」

「....。」

 誘ってみると、あっさり二人は来てくれた。

「リインもこっちです!」

「あ、ちょ、リイン!?」

 そこで、まさかのリインが僕の所へ来た。
 てっきり自分の所、もしくはアインスさん達の所だと思ったはやても驚いている。

「...いいのか?」

「はいです!優輝さんの事、もっと知りたいです!」

 ...大方、変身魔法の件で興味を持たれたって所だろうけど...。
 後ろのはやてと織崎の視線がうざったい...。

「...じゃあ、決まったな。」

 しばらくして、何とか全員が決まる。
 士郎さんの所に桃子さん、恭也さん、美由希さん、忍さん、ファリンさん、シグナムさん、シャマルさん、ザフィーラさんが。
 プレシアさんの所に、僕と椿、葵、司、奏、リイン、父さん母さんが。
 ノエルさんの所になのは、フェイト、はやて、アインスさん、ヴィータ、アルフさん、織崎が。
 鮫島さんの所にアリサ、すずか、アリシア、リニスさん、司と奏の両親が乗った。

「それじゃあ、今度こそ出発ね。」

「レッツゴーです!」

 それぞれが乗り込み、出発する。
 プレシアさんの言葉にリインは元気よく声を上げ、楽しそうだ。

「...ふと思ったのだけど、リインは大きくなった時に御守りはどうしていたのかしら?」

「あっ、そういえば...。」

 椿がふと呟いた言葉に、葵もそこで気づく。

「えっと...ずっとそのままにしておいたのですけど...。」

「あー、それなら変身魔法でついでに大きくしておいたんだ。元々、創造魔法で小さくしたから、変身魔法で大きくするぐらい容易だしな。」

「そうなの。要らぬ心配だったわね。」

 ちゃんと対策は取っておいたからな。

「御守り....もしかして、リインちゃんが魅了されてないのはそのおかげ?」

「あ、そう言えばあの場にいた人しか御守りについて知らなかったな。」

 司や奏にも、軽く御守りについて説明しておく。
 ちなみに、一応織崎の魅了に関しては伏せてある。リインのためにもな。

「身に着けてないと効果がないんだ...。」

「司のあの魔法を掛けるまでの繋ぎだったんだ。...頼めるか?」

「うん。行けるよ。」

 霊術で周りからは普通に見えるように認識阻害をしておく。
 偶然だけど、この車には事情を知っている人しかいないから安心だ。

「...?何をするのですか?」

「まぁ、ちょっとしたおまじない...か?御守りだけだと、もし手放したりしたら危ないからな。そのための魔法を今から掛けるんだ。」

「そうなのですか。」

 騙している感じがするが、嘘はついてないし、実際ためになるからいいだろう。
 と言うか、織崎とかにばれても司の加護なんだし大して問題にはならない。

「じゃあ、行くよ...。汝らの御心を護りし加護を...。」

〈天駆ける願い、顕現せよ。“Wish come true(ウィッシュ・カム・トゥルー)”〉

 天巫女の姿になり、司はもう何度目かになる祈りの加護を授ける。

「ふわぁ...あったかいですぅ...。」

「....これで終わりだよ。」

 魔法が終わり、これでリインにも加護が与えられた。

「凄いですぅ!」

「あはは...面と向かってそう言われると照れるなぁ...。」

「今のどういう魔法なんですか!?」

 リインは、司の魔法に興味津々なようだ。
 それから、リインは僕らに今までの事件の話や、魔法の事を色々聞いてきた。
 僕らもそれに応え、海まで会話を楽しんだ。







       =out side=





「....霊力?」

「今、優輝の方から感じたね。」

「何かやっているのかな?」

 アリサの執事である鮫島が運転する車の中で、アリシア達は霊力を感じ取る。
 優輝はアリシア達に隠す必要はないからと、霊力を隠す事はあまりしなかったようだ。

「....今のが、霊力ですか?」

「あれ?リニスって霊力は使えなかったよね?」

 その際、リニスも少し霊力を感じたのか、そういう。

「はい。...ですが、司の使い魔としているからか、影響を受けているようです。」

「なるほどー....まぁ、多分リインに司の魔法を掛けてるんだと思うよ。」

 使い魔は何かしら主の影響を受ける。
 その一端として、リニスは司の影響を受け、霊力を朧気に感じる事が出来たのだ。

「...そういえば、今更だけどあたし達、奏の両親には会った事なかったのよね。」

「司さんの両親は以前のパーティーとかで顔合わせはしたけど..。」

 司の両親と奏の両親が談笑しているのを見ながら、アリサ達が言う。
 そう、何気に奏の両親は今まで優輝達も含め、会った事がなかったのだ。

「...まぁ、そこまで気にするほどの事じゃないか。」

「今回は奏さんの両親も集まりましたから、この機会に交流するのもいいでしょう。」

 リニスの言葉で締めくくられ、アリシア達も談笑する事にした。





「なんでなんやリイン....。」

 一方、ノエルが運転する車で、はやては嘆くようにそう呟いていた。

「は、はやてちゃん...。」

「はやてにとってリインは末の妹らしいんだ。だから、取られたみたいでこうなってるんじゃねーのか?」

「的確な解説ありだとーなヴィータ。」

 ヴィータの言葉に力なく手を振って礼を言うはやて。
 その様子に、さしものなのはも苦笑いだった。

「けど...なんであっちに...。」

「そこなんよー。確かに優輝君には変身魔法の事もあるし、椿ちゃんには御守りを貰った事があるんやけど...あ、葵ちゃんもユニゾンデバイスやからかな?」

「意気投合したって事?」

「かなー?」

 実際は色々してくれたので、お礼ついでにもっと知りたいという純粋故のただの好奇心だったのだが、はやては変に邪推してしまう。

「まさか、また洗脳を...。」

「ええっ!?そんな...。」

 そして、いつもの如く神夜は見当違いな事を言う。

「でも、椿ちゃんに貰った御守りは、そういうのから身を護るとか言うてたよ?それに、開発段階でリインには精神干渉に耐性があるようにしてたけど...。」

「椿だってあいつに洗脳されてるんだ。多分、その御守りも...。」

 邪推に邪推を重ね、どんどん見当違いな事を述べていく神夜。
 もしここに優輝がいれば、呆れて何も言えなくなっていただろう。

「...主、それに神夜、それは考えすぎなようです。」

「へ?」

「どういうことだ?」

 そこで、リインフォース改め、リインフォース・アインス...通称アインスが言う。

「私を基にして作られた彼女は、基にした故に私には状態がすぐわかります。その上で精神状態をスキャンしましたが...異常はありません。」

「そうなんか?じゃあ、なんでリインは...。」

「...おそらく、普通に好奇心からでしょう。彼女は、まだ生まれたばかり。知らない事も多く、気になる事だらけなのでしょう。」

 アインスの言葉に、なるほどとはやては納得する。

「じゃあ、大丈夫やねんな?」

「はい。」

「...心配のしすぎだったか...。」

 拗れかけた話は終わり、その後は普通に談笑して海までの時間を潰した。





「ふむ....。」

「......。」

 士郎が運転する車では、恭也がザフィーラ(人型になっている)の体を見ていた。

「徒手空拳の相手との試合もいいな。」

「恭ちゃん、さすがにこんな所にまで鍛錬の話を持ってこなくても...。」

 人型のザフィーラと会う事はあまりなく、恭也はザフィーラの屈強さに感心していた。

「私は時間と場所さえあれば構わないが...。」

「ザフィーラ、貴方も受ける必要はないのよ。」

 別にそこまで困る訳ではないと答えるザフィーラに、シャマルがそういう。

「それにしても、優輝君達が楽しそうにしてたのは意外だったわね。」

「そうだな...。あいつは、良くも悪くも大人びている。以前に両親がいなくなって妹の緋雪の二人で生活してたから、こういった事をする余裕もなかったのだろう。」

「大変だっただろうね...。」

 今回、優輝は前世以来の海な上、気を張る事もないため純粋に楽しみにしていた。
 “娯楽を楽しむ”と言った姿を恭也達はあまり見ていないので、意外に感じていた。

「それだけ優輝君にも余裕ができたのよ。椿ちゃんや葵ちゃんも来て、優香さんと光輝さんも帰ってきたのだから。」

「その通りだとも。優輝君にはもっと年相応に楽しんでもらいたいものだ。そういう事に関しては、この前の夏祭りや、今回の海水浴はいい機会だろう。」

「そうね。」

 桃子の言葉に、士郎は運転しつつ応える。
 その言葉を聞いて、恭也達もその通りだと頷く。

「...っと、見えてきたぞ。」

 そこで、目的地の砂浜が見えてくる。
 他の車の皆もそれに気づき、もうすぐ着くのだと理解した。





       =優輝side=



「夏休みなのにあまり混んでないな...。」

「ここは穴場なのよ。パパもおすすめしてたわよ。」

 到着し、見渡してみると程よい人の多さだった。
 八月の割に全然混んでいないので、アリサの言う通り穴場なのだろう。

「それじゃあ、着替えてから集合するように。ただ、さすがに大人数すぎるから、あまり邪魔にならないようにね。」

「「「はーい!」」」

 士郎さんの言葉通りに、僕らは男女に別れて着替えに行く。

「椿と葵は司か奏の言う通りにすれば大丈夫だから。」

「ええ。こういう施設は来た事がないから、そうするわ。」

「じゃあ、また後でねー。」

 どういう手順を踏めばいいか分からない椿と葵にそう言ってから、僕も更衣室に行く。
 さて、女性陣は時間がかかるだろうし、さっさと着替えて場所を取っておくか。





「お待たせー!」

 場所を取っておき、恭也さん達と雑談していると、アリシアの声が聞こえてくる。
 どうやら、着替え終わったらしい。

「ん?なのは達はまだなのか?」

「もうちょっとかかるって。私たちは着替え終わったから先に来たんだよ。」

 先に来たのはアリシア、椿、葵、司、奏、アリサ、すずか7人だ。
 他はまだ着替えていたり、誰かを待っていると言った感じだろう。

「ねぇねぇ、優ちゃん。あたしとかやちゃん、どうかな?」

「なんとなく来る質問だとは思ってたけど...そうだな...。」

 椿の水着は水色のタンクトップビキニで、所々に白い花びらの模様がある。
 胸のすぐ下に青いリボンが巻かれており、どこか胸を強調している。
 また、水着と同じような色と柄のリボンとハイビスカスのような乙女色の髪飾りを付けているのも可愛らしい。

 葵の水着は白いチューブトップビキニで、フリルで装飾されている。
 下はそれでスカート(と言うには短すぎるが)のようになっている。
 胸元には紫のリボンがあるのもチャームポイントだな。

 水着自体は素材を創り替える時に見ていたけど、実際着ているのを見ると...。

「控えめに言って...可愛いと思う...。」

「っ.....。」

「えへへ...実際言われると嬉しいね。」

 その一言で、椿は顔を赤くして花を出し、葵も照れていた。
 うん...正直、見惚れていた。僕だって男だし。

「ほらほら、司と奏も評価貰いなよ!」

「い、いいよ私は...。」

「...自信ない...。」

 そこへ、アリシアに押されるように司と奏が前に出てくる。
 司は恥ずかしがり、奏も初めての海なため、恥ずかしがっていた。

「ど、どうかな...。」

「....。」

 司は葵と同じように白いチューブトップビキニで、紫色の縁と水玉模様だ。
 フリルや胸元のリボンも同じだが、雰囲気がまた違って可愛らしい。

 奏は白を基調とし、縁が黒いバンドゥビキニ。
 それに、ピンクに白い模様が入ったパレオを付けている。

 ...うん、なんというかね、こう四人連続で評価を求められるとさ...。

「あ、優輝が恥ずかしがってる!?珍しい!」

「ぼ、僕だって男なんだからそういう事はあるだろ!特に、いつも親しくしてる皆の水着姿は...なんというか、いつもと違うギャップとかで...。」

 アリシアの言葉にどんどん顔が赤くなっているのが自分でもわかる。
 それに、僕は確かに皆の水着姿に見惚れていた。それもあって恥ずかしいのだ。

「そ、それで...どうだったの?」

「それは...えっと...。」

 どこか司と奏も期待しているようなので、ここで答えない訳にはいかないだろう。
 別に、素直に思った感想を言うだけだ。気持ちを落ち着けて...。

「...文句なしに、可愛いと思うよ。」

「っ~~~!!」

「―――。」

 あ、二人共固まった。...まぁ、そうなるだろうなぁ。恥ずかしがってたし、そこへ素直に“可愛い”と言われたなら、少なくとも照れるだろうし。

「...ぶっちゃけ、今までないくらいにドキドキしてると思う。と、とりあえず、それぐらい皆は似合ってるって事で!」

 司の場合は、前世が男だったというギャップもあるだろうが、それを差し引いても皆はとても似合っていた。
 こういう類で、ここまでドキドキしたのは初めてだ。

「青春...してるねぇ。」

「ぜひうちの娘とくっついてもらいたいね。」

「いやいや、奏も負けてませんよ?」

「ちょっと父親勢黙ってて。」

 僕、司、奏の父親が余計な事を言ってたので突っ込むようにそういう。
 ...うん、今ので落ち着けた。皮肉だけど。

「...ん?あれ、ナンパされてないか?」

「あ、ホントだ。皆美人だもんね。」

 ふと更衣室の方面を見ると、大人勢がナンパされていた。
 残りの子供勢は先にこっちに走ってきてたから巻き込まれてないけど...。

「(桃子さんや忍さんをナンパしたら...あー...。)」

 振り向けば、そこには笑顔な修羅が二人。
 士郎さんと恭也さんが明らかな殺気を持っていた。

「...ザフィーラ、他の皆は頼めるかい?」

「任せておけ。」

 どの道止める予定だったため、二人はザフィーラさんも連れて歩いていく。

「...前もあったんだよね。これ。」

「そうなのか...。同じ面子か?」

「いや、別人だよ。同一人物だったら絶対手を出さないようになってるから。」

 アリシア曰く、とんでもない事をしたらしい。いや、どんな事だよ。

「とりあえず、ちょっと行ってみるか。父さん達も行くみたいだし。」

「結局、妻帯者は全員出るのね。」

 ナンパされてる面子には、母さんも含まれている。
 正直、ナンパしてる奴の人数も5人だし、母さんたちなら大丈夫だろうけど...。
 まぁ、面白そうではあるし、見に行くか。

 ...どちらかと言うと、後続の僕らはストッパーになりそうだけど。





「いいじゃんかー、俺らと一緒の方が愉しいぜ?」

「(...今時そんなナンパする奴いたんだ。)」

 聞こえてきた声に思わず呆れざるを得なかった。
 とりあえず、恭也さん達が近付いたので少し様子を見よう。

「少し、いいか?」

「あん?」

 後ろから、ザフィーラさんが声を掛ける。

「...うちの連れに何か用か?」

「っ!?」

 指を鳴らしながら、威圧を込めてそのまま言葉を続ける。
 なるほど。ザフィーラさんは褐色肌で筋肉もある。見た目はかなり威圧感がある。
 それを利用して威圧するようだ。

「い、いや、なんでも...。」

「ほう...僕らには、ナンパしてるように見えたけどねぇ...?」

「ひっ!?」

 あの...怖いです士郎さん。公共の場でそんな殺気を出さないでください。
 あーあ、ナンパしてた奴ら、絶対後悔してるぞこれ。

「まぁ、一言だけ...これで懲りる事だ。」

「はいぃいいい!すんませんでしたぁあああ!!」

 一瞬とはいえ、恭也さんが殺気を開放する。
 瞬間、踵を返すようにナンパしてた奴らは一気に走り去っていった。
 ....うん、さすがに可哀想に見えるな。自業自得だが。

「あれ?結構マイルド...。」

「おい待てアリシア。前回はマジでどんなんだったんだよ...。」

 おそらく、やりすぎだという事で自重したんだろうけど...。

「何はともあれ、これで全員揃ったな。」

「それじゃあ、荷物を置いて準備体操してから各自遊んでいいぞー。ただ、目の付かない所には行かないようにな!」

 士郎さん、父さんがそういって、各自自由行動を始めた。
 魅了が解けてない子供勢は織崎を連れてさっさと泳ぎに行った。
 大人勢はそれを眺めながらゆっくりと海へと歩いて行った。一部の人達は荷物などを見張るために残るようだ。

「...最近、グループが確定してきた気がするのは気のせいか?」

「見事に子供では二つに分かれたねー。」

「優輝さんか、神夜を中心にして別れてるわ。」

 葵と奏の言葉に、やはりそうなのかと思う。
 ちなみに、僕の所には先に着替え終わっていた皆が残っていた。

「リニスは行かないの?」

「はい。私はしばらく待機しています。司は優輝さんと楽しんでください。」

「にゃ、なんで名指しなのかな!?」

 リニスさんはどうやら荷物を見張っているらしい。
 ちなみに聞いた司はリニスさんの言葉で顔を赤くしてた。ついでに噛んでた。

「ザフィーラは行かないのですかー?」

「うむ。守護獣たるもの、主たちの荷物も守らねばな。」

 残っていたリインがザフィーラさんに行かないのか尋ねていた。
 うん、まぁ...ザフィーラさんなら誰も盗ろうとはしないだろう。

「一応交代制にするつもりですけど...ザフィーラさん、もしかしてずっと見張り番をしているつもりで?せっかくの海なのに。」

「守護とはそういうものだ。別にどうという事はない。」

 まぁ、ザフィーラさんがいいのなら、いいのだろう。
 心配なのはガタイの良さから逆ナンパされそうな所だが...。
 リニスさんがいるし、大丈夫か。

「...以前から気にしていたが、守護獣である私に“さん”付けはいらんぞ。」

「あ...っと、つい癖で。そういう事なら、呼び捨てで呼ばせてもらいます。」

 守護獣...意識していないから懐かしいワードでもある。
 まぁ、彼にとって自身に対する敬称は要らないのだろう。

「優輝ー!何してるの、行くよー!」

「急がなくても海は逃げないっての...まったく。」

 アリシアの声に呆れながらも、僕も海へと向かった。

「あ、待ってくださーい!」

「あれ?リインははやての所に行かないのか?」

 何故か今度も僕についてくるリインに、そう尋ねる。

「はいです。あの...神夜さんと一緒にいる時のはやてちゃんは、少し一緒に居づらくて...。だから、邪魔しないようにこっちに来たのです。」

「おおう...末っ子に空気を読まれる一家の長ェ...。」

 しかもリイン、生まれて一か月も経ってないのに空気を読んでるぞ。
 御守りの効果もあるかもしれんけど、織崎と一緒にいるはやて達に違和感と疎外感を感じてこっちに来たのだろう。...まぁ、一緒に遊ぶ程度ならいいか。

「じゃあ、リインも一緒に行くか。」

「はいですー!」

 うん。元気なのは良い事だ。
 皆も別に構わなさそうにしているし、早速泳ぎに行ってみるか。
 あ、ちなみに準備体操は既に済ませておいたから大丈夫だ。

「所で優輝さん、似合ってますか?はやてちゃんが選んだ水着なんですけど...。」

「ん?そうだなー。」

 リインの水着はスカイブルーのワンピース型で、縁が青色になっている。
 また、腰回り帯なようなものがあり、青いリボンがついている。
 その下は三層のフリルがスカートのようになっていた。

「うん。清楚で涼しい感じがして似合ってるよ。それに可愛いし。」

「ほ、ホントですか!?えへへ...嬉しいですぅ~。」

 “へにゃ”と表情を崩し嬉しそうに笑うリイン。
 ...うん、この子天使だ。凄い癒しになってくれてる。

「わぁああ!この子すっごく可愛いよ!あたし達の所に来てくれないかなー!」

「ひゃぁああっ!?」

「葵!いきなり後ろから抱き着くのをやめなさい!」

 リインの純粋さに中てられた葵は、リインに後ろから抱き着く。
 リインは突然の事に驚き、椿はそんな葵を窘める。

「とりあえず、人目にも付くから行くぞー。アリシア達が待ってるし。」

「あ、そうだったね。」

 司や奏も先に行っている。僕らも早く行かないとな。

「じゃあ、今日は存分に遊ぼうか。」

「はいです!」

 偶には箍を外して楽しむのもいいだろう。

 そう考え、僕らはアリシア達の下へと走って行った。







 
 

 
後書き
椿と葵は水着仕様の絵から、司と奏は容姿のモデル(クドリャフカ、かなで)の水着姿を画像検索したのから、リリなの勢はinnocentから参考にしています。
水着の種類が分かり辛い...。“これは違う”と思ったらご指摘お願いします。

描き切れないため前後編に分けました。
予想以上に長くなった...。 

 

第107話「海水浴・後」

 
前書き
前回に引き続き海水浴。
 

 




       =優輝side=



「ふぁー!きっもちいいー!」

「はしゃぎすぎるなよー。」

「だいじょーぶだいじょーぶ!」

 暑さを吹き飛ばすように海に飛び込んではしゃぐアリシアに、一応忠告しておく。

「冷たくて気持ちいいですー。」

「そうだねー。」

 リインと葵は一緒になって海の冷たさを堪能している。
 海の良い所は涼も取れる事だよな。

「優輝君。」

「ん?...っと。」

「折角持ってきたみたいだし、やってみる?」

 司に投げ渡されたのは、赤・青・黄と白の縞模様のシンプルなビーチボール。
 椿の水着と共に見つかったものだ。
 ただ、戦闘に使えるように霊力が込められていたので複製したのを持ってきている。
 ...ビーチボールを武器に使う事を想定してた当時の陰陽師って...。

「そうだな。偶にはこんな単純な遊びもやるべきか。」

「...私もやるわ。」

 奏も混ざるようで、三人で簡単なビーチバレーを海の浅瀬でする。
 ...と言っても、キャッチボールのように互いに落とさないようにするだけだ。

「行くぞ。そーれ!」

「よっ...と。」

「っ....!」

 若干海に足を取られながらも、三人でボールを飛ばし合う。
 リインにはアリサとすずかもついているし、葵もリインだけじゃなくて椿とも一緒にはしゃぐようになったし、本当に平和だと思えるような感じだった。

「....げっ!?」

「アリサ?なんでそんな女子らしくない声を...あー。」

 今思った事がフラグになったのか、振り向けば奴がいた。
 ...と言うか、久しぶりに見たな―――

「―――王牙...。」

「奇遇だな皆!」

 最近、見てなかったのにまた絡むようになったのか...。

「何が奇遇よ!あんたまさかサーチャーを付けてたんじゃないでしょうね!?」

「ははは、そんな訳ないじゃないか。」

 ...平和だからって気を抜きすぎたか。王牙の接近に気づけなかったとは。

「それよりも、モブ野郎!」

「名前か別の二人称にしろ。誰を呼んだかは目線でわかるが。」

 こちらに矛先が向いたので、とりあえずどうでもいいツッコミをしながら返事する。

「また椿や葵、司に付き纏ってやがるな!いい加減嫌がってる事を理解しやがれ!」

「お前がなー。」

 なんというか、織崎と比べてこいつへの返答が適当になってしまう。
 何を言っても無駄なのは同じだけど、言ってるだけ感が強いからかな?

「あのぉ...優輝さん。」

「リイン?」

「あの人...誰なのですか?」

 そういえば、リインは会った事がなかったな。はやてが避けてただけだが。

「王牙帝。はやての同級生で...まぁ、色々厄介な奴だ。」

「厄介...ですか?」

「まぁ、つまりは...。」

 こうして話している事も王牙には聞かれている。そして、その後の反応も予想できる。

「おい!リインから離れやがれ!」

「こういう奴だ。」

「....こ、怖いですぅ...。」

 当然のように離れるように王牙は言ってくる。
 いきなり知らない人に名前を言われ、リインは怯えてしまっているようだ。

「おい!聞いてるのかモブ野郎!リインが怯えてるだろうが!」

「怯えてるのは帝のせいだよ!」

「そうよ!いい加減にしなさい!」

「...呆れて何も言えないわ。」

 アリシア、アリサが王牙の言い分に反発し、椿は完全に呆れてしまっている。

「いい加減に....。」

「ん?奏どうしたん....」

「して。」

「だばぁっ!?」

 奏も苛立っていたのか、ビーチボールを力の限り王牙の顔面に叩きつける。
 言葉の途中でぶつけられた王牙は奇声のように声を上げながら海へと倒れ込む。

「......。」

「うわぁ、モロに入った...。」

 “ふんす”と鼻を鳴らし、奏は倒れ込んだ王牙をジト目で睨む。
 司も呆れながらそんな王牙を覗き込む。

「あのぉ...さすがに溺れてしまうような...。」

「司ですら呆れてる相手に優しいなリインは。まぁ、死なれると困るし引き上げるか。」

「えへへ...優しいですか...。」

 ホント、この子天使だわ。戦闘で疲れてた心が癒される癒される。
 とりあえず、王牙を引っ張り上げ、浜にそっと降ろす。

「よっと。」

「げほっ!?ごほっ!?」

 だいぶ水を飲んで気絶していたようなので、霊力を流し込んで吐き出させる。

「まったく、世話掛けさせやがって...。」

「て、てめぇ!何しやがる!?」

「いや、一応人命救助。こっちの方が負担もなく手っ取り早いしな。」

 人工呼吸も心臓マッサージも必要ないからな。

「ちっ、俺にそんなもん必要ねぇよ!」

「あーはいはい。」

 僕を振り払って王牙は立ち上がる。

「第一、折角海に来たのにそれを楽しまずにお前は何やってんだよ...。」

「てめぇこそアリシア達に言い寄ってんじゃねぇよ!」

「むしろ言い寄って欲しかったり。」

「葵、黙ってなさい。」

 ...ああもう、呆れるなぁ...。
 葵の言った事はスルーしておこう。いつもの事だし。

「お前、僕の事をモブとかいう割には気にしてるんだな。」

「てめぇが言い寄ってるからだろ!」

「自分に夢中と思い込んでるのに気にするのか...。」

 もうこいつがよくわからないな。最近は自重してたと思ったんだが。
 ...そういや、自重してたのは僕が女体化してた時からだったな。

 ....まさかとは思うが...。

「そういえば、お前以前優奈に会ったらしいな?」

「は?誰の事だ?」

「僕の親戚だ。以前アリサとすずかを追いかけて翠屋に入った時に会っただろ?」

 カマを掛けるというか、試して確認を取る形で以前の“嘘”を利用する。
 最悪勘違いでも気を逸らす事は出来るだろう。

「優輝、それって...。」

「以前優奈が来たけど、僕が席を外してた時さ。緋雪に容姿が似ているから分かるだろ?」

 ...さて、どう反応するか。

「っ...!し、親戚だったのか...!」

「その様子じゃ、会ったみたいだな。」

 そして、この反応。...正直王牙じゃありえない程狼狽えてるな。

「伝言だが、もうちょっと相手の言葉も聞いて、人の気持ちを決めつけないようにだと。容姿は良いんだから、自重してねだそうだ。」

「か、勝手な事言うんじゃねぇ!お前のデタラメだろう!?」

 ....まぁ、こいつも男って訳か。
 なんというか、意外ではあるけどおかしくはないな。

「あ、そうそう。僕って声真似もできるんだけど...。」

「あ?なんだよ...。」

「もっと相手の事を考えてあげてね?帝さん?」

 優奈の時の声を真似、王牙に言ってみる。
 さっきから会話を聞いてる葵辺りが笑いを堪え切れなくなってるけど今は無視だ。

「っ~~!てめぇ!!」

「あっはは、姿も変えた方が良かったか?」

 やっべ、王牙からかうの楽しい。単純だからかちょろいわ。

「こいつっ!」

「...王牙がここまで狼狽えるなんて、どういう事なの?」

「さぁ....?」

 顔を赤くしながら掴みかかってくる王牙を、僕は躱す。
 なぜそんな反応をしているかアリサとすずかは理解できていないらしい。

「あはは!いや、意外だよー!まさかそんな事になってるなんて!」

「え?え?もしかして王牙ってそうなの?」

 葵は大笑いし、アリシアも気づく。
 いや、まさかここで王牙をからかう事になるとは。

「(まさか、普段言い寄っている奴が“一目惚れ”するなんてな...。...真実を言うのも気が引けるし...いや、だからと言ってからかうのもどうかと思うが。)」

「あ...っと、ストップだよ。さすがに魔法はダメ。」

 ふと見れば、王牙が魔法を使おうとしていたため、司が止めていた。
 ...んー、こう見ると王牙も根は良い奴なんだろうな。
 前世からのギャップや、浮かれている事からこんな性格なんだろう。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ。」

「暑いんだからそんな暴れなくても...って僕のせいか。」

「優輝のせいね。」

 椿にもそう言われる。...まぁ、王牙の事が少しわかった代償とでも捉えよう。

「あー、とりあえず、休憩がてら海の家に行くか?王牙もかき氷を奢ってやるから一度落ち着け...な?暴れすぎると熱中症になるから。」

「だ、誰のせいで...!」

「...悪い、まさかあそこまでおもs...動揺するなんてな。」

「今“面白い”って言おうとしなかった?」

「何の事やらー。」

 さっきの王牙の様子を見てか、椿たちも王牙に対しての嫌悪感が和らいだようだ。
 ...正直、王牙ってこのままにしておくのは惜しいんだよな。性格はともかく。

「じゃあ、あたしが財布取ってくるから先に行っててねー。」

「ああ、頼む。」

 葵に財布を任せ、僕らは一足先に海の家に行く。
 僕らは歩いていて、葵は走って行ったから着く頃には合流するだろう。

「くそっ、屈辱だ...。司達にこんな姿を見せるとは...。」

「正直お前が誰かに惚れているという事実の方が皆には大きいぞ。意外だし。」

 もう突っかかる気力もないのか、王牙が弱々しくなっている。
 ...と、着いたか。

「お待たせー。」

「よし、じゃあ買うか。」

 そして葵と合流。僕らはそれぞれ好きなシロップを選んでかき氷を買った。





「ちょっと王牙、いいか?」

「...なんだよ。」

 いつもなら勢いよく反発してくるのに、それがない。
 凄い違和感だが、まぁいいや。

「悪いけどちょっと席を外す。男同士で話したい事があってな。」

「そうなの?優輝君なら大丈夫だとは思うけど...。」

 嫌悪感は和らいでも、不信感は残っているらしく、司が心配そうにしてくる。
 まぁ、王牙もこんな様子だし大丈夫だろ。



「...で、話ってなんだよ。」

「話っていうか、提案だな。」

 不貞腐れるような顔で王牙は僕に聞いてくる。

「提案?」

「なんてことはない、魔法とかを僕と一緒に鍛えないかって事だ。」

「はっ、俺にそんなの必要ねぇよ。」

 ...まぁ、こう言い返してくるよな。自身の力に過信している証拠だ。

「“うさぎとかめ”って話を知ってるよな?」

「あ?それがどうしたってんだよ。」

「例え才能などが優れていても、努力を怠れば追い抜かれるって訳だ。」

 現に、僕がそうだ。
 僕は実際、王牙に魔力や才能で劣っている。
 前々世からの経験というのもあるが、それを努力で完全に追い抜いている。

「....俺が追い抜かれるって言いたいのか?」

「少なくとも痛い目を見るな。...と言うか、今まで何度も撃墜されただろ?」

「あれは油断しただけだ!」

 やっぱり頑なに自分の努力不足を認めないな...。
 ま、ついさっき説得できるネタを手に入れたんだけどな。

「つまり、努力を怠っても大丈夫だとお前は言いたいのか?」

「当たり前だ!俺はオリ主だからな!」

 理由になってないっての。オリ主...“オリジナル主人公”だからって最強って訳でもないだろうに...。しかも大抵努力してるし。

「はぁ...あ、そうそう。優奈が言ってたんだけどさ、いくら才能とかがあっても努力をしない人は大嫌いなんだって。必要なくても己を磨き続ける人が好みらしいぞ。」

「なっ....!?」

 ここで王牙を揺さぶるネタを投下。
 一応嘘は言ってない。才能があってもグーたらしているのは嫌だし、必要なくても努力をし続ける人は好感が持てるからな。

「そ、そんな...。う、嘘言うんじゃねぇ!」

「いや、ホントだぞ?と言うか、才能に胡坐掻いて努力しない奴を誰が好きになるんだ?」

「うぐ....。」

 お、効いてる効いてる。
 騙している感が凄いが、こうまでしないとこいつは強くなれないからな。

「そこで僕と一緒に鍛えないかって聞いてるんだ。」

「だ、だが、お前と一緒になんか....。」

「聞き入れてくれるなら、お前の努力に見合った褒美...優奈について色々教えるが?」

「乗った!!.....はっ!?」

 手の平を反すように聞き入れる王牙。しかし、数瞬して顔を真っ赤にする。

「ち、違...!今のはだな...!」

「いやー、散々皆に迷惑かけてるお前も、一人の男子なんだなって感じだな。別に恥じる必要はないぞ?恋ってそう言うものだと僕は思ってるからな。」

「....くそっ!」

 しかし、その代償として僕は何か失った気がする。
 優奈についてって...人格自体は存在するし、何とかできるか?

「...で?どうするんだ?」

「....わーったよ!一緒に鍛えるっての!」

「それは良かった。」

 正直、王牙は“素材”がいい。それこそ、磨かなければ本当にもったいない程だ。
 だから、僕はこんな提案をした訳だ。

「くそ...今日は厄日だ...。」

「皆をつけなければこうはならなかったのにな。」

「うぐ....。」

 “恋”の効果って凄いな。あの王牙が全然言い返さなくなるとか。

「じゃあ、戻るぞ。」

「分かってる。」

 話も終わった事なので、皆の所へと戻る。





「あれ?それって...。」

「あ、優輝、戻ってきたわね。」

 戻ってみると、アリシア達がスイカを抱えていた。
 士郎さんや父さんとかもいるけど...。

「...スイカ割りか?」

「せいかーい!士郎さんが買ってくれたんだ!」

 というか、スイカ割りしていいのか。
 シートとか用意してるみたいだけどさ。

「父さん、母さんは?」

「ん?優香なら、あっちで女性同士、話に花を咲かせてるぞ。」

「あ、ホントだ。」

 少し離れた場所で、母さんは司や奏の母親、桃子さんと談笑していた。
 そういえば、織崎とかは誰が...。

「なのは達の方はプレシアさんとかが見に行ってるよ。」

「...顔に出てました?」

「いや、少し気にするだろうと思ってね。」

 表情に出てた訳ではないが、士郎さんには予想されてたみたいだ。
 ...やっぱり、少し気が抜けてるかな。こんな所までそんな駆け引きはいらないけど。

「しかし、スイカ割りって普通に目隠しをしてするアレですよね?」

「そうだけど...むしろそれ以外にあるかい?」

「いえ、そういう訳ではなく...。」

 普通にするとして、少し参加する面子を見渡す。
 恭也さんはいないけど、美由希さんや士郎さん....。

「...正直、目隠しが意味ない人が何人か...。」

「あぁ、それの事かい。そういう人は最後の方に回すよ。もしくは、パフォーマンスとしてちょっとした技を見せるとか。」

「あ、やっぱりそういう方面なんですね。」

 まぁ、妥当な対処だな。五感の類を鈍らせる術を使ってもいいが。

「....それにしても、王牙がいる事は驚かないんですか?」

「いや、もう驚いたさ。さっき説明されたからね。」

 見ると、司や椿が頷いた。どうやら、二人を中心に説明しておいたらしい。

「折角来たんだから、王牙も楽しんで行けよ。余計な事をせずにな。」

「余計な事なんてしねぇよ。」

 主に言い寄ったり絡んだりする事を言ったが...そういえば、自覚ないんだったな。
 大人しくなっている今でも、あの踏み台みたいな行動は悪いと思っていないらしい。

「じゃあ、いっくよー!」

 トップバッターはアリシアのようだ。
 既に目隠しをして、気合十分に棒を構えている。

「ふっふっふー、去年のようには行かないんだから!」

「...去年、何があったんだ?」

「あらぬ方向に誘導されて自信満々に振り下ろしてたわ。」

 アリサが答えてくれたが、恥ずかしいな。それ。
 そりゃあ、リベンジしたくなるわな。

「ふぅ...やっぱり暑いわね。」

「椿。それに葵も。」

 両隣に椿と葵が座る。
 海水と汗が滴って艶っぽく見える....って何考えてるんだ僕。

「そういえば、椿と葵は夏は好きなのか?」

「どうしたのよ。藪から棒に。」

「いや、ふと気になって。」

 本当にただ少し気になっただけだ。ちなみに、僕は普通だったりする。
 暑いのは嫌だが、こうして海やプールなど楽しめる事もあるしな。

「そうね.....。」

「あたしはちょっと苦手かなー。これでも吸血鬼だから日差しが辛くてー。」

 少し考え込む椿に、あっさりと答える葵。
 まぁ、葵は妥当だな。...久しぶりに吸血鬼らしい事を聞いた気がする。

「私は好きな方ね。でも、暑いのは苦手よ。特に葵がべたべた触ってくる時は。」

「へぇ...理由を聞いても?」

 葵とは対称的に、椿は好きらしい。あ、葵が触ってくる事に関してはスルーで。

「夏は雨が降りやすいでしょう?花にとって、恵みになるからそういうのが好きなのよ。草花が喜ぶ季節だから、私も好きなの。」

「なるほどね...。優しい椿らしいな。」

「なっ....!?」

 僕の一言で顔を赤くする椿。

「べ、別に普通よ普通!」

「普通って言える所が優しいと思うんだけどなぁ。」

「っ~~~!」

 草花にそういう気配り?ができるのは本当に優しい人だからこそだと思っている。
 だからそれを伝えただけだけど....椿には恥ずかしい事だったか。

「えっとー....私のスイカ割り、見てた?」

「あっ....。」

 ふと見れば、スイカが見事に割られていて、アリシアがすぐ傍に立っていた。

「もー!人がスイカ割りしてる時にイチャイチャしてー!」

「いちゃ...っ!?」

「...あー、悪い...。」

 アリシアの言葉に素直に謝る僕。
 それはそうと、椿の恥ずかしさが臨界点を超えそうだ。

「....むぅ...。」

「.......。」

「....あー....。」

 そして、司と奏の視線も痛い...。

「...って、一発目で割っちまったのか。」

「それは大丈夫だよ。人数分って事で複数あるから。」

「そうなのか。」

 見れば、割ったスイカが回収され、次のが用意されていた。
 ...まだまだ楽しめそうだな。







「すぅ....すぅ....。」

「すっかり疲れちゃったみたいだね。」

「そうだな。」

 しばらくして、帰りの車の中で眠るリインを見て、司がそういう。
 スイカ割りを楽しんだ後、皆でスイカを食べ、ビーチバレーなども楽しんだ。
 途中で織崎たちも混ざってきて、王牙がいた事で一悶着あったりもしたな。
 僕としては、ビーチバレーが激しすぎて他の客に注目された事が印象的だが。

 ...とまぁ、皆が皆満喫して、リインもその一人だったようでこうして眠ってる訳だ。
 ちなみに、王牙も同じ車に乗っている。

「...ねぇ、優輝君。また、来たい?」

「海にか?...そうだな、今日みたいに満喫できるのなら...来たいな。」

 司に聞かれ、素直に僕は答える。
 去年まではそういう余裕がなかったからこそ、また来たいと思えた。

「そっか...。あ、あのね、だったら前世の時みたいに二人で...。」

「んー、それはさすがに高校生ぐらいまでお預けかな...。」

「あ、そ、そうだよね...。」

 残念そうにする司。まぁ、遠出は高校生までおすすめできないからな。

「でも、近場のプールとかならいいぞ?」

「ホント!?じゃあ今度暇があったら...。」

「........。」

「あ......。」

 身を乗り出してきた司だが、奏からの視線で顔を赤くして座りなおす。

「どうした?」

「な、なんでもないよ。い、今のは忘れて....。」

 何でもないように取り繕う司だが、正直どういった想いで言ったのか想像できる。
 ...一応、司のためにも敢えて突っ込まないけど...。

「...と言うか、王牙大人しいな....って。」

「....寝てるね。しかも凄い体勢で。」

 ああいう会話をしていたらさすがに何か言ってくると思ったが、寝ていた。
 王牙も遊び疲れていたのだろう。

「夏休みも後少しって感じだな。」

「夏休みが終わると残暑の中色々忙しくなりそうだよね。」

「確かにな。」

 海水浴の余韻に浸りつつ、夏休み明けの事を話す。
 夏休みが明けると、運動会がすぐ傍に迫ってくるからな。

「聡の奴、ちゃんと宿題やってるのか?またせがんできそうなんだが...。」

「優輝君、甘やかしすぎたんじゃない?」

「...かもしれんな。」

 去年司に言われた事なのに、結局手助けをしすぎたみたいだな。

「まぁ、あいつには玲菜がいるし、大丈夫だろ。」

「そうだね。」

 断られたとしてもそれはそれで自業自得だしな。

「...ふふ...。」

「どうした?突然笑って。」

 何かを思い出したように、司は微笑む。

「ちょっと前世の時を思い出してね。ほら、同じような事、あったでしょ?」

「あー、そういえばそうだな。」

 思い返すのは前世の高校での友人の一人。
 聡と同じように宿題をやってこない事があり、よく僕や司に頼ってきていた。
 まぁ、クラスに一人はいるような奴だ。よくある事だろう。

「....ん?」

「奏ちゃんも、寝ちゃったね。」

 どうやら奏も疲れていたらしく、僕に寄りかかるように寝てしまった。

「なんというか、二人共親みたいだね。」

「優輝も司も“施す”側だったから、そう見えるのよ。」

 僕らとしては普通に会話していたつもりだが、椿と葵にそう言われる。
 ...まぁ、僕は前々世の経験もあるし、司はずっと優しさを振りまいてたからな。

「親って....っ...!」

「何想像してるのよ...。」

「あっ、いやっ、なんでもないよ!?」

 何かを想像したらしく、司は顔を赤くする。
 ...最近、司は何かしら顔を赤くして恥ずかしがってるよなぁ。

「なんというか...大人びてるわね。」

「それだけ子供の成長は早いって事さ。」

 そんな僕らを見て、母さんと父さんはそういう。

「うーん、親らしい事があまりできてないのよねー。」

「仕方ないさ。優輝は前世の事もあって精神年齢は高い。親としてできる事は、だいぶ限られてしまってるからね。」

 それだけじゃない。二人は普段はミッドにいる。
 その分だけ家族としての付き合いも薄くなってしまうからな。

「でも、僕は父さんと母さんには感謝してるよ。...いるだけでも、ありがたみがあるんだからね。」

「.....そうか。」

「それは、嬉しい事ね。」

 それに、家族としての付き合いもちゃんとある。
 ミッドから帰ってきた時は、いつもそうだ。

 ...この後は、皆で談笑しながら、それぞれ家へと帰宅した。
 平和な時間が続くって、やっぱりいいものだよな。









「....私、完全に蚊帳の外ね。運転してるのだから仕方ないのだけれど。」









 
 

 
後書き
疎外感に苛まれつつ皆を送り届けたプレシアさんでした。
う、運転手だからしょうがないよね!

踏み台転生者って大抵主人公のように転生や特典で強くなれるから調子に乗って踏み台になっているようなイメージなんですよね...。
そんな踏み台が一目惚れしてしまい、さらにそれをネタにからかわれれば、踏み台らしい言動はしばらくできなくなる...そんな感じで王牙は大人しくなってます。 

 

第108話「科学者の来訪」

 
前書き
皆大好き(?)変態マッドサイエンティストの回です。
当然、原作と設定が違い、この小説では綺麗になっているのであしからず。
 

 





       =out side=





「....ふむ。」

「...また、見ておられるのですかドクター。」

 とある次元世界の、誰にも見つからないような場所にある研究所。
 そこで、ドクターと呼ばれた白衣の男はじっとモニターに映る映像を見つめていた。

「ウーノか。なに、興味が尽きないものでね。」

「管理局でそれなりに有名な嘱託魔導師ですね。」

 秘書のような恰好をしたウーノと呼ばれる女性が、映像を見てそういう。

「確か、名前は....。」

「志導優輝。...第97管理外世界“地球”に住む子供さ。」

 そう。男が見ていた映像は、嘱託魔導師として活動している優輝の姿だった。

「なぜ、彼なのですか?活躍ぶりで言えば他にも...。」

「では、こちらを見てくれるか?ウーノ。」

「こちらは....?」

 次に映った映像は、海の上で優輝と今は亡き緋雪が戦っている映像だ。

「...古代ベルカから伝えられる存在、“導王”と“狂王”の戦い...その再現と言える映像とでも言っておこう。」

「導王と狂王の再現...ですか?見た限り、志導優輝と一人の少女の戦闘でしかないですが...。いえ、激しさで言えば確かに...。」

「違うのだよウーノ。再現と言えるのはそこじゃない。」

 首を振り、ウーノが言おうとした事を否定する男。

「...彼らは、生まれ変わりなのさ。」

「生まれ変わり...ですか?それは、ドクターのような...。」

「いや、少し違う。確かに私も生まれ変わりに近いが、彼らはまた別のようだ。」

 そう語る男の表情は、まるで憧れのものを見る子供のように輝いて見える。
 それこそ、“興味が尽きない”と言う風に。

「別?それはどういう...いえ、論点はそこではありませんでしたね。」

「っと、話が逸れてた。まぁ、つまりは彼が導王の生まれ変わりだから興味が出てたのさ。聖王と覇王で隠れがちだが、導王は古代ベルカで最強とも言える王だったからね。」

「なるほど...。」

 “生まれ変わり”に加え、古代ベルカで有名な人物だから男は興味を示していた。
 そこでふと、ウーノはある事に気づく。

「この少女も狂王の生まれ変わりと言いましたが...こちらには興味がないのですか?」

「ん?あぁ、彼女か...。」

 緋雪の事を聞かれ、男は残念そうに目を伏せる。

「彼女は志導緋雪。彼の妹なのだが...。」

「....まさか...。」

「そう。死んでしまったのだよ。同時に、私は導王と狂王の真の結末を知る事にもなった。正直、生命を研究している身としてはなんて無駄な事を...と思ったよ。」

 男にとって、既存の生命を道具のように改造するのは賛成できなかった。
 一から作り上げたのならともかく、それでは男の信条に反するからだ。

「結果としては、彼女は生物兵器としてではなく、一人の人間の少女として死ぬ事を選び、現在の兄であり、かつての幼馴染であった彼に殺してもらったのさ。長い長い因果を断ち切るためにね。」

「それは....。」

 “せっかく兄妹として生まれ変わったのに...”と、ウーノは考えてしまう。

「生憎、私は人として感性がずれているのでね。彼らの悲しみや想いは理解できない。」

「...そうですね。ドクターはそんな方です。」

「...断言されると私も辛いのだが。」

 何とも言えない空気は二人の間に漂う。

「...っと、そういえば、この事件に関連したもので、興味深いものもあったね。」

「今度は一体...?」

 今度映されたのは、ユーリとサーラの戦い。
 その中でも、サーラとサーラの持つアロンダイトに注目する。

「かつて私が作ったデバイスと、その使い手さ。残念ながら、これ以降の足取りは掴めておらず、アロンダイトは別の少年に使われているがね。...まぁ、懐かしい者達を見れたものさ。」

「........。」

 そして、映像は最初に見ていたものに戻る。

「ふむ、そうだな...。」

「ドクター?」

「....よし、会いに行こうか。」

「....はい?」

 突然の会いに行く発現に、ウーノは間の抜けた声を出さざるを得なかった。









       =優輝side=





「....これをこうして....やったぁ!!やっと完成したよー...。」

「おー、上手く行ったか。ようやく“基礎”が終わったな。」

 夏休み最終日。いつも通りになった霊力の特訓で、アリシアが御守りを完成させる。

「...えっ?これで、“基礎”なの...?」

「おう。自力で作るものでは基礎だ。...だよな椿?」

「ええ。これぐらいなら基礎の範囲ね。持ってたら得する...これぐらいの御守りは昔ならそこら中にあったわね。」

 尤も、それは基礎の部分だけだ。ここから応用しなければならない。
 今回作られた御守りの効果は、若干運が良くなり、ごく小さい怪我をしない程度だ。

「うぇええ~...頭痛くなる~...。」

「基礎を繰り返せば作業みたいにこなせるが...そうなると効果が薄れるからな。」

「護符や御守りは術式を組む際に“想い”も重要だもの。」

 ただの“作業”としてより、想いを込めた方がいい...まぁ、典型だな。

「葵ー、そっちはどうだ?」

「んー、そうだねー。」

 アリシアの方は見たので、今度は葵の方を見る。

     ギギギギギギギギギィイン!!

「っと!」

「っ、躱された...!」

「やぁああっ!!」

「っ....!」

 アリサの刀を正面から全て受け流し、すずかの氷の術による拘束を回避。
 そこへ司と奏が槍と刀二振りで斬りかかるが...。

「....だいぶ様にはなってきたね。」

「蝙蝠に...!」

「当たらない...。」

 蝙蝠となって、僕らの前に現れる事で回避する。
 ...やっぱり、基礎能力で言えば葵はダントツだな。霊力だけとはいえ圧倒してる。

「アリサちゃんとすずかちゃんで一人前。司ちゃんと奏ちゃんはそれぞれ四分の三人前って所かな?司ちゃんと奏ちゃんは元々魔法で何度も戦ってるから、戦い方は心得てるからね。」

「なるほどな...。」

 順調...と言った所か。
 アリサは思い切った攻撃が得意で、すずかはそんなアリサの動きをよく見て的確に援護をしている。司や奏は魔法としての戦い方が染みついてるから、どうしても無理にアリサとすずかに動きを合わせる形になっている...か。

「(元々霊術使いとしても戦えるように...って事だから、連携はそこまで重要視する必要はないか。...でもまぁ、僕としては中途半端にしたくないな。)」

「じゃあ、アリシア。最後に一試合するわよ。」

「ええ~...。」

 僕がそんな考え事をしている間に、椿とアリシアが模擬戦を始める。
 アリシアは既に疲労してるから面倒臭そうだが...。

「それじゃあ、行くわよ!」

「うー...よしっ!」

 頬を叩き、アリシアも気合を入れ直して仕掛ける。
 武器は刀と弓。そして懐には御札も多数持っている。
 近接をするための刀、弓道の経験から弓、そして霊力を生かすための術って所だ。

「アリシアちゃん、凄い成長スピードだよね。」

「まぁ、器用だからな。理論とかを交える御守りはまだまだ先は長いが、戦闘に関してはセンスもあってだいぶ上達している。」

 司の言葉に、僕はそう返す。
 アリシアは理屈を並べるより感覚で動いて考えるからな。
 現に、椿との模擬戦でも、そんな感じだ。
 矢や術の精度、刀の扱いは未だ椿に劣っているが、機転が利いているからすぐにはやられないように立ち回れている。

 ...まぁ尤も、まだ未熟なのには変わりないけどな。





「じゃあ、今日はここまで。帰り道に気を付けなさいよ。」

「あ~、疲れたよ~...。」

 しばらくして、今日の分の特訓が終わって各々家に帰る。
 結局、アリシアは少しは踏ん張ったけど椿にあっさり負けたという結果だった。

「しかし、以前までは一度も戦った事がないのに、刀を主武器にしてるとはいえ椿とあそこまでやり合えるとはな。」

「戦い自体は何度も見てきたというのもあるんじゃない?後は...才能かな?」

「加減してるとは言え、何度かひやりとさせられたわ。」

 近接戦を克服するためなのと、力量を合わせるために椿も刀を使っている。
 ユニゾンしている時はレイピアも扱うから、刀の扱いには慣れてるはずだけど...。
 そんな椿をひやっとさせるとは、もしかしたら化けるかもな。

「.....ん?」

「あれ?珍しい恰好の人がいるね。」

 家の近くに来ると、白衣を着た男性が秘書みたいな恰好の女性を連れて歩いていた。
 あまりにも異質に見えたため、目に留まってしまったが...。

「(どこかで見たような...。)」

 既視感を覚え、少々立ち止まってしまう。
 それに気づいたのか、男性が僕へと話しかけてきた。

「やぁ。済まないが、道を尋ねてもいいかい?」

「え、あ、はい。どちらへ行くんですか?」

 人の良さそうな笑顔で話しかけてくる男性。
 道を聞くなんて、テンプレの不審者みたいだが...。

「“翠屋”と言う店に行きたいのだよ。人気らしく、興味が湧いてね。」

「それなら、その道を―――」

 一応警戒しつつ、翠屋までの道のりを言う。

「―――で、そこを道なりに進めば見えてきます。」

「ふむ、なるほど。いや助かったよ。」

「ありがとうございます。」

 お礼を言う男性と連れの女性。
 普通ならこの街に慣れていなくて迷っただけに見えるが...。

「では、僕たちはこれで...。」

「ああ。縁があればまた会おう......()()()君。いや、優輝君と言うべきか?」

「っ.....!?」

 “バッ!”とその場を飛び退き、男性と距離を取る。
 椿と葵も、言っていない僕の名前を言った事で同じように間合いを取る。

 ...尤も、重要なのはただ僕の名前を知っていた事じゃない。
 この男性が僕の()()()()()の名前を知っている事が問題なのだ。

「なぜ、その名前を知っている...!」

 僕が導王と知っているのは、両親、緋雪、椿、葵やクロノと言った、親しくしている人でも限られた人たちだけだ。
 それを、この男はさも当然のように知っていた...!

「ふむ、驚かせるつもりはなかったのだがね。」

「...少々お戯れが過ぎます。」

 僕の問いに、男性は肩を竦め、女性がそれを窘める。
 .......ここは...。

「....翠屋に直接案内しましょうか。ここではアレですから。」

「気が利くね。では、お言葉に甘えよう。なに、周りに危害を加えるなんて事はしないさ。してしまえば、後が怖いからね。」

 ...食えない男だ。...そう、つい思ってしまう。
 椿と葵も、ここではまずいと理解してくれたため、僕についてきた。





「色々聞きたそうだね。歩きながらでいいさ。遠慮なく聞き給え。」

「....そうか。なら、まずは名前を聞きたい。」

 翠屋までの道のりの中、男性の言葉に甘えてまずは名前を聞く。
 敬語は付ける必要がない。警戒すべき相手にそんな事してられないからな。

「私はジェイル・スカリエッティ。気軽にドクターとでも呼んでくれたまえ。」

「助手をしております、ウーノです。」

「ジェイル・スカリエッティ....なるほど、ね。」

 だいぶ薄くなった“原作”の知識と、管理局で得た知識。
 そこから、彼の事を思い出す。

「....なんだってこんな所に...しかも僕に会いに来ているんだ...。」

「ふむ、知られていて光栄だね。そして、その質問に対してだが、私が君をなんと呼んだか覚えているかね?」

「...そういう事か。」

 僕を“導王”と知っているから、接触してきたって所だろう。
 しかし、どこから情報が漏れたのやら...。

「一応聞いておくが、なぜ僕を...。」

「導王だと知っているか、かね?ああ、安心したまえ。その事を知っている者から情報が漏れた訳ではない。私が自ら探りを入れ、とある記録から知っただけさ。」

「それこそありえない。記録に僕が導王と明記されてるものは....。」

 ...いや、一つだけ可能性が、というか心当たりがある。

「...僕らが過去に行った時の事件の記録...か。」

「そう言う事だ。なに、未来には影響を与えんさ。」

 本当に食えない男だ。どこまで知っているのやら。

「それで、どうして僕に接触してきた。」

「単純に、興味が尽きなくてね。」

「...興味、だと?」

 まさか、そのためだけに僕に...?

「そうだとも!歴史に残る存在、その生まれ変わり!つまりは、偉人に直接会えるというもの!ならば、会いに来たくなるのも仕方ないとは言えないかね?」

「いや、会いたくなるのは分かるがそのためだけに犯罪者の身で来たのかよ。」

「私の探求心は、誰にも止められないからね!」

 “ククク”と笑うジェイル。...ある意味飽きない奴だ。

「...盛り上がってる所悪いが、今の僕は“志導優輝”であって導王じゃない。確かに導王の時の記憶はあるが、今を今として生きているからな。」

「ふむ...まぁ、かつてとは全く違う人生だ。君がそうならば私も無闇に導王としては接しないようにしよう。」

「助かる。」

 話している感じ、変人さは感じられるが、悪人らしくはない。
 違法研究などで犯罪者になっているとは思えない雰囲気だが...。

「それに、稀代の才能を持つ者でも、歴史に残らない者もいるのでね...。」

「えっ、それはどういう...。」

「優輝、着いたわよ。」

 ジェイルが呟いた言葉について聞こうとしたが、そこで翠屋に着く。

「...案内ならここで終わりだが...。」

「...聞きたい事が残っている。それに、その恰好だと目立つだろうし、名目上犯罪者を野放しにはできないからまだ同行するさ。」

「それは良かった。」

 翠屋に入り、士郎さんに目配せをして、警戒の素振りを隠すようにしてもらう。
 雰囲気ですぐ怪しいと思うとは...さすがです士郎さん。

「....さて、話の続きと行こうか。」

「その前に、注文はいいかい?」

「構わない。ここのマスターには簡単に事情を伝えておいた。」

 認識阻害の結界を霊力で張っておく。
 これで一般の人にはただの世間話と認識されるはずだ。

「そうそう言い忘れていたが、君に会おうと思った理由はもう一つあるのだよ。」

「もう一つ...だと?」

 僕としては、先程の言葉を聞こうと思ったのだが、こちらも気になる。

「そう。簡単に言ってしまえば、君と私の境遇は少し似ているのだよ。」

「境遇だと?」

「どちらも過去に生き、そして生まれ変わった...。そういう事さ。」

「っ....!」

 一気に警戒心を上げる。
 “似た境遇”、“生まれ変わった”。このワードから考えるに...。

「転生...したのか?」

「ご明察。ただ、君と私では過程が違う。君がどうだったかは知らないが、私の場合はクローンにほぼ似た記憶継承のようなものさ。」

「クローン...ね。」

 “ほぼ似た”と言う事は、本来のクローンでの記憶のコピーと違い、実際に何らかの方法で受け継がせたという事だろう。

「じゃあ、仮にお前の肉体を二世代目としよう。...その肉体を作ったのは?」

「構造、理論などは私が遺したものだが、作ったのは....最高評議会さ。」

「......!」

 ...前々から、管理局には後ろめたいものが見え隠れしていた。
 クロノや末端など、半分以上がそれに関係していないが、それでも確かにあった。
 だが、まさか元締めまでそれに関わっているとはな。

「私の頭には爆弾が仕掛けられていてね。叛逆する素振りを見せれば即“バーン”さ。だから、私は彼らの言いなりになって犯罪者に仕立て上げられたという訳さ。」

「...正義を掲げる組織がその実、自ら悪を作り出すという自作自演をしていた訳か。その裏では、違法の研究もしているだろうし...。予想できる事とはいえ、笑えないな。」

「全くだ。好きに研究させてほしいものだよ。」

 そう言って苦笑いするジェイル。
 ...どうやら、根っからの悪人と言う訳ではなさそうだ。...変人だが。
 嘘も言っている様子はなく、椿と葵に目配せをした所、同意見のようだ。

「しかし、“予想できる”とは?」

「そりゃあ、権力を一か所に集中させていればな。法を作り、法を執行し、政治を行う。それらを一つの組織がすれば、当然不正が発生する。」

「なるほど。この国には三権分立という権力を分ける方法を取っていたね。だが、それでも問題は起きる事から考えれば、当然の事か。」

 この世界に来るのに少し勉強しておいたのだろうか、まさか知っているとは。

「...っと、話を戻すぞ。こちらからも聞きたい事があるからな。」

「おっと、そうだったね。私から聞いてばかりでは申し訳ない。」

 話の軸を戻し、今度は僕から聞く事にする。

「店に入る前に言った事、それと“生まれ変わり”...ジェイル、お前の“前世”がどんなものだったか、少し聞きたい。」

「ふむ、前世に関してか...。」

 少し気になった事だ。
 彼程の天才であれば、何かしら歴史に残すような事をしていると思うが...。

「今から数えれば、遥か1000年も前の事さ。生憎、私がいた国は歴史に残らない程跡形もなく滅ぼされてしまってね。今では僅かな文献と当時の事を表したおとぎ話ぐらいしか残っていない程なんだよ。」

 ...おとぎ話か。あの“忠義の騎士”の話を思い出すな。
 そういえば、導王の時に見た忠義の騎士に関する文献で、その騎士の剣を作った人物は“J”から始まる人物だと記されていたような...。まぁ、掠れて読めなかったが。

 ...まさか。

「...“忠義の騎士”...。」

「まさか、そこに行きつけるとはね。そう!かの騎士の剣を作ったのはこの私なのだよ!いやはや、あれは当時の私の最高傑作でね、今の時代でも超高性能と言える程の代物なのだよ!」

「お、おう...。」

 ここまで食いついてくるとは思わなかった...。
 ジェイルは捲し立てるように当時の事を話し始めた。

「...ドクター、注文の品が来ました。」

「おっと、つい話し込んで忘れていたよ。こちらも楽しまなくてはね。」

 士郎さんが注文の料理を持ってきたので、一度中断して食事とする。

 この後、お互いに前世(僕は前々世だが)の事で話し合い、盛り上がった。





「...ドクター、そろそろ時間です。」

「ふむ、もうそんな頃合いか。では、そろそろお暇しようか。」

 一時間以上話し込み、ウーノさんの言葉で帰る事になる。

「あ、お金...。」

「安心したまえ。ちゃんと用意してある。今回はこちらから誘ったようなものだから、私の奢りとさせていただくよ。」

「...助かるよ。」

 今回の事で、彼が悪人ではない事がわかった。
 そのため、僕の口調も砕けた感じになり、椿と葵も警戒を解いていたからな。
 ...変人という分野では、最後まで警戒は解けなかったが。

「では、縁があればまた会おうか。」

「ああ。そうだな。」

 捕まえはしない。悪人ではないし、何より相手は天才だ。対策もされてるだろう。
 しかも、管理局の上層部も関わっているとなれば、迂闊に手を出せない。
 おまけにお忍びらしいから、これ以上動向を知られるような事はしたくない。
 知られると爆破されるらしいからな。

「じゃあ、僕らも帰るか。」

「そうね。」

「あたし達、蚊帳の外だったねー。」

 僕らも今度こそ家に帰る事にする。

「しかし、まさかアロンダイトの製作者だったとはな...。」

「今では宝の持ち腐れのようね。」

「そうだねー。」

 ジェイルの話にはなかなか有益な情報もあった。
 例えば、織崎が持っているアロンダイトだ。
 あれはジェイルが作った最高傑作のデバイスで、忠義の騎士が使っていたもの。
 使用者に合わせて成長するらしく、ジェイル曰くかつてはもっと強かったらしい。
 つまり、織崎では未だに宝の持ち腐れという事だ。

「(忠義の騎士、仕えていた盟主ね...。)」

 忠義の騎士に関する事で色々聞かせてくれた。
 騎士の名前や、仕えていた主の名前。
 ...あのおとぎ話に導王の子供時代に憧れていた身としては興味深いものだった。

「...楽しかったかしら?」

「ん?...そうだな。ジェイルの話は興味深いものが多かったからな。次元犯罪者という立場がなければすぐにでも連絡先を交換していたさ。」

「色々複雑みたいだからねー。」

 立場上、僕は管理局側の人間で、ジェイルは次元犯罪者だ。
 そのため連絡先を交換する事もできない。...その代わり見逃したけどな。

「人手不足に裏での犯罪行為...。管理局って...。」

「...人の上に立つ組織なんて、そんなものよ。」

「まぁ、そうなんだけどさ。」

 僕だって導王時代の時にそれで苦労したものだ。
 不正や悪事など、取り除いても湧いて出てくる。
 その挙句の果てが、シュネーの惨劇なのだから。

「世知辛いのはいつの時代も変わらない...か。」

「まったくだね。」

「そうね。」

 僕の言葉に、三人で苦笑いした。







       =out side=





「いやはや、やはり会ってみた方が面白いと言えるな。」

「ドクター、これからはそういう事はお控えください。気づかれれば危険ですよ。」

「善処するよ。」

 研究所に戻ったジェイルは、ウーノにそう返す。

「...しかし、まぁ、興味深い事もあった。」

「...はい?」

「いや、彼の性質が少しばかり見えたのでね。」

 少し真剣味を帯びた表情になったジェイルに、ウーノも真面目に聞く事にする。

「彼は小さな“可能性”を掴む事を得意...いや、能力としているようなのだよ。」

「可能性を...ですか。」

「ああ。為したい事象を実現できる確率が、0%でない限り、その可能性を掴み取れるという、凄まじいものだよ。そして、現実に0%はありえない。つまり、理論上彼は何事も為す力を秘めている事になるのさ。...飽くまで理論上だがね。」

「それは...。」

 例え理論上なだけだとしても、凄まじいとウーノは理解する。

「だけど、忘れてはいけない事がある。...小さな可能性を掴むという事は、他の可能性を潰すという事でもあるのさ。力には当然リスクも付いてくる。強大な力であればあるほど、それに付随するリスクは大きくなるのだよ。」

「...だとすれば、彼は一体どんなリスクを...。」

「さぁ?詳しくは分からんさ。だけど、彼をあそこまで強くしたのには代償があるだろうさ。...ないのだとすれば、それこそ“可能性”を司る存在程でなければね。」

「......。」

 “どこまで識っているのだろう”と、ウーノは自身を造った相手ながらそう思った。

「それはそうと、地球は...と言うより、海鳴市だったか?あの街は住み心地が良さそうだね。翠屋での料理も美味しかったし...ふむ、“これ”さえなければ、あそこにでも住みたいものだ。」

「...残念ながら、それは...。」

「分かっているさ。」

 ジェイルが指す“これ”とは、頭に仕掛けられた爆弾である。
 手術で取り除こうとすれば気づかれ、電波などで破壊しようとすればジェイルごとやってしまうという、中々に厄介な代物である。

「では、私は課された仕事に戻るとしよう。君は妹たちの世話でもしてくれたまえ。」

「分かりました。」

 切り替え、それぞれやる事に戻る二人。
 部屋に残ったジェイルは、ふと先程の自分の言葉を思い出す。

「詳しくは分からない...ね。まぁ、彼とあの二人の様子を見れば、大体予想はつくが...これだけでは軽い気がするんだがね。」

 優輝があそこまで強くなった代償。
 それは、予想したジェイルも苦笑いするようなもので...。

「...差し詰め、“自分から惚れる可能性”と言った所か...。なんというか、“恋”を知らないような雰囲気だったね。...私が言えた事ではないが。」

 何とも、馬鹿馬鹿しいものだった。

「...大きな力とは、相対して大きな対価が必要だ。それを乗り越えれる可能性もあると普通は言えるが...さて、“可能性”を掴む力の場合、どういえばいいのやら。」

 だけど、それでもと、ジェイルは頭の中で思う。

「.....彼なら、どうとでもしそうなのが、また不思議だね。」

 そういって、彼は自身のするべき事へと取り組んでいった。







 
 

 
後書き
なぜかスカさんを出すと話が書ける書ける。
innocent寄りな性格なため、残念なイケメンみたいになってます。また、“次元犯罪者に仕立て上げられた”とか言ってますが、案外その立場を愉しんでたりします。
...そして、優輝に対する予想の大方を当てていくという天才っぷり。 

 

第109話「夏休みが終わって」

 
前書き
細かい話の寄せ集め回。(二本立て)
...なかなか日にちを進められない...。
 

 




       =優輝side=





「....よし、全員リレーの順番は決まったな。」

「何か異存のある人はいないかな?」

 夏休みが明け、少し経った日のHR。
 今、クラスでは体育祭に向けての順番決めなどを行っていた。
 進行役は僕と司だ。...なんでも、先生に適任と言われてな。

「....ないみたいだね。」

「じゃ、これで決定だな。」

 学校に提出する順番決めの紙に、決めた通りの順番を書いていく。
 ちなみに、トップランナーが聡、アンカー手前に司、アンカーが僕だ。
 きっちり速い人を入れておいたから、異論もなかったようだ。

「次は個人種目だ。黒板に種目と参加人数を書くから、希望者がいたら書き込んでくれ。」

「種目は障害物リレー、玉入れ、大縄跳び、二人三脚だね。それぞれ得意だと思う種目に入ってくれるといいかな。」

 ありがちな種目ばかりだが、大繩以外は少し工夫があったりする。
 特に障害物は毎年ごちゃ混ぜってレベルで色々出してくるからな。
 玉入れの場合は籠を誰かが背負うという形にして、入れにくくしてある。

「それぞれ24人、11人、12人、12人の参加だ。玉入れは他クラスの籠背負いが1人と入れるのが10人、大繩は回す係2人、飛ぶのが10人といつも通りだ。障害物は3人で一組の計8組の参加になっている。二人三脚は男女6人ずつだ。全員、どれか一つには出てもらうからなー。」

「それじゃあ、まずは希望者から募るね。少し時間を取るから自由にね。」

 司がそういうと、皆が黒板の方に集まってくる。
 ここでよく希望されるのは玉入れだ。...まぁ、恒例だな。
 で、一部はそれを見越して大縄跳びに書いていたりする。仲がいい女子グループとかはそこに書いているのが多いな。

「...案の定、玉入れが溢れるな。そして、障害物リレーが足りないと。」

「障害物が色々混ざってるからね。仕方ないと思うよ?」

 障害物には平均台やネットの定番の他に、パン食いや借り物も混ざっている。
 既に3組はできているのだが、どうにかして揃えなければな。

「そういう訳で聡、お前はこっちだ。」

「ちょっ、優輝!?そりゃないぜ!?」

「お前、運動神経いいんだから玉入れ行ってちゃ勿体ないだろ。」

 とりあえず聡を引き入れる。
 後はとりあえず玉入れから溢れる人を決めてからでいいだろう。

「玉入れの人は向こうでじゃんけんして、決まったら言いに来てくれ。」

「あぶれてしまった人には悪いけど、障害物か大繩、二人三脚に行ってね。」

 少し待っている間、聡が声を掛けてくる。

「お前なぁ...。」

「別にいいだろ。お前、以前に障害物に出た時早かっただろ?」

「だからって強制はないだろ...。」

 適材適所って奴だ。諦めるんだな。

「で、肝心の優輝はどこ入るんだよ。」

「どこって...そりゃあ...。」

「....ねぇ?」

 司と二人して苦笑いする。ここまで僕らはどこにも書いていない。
 そうなれば、必然的に余った場所に入るのであり、僕らの身体能力を生かすなら...。

「...僕らも障害物リレーに行くしかないだろ?」

「よっし、やる気出てきた。」

「おいこら。」

 現金な奴だな...。司がリレーに参加するからっていきなりやる気出しやがった。
 というか、ほとんどの男子が障害物に参加しようとしやがった。

「よっしゃ!負けて良かったぜ!」

「あ、こらずるいぞ!」

「はっはっはー!勝つのが悪いんだぜ!」

 ...じゃんけんの方もいつの間にか入れない方が喜ばれてるし。

「...さすが司。同じ種目でやろうと盛り上がってるな。」

「あはは...。」

 そして、それぞれ今度は溢れないように希望していき、全員が入った。

「よし。後は二つ目もやりたい人だ。余っているのは障害物と二人三脚だな。大繩も後二人余ってるぞー。」

 クラスの人数は40人。つまり後19人分余っている。
 障害物は男子が一気に希望してきたので後9人分。二人三脚がだいぶ空いてるな。

「息が合ってる二人組が二人三脚に来てくれると助かる。斎藤さんと瀬良さん、小田と藤堂で男女一組ずつはできてるから、後四組だ。」

「別に男女のペアでもいいよ。」

 さて、誰か参加してくれるかなっと...。...うん?

「東郷に佐藤さんが参加か?」

「ああ。」

「せ、せっかくだし...。」

 参加するのは男女のペア。司が言った直後に異性でのペアが来たが...。

「おお!カップルでの参加だ!」

「東郷!恥掻かないようにな!」

 ...と、男子の持て囃す声と、女子の黄色い声が上がる通り、カップルなのだ。
 いつから付き合っているかと言うと、四年の春ぐらいからだと。
 士郎さんのサッカークラブに東郷は入っていて、佐藤さんはマネージャーだったのだ。

「よし、後三組だ。誰かいないか?」

 しばらく待つと、男子と女子で二ペアができた。
 後一組だけど、男女六人ずつとなると男女で組まないといけない。
 ...となると...。

「司、行けるか?」

「えっ?行けるって...。」

「僕とペアを組んでくれ。」

「ふえっ!?」

 司とは親友同士だし、魔法関連で息を合わせたりもしている。
 互いに色々知っているから、これ以上の適役はいないだろう。

「優輝てめぇ!?」

「お、おま、おま、なんて事言い出すんだ!?」

「キャーッ!カップルペアがもう一つよ!」

「やっぱり二人ってそういう関係!?」

 途端にクラス中が沸き立つ。...っておい先生、混じんな。

「...この際からかいの類は無視するが、ちゃんと理由はある。一つ、僕と司は皆の知っての通り運動神経が良い。もう一つは、僕と司なら息を合わせる事ができるからだ。」

 その言葉に、さらにクラス中が沸き立つ。
 そっち方面で捉えんな!いや、そう捉えられるような言い方した僕も悪いけど!

「え、えっと...あ、ぅ....。」

「あー...ダメならダメと言ってくれていいぞ?」

 顔を真っ赤にしながら、言葉を紡ごうとする司。
 正直、口説いているようなものだからな...。親友に何してんだ僕...。

「だ、ダメじゃないよ!え、えっと...私でいいなら...。」

「じゃあ、決まりだな。」

 二人三脚の項目に僕と司の名前を書き込む。

「ふ、不束者だけど、よろしくね...?」

「ちょっと待て、それなんか違うぞ?」

 やばい、司がちょっとおかしくなった。
 野次を飛ばしてくる周りをスルーしながら、何とかして司を戻そうと僕は奔走した。

 ....あ、ちなみに他の種目も無事埋まった。
 組み分けとかはまだだけど。







       =司side=





「........。」

 “ぽけーっ”とした感じで、私は帰りのSHRを聞き流す。
 こんな気が抜けている原因は、つい先ほどまであった体育祭のメンバー決めだ。

「(うぅ...また意識しちゃった...!)」

 慣れてきたつもりではあった。現に、普通に話すならもう平気だ。
 けど、ああいう事言われただけで、私の動悸は激しくなる。

「はふぅ....。」

 帰りの挨拶が終わり、皆が帰る中私はそんな溜め息を吐く。
 意識しすぎて、未だに顔がちょっと熱い。

「(優輝君は....もう帰っちゃったか...。)」

 何やら用事があるようで、優輝君はさっさと帰ってしまっていた。
 どうせなら一緒に....って、何考えてるの私!?

「二人三脚かぁ...。」

 一人で帰る途中、ふと今回やる事に決まった二人三脚に思考を巡らす。
 経験がない訳ではない。前世で一度やった事があるし。

「(そういえば、前世でも優輝君とだったっけ?)」

 前世でも私は優輝君とだった。
 その時は息もぴったりで見事に一位を取ったけど...今回は違う。
 ...私は、優輝君に恋しちゃってるから。

「(意識してしまってペースを乱しそうだなぁ...。)」

 それだけは勘弁だ。私のせいで勝てなくなるも同然だから。
 でも、その反面嬉しいという気持ちも強い。それはもう、舞い上がりたいぐらい。

「........。」

 ふと、私が優輝君と一緒に走っている姿を想像する。
 ...それだけで、顔が熱くなるのがわかった。

「....あれ?」

 そこで、ある存在を見つける。

「優輝君と....帝君?どうしてあの二人が...?」

 優輝君が先を歩き、それに渋々と...だけどやる気のある表情で帝君がついて行く。
 珍しい組み合わせだった。さっさと教室を出たのは彼と待ち合わせしてたのだろう。

「(...ついて行ってみようかな?)」

 見た所、不穏な様子は少しもない。
 それに、優輝君なら信頼できる。

 そういう訳で、私はこっそりと二人の後をつける事にした。







「(ここは....空き地?)」

 ついた場所は国守山の木々がない少し開けた場所。
 確か、アリシアちゃんが弓の特訓を受けてる時に使ってたっけ?

「待ってたわよ。」

「付き合わせて悪いな。」

「いいよー、あたし達も暇だったし。」

 そこには、椿ちゃんと葵ちゃんが待っていた。
 それを事前に話していたのか、帝君はいつものように絡まず大人しかった。
 ...海での一件以降、まただいぶ大人しくなったんだよね。
 優輝君が女の子になった際の姿に一目惚れしたかららしいけど。

「(...また何とも複雑な関係のような...。)」

 “志導優奈”という人物は存在しない。...けど、優輝君はその人格を“創造”した。
 無意識下での創造だったからか、二重人格になってしまったけど...。
 まぁ、つまりは帝君は優輝君のもう一つの人格に惚れたようなものだ。
 ...どう考えても実る気がしない恋なんだけど、それ...。

「それじゃあ、始めるぞ。まず僕が相手するから、全力で掛かってこい。だけど、威力が高すぎる武器は禁止な。結界が持たないし。前回と同じように、無駄な所とかは指摘していくから、随時直しておくように。」

「わーったよ。さっさと始めるぞ!」

「...“せっかちすぎる人は嫌いだよ”。」

「ぐふっ...てめぇ!!」

「あっはっはー。」

 そんな会話と共に、結界が張られて二人の模擬戦が始まる。
 ...というか、優輝君、完全に言葉で手玉に取ってるね。声真似でからかうなんて。

 それにしても、“前回”って事はこれが一回目じゃないんだ。

「(....凄いなぁ...。)」

 雨あられのように飛び交う帝君の武器を、優輝君は的確に相殺する。
 魔力をほとんど無駄にする事なく、身体強化した拳やリヒトで弾いてるのだ。
 偶に包囲される時もあるけど、その時は武器を創造して相殺している。
 さらに凄いのは、その後の近接戦で帝君にアドバイスしながら戦っている事。
 普通、あんな事しながら戦えないと思うんだけど。

「....何やってるのかしら?」

「えっ?...あっ...。」

 ふと気が付けば、椿ちゃんが隠れている私の傍に立っていた。
 ...そうだよね、私なんかじゃ欺ける程気配を消せないもんね。

「あ、あはは...。」

「...まぁ、司なら別に見られて困る訳ではないわね。」

「せっかくだから見ていく?」

 笑って誤魔化すと、椿ちゃんに呆れられた。
 まぁ、せっかくなので、葵ちゃんの言う通り見ていく事にする。

「どうして、帝君と模擬戦を?」

「海に行った時に提案したらしいのよ。ほら、あいつ、“優奈”に一目惚れしちゃったでしょう?それを利用して、あいつの戦闘での無駄をなくす魂胆らしいわよ。」

「あー...帝君、ちょっと...いや、かなり勿体ない戦闘方法だからね...。」

 だからああしてアドバイスしながら模擬戦をしてる訳なんだ。
 それに、優輝君にとってもいい練習相手になるんだろうね。

「あっ、決まった。」

 模擬戦を眺めていると、優輝君のカウンターが綺麗に決まり、帝君は落とされた。

「ふぅ...司?どうしてここに?」

「えっと...ちょっと見かけたから気になって...。」

「あー、だから視線を感じたのか。」

 き、気づかれてた...。さすが優輝君...。

「司!?なんでここに...!?」

「あはは...こんにちは。」

 帝君はやっぱり気づいていなかったようで、驚いていた。

「それはそうと、見ていてどうだった?」

「そうね...。前回と比べれば立ち回りはマシになっていたわ。まぁ、飽くまで前回に比べれば...だけどね。まだまだ無意識下での狙いが甘いし、近接戦との両立もできていないわ。」

「ほとんど同意見だねー。付け加えると、近接戦では全部の攻撃に対して後手に回ってるね。こればっかりは経験がないと難しいけど、もっと先読みできるようにならないと。」

 ...二人共辛口だなぁ...。二人からすれば、私にもまだまだ無駄はあるんだろうなぁ。

「優輝は?」

「そうだな、やっぱり今まで武器射出と魔力のごり押しに頼っていた感じがあるな。椿の言う通り前回よりはマシだが、まだ素人の域だ。...まぁ、並の相手ならそれでも充分通じるんだけどな。」

「...と、いう事らしいわよ。」

「くっ.....。」

 あ、いつもみたいに言い返さない...。
 なんというか、帝君も成長したって感じだなぁ...。

「じゃ、椿、葵。後は任せた。」

「分かったわ。次は遠距離からの攻撃と近距離からの攻撃。そしてその連携に対する対処と、武器の扱い方について教えていくわ。」

「色々と細かいから、気を引き締めてねー。」

 そう言って、あまり休む暇も与えずに二人は帝君を連れていく。
 ...アリシアちゃんよりはマシだけど、厳しいなぁ...。

「よっと、座るか?司。」

「えっ?あ、うん。」

 隣を見れば、優輝君が御札に収納していたらしい椅子を取り出していた。
 お言葉に甘えさせてもらって、私は優輝君の隣に座らせてもらう。

「....ねぇ。」

「ん?どうした?」

「帝君を鍛えるのはいいけど、どうするつもりなの?」

 勿体ない戦い方を直すのは分かる。だけど、直してどうするつもりなんだろうか。
 それが気になって、私は優輝君に尋ねる。

「どうする...か。...なぁ、司。あいつの顔を見てみな。」

「えっ?......えっと...。」

 視力を強化して、特訓を続ける帝君を見てみる。
 ....いつもと違って、真剣...?

「まぁ、あいつの恋心を利用した形になるんだが、あいつの自尊心を叩き直そうと思ってな。こうして、“恋”のために努力させて、それに僕らが付き合ってやれば、あいつの性格もまともに直せるんじゃないかと思ってな。」

「そっか....。」

 皆が...私でさえ、面倒臭いと思った性格の帝君。
 その帝君を、優輝君はただ窘めるだけじゃなく、磨き上げているんだ。
 ...さすがは優輝君。人一人を導くのなんて、朝飯前なんだね。

「...それでも恋心を利用するのは...。」

「あー...僕も罪悪感があるんだよなぁ...。どうするべきか...。」

 帝君は今、優輝君が作り出した架空の人物に惚れている状態。
 そんなのじゃ、いくら帝君が頑張っても報われないという事になる。
 ....私も恋している身として、さすがに気の毒だと思う。

「....振るしかないよなぁ...。」

「それは....。」

「正体をばらすよりはマシだろう。」

 初恋は実らないもの...なんて聞く事はあるけど、それでも精神的にきついと思う。
 でも、一番マシな対処法なんだよね...。

「...優輝君は、振られる人の気持ちを考えた事はある?」

「え、なんだその責められるような質問は...。」

「あ、いやそんなつもりは...。」

「分かってるって。...そうだな、考えてるには考えてるが、理解が及んでいる訳ではない...って言うのが僕の考えかな。」

 考えてるつもりでも、それが正しいとは思っていない...優輝君らしいな。
 そんな優輝君だから、私は....。

「ただ、僕自身、好意を向けられた際にどうすればいいのかよくわかってないんだよ。」

「....そっか...。」

 優輝君は、前世で恋した事があるとはいえ、好意を向けられた時にどうするべきなのかは分からないと言う。...まぁ、私もわからないし、普通だとは思うけど...。

 ......うん...。

「ねぇ、優輝君....もし、私が今ここで告白したら、受けてくれる?」

「...えっ?」

 椿ちゃんと葵ちゃんは未だに帝君と模擬戦をしてる...今がチャンス...!

「...私、優輝君の事....!」

「っ...ま、待ってくれ司。」

「っ.....。」

 顔が赤くなるのを自覚しながら、想いを打ち明けようとして、止められる。

「...うん、司が僕にどんな想いを抱いているのかは、漠然とだけど分かってる。....でも、僕はそれに応える事はできない。」

「ぇ.....。」

「さっきも言った通り、どうすればいいか分からないんだ。」

「そ、そっ...か....。」

 きっと、誰から見ても私はショックを受けて落ち込んでいるように見えるだろう。
 何とか平静を保とうとしているけど、やっぱりショックが大きい...。

「...でも、受け入れる事はできる。」

「えっ....。」

「...な?」

「っ~~....!」

 まるで、私の気持ちを汲み取ってくれるかのような言葉に、私は何とも言えない高揚感に見舞われる。

「っ、優輝君...!」

「わっ、っとと...。やっぱりか?」

「うん...!ごめんね、気持ちが抑えられなくて...!」

 気持ちの赴くまま、優輝君に縋りつくように体を預ける。

「...そっか...。その様子だと、色々葛藤はあったみたいだな...。」

「...うん、ありがとう、受け入れてくれて...。」

 直接は言っていないけど、優輝君は私の想いを理解したのだろう。
 ...でも、“好き”はきっちりと言いたい。

 ...けど、それは...。

「(...今じゃなくても、いいかな...。)」

 元々、偶然見かけてついてきただけ。
 雰囲気もあったものじゃないし、ここで直接言うのはダメだと、今更ながら思った。

「....いいのか?」

 優輝君は、それ以上何も言おうとしない私を気にして聞いてくる。
 それに対し、私は優輝君の肩に体を預けながら答える。

「...うん。今は、いいよ。今は、これで満足だから...。」

「....そうか...。」

 やっぱり、好きになってもこういった“親友”らしい関係が気に入ってるのだろう。
 体を肩に預ける...それだけでも、私は満足だった。

 いつかは、ちゃんと告白するだろう。
 でも、その時は優輝君を振り向かせるようにしたい。
 ...だから、今はこのままで....。







       =優輝side=





「人によっては、甲斐性なしとか言われるんだろうな。」

 肩にもたれかかる司から目を離し、遠くの方で特訓を続けている三人を眺める。
 ...結局、司に想いを告げられそうになっても、僕は応える事ができなかった。

 受け入れると言ったが、それは“保留”に近いものだ。
 ...やっぱり、甲斐性ないな。僕。

「(やっぱり、少しおかしいな...。)」

 導王の時は、ちゃんとシュネーの事を愛していた。
 前世だって、片想いした時はちゃんと“好き”だと自覚していた。
 ...だけど、今はそんな想いを一切抱く事ができない。

「(大事には思っている。だけど、恋愛に発展する訳でもない。)」

 家族とか、親友とか、そっちの方面でしか好意を持ってくる相手を見れない。
 どうしても、僕自身が恋愛感情として“好き”だと思えないのだ。

「(...考えても、仕方ないか。)」

 きっと、今まで色々あったからなのだろう。
 日常の中にいれば、いつかは以前のように“好き”だと思えるようになるだろう。

「(どんな形であれ、僕が司や皆の事が“好き”だと言うのには変わりないしな。)」

 だから、きっと今はこれでもいいと思っている。

「えっと...優ちゃん?」

「っと、終ったのか?」

「ええ、そうね。....で、“それ”は一体何なのかしら?」

 ふと司に向けていた視線を戻すと、椿と葵が目の前に立っていた。

「....って、あれ?司?」

「....すぅ....すぅ...。」

 反応がないとは思っていたが、いつの間にか司は眠っていた。
 ちょうど木漏れ日が少し当たって暖かい場所だったからだろうか?
 ...それとも、僕に体を預けてる事による安心感からだろうか?

「どうして、そんな羨ま...そんな状況になっているのかしら?」

「(言い直した...。)どうしてって言われてもなぁ....成り行き?」

 司から始まった会話を続けていたら、こうなっただけなのは確かだ。
 その過程で告白に近い状況になったりはしたが、そこはまぁご愛嬌って事で。

「ふ、ふーん...。」

「羨ましいよねぇ...。」

「ばっ...!?な、なに言ってるのよ!?そ、そんな訳...!」

 椿と葵による毎度恒例の会話が繰り広げられる。
 相変わらず、口元が引き攣っていたりと分かりやすいな椿。
 褒めたりするとすぐに花を発生させたり...まぁ、そういう所がいいんだけどね。

「...所で、王牙は?」

「えっとねー、優ちゃんと司ちゃんがこうなってるのに気づいて、それで動揺しちゃってその隙で....ほら。」

「あちゃぁ....。」

 どうやら、動揺した際に攻撃をモロに食らって気絶してしまったらしい。
 ...まぁ、見られたら見られたで面倒臭い事になってそうだが。

「悪いけど気つけを頼む。」

「了解だよー。それ。」

 だとしても、気絶させっぱなしはダメという事で、起こす。
 それに、今日の特訓はもう終わりだしな。

「いつつつ...って、てめぇ!?」

「目が覚めたかー?次からは動揺で動きを乱さないようになー。」

「そうじゃねぇ!なんで司に...!」

 起きるとやっぱり司がもたれかかっているのに突っ込んできた。
 椿や葵も羨ましそうに見てたからなぁ...。

「成り行きだ成り行き。...それと、起こす訳にも行かないから静かに。」

「ぐ...!...くそっ!」

 僕の言葉に、王牙は渋々大人しくなる。
 最近はある程度素直に言う事を聞いてくれて助かる。

「じゃあ、僕が連れて帰るし、王牙も帰っていいぞ。」

「変な事したらぜってぇ許さねぇからな!」

「しないっての。椿と葵もいるし。」

 そう言いながら、王牙は帰って行った。
 それを見て、僕らも司を背負って帰る事にする。もちろん、起こさないようにだ。





「...知り合いに見られたら噂になりそうだな...。」

「そうね。」

 司を送り届けるために、背負いながら街を歩く。
 幸い、そこまで人通りが多くないから、見かけられても微笑ましく見られるだけだ。

「ん.....。」

「っ....。」

 背負っているため、司の寝息が僕の首辺りに掛かる。
 それに、発育中とはいえ、背中に女性特有の...これ以上はよそう。
 椿の視線が怖いくらいに鋭い。

「....優輝、君....。」

「...まったく、世話が焼ける親友だ。」

 僕を求めるように呟かれたその声に、僕はそう反応を示すしかなかった。
 僕を慕ってくれてるのは分かるのに、それに応えられないのがもどかしい。

「よし、着いたな。」

「インターホン鳴らすねー。」

 葵にインターホンを鳴らしてもらい、司の母親が出てくる。

「あら?貴方は....。」

「友人の優輝です。司と一緒にいたんですけど、眠っちゃったので...。」

「遅くなるとは聞いていたけど....あらあら...。」

 なぜか微笑ましそうに僕と司を見る司のお母さん。

「ふふ、幸せそうに眠っちゃって...。」

「後はお願いします。それじゃあ、僕らはこれで。」

 そういって、僕らも家に帰る事にした。







 しばらく後、司が目を覚まし、母親から僕に背負われて来たと聞いて恥ずかしい反面、嬉しそうにずっと赤面していたのはまた別の話...。









 
 

 
後書き
苗字だけ出していくクラスメイト。出番なんてあってないようなものです。
ちなみに本編で出たカップル、一応原作キャラです。分かる人にはわかります。

...おかしい、後半はただの王牙の修行パートだったはずなのに、いつの間にか司の恋模様を描写していた...。...ヒロインだしいいか。
そういう訳で、告白一歩手前まで行きました。優輝も気づいてはいますが、正式な告白はまたの機会という事になった感じです。 

 

第110話「体育祭」

 
前書き
少し日にちが過ぎて体育祭。
この頃、9月に運動会や体育祭を行う学校が減っていますが、この小説では普通に9月に行います。
 

 




       =優輝side=





「宣誓!我々は、スポーツマンシップに則り―――」

 生徒全員がグラウンドに集まる中、代表者が宣誓の言葉を言う。
 本日は聖祥大附属小学校の体育祭だ。お誂え向きに天気も晴れ渡っている。



「最初は100m走だっけな?」

「そうだぞ。午前に1,2年の50m、3,4年の80m、5,6年の100m、玉入れ、1,2年の大玉転がし、3,4年の台風の目、5,6年の二人三脚、大繩、綱引きだ。午後は応援合戦をしてから、障害物、全員リレー、1,2年、3,4年のダンス、最後に5,6年の組体操だ。」

「おおう、全部覚えてるのか...。」

「分かりやすい順番だったからな。」

 開会式が終わり、自身のクラスのテントに戻りながら僕と聡でそんな会話をする。

「お?玲菜、どうした?」

「どうしたって...用がなければ来ちゃいけないって言うの?」

「いや、だってここ一応赤組だぞ?」

 やってきた玲菜に、聡がそういう。
 ちなみに、僕と聡は赤組、玲菜は青組だ。

「別に競い合ってるだけなんだからいいだろ。ほら、行ってこい。」

「ちょ、優輝、押すなって。」

「....ふん...。」

 聡に会いたいがために来たのだろう。そう思って僕は聡の背中を押す。
 気づいてくれない聡に、玲菜は不機嫌そうだしな。

「じゃ、僕はこれで。」

「えっ、優輝!?」

「ごゆっくりー。」

 気を利かせて僕はすぐにそこから立ち去る事にする。
 戸惑ったままの聡を放置して、僕は少し歩き回る事にした。

「優輝君、どこに行くの?」

「ん?ちょっと親の所に。まだ集合まで出番があるしね。」

「私も行っていい?」

「いいよ。」

 司もついてくる事になり、とりあえず父さんや母さんの所に行くことにする。
 そう、来てるのだ。さすがに僕の親だとばれないようにしているが。
 ちなみに、椿と葵も来ている。アリシアも部活後に来るらしいな。

「っと、いたいた。」

「皆固まってるね。」

 どうやら皆で場所取りをしたらしく、士郎さんやプレシアさん達もいた。

「...随分賑やかなのね。」

「去年は山菜とか採りに行ってたからねー。一種のお祭りみたいなものだよ。」

 そう、椿と葵は体育祭を見に来るのは今回が初めてだ。
 父さんと母さんも僕が一年の時以来なので、ヘマはしないようにしないとな。

「優輝はまずどれに出るんだ?」

「100mが全員参加だからまずはそれかな。個人だと二人三脚と障害物。どこにいるかは椿と葵なら見つけやすいんじゃないかな。」

「み、見つけやすいってどういう事よ。」

「えっ?素で目がいいからって事だけど....?」

「っ~~!な、なんでもないわ。忘れて。」

 なんか勘違いしていたようで、椿は顔を赤くする。

「司、彼氏に良い所見せろよ?」

「もう!まだそんなんじゃないってば!」

「“まだ”なのね?それに、この前負んぶされて送られてきたじゃない。」

「っ、その事は掘り返さないでよ!」

 司も司で、両親にからかわれて顔を赤くしていた。

「...やりすぎないわよね?」

「まぁ、素の身体能力は異常って程でもないし、大丈夫さ。」

 素の身体能力は恭也さんにそれなりに劣るぐらいだ。...あ、充分異常か。

「...ホントに大丈夫?」

「....手加減する事にするよ。」

 そんなこんなで、集合の時間まで会話して時間を潰した。







       =椿side=





「....いたわ。」

「いたね。」

 100m走とやらのために集合した優輝を見つける。葵も見つけたらしい。

「どこだい?」

「あそこだね。後ろのグループ...6年生の場所。その右から2列目の20番目だね。ちょうど優ちゃんのクラスの最後だよ。」

「....あそこね。」

 葵が光輝と優香に教え、二人も見つける。

「やはり椿がいると見つけやすいね。」

「士郎は自力で見つけてたでしょ。」

「まぁね。」

 せっかくなので、他の皆もどこにいるか見つけて教えておいたのだけど...士郎だけはすぐに先に見つけたわ。...とんだ親馬鹿ね。知ってたけど。



「一位だねー。」

「まぁ、当然ね。」

 しばらくして、優輝の順番が回ってきて、走り終わる。
 結果は当然のように一着。身体能力を制限してたみたいだけど、それでも当然ね。
 ちなみに、司は優輝の一つ手前の番で走ったけど、こちらも同じく一着よ。

「....当然すぎて面白味がないわね。」

「まぁ、仕方ないんじゃないかな?普段から鍛えてる人なんて早々いないし。」

 葵の言葉に、それもそうかと納得する。
 でも、優輝と一緒に走った...確か、聡とか言ったからしら?彼も中々の速さだったわね。優輝に劣るとは言え、二着を取っていたし。

「えっと、次は...。」

「二人三脚だから結構先だねー。ちなみに、司ちゃんと一緒に出るみたいだよ?」

「あらあら、だから昨日緊張しながらも楽しみにしてたのね。」

 葵が保護者勢とそんな会話をしている。
 ...そういえば優輝が司と走るって言っていたわね。

 ........。
 ...べ、別に司が羨ましい訳じゃないわ!

「あ、戻ってきた。」

「一人増えてるわね。あの子は...さっき優輝と走ってた子?それと、もう一人...。」

 優輝達がまたこちらへやってくる。
 今度は聡と玲菜だったかしら?二人も来ていて、優輝と聡が何か言いあっている。
 司と玲菜は後ろで苦笑いしたり、溜め息を吐いてたわ。

「楽勝だったみたいね。」

「いや、そうでもないぞ。聡結構速かったし。」

「そう言ってる割には走った後余裕そうだったじゃねぇか!あ~くそ!」

 ...なるほど、言いあってたのは彼が悔しがってるからなのね。

「ん?奏達はこっちに来てないのか?」

「そうね。もしかしたら次の競技が近いんじゃないかしら?」

「なるほど。」

 徒競走の次は玉入れらしいし、それに参加する...もしくは応援のために自分たちの拠点に留まっているのかもしれない。
 ちなみに、奏、すずか、アリサは赤組で、王牙帝が黄組、残りは青組らしいわね。

「って、夏祭りの時の...!」

「ええ、今日は応援に来てるわ。」

「よろしくねー。」

 今更ながら、聡は私たちがいた事に驚く。

「...やっぱ羨ましいわ。」

「お前だって幼馴染いるだろうが...。」

「そういう問題じゃねぇんだよ...。」

 あら?玲菜が少し不機嫌に...あぁ、なるほどね。
 優輝程ではないだろうけど、鈍感なのね。

「じゃ、次は二人三脚か。まだ時間はあるけど...どうする?」

「どうするったってなぁ...。」

「僕としては戻って応援の方がいいと思うけどな。司の応援だけで男子の士気は上がるだろうし。」

「何それ羨ましい。」

 っと、そろそろ戻るみたいね。まぁ、引き留める理由もないし別に構わないけど。

「お前、何気に司と同じ競技に参加してるから、残念だったな。」

「なっ...!?しまった...!これがっ...!孔明の罠か...!一緒の競技に参加できると浮かれたのが間違いだった...!」

 ...何かしら、この茶番。...って、玲菜が...。

「ふんっ!」

「おごふっ!?」

「あはは...じゃあ、また後でね。」

 玲菜が聡を一発殴って、そのまま連れて行ってしまった。
 司はそれを苦笑いしながら見届け、優輝と一緒について行った。

「なかなか面白い子たちだね。」

「下心がわかりやすいのは困りものだけど...まぁ、あの程度なら許容できるわね。」

 精神年齢が違うと馴染みにくいと思っていたけど...ああいう人達なら優輝達も安心ね。...問題は優輝が影響されないかだけど。
 影響されたら困るわよ。優輝の事は本体すら魂の輝きも含めて気に入ってるのに...。

「二人三脚まで結構あるみたいだね。」

「それまでは適当に時間を潰しましょ。奏達が参加しているのを見てもいいし、会いに行ってもいいんだから。」

「そうだね。」

 そういう訳で、優輝の出番までまた少し待つことにした。
 ...所で、二人三脚で司、浮かれすぎたり緊張しすぎたりしないかしら?
 あの子、心のしがらみが取れて優輝への想いに素直になってからだいぶ意識しちゃってるみたいだけど...。





       =司side=





「うぅ...今から緊張してきた...。」

「そうか?」

「足引っ張らないかなって心配で...。」

 二人三脚の種目が始まり、私は緊張で鼓動が速くなる。
 別に、種目そのものに緊張してる訳じゃない。優輝君と走るから緊張してるのだ。

「練習もしたし、大丈夫だ。」

「う、うん。そうだね...。」

 その練習でも、優輝君と密着する事で凄く恥ずかしかったんだけど...。
 ...ううん、前世でもやったんだから、失敗はしないはず...!

「...なぁ、俺が言うのもなんだが、こいつに勝ってくれね?」

「お前もそう思うか。まじ爆ぜろ。」

「聞こえてんぞお前ら...。」

「あはは...。」

 私といる優輝君が羨ましいのか、聡君や私たちと走る他の組の子が優輝君に対して嫉妬みたいな事を喋ってた。...私たちにも聞こえてたけど。

「っと、聡、来たぞ。」

「分かってるっての。優輝、お前こそ聖奈さんがいながら負けるなよ?」

「勝つ=息ぴったりって事になるが、いいのか?」

「てめぇ....!」

 最近はそこまで大きな事件がないからか、優輝君にもだいぶ余裕があるみたい。
 帝君の時もそうだったけど、最近は結構誰かをからかったりしてる。
 変化と言えば、私も最近はクラスの男子とかも名前で呼ぶようになったっけ?

「おー、速い速い。」

「ペアの健斗君も結構速かったよね。」

「息も合ってるしな。よし、勝ったな。」

 2位とだいぶ差をつけたので、もう負ける事はないだろう。

「よし、行くぞ。」

「う、うん...。」

 学校から支給された紐を使って、私と優輝君の足を括る。
 バランスを保ちやすくするため、互いに腰に手を回すんだけど...。

「(あうぅ...よ、余計な事を考えちゃだめ!)」

「せーので内側の足出すぞ。いいか?」

「う、うん...!」

 体に触れられるだけならともかく、腰に手を回されるという事で、どうしても意識してしまい、体が強張ってしまう。
 ...大丈夫。練習の時もある程度上手く行ってたんだから...!

「よーい...。」

     パンッ!!

「せーのっ!」

「っ!」

 スタートの合図と共に、内側の足を踏み出す。
 そのまま、優輝君の声に合わせて交互に足を出していく。

「っ.....!」

 走っている内に、恥ずかしさや緊張よりも、嬉しさが湧き出てくる。
 こうして、優輝君と一緒に走れるという、嬉しさが...。

『赤組速い!圧倒的差でゴール!青組と黄組も頑張れ!』

「...えっ?」

 気が付けば、ゴールしていた事に気づく。あ、あれ?あっさり...?
 実況の人の声も全然耳に入ってなかった...。

「大丈夫か?」

「え、あ、うん。大丈...きゃっ!?」

 緊張が解けたからか、立ち止まろうとしてバランスを崩してしまう。
 咄嗟に優輝君が動いて、せめて私の下敷きになろうとする。

「ゆ、優輝君!?」

「ってて...大丈夫か?」

「な、なんとか...。」

 足を括っているせいで、多少変な体勢になっているが、今の状況は完全に私が優輝君に覆いかぶさるような形になってしまっている。
 その事に気づいて、かぁっと顔が赤くなるのがわかった。

『....あのー、赤組の人、ラブコメしないでください。』

「普通にこけただけだ。変な言い方するなっての。」

「ご、ごめんね!すぐどくから...!」

「いや、先にほどいた方が早い。」

 優輝君に言われた通り、手を伸ばして先に紐をほどく。
 リボン結びなため、片手で引っ張るだけでも簡単にほどける。

「よっと、怪我はないか?」

「う、うん。...ごめんね?」

「いいって。それよりも周りの視線がいたい。」

「うう...。」

 ああぁ....終わってからとはいえ、ヘマしちゃったなぁ...。
 途轍もなく恥ずかしい...!







       =優輝side=





「....随分と美味しい目に遭ってたじゃない。」

「そう言う類の言葉、クラスメイトにも言われたよ。」

 綱引きがあるまでの間、再び椿たちがいる所へ行く。今度は聡たちは来ていない。
 そして、今言った通り、散々男子たちに色々言われた。

「それと、司が凄く申し訳なさそうな上に恥ずかしがってるからこれ以上は...な。」

「...そうね。」

 二人三脚が終わってから、司が僕の後ろでずっと赤面している。

「....羨ましい。」

「か、奏ちゃん!?」

 ...と、どうやら今度は奏達もいるようだ。

「奏達はどれに出たんだ?」

「...私とすずかが玉入れ、アリサが台風の目よ。」

「ちなみに、なのはが玉入れ、はやてが台風の目だったけど、フェイトと神夜が大繩だからこっちに来てないわ。こっちでも応援はできるのだけどね。」

 アリサが補足説明でなのは達がいない訳を言ってくれる。なるほどね。

「大胆ね司。」

「ふ、不可抗力だよ!」

「ああいうのを“ラッキースケベ”って言うんでしたっけ?」

「リニス、それは少し違うわ。」

 司は両親と話したりしていた。なんかリニスさんがずれた事言ってたけど。
 ちなみに、間違いを指摘したプレシアさんはずっとカメラを持っていた。
 ...さすが親馬鹿。娘からカメラを外そうとしない。

「最近、公認のカップル扱いされてる気がする。」

「いいじゃないか。彼女も嫌ではなさそうだし。」

「そうなんだけどさぁ...。」

 僕はなぜか恋愛感情が持てなくなっている。
 だからこそ、そういう扱いされても困るんだよなぁ...。嫌ではないけどさ。





「やっほー、調子はどう?」

 昼休憩になり、アリシアが部活が終わったらしくやってきた。
 ちなみに、綱引きは惜しくも2位だ。身体能力を制限してたからな。
 玉入れ、大繩もあまり結果がよろしくない。結構劣勢だな、赤組。

「赤組の士気が司や奏達で保ってる状態だ。結構やばい。」

「ありゃりゃ、フェイトの組が1位なんだ。優輝がいても勝てないなんてねぇ。」

「5,6年の一部はともかく、4年以下がちょっとな。」

 多勢に無勢と言った所か。突出した者が数名いても、勝てない。

「ま、午後に追いついて見せるさ。」

「お、言ったねー。」

 まずは応援合戦だが...まぁ、“熱さ”なら負ける事はないだろう。





「さて、ある意味メインの一つである障害物が来たか...。」

「ここでトップ取らないとね...。」

 応援合戦も終わり、6年の障害物が回ってくる。
 学年ごとに障害物の種類も違うんだよな。特に6年は異色だ。

「おっし、聡、七瀬さん、頼むぞ。」

「健斗君と総悟君も頼んだよ。」

「任せろ!」

「絶対にトップ取ってやる...!」

 それぞれ一番と二番のメンバーに激励を送る。
 ちなみに、この障害物は各組2グループずつ走るようになっている。

「...けど、いいのか?アンカーって確か...。」

「仮装した上での障害物、最後の借り物...だろ?」

 そう。ある意味メインと言われる所以がこれだ。
 この“仮装”というのがキワモノだったりする。例えば、男子なら大抵女装になる。

「...今回はさらに異色の衣装を集めたとか聞いたぞ?」

「恥を忍べば大丈夫さ。」

 これでも女装の経験がある。体育祭程度の仮装なら大丈夫だろう。



「優輝、頼んだ!」

「聖奈さん!」

「任せろ!」

「任せて!」

 そして、終盤。僕らはそれぞれバトンを受け取り、仮装するためのカーテンの中に入る。

『さて、赤組がリードして仮装部屋に入りました!ある意味醍醐味とも言える仮装ですが...今年は自信がありますっ...!』

 “それ違うベクトルの自信だろ”と、どこからかツッコミが聞こえる。
 まぁ、体育祭に偶にあるおふざけの一つだ。これは。

「(やっぱり、女装。しかもこれは...。まぁ、カツラがあるだけマシか。)」

 案の定女装が待ち受けており、しかも“お好みで♡”とかプレートに書いてあるカツラまで置いてあるという用意周到さだった。...あった方が男としては良いけどさ。

「(さて、司も終わった辺り。行くか。)」

 さっさと着替え終わる。すると、ざわめきが聞こえる。
 どうやら、司が先に出たようだ。

『先に出たのは赤組の聖奈さん!これは凄い!女子の私でも見惚れてしまう程の神々しさ!まさに聖女です!』

 実況の声と、男子の司に対するコールが聞こえる。
 僕も出て見てみれば、司は聖女のような恰好をしていた。
 ...うん、天巫女モードで見た。こっちもこっちでいいけどさ。

『そして、もう一人は....って誰だこの美少女は!?』

「失礼だよ!?」

 仮装する上で、しばらくは障害物なしに走る。
 その際に運営前を通るんだけど...思わず突っ込んでしまった。

『んん、失礼。赤組の志導君が着たのはなんとゴスロリ!聖奈さんの衣装含め、提供者様ありがとうございました!それにしても似合っています!誰ですか貴女。』

「志導優輝だよ!と言うか、提供者って!?」

 どうやら、今回の衣装は自力で調達した訳じゃないらしい。
 ...ふと、忍さんが目に入る。

   ―――...もしかして?

   ―――そのまさかよ♪

「(忍さん!?何提供しちゃってるの!?と言うかあったのか!?)」

 互いに視線で会話し、提供者が判明する。
 なお、その横ですずかは苦笑いしていた。...止めなかったんだな。

「に、似合ってるね...。」

「着こなせるものは着こなすからな。司も似合ってるよ。天巫女の姿で見慣れたけど。」

「あはは...。女装は着こなせる類なんだ...。」

 女顔だからね。さて、障害物はっと...。

「よっし、志導を狙えぇえええ!!」

「おおおおお!!」

「私怨で当てようとしてる!?」

 次の障害物は平均台。ただし、渡る際に妨害役として違う組の連中(希望者)が玉入れのボールを投げて妨害してくる。
 当たってもいいが、平均台から落ちたらやり直しだ。結構バランスも崩れたりする。
 そして、二人三脚の事もあってか皆僕を狙ってた。...面子に女子入れろよ。

「ゆ、優輝くーん!?」

「....はぁ、仕方ない。」

 さすがに集中狙いされると僕でも落とされる。
 そのため、ある手段を取る。...この衣装にした事を後悔するがいい...!

「すぅ....“やめて?お兄ちゃん...。”」

「「「「ごはぁっ!?」」」」

 声を変えて、ロリ声で惑わす。
 こいつらは美少女に弱いから、多少なりとも動揺させれば良かったが...。

『な、なんだ今のは!?赤組の懇願攻撃に妨害役が撃沈!と言うか、やっぱり本人じゃないでしょ!正体を現せ!』

「さっきから失礼だな運営!?」

 まさか全員ショックを受けて項垂れるとは思わなかった。
 ...とりあえず、この間に通るか。

「行くよ、司。」

「え、えっと...男としてのプライドはないの優輝君!?」

「使えるものは使う!」

「ええ....。」

 困惑している司を連れ、あっさりと障害物をクリアする。
 なお、後続もやってきたが...。

「ちくしょぉおおお!!」

「八つ当たり!?」

「ちょっ、味方に当てるなって...!」

 ...なんか、僕のアレで錯乱したのか、ただボールを投げる装置になってた。
 .....まぁ、いいや。好都合だし。(まさに外道)

「壁登り...まぁ...。」

「余裕...だね!」

 そして、次の障害物は壁登り。だが、今更だ。
 戦闘とかこなしている僕らにとっては、階段と変わらん。

『速い!赤組二人が速い!というかなんかずるい!青組、黄組頑張れ!』

「ずるいってなんだよ...。」

 確かに妨害役を惑わしたのはずるいかもしれんが...。

「...さて...。」

「借り物...だね。」

 輪くぐり(五回)もあったがなんなく乗り越え、最後の関門に至る。
 借り物...まぁ、意外なものが当たると苦労するアレだ。

『おおっと赤組のカップルペアは既に借り物!青組、黄組急げ!』

「...実況、僕に恨みでもあるのか?」

「.......。」

 事あるごとにおちょくってくるんだが....。ほら、司も顔赤くしちゃってるし...。

「さて、借り物は....。」

「.......。」

 それぞれ一枚紙を取り、確認する。
 そこに書かれていたのは....。

「.....。」

「え、えっと...優輝君?」

 互いに顔を見合わせ、僕は内容をもう一度確認する。

「なぁ...もう見つかったんだが。」

「えっ、き、奇遇だね...。私も...。」

 目を合わせ、一度互いに自身の借り物の内容を確認。
 ...そして、互いに手を取る。

「よし、行くか。」

「う、うん...!」

 そのまま、ゴールへと向かう。ゴールは運営のすぐ横だ。借り物はトラック関係なしだからな。ちなみに、借り物の確認もそこで行う。

『早っ!?えっ、赤組もう見つけたの!?』

 あまりに早かったため、実況の女子が素を出してしまっている。
 まぁ、自覚はしている。なにせ、すぐ傍にいたんだから。

「えっと、確認....。...“そう”なの?」

「.....。」

「まぁ、“そう”だな。」

 確認役の人が僕らの紙に書かれた内容と、僕らを交互に見る。
 そして、問いに対して僕らは肯定する。

「...オッケーです。」

『な、なんと、赤組が圧倒的早さでゴール!!借り物を見つけるまで僅か数秒とか、体育祭史上初めてです!』

 そして、圧倒的大差で同率一着を取る。
 まさか、お互いが借り物の内容と一致するなんて、思いもしなかっただろうな。

 そう、僕が借りるべきものは“親友”。...つまり司の事だ。
 司も同じような内容で、僕の事を指していたんだろう。

「...聞いていいか?何が書いてたか。」

「ふえっ!?」

 とりあえず他のグループを待つ間、なんとなく聞いてみる。

「あ、言いたくなければいいんだけど...。」

「ゆ、優輝君はどうだったの...?」

「“親友”...だけど?」

「.....。」

 僕が答えると、司は少し悩んで...。

「...な..と...。」

「えっ?」

「....“好きな人”....。」

 ....その答えに、お互いしばらく無言で固まった。
 幸いなのは、他の人に聞かれていなかった事だろうか。

「...ご、ごめん。聞かなければ良かったかな...。」

「い、いいよ...。優輝君だって、気づいてる癖に...。」

 確かに、気づいてはいるが...改めて言われると、恥ずかしい。

「い・い・か・げ・ん・に....しろぉおお!!」

「あっ。」

「おぶふっ!?」

 耐え切れなくなったのか、ゴールまでやってきた聡が突っ込んできた。
 思わず受け流してしまったため、こかしてしまったが...。

「......。」

「わ、悪い。つい...。」

「ち...。」

「えっ?」

「ちくしょぉおおおおお!!!」

 なぜか聡は大声を上げながらそのまま走り去っていく。
 そして、残ったのは司のグループである健斗と総悟、僕のグループの七瀬さんだった。

「.......。」

「えっと...七瀬さん?」

 そんな七瀬さんも、なぜか僕らをじっと見つめていた。
 気になって声を掛けると...。

「....百合...って言うのですよね?この状況って。」

「あっ、忘れてた。」

 その言葉に、僕がまだゴスロリ姿だったのを思い出す。
 それと七瀬さん、それはなんか違う。後、そっちの道には行くな。

「...お前、ホントに優輝か?」

「優輝だよ。カツラ取ろうか?不格好になるが。」

「いや、普通女装って不格好になるよ?」

 なんだろうか、グダグダしてしまったな...。

 ちなみに、この後再びカーテンを使って着替え、僕らはテントの方に戻っていった。









「優輝、バッチリよ!」

「何が。」

「写真。」

 全員リレーが終わってから、椿たちの所に行けば、母さんがいきなりそう言ってきた。
 ...そんな趣味あったっけ?

「ちなみに、なんの...。」

「ゴスロリよ!」

「なぜ撮った。」

「似合ってるからよー。忍ちゃんにも勧められたし。」

 その言葉に、自然と視線が忍さんに向く。

「恭也さん。」

「どうしろと。」

「ちゃんと管理してください。」

「もの扱い!?」

「...わかった。」

「恭也!?」

 よし、忍さんに対してはこれでいいだろう。

「まぁ、それらはともかくとして、リレー凄かったね。」

「司ちゃんと優ちゃんで最後ごぼう抜きだったねー。」

 そう。リレーはあっさり流したが、一位を取っていたりする。
 健斗がミスってバトンを落とし、最下位になったのだが、そこから司と僕で一気に一位まで追い抜いたのだ。

「後は組体操だけだな。」

「もうひと踏ん張りだね。」

 司も時間が経ったから平常に戻ったようだ。
 最近、司は僕の事を意識して顔を赤くする事が多くなったからな...。
 いつも通りに戻ってくれて良かった良かった。

「(と言うか、なし崩し的に本人から聞く羽目になったな...。)」

 知ってはいたとはいえ、なし崩し的に言ってしまったようなものだろうな。あれは。
 まぁ、司のためにも掘り返さないようにしよう。





 なお、この後は組体操も無事に終わり、赤組の逆転優勝で終わった。
 障害物と全員リレーが大きかったらしい。











 
 

 
後書き
健斗…クラスの男子で三番目に足が速い。リレーでは最後から三番目のポジ。

総悟…特別足が速い訳ではないが、障害物が得意(自称)。

七瀬…物腰が丁寧な女子。ちょっと百合や薔薇に興味があったりする。運動神経はある。

優輝の友人ポジとは言え、モブキャラなはずの聡の存在感が増してきた...。
そしてなんだろう、この書きたかったシチュを詰め込んだ感...。
所々余分っぽい描写がありますが、無理矢理一話に詰め込んだ弊害です。言い換えると大体作者の技量不足です。体育祭の話を書きたかったんや...。 

 

第111話「霊術とデバイス」

 
前書き
またまたアリシア達強化回。王牙も出るけど影が薄いです。
優輝が完全に制御しちゃったからね。しょうがないね。
 

 




       =優輝side=



「第二波、来るよ!」

「「了解!」」

 すずかの声に、司とアリシアが霊力を練る。
 すずかも同じように霊力を練り、それぞれ光の球、風の刃、氷の障壁を生み出す。

「奏ちゃん!」

「任せて...!」

 それだけでは相殺できないと踏み、奏も刀を二振り構えて駆け出す。
 そして、降り注ぐ武器群を次から次へと弾く。
 すずか達が繰り出した弾幕と障壁も武器群を相殺していく。

「はぁっ!」

「アリサちゃん!」

「任せなさい!」

 すかさずアリサが刀を構え、前へと出る。
 そこへ、剣を持った王牙が襲い掛かる。

     ギギギギィイン!!

「ちっ...!あんた、中々やるじゃない...!」

「くっ...!」

 鍔迫り合いに持ち込まれ、王牙は魔力で身体強化して押し切ろうとする。
 しかし、それはアリサも同様だ。よって、拮抗は続くが...。

「アリサちゃん!」

「っ!」

 王牙は王の財宝による射撃も得意としている。
 そのため、アリサは下がらざるを得なくなった。

「ここはっ...!」

「私たちが...!」

 すかさず司と奏が前に出て、武器群の多くを弾く。

「てりゃぁああっ!!」

「っ...!」

 さらに、すずかが作った氷の足場で武器群の射程外に跳んでいたアリシアが、斧を御札から取り出して思いっきり叩きつける。
 さすがに、そんな見え見えの攻撃を王牙は躱すのだが...。

     ピキピキ...!

「なっ...!?」

「捉えた!」

「チェックメイトね。」

 着地地点を予測していたすずかによる、氷で足を取られ、アリサが刀を突きつける。

「勝負あり...だな。」

「...くそっ!」

 勝負がついたため、僕がそういうと王牙は悔しそうにする。
 以前までなら“まだ勝負はついてない”とか喚いただろうが...成長したなぁ...。

「じゃあ、反省会だよー。」

「まずはすずかね。今回、場をしっかり見ていて、指示も的確だったわ。それに、援護で氷を足場に使ったりしたのはいいわね。...ただ、指示と援護ばかりでほとんど動けていなかったわ。そこを改善していきましょ。」

「が、頑張ります...!」

 模擬戦も終わったという事なので、椿たちが反省点を教えていく。

「次にアリサ。その思い切りの良さから果敢に接近戦をするのはいいわ。すずかや他の面子を信じて遠距離を使わない所もね。...けど、その割には肉薄した際の動きがいまいちよ。回り込むといった動きぐらいはしてほしかったわね。」

「これは王牙にも当てはまるぞ。」

「うぐ...わかったわ。」

「くそっ...。」

 どちらも真正面から戦う。...まぁ、アリサは仕方ないだろう。
 そういった戦術的な動きは慣れていかないといけない。天才ならともかく。
 王牙は...まぁ、頑張れ。スペックは高いからな。

「司ちゃんと奏ちゃんはあれだねー。魔法を使った戦い方との切り替えがまだ上手く出来てないね。できる事がガラッと変わるから、動きが制限されるのは仕方ないけど、魔法と霊術で戦法の切り替えがちゃんとできれば、もう少し上手く動けるはずだよ。それ以外は特にいう事はないね。」

「あー...やっぱりかぁ...。」

「...難しい...。」

 司と奏の場合、模擬戦では主に援護に回ってもらっている。魔法で戦えるしな。
 しかし、援護の部分だけでも、ぎこちなさは残っているため、葵はそれを指摘した。
 特に奏の場合は、腕から生やすのと直接持つのでは感覚が違うのだろう。
 ...それでも、王牙の武器を弾く事はできるが。

「最後にアリシアだけど...。」

「......。(ごくり)」

「風属性の術と、刀で武器の相殺。武器群の射程範囲外への跳躍。攻撃を避けさせるために重い一撃を選ぶ。...これらはいい判断よ。三つ目に至っては、攻撃が終わった時点で刀に持ち替えていた事から、その後の事も考えてあったし。」

「それに、霊力の扱いもだいぶ上手くなってたからねー。今ならアリサちゃんとすずかちゃんの二人同時相手でも勝てるかもしれないね。」

 椿、葵から高評価が飛ぶ。と言っても、それでも魔法主体の司や奏に劣るけど。
 強くなったとはいえ、それは今まで修行した範囲内での話だからな。

「でも、まだまだ甘いわ。本来なら、アリシアは一人で武器を全て相殺できるはずよ。そして、斧によるあの一撃ももっと鋭く、早く、重く繰り出せるはずよ。」

「言うなれば、まだまだ熟練度が足りないって事だね。」

「うぅ...。」

 それでも、御守り制作を重点に置いていてこれほどなのは凄い。
 椿と葵は結構スパルタだからそういう事は僕も含めて言わないけど。

「...それにしても、これだけやってもこいつに勝てないのね。」

「本来、陰陽師は複数で戦うのを前提としているからよ。一部の式姫や陰陽師は一人でも強かったりするけど、大抵は二人以上よ。」

「あたし達も遠距離近距離で役割分担してるからね。」

 ちなみに、二人は一応一人でも結構戦えたりするらしい。
 僕と奏が闇の書の偽物に取り込まれた時とか、椿は相当頑張ってたみたいだし。

「...せっかくこいつをボコボコにできると思ったのに...。」

「ははは、照れ隠しかアリサ?」

「“勘違い甚だしいよ?”」

「てめっ!」

「はい残念。」

 最近は王牙が調子乗る→僕がからかうって言うのが定番になってきたな。
 王牙も近頃即座に僕に突っかかるようになったし。簡単に防げるけど。

「はい、反省会も終わった所で、結論を言いたいのだけど...。」

「...結論?」

 どういう事かと、アリシアが首を傾げる。
 確かに、“結論”と言われてもピンと来ない。...と言うか、反省=結論と思うだろう。

「まだまだ粗が目立つし、精進すべき所も多々あるけど...。これで貴女達は一人前の霊術使いと言えるぐらいにはなったわ。」

「あ、王牙はまた別な。まだ無駄が半分以上余裕で残ってる。」

 第一に王牙は霊術を使ってない。霊力を持っているのは確かだけど、それ以前に魔法での強さを磨かないといけないしな。

「一人前...。」

「と言っても最低限よ。司と奏は魔法があるからいいとして、アリサとすずかは必ず二人以上になりなさい。アリシアは...むしろ一人の方が動きやすいかもしれないわね。」

「なるほどね...。」

「もちろん、これからも私たちが鍛えるわよ?今回の事は、ある一定の基準に達した程度に思ってなさい。」

 卒業や免許皆伝など、まだまだ先とでも言わんばかりに、椿はそういう。
 ...実際、椿や葵以上に強くならないと卒業とか言えないからな。

「まぁ、一人前になった記念だ。ちょっとした贈り物を渡すよ。」

「贈り物....?」

「優輝君、それってもしかして....。」

 首を傾げるアリシアと、何か察した司。
 まぁ、司と奏は知っているからな。内容を教えた訳じゃないが、心当たりはある。

「司と奏は元の形をそのままに機能の追加。アリシア、アリサ、すずかには一からって感じだな。それぞれの得物に合わせた形状にできる。」

「これって....デバイス?」

 そう。贈り物と言うのはデバイスだ。
 だが、当然ただのデバイスではない。

「霊力を通してみな。」

「え?....ええっ!?」

 言われるがままに、各々霊力を通す。
 すると、そのデバイスは起動する。
 ちなみに、待機形態の場合は、アリシアは飴玉のようなものが入った瓶、アリサは炎を模した結晶のようなもの、すずかが氷の結晶のような形だ。
 それぞれペンダントとして扱う事もできる。

「...もしかして、霊力に適応させたの?」

「その通り。いやぁ、さすがに苦労したさ。ちなみに、リヒトとシャルもアップデートついでに適応させておいた。」

 理論を組み立てるまでは苦労した。
 おまけに、クロノを通して申請しておいたとはいえ、デバイス制作の費用はほとんど自腹だったからな。おかげでミッドでのお金がほとんど消えた。

「アリサには刀型、すずかには氷の爪とトライデント型の槍。アリシアは刀、剣、槍、斧、弓、扇と色々な形状に変化するようになっている。」

「...便利ね。」

「おおー!凄い!二種類同時に展開もできるんだ!....でも、使いこなせるかな?」

「そこは要練習だな。」

 それぞれ刀、槍、弓や扇を展開している。
 デバイスの種類としては、ストレージになるが...後からAI追加は可能だ。
 尤も、その時はさらに費用が掛かるから、随分後回しになるが。

「今の所、防護服の展開と武器の展開。後は御札とかを収納すると言った機能しかない。術の組み立ては基礎なら補助してくれるが、応用する時は自力になる。まぁ、霊力で動かせるデバイスとでも思ってくれ。」

「それでも凄いよ!これ、新発明じゃない!?」

「そう思ってクロノに伝えたんだけどさ...。騒ぎになるから、伏せるように言われた。」

「だ、だよね...。」

 霊力を魔力の代わりに使える。...まぁ、便利だと思えるだろう。
 だけど、ミッドチルダにとって、霊力は未知の力になる。
 だから、名目上はただのストレージデバイスという事にしてある。

「最終的に、霊力を魔力に変換したりする事が目的だな。そうすれば、色々と戦術が広がるしな。あ、アップグレードしてほしかったら言ってくれ。武器の追加とかできるし。」

「....これ、タダかしら?」

「僕自身、やりたかったっていうのもあるし、タダでいいよ。」

「...時々優輝君って、とんでもない商売殺しするよね。」

 仕方ないだろう。個人での取引にしか使えないし、かと言って売る訳にもいかないし。

「あ、そうだ。名前は決めてないから、好きにしていいぞ。」

「名前...かぁ...。」

「...霊術用なら、和風な方がいいよね?」

 名前は未定だったので、皆に好きに決めさせる。

「でも、デバイス自体は洋風だし...。」

「...悩むのなら、二通りの名前を付けてもいいぞ?あ、でもデバイスとして登録する際には洋風の名前にした方がいいかもな。飽くまでそのデバイスは僕が作った“だけ”になっている。変に和風の名前を付けて、管理局で勘繰られたら面倒だしな。」

 愛称、もしくは別称で和風の名前をつけるのならいいと、付け足しておく。
 和風の名前だと、地球に他にも魔導師がいると勘違いされるかもだしな。

「とりあえず、登録名称だね。」

「待機形態の印象からとかでもいいぞ。」

 しばらく、三人は悩み...。

「...よし、決めたわ。」

「私も。」

「うぇえ!?もう?」

 アリサとすずかは決まったらしい。アリシアはまだのようだが。

「“フレイムアイズ”。」

「“スノーホワイト”。」

「「セットアップ!」」

 二人は、登録と同時に防護服を展開する。
 ...と言っても、今着てるのをそのままコピーしただけだがな。
 まだそういうのに対応させてないからなぁ...。

「アリサちゃん、すずかちゃん...。」

「えへへ...やってみたかったんです。」

「ちょっと恥ずかしいけど、いいわね。こういうの。」

 司が先程の掛け声について聞くと、二人は照れ笑いしながら答える。
 やっぱり女の子と言うだけあってか、密かに魔法に憧れてたんだな。
 尤も、これは霊術用のデバイスだけど。

「うぅう~...。」

「深く考えすぎだ。直感的に考えるのもいいぞ?アレな名前だったら修正するし。」

「えっと...。」

 アリシアがそれを見て焦って決めようとしたので、そういっておく。

「....“フォーチュンドロップ”...。」

「“幸運の雫”か...?中々洒落た名前にしたな。」

「ふえっ!?あ、うん、そうだね!」

 ...これは、ドロップは飴の方の意味で言ったな。まぁ、いいけどさ。

「じゃあ、三人共それでいいな?」

「...うん。中々しっくり来たし、これでいいよ。」

 そういう訳で、正式な名前が決まった。

「司と奏はどうだ?」

「シュラインなのには変わらないから、やりやすいかな?」

「...私は、ちょっと違うけど...これはこれでいいわ。」

 司は扇の形態が加わった程度の変化だが、奏の場合は刀に変形するようになった。
 元々エンジェルハートは武器に変化してなかったから新鮮だろう。

「よしよし。実験的な事も含めてたけど、上々だな。」

「ちょっと、優輝!?」

「一度僕で試したからへーきへーき。」

 それにしても王牙が静かだな...。どうしたんだ?

「...お前、改めて見れば多才だな...くそ。」

「えっ。」

 ふと見れば、王牙がそんな事を呟いていた。
 僕以外にも聞こえていたのか、皆が固まって一斉に王牙の方を見る。

「...お前が僕を褒めるなんて...明日は世界でも滅びるのか?」

「喧嘩売ってんのかてめぇ!?買うぞこら!!」

「いや、意外だったし。」

 まぁ、視野を広くして見る事ができるようになってきたって感じだろう。

「あ、実験的なってので思い出したけど、こんなのも作ってみたんだ。」

「銃....って言っても、普通じゃないよね?」

「まぁな。」

 取り出したのは、銃型のデバイス。と言うよりはマジックアイテムだな。

「これに専用のマガジンを入れて...アリシア、引き金を引いてみてくれ。」

「えっ、私が?」

「いいから。」

「う、うん。」

     ドン!

「魔力弾...だよね?....あれ?でも私って....。」

 銃口から飛び出したのはごく一般的な魔力弾。
 しかし、アリシアも気づいている通り、魔力を使っていないのに魔力弾が出た。

「それがこれの特徴。この特殊なマガジン...というより弾丸だな。カートリッジとはまた別だが、これには魔力と術式が込められている。まぁ、使い捨てで魔法が行使できるアイテムだ。」

「へぇ~...。」

 感心したような目で、アリシアは僕に返した銃を見つめる。

「ここのスイッチを切り替えれば、殺傷と非殺傷を切り替えれる。...魔導師の人手不足な管理局のために作ったんだよ。基にしたのは僕の使ってるリヒトのカートリッジ・リボルバーだ。元々、こっちも魔法が使えない人のための武器だからな。」

 今回使用したのは威力を抑えた代物だが、カートリッジを使用する強力なタイプの銃も作っている。...ただし、まだ改良段階だけど。

「非殺傷にできて、おまけにちゃんとした魔法だ。これなら質量兵器には値しないし、次元犯罪者にも対応できるってな。ちなみに剣タイプとバリアジャケット代わりになるものも試作段階で出来ている。」

「ホント、器用だね優輝...。」

「人間、なんでも便利にしようとするからな。」

 これは所謂クロノ達に対するお礼みたいなものだ。
 ちなみに、既にクロノには話を通してあるし、もし生産可能ならするらしい。
 その際に“こういう商売でも始めるのか?”とか言われたが。

「ま、とりあえず...だ。」

「デバイスがあるのなら、次からそれを使って特訓するよ。」

「そ、それってつまり...。」

 アリシアが僕らの言いたい事を察して顔を引き攣らせる。
 まぁ、その予感は正しいな。

「...もっと厳しく行くわよ?」

「あ、王牙もそれに合わせて厳しく行くぞー。」

「はぁ!?」

 ものの見事に全員が驚く。散々厳しい所があったのに、それ以上と来たら...な。

「まぁ、今日はこれで終わりだ。解散。」

「...私たちは慣れてるのがあるけど、皆はきついだろうね。」

 厳しくなるのを知って、トボトボ帰っていく皆。
 それを見て、司はそう呟く。

「アリサとすずかには習い事もあるからな...。ああは言ったけど、あまり変えないつもりさ。デバイスを使った特訓が今までの特訓と成り代わるって所だな。」

「....優輝さんも人が悪い...。」

「言ったの僕じゃないけどな。」

 僕がそういうと椿が気まずそうに顔を逸らす。
 いや、そういうつもりで言ったんじゃないけどな?

「それにしても、どうしてこんなに早く強くなれるようにしてるの?」

「どうして...か。」

「それ、あたし達も気になるね。実行してるのはあたし達だけど、理由は知らされてないからね...。」

 そう。本来ならアリシアはともかく、他の皆はここまでする必要はなかった。
 それを、僕はスパルタで行くように二人に頼んでいたのだ。

「理由の9割がたは、緋雪の時のように有事の際に力が足りなかったなんて事がないようにって言うのが強い。そのために、体を壊さない程度に厳しくしてる。」

「...所謂、力を持たせることによる責任感ね。」

「そう言う事。」

 力は力を引き付ける。それは善悪問わずに...だ。
 その結果が、緋雪の時のようになってほしくない。...それが主な理由だ。
 “死別”は僕視点でも、アリサ達視点でも、もう味わいたくない。

「.....待って、残りの1割は...?」

「それは...荒唐無稽な話になるが...。」

 もう一つ理由と言えるものがある。だけど、それは理由とするには弱いもので...。

「...近いうち...抽象的だが、もしのんびり鍛えてたら到底間に合わないぐらい近い未来に、皆の力が必要になる...そんな漠然とした予感を感じたんだ。」

「それは...また突拍子もない...。」

「自覚している。」

 本当に、ただの気のせいだと普通なら思うような事だ。
 だけど、それが僕の頭にこびりつくように忘れられなかった。

 ...こういう事は、前世や前々世でもあった。
 前世と前々世では、ここまで早い時期に感じる事はなかったけど...。
 でも、その感覚に従わなければ、良い未来は訪れなかった。
 前々世では、シュネーの人体実験。前世では聖司の死。
 その両方を、“ただの気のせい”と思ったばかりに...回避できなかった。
 その時の予感に比べれば、今回はまだ弱い。
 けど、もう“気のせい”だとは断じれないのだ。

「まぁ、そういう訳で急いでいるんだ。」

「...そっか...。」

「...信じるのか?」

 あっさり信じたように言う司に、困惑する。
 見れば、奏も信じている様子だった。

「「だって、優輝君(さん)だから。」」

「...ったく、盲信的にはなるなよ....。」

「その時は私と葵が止めるわよ。」

「そうだね。」

 二人と違い、椿と葵はまだ完全に信じている訳じゃなさそうだった。

「完全に信じる事はできない...けど、捨て置く事もできない...そんな感じね。」

「優ちゃんの予想や予感が外れる事って、あまりないからねー。さすがに漠然としたものじゃ、信用しきれないけど、無視もできないんだよね。」

「だから、心の片隅に置いておくぐらいがちょうどいいのよ。」

 ...とかなんとかいいながら、司達みたいに信用してくれてるみたいだな。

「...とりあえず、僕らも帰るか。」

「そうだね。」

 特に話す事もなくなったので、僕らも帰る事にする。
 アリシアの御守り作りも佳境に入ったし、後はなのはが疲労とかでぶっ倒れたり、怪我したりする前に渡せればいいが...。

「(...間に合う...よな?)」

 ちょっと不安だ。これは椿の言う通りさらに厳しくした方がいいかも...。









「で、できたぁ.....!」

 また別の日。今回はアリサとすずかは習い事で来ていない。
 この日、ようやくアリシアはなのはに渡す御守りを作り終えた。
 ちなみに、アリサ達の代わりに今日は久遠がいる。

「....よし、これぐらいなら命の危険に晒されても大丈夫ね。」

「よ、ようやく椿から合格が貰えたぁ...。」

 すっかり疲れ切ったアリシア。
 まぁ、仕方ないだろう。御守りの効果を高めるために、常に想いを込めながら術式を組み続けたのだから。

「くぅ...凄い力を感じる...。」

「えっへへ...くーちゃんも感じられるんだねー....。」

「完全に燃え尽きてるな...。それだけ御守りの力も凄いが...。」

 術式を考える時点で愚直なまでの“想い”が籠ってたしなぁ...。
 僕や椿でさえ、改良しようにもできない代物になってしまっている。
 その分だけ、御守りとしての効果も強いが。

「効果としては、命の危険が迫れば身を守ってくれる。それに加え、命を維持するための治癒効果も少しばかりある....。単純な効果だけど、その守る力は御守りとは思えない程強力になっているわね。」

「...具体的には?」

「僕の見立てだと、なのはのディバインバスターを普通に防げる。」

「強い...。」

 やっぱり先天的な才能がアリシアにはあったのだろう。
 ここまでの御守り、僕だって滅多に作れないぞ。
 まぁ、強力にする代わりに色々効果を付けて代用するんだけどさ。

「優輝、術式は読み取れるかしら?」

「一応な...ただ、想いを込めた部分は再現できないぞ。」

「それで充分よ。」

 解析魔法を用いて御守りに込めた術式を読み解く。
 そして、持ってきていたメモ帳に文章化させる。
 機械語を訳すように訳が分からないものになるが、まぁ、仕方ないだろう。

「....よし、完了だ。」

「なるほどね....。じゃあアリシア。次はこれを他にもあげたい人の数だけ量産しなさい。もちろん、御守りとして機能するようにね。」

「え゛。」

 固まるアリシア。...あれだけ苦労したのを繰り返すんだ。当然だな。

「大体の手順は覚えているでしょ?優輝も術式をできるだけ書いてくれたのだから、後は想いを込めながら作ればいいのよ。」

「あうぅ....確かにフェイトやママ達にもあげたいけどさぁ~....。」

「まぁ、休んでからでいいわ。さすがにね。」

 さすがに見かねてアリシアを休憩させる。
 そして、ふと葵と久遠の方に目を向けると....。

「くぅ....!」

「ちょっ、速っ、速いよくーちゃん!?避けきれな...危ないっ!?」

 なんと、攻撃を当てる特訓とはいえ、葵を追い詰めていた。
 司と奏もそれを見て呆然としている。

「そういや、久遠も才能あったっけな...。」

「くっ...終わり!終わりだよくーちゃん!」

「くぅ。」

 葵の言葉と共に、久遠は少女の姿から子狐の姿に戻る。
 最後は葵がレイピアを避雷針代わりに使わなければ被弾していた程だった。

「久遠は人を傷つけるのは苦手...けど、模擬戦は別だからここまでの力を発揮するのか...。相当な強さだな...。」

「本来なら五尾の狐ぐらいの力量を持っているのだから、当然よ。式姫でもない、純粋な妖狐なら...ね。」

「だとしたら九尾とかどれだけなんだよ。」

 以前に聞いた話じゃ、式姫にも九尾はいたらしいが、それでも純粋な妖狐での九尾よりは劣るらしい。...そんな大妖怪を封印した安倍一族って...。

「...私たちも負けてられないなぁ...。」

「...司さん、一戦、どうかしら?」

「...オーケー、受けて立つよ。」

 それに触発されたのか、司と奏が霊術での模擬戦を始める。
 まぁ、なにはともあれ、順調に皆強くなってきてるな。









 
 

 
後書き
徐々に強化されていくアリサ達。
この時点では、まだなのはやフェイトには中々勝てません。
初見殺しな技を連発すれば何とか...って程度です。
なお、久遠の場合は既になのはやフェイトも倒せるレベル。やっぱり本編に登場させたらバランスブレイカーになると言われるだけあります。 

 

第112話「撃墜…?」

 
前書き
原作でのなのは撃墜回。
尤も、原作通りな訳がないんですけどね。
 

 




       =アリシアside=





「さーって、我が愛しの妹はどこかなーっと…」

 久しぶりのアースラで、私はフェイトを探す。
 …うん、ホント久しぶりに思える。だって、それだけ椿たちの修行がきつかったし。

「クロノに聞いた限りだと、フェイトだけじゃなくてなのはやヴィータもいるみたいだけど…どこかな?」

 今回アースラにいるのは…まぁ、当然の如く管理局からの要請だ。
 今まではなのはやフェイト、神夜、八神家とかが率先して参加したりして、司や奏、優輝達が手伝う必要がなかったのだ。
 当然私も非戦闘員なので行く必要もなく、だから霊術の修行が頻繁に…。
 …うん、思い出したくない。辛さで言えば弓道の時よりひどいし。

「(……気配は…トレーニングルームにある…か。)よし、行こう」

 霊力でフェイトの気配を探り、トレーニングルームに向かう。
 なのはとヴィータ、神夜の気配もあったから、おそらく模擬戦でもしてるのだろう。





「でりゃぁああああ!」

「ふっ…!」

     ギィイイン!!

「おー、やってるやってる」

 予想通り、準備運動的な感じで軽く模擬戦をやっていた。
 ヴィータが切り込み、フェイトで攪乱、なのはが遠距離から援護と言った所かな。
 わかりやすく確実な陣形ではあるけど…。

「はっ!」

「甘いぞ!」

「フェイトちゃん!」

「(……うん、なんというか、私から見ても“無駄”があるなぁ)」

 椿と散々修行させられたからか、動きに無駄があるように見えてしまう。
 態々名前を呼んでしまっているのももったいないし…念話でいいじゃん。
 いや、注意を逸らすとかでは普通に使えるけどさ。
 他にも、連携のタイミングが合ってなかったり…。

「(やば、椿たちの修行で目が肥えちゃった)」

 そう考えてしまって、思わず顔を覆ってしまう。
 まぁ、状況判断が上手くなるっていうのはありがたいけど…。
 …と、そんな事を思っていたら、流れ弾がこっちに飛んできていた。

「あ、アリシア!?」

「(あ、そういえば本来は模擬戦中は入っちゃいけなかったっけ?)」

 扉に模擬戦中って表示されてたのに、なんで入っちゃったんだろ?
 対処できるからかな?…対処できるからだね。

「シッ…!」

     ザンッ!

 飛んできた魔力弾を、刀に変えたフォーチュンドロップで切り裂く。

「お、お姉ちゃん、大丈夫…!?」

「へーきへーき。勝手に入った私が悪いんだからさ」

 模擬戦は中断され、皆が私の所に集まってくる。

「アリシア!その刀は一体…!?」

「あ、これ?これはね…」

 フォーチュンドロップ…愛称フォーチュンを待機形態に戻す。

「私のデバイス」

「え、でもお姉ちゃん、魔法は…」

「あー、これはね、霊力用のデバイスなの。優輝がポケットマネーはたいて作ってくれたんだよ。最近、ようやく使い慣れてきた感じかな」

 アリサやすずかと違って、私は多種の武器を扱う。
 そのため、フォーチュンも形態変化が多くて把握しづらいんだよね。

「一応ストレージデバイスとして登録してあるけど、管理局からしたらただのガラクタと化すだろうね。ま、仕方ないけど」

「あいつが作った…だと?」

「…そーいや、デバイスマイスターの資格持ってたな。あいつ」

 驚く神夜と、そういえばと思い出すヴィータ。
 最近、はやて達はリインを通じて優輝の事を少しは理解するようになったんだっけ?

「そういう事。椿の見立てだと、その内なのは達に追いつくよ?」

「お姉ちゃんが…?」

「ふふふ、のんびりしてると、足元掬っちゃうぞ?」

 冗談めかしてフェイトにそう言ってみる。
 …って、何嬉しそうにしてるのフェイト?え、もしかして戦うの楽しみにしてる?
 …うーん、シグナムの戦闘狂が移っちゃったのかな?よく模擬戦してたし。

「…って、違う違う。ただ雑談しに来たんじゃなかった」

「えっ?じゃあ、どうしてここに…」

「まぁ、ここではなんだし、一度場所を変えようよ。着替える?」

「一応…」

「じゃ、食堂で待ってるからね」

 昼も近いしちょうどいいだろう。
 それにしても、優輝関連の話を出すと、神夜が何か言い出しかねないんだけど…。







「おーい、こっちだよー」

 私を探すのに手間取っていたようなので、声を出して位置を知らせる。

「それで、どうして俺達に?」

「どちらかと言うと、なのはとフェイトになんだけどね」

 むしろ、神夜は邪魔かなぁ…。優輝の事を話に出したら噛みついてきそうだし。

「私たちに…?」

「渡したいものがあってね」

 取り出したのは、先日ついに完成した私お手製の御守り。
 ちゃんとフェイトの分もある。

「これって…御守り?」

「椿にしっかり教えてもらったんだよ。効果もお墨付きだよっ!」

「手作りなんだ…」

 見た目はよく神社とかにある御守り。書いてある文字は“命護”とシンプル。
 これは文字そのものに効果を込めてあるので、読みは私も知らなかったりする。
 ちなみに、効果は文字の意味そのままで、“命を護る”だ。

「…えっと、俺には…?」

「あー、悪いけどなのはとフェイト、それとママやリニス、アルフの分しか作ってないんだよね。椿曰く、これ以上量産したら効果が弱くなるって」

 なのはのを作って、フェイトやママたちのを作るうちに、作業っぽくなったらしい。
 だから、椿に効果がなくなるからとこれ以上同じ御守りを作るのは禁止された。

「発端はね、なのはだよ」

「え、私…?」

「なのは、この頃無茶してるというか、あんまりちゃんと休んでないでしょ?管理局からの依頼をほとんど断る事もなくこなしてる…。クロノや皆にも言われた通り、働きすぎなんだよ」

「そ、そんな事ないよ」

 手をパタパタと振って否定するなのはだけど…皆、同じ事を思ってるんだよ。

「いーや、あたしもアリシアと同じ意見だ。ちっとは休め」

「…なのはは、言っても聞かないと思ってね。いつか倒れるか、怪我をするだろうと懸念して、身を護るための御守りを作ったんだよ」

「うっ……」

 ヴィータから咎められ、縮こまるなのは。

「いい?これは“保険”でしかないの。この御守りが役に立つ時が来ない方が、断然いい。…だから、絶対に無茶はしないで…ううん、ちゃんと体を休めて」

「わ、わかったよ…」

「他の皆も!無茶をしないで。それと、なのはに無茶をさせないで。いい?」

 椿や優輝にペースや体の調子を管理されてる私と違い、なのははホントに無茶ばかり。
 自分の意志を貫き通すのは、長所だけど短所でもあるのだから。

「じゃあ、ママたちにも渡してくるね。ごちそうさま」

 昼食を食べ終わり、私は席を立つ。
 元々御守りを渡すだけだったから、あまり話す事はなかったんだよね。







   ―――この時、私は考えてすらいなかった。

   ―――まさか、こんなにも早く、御守りが使われる事になるなんて。









       =out side=





「なのはっ!!」

 病室の一つに、アリシアを含めた複数人が駆けこむ。
 そこには、まるで死んだように眠るなのはの姿があった。

「(迂闊…!まさか、御守りを渡したその日にこうなるなんて…!)」

 まさに間一髪。アリシアが御守りを渡し、その後に向かった任務でなのははこうなった。

「……それほど深い傷はありません。後遺症が残る可能性もないです。…ただ、疲労が溜まっていたようで、すぐには目を覚ましません」

「…命の危険は……」

「ありません。傷が残る事もない程度です」

 医師の答えに、駆け付けた全員が一時的に安堵する。

「…すまねぇ…あたしのせいだ…」

「…どういう、事?」

 申し訳なさそうに、最初から病室にいたヴィータが呟く。
 そんなヴィータに、アリシアはどういう事かと聞き返す。

「あたしが、ちゃんとなのはの事を見ていれば…」

「いや、俺もついて行っていながら、この醜態だ…」

「神夜は悪くねぇ!」

 埒が明かない。そう思ったアリシアは一度二人の言いあいを止め、もう一度問う。

「……何があったの?」

「…レイジングハートの記録を見た方が早い。場所を変えよう」

 そういって、ヴィータはベッドの近くにあるテーブルの上に置いてあったレイジングハートを手に取り、全員で別の部屋に移動してから記録を再生させる。

「これは…」

「あたし達が今回行った次元世界だ」

 映し出されたのは、雪が降るとある次元世界。

【なのは、大丈夫か?】

【平気だよ。だから早く終わらせよう】

 映像と共に聞こえてくる神夜となのはの声。
 すぐ近くにヴィータも映っており、三人が共に行動しているのは見て取れた。

【見た所、怪しいものも見当たらねぇ。ここは手分けした方が早く終わりそうだな】

【じゃあ、私はこっちを見てくるね】

【俺はこっちだな】

 だが、そこで三人に別れる。
 そこからはヴィータも神夜もいなくなり、なのはが一人で行動していた。
 ヴィータが少し映像を早送りし、次の場面に移る。

【マスター!】

【っ!】

 レイジングハートの声が響き、なのはが反応する。
 しかし、その反応が普段よりも遅れていた事が、誰にも見て取れた。

【ぁあっ!?】

 カプセルのような、そんな形の機械に襲われるなのは。
 必死に応戦するも、反応の鈍った状態なため、徐々に追い詰められる。

「…なんだこいつは…」

「分からねぇ。あたし達の所にも来てやがった」

 正体不明の機械にシグナムが尋ねるも、ヴィータ達もわからなかった。
 否、神夜だけは知っていたが、“原作知識”なため言えなかった。

【し、しまっ…!?】

 映像では、雪に足を取られてしまったなのはが、避けきれずに攻撃を喰らっていた。
 幸い、そこまで大きなダメージではなかったが、大きく吹き飛ばされてしまった。

【っ、く、ぅ……】

 だが、溜まりに溜まった疲労のため、身動きが取れなくなる。
 咄嗟に、砲撃魔法を放つが…。

【っ!?魔法が…!?】

 機械を一機撃破した。だが、明らかに砲撃魔法の威力が減らされていた。
 本来なら一掃できたはずが、出来なかったのだ。

【くっ…!】

 その後、しばらく戦闘が続き、危なげながらも機械を撃破していく。
 後少しで全滅させれる。そこまで行った時…。

【えっ……!?】

 突如現れた、先程までとは違う機械に、背後から刺される。
 本来なら、バリアジャケットも貫通しうる攻撃だったが…。

「御守りの効果...!」

 アリシアの御守りのおかげで、その攻撃は弾かれた。
 しかし、まだ安心はできない。敵はまだいるのだから。

【ぁあああああっ!?】

 体勢を崩され、吹き飛ばされ、徐々に傷ついて行くなのは。
 御守りがあっても、致命傷以外は弾かれずに喰らってしまう。

「っ……!」

「なのは……」

 その映像を、アリシアとフェイトは目を逸らしたくなるような気分で見つめる。

【ああああああ――――!!】

 再び迫る、強烈な一撃。御守りで弾く事はできても命の危機を感じる一撃。
 それに、なのはは恐怖し、破れかぶれに攻撃した―――





   ―――()()()()()()()()





「「「「っ!?」」」」

 それは、一瞬の出来事だった。
 なのはの命を奪い取らんとする一撃。それをなのはは紙一重で避け、敵に肉迫。
 ゼロ距離から魔力を叩き込み、破壊した。

【っ――――!!】

 それだけではない。レイジングハートを介さず、なのはは手に魔力を纏わせる。
 そのまま、手刀で薙ぎ払うかのように魔力の刃を放つ。
 砲撃魔法ですら弱めた謎の力場を無視し、その刃は周囲の機械を破壊する。

【っぁ―――!!】

 そして、両の掌に魔力を圧縮し、地面に撃ち込んだ。
 そのまま大爆発を起こし、それに巻き込むことで全ての機械を一掃した。

【なのはー!…なのは!?】

【おい!しっかりしろなのは!!】

 その後、力尽きたように倒れ込むなのはに、ヴィータと神夜が駆け付ける。

「…後は、連絡してここに来た…って訳だ」

「最後のは…」

「命の危機に対する、防衛本能か…?」

 事の顛末は理解したが、アリシアは最後のなのはの動きが気になった。

「(なのはは普段、咄嗟の動きでもあんな動きはしない。レイジングハートで接近戦を仕掛ける事が稀にあっても、素手であんな事…。しかもあの動き、どう見てもなのはの“ソレ”じゃない。もっと別の―――)」

 そこまで考えて、アリシアは頭を振る。

「(今はなのはの安否だ。そう言うのは後から気にする事にしよう)」

 とりあえず、経緯を知り、後は目覚めるのを待つだけ。
 それがわかったアリシアは、ホッと大きな安堵の溜め息を吐いた。









       =優輝side=







「……今のは、どういう事だ」

 僕は、なのはが倒れるまでの映像を見、目の前の男に問う。

「どうも、鉢合わせてしまったようでね。死なない程度には設定していたが…」

「そう言う事じゃない!!」

 僕は今、管理局の任務として違法研究所の捜索を行っていた。
 その過程で見つけたのが、ジェイル・スカリエッティの研究所だった。
 トラップが解除されていたのか、ジェイルは僕を歓迎するように出迎えた。
 そして、見せられたのがなのはが倒れるまでの映像だった。

「…君にしては珍しく動揺してるじゃないか」

「誤魔化さないでくれ。…お前も、感付いているんだろう?」

 僕がそういうと、ジェイルは“やれやれ”と呟いてから、最後の方の場面を映す。
 なのはが敵の機械…ジェイル曰く、ガジェットにやられそうになった場面だ。

「この時、なのはらしからぬ動きをしていた。そして、この力…一見魔力…と言うか、観測結果も魔力を弾き出しているが、“違う”と、そう思えた」

「いやはや、私よりも確信染みた感覚で言うとは。ちなみに、そちらの二人も同意見かね?」

「…正直、曖昧よ」

「なんとなく、普通ではないなぁ…って思うくらいだね」

 今回、僕には椿と葵が同行している。…と言うか、それが普通なんだけど。
 椿と葵も、映像に対して違和感を抱いていたようだ。

「しかし、君らにも分からないのか…。未知の感覚だったから、同じ地球出身の君達ならわかると思ったのだが…」

「実際に見て感じていれば、何か違った意見を出したかもな。……で、用件はそれだけか?確かになのはのあの力は気になるが、お前はそれだけじゃないだろう?」

「ふむ、お見通しなようで。では、ウーノ。用意してくれたまえ」

 すると、ウーノさんが何かの機材を運び込んでくる。
 …とりあえず、なのはのあの力の正体は帰ってから考えよう。今は目の前の事だ。

「私個人からの、依頼をしようと思ってね」

「依頼…だと?」

「私の頭には監視のための爆弾付きチップが埋め込まれているのは、以前にも話しただろう?だが、最高評議会の連中も常に私を見ている訳ではない。…と言うより、そこまでの機能はついていないがね」

 ジェイルはつらつらと僕にそう言ってくる。…つまり、これは…。

「所謂首輪をつけられた犬みたいなものさ。生活を制限されているが、その範囲内では自由に動ける。…だから、その隙を突いて君にこの爆弾を取り除いてもらいたい」

「…僕、手術の経験ないぞ?知識は一応あるけど」

「むしろなぜ知識はあるのかね?」

 知識はあった方が便利だから覚えただけなんだけどな。

「直接的な手術は私が請け負います。そちらは、爆弾の処理を」

「…まぁ、了解したよ」

「報酬は他の違法研究所の情報でどうかね?」

「それでいいよ。お前を死なせるにはもったいないからな」

 頭に埋め込まれている爆弾。それは結局の所機械だ。
 それなら、解析魔法で中身を知り、霊力でその機能だけを壊せば後は楽だ。
 ただ、今回の場合は最高評議会の目を潜り抜けるため、ジェイルの死を偽装しなければいけない。そうするためには…。

「じゃあ、手順としては僕がまず爆弾の機能を壊し、ウーノさんが摘出する。その後は爆弾を爆破させて偽造する。…これいいか?」

「ああ。そちらの手筈も揃っている。他の娘たちにも説明済みだ」

「用意周到な事で」

 準備は粗方できているらしい。

「椿、葵、いいか?」

「…構わないわ。利用されてるだけの人間を、助けるだけだもの」

「こういうの管理局的にやばいけどねー。まぁ、目を瞑るよ」

 二人も今回は見逃すと言った形らしい。
 …じゃあ、始めようか。









       =アリシアside=





「あ、優輝。三人もなのはのお見舞い?」

「ああ。目を覚ましたと聞いてな」

 私は今、なのはが目を覚ましたと聞いて、お見舞いに来ていた。
 ちょっとした用事で出遅れたため、ほとんどの人はもう済ませたらしい。
 けど、優輝達も同じように管理局の任務とかで遅れたらしく、ばったり会った。

「聞いたよー。違法研究所を見つけたのはいいけど、自爆されたって」

「まぁ、それぐらいなら余裕で回避できるけどな。転移魔法は得意だし」

「…普通、自爆って相当きついものだと思うんだけど」

 それを余裕で回避できるって…伊達に経験豊富じゃないね。

「(実際は偽造しただけなんだけどな)」

「え?何か言った?」

「いや、何も?」

 うーん…何か呟いたように聞こえたんだけど…まぁ、いっか。

「優輝もなのはが撃墜された経緯は知ってるんだよね?」

「…一応な。けど、気になる事が残っている」

「…最後のなのはの動き?」

「ああ」

 やっぱり、優輝達も同じ事を思っていたらしい。椿と葵も同じようだ。

「…どう考えてるの?」

「僕の見た所、あれは“魔力ではない魔力”と言うか…。魔力に見せかけた、別領域の力と言うべきか…。とにかく、未知の力だと考えている」

「未知の力…」

 確かに、どこか違和感があった。…というか、なのはらしからぬ動きだったから違和感しかなかったのだけど…。
 あの記録映像を見たほとんどの人は疑問を抱いている。
 結局よくわかってはいないから気にした所で無駄なんだけどね…。

「あ、着いたよ」

「じゃあ、入るか」

 ノックして、なのはがいる病室に入る。
 入ってみると、なのはの他にも神夜がいた。

「アリシアちゃん…来てくれたんだね」

「やっほ、体の調子はどう?」

「だいぶ楽になったけど…まだ動くには早いってお医者さんに言われちゃった」

「そっかぁ…」

 ほとんど過労のようなもので、怪我もそこまで酷くなかったけど、やっぱり何週間かは安静にするべきらしい。当然だよね。

「優輝君、椿ちゃん、葵ちゃんも来てくれたんだ」

「ああ。…やってしまったな」

「あ、あはは……」

 優輝の言葉になのはは苦笑いする。
 しかし、優輝の…いや、優輝達の目は些か冷たさを感じた。

「……“無茶するな”と、何回言われた?」

「え……?」

「貴女は、何度その忠告を聞き入れたのかしら?…いえ、貴女は忠告を聞き入れ、自重したのかしら?」

「えっと…三人共?」

 どこか、責めるような口調で、優輝と椿は言う。
 葵もそれを止めない事から、同じ意見みたいだね。
 …当然か。家族や特別親しい友人とかなら心配するけど、そこまでの関係じゃない(と私は思ってる)優輝達からすれば、忠告を聞き入れなかった自業自得だもんね。
 …尤も、それを聞いて神夜が黙っちゃいないけど。

「お前…!」

「怪我を負った相手に、酷いと思うか?……確かに、襲われて怪我をしたのは心配するべきだろう。実際、なのはがこうなった半分はそれらのせいだ。……けどな、僕らから言わせてもらえば、もう半分は自業自得なんだよ」

「っ……」

 なのはが、息を呑んだ。
 優輝や椿たちの顔は、突き放すような事を言っておきながらも、どこか嫌な事を思い出すように、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

「いいか?よく聞け。確かに、なのはの魔法の才能は凄まじい。実際、管理局でも話題になっているからな。…だからと言って、“自分が必要とされている”などと浮かれるな。そして、再三言うが無茶をするな。……そういう奴から、死ぬんだからな」

「おい!!そこまで言う必要ないだろ!!なのはは怪我しているんだぞ!」

「怪我しているからそこまで言わせたくないのなら、なぜ近くにいたお前は止めなかった?大切な友人、仲間なら、なぜ無茶をしているのを無理矢理にでも止めなかった?」

「っ……」

 口を挟もうとする神夜を、優輝は封殺する。

「ああそうだ。まるで僕らがお見舞いの割には酷い事を言いに来たように思っているだろうから、言わせてもらうとな…。本来ならなのは、お前はもう死んでたぞ?」

「えっ……?」

「アリシアの御守りがなければ死んでいた。なら、それを作らせたのは誰だ?」

「あっ…」

 …本来なら、優輝か椿が私の代わりに御守りを作っていた。
 あの御守りは、優輝達がなのはを心配したからこそ、疑われる事がなさそうな私に作らせたのだ。

「恩着せがましい言い方になったが、僕らだって無茶をしていたお前を心配していた。…でも、お前は言われても突っ走っていただろう?さっき織崎に言った言葉を撤回するようだが、織崎すら止めれなかったのがいい例だ」

「………」

「……いい機会だ。後遺症も残る事がない程、奇跡的に助かったんだ。退院して魔導師として復帰するまでに、自分を見つめ直せ」

「お前…好き勝手言いやがって……!」

「言っておくけど、私と葵も同意見よ。行き過ぎた自覚のない無茶は身を滅ぼす。至極当然の事でしょう?」

「まだ子供ななのはちゃんにはちょっと酷だけど、これが人の生として普通に起こり得る事だって事を、覚えてもらうよ」

 …きっと、過去で同じような…それも、なのはみたいに助からなかった事例があったのだろう。…それほどまでに、三人の言葉は重かった。

「無茶をしていいのは、“死”から逃れる時だけで十分だ。別に無茶するのをやめろとは言わない。なのははまだ子供だ。常日頃から無茶をしていると、今度こそこの程度では済まなくなるぞ」

「……わかっ、た……」

「…最後に、我慢をするな。辛い気持ちがあれば、家族や親しい人にしっかり打ち明けろ。そうすれば、そういった思いはしなくなる。……決して一人で抱え込むな」

 そういって、優輝は背を向ける。
 …あれ?帰っちゃうの?

「…空気を悪くさせたな。見舞いの品は置いておくから、さっさと元気になれよ」

「ちょっ、優輝!?椿と葵まで!?」

「アリシア、悪いけど後は任せたわ」

「フォロー、よろしくねー」

 そのまま三人は退出していった。
 …いや、本当に言うだけ言って出て行っちゃったよ!?
 確かに所々本当に心配していた感じはあったけど、これは……。

「……今の………」

「…なのは?」

「今の、どこかで似たような事を聞いたような…」

 そう思っていたら、なのはの反応が少しおかしかった。

「……あ…!公園の時……!」

「公園?」

「あ…えっと、最後に言われた事、どこかで聞いた気がして…。それで、ちょっと小さかった時の事を思い出したの…」

「小さかった時?それって…」

「えっとね……」

 どういう事かと思って、なのはに聞くと、どうやら以前に士郎さんが大怪我をしたらしく、色々と忙しくなっていた桃子さん達に遠慮して、なのはは一人で公園にいたらしい。
 その時、当時のなのはぐらいの子供を連れた女性が、さっきの優輝と似たフレーズの事を言って、自分を家まで送ってくれたとの事…。

「……これからは、気を付けるよ……」

「……そうだね」

 きっと、その女性と同じ気持ちで優輝も言ったのだと、なのはは言う。
 …どうやら、私がフォローする必要もなかったみたいだね。

 …それはそれとして、また神夜の優輝に対するヘイトが増してるんだけど…。
 とりあえず、ここ病室だからそれ以上騒ぐのはNGで。









 
 

 
後書き
実際なのはと同じように無茶して死んだ人を見た優輝達だからこその発言。その雰囲気や言葉には、相当な重みがあります。(描写できてるとは言ってない)
一応言っておくと、結構優輝達はなのはを気に掛けてます。何せ、直接サポートができないからと御守りをアリシアに教えてまで持たせてますからね。ちなみに、アリシアがあまりにも遅かった場合、さっさと優輝が作っていました。
なお、なのははその時の女性が優輝の母親だと気づいていない模様。
なんとなく似ているとかは思っているけど。ちなみに優香さんと桃子さんはその時にママ友になっていたり。

魅了の効果による優輝へのヘイトが薄くなっています。……だからと言って魅了が解ける訳ではないですけど。
そして暗躍するスカさん。真っ黒に見える真っ白なスカさんだから悪い方向にはいきません。(優輝を引っ掻き回す事はあるけど) 

 

第113話「修学旅行」

 
前書き
日常回……に近い非日常回。
普通ではない修学旅行です。
 

 




       =優輝side=





「おお、ここが沖縄……暖かいな」

「そりゃあ、僕らがいた場所より平均気温は高いからな。冬でも、大して厚着する必要もないしな」

 僕らは今、修学旅行で沖縄に来ている。
 二泊三日で、民泊という事で班が決められていたりする。
 僕がいる班は、司、聡、東郷と佐藤さんの計五人だ。

 なお、結局なのはは怪我の治療のために学校をしばらく休むことになったそうだ。
 僕らの言った事がちゃんと伝わったらしく、まずはしっかり体を癒すらしい。
 少々…いや、かなりきつい言い方だったけど、伝わってくれて良かった。
 ただ、なのはが怪我した影響は結構大きかったらしく、フェイトが執務官試験に落ちてしまったらしい。…まぁ、親友の入院はショックだっただろうしな。

「まずは…クラスごとに壕や慰霊碑などの見学か。その後、民泊の人と合流らしい」

「民泊…どんな人だろうね」

「とりあえず、またしばらくバス移動だな」

 前世での中学生や高校生時代を思い出す。
 何気に、中高と修学旅行場所が沖縄で被ったからな。
 本島と宮古島という違いはあったけど。

「優輝君がいてくれて助かるよ」

「しっかりしてるし、班長に向いてるもんね」

「半ば聡に押し付けられただけなんだけどな…」

「体育祭での仕返しだこの野郎」

 やっぱりこの軽いノリは前世を思いだす。
 司も同じようで、終始ニコニコしていた。

「(ま、僕も楽しみにしてたし、今回は子供らしく満喫するか)」

 何せ、何百キロと離れた場所への旅行だ。
 そういう機会が前世含めて修学旅行以外でなかったから、楽しみにもなる。







「…守り人……?」

「前世じゃ聞いた事なかったよね…?」

 しばらくして、慰霊碑の見学の際や、案内人の説明に聞きなれない単語があった。
 “守り人”と呼ばれる存在…前世ではそんなのはいなかったはず…。

「沖縄本島の山奥とかで迷った際に、偶に助けてくれる……か」

「第二次世界大戦の時にも存在していたらしいね」

 守り人と言われる所以は、外敵などから人を守っていたというありきたりなものだった。
 一族として今もいると言われているらしく、もしかしたら会えるとの事。

「まぁ、あまり気にしないでおこう」

「そうだね」

 正体は不明だが、そこまで気にする事でもない。
 ふと、転生者の可能性がよぎったが、大人しくしているなら干渉する必要もない。

「何話してんだ?」

「ん?いや、守り人って言うのについてちょっとな」

「守り人?」

 僕らみたいに前知識がある訳でもない聡は、守り人の単語を気にしていなかった。
 まぁ、普通小学生の時点で単語の一つを気にする事なんて某名探偵でもないのにありえないだろう。…と、言う訳で簡単に説明しておく。

「……ふーん。そんなのがいるのか」

「ま、会えたら嬉しい程度だろう」

「そうだな。…って、うん?」

 “がさり”と言う音と共に聡が声を上げる。

「今、そっちに誰かいたような…」

「…気のせいだろ?」

「いや、確かに…!」

「あ、おいちょっと!」

 確かに誰かがいたのは気配で感じた。
 けど、敵意どころかこっちを伺うものですらなかったので、通りすがりだろう。
 しかし、聡は気になって茂みの方へ入って行ってしまった。

「ああもう。司、東郷、佐藤さん、先生が来たら説明頼む!」

「りょ、了解!」

 僕も聡を追いかけて茂みに入る。
 あいつの気配は分かるから、僕が迷う事はないだろうけど…。
 って、あいつ結構速い…!というかなんで奥まで入っていくんだ!

「まずいな。魔力も持ってないから気配だけでは分からなくなるぞ」

 僕は恭也さん達と違って、生身での気配はそこまで感じ取れない。
 いつも魔力を基にして気配を探ってたからな……今は霊力もあるけど。
 けど、聡は魔力はないし、霊力も一般人。普通の気配だけでは茂みの中は厳しい。

「うわっ!?」

「そっちか!」

 聡の声が聞こえ、茂みの中を駆ける。
 突然の事に何か驚いた声なので、おそらく足を踏み外しでもしたのだろう。

「(…ん?霊力…?)」

 声の下へ向かう時、そこに見知らぬ霊力の持ち主がいるのが感じられた。

「聡!」

「ゆ、優輝!?」

「こんな所にいたか……それで…」

 辿り着くと、そこには聡と…その聡を抱えた、一人の女性がいた。
 赤いショートカットの髪で、黒と紫を基調としたシャツに赤茶色のズボンを履いていた。
 それと、背中に布で包まれた棒状のものを担いでいる。

「貴女は…」

「いやぁ、この子が少し大きな段差で足を滑らしてね。危ないからつい助けたが……あんたの友達かい?」

「はい。まぁ、彼を連れ戻しにって感じですね」

 明るい雰囲気を感じさせる口調の女性。
 一見姉御肌な感じの女性かと思えるが……霊力を確かに持っている。
 それに……。

「(耳と、尻尾…か)」

 赤い耳と尻尾が僕には“視えた”。認識阻害の術だろう。
 と、いう事はこの女性は人間ではなく、おまけに霊力による術なども使えるようだ。

「あんた達、今日沖縄に来た子達だろう?ついでだから送ってやるよ」

「へ?あ、そういえば…ここ、どこだ?」

「今更かよ聡…。一応、道は分かるんですけど…頼みます」

 とりあえず聡を降ろしてもらい、案内してもらう。

「ほら、あそこだろう?」

「ありがとうございます!」

 すぐに司達が見える場所まで辿り着き、聡はお礼を言って先に行ってしまった。

「あんたも行きな」

「ありがとうございました。…では……」

「っ……!」

 彼女にも感じ取れるであろう程度の霊力を出し、一つの御札を取り出す。
 それに反応するかの如く、彼女は背中の棒…槍を構えた。

「今夜、日を跨ぐ頃にもう一度この茂みの前で会いましょう。これを渡しておきます」

「あんた、一体……」

「正体が気になるのは、お互い様ですよ」

 そういって、僕も司達の所へ戻る。

「優輝君…」

「…感じ取ってしまったか?」

「……」

 今の霊力は司にも感じられたらしく、僕を見て頷いた。

「僕の推測じゃ、悪い人ではないさ」

「優輝君がそういうならいいけど…」

 ふと見れば、どうやら先生に見つかる前に戻っていたらしい。
 だけど、時間が来たらしく、僕らは碌に見学する暇もなく移動する事になった。

「…あれ?さっきまでそこにいたのに…」

「さっきの人なら用事があったらしくすぐどこか行ったぞ。」

 聡が先程の女性を見失っていたので、そういっておく。
 まぁ、実際に僕が戻るとすぐどこかに行ったからな。







「それじゃあ、電気消すぞー」

 しばらく経ち、今日が終わる。
 民泊の人達は普通にいい人で、初日でそれなりに交流できただろう。
 明日はさとうきびで黒糖を作るらしい。他のいくつかの班と共同との事。
 ……で、今は就寝の時間だ。

「いや、もうちょっと起きてようぜ?」

「けど、俺結構眠いんだが…」

「私も…」

 聡がもう少し起きてようとするが、東郷と佐藤さんは眠そうだった。
 司も眠くなってる訳ではないが、寝る事に賛成のようだ。

「…との事だが?」

「…俺も寝るわ」

「よろしい」

 改めて電気を消し、全員が布団に入る。





「…よし、寝てるな」

 深夜、0時になる前。僕は布団から体を起こす。
 そう。今から見学の時に会った女性に会いに行くのだ。

「ん……優輝君…?」

「0時だ司。…行くぞ」

「分かったよ」

 司も身を起こす。ここまでに司にも少し説明した所、司もついてくる事にしたらしい。

「念のため身代わりを……っと」

「よし、行こうよ」

 創造魔法で普通に寝てる僕と司を作り出しておく。
 これで仮に聡たちが目を覚ましても怪しまれる事はない。

「司、掴まって。転移するよ」

「うん」

 手を取り、霊術で転移する。
 ちなみに、この転移術は魔法の転移を霊術用に改良しただけで、元から陰陽術などで存在していた転移術ではない。(椿曰く、また別に存在してるとの事)



「…っと」

「いつの間に術式を…」

「いや、これはな…」

 転移するには、魔法の時と違って何かしらの目印が必要だった。
 で、今回使用した目印が…。

「…まさか、転移してくるとは…」

「昼ぶりですね」

「この人が…」

 昼にも会った女性が同じ格好でそこにいた。
 そう。この女性に渡しておいた御札が目印だったのだ。

「そこの子がついて来ているという事は……同類か」

「まぁ、そういう事ですね」

 どうやら、だいぶ警戒されているようだ。
 いつでも槍を振るえる体勢だし、霊力も巡らせているようだ。
 ……まぁ、あんな怪しい事したらな…。

「とりあえず、一つ聞きたいんですけど……貴女、“式姫”ですか?」

「えっ、それって……」

「っ……!?」

 椿や葵、そして蓮さんと同じ式姫。
 それがこの女性に対し、僕が抱いた印象だった。
 ……そして、どうやら図星らしい。

「なぜ、それを…!」

「…かやのひめ、薔薇姫、小烏丸……知ってますよね?」

「…会ったのか?」

 式姫としての椿たちの名前を言うと、少し警戒が緩む。

「会った…と言うか、内二人は一緒に暮らしてます。……それで、その返答からするに貴女も式姫の一人みたいですね…。通りで、霊力を感じれた訳か…」

「…ああ。オレはシーサー。…かつての名前は山茶花(さざんか)だ」

「だから沖縄に…。もしかして、“守り人”って言うのは…」

「オレの事だろうな」

 なるほど。式姫ならあまり記録に残されないのもわかる。
 結局、一族ではなく彼女一人だった訳だが。

「……それにしても、オレ以外にも生きている式姫がいたとは…」

「生きている式姫は、大体隠居しているか、今の世の中に馴染んでいる感じですね。椿と葵...かやのひめと薔薇姫も行動を共にしながら山を転々としていましたし、蓮さん……小烏丸さんも剣を極めながら日本中を旅してます」

「そうか…」

 椿たちの事を少し話すと、シーサーさんはどこか遠い目をした。

「……実はな。この沖縄にはもう一人式姫がいたんだ」

「もう一人…」

「狛犬と言う奴だ。馬鹿みたいに真っすぐ…いや、実際アホだったんだが。そんな奴だったが……第二次世界大戦の時に…な」

「………」

 霊力の不足による消滅ではなく、人間同士の争いによる戦死…。
 幽世に戻されただけだとしても、何か思う事があるのだろう。

「……悪い、空気を悪くしちまったな」

「いえ…」

「それで、オレに態々会いに来た理由はなんなんだ?ただ式姫って確かめに来ただけじゃないんだろう?」

 確かに、シーサーさんの言う通り、式姫だと確かめるだけに来た訳じゃない。
 ……と言っても、そこまで大した目的でもないけどな。

「半分程は式姫なのか、もしくはなぜ霊力を持つか尋ねるため。……もう一つは、連絡を取り合うための繋がりを持とうと思ったので」

「繋がり……なるほど、な」

 連絡を取り合えたら、何かがあった時に駆け付けやすい。
 沖縄に留まり続けるシーサーさんでも、連絡手段はあった方が得だろう。

「いいだろう。さすがに契約する程でもないが、連絡手段は欲しい所だ」

「そうですか。なら、これを…」

「御札か…昼のとはまた別のようだな」

「はい。昼のは転移の座標指定に使えるだけのもので、これは霊力を込める事で念話を行う事ができます。こっちの御札は転移の術式が込められていて、いざと言う時は僕の家に飛べるようになっています」

 ただし、転移の方は術式が脆いため、数回使えば使えなくなる。
 その時はまた補充すればいいだけだけど。

「…便利なものだな。まぁ、貰っとくよ」

「機会があれば来てください。椿と葵ならいつでもいますので」

「…かつての名と同じなんだな。あの二人は」

「偶然、同じ名前を付けたようで…」

 それから、少しの間椿や葵について話した。

「…優輝君、そろそろ…」

「っと、そうだった」

「ん?もう帰るのか…って、そうか。お前たちは修学旅行で沖縄に来たんだったな」

「はい。では、そういう訳で…」

「ああ。またな」

 そう言って、僕らはシーサーさんと別れて民泊の家に戻った。







「約三時間……まぁ、多い方かな」

「優輝!まずはどこ行くんだ?」

 あれから、僕らは普通に沖縄での体験を楽しんだ。
 黒糖作りで、玲菜がいる班と共同になったからか、聡とで一悶着あったけど。
 そして、今は修学旅行最終日で、国際通りでおみやげを買ったりする自由行動だ。

「とりあえず、一通りぐるっと回るぐらいの時間はあるな」

「要所要所でいいなって思う土産物とかを買っていけばいいんじゃないかな?」

「昼食も途中で食べるからな。せっかくだから沖縄名物を食べようか」

 事前に入手しておいたパンフレットを見ながら、国際通りを練り歩く。
 今の時刻は11時。少ししたら昼食も食べないといけないだろう。

「ひとまず色々見て回らない?」

「それもそうだね」

「優輝君、それでいいかい?」

「ん?構わないぞ。というか、僕自身手探りで見て回ろうと思ってた所だし」

「よーし、それじゃあ早速行くぞー!」

 ずんずんと聡が先に進んでいく。

「……ん…?」

「どうしたの?」

 ふと、感じた予感に首を傾げる。
 司はそんな僕が気になったのか、尋ねてきた。

「…ちょっと、嫌な予感がして…ね」

「そっか……」

 僕の言葉に、司も少し気を引き締める。
 …僕の嫌な予感は、それこそ嫌なぐらい当たってしまうからな。

「…………」

 修学旅行に来ているのは、聖祥大附属小学校だけじゃない。
 どこかの高校も来ているらしく、それっぽい集団が所々に見られた。

 …そして、その一部がとても気になった。





「………」

「……れ、玲菜?」

 散策開始から約一時間後。
 昼食を食べ終えた僕らは、ちょうど会った玲菜のいるグループと行動を共にしていた。
 ……していたんだが…玲菜と聡の間の空気が…。

「(…昨日、散々アピールしたのに全部スルーされたからなぁ…)」

「(…皆、どうすればいいか悩んでるね…)」

 玲菜は、今回の修学旅行で何とか聡に自分の気持ちに気づかせたいと思っていた。
 それで昨日は色々アピールしてたんだが…聡はそれを悉くスルー。
 どこかの鈍感系主人公かと言わんばかりに玲菜のアピールに気づかなかった。

「お、おい、玲菜?」

「ふん……」

 ぷいっとそっぽを向くように、玲菜は聡から顔を背ける。
 …これは、完全に拗ねてるなぁ…。

「ちょっ、玲菜!?」

「来ないでよ!」

 気まずそうにそれを追いかける聡と、それから逃げる玲菜。
 一応人に迷惑を掛けないように、路地裏の方へと進路を変えていく。
 本人たちは真剣だが、僕らからすれば微笑ましいもので、少し成り行きを見ていた。





   ―――……などと、油断していたからだろうか。

   ―――彼女を狙う“悪意”に気づけなかったのは。



「きゃっ……!?」

「っ、玲菜…!?」

 路地裏の入り組んだ道を曲がった玲菜が、短い悲鳴を上げる。
 それを訝しんだ聡は、急いで何があったか確認しに行った。
 僕と司もおかしいと思い、すぐに追いつく。

「玲菜!?」

「聡!何が起きた!」

 僕らが追いついた時には、既に誰もいなくなっていた。
 聡は僕の問いに答える事もなく、すぐに駆けていく。

「おい!」

「優輝君、これって…」

「…状況から考えて、拉致か…。くそっ、なんでこんな時に…!」

 聡の姿も既に見えない所まで行っていた。
 …悠長にもたついている時間はない、か。

「東郷達は急いで大通りに戻って先生に玲菜が拉致られたと連絡!大通りに出るまで固まって移動しろ!」

「拉致って…マジか!?」

「マジだ!急げ!」

「優輝君達は…」

「聡が先走ったから追いかける!」

 素早く指示を出し、まずは僕ら以外を大通りに戻す。
 人通りが多ければ二の舞にはならないはずだ。

「司!」

「分かってる!…皆、先生への連絡は任せたよ!」

「志導君!?司ちゃん!?」

 皆からすれば、追いかけるのは危険だと思うだろう。
 けど、その制止を振り切って、僕と司は聡の後を追いかけた。

「都会程じゃないとはいえ、入り組んでいる…!」

「聡君の気配は…?」

「何とか捉えている!でも、急がないと……!」

「うん…!」

 普段は制限している身体能力を開放しておく。
 犯人が誰か、嫌な予感も兼ねて考えれば大体は分かるが…。
 どの道、ちょっとした戦闘は避けられないだろう。







       =out side=





「玲菜ぁああっ!!」

 聡は駆けていた。幼馴染の玲菜が攫われたのを見てしまったから。
 玲菜の想いに気づいていないとはいえ、聡にとっても玲菜は大切な幼馴染。
 そんな彼女が危機に面したとすれば、居ても立ってもいられなかったのだ。
 ……もしくは、彼自身気づいていない“想い”に突き動かされていたのかもしれない。

「見つけた!!」

「さ、聡……」

 辿り着いたのは、人気のない廃屋。
 そこに、複数の男に囚われるように囲まれた玲菜がいた。

「お?なんだぁ?彼氏か?」

「てめぇら、なんなんだよ!玲菜を離せ!」

 体格において、全員が聡を上回っている相手に、果敢に言葉を放つ。
 そして、聡も自分に向けられた言葉で相手が如何に下種な類の人物か悟っていた。

「聡っ、逃げて…!」

「玲菜、待ってろ!今助けに……っ!」

「おらよっ!」

「がっ…!?」

 運動神経が良いとはいえ、聡は未だ小学生。
 高校生である男には、一人相手でも敵わない程だった。

「助けにだってよ。正義の味方気取りかぁ?」

「「「ははははは!」」」

「ぐっ……!」

 殴られ、笑われ、聡は自分が何と惨めなのか、思い知らされる。

「っ……」

 …だが、それでも。
 知っている人…それも、幼馴染が怯えているのを見て、黙っている程……。



 ……聡は、馬鹿じゃない。

「うるせぇよ…!このくそ野郎共がぁあ!!」

「あ?」

 油断している所へ、渾身の一撃を放つ。
 跳躍し、放った一撃は見事に顔へとヒットしたが…。

「てめっ!調子に乗るなガキが!!」

 倒すには至らず、むしろ逆上させてしまった。
 どこかで買ったのか、男は木刀を聡に向けて振るおうとして……。

「っづ!?」

「え……?」

 その顔…しかも、直前で瞑ったとは言え、目に向けて石が飛んできた。

「よし、我ながらナイスコントロール」

「二人共、無事!?」

 飛んできた方を見れば、そこには優輝と司が立っていた。

「優輝…?聖奈さん……?」

「あーあ、殴られちまって…。相手ぐらいちゃんと見ろよ。聡」

「…全員、木刀を持ってるよ。見た所、高校生ぐらいだけど…」

「国際通りにいた連中と同じ高校だろう。…ったく、見るからにガラが悪いな」

 驚く聡と玲菜の言葉を無視し、優輝と司は聡と並び立つ。

「他の奴に先生を呼びに行かせた。相手は高校生、引き下がるのも手だが…」

「ふざけんな!玲菜が捕まってるのに逃げれるかよ!」

「言うと思った…。…じゃあ、助けるのはお前がやれ。」

 そういって、優輝と司がさらに前に出る。

「他は僕らが片づける。…司、やれるか?」

「誰に護身術習ったと思ってるの?…大丈夫だよ」

「上等…!」

 瞬間、二人は動く。

「このっ…ガキどもが!!」

 小石を目に当てられそうになり、逆上していた男が優輝に対して木刀を振るう。
 だが、その程度では優輝には傷一つ付けられない。

「そらよっと」

「がっ…!?」

「聡君!」

「えっ、っとと…!」

 勢いを利用して地面に叩きつける。その際に手放した木刀を、司は聡に投げ渡す。

「なんだこいつら!?」

「小学生だからって…」

「甘く見ないでね!」

 小学生にあっさりと一人やられ、男たちに動揺が走る。
 その隙を二人が見逃すはずもなく、すぐに玲菜を抑えている男のサイド二人に接近。
 足を払い、バランスを崩した所で地面に叩きつける。

「聡!行け!!」

「っ、おおおっ!!」

 木刀を奪い、優輝と司は他の男に牽制する。
 男たちの人数は合計で6人。内3人はすぐに動けず、残りの内2人も優輝と司によって抑えられ、聡は一対一で残りの一人と相対する。

「くそっ、このガキがどうなっても……ぐっ!?」

「卑怯な手は使わせないってな」

「しまっ……!」

「喰らえやこのくそ野郎ぉおお!!」

 小学生にしてやられた事で、残りの一人が玲菜を人質に取ろうとする。
 しかし、そこへ優輝が投げた木刀が飛んできた事で、一手遅れる。
 …そして、聡の渾身の一撃が叩き込まれた。

「が、ぁ……!?」

 小学生とはいえ、木刀の一撃。
 その絶妙なバランスが、男をちょうど戦闘不能にさせた。

「ごふっ……!?」

「よし、片付いたな」

「こっちも完了だよ」

 素手になったが、あっさりとカウンターをした事で男を伸した優輝。
 司もある程度ダメージを負わせたのか、男は全員片付いていた。

「……さと、し……」

「玲菜、大丈夫か?」

「っ……!」

 助けられた玲菜は、聡に思わず抱き着く。

「怖かった……!怖かったよぉ……!」

「玲菜……」

 その体が震えている事に気づき、聡は彼女をそっとしておいてあげた。

「ううっ……聡………」

「(…あぁ、そうか。俺…気づいてなかったんだな…)」

 助けられたという事実による安堵。
 それによって、聡は自分でも気づいていなかった“想い”に気づく。

「(…俺、玲菜の事……)」

「ね、優輝君、あれ…」

「しっ、良い雰囲気だから邪魔しないように…」

「あ、うん。」

 誰かが来るまでの間、男たちが復活しないように男たちが持っていた縄などで手を縛っていた優輝と司は、二人の雰囲気を見て邪魔をしないようにする。

「それにしても、この人達の目的って…」

「雰囲気や態度を見た限り、愉快犯が一番妥当かな。…少なくとも、碌な奴ではないのは確かだな」

「小学生を拉致する時点で…確かにね…」

 “良くて停学だろうな”と割とどうでもいい事を考えながら、二人は先生を待った。







       =優輝side=



「…それで、付き合う事になったの?」

「そうみたいだよ」

 帰りの飛行機の中で、司と佐藤さんがそんな会話をしている。
 僕と東郷も、後ろの方の先生の近くに座っている聡と玲菜の方を見ていた。

「どっちから告白したのかな?」

「聡らしいぞ。何でも、もしかしたらずっと好きだったのかもとの事だ。」

「わぁ…恋愛モノみたい…」

「それでトラブルがあったのにあんな状態なのか…」

 聡と玲菜は互いに恥ずかしそうにしているが、それでもピッタリとくっついていた。
 …あ、隣の先生が胸焼け起こしてる…。

「ま、ようやく想いが通じ合ったって所だな」

「そうだねー」

「…ところで、その高校生はどうなったんだ?」

 東郷がふと気になったのか、僕に聞いてくる。

「聞いた話だと、有名な不良校らしくて、同じように修学旅行に来ていた僕らから金でも盗るついでに性的暴行を加えるつもりだったらしいよ。当然、退学処分。まぁ、後の就職とかは…僕らの知った事じゃないな」

「…絵に描いたような悪い奴らだったんだな…」

「ま、過ぎた事だ」

 想定外の事や、トラブルはあったけど、それ以外は楽しかった。
 …頭に残しておくのはそれでいいだろう。







 
 

 
後書き
主人公たちそっちのけでラブコメしている二人。
今回の話だけ主人公とそのヒロインみたいになっています。
…あれ?どうしてこうなった…?

この話で後に繋がるのは沖縄に住む式姫との繋がりを持つ事です。
無理矢理サブキャラに見せ場を与えたら何故かこうなりました。
魅せ場を与えすぎるとサブでは済まないし、かといって控えめにするとなぜ描写したとなる…サブキャラの扱いって難しい…。 

 

第114話「水面下での動き」

 
前書き
サブタイトルの割に動きは少ないです(多分)
大体ゼスト隊壊滅の時期。
 

 




       =優輝side=





「…え、ゼスト隊が壊滅…!?」

「…そう聞いた。なのはを撃墜した機械…管理局ではガジェットドローンと呼ぶものと、正体不明の魔導師と交戦。結果壊滅したとの事だ」

 壊れたデバイスの記録を解析した際の映像から、それがわかったとクロノは言う。

「また、正体不明の魔導師と言ったが…魔力は使われていなかった」

「なに……?」

「地球の霊力のような力か、未知のエネルギーだと見ているが…」

「そこまでは分からない…か」

 付き合う事になってから、イチャラブしている聡たちから逃れるように管理局を手伝いに来たのだが…まさか、有名な部隊が壊滅していたとはな…。
 ちなみに、聡と玲菜だが、修学旅行以来隙あらば一緒にいる。
 僕ら以上に有名なカップルとなりつつある。…僕らの方は勘違いだけど。

「椿、葵、どう思う?」

「私に聞かれてもね…。実際に現場に行ったり、その力を目の当たりにしないと何も言えないわ」

「あたしも同意見だね。今のあたし達じゃ、憶測に憶測を重ねた事しか言えないよ」

「そうだよな…」

 僕も二人と同じ意見だったりする。
 こればっかりはどうしようもないだろう。続報があればいいんだが。

「…この事は僕以外には?」

「はやて達には伝えたが…まぁ、あまり君達には伝える必要がない事だから他には言っていない。ベルカ式繋がりで伝えただけだ」

「あー、なるほど…」

 ゼスト隊隊長であるゼスト・グランガイツは古代ベルカ式の使い手。
 僕としても、同じ使い手として少しばかり興味があったからな。
 だから、ある程度知っている。

「……独自に調べられるか?」

「渡航許可証があるなら可能だが…調べるのか?」

「気になって、それに手を出せるならな」

 魔力が使われていないというのならば、調べておいて損はないだろう。

「椿、葵、いいか?」

「気になるって言うのなら、付き合うわよ」

「ガジェットもあったって言うのなら、後々に関わるかもしれないからね」

 なのはを襲った存在と同じ…つまり、これはジェイルが関わっている。
 正体不明の魔導師が誰かは分からないが、少なくともそれは確かだ。

「調べるのはいいが…気を付けろよ」

「…まだ何かあるのか?」

「……()()()()()()()。それが調査隊の言い分だ」

「死体が…?」

 またきな臭い……。絶対何か企んでいるだろジェイル…。

「とりあえず、今日は依頼も終わらせた事だし、帰らせてもらうよ。調査については後日行う事にする」

「そうか。まぁ、油断だけはするなよ」

「分かってるって」

 ジェイルが関わっているとなれば、油断などできるはずがない。
 あいつは、僕らを出し抜く事すら容易だからな。







「ここか……」

「見事に荒れてるわね…」

「爆発の形跡…魔法なのか敵がやったのかは…わからないね」

 魔力の残滓も当然残っていない。もうそれなりに時間が経っているからな。

「…ガジェットの破片か」

「大部分は管理局が持っていったみたいだよ」

「ほんの少しぐらいなら残っててもおかしくはないが…手掛かりとしては心許ないな」

 現場に来てみたものの、専門家でもない僕にはよくわからない。
 ガジェットからジェイル関連だとは思っているが…。

「…いや、これでも十分か」

「優輝?」

「“解析(アナリーズ)”…」

 ガジェットの破片に解析魔法を掛け、リヒトにその破片の構成材質などを記録する。

「…リヒト」

〈完了です〉

 記録し終わったのを確認し、移動する事にする。

「優ちゃん、何をしたの?」

「破片の材質とかをリヒトに記録して、それを基に同じものを探すんだよ。今回の場合、ガジェットを構成する金属部分の構成パターンを記録したから、同じガジェットなら見つけられるようになっている」

 試しにこの場で使うと、そこら中から小さな反応が返ってくる。
 同じような破片が残っているからな。

「これを使って、ジェイルの研究所を探す」

「なるほどね…」

「便利だねー」

 導王の時以来、使う機会がなかった方法だ。
 大体が手伝う側だったから、あまりそういった機会がなかったしな。

「じゃ、行くぞ。周辺の警戒は頼む」

「分かったわ」

「任せて」

 探索魔法を使いながら、僕らはジェイルの研究所を探した。







「……見つけた…」

「結局いくつか世界を跨いじゃったね」

「魔力結晶一つが無駄になった…」

 あれから昼食を挟んで数時間後、ようやく魔法に反応があり、人の気配もある研究所を見つける事に成功した。
 同じ反応はあっても、無人だったりダミーだったりしたからな…。

「(…サーチャーの類もない。…既にジェイルは最高評議会の監視下から抜け出しているから当然か。僕もフリーでここにいるから、この行動が知られる事もない…。よし、大丈夫だな)」

 僕が独断でジェイルと関わっているとばれれば、管理局上層部にそれを利用されて指名手配などされてしまうだろう。
 それを避けるため、入念なチェックをしてきたから、大丈夫だ。

「……さて、見てるんだろ。ジェイル」

 だが、ジェイルは別だ。
 あいつの場合、サーチャーではなく純粋な機械でこっちを見てそうだし。
 超小型カメラとかだと僕でも見つけづらいぞ。解析魔法で何とかってレベルだ。

『いやぁ、まったく、よくここを見つけたね!入口なら開いてるから入ってきたまえ。なに、恩人である君に罠なんて掛けないさ。それに、掛けても無駄そうだしね』

「色々と聞きたい事もあるからな。椿、葵、行くぞ」

「相変わらずよくわからない人だねー」

「理解し難いわ…」

 土に隠れた地下への入り口から、ジェイルの研究所へ入っていく。
 さて、聞きたい事が色々あるが…答えてくれるか?と言うか、答えがここにあるのか?





「む、お前たちは……」

「ん?」

 研究所を進んでいると、僕より少し小さいぐらいの銀髪の少女と出会った。
 眼帯をしているから、目を怪我しているのか何かを隠しているのだろうけど…。
 …前来た研究所では見なかったな。まぁ、見て回ってなかったからだけど。

「…そうか。ドクターが言っていた恩人はお前たちの事か。…先の件は本当に感謝している。私たちも、ドクターを解放したかったのでな」

「まぁ、気にしないでくれ。僕自身、彼をこのままにしておくのは惜しいと思ったから協力しただけだからさ」

 どうやら、彼女達にも僕の事は伝えられていたようだ。
 …侵入者扱いされて一戦交えるかと思ったよ。

「えっと…」

「…あ、僕は志導優輝だ」

「草野姫椿よ」

「薔薇姫葵だよー」

 名前が分からなさそうだったので、先に名乗らせてもらう。
 どうやら、当たりだったようで、彼女の顔が少し明るくなる。

「私はチンクだ。一応、妹たちもいてその纏め役を担っている」

「なるほど…。ジェイルはどこにいる?」

「ドクターならこっちだ。折角だから案内しよう」

「助かる」

 チンクの案内の下、僕らはジェイルの所へ向かった。





「ここだ。私はやる事があるので席を外させてもらう」

「悪いな」

「構わんさ」

 チンクと別れ、僕たちはジェイルのいる部屋に入る。
 …何気にこの基地広いな。地下を有効活用しているようだ。

「やぁ」

「…見つけるのに苦労したぞ」

「それは済まないね。君に専用の通信媒体を渡すのを忘れていたよ」

 以前、ジェイルの爆弾を取り除いた時は、僕が関わった事がばれないように連絡先を交換したりしなかった。
 まぁ、どの道こちらからの通信は繋がらないようにしているらしいが。

「専用の通信媒体があるのか…」

「既に娘たち全員に埋め込んである。普通のジャミング程度では一切阻害されない優れものさ。ただし、他の念話などには使えないから注意したまえ」

「…埋め込んでいるのか…」

「人体にはなんら影響はないよ。私にあった爆弾と違ってね」

 元々人造生命体だから仕方ないだろうけど……双方納得してるならいいか。
 結局は管理局的にも地球の法的にも違法なのだが…法じゃこいつは縛れないからな。

「それで、何を聞きに来たのかね?」

「…大体は予想ついてるだろ。ゼスト隊だ」

「ふむ。やはりか」

 そう答えるという事は、やはり関わっていたらしい。
 むしろ、関わっていなかったら予想外なのだが。

「あれは最高評議会から最後に受けた注文でね。壊滅する事が条件だったのだよ」

「…死体がなかった事から見るに…」

「もう彼らに見張られる私ではないからね。少々こちらで預からせてもらっているよ」

「なるほどな…」

 いい判断だとは思う。…道徳的にどうなのかは置いておいて。
 壊滅させる注文…つまり、最高評議会にとってゼスト隊…少なくともゼスト・グランガイツは目障りだったのだろう。
 だから、生きたまま戻らせても意味がない。そのため、預かっているのだろう。

「いやしかし、彼らも中々だよ。ガジェットがなければこちらがやられていた」

「さすがゼスト隊だな」

「おかげでチンクが怪我をしたのだが…なぜか治そうとしなくてね。可愛らしい顔が台無しだと思ったよ」

「彼女の眼帯はそういう事か…」

 という事は、交戦した正体不明の魔導師は彼女の事か。
 …まぁ、見た感じ只者ではないと思ってはいた。敵意がないからスルーだったけど。

「だが、眼帯したチンクも中々…と思う私もいてね。いやはや…」

「おーい、娘自慢になってるぞ」

「おっとすまない」

 やっぱりジェイルは面白い所もある。
 だからこそ僕も協力しようと思うんだろうな。

「……それで、肝心のゼスト隊は?」

「この基地のトレーニングルームにいるよ。かなり頑丈に作ってあってね。彼らは今も切磋琢磨しているよ」

「説得はしておいたのか?」

「彼らもどこか疑問には思っていたらしい。どの道逃れられないだろうと、ゼストは観念して平常でいるようだね。一番大きな怪我を負ったからだろうけど」

 おそらく、ゼスト・グランガイツとチンクが戦ったのだろう。
 それで、大きな怪我を負ってしまったと…。

「管理局では魔力反応のない攻撃とかを使っていると聞いたが…。もしかして、彼女達の力は…」

「君の使う“霊力”とやらではないさ。…っと、さすがにこれ以上は言えないね。何でもかんでもネタばらしするのはつまらない」

「…まぁ、お前なら霊力でも魔力でもないエネルギーや技術を生み出していても何もおかしいとは思わないからな」

 こと、研究関連になると僕も本気を出さないと対抗できなさそうなぐらいだしな。
 戦闘と研究と言うジャンルの違いがあるから一概には言えないけど。

「…これからどうするつもりなんだ?」

「どの道私は犯罪者なのでね。なら、犯罪者らしく好き勝手しようと思っているのだよ。具体的に言えば、最高評議会を潰すとかね」

「大まかにはそうなんだろうが、細かい事も色々しそうだな」

 ゼスト隊に関しては、実質ジェイルが生殺与奪権を握っている。
 いざとなれば被害者としてゼスト隊は解放するのだろう。

「だが、やっておきたい事もあるのだよ」

「やっておきたい事?」

「こちら側にゼスト隊を引き込んだのはいいのだが…内一人が娘を一人残したままになっているのだよ。それなら、いっその事連れてくるべきだと思ってね」

「…それただの誘拐じゃないか」

 ちなみに、他の人は独り身だったり、夫や妻がいたりと、幼い子供を残す事になる事はないらしい。…いや、それでもダメな気がするんだが…。
 まぁ、厚遇だとは言え、生かすも殺すもジェイルの自由だからな。
 迂闊に動けないから大人しくしているのだろう。

「他には…そうだねぇ。私は悪役と言うものが面白いと思っていたのだが、ダークヒーローと言うのも最近面白そうだと思っていてね」

「……何する気なんだ?」

「私の所以外の違法研究所を潰しまわる事にしたよ。もちろん、ゼスト君達も使ってね」

「クロノ達が頭を抱える未来が見えるな…」

 本当にこいつは引っ掻き回すのが好きだな…。
 今この場でどうかしようにも、対策は取られているだろうし…。
 放置安定か…。根が悪い訳ではないし、世界滅亡とかはさせないだろう。

「…まぁ、成り行き以外では僕らは敵対しない事にする。…ただし、その時は全力で行くつもりだから、覚悟しておけよ?」

「百も承知さ」

「じゃあ、ゼスト隊の方を見に行ってから帰るが…見に行ってもいいか?」

「構わないさ。とりあえず、ここの事を漏らさなければね」

「それなら任せておけ。…じゃ、行くか」

 椿と葵を連れ、ジェイルと別れる。
 面白い奴ではあるんだが…いかんせん、相手をしていて疲れる。

「まさかずっと黙っているとはな…」

「ああいう手合いの相手は口を挟まない方がいいのよ」

「一応、優ちゃんが言葉巧みに騙されていないか見ているって言うのもあるよ」

 ジェイルと会話中、ずっと二人は黙っていたが…。
 会話の外にいる事で、誘導されていないか見ていてくれてたんだな。

「とりあえず、ゼスト隊を見に行こう。…何気に初対面だったな」

「場所は分かるの?」

「貰った端末についでのように場所が書かれていた」

「用意周到だね」

 ちなみにデータとしてではなくて、ペンで直接だった。
 水性マジックで書かれていたから後で消しておこう。





「…ここか」

「中々大きそうだね」

 辿り着いたのは、それなりに大きな扉だった。
 傍に認証する機械があり、これで何かしら認証させないと開かないらしい。

「…ちらっと壁の材質を見たが、相当な強度だな…。葵の刀奥義でもほとんど傷が付かなさそうだぞ…」

「えっ、それは相当頑丈だね」

 これならSランク魔導師が中で全力戦闘しても壊れる事はないだろう。
 …それはともかく、どうやってこの中に…。

「…って、この端末か。」

 ジェイルに貰った端末を翳すと、扉が開く。
 扉の先はしばらく通路になっていて、観覧席的な場所もあるらしい。

「(観覧席の方に行くか。そっちの方が安全だし)」

 別に戦うためにここに来た訳ではないので、そちらへの道を選ぶ。
 …少しゼスト・グランガイツと戦ってみたいと言う気もあるけど。

「……へぇ…」

「珍しい魔法だね」

「こういうのもあるのね」

 観覧席に辿り着くと、フィールドの方では水色の帯のようなものが飛び交っていた。
 それはまるで道のようで、足場にもできそうなものだった。

「っ……!」

「っと、何もしませんよ」

 観覧席にいたゼスト隊の一人がこちらに気づき、デバイスを向けてくる。
 そりゃあ、見かけない人がいきなり来たら警戒するだろう。
 …と言うか、敵(仮)の本拠地にいるんだからいつも以上に警戒はするだろう。

「誰だ…!」

「ドクタージェイルとの知り合いです。…と言うより、気に入られてるだけですが」

「……何しにここに来た…」

 うーむ、当然だけど滅茶苦茶警戒されてる…。

「見学ですね。ここでゼスト隊が訓練していると聞いて」

「…………」

 …とりあえず、何もしないという事で見学を続けよう。
 と思ったのだが、フィールドにいた面子もこちらを見ていた。

「…どうするのよ優輝」

「あはは、やっちゃったなー。戦いが終わるまで姿を隠しておくべきだったかも」

「今更遅いけどねー」

 警戒しながら、全員が僕らを包囲するように動く。

「……む?その出で立ちと、使い魔とユニゾンデバイス……まさか、志導優輝か?」

「あ、僕を知っている人が…って、ゼスト・グランガイツ?」

「そうだが…」

 僕を知っている人がいたと思ったら、ゼスト・グランガイツ本人だった。
 …知られるような事したっけな?

「同じベルカの使い手としてある程度は知っている。…だが、なぜここにいる」

「ゼスト隊が壊滅したと聞き、見つけたガジェットの破片を手掛かりにここを見つけた。…と言うのが一連の流れと言った所でしょうか。」

「…………」

 リヒトには触れずに、両手を上げた状態でそう答える。
 すると、何もしないと分かったゼスト隊は武器を降ろす。

「普通にここに入ってきたという事は…」

「先程そちらには言いましたが、ドクタージェイルとは知り合いです。また、気に入られている身なのでこうして自由に研究所内を移動している訳です」

「そうか…」

 何とか警戒を解いてもらえたようで、改めて自己紹介するか。

「では改めまして…僕は志導優輝。今回は渡航許可だけを貰って自力でここまできました」

「…使い魔の草野姫椿よ」

「ユニゾンデバイスの薔薇姫葵だよー」

 簡単に自己紹介をする。すると、僕だけならともかく、三人でならある程度知っている人がいたようで、ちらほら反応が窺える。

「確か…最近管理局でも有名だった…」

「そう言えば、“魔導師殺し”とか言われてたような…」

 少し騒めきが大きくなった所で、先程ゼスト・グランガイツ…ゼストさんでいいか。
 彼と戦っていた紫髪の女性が手を叩いて静める。

「彼について気になる事があるのは分かるけど、今はそうじゃないでしょう?」

「…そうだな。…なぜこの部屋…いや、その様子だと、なぜ俺達に会いに来た?」

「なぜ…と言われましても」

 特に意味がある訳ではないとはいえ、僕は理由を口にする。

「世間上では、壊滅…戦死した扱いのゼスト隊が、今どんな様子か確かめておきたかった…という所でしょうか。あのドクタージェイルが関わっていると知って、こうして場所を突き止めてきたんですから」

「………」

「…貴方は、管理局の敵?それとも味方なのかしら?」

 理由を言うと、今度は先程とは違うもう一人の紫髪の女性がそう言ってきた。

「…敵でもあり、味方でもある…と言った所ですね。管理局も一枚岩ではないのが良く分かっているので…」

「そう……」

 …敵意がないとは分かっているが、どうやら警戒までは解けないらしい。
 まぁ、ここまで怪しい行動を取っていればな。

「…最高評議会の事か」

「…知っていたので?」

「あのマッドサイエンティストに聞かされた。俺達が目を覚ました際に、な」

「まぁ、大体はそういう事です。僕としても、奴らの息が掛かったものは信用できなくなっているので…」

 ジェイルから聞かされていたようだ。話が早くて助かる。

「自身が“悪”だと思った存在を、自身にとっての“正義”を以って裁く。…人間なんてそんなものよ」

「…椿?」

「要は、“正義”は心の持ちようによって“悪”になるの。…最高評議会も同じよ。大方、自分たちがやっている事は“正義”と信じて疑ってなさそうね」

「非人道的な人体実験とか、他にもロストロギア関連での手回し…。優ちゃんが調べただけでも裏が出るよ出るよ」

 …確かに、僕らの近くにもいるな。織崎(そんな奴)が。
 …僕も気を付けないとな。正しいと思っていても、周りからすれば間違っている事もあるのだから。…そして、それは既に経験しているのだから。

「まぁ、所詮は人の匙加減で裁くべきか決まるわ。…矛先を向ける相手を、間違えないようにね」

「………分かっている」

 ジェイルに知ってはいけないような事を知らされたのだろう。
 ゼストさんは苦虫を噛み潰したような表情で、そういった。

「……本当、まだ子供とは思えないわね…」

「生憎、普通ではないので…」

「私と葵はこれでも貴方達より年上よ」

 …それにしても、ちらっと顔見せして帰るつもりだったんだがな…。
 結構、足止めを喰らってしまっている…。

「…所で、まだ皆さんの名前を知らないのですが…」

「…っと、そうだったな。…まだ信用できないとはいえ、お前のような相手には名乗っても名乗らなくても変わらなさそうだ」

 そういう訳で、ゼスト隊の全員の名前を知る。
 数少ない女性二人は、クイント・ナカジマ、メガーヌ・アルピーノと言うらしい。
 しかも、副隊長格なので相当強いとの事。
 また、壊滅の際の戦闘から復帰したばかりらしく、力も落ちているらしい。

「ジェイルが言っていた娘がいる人って…」

「私の事ね」

 どうやら、メガーヌさんが件の人らしい。

「…でも、ルーテシアまでここに連れてくるなんて…」

「この場合、むしろ連れてきた方が安全かもしれませんがね」

 何しろ、ジェイル曰くゼスト隊の壊滅は最高評議会が注文してきた事だ。
 つまり、知られてはいけない事をゼスト隊は知ったのかもしれない。
 そうなれば、保護者のいない小さな子がどうなるか分かったものじゃない。

「…娘さんの魔法の素質は?」

「…全体的に見れば年齢の割に高い方だと思っているわ」

「なら、余計に危険ですね。…人造魔導師を裏で作っているような上層部に目を付けられたら、どんな事をされるか…」

「っ……!?」

 サッと青褪めるメガーヌさん。
 ジェイルから話を聞いた後なら、容易に想像できるだろう。
 …なんか騙しているみたいな感覚だな。

「…とりあえず、今日はもう帰ります。いつまでもここにはいられませんから」

「…ああ。俺達はもうあいつの言う事を聞かなければ碌に行動もできないが……お前はまだある程度自由だ。…管理局の方は頼んだぞ」

「あまり管理局にいる訳でもないんですけどね…任されました」

 敬礼をし、僕らは立ち去る。





「…一度、管理局上層部について本格的に調べるべきか」

「いいのかしら?それをすれば目を付けられるわよ?」

「大多数の敵から追われるのは経験済みだ。…なんなら、椿と葵は雲行きが怪しくなったら同行しなくていいぞ」

 尤も、目を付けられないように立ち回るつもりだがな。

「見くびらないで。その程度で貴方の下を去る程、私は愚かではないわ」

「そうそう。それに、優ちゃんをもう一人にはしたくないからね」

「…そうか」

 二人は、どこまでも付き合ってくれるようだ。
 …問題であり肝心なのは、上層部をいかにして切り崩すかだけどな。

「(ジェイルも動いている。地道にやっていくか)」

 今の僕は、管理局どころか、数多の次元世界をよく行き来する事すらない。
 嘱託魔導師として活動はしているが、なのは達程じゃないからな…。

「……日常生活と魔導師としての生活、両立が難しいな…」

「…情報収集はあたし達がやろうか?」

「いいのか?」

 情報収集を二人に任せる…。確かに、以前は隠居生活をしていたから、人に見つからないように情報を集める事もできそうだが…。

「任せて」

「何かあったら知らせれるように、御札も作ったのよ?」

「…なら、任せるよ」

 強さに関しては心配する程でもない。
 その上保険もあるなら…僕も心置きなく任せられる。

「(身体的な異常の他に、精神的な異常も知らせてくれるのか…)」

 受け取った御札は、精神干渉すら知らせてくれる代物のようだ。
 これなら、織崎のような魅了などもすぐに察知できるだろう。

「ゼストさんはああ言っていたが、急ぐ必要はない。大体はジェイルに任せておけばいいからな。…でも、いざという時は頼んだ」

「ええ。任せなさい」

 これからの事を決め、僕らは帰路に就いた。











 
 

 
後書き
解析(アナリーズ)…31話にも出てきた解析魔法。士郎の解析魔術のように、内部構造を読み取ったり、身体の状態を解析する事ができる。アナリーズは解析のドイツ語。

ナンバーズはinnocent仕様になっています。つまりノーヴェやウェンディが少し縮んでいます。(性格もinnocent寄りに。) 

 

第115話「兄として・前」

 
前書き
空白期での原作兄キャラのお話。
前回からそれなりに時間が飛びます。
なお、飛んだ時間の中で、リインには子供サイズに形態変化する機能が追加されてます。(特に関係のない事なので描写なしです。)
 

 




       =out side=





「待てっ!!」

「っ……!」

 とある管理世界で、二つの影が動く。

「(誰かと協力…いや、無理だ。部隊の皆は他の連中と交戦中。今から援軍を要請しても間に合う訳がない。…やはり、俺が…!)」

 追いかける側である、ティーダ・ランスターは牽制の射撃を避けながらそう思考し、追跡を続行する。

「くっ……!」

「ちぃ……!」

 無理に距離を詰めようとすれば魔法が、魔法の対処をしていると距離が。
 追いつ追われつの関係だからこそ生じる一進一退の攻防が続く。

 …事の発端は単純な事だった。
 ティーダが所属する部隊に違法魔導師のグループの検挙を命じられたのだ。
 事は順調に進んだが、リーダー格の男が仲間を見捨てて逃走。
 それをティーダが追いかける事になっただけだった。

「(当たる事はないが…かと言って、距離を詰めれない…!)」

 そんなこんなで、入り組んだ道を駆けながらティーダは追跡し続けていた。
 すると、少し開けた場所に出る。

「(公園……占めた!)」

 ある程度見晴らしのいい場所に出た事で、ティーダは勝負に出る。
 速度を高めた魔力弾を操り、犯罪者の進行方向に着弾させる。

「そこまでだ!…逃げられると思うな…」

「くそが……!」

 僅かな怯み。その隙を利用してティーダはさらに魔力弾を展開。
 デバイスの銃口も犯罪者に向け、不用意に動けなくする。

「こんな所で.…捕まってたまるか!」

「っ……!」

 すると、犯罪者は反撃の射撃魔法を放つ。
 すぐさまティーダは魔力弾で相殺するが、犯罪者は既に次の手に移っていた。

「しまっ……!」

「はぁっ!!」

 魔力を地面に叩きつける事による簡易煙幕。
 視界を奪われたと理解したティーダは、すぐに砂埃の範囲から脱出する。

「……そこだ!」

 どこに行ったのかすぐに見つけ、ティーダは魔力弾を数発放つ。
 相手もこのまま逃げてもすぐに足止めされると分かっていたらしく、その魔力弾を避けてティーダへとデバイスを向ける。

「喰らえっ!!」

「っ!」

 一筋の砲撃魔法。それがティーダに迫る。
 既に魔力弾を展開している今、ティーダはすぐには相殺できる程の魔法を放てない。
 だが、ティーダはそれを読んでいた。

「なっ…!?」

「残念だったな」

 砲撃魔法はティーダに直撃…したかのように見えた。
 幻術魔法…それによって、ティーダはの射程外に逃げていたのだ。

「終わりだ!」

 慌てて逃げ出そうとした犯罪者に牽制の魔力弾を放ち、足止めする。
 そして、ティーダはトドメの魔力弾を撃とうとして…。

「っ………!?」

 視界に移ったものに、硬直する。

「(子供……!?なぜここに…逃げ遅れたのか!?)」

 公園の隅の方。そこに、子供が一人佇んでいた。
 目の前で戦闘が起きていたため、怯えて完全に動けなくなっている。

「そこの子供!早く逃げなさい!」

 慌てて呼びかけるティーダ。しかし、子供は動かない。
 否、動けなかった。恐怖で足が竦んでしまっているからだ。

 …そして、ティーダはここでミスを犯してしまった。
 犯罪者が、その言葉を聞いて利用しないはずがないのに。

「っ…!」

 犯罪者のデバイスが、子供へと向けられる。
 “人質に取られる”。そう理解したティーダは真っ先に子供の下へと向かった。

「…ははっ!」

「くっ…!(避ける訳には…!)」

 身を挺して庇おうとするティーダを見て、犯罪者は人質に取るのをやめ、これを機にティーダを殺そうと砲撃魔法を放とうとする。
 ティーダはそれを見て、対処しようとするが、後ろに子供がいるため、避ける事はせずに防御魔法で防ごうとする。

「ぐぅぅうううう………!!」

「はははは!!残念だったな管理局員さんよぅ!」

「ぐ、く……!に、逃げるんだ…!」

 防御魔法で耐えながら、ティーダは子供へと呼びかける。
 その呼びかけにより、子供は竦んだ足を必死に動かして逃げ出す。

「っ、ぁあああああっ!?」

 子供が逃げたのを見送ったティーダは、防御魔法を破られて吹き飛ばされる。
 幸い、ほとんど防げていたため、殺傷設定とはいえ、傷はあまりなかった。
 だが、すぐには動けない程のダメージを負ってしまう。

「ははは!献身的だな!じゃあ、これはどうする?」

「っ……!」

 必死に逃げようとしている子供に対し、犯罪者はデバイスを向ける。
 収束する魔力を見て、子供は慌てて逃げ出そうとする。
 しかし、恐怖と足の竦みから足をもつれさせてこけてしまう。

 このままでは子供が殺される。
 ティーダはそう確信して、痛む体に鞭を打って立ち上がる。

「(させない……!あんな、まだティアナぐらいの子を、やらせはしない…!)」

 それは、管理局員としてよりも、一人の“兄”としての意地だった。
 砲撃魔法を受けて満身創痍ながらも、ティーダは子供を庇うために動く。

「ぁああああっ!!」

「じゃあ、死ね!」

 先ほどの砲撃魔法よりも弱い…しかし、人一人を殺す魔力弾が放たれる。
 それに対し、ティーダは自身を盾のように子供の前に躍り出た。

「っ、ぁ………!」

 そして、その魔力弾がティーダに直撃した。

 …そう。これは、“原作”であれば殉職するはずの出来事。
 相違点が多々あるとは言え、この世界でも同じようになるはずだった。





   ―――優輝と、出会っていなければ。





     キィイイン!

「な、なにっ!?」

 ティーダに当たったはずの魔力弾は、掻き消えるように弾かれる。
 それを見た犯罪者は、突然の事に動揺する。

「(好機!!)」

 その隙を見たティーダは、自身がなぜ助かったか理解する前に体を動かした。
 加速魔法による肉薄。そこからのゼロ距離砲撃魔法が放たれる。

「がぁあああああっ!?」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 一瞬のチャンスを見事モノにし、ティーダは犯罪者を昏倒させた。

「ランスター一等空尉!」

「っ……民間人の保護を!」

「え、あ、はい!」

 そこへ、仲間が駆け付け、この戦闘は無事に終わった。

「……さっきのは…」

「あ、あの…!」

「ん……?」

「ありがとうございました…!」

 先ほど、なぜ攻撃が掻き消えたのか、今更ながらに疑問に思うティーダ。
 そこへ、護り抜いた子供がお礼を言ってくる。

「…無事でいてくれて、こちらこそありがとう」

「えっ…?」

「でも、今度から危ないと思ったらすぐに逃げるようにね」

「あ、はいっ!」

 元気よく返事してくれた事に、ティーダは微笑んだ。

 …こうして、本来ならティーダが死ぬはずだった運命は覆されたのだ。







       =優輝side=





「…よし、調子はどうだ?リヒト、シャル、葵」

〈良好です〉

〈霊力関連の機能も異常ありません〉

 ゼスト隊壊滅から二年。
 僕らは今日、リヒトとシャルのメンテのためにミッドチルダに来ていた。
 葵もユニゾンデバイスには変わりないので、今では僕が定期的に見ている。

「終わったのね」

「んー、バッチリ!」

「よし、じゃあ帰るか」

 ミッドチルダでの用は終わった事なので、家に帰る事にする。

 …この二年、特に変わった事は起きなかった。
 なのはが怪我から復帰したり、フェイトが執務官試験のリベンジで受かったり、ユーノが最近になって無限書庫の司書長に就任したりと…その程度だ。
 管理局の黒い部分は調べたら大体はジェイルに情報送っているものの、上層部に特に変化はない。…と言うか起こせない。ガードが堅いのもあるが、不用意に瓦解させるような事をすれば、管理世界の秩序はたちまち崩壊するだろうし。
 まぁ、違法研究所は何回かジェイル達が潰したけど。

 他にあった事は…まぁ、僕らが小学校を卒業した事だろう。
 と言っても、何事もなく中学に進学したが。
 聡は結ばれてからは玲菜とさりげなくイチャイチャしてばっかりだし…。
 …あいつらカップルになってから素直になりすぎだろ。そう言うものなのか?

 学校と言えば、アリシアは高校にも進学するようで、受験勉強に取り組んでいる。
 偶に僕らやアリサ達を交えて勉強会も開いているな。
 なお、高校には既に管理局関連で度々休む事をぼかして伝えてある。
 定期的に行う特殊な試験を受けて合格すれば、出席日数や成績などによる留年の心配がほとんどなくなるとの事らしい。所謂特待生みたいなものだ。
 だからアリシアも必死になって勉強しているのだが。

 霊術に関しては、もうほとんど出来上がっている。
 アリサ、すずか、アリシアの三人はその気になれば管理局の並の武装隊ぐらいなら相手取れるだろう。力量としては、アリシア≒アリサ&すずかと言った所だ。
 司と奏も両立できるようになって、最近は五人で競い合わせるだけでも十分な修行になる。…と言うか僕らも混ざって模擬戦をしたりする。結構楽しい。
 霊術と言えば、那美さんと久遠も使うようになったが…。
 那美さんは相変わらず戦闘系は苦手なようだ。一応、一般人には早々負けないようにはなっているし、回復や防御はアリサやすずか以上だ。
 そして、久遠は…うん、やばい。霊術限定なら葵に迫れる強さを持ってる。大人モードによる全力に至っては、椿と葵じゃないと相手取れない程だ。
 さすがに望んで戦闘をする性格ではないので、実戦ではもっと弱いが。

 以前に会った蓮さんや、シーサーさんは…ほんの少ししか連絡を取っていない。
 シーサーさんは一度椿や葵に会いに来て、その際に蓮さんも探し出して交流したけど。
 だけど、それ以来は特に連絡を取り合ってない。
 まぁ、お互いにそこまで干渉しあう必要がないからな、気にする事もない。

「…ん?優輝君じゃないか」

「あ、ティーダさん」

 これまでの事をなんとなく振り返っていたら、ティーダさんと遭遇した。
 どうやら、休憩時間のようで、偶然僕を見つけたらしい。

「奇遇ですね」

「そうだな。…っと、そうだ。優輝君達にちょっと言っておきたい事があったんだ」

「……?」

「そのためには、この間の任務の事を言わなければな。実は―――」

 そういって、近くの椅子に座ってティーダさんは語り始めた。



「―――それで、君達を探していたんだ」

 説明が終わり、ティーダさんは僕らを見る。

「……それで僕らにお礼を言いに…」

「…ああ。後から見れば、あの攻撃を弾いたのは君から貰った御守りのおかげだと気づいてね。もしなければ、俺は死んでいたかもしれん」

 どうやら、つい先日にあった任務で、御守りが働いたらしい。

「いいですよお礼なんて。元より戦いなんて死ぬ可能性が高いんですから、ただ今回は助かったって思うだけでいいですよ。」

「む…そうは言ってもな…」

「気持ちだけで十分です」

 と言うより、気持ちだけがいいんだけどね。
 物で感謝されるよりは、そっちの方がいい。対価を求める気もなかったし。

「御守りを作ったのは私だけどね」

「…………」

「まぁ、私も礼の品はいらないけど」

 うん、事実を言っているだけなのに、椿の言葉が何故か刺さる…。

「…とりあえず、今回は仕方ないですけど、無茶はしないでください」

「優ちゃんも無茶をよくするけどねー」

「うぐ…そうせざるを得ない状況でしか無茶をした覚えはないんだけど…」

 今度は葵が口を挟む。…こっちも刺さるなぁ…。

「分かってる。ティアナがいるんだ。成人するまで、死ぬ訳にはいかない」

「そうですね。…家族、それも妹がいるのに死んでられませんからね」

「……君は毎度の事、そういう話になると随分重みのある事を言うな」

「………」

 …さすがに露骨すぎたらしく、ティーダさんにそう言われる。

「……数年前の話です」

「優輝?まさか…」

「少し話すだけさ。少しだけな」

 せっかくだ。一部分だけ話すとしよう。
 ティーダさんには同じ事になってほしくないからな。

「……まさか、君は…」

「…はい。僕には妹がいました。…もう、過去の事ですけどね」

「っ……」

「どうしてなのかは……まぁ、僕の力不足とだけ言っておきましょう」

 本来ならティーダさんに…と言うより、人に話す事ではないだろう。
 でも、同じ“兄”として、少しは伝えようと思った。

「だから、か…」

「…僕も一人の“兄”ですから。同じ“兄”として、選択を間違えないようにと」

「そうか…」

 家族…それも大切にしていた妹(もしくは弟)を喪うのは途轍もなく辛い事だ。
 それが自身の力不足が関わっているとなれば、なおさらだ。

「僕のように事情がある訳ではないですから、ティーダさんがいればティアナちゃんは大丈夫でしょう。…ただ、だからと言って貴方が死ぬような事はやめてください」

「…分かっているさ。さっきも言ったように、ティアナがいるのに死ぬ訳にはいかない」

 …うん。これならティーダさん自身が選択を誤る事はないだろう。
 問題は、外的要因での事だけど…こればかりはどうしようもない。

「…あ、そういえば、あの御守りは今持っているかしら?」

「御守り?一応、肌身離さず持っているが…」

「少し見せてもらえないかしら?」

 椿がティーダから御守りを受け取り、その中の御札を見る。

「…まだまだ持つけど、こっちの方がいいわね」

「中身の交換か。まぁ、そっちの方がいいわな」

 どうやら、改良型の術式を込めた御札と交換するようだ。

「…御守りだからあまり気にしてなかったんだが、魔法を弾くって、どういう物なんだ?それ…」

「どういうものかと言われましても…。次元世界のどれかには、魔力ではない力があったりするでしょう?地脈とかそう言った類の…」

「興味はあまりなかったが…聞いた事はあるな。…そういう話をするという事は、そっちの世界にもそういった力が存在して、その御守りは…」

「持ち主を守護する力が宿っている…。今回交換したのはより強力なものと言った所です。…と言っても、大抵はミッドチルダでも売られているような、形だけの御守りですが」

 霊力に関しては一応秘密にしておく。
 ちなみに、地脈云々の話だが、それは事実であると僕らは調べてあるし、管理局も知っている。ついでに言えば地脈の力は霊力で、実際は霊脈でもあるようだ。

「…と、いう事は高いんじゃないのか?相応の効果があるって事は…」

「値段にすれば高いかもしれませんね。まぁ、費用自体はほぼタダです」

「…そういえば、作ったと言っていたね」

「そうね」

 一応誤魔化すように言ったが、椿の“作ったのは私”と言う発言を覚えられていた。
 椿も少し迂闊だったような表情をしていて、動揺しているみたいだ。

「…次元世界によっては、独自の戦闘スタイルとかがあったりするから…まぁ、こういう事もおかしくはない。偶然知り合った君達が、偶然御守りの作り方を知っていた。…そう思う事にするよ」

「…心遣い感謝します」

 その動揺が、またもや気づかれてしまったのか、ティーダさんはそう言った。
 これだと、ぼかした言い方だった事にも気づいているのだろう。

「けど、それだとますます何かお礼した方がいいんじゃないかなと思うんだが…」

「あー…でしたら、この御守りの事は口外しない事を約束してください」

「そう来るのか。まぁ、当然だな。分かった。そっちにとっても都合の悪い事があるのなら、俺は口外しないと約束しよう」

「助かります」

 …これからは、もっとばらす可能性を減らそうか。
 と、言うよりも…同じ“兄”として、妹を大事にしているティーダさんだから、ここまでお節介を焼いて口を滑らせたのかもな…。

「では、僕らはこれで」

「ああ。呼び止めて悪かったな」

「いえ、これからも無茶しない程度に頑張ってください」

 話も終わった事なので、席を立って僕らはティーダさんと別れた。
 色々と口を滑らしてしまったけど…これからは用心しないとな。





「…………」

「…………」

「…………」

 ティーダさんと別れ、適当に買い物をして帰る…はずだった。

「…なぁ」

「皆まで言わないで。分かってるから」

「でも見過ごせないよねー」

 見上げる先には、ナイフを持った男が、マンションのベランダで少女を人質に何かを叫んでいた。...典型的な立てこもり事件と言った所だろうか。

「…僕って間違いなく巻き込まれ体質だよな」

「そうね」

 管理局も既に集まっており、誰かが前に出て交渉しようとしている。
 だが、やや錯乱しているのか、犯人は聞き入れようとしない。

「(…という割には、周りは結構見えているタイプだな。アレ)」

 下から魔力弾などで狙うのは可能だろう。
 だが、そんな素振りを見せればすぐに犯人は気づいていた。
 今の所人質に手は出されていないが、次に変な素振りを見せれば命はないだろう。
 例え不意を突いた一撃を入れようとも、それで倒せなければ人質がアウト。もしくは盾にされてどの道アウトになってしまう。

「千日手だね」

「となると、使うべき手段は…」

 マンションから遠く離れた、同じくらいのビルへと視線を向ける。
 そう。この場合、最善の手は知覚外からの一撃必殺。すなわち…。

「……狙撃か」

「人質に当てずに狙撃…結構難しいわよ?」

「だけど、それ以外に確実な方法はないさ。僕らなら何とかできるかもしれないが…」

 霊力による気配遮断ならば、気づかれない可能性は高い。
 だけど、要請が出ていない今の僕は、一般市民と変わらない。
 霊術を魔法と誤魔化したとしても、無許可での行使は厳禁だ。
 …さすがにいざとなればそんなの関係ないが。

「狙撃、上手くいくかな?」

「分からんな…」

「遠距離からの狙い撃ちは精神状態にも関わってくるわ。射手が冷静且つ腕が良ければいいのだけど…」

 ……なんだろうな。嫌な予感がする。

「…椿、もしもの時は、代わりに犯人を頼む」

「優輝?」

「狙撃の保険さ。誤射の場合、僕が気を逸らすから、その隙に椿が撃ち抜いてくれ」

「…わかったわ。葵、行くわよ」

 手順は簡単だ。
 魔法によっては、離れた場所にシールドを張る事ができる。
 もし、誤射で人質に当たってしまいそうな時は、それで防ぐ。
 少なくとも、狙撃という事で犯人は動揺するだろう。
 人質に誤射しなかったとしても、それは変わらない。
 そこで、その隙に椿が近場のビルから矢で射貫いてもらう。
 もちろん、葵とユニゾンしているから非殺傷設定の魔力の矢だ。

 これで、誤射しなければそれでよし。
 もし失敗しても、僕らがフォローするから無事解決できる。
 …その場合、無断で魔法を使用したとして厳重注意とかされるがな…。

「(僕らがそれなりに離れた位置にいて良かった)」

 僕らは、マンションを遠目で見るぐらいの位置で、この事件に遭遇した。
 つまり、見つからないように適当な建物の屋上に移動する事など容易いのだ。
 そのため、僕はシールドが張れる範囲内の建物。椿たちは気配を消しつつ狙撃しやすい建物の屋上に、それぞれ移動した。

「(さて、何事もなければいいが…)」

 実際、これは無駄に用心を重ねただけだ。
 少し嫌な予感がして、対策に対策を重ねるような、神経質な程の用心だ。
 だから、杞憂に終わるに越したことはない。

「『椿、そっちで狙撃手の確認はできるか?』」

『ちょっと待って頂戴。…………見つけたわ。犯人に向かって五時の方向にある建物よ。…若干、緊張しているわね』

「『なるほど。…まぁ、狙撃で緊張するのは仕方ないだろう』」

 言われた通りの方向を見ると、一人の男性が狙撃用のデバイスを持っていた。
 …後は、成り行きに応じて動くだけだ。

「(っ…!来た…!)」

 狙撃手から魔力の弾丸が放たれる。
 そして、その軌道は……。

「っ、リヒト!」

〈分かっています!〉

 …誤射する角度だった。
 咄嗟に僕は動き、人質の少女の顔の前に障壁を張る。
 僕が張れる遠距離障壁の限界範囲ギリギリなため、強度は期待できない。
 だが、非殺傷だったおかげか、弾丸は少女から逸れ、事なきを得た。

「『椿!』」

『任せなさい!』

 狙撃され、さらにはそれが少女に命中しかけた事で犯人は大きく動揺していた。
 そこへ、すかさず椿が矢を放ち、昏倒させた。

「…また嫌な予感が的中したか…。喪われた特典の影響が残ってるのか?」

 もし僕らが何もしなかったら、少女は片目を失明していたかもしれない。
 それほどまでに、危ない軌道だった。

「(…さて、事情聴取に付き合わないとな)」

 ふと、狙撃手の方へ視線を向ける。
 視力を魔力で強化して、狙撃手の顔を見てみると…狙撃手は顔を青くしていた。
 おそらく、僕が防いだとはいえ、誤射しかけた事が分かったのだろう。
 “やってしまった”。そんな感じの後悔が彼を責めているのだろう。

「優輝」

「椿、お疲れ」

「あれぐらい近ければ当然よ。…でも」

「…狙撃手の精神ダメージが相当大きいみたいだね」

「…………………」

 管理局が僕らの所までやってくる間、僕は狙撃手の事について考えていた。
 …後で、会った方がいいかもな。





「………ふぅ」

「しつこかったわね」

 事情聴取が終わり、僕らは一息つく。
 担当した局員が異様にしつこく聞いてきたので、結構時間がかかった。
 とりあえず、誤射による緊急事態だったのを認めてもらい、厳重注意で済んだが。

「うーむ、時間は…きついな」

「買ったものは霊術で無事だけど…夕飯に間に合うかしら?」

「外食で済ませようか。ここから近い場所は…」

 近くの飲食店を探し、僕らはそこで食べて帰る事にする。

「三名様ですね、こちらへどうぞ」

 案内された席に座り、メニュー表を見る。
 適当にメニューを決めて注文し、待ち時間を適当に潰そうとして…。

「……優輝」

「…ああ」

 僕の後ろ…隣接した席に座っている人の溜め息に、僕らは気づく。
 まず向かい側に座っている椿と葵が、遅れて僕が、その人物が誰か気づく。

「(…今日の狙撃手…)」

 この様子だと、相当落ち込んでいるようだ。
 …いや、この場合は後悔や罪悪感に苛まれていると言った所か。

「……………」

 本来なら、無関係な人間だ。
 そんな相手の悩みなど、聞く義理はないし、権利もない。
 ……だが…。

「………誤射した事、後悔してますか?」

「っ………!」

 その、今にも押し潰されそうな姿の彼が、どこか僕と同じ雰囲気だったからなのか。
 ……僕は、声を掛けていた。









 
 

 
後書き
用心しようとか思っていながらその日の内に首を突っ込む主人公。
まぁ、どっかの主人公にありがちな“超絶お人好し”をやっていますからね。

次回は狙撃手な彼視点から始まります。 

 

第116話「兄として・後」

 
前書き
どうしてこんな野郎共の話に二話も使っているのだろう…。(おい
それはともかく、狙撃手(誰かは大体わかる)視点からです。
 

 




       =???side=





 事の発端は、よくある突然な事件だった。
 “あるマンションで、一人の男が人質を手に何かを叫んでいる。”
 …そんな感じの報せだった。

 立て篭もり事件など、魔法文化のない世界でさえ起こるような事だ。
 …だが、その厄介さはどこでも変わらない。何せ、人質がいるのだから。
 そこで活躍するのが、俺だった。

 俺は狙撃手としての腕前は、部隊の中でもトップクラスだ。
 上司にも褒められた事さえある。
 その狙撃を以って、人質に当てずに犯人だけを一撃で倒す。それだけだ。

 今回も、そうして終わると思っていた。
 …その人質が、俺の妹でなければ。





「っ……ぁ………」

 犯人がいたマンションから離れたビルで、俺は茫然としていた。
 “やってしまった”。ただその想いが俺の胸の内を駆け巡っていた。
 人質が妹であるラグナだった。…まだそれはいい。狙撃で助けられるのだから。
 …だが、よりにもよって、俺は誤射をしかけた。
 俺の撃った弾が、誰かによって逸らされてなければ、おそらく左目は…。

「俺、は……」

 犯人は既に昏倒させられていた。おそらく、俺の誤射を防いだ奴が…。
 だが、今はそんな事はどうでも良かった。
 人質を…よりにもよって、大切な妹に誤射を…。

「ぁ…ぅ……」

 声が震え、上手く音として出ない。それほどまでに俺は後悔していた。
 思いあがっていた。妹だったからより緊張してしまった。
 …誤射した言い訳のような思考が浮かんでくる。

「違う……そんなのは関係ない…!」

 ただ、誤射した。その事実のみ。
 その事実のみが重要で、俺を苛んでいた。







「………はぁ」

 その日の夕方。
 俺は上司に途轍もなく怒られ、失意の中近くの店で夕食を取っていた。
 頭に浮かぶのは、誤射をしたあの瞬間。
 正直、上司に怒られた事なんて、どうでも良かった。
 ただただ後悔と罪悪感があっただけだからだ。

「(…実際に当たらなかっただけマシ……なんて思えるかよ…)」

 それは、上司に怒られた後、同僚からのフォローの一言だった。
 だが、そんなのは慰めにもならなかった。
 妹に対して誤射をしてしまった。…それこそが俺が失意の中にいる理由なのだから。

「(…あぁ、確かにマシだろうさ。…もし、本当に当たってしまっていたら、俺は……俺は……!)」

 コップを握る力が強まる。
 胸中を占めるのは、後悔と自分への不甲斐なさ、そして怒りだった。
 もっと上手くできただろうと、誤射の瞬間を思い出す度にそう思ってしまう。

「(すまない、ラグナ……)」

 既に管理局に保護され、先に家に帰っているラグナの事を想う。
 …おそらく、罪悪感から俺はまともに顔も見れないだろう。
 こんな不甲斐ない兄ですまない…。



 …そんな、精神的に参っていた時だった。



「………誤射した事、後悔してますか?」

「っ………!」

 後ろの席から、そう声が掛けられたのは。
 …身の毛がよだつ思いだった。いきなり誤射の事を言われたのだから。

「隣の席から失礼します。…あまりにも、深刻そうだったので」

「…あんたたちは……」

 黒髪の少年と銀髪の少女、そして使い魔らしき動物の耳と尻尾がある茶髪の少女。
 振り返った俺の視界に飛び込んできたのは、その三人だった。







       =out side=





「…悪いが、放っておいてくれ」

「貴方のその様子を見たらそうした方が無難なんですけどね…」

 そう言って、優輝は彼の隣の席に移る。

「……僕とどこか“同じ”に見えたので、そういう訳にもいかないんですよ」

「“同じ”……だと?」

「はい」

 “どういう事だ?”と、彼は訝しむ。

「他にも“同じ”だと思った人がいましてね…。貴方の様子と、その感覚から……誤射しかけた相手…貴方の妹かそれに類する人ですね?」

「っ………!?」

 その言葉で、一気に優輝達への警戒心が上がる。
 彼と人質の関係性をまさか一発で当てるとは思わなかったからだ。

「…あぁ、通りで……」

 彼の反応を見て、図星だと分かったのか優輝は納得したように頷いた。

「(……なんなんだ、こいつは…)」

 突然話しかけてきて、勝手に納得している優輝に、彼はそう思わざるを得なかった。

「…優輝」

「っと…。僕の悪い癖だな。これは」

 椿に咎められ、優輝は頭を振って考え直す。
 彼の入ってほしくない領域に図々しく入ったも同然なのだと、優輝も気づいた。

「…改めまして、僕は志導優輝。嘱託魔導師をやらせてもらっています。ついでに言えば、今日の事件に居合わせていました」

「………ヴァイス・グランセニックだ」

 警戒を解かずに、自己紹介に応えるヴァイス。

「現場にいた……って事は、俺の狙撃を防いだのは…」

「僕ですね。ちなみに直後に犯人を射たのは使い魔の椿です」

「………そうだったのか。すまない。そして感謝する。俺の代わりに…」

 警戒しているとは言え、フォローしてくれた。
 その事を感謝するヴァイス。

「いえ、偶々です」

「…………」

 警戒しているが故に、ヴァイスの口数は少なくなる。
 そんなヴァイスを余所に、優輝は軽い感じでそう答える。

「…それで、なんで俺に話しかけてきた?誤射した俺を憐みにでも来たのか?……悪いが気が滅入っているんだ。変にキレてしまう前にどっか行ってくれ」

「そうですか…。では、今日はこれぐらいで」

 酒の入ったコップを見て、優輝もこれ以上深入りするのはダメだと判断した。
 そのまま優輝は元の席に戻った。

「…あっさり引き下がったわね」

「さすがに踏み込めないさ。…あれに近い状態に僕もなった事があるからね。彼のためにも、今はここで退いておいた方がいい」

 シュネーが人体実験された時、緋雪が死んだ時。
 優輝も彼と同じような精神状態に陥っていたのだ。
 だからこそ、踏み込まなかった。









       =優輝side=





「……ここが宿舎か」

 狙撃手…ヴァイスさんとの邂逅から数日後。
 僕はそのヴァイスさんがいる宿舎に来ていた。

「……いた」

 話に寄れば、今は有給を取って気を落ち着けているらしい。
 探してみれば、案外簡単に見つかった。

「…なるほど。時間を置いたのね。でも、結局踏み込むのね」

「そのまま立ち直れたらいいんだが、僕という前例から見たら…な」

 もし、平気そうだったら一言二言程度話しかけるぐらいで済む。
 …が、どうやらそれはなさそうだ。

「…あんたらは……」

「この前会った時と同じ…いえ、むしろ深刻になっていますね」

「っ…お前に何が分かる…!」

 何かに焦っている。後悔している。追い詰められている。
 様々な感情を織り交ぜたような、そんな複雑な表情をヴァイスさんはしていた。
 …僕もかつてはこんな表情だったりしたんだろうな。

「貴方の気持ちは、貴方にしか分かりませんよ。…ただ、“兄”としての気持ちなら、僕にだって理解できます」

「なに……?」

「…この際、貴方のためにもしっかりと話をしておきましょう。…椿、葵。悪いけど席を外していてくれ。一対一で話がしたい」

「…わかったわ」

 二人には席を外してもらう…と言っても、少し離れた所で待機するだけだが。
 同じ“兄”として、他の介入は避けて欲しいからな。

「……先に聞いておきますが、ヴァイス・グランセニックさん。貴方は人質にされた妹さんを助けるどころか、誤射をしかけた事に責任、もしくは罪悪感を感じ、また、“自身の手で助けられなかった”と言う無力感に苛まれている……違いますか?」

「……この前も思ったが、お前は心が読めるのか?」

 僕に対して最大限に警戒した状態で、ヴァイスさんはそういう。
 相手はただの嘱託魔導師。警戒を解く事なんてできないだろう。
 …と言うか、管理局員の一人に何様なんだろうな。我ながら。

「その解答は肯定と見ますよ?」

「…………」

 返す言葉が見つからないのか、少し沈黙が続く。

「…貴方の事がなぜわかるのか、言っておきましょう。…僕も“同じ”だからですよ」

「“同じ”…だと?」

「貴方と似たような境遇の経験をした。…そういう事です」

 明確には言わない…が、一介の管理局員であり、同じ“兄”であればこれぐらいの言葉だけでも察しがつくだろう。

「………同情のつもりか?」

「取り返しのつかない事にはなってほしくない。…それだけですよ」

 今、妹さんと関係がどうなっているのかは分からない。
 だが、彼の様子を見るに、以前までの関係には戻っていないようだ。

「っ……ふざけるな!そんな同情なんていらねぇ。俺の問題に、部外者が口出しするな!」

「そうして腐って、また守れなくなってもか!?」

「っ……!」

 自分がかつてそうなったからこそ、見ていられない。放っておけない。
 掴みかかってきたヴァイスさんに対し、僕はきっちりとそういった。

「後悔するのも、罪悪感を感じるのも、自分を責めるのも、無力を感じるのも構わない。だけど、今こうやって立ち止まる免罪符にはならないんだ!」

「……る…ぇ…」

「今回は、死なせる事も、怪我をする事もなかった。けど、それでも嫌だったのなら、“次”こそはちゃんと守れるようにしなくて、何になる!?」

「…るせぇ……」

「僕と違って、まだ取り返しが付くのなら、いつまでも沈みこんでるんじゃ―――」

「うるせぇ!!」

 感情と共に訴えかける僕を、彼は怒号と共に掴み、持ち上げる。

「言われなくたって、分かってらぁ!…だけどなぁ…っ!腕が震えるんだよ…!俺は怖いんだ…!妹だけじゃなく、また人質にされた誰かを誤射してしまうかもしれないと…!」

「だからって、そうやって逃げても、何も変わらない…!」

 腕を振りほどき、僕はそう返す。

「貴方も一人の“兄”なら!妹に胸を張っていられるような、立派な男でいろ!」

「っ………!」

 その言葉が効いたのか、立ち上がっていたヴァイスさんは再び座り込む。

「貴方の妹から見た普段の貴方は、そんなにも弱々しい姿なんですか?」

「……そんな訳、ないだろう…!」

 拳を握り締めるように、僕の言葉を否定するヴァイスさん。

「…すまん、少し時間をくれ」

「…分かりました。10分ぐらいしたら戻ってくるので…」

「ああ。…ありがとう」

 これで立ち直ってくれるようにはなっただろう。
 後は、もう少し背中を押してフォローするだけで十分だ。





「……落ち着きましたか?」

「ああ。すまんかったな」

 あれから十分後。少し席を外していた僕は戻ってきた。
 ヴァイスさんもだいぶ落ち着いたようだ。

「…あんたのおかげで、目が覚めた。…そうだよな。惨めになってちゃ、ダメに決まっているよな…」

「“今回は無事だった”…なんて、ありきたりな言葉ですが、今はそう思っておくんです。…そして、“次”があった時、今度こそ守れるように…」

「そうだよな…。…あぁ、本当にそうだ。なんで気づかなかったんだ…」

 僕の言葉を確かめるようにそう呟くヴァイスさん。
 心なしか、彼の顔は憑き物が落ちたように、マシになっていた。

「大切な人が危険に陥っていて、それを助けようとして失敗すれば、誰だってそうなります。それが、家族だと言うのならなおさら」

「……そうか…」

 このまま放っておいても、もう自力で立ち直れるだろう。
 それほどまでに、ヴァイスさんの心は立ち直っていた。

「…なぁ、なんでここまでしてくれたんだ?俺が返せるものなんて、たかが知れてるぞ?」

「対価が欲しかったのなら、ここまで踏み込みませんよ。言ったはずです。似たような境遇に遭ったと、僕のようになってほしくないと」

「……………」

 尤も、僕の場合は無力のままではいられないと、修行していたのにも関わらず…って感じの結果だったけどな…。

「……まさか、あんたは…」

「…ここから先は、安易に言えません。…ただ、貴方の想像したものから、大きく外れたものではないとだけ言っておきます」

 ティーダさんには言ってしまったが、こういうのはあまり言う事ではないしな…。
 まぁ、察しられた時点であまり変わらないけど。

「…そうか」

「………」

 少し暗い雰囲気が漂う。

「…はぁ。まさか、俺より幼い子供に色々諭されるとはな…」

「僕にも諭してくれる人がいましたからね…。割と受け売りですよ。これ」

 緋雪の事を思い浮かべ、そして後ろの方で待機している椿と葵をチラ見する。
 二人と、緋雪のメッセージがなければ、今の僕はいないかもしれない。

「…何歳なんだ?」

「13歳です」

 今は中学二年生。ちなみに、誕生日はまだだ。

「今更だが、達観しすぎだろ…」

「ちょっと、事情がありまして…」

 前世の記憶とか、前々世の記憶とか。…特別どころか異常だな。これ。

「…これから、俺はまず何をすればいいだろうな…」

「そうですね…。妹さんと面と向かって話せなくなっているのなら、まずは関係の修復からになりますね。…その後は、貴方次第です」

「……だよな」

 実際に聞いた訳ではないが、妹さんとは少しばかり交流が減っているだろう。
 罪悪感などから、面と向かって話せない…そんな感じだろう。

「スナイパーとして復帰できないのなら、別の事を磨くのも手です。…誰かを助ける手段は、一つではありませんからね」

「そうだな…。一応、復帰しようと頑張ってみるが、そっち方面も考えてみるか…」

「とにかく、立ち止まらなければいいんですよ。“次”のために、何かを磨く。それを大事にしてください。…あ、もちろん、無茶しない範囲ですよ?」

「分かってる」

 ヴァイスさんは狙撃手としては相当優秀な方だと僕は思っている。
 僕でもあの距離は中々正確に当てれないからな。…ちなみに、椿は行けるらしい。
 だから、復帰しようと思えばできるだろう。…ヴァイスさん次第だが。

「……はぁ…」

「…えっと、今度はどうしたんですか?」

 少し話していたら、ヴァイスさんは頭を抱えて溜め息を吐いた。

「…いや、年下…それも子供にここまで色々教えてもらう立場な俺って、傍から見たらちょっと情けないなと思って」

「…あー………」

 これは…うん。年上の身としては辛い部分があるよな…。

「…えっと、先程も言った特別な事情で、精神年齢は貴方と同じぐらいですから、あまり気にしない方向で…」

「そうか…。…まぁ、気にしない事にするか。あんた、見た目不相応な言動をしているからな…。どうも子供には見えん」

「自覚はあります」

 さて、ここまで来ればなんの心配もないだろう。
 どう復帰していくかは分からないが、少なくともマイナス方面ではないだろう。

「…では、僕はこれで」

「もう帰るのか?」

「はい。…貴方がもう平気そうなので」

「そうか」

 席を立ち、椿と葵を連れて僕は帰り出す。

「っと、待ってくれ。せっかくだから連絡先を交換しておかないか?あんた達は確か正式な局員ではなかっただろう?管理局員として、困った時は頼ってくれ」

「ありがとうございます」

 連絡先を交換する。…と言っても、ティーダさんとかクロノとかがいるけど…。
 まぁ、知り合いが増える事は良い事だ。

「…ありがとうな。俺を立ち直らせてくれて。後、狙撃のフォローもしてくれて」

「いえ、僕ができそうな事だから、やっただけです」

 周りの人曰く、僕は“お人好し”だからな。放っておけなかったのだろう。
 後、同じ“兄”としてシンパシーを感じていたのかもしれない。









「なぁ、椿、葵。ちょっと寄り道していいか?」

「…?別にいいけど…」

「どこに行くの?」

 地球に戻ってから、二人にそういう。
 近場だからか、二人も別に嫌と言う訳ではなさそうだ。

「海鳴臨海公園だ」

「公園…またなんでそこに……」

「…ちょっと、ヴァイスさんと話してたらなんとなく…な」

 そう言って、僕らは公園まで寄り道する事にした。



「…ここだ」

「…………」

「普通にベンチ…だよね?」

 辿り着いたのは、海が眺められるベンチの一つ。

「………緋雪」

「…そういう事、ね」

「そう言えば、ここだったね…」

 そう。ここはかつて、緋雪が人として亡くなった場所。
 過去に行った事件で、僕らが覚えている事だ。

「普通なら、八束神社近くの墓地に行くけど、緋雪の場合はな…」

「なるほどね…」

 海風に吹かれながら、少し感慨に耽る。
 ここなら、目を瞑ればいつだって緋雪との思い出が蘇る。
 互いに支え合って、笑い、喜び、楽しんできた。
 魔法に関わって、辛い事もあったけど、それでも充実していた。
 …ここに来ると、いつもそれが実感させられる。

「…ったく、ここに来て、緋雪の事になると涙脆くなるな…」

「優輝…」

 “つぅ”と、頬を涙が伝っていた。
 哀しみも、助けれなかった事による罪悪感、無力感からは解放されている。
 でも、ここに来ると自然とあの時の悲しさが浮かび、涙がこぼれるのだ。

「……なぁ、緋雪。お前から見て、今の僕はどう見える?」

「…………」

 虚空に語り掛けるように、僕は呟く。
 これは、自己満足のような独り言だ。でも、ただ言いたくなった。

「もう立ち止まらなくはなった。けど、僕はちゃんと“兄”としていられているのか…。お前が死んでから、もう3年だ。…僕は、まだお前の“兄”でいれてるか?」

「優輝…」

 …こんな事を言った所で、無意味。まさに自己満足なだけだ。

「また道を間違えるかもしれない。また立ち止まってしまうかもしれない。でも、僕が僕である限り、それで終わるつもりはない。…だから、安心してくれ」

 闇の書の姿をしたジュエルシードに取り込まれた時、僕は緋雪の残留思念と会った。
 その時は僕の中にあった罪悪感を取り払ってくれたが…。
 …僕がまたうじうじしていると、緋雪の事だし化けてでもまた出そうだよな。



   ―――……ありがとう。大好きだよ、ムート(お兄ちゃん)



「っ…………」

 …死の間際の、緋雪の言葉が思い出される。

「…あぁ、僕も大好きだ。緋雪……」

 緋雪にとって、あれは異性としての“好き”だったのだろう。
 なぜか恋愛感情を持てない僕からだと、妹としてでしか言えないが…。
 僕も、緋雪の事は大好きだ。例えいなくなっても、それに揺らぎはない。

「……ありがとう、椿、葵。付き合ってくれて」

「…これぐらい、構わないわ」

「あたし達も墓地の方にお参りはしてたけど…うん、これからはこっちにも来ようかな」

 二人にお礼を言うと、優しく微笑んでそう返してくれた。
 …うん、きっと、緋雪も喜んでくれるだろう。

「よし、帰ろうか」

「ええ」

「明日は久しぶりにゆっくりできそうだねー」

 黙祷し、僕らは家へと帰る。
 明日は日曜日。特に予定もないため、葵の言う通りゆっくりするとしよう。









































       =out side=









『………………………』

 …暗く、(くら)く、(くら)く、(くら)く、(くら)く…どこまでも(くら)い、精神世界。
 ()()の内側に広がる闇の世界で、その存在は()ていた。

『……ふふ…………ふふふ…………』

 闇に塗られ、精神世界であるが故に、その“存在”に姿はない。
 だが、その意識は明らかに“一つの存在”を視続けていた。

『着々と……着々と近づいてくる……』

 正体は分からない…が、辛うじて女性だと“認識”できる声で、その存在は言う。

『封印が解けるのも時間の問題……なら、なら…!少し刺激を与えませんとね…?』

 ひどく魅惑的で、だが魂の芯から底冷えするかのような声に聞こえる“念”。
 封印の外側からは分からない、その存在の思惑が進行していた。

『ふふふ……封印されているからと、何もできないと思いでしたか…?』

 “クスクス”と、その存在は嗤う。
 それは、封印を施した相手に対してか、封印を見張っている者に対してか。
 …少なくとも、“良くない事”である事は、誰が見てもわかる事だった。

『あぁああぁ……!早く会いたい…!……会いたい、会いたい、会いたい、あいたいあいたいあいたいアイタイアイタイアイタイアイタイアイタイアイタイアイタイアイタイ……!!』

 壊れたように連呼する。
 それは、“執念”と言う言葉が可愛く見える程………末恐ろしいものだった。

『…………けど、それはまだ我慢しませんと………ふふふ……』

 ピタリと声が止まり、その言葉と共にその世界の闇が一つの形を造る。

『……あらぁ…そっくりにできました………ふふふ……あはははは……!』

 造られたその姿は、溢れる“闇”の気配と、どこまでも暗く黒い髪と瞳ですぐ違うと分かるものの、まさに優輝と(.)(.)(.)だった。

『…では、行きなさい』

「………くはは……了解した…!」

 優輝と瓜二つのその男は、狂ったような歪んだ笑みを浮かべ、姿を消した。

 向かった先は、第97管理外世界を内包する、一つの“世界”。
 ………優輝達が転生し、暮らしている世界だ。

『……彼を追い詰めてこそ、彼の真の“輝き”が見れると言うもの。……ふふふ………あははは…………あははははははははははははははははははははははははははははは!!!』

 狂ったような笑い声が、闇の世界に響き渡る。

 封印されてなお、衰えぬ“闇”。
 その“闇”の存在が、封印から解き放たれるまで―――





   ―――あと■■■■………。















 
 

 
後書き
ヴァイスさんが原作より少し強化されます。(トラウマ持ちじゃなくなる)
一応、原作通りパイロットの道に行きますけどね。

…そして、どう考えてもヤバイ存在の登場。
ジャンルで言えばヤンデレに価するような奴ですが……まぁ、そんな範疇には収まりません。
4章で唯一のシリアスな部分です。 

 

第117話「■■の尖兵・前」

 
前書き
4章唯一のシリアスパート。
王牙が結構変わっちゃってる感がありますが、優輝の影響という事で…。
 

 




       =out side=







「ちっ、少し遅れちまったか…」

 八束神社までの道のりの中、帝は時間を確認して小さく舌打ちする。

「またあの野郎がイラつく事言ってきやがるじゃねぇか」

 帝は優輝と戦闘の特訓をしており、その集合時間に遅れていた。
 既に一年以上続けているため、彼も相応に強くなっていた。

〈…その割には、面倒臭がらずここまで続けてきましたね〉

「うるせぇ!あいつの言う通りにしてるんじゃねぇよ。俺は……だぁもう!」

〈無理して口に出さなくていいんですよ?〉

「うるせぇ!!てめぇまでからかうんじゃねぇ!」

 彼のデバイスであるエアにもからかわれる。
 だが、実際彼の胸中を占める感情は、決して嫌だというものではなかった。

「(言える訳ねぇだろ…!ハーレム目指してたら一目惚れして、今はあの子に認められるよう頑張ってるなんて、そんな恥ずかしい事…!)」

〈…………ふふ…〉

「…なんだよ」

〈いえ、ここ一年で、マスターもいい顔をするようになったと思いまして〉

 元々は、典型的な踏み台転生者のような性格だった帝。
 だが、度重なる“原作”とは乖離した激しい戦いと、優輝の影響、そして文字通りの一目惚れをした事でそれは少しずつ変わっていたのだ。

「……けっ!」

 不貞腐れながらも、帝はどこか満更でもなさそうだった。

「とりあえず、とっとと―――」

〈っ…マスター!!気を付けてください!何か、何か得体の知れないモノが…!〉

 …その時、帝が近道のために通っていた林に、何かが現れた。

「な、なんだ…!?」

〈魔力…いえ、魔力に似せた、“領域外”の力…!?っ…不明、エラー…判別、不可能…!?このエネルギーは、一体…!?〉

 黒い靄のようなものが、力が漏れ出るかのように帝の近くに降りてくる。

 …次の瞬間…。







   ―――ドンッ!!!





「っ……!?」

 謎の結界が張られると同時に、威圧感と共にその“存在”はそこに現れた。
 そして、その威圧感だけで、帝は無意識に膝を付きかけていた。

「て、めぇ……!?一体……!?」

「………ふん」

 現れた存在。それは、普段よりも“黒い”印象なものの…。

〈…“中身”は全くの別物…しかし、優輝様に似ている…?〉

 …優輝に、瓜二つだった。

「…くはっ、降り立った矢先に出会うのが、雑魚とはな」

 優輝に似た男は、帝を見るなり見下すように嗤う。

「てめぇ…!見た目も相まって、単純にムカつく野郎だな……!」

「事実を言って何が悪い?…尤も、俺にとってはどんな奴も等しく雑魚だがな」

 鼻で笑った男の傍を、無骨な剣が通り過ぎる。
 帝が威嚇で放ったものだ。

〈マスター!?そんな迂闊な…!?〉

「…わりぃなエア…。…こいつ、ぶちのめす…!」

「ははっ……できるのならやってみるといい!」

 非常に馬鹿にした態度に、帝は我慢の限界だった。

「てめぇが何の目的でここに来たのかは知らねぇ…。けど、あいつの姿には似つかわしくねぇ雰囲気でわかるんだよ…てめぇは碌でもねぇ奴だってな!」

「…くく、だからなんだ?」

「……それにな、てめぇ如きが、あいつらの事を語ってんじゃねぇ。“等しく雑魚”だぁ?いつまでもその調子こいた自信が持てると思うなよ!」

 挑発染みた馬鹿にした態度を無視し、帝は思っていた事を吐露する。
 非常に気に入らない相手とはいえ、帝なりに優輝の事は認めていたのだ。

〈マスター……〉

「出し惜しみはなしだエア。……全力で殺ってやる…!」

 そういうや否や、帝は両手に双剣を携え、背後に王の財宝による波紋を浮かばせる。

「く、くく…はははははははは!!雑魚は雑魚らしく、踏み台にされて這い蹲っていればいいものを!いいだろう!そちらが御望みなら、こちらも存分に力を振るってやろう!」

 男は大きく笑い、構えもせずに、見下すように帝と対峙した。

「っ…………!」

   ―――「王牙。お前はまず、慢心も油断もするな。まずはそれからだ」
   ―――「お前はスペックは高い。ならば、一つ一つの動きを良く見ろ」
   ―――「その能力の原典の力に頼りすぎるな。自分だけの動きを見出せ」

「(……やってやらぁ…!)」

 威圧感に震える体を抑え、帝は優輝の言葉を思い出す。
 元々は“戦い”の“た”の字も知らなかった一般人だ。
 貰った特典の力で戦っていた帝は、“自分の戦い方”を知らなかった。
 それを、優輝との修行で身に着けてきたのだ。

 ……故に…。

「甘く、見るなよっ!!」

 …彼は既に、“踏み台転生者”と呼ぶような強さではなくなっていた。

「はぁあああああっ!!」

「…くくっ…!」

 帝は王の財宝を放ちながら、双剣を投げ、さらに投影した武器を振りかぶった。
 それを男は不敵な笑みのまま、眺める。



 …帝と謎の男の戦いが、今始まった。















       =優輝side=





「…王牙の奴。遅いな」

「最近はグチグチ言いながらもちゃんと真面目に来てたのにねー」

 いつもの霊術の修行で、僕らは神社に集まっていた。
 あれからも帝、アリシア、アリサ、すずかの腕前は上がっている。
 既にアリシアに至っては優秀な魔導師並の強さを持っているからな。
 だけど、帝はともかく他はだいぶ伸びが悪くなっている。
 模擬戦をしているとはいえ、実戦経験がないからな…。
 いや、この世の中的にないに越した事はないんだけどな。

 ちなみに、司と奏は以前よりもだいぶ強くなった。
 魔法と併用できるようにもなったし、一人でアリシア達三人をあしらえる程だ。
 さすがに経験の差で伸びの良さが出てきたな。
 おまけに司は霊力で天巫女の力が使えるようになったし。
 …アレ、相性が良すぎる。練度があればあれだけで魅了が解けるかもな…。

「あいつを交えた模擬戦をやっておきたいのに、今日に限ってどうしたんだ?」

 今日は、それこそ特に何もない休日だ。
 クロノやユーノ達も本局の方に戻っているし、なのは達だって家にいる。
 …まぁ、父さんと母さんは本局の方に行ってるけど…。
 とにかく、王牙だって特に何も用事はないはずだが…。

「念話してみればいいんじゃない?」

「それもそうだな」

 普段は使うとしても霊術なため、使っていなかった念話を使う。

「…………ダメだ。繋がらない」

 しかし、念話は繋がらない。リヒトから王牙のエアへの通信も繋がらなかった。

「どういう事?念話が繋がらないって事は…」

「隔離系の結界か、念話が届かない程遠い世界にいるか…だ」

 どちらにしても、これはただ事ではない。
 前者ならば今王牙は襲われている事になり、後者ならば何の連絡もないという事から、突然そういった世界に飛ばされた、もしくは飛んだ事になる。

「仕方ない。探すか……っ!?」

 とにかく、王牙を捜索しない事には始まらないため、動こうとする。
 …その瞬間、結界の反応を捉えた。

「場所は……嘘だろ…!?気づかなかった…!」

「それに、突然結界が感知できるようになったって事は、結界に影響を与える程の攻撃が結界内であったという事だよね…?もしかして……!」

 司が焦燥感を滲ませた声でそういう。
 …そう。結界は“突然現れた”ではなく、“感知できるようになった”のだ。
 つまり、既に結界は張られており、尚且つ一切僕らに気づかれなかった…。

「アリシア、アリサ、すずか!今すぐなのは達とクロノに連絡!他は結界に向かうぞ!」

「ゆ、優輝!?優輝がそんなに慌てるなんて…」

「自慢じゃないが、僕は結界の感知は得意な方だ。それなのに、気づかなかった程の手練れ…。おまけに、嫌な予感もするんだ。……これは、ただ事じゃない」

 何より、椿と葵、司も感じているのだろう。…この、“闇”の気配を。
 アンラ・マンユの時とはまた違う、“闇”があの結界の中にいる…!

「だ、だったらあたし達も戦った方が…」

「ダメだ!…正直、アリシアはともかく二人は足手纏いにしかならない…!そのアリシアだって実戦経験のなさから同行はおすすめできない。…それほどの相手かもしれないんだ…!」

「っ…………」

 感覚が鋭い者は、皆して冷や汗を掻いている。
 かく言う僕も冷や汗が止まらず、さらには恐怖で体が少し震えている程だった。

「……わかった。行くよアリサ、すずか。急いで援軍を呼ばなきゃ!」

「っ…倒せるなら、さっさと倒しなさいよ!」

「が、頑張って…!」

 アリシア達は僕のただならぬ状態で理解したのか、すぐになのは達を呼びに行った。

「…行くぞ、皆」

「…ええ。…いざと言う時は、神降しを使うわ」

「分かった」

 僕らも、結界の方へと向かう。
 霊術で認識阻害を施し、最短距離を跳ぶ。

「(…なんなんだ……!なんなんだこれは…!圧倒的強さから感じる恐怖ではない…!これは、得体の知れないモノに対する、“未知への恐怖”…!)」

 異質すぎる気配に、そう思わざるを得なかった。
 …王牙は、無事なのだろうか…。







「ここか…!」

「シュライン!結界を解析して侵入を!」

〈分かりました!〉

 結界のある場所に着き、すぐさま司が解析に掛かる。
 僕と奏もそれぞれリヒトとエンジェルハートを用いて解析する。
 ……しかし…。

〈…解析、不能…。エラー、エラー…。っ…すみません…!〉

「嘘...!?」

「っ…ありえない…!解析ができない……いや、()()しない…!」

 結果は、無意味だった。
 解析不能なら、まだわかる。だけど、通用しなかったのだ。
 解析“できない”のではなく、解析の対象にすらならない…“すり抜けている”のだ。

「くっ…!」

「霊力もすり抜けた…!」

 奏が霊力を放ち、破ろうとするも、それもすり抜けてしまう。

「……一か八か…!」

「優輝!?」

「迂闊だよ!」

 体に霊力と魔力をバリアーのように纏い、結界に突っ込む。
 葵の言う通り迂闊な行為だが……この結界は放置してはならない…そう感じた。

「っ……!」

「優―――」

 突っ込むと、何事もないかのようにすんなりと内側に入った。
 しかし、代わりに椿の声が聞こえなく…つまり、外界と遮断された。

「リヒト、通信は…」

〈繋がりません。完全に遮断されています〉

「…そうか。…まずいな。椿と葵との“繋がり”も途切れている」

 式姫としての契約がなくなった訳ではない。
 だが、椿と葵の霊力のパスが途切れた。

「おまけに、外へは逃がさないタイプか」

〈…マスター、気を付けてください〉

「分かってる」

 こんな結界を張ったという事は、既に誰かが中にいる。
 …おそらく、王牙だろう。

「っ……優輝君!」

「司!それに、皆も!」

 すると、司を先頭に皆が入ってくる。
 どうやら、僕が入ったのを見て同じように一か八かで入ってきたようだ。

「…これで霊力の供給が元に戻ったわね」

「いきなり途切れたからびっくりしたよ。契約自体は切れてないから生きてるのは分かっていたけどさ」

「そうか。契約自体は切れてないのなら、中に入れたって分かるな」

 それで皆も入ってきた訳か。訳のもう半分はさっきも思った通り一か八かっぽいけど。

「それで、帝君は…」

「…あそこ」

 奏が王牙を見つける。
 そこには、デバイスとバリアジャケットがボロボロになった王牙が倒れこんでいた。

「王牙………っ!!」

 近づこうとして、異質な気配を感じ取る。
 結界内自体が異質だったため、紛れていたが、こいつは……!

「くく……ようやく来たか…」

「お前、は………!」

 その姿を捉えた瞬間、僕らは驚く。
 纏う雰囲気と、中身がすぐに違うと分からせてくれたが、僕と似ていたからだ。
 だけど、それ以上に、その気配の異質さに慄いた。

「……ぐ……ぁ……」

「帝君!しっかり!」

「司!治療を頼む!」

 椿と葵に目で男を警戒するように合図し、僕は王牙の様態を見る。
 …まさに満身創痍。僕も何度かなった事のある状態だ。このままでは死んでしまう。
 すかさず司に治療魔法で死なないようにする。

「王牙!大丈夫か!」

 深い傷は見られないものの、体の至る所に傷を負っている。
 出血も多く、これだと体内へのダメージも大きいだろう。
 王牙も最近はだいぶ強くなっていたはずだ。なのに、ここまでやられるのは…。

「……気を、付けろ………」

「あまり喋るな。傷に障る」

「………あいつ、攻撃が、通じな…………」

 そこまで言うと、王牙は目を閉じて黙ってしまった。

「帝君!?」

「…生きては…いるな」

 どうやら、ダメージによって意識を失っただけのようだ。

「出血があるから、傷を治しても衰弱してしまうよ…」

「治療は任せる。僕は…」

 立ち上がり、改めて僕に似た男と対峙する。

「…会話は済んだか?」

「……眺めているだけとは余裕だな…」

「当たり前だ。…お前らなぞ、いつでも殺せる」

 ……言ってくれるな。だが、そう言える程の“何か”が奴にはある訳だ。
 王牙の言葉と、この結界内の惨状を見れば、それがよくわかる。

「(“攻撃が通じない”。そして、この結界内の荒れよう…。まさか、“天地乖離する開闢の星(エヌマ・エリシュ)”を使っても、通じなかったのか?)」

 王牙は、僕らが入ってきた場所に頭を向けるように倒れており、男が立っている場所…いや、王牙を起点として、扇状に何もかもが切り裂かれ、抉られている。
 それはおそらく、王牙の…と言うより、王牙の持つ特典“王の財宝”を元々持っている存在の切り札である天地乖離する開闢の星(エヌマ・エリシュ)を放った跡だ。
 多分、この攻撃で結界に影響が出て、僕らが気づいたのだろう。

 …そして、王牙の言葉の通りなら、こいつはそれが通じなかった。
 世界を切り裂くとも言われる宝具なのに、それが通じないとなれば…。

「っ…………」

 ……あながち、本気でやばいかもしれない。
 そう考え、僕の頬に冷や汗が伝る。

「(“解析(アナリーズ)”…!)」

 奴の目的がどんなものにしても、王牙を襲い、僕らに対して殺気を放っている。
 その時点で攻撃してくるのは間違いないだろう。
 だから、僕はすぐに解析魔法を奴に対して使ったが…。

「っ……!?」

「くはっ…!おそらく解析魔法をしたようだが…」

「……結界と同じで、通用しない…!」

 あの異質な結界を張った時点で、なんとなく察しはついていた。
 …僕の本能が警鐘を鳴らしている。予感ではない、直感でやばいと分かった。

「…一応、聞いておこう。お前の目的はなんだ…!」

「目的…目的ねぇ…。素直に言うとでも?」

「思ってねぇよ。…けど、少なくとも“良い事”ではないのは見て取れる」

 なぜか僕と似た容姿。その身から放たれる異質すぎる“闇”の気配。
 そして、結界で隔離し王牙を満身創痍に追い込んだ。
 …これだけで僕らと敵対しているのは分かる。

「はは…!まぁ、いいだろう。どうせ死ぬのだから教えてやるよ……!俺自身の目的は、お前の…志導優輝と…その仲間たちを殺す事さ!俺は“そのためだけ”に生み出されたのだからなぁ!はははははははははは!!」

「な、に……?」

 高笑いしながら言ったその目的に、僕は驚きを隠せなかった。
 僕や僕の仲間の抹殺は…まぁ、そこまでおかしくはない。
 嘱託魔導師とは言え、管理局員のように犯罪者の恨みを買う事はあるからな。

 …だが、見過ごせないワードがいくつかあった。
 まず“俺自身の目的”。…つまり、その背後には別の思惑があるという事だ。
 そして、“生み出された”。先程のワードに繋がるが、奴は生み出された存在であり、奴はともかく、その背後にいる生み出した存在はまた別の目的があるという事。

 …既にいくつもの“異質”があった。
 これは、ただ犯罪者が襲ってきた訳ではない。
 何か大きな存在が、裏で動いているのかもしれない。

「お喋りはそろそろ終わりだ。……死ね!」

「っ…!」

 だけど、その思考を邪魔するように、奴は闇色の弾を撃ってくる。
 魔力…のように見えたが、“何か”が違った。まるで似せてるだけかのような…。
 とりあえず、全員がその場から飛び退いて躱す。
 王牙は司が抱えてくれたようだ。

「『司は王牙を頼む!…気を付けろ。こいつ、“何か”がある!!』」

 すぐに指示を飛ばし、全員が臨戦態勢を取る。

「『了解…!』」

「『優ちゃんこそ、気を付けてね!』」

「『安全を確保できたら、私も行くから!』」

 各々から返事が返ってきたのを確認し、僕は武器を創造しておく。

「(最初から全力で行っても、カウンターを喰らえば終わりだ…!ここは、手堅く様子見の攻撃を…!)」

 転移魔法の術式を二つ用意しておき、創造した武器を飛ばす。
 四方八方から囲うように放ち、僕も転移魔法で転移し、斬りかかる。
 単純且つ、回避の難しい攻撃。これで、奴の“何か”が分かれば…!

「っ……!?」

「くく……!」

「(馬鹿、な……!?)」

 奴は何もしなかった。まるで、その攻撃が無意味だと知っているかのように。
 実際、僕の攻撃は無意味に終わり、すぐさま転移魔法で間合いを取った。
 だが、その“無意味に終わった原因”に、僕は…皆が驚きを隠せなかった。

「(すり…抜けた……!?)」

 そう。まるで立体映像に斬りかかるかのように、すり抜けたのだ。
 気配を感じ、攻撃もしてきたと言うのに…だ。

「っ……!」

「は、ぁっ!!」

「ふっ……!」

 何かをされる前に、椿が矢を放ち、後方に回っていた葵と奏が斬りかかる。
 だが、それも同じようにすり抜けた。

「…どうした?それで終わりか?」

「(解析が通じない、攻撃もすり抜ける。……魔法か?霊術か?…いや、それ以外なのは確実。この異質な“闇”の気配から、転生者と言う線も薄い…)」

 余裕綽々だからか、奴は攻撃してこない。
 その間に、一度全員集まる。

「……椿、あいつから神の力は…」

「…感じられないわ。…と言うか、あそこまでの“闇”を持つ神がいたら、私の本体の耳にとっくに情報が入っているわ」

「だよな……」

 完全に正体不明の敵。
 今までは何かと正体の掴める敵だった。
 どんな相手でも、少なくとも魔力を使っているのは分かっていたのだ。
 だが、目の前の敵はそれすらも不明。
 分かっているのは僕に似ている事と、奴は生み出された存在であり、背後にまだ何らかの存在とそいつの思惑があるという事だけ。

「くくく…!」

「ちっ……!」

 王牙の切り札が通用しなかったという事から、奴にダメージを与えるには何らかの条件が必要。だけど、その条件が分からない。
 おまけに、悠長に考える時間が与えられるはずもなく、奴は攻撃してきた。

「ははは!」

「くっ…!」

 “闇”で形作られた剣で、僕へと斬りかかってくる。
 椿と葵が矢とレイピアで妨害するが、やはりすり抜ける。

「(攻撃がすり抜けるなら、防御も無意味かもしれん…!)」

 咄嗟にそう思った僕は、避けれるようにしつつ、リヒトで剣を受けようとする。

     ギィイイン!!

「っ……!?」

 身体強化が足りなかったから吹き飛ばされたものの、剣を受けれた。
 すぐさま着地し、追撃をいなす。

「(防御はできる…!?まさか、攻撃の瞬間は…)」

 相変わらず、椿と葵の妨害はすり抜けている。
 奏もバインドで動きを止めようとするが、同じくすり抜けた。

「くっ……!」

「ははははぁ!!」

     ギギギギギギィイン!

 剣を受け流しながら、奴の動きを見る。
 今度は吹き飛ばされる事なく、上手く凌げる。

 ……ここだっ!!

「シッ………っ!?」

「残念だったなぁ?」

「くっ……!」

 動きを読み、攻撃と同時にカウンターを放つ。
 攻撃が受け止められると言う事から、カウンターなら通じると思ったのだが…。

 …それすら、すり抜けてしまう。
 すり抜けた勢いで、奴に背を向ける形になってしまい、咄嗟に障壁で攻撃を凌ぐ。

「優輝!」

「カウンターもすり抜ける…。一体、どうなって……!」

 凌いだ反動で椿たちの場所まで飛ぶ。
 攻撃がすり抜ける。それはあまりにも厄介だ。
 だが、全ての攻撃が無効化できるはずがない。
 どんなものにだって綻びや弱点などがある。

「(幸い、戦闘能力自体はずば抜けている訳ではない。体力が尽きる前に、こいつの弱点を…!)」

「足が止まっているぞぉ!!」

「っ……!」

 放たれる弾幕を躱す。
 馬鹿か僕は!そんな悠長な時間を与えてくれる相手ではないだろう!

「“模倣(ナーハアームング)Alter Ego(アルターエゴ)”…!」

「ほう…?」

 緋雪の分身魔法を使い、四人で攻める。
 だけど、奴も戦闘能力を隠していたのか、四人でも互角だった。
 ……だが!

「(導王流がある分、こちらが上だ…!)」

     ギィイイン!!

 一人が剣を受け止め、一人が隙を作り、残りで確実に弾く。
 それらを全て“防御”で行い、こちらが仕掛ける隙を作り出す!

「これなら…!」

〈…ダメ、ですね…!〉

「ちっ…!」

 分身と僕の四人で、交差するようにすれ違う。
 その際に、仕込んでおいた魔力の糸で囲うように切り裂こうとしたが、無意味。

「なら、これはどうだ!」

 分身を消し、その際に余った魔力で創造魔法を行使。
 魔力による実体のないものではなく、実際に隕石のように岩を落とす。
 いくら魔法や剣がすり抜けるとはいえ、押し潰すのであれば…!

「……無駄、か」

 するりと何事もなかったかのように奴は落とした岩の上に降り立った。
 …余裕からか、奴は攻撃に積極的ではないのが助かるな…。

「……それで終わりか?」

「くそっ…!」

 一旦、目暗ましをしてから椿たちと合流しようか。
 そう考えた時。





〈“Espace compression(エスパース・コンプレッション)”〉

「むっ……!?」

 奴を覆うように結界が張られ、それが圧し潰すように縮んでいく。
 奴の抵抗を許す事なく、その空間は圧縮され…。

「………これも、無駄なのか」

 奴は、何事もなかったかのようにそこにいた。
 空間の圧縮さえも、奴は無効化したのだ。

「“セイント・エクスプロージョン”!!」

「っ……!」

「優輝君!」

 奴の足元に出現した魔方陣から爆発が起き、辺りが煙幕に包まれる。
 その隙に僕の隣に転移してきた司が、もう一度転移して全員を一か所に集める。

「帝君は結界で隔離してきたから、大丈夫!」

「そうか。……だが…」

 一度距離を離し、体勢を立て直す。

「…椿、葵、何かわかったか?」

「……残念ながら、ほとんど分からなかったわ」

「同じくね。」

 先ほどの攻防をずっと見てもらっていたのだが、やはり分からなかったようだ。

「最悪、神降しも視野に入れよう。」

「ええ。……それすらも、通じるか怪しいけどね…」

「…だな」

 煙幕が晴れ、再び奴の姿が露わになる。

「…くくく…!打つ手なしと言った所だなぁ。……じゃあ、そろそろ俺から行かせてもらおう…かっ!!」

「っ!?」

 そういって動き出した奴の姿を、一瞬とは言え、見失った。
 …してやられた。今のは遅めの速度から動き、一瞬にして高速に切り替える事で相手の意識外へと移動する動きだ。
 つまり……。

「遅い」

「ぐっ……がはっ………!?」

 その一瞬が、命取りだった訳だ。

 奴の拳が僕の腹に深々と突き刺さり、大きく飛ばされる。

「優輝!!」

「このっ…!奏ちゃん!」

「ええ…!」

 吹き飛ばされる中、葵と奏が接近戦を仕掛け、司と椿が援護する形になる。
 …だが、ダメだ。今殴られたので大体悟ってしまった。







「うぁっ!?」

「っ……!」

「二人共!っづ……!?」

「きゃあああっ!?」

 ………どのような技、魔法、策を用いても、奴には通用しない。
 あいつは“領域外”の存在。僕らとは、違う“法則”で成り立っている…!













 
 

 
後書き
Espace compression(エスパース・コンプレッション)…“空間圧縮”のフランス語。文字通り、結界で囲んだ相手を圧縮するように潰す。内側から抵抗されると破られるが、祈りの力が強い程、頑丈になる。

本人に攻撃が通じなくても、結界に対しては“対界宝具”であるため、エヌマ・エリシュの攻撃で揺らぎが生じ、優輝達が気づいたという感じです。

攻撃されるとすり抜け、逆だと普通に当たる。まるでご都合主義のような存在。それが今回の敵です。常時攻撃無効とか何それチートな相手ですが…一度こういう相手がいたんですよね。 

 

第118話「■■の尖兵・後」

 
前書き
敵の戦闘技術はそれこそ司や奏と互角程度です。
そして、もし攻撃が普通に通じるのであれば、優輝一人でもその気になれば勝てる程の力量という感じになっています。

優輝が敵の秘密を少し暴けたのは、元々分析・解析が得意だった事に加え、以前に英霊となっているからです。実際に殴られ、その相手に直接触れた事で理解できた…そんな感じです。
物理的な意味で“考えるな、感じろ”な事をしました。
 

 




       =優輝side=





 …椿たち四人が一斉に吹き飛ばされる。
 攻撃が通じないのを良い事に、カウンターを放ったようだ。

「(僕らとは違う“法則”…確かに、それならば攻撃が通じないのも納得だ)」

 殴られたダメージは大きいが、まだ戦える。
 痛みを抑えながら立ち上がり、僕は思考を巡らす。

 “法則”が違う。…これはつまり、二次元の存在が三次元の存在に干渉しようとしているようなものだ。そもそも“存在”がずれているのだ。攻撃が通じるはずもない。

「(攻撃は通じなくても、防御はできる。…となると、ホントに厄介だな…。)」

 防御ができるという事は、相手の“法則”は僕らに一方的に干渉できる。
 …そして、そこから考えられる事は……。

「(…格上の“存在”。または“法則”の世界から、奴はやってきた…)」

 …となると、いよいよ僕らに勝ち目が…。
 いや、まだだ。だからと言って、可能性が“0”な訳ではない…!

「っ……!」

 “ドンッ!”と言う音と共に、奴へと斬りかかる。
 とにかく奴に攻撃が当たらないにしても、そのまま皆をやらせる訳にはいかない。

「くくっ…!」

「っ、はぁっ!」

     ギィイイン!!

 先ほどと比べて、数段動きが早い。
 だけど、僕はそれに対応して剣を防ぐ。

「っ……!」

「む…!」

 剣を創造し、奴を囲うように突き刺す。
 どうせ通じないのだ。目暗まし、足止めのどちらかになれば御の字だ。

「ついでだ…!」

 さらに、地面に手を付いて創造魔法を行使する。
 土を隆起させ、奴を囲うようにする。
 時間稼ぎになるかは分からない。ただ、これで時間に猶予ができたはず…!

「皆、無事か…!」

「なん、とか……」

「そうか……」

 僕が攻撃している間に、皆復帰していた。
 とりあえず一か所に固まる。

「…攻撃を受けて理解した。…あいつ、“存在”そのものが格上だ。“法則”すら僕らとは別の領域なせいで、攻撃が通じないらしい」

「…それに加え、向こうの攻撃は通じると…。何よそれ、卑怯どころじゃないわ」

「対処法は……あるの?」

 僕と椿の言葉に、奏が不安そうに聞いてくる。

「……一つだけ、な。だけど、これが難しい」

「むしろ、思いついていた事に私は驚いているわ。正直、打つ手なしだったもの」

「そうなんだよね。…あたし達じゃ、どうしようもないと思ってた」

 珍しく椿と葵があっさりと諦めるような事を言った。
 司と奏もその言葉に驚いているようだ。

「二人が…そう簡単に諦めるなんて…」

「“存在”の格が違う。…これは、生半可な“差”ではないわ。例えるなら…そうね、物語の登場人物が作者に勝てと言っているようなものなのよ」

「それ、は……」

 司と奏もわかったのだろう。絶望的な“差”を。
 ……だけど…。

「それで、優輝の策は何かしら?」

「それは……っ!」

 単純且つ、途轍もなく難しい事だと説明する前に、土の壁が吹き飛ばされる。

「…先に、もう一度猶予を作り出してから説明する」

「…そうね」

「はははははははは!!」

 実は、土の壁の中に何度も剣を創造して放っていたが、時間稼ぎもここまでか。
 だけど、攻撃は効かなくても足止めはできるとこれでわかった。

「遅い!」

「っ……!」

 笑いながら現れた奴は、即座に司に肉迫する。
 今までの司なら、シュラインで防ぐので精一杯な速度だったが…。

     ギィイン!

「ん……!?」

「今!」

 霊術の特訓で戦闘技術が磨かれ、強くなった今なら、いなす事も容易い。
 攻撃をいなした司は、即座にシュラインの柄で地面を打つ。
 魔法陣が奴の足元に出現し、爆発を起こす。

「甘い!」

「奏!」

 だが、その際の煙幕をものともせずに、今度は奏に肉迫する。

「そっちこそ、甘い……!」

「ほう…!」

「今だ!葵!」

「了解!」

 だけど、奏も司と同じく、腕を上げている。
 即座に反応して受け流し、そこから飛び退く。
 そこへ僕と葵で剣やレイピアで包囲。先程と同じように土の壁で囲った。

「転移!」

 すぐに僕は転移魔法で皆を転移……させたように偽装する。
 態と声を上げ、魔力を持つ剣を創造して人数分それを転移させる。
 僕らは近くの茂みに隠れ、気配を断つ。
 結界から脱出できないのは確認済みなため、こちらの方がいい。

「……それで、策は?」

「単純且つ困難なものだ。これ以外は、僕も椿や葵と同じで思いつかない。……すなわち、僕らの…いや、一人でもいいから、存在の“格”を奴に通じるまで上げるしかない」

「……それはまた、無茶苦茶な…」

 僕の言った案に、椿は溜め息と共に頭を抱える。

「確かに、理に適っているわ。…でも、それをどうやって?」

「……あっ、もしかして、神降し……?」

「ああ。…逆に言えば、それでも通じないと…」

「…打つ手なし…ね」

 存在の“格”を上げる。…抽象的な言い方しかできないが、具体的な方法は僕や椿だって思いつかない。…何せ、“良く分かっていない”のだから。
 だけど、少なくとも普通の人間よりも神の方が“格”は上だろう。
 だから、僕らは神降しに賭ける事にした。

「(…でも、それで通じるのか?)」

 “格”が違っても、武器に神殺しの概念などがあれば、一般人でさえ神は殺せる。
 それと同じ事で、最上級の武器を持つ王牙なら、傷の一つはつけれるはず…。
 だけど、それがないという事は、もしかしたら…。

「(…いや、今は考えないようにしよう)」

 どの道、手は神降ししかない。
 そう断じた僕は、早速神降しを行おうとして…。

「っ!転移!!」

 咄嗟に、転移魔法で全員を連れて遠くまで跳ぶ。

「危なかった…!まさか、辺り一帯を薙ぎ払うとは…!」

「ほう、躱したか…。だが、見つけたぞ?」

「っ…!」

 転移魔法を使ったのは、奴の“力”の動きを感じ取ったから。
 即座に転移して正解だった。だが、これで場所がばれてしまったか…。

     ギギギィイイン!!

「っ……!?(さらに、速く…!?)」

「優ちゃん!」

「シュライン!」

〈はい!〉

 咄嗟に体を動かせたものの、一瞬奴の姿を見失った。
 すぐさま司が光の柱で奴を捉え、目暗ましの代わりにした。

「こいつ、さらに強くなるのか…!」

「はははは!何しろ生まれたばかりでなぁ。動きに慣れていなかったのさ。…だが、慣れてきた今では…」

「っ、奏!!」

「………!」

 霊術で身体能力を極限まで上げた事で、何とか見えた。
 奏の後ろに回り込んだ奴を見て、すぐに叫んだが…。

「っ、ぁああっ!?」

「くっ…!『椿!奏を頼む!司、サポートは任せた!葵!』」

「『止めれるか分からないよ!?』」

「『それでもだ!』」

 大きく吹き飛ばされた奏。咄嗟に後ろに跳んだため、ダメージは軽減したが…。
 とりあえず、椿に任せて僕らで斬りかかる。

「はぁあっ!」

「このっ…!」

 当然の如く、すり抜ける。
 だけど、これは攻撃を引き付けるためであり…。

     ギギギギギィイン!!

「(これは…時間稼ぎも、厳しいか…!)」

「くぅぅ……!」

 葵と共に後退させられるように吹き飛ばされる。
 そう。攻撃を引き付けると同時に力量を見ておいたのだ。
 …結論から言えば、非常にまずい。神降しをする暇がない。

「(何か、手は…!)」

 せめて神降しをするまで、何か手段がないか探ろうとして…。





   ―――奴に、砲撃魔法が降り注いだ。





「無事ですか!?」

「リニス!…と、言う事は…!」

 上空を見ると、そこにはリニスさんを筆頭に皆がいた。
 どうやら、アリシア達に頼んでおいた援軍が駆け付けたようだ。

「皆、大丈夫?」

「奏優先で頼みます。…ただ、王牙が…」

 シャマルさんが治癒魔法を掛けてくれたので、ダメージが大きい奏を優先で頼む。

「帝君は遠くで結界で隔離してるから大丈夫。…でも…」

「状況を簡潔に伝えるわ。今、結界によって外部とは完全に遮断。外から入る事は出来ても、脱出は不可能よ。念話の類も通じないわ。尤も、それはリニスならよく分かってそうね」

「…はい。使い魔としての、魔力供給が完全に断たれていました」

 椿の簡潔な状況説明に、皆は奴がいた場所を見る。
 まぁ、明らかな元凶だ。あいつを倒さないとダメなのは丸わかりだからな。

「だけど、なのは達の砲撃が直撃したんだ。少なくとも…」

「あれでダメージを受けていたのなら、とっくに王牙が倒してる」

「なんだと!?」

 今の程度の否定で何突っかかってんだこの織崎(馬鹿)は…。
 ともかく、椿の状況説明は終わっていないので、続きを言ってもらう。

「王牙帝は私達より先に交戦。どうやら最大級の攻撃を当てても通用しなかったらしいわ。……敵の戦闘力は、軽く見積もって私達一人一人より強いわ。そして、何よりも…」

「ははははは!ようやく揃ったようだな!」

「………あいつには、攻撃が通用しないわ。いえ、正しくは、あいつを対象とした魔法、霊術、全てが効かないわ」

 砲撃魔法によって発生した煙幕を吹き飛ばすように、奴が笑いながら現れる。
 一切攻撃が通用していなかった事と、椿の言葉に、皆驚きが隠せないようだ。

「…だとするならば、一体どうすればいいのかしら?」

「……神降しがなければ、飛んで火にいる夏の虫だったわね」

「それ以外、手段がないという事か」

「いえ、それすら通じない可能性が大いにあるわ」

 プレシアさん、アインスさんの言葉に椿はそう返す。
 …だが、結界の効果を改めて聞いて気づいた事がある。

「くそ…!」

「待てヴィータ!迂闊に行っても…!」

 思考を巡らせるよりも先に、ヴィータが仕掛ける。
 攻撃が通じないと言われても、黙っている訳には行かなかったようだ。

「くく…!あまりに愚策…!」

「っ、速―――」

「後ろだ!」

「ヴィータちゃん!」

 背後に回られたヴィータは、咄嗟に掛けた僕の声に応じるように後ろを向こうとする。
 だが、間に合わない。なので、シャマルさんがすかさず遠距離から障壁を張った。

「がぁっ!?」

「(さらに速くなってやがる…!これは…ジュエルシード二つを取り込んだ僕の偽物以上か…!?)」

 その障壁も空しく、ヴィータは吹き飛ばされる。
 グラーフアイゼンで咄嗟に奴の拳を受け止めたが、今ので折られたようだ。

「『司!ジュエルシードをここに呼ぶ事はできるか!?』」

「『……ダメ!シュラインを介しても、結界の外にアクセスできない!』」

「(やはりか…!)」

 次元を隔てても呼べるジュエルシードが、呼べない。
 そうなれば、神降しもアクセスする事はできないかもしれない。

「…椿…」

「…さすがに気づくわよね」

 “神降しはできないのではないか?”という思いに、椿も気づいていたようだ。
 どうするのかと聞こうとするが、その前に飛び退く。

「これほどの人数が集まったのは好都合!一人ずつ殺していこうじゃないか!」

「っ…!なんで、どうしてこんな事を!」

 奴の力による弾…便宜上、魔力弾と呼ぼうか。実際は魔力ではないが。似せてるし。
 それが先程までいた場所で炸裂し、爆発を起こした。
 全員、飛び退いて躱したようで、誰もダメージは受けていないようだ。
 そして、なのはが奴になぜこのような事をするのか問うた。

「はははは!当たり前だろう!俺はお前たちを殺すのが目的だからな!」

「…なぜ、殺そうとする」

「さあな!俺はそのために作られたから、その裏にある訳など知らんよ!」

「作られた…ですって?」

 僕らに既に言った目的を、改めて奴は言う。
 そして、その言葉に含まれた“裏”に、プレシアさん達大人勢は気づいたようだ。

「そんな事、させるかよ…!」

「今ここで、止めて見せる…!」

 駆け付けた皆が、奴を取り囲むように包囲する。
 効かないと分かっていても、諦められないからな。
 司や大人勢も、それが分かっていて、援護に向かっている。

「…ダメ…それじゃあ、無駄死にするだけ…!」

「奏…まだ、行けるか…?」

「一応…けど、ダメ、なの…!」

 奏が僕の隣にやってくる。
 ある程度回復はしたようで、戦闘自体は可能だが…。
 …いや、厳しいらしい。恐怖で体が震えてしまっている。

「っ……優輝、さん……?」

「……………」

 安心させるように、頭を撫でる。
 …何とか、しなければ…。

「…椿」

「ここにいるわよ」

「皆が相手している間に聞いておく。…神降し、本当にできるのか?」

 先ほどは聞き損ねた事を、改めて尋ねる。

「…できるかどうかと言えば、出来ないに等しいわ」

「やはり…か」

「そんな……」

 外界と完全に遮断されているのだ。当然と言えば当然だ。
 司の時だって、地球から離れていたから時間制限があったしな。

「でも、ほんの少しの間なら、可能よ」

「どういうことだ?」

「貴方だって以前やったでしょ。体に残る神力を用いるのよ。私だって式姫とは言え神の分霊。優輝の見ていない所で、いざという時のための神力を溜めておいたのよ」

「それを使うという事だな…」

 どの道、通用しなければ神降しは無意味だ。
 なら、一瞬でもそれは関係ない。

「時間にして僅か三秒。与えられるのは一撃のみ。……行けるかしら?」

「やるしかないだろう。どうせ、逃げられないんだ」

「それでこそよ」

 分の悪い賭けなんて、よくある事だ。
 そして、その賭けに勝てばいい。それだけだ。

「奏、時間稼ぎ…行けるか?」

「っ……優輝さんのためなら…!」

「無理はするなよ。防御に専念するだけでいい」

「うん………!」

 自分を奮い立たせ、奏も参戦しに行った。
 ……さて…。

「『全員に通達!これから神降しで一撃を放つ!どうにかして、当てるための隙を作ってくれ!』」

 念話でそう伝えておく。
 既に、フェイトやヴィータが吹き飛ばされ、リニスさんも傷を負っている。
 長くは持たない。早くしなければ…!

「椿!」

「分かってるわ!」

 霊術で陣を描き、術式を編む。
 そして、僕は椿と一体化する…!

「(極限まで存在を神に寄らせ、一撃で決める!)」

 神降しと同時に、一気に存在を草祖草野姫に近づける。
 以前、司を助けようとした時のよりも、危険な行為だ。
 でも、そうでもしないと(.)達は勝てない…!

「一撃、必滅―――!!」

「ぬっ…!?」

 踏み込むと同時に、織崎とザフィーラさん、シグナムさんが吹き飛ばされる。
 直後、奴が()に気づくが……遅い!

「“神滅一閃”!!」

 魔法と霊術を全て身体強化に回し、一瞬で間合いを詰める。
 そして、今込められる全ての神力を込めて最大の一撃を放った。











   ―――……だが、その一撃は……。



「っ………!?」

「嘘………」

「そん、な……!?」

 …無情にも、奴の首をすり抜けた。
 同時に、神降しは解けてしまう。

「ははは!どうした!それが最大の一撃か?」

「くっ…!葵!椿を頼む!」

 無理な神降しで力を使い果たし、気絶した椿を葵に任せる。
 すぐに気つけすれば戦線に復帰できるだろうからな。
 同時に、身体強化を施して奴に斬りかかる。

「(まさか、神降ししても通じないとは…!くそっ、薄々予想はしてた事だが…!)」

 導王流と武器の創造を利用して、奴の攻撃を捌く。
 援護射撃などによる動きの阻害はできない。
 シャマルさんのように遠距離から障壁で防ぐのならともかくな。

「遅い!」

「くっ、くそっ……!」

     ギィイン!ギギギィイン!!

 捌ききれずに、僕は後退させられる。
 まずい、隙だらけに…!

「優輝さん!」

「っ……!」

 そこへ、奏が割り込む形で庇ってくる。
 霊術で身体強化を施しているようだけど、これじゃあ…!

「っ、ぁああああっ!?」

 展開していたハンドソニックは砕かれ、奏はそのまま吹き飛ばされてしまう。
 さらに、間髪入れずに放たれた魔力弾で追撃を…。

「奏!」

「まず、一人だ」

 咄嗟にエンジェルハートを刀二振りに変えて防ごうとしたが…。
 それすら砕かれ、奏は近くにあった木々に叩きつけられ、戦闘不能になった。

「(くそ…!万策尽きたも同然か…?何か、何か“格”を上げる方法は…!)」

 神降しは、存在の“格”を上げる手段の一つに過ぎなかった。
 だから、他に方法があれば……。

「くそっ!よくも奏を!!」

「ふん。お前も力が与えられているようだが…弱い」

「がはっ!?」

 先程吹き飛ばされていた織崎が突っ込み、見事に返り討ちにされる。
 奴の攻撃の前じゃ、織崎の防御力も紙に等しいらしい。
 アロンダイトも当たり所が悪かったらしく、機能不全に陥ってしまったようだ。

「(思い出せ…!神降しと、今の状態で、何が違うのか…!)」

 力としての違いではなく、“存在”そのものの違い。
 奴に届かなかったとはいえ、確実に違ったはず…!

「考え事している暇はあるのか?」

「っ……!」

「させないよ!!」

 思考を巡らす僕に、奴は時間を与えてくれない。
 接近された事に対し、動こうとすると、今度は葵が割り込んでくる。
 同時に、御札が張られた矢も飛んできて、それが障壁となった。

「葵、椿…!」

「その顔は、まだ諦めてないみたいだね……!なら、賭けるよ…!」

「時間稼ぎは、私達がするわ!だから、頼んだわよ…!」

 鍔迫り合いから一度間合いを離し、奴は連撃を繰り出す。
 本来なら葵一人では対処できない攻撃だが、椿の援護射撃からの障壁で助かっている。
 コンビネーションも良く、上手く動きを阻害しないようにしていた。

「優輝君…」

「…やらなきゃ、やられるだけだ…。神降しすら通じなかった相手に、どこまでやれるかは分からないけど……頼めるか?」

「………うん。やるしか、ないんだから…」

 司は強く頷くと、念話で皆に声を掛ける。
 …皆が、時間を稼いでくれる。この時間を、無駄にはできない…!

「リヒト!シャル!協力してくれ!」

〈はい…!〉

〈分かりました!〉

 マルチタスクを併用し、思考を巡らす。
 魔法のように理論的な考えは通用しない。
 “存在”の違い、それをまず見つける事が先決…!

「(けど、いくら何でも理論が全く通用しない分野だと、見つける事すら…!)」

 概念などに近いソレは、それこそ同じような分野じゃない…と……。
 ……一つ、適したものがあった…!

「リヒト、宝具だ…!」

〈っ……!その手がありましたか…!〉

 その人物の在り方、偉業を再現する切り札。宝具。
 これならば、もしかしたら…!

「…無茶をさせる事になる。行けるか……?」

〈百も承知です!!〉

 いくら因果を変えるような宝具とは言え、“格”を上げるという“領域外”の行為だ。
 そんな事をすれば、いくらリヒトでも壊れかねない。
 …だけど、それしか方法がない。リヒトもそれが分かって了承した。

「“導きを差し伸べし、救済の光(フュールング・リヒト)”…!!」

 奴から離れた場所で、宝具を発動させる。
 …近くには、気絶した奏がいた。どうやら、シャマルさんが移動させたようだ。
 治癒魔法で死ぬことはないと思うが……。

「(今は、目の前の事に集中しろ…!)」

 望んだ結果に“導く”。それがこの宝具の効果。
 だが、僕自身明確に分かっていない“存在”の昇格。
 それは、リヒトに多大な負担を掛け、時間もかかるものだった。

「っ、ぁあああっ!!」

「フェイト!っ、しまっ……!」

 フェイトが、プレシアさんが戦闘不能になる。
 生きてはいるが、復帰は無理だろう。
 続けて、はやて、アインスさん、シャマルさんが落とされる。
 ユニゾンしていたリインも気絶してしまったようだ。

「ははははははははは!!どうしたどうした!俺を止めるんじゃないのか!!」

「っ………!」

 今も椿や葵、司を筆頭に足止めが為されている。
 けど、それも一分持つか分からない。皆ダメージが大きいからだ。

「ぐぅううううう………!」

〈マス、ター……!頑、張って、くださ、い……!〉

「分かってる……!」

 一時的とはいえ、“存在”の“格”を上げる行為。
 魂が耐えれても、器である体は耐えれないらしい。
 同時に、リヒトも段々と壊れていく。無理をさせているからな。

「きゃあっ!?」

「かやちゃん!……っ…!」

「っぁ…!ぐ、ぅ………!?」

 椿、葵、司がやられる。
 そこからは、ジェンガが崩れるようにあっという間だった。
 まず、遠距離勢が真っ先に落とされ、残った近距離担当もやられた。
 最後まで残っていたのはなのはだったが、彼女もこちらに吹き飛ばされてきた。

「ぁ……ぐ、ぅ……」

「っ………!」

 …“全滅”。既に、僕を除いて戦闘不能だ。
 その僕も、宝具の反動で体が既にボロボロだった。

「何をしているのかと思えば……どうした?それで何かするんじゃないのか?」

「っ……くそっ…!」

 振りかぶられた拳を、シャルを展開する事で受け流す。
 その瞬間、体が悲鳴を上げる。

「ぐ、ぅうう………!」

 それを何とか抑え込み、リヒトに魔力を流し続ける。

〈……マス、ター……ご武運……を………〉

「(リヒト…!…だけど、これで……!)」

 負荷が掛かりすぎたからか、リヒトは活動停止に陥る。
 だけど、宝具は発動しきった。

「シャル……!」

〈はい…!〉

 再び振るわれた剣に、シャルを添える。
 そして、受け流すと同時に掌底を決める。

 ……果たして、その一撃は、すり抜ける事はなかった。

「がはっ…!?な、馬鹿な…!?」

「辿り…着けた、ぞ……!」

 掌底で奴を吹き飛ばし、僕は吐血する。
 体が負荷に耐えれていない。シャルもそうだ。
 “格”の上がった僕の魔力に耐えきれなかったのか、活動停止していた。
 …無茶をさせてしまったか…。

「(何とかして、倒さないと…)」

 既に満身創痍。だけど、奴を倒さない限り終わらない。

「……ぁ……れ……?」

「……くく、攻撃を通したのには驚いたが、既に死に体じゃないか」

「く、そ…無理、しすぎたか……」

 意識が朦朧とし、足元も覚束ない。このままでは…!

「終わりだ。死ねぇ!!」

「っ………!」

 再び繰り出される、剣の一撃。
 何とかして、その攻撃を受け流すも……。

「ぐぅっ……!?」

「っ………ぁ………」

 カウンターを放つと同時に、僕は倒れてしまった。
 ……まずい……。この、まま…では………。

















       =out side=









 優輝は吐血しながら倒れ込み、そして動かなくなってしまった。
 死んだ訳ではないが、少なくとも戦闘は完全に不可能になった。

 …これで、動けるのは襲撃してきた男のみとなった。

「…く、くく…!やはり、この程度だったか……ははははは!!」

 最後のカウンターを耐え抜いた男は、その場で笑う。
 勝利を確信し、後は殺すだけと言わんばかりに。

「さて、まずは仲間から殺させてもらおうか。お前には絶望を味合わせるのがいいと聞かされたのでなぁ…。手始めに、お前の後ろにいる女どもを頂こう」

 気絶し、聞こえていないにも関わず、男は優輝にそういった。
 そのまま、後ろで倒れている奏達に近づこうとして…。











   ―――気が付けば、懐に魔力のような“何か”の掌底を打ち込まれていた。









「がっ……はっ……!?」

 それを喰らった男は吹き飛ばされ、即座に体勢を立て直し…。

「…受けよ、天軍を束ねし聖なる剣!」

   ―――“天軍の剣”

 その背後に回り込んだ、もう一つの人影の光の剣に切り裂かれた。

「がぁあああああああっ!?」

 “闇”によって、切り裂かれた箇所を修復する男。
 しかし、そのダメージは相当なものだったようで、その場でのたうち回る。

「馬鹿な…!馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!?ありえない。あり得るはずがない!なぜ貴様らが…!なぜ攻撃が通じる!?なぜ!?」

 何とか立ち上がり、男は目の前に立つ二人に問う。
 そう。あり得るはずがなかった。その二人は、つい先程まで気絶していたのだから。

「っ………まさか、そんなはずが……!?」

 そこで、男は気づく。
 二人の体の変化に。

 二人共、頭上に光輪、背に純白の羽が現れていた。
 その姿は、まさに天使。

「なぜ、お前たちがこんな所に―――!」

「総べての生、母なる天に回帰せよ…!」

   ―――“魔天回帰(まてんかいき)

 男が言葉を言い切る前に、片方が接近。
 掌から放たれた、高密度の“力”が、男を襲う。

「がはっ……!?こんな、事が……あって、いいはずが…!」

「堕ちよ。秩序なき力を、塵へと還せ…!」

   ―――“堕天灰塵(だてんかいじん)

 吹き飛ぶ男に、体勢を整える間を与えずに、もう一人の光が襲う。
 今度は上空へと吹き飛ばされた男は、現れた魔法陣に拘束される。

「なっ……!?」

「母なる天に、その身を捧げよ…!」

   ―――“昇魂光天(しょうこんこうてん)

 先ほど吹き飛ばした方が、魔法陣を一際輝かせる。
 瞬間、光が男に落ち、地面へと叩きつけた。

「がはっ……ぐ、ぅ……!?」

「……まだ、生きているんですね」

「しぶとい…が、もう終わりです」

 既に満身創痍。あれだけ攻撃が通じなかった男が、だ。
 “闇”による修復も追いつかず、瀕死に陥っていた。

「く…そ、がぁああああああ!!」

 最期に、男は全ての力を以って、二人の内片方だけでも葬り去ろうとした。

 …それすら、無駄に終わると知らずに。







「我が身は明けの明星、曙の子…地に投げ堕ちた星、勝利を得る者…!」

   ―――“明けの明星”

 …眩い星が、冥府に堕ちる。
 “闇”の力を伴った攻撃に、クロスカウンターの如く光が放たれた。

「――――――――」

 男は、その光に呑み込まれ、悲鳴を上げる間もなく消滅した。

「……………」

「…………」

 二人は、消滅した場所をしばらく見つめ……糸が切れた人形のように、倒れ込んだ。
 先ほどまであった光輪と羽は消え、完全に気絶して眠っていた。













 かくして、謎の襲撃者は、人知れず消滅させられた。
 その瞬間を見た者は、誰もいなかった。









「っ…………!?」

 ……ただ一人を、除いて……。













 
 

 
後書き
神滅一閃…文字通りの意味を持った一撃。神降しでの神力を全て込めているので、神殺しも可能。……なのだが、今回の敵にはそれでも通用しなかった。

天軍の剣…光によって構成された剣から放たれる斬撃。その一撃は神すら滅ぼす。

魔天回帰…光のエネルギーを集中させ、敵を消し飛ばす技。お手軽で超強力な技。

堕天灰塵…全てを塵へと還すかの如き光を放つ。その光は衝撃を以って敵を打ち砕く。

昇魂光天…常人が受ければ即座に魂が昇天する光を落とす。込めた力が多い程強い。

明けの明星…本領はカウンター。眩いばかりの光を叩き込み、敵を消滅させる。

天軍の剣と魔天回帰、明けの明星は元ネタ……と言うかほぼそのまんまです。(知っている人は知っている作品の技)他はオリジナルですが。
ちなみに、なんか覚醒した二人ですが、この時の事は覚えていません。
性格や口調にも変化があります。(こうでもしないと伏線にならnげふんげふん) 

 

第119話「残された謎」

 
前書き
当然ですが、結界は敵がやられた時点で消えています。
まぁ、林の中なので、誰かに見つかるという事はなかったという設定です。
 

 




       =優輝side=







「……っづ、ぅ……」

 体中に走る痛みに身をよじらせながら、僕は目を覚ます。
 目を開け、視界に入ってきたのは…見た事のある天井だった。

「ここは……アースラの医療室か…」

「…目を覚ましたみたいだな」

「クロノか…」

 すぐ傍に、クロノがいた。
 どうやら、人手が足りないらしく、クロノも治療の手伝いをしていたようだ。

「……くっそ、無理しすぎたか……」

「君は一体何をしたんだ…。体がこれ以上ないぐらいに酷使されていたぞ…。それこそ、以前のなのはを数段悪くしたように。」

「文字通りの無理をしたんだ…。結果、この有様だが…」

 さて、クロノの呆れた溜め息を聞いた所で、気になる事を聞いて行こうか。

「…どうなった?それと、そっちは何があったか把握できているか?」

「順を追って説明していこう」

 痛む体を何とか起こし、クロノの説明を聞く。

「先に目を覚ましていた帝、椿、葵に話はある程度聞いた。事の発端は帝が君との特訓に少々遅れ、急いで移動していた時に、例の男が現れたとの事だ」

「そこから交戦し…王牙は敗北した…と」

「ああ。聞けば、どんな攻撃や魔法、霊術も通用せずにすり抜けるとか…。そのせいで、帝は最大の攻撃を放ったにも関わらず、敗北したと…」

「その通りだ。…で、そこへ僕らが駆け付けた」

 王牙は一番最初に戦闘不能に、椿と葵は頑丈だったから僕より先に目を覚ましたか。
 他はどうやらまだ眠っているらしいが。

「こちらはアリシア達に聞いたんだが、君と椿、葵、司、奏の五人で駆け付け、アリシア達になのはや僕ら管理局に連絡を取らせたようだな」

「ああ。何せ、その時は王牙の攻撃がなければ気づけない程の結界を張れる手練れだと思っていたからな。僕らだけでは倒せないと思った」

「…結果から言えば、それでも全滅したようだが…」

「耳が痛い話だ」

 結局どうなったか聞きたいが…少し後回しだ。

「その結界は魔力に似せた未知のエネルギーで張られており、内側に入る事はできても、外部からは完全に遮断。脱出する事も叶わず、使い魔契約による魔力供給なども途切れると聞いたが…」

「ああ。ついでに言えば、結界に解析魔法の類は効かず、神降しも不可能だ」

「……聞くだけでも厄介なものだな」

 実際に遭遇すれば厄介なんてものじゃないけどな…。

「そして、例の男…優輝にそっくりと聞いたが…」

「ああ。細部は違ったが、僕と見た目がそっくりだった。僕をもう少し成長させた感じだな。…中身は全然違うが。」

「みたいだな。帝のエアに記録映像を見せてもらったが確かに違った。…で、話を戻すが、例の男と交戦した結果、君達は全滅した…と」

「大雑把に言えばそうだな」

 最後は確かに奴に攻撃を当てれる程に“格”を上げた。
 だが、先に限界が来たのは間違いない。

「…最後に気絶したのは僕だが、あの後どうなった」

「僕らが駆け付けた時には、既に結界はなく、例の男の姿はなかった。立ち去ったのか、誰かが倒したのか…。全員のデバイスが損傷していたから、確かめようがない」

「………そう、か……」

 僕のリヒトとシャルも負荷で機能停止していたからな…。

「優輝、君の見解はどうなんだ?最後まで立っていたようだが…」

「…奴に攻撃が通じないタネ…僕や椿は存在そのものの“格”が違うからと判断していたんだが、最後の最後で、奴に攻撃を当てる事はできた。……けど、二回カウンターを当てた所で意識を失ったから、どうにも…」

「…どうも気になる事を言った気がするが…そのカウンターで倒したとは考えられないのか?姿はなかったが…」

「手応え的にそれはない。…でも、あるとしたら…」

 考えを巡らせる。神降ししても通じなかった程“格”が違った相手…。
 あそこまでの“格”となると…もしかしたら…。

「……“神”が、消滅させたか…」

「…また、ぶっ飛んだ事を言い出すな君は…。しかも、その神の力を使う神降しが通じなかった事から、ありえないと切って捨てる事もできないし…」

「これは後で考えよう。とにかく、クロノ達が来た時には僕らが倒れているだけだった…という事でいいんだな?」

 この事に関しては、皆が目を覚ました後で考える方がいいだろう。
 そう考え、話を終わらせに向かう。

「ああ。…正直、危なかった。中には重傷を負っている人もいたからな…」

「後遺症とかは?」

「全員、完治できるとの事だ。その点は安心していい」

 なるほどね…。

「…っつ……」

「もう立つのか?いくら何でも早すぎる気が…」

「魔力と霊力は残っているから、それを回復に回しておくさ。それより、目を覚ました椿たちはどこに?」

「ああ、それなら……」

 クロノに場所を聞き、いると言われた食堂へと向かう。
 椿たちとも意見を交わしておきたいからな。









「あ、優輝!」

 食堂に入り、見回していると、アリシアが手を振っていた。
 皆で固まっていると聞いたので、あそこに皆がいるのだろう。

「もう立てるのね」

「体は痛いがな」

「あの場で治癒魔法を受けていない人はまだ痛いだろうねー」

 戦闘中、奏や一部の人はシャマルさんに応急処置を受けていた。
 その差が今こうして出ているのだろう。
 まぁ、僕の場合は完治する前に目を覚ましたからなんだけどさ。

「それで…アリサとすずかも来てたんだな」

「ええ。あのまま待つだけなんて性に合わないわ」

「あの後どうなったのかも気になったし……」

 アリサとすずかもアリシアと共に来ていたようだ。
 まぁ、戦力外通告されたとはいえ、事の顛末は気になるだろうしな。

「王牙も災難だったな。いきなり襲われるとは」

「…ああ…。そうだな…」

 王牙にも声を掛けるが、何故かどこか歯切れが悪い。

「…何かあったのか?」

「分からないわ。私達が目を覚ました時にはずっとこれよ」

「帝、一番最初に目を覚ましたらしいんだけど…何か思う事でもあったのかな?」

 見れば、隠そうとはしているものの、何か思い詰めていた。
 これは…無闇に聞く事ではなさそうだな…。

「そう言えば、今回の相手って裏に何かいるって聞いたけど…」

「ああ。奴は自身の事を“作られた”と言っていた。他にも、背後に誰かがいるような発言をしていたし、何か別の目的があると見て間違いないだろう」

「…そっか。心当たりは…」

「ないな。なぜ僕と似た見た目だったのかすら分からん」

 わかるとすれば、先程クロノにも言ったような“神”が関わっている可能性があると言った事ぐらいだな。

「(…奴は、僕や僕の仲間を殺す事を目的としていた。…なぜ、僕なんだ?何を目的として、僕を狙った?………判断材料が少なすぎるな…)」

 考えても無駄のようだ。警戒はするが、推測するにはまだ早い。

「…あーくそ、とりあえず食べよう。考えるのは皆が目を覚ましてからだ」

「優輝が考えるのを放棄するなんて珍しいわね」

「判断材料が少なすぎる。憶測に憶測を重ねる事すらできん」

 それに腹が減ってるから思考能力も低下気味だしな。

「……まぁ、一つだけ分かっている事はある」

「…何かしら?」

「今回の相手の背後にいる存在。…そいつは、確実に僕らの想像の遥か上を行く存在だろう。…分かりやすく言えば、地球にある神話上の神…それすら凌駕するかもしれない程の存在だ。……と言っても、これも憶測だけどな」

「「「っ……!?」」」

 アリシア達三人が息を呑む。
 まさか、そこまでとんでもない存在だとは思わなったのだろう。
 ……神降しからの全力の一撃が“すり抜けた”んだ。
 無傷とかならともかく、すり抜けるという事は…それほどの相手って事だ。

 …まぁ、詳しい事は皆が集まってからだな。







「さて、まだ治療が済んでない者もいるから、ここで話をしようか」

 しばらくして、クロノが医療室に皆を集めてそう切り出した。
 …医療室と言っても、人数が人数だから広めの部屋に移してるんだけどな。

「既に話は聞いてあるが、正体不明の魔導師…いや、それすら不明の男と交戦した…というのが大まかな認識で構わないな?」

「……ああ」

 本当に大まかだが、それで合っている。

「話を聞いた限り、優輝の容姿に似ていた。…この事に何か心当たりがいる者はいるか?」

「……………」

 当然、誰も何も言わない。心当たりがあるはずないからな。

「…分かっている事…と言うか、予測がつく事はある。奴は僕を…正確には、今いる面子を知っていたという事だ」

「言動を思い出せば、確かにそうね。あの男は、援軍が駆け付けても、その面子がまるで分かっていたかのようだったわ」

 奴は、なのは達が来た時も、“また仲間が来たか”と言うより、“やはりこいつらが来たか”と言ったような表情だった。笑ってたから分かりにくかったが。
 おまけに“ようやく揃ったか”とか言っていたしな。

「…おい」

「…なんだ、織崎」

 すると、織崎が僕を睨むように見ていた。

「しらばっくれるな。あの男がお前と似ている時点で、お前に関係があるのは明白だろうが!さっさと知っている事を言え!」

「関係があるって言われてもね…。何かしらの意図があるとは思っているが、僕は奴の事を知らないし、なんで似た姿なのかもわからん。変な因縁をつけるな」

 疑いたくなるのは分かるが、相変わらず目の敵にするな。

「そう言えば、優輝君、最後…どうなったの?」

「……何とかカウンターを二発当てた…が、それ以降は分からない。しかも、手応え的に倒したとは到底思えないから、見逃されたか、或いは…」

「起きた時にも言っていた、“神”が消滅させたか……だな?」

 クロノが続けた言葉に、僕は頷く。

「“神”……やと?」

「それは伝説上の存在では?」

「ここまで規格外の相手だと、そう考えるのも妥当だと思える程だ。それに、伝説上の存在ではないだろう。現に椿が神だし」

「分霊だけれどね。まぁ、神降しは本体の力だけど」

 アインスさんの言葉に、僕はそう返す。
 いきなり“神”を話題に出されたが、今の回答で納得したようだ。

「…って神話上の神じゃなくて……そうだな…例えるなら、物語で言う作者のような立ち位置の“神”の事だ」

「へ?それって…」

「一言で言えば創造神。またはそれに類する“神”。そんな存在が介入したって考えてる訳。まぁ、我ながらぶっ飛んだ考えだけどね」

 でも、奴は見逃すつもりは一切なかった。
 それなのに生きているという事は…何者かが介入した事に間違いはない。

「…先ほどからスルーしていたが、優輝…君は何気に件の男に攻撃を当てたみたいだな。…一体どうやって?“格”や“法則”が違うから攻撃はすり抜けるとの事だが…」

「以前、司の命を繋いだ…僕は宝具って呼んでいるけど、それがあっただろう?」

「…ああ」

「あれの効果は、使用者の望んだ事象に“導く”んだ。それを利用して、僕の“格”を一時的に底上げした。もちろん、今は元に戻ってるがな」

 僕の説明に、クロノは少し頭を抱える。
 いつもの滅茶苦茶さに呆れているのだろう。

「呆れるのもわかる。…実際、僕の体はその状態に導いた時点で、壊れかけていた。もし万全だったのなら、おそらく仕留めれていただろう」

「いや、理屈が分かっていない事を無理矢理やってのける事の方がおかしいだろう。……まぁ、いい。それで悩んでも仕方ない」

 僕の宝具…言うか、宝具全般の効果は理屈では分からないのばっかだし…。
 とにかく、論点はそこではないので、クロノは話を戻す。

「件の男が言っていた事によると、その男の背後にはまだ何者かが存在しているようだ。少なくとも、優輝達を殺そうとした時点で碌な事を考えていないだろう。…そこで、対策を立てたい」

「対策って言われても……」

「優輝さんの宝具でないと通じなかったのに、どうやって……」

 皆は黙り込む。…当然だよな…。
 ありとあらゆる攻撃が通じない相手に、どうやって対策をしろと…。

「……今ここで決める必要はないわよ」

「どういうことだ椿?」

「あの男の背後にいるのが組織にしろ、何にしろ、すぐに仕掛けてくる事はないという事よ。無視していいって程でもないけど、慌てる程でもないわ」

 そう言い切る椿。一体、どこにそんな根拠が…。

「あの男の言動を見る限り、その背後にいる存在があの男を作り出した。…あんな存在を作り出せる程の存在なら、直接手を下せばすぐ終わる話だわ」

「…そうか!それなのに手を出してこないという事は、少なくとも猶予はある…!」

「ええ。…尤も、これは後回しにしているだけだけどもね。それに、気休めにしかならない誤魔化しでしかない」

 時間がないという訳ではない。
 その部分だけでも、椿は安心させようと今の発言をしたのだろう。

「奏の言った通り、優輝の宝具でなければ攻撃は通用しないわ。…けど、裏を返せば攻撃を通用させる方法はしっかり存在しているという事」

「…そうだな。あの宝具は、別に僕だけを対象にする訳ではない。宝具を使うだけの魔力があれば、この場にいる全員に同じ効果を与える事ができる。……器である体が耐えきれるかは別としてな」

「そして、その宝具と同じような効果を出せる者もいるわ。…司、貴女よ」

 椿はそう言って司を名指しする。

「わ、私…?」

「天巫女の能力。祈りを実現する力。その力なら、優輝の宝具に似た効果を引き出せるはずよ。……後は、その“力”に耐えうるように“器”を鍛えるのよ」

 サラッと今僕らができる事を言う椿。

「……決まり、だな。現時点で僕らができる事など、結局の所限られている。…今回のような事を起こさないために、今より力を磨く…それだけだ」

「司はそれに加えて天巫女としての力も磨かないといけないけどね。そこは私の方が教えるのに適しているかしら?」

「概念的な分野になるから…そっか、椿の方が適任だね」

 アリシアが納得した通り、天巫女としての力は椿の方が鍛えやすい。
 そこは椿に任せるとして…。

「方針はそれでいいとして…結局、件の男は…」

「…消滅したぞ」

 ふと、また気になったのか、クロノがそう呟く。
 その呟きに返したのは…まさかの王牙だった。

「あの男なら、跡形もなく消滅させられた」

「帝…知っていたのか?なぜ、それを早く……」

「頭の中で整理がついてないんだ。とにかく、あの野郎は消えた。あいつが再び襲ってくる心配は一切ない。…俺が言いてぇのはそれだけだ」

 それだけ言って、王牙は俯くように黙り込んだ。

「……王牙……お前、“何か”知っているな?」

「…言えねぇ。言えねぇよ…」

 おそらく、王牙は何かを“見てしまった”のだろう。
 その真実を受け止めて切れてないから、先程から様子がおかしかった訳だ。

「………」

「…皆、帝に聞きたい気持ちは分かるが、そっとしてやれ。多分、帝自身が一番精神的にきつい状態だ」

「っ……だけど…!」

 目でクロノに伝え、王牙に深入りしないように釘を刺してもらう。
 ……落ち着いた後で、また聞いてみようか。無理のない範囲でな。

「整理がついてないって言ってるだろ。信じられないモノを見たのか、知ったのかは知らんが、無闇に聞いても王牙を追い詰めるだけだ」

「なんだと!?」

 …だから、なんで織崎は突っかかってくるんだよ…。
 いつもの事ながら、鬱陶しいぐらいだ。今回は僕が口を挟んだのもあるが。

「考えてみろ、例えば、見た存在が“見てはいけないモノ”だったらどうするんだ?口外したら消される可能性もあるだろう。実際、王牙が何を見たのか、僕は知らない。でもな、踏み込んではいけないって事ぐらいは分かっているんだよ」

「…優輝もようやく学習したのね」

「今まで割と踏み込んでたよね?司ちゃんの時は親友だからこそなんだろけど」

 椿と葵に茶々を入れられるが……まぁ、いいや。

「優輝!!」

「っ、王牙?」

「……わりぃ、今はそういった優しさも辛い。クロノ、空いてる部屋は?」

「大体は空いているから、適当に使ってくれ」

 王牙は立ち上がり、そのまま休むためか去っていった。
 …優しさも辛い…か。そこまで信じられないモノを見たのか…?

「(…立ち去る間際、視線を向けた先…)」

 王牙は立ち去る時に、ふと視線をどこかに逸らしていた。
 その先にいたのは………。

「(………二人に、何かがあったというのか…?)」

 確信はない。ただ視線が偶然向いただけかもしれない。
 …けど、その二人は今までと“何か”が違うと…なぜか、そう思えた。

「……これ以上は、埒が明かないな。今決めておきたい事は決まったから、これで解散とする。一応、傷が治り切っていない者は安静にしておくように」

 王牙が去り、皆が沈黙した所で、クロノがそう締め括る。
 確かに、これ以上何か話そうにも埒が明かない。むしろ話が逸れるばかりだろう。
 クロノの判断は正解だったと言える。

「…椿、葵。後…司と奏も来てくれるか?」

「何かしら?」

「ちょっとな…」

 各々が傷の治療に専念したり、それに付き添ったりする中、僕は四人を呼んで空いている部屋へと向かう。

「僕が今回、神降しを使ったのは知ってるだろう?」

「うん。それでも通じなかったのには驚いたけど…。それがどうか………って、あ…」

「気づいた?…まぁ、その通りなんだ」

 神降しを使った事に関して、司は何かに気づいたように声を漏らす。
 …そう。神降しには、デメリットと言うか…副作用が一つある。

「…いつ、なるのかしら?」

「前回は寝てる間にだったけど…既になんとなく自分の体に違和感があるんだよね」

「気絶中じゃなくて良かったねー」

 神職者ではない僕の神降しは、椿の本体の因子が流れ込んでしまう。
 その影響で、性別が変わる。前回もあったソレが、今回も起こるのだ。

「……もうあんな事はしないわよ」

「反省してるから安心してくれ。まぁ、アレ自体は霊術と演技で誤魔化すとして、皆には事前にこの事を知らせておこうと思ってね」

 椿の釘差しに、苦笑いしながら答える。
 さすがにあんな事は……思考が変わってもしないよな…?

「僅か3秒とはいえ、だいぶ本体と同期させたから……今度は一日では戻らないかもしれないわよ?」

「分かってる。…何人かにはばれそうだよなぁ…」

「ずっと霊術で姿を誤魔化す訳にもいかないからね」

 まぁ、伝えたい事はこれで伝えた。

「……優輝君は、あの敵について何も分からないの?」

「…まぁ、な。検討もつかない。判断材料も少ないし。でも、悩んだ所で仕方ない。倒し方は分かっているんだし、後はそれを実践できるように鍛えるだけだ」

「…そっか」

 あの男の謎は、まだまだ残っている。
 結局どういった存在なのか、背後に何がいるのか。全然分かっていない。





   ―――…そう。謎は、残されたままなんだ…。それを忘れてはいけない。























     パシン!

「来ないで!」

「っ……!?なのは……!?」

「……ごめん、なさい…。もう、神夜君の事、信用できない…!」





   ―――そして、もう一つの謎と共に……“不屈の心”が、再燃した。







































       =out side=





「………何とか、一件落着…かの」

「見た感じは…ですけどね」

 白く、白く何もない空間。その中心で、レンズのようなものを男女が覗いていた。

「まさか、封印内で動きがあるとは…」

「盲点じゃったな…。これからは、そこも注意しておこう」

「はい。これからは、見逃さないようにします」

 話している内容。それは、優輝達を襲った男の、その背後の存在についてだった。

「干渉を全て打ち消す事は…不可能となってしまったな…」

「あの人形が降り立ったのが原因で、この下界は私達の世界に近づいてしまいましたからね…。…今度、力を蓄えた状態で干渉してきた場合は、阻止できません」

「……その時は、おそらく封印も…」

「はい…」

 深刻な様子で、二人は今回の影響を話し合う。
 優輝達を襲った男の影響で、優輝達のいる世界と、二人のいる世界の位相が近付いてしまい、干渉を受けやすくなってしまったのだ。

「それにしても、この二人…」

「…まったく気づけませんでしたね…」

 レンズにある場面が映し出される。
 それは、あの男が天使のような容姿に変化した二人に消滅させられる場面だった。

「えっ、お二方共本当に気づいてなかったんですか?」

「…そういうお主は気づいておったのか?」

 突然後ろから、もう一人女性が声を掛ける。
 その声に対し、老年の男性はまるで気づいていたかのように聞き返す。

「まぁ、私も元天使ですし」

「…元同族だからこそ気づける…という事かの」

「そんな感じです。私も偶然気づいた感じですし」

 男性の問い、女性は答える。

「とにかく、今回は何とかなったが、次もそうとは限らん。なるべく、こちらで処理するように心掛けねばな」

「そうですね」

 そういって、三人はそれぞれの持ち場へと戻っていった。

















   ―――封印が解けるまで…後………















 
 

 
後書き
何か色々解決せず、モヤモヤが残った感じ…。それを狙った感じの話です。
結局正体不明の敵は正体不明のまま、辛うじて王牙の証言で倒された事が分かっただけとなり、その裏にいるであろう存在は後回しにされました。
本当にできる事がありませんからね。
ちなみに、最後の三人は以前にあった閑話で既に登場しています。 

 

第120話「変わる考え」

 
前書き
約二名の考えが変わっていきます。
…内、片方は以前から少しずつ変わってましたが。
 

 





       =なのはside=









 ……最初に会った切欠は、一つの事件だった。
 次元犯罪者グループ“カタストロフ”。それが八束神社に現れた。
 草の神である椿ちゃんと知り合うと同時に、私はその人…兄妹と知り合った。
 その時は、一時の協力者としてだったけど、私としては妹である緋雪ちゃんと同学年だった事もあって、仲良くしようと思った。
 でも、神夜君から、彼を信用してはならないと言われ、私はそれを信じていた。

 …ううん、“信じ込ませられていた”。
 それからは、力を頼る事はあっても、決して信頼はしていなかった。
 まるで、神夜君の言う事を忠実に守るかのように。

 そして、緋雪ちゃんが死んでしまって、司さんがいなくなってしまって。
 事あるごとに、神夜君は彼を疑った。彼が原因だと、責めるように。
 司さんが帰ってきて、無事事件が解決した後も、神夜君は彼を信用しなかった。
 それにつられるように、私やフェイトちゃん達も完全に信用はしていなかった。
 …あ、でも、奏ちゃんとアリシアちゃんは信用するようになったんだっけ?
 なんでも、昔の恩人だったとか…。アリシアちゃんは助けられたらしいし。

 …今思えば、彼はとても良い人なんだと思う。
 それこそ、“お人好しすぎる”って椿ちゃんとかに言われるくらいには。
 それに、彼はとても強かった。
 “カタストロフ”の事件で、それまで一番強いとか言われていた神夜君に、ユーノ君よりも少ない魔力で勝ってしまう程だった。
 司さんを助けに行く時だって、誰も近づけない中、たった一人で突っ込んだ。
 それほどまでに彼の何かを為す時の意志は本物であり、とても固いものだった。
 それなのに、私は、私達は信用しようとしていなかった。



 ………そんな事を、今回の敗北から目を覚ました時、考えていた。
 どうしてこのタイミングかは分からない。
 でも、気絶と同時に、“何か”からも目を覚ましたような、そんな気分だった。







「……………………」

 クロノ君が解散の合図を出すと、何人かが席を立つ。
 プレシアさんやリニスさんと言った保護者にあたる人達はまだ怪我の治り切っていないフェイトちゃんの事を看てあげたり、治療の手伝いをしたりしていた。

「…………」

 ボーっと、まるで上の空のように、私は席に座り続けていた。
 思い出すのは、彼に似た男性との戦い。
 あの戦いで、私は…いや、私達はまるで歯が立たなかった。
 攻撃はすり抜け、動きは見えず、防御も役に立たなかった。
 椿ちゃん、葵ちゃん、奏ちゃん、司さんの四人が攻撃を引き付けてくれなかったら、30秒も持たせる事はできなかっただろう。

 …そして、敗北。
 気絶したから知らないけど、彼もあの後倒れたらしい。
 先ほどの話し合いで、誰かによって敵は倒されたらしいけど…。

「……私、は…」

 私は、席を立ってどこかへと歩き出す。
 どこへ、などと明確に決めてはいない。彷徨うかのように歩いた。

「………」

 私は、今回役に立てなかった。
 …ううん、広く見れば、今までも彼には迷惑を掛けてきた。
 神夜君の言う事を疑いもせずに信じ切って……。

「(せっかく、魔法の力があっても、私は―――)」

「なーのはっ!」

「にゃっ!?」

 沈み込んでいた私の背中に、衝撃が走る。
 誰かが後ろから抱き着いてきたらしい。

「あ、アリシアちゃん!?」

「うりうり~、いつものなのはらしくないぞー?」

 後ろから抱き着いた体勢のまま、アリシアちゃんは私のほっぺをつついてくる。

「まったく、あまりに様子が変だから、気になって仕方ないわね」

「ふふ、素直に心配って言えばいいのに」

「ちょっ、すずかぁっ!?」

 遠回しに心配するアリサちゃんと、そんなアリサちゃんをからかうすずかちゃん。
 …どうして私に?

「どうしてって顔してるわね」

「そこまで深刻な顔されたら、誰だって心配になるよー」

「いつものなのはちゃんらしくないから、皆心配だったの」

「…そっか…」

 最近は魔法関連で会わなくなってたけど…やっぱり心配だったんだ。
 それとも、そんなにも今の私は心配されるような状態なのかな?

「それで、どうしたの?」

「…………」

 背中から降りたアリシアちゃんが、私の顔を覗き込むようにしながら聞いてくる。

「…んー、後悔してるの?」

「っ…どうして…」

「あはは、椿の特訓を受けて、色々鋭くなってるのかもねー。表情や雰囲気でなんとなく読み取れたんだよ。あ、具体的には分からないよ?」

 少し気まずそうに視線を逸らしながら、アリシアちゃんはそういう。

   ―――…最後に、我慢をするな
   ―――辛い気持ちがあれば、家族や親しい人にしっかり打ち明けろ
   ―――そうすれば、そういった思いはしなくなる
   ―――……決して一人で抱え込むな

「っ…………」

 心の内を言おうか悩んでいると、ふと以前彼に言われた事を思い出す。
 …そうだ。我慢、しなくていいんだ。

「なのは?」

「あの、私―――」

 彼に対して迷惑を掛けていた事、神夜君の言う事をおかしい程忠実に聞いてた事。
 胸の内にある後悔、罪悪感、疑念、その他色々な事を打ち明けようとして……。

「なのは!」

「っ!」

 そこに、神夜君がやってきた。

「相当落ち込んでるように見えて追いかけてきたけど…大丈夫か?」

「ぇ………ぁ……」

 まともに神夜君の顔を見れない。
 それは、以前までと違って“好き”と言う感情からではなく…。

 …これはきっと、私の“怯え”が原因なのだろう。

「顔色悪いぞ?どうしたんだ?」

 思い出されるのは、神夜君との記憶。
 何事も、神夜君が正しいと思って、傍に寄り添おうとしていた。
 それはまるで、思考そのものが“そうなるように”されていたみたいで…。

「(今までの思い出は…嘘だったの…?)」

 自分が、まるで自分じゃない。
 そんな感覚に陥った瞬間、私は吐きたくなる程の嫌悪感に襲われた。

「なのは…?」

「っ……!」

 気が付けば、神夜君が私に手を伸ばしていた。
 咄嗟に、私はその手を振り払う。

     パシン!

「来ないで!」

「っ……!?なのは……!?」

 突然拒絶された事に、神夜君は戸惑う。……でも。

「……ごめん、なさい…。もう、神夜君の事、信用できない…!」

「………え?」

 全部、嘘だった。彼に抱いていた感情も。思い出も。
 その全てが、偽物だった。本当の気持ちじゃなかった。
 そう考えただけで、目の前の彼が………嫌になった。

「ちょ、なのは!?急にどうしたのよ!?」

「アリサ、ちゃん…!」

 隠れるように、アリサちゃんの後ろに逃げる。
 アリサちゃんごめん…こんな盾みたいな扱いしちゃって。

「ど、どうしたんだよなのは…」

「っ…………」

 体の震えが止まらない。
 今の気持ちと、これまでの気持ちの違いに、嫌悪感が治まらない。
 そんな私を思ってか、アリサちゃん達が庇うように前に出た。

「……あんた、なのはに何をしたの?」

「お、俺が?誤解だ!」

 今までのアリサちゃんからは感じた事のない、気迫が感じられた。
 …きっと、今の私を見て、怒ってくれてるのだと思う。

「アリサ、なのはのこの怯えよう…もしかして…」

「…ええ。多分ね」

 アリシアちゃんとアリサちゃんが何かを話している。
 けど、私は神夜君に対する嫌悪感でそれどころじゃなかった。

「…どうして…」

「なのは…?」

「どうしてこんな…!こんな人の心を弄ぶような事を!」

 そう。今までの私は、まるで心が弄ばれたかのように、おかしかった。
 なんでもかんでも神夜君の言葉に従って…自分の本当の気持ちなんてなかった。
 …それが、たまらなく嫌だった。

「ずっと…ずっと信じさせられていた!フェイトちゃんもはやてちゃんも…皆、皆!こんなの…こんなのってないよ…!」

「な、なに言ってるんだ?そんな事がある訳…」

 言いたい事を言うために前に出ていたけど、神夜君がこちらに一歩踏み出した瞬間、またアリサちゃんの後ろに隠れる。

「…なのは……」

「…ごめんなさい…」

「まぁ、いいのだけどね…さて」

 さすがにアリサちゃんを呆れさせてしまったらしく、溜め息を吐かれた。
 そして、改めて神夜君と向き直った。

「なのはが思いっきり言っちゃったから言わせてもらうけどね…洗脳だの騙してるだの、そう言う事言っているあんたが、一番そう言う事やってるのよ」

「あ、アリサ?そんな事、してる訳…」

「じゃあ、このなのはの怯えようは何?それに、あたし達もあんたに魅了を受けてた事、恨んでない訳じゃないからね?」

 真正面からアリサちゃんは神夜君と言いあう。
 アリサちゃんの押しが強いから神夜君はタジタジだけど…。

「っ…まさか、またあいつが…!」

「ほら!またそうやって優輝のせいにする!いい加減、やめて欲しいよ!なんでいっつも優輝を目の敵にするの!?」

 彼の事を言おうとした瞬間、アリシアちゃんが声を荒げる。
 いつも明るいアリシアちゃんがこんなに怒りを露わにするなんて…。

「優輝君が洗脳?ふふ…おかしな事を言うね。彼はむしろ逆…私達の恩人ですらあるのに。それに、あの帝君すら更生させる程なんだよ?」

「す、すずかまで…」

 しばらく静かだったすずかちゃんが、口を挟む。
 …あの帝君を…凄いなぁ…。

 …それよりも、すずかちゃんが直視できない程恐ろしく見えるんだけど…。

「皆あいつに騙されてる!あいつは自分の妹を騙してた挙句、見殺しに―――ッ!?」

「……それ以上、口にするな」

「それは、優輝へだけじゃない。…緋雪に対する侮辱にもなるわ」

「以前は帝君に人の気持ちを考えろとか言ってた癖に、一番考えてないね」

 剣が、刀が、槍が、神夜君へと向けられる。
 それらは多分、彼が作った霊力用のデバイスなんだろう。
 アリシアちゃんは知っていたけど、二人にも…。

「な、なんで……」

「あら、ここにいるのがあたし達で良かったわね。あたし達では、あんたに中々傷付けられないし。でも、司さんや奏、優輝が聞いていたら…これでは済まないわよ」

 底冷えするような殺気が、神夜君へと向けられる。
 魔法が使えなかった三人が、いつの間に…。

「ふん。一度、自分の考えを客観的に見つめ直す事ね。あんたの考えは、その根底からして全くの見当違いだって事、自覚しなさい」

「お、俺は……!っ…!?」

「…少し、頭を冷やしてね?」

「え、すずか怖い。…っと、なのは、ちょっと離れようか」

 しつこく食い下がろうとした神夜君に対し、すずかちゃんが笑顔のまま氷の霊術?を使って全身を氷漬けにする。
 神夜君自身には効いてないだろうけど、足止めのつもりらしい。
 後アリシアちゃん。その呟きには私やアリサちゃんも同意だよ。







「……よし、ここなら邪魔は入らないわね」

「…皆、凄いね。私なんか…」

 場所を移し、アースラの個室で先程の話の続きをする事になる。
 でも、私が知らない間に皆がここまで凄くなってた事に、私は塞ぎ込んでいた。

「……まったく」

「はにゃ?」

「あんたも、いつまでそううじうじしてるのよ!」

 そんな私に呆れたのか、アリサちゃんは私の左右のほっぺを摘まんで上下左右に動かし始めた。

「うにゃ、や、やめてよアリサちゃん…!」

「あんたのそういう所、フェイトの事で悩んでた時みたいで見てるとイライラするわ!いい加減、あたし達を頼る事を覚えなさい!」

 少し強く引っ張ってから手を放し、アリサちゃんははっきりとそういった。
 …うぅ、絶対赤くなってるよ…。

「…うん、ありがとう。アリサちゃん」

「まったく…それで?さっき言い損ねた事は何かしら?あいつに対する態度からどういったものか大体は想像がついてるけど」

「えっと、実は―――」

 先ほど言い損ねた事を改めて説明する。
 今までの私が、まるで私じゃなかった事。
 神夜君への感情が、全部そう仕向けられたものだったという事。
 目を覚ましてから感じた事を全部話した。

「―――だから、怖くなって…」

「…まぁ、それまでの自分が、自分からみてもおかしいと思えたらね…。仕方ないでしょうね。あたし達も同じだったし」

「え……?」

 アリサちゃん達も、同じだった…?

「あたしとすずかがしばらく付き合いが悪くなった時があったでしょ?」

「えっと確か…椿ちゃん達と出会う少し前あたりだったっけ…?」

「あの時、あたし達も今のなのはと同じ気持ちだったわよ」

 …そっか、アリサちゃんとすずかちゃんも、私と同じで…。

「私は校庭で優輝の偽物が出現した時だねー。ちなみに、奏は大体なのは達が優輝の偽物と交戦してる時、つまりジュエルシードと交戦中の時だね」

「皆も、私と同じ……」

「優輝曰く、あたし達はあいつに“魅了”されてたのよ。尤も、あいつは自覚していないけどね。余計に質が悪いけど」

 “魅了”…それを聞いて、私は納得する。
 それなら私が神夜君を慕い、言う事をあっさりと信じるのもおかしくない。

「じゃあ、フェイトちゃんやはやてちゃん達も…!」

「優輝君が言ってたけど、“好きな人がいる”もしくは耐性を持っている人以外の女性は、無条件に魅了されるらしいね。…だから、私達は…」

 女性限定…そういえば、ユーノ君やクロノ君はおかしくなかったっけ…?
 それに、司さんやプレシアさん、リンディさんとかも大丈夫だった。

「司は耐性持ち且つ、今では優輝が好きで、桃子さんやママ、リンディさんは人妻だから対象外。エイミィも神夜と会った時点でクロノが好きだったんじゃないかな?リニスは司の使い魔になったから耐性を持ったらしいよ。」

「忍さんはお兄ちゃんの彼女さんだったから…」

 …納得がいった気がする。緋雪ちゃんは彼が好きだったから…かな?
 そういえば、お兄ちゃんはもうすぐ忍さんと結婚するんだっけ?確か来年の6月に。
 …今はどうでもいい事だね。

「…どうして、神夜君が魅了してるって…」

「優輝、以前は人の能力とかが見えるレアスキルみたいなのを持ってたんだって。今は使えないらしいけど。それで知ったって言ってたよ」

「ちなみに、先に言っておくけど、あたし達のように優輝に魅了を解いてもらうのは難しいわよ。何でも、魔力が多い程魅了は根深く効いてるらしいの」

 フェイトちゃん達も解いてもらえると思ったけど…そうはいかないらしい。
 …そうだよね。彼の事だもん。解けるならもう解いてるだろうし。

「…そういえば、どうしてなのはの魅了は解けてるの?タイミングからして、今回の戦いで解けたのよね?優輝になのはの魅了を解く余裕はなかったと思うけど…」

「…確かに。どうして私の魅了は…」

 あの戦いで何かがあったのは確かだと思う。
 …私が気絶する時、私は彼の傍に飛ばされた。
 何かの副次効果で、魅了が解けた?

「…………」

「……つんつん」

「にゃっ!?アリシアちゃん!?」

「いやぁ、見事に赤くなってたから……」

 考えていたら、アリサちゃんに引っ張られて赤くなったほっぺを突っつかれた。

「今回の事は、今考えてもあまり意味ないよ。多分、優輝達も判断材料が少なすぎて色々と考えあぐねてると思うから」

「…そうね。とりあえず、なのはは一旦落ち着いて頭の中を整理しておいた方がいいわよ。あんたも中学生なんだから、あたし達の時のように付き合いが悪くならないようにね。あいつはともかく、フェイト達と友達なのは変わらないんだから」

「……うん」

 アリサちゃんの言う通りだ。
 …今は、落ち着こう。そして、余裕があったら彼に謝ろう。
 それに、私が撃墜された時も気に掛けてくれたお礼も言わなきゃ。



   ―――だから、ありがとう。優輝さん。











       =帝side=





「……………」

 一つの個室の中。その中で俺は気絶から目を覚ました時の光景を思い出す。

〈……マスター〉

「…おう、目が覚めたのか」

 エアの声に、スリープモードから目を覚ましたのだと気づく。

〈…あの敵は、どうなりましたか?〉

「倒されたよ。天使らしき二人にな」

〈天使…?〉

 …そう。天使だ。俺があの時見たのは、間違いなく天使だった。
 それも、“知っている二人”が天使になっていた。
 覚えていないのか、俺が見ていた事を仄めかしても無反応だったが。

「…とんでもない“世界”に転生させられたよな、俺…」

 それこそ、転生すると聞いた時は喜んだものだ。
 大好きな“リリカルなのは”の世界に転生できる。しかも特典のおまけ付きだ。
 前世とは違う人生を歩みたいからと、ハーレムを作ろうとすら思った。
 …思えば、浮かれすぎてたんだよな。俺。

 転生して、馬鹿みたいに暴れまわって。
 根拠のない強がりを言って、周りを困らせて。
 …そして、あいつに止められた。

「何のための特典だよ…。ファンタジー要素があるんだから、死ぬ危険性だってゴロゴロあるだろ。“死なないため”の特典な事ぐらい、気づけっての…」

 所詮アニメの世界だからと、アホみたいに…。
 “原作”にない展開なんて、当たり前にあったし、その度に俺は負けていた。
 司の…アンラ・マンユの時に至っては、本当に現実を思い知らされたさ。
 あいつがいなければ、俺はこの場にいないと断言すらできたかもしれない。

「なぁ、エア。…“主人公”ってすげぇよな」

〈…どうしたのですか?マスター〉

「いや、どんな強大な敵が現れても、挫けない主人公が羨ましくてな…。…俺には、無理だ…」

 あの男との戦いを思い出すだけで、手が震えてやがる。
 …あぁ、今思えば俺が転生に喜んだ理由って、“主人公”に憧れたからなんだな。

「あいつとの特訓で強くなったつもりだけど、“心”においては、未だに“原作”でのなのはに大きく劣ってらぁ。…はっ、精神年齢はとっくに成人してる癖に、子供に負けるとかなっさけね」

〈……………〉

 アホな事をしていた自分が羨ましいぜ。
 どんなに打ちのめされても馬鹿みたいに立ち直ってるんだからよ。

「なぁ、エア。もしかしたら、俺は…この世界の人達は、とんでもない事に巻き込まれたかもしれん。あの敵に、そいつを消滅させた存在。…そして、その背後の存在。…絶対、これだけじゃ終わんねぇ」

〈……貴方は、何を“見た”のですか?〉

「…魔法とかがある世界でなお、“超常的存在”と呼べる奴だ」

 何もかもが、違った。力も、法則も、存在も。
 あいつは、無理矢理その領域に行き着いたらしいが…。

「あの男もそうだったが、それを倒した二人………くそ…どうなってるんだよ、この世界…。ああもう…」

〈…今は休んでください。マスター。一度眠れば、頭の整理がつくと思います〉

「…そうさせてもらう」

 元より、そのためにクロノに断りを入れて個室に来たんだ。

〈ただ、一つだけ。…マスターが仰った“天使”なる存在。その正体、マスターは知っていますね?できれば、教えていただけないでしょうか〉

「…どっちが本当の姿かは知らん。…まぁ、エアになら言っていいだろう」

 そういって、俺はエアに“二人”の名前を教える。

〈っ…!そんな、まさかお二人が…!?〉

「あいつに伝えるのが正解なのかどうか…。とりあえず、俺は寝る」

 優輝(あいつ)も気づいていない事だ。
 あの時、俺以外はデバイスを含め、誰も何が起きたか知らない。
 俺だけが、あの男の最期を見ていた。
 …その真実を、誰かに伝える事が正解とは限らない。
 今まで碌に当たった事のない予感だが…今はまだ言うべきではないと思う。

「…………」

 あの男の力と、天使と化した二人の力。
 男の方はともかく、二人は見ただけに過ぎない。
 …だけど、それでも理解ができた。

 あの力は、俺達が扱う力なんて目じゃない。
 あいつの神降しの力すら、下位互換と言えてしまう程だった。
 …それも当然だ。特典で貰ったとはいえ、神殺しの宝具すら効かないのだから。
 不死殺し、世界を裂く剣、ありとあらゆる力を秘める武器が通じなかった。
 その時点で、ある程度は分かっていたつもりだったんだがな…。
 あんなのがまだいると考えるだけで、恐怖で体が震える。
 この事実を、俺は伝えるべきなのか…。

 …ああクソ…。なんで俺は転生なんてしちまったんだ…。
 こんな思いをするぐらいなら、そのまま輪廻の環にでも還ればよかった。
 神の力すら通じない、そんなチートな連中、どう相手にしろって言うんだ。
 第一に、未だにあの男の力は正体不明だ。
 見た事も聞いた事もない未知の力に、どう対応すれば…。

 ……いや、待てよ?あの力…どこか、既視感が……。
 俺はどこで、あの力を見たんだ……?















 っ………!そうだ……!























   ―――転生する時、その時にも、あの力を見た……!





















 
 

 
後書き
魅了が解けたなのはに、なんか色々見ちゃった元踏み台でした。
SAN値が減ると言う訳ではありませんが、見たモノは精神的に支障を来す程のモノだったという感じです。脳と言うより、魂がそれほどの力を感じ取ったみたいな。

一応4章でのシリアスパートはこれにて終了です。
後は少しばかり今回を引きずりながら日常を過ごす予定です。 

 

第121話「片鱗」

 
前書き
日常(魔法が関わらないとは言ってない)な話です。
まぁ、うん、なのはに拒絶されたオリ主(笑)君が黙ってる訳がないです。
 

 




       =優輝side=





「……優輝…!おい、優輝!」

「っ、ごめん。ボーっとしてた」

 腐れ縁なのか、中学2年生でも同じクラスになった聡に強く呼びかけられる。
 ボーっとしていたため、ちょっと驚いてしまった。

「どうした?なんか様子がおかしいぞ?」

「いや、ちょっと考え事していてな…」

「そうか。ならいいや」

 聡もあまり気にしなかったのか、すぐに別の話に切り替わる。
 …助かった。さすがに聡もそこまで鋭くなかったか…。





「……ふぅ」

 しばらく経ち、昼休み。さっさと昼食を食べて、人気のない所で一息つく。

「…優輝君」

「…司?」

 そこへ、司がやってきた。

「ちょっと心配になっちゃって…」

「まぁ、一日中は…ね」

 同じクラスだからか、司はずっと心配してくれていたみたいだ。

「…その、大丈夫?ずっと普段通りの“フリ”をするの」

「まぁ、演技は苦手じゃないし…。普段の“僕”を演じるだけなら、何とかなるよ」

「…やっぱりなっちゃったんだね…()()()に…」

 苦笑いしながら、司は言う。
 …そう。今の()は性別が変わってしまっている。
 原因はもちろん、昨日の戦闘での神降しだ。司達にも伝えてたし。
 今回は一日で戻るとは限らないので、霊術で誤魔化しているという訳だ。
 以前みたいに椿と“繋がり”を深める事はできないしね…。

「えっと、姿は霊術として…声は?」

「声は魔法だよ。声真似でもできるけど、こっちの方が楽だし」

「なるほど。…あ、私が認識阻害の結界を張るから、しばらくは楽にしてて」

「ありがと」

 司が霊力で結界を張ってくれたので、私の変装を解く。
 体格とかも変わるから、制服がガバガバに…。

「っ………」

「あーあ……って、どうしたの司?」

「いや…えっと、ギャップについ…」

 顔を赤くして逸らした司は、恥ずかしそうに言う。
 …まぁ、傍から見たら男物の制服をはだけさせた女の子だからね。

「…いつぐらいに戻りそう?」

「椿の見立てだと、しばらくは…って所かな?あの時の神降しは瞬間的にとは言え、以前のよりも強く影響が残っているから、因子も結構あるみたい。…それに、以前のような荒治療はしたらダメだからね…」

「まぁ、あれは……椿ちゃんがずるいし…」

 何か違う言葉が聞こえたような…?まぁ、気のせいか。

「…でも、だからと言って今日はちょっと様子がおかしかったね?思考も女性になるのなら、演技とはいえ優輝君があそこまでボーっとするなんて…」

「ん…まぁ、ちょっとね…」

 帝の事もあるけど、実は今朝椿に言われた事が気になっていたのだ。
 …って、今ナチュラルに帝の事名前で…もう男の時も名前呼びでいいか。

「椿に言われたんだ。“あれほどの無茶をして、魂が無傷なのはおかしい”ってね」

「魂が無傷…?」

「神降しは、やりすぎると“志導優輝”という存在が意味消失する…って言うのは、以前の時も話したよね?」

「う、うん…」

 しかも、今回は前回よりも影響が強いというおまけ付きだったりする。

「さらに、その後は存在の“格”を無理矢理上げるという事をした。…例え一時的とは言え、そんな神を超えようとする行為は無茶に他ならない」

「…そんな事を行えば、少なくとも魂が傷つく…」

「その通り。最悪砕け散るね。ついでに言えば肉体もね。実際吐血したし」

 いくら英霊と化した私でも、無事では済まないはず。

「…なのに、無傷?」

「そう。私にも全然検討はつかないんだけどね。でも椿曰く、因子に浸食されて魂が書き換えられることも、無茶をした事による損傷も一切ない。まるで、どちらにも適応したかのように、全くの無傷。……我ながらおかしい」

「……………」

 “格”を上げるという行為は、それをするだけで肉体が耐えれなかった。
 魂に至っては、それと同等以上の負担があったはずだ。
 例え少なかったとしても、何かしらの影響があったはず……なのに。

「…思えば、魔法に関わり始めた時からそうなの」

「え……?」

「前世とかでは、無茶をすればその分しばらくは動けなかった。…でも、今ではいくら無茶をしても、後遺症は絶対に残らない。どんな負担も、その時だけのものに過ぎなかった」

 人の身で神の力を使っても、そうだった。
 本来なら腕が消し飛び、決して戻らないはずの反動が…私にはなかった。

「……何かを代償としている。…多分ね」

「それは……」

「気のせいだとは決して断言できない。だって、“あり得ない”が何度もあるんだから。……例えば、感情の一種が欠けてるとか」

 なぜ、“僕”が司や緋雪の好意に気づいても靡かなかったのか…。
 こじつけになるとは言え、辻褄は合う。

「そう…“恋愛感情”の欠如。そう言った環境で育った訳でもないのにも関わらず、今の私……“僕”にはそれが欠けている。前世で片想いをしたにも関わらず…ね」

「それが…代償?」

「さぁね。これだけかもしれないし、もっと他に代償を払っているかもしれない。運命とか、そういったモノとかね。詳しくはさすがに分からないよ」

 今まで目を逸らしてきた…と言うより、気にしている暇はなかった。
 だけど、目を向けてみれば…自分でも思う程、自分はおかしい。

「…大丈夫」

「…司?」

「…何があっても、私は優輝君の味方でいるから」

 司はそういって私の手を握ってくれた。
 …無意識に自分に恐れを抱いていたのに、気づかれたのか。

「…ありがとう」

「うん。…そろそろチャイムが鳴るし、戻ろう?」

「そうだね。…よっと」

 霊術を掛け直し、私は普段の“僕”へと姿を変える。
 魔法で声も変えて…よし、これで大丈夫。

「よし、戻るか」

「うん」

 いざ戻ろうとして…ふと、昨日のあの男の力と“格”を上げた時の感覚を思い出す。

「(…あの時の、力…)」

 魔力でも、霊力でも、ましてや神力ですらない。まさに領域外の力。
 明らかに未知の力なはずなのに…なぜか、既視感があった。

   ―――ドクン

「っ―――!?」

 その瞬間、脳裏に何かが横切る。
 それは…転生の時に会った、女神の姉妹だった。

「(今、のは……!?)」

 転生の時、“僕”は一切抵抗できなかった。
 あの得体の知れない力で拘束され、消し去られそうになったはずだった。
 ……なのに、今脳裏に横切った光景は…。

「(…対峙、していた?)」

 明らかに応戦していた。もちろん、そんな記憶はない。
 転生する前に、一体何があったのか…。

「(でも、既視感の正体は分かった)」

 あの男の力と、“格”を上げた時の感覚の正体…。
 おそらく、転生の時の神…もしくはそれと同等の存在が持つ“力”なのだろう。
 …色々納得がいった。…が、また一つ謎が増えたか…。

「…優輝君?また考え事?」

「ん、まぁ、ちょっとな。大した事でもないし、合点がいったし気にしないで」

「優輝君がそういうならいいけど…相談したかったらいつでも頼って?」

「分かった」

 “何か”があった。…それは確かだろう。だけど、その記憶が欠如している。
 気にしないようにしていたが、同じ力の持ち主が襲ってきた。
 そうなれば無関係と放置する訳にもいかない。

「(“先”は見えない。なら、想定して動くしかない…か)」

 結局の所、何かが分かった訳ではない。
 昨日の話し合いで決めた通り、いつも通りに鍛えて備えるしかない。









 …でも、どうしてなのだろうか。
 領域外の力。…そう感じたはずなのに…。





   ―――どうして、“馴染み深い”と一瞬思えてしまったのだろう。















       =奏side=





「…なのは?」

 休み時間、なのはが私の教室の前を走っていった。
 ちなみに、中学に上がってからクラスも変わって、私達は結構ばらけている。

「何か様子がおかしかったような…?」

 思えば昨日から少しおかしかったように思える。
 ちょっと気になったので、私も見に行くことにした。



「なのは」

「あ、奏ちゃん…」

 廊下の端、階段近くになのははいた。
 話しかけると、やっぱりなのはの様子はいつもと違った。
 なんというか…気まずさを抱えているというか…。

「どうしたの?こんな所に…」

「えっと…ちょっとね…」

 誤魔化そうとしているなのはを見ていると、後ろから誰かの気配が。
 これは……。

「あ………」

「神夜…それに、アリサとすずかも」

 なのはを追いかけてきたであろう神夜に、私と同じで走っていったのを見て出てきたらしいアリサとすずかがやってきた。
 すると、なのはは神夜を見て気まずそうにしていた。

「(……もしかして?)」

 なのはの様子から、魅了が解けたのではないかと私は思った。
 私の場合はあっさり突き放したけど、なのはの事だから引きずっているのかもしれない。だから、気まずく思ってこうしてここまで来たのだろう。
 …結局心配されて逆効果だったみたいだけど。

「…………」

「奏ちゃん……?」

 どこか焦燥感を出しながら来る神夜に対し、私はなのはを庇うように前に出る。

「なのはっ!…って、奏…?」

「ふぅ、追いついた…」

 私が前に出た事で神夜は止まり、アリサとすずかも追いつく。

「…どうしてなのはを追いかけているの」

「どうしてって…それは、なのはが洗脳されてるから解こうと…」

「洗脳?何を証拠に?」

 “洗脳されている”と言うワードから、なのはの魅了が解けていると確信する。
 アリサとすずかに目で尋ねてみれば、肯定の意が返ってきたし間違いない。

「そんなの、俺を突然拒絶するようになったんだから、当然だろ!?」

「それは証拠として足りないわ。証拠としたいのなら、魔法や霊術の形跡。もしくは思考回路の歪み、精神や魂の変質を見つけてから言って」

「…それ、最初の二つはともかく他は難しいわよ」

「そう?どの道、証拠としては足りないわ」

 なのははだいぶ怯えてしまっている。
 私達転生者のように精神が既に育っている訳でもなく、アリサやすずかのように早い段階で解いた訳でもなく、今までずっと魅了されていた。
 “魅了されていた”と言う点以外は、純粋に育ってきたなのはにとって、魅了が解けた際のショックは計り知れないだろう。何せ、今までの人間関係が“そうさせられていた”と言う事になるのだから。

「それに、“拒絶される”と言うのは、貴方にその原因があるという事。洗脳による拒絶だと言うのなら、もっと酷く拒絶される」

「っ……奏も、俺が悪いと言うのか!?」

「そうだけど?だって、貴方は無意識とは言え、私達を魅了していた。私達だけじゃない。この学校、出会ってきた全ての女性に魅了を掛けてきた」

 自分でわかる程、どこか冷めた思考になる。
 以前までは、ここまではいかなかったはず…。どうしてだろうか?

「そ、そんな訳…!」

「第一に、優輝さんが原因と言うのならいつなのはに洗脳を施したと言うの?タイミングがないわ」

「それは!あの男が襲撃してきた時に…!」

「それこそありえない。あの時の優輝さんはあの男を倒すために無茶をしていた。私が確認していた時点で既に体がボロボロだったのに、そんな事する時間はない」

 そこまで言って、私自身気が付く。
 …一体、なのははいつ、どうやって魅了を解いたのか。

「だったら、あの男とあいつは…!」

「…グルとでもいうつもり?いい加減にしなさいよ」

「だが!そうでもないと…!」

「いい加減にしてよ!」

 平行線。全く話が合わない。
 そう思っていると、後ろにいたなのはが大声でそういった。

「なんでいつもいつもあの人を悪いように言うの!?それがなかったら、私だってここまで神夜君の事嫌いにならなかったのに!人を騙して、洗脳なんてしてるの神夜君の方でしょ!早くフェイトちゃん達を元に戻してよ!」

「な、なのは!?」

「ちょっ、なのは!?」

 そのまま、神夜に掴みかかるなのは。
 完全に感情が爆発している。それに、琴線に触れたのか泣いてもいる。

「元に…戻してよ…!」

「なのはちゃん…。落ち着いて…ね?」

 すずかが何とか引き剥がし、慰める。
 残った私とアリサは、その様子を見て神夜を睨んだ。

「っ………」

「……最低ね。見下げ果てたわ。なのはを泣かすなんて」

「誰かを悪く言う前に、自分の事を振り返るべきよ」

 もう、彼をかつて魅了してきた相手として見る事はない。
 …ただ、“女の子を泣かした最低な男”として見るだけだ。

「お、俺は……」

「結局、話すだけ無駄だったわね」

 これ以上は無駄だと判断したアリサは、すずかと共になのはを連れて去っていった。
 認識阻害の霊術は使っていたけど、“なのはを泣かせた”と言う事実は消えない。
 詳しい事情が分からなくても、神夜がなのはを泣かしたのは周知になった訳だ。
 …優輝さんとの前世の思い出が消された意趣返しにはなったかな。
 これでもそれなりに恨みは持ってたもの。

「…なんで…全部、あいつが……!」

 私も戻ろうとして、その際に後ろからそんな声が聞こえた。

「(……また一悶着ありそうね…)」

 近い内に優輝さんに手を出してくるかもしれない。
 …でもまぁ、優輝さんなら、大丈夫だろう。









       =優輝side=





「……っ」

「っと。うん、形にはできたね」

 学校から帰ってくると、椿が葵に矢を放っていた。
 まぁ、葵は簡単にそれを掴んで握り潰してたけど。

「何やってるの…?」

「あ、優ちゃんお帰りー」

「ばれなかったでしょうね?」

「司は気づいてたけどね」

 いくら事前に言ってたとはいえ、あんなあっさりわかるとは思わなかったけど。

「所で何やってたの?魔力の矢なんか放って…って、魔力?」

 自分で言って、途中で気づいた。
 椿は先程、葵とユニゾンしていないにも関わらず、魔力を使っていた。

「私たちも基礎から鍛え直すついでに、魔力も使えるようにしようと思ってね」

「かやちゃんの魔力は雀の涙程しかないけど、使えるに越した事はないからね」

「なるほどね…。ユニゾンした時の感覚を覚えてるから、扱いも難しくないものね」

 既に矢の形に魔力を固めている。霊力での時と遜色ない。

「それにしても、基礎から鍛え直すって…別に怠ってた訳でもないのに?」

「…このままじゃいけないと思ったからよ」

「え?」

「また戦いについていけなくなるのは、嫌だからよ」

 …そう言った椿の顔は…何か悔やんでいるように見えた。
 もしかすると、以前の主の事を…。

「……わかった。私も付き合うよ」

「え?別にいいけど…そういえば、今の優輝って戦えるの?」

「それもついでに確かめるよ。いつまでこのままかは分からないし、この体にも慣れておかないとね」

 体格だけでなく、性別も変わった事でどこまで男の時と違うのか分からない。
 それを確かめるためにも、私は椿と一緒に少し鍛え直す事にした。





「…こんなものね」

「魔導師ランクで表すと、短期決戦でDくらいかな。状況によるけど」

「魔法限定だとそんなものね」

 夕飯間近まで特訓し、大体は掴めた。
 元々椿は魔力がなかったし、今でも少ないからあっさり扱いは覚えた。
 私も自分の力量がどんなものか大体は分かった。

「優ちゃんは…若干機動重視になってるね」

「身体能力が変わってるからね。総合的に見れば男の時より数段劣ってるよ」

「時間も時間だし、夕飯の用意をしましょう」

 結構ギリギリまで特訓してたので、すぐに用意を始める。

「…ところで優ちゃん」

「今の貴女は、“どちら”なのかしら?」

 その時、二人からそんな事を言われる。

「……えっと、いつから気づいてた?」

「貴女が体の調子を確かめていた時よ」

「ほとんど最初からじゃん。…あ、今は“優輝”だよ」

 …そう。私は何度か“優奈”になっていた。
 なんというか…着々と“もう一人の自分”として出来上がってる気がする…。

「…大丈夫なの?」

「うーん、魔法とかを行使してると度々切り替わる感じかな。後は、以前のように成り切ったり…後は、感情が昂ったりすると切り替わるかも」

「司ちゃんとか知ってる人には伝えておいた方がよさそうだね」

「そうだね」

 先日の件で色々謎も残っているのに、面倒事も増えたなぁ…。
 とりあえず、今日はさっさと夕飯と風呂を済ませて寝よう。









「……………」

 その日の深夜…になるのか?
 ()は白い空間にいた。なんというか、靄が掛かっている感じもするが…。

「……一応、初めましてになるのかな?」

「っ…!?」

 後ろから声を掛けられ、すぐさま振り向く。
 …気配を感じなかった?いや、今までそこにはいなかった…!

「緋雪……じゃないな。…そうか、僕が今男の体な事から考えると…“優奈”か」

「正解。さすがは私。いやまぁ、これくらい分かってもらわないと困るけど」

 そこにいたのは、緋雪にそっくりな少女。だけど雰囲気が違った。
 緋雪との違いは髪留めがカチューシャかリボンの違いだな。こっちはリボンだ。

「…夢、というよりは精神の中か?」

「両方って所かな。夢の性質を利用して今のこの空間があるし」

 僕は確かに普通に眠ったはずだ。
 それなのにこの空間がある事から推察したが…ふむ。

「お前自身が対話したいからこうした…か?」

「人格同士が話す機会なんてこれぐらいしかないからね」

「まぁ、それもそうだな」

 人格を切り離す事ができれば、憑依とか使って対話できるが…。
 …って、憑依とかを前提にしてる時点でおかしいけど。

「それで、話したい事ってなんだ?」

「単純に私の事とちょっとした事かな」

「お前の事?」

「うん」

 …僕や椿たちが気づいていない事でもあるのだろうか?

「私は確かに創造魔法…いや、“創造”の性質によって生まれた人格ではあるわ。志導優輝の親戚である“優奈”としてね。ここまでは貴方も知ってるでしょう?」

「ああ」

「記憶自体は共有しているけど、感性は違ったりする…のはまぁ、人格が違うから仕方ないかな」

「記憶も一部分は共有できていないけどな」

 主に人格が引っ込んでいる時は、映像を靄が掛かった状態で見ているような感じで、記憶が曖昧になっている。

「ここからが本題よ。私は創造された人格…それは間違いない。でも、女性の体になってなり切ったから生まれた訳じゃない。実際の要因は神降しよ」

「神降し…椿の因子が入ってきたからか?」

 いや、第一にいくら創造魔法というレアスキルがあるとは言え、人格の創造なんて…。…待て、何かおかしい。何故気づいていなかった?創造魔法は所詮“魔法”だ。魔力がなければ使えないはず。なのに人格の創造、そして以前司を助ける時に行った英霊化に、魔力は使っていない…!

「…本当に気づいてなかったんだね。…私は創られた人格とはいえ、れっきとした“貴方そのもの”なの。ただ、“女性だったら”と言う可能性を持った…ね」

「可能性…?それと、神降しになんの関係が…」

「種類や法則が違うとはいえ、神の力に触れたから…って言うのが切欠だと思ってるわ。…私も、先日のあの人形の力に触れたから気づけたのだけど」

「待ってくれ。理解が及ばない」

 何か、何かを見落としているのか…?
 それに、“人形”?こいつは、あの男の正体が判っているのか…?
 …本当に、僕のもう一つの人格なのか…?

「……何にも思い出せていないのね」

「なんの事だ…?」

「いえ、まだその時じゃないだけよ。…ここまでにしましょう。この対話は今回限り。だけど、貴方が“気づいた”…もしくは“思い出した”のなら、もう一度この場を設けるかもね。…まぁ、必要がなくなってるかもしれないけど」

「待て、話が見えない……!」

 続きを聞こうとしても、意識が薄れていく。…目を覚ますのだろう。
 それを眺めながら、“優奈”は少し微笑んだ。

「…本当に、“人間”は凄いよね。私や貴方自身がそうなったから良く分かったけど…うん。今度は、全部わかった状態で話をしたいな。…じゃあ、またね。“優輝”」

「っ…………!」

 意味深な事を呟いたのを聞いて……僕は、目を覚ました。













「志導優輝!お前に…決闘を申し込む!」

「……………」

 …あまりに唐突な、織崎のその言葉に、私は顔が引きつるのを隠せなかった。

 結局、あの夢での対話の真意は分からず、男に戻る事もなかった。
 帝はある程度普通には戻ったけど…やっぱり以前に比べて大人しかった。
 そのまま休日までズルズルと過ごして…アースラに呼ばれたと思えばこれだった。

「…なんで?」

「お前が全ての元凶だからだ!俺が勝てば、皆を元に戻してもらう!」

「……はぁ」

 クロノを見れば、なんか疲れた表情をしていた。
 今この場には、私以外に椿や葵、司や奏と言った魔法関連の面子に加え、アリサやすずかも来ている。…どうやら招待されたらしい。

「『…どういうことだ?』」

「『すまない。止めようとは思ったんだがな…神夜を大人しくさせるには、一度望みを叶えた方が手っ取り早いと思ったんだ。…正直胃が痛い』」

「『あー……』」

 相変わらずの話の聞かなさだったのだろう。
 そして、私を原因だと思い込み、こうして戦いを申し込んできた…と。

「『…手っ取り早いのには同意だけど…』」

「『…どうした?』」

 今の私は、常に霊術と魔法を使っている状態にある。
 その二つがなければ充分に戦えるんだけど、ある場合は…厳しいな。
 戦えはするけど、バレる危険性が高い。

「…まぁ、お前が納得するなら…」

「…私が代わりに受けるよ!」

「………司?」

 そんな事を考えていたのが分かったのか、了承しようとして司が割り込んできた。

「なっ…!?どうして、司が…」

「私だって、色々思う事があるんだから。…それに、今の優輝君はこの前の神降しで本調子じゃない。だから代わりに受けるの」

 司が割り込んだ事で、織崎は大いに驚く。
 …まぁ、好きな相手が代わりに勝負を受けに来たんだからな。

「『…いいのか?』」

「『大丈夫。それに、今の優輝君は大きなハンデがある状態だから、私の方がいいでしょ?色々思う事があるのは確かだし』」

「『…わかった』」

 念話で聞いて、確信した。
 …司は、この決闘を機会に、織崎に対する自分の気持ちを打ち明けるつもりだ。
 
 …簡単に言えば、司は織崎に対して堪忍袋の緒が切れたらしい。

「条件はそのままでいいよ」

「け、けど……」

「洗脳とか言ってる上に、強硬手段に出た割に覚悟が小さいよ?」

「っ…分かった…!司…司も、元に戻して見せる…!」

 少し渋った織崎だけど、司の言葉が琴線に触れたのか覚悟を決める。
 …こうして、織崎と司の決闘が始まる事に決まった。













 …どうでもいいけどさ、急展開な上に私置いてけぼりなんだけど。













 
 

 
後書き
色々伏線を出しつつ最後に急展開を置いていくスタイル。
いや、ホント急展開になりました。
色々気になる事はあるけど、その中でオリ主君(笑)が我慢の限界になった訳ですね。
どう考えても踏み台的行為ですけどそこまで追い詰められている訳です。
…そして、そこへトドメを刺すかの如く相手が好きな人。
司もオリ主君(笑)に言いたい事とかがあるので、ちょうどいい機会って感じです。 

 

第122話「秘めていた怒り」

 
前書き
前世でのしがらみで考える余裕がなかっただけで、司のオリ主君(笑)に対する印象はずっとマイナスだったりします。
 

 




       =out side=





「…………」

「………」

 模擬戦を行うトレーニングルーム。そこで神夜と司が対峙する。
 それを、観客室から全員が見守っていた。





「……ねぇ、優輝」

「どうした?アリシア」

 戦いが始まる前に、アリシアが優輝に尋ねる。

「司…勝てるの?」

「…そうだなぁ…」

 努めて演技がばれないようにしながら、優輝は考える。
 優輝でさえ、神夜と戦ったのは過去に行った時を含めてもたった二回だ。
 しかも、その時より何年も経っている。細かくは分からない。

「…魔力だけなら苦戦するだろうな。霊力があれば楽勝だろう。…まぁ、数年前の力量からの推測だけど。予想以上にあいつが強くなってたらわからん」

「そっかぁ…。まぁ、霊力があれば楽勝であれば、司なんだし大丈夫かな」

「僕もそう思う」

 元から誰からも信頼度が高い司は、きっと負けないだろうと信頼されていた。
 また、優輝にとっては一緒に鍛えた際に強くなっていたという信用もあった。

「(…それはそうと、随分と急な決闘な上に、あっさりと司に誘導されたよなぁ……。やっぱり、それだけ精神的に追い詰められてるんだろうな)」

 本来なら受けずで適当にはぐらかすつもりだったが、優輝もクロノと同様に一度望みを叶えさせた方が諦めもつきやすいと考え、決闘を受けようとしていた。
 尤も、それは司が代わりに受けたが。





「……先に言っておくけどね、私は…ううん、私を含めた皆は、別に優輝君に騙されている訳でもないし、ましてや洗脳されてる訳でもないよ」

「そんなはずない…!自覚がないだけだ…!」

「…まぁ、言っても意味がないのは分かってたけどさ」

 相変わらずな神夜の反応に、司は軽く溜め息を吐く。

「今まではぐらかしてたけどね、優輝君とは前世からの親友なんだ。彼の為人は、人一倍理解していると自負しているよ。その上で言わせてもらうけど…いい加減、私の親友を悪く言わないで」

「っ……!?」

『始め!』

 普段の司からは考えられないような、凄みを利かせた声に、神夜は驚く。
 同時に、試合開始の合図が響き、神夜は動き出した。

「(司の魔法は強力であるほど“溜め”がある!早い魔法なら効かないから、速攻で攻める!)」

「っ……!」

 動揺したとはいえ、神夜も強者の部類に入る人間。
 即座にどう行動するべきか判断し、速攻で司へと仕掛けた。





「…まぁ、あいつもそれなりにやるからな。司の特徴ぐらいは気づいているか」

「司の…と言うより、天巫女の特徴だね。祈祷特化型だから、“念じる”事が必要で発動までタイムラグがある。それが強力であるほどね」

「前衛との一騎打ちでは相性が悪く、司自身も神夜には勝てないとか以前は言っていたが…大丈夫なのか?」

 優輝とアリシアの言葉に、クロノが少し心配する。
 だが、その瞬間にトレーニングルームで爆音が響き渡る。

「なに…!?」

「司だって、僕らと一緒に色々特訓してきたんだ。ましてや、今の司はその“以前”と違って、前世でのしがらみはない。…対策をしていないとでも?」

 そう言う優輝の視線の先では、司が神夜を弾き飛ばしている様子が映っていた。





「なっ…!?」

「…うーん、やっぱりこれじゃダメージは通らないか」

 速攻で仕掛けたと思えば、爆発で攻撃が阻まれ、視界が遮られている内に弾き飛ばされるような衝撃を受け、神夜は混乱していた。

「早い……!?」

「……?あー、もしかして速攻で仕掛ければ魔法を発動できないと思った?言った所で変わらないからネタばらしするけど…試合開始前から勝負は始まってるよ?」

 タネは単純な事だった。
 司は試合開始の合図の前から既に魔法を用意していた。ただそれだけである。

「こういった戦闘において、戦闘直前や会話…それら全ては戦術に組み込める。経験豊富なら分かる事だよ?多分、ヴォルケンリッターの皆も理解できるんじゃないかな?…これは、決して“卑怯”ではない事ぐらいは」

「っ………!」

 優しい司からは想像できなかった戦法…そう神夜は思った。
 だが、司にとってはこれも立派な“戦法”としか思っていない。

「…まぁ、これは模擬戦と言うより決闘だから、シグナムさんやヴィータちゃん辺りはちょっと納得がいかなさそうだけど。……それより、今もじっとしてていいの?」

「……!」

 瞬間、神夜を囲うように魔法陣が出現する。
 即座にその場から離脱し、回避するが…。

「魔槍よ、刺し貫け…!」

   ―――“ゲイ・ボルグ”

 事前に用意していた魔法で転移し、強力な突きが司から放たれた。

「ぐぅっ…ぁあああっ!?」

「まずは洗礼としての一発。これで目が覚めたでしょ?私だからって遠慮してると、あっさり負けるよ?」

 アロンダイトで防ごうとし、そのまま神夜は吹き飛ばされる。
 それを敢えて追撃せず、司は神夜がしていた“遠慮”を指摘した。

「っつぅ…!いつの間に、こんな強く…」

「いつの間にって言われても、最近は全力で戦う機会が少なかったからそう感じるだけじゃない?この前の戦闘は全力を出し切れなかったし」

 以前戦った正体不明な男との戦闘では、攻撃が通じないのもあって司は全力を出し切る事が出来ていなかったのだ。

「…だけど、強くなったのは司だけじゃないぞ」

「だったら、御託はいいからかかってきなよ。こっちは既に術式を用意してるんだから。さっきの一撃で懲りたんじゃないの?」

「…今目を覚まさせてやるからな…!」

 司の挑発に、神夜は見当違いな事を呟きながら、再び攻撃を仕掛けた。





「…なんというか、司らしくないようだが…」

「うーん…戦闘時の切り替えって奴だな。戦闘においては精神を揺さぶるのも基本だから、いつもと違う雰囲気を見せて動揺させてるんだろう」

「と言うか、私達がそれをできるように鍛えたからね」

 司の態度や雰囲気から、クロノが若干顔を引き攣らせながら呟く。
 その呟きに、優輝と椿がそう返した。

「司やアリシアから聞いていましたが、以前からアリサさんやすずかさんも加えて霊術の特訓をしていたそうですね?その時に?」

「そうね。基本は霊術の扱いだけだけど、司と奏は魔法での経験があったから“戦い方”も教えていたわ」

 事情をある程度聞いていたリニスが尋ね、椿が応答する。
 命がけの戦いがあったとはいえ、一部を除いたほとんどの者は“戦い方”が甘い。
 思考よりも本能を優先するような戦闘ならともかく、元々一般人でしかなかった司達は戦闘での駆け引きに疎かった。
 そこで、駆け引きを良く知っている椿や葵、優輝が指導し、“戦い方”を得た。
 その一部が今戦闘で起こっている事である。

「他にも、武器の扱い方や戦闘技術は色々覚えさせたわ。特に、優輝による“守り”の戦法は命を護るという点においても非常に役立っているわ。見なさい」

「…凄いな、神夜の攻撃は速く、重い。それを見事に捌いている」

「防御魔法も併用して…だけどね。でも、あれなら最低限の魔力消費で済む」

 映像では、神夜の攻撃をいとも容易く受け流す司の姿があった。





「はぁっ!」

「がはっ!?」

 振るわれた神夜のアロンダイトを、司はシュラインで受け流す。
 同時に、祈りの力を込めた魔力を神夜に押し付け、カウンターを放つ。
 導王流の基礎の技、“撃衝”を基にしたカウンター技だ。
 込められた魔力は大きかったようで、神夜の防御力を貫いた。

「…っつ…。さすがに優輝君みたいにはいかないか…」

〈負担もありますからね。やりすぎると骨折は免れません〉

 しかし、腐っても高い防御力。
 司に手にも負担が掛かり、反動のダメージを受けていた。

「チャンスだったからやったけど、あまり防御力の高い相手にはするべきじゃないね。もっと経験を積んでからじゃないと。…っと」

   ―――“ブレイブバスター”

「っ…!」

     バチィッ!!

 吹き飛ばした先から、砲撃魔法が飛んでくる。
 それを司は槍で逸らすように受け流し、最小限の動きで回避する。

   ―――“ブレイブシューター”

「…ようやくその気になってくれたんだね」

「俺も油断していた…。だけど、ここからは…!」

 司を囲うように、神夜は魔力弾で包囲する。
 それを見て、ようやく本気になってくれたと、司は呟く。

「(…以前までなら、防御か迎撃しか選択がなかったけど…今なら相殺して攻撃もできそうな隙が見つけられる…!)」

「はぁあっ!!」

 魔力弾と共に、神夜は司に襲い掛かる。
 魔力弾に気を向ければ神夜が、逆なら魔力弾が当たるという算段である。
 シンプル且つ厄介なその戦法に対し、司は……。

「っ!」

「なっ……!」

 敢えて、神夜の方へ踏み出す。
 前に出る事で、魔力弾に被弾するタイミングをずらしたのだ。
 後ろに下がるか防御魔法を展開すると思っていた神夜は、想定外の動きに動揺し、咄嗟の判断でアロンダイトを振るう。

「シッ!」

「くぅっ…!」

 神夜に向かっていく形になった司だが、すぐさま踏み止まる。
 同時に、後方にある片足を軸にし、神夜の攻撃をシュラインで受け流した。

「しまっ…!?」

 受け流す事で、神夜を魔力弾で自爆させようとしたのである。
 だが、腐っても神夜は優秀な魔導師であるため、魔力弾は逸らされる。

「…爆ぜよ。聖光」

   ―――“セイント・エクスプロージョン”

     ドォオオオン!!

 …尤も、司はそれを読んでおり、そこから飛び退く際にシュラインの柄で地面を突き、魔法陣を展開。爆発を引き起こした。

「(ダメージはないと見て間違いない。なら、次の手を…)」

 飛び退き、着地した司はすぐさま次の行動へ移す。
 そこへ、砲撃魔法が撃ち込まれる。

「はぁああっ!」

「っ、っと…!」

 砲撃魔法を躱した所へ、神夜は斬りかかり、司はそれを受け流す。
 しかし、片手だけでアロンダイトを振るわれているのを見つける。

「そこだっ!」

   ―――“ブレイブインパクト”

「っ…!断て!いかなる侵攻さえも!」

   ―――“スペース・カットオフ”

 受け流されるのを予測した、近接魔法。
 それに対し、司は障壁を発動させ…。

「っ……!」

「くぅ……!」

 お互いに、弾かれるように吹き飛ばされた。

「っつ…!(展開が間に合わなかった…!)」

 どうやら、司の障壁は展開が間に合わなかったのか、若干ダメージを受けていた。

「(…やっぱり、そう簡単にはいかない…か。優輝君なら、あそこからさらに対処できただろうし…。さて、反省は後!)」

〈“シュブリマシオン”〉

 さっさと思考を終わらせ、司はシュラインの柄で地面を突く。
 すると、司の体が一瞬淡い光に包まれた。





「…司も少し油断してたな」

「と言うよりは、素の状態でどこまでやれるか試したかったようね」

 その様子を見ていた優輝と椿がそう呟く。

「素の状態…だと?」

「普通の身体強化魔法と、司の…天巫女の扱う身体強化魔法は別物なんだ。前者は込めた魔力の量で効果が高くなるが、後者はイメージによって変わる」

「“祈り”を扱う天巫女らしい身体強化ね」

「さっきまでが“素の状態”と言う事から…その身体強化は相当な効果を持つという事か?」

「正解。さすがクロノ。理解が早くて助かる」

 “ただ、ちょっと面倒だけどね”と、優輝は付け足す。

「さっきも言った通り、あの身体強化はイメージが重要。それも、発動の時点からだ。発動時に“祈り”を上手く扱えなければ、効果の上限も低い」

「司の場合、シュラインの柄で地面を突く事でそれを固定化させているわ。後は“祈り”の強さで効果も上下するから…敗北を連想すれば必然と弱くなるわ」

「なるほどな…」

 映像では、司が神夜の攻撃を正面から受け止めている場面がちょうど映っていた。
 その事から、十分な効果を発揮しているのだと、クロノは思った。

「あの身体強化、本当に凄いよね…。優輝や椿たちを除いたら、ついて行けるのは奏くらいだよ…。まぁ、元々私だと司に勝てないんだけど」

「見ていればわかるが…先ほどから優勢だったのが、さらに差をつけたな。……いや、そう見えるだけで、少し違うか。」

「…今更だけど、クロノって皆に隠れがちだがやっぱり優秀だな」

「なんだいきなり…。これでも執務官として日々鍛えてるからな」

 確かに司が優勢になっているように見えなくもない。
 司は一撃…しかもまともには攻撃を喰らっていない。
 対して、神夜は何撃かダメージを受けている。
 一見神夜の方が不利に見えるが…。

「始まる前にも言ったけど、魔力だけなら司は苦戦する。あの強化は、強力ではあるけどまだ安定していないんだ。魔力の消費も割と大きいし、想定外が起きたらすぐに動きが鈍ってしまう。それに、あいつの防御力を貫く際の威力を放つのに、相当な集中力が必要だからな」

「それに、司…天巫女の力は一点突破型の相手に弱いわ。…と言うより、一点突破型に強い戦法はないのだけど。それでも特に弱いわ。あの力は広範囲に与えるものが多いから、対抗するには優輝も言った通りに集中力が必要なのよ」

「一点突破…確かに、神夜はそういう類に向いているな」

 僅かな隙…それこそ隙には見えない場面ですら勝利を掴み取る戦法。
 それが一点突破型の戦い方である。その戦法に司は弱いのだ。
 現に、以前“負”の感情に囚われていた際も、火力自体は優輝を大きく上回っていたが、懐まで一気に踏み込まれていた。

「だから、司と優輝が戦うと手加減や油断した時以外は絶対に優輝が勝つのよ」

「優ちゃんも日々成長してるから、どんどん負ける事もなくなっているからねー」

「そこまで聞くと、司が負けないか不安になってくるんだが…」

 弱点や不利な面を聞かされ、少々不安になるクロノ。

「…まぁ、それでも負ける事はなさそうだけど」

「霊術もあるんだったな…」

 負けると微塵も思っていない優輝を見て、クロノもその不安が払拭される。
 会話をそこで終わらせ、優輝達は再び映像へと意識を戻した。





「ふっ!」

「はぁっ!」

     ギィン!ギギギィイン!

 突き、袈裟切り、薙ぎ払い、横薙ぎ。
 シュラインとアロンダイトによる攻撃の応酬が繰り広げられる。

「ぜぁっ!」

「っ!」

     ギンッ!ギィイイン!!

 上手く捉えたアロンダイトの一撃が、シュラインを大きく弾く。
 続けざまにもう一撃が振るわれるが、司は体とシュラインを回転させ、シュラインを背中に沿えるようにして背を向けた状態で受け止める。

「(俺と正面から打ち合えるなんて…!一体、どんな身体強化を…!)」

 真正面から打ち合うという事実に、神夜は驚きを隠せない。
 何せ、神夜はほとんどの模擬戦で真正面から打ち合った相手はいなかったからだ。

「(それに加え…!)」

「…聖光よ」

   ―――“ホーリースマッシャー”

 司の横や足元から砲撃魔法が放たれ、神夜は飛び退く。
 一度まともにではないものの、喰らった際にその魔法が防御力を貫いていた。
 そのため、神夜はそれを避けるようにしていた。
 神夜にとって幸いなのは、威力が高い分放たれるまでが遅い事だろう。

「そこっ!」

「ぐっ…!」

 だが、そこへ司は追撃を放つ。
 振るわれたシュラインの穂先が神夜の胴を捉え、確実にダメージを与える。

「(っ…!思ったよりもイメージが持たない!威力を一点集中させるのは、やっぱり骨が折れるよ…!)」

 対して、司も優勢に見えつつ、苦戦している節があった。
 “祈り”…つまりイメージが重要となる司にとって、神夜の防御力を貫く程の威力を出すには、相当な集中力が必要である。
 攻撃を当てる時だけであっても、魔法の構築と“祈り”を集中させるという、普通の二倍の集中力を使うため、負担が大きかった。

「(近接戦だと攻めきれない!だからと言って遠距離は司の本領…!なら、そのペースを崩しにかかる…!)」

「っ!」

 間合いを詰めると同時に、神夜は魔力弾を放つ。
 それを最小限の動きで避ける司だが、すぐにそこから飛び退く。

「(バインド…!)」

「(避けられた…!だが、これで…!)」

 寸前までいた場所にはバインドが仕掛けられ、司はそれを察知して避けていた。
 神夜もあっさり引っかかるとは思っておらず、すぐに肉迫し…。

「(全力の身体強化!これなら…!)」

「くっ……!」

「甘い!!」

 現在の司を上回る身体強化を施し、アロンダイトを振るう。
 その威力を見ただけで察した司はシュラインで受け流す。
 だが、神夜はそれを読み、再び掌に集めた魔力を放とうとして…。

「二度は…通じない!」

「っ!?しまっ!?」

「優輝君直伝…“撃衝”!!」

 一度シュラインを手放し、片方の手で神夜が放とうとしている手の腕を弾く。
 そして、同時にもう片方の手に魔力を込め、カウンターの正拳突きを放った。

「ごっ……!?」

「(入った…!)」

 会心の一撃。まさにそう言える一撃が入った。…だが。

「ぐっ……!」

「っ!?」

 今回ばかりは、司の予想を神夜は上回った。

「は、ぁっ!!」

「(油断…した…!)っ、ぁああああああっ!!?」

 まともにアロンダイトの一撃を受け、司は大きく吹き飛ばされる。
 同時に、集中力を保てなくなり、身体強化の効果が落ちる。

「っ……!」

「(体勢を…っ、バインド!?)」

 そこへ追撃の魔力弾が放たれ、すぐに避けようとする司。
 しかし、バインドが仕掛けられいたため、囚われてしまう。

「守って…!」

 “祈り”の障壁を張って防御し、バインドの解除に掛かる司だが…一手遅かった。

「…“ブレイブバスター”」

「っ……!(判断と、行動が遅かった…!)」

 トドメとばかりに砲撃魔法が放たれ、障壁を貫く。
 直撃した司は、大きく吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。

「はぁ…はぁ…。勝った…!」

「っ……ぁ………」

 神夜と違い、司は耐久力がある訳ではない。
 砲撃魔法の直撃で、一気に戦闘不能まで持っていかれる。
 既に普通なら逆転不可能なまでに追い込まれてしまった。

「…待ってろ司…少し苦しいだろうけど、今すぐあいつの洗脳を…」

「(負け…る…?)」

 倒れ伏す司は、今の状態を漠然と認識する。
 そして、神夜の言葉を聞き、倒れたまま思考を巡らす。

「(……戦闘前から…ううん、ずっと前から燻ってた、この感情は……)」

「お前は、俺が救う…!」

「(…負けたくない。…こんな相手に、負けたくない…)」

 今まで“祈り”に込めていた感情が、変化していく。
 その感情は―――

「(…やっと気づいた。ずっと彼に抱いていた感情。…それは…)」







   ―――……“怒り”だ。









     ドンッッ!!



「……おいおい…」

 司を中心に立ち上る魔力を見て、優輝は顔を引き攣らせる。

「…なんなんだ、あれは…」

「…私達も見るのは初めてよ。…でも」

「司が…あいつがキレるのなんて、前世でもほとんど見なかったぞ…」

「感情でも左右されるのが天巫女の力…そう言う事なのか…」

 優輝の言葉に、クロノはすぐに理解して納得する。

「ちょっとした油断による隙を突かれたようだけど…止める準備を始めておくか」

「そうね…。奏」

「分かったわ」

 まるで勝利を確信したかのように、後で止めるための準備をする優輝。

「…止める準備をする程なのか…」

「まぁ、あいつが司の逆鱗に触れたのが悪い」

 映像では、司の様子に驚いた神夜が、見えない何かに吹き飛ばされていた。

「あれは…!」

「司の姿をした暴走体がやっていた圧縮障壁に似ているな」

「うーん、溜め込んでいたんだろうねぇ、司ちゃんも」









       =司side=





「っ……!?」

「………」

 “ゆらり”と立ち上がる。
 体中に走る痛みは、“祈り”の力で一時的に遮断し、一気に治す。

「司……!?」

「…もう、いい加減にしなよ」

   ―――“吹き飛べ”

 手を翳し、感情を込めてそう呟く。
 …瞬間。

「がっ…!?」

「……」

 彼は吹き飛ばされる。
 普段は術式などに通したり、集中させる魔力。
 それを圧縮に圧縮を重ねるように小さく固め、衝撃波として撃ち出す。
 感情を利用した天巫女の力。それは圧縮した魔力による衝撃波だ。
 その力は彼の…()()()の防御力も貫く代物だ。

「何が……!?」

「…ずっと、秘めていた…。しがらみがあったから、抑え込んできた。…でも、もう抑える必要はないよね?」

 いつもの私しか知らない人が見たら、驚くだろうね。
 …だって、今の私は明らかにあいつを“見下している”表情なのだから。
 あ、でも優輝君は前世の時に見た事あったね。…今はあんまり見せたくないなぁ。
 やっぱり恥ずかしいし…。…と、それは今は置いておこう。

「…司…?」

「…だって、いつまで経っても反省しないんだもん。誰かが忠告をしても、自分は正しいの一点張り。……ああもう、本当に……」

 戸惑うあいつ。今はそれさえも忌々しく見える。

「………ふざけてるの?いい加減にしなよ」

「……えっ」

 刹那、大量の魔法陣をあいつの周囲に展開。そこから圧縮した魔力を放つ。

「がぁあっ!?」

「私の想いを…優輝君を馬鹿にするのも、いい加減にしなよ!!ずっと…ずっとそうだった!!自分が正しいと思い込んで……!」

 適当に放ったからか、半分以上は躱されたみたい。
 だけど、別にいい。この程度でくたばってもらったら困る。

「……一度、“ぶちのめす”ね?」

「っ………!?」

 





   ―――私の怒りは、この程度では収まらないのだから……!!















 
 

 
後書き
ゲイ・ボルグ…単純故に貫通力の高い強力な刺突魔法。fateのゲイ・ボルグやはやてが使う魔法(innocent参照)とはまた別の魔法である。

ブレイブバスター…なのはで言うディバインバスターポジの神夜が扱う砲撃魔法。威力はディバインバスターより高い。19話にも登場している。

ブレイブシューター…神夜がよく扱う魔力弾。汎用性が高い。

ブレイブインパクト…近接魔法。とりあえず神夜が魔力を叩きつける技は全部これ。

スペース・カットオフ…司の扱う防御魔法。空間を遮断するため、中々に強固。遮断の特性を生かして何かを切断する事も可能。19話、32話(こちらは優輝の模倣)でも登場。

シュブリマシオン…天巫女が扱う身体強化魔法。イメージの強さに応じて効果も変わる。87話で優輝が使っていたBoostの本来の形。“昇華”のフランス語。

ホーリースマッシャー…司の十八番な砲撃魔法。19話、31話などにも登場。

圧縮魔力…84話の圧縮障壁をさらに攻撃的にしたもの。あちらが“拒絶”だとすれば、こちらは“蹂躙”と言える。


激おこな司さん。普段優しい人がブチ切れるとインパクトありますよね?
何気にずっとオリ主君(笑)に対して不快感を抱いていたのが爆発しました。
なお、前世で見た優輝曰く、当時はどう止めればいいか分からなくなる程だったとの事。 

 

第123話「嫌い」

 
前書き
トレーニングルームでの戦闘ですが、シャマルさんを筆頭に何人かが共同で張った結界内で行っています。結界がないとアースラが壊れますからね…。
ちなみに、ユーノはいないので結界の強度に若干の不安があったり…。
 

 




       =司side=





     ドンッ!

「なっ…!?」

「はぁっ!!」

 一歩踏み込み、一気に間合いを詰める。
 そして神速の一突きを放つ。ギリギリ反応されたらしく、掠るに留まる。
 …そこで少し頭が冷める。今のが優輝君なら、あっさり受け流されただろうな。

「速…!?」

「シッ!」

 躱した方に叩きつけるように薙ぎ払い、すぐにシュラインを回転させて叩きつける。
 どちらも間合いを離す事で躱されたけど……まぁ、いいや。
 これで今の私の状態を冷静に判断できる。

 シュブリマシオンの効果は途切れていない。だから、この身体強化はその効果。
 さっきまでと身体能力が違うのは、私の“怒り”が起因している。
 “怒り”がそのまま“祈り”の力に変換されたから、ここまで攻撃的なんだろう。
 その証拠に、動きが少々荒っぽくなってた。

「(…大丈夫。思考は落ち着いている。…“怒り”はまだまだあるけどね…!)」

 手を休める事はない。
 周りに魔法陣を用意しておき、魔力弾を展開する。
 それを放つと同時に間合いを詰め、シュラインを振るう。

「はぁあああ!!」

「ぐっ……っ…ぁああああっ!?」

 突き、突き、突く。
 槍と言う武器において、突きという攻撃はリーチと速度を生かしたものだ。
 故に防ぎにくいが…余程の実力、もしくは練度がなければ隙がある。
 それを私は魔力弾と魔法陣から放つ圧縮魔力で補う。
 結果的に、強力な攻撃が隙を見せずに何度も襲い掛かる事となる。
 さすがに、彼も凌ぎきれずに攻撃を喰らっていく。

「(けど、まだ足りない!)」

 しかし、それだけでは倒すのには足らない。
 それに何よりもそれでは私の気が済まない。

「(もっと…もっと強く、速く!)」

 横にずれ、地面を蹴る。
 すれ違うように横を通り抜け、その時に穂先で切り裂く。
 圧縮魔力による攻撃も連続で放ち、攻撃の手を休めない。

「(もっと…こいつを、屠れる力を!)」

 “蹂躙”の意志が、力となって私に宿る。
 天巫女の力は、こういった感情にも応えてくれる。

「『シュライン!余ってる魔力のリソースを、全部身体保護に!』」

〈『はい!』〉

 シュブリマシオンの効果を、速さと力に特化させる。
 そして、身体保護をすることで、体に掛かる負担を減らす。

「っ………!」

     ダンッ!ダンッ!ダンッ!

 魔方陣を足場にし、飛び交うように速度を上げていく。
 優輝君がよく行う魔法陣を足場にした戦法…その模倣だ。

「捕らえよ、戒めの鎖!」

   ―――“Warning chain(ワーニングチェーン)

「しまった…!?」

 圧縮魔力を躱した所に、バインドである光の鎖を放ち、拘束する。

「堕ちろ!!」

   ―――“電光石火”

 神速の連撃。体感だから比較しづらいけど、私を助けに来た時の優輝君に迫る速度で、彼を切り刻む。

「ぐ……ぁ………」

「…………」

 それは一瞬の出来事だった。
 全ての攻撃を全力で放ったため、神夜君はその場に崩れ落ちた。

「……ちょっとは、スッキリしたかな」

「ぐ……ぅ…」

 自分でも驚く程強くなった。
 これなら優輝君にも…って、“怒り”が原動力だから、無理かな。

「くそ……司……」

「…耐久力は流石、と言うべきかな。この前の戦闘だと一方的な攻撃だったから忘れてたけど、相当頑丈だね」

 というか、この前のあの男が例外なだけなんだけど。

「俺は……お前を………」

「助けたい?救いたい?…随分と他の皆とは違ってしつこく食い下がるね。何かそうする理由とかあったっけ?」

 そういえば、何かと彼は私に声を掛けたりしてた節がある。
 優輝君とよく一緒にいるようになってからは減ったけど…。

「別に前世で知り合いって訳でもないし…」

「っ……俺は…!」

「…あぁ、もしかして…」

 私にも経験がある事だ。
 私だってよく優輝君の傍に行ったり、話しかけたりする。

 …つまり……。

「…まぁ、いいや」

 彼は私の事が好きなのだろう。
 だけど、それは敢えて口には出さない。
 私はこれから心をへし折りに掛かる事になるのだから。せめてもの情けだ。

「いつもいつも騙されているだとか、そう言う事言うけどさ、確固たる根拠なんて存在しないよね?…まさか、いちゃもんのように言ってただけなんて言わないよね?」

「当たり前だ…!皆、あいつに盲信的になっている…!」

「盲信的?どこが?」

 椿ちゃんや葵ちゃんはよく一緒にいるけど、優輝君の無茶を咎めたりする。
 緋雪ちゃんだって仲睦まじいだけで、そんな様子はなかった。
 実際は互いに支え合っていたからこその信頼関係だったみたいだけど。
 
 アリサちゃん、すずかちゃん、アリシアちゃんも別に盲信的ではない。
 霊術の特訓とかで文句を言ったり弱音を吐いたりするし…否定的な意見も言う。
 まぁ、大体が優輝君の方が正しいから封殺されてるけどね。

 奏ちゃんは私と同じで優輝君とは前世の知り合い…と言うか恩人だね。
 恩人だから、その態度が盲信的に見えるんだろうけど…実際は違う。
 線引きはちゃんとしているし、無闇矢鱈と信じている訳でもない。

「皆、ちゃんと線引きはしているし、私含めて信頼も信用もしているけど、疑う時は疑うよ?…まぁ、間違ってた事がほとんどないんだけど」

「っ……!だけど、緋雪は確かに…!」

「…緋雪ちゃんと優輝君の関係はそんなものじゃないよ。むしろそれは侮辱とも取れる。……あの子は、“兄”として優輝君を信頼していただけに過ぎない」

 …もしくは、その時覚えてなかったとしても、二人の前々世…“ムート”と“シュネー”の記憶からの信頼関係だったかもね。
 “司なら大丈夫”と、ここ数年の間に優輝君から聞いた話だからよくは知らないけど。

「…と言うかさ、そっちの方が盲信的に見えるんだよね。以前までのアリシアちゃん達含め、貴方の周りにいる女の子達は、決めつけがましい事でもあっさりと信じてしまうし、根拠もなく優輝君を悪く言ってるだけなのに、同じ考えを持っている。…どっちの方が盲信的に見えるかなんて、言うまでもないよね?」

「っ、そんな事はない!」

 否定したのはいいけど、具体的な理由は言えないようだ。
 だって、優輝君と違って“信頼関係”を示せる事柄がないのだから。
 かつて敵だったフェイトちゃんや、ヴォルケンリッターの女性陣。
 彼は初見で彼女達を無自覚に魅了していた。
 そこに“信頼”と呼べる“積み重ね”は存在していない。

「だ、だけど、司は……」

「…シュラインに教えてもらったの。…私は、天巫女には精神干渉の類は一切効かない。……貴方の…(.)(.)の言う“洗脳”の類は一切効かないって事。だから、これは私の意思であるのは間違いないし、優輝君に洗脳されてるなんて“戯言”、一つも合っていない!」

「っ……!?」

 穢れなき聖女(セイント・ソウル)。それが天巫女のもう一つの能力。
 …と言うか、体質みたいなものだね。聖女らしく、穢れを受け付けない的な。
 ただし、自分から“負”に堕ちる場合は例外みたい。以前の私のようにね。

「そんな、そんなはずは…!」

「…………」

 否定の材料がないのか、それ以上は言えないらしい。
 …もう、終わりにしようか。

「もう言い返せないみたいだね。決めつけや思い込みばかりだったからこうなるんだよ」

「っ……」

「私はね、お前のそういう所がずっと前から…“大嫌い”だったんだよ!」

 これは、ずっと前から…こいつがどういう人間か知ってから抱いていた想い。
 優輝君とは全然違い、その優輝君を悪く言ってばかりだった。
 前世の事で考えていなかったけど、私はずっとこいつに対して怒っていたんだ。

「ぇ……?」

「二年前、私の問題が解決するまでは、ずっと抑えてたんだけどね」

 …余程“嫌い”と言われたのがショックだったのだろう。
 呆然としているのを、私は無視して術式を起動させる。

「…縛れ」

〈“Warning chain(ワーニングチェーン)”〉

「っ!?」

「決着自体はまだ着いていなかったから、着けさせてもらうよ」

 ずっと練り続けていた魔力を使って幾重もの鎖で縛りつける。
 これなら、例え優輝君でもしばらくは抜け出せないだろう。
 実際優輝君に仕掛けようとしてら、準備すらさせてもらえないだろうけど。

「本来なら、ジュエルシードがなければ扱えない。…それほどまでに、本気の天巫女の魔法は魔力を消費…と言うよりは、“祈り”の力が足りない」

「っ…!外れない…!」

 霊力を用いて術式を組んでいく私の前で、彼は拘束を外そうとする。
 だけど、無駄だよ。それも“祈り”の力をふんだんに使っているのだから。

「でも、霊力と天巫女の力は相性が良くてね。まだ全然使いこなせていないけど、一発だけなら放てるんだ」

「………!?」

 出来上がる術式。そして、そこに光が集束していく。
 本来ならもう放てるのだけど、敢えて少し遅らせる。なぜなら…。

『司!?そんなの放ったら結界が…!』

「『……ごめん、優輝君。こうしないと気が済まないんだ。後は任せるよ』」

『…まったく…。後で椿から小言を言われるのは覚悟しろよ』

「『わかってる』」

 優輝君達が私の攻撃を受け止める準備が間に合わないから。
 でも、これでもう十分。さて…。

「……光よ、闇を祓え」

〈霊力収束。…撃ちます〉

   ―――“サクレ・クラルテ”

 極光が、トレーニングルームを埋め尽くした。











       =out side=





「椿!葵!奏!アリシア!アリサ!すずか!」

「優輝!?司は一体何をするつもりなんだ!?」

 司との念話の直後、優輝は霊力を扱える者を全員呼び集める。
 クロノも魔力ではないエネルギーが集束するのを見て、優輝に尋ねる。

「霊力を用いた、天巫女の力だ!クロノもあの時見ただろう。ジュエルシードの魔力を用いて放たれた砲撃を!」

「あれか…!……って、霊力を用いるという事は…!」

「ああ!シュラインを改良して霊力でも非殺傷が適用するようにはしてある!でも、魔力の結界ではあの砲撃で破られてしまう!」

 呼んだ六人が集まったのを確認し、転移魔法を用いる。

「僕らが受け止めてくる!」

「優輝!?…頼んだ…!」

 霊力であるならば、魔法では防ぎ辛い。
 その事もあって、クロノは優輝達に頼るしかなかった。





「『ありったけの霊力で障壁を張れ!僕が相殺を試みるから、余波は任せた!』」

「『わかったわ!』」

 結界内に転移し、優輝が霊力で念を送って指示をし、全員が攻撃に備える。
 優輝以外が霊力の障壁を幾重にも張り、優輝は霊力を集束させる。
 優輝が司の砲撃を軽減し、障壁で残りを受け止める算段だ。

   ―――“サクレ・クラルテ”

「(来る!)」

 極光が部屋を埋め尽くし、拘束されている神夜を呑み込んだ。
 そのまま、砲撃は壁に…優輝達がいる所へ飛んでくる。

「はぁあああああああ!!」

 優輝が砲撃を放ち、他の皆は障壁に力を込めた。





「いい?今回は何とかなったけど、今度からはちゃんと場所を考えなさい。確かに優輝の事で怒るのは理解できるけどね?」

「うぅ…………」

 …決闘が終わり、クロノ達の所に戻った優輝達。
 皆がいる場所で、椿は司に対して説教をしていた。

「いやぁ、優ちゃんの盾がなかったら焼けてたよ。司ちゃんの…と言うより、天巫女の攻撃は受けたくないなぁ…」

「闇を祓う光だからな…。吸血鬼な葵には効果抜群だもんな」

 そう。司の砲撃は優輝の砲撃、椿たちの障壁を以ってしても防ぎきれなかった。
 そこで優輝は盾を創造し、それで防いだのだ。
 魔力と相性のいい霊力であっても、物質化させれば普通に防ぐ事ができた。

「(……砲撃でしばらく視界が悪くなってて助かった…。まさか、霊術による変身が解けてしまうとは…)」

 そして、全力の霊力行使だったため、優輝は防いだ後変身が解けていた。
 幸い、視界が遮られている間に魔法で変身し直したため、見られていなかったが。

「あの時以来だが、凄まじいなあの砲撃は…。なのはのSLBでも場合によっては敵わないぞ…」

「その場にある魔力を集束させて…だからねぇ。いや、なのははなのはでおかしいでしょあれ。しかもそれ、逆に言えば場合によってはジュエルシード並の出力出せるって事だし」

「……なんか、収拾つかないわね」

 そう呟いたアリサは、フェイト達がいる方を見る。
 あそこまで完膚無きまで神夜がやられた事に動揺しているようだ。
 そして、説教している椿とされている司。…中々カオスな空間になっていた。

「結構混乱してて私達がデバイスで霊術を使ってた事、スルーされてるね」

「これ以上厄介になってほしくないから、助かるのだけどね。」

 アリサとすずか、アリシアが戦闘もこなせるようになっている事を、一部を除いてまだ知らない。今回はそれがばれそうになったが、他の事で気が付かなったらしい。

「…それで、ずっと無言で見てたあんたは、どう思ったの?」

「………」

 じっと映像を見続けていたなのはに、アリサは問いかける。

「どうって言われても…司ちゃん凄いなぁって…」

「あいつに対しては?」

「…不思議だね。何とも思わなかった」

 以前なら負けた事が信じられないと思っていたなのは。
 しかし、今では何とも思えなかったのだ。

「…冷めたわね。あたし達も同じ感じだったけど」

「にゃはは…本当、魅了が原因なんだけど、どうして好きだと思ってたんだろ?」

「心を変えられるって、恐ろしいものだよね…」

 改めて魅了の恐ろしさを呟くなのはとすずか。

「…でも、なんだかスッキリしたかな」

「完全に司が論破してたものね」

 自分が正しいと思い込んでいた神夜を打ちのめした司。
 その痛快な論破は見ていて胸が空くような気分だったらしい。

「これで少しは自覚してくれればいいんだけどね」

「ああいう奴はここまで来たらとことん懲りないわよ」

「…それもそうだね」

 元より思い込みが激しかった節があったため、懲りないだろうとアリサは思う。
 それにすずかも同意なのか、苦笑いする。

「これなら帝君の方がマシだね」

「あいつはむしろ逆だったわね。自覚…はどうか分からないけど、だいぶ大人しくなったわね。今は慣れたからいいけどそれまでは違うベクトルで気持ち悪かったわ」

「あはは…。今まで散々絡んできたのが、一気に大人しくなったもんね…」

 事実、今の帝はここ最近めっきりなのは達に絡まなくなっていた。
 しかも今は先日の襲撃の事もあってさらに大人しくなっている。

「…そういえば、帝君って最近絡んでこなかったけど、何かあったの?この前の話し合いの時も凄く大人しかったし…」

「この前のは特別大人しかっただけなんだけどね。まぁ、絡まなくなった原因は…一言で言えば、好きな相手ができたからね」

「ふーん……えっ、好きな人!?」

 アリサの言葉に、なのははつい驚いてしまう。
 幸い、なのはの声で周りが注目する事はなかった。

「そっ。好きな人。あいつも一人の男子って訳…なんだけど…」

「…なんだけど?」

「…あ、あはは…」

 事情を知っているアリサとすずかは苦笑いする。
 言えるはずがない。帝が好きになった相手が、性転換していた優輝などと。

「…もしかして、私も知ってる人?」

「知ってる…まぁ、知ってるわね。直接話した事はないだろうけど」

「ふーん…?」

 いまいち要領を得ない返答に、なのはは首を傾げた。
 結局良く分からず仕舞いだったが、別にそこまで知る必要はないと、なのははそれ以上聞こうとするのをやめた。







「っ……俺、は…」

「あ、目が覚めた」

 しばらくして、司の砲撃を喰らって気絶していた神夜が目を覚ます。

「っ!司…!?」

「何かな?」

 心配して傍にいたフェイトやはやて達よりも若干離れた場所にいる司。
 そんな司に目を覚ました神夜は驚く。

「(“嫌い”って言ったけど…あれは、嘘だったのか…?…ああ、きっとそうだ。こうして心配してくれてるんだ。きっとあれもあいつに脅迫されて…)」

「………ふふ…」

 あの時のあの言葉は嘘だったのだろうと、安堵する神夜。
 そんな神夜を、司は何かおかしいように笑う。

「…司?」

「ふふ、ホントおかしいよね。…未だにさっきの事が嘘だと思ってるなんて」

「っ………!?」

 それが司だとは思えないような、心底馬鹿にしたような笑みで、司は言った。
 同時に、神夜は先程言われた言葉を思い出し、息を詰まらせる。

「私はお前が嫌い。それは嘘でも優輝君に脅されてる訳でもない。紛れもない本心だよ。こうして、未だに思い込みで違うと思おうとしてる。それが嫌いなんだよ」

「つか、さ…?」

「おい司!さすがのおめぇでも、これ以上神夜を悪く言うのは…!」

「………」

 呆然とする神夜を庇うように、ヴィータが前に出る。
 他にもその場にいた魅了に掛かっている女性陣も庇おうとするが…。

「っ……!」

「だったらどうするのかな?“悪く言う”?私は正論と自分の気持ちを言ってるだけだよ?」

「つ、司ちゃん…?」

 殺気とも取れるような、その異様な雰囲気に全員が気圧される。
 その中ではやてが怯えながらも声を掛ける。

「な、なんや…いつもとなんか違うで…?どうしたんや…?」

「ふふ…文字通り“我慢の限界”が来ただけだよ。今までずっと…ずーーーっと抑えていた気持ちが溢れ出ただけだよ?」

 クスクスと笑いながら、司は言う。
 そして、気圧される女性陣を無視し、神夜へと近寄り…。

     パァン!!

「っ……!?」

 思いっきり、その頬を引っ叩いた。

「…今のは、緋雪ちゃんの想いを思い込みで馬鹿にした分」

 そういって、さらに手を振りかぶる司。

「これは、恩人である優輝君の記憶を塗り替えられていた、奏ちゃんの分!」

「ぐっ!?」

「…少しは、想いを踏み躙られた人の気持ちを理解しなよ!」

 最後に一際強く叩こうとして…誰かに抱き着かれる形で止められる。
 ヴィータと同じぐらいの背丈…人間形態を取っているリインだ。

「もう……もう、やめてください…!」

「っ……リイン…?」

「…………」

 非常に泣きそうな……否、既に涙を浮かべた顔で、リインは懇願するように言う。

「…悪いけど、邪魔しないで」

「…司さんが怒るという事は、それだけの事をしたんだとリインもわかってるです…。でも、だからと言って人を痛めつけるような司さんは見たくないです…」

「………………」

 先程の司の殺気とも取れる“圧”。それでリインは怯えていた。
 それでも司を止めようとしたその意志に、司も動きを止めていた。
 すると、そこへ…。

「…っと、やっぱりここにいたか」

「ゆ、優輝君!?」

「椿の説教が終わってどこへ行ったと思ったが…まぁ、怒った司なら織崎の所に来ているという予想で正解だったな」

 優輝と椿、葵、奏が入ってくる。

「気配も探らずによくわかったねー」

「…前世で、司が怒った時の事から予測しただけさ。一度打ちのめして、まだ反省していないようなら少し間を開けてからもう一度心を折りに行く。…うん、えげつない」

「うぐ…」

 確実に打ちのめすための二段構えに、優輝は思わずそういう。
 その言葉に司は若干のショックを受けていた。

「…で、様子を見る限りリインに止められたみたいだな」

「う、うん…」

「まったく…」

 溜め息を吐き、優輝は司へと歩いて行き…。

「てい」

「あいたっ!?」

「リインに止められる程暴走するな。怒りが溜まってたのは分かるが、それでも小さい子を怯えさせる言い訳にはならんぞ」

 頭をチョップで一叩きし、そう窘める。

「ご、ごめんなさい……」

「前世の時もやりすぎだって先生に怒られてただろ?やっぱり司って溜め込むタイプだよな。定期的に発散させろよ?」

「…うん…」

 先程までの司はなんだったのかと言わんばかりに、司はしょんぼりとする。

「……ぅ……ぁ……」

「…いつもなら睨んでくるぐらいはするはずだが…あぁ、他でもない司に打ちのめされたのならこうなってもおかしくはないか」

 とりあえず反省しているとして、司から視線を外した優輝は神夜を見る。
 だが、神夜は司から拒絶されたショックで放心していた。

「っ、よくも…!」

 代わりに、別の者が動いた。
 神夜の思い込みによる発言で、優輝が全ての原因と思い込んでいたフェイトだった。
 フェイトはバルディッシュを起動させ、殺さずとも痛い目に遭わせようとして…。

「っ………!?」

 懐にすぐさま移動した椿の短刀により、胸を貫かれた―――





 ―――かのように、思えた。

「…幻影よ。安心しなさい」

「っ!?はぁっ、はぁっ、はぁっ…!」

 実際は、短刀は鞘に収まったままで、ただ押し付けられただけだった。
 しかし、“死”を幻視したのは確かだったため、フェイトはその場にへたり込む。

「…いや、抑えるだけでいいだろ」

「ちょっと試したかったのよ。妖狐って幻術が得意でしょう?分霊且つ式姫である私も、狐の性質を持っているかと思って」

「本音は?」

「司の怒りに感化されたのかもね。この状況で斬りかかるなんて、少しは頭を冷やしなさい。そう思ったから、この術を使ったの」

 やった事は、“殺される自分”の幻覚を見る。そんな単純な幻術。
 元々、椿は神の分霊とは言え、神夜を盲信している者を無条件に許せる程懐が広い訳でもない。だからフェイトに対し幻術を使ったのだ。
 …そして、その幻術を使った意図は、もう一つあった。

「“掴めた”わ」

「え、かやちゃんそれ本当?」

「ええ。アリシアと質も似ていたから、さっきの接触でね」

 椿と葵の間で交わされる会話。
 その意味は司や奏…ましてや優輝にさえ掴めなかった。

「貴様…テスタロッサ達に何を…!」

「何もしていないわ。私は“視た”だけ。その魂を」

「何……?」

 フェイトとよく競い合うシグナムが椿に問うが、その応答は意味が分からなかった。
 そのまま優輝達と共に去っていく椿を、残った者は見つめるしかなかった。





「…最近術に重点を置いて鍛えていた事と、魂…椿、もしかして…」

「ええ。分霊とは言え、私だって神だもの。魂に干渉する術くらい、使えるわ」

 部屋を出た優輝は、何かに気づいたように椿に尋ねる。

「式姫で弓術士としていたのと、優輝と司に頼っていたから盲点だったわ。あの魅了は魂や心、精神に干渉する代物。防ぐ事ができる護符を作った所で気づけばよかったわ」

「かやちゃんは魂を“視る”事ができる。だから、魅了が魂に干渉しているのなら、こっちも干渉するための術式を作って魅了を解けばいいって訳」

「なるほど。それでさっき…」

 二人の説明に納得がいった優輝。

「えっと、つまり?」

「魂に干渉する術式を作って、それで魅了を解く事も可能って訳だ」

「ただし、その術式はそう簡単に作れないけどね」

 “一から作るから、軽く見積もって半年近くは掛かる”と言う椿。
 さすがに優輝も魂に干渉する霊術の術式は知らないため、手伝う事もできなかった。

「根深く浸透している魅了を解けるだけ、マシね」

「それもそうだな。僕も何とか理解して手伝うぞ」

「助かるわ」

 魅了をどうにかする手段が増えた。
 それは優輝達にとって嬉しい事だった。
 新たな収穫があったと、優輝達は満足しながらそのまま家へと帰って行った。













 
 

 
後書き
電光石火…司がその場で編み出した新技。身体強化を速度と力に特化させ、神速の如き速さで切り刻む。魔法陣などを足場にして翻弄するように動くため、防御を固める他ない。


多大な精神的ダメージを与えた司と、何故か犠牲になったフェイトさん。
…どうしてこうなった。()
とりあえず、椿も魅了を解く手段を確立させました。使えるのは当分先ですが。
正直もう必要がないくらいに死に設定な気が…げふんげふん。 

 

第124話「男に戻るまで」

 
前書き
まだ優輝はTSしたままなので、戻るまでの話です。(正直蛇足っぽいですが)
一応閑話を除いて4章最終話です。
 

 





       =out side=





「ふっ…!ふっ…!」

 八神家にて、一人の男性が鍛錬をしていた。
 その男性はザフィーラ。はやて達はそれぞれ用事で出かけており、留守番となったザフィーラは暇だったために鍛錬をしていたのだ。

「……むぅ…」

 キリの良い所で中断し、自分の力を確かめるように拳を握る。
 彼は…厳密にはヴォルケンリッター全員だが、今の状態に不安を抱えていた。
 強大な敵が現れた時、彼らは大して役に立つ事はできなかった。
 少々格上の相手でも相手取れる程の実力を持つのが、歴戦の騎士である彼らだが、それでも自身の力量不足を感じていたのだ。
 特に、“盾の守護獣”と言う名を冠するザフィーラにとって、盾にすらなれないという事は、ヴォルケンリッターとしても、はやての家族としても情けなく思っていた。

「…やはり、一人では限界があるか」

 ヴォルケンリッターは、全員がプログラムで構成された肉体である。
 はやてやその友人たちは気にしていない事だったが、それが成長の妨げだった。
 プログラムで構成されたという事は、伸びしろがほとんどないも同然だったからだ。
 アインスやはやてによってプログラムに干渉し、ある程度は強化も可能なのだが、やりすぎればどのような支障を来すか分からないため、それを試す事もできない。

「他の実力者と戦えば何か道が開けるかもわからんが…」

 徒手空拳の技術を伸ばした所で、すぐ限界が来る。
 恭也や士郎と手合わせをする手もあるが、やはり魔法も使用した上で限界を超えなければ意味がないと、ザフィーラは考えていた。

「だが、やれる事はやらねばならん。…また、あの時のような事を繰り返さないためにも」

 思い返すのは、先日の正体不明の男の襲撃。
 援軍として駆け付けたというのに、為す術もなくやられた事が脳裏に浮かぶ。

「…主の許可があれば、アルフと手合わせするのも手か」

 とにかく鍛錬を続けようと、体を動かした瞬間。



 ……家が丸ごと結界に包まれた。

「っ……!」

 すぐさま体勢を立て直し、構えを取る。

「(まさか主が留守の間に何者かが仕掛けてくるとは…!)」

 主であるはやてを狙った者か、はたまた違う目的か…。
 どの道、突然結界を張った相手にザフィーラは油断できなかった。

「ヴォルケンリッター、盾の守護獣ザフィーラだね?」

「っ……!」

 そして現れたのは、黒いローブに身を包んだ何者かだった。
 認識阻害の魔法が掛かっているためか、顔などが見えなかった。

「…だとすれば、なんだ?」

「別に?…ただ、自身の力量に満足がいってない様子。だから、ちょっとお手伝いをしようと思ってね」

 クスクスと笑いながら言うその人物に、ザフィーラは冷や汗を流す。

「(態度と口調、声色からして…女か?)」

「じゃあ、行くよ?自分で見つけてね?」

「っ!」

 瞬間、その人物が肉迫する。
 繰り出された拳を受け止めようとするザフィーラだが、その威力を事前に察知し、辛うじて避ける。

「ほら、まだまだ行くよ!」

「ぬっ…!」

 続けざまに繰り出された蹴りを受け流し、カウンターを放つ。
 だが、それは誘導されるように逸らされ、逆にカウンターを喰らってしまう。
 咄嗟に防御魔法を使ってダメージを減らしたが、余程の練度だと理解した。

「ちぃ…!」

「…」

 魔法を用い、相手の足元から白い棘状のものを生やす。
 それを躱させた所へ一撃を放つが…やはり受け流される。
 何度か攻撃を繰り返すも全て受け流され、それどころか反撃でダメージを受けた。
 そこまで来て、ザフィーラは悟る。

「この動きは…!」

「さすがは歴戦の騎士。今の体捌きでわかるとは」

「“導王流”……!」

 それは優輝がいつも扱う導王の武術。
 導きの王の名を取り、敵の攻撃でさえ“導く”、守りの武術。
 それを、その人物は使っていた。

「なぜ、貴様がそれを…!」

「なぜ…ね。それは、貴方が知る人物にも言えなくて?」

 優輝はいつも使っているが、本来ならそれは“ありえない”武術。
 ベルカの騎士であり、ヴォルケンリッターであるザフィーラは知っていてもおかしくはないが、本来なら文献のみの武術である。
 そんな導王流を扱う存在は、いるはずはないのだ。
 …尤も、例外は常に存在するもので、優輝はその例外なだけなのだが。

「この際、正体は気にしなくていいの。…さぁ、限界以上の力を引き出して、全力でぶつかりなさい。その時こそ、新たな“可能性”を垣間見れるのだから」

「…元より、そのつもりだ!!」

 技術もあり、格上の相手。そして、どうやら敵意はない。
 そんな相手は、ザフィーラにとって今最も望んでいた相手だった。
 だからこそ、ザフィーラは全力でその人物へとぶつかりに行った。







「ザフィーラ、ただいまー。大人しくしてたかー?」

 夕方。ヴィータと共に家に帰ってきたはやてはそういいながら家の玄関を開ける。

「…うん?なぁ、はやて。ザフィーラそこにいねぇか?」

「んー?…ホンマや。どうして庭…それも仰向けでいるんやろ」

 家の角で隠れて足しか見えないが、仰向けでいるであろうザフィーラがそこにいた。
 それを見て、少し嫌な予感がしながらもはやては近寄る。

「ザフィーラ…?」

「…む、主。これは失礼を…」

「良かったぁ…誰かにやられたんかと…」

 はやてが来た事で、ザフィーラはすぐに起き上がる。

「夕方…まさか、そこまで時間が経っていたとは…」

「一体、何をやってたんや?」

「…少しばかり、手合わせを」

 簡潔に述べたその言葉に、はやてとヴィータは首を傾げる。

「手合わせって……誰とや?」

「正体は分かりませんでしたが…主程の年齢の、導王流の使い手の少女でした」

「導王流……って、はぁっ!?」

 ザフィーラの言葉に、ヴィータが驚きの声を上げる。

「導王流って…あいつが使っているのも十分おかしいのに、他にも使い手がいたのかよ!?」

「え、え、それってそんなおかしい事なん?」

「あー…はやては知らないだろうけど、導王家はとっくに途絶えてるんだ。当然、導王流も伝わっていないから、あっても文献だけの存在…のはずなんだけど…」

「その使い手がまた現れたっちゅー訳か」

 理解の早いはやては、その説明でどう言う事か理解する。

「この際、なんで使い手なのかは置いておこう。それで、ザフィーラはその相手とずっと手合わせしてたっちゅー事か?」

「はい。事の発端は突然結界を張って現れ、私が力量不足に悩んでいるのを見抜いた上で、手合せをすることに…」

「ほぼ通り魔みたいなやっちゃな…。…って、力量不足?」

 ザフィーラが悩んでいるという事に引っかかり、聞き返すはやて。

「…私は、強大な敵に対し、あまり主の役に立てていません。それこそ、“盾の守護獣”の名が泣くほどに。だからこそ、強く在ろうとしていました」

「……そうやったんか…」

「その事を考えれば、今回の相手は敵意もなく、全力で挑める相手だったため都合が良く、こうして夕方まで手合わせが続いたという訳です」

 ザフィーラの説明に色々思う事はあったが、はやては何回か頷き…。

「…何か、見つける事はできたんか?」

「…はい。我が守護の拳。未だ至らない点を見つけ、更なる高みがあると知りました」

「そっか…。今後プラスになる事やったら、何も言う事はないわ。それじゃあ、改めて家に戻ろか」

 跪いてそういうザフィーラにはやては優しく微笑みかけ、改めて家に戻った。

「…ところで、その女の子の正体に心当たりはないん?」

「いえ…ただ、狼である私だから分かったのですが…ニオイが似通っていました。志導優輝と」

「血縁者って事かなぁ?まぁ、わからんもんは仕方ないか」













「……ふふ、やっぱり“可能性”を感じれるのはいいね」

 つい先ほどまでザフィーラと“手合わせ”をしていた人物。
 その人物…否、少女は羽織っていた黒いローブを消し、帰宅していた。

「後は…明日でいっか」

 そう呟きつつ、家のドアを開けた所で…。

「この……どこほっつき歩いていたのよー!!」

「…っと」

 飛び出してきた跳び蹴りを受け流す。
 跳び蹴りをしてきた相手…椿は、受け流されて体勢を崩し…消えた。

     パシィイイン!!

「っつぅ…!幻術かぁ…」

「殺気も何もないから、気づけなかったでしょう…!」

 頭上からハリセンが振り下ろされ、小気味いい音が響く。

「それよりも!貴女その姿でどこ行ってたのよ!」

「どこって…ちょっとそこまで?」

「普段の優輝もそうだけど、今の貴女も大概ね…優奈…!」

 冗談めかして言う少女、優奈に椿は怒りに拳を震わせる。

「というか、今日は一日中優奈でいたって訳?優輝は大丈夫なんでしょうね?」

「大丈夫なはずだよ?いやぁ、まさか頭ぶつけて私と入れ替わるなんて」

 事の発端は些細な事だった。
 寝起きにドジってベッドから落ち、その時に頭をぶつけて優奈の人格になったのだ。
 そんな原因に今朝は優奈を含めて全員が呆れていた。

「どの道、因子は段々と戻っているから明後日くらいには男に戻るよ」

「そう。…って、良く分かるわね」

「優輝と比べてそういうのに気づけるみたい」

 家の中に入りながら椿とそんな会話をする優奈。

「(…“みたい”だなんてわざとらしい。気づけるのじゃなく、“わかる”のに)」

 だが、その裏では嘘をついている事に苦笑いしていた。
 もちろん、それを椿が気づく事はない。…気づくはずがなかった。

「(私と優輝は違う。だから、椿は私の心を読み取れない)」

 そう。ずっと一緒である優輝なら、例え表情が変わらなくても分かるかもしれない。
 だが、優輝とは“別”である優奈は、それすら起きない。
 だから、優奈が裏で考えている事に、椿は気づかなかった。

「あ、おかえりー」

「ただいまー」

「なんで葵は暢気なのよ…」

 リビングへ行き、葵が出迎える。
 二人のその暢気なやり取りに、椿は呆れていた。

「…で、改めて聞くけど、どこに行ってたのかしら?」

「どこにって言われてもなぁ…。はやての家?」

「…聞き方が悪かったわね。何をしに行ってたのかしら?」

 優輝とは全く違う性格に少しイラっとしつつ、椿は問い詰める。

「もう、そこまで怖くならなくても…。ちょっと、ザフィーラと手合わせしに行っただけだよ?彼、どうやら自分の力量不足に悩んでたみたいだから」

「それで、相手をしたという訳?」

「うん。厳密には“可能性”を見つけてもらったんだけどね」

「ふぅん…」

 分かり辛い言い回しで答え、椿は半目で見る。

「まぁ、いいわ。でも、貴女は優輝ではなく優奈として今はいるの。だから不用意に外出しないでちょうだい。一応親戚という言い訳はできるけど…わかってるわよね?」

「分かってるって。もう、心配性だなぁ」

「貴女が飄々とした態度を取っているからよ!」

 “以前はこんな感じじゃなかったはずなのに…!”と頭を抱える椿。
 初めて“優奈”になった時と比べて、色々と違っていたのだ。

「本当…色々な点において優輝とは違うわね…」

「あはは。案外表裏一体かもしれないね。優輝が持ってない“もの”は、私が持っていたりして」

「っ……!」

 冗談めかして言う優奈に対し、椿は目を見開く。

「…どういう、事かしら」

「んー?何が?」

「優輝が持ってない“もの”を、貴女は持っている…。貴女は、優輝が“代償”としたモノを知っているのかしら?」

 まるで、その事を言っていたかのよう。
 そう感じた椿は、真剣な面持ちで尋ねた。

「まさか!私は適当な予想で言っただけだよ。そこになんの他意もない」

「……そう」

 数々の経験から、椿と葵は“嘘”を見抜く事ができる。
 ましてや、神の分霊たる椿は嘘だけでなくその言に込めた“真意”も見抜ける。
 尤も、相手によっては見抜けない場合があるが…。
 ともかく、その椿でも優奈の言葉には他意がないと思えた。
 常人が見れば、明らかに他意がありそうな言い方にも関わらず…だ。

「まぁいいわ。夕食にしましょう」

「了解っと」

 もう一度溜め息を吐き、椿は諦めたようにそういった。
 葵も椿がそう言ったのを見て探ろうとするのをやめた。









 …確かに、優奈に他意はなかった。ただし、それは“知らなかった”だけ。
 優奈は優輝が何を“代償”としたのかは分からない。元々が一つだったために。
 優奈は本当に“予測”として言っただけだった。
 それが自身にある“知識”から述べた、“正解”と言えるモノとして。

 それは、一種の言葉遊び。
 椿の言葉に対し、優奈は“代償”が何なのかは知らないと答え、だが予想していた事は肯定した。そこへ、“なぜ予想できたか”と言う疑念を隠した。
 優奈も当たり前のように言ったため、“真意”と呼べるモノはなかった。
 予想できる理由を、ごく自然に、当たり前のように隠し通したのだ。













       =優奈side=





 椿に色々言われた翌日。私はある家に向かっていた。
 ちなみに、今回は事前に説明はしてるので、椿に小言を言われる事はない。

「そろそろ立ち直ってもらわないとね」

 向かう家に住んでいる彼は、今もなお調子を取り戻せていない。
 多少は普段通りになったけど、やっぱりどこか違った。

「さて、と」

 インターホンを鳴らす。
 事前に調べた感じだと、一人で暮らしているらしいけど…。

〈はい?〉

「…すみません、帝さんいますか?」

〈…ちょっと待ってください〉

 聞こえてきたのは、女性の声。その事に動揺しかけた。
 神様転生による諸事情で、親と呼べる存在はいないはずだったからね。

     ガチャ

「とりあえず、外では何ですから、中…へ……」

「……?」

 玄関の扉から赤と黒のメッシュな長髪の、綺麗な人が出てきた。
 そして、言葉の途中で私を見て驚いていた。

「貴女は……」

「どうしました?」

「…いえ、知っている方に似ていらしたので…」

 どうやら、私を緋雪と見間違えたらしい。まぁ、見た目は凄く似てるしね。
 それより、この女性の丁寧な物腰といい、感じる気配からすると…。

「『…リヒト』」

〈『はい。彼女はエアですね。ユニゾンデバイスではないのに、どうやって人型に…』〉

 帝の家にいる事から考えると、彼女はデバイスのエアらしい。
 エアはfateのギルガメッシュが持つエアを元にしたデバイスのようで、容姿…特に髪色はエアらしい特徴を持っていた。間違いはないだろう。

「(さすがは神様謹製デバイス…。ありとあらゆるデバイスの特徴を持ってるんだね)」

 ストレージの汎用性、インテリジェントのAI(というか人格)、アームドの頑丈さ、ユニゾンの人型化。うーん、見事な万能っぷり。

「失礼しました。さ、どうぞ中へ」

「ありがとうございます」

 エアに案内されるがままに、私は帝の家に入る。
 優輝の時に、場所は知っていたけど、内装は知らない。

「少々汚いですが、ご容赦を」

「気にしてないので大丈夫です」

 少し見渡してみれば、細かい所に汚れが見られるものの、普通に見える内装だった。
 …ぶっちゃけて言えば、エアが最近掃除したのか、汚かった名残があった。
 多分、先日のあの人形の襲撃が影響してるのだろう。
 帝が意気消沈して掃除しなくなったとかそんな感じだろう。

「え………」

「こんにちは。あの時翠屋で会って以来だね」

 そして、リビング。そこに彼はいた。
 当然、私が来た事に大層驚いたみたいだ。

「ど、どうしてここに!?」

「優輝に頼まれたの。貴方が落ち込んでいるというか、意気消沈しちゃっているから、励ましに行ってくれないかってね。どうして私なのかは知らないけど」

「っ……!」

 もちろん、これは適当に作った嘘だ。
 一応それらしくしてあるから、疑われる事はなさそうだけど。

「私としては、あの時会っただけで、名前も知らないのだけど…どうしてかな?」

「え……っと…それ、は……」

 少し顔を赤くしながら、しどろもどろに言おうとする彼。
 ふふ、普段の帝とは全然違うから、ギャップを感じるわ。

「とりあえず、先に自己紹介しましょう。私は志導優奈。優輝から知らされてると思うけど、優輝の親戚よ」

「…王牙帝です…」

 拾ってきた猫のように大人しく、小声でそういう帝。緊張してる?

「…んー、以前会った時とだいぶ違うね。今は意気消沈してるからって言うのもあるけど…ふふ、どこか逞しくなったように見えるよ」

「っ……!」

 私の言葉に気まずそうにしながらも少し嬉しそうにする。
 あー、本当分かりやすいね。そこが可愛らしく思えるよ。

「まぁ、世間話は後回しにするとして…。何があったか、全部とは言わなくても教えてくれるかな?私を宛がったのは、無関係な第三者だからだろうし」

「……わかった」

 本当は、私の事が好きだから、話してくれるだろうって理由なんだけどね。
 …立ち直らせるためとはいえ、割とゲスいね、私。

「…あまり、上手く言えないんだが…」

 色々誤魔化していたけど、要約するとするならば…。
 あの時、あの人形を消滅させた存在、及び力を見たのが原因との事。
 非現実的な“現実”を思い知らされて、自分の今いる状況が怖くなったらしい。
 自分は転生者で、ここは“リリカルなのは”の世界。そう思っていたんだろうね。
 だけど、“そうではない”と思わされる存在が現れた。
 “何とかなる”という楽観的思考もできなくなって、こうして意気消沈したとの事。
 そして、あのような存在がいた事で、とんでもない事に巻き込まれている…そう考えてしまって、自分にはどうしようもないと、怯えてしまうようになったのだろう。

 実際に私に話してくれた事は、もっと違うのだけどね。
 これは私が知っている事で補完しただけだから。
 実際に話したのは、“現実”を思い知らされて、自分にはどうしようもできないと怖くなってしまったとか、そう言う事。

「……そっか……」

「………悪い、あんたにこんな事を話した所で…」

 気まずく俯く帝を、黙らせるようにそっと抱き寄せる。

「……ぇ……?」

「…大丈夫、大丈夫だよ」

「な、なにを…!?」

 突然の事に彼は驚いて私を引き剥がす。

「あー、ごめんね?近所の小さい子と同じ感覚であやしちゃった」

「俺そこまでガキじゃねぇよ!?」

 顔を赤くしながら帝はそういう。…よし。

「ほら、元気になった」

「あ…って、ちげぇよ!」

「ふふ、でも大丈夫だよ。本当に」

 しっかりと断言する私に、帝もぽかんしながらこちらを見る。

「ソレを見て、怖くなったのなら、怖くなくなるくらいまで、強くなればいいのよ」

「っ、そんな、簡単にできるもんじゃ…」

「ええ、簡単ではないわね」

 帝の言葉を否定する事もなく、むしろしっかりと肯定する。
 あの人形や似た存在は、ただ強くなるだけでは敵わない。

「でも、簡単じゃないから諦めるの?現実は、何でもかんでも簡単じゃないという事は、もう知ったのでしょう?だったら、今度はそれに立ち向かわなくちゃ」

「…でも………」

「…貴方には、立ち向かえるだけの力があるでしょう?」

「っ……!」

 でも、だからといって、彼は“無力”ではない。
 神に貰った“特典”がある。例えそれが元ネタを真似たものだとしても。
 それは確かに神に…あの人形に干渉できる存在から貰った力なのだから。

「頑張って、強くなりなさい」

「……ああ……そう、だな…」

 “無力ではない”、それが彼を動かす要因となった。
 きっと、彼の前世は無力…と言うより、何もできなかった人生なのだろう。
 だから、力があるならばと、やる気を出してくれた。

「ふふ、ようやく元気になったわね」

「……ありがとう。助かった」

「ええ。私としても、貴方は元気で頑張ってくれる方が好きよ」

「っ……!」

 “好き”と言う単語に敏感に反応する帝。…あの、ちょろすぎない?
 やる気になってくれるのは良いけど、さすがに単純すぎ。

「…どうぞごゆっくり…」

「あ、エア、おま、どこへ!?」

 そんな私達の様子を見てか、エアはお菓子と飲み物を置いて退散していった。
 物凄い穏やかな微笑みを浮かべていたので、帝もお節介を焼かれたと気づく。
 …まぁ、空気を読まれて退散されたらむしろ止めたくなるよね。

「さて、立ち直れたみたいだし、せっかくだから世間話でもしましょうか」

「あ、ああ…。でも、何を話せば…」

 どういった事を話せばいいのか、帝は判断がつかないらしい。
 …人付き合いも学んでいった方がいいよ?

「そうね、今まで優輝とどんな事をしてきたとか、どういう事があったとか、そんな身近な事で構わないわよ」

「わ、わかった」

 そういって、帝は緊張した面持ちで話し始めた―――







「…あら、もうこんな時間」

「え?あ、いつの間に…」

 長い事話し込んでいたらしく、太陽が西に沈み始めていた。

「じゃあ、そろそろ帰るわね」

「ああ…また、会えるか?」

「……そうね、いつかは分からなくても、会えると思うわ」

 割と楽しい時間だった。
 緊張しながら身近な事を話す帝は、初々しさがあって可愛らしく見えた。
 私も優奈として好物とか色々話したりしたし…。

「……な、なあ!」

「…?」

 玄関に向かう私に、帝は意を決したように話しかける。

「…俺、頑張るから…!もう、挫けないように頑張るから…だから…!」

「…ふふ、その時は、褒めてあげるわよ。“頑張ったね”って」

「っ~~~!」

 顔を真っ赤にして、帝は頷く。

「じゃあ、またいつかね。帝」

「…あ、ああ!またな、優奈!」

 手を振り、私は帰路に就く。
 見えなくなるまで、帝はずっと私を見送っているみたいだった。





「…お待ちください」

「…何かな?」

 帰路の途中、後ろから話しかけられる。

「貴女は…何者ですか?」

「それ、どういう事かな?私は優輝の親戚なだけだよ?」

「誤魔化さなくても結構です」

 …うーん、どうやらばれてるみたいだね。
 どこまでわかってるかは分からないけど。

「いくら好きな相手とは言え、彼が親戚というだけの貴女を宛がうはずがありません。…いえ、こんな初歩的な部分は省きましょう」

「…へぇ」

「……貴女は、どのような“存在”なのですか?」

 やはり神謹製のデバイスなだけある。…そこまで気づけるなんて。
 …でも、答える義理はないよ。

「私は私。志導優奈だよ。それ以上でも、それ以下でもない」

「…飽くまで答えないのですか」

「まぁ、悪い事は企んでないさ。それに、私は帝の“可能性”を信じてるよ」

「……………」

 無言で視線を交わす私とエア。

「…マスターを気に入ってるのですね」

「だって、あそこまで照れられると可愛く思えるじゃん」

「新たな一面と言う意味では同意しますが…。まぁ、いいです。どの道ここで暴き切るには情報も足りませんし、引き下がります」

 そういって、一歩引くエア。まぁ、当然だね。

「ですが、何か事を起こすのであれば…」

「分かってるって」

「……では、失礼しました」

 被せるように私が言うと、エアはそういって帝の家へと帰って行った。

「…帝の気に入ってるのは、本当だよ。…それこそ…」

 踵を返し、改めて帰路に就く。
 この後は、帝は立ち直ったと椿にも伝えて、そのまま就寝した。





 …帰り際の私の頬が赤かったのは、きっと夕陽のせいだろう。





















「………優奈(あいつ)…!なんでこんな事を……!」

 翌日、人格と性別が戻った僕は、黒歴史になるであろう優奈の行動に頭を抱えた。
 …いや、本当何してんだあいつ…!













 
 

 
後書き
司に引き続き誰だこれ。(帝を見ながら)
踏み台だったのにどうしてこうなった。
…とまぁ、現実を思い知らされた後、立ち直った帝でした。ザフィーラの話はおまけです。

緋雪と優奈の雰囲気の違いはますます増してます。
雰囲気の違いのイメージとしては、fateのイリヤ(プリヤ)とイリヤ(SN)みたいな感じです。
そして、優輝と優奈は別の存在と考えてください。性別が変わっただけであれば、ただ単に女性の思考になった優輝ですが、人格まで変わるともはや別人です。 

 

閑話10「中学校生活」

 
前書き
大体114話と115話の間ぐらいの話です。
本編中にあまり関わりのない学校生活の話です。

…正直蛇足でしかない程何も発展しないので読み飛ばし可です。
普段はこんな感じで日常を過ごしてるんだ程度に捉えて貰えれば。 

 




       =優輝side=





「(小学校の入学式、卒業式でも思ったけど…一度経験した行事をまた経験するってなんか変な感じだな…。違う学校だから色々違いはあるけど)」

 今日は中学校の入学式。
 僕や司は無事に小学校を卒業し、こうして入学式の真っ只中にいた。





「……あ~…眠かった…」

「お前、隣の奴が小突いてくれなかったら寝てただろ…」

 入学式が終わり、HRも終わって今日の中学校は終わる。
 放課後になって、僕は聡や玲菜、司と合流していた。

「しかし、見事にばらけたな」

「6組もあったからね」

「ま、休み時間や放課後は一緒になれるからいいだろ?」

 違うクラスだという事に、聡と玲菜はどこか不満そうだった。
 なので、フォローを入れると今度は少し恥ずかしそうに…なんだこのバカップル。

「そういえば、部活はどうするんだ?」

「え?…そうだな…」

 この学校では部活に入るのは必須。
 明日から部活見学などができるようになり、来週の月曜から入部できる。
 既に今日から各部活の勧誘が始まっているが…。

「…入るとしたら、陸上部辺りか…?」

「あ、じゃあ私はマネージャーで…」

「二人一緒なのは確定なんだな…」

 付き合う前のすれ違いとかは何だったんだ…。
 まぁ、仲がいいのは良い事なんだが。

「そう言う優輝はどうなんだ?」

「…弓道部辺りか?精神統一とか、役立ちそうだし」

「私もかな…。こう、和弓ってなんだか惹かれるものがあるし」

 かくいう僕らも被ったようだ。
 と言っても、戦闘とかで役立つからって言う結構おかしい理由なんだがな。
 後、アリシアもいるから気楽でいられそうだ。
 ……部活ってこんな理由で入ったらダメだったっけ?

「…って、うわぁ」

「やっぱり集まってるよね…」

 下駄箱まで来て、その先の光景に思わず後ずさる。
 そこには、全ての部活の部員が勧誘のために待ち伏せていたのだ。
 前世でもあった事だから予想はしていたけど、やっぱりだったか…。

「じゃあ、駆け抜けるか」

「そうだな」

 聡も同意見なようで、最低限の受け答えをしながら勧誘の波を乗り切った。
 …何気に弓道部員としてアリシアが勧誘に混ざってたぞ。







「いらっしゃーい!よく来たね!」

「アリシアちゃん、凄いサマになってるね」

 翌日、部活見学と言う事で僕と司は弓道部に訪れていた。
 そこでアリシアが出迎えてくる。ちなみに今のアリシアは袴姿だ。

「ちっちっちー、二人共、ここでは私の事は“先輩”と呼ぶように」

「あはは…」

「じゃあ、先輩(笑)、よろしく頼みますね?」

 アリシアの言葉に司は苦笑いし、僕は敢えて乗ってあげる事にした。
 しかし、丁寧な物腰な僕は違和感があるのか、アリシアは引いていた。解せぬ。

「…ごめん、やっぱなしで。というか、今の(笑)はなに!?」

「いやぁ…アリシアってなんか先輩っぽくないし…」

「ひどいよ!?」

 霊術の特訓でよく一緒にいるし、よくてムードメーカーなお姉さん止まりだ。
 なんというか“先輩”らしいイメージがない。

「あ、もしかしてアリシアに弓を教えた人と一緒にいた?」

「それに、小学校の頃“聖女”とか呼ばれてた…」

 他の先輩方が僕らを見てそう言ってくる。
 司は有名だったからいいとして、椿たちと来た僕も覚えられてたのか。

「どうやらあの時の勝負が結構印象に残ったみたいでさー、あの場にいたほとんどの人は椿の事を覚えてるんだよね」

「だから一緒にいた僕もついでに覚えられてたのか…」

「最近は大丈夫なんだけど、当時は椿に師事したい人が多くて頼まれたりもしたね」

 他の部員が集まってくるのを、アリシアはやんわりと帰しながら言う。
 …まぁ、弓においては椿はトップクラスだからなぁ…。

「でも、OBでも師範でもない椿を指導のために連れてくるのはなぁ…」

「以前は見学だったからね」

 学生どころか一般人ですらない椿は、原則的に指導はできない。
 まぁ、見本として弓を引く映像を撮って皆に見せるという事はできるけど。

「それにしても、アリシアも随分と弓道部員らしくなったな」

「立派な先輩らしくなったよね」

「ふふーん。もっと褒めてもいいんだよ?」

 僕らの言葉に胸を張るアリシア。
 …そういう所は子供っぽいし、変わらないんだな。

「他の人もいるんだし、アリシアも戻った戻った。お前が引いてる姿を見た方が、他の連中も入りたいと思うだろ」

「おおっと、それもそうだね。いつまでも喋ってちゃダメだった」

 そういってアリシアは道場に戻っていく。
 僕ら新入生は道場の隅の方か、矢取り道で見学する事になっている。
 ちなみに、僕らの他に来ていた新入生は、ほとんどがアリシアと司の二人と一緒にいる僕を羨ましそうに見ていた。
 まぁ、二人共美少女だしなぁ…。他の小学校から来た奴も含めて、一緒にいる僕を妬ましく思っても仕方ないか…。









 ……授業がつまらない…と思うのは間違っているだろうか。
 いや、先生によっては生徒との会話で面白い事もあるだろう。
 ただ、前世が社会人だったため、いくらレベルの高い中学校と言っても、勉学を怠っていない僕にとって簡単すぎて…。

「復習にはなってるんだが…司はそこの所どう思う?」

「どう…って言われても、仕方ないんじゃないかなぁ?」

 放課後、部活に向かうために司と合流してその話をする。
 なお、僕らは結局弓道部に入部した。

「まぁ、レベルが高いだけあって先生の話も面白かったりするけどさ…つい、マルチタスクとか使いながら別の事しちゃんだよなぁ…」

「霊力で遊んだり?」

「頭ですぐ理解して、ノートに書くだけだからね。どうしても手持ち無沙汰になってしまってそうなってしまう」

 霊力で遊ぶ…感覚としてはノートに落書きしたり、手遊びするみたいなものだ。
 細かい操作の練習にもなるから、別に無駄ではない。

「まだ中学校序盤だから仕方ないか…。後半になれば、いい復習になるだろ」

「そうだね。…あ、じゃあ私はこっちだから」

 中学生の問題とはいえ、後半は複雑になる。
 そこまでいけば僕とてつまらないと思える程の余裕はなくなるだろう。
 そう考えて、僕らは更衣室で別れて着替えた。





「あぁー、重心がずれてたね。もっと背筋を伸ばす感じでやると、上手くいくよ」

「は、はい!」

 弓道場…ではなく、校舎内の多目的ホールに僕らはいた。
 この学校の弓道部は、弓を引く練習の前に、礼儀作法から入るらしい。
 そのため、弓道での座り方や立ち方などを僕らは先にやっている。
 指導するのはもちろんアリシアを筆頭とした二年の先輩方だ。

「…人気だねアリシアちゃん」

「まぁ、それに見合うだけの努力はしているからな。椿が叩き込んだのは弓を当てる技術だけ。ああして礼儀作法を教えれるのは、偏にアリシア自身の努力の賜物だ」

 一年が先輩を呼んで見てもらう方式を取っているのだが…アリシアは人気だ。
 ほとんどの人(特に男子)から呼ばれて引っ張りだこ状態だ。

「…それはそうと、優輝君も早くない?」

「司も人の事言えないだろ」

 なお、僕らは…まぁ、うん。だいぶ進むのが早い。
 重心や姿勢が重要となってくる立ち方と座り方だが、僕らの場合は…な。
 司達に霊術を教えている時から、重心とかの事も教えてある。
 既に実戦で活かせるようにもなっているので、礼儀作法も何度か集中してやれば、コツを掴むことも容易いのだ。
 その結果、他の部員の三倍以上のスピードで上達してしまった…。

「っと、背筋を伸ばす際は、上に吊られるのをイメージするといいぞ」

「足が痛くなった時は無理しないでね?」

 そして、早く進みすぎたため、部活動の半分くらいの時間は先輩方と一緒になって他の皆を教えてたりする。ただし司と二人組で。
 このままだとあまりに進みすぎて変に人数を割く事になるからと、アリシアから言われたからだ。僕らも同意したので、問題はない。

「……………」

「………」

 …まぁ、もちろん、そんな事になれば嫉妬だって起こる。
 幸い、同じ学校だった奴らはそつなくこなす僕らに慣れたのか、何も言わない(むしろ司に対する尊敬度が上がった)が、そうではない人は妬みや僻みを言ってきた。
 今だってそういう視線をひしひしと感じる。

「(…面倒ごとにならなきゃいいが…)」

 別に魔法とかが関わる訳ではないから、そこまで心配はしていない。
 でも、だからといって人間関係が拗れるのはなぁ…。





「おい、あんまり調子乗ってるんじゃねぇぞ?」

 …はい、案の定厄介ごとになりました。
 あれから数週間後の放課後、下駄箱を見ればそこには呼び出しの手紙。
 そして校舎裏に来てみれば数人の男子生徒…と。…ありがちだな。

「少し優秀でテスタロッサ先輩に気に入られているからって、“自分は優等生です”ってか?ふざけんじゃねぇ」

「……被害妄想かよ」

 うん。呆れる。単純って言うか、薄っぺらいって言うか…。
 転生者以外でこういう“現実にいるのか?”って奴らいるんだな。

「うるせぇ!てめぇのすました顔を見るだけでもイラつく!おい!」

「恨むんなら、変に目立った自分を恨むんだな!」

 集まっている男子の内、二人は弓道部の奴だ。
 他は違う部活の奴…多分、二人の友人か何かだろう。
 まぁ、こんな事に協力する奴らだ。碌な奴らではないだろう。
 …と言うか、まだ入学して二か月も経ってないのにこんな事していいのかよ。

「おい、こんな所で何やってんだ?部活始まるぞ?」

「あ、聡」

「あ?なんで優輝がそこに……」

 すると、声を聞いてか聡が校舎の角から顔を出してきた。
 どうやら部活が始まるにも関わらずここに来ている連中を呼びに来たのだろう。
 となると、こいつらは陸上部の奴らなのか…。どうでもいいが。
 ちなみに、僕は他の弓道部員に呼び出されて遅れる事を伝えている。
 なぜ司ではないかと言うと…司も呼び出されたのだ。しかも女子に。

「……あー、一応言っておくが、何やってもお前らの自業自得だからな」

「巻き込まれたくないからって丸投げするなよ」

 一目見て状況を理解したのか、聡は引っ込んだ。
 まぁ、同じ小学校から上がった奴は皆あんな感じで大丈夫だと丸投げしてくる。
 何気に僕や司の万能っぷりがいつの間にか広がっていたようで…。

「はっ、お友達に見捨てられたな!ざまぁみろ!」

「(違うんだよなぁ…)」

 それを別方向に勘違いしたらしく、囲ってる連中がさらに調子に乗る。
 ……さて、聡が先生を呼びに行ってくれてるだろうし、軽く伸すか。





「っ、このっ!」

「っと」

 あれから数分。僕は反撃はせずに受け流すだけにしていた。
 いやぁ、いくら正当防衛だからって、怪我させるのは…ね。
 ただ、殴りに掛かってこけるのは自業自得だけど。

「はぁっ、はぁっ……なんで当たらねぇ…!」

「んー、あまり言いふらす事でもないけど、一つ教えてあげる。僕と司がなぜ弓道の上達が早く、こうして攻撃が当たらないのか…ね」

 聡も大丈夫だと思っているからか、教師が来るまでまだ時間がある。
 攻撃は全部受け流していたので、既に残っているのは同じ弓道部の一人だけだ。

「武術、それと武道では“重心”が関わってくる。その重心を理解し、コントロール出来れば、こうして攻撃を受け流す事もできる…っと」

「くそっ…!」

 半身をずらすように拳を躱す。
 もう我武者羅な殴り方なので、本当にあっさり避けれる。

「僕と司はちょっとした伝手で、そういった武術に通じていてね。そこで重心についてしっかり学んであるんだ。だから上達も早いし、攻撃も当たらない」

「くっ…ぁああっ!!」

「ほいっ…と」

 殴り掛かってきた拳を受け止めるように受け流し、こかせないようにしながら僕と彼の位置を入れ替える。

「実を言うとアリシア……テスタロッサ先輩も僕らと同じで武術に通じてるよ。だから、今はああやって皆を指導する立場にいるんだ」

「なっ……!?」

 衝撃の事実だった…と言うより、単に想像しづらくて驚いただけだろう。
 実際、普段のアリシアからは武術らしい気配はないからな。歩き方はともかく。

「っと、それよりも時間だ。…ってあれ?」

 こちらに来る四つの気配。一つは聡で、他二つは教師。
 なら、後一つは?と思えば…。

「これは…一体どういう状況なんだ…?」

「あー、やっぱりこうなってたかぁ」

「……司?」

 そう、司だった。司も別の場所に呼び出されたはずだけど…。

「今更…っていうか、前にも言った気がするけどさ、お前弱点あんのか?」

「全然焦ってない割には随分な言い様だな聡。一応、多対一には弱いぞ」

「説得力ねぇぞこの状況!?」

 僕の周りには、数分前まで囲っていた男子生徒達が息を切らして倒れ込んでいる。
 ついでに言えば、先生が来た事で全員、顔を青褪めさせている。
 怪我は自爆した以外ではさせてない。まぁ、無駄に体力は使ったようだけど。
 …まぁ、これも多対一だし、聡の言う事は尤もだ。

「…あー、とにかく、こうなった経緯を説明しろ、志導」

「あ、はい」

 こめかみを押さえながら言う先生に、僕は軽く状況を説明した。



「なるほど、聖奈と同じか」

「あ、そういえば司はどうしてここに…」

「偶然、俺と榊先生が見かけてな。そこへ大宮が来て、ここに駆け付けた訳だ」

「それでここに…」

 榊先生は今話した先生の隣の先生だ。ちなみに、話している方は近郷先生と言う。
 確か……二人共陸上部の顧問だったっけ?

「大宮が慌ててない事から、正直起きているのかすら半信半疑だったが…」

「おい聡」

「去年高校生を倒したお前がやられると思うとでも?」

 確かにその通りだけど…せめて疑われないようにしろよ。

「今回は無事に済んだから良かったものの…これは保護者を交えてしっかり話をした方がいいかもしれんな」

「ああ。いじめ問題はしっかりと潰しておいた方がいい」

 数人相手を軽くいなしていた僕の事はさておいて、先生方はそういう。
 まぁ、当然の判断なのだが…僕に関して親の事を出されるとなぁ…。
 “保護者”と言うのなら士郎さんでいいんだけどさ。

「…なんだか、面倒ごとになりそうだね」

「“出る杭は打たれる”って奴だ。…なんとなくこうなるのは予想してた」

 僕だけが巻き込まれるのならいいが、士郎さんとかを巻き込むとはな…。
 やっぱり、学校での問題は一人では解決できないか。









 ……結論から言えば、僕らとしては穏便に事が運んだ。
 僕と司、どちらも大した被害を受けていないのであっさりと許したのもある。
 仕掛けてきた方も親にこってり絞られて反省しているようだ。
 ちなみに、司はバケツの水とかを掛けられそうになったらしい。躱したけど。
 …やっぱり男子より女子の方が陰湿だな。こういうのは。

「いやぁ、それにしても優輝達も遭うなんてね」

「いじめなんてちょっとした切欠で起きるからな。だからなくそうとしてもなくせない。それが問題とまで言われる所以だな」

「それを正面から堂々と打ち破る優輝も優輝だけどね」

 現在昼休み…ではなく、夏休み前の午前授業後の部活までの時間。
 僕と司はアリシアと共に弁当を食べていた。
 …え?時間が飛んでるって?だって特筆する出来事はなかったしな。

「結局、司は人気者に、僕は相変わらず嫉妬の対象…と」

「同じ学校だった男子に感化されてたねー」

 最初は嫉妬などがひどかったが、僕と司で悉く跳ね除けていた。
 そうしたらいつの間にか無意味だと思われたのか、悪戯とかはなくなった。
 …それはいいんだけど、相変わらず僕は嫉妬されていた。

「で、でも優輝君も人気だよ?」

「ん?そうなのか?いや、別に人気者になりたい訳じゃないんだけど」

「そーだねー。小学校の時と違って司が色んな女子に……」

「あ、アリシアちゃん!?」

 アリシアが言い切る前に司が口を塞いだ。

「司?」

「べ、べべ、別に悪い事は考えてないよ?ただ、いつも一緒にいるからって聞かれて、それに答えただけで…」

「もごもご…もご……」

「お、おう…」

 慌てて弁解しようとする司と、何か言いたげなアリシア。
 それを見て、なんとなく察する事ができた。
 大方、僕の為人を司は話していたのだろう。

「あら、やっぱり一緒にいるんですね」

「あ、藍華。それに明人。もうお弁当は食べたの?」

「ああ」

 やってきたのは大和撫子のように美しさを持つ女性と、寡黙な印象を受ける男性。
 アリシアの同級生である龍堂藍華(りゅうどうあいか)先輩と千台明人(せんだいあきと)先輩だ。
 ちなみに二人は由緒ある家系同士で婚約を交わしているらしい。
 由緒ある家系だからか、龍堂先輩は茶道や琴など、千台先輩は柔道や剣道など色々と習い事もやっているとの事。大変そうだな…。

「二人共部活に来れるのは珍しいね」

「部活も学業の一端ですもの。疎かにはできませんわ」

「なるほどねー」

 習い事があるからか、二人はあまり部活に顔を出さない。
 それでも、なんでもそつなくこなす人達なので、アリシアに次いで弓道は上手い。

「では、お先に」

「また後でねー」

 そのまま二人は更衣室の方へ向かっていった。
 実は、アリシアは気軽に接している二人だが、あまり人気がある訳ではない。
 むしろ、家系の事もあって腫れ物を扱うような反応が多い。
 そこへアリシアの分け隔てない交流が役に立ち、こうして仲良くなったとの事。

「…ふと思ったが、夏休みの大会、出れるか…?」

「……あー…」

「確かに……」

 弓道にも当然大会はある。
 しかし、管理局から支援を要請される場合もあるため、棄権の可能性もあるのだ。
 基本バックアップのアリシアはともかく、僕と司はよく駆り出される。
 嘱託魔導師なので拒否する事も可能だけど…。

「…ここは学業優先とさせてもらうか」

「義務教育なんだからそれが正しいよね」

 苦労人なクロノには悪いが、余程でない限り断らせてもらおう。
 いや、別にいつもクロノから要請が来る訳ではないんだけどな。

「……んー…」

「…どうしたアリシア?」

「いや、なんというか…うーん…?」

 アリシアは僕らをじっと見つめて首を傾げている。何か引っかかるのだろうか?

「なんというか、二人共馴染んだというか…。いや、今までも特に違和感とかはなかったんだけど…。…あーダメ、言葉に表せられないや」

「馴染んだ…?どういうことだ?」

「普段は関係ないんだけどね。学校での話。中学に入ってからようやく馴染んできたように見えたの」

 アリシアの言葉に、僕は考えを巡らす。
 “馴染んだ”…その言葉が表す意味は…。

「…そうか、僕は前世では社会人。司も高校生途中までの授業過程は終えている。…つまり、“二度目”になるんだよ」

「あー、そういえばそうなるんだね」

 前世についての話はアリシアももう知っている。だから訳は話せる。
 霊術で認識阻害を張っておいたから、他の生徒とかに聞かれる事もないだろう。

「中学だからか、そこまで来たからかは分からないが、それまではどうしても馴染み切れなかったんだろうな。何せ、もう終わったはずの事。見せかけてもどこか綻びがある」

「…ん?…んん?」

 …あ、やばい。アリシアが理解しきれなくなってきた。
 自論を広げるのは悪い癖だな。理解が及ばない場合もあるっていうのに。

「まぁ、あれだ。アリシアが感じた違和感のようなものは、僕らが二度目だったからだ。その違和感のようなものが、ここでようやくなくなったって感じだ」

「あー…そう言う事かぁ…」

「自分ではもう馴染んでいたつもりだったんだけどなぁ…」

 納得するアリシアと、そうだったのかと呟く司。
 ちなみに司には僕も同意見だ。

「…それなら、そこまで気にする事でもないか。じゃあ、私達も準備をして道場に行こう。遅れたら承知しないよー?」

「それはそっちも同じだぞ?」

「じゃあ、優輝君。また後でね」

 二人と別れ、僕も更衣室に向かう。





 ふと、思い返すのは学校での日常。
 適度に授業やテストをこなし、クラスメイトや教師と会話したりする。
 “テレビでこんな事をやってた”、“最近こういう事が”…etc
 他愛もなく、問題もない何気ない日常。
 魔法関連の事が合間にあったとしても、やはり平和なものだった。
 つい一年ほど前まで大きな事件などに巻き込まれてたからだろうか。
 そういった感慨深さはふと思っただけで強く湧いてきた。

「……よし」

 あの時、転生させられて。
 普通の日常はもう歩めないものだとは思っていたけれど。
 …こうして、平和な時間はちゃんとある。

「あっ、早い…!」

「まだまだだなぁ。アリシア“先輩”?」

「わぁ、煽るなぁ…」

 着替え終わり、二人が来てから僕はそう言い放った。

 …この光景も、また一つの“日常”。
 ただただ平和を享受する、何気ない日々。

 アリシアが言っていた“馴染んだ”と言う言葉は、何も二度目だったからではない。
 こうした平和を、気兼ねなく享受しているからそう見えたのだ。

「優輝君?」

「ん、なんでもないよ。じゃあ、行くか」

 道場に向けて、僕らは歩き出す。









 …こんな“日常”がいつまでも続けば…と思うのは、高望みだろうか…?













 
 

 
後書き
榊先生、近郷先生…二人共陸上部の顧問。体育会系な肉体をしており、もし学校内で暴力沙汰が起きれば大抵この二人が出てくる。男女共に人気のある先生。

龍堂藍華、千台明人…二人共由緒ある家系で、婚約している。おまけにちゃんと両想いなので二人の間に割り込む隙はない。ちなみに、二人の家は月村家やバニングス家と交流があったりする。


せめてただの蛇足にならないようにしたら最後が束の間の平和みたいになった…。
とりあえず、魔法とかが関係ない時は本当に描写する事もない程に他愛のない日常を過ごしています。平和すぎて描く事がない…。
ちなみに、来年はなのは達も入学してくるので、また前半のような面倒ごとがあったりします。…と、言っても優輝も予想はしていたので対策は取ってあります。(司による魅了防止の結界とか)
それと、二年では優輝達は聡たちも含めて全員同じクラスです。(どうでもいい) 

 

閑話11「日常の裏側で」

 
前書き
優輝達が一切出ない閑話。
一応、この世界には優輝達以外にも転生者はいるんですよね…。(大抵自滅してる)
 

 




       =out side=





「………………」

 とある海岸で、一人の少年が釣りをしていた。
 彼にとって釣りは趣味のようなもので、釣果は釣れていれば夕食などのおかずになって御の字程度にしか捉えていなかった。
 そして、今日も釣りをしていたのだが…。

「……ん?…えっ?ちょっ……!?」

 今までにない程の重さに、少年は立ち上がって踏ん張る。

「(明らかに、魚の引きじゃない……何かに引っかかった!?)」

 それは魚が逃げようとする重さではなく、重いものを手繰り寄せるような重さ。
 何かを引っ掛けてしまったのかと少年は思い、ゆっくりとリールを巻いた。

「よし、もうす…ぐ……?」

 ようやく姿が見えてきた所で、少年は硬直する。
 何せ、見えてきた“それ”は、緑のような服と茶髪のようなものが見えた。
 …つまり、人の姿をしていたのだ。

「っ……!?」

 引き寄せたため、もう浅瀬まで来ていた。
 少年は慌ててそれに駆け寄り、陸へと上げる。

「…女の子…?」

 釣り上げた“それ”は、柳緑(りゅうりょく)色の着物を着ており、ポニーテールのように茶髪を括っている少女だった。
 尤も、びしょ濡れなため少年にとってそれどころではなかったが。

「し、死んで……」

 ぐったりとしている様子から、ついそう思って触れようとする。
 すると……。

「ぅ………」

「っ…!?」

 “ぴくり”と、少女が動き、少年は手を引っ込める。

「お……」

「……?」

「お、お腹空いた、にゃぁ………」

 ぐったりとしたまま、少女は呻くようにそういった。
 同時に、空腹の証である腹の音が鳴った。

「(どうしよう…今、釣った魚ぐらいしか食べ物ないや…)」

 少年はいつも夕飯には釣りを切り上げる習慣だったので、食べ物を持っていない。
 おやつとして持ってきた食べ物も既に食べてしまっていた。
 よって、釣ったばかりの魚しか食べ物はなかったのだ。

「ま、待ってて今コンビニで何か…」

「……んー……お魚のニオイにゃっ!」

「わっ!?」

 いきなり目を開き、少女は少年が魚を入れていたバケツに飛びつく。
 そのまま、生の魚を食べ始めた。

「え………え……!?」

 それを見て、少年は二度驚く。
 一つは、少女が生で魚を食べ始めた事。
 …もう一つは、少女の頭と腰に猫の耳と二本の尻尾があったからだった。

「……猫…又………?」

 別に詳しい訳ではない。だが、ポピュラーな妖怪であるため、少年にも分かった。
 自分の事を言われたのに気づいたのか、少女は振り返る。
 ちなみに、魚は既に食べ終えたようだ。

「にゃ?……あ、化けるの忘れてたにゃぁ。お腹空いて海まで流されてたから…ついにゃ」

 “てへっ”と言った感じに手を頭に当てる少女。

「よ、妖怪……!?」

 対して、少年は恐怖していた。
 あまり詳しくないとはいえ、猫又も妖怪の一種であり、妖怪は大概人を襲ったり害を為すような存在だという事は知っていたからだ。

「にゃー、そんな怯えなくても襲ったりなんかしないにゃぁ。むしろ、恩人だから困った時は助けるにゃ」

「え…えっと……」

「最近はあっちの方の山で暮らしてるから、困った時は来るといいにゃぁ。それじゃあにゃあ」

 そういって少女は耳と尻尾を隠し…その場から消え去った。
 残された少年はただただ呆然としていた。

「……帰ろ」

 まるで狐に化かされた気分(猫だが)になり、少年は釣り道具を片付けて帰宅した。







   ―――そんな、日常に潜む非日常の一端。























 廃墟となったビル。そこに三つの人影があった。

「はっ!」

「くぅ!」

 投げられた御札と、放たれた雷が靄のようなものを貫く。

「……これで完了かしら?」

「……うん、そうだね」

 御札を投げた、着物を着た少女の声に、巫女服を着た女性が答える。

「那美と久遠も強くなったわね。何か切欠でもあるのかしら?」

「あはは…そんな大したことじゃないよ…」

 少女の問いに、女性…那美ははぐらかすように答える。
 一応優輝に無闇矢鱈に伝えるのはやめるように口止めされているからだ。

「ふーん…まぁ、那美の性格だと強くなっても無害っぽい感じだけど」

「そ、そうかなぁ…?…って、私、(すず)ちゃんより年上なのに、なんでこんな頼りないんだろう…」

「それが那美だからよ」

「鈴ちゃんは私の何を理解して肯定するのかなぁ!?そんなに!?そんなに私って頼りなく見えるの!?鈴ちゃんに負ける程お姉さんっぽくない!?」

 退魔士としての仕事…幽霊退治が終わったばかりとは言えない空気が流れる。
 落ち込み崩れ落ちる那美に、久遠は“よしよし”と頭を撫でた。
 …残念、那美にはお姉さんらしい素質がないようだ。

「とりあえず、途中まで送るわよ」

「うぅ…ありがとう…」

 どちらが年上なのか…。そう思える程の雰囲気だった。
 そのまま二人は廃墟を後にし、帰路に就く。

「それにしても鈴ちゃんは凄いね。今まで苦戦した事ないの?」

「そんなに凄くないわ。苦戦だって頻繁にするもの」

「そっかぁ…」

 途切れ途切れな会話をしつつ、那美と久遠は鈴と呼ばれた少女に見送られた。
 残された鈴は、見送った後にぼそりと呟く。

「…ええ、あの子達に比べたら、私なんてまだまだよ」

 それは、遠くにいる誰かを想うようで…何かを、悔やむようでもあった。









 少女の名は、“土御門鈴(つちみかどすず)”。
 由緒正しい陰陽師の家系の末裔と言われている一族の娘である。ただし分家だが。
 当主の座こそ長男に譲られているが、その実力は群を抜いていた。

「(…朝、ね。昨日は那美と仕事を終わらせたから、ゆっくりできるといいのだけど…)」

 そんな事を考えつつ、起床した鈴は日課の鍛錬を始める。
 その様は、まるで前からその動きを知っていたようで…。

「……まだまだ、ね。全然届かないわ」

 しかし、それでは彼女は満足しなかった。
 それも当然だった。何せ、彼女が目指す人物の強さは、この程度ではないのだから。

「…………」

 “どうして、私だけ”。…そう、いつも彼女は考える事がある。
 それは、今はもう遠い過去となった時の想いで、決して忘れられないものだった。

「お嬢様、食事の準備ができました」

「分かったわ」

 召使の一人が鍛錬を終わらせた鈴へ声を掛ける。
 それを聞いた鈴は汗に濡れた服を着替え、朝食へと向かった。





「……また、悪霊の討伐か…」

 鈴は朝食の後に渡された指令書を見て溜め息を吐く。
 最近は自分に仕事が回ってくる事が多く、あまり休日がないのだ。
 しかも、鈴は高校生。学業も疎かにはできない。

「ここの所多いわね…。おまけにやけに強いし…」

 本来なら、他の退魔士に回されるはず。
 そんな指令書がなぜ鈴に渡されるのか…それは、偏に彼女の実力が高いからだ。
 最近増えた悪霊の討伐は、そのほとんどが強敵だった。
 並の退魔士では敵わないとなり、それで鈴に回されたのだ。
 実際、鈴は何度も強力な悪霊を討伐しているため、実力は認められている。

「ハッ、嫌ならやめていいんだぜ?」

「……………」

 “嫌な奴が来た”と言わんばかりに、鈴は声の方へ振り向く。
 そこにはどこか鈴に似た顔立ちの青年がいた。
 彼は鈴の家の長男であり、次期当主と言われている男である。
 …尤も、性格に難があるが。

「…他に適任者がいないから私に回ってくるのよ?受けない訳にはいかないわ。…それに、実戦の経験も積めるもの」

「…ちっ、澄ましやがって」

「いちいち感情的になっても意味ないもの」

 嫌悪感丸出しで睨んでくる兄に対し、鈴はごく冷静に答える。
 …実は、鈴はあまり家族に好かれている訳ではない。特に、兄からは。
 やけに大人びた佇まいに、土御門の者らしからぬ在り方。そして実力。
 それらが家族からは好意的に見られなかったのだ。

「実力が高いからって、いつまでも調子に乗ってるんじゃねぇぞ?」

「あら、貴方こそその傲慢な態度はやめた方がいいわ。……由緒正しい土御門の名が汚れるわ」

 だが、彼女にとっては、その家族たちこそ、土御門の者らしからぬかった。
 “知っていた”からだ。本当の“土御門”を…ライバルであり、友人であった者を助けるために、憎まれ役さえ買って出た一人の少女を、知っていたから。
 だから、分家の一つとはいえ、今の土御門を認めたくなかった。

「てめぇ…!」

「じゃあ、そう言う事で」

 人を殺しそうな程睨んでくるが、鈴はまるで気にしないように去って行った。
 実際、どうしようもできないのだ。例え情報操作した所で、鈴は気にしない。
 孤立させても、彼女は一人で生きていける程の度胸もあった。

「さて、場所は…」

 支度を済ませ、鈴は目的の場所へ向かった。
 示されている場所はどこかの山奥。人気のない場所だった。





「人気がないのが相変わらず幸いね」

 目的地周辺に着いた時には、既に日が暮れていた。
 山には熊なども出るのだが、鈴はその心配は大してしていなかった。
 …悪霊の方がよっぽど脅威なので当然と言えば当然だが。

「…今回は、どう来るのやら…」

 何度も強敵と戦ってきた事もあり、鈴は一切の油断もしていなかった。
 今まで戦った強い悪霊の共通点は主に二つ。
 どこかから彷徨ってきた事と、あまりに自己中心的な思念。
 自分こそ最強、自分こそ幸せになるべき、自分こそが主人公。
 …そんな、まるで自分勝手な転生者のような思念を悪霊は持っていた。

「見つけた……」

 黒い瘴気のようなものを感じ取り、鈴はそちらへ近づいていく。
 瘴気の中心には、禍々しい色合いの人型の靄があった。

『…ァァァ……ァァアアアア……!』

「っ…相変わらず、凄い瘴気…一体、どんな欲望を…」

 鈴を認識した瞬間、靄は瘴気を彼女へと向ける。
 落ち着いて鈴は障壁を張ってそれを防ぐ。

『俺は……俺は主人公なんだ………こんな…こんな所でぇ……!』

「…ふーん。…あんた、“転生者”?」

『………!』

 怨嗟の声を聞き流しながら、鈴は一言そう尋ねた。
 その瞬間、瘴気が一気に湧き上がり、鈴へと襲い掛かった。

『お前もかぁ!!お前も転生者か!!俺の…俺の邪魔するんじゃねぇ!!』

「…はぁ、あんたもか…。また流れ着いた“転生者”とやらの魂ね。こんな醜く悪霊化してるって事は、相変わらず自業自得で死んだようね」

 溜め息を吐きながら、触手のように襲い掛かった瘴気を躱す鈴。
 同時に、戦闘態勢を取る。

「まぁ、まず一つ訂正。私は邪魔なんてしにきてないわ。…終わらせに来たの」

『っ!邪魔だ!!』

 御札を投げ、武器…刀を構える鈴。
 投げられた御札は悪霊(元転生者)が放った炎に防がれる。

『はは…ははは!そこらのモブ転生者が、ドラクエの魔法を全部扱える俺に、勝てる訳ねぇんだ!ははは!!くたばれぇ!!』

「魔法…ね。今回は“ドラクエ”なのね。前は…“FF”だったかしら?」

 連続で放たれる炎や氷、風の刃を次々に躱しながら鈴は呟く。
 回避しきれない攻撃は霊力を纏った刀で切り裂いていた。

『なっ…!?』

「霊力…ではないけど、力の練り方が甘いわね。この程度なら余裕ね」

『っ…!なら、これはどうだ!!』

 さらに魔力が膨れ上がり、デタラメに魔法が繰り出される。
 挑発しすぎたかと思考する鈴に、さらに悪霊は直接襲い掛かった。

「(速い…!)」

『死ねぇ!!』

「(…でも)」

 身体強化系の魔法を使ったのか、悪霊の動きは速かった。
 しかし、鈴はそれを冷静に対処し…腕を切り裂いた。

『がぁあああああっ!?』

「はっ!」

『っ!?』

 カウンターで腕を切り裂き、そのままトドメを刺そうとするが、躱される。
 だが、鈴はもう要領を掴んでいた。

「来なさい。その闇、全部祓ってあげる」

『っ…!ァアアアアアアアアア!!』

 その言葉が琴線に触れ、悪霊は瘴気をまき散らしながら鈴に襲い掛かった。







「………終了」

 “チンッ”と刀を鞘に収めると同時に、背後の瘴気が霧散する。

『ぁ…なん、で…俺は、最強の…は、ず………』

「そんな傲慢さで最強など…片腹痛いわ」

 転生者だった悪霊は刀によって一刀両断され、そのまま消えていった。
 対して、鈴は着物が少し破けて煤けているものの、ほぼ怪我を負っていなかった。

「さすがに、慣れてきたのかしらね」

 “一撃でも貰えば危なかった”。それは元転生者の悪霊に共通する事だった。
 一人一人が弱いとは言えない特典を持って転生しているのだから、当然なのだが。
 しかし、そんな相手と何度も戦った鈴にとっては、負ける相手ではなかった。

「長引いたわね。あの子なら…すぐに終わらせただろうに」

 夜空に輝く月を見て、鈴は溜め息を吐く。
 自身の強さが、まだ目指している領域に届いていないと実感したためである。

「……それに…」

 そういいながら、鈴は懐にある御札に霊力を通しつつ振り返る。
 そこには、まるで御伽噺に登場する王子かの如き、騎士のような少年がいた。

「(…連戦になりそうね)」

「君は……」

 気づいたのは、戦闘が終わる少し手前。
 何か大きな力を持つ存在が近くに現れたと鈴は感じ取っていた。

「……ふぅん。まるで西洋の騎士様ね。私には縁遠い存在だけど」

「……ここで、何があったんだ?」

 互いに警戒しつつ、思った事を言う。
 少年の方は鈴が悪霊を滅する直前の悪霊の魔力を感じてここに来ていたのだ。

「自己中心的な思念が悪さしてただけよ」

「何……?」

 はぐらかすような、分かり辛い言い方に少年は眉を顰める。

「…私としては、あんたの方が怪しいわね。突然近くに現れるし、さっきの奴と同じ力も感じられる…。何者?」

「ははは、僕は怪しい者じゃないさ。特に、君のような可愛い子に手を出すだなんて…」

「そんな言葉を言うのなら、まずはその下心丸出しな考えを止めなさい。……上手く取り繕っているみたいだけど、私には丸わかりよ」

 少年の見た目はまさに王子様と言える程に整っていた。
 それこそ甘い言葉を言われたらつい胸に来るほどに。
 だが、その裏から感じられる下心に、むしろ鈴は嫌悪していた。

「へ、へぇ…心外だなぁ…」

「誤魔化しても無駄よ。…そうね、さっきのと同じ雰囲気を持っているし…あんた、“転生者”は知っているかしら?」

「っ……」

「知っているのね」

 少年の反応から、知っていると断定する鈴。

「“転生者”…悪霊の思念から“転生した者”と言うのは分かるけれど…推測だと、前世の記憶を持ったまま生まれ変わるという事かしら?…あら?そうなると私も当て嵌まるわね」

「っ…!お前…!」

 一人でに納得する鈴に対し、少年は敵意を露わにする。

「悪霊になった者と、まだ死んでいないあんたでどう違うか分からないけどね、どっちも自分の好きに振舞おうとしてるのは分かっているの。…それを許すと思って?」

「やっぱりお前も転生者か…!大人しく言う事を聞いていれば、乱暴はしないつもりだったんだがな…!」

「短気ね。それに、“お前も”だなんて同類扱いしないでくれるかしら?…不愉快よ」

     ギィイイン!!

 お互いに武器を構え、ぶつけ合う。
 鈴は刀を、少年は見えない剣を持っていた。

「(何かしらの力を纏う事で不可視となっている剣…厄介ね)」

「殺しはしない。僕の言いなりになるっていうのなら今からでも許してあげるけど?」

「寝言は寝て言いなさい。似非騎士。いえ、似非騎士に失礼ね」

 挑発するかのような物言いに、少年は頭に血を昇らせ剣を振るう。
 …この時点で、鈴の方が圧倒的に精神的優位に立っていた。

「お前ぇ!!」

「っ!」

 不可視の剣が振るわれる。
 それを、鈴は余裕を持って後ろへと躱し、霊力を体中に巡らす。

「奮え、風の刃よ」

   ―――“極鎌鼬(ごくかまいたち)

 大きく間合いを離すと同時に、鈴は仕掛けておいた霊術を放つ。

「っ!?がぁああっ!?」

 霊力で放たれたその風の刃は、少年の魔力で編まれた鎧をあっさり切り裂く。
 それだけでなく、剣に纏っている風も切り裂き、剣の一部分が露出する。

「……ふぅん…」

 それを見て、鈴は冷静に解析する。剣の長さや不可視になっている原理。
 さらに、その剣の正体…とまではいかなくとも、どのような性質なのか。
 それらを瞬時に考え、理解する。

「あんた、力に振り回されてるわね。悪霊もそうだったけど」

「なんだと…!?」

「大方、その剣も含めて貰い物の力ね?だから扱いきれていない」

「っ…うるさい!」

 馬鹿にされたと思ったのか、琴線に触れたのか、少年はさらに怒る。
 だが、次の瞬間には…。

「――――ッ!?」

「シッ!」

     ギィイイン!

 鈴に間合いを詰められ、咄嗟に剣で防ぐ事になっていた。

「くっ…!」

「はぁっ!」

     ギィイイン!

 すぐに体勢を立て直し、鈴の追撃を防ぐ少年。そのまま剣戟が続く。
 鈴の刀による攻撃も、霊術による攻撃も少年は防ぎ、躱す。
 身体スペック自体は鈴の方が大きく劣っているため、そうなるのは当然だ。
 …だが、それでも少年は押されていた。

「な、なんで……!?」

「経験の差ね。それに、力に振り回されていると言ったはず…よっ!」

「がぁっ!?」

 剣を弾き、鈴は懐に潜り込んで霊力を打ち込んだ。
 それに吹き飛ばされた少年は、木に叩きつけられ膝を付く。

「…本当、宝の持ち腐れね。さぞかし、名のある剣なのだろうけど…その力の一割も発揮できているかどうか…」

「うるさい…!うるさいうるさいうるさい!」

 少年の持つ“聖剣”を憐れむように鈴が言うと、少年は喚き始める。

「僕は主人公なんだ!お前のような何でもないモブに負けるはずがない!消えろ、消えろ…消えろぉおおおおおお!!」

〈……非承認〉

「なっ………!?」

 剣に魔力が集束する。しかし、すぐさま霧散してしまう。

「な、なんで……!?」

〈当然の事だよ。こんな自分勝手な事に、騎士達が承認するはずがない。例え、一対一で、精霊との戦いではないとしても。本当の“ボクら”でなくとも、ありえない〉

「っ…!?」

 剣…デバイスに拒絶させられ、少年は癇癪を起したように暴れる。
 それを見て、即座に鈴は少年を拘束するための霊術を使った。

「見てられない程情けないわね。“転生者”とやらは皆こうなのかしら?」

〈皆が皆、そうではない。とだけ言っておくよ。それと、始末するか悩んでいるのなら始末でいいよ。…このマスターは、やりすぎた〉

「…へぇ。一応、内容は聞いておこうかしら?」

〈簡単な事さ。自分の思い通りにならない奴を片っ端から殺した。女の子は無理矢理言う事を聞かせて言うのも憚れるような事をやったさ。……こんな奴、死んだ方が喜ばれるよ〉

 非常に冷めた声で言う剣の声に、鈴は溜め息を吐いて少年に近づいた。

「…今の言葉、事実かしら?」

「っ…それがどうした!僕は主人公なんだから、何やってもいいだろう!言う事を聞かない奴が悪いんだ!お前も、お前も絶対に殺してやる!これ以上ないぐらいに辱めてやる…!」

「……聞くだけ無駄ね。全く…」

 刀の刃を首筋に当てると、ようやく少年は黙った。

「こ、殺すのか?この僕を…。殺す覚悟もない奴が!」

「どの口が言うのかしら?あんたの場合は、殺す責任を覚えなさい」

「ひっ…!?」

 霊術で拘束され、動けない所へ刀を突きつけられる。
 そこで、ようやく少年は死の恐怖に怯え始めた。

「や、やめっ…」

「それに、私…これでも殺人の経験はあるのよ?魂相手だけどね」

「っ、ぁ……!?」

 刀がゆっくりと構えられる。狙う先は、首。
 それが目に見えたため、少年は恐怖で声が出せなくなる。

「せめてもの情けよ。痛みなく終わらせてあげる。……来世では、その醜い魂が治っているといいわね」

「や、やめっ―――!」

     ―――ザンッ!

 少年の制止の声を無視し、首が飛んだ。
 その体と頭を霊術で保護し、地面が血で濡れないようにする。

〈いやはや、ここまであっさり殺すとは思わなかったよ。…ところで、死体はどうするつもりだい?この世界で死体遺棄は犯罪だよ?〉

「悪霊相手なら家が揉み消していたけど…こういう方法もあるわ」

   ―――“火焔旋風”

 霊術によって張られた結界内が業火に包まれ、少年の死体は完全に燃え尽きる。

「魂もついでに浄化。これで完了よ」

〈中々の手際。…やっぱり君、只者じゃないね。というか結局犯罪だよ〉

「まぁ……我ながら普通ではないと思ってるわ。陰陽師な所を除いても。…どの道、こんな存在が世間に知られていないのなら、消した所で問題ないでしょう」

〈それもそうだね。戸籍もないんだし〉

 証拠を消し、残ったデバイスと会話する鈴。

「…それで、あんたはどうするのかしら?見た所西洋で言う聖剣みたいだけど」

〈ボクはただの偽物さ。聖剣と言える程ではない。…そうだね、君について行く…と言うのはどうだい?〉

「………これでも殺した責任は負うつもりよ。あんたがそれを望むのなら、そうするわ」

 そういって、鈴は浮かぶデバイスの柄を掴む。
 すると途端にデバイスは縮み、アクセサリーサイズの剣になった。

「…ナニコレ」

〈デバイスを知らないんだね。まぁ、また後で説明するよ〉

「便利だからいいのだけど……それにしても、最近は面倒な輩に遭遇しやすいわ」

 デバイスを懐に仕舞い、鈴は帰路に就く。
 予定よりも遅くなったと思いながら、ふと溜め息を吐く。

〈…君は、転生者ではないのかい?〉

「“転生した者”であれば私は転生者よ。江戸時代に生き、現代に生まれ直した…ね。只者でない理由は、そういった所と、前世で幽霊になったからとでも言いましょうか」

〈異世界からではなく、過去から転生してきたと言う訳か〉

「そ。だから私はこの世界がどんな物語に沿っているのか知らないし、“神”なるものにも会っていない。…その“転生者”の悪霊のせいで色んな知識は増えたけどね」

 恨みを言うかの如く喚く悪霊の言葉を、鈴は覚えてしまう程聞いていた。
 だから、自分がいる世界は何かの物語に沿っていると知っているし、転生させた神が存在しているのも知っていた。

〈苦労人だねぇ〉

「他人事みたいに言わないでよ。…ところで、あんたは名前とかあるの?」

 ふと、鈴は気になってデバイスに聞く。

〈あるよ。ボクの名前はマーリン。基となった人物の性格とは違うかもしれないけどね。アーサー王伝説のマーリンと言えば、わかるかい?〉

「…悪いけど、西洋のそう言うのには疎いわ。アーサー王と言う名は聞いた事あるのだけど」

〈それは残念だね〉

 名乗られた名前に鈴は心当たりがないか思考を巡らせるが、思い当たらない。
 鈴はアーサー王伝説と言うタイトルは知っていても、内容は知らなかった。

〈ボクが名乗ったのだから、君の名も聞きたいね。いつまでも“君”と呼ぶ訳にもいかないから〉

「そうね。…私は土御門鈴。元幽霊の陰陽師よ。よろしく、マーリン」

〈うん、よろしく鈴。これから、いい関係を築けたらいいね〉

「…早速だけど、胡散臭いわね。あんた」

〈いきなりな意見をどうも。自覚はあるよ〉

 からかい混じりの会話に、鈴とマーリンは少し笑いあった。













   ―――そんな、日常の裏に潜む、陰陽師とデバイスの出会いだった。













 
 

 
後書き
釣りの少年…モブ。釣りが趣味なだけの少年。実は優輝達と同年齢。

猫又…式姫の一人。名前の通り猫又であり、槍を扱う。生魚が好物。色んな所を転々としながら、野良猫に紛れて今を生きている。

土御門鈴…由緒正しい陰陽師の家系の一人。土御門はかの安倍晴明の末裔と言われる家系でもある。群を抜いた陰陽師としての実力を持ち、自滅した転生者の霊などを人知れず祓っていた人物。優輝達の二つ上の年齢。元幽霊の(一応)転生者。

悪霊…転生者が死んで霊となったものが地球に流れ着いた。今回の場合は貰った特典“ドラクエの魔法”で俺TUEEしてた所を現地の魔法生物にパクっとやられた。踏み台気質。実は悪霊なために思念などが精神に干渉して厄介なのだが、鈴はそれに耐性があるため、よく担当していた。

少年転生者…主人公だと思い込む踏み台系。特典は“Fate/prototypeのセイバーの能力”。騎士らしく相手を惚れさせようと目論んでいたが、下心丸見えである。地球に来る前は文面にするだけでR18認定される事をやっていた。真性の屑。

極鎌鼬…風属性依存の防御無視の術。この小説では汎用性のある大きな鎌鼬を起こす。

マーリン…プロトセイバーのエクスカリバーの形をしたデバイス。色々高性能。声はもちろんプロトマーリン。鈴は魔法が使えないが、そんな鈴のアドバイザーとしてこれから同行する事になる。


本編に出てきた以外にも何人か式姫は自力で生きていたりします。今回の猫又はその一人と言う事で出しました。

後半の鈴の話は、優輝達の話の裏側で、転生者は他にもおり、大抵が自業自得で既に死んでいる話です。ついでに鈴は転生者を一人倒してデバイスをゲット。(ただし使えない)
鈴はかくりよの門をある程度進めていると出てくるキャラです。脇役止まりな上、名前もあまり出ないので印象が薄いですが。
ちなみに、もしプロトセイバーの特典を持った転生者を生かしたままにしておくと、その内どこからともなく根源接続者の姫様が顕現します。(そして世界ごと転生者を殺しに掛かります) 

 

キャラ設定(第4章)

 
前書き
ちょっと色々と書き方を変えた4章でのキャラ紹介です。
正直、今更ながらゲームっぽいステータスはいらない気が…。←
種族、年齢などの基礎情報と、能力は引き続き載せています。
 

 


       志導優輝(しどうゆうき)

 種族:人間(英霊) 性別:男性 年齢:13歳
 能力:止まらぬ歩み(パッシブ・エボリューション),道を示すもの(ケーニヒ・ガイダンス),共に歩む道(ポッシビリティー・シェア)精神干渉系完全無効化
    魔力変換資質・創造,神降し
  概要
毎度無茶する主人公。4章では日常が多かったためあまり無茶しなかった。
…のだが、118話でいつもの無茶を敢行。幸い短時間なので後遺症はなかった。
神降しの代償で性転換したり、無理矢理存在の格を上げたりと色々大変。
デバイスマイスターの資格を取得しており、これでメンテナンスが容易になった。
リヒトとシャルに霊術を使える機構を組み込み、さらなる戦力強化もしていた。
二年ほど経過したのもあり、戦闘力も向上している。
以前は無茶でしかなかった霊魔相乗も、ある程度負担なしで扱える。
嘱託魔導師ではあるが、水面下で色々やっている模様。
椿や司達から好意を向けられている事には気づいている。
しかし、何故か恋愛感情を持てないため、返事は保留にしている。
ちなみに誕生日は9月7日で、まだ迎えていないので13歳である。





       志導優奈(しどうゆうな)

 種族:人間? 性別:女性 年齢:13歳(2歳)
 能力:優輝と同上
  概要
優輝が創造してしまった人格。…のはず。
神降しの代償で性転換した優輝が、女性になり切った際に生じた人格。
一応、優輝の親戚という設定だが、当然その通りな人格ではない。
性格は明るく、どこか緋雪に似ている。ただし、姉属性。
容姿も緋雪にそっくりなのだが、雰囲気とかで案外他人とわかるらしい。
実は、それなりに帝の事を気に入っている。曰く“弟みたい”との事。
優輝とは記憶を共有してるが、どうやら優輝も知らない事に気づいているらしい…?
括弧内の年齢は人格が生まれてからのカウント。





       聖奈司(せいなつかさ)

 種族:人間 性別:女性 年齢:14歳
 能力:祈祷顕現(プレイヤー・メニフェステイション),穢れなき聖女(セイント・ソウル),聖属性適性(霊術)
  概要
TS転生者。前世からの親友である優輝が好き。
心のしがらみが取れたため、色々素直になったり余裕ができている。
そのためか、思い込みの激しい神夜を嫌っている事に気づく。
優輝達の指導の下、霊術を扱えるようになり、戦術が広がった。
また、“戦い方”も教えてもらったため、戦力としても大幅に上がった。
ジュエルシードなしでも、神夜を圧倒できる強さを持っている。
優輝に好きな気持ちを伝えているが、恋愛感情を持てないため、返事は保留となった。
傍にいられるだけでも幸せなため、ゆっくりと待つつもりらしい。
誕生日は6月12日なため、実は今は優輝より年上。





       草野姫椿(かやのひめつばき)

 種族:式姫(神) 性別:女性 年齢:1222歳
 能力:豊緑之加護(ほうりょくのかご),神降し(標)
  概要
ツンデレな草の神様の分霊。優輝に対して割と素直になってきたかもしれない。
優輝の影響なのか、僅かではあるものの魔力を持つようになっていた。
そのため、魔法も少しながら扱え、戦術を広げている。
しかし、実力の伸びは優輝達と比べると低く、それを歯痒く思っている。
それでも無力を感じたくないため日々鍛えている。
優輝に対する好意はキスしたのもあってだいぶ素直になっている。
…のだが、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいらしい。やはりツンデレ。
実は優輝の影響を結構受けているため、その内覚醒するかもしれない。





       薔薇姫葵(ばらひめあおい)

 種族:デバイス(吸血姫) 性別:女性 年齢:3歳
 能力:ユニゾン,弱点無効化(流水・日光),レイピア生成,吸血,蝙蝠化,魔眼,霧化
  概要
お気楽吸血姫。割と式姫の時の力を取り戻してきたらしい。
かやちゃん大好きっ子なのは変わりないが、優輝も最近は同列になってきた。
椿と比べて魔力もある分、伸びがいいが式姫としての力がまだ戻り切ってない。
ユニゾンデバイスではあるが、最近はユニゾンしない方が多い。
と言うのも、ユニゾンしない方が有利な戦況が多いからである。
優輝の事が好きで、最近は椿に便乗して甘えたりしている。
椿共々、過去の詳細は誰にも話していない。
それは、話す必要がないのか、それとも後悔があるからか…。





       天使奏(あまつかかなで)

 種族:人間 性別:女性 年齢:13歳
 能力:特典-立華奏の能力-(ガードスキル),アタックスキル,風・聖属性弱適性(霊術)
  概要
寡黙系転生者。優輝に対しては比較的饒舌になる無口系。
優輝が前世の恩人だと知ってから、優輝に甘えたり敬ったりしている。
恩人という傾向が強いものの、好きなのは間違いなく、割と司達に妬いたりする。
司達と共に霊術を習い、戦術、戦略共に大幅に伸びた。
奏の戦闘スタイルと霊術は相性が良く、その点でも戦力の伸びに貢献している。
戦闘技術はともかく、戦い方が優輝に似てきている。(魔法陣を足場にするなど)
なお、一度それを指摘されて嬉しく思ったらしい。
実は、117話、118話の戦闘の後、戦闘での“見え方”に変化があるらしい。
動きが良く見える程度のものなので、奏は特に気にしていない。





       王牙帝(おうがみかど)

 種族:人間 性別:男性 年齢:12歳
 能力:特典-エミヤの能力-,特典-ギルガメッシュの宝具-,特典-ニコポ・ナデポ-
  概要
元踏み台転生者君。なんやかんやあって踏み台ではなくなった。
いつもなのは達を追いかけまわしていた(描写はしていない)が、最近は自粛している。
と言うのも、優奈に一目惚れしてしまったからである。
帝も一人の男子。本当に好きになったため、そういう気にはならなくなった。
また、非現実的な“現実”を見せつけられ、思いあがっていた事を自覚した。
如何に周りや足元が見えていなかったのか理解し、改善しようとしている。
現在は優輝の下で力の制御などを頑張っている。
ちなみニコポ・ナデポはエアに協力してもらって封印している。
何か強大な事に巻き込まれていると予感しているが、優奈に励まされた事により立ち直り、強くなる事を決意した。乙女でなくとも恋する者は強い。





       織崎神夜(おりざきしんや)

 種族:人間 性別:男性 年齢:12歳
 能力:無差別魅了(パッシブ・チャーム),特典-ヘラクレスの宝具-,特典-サー・ランスロットの宝具-
  概要
思い込み系オリ主君。最近は(笑)が定着してきた。
相変わらず無差別な魅了で被害が広がっているが、優輝達の対策でマシになった。
いつもの如く優輝に対して敵意を持っており、最近は焦ってきていた。
正体不明の男の襲撃後、なのはが正気に戻った事で焦りが臨界点に。
優輝に決闘を望むが、司が代わりに受け惨敗。さらには嫌いだと断言される。
見事に打ちのめされたのだが、未だに優輝が悪いと思い込んでいる。懲りない。
そのため、なのはやリインからは嫌われている。(当然だけど)
実は、学校で魅了を喰らっていた女子は、徐々に正気に戻っていた。
特に対策はなかったが、優輝のクラスだけそれが顕著に表れていたらしい。





       小烏丸蓮(こがらすまるれん)

 種族:式姫(付喪神) 性別:女性 年齢:1250歳
 能力:刀生成
  概要
“小烏丸”という刀の付喪神。その式姫。
現代まで残っている数少ない式姫の一人で、全国を旅し続けている。
その訳は、かつて主の力についていけなくなった事を悔やんだため。
無力のままではいられないと、刀の腕を鍛え続けた。
その刀の腕は、優輝や恭也を凌ぐ程の腕前。
アリシアと仮契約を交わし、霊力に余裕ができた。
能力の刀生成は、彼女が小烏丸たる証である“小烏丸”を作り出すためのもの。
葵のレイピアと違って複数出す事はできない。
年齢は史実の小烏丸があった時代から大体で逆算。






       シーサー/山茶花(さざんか)

 種族:式姫(シーサー) 性別:女性 年齢:330歳
 能力:魔除けの加護
  概要
シーサーの式姫。一人称が“オレ”の男勝りな性格。
蓮と同じく現代まで残っている数少ない式姫の一人。沖縄本島に住んでいる。
槍を扱う事に長けており、沖縄では“守り人”として語られている。
シーサーらしく魔除けの力も持っている。
修学旅行に来た優輝達と偶然遭遇し、繋がりを持つことになる。
ただし、蓮と違って仮契約すらしていないので、全盛期よりだいぶ力が落ちている。
一応、人前では山茶花と名乗っている。以前の主に名付けてもらったらしい。
年齢はシーサーの起源から逆算。





       大宮聡(おおみやさとし)

 種族:人間 性別:男性 年齢:14歳
 能力:なし
  概要
優輝の友人の一人。完全な一般人枠。
小学校の頃から付き合いのある優輝の友人。その一人。
魔力も霊力もなく、事情も知っていない完全な一般人。
ただ、運動神経は良く、日常系の話であれば主役を張れる素質はある。
幼馴染の玲菜とは悪友のような関係だったが、修学旅行の際に恋人となる。
その際、小学生の身でありながら高校生に立ち向かうという蛮勇さを見せる。
優輝達に助けられたものの、高校生を相手に渾身の一撃を喰らわせている。
何気に優輝をライバル視しているが、未だ白星はない。





       小梛玲菜(こなぎれな)

 種族:人間 性別:女性 年齢:13歳
 能力:なし
  概要
意地っ張り系幼馴染。聡の恋人。聡と同じく完全な一般人。
幼馴染の聡の事が好きだったが、中々素直に伝えられずにいた。
何度もアピールはするのだが聡は悉くスルー。その事に拗ねたりもしていた。
修学旅行の一件でついにゴールイン。桃色空間をまき散らしている。
中学に上がってからもできるだけ聡と共にいたいからと同じ部活のマネージャーに。
優輝や司とは聡と接する際のパイプになってもらっていた。仲も良好。
なお、聡は未だに司の事を憧れの目で見ているのでやっぱり偶に拗ねる。





       アリシア・テスタロッサ

 種族:人間 性別:女性 年齢:14歳
 能力:霊術全適性
  概要
原作では故人のフェイトの姉。でもあまり年上として見られていない。
仮死状態と言う“死”に近い体験をしていたため、膨大な霊力を持っている。
それを知った椿たちに、悪霊が寄ってくるからと、霊術の扱いを習う。
才能は魔法と違ってある方で、武器や術は満遍なく扱える。
アリシアの作った御守りのおかげで、なのはの大怪我を防いだ。
霊術用のデバイスとして、フォーチュンドロップを優輝に貰う。
ちなみに、中学では弓道に入部しており、今は副部長である。
部長ではない理由は、魔法関連で休む事が多いためである。(これでも辞退した方)
今の所優輝に対しては兄or弟のように思っている。(親愛的な意味で好き)





       アリサ・バニングス

 種族:人間 性別:女性 年齢:13歳
 能力:火属性適性(霊術)
  概要
釘宮ボイスのお嬢様。ツンデレ担当は椿に譲ってる模様。
元々は魔法も霊術も関係ない一般人(ただしお嬢様)だったが、霊力は人並み以上。
さらに、アリシアが霊術を習う際に便乗し、霊術が扱えるように。
霊術使いとしては、刀を用いた回避アタッカー型。(バーニングアリサ)
火属性の術を得意としており、感情の昂りで威力も上下する。
まだまだ実戦で猛威を振るえる程の力を持ってないので、基本すずかとペアである。
アリシアと同じく霊術用のデバイス、フレイムアイズを優輝に貰う。
優輝に対しては頼りになる相手以上、恋愛対象未満に思っている。





       月村(つきむら)すずか

 種族:人間(夜の一族) 性別:女性 年齢:13歳
 能力:水属性適性(霊術),吸血,魔眼(弱)
  概要
お淑やか系お嬢様。吸血鬼に似た特性を持つ夜の一族。
元々夜の一族なため、運動神経は良かったがさらにそこへ霊術が加わる。
アリサと同じ経緯で霊術を扱うようになった。水(主に氷)属性に適正がある。
霊術使いとしては、身体能力を生かした槍術と、遠距離から術で支援しつつ指示をこなす二種類の戦法ができる。両立できればもっと伸びる。
本能よりも思考して戦う性格だが、実際は本能で戦うタイプ。
距離を離せば対策を練られ、接近すればその身体能力で対処される厄介さを持つ。
デバイスのスノーホワイトとも相性が良い。なお、怒ると結構怖い。
アリサと似て、優輝の事は頼りになるお兄さん的な意味で慕っている。





       ティーダ・ランスター

 種族:人間 性別:男性 年齢:21歳
 能力:射撃魔法適性
  概要
原作では故人の人。優輝と同じ技量で補うタイプ。
妹と来ていた買い物で強盗に遭遇。その際に偶然優輝と出会う。
その偶然から一応連絡先を交換している。(尤も、それを使う機会はない)
二度目の出会いの時に、妹のティアナと共に御守りを貰う。
ティアナは魅了防止の、ティーダは危険時に攻撃を防いでくれる効果だった。
そのおかげで、原作で死ぬはずだった時期に死なずに済む。
射撃魔法と幻術魔法を得意としており、特に射撃魔法に長けている。
魔力とそれら以外の魔法は大した事はないが、その二つで補う努力家。
才能の差を感じたりはするものの、その差を埋めれる程の素質はある。
何気にシスコンの気があるが、本編でそれが語られる事はない。





       ジェイル・スカリエッティ

 種族:人間(クローン) 性別:男性 年齢:不明
 能力:無限の欲望(アンリミテッドデザイア)
  概要
残念イケメン系のマッドサイエンティスト。アニメ三期での黒幕的存在。
この小説では根は悪人ではないので、割といい人。
ただし、良くも悪くもぶっ飛んでいる上に、ダークヒーローや悪役とかの役割もノリノリにこなす程、そういうものに憧れている。
反面、生命に関しては思いやりがあり、人造魔導師や生命を弄ぶような事は好きではない。そのため、最高評議会の命令は悪役っぽい部分を除き嫌々実行している。
なお、その過程で生まれた戦闘機人達はしっかりと娘として見ている。
一介の父親みたいになっているが、マッドっぷりは残っており、残念イケメン。
実は、現在の肉体はクローン体。自我自体はオリジナルである。
1000年以上前、ユーリやサーラがいた時代の研究者であり、この頃からこんな感じだった。サーラのデバイスを作ったのも彼であり、曰く“最高傑作”らしい。
能力の無限の欲望は、興味を持ったものを知るために必要なもの(技術や才能)を得る際に補正を得るという良く分からない能力である。所謂ご都合主義っぽいもの。
優輝の事を独自で知り、そして出会って友好を深めた。興味も湧いたらしい。
後に優輝によって最高評議会に埋め込まれていた爆弾を外し、自由の身に。
現在はゼスト隊+ルーテシアを保護しながら違法研究所を地道に潰している。
ちなみに、ルーテシアは世間では拉致した扱いである。(本編で描写なし)





       土御門鈴(つちみかどすず)

 種族:人間 性別:女性 年齢:15歳
 能力:精神干渉耐性,光・闇属性適正(霊術)
  概要
閑話で出てきたとある陰陽師。由緒正しき土御門家の分家の娘。
どこか達観した佇まいをしており、扱う陰陽術はどれも強力。
本編の裏で自滅した転生者の悪霊を倒していた。そのおかげか、転生者を知っている。
前世は江戸時代の人間であり、死んで幽霊になったらしい。
幽霊となった原因のおかげか、精神干渉の類に耐性を持っている。
陰陽師としての腕前は、あまり知られていないものの土御門家最強。
それこそ優輝や椿、葵とも霊術だけなら引けを取らない。
一人の転生者を始末した際、デバイスのマーリンを手に入れる。
魔力を持っていないので扱えないが、アドバイザーとして持っておく事にした。
前世の事で色々抱えているが、あまり表に出さないようにしている。
那美とは知り合いなのでまた出番がある…かも?





       ???

 種族:不明 性別:男性? 年齢:不明(0歳)
 能力:■■外生■
  概要
突如として現れた正体不明な男。容姿は優輝を成長させたような姿。
何らかの存在により生み出され、優輝やその仲間たちを殺そうとした。
幸い、全員が最悪でも重傷で済んだが、誰かが死んでいてもおかしくはなかった。
ありとあらゆる攻撃や罠などが通じず、帝の王の財宝も全てが通じなかった。
魔力に似せた何かの力を持っており、その力で張られた結界は優輝達ですら感知する事はできなかった。対界宝具であるエヌマ・エリシュがなければずっと気づかなかった。
実力そのものは、上位に入るもののその気になれば優輝だけでも倒せた。
しかし、ありとあらゆる攻撃が通じないため、援軍に駆け付けた全員がやられた。
優輝曰く、存在の“格”が違うから攻撃が通じないとの事。
存在の“格”を宝具で無理矢理上げた優輝の攻撃は辛うじて通じた。
結局は、天使らしき二人に消されたが、終始正体は分からなかった。
何か裏で糸を引いている者がいる事は、優輝達も分かっている。
誰も何もわからない相手のはずだが、優奈は何か知っているらしい。
優奈からは“人形”と呼称されていたが、その意味とは…?
結果として、不穏な空気を残し、だが帝に現実を思い知らせた。
不安は残るものの、得たモノもそれなりにあった。









     以下紹介簡略化



  フュールング・リヒト

優輝のデバイス。頑丈さに磨きがかかり、さらに霊術対応機能搭載。
4章ではあまり出番がなかった模様。



  シャルラッハロート

緋雪のデバイス。リヒト同様色々強化されている。
何気にリヒトよりも喋ってない。



  フォーチュンドロップ

アリシアのデバイス。待機状態の見た目はinnocentからそのまま。
様々な武器に変形できる霊術用のデバイス。分類上ストレージデバイスらしい。



  フレイムアイズ

アリサのデバイス。待機状態は炎を模した結晶。
名前はinnocentからだが、刀として使っているため灼眼のシャナとしか思えない。



  スノーホワイト

すずかのデバイス。待機状態は雪の結晶。
爪の他に槍にも変形できる。当然innocentから。



  エア

帝のデバイス。神様謹製でとても高性能である。
ストレージ、インテリジェント、アームド、ユニゾンなど、様々なデバイスの長所を兼ね備えたまさにパーフェクトなデバイス。AIは普段は丁寧で、冗談も言う。
人型になった時は、赤色混じりの長い黒髪に、金色の衣装を着た女性になる。
何気に優奈の違和感に気づいた一人。最近の帝は気に入っているらしい。



  マーリン

プロトアーサーの特典を持っていた転生者の元デバイス。
転生者が死んだため、今は鈴と共にいる。
声と性格はプロトマーリンを模したもので、待機形態は聖剣を小さくした感じ。
大気中の魔力を吸収する事で、緊急時は自力で魔法が使える。



  リインフォース・ツヴァイ

本作の癒し系キャラ。純粋さが眩しい。
基本的に原作と変わらないが、椿の御守りと司の祈りで魅了はカット。
既に神夜の歪さには気づいており、無意識に忌避している。
対し、優輝達には懐いており、兄や姉のように慕っている。



  弓道部の先輩

アリシアの容姿、人気に嫉妬して嫌味を言っていた筆頭。
弓道部員としての腕前は実はかなり良い方。調子がいいときは皆中する。
なお、腕を磨いてきたアリシアに惨敗し、見事に噛ませにされた。
根が悪い訳ではなく、卒業前にアリシアとは和解したらしい。



  東郷、佐藤

学校内ではよく知られているカップル。
実は原作アニメ3話に出ていたサッカークラブの男子とマネージャーの女子である。



  高町なのは

原作主人公。ようやく魅了が解けた。
魅了が解けた事により、神夜との今までの関係に違和感を感じる。
思考を誘導させられていたかのような嫌悪感に見舞われ、さらには盲信的にになった事によって優輝に対して酷い事をしていたと思い、魅了による恋心は完全に冷めた。
しかし、魅了が解けた原因は誰も知らないようで…?



  神咲那美

八束神社のアルバイト巫女さん。2章以外でちょいちょい登場している。
優輝達がアリシア達に霊術を教える際、場所が神社になった事で成り行きで参加する。
元々退魔士としても攻撃に優れていなかったが、見事に霊術でも適性がなかった。
変わりに治癒や守護などのサポート系には優れている。
本人は気づいていないが、霊術を習う過程で一般人には負けないぐらい鍛えられた。



  久遠

巫女服を着た幼女狐っ子。子狐、幼女、お姉さんと三つの形態を持つ。
正体が五尾の大妖狐なため、霊術の適正が凄まじく高い。
ついでとばかりに教えてもらった術を次々と使いこなす。
その力は霊術に限定すると葵を押す程。ただし制御は若干甘い。
相当な力を持つが、性格が戦闘に向いていないため、実戦では若干弱くなる。



  ティアナ・ランスター

ティーダの妹。将来の自称凡人である。
今はまだブラコンの気が少しあるだけのお兄ちゃん大好きっ子。
優輝達の事は完全ではないものの信頼している。
魅了防止の御守りを貰っているため、神夜に偶然会っても魅了される事はない。



  ヴァイス・グランセニック

兄系キャラその2(1はティーダ)。将来の機動六課のパイロット。
狙撃手として務めていたが、誤射でトラウマを抱える事に。
原作と違い優輝に誤射自体は防がれたものの、やはり以降の狙撃ができなくなる。
優輝の言葉で何とか立ち直ったものの、原作通りパイロットの道へ…。
ただし、トラウマはある程度克服したため、狙撃も復帰しようと思えばできる。



  天使二人

謎の男を消滅させた天使らしき二人。
帝曰く、あの場にいた人物がその姿になったらしいが…?
どちらも物腰が柔らかそうな口調だが、言っている事は中々手厳しい。
男に攻撃を通す“格”を持っており、その実力も段違いである。
正体が誰なのかは、帝とそのデバイスであるエア以外は、神のみぞ知る。





     ちょっとした用語解説

  “格”の違い

簡単に言えば二次元と三次元、登場人物と作者のような違い。
下位の者からは干渉する事ができず、上位の者は一方的に干渉できる。
一見ただの反則だが、一応防御は可能である。
この差を埋めるには、同じく“格”を上げる以外、今の所対処法はない。



  領域外の力・存在

文字通り領域外な力や存在の事。上記の“格”と同じ。
魔力でも霊力でも神力でもない未知の力であり、他の力に似せる事ができる万能の力。
この力を用いて隠蔽されると、優輝ですら気づく事はできない。



  “人形”

優奈が謎の男の事を言う際に使った呼称。
“人形”という単語から読み取れる意味は、作られたもの、心がないもの、操られている、利用されるだけのものなど、様々な意味が読み取れるが…?
一応伏線です。(by作者)







 
 

 
後書き
聡たち以外のクラスメイトは省きます。(本編中の紹介で十分)
また、原作と全く変わらないキャラ(ウーノなど)と変化のないキャラも省いてます。

実はあまり(恋愛では)モテていない優輝。あまり切っ掛けを起こさないからね。しょうがないね。(逆に言えば切っ掛けがあればすぐにオチる。) 

 

第125話「蘇る災厄」

 
前書き
かくりよの門要素が相当強い章です。(独自設定もりもりですが)
一応知らなくても読めるようにはするつもりです。
 

 




       =out side=





「くっ…!」

「逃がすか!」

 複数の人間を、同じく複数の人間が追いかける。

「次元転送魔法に気を付けろ!ノーマークにはするなよ…!」

「了解です!」

 追いかける側の一人、ティーダの指示に他の者が指示通りに動く。
 何かを仕掛ける素振りを見せたら、すぐに抑える寸法だ。

「っ、そこだ!」

「ちぃっ!」

 場の状況を把握するように動き、ティーダは魔力弾を放つ。
 それに阻害されたかのように、男が一人飛び退く。

「(斧型のデバイス…近接タイプか…!)」

 ティーダは周囲の警戒を怠らないようにしながら、相手を見る。
 斧を持っている所から、少なくとも近接は得意だと分析する。

「はぁっ!」

「っ!」

 振るわれる斧。発生する魔力の衝撃波。
 それを跳ぶ事で躱し、反撃とばかりに魔力弾を放つ。

「何…?」

「下手な手は打たんぞ」

「…ふん」

 その魔力弾は目の前の男だけでなく、今回の戦闘の原因となったロストロギアを持った男に対しても牽制として放たれていた。

「なら、これはどうだ?」

「何?……っ!」

 瞬間、ティーダの仲間を相手していた数人が一斉にティーダへと襲い掛かる。
 突然の事に驚くティーダだが、すぐに対処するように魔力弾を放つ。

「おらっ、てめぇらは邪魔だ!!」

「(っ…まずい…!)」

 元々相手にしていた魔導師たちは、ティーダを相手にしていた男が放つ魔力の衝撃波に踏鞴を踏み、足止めされる。

 男達…ロストロギアを不法所持していた犯罪組織の目的は、最初からロストロギアを管理局の目から遠ざける事だった。
 例え、この後自分達が捕まってもロストロギアさえ運び出せればいいと、男達は考えていたため、こうして一人だけでも逃がす戦法に出た。
 …そして、それに気づいたティーダは焦る。
 本当に捕まえるべきターゲットに逃げられてしまうと。

「(牽制する暇もない。それに加え、これっ、は……!?)」

「はぁっ!」

「しまっ…!」

 敵の連携攻撃に、ティーダも動揺が相まって苦戦する。
 その間にもロストロギアを持つ男が次元転送魔法を発動させる。

「(っ…こうなったら…!)」

「おらっ!」

「ぐっ…!」

 “逃がす訳にはいかない”と考えたティーダは相手の攻撃を喰らうと同時に狙った方向へと吹き飛ばされる。
 その方向は、当然転移しようとする男。

「はぁぁああああっ!!」

「ランスター一等空尉!!」

「『すまない、後の事は任せる!!』」

 銃型のデバイスから魔力の刃を展開し、一気に突貫する。
 ティーダが選んだ選択。それは敵の攻撃を利用して一気に距離を詰める事。
 魔力弾を放つ余裕がない状況では、最善手と呼べる手だった。

「何ッ!?」

「させるかぁっ!!」

 転移しようとした男は、飛んできたティーダに動揺する。
 …しかして、その転移魔法は…。







「(間に合わな―――)」

 ……成功、してしまった。
 それも、ティーダを巻き込む形で。















     ―――パリン!

「っ……!?…お兄ちゃん……?」

 そのほぼ同時刻。ティーダの自宅にて。
 置いてあったティーダのコップが落ちて割れた。

「……………」

 それは、まさに不吉の予兆を表すかのようで...。
 妹であるティアナは、底知れぬ不安に襲われた。











「っ……!」

「く、くそ…!」

 転移が完了し、ティーダと男は投げ出される。
 すぐさま体勢を立て直し、対峙する。

「(俺の乱入で、転送先がずれたのか…?森の中、人気はないようだが…)」

「……!」

「動くな!」

 動き出そうとした男に対し、ティーダはデバイスを突きつける。
 だが、若干距離が遠い。膠着状態に陥る。

「(バインド…魔力弾…ダメだ。正面からだと気づかれる上に躱される可能性が高い…!後手に回るか…いや、しかし…!)」

 どうでるべきか思考する。…それがいけなかった。
 本来ならば、相手に考える暇を与えずに捕縛に掛かるべきだった。

「こうなったら…!」

「っ、やめろ!」

 男は破れかぶれに手に持っていた黒い立方体のロストロギアを掲げる。
 咄嗟に魔力弾を放ち、バインドを仕掛けるが…一歩遅かった。

「(ロストロギアの効果の詳細は不明…。何が起きると言うんだ…!?)」

 効果がわからないロストロギア。
 それが発動したため、ティーダは警戒を最大まで高める。



     ―――ズンッ……!



「っ………!?」

 地響きかと勘違いするような重圧が駆け抜ける。
 魂から震えるかと思えるその重圧に、ティーダもロストロギアを発動させた男すらも震えあがり、同時に後悔した。この状況になった事に。

「何…が……!?」

 平静を保とうとしたティーダが状況を確認しようと視線を巡らせる。
 そして、原因であろう存在を見つける。

「…なんだ、これは……?」

 それは、黒と紫が混ざったような色合いの“穴”だった。
 そこから瘴気らしきものが大量に漏れ出ている。

 …そして………。

「っ………!?」

 その“穴”の前に降り立つように、“ソレ”は現れた。
 見た目からは想像できない悪寒がティーダを襲う。

「っ、ぁああ……ああああ……!?」

 いつの間にかバインドが解けて自由になっていた男は、その場にへたり込む。
 当然だ。その“穴”と“ソレ”は、男の目の前に現れたのだから。

「ひっ!?ッ――――」

     ザンッ!

「っ……!」

 “ソレ”は男へ近づき……一閃。
 男の首が、ずるりと落ちた。

「ぁ………ぁ………!?」

 完全な即死。それを目の当たりにしたティーダは、逃げられないと悟った。
 震える手を抑え、デバイスを力強く握る。

「(…“死ぬ”。間違いなく。アレには…勝てない…!)」

 どう足掻いても自分が助かるビジョンが浮かばない。
 見た目は大した事がないように見えても…目の当たりにしたティーダは理解した。
 だから、せめてこの事を管理局に伝えるために、念話を飛ばす事にした。















   ―――…その日、かつて日本にあった“災厄”が、蘇った。























       =優輝side=





「――――」

 目が覚める。底知れない悪寒と共に。

「…ティーダ、さん……?」

 夢で、ティーダさんが殺されるのを見た…気がした。
 ふと、リヒトとシャルに通信が入ってないか確認する。

「っ……!」

 無差別な広範囲の通信。それを受信していた。
 …内容は、ロストロギア封印のための、管理局への援軍要請。

 発信者は…リヒトとシャルにも登録されおり、僕も知っている人物。
 …つまり、ティーダさんだった。

「何が……」

 一体何があったのか。そう思った時、気づく。
 どこか、周囲の雰囲気が変わっているように思えた。
 そう、具体的に言えば、空気中の霊力が増えているような…。

「(平和ボケ…していたのかもな。寝ていたとはいえ、こんな異変に気づく事ができなかったとは……)」

 とにかく、何かがあった事は確かだ。
 今日も学校があるが…場合によっては休むべきかもしれない。
 とりあえず、椿と葵にも聞くために僕はリビングへと下りた。



「…優輝も、感じているのね」

「やっぱり、何か違うのか…?」

 リビングに下り、朝食を準備していると椿がそういった。

「状況としては、江戸時代に近い…つまり、霊力が増えているの。今の時代、それは異常よ。…私と葵も、起きるまで気づけなかったわ」

「それだけじゃない。ティーダさんからの管理局に対する要請があった。それも、無差別に広範囲で。これは、そうせざるを得ない状況が起きていたという事になる」

 椿の言う事に僕は補足する。

「…私と葵で調べるわ。優輝は普通に学校に行きなさい」

「…いいのか?」

「何も原因を突き止めて解決まではしないわ。これは下調べよ。管理局に要請が送られ、今は霊力が満ちている…。地球で何かが起こったのは確かよ」

 確かに、下調べは重要だ。
 不用意に原因まで辿り着いてやられたら意味がない。

「……ねぇ、優ちゃん、かやちゃん。このニュース…」

「ん?………っ!」

 会話に入ってなかった葵が、テレビを指しながら言ってくる。
 促されるように僕らもニュースの内容を見て、言葉を詰まらせる。

「これは…」

「………」

 内容は、一言で言うなら“深夜に各地で謎の影の目撃情報”と言った所だろう。
 日本各地で夜中に怪しい…それも人間ではないモノを見たという情報が入り、警察が各地で調査をしているというニュースが流れていた。

「椿、葵。…これは、もしかして…」

「…下調べする事に、変更はないわ」

「そうだね。…でも、優ちゃんも気を付けて」

 情報の中には、目撃情報と共に撮影をしたのか写真も送られてきたらしい。
 その写真には、確かに異形と言える存在が見切れてはいたものの写っていた。
 そして、その姿は、おそらく……。

「…(あやかし)…なんだな?」

「…確信はないけどね」

 そう。椿や葵が言っていた、江戸時代に跋扈した妖怪。
 種類までは分からないものの、それが写真に写っていたのだ。

「今の所被害は出ていないのか…?」

「妖は、一般人には基本的に無闇に害を出さないよ。…江戸の時はね」

「基本…それに江戸の時は…。つまり、例外もあるし、今回もそうだとは限らないのか」

「うん。どの道、被害が出ていないのなら今の内に行動するべきだね」

 どこか、椿と葵の声が強張っているように聞こえた。
 …過去の、江戸の時を思い出しているのだろう。

「とりあえず、下調べは任せた。僕は学校へ行って、司達にも伝えておく」

「ええ。…気を付けなさい。襲われないのは飽くまで一般人。霊術を扱える優輝やアリシア達は、引き寄せられるかの如く襲ってくるわ」

「…わかった」

 学校に行く支度を済ませ、椿の言葉を受けて僕は家を出る。

 …嫌な予感は収まらない。むしろ、どんどん強くなる。
 今朝から、一体何が起きているのか…。







「………」

「よう、優輝。…って、どうした?」

 学校に着くと、朝練が終わったらしい聡に話しかけられる。
 隣には玲菜もいた。

「ん、いや、悪い。おはよう、聡、玲菜」

「おはよう。…何かあったの?」

「いや、そういう訳では……」

 どうやら、顔に出ていたようだ。…それほど深刻だろうからな。

「そうか?…っと、そういや、今朝のニュース見たか?」

「ニュース…もしかして、各地で変なものの目撃情報が挙がってる事?」

「それそれ。なんだろうなアレ」

 僕を気遣ってか、別の話題へと切り替える聡。
 …残念ながら、切り替わった訳じゃないんだよな…。

「明らかに人間じゃなかったわよね…?」

「…もしかして、妖怪だったり?」

「まさか。そんなオカルトありえないって」

 魔法も霊術も知らない二人にとって、そこまで大したものではないのだろう。

「なぁ、優輝はどう思う?」

「……そうだな…。案外、いるんじゃないか?」

「おおう…優輝ってそういうの信じるんだな」

「いや、お前の僕に対するイメージってどうなってるんだよ」

 なんでもそつなくこなすから、不明瞭な存在は信じてないと思われてるのか?
 …逆に思いっきり関わっているんだけどな。

「じゃあ、俺は着替えてくるから先に行っててくれ」

「分かった」

 聡と玲菜は更衣室に向かい、僕は一足先に教室に行く。



「優輝君、何か今日…いつもと違わない?なんていうか、違和感があるって言うか…。今朝やってたニュースも怪しいし…」

「その事についてなんだが……」

 教室にて、僕より少し遅れてやってきた司は僕に尋ねてきた。
 僕は司に椿たちとも話した事を伝える。
 大気中の霊力が増えている事。管理局に要請が送られていた事。
 そして、目撃された存在は妖の可能性があり、異変が起きているかもしれない事。
 それらを簡潔に説明した。

「……………」

「現在、椿と葵が調べてくれている。何が起こるか分からないから、アリシア達にも伝えておくつもりだ。なのは達魔導師組にも、管理局へ応援要請があった事は伝えておくべきだな」

「そう、だね……」

 ただ事ではないと、司も理解したのだろう。
 どこか恐れているような表情をしている。

「…大丈夫だ。司はもう十分に強いし、いざと言う時は僕が何とかする」

「優輝君…?」

「不安なのは、僕も一緒だ。…だから、乗り越えよう」

 司は、元はただの一般人だ。
 魔法に関しては前世の時点でアニメなどで知っていたからまだ向き合えた。
 だけど、今度は知らなかった力……霊力に関する事だ。
 僕らから霊術を習っているとはいえ、魔法とは勝手が違う。
 それに加え、先日のあの男の襲撃。
 為す術なく負けた事で、司は未知の相手に対して不安になっているのだ。

 ……もしくは、改めて命のやり取りだと理解したからか。
 今まで大丈夫だったのは、心に余裕がなかったからだろう。

「う、うん……」

「怖いか?」

「…それも、あるけど…。感じるの」

「……何?」

 どうやら、司が不安そうなのは恐怖だけではないようだ。
 思わず聞き返すと、司は重そうに口を開いてくれた。

「…何か、強大な力が…そんな予感がして……」

「強大な力…?」

 確かに今回の異変にも原因となる存在がいるだろう。
 だけど、だからといって司が怯える理由にはならない。

「天巫女だから…祈りを扱うからだと思うけど…空気中の霊力に乗って何かの思念が感じれたの。…でも、それは虚ろで、空っぽで………っ……!」

「落ち着け…!」

 霊力で司を包み込む。
 思念を感じてしまうと言うのなら、それを遮ればいい。

「っ、ごめん……」

「気を落ち着けるんだ。司は天巫女の力をコントロールできない訳じゃないんだろう?落ち着いて思念をカットするんだ。」

「…………すー……はー……」

 そういうと、司は深呼吸し、何らかの力が体を覆ったのが見えた。

「ん…大丈夫、もう解いていいよ」

「分かった。…どうだ?」

「うん、平気。…ごめんね、心配かけて」

 申し訳なさそうにする司。別に迷惑してないからいいんだが…。
 ……それよりも…。

「虚ろで、空っぽな思念か…」

「…うん。私も良く分からないんだけどね……。なんというか、中身がなくて器だけがあるみたいな……。でも、途轍もなく“危険”だった」

「…………」

 力だけの存在…という事か?
 まずいな、謎ばかりが増える。

「とにかく、警戒するに越した事はないな…。…SHRまで時間がない。とりあえず、今は戻って皆にも異変を伝えておこう」

「……うん」

 椿と葵から報告が来れば、僕も動き出す。
 どの道、解決に向かう事には変わりないからな。







「……伝え終わったか?」

「うん。プレシアさん達にはリニスから、なのはちゃん達には奏ちゃんから伝えてもらうように頼んでおいたよ」

「よし、これですぐに動く事はできるな。…できれば、そんな事態にはなってほしくないものなんだけどな…」

 僕もアリサとすずか、アリシアに念で説明しておいた。
 椿の言う通り、妖だった場合、三人も襲われるだろうからな。
 例えそうでなかったとしても、こんな事態だと誰だって襲われるだろうし。

「何やってんだ?」

「聡か……。いや、なんでもないよ」

 SHR前にも人気のない場所に行っていたからか、聡がやってきた。
 まぁ、移動するのは見られているから、気になるよな普通は。

「いや、司さんと二人でいる時点で何かあるだろ」

「言い方が悪かったな…。怪しい事はないぞ。ちょっと共通した話題があっただけだ。それと、こんな所にいるのは、司と話してるだけで皆が聞き耳立てるからな」

「……一理あるが…まぁ、いいや。お前の事だからやばい事ではないだろうし」

 どうやら上手い事はぐらかせたようだ。
 ちなみに、聡は最近司を名前で呼ぶようになった。その時玲菜が妬いてたので飽くまでさん付けはそのままになっている。呼び捨てした瞬間足を踏まれてたからな。

「そろそろ一時間目が始まるし、戻ろうぜ」

「ああ」

「そうだね」

 聡の言葉に、僕らは頷いて教室に戻る。
 ……悪いな聡。やばい事ではないと思ったんだろうが…ある意味やばいんだよ。







「……なんだ、あれ…?」

「ん……?」

 そして授業中。ふと隣の窓際にいた奴が校門の方を見て呟いた。

「っ―――――!」

 少し気になって何を見ているか見た瞬間…息を呑んだ。

「(あれ…は……)」

 “それ”は、全体的に朱色の色合いをしており、背中がおろし金のようだった。
 腹のあたりは若干白く、遠目だが腕辺りに赤い模様もあった。
 骨格としては、ハリネズミとかそこら辺が近いだろう。
 だが、明らかにその姿は“異形”と分かる存在だった。
 世界中のどこを探してもあんな動物はいないだろう。

「『優輝君、もしかしてあれって……』」

「『…多分、ニュースでもやってた奴だ』」

 僕が窓の方を向いているのに司も気づき、そして“あれ”を見たのだろう。
 同じように息を呑みながら、僕に尋ねてきた。

「おーい、そんな窓を見ている暇があるのなら、これも答えられるんだろうな?」

「(あ、やべっ)」

 視線が窓の方に向いていたのか、隣の奴と共に僕は当てられた。
 ……が、“窓の方を見ている”で他の人も見たのか、ざわめきが広がる。

「なんか校門にいる!」

「なんだあれ?」

「…え?なにあれ」

 窓際の奴らがそういって、皆が校門の方に注目する。
 先生もそれに気づいたのか、随分と間の抜けた声を上げていた。

「動物じゃないよな?」

「……もしかして、今朝ニュースでやってた奴?」

「え、嘘!?あれが!?」

「ね、ねぇ、なんだか校門を壊そうとしてない?」

 ざわめきがどんどん大きくなる。
 よく聞いてみると、どうやら隣のクラスや一年、三年もあれに気づいたらしい。

「『ま、まずいよ優輝君…』」

「『ああ。…先生も出てきたな…』」

 体育科の榊先生と近郷先生が刺又を持って校門に向かっていった。

「『…いざとなれば、変身魔法辺りを使って仕留めるか……』」

 秘匿すべき部分はもう露呈してしまっている。
 ならば、せめて正体だけでもばれないように行動する事にする。

『優輝!』

「っ、ごめん。椿から連絡が入った」

「もしかして、下調べの……」

 司の言葉に頷いて、僕も椿に応えるように繋げる。

「『どうした?』」

『大変よ。今朝言っていた通り、異形の正体は妖だったわ。しかも、一体倒した時に葵が気づいたのだけど、極々僅かに地球のものではない魔力が混じっていたらしいわ。それこそ気にならない程に』

「『は……?』」

 妖は他の次元世界の魔法なんて関わっていない存在だ。
 それなのに、魔力が混じっていた……?

『それだけじゃないわ。今、違う県にいるのだけど…“幽世の門”を見つけたわ。江戸の時、全て閉じられ、封印されたはずの門が…!』

「『っ……!』」

 “幽世の門”…霊術や、妖について教えてもらった時、ついでに教えられたもの。
 それは幽世とこの世界…現世を繋ぐ門となるもので、妖が現れる原因。
 それが、現代で見つかった……?

『今、葵と共に封印してるわ。この門は私達に反応して開いたものだけど……この事からわかった事があるの。むしろ、こっちが本題よ』

「『…………』」

 嫌な予感が膨れ上がる。
 夜中に多数目撃された異形…妖。その出現と門の存在。
 大気中に増えた霊力。司が言った“強大な力”。
 …そして、ティーダさんの通信。

『…妖と、幽世の門が存在する。この現象を、私と葵……式姫はかつて見た…いえ、経験してきたわ。これは明らかに海鳴市やその周辺だけの現象じゃない。……日本全国に起きている現象よ』

「『――――』」

 自然と、体が強張り力が籠る。
 僕のこの癖は、いつも嫌な予感が当たった時。つまり……。

『………間違いなく、開かれたわ』

「『まさか、以前話していた……』」

『……ええ。“幽世の大門”……江戸時代、妖が日本各地に溢れた元凶。かつて、私と葵の主がその身を賭して封印したはずの災厄…それが、開かれたのよ』

 念でさえ、声が出なかった。
 司が訳も分からず怯えるのも分かる。
 僕の勘が言っている。……これは、アンラ・マンユに匹敵する危険性があると。

『今すぐ学校を早退してでも動かないといけないわ』

「『……悪い椿。もう手遅れだ』」

『え……?』

「『……学校にその妖が来ている。妖は霊力を持つ者に惹かれるんだろ?……だとすれば、今この学校は囲まれているかもしれない』」

『っ……!?』

 霊力によるレーダーを広げてみる。……あぁ、やっぱりか…。
 多数の反応が引っかかった。まだ距離はあるが…こちらに向かっている。

「『…魔法と霊術。秘匿するのは不可能だろう。…隠す余裕はない』」

『……どうやら、そのようね』

 念に混じり、椿が戦闘する時の息遣いが聞こえる。
 向こうは戦闘中のようだ。

『……そっちでの判断は、任せるわ。後で合流しましょう』

「『……わかった』」

 念が切れる。…さて……。

「……優輝君」

「最悪の事態になった。かつて江戸時代に起きた災厄……幽世の大門が開かれたらしい」

「幽世の…大門……?」

「……ああ」

 説明している暇はない。
 このままだと、学校の皆が巻き込まれてしまう。

「それらについては後で説明する。…ただ、一つだけ言えるとすれば…魔法や霊術、正体を隠す余裕は存在しない」

「優輝君、何を…!」

「司、皆を無闇に逃げないように誘導してくれ。下手に逃げるより、ここに留まってもらった方が守りやすい」

 机の上に乗り、足場となる魔法陣を廊下側の天井近くの窓辺りに設置する。
 幸い、皆は校門の方を身を乗り出すように見ているため、窓は開いている。
 だから……。

「っ……!!」

 その上を通るように、魔法陣を足場に僕は校門へと飛び出した。
 頭上を一気に僕が通った事に皆は驚くだろう。だけど、今は気にしている暇ない。
 …まずは、学校の安全を確保する……!













 
 

 
後書き
校門の異形…“やまおろし”という妖。おろし金のような背中を丸めて襲ってくる。その表皮はとても堅く、その隙間に攻撃を通せなければ苦戦するだろう。かくりよの門では斬属性が弱点となっている。本来は人を襲わない(が騒音や通った後の被害はある)が、今回は優輝達の霊力に誘われて来たらしく、理性はない。

幽世の門…霊力を持つ者(正確には陰陽師)の実力に応じて開く。妖が現れる原因。門には必ず守護者となる妖がおり、それを倒さないと門は閉じれない。

幽世の大門…全ての元凶。江戸時代に幽世の門が現れるようになった原因であり、椿と葵の前の主によって閉じられ、封印されたはずの災厄。当然、この門にも守護者はいる。


もう隠し通せないぐらいに妖は現れています。
退魔士の人達も既に裏で動いており、那美さんや久遠も別の場所で動いています。
優輝が感じ取った通り、危険性ではアンラ・マンユに匹敵します。
規模で言えばアンラ・マンユの方が上ですが…今回あったロストロギアの効果は、その内日本以外どころか他の次元世界にも影響を及ぼすので、結局とんでもない事になります。
かくりよの門をある程度進めている人なら、もうこの章でのラスボスは大体予想がつくかと思います。まぁ、ネタバレなので言う訳にはいきませんが。 

 

第126話「妖からの防衛」

 
前書き
実は優輝達のように霊力を持つ者がいなければ警察だけでも割と対処できます。
尤も、霊術が使えないと門を封印できないので意味がないですが。

霊術使いなし→妖は弱体化するものの、根本的な解決ができない。(ジリ貧)
霊術使いあり→解決可能だが、その分妖が強くなる。(難易度ルナティック)
なんというジレンマ……。
 

 




       =out side=





「先生!伏せて!!」

 突然後ろから聞こえた声に、目の前の異形と対峙していた二人の教師は振り返る。
 同時に、その異形…妖は声の方向に反応して飛び掛かった。

     パァン!!

「シッ!」

 空気が弾けるような音と共に妖は弾き飛ばされる。
 声の主…優輝が事前に投げていた御札による衝撃波だ。
 弾かれた妖に対し、優輝は一歩強く踏み込み、剣に変えたリヒトで一閃する。

「っ!(手応えあり。どうだ……?)」

 着地と同時に即座に飛び退くように跳び、二人の教師を庇うように構えなおす。
 相手は初見の相手。何があるか分からないが為の警戒だ。

「……消えた…。そこまで強い訳じゃない、のか」

「し、志導……?」

 だが、妖はそのままあっさりと黒い靄のようになって消えた。
 妖が消えた事で、教師の一人…榊先生が優輝に話しかける。

「今のは…それに、お前、その剣は……」

「……説明は後です。今は皆の安全確保に動いてください」

「だ、だが……」

「早く!!校舎からはできるだけ出さないように!無闇に逃げ回る方が危険です!……まだ、さっきのような奴は、やってきます……!」

 何故剣を持っているのか、さっきのは一体何なのか。
 二人は聞きたい事があったが、優輝はそれを押し込めて校舎の方へ追いやる。

「志導、お前はどうす―――っ!?」

     ギィイイン!

 もう一人の教師、近郷先生が優輝はどうするのか尋ねようとして、言葉を詰まらせる。
 同時に響く金属音。また違う妖が、優輝を襲っていた。

「志導!」

「僕は大丈夫です!…ここは、言う事を聞いて守る事に専念してください」

「だが…!」

「榊先生、戻りましょう…!」

 食い下がる榊先生を、近郷先生は引き留める。

「志導の言う通りなら、俺達は邪魔になります。…ここは戻るべきです」

「っ…無茶は……するなよ…!」

「分かってます…!」

 そういって、二人の教師は校舎の方へと戻る。
 それを視界に入れた優輝は、抑えていた妖の横に回り込み、掌底で吹き飛ばした。







「…え、優輝…?」

 少し時間は戻り、優輝が飛び出した直後。
 高速で飛び出したのを、聡は辛うじて優輝だと認識した。

「え、あ…斬っ…殺し、た…?」

「き、消えた…?」

 そしてすぐさま斬られ、消滅した妖を見てさらに困惑する生徒達。

「皆落ち着いて!」

 そこで、司が一喝するように言う。
 通るような大声に、全員が司の方を見る。

「…今は、大人しく待ってて。安全が確保できるまで」

「司さん…何か、知ってるのか…?」

「一部分だけ…ね。とにかく、無闇に逃げ回らない事!」

 全員を落ち着かせようとする司だが、当然不安は残る。

「(どう動くべきかな…。優輝君は次の妖を相手してるし、あれだけとは限らない…。裏門とかからもやってくるだろうし……)」

 そこまで考えて、結論を出す。
 優輝は既に隠す事を諦め、護る事を優先した。
 ならばと、司もそれに倣う事にしたのだ。

「『なのはちゃん、奏ちゃん、帝君、聞こえる?』」

『…ああ、聞こえるぞ』

『つ、司さん!?あ、あの、今優輝さんが飛び出して……』

「『知ってるよ。…なのはちゃんは他の皆と共に今すぐ警戒態勢に移って。奏ちゃんは率先してさっきの…妖を倒すように。今すぐだよ!』」

 まず念話でなのはと奏、帝に繋げ、指示を出す。

『で、でも……』

『…わかったわ。魔法や霊術の秘匿はもう不可能なのね…』

「『そう言う事。私は安全確保のための結界を張るのに動けなくなるから、よろしくね』」

 奏が理解してくれたため、司は念話を切る。
 なのはは渋っていたが、奏が説得してくれると思ったため、次に移る。

「『アリサちゃん、すずかちゃん、アリシアちゃん』」

『…妖…なんだよね?』

 今度は念をアリシア達に繋げる。
 アリシアは既に理解していたのか、尋ねてくる。

「『そうだよ。…三人は皆の援護を頼むよ。学校の皆を守る感じでいいから』」

『…大仕事ね』

『うん。…気を付けて司さん』

「『…うん』」

 念も切り、これで連絡は行き届いた。
 そして、すぐにシュラインを展開し、柄を教室の床につける。

「つ、司さん!?」

「…まだ状況把握もしきれていないだろうけど、我慢して」

 周りが驚き、どうすればいいかわからない中、司は“祈る”。

「(本来、リンカーコアによる魔力は、霊力の産物とは相性が悪い。…けど、私の天巫女の力だけは別)」

 リンカーコアによる魔力は、地球で扱われる魔力や霊力に破られやすい。
 専用の器官によるエネルギーと、生命力を用いたエネルギーでは後者の方が“質”などが高いのだから当然である。
 しかし、天巫女の力は霊術などに近く、例えリンカーコアの魔力で発動させても霊力で発動させた時とあまり変わりない。

「(…でも、この状況は長期戦になる。消耗は避けたい。…だから)」

 魔力にしても、霊力にしても、安全確保のために張る結界は消耗が大きい。
 そのための対策として、司は…。

「……来て、ジュエルシード」

 天巫女一族の秘宝。ロストロギアでもあるジュエルシードを呼んだ。
 管理局にて保管されているはずのジュエルシードは、司の“祈り”に答えるように、管理局に気づかれる事なく司の傍に現れた。

「…………………」

 準備は整った。司はそのまま膝を付き、祈りの体勢に入る。
 防護服は天巫女仕様となり、その姿に周囲の生徒達は息を呑んだ。







「…………」

 一方、念話で状況を理解した奏は、廊下に出ていた。

「天使さん?一応、授業中だから廊下には……」

「……来た」

 廊下に出ている事に気づいた教師が声を掛けた所で、奏は妖の気配を感じ取る。
 優輝が張っていた霊力によるレーダー。それを奏は利用していたのだ。

「先生、校舎からは出ないようにお願いします」

「え、で、でも…」

「奏!」

 そこへ、アリサとすずかがやってくる。

「バニングスさんと月村さん…どうしてここに…」

「すみません、説明している暇はないんです!…奏、妖は…」

「裏門から来ているわ。私が迎撃してくる」

「そう…じゃあ、あたしとすずかは屋上から見ておくわ」

 先生に構っている暇はないと、アリサは奏と短く会話を済ませる。

「奏ちゃん、なのはちゃん達は……」

「フェイト達への説明はなのはに任せてる。…じゃあ、行くわよ」

「分かったわ!」

 そういって、奏達は窓を開けて飛び出していく。
 奏は裏門へと、アリサとすずかは屋上へと跳んでいった。

「…なんなの、一体…」

 残された教師は茫然とそう呟いた。
 ちなみにここは三階。教師が驚いたのは言うまでもない。



「『フェイトちゃん、はやてちゃん!』」

『なのは、どうしたの?』

 なのはは念話でフェイトとはやてに連絡を取る。
 なお、神夜はナチュラルにハブられていた。

「『司さんから通達。すぐに警戒態勢に移ってって!』」

『了解や。でも、魔法とかがばれるで?』

「『もう隠す事はできないから……』」

『…それもそうやな』

『わかった。まずは屋上に行こう』

 フェイトの言葉に従い、なのは達もそれぞれ屋上へと向かった。
 ちなみに、この直後に神夜から念話が来て彼も来たのは言うまでもない。



「さて、と。私も行きますか」

 一階にて、アリシアもそう呟いて窓に手を掛けていた。

「アリシアさん?一体どこへ……」

「ごめん藍華。ちょーっと説明してる暇はないや。大人しく待っててくれると助かるよ」

「…そうですの…」

「じゃあ、行ってくる」

 友人の藍華にそういって、アリシアは屋上に向かって跳んでいった。





「……もう皆集まってたみたいだね」

「アリシアちゃん…」

「状況はどうなってるの?」

 アリシアが屋上へ着くと、既になのは達が揃っていた。
 すぐに状況がどうなっているのか、裏門の方を見ているすずかに尋ねた。

「裏門は奏ちゃんが行ってるから平気だよ。正門は…優輝君が倒してくれたんだけど、今は発生源を探しに行って不在」

「そっか……。なら、私達は正門を中心に防衛すればいいんだね」

「そう言う事よ。……ところで、司さんは?」

「司さんは結界を張るって。時間がかかるみたいだけど……」

 状況を確認し合い、どう動くべきかを判断する。

「あいつ、こんな時に勝手にどっか行きやがって…!」

「……裏門のフォローは俺とアリサが担当。すずかが指示を出してくれ。他は正門だ。アリシアとなのは、はやてが場の把握と援護。フェイトと織崎が抑えるように」

 神夜の優輝に対する文句を無視しながら、帝が的確に指示を出す。

「…驚いた。最近は意気消沈してたのに、復帰してからさらに変わったね」

「ほっとけ。…ヴォルケンリッターや、椿や葵とかはどうした?」

 アリシアの驚きの声も受け流し、帝ははやてやアリサ達に尋ねる。

「皆は、まだ気づいてないんやと思う…。魔力やなくて霊力やし…。プレシアさん所も同じやと思う」

「…一応、下調べに遠出してるって聞いてるわ。でも、今はどうしているかは分からない」

 はやてとアリサの返答に帝は少し思考する。

「おい王牙!何勝手に仕切って……!」

「はやてとフェイトは先に念話で連絡を入れてくれ。少しでも戦力は多い方がいい」

「聞けよ!」

「うるさいなぁ……」

 無視し続ける帝に神夜は怒りの声を上げ、アリシアがイラついたように呟く。

「あ、あの、落ち着いて…」

「落ち着きなさい!」

 なのはが落ち着かせようとして、それを遮るようにアリサが一喝する。
 遮られたなのはは若干涙目である。

「今は学校の皆を守る事に専念しなさい。緊急事態だというのに、余計な思考を混ぜすぎよ」

「あ、アリサ…俺は別にそんな…」

「だったら大人しく守りに就きなさい!」

 それだけを言って、アリサは視線を戻す。

「時間を食ったわね。帝の言う通りの配置で行くわよ」

「屋上からの指示なら任せて」

「こっちは何とかするから、そっちも頑張って」

 会話もほどほどに、アリサ達は裏門側の棟の屋上へと跳ぶ。
 そしてアリシアも配置に就く。

「敵って…魔力を持ってないんだよね?だったら、サーチにも……」

「引っかからないよ。でも、幸い優輝が広げた霊力で私が察知できるから、討ち漏らした奴を倒すだけでいいよ」

「……わかった」

 アリシアの言葉に、なのはいつでも魔力弾を放てるように準備しておく。

「(……来た)」

 そして、妖がやってくる。
 校門に現れたものとは違い、蝙蝠のような姿で飛んでいた。

「空中……ここから撃ち落とせるかな」

「えっ?」

「……穿て、“弓技・氷血の矢”」

 フォーチュンドロップを弓に変え、アリシアは霊力の矢を番える。
 そのままそれを妖に向けて放ち、命中させる。
 矢の効果で当たった所から凍り付き、妖はそのまま落下した。

「仕留めきれてない……。なのは、トドメは任せたよ」

「え、あ、うん……」

 あまりに淡々と、そしてあっさりと撃ち落としたアリシアに驚きを抱きながらも、なのはは魔力弾で妖にトドメを刺す。

「よ、容赦ないなぁ、アリシアちゃん……」

「相手は妖。人どころか動物ですらない相手だよ。油断も容赦もできない」

 はやての言葉に、アリシアは冷静に言い返す。
 尤も、アリシアは冷徹になっている訳ではない。
 初めての実戦且つ、何か間違えれば誰かが傷つく状況。
 その事に、アリシアは緊張と恐怖を押し込めようと冷静になり切っていた。
 実際は体も強張っており、冷や汗も流れている。

「連絡は終わった?なら、いつでも動けるようにしてて。……まだ、やってくるから」

 努めて冷静を保ちつつ、アリシアは正門の方へ視線を戻した。





「シッ……!」

     ザンッ!

 一方、裏門の方では奏が刀を振るっていた。
 ハンドソニックでもいいのだが、常時展開しているのとではやはり消費が違う。

「……あたし達、必要あったかしら?」

「……うーん、案外必要みたいだよ。奏ちゃんの両サイドから来てる」

 正門と裏門以外にも、普通に塀を超えてくる妖もいる。
 すずかはそれを見つけ、すぐにどう動くか考える。

「私が足場を作るから、アリサちゃんは東側を。帝君は反対側をよろしくね」

「任せなさい」

「相応の働きは見せてやる」

 すずかの指示にアリサと帝は返事する。
 それを聞いてすずかは氷の霊術を発動させ、空中に足場を作る。

「調子に乗らないようにね!」

「今までの俺とは違うから安心しろ!そっちこそしくじるなよ!」

 それを利用してアリサが、反対側へは帝が向かっていく。
 すずかは二人を少し眺めてから、やってくる妖を観察する。

「(相手は妖……初見且つ生態がわからない……。なら、一挙一動見逃さないようにしなきゃ。アリシアちゃんや椿さんと違って、私はそこまで遠距離攻撃はできないんだから)」

 戦局を見るのに長けていると、すずかは椿に言われていた。
 あまり自覚はないが、アリサや帝と比べると優れているとは思っている。
 だからこそ、二人…そして奏の援護ができるように、すずかは妖を見逃さないようにした。







「(……学校全体のざわめきが大きくなってきた)」

 そして、司は未だに“祈り”を続けていた。
 25個のジュエルシードの内、1個が淡い光を放ちながら司の周りを回っている。

「(…これ以上悠長に“祈り”は込めてられない)」

 祈りの体勢を変えずに、司はようやく口を開く。

「……守護の力よ、我が想い、我が祈りに応え給え…。祈りを現に、願いをここに成就させよ。……天巫女の名において命ずる…!」

     ヒィイイイン……!

 司の言葉に呼応するように、周りを回っていたジュエルシードが輝く。
 その様子に、同じ教室にいる者は息を呑んで黙ってみているしか出来なかった。

(まも)れ、(まも)れ、守護(まも)れ……。我が祈りは破邪の祈り。邪悪なるものを寄せ付けぬ光の加護。………皆を包む、清き光よ……!」

 紡がれる言葉に、輝きは増していく。
 足元の魔法陣は広がっていき、やがては校舎が丸ごと入る程になる。

「顕現せよ、破邪の護り……!」

〈“Sanctuaire Avalon(サンクチュエール・アヴァロン)”〉

 暖かな光が、校舎を包み込んだ。





「これって……」

「……魔を祓う力が感じられる…。霊力じゃないって事は、司の魔法だね」

 その光は屋上にいるアリシア達をも包み込んでいた。

「……やっぱり天巫女って反則じゃない…?こんな大人数をきっちり守れる結界を張るなんてさ…。しかも、ちゃんと妖に対応しているっていうね……」

「そ、そうなの……?でも、こんな結界、相当魔力を……」

 アリシアですらパッと見て凄まじい結界だと即座に悟った。
 しかし、なのはは魔力の消費が大きいだろうと心配する。

「……そうだね。でも、あの司がなんの考えもなしに大きく消耗するとは思えない」

「……そっか、魔力結晶…」

「それもあるだろうけど……この規模となると……まさか、ジュエルシード?」

 ハッと気づいたようにアリシアは呟く。
 それを聞いて、なのは達は驚愕する。

「じゅ、ジュエルシードって管理局にあるはずじゃ……?」

「例えあったとしても無断使用だ。司、なんで犯罪を犯してまで……」

「……はぁ。ジュエルシードは元々天巫女一族の所有物。その気になれば次元を隔てても呼び出せるそうだよ。…無断使用については、全く問題ない。今言ったように持ち主なんだから、緊急時は使ってもいいと管理局から許可も出てるって」

 そう。ジュエルシードは元々天巫女一族の秘宝。
 例えロストロギアとはいえ、一族の秘宝を勝手に管理する程管理局も横暴ではない。
 さらには、危険物とされる要因である“願いを歪める機能”はとっくになくなっているため、悪用されない限り大丈夫なのだ。
 そのため、管理局からは天巫女である司ならば、緊急時であれば使用してもいいと許可が出ていたのだ。

「でも、なんだってこんな大袈裟に……」

「あのね、司は先を見通してこの結界を張ったんだよ?下手に切り札や力を温存して、中途半端な結界を張ってみなよ。それで皆に被害が出たら目も当てられないよ?魔力結晶だって有限だし、あれはブーストに使うべきなの。それならジュエルシードを使った方が効果も質も高くつく。……さすがにここまで理解しろとは言わないけど、温存する意味がないくらい理解しなよ」

「うぐ……」

 アリシアの言葉にタジタジになる神夜。
 その通りだと言えるその言葉に、何も言い返せない。

「……帝は呼ぶように言ってたけど、街中にはまだ一般人がいるんだよね…」

「っ…じゃあ、早く助けないと妖…?って言うのに……!」

「はやて、フェイト。ママ達やヴォルケンリッターに助けるように言っておいて。……魔法の秘匿は諦めて。この状況は日本全土に広がっているみたいだから」

「わ、わかった……」

 再び念話で連絡を取るはやてとフェイト。
 それを流し見して、アリシアは街を眺めるように見る。

「(……そう。これは日本全土に広がっている。……しかも、広範囲の応援要請の通信があった事から、魔法も無関係じゃない可能性が高い…。…ホント、日常って言うのは唐突に崩れ去るものだね…)」

 弓に変えていたフォーチュンドロップを握る力が、自然と強くなる。
 あまりに突発的で、大規模。そんな状況で危機感を感じずにはいられなかった。

「っ……!皆、構えて!妖が大量にこっちに来る…!」

「えっ…!?嘘……」

「…そっか…!司の結界!天巫女の力は魔力と言えど霊術と質が似ている…!引き寄せられてもおかしくはない…!」

 遠目でもわかる妖の数。それが全方向から学校へ集まってきていた。

「神夜は下りて校門付近に陣取って。フェイトはそれを後方から援護。スピードでフォローしてあげて。はやては空から来る妖の撃墜。なのはは討ち漏らしを重点的に撃ち抜いて」

「アリシアちゃんはどないするんや?」

「椿になんでもできるように仕込まれてるから、状況に応じてどのポジションもこなすよ。問題は裏門側なんだけど……」

 ちらりと裏門の方を見るアリシア。

「……大丈夫だね。今の帝なら、きっちりやる事は把握できてるし」

「…変わったね」

「そうだねぇ」

 感心するようにしみじみとアリシアは頷く。

「はい、さっさと今言った通りに動くよ!相手は待ってくれないんだから!」

「うん!」





「っ…いけない……!」

 一方、すずかも妖が大量に接近しているのが見えた。

「(東側より西側の方が若干広い…。帝君はそのままで、アリサちゃんを奏ちゃんと合流させて守った方がいいね……)」

 状況に対処するために配置を変えようと、すずかは考える。

「(…しまった…!帝君との連絡手段がない…!)」

 そしてふと気づく。帝は霊術を扱えない。
 ……つまり、念による会話ができないという事だ。

「とりあえず、アリサちゃんと奏ちゃんに伝えて……奏ちゃんに帝君へ伝えてもらおう」

 すぐに切り替え、実行する。
 アリサと奏に妖が大量に接近している事を伝え、奏から帝へと伝える。

「(…優輝君達がスパルタだった理由って、こういう時のためだったのかな…?)」

 終わりそうにない今の状況に、すずかは何となくそう思えた。







「……凄い……」

 司の魔法を見て、誰かが代表するようにそう呟いた。
 その声を聞いて、ようやく司は閉じていた目を開く。

「…ちょっと、判断を間違えたかな…」

「え……?」

 冷や汗を流しながら司は呟く。
 その呟きを聞いた聡は、どういう事かと声を漏らした。

「皆は校舎から絶対出ないでね。結界を張ったからだいぶ安全にはなったけど……そのせいで、妖がおびき寄せられる事になっちゃったから」

「ど、どういう事なの…?」

「…ごめんね。これから学校にやってくる奴らは、私達の力に引き寄せられて来たの。…詳しい事は後。私も行かなくちゃ」

 ジュエルシードをシュラインに仕舞い、司はクラスメイトの間を縫って窓から出る。
 ふわりと浮き上がった事にまたざわめきが起きる。

「本当にごめんね。原因が何かは分からないけど、皆を巻き込む形になって」

「司さん……?」

「…絶対に、護るから」

 いつも何気なく会って挨拶している相手。
 そんな相手に傷ついてほしくないと、司は強く想う。

「……(いかづち)の刃となりて、撃ち落とせ」

   ―――“Tonnerre pluie(トネール・プリュイ)

 刹那、雷の刃が降り注ぎ、空を飛んでいた妖と、地上を跋扈していた妖を貫く。
 居場所を把握していた妖を一掃したが、すぐに他の妖が出てくる。

「(……やっぱり、私達の霊力に引き寄せられてる。…優輝君は今、どこにいるの…?)」

 それを見て、司は念話を優輝に繋げる。

「『優輝君!』」

『司か?随分大規模な結界を張ったみたいだけど、大丈夫なのか?』

「『うん。それよりも、優輝君は今どこに……』」

『海鳴市を散策中だ。妖が現れる原因である“幽世の門”を探している。……っと。結界を張った途端妖の量と強さが増したから、早く閉じないとな』

 戦闘をこなしながら言う優輝の言葉に、司は申し訳なく思う。
 “幽世の門”については、司も霊術を教わる時に少し聞いているので知っていた。
 だからこそ、状況を悪化させた事に責任を感じていた。

「『ごめん、私のせいで……』」

『いや、安全確保という意味では司の判断は合っている。…椿と葵も今そっちに向かっている。僕が閉じるまで持ち堪えてくれ』

「『……わかった』」

 念話を切り、目の前の事に集中する。
 優輝を信じているからこそ、今この場を持ち堪えなければならないと思ったのだ。

「司!」

「アリシアちゃん!もう少し持ち堪えるよ!妖の量と強さに注意して!」

「了解!」

 屋上まで飛んでいき、アリシア達と協力して防衛を続ける。
 全体を見回し、司は満遍なくフォローしていった。















   ―――……戦いと災厄はまだ始まったばかり……。













 
 

 
後書き
地球の魔力…リンカーコアの魔力とは違い、霊力を術者に合わせて変質させたもの。便宜上魔力となっているが、実質霊力とあまり変わらない。

蝙蝠のような妖…野衾(のぶすま)と呼ばれる妖。火のように揺らめく尻尾のようなものを持っている蝙蝠みたいな姿。茶色と青色があり、青色の方が強い。(青色はかくりよの門では猛火野衾と呼ばれている。)

弓技・氷血の矢…水+突属性の弓の技。かくりよの門では割と下位の技なのであまり威力は高くない。命中した相手を凍らせる矢を放つ。

Sanctuaire Avalon(サンクチュエール・アヴァロン)…天巫女が扱う最大級の結界魔法。祈りを込めれば込める程強度や効果が増し、さらにいくつもの効果を付ける事が可能。展開まで時間を要するものの、相応の強さを持つ。サンクチュエールは聖域のフランス語。

Tonnerre pluie(トネール・プリュイ)…フランス語で“雷の雨”。文字通り雷の刃の雨を降らす魔法。非常に広範囲まで広げられるが、数を増やした分威力は落ちる。


学校の構造は正門側に棟に教室、裏門側の棟に職員室や音楽室などがあります。
そして、一年が三階、二年が二階にいる形となっています。
霊術を習っていた5人と帝は、齧った程度には妖と幽世の門は知っています。
尤も、ないよりはマシな付け焼刃ですが。優輝も付け焼刃の域を出ません。 

 

第127話「強化される妖」

 
前書き
かくりよの門では大体利根川→富士川→北上川→信濃川→木曽川、長良川、揖斐川→熊野川→吉野川→筑後川と、それぞれの川がある地方の順に敵が強くなっていますが、本編ではそんなの関係なしに均等な強さになっています。(なお陰陽師の強さで強くなる模様)
ちなみに、各川を模した龍神もレイドボスで出てきます。
つまり……?
 

 





       =奏side=





「ッ……!」

 先程までとは打って変わり、非常に数の増えた妖へ肉迫する。
 もはや“群れ”言える程の数だけど……私の戦闘スタイルなら大した事ないわ。

「シッ……!」

 振るわれる爪、迫りくる体躯。それらを躱し、同時に切り裂く。
 司さんの結界によって妖も強くなったみたいだけど……まだ大丈夫。

「奏!」

「っ!」

 アリサの言葉に私は跳躍する。
 すると、寸前までいた場所を炎の刃が通り過ぎ、多くの妖を切り裂く。

「……数が減ってきたわね……」

「あれほどの数は、一過性のものだったのかもしれないわ。……でも、油断は禁物」

「ええ、初の実戦だもの。油断して死んじゃうのは勘弁願うわ」

 空中の妖はすずかと帝が担当していた。
 しばらく戦っていたけど、数はだいぶ減っていた。
 本当に一過性のものかは分からないけど…多勢に無勢にならずに済むのはいいわ。

「『すずか、妖は見える?』」

『まだ結構いるけど……帝君が殲滅してくれたよ。…でも、気を付けて。他の妖とは違う…何だが影みたいなのが来てる』

「『影……?』」

 どうやら、新しい妖が来ているらしい。

『うん。人型で、色が影みたいな事以外はまるで人間みたい』

「『……わかったわ。気を付ける』」

 人型……何かあると見てもおかしくはない。
 ……と、考えていればすぐにやってきた。

「……あれは……」

「人型の妖……アリサ、気を付け……っ!?」

 大体六体程の人型の影。それが現れ……内三体が接近してきた。
 そのスピードは先程までの妖とは全く違い、接近を許してしまう。

「くっ……!」

     ギィン、ギギィイン!

 刀と槍を持った二体の攻撃を受け流す。
 もう一体の斧を持った奴は、アリサの方へ行ってしまった。

「っ、ぁっ!」

「アリサ!……っ!!」

 今までと比べて速い動きに動揺し、アリサは反応が遅れる。
 斧の一撃は刀で凌いだが...そこで残りの三体が視界に入る。
 一体は弓を構え、もう二体は扇を携えて術を放とうとしていた。

「っ、こっち!」

 咄嗟に私は霊力を放出する。
 霊力に引き寄せられると聞いて思いついた方法だけど…上手く行った。
 私に注意が逸れ、アリサは間合いを取って体勢を立て直す。
 後は……。

「(私が凌ぎ、倒す!)」

〈“Delay(ディレイ)”〉

 突き出される槍を紙一重で避け、追撃の刀も上体を反らして躱す。
 そこへ放たれた矢は移動魔法で躱し、残り二体の術は…。

「シッ!」

   ―――“戦技・強突”

 二振りの刀を投擲し、突き刺す事で止める。
 刀はエンジェルハートを変形させたものなので、込めた魔力を炸裂させる。

「っ!」

     ギィイイン!

 武器を手放した私に、斧を持った最後の一体が斬りかかってくる。
 叩きつけ…まともに受け止めるつもりは毛頭なかった。
 それに、武器を手放しても……無防備ではない。
 ガードスキル、ハンドソニックを使ってその一撃は受け流す。

「シッ……!」

 霊力を足に込め、一気に踏み込む。
 ディレイを使ってもいいのだけど、出来るだけ魔力は温存しておきたい。
 それに、使う程の相手でもないし、この踏み込みなら霊力の消費も軽い。

「はっ…!」

 刀、槍、斧の攻撃をそれぞれ躱し、反撃に切り裂く。
 そうこうしている内に、術師の二体がまた霊力を練っていた。

「(あれだけでは、倒せなかったのね…)」

 まだ苦戦している訳ではない…けど、あまり時間をかけるべきではない。
 …幸い、私は一人ではないわ。あの二体の相手は…。

「奏の邪魔は、させないわよ!」

 ……アリサに任せるとするわ。

「はぁっ!」

   ―――“火焔地獄”

 アリサが霊力を練って刀を一閃し、その軌跡の通りに炎が放たれる。
 牽制として放たれたその炎を術師二体は相殺する。

「遅い!」

 相殺の隙にアリサは突貫し、刀を一体に突き刺し、切り上げる事で切り裂く。
 続けざまに炎をもう一体に放ち、避けた所を一閃。一気に仕留めた。

「ふっ……!」

 私の方も、もう終わり。
 まだ倒れてなかった三体の攻撃を躱し、首を刎ねる事で仕留める。

「やったわね。」

「ええ。……っ!」

「えっ!?」

 消滅した事を確認し、喜びを表情に出すアリサを見た瞬間、私は駆ける。
 刃を向けるのはアリサ…その背後。

「っ……あ……」

「油断大敵。……まだ終わってないわ」

「そ、そうね…」

 次の妖がアリサの背後に迫っていた。
 幸い、さっきの影と違って弱かったからすぐに仕留められた。

「アリサ、さっきの攻撃で大きく消耗したでしょう?」

「…ええ。でも、まだ大丈夫よ」

「そう…でも、無理はしないで」

「分かってるわ」

 アリサは長期戦の経験がない。
 模擬戦は短いし、特訓自体は長くても実戦ではない。
 ……だから、精神的疲労が心配になる。

「(……でも、アリサ達の力も必要なのは確か。……多分、以前優輝さんが言っていた“皆の力が必要になる”時は、今の事だから…)」

 日本全土が同じ状況なら、海鳴市を安全にした所で終わらない。
 …否が応でも戦い続ける事になる。

「っ!…アリサ、これを」

「奏、これって…」

 妖を切り裂き、空いた時間にアリサにあるものを渡す。
 それは、銃型のデバイスのようなものと、カートリッジに似た弾丸が込められたいくつかのマガジン。

「以前、優輝さんが見せた、魔力なしに魔力弾が放てる銃。…ほとんど完成していて、私と司さんがテスターをしていたの。もちろん、優輝さんもテストしてる」

「……あたしに?」

「できるだけ消耗を避けたいから」

 それに、私はリボルバータイプのものをもう一つ持っている。
 司さんも二つのタイプを持っていたはず。
 …もう一つも渡しておこうかな。

「……こっちも。マガジンかリボルバーかの違いだけだから、好きな方を使って」

「…ありがと」

 エンジェルハートから取り出し、御札に収納して渡す。
 これならアリサでも取り出せるようになったはず。

「……もう一息。優輝さんがどうにかするまで、耐えるわ」

「どうにかって…どうするのよ?」

「分からないわ。…でも、信じれる」

 あの優輝さんが、無意味な行動をするはずがない。
 きっと妖が湧き出る原因を潰しに行ったはず。
 ……だから、それを信じて私達は戦い続ける事にした。







       =帝side=





「ちぃっ…!速いぞこいつら…!」

〈先程とは打って変わりましたね。おそらく、司様の結界の影響でしょう〉

「こっちに合わせて強化するとか厄介すぎだろ畜生!」

 ギルガメッシュの力を使い、剣や槍で妖とやらを貫く。
 魔力の無駄遣いはするべきじゃない。…俺も、それぐらいは分かる。

「そいつらは大した事ねぇよ。問題は人型の奴ら…特に武器を持った奴らだ」

〈…弾かれるか躱される…確かに厄介ですね〉

「加えて霊力は魔力を破りやすい…っと!」

 早速現れた刀持ちの攻撃をバックステップで躱す。
 同時に槍をいくつか射出する。一発当たったが、他は逸らされ、躱された。

「仕留め損なった…が、甘い!」

 再び接近してきた所を、投影しておいた干将・莫耶で刀を弾き、切り裂く。
 俺だって日々強くなっている。強くなるとも決めた。…この程度、造作もねぇ!

「はっ!しゃらくせぇ!」

 ちまちま戦っていたら無駄に体力を消費する。
 射出にはほとんど魔力を使わないから、それを利用して一掃する。

「すずか!お前は奏達を集中的に援護しろ!俺にはやばい奴が接近してきた時に忠告する程度でいい!」

「え、でも……」

「俺は打たれ強さだけは自慢だからな…。最近は退き際も分かっている」

 射出する際に飛び上がり、そのまますずかの所まで行ってそう言う。
 アホな事考えていた時は散々ボコされても立ち直っていたし、打たれ強さには自信がある。退き際も優輝のおかげでわかってきた。

「っし…来いよ」

〈なお、マスターは霊術を習っていないので割と無視されます〉

「今言うなよ!?さっきから反応悪いなと思ってたけどよぉ!?」

 そう。妖は霊力に反応する。…椿達からはそう聞いている。
 厳密には、陰陽師の強さによって反応するらしいが…。
 つまり、俺は手を出さなければほとんどが奏達の方へ向かう。
 俺も転生者……“死”を身近に感じた人間だから霊力はあるらしい(優輝に聞いた)が、鍛えてなければあまり見向きされない。

「まぁ、先制を打てるのは良い事だ。とっとと片づけてやる」

〈ではマスター、武器の貯蔵は充分ですか?〉

「あまり俺を侮るなよ?エア。……ってちょっと待て。お前そんな性格だったか?」

 今まではもっとお堅い感じだった気がするんだが…。
 いつからこんな冗談を言うようになったんだ?

〈なんの事やら。ほら、来ますよマスター(愚鈍)

「やっぱ性格変わってるぞてめぇ!?冗談言ったり毒舌になったりそんな奴じゃなかっただろ!?」

 程よく緊張をほぐした方がいいと優輝も言っていた気がするが、これはひどい。

〈失礼。マスターは本当に変わったのだと嬉しく思いまして。こんなにノリ良く突っ込んでくれるとは……〉

「変わったかどうかの試し方に非常に物申したいんだが…。…変わったのは否定しないが…なっ!」

 武器を射出し、振るい、妖を切り裂く。
 ほとんどが先制攻撃を確実に決めれるから、奏達よりはやりやすいかもしれん。
 まずは魔法から普通に扱えるようになれと言われたが…こんな所でそれが活かされる事になるとは思わなかったぜ。

〈ですが油断しない事と注意をお願いします〉

「あ?油断はともかく注意って何をだ?」

〈今回は司様以外の結界が張られていません。つまり、地形の被害はそのまま反映されます〉

「………あ」

 今までは結界による空間位相のずらしで地形に被害はなかった。
 だけど、今回はそれがない。加えて、俺は先程から武器を射出している。

「は、早く言えぇええええ!?」

〈まぁ、日本全土がこの状況なので仕方ないかと〉

「…それもそうだが……」

 至る所に武器が刺さった跡がある。木もいくつか倒れていた。
 …やっちまったなぁ…。いや、アホやらかしてた時も何度かあったけどさ。

〈妖も霊力の存在。結界では捉えきれませんよ?〉

「…それは…仕方ないか」

 一部を取り込んだ所で次から次へと湧いてくる。
 しかも霊力の存在だから取り込む事自体も至難の業だ。
 それなら、張らない方が魔力節約にもなる。

〈優輝様がどうにかなさるようなので、それまで持ち堪えてください〉

「わかってらぁ!…俺が変わった所、見せてやる!」

 俺はもう馬鹿はやらない。…強くなると決めたんだ。
 あの男のような存在に負けないために……優奈の期待に応えるためにも!

「だから、てめぇら如きに負けてられねぇんだよ!」

 大剣をぶん回し、妖を一気に切り裂く。
 ……戦いは、まだまだこれからだ!









       =司side=





「裏門方面はまだカバーしきれてるね…」

 屋上に来てまず私がしたのは、“祈り”の力で皆の身体強化を上げた事。
 少しずつ上がるように効果を上げたから、違和感はないはずだ。
 皆も気づいているようだけど、不都合はないみたい。

「なのはちゃんは正門側東を、はやてちゃんがその反対。できるだけ撃ち落とすように。アリシアちゃんと私が正面を担当して、フェイトちゃんと神夜君は討ち漏らした奴を倒すようにして。……出し惜しみはするなとは言わないけど、無駄に魔力は消費しないようにね」

「わ、わかった……」

 指示を出して、やってくる妖を見つめる。
 さっきまでより妖の強さは格段に上がっている。
 それでもまだ余裕を持って対処できるけど…人型の奴は違う。

「(遠距離も、なのはちゃんはともかく、はやてちゃんが不安かな……)」

 はやてちゃんは広範囲型の魔導師だ。
 遠距離から撃ち落とすとなると、魔力消費が割と多くなる。
 ……でもまぁ、さすがに対策をしてるけどね。

「っ!来たよはやて!」

「ほんまか!」

「はやてちゃ~ん!!」

 アリシアちゃんがそういうと同時に、遠くから小さい何かが飛んでくる。
 その存在は真っ先にはやてちゃんの所へ飛んできた。

「リインフォース・ツヴァイ、ここに推参!ですぅ!」

「よぉ来てくれたわ~!これで私もやりやすくなるわ~」

「はい!お任せです!」

 飛んできた存在…リインちゃんはそういってユニゾンする。
 これではやても遠距離がやりやすくなった。
 …と言ってもこれでも不安なんだけどね。

「『リニス、そっちはどう?』」

『ちらほら…と言った感じです。今の所大きな被害は出ていません』

 一般人の救助をしているリニスに念話を繋げる。
 やっぱり霊力があまりない一般人は早々襲われないみたい。

「『……いつ例外が起きるか分からないから、警戒は解かないでね』」

『わかりました。……そちらも気を付けて』

 念話を切って、改めて学校周辺を見渡す。
 ……正直、この学校以外はそこまで危険ではないと思う。
 霊力を常人以上に持っている人は危ないだろうけど、それ以上に強い人が多い。
 士郎さん達なら、あれぐらいの妖なら余裕で屠れるだろうし。

「っ…司、あれ……」

「…影…みたいな妖だね。…気を付けて。他の妖とは違うみたい」

「うん。わかってる」

 アリシアちゃんが指した方向には人型の影がいた。
 さっき裏門側をちらっと見たけど、そっちにも来ていて奏ちゃんが対処していた。
 …その時動きを見たけど、やっぱり他の妖とは一味違う。

「とにかく、迎撃!二人はいつでもフォローできるように!」

 私となのはちゃんとはやてちゃんとアリシアちゃんが遠距離から攻撃。
 討ち漏らした場合を想定して残りの二人にすぐ動けるように声を掛けておく。
 そして、なのはちゃんとはやてちゃんは魔力弾、私とアリシアちゃんが矢を放つ。
 ちなみに私もちゃんとシュラインを弓に変化させて放っている。

「光の矢よ、撃ち貫け!」

   ―――“Flèche(フレッシュ)

 私とアリシアちゃんの矢が、なのはちゃんとはやてちゃんの魔力弾が、それぞれ影の妖に向かっていく……が、私とアリシアちゃんの矢は躱された。

「(アリシアちゃんは霊力だから…私は霊術に質が似た魔法だから、感付かれた…?でも、これぐらいなら…!)」

 だけど、すぐに私達は第二撃を放ち、それも躱された所を三撃目で命中させる。
 後は用意しておいた砲撃魔法で完全に消滅させる。
 見れば、なのはちゃん達の方も倒したみたい。

「…………」

「ねぇ、司……」

「……うん。私も思った」

 アリシアちゃんと私は、ある事に気づき遠くを見つめる。
 そこには、また新たな影の妖がいた。

「…霊力を使う度、違う妖を呼び寄せてる…」

「私の場合、天巫女の力の時点で引っかかるみたい。…まずいね」

 私達が霊力を用いて戦えば戦う程に妖は強くなり、新たに現れる。
 質の悪いいたちごっこみたいだ…。

「天巫女の力なしに……か。頼らない戦い方も会得してるけど……」

「……私の場合、ほとんど戦力にならないんだけど…」

 普通の魔法も使える私はともかく、アリシアちゃんは霊術しか使えない。
 ……そうだ。確か、優輝君に貰ってた…。

「……これでどうにか凌げると思うよ」

「銃と弾と…結晶?」

「身体強化魔法の術式が入ってるんだって。効果は数時間は持つって」

「……優輝が作ったんだね。この銃と弾は以前の魔力弾を撃つ奴だよね」

 優輝君に試運転と称して貰った銃二丁と予備の弾。
 それと、これまた試作の身体強化魔法が込められた結晶。
 これらがあればアリシアちゃんでも上手く戦えるはず。

「方針変更!なのはとはやてはとりあえずできるだけ倒して!他で残りの奴を倒すよ!」

「異常があったら、すぐ念話で知らせて!」

「わ、わかったよ!」

 皆に呼びかけてから、私とアリシアはグラウンドに飛び降りる。
 遠距離だと妖相手にあまり戦えないからね。
 ……さて、もうひと踏ん張り…!









       =アリシアside=





「銃…フォーチュンドロップでも何度か変形させて使ってみたけど……」

 正直、いつも霊術を中心に武器を使っていたから銃はあまり上手く扱えない。
 普通に扱う分にはできるだろうけど…マンガみたいに舞いながらとかは無理。

 ……と、そう思っている内に司はもう行ったみたい。
 司はシュラインを使って上手く攻撃を捌き、反撃で倒している。

「とりあえず、私も……」

「アリシアちゃん!」

「っ……」

 後ろから私の名前を呼ばれる。
 呼んだのは同級生の子だ。……戦う私を心配しているのだろうか。

「すー……はー……大丈夫っ!任せといて!」

 深呼吸し、振り返ってできるだけ明るく振舞ってから駆け出す。
 ……本当は怖い。だって、初めての実戦で、しかも霊術はあまり使えない。
 死と隣り合わせなのを忘れてはいけないのだから。

「司!」

「アリシアちゃん!右をお願い!」

「了解!」

 フォーチュンドロップを刀に変え、結晶を身に着ける。
 身体強化が私に施され、影の妖と斬り結ぶ。
 ちなみに、銃と弾は司にホルスターも貰っていたのでそこに仕舞っている。

     ギィイン!

「っ……!はぁっ!」

「せいっ!」

 相手の刀を弾き、すれ違うように切り裂く。
 司も横に回り込んでシュラインで薙ぎ払っていた。

「……まぁ、わかっていたけどさぁ……」

「……囲まれた…ね」

 霊力に引き寄せられるからか、私達は囲まれていた。
 しかも、全員があの影の妖。他の妖はなのは達に倒されているみたい。
 そこは助かるけど、一番厄介なのが残ったようだね。

「神夜とフェイトは何やってるのさ……!」

「二人共、東と西で奮闘してるよ。霊力がない分、楽みたい…っと!」

「ずるいなぁ…っ、はっ!」

 お互いにフォローしながら、妖の攻撃を凌いで反撃を繰り出す。
 霊術を使わなくしたから、この妖達を倒せば少しは楽に……しまった…!

「待てっ…!」

「アリシアちゃん!くっ…!」

 何体かが私達を無視して校舎の方へ向かっていった。
 それを見て、私は慌てて駆け出す。
 司もついてこようとしたけど、他の妖に囲まれて身動きが取れない。

   ―――きゃぁああああ!うわぁああああ!

「っ……!させ、ないっ!!」

 真っ先に向かってきているからか、校舎から叫び声が聞こえる。
 それを聞いて私は一気に踏み込み、駆ける。

「ぁああああっ!!」

 背後から一突き。刀が妖に深々と刺さる。
 ……そこまで来て、それが悪手だと気づく。

「っ…!」

 刺したのは槍を持っていた方。もう一体の刀を持っている方が斬りかかってくる。
 さらに仕留めきれていない。完全に失敗した……!

「くっ……!」

 間一髪刀を躱すけど、同時にフォーチュンドロップから手を離してしまう。

「アリシア!」

「まだっ…!」

 校舎の方から私を呼ぶ声がする。危ないと思ったのだろう。
 咄嗟に飛び上がり、ホルスターから二丁の銃を抜き、一気に撃つ。

「(こっちも仕留めきれてない……!)」

 刀で一部は弾かれ、半分程は躱された。当たったのは当たったけど、足りない。

「(弾もあまり使えない…なら!)」

 銃に残っていた弾でフォーチュンドロップが刺さったままの奴に牽制する。
 躱した所を肉迫し、抜くと同時に切り裂く。

「(これで一体!他………はっ!?)」

 思考を強制中断させられるように、爆風に吹き飛ばされる。
 椿の訓練のおかげで咄嗟に飛び退いたからそれだけで済んだけど、術を扱う奴が私を狙っていたようだ。……迂闊…!

     ギィイイン!

「っ、傷が…!?」

 振るわれる刀を受け止め、私は驚く。
 その刀を振るってきたのは、先程仕留め損なったものの瀕死にさせた奴だからだ。
 そして、すぐにその理由を理解する。

「(後方に、回復の術を扱う個体……!?連携まで取るの!?)」

 爆風に晒され、そこへの追撃。
 私は体勢を立て直しきれていなかったため、徐々に追い込まれる。

     ギィイイン!

「くっ…!…っ、しまっ…!?」

 一度弾かれるように間合いを取る。
 その瞬間、叩きつけるように斧を持った相手が攻撃してきた。

「ぐ……ぅ…」

 体勢を保てず吹き飛ばされる。
 身体強化の魔法は効いているため、怪我はない。だけど…。

「あ、アリシア……」

「…………」

 立ち上がる私の背後には、結界。
 つまり、どんどん校舎の方に追いやられていた。
 司はまだ足止めを喰らっている…。

「(……避ける、訳には…!)」

 結界がどれほど堅いかは知らない。
 だけど、皆の安心のためにも避けられない。
 そう覚悟して、襲い掛かる妖を迎え撃とうとして…。

     ドスッ!

「……え…?」

「まったく、無茶はダメだよー?」

 術を放とうとしていた個体、そして私に刀と斧を振りかぶっていた二体。
 計三体の頭が矢に貫かれる。
 同時に、目の前に黒色が。……これは…。

「……葵?」

「初の実戦お疲れ様。……選手交代だよ!」

 その黒は、葵のマントだった。
 私を庇うように立った葵は一気に槍を持った個体に肉迫し……。
 瞬時に、その体に風穴を開けた。
 見れば、残りの回復の術を使っていた奴も矢に貫かれて消えていた。

「無事かしら?しっかりしなさい」

「椿……戻ってきたんだ」

 いつの間にか椿も隣に来ており、私に治癒の霊術を掛けてくれた。

「……ちょっと、遅かったよ?」

「悪いわね。他県に行った際に、富士川の龍神を倒してたから時間がかかったわ」

「龍神……?」

 名前からして強そうな相手なんだけど…。
 いや、今はそれよりも…。

「妖は霊力に引き寄せられてるから、倒してもまたやってくるよ!」

「分かってるわ。…だから」

     ドスッ!

「倒し続ければ問題ないわ」

 ……ぼ、暴論だ…。確かにその通りだけど、私じゃスタミナが持たないや…。

「だ、誰…?」

「味方…?アリシアの知り合い……?」

「あの子、あの時弓道場にいた…」

 校舎の方からざわめきが聞こえる。
 ……って、一年の時の事を覚えている人いたんだ。

「葵」

「フォローし合う必要もない……ね。司ちゃんを助けてくるよ!」

「ええ」

 そういって葵は駆け、椿は弓を構える。
 そしてやってくる何体もの影の妖。…どうやら、二人に引き寄せられたみたい。

「…大丈夫なの?」

「誰に物を言ってるのかしら?……こと、妖に掛けては、優輝よりも熟知してるわ!」

 そういって放たれる矢。
 接近を許さない矢に、影の妖達も翻弄される。
 弓や術を扱う個体が応戦するけど、ものの見事に相殺され、貫かれる。
 偶に矢などがすり抜けてくるけど……。

「シッ!」

「(巧い……それに、冷静…)」

 椿の持つ短刀に叩き落される。
 相手の動きを知っているからこその冷静さと手際の良さに、校舎の皆も言葉を失うような驚きに包まれていた。

「アリシアちゃん!」

「司!」

 そうこうしている内に、葵に助力してもらった司がこっちにやってくる。

「頃合いね」

「じゃあ、行くよー。そー、れっ!!」

   ―――“呪黒剣”

 再び私達の前に立った葵が、レイピアを地面に突き刺す。
 そして、霊力で作られた黒い剣が大量に生え、妖を全て貫いた。

「一掃完了。………と、言いたい所だけど…」

「この気配は……」

 一気に妖を倒して、一段落着けるはずなのに、二人は警戒を解かない。
 むしろ、剣呑な雰囲気が増していた。

「既に交戦してる…優輝ね」

「相当な激しさだね。音がここまで響いてくるよ」

「優輝君が?…相手って、一体……」

 二人の言う通り、何かをぶつけ合う音がここまで届いていた。
 戦闘による砂塵も遠くで巻き起こっていた。

「……幽世の門の、守護者」

「門から離れるタイプは珍しいけど…ね」

 良くは分からないけど、所謂門番やボス的存在なのだろう。
 そして、ソレはついに姿を現した。

「くっ……!」

     ギィイイイイン!!

 優輝が“ダンッ!”と叩きつけられるように校門前で着地する。
 着地の反動で再びこちら側へ飛び退くように跳び……そこへ大剣が叩きつけられた。
 一際大きな衝撃音と共に、優輝は私達の近くまで追いやられる。
 ……それも、剣をきっちり受け止めた上で…だ。

「(なんて力…。受け止められた上でここまで押し込むなんて……)」

 とんでもない力を出している相手は、一体誰なのか。
 確認しようとした瞬間…。

「……嘘、どうして……」

「ありえない……。だって、貴女は……!」

 葵、椿と信じられないと言った声を漏らす。
 そして、受け止めた際の砂塵が晴れ……。





「っ――――!?」

 私と司……多分、確認した人全員も驚愕で言葉を失った。

 ……だって、優輝が戦っていた相手は……。







「嘘……死んだはずじゃ……。………緋雪、ちゃん……」

 既に、死んだはずの緋雪だったからだ。













 
 

 
後書き
影法師(かげぼうし)…常世に交わった現世の者の形を取る。その者が“辿ったかもしれない過去”まで遡って姿を取るらしい。(かくりよの門敵解説より抜粋)。つまりは陰陽師の姿を模倣し、その力も扱う。この小説では他の妖と一線を画す強さを持つ。(ただし霊力の強さで上下する)

戦技・強突…突属性の突き技。霊力を込めて威力を上げている。投擲でも使える。

火焔地獄…火属性の全体術。広範囲の炎で敵を焼き尽くす。

Flèche(フレッシュ)…フランス語で“矢”。祈りを込めた矢を放つ。

銃…魔力を使わず魔力弾が放てる銃。名前はまだ本編では決まってないが、魔弾銃と呼ぶ。砲撃魔法を撃てるタイプもあり、そちらは魔砲銃と呼ぶ。威力は基本的に割と高め。本編で使用しているのは並の魔導師の三倍程の威力。

富士川の龍神…見た目は蛇型の全身赤い龍。何気に一定時間経つと即死する毒を単体に付与する“宣告”と言う技を使ってくる。……が、本編では椿と葵に屠られた。


今回はだいぶ視点がコロコロと変わる事になりました。
三人称視点で全体を描写するのはさすがに力量不足だと思ったので……。
ついでとばかりにレイドボスを屠っている椿と葵。
まぁ、知っている妖なので対処余裕です。(作者もソロ討伐余裕ですし)
そしてまた現れた緋雪(敵ver)。ぶっちゃけ出しやすいです。 

 

第128話「海鳴の門の守護者」

 
前書き
久しぶりの優輝の出番。
そしてそれ以上に描写される事のないヴォルケンリッターやプレシアさん。

それはともかく序盤から強敵案件。
これと同等以上が今回は多くいます。(特にこの章のラスボスは格が違う)
 

 




       =優輝side=





「……シッ!」

 すれ違いざまに、妖を切り裂く。
 司からの念話を受けてから、既に数分経っている。

「……こっちか…!」

 妖が現れる原因である幽世の門を探して駆け回り、ようやく目星がつく。
 感じられる霊力が一際強い場所があり、そこへと向かう。

「……海鳴臨海公園だと…?」

 妖は普通に妖怪だとかを基にしている。
 公園にはなんの逸話もないから、門があるとは思えないんだが…。

「(とにかく、行ってみるか……)」

 門を閉じない事には何も変わらない。
 僕は門があると思われる場所へと足を急いだ。





「……ここか…」

 海鳴臨海公園。そこの、海を眺めれる場所。
 緋雪が死んだ場所でもあるその場所に、門となる穴があった。

「……これが、幽世の門か……」

 見るだけでもわかる瘴気を放っている。
 ここから妖達は湧き出ているのだろう。

「さて、閉じ方は…」

 門を探している間に、椿たちに閉じ方を念で聞いておいた。
 そのため、僕でも門を閉じる事は出来る。
 …問題は……。

「……来るな」

 強い力が門から感じられる。
 そう。門には守護者…所謂ボスがおり、それを倒さなければならない。
 どうあっても邪魔される上に、存在する限り閉じられないようだ。

「(…さて、何が来る…)」

 リヒトをグローブ形態に変え、シャルを構える。
 そして、守護者が姿を現し―――





「……………え……?」

 ―――その瞬間、僕は思考するという事を忘れていた。

「なん、で……」

 改めて現れた守護者の姿を見る。……そして思う。“ありえない”と。
 そう。あり得るはずがないんだ。

「っ………」

 なんで。どうして。嘘だ。ありえない。夢でも見ているのか。
 ……溢れるように様々な思いが頭を駆け巡る。なぜなら…。

「……緋雪…」

 ……なぜなら、その守護者は…緋雪だったのだから。







     ッギィイイイイン!!

「ぐっ……ぁあっ!?」

 だけど、動揺している暇はなかった。
 緋雪の姿をした守護者は、容赦なく大剣を作り出して斬りかかってきた。
 咄嗟に防いだものの、まるで棒切れのように僕は吹き飛ばされる。

「(魔力の大剣…さすがに、シャルまではないか…)ぐっ……」

 霊力による身体強化を間に合わせ、リヒトを地面に突き刺して何とか着地する。
 だけど、受け止めた手が痺れていた。

     ギィイイン!!

「ぐぅっ…!(以前よりも僕は強くなったはずなのに……力が強い…?あの時よりも、パワーアップしているというのか…?)」

 霊力による身体強化、導王流、そして体格。
 全てにおいて前より成長しているというのに、力で言えば前より押されていた。

「ちぃっ……!」

     ギギギィイイン!!

 連続で斬りかかってくるのを、何とか導王流で逸らす。
 しかし、受け流しきれずに僕はどんどん後退していく。

「シャル!あれは…本物なのか!?」

〈……それは、マイスターが良く分かっているのでは?〉

「…だよな」

 高速で接近してくるのを紙一重で躱し、距離を取る。
 ……既に解析魔法を掛けておいた。結果は…黒。本物ではない。

「(当たり前だ…。緋雪はあの時死んだ。……僕が、殺したんだから)」

 第一に、霊力まで使ってくる時点で本物とは思えない。
 それに守護者としている事も、本物ではないからだろう。

「っ!はぁっ!(だけど……)」

 剣の攻撃を吹き飛ばされるように凌ぐと、魔力弾がこちらに向かってくる。
 緋雪の姿だからか、霊力だけでなく魔力も扱えるらしい。
 …咄嗟に対処したものの、それが確信へと至らせた。

「(……緋雪と言う存在が脅威の存在として、守護者となっている…)」

 今回の事件は、別に日本だけが要因で起きた訳ではない。
 おそらく、ロストロギアも関わっている。
 つまり、次元を隔てた存在が関わっているのだ。
 そこから考えれば、緋雪は何も逸話がないとは言い切れない。
 ……古代ベルカ時代に、“狂王”として名を残しているのだから…!

「……っ、くそ…!!」

 憤りはある。何せ、緋雪をそういった観点から見ているのだから。

「ふざけるな…!緋雪を、シュネーを化け物扱いするんじゃない…!!」

 妖として扱われる…それはまるで、“人間”として見られていないみたいだ。
 ……だから、僕は憤る。否が応でも、目の前のこの守護者を倒さなければならない。

「ぐぅっ!?」

 だけど、動揺が大きかったようだ。
 体勢を立て直す間もなく、次の攻撃が来る。
 何とか受け流し続けてはいるものの、ずっと後退し続けている。
 このままだと……。

〈マスター!もうすぐ、学校が…!〉

「っ、ちっ…!くっ、ぁああっ!?」

 リヒトの声に、僅かに焦る。…それがいけなかった。
 剣の攻撃に吹き飛ばされてしまう。
 咄嗟に着地し、跳ねるように飛び退き…。



 ……そこへ、強烈な一撃が叩き込まれた。

「ぐぅうううううう……!?」

 霊力の身体強化を限界まで引き上げて正解だった。
 それでもなお体が悲鳴を上げる程に追い詰められる。

「ぐ……くっ、ぐぅ……!」

「「「っ――――!?」」」

 グラウンドを滑るように押され、何とか踏み止まる。
 防護服の靴だからいいものの、普通であれば靴底が剥がれていただろう。

 ……そして、その際の砂塵が晴れて周りが驚きに包まれる。
 当然だろう。死んだはずの緋雪がそこにいるのだから。

「くっ……っ!」

「……!」

「(後ろには皆が…迎撃か!)ぜぁっ!!」

 鍔迫り合いで勝てる訳がないので、創造した剣を真下から繰り出す。
 それを守護者はバク宙で躱し、同時に魔力弾を放ってきた。
 密度も威力もそこまで高くなく、受け流すか躱すかして反撃は可能だった。
 しかし、後ろには結界があるとは言え皆もいる。
 なので迎撃を選び、魔力を込めたシャルで切り裂く。

「っ……!」

 魔力弾を切り裂いた瞬間、その隙を狙うように大剣がこちらへ突き出される。
 …だが、それは僕にとっては好機。

「吹き飛べ」

   ―――“戦技・金剛撃(こんごうげき)

     ドンッ!!!

 シャルを片手で持ち、上手く導王流で受け流す。
 同時に、霊力を掌に集め、掌底を放った。

「優ちゃん!」

「優輝!」

 守護者を吹き飛ばした所で、椿と葵がこちらへ来る。

「……今のは…」

「門の守護者…のはずだ。……何の因果か、緋雪の姿をしているがな」

「緋雪がこの地に縁を持ち、且つ過去…前々世で逸話を遺したから…ね」

 椿の言葉を聞いて、やはりそれが原因かと思った。
 ……そして、緋雪を化け物扱いするその事実に怒りが湧く。

「優輝?……そう。まぁ、認められないわよね。あの存在は」

「……ああ」

「援護は必要?」

「いや、あれは僕がやる。椿と葵は門を頼む。皆の防衛は司達に任せる」

 認められない。……あぁ、認められなくて、赦せないのだろう。僕は。
 だから、あの守護者は僕が倒したい。

「門は守護者を倒さないと閉じれないわ」

「それでもだ。僕が倒したら、すぐ閉じてくれ。……緋雪を妖扱いする門は、さっさと閉じてしまいたい」

「……そうね」

 僕の怒りが伝わったのか、椿は短く頷いた。

「完全に頭に来てるね優ちゃん。……まぁ、司ちゃん達にはあたしから伝えておくよ。だから、存分に戦って」

「……助かる」

 会話が終わると同時に、守護者の気配が戻ってくる。

「ふふ……あはははは……!」

「っ……!」

「……喋るのね」

 狂った笑いを浮かべながら、その守護者はこちらへ歩いてくる。

「……行け」

「っ!?……ええ、わかったわ」

「無茶はしないでね」

 自分のものとは思えない程、冷たい声が出た。
 それでも椿と葵は僕の指示に従ってくれた。

「……いい度胸だ。……そこまで写し取るか、妖が!!」

   ―――“霊魔相乗”

 霊力と魔力を合わせ、二重螺旋の如く練り上げる。
 かつて緋雪との戦いで使用した反則技。
 体の負担が半端ないが、出力を調整した上、体の成長した今なら……。
 ……この妖を屠るだけの余裕は、ある!

     ギィイイン!!

「あはっ、あははは!」

「その姿で!その声で!緋雪を騙るなぁ!!」

 こちらから仕掛ける。同時に、椿たちも駆け出した。
 踏み込み、一直線。一閃。だが、防がれる。
 身体能力も戦闘技術もあの時の緋雪より上だ。……それが、余計に腹立たしい。

「っ!」

     ギィイン!

「ぜぁっ!」

     ギィイン!

「はぁっ!」

 斬りかかり、防がれ、弾き飛ばされる。
 例え防御を掻い潜っても、それで与えた傷程度ではすぐ再生された。
 ……だが、別にそれは関係ない。

創造開始(シェプフング・アンファング)……!」

 弾き飛ばされ、地面を擦るように体勢を立て直す度に仕掛けておいた術式。
 それを発動させ、剣群を守護者に向けて放つ。

「あはははは!ははは、ははははは!」

「どこまでも笑う奴だな……。……そこまでして僕を怒らせたいか!!」

 それを守護者は飛び上がって躱す。狂った笑いを加えて。
 そこへ僕は斬りかかる。

「ぉおっ!!」

「あはっ!」

     ギィイイイイン!!

 一際大きな音が響き、僕は空中で足場を作って体勢を立て直す。
 そしてすぐにそこから跳ぶ。そこに魔力弾が飛んできていたからだ。

「それそれそれそれぇ!!」

「………!」

     ギギギギギギギギィイン!!

 守護者は避けた所に斬りかかってくる。
 連続で放たれる重すぎる攻撃。その全てを僕はシャルで受け流す。
 魔力の足場で体勢を立て直しながらだが、受け流す事は可能だ。
 かつての緋雪よりも、力や戦闘技術が上がっているが、それだけだ。
 それだけでは、僕が負ける道理はない!!

「あはは……は…?」

「まずは、一太刀」

 守護者の片腕が落ちる。
 シャルで攻撃を受け流し、同時に創造した剣で切り落としたのだ。

「緋雪やシュネーとの戦いでは、暴走を止めるため、悲しみを受け止めるために“防御”に徹していた。……だけど、お前は違う」

「……………」

 切り落とした腕は再生していく。
 だけど、守護者は黙ってこちらを見ていた。

「全身全霊で、容赦なく、叩き切ってやる」

「……ふふ……」

「なにがおかしい」

 理性があるのか、自我があるのか。
 まるで今の言葉を馬鹿にするかのように、守護者は笑った。

「これが笑わずにいられると思う!?皆、みーんな私を偽物だと思っている!ただの妖、ただの守護者でしかないと思っている!あっはは!ホント、おかしい!」

「……なに…?」

 その言葉を、聞き流す事はできなかった。
 まるで自我を持ったような喋り方。狂気を孕んでいるものの、確かに意志があった。

「私が偽物?ふふ、確かに“本物”ではないね!だって私は死んだんだもの!大好きなムート(お兄ちゃん)に殺されて、もう肉体はこの世に存在しないんだから!!」

「…………」

     ギィイイン!!

 高らかに言う“ソレ”に、容赦なくシャルを振るう。
 愚直すぎたその攻撃はあっさりと防がれ、大きな音が響き渡る。
 ……聞かれた、か。魔法や霊術を知っている司達は別にいい。
 問題は学校の皆だ。……今の話を、一体どう思うやら。

「……お前は、緋雪の“何”だ?」

「ふふ、あはは!それをムート(お兄ちゃん)が聞く!?わかってるでしょ?わかってるんでしょう!私が“何”なのか!私がただの偽物じゃないって事は!」

「っ………」

 ……ついさっきまでは、緋雪を妖扱いする守護者を赦せなくて倒そうとしていた。
 だが、今は違う。……ただ、“斃すべきモノ”として、倒さなければならない。

「……お前は、“狂気”そのものか…!」

「そう!そう!!その通り!!私はシュネー・グラナートロートと志導緋雪の“狂気”そのもの!人に弄ばれ、人に蔑まされ、人に忌避され、人に嫌悪され、人に恐れられ、人に殺された吸血鬼となった人間の、哀しみや苦しみを取り除いた、純粋なる“狂気”なの!!」

「…………」

 高らかに、まるで謳うかのように言う守護者……いや、“狂気”。
 かつての緋雪やシュネーは、確かに狂気を持っていた。
 だけど、その中には確かに苦しみや悲しみを抱えていた。
 ……でも、こいつは違う。
 まるで抽出したかのように、純粋な“狂気”だった。

「……そうか…」

「私は幻でも偽物でもない!正真正銘、志導緋雪の持っていた“狂気”なんだよ!まさしく人が生み出した罪!他ならぬ人間のせいで生まれたのが私なの!」

「……もう、黙れ」

 刹那、“狂気”の腕が消し飛ぶ。僕が斬り飛ばしたからだ。

「ああそうさ。お前は周りの人間が生み出した。人の悪意と、その悪意から守れなかった僕のせいで。……だから、ここで消す」

「……ふふ、あはは!できるの?できるのかな!ただの人間に!幼馴染も!妹も!二度に渡って救えなかったムート(お兄ちゃん)が!!」

「……ああ」

     ギィイイン!!

 言葉を返すと同時に、斬りかかる。
 だが、“狂気”は片手に対し、僕は両手で剣を持っていて…押されていた。

「っ……!」

「軽い!軽いよムート(お兄ちゃん)!!その程度じゃ棒切れのように吹き飛ばしちゃうよ!」

「くっ……!」

 “狂気”の言う通り、僕は吹き飛ばされる。
 その際に校舎の皆が視界に入ったが…皆、少なからず恐怖を抱いていた。
 当然だ。良くは分からなくとも、その狂気は伝わってしまったのだから。

「あは!あはははははははははは!!」

「っ………!」

 吹き飛ばされた所に大剣が振るわれる。
 それを屈むように躱し、すれ違いざまに一太刀入れる。…が、障壁に阻まれる。
 しかも、それは霊力による障壁。やはり霊力も兼ね備えているようだ。

「(だけど……)」

 それだけだ。特に何かが変わった訳でもない。
 圧倒的な差がある戦闘は、既に何度も経験している!
 特に、緋雪のような…シュネーのような戦い方は、よく知っている!

「ふっ……!」

「……!」

 放たれる弾幕のような魔力弾を掻い潜る。
 魔方陣を足場にし、跳弾のように避けながら肉薄し、胴を切り裂く。

「っ……!吠えたてよ、七色の輝きよ!!」

   ―――“Regenbogen Gebrüll(レーゲンボーゲン・ゲブリュル)

「(見た事がない魔法…!……だが!)」

〈“解析(アナリーズ)”〉

「術式模倣……お返しするぞ!」

   ―――“Regenbogen Gebrüll(レーゲンボーゲン・ゲブリュル)

 “狂気”の背中の羽にある七対七色の宝石全てから光が迸る。
 それに合わせるように僕も14個の魔力結晶を取り出し、同じ魔法を繰り出す。
 14筋の光がそれぞれ集束し、ぶつかり合い、そして爆ぜる。

「シッ―――!!」

 光は相殺される。だが、僕はすぐに動いた。
 後ろに振り返るようにシャルを振るい、同時に転移魔法を発動する。
 転移先は“狂気”の後ろ。不意を突いた一撃。これなら……!

「……偽物か」

「残念残念。残念だったね!さぁさぁ、甘い果実に釣られた愚か者の末路はなーんだ?」

   ―――“Obst falle(オープストファレ)

 周りを包囲しながら、何度も魔力弾がこちらへ向かってくる。
 誘い、包囲し、魔力弾で食らいつくす魔法。僕はこれを経験した事がある。
 ……だから。

「無駄だ」

   ―――“破魔霊撃(はまれいげき)

 掌を合わせ、霊力を周囲に一気に広げる。
 衝撃波のように広がった霊力は、その魔法の術式を破壊した。

「…………」

「……あはっ♪」

   ―――“Zerstörung(ツェアシュテールング)
   ―――“Zerstörung(ツェアシュテールング)

 間髪入れずに、お互いの魔法を発動させる。
 僕は術式を模倣したもの、“狂気”は破壊の瞳を使っていた。
 お互いがお互いを対象とし…爆ぜる。

「……あれ?」

「遅い」

 だが、爆ぜたのは“狂気”だけだ。
 爆ぜたように見えた僕は、予期して作っておいた分身。偽物だ。
 即座に転移魔法で肉迫し、シャルで一閃を放つ。

     ギィイイン!!

「……ちっ!」

「へぇ、へぇ、へぇ!やるじゃん!さっすがムート(お兄ちゃん)!でも、でも、これはどうする?これはどう凌いでくれる?」

 だが、その一撃は防がれ、さらに間合いを取られてしまう。
 ……そして、“狂気”は笑って次の手を使った。

「っ……!?」

 それは、僕も知らない一手。
 術式が込められた御札をばら撒くという、椿や僕が使う霊術の戦法。
 ...そう。“霊術”だ。この“狂気”は、霊術を使おうとしていた。

「“火炎”、“氷柱”、“風車”、“神撃”、“闇撃”!あはは!ムート(お兄ちゃん)は私がこれを使うのは知らないよね!さぁ、どう対処してくれるのかな!」

「…………!」

 どれも、簡単な霊術。だが、数が数だ。
 とにかく、僕も同じ霊術で対抗する。

「燃え盛れ、紅蓮!!」

   ―――“紅焔(こうえん)

 途端に、複数の御札が僕を囲うように飛んでくる。
 そして発動する術式。全てを焼き尽くすかの如き炎が僕を包まんとする。

「(これは……防ぎきれない…!)」

 事前に分かっていれば防げただろう。だが、咄嗟には無理だ。
 だから、僕は転移魔法を使って躱した。

「“Granatrot Gebrüll(グラナートロート・ゲブリュル)”!!」

「っ………!」

 しかし、回避を予期していたのか、砲撃魔法が転移先に迫ってくる。

「ちぃ……!」

   ―――“Twilight Spark(トワイライトスパーク)

 先程使った魔力結晶の魔力はまだ残っていた。
 その魔力を使ってこちらも砲撃魔法を即座に放ち、相殺する。

「(時間を稼がれた…?だとしたら、次は……)」

 相殺の爆風の奥に、魔法陣が見えた。
 その魔法陣の数は三つ。僕の予想であれば、厄介な事になる……!

「生まれ出でよ!我が分身!」

   ―――“Alter Ego(アルターエゴ)

 “狂気”の声が響き、魔法陣が輝く。
 ……止めるのが遅れた。

「……出し惜しみなし…か」

 かつてムートだった時に比べれば、まだ楽な条件だ。……“僕の方”は、な。
 だが、それに比例するかのように“狂気”も厄介さを増している。
 だからこそ、本気で戦わなければならない。

「……………」

「ふふ……さぁ、どうする?」

 少し離れた所には、四人の“狂気”。……内三人は分身だ。
 増えた事に、校舎の皆が驚いている。遠目だから詳しくは分からないが。

「……何度、その技を経験したと思っている」

「これまでのものと同じだと思う?」

「変わらねぇよ……結果はな!」

 分身三体がこちらへと迫る。
 一体は真正面、一体は側面、一体は後ろに回り込む。
 タイミングをずらし、連続で魔力の大剣を振り下ろしてくる。

「……………」

 だが、その程度ならどうという事はない。ムートの時も経験していた。
 むしろ、分身によるパワーダウンのおかげで、安定して受け流せる。

「(……けど、そこに霊術が加われば…)」

「ふふふ、あははははははははははは!!」

   ―――“刀奥義・一閃”
   ―――“極鎌鼬”
   ―――“戦技・三竜斬”

 強力な一閃、風の刃、三連続の斬撃。
 それらが三体の攻撃に混じってくる。……さらに。

   ―――“スカーレットアロー”

     ギィイイン!!

「くっ……!」

 本体からも魔法が飛んでくる。
 ……心なしか、シュネーの時よりも連携が上手くなっている。

「ち、ぃ……!!」

 導王流をフル活用し、分身の攻撃をいなしていく。
 隙がない訳ではない。見せた所から叩いていく……!





     ギィイン!ギギギィイン!!

「ふっ……!」

「っぁ……!?」

「そーれ!」

「甘い!」

 斬撃を凌ぎ、炎や風の刃を切り裂き、最小限の動きで躱す。
 霊術を織り交ぜた時はどうなるかと思ったが、もう慣れた。

「そこだよ!!」

「っ……!」

 避けきれなくなった所に、本体からの強力な一撃が飛んでくる。
 それを僕は受けるが吹き飛ばされてしまう。……否、態とそうした。

「まずは一体」

「っ!?」

 吹き飛ばされる際に、自分からも飛んでいた。おかげでスピードが乗る。
 そのスピードのままに、分身の背後に転移。
 体を捻り、回転切りを放って首を断った。

「っ、“創造(シェプフング)”…!」

 トドメを刺した際、大きな隙ができる。
 それを狙って他の分身が襲い掛かってきた。……が、予測済みだ。
 退魔の術式を込めた投げナイフを創造し、投擲する。
 同時に転移魔法を発動させ、防いだ所を背後から一閃。

「分身していなければ、防げたものを」

「はぁっ!」

 最後の分身が砲撃魔法を撃ってくる。
 だが、僕は既に戦闘で散らばった魔力を集めきっていた。
 その魔力を手に纏い、弾き返す。

「っ!?」

「チェックメイト」

 防御魔法で弾き返された砲撃魔法を防いだらしいが、無意味だ。
 真上から巨大な剣を創造して突き刺す。
 体の前後で分かたれたが、分身なのでグロくなる前に消える。

「油断大敵!」

「してないぞ」

   ―――“創糸地獄”

 先程一閃した分身が生き残っていたようで、背後から斬りかかってくる。
 もちろん予想していた。その上で霊力の糸を置き、雁字搦めにして引っ張る。
 分身はバラバラになると同時に消え、残りは本体だけとなる……が。

「……準備していたのか」

「当然。これがなかったら、“私”じゃないからね!!」

 “狂気”を中心に渦巻く魔力。そして広がる魔法陣。
 それは、今すぐにでも発動できる結界魔法で、もう阻止する事はできなかった。

「さぁ、さぁ、さぁ!!我が狂気は世界をも浸食する!人の罪、人の業の権化を今ここになそう!いざ、染め上げろ!我が狂気に!!」

   ―――“悲哀の狂気(タラワーヴァーンズィン)

 世界が、狂気に包まれる。
 空は紅い暗雲が覆い、それでもなお朱き月が煌々と地を照らしていた。
 その地も荒れ果て、その上に血の如き赤い水面のようなものが広がっている。

「……これが、お前の…シュネーと緋雪が持っていた狂気か」

「その通りその通り!ここは私の心象を模した世界!ここにいる者は皆、水面の波紋が広がる度に狂気に侵される!さぁ、さぁ!狂気の宴を再開しましょう!」

「初めて見たが……そうか、これが…か」

 途端に波紋が広がる大地にある水面。
 それが僕の足元まで来た瞬間……。

「っ……!」

 精神が蝕まれるような感覚に見舞われる。
 あぁ、確かに狂気が僕を侵しに来ている。……でも…。

「そうか……シュネーは、緋雪は……ムート()の死後、ここまで哀しみ、苦しみ、嘆いたんだな…」

     ギィイイン!!

「あはっ!どうしたのムート(お兄ちゃん)?ギブアップ?私を倒すんじゃないの?ねぇ!」

「…………」

     ッ、ギィイイイイン!!!

 笑いながら斬りかかってくる“狂気”を、思いっきり吹き飛ばす。

「……改めて言おう。……ごめんな、シュネー。お前を救えなくて……ここまで、苦しめる事にさせてしまって…」

「っ………」

「そして、“狂気”。お前はここで果ててもらおう。もう、緋雪の哀しみはなくなった。……だから、お前はもう必要ない」

 シャルの切っ先を向け、そう宣言する。

「霊魔相乗の出力、五割から七割に底上げだ。……行くぞ」

 刹那、足元が爆ぜるかのように僕は踏み出した。











 
 

 
後書き
戦技・金剛撃…打属性依存。霊力を込めた強力な打撃を放つ。斧を用いる事が多い。

Regenbogen Gebrüll(レーゲンボーゲン・ゲブリュル)…“虹の咆哮”。羽にある七対七色の宝石に込められた魔力と術式を使い、14筋の光を集束させて攻撃する魔法。1筋だけでもそれなりの威力を持ち、全てが集束した場合は相当な威力を誇る。

破魔霊撃…基本的には通常の霊撃と同じだが、こちらはそれをさらに魔法の術式破壊に特化した術。衝撃波としての威力はないに等しいが術式は破壊できる。

紅焔…火属性依存の二回攻撃。一見シンプルだが、神話級激レア(所謂UR)のスキルなので強力。本編では、全てを焼き尽くすかの如き炎を発現させる。

Granatrot Gebrüll(グラナートロート・ゲブリュル)…“紅の咆哮”。かつてシュネーが使っていた強力な砲撃魔法。威力はなのはのディバインバスターを軽く凌ぐ。

戦技・三竜斬…斬属性の三回攻撃。竜を切り裂くが如き連撃を繰り出す。


たった一体の守護者相手に一話以上使う……あれ?このペースだと話数ががが……。
まぁ、今回が特別なだけなんですけどね。
ちなみに今回使っている霊魔相乗。所謂DBの界王拳のように、一定までなら負担はほとんどなくて済みます。その限界は大体六割程まで。つまり、今は負担が掛かっています。
それでも十割よりは圧倒的に軽いですが。 

 

第129話「守護者討伐と……」

 
前書き
とりあえず妖初戦決着。
序盤から強敵ですが、優輝以外も活躍していくので何とかなります。

前回の最後から少し遡った場面から始まります。
なお、本編中でのシャルの形態はフランのあの杖に魔力の刃を纏わせ、剣として扱える形となっています。(今更)
 

 




       =out side=





 ……この場において、驚愕しなかった者は存在しなかった。
 優輝が妖にとの戦闘で校庭に突っ込んできた事。
 優輝と妖の力の凄まじさ。妖の容姿が明らかに人間だった事。
 何よりも、知っている者にとって、その妖の存在は驚かざるを得なかった。

「吹き飛べ」

     ドンッ!!!

 しかし、一つの事に驚き続ける暇もなかった。
 その妖は優輝のカウンターにより吹き飛ばされ、校門から飛び出していった。

「嘘……だろ…?」

「今のって……」

 優輝のクラスメイト、聡と玲菜も驚きのあまり声を漏らす。
 それは、優輝の力ではなく、妖の姿に対する驚きだった。

「っ……!?」

 今度は優輝から力が渦巻く。
 霊力も魔力も感じ取れない一般生徒にはわからないが、それは霊力と魔力を掛け合わせる事による一種の反則技。出力を誤れば負担で体がボロボロになる代物だった。

     ギィイイン!!

「っ、まずっ!?」

「うわあああああ!?」

「きゃああああ!?」

 優輝のシャルと、妖の大剣がぶつかり合い、衝撃波が広がる。
 咄嗟に司がジュエルシードの魔力で防いだ事で、強風程度に抑える。

「これは……周りに被害が出るね……」

〈隔離結界を張っておきます〉

「シュライン、よろしくね」

 周りにも被害が出ると断定した司はすぐさま結界を張る。
 優輝と妖を包み込むように空間の位相をずらし、周りに被害が出ないようにした。

「……司さん、あれって……」

「気づいた?…うん、あれは緋雪ちゃんだよ」

「でも、死んだはずじゃ……」

 司が衝撃波を防ぐ際、聡たちの近くに来ていた。
 聡は何か知っているのかと思い、司に尋ねた。

「……そう。死んだはず。だから、あの緋雪ちゃんは偽物のはずなんだよ。優輝君も、それは分かってるみたい。……だけど、あれは…」

「……笑ってる…」

「うん。まるで、狂っているかのよう」

 笑いながら優輝を攻撃する緋雪の姿をした妖。
 それを見て、大部分の生徒が恐怖に陥る。

「……司さんは、止めないのか?」

「……止められないよ。あの戦いには割り込めないし、優輝君の邪魔になる」

「でも、偽物とは言え妹の姿をしている相手と…!」

 明らかな殺し合い。だからこそ止めたいと聡は思った。
 だが、司は割り込めない。戦闘が激しく、優輝の戦闘スタイルの関係で不用意に参戦するのは返って邪魔になってしまうと分かっていたから。
 そして、何よりも……。

「……だからこそ、だよ」

「え……?」

「緋雪ちゃんの姿をしているからこそ、優輝君は赦せないんだ」

 ……何よりも、優輝の怒りを見たからこそ、割り込むべきではないと判断した。
 それは、緋雪に対する明らかな侮辱。妖として存在するのは、“人間”として在り続けたいと願った緋雪を貶めるようなものだったからだ。

「っ………」

「……簡単にだけど、説明するよ。今、日本全土に目撃情報が出ている謎の生物は、妖と言う…まぁ、妖怪みたいなものだと思って。……その妖が現れる原因が、“幽世の門”。幽世って言うのはあの世みたいなもので…私も詳しくは知らないけど、そこに繋がっている門から、妖は出てくるの」

「……じゃあ、あの緋雪ちゃんも…?」

「多分、ね。それも、他より格段に強い…」

 会話している最中も、激しい戦いが繰り広げられる。
 それを、司達は見ている事しかできなかった。







「な、なぁ!今、言っていた事って……!」

 緋雪の姿をした妖…否、“狂気”が放った言葉について、聡は司に尋ねた。
 いくつか気にするべき点はあったが、聡が最も気にしたのは…。

「……優輝君が、緋雪ちゃんを殺した事?」

「あ、ああ……」

 ただその一点だった。
 妹を…家族を殺す。それは明らかにおかしい事だった。
 だからこそ聡は聞き流す事が出来ずに司に尋ねた。

「……私も、知らなかったよ。元より、緋雪ちゃんの死因は多分優輝君以外誰も知らない。交通事故扱いされているのも、誤魔化すためだったから」

「っ、じゃあ……!」

「……だけど、そうせざるを得なかったんだろうね」

 シュラインを握る力が自然と強くなりながら、司は絞り出すように言う。

「何があったのかは、詳しくは知らない。でも、優輝君は緋雪ちゃんを殺さざるを得ない状況に陥った…ううん、もしくは、緋雪ちゃんがそれを望んだのか…」

「それは…」

「少なくとも、そうせざるを得ない理由があるはずだよ」

 司の説明に、それを聞いていた者は納得できなくとも理解はした。
 しかし、それが聞こえていない者は、やはり優輝への疑念が大きくなった。
 妹を殺した人殺しなのかと、大半の生徒はそう思ってしまったのだ。

「……今は、黙って見ていて」

「黙っても何も……」

「こんなの見せられたら……」

 絶句するしかない、と聡と玲菜は思う。あまりにも戦闘が激しいからだ。
 “狂気”の分身魔法により、戦闘の苛烈さは増していた。
 それは、まさしく逸話の再現。
 ベルカ戦乱に君臨した恐怖の象徴“狂王”と、民を導いた王“導王”の戦い。
 その戦闘はそれを表していると言っても過言ではなかった。

「(……凄い。四体を相手に、上手く立ち回っている)」

 飛び交う魔力弾、炎や風の刃、魔力や霊力の矢。そして斬撃。
 それらを優輝はいなし、躱し、防ぎ、凌いでいた。
 振るわれた剣を紙一重で上体を反らして避け、次に繰り出される斬撃を受け流す。
 襲い掛かる魔法や霊術をひらひら舞う木の葉のように避け、時には切り裂いた。

「さ、聡、見える?」

「……いや、速すぎて何をやっているのか…」

「(……まぁ、普通はそうだろうね…)」

 斬撃が繰り出され、魔法や霊術が振るわれる度、周囲へ被害が広がる。
 司の結界で校舎や住宅にこそ被害は出ていないものの、校庭は荒れに荒れていた。
 斬撃を避ければ地面が切り裂かれ、魔法や霊術を避ければ地面が爆ぜる。

「っ……!」

   ―――“導王連掌波(どうおうれんしょうは)

 刹那、連続で襲い掛かった分身三体を優輝は連続で吹き飛ばした。
 全てがカウンターによる掌底。攻撃を誘導し、逸らした上での反撃だった。
 敵の攻撃さえも導く導王流だからこそできた事だった。

「危ない…!」

「つ、司さんは見えてるのか?俺にはもう何が起こっているのか…」

 カウンター後に本体から攻撃されたのを見て、思わず呟く司。
 その呟きを聞いて、高速で行われている戦闘が見えているのかと尋ねる聡。
 なお、その攻撃はあっさりと弾いて逸らしていた。

「まぁ、ね…。分身で力が落ちているとはいえ、多対一って言うのは厄介だよ」

「よっ…と。優輝だからこそ大丈夫だとは思えるんだけど…やっぱり、実戦って言うのは怖いものだね」

 戦闘から目を離さずに会話していると、そこへアリシアがやってくる。
 窓の外にある縁に腰かけ、冷や汗を垂らしながらもそう言った。

「て、テスタロッサ先輩!?」

「はろはろー…なんて、気楽にいられる訳ないよね。司、一応伝えておくけど、他の妖はあまり寄ってきてないみたい。だから今はあの緋雪そっくりな妖に注意しておけばいいよ」

「伝達ありがとう。……そろそろ、状況が変わる頃だよ」

 司がそういうや否や、優輝が分身を倒し始める。
 相手の攻撃すら利用した一連の流れに、驚愕と同時に凄さを感じていた。

「……え…?」

「……消えた?」

 しかし、その直後。“狂気”が何かを発動させた瞬間、姿が消えた。
 優輝と共にいきなり姿を消した事に、皆が困惑する。

「……司」

「うん。…結界の反応がある。多分、何かしら特殊な結界に取り込んだんだと思うよ」

「優輝は…無事なのか?」

「分からないよ。…でも、きっと大丈夫。」

 いつも困難を乗り越えてきた彼だからこそ。
 そういった信頼を込めて、聡の問いに司はそう答えた。









「っぁあっ!!」

     ギィイイン!!

「くっ……!」

 結界内にて、一歩踏み出すように前に出た優輝は一気に“狂気”に肉迫した。
 シャルを振るい、“狂気”も応戦するように大剣を振るう。
 ぶつかり合い、甲高い音が響き渡る。
 ……力は拮抗していた。未だに優輝の方が力は劣るが、攻める側なのが功を奏した。

「ふっ!」

「っ!ぜぁっ!」

「っ!」

 鍔迫り合いの状態から蹴りが繰り出され、優輝はそれを受け流す。
 同時にその勢いを利用して回転切りを放つが、魔力を込めた手刀で防がれる。

「焼き払え、焔閃!」

   ―――“Lævateinn(レーヴァテイン)

 空いた片手で炎の斬撃を繰り出す“狂気”。
 それを短距離転移で優輝は避け、背後に回ろうとして……。

「……あはっ♪」

   ―――“Zerstörung(ツェアシュテールング)

 薙ぎ払うように転移先が爆発に覆われる。
 即座にもう一度転移して距離を取った優輝に、さらに追撃が襲う。

「注げ注げ!星の果実の雨を!」

   ―――“Stern Regen(シュテルン・レーゲン)

「ちぃ……!」

 降り注ぐ魔力弾の雨。それを魔法陣の足場を作って跳ねるように躱す優輝。
 弾幕の密度は高いが、全てが直線的。しかし、厄介なのは……。

     キィイイン……!

「っ………」

 魔力弾が地面に当たる度、血色の水面に波紋が広がる。
 そして、その都度精神を蝕むような感覚に優輝は見舞われる。

「ふふふ…!うふふ…!ねぇ、ねぇ!どんな気持ち?どんな気持ちなの?心がどんどん狂気に呑み込まれていくのは?怖い?苦しい?辛い?それとも……快感?」

「黙れ」

 煽るように言う“狂気”に冷たく言い放ち、優輝は短距離転移を使う。
 背後からの斬撃をお見舞いしようとするが、“狂気”はそれを予期して防ぎ…。



 横から回転しながら飛んできたハンマーに吹き飛ばされた。

「僕ばっかに構っていると、横入を喰らうぞ?まぁ、今のも僕の仕業だが」

「あはっ、あはは…!……いいねぇ!潰してあげる!!」

「…………」

 ハンマーは優輝が創造しておいたもので、転移と同時に回転させつつ発射したのだ。
 それをまともに食らった“狂気”は怒りを抱き、大剣を振りかざす。

「ふっ!」

「っ!?」

 振るわれる大剣は悉く受け流され、躱される。
 同時に放たれる魔力弾や霊術も悉く防がれ…代わりに繰り出される反撃。
 シャルによる斬撃、魔力弾、果てには拳。そのようなカウンターが放たれる。

「ぐ、ぅ……!?」

「動きは分かった。…やっぱり、狂気の塊なだけあって単調だな」

「何を……!」

「お前じゃ、緋雪やシュネーには到底敵わないって事だ!」

   ―――“導王穿貫掌(どうおうせんかんしょう)

 放たれた掌底が“狂気”の腹を穿つ。
 掌に込められた霊力は“狂気”の体を貫通し、風穴を開けた。

「かはっ……!?」

「終わりだ“狂気”。生憎、この結界による精神干渉など…哀しみ、苦しんでいた緋雪やシュネーの表情に比べれば、どうって事ない!」

「っ……!?」

   ―――“疾風迅雷”

 愚直なまでの一直線な動き。しかしそのスピードは計り知れない。
 さらには、短距離転移を多用し、様々な角度から斬りかかった。
 ……超高速の斬撃が“狂気”を襲った。

「っづ……!」

「まだ息がある上、傷つけた傍から再生するか……なら」

 まともに攻撃を受けたため地面へと落ちていく“狂気”。
 それを先回りするように優輝は転移で地面に降り立つ。
 ……そして…。

「一歩、無間」

     ドンッ!

 一歩踏み出し、瞬時に“狂気”の落下地点近くに間合いを詰める。
 まさに“間”合いなど“無”し。距離などあってないようなものだった。

「二歩、震脚」

     ズンッ……!!

 霊力と魔力の入り混じった力が、脚を伝い地面を震わせる。
 その凄まじさは結界にまで及び、空間に罅が入る。

「三歩、穿通!!」

   ―――導王流弐ノ型奥義“終極”

「―――――」

 そして、最後の一歩と同時に落ちてきた“狂気”を再び打ち上げた。
 正しくは、“狂気”の(.)(.)(.)をアッパーで上空へ飛ばした。
 ……そう。今の一撃で“狂気”の体は上下に分かたれていた。
 また、その余波により結界が崩壊していった。

「…………」

「っ……あは、さすが…ムート(お兄ちゃん)……」

「終わりだ」

 上空へ飛んだ“狂気”に回り込むように優輝は転移する。
 力なく優輝を見てそういう“狂気”に、優輝は容赦なくシャルを突き立てた。







     ドン!

「っ……!」

 何かが崩壊する音と共に、校庭に突き立つように何かが落ちてくる。
 さらに遅れてもう一つ“ドサリ”と何かが落ちてきた。

「っ…!?あれ、は…」

「うっ……!?」

 その落ちてきた正体に、司は言葉をしばし失い、玲菜は吐きそうになる。
 玲菜だけではない。それを見たほとんどの者が吐き気を覚えた。

「…っ、守護者とはいえ、体の構造は同じ……か」

「うっぷ…私も無理……」

 司も気分を悪くし、アリシアもまた吐きそうになっていた。
 ……当然だ。遅れて落ちてきたのは“狂気”の下半身。
 先に落ちてきたのは残りの上半身と、その胸にシャルを突き刺すように落ちてきた優輝だったからだ。

「……くふっ……」

「……まだ、生きてるのか」

 血を口や分かたれた部分の腹から垂らしながらも、“狂気”はまだ生きていた。
 厳密には違うとはいえ、“狂気”もまた緋雪と同じ。
 頭と心臓を潰さない限り生き永らえる吸血鬼には変わりなかった。

「皆にこんな残酷な状態を見せるのも悪い。……消えろ」

「……お疲れ様、お兄ちゃん……」

「…………」

 グローブ形態にしていたリヒトを剣に変え、振り上げる。
 労わるように“狂気”が口を開くが、優輝はそれを無視する。
 そして、振り下ろす瞬間……。

「……できれば、妖として会いたくなかったな」

「っ……!?」

 そういって、“狂気”の妖は首を断たれ、息絶えた。







「……終わりね」

「封印……っと」

 そしてその同時刻。リヒトから合図を受け取った事により、椿達が門を封印した。

「戻りましょ。まだ妖は残っているかもしれないし」

「守護者は倒したとしても、残滓があるだろうからね」

 そういって椿と葵は地面を蹴り、大きく跳躍。
 相当なスピードで学校へと戻っていった。







「……なんだよ」

 黒い靄のようになって消えていく“狂気”の妖を見ながら、優輝はそう呟く。

「なんで、最後にそんな事を……」

 全くもってやるせない。そんな気分が優輝を襲った。
 “狂気”の妖が遺したその言葉は、明らかに“緋雪として”の言葉だった。

「……ちっ…!」

〈マスター……〉

「……大丈夫だ。折れる訳じゃない」

 心が折れたり、挫ける訳ではない。
 しかし、確かに優輝の胸中は複雑なものになっていた。

「優輝君!」

「司……」

「……お疲れ様」

「……ああ」

 優輝の、身体的ではなく精神的に疲れた表情を見て、司は簡潔な言葉で労わる。
 優輝にとってその方がありがたいものだった。

「……ったく…なんでよりにもよって緋雪を守護者に選ぶんだ……」

「守護者って、そういうものなの?」

「椿たちの言う限りじゃ、大抵その地にある妖怪の逸話とかから守護者が決まるらしい。……まぁ、海鳴市にはそんな逸話がなかった。だから消去法で吸血鬼の化け物になりかけた緋雪を“門”が選んだ…って所か」

 確かな苛立ちを滲ませる優輝に、司はどう声を掛ければいいのかわからなかった。
 すると、そこへ一つの影が降りてくる。

「戦闘が終わったから行くように言われたけど……これは一体…」

「アリサか……裏門の方はどうなんだ?」

「一気に妖の数が減って残党狩りになったから帝に任せてきたわ。あいつが一番労力を使わずに仕留められるし。一応、すずかと奏が監視に残ってる」

「なるほど」

 “狂気”の妖との戦闘中、裏門ではずっと妖との戦いが続いていた。
 と言っても、数はだいぶ減っており、そこまで大変ではなかった。
 ただ戦闘の激しさが伝わってきたため、不用意に助けに行っても邪魔になるだけだと奏やすずかが判断し、裏門の防衛に徹する事にしていたらしい。

「一応、奏がサーチャーを飛ばしていたから何があったかは一通り知っているけど……」

「……門の守護者を倒して、椿と葵に門の封印を任せた。妖の気配が明らかに減った事を見るに、封印は終わったみたいだ」

「……そういえば、空気もどことなくマシになったような……」

「門から瘴気が出ていたからな。封印でそれもなくなったからだろう」

 辺りに漂っていた少し異様な雰囲気が薄れている事に司は気づく。
 大気中に増えた霊力はそのままとはいえ、どことなく“危険”さはなくなっていた。

「詳しくは椿たちに聞かないと分からないが、少なくともさっきまでよりは格段に安全になったはずだ」

「……そのようね。……でも、それよりも気になるのが…」

 アリサが校舎の方に目を向けると、そこには“優輝に対する”恐怖の視線がいくつもあった。……ほとんどの生徒、教師が優輝を恐れるように見ていたのだ。

「妖とはいえ、目の前で人型の存在を殺したんだ。それも、上下に分断して心臓を刺した上で首を刎ねるおまけつきだ。……“よくやった”と出迎える方がおかしい」

「……どうして!?優輝がいなければ……ううん、誰かが戦わなければ今頃…」

「人は得てしてそういう存在だ。脅威となり得る力で何かを殺せば……殺す相手が何であれ、その人物を恐れる」

「そんなの……!」

 それはおかしいというアリサと司。
 それに対し、優輝はどこか落ち着いて、それでいて諦観した面持ちだった。
 ……シュネーの時も、似たようなものだったからだ。

「今回の場合はそれだけじゃないな。……厳密には偽物とはいえ、目の前で家族を…妹を殺すような奴を、恐れない訳がないだろう?あの妖が言った事も拍車を掛けている」

「でも、それは……!」

「どんな訳があったにせよ、それを知らない人物にとって僕はただの人殺しにすぎない。ほら、事情を知っているはずの奴も、ああやって憤っているだろう?」

 そういって優輝が示す先には、屋上に戻ったアリシアとなのはに引き留められている神夜の姿があった。

「っ………」

「まぁ、でも、二人が言い返したくなるのも分かる。……僕だって、何も知らない人たちに緋雪に関する事で勝手な事は言われたくない」

「え……?」

 密かに怒りを秘めたその言葉を聞いて、司は思わず気圧される。
 そこへ、制止を振り切ってきた神夜が降り立ち、掴みかかってきた。

「おい!」

「……なんだ」

「なんであんな殺し方をした!一般人も見てる中で、どうして!」

 胸倉を掴み、捲し立てるように言う神夜を冷めた目で見返す優輝。

「お前は、未知の強敵をそんな生温い考えで倒せると思っているのか?ああなったのは確実に仕留める際の過程でなっただけだ」

「なっ……!?お前、自分の妹を…!」

「アレは緋雪じゃない。似ているだけの存在だ」

「だからってあんな殺し方をする奴がいるか!ちっとも躊躇わずに殺しやがって……血も涙もないのかお前は!!」

 その瞬間、優輝は胸倉を掴む手を、逆に掴み返した。
 ……そろそろ、優輝も限界だった。

「だったら、どうすれば良いと言うんだ?」

「は……?」

「どうすれば良かったと聞いているんだ!」

 胸倉を掴む手を振り払い、優輝は叫ぶように言った。

「っ、それは……」

「血も涙もない?ふざけるな!緋雪の…妹の姿をしていたからこそ!赦せなかったんだよ!!いつまであいつを苦しめるつもりだ!いつまで…いつまで化け物扱いをするんだ!!」

 緋雪の姿をしているからこそ、優輝は速やかに倒した。
 その存在そのものが、緋雪を化け物扱いし、貶めているように見えたから。

「っ…だ、だけど、お前が妹を殺した事実は変わらない!この人殺しが…!」

「……敵の言う事を鵜呑みにするなと言いたい所だが……ああ、そうさ。どんな形であれ、僕は人殺しさ。妹をこの手で殺めた、人一人も救えない愚か者さ!」

「開き直ったか!この屑野郎が!」

 言い返す優輝に、神夜はアロンダイトを振るう。
 だが……。

     ギィイイン!

「なっ……!?」

「……ダメだよ」

「あんた達!いい加減にしなさい!!」

 それは司のシュラインによって防がれ、また恐れの視線を向けていた校舎の皆に対しアリサが大声で一喝した。

「……別に、自分で何とかしたんだけどな」

「……だったら、そんな苦しそうな表情をしないでよ、優輝君…!」

「苦し、そう…?」

 司に指摘され、優輝は咄嗟に顔に手をやる。
 ……確かに、苦しそうに歪んでいた。

「……嗚呼、そうか。嫌、だったんだな」

「当然だよ。……誰だって、大切な家族の事を勝手に言われたら嫌だよ」

「……司、ありがとう。落ち着いたよ」

 息を吐き、少し気を落ち着ける。

「……一体、これはどういう状況なのかしら?」

「椿、葵。戻ってきたのか」

「私もいるわ」

 そこへ、椿と葵、そして奏が横に並ぶように着地してきた。
 奏は屋上から、椿と葵は遠くから跳躍してきたらしい。

「僕が緋雪をこの手で殺した事が知られた」

「それは……まぁ、こうなるわね」

 アリサが一喝したとはいえ、まだ半数以上が優輝を睨むように恐れている。

「っ……優輝!!」

「……聡?」

 そこへ、窓から身を乗り出した聡が優輝を大声で呼ぶ。

「……説明、してくれないか!?お前が、あんな感情を露わにするぐらいの事なんだ!何か……訳があるんだろう!?」

「……お前…」

 知らなかった事が多かったとはいえ、大事な友人の一人。
 そう思ったからこそ、聡は恐怖よりも心配が大きくなり、優輝に問うたのだ。

「……良い友人を持ったね。優ちゃん」

「……そう、だな」

 葵にそう言われ、少し心が和らぐ優輝。

「……妖について説明する前に、まずは緋雪の真実を伝えなきゃな」

「もしかして、前世とかも話すつもり?」

「いや、そこは省く。言うのは吸血鬼に関する事だ」

 誤解されたままでは碌に説明できないからと、優輝は緋雪の死の真実を伝える事に決める。

「椿と葵は見張りを続けてくれ。確か、緋雪の事は全部知っていただろう?」

「ええ。一応ね」

「あ、そうだったの?」

 椿と葵は知っていた事に、司は少しだけ驚く。

「おい!俺を無視するな!……っ!?」

「黙って。余計な口を挟まないで欲しいわ」

 途中からいない者扱いされた事に憤る神夜だが、奏に刃を突きつけられ、黙る。

「………真実を知りたいと言うのなら、体育館に集まってくれ!!嫌なら残ってくれて構わない。だけど、そうするのなら、緋雪の事で口出ししないでもらおうか!」

 霊力を一瞬だけ放出し、注目を集めながら優輝は大声でそういう。
 伝えるならば一か所に集めた方がいいと判断し、場所を移動する事にする。

「司、奏、皆の誘導を頼む。僕は先に行って頭の中を整理してくる」

「うん。任せて」

「分かったわ」

 その場を司と奏に任せ、優輝は一足先に体育館に向かう事にした。













 
 

 
後書き
隔離結界…文字通り結界内を隔離するもの。ただし、今回は天巫女の力を使ったもので、効果も大きい。しかも、外から中を見る事ができる優れモノ。

導王連掌波…攻撃に合わせて連続でカウンターを放つ技。連撃や複数相手のための技。

Stern Regen(シュテルン・レーゲン)…“星の雨”。スターボウブレイクとして使っていた魔法の上位互換。

導王穿貫掌…カウンターの際に相手を穿ち、貫通する程の掌底を繰り出す。導王流の単発技ではトップクラスの威力を誇る。

疾風迅雷…転移を多用し、様々な角度から高速で切り刻む。司の電光石火と似ている。

終極…導王流弐ノ型の奥義。一歩で間合いを詰め、二歩で力を溜め、三歩でその力を解き放ち、敵を仕留める。今回はアッパーだったが、仕留める際の攻撃は色々ある。どの形であれ、その一撃は一点特化であるためか、優輝の技の中でトップクラスの威力を誇る。東方の“三歩必殺”が一応元ネタ。ちなみに、壱ノ型と弐ノ型はどちらも奥義が複数ある。

“狂気”の妖…文字通り、狂気が形を為した妖。その姿は狂気の持ち主を模している。記憶、能力、容姿と、本物をほとんど模しているが、本人と純粋な狂気ではやはり細かい所が違った。しかし、その根底にある意志は―――……


守護者が使っていた固有結界っぽい結界ですが、司の隔離結界がなければ校舎ごと巻き込まれていたという裏設定があります。(蛇足的な補足)
頭と心臓を潰さないと死なないのが緋雪の肉体ですが、頭を潰す=首を断つでもあります。そのため、かつて緋雪を殺す時、そして今回は首を断ちました。ちなみに、分身は片方が潰れていれば消えます。 

 

第130話「説明、その一方で」

 
前書き
緋雪の真実、それと現状の説明。
そして、その頃の各地の様子です。
 

 




       =優輝side=





 ……吹っ切れたとはいえ、蒸し返されれば憤りは感じるのだろう。
 緋雪の事を好き勝手言われた時、それほどまでに僕は頭に来ていた。
 むしろ、よくあの場で怒鳴り散らさずに済んだと思える程だ。

「優輝!」

「アリシア、一足先に来たのか」

「うん。藍華と明人に一言声を掛けてからだけどね」

 体育館で皆が来るのを待っていると、アリシアが一番乗りしてきた。
 どうやら、友人(僕から見れば弓道部の先輩)に声を掛けてから来たようだ。

「……複雑な事情があるみたいだね」

「さすがにわかるか?」

「優輝が怒るぐらいだよ?遠目でもわかるくらいの怒気に、思わず神夜を止めに行くのを忘れてしまうぐらいだったよ」

 ……あの時、止めていたはずのアリシアが降りてこなかったのはそういう訳か。
 多分、なのはも同じ理由だろうな。

「緋雪……過去に何かあったんだね?それも、優輝が怒る程の何かが」

「……まぁな。説明は集まってからにさせてもらう」

「……了解。ま、私は優輝の味方でいるからね。これでもお姉さんなんだから!」

 “ふんす”と言った感じに腕をまくるアリシア。
 最近は姉らしい貫禄を持つようになったけど、如何せん身長と威厳が足りない。

「それにしても、いつもは頼りにしてる癖に、こういう状況になったら恐れるなんて、酷いものだよ。確かに信じられないだろうけどさ」

「……そうでもないぞ。どうやら、僕は友人に恵まれていたようだ」

 体育館の入り口の方に視線を向けると、そこには聡と玲菜がいた。
 その後ろには、小学校からの友人やこの学校で出来た友人もいた。
 ……他の生徒よりも先にここに来たようだ。

「……優輝」

「真実を聞く覚悟はできているんだな?どう言い繕った所で、僕が緋雪を殺したという事実は変わらないし、否定しない」

「そうなのか……」

 代表して聡が僕に声を掛けてくる。

「……いや、お前程の奴が思い詰めてしまう程の事だ。……なら、せめて俺達はお前を否定しない。俺と玲菜も、お前に助けられたからな」

「そうか……助かる」

 本当にいい友人を持ったものだ。
 ほとんど知らなくても、こうして信用してくれる。





「……集まった……か」

 総勢750人程の生徒と教師が集まる。
 ……どうやら、全員が集まったようだ。

「……さて、全員が集まったようだし、話すとしよう」

 前の檀上に立ち、霊力を用いて声を響かせる。
 マイクのように音を大きくするというよりは、霊力を広げて浸透させる感じだ。
 これで、騒めいていた体育館内の注目が全部こちらへ集まる。

「状況が状況なので、深く話す時間はない。よって、ある程度簡潔に話すが……まず、知ってもらう真実は、僕の妹、志導緋雪は吸血鬼だ」

 その言葉の時点で、一気に騒めきが大きくなる。
 そりゃそうだ。“吸血鬼”。それは人外の中でもポピュラーな存在。
 緋雪がその存在だった時点で驚きだろう。

「嘘だと思うだろう。ありえないと思うだろう。……だけど、事実だ。正しくは、吸血鬼によく似た生物兵器……だがな」

「優輝君……」

 “生物兵器”。その単語を言う時に若干拳に力が入る。
 それに気が付いたのか、司が心配したようにこちらを見てくる。
 ……大丈夫。問題はない。

「生物兵器。……この単語の時点で皆は嫌な想像しかできないだろう。……ああ、その通りだ。僕だって思い出したくもない。……先に言っておくが、緋雪は元は人間だ。攫われ、人体実験をされた結果、こうなった」

 前世の事は省く。今は伝える必要がないし、伝えるとさらに混乱する。
 今話すのは緋雪の事。生物兵器と言う宿命を背負わされた事だ。

「生物兵器としての特徴を話しておこう。まず、身体能力は吸血鬼によく似たと言われるだけあって並外れている。腕力は大木を薙ぎ倒し、脚力は校舎を軽々飛び越えるだろう。……そして、吸血能力。これが吸血鬼に似ると言える所以だ」

 そのまま特徴を話す。
 常に血を必要とする事。
 再生能力は高く、心臓と頭を潰さないと再生する事。
 ……そして、何よりも血を吸い続けると理性がなくなっていく事。逆に吸わなければ体が自壊して死に至る事。……それを皆に伝えた。

「緋雪は悲しんだし、嘆いた。どうしてこんな体になったのかと、どうして自分がこんな目に遭わなければならないんだと。……僕も同じだ。なんで緋雪が、妹があんな目に遭わなければならないと!何度も憤った!」

 理性を失う事、血を吸わなければ自壊する事。
 これを聞いて一部の人や教師陣はある程度察したらしい。
 なんで緋雪が死んだのか。なぜ僕が殺したのか。

「……それでも、人間らしく生きた。体を作り変えられる前と同じように、笑って、遊んで、楽しんで……“普通”に生きようとした。僕も尽力したさ」

 ああ。その後は容易に想像できるだろう。
 ……そんなの、“続く訳がない”と。

「でも、限界が来た」

 実際、ムートの時も限界だった。
 民からの恐怖は防ぎきれなかったし、シュネーの心は限界寸前だった。

「血を吸わずにいれば、自壊する。逆に吸えば、心まで“人間”ではなくなる。それに、人に迷惑を掛ける。……なら、どうするべきか?……その答えが、“死”だ」

「っ………」

 何人もの人が息を呑んだ。
 ああ、大部分が理解しただろう。理解してくれないと、困る。

「心も体も人ではなくなる。それを緋雪は拒んだ。せめて心は“人間”のままでありたいと。……そういって、僕に殺される事を望んだ」

 実際、殺される事を望んだ緋雪の胸中が、どんなものだったか僕だって分からない。
 まだ生きていたいのに、それでも死を望んだ緋雪は、一体……。

「……だから、殺したんだ。緋雪が、最期まで笑っていられる選択は、もうそれしかなかった。……これが、緋雪の、僕の妹の死の真実だ」

 誰もが絶句していた。特に、緋雪の同級生だった奴は。
 思いもよらなかったのだろう。こんな身近にそんな重い話があるとは。

「これを聞いて、なお僕の事を人殺しだと罵るなら罵るがいい。僕と緋雪がどう思っていたにしろ、その事実は変わらない。……変えるべきではない」

 “人殺し”。つまる所“人”を殺した証とも言える呼称だ。
 ……それは、最期まで“人”でありたいと願った緋雪を人足らしめている事でもある。

「だけど、それで緋雪が殺されて可哀想などと、勝手な考えはやめてもらおうか。望んでない結末にしろ、緋雪は笑って逝った。“人間”のままであるために。……まぁ、身の上の話でそう思うのは構わないが。……以上だ。長々と聞かせてすまない。でも、誤解されるぐらいなら説明しておきたかった」

 そういって、僕は話を終える。
 ……誰もが立ち尽くしている。ただでさえ驚きの連続な状況が続いているのに、緋雪の真実を話したらこうなるのは当然だ。

「優輝君、緋雪ちゃんの事を話したのはいいけど、この状況の説明は……」

「……さすがに連続で聞かせるのはまずいな…。でも、知っておいてほしいしな」

 司の言葉に少し頭を悩ませる。
 ……それに、学校の皆だけじゃなく、住宅地の人達も知るべきだ。
 けど、だからと言って毎回説明していられる程余裕はない。

「……しょうがない。まず先生たちに知ってもらって、先生から皆に教えてもらおう」

「丸投げするんだね……」

「事態が事態だしな。……それに、管理局への応援要請も済ませている。夜中に緊急要請もあったから、管理局ももうすぐやってくる。そっちと連携も取らなきゃならん」

「……そうだね」

 門を探している間にクロノ達に連絡を入れておいた。
 ロストロギアが現在進行形で猛威を振るっているならば、すっ飛んでくるはずだ。

「とりあえず、先生達に声を掛けてくる。司達はできれば皆が変な行動をしないように見張っていてくれ」

「……校舎に戻しても?」

「大丈夫だ。……だけど、体育館にいた方が把握はしやすいな」

「分かった。こっちは任せて」

「優輝さんも、説明は任せたわ」

 司、奏にそう伝え、僕は先生達に声を掛け、体育館横に集まってもらう。





「……それで、今度は何の話だ?」

 体育科の近郷先生が代表して聞いてくる。
 ……先生方も中々に顔色が悪い。よく理解したからこそ来るモノがあったのだろう。

「……今の状況についてです。……尤も、僕も一部しか把握できていません」

「校舎に集まってきていた変な奴らの事か……」

 とりあえず、簡潔に妖について話す。
 幽世の門の事、そこから湧き出るのが妖である事など、必要事項を話す。

「大体は理解できた。……こんなオカルト染みた事が日本全土にか…」

「江戸時代にも同じ事があったらしいですけどね……」

「……じゃあ、それに対抗できる志導達は一体何なんだ?志導達の他にも、見かけない少女が二人いたが……」

 あの混乱しそうな状況下で誰がいたのか大体把握しているのは凄いな……。

「……妖…妖怪に対抗する存在と言えばわかりやすいでしょう?」

「……陰陽師…」

「その通りです。それとあの二人ですが…式姫と言って、所謂式神に似た存在です。僕の家族でもありますけど。」

 厳密には霊術使いの域を出ないけど、そこは分かりやすい説明でいいだろう。

「ただ、同時に魔導師と言う存在でもあります」

「魔導師……魔法使いか?」

「和と洋が入り混じってるな……」

 榊先生の言葉に苦笑いする。まぁ、確かに入り混じってるな。

「話せば長くなりますが……簡単に言えば、地球とは別の世界では魔法が発展しており、僕らはその力を扱えるという訳です。……また、陰陽師と同じように西洋には魔術師と言うのもいますが…まぁ、今は関係ないですね」

「……頭が痛くなってきた…」

 気持ちは分かりますが、今は我慢してください。

「その別世界から時空管理局と言う組織がもうすぐやってくるので、その事も言っておきます。……管理局については、警察みたいなものだと思ってください」

「警察…そうだ。警察は今どうしているんだ?」

 そういえば、他の場所の状況を僕らは把握していない。
 それに、警察も無力ではないはずだか……。

「身近な組織を忘れてましたね…。先生方から伝えておいてください。僕は僕の伝手で警察に伝えておきます」

「……志導、お前はどうしてそこまで…」

「誰かを守る立場って言うのは、初めてではありませんから。……大切なモノを守るのは当たり前でしょう?」

 それを緋雪の事と受け取ったのかは分からないが、今ので先生達は納得したようだ。

「……では、僕らも動かなければならないので。校舎に張られた結界から出ない限り、相当安全なので皆に伝えておいてください」

「……ああ。……月並みな事しか言えんが、頑張ってくれ。無理は…するな」

「……はい」

 後の事は先生方に任せ、僕は司達を連れて屋上へと向かう事にする。
 アリシアだけはクラスメイトに一言言ってから来るようだ。
 ちなみに、先生達には校舎からは出ないようにちゃんと伝えてある。

「優輝!」

「聡、玲菜……」

 屋上に向かう途中、聡と玲菜が追いかけてくる。

「……どこに行くんだ?」

「日本全土がこんな状況になっている。その解決にだ」

「っ………」

 先ほどの戦闘を見て、その過酷さを想像したのだろうか。
 聡と玲菜は戦慄したような顔になり……。

「……深くは、聞かねぇ。……けど…」

「皆...無事に帰ってきて……」

「身近にいたお前や、司さん達があんな風に戦って…どんな人生を今まで送ってきたのか、俺にはわからん。だけど、これだけは言える……。俺は、待ってるからな!お前の友人として、待っているからな…!だから…だから絶対!無事に帰って来いよ!!」

 言いたい事は他にもあったはずだろう。
 だけど、それを押しこんで聡は僕たちを激励した。

「……ああ。絶対、戻ってくる。僕が約束を違えた事あったか?」

「ねぇな……ああ、一度もなかった」

 軽く笑いあい、すれ違いざまにハイタッチする。
 そのまま、僕は皆に視線を送り、一斉に屋上まで跳躍した。





『……状況は大体理解した。僕からも警察に伝えておこう。何、個人的な知り合いがいるから信じてもらえるだろうさ』

「では、そちらは任せます。士郎さん。魔法、霊術の分野は僕らが担当します」

 士郎さんに軽く状況を説明し、警察と連携を取ってもらうようにする。
 他にもリスティ・槙原さんが刑事なので連絡を取ろうと思ったのだが……。

「(……連絡先交換してない…。那美さんから伝えてもらおうにも、那美さんにも繋がらないし……)」

 連絡先を交換していなかったため、伝える事が出来なかった。
 しかも、那美さんとも繋がらない。

「……那美は退魔士だから、もしかしたら妖の対処に駆り出されているかもしれないわね……」

「……そうだな」

 見張りを続けていた椿が、繋がらない理由を推測してくれる。
 ……と、そこへアリシアが追いついてきた。

「お待たせ!クロノから通信は?」

「まだだ。……そっちはもういいのか?」

「うん。皆、深く聞かずに待っててくれるみたい」

 アリシアもいい友人も持ったらしい。……と言うか十中八九あの先輩達だな。
 プレシアさんやヴォルケンリッターも既に集まっている。
 リニスさんやアルフ、シャマルさんとザフィーラ、ヴィータは街に残っている。
 とりあえず、これで面子は揃った。

『優輝!ちょっといいか…って、そっちも行動していたか……』

「クロノ、とりあえずこちらで対処はしておいた。……が、魔法と霊術についてばれた上に、日本全土に影響が出ているから人手が足りない状況だ」

『さすが、行動が早いな……。状況確認がしたい。知っている部分だけでも経緯を教えてくれ』

「分かった」

 クロノからの通信に、僕は説明する。
 時々椿たちの補足を交えながらも、これからの行動のために細かく説明した。















       =out side=







   ―――……一方……。





     ドスッ!



「……っと……」

 場所は変わり、沖縄本島。
 そこにも妖は現れており、少し騒ぎになっていた。
 その中で、一人の女性が手に持った槍で他の人達を守るように戦っていた。

「あ、貴女は……」

「これで全部か?」

 槍を一回転させ、立てながら他の人達に尋ねる女性。
 赤い髪に獣の耳。尻尾も生えており、その恰好は身軽なものだった。
 ……些か、身軽すぎて露出が多いが。

「……守り人様…?」

「っ……その名、まだ知っている奴がいたのか…。まぁ、いいか」

 守られていた内の一人の呟きに、女性…シーサー(山茶花)は頭を掻きながら言う。
 だが、すぐに感じ取った気配に対して槍を構える。

「……倒した傍から湧き出てくるか…。……以前と同じだな」

「その恰好と槍は……」

「悪いが説明している暇は…っと、ない!」

     キィイン!ドスッ!

 再び襲ってきた妖の爪を弾き、串刺しにする。

「早く避難して警察を呼んでくれ。……オレだけでもやれる事はやるが、どこまで行けるか…」

「しかし……」

「早く!」

 シーサーの大声に、他の人は慌てて避難を始める。
 そして、一人残されたシーサーは……。

「妖……まさか、幽世の門が開いたというのか?なんで、この時代になって…」

 再び現れた妖を薙ぎ払いつつ、シーサーは駆ける。
 探しているのはどこにあるか分からない“幽世の門”。
 なぜ妖が現れたのか分からないが、あり得るならそれだと踏んでいた。

「とりあえず、“門”を閉じてからあいつらと連絡を取るか」

 シーサーが思い浮かべるのは、修学旅行の時偶然会った優輝達。
 他の式姫とも知り合っている彼なら何か知っているかもしれないと思ったのだ。

「はあっ!」

 気合一閃。見つけた妖を即座に串刺しにした。

「……やはり、衰えているか。大気中の霊力が増したとはいえ、あの時に比べればだいぶ弱まっている…。ちっ……!」

     ガキィッ!

 隙を突くように現れた妖の攻撃を槍で遮るように防ぐ。

「(“門”は……あっちか?)」

 僅かに瘴気らしきものが混じっている霊力を見つけるシーサー。
 それを辿るようにして、“門”を探す事にした。









「きゃぁああああ!」

「うわぁあああ!」

 幽世の大門がある京都。その中心地。
 そこでも妖が多く現れ始めていた。
 幸いにも警察が既に応戦をしているが、範囲が広いために阿鼻叫喚となっていた。

「ひっ、あ……あ……!?」

 その中で、逃げ遅れた子供が一人。
 目の前の妖に怯えるようにその場にへたり込んでしまった。

「させません」

     ザンッ!

 そこへ庇うように躍り出た影が一つ。
 子供の前に出たかと思えば、腰に携えた刀で妖の首を一閃の下に断った。

「……良かった、無事ですね」

「ぁ……」

「さぁ、早く逃げなさい。ここは私が何とかします」

「あ、ありが、とう……」

 優しく声を掛けると、子供はお礼を言って避難を再開した。

「……この状況でお礼を言えるとは…良き子供を守れてよかったです」

 守るべき者を守れたと、その人物……蓮は安堵する。
 しかし、すぐさま刀を構えなおす。

「しかし……」

 襲い掛かる蛇のような妖...七歩蛇(しちほじゃ)の攻撃を躱し、切り裂く。
 さすがと言うべきか、京都には妖怪の伝承が多く残っている。
 そのため、他の地域と比べて妖の質と量が多かった。

「これは一体、どういう事なのですか……?」

 目の前に広がる惨状。
 それはまるで、かつての江戸時代。
 幽世の大門が開かれていた当時のような様子だった。

「幽世の門が、現代において開いたというのですか……?」

 受け入れがたい現実。それが目の前に広がっている。
 各地で銃声が響いている。警察も応戦しているのだ。

「(……霊力も感じられる…。現代にも、陰陽師は残っていたのですね…。なら、私も……)」

 まずは住民の安全を。
 そう考えた蓮は刀を鞘に仕舞い、逃げ遅れた人を探しに行った。









「くぅ!」

「もう!何なの一体ー!?」

 愛知県の三河市。その一画にて。
 雷が迸り、鳥のような姿の妖…以津真天(いつまで)が撃ち落とされた。

「うぅ……軽く受けるんじゃなかった……」

 大声を上げた女性…那美は溜め息を吐きながらそういった。
 同行していた久遠も常に少女の姿を取っており、臨戦態勢を崩していない。

「それにしても、ここまでいきなり襲われるようになったのって…私達のせいじゃないよね?」

「くぅ……多分…そう?」

「嘘ー……。連絡を取ろうにもその暇がないし……」

 霊力で障壁を張りつつ、那美は嘆く。
 事の発端は、ニュースでもやっていた正体不明の存在…妖の正体を探るため、那美に仕事が入ってきたのだ。それを受け、今に至る訳である。
 ちなみに、那美にその仕事が来たのは目撃情報から一番近かったからである。

「……もしかして、これって妖怪と言うか…妖?」

「くぅ……?神様が言ってた…?」

「う、うん。今朝から感じられる霊力は多いし、椿ちゃん達からちらっと聞いた話からずれてないし……」

「……“幽世の門”?」

「あるの……かなぁ?」

 その予想は当たっているのだが、いまいち自分の予想に自信が持てない那美は、とりあえず原因を探るために移動を始めた。
 目指すのは、感じられる瘴気が強くなっている方向。
 それは、奇しくも幽世の門がある方向だった。









「ふっ……!」

「オオオオオオォッ!!!」

     ギィン!ドォオン!!

 振るわれた大きな拳を、刀で弾くように逸らす。
 逸らされた拳は横に逸れ、地面に窪みを作る。
 青森県陸奥市。下北半島にある恐山(おそれやま)と呼ばれる山の一画で、大きな鬼と一人の少女が戦闘を繰り広げていた。

「っ!」

 続けて薙ぎ払うように振るわれる足。
 少女はそれに手を添え、その勢いで飛び上がる事で回避する。

「はぁっ!!」

   ―――“斧技・雷槌撃”

「ヌゥウウウッ!!」

 御札から斧を取り出し、刀からそれに持ち替える。
 同時に雷を纏った一撃を振り下ろす。
 それに対して鬼は腕をクロスさせてそれを防ぎきる。
 ……斧の一撃は重く、本来なら腕は両断されるはず。
 しかし、鬼の皮膚は堅く、その一撃ですら軽い傷をつける程度しか効かなかった。

〈何ともまぁ、頑丈だねぇ〉

「軽口叩かない!……まったく、面倒なものね…!」

 ガードされた際に間合いを取って着地した少女はそう呟く。
 対し、首に掛けた小さな西洋剣のアクセサリーからの声はどこか他人事だった。

「マーリン。良い手はないかしら?」

〈何とも言えないね。妖相手は君の方が知っているだろう?〉

 少女…土御門鈴はデバイスであるマーリンに尋ねる。
 ……が、返ってきた言葉は所謂“自分で頑張れ”だった。

「まったく……!」

「ォオオオオッ!!」

 そこへ、休む暇を与えんとばかりに鬼の攻撃が迫る。
 鈴は“そういうと思った”とばかりに溜め息を吐き……。

「久しぶりに、手応えあったわ」

   ―――“刀奥義・一閃”

 その拳を躱した上で、首に一太刀。
 綺麗な軌道を描くその一撃は、見事に首を断った。
 闇雲に攻撃をしても徹らないのであれば、一点に集中させればいい。
 その一太刀に込められた力は、まさにそういったものだった。

〈お見事〉

「まぁ、これぐらいはね」

 小さな傷を何度も与えていたとは言え、ほぼ一撃。
 それだけで鈴は鬼の妖を仕留めた。

「封印……っと」

〈……ところで、これは君が言っていた“幽世の門”かな?〉

「……ええ。何の因果か、現代において再び開かれた。……嫌な予感がするわ。すぐに移動しましょう」

 すぐに下山を開始する鈴。
 降りた先には土御門家が手配した車があった。

〈魔法関連の事だけど、夜中に緊急要請があったよ。それも無差別にね。発生源は京都。……“幽世の大門”も京都にあったよね?〉

「……魔法が関わっていると言うの?」

〈憶測だけどね。……尤も、無関係ではないと思うよ。偶然にしてはタイミングが合いすぎている〉

「……………」

 下山の間、鈴は思考を巡らす。

「……もし、幽世が関わっているのなら、私や現代の退魔士だけでは対処できないわ。……助っ人を見つけに行くわ」

〈助っ人……当てがあるのかい?〉

「この状況下だからこその…だけどね。それに、協力してくれるとも限らない」

〈……それは、一体…〉

 マーリンにとって、鈴と出会ってから辿っても特定の頼る相手はいない。
 助っ人となる人物はいないと記憶していたが……。

「……助っ人は妖よ。妖と一概に言っても、中には理性がある者もいるの。さっきの大鬼だって、会話はしなかったけど理性はあったでしょう?」

〈なるほど……。それで、その妖の名前は?〉

 麓に停めておいた車に乗り込み、運転手に岩手県に向かうように指示する。
 そして、マーリンの問いに対して……。





「……悪路王よ」

 その名を告げた。







































「………あ、力が戻ってきた」

「本当?もしかしたら、誰かが倒してくれたのかもね」

「これなら元に戻れるかな。咄嗟に作った式神の体だと違和感があって……」

「そうだね……」

「“こっち側”からも何とかできないかな?」

「ちょっと考えてみるよ」





 ……動きがあるのは、現世(うつしよ)だけではない……。



















 
 

 
後書き
七歩蛇…“しちほだ”とも読む。四本の脚が生えた蛇型の赤い竜のような姿をしている。七歩も歩く事がができない毒を持つ事からこの名前を持つが、訓練を積んだ陰陽師や式姫には大したことはないらしい。

以津真天…鳥の姿をした妖。意味ありげな漢字だが、実際は当て字らしい。“いつまでも鳴く”ではなく“いつまで”と鳴くからこの名が付いたらしい。

斧技・雷槌撃…打属性依存の斧技。筋力による防御無視ダメージが大きい。雷と共に強力な一撃を放つ技。非常に使い勝手が良く、簡単に大ダメージが出せる。

大鬼…鈴が倒した鬼の妖。鬼の伝承は広く伝わっているので、割とどこにでも現れる。守護者となっていたので相当強い。見た目はでかくて厳ついありがちな鬼。

悪路王…今の所名前のみ登場。蝦夷の首長や盗賊の首領、鬼など諸説ある存在。この小説(と言うかかくりよの門)では鬼となっている。同一視される阿弖流為(あてるい)は彼の別側面の存在みたいな扱い。ちなみにイケメン。


中途半端(にわか知識も良い所)に知られたのなら、むしろ誤解されない程度まで説明していくスタイル。小学校が同じだった面子は愕然としており、そうでない人達も優輝の気迫から軽々しく考える物ではないと理解させられています。

後半の方であっさりと屠られた鬼ですが、その剛腕から繰り出される一撃は霊力と魔力の相性関係なしになのはの防御をあっさり貫きます(しかも本気ではない普通の一撃)。おまけに防御力も高いという中々の強敵ですが……あっさり屠られました。127話で椿たちに屠られた龍神も本来なら中々強い扱いです。相手が悪かったんや……。 

 

第131話「協力体制」

 
前書き
魔力は霊力と相性悪いと散々本編で言っていますが、上手い事運用すれば魔力でも普通にやり合えます。ただ、油断するとあっさり負けるってだけです。

色んなキャラに色んな見せ場をやりたいがために、展開をどうしようか随時考えてます……。4章や閑話で出たキャラも活躍させるつもりなので、見せ方がとんでもなく難しい……。
 

 




       =優輝side=





「―――これが、僕らの知っている事だ」

『そうか……』

 今までの経緯を説明し終わり、クロノは考え込む。

『……その“幽世の門”は、陰陽師…いや、霊術を扱えないと閉じられないのか?』

「そうね。少なくとも霊力が扱えないと閉じれないわ。……でも、魔法でも抑え込むことは可能よ。尤も、日本全土でそれをしてる余裕もないけど」

 餅は餅屋とでも言わんばかりに、霊力が必須となってくる。
 しかも、その霊力が強ければ強い程、妖も強くなる。
 それが日本全土だ。……状況は思っている以上に深刻だ。

「な、何とかならないの……?」

『海鳴市のみであれば、僕らでカバーする事ができた。……でも、今回は日本全土だ。いくら霊術を扱えなければ妖も弱いと言っても、解決しないのでは意味がない』

「加えて、ここは管理外世界。……ロストロギアが現在進行形で関わっていても、そこまで人員を割く事ができない」

「そんな……!」

 おかしいとは思うだろう。……だが、それが管理局と言う組織だ。
 人手不足な事もあり、管理外の世界まで見ていられないという訳だ。
 ロストロギアとしての被害も今の所日本だけなのも拍車を掛けている。

「妖自体には物理攻撃も通じる。警察や自衛隊が動いてくれれば、防衛だけなら日本の戦力だけでも何とかなる」

「でも、だからと言って任せっきりにはできないわ。……かつて幽世の門が開かれていた時は、一つの土地に住んでいた人間が全滅したもの」

「駿河……だったよね」

 強い霊力を持たなければ襲われない……だが、例外も存在する。
 駿河であった出来事とは、そういったものだったのだろう。

『元凶がいるのは……京都なのか?』

「かつて幽世の大門が開かれた時はそうだったわ」

「それと、緊急要請の反応は京都だ。……ほぼ確実にそこにあるだろうな」

 場所は既に判明している。
 でも、すぐそこに行かないのは……。

『……アースラから転移すれば、すぐにでも行けるが…』

「っ………」

「………」

 椿と葵の様子がおかしい。
 ……いや、その原因は分かっている。
 二人はかつて同じような事を経験している。……そして、当時の主を失った。
 ただ死んだという訳でなく、行方不明になっただけなのだが……。
 問題なのは失った事ではなく、自分たちが途中で戦線を離脱した事。
 ………つまり……。

「(……怯えているのか。敵の強大さに)」

 戦線を離脱した訳は、一朝一夕では治らない怪我を負ったから。
 負った原因は単純に力不足。
 ……故に、その時より数段強いであろう幽世の大門の守護者に、怯えていた。

「……椿、葵」

「……わかってる。わかってるわ」

「他の守護者や富士の龍神相手なら大丈夫だったけど……」

 いつもの二人らしくない。
 さっきまで堂々としていたのにこの怯えようだ。
 最近はよく一緒にいたアリシア達も、その様子に驚いている。

「……ふー……大丈夫。この程度で戦えなくなったら、式姫の名が廃るわ」

「うん。劣勢なんて逆境、いつも味わってた。……これぐらいの恐怖、なんとでもなるよ」

 だが、そこは経験豊富な式姫二人。
 気持ちを切り替え、体の震えを抑え込んだ。

『……二人がこんなになる程なのか……?』

「直接戦った事はないわ……でも、その時同行していた式姫が、全員満身創痍に追い込まれる程だったわ。決着の後、強制帰還を行ったけど……私達の主だけ、戻ってこなかった」

「……簡潔に言えば、文字通り神に匹敵…もしくはそれ以上の強さだよ。二年前の司ちゃんの力……あれが凝縮されたものだと思ってもいい」

 葵の言葉に、一瞬全員が言葉を失った。
 あの時の司の強さは、それほどまでに凄まじかった。
 それは負の感情に呑まれている時も、天巫女として覚醒した時のどちらもだ。
 それが、凝縮されたもの……どれほどの相手なのか、想像に難くない。

『そんな存在が地球に……』

「そ、そうや……そんなバケモンみたいな強さの存在がいたんやって言うんなら、少しぐらいなんかの話で残ってるはずなんじゃ……」

「……二度と“門”を開かれないようにするためにも、その存在を隠したのよ。残った陰陽師が情報を操作してね……」

「結果、あたし達も正体を隠しながら生きる事になったよ」

 だけど、それでも隠し通せる訳ではないだろう。
 沖縄で会ったシーサーさんが良い例だ。あの人は守り人として語られたのだから。

「……今重要なのは大門の守護者がいたかどうかじゃないわ」

『……そうだな。今は如何に状況を打破するかだ』

 原因はほぼ確実に幽世の大門が開かれた事だ。
 だが、それだとどうロストロギアが関わっていたのか分からない。
 第一に、幽世の大門は魔法では開けない。……いや、そこはロストロギアの特殊効果で何とかなるんだろうが……。
 ……あれ?それってつまり、ロストロギアは特殊効果持ち…?

『規模が日本全土となれば、助けて回るよりもさっさと原因を潰した方がいい。……幸い、元凶の場所も分かっているみたいだし…な』

「同感だ。悠長に助けて回っている方が、時間が掛かって被害も大きくなる。何より、霊力を持っている僕らはむしろ助けに動かない方がいい」

「そうね。江戸の時は相当な人数が霊力を持っていたから助けに動くべきだったけど、今はその判断で合っているわ」

 警察だって無能じゃない。ちゃんと武力を用いれば、そこらの弱い妖程度なら一般人を守りながらでもやり合えるだろう。

『何はともあれ、まずは合流しよう。少し待っていてくれ』

「分かった」

 クロノが何か指示を出し、少しすると僕らの足元に魔法陣が現れる。

「あぁ!シャマル達置いていくけどどないしよ……」

「そういえばアルフも……」

「そこは念話で何とかなるから大丈夫でしょ」

 はやてとフェイトが遅まきながらに気づいてそういう。
 即座に返されたアリシアの言葉にそれもそうかと納得したようだが。







「おい、ちょっと来てくれないか?」

「ん?」

「私達?」

「……俺もか」

 アースラに転移し、そこで織崎が僕ら転生者組を呼び止める。
 椿と葵も何故か呼ばれたが…なんだ?

「どうした?」

「少し気になった事があって、悪いけどクロノ達には話せない事なんだ」

「……そうか。なら、先に行っておく。あまり時間は掛けるなよ。」

 織崎の言葉に、クロノは僕を一度見てからそういった。
 ……おそらく、僕がいるから何かあっても大丈夫と判断したんだろう。

「……で、なんだ?手っ取り早く済ませたいんだが」

「じゃあ単刀直入に聞く。特に椿と葵にはな。……“かくりよの門”についてどこまで知っている?」

「は?知っているも何もさっき話してた……」

「待て帝。そういうつもりで言った訳じゃないようだ」

 いきなり何を言い出すかと思えば、これは多分……。

「……存在していたのか。“かくりよの門”と言う創作物が」

「なっ……!?」

「それってゲームとかの事?特にあたしとかやちゃんに聞くって事は……その創作物にあたし達が登場してるって事かな?」

 まさか何かしらの創作物として存在していたとはな……。
 って、今は“かくりよの門”についてじゃなくて……。

「お前は……未だに“原作知識”に頼っているのか……」

「質問に答えてくれ。どこまで知っているんだ!?」

 僕の言葉を無視するように椿と葵に問う織崎。
 ……お前、椿と葵を転生者だと思っていたのか…。

「どこまで知っているも何も、物語の登場人物がその物語の全容を知れる訳がないでしょう。勘違いも甚だしいわ」

「まさかとは思うけど、あたし達を転生者だと思っていたの?歴とした式姫なのに」

 椿と葵に転生者や“原作知識”……つまり創作物としてその事象などを知っている場合があるなどの事を話してある。
 だから、転生者関連の話になってもついて行けるが……滑稽だな。これ。

「は……?で、でも江戸時代から生きてられる訳……」

「はぁ……あんた、私達の種族を忘れたのかしら?」

「神の分霊に吸血鬼。式姫な事を踏まえても人間より寿命は遥かに長いよ」

 性格を更生する前の帝ですら気づいていたって言うのに、こいつは……。

「……横から言うが、何時まで当てにならない“原作知識”に頼り続ける…いや、依存しているつもりだ?」

「っ、なんだと!?」

「……事情を知っている者しかいないから言うけど、もう“リリカルなのは”の知識なんてあまり当てにならないけどね。多分、そっちの知っている椿ちゃん達の事でも、相違点はあるんじゃない?」

 信じられないと、織崎は椿と葵を見る。

「……聞いた所、その“かくりよの門”と言う創作物は、今の状況よりも江戸の時の事を舞台としているみたいね」

「以前大門が開かれた時の事だろうね」

「……じゃあ言うけど、その“かくりよの門”の主人公の名前は?」

「っ……」

 言葉を詰まらせる織崎。
 知っているなら言えるはずだが……もしかして、ゲームの主人公だから名前がないのか?

「確か……“とこよ”だったはずだ」

「っ、苗字は?」

 “とこよ”と言う名に、椿は僅かに反応するが、すぐに聞き返す。
 多分、前の主と同じ名前だったからだろう。

「え……?」

「苗字はと聞いているのよ」

「それは……」

 おそらく、存在していたであろうデフォルト名を言ったようだが、苗字は設定されていなかったらしい。

「……言えないなら、こっちが言うわね。私達の前の主は“有城とこよ”。おそらくあんたの言う“主人公”と同じ立ち位置の存在であり、最終的に最強の陰陽師となり……幽世の大門を閉じると同時に、行方不明になった者よ」

「…………」

「君の言う“かくりよの門”のとこよちゃんがどんな結末を迎えたのかは知らないけど……創作物として知っているだけの知識を、押し付けないでくれる?」

 椿と葵の気迫に、織崎は黙っている。
 ……二人は、緋雪の事を言われた僕のように怒っていたからだ。

「……実の所、私達はなぜとこよが帰ってこなかったのか、わかっているわ。……分かっている上で、納得したくなかった……!」

「“原作知識”だか何だかで知っているのは構わないけど……その出来事を実際に味わったあたし達の事も、少しぐらい考えなよ!」

「それ、は……」

 完全に言い負かされている織崎。自業自得だからフォローはしない。

「ここは現実。いくら似ているとはいえ、アニメやゲームの通りにはいかないよ。……いや、第一に私達の存在、ひいては所謂“別作品”の世界観が混ざっている時点で、そんな知識はむしろ邪魔にさえなると分かるでしょ?」

「っ………」

 というか、それどころか司が追い打ちを掛けていた。
 確かに、ここは“リリカルなのは”の世界だろう。厳密には、それに似た世界だが。
 だけど、織崎の言う通りなら“かくりよの門”の世界観も混じっている。
 そうじゃなかったとしても、司の言う通り転生者がいる時点で色々違う。
 ……その時点で、“原作知識”など邪魔になるだけだ。

「……時間の無駄ね。行きましょう」

「そうね」

 椿の言葉に、黙っていた奏も呆れたように溜め息を吐いて移動を始めた。
 織崎は呼び止めようとするが、時間もかけられないのでスルーする。

「……お前もさっさと来いよ。今は“原作”だとか言っている状況じゃないんだ」

「っ……くそ…!」

 帝すら、もう“原作”など言ってられないと理解しているというのに……。
 一体、こいつは現実をどこまで見ているんだ……?







「現在、日本各地にサーチャーを飛ばしている。最優先となるのは元凶である幽世の大門だが、あまりにも住民が危険な状態なら介入する形となる。……椿、葵。そういった所は以前あったのか?」

「そうね……まず真っ先に挙がるのは……」

 会議室に集まり、クロノが椿と葵に色々聞き出している。
 京都に転移するのは変わりないのだが、それでも事前情報は必要だ。
 よって、サーチャーで下見を行っている。
 武装隊も出ており、もしすぐに介入が必要であればすぐに出るようになっている。

『クロノ執務官!』

「なんだ?何か起きたか!?」

『いえ……ただ、現地で戦闘を行っている者がいます!』

『こちらもです!なんというか...紙のようなものを投げていて……』

「何……?」

 各地から気になる情報がやってくる。
 紙のようなものを投げている。……それはまるで…。

「……霊術か?」

『おそらくは……。魔力ではない力を扱っているので……』

「……現在の日本でも、霊術を扱う家系はあるわ。那美だって退魔士だもの」

「現地の陰陽師が応戦しているのか……」

 それを聞いて、少し猶予があるのだと思った。
 ……が、同時に一つ懸念が浮かぶ。

「猶予ができたとは思えないね。妖は陰陽師たちの強さで強化される。下手に実力を持った退魔士とかがいると、それだけ危険度も増すよ」

 そう。霊力が強ければその分妖も強化される。
 中途半端な実力は身を滅ぼすだけだ。

「っ……だけど、焦る訳にはいかない。調査は続けてくれ。変化があれば報告を頼む」

『了解です』

 通信を切り、再び椿たちから色々聞くクロノ。
 聞いているのは、先程も言っていた危険な状況にある場所について。
 他にも、かつての時との相違点や共通点、知っておくべき事を聞く。

「少し時間が掛かっているな……」

「だけど、焦る訳にはいかないよね……」

「そうだな」

 司の言葉に、僕は頷く。
 なのはやフェイトなど、正義感がありまだ子供でもある者達は焦っている。
 だけど、こういう時こそ冷静に、落ち着いていなければならない。
 そうでなければ事を仕損じる。……判断を間違う訳にはいかない。

「……優輝、もしかして……こういった時を想定して、私達に霊術を?」

「アリシア……まぁ、多分な。僕が感じ取っていた“嫌な予感”は、こういった事を予期していたのかもしれん。だけど、焦るなよアリシア」

「分かってる。私とアリサとすずかは実戦経験が薄い。いくら実力が高くても、実戦だとあっさりやられるかもしれないから……」

 アリシア達は椿たちから様々なノウハウを叩き込まれていたから落ち着いている方だ。……それでも、初の実戦だから緊張しているが。

「……ん?」

「どうしたの優輝?」

「いや、ちょっと……」

 懐から一枚の御札を取り出す。……これは……。

「『……シーサーさん?』」

『っと、通じたか。少しいいか?』

 その御札は、所謂通信機のようなもの。
 そして、繋がった先は沖縄で会ったシーサーさんだ。
 あの時渡しておいた通信符から念話が来ていた。

「『……もしかして、今起きている事態についてですか?』」

『話が早い。その通りだ。何か知っているか?』

「『椿と葵曰く、“幽世の大門”が開かれた可能性が高いです。……かつての江戸の、再現だとも』」

『――――』

 その言葉の後、少し念話が途切れる。
 ……予想はしていても、驚愕が大きくて信じられなかったのだろう。

『……それは本当か?……いや、本当なんだろうな』

「『そちらの状況はどうなっていますか?』」

『こっちにも妖は出ている。……一応、島にある“門”は閉じておいた。……あまり強くなくて助かったが……』

「『こちらでも三つの門を既に閉じています。……沖縄は安全と言う事ですか?』」

 沖縄に霊術を扱える人はいなかったのだろう。
 だから、契約をしていないシーサーさんでも倒せた。

『……いや、まだ妖は残っている。……すまないが、そちらへはいけない』

「『わかりました。シーサーさんはそのまま沖縄で一般人を守っていてください。……安全が確保できたら、もう一度連絡をお願いします』」

『わかった』

 そういって念話を切る。
 ……沖縄には米軍基地もある。戦力的には問題ないだろう。

「……優輝、今のは…」

「沖縄で会った式姫だ。沖縄を守るためしばらくはこっちへ来れない」

「シーサーさん……だったっけ?」

「ああ」

 アリシア、司が念話をしていて黙り込んでいたからか尋ねてきた。
 さて、シーサーさんの助力はしばらく見込めないとして……。

「……あ、そうだ。アリシア、蓮さんに連絡を取ってくれ」

「あっ!そっか、蓮さんも式姫だったね!」

 そういうや否や、アリシアは御札に霊力を込めて念話を試みる。
 彼女は剣の腕では僕や恭也さんを上回る。毛色が違うから一概には言えないが。
 だから、協力できたら相当な戦力となってくれるはずだ。
 ……いや、もう既にどこかで戦っているかもな…。













       =out side=





「シッ!」

 京都にて、蓮が繰り出した一閃に、妖が倒れる。
 大門があり、霊術を扱う家系もいるからか、京都は他の県よりも妖の数が多い。
 逃げ惑う悲鳴もそこらかしこから聞こえていた。

「道を通っていたら時間の無駄ですね。失礼……!」

 そういって蓮は跳躍し、家などの屋根を走る。
 妖に襲われている人を見つけたらすぐに駆け付ける算段だ。

   ―――きゃぁあああ!?
   ―――うわぁあああ!?

「っ!あそこですか……!」

 逃げ惑う人々も、逃げている内に追い詰められて一か所に固まってしまう。
 そうなれば余計に困惑と悲鳴が大きくなる。
 それを聞きつけた蓮はすぐさまそちらへと向かった。

「これは……!」

 駆け付けた先では、逃げ惑う人々とそれを襲う妖が入り混じっていた。
 蓮はすぐに駆けだし、鞘から刀を引き抜く。

「っ………!!」

 霊力で身体強化し、凄まじいスピードで人々の間に入り込む。

「はっ!」

 一太刀、二太刀と妖を切り裂き、目の前の一般人を飛び越え、背後の妖を斬る。
 人の間を抜け、襲い掛かる妖のみを上手く切り裂く。
 蓮の刀は脇差なため、上手く間合いを計らなければ一般人に当たる。
 だが、蓮は上手く使いこなし、適格に人々の間を縫いながら妖のみ切った。

「……ふぅ……」

 刀を鞘に戻し、息を吐く蓮。
 目につく限りの妖は全て斬り、人々は妖が消えた事にしばし呆然としていた。

「な、なにが……?」

「早く警察の方がいる場所へ!急いでください!」

 説明している暇も、守り切れる自信もない。
 そのため、蓮は声を張り上げて人々にそういった。

「っ!」

     ギィイン!!

「きゃぁっ!?」

 再び現れた妖に、蓮は咄嗟に刀を抜いて攻撃を防ぐ。
 そのいきなりな出来事に、短い悲鳴が上がる。

「早く!」

 攻撃を受け流し、返す刀で切り裂きながら蓮は催促する。
 その瞬間、誰かが怯えたようにその場から逃げ出す。
 それにつられるように次々と逃げていった。
 蓮の見た目は少女。傍から見ればその様子は薄情な者達にしか見えない。
 しかし、その判断が今の状況に最も適していた。

「……さて……」

 周囲の安全を確認してから、蓮は目を瞑る。
 辺りに漂う瘴気から、どこが発生源か探るためだ。

「……幽世の門が開いたと考えるのが、妥当ですね…。非常に、信じがたい事ですが。……それに、瘴気は複数の箇所から来ている。……最も濃いのは…」

 一つの方向に目標を定めた所で、懐に仕舞ってある御札が反応する。

「これは……」

 その御札に蓮は見覚えがあり、反応に応えるように霊力を込めた。





『アリシアですか?』

「『良かった、繋がった!蓮さん、今どこにいるの?』」

『京都です。……今、妖らしき存在が街中に出現しているのですが…』

 通信符から返ってきた言葉に、アリシアはやはり既に交戦していたのだと察する。

「アリシア、デバイスを介してくれ。そうすれば通信符での念話も皆に聞こえるようにできる」

「そうなの?……よし、これで…」

 アリシアは通信符をデバイスに押し付ける。すると……。

『アリシア?どうかしましたか?』

「いや、大丈夫。それよりも、今の状況なんだけど……」

「僕が簡単に説明する」

 アリシアに代わり、優輝が簡潔に説明する。
 説明したのは幽世の大門が再び開かれた事を中心に一通りである。

『……なるほど…』

「……待って、蓮さん今京都にいるって言ったよね!?」

『……今向かっている場所。それがおそらく大門の場所でしょう』

 アリシアの言葉と、その返事の内容にクロノと会話していた椿と葵も反応する。

「待ちなさい!一人で行くのは危険すぎるわ!」

『わかっています。……戦う訳ではありません。様子を見て情報を集めるのもまた重要な事です』

「それは……そうだけど……」

 どの道、危険すぎると優輝は思った。
 そして、気になる事をクロノに尋ねた。

「クロノ、サーチャーは京都にも飛ばしているよな?」

「あ、ああ。しかし、先程報告に上がったのだが……京都の、おそらく大門がある場所に送ったサーチャーは壊れた」

「壊れた?」

「破壊された訳じゃない。……自壊したんだ。おそらく、大門の力…瘴気と言ったか?それにやられてな。遠くにもう一つあったが、結局瘴気に阻まれている」

 それはつまり、サーチャーで様子見は不可能だという事。

『……やはり、私が行くべきです』

「だけど……!」

『初見でいきなり勝てる程、甘い相手でもないでしょう?』

 理解はできる。だが、納得はできない。
 蓮の言葉は、まさにそういったものだった。
 他に様子見の手段がない今、そうするしかないのも問題である。

「……いえ、それ以前に…京都の住民は無事なの?」

『……全員、とは言えませんが……警察と陰陽師が対応しているため、惨劇は回避できています。ですが、このままでは……』

「……一刻を争う……か」

 どう動くべきなのか、考えあぐねている暇はない。優輝達はそう判断した。
 だからこそ、蓮の行動を止める理由はなくなった。

「……分かった。それなら僕から言う事はない」

「優輝!?」

「……でも、それしかないよかやちゃん」

「っ……そう、ね……」

 渋々とだが、椿と葵も蓮の行動を了承する。

「会話にすら入り込めなかった私が言う事じゃないけど……絶対、無茶はしないで。様子を見たらすぐにその場を離脱。……できれば、私達と合流して」

『わかりました。ところで、アリシア』

 アリシアの言葉にしっかりと返した蓮。
 そして、アリシア達が今どうしているか聞き返そうとした時……。

『貴女達は、今―――』





 “ブツリ”と、突然念話が途切れた。

「え……!?蓮さん!?」

「切れた……!?」

 あまりに唐突。その事態に、優輝達も驚いた。
 それはまるで、突然念話ができなくなったようだった。





















 
 

 
後書き
駿河の出来事…基本的に一般人を狙わない妖だったが、これは例外。蜘蛛系の妖が跋扈し、“門”の周辺は蜘蛛の糸に塗れ、そこの人達は全滅していた。その場所にいる先遣隊のNPCが“もう誰もいない”のような事を言うが、ゲーム上では普通に子供や神主のNPCがいる。それはつまり、そこの人たちの…。……かくりよの門プレイ時、状況を理解して血の気が引きました。(by作者)


実は未だに椿(ついでに葵も)を転生者だと思っていたオリ主君。
滑稽すぎて哀れに……。まぁ、自業自得ですが。
ちなみにこのオリ主君、“かくりよの門”は途中までしか進んでいない設定です。
作者自身、途中までしか進んでいないので仕方ないですけど。 

 

第132話「驚異の片鱗」

 
前書き
元凶の位置が分かっているから展開も早い。……そんな簡単に行けばいいんですけどね。
実際視点を優輝だけに絞れば結構展開は速いです。
まぁ、皆を活躍させたいのでそのために話数を食います。
 

 




       =蓮side=





 ……かつて、私は無力だった。
 最初こそご主人様よりも私は強かった。
 しかし、いつの間にか強さは追い抜かれていた。
 それだけじゃない。……仕舞いには、ついて行く事すら出来なくなっていた。
 驕っていた訳でも、鍛錬を怠っていた訳でもない。
 ……ただ、実力が足りなかった。それだけだ。

 ご主人様には、たくさんの式姫がいた。
 ずっと隣で歩んでいられるような強さの方たちもいた。
 だから、私は無力こそ感じていたが、帰りを待つだけなのは苦痛ではなかった。
 ……それが、いけなかったのだろうか。

 あの、運命の日。
 ご主人様について行った式姫たちは満身創痍で強制帰還を果たした。
 ただし、一緒にいたはずのご主人様を抜いて。
 大門の守護者は倒し、ご主人様はまだ満身創痍手前ぐらいの状態だったとの事。
 なのに、いつまで経っても帰ってこなかった。
 方位師の(ふみ)様に聞いても、強制帰還の瞬間に伝心が切れた事しかわからなかった。





   ―――あの時程、自身の無力を悔やんだ事はない。





 皆がご主人様の帰還を諦めていく中、私は自身の無力を悔やんだ。
 悔やんでも悔やみきれなくて……ただ鍛錬に没頭した。
 きっと、心のどこかでは帰ってくると、まだ希望を持っていたのだろう。
 その時になって、再び隣に立てるようにと……。

 ……その願いは終ぞ叶わなかった。
 時は流れていき、私達式姫は力を失っていった。
 “門”が閉じられ、霊術の類が世間に信じられないようになったからだろう。
 大気中の霊力も薄くなって、私も力を失っていた。

 そして、外つ国との戦争が始まっていった。
 それは現在で言う、第二次世界大戦。
 既に幽世に還った式姫もおり、数が少なかった式姫が、ほぼいなくなった。
 ……その時、私はまた“守られる側”だった。
 子供好きだった式姫が私に子供達を託し、護るために散って行った。
 ご主人様が守ったこの日本を守ると言い、戦争に散った者もいた。

 その時も、私は無力だった。
 無力で、悔やんで、それでも諦めきれなくて……。

 だから、もう一度同じような事が起きた時こそ、私は力になりたいと思った。
 ……今が、その時だ。













「ッ―――!?」

     ―――ィイン!!

 それは、まさに刹那の一時。
 御札による伝心(彼らは“念話”と言っていたが)の最中に、辛うじて気配に気づけた。
 音もなく……と言うよりは、“音より早く”近づかれていた。
 咄嗟の判断…否、体に染みついた経験により刀を引き抜き、薙ぐ。

 ―――金属音が、遅れて聞こえた。

「(早い……!?いや、それだけではない!鋭く、正確……!?)」

 その一撃は、確かに防ぐ事はできた。……凌ぐと言った方が正しいが。
 何せ、防いだ上で5(けん)程体を持って行かれたからだ。
 おまけに伝心に使っていた御札もついでのように切り裂かれていた。
 明らかに、ただの妖の攻撃ではなかった。
 そして、これほどの使い手を私は知らない。
 だが、そんな思考をする暇もなかった。

「っづ……!」

     ギギィイン!

 一撃を放ち、即座に視界から逸れる。
 不意を突いた後の追撃としては、確かに有効な手段である。
 ……ですが、これでは敵の姿さえ見つけれない…!

「唸れ!“風車”!」

「………!」

 攻撃に合わせ、袖から落とした御札で術式を発動させる。
 風の刃が私を覆うように展開され、敵も距離を取る……はずだった。

「っ……!」

 敵は、風の刃さえ切り裂き、私へと一太刀を振るってきた。
 一瞬で対処された事に驚いたが...おかげで攻撃の軌道が見えた。

     ギ……ィイイイイイン!!

「ぐっ……!」

 正面から攻撃…刀の一撃を受け止めた。
 その上で背後にあった大木に叩きつけられてしまう。
 ……ですが、これで敵の姿が…!

「えっ……?」

 その瞬間、私は横薙ぎに吹き飛ばされたのを認識する。
 視線を横に向ければ、そこには刀が振り切られた敵の姿が。
 受け止められた瞬間、瞬時に横薙ぎに刀を振るったと言うのだ。

「(強すぎる……!)」

 長年積んだ鍛錬がまるで無意味だった。
 ……いえ、辛うじて、鞘で胴を斬り飛ばされる事は防げたらしい。
 体が咄嗟に反応したようだ。

「(逃げる事も、許されない……!?)」

 敵を視認する事は出来なかった。
 姿は瘴気によって隠れ、辛うじて人型だという事がわかった。
 ……しかし、これをアリシア達に伝えるのは無理でしょう。

 ……おそらく、私はここで殺される。











       =優輝side=





「蓮さん?蓮さん!?」

「唐突な切断……椿!」

 蓮さんとの念話が突然途切れ、アリシアは焦る。
 かく言う僕も何が起こったのか把握しきれていない。
 ……でも、予想はできた。

「……瘴気などによる妨害か、もしくは…」

「通信符や蓮さんに何かが起きた……のか」

 椿の言葉に僕が続けてそういうと、椿は頷く。

「(どの道、早くしなければ蓮さんの命が危ない……!何か、手は……!)」

 正確な位置は僕らも知らないから、こっちから駆け付けるのは不可能。
 転移魔法で呼び出すにしても、同じ事だ。
 ……待てよ?“呼び出す”?

「アリシア!型紙は持っているな!?」

「え?う、うん、契約時に貰った紙だよね?椿が肌身離さず持っておくようにって言ってたから持ってるよ!」

 そういってアリシアは型紙を取り出す。
 よし、これなら……。

「アリシア、言霊を使ってその型紙で蓮さんをここに召喚するんだ」

「しょ、召喚!?しかも、言霊ってそんないきなり……」

「シンプルなものでも構わない!早く!」

 行うのは式姫の召喚。普段から式姫を連れられない場合に用いるものだ。
 かつて“カタストロフ”との一戦で椿を僕の傍に転移させたのもこれだ。
 それを使って、蓮さんをこの場に召喚する。

「え、えっと……来たれ!契約せし式姫、小烏丸!」

 その瞬間、型紙が光に包まれ、アリシアの手元から離れる。
 そして、光が治まると、そこには……。







 首から血を流し、倒れ込む蓮さんがいた。

「っ……!?」

「っ、治療!急げ!」

 周りからは短く悲鳴が上がる。
 当然だ。見知った人が死に体でその場に現れ、倒れたのだから。

「い、一体何が……」

「判断は正しかった……!蓮さんは何者かに襲われていたんだ!」

 傍にいた僕と椿と葵がすぐに治癒術を掛ける。
 遅れてアリシア、アリサ、すずかも駆け寄って治癒術を掛ける。

「医務室の手配、急げ!」

「はい!」

 クロノも指示を出す。
 その間に僕は解析魔法を蓮さんに掛ける。

「(っ、こ、これは……!?)」

 解析魔法を掛けたのは、傷の具合を知る事で適切に治療するため。
 また、毒などを喰らっていないかを確認するためだったが……。
 ……これは……。

「……一瞬…いや、刹那でも遅ければ……蓮さんは、死んでいた……?」

「っ……優輝、どういう事?」

 首以外にも傷は負っている。それこそ叩きつけられた打撲痕もあるし、回避し損ねたのか脇腹などにも切り傷はある。
 ……だけど、最も注目すべきなのは首の傷だった。

「……首の傷を見てくれ。……ああいや、アリシア達は見るのが辛ければ聞くだけでいい」

 治療をしながら僕はそういう。
 首の傷はまだ塞がっていない。一応、既に止血している。

「一見、回避できずに斬られたように見える傷なんだが……」

 普通、斬られた傷だけではどんな風に斬られたなんて大まかにしかわからない。
 余程の剣に精通している者ですら、詳細は分からないだろう。
 けど、僕は解析魔法でそれがわかる。……だからこそ、背筋が凍る思いだった。

「……これは、転移のその瞬間、刃が喰い込んでいた…つまり、首を断たれるタイミングで転移した事になるんだ。」

「それって……斬られたからこうなったんじゃなくて、斬られてる途中だったの!?」

「それも、ほんの一瞬の間のタイミングでな」

 ほんの僅かでも早ければ、首の傷はなく、遅ければ蓮さんは死んでいた。
 それほどまでに、絶妙と言うか……まさに紙一重のタイミングで助けれた訳だ。

「…………っ………」

「……それに、意識もある。つまり、蓮さんをこうまで圧倒的に追い詰める程の存在が、向こうにいたという事だ」

 首を斬られ、おまけに満身創痍だったから言葉を発していなかったが、蓮さんは明らかに意識を保っていた。
 ……尤も、ここまでボロボロなっていれば意識も薄くなっているが。

「それは……」

「……少なくとも、剣士としての腕前は僕や恭也さんを上回るはずだ。……なのに、そんな蓮さんがこうまであっさりと……」

 念話が途切れてから40秒程だ。……その短時間で、蓮さんはここまでやられた。

「っ………」

「……とにかく、治療に集中しよう」

 僕の言葉を理解した人達は、揃って恐れを抱いた表情をした。
 この短時間で満身創痍……いや、殺す寸前まで追いやられたのだから、当然か。

 クロノの指示を受けた人がストレッチャーを持ってきたので魔力で浮かせて乗せる。
 医務室へと運ばれるので、僕も治癒術を掛けながらついて行った。
 他にも椿と葵、司や奏、アリシアもついて来た。





「……応急処置のおかげで、命に別状はありません。血も貧血になるほど流した訳ではないので、治癒魔法を掛け続ければすぐに治ります。……ただ、原因は不明ですが体が衰弱してしまったようで、復帰までには時間がかかります」

「そうですか。よかった……」

 医師からのその言葉に、命は助かったのだとアリシアは安堵する。
 首の傷もある程度塞がったので、後はアースラの設備に任せればいいだろう。
 ……後は…。

「…………」

 蓮さんの手に触れ、霊力で念じる。

「『……蓮さん、聞こえますか?』」

「『……ここは、どこでしょうか?』」

「『アースラです。……以前話した魔法を扱う組織が持つ船の一つ…とでも言っておきましょう』」

 体が衰弱したらしく、蓮さんはまるで眠ったような状態だった。
 そこで、僕が霊力を使って直接触れる事で念話を使ったのだ。

「『念話の使い方をすぐに理解してくれて助かりました』」

「『念話……ですか。私としては伝心と変わりないのですが』」

 伝心……?ずっと魔法と同じで念話と言っていたが、どうやら霊力の場合はこっちが正式名称らしい。……って、今はどうでもいいか。

「『……今の蓮さんは、瀕死の怪我を負い、治療を受けている状態です。また、何らかの原因で体も衰弱しているので、復帰までには時間がかかります』」

「『……そうですか。……体が碌に動かないのは、それが原因ですか』」

 蓮さんは今の状況をあっさりと受け入れた。
 まぁ、怪我を見た限りだけど、あそこまで圧倒的にやられればな……。

「『単刀直入に聞きます。……“何”がいましたか?』」

「『……正体は終ぞ掴めませんでしたが……途轍もない、強さの存在です。あれほどの強さを、私は見た事がありません』」

「『…………』」

 念話……伝心が正しいならこれからは伝心と言おうか。
 その伝心から伝わってくるその声色からも、恐怖が伝わってきた。

「『……姿は…』」

「『瘴気に覆われて良く分かりませんでした。……ただ、私達と同じくらいの人型で、刀を扱うという事だけは分かりました』」

「『……その刀で、首の傷が…』」

 人型且つ、刀を扱う。その上で蓮さんを圧倒する強さ……。
 ……これは、余程近接戦の心得がないときついな。

「『……膝を付き、無防備になった所までは認識できています。その直後に、この船へと召喚されました』」

「『その一瞬の間に、首が斬られかけたのか……』」

 型紙による召喚は、魔法での転移よりも発動が早い。
 それこそ、僕がいつも使う短距離転移よりもだ。
 それなのに、その一瞬にも満たない間に首が……。
 本当に、ギリギリすぎて背筋が凍る思いだ。

「『……体が衰弱している事に…心当たりは?』」

「『……おそらく、姿が見えない程の濃い瘴気が原因でしょう。……あれは人に害を齎します。そして、それは式姫も例外じゃありません。傷を負った事で、その瘴気に蝕まれたという事でしょう』」

「『厄介にも程があるだろう……』」

 強さは計り知れない。おまけに瘴気の影響もある。
 瘴気は浄化する事ができるだろうが、戦闘と同時にそれを行うのは……。

「『とにかく、今は大人しく回復を待ってください』」

「『……わかりました。……ご武運を』」

 自分の状況は理解しているのか、僕の言葉に蓮さんはあっさり従った。
 伝心を解いて、黙ってみていた椿たちに向き直る。

「……蓮ちゃんはなんて?」

「ご武運を……だってさ。それと、皆の所に戻りながらだけど、蓮さんを襲った存在について少し話そう」

「あ……えっと、私は残っててもいい?」

 クロノ達の所に戻ろうとしたが、そこでアリシアがそういう。
 おそらく、蓮さんが心配なのだろう。

「……わかった。一応、デバイスを通して情報は送っておく」

「うん」

 契約した式姫且つ、霊術のもう一人の師匠でもある。
 だから、契約による繋がりから、蓮さんの状態がなんとなくわかるのだろう。
 ……伝心の際、朧気だけど蓮さんの記憶が流れ込んできた。
 その記憶はもちろん、つい先程までの戦闘の事だ。
 圧倒的強さで押される戦闘を経て、蓮さんは少し恐怖を覚えていた。
 そういった感情がアリシアにも流れたから、心配して残ろうとしたのだろう。





「……戻ったか」

「ああ。命に別状はない。……けど、瘴気にやられて今は衰弱している」

「大丈夫なのか?」

「アリシアもついているから大丈夫だ。……一応、浄化の類の術も教えてるからな」

 クロノの所に戻り、簡潔に伝える。

「……それで、彼女は一体……」

「私達と同じ、式姫よ」

「……なるほど。椿たち以外にもいたのか」

「偶然会って、その時にアリシアと契約を結んでもらったんだ。その時はアリシアはまだまだ霊力の扱いに慣れていなかったからな」

 蓮さんの存在を知っているのは、あの時あの場にいた面子と、那美さんと久遠だけだ。……会ってもいないし言う必要もなかったから当然だけど。

「何か情報は聞けたのか?」

「敵の存在を少しだけ……。だけど、相当厄介なのはそれでもわかった」

「それは一体……」

 息を置いて、先程蓮さんに聞いた事を話す。

「敵の詳細は瘴気に覆われて不明。ただし、武器に刀を使い、人間と同じぐらいの人型だという事は分かっている」

「それって学校を襲いに来た妖と……」

「いえ、それとは違う妖よ。あの妖は影法師。だから、彼女も知っているから詳細が分からないはずがない。だから別物よ」

 すずかがふと気づいて呟くが、それを椿が否定する。

「問題なのはその敵の強さだ」

「先程の人物が式姫なのは分かった。……そんな彼女を、ここまで追い詰める程か……」

「蓮さんは剣の腕なら僕や恭也さん以上だ。そして、アリシアと契約しているから霊力が不足している訳でもない。おまけに、ずっと研鑽を怠っていなかった。そんな蓮さんが、為す術なくやられた事から……その強さは、良く分かるだろう」

 実際に蓮さんの強さを知っていないなのは達ですら、その強さが理解できた。
 いや、深くは出来ていない。漠然とだけだが……今はそれでもいい。

「椿……」

「……ええ。神降しも視野にいれないとね」

 余程の相手だ。もしかすれば、この事件で神降しを複数回使うかもしれないな……。
 使うとしても大門の守護者だけかと思っていたが、とんだ伏兵がいたものだ。

「クロノ、下調べはついたか?」

「ああ。京都は現在警察と現地の陰陽師が住民を守るように動いている。……他の場所も同じだ。細かい見落としはあるかもしれないが……」

「いや、十分だ。予定通り京都に転移させてくれ」

「……わかった」

 どの道、瘴気が原因でサーチャーが妨害される。
 大まかにわかっただけマシだろう。

「向かうのは僕と椿と葵。他はアースラに待機して、何かあればすぐに向かえるようにしておいてほしい」

「……大人数は、却って危険か?」

「ああ。敵の強さが未知数だからな。ここは妖を良く知っている葵と、神降しができる僕らが最適だ。……次点で、大火力且つ利便性の高い司も適している」

 大人数で行った所で、無駄に死人を増やしてしまうかもしれない。
 ここは戦闘経験が多い面子で行った方がいい。
 司も戦闘経験が僕程ではないという事で待機だ。

「……わかった。今優輝が言ったように、三人以外はここで待機!ただし、いつでも出れるようにしておくように!」

 クロノがそう指示を飛ばす。
 僕も気持ちを落ち着け、戦闘に備える。

「……優輝、大丈夫かしら?」

「………ああ。椿や葵が恐れる程の相手だ。……神降しの代償を気にしていられない」

「気を付けなさい。……私達も計り知れない相手よ」

 椿の言葉に、僕は頷く。
 強さも、どのような相手かも不明。
 アンラ・マンユも同じようなものだったが、負のエネルギーの集合体と言う意味では正体は判明していた。……対し、今回は幽世の大門の守護者だという事以外、何もわからない。どれほどの強さなのかも、どのような姿なのかも、行使される力はどういったものなのかもわからない。

「だからこそ、最初から全力で行く。葵も、いざとなれば退いてくれ」

「分かってるよ。神降しした優ちゃんだと、あたしも足手纏いだからね」

 そのためにも、出し惜しみはしない。
 転移した時点で、神降しはしておく。
 ……蓮さんを襲った存在も近くにいるかもしれないからな。

「……無事に帰ってきてね」

「分かってる。……勝ってくるさ」

 心配している司にそう言って、転送ポートに立つ。

「では、転移するぞ」

「ああ」

 そして、僕らは京都へと転送された。







「椿」

「ええ」

 転移が完了し、すぐさま神降しを行使する。
 場所は山中。妖も既に近くにいたらしい。……が、葵に切り裂かれる。

「護衛は任せて」

「ああ」

 襲い掛かる妖は次々と葵に斬られていく。
 ただ、大門が近いのもあって妖の数が多く、質も高い。
 葵一人でいつまでも持つ訳ではない。……と言っても、もう完了したけど。

     ザンッ!

「……さて、瘴気が濃い方に向かえば大門があるはず」

「早速行こうか」

 神降しが終わり、即座に周囲の妖を切り裂く。
 少し遠い所にいた妖は、木の根を棘のように地面から生やして突き刺した。
 草の神だから、根っこぐらいなら操れるからね。

「シッ!」

「ふっ……!」

 瘴気が濃い方向……山奥へと進む度に妖が襲ってくる。
 正面からは全て私が切り裂き、サイドや背後からは葵が凌いでいる。
 進み続けるため、追いかけられる形になるけど、そこは創造した剣で仕留めておく。

「……濃いね」

「……幽世に繋がる門だから、当然と言えば当然だけどね」

 段々と瘴気が濃くなってくる。……もうすぐ、発生源か…。





「この辺りが、瘴気の発生源のはず……」

「っ………」

 あまりの瘴気の濃さに、さしもの葵すら少し気分を悪くしている。

「……!そこ……!」

「あれが……幽世の大門……」

 そして、ついに見つけた。
 木々の中に少し開けた場所があり、そこに瘴気が溢れ出る穴があった。
 ……間違いなく、それが幽世の大門だった。

「……守護者らしき影はない…」

「………でも……」

 門の近くまで来て、守護者らしき存在がいない事に気づく。
 ………そして……。

「……首を一閃。完全な即死…か」

「こっちは……右腕を切断され、その上心臓を刺された上で、袈裟切りで左肩からばっさりと……」

 そこには、二人の男性の死体があった。
 片方は首を斬られている、誰ともわからない男で、もう一人が…。

「……ティーダさん……」

 最後まで抵抗したのだろう。死んでいるはずのその顔は、何かに必死で抗おうと歯を食いしばったままだった。

「……この切り口、まさか……」

「明らかに、刀で斬った後だね……」

 切断面や切り傷は、全て刀でついたものだった。
 ……刀と言えば、蓮さんを追い詰めた存在と同じ武器だ。

「……守護者は、基本的に門の近くから動かない」

「でも、例外はある。……海鳴の門の守護者もそうだったよ」

「大門の場合も、あり得る……と言う事か」

「……多分ね」

 おそらく、大門の守護者は門の前から移動し……その途中で、蓮さんと遭遇。
 そのまま戦闘し、殺すところだったのだろう。

「……そして……」

「……ロストロギア…だね」

 大門の前に佇むように浮かぶ、黒い大きなキューブのようなもの。
 ……魔力が感じられる上に、門に影響を及ぼしている。間違いなくロストロギアだ。

「これが大門を開けた原因で間違いないか」

「だね。封印しておこうか」

 手っ取り早く神力で封印を試みる。
 少し魔力で反抗しようとしてきたけど、問題なく抑え込んで封印できた。

「……少しだけ瘴気がマシになったかな」

「あたしにはまだきついけど……そうみたいだね」

 少しばかり瘴気がマシになったけど、それでも濃い事には変わりない。

「それに、当然だろうけど……」

     バチィイッ!!

「……やっぱり、門は閉じれない……か」

 神力を用いて門を閉じようとするが、弾かれてしまう。
 割と力を込めてもびくともしないと言う事は……全力でも無理だろう。

「けど、ある程度の瘴気の浄化はできそうかな」

「……これは、厄介な展開になってきたね……」

 守護者がいない。それは由々しき事態だ。
 何せ倒さなければならない元凶がどこにいるのかわからないのだ。
 ……それに、いつまでも神降しをしながらここにいる訳にもいかない。

「とにかく、ティーダさんとそこの男の死体を運ぼう。デバイスの記録映像から、何かわかるかもしれない」

「……そうだね。連絡は……瘴気で通じないか」

「瘴気を出来るだけ浄化して、転移できる場所まで移動しよう」

 そういうや否や、私は御札を数枚取り出し、陣を描く。
 神力をしっかりと込め、言霊を紡いだ。

「……草祖草野姫の名において、祓われよ!」

     ―――カッ……!!

 光が溢れ、瘴気が祓われていく。
 門が健在な以上、完全に浄化する事はできないけど……。

「……よし、とりあえず、私の転移ならできる」

「一度瘴気の外まで移動して、連絡を入れてからアースラに戻る訳だね」

「そう言う事」

 そうと決まれば、善は急げという訳なので、早速瘴気の外へ転移。
 クロノに一端戻る事を伝え、アースラへと一端戻る事になった。











 
 

 
後書き
百花文(ももかふみ)…薄紫のセミショートの少女(容姿については式姫大全にて)。かくりよの門で主人公を方位師として支援をしてくれる少女。病弱な体なため、よく吐血する。ついでに都合が悪い時も吐血する。吐血系ヒロイン。

方位師…一応以前に椿たちがちらっと言っていた。前線で戦う陰陽師を支援する者であり、緊急時に強制帰還をするための安全装置代わりでもある。

伝心…霊力版の念話の本来の名前(作者が失念していただけ)。方位師と陰陽師が連絡を取り合うのによく使っていた。瘴気などで妨害される事もある。


早速神降しを使って行くスタイル。油断も慢心もあったもんじゃねぇ。
代償があるにも関わらず使うという事は、それだけ警戒しているという事です。
さらりと流されたロストロギアですが、これも中々にやばい効果を持っています。……と言っても既に封印されたのでこれ以上の脅威はないですが。 

 

第133話「一時撤退と京都戦線」

 
前書き
何気に空振りに終わって無駄になった神降しです。(浄化に一役買ったけど)
まだ代償を払うタイミングではないのでまた神降しする事になりますけど。
 

 




       =優輝side=



「…戻ってきたか」

「…ああ」

 アースラへと一時帰還する。もちろん、神降しはもう解いてある。
 ついでに言えば神降し後の椿の気絶も気つけで治してある。

「それで、そこにあるのが…」

「幽世の大門近くにあった二人の死体。…それと、ロストロギアだ」

 ティーダさんと男の死体にはちゃんと創造しておいた布を被せてある。
 ……さすがに、死体を見せびらかす訳にもいかないからな。

「神力だからこそあっさり封印できたが、中々危険なものだと思う」

「ユーノがもうすぐやってくる。転移で行方不明になったとされているティーダ・ランスターが追っていたロストロギアもついでに調べさせていたから、何か知っているだろう」

「そうか。…それで…」

 クロノは布に覆われた二人の死体を見る。
 …皆、それが死体だと分かっているからかあまり近づこうとしない。

「…手配は既に指示してある」

「…助かる。…デバイスに記録があるかもしれない。回収していいか?」

「ああ」

 クロノから許可を貰い、待機状態に戻っていたティーダさんのデバイスを回収する。

「…どんな状態だったんだ…?」

「男の方は首を切断されて即死。…ティーダさんは右腕を切断された上に心臓を一刺しからの左肩からばっさりとやられている」

「それは…」

「…悪い、あまり気分のいい話じゃないな」

 そこで手配していた人達が死体を運んでいく。
 とりあえず一時的に然るべき場所に置いておくのだろう。

「…血塗れ…だね」

「最期まで抵抗していたのだろう。…くそ……」

 個人的な知り合いだったからこそ、やるせない。
 知っている人が死んでしまうと言うのはやっぱり辛いものだ。

「…さすがに皆気分が悪そうだな…。クロノ、記録の閲覧は別室にするべきだな」

「元よりそのつもりだ。…見たい者は来てもいいが、自己責任で頼む。…確実に、映っているものは気分のいいものではないからな」

 皆顔色が悪い。このままではいけないな…。

「エイミィ、行けるか?」

「…程度によるかなぁ…。ちょっと辛いけど、クロノ君の補佐としては見ない訳にはいかないよ」

「…わかった」

 平静を装っているクロノも若干辛そうだ。
 クロノの場合、僕から状態を聞いてそれを想像してしまったからだろうな。

「皆…大丈夫か?」

「…むしろ、なんで優輝達は平気なの?」

「僕らの場合はな…」

 アリシアに聞き返されて、ちょっと口ごもる。
 ……織崎がまた睨んできている。また何か思い違いをしているな…。

「私達、いつの時代から生きていると思っているの?歴史で今までに何が起こったかは知っているでしょう?」

「江戸から現在まで…そっか、第二次世界大戦を経験してるんだったね…」

「そう言う事。…と言っても、人が死ぬ事が辛いのには変わりないけどね…」

 戦争の悲惨さは実際に経験したものにしかわからないだろう。
 だけど、それを経験している事から、平気な事には納得したようだ。

「……僕だって、目の前で人が死ぬのを見た事がない訳じゃない」

「あ……」

 僕の場合は、導王の時を差し引いても司の事がある。
 それ以外にも、生き抜くために常に平静を保たないといけなかったからな。

「…きつい言い方になるが、いちいち気を滅入らせてたら話にならないぞ。…このままだと、日本中があのようになる。…気を引き締めてくれ」

「っ……!」

「お前……!」

 息を呑むなのは達と、突っかかってくる織崎。
 また酷な事を言ってるだとか言ってくるんだろうけど…。

「生憎、このまま放置していれば確実にそうなるわ。誰しも、霊力は保有している。妖はその霊力を基に襲ってくるのだから」

「クロノ、方針を少し変えてくれ。大門の守護者が行方不明な今、被害を抑えに向けた方がいい」

「…そうだな。艦長と相談して采配を決めるが…既に京都がまずい」

 クロノがそういって、サーチャーを確認してみれば…。

「まずい…神降しと葵に反応してか、妖が…というか、こいつらは…!?」

「嘘ぉ…一気に解き放たれたって言うの…?」

「これは…」

 京都にあるサーチャーの映像には、妖に逃げ惑う人達が映っていた。
 しかし、それよりも目に入る映像がいくつかあった。それは…

「…一際強い妖だ。椿、葵、見覚えはあるか?」

「見覚え…あるに決まってるわ」

「あたし達も実際に戦った事がある…けど、当時だと苦戦どころじゃなかったよ…」

 椿と葵も厄介だと思ったからか、冷や汗を流していた。
 …どちらかと言えば、その妖達が一斉に解き放たれた事に対してだが。

「…酒呑童子、玉藻前、橋姫…いくら京都にも伝承があるからって、集まりすぎだよ…!」

「っ……!」

 その妖の名前は、僕だって知っている。有名どころばかりだからな。
 それが京都に集結…。これは相当やばい。

「急いで救援に向かってほしい!」

「分かった!」

 僕らの影響で出してしまったのだから、責任もって僕らが片づけよう。
 そう思って転送ポートへ急ぐ。

「デバイスの映像の確認と指示は任せた!」

「ああ。…っと、まず向かうのは優輝と椿と葵…それと司と奏だけだ!他は随時すぐに向かえるように待機していてくれ!」

 一斉に向かって不足の事態になればすぐに動けない。
 そのためにクロノは僕らだけを先行させ、随時援軍を投入するようだ。

「(記録の確認やロストロギアの事とかいろいろ確認しないといけないってのに…!)」

 そう考えてしまうが、焦る訳にはいかない。
 …まずは、京都の安全を確保するべきだ。
 大門があるとは言え、それ以外の門を封じればだいぶ安全になるだろう。
 少なくとも、避難する猶予はできるはず。

「よし、行くぞ!」

「まずは一番被害を出している玉藻前から!行くよ!」

 向かう先はまず玉藻前。橋姫は何とか抵抗できていて、酒呑童子は今の所動きがそこまで強くない事から、こちらを優先するようだ。

「転移!」

 転送ポートを使い、僕らは再び京都へと舞い戻った。







「っ!早速か!」

「甘いよ!」

 転送した直後に、妖が襲い掛かってくる。
 しかし、襲ってきたのは雑魚だったようで、あっさり葵に切り裂かれた。

「被害確認!」

「だいぶ建物も倒壊しているわ。この分だと、既に怪我人どころか死人も結構いるかもしれないわ…」

「悠長にする時間はなしって事か…。急ぐぞ!」

「ええ!」

 転移した場所は現場から少し離れている。
 すぐに駆けだし、僕らは現場へと急ぐ。



   ―――きゃぁあああ!!

 叫び声が聞こえ、そこを見れば巨大な狐がそこにいた。

「あそこか…!椿!司!」

「分かってるわ!」

「任せて!」

 玉藻前を見つけ、襲われている人たちを助けるために僕と椿と司で弓を構える。

   ―――“Blitzen Pfeil(ブリッツェン・プファイル)
   ―――“弓技・閃矢”
   ―――“Flèche(フレッシュ)

 三筋の矢が玉藻前へと迫る。
 こちらへ気づいた玉藻前は九つの尾の内三つを霊力で硬化させ、攻撃を叩き落した。

「っ、割と手強いようだな…。あまり時間もかけられないし…司、奏!」

 今の攻撃には、それなりの魔力と霊力が込められていた。
 しかし、それをあっさりと防いだとなると…すぐには倒せない。
 それでは、他の妖がいる場所での被害がどんどん広がってしまう。

「ここらの住民を避難させてから他の二体のどちらかに向かってくれ!その際にクロノに連絡を入れて、なのは達にもう一体を担当させるように!」

「優輝君達は三人で大丈夫?」

「時間はかかるだろうけど、倒せない訳ではないさ」

 何せこちらは初見ではない椿と葵がいる。
 玉藻前は確かに有名な大妖怪で、一筋縄ではいかないだろうけど、それでもそう簡単に負けるような事にはならないだろう。

「椿と葵もいいな?」

「…ええ。その代わり、苦戦するわよ」

「多彩な術を扱う大妖怪…本物ではなく伝承が形を為したとは言え、その力は侮れないよ…!」

「まずは住民の安全からだ…苦戦ぐらい、百も承知だ!」

 そういうや否や、僕は駆けだす。
 目指す先は、玉藻前の術に焼かれそうになっている退魔士らしき人。
 全速力で割り込み、その勢いを以ってリヒトを振り抜き、炎を切り裂く。

「下がってください!」

「なっ…!?」

 退魔士の人(ちなみに男性だった)は割り込んだ僕に驚愕する。
 まぁ、当然か。明らかに年下の子供に庇われるとは思わないだろう。

「いつも通りの配置で行くぞ!」

「ええ!」

「任せて!」

 椿が間合いを開けて陣取り、葵が前に出る。
 単純な前衛と後衛の配置だ。僕はどちらもこなせるから遊撃だな。
 他にも術式の構築や支援などを担い、二人の代役をする時もある。
 基本的には葵と一緒に前衛をこなしつつ、距離が離れたら遠距離攻撃だな。
 …二人のコンビネーションが完成されてて僕でも組み込めないんだよな。

「住民の避難は任せました!」

 先程庇った退魔士の人にそう言うと同時に、その人を抱えて飛び退く。
 寸前までいた場所は炎に包まれていた。玉藻前の術だ。

「(まずは様子見…!)」

 剣を創造し、葵と別角度から接近しつつ剣を射出する。
 しかし、剣は尻尾によってあっさり弾かれ、さらには反撃の術式が構築される。

「九尾の大妖狐とだけあって、術の行使はお手の物か…!」

「仮にも玉藻前だからね!でも…!」

「「対処できない訳じゃない!」」

 放たれる炎の弾や、地面から突き出る氷の刃。
 吹き荒れる風の刃を躱しつつ、間合いを詰める。

   ―――“弓技・螺旋”

「はぁっ!」

「シッ!」

 椿の矢に追従するように、三方向から攻撃する。
 巨体故に、早々躱せない速度で繰り出した攻撃は…。

     ギィイイン!

「ちっ…!」

「来るよ!」

 硬化した尻尾によって防がれる。…あの尻尾は厄介だな…。
 さらに、攻撃後の隙を狙うように術が放たれる。

「はっ!」

   ―――“霊撃”

「足元ご注意ってね!」

   ―――“呪黒剣”

 その術を相殺するように僕は御札を複数枚投げ、葵が玉藻前を包囲するように黒い剣を生やす。

「これはどう防ぐかしら?」

   ―――“弓技・矢の雨”

 包囲し、逃げ場を上以外失くした状態で上空から矢の雨を降らす。
 だが、やはり尻尾に防がれる。

「ならこれはどうだ?」

 だからこそ、僕は追撃として上に位置取り、一つの銃を取り出す。

「穿て、魔砲銃」

 試作の内蔵魔力で砲撃魔法を放つ銃を撃つ。
 耐久性を確かめるために敢えて威力を高めている奴だからおそらく…。

「ギャァアアアアアア!!」

「…さすがに効いただろう」

 砲撃は防御に使っていた尻尾を穿つようにダメージを負わせた。
 ついでに耐久性も確かめられた。反動も大きいから要調整だな。

「ついでよ、受け取りなさい」

   ―――“弓技・重ね矢”

 重ねるようにして放たれた矢が、玉藻前の胴体に突き刺さる。
 さらに痛みに悶える玉藻前だが、やはり大妖怪の妖。それでは終わらない。

「グゥウウウウ……!!」

   ―――“妖呪”
   ―――“魂砕き”

 唸り声と共に発せられる妖気。
 同じ霊力のはずなのに、その霊力は禍々しかった。
 瘴気を伴った二つの霊力に、僕は悪寒を感じ…。

「くっ…!」

   ―――“扇技・護法障壁”

 咄嗟に霊力の障壁を張る事で防いだ。
 その判断は合っていたようで、未だに残る退魔士も無事に済んだ。
 ……って。

「早く退け!これは普通の退魔士が手に負える相手じゃない!」

「い、嫌よ!部外者である貴方達こそ邪魔しないでちょうだい!」

 リーダー格であろう少女に撤退を促したが拒否される。
 というか、状況と力量さを分かっているのか…!?

「っ―――!!」

   ―――“滅爪(めつそう)

     ギィイイン!!

 振るわれた爪を導王流を用いて逸らす。
 …やっぱり、この妖、相当強い…!

「椿、葵!少しの間頼んだ!」

「分かったわ!」

 玉藻前の相手をしばらく二人に任せ、未だ撤退しない退魔士たちに向き直る。

「実力差は分かっているだろう!勝てない戦いに挑むぐらいなら、住民の避難を急げ!」

「退魔士でもない貴方に指図される筋合いはないわ!これぐらいの相手、私が倒して見せる…!」

 僕の言葉に聞く耳を持たず、少女と周りの退魔士は霊術を行使する。
 その霊術は椿たちや僕らが使うものに似ていて少し違っていた。
 少女の霊術は一際協力だったが…それでも、椿や葵には及ばない。
 どこか術式に足りてない所があって、明らかに劣化版だった。

「ちぃっ…!」

     ギィイイン!!

 もちろん、そんな霊術では効くはずもない。
 火の粉を払うように尻尾にかき消され、反撃が繰り出された。
 幸い、僕が傍にいたから逸らせたものの、いなければ…。

「意地にならずに退け!ここは専門家に任せるんだ!」

「専門家って…退魔士以上の専門家がいる訳…!」

「退魔士の専門は霊関係だろう?妖は陰陽師や式姫の専門だ」

 那美さんから退魔士について少し聞いた事がある。
 確かに、怪異に対する専門家ではあるけど、やはり陰陽師の方が適している。

「式姫…?どこかで聞いたような…」

「とにかくここは退いて住民の避難に専念してくれ…。こいつは、並の強さでは歯が立たない…!」

 今も椿と葵が玉藻前を相手にしているが、全く致命打を与えられない。
 術に長けているのもあるが、やはりそれだけ強力な妖なのだろう。

「っ…!だからと言って、退くわけにはいかないわ!土御門の名に懸けて!」

「………!」

 しかし、それでも意固地になって退こうとしない。
 …ん?今、“土御門”に椿たちが反応したような…。

「あの妖は、この土御門澄紀(つちみかどすみき)が必ず討伐して見せる…!」

「っ…!馬鹿…!」

 そういって彼女は大規模な術を行使しようとする。
 その霊力から繰り出されるであろう術は、確かに強力なものだろう。
 …だけど、無駄が多すぎる…!

「はぁあああああ……!!」

「(注意は葵が引き付けているから大丈夫だが、これだと…!)」

 霊術を放った所で、玉藻前には今一つの効果だろう。
 せっかく葵が引き付けてくれているのも、それで無駄になる。
 だからと言って、既に発動しかけている術式を止める事もできない。

     バチィイッ!!

「……え…?」

「ふっ…!」

     ギィイイン!!

 放たれた術は、あっさりと玉藻前の術に相殺された。
 それだけでなく、相殺の際の煙幕を利用して不意打ちのように尻尾が迫る。
 咄嗟に僕が前に出て逸らすが、尻尾は彼女の横ギリギリに当たった。
 椿と葵が引き付けてくれても、攻撃を抑える事は出来なかったか…。

「ひっ……!?」

「……」

 最大出力且つ、自信があったのだろう。
 術が破られた事で力量差を理解し、完全に戦意喪失してしまった。
 死ぬ所だった事に怯え、その場にへたり込んでしまった。

「っ……!?」

 その時、彼女に向けられた視線を察知する。
 それは殺気や敵意などではなく…どちらかと言えば、失望に近い怒りだった。

「……椿、葵…?」

「………」

 僕が何事かと思って視線を向けても、二人は無言のまま。
 だけど、目が語っていた。“しばらく交代してほしい”と。

「……了解」

「ぁ……」

 何を思って僕に目でそういっているのかは分からないが、僕は了承する。
 何か許せない事があるのだろうと、そう確信して。
 そして、澄紀と名乗った少女がふと気づいたように声を漏らす。
 見れば、玉藻前の術と尻尾の攻撃が迫っていた。

「甘い」

   ―――導王流壱ノ型奥義“刹那”

     ドンッ!

 術は横から霊術をぶつけて逸らし、尻尾の攻撃は拳で逸らす。
 さらに、同時に玉藻前に踏み込み、霊力を込めた掌底を放ち、吹き飛ばす。

「…しばらく任せたわ」

「ああ。…倒してしまっても?」

「構わないよ」

 吹き飛ばした玉藻前を追いかける際に、椿と葵とすれ違う。
 短く言葉を交わしただけだが、それだけで若干の怒りが垣間見れた。
 …とりあえず、今僕が為す事は玉藻前の打倒だ…!

「ふっ…!」

     ギギギギギィイン!

 振るわれる爪、尻尾をリヒトで上手く捌く。
 同時に繰り出される術は創造した剣で打ち消す。
 狙いを僕に絞らせ、流れ弾も極力減らしていく。

「はぁっ!」

「キェァアアアア!!」

 攻撃を受け流すと同時に導王流を以って反撃を繰り出していく。
 しかし、その瞬間に玉藻前は呪詛混じりの奇声を上げた。

「何も対策をしていないとでも?」

   ―――“秘術・神禊(かみみそぎ)

     キィイイイイン…!!

 椿と葵に戦闘を任せていた際に、僕は術式を既に組み立てていた。
 御札をばら撒く事で、その範囲内なら呪いの類は一切受け付けなくなる。
 …“予感”を感じてから、アリシア達を鍛えるのと同時進行で浄化系の術の特訓をしておいて本当に良かった。

「(まだ周囲に被害が出るな…。もっと人気のない所へ…!)」

   ―――“撫で払い”

「吹き飛べ」

   ―――導王流壱ノ型“飛衝波(ひしょうは)

 尻尾の薙ぎ払いを掠って回転するように上に避け、宙を蹴って肉迫する。
 その状態から両手で掌底を打ち込み、衝撃波で吹き飛ばす。
 ダメージは少ないが、これで玉藻前が大きく吹き飛んで移動させれた。

「(よし、後は…)」

 これで流れ弾や街への被害の危険性はだいぶ低くなった。
 椿と葵を少し見て、まだ時間がかかりそうだと思い、僕は追撃に出た。











       =椿side=





 その名を聞いた時、一瞬だけ信じられなかった。
 それは、明らかに私達が知っている陰陽師と同じ名前だったから。
 さらに言えば、容姿もとても似ていた。
 …けど、彼女の子孫が今も生きているのは嬉しいものだった。

「土御門澄紀と言ったわね…?」

「ぇ………」

 言葉に宿る力…言霊によって、その名前の漢字もなんとなくわかる。
 だから、実際に知る彼女の名前と厳密には違う事は分かる。
 ……だけど。

     パンッ!

 ―――頬を叩く。もちろん、人並みに手加減して。

「っ……!?」

「立ちなさい」

 …だからこそ、我慢がならなかった。
 寄りにもよって、あの子の親友の、その子孫が……。
 彼女と同じ名を持つ存在が、ここまで腑抜けているのが……!

「貴女が土御門家の陰陽師だと、退魔士だと言うのなら、この程度で挫けてないで立ちなさい!!」

「ひっ…!?」

 日本人には珍しい金髪に、鮮やかな碧眼。
 外つ国の人らしい髪色と瞳だけど、その姿はかつての彼女ととても似ていた。
 瓜二つとまではいかなくとも、見間違える程だった。

「で、でも、私の最大の術が…」

「敵わないと分かったのなら、別の行動を取りなさい。あの妖の相手は私達がする。貴女は、貴女達は住民の避難及び、他の力の弱い妖の掃討など、出来る事をやりなさい」

「あたし達が知っている君の…君と同じ名を持つ先祖は、この程度で挫けなかったよ。力が足りなければ身に着け、常に前に立とうとしていた。…同じ名を持つのなら、それらを為す覚悟をして」

 正直、なんと情けないのかと、嘆きたくなる程だった。
 これでは、とこよに見られた時なんと言われるのか…。

「葵」

「分かってるよ」

     ザンッ!!

「っ…!?」

 玉藻前の流れ弾の術がこちらに飛んできていた。
 …まぁ、葵があっさりと斬って防いだけど。

「式姫………っ!思い出した…!家の文献にあった、江戸時代にいた式神…!」

「その式姫よ。……っ!」

     ギィイン!

 横から襲ってきた妖の攻撃を、咄嗟に短刀で防ぐ。

「ふっ!」

 即座に蹴りで突き放し、矢を放って倒す。

「…まずいね…霊力に惹かれて一杯来たみたい…」

「まずは包囲をどうにかするのが先ね…」

 いつの間にか妖達に囲まれていた。
 私達だけならどうとでもなるけど、他の退魔士の連中はまずい。
 既に交戦している者もいるが、数の差でいつやられてもおかしくない。

「こういう時どんな判断をするべきかぐらい、見せてみなさい」

「……!…はっ!」

 私がそういうと、彼女は何かに気づいたように目を見開き、すぐに行動した。
 まず御札を周囲に投げて妖を牽制。簡易的な結界を張って時間を稼いだ。

「全員、まず包囲を突破しなさい!囲まれているよりもそちらの方が対処が容易よ!包囲を抜ければ、複数人で固まって確実に倒しなさい!」

「「「はいっ!」」」

 指示を飛ばし、同時に術を放つ。
 やっぱり、才能はある方なのね。経験と今の土御門の技量が劣っているだけね。

「敵を倒した後は、住民の避難と救出を優先して、あの大妖狐は……」

 実力も足りず、どうすればいいのか分からない。
 それでも玉藻前を放置できないと、どうにか対処しようと彼女は考えた。
 …今はこの程度で十分ね。

「私達が担当するわ。…任せなさい」

「……。…とにかく、今は包囲を突破する事を優先しなさい!」

 元より私達は玉藻前を倒すためにここに来た。だから任せてもらう。
 彼女は私の言葉に頷き、今は目の前の事に取り掛かるよう指示を出した。

「私達が突破口を作るから、そこから包囲を出なさい」

「でも、その後は自分たちで何とかしてね」

「……はい」

 葵に目で合図を送り、葵は駆けだす。
 私はその場で跳び、周りの退魔士たちに当たらないように矢を放つ。
 包囲している妖全員となると骨が折れるけど、今は一か所に集中させる。
 矢が突き刺さり、負傷した妖にすかさず葵が切り込み、倒す。

「今よ!」

「私に続いて!」

 私の声に彼女が率先して包囲を突破する。
 さらには術で妖も倒して包囲の穴を広げていた。
 後は私と葵で殿を務めて全員が包囲を脱出した。

「じゃあ、私達は行ってくるわ」

「これを渡しておくよ。それにはかつて江戸の陰陽師が使っていた基本の術の式が入ってる。君程であれば、簡単に術式を読み取れるだろうから、これで今の霊術を改良してね」

 葵が適当な御札を数枚渡す。
 今の陰陽師…退魔士の扱う霊術は弱いわ。
 だから、これで少しは強化されればいいのだけど。

「え、でもそうなるとこの群れを…」

「へーきへーき」

「私達式姫を、嘗めない方がいいわよ?」

   ―――“弓技・螺旋”
   ―――“呪黒剣”

 妖の群れに矢で穴を開け、葵が霊力の剣で多くの妖を串刺しにする。
 開けた群れの穴から私達は優輝と玉藻前がいる場所へと駆けていく。
 もちろん、置き土産に私は矢、葵はレイピアを飛ばしておく。

「………凄い…」

 それらの一連の流れを見ていた彼女は、感心したようにそう呟いていた。













 
 

 
後書き
酒呑童子…様々な伝承がある鬼の頭領。その力は他の妖と一線を画す。かくりよの門では大江山に出現する。

玉藻前…狐の大妖怪と言えばこれ。実は本物ではなく、伝承が形を取ったもの。九尾であることから九つの側面を持ち、様々な攻撃を仕掛けてくる。かくりよの門では京都ではなく、殺生石になった地である下野那須野原に出現。

橋姫…嫉妬深い妖として有名。二面性を持つとされているが、嫉妬の面しか見せない。

Blitzen Pfeil(ブリッツェン・プファイル)…閃光の矢。射撃魔法と砲撃魔法の中間のような、貫通力の高い単発魔法。

弓技・矢の雨…名の通り霊力の矢の雨を降らす技。霊力で作った一矢を上空に放ち、それを炸裂させて矢の雨を降らす。29話にはこれの火属性付与版の火の矢雨が出ている。

弓技・重ね矢…器用さによる防御無視ダメージの大きい突属性二回攻撃。戦闘中の使用回数で威力が上がる(五段階まで)。小説では、一か所に継ぎ矢をする感じで集中狙いをする技。

妖呪、魂砕き…どちらも範囲が後列全体で、妖呪は中~高確率で沈黙(術封印)、魂砕きはスタンを喰らう。ちなみに、玉藻前には九つの形態(モード)があり、妖呪が1で魂砕きが2のものだったりする。なお、小説ではそんなモードはないため一遍に使う模様。

滅爪…前列攻撃。高確率で沈黙付与。霊力を纏った爪で切り裂いてくる。

土御門澄紀…土御門家本家のお嬢様。先祖返りとも言える程の才能と霊力を備えているが、如何せん現代に伝わる霊術がだいぶ劣化している。名前の読みがかくりよの門に出てくるキャラと同じだが、転生した訳ではない。(似ているだけの別人)

秘術・神禊…味方一人を状態異常から守る術。小説では御札をばら撒き、その範囲内ならば呪いや瘴気などを一切受け付けない結界を張る。

撫で払い…人数による分散ダメージの溜め攻撃。名前からして尻尾による薙ぎ払いだと推測。硬化した尻尾の攻撃なので、体格もあって中々重い攻撃。

飛衝波…導王流壱ノ型の技。敵の攻撃を受け流した上で至近距離から衝撃波を放ち、間合いを取る。威力は低いが、敵を移動させるのに適した技。

弓技・螺旋…筋力による防御無視ダメージの大きい突属性技。文字通り螺旋を描くように霊力を纏っている。障壁もガリガリ削り、貫通力も高い。


もっと危機感や焦燥感、絶望感を出したい…。どこかパッとしない描写になっている気がするんですよね…。(飽くまで主観です)
あ、リリなの時空(かくりよ時空とも言う)の世界観では、日本人の髪も若干カラフルになってます(今更)。すずかとか紫混じりだし、かくりよの門の主人公や他キャラも日本人のはずなのに黒髪じゃありませんし。ただし、黒髪・茶髪に比べれば少ない感じです。
京都だけで二話以上喰いそう…。まだまだ出したい妖とかもいるんですけどね。 

 

第134話「京での戦い・前」

 
前書き
実は玉藻前のような強力な妖が一遍に出現したのは優輝達のせいだったり…。
どの道、妖を倒すのに霊力を使う→妖を引き寄せるという事になるのであんまり意味はないですけどね。と言うか原因が神降しだって優輝達も気づいてますし。
 

 






       =司side=



「光よ!」

「はっ…!」

 京都の街中を、妖を倒しながら駆け抜ける。
 優輝君達と別れた後、私達はアースラに援軍を要請。
 とりあえず近い場所にいる橋姫の場所へと向かっていた。

「橋姫と酒呑童子…どう考えても後者の方が厄介だよね…」

「でも、こっちには空を飛べるアドバンテージがある。…上手く立ち回ればなのは達でも問題なく倒せるはず」

「……それもそうだね」

 事実、学校で防衛していた時はなのは達は一方的に攻撃できていた。
 京都にいる妖より弱かったのもあるけど、やっぱり空が飛べるのは大きいのだろう。
 椿ちゃん達曰く、妖は飛べる奴ばかりじゃないらしいし。

「……!あそこ…!」

「見つけた…!」

 京都の宇治橋と呼ばれる橋。そこに橋姫と思われる妖がいた。
 既に嫉妬の力を振るっており、警察が応戦しているけど、まるで歯が立っていない。

「っ……!これじゃあ、撃てない…!」

「じゃあ、私が行くわ…!」

「お願い!」

 ジュエルシードの魔力で攻撃しようとして、躊躇する。
 …警察の人達がいるから、巻き込んでしまう可能性があるのだ。

「ガードスキル、“Delay(ディレイ)”」

 奏ちゃんが移動魔法を用いて一気に橋姫に肉迫する。
 霊力を纏わせた刃の一撃を与えようとするけど…

「っ……!」

「(防がれた…!しかもあれは、嫉妬の感情が形を為したもの…?)」

 黒い水のようなものによって、奏ちゃんの一撃は凌がれてしまった。
 その黒い水は、祈りの力を扱う私だからこそ、嫉妬の感情が形を取ったものだと理解できた。

「くっ……!」

「っ、危ない!」

 繰り出される嫉妬混じりの霊力の弾。
 奏ちゃんはしっかりと躱しているけど、警察の人達はそうはいかない。
 だから、私が障壁を張ってしっかりと守る。

「子供……!?」

「下手に動かないでください!その方が危ないです!」

 戸惑う警察の人達にそう言って、改めて祈りを込めた障壁を張る。
 …よく見ればわかるけど、既に何人も倒れている。橋姫や妖にやられたのだろう。

「っ……!…守って!」

   ―――“Tutélaire(チュテレール)

 これ以上犠牲者を出す訳にはいかないと、警察の人達を覆うように障壁を展開する。
 これで流れ弾程度なら何とかなるだろう。

「祓え!」

     パァンッ!!

「っ!シッ…!」

 祈りを込めた魔力の波動を橋姫の力にぶつけ、相殺する。
 その際にできた隙を利用して、すかさず奏ちゃんが斬りつける。

「貫け…“神槍”!!」

「“戦技・双竜斬”!」

 斬りつけた事で橋姫の注意が奏ちゃんに向かう。
 そこで私は背後に回るように移動してから霊術を放つ。
 背後の私に橋姫は気づいたけど、奏ちゃんがすかさず切り込む。

「『…手応えに違和感…。やっぱり妖は普通の生物とかとは違うわ…』」

「『違和感…?それって一体…』」

 先ほどから切り込んでいる奏ちゃんから、念話でそう言われる。

「『なんというか……水を切ったような…少なくとも、まともに攻撃を喰らっているようには思えないわ』」

「『そっか…なら…』」

 やっぱり一筋縄ではいかない相手と言う事だろう。
 少し動きを変え、身体強化を用いて突貫する。
 祈りを込めた刺突を喰らわせるけど…

「(……なるほど…)」

 確かに、違和感のある手応えだった。
 豆腐のような、水のようなものを貫く感覚。ダメージが入っていると思えない。
 けど、祈りの力は効果があったのか、突いた所から瘴気が出ていた。
 ……それだけ分かれば正体は大体わかる。

「『奏ちゃん、浄化の類…聖属性の力を使って攻撃して。この妖は嫉妬とか負の感情を力にしてる。だから、それを祓う力が有効みたい』」

「『…!わかったわ』」

 物理的な攻撃も効果がない訳じゃない。
 だけど、明らかにこっちの方が手っ取り早かった。

「ジュエルシード、皆を守ってて」

 ジュエルシードに警察の人達を任せ、私もシュラインを構えて攻撃する。
 一撃一撃に祈りを込め、確実に力を削ぐ…!

「ッ……ァアアアア……!!」

「くっ…!!」

 怨嗟のような声を上げ、溢れる霊力で私達を退かせる。
 やはり強力な妖なだけあって、飛べるというアドバンテージがある上で簡単には倒せない。嫉妬の感情が泥水や濁流のようになって私達へ襲い掛かる。
 呪術なども混ぜてきており、優輝君でもない限り接近し続けるのは困難だ。
 …ただでさえ、霊力の障壁などで致命打を与えれてないのに。

「っ…!まずい…!」

「……!」

 さらには、川が氾濫するように私達へ襲い掛かってきた。
 霊力が感じられる事から、橋姫がやったのだろう。
 余っていたジュエルシードを用いて、何とか水を弾く。

「(悠長にやっていたら呪いとかできつくなりそうだね。ただでさえまだまだ別の妖が控えているというのに。……なら…)」

「………」

 長期戦にしていては警察の人達の不安が増す。
 私は奏ちゃんに目で合図を起こし、一つの行動を起こした。
 ……それは、所謂“一点突破”。優輝君の十八番だ。

「シッ!はぁっ!」

「ふっ……!」

 飛んでくる呪術をシュラインで切り裂き、橋姫を守る水のような嫉妬の渦を祈りの力で吹き飛ばす。さらにすかさず奏ちゃんが切り込み、守りに“穴”を開ける。
 無理すればこの状態でも届くけど、懸念があるためさらに隙を作る。

「させないよ!」

 辺りに散らばる嫉妬の水。
 それらが浮き上がり、ここら一帯を負の感情で飲みこもうとしていた。
 だけど、そんなのは私がさせない。
 すかさずシュラインの柄で地面を叩き、祈りの力で嫉妬の水を相殺する。
 もちろん、多くの魔力を消費するけど、そこはジュエルシードで代用した。

「これで…っ!」

「終わり…!」

 奏ちゃんが橋姫を覆っている嫉妬の水を切り裂く。
 ついに無防備になった橋姫に私がシュラインを突き刺し、奏ちゃんが切り裂いた。
 派手に魔法を使っていない分、その攻撃に込めた聖属性の力は強い。
 橋姫にも効果は抜群だったらしく、その場に膝を付いた。

「“神撃”!!」

 トドメに聖属性の霊術を打ち込む。
 聖属性は天巫女の能力と相性がいいため、威力も普通と桁違いだ。
 …これで、ようやく橋姫を倒し切れた。

「っ、そうだ…!幽世の門は……!」

「あそこよ…!」

 幽世の門はまさかの橋のど真ん中にあった。
 どうやら橋姫がずっとそこに陣取っていたみたいだ。
 そこから湧き出る瘴気も力にしてたのなら…あそこまで強いのにも納得かな。

「……よし、これで完了…と」

「後は…」

 これで橋姫は倒せた。後は…警察の人達への対応だ。
 …生憎、魔法とか霊術とかを説明するような話術スキルは持ち合わせていない。
 持ち合わせていた所で、絶対納得してくれないだろうけど。

「『…どうするの?』」

「『どうするも何も……任意同行とか説明している暇はないし、かと言って怪しまれてるから迂闊な行動は取れないし……』」

 何も分かっていない人達への説明は難しい。
 学校の皆は魔法とかを知らなくても、私達と言う人柄は知っていたから、あの説明で割と何とかなったのだ。

「『……こ、こうなったら…』」

「『…何をするつもり?』」

 じりじりと、警戒しながらも近づいてくる警察の人達に対し、私がした行動。
 ……それは…。

「一般市民の保護をお願いします!『逃げるよ奏ちゃん!』」

「『えっ……』」

 説明も何もかもすっ飛ばして、一言残して逃げるという事だ。
 正直説明してられない!変に余計な事喋っちゃいそうだもん!

「『クロノ君に状況を聞いて、危ない方に加勢に行くよ!』」

「『……分かったわ』」

 手を引っ張ってその場から奏ちゃんも連れだしておく。
 あの判断にちょっと納得がいっていないようだけど、そこは我慢してほしい。









       =なのはside=





「あれが……酒呑童子…」

 クロノ君に転移してもらって、私達は酒呑童子という妖の討伐に出ていた。
 正直、何人かは司さんや優輝さんの方に加勢しに行った方がいいと思うけど…。
 …そう思うのは、まだあの人たちの実力を低く見ているからかな?
 私達と違って霊術が扱えるのも、少人数でいい理由かもしれない。

「…ところで、酒呑童子って何?」

「っ……フェイトちゃん、今そこでそれを聞くん…?」

「だって、何も知らないし…」

 フェイトちゃんの言葉にはやてちゃんが空中でずっこける。
 …口には出してないけど、私も知らないんだよね…

「簡単に言えば、昔大江山っちゅー山に住んでた鬼のボスや。当然、ボスって言う程やから、その強さもとんでもないやろなぁ……」

「良く知ってるねはやてちゃん…」

「色んな本を読んでたからなぁ…」

 鬼のボス…それだけでなんとなく危険さがわかる。
 鬼と言えば妖怪の中でも相当有名だからね。私もそれぐらいは分かるよ。

「さて、結界で囲ったのはいいけどよ、どう倒すんだ?」

「どうも何も…相手の出方次第やなぁ…」

 海鳴市に残っていた皆も既に集まっている。
 唯一、帝君だけここにはいないけど……

「……なぁ、あいつだけ別行動で本当にいいのか?」

「私もクロノ君も指摘したんやけどなぁ…どうせ連携が上手くできないからの一点張りや。クロノ君もそれで納得してしまうし…」

 帝君はここ最近調子に乗ったような行動はしなくなった。
 アリシアちゃん達曰く、誰かに一目惚れしたかららしいけど…
 優輝さんから特訓も受けているからか、状況をちゃんと見れるようになってるみたい。

「今はその事よりも、あれをどうにかしないと……」

 帝君は現在別行動で、他の妖を倒して回っているらしい。
 でも、私達はそれを気にする暇はない。

「っ、はやて!後ろだ!」

「えっ……」

 ……戦いは、もう始まっていたのだから。

「はやてちゃ―――」

 酒呑童子は、私達魔導師と違って空を飛ぶ事はできない。
 でも、“跳ぶ”事はできる。
 私達より巨体なその体で、攻撃が届かないように飛んでいた私達の所まで跳んできたというのだ。……その事に気づくのが遅れ、はやてちゃんが不意の一撃を受ける。
 …そう思っていた。

「てぉぁああああああ!!」

 はやてちゃんを庇うようにザフィーラが前に出る。
 振るわれた腕を、障壁と拘束魔法(鋼の軛)を使って受け止める。
 それでも破られそうになるけど…まるで受け流すように上に逸らした。

「ざ、ザフィーラ……」

「ご無事ですか?」

「あ、ありがとう」

「いえ」

 その一撃は、私から見てもとんでもない強さなのが分かった。
 受け流したとはいえ、ザフィーラの手に傷があったから。

「あ、あの体でここまで跳ぶのかよ…!?」

「驚く暇はない!また来るぞ!」

 ヴィータちゃんが驚き、シグナムさんが叫ぶ。
 その瞬間、また酒呑童子がこっちまで飛んできた。

「散開!」

「っ……!」

 今度は皆避ける。
 空では私達の方が有利なのだから、簡単に負けたりはしない…!

「シュート!」

「ファイア!」

 私とフェイトちゃんで、反撃に出る。
 基本的な魔力弾による攻撃だけど、飛べない酒呑童子なら確実に当たる…!

「嘘っ!?」

「効いてない…!」

 だけど、その魔力弾はまるで埃を掃うように腕に掻き消された。
 様子見とは言え、まるで効いていなかった。

「ちぃっ…!」

「でりゃぁあああ!」

「はぁっ!」

 さらに、着地する所を神夜君、ヴィータちゃん、シグナムさんが狙う。

     ギィイイン!

「なっ……!?」

「軽い」

 でも、それさえもあっさりと防がれた。
 霊力を纏っているのか、普通に堅いのか、刃が通らなかった。
 そしてそのまま、三人は吹き飛ばされてしまう。

 ……あれ?ちょっと待って…。

「…喋った!?」

「う、うん。今確かに“軽い”って…」

 妖って喋るの!?…あ、でも私達、そういう事に詳しくないし、あり得るのかな?
 ……だとしても、喋るのは驚くなぁ…

「久方ぶりの現世かと思えば、来るのは小蠅のような童どもか!足りん、全く以って足りんわ!」

「っ……!!」

 声を発する。ただそれだけで、私達の体が竦んだ。
 雰囲気だけでわかる。……あの妖は文字通り化け物だと。

「はぁあああっ!!」

「っ、援護や!」

 神夜君がその威圧に臆せず斬りかかる。
 今この場にいる中で最も強い神夜君なら、少しは通じるはず。
 さらに、はやてちゃんの声を合図に、私達も援護射撃を放つ。

「ぬぅ…!」

「ぉおおっ!!」

 砲撃魔法が命中し、頭上から神夜君がデバイスを振り下ろす。
 動く隙を与えないような攻撃に、酒呑童子も防戦一方だった。

「甘いわ!」

「くっ…!」

 ……そういう風に見えたのは、その僅かな時間だけだった。
 酒呑童子はあっさりと神夜君の攻撃を弾き、地面に手を付いて蹴りを繰り出した。
 神夜君は躱したけど、その蹴りの風圧で木々が倒れる。

「(正面から打ち合ったらダメ…!何とかして隙を作らないと…!)」

 “見て”なんとなく“わかった”。
 力の差は歴然。あんなのをまともに受けたら絶対にやられる。
 おまけにとても頑丈で、不意を突かなきゃ碌にダメージが与えられない。
 攻撃を回避しつつ、隙を作り出して最大火力を叩き込む。
 …これぐらいはしないといけないかもしれない。

「これなら、どうだぁあああああああ!!」

   ―――“Gigantschlag(ギガントシュラーク)

 神夜君が相手している隙にヴィータちゃんが上からハンマーを振り下ろす。
 巨大なハンマーによる叩き潰しを、酒呑童子は躱しもせずに…。





   ―――真っ向から、受け止めた。



「ぬうぅ……!!く、はは!思ったよりもやるじゃないか童共!」

「翔けよ隼!」

   ―――“Sturmfalken(シュツルムファルケン)

「だからこそ…」

 ハンマーを受け止めている間に、シグナムさんが矢を放つ。
 かつて闇の書の障壁を叩き割ったヴィータちゃんの魔法。
 受け止められたとは言え、足止めしている所へ、同じく障壁を貫いた魔法。

「嬲り甲斐があるというものよ!」

「なっ……!?」

 …だけど、それは、あまりにもあっさりと。

「嘘…やろ…?」

 ヴィータちゃんのハンマーを押し退け、シグナムさんの矢は肘と膝で挟む事で受け止められる。…一瞬だった。その一瞬で、不可避に思えた攻撃を防がれた。

「っ…闇に沈め!」

   ―――“Diabolic Emission(デアボリック・エミッション)

 アインスさんが咄嗟に魔法を放って足止めする。
 あっさりと命中はするけど、たぶん……。

「ぬるい!」

「がぁああっ!?」

 やっぱり、効いていなかった。
 魔法を受けながら飛び出してきた酒呑童子は、神夜君を蹴り飛ばした。
 あの頑丈な神夜君でも、今の一撃は大ダメージだと思う。
 …そして、酒呑童子の攻撃はそれで終わらない。

「堕ちろ!烏擬き!」

「っ……!?」

 空中で身を捻り、拳が振り下ろされる。
 その狙いは……はやてちゃんだった。
 回避はもう間に合わず、咄嗟に防御魔法を張るはやてちゃん。
 だけど、わかっていた。それでは防げない事は。

「させんぞぉおおおおおお!!!」

 でも、その瞬間、ザフィーラが割り込んだ。
 障壁を展開し、斜めに拳を防ぐ。
 あっさり障壁が破られるも、即座に渾身の拳を横から叩き込んだ。
 さらにもう一度障壁を斜めに展開し、逸らす事に成功させる。

「む……?」

「盾の守護獣ザフィーラ。ここに面目を果たすとしよう。……主たちには指一本触れさせんぞ!!」

「吠えるか、犬が!」

 再び振るわれる拳。だけど、またザフィーラは逸らす。
 ダメージがない訳じゃない。いくら受け流しても手にダメージは蓄積する。

「ぉおおおっ!!」

「っ!?」

 だけど、ザフィーラは何かが変わっていた。
 手に蓄積するダメージをものともせず、拳を逸らしてから肉迫。
 渾身の力で酒呑童子を殴り抜いた。

「……く、ははは!やるではないか犬!」

「…私は狼だ」

「人間に仕える獣など、犬で十分。……いやしかし、陰陽師ではないにしろ楽しめそうだ!」

 酒呑童子は一度地面に下り、再びこちらへと跳んできた。
 先程までよりも速い…!

「主、私が凌いでいる間に頼みます」

「ザフィーラ!?そないな無茶を…!」

 無茶だと、はやてちゃんは言う。
 けど、その途中でザフィーラの覚悟を見たのか、言葉を詰まらせた。

「っ…シャマル!アインス!ザフィーラを援護や!他の皆もバインドとかで足止めして!その間になのはちゃんはチャージ!でかいの撃ち込んで!」

「わかった!」

 はやてちゃんの指示に私は返事する。
 その間にも、ザフィーラは酒呑童子の攻撃を逸らしていた。
 酒呑童子の足元にはザフィーラの魔法である鋼の軛があり、それで体勢を少し動かす事で上手く威力を減らしているみたいだった。

「(いつの間に、あんな戦い方を…)」

 戦っている所を頻繁に見る訳ではなかったけど、ザフィーラの戦い方は今のようなものではなかった。あの戦い方は、まるで素手の時の優輝さんのような……

「ぬぅっ!?面妖な…!だが!!」

「嘘!?バインドを力ずくで!?」

 シャマルさん、リニスさんを筆頭にバインドが仕掛けられる。
 けど、手足に付けられたリングバインドはあっさりと砕かれ、チェーンバインドも直後に引きちぎられた。

「(っ…まだ動いちゃだめ…!もっと魔力を溜めないと…!)」

 酒呑童子には並大抵の魔法は効かない。
 …ううん、効いてはいるけど、倒すには至らない。
 だから、今の私の最高火力をぶつけるためにも、魔力を集めないと…!

「かゆいわ!」

「っ、シグナム!」

「すまない、フェイト!」

 隙を見て何度も攻撃していたシグナムさんへ蹴りが繰り出される。
 間一髪でフェイトちゃんが助け出した。

「“縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)”!!」

「ぬ、ぐぅううっ!?そのような技を隠していたか…!」

 ダメージから復帰した神夜君が魔力を込めた斬撃を繰り出す。
 斬りつけた場所で魔力を炸裂させるその技は、酒呑童子にも通じた。
 ようやくまともな傷が酒呑童子の腕についた。

「余所見をしていていいのか?」

「む…!」

 その間にもザフィーラは行動していた。
 狼の姿になって酒呑童子の周りを縦横無尽に駆けまわり、鋼の軛を使っていた。
 これで酒呑童子は鋼の軛に囲まれたようになり、身動きが取れないはず…。
 ……なんだけど、今回は…。

「このような飴細工で止められるとでも!」

 それは、通用しない。
 あっさりと鋼の軛は破壊される。
 一応、接近していた神夜君とザフィーラは撤退していたから大丈夫。
 ……でも、その魔法は拘束のためじゃなかったみたい。

「隙あり、だぁああああ!!」

「ッ―――!?」

     ガァアアアアアン!!

 カートリッジをロードし、待機していたヴィータちゃんが肉迫する。
 砕け散った鋼の軛が目暗ましとなって、酒呑童子の懐まで入り込んだ。
 その状態から、渾身の一撃を放って、酒呑童子を顎から打ち上げた。

「自前の力など飾り。威力を出すなら、敵の動きをも利用する!!」

   ―――“剛拳波(ごうけんは)

 ヴィータちゃん渾身の一撃で吹き飛んだ先にはザフィーラ。
 拳を構え、攻撃が放たれる。
 その一撃を喰らった酒呑童子は、倍の勢いとなって地面に叩きつけられた。

「ぉおおおおおおお!!」

「はぁああああっ!!」

 そこへザフィーラや神夜君など、何人かで畳みかける。
 一撃一撃を全力で放てば、ダメージは確実に通る。

「ぬぅうう……!小癪なぁ!」

「っ!?」

 その瞬間、魔力ではない力…おそらく霊力が発せられ、吹き飛ばされる。
 さらには黒い瘴気のようなものが溢れてくる。
 見れば酒呑童子は何かを呟いており、まるで呪詛のようだった。

「(ううん…“ような”じゃない。間違いなく、あれは呪詛…!)」

 霊術に詳しくない私だけど、何故か“わかった”。
 あの瘴気にまともに触れると危ない。
 尤も、それは正体が判らなくても分かるようで、皆も触れないように立ち回った。

「っ……!」

「まずは、貴様からだ!守護獣!」

 ヴィータちゃんあたりを狙ったと見せかけて、庇いに来たザフィーラを狙った。
 その際の蹴りは逸らしたものの、追撃の拳の振り下ろしが当たってしまう。

「ザフィーラっ!!?」

「まずい…!あんな一撃、まともに食らったら…!」

 神夜君でさえ、防御魔法なしではまともに食らえない一撃。
 それを、ザフィーラはまともに食らってしまった。
 はやてちゃんが悲痛の声を上げるけど、これじゃあ……。

「……ぬうぅ…!認識を改めるべきだな…!鬼の一撃を喰らって、耐え切るか…!」

「え……!?」

「…盾の守護獣の名は、伊達では…ないっ……!!」

   ―――“魔纏闘(まてんとう)

 誰もが…あの酒呑童子すら驚いた。
 叩き潰されたと思ったザフィーラは、地面に窪みを作りながらも、その一撃を受け止めていた。……いや、それだけじゃない…!

「ぜぁっ!!」

「ッ!?」

 横に逸れて拳を避け、瞬時に狼形態になる。
 狼形態の方がスピードが速く、一瞬で酒呑童子の顔の横まで移動した。
 そのまま人型に戻って回し蹴りが放たれ、酒呑童子を吹き飛ばした。

「なっ…!?」

「速い…!」

 それを見た神夜君とシグナムさんが驚く。
 …かく言う私も驚いている。いつの間にザフィーラはこんなに強く…。
 そう思って見てみれば、ザフィーラの体が若干青白く光っていた。

「ォオオオオ!!」

「てぉぁあああああ!!」

 酒呑童子とザフィーラの拳がぶつかり合う。
 いくら身体強化しているとはいえ、相手は鬼。…力の差は歴然だった。
 押し負け、吹き飛ばされるザフィーラ。だけど、ただでは終わらない。

「縛れ…“鋼の軛”!!」

「ぬうっ!」

 酒呑童子の足元から鋼の軛が生える。
 数が少ない分、鋭さを増したようで、酒呑童子に突き刺さる。

「オオオオオオッ!!!」

 魔法陣を足場にザフィーラは酒呑童子に再び肉迫する。
 足元に一瞬注意が逸れた酒呑童子はその接近を許してしまう。
 そして…。

     ドンッ!!

「っ……!?」

 渾身の一撃が酒呑童子の頭に突き刺さる。
 地面に叩きつけられた酒呑童子。結構ダメージもあるみたい。

「今だ!押し留めろ!!」

「っ…!」

 ザフィーラのその声に、全員が反応する。
 鋼の軛、リングバインド、チェーンバインドなど、いくつもの拘束魔法が酒呑童子を縛る。

「今やで!なのはちゃん!」

「うん!」

 この時点まで、私とはやてちゃんは一切攻撃も援護もしていない。
 それと言うのも、今までずっと魔力を溜めていたから。
 …全ては、この一撃に繋げるため……!

「行くよ、はやてちゃん!」

「了解や!」

「せーのっ!!」

 私と、はやてちゃんが放つ最大の一撃。
 時間を掛ければ掛ける程、魔力を集めれば集める程強力な魔法。
 私の切り札とも言える魔法。それは…!!

「「“スターライトブレイカー”!!」」

 二筋の極光が、酒呑童子へと迫る。

「ッ……!これほど、とは…!」

 僅かな時間とはいえ、躱す程の身動きが取れない酒呑童子は、極光に呑まれる。
 皆も余波に当たらないように間合いを取って、様子を見る。

 しばらくして、極光が晴れていく。
 これで倒しきれなかったら…!

「っ…!?嘘…」

 そう思った矢先に、酒呑童子の姿が現れる。
 体はボロボロになり、どう見ても満身創痍。
 …だけど、確かにそこに佇んでいた。

「まだ、やるのか…!」

 誰もがまだ終わらないのかと思った。その矢先…。

「……見事だ、人間…。陰陽師でもない者に敗れる時が来ようとは……」

「えっ……」

「っ………」

 それだけ言って、酒呑童子はその場に倒れ込んだ。
 巨体が倒れこんだ事で、僅かな地響きが起こる。

「勝った……の…?」

 実感が湧かない。だけど、酒呑童子はもうピクリとも動かなかった。

「やった…やったぞ……!」

 神夜君の言葉に、ようやく皆も喜び始める。
 ……本当に、倒せたんだ…。

「ザフィーラ!無事なんか!?」

「主……大丈夫です。この程度……」

「でも、ボロボロやんか!シャマル!」

「はい!」

 はやてちゃんがザフィーラに駆け寄って治療をしている。
 ザフィーラの手はボロボロで、どこか動きもぎこちなかった。
 手はともかく、さっきの身体強化魔法で体もボロボロなのだろう。

「皆!無事!?」

「……もう終わってるわね」

「奏ちゃん!司さん!」

 そこへ、先に戦いを終わらせてきたのか、奏ちゃんと司さんがやってくる。
 ……これで、ここの幽世の門は閉じられた。





 …でも、まだまだ事件は終わってない。
 その事に、私は不安を隠せなかった。











 
 

 
後書き
Tutélaire(チュテレール)…“守護者”フランス語。天巫女としての基本的な防御魔法。ただしそれでもジュエルシードを用いているので相当強力。汎用性も高い。

嫉妬の力…橋姫が操っていた、黒っぽい禍々しい色の水のようなもの。見た目や動きは完全に水だが、それに込められた負の感情は精神を蝕む。なお、司や奏は自前の霊力による精神防御で防げる。

縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)…言わずもがなFGOで出たランスロットの宝具。本来ビームのように放出する魔力を、斬りつけた場所で炸裂させる。

剛拳波…一見魔力を込めた拳の一撃でしかないが、この技の真骨頂は敵の動きを利用した所にある。今回の場合、打ち上げられた勢いに反発するように拳を打ち込み、そのまま勢いを倍にして返すように放っていた。

魔纏闘…身体強化の際に放出される魔力も体内に押し留め、それすら身体強化に回す魔力運用。普通の身体強化よりも強化されるが、その分体の負担も大きい。所謂DBの界王拳。4章で優奈との模擬戦にて、一撃だけ使った霊魔相乗を参考にした。


酒呑童子の口調はオリジナルです。少なくとも作者の記憶上、かくりよの門、うつしよの帳、ひねもす式姫では喋りませんし、四コマでもギャグ方面でしか出ていない(そもそも四コマがギャグ系)ので……。当然ですけど、この酒呑童子は性別上男です(東方やfateとは違います)。

結界を張らない優輝や司達と張るなのは達。
すぐ傍に警察や陰陽師がいたから張らなかった訳です。
霊力による攻撃で結界は簡単に穴が開きます。穴が開けばそのまま被害が出ますからね。実際に見えてる方が逃げてくれるだろうという算段もあります。後、なのは達では幽世の門は閉じれないので、結界で押し込めておくという作戦でもあったり。

原作よりも強化されていくなのは達。その中でも今回はザフィーラが目立っています。以前、優奈と手合わせをしたことで新たな戦い方を得ているので。後、今更ですがアリシアが生存しているのでシグナムがフェイトの事を名前で呼んでいます。(大した事じゃない)

この章での話は正直技名をあまり出さない方が映えるかもしれません…
ドラゴンボールやFateのような高速戦闘や殺陣で技名をいちいち言ってられませんからね…。そういった感じの戦闘を描写できる自信もないですけど。(おい 

 

第135話「京での戦い・後」

 
前書き
妖の強さには上限と下限があります。妖によっては一般人が相手でも化け物のように強かったり(例:酒呑童子)、いくら陰陽師として強くても弱かったり(例:唐傘など)します。 

 






       =帝side=





「ふっ!」

 手を振りかざし、武器を射出する。
 次々と湧いてくる妖はその武器であっさりと貫かれ、傍から消滅していく。

「やっぱり、俺は殲滅戦の方が向いているな」

〈能力の都合上、活かしきれない場合はそうなりますからね〉

 俺じゃなくギルガメッシュやエミヤ本人であれば、もっと上手く立ち回るだろう。
 だけど、未だに練度が足りない俺だとただ単に飛ばして殲滅するぐらいしかできん。
 ……あーいや、ギルガメッシュなら慢心してて俺と同じ感じかもしれんな。

〈マスター!〉

「っ……!」

     ギィイイン!!

 しかし、いくら雑魚ばかりとはいえ、例外もいる。
 咄嗟に剣を二つ投影して、両サイドからの攻撃を防ぐ。
 ……が、

「ぐっ…!」

 しかし、片方の力があっさりと俺の防御を上回り、俺は弾き出されるように吹き飛ばされる。

「こいつら……!」

〈他の妖よりも強敵です。……おまけに、連携も取るようです〉

「…鬼って所か…?」

 どちらも角があり、あの力の強さ。
 なのは達が請け負っている酒呑童子程ではないとしても、相当な強さだ。

「二体の鬼…おまけに男女か…」

〈……伝承としてあるとすれば、前鬼・後鬼ですね〉

「また有名どころな…!」

 剣を構えなおし、再び襲ってくる赤い方の鬼と対峙する。

「(霊力を扱えない俺がまともに受けるのは愚策。なら、ここは…!)」

 振るわれる斧を剣で受け、すぐに横へと逸らす。
 体ごと持って行かれるが、その勢いを利用して間合いを取る。
 そしてすぐさま剣を射出する。

     ギギギギィイン!!

「ちっ!」

 しかし、その剣は青い方の鬼の障壁に防がれる。

〈マスター!後ろです!〉

 エアに言われるがままに横に飛ぶ。
 寸前までいた場所には、妖が爪を振り下ろしていた。
 …雑魚と鬼の両方を相手にするのか…!

「くそっ…!」

〈…どうします?〉

「…飛べる利点を生かす。雑魚はこれで何とかなる…!」

 空を飛んで武器を飛ばすだけで地上の雑魚は何とかなる。
 しかし、空を飛ぶ妖やあの二体の鬼は例外だ。

「っ!」

     ギィイイン!

 跳躍して斧が振り下ろされる。
 予想以上の速度に回避が間に合わず、地面へ向けて吹き飛ばされる。
 すぐさま体勢を立て直して着地。間髪入れずバックステップする。
 そこへ青鬼の霊術が飛んできたのでさらに飛び退いて回避。
 同時に剣を投影して周囲に射出。雑魚を牽制する。

「はっ!」

 隙を見て赤鬼に斬りかかる。しかし、斧に防がれる。
 しかも、即座に青鬼が援護に入ってきて間合いを取らざるを得ない。
 振り回される斧と援護で飛んでくる術に、俺は中々攻勢に出れない。

「(くそっ…!あいつの特訓を受けていなかったら、死んでいたぞ俺!)」

 今なお斧と術を避け、雑魚を殲滅しつつ立ち回れるのは、偏に特訓のおかげだ。
 強くなると決め、実際に強くなれたからこそ、ここまで戦えるのだろう。

「雑魚が鬱陶しい!こいつらさえいなければ…!」

〈霊力を使っていないのに凄く群がってきますね…〉

「ロストロギアで起きた異変だ!例外くらいあるだろう!」

 学校の時はあまり見向きもされなかったのに、ここでは滅茶苦茶狙われる。
 …もしかすると、ロストロギアの影響で魔力にも反応しているのかもしれない。

「(くそ、手数が足りない…!)」

 武器の射出は雑魚妖に割り振っている。
 最大数展開すれば鬼二体も相手取れる量を射出できるが、その際は注意力が散漫になる。…あの鬼二体がその隙を逃すとは限らない。

「ここで時間を食ってる訳にはいかないってのに…!」

 負ける事はないだろう。実際、実力は拮抗している。
 相手の攻撃を俺は避け続けれるし、雑魚の心配はほぼ無用だ。
 俺も攻撃に転じれないが、まだ空を飛べるアドバンテージがある。
 …だけど、問題はそこじゃない。

「このままだと、一般人が…!」

 俺は元々雑魚を殲滅して被害を減らすために行動していた。
 それなのに、ここで足止めを食っていたら…!

「(“俺”の力が競り負けるのなら……別の所から力を持ってきてやる…!)」

 赤鬼の攻撃は確かに苛烈だ。
 雑魚も鬱陶しいぐらいやってくるから、中々攻撃に転じれない。
 …だけど、それは飽くまで安全性を重視した場合だ。

 …少しぐらい無茶すれば、戦況は変えれる。

     ドドドドドド!

「はぁっ!」

 大量の剣を投影して雑魚を一掃するついでに防壁を築く。
 さらに砲撃魔法を放って青鬼に牽制。赤鬼にも間合いを取らせる。
 ……よし、間に合う…!

「…技を借りるぞ、エミヤ、ヘラクレス…!」

 それは、俺の持つ特典の元ネタである、エミヤ…いや、衛宮士郎が使った技。
 正しくは、大英雄ヘラクレスが手に入れた“武技”の再現。
 “元ネタ”にて放たれたソレは、大英雄の腕力ごと、その身に宿した…!

「“投影、開始(トレース、オン)”…!」

 赤鬼が迫りくる。それに対し俺は武器を射出し続ける。
 青鬼にも武器を飛ばし、牽制とする。
 雑魚は一度一掃した上、剣による防壁があるからしばらく無視でいい。

「“投影、装填(トリガー、オフ)”っ……!」

 “ズシリ”と、俺の手に握られたモノが重さを主張する。
 まるで岩を削りだしたような大きな斧剣。
 それを俺は構える。

「……まだ未熟で、これを扱うレベルですらないかもしれないが…」

   ―――全行程投影完了(セット)

 いくらあいつに鍛えられたとはいえ、まだまだ付け焼刃。
 そんな俺が、振るうに値するとは思えない。
 だけど、この技はそれでも目の前に迫る鬼を屠り切る…!!

「この絶技、耐えきれるか!?」

   ―――“是、射殺す百頭(ナインライブズブレイドワークス)

 一息で放たれた九つの斬撃が、鬼を切り裂いた。









       =アリシアside=





「……そろそろ、行ってくるね」

「はい。…ご武運を」

 蓮さんに付きっ切りだった私は、急いでクロノ達の場所へと戻る。
 蓮さんについていた頃、私はずっと浄化系の霊術を使っていた。
 おかげで、蓮さんは喋れる程にまでしっかりと回復できた。
 それでも、まだ動くには休息が必要みたい。
 …もう少し浄化系の術を練習しておくべきだったかな…。

「(状況は結構まずい。…と言うよりは、人手が足りない)」

 医務室にも現場の映像は映っていた。
 …多分、クロノ辺りが気を利かせてくれたんだと思う。
 おかげで大体の状況は把握している。
 …しているからこそ、人手が足りていないと確信していた。



「クロノ!状況は大丈夫!?」

「アリシア!…もういいのか?」

「うん。後は自然に回復を待つだけだから」

 管制室に行くと、クロノやアリサ、すずかが現場の映像を見続けていた。

「(この場に残っているのは私達霊術組とクロノだけ…後は一部の戦闘部隊か…)」

 やっぱり、人手不足だろう。
 待機している戦闘部隊は動かせるけど、それでは不測の事態に対応できない。
 ママも普段は待機している所だけど、現在は他の任務に同行中。
 任務自体は終わっているけど、到着まで時間が掛かっているみたい。
 そこら辺はユーノや優輝の両親と同じだね。

「クロノ。私達にできる事、ない?」

「……あるにはある。…が、それは管理局員として許可し難い事だ」

 クロノは私達を見ながらそういう。
 …クロノは許可し難いと言ったけど、打開できるのも私達だけだ。

「でも、それだと住民の被害が増えるばかりだよ?」

「……分かっている。わかってはいるが…」

「…きっと、優輝はこの時のために私達を鍛えてきたんだと思う。せっかく力を手に入れたのに、活用しない手はないよクロノ!」

 クロノは、多分管理局員として魔法を使えない私達に戦闘をさせたくないのだろう。
 でも、同時に霊術を扱える私達の方が向いている事にも気づいている。
 だけど、それを踏まえても私達は実戦経験不足。
 理由や事情が積み重なり、判断に悩む所なのだろう。

「……大丈夫。覚悟の上だよ」

「っ……仕方ない…。だが、行うのは住民の避難や手助けを重点に置いてくれ」

「了解!アリサ、すずか!」

 許可がもらえた事なので、早速アリサとすずかを転送ポートに連れていく。

「なるべく三人行動を心掛けてくれ。…頼んだぞ」

「任せて!」

 転送が始まる。
 学校で実戦がどんなものかは大体わかっている。
 正直、まだ不安だけど……こういう時のために鍛えてきたんだから…!







「京都…校外学習で来たきりね」

「地名は有名どころ以外は分からないかな…」

 転移先はクロノ曰く、人手が足りない場所のすぐ近くとの事。
 詳しい地理は分からないけど、とりあえず件の場所へ向かおう。

「…っと、早速来た…!」

「すずか、後ろの警戒と援護をお願い!アリシア!」

「オッケー!行くよアリサ!」

 ポジションは主に私とアリサが前衛。すずかが後衛とする。
 すずかは連携する場合は状況を広く見れるようにした方がいいからね。
 状況に応じてすずかが中衛で私が後衛になったりもするけど。

「っ、遅い!」

「はっ!」

 二度目の戦闘と言うのもあってか、学校の時より上手く動ける。
 始めに襲ってきた妖の攻撃を躱し、アリサが横から斬りつける。

「っ!アリサ!」

「任せなさい!」

 躱した際に弓矢に武器を変え、霊力を込めて連続で射る。
 次々と妖を貫き、アリサも炎の斬撃を飛ばして切り裂く。
 すずかもすずかで私達が相手にしていない妖を倒しておいてくれたみたい。

「ふっ…!…やっぱり多いね」

「元より覚悟の上よ。すずか!」

「こっちは大丈夫!」

 お互いフォローしながら、迫りくる妖を倒しまくる。
 私達の霊力に引き寄せられてるのもあるだろうけど、それでも多いなぁ…。

「アリサちゃん、アリシアちゃん!向こうから人の声が!」

「よし、急ごう!」

「ええ!」

 しかし、今回は倒すだけが目的じゃない。
 逃げ遅れている人達を助けて回らなければならない。

「っ、アリシアちゃん!」

「分かってる!」

 少し遠い場所で何人かが襲われている。
 すぐさま私は弓矢を出し、狙い撃つ。

「すずか!フォロー任せたわ!」

「いつでもいいよ!」

 同時に、アリサが足に霊力を込め、一気に駆け出す。
 ただし、この加速は隙も大きい。だからすずかにフォローしてもらうのだ。
 そんなすずかは、アリサが攻撃を喰らわないように、いつでもアリサの周りに障壁を張れるように構えていた。

「ふっ!…はぁっ!」

 私もアリサに追従し、アリサが一般人を助けた所で私が御札で障壁を張る。
 これで安全をある程度確保できたので、心置きなく妖を倒せる。
 障壁の前に来た私は同時に弓を構えて、一気に妖を貫く矢を射た。

「アリサ、ここらの妖を一掃するよ!」

「分かったわ!」

 私は弓を、アリサは刀を構えて矢と斬撃を放つ。
 逃げ遅れた人を庇うように立ち回る必要があるが、そこまで不便はない。
 …でも、問題なのは…。

「(どこに避難させるべきなの…?)」

 そう。学校と違って安全な場所がない。
 だから守り続けないといつ危険に晒されるか分からない。

「っ、アリシア!」

「…!っと…!」

 少し思考してしまったのか、妖に接近を許してしまう。
 けど、そこは優輝達の特訓の賜物。即座に武器を刀に変え、攻撃を受け止めた。

「くっ……!はっ!」

   ―――“氷柱”

 するとそこへ、すずかが後退しながらこっちへとやってきた。
 すずかも妖に襲われていたみたいで、ここまで来たらしい。今術で仕留めたけど。

「…二人共、気づいたかしら…?…あたしたち、護り続ける必要があるわ」

「……安全な場所がないのは辛いね…」

 アリサとすずかも私が考えていた事に気づいていたらしい。

「…でも、その事だけど…街の中心部は比較的安全だよ」

「そうなの?」

「うん。さっき屋根に上った時に妖が少ないのを確認したよ」

 どうやら、すずか曰く街の中心なら比較的安全との事。
 …そっか。中心地となれば警察や陰陽師も集まってるもんね。

「よし、そうと決まれば…!」

「まずは妖を一掃してから…ねっ!」

   ―――“火焔地獄”

 アリサが炎の霊術で妖を一掃する。
 ただし、火事にならないように火力を抑えたため、討ち漏らしは私達で仕留める。

「早く街の中心の方へ!そちらの方が比較的安全です!」

「ぇ、あ、ああ……」

 助けた人達は、恐怖と驚愕と疑問を織り交ぜたような表情をしていた。
 …まぁ、目の前で信じられない事が立て続けに起こってればね…。

「アリサ!」

「ええ!」

     ギィイイン!

「ひっ!?」

 混乱しているのか未だ逃げない人達を庇うように襲ってきた妖の攻撃を防ぐ。

「う、うわぁあああああっ!?」

「………」

 再び襲ってきた化け物(あやかし)に恐れ戦き、形振り構わず逃げていった。

「ちょ、逃げるように言ったのはあたし達だけど、助けられておいて見捨てるように逃げるなんて…!」

「…人は大抵ああいうものだって椿も言ってたね…」

 特に、平和ともなった今なら尚更との事。
 …否定できない現実を見ちゃったなぁ…。

「(…まぁ、それはともかく)」

 一応、これで誰かを守る必要はなくなった。
 それと、気づいた事もあった。

「人手が足りなかった方角。こっちから妖が来てない?」

「……言われれば、そうだね」

「どういうことかしら?」

 そう。クロノが言っていた人手が足りていない方面から妖は来ている傾向があった。
 ……そして、これが意味するのは、多分…。

「…こっちに、幽世の門があるのかもね」

「葵さんが言っていた、京都の…?」

「多分だけどね」

 優輝達が戦っている三体の内二体の妖は、強力故に別々の“祠”を持っているらしい。
 橋姫も守護者の一体ではあるけど、それとは別にもう一つ存在しているとの事。
 だから、例え倒して幽世の門を閉じた所で、京都の妖はいなくならない。
 京都にはもう一つ幽世の門が別に存在していると、転移した後に葵からの念話でそう伝えられた。…と言っても、その門を閉じた所で大門がある限りあまり意味はないけどね。

「どうする?閉じに行く?」

「一応、封印の術も教わってるから可能だけど…」

 アリサもすずかも、“自分たちにできるのか”と言う不安があるようだ。
 かく言う私もできるのかわからないけどね。守護者がどれほどか分からないし。

「どの道、ここら一帯は散策するよ。逃げ遅れてる人が他にもいるんだから」

「……そうね」

「…言ってる傍から妖が来たよ」

「とにかく妖を倒しながら進むよ!体力はなるべく温存しておいて!」

 いざと言う時はクロノとかが助けに来るだろう。
 でも、そうなると状況把握が追いつかなくなる。
 …ここは、何とか私達だけでやり切らないとね。











       =優輝side=





「ォオオオオオン!!」

   ―――“九重(ここのえ)

「っ………!!」

 硬化した尻尾から繰り出される連撃を躱し続ける。
 総合的に見れば玉藻前は僕の力を大きく上回っているだろう。
 だけど、二つの点においては僕に大きく劣っている。
 その二つの点は、戦闘技術と臨機応変さ。
 …それらだけで、僕は玉藻前を一人でも倒す事は可能だ。

   ―――“九十九雨(つくもあめ)
   ―――“黒天矢(こくてんや)

「甘い」

 霊力の矢による雨が僕に襲い掛かる。しかし、僕相手にそれは悪手だ。
 防ぎきれないのをリヒトで弾きつつ、一気に玉藻前に肉迫する。

「はっ!!」

「ッゥウ!?」

 咄嗟に振るわれた尻尾は、リヒトを滑らせるように添え、その際の反動で体を浮かせて乗り越えるように躱す。
 そのまま掌底を放ち、玉藻前にさらにダメージを与える。

「ッ、ォオオオオオオオオン!!」

「っと…!」

 接近すれば、いつもこれだ。必ず霊力で吹き飛ばしてくる。
 さすがに、この衝撃波に穴を開けて密着する程の労力は割けない。
 よって、素直に間合いを離す事にする。

「グォオオオオオオオオオン!!」

「っ…さすがは玉藻前。曲りなりにも大妖狐の名を名乗るだけある…!」

 明らかに相殺しきれない程の質と量の霊術。
 それらが一斉に放たれる。…それだけじゃない、呪詛まで込められている。
 僕が凌ぐ事に集中すればどうという事はないが、今回の術に込められた呪詛は大地に接触するだけで危ない。自然を枯らし、大地を穢すからだ。

「……だけど、一手遅かったな」

 僕だけじゃ呪詛付きの術を相殺しきれなかっただろう。
 でも、僕には心強い式姫が二人ついているからな。

   ―――“弓技・瞬矢”
   ―――“呪黒剣”

「はぁっ!」

 後ろからいくつもの矢が放たれ、地面から黒い剣が生える。
 それらが玉藻前の術を貫き、残りの術も創造した剣で切り裂いた。

「ォオオオオッ!!」

「ふっ…!」

 凌いだ直後に玉藻前が襲ってくるが、導王流であっさりと受け流す。
 それどころか…。

「はっ!」

「せいやぁっ!!」

 後方から矢が飛んできて、それを躱した所へレイピアが繰り出される。

「優ちゃん、無事?」

「ああ。…用は済んだのか?」

「うん。かやちゃんも後ろにいるよ」

 椿と葵が追いついてきた。もう負ける事はありえない。
 ……そろそろ終わらせようか。

「ォオオオオッ!!」

「フォロー任せた!」

「了解!」

 間合いを離した玉藻前から術が放たれる。
 さらに硬化した尻尾も繰り出され、形振り構ってられないのが分かった。
 だけど、それは導王流にとって格好の餌食だ。

「シッ………!!」

 尻尾をリヒトで滑らすように逸らし、術は創造した武器と霊術で相殺する。
 相殺しきれない分は葵が請け負い、最低限の体力消費で肉迫する。

「ッ……!」

「させないわ!」

   ―――“弓技・瞬矢”

 肉迫された時のための術式を用意していたようだが、それは放つ直前に椿が放った矢によって貫かれ、不発に終わる。

「仕上げだ」

 まずは一発、掌底を放つ。少し玉藻前の体が浮く。

「ッ、ォオオオオオオオオオン!!」

   ―――“九天(きゅうてん)

 咄嗟に、玉藻前は大技を繰り出す。

「―――掛かったな」

   ―――導王流壱ノ型奥義“刹那”

 九連撃の攻撃に対し、九連撃のカウンターを決めた。
 元々少しだけ浮いていた玉藻前を吹き飛ばす。ダメージも大きい。

「終わりね」

   ―――“弓奥義・朱雀落”

 そして、トドメの椿の矢が突き刺さり、玉藻前は焔によって燃やされる。

「……随分としぶとかったな」

「ええ。……以前もこれぐらいだったわ」

 ぐったりと倒れ込んだ玉藻前を確認して、そう呟く。
 ………いや、待てよ…。

「なんだこの妖気…!?」

「っ、優輝!玉藻前の所に石が…!」

   ―――殺生石を掲げ―――

「まずい!殺生石だよ!特大の呪いが来る!」

 最後の力を振り絞ってか、玉藻前がとんでもない妖気を放つ石を掲げた。
 …その瞬間、呪いの力が振り撒かれた。

   ―――“永世滅門(えいせめつもん)

「椿!」

「ええ!」

「二人共あたしの後ろに!」

   ―――“扇技・護法障壁”
   ―――“刀技・金剛の構え”

 椿と共に障壁を幾重にも張り、葵が僕らを庇うように前に立つ。

「ッ………!!づぅ………!!」

「くっ……!」

「ぁぁっ……!」

 そして、呪いを耐え切ろうと、その衝撃波を受け止めた。







「………二人共、無事…?」

「…なんとかな…」

「こっちも大丈夫よ…」

 咄嗟の防御とは言え、三人で協力したため何とか凌ぎきれた。

「玉藻前は……今ので完全に力尽きたか…」

「火事場の馬鹿力みたいなものだったね…」

 今度こそ力を使い果たしたらしく、玉藻前は動かなくなっていた。
 とりあえず、霊力を纏わせた剣群で突き刺して置き、完全にトドメを刺した。

「周辺は…よし、何とか大丈夫か」

「優ちゃんが山の上に誘導してくれたおかげで被害が少なく済んだね」

「流れ弾対策だったとはいえ、運が良かったわね」

 殺生石の呪いは周辺にも被害を出した。
 しかし、山の上に僕が押しやったおかげか、街に被害は出ていなかった。

「これで封印……っと」

「玉藻前はこれで何とかなった。他はどうなんだ?」

「ちょっと確かめてみるね」

 僕は司に、葵はクロノに念話を試みる。
 その結果……。

「どうやら、向こうもちょうど酒呑童子を倒したようだ」

「こっちも同じ情報。これで危険な妖三体は倒し切れたね」

 司と奏の方はともかく、なのは達はもっと時間がかかると思っていたけどな…。
 なのは達も、日々成長している訳か。

「後は……」

「あ、街の方だけど、そっちは……」

 クロノから受け取った情報を、葵は話す。

「なるほど。帝の奴、そんな事を…」

「あれ?アリシアちゃん達の心配は?」

「そんな軟に鍛えたつもりはないからな。何、油断しなければ大丈夫だろう。クロノも見ている事だからな」

「ええ。葵だってそこまで心配はしていないでしょう?」

「まぁね」

 アリシア達はしっかりと鍛えておいた。
 まだ不安な点はあるが、それは僕らから見た場合だ。
 陰陽師としてなら、三人が揃っていれば十分すぎる強さになる。

「……優輝。もしかして以前言っていた“予感”って…」

「…ああ。十中八九、これの事だろうな…。事実、この時点でアリシア達がいなければ被害が増えていただろう」

 でも、これはまだ些細とも言える程だ。
 日本中がこうなっている事に対し、予感が働いていたのなら…。

「…あまり、“予感”について考えない方がいいか」

「……ええ。無駄な推測は、その場での判断を鈍らせるわ」

 どの道、まだまだ事件は解決していない。

「それより、司が警察に対する説明から逃げたらしいが…」

「…変な誤解がされていなければいいのだけど…」

「さっきの退魔士の連中が警察に説明していれば助かるけどな…」

 しかし、そうだとしても情報が行き渡るのに時間がかかるだろう。
 何せ、日本中が同じ状況であるならば、情報も滞ってしまう。

「……士郎さん達からも情報を流している。何とかして連携が取れればいいんだけどな」

「戦闘は私達で、避難や誘導は警察という感じね」

「ああ」

 ただでさえ戦闘できる人数が足りない。
 それなのに、一般人を助けるのに戦力を割いていたら勝てる勝負も勝てない。

「……目下の問題は大門の守護者がどこに行ったか…だな」

「魔力を持ってないから、管理局だとサーチャーで地道に探すしかないんだよね…」

「私達もそれなりに近くないと察知できないわ。……いえ、蓮が気づけなかった時点で、私達も気づけるかどうか…」

 時間をあまりかけるべきではないのに、時間が掛かってしまっている。
 ……何とか、しないとな…。

「とにかく、京都は大門がある以上、他の門を閉じた所で安全にはならない。……できれば、住民には避難していてもらいたいが…」

「幸い、京都は狭い訳じゃないから、大門から離れた場所にいてもらいましょ」

「そうだな」

 とりあえずは、まず合流だな。











 
 

 
後書き
前鬼・後鬼…割とポピュラーな鬼。対として書かれる事から、夫婦に描かれる場合もある。かくりよの門では、前鬼が斧を持った赤い如何にもな鬼で、後鬼は青い妖艶な雰囲気の鬼。

九十九雨、黒天矢…霊力の矢を雨のようにして降らせる術。黒天矢は範囲が狭め。かくりよの門では九十九雨は全体、黒天矢はランダム1PT攻撃。黒天矢はHP50%以下から使用の代わり、即死毒付与付き。小説でも黒天矢は呪詛が込められているため、浄化しなければ危険。

九重、九天…尻尾による怒涛の九連撃。霊力が込められており、速度・威力共に非常に高い。かくりよの門ではどちらもランダム単体で、九天はHP50%以下から使用。

永世滅門…殺生石に込められた呪いを開放する。その呪いは生半可な力量程度では防ぎきれず、すぐに死んでしまう程。街に被害が出なかったとはいえ、残念ながら周囲の自然は死んでしまった。


京都編…まだ終わらなかった…。
一応、次回で終わるのは確定です。帝をちらっと、アリシア達をある程度描写すれば終わるので。 

 

第136話「小休止」

 
前書き
帝とアリシア達の戦いが終わってないのでまずそっちを…。
描写はないですが、前回の後優輝達は普通に司達と合流しています。

……それよりも、マジで話数が膨れ上がりそうです。
 

 




       =帝side=





「はぁ……はぁ……はぁ……」

 俺の振り下ろした刀によって、青鬼が両断される。
 ……これで、倒しきったはずだ。

「っつ……一気に決めれたから良かったものの、俺にはまだ早いか…」

〈腕に大きな負担が掛かりましたからね。控えるべきです〉

 赤鬼を怒涛の九連撃で倒しきる事はできた。
 だが、その後反動が来て俺の体力は大きく削られた。
 しかも、青鬼が激昂して攻撃に苛烈さも増してしまった。
 そのため、俺は疲労してしまった。

「……最初からこれを出しておけばよかったな…」

〈そうですね〉

 青鬼を切り裂いた刀は“童子切”。鬼殺しの逸話で有名な刀だ。
 俺はそれを投影して使った。
 俺の特典はfateに基づいたものなため、逸話の影響を色濃く受ける。
 だから、童子切だと鬼に対する効果が絶大だった。

「…まだまだだな。俺も」

 あいつなら、おそらく初手かその次くらいで気づいて使っただろう。
 俺のように、無駄な体力を消費などはしなかっただろう。

「よし、殲滅に戻るぞ」

〈しかし、いいのですか?〉

「…?何がだ?」

〈あれほどの妖。他の妖とは別に“祠”を持っていてもおかしくないのでは?〉

「………あ」

 そうだった。先に転移した葵から教えられた情報。
 ある程度強い妖だと、各自で“祠”と呼べる門を持っているらしい。
 ……先程の鬼、“前鬼・後鬼”も持っていてもおかしくはない。

「…ああくそっ!探しながら妖を殲滅だ!」

〈まだまだ修行不足ですね〉

「元一般人なんだから大目に見てくれ!」

 まだまだ現れる雑魚妖を剣群で倒しつつ、“祠”なるものを探しに向かった。





 ……結果としては、“祠”を見つけた時に他の連中と合流して、無事解決した。









       =アリシアside=





「くぅううっ……!!」

 アリサが炎を纏わせた刀で繰り出される攻撃を捌く。
 すかさず私が矢を撃ち込む事で押し切られる前に間合いを離させる。

「……見つけたのはいいけど、強い…!」

「土蜘蛛…だよね?あれって…」

 相対する門の守護者の姿は、巨大な蜘蛛だった。
 私は妖怪に対する知識は乏しいので、すずかかアリサ頼りだけど、やばいのは分かる。

「くっ!」

     ボウッ!!

「厄介ね…!」

「とにかく、当たらないように動き回って!」

 当然、蜘蛛なのだから、糸を吐いて動きを阻害してくる。
 幸い、アリサが火属性に適しているおかげで、糸は全部燃やしてくれる。
 でも、当然相手もそれだけで終わらない。

「っ、範囲が広いわ!すずか!」

「うん!」

   ―――“氷血地獄”

 広範囲に吐かれた糸だと、アリサだけだと防ぎきれない。
 そこで、すずかが半分程凍らす事で何とか凌ぐ。

「毒は、出させないよっ!!」

   ―――“火焔旋風”

 そして私は、守護者に毒を出させないように術を放つ。
 戦闘開始後、一度毒が出されたけど…喰らってなくても分かるぐらい強力だった。
 すぐに私が霊力で祓った事で、その場は何とかなったけど。

「っ!」

     ギィイイン!

「アリシアちゃん!」

「大丈夫!」

 術を耐えられ、脚で私を薙ぎ払ってくる。
 咄嗟にフォーチュンを刀にして防ぎ、すずかの援護を利用して間合いを取る。

「……守護者というだけあって、凄くタフだね……」

「確実に攻撃を当てているのに…ケロッとしてるわ」

 これまで私達は何度も攻撃を繰り出している。
 防がれたりもしたけど、効いてはいるはず。
 ……でも、その様子を相手は全然出そうとしなかった。

「(特に火属性が効くはず…なんだけどなぁ……)」

 相手も全く平気と言う訳ではない。
 攻撃を当てている内に、火属性を一番警戒しているのがわかったからね。
 まぁ、見た目がでかいとはいえ、蜘蛛だからね。

「アリサ!すずか!隙を見つけたら一気に叩くよ!」

「ええ!」

「了解!」

 飛んできた糸を躱しながら、私は二人にそう言った。
 振るわれる脚を躱し、まず私が攻撃を引き付ける。

「今!」

「はぁああっ!!」

 ちょっかいを出す感じに術を飛ばしていたため、注意がほとんど私に向く。
 そして、私に襲い掛かろうとした瞬間に、アリサが刀に炎を纏わせ攻撃した。

「すずか!」

「うん!」

 アリサが攻撃を当てると同時に、間髪入れずに私とすずかで足止めする。
 水属性(実質氷)で足を凍らせ、動けなくする。

「チャンス!」

「喰らいなさい!」

「これで!」

   ―――“戦技・火線(かせん)
   ―――“槍技・氷血裂傷(ひょうけつれっしょう)

 アリサの炎を纏わせた斬撃と、すずかの氷を纏わせた刺突が守護者に突き刺さる。
 守護者は割と巨体なため、二人の技が互いを邪魔する事はない。

「これでぇ……終わり!!」

   ―――“妖滅霊砲(ようめつれいほう)

 両手で霊力を集束させ、それを砲撃として放つ。
 この技は、まだまだ霊力の扱いに無駄があった頃に、優輝に教えられた。
 扱いの向上がてら、威力の高い技になるからと言われ、私も練習した。
 ……そして、実際に今の私の最大威力を誇る技となった。

「ギ……!ギギギギィイィ………!?」

「……ふぅ……!」

 その威力は単純な威力だけでもそこらの砲撃魔法とは比べ物にならないらしい。
 私自身、なのはの全力ディバインバスターにも相性関わらず勝てると自負できた。
 その霊砲が直撃しただけあって、守護者はもう虫の息だった。

「……まさか、まだ生きてるとはね……」

「凄い威力だったわね…」

「まぁね。……さて、今度こそトドメ」

 司から貰っていた魔弾銃を放ち、守護者を貫く。
 ……今度こそ、守護者の息の根が止まった。

「さて、封印っと……」

「ようやく勝てたわね…」

「でも、今のと同じようなのが、日本中にいるって事だよね…?」

「そうなるわね……」

 封印しながらアリサとすずかの会話を聞く。
 ……何とも、先が思いやられそうになる事実だよね。

「……よし、これで終わり」

「後は街に残っている妖をできるだけ片づけるだけね」

「大門があるから、安全を確保できる訳じゃないけどね」

 椿たちから、御守りを作る過程で封印の術もしっかり教えてもらっていた。
 そのため、すぐに封印は終わり、次の行動を起こせた。
 …まさかこんな事態になって役に立つとは思わなかったけどね。

「ちょっとクロノに状況を聞いてみるよ」

「頼んだわ」

「警戒は任せてね」

 周囲の警戒をすずかとアリサに任せ、通信をクロノに繋ぐ。

「『クロノ』」

『アリシアか。こちらで門を閉じたのは確認した』

「『うん。無事完了。ところで優輝達は?』」

 こっちで結構時間が掛かっていたから、優輝達ももう終わってるかな?

『既に合流を始めている。後は君達だけだ』

「『そっか。じゃあ合流に向かいながら妖の残党を片付けておくね』」

『わかった。優輝達の座標を送っておくが、最後まで油断するなよ』

「『わかってるって』」

 通信が終わり、端末に優輝達の位置情報が送られてくる。
 ちなみに、フォーチュンは通信に使っていない。代わりの端末を使っている。
 霊力で動くとはいえ、アースラ側がエラーを起こしてしまうらしく、念話などはあまり使えないらしい。

「よし、行こうか」

「ええ」

 まずは門のあったこの洞窟から出なきゃね。







       =優輝side=





「現在、艦長と何人かで現地に赴いて説明している。とりあえずはお疲れ様だ。完全とは言えないが、京都の安全は確保された」

「まぁ、何とかなったって感じだな」

 有名なだけあって、僕らが相手していた妖は一際強かった。
 司の方はともかく、なのは達はザフィーラが体を張って攻撃を凌いでいなければあっという間に瓦解していたかもしれないからな。

「それとだ。応援が到着した。指揮はレティ提督が行っているらしい」

「ユーノ君やプレシアさん、優輝君の両親も一緒だよ」

 ようやく応援が到着したらしい。
 これで人手不足も解消……とまではいかないが、幾分かマシになるだろう。

「それで……だ。既にユーノと連絡を取り、ロストロギアの情報について聞いたんだが…」

「どんなものだったんだ?」

「……不明だ」

「は……?」

 織崎の問いにクロノがそう答える。

「不明だった。無限書庫の情報にも、一切載っていなかったんだ」

「……そんな事があるのか?」

「ありえない訳ではない……が、ヒントすらないとはな…」

 正直お手上げ、と言うのがユーノの言い分だったんだろう。

「……解析魔法は行けるか?」

「不安だが……幸い、厳重に封印魔法を掛けた状態だからな…。それに、ジュエルシードを直した実績を持つ優輝なら、或いは……」

「試す価値はある…か」

 どういうロストロギアか分かれば、如何にして今のような事態になったのかわかるかもしれないからな。…って、そうだ。

「デバイスの記録の方は?」

「確認済みだ。……優輝も見るのか?」

「解析魔法を試す前にな。少しでも情報が欲しい」

「私達も見るわ。幽世の門が開く原因となれば、私達なら気づけるものがあるかもしれないもの」

 尋ねた際、クロノの顔が少し引きつっていた。
 ……あまり、見たくないものを見たらしいな。

「…私も、見るよ。何か対策できるかもしれないし」

「私も見るわ」

 司、奏の声が上がる。
 続けて織崎、帝と来て、結局全員が見る事になった。

「……念のため先に言っておくが、映像には人が死ぬ瞬間がある。……耐性がない場合は見ない方が良いかもしれん」

「承知の上だ」

 元より、ティーダさんが死体で見つかった時点で、デバイスの映像にもそういうのが映っている事ぐらいは予想できる。

「では行くぞ」

 別の部屋に移動して、映像を再生し始めた……。







「っ………」

 映像を再生し終わる。
 次元犯罪者の首を落とされてからは、瘴気の影響でほとんどわからなかった。
 しかし、それでもわかった事はあった。

「…ロストロギアが原因で幽世の大門が開いたのは確定だな」

「ああ。その後は瘴気で映像及び音声が阻害されたが…充分か」

 皆顔色が悪い。そりゃあ、映像とは言え、首を落とされたのを目の当たりにしたらな。

「……優輝はよく平気だな」

「猟奇的じゃないだけマシだ」

 現に椿と葵なんてほんの僅かに顔を顰めた程度だ。
 しかも、それはグロさに対してではなく、人が死んだという事に対してのみ。
 ……まぁ、妖とかが跋扈していた時代にいた二人にとっては、グロいものに対しての耐性なんて相当あるだろうな。

「守護者の姿は……」

「…見えなかったわ」

「蓮さんの言っていた通り、瘴気に覆われて判別不可能か…」

 守護者の姿は結局分からなかった。
 輪郭すらぼやけて良く分からない程だ。と言うか、瘴気のノイズで見えん。
 辛うじて分かったのは、僕らと体格がほとんど変わらないという事。
 人型…と言うか、ほとんど人間に近い。

「それよりも優輝。……“見えた”かしら?」

「……いや、辛うじて…ほとんど見えないも同然だった…」

 主語を抜いてても分かる。椿と葵も冷や汗を掻いていた。
 ……そう。剣閃がほとんど見えなかったのだ。

「速すぎる…。蓮さんがあそこまでやられるのも納得だ…」

「ええ。……そして…」

「あれはまだ全力じゃないって事だね…」

 実に恐ろしきは、あれで全力じゃないのが見て取れる事だ。
 それを、シグナムさんやアインスさんも理解したみたいで戦慄していた。

「……君達がそこまで言う程か…。…勝算は…あるのか…?」

「……神降しをすれば…だけどね。でも、それだけじゃ済まない気がする」

 いつもの“嫌な予感”だ。
 今回の相手ばかりは神降しでは…いや、神降しだからこそ厳しいかもしれない。
 それがなぜなのかは判断材料が少なすぎてわからないがな。

「何よりも厄介なのは、今どこにいるのかが不明な所と、相手はこの守護者だけではないという事だ。……京都にいた妖以外にも強力な奴は大量にいるからな」

「……そうか」

 しかし、だからと言って引き下がる訳にはいかない。
 クロノもそれは分かっているだろう。

「……とにかく、状況を見て指示を出す。一旦、休憩してくれ」

 どんな敵が待ち受けているのかわからない。
 だからこそ休息は取れる内に取っておかなければな。
 ……でも、僕の場合は他にもう一つやる事がある。

「クロノ」

「……解析するのか?」

「ああ。危険があるのは分かるが、少しでも懸念は潰しておきたい」

 そう。ロストロギアの解析だ。
 もし何らかの効果があったのだとしたら、それを把握しておきたいしな。

「分かった。解析は別室で行おう。皆の精神状態も考えてな」

「ああ」

 ついてくる者はついてくるらしい。
 フェイトとはやて、それとアリサ。耐性がなかった三人と、それに付き添ってプレシアさん、ヴォルケンリッターの四人とリインが待機する事になった。
 アリシアもだいぶグロッキーだけど、まだ大丈夫だな。そして、すずかは夜の一族な事もあってか、割と耐性はあったらしい。それでも気分は悪そうだけど。
 転生者組は精神年齢がそれなりに高いからな。気分は悪くても大丈夫だろう。
 ……驚きなのはなのはだ。顔色は悪いが、それでも堂々としていた。
 いくら芯の通った心の持ち主でも、意外だな…。





「……よし、それじゃあ行くぞ…」

「ああ。いつでも来い」

 いつでも封印魔法で中止できるようにしてから、解析を開始する。
 織崎が僕の手で解析する事に不満があったが、僕より解析ができる者がいないので渋々了承していた。
 ちなみに、移動中にユーノが合流した。解析に立ち会いたいとの事だ。
 まぁ、ユーノとしても結局分からなかったロストロギアの正体は知りたいよな。

「“解析(アナリーズ)”」

「……」

 皆が見守る中、解析魔法で調べていく。
 見た目は、全ての面に魔法陣が刻まれた黒い星空の立方体だ。
 だけど、それ以外が全く分からない。……さて……

   ―――識別名、“    ”
   ―――通称、“    ”
   ―――対象状態、沈黙(封印)
   ―――保有■■、譁�ュ怜喧
   ―――対象情報……………………





「っ――――――!?」

 思わず解析魔法を中断してしまう。

「優輝!?」

「何が…!?」

 荒い呼吸を繰り返し、冷や汗がどっと溢れる。

「なんだ……なんなんだよ、こいつは……!」

「どういう…事だ…?」

 得体が知れない…と言う訳じゃない。確かにわからない事もあるが。
 むしろ、得体が“わかってしまった”事がおかしかった。

「………順を追って説明する」

「…ああ」

 深呼吸し、何とか気を落ち着ける。
 とりあえず、わかった事は伝えないとな。

「…まず、このロストロギアは名前がない。誰かが付けた通称すら存在していない。完全に名無しのロストロギアだ」

「そんな事が……あるのか?」

「名前はともかく、通称すらないのはおかしい。例えばかつての闇の書の場合は、識別名が夜天の書となり、通称が闇の書になっている。……ロストロギアと呼ばれるからには、何かしら名前があるはずなんだ」

 それなのに、名前がない。
 つまり、()()()()()()()()()()()なのに、“ロストロギア(失われた技術)”として成り立っているという事になる。……あまりにも不可解な存在だ。

「それなのに名前が存在しない…どう言う事だ?」

「分からん。……次だ。次も不可解だが……解析魔法が今までにないエラーを吐き出した。コンピュータ的に言えば、文字化けした」

「は……?解析魔法が…文字化け?」

 まぁ、意味わからないだろうな。僕の解析魔法って割と特殊だし。

「特殊なエラーだとでも思ってくれ。…で、だ。そのエラーが出た訳だが…こいつは、魔力じゃない何かを持っている。それこそ、僕らの誰も知らない力を」

「っ……!」

 その言葉に反応したのは、帝だった。
 …おそらく、連想したのだろう。あの男の襲撃の時を。
 あの男が使っていた力も、魔力に見せかけた“何か”だった。
 それに帝も気づいていたのだろう。

「最後に、ロストロギアとしての力だが……簡単に言えば、その地に眠る、もしくはかつて起きた災厄を蘇らせると言うものだ」

「…今回の場合は、幽世の大門による災厄を復活させた訳ね…」

「そう言う事だ」

 場所が場所なら、とんでもない事になっていただろう。
 わかりやすい例とすれば、地球のある次元世界から出た所で効果を発揮していれば、アンラ・マンユが復活していた所だ。

「災厄を引き起こす箱……まるで、パンドラの箱みたいだね…」

「パンドラの箱?」

「ギリシャ神話に出てくる箱だ。ゼウスが全ての悪と災いを封じ込めた箱を、人間界に行くパンドラに渡して、そのパンドラが好奇心で開けてしまった結果、人類は不幸に見舞われ、慌てて箱を閉じて最後に希望だけが残ったって話だ」

「……詳しいな」

 これぐらいなら知っている。…前世の知識込みの話だがな。

「災厄…まぁ、繋がりはあるな」

「名前もないんだし、仮称としてはちょうどいいんじゃないか?」

「呼び名がないのは困るし、それでいいだろう」

 管理局にもそう言う事で伝えるようだ。
 ……っと、それよりも重要な事が…。

「話が逸れたな。ロストロギア…パンドラの箱の効果が分かったのはいいが、その“分かる際”がおかしかった」

「…まだ何かあるのか…」

「……正直、信じられないがな…」

 解析魔法の情報を思い返し、説明する。

「まず、パンドラの箱には情報の閲覧制限のようなものが掛かっていた。条件に一致しない者は中身を解析ができないようにな」

「プロテクトか。それだけならばおかしくはないが…」

 もう、それだけではないのは理解しているようだ。話が早くて助かる。

「……条件、なんだったと思う?」

「………」

 まぁ、あまり想像はつかないだろう。
 だけど、僕の表情から椿や葵、司、奏はどう言うものかは感付いたようだ。

「……名指しだ。……名指しで、“志導優輝”が解析したらプロテクトが解けるようになっていた」

「っ………!?」

 その異様さが、どれほどのものか分かったのだろう。
 クロノ含め、ほとんどが戦慄していた。

「ありえない……!そんな事、あり得るはずがない!」

「僕だって信じ難いさ。でも、こんな事で嘘をつく必要もないし、事実だ」

 ユーノが否定しようとするが、既に確定した事だ。
 ……“失われた技術”として扱われるロストロギア。
 それなのに、現代に生きる僕を、名指しで示していた。
 こんな事、あり得ていいはずがない。

「えっと、何がおかしいの?」

「…そうだな…。例えるなら、行ったこともない次元世界の、それも自分が生まれる前の時代の住人から、自分宛の手紙を貰うようなものだ。……このロストロギアの製作者は、僕が解析する事を分かっていたんだ」

「ぇ……」

 なのはの問いにそう返す。
 正直、驚きよりも不気味さが大きい。

「……仕組まれていたとでも、言うのか……?」

 一体、誰が、何の目的で?
 いや、それよりも、こんなものを作った存在が次元世界のどこかにいるのか?

「ユーノ、クロノ。パンドラの箱はどこで発見されたのかわかるか?」

「……調べた限りでは、既に無人となった次元世界の遺跡から発掘されたらしい」

「…まるで普通のロストロギアだな……」

 だけど、これが、こんなものが普通な訳がない。

「…気になる点はあった。発見された場所は最深部でも部屋に鎮座していた訳でも、保管されていた訳でもなかった。……無造作に浮かんでいたらしい」

「……完全に“黒”だな」

 不自然な所はやっぱりあったらしい。クロノとユーノもその不自然な点に納得したようだ。

「……何か心当たりはあるのか?」

「……一つだけある。……以前のあの男。その背後にいる存在…」

「…なるほど……」

 証拠もなにもないが、他に心当たりはない。
 僕を殺すためにあの男が作られたのが本当なら、今回も同じ奴の仕業かもしれない。

「とにかく、厳重に封印しておいてくれ。…あまりそれに触れない方がいい」

「そうだな」

「別の意味で“パンドラの箱”になったね…」

「本当にな…」

 とりあえず、効果が分かったのは御の字だ。
 それ以上に不安になる情報があったが、今の状況でそれに掛かり切りもダメだ。
 今は心の片隅に置いておこう。…で、それはそれとして…。

「……その高めた魔力で何をする気だ。織崎」

「うるさい…。やっぱり、お前のせいじゃないか…!」

「………はぁ」

 うん。何かしら絡んでくるとは思ってたけどさぁ…。
 さすがに思考が短絡的すぎるだろ…。

「……お前、その発想はさすがに馬鹿だろ」

「っ!?」

 そこで、織崎の魔力が霧散させられた。
 視線を向けると、そこには帝が槍の穂先を織崎が魔力を集中していた場所に当てていた。

「王牙!お前、なんで!」

「こいつを疑うよりも、こいつを狙っている未知の敵がいる方が問題だ。いちいちこいつを疑っている暇があったら、さっさと今起きている事件を解決しに向かえ」

 当てていた槍“破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)”を仕舞い、帝はそういった。

「……そうだな。今、判断しきれない事で悩むよりも、現状を何とかする方が無難だ。……黒幕の掌の上で踊らされている感があるが、それ以外にできる事がない」

「そうだな。……正直、少し…いや、かなり気になるが、こっちもこっちで重要だからな」

 妖の脅威は止まらない。それどころか増していくだろう。
 現地の退魔士や警察とかとも連携を取らなければならないし、悠長にアースラで悩んでいる暇がない。

「人手が増えたから、一度方針を立て直す。そのために、少し休んでから会議室に集まってくれ」

「分かった」

 さて、僕らはいいけど、展開や情報の多さについていけてない人もいるけど…。
 ……いや、なのはとかはまだ子供だし難しい所はそこまで理解しなくてもいいか。
 とりあえず、今どうするかだけを考えてもらえばいいな。

「(明らかに不自然なロストロギア“パンドラの箱”。僕を名指しにする……いや、僕を対象にする理由はなんだ?復讐、私怨、遊び……ダメだわからん)」

 やっぱり判断材料が少ない。
 でも、それでもあの男の背後の存在が関わっていると見て間違いないだろう。
 よしんば間違っていたとしても、そういった類の存在だろうな。

「(……理由や動機はともかく、別勢力が存在しているのは厄介だな。……警戒は怠りたくないけど、そっちに気に掛けてる余裕があるかどうか…)」

 後手に後手にと、僕らの対処はなっている。
 そして、どんどん余裕はなくなっている。
 ……それでもどうにかしないといけない。

「(っ………)」

 “嫌な予感”を覚える。
 それも、今まで感じたものと比にならないくらいのものを。
 まるで、超巨大な隕石がゆっくりと迫っているかのような、そんな予感だ。
 吐き気も覚えるその“予感”に、しかし僕は顔に出さないようにする。

 ……この幽世の大門が“前座”と思えてしまう程なんて、言えるはずもない。
 それほどまでに、“パンドラの箱”の解析で思い知った情報は異様だった。
 それが例え“予感”のほんの片鱗だとしても。











   ―――でも、それでも前に進まなければ何も変わらない。











 
 

 
後書き
八握脛(やつかはぎ)…アリシア達が戦った、土蜘蛛の伝承の祖と呼ばれる妖怪。土蜘蛛の祖と呼ばれる程の存在だが、情報があまりにも少ない。かくりよの門では、定期的に封印を強くして封じていたらしい。

戦技・火線…斬+火属性依存の単体技。炎を纏った武器で切り裂く。かくりよの門では剣豪で覚える技。(つまり主人公専用技)

槍技・氷血裂傷…突+水属性依存の槍技。槍で切り裂いた箇所から凍らす。

妖滅霊砲…霊力を集束させ、砲撃として放つ技。所謂かめ〇め波。威力は相当高い。

閂…本来の意味は門とかをロックするための横木(トイレのロックみたいなもの)。かくりよの門及びこの小説でも同じような意味。依り代や生贄と捉えて問題ない。

パンドラの箱…正体不明のロストロギアの仮称。本編で説明した通り、その地にあった災厄を蘇らせるor封印を解く。

破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)…ディルムッド・オディナが持つ槍の一つ。詳しくはfate参照。


パンドラの箱の見た目は、プリズマイリヤドライに出てきた黒いアレを小さくして魔法陣を刻んだ感じです。と言うか、ほとんどそのまんまです。
何かヤバめな伏線。ぶっちゃけると今回の章では回収しません。
ちなみに優輝が感じた“予感”はSAN値チェックが必要なくらい恐ろしいものを予期した感じです。さすがにクトゥルフ関連ではありませんが(詳しくないですし)、コズミックホラーに匹敵する程の脅威です。(脅威が描写できるとは言っていない) 

 

閑話12「隠れた動き」

 
前書き
優輝達以外で動いている人達の話。
新キャラ(オリキャラではない)も出てきます。
 

 






       =out side=





「……どうですか?」

「……ふむ、見た所大丈夫だろう」

 京都、街外れ。
 優輝達がアースラに戻った後、二つの人影が動いていた。

「瘴気は平気か?」

「はい。今の所は…」

 場所は幽世の大門がある場所。
 瘴気が色濃く残る場所に来れるという事から、二人は一般人ではないのは明らかだ。

「鞍馬さんの護符のおかげで何とかなっています」

「よし、それは重畳」

 鞍馬と呼ばれた灰色の長髪に、背中から黒い羽を生やした女性は頷く。
 その名の通り、彼女は天狗だ。

「では、早速試してみます」

「ああ。頼むぞ」

 もう一人の、黒髪を後ろで二つに束ねて降ろしている少女が目を瞑り、手を翳す。
 しばらく沈黙が続き、少女は目を開ける。

「……あちら……東の方へと“縁”が続いています」

「東か……」

「向かいますか?」

「……そうだな。幸い、京都はどこかの勢力が安全を確保してくれた。向かっても京都に問題はないだろう。ただし、私達の安全は一切保証できん」

 そういって、鞍馬は少女に“どうする?”と目で問う。

「でしたら、行きましょう」

「いいのか?戦闘になれば命だって落とす可能性があるぞ?」

「やっと私のやれる事…いいえ、やらねばならない事を知ったんです。なら、それを成し遂げないと……」

「一体、君の何がそこまで駆り立てるのやら……」

 呆れるように言う鞍馬だが、それ以上の否定する言葉はない。
 どの道彼女も東へ向かうつもりだったのだから。

「さて、では向かうとしよう。だが、交通はほとんど麻痺している。徒歩では相当な時間がかかるぞ?」

「それでも、です。向かいましょう」

 日本中が混乱しているため、電車などは碌に使えない。
 それでも少女は何者かが向かった東へ行こうとしていた。

「詳しい話をまだ聞いていなかったな。向かいがてら、聞いてもいいか?」

「……はい。式姫である鞍馬さんになら、構いません」

 そう。実は少女と鞍馬は初対面だった。
 少女が軽く事情を話し、この大門の場所まで来たのだ。
 そのため、お互いの詳しい事情は知らない。
 だから、二人は移動がてら事情を説明する事にした。







 少女…瀬笈葉月が鞍馬と会ったのはただの偶然に過ぎなかった。
 それ以前に、本来なら彼女は妖について何も知らない一般人のはずだった。
 しかし、彼女には一つの異能があった。
 それは、人の“縁”を探る事が出来る“物見の力”と言うものだった。
 自分が特殊な力を持っていると自覚していたが、周りに気味悪がられないように、あまり見せびらかさないようにしていたが……幽世の大門が開いた事でそれは一変した。
 確かに少女は一般人だった。…そのはずだった。
 しかし、“物見の力”の“縁”を探る力と、妖を目撃した事で、“思い出した”のだ。
 それは、所謂“前世の自分”。一つ前の人生の記憶だった。
 本来なら自分ではない自分の記憶で、混乱するはずだったが、彼女は別だった。
 やけにすんなりと記憶が定着し、“物見の力”の扱い方や、妖に関する知識も覚えたのだ。

「……それで、私に出会って同行する事にしたのか」

「はい。式姫に関しても知っていましたから」

 対する、鞍馬はそこまで特殊と言う程でもなかった。
 椿や葵のように、ひっそりと生き続けていた式姫の一人に過ぎなかったのだ。
 幽世の大門が開いた際、京都に滞在していたため、そのままなし崩し的に京都での戦いに参戦し、裏で被害が出ないように奔走していたらしい。
 巧みな采配によって、優輝達にも奔走していた事は知られていなかったが。

「しかし、なぜそこまでするんだ?何か理由があるのか?」

「……幽世は、私にとっても無関係ではありませんから」

「……ほう」

 並々ならぬ事情があると、鞍馬は察する。

「その訳を聞いても?」

「……前世の私には、一人の友人と姉がいました。詳しい事情は省きますが、私を含めた三人は幽世に一度落ちたのです」

「…それで、同じ幽世が関わっている現状を見て見ぬふりはできなかったのか」

「…はい」

 理由はそれだけじゃないだろうと、鞍馬は気づいていた。
 省いた事情の中にその理由があるだろうとも思っていたが、今はそれを聞いている暇はなかった。

「……ちっ」

「っ…!」

 現れた妖に対し、鞍馬が鳥の羽で作ったような、八つ手の葉型の扇を構える。

「葉月、戦えるか?」

「……いえ、前世ならともかく、今は自衛すら難しいです。記憶に体がついて行っていないので…」

「そうか。では…」

   ―――“扇技・護法障壁”

「しばらく、そこから動かないで欲しい」

「…分かりました」

 障壁を張り、鞍馬は前に出る。

「ふむ、全盛期には遥かに劣るが……」

「ガァアアッ!」

 襲い掛かる妖に対し、鞍馬は自分の体の調子を確かめるように呟き…。

「この程度なら造作もない」

   ―――“極鎌鼬”

 風の刃にて、切り裂いた。

「遅いぞ」

「ギィッ!?」

「ふっ!」

 鞍馬は本来、術をよく扱う式姫だ。
 しかし、天狗としての身体能力がない訳ではない。
 そのため、持ち前の素早さで妖に肉迫し、蹴りで吹き飛ばした。

「直接動いて戦うと言うのはあまり得意ではないが、選り好みはしてられんな」

「……さすがです」

「何、妖自体も弱い方だったからな」

 あっさりと眼前の妖を屠る。
 いくら式姫として弱体化していても、それ以上に妖が弱かった。

「幽世の門の守護者はこうはいかないだろうな」

「はい。大門の“縁”から他の門の位置もある程度分かりますが……」

「……全て閉じていく余裕はない。だが、見逃せなければ閉じるつもりだ」

「構いません。元より、個人では全て閉じる事は叶いません」

 人一人が日本中の門を閉じて回るのはほぼ不可能だ。
 それが例え式姫だったとしても、それに変わりはない。

「そうだな。……では、東へ向かおう」

「はい」

 改めて二人は東の方角へと向かう。

「……しかし、なぜ東なのでしょうか?」

「何か関連あるものがあるのだろう。……東にあると言えば……」

 過去、東にあったものを思い浮かべる鞍馬。
 そして、一つの存在に思い当たる。

「……まさか…逢魔時退魔学園(おうまがときたいまがくえん)…?」

「え……?」

 思い当たったその存在と関係があるならばと、鞍馬は嫌な予感を覚えた。













「はぁ…!はぁ…!はぁ…!」

 街中を一人の少年と、その両親が駆ける。
 彼らだけでなく、多くの人々が逃げ惑っていた。
 理由はもちろん、妖の出現。避難している所へやってきたのだ。

「あぅっ!?」

「あっ…!」

 誰も彼もが我先にと逃げるため、人にぶつかって少年は倒れてしまう。
 それに気づいた両親はすぐに駆け寄り、起こそうとする。

「くそっ、車に乗っている奴も走って逃げたから、車が邪魔だ…!」

「あなた…!あ、あれ……!」

 彼らが車で逃げなかったのは、既に車で渋滞が出来ていたからだ。
 おまけに、その車に乗っていた人々は渋滞を待てずにそのまま走って逃げてしまった。
 そのため、彼らは自らの足でしか避難ができなかった。
 そして、少年がこけた事で、今彼らは逃げる人々の最後尾にいた。
 …つまり……。

「ひっ…!?」

「く、来るな!」

 襲ってきた妖に、ロックオンされてしまったのだ。
 襲い来る妖。子供と妻を庇おうとする夫。
 既に各地で出ている被害に、また一つ、加えられようとした時……。





「にゃにゃにゃにゃにゃーー!!」

     ザシュッ!

「…ぇ……?」

 その妖が、背後から何かに貫かれた。

「間一髪だにゃぁ!」

「ぇ…ぇ……?」

 貫いたのは、なんの変哲もない無骨な槍。
 そして、それを為したのは、猫耳と尻尾が二尾生えた少女だった。

「君は…!?」

「以前のお魚のお礼だにゃあ!ここは任せて欲しいにゃ!」

 そう。彼女、猫又は以前少年が偶然釣り上げた少女だったのだ。

「え……でも…」

 いくら目の前で妖を倒したからと言っても、目の前の少女が戦えるとは思えない。
 だからこそ、何か言おうとしたが……。

「早くするにゃ!」

     ギィイイン!ドスッ!

 次に襲ってきた妖に、猫又は槍を振るう。
 また襲ってきた事に、少年とその両親は怯えてしまった。

「に、逃げるぞ!」

「え、ええ!早く、行くわよ!」

「で、でも……」

「いいんだにゃ」

 それでも逃げるのを渋る少年に、猫又は微笑んだ。
 そして、少年はそのまま両親に引きずられるように連れていかれた。

「……さて、にゃ」

 槍を一回し、構えなおす。
 眼前には、多くはないものの何体もの妖が存在していた。

「久しぶりの妖討伐だにゃあ。……とこよが……主がいないのは寂しいけど、精一杯頑張らせてもらうにゃ!!」

 猫又は、椿たちと同じく現代に生きる式姫だ。
 式姫であるからには、一般人を助けるのは当たり前。
 だからこそ、例え弱体化していても、果敢に妖に立ち向かった。





「幽世の門が再び開いたんだネー…」

 場所は変わって北海道。そこにも一人の式姫がいた。
 肌に赤みが掛かったような色のセミロングな髪に、狐のような耳と尻尾を持っていた。

「……コロも行かなきゃネ」

 彼女の名はコロボックル。アイヌの伝承にある小人の式姫である。
 自ら死ぬ覚悟がなかったため、今まで生きてきたが、彼女もまた式姫であるため、再び戦いへと身を投じる事にした。





「……妖気を感じるわ」

 また、どこかの地の洞窟。その中にいた式姫が、外の様子を感じ取る。

「…もう、戦う事なんてないと思っていたのだけれどね」

 立ち上がり、彼女は洞窟の外へと向かう。

「毎年人々の願いを叶えて回るだけなのも飽きてきたわ。……いいわ、慈愛の力、久しぶりに見せてあげようじゃない」

 彼女の名は織姫。誰もが知っている名の式姫が、慈愛の力を以って戦いへと赴いた。





   ―――各地で生き続けていた式姫が、今再び戦場へと戻る。













「はぁ、はぁ、はぁ……。さすがに、疲れてきたね…」

「くぅ…」

 一方、妖の出現の対処をしていた那美と久遠は疲労していた。
 辺りの妖と祠は封印したため、現在は休息を取っていた。

「…まさか、本当に幽世の門があるなんて……」

「……何か、起きている?」

「それ以外考えられないかな」

 テレビなどで情報を得る前に戦いに巻き込まれた事から、那美はあまり事情を知らない。
 ましてや、幽世の大門が開いてこうなっているなど、知る由もない。

「っ……!」

「久遠?…また、なんだ」

 休息も長続きはしない。那美と久遠の霊力に妖は惹かれてくる。
 また現れた妖に対し、久遠が雷を迸らせる。
 そこまで強くない妖だったため、それだけで倒す事に成功した。

「……くぅ」

「一旦、何か飲み物を飲みたいね。さすがに喉も乾いてきた…」

 移動と戦闘を繰り返していたため、那美はだいぶ疲労が溜まっている。
 久遠も表情には出していないが、確かに疲労が溜まっていた。
 優輝達の特訓に参加していたとはいえ、それでも疲れる事には変わりない。

     ぐぅぅ……

「……コンビニないかな?」

「くぅ」

 現在、那美達は山の麓沿いを移動している。探せばあるかもしれない。
 なお、コンビニの従業員も避難のために逃げているので機能はしていない。





 ちなみに、優輝達と連絡を取ろうと思えば取れるのだが、那美は失念していた。
 その事に気づくのは、まだ少し先の事………。













「……ここね」

〈立入禁止区域…って言っても、今じゃそれどころじゃないか〉

 岩手県のある場所。そこにある立入禁止区域に鈴は来ていた。

〈結局徒歩になったね〉

「皆が避難している中、車での移動は悪手ね」

 鈴は途中から車を使わず走って移動していた。
 日本中が妖で混乱しているため、車は使えないも同然だったのだ。

〈ここにその悪路王がいるのかい?〉

「そのはずよ。……妖気も感じられるわ」

 立入禁止区域の奥から感じられる霊力を感じ、鈴はマーリンの言葉にそう返す。

「……行くわよ」

 意を決し、鈴は悪路王に会うために足を進めた。









「………」

 進めていた歩を止める。
 立ち止まった鈴は、そのまま前を見据える。

「……久しいな。陰陽師を見るのは」

「…悪路王」

 そこにいたのは、長い白髪を束ねて降し、黒い着物に赤い軽装の鎧を着た男。
 彼こそが悪路王であり、鈴が助っ人として会いに来た妖だ。

「吾の名を知ってここに来たか。何用だ?」

「……分かっているでしょう。外で何が起きているのか」

「ふん……」

 “当たり前だ”と言わんばかりに、悪路王は尊大な態度で鼻を鳴らす。

「大方、幽世の大門が再び開いたのだろう。だが、それがどうした?」

「…単刀直入に言うわ。……解決の助力を求めるわ」

「断る」

 鈴の要求を、悪路王はにべもなく切り捨てた。

「……理由を聞いてもいいかしら?」

「理由も何も、吾がお前たち人間に助力する意味がない」

「……そう」

 ばっさりと言い捨てる悪路王に、しかし鈴は予想していたように溜め息を吐く。

「相変わらず、興味がないものには干渉しないのね」

「……ほう」

 悪路王は、興味が湧かない限りまず力を貸さない。
 だから、まるで自身を知っているかのように、鈴は言った。
 そうする事で、悪路王の興味を自分に引き付けたのだ。

「貴様、ただの陰陽師ではないな?」

「当然。今いる陰陽師の中でも異端だと自負できるわ」

「ふん、食えぬ奴め。吾が問うたのはそう言う事ではないと分かっている上でそう答えるか」

 鈴は軽く挑発する。
 如何にして興味を尽かせないように立ち回るか。
 それによってこの後の展開が変わってくるからだ。

「当たり前よ。どんな陰陽師なのかは、貴方自身が探りなさい。答える気なんてないわ」

「ほう……吾を挑発するか」

 お互い軽く嘲るような笑みを浮かべながら会話を続ける。
 さすがに挑発している事に悪路王も感付く。

「かつての妹弟子が、その身を賭して閉じた大門よ。貴方を引きずってでも助力をしてもらうわ。そして、もう一度大門を閉じる…!」

「妹弟子……だと?まさか貴様……」

「さーて、どうかしらね…!」

 一発触発。ピリピリとした空気が二人の間に漂う。

「……娘、名を何と言う」

「…興味、持ってくれたのかしら?」

「答えろ」

 “軽口も通じないのね”と、心の中で呟きながら、鈴は乗ってくれたと確信する。

「……土御門鈴よ」

「土御門……ほう、あの娘の末裔か」

「ええ。何の因果か、私は土御門家の一人よ」

 鈴の肝心な所はお互いに言わない。
 どちらにとっても、今は言及する必要のない事だからだ。

「……気が変わった。いいだろう、力を貸してやる」

「そう。なら……」

「だが」

     ギィイイイン!!

 その瞬間、互いの刀がぶつかり合う。
 鈴の脇差程の刀に対し、悪路王は野太刀のような刀だ。
 悪路王自身、体格が鈴を大きく上回るため、ぶつかり合った瞬間、鈴は跳んで後退した。

「その前に吾を打ち倒して見せよ」

「ええ……元より、乗ってくれなければそのつもりだったわ…!」

 鈴は御札をばら撒き、その内一枚を地面に押し付ける。
 御札に込められた術式が迸り、鈴の身体能力が上がる。

「式姫も従えずに吾と戦うか。またそれも一興…!」

「生憎と、今のご時勢式姫を呼ぶ事が出来ないのよ。だから、私だけで我慢して頂戴!」

 鈴が駆け出すと同時に、悪路王は何体かの鬼を生み出す。
 “鬼産みの力”による、妖を従える力だ。

「はっ!……!」

「ギィ……!?」

 生み出された鬼の内、三体程が刀に切り裂かれる。
 他の鬼が鈴に襲い掛かるが、鈴はバック宙で躱しながら弓を御札から取り出し、射貫く。

「ふっ…!」

「っ!はぁっ!!」

     ギィイイイン!!

 雑魚を片付けた所へ、悪路王が刀を振るう。
 着地と同時に鈴は武器を斧に変え、身体強化を施して迎え撃った。
 しかし、それでも押し負け、鈴は後退する。

「む…!」

「これならどうかしら…!」

   ―――“火焔旋風”

 だが、後退しながらも鈴は手を打っていた。
 御札を何枚か投げつけ、その御札から焔の術式を三つ繰り出していた。

「ふっ……!」

 そんな三つの術を、悪路王は三太刀で切り伏せた。

「……何?」

「ここよ!」

   ―――“斧技・瞬歩”

 鈴はそれを先読みし、術を目暗ましに懐に潜り込んでいた。
 そのまま、勢いよく斧を振る。

「甘い」

「っ!」

 しかし、悪路王は刀を地面に突き刺し、その勢いと斧とぶつかり合った衝撃を利用して跳躍し、体を捻ってそのまま鋭い爪で鈴を切り裂きに行った。

「くっ!」

     ギィイイン!

「ふっ!」

「っ、はぁっ!」

 その爪は、新たに出した槍で防ぐ。
 爪で槍が若干弾かれるが、すぐに立て直し、突きを繰り出す。
 だが、その一撃は刀を再び手にした悪路王に逸らされる。

「そら、吾ばかりに構ってよいのか?」

「ええ。構わないわ」

 再び鬼産みの力で鬼の妖が生み出され、鈴に襲い掛かる。
 しかし、鈴は笑みを崩さない。

「既に布石は打ってあるのよ」

   ―――“火焔地獄”

「ほう…」

 予め撒いておいた御札の術が発動し、妖は焼き尽くされる。

「ここからよ」

   ―――“速鳥”

「……来るか」

 刀を二振り構え、鈴は御札を複数枚落とし、術式を発動させる。
 力、護り、速度、それぞれを強化する術が鈴を強化する。

「シッ……!」

「ふっ……!」

     ギィイイン!

 力で負けるなら手数で補う。鈴の二刀流は、詰まる所そう言う事だった。
 悪路王の刀を一刀で受け、その勢いを利用して体を回転、もう一刀で斬る。
 悪路王も負けておらず、爪でその一刀を受け止める。

     ギギギギィイイン!

「はぁっ!!」

「ォオッ!」

 刀と刀の応酬。鈴は舞うように、悪路王は堅実ながらも美しく。
 鬼産みの力で生み出された妖もものともせず、二人は剣戟を繰り広げる。





     ギィイイン!!

「ッ……!」

「…………」

 幾重にも剣閃を重ね、一度間合いが離れる。
 その瞬間、悪路王は明確な“構え”を取った。

   ―――満ちて乱れし朱の華―――

「……受けてみよ」

   ―――“刀奥義・雪月花”

 放たれる斬撃。対し、鈴は……。

「受けて…立つ!!」

   ―――刻剣(こくけん)風紋印(ふうもんいん)
   ―――“剣技・烈風刃(れっぷうじん)

 風を二刀に纏わせ、高速且つ鋭い五連撃を繰り出した。
 剣技と剣技で、相殺を試みたのだ。

「っづぁっ!?」

 しかし、力負けし、鈴は吹き飛ばされて壁に激突する。
 肺から息が吐き出され、鈴は若干咳き込む。

 ……決着は、ここに決した。







「………見事」

 悪路王が腹から血を流し、その場に膝を付く。
 そう。確かに鈴は力負けしたが、その斬撃は悪路王に届いていた。
 結果、こうして鈴は見事に勝利を収めたのだ。

「やっぱり、強いわね……」

「それでも一人で勝利を収めたのだ。誇るがいい」

「それは無事解決してからにするわ」

 今はここで満足している場合ではないと、鈴は言外に言う。

「そうか。……では、約束通りお前について行こう」

「……助力、感謝するわ」

「ただし、露払いまでする気にはならん。傷も癒す必要があるのでな、しばらくはこうさせてもらう」

 そういって、悪路王は鈴の右目に吸い込まれるように消える。
 右目に取り憑いたのだ。

「露払いはともかく、傷はそっちから仕掛けたんでしょうに……」

『知らんな』

「まったく……」

 呆れながら、鈴は体に霊力を巡らせ、自然治癒を早めて立ち上がる。

〈……終わったかい?いやはや、さすがと言うべきだね。これが君の全力かい?〉

「黙って見ていたのね。まぁ、全力ね」

 ただし、“今の状態では”と付くが、鈴はそれを言わない。

『……む、なんだ。それは』

「魔法を使う際の媒体…みたいなものね。種類によって人格があったりなかったりするけど。拾い物みたいなものだから気にしなくてもいいわ」

〈ちなみに名前はマーリンだよ。よろしくね〉

『そうか。付喪神みたいなものか』

 然程興味も湧かなかったようで、悪路王はそれっきり黙った。

〈んー、興味なしと見られるのはそれはそれで寂しいものだね〉

「あまり気にしてないでしょ。移動するわよ」

 助っ人が手に入ったため、鈴はすぐに移動を開始する。

〈次はどこに行くつもりだい?それと、車の運転手はいいのかい?〉

「運転手も土御門家の者だから自衛ぐらいはできるわ。次は……そうね、悪路王以外にも人手が必要だから……」

 同じ陰陽師を集めたい所だが、鈴自身にはあまり伝手がない。
 土御門としてなら腐る程あるが、家も家で対処に追われているため使えない。

「……那美がいたわね」

〈那美?もしかして神咲那美の事かな?〉

「え?那美の事知っているの?」

〈ボクにも“原作知識”は埋め込まれているからね。“リリカルなのは”の原典となるゲームの方に彼女は出てくるんだよ〉

「ふぅん。まぁ、知っているのなら話が早いのだけど」

 原作がどうとかは、鈴にとってはどうでも良かった。
 説明の手間が省けるという点では楽であるが。

「さて、まずは那美と連絡を取らないとね」

 そういって鈴は御札を取り出す。

〈陰陽術にも念話のようなものはあるんだね〉

「魔法では念話なのね。こっちは伝心と言うわ。“あの子”の世代では主に方位師が扱っていたけど、戦闘専門の陰陽師も扱えない訳ではないわ」

 伝心を繋げ、那美との連絡を繋げようと試みる。

「(もし那美に危険が迫っているのなら、密かに忍ばせておいた術式を使わないといけないわね……確か、那美は今、神奈川県方面に行ってたはず。もし“あいつ”と遭遇したら……)」

 ふと、鈴は一体の妖を思い浮かべる。
 大門が再び開き、妖が復活した今なら現れてもおかしくない。
 ……だからこそ、遭遇する可能性のある那美を心配した。







































「……出来るか出来ないかで問われれば、可能だよ」

「本当!?それなら早速…!」

「けど、あんたはダメだ」

「どうして!?」

 とある場所にて、誰かが会話していた。

「あんたは今、力が削がれているだろう?それと、あたしもダメだ。あたしはあたしで別の事に力を割いているからね」

「じゃあ、実質可能なのは……」

「私……だけですか」

 会話している三人は、何かをやろうとしていた。
 しかし、三人の内、一人だけしか“出来ない”ようだ。

「ああ。あんただけさ。今の状況では、こいつは力が削がれた上に今は式姫の体だ。あたしもここから離れる訳にはいかない。だから、力と肉体が戻ったあんたなら可能なのさ」

「………」

 “自分しかいない”と言う事実に、その一人は黙り込む。

「……分かりました。やりましょう」

「…怯えたりはしないんだね」

「散々鍛えられましたから。……それに、きっと皆が頑張っている。それなのに、私だけ動けるのに何もしないのは嫌ですから」

「……そうか」

 そういって覚悟を決めたようで、すぐに準備に取り掛かった。

「本来なら、“向こう側”から召喚する所を、あたしの特権で無理矢理こちらから派遣する。裏技みたいなものさ。もちろん、時間制限はある」

「……どれぐらいですか?」

「あんたの力の使いようによるけど……全力で戦闘し続けるとなると、二時半(ふたときはん)保つかどうかって所だね」

「なるほど……」

 二時半……つまりは約五時間である。

「短いかい?」

「………充分です」

「……それでこそだね」

 今の状況を知れば、明らかに少ないと思える時間。
 しかし、それでも“充分”だと言って見せた。

















 
 

 
後書き
鞍馬…鞍馬天狗の式姫。実は孔明としても存在していたらしい(式姫四コマより)。呪い師系の式姫で、術が得意。ただし天狗らしい身体能力も持ち、体術でも戦える。容姿に関しては式姫大全参照。

瀬笈葉月…うつしよの帳に出てくるキャラ。うつしよの帳でのパートナー的立ち位置の少女で、“物見の力”と言うもので、人の縁を探る事ができる。大門の守護者の行き先も、これで探っている。他にも、妖についての知識が豊富。そんな少女が生まれ変わったのが彼女である。幽世の大門が開き、妖を目撃した事で前世を思い出した。苗字は適当。(役割を“背負う”に掛けてたりする)

逢魔時退魔学園…かくりよの門に登場する学園。というか拠点。陰陽師による陰陽師のための学園。実は主人公の家を取り込むように建てられた。

コロボックル…式姫の一人。かくりよの門では弓系式姫。語尾がカタカナになっている。北海道(アイヌ)の伝承に登場する小人の事だが、かくりよの門では狐っ娘っぽい見た目になっている。

織姫…名の通り織姫の式姫。菫色の長髪と衣を着ている。“慈愛の力(と言う名の万能な力)”を扱う。公式で半ばネタキャラになっている。

鬼産みの力…所謂“仲間を呼ぶ”。弱い鬼の妖を呼ぶ。かくりよの門で初のボス複数戦。何気に自爆する妖も生み出すので注意。

斧技・瞬歩…斧キャラ専用速度バフ。脚に霊力を込め、縮地の要領で高速移動する。かくりよの門では必須レベルのスキル。

速鳥…単体速度バフ。22話にも登場。瞬歩と違って誰でも扱えるが、効果は劣る。

刀奥義・雪月花…悪路王が刀で放つ奥義。名にふさわしい美しい斬撃を繰り出す。かくりよの門では全体攻撃となっている。

刻剣…刀に属性を纏わせる術。ゲームでは不可能だが、複数の属性を同時に纏わせる事も可能。纏わせた属性の攻撃力が強化され、攻撃属性も付与される。

風紋印…刻剣で風属性を纏わせる。斬撃が鋭くなり、概念・思念系以外なら技量次第で大抵斬れるようになる。かくりよの門では風属性攻撃力が上がり、攻撃に風属性が付与される。

剣技・烈風刃…まさに烈風とも言える五連の斬撃を繰り出す。かくりよの門では斬+風属性の五回攻撃。風紋印で強化されると凄まじい切れ味を誇る。


うつしよの帳は1月18日にサービス終了したかくりよの門の姉妹作のスマホアプリです。かくりよの門の主人公の母親の話で、幽世の世界での話を描いています。
式姫達と葉月の服装は、現代に合わせているので、特に描写していません。式姫達は戦闘時に本来の衣装に戻りますけど。詳しく知りたければ式姫大全を見てください。(宣伝)

最後の三人は内二人が原作ありきのキャラ、残りがオリキャラです。
……分かる人には誰が誰か分かるかもしれません。 

 

第137話「手分け」

 
前書き
ここから視点がいくつにも分かれていきます。
……ぶっちゃけ、描写しきれる気がしないです。
 

 





       =優輝side=





「……では、言った通りのグループに分かれて、各自向かってくれ。だが、深追いや無茶はするな。相手は僕らにとって魔法を使わない、未知の相手だ。霊術に比較的詳しい椿たちにすらわからない事もある。……決して、油断はするな」

「「「「「「「はいっ!!!」」」」」」

 クロノの指示を聞き終わり、皆が返事を返す。
 あの後、いつもの面子と戦闘部隊の人に指示が下った。
 ……と言っても、各方面に行って妖の脅威を抑え込めって感じだが。

 作戦としては、主に結界で抑え込む形となっている。
 警察や自衛隊などとの連携はまだとっていないが、それらの戦力でも何とかできる程度に妖を隔離してしまえば、被害は一気に減らせるだろうとの事。
 門を閉じる事ができない状態での判断としては良い方だろう。
 そして、霊術が扱え、門が閉じれる面子は当然閉じに向かう事になっている。
 管理局員としては不本意だろうけど、アリシア達も作戦に入っている。
 僕らと違い、三人で行動になっているが、やはり実戦経験の差で不安なのだろう。

「……問題は大門の守護者の位置か……」

 各地の被害などは、現地の警察や偶然居合わせた退魔士が応戦してくれているらしく、そこまで大きくはなっていない。
 現地に赴く過程で、非戦闘員の人達が通信を繋げて連携を取れるようにするため、被害自体はさらに小さくできるだろう。
 ……だけど、大門の守護者に遭遇した場合は別だ。
 普通の守護者は大抵は門から動かないため、逃げればいいが、大門の守護者は移動し続けている。おまけに、とんでもない強さなので並の力量で挑めば死んでしまうだけだ。

「アースラからサーチャーで捜索しているが、探し出せるとは限らない。警戒するだけで対処できる訳ではないが、それらしき者を見つけても不用意に近づかないように」

「(今の所、それが最善か……)」

 そして、帝から得た情報だが、妖が魔力にも惹かれてくるようになったらしい。実際、各地に散らばっている管理局員からもそういった情報は来ていた。
 ただ、妖をさらに呼び寄せる訳ではないため、霊力よりはマシらしい。

「……管理外世界とは言え、管理局の不始末による結果だ。殉職したランスター一等空尉を責める訳ではないが……もう、魔法を秘匿する事も不可能だ。本来秘匿するべき霊術を現地の退魔士の人々も力を振るっている。出し惜しみはするな」

「一般人や自衛隊、警察と言った機関への説明は私達が担当します。……ただ、霊術関連の人達への対応は、草野姫椿さんを筆頭にした霊術を扱える人達に任せる場合もあります。心に留めておいてください」

「…ええ」

 シーサーさんはまだこっちには来れない。
 自衛隊との連携が取れるようになれば、沖縄も安全が確保できるだろう。
 と言っても、沖縄ももう残党しかいないようだから、来ようと思えば来れるだろう。

「では、今すぐに向かってくれ!」

 クロノのその言葉を皮切りに、行動を開始する。
 まず向かうのは都心の安全確保。
 京都はもう門を封印したため、次は東京方面だ。
 都心が安全になれば色々と動きやすくなるだろうからな。
 次に優先されるのは、一際強いとされる妖の討伐。
 これは主に僕や椿たちが担当するが、玉藻前とかの他にも結構いるらしい。
 椿と葵が既に討伐した富士龍神と呼ばれる龍も、その部類との事。

「じゃあ、優輝、しばらくは別行動よ」

「決して無理しないでね?」

「念を押すなぁ…。わかってるよ」

「ホントかなぁ?」

 別れ際に葵が疑ってくる。
 そんな疑われるような事……してるな。うん。

 ちなみに、魔導師達は基本的に部隊で行動で、僕らは一人だ。
 これは霊力と魔力の相性関係から、多い方がいいと判断したようだ。
 だから、僕と椿と葵、それと司や奏も皆一人で行動する事になっている。

「さて……と」

 転移し、早速行動を始める。
 僕が担当するのは、利根川に由来する龍神となる“利根龍神”。
 椿と葵曰く、それぞれ有名な川には龍神がいるらしい。
 とりあえず、まずは祠に向かうとするか。





「……さすがに、でかいな」

 椿と葵が祠の大体の位置を知っていたので、教えてもらっていた。
 その通りに行けば、あっさりと利根龍神の祠は見つかった。
 まぁ、利根川を由来にしているのなら、川を沿って行けばいいだけなんだが。

「こいつが利根龍神か……」

 見た目はよく日本で知られる龍そのものだ。蛇型の長いアレだ。
 水色の胴体に、青い角。ごく普通と言うのもおかしいが、そんな感じの龍だ。

「っ!」

     ドォオン!

 既に利根龍神は僕にロックオンしているらしい。
 尾が振るわれ、僕はそれを跳んで躱す。
 既に結界を張っておいたため、多少の事では周辺に被害は出ないだろう。

「っと、シッ!」

     スパッ!

 胴体に着地し、リヒトで一閃する。
 しかし、浅くしか切れない。鱗が丈夫らしい。

「ふむ……」

 椿と葵から聞いていたが、利根龍神は龍神の中でも弱い方らしい。
 しかし、それでも龍神には変わりないようだ。
 質量を利用した尾の一撃に、鱗の丈夫さ。雑魚ではないようだ。

「っと、っと」

 当然、乗っている僕に反撃しない訳がない。
 身を捩じらせて落とそうとし、直接噛みついてきた。
 躱したとは言え、まともに食らえば中々の威力だろう。

「……だけど、それだけだ」

 底は見えた。確かに、図体の大きさを生かした攻撃は脅威だ。
 尾や牙、爪の攻撃はどれも殺傷能力が高い。
 だけど、僕から言わせてもらえば“その程度”だ。
 玉藻前のように霊術が得意と言う訳でもない。
 図体が大きいだけでは、負ける要素はない。

「さて、悪いが……」

     ドンッ!

「グウゥッ!?」

「さっさと決めさせてもらうぞ。後がつっかえているんだ」

 爪の一撃を躱し、その勢いのまま霊力を込めた掌底を叩き込む。
 念のため、霊術の類は警戒し続けている。
 それを踏まえても、負ける気はしないがな……!











       =椿side=





「ふっ!」

 静岡県のとある場所。少し昔は駿河と言われていた場所で、私は行動していた。
 ここは、早めに処理しておかないとダメだもの。

「次から次へと…!」

 矢を射る。現れる妖は全て蜘蛛の妖だ。
 街にも被害が出ており、蜘蛛の糸塗れになっている。
 酷い類では、扉などに糸が張られ、塞がれてしまっている。

「邪魔よ!」

 ……でも、それでも“前回”よりはマシと言えてしまうわ。
 “前回”……つまり、江戸の時。
 私は“あの子”と共にこの駿河…蟲毒の社と言われる場所に来た事がある。
 この地にある幽世の門は、土蜘蛛を生み出す。
 その土蜘蛛によって、蟲毒の社は変質してしまっていた。
 ……今の街と違って、全滅していた。

「………」

 それに比べれば、マシと言えるわ。

「……さすがに、街並みが変わっているから探し辛いわね」

 当然だけど、昔と今では建物とかが完全に違う。
 そのため、門の位置も分からなくなっている。

「キシャァッ!」

「甘いわ」

 物陰から襲い掛かってきた妖を炎の霊術で焼く。
 一人とはいえ、この程度の妖で苦戦する事はない。
 前回来た当時と比べて、私は遥かに強くなっているのだから。

「……糸が多い。…こっちね」

 どうやら、門に近づくにつれて蜘蛛の糸も多くなっているようね。
 前回もそうだったから、間違いないわ。

「……もう」

 忘れてはならない事がある。それは民間人の救助。
 私がすぐに手が届く範囲であれば、助けないとね。
 ……私個人としても、見捨てるのは後味悪いし。

「弓術士としての本領を見せようかしら」

 三階建ての家を見つけ、その屋根から街を見下ろす。
 そして、弓を引き絞り……。

「それ以上、手は出させないわよ」

 射る、射る、射る。
 私は、弓術士として名に恥じない腕を持っていると自負している。
 だから、当然のように放った矢は、そこらにいる妖を次々と貫く。

「……これぐらいね」

 ある程度殲滅は済んだ。これなら、被害が増大する前に守護者を見つけれるだろう。

「……悠長にしてられないわね。早い事、片づけないと」

 手分けしているとはいえ、全てを補える訳じゃない。
 管理局の戦力にも穴はある。……と言うか、穴だらけね。
 だから、すぐに終わらせれる所はさっさと終わらせた方がいい。

「そう言う事だから、一気に決めさせてもらうわよ」

 考えながら行動している内に、門と守護者を見つけた。
 守護者は絡新婦(じょろうぐも)。土蜘蛛だから当然ね。
 守護者なので当然、他の妖とは一線を画した強さだけど……。

「でも、玉藻前などに比べれば、弱い」

 事前に用意していた御札の術式が発動する。
 それは、一時的だからこそ強い効果を発揮する身体強化の術式。
 絡新婦の糸や足の攻撃を掻い潜り、至近距離から矢の一撃を与えられるようになる。

「悪いけど、すぐ終わらせるわ」

 ここから始まるのは戦闘ではなく、蹂躙。
 幽世の大門を閉じるには、こんな程度で足止め喰らう訳にはいかないものね。











       =葵side=





「ん~、あたしの担当多くない?」

 東北地方を駆けながら、あたしは呟く。
 ……と言っても、実際指示された箇所は一か所だけなんだけどね。
 “多い”と言った訳は、それに加えて確かめておこうと思った場所が他にもあって、それをかやちゃんに頼まれたから。

「まずはここから……だね」

 本来の担当は北上川にいる北上龍神の討伐。
 だけど、今いるのはかつて陸奥と呼ばれていた地。

「……いるかな、悪路王」

 そう。確認したいのは悪路王がいるかどうか。
 彼がいれば、何か分かったりするかもしれないしね。
 ……でも。

「……あれ?鬼がいない……」

 本来ならいるはずの鬼の妖が少なかった。
 進むにあたっては都合がいいけど、もしかして……。

「………いない」

 最深部には、誰もいなかった。

「……これは……残り香?」

 その代わり、最深部には霊力の残滓が僅かに残っていた。
 そして、斬撃の跡や炎が焼けた跡、そして水に濡れた場所もあった。

「ここで、戦闘があった訳だね……」

 斬撃はともかく、炎と水の跡は霊術によるものだろう。
 ……と言う事は……。

「悪路王がいない事から見て、誰かが打倒した……?」

 けど、この時代の陰陽師…退魔士ではそれは難しいはず。
 土御門家の末裔だったあの子でさえ勝てないだろう。
 ……だとすれば、式姫か名が知れずとも腕の立つ霊術使いか…。

「……大門の守護者…?」

 悪路王は妖の中でも特殊な存在だ。
 何らかの理由で大門の守護者と敵対していてもおかしくはない。
 ……さすがに、考えすぎかな。

「とりあえず、本来の場所に向かおうか」

 用意していた術式(魔法)を起動させる。
 ちょっと魔力が勿体ないけど、優ちゃんに魔力結晶を貰ってるから問題ないね。





「うーん、了承しておいてなんだけど……きつくない?」

 結界を張り、周囲への被害はこれで極力なくなった。
 でも、改めて見るその大きな姿に、一人で倒しきれるか分からなかった。

「でもまぁ、やらなきゃ始まらないよね!」

「ォオオオオオオオオオオオオオン!!」

 北上龍神の咆哮と共に、戦いの火蓋が切られた。











       =アリシアside=





「がしゃどくろ……かぁ」

「あまり聞かないね」

「骸骨の妖ってわかるんだけどね」

 山形県の出羽三山と呼ばれる場所に、私達は転移した。
 椿たち曰く、ここにいるのは“がしゃどくろ”という妖。
 名前からして骸骨系なのは分かるけど……。

「建物を壊さずに済ませる自信ないなぁ」

「そのためにこれを貰ったんでしょ?」

「まぁ、そうなんだけどさ」

 アリサが持っているのは、鳥かごみたいな形の結晶体。
 これは、優輝が作ったもので、簡単に言えば即席の結界を張るものらしい。
 魔弾銃と同じで、魔力を持ってなくても使えるようだ。
 ちなみに名前は結界晶(けっかいしょう)らしい。そのままだね。

「一応、霊力の結界も使えるけど」

「結界に割いている余裕がないかもしれないからね」

「なるほど」

 ただでさえ実戦経験が少ないんだから、少しでも節約するのは当然だよね。
 出し惜しみなんてしてたらすぐ死んじゃうんだから。

「……ねぇ」

「……分かってるわ」

 幽世の門を探して歩いてる際に、一つの池に通りかかる。
 その瞬間、私達は足を止めた。

「池の中から……それに、この霊力は……」

「京都の土蜘蛛よりも上……だね」

 京都の土蜘蛛は、明らかに本来より弱いと分かる強さだった。
 …それでも、並大抵な強さじゃなかったけどね。
 でも、今感じられる力はそれ以上だ。

「っ……!来るよ!」

「っ!!」

 私がそう叫んだ瞬間、散り散りに飛び退く。
 同時に、アリサが結界晶を地面に叩きつけ、結界で隔離する。

「呪詛…!すずか!」

「うん!」

 現れた骸骨…がしゃどくろから滲み出る呪いの力を見て、すぐに霊力を練る。
 組み立てる術式は、呪いに対する耐性を得るもの。
 まだ高等な術式だと短時間しか保たないから、今は持続力がある方を選ぶ。

「カカカカカカ!」

「っとぉ!せいっ!」

 カタカタと音を鳴らしながら、叩きつけが来る。
 少し引き付けてから躱し、すぐに斧を構えて叩き込む。
 骸骨だから面での攻撃の方が通りやすいからね。

「効い……てはいるけど、まだまだ…!」

「『アリシアちゃん!』」

「っ!」

 取り囲むように呪いの炎が私の周囲にあった。
 すずかの伝心と共に、氷の足場が宙に現れたので、それで包囲を脱出する。
 術式を込めた御札を投げつけておいたとは言え、威力も不十分で私は無防備になってしまう。

「『アリサ!』」

「『任せなさい!』」

 その隙を補うために、アリサに伝心を繋ぐ。
 がしゃどくろの背後を取ったアリサは、デバイスを二刀に変え、炎の斬撃を一気に叩き込んだ。

「っ、っと」

「……通ってはいるけど……」

「まだまだ耐えるって感じね…!」

 一度全員が集まるように着地する。
 手応えもあるし、効いていない訳じゃない。
 だけど、倒れる気配はない。……凄いタフみたいだね。

「呪詛の類に気を付けつつ、着実にダメージを与えよう。幸い、あの土蜘蛛のように動きを阻害するようなものはないからね!」

「ええ!」

「行くよ!」

 すずかも武器として槍を持ち、三人でカバーしつつ攻撃を続ける。
 立ち回りやすい分、あの土蜘蛛よりも楽かもしれない。
 だけど、油断はせずに私達は確実に攻撃を与えていった。













       =なのはside=





「……シュート!」

「ファイア!」

 魔力弾を放ち、街中にいる妖達を倒していく。
 重要な妖を任された優輝さん達と違って、私達は各地の妖を殲滅しつつ幽世の門を制圧。封印するまで結界などで封じ込める役割だ。

「はぁっ!」

「っと…!」

 はやてちゃんはヴォルケンリッターの皆と同行していて、私はフェイトちゃん、アルフ、リニスさん、ユーノ君と一緒だ。
 ちなみに、プレシアさんは次元跳躍魔法を活かすためにアースラに残っているみたい。
 妖相手なら気づかれる事なく当てれるもんね。

「範囲が広すぎる……!」

「ここだけじゃなくて、日本中がこうなんだよね……」

「いくらなんでもこっちが先に倒れちまうよぉ」

 数も強さも大した事はないけど、規模が大きすぎる。
 一回一回丁寧に倒していたら、アルフの言う通り私達が先に倒れてしまう。

「だからと言って、怠る訳にもいきませんよ」

「う……でもさぁ……」

「倒すだけが民間人を守る手段ではありません。…さぁ、次に行きますよ」

 リニスさんはそういって他の場所に向かっていった。

「……そうか、倒す必要はなかったね」

「…ユーノ君?」

「ごめん、なのは。しばらく妖について調べてみる。その間、他の妖は任せたよ。上手く行けば一網打尽にできると思う」

「えっ?」

 何かを思いついたのか、ユーノ君はそういって近くの妖をバインドで捕まえた。

「……何をする気なのかねぇ」

「……ユーノ君が無駄な事をするなんて思えないよ。……私達も頑張らないと」

 とりあえず、この辺りはユーノ君が捕まえている妖以外は倒したから、他の場所の妖も倒さないとね。

『事が終わったら念話で知らせるよ。……しばらく戦力になれないけど、頑張って』

「『うん。ユーノ君こそ、油断して不意を突かれないでね』」

 妖はどこからともなく現れる。
 人気が多い場合はその場に出現って言う事はないけど…。
 とりあえず、不意を突かれる事もあるから、私達自身も気を付けないとね。

「魔力や戦力よりも、体力が足りなくなる……」

「…そうだね」

「……なのは、まだ余裕そうだね?」

「にゃはは、実は、お兄ちゃんたちに頼んで最近は体力作りもしてるんだ」

 小学六年生の時、疲労が原因で私は倒れた。
 その後、優輝さんに言われた“周りを頼る事”を実行するため、お兄ちゃんやお父さんに少しばかり鍛えてもらうように頼みこんだ。
 別にまた無茶をし続ける訳ではないけど、体力があるのに越したことはないからね。
 その結果、今の私は以前の運動音痴が嘘のように動けるようになった。

「っ、フェイト!」

「危ない!」

 フェイトちゃんの背後に迫っていた妖を、防御魔法を纏わせたレイジングハートで突き、弾き飛ばす。……こんな風に動けるようにもなった。

「あ、ありがとうなのは…」

「休む暇がないね……。レイジングハート、いきなりだったけど大丈夫?」

No problem(問題ありません)

 レイジングハートは普段杖だ。だから、あまり近接武器には向いてない。
 フルドライブすれば槍みたいになるからいいんだけどね。

「……!なのは、下……」

「え?……っ!」

 下を見てみれば、助けた人達が私達に注目していた。
 ……そうだよね、人が空を飛んでて、妖を魔法で倒してたら気になるよね……。

「…って、テレビ局まで…!フェイトちゃん、アルフ!ここから離れるよ!」

「もう!妖から民間人まで、面倒臭いね!」

「アルフ……面倒なのは分かるけど、我慢して…」

 あまりに注目された身動きが取り辛くなるので、私達はすぐにそこから移動した。
 ……写真とか撮ろうとしてる人、こんな状況なのに余裕だね。









       =ユーノside=





「ガァアアッ……!」

「……相性が悪くても、霊力そのものをぶつけられなければ魔法も普通に通るみたいだね。……なのはとはやてが強力な妖を倒したと聞くし、色々何とかなりそうだね」

 簡易的な封時結界を張り、その中で妖をバインドで固定する。

「……僕の読みが上手く当たれば、結界で妖を捕らえる事もできる……」

 魔法での結界だと、上手く妖だけを隔離する事ができない。
 さらにここまでの規模になると、多くの民間人を巻き込んでしまう。
 だから、妖を妖だと区別できる結界が張れれば、戦闘はかなり楽になると思う。
 優輝達なら張れると思うけど、これ以上の負担は掛けさせられないからね。

「……………」

 僕だって考古学で名のあるスクライア一族の一人。
 直接調査をすることに関しては、長けていると自負している。
 所謂学者肌なこの僕の力を、今こそ活かす時……!

「…実体はある。けど、その構成材質は実体を持たない。優輝や帝が作り出す武器と似た原理だね。……幽世の存在、つまりこの世ならざる者。……うーん、さすがに本質とかまでは分からない……か。…でも、掴めた」

 霊力を扱えないから、これ以上の解析は無理だろう。
 だけど、普通の人との差を見つける事はできた。
 後は、それに応じた術式を練って……。

「名付けて……妖捕結界(ようほけっかい)、かな」

 完成した術式を行使し、結界を張る。
 すると、周囲にあった民間人の気配が消え、残ったのは……。

「成功だ…!」

 妖のみとなった。
 ……これなら、民間人の救助がぐっと楽になる。

「……さて、こいつらを倒してなのはたちに知らせないとね」

 攻撃魔法が苦手でも、戦い様はある。
 優輝に教えてもらった攻撃方法なら、僕でも十分に戦えるからね。















       =out side=







   ―――ヒョォォォォ……!

「っ……また……」

「くぅ……」

 海沿いを歩いて移動している那美は、もう何度目かになる鳴き声を聞く。
 聞いた事のない、未知の鳴き声だからこそ、那美と久遠は気にしていた。

「……うぅ……」

「…くぅ」

 度々襲い来る妖を倒しつつ、二人は着実に鳴き声の方へ行く。

「何と言うか……気持ち悪さに混じって、哀しさがあるような……」

「………」

「……どっち道、幽世の門が開いているのなら、閉じないとね……」

 そういって、那美と久遠は鳴き声の下へと向かった。







   ―――ヒョォオオオオン!

「っ、近い…!」

「那美、あそこ…!」

 一際近くから聞こえた鳴き声を頼りに、声の主を見つける久遠。
 那美も久遠と同じ方向を見て、ついに見つける。

「あれは……一体……!?」

 そこにいたのは、大きな獣のような存在だった。

「虎?え、猿…?」

「……くぅ、わからない」

 いくつかの動物が入り混じったかのようなその姿に、那美は困惑する。
 その妖の名前は鵺。かつて平安京で猛威を振るった妖怪だ。

「っ!」

「那美…!」

「大丈夫、行くよ久遠!」

 那美達に気づいた鵺は薙ぎ払うように爪を振るう。
 すぐに戦闘態勢に入った那美はそれを躱し、久遠も武器を構える。
 久遠の武器は優輝に創造魔法で作ってもらった薙刀だ。
 御札に収納しており、持ち運びが楽になっている。

「……!」

「(強い…!他の妖とは全然違う!それも、今までの門の守護者よりも、ずっと…!)」

 久遠の振るった薙刀が躱され、反撃の爪で弾かれるように後退する。
 那美にも鵺は襲い掛かり、その度に那美は障壁を張りつつ攻撃を躱す。

「でも……!」

「くぅ……!!」

     ピシャァアアアアン!!

 しかし、侮るなかれ。
 久遠のその力は、今では椿と葵でさえ本気で対応しなければならない程。
 いくら実戦と言う違いがあるとは言え、久遠の強さは相当なものだ。
 繰り出された雷は鵺の体表を焦がし、大きなダメージを与える事になる。

「っ、させない!」

   ―――“旋風地獄”

 霊力を溜めたのを那美が察知し、即座に術で妨害する。
 鵺の体を包むように風の刃が展開され、動きを阻害する。

「ヒョォオオオオオオン!!」

「くぅ…!間に、合っ、た……!」

   ―――“神鳴”
   ―――“三雷”

 一際大きな雷と、三つの雷がぶつかり合った。
 結局の所、那美の術は完全に妨害するに至らず、少し遅らせただけだった。
 しかし、久遠にとってはそれでも充分で、放たれる術に対抗する術を用意できた。

「くぅぅぅ……!!」

「っ……!今の内に…!」

 雷のぶつかり合いは拮抗し、久遠は踏ん張る。
 その間に那美も霊力を練り、術式を起動させる。

「貫き、祓え!」

   ―――“神槍”

 聖属性の霊力で編まれた槍が、鵺に降り注ぐ。
 同時の攻撃に対処しきれなかった鵺は槍に貫かれ、態勢を崩す。
 そのまま久遠の術も対応しきれずに、再び鵺は雷に焼かれた。

「よし、これで……!」

「押し、切れる…?」

 若干、その場に膝を付いた鵺を見て、このまま押し切れると二人は思う。

「油断せずに、畳みかけるよ!」

「うん……!」

 再び霊力を編み、術式を構築する。
 しかし、その瞬間………。











   ―――“痛かった”





「っ………!?」

 悲しみが乗った、言霊のような呪いが飛んできた。

「く、ぅ…?」

「何、今、の…!?」

 それは、心に突き刺さる精神攻撃。
 鵺であって鵺ではない“何者か”の声に、那美と久遠は膝を付く。
 あまりにも悲しく、あまりにも辛さを感じる声だったから。

「ダメ、これで、倒れたら…!」

「っ、那美…!」

 精神攻撃だけでなく、爪による攻撃も迫る。
 咄嗟に久遠が那美を突き飛ばすように動き、那美もその場から飛び退く。
 間一髪、鵺の攻撃を躱した。

「一体、何が……」

「分からない……でも、とても悲しい…」

 それは、かつて取り込んだ陰陽師の記憶。
 かつて鵺は、一人の陰陽師の力を取り込んだ。
 そして、取り込んだ陰陽師にとって“死をもたらした妖”となり、その記憶によって自らを強くしていた。

   ―――“届かなかった”

「っ、ぁ……!?」

 その悲しき“記憶”からの攻撃に、那美は動けなかった。
 その“記憶”からの声があまりにも辛く、哀しいものだったから。
 既に、那美は鵺のソレに呑み込まれそうになっていた。

「っ、させ、ない…!」

 久遠が必死に那美を守りつつ、応戦する。
 しかし、久遠もまた“記憶”の声に呑み込まれかけていた。

「(あれ……この声、どこかで…確か……)」

 声に呑み込まれ、徐々に意識を失っていく那美。
 そんな那美に、一つの声が響く。

『那美、聞こえるかしら?……那美?』

「……ぇ…」

 それは、一人の年下の知り合い。鈴の声だった。
 伝心によって、連絡を取ろうと鈴から繋げてきたのだ。
 そして、伝心は相手の精神状態を軽く感じ取る事もできる。

『那美!?どうしたの!?まさか……!』

「鈴……ちゃん……?」

『っ……間に合え、転移……!』

「(……そうだ、どこか聞いた事のある“声”だと思ったら…)」

「那美……!」

 久遠が横へと吹き飛ばされ、那美に爪が振り下ろされる。
 あわや切り裂かれるかと思った瞬間……。







     ―――リィン…





     ギィイン!!

「っ、間一髪…!」

 鈴の音が聞こえると同時に、振り下ろされた爪を一振りの刀が防ぐ。
 そこには、つい先ほどまで伝心で会話していた鈴の姿があった。
 聞こえた鈴の音は、彼女の付けていた鈴から聞こえていた。

「……やっぱり、こいつか……!」

「…ぁ、鈴、ちゃん……」

「立ちなさい、那美。ここで挫けていてはダメよ」

 鵺を睨み、対峙する鈴。
 何とか立ち上がった那美にとって、その姿は年下にも関わらず、とても頼りに思えた。













 
 

 
後書き
利根龍神…利根川にいる龍神。かくりよの門では、龍神系で最初なため、相応の強さになっている(要するに弱い)。

蟲毒の社…作者がかくりよの門をプレイした際、リアルで血の気が引いた場所。BGMはなく、風が吹くSEのみ。入口のNPCの“もう誰もいない”の言葉に関わらず存在する他のNPC。雰囲気が一変したため、印象に残っています。(by作者)

絡新婦…蟲毒の社に出る守護者。上半身が長髪の女性で下半身が蜘蛛と言った姿をしている。正直、蟲毒の社そのもののインパクトが強くて印象が薄い。

北上龍神…龍神系の三番手。ちなみに二番手は富士龍神。呪縛(レイドにおける交代禁止)を付与する攻撃をよくしてくる。現在では雑魚扱い。でもタフ。

がしゃどくろ…出羽三山の五重の塔にいる髑髏の妖。かくりよの門では、妖ではなく妖怪として出た(あまり違いはない)。レイド用として、強化バージョン(がしゃごくろ・鏡)がいる。

結界晶…本編で言った通り魔力なしで結界が張れるアイテム。優輝はどんどんこういった便利アイテムを作って管理局に提供しています(人手不足解消のために)。

妖捕結界…妖を隔離する事に適した魔法。ユーノが妖の生態を直接調べる事で編み出した。

鵺…ストーリーボス初の特殊BGM持ち。猿の頭に虎の体を持った妖。かくりよの門では、実装当初はこの鵺の直後のボスである“鵺の記憶”が、その強さと物語の精神的ダメージで猛威を振るった。本編の鵺は両方の性質を持っている設定。

旋風地獄…風属性全体攻撃。風の刃が広範囲を切り裂く。

神鳴…所謂霊術の雷。久遠の雷に似ているが、こちらの方がちゃんとした術式なので強い。

三雷…久遠の雷を三つに束ねたもの。ちなみに、現在は五つが限界。(五尾なので)


利根龍神は実装当時、エンドコンテンツ扱いでしたが、サービス開始から三年ほど経った今では、初心者ばかりのレイドでもない限り、瞬殺されてしまう可哀想な存在になっています。本編でもその影響があり、本来なら強いのに手強い描写がありません。……優輝(熟練)ではなくアリサやすずか(ビギナー)なら少しは変わっていましたが。

……今更ですけど、これって原作の項目にかくりよの門を加えるべきですかね? 

 

第138話「前世の因縁」

 
前書き
原作がリリなのなのに主人公や別キャラばかりが活躍している…。
クロノやユーノは見せ場を作りやすいんですが、なのは達主人公格が何故か活躍させられない……。一応、なのはは大活躍できる素質は既に出揃っているんですけどね。
 

 






       =out side=







   ―――ヒョォォォォ……!



「っ、また……!」

「おい!鳴き声が気になるのは分かるが、目の前に集中しろ!」

 手当たり次第に妖を殲滅しながら、帝が神夜に言う。
 性格で相性の悪い二人だが、戦力的には二人でも十分だとみなされたため、現在は二人で手を組み、街中の妖を倒して回っていた。

「だが、あれを見過ごす訳には…!」

「だからこっちを見捨てろって言うのか?変に悩むのも時間の無駄だ。さっさと手を動かせ!少しでも被害を減らすぞ!」

 手を割く余裕がないと、帝はきっぱりと言う。
 しかし、それでも神夜は見捨てられないと渋った。

「だったら、お前がここを請け負って、俺が助けに行く!そうすれば両方助けられるだろ?」

「クロノに言われた事を忘れたか!人手が足りなくても、一つ一つの安全性を高めるために俺達魔導師は複数人でいるように言われただろうが!」

「俺なら大丈夫だ!お前も、雑魚程度なら問題ないだろう!」

「敵がどれだけいるのかもわからないのに、迂闊な真似は……おい!!」

 帝の制止を振り切り、神夜は駆け出した。
 神夜にとって、それは正しい事だと思っていた。少々の危険を冒してでも、助けられる人は助けるべきだと。
 ……しかし、現状ではそれは愚策でしかない。
 敵の戦力、状況が把握できていない。相性もいい訳じゃない。
 そんな状況下で霊術も扱えない神夜が単独行動するのは危険でしかない。
 第一に、鳴き声の主が民間人を襲っているとも限らない。
 妖の生態を知らないのに突っ走っているだけなのだ。
 帝はそれがわかっていたから止めようとしたのだ。

「くそ、馬鹿野郎が……!っ、邪魔だ!」

 置いて行かれた帝は、追いかけようにも他の妖を相手にしなければならない。
 殲滅しながらなため、追いつくのは随分先になってしまうだろう。

「(普段なら良く思い切ったと言える行動だけど、よくよく考えりゃ、ただ敵の事も考えずに突っ走っている馬鹿なだけじゃねぇか……!)」

 今まで先陣を切っていた神夜。
 しかし、それは原作知識が当てにできたから上手く立ち回れただけの事。
 今回はそれが通用しないため、本当に愚策でしかなかった。















「…………」

 何とか那美の窮地を救った鈴は、目の前の鵺を睨み続ける。
 すると、頭の中に声が響く。悪路王の声である。

『……鵺、か。手助けはいらぬな?』

「……当然よ」

『では、吾は引き下がっておこう』

 鈴の返答に、悪路王は引き下がる。
 返答した鈴の目が、明らかに普通ではない感情が宿っていたからだ。

「……鈴ちゃん?」

「鵺……なるほど、通りで那美と久遠でもやられる訳ね……」

「っ!この妖を知ってるの!?しかも、鵺って…!」

 努めて冷静を保ちながら、鈴は現状を分析する。
 鵺の名に驚く那美も、その様子に押し黙る。

「そうだ、気を付けて!この妖、言霊みたいなので私達を……!」

「……ええ―――」



   ―――“届かなかった”



 那美の言葉に頷いた鈴の不意を打つように、鵺の精神攻撃が迫る。

「―――知っているわ」

「っ、これって……」

「精神干渉を防ぐ障壁。まぁ、普段の障壁を応用しただけよ」

 それを、鈴は片手を翳して張った障壁であっさりと防いだ。

「え……でも、そう言うのってどういった精神攻撃かよくわからないと無理なんじゃ……」

「……ええ。だから、()()()()()と言ったのよ」

「えっ……?」

 精神攻撃が防がれたからと、鵺は直接襲い掛かってくる。
 それに対し、鈴は斧を御札から取り出し、身体強化をして正面から受け止めた。

「…こいつの攻撃は、私が一番良く知っているわ!」

     ギィイイン!!

「那美!久遠!援護をお願い」

「え、あ、うん!」

「っ……!やっ…!」

 攻撃を逸らし、鈴は一喝するように指示を出す。
 請け負った那美は後方に下がっていつでも術が使えるようにし、久遠も雷を放って距離を取るようにした。

「っ、はっ!」

 振るわれる爪をひらりと避け、振り下ろした腕を斬りつける。
 さらに鈴は、その勢いのまま懐へ入り込み、腹を斬る。

「(浅い……やっぱり、霊力を纏わせた程度じゃ、厳しいか……)」

 しかし、その傷は浅いに留まり、飛び退いた鵺の霊術でその場を退かされる。

「くぅ!」

   ―――“雷”

「そこ!」

   ―――“神槍”

 すかさず久遠が雷を放ち、それを避けた所へ那美が霊術を放つ。
 どちらも躱されたが……。

「捕らえた!久遠!今だよ!」

「燃えて…!」

   ―――“紅焔”

 事前に那美が仕掛けておいた拘束術に引っかかり、動きが止まる。
 そこへ、久遠は間髪入れずに強力な炎を叩き込んだ。

「ォォオオオオオオオオオオン!!」

「っ、あれを耐えるの!?」

 しかし、鵺は大きな咆哮を上げ、その際に放出した霊力で炎を吹き飛ばす。
 久遠の霊術を耐えられた事に、那美は驚愕を隠せない。

「っ……!」

「鈴ちゃん!?そんないきなり突っ込んだら……!」

 黙って突貫する鈴に、那美は思わず声を上げる。

「……馬鹿みたいに声を上げる程、余裕を失くしたのね。どう?久遠の霊術は、お前の体を見事に焼いたでしょう?安心しなさい、トドメは私よ」

「ッッ……!」

 目の前に飛び上がり、刀を振りかぶりつつ鈴は鵺に言う。
 “生意気な”と鵺は思ったのか、それを飛び退いて躱し、鈴を睨んだ。

「鈴ちゃん……っ!」

「………」

 協力しようとしている時に、前に出ている鈴に那美は声を掛けようとする。
 だが、鈴は手で制した。“決着は自分が付ける”と言わんばかりに。

「……睨みたいのはこっちよ。……私の顔を見忘れたとは言わせないわよ!!鵺!!」

 復讐するかのような、それでいて黒くない感情で鈴は鵺を睨み返す。
 それは、一度負けた相手に、力を付けて再び倒そうとするような眼だった。

「その嘆きも、苦しみも、全て私が味わったものよ。我が物顔で使わないでちょうだい!」

「ッ!?」

 瞬間、鈴の足元が爆ぜる。
 否、厳密には爆ぜたように見える程、鈴は一気に駆け出したのだ。

「はぁっ!」

 駆け、刀を振るう。
 刃が鵺の皮膚を切り裂き、鵺は爪を振るってそれを振り払う。
 だが、鵺の攻撃は素早く飛び回り、躱される。

「は、はやっ……!?」

「くぅ……!」

 攻撃は悉く躱し、確実に反撃を繰り出す様を見て、那美は驚く。
 今まで、那美も鈴の全力を見た事がなかった故の驚愕だ。

     ギィイン!

「っ…!」

「ォオオオオオオオオン!!」

 しかし、全ての攻撃が躱せる訳ではない。
 爪の一撃を躱しきれずに、刀で受けて鈴は後退する。
 間髪入れずに鵺は咆哮を上げ、霊力による雷の雨を降らす。

「甘い!」

   ―――“速鳥”

 それに対して鈴は術で自らの脚を強化し、一気に肉迫する。
 ジグザクに飛び回る事で雷を次々と躱し、再び刀を振るう。
 まさに気焔万丈、獅子奮迅、疾風怒濤の如き勢い。
 何を彼女をそこまで駆り立てるのか、那美達にはわからなかった。

「っ、ぐぅっ!?」

「っ、鈴ちゃん!」

 だが、鵺もただでは終わらない。
 蛇の頭を持つ尻尾を生やし、手数を増やす事で鈴の体を捉えたのだ。

「くっ…!」

 吹き飛ばされた鈴だが、すぐに体勢を立て直して着地、即座に駆け出した。
 この時点で、那美にも久遠にも割り込む隙はなかった。
 完全に鈴と鵺だけで戦闘の空間が形成されていた。

「ぁああっ!!」

     ザンッ!!

 一際強力な斬撃を浴びせ、鈴は一度間合いを取った。

   ―――“東の方角を見ている”

「何を……」

「………」

 傷だらけになった鵺は、唐突に東の方角を見つめだす。
 いきなりのその行動に、那美は困惑する。
 ……そして。



   ―――“帰りたかった”



 嘆きの呪いが、その言霊によって振り撒かれた。









「―――いい加減にしなさい」

「っ……鈴、ちゃん……?」

「くぅ……」

 またあの言霊が来ると思って、身構えていた那美はふと気が付く。
 いつまでも来ない言霊の力に。そして、鈴が障壁を張っていた事に。

「その嘆きは、私のものよ。勝手に振り撒くんじゃない!」

   ―――刻剣“聖紋印(せいもんいん)

 そして、鈴は聖属性の霊力を刀に纏わせ、再び駆け出した。
 爪、尾の攻撃を体を捻る事で紙一重で躱し、そのまま脚の腱を斬った。

「……八重、技を借りるわよ」

   ―――“刀技・斬桜(ざんおう)

 体勢を崩した鵺の首元へと鈴は跳躍する。
 そして、桜が舞い散るように動き、連続で斬撃を浴びせる。

「……どうかしら?一度殺した相手に全てを上回られて負ける気持ちは?……って、もう聞こえていないし、聞こえていても理解できないか」

 “チンッ”と刀を収めた鈴は、首の落ちた鵺に問いかけるように呟いた。
 その顔は、どこか満足そうだった。

「鈴ちゃん!」

「那美、油断しちゃダメよ、全く…。私が気づいて来なかったら、鵺の言霊に呑まれていたわよ?」

「う……ごめん……」

「……まぁ、私もかつては同じような手口で殺されたのだけどね」

 そういって鈴が思い出すのは、前世での自身の死因。

「さて、とりあえず門を封じてから……移動しながら、情報を共有するわよ」

「う、うん」

 互いに、現状をどれほど知っているか知るために、情報を共有する。





「……完全に成り行きで戦ってたのね……」

「うん…。知り合いから、幽世の門が何かは少し聞いてたから、放置もできないし…」

「(……幽世の門を知っている知り合い?門について知っているのは、余程大きい退魔士の家系……それも上層部しか知らないんじゃ……?)」

 那美が言った知り合いの存在に、鈴は引っかかった。
 ちなみに、鈴は前世の記憶があるから知っているだけで、幽世の門について、現代の退魔士のどの層の人達が知っているのかは知らなかったりする。飽くまで予想の範疇だ。

「……那美、その知り合いって、何者?本来、幽世の門については余程の伝手がないと知りえないはずよ?」

「え……?幽世の門って、そんな機密情報だったの!?それに、鈴ちゃんって幽世の門について知ってたんだ!?」

 聞き返してみると、驚いた返事が返ってきたため、ますます鈴は混乱する。

「…まぁ、私には事情があるから……それより、質問に答えてないのだけど…」

「あっ、ごめん…。えっと、式神に似た存在である、式姫の子から教えてもらったのだけど…」

「っ、式姫がいるの!?」

「わぁっ!?」

「あ、ごめんなさい……」

 まさかのワードに今度は鈴が驚いてしまう。

「式姫の事も知ってるんだ……」

「……那美が成り行きとは言え戦い続けている理由がなんとなくわかったわ。事情をある程度知っていたのね…。いいわ、次は私の番ね」

 なぜここまで知っているのか、那美も疑問に思った。
 それを悟ってか、鈴は経緯を話すついでに身の上の事も話す事にした。

「さて、那美は何が聞きたいかしら?そこから答えていくわ」

「えっと……じゃあ、鵺との戦闘で気になったんだけど……鈴ちゃんは鵺と会った事があるの?あんなに感情を露わにするなんて、見た事がないよ…?」

「……そこからね。まぁ、話しやすくなるから助かるわ」

 中途半端な部分からだと、中途半端な部分から話す羽目になるため、最初から話し出せるであろうその質問は鈴にとって都合が良かった。

「さて、いきなり根幹の話になるけど、まずは一つ。霊力が劇的に増える場合は、どんな時だと思う?」

「え、ええ?いきなり問題?……えっと……」

「答えは“死”を経験する事。例えば臨死体験をしたりね。だから、幽霊は軒並み霊力を持っていて力を振るってくるの。……そして、それが私を強くしている理由」

「え、と、つまり……?」

 遠回しな言い方だったため、那美は頭に疑問符を浮かべる。
 ちなみに、久遠は話について行けないと早々に諦めて周囲の警戒にあたっている。

「……私は、一度死んだ身なの。厳密には、一度死に、幽霊となり、そして生まれ変わったのよ」

「え、ええ……?」

「前世の名は草柳(くさなぎ)鈴。江戸時代、陰陽師をやっていたわ。ちなみに、容姿もあんまり変わらないわよ?」

「ちょ、ちょっと待って!いきなりすぎて整理が…!」

 あまりの情報量に那美は混乱する。

「要は江戸時代の陰陽師の生まれ変わりなのよ。前世の記憶を持ったままの…ね」

「……そんな事、本当にあったんだ……」

「まぁね。私もどうしてこうなったのかは分からないけど。これが私の力の源って訳ね。前世での経験と、生まれ変わったという事実が、私をここまで強く見せてるの」

「なるほどぉ……」

 合点がいったような、いかないような。
 整理しきれていない頭で那美は漠然と理解した。

「…話を戻すわ。私が鵺と会った事があるかって話だけど……もちろん、会った事があるわ。それも、今回と同じく門の守護者としてね」

「じゃあ、さっき言ってた“その嘆きは私のもの”って言うのは……」

「……鵺はね、ある一人の陰陽師を殺し、その力を取り込む事に成功したの。その陰陽師は殺された時、痛みも、苦しみも、嘆きも味わされたの。…でも、泣く事さえ、許されなかった」

「え……?」

「思念だけが鵺の中に残されて、ずっと皆がいる場所に帰りたがってた。……終ぞその願いは叶わなかったけどね」

 どこか遠くの出来事を思い出すように、鈴は語る。

「陰陽師の力を取り込んだ鵺は、さらに脅威を増したわ。何せ、取り込まれた陰陽師にとって“死をもたらした妖”そのものだもの。その事実もあって、並の陰陽師では絶対敵わなくなったわ。……それが、さっきのあの言霊」

「あれが……あの、悲しい、“声”が……」

「……まぁ、その後一人の陰陽師と、その陰陽師が従えた式姫によって倒されたのだけどね」

 そういって鈴が思い出すのは、一人の妹弟子。
 それと、彼女が従えていた、素直じゃない優しい草の神と、彼女をお嬢様と呼び慕う天狗、薔薇の名を冠する吸血姫、慈愛の力を扱う姫と言った式姫を想起する。

「……もしかして、その、取り込まれた陰陽師が……」

「……そう。それが私。それ以来は、幽霊として留まっていたのだけどね」

「だから、鵺に対してあそこまで……」

「別に、もう気にする必要はないわよ。私としても、あの時の報いを与えられて満足しているし」

「……そう、なんだ」

 本人が気にしていないなら、いいのかなと、那美は自己完結する。

「簡潔に纏めれば、私が幽世の門とか式姫について知っているのは、元々当時の人間だったからって言うのに限るわね。だから、色々知っているの」

「だから私が知らない霊術とか、私の知り合いが使ってる霊術とかも使えたんだね」

「そう言う事」

 ずっと謎だった鈴の生い立ちが判って、那美はどこか腑に落ちた気持ちだった。

「……って、そうだ。忘れてた。鈴ちゃんの生い立ちが分かったのは良いけど、幽世の門が開いてからどうしてたの?一瞬で私の所に来てたけど……」

「あー、そうね…。妖の情報については、夜中の時点で出てたのは知ってるわね?」

「うん」

「その時点で至急の指令が私に下されてね。青森の方まで行ってたの。そこにあった門の守護者の大鬼を倒して門を封じて、次に岩手県まで下って……悪路王って言う妖に協力を持ち掛けたの」

「悪路王……?」

 “さすがに現代ではあまり知られてないか”と思い、鈴が説明しようとして…。

「……ふん、陰陽師も弱くなったものだな」

「っ……!?」

「くぅ…!」

 その場に悪路王が顕現した。

「……貴方、態と驚くように出たでしょ?」

「肝が据わっていれば大した事はないはずだ」

「……実は、名前が知られてなくて何か思ったりした?」

「………そんな事はない」

 若干間があった事に、何か思ったりはしたのだろうと鈴は結論付ける。

「那美、久遠、あまり警戒しなくてもいいわ。彼がその悪路王。私が戦って勝ったから、その見返りとして協力してもらっているの」

「………」

「く、久遠、そこまで警戒……怯え?なくても……」

 体を若干震わせながらも悪路王を見る久遠に、那美は何とか宥めようと声を掛ける。

「悪路王。今は以前程魑魅魍魎が跋扈している訳じゃないの。使う機会が減った力を、いつまでも保てると思わないで」

「……ふん。まぁ、吾には関係ない事だな。しかし、これでは門に対抗する力が不足しているのではないか?そこの妖狐を除いてな」

「…だから貴方に協力を求めたのよ」

 溜め息を吐きながら鈴はそういった。

「……鈴ちゃんが色々やってたのは分かったけど、ここまでどうやって…?岩手県にいたんだよね……?」

「那美に以前渡した御札があるでしょう?それが那美の居場所を知らせる役割を持っていてね。そのおかげで伝心もできるし、いざとなれば転移もできるの」

「これが……」

 懐から一枚の御札を取り出す那美。
 これで、ようやくお互いの情報が共有できた。

「……情報の共有はできたようだな。では、吾はまた憑かせて……む!」

「はぁああっ!!」

     ギィイイイン!!

 再び鈴の右目に憑こうとした悪路王に誰かが斬りかかってくる。
 咄嗟に悪路王は刀でそれを防ぐが予想外の力に若干後退した。

「っ、今度は何!?」

「……どうやら、早とちりされたようだな」

「…あー、妖には変わりないからね。仕方ないと言えば仕方ない……かな?」

 驚く那美と、冷静に分析する悪路王。そして納得して呆れる鈴。
 三者三様の反応を示し、斬りかかって来た人物……神夜を見る。
 ちなみに、久遠も那美を守るために動いて警戒していた。

「三人から離れろ悪路王!!」

「……ふん、吾を知っていて攻撃してきたようだが……粋がるな小僧」

「っ!」

     ギィイイン!!

 鍔迫り合いから、悪路王は一気に押し返す。
 鬼と人間では、当然の如く鬼の方が力が強いため、神夜は大きく後ろに下がった。

「ん……?」

 その時、ふと神夜の目を見た鈴は違和感に襲われる。
 どう言う事かと首を傾げていると、マーリンから声が掛かった。

〈っ……!気を付けて、鈴〉

「…?マーリン?」

〈あの少年、精神干渉……魅了を無自覚で使っている。ボクは精神干渉ができる存在を基にした人格だから大丈夫だけど、鈴や彼女達は……〉

「……あぁ、さっきの違和感はそう言う事」

 そういって、鈴は胸に手を当てて何かを確かめる。

「……大丈夫よ。これでも私、生前の経験から精神干渉に耐性が出来てるし、念のために体に埋め込んでおいた術式が干渉を弾いていたみたいだし」

〈……そうか。でも、彼女達は……〉

「見た感じだと、平気そうだけど……」

 神夜からの攻撃をいなし続けている悪路王を横目に、鈴は那美と久遠を見る。
 困惑している様子だったが、魅了を受けている節はなかった。
 ……当然である。二人はとっくに司の魔法で魅了を受け付けなくなっていたのだから。

「ちょ、な、なんでこんな事に!?」

「那美、那美」

「す、鈴ちゃん、この戦いを止められないの!?」

「…あー、止めようと思えば止めれるけど……」

 鈴からすれば、神夜がどんな存在かわからない。
 ましてや、魅了を無自覚と言えど使ってくる相手だ。信用できない。
 一応、勘違いとは言え助けるために襲ってきたのだから、味方か敵か判断しかねているのだ。

「……一応、聞くけど。那美、襲ってきた方って誰か知ってる?」

「…うん、一応……だけど。魔導師って言って、以前私がちょっとした事件に巻き込まれた時に、偶々知り合ったの」

「……そう」

 ダメ元で聞いたとは言え、まさか知っているとは思わなかった鈴。
 しかし、知り合いであれば、止められるだろうと判断した。

「(尤も、魅了を使うという時点で信用できないのだけどね。……それに、魔導師か…。あー、転生者を連想するなぁ…)」

 だが、憂いがなくなった訳ではなく、なんとなく気が進まなかった。
 その間にも、悪路王と神夜の攻防は続く。

「くそっ、これでどうだ!」

「むっ…!」

 武器での斬り合いでは埒が明かないと判断した神夜は、砲撃魔法を使う。
 霊術ではないその攻撃に一瞬驚く悪路王だったが、即座に刀に霊力を込め、両断する。

「……阿呆か」

「っ、なんだと!?」

 いきなり罵倒され、強く言い返す神夜。

「お前は助けに来たつもりで吾を襲ったのではないのか?」

「当たり前だ!」

「ならば、なぜ吾の後ろにいる二人と一匹を巻き込むような技を使った」

「っ……!」

 その言葉に、神夜は動揺する。
 …そう。今の砲撃魔法は、悪路王が斬らなければ鈴たちにも被害が出ていた。

「……ふん、正義と偽善を履き違えた愚者でしかなかったか」

「ぐ……!」

 巻き込みかねない攻撃をしたのは事実だ。
 だからこそ、神夜は何も言い返せなかった。

「く、くそぉおおおお!!」

「早とちりはともかく、巻き添えを顧みず、破れかぶれになるなんてね」

     ギィイイン!!

「なっ…!?」

「……悪いわね悪路王。無駄な戦いを避けるためにも、介入させてもらったわ」

「好きにしろ。吾とて、好き好んで戦っていた訳でもない」

 やけくそになったのか、再び斬りかかろうとする神夜。
 そこへ、鈴が割り込んでその攻撃を防ぐ。

     キィン!

「……ふぅ、魔導師と言うのは、こうも血の気が多いのかしら?まったく…」

「な、なんで庇ったりなんか……」

「味方を庇うのは当然でしょう。悪路王、今度こそ戻ってていいわよ」

「そうか」

 今度こそ悪路王は再び鈴の右目に憑いた。
 それを見て、神夜はさらに驚く。

「さて、私達からすればいきなり勘違いして斬りかかってきた事になるんだけど……そこの所、どう説明するのかしら?那美との知り合いらしき人?」

「っ……あ、あいつは妖だ。今日本を脅かしている妖の一人なんだ!だから、倒そうとするのは当然だろ!?」

「それが早とちりだって言うのよ。まったく……那美、魔導師はこんな奴ばっかりなの?」

「えっ!?え、えっと……あまり詳しくはないけど、そんな事ないと思うよ?退魔士と同じで一長一短だと思うけど……」

「あー、なるほどね……」

 那美の言葉を聞いて、再度溜め息を吐く鈴。
 とりあえず、どうこの場を収めていこうか思考するのだった。











 
 

 
後書き
気焔万丈、獅子奮迅、疾風怒濤…どれもかくりよの門にて特性(ステータス変化系スキル)として存在する。詳しい効果はwiki参照。

鵺の記憶…前回紹介していなかった妖。とある陰陽師(鈴)の力を取り込んだ妖で、技名が全てどこか物悲しい名前になっている。なお、鈴にとってそれらの感情は全て自分のものなので色々許せなかった模様。

聖紋印…聖属性を付与し、強化するスキル。本編では、基本的に呪い系の相手に良く効くようになる。所謂浄化系バフ。

刀技・斬桜…斬属性依存の全体技。敵対象が少ない程威力が上がる。桜が舞い散るような動きで連続で切り裂く技。

八重…鈴(前世)の同期。かくりよの門では武士(盾キャラ)なので刀での戦闘が強い。割と食い意地が張っているらしい。

鈴が思い出した式姫…内三人は本編or閑話で登場している。なお、作者が実際にプレイしていた際のパーティーとは無関係。


鈴の苗字はオリジナルです。かくりよの門では名前しか出ていないので。
ちなみに、鈴は色々詳しいですが、設定としては幽霊だった時に主人公から色々聞かされています。主人公がいなくなった後は、主人公の知り合いや式姫が訪れて、いなくなった事などを伝えられたため、詳しいという設定です。主人公以外は碌に鈴の姿も見えないので一方的な言伝でしたけど。 

 

第139話「少し違う転生者達」

 
前書き
信頼し合っていた(と思っている)相手に見限られ、好きな相手に嫌いと言われて精神的に追い詰められている神夜、さらに馬鹿をやらかす。
かくりよの門で味方してくれるのに、妖だからと悪路王に斬りかかったのは愚策以外のなんでもありません。完全に早とちりして空回っています。

帝の二人称が変わっているのであらかじめご了承を。(主に年上にはさん付け)
更生したので他人との接し方もだいぶ変わったんです。
 

 






       =帝side=





「はっ!」

「ギィィ……」

 適当に投影した剣で妖を切り裂き、近くの妖を全て殲滅する。
 目についた妖を片っ端から片づけていたから、あいつに追いつくのに時間がかかった。

「っ、いた……!」

 そして、ようやくあいつ…織崎を見つけた。
 ……って、あれは……。

「那美さん!?」

「え、み、帝君!?どうしてここに!?」

 なぜか、那美さんがそこにいた。
 それに、知らない人まで……。俺より年上だ。那美さんよりは下だろうけど。

「那美、また知り合い?」

「うん。彼と同い年で、魔導師」

「魔導師……あの、私がよく討伐していた悪霊と共通点があるんだけど……」

 …なんか、警戒されてる?後、久遠にも。
 久遠は…まぁ、警戒されるだけの事をやらかしたし…。
 正直、触らせてくれるだけだったのにモフりまくったのは反省してます…。

「王牙、お前、街の方は…!」

「妖なら殲滅してきた。……ってかなんだよそれ、俺に丸投げしておいてその言い草は」

「う……」

 単独行動は危険すぎるから追いかけてきたってのに…。
 ……まぁ、俺も以前は同じような事していたから、強くは言えないけどさ。

「……で、この状況は何ですか?」

「えっと……早とちりの結果…?」

「端的過ぎるわよ……。まぁ、妖を味方につけているからと、勘違いされたのよ」

 ……妖って味方につけられるのか……。
 勘違いしていた事に関しては、やらかしたんだろうとしか思っていない。
 “原作”と関係ないからか、思い込みが激しくなっているし。

「……簡単にお互いの事を話しましょう。どうせ、今の状況については知っているんでしょ?なら、情報は少しでも多い方がいいわ」

「……分かった」

 那美さんが信頼している相手なら、話しておいて損はないだろう。
 どの道、現地の人とは協力しないと対処できないからな。











       =鈴side=





「―――以上が、こっちでの動きだ」

「……そう」

 後から来た、王牙帝と言う少年に色々と事情を説明してもらった。
 やはり見た目では判断するべきではないのか、だいぶまともな奴だった。
 那美曰く、初めて会った時はもっとひどい性格だったらしいけど。

「管理局……ね。魔導師については少しだけ知っていたけど、数多の次元世界を観測する組織……また大きな存在が関わってきたわね……」

「万年人手不足だけどな」

「多数の世界を管理だなんて、一組織ができる訳ないでしょう」

 日本だけかと思っていたのに、まさか別の世界の住人まで関わって来るとはね…。
 マーリンから少しだけ聞いておいて良かったわ。まだ何とか理解できる。

「そちら側は連携を取りたいのよね?主に警察や自衛隊、現地の退魔士と」

「…ああ。警察と自衛隊は知り合いの伝手から事情を伝えられるらしいが、退魔士の方は…な」

「むしろその二つに伝手がある人物がどんなのか気になる所ね」

 余程の経歴持ちや、家系じゃないと無理よ。それ。

「けど、あんたが分家とは言え有名な退魔士の家系なら話は早い」

「一応、電話で家には伝えてあるわ。でも、私の発言力は低いの。昔ならともかく、今の土御門家の分家では、私のような存在は異端だから、あまり信じで貰えないわ」

「なんだそりゃ……」

「ただの差別意識よ。私が変に力を持ちすぎて、敬遠されているだけ」

「嫌な部分だけ残っているな」

「まったくよ」

 昔は身分とかもあって差別は仕方ない状態だったけど、まさかその悪い部分だけうちの分家が引き継いでいるとは思わなかった。
 そっちがそう来るならって事で、私も完全に無視してるけど。
 でも、ちゃんと世話をしてくれる召使の人達には悪いわね。

「出来る事なら、本家の方と連絡がしたいけど……場所が京都なのよね」

「京都……そういや、あいつが現地の退魔士と接触してたっけ」

「…あら?」

「多分、連絡の必要はないかもしれん。京都にある門は大門以外は既に閉じてあるから、管理局員が説明を兼ねて協力を申し出に行ってるはずだ」

「それならそこは安心ね」

 大門以外は…か。さすがにまだ閉じれていない訳ね。
 管理局側にも式姫がいるおかげで、一から説明する必要がないのは助かるわ。

「じゃあ、これからどう行動するかだけど……」

「移動するなら、管理局の転送装置を使うか?船の魔力を使うから、体力的にもちょうどいいが…」

「……そうね。その方がいいわね。でも、今は周辺の妖を倒しているのでしょう?まずそちらから手伝う事にするわ」

「…助かる」

 本当に話が分かる相手で良かった。
 今まで出会ってきた悪霊と容姿の特徴が似ているけど、中身は全然違うわね。

「とりあえず、鵺の声で来て早とちりした事は水に流すわ。悪路王もあまり気にしていないみたいだし」

「……助かる」

 妖だから警戒するのも理解できるしね。

「じゃあ、さっさと街の方に戻るわよ。時間は待ってくれないんだから」

「ああ」

 門を一つ閉じたとはいえ、妖はまだまだ残っているからね。

「……あ?どういうことだ?」

「……?(何かしら…?)」

 突然独り言のように帝が呟く。
 ……これは、念話と言う奴かしら?伝心を傍から見た時と似ているし。

「…なぁ、一つ聞いていいか?」

「何かしら?」

「その剣のアクセサリー、どこで手に入れたんだ?」

「おい、いきなり何言ってるんだ王牙!」

 いきなり女性の装飾品について尋ねたと言う事から、織崎神夜と名乗った少年が咎めるように帝に言う。

「……デバイスだ。それは」

「っ……!?」

「えっ、鈴ちゃん、デバイスを持ってたの!?」

 マーリンについて指摘される。
 もしかして、さっき念話していた相手は彼のデバイスなのかしら?
 マーリン曰く、自分と同じように人工知能のあるデバイスもあるって言ってたし。

「これは他の次元世界からやってきた魔導師から奪った奴よ。前の持ち主が性根の腐った奴でね。マーリン…このデバイスもうんざりしてたわ」

「奪った…?ちなみに、その魔導師は……」

「殺したわ」

「っ……!?」

 あっさりと殺した事を告げると、皆驚く。
 ……まぁ、昔と違って殺し殺されの世界じゃないものね。

「なんで、そこまで……」

「言ったでしょ、性根の腐った奴だったって。被害者だった人達と同じ女性として、そいつは殺されても文句を言えない事をしていたのよ」

「それは一体……」

「マーリン曰く、言うのも憚れるような事らしいわ。詳細は分からないけど、その力を以って逆らう奴は殺すような、最低な事ばかりをしていたみたいね」

「それは……」

 理解は出来ても、納得はしきれないと言ったような顔だ。
 まぁ、目の前の人物が人を殺しただなんて、信じにくいのも分かるわ。

「なんで、そいつはそんな事を……」

「さぁ?どうせ、なんでも思い通りになると思ったんじゃない?貰い物の力なのに」

「貰い物の力……それってまさか転生者…?」

 その呟きを、私は聞き逃さなかった。那美は聞き逃したみたいだけど。
 …転生者を知っている…ね。もしかして…。

〈鈴、彼らもまた、転生者のようだね〉

「…しばらく黙っていたと思ったら、言う事がそれ?私も思っていたけど」

「……!」

 マーリンと私の言葉を聞いた瞬間、神夜は飛び退いて警戒した。
 帝は、驚いたけどそこまで大きな素振りは見せなかった。

「…まさか、お前も転生者なのか…!?」

「え、え?何!?」

「那美、混乱するのは分かるけど少し黙ってて」

「…どうなんだ!」

「……“転生者”かどうかと聞かれれば…分類上転生者ね」

 隠すつもりもないので正直に言う。

「…ねぇ、マーリン。私って、転生者に出会いやすい体質?」

〈否定しきれないねぇ。成り行きとはいえ、よく遭遇しているね〉

「……どう言う事だ?」

「私、よく悪霊になった転生者に会うのよ。大抵が家からの指令でだけど。ちなみに、その転生者たちは大抵が自滅で未練を残して悪霊になったものね」

「…馬鹿でもやらかしたのか?」

「そうね。ほとんどがオリ主?だとか、ハーレムだとか喚いていたわ。思念がそのまま来るんだから煩かったわね」

 そういうと、帝は大きな溜め息を吐いた。
 何と言うか、“自分はそうならなくて良かった”と言う安堵の溜め息っぽいけど。
 ……まぁ、彼には彼の事情があるのね。

「転生者と言う事は……特典はなんだ?」

「特典?そんなのないわ。強いて言うなら、生まれ変わった事で多くなった霊力って所ね。これのおかげで妖相手にも戦えるし、あの悪路王相手に一人で勝てたし」

「……ん……?」

 今度は首を傾げる帝。……何か変な事言ったかしら?

「“かくりよの門”を知っているのか?」

「…?まぁ、前世からね。…それで、なんで貴方はそんな警戒心を向けているのかしら?」

 どこか会話が噛み合わないような気がするけど…。
 それにしても、神夜はなぜここまで警戒心が強いのかしら?

「転生して、何をするつもりだったんだ?まさか、式姫たちと……」

「……なーんか、勘違いしてない?」

〈勘違いしているね、これは〉

 何をするつもりとか聞かれてもね。
 そして、マーリン曰くやっぱり勘違いされていたみたい。

「私は確かに転生者だけど、貴方達とは厳密には違うわ。那美にも言ったけど、私は江戸から…つまり、過去から転生してきたの。別世界から転生してきた貴方達とは違うわ」

「……やっぱりか」

「あら、帝は気づいていたのね」

「薄々とな。特典に対してそれが何かわかってなかった上で、妖や幽世の門についてある程度詳しいと来れば……かつて幽世の大門が開いていた時代の人間だろうって」

「中々の洞察力ね」

「半分は俺のデバイスのおかげだけどな」

 中々やるわねと思ったら、そう言う事……。
 ちょっと過大評価してたかしら…。

「なっ……!?は……!?」

「……そうだ、俺達の前世の世界には、“かくりよの門”と言うゲームがあったらしいが……もしかしたら、あんたもその登場人物かもな」

「…否定できないのがなんか嫌ね」

「まぁ、前世の名前を言ったらこいつが驚くかもな。俺はともかく、こいつはそのゲームを知っているようだし」

 ……那美にも言ったし、前世の名前くらいはいいわね。
 今更知られた程度であれだし。
 後、自分の名前だけじゃなくて交友関係も言えばわかるかしら?

「…前世の名前は、草柳鈴よ。同期に三善八重(みよしやえ)、師に吉備泉(きびのいずみ)がいるわ。…知っているかしら?」

「なっ……まさか、あの鵺に殺された…!?」

「……どうやら、登場していたみたいだな」

「そのようね」

 ……これが、一方的に知られているって事かぁ……。
 マーリンから聞いた、“なのは”って子も中々可哀想ね。
 見知らぬ相手に一方的に知られているなんて、結構気持ち悪いわ。

「那美、簡単に説明するわ。“転生者”と言うのは、簡単に言えば記憶を保持したまま生まれ変わった存在の事を言うわ。でも、その中でも種類があるみたいでね。帝と神夜。彼らは所謂物語の外からやってきたような存在なの」

「物語の…外?」

「言うなれば、えっと…漫画とかの読み手側の事ね。で、私達はその漫画内の人物って感じよ」

「あー、そういう事……って、ええっ!?」

 帝が“これ言っちゃっていいのか?”とか言ってるけど、もう聞かれたものは仕方ないでしょう。私だって散々聞かされたし。

「まぁ、今は特に気にしない方がいいわ。…今は、幽世の門の事を気にした方がいい」

「……そうみたいだな」

 周囲に現れる妖。それらに対して私達は構える。

「次から次へと……休む暇はあまりないわね」

「……こちら側が襲い掛かった詫びだ」

 術式を練ろうとした私を制し、帝が手を翻す。
 途端に、大量の剣が宙に現れ、妖達を刺し殺した。

「雑魚は俺が片づける」

「……やるわね」

〈“無限の剣製”に“王の財宝”だね。両方を一遍に使う事で、消費魔力を抑えつつ展開数を増やしているんだね〉

「あのセイバーと同じ声でその口調は違和感があるな…」

〈設定上“アルトリア顔”らしい且つ、同じ中の人なんだ。大目に見て欲しいな〉

 帝の特典……異能の原典を言い当てたマーリンに、帝が反応する。
 その後、私には良く分からない会話がされたけど……まぁ、聞くのは後でいいわね。

「警察も動いているから、一通り倒したらアースラに戻ろう」

「そうね。門が閉じられたのなら、その影響下の妖は時間経過でどんどん力を失うわ。便利な移動手段があるなら、使わない手はないわ」

「よし、さっさと済ませるぞ!」

 私達は駆けだし、妖の殲滅に奔走した。















       =out side=





「きゃぁああああ!」

「だ、誰か助けてくれ!」

 まさに阿鼻叫喚と言った様子で、人々は逃げ惑う。

「はっ!」

「皆さん!早く警察の誘導に従って避難を!」

「優香!」

「ええ!」

 そこへ、九州地方を担当する事になった優輝の両親が救出に入る。
 また、他の管理局員も各地に展開しており、守護者以外の妖は淘汰されている。

「……私達の故郷に、こんな脅威があったなんてね」

「まったくだ。でも、だからこそ…!」

「絶対に解決しないとね……!」

 魔力にも惹かれるようになったからか、二人に妖が群がる。
 それを、背中合わせになりつつ対処する優香と光輝。

「優輝達に負けてられないからな!」

「ええ!親としての強さ、見せてあげる!」

 夫婦としてのコンビネーションを生かし、妖の包囲をものともせずに動く。
 その動きは、荒々しくも舞踏のようだった。











「……唸れ!光の奔流!」

   ―――“Lightning Judgment(ライトニング・ジャッジメント)

 司の言葉と共に、ジュエルシードから光が発せられる。
 その光は、周囲の妖達を消滅させ、眼前の巨大な妖をも貫いた。

「……さすがは海坊主。隠神刑部(いぬがみぎょうぶ)さんの言った通り、これじゃあ倒れないか……」

 司が担当するのは海坊主が現れる門。
 海坊主と戦う際に、四国を守り続けていた隠神刑部という妖に会っており、注意勧告を受けていたのだ。

「でも、シュラインとジュエルシードがあれば…!」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 海坊主の咆哮と共に、津波が起きる。
 自分を守るだけなら、司にとって造作もない事だが、被害は陸にも出る。
 江戸の時とは違い、海近くにも住宅や避難していない人はいるので、必然的に司はジュエルシードを使って津波をせき止めていた。

「打ち倒せる!!」

 圧縮された魔力が放たれ、海坊主の顔面を吹き飛ばす。
 大きな体が持ち上がり、沖の方に落ちる。

「……手応えあった。……でも、なんだろう……」

 その一撃は、確かに致命打とも言える一撃だった。

「(……隠神刑部さんの言っていた注意……嫌な予感がする)」

 しかし、司は嫌な予感が拭えなかった。



   ―――そして、その嫌な予感は的中した。





「っ……!?」

   ―――“満ちる瘴気”
   ―――“大暴れ”

 瞬間、海坊主の頭が瞬く間に修復され、霊力を伴った拳の暴力が司に降りかかった。















「ふっ……!」

     ギィイイイン!!

 一方、奏のハンドソニックと妖の剣がぶつかり合う。
 相手の妖の名は両面宿儺。二面性を持つ妖である。

「っ、堅い……!」

 奏の機動力を以ってしても、攻めきれない強さ。
 堅実な守りが、彼女の刃を決して通さなかった。

「はっ……!」

     ギギギギィイイン!

   ―――“チェーンバインド”
   ―――“エンジェルフェザー”

 幾重もの剣戟を重ね、一瞬の隙を逃さず奏は攻撃を紙一重で躱す。
 同時に、魔法を行使し、バインドで両面宿儺を拘束。
 間髪入れずに羽のような魔力弾を展開し、炸裂させる。

「っ……!?」

 しかし、それすらも大したダメージにはならず、咄嗟に奏は身を捻るように跳ぶ。
 その瞬間、寸前までいた場所を大きな刀が薙ぎ払っていた。

「ふっ…!」

     ギィイイン!!

「ぐ、ぅっ……!?」

 すかさず追撃が繰り出され、奏はハンドソニックによる防御ごと吹き飛ばされる。
 体勢を何とか立て直し、地面を滑るように着地する。

「は、ぁっ!!」

〈“Delay(ディレイ)”〉

 さらに追撃が放たれるが、今度は躱す。
 背後に回り込み、奏は攻撃を放つ。

「甘い」

     ギィイン!

「………」

 だが、その攻撃も刀によって防がれる。
 二つの顔と四本の腕が、奏の機動力を上回る防御をこなしていた。

「(…仕切り直し…。倒すのは、一苦労ね……!)」

 どちらも戦法としては堅実な部類。
 故に、どうあっても長期戦になるしかなかった。

















「ぬぅうううううう!!」

「ザフィーラ!」

 巨大な龍の尾が、はやて達を庇うように立ったザフィーラを吹き飛ばす。
 はやて達を庇う事には成功したものの、大きなダメージは逃れられない。

「おいおい…あんなのをあたしらだけで抑えろっつーのかよ…!」

「だが、抑えなければ被害が拡大するだけだ」

 ザフィーラがたった一撃で吹き飛ばされた事に、ヴィータは戦慄する。
 だが、それでもやらねばならないとシグナムは構える。

『主よ!私の心配は無用です!それよりもあの龍を!』

「ザフィーラ…」

「私も同意見です。……一人一人の被害を気にしていては、勝てません」

 飛んできた念話に困惑するはやてだが、アインスの言葉もあり、立て直す。
 そこへ、龍…木曽龍神の尾が薙ぎ払うかのように振るわれた。

「っぶねー…さっきよりもやばかったぞ今の…」

「だが、あそこまで巨体であれば回避も困難なはずだ」

「だな!行くぞアイゼン!」

「二人共、サポートは任せて頂戴!」

 その一撃を躱したヴィータとシグナムは、攻撃を警戒しつつも接近する。
 そして、身動きを封じるように、木曽龍神に細い糸のようなものが絡みつく。
 シャマルのクラールヴィントによる拘束だ。

「ちっ、手応えはあるけど、タフな奴だ!」

「巨体に見合った、とんでもない体力だな。それに、傷の治りも早い」

「ちまちま攻撃しても回復されるだけってか?めんどくせぇ」

 レヴァンテインで斬り、グラーフアイゼンで叩くが、木曽龍神はびくともしない。
 僅かについた傷も、たちまち修復されてしまった。

「来よ、白銀の風、天よりそそぐ矢羽となれ!」

   ―――“Hraesvelgr(フレースヴェルグ)

 そこへ、さらに距離を取っていたはやてによる砲撃魔法が炸裂する。

『あ、あんまり効いてないですー!』

「っ、あの巨体やもんなぁ……」

 しかし、それすらも全然効いていない事に、リインとはやては戦慄する。

「日本中が妖だらけとなると、ここで大きく消費はしていられませんが……」

「そうゆーても、これやとなぁ…」

 力の出し惜しみをすれば、逆に消費が大きいと悟る。
 故に、全力で戦うべきだと、はやては腹を括った。

















「だいぶ進んだが……さて…」

 時刻は既に夜。人気のなくなった街を歩く鞍馬と葉月。

「………」

 まだ余裕そうな鞍馬に対し、葉月は疲労が溜まっていた。
 式姫と人間では、基礎的な体力が違うからだ。

「ふむ、騒ぎになっているから仕方ないものの、食料や寝床の考えもなしに出発は些か拙かったか?」

「……そう、ですね……」

 妖に慣れていた昔はともかく、今は阿鼻叫喚とも言える騒ぎになっている。
 そのような事態であれば、例え24時間営業の店でも閉まっている。

「既に誰もが逃げてしまった後とはいえ、勝手に使うのはいただけない。どうするべきか……」

「…大きな店は、そのまま避難場所になっている場合があります。そこに行けば…」

「それがあったな」

 食料と寝床の問題は体調管理の意味でも深刻だ。
 だからこそ、どうにかして休むべきなのだが……。

「……しかし、私達が妖を引き付けてしまいます」

「……そうだな」

「避難場所になっていない店を使いましょうか……」

 霊力を人並み以上に持つ二人では妖を引き寄せてしまう。
 故に、人気のある場所には行けなかった。

「幸い、お金なら持っています。食料分のお金は置いておけばいいでしょう。……寝床も、荒らされて使い物にならないものを使いましょう」

「緊急時故、仕方ないか」

 そうと決まれば、二人は休むための店を探した。





「……これだけあれば十分だろう」

「そうですね」

 拠点の店を決め、食料も確保した二人。
 なお、食料を確保した後、葉月が財布を見て表情を暗くしていたのは余談である。

「しかし、夜は妖の動きが活発になる。見張りは必要だ」

「はい」

 妖は夜に活発に動くため、無警戒に眠る事は出来ない。
 現に、二人は知らないとはいえ、避難場所でも常に見張りを付けるようにしていた。
 尤も、妖に限らず緊急時の夜は見張りを付けるものだが。

「三回に分けよう。三時間ごとに交代だ。まずは私からにしよう」

「けど、それでは鞍馬さんの負担が……」

「案ずることはない。式姫だからな」

「理由になってないです……」

 実際、天狗である鞍馬にとってそこまで負担ではなかった。
 しかし、それでも葉月は不安があったようだ。

「……分かりました。その通りで行きましょう」

「ああ」

 とにかく、休息は必要だった。
 心配はあるものの、葉月は鞍馬に見張りを任せ、一度眠りにつく事となった。







「昔より発展しているというのに、昔以上に切迫した状況になるとはな」

 日を跨ぎ、未だ深夜の時刻。
 予定通りに見張りを交代し、再び鞍馬が見張りに戻る。
 葉月がもう一度眠りについた事を確認した鞍馬は、ふとそのような事を呟く。

「便利になるだけでは、緊急時に対応できるとは限らない訳か」

 科学が昔より圧倒的に発展しているというのに、対処が追いついていない。
 平和になったからこそ、緊急時に混乱している。
 まだ妖怪が跋扈していた昔よりも、状況は切迫してしまっていた。

「以前は妖が当たり前だったからか。ままならないものだな」

 当たり前だったからこそ、対処が出来ていた。
 主に仕えていた時を思い出しながら、鞍馬は感慨に耽っていた。

「やはり、街は数が少なくて助かるな」

 鞍馬達は事前に、近くの幽世の門を閉じていた。
 よって、妖は比較的少なくなっていたため、危険も少なかった。

「っ……誰だ!」

 そこで、鞍馬は誰かの気配と霊力を感じ、声を上げる。
 すると、暗闇から何者かが現れる。

「……!生きていたのか…!」

 その相手を見て、鞍馬は驚く。
 だが、その驚きは違う驚愕によって塗りつぶされた。

「なっ……!?」

 咄嗟に体を傾けて攻撃を躱す鞍馬。
 頭があった場所には、レイピアが突き出されていた。

「っ、貴様、何者だ!?」

 鞍馬の知っている、“本来の相手”ではない事に気づく。
 しかし、その相手は何も答えず、攻撃を繰り返す。

「(まったく、こう言う時に限って安心はできないものだな…!)」

 攻撃を逃げ回るように避けながら、鞍馬はどうするべきか思考する。

「葉月!!」

「っ、は、はいっ!」

「今すぐ逃げろ!」

 突然大声で起こされ、一瞬慌てる葉月。

「な、何が…!」

「敵襲だ!ここは私に任せ、逃げ……っ!」

 追い立てられるように葉月のいる所まで来た鞍馬。
 葉月を逃がすために攻撃を引き付ける鞍馬だが、避けきれる程の相手じゃなかった。

「っ、その人は…!?どうして、私達を!?」

「こいつは、本来のものではない!どうなっているかは知らないが、敵だ!」

「……!」

 葉月も知っている存在故に、動揺する。
 しかし、その動揺が致命的だった。

「っぁ…!?」

「っ、させんぞ…!」

 鞍馬を無視するように、敵が葉月に迫る。
 咄嗟に、鞍馬は荒っぽいものの霊術で風を起こし、葉月を吹き飛ばす。

「ぅっ…!」

「すまない!……お前の相手は、私だ!」

 荒っぽすぎたためか、吹き飛ばされた先で葉月は気絶してしまう。
 だが、鞍馬はそれに構う暇はない。
 すぐに術を敵に飛ばし、注意を引き付ける。

「(…巻き込む訳にはいかない。勝てるとも限らない。……危険だが、ここは…)」

 そして、思考を巡らせ、実行に移した。
 それは、他の妖が来る危険を顧みず、敵をここから引き離す事だった。
 幸いと言うべきか、敵は鞍馬に集中しており、それを可能にした。















 
 

 
後書き
三善八重…前回も紹介した鈴の同期。かくりよの門の主人公の教師でもある。

吉備泉…かくりよの門に登場する学園の校長。主人公や鈴、八重の師でもある。術系のキャラで、ひねもす式姫(スマホアプリ)公開記念で実装。なお、かくりよの門のあるイベントで助っ人NPCとして参戦するが、未だにプレイヤーキャラでは到底追いつけないステータスを持っていた。生きた年の割には、若々しい姿だが…?詳細はかくりよの門をプレイしよう(ダイマ)。

Lightning Judgment(ライトニング・ジャッジメント)…光の奔流を以って敵を殲滅する魔法。分類上は砲撃魔法だが、広範囲にいくつも放てるため、実質殲滅魔法。ジュエルシードのバックアップもあるので、その威力は言うまでもない。

隠神刑部…化け狸。かくりよの門にも登場する。四国を守っているらしく、海坊主を倒しに来た司にちょっとした注意を促した。なお、その後は雑魚妖でも倒しに行ったのか、どこかへ去っていった。割とセクハラのように尻を叩いてくる事がある。(一応それでどういった者が読み取っているらしい)

海坊主…割と有名な妖怪。某デスタムーアのように頭と手でタゲが分かれている(実際は繋がっているけど)。ゲーム上、腕を一度も倒さずにHPを削るとHP全快からの高威力全体連発でムリゲー化する。

両面宿儺…これまた割と有名な妖怪。物理耐性と術耐性のモードを使い分ける。レイド版だと物理、術(火・水・風)、術(聖・呪)の三つになる。それぞれで弱点を突かなければ碌なダメージを与えられない。

木曽龍神…木曽三川と呼ばれる三つの川がそれぞれ龍神となった姿。木曽→揖斐→長良→木曽と体力低下でモードを変える。本編ではそれぞれのモードの長所短所を平均化した強さという設定。なお、ゲームではしっかり育てていないと野良レイドは禁物。

Hraesvelgr(フレースヴェルグ)…アニメ(sts)に登場。詳しくはwiki参照。


後半はサブタイトル詐欺になってますが、尺の都合です…。
各地を丸々一話は使って行きたいですからね。(活躍的な意味で)
なお、本編の時間帯はグループ行動からは夜です。まるで昼のように描写されていますが、これでも時間は刻々と過ぎています。 

 

第140話「覚妖怪」

 
前書き
まずはなのは達から。
タイトルからわかる通り、覚妖怪が出ます。
…どこぞの幻想郷みたいな覚妖怪とちょっと共通点があるかも?
 

 






       =なのはside=









 それは、“孤独”だった。
 寒くて、冷たくて、何もなくて。

   ―――………り………だ……

 途轍もない、“寂しい”と言った感情が、私を蝕んでいた。

「(……違う…)」

 これは、私だ。
 この“孤独”は、私のものだ。
 お父さんが事故に遭って、皆が忙しくなって。
 誰にも相手してもらえなくて、それで寂しくて…。

   ―――し……り…て……い!……た…共…!

 声が聞こえる。
 誰の声だろうか?誰かが、私を呼んでる?

   ―――「…我慢しなくていいの」
   ―――「“寂しい”とか、自分の気持ちをしっかり打ち明けたら、」
   ―――「きっと寂しい思いなんかしなくなるわ」

   ―――「…最後に、我慢をするな」
   ―――「辛い気持ちがあれば、家族や親しい人にしっかり打ち明けろ」
   ―――「そうすれば、そういった思いはしなくなる」
   ―――「……決して一人で抱え込むな」

「っ……!」

 そこで、二人の言葉を思い出す。
 幼い頃、寂しくしていた私に声を掛けてくれた、優しい人。
 そして、その人と同じような事を言ってくれた、心が強い人。

   ―――しっかりしてください!

「ぁ…!リニス、さん…!」

 その言葉を思い出して、声もはっきり聞こえた。
 同時に、目を覚ますように、意識がはっきりとする。

「っ、レイジングハート!」

〈All right, my master.〉

 レイジングハートに呼びかけ、すぐさまその場から飛び退いた。
 …すると、寸前までいた場所を、何かが薙ぎ払った。

「フェイトちゃん!」

「っ、ぁ…!」

 すぐさま、飛び込むようにフェイトちゃんを抱きかかえる。
 そして、その場から離れ、守護者からの攻撃を躱した。

「お二人共、目を覚ましましたか…!」

「リニス…?さっきのは……」

「幻覚か何かを、お二人に見せていたのだと思います」

 フェイトちゃんは、私が呼びかけるまで虚ろな目のままだった。
 多分、私も同じだったのかもしれない。

「―――まずは孤独の記憶…。どうだったかしら?」

「っ…!」

 浸透するかのような声に、私は振り向く。
 そこには、着物を着た女性の妖がいた。
 目がある場所には、ハチマキのように布が巻かれていて見えなかった。

「このっ…!ぐぅっ…!」

「アルフ!」

「フェイト!何とか戻ってこれたのかい!?」

 ずっと相手をしていたアルフが吹き飛ばされてくる。
 …もしかして、私達が囚われている間、時間稼ぎしてくれたのかな?

「…厄介な相手です。相手の“見たくない記憶”を見せてくるなんて…」



 …そう。私達は、幽世の門を見つけて、守護者と戦っていた。
 ユーノ君がまだ追いついていないけど、ユーノ君はどうやら他の妖を戦っているようだった。念話で確認してみれば、負ける事はなさそうだったけど…。
 とにかく、私達だけでも抑え込もうと、結界で隔離して、戦闘を開始した。
 でも、守護者は私達の心を読んで、それで…。

「……っ……」

 確かに、あの時は寂しかった。
 でも、実際はそこまで孤独ではなかったはず。
 ……多分、幼い頃の私自身が、それほどの孤独感を覚えていたからだろう。
 記憶の持ち主の、当時の感じ方によって、その脅威は増すって事?

「……一言言わせてもらうとしたら、とんでもなく、悪趣味ですね!!」

   ―――“サンダーレイジ”

 仕返しなのか、リニスさんが砲撃魔法を放つ。
 しかし、それはひらりと躱されてしまう。

「っ…?」

「フェイトとなのはに酷い事をした責任、取ってもらうよ!」

 けど、すぐにアルフがチェーンバインドで捕える。
 さらにリニスさんがバインドを追加して身動きを取れないようにする。

「―――人々に被害が出たのね」

   ―――“大樹の記憶”

「なっ…!?」

「これは…!」

 守護者の体がまるで木が急成長するかのように膨れ上がる。
 瞬く間に大きくなり、バインドは引きちぎられてしまう。

「……嘘、これって…」

「なのは、見覚えが…?」

「……ジュエルシードの、暴走体…」

 巨大な木を見て、私はジュエルシードの暴走体を思い出した。
 そう。これは、本当なら気づいていたのに、気のせいと思って街に被害を出してしまった、あのジュエルシードの暴走体だ。

「嫌…また街に被害を出したくない…!」

「なのは…!?っ、この…!!」

 結界が張ってあるとはいえ、それが“絶対”とは限らない。
 あの時の後悔を思い出してしまい、私はその場に蹲ってしまう。

「なのはさん!しっかり!」

「っ……!」

 気配を感じ、咄嗟に飛び退く。
 間一髪、私を狙っていた木の根を躱す事に成功する。

Master.I understand your feelings, but please concentrate on battle now(マスター。気持ちは分かりますが、今は戦闘に集中してください)

「う、うん…!」

 …そうだ。結局はこれは偽物。
 私が後悔したからこそ、見せてくるんだ。
 ……だったら、それを乗り越えなきゃ…!

Come(来ます)!〉

「っ…!」

 振るわれるいくつもの木の根。
 …かつての時は、こんな攻撃はしてこなかった。
 やっぱり、妖が見せている偽物だからちょっと違うのかな?
 それとも、私が“見たくない”と思った事から、脅威が増しているのかな?

「これぐらい…!シュート!」

 レイジングハートで木の根を逸らし、その反動で私は浮き上がる。
 弾かれるように空中へと逃げつつ、魔力弾を放つ。
 もちろん、それで倒せる訳じゃないけど、牽制にはなった。

「フェイト!アルフ!しっかり攻撃を見ればそこまで脅威ではありません!」

「っ……!」

「そのようだね…!」

 確かに、リニスさんの言う通り、そこまで脅威がある訳じゃない。
 ただ、規模が大きいため、結界外に被害が出るかもしれないというだけ。
 だから、フェイトちゃんの素早さなら躱せるし、アルフさんも対処できる。

「バスター!!」

 攻撃の合間を縫って、私は砲撃魔法を中心部に放つ。
 以前も中心が弱点だったし、今回も守護者が中心にいるはずだからだ。

「っ、さすがに、防がれる…!」

 でも、それは木の根が連なる事で、防がれてしまった。
 おそらく、私には良く分からないけど、全体的に霊力が込められているから、以前の時のように簡単には突破できなくなっているんだと思う。

「なら…!『フェイトちゃん!』」

「っ!『リニス、アルフ!援護!』」

『了解!』

『わかりました!』

 遠距離がダメなら、近距離で。
 そう考えた私は、念話でフェイトちゃんに呼びかける。
 すぐに意図を汲んでくれて、私達は中心部へと向かう。
 ちなみに、この前アリシアちゃんに指摘されたから、指示を念話で行っている。……なんでも、声に出すと動きが読まれるんだって。優輝さん達の受け売りで言ってたけど、考えてみれば確かにその通りだよね…。声に出すとしても、合図だけにしておくべきだって教わった。

「レイジングハート、新モード、行ける?」

Of course(もちろんです)

 木の根を躱し、その根を伝うように駆ける。
 同時に、レイジングハートに一つ尋ね、返事を聞くと同時に飛ぶ。

「よし、じゃあ行くよ!」

〈“Sword mode(ソードモード)”〉

 強くなるために鍛えるにあたって、私は体力だけを強化した訳じゃない。
 お兄ちゃん達から刀の扱い方の基礎を教えてもらって、レイジングハートにそのモードを加えてもらった。

「(まだ使い慣れていないから、一撃だけ。これで突破口を開く!)」

 手に現れるのは、メカメカしい一振りの刀。サイズは小太刀ぐらい。
 もう一振りあるけど、二刀はまだ扱いきれないので鞘に収まっている。

「フェイトちゃん!」

「はぁっ!」

 迫りくる木の根。それを私とフェイトちゃんで切り開く。
 新モードのレイジングハートが展開する刃からは、魔力の斬撃が飛ぶ。
 フェイトちゃんは元々飛ばせるため、二つの斬撃が一気に切り裂いていく。

「今!」

「いっけぇええ!!」

 リニスさん、アルフができるだけ木の根の動きを止め、フェイトちゃんが斬撃で切り開いた道を閉じないように魔力弾で牽制。
 そこへ、私が突貫する。

〈“Divine slash(ディバインスラッシュ)”〉

「ぁぁああああああああ!?」

 魔力をしっかりと込め、斬撃を飛ばす。
 元々砲撃系の魔法が得意だった私が、近接系の魔法を扱うにおいて、私は砲撃魔法に使う魔力を圧縮する事にしていた。
 だから、見た目のシンプルさと違って、その威力は相当なものになっている。

「っ!……」

 魔法が決まって、叫び声をあげる守護者。
 追撃としてフェイトちゃんが攻めようとして……すぐに飛び退く。
 寸前までいた場所を、霊術が薙ぎ払った。
 私もすぐに間合いを取る。

「……なるほど…。過去の記憶を乗り越えるのね…」

「………」

 守護者の姿は、少し直視しづらい状態になっていた。
 さっきの魔法は直撃した訳じゃなく、腕を切り裂くように当たっていた。
 だから、守護者は肩口からばっさりと斬られ、片腕が千切れそうな状態でダラリと垂れていた。…血も多く出ている。

「なら……!」

「っ、お二人共!」

「くっ…!」

 何かをしようとして、リニスさんが声を上げる。
 同時に、私達はさらに飛び退いて間合いを取った。
 すると、守護者は私達を近づけさせまいと霊術を張り巡らせた。

「っ、これじゃあ、近づけないね…!」

「なら、撃ち抜いて…!」

「―――この記憶は、どうかしら?」

   ―――“星光の記憶”

 その瞬間、桜色の光が集束し始めた。

「っ……!?」

「嘘!?あれって…!」

   ―――“Divine Buster(ディバインバスター)

「くっ!」

〈“Protection(プロテクション)”〉

 放たれた砲撃に対し、咄嗟に私が防御魔法で防ぐ。
 ……でも。

「(嘘!?破られる!?)」

「なのは!」

 防御魔法はあっさりと破られ、辛うじてフェイトちゃんに助けられる。
 ……そっか、霊力だから、魔法を打ち破りやすいんだ。

「よりによって、あの時のなのはの魔法を…!」

「霊力なので魔法で生半可な防御では…!」

「……だったら…!」

 このままだと、ほぼ確実に結界が破られてしまう。
 防御ができないならと、私も魔力を集束させる。

     キィン!

「っ!?」

「えっ!?」

「これは…」

「バインド!?」

 その瞬間、私達全員がバインドのような霊術で拘束されてしまう。

「何も、ここまで再現しなくても…!」

「牽制の砲撃から拘束まで……容赦なさすぎるよ…!」

「…いや、それなのはがやった事だからね?」

「……あ」

 ……そういえば、そうだったなぁ…。
 あれ?もしかして、これって私がフェイトちゃんにこんな事したから起きてるの?

「(それはそうと、本当にまずい…!このままだと…!)」

 すぐにでもバインドを破壊しないといけないのに、それが出来ない。
 フェイトちゃんの思い出補正でも掛かっているようで、凄く丈夫だった。

『皆!無事!?』

「『っ、ユーノ君!』」

 その時、ユーノ君から念話が来た。

「『ユーノ君!今、どこに…!』」

『すぐ近く!状況は理解できたよ。……任せて!』

 その瞬間、鎖がしなる音と共に大木や大岩が守護者に向けて飛んでいく。
 同時に、チェーンバインドが私達を守るように周囲に現れる。

『ちょっと荒っぽいけど、我慢してね!』

「っ!?」

     パキィイン!!

 飛ばした大木と大岩で目暗ましをしている間に、ユーノ君が現れる。
 そして、あろうことかユーノ君は、掠めるようにバインドだけを殴った。
 それで瞬時にバインドを解いた。

「ユーノ君、いつの間にこんな事を!?」

「僕なりに強くなろうと思った結果さ!それよりも、アレに対抗するためになのはも魔力を集めて!」

 凄い芸当をできるようになっていた事に私は驚く。
 それに簡潔に答えたユーノ君は、そう言ってフェイトちゃん達の方にもいく。
 ……私を最初に解放したのは、ユーノ君も守護者のアレがまずいと判断したからだろう。……闇の書の時は、拡散型になってたけど、こっちはオリジナルそのままで集束型のままだからね。

「(攻撃は最大の防御…なんて、聞いた事あるけど、それを実践する事になるとは思わなかったよ…)」

 霊力と魔法の相性から、完全に相殺と言う訳にはいかないだろう。
 例え相殺できても、余波がある。
 これは、同じ魔法で“対抗”するんじゃなくて、“防御”するんだから。

「ふぅー……」

 魔力を集束させ、照準を守護者の方の桜色の光に合わせる。
 すると、バインドが解き終わったのか、皆が傍に来る。

「……余波は僕とアルフで防ごう。フェイトとリニスさんは、下から砲撃魔法を撃って、何とかして上に逸らしてほしい」

「…あの砲撃の脅威を空へと逃がす事で、凌ぐ訳ですね。……相殺や防御よりは現実的ですね…」

 ユーノ君の言葉に、リニスさんは納得する。

「来る!」

「っ……!」

 集束が終わったのか、ついに守護者から砲撃が放たれようとしていた。
 そして、私もそれは同じだった。

「“スターライト……!」

     ガシャンガシャンガシャン!

「ブレイカー”!!!」

 カートリッジが一気にロードされ、私の渾身の魔法が放たれた。
 そして、魔力と霊力の違いはあれど、同じ魔法がぶつかり合う。

「っ、くぅううううううう……!!」

 集束砲撃と集束砲撃がせめぎ合う。
 だけど、明らかにこっちが押されている。
 当然と言えば当然だよね。こっちは溜めが短かったし、何より相性がある。

「ちょ、ちょっとぉ!?わかってたけど、余波だけでとんでもないよ!?」

「何とか堪えるんだ!っ……!」

 私やフェイトちゃん達を余波から庇うユーノ君達も、随分と苦しそうだ。
 ……あの時、すずかちゃんとアリサちゃんを庇っていた司さんも同じだったのかな?

「フェイト!」

「うん……!」

 砲撃同士がぶつかり合い、魔力が吹き荒れる中、リニスさんの声が響く。
 あまりの激しさに関係ない事を考えていた私の意識も目の前に引き戻される。

「雷光一閃!!」

〈“Plasma Zamber Breaker(プラズマザンバーブレイカー)”〉

「“プラズマセイバー”!!」

 何とか持ちこたえている所へ、下から持ち上げるように砲撃が放たれる。
 どちらも全力で放ったのだろう。守護者のスターライトブレイカーは僅かに上に逸れ、そのまま大空へと消えていった。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

「な、何とかなったのかい…?」

「……おそらくね」

 ……ここまでやって、ようやく“逸らせた”。
 正直、私もほぼ限界だった。それほどまでに、霊力による私の魔法は驚異的だった。

「……あら、凌がれたわね。なら、もう一度…」

「させないよ」

 脅威を凌いだ事で、油断していた。
 守護者はまだ普通にいる。そして、またあの砲撃を放つ事ができる。
 けど、それはユーノ君のバインドで防がれた。

「周囲に霊術…厄介だけど、僕のバインドとは相性が悪いようだね」

「っ……!」

 ユーノ君は落ち着いた様子で守護者の周囲に設置されていた霊術の罠を、あろうことかチェーンバインドを複数放って包囲する事で全て相殺した。

「―――…ふふ、暴走した闇が世界を呑み込もうとしたのね…!」

「っ、これは…!?」

   ―――“闇の記憶”

 だけど、その瞬間に守護者は変貌した。
 ……私達全員で倒した、あの防衛プログラムに。

「……ふふ、ふフふフフ、あははハハはh■■!」

「ちょ、やばいよこれ!?」

「っ、人数が足りないけど、あの時と同じように!」

「うん!」

 さすがにロストロギアである闇の書の力を、そのまま再現はできないと考え、私達は一気に行動に出る。

「“ケイジングサークル”!!」

「(まずは、邪魔な触手を撃ち落とす!)」

 ユーノ君がバインドでその場から動けないようにする。
 すかさず私が魔力弾を放ち、触手で攻撃されないように撃ち落とす。

「でりゃぁあああ!!」

 触手の攻撃の心配がなくなった所へ、アルフが攻撃に向かう。
 同時に、援護射撃をリニスさんとフェイトちゃんに任せ、私も駆ける。

「せぇええい!!」

〈“Divine slash(ディバインスラッシュ)”〉

 四層の障壁も再現しているらしく、アルフの攻撃は受け止められた。
 でも、すかさず放った私の斬撃で、まず一層目が破壊される。

「“サンダーレイジ”!」

 さらに、リニスさんが砲撃魔法を放ち、二層目を破壊する。
 そこで、私達は本来の防衛プログラムよりも障壁が弱い事に気づく。

「やっぱり、本物には及ばないねぇ!!」

「ぁァあああアアアああああアアああアアアアア!?」

「一発でダメなら……何発でもぶちこんでやるよぉ!!」

 三層目は、アルフの追撃が何回も決まった事で破壊される。

「はぁああああ!」

〈“Jet Zamber(ジェットザンバー)”〉

「ラスト!」

〈“Divine Buster(ディバインバスター)”〉

 そして、私とフェイトちゃんで最後の障壁を破壊する。
 ユーノ君が動きを抑え、交代しながら援護射撃で妨害をしたことで、あっさりと障壁を破壊しつくす事ができた。

「動きは私が止めます!今の内に魔力を溜めて下さい!」

「リニス!」

 優輝さんから貰ってあった魔力結晶を携え、リニスさんが突貫する。
 構えるは三つの魔法陣。放たれるのは三つの雷。
 三つの魔法を一気に叩き込むリニスさん最大の魔法だ。

「“三雷必殺”!!」

「ぉォぉぉォおおおおオオあああああアアアアあ!?」

「今だよなのは!フェイト!」

 三つの魔法が叩き込まれて、守護者は雷に焼き尽くされる。
 同時に、ユーノ君とアルフがバインドで身動きを封じる。

「本日二発目!……行けるよね?」

「うん…!」

「せーの!」

   ―――“Starlight Breaker(スターライトブレイカー)
   ―――“Plasma Zamber Breaker(プラズマザンバーブレイカー)

 私達の渾身の魔法が叩き込まれる。
 あの時よりも、遥かに威力は劣るけど、これで……!

「っ……?待って!何か様子がおかしい!」

「え……?」

 ユーノ君が何かに気づき、慌てる。
 警戒しようと、私達は注意を向けたその瞬間……。

「……!?こ、これこれコココレレレ!?」

   ―――“全ての負の記憶”

 “闇”が溢れ出し、私達の魔法を押し退けてきた。
 その衝撃波に私達は吹き飛ばされてしまう。

「か……はっ……!?」

 近くにあった木に叩きつけられ、息が無理矢理吐き出される。
 一体、何が……!?

「嘘!?あれは……!」

 忘れられない、いや、人がいる限り忘れてはならない存在。
 生き物の“負”の感情、エネルギー全ての、集合体。
 文字通りの、この世全ての悪……!

「アンラ・マンユ……!?」

 再現だというのは、わかる。
 でも、あれは司さんでも全力でやって勝てるか分からないロストロギア。
 あの場にいた全員の力を振り絞って、ようやく勝利を掴み取った存在。
 ……そんなのが、再現されたら…!

「っ!」

 とにかく、同じ場所に留まっていたらダメだと思い、空へと飛ぶ。
 同じように、皆も飛んできた。

「あれすらも、再現するって言うのかい…!?」

「……いや、あれは再現とは言えない。明らかに、自滅している…!」

「あまりにも強大な力に、自身が耐えきれない訳ですね。…憐れな」

 一度大きく広がった“闇”は、段々と小さくなっていく。
 多分、自滅して行ってるからだと思う。

「…でも」

「っ!」

 けど、だからと言ってそのまま終わる訳ではない。
 自滅すると言っても、半分暴走しているようなもの。
 本物より圧倒的に劣っているとは思えない程の、“負”のエネルギーが私達を襲う。

「『防御魔法で防げると思わないで!射撃、砲撃魔法で逸らす事を意識しつつ、回避に専念!絶対に被弾は避けて!』」

「『う、うん!わかった!』」

 ユーノ君から、指示を出される。
 アンラ・マンユと違って、こっちは霊力混じり。
 だから、全力の防御魔法でもすぐ破られるかもしれない。

「くっ……!」

 空中で身を捻らし、何とか“負”のエネルギーによる触手を躱す。
 姿勢制御が追いつかないと悟った私は、地面で躱す事にする。

「(自滅すると言っても、こっちからも攻撃して怯ませた方が…)」

 躱すだけと言うのは、ちょっと厳しいものがある。
 砲撃魔法や射撃魔法ならともかく、触手のようにうねる攻撃を躱し続けるのは非常に難しい。…現に、フェイトちゃん以外は躱すのが厳しそうだ。

「(それに、攻撃した方が、早く倒せる…!)」

 自滅するにしてもしないにしても、そうした方がエネルギーを削れる。
 そう判断した私は、魔力弾を用意して放つ。

〈Master!!〉

「っ!」

 そこで、迂闊な真似をしたことに気づく。
 確かに守護者に命中はした。だけど、そのせいで攻撃が私に集中する事になる。

「なのは!?」

「しまった……!」

 地面、木々を蹴って何とか攻撃を躱し続ける。
 けど、さっきよりも激しくなった攻撃を、躱し続ける事は無理だ。

「“ディバインバスター”!!」

     バチィイッ!

 躱しきれなくなった所で、砲撃魔法を放つ。
 触手とぶつかり合うけど、押されてしまう。
 …それに、私を狙う触手はそれだけじゃない。

「っ……!」

「させない…!」

「させるもんか!」

 咄嗟に駆け付けれたフェイトちゃんが砲撃魔法で、ユーノ君がバインドと防御魔法を併用して凌ぐ。

「あ、ありがとう!」

「持ち堪えて…!後、少し…!」

 でも、それも長続きしない。
 守護者を包む“闇”も、ごく僅かだけど、どっちが先に力尽きるか…。

「(……ううん、こんな所で、立ち止まってたらダメ!もっと…前に!!)」

     ガシャンガシャン!

 カートリッジを二つロードして、拮抗しているのを抑え込む。
 同時に、守護者も力が衰えて出力が弱まる。

「凌ぎ……切った!」

「っ、はぁっ、はぁっ、はぁっ…!」

 何とか攻撃を凌ぎきり、守護者の最期を見届ける。
 リニスさんとアルフも攻撃を躱しきったのか、無傷でこっちに来た。

「……ぁ……ァ……」

「…まだ、何かに変異しようって言うのかい!?」

「もう死に体だ。例え何に変わったとしても、終わりのはず…」

 守護者は、最後の最後に何かに変わろうとする。
 でも、ユーノ君の言う通り、今更何に変わった所で、もう終わり……。



「…………ぇ………?」

 そう思った瞬間、頭を打ったかのような衝撃に襲われた。
 自滅する寸前、守護者の姿が変わる。
 それは……。

「……ナに、こ……レ…」

   ―――“■■の記憶”





 ………まるで、“天使”のようだった。








「―――ァ―――」

 ……その瞬間、守護者は力尽きて消えてしまった。

「……終わったみたいだね」

「一体、最後に何に変わろうとしたんだろう?」

「さあねぇ。変わる前に消えたんだから、考えても仕方ないよ」

「(……え?)」

 ユーノ君達の言葉に、耳を疑った。
 ……まるで、あの“天使”の姿が見えていなかったかのようだった。

「…どうしたのなのは?」

「え、あ、その……最後、“天使”みたいな姿にならなかった?」

「……?ううん、そうは見えなかったけど…」

「………」

 心配してきたフェイトちゃんに聞くけど、見えなかったらしい。
 他の皆も同じみたいで、やっぱり私だけにしか見えていなかった。

「(……どう言う事…?)」

 まるで幽霊を見たような気分。
 あの“天使”のような姿には、一体どんな意味が…。
 それに、私にしか見えなかったのは一体…。

「っ、待って!幽世の門が…!」

「瘴気が止まらない…!?」

 思考を遮るように、ユーノ君が何かに気づく。
 そこには、幽世の門の瘴気が止まらずに溢れてきていた。

「もしかして、守護者が自滅するような事になったから…!?」

「じゃ、じゃあ、閉じないと!でも、どうやって……!」

「“妖捕結界”!」

 咄嗟に、ユーノ君が結界を門の周りに張る。

「それは…!?」

「妖の生態を調べてね…!これなら、霊力の類でも結界内に取り込める。……でも、これでもダメみたいだ…!」

 霊力の類…つまり、門から溢れる瘴気も取り込める。
 それを利用して押し留めてるけど…長続きはしないみたいだった。

「どうすれば…!」

 瘴気を祓う方法を、私達は持ち合わせていない。
 途方に暮れたその時……。







「後ろから、失礼します…!」

   ―――“刀奥義・一閃”

 背後から誰かが駆け抜け、門へ向けて刀が振るわれた。

「……はっ!」

 刀の一撃で瘴気が切り裂かれ、門へ向けてその人は霊術らしきものを放つ。
 そして、門は閉じられた。

「貴女は確か……」

「小烏丸蓮と名乗っています。アリシアとは仮契約している身です」

「あの、傷は……」

 そうだ。この人は何者かに斬られて、瀕死だった人……。
 傷自体は治ったってアリシアちゃんが言ってたけど…。

「傷ならご心配なく。体も全快とはいきませんが、門を閉じるぐらいならこの通り」

「…そうですか。…ありがとうございます」

 何はともあれ、私達は助けてもらえたみたい。
 その事で、リニスさんがお礼を言う。

「いえ、私も式姫の一人。……このような事態に、じっと回復を待つだけというのは、我慢できません」

「…とにかく、一旦アースラに戻りましょう。フェイト達には仮眠も必要ですし、何より今回の戦闘で消耗が大きすぎます」

「……そのようですね」

 私達の様子を見て、蓮さんも同意する。
 とりあえずは、一旦帰還するようだ。















   ―――……結局、あの“天使”の姿は、なんだったんだろう……?

















 
 

 
後書き
覚妖怪…美濃(岐阜県)にあった城跡の門の守護者。相手の心を読み、トラウマや記憶などからそれを再現する。ただし、自身の力を大きく超えた存在を映しだすと、自滅する。かくりよの門でも主人公自身も知らない妖(八岐大蛇)を映しだし、自滅した。(一応自滅前に倒す事ができる)

孤独の記憶…なのはの幼い頃の寂しさを表した記憶。孤独を知らない人(今回はリニスとアルフ)には効かないが、効く場合は途轍もない孤独感に襲われる。

大樹の記憶…アニメ三話のジュエルシード。油断して街に被害が出てしまった事から、なのはが“二度と見たくない”と思っているため、それを映しだした。

Sword mode(ソードモード)…レイハさんの新形態。原作よりも強くなりたいと、基礎体力及び御神流を鍛える事にしたなのはに合わせて増えた形態。小太刀二刀を展開する、近接戦用の形態。一刀にも変化させる事ができ、基本的にこちらを扱う。

Divine slash(ディバインスラッシュ)…ソードモードで放てる近接魔法。一見、威力はそこまでないように思えるが、実はディバインバスターを圧縮して斬撃として放っているようなものなので、その威力は侮れない。

星光の記憶…皆大好きSLB()。その記憶。フェイトが初めて受けた際の記憶なため、トラウマ刺激&絶望感が強い。しかも牽制のディバインバスターとバインド付き。

闇の記憶…闇の書の暴走体の記憶。再現しきれていないが、その力は凄まじい。

全ての負の記憶…アンラ・マンユの記憶。当然再現できない。かくりよの門での覚と同じように、時間が経てば自滅する。

■■の記憶…覚が最後に変わった姿。なのはが見た通り、まるで天使の少女ような姿をしていた。…が、すぐに力尽きたため、どう言った記憶かは不明。


容赦のない精神攻撃の連続。それが覚妖怪です。
なお、なのは達は終ぞ守護者が覚妖怪だとは気づかなかった模様。
ユーノが行ったバインドブレイクは、以前優輝に教えてもらった魔法運用の応用です。術式を破壊するように魔力を徹している感じです。 

 

第141話「がしゃどくろ」

 
前書き
次にアリシア達。
当然の事ですが、かくりよの門におけるがしゃどくろと細かい所が違います。(行動パターンや技とか)
 

 






       =アリシアside=





「アリサ!」

「くっ…!」

「はぁっ!」

   ―――“氷柱”

 がしゃどくろの腕を、アリサは飛び上がって躱す。
 私も飛んできていた呪詛を躱して、御札を投げて術式を発動させる。
 そうする事で、アリサへの追撃を阻止する。

「ォォオオオオオン…!」

「っ、二人共!」

「……!」

 がしゃどくろの呻き声を聞き、すずかが声を上げる。
 それと同時に、私とアリサはすずかの後ろに回って霊力を練り上げる。

「せーのっ!」

   ―――“扇技・護法障壁”

 放たれた呪詛を、三人で張った障壁で防ぐ。
 呪詛は普通の障壁では防げないから、椿たちに習った障壁を使う。

「決め手に欠けるわね…!」

「呪詛の度に防御に集中してるからね…」

「でも、慎重に行かないと…」

 いくら霊力で編まれた防護服があるとは言え、直撃は食らいたくない。
 第一、私達は未だに戦闘に関しては初心者だ。
 実戦経験が足りない中、命の危険性が高い戦闘に身を投じている。

「(……でも、だからと言ってずっと慎重でいたら、格上の相手には勝てない)」

 そう。優輝達は皆、実戦経験が少ないと言ってはいた。
 だけど、同時に実戦においては思い切りや博打も必要とも言っていた。
 それが、格上の相手なら尚更。

「やるしかない……か」

「アリシア?何を……」

「ごめん、フォローは任せたよ!」

 呪詛による攻撃が治まり、がしゃどくろの攻撃が迫る。
 私達はそれを散らばるように避ける。
 この後は、本来なら動きを警戒しつつ攻撃に転じるけど……。

「(下手に術を練るぐらいなら、こっちで…!)」

 今回は違う。司に貰っておいた魔弾銃を持って、私は駆ける。
 それに、がしゃどくろの動きもだいぶ分かってきている。
 攻勢に出るなら、今だ。

「はぁあああっ!!」

   ―――“氷血地獄”

 繰り出される呪詛による弾。
 それを氷の霊術を繰り出す事で相殺する。
 その際に煙幕が発生するけど……好都合!

「っ!ここ!」

 煙の中を突っ切るようにがしゃどくろの拳が来る。
 それを跳び上がってギリギリで回避し、一気にそこへ魔弾を撃ち込む。

「(リロード!っ、してる暇はない!なら!)」

 弾切れを起こすまで撃ち込む。予備のマガジンはあるけど、リロードの暇はない。
 すぐに私は武器を斧に持ち替える。……が。

「っ、ぁあっ!」

 もう片方の手の攻撃が先に来る。
 咄嗟に斧を盾にして、すぐに地面に着地する。

「無茶しないでちょうだい!」

   ―――“バーニングスラッシュ”

「アリシアちゃん!」

   ―――“氷柱雨(つららあめ)

 そこへ、アリサの炎の一閃が腕へ、すずかの氷の術ががしゃどくろの頭へ降り注ぐ。
 私が言った通り、ちゃんとフォローしてくれたみたいだ。

「(チャンス!)」

 好機と見た私は、アリサの攻撃を喰らった腕を駆けあがる。
 途中で跳躍し、がしゃどくろの背中の上を取る。
 狙うは背中……つまり、背骨!

「せぇりゃああああああああああ!!!」

   ―――“斧技・雷槌撃”

 霊力を纏った斧が、帯電するかのように光る。
 そのまま、背骨へと斧を叩きつける。

「(手応え……あった!)」

 今までよりも大きなダメージを与えたと、確信する。

「っ!」

 …そして、同時に膨れ上がった霊力で気づく。
 大きなダメージを与えたのなら、相応の報復が待っていると。

「まずっ…!」

「アリシア!」

「アリシアちゃん!」

 避ける時間はない。焦った二人の声が響く。
 咄嗟に、その場から跳び、同時に御札で障壁を張る。

「ォオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「ぐっ……ぁ……!?」

 頭がチカチカする程の衝撃に見舞われる。
 ……吹き飛ばされたと理解するのに、一瞬遅れた気がする。

「ぐ……ぅ……」

 吹き飛ばされ、私は木に叩きつけられた。
 幸いなのは、呪詛による呪いの効果は防げた事だ。
 それに、防護服が思ったより頑丈だったのか、息を整えればまだまだいける。

「アリシア!」

「っ、待ってアリサちゃん!」

「っぁ…!ぐっ!?」

 こっちに来ようとしたアリサとすずがが、がしゃどくろの腕の薙ぎ払いに阻まれる。
 障壁で直撃はしていないものの、私みたいに吹き飛ばされてしまう。

「(まずい!私の行動で、動きが乱れた…!やっぱり、慣れない事はするんじゃないね…!)」

 咄嗟にこっちに気を引くために弓矢を取り出して射る。
 あの骨だけの体には当たり辛いけど、気を引く程度には使える。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 矢と共に術もいくつか放ち、こっちに気を引く事ができた。
 ……呼吸はまだ整いきってない。ダメージもまだ残っている。
 ここからが、正念場って所だね…。

「(椿たちとの修行を思い出すね。いつも、これぐらいきつかったっけ?)」

 どこか、がしゃどくろの攻撃がゆっくりに見える。
 実際はそんな事がないのだけど、走馬燈に似たものだろうか?

「(いつも……そうだ。いつも、これぐらい…!)」

 修行の時を思い出して、ハッとする。
 そう。“いつも”だ。いつも、これぐらいのきつさだった。
 だから……!

「っ……!」

 振りかぶられた拳を、内側に入り込むようにギリギリで躱す。
 まるで体が軽くなったように解放された感じだ。
 ずっと緊張で体が強張っていたんだろう。

「はぁっ!」

 気合一閃。すれ違いざまに斬りつける。
 さらに振り返りつつ御札を投げ、目暗ましの炎の術式を放つ。

「アリサ!すずか!」

「っ…!アリシア…!」

「アリシアちゃん……」

 一度吹き飛ばされた二人は、少し苦しそうにしながら戻ってくる。
 私と同じく、呼吸を整えれば何とかなる程度のダメージだろう。

「……実戦だからって、必要以上に緊張してた。椿たちの修行を受けていた時を思い出して。これぐらいの苦しさ、経験したでしょ?」

「ぁ……」

「……それも、そうだね…」

 二人も私と同じだったのか、今の言葉で顔つきが変わる。
 まるで肩の荷が下りたように、緊張が消えていた。

「改めて行くよ…!大まかな指示はすずか、任せたよ」

「うん。了解」

「細かい動きは各自で考えよう。これだけ大きな妖なら、もつれあう事もないし」

「そうね」

 そうと決まれば、私達は駆けだす。
 動きを警戒しつつ、身体強化を施す。
 すずかは少し後ろに下がり、いつでも援護射撃ができるように御札を構えている。
 アリサも二刀を構え、私も御札と刀を持つ。

「動きをよく見て!椿たちの攻撃と違って、ちゃんと躱せるはず!」

「分かったわ!」

 途端に振るわれる腕。それに手を添え、跳躍して躱す。
 乗り越えるように躱した私に対し、アリサはハードルのように躱したみたい。
 そうして、空中に躍り出た私達の内、アリサに呪詛が飛ばされる。

「霊力を込めて……切り裂く!!」

   ―――“戦技・双竜斬”

 だけど、それは霊力を込めた二撃で切り裂かれる。
 当然だ。呪いの類である呪詛も、一応は霊力。
 同じ力であるならば、それで対抗すれば切り裂く事も可能だ。

「っと、っと、っと!甘いよ!」

   ―――“氷柱”
   ―――“弓技・氷血の矢”

 私の方にも呪詛が繰り出されるけど、こっちは既に着地して体勢を整えている。
 全部躱して、反撃に術と矢を放つ。
 刀を持っていた意味がなかったけど……まぁ、そこはご愛嬌だね!

「っ、今!」

   ―――“氷血旋風”

 私に気がそれた所へ、すずかが術を放つ。
 しっかりと霊力を練っていた分、強力だ。

「アリサ!」

「分かってるわ!」

 氷の術を何度も当てたからか、がしゃどくろの動きが鈍る。
 畳みかけるためにアリサに声を掛け、同時に攻撃を仕掛ける。

「「はぁああああっ!!」」

   ―――“霊閃撃(れいせんげき)

 凍っているという事は、衝撃に弱くなっているはず。
 そこを突くように、私達は強力な一撃を叩き込む。

「っ!下がって!」

「タフだなぁ!もう!」

 すずかの声に私はそう言いながら飛び退くように距離を取る。
 途端に咆哮と共に呪詛が解き放たれる。

「っつ…!よし、どうってことない…!」

 距離を取った事、霊力を纏った事、武器に霊力を込め、盾にした事。
 それらの要因のおかげでダメージは最小限に抑えられた。
 アリサとすずかも同じらしく、すぐに反撃に動ける。

「っと!はっ!ほっ…っと!」

 振るわれる腕、飛んでくる呪詛を次々と躱す。
 私が注意を引いて、アリサとすずかが攻撃を加えていく。
 偶にアリサと役割が入れ替わりつつ、私も攻撃を躱す際に反撃を与えておく。
 ……そして。

「普通に仕掛けを見逃してくれるのは、助かるね!!」

   ―――“秘術・劫火(ごうか)

 すずかが氷で足止めしたのを合図に、仕掛けておいた術式を発動させる。
 私ががしゃどくろの攻撃を周囲を回るように躱していたのは、このため。
 攻撃を避けながら、術を発動させるための術式を仕掛けておいたのだ。
 ちなみに、椿との修行では碌に仕掛ける事すらできなかった。
 やっぱり、人と妖だと戦い方が全然違うね。

「どう?」

「手応えあり。……でも、倒したとは思えないね」

「凄く丈夫だもんね……」

 一旦、集合して様子を見る。
 私が扱う術の中でもだいぶ強力だけど、これで倒したとは思えない。
 アリサとすずかも同意見なのか、霊力を事前に練っている。

「……今の内に、撃ち込んでおこうかな」

「そうね。あたしも、そうしようかしら」

 魔弾銃をリロードして、そういう。
 アリサも奏から貰っていたらしく、私と並んで構えた。

「すずか、いざという時はフォローよろしく」

「……うん」

 そうと決まれば、術によって煙で見えなくなったがしゃどくろへ向け、発砲する。
 全弾撃ち尽くすつもりはないので、リロードした分だけ撃ち込む。
 弾切れを起こし、リロードをした所で、その場からは飛び退くように離れる。

「『さて、撃ち込んだ訳だけど…こりゃ、まだまだだね』」

「『そうみたいね。まったく、骨なのに丈夫すぎるわよ』」

「『気を付けてね。何かしてくるよ』」

 伝心で会話しつつ、出方を見る。
 ……ここまで何もしてこないという事は、強力な攻撃が来る可能性が高い。

「ォォオオオオオオオオオオオオオン………!!」

「(来るっ!!)」

   ―――“怨嗟の呻き”

 呻き声のようなものが聞こえた瞬間、呪詛がまき散らされた。
 何か来ると分かっていた時点で、私達は大きく距離と取っていたので、防ぐにはそこまで苦労はしない……と思ったのだけど。

「っ……づ、ぅ……!!」

 霊力を纏い、障壁をいくつか張り、武器で切り裂こうとする。
 ……その上で、呪詛の力に身を焼かれる。
 相当威力は減らしたけど、まさかここまでとは……!

「っ……!」

   ―――“中回復”
   ―――“息吹”

 すぐに回復用の術を自身に掛け、伝心を試みる。

「『アリサ!すずか!無事!?』」

『な、何とか……』

『ぼ、防御の上から削られたよ……』

 ……何とか、二人も凌ぎきったらしい。
 それにしても、ここまでの威力なんて…修行の経験がなければ死んでたかも…。

「ここからが本番…とでも言いたげだね、これは……」

 呪詛を直撃でないとはいえ、受けたからか体が重い。
 どうやら、体が蝕まれているらしい。まずは浄化する必要があるね。

「『……一旦集合。態勢を少し立て直すよ』」

『っつ……分かったわ』

『うん…』

 問題は体を蝕む呪詛だけじゃない。
 がしゃどくろの周りには、さっきの呪詛の影響なのか、近づけばそれだけで呪われそうな瘴気が溜まっていた。あれをどうにかしない限り、どうにもならないだろう。

「アリサ、すずか」

「あ、アリシアちゃん、アリサちゃんが…」

 集合してみれば、アリサがだいぶ辛そうだった。

「ぐ……ぅぅ……」

「これは……やっぱり、呪詛…」

 私よりも呪詛に蝕まれてしまったのだろう。
 とりあえず、治療したい所だけど……。

「くっ……!」

「っ…!」

 がしゃどくろの攻撃が止まっている訳ではない。
 振るわれた拳は何とか躱す事が出来たけど、これでは回復の暇がない。

「(消費は大きいけど、仕方ない…!)」

   ―――“旋風地獄”

 そこで、私は霊力を大きく消費する代わりに、大きな規模で術を発動する。
 風の刃を大量に展開し、がしゃどくろを覆うように放つ。
 大したダメージにはならないけど、目的はそこじゃない。

「よし……!すずか!」

「うん!」

 風属性の術を扱ったのは、砂煙を巻き起こすため。
 大規模に風の術を使う事でがしゃどくろの視界を封じたのだ。

「ここまで来れば、少しは持つはず」

 すぐに移動して、木々に隠れる。
 目暗ましでそんなに時間を稼げるとは思っていない。
 即座に砂煙は払われてしまうだろう。だから、すぐに事を済ませる。

「………」

   ―――“快方(かいほう)の光”

 術式を構築し、浄化の光をアリサに浴びせる。
 この術は、司と私しか習得出来なかった術で、だからこそすぐに出来る浄化の術の中でも効果が高い。これで、呪詛の効果も消えるはず。

「……っ……う……」

「アリサちゃん!」

 少し呼吸が楽になった様子で、アリサは少し呻き声を漏らす。

「…助かったわ。アリシア」

「困った時はお互い様。……でも、あれには気を付けないとね…」

 私はすぐに術で回復して、すずかの場合は夜の一族で、呪いの類には若干の耐性があったから大丈夫だったのだろう。
 ……でも、それでもまともに受けていいはずがない。

「がしゃどくろそのものの動きは、各自で対処できるのは分かったわ」

「……でも、あの呪詛が厄介…か」

「…私も前に出た方がいいかな?私なら、呪いの類には耐性があるし…」

 まだ見つかっていない内に、どうするべきか決めておく。

「前に出るのはいいとしても、耐性があるからって楽観視はダメだよ」

「うん。でも、経験が活きている今なら、考えて動くよりも、感覚に頼った方がいいと思って」

 すずかの言う通り、今は経験が活きている。
 特にすずかの場合は、元々考えて動く性格なのに、夜の一族の身体能力もあって実際は感覚で動いた方が良い動きができたりする。
 あ、ちなみにすずかが夜の一族だって言う事は、修行に参加した面子は全員知っている。まぁ、吸血鬼の葵がいるから今更って感じだもんね。

「まずはあの周りにある呪詛を祓う必要があるね」

「確か……聖属性が有効だったわね」

「うん。この中では、私が一番得意だから、二人は気を引いて」

 反対に一番苦手なのはすずかだったりする。夜の一族だからね…。
 アリサも扱えると言えば扱えるけど…やっぱり、私がやるべきだろう。

「すずか、これを渡しておくね」

「いいの?」

「まず肝心なのは呪詛を祓う事だからね。それは今はいらないよ」

 すずかに渡したのは、魔弾銃。
 今言った通り、呪詛を祓うのには必要ないからすずかが持っていた方がいい。

「……さて、気づかれたみたいだね」

「…そうね。すずか、同時に仕掛けて気を引くわよ」

「うん」

「じゃあ、その隙に死角に回り込んでおくね」

 こっちに気配を向けているのが良く分かる。
 作戦としては単純で、まず同時に飛び出す。
 アリサとすずかが魔弾銃で気を引いて、その隙に私は死角に入り込む。
 魔弾銃の弾が尽きたら術に切り替え、そして私が聖属性の術を叩き込む。
 …割と簡単に思えるけど、大前提としてがしゃどくろの攻撃は全部躱さないといけない。呪詛が混じっている攻撃はまともに受けれないからね。

「よし……3、2、1……ゴー!!」

 合図と共に、私達は飛び出す。
 同時にアリサとすずかが魔弾銃で攻撃する。

「っ…!(呪詛がその場に留まって、足の踏み場が……!?)」

 …が、そこで誤算が生じる。
 呪詛のせいで足の踏み場が減っているのだ。
 私はともかく、がしゃどくろを引き付けている二人が危険だ。
 攻撃を躱しながら、足元にも気を付けないといけないなんて…!

「くぅううう……!」

「このっ……!」

 氷の障壁をいくつも重ね、すずかが攻撃を防ぐ。
 避ける事が難しくなった以上、あの方法が適しているだろう。
 アリサも、気を逸らすために横から斬撃を喰らわせている。

「(今の内に……!)」

 タイミングを少し早める事になるけど、術式を組み立てる。
 霊力の高まりにがしゃどくろが感付くけど……二人を放置だなんていい度胸だね?

「“呪黒剣”!!」

「ナイスすずか!はぁあっ!!」

   ―――“剣技・緋霞(ひかすみ)

 すずかががしゃどくろを囲うように黒い剣を展開する。
 葵がよく使う、呪属性の術だ。すずかも相性がいいらしく、使いこなせるらしい。
 そして、その剣を足場にアリサががしゃどくろの頭上に跳躍。
 刀に圧縮した霊力の一閃を解き放った。

「ォオオオオオオオオン!!」

「気を取られたのは、失策だったね!!」

   ―――“神槍”-五重展開-

 アリサの攻撃で怯んだ事で、術式が完成する。
 放つ術式は神槍。……その五つ分。
 大規模に展開されたその術式が、がしゃどくろごと呪詛を蹂躙する…!

     ドドドドドドドドド!!

「っとと!おまけよ!」

   ―――“火焔地獄”

「私も、もう一回…!」

   ―――“呪黒剣”

 さらに二人が追い打ちの術をがしゃどくろに放つ。

「(もう一度アレをされる前に、倒しきる!)」

 あの呪詛をまき散らす攻撃を、またやらせる訳にはいかない。
 呪詛による瘴気に邪魔される事がない今が、勝機!

「ォオオオオオオオオ!!」

「(っ、好都合…!)」

 接近する私に気づき、がしゃどくろは拳を振りかぶる。
 だけど、今回ばかりは好都合だった。
 ……正面から、迎え撃ってやる!

「(効果時間は大体5秒!競り勝つには、十分!)」

 今から行うのは、まだ使いこなせていない身体強化の術。
 椿曰く、効果は強いものの、効果時間が極端に短いらしい。
 さらに、使いこなせていない私の場合、さらに効果時間が短いだけでなく、効果が切れると同時に、他の身体強化の術式も維持できずに途切れてしまう。
 ……つまり、私は無防備になってしまう。
 でも、今回はそこを考慮する必要はない。……存分に、力を振るえる!

「奮い立て!鬼の力よ!!」

   ―――“斧技・鬼神”

 斧を構え、霊力を術式に通す。
 その瞬間、途轍もない力が私の中を駆け巡るのが理解できる。
 ……“行ける”。そう確信して、私は斧を振るった。

     バキィイッ!!

「ッ――――――!!」

 拳を叩き割るように、弾き返しす。
 がしゃどくろの拳には罅が入っており、大ダメージも与えていた。
 作用反作用の法則を伴ったその衝撃は、途轍もないものだったのだろう。
 巨体なはずのがしゃどくろは、大きく仰け反っていた。

「ッ……!今!!」

 そして、攻撃はそこでは終わらない。
 何のために私だけが前に出たのか。何のために拳を弾き返す事を選んだのか。
 ……答えが、これだ。

「はぁあああっ!!」

   ―――刻剣“火紋印(かもんいん)

「はっ!!」

   ―――“槍技・一気通貫(いっきつうかん)

 私の後ろから駆け抜けるように、アリサとすずかが突貫する。
 まず、アリサが刀に炎を宿し、腕などを切り裂きながら胴体へと向かう。
 同時に、すずかががしゃどくろの目の部分へと向かい、一気に槍で貫いた。
 骨しかないように思えるがしゃどくろだけど、目の部分には瘴気か何かによる闇色の光が灯っているため、効果はあるはずだ。

「もう、一発!」

   ―――“氷柱”

 槍を突き刺したすずかは、すぐに槍を手放し、もう片方の目に対して、拳を叩きつけるように霊術を叩き込んだ。

「(まず、目を潰した……!)」

 身体強化の反動で無防備になりながらも、私は状況をしっかりと把握する。
 体勢を立て直すまで、10秒かかる。その内の5秒は、突貫からのすずかの攻撃だ。
 そして、残り5秒の間は……アリサだ。

「せりゃぁあああああああああああ!!!」

   ―――“速鳥”

 炎を刀に宿したアリサは、速度を上げる霊術を使って、何度も斬りつける。
 攻撃に特化させるために二刀に変えたアリサは、怒涛の攻撃を見せる。

「(凄まじい……けど、あれ絶対消耗も大きいよね?)」

 明らかに全力疾走の如き攻撃っぷりだ。絶対長くは持たない。
 その代わり、がしゃどくろがその場に膝を付いて動けなくなる程にダメージを与えているみたいだけど。

「……まぁ、これで十分なんだけどね」

 既に私も体勢を立て直した。
 そして、弓と一本の矢を展開する。
 ここまでダメージを与えたのなら、もうこの一撃で片が付く。

「………アリサ!」

「っ!」

 足踏み、胴造り、弓構え、打起し、引分け、会。
 そこまで来て、アリサに声を掛ける。
 すぐさまアリサはその場を飛び退き、すずかと共に置き土産に拘束術を発動させる。

「椿直伝…!存分に、食らいなよ!!」

 そして、離れを行った。

   ―――“弓奥義・朱雀落”

     カッ―――!!

 射法八節の最後、残心をこなし、放った矢の行く先を見る。
 矢はがしゃどくろの額に見事命中していた。

「(……勝った)」

 それを見て、私は確信した。
 これで、倒したも同然だ。

「ォォオ……ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!?」

 刺さった箇所から、炎が膨れ上がる。
 あの矢に込めた霊力は、この戦いで放った術の中で最も多い。
 だからこそ、膨れ上がった炎はがしゃどくろを丸ごと包み込む。

「ありったけの火属性の術式を込めた矢。これで焼き尽くせなかったら、それこそ私達の手に負えない相手だね」

「凄い火力……さすがね…」

「椿、こんなの何度も放てるんだね……」

 燃え尽きていくがしゃどくろを見ながら、そんな事を呟く。

「……倒したね」

「アリサとすずかは見ていて。私は門を閉じてくる」

 ほぼ燃え尽きて灰になっているとはいえ、油断はできない。
 見張りを二人に任せ、私は門を閉じに行った。







「……よし、と」

「これでようやく…ね」

「まだまだ日本中にはあるんだよね…」

 門を閉じ、端末で門を閉じた事をアースラに伝える。
 私達が移動するにはアースラを介した方がいいからね。

「……暗いなぁ…」

「一応、私は夜目が利くから、先頭を行くよ」

「任せるわすずか」

 夜の一族であるすずかは、当然のように夜の時間帯の今でも周囲を見渡せる。
 ……それにしても、よくこんな暗い中で戦ったなぁ…。
 まぁ、何度か放った火属性の術とかが光源になってたから……。

「……あ」

「アリシア、どうしたの?」

「……火、消し忘れてた」

 ふと見渡せば、戦闘で放った火属性の霊術が、木に燃え移っていた。

「しょ、消火ー!!」







 ……この後、アースラからの迎えが来るまで、私達は消火活動をすることになった。















 
 

 
後書き
バーニングスラッシュ…innocentに登場するアリサの技。炎を纏った剣で切り裂く。斬撃を飛ばす事も出来、本編ではこれを行った。

氷柱雨…術の氷柱を雨のように繰り出す術。

氷血旋風…水+風の術。名前の通り、氷を纏った旋風で切り刻む。

霊閃撃…霊力を込めた斬撃。斬撃ではあるが、命中と同時に霊力を炸裂させる事で打撃攻撃にもなる。込めた霊力にもよるが、割と強力な技。

秘術・劫火…火属性の術。かくりよの門では一定時間退避していないと使えない(レイド)。強力な術ではあるが、アリシアや椿達の場合は発動前に術式を仕掛けなければならない。

怨嗟の呻き…がしゃどくろ・鏡(レイド)の溜め技。呪属性の全体攻撃で、毒と悪臭(道具封印)のデバフを掛けてくる。本編では、強力な呪詛をまき散らし、近づけなくする。呪詛は体を蝕むため、早々に浄化しなければならない。

中回復…文字通り中くらいの回復量の術。アリシアだと気軽に使えるのはここまで。

息吹…所謂継続回復の術。術の効果が途切れるまで徐々に体力が回復する。

快方の光…味方単体の状態異常をランダムで一つ回復する。本編では浄化系の術で、ゲームでの効果に加え、呪いの類を打ち消す力を持つ。

剣技・緋霞…斬+火属性の全体技。主人公(剣豪)限定技。火属性の霊力を圧縮し、斬撃として放つ。一閃を放った直後は、その熱で陽炎が見える程。

斧技・鬼神…斧(傾奇者)限定のバフ。物理系の属性を大幅に強化する。ただし、効果が極端に短く、ゲームでもあまり使われない。(瞬歩と合わせれば辛うじて運用可能?)

火紋印…火属性付与&強化。炎を纏わせる事で、斬った箇所を焼き尽くせる。

槍技・一気通貫…器用さによる防御無視ダメージがある突属性技。文字通り、一気に間合いを詰めて放つ突きで、対象を貫く。


オチがしまらないけど、とりあえず終了。
実戦経験がなくても、戦闘技術自体はなのは達に劣っていません。戦い方によっては既にアリシアはなのは達に勝つ事すら可能です。 

 

第142話「一般人」

 
前書き
次は椿と葵side。
なお、前回登場時に対峙した守護者はあっさりと退場します。
と言うか、バトル一色では飽きると思うので、会話や考察を入れておかないと…。
 

 





       =椿side=





「……ふぅ」

 火属性を宿した矢で倒した絡新婦を尻目に、私は門を閉じる。

「さて、このまま次に向かってもいいけど……」

 戦闘をしていた場所から出れば、それなりに減ったとは言え、まだ存在する蜘蛛系の妖と、蜘蛛糸に塗れた街があった。
 ……さすがに、全部放置していく訳にはいかないわね。

「(警察が動いているはずだから、妖を倒しながら探しましょうか)」

 いくら士郎達が動いていても、この状況下では情報の伝達も上手く行っていないだろう。特に、現代の文明に頼り切っている今となっては、それが封じられただけで混乱に陥るだろうし。

「(この辺りは逃げられていない人も妖も多かった。妖が多いのは門が近くにあったから当然だけど……多分、こっちまで救援が来れてないのね)」

 何せ日本全土での事件。人手が足りなくなるのは必然だろう。
 私も、人手と実力がなければこの辺りの住人は見捨てると判断したと思う。
 助けられない事を悔やむ人がいるけど……それでも“最善”の行動ではあるもの。

「……これも任務の内ね」

 さすがに何とかできるのに放置はできない。
 近付いて来ていた妖の残党を射って、行動を開始する。
 ……と言っても、私がする手助けは妖の排除だけ。
 蜘蛛糸は……警察とかに任せましょ。





「………ん、気配はなくなったわね」

 それから少しして、周囲から妖の気配が感じなくなった。
 これなら例え妖が残ってても警察だけで対処できるでしょう。

「(じゃあ、人がいそうな場所へ行きましょうか。警察とかもそこにいるでしょうし)」

 民間人は大体が大きな店などに避難しているはず。
 そして、警察もそこを拠点に活動しているはずだ。
 だから、人の気配を探ってそちらへ行けば、会えるはず。

「(……それにしても…)」

 殲滅した場所から離れたためか、まだ妖の残党がいる。
 その残党を道すがら倒しつつ、私は思考を巡らす。

「(……江戸の時は、ここまでの惨状にはならなかったはず。……皮肉なものね、平和になったからこそ、平和じゃなかった時より荒れてしまう)」

 以前幽世の大門が開いていた時は、ここまでの惨状ではなかった。
 確かに一部の地域では妖の被害が酷かったけど、それでも全体的に見れば今の方が危機に陥っている。……今の方が、文明は発達しているというのに。

「(まぁ、妖について一般人がほとんど知らないのも影響しているんだけどね)」

 那美やすずかとか、“裏”に関係している人達ならば、文献などで知っている場合はある。……実際は二人共知らなかったのだけど。
 けど、一般人は何も知らない。
 “未知”が相手なら、江戸の時もこれぐらい混乱し、惨状を引き起こす事はあり得る。

「“平和”が“危機”を齎すなんてね……」

 だからこそ、“争い”は忌み嫌われるのだろう。

「………」

 ふと、そこで足を止める。

「(人の気配……どうやら、避難場所の近くまで来たようね)」

 さっきまで散らばってあった妖の霊力が感じられない。
 その代わりに人の動く気配を感じる。
 妖がいないのは、警察辺りが倒したのだろう。雑魚なら倒せるしね。

「っ、誰だ!?」

 どうやら、私を発見したらしい。
 夜間なため、私に懐中電灯の光を当てて近づいてきた。

「っ……!?」

「(警戒している?……あぁ、耳と尻尾ね)」

 少し近づいた所で、彼らは驚いて立ち止まった。
 私の尻尾と耳に対して、視線が集まる。

「……化け狐……」

「…失礼ね」

 彼らの内、誰かがそう呟いたために、つい返してしまった。

「っ……!」

「……まぁ、警戒するのも無理はないわ」

 一般人でも、架空の存在として妖怪は知っている。
 そして、今の状況はその妖怪が溢れかえっているようなもの。
 その上で私が現れたら……普通は妖狐の類と思うわよね。

「…………」

「………」

 彼らと私は、しばらく無言のまま睨み合う。
 私はともかく、彼らは途轍もなく警戒していようだ。

「…私ばかりに気を取られていいのかしら?」

「っ……!」

「そうしていると……」

「う、撃―――」

 弓を構える私に、危険を感じたのか、彼らは銃を構えた。
 だけど、撃たれる前に私は矢を放つ。

     ドスッ!

「―――え…?」

「…死ぬわよ?」

 けど、その矢は彼らの間をすり抜け………背後に忍び寄っていた妖に命中する。

「周囲の警戒を怠らないで!」

「ひっ……!?」

「こ、これは……!?」

 一喝した所で、彼らは気づく。
 ……数体の妖に囲まれている事に。

「まったく、世話が焼けるわね…!」

 今までこの妖達が襲ってこなかったのは、彼らが周囲を警戒していたからだろう。
 例え彼ら自身は気づいていなくとも、妖はそれを見て機会を伺っていたのだろう。
 ……私と遭遇しなければ、彼らは死んでいたわね。

「(彼らの後方にもう一体、左右に一体ずつ。私の後方には二体。それと……上ね!)」

 彼らへと駆け寄ると同時に、薄く霊力を広げて場所を確認しておく。
 合計六体。……余裕ね!

「ふっ!はっ!」

 まずは跳躍して、彼らの後ろにいたもう一体を射る。
 そして、即座に御札を取り出し、左右に一枚ずつ投げる。
 着地と同時に振り返り、私の後方にいた二体を射る。
 最後に襲い掛かってきた空中の一体を、短刀で斬りつけて倒す。

「なっ……!?」

「雑魚で助かったわ」

 驚く警察の人達を余所に、そんな事を呟く。
 雑魚じゃなければ、私一人だと守り切れないもの。

「怪我はないかしら?」

「あ、ああ……」

 彼らは未だに私を警戒している。判断としては正解ね。
 でも、それでも私の問いにしっかりと答えてくれた。

「お前は……一体……」

「人の味方、とだけ今は言っておくわ」

 説明するにしても、相手の数が少ない。
 もっと広く知ってもらわないと、意味がないもの。

「……4人。……少し、少ないわね。もしかして……」

「っ……」

 この状況なのに、四人と言うのは少なすぎる。
 やはりと言うべきか、彼らは口をつぐんだ。

「……そう。…でも、立ち止まっている暇はないわよ」

 誰かがやられたのは間違いないだろう。
 だけど、それで彼らは立ち止まる訳にはいかない。
 ……命の価値は、昔よりも重くなっている。
 だからこそ、これ以上の犠牲は極力減らさなければならない。

「とりあえず、今すぐ知ってもらいたい事は三つよ。一つ、夜は外出は控えて防衛に専念しなさい。二つ、妖…貴方達にとって化け物が多くいる場所と、瘴気…黒い霧みたいなものがある場所には極力近づかないようにしなさい。三つ、奴らが襲ってくる優先順位があるわ。それを知っておきなさい」

「……どう言う事だ」

 その返答は、なぜそれらを知っているのか、と言う事と、今言った事そのものに対してだろう。とりあえず、今言った事だけでは伝わり切らないので、補足を加える。

「まず一つ目について、妖は夜の方が活発になるわ。まぁ、魑魅魍魎の類なのだから当然ね。そして二つ目。妖が多い場合も、瘴気がある場合も、発生源が近くにあるからよ」

「……俺達はその原因を探しに来てるんだ。むしろ、それを探してこそ…」

「じゃあ聞くけど、貴方達はその発生源を潰す方法があるのかしら?現代の科学を使った技術だと、どうしようもないわよ?」

「っ……」

 そう。一般人では幽世の門を閉じる事は絶対に不可能だ。
 いえ、一般人だけではないわ。霊術の類が扱えない限り、どう頑張っても門のある空間を封印までしかできない。

「避難している人や、貴方達の中にもなんとなく感付いている人はいるでしょう?…こういうのは、陰陽師の類が必要だって事は」

「っ、しかし、そのような存在は…!」

「架空…とでも言いたいのかしら?じゃあ、私はどうなのかしら?」

「うっ……」

 まぁ、現実を受け入れたくないのはなんとなくわかるわ。
 信じられない事が目の前で起きたのなら、それを拒絶しようとするのが普通だもの。

「とりあえず、三つ目について説明するわ。……妖が狙ってくる存在は、主に霊力を持つ存在よ。霊力は、生物であればどんな存在にも宿っているのだけど…ここでは、人並み以上に持つ存在の事を言うわ。陰陽師とかがそうね」

「………」

「もう一つ、確信はないのだけど…魔力を持つ存在も狙うみたいよ。……と言っても、貴方達にはどちらも馴染みがないでしょうけど」

 何も知らない一般人に説明するのはこれだから面倒だ。
 理解が及んでいない部分を説明するのは、骨が折れるものだわ。

「……そうなると、なんで一般人に……」

「……一般人でも、霊力を人並み以上に持っている人はいるわ。所謂才能ね。由緒ある家系だと、その傾向が強いわ」

 すずかとかアリサは特にそうね。
 ……すずかの場合は夜の一族って言うのもあるんだけど。

「どの道、人が集まっていればそこに妖が来るのは必然よ。……今は、私がいるからこっちに引き寄せられているみたいだけど」

「何……?」

「あのねぇ……人間じゃない私が、どうして霊力を人並み以上に持っていないと思えるのよ。……いえ、一般人ならそう思ってもおかしくはないけども」

 もう一体現れた妖を仕留めつつ、私はそういう。

「……まぁ、もうすぐこの近辺は比較的安全になるわ」

「なぜそう言い切れる」

「さっき言った発生源。その一つを私が潰してきたからよ。貴方達も向かおうとしていたでしょう?あちら側のまだ救援に行けていない場所」

「………」

 適当に推測しただけなのだけど、どうやら当たりだったみたい。
 まぁ、そこは別にどうでもいい事ね。

「実際、なんとなく感付いているでしょう?妖の力が落ちている事は」

「……ああ。組みつかれたら助からないはずだったのが、助かるようになった」

 ……犠牲になった人は、組みつかれたのね。
 まぁ、蜘蛛系の妖に組みつかれたら普通は助からないわね。
 今は弱体化したから助かるようにはなったけど。

「一応、あちら側の状況を伝えておくわ。この辺りの妖の親玉は絡新婦よ。まぁ、私が倒しておいたからこれはいいのだけど。蜘蛛系の妖だから、そこら中が蜘蛛糸だらけよ。まだ生きている住人は、避難もすることができないまま家に閉じ込められている状況よ」

「閉じ込められている…?」

「蜘蛛糸の頑丈さは伊達じゃないわ。玄関に蜘蛛糸が固められて出られなくなっているのよ」

 面倒にならない程度には、私も剥がしてきたけど……まだまだ残っているわ。

「家に閉じ込められているだけマシよ。……少しばかり、惨い死体を見る事を覚悟しておきなさい」

「っ………!」

 残念と言うべきか、当然と言うべきか。
 死者は普通に出ていた。妖に貪られ、見るも無残な死体になった者もいた。
 以前の時は妖も一般で知られていたから、そこまで珍しくもなかった。
 だけど、今は違うだろう。死体を見る機会が減ったからこそ、その衝撃は大きい。

「……助けられなかったのか?先程のような力がありながら」

「力があれば何でもできると思うのは傲慢よ。何事にも限界はある。……全能の神だって、全ての人間を救える訳ではないでしょう?」

 神の分霊の私が、別の神の事を言うのは何かおかしいけど、例としては充分だろう。

「とにかく、行動は夜が明けてからにしなさい。貴方達の拠点に戻るわよ」

「……ついてくるつもりか?」

「説明と、救援が必要でしょ。陰陽師とかじゃなくて、魔法の組織だけど、戦力がある事に越したことはないわ。……どの道、情報を共有する必要があるの。もたもたしているとまた襲われるわよ」

 ……言ってる傍から一体襲ってきた。即座に倒しておく。
 倒す度に彼らの何人かが驚くけど、これで驚いていたらキリがないわよ?

「(…さて、優輝や葵とかは上手く行ってるかしら?)」

 私の方は比較的大人しい方だったけど、あの二人は龍神が相手だ。
 既に私と葵で富士龍神は倒したけど、一人だと話は別。
 ……まぁ、あの二人なら大丈夫……よね?
 べ、別に心配してる訳じゃないわよ!?……何自問自答してるのかしら?私…。











       =葵side=





「っと、っと、っと!」

 地面に叩きつけられそうになるのを、上手く着地して回避する。
 すぐに何度か後ろに飛び退く事で、追撃も躱す。

「いやぁ、さすがは北上龍神。……一筋縄ではいかないよね」

 既に何度も攻防を繰り広げている。
 龍神の体には何本ものあたしのレイピアが突き刺さっている。
 ……それでなお、ピンピンしている。

「あたし、殲滅力がないのが欠点だよねー」

 元々盾役だったあたしは、魔導師みたいに殲滅力がある技を使えない。
 そこはかやちゃんも同じだけど、あたしは遠距離もあまり使えないからねー。

「(でも、それは式姫だった時の話!)」

 忘れてはならない。あたしは今となってはユニゾンデバイスだ。
 霊術だけでなく、魔法も使える。……この差は大きい。

「シュート!」

 振るわれた尾を跳んで躱し、お返しとばかりに魔力弾を叩き込む。
 攻撃はさっきからずっと通っている。
 それなのに倒すのに時間が掛かっているのは、偏に龍神がしぶといから。

「……小さい傷はすぐ回復しちゃんだよね」

 魔力弾で傷つけた箇所は、すぐに再生されてしまった。
 だから、攻撃するならばレイピアを生成して突き刺した方が効果的だ。

「(それに加え…)」

   ―――“直立禁止”
   ―――“動作禁止”

 北上龍神から、まるで突風のように霊力の塊が放たれる。
 その塊は、瘴気のようにくすんでいたが、とりあえずあたしは躱す。
 けど、今度は押し潰すように、広範囲に力が放たれた。
 広範囲なため、あたしは躱しきれずに喰らってしまう。

「く、ぅ……!」

 幸い、その技自体は威力が低い。身動きは取れないけど。 
 だけど、問題はその後。……身動きが取れないという事は、強力な攻撃が来る。

「っ!」

     ドン!!

 巨大な尾が、あたしへと叩きつけられる。
 本来なら、躱しきれないはずだけど……。

「悪手な事に、気づきなよ!」

 あたしの場合は、蝙蝠に体を変えられる。
 叩きつけられる直前に、重圧は消えたので、その一瞬で体を蝙蝠に変えたのだ。
 後は躱して回り込み、無防備な胴体へとレイピアを突き立てた。

「さて、そろそろ終わらせなくちゃね」

 油断しないように堅実な戦い方をしていたけど……その必要ももうなさそうだ。
 そう思って、あたしは一気に片づけに掛かる。

「っと、はぁっ!」

   ―――“呪黒剣”

 胴体から振り落とされ、地面に着地する。
 着地する所へ襲い掛かってくるのは分かっていたので、同時に呪黒剣を放つ。
 霊力や魔力の込め方を上手く変えるだけで、呪黒剣は広範囲に影響を及ぼす。
 この術はあたしが唯一得意とする広範囲技なので、結構重宝している。

「さて、いくら外から攻撃してもダメなら……内側から貫こうか!」

 北上龍神は、その巨体を利用してあたしを呑み込もうとしてくる。
 呪黒剣が効いているんだろう。結構怒ってるみたい。
 でもまぁ、その方が都合良いけどね。

「イメージ固定、硬化、巨大化……よし!」

 あたしが生成するレイピアは、霊力や魔力から生成している。
 ……つまり、生成の仕方によっては、大きさなども変えられる。
 その分、力の消費も大きいけど……この場合はむしろ有効だ。
 つまり……。

「貫けぇええええええ!!」

   ―――“巨刺剣(きょしけん)

 あたしを呑み込もうとしてきた、その大口に向けてレイピアを生成する。
 それは、まるで芸などでナイフを呑み込む奴のようで……。
 だけど、そんな風にはならず、北上龍神はレイピアに内側から貫かれる。

「……うわぁ、これでも生きてるんだ…」

 確かに致命傷になった。……その上で、北上龍神はまだ動いていた。
 と言っても、もう死に体だ。

「じゃあ、トドメと行こうか」

     ドォオオオオオオオオン!!

 あたしが突き刺したのは、ただ巨大なだけのレイピアじゃない。
 魔力によって作り出されたのだから、そこに術式を込める事もできる。
 ……だから、あたしはレイピアを爆発させた。

「……はぁ~……ようやくだよ…」

 とんでもなくしぶとかった。……いや、そもそも一人で倒す相手じゃないんだけどね。
 本来なら、複数の陰陽師と式姫が協力して倒す。それが龍神なのだから。
 ……あれ?なんでそんな相手にあたしは一人で戦ったんだろう?

「……とりあえず、閉じておかないとね」

 結論から言えば、人手不足だからだね。
 それに、あたし一人でも負ける事はないと、かやちゃんと判断したのもあるね。

「さて……と」

 龍神を隔離していた結界を解く。
 ……周辺に被害はなし……と。結界が破られる事はなかったね。

「じゃあ、次の仕事をこなさないとね」

 あたしに与えられた任務は、龍神の討伐だけじゃない。
 余裕があれば、北の様子を見るように言われている。
 門もできるだけ閉じないといけないからね。

「暗いから、一般人は皆家とかに籠ってると思うんだけどなぁ」

 夜目が利くあたしだからこそ、続行で散策するように言われている。
 安全をできるだけ確保するため、夜も動くって事なんだけど、妖は夜の方が活性化するし、あまり得策とは言えないんだけどね。

「さて、ここから近い街や門は……」

 現在の地理と、以前の記憶を思い出しつつ、とりあえず向かう場所を決める。

「……オンボノヤスがいる所…かな」

 県内に、もう一つ門があるのを思い出す。
 悪路王がいた場所には門がなかったし、多分そっちにあるはず。

「よし、早速行こう」

 目的地を決めたなら、即行動。
 時間はあまりないからね。それに、夜だからあたしも調子がいいし。
 ……最近、昼夜関係なく活動してるけど、一応あたしは吸血鬼だからね。







「はぁ…はぁ…ちょっと、さすがに疲れたなぁ……」

 それから約一刻。あたしはオンボノヤスを倒しきった。
 物理攻撃に耐性がある上に、門に辿り着いてすぐに戦ったから、さすがに疲れた。

「一応、そこらの妖相手ならまだまだ戦えるけど……強敵はきついかな」

 安全地帯まで山を下り、その場に座り込み、一度息を整える。
 この近辺は割と安全になったとはいえ、残党の妖は残っている。
 それらに負ける事はないけど、また守護者を相手にするには、体力が持たない。

「(……あー、ある意味守護者より厄介な相手が来たかも……)」

 そこで、あたしの方に近づいてくる気配を察知する。
 ……まぁ、人気のない山奥だからって結界を張ってなかったらそうなるよね。

「っ、誰かいるぞ!?」

「(……見事に警戒しているね)」

 ライトであたしを見つけた人達は、近づくのを躊躇っていた。
 ここで馬鹿みたいに近づいて来ていたら、叱責の一つでもしていたよ。

「(さてと…)こんばんは、今の状況で夜道は危ないよ?」

「っ……!?」

 連携を取るように言われているけど、夜のこんな場所で遭遇した所で無茶もいい所。できるだけの事はやってみるけど、どうなるか分からないね。
 とりあえず、ふわりと舞い降りるように彼らの前に出る。
 当然の事ながら、彼らは体を強張らせるように驚いた。

「やだなぁ、そんな化け物が現れたみたいな反応。……いや、気持ちは分かるよ?こんな状況、普通なら君達みたいな反応が当たり前なんだから」

「……お、お前は、“何”だ?」

 ……うん、わかってた。あたしが人と見られない事ぐらい。
 むしろ、人と見られてた方がまずい。主に彼らの命が。
 人らしくないように、あたしは平然と振舞っていたからね。
 不自然に思わないと人に化ける妖にあっさり殺されちゃうからね。

「まずは及第点って所かな。……あたしは人間ではない、とだけ言っておくよ。いちいち種族とか言ってたらキリがなくなるからね」

「っ……!」

 式姫にも色んな種族がいるからねぇ……。
 …と、やっぱりと言うべきか、拳銃を構えちゃったか。

「とりあえず報告と忠告をしておくよ。君達は多分、山の上で起きた事を観測して、様子見としてここに来たんだろうけど……その原因はあたしだね。今、日本中を騒がせている化け物…妖の発生源の一つを潰す際にちょっとやらかしてね」

「………」

 いきなりの情報量に、困惑と混乱が起きている。
 とりあえず、彼らが情報を何とか頭の中で整理するまで待たなきゃね。

「……もういいかな?他の人達に報告する際は、戦闘があったとでも言っておけばいいよ。ありのままにね。……で、忠告だけど…出会い頭に言った言葉の通り、夜道は危険だよ。現代でも魑魅魍魎の類は夜に活発になるって事は知られてるでしょ?」

「……妖怪…か…」

「厳密には違うけど、その認識で間違いないよ。一応現代兵器も効くけど、限りがある上に根本的な解決ができない。それなのに態々危険な夜に出るって言うのは消耗するだけだよ」

 それに視界も悪い。夜目が利かないのなら、防衛だけにした方がいい。

「しかし、だからと言って民間人を放置する訳には……」

「その結果、犠牲者が増えるだけだよ。ハイリスクローリターンよりも、ローリスクローリターンの方がいいでしょ?」

「っ……!」

「……選択しないといけないよ。この状況では、助けられる命に限りがある。どれかの命を切り捨てないといけない。……覚悟を決めておきなよ」

 そもそも、視界が悪い状態で、どこにいるのかもわからない妖に注意しつつ人命救助に当たるという事自体が危険すぎる。
 路地裏とかに行ったら、あっさりと首を掻き切られるよ。

「例えば……」

     ザシュッ!

「ギ…ィ……」

「……ほら、こんな風に背後から襲われても、気づけないでしょ?だから夜道は危険なんだよ」

「っ……!?」

 彼らの背後に迫っていた妖を、庇うようにあたしが割り込んで刺し貫く。

「分かったら、さっさと避難場所に戻って、そこを守ってて。後、あたしが言った事を上に報告しておいてね」

「っ、待て!お前はどこに…!」

「あたしにもやる事があってね。…もしかして、帰り道で護衛してもらえると思った?…悪いけど、あたしにも時間がないから無理だよ」

 それに、その担当はかやちゃんだ。
 あたしが優先するように言われた事は、飽くまで夜の間にできるだけ門を閉じたり妖を減らす事。……夜目が利いて夜に動きやすいあたしだからこその任務だ。

「さ、さっき自分で言っていたのに……」

「あー、夜道は危険だって事?あたしの場合は夜目が利く種族だから無問題。それじゃあね。発生源の一つは潰しておいたから、この辺りの妖はこれ以上増えないよ」

「ま、待っ……!」

 彼らの言葉を聞かずに、あたしは蝙蝠となってその場を後にする。
 ……何気に、ここまでやればあたしの種族は分かるよね?





「……ん~、薄情な事しちゃったな」

 昔なら仕方ないと割り切れるけど、今は納得いかないと思われる事をした。
 いや、こういうのは“切り捨てられた”側からしたらどんな事でも納得いかない。

「…大丈夫だよね」

 彼らは何かに焦っていたり、思い詰めている様子はなかった。
 ……詰まる所、“誰かが欠けている”様子は見られなかった。
 ただ表情に出していないだけだとしても、それができる程の精神性があるという事。
 だから、大丈夫だろう。





「……あれ?」

 山沿いを進みながら、見かけた妖を倒していると不可解なものがあった。

「…戦闘の跡?」

 木に残る何かが刺さった後や、術を使ったと思われる霊力の残り香。
 明らかに、戦闘の跡だった。

「(悪路王の所で見た跡とは違う……それに、この刺さった後は…)」

 木に残る跡は、あたしもよく見た事のあるものだった。
 ……矢が刺さった跡だ。

「(……式姫?)」

 現代まで生き残った式姫の誰かが、ここを通ったのだろう。

「(……戦ってるのは、あたし達だけじゃない)」

 きっと、生き残っていた式姫たちも、各地で戦っている。
 ……なら、あたし達も頑張らないとね。

「(まずは、北の門から……!)」

 気合を入れ直して、あたしは各地の門を閉じに向かった。











 
 

 
後書き
北上龍神…灌漑の際に、人柱を用いたとされ、川を恐れた人々の想いがその強さの後押しをしている。その力は、瘴気のようなものとなって、“見えない力”として襲い掛かる。

直立禁止…突属性の単体技。立っていられない程の威力で、霊力の波が突風のように襲い掛かる。

動作禁止…高確率スタンの打属性全体技。身動きできない程の力が、まるで重力のように襲い掛かる。

巨刺剣…簡潔に言えば、巨大なレイピアによる串刺し。力技である。無駄に大振りで、消耗も大きいが、今回の相手とは相性が良かった。

オンボノヤス…犬(狼)のような顔を持ち、胴は蛇のように長い霧のような妖。霧のような妖なだけあって、物理系の攻撃に耐性がある。……が、葵に描写される事なく倒された。


北上龍神については、137話の解説の補足です。
葵が見つけた式姫が戦闘した痕跡は、閑話12に出た式姫の一人です。 

 

第143話「利根川の龍神と…」

 
前書き
久しぶりの優輝side。
流域面積日本一の川から生まれた龍神の強さは伊達じゃない…(ちょっと苦戦します)。
 

 






       =優輝side=







「っ……!」

 嵐のような霊力の奔流に、僕は翻弄される。
 何とか体勢を立て直した所へ、龍神の尻尾が叩き込まれた。

     ギィンッ!

「くっ…!」

 リヒトを添えるように構え、受け流しつつ間合いを離すように吹き飛ぶ。
 すぐさまリヒトを地面に突き刺し、僕は着地する。

「……パワーアップするなんて、聞いてないんだが」

〈先程までと比べ、霊力の出力が桁違いですね……〉

〈最低でも、3倍の出力になっています〉

 リヒトとシャルが、霊力を計測してそういう。
 
 ……そう。途中までは、利根龍神を順調に追い詰めていた。
 だが、途中でいきなり利根龍神の様子が変わったのだ。
 まるで、今までは目覚めたばかりで寝ぼけていたかのように。

「……軽く見積もって、霊魔相乗を使った方が消耗が軽く済みそうか」

〈…そうですね。ただ、負担が掛からない6割未満が条件です〉

「了解」

   ―――“霊魔相乗”

 両の掌で霊力と魔力を混ぜあわせ、身体強化を施す。
 羽のように軽くなった体で、利根龍神に目がけて駆ける。

「『我が洗礼を受けよ――』」

「っ……!」

   ―――“滅頂之災(めついただきのさい)

 その瞬間、利根龍神から途轍もない呪詛が発せられた。

「っ、術式五重!!」

   ―――“扇技・護法障壁”-五重展開-

 咄嗟に、事前に用意しておいた手札を切る。
 一枚一枚に障壁の術式が込められた御札を五枚、一気に投げる。
 さらに、その障壁を強化するために霊力を流し込む。

「ぐぅうううううううっ!?」

 ……何とか凌ぎきった。
 しかし、障壁は全て割れ、周囲の木々は枯れ果てていた。

「(……ここまで強力な呪詛だったか…)」

 まともに受けていればひとたまりもなかっただろう。

「せぁっ!!」

 次の手に移られる前に、こちらから攻める。
 現在、利根龍神は纏うように霊力の嵐を放出している。
 川を源に生まれた龍神だ。流域面積日本一の川となれば、この凄さも納得だ。

「くっ……!」

 何度も斬りつけるが、この程度ではびくともしない。
 ましてや、普通に斬りつけてもこの巨体じゃ意味がない。
 それどころか、体をうねらせる事で僕を空中へ投げ出し、爪を振るってきた。

     ギィイン!!

「っ……!!」

 即座に僕は魔法で自分の体重をゼロに等しい程まで軽くする。
 そうする事で、爪の一撃を受け流した際に、ダメージをほとんど追わずに済む。
 だが、体勢も崩れるので、受け流した直後に転移して体勢を立て直す。

「ゴァアアアアアアアア!!」

「唸れ!“爆炎”二連!!」

 次に牙で噛みつこうとしてきたので、御札を二つ投げ込んでおく。
 攻撃自体は転移魔法で躱しておく。

     ドォオオオオオオン!!

「ッ……!?」

「(…さすがに口内は効いたか。これで効かなかったら面倒だったが……)」

 この調子なら普通に競り勝てそうだ。
 ……まぁ、この程度で終わるはずがないんだよな。

「ォオオオオオオオオン!!」

「(……来るか)」

   ―――“雫が落ちる―”

 利根龍神の咆哮と共に、纏う霊力が集束して雫のようになって落ちる。
 ……撃ち落とす事は可能だ。だから……。

「させるか!!」

 念のため、防御に回す力をしっかりと残して置き、創造した剣を射出する。
 それは真っすぐに雫へと向かい、着弾と同時に爆発させる。

   ―――“一の雫”

 霊力の雫はそれで爆散したが、そのまま波紋のように霊力の波が広がった。

「っ……!“アイギス”!!」

     キィイイイイン!!……パキィン!!

 霊力を用いて、防御魔法を使う。
 何とか凌ぎきったが、同時に障壁も割れてしまった。

「(途中で阻止して、これかっ……!?)」

 本来なら地面に落ちてから発動だったのだろう。
 それを、僕は阻止したはずだ。そのおかげか、龍神も少し怯んでいる。
 ……だが、それでこの威力だった。……おまけに……。

〈…マスター、霊魔相乗が切れています〉

「……ああ。霊力部分だけ打ち消されているな」

 まるでゲームのバフ消しのように、霊魔相乗が解けていた。
 幸い、魔力による身体強化は続いていたが…こちらも術式が破綻寸前だった。

「ちっ……!!」

 だけど、タダでやられるつもりはない。
 創造した武器を射出しつつ、再び霊魔相乗。
 カートリッジリボルバーを放ち、その上から砲撃魔法も放つ。
 さらにそれを目暗ましに間合いを詰め、頭上へ跳ぶ。

「はぁああっ!!」

〈“Schwer schlag(シュヴェアシュラーク)”〉

 創造するのは巨大な槌。ヴィータのあの魔法のように、一気に振り下ろす。

     ドンッ!!

「グ、ァアアアアアア!?」

 頭から地面に叩きつけられ、龍神は絶叫する。
 ……まぁ、これは痛いわな。

「っ……!?」

 …が、そこであるものが見えた。
 それは、先程凌いだ霊力の波紋が壁に跳ね返ったように、戻ってくる光景。
 さらに、再び落ちようとする霊力の雫。
 わかりやすく水色の霊力だったからこそ、気づけた事だった。

   ―――“波紋が広がる―”

「まずっ……!?」

   ―――“双水波紋(そうすいはもん)

 転移魔法を急いで使い、波紋が及ばない上空へ転移する。
 霊力による二つの波紋が、広がる。
 もし、転移で逃げていなかったらあの挟み撃ちを耐えなければならなかっただろう。

「ふぅ……ッ!もう、一発!!」

〈“Schwer schlag(シュヴェアシュラーク)”〉

 射程外に逃げた後、波紋が通り過ぎるのを見計らって足場の魔法陣を蹴る。
 落下スピードを加えたこの一撃、もう一度受け取れ……!!

     ドンッ!!

「ッッ……!!?」

「(手応えあり……!だが……!)」

   ―――“水が輝く―”

 再び地面に埋まるように頭を叩きつけられる龍神。
 だが、そんな龍神の状態に関係なく、波紋が消え、水のように広がった霊力が光り輝き始める。

「これ、は……!」

 感じるのは、ただ大技が来るという身の危険ではなく、別ベクトルの危険。
 攻撃してくるのとはまた別の、“嫌な予感”……!

   ―――“燦々輝水(さんさんてるみず)

「……は……?」

 ……龍神に与えたはずのダメージが、ほぼ全て消えた。
 あの二回叩きつけたダメージすら、何事もなかったようになっている。

「嘘、だろ……!?」

〈利根龍神、再活動開始…!間違いなく、先程の術で回復されました…!!〉

 ほぼ完治するとかチートかよ…!
 まさにそう思わざるを得ない程だ。……けど。

「なら、もう一度削ってやる……!」

 本来は、トドメのために取っておいた術式。
 霊魔相乗で接近している間に、転移魔法で各場所に魔力結晶を設置していた。

「五つの魔力結晶から作り出した五芒星の砲台に、同じく五つの魔力結晶による五芒星の増幅装置。……少し負担があるけど、戦闘に支障はなし。……行けるか」

 魔力結晶を三つ砕き、巨大な剣をいくつか創造。
 さらに霊力による拘束も加えて、時間稼ぎをする。
 その間に事前に仕掛けておいた魔法陣の上に転移する。

「受け取れ……!」

 まずは砲台の魔力結晶を使い、術式を発動させる。

「『大水に飲まれよ―』」

「っ……!!」

 だが、そこで利根龍神の念が伝心のように届く。
 ……何かするのは理解できた。問題は、その規模だった。

「(結界が、破られる……!)」

 結界内に入っている利根川の様子が変わっていた。
 まるで、今にも津波を起こすかのように波打っているのだ。
 それに加え、龍神から感じられる霊力の規模で確信できた。
 ……この技は、確実に僕の張っている結界を破られると。

「ッ、転移!!」

 即座に魔力結晶を追加で使用。()()()()()転移する。
 その先は、少しばかり離れているものの、利根龍神の対面だ。

「リヒト、威力計算から、貫けるか?」

〈……分かりません。この規模となると、私とシャルラッハロートでは計算が間に合いません。……ですが、負けるつもりはないのでしょう?〉

「……まぁな」

 転移した魔法陣の方向を調節する。
 ……そして、龍神の術式が発動した。

   ―――“(つい)水激(すいげき)

「(来る……!)」

 まず、利根川から津波のように水が襲い掛かってきた。
 その水にはきっちりと霊力が込められており、生半可な結界や防御では即座に破られる事が容易にわかる程だった。

 ……よって、こちら側も手札を切る。

Verstärkung(増幅)Komprimierung(圧縮)Fokussierung(集束)Multiplikation(相乗)Stabilität(安定)……!!」

 砲台の魔力結晶による魔力が集束する中、増幅装置の五芒星の頂点に込められた術式が、魔力結晶の魔力によって順に光っていく。
 増幅し、それを圧縮し、さらに集束。その効果を相乗させ、それらを安定させる。
 確実且つ、効果の高い増幅装置。かつて古代ベルカにて、大規模な殲滅魔法を用いる際に使われた装置の、その再現だ……!!

「行くぞ……!」

〈Explosion〉

「“Twilight Spark(トワイライトスパーク)”!!」

 さらにカートリッジを三発ロードする。
 強化された僕の魔力による、破壊力においてトップクラスの魔法が放たれる。





「っ、ふぅ、ふぅ、ッ……!」

 霊力と水による激流は魔法によって撃ち抜かれ、無効化される。
 龍神の術を撃ち貫いた魔法はそのまま龍神に直撃し、大きなダメージを与えた。
 辺りには術の影響による川の水が散乱しているが……こればかりはしょうがない。

「これで……終わりだ!!」

 息切れを整える間もなく、龍神の頭上に転移する。
 相殺した衝撃で、龍神はこちらに気づいていない。

「ぉおおおおおおおおおおっ!!!」

 魔力結晶を一つ砕き、巨大な剣を創造する。
 さらにもう一つ砕き、その剣に加速の術式を込め、発動させる。
 ……そして、それを撃ち出した。

     ド……ズンッ……!!

「グ……ァ……ァア……ァ………」

「………ふぅ……」

〈対象沈黙。……おそらく、討伐しました〉

 剣は龍神の頭に刺さり、一気に地面まで貫く。
 例え龍神であろうと、頭を貫かれたら生きてはいられないだろう。

「……よし、祠を封印するか…」

〈はい〉

 予想以上に体力を消耗してしまった。
 今はまだ夜だし、これ以上強力な妖との戦闘は避けたいが……。

「(……いや、そんな事は言ってられないな。時間が経てば経つ程、被害は増していく。それに、消耗はしたけど戦えない訳じゃない)」

 封印を施しつつ、まだアースラには帰還しないと決める。
 ……とりあえず、連絡は入れておくか。

「『クロノ、こっちの祠の封印は完了した』」

『了解した。……戻って来ないのか?』

「『もう少し探索をしてみる。出来るだけ妖も減らしておきたいしな』」

『わかった。無理はするなよ』

 クロノに軽く連絡を入れて置き、探索を続行する。
 ……と、その前に龍神がパワーアップした原因を聞いておくか。

「『葵、今いいか?』」

『優ちゃん?どうしたの?』

 葵に念話を掛ける。椿でもいいけど念話だと葵の方が安定するしな。

「『一応、利根龍神は倒したんだが……途中でいきなり強くなったぞ?それこそ二人が言ってたのよりも圧倒的に』」

『えっ?……あー、何か川に普段とは違う様子はない?』

「『川か……』」

 利根川を少し見てみる。何か影響があるとしたら、普段よりも流れとかが……。

「『……あー、昨日辺り、雨でも降ったんだろうな。増水している』」

『それだよ。多分、川の影響で龍神が超化……力を付けたんだと思う』

「『なるほどな…。納得した。ありがとう葵』」

『これぐらいお安い御用だよー』

 利根龍神の謎のパワーアップにも納得がいった所で、探索を再開しよう。







「……これで三つ目……」

 西に向けて探索を続行して二時間程。
 龍神の祠を合わせて三つ目の門を閉じ終わった。

「近い上に弱くて助かったな……」

 見つけた門は僕が探索してる際の進行先にあり、さらには守護者が龍神(パワーアップ前)よりも全然弱かったため、あっさりと閉じる事が出来た。

「……さて…」

 さすがに疲労も溜まってきた。ある程度妖を減らしたら戻るか。



「……ん……?」

 周囲に満ちている霊力を利用した探知術を使っていると、ある反応を捉えた。
 一つのそれなりに大きい反応と、それを追いかける複数の反応。
 ……これは…。

「(追いかけられている?善悪は……ちょっと遠くて判別できないか)」

 “仕方ない”。そう思って反応の方へ足を向ける。

「(霊力の感じだと、追いかけている方は妖か。じゃあ、追いかけられているのは……霊力を持つだけの一般人?いや、霊術も使っている。陰陽師の類か?)」

 向かう途中、霊力の気配から大体の情報を掴む。
 妖に追いかけられているのであれば、このまま助けないとな。

「っ……!ぁっ…!?」

「(間一髪……!!)」

 辿り着いた時、逃げていた人……少女は、追いかけてきていた妖に向けて霊術を放とうとして、地面にあった木の根で躓いてしまっていた。
 もう少し遅ければ、危なかっただろう。

     ギィイイン!!

「っ、せいっ!!」

     ドンッ!!

 襲い来る妖の攻撃を代わりに受け、霊力を空気法のように撃ち出して吹き飛ばす。

「っ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!あ、貴方は……」

「説明は後!今はこいつらを……!」

〈Explosion〉

「一掃する!」

   ―――“Durchbohren Beschießung(ドルヒボーレンベシースング)

 かなり走ったのだろう。息を切らしながら少女は僕が何者か聞いてくる。
 だけど、それに答えるためにも、まず妖を一掃する。
 カートリッジを使った砲撃魔法を使う事で、直線上の妖は一掃した。

「討ち漏らしの数は!?」

〈12体です!〉

「よし!」

 残った妖を、創造した剣で刺し貫く。……これで完了だ。

「す、凄い……」

「……っ、はぁ……強い妖じゃなくて助かった」

 一掃してから襲ってきた疲労感に、思わずそう呟く。
 ……さて…。

「『クロノ、成り行きで一人保護したんだが……』」

『……説明を省くな。いきなりすぎる』

「『悪い。簡単に言えば偶然遭遇して、助けたんだが、アースラに連れて行ってもいいか?』」

 ここは安全とは言えない。そのため、アースラに連れていけたいいんだが…。

『そんな犬猫みたいな言い方……。ああいや、さすがにアースラは厳しい』

「『…そうか』」

 いくら魔法などの秘匿が手遅れになったとはいえ、無闇にアースラに連れていくのは厳しいか…。霊術はともかく、魔法は知らない人だからな…。

「『仕方ない。それならこっちで……』」

『その代わりだが、先程すずか経由で連絡があった。バニングス邸と月村邸を避難場所に使ってもいいとの事だ。海鳴市はだいぶ安全になったからな』

「『っ、そうか。わかった』」

 都合がいい。二人の家なら相当な広さだし、もし大人数でも何とかなる。
 ……と言っても、海鳴市の人もそこに避難しているんだったな。

「……あの…?」

「悪い、ちょっと移動するぞ。掴まっていてくれ」

「え、え?あの…一体……」

「転移!」

 次の妖が寄ってくる前に、僕は転移魔法を使って少女と共に移動した。
 移動先は月村邸。妖関連ならそっちの方が話しやすそうだ。







「……っと」

「……いきなりやってきたわね」

 転移すると、忍さんが出迎えてくれた。
 まぁ、転移がわかるように先に魔法陣が出現するからな。
 ちなみに、短距離なら魔法陣なしで出来たりする。

「こっちの状況はどうなってますか?」

「他の県と比べて穏やかよ。門が閉じられ、恭也達が警察と協力してるから、妖もあまり見かけないわ」

「……通りでピリピリした空気がない訳だ」

 転移先は月村邸の一室。多分、避難してきた人達は大広間や個室に入っているんだろうけど、周囲から感じる気配は、割と安心している気配が多い。

「それで、優輝君はどうしてこっちに……それも、女の子を連れて。駆け落ち?」

「えっ、えっ?」

「変な事言わないでください。情報を交換するためにも安全な場所が必要だからですよ。ここなのはあっちはダメだと言われたので」

「なるほどね。……夜も遅いのだし、ゆっくり……はしないわよね。すずかも頑張ってるみたいだし」

「時間がもったいないですしね」

 とりあえず、場所を提供してもらったので落ち着いて話し合えるだろう。
 ……まずは、彼女が落ち着いてからだな。





「…落ち着いたか?」

「……はい。すみません、取り乱していました。……転移も扱えるんですね」

「まぁ、使えるものは使うからな」

 落ち着いたようなので、話を聞いて行こう。

「まずは自己紹介からだな。僕は志導優輝、現在起きている事件を解決している一人だ」

「……瀬笈葉月です」

 そう名乗った彼女は、花と葉っぱの髪飾りで黒髪をツーサイドアップで短く纏めた、幼さの残る容姿をしていた。
 見た所僕と同い年ぐらいだが……椿たちみたいに年齢不相応な容姿じゃないよな?

「助けた時の様子を見る限り、霊術を扱えるみたいだが……」

「…はい。一応、自衛できる程度の霊術は知っています。ですが、体が慣れなくて……」

 ……ん?“知っている”?“体が慣れない”?
 どう言う事だろうか?

「あ、あの、私以外にももう一人、霊術を使っている人を見ませんでしたか!?」

「……いや、あの周辺には君以外は見ていない」

 あの辺りの気配は一応探ってはいたが、妖以外はいなかった。

「……そう、ですか…」

「…あそこにいた経緯を聞いていいか?」

「……はい」





「―――と言う感じです。後は、志導さんの知っている通りです」

 彼女の話した内容としては、同行していた人物と共に東の方へ向かっており、休憩のために仮眠を取っていた所を襲撃され、その同行者が囮となってはぐれたらしい。
 その際に一度気絶してしまい、目を覚ました後はずっと追いかけられていた…と。

「経緯は分かった……が、隠している事があるだろう?」

「っ……分かるんですか」

「これでも観察眼はある方でね」

 そう。彼女が話したのは飽くまで“経緯”のみ。
 詳しい事情は一切話していなかった。

「同行していた人物についてや、東に向かっていた理由。そして、君が霊術を扱える訳。パッと思いつくだけでもこれだけある」

「………」

「まぁ、秘匿しておくべき事情があるのだろう。でも、それは僕の方も同じだ。……だから、ここからは等価交換だ。こちら側の事情や状況を話すから、そっちも話してくれないか?」

「……そう、ですね…。今は、どんな情報もあった方がいいですから…」

 そういって、彼女は僕を見た。
 ……いや、違う。彼女が見ているのは、僕であって僕じゃない…?
 まるで、実体がない“モノ”を見ているかのような…。

「……式姫との、“縁”……」

「っ……」

「……いえ、志導さんが話すのは後でいいです。私から話します」

 何も話していないのに、椿たちとの関係を見抜かれた。
 ……なるほど。さっき“視て”いたのはコレか。

「まず私の事から説明します。……私には“物見の力”と言う、“縁”を探る事ができる能力があります」

「“縁”を……なるほど。さっき呟いたのはそれで…」

 合点がいった。しかし、それでも式姫を知っている理由にはならない。

「……その能力と、霊術を知っているのに“慣れていない”と言う事に関係は?」

「……!…いえ、直接は関係ありません」

 彼女は、さっきの言葉だけで推測されていた事に少し驚いた。

「……私には、前世の記憶があります。…今で言う、江戸時代を生きていた時の記憶が」

「江戸……そうか、幽世の大門が開いていた時…!」

「知っていたのですね。…いえ、式姫と知り合いならおかしくはありませんね」

「(なるほど…だから式姫とかも知っていたのか)」

 これで納得がいった。
 霊術を知っているのに“慣れていない”のも、今の体が付いていけていないからだろう。

「……けど、大門を知っていたのならどうして東へ?大門自体は京都にあるはずだけど…」

「……大門は既に見てきました。そこから見えた“縁”を辿って東へ…」

「……東に何かがいる……って事か。それこそ、大門の守護者が…」

 相当重要な情報だ。後でクロノに知らせておかないと。

「次に……同行していた人物についてなんだが…」

「……式姫です。名は鞍馬。……鞍馬天狗と言えばわかると思います」

「有名どころだな。現代まで生き延びていたのか…」

「そのようです。京都で暮らしていたようで、偶然会いました」

 そこから協力する事にしたって事だろう。

「最後に、襲撃されてはぐれたという事についてなんだが……同行者が式姫と言う事なら、そこらの妖に負けるとは思えないが……」

「……相手は、妖ではありません」

 そう答えた彼女は、未だに信じられないような面持ちでそう口にした。
 妖ではない…且つ、存在する事、または襲撃してくる事が信じられない相手……。

「……まさか、式姫…?」

「……厳密には違うようですが…よく、わかりましたね…」

「そんなに信じ難いと言った表情をされちゃ…ね」

 さて、“厳密には違う”と来たか。どう言う事なのやら……。

「本物ではない、と言いたいのか?」

「…そう思いたいです。少なくとも、応戦した鞍馬さんは何かが違う事に気づいていました」

「誰かに操られているか、中身が違うかって所か……?」

 まさかとは思うが、自分の意志でなんて……。

「多分、そのどちらかだと思います。式姫は、所謂妖を反転させたような存在。元はどちらも同じ幽世の者です。そこから現世を乱すのが妖、それを防ぐのが式姫なのですから……自分の意志で襲ってくる事などは、あり得ないはずです」

「……そうだったのか」

 椿たちに根幹は同じと言うのは聞いていたが…そこまで詳しくは知らなかった。
 となると、先に言った二つ以外に考えられるとしたら……。

「(……瀬笈さん自身に式姫が襲う“何か”があるか……って、それはさすがにないか)」

 彼女に対して、嫌な雰囲気も予感も感じられない。それはないだろう。
 しかも、飽くまでこれは襲ってきた式姫が“自分の意志で”の場合だ。

「……なるほど。うん、君の今までの経緯は理解できた。次は僕の番だな」

 とりあえず、幽世の大門が開いた原因や、時空管理局と魔法。
 他には僕が式姫や霊術などを知っている訳や素性を簡単に説明する。
 さすがに細かい事……椿たちの事みたいな人間関係などは省いている。



「魔法……異世界……そんなものが…」

「まぁ、今はそこまで重要じゃない。戦力として数える程度の認識でいいさ」

 そう。今は時空管理局がどうとか気にしていても仕方がない。
 まずは目の前の事を……その後で、どうせ嫌でも時空管理局と日本は関わり合う事になってしまうだろうしな。

「……君は、これからどうしたい?」

「私は……」

 普通なら、はぐれた仲間を探したい所だろう。
 だけど、式姫なら無事の可能性もある。
 それだけじゃない。利用するような言い方になるが、彼女の能力は重要な情報を齎してくれる。ましてや、“大門からの縁”なんて、無視できるはずがない。

「……解決に、協力させてください」

「…それはありがたいけど……鞍馬さんはいいのか?」

「あの人なら、私がいない方が生き延びられます。ですから、探さなくても大丈夫です。東に向かえばいいのは分かっていますし」

「そうか……」

 そういう彼女の目は、覚悟が決まっていた。
 まるで、元から解決に向かおうとしていたかのように。

「……一体、何が君をそこまで駆り立てるんだ?」

「その言葉、鞍馬さんにも言われましたよ…」

 僕の言葉に、彼女は苦笑いする。

「幽世の問題は、私も解決に赴きたいんです。私にとって、幽世は深い縁がありますから」

「………」

 それは、並々ならぬ事情があるように思えた。
 ただ前世が幽世の大門が開いていた時期と一致していただけで、ここまでになるはずがない。……確実に、もっと深い“訳”があるように思えた。

「……前世からの、因縁か?」

「似たようなものですね。……ここまで来たからには、話しましょう。ですが、あまり無闇に話さないでくださいね?」

「それぐらいは弁えてるさ」

 こうして、彼女は前世の話を語り始めた。











 
 

 
後書き
超利根龍神…利根龍神が格段にパワーアップした存在。元の利根龍神とは比べ物にならない強さを持っている。本編では、“超化”しただけで名前はそのままな扱い。

超化…簡単に言えばさらなるパワーアップ。もしくは覚醒。式姫シリーズでは一部の式姫ができる。本編では妖(龍神系)もできる設定。

滅頂之災…溜め攻撃。直前にあった詠唱の後、放ってくる。頭割り(味方の数が多い程ダメージ軽減)全体攻撃。スタン、沈黙、悪臭、リキャスト延長など、厄介な状態異常もついてくる。本編では、力を開放した際の霊力を負のエネルギーとして放つ。読みは適当。

爆炎…魔力と霊力を混ぜ込んだ術式。不安定な術式を逆手に取り、爆発させる事でダメージを与える。お手軽且つ割と強力。

一の雫…直前の詠唱後の溜め攻撃。前列後列各固定ダメージ+バフ消し。さらに滅頂之災と同じ状態異常付与。雫が落ちた事による霊力の波紋で、攻撃する。イメージとしてはスマブラXのOFF波動みたいな感じ。ただし、今回は途中で妨害したため、威力が落ちて暴発した。

Schwer schlag(シュヴェアシュラーク)…“重い一撃”。巨大な槌を創造し、思いっきり振り下ろす。ヴィータのギガントシュラークの下位互換。

双水波紋…直前の詠唱後の溜め攻撃。効果などは一の雫と同じ。一の雫で広がった波紋が戻ってきて、さらにそこへ新たな波紋で挟み撃ちにする。……が、転移魔法で射程外に躱された。

燦々輝水…直前の詠唱後発動。HPを回復する。回復量は中々凶悪(HP23万8400なのに、20万回復)。本編でも優輝から受けたダメージをほとんど治してしまった。

終の水激…直前の詠唱後、全体高威力の技。この技以前に放っていた三つの技の、締めとなる技。津波のような波が襲い、嵐のように相手を苦しめる。文字通りの“終の水撃”となる。

増幅装置…基本的に五芒星を用意する(六芒星でも可)。それぞれ頂点に付属効果となる術式を込めて、魔法を通す事によって装置が機能する。基本的に“安定”の術式を入れないと暴発する。

Durchbohren Beschießung(ドルヒボーレンベシースング)…第19話でも使われた砲撃魔法。“貫通する砲撃”の意を持つ。優輝にとって、なのはで言うディバインバスター的存在の魔法。


なんだか5章においてのヒロイン的な存在になってる葉月。正直、恋愛に関する知識が皆無な子なので、今はサブヒロインですらないんですけどね…。
かくりよの門に続いてうつしよの帳のキャラも出していきます。……サービス終了してからずっと活躍させたいと思っていましたしね。 

 

第144話「葉月の背負うモノ」

 
前書き
一応うつしよの帳を知らない(やった事ない)人にも大体は分かるようにしているつもりです。
 

 





       =out side=







「……前世、私は姉と共に普通に暮らしていました」

 思い出すように、懐かしむように葉月は過去を語り始める。
 それを、優輝は黙って聞く。

「しかし、ある日、私達は幽世へと落とされました」

「幽世に……“落とされる”?」

「神隠しのようなものです。唐突に、何の前触れもなく落ちてしまいました。……本来なら、あり得ない事です。しかし、それが私達には起きてしまいました」

 “そして、帰る事は叶わない”と葉月は続ける。
 行方不明になるだけの神隠しと違い、幽世に落ちてしまえば……そのまま死ぬ。

「現世の者が幽世に落ちる……それは、現世と幽世の均衡を乱す事態です。二つの世界は対となって釣り合っているのですから」

 それは、紙の裏表のようなもの。
 決して交わる事のない世界だが、葉月とその姉は渡ってしまったのだ。

「私達は、本来なら均衡を保つために死ぬはずでした」

「…誰かが、その“負担”を背負ったのか?」

「はい。……土宇裳伊(どうもい)と言う、幽世を統べる記憶の神に力を与えられ、生き永らえていました」

「記憶の神……」

 神である存在ならば、均衡を保つ事は可能だろうと、優輝は理解する。

「私達は何とかして幽世を出ようと模索していました。……そんな時です。一人の陰陽師が、生きたまま幽世へとやってきました」

「……“落ちてきた”ではなく、“やってきた”なのか」

「はい。私達が落ちた時には、既に幽世の大門は開かれていました。落ちたのもそれが原因で……しかし、その陰陽師の方は幽世の大門を通ってきたのです。自らの意志で」

「っ………!?」

 その言葉に、優輝は驚く。
 椿達の過去を優輝は知らない。だが、今ある状況だけでも大体は予想出来ていた。
 それはすなわち、椿達の前の主が、幽世の大門を自身を犠牲に閉じたのだと。

「(まさか……そんな事が…?)」

「ただ、その方は記憶を失っていました。……そして、私達と同じく、均衡を乱す存在でもありました」

「………」

 優輝は一旦考えるのを後にし、話の続きを聞く事にする。

「……私達は、その陰陽師の方を殺そうとしました。そのために、私は記憶を失っている所に付け込んで同行するようにしました……」

 そう話す葉月は、どこか悪い事を思い出すように嫌な顔をしていた。

「……騙そうとしたけど、騙せなかったって感じだな」

「…はい。事実、私はその方と同行している内に、段々と殺すなんて事を考えられなくなりました。それほど、その方は良い人で……私も、騙している立場ながら友人と思うようになって……」

 優輝に指摘され、葉月は俯きながら肯定する。

「…話が逸れましたね。……結局、別行動していた姉と合流するまで、私は同行したままでした。……彼女とは、その時に離れました」

「彼女……?女性だったのか?」

「あ、はい。成人していましたが、貴方ぐらいの方でした」

 優輝の身長はあまり高くなく、同年齢の女子程だった。
 “彼女”は、当時の成人(14歳前後)したばかりの見た目だったという事らしい。
 なお、二人は知らない事だが、“彼女”は現代でも成人を迎える程の年齢だった。

「…また話が逸れましたね…。その後、私達は彼女の命を…殺すための別の方法を使おうとしました。実際、何度かその方法を使って命を狙いましたが……彼女は、それら全てを乗り越えて、土宇裳伊様の加護を受けていた姉さえも、打ち破りました」

「………!」

 それを聞いた優輝は、素直に感心する。
 土宇裳伊がどれほどの力量を持っているか知らないとはいえ、神の加護を受けた人間を、同じ生身の人間が打ち破ったのだ。
 神降しに劣るとは言え、神の加護は強力なもの。それを打ち破る程の力を、その陰陽師は持っていたという事になる。

「それほどの力を身に着けていれば、土宇裳伊様も直接出てきます。そして言いました。……“三人共幽世から出る方法がある”と」

「………」

 本当なら、それは事実なのか疑いながらも、喜べるような言葉だろう。
 しかし、葉月の浮かない表情から、それで終わりではないと優輝も気づく。

「それは、土宇裳伊様が討たれる事で、均衡を保つというものです。私達三人が持つ因果などを全て背負って、土宇裳伊様は転生しました」

「因果などって……そんな事をすれば……!」

 どうあっても、平穏とは程遠い来世になってしまう。
 その事に、優輝は思わず声を上げてしまう。

「……はい。土宇裳伊様は、少なくとも忌み子として生まれ変わると言っていました。……事実、その通りになったのだと思います。確かめる術はありませんが……」

「……神がたった三人のためにその身を犠牲に…か」

 何とも壮大な話だと、優輝は思う。

「話を続けますね。……幽世の神と言う立場は、姉が引き継ぎ、私達は幽世の出口を探しました。紆余曲折を経て、幽世の出口……つまり、幽世の大門へと辿り着きました」

「そこから出て終わり……って訳じゃないんだな」

「……はい。姉は、幽世の神になった事で出られず、あの人も、出た後は二度と会う事は叶いませんでした。どうやら、幽世を出てから長い事眠っていたようで……」

「………」

 最後までハッピーエンドと見せかけた、バッドエンドに近い終わり。
 本当なら三人で出られるはずだったのに、姉を残し、友人とは二度と会う事が叶わず、そのまま残りの人生を過ごす事になったのだから。

「私は、早死にでした。やはり、幽世に長くいた事が原因なのでしょう。普通よりも、寿命が短かったようでした」

「……人生に幽世が関わっていたから、見過ごせない……と言う事か」

「はい。……それに、もう一つ訳はあります」

「ん……?」

 もう一つ、見過ごせない訳があると言う葉月。
 むしろ、こっちの方が大きな理由になると言わんばかりの雰囲気だった。

「死ぬまでの間、私は何もしていなかった訳ではありません。私は必死になって、友人を……“とこよ”さんを探しました」

「っ、その名前は……!」

「知っているのですか?」

「……うちの式姫の、前の主の名前だ」

 “繋がった”。そう優輝は思った。
 まさか、こんな所で情報が繋がるとは思わなかったのだろう。

「……悪い、話を続けてくれ」

「…はい。とこよさんを探して回っている内に、ある場所に辿り着きました。当時、陰陽師を育成する学園として栄えていた、“逢魔時退魔学園”に」

「逢魔時……退魔学園……」

 優輝にとっては聞いた事がない名前だが、心当たりはあった。
 神夜が言っていた“かくりよの門”に舞台として登場しそうな名前だったからだ。

「そこで、方位師という陰陽師を補佐する一人に会いました」

「方位師……確か、有事の際は陰陽師を強制帰還とかする立場の……」

 この辺りは椿たちに優輝は聞いた事があった。……ただし、触り程度だが。

「はい。“百花文”と言う方でした。私が学園に辿り着いた時、時を同じくして幽世の大門が閉じられました。……そして、閉じた陰陽師の方は戻ってこなかったのです」

「……その陰陽師の名が……」

「「“有城とこよ”」」

 椿たちから聞いた事と、神夜が勝手に言っていた“かくりよの門”の情報を照らし合わせた優輝は、葉月とほぼ同時に同じ名前を呟く。

「……どう思っているんだ?君の友人と、大門を閉じた陰陽師の関係性は」

「……同一人物だと、そう思っています。同じ名前で、大門を閉じれる程の陰陽師は、あの人以外にいませんから」

「そうか……」

 優輝には、否定も肯定も出来なかった。何も知らないからだ。
 今聞いた話も要点のみなので、細かい事情などは全く知らない。
 故に、軽々しい推測は述べられなかった。

「…話を続けますね。文さんと会った私は、詳しい話を聞きました。そして、共に探す事にしました。……ですが、文さんは病弱で、探す際の長旅に耐えられず……」

「………」

 口ごもる葉月だが、それだけで優輝は分かってしまった。
 病弱の身で無理をしたため、死んでしまったのだろう……と。

「きっと、無念だったと思います。……それに、他にもとこよさんを探す人達はいました。……ですが、やはり人間です。寿命には逆らう事が出来ず、そうでなくとも無茶が祟って…次々と死んでしまいました……」

「………」

「私もそんな人達とそう大差ない期間で死んでしまいましたが……それでも、背負っているんです。あの人たちの想いを…!」

「……それが、見過ごせない本当の理由…」

 大切な人達が関わっていて、尚且つそれが完全に解決した訳じゃない。
 それを生まれ変わってから知った葉月は、例え力不足でも見過ごす事はできなかった。

「……ですから、例え直接戦う事が出来なくても、じっとしている訳にはいきません」

「そうか……」

 なんとなく、優輝は“同じ”だと思った。椿たちと……そして自分とも。
 諦める事は出来ない。間接的にでもいいから、じっとしていられない。
 それを優輝は椿たちからこの事件の最中に感じ取り、また、自分もかつてはそう言った感情を抱いていたからだ。

「…長々と、お話してしまいましたね」

「……いや、こちらとしても重要な話が聞けた。ただでさえ解決しなければと思っていたが……それが尚更強くなったようだ」

「…ありがとうございます」

 話が一段落し、いつの間にか出されていた紅茶を飲み切る優輝。
 そして、すぐに立ち上がる。

「……来るか?アースラに」

「アースラ……魔法を扱う組織の船…ですよね?」

「ああ。その物見の力は、今回は相当重要なものになってくる。君の背負っているもののためにも、協力して欲しい」

 そういって、葉月に手を差し伸べる優輝。
 葉月は、それを見て覚悟を決めた様子で握った。

「…はい。私の力が役立つのなら、是非」

「よし、なら、早速事情説明のためにも行かないとな。また転移するから掴まってくれ」

「分かりました」

 直後、二人は転移魔法でアースラへと跳んだ。
 もちろん、忍達が混乱しないようにアースラに戻る旨を書き記した紙を置いて。









       =優輝side=





「……それで、結局連れてきたのか」

「ああ。“縁”を見る力…元凶を探すにはうってつけだろう?」

「……まぁ、そうなんだが…」

 巻き込むのに気が引けるのは分かる。
 だけど、彼女はそれに関係なく首を突っ込むだろうからな。

「各地の様子はどうなっている?」

「何とか持ち堪えている状態だ。交代しながら被害を抑えている。他の皆は大体が帰還して仮眠を取っているな」

「了解。……夜なのに持ち堪えているだけ上々だ」

 夜は妖の力が増す。まぁ、魑魅魍魎の類は夜に出るのが普通だからな。

「椿は避難場所の人達への説明、葵は探索の続行でまだ出ている。……式姫の二人だからこそだけどな」

「朝ぐらいには休ませないとな」

 いくら夜でも動けると言っても、不眠不休は厳しい。

「あの……それで、私はどうすれば…」

「そうだな…とりあえず、休んでくれ。寝ている所を襲撃されたんだろう?いいよな、クロノ」

「ああ。部屋は優輝に案内してもらってくれ」

 ……ふと思ったが、クロノはいつ休むんだ?
 指揮自体はクロノ以外でも出来るだろうから、その内交代するんだろうけど…。

「でも……」

「鞍馬と言う式姫の事や、妖の対処は任せてくれ。大きな行動を起こすのは、夜が明けてからの方がいいのは、わかっているだろう?」

「……はい。…すみません、焦ってました」

「気持ちは分かる。安否も気になる所だしな」

 …そう。大門の守護者以外にも不安要素はある。
 式姫の姿をした何者か。……まるで、僕らの偽物の時のようだな。

「さて、案内しよう。……と言っても、必要な所以外は他の人達に聞いてくれ。そうじゃなかったら不用意に近づかないように」

「はい」

 個室やトイレ、食堂などの場所を教えておく。
 一応アースラの地図もあるから、それを渡しておく。
 これで大丈夫だろう。









       =葉月side=





「じゃあ、用があったら誰かを呼んでくれ」

「分かりました」

 志導さんは、そういってどこかへ行ってしまいました。

「……はぁ…」

 疲れを吐き出すように、大きな溜め息を吐きます。

「……上手く、隠せていたでしょうか…」

 そう言って、私は“体の震え”を抑えていた力を解きます。

「志導…優輝さん……」

 私の体が震えていたのは、志導さんが原因です。
 あの人を“視た”時、確かに式姫との“縁”も感じていました。
 ですが……本当は……。

「っ……!何なんですか、あの、“縁”は…!」

 恐怖とか、そういうのじゃなくて、ただただ“混乱”。
 そんな感情が、私の中を駆け巡りました。

「……っ…はぁ……」

 言葉では言い表しようのない“縁”。それが彼から感じました。
 私の力は、縁あるものが遠すぎると意味がありません。
 その点に置いて、見える時点で遠くない事が判りましたが……。
 見えた上で“不透明”か“不明瞭”…もしくは、その両方…。
 まるで、“見えているのに見えていない”かのような……。

「(あれほどのものを、隠している…?いえ、あの素振りでは、あの人自身、気づいていませんよね……)」

 まるで、見てはいけないものを見てしまった気分です。

「(それに、あの人の中に見えた“縁”。あれは一体……?)」

 あまりに大きな存在感を放つ、異質すぎる“縁”に隠れていましたが、それ以外の“縁”も見えていました。その一つが、彼の内側から見えていたのです。

「(別人格?いえ、人格なら、あんな風に“縁”としては見えないはず…。見えたとしても、もっと彼自身と混ざり合った感じになるはずです…!)」

 二重人格などの場合、別の“縁”として見えるはずがありません。同じ場所にあるのですから、“縁”も何もありあませんからね。
 ……しかし、彼の場合は別でした。まるで、同じ位置にあって全くの別物のような…。

「(…まぁ、確証がないのですけど…)」

 飽くまで“未知”だったから引っかかっただけの事です。
 もしかしたら、大したことがないかもしれません。
 ………尤も……。

「(もう一つの“縁”は、明らかにおかしいですけど…)」

 見えているようで、見えていない…。
 それは、言い換えると近いようで遠いようなものです。
 距離によって私の物見の力が通用しなくなったりしますが、今回の場合は、通用しない距離なのに見えているようなものでした。

「(……“距離”じゃないと言うのですか?)」

 “縁”が見えても、不明瞭。…これ自体は経験した事がありました。
 しかし、“縁”の中身が不明瞭と言うのは、経験した事がありません。
 まるで私には見る資格がないかのような……。

「…………」

 ……彼の異質さに気づいている人は、いるのでしょうか?
 私には、ただただ不安に思えてきます。

「(“縁”があると分かっても、正体不明……)」

 私の能力がここまで役に立たない……いえ、逆に混乱させてくるなんて…。
 ……ただ、唯一分かったのは、その“縁”は……。





「(……八百万の神なんて、目じゃない…途轍もない強さの存在が、関わっている…)」

 それこそ、今起きている状況が、“他愛のない”と言ってしまえる程の……それほどの存在感が、鮮明に見えた訳でもないのに、伝わってきました。







「……考えても、仕方ありませんよね…」

 少し考え込んで、私はそう結論付けました。
 大事なのは、今の状況です。
 例え後に関わってくるとしても、私にはどうしようもありません。

「(大門からの“縁”。その正体は間違いなく大門の守護者です。それはおそらく彼も気づいているはず…)」

 そもそも大門に“縁”があるのは守護者ぐらいです。
 ……もしくは、“(かんぬき)”になった存在……。

「(向かった先は東。……そこに何かあるとすれば……)」

 なぜ、大門の守護者が門から移動したのか。
 それは、未練や因縁など、守護者に強い関係がある場所があるからです。
 人の霊が、生まれ故郷を追い求めて彷徨うように、守護者もそう言った場所へ向かう性質があるからです。……私の場合、守護者の性質はそこまで詳しくないですが…。“トバリ”ならわかるんですけどね…。

「……逢魔時…退魔学園……」

 東に心当たりがあるとすれば、それだけです。
 あの時、同じことを呟いていた鞍馬さんも、同じ事を思っていたのでしょう。

「………嘘、ですよね……?」

 守護者の移動する際の性質、大門との“縁”。
 もし、逢魔時退魔学園が関係しているのだとしたら……。

「……どうして……なんですか…?どう、して……」

 行き着いたその考えに、私は信じられずに呆然とします。

「……いえ、いえ…!飽くまでこれは逢魔時退魔学園が関係していたらです…!そんな事が、あるはずありません…!」

 大門の守護者の正体。憶測でそれを考えるのは精神衛生上やめた方がいいですね…。

「(幽世の大門の閂に、“あの人”は確かになりました。……だと言うのに…)」

 本来ならとこよさんがなる所を、“あの人”は友人を助ける体で成り代わりました。
 大門を閉じるための閂に。そして、無理矢理私達を現世へと追い出しました。
 ……それなのに、今現在、各地の幽世の門は開いてしまっています。

「(……やっぱり、許せません…!)」

 とこよさんが、姉さんが、“あの人”が、土宇裳伊様が、色んな人が自分に出来る事をやり尽して成し遂げた事。
 ……それなのに、それを台無しにしてしまうなんて…許せるはずがありません。
 誰が悪いとか、何が原因とか関係ありません。

「(絶対に、閉じなければ……!)」

 私は……皆さんの想いを背負っているんですから…!













       =out side=







「ッ……!」

「…あら、目が覚めたのね」

 どこかの山の中で、鞍馬は目を覚ます。

「ここは……」

「さぁ、どの辺りかしらね。まぁ、どこかの森よ」

「………」

 鞍馬は、先程から独り言のような疑問に答えてくれる相手に目を向ける。
 そして、その相手に驚愕した。

「……生きていたんだな」

「ええ。…私がいなくなったら、誰が七夕の人々の願いを叶えるのよ」

「…それもそうだな」

 その相手は、織姫。
 鞍馬と同じ、現代まで生き残っていた式姫の一人だった。
 ちなみに、七夕での願いは、彼女が出来るだけ叶えているらしい。飽くまで現実的且つ可能な分だけだが。

「それよりも、何があったの?貴女程の式姫が、あそこまでやられるなんて」

「……式姫だ」

「え?」

「式姫の姿をした、何かが襲ってきた。……私もそれに面食らったのもあってな……逃げ切ったのはいいが…」

「途中で倒れてしまったと……。…移動しておいたのは正解だったわね…」

 織姫が鞍馬を発見した時、すぐにそこから移動した。
 何とも言えない危険を感じた故の行動だったのだが、それが功を奏したようだ。

「通りで直前の場所と違う訳か…助かった。そしていい判断だ」

「世辞はいいわ。それより、式姫の姿をした……って…?」

「ああ。直接相対したからわかる。……いや、“何か”と言うのは語弊があるな。むしろアレは“空虚”だったと言うべきだ」

「空虚…?空っぽだったって言うの?」

「そうだ。中身がなかったと言う方が合っている」

 そう言われても、織姫にはピンと来なかった。
 説明する鞍馬も、そんな様子の織姫に“無理もない”と思っていた。
 これは、実際に相対しないと分からない事だからだ。

「……まぁいいわ。言葉だけでは分からない事もあるしね」

「そうだな。……それはそうと、お前はなぜここに?」

 鞍馬は織姫が現代に生きている事は知らなかった。
 それほど、織姫はそこまで表に出ずに暮らしていたのだ。
 それなのに今ここにいる事に鞍馬は疑問に思っていた。

「それはもちろん、妖を討伐するためよ。……見れば、幽世の門がまた開いているじゃない。それなのに籠ったままって言うのは自分で許せなかったの」

「そうか。…私もお前も、やはり式姫だな」

「そうね」

 妖に対抗すべき存在。それが式姫。
 そんな式姫だからこそ、再び戦場に赴いたのだと、二人は言った。

「……となると、そうだな…」

「…今後の行動方針かしら?」

「ああ。どれほどの式姫が残っているのかは分からない。だが、どのみち私達だけでは大門を閉じるには力が足りないだろう?」

「……そうね」

 それは、覆しようのない事実だった。
 ましてや、鞍馬と織姫はかつて大門を閉じに行った際に、同行した式姫ではない。
 それはつまり、大門を閉じるには力不足だったという事。
 さらに、現在は少し戻っているとはいえ、力も衰えている状態。
 どう考えても、そのまま大門を閉じに向かうには力が足りなかった。

「そちらで、他に生きている式姫を知らないか?」

「……いえ。残念ながらこっちも把握していないわ」

「そうか……他にいればいいが…」

 どうしたものかと悩む鞍馬。

「とにかく、他の式姫も探そう」

「そうね。どこかで痕跡が見つかるかもしれないし」

 結局は地道に行くしかないと、二人は結論付ける。

「っ……そうだ、葉月……!」

「え?」

「すまないがついて来てくれ!至急確かめねばならん事がある!」

「ちょ、待ちなさいよ!」

 そこで、葉月が一人取り残されている事を思い出し、鞍馬はその場所へ戻ろうとする。
 慌てて織姫が、それについて行く。
 もちろん、既に優輝に保護されたのだが、それを知るはずもない。

「さっき聞きそびれたから、移動しながら聞くわ…!」

「なんだ?」

 翼をはためかせ滑空する鞍馬に並走しつつ、織姫が聞きそびれた事を聞く。

「さっき言っていた式姫の偽物…誰の姿をしていたの?」

「ああ、その事か」

 偽物がいると知っていても、それが誰の偽物なのか知らなければ意味がない。
 だから、織姫は尋ね、鞍馬もまた、それに答えるように名を告げた。











「……薔薇姫だ」

 ……そう、優輝達が良く知る名を。















 
 

 
後書き
土宇裳伊…うつしよの帳に出てくる記憶の神。由来はおそらくドウモイ酸と言われる、記憶喪失性貝毒の原因物質(神経毒)と思われる。

閂…幽世の大門を閉じておくためのロックのような存在を示す言葉。かくりよの門、うつしよの帳に出てくるワード。閂自体はトイレなどにあるロックみたいなもの。

トバリ…うつしよの帳での敵の呼び名。実質妖と変わらない(描写的に)。

“あの人”…うつしよの帳で主人公たちを現世に出した存在。クリアしていた人なら誰か分かるはず。


葉月が見た優輝の内側からの“縁”は、優奈のものです。まぁ、“縁”が見えたのはそれ以外の訳がありますが…。本来なら二重人格の場合“縁”なんて見えないはずですがね(一心同体ですし)。ちなみに葉月は二重人格の式姫を見た事があるので、その違いは分かっています。

この小説と、うつしよの帳・かくりよの門の設定には、大きな違いがあります。本来なら、うつしよの帳の主人公はかくりよの門の主人公の母親ですが、この小説は母娘に近い同一人物と言う設定になっています。簡単に言えば、かくりよの門の方は、うつしよの帳の方の式神(依代)みたいなものです。式神の主→生み出した者→母親みたいな感じです。 

 

第145話「親の強さ」

 
前書き
優輝の両親side。と言うよりは、一般局員勢の奔走的な話。
……何気に、“実は生きてた”的な立場の両親なのにあまり活躍できていないんですよね…。
個々でならともかく、コンビであればなのは&フェイトにも劣らない強さを誇りますから、結構ポテンシャルは高いです。
 

 






       =out side=





「くっ…!」

     ギィイン!

「はっ!」

 妖の攻撃を、剣が防ぎ、すかさず横から弓矢の魔法で貫く。
 優香と光輝。優輝の両親である二人が、九州の地で奔走していた。

「キリがないな…!」

「一人だと気を休める暇もないわね…」

 二人以外にも、複数の管理局員がいる。
 それぞれチーム分けをして、民間人の救助と妖の殲滅で役割分担をしていた。

「(防衛の戦力は、十分……)」

「(ここは妖の群れに突っ込んだ方がいい…か…)」

 民間人を守るための戦力は充分だと二人は判断する。
 そして、念話も使わずに二人は頷き合い、妖が最も多くいる場所へ駆け出した。

「優香!」

「ええ!」

 光輝が名前を呼び、それに応えるように優香が特殊な魔力弾を放つ。
 その魔力弾は上空へと飛んでいき、辺りを照らすように輝いた。

「はぁっ!」

「ギィイッ!?」

 夜中と言う暗闇の中、いきなり現れた光源に妖達は一瞬怯む。
 その隙を逃さずに光輝は切り込んだ。

「せぁっ!」

「ふっ…!」

 敵陣に切り込んだ光輝は、そのまま一回転するように斬撃を飛ばす。
 さらに上から優香が魔力弾で的確に貫く。

「……掛かってきな!」

「来なさい…!」

 優香も地面に降り、二人は背中合わせになる。
 そして、魔力を放出するように存在感を示し、挑発した。
 そんな二人を囲うように、次々と妖が現れ、襲い掛かった。

「予想通り……ねっ!」

「ああ……!」

 二人が挑発する際に行った魔力運用は、ミッド式でもベルカ式でもない。
 二人が流れ着いた世界、プリエールで覚えた運用方法だった。

「(司ちゃんの…天巫女の魔法は霊術に近い……それはつまり、扱う魔力が霊力に近い状態にあるとも言える)」

「(その世界での魔力運用法も、もちろんその傾向がある。…そう予想していたけど、ここまで思い通りになるとは思わなかったわ…!)」

 言うなれば、“プリエール式”。
 そんな運用法を取った二人は、妖にとっては恰好の惹かれる相手となる。
 それを利用して、二人は妖達を引き付けたのだ。

「ふっ!」

「はっ!」

 互いにフォローし合うように、二人は襲い来る妖を斬り続ける。
 光輝が防ぎ、優香が斬り、その隙を補うように光輝が次の妖を斬る。
 攻守の役割がきっちり分けられており、度々それが入れ替わる。
 さらにはフォローし合う瞬間に魔力弾をばら撒く事で、周囲に牽制もしていた。

「まったく!二人でこれだってのに、優輝の奴は!」

「ホント、親の尊厳がなくなっちゃうわね!」

 思い浮かべるのは、自分たちの息子である優輝の事。
 二人にとって、個人戦はもちろん、二体一でも優輝は敵わない相手なのだ。
 以前に手合わせをした事があり、連携で少し驚かす事は出来たものの、その後は導王流によってほとんど傷を負わす事が出来ずに負けてしまっていた。

「だけど、だからこそ!」

「負けてられないのよねぇ!」

 息子が頑張っているのに、自分たちは頑張らないとは何事か。
 そんな面持ちで、二人は襲い来る妖を次々と倒していく。
 息もつかせぬ連携だが、二人にとってはごく自然な事なようで、このように無駄口も叩いているのだ。

「……ふぅ…!」

「これで一段落かしら…」

 しばらく戦っている内に、襲ってくる妖が途切れる。
 一息つき、二人は周囲を確認する。

「……どうやら、そのようだな」

「…と言っても、まだまだ出てくるみたいだけど…」

「やっぱり、“門”を見つけないとどうしようもないみたいだな」

 既に“群れ”とは呼べない程までには減らしたものの、どこかからまだまだ出てくる。
 一番人数が多く割かれている地域だが、霊術を扱える存在は誰もいない。
 よって、結界などで門を隔離しない限り、どうしようもないのだ。

「それに……聞こえるか?」

「……ええ。聞こえるわ」

 周囲の戦闘の音の中に、ヘリの音が聞こえてくる。

「…警察や自衛隊も、本気で動き出したか」

「ちょっと対応が遅いと思うのは、気のせい?」

「いや、未知の状況に陥ったのだから、仕方ないと思うけどな…。納得できるかは別として」

 複数のヘリが着陸し、そこから武装した人達が降りてくる。
 一部は民間人の保護へ、一部は妖の警戒へ。
 ……そして、残りは光輝と優香を含めた管理局員へと警戒が向けられた。

「……まぁ、予想は出来てたな」

「そうね。現地人からすれば、こっちは宇宙人みたいなものだもの。……私達は元々地球の住民だけど」

 警戒されても仕方ないと、二人は納得していた。
 しかし、一部の局員は違うようで、一発触発の状況を醸し出していた。

「なぁ、あそこでやばそうな雰囲気出している奴、止めたいんだが」

「ダメだ。そこから動くな」

「(まぁ、動いちゃダメだよな。妖の方は……何とか拮抗しているか)」

 警察なども総動員で動いているためか、民間人の避難は迅速に行われていた。
 また、武装隊が何とか妖を食い止めているため、この場がすぐに混乱に陥る事はなかった。

「お前たちのリーダーは誰だ!」

「……この場のリーダーは俺だ」

「光輝!?」

 武装隊の隊長であろう人物が声を上げる。
 それに光輝が返事をし、優香が驚く。
 なぜなら、この場での指揮官は光輝ではないからだ。

「何!?おい貴様、この私を差し置いて…!」

「……本当か?」

「少なくとも、今そこで反発しそうな奴とは思わないだろう?」

 そう。本来の指揮官は今にも反発しそうな男性だった。
 そんな人物には交渉は任せられないと思い、光輝が名乗り出たのだ。

「……まぁいい。話を聞ける奴ならばな」

「とりあえず、警戒はそのままでいいから銃を降ろしてくれないか?こっちの組織、質量兵器……銃火器の類に異常に反応する奴もいるんでな」

「それは聞けない相談だ」

「そりゃ、残念だ」

 光輝は、別段交渉に優れている訳ではない。
 それでも、決して侮られないように立ち回る。

「……単刀直入に聞こう。お前たち、何者だ?今起きている状況とどう関係している」

「何者か……か。どう言ったらいいものか…」

 念話で他の局員に手出しはしないように通達しておく光輝。
 そして、問われた事に対してどう答えるべきか少し悩む。

「先に後者の質問から答える。……言わせてもらうと、直接の関係はない。だが、この状況を引き起こした原因の物を、我々は追いかけていた」

「原因の物だと……?」

「ロストロギアって言う……そうだな。わかりやすく言えば、ファンタジー物の古代兵器みたいなものだ。それが、この地に……日本に眠る災厄を蘇らせた」

「は……?」

 知らない人にも分かりやすい感じで、事実を伝えた光輝。
 だが、当然と言うべきか、武装隊の男は意味が分からないと言った表情をした。

「馬鹿馬鹿しいと思っているだろうけど、事実だ。こっちは至って大真面目に答えているぞ」

「あなた、先に管理局について……」

「……そうだったな」

 管理局について先に説明しなければ、相手にとっては頭のおかしい事を言っているようにしか取られない。
 それを優香に指摘され、改めて光輝は説明する。

「何者か、についてだが、我々は時空管理局と言う者で……有り体に言えば、いくつもの次元世界を跨ぐ、警察みたいなものだ。次元世界ってのは……異世界って認識であってたっけな?」

「ええ。少なくとも、何も知らない人にはその説明であってると思うけど」

「………」

 二人の言っている事を、少しずつ噛み砕いて理解する武装隊の男。
 聞けば聞くほどおかしな事を言っている認識だが、嘘を言っているとは思えなかった。

「まず、前提の認識から間違っている。俺達……はともかく、時空管理局と言う組織は異世界に存在している組織だ。そして……」

 そこまで言って、光輝は掌に魔力弾を出現させる。

「異世界と言うものが存在すると同時に、異世界には“魔法”が存在している。時空管理局と言う組織はその力を以って秩序を保っている組織なんだ」

「魔法……」

「まぁ、尤も、だいぶ科学よりの魔法なんだけどな」

 目の前でタネも仕掛けもないオカルト染みた事を見せられれば、武装隊の者達も信じるしかなかった。……元々、妖の軍勢で既に非科学的な事も認めざるを得ない状態にはなっていたが。

「……で、だ。先程言ったロストロギアと言うものも、魔法が関わっていてな。意味としては“古代遺産”。効果は千差万別だが……」

「今回のは、その地にかつてあった、もしくは封印されて眠っている災厄を蘇らせると言う効果」

「……と言う訳だ。危険度としては、災厄にもよるが高い方だ」

 細かい部分は理解できないものの、武装隊の男も大体は理解した。
 そして、だからこそ……。

「待て。そうなると、今起きているのは、実際に日本に起きた事がある事なのか?」

「……そう言う事になる」

「“幽世の大門”って言う、幽世に通じる門が開いて、そこから妖……妖怪が現れている状況です。……私達も、知っている人から聞いた程度しかわかりませんが」

「…………」

 信じられない。と言った面持ちで、武装隊の男は二人を見た。
 光輝と優香も、話を聞いた時は住んでいた場所にそんなものが眠っていたなんて思いもしなかったので、その気持ちは理解できた。

「事は一刻も争います。出来れば、深い詮索の前に今の状況を打破出来れば……」

「っ……俺の判断だけで動かせる権限はない。…が、今の話を上官にも伝えてみる。後で詳しい話を聞かせてもらうからな!」

「……理解が早くて助かります」

 そう言葉を言い残して去っていた男を見て、光輝は溜め息を吐く。

「お疲れね…」

「正直、現場で何とかなっても、後々どうなるかを考えたらな……」

 例え、事件が解決した所で、今度は管理局と地球の関係をどうするか決める事になる。
 それを考えると、光輝は今から憂鬱だった。

「それに……あれを見てくれ」

「あれは……誰?管理局員でも、武装隊の人達でもなさそうだけど」

 光輝が示した方向には、管理局員ではない誰かがいた。
 同じように武装隊の人に問い詰められているため武装隊の者でもないと分かる。

「多分、退魔士って奴だと思う。椿ちゃん達に言わせればだけど」

「陰陽師とは別扱いの?まぁ、ここにいてもおかしくはないけど……」

 退魔士の人間であれば、同じように妖と戦っていてもおかしくはない。
 それでも光輝が気にするのは……。

「俺達も、多分あちらさんも、ただの組織の一員でしかない。そんな下っ端でしかない者同士で仲良く出来ても、組織ぐるみだとどうなのか、ってな……」

「……なるほどね…」

 ただでさえ管理局と地球で事件解決後にいざこざが起きると思われるのに、さらに退魔士の組織も加わってくる。
 “表”の人間と、“裏”の人間と、そして管理局。
 三つの勢力が同じ場所に存在するだけで、軋轢が生じるのはおかしな事ではない。

「でも、私達に出来るのは限られてるわよ」

「…そうだな。魔法が使えても、俺達は元々一般市民だったしな」

 高町家のように裏稼業に関係していた訳でもなく、月村家のように“裏”の存在でもなく、バニングス家のように大企業を経営している訳でもない。
 本当に“普通”でしかなかった二人では、出来る事は限られていた。

「ま、一応俺達は地球出身の魔導師だ。管理局との架け橋ぐらいにはなれるだろ」

「そうね」

「とりあえず、目下のやる事として……アレを何とか宥めないとな」

 二人が視線を向けた先には、怒り心頭と言った様子の、本来のリーダーがいた。

「貴様らぁ!よくも私を無視してくれたな!」

「無視……無視ね。正直、ただの管理局員よりも、地球出身の俺達の方が話は通じやすい。こっちでの常識とかも知っているからな。説明にも適している。だからあんたじゃなく、俺達が話に応じたんだ。第一、そんな高圧的な態度じゃ話も出来ん」

 “やれやれ”と、二人は呆れたようにリーダー…隊長を見る。

「何だと!?管理外世界の貴様ら如きが……!」

「それだよ。それ。そんな魔法がない世界を見下すような発言。それがあるから話を任せられないんだ。そんな事も分からないのか?」

 二人は、この隊長の事が嫌いだった。
 明らかに魔法を使えない世界や人を見下したような態度と言動。
 常に下の者には高圧的な態度で、逆に上の者には媚び諂う。
 当然ながらそんな相手は誰も好きにはなれなかった。
 現に、彼ら以外の隊長の部下なども、嫌っている人は多い。

「っ、当たり前だろう!魔法が使えない奴らなど、劣っているに決まっている!」

「……だってさ」

「椿ちゃんやアリシアちゃんの前でも同じ事言えるのかな?」

 椿もアリシアも魔法を使えない。最近の椿は若干使えるが……。
 また、葵も式姫の時は魔法を使っておらず、何よりも未だに全盛期に劣っている。
 それらを知っている二人にとって、隊長の言葉は失笑ものだった。

「……レティ提督も大変だな。こんな人材も連れてこないといけないなんて」

「何だと貴様ぁ!!」

 本来ならこんな人材だらけではない事も光輝は知っている。
 だからこそ、人手不足故にこんな人材を連れてこなければならなかったレティ提督の気苦労を、二人は心配した。

「じゃあ、言わせてもらうけど、私達どころか私達の息子にすら劣っている貴方は、どれほどの優秀さなのかしら?是非とも教授してもらいたいわ」

「な、なんだと!?」

 ちなみにこの隊長の魔導師ランクはAで、光輝と優香は個人ではBランク止まりだが、コンビだとSランク相当になると、知っている人には知られている。
 なお、優輝はそんな二人に一人で勝てる模様。

「管理外世界出身の魔導師に負けているのは、あんたの価値観にはどう映るんだろうな」

「っ…!っっ……!!」

 顔を真っ赤にして声にならない怒りを上げる隊長。
 だが、二人はもう興味もないとばかりに無視した。

「無駄に時間を食ったわね。どうする?」

「……一応、武装隊の人達がいるから厄介な事にはなっていないが……」

 …と、その瞬間。

「ぁああああああああああああああ!!?」

「「っ!?」」

 耳をつんざくような断末魔が、二人のいる所まで届く。

「何が!?」

「行きましょう!」

「ああ!」

 二人を含めた何人かの管理局員がすぐに動く。
 他にも、退魔士や武装隊からも何人かが来ていた。

「あれは……!」

 飛行魔法で声の方向に向かう途中、明かりを見つける。
 だが、その明かりは妖の炎によるものだった。

「……あの妖が、やったのか…?」

「状況から見て、そのようね…!」

 炎の中心には、少女のような姿をした妖がいた。
 髪は炎で出来ており、揺らめいている。体も炎の色で、まるで火の妖精だった。
 その妖の名は“火魂(ひだま)”。元は台所裏の火消壺に住んでいるとされる妖だが、以前の幽世の門が開いた際に、幽世の影響で力が増大。周囲の鬼火を取り込み、人の姿を取れる程にまで強化されていた。……そんな妖が、ロストロギアで災厄が再現された際に、同じ要領で蘇ってしまったのだ。

「っ、まずい!優香!」

「ええ!……飛んで!!」

 このままでは、相手をしている武装隊の者達が焼き尽くされてしまう。
 そう判断した光輝は、優香に合図を送る。
 即座に優香は魔法陣を複数枚展開し、それを光輝の足元に設置する。
 そして、それを光輝が踏み込み……射出するかのように、一気に跳んだ。
 所謂、二人の合わせ技による、加速装置だ。

「ぜぁっ!!」

   ―――“ソニックエッジ”

 光輝が現場に辿り着けば、ちょうど武装隊に向けて炎が放たれていた。
 魔力での防御は元より相性が悪いため、不可能と判断した光輝は高速の斬撃魔法によって、炎を二つに分かつ事で防ぐ。

「っ、これは……!?」

 攻撃を凌ぎ、周囲を確認して光輝は言葉を失う。
 既に、何人かが炎によって燃え尽きていた。
 そして、火魂の背後にある瘴気の穴を見て確信した。

「……守護者…!」

 光輝は警戒度を最大まで上げ、すぐに念話で守護者を見つけた事を優香を含めた他の管理局員に通達する。

「くそっ……!」

「がっ!?」

「お前、何を……っ!?」

 再び炎が放たれる。今度はさらに強力で、先程のように切り裂けない
 それを察した光輝は、魔力弾を生成。後ろにいる武装隊に弾き飛ばすように当てる。
 魔力弾で弾く事で、炎の射程外に飛ばしたのだ。
 同時に、光輝も飛んで躱し、一連の流れを見ていた武装隊の一人が驚愕する。

「早く下がれ!こいつは生半可な銃器じゃ倒せない!」

「し、しかし……!」

 下がるように声を上げるも、武装隊も民間人を守る者として易々と引き下がれない。
 また、既に仲間が何人もやられているため、退くに退けないのだろう。

「俺が相手にしている内に、早く!」

「くっ……っ、撤退!撤退だ!」

 再び炎が放たれる前に、今度は光輝が砲撃魔法で牽制する。
 火魂の発する炎の霊力と、砲撃魔法が拮抗する。
 それを見て、自分たちの手に負えないと理解した武装隊はすぐに退いて行った。

「(火力が強い……!俺一人だと、押されるか…!)」

 発せられる熱気から、自分一人では手に負えないと判断する光輝。
 そんな光輝を援護するように、上空からいくつもの魔力弾が降り注いだ。

「皆さんは上空から援護を!私と彼で引き付けます!」

「優香…!」

 光輝が上空を見れば、そこには優香を含めた管理局員が複数集まっていた。
 先ほどの魔力弾は優香達によって放たれたものだったのだ。

「行くわよ…!妖だろうとなんだろうと、私達の故郷を壊させるものですか…!」

「ああ……!行くぞ!」

 他の局員からの援護射撃を受けながら、二人は攻撃を仕掛ける。
 既に武装隊は撤退し、結界で隔離したため無理に攻撃を受ける必要もない。
 そのため、二人は放たれる炎を回避しつつ、的確に反撃を加える。
 ……しかし…。

「……手応えがない…!」

「文字通り炎の体……と言う訳…?」

 放たれる斬撃、魔力弾は確かに命中する。
 だが、それはまるで無意味とばかりに当たった箇所は修復されてしまう。

「魔法でも効果がないとなると……」

「霊術…でも、私達では……」

 このままではジリ貧でやられてしまう。
 そう思った時、二人は管理局員以外の人影を見つける。

「あれは……」

「退魔士……?」

 そう。この場には管理局員だけでなく、現地の退魔士も駆け付けていた。
 だが、光輝達が戦っているため手を出せない状態だったのだ。

「退魔士の方々!!援護をお願いします!!」

「っ……!」

 光輝が声を上げると同時に、二人で砲撃魔法を放って間合いを取る。
 上空からも魔力弾やバインドによる援護が入り、絶好の隙となる。
 そして、そこへ退魔士たちの霊術が叩き込まれる。

「(これでも……ダメか!?)」

「(霊術ですら効果がないなんて……)」

 実際は、魔法よりは効果があるのだが、如何せん退魔士の力量が低いため、大した効果がないように見えていた。
 これがせめてアリサやすずか程の霊術であれば、目に見えて効果は見られた。

「(何か手は……)」

「(相手は火の体を持つ……火の体?……なら、もしかして……)」

 優香は一つの考えに至り、それを光輝に目で伝える。
 あり得ると判断した光輝は、そのまま退魔士へと声で通達する。

「誰か!水か氷を使う術を扱える人はいないか!?いるならそれを優先的に放ってくれ!」

 それは、火が相手なら水などで消火するという、単純な考え。
 確かに普通の水では通用しないと考えられるが、それが霊術なら……。
 そう考え、二人は退魔士達にそう言った類の霊術を放つように言ったのだ。

     バチィイッ!!

「ッ――――――!!?」

「(効いた…!)優香!!」

「ええ!」

 そして、その考えは見事に当たっていた。
 水や氷の霊術は火魂に良く効き、さらに弱体化させていた。
 そんな隙を逃さず、光輝と優香は連携で一気に攻め立てた。

「これで!」

「終わり!」

   ―――“トワイライトバスター”

 二つの閃光が、クロスを描くように放たれる。
 その交差点に火魂はいたため、焼き尽くされるように悶えた。

「……やった?」

「分からない。……だが……」

 弱点を突く霊術で弱った所へ、二人の大火力が直撃した。
 そうなれば、さすがの火魂も……。

「倒した……か」

「そうみたいね…」

 火魂がいた場所は、火災が起きた家のように炎が揺らめいていた。
 だが、そこから火魂が復活する気配は感じられなかった。

「油断は出来ない……か」

「結界は強めておいた方がよさそうね」

 念話で他の管理局員に伝え、結界を強化してもらっておく。
 守護者を倒した状態で結界で隔離しておけば、後は門を閉じるだけになるからだ。

「……助かりました」

「いや、こちらこそ引き付けてもらわなければまともに術を使えなかった」

 結界で隔離された事を確認し、光輝は協力してくれた退魔士の代表と話す。

「……もう一つ協力してもらいたいのですが、そちらに封印系の術が使える者はいませんか?こちら側で行う封印では、効果がないので……」

「封印か…。いるにはいるが、一体何を……」

 何を封印するのかと言う問いに、光輝は門へと案内する。

「先程の妖が守っていたものであり、妖達の発生源です」

「……そう言う事か。これほどの瘴気なら、協力しない理由がないな」

 そういって、退魔士の代表は他の退魔士へ指示を出し、手早く封印のための準備を済ませた。そして、そのまま封印へと取り掛かる。

「……こちらも状況が掴めていない中、そちら側は何が起きているのかわかっているみたいだが…」

「こちらとしても、協力したい所なので説明します。……ただ、詳しい訳ではないのでご了承を。詳しい事情を知っている者は東の方にいるので…」

「分かった」

 会話している内に封印は終わり、管理局も退魔士も一時撤退する事になった。

「(優輝……俺達も俺達で頑張っている。最終的には、霊術を扱えるお前たちに任せきりになってしまうのが歯痒いが……頑張ってくれよ…)」

 親として、あまり役立てない事を歯痒く思いながらも、光輝と優香は少しでも状況を良くするために奔走し続けた。













 
 

 
後書き
火魂…名前の通り火耐性が凄まじい(と言うか吸収する)。さらに、水属性の攻撃を当てなければHP半分以下になった瞬間、超絶強化されてしまう(ムリゲー並)。なお、水属性攻撃を一定数当てると弱体化する。


かくりよの門における火魂は、割と初見殺しです(作者も思いっきり引っかかってリトライする羽目に)。本編においては、武装隊の面々が銃火器で攻撃していたため、若干強化されてしまっています。 

 

第146話「彼の隣に立ちたくて」

 
前書き
司&奏side。
恋する乙女は強い(確信)。そんな感じの話です(違。
いつも無茶している優輝を支えたいって言う健気な想いがあるだけですけどね。
司視点は前回登場時からそのまま続いています。
 

 





       =司side=





「っ……!」

 振りかぶられる拳。唐突に復活して、力も増した海坊主による、不意打ち。
 本来なら、そのまま碌に防御も出来ずに喰らってしまうだろう。
 私の胸騒ぎは、こうして的中してしまったらしい。

「甘い!!」

 でも、それは以前までの私であればの話。
 今の私には、なんのしがらみもない。
 むしろ、今は心強い味方がいる。

「ジュエルシード!!」

 三つのジュエルシードが連なり、障壁を展開する。
 例えその障壁が魔力で出来ていようと、術者は天巫女である私だ。
 “祈り”の力を込めた障壁、いくら妖であろうと、易々と貫かれはしない!

     ギィイイイイン!!

「っ……!(なんて衝撃!さっきまでとは、訳が違う…!)」

 いくら防げるとはいえ、その衝撃の脅威は分かる。
 だからこそ、さっきまでとは段違いの強さになっているのを理解した。

「(それだけじゃない!津波で街ごと飲みこもうとしている!私だけが無事でも、それじゃあ意味がない!)」

 海坊主が腕を振るう度、大きな波が引き起こされる。
 幸い、今の所はただの波でしかないので、普通の障壁で防げてるけど……。

「オオオオオオオオオオオオオオ!!!」

「(来る……!)」

 海坊主は拳を……私ではなく、海に叩きつける。
 その瞬間、霊力が込められた津波が発生し、私ごと街を呑み込もうとした。

「させない!!」

   ―――“バリエラ”

 もちろん、既に対策は出来ている。
 ジュエルシードの力を開放し、広範囲に祈りが込められた特殊な障壁を張る。
 天巫女として繰り出すこの魔法は、あのアンラ・マンユの攻撃も受け止める事が可能。……たかだか妖一体に破られる程、軟じゃない!

「穿て!」

「ッ………!?」

 街を守る障壁の維持を、十個のジュエルシードに任せ、私は海坊主の相手を続ける。
 祈りの力で魔力を圧縮。連続して撃ち出す。
 でも、その攻撃は腕でガードされてしまう。

「(……一応、並の力じゃ抵抗も出来ないまま押し切れるはずなんだけど…)」

 圧縮した魔力による攻撃は、それこそ生半可な防御じゃ防げない。
 あの優輝君も、防御魔法では防ぎ切れないと言う程だ。
 ……防げない代わりに“打ち破る”と言う手段で突破してきたけど。

「っ、“バリエラ”!」

     ギィイイン!!

 私の攻撃を耐え抜いた海坊主は、そのまま拳を叩きつけてくる。
 咄嗟に私は障壁を展開してそれを防ぐ。

「まったく、もう!!」

 負けはしないと分かったとはいえ、何度も攻撃をしてくるのは鬱陶しい。
 そんな思いと共に、魔力を放出。衝撃波となって海坊主を襲う。

「いつまでも、時間は掛けてられないんだよね……!」

 ジュエルシードを操作し、包囲するように展開する。
 私自身も、シュラインの穂先に魔力を込め……。

「刺し貫け!」

   ―――“Brochette(ブロシェット)

 放たれる鋭い針状の魔力で、串刺しにする。

「オオオオオオオオオオオオ!!?」

「ついで!」

 さらに追撃に砲撃魔法も叩き込んでおく。
 ……さて、どう出てくるかな……。

「っ―――!?」

     ドンッ!!

 私の展開している障壁に、拳が叩きつけられる。
 ここまではさっきまでと同じ。……違ったのは、その威力。
 幸い、罅が少し入るだけに留まったけど……。

「っつ、つ……!」

 ……叩きつけた際の衝撃波は、私へと届いた。
 身体強化をしていたおかげで、何メートルか後退っただけだけど。

「(どうして……?確かに頭を貫いたはず。なのに、回復するどころか、攻撃力が増してる……?)」

 既に二回。普通の生物なら確実に死ぬような傷を負ったはず。
 それなのに、海坊主は復活し、さらにはこうして衝撃波を徹す程の攻撃力を持つようになっている。……明らかにおかしい。

「(貫く程度じゃダメ……?ううん、逆に考えないと。椿ちゃん達は、妖には特殊な性質を持つ者もいるって言っていた。海坊主も、多分その類…!)」

 その場から飛び退き、攻撃を動いて躱しながら考えを巡らせる。
 いくらジュエルシードで攻撃が防げても、これだと消耗の方が大きいからね。

「(頭を貫く程度じゃ倒せない。……いや、この場合は頭を潰すから復活して強さが増す…?分からないなぁ……。でも、何か条件はあるはず)」

 ジュエルシードから魔力弾や砲撃を飛ばす。
 もちろん、私も圧縮した魔力で牽制をして立ち回る。
 何をするにしても、海坊主の注意は私に引き付けないといけない。
 街に被害を……いや、四国を沈めないためにも!

「(海面から出しているのは主に頭を両腕。……“核”的なものが胴体にある?……どの道、このままでは倒せそうにないね…)」

 となれば、別の行動を起こすしかない。

「そうと決まれば!」

Activation(アクティベイション)

   ―――“Mine(ミーヌ)

 海中に潜らせておいたジュエルシードが、魔力を放出する。
 まるで魚雷や機雷が爆発したかのように水柱が起こり、海坊主を怯ませる。
 そして、それだけでは終わらない。現在、海坊主の周りを囲うように、ジュエルシードは設置されている。……つまり、さっきの魔力放出が次々と起こる訳だ。

「オオオオオオオオ!?」

「打ち上げる!」

 そして、最後に海坊主の真下辺りに仕掛けたジュエルシードで打ち上げる。
 それぞれがジュエルシード一個が放つ魔力なため、威力も相当だ。
 海坊主の巨体も、これで持ち上がって……。

「っ……!?」

   ―――“満ちる瘴気”
   ―――“大暴れ”

 その瞬間。“見た”。
 私の魔法によって体が欠けているはずの海坊主が、瞬時に再生するのを。
 ……そして、それを為した“瘴気”が、両腕から発生していたのを。

「ッ…!シュライン!ジュエルシード!!」

   ―――“バリエラ”

 即座に魔法を発動。ジュエルシードを用いた障壁を多重展開する。
 祈りの力が咄嗟の事なので落ちているけど、それを数で補う。
 結果、二枚割られ、三枚目に罅が入ったけど、何とか持ちこたえる。

「(さらに威力が……!でも……!)」

 ……これで、海坊主の不可解な回復も分かった。

「(勘違いしていた……!)」

 RPGなどのゲームでもよくある、“取り巻きは無限湧き”するというもの。
 それと同じように、私は海坊主の腕は再生するものだと思っていた。
 だから、本体……この場合は頭を潰せば早く終わると考えた。
 ……でも、それが間違いだった。

「(本体よりも先に……)」

 確かに、両腕は再生するだろう。妖だから、尚更だと思う。
 ……けど。

「(力の供給源を断つ!!)」

 それは、海坊主という妖に瘴気を送る事で再生させるという、一種の供給源だった。
 確かに、今までの戦闘では両腕を破壊していない。あっても傷つけた程度だった。
 そのせいで、両腕に溜め込まれた瘴気がそのままだったんだ…!

「でも、それに気づいたからには……!」

 もう、再生は許さない。

「煌け、二筋の閃光!」

   ―――“サクレ・クラルテ・ジュモー”

 私の祈りに呼応するように、二つのジュエルシードが輝く。
 そして展開された魔法陣から、極光が放たれる。
 その狙いは、海坊主の両腕。
 あれが再生の原因であれば、破壊しない道理はない!

「ッ!!?」

「っ!?(最後の足掻き!?これは……!)」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 けど、両腕を消し飛ばされた海坊主は、最後の抵抗に打って出た。
 膨大な霊力を放出しながら、咆哮する。
 その瞬間、津波と共にそれが衝撃波となって襲い来る。

「(っ…!単純な威力だと、アインスさんのスターライトブレイカーを軽く上回る…!?)」

 広範囲且つ、高威力。
 魔法と霊力と言う相性を無視しても、その威力は計り知れない。
 しかも、その範囲がまずい。文字通り四国を沈めかねない……!

「ッ―――其れは遥か遠き理想郷。未来永劫干渉される事のない領域を、今一度ここに!!あらゆる干渉を防げ!!」

〈“Avalon(アヴァロン)”〉

 だから、私も対抗して、強力な防御魔法を使う。
 この魔法は、ジュエルシードなしの私でも、アインスさんのスターライトブレイカーを防ぐ事が出来た魔法。

「(つまり、天巫女としての私なら……!)」

 元より、単純な魔法の格としてはバリエラよりも上。
 だったら、同じ出力で使用すれば、その強度は上回る!

「防いで!!」

 まるで盾となるように、私は前に出て海坊主の攻撃を受け止める。
 さらに、街を守らせているジュエルシードの障壁も、さらに重ねるように展開。
 これで、防ぎきる!







「っ………はぁ……はぁ……!」

 波が引いて行く音が聞こえる。
 障壁は……健在。どうやら、防ぎきったらしい。

「オオ…オオオオ……!?」

「……ふ、ふふ……。これで、終わり!!」

   ―――“サクレ・リュエール・デ・ゼトワール”

 範囲が広かったからこそ、私は息切れしているけど、ジュエルシードはまだまだ魔力を残している。……つまり、即座に反撃が可能だった。
 狼狽える海坊主目がけて、極光が繰り出される。
 そのまま海坊主は極光に呑まれ……消えていった。

「……ふぅ……」

 倒した事を確認し、一息つく。
 息を少し整えた後、幽世の門を見つけ、閉じる。

「これで、完了……と」

 思わぬ強敵だった。
 ……椿ちゃんと葵ちゃんが、油断しないように念を押して言う訳だよ。
 ジュエルシードもふんだんに使うように言った理由が良く分かった。

「……多大なる妖気を感じたが……もう終わっとったか」

「っ……隠神刑部さん……」

「…お主も吾輩をさん付けか。まぁよい。もう慣れたわい」

 声が聞こえ、振り返るとそこには緑の和服を来た二足歩行の狸がいた。
 見た目こそ普通の狸程でしかないけど、彼こそが隠神刑部さんだ。

「ほう……あの海坊主を真正面から討ち滅ぼしたか。今の人間にしては、かなりの力量を持っているようじゃの」

「……そちらは、もういいんですか?」

 隠神刑部さんは、海坊主と戦う前に会った後、他の地を巡っていたはず。
 それなのにここに戻ってくるなんて……。

「今の人間どもは銃などと便利な武器を持っておる。それを用いればそこらの妖など対処出来るわい。吾輩はその裏で門だけを閉じてくればいいだけじゃ」

「なるほど……」

 見た目からは想像しづらいけど、隠神刑部さんは相当強い。
 と言っても、気配から察する程度なので、実際はどれほどか分からないけど。

「……では、私は行きます」

「そうか。では、お主の上司に伝えておけ。もう四国は大丈夫じゃとな」

「分かりました」

 そういって私は隠神刑部さんと別れ、別の場所へ向かう。
 ……と言っても、特に指定がないから普通の妖とかを出来る限り減らすだけだ。
 四国は隠神刑部さんが何とかしたみたいだし……中部地方でも行こうかな。

「(……優輝君達、大丈夫かな……?)」

 私はジュエルシードに守ってもらっているから大丈夫だったけど、他の皆は違う。
 椿ちゃん、葵ちゃん、優輝君、奏ちゃんは単独行動だ。
 この状況下では何が起こるか分からない。
 ……ましてや、蓮さんを短時間で瀕死に追いやる存在がどこかにいるのだから。

「(いつも優輝君は無茶をしている。……少しぐらいは、私達で負担しないとね)」

 四国から中部へと飛びながら、私はそんな事を考えた。
 ……うん。でも、きっと大丈夫。優輝君だもん。
 私の大親友で、大好きな人は、どんな苦境でも乗り越えるんだから。











       =奏side=







     ギィイイイイン!!

「っ……!」

「ゥォオオオッ!!」

     ギィイイン!!

 大きな剣と、二刀となったエンジェルハートがぶつかり合う。
 けど、それはほんの一瞬で、次の瞬間には私は大きく弾き飛ばされている。
 体格と、力が私を大きく上回っているからだ。

「ふっ……!」

〈“Delay(ディレイ)”〉

 振り下ろされた剣を、若干弾かれるように受け流し、魔法を行使。
 背後に回り込み、二刀の内片方を振り下ろす。

     ギャリィイ……!

「っ……!」

 刀は軽々と受け止められる。
 そのまま、宙を蹴り、刀で滑るようにさらに間合いを詰める。
 ……が、そこで眼前に両面宿儺の振り返りざまの貫手が迫る。

「くっ!」

「ふん!」

 顔を逸らし、何とか掠るに留める。……その代わり、体勢を崩す。
 そこへ手刀が迫る。

「ッ!」

〈“Delay(ディレイ)”〉

 魔法を行使すると同時に、身を捻る。
 瞬間、ふわりと体が上昇するように移動し、手刀を躱す。
 そのまま後ろへと飛び退きつつ体勢を立て直す。

「ふぅ……ふぅ……」

「……………」

 ゆっくりと呼吸をして、息を整える。
 それを、両面宿儺はその場から動かずに眺める。
 ……そう。両面宿儺は未だに戦闘開始からほとんど動いていない。

「(……近接攻撃は、ほぼ通用しない……)」

 驚く他なかった。……まさか、近接攻撃が悉く無効化されるなんて。
 体格と武器からして、小回りの利く私は捉えづらいはず。
 それなのに、背後に回り込むような攻撃すらも、悉く防がれ、受け流される。
 顔が二つあり、腕が四つあるとは言え、“意識外”と言う死角はあるはず。
 だが、両面宿儺は戦闘技術が高く、決して私を“意識外”へと見失わなかった。

「(折角優輝さん達に鍛えてもらった戦闘技術も、上回られている…!)」

 霊術を習うにあたって、私は優輝さん達に武器の手解きを受けた。
 自主練も怠らずにやっていたし、並以上の技術はあると自他共に認めていた。
 ……それを、この両面宿儺はあっさりと凌駕していた。

「……軽いな」

「っ……!」

 両面宿儺に、見下されるようにそう言われる。
 “攻撃が軽い”。それは、以前から優輝さん達に指摘されている事だ。
 私は機動力と連撃を生かした戦法を得意としている。
 ディレイを連発して戦うのもそれが理由だ。
 素早く攻撃する。……だからこそ、必然的に攻撃が軽くなってしまう。
 つまり、堅実な戦い方をする相手には滅法弱いのだ。

「(近接戦は圧倒的に不利。でも、手を出し尽くした訳じゃないし、遠距離や搦め手もある。……勝機が薄い訳じゃ、ない)」

 私の戦い方には、もう一つ特徴がある。
 本来、二刀で戦う場合は、遠距離の術が使えない。
 けど、私の場合は手に刀を持たずとも、武器が……ハンドソニックが扱える。
 優輝さん達の特訓で得た、遠近両立の戦い方、見せてあげるわ……!

「ッ!」

「む…!」

   ―――“Delay(ディレイ)

 まずは踏み込み、間合いに入る。
 エンジェルハートは待機状態に戻し、ハンドソニックを展開しておく。
 反撃に繰り出される刀の一撃を、ディレイで躱し、突きを放つ。

     ギィイン!

「っ、切り裂け……!」

   ―――“風車”

 放った突きは、手刀であっさりと逸らされる。
 その際、体勢が崩れるけど……逆にそれを利用して薙ぎ払うように霊術を放つ。

「ふん」

「ッ……!」

 けど、その霊術は両面宿儺が一息の下放たれた霊力の“圧”に防がれる。
 それを見て、すぐにディレイを使って間合いを取る。

「今のは……!」

〈おそらく、霊力を纏う事による一種の“鎧”です。生半可な攻撃は通じないかと……〉

 まるで、闘気で攻撃を弾くような、漫画みたいなもの……。
 ……でも、大丈夫。

「(戦法自体は、通じる……!)」

 既にそれなりの時間、戦い続けている。
 未だに両面宿儺をその場からあまり動かせていないけど……。

「決めに、掛かる……!」

   ―――“エンジェルフェザー”

 手始めに、魔法陣を展開して羽型の魔力弾を両面宿儺に降らせる。
 次々と炸裂する羽で、視界が遮られる。

「(今まで温存していたけど……もう躊躇しない……!)」

〈“Delay(ディレイ)”〉

 加速魔法で一気に間合いを詰める。

「見えているぞ」

「知っているわ……!」

 だけど、両面宿儺は的確に私を見つけ、攻撃してきた。
 振るわれる刀。けど私は身を捻ってそれを躱し……。

「はっ……!」

   ―――“刀技・十字斬り”

 その勢いのまま、十字の斬撃を放つ。
 ……が、それは霊力の鎧に防がれ……。

〈―――“Delay(ディレイ)”〉

「シッ……!」

「ぬ、ぅ……!?」

 肩辺りを、私の刃によって切り裂かれた。

「(浅い……!)」

 思った通りだった。霊力の鎧が強力とはいえ、攻撃を防いでいる間は、()()()()()()()()は比較的防御が弱い。
 それを狙って、私はディレイを使って回り込み、一撃を入れた。
 顔や首を狙わなかったのは、視界に入る事で霊力の鎧が強化されるのを防ぐためだ。

〈“Delay(ディレイ)”〉

「“フォルティッシモ”!!」

 間髪入れずに加速魔法で距離を取り、同時に砲撃魔法を放つ。
 さっきの風車とは比べ物にならない程、集束させる事で強力にした魔法。
 これなら、さすがの両面宿儺も防御の態勢に入る。

「ガードスキル……!」

〈“Delay(ディレイ)”〉

 優輝さんに貰った魔力結晶を取り出し、その魔力を取り込む。
 そして、攻撃に出る。

「ふっ……!」

「甘い」

 加速魔法で背後に回り込む。そして、刃を振るう。
 だが、それはいとも容易く刀に防がれ……。

〈“Delay(ディレイ)”〉

「二度は引っかからぬわ!」

「っ!」

 フェイントすらも防いで見せた。
 ……でも、無駄。

「っ、ぐぅ…!?」

 両面宿儺が背後から背中を斬られる。
 斬ったのは、私。でも、正面にも私はいる。

「分身か……!」

「………」

 そう。砲撃魔法を放った直後に、使っていたのだ。
 分身するガードスキル“Harmonics(ハーモニクス)”を。

   ―――“Delay(ディレイ)
   ―――“Delay(ディレイ)

「シッ!」

「はっ!」

「だが、その程度で……!?」

 私は分身と同時に斬りかかる。
 けど、それすらも対応してみせる両面宿儺は、やはり戦闘技術が高い。
 でも、上空から連続で降り注ぐ砲撃魔法と射撃魔法に怯む。

「何……!?」

「誰が、分身は一体だけだと言ったかしら?」

 そう。分身は一つだけじゃない。
 それどころか、さらに増え続ける。それがHarmonics(ハーモニクス)なのだから。
 分身体がさらにスキルを使い、分身は増え続ける。
 その分だけ消費魔力量も増えていくけど……そこは魔力結晶でカバー。
 ……よって。

「物理でも魔法でも霊術でも押しきれないのなら、物量で押し切る……!」

「面妖な……!」

(貴方)がそれを言うのかしら……!」

 怒涛の近接攻撃だけでなく、遠距離からの魔法や霊術も加わる。
 そして、その量は増え続ける。

「ぐ、ぬぅうう……!」

「っ……!」

 これは、一種の根競べ。
 私の魔力と魔力結晶が尽きるのが先か、両面宿儺が力尽きるのが先か。
 ……さぁ、耐えて見れるものなら、耐えてみて……!







「ぐ……ぬぅ……!」

「これで、終わりよ……!」

〈“Forzando(フォルツァンド)”〉

 ボロボロになった両面宿儺を、分身が数人掛かりで押さえこむ。
 直接押さえていない分身も、バインドなどで協力する。
 そして、そこへトドメの魔法を本体()が撃ち込んだ。

「ご………ぉ……み、見事……!」

「……………」

 胸を穿たれ、倒れ伏す両面宿儺を、黙って見続ける。
 ……反応は、なし。完全に沈黙したわね……。

「門は……」

〈そのまま真っすぐですね〉

「ええ」

 完全に倒した事を確認し、私は門を閉じに向かう。
 閉じた後、周囲に妖などが残っていないか探知する。

〈……大丈夫です。周囲に敵はいません〉

「そう。……ガードスキル“Absorb(アブソーブ)”」

 エンジェルハートの返答に、私は安心してガードスキルを発動させる。

「っ、ぅ、くっ………!」

 独立した意識を生み出すハーモニクス。一見便利なスキルだけど、欠点がある。
 それは、分身を戻す際、つまりアブソーブを使った時、本体である私に分身の記憶や疲労などの、全ての経験が集約すると言う事。
 ……言い換えれば、分身がそれぞれ負った少しの疲労も、元に戻ると……。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 こうして、私には大きな疲労として襲ってくる事になる。
 他にも、今回は大丈夫だったとはいえ、分身が一人でも大怪我を負った状態で同化すれば、その痛みも感じる事になる。そして、それは怪我を負った分身が多い程大きくなる。
 幸い、傷そのものは私自身が負ったものしか残らないけど。

「……やっぱり、あまり使うべきではないわね…」

 なぜ今までこれを使わなかったのか。その理由がこの疲労感だ。
 確かに、この分身を使えばごり押しも可能だ。
 でも、分身を使えばその分だけ、私は負担を強いられる。
 ましてや、今回のような状況では……。

「(大門の守護者のような相手だと、絶対に使用できないわね……)」

 痛みなども感じるとなれば、格上には絶対に使えない。
 同化する際の痛みは、“死ぬこと”さえ例外じゃない。
 もし、分身を何人も出したとして、それが殺されでもしたら……。
 殺されたのが分身一体だけならまだ耐えられる。でも、複数であれば……。

「(ショック死を、免れない……)」

 痛みも引き受けるという事はそう言う事だ。
 例え死なずに済んだとしても、後遺症は確実に残る。

「(でも、優輝さんなら、或いは……)」

 ふと、それでも優輝さんなら、大丈夫かもしれないと思った。
 今まで、代償が必要な事を、無事に成し遂げてきた優輝さんなら。

「………」

 そこまで考えて、頬を軽く叩く。
 今、優輝さんは関係ない。これは私の問題だ。

「疲労感、良し……」

〈もういいのですか?〉

「ええ。悠長にはしていられないし、これぐらいなら大丈夫」

 今回は確かに分身も多くて、疲労感もあった。
 でも、傷は一つも負っていない。だから大丈夫だ。

「(何より、優輝さんも頑張っているのに、じっとなんてしていられないわ…!)」

 そう。休憩を切り上げた本当の理由がこれだ。
 優輝さんが……と言うより、他の皆が頑張っている。
 そして、今も民間人の人達は助けを求めている。
 正義の味方ぶる訳ではないけど、私にはそれに応える力がある。
 なら、その力で助けない訳にはいかない。

「(優輝さんなら、どう答えるかな……)」

 私の憧れであり、恩人であり、そして、好きな人。
 あの人はお人好しだけど、別に“正義の味方”と言う訳ではない。
 何せ、かつては“導王”と言う王様だったんだから、当然のように大のために小を犠牲にしたりしただろう。……緋雪……(シュネーさん)を優先したらしいけど。

「(……お人好しだし、見捨てる事はないかな…)」

 なんやかんやで、きっと助けるだろう。
 助ける相手が、余程の人でなしでない限りは。
 優輝さんは、そういう人だから。

「(だから、いつも無茶をする)」

 誰も彼も助けると言うのは、大抵が“無茶”だ。
 でも、優輝さんはそれでも助けようとする。そして、実際に助ける。
 それはまるで性分のようで、私達だとどうにもならなかった。

「(……だから、私達が支える)」

 私が……ううん、私達が優輝さん達の下、特訓をするには、理由がある。
 一つは力不足を感じたから。元より、私の場合は椿さんに鍛えなければ勿体ないポテンシャルを秘めていると言われたしね。
 ……そして、何よりも。

「(優輝さんの、力になりたい)」

 それが、私達が力を欲する理由。
 いつも無茶をする優輝さんの助けに、支えになりたいという想いだ。

「(まだ、隣に立つには不十分)」

 椿さん達や、司さんなら力量的には充分だ。
 でも、私はまだ足りない。だから、強くなる。
 優輝さんなら、“そんな必要ない”って笑うだろうけど……。

























   ―――それでも、恩人の貴方には何か報いたい。



















 
 

 
後書き
Brochette(ブロシェット)…串刺しのフランス語。術者がジュエルシードと共に包囲するように展開し、鋭く圧縮した魔力で貫く。回避をしない相手に有効。

Mine(ミーヌ)…地雷・機雷のフランス語。名前の通りジュエルシードを地雷や機雷のように設置し、魔力放出による爆発を起こして攻撃する。

満ちる瘴気…ゲームでは、一度も腕を倒さずに本体のHPを削ると発動。HP全快する。本編では、同じく腕が健在であれば、瘴気が満ち、それによって回復する。

大暴れ…全体高威力攻撃。しかも連発してくる。上記の技の後に放つようになり、実質ムリゲーとなっている。ただの拳による乱打だが、その威力は計り知れない。

サクレ・クラルテ・ジュモー…サクレ・クラルテを二発同時に放つ。ジュモーは双子のフランス語。

刀技・十字斬り…斬・聖属性の単体二回攻撃。文字通りに十字に斬る。

Harmonics(ハーモニクス)…Angel Beats!参照。独立した意識を持つ分身を生み出す。なお、元ネタでは未完成で、自動的に消えないなどの欠点があったが、修正済みである。

Absorb(アブソーブ)…Angel Beats!参照。ハーモニクスの分身を元に戻すスキル。なお、分身を戻す(同化する)際、分身の記憶や疲労なども同化するため、ハーモニクス共々多用は出来ない。


基本的に、司が天巫女としての戦闘(ジュエルシードを用いるなど)をしている時は、魔法名や起動ワードがフランス語になっています。ミッド式が英語、ベルカ式がドイツ語に似ているとの事なので、天巫女の魔法(プリエール式)はフランス語になっています(今更)。

度々参考として出てくる導王時代の事についてですが、優輝の前々世について知っているのは、今の所108話で優輝が地の文で言っていた面子+司、奏、ジェイルです。近いうちに霊術特訓メンバー(アリシア達)にも教えるかも……? 

 

第147話「木曽三川の龍神」

 
前書き
最も人数が多い(モブ局員除き)グループなのに、最も苦戦しているグループであるはやて達sideです。……と言うのも、かくりよの門でも一つ手前の龍神である信濃龍神と一線を画した強さを持っているので……。
 

 






       =out side=







「最優先事項!絶対に直撃だけは避けてやぁ!!」

「言われなくても、わかってるってはやて!」

 全員に聞こえるように、はやてが指示を飛ばす。
 そして、その指示に応えるように、ヴォルケンリッターの皆は気を引き締める。

「はやてちゃんとアインスは私と一緒に後方支援。前衛はシグナムとヴィータちゃんに任せるわ。……本当ならザフィーラも前衛なのだけど……」

 ポジションを決めるシャマルだが、ふと後方へと注意を向ける。
 そこは、先程ザフィーラが吹き飛ばされた方向。
 いかに盾の守護獣であるザフィーラとは言え、大ダメージは逃れられない。

「基本的に、シグナムとヴィータちゃんが攻撃を引き付けて、はやてちゃんとアインスで後方から攻撃。私は拘束と援護を担うわ。もし、隙ができれば、一気に叩き込む形で!」

「了解!」

 大まかな行動を決めるだけで、各々行動を開始する。
 細かい指示は必要ない。ヴォルケンリッターである彼女達は、歴戦の騎士だからだ。
 細かく指示を出すよりも、各自で判断した方が連携も取れるというシャマルの判断から、この方針指示は為されていた。

「行くで!出し惜しみはなしや!全力で倒すんや!」

 戦意を高めるように、はやてがそういう。
 それに気づいたのか、敵の木曽龍神は、戦いの始まりを表すかのように咆哮する。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!」

「っ、ぐぅ……!?なんだ、これ……!?」

「ただの咆哮では、ないのか……!?」

 その咆哮を比較的近距離で聞く事になったヴィータとシグナムは、咆哮の異質さに気づく。

「な、なんやこれ……体が怠いような……」

「……呪いの類です。それも、霊術の方の……」

 まるで風邪を引いたかのような体の怠さに、アインスはそういう。
 魔法にも呪い系の魔法が存在し、それと似た“瘴気”があったからこそ気づけた事だ。

『っ、はやてちゃん!敵が……!』

「ぁああああああああ!?」

「っ………!?」

 リインが木曽龍神が何かするのに気づいた瞬間、ヴィータとシグナムが吹き飛ばされてくる。さらに、離れているはやて達にも衝撃波が襲った。

「……まさか、さっきまでは戦う気すらなかった言うんか……?」

 その衝撃波の正体は、木曽龍神が放った霊力の放出。
 それは、所謂深呼吸で息を吐き出したかのようで……はやての言う通り、木曽龍神が戦意を示すために放った“殺気”でしかない。

「っ、単純戦闘力はナハトヴァールより上やと思い!防戦に回ったらこっちが先に負ける!気圧されずに攻撃や!!」

 震える体を鼓舞するように、はやては声を発する。
 しかし、それでも体は思うように動かない。
 当然と言えば当然である。はやては今の面子の中では最も経験が浅い。
 強大な存在と相対する機会など、ほとんどなかったからだ。
 ……だが、その代わりに動いたものがいた。

   ―――“魔纏闘”

「ぬぅううおおおおおおおおおお!!」

 宙を飛ぶ木曽龍神の真下。
 いつの間にかそこへ潜り込んでいたザフィーラが、渾身の一撃を叩き込む。

「ザフィーラ!?」

「チィ……!この程度では、びくともしないか……!」

 はやてを庇い、吹き飛ばされたはずのザフィーラ。
 木曽龍神の巨体の一撃は、大ダメージのはずだが、そんな事は知らないとばかりに、ザフィーラは戦線に戻ってきていた。

「っ、避けろザフィーラ!」

「くっ、“鋼の軛”!」

 繰り出された一撃は、怯ませこそしないものの、ダメージを与えていた。
 よって、木曽龍神も尾による反撃を繰り出した。
 シグナムの声にザフィーラは上に跳び、置き土産に鋼の軛を放つ。
 ……が、それはあっさり砕かれ、無意味に終わる。

「……強度が足りぬか…。だが、通用しない訳ではないな……」

 しかし、ザフィーラはそれ見て無意味ではないと判断する。
 なぜなら、鋼の軛が命中した箇所の鱗が若干凹んでいたからだ。

「だ、大丈夫なんかザフィーラ……」

「はい。ギリギリ防御が間に合いました……ダメージは確かにありますが、戦闘に支障はありません」

 間合いを取ったザフィーラへ、はやてが駆け寄り、心配する。
 防御や吹き飛ばされた際の着地に使った手足は傷ついていたが、そこまで深い訳ではなく、ザフィーラの言う通り支障はなかった。

「っ、主、失礼!」

「え、ちょっ!?」

「ふん!」

 ザフィーラははやてを片手で抱きかかえ、空いた片手を振るう。
 正拳突きのように放たれた拳から、魔力の衝撃波が発生する。
 それは、二人へ迫っていた木曽龍神へと命中する。
 また、その反動で飛ぶ事で木曽龍神が放っていた爪の一撃も回避していた。

「主よ。どうか我らを信じて後方へお下がりください」

「で、でも……」

「我らは守護騎士。主を守れなければ意味がありません。……心配せずとも、我らヴォルケンリッター、そう簡単には負けません」

 さらに距離を取ったザフィーラは、そこではやてを放す。
 そして、すぐに前線へと戻った。

「……そうであろう。シグナム、ヴィータ」

「ああ」

「そーだな。あたしらははやての騎士だ。こんな図体のでけーだけの龍に、負ける訳にはいかねーよな!」

 気合を入れ直したヴィータとシグナムが、そんなザフィーラの横へ並ぶ。
 もう、木曽龍神に気圧される事はない。

「あの巨体だ。我らが陽動なのは理解している。……我らで攻撃する際は、カウンターを狙え。相手の攻撃の勢いに合わせ、鋭い一撃を加えればいい」

「なるほど。先程の鋼の軛はそう言った目的か」

「ああ。次は通じる強度で放つ」

 巨体であるが故に、外す事は滅多にない。
 そして、攻撃の勢いは強く、そして無防備になる。
 そこへカウンターのように攻撃を叩き込めば、普段よりもダメージが増す。
 それをザフィーラは二人に伝える。

「けどよ、そう簡単に行くか?」

「簡単かどうかではない。やらなければこちらがやられるだけだ」

「……それもそーだな」

 気を引き締め、三人は三方向へと飛び立つ。
 ただ飛び回るだけでは気を引けないので、魔力弾を撃ちこんでいく。
 大したダメージにはならないが、木曽龍神の注意は三人へと向いた。

「来るぞ!」

「っ……!」

 ザフィーラへは爪を、シグナムへは尾が迫る。それを見てヴィータは叫ぶ。
 爪ではカウンターが通じないため、ザフィーラは回避する。
 そしてシグナムは、紙一重で尾を回避し……。

「ぜぁっ!!……ぐっ!?」

 尾へと、剣を振るった。
 しかし、その勢いに吹き飛ばされるようにシグナムは弾かれる。

「くっ……確かに、生半可な攻撃では逆に弾かれるか……」

   ―――“Diabolic Emission(デアボリック・エミッション)

「……ダメージは通っているが……足りないか」

 直後にアインスが懐へ入り込み、魔法を放つ。
 あっさりと直撃するが、木曽龍神に堪えた様子はなかった。

「彼方より来たれ、やどりぎの枝。銀月の槍となりて、撃ち貫け」

「クラールヴィント!」

「でぇえりゃぁああああああああ!!」

 はやてが詠唱し、アインスの離脱の援護を兼ねてシャマルが拘束を試みる。
 アインスを追おうとした龍神は、拘束で動きが阻害される。
 そこへ、ヴィータが割り込むように肉迫し、ギガントフォルムに変えたグラーフアイゼンをすれ違いざまに叩きつける。

「っってぇ~!?でかすぎるんだよ!」

「だが、さすがに頭に今のは効いたようだ」

 攻撃をぶつけた反動で手が痺れ、ヴィータは声を上げる。
 だが、効果は覿面だったようで、ザフィーラの言う通り龍神は若干怯んでいた。

『はやてちゃん!』

「石化の槍、“ミストルティン”!!」

 その隙を逃さず、はやての砲撃魔法が突き刺さる。
 魔法陣から放たれる七筋の光が木曽龍神へ直撃し、そこから石化する。
 生体細胞を凝固させる効果を持つこの魔法は、非常にタフな相手に有効だ。
 本来なら非殺傷設定で封じられているその効果も、今は十全に発揮する。

 ……しかし……。

「ッ、離れろ!!」

「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

「ぉわぁあああああああああああ!!?」

 木曽龍神は大きな咆哮を上げる。
 ザフィーラの咄嗟の警告も空しく、一番近くにいたヴィータが吹き飛ばされる。
 幸い、付随効果のある方向ではなかったため、ダメージはそこまでない。

「嘘やろ!?石化せぇへん!」

『今の咆哮で掻き消されましたぁ!』

 だが、はやてが驚いた通り、木曽龍神の石化は解除されていた。

「……咆哮をする事で生命活動を活発化。石化の効果を圧し潰し、既に石化した所も再生させたという事か……?」

「もしそうだとしたら、ますますとんでもない相手ね……」

 アインスの推測に、シャマルは冷や汗を流す。
 ただでさえとんでもない相手だと実感していたのに、そこへ格上キラーでもあるミストルティンが通用しないと来た。
 かつて戦ったナハトヴァールも、異常な再生能力故に無効化されたが、今度の相手は第一に“威圧感”が違った。
 それ故に、アンラ・マンユや、以前の謎の男のような強大さを感じていた。

「オオオオ!!」

「っ!!」

「主!」

   ―――“水尾撫(みずおな)で”

 誰が放ったか木曽龍神はしっかりと見ていた。
 故に、狙いがはやてになるのも当然と言えた。
 霊力による水を尾に纏わせ、はやて目がけて振るう。
 咄嗟にアインスがはやてを連れてその場から離脱し、何とか事なきを得る。

「……た、助かったわアインス……」

「いえ。……しかし、これほどの相手とは……」

 薙ぎ払われた場所は、見るも無残な状態になっていた。
 幸い、結界内なので実際には被害が出ていないが、それでもその威力は理解できた。

「……咆哮を伴われると近づく事すら困難か……」

「どうすんだ?何かする度に吹き飛ばされてっと、あたしらが先にやられるぞ」

「何も事あるごとに咆哮するとも限らん。……が、そうだな…。なるべく喰らわないのが当然だが、もし回避できないのならば、地面に降りて踏ん張った方がよさそうだな」

「それしかあるまい」

 前衛組の三人はそう判断し、再び注意を引き付けるように立ち回る。

「ぉおおおおおおっ!!」

「さすがに打撃で素手に負けたくねぇよなぁ、アイゼン!」

「斬っても再生されるのであれば、再生できなくなるまで斬ればいいのだろう?」

 ザフィーラが胴の辺りに突撃するかのように殴り掛かる。
 そんなザフィーラに対抗するように、ヴィータはグラーフアイゼンで頭を叩く。
 そして、シグナムは爪の攻撃を躱しつつ、攻撃手段を削ぐように腕を斬り続けた。

「っ……!ダメ、私だけだと、足止めも出来ないわ」

「そうか。……だが、何かしら動きに違いはあるだろう?」

「ええ。一瞬だけ、拘束を破るために力を入れるのか、動きが止まるわ」

「なら、無駄ではない。続けてくれ。その間に、私と主で攻撃する」

 シャマルが何度も拘束を試み、アインスとはやては長距離砲撃を狙う。

「オオオオオオオオオオオオ!!」

「ッ!散れ!!」

   ―――“大尾撃(だいおげき)

 砲撃魔法を何度か撃ち込んだ時、木曽龍神が吼える。
 そして、咄嗟に前衛三人は散らばるように離れる。
 また、はやて達後衛組も上空に逃げる。
 ……その瞬間、寸前までいた場所を尾が薙ぎ払った。

「ちょ、直撃したくねぇな……アレ……」

「見ろ、尾が当たった木が枯れている。……ただ強力なだけじゃないらしい」

 攻撃後の惨状を見て、ヴィータが呟き、シグナムが冷や汗を垂らす。

「……予備動作がわかるだけ、マシって状態やな……」

「あの巨体で、攻撃速度は中々なものです。……時には、回避が困難になるかもしれません。退き際を見極めて行動しないといけません」

「昔の陰陽師たちは、こんなん相手にしてたって事やろ?……よぉ倒せたなぁ……」

 陰陽師ははやて達と違って空を飛べなかった。
 その事も含めて、昔はどうやって倒していたのか気になるはやてだった。

「……援護するように砲撃しても意味ないな。目を付けられるのも承知で、大火力を叩き込んだ方が良さそうや」

「そうですね。幸い、あの鱗は極端に丈夫と言う訳ではありません。ただ火力が高いだけの魔法でも、通じるようです」

「となると、叩き込むのは火力重視の魔法やな。えっと……」

 夜天の書に記録される魔法を探るはやて。

「……やっぱり、なのはちゃんの魔法が一番か?」

「……いえ、あれは魔力を集束させるからこその魔法です。魔力を使わない相手なら、別の魔法が得策です」

「アインスも放つからなぁ……」

 攻撃を避けつつカウンターを少しずつ叩き込む前衛三人を視界に入れながら、どの魔法がいいか探すはやて。早めに決めるべきだが、如何せん種類が多すぎた。

「……主、一つ、適した魔法があります」

「なんや?」

「この“ミョルニル”と言う魔法です。夜天の書に記録される魔法の中でも、一番の火力を誇ります。……ただし、燃費が悪く反動もありますが」

 夜天の書をあるページで止め、アインスがそこに書かれている魔法を指す。
 それは、かつて優輝がアンラ・マンユの攻撃を相殺するのに使った魔法。
 その魔法は古代ベルカの中でも屈指の威力を誇っていた。
 もちろん、燃費が悪い事と使い手が滅多にいない欠点があったが。

「……多少代償があっても、火力を選ぶわ。あんな相手、ちょっと反動がある程度で出し惜しみしてたら勝てへんわ」

「はい。……では、発射に取り掛かりましょう」

「せやな。シャマルには、しばらく援護を一人でやる事になるけど……」

『構いません。拘束をしながらの援護射撃ぐらいならできます』

 少し離れた所にいるシャマルから念話でそう言われ、はやては心置きなく魔法の術式を組み始めた。

「魔力を注げば注ぐほど、強化される……シンプル故に、強力なんやな」

「はい。多少無茶をすれば、あのアンラ・マンユの攻撃も完全に相殺できます」

「……そういや、優輝君が使ってたような…」

 思い出すようにはやては呟きながら、魔力を込め始めた。

『強力な魔法を叩き込むから、上手く隙を作って離脱してや!』

「『了解です!』」

 はやてから念話を受け取り、前衛組もそのように立ち回る。

「ぉおおおおおお!!」

「っ、シグナム!」

「丁度いいタイミングだ!」

 殴り続けるザフィーラを振り払おうと、龍神が尾を動かす。
 それを見て、シグナムに呼びかけるヴィータ。
 そして、シグナムはちょうど弓に変えたレヴァンテインを構えており……。

「翔けよ、隼!」

   ―――“Sturmfalken(シュツルムファルケン)

 迫りくる尾に突き刺さるように矢が放たれた。
 また、シグナムは発射直後にその場から飛び退き、攻撃を回避していた。
 ちなみに、ザフィーラも龍神の攻撃の寸前に距離を取っている。

「っしゃぁ!クリーンヒット!」

「今のは良い一撃だ……!」

 作用・反作用を生かした強力な一撃。
 さしもの龍神も、今のは効いたらしく、怯んでいた。

「ぬぅうううううん!!」

     ドンッ!!

 そこへ、間髪入れずにザフィーラが脳天から一撃を打ち込む。

「あたしもだ!!」

 さらにヴィータも追撃を打ち込み、龍神の頭を地面に叩きつける。

「『主よ、今です!』」

『了解や!』

 それを好機と見て、ザフィーラとシャマルが拘束魔法を行使。
 同時に念話ではやてに呼びかけ、一度その場から離脱する。

「主!」

「行くでアインス!」

「はい!」

 絶好のチャンスを生かし、はやてとアインス二人で魔法を放った。

「打ち砕け極光!」

「全てを破壊し尽せ…!」

   ―――“Mjöllnir(ミョルニル)

「ォォォオ……オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!?」

 極光が直撃した龍神は、絶叫を上げる。
 今までにない、明らかな大ダメージを表す絶叫だった。

「やったか!?」

「あかんヴィータ!それフラグや!?」

「えっ!?」

 思わず言ったヴィータの言葉に、はやては反射的に突っ込む。
 そして、その通りと言わんばかりに、まだ息のある木曽龍神が姿を現す。

「あ、あたし、やっちまったか……?」

「いや、普通に耐えられただけだ……」

「つい突っ込んでしもうただけで、ヴィータは悪くあらへんよ。……でも、あれを耐えられるんかぁ……」

 明らかに最大火力だった魔法だ。
 いくらダメージを与えたとはいえ、倒せなかったのはショックである。
 そして、耐えられたという事は……。

「主!今すぐさらに距離を取るべきです!倒せなかったという事は、相応の報復として、相手も大技を……!」

「ォォォ……!」

   ―――“一が至るは―”

 アインスが焦りながら言うように、龍神から力の鳴動が発せられる。
 すぐさま全員が距離を取り……彼女達を庇うようにザフィーラが割り込んだ。

「オオオオオオオオ!!」

   ―――“四刻(しこく)

「ぬぅぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

   ―――“魔纏金剛体(まてんこんごうたい)

 水とは思えない勢いの、水の奔流に、ザフィーラはその身を盾として耐える。

「ザフィーラ!?」

「ッ!?嘘だろ!?あいつ、今のを耐え抜きやがったぞ!?」

 そして、耐え抜く。
 その事にはやて達も驚きを隠せなかった。

「『主よ!まだ、来ます!!』」

「ォォォオオ……!」

   ―――“二又交わるは―”

 だが、驚く暇はなく、再び力の鳴動を感じ……。

   ―――“四刻八刻(しこくはちこく)

 真下からの水の奔流に、全員が吹き飛ばされた。

「ぅ、ぁっ……!?」

「ぬ、ぅっ……!(ぬかった……!まさか、直接攻撃を当ててくるとは……!)」

 まさか真下から間接的に攻撃するとは予想出来なかったのだろう。
 全員がまともに攻撃を受けてしまった。
 耐えられたのは、防護服と警戒して使っていた身体強化のおかげだった。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

   ―――“三つが満ちるは―”

「ま、まだ来るのか……!」

「一か八か……主よ、もう一度、あの魔法を……!」

 間髪入れずに次が来ると察したアインスは、咄嗟に賭けに出る。
 それは、技が放たれると同時に先程の魔法で倒す事だった。
 大技ならば、相応の隙がある。そう考え、この賭けに出た。

「他の者は、防御を!」

「っ、やるっきゃねぇな!」

「ああ……!」

 どの道、龍神の技を阻止する事は出来ない。
 ならば、何とか耐え抜き、次で倒すしかない。
 ヴィータとシグナムもそう考え、防御魔法を張る。

「……何とか、威力を弱めてみます」

 シャマルもまた、拘束や障壁で威力を減らそうと試みる。
 ちなみに、かつてなのはのリンカーコアを狙い撃ちした旅の鏡による、内部からの攻撃も試みたが、龍神の体に込められた濃密な霊力によって無効化されていた。

「――――――――――」

   ―――“四刻八刻十二刻(しこくはちこくじゅうにこく)

 まるで“終わりだ”と言わんばかりに、声にならないような唸り声を上げる龍神。
 そして、先程までとは比べ物にならない水の奔流が繰り出される。

「ッ―――!?」

 それは、まさに意思を持った水のようだった。
 眼前の物を邪魔だと言わんばかりに、まるで棘のように鋭く、大岩のように重く迫る。
 それを見て、防御していたシャマルは悟ってしまう。
 “これは、耐えられない”と。

 ……だが、忘れてはならない。

「ぬ、ぅぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 ……今や名に恥じぬ力を持つ、“盾の守護獣()”がいる事を。

   ―――“魔纏錐穿波(まてんすいせんは)

 先程まで身体強化に使っていた魔力を、高密度の円錐状に放つ。
 高密度となった魔力は、龍神の霊力に削られる事なく、展開される。
 また、円錐状に放たれた事により、水の奔流を穿つように防いだ。

「す、すげぇ……」

「あれを、防ぐか……」

 明らかに防げないと思われた攻撃をたった一人で防いだ事に、ザフィーラを良く知るはずのヴィータとシグナムは開いた口が塞がらなかった。……むしろ、良く知っていたからこその驚きだったのかもしれない。

『はやてちゃん!!』

「っ、アインス!」

「はい!」

「「打ち砕け極光、全てを破壊し尽せ!」」

   ―――“Mjöllnir(ミョルニル)

 ザフィーラが防いでくれたのを見逃さず、再び二筋の極光が龍神を呑み込んだ。
 そして、その極光が晴れた所には……。

「……………」

     ズゥウウン……

 力なく地に伏す木曽龍神の姿があった。

「……やったのか?」

「……多分な」

 身動きをしなくなった龍神を見ても、気が抜けないはやて達。
 あれ程の魔法を一度は耐えたのだ。そう思うのも無理はない。

「とりあえず、倒した事を報告して、門を閉じて貰わないと……」

「……そうやな」

 シャマルの言葉にはやてが頷き、アインスがそれに応えるように念話をする。
 その間に、ヴィータは攻撃を見事に防いだザフィーラに称賛を送ろうと近づく。

「それにしても、さっきのすげぇな!いつの間にあんな魔法を使うようになったんだ?」

「…………」

「……ザフィーラ?」

 ヴィータが話しかけるも、ザフィーラは無言のままだった。
 さすがに訝しんだヴィータが、正面に回り込んで顔を覗き込もうとして……。

「っ、ちょ、おい!?ザフィーラ!?」

 力尽きるように、ザフィーラは地面に向かって落ちていった。

「くっ……!」

「さ、サンキューシグナム……」

「……どうした、ザフィーラ」

 咄嗟にシグナムがザフィーラを掴み、地面に激突する事はなかった。
 何事かとシグナムがザフィーラに問う。

「……単に、無理をしただけだ……。先程使っていた魔法は、体の限界を無視したものだからな……負担が大きすぎて、この様だ……」

「……飛べるか?」

「何とか、な……」

 ふらふらと、だが、ギリギリで耐えるようにザフィーラはその場に浮く。

「ざ、ザフィーラ、大丈夫なんか?」

「……そう言いたい所ですが……申し訳ありません」

「ええよ!ザフィーラは凄い頑張った!あの攻撃を防いだやんか!」

「……ありがとうございます……」

 はやてを心配させまいとするザフィーラだが、空元気も出せない程、体への負荷が大きかったようで、今にも落ちてしまいそうだった。

「主、すぐに戻した方がよろしいかと」

「……せやな。ザフィーラ、一旦アースラで休んどいてや。後は私達で何とかするから」

「……はい」

 本来なら、最後まで守護獣として傍に着くべきだっただろう。
 だが、却って足手纏いになると考えたザフィーラは、大人しくアースラへと戻った。

 その後、手の空いていた奏を転移で呼び、門を封印した。











 
 

 
後書き
冒頭の二撃…かくりよの門にて、木曽龍神が最初に行う全体攻撃。衰退(被ダメ増加)を付与してくるため、本編では咆哮と霊力の解放と言う扱いになった。実際は技名などはない。

水尾撫で…前列or後列全体攻撃。前列の場合は悪臭(道具封印)、後列の場合は沈黙(術封印)付与効果付き。沈黙付与が痛いため、かくりよの門では術系パーティの場合は全員前列推奨になっている。攻撃自体は霊力の水を纏った尾で薙ぎ払う。

大尾撃…毒付与効果ありの全体攻撃。名前の通り、尾を使って広範囲を薙ぎ払う。ただし、毒のように蝕む霊力を纏っている。

四刻…直前の詠唱後、水属性単体溜め攻撃。木曽龍神の形態の一つ、揖斐龍神の時に放つ溜め攻撃。霊力で作られた水が襲い掛かる。

魔纏金剛体…魔纏闘に次ぐザフィーラオリジナル魔法。魔纏闘と同じ要領で、極限まで防御特化の身体強化を施し、その身を盾とする。身体強化なので霊術にも強く、その防御力はトリプルブレイカーすら普通に耐え抜く。

四刻八刻…詠唱後、全体頭割り(人数で割る分散固定ダメージ)。ゲームならともかく現実ではザ・初見殺しな座標攻撃。ただし人数が多い程威力は減る。

四刻八刻十二刻…詠唱後、短時間の衰退付与の全体攻撃。ゲームではここまで来れば後一息と言った所だが、本編では段階的に威力が増す溜め技を連発しているので地獄でしかない。

魔纏錐穿波…魔纏金剛体に使っていた魔力を、高密度の円錐状にして放つ魔法。まるでドリルのように攻撃を削り、円錐状の形を生かして攻撃を受け流すこの魔法は、防御としても攻撃としても使う事が可能。強度も金剛体と同等。なお、体の負担が途轍もなく大きいため、一発が限界。


あれ、なんだろう、このザフィーラ優遇っぷり……。
いや、“盾の守護獣”なんだから防御力は相当高くないとダメですけど……。
ちなみに、耐えている時のザフィーラは作中トップクラスの防御力を持っています。ユーノの防御魔法より堅いです。

かくりよの門風に考えると、はやて達では全然戦力が足りません。なのにやり合えていたのは、空を飛んで回避する事が出来たからです。……まぁ、ゲームシステムと実際の戦闘の違いですね。
ちなみに、本来なら木曽龍神は木曽三川の川の名前に沿った形態にHP減少で変化し、それぞれに応じた戦法を取らなければなりません。……廃人勢はそんなの知った事じゃないとばかりに削りますけど。 

 

第148話「それぞれの尽力」

 
前書き
信じられるか……?まだ、本編では大門が開いてから一日しか経ってないんだぜ……?
……と言う感じで、ようやく夜が明けました。
各地の力の強い門も大体閉じたので、優輝達は一度態勢を立て直しています。
今回は、視点がばらけています。
 

 






       =out side=





「ですから!悠長に待っている暇なんてないんです!事は日本全土で起きているんですよ!?こうして我々が話し合っている間にも、一般市民はどんどん被害を被っているんです!」

「だが、既に自衛隊や警察も動かしている。充分だろう」

 東京のとある場所で会議が行われていた。
 緊急故、本来なら会議しないはずの時間帯に、これまた普通ではない立場の人間が集まっていた。……議題は、もちろん妖の事である。

「相手がどんな存在かもわかっていないんです。“大丈夫だろう”と構えているだけでは、取り返しのつかない状況になるかもしれないんですよ!現に、確認できるだけでも何百人もの死者が既に出ているんです!相手の正体も、原因も分からないのに“充分”だと言える訳がないでしょう!」

「っ……だったら、どうすればいいか具体的な案を言ってみろ!」

 そして、その会議の空気は最悪なものだった。
 何せ、未知の相手が大規模な襲撃をしてきたのだ。
 一般市民が混乱しているのと同じように、立場が高い彼らも平常心を保てていない状態だった。

「……ん?」

「―――――」

「……分かった」

 その中で、比較的落ち着いている男性が、部下である一人から電話を受け取る。
 そして、その相手からの言葉を聞いて、頷いた。

「とりあえず、だ。落ち着いてもらおうか」

「これが落ち着いていられませんよ!緊急で会議を開いたというのに!」

「ならば、そのまま聞いてもらおう」

 そういって、その男性は持っている電話を、スピーカーモードにする。

『……あー、聞こえますか?私は彼の個人的な知り合いで、高町士郎と言います』

 その電話の相手は、士郎だった。
 事情を簡単に知っている士郎が、伝手を頼りに重役の彼らに連絡を取ったのだ。

『私も簡単な事情を聞いただけなので簡潔に説明します。現在、日本全土に出現している、怪物。それは妖という存在で、かつて江戸時代にも存在していた化け物です。まぁ、名前の通り妖怪ですね』

「……確かに、報告には妖怪と同じような特徴がありましたが……」

『妖の発生源は幽世の門と言われるものです。どうやら、瘴気が溢れる穴のような見た目らしいですが、物理的に塞ぐ事は出来ません。よって、ただ妖を倒しているだけでは決して解決はできません』

 士郎から語られる説明に、俄かに騒めきが強くなる。
 聞き逃せない情報ばかりなので、当然と言えば当然だが。

「だ、だったらどうすれば……!」

『そのために専門家の存在、退魔士や陰陽師が必要になります。……既にそちらでも把握しているのでは?不可思議な術を使う存在を』

「……あれが、そうだというのか……」

「…………」

 実際に報告で退魔士や管理局員の事は伝えられている。
 尤も、“正体不明の集団”としてしか伝えられていないので、現実味はなかったが。
 そして、管理局員はともかく、退魔士に関しては知っている者も彼らの中にはいた。
 退魔士は国公認の組織なので、知っている者は知っているからだ。

『幽世の門の対処はこちらの伝手で何とかします。そちらは住民の避難と安全を最優先にしてください。余裕がない今は詳しい説明はできませんが、戦闘は退魔士と時空管理局と名乗る存在に任せてください』

「ま、待て、お前は何者なんだ?それらの情報を誰から聞いた?」

 話を締め括ろうとした士郎と、一人の男が慌てて止める。

『私は何者でもいいでしょう。誰から聞いたかは……まぁ、今の事態に詳しい人物からです。江戸時代で起きた事を良く知っているのでね……では、任せました』

 詳しく説明する暇はないと、士郎ははぐらかし、電話を切った。

「……との事だ」

「…………」

 彼らにとって、とてもではないが士郎の言う通りにはし難かった。
 何せ、電話を受け取った彼の知り合いとはいえ、信じられないような事ばかり言っていたからだ。……だが、同時にそうするべきだとも考えられた。

「……警察や自衛隊は、主に防衛、救助、避難に宛てるべきだ。原因の解決をしようがない限り、我らに出来る事はそれだけだ」

「彼の言う通りにするのですか!?いくら何でも……!」

「確かに鵜呑みにするべきではないだろう。だが、信憑性は高い。それに、全くの未知よりも、仮定でも相手の存在が判っている方がマシだろう。……そして、もし妖怪が相手なら、今は防衛に徹するべきだ」

 その後、何度も意見はぶつかり合ったが、最終的に士郎が言ったような方針で進めていく事になった。

















「貴方達は京都に残っているかもしれない妖を探して討伐。貴方達は他の県へ救援に向かいなさい。細かい指示はそれぞれのリーダーに任せるわ」

 場所は京都。土御門家本家。
 その中で土御門家次期当主の澄紀は各退魔士に指示を出していた。

「準備が整い次第、向かってちょうだい!」

「「「「はいっ!!」」」」

 椿と葵に一喝されたためか、澄紀はどこか一皮剥けたような雰囲気を持っていた。
 実際、自らの立場に拘るような無駄なプライドは鳴りを潜め、次期当主らしいカリスマへとそのプライドを変えていた。

「……ふぅ……」

 指示を出し終わり、澄紀はその場で一息つく。
 既に京都で何度も妖を倒してきた身。疲労も積み重なっていた。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

「……ええ。それに、ここでただ休む訳にはいかないわ。……古い資料が集めてある部屋に入る許可を取りに行かないと……」

「古い資料……?お嬢様、何を……」

「式姫と妖……おそらく、この家にはそれらの資料が残されているはずよ……。それらがあれば、今起きている事態を解決できる糸口が見つかるかもしれない」

「なるほど……」

 召使の言葉にそう答え、澄紀は実家へと向かった。

「(式姫について、私は大して詳しくない。……いえ、それどころか薄っすらと知っていただけ。知った原因は……お父様からの教えと、以前見た古い文献。なら……)」

 父にも式姫について知る情報源があったはずと考え、資料を漁るために許可を取りに向かった。







     ガラッ!

「っ、けほっ、けほっ。埃塗れね……」

 結論から言えば、あっさりと許可は出た。緊急時故、仕方ないともいえるが。
 そして、そのまま土御門の歴史が記された書物のある部屋へと澄紀は入った。

「(以前見た文献によれば、式姫は江戸時代に存在していた……なら、その時代を中心に……)」

 その時代の書物を手に取り、高速で読み解いていく澄紀。
 元々、彼女のポテンシャルは高い。
 それこそ、時代が時代であれば、相当腕の立つ陰陽師になれただろう。
 それだけじゃない。まさに文武両道と言える程、彼女は優等生だった。
 尤も、その分プライドが高くなってしまっていたが。

「(式姫……幽世の大門……これね……!)」

 そして、ついに今起きている事態と一致する資料を見つけた。
 澄紀はそれを中心に、次々と書物を調べていった。













「ォオオオオオオオオオオン!!」

 信濃地方の信濃川周辺にて、大きな咆哮が上がる。
 咆哮の主は信濃龍神。その名の通り、信濃川を力の源とした龍神だ。

「っ……!撃て!撃て!!」

 そんな龍神に対し、ヘリや地上から銃火器による攻撃が撃ち込まれる。
 しかし、まるでびくともしない。銃弾に至っては鱗で弾かれていた。

「くそ……!まるで効いていない!」

「こんなの、ありかよ……!」

 まるで効いていない様子を見て、戦っていた自衛隊の面々は戦慄する。

「……任せるしか、ないのか……?」

「けど、彼らは正体不明の集団なんですよ!そんなのに任せるなんて……!」

「馬鹿野郎!だからって俺達が頑張った所で、無駄な犠牲を出すだけだ!」

 戦っているのは、自衛隊だけではない。
 既に管理局員と現地の退魔士がおり、何とか邪魔をしないように戦っていた。

「……正直言って、悪いですが……私達にも、あれの対処は難しいです」

「こっちも同意見だ。くそっ、もっと強い魔法が使えりゃ……」

 だが、攻撃を避けて後退してきた退魔士と管理局員が歯が立たないと言う。
 それほどまでに、信濃龍神は堅かった。

「くそっ、だったらどうすりゃいいんだ!」

「エース達を呼ぶのは?」

「ダメだ。あっちもあっちで手強い奴らを相手しているらしい。手を貸してもらう余裕はないぞ」

「っ、避けて!!」

 悪態をつく自衛隊員の男。
 優輝達の内誰か呼べないか言う管理局員。
 そんな彼らに警告するように、退魔士の一人である女性が声を上げる。
 咄嗟に、管理局員は飛んで、自衛隊員は武器を投げ捨ててでも横へと逃げた。
 その瞬間、龍神がその場所を通り過ぎていった。

「あ、危ねぇ……!!」

「早く撤退を!……自衛隊だと、倒すよりも先に全滅してしまいます…!」

「……そうだな。けど、お前たちだけで対処できるのか?」

「対処が“難しい”だけです。不可能ではありません」

「ああ。物理攻撃は通じにくいが、魔法や…霊術だったか?それなら何とか行ける」

 既に退魔士達の内、何人かは殺されてしまっている。
 管理局員も、飛んでいるから重傷で済んでいるものの、何人か撤退している。
 だが、いつ死人が出てもおかしくはなかった。
 それでも、彼らは逃げる事なく立ち向かった。

「っ………行くぞ!ここを中心として、辺り一帯の住民を避難させろ!」

「は、はい!!」

 無力を感じながらも、一般市民を避難させるために、自衛隊は“戦略的撤退”をした。例え退けないと思っても、出来る事を優先したのだ。

「…あんたたちは生存を優先してくれ。俺達と違って、空を飛べないのは回避においてマイナスだからな」

「……分かってます。ですが、そちらの魔法ですか?あまり通じていないようですが……」

「何人か、強力な砲撃魔法は使えるんだがな……!そっちの術の方が通じやすいらしい!」

 飛んできた攻撃を、局員は会話していた退魔士を抱えて飛ぶ。

「ひゃっ!?」

「悪いな!ちょっと掴まっていてくれ!」

 薙ぎ払うように迫りくる尾を、何とか躱す。
 尾が通り過ぎたのを見計らって、局員は女性の退魔士を降ろす。

「あ、あの……」

「っ、悪い。緊急時だから許してくれ」

 なお、その際にある箇所を触ってしまっていたらしい。

「いえ……っ、今はそれよりも……!」

「……そうだったな……」

 今の状況はそんな気まずい雰囲気も許してくれない。
 即座に気持ちを切り替え、行動を再開した。

「……行け!!」

「喰らえ!!」

 一人の退魔士が霊術で炎を放ち、それに合わせるように管理局員が上空から砲撃魔法を放つ。

「っ、避けろ!!」

「ッ!!くっ……!!」

 その直後、別の局員が術を放った退魔士へと声を荒げて叫ぶ。
 自身に迫りくる攻撃に気づいた退魔士は、避けようと地面を蹴ったが……。

「ッ―――!?」

 一瞬、間に合わず、振り下ろされた尾によって潰されてしまう。
 目の前で命が散ったのを見て、その局員は硬直してしまう。

「っ……バッカ……!止まってんじゃねぇ!!」

「っぁ!?す、すまん……!」

 先ほど砲撃魔法を放った局員が、その局員を突っ込む形で抱える。
 寸前の所で龍神の噛みつきを回避する事に成功する。

「人が死んじまう事で動揺するのは分かるが、今は立ち止まるな……!」

「あ、ああ……。悪い、ただでさえ劣勢なのに」

「分かればいい。……くそっ、砲撃魔法が直撃してびくともしねぇ。反応してくるって事は効いちゃいるんだろうが……」

 悪態をつく局員の上空を、魔力弾が飛ぶ。
 その魔力弾は龍神の目を狙っており、上手く命中する。

「……目を狙うか」

「そうだな……って……!?」

 命中した際、僅かに龍神は怯む。
 それを見た局員二人は、そこを狙うべきだと察する。
 ……が、その直後に……。

「………くそっ!」

 骨の砕ける音と共に、血の雨が降った。
 反撃してきた龍神に、魔力弾を放った局員は噛み砕かれてしまったのだ。

「倒しきる前に、こっちが全滅しちまう……!」

「どうすれば……!」

 今まで運が良かっただけに過ぎないが、ついに退魔士だけでなく管理局員にも死人が出てしまった。その事に、ますます劣勢に陥る。

 ……すると、その時。



「膨大な霊力を感知。封印、緊急解除します」

「……え…?」

 抑揚のない少女の声が戦場に響いた。

「戦闘モード起動。……排除します」

 そして、桃色の一陣の風が、地上にいた退魔士と局員の間を抜けていった。

   ―――“斧技・瞬歩”
   ―――“斧技・鬼神”

 そのまま瞬時に龍神との間合いを詰め、胴体を駆けあがる。

「はっ!」

   ―――“斧技・夜叉四連”

 直後、手に持つ大きな斧で怒涛の四連撃を繰り出した。
 堅い鱗を持つはずの龍神の胴に、四つの斬撃跡が刻まれる。

「ガァアアアアアアアアアッ!!?」

「は、早い……」

「な、何者なんだ、あれは……」

 辛うじて、それが人型の存在だと分かっている退魔士と局員が呟く。
 その呟きで互いに知らない存在だと分かり、余計に何者なのかと混乱した。

「これで終わりです」

   ―――“斧技・雷槌撃”

 さらに胴を蹴り、頭まで移動した“少女”は、霊力を斧に纏わせる。
 雷を発しながら斧は振り下ろされ……。

     ドンッッ!!!

「ッッッ―――!!?」

 龍神の頭を、地面に叩きつけた。

「………」

   ―――“戦技・狂化(きょうか)

 少女の体を闇色と赤色が混じったようなオーラが包む。霊術による効果だ。
 そして、無言で少女は斧を龍神の頭へ何度も振り下ろす。

「……うへ……」

「うぷ……戦闘前の夜食が出そう……」

 何度も斧が突き刺さり、龍神の頭から血飛沫と肉片が飛ぶ。
 そのあまりの惨さにそれを見ていた退魔士も局員も吐き気を覚える。

「……対象沈黙しました。戦闘モードを終了します」

 返り血を浴びながらも、少女はそういって斧を御札に仕舞う。
 そして、龍神の死体から降りて門を見つけ出し、閉じた。

「…………」

「…………」

 少女はそのままの足取りで局員と退魔士の下へと歩いてくる。
 いきなり現れた少女に対し、皆が警戒していた。

「……交渉モード起動。……誰か、現状の説明を求めます」

「それは……こちらのセリフなんだが……」

 戸惑いを見せながらも、局員たちは改めて目の前に来た少女を見る。
 足まで届く、長くふんわりとした桃色の髪に、両サイドに赤いリボンのついたカチューシャをしている。また、小さな紅葉色の角が二本生えている。
 顔は(よもぎ)色の瞳で、感情がないかのように無表情だが、可愛らしい。
 服装は丈の短い紅葉色と浅緋(うすきひ)色の二色の着物で、それを留めるように腰の両脇に大きなスイカ程の直径の茶色の歯車がついている。ちなみに、両手首にもはめるように歯車と白いシュシュを付けている。また、梅があしらわれた白いマフラーもしている。
 脚には黒いタイツ、靴は紅葉色で可愛く装飾されており、戦闘向きとは思えない。
 何よりも注目すべきなのは、肘が人間ではなかったからだ。

「……ろ、ロボット……?」

 肘…関節の構造が、まるでロボットなどのようになっており、つい局員の一人が呟く。

「いいえ。私は“ろぼっと”とやらではありません。絡繰りです」

「……とりあえず、こちらからすればいきなり現れた相手を信用する訳にはいかない。素性を説明する事は出来るのか?」

「…………」

 局員の問いに、少女は一旦黙り込む。
 言えないのかと、周りは思うが、微かに彼女の中の“絡繰り”が動く音が聞こえた。

「……解説モード起動。私は式姫の天探女と言います。行方不明になったますたーを探し出す事は不可能と判断し、現在まで自己封印をしていました。こうして再起動をしたのは、膨大な霊力を感知したからです」

「自己封印……いや、他にも色々気になる事はあるが……まぁ、いい」

 名前が分かっただけマシだと、聞いた者達は思うようにした。

「式姫……と言ったな。つまり、幽世の門や妖について知っているという事でいいか?」

「……交渉モードに戻ります。……はい。そうおっしゃるという事は、再び幽世の大門が開かれてしまったという認識で構いませんか?」

「は、話が早いな……。まぁ、そう言う事だ」

「分かりました。では」

 幽世の門が開き、再び妖が現れるようになったと聞いた天探女は、そのまま去った。

「って、ちょっと!?」

「速っ!?まだ暗いから見失った!?」

 驚きの連続だったため、つい呼び止めずに行かせてしまう。

「……あー、とりあえず、式姫がいたって事は報告しておくか……」

「この状況下で呼び止められなかったのは痛いぞ……」

 溜め息を吐きながら、とりあえず報告するために通信をする局員。
 退魔士たちも、残った局員から情報交換したり、撤退した自衛隊と合流したりなど、自分たちにできる事を遂行した。























   ―――……夜が、明ける……





「……………」

 一つの人影が、真上へと昇る日に照らされながら駆ける。
 向かう先は東京。かつて、“武蔵国”と呼ばれていた地域だ。

「……!」

 人影の前に、何体かの妖が立ち塞がる。
 それを見て一瞬人影は立ち止まる。……が、即座にまた駆ける。

「ガァアアッ!」

 向かってくる人影に、妖は襲い掛かる。
 しかし、そのまま人影に素通りされ……。

「――――――」

 その妖の首が、落ちた。









「……ん、おい、あれ……」

 東京。日本の首都であり、日本で最も人口が多い都市。
 人口が多く、発展している事もあって、妖からの防衛は上手く行っていた。
 都市の中心に一般人は避難し、そこを中心に警察や自衛隊が妖を防衛していた。

「あれは……」

 妖から人々を守るのはもちろん、逃げてきた人を保護する事もしていた。
 そして、その中の何人かが、近づいてくる人影に気づく。

「避難してきた人だ!周囲に化け物がいないか確認した後、保護しろ!」

 その人影は少女だった。桃色の着物と赤色の袴と言う、現代において珍しい着物姿だったが、少女を見つけた者達は近づいて行った。

「………」

 一方、少女は近づいてくる人達を前に足を止める。

「大丈夫か?他に誰かいたりは……」

「………どこ……」

「え……?」

 言葉を掛けた男は、少女が呟いた言葉に首を傾げる。
 同時に、“何かがおかしい”と、男は思った。

「……逢魔時退魔学園は……どこ……?」

「逢魔……なんだって?」

「……そう……」

 少女の問いに男は答えられずに聞き返す。
 だが、少女にとってはそれだけの問答で十分だったようで……。

「じゃあ、いいよ。後は自分で探すから」

「……ぇ……」

 男の体が、斜めに両断された。

「な、なにを!?」

「………」

 突然の事に、一緒に駆け寄っていた男達が驚愕する。
 そして、一瞬見えた剣閃を最後に、その命が消えた。

「な、ぁ……!?」

「何をす……る……!?」

 少し離れた所にいる者達が、そこでようやく気付く。
 少女が放っている、“濃密な瘴気”に。

「お前は一体、なんなんだ!?」

「……」

 恐怖しながらも問うた男を、一閃の下切り伏せる少女。

「くそっ!!」

 もう一人の男が、アサルトライフルで撃つ。
 銃を撃つ事に既に躊躇いはなかった。
 彼の認識では、もう少女は人ではないと悟ったからだ。

     キキキキキキン!

「は……?」

 だが、その銃弾はあっさりと斬られる。
 そのまま少女は前進し、銃ごと男は細きれにされる。

「な、なんだよあいつ……!」

 一部始終を遠くから見ていた者が、戦々恐々しつつ呟く。
 明らかに人が為せる業ではないと今ので理解したからだ。

「至急応援を呼んでくれ!人の姿をした化け物が現れやがった!!」

「くそっ、来るな!!来るなぁ!!」

 そして、彼らはパニックに陥る。
 阿鼻叫喚の惨状となり、少女に近づかれた者から一人、また一人と殺される。







   ―――……させないよ……!







「っ……!」

 その時、四つの陣が空中に展開される。
 それを見て、少女は飛び退いた。

「な、今度は何だ……!?」

「な、何か出てくるぞ!」

 四つの陣から出てきたのは、四体の人ならざる者だった。
 青い鮮やかな鱗を持つ龍。赤い羽根を持つ大きな鳥。兜のようなものを纏い、尾が蛇となっている巨大な亀。青く雷光を纏う鬣と白い体毛の大きな虎。
 どれもが人の身では敵いそうにない存在だった。

「嘘……だろ……?」

「あんなの、相手にしろって言うのか……?」

 ただでさえ少女相手に蹂躙されていた所に、四体の出現。
 それだけで、人々は心を折られた。
 そこへ、少女が斬りかかる。

「っ……!?……?」

 接近を辛うじて認識した男は咄嗟に目を瞑る。
 しかし、訪れるはずの“死”がない事に訝しみ、目を開けると……。

「え……?」

「グルルルゥ……!」

「ッ……!」

 男の前に、虎が立っていた。
 男からは見えないが、虎が爪を振るい、刀を受け止めていたのだ。

「クァアアアア!!」

「ッ!」

 さらにそこへ、鳥が炎を放つ。
 放たれる炎弾は、少女の刀に切り裂かれるが、ブレスのように炎が繰り出された場合は、少女はすぐさま飛び退いた。

「ガァアアアアア!!」

「ォオオオオオオオン!!」

 飛び退いた所へ、亀が圧し潰しにかかる。
 それを避けたのを予期し、龍が雷を繰り出す。

「……味方、なのか……?」

「……青い龍、炎の鳥、尾が蛇の亀、白い虎……まさか……」

 それぞれの特徴に、一人の男が気づく。

「……四神?」

「四神って……青龍、朱雀、玄武、白虎の事か?」

「言われてみれば、確かに……」

 一人の少女を相手に、四体で攻め立てる。
 その様子を見て、彼らは四神と特徴が合致していると気づく。

「……どの道、今はあれらが相手してくれている。今の内に、俺達にできる事を!」

「あ、ああ!」

 じっとしていてはダメだと、彼らは行動を起こす。
 避難誘導や他の妖の防衛など、やる事は大量にあるのだ。





















「……これで、何とか……!」

「四神の召喚……これでも、時間稼ぎしか出来ないなんて……」

「これでも、あたしの力をだいぶ使ったんだけどねぇ……!」

 一方、どことも取れない、どこかの場所。
 そこで、一人の少女が踏ん張るように陣の上に立っていた。

「時間がない。幸い、四神が召喚出来たからあんたを送る事に何も問題はない」

「……はい」

「だけど、時間制限はそのままだ。……二刻半、それが限界だよ」

「分かってます」

 陣に立つ少女の前には、もう一つ、別の模様の陣が敷かれていた。
 そこへ、会話していた少女の片割れが立つ。

「言っておくけど、四神でもいつまで持つか分からない。それに、どれほどの死人が出るのかもね。式神として召喚した四神と違って、あんたは最期を迎えた場所、縁のある場所にしか送れない。召喚と同時に向かわなければ、間に合わないよ」

「……はい…!」

「……よし、じゃあ、行ってきな」

 陣に立つ少女がそういうと、もう一つの陣が輝き始める。

「……頑張って」

「……はい」

 もう一人、陣の外にいる少女の激励を受け、少女は“現世”へと、召喚された。

「(……今、助けに行くよ……!)」

























   ―――………お兄ちゃん……!!





















 
 

 
後書き
信濃龍神…見た目は黒い龍。色と曲が相まってやばさが凄い。戦線に出ている人数が多ければ多い程ダメージが減る頭割り攻撃を初めて使ってくる妖。防御力が高い上、参戦の際に最低限のHPが求められるなど、勢いで進んできたプレイヤーを叩き潰しに来る。なお廃人勢には(ry

天探女…全ての鬼族の始祖とされている存在。それを基に作られた絡繰り人形。いつの時代、誰の手で生み出されたかは不明。複数の人格機構があり、状況に応じて人格を使い分ける。

斧技・夜叉四連…打属性の四連撃。夜叉の如き勢いで攻撃を叩きこむ。その一撃一撃は重く、鋭い。生半可な防御では防げない。

戦技・狂化…攻撃が上がる代わりに技が使えなくなる。攻撃上昇倍率は中々高い。

四神…文字通り四神。ただし、今回召喚されているのはそれらを模した式神。だが、四神の名を冠するだけあって、式神と言えどその強さは一線を画している。ゲームではレイドボス。


天探女は、第2章の閑話5でほんの少しだけ後書きで紹介しましたが、今回、実際に登場したので再度詳しく紹介しています。

何気に増援で駆け付けているはずのプレシアさんが影も形もない状態ですが、プレシアさんは艦から次元跳躍魔法で熊野川の龍神などと戦っている局員たちを援護しまくっています。と言うか、今回の信濃龍神以外はこの魔法のおかげで勝てています。ちなみに、信濃はさすがに手が回らなかったらしく、一回も援護されなかった模様。 

 

第149話「向かう場所は」

 
前書き
前回のラストは時間で言えば九時前ぐらいです。
今回の冒頭は、そんな前回より若干時間を遡った所から始まります。
 

 






       =優輝side=





「状況としては、だいぶ持ち直している。既に人里近い門はほとんど閉じられ、力の強い妖も淘汰された。たった一晩でここまでやれたのは偏に君達の尽力あってこそだ。本当に感謝している」

 クロノが代表して皆にそういう。
 今この場には、椿と葵以外の夜中に戦闘していた全員が集まっている。
 椿と葵は式神と使い魔を使って索敵などをしてくれている。
 夜が明ける直前ぐらいに戻って、休息を取ってからそうしてくれている。
 ……聞けば、何人か死んでしまったようだが……。

「現在は警戒はしているものの、既に現地の組織だけで対処できる状態となっている。だが、もちろんの事、原因をどうにかしなければ解決にはならない」

 そう。今は何とか膠着状態に持ち込んだだけだ。
 時間が経てば経つ程こちらの戦力は消耗するだろう。

「そこで、だ。椿と葵以外の妖などに詳しい人物を優輝が連れてきてくれた。行動目的は合致しているので協力してくれるらしい」

「せ、瀬笈葉月です…!」

 皆の前に出てきた一人の少女が自己紹介する。
 僕が連れてきた瀬笈葉月だ。
 ちなみに、魅了に関しては戻ってきた司に頼んで対策済みだ。
 魅了に関しては精神干渉の対策に念を入れていると言って、伏せている。
 さすがに転生者(こちら)側の事情には巻き込めないしな。

「……あー、色々彼女について気になるだろうけど、それは今は後回しにしてくれ。それで……だ。どうやら、大門の守護者の大体の位置が判明したようだ」

「えっ……?」

 誰かが驚きの声を上げる。
 対し、瀬笈さんは気恥ずかしそうにしていた。
 物見の力で位置を割り出して、僕を通じてクロノに伝えていたからな。

「(それはそうと……だ)」

 具体的な位置をクロノが説明しているが、僕はもう知っているので聞き流す。
 ちなみに、位置としてはかつて武蔵国と呼ばれた辺りらしい。

「(帝が言うには……)」

 集まる前、帝に聞いた話だ。
 どうやら、僕らとは別に単独で動いている陰陽師がいるらしい。
 しかも、その人物は以前門が開いていた時代から転生してきたようだ。
 僕らとはあまり慣れ合う気はなかったらしく、転送装置を借りてそのままどこかへ行ってしまったようだが。

「(代わりに那美さんを預ける程度には信用してもらえてるらしいな)」

 そう。那美さんだ。
 ……どうでもいいけど、巻き込まれすぎじゃないか?
 まぁ、那美さんも一緒にいた久遠も霊力が多いから妖が寄ってきて仕方ないけどさ。

「(……ま、驚くよなぁ……)」

 一方で、瀬笈さんは蓮さんを見て驚いていた。
 まぁ、知ってる顔ぶれがあったら驚くよなぁ。
 一応、僕が幽世の門などに関して式姫から聞いた事は知っているから、そこまで強く驚きはしなかったようだけど。

「(他に何かあるとすれば……)」

 瀬笈さんと同行していた鞍馬という式姫だな。
 生死すらわからない状態で、捜索も困難だ。
 おまけに、式姫であるならば妖から逃れ続けるのも難しい。
 上手く、街の庇護下に入っていれば何とかなるが……。

「(それと、シーサーさんだ)」

 結局、あの伝心の後音沙汰がない。
 危険な状況であれば連絡するだろうし、さすがに大門の守護者が沖縄をわざわざ襲撃するとは思えない。……可能性はゼロではないけど。

「(っと、噂をすればなんとやら、か?)」

 伝心用の御札に反応が。相手は当然シーサーさん。

「『クロノ、ちょっと連絡が入った。もしかしたら協力者が増えるかもしれないし、少し席を外すぞ』」

「『いきなりだな。だがまぁ、わかった』」

 クロノの許可ももらった所で、少し席を外して応答する。

「『シーサーさん?』」

『おう。そっちは無事か?』

「『まぁ、何とかですけどね。各地も大体は持ち直したようです』」

 とりあえず、現状を一言で伝える。

「『そちらは?』」

『ああ。こっちもだいぶ安全になった。軍の基地があったのもあるが、門の脅威が然程強くなかったからな』

「『そうですか』」

 ……と、言う事は、だ……。

「『こちらに来れるという事ですか?』」

『そう言う事だ。今行けるか?』

「『ちょっと待ってください』」

 連絡が入ったという事は来れるのだろうと思っていたけど、一応許可は必要だ。

「『クロノ、協力者をここに召喚していいか?』」

『今か?さすがに今魔法でそれをやられるのは……』

「『大丈夫だ。霊力での召喚だ』」

『いや、同じだからな?とりあえず、ちょっと待ってくれ』

 クロノに冷静に返さる。どうやら、今すぐは無理そうだ。

「『今すぐは無理なので、可能になったらこっちから連絡入れます』」

『わかった』

 そういう訳で、一旦伝心を切る。





「ところで、その協力者はどういった人物なんだ?」

「性格は典型的な姉御肌な感じだな。シーサーの式姫って言えばわかりやすいかもな」

「シーサーって……あのシーサー?」

 沖縄の置物とかのシーサーを連想したのか、なのはが聞いてくる。

「他のシーサーを知らんが、まぁ、そうだ。……言っておくが、なのはが想像しているようなライオンみたいな感じじゃないぞ」

「えっ!?どうして私が思っているのを!?」

「いや、顔に出てた」

 凄く分かりやすい顔をしてたからな。今のなのはは。

「そ、そうなの?」

「ええ。そうね」

「凄く分かりやすかったよ?」

「えぇー……」

 アリサ、すずかに肯定され、しょんぼりするなのは。

「よし、じゃあこっちに召喚するぞ」

 伝心でシーサーさんに合図を送り、召喚の術式を発動させる。

「……っと、ここがあんたたちの拠点か。……結構大所帯だな」

「わ、わわ……!?」

「……ん?」

 こっちに来たシーサーさんの姿を見て、何人かの女性陣が顔を赤くする。
 ……なんだ?

「も、もうちょっと露出度を下げなさいよー!?」

「……あー……」

 女性陣の気持ちを代表するように、アリサが吠えた。
 まぁ、確かにシーサーさんの今の恰好は露出度が高い。
 脚が毛皮に覆われているとはいえ、水着とかと同じぐらいの露出度だからな。

「そう言われてもなぁ……式姫としていた頃はこれが普通だったし……」

「そうですね。当時はあまり気にしてませんでした」

 シーサーさんが頬を掻きながら言った言葉に、蓮さんも同意する。
 ちなみに、蓮さんはシーサーさんと一度会っているため、協力者がシーサーさんだと知って納得していた。

「し、しかし、その恰好だと割と危ないのでは……?」

「クロノ君……?」

「え、エイミィ!?い、いや、これは防御の事でだな……」

 クロノがシーサーさんの恰好を見てそう尋ねる。
 直後にエイミィさんに詰め寄られて言い訳してるけどな……視線がそういう類のタイプだったんだよなぁ……。仕方ないのかもしれないけどさ。

「あぁ、オレは体が頑丈だからな。むしろ身軽で丁度いい感じだ。……まぁ、確かに防御面で厳しい所もあるけどな」

「確かに、限りなく服装を減らした分、早く動ける……。理に適っている……のかな?」

「……だからってあれ以上薄着にならないでよねフェイトちゃん……」

 一理あると頷いて天然発言しているフェイトになのはが突っ込む。

「(……助っ人を呼んだだけでどうしてこうなった?)」

 まぁ、大体シーサーさんの恰好が露出度高いからなんだけど。
 でも、式姫は普段の姿が一番戦いやすいそうだ。
 当時は防具や武器も別で製作していたらしいが、一番馴染み深かったのは召喚された時の恰好と武器だったと、椿や葵から聞いている。
 身の丈にあった武具が一番扱いやすいから、わからないでもない。

「シーサーさん……ですか」

「ん?あんたは……」

「瀬笈葉月と言います。……貴女達式姫を、良く知る者でもあります」

「……そうか」

 シーサーさんにとって、瀬笈さんが何者かは分からないだろう。
 でも、目を見てどういった人柄の人物からはなんとなく理解したようだ。

「……あー、期待されている所悪いが、オレはあまり強くないぞ?むしろ、以前と比べて弱体化していると言っていい程だ」

「そ、そうなのか?」

「元々、大気中の霊力は昔の方が濃かったんだ。けど、霊術などの存在が表で信じられなくなるに連れ、その霊力も薄くなった結果、霊力を必要とする式姫の力は弱まっていった」

「……椿と葵から聞いてたのか」

「まぁね」

 シーサーさんが説明する前に、僕が先に説明する。

「もう一つ理由があるけど、それは……」

「……オレ達の主を、失ったからだな。主から供給される霊力がなくなれば、当然力も失う。燃費が悪い奴だと、そのまま幽世に還る奴もいた」

「こっちでの使い魔と同じようなものか……」

 言っていいのか迷ったが、今度はシーサーさんが率先して話してくれた。

「だから、供給を得るようになった椿や葵、蓮は強さをそれなりに取り戻している」

「……せっかくだから、シーサーさんも……」

「いや、オレはいい。霊術を扱えるのは、この場にいる数人だけだろう?見た感じ、これ以上の供給は戦闘時に支障を来す。それなら供給はなしでいい」

 ……確かに、シーサーさんの言う通りだ。
 僕も椿と葵でリソースはほとんど使っている。
 葵の場合は地力でも何とかなっているから負担は軽いが、それでも式姫二人は多い。
 忘れがちだが、椿は霊力保有量がずば抜けており、貯蓄してるからこその強さだ。
 アリサとすずかは単に経験不足と霊力量が問題だ。
 経験不足は霊力で何とか補っている状態なのに、それを崩す訳にはいかない。
 霊力が多いアリシアも、蓮さんでいっぱいいっぱいだ。

「あ……なら、私が……」

「瀬笈さんが?……いや、戦闘出来ないのなら適任か……」

「はい。どの道、このままでは足手纏いなので……。それなら、後方で待機して霊力を供給するだけでいいですし……」

「………」

 瀬笈さんの言い分にシーサーさんは少し考え込む。

「……分かった。供給だけを行う仮契約を頼む」

「分かりました。……と言っても、僕は仮契約の術式しか知らないので、本契約は出来ませんけどね」

 シーサーさんも、かつての主が忘れられないのだろう。
 本契約は避けるようだった。

「ちょっと別室で契約をしてくる」

「分かった。時間はあまりないから、急いでくれ」

「ああ」

 どうやら、シーサーさんは契約するための術式を覚えていないらしい。
 ……僕が覚えていてよかった。瀬笈さんも知らないらしいし。







「……よし」

「……さすがに違うな。これなら多少の強敵なら屠れる」

「お役に立ててよかったです」

 仮契約を完了させ、戻る。
 ちなみに、契約の際にこれからは以前の名である“山茶花”と名乗るそうだ。

「(そういえば、椿と葵が戻っていたな)」

 契約をしている間に、索敵などをしていた椿たちが戻ってきていた。
 念話と伝心で連絡があったから、今は皆といるはずだ。

「待たせたな」

 皆がいる場所に戻って、僕はそういう。
 戻ってきていた椿と葵が、僕の方に来る。

「っ……!?」

「っと、どうした葉月!?」

「あ、あ、貴女は……!」

 その時、瀬笈さんが慄くように警戒心を露わにする。
 シーサーさん改め、山茶花さんが驚く中、瀬笈さんが指さした方向は……。

「えっと……あたし?」

「葵……?」

 まさかの、葵だった。
 葵自身も戸惑っているし、どう言う事だ……?

「鞍馬さんは、鞍馬さんはどうしたんですか!?」

「え、鞍馬って……あの?」

 瀬笈さんの驚き方は、“なぜここにいる”と言った感じだ。
 そして、同行していた鞍馬という式姫の所在を問い詰めている。
 ……あぁ、なるほど……。

「二人を襲った式姫の姿をした存在……それが葵、つまり薔薇姫という式姫の姿をしていた訳なんだな?」

「……そう、です……」

「あー、そう言う事、かぁ……」

 葵を警戒しながらも、僕の言葉に瀬笈さんは頷く。
 葵も、今ので警戒される理由に納得したようだ。

「うーん、疑いを晴らすためには……あ、そうだ。椿、マスター権限」

「え?あ、記録を見せるのね。葵もいいかしら?」

「プライベートは晒さないでよ?」

 今ここで言葉だけで説明しても、完全に信じれるとは限らない。
 だけど、葵の場合は、葵だからこそできる事がある。
 それは、デバイスとしての記録。

「マスター権限。えっと……どの時間帯がいいかしら?」

「瀬笈さんが襲われたのは大体深夜だから……0時から今までがいいんじゃないか?」

「そうね。0時から今までの情報展開」

「……Yes,Master」

 デバイスとしての受け答えを葵は行い、勾玉の姿になって映像を投影する。

「一応、記録を見る限りは葵は関係ないが……」

「あの、ここまでしなくても……。今のやり取りで十分です」

「そうか?」

 瀬笈さんがあっさり納得してくれたので、葵は元に戻る。
 記録映像、ほんの少し見せて終わっちまったな。

「……私が襲われたのは、こちらの薔薇姫さんとは別の薔薇姫だと思います」

「そう考えるのが妥当ね」

「でも、そうだとしたらなんであたしなんだろう?」

 葵の疑問は尤もだ。なぜ、葵の……薔薇姫の姿をしていたのだろうか。

「出会ったのが葵なだけで、実は他にもいたり?」

「ありえるわね……」

「そうかなぁ……。なーんとなく、違う気がするんだよねぇ……」

 僕の言葉に、椿はともかく葵は疑問を持っているようだ。
 何か引っかかりがあるようだが……。

「……遭遇する可能性は考えておくべきだな」

「そうね。守護者との戦いで襲われたら面倒極まりないわ」

「とりあえず、クロノ。聞いていたな?式姫の姿をした妖のような存在がいるかもしれん。……と言っても、式姫の姿はここにいる面子以外は知らないから、襲われても人型の妖だと思うか」

「分かった。警戒はしておくように呼び掛けよう」

 少なくとも薔薇姫の姿はあると分かっている。
 偽物にはジュエルシードを集める時に嫌でも脅威を思い知らされている。
 警戒度も十分高いだろう。

「さて、大門の守護者がいるのは東京らしいが……どうする?」

「向かわせる戦力の事だな?……参考なまでに椿、葵」

 僕もクロノも、大門の守護者の力量は分からない。
 少数精鋭で行くのは確定だがな。
 物量で攻めても犠牲の方が大きい。

「……今の私達個々の力では、全く敵わないわ」

「そうだね。あたし達はまだ全盛期の力を取り戻していない。でも、その全盛期の力を以っても、あたし達は守護者の前に立つ事は許されなかった」

 その手前で大怪我を負ったから……だったな。
 となると、戦線に送り出すのは……。

「……やはり、神降しか」

「そうなるわね」

「問題は、それで倒しきれるか。なんだよな」

 もしかすれば、神降しでも敵わない相手かもしれない。
 その場合は、少しでも実力が高い者が同行すべきだ。
 それに、先程言っていた式姫の偽物にも注意しないといけない。

「個々の能力が強いのは……司」

「わ、私!?」

 司の名前を呼ぶ。
 そう。神降しを除けば、一番戦力になるのは司だ。
 それこそ、霊魔相乗の僕以上に強くなれるはずだ。

「……司、いざと言う場合は、限界以上の身体強化をする必要がある。でも、もし使うべきだと思ったら、躊躇なく使ってくれ」

「わ、わかったけど……」

 例え身体能力は上がっても、思考がついて行くとは限らない。
 その点を考えると、司はいざと言う時のための僕の代役としているべきだろう。

「……偽物はあたしが担当するね」

「葵か。まぁ、妥当と言えば妥当だが……」

「……このままだと、一対一になるわね」

 椿の言う通り、神降しした僕と肩を並べて戦える者がいない。
 司はいざと言う時のために温存すべきだし、司以外に神降しの僕の動きについてこれる者がいない。……いや、ついて行けたとしても、連携が取れない。

「それに、他の妖の脅威がなくなったとは思えない」

「そうだね。霊力に惹かれてきた妖をどうにかする必要がある」

 幸い、日本全体は今の所ピンチを脱した所だ。
 警戒するのは戦闘になる地域だけでいいだろう。

「……それなら、司を含めた魔導師組は後方待機。いつでも出れるようにして、式姫の二人は戦闘の影響で現れる妖の相手……まぁ、露払いだな。で、葵は葵の偽物が現れたら相手を。それ以外は式姫の皆と同じで」

「……結局、一人で戦うのか?」

「そうなるな。いや、椿もいるから実質二人だけど」

 神降し中は一人だからあながち間違っていないか。

「司なら、優輝の動きについて行けると思うが……」

「……そうだな。二対一なら……」

 ジュエルシードをフル活用した身体強化を僕と司に使い、二対一で戦えば勝てる確率は最も高いだろう。……だが。

「……そうはいかないようね」

「何?」

「あたし特製のサーチャーなんだけど、見てみなよ」

 葵が見せてきたその映像の存在により、その案は却下される。

「これ、は……!?」

「かつて、封印されていた名もなき龍。でも、その強さは尋常じゃないよ」

 映像に映っているのは、黄土色の体に白い鬣の、利根龍神などと同じ系統の龍だ。
 まだ眠っているらしく、動きは見られないが……。

「以前は、厳重に封印されていたんだけど、今はその封印がない状態よ」

「少なくとも、あたしやかやちゃんじゃ絶対勝てないね」

「葵がそういう程の強さか……」

 今は眠っているから被害はないものの、その出現位置が問題だった。
 そこは、瀬笈さんが示した大門の守護者がいる位置。
 このまま戦えば、確実に余波で目覚める。

「司は、こっちに宛てるべきね。暴れ出したら、被害が途轍もない事になるわ」

「そうか……」

 クロノは渋ったような顔をするが、それが妥当だ。
 何せ……。

「……一体、何を相手にしているか分からないけど、こっちも時間の問題よ」

「……そうだな」

 次に見せられた映像は、東京辺りの映像だった。
 そこには、四体の妖が何者かを相手にしている映像だった。

「これらの妖は四神を模したものよ。その強さは他の妖に対して一線を画した強さよ。……そんな存在が一遍に相手しているのよ」

「これの恐ろしい所は、この四神たちは人の味方をしている事だね。そして、倒されるのも時間の問題」

「なっ……!?どういうことだ!?」

 僕らが仮契約の儀式を済ませている間に、四神の存在は観測していたらしい。
 だが、四神が人の味方をしているのはクロノは知らなかったようだ。

「考えてもみなさい。四神の相手は、濃密な瘴気を纏っている。サーチャーが壊れない距離からだと、姿がわからない程よ?そんな存在、限られてるわ」

「……大門の守護者ですね」

 瀬笈さんが、確信を持ってそう言った。
 そして、それを椿と葵は肯定した。

「元々、四神の妖は以前も決定的な人の敵ではなかったわ。だから、人の味方をしていてもおかしくはない」

「問題は、四神がやられるのも時間の問題って訳。それに加えて、こっちの龍だよ」

「っ……悩んでいる時間もないのか……!」

 四神の戦闘の余波で、龍が目覚める可能性も高い。
 何せ、いる場所はどちらも東京だ。
 ……今頃、東京で避難している人達は阿鼻叫喚の状態だろう。

「司以外は先程僕が言っていた配置で行こう。司は椿の言った通り、龍の方に行ってくれ!……目覚めなければ封印を、目覚めたら……」

「何とか、してみるよ」

「頼む」

 眠っている状態なら、龍ごと封印すれば門も閉じれるだろう。
 守護者としてそこにいるのならともかく、ただ眠っているだけなら、そのまま門の向こう側に押し込んでしまえば封印できるらしいからな。

「聞いていたな!これより、各員は後方待機!いつでも出れるようにしておくように!式姫の二人は大門の守護者との戦闘に妨害が入らないように警戒を!……じゃあ、優輝、椿、葵、司。頼んだぞ」

「……任せてくれ」

 時間がない。急がないと。……でも、その前に。

「クロノ、一つ頼みたい事が」

「なんだ?」













「……準備、完了……」

「……頑張ってください」

「任せて」

 神降しを事前に済ませ、()は転送ポートに立つ。
 隣には、葵と司が来る。

「あの戦闘区域に直接転送する事は出来ない。……どうやら、座標が狂わされるようだからな」

「問題ないよ。すぐに駆け付ければいいんだから」

「……健闘を祈る」

 クロノのその言葉と共に、私達は転送された。







「……あっちね」

「じゃあ、優輝君。私は……」

「任せた」

 神降しの影響で、椿の口調が出そうになる。
 まぁ、一人称が変わるんだし、今更だけどね。

「(反動も大きいだろうけど……仕方ないか)」

 相手は大門の守護者。
 椿と葵が、“絶対に敵わない”と思ってしまう程の相手。
 そんな相手に、神降しの反動を気にしてなんかいられない。

「……行こう」

「偽物は、任せて」

 司と別れ、葵と共に一気に駆ける。
 向かう先は東京。“武蔵国”と呼ばれていた地域……!











       =out side=





「………」

「ォオオ……オオ……」

 大きな体が、その場に崩れ落ちる。

「……そん、な……」

 それを遠くから双眼鏡で見ていた男は信じられないように呟く。

「あれほどの相手を、たった一人で……」

 倒れ伏す四体の四神。
 それらを倒したのは、たった一人の少女だ。
 見た目だけの問題なら、あり得ないと思うだろう。

「くそっ……!」

 避難してきた人達を守る彼らは、四神が相手をしている間に守りを固めようとした。
 だが、そんなのは無意味だと、四神の戦いを見て理解したのだ。
 さらには、別方向の場所に、正体不明の龍が現れていた。
 そちらの警戒も怠れないため、どうしようもなかったのだ。
 ……その上で、四神があっさりと倒されてしまったのだ。

「あ……ぁ……」

 悪態をつく者もいれば、怯えて声が出せなくなる者もいた。
 何せ、自分たちではあれに勝てない事も、次は自分たちがやられる番だとも、理解できてしまったからだ。

「っ………!」

 一歩、少女は彼らに向かって歩く。
 双眼鏡越しにそれがわかり、つい体が跳ねるように強張る。

「……!」

 だが、それ以上少女は歩を進めなかった。

「あれ、は……」

 恐怖に足を竦めながらも、状況を見ていた男が呟く。
 少女の少し離れた前方に現れたのは、二人の少女。
 片や、銀髪に黒い外套を纏った少女。
 片や、狐の耳と尻尾を生やし、茶髪で十二単のような着物に身を包んだ少女。

 ……葵と、神降しをした優輝だ。

「まさか……」

 様子を見ていた男は期待するように呟いた。
 対峙しているという事は、その二人も味方をしてくれるのではないかと。
 ……果たして、その予感は合っていたのだった。















   ―――現世と幽世を巻き込んだ戦いが、今始まる……















 
 

 
後書き
封印されし龍…HP100万と言うレイドボスもびっくりなHPの龍。所謂スキルの威力チェックのサンドバック的な立ち位置の妖だが、HP半分から徐々に強さが増す。本来なら厳重な封印が施されているが、今回は封印なしで現れた。


描写していませんが、蓮と交流があった時期(115話でちょろっと説明した)に、司による魅了防止の加護を受けているのでシーサーは魅了を受け付けません。
封印されし龍に関してですが、妖としての正体が不明なのでただの足止めにしかなりません。と、言うより、書いていて大門の守護者と一対一にならないと気づいたので、急遽登場させた感じです。よって、絡新婦のように戦闘シーンはカットされます(予定)。予めご了承ください。 

 

第150話「大門の守護者」

 
前書き
第5章ラスボス戦です。
尤も、RPGものの魔王のように、何戦も重ねますが。

今更ですが、優輝がリヒトとシャルを両方扱う時のスタイルは、基本的にリヒトがグローブ、シャルが武器の役目を担っています。
また、132話で大門の守護者は人に害を齎す程の瘴気を纏っているとある割りに、前回は普通に人が近付きました。これの理由は、守護者自身が内側に抑え込んでいたため、瘴気に気づけなかったからです。ちなみに、例え守護者が手出ししなくとも、近付いた人達は瘴気の影響で衰弱死する運命にありました。
 

 






       =優輝side=







「っ………!」

 駆け付けた時には、既に四神が地面に倒れ伏していた。
 既に四神からは霊力が感じられない。……敗北したのだろう。

「警戒は頼むわ」

「了解」

 一般人と大門の守護者らしき者の間に降り立ち、守護者と対峙する。
 尤も、今は四神が倒れた際の砂塵で見えないけど。

「……!」

 大門の守護者も私に気づいたのか、歩みを止める。
 そして、砂塵が晴れ、守護者の姿が露わになった。

「「ッ―――!?」」

 ……その瞬間、息を呑んだ。
 私の中の“椿の部分”が、信じられないと悲鳴を上げた。
 それは私自身の感情となり……。

「っ、ぁ……ありえない……」

 つい、そう声を漏らしていた。

『そんな……!?こんな、こんな事って……!』

 リヒトを介して繋げていた通信から、瀬笈さんの声が聞こえる。
 彼女も、信じられないのだろう。なぜなら……。

「どうして……とこよ、ちゃん……」

「っ、可能性としては、おかしくないのだけどね……!」

 ……そう。大門の守護者の正体は、“有城とこよ”。
 椿たちの前の主にして、かつて幽世の大門を閉じた陰陽師だった。

「その身を犠牲にして大門を閉じたと言うのなら、そのまま大門の守護者も受け継いでいると考えても、おかしくはない……」

 ……その陰陽師が、大門の守護者になっているなんて、信じられるだろうか。
 少なくとも、帰りを待っていた者達は信じられないだろう。
 何せ、葵がかつてない程狼狽えているのだから。

「ッ!葵!!」

「っぁ!?」

     ギィイイイイン!!

 だけど、そんな動揺から立ち直る時間を、彼女は与えてくれない。
 姿が掻き消えるかの如き速度で、間合いを詰めて刀を振るってきた。
 咄嗟にシャルに霊力を通して防御。金属音が響き渡る。

「ッ、ッ……!」

「その顔は……懐かしいね」

「っ……!?」

 “ギチギチ”と、鍔迫り合いの状態で、彼女にそう言われる。
 その顔で、その声で言葉を掛けられ、私の“椿の部分”が動揺する。

     ドンッ!

「っぁ―――!」

「優ちゃん!」

 その瞬間、シャルが弾かれ、同時に蹴りが叩き込まれた。
 蹴り自体は空いていた片手で防いだものの、一気に十メートル以上後退させられる。

「ッ―――!!」

 このままでは、彼女の傍に残っている葵が危ない。
 そう判断して即座に間合いを詰め、シャルによる刺突を繰り出す。
 でも、それは体を逸らす事であっさりと躱される。

     キィイイン!

「……!」

「はっ!」

 追撃のように、創造魔法で射出した武器が迫る。
 それを弾いた所へ、さらにシャルを振るい、何とか剣戟に持って行く。

「『葵はこのまま警戒……ッ、来る!!』」

「っ……!」

 音を切り裂くような剣戟を繰り広げる中、そこへ乱入する気配が。
 その気配は、近くにいる葵に非常に似通っていて……。

   ―――……ミツケタ…

「くっ!」

     ギィイイン!!

 その中身は、酷くドロドロしたものだった。
 まるで、泥のような霊力。それが、薔薇姫の姿をしたナニカに詰まっていた。

「『葵、任せるわ!』」

『了解……!』

 葵はそのまま、薔薇姫の姿をした妖を相手に、ここから離れていく。
 互いに巻き込まれないための配慮だ。

「あの子の相手は、あの子自身にしてもらうよ」

「あの、そっくりな奴の、正体は……!?」

 逸らし、防ぎ、反撃する。
 互いに、神速の如き剣閃で攻防をしつつ、私は問う。
 あれは、確かに中身は違うけど、まごう事なき葵そのものだ。

「答える義理は、ないよ!」

「ッ……!」

 強めの一撃を受け流し損ねて、後退する。
 その瞬間に彼女は御札をばら撒く。
 私はそれを見るや否や回り込むように加速、側面から斬りかかる。
 御札自体には、創造した剣を突き刺し、誤発動させておく。

「(中身はともかく、体自体は葵そのもの。つまり、ガワだけ同じで、中身を代用するかのように変えている?)」

 器はそのままなのだ。それこそ、葵本人と言える程。
 ……器、は……?

「(まさか……?)」

 忘れがちだが、葵はユニゾンデバイスだ。
 一度式姫として死んで、デバイスとしての肉体を得て今を生きている。
 霊力や式姫の時の特徴がほぼそのままとはいえ、その体はデバイスだ。
 ……そう。葵は既に、“式姫として死んだ”のだ。

「あれは、葵の式姫としての体か……!!」

「ご明察だよ」

 中身こそ、幽世の門の影響を受けて妖と化している。
 だけど、その体は正しく葵のもの。

「(妖と化しているなら、同じ式姫のはずの鞍馬を襲ってもおかしくはない)」

 なるほど。これで辻褄が合う。
 そして、この事から薔薇姫以外に式姫の偽物はいないのだろう。

「『クロノ、式姫の偽物は葵以外いないみたい。情報伝達は任せるわ』」

『わ、わかった!』

 簡潔に伝え、すぐに念話を止める。
 その瞬間、眼前に迫る剣閃。即座に上体を反らして避ける。
 同時に創造した剣を射出し、牽制で追撃を阻止する。
 ……が。

「っ!」

     ―――“扇技・護法障壁”

 咄嗟に障壁を張る。そこへ、空気を切り裂いてきた斬撃が当たる。
 ……射出した剣を切り裂いたその一閃で、斬撃を飛ばしてきたのだ。

「(やっぱり、今までの敵と格が違う!)」

 別に、殲滅力などで言えばアンラ・マンユの方が圧倒的に上だ。
 でも、単純な戦闘力、戦闘技術においては、他の誰よりも高い。
 それこそ、自分自身よりも。

「くっ……!」

 戦闘技術の高さは、何も刀……剣の腕だけじゃない。
 総合的な戦闘技術、それすらも究極的に高いのだ。
 導王流でなければ、既に戦闘技術の差で押され始めていただろう。
 ……それほどまでに、強さの格が違った。

「っぁ!!」

    ―――“弓技・閃矢-真髄-”

 攻撃を防ぐと同時に、後退。さらに置き土産に御札をばら撒き、術を発動する。
 風の刃と炎が守護者の視界を遮り、そこへ矢を連続して放つ。

     ギギギィイイン!!

「っ!!」

 だが、それらはあっさりと刀で防がれる。
 それどころか、お返しとばかりに向こうも矢を放ってきた。
 咄嗟に矢を掴み……。





   ―――“斧技・瞬歩-真髄-”
   ―――“斧技・鬼神-真髄-”

「―――!?」

 背後に回り込んだ、守護者の斧の一撃に吹き飛ばされた。

〈っ、ぁ……!?〉

「(今の一撃でシャルが……!)」

 シャルで防いだものの、刀身としていた魔力は砕かれ、杖自体にも罅が入る。
 まだまだ戦闘続行は可能だが、不意を突かれたとはいえ一撃でここまで……。

「くっ……!」

   ―――“扇技・護法障壁”
   ―――“弓技・瞬矢-真髄-”

 吹き飛ばされながらも、脚でブレーキを掛け、障壁を張る。
 その障壁を切り裂かれた瞬間に、神速の矢を叩き込む。

「……」

 矢に込められた霊力が炸裂し、砂塵が舞う。
 そして、当然のようにそこを突き抜けてくる守護者。

「(今!)」

   ―――“極鎌鼬-真髄-”

 既に仕掛けておいた術式を、ギリギリまで引き付けてから発動させる。
 同時に、短距離転移魔法を行使。背後に回り込む。

「ッ―――!!」

   ―――“Lævateinn(レーヴァテイン)

 シャルに魔力を込め、炎の大剣を以って一閃を放つ。

「っ!」

「遅い!!」

 その一閃は、跳んで躱される。……でも、それは予想の上。
 そこへ創造魔法による剣が射出される。
 飛べない守護者なら、これで……!

「……吹け」

   ―――“極鎌鼬-真髄-”

「そこだ!」

 武器群は、風の刃にて弾かれる。
 だけど、それも承知の上。
 霊力を足元で爆発させ、猛烈な勢いで突きを放つ。

「なっ……!?」

 だけど、それは外れる。
 突き自体は掠った。でも、それは“こちらも同じ”だった。
 いつの間にか持ち替えた槍を、守護者は持っており……。

「ふっ!」

   ―――“戦技・四天突(してんとつ)-真髄-”

 すれ違いざまに刺突を繰り出し、私はギリギリで回避したものの、掠った訳だ。
 さらに、霊力を固めて足場にし、反転。四連続の刺突を繰り出してきた。

「っ、せぁっ!!」

   ―――導王流壱ノ型“開穿掌(かいせんしょう)

     ドンッ!!

 咄嗟に導王流で攻撃を逸らす。
 同時に、掌底を放つ。……が、それは霊力を纏った手に防がれる。
 大したダメージにはならなかったものの、吹き飛ばす事に成功する。

「くっ……!」

 尤も、それが良い手だとはあまり言えそうになかった。
 守護者は、間合いが離れると同時に大量の御札をばら撒いた。
 その一つ一つから大きな霊力が感じられ、強力な術が込められていると分かる。
 まともに受ける事も、その場で回避も出来ない。
 よって、短距離転移魔法で回避する。

「―――――――」

 ……その瞬間。途轍もない悪寒が走る。

「っ、ぁああああ!!」

 弾かれたように体を動かす。
 シャルを待機形態に戻し、代わりに神力を使って刀…神刀・導標を創り出す。
 そのまま、神力を以って背後へと振り切る!!

   ―――“弓奥義・朱雀落-真髄-”
   ―――“刀奥義・一閃”

     ッ、ギィイイイイイイイイン!!

「はぁっ、はぁっ」

 空気を切り裂いて、焔を纏った矢が迫る。
 それを、一閃の下切り裂こうとして……弾くに留まる。
 後方へと飛んでいった矢は、後ろにあった無人の建物へと当たり……。

「っ……!」

 ……一瞬にして、崩壊した。

「(なんて威力……!)」

 神降しがなければ、不意打ちでない且つ万全の態勢でも弾けるか分からない。
 それほどまでの威力が矢に込められていた。

「っ……!」

     ギィイイン!

「はっ!」

 悠長に考えている暇はない。
 すぐさま彼女は斬りかかってきた。
 導標は創造した鞘に差しておき、シャルで迎え撃つ。
 音をも切り裂く剣戟がしばし繰り広げられる。

「っ!」

「っ!」

     ギィイイイン!!

 一際大きな音が響き、少し間合いが離れる。

「(……でも、これなら)」

 少し戦って、理解した。
 ……神降しなら、勝てる。

「『リヒト、シャル。交代だ』」

〈『わかりました』〉

〈『後は任せます』〉

 そう。私は、まだ本気を出していなかった。
 その証拠に、神降しをしていてもリヒトとシャルを使っていた。
 以前よりさらに丈夫になったとはいえ、神力にリヒトとシャルは耐え切れない。
 手加減であれば十分に扱えるけど、全力だとさすがに……ね。

「………」

 リヒトとシャルを待機形態にし、懐に仕舞う。
 そして、腰に差しておいた導標を抜く。

「……本気じゃなかったんだ…?」

「……その通り。でも、それはそちらも同じでしょう?」

「まぁね。様子見は、これぐらいでいいかな」

 そういって、彼女は霊力を練り始めた。
 ……ここからが、本当の戦いね。

「……行くわよ」

   ―――“速鳥-真髄-”
   ―――“速鳥-真髄-”

 お互いに、速度を上げる術式を発動する。
 刹那、傍から見れば姿が掻き消えたかのように加速する。

     キィイン!!キキキィイイン!

「はぁあああっ!!」

「ふっ!!」

 音を超え、斬り合う。
 弾き、逸らし、躱し、動きを読み合う。
 霊術や魔法も駆使し、互いに隙を作ろうと試みる。
 一進一退。そう言い表せる攻防を、私と彼女で繰り広げる。

「っ、ぁ!」

「はぁっ!」

 刀の一撃と同時に蹴りを放つ。
 当たろうと防がれようと、これで間合いが離れる。
 瞬時に弓を創造。神力による矢を連続で放つ。
 当たるかどうか確認する前に、御札をばら撒き転移。
 すると、矢を弾いて守護者は寸前までいた場所に突っ込んできた。
 ばら撒いた御札の術が発動し、そこへ矢と創造した武器群を叩き込む。

「っ!!」

     ギィイイン!!

 叩き込み終わった瞬間に、霊力が込められた矢が飛んでくる。
 それを弾き、その場から転移で脱出。
 刹那、ばら撒かれていた御札から術式が発動。
 寸前までいた場所が炎と風の刃に包まれる。

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

「(なるほど。あれで全て防いだのね)」

 彼女の周りには、霊力による障壁が出来ていた。
 それによって、術と矢と武器群は防がれたのだろう。

「なら……!」

 矢を放ち、御札をばら撒きながら間合いを詰める。
 その直後に転移、彼女の後ろに回り込む。

「っ!」

「はっ!!」

     ギィイイン!!

 刀と刀がぶつかり合う。
 このままであれば、背後から迫る術と矢で彼女は貫かれるが……。

「逃がさない!」

   ―――“神槍-真髄-”

 ぶつけ合った反動でその場から離脱しようとしていた。
 だけど、それを地面に置いておいた御札からの術式で阻止する。

「っ……!」

「なっ……!?」

 しかし、そこで彼女は御札を術と矢の方に一枚放つ。
 その瞬間、大爆発を起こして相殺してしまう。

「(たった一枚の御札になんて術式を……!)」

 爆発の勢いを利用し、私の背後へと回り込む彼女。
 即座に振り向き、刀の一撃を防ぐ。……が、既にそこに彼女はいない。

   ―――“斧技・鬼神-真髄-”

「(上!)」

   ―――“扇技・護法障壁”

     パリィイン!ギィイイイイン!!

 上からの気配に気づくと同時に障壁を張り、刀で受け止める。
 障壁はガラスのように割れ、斧の攻撃は受け止めるも、相当重い。

「っぁ!!」

     ドンッ!!

 弾かれるように、その場から後退する。
 振り下ろされた斧はそのまま地面にクレーターを作り出した。

「ッ、ッ!!」

     ギギギギギィイイン!!

 砂塵に覆われたクレーターの中心から、守護者が矢を放ってくる。
 その一矢一矢には、強力な霊力が込められていた。
 それらを、当たるものだけ弾く。

「はっ!」

   ―――“極鎌鼬-真髄-”

 弾き切ると同時に、私を起点に扇状に風の刃を放つ。
 その刃は、両サイドから飛んできていた御札を切り裂き、その場で術式を誤発動させ、無効化する。……が、またもや爆風と砂塵で視界が遮られる。

「っ!」

 短距離転移で、上空に移動する。
 ……守護者は、空を飛ぶ事は出来ない。
 跳躍で跳んできてたとしても、アドバンテージはこちらにある。

「はぁああっ!!」

 神力を雨のように降らせる。
 一つ一つが並の魔力弾を比べ物にならない威力で降り注ぐ。

「ッ!」

 すぐさま体を少しずらす。
 寸前までいた場所を、霊力の込められた槍が通過する。

「くっ!」

 さらに短距離転移で回避。
 下からの斧の一撃を躱す。
 だが、守護者はそのまま槍へと追いつき、再び槍を投擲。
 さらには霊力を足場に跳躍。刀で追撃もしてきた。

「(空中戦も、やって見せるか……!)」

 槍は導王流で逸らし、刀は刀で受け流す。
 空を飛ぶ事が出来なくても、守護者は霊力を足場に体勢を立て直した。

「はぁっ!」

「っ!!」

 空中で、刀と刀がぶつかり合う。
 やはりと言うべきか、彼女の剣筋に導王流はそこまで相性が良い訳ではなさそうだ。
 椿や葵と同じで、陰陽師達が扱う剣術は受け流しにくい。
 だけど、それでも導王流の性質のおかげで優位に立てている。

「なっ……!?」

「燃やし、切り裂け!」

   ―――“火焔旋風-真髄-”
   ―――“極鎌鼬-真髄-”

 空中を高速で移動しながらの剣戟で、守護者が動きを見せる。
 受け流されるのを覚悟で、私の刀を大きく弾いてきたのだ。
 その代償として、彼女は隙を晒すはずだったが、代わりに持ったのは扇。
 それで私に対し、扇ぐように振るい、一瞬で術式を発動させてきた。
 おまけに、術式同士を掛け合わせて威力もかさまししていた。

「ッ!!」

 咄嗟に、魔力を爆発させる。その反動で術を回避する。
 これなら、短距離転移よりも早く発動できる。

「はぁっ!!」

   ―――“刀奥義・一閃-真髄-”

 術式をギリギリで回避した直後に短距離転移を発動。
 背後に回ると同時に、強力な一閃を放つ。

「くっ!」

   ―――“Durchbohren Beschießung(ドルヒボーレンベシースング)

 しかし、既にそこに守護者はいない。
 即座に下に向けて砲撃魔法を放ち、それを突き抜けていた矢を掴み取る。

「(……何?……これは……)」

 力量を見て、“勝てる”とは思った。
 しかし、先程から“このままでは危険だ”と言う警鐘が治まらない。

「ぁぁっ!!」

 魔力を足場に、守護者に向けて跳躍。
 同時に、体を捻る。そうする事で、飛んできた矢をギリギリで躱す。

「はぁああっ!!」

「シッ!!」

   ―――“刀奥義・一閃-真髄-”
   ―――“刀奥義・一閃-真髄-”

 そして、上下にすれ違うように、互いに一閃を放つ。





「ッ――――――!?」

 ……その瞬間、“ゾクリ”と悪寒が背中を駆け巡った。
 そして、頬に一筋の傷ができる。

「(互いに、僅かな傷を与えて終わり。……なのに……!)」

 本来なら、戦闘中ならば気にしない傷。
 それなのに、チリチリと、意識外に追いやれない“痛み”を感じる……!

「ッ、何が……!?」

 転移魔法で、一度間合いを離す。
 付け入る隙を与えると分かっていても、僅かにでも考える時間が欲しかった。

「(ずっと頭の中を駆け巡っていた警鐘の正体は、これか……!)」

 警鐘の正体は分かった。しかし、何故?
 ……何故、たったこれだけの傷に、ここまでの痛みを感じる?

   ―――「土宇裳伊様が討たれる事で、均衡を保つというものです」

「――――――」

 瀬笈さんの言葉を、ふと思い出す。
 土宇裳伊は、幽世における記憶の神だ。それを、彼女は討った。
 それに、私が知らないだけで、妖と同一視されるような神も討っていたかもしれない。
 その事に気づき、血の気が引く。もし、この推測が正しければ……!

「(神降しをしている私は、危なすぎる……!)」

 “神を討つ”。それは、人の身では到底成しえない事だ。
 だからこそ、実際に神を討った人間(純粋な人間ではないが)は、神話になる。
 ……そして、そう言った存在を、まとめてこう呼ぶ。





   ―――“神殺し”……と。





「見つけたよ」

「っ!!」

 守護者に見つけられ、魔力弾と術をばら撒くと同時に短距離転移する。
 剣撃を放ち、同時に後ろへ転移、矢を放つ。

「(まずい……!まずい、まずい!!もしこの予想が正しかったら、導王流云々以前に、()()()()()()()()()!!)」

 “神殺し”の名は、伊達ではない。通称と言う枠には収まらない。
 一度神を殺したのであれば、他の神も殺せるという事である。
 そして、“神殺し”となれば、その攻撃は普通の攻撃の何倍も効く。

「(多少のダメージは覚悟していた。でも、これだと話が違う!神殺し相手に、大ダメージなんて負ってしまったら……!)」

 焦りを募らせながら、間合いを詰めてきた守護者の刀を受け流す。
 術を術で相殺し、決して攻撃が当たらないように立ち回る。

「(“嫌な予感”……やっぱり的中するのね……)」

 若干落胆した気分になる。
 尤も、そんな気分に浸っている暇はない。
 決着はまだ着いていないし、攻防は今も繰り広げている。

「ふっ!」

「はっ!」

 私の放つ一閃が躱され、サイドからの斧の攻撃が迫る。
 咄嗟に片手に剣を創造し、それで受け止めた反動で上にずれ、躱す。
 同時に、障壁を展開。すると、守護者がもう片方の手に槍を持って、地面に突き刺していた。これには見覚えがある。葵が得意技としている、呪黒剣だ。
 障壁のおかげで難を逃れた私は、そのまま上空へ転移。矢で牽制する。

「(……落ち着け。確かに、特性上相性は最悪だ。でも、だからと言って負ける訳ではない。私の読み通り、総合的に見れば勝機は充分にある)」

 導王流は格上に有効な武術。
 神殺しの特性で私が不利だとしても、それに変わりはない。

「(……なら、やる事は変わらない。痛みぐらい、我慢すればいい)」

 通常よりも攻撃が効きやすい。なるほど、確かに厄介で危険だ。
 でも、それは今までと何が違う?
 初めて次元犯罪者を相手にした時、シュネーや緋雪を相手にした時、アンラ・マンユを相手にした時。……どれも、攻撃を喰らえば危険だった。
 それと、何が違う?……そう考えれば、神殺し程度……!

「っ!!」

     ギィイイン!!

 跳躍からの刀の一撃を、導標で逸らす。
 そこからの槍の一突きを導王流によって受け流し―――

「ふっ!!」

   ―――導王流壱ノ型“反衝撃(はんしょうげき)

 ―――斧の一撃を躱しつつ、掌底を当てる。

「か、はっ……!?」

「(まず、一撃……!)」

 手応えは、確かにあった。
 しかし、それは人体に攻撃したような手応えじゃない。
 ……霊力……それも、妖気の類になったソレで丈夫になっているらしい。

「っつ……」

 おまけに、槍と斧の一撃。
 どちらも受け流し、回避したはずだが、掠り傷を負っていた。
 神降しの効果で、その痛みは大きい。

「(追い打ちをかけないと……)」

 復帰するまで待っていたらダメだ。
 すぐに追いついて、追撃を―――







   ―――“速鳥-真髄-”
   ―――“扇技・神速-真髄-”



「ッ――――――!!」

     ッ、ギィイイン!!

 刹那、刀と刀がぶつかり合う。

「(速い……!?)」

     ギィイン!ギギギギィイイン!ギギギギギギギィイン!!

 音速を軽く超える剣戟。
 私が導王流を扱えなければ、決して凌げない剣の連撃が襲い掛かる。

「(迂闊だった……!)」

 いつから、相手は今までの敵と同じような相手だと思っていた……!
 相手は、椿と葵が認める、最強の陰陽師だ。
 一つや二つの搦め手や小細工、使ってきてもおかしくはない!
 なぜ、それで勝てると判断していた……!
 なぜ、相手も格上に勝てる技術を持っていないと、思っていた……!

「くっ……!」

 駆ける、駆ける、駆ける……!
 地を駆け、宙を駆ける。同時に、刀を振るう。
 その度に、甲高い金属音が響き渡り、衝撃波が吹き荒れる。

     ギィイン!!

「っ!」

「ふっ!」

「しまっ、ぁああああっ!?」

 僅か。ほんの僅かに、刀が強く弾かれる。
 その隙とも言えない一瞬を突き、私は蹴り抜かれる。

「くっ……!」

     キキキキキキキキキィイン!!

 矢を超速で放ち、御札もばら撒く。
 追撃を阻止するために放ったそれらは悉くが切り裂かれ、相殺される。

「っ、ぁ―――」

 そして、そこで自分の失態に気づく。
 着地……と言うか、ほぼ激突の勢いで着いた場所。
 そこは、広い敷地があり、そして……。

「ぁ……ぁ……!?」

「ひ、ぁ、来ないで……!」

 ……一般市民が、多数避難している場所でもあった。











 
 

 
後書き
戦技・四天突…突属性四回攻撃。基本的に槍で繰り出す突き攻撃だが、一応他の武器でも放つ事ができる。閑話4にも登場している。

開穿掌…主に刺突系の連続攻撃に対して繰り出される技。まるでこじ開けるかのように、掌底を当てるまでの“道”を、相手の攻撃を逸らしながら作り出し、そのままカウンターで掌底を放つ。

神殺し…よくある異名()。この小説では、その異名は概念的に効果が働き、神に対しての攻撃が非常に効きやすくなる。FG〇で言う神性特効。

反衝撃…速度が速い相手に使うカウンター技。勢いよく突っ込んできた相手に、その勢い事反転するように一撃を叩き込む。

扇技・神速…呪い師、巫女が扱う速度バフ。本来、速鳥とは重ね掛けできないが、この小説では出来てしまう。


守護者の正体はかくりよの門における主人公。……ゲームの方でまだラスボスが判明していないですから、代理として誰になるかと考えれば大体予想できる事ですけどね。
このとこよ、ゲームに置き換えればほぼ全てのスキルが真髄に達しているという、廃人も真っ青な超スペックの持ち主です。別の言い表し方をすると、回復魔法を使うラスボスです。

自我を持っているように見えるとこよですが、実際はそんなものではありません。地縛霊のように、未練などが意志を持っているように喋っているようなものです。まともな会話は望めません。

P.S.最近、かくりよの門で神威式姫なる新しいレア度の式姫が出ました。神話級(UR)よりも上のレアリティっぽい上に、こちらでの設定に影響しそうですが……キャラ自体は出さない予定です。少なくとも神威式姫が出揃わない限りは。
……ところでかくりよの門の主人公が探している式姫である“あの子”は、もしかすると神威式姫の可能性が……? 

 

第151話「激闘の一方で」

 
前書き
優輝が戦闘している最中、葵や司、他の面子はどうしているのかと言う話です。
この戦闘で色々影響が出るので……。
 

 






       =out side=







「っ……なんて、速さだ……」

 アースラにて、優輝の戦闘を観測していたクロノが思わず呟く。
 そしてそれは、同じく映像を見ている者全員が思っている事でもあった。

「(確かに、こんな戦闘に介入できるはずがない。次元が違いすぎる。見ている限り、音速以上が普通の世界じゃないか……!)」

 優輝や椿達の言葉を疑っていた訳ではないが、それでもクロノは思っていた。
 “自分達でも戦えるのではないか?”と。
 だが、この戦闘を見てそんな考えは吹き飛ばされた。
 優輝が言った通り、身体強化を極限まで施した司ぐらいでないと介入できないからだ。

「クロノ君、指示通り、皆には偽物の心配はもうないと伝えておいたよ。でも……」

「油断はするな、とは伝えたのだろう?なら、それでいい」

 サーチャーの映像から目を離さず、エイミィの言葉に返事する。
 クロノ達にとって、なぜ葵以外の式姫の偽物がいないと断言できるか分からない。
 優輝が確信を持って発言をしていたから、その通りに伝えただけだ。
 だが、この状況でそんな決めつけをする程、優輝が浅慮ではない事をクロノは知っていたため、その言葉を信じて他の式姫たちに伝えるように指示したのだ。

「……凄いね」

「ああ。お互い、睨み合う時間を作る暇を与えていない。あそこまで息を付かない戦闘は、僕にもできない。あれじゃ、バインドでも捉えられないだろうな」

「援護は不可能って事かぁ……」

 どの道、守護者は体から漏れ出る程の瘴気を纏っている。
 そんな相手にバインド程度の魔法を当てた所で、すぐに打ち消されてしまう。
 よって、援護すらできない状態であった。

「何とか出来るとしたら、こっちだな」

「葵ちゃんと司ちゃんの方……だね」

 別のサーチャーの映像を出す。
 そこには、偽物と戦っている葵と、巨大な龍の前に佇む司が映されていた。

「葵は援護できそうだが、司の方は……」

「無理、みたいだね……」

 葵は拮抗した戦いだが、司はもう援護する事ができそうになかった。
 優輝と守護者の戦いの余波によって、龍が目覚めてしまったからだ。

「あはは……魔力計測器が振り切れちゃってる。あそこの人達大丈夫かなぁ……」

「ジュエルシードを全て使っているからな……」

 映像に映るのは、途轍もない魔力を溢れさせる司の姿。
 映像越しだからわからないが、目の前の龍の強さを、司は理解していたのだ。
 だからこそ、最初から全力で戦うつもりだった。

「……くそっ、失念していたな……」

「あの戦いの影響下じゃ、避難もままならないよ……!」

「転移魔法は……っ、座標が定まらない!」

 現在、東京に避難している人達は、優輝と司が行っている戦闘に挟まれている状態だ。魔力や霊力が吹き荒れる中では、転移魔法の座標を定める事は不可能だった。
 また、離れた所に転移して助けに行こうにも、二つの戦いの中を往復するのは、命がいくつあっても足りない。
 よって、東京に避難している人達を保護する事は出来なかった。

「……優輝と司を信じよう。あの二人なら、被害を出さないようにと考えるはずだ。……無理させるかもしれないがな」

「……そうだね」

 どうしようもないなら、別の事をするしかない。
 そう考え、クロノは葵が映る映像に目を向けた所で……。

『大変です!』

「っ、どうした?」

『京都の大門がある位置から、大量の妖が……!明らかに現地の戦力では凌ぎきれません!』

「なっ……!?」

 守護者は元々その大門を守る立場だ。
 その守護者が膨大な霊力を用いて戦闘を行っている。
 そのため、影響が大門に強く現れ、大量の妖を生み出していた。

『今こうしている間にも、街に……!』

「くっ……どれぐらいの戦力が必要だ!?」

『わかりません!少なくとも、現地の者では抵抗すら……!』

 サーチャーによって、映像が出される。
 そこには、大門がある位置から、まるで雪崩のように妖が出ている様子が映されていた。

「ッ……!!『現在待機している全員に告ぐ!!急いで京都に向かえ!!大門からの妖が溢れかえっている!!なんとしてでも抑え込め!!』」

 その映像を見て、クロノは即座に待機しているなのは達含む戦闘部隊に指示する。
 映像と、念話による報告から、戦力を増強しなければならないと判断したからだ。

「他の地域は大丈夫か?」

『こちら九州地方。門を閉じたにしては若干妖が残っていますが、影響はありません』

『こちら四国地方。同じく、影響はないようです』

『こちら中国地方―――』

 九州にいる光輝からの念話に続き、その後も京都と東京周辺以外は影響がないと、クロノは報告を受ける。
 ちなみに、東京周辺の様子は、優輝達が戦っているため、確認しようにもできない状況なので、報告がない。

「……大門だけ、か……」

 影響を受けているのが京都の大門だけだと分かり、ひとまず安心するクロノ。
 しかし、すぐに気を引き締めて、状況を分析する。

「(タイミングと、京都だけと言う点から見て、これは優輝と大門の守護者の戦い……正しくは、守護者が力を振るっている事による影響か……)」

 霊術などにあまり詳しくないクロノだが、状況やタイミングで、なぜ妖が溢れかえっているかは予想出来た。
 だからこそ、先程咄嗟になのは達を向かわせたのだ。

「……式姫の人達はそのまま周囲の警戒を頼もう。影響が京都だけならいいが、そうとは言い切れないからな」

「く、クロノ君……?どこに……」

「僕も現場に向かう。あの量の妖だ。混戦になるだろうし、戦力も指揮も必要だ。……エイミィ、アースラの方は任せた」

「っ、りょ、了解……!」

 こういう場合においての、クロノの判断は間違った事がない。
 そのため、深く問わずにエイミィはクロノの指示に従った。
 そのまま、クロノは出撃の許可を貰ってから現場へと向かった。





「……ここが正念場かぁ……」

 サーチャーから送られてくる映像から決して目を逸らさず、エイミィは呟く。
 すると、ふと一つの魔力反応を捉える。

「ん?この魔力反応って……」

 その魔力反応は、未知ではない……つまり、一度観測した事のある魔力だった。
 観測記録から、何の魔力反応か検索し……。

「……嘘、この魔力反応って……」

 驚き、固まるエイミィ。そうなるほど、その魔力反応は信じられなかった。

「っ、誤差なく完璧に一致……!?偽物の可能性もない!?嘘!?」

 何度確かめても、結果は“完全一致”。
 それでもなお、そこにいるはずのない存在が、サーチャーに映っていた。



















       =葵side=





「ふっ!!」

 一息の下に、一気に突きを放つ。
 けど、それは蝙蝠になる事で躱されてしまう。

「ッ……!」

     ギギギギギィイイン!!

 そして、死角を突くように、姿を戻してレイピアで突いてくる。
 あたしは、それを何とか相殺する。

「っ、はっ!」

 だけど、どうやら力ではあたしは負けているらしく、押されてしまう。
 そこで空へと逃げ、レイピアを作り出して射出する。

「空中戦ならあたしの方が……!」

 と、そこまで言った所で気づく。
 “そんなはずがない”と。

「っ……!」

 跳躍し、霊力を足場に反転。レイピアが振り下ろされる。
 それを横に避けると、即座に斬撃を飛ばしてきた。

「(やっぱり……!)」

 レイピアでその斬撃を防ぎつつ、蝙蝠に変化。
 斬撃の軌道からずれて、元に戻る。

「(……強さは、全盛期のあたしに近いかな……?)」

 あたしと同じ姿をした相手の正体は、実際に剣を交えて理解した。
 これは、“あたし自身”だと。
 あたしはユニゾンデバイスになる時、式姫として一度死んだ。
 でも、デバイスとして“薔薇姫”と言う存在は生きたまま。
 ……そうなると、“式姫としてのあたし”はどうなるのか。

「(……その結果が、これかぁ……)」

 結論から言えば、正しく幽世の還る事が出来ない。
 そして、大門が開かれた事で、残っていた“薔薇姫”と言う器に、妖としての霊力が注がれる事になってしまう。
 そうなれば、もはや目の前にいるあたしは、“薔薇姫”と言う式姫ではなく、妖と言う存在となってしまう。

「まったく、今になって出てきてこないでほしかったね……!」

 幽世に還れなかった、“式姫としてのあたし”の体。
 それは、大門が開かれるまで実体を持っていなかったのだろうけど……。
 こうなると分かっていれば、器を探していたんだけどなぁ……。

「(なってしまったのは、仕方ない。とにかく……)」

「―――――」

「(倒さないと……!)」

 蝙蝠になって、その場から離脱。
 すると、寸前までいた場所を、黒い剣がいくつも現れて貫く。
 あたしの得意技、“呪黒剣”だ。

「っ、ぁあっ!!」

 魔力弾を放ち、牽制する。
 同時に、上から斬りかかる。

「くっ……!逃がさない!」

 だけど、それらの攻撃は蝙蝠に変化する事で避けられる。
 そこを生成したレイピアを射出して狙う。

「はぁっ!」

 レイピアすら蝙蝠状態で避けられる。
 だけど、直接斬りかかる事で何羽か切り裂く事に成功する。

「……大したダメージはない……か」

「………」

 元に戻った相手……“薔薇姫”は、腕が少し切り裂かれていた。
 先ほど蝙蝠を斬った影響だろう。
 ……でも、それはすぐに治ってしまう。吸血鬼だからね。

「……我ながら、厄介だなぁ……」

 力を失っていた時ならともかく、万全のあたしは生存能力が高い。
 蝙蝠になれば自身の狙っていた攻撃は避けられるし、再生能力もある。
 一気に消し去るような、広範囲技でない限り、あたしをすぐに倒す事は出来ない。

「………」

「………」

 “薔薇姫”は、喋らない。
 妖の中には喋る者もいるし、大門の守護者……とこよちゃんも喋る。
 基本的に、人型は喋る場合が多い。
 それなのに喋らないのは、“あたし”と言う自我がこっちにあるからか、妖として変質した際に喋れなくなったか、それとも……。

     ッ、ギィイイイイイイイイイイン!!!

「っ……!!」

「……!!」

 一際大きな音が、聞こえてくる。
 優ちゃんと、とこよちゃんの刀がぶつかり合った音だ。
 それを合図に、地面に降り立ったあたしと“薔薇姫”はぶつかり合う。

「ふっ……!」

「ッ……!」

   ―――“闇撃”
   ―――“闇撃”

 レイピアを幾度もぶつけ合い、同時に霊術を放つ。
 闇色のそれは、相殺され、一進一退……いや、若干あたしが押される。

「(やっぱり、基礎的な力は上……!)」

 いくら妖に変質し、本来のあたしではないとしても、その力は全盛期のまま。
 ……正攻法じゃ、どうやってもあたしは勝てない。

「(でも、だったら魔法を使うだけ!!)」

 あたしの力は確かに全盛期には劣る。
 でも、その代わりに今は魔法がある。レイピアを生成する特殊能力がある。
 そして、優ちゃんに教わった魔法や霊術の応用法もある。
 ……それらがあれば、決して負ける相手じゃない……!

「はぁっ!」

「っ……!」

 レイピア同士が大きく弾かれる。
 その瞬間を逃さずに砲撃魔法を放つ。
 “薔薇姫”がかつてのあたしであるならば、これは避けるか耐えるしかない。
 そして、予想通り“薔薇姫”は避けた。

「そこぉ!!」

 避けた所へレイピアと呪黒剣を繰り出す。
 さらにそれを回避される前に、あたし自身も斬りかかる。
 これで普通に回避する事は不可能。だから……!

「今っ!!」

 “薔薇姫”は、蝙蝠になる事で回避するはず。
 そこを狙い、あたしは魔力を薙ぎ払った。
 一応射撃魔法に分類されるその魔法は、近距離を扇状に攻撃する事ができる。
 つまり、蝙蝠になったばかりの“薔薇姫”には、効果的だ。

「ッ―――!?」

「さて……」

 もちろん、これで終わるとは思っていない。
 力を失っている時ならいざ知らず、全盛期の体なら……。

「っ……!」

 ……これで、倒れるはずがない。
 当然ながら、無傷と言う訳でもない。
 元の姿に戻っても、その姿はボロボロになっていた。

「……それに、ここからが本番って事だね」

 このままであれば、あたしが普通に勝てただろう。
 でも、そんなに上手く事が運ぶ訳がなかった。

「……瘴気。まぁ、妖に変質している時点で察していたけど」

 妖と化したのなら、全盛期のあたしのそのままな訳がない。
 確実に何かしらの力を得ているだろう。
 “薔薇姫”が纏うその瘴気が、それを物語っていた。

「っ……!」

 即座にその場から横に飛び退く。
 すると、寸前までいた場所を黒い靄が通り抜けていた。

「なるほど、遠距離攻撃……だけじゃない……!」

 すぐさまレイピアを振るい、“薔薇姫”の攻撃を受け止める。
 “薔薇姫”の持つレイピアは、あたしのと違って瘴気を纏っていた。

「っ!?くっ……!」

「……!」

     ギギギギィイン!!

 鍔迫り合いになったレイピアは、瘴気に浸食されてしまう。
 使い物にならないと判断して、咄嗟に後ろに飛び退く。
 同時にレイピアを生成。牽制として一気にぶつけるも、弾かれる。

「厄介なぁ!?」

 近接戦をすれば、瘴気に武器が蝕まれる。
 かと言って、遠距離自体があたしはあまり得意じゃないし、“薔薇姫”も遠距離攻撃を手に入れた事からアドバンテージがある訳でもない。
 そして、自力では相手の方が上。
 ……面倒な事この上ないね……!

「(浸食されたレイピアは、形を保つ事が出来ずに崩れる……それなら、魔力や霊力で補強しておけば、しばらくの打ち合いは耐えきれるね)」

 飛び退く際に手放したレイピアは、そのまま瘴気に浸食されて崩れていった。
 確かに厄介だけど、すぐに浸食されて壊れる訳じゃない。
 それなら、まだやり様はあった。

「はぁあああっ!!」

「……!」

 全力て身体強化を施し、一気に攻め立てる。
 いきなりの猛攻に、“薔薇姫”も若干怯んだようだ。
 そのまま近接戦に持ち込み、浸食で崩壊するレイピアを捨てつつ戦う。
 少しでも大きく弾かれれば、レイピアを射出して牽制する。
 同時に死角に回り込むように移動し、突きを放つ。
 蝙蝠化で躱されようと、構わない。魔力を放出して撃ち落とす。

「(魔力は魔力結晶で余裕がある。その余裕があるうちに、片を付ける!)」

 長期戦になれば、不利になるのはあたしの方だ。
 だったら、優ちゃんとの戦いで得た、導王流の戦い方を使って、一気に攻める。
 全ての攻撃とはいかなくても、一部の攻撃を適格に捌く事が出来た。
 おまけに、隙も大きく作る事ができる。

「はっ!!」

「っ……!?」

   ―――“神撃”

 導王流もどきの動きで、レイピアを大きく弾く事に成功する。
 その瞬間に、一度あたしはレイピアを手放す。
 そして、懐に入り込み、蝙蝠になって逃げられる前に、霊術を叩き込んだ。
 しかも、その霊術は使うのは苦手とはいえ、あたしのような吸血鬼や、瘴気などには効果的な聖属性の霊術。
 つまりは、今の“薔薇姫”にはこの上なく効果的な霊術だ。

「っ……!」

「今……!“霊縛陣(れいばくじん)”!」

 思わぬ大打撃に、膝を付く“薔薇姫”。
 その隙に蝙蝠化して逃げられないように陣で拘束する。
 使った霊力の指向性は、もちろん聖属性。扱うのが苦手でも、この方が効果的だ。

「これで、終わり……!」

   ―――“Silver Bullet(シルバーブレット)

 一つの魔力弾を生成し、それを膨れ上がらせる。
 そして、砲撃魔法として、その魔力を放出。
 “薔薇姫”を、光を秘めた闇色の極光が呑み込んだ。

「……倒した……かな」

 姿はもう見えない。周囲から魔力も霊力も感じられない。
 ……うん、倒しせたはずだね。

「よし、出来れば優ちゃんの援護に……」

 “向かおうか”。そう思った瞬間に、大きな力が移動していく。
 それは、もちろんと言うべきか、優ちゃんととこよちゃんだった。
 物凄いスピードで移動しながら戦闘をしているみたいだ。

「って、急がないと追いつけない……!」

 慌ててあたしは二人を追いかけた。
 どう役に立てるかは考えてないけど、いざとなったらユニゾンでもして助ける。
 余波に巻き込まれないように気を付けつつ、あたしは飛び立った。















「………」

 ……瘴気を纏った蝙蝠が、何羽もそこにいた事に、気づく事なく。

























       =司side=





「っ……!」

 数キロ後方で、大きな音が聞こえる。
 優輝君と、大門の守護者がぶつかり合ったのだろう。
 だけど、私はそれを気にする事は出来ない。
 私には私のやるべき事があるのだから。

「あれが……!」

 襲い来る空中の妖を蹴散らしつつ、巨大な龍を視界に入れる。
 サーチャーや記録映像で少しだけ見た、各地の龍神程の大きさだ。

「(……皆、混乱に陥ってる……)」

 龍の付近の場所には、もう誰もいない。
 避難場所らしき建物だった所にも、誰もいなかった。
 ……当然だよね。誰だって、一般人ならあれから離れようとする。

「封印は……」

〈……ダメみたいですね〉

 見れば、既に龍は目覚めていた。
 今封印しようとしても、打ち消されるだろう。

「(それに……)」

 聴覚強化して、後方の様子を探れば、慌てた声がが聞こえた。
 龍が動き出した事に、住民も気づいたのだろう。

「(先手必勝!)」

Libération(リベラシオン)

 相手が動く前に、特大の攻撃を叩き込む。
 そう判断した私は、ジュエルシードを活性化させる。

「(結界展開で被害をゼロに、そして天巫女の魔法を……!)」

〈“Sacré lueur de sétoiles(サクレ・リュエール・デ・ゼトワール)”〉

「叩き込む!!」

 結界が私と龍を隔離する。
 そして、ジュエルシードが集まって魔法陣を展開。
 先手で放てる魔法で最大威力の砲撃を叩き込む。

「(いくらなんでもアンラ・マンユに匹敵するはずはない!なら、例え耐えられたとしてもこれで……!)」

 海坊主の時は、余裕から油断していた。
 だけど、今回は違う。
 優輝君の手助けになるためにも、慢心も油断もせずに一気に倒す。
 その方が被害も少なく済むし、時間も短い。

「……え……?」

「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」

   ―――“滅獄炎(めつごくえん)

 けど、その砲撃は減衰させられた。
 霊力を伴った咆哮に加え、焔を集束させて相殺に持ち込んできた。
 当然、溜めが少なかったとはいえ、全力で放った砲撃だ。
 相殺なんてことにはならなかった。けど、威力は半減させられた。
 ……こうなれば、当然の如く耐えられてしまう。

「(一足遅かった……!)」

 これなら、威力をもう少し弱めてでも早く放つべきだった。
 しかも、今のぶつかり合いで折角張った結界は破られてしまった。

「っ……!」

   ―――“バリエラ”

 咄嗟に、ジュエルシードを三個使い、障壁を三枚張る。
 そこへ龍の尾が叩きつけられた。

「っぁっ!?」

 攻撃自体は防御出来た。しかし、霊力を伴った衝撃波は別だった。
 ダメージ自体は少ないものの、私は大きく吹き飛ばされる。
 何百メートルも一気に吹き飛ばされ、地面に着地する。
 幸い、建物に激突する事はなかったけど……。

「しまっ……!?」

 そこは、どこかの学校だった。
 学校は、よく広域避難所に選ばれやすい。
 ……つまり、ここも例外ではなかった。

「っっ……!!」

 周りを見れば、パニックになって逃げだそうとしている人達がいた。
 当然だ。……龍は私を追いかけてここに急接近しているのだから。

「シュライン!!ジュエルシード!!」

〈全力で防ぎます!!〉

 結界で隔離している余裕はない。
 咄嗟に張った結界では、魔力を僅かにでも持っている人達は巻き込まれてしまう。
 だから、私が防ぐしかない。

「ぁあああああああああああああああ!!!」

   ―――“Avalon(アヴァロン)

 空へと飛び立つ。そして、防御のための魔法を発動させる。
 向かう先は、龍。それが振るう巨大な尾。
 先ほど私を吹き飛ばしたのよりも強力な一撃が、ここへ叩き込まれようとしていた。
 ……でも、そんな事は……!

「させ、ないっ!!!」

     ドンッッッ!!!

 巨大な魔法陣が展開され、その上に青と黄金を基調とした模様の鞘が出現する。
 そこに尾は叩きつけられ、拮抗する。

「っっつぅううううう……!!」

 魔法陣で足場を作り、踏ん張る。
 守る範囲を広くしたため、楽に受け止められない。

「あ、あれは!?」

「防いでいる……のか?」

 下にいる何人かが、私に気づく。
 まずい。早く次の判断をしないと。

「(守りながら戦う……一応、可能だけど守り切れるとは限らない。じゃあ、隔離?でも、それだと結界に巻き込まれる可能性がある)」

 この一撃は被害を出さずに防げるだろう。
 範囲を広くしたおかげで、衝撃波も防いでいる。
 でも、その後は護り切れるとは限らない。
 結界で隔離しようにも、即席で張る結界では巻き込んでしまう可能性がある。
 そして、即席ではない結界は、この龍相手に張る暇はない。

「(外に取り残される事はないけど、巻き込む可能性は……あれ?)」

 結界以外で守り切れるとは限らないと考えていて、ふと気づく。
 結界は、巻き込む事はあっても取り残す事は抵抗がない限り滅多にない。
 つまり、一般人しかいないこの学校では、取り残す事はない。

「(……そうだ。逆に考えればよかったんだ。私と龍だけを隔離できないのなら、逆に私と龍以外を隔離すれば……!)」

 除外する相手は私と龍だけ。対象が二つだけなら結界内に巻き込む事もない。
 そして、そんな簡単な条件なら即座に結界が張れる!

「シュライン!!」

〈はい!〉

 私の意図を汲み取ったシュラインが、ジュエルシードを使って結界を展開する。
 途端に、私を中心に半径五キロにいる人達が全員消える。
 これなら……!

「(結界内の人達は、後で転移させれば、建物の崩壊には巻き込まれない。後は、この龍を倒すだけ……!!)」

 結界内からならともかく、結界外から結界に干渉される事はない。
 龍にその手段があったとしても、流れ弾程度では破られないだろう。
 唯一、霊術に破られにくいのが、結界だからね。……結界外と言う条件付きだけど。

「(それに、おまけだよ!)」

 さらに、その上から結界で現実から私と龍を隔離する。
 結界の術式を上手く組めば、二つあっても干渉し合う事はない。
 これで、完全に一般人達は安全になった。
 周囲の建物も、そのまま戦うよりはマシだろう。

「さて……」

「…………」

 尾の一撃は、既に凌ぎきった。
 再び私と龍は対峙する事になり……。

「オオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

「っっっ!!」

 私と龍は、互いに攻撃をぶつけ合った。















 
 

 
後書き
“薔薇姫”…葵がユニゾンデバイスになる際、幽世に還ろうとして還れなかった葵の式姫としての肉体。そこに大門が開いた事による影響で、瘴気などが入り込み、妖と化した。霊力(瘴気)が詰まっているので、肉体そのものは全盛期。しかも、瘴気による攻撃も扱う。

霊縛陣…文字通り霊力で拘束する陣。シンプルだが、色々応用できる。

Silver Bullet(シルバーブレット)…“銀の弾丸”。本来は単発射撃魔法に分類されるが、可変式となっており、今回は砲撃魔法として運用した。再生能力が高かったり、化け物染みた相手に有効。由来はもちろん、魔除けや化け物退治で使われる銀の弾丸から。

Libération(リベラシオン)…“解放”のフランス語。所謂全力解放的な起動ワード。

滅獄炎…封印されし龍が瀕死になってから使う技。トンデモ威力の全体攻撃。しかも、今回は司の砲撃に合わせて、集中砲火している。


葵が“薔薇姫”の瘴気を見た時、本番と言った割りにはあっさりついた決着。まぁ、実力的に格上の相手に長期戦なんてやってられませんからね。だからこその短期決着です。
龍に関してですが、最初に放った砲撃が直撃していれば耐えられはしますが、司が圧倒的差で倒せます。しかし、半減されてしまったので少しばかり長期戦に。まぁ、とこよよりは弱いので司なら余裕です。時間はかかりますが。 

 

第152話「劣勢と好機」

 
前書き
視点は戻って優輝side。
避難場所に吹き飛ばされたため、ここから劣勢になっていきます。
 

 






       =優輝side=





「っ……!」

 周囲には逃げ惑う人達。
 そして、私へと攻撃しようと接近してくる守護者。
 ……庇いきれるのだろうか……。

「ふっ……!」

     ギギギギギギィイン!!

 振るわれる刀を全て逸らして受け流す。
 その際にばら撒かれた御札を、創造した剣で貫く。
 同時に、神としての力を行使。
 ツタを生成して、それで周囲の人達をさらに引き離す。
 その瞬間、貫いた御札が暴発。結界を使って被害を出さないようにする。

「っぁ!?」

 でも、そんな庇うような事をしていたら、自分が守れない。
 現に、刀で弾かれた所に蹴りが繰り出された。
 霊力の障壁で軽減したものの、吹き飛ばされて建物へ激突する。

「く、ぅ……!」

 すぐに起き上がると、そこへ斬りかかってきた。
 刀で防ぎ、しばらく鍔迫り合いになる。

「っ……!」

     ギィイイン!!

 何とか押し返……すと見せかけ、受け流して蹴りで吹き飛ばす。
 ……お返しだ……!

「……!」

 蹴りで間合いを離し、その隙に周囲を確認する。
 ……今の所、巻き添えで死んでしまった人はいない。
 だけど、衝撃波だけで怪我人が出ている。
 さっき建物に激突した時も、怪我をした人がいた。

「これ以上被害は……出させない!」

「……へぇ……」

 魔力結晶を一気に10個使い、剣や槍、盾の群を創造する。
 これらでは倒す事は不可能だ。だけど、移動させる事は出来るかもしれない。

「(……頼むから、パニックになって変な行動を起こさないでよ……!)」

 周囲の人達は、逃げる事も出来ない程、現状に驚愕している。
 むしろ、その方が好都合ではある。下手に逃げられても守り切れない。

「すぅー……ッ!!」

   ―――“速鳥-真髄-”
   ―――“扇技・神速-真髄-”

 息を吸い込み、一息の下に音を超える。
 ……何も、守護者がやった事が私に出来ない訳ではない。
 術式自体は知っているもので、神降しをしている今なら同じ事が可能だ。
 先程これで追い詰められたのは、同じことをした事に面食らっただけだ。

「っぁっ!!!」

「……!!」

     ギギギィイン!!ギギィイン!ギィイン!!
        ドンッ!    ドンッ!

 刀は刀で、術は術で相殺する。
 音を軽く超えた剣速なためか、躱した一撃は斬撃となって飛ぶ。
 その先には一般人がおり、そのままでは両断されてしまう。
 そこで創造した剣を盾にし、斬撃を相殺する。

「っ!」

「ふっ!!」

   ―――“斧技・鬼神-真髄-”

「ら、ぁっ!!」

   ―――“戦技・迅駆(じんく)-真髄-”

 突如武器が槍に変わり、突きが放たれる。
 刀で僅かに軌道をずらし、体を逸らして躱す。
 直後に鬼神の如き力を宿し、斧で攻撃しようとしてくる。
 それは、即座に放った二撃により、何とか阻止する。

「ッ―――!!」

「シッ!」

   ―――“弓技・閃矢-真髄-”

 だが、それすらも読んでいたように守護者は弾かれた勢いのまま、斧から弓矢へと武器を変える。

「くっ……!」

 弾かれた反動を利用した事で、超至近距離から矢が放たれる。
 咄嗟に扇に神力を纏わせ、上空へと弾く。

「ふっ!」

   ―――“戦技・金剛撃-真髄-”

「(防げない!)」

 そこで、懐に隙が出来る。
 その隙を突くように、守護者は掌底を放ってくる。
 防御は不可能と判断し、短距離転移で回避、後ろへと回り込む。
 しかし、そこからの一撃は想定済みなのか、攻撃の勢いのまま守護者は前進。置き土産に“呪黒剣”を放って間合いを離してきた。

「(……創造した武器や盾は……後、半分程)」

 超速の戦闘と言うだけで、周囲への被害はどんどん増していく。
 それを防ぐため、創造したものを盾にしていた。
 けど、それは長続きしない。補給をこまめにしているとはいえ、防ぎきれない。

「(何とか、ここから退かせないと……!)」

 踏み込み、間合いを詰め、刀を振るう。
 導王流の弐ノ型では、守護者を押し切る事は出来ない。
 何せ、似たような性質の剣術を、彼女も使っているからだ。
 そして、壱ノ型も完全に有効とは言えない。
 おまけに、剣術、槍術、斧術、弓術、扇術において、彼女は私を上回る。
 唯一体術のみが、こちらにアドバンテージがあるが……。

「ッ!」

     バシィイッ!

 刀の一閃を上体逸らしで避けられ、そのまま放たれた蹴りを片手で受け止める。
 そこから徹る痺れのような痛み。
 霊力が込められたその蹴りは、衝撃が防御を貫通するのだ。
 それこそ、御神流の徹のように。

「(その上、神殺しの性質からダメージが大きい……)」

 相性は最悪と言えるだろう。
 今まで、私は相性が最悪な相手とは戦った事がない。
 魔力や力など、そう言ったものが完全に上な相手とは幾度となく戦っている。
 しかし、実力が上な相手とはいえ、相性が悪かった訳ではない。
 戦い方次第ではやり合えるような相手ばかりだった。
 ……それが、裏目に出たのだろう。

「ッ……!」

 刀の防御を抜けて、槍が頬を掠める。
 ……痛みが強く響く。

「っ、ぐぅっ……!」

 咄嗟に槍を掴む。
 すると守護者は即座に斧に持ち替え、槍を繰り出した反対側から振るってくる。
 掴んだ槍を盾にする事で、その一撃は防ぐが、吹き飛ばされる。

「っ……!」

 おまけに、その槍へ手を加える事は出来ないようで、矢として放とうとした瞬間に手から弾かれるように離れてしまう。
 代わりに魔力を手繰り、複数の砲撃魔法として攻撃する。

「無駄だよ」

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

 しかし、その砲撃魔法は障壁によってあっさりと防がれてしまう。
 障壁で砲撃は霧散し、魔力は宙を漂う。

「……!!」

 だからこそ、それを利用するために背後へと転移。
 霧散した魔力を掌へと集束。高密度の魔力を伴い、掌底を繰り出す。

「っ!」

 それを躱される。だけど、想定済み。
 反撃に振るわれる刀を、もう片方の手に持つ刀で受ける。
 その衝撃で吹き飛ばされるのを利用する。
 掌に集束していた魔力を使い、大鎌を創造。
 そう。吹き飛ばされるのを良い事に、そのまま大鎌で切り裂くつもりだ。

     ギィイイン!

「っ、くっ……!」

「ふっ!」

 だけど、まるで無意味だった。むしろ、利用されてしまった。
 大鎌は斧によって防がれるどころか、押し返すように弾かれた。
 弾かれる瞬間に鎌を手放したため、引っ張られることはなかった。
 しかし、吹き飛ぶ勢いは完全に殺され、槍の一突きが目の前に迫る。

「っ……!」

 それを顔を逸らす事で避ける。
 そのままの勢いで体を回転。槍を蹴り上げる。
 同時に砲撃魔法を放つ。

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

     ギィイイン!!

「っつ……!」

 守護者は砲撃魔法を体を逸らす事で避けた。
 そのまま繰り出された回し蹴りを障壁で受け止め、体勢を立て直す。

「シッ!」

「はぁっ!!」

 互いに地面に体勢を立て直すように着地する。
 そして間も置かずに一気に駆ける。
 一撃の下に交わる……に留まるはずがない。
 音を超える斬撃の応酬を、再び繰り広げる。

「ふっ……!!」

 魔力結晶を三つ消費する。
 短距離転移魔法の術式を重ねていくつも用意する。
 そして、一気に連続で行使する。

     ギギギギギギギィイイン!!

「は、ぁっ!!」

「っ……!」

 転移と同時に繰り出す斬撃。
 回避と奇襲を兼ねた、超高速の連続転移。
 さしもの守護者も、初見では対応しきれずに防御の上から間合いを突き放す。

「ふぅ……ふぅ……」

 ……さすがに、神降しをしているとはいえ、ここまでの戦闘はきつい。
 守護者も同じようで、互いに少し息を切らしていた。

「(……今の攻防で、創造しておいた盾代わりは全て砕け散った)」

 怒涛の戦闘の最中、私は一般人たちを守り続けた。
 巻き添えを喰らった人は揃って腰を抜かしたためか、比較的守りやすかった。
 でも、既に盾代わりのものは、新たに追加した僅かな数しかない。

「……ちょっと、移動させてもらおうか……!」

 だけど、全てが砕け散ったのは、想定通り。
 当たり前だ。こんな守護者のような相手に、ただ創造した物で太刀打ちできない。
 だから、それを“リサイクル”させてもらう。

「ただの金属の破片。でも、それに神力を纏わせ、高速で飛ばせば?」

「っ……!」

「この数、簡単に対処できるとは思わない事ね!!」

 一気に破片を飛ばす。神力で殺傷能力をかさましして。
 霊力の放出などで一掃されないように、全てを一遍に飛ばす訳ではない。
 さらに、私自身も攻めに入る。これで、移動させる!

「(元よりこれで追い詰められるとは思っていない。でも、これで……!)」

「厄介な……!」

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

     ギギギギギギギギギギギギギギギギィイン!!!

 一部を霊力の放出で消滅させるが、その対処では追いつけない。
 その事に気づいた守護者はすぐさま障壁を張る。
 でも、その背後から私は襲い掛かる。

「はっ!」

「っ!」

     ギィイイン!!

 破片を竜巻のように展開し、その中心で私達は争う。
 刀を防がせ、地面から神力による衝撃波を繰り出す。
 障壁に受け止められるも、それで体は浮き上がる。

「はぁぁああああっ!!」

「その程度で……!!」

 重力を無視したかのように、怒涛の斬撃を繰り出す。
 守護者の体は重力に逆らうように、地面に落ちる事はない。
 守護者自身も霊力を足場に跳躍。上空へと場所を移していく。

   ―――“斧技・瞬歩-真髄-”

「ふっ!!」

「ぐっ……!」

 別に、私が押している訳じゃない。
 今のように、霊力を足場に瞬間的に速度を上げ、回り込むように斧で攻撃してきた。
 刀で防ぐものの、その上から吹き飛ばされた。
 ……でも、これでいい。

「(上空まで来れたら、後は押し出すだけ!!)」

 魔法陣を足場に、吹き飛ばされた勢いを殺す。
 そして、矢を番える。

「此の一撃を、基とせよ……!」

〈“Mitnahme(同調)”〉

   ―――“弓技・瞬矢-真髄-”

 真髄となった事で音を軽々超えた神速の矢が放たれる。
 そして、それに同調するように、周囲の破片が一気に守護者へと向かった。

「っ……!」

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

     ギギギギギギギギギギギギギィイン!!

 その速度に、守護者は咄嗟に回避よりも防御を選んだ。
 確かに、判断としてはそっちの方が正解だ。
 躱した所で、再び追尾させるだけだし、この攻撃では障壁を貫けない。
 ……それを、狙っていた。

「術式構築。起動!」

 発動させる術式。それは転移魔法。
 いつも扱う転移魔法と違うのは、ある程度広範囲であり、対象は問答無用な所だ。
 つまり、転移魔法で私と守護者をここから移動させるのだ。





「シッ!」

「ふっ!!」

 転移による、戦場の移動は滞りなく済んだ。
 なお、転移しても破片による猛攻はそのままだ。
 それを利用して、御札を両斜め後ろから迫るように投げつけ、背後から斬りかかる。
 しかし、それは霊力を放出する事で、阻止される。

     ギギギィイイン!

「っ!!」

 でも、私自身の攻撃はそれで止まるはずがない。
 僅かな間、ほんの一瞬だけ剣戟を繰り広げる。
 即座に私は間合いを離し、残りの破片を集中させるように守護者へと放つ。

「……吹き荒れよ」

   ―――“極鎌鼬-真髄-”

 しかし、破片は風の刃に一掃される。
 まだ再利用は出来るが、先程の魔法の効果も切れた。
 もう一度あの魔法を使わなければ、さっきまでの速度は出せない。

「(ならっ!!)」

 破片を構成しているのは元々は魔力だ。
 例え魔法が無効化される空間でも消えない代物になっているとはいえ、私の意思でその破片は魔力に戻す事が出来る。
 ……それを利用し、一度破片を魔力に還元。

「はぁっ!!」

 そして、それを純粋な衝撃波に変え、守護者へと向ける。
 無論、この程度でダメージを与えれる程簡単だとは思っていない。

「ふっ!」

 衝撃波は、当然のように霊力の放出によって止められる。
 だが、これですぐに動けるだろうとはいえ、身動きが止まる。
 そこを私は狙った。

「っ!?」

 守護者の目が見開かれる。そうするのは予想外な事を私がしたからだ。
 ()()()()()()()()()などと、普通ならばしないだろう。
 矢は、基本的に使い捨てだ。しかも、このような戦闘においては拾う暇もない。
 その状況で、強力な刀を使い捨てにするのだ。
 ……多少は、驚くだろう。

「(それが、狙い目よ!!)」

 動揺はあった。でも、それはコンマ数秒にも満たない。
 刀を矢にしても、それを迎撃すればいいと考えたのだろう。
 尤も、これはただの攻撃ではないのだが。

「ふっ!!」

 神力によって創られた刀に、神力を纏わせ、射る。
 その速度は、他の矢とは段違いだ。
 間違いなく、ダメージを与えるための一手だろう。

「(……()()()()()()()()()()()()())」

 ……でも、()()
 そうではない。そうではないのだ。
 これは、“陽動”でしかない……!

「ふっ!!」

   ―――“刀奥義・一閃-真髄-”

 神力を存分に込めた刀による矢は、生半可な攻撃では弾けない。
 だから、強力な一閃を守護者は放つ。
 ……だけど、それは悪手だ。

「っ!?」

 再度、彼女の目が見開かれる。
 驚愕半分、失敗半分と言った所か。表情から見て取れた。
 それも当然の事だ。何せ……。

     ィイイイン……!!

「ッ……!!」

   ―――“撃”

 弾いたはずの刀が反転、彼女の刀を弾き、私は懐に入っていたのだから。
 いくら神降し時の、専用の武器とはいえ、これも私が創造した武器。
 ならば、自由に操れるのも、当然の事だった。
 その特性を生かし、彼女の刀を弾く事で隙を作る。
 そして、そこへ神力の籠った掌底を当てた。

「か、はっ……!?」

「(まだっ!)」

 だけど、これで終わらない。終わるはずがない。
 この程度でやられる程度で、大門の守護者が務まるはずがない!

「シッ……!!」

「っ……!」

     ギィイイイイン!!

 一度体勢を崩した今が好機。
 浮かせておいた刀を手に取り、一閃を放つ。
 でも、その一撃は斧によって防がれた。

「ふっ!」

「くっ……!」

 攻撃を防いだ反動で、守護者はさらに後退する。
 体勢を立て直すために、御札を投げつけてくる。
 でも、それは私が放つ矢によって相殺される。

「っ、はぁっ!」

「く、ぐっ……!」

 間髪入れずに接近。
 それを阻止するように、霊力の込められた斧が投擲される。
 導王流で逸らし、刀をコントロール。守護者に槍で防がせる。
 長い柄の武器であれば、懐に入った私の方が有利……!

「ッ……!」

「なっ……!?」

   ―――導王流壱ノ型奥義“刹那”

 だが、やはり大門の守護者だけはあった。
 懐に入られた瞬間、彼女は武器を手放し、素手で私の攻撃をいなそうとした。
 ……でも、体術は私の方が上。そのいなそうとした動きを利用し、攻撃を叩き込む。

「(優勢な今の内に、一気に……っ!?)」

 カウンターで当てた掌底により、守護者は再び吹き飛ぶ。
 意表を突いた事によるこのラッシュ、無駄にはしたくない。
 その思いでさらに追撃しようとして……途轍もない悪寒に襲われた。

「くっ!!」

     ガィイイイイイン!!

 振り返りざまに導王流による受け流しを行う。
 すると、拳が飛んできた斧の軌道を逸らし、何とか無事に済んだ。

「(呼び戻し……!すぐに対処してくるんだから……!)」

 その斧は、先程投擲されたものだろう。
 そして、こうして彼女の下へ戻るように飛んできたのは、そういう術式だからだろう。
 ……私のさっきの行動を真似したのだろうか?

「(しまった……)」

 今の防御行動の間に、彼女は体勢を立て直してしまった。
 これで、私の有利はなくなって仕切り直しだ。

「やるね」

「っ……」

「だったら、これはどうかな?」

    ―――“速鳥-真髄-”
    ―――“扇技・神速-真髄-”
    ―――刻剣“聖紋印”
    ―――刻剣“呪紋印(じゅもんいん)

「ッ――――――」

 ……彼女の“圧力”が、増した。
 今までは武器を一つしか使わなかった。別々の武器を使っても、同時ではなかった。
 でも、今の彼女は違う。……()()()だった。

「くっ……!!」

     ギギギギギギギギギギィイン!!

 傍目から見れば、守護者は瞬間移動したかのように私の所へ現れただろう。
 それほどのスピードで、先程まで以上の剣速と手数で、私を襲う。
 導標と、神力を使った急造の刀、守護者と同じ速度強化で対処する。

「ッ……!!!」

     ギギギギィイン!!ギギギギギィイン!ギギギィイイン!!

 しっかりと創られた導標はともかく、急造ではすぐに折れる。
 だけど、導標のようにしっかり創る暇はない。
 折れて、創り直し、折れて、創り直す。その繰り返しだった。
 間合いを離す隙も、術で妨害する隙もない。

「くっ……!!」

「っ……!!」

 彼女は、ただ正面から斬りかかっている訳ではない。
 回り込むように、死角を突くように斬りかかっているのだ。
 さらに、その場から退こうとする私を止めるようにも動いている。

「厄、介、なぁ……!!」

「ふふ……!」

 その猛攻を前に、私は凌ぐ以外の手段を取れない。
 あまりに早く、あまりに鋭く、あまりに重い。
 どれか一つでもマシであれば、導王流で受け流せただろう。
 でも、そのどれもが私を上回る。

「ッ……!」

 このままでは、押し切られる。
 凌ぎつつ導王流を使う事で、蹴りを当てる。
 その間に武器を創造する……が、即座に間合いを詰められ、同じ状況に陥る。
 今度は刀を折られた手を懐に潜り込ませ、掌底を当てる。
 そして、間合いが離れた瞬間に術と魔法を放つ。
 けど、それは切り裂かれ、躱される。まるで無意味だ。

「(何か手は……)」

 いつもなら、例えこれほどの猛攻でも導王流が使える。
 むしろ、カモ扱いできる程だろう。
 だけど、それが出来ない。導王流が上手く通じない剣筋だからだ。

「これで……!」

「っ……!」

 導標が、大きく弾かれる。
 咄嗟に振るったもう片方の刀も、簡単に砕かれてしまう。
 手元に導標を呼び戻す事も、新たに刀を創造する事も間に合わない。

「終わ……ッ!!」

   ―――“呪黒剣”

 袈裟切りを喰らいそうになった瞬間、彼女の足元から黒い剣が生えた。
 彼女は咄嗟にそれを切り裂き、追撃の黒い剣も切り裂いた。

「ッ、はっ!!」

   ―――“撃”

「くっ……!」

 その隙を逃さず、神力を多く込めた衝撃波で吹き飛ばす。
 障壁で防がれたけど、これで間合いを離し、導標を手元に戻せた。

「……間一髪……だね」

「葵……!」

 先ほどの黒い剣……呪黒剣は、葵のものだった。
 “薔薇姫”との戦いは、終らせてきたのだろう。

「ふっ!!」

「っと!」

   ―――“撃”
   ―――“呪黒剣”

 連続で同じ技を繰り出す。
 すると、守護者は大人しく下がるように、呪黒剣を切り裂きつつ間合いを取った。
 ちなみに、神力による衝撃波は躱された。

「……神降ししても、敵わないの?」

「拮抗はしている……でも、一撃でも喰らえば詰みね」

「そっか……」

 短く状況を伝える。
 私が劣勢なのも、戦いを見ていたのなら分かるだろう。

「……援護お願い」

「了解。あたしのやれる限りをやるよ」

 既に私はだいぶ草祖草野姫に存在を寄せている。
 “優輝”と言う自我は残っているものの、ほとんど“椿”と同じだ。
 ……それだけ、神に寄せているというのに、倒しきれない。

「(でも、一人じゃなく、二人なら……!)」

 葵では、彼女の攻撃は受けきれないだろう。
 でも、一人味方が増えるだけで戦況は変わる。
 ……どう変わるかは、私達次第だけど……!

「はぁっ!!」

「っ、そっちから来るんだ……!」

     ギギギギギギギィイイン!!

 こちらから斬りかかる。
 例え、私から行った所で、さっきまでと同じだ。
 だから、どっちが先攻だろうと、関係はない。……ないけど……。

「あたしもいるよ!!」

   ―――“呪黒剣”

 そこへ、葵の妨害が入る。
 “(椿)”の動きをよく知るからこその、援護だ。
 これで、状況は好転する……!

「っ、っ!」

「ッ、ふっ!!」

     ドンッ!!

 一対一だから、導王流を差し込む隙がなかった。
 でも、葵が少しでも意識を逸らしてくれれば、こうして掌底を当てられる。

「かっ……!?」

「やぁっ!!」

「はっ!」

 レイピアが飛んできて、守護者の動きを妨害する。
 しかし、それは障壁で阻まれ……転移して私が叩き割る。

「(このまま押し切る!)」

 たった一人、味方が増えるだけでこちらが優勢になった。
 でも、戦闘前にクロノと言っていた通り、動きについてこれないといけない。
 実際、葵は戦闘の余波だけでどんどん傷が付いている。
 さらには、衝撃波を必死に避けている状態だ。
 ……“(椿)”の動きをよく知っていなければ、既に死んでいただろう。

「っ、ぁあっ!!」

「か、はっ……!?」

   ―――“戦技・金剛撃-真髄-”

 神力の籠った、渾身の一撃がついに決まった。
 葵の妨害と、導標の投擲による隙を突き、ようやく大ダメージを与えた。
 ……でも、これで終わりじゃない。

「『葵!ありったけのバインドを!!』」

「『了解!』」

 吹き飛んだ先へ大量のバインドを設置。
 さらに、地面に縫い付けるように、創造した剣と導標を四肢に突き刺す。
 これで、“結果”に“導く”導標の効果も十二分に発揮する。

「(千載一遇のチャンス!これを逃す訳にはいかない!!)」

 葵が霊術でさらに拘束を強める。
 ……これで、決める……!

「一歩、無間」

     ドッ!

 吹き飛ばした事で離れていた間合いを、一気に詰める。
 ……彼女を拘束していたバインドが、彼女の持つ瘴気で蝕まれ、全て破壊された。

「二歩、震脚」

     ズンッ……!

 脚に込められた神力によって、大地が揺れる。
 ……霊術による拘束が破壊され、葵が弾かれるように仰け反った。

「三歩、穿通!!」

 同時に、四肢に刺さる武器の内、創造したものが破壊された。
 これで、ほぼ拘束はなくなった。

「(だけど、遅い!!)」

 既に間合いの内。
 おまけに、導標は未だに脚に刺さり続けている。
 その場から動く事は不可能。一手、遅い……!!

「ッ――――――!!!」

   ―――導王流弐ノ型奥義“終極”













   ―――戦いを終わらせる一撃が、放たれた。



















 
 

 
後書き
戦技・迅駆…突属性による二回攻撃。素早さによる防御無視ダメージが大きい。素早く駆け、二回の突きを放つ技。攻撃をさせないように潰すのに使う。

Mitnahme(ミットナーム)…“同調”のドイツ語。この魔法は、基点となる対象(今回は瞬矢に使った矢)に他のものを同調させると言う効果を持つ。今回の場合は速度を同調させ、矢と同じスピードで破片を飛ばした。

呪紋印…呪属性を付与し、強化するスキル。本編では、闇を纏わせ、斬りつけた相手に軽い呪いを与える。


現在の優輝はだいぶ椿……と言うより、本体の草祖草野姫に引っ張られています。他の人間であれば、既に魂が草祖草野姫に塗りつぶされている状態です。
そんな、ほぼ神の状態になっても勝てないとこよ。神を殺した経験と、幽世の大門の守護者の名は伊達じゃない……。 

 

第153話「神降しの敗北」

 
前書き
神殺しと言う性質上、どうしても優輝の方が一撃ごとのダメージは大きくなりますが、これでも守護者に対してそれなりにダメージを与えています。
そして、戦闘が続くに連れ、どんどん優輝が椿の性格に釣られて行きます。
いくら今まで消えない代償を負わなかったとはいえ、本来は神降しが出来る身ではありませんからね。
 

 




       =優輝side=













「――――――え?」







   ―――……一瞬、状況を理解し損ねた。









「か、はっ……!?」

 口から血が吐き出される。
 視界には、刀を振り切り、掌を突き出した守護者の姿。

 ……そして、宙を舞う私の左腕が映っていた。

「(そん、な……)」

 予想はしていた。想定はしていた。
 ……ただ、それを上回る“巧さ”だっただけの事。

「ッッ―――!!」

 木々を薙ぎ倒しながら、私は吹き飛ばされた勢いを殺す。
 何があったかなど、もう理解は出来ていた。

   ―――“刀極意・先々(せんせん)(さき)

「(カウンター……それも、“刹那”レベルの……!)」

 そう。私の“終極”が、無効化された上に痛烈なカウンターを返されたのだ。
 それこそ、導王流の奥義の一つである“刹那”と同等の強さを誇る業で。

「かふっ……!」

 もちろん、守護者の方も無事ではなかった。
 拘束する直前のあの一撃が効いていたらしく、吐血していた。
 また、四肢も一度貫いたのだ。その傷もある。

「っ……!」

 愕然としている暇はない。
 即座に葵にアイコンタクトを送り、同時に長細い大きな針を創造。
 その針を斬り飛ばされた腕に射出して刺し、こっちへ持ってくる。

「はぁああっ!!」

「っ……!」

 腕を繋げるまでの間、葵に時間を稼いでもらう。
 本来なら、葵では時間を稼ぐ間もなく押し切られてしまうだろう。
 だけど、今は四肢に傷を負い、さらに私の導標も操って動きを妨害している。
 これなら、繋げるぐらいの時間は稼げる……!

「(掴まれた!でも……!)」

 右手で左手をキャッチ。そのまま断面をくっつける。同時に針は消しておく。
 そして、神力で無理矢理治す。
 血管や神経なども、神力なら繋がるように治してくれるからね。
 それに、どうやら瘴気に若干侵されていたようで、それも浄化してくれた。

「っ!」

   ―――“撃”

 既に、妨害に使っていた導標は守護者の手に掴まれてしまった。
 ……当然だ。妨害するとはいえ、飛び回る程度の武器を、掴めないはずがない。例え、葵が攻撃しながらでも、容易いだろう。
 だから、すぐに手放すように、導標を持つ手に向けて衝撃波を放った。
 同時に短距離転移を使う。

「はぁっ!」

「シッ!!」

   ―――“呪黒剣”

 即座に葵が呪黒剣を発動。咄嗟にその場を動かないように周囲に展開する。
 そして、自前の刀と導標を振るわれる前に私は動く。
 身体強化を速度に特化させ、振るう腕を止める。
 ちなみに、この速度特化だが、守護者を上回る速度と言えば聞こえはいいが、その分動きが単調になってしまう。だから、ずっと使う訳にはいかない。

「っ、ぁあっ!!」

     ギィイイン!!

 そして、無理矢理導標を奪取。
 即座に転移魔法で反撃を回避。葵の傍に現れる。
 そのまま反応して私に振るわれた刀を、導標で防ぐ。

「葵!」

「っ!」

 同時に、葵の手を取る。
 そして、転移。それも、短距離ではなく長距離。

「っ……!まさか、あそこまでのカウンターをしてくるなんて……!」

「迂闊だったよ……!あの極意をあそこまで極めるなんて……!」

 あのカウンター技自体は、葵から聞いた事がある。
 何せ、“刹那”に似ているからね。
 ……でも、その“巧さ”が段違いだった。だから、手痛い反撃を喰らった。

「……腕は大丈夫?」

「繋がってはいるわ。でも、痛みが治まらない」

「そっか……」

 神殺しの性質か、それとも瘴気に若干侵されたからか。
 どちらにしても、未だに腕が痛む。
 それに、導標も瘴気に若干侵されている。
 これではまともに打ち合う事も厳しいかもしれない。

「……向こうだってダメージは受けてる。このまま二人でやれば、勝てない事もない」

「……うん」

 一見、私がカウンターで大ダメージを受けたように見える。
 だけど、傷自体は向こうの方が多い。
 回復手段があるとは言え、ダメージによる疲労は治せない。
 ……このまま、押し切ればこちらの勝ちだ。

「役割はさっきまでと同じ。でも、同じ行動ばかりはダメ」

「分かってるよ」

 同じ動きばかりでは、絶対に対処されてしまう。
 常に動きを変えなければ、倒しきれないだろう。

「(逃げられる前に倒さないと、被害が増えるわね)」

 大門の守護者……つまり妖と化しているとはいえ、霊力に惹かれるとは限らない。
 何せ、守護する門から離れてでもどこかへ向かおうとしていたのだ。

 ……いや、瀬笈葉月の話と(椿)の記憶から、どこへ向かおうとしていたのかは分かる。
 逢魔時退魔学園。(椿)と葵、そしてとこよがかつていた学園。
 あそこには、様々な思い出がある。
 そこへ、彼女は向かおうとしたのだろう。……もう、跡地すらないのに。

「(……結界で隔離……ね)」

 そうするべきだろう。
 結界の破壊に動かれたら、いとも容易く破られてしまうだろう。
 それでも、戦闘の余波による被害は抑えられる。
 先ほどまでは戦闘中で張る余裕がなかったけど、今なら。

「行くわよ」

「うん」

 どこにいるかは、あれほどの霊力と瘴気を持っているから、すぐにわかる。
 そして、向こうもこちらの位置は感付いているだろう。
 気配が近付いているのがわかる。先に私を倒すのを優先したらしい。

「ッ……!!」

 結界の術式を練りながら、矢を連続で放つ。
 葵も、レイピアを生成して射出する。

「はぁっ!!」

   ―――“速鳥-真髄-”
   ―――“扇技・神速-真髄-”

 御札をばら撒き、刀で斬りかかる。
 ……二刀流は、もう出来ない。左腕は繋げたとはいえ、寸前まで切れていたからね。
 私の利き手は左だ。だから、先程までと比べ、明らかに力は落ちている。
 でも、それはダメージを喰らった相手も同じだ。
 おまけとばかりに四肢に突き刺した武器には、術式を込めていた。
 それは、傷が治っても痛みが違和感となって残り続ける呪術。
 簡易的なものだから、何かしらの弾みであっさり解けてしまうけどね。

「ッ!!」

     ギギギギギギィイイン!!

 いくら力が落ちたとはいえ、戦闘が激しい事には変わりない。
 未だに、神降しをしていない私では敵わない強さだ。

「っ!そこ!」

   ―――“呪黒剣”

 御札による術、創造した剣による妨害。そして刀による攻撃。
 それらを以って、守護者と渡り合う。
 手数において、未だに二刀流が扱える相手の方が、圧倒的に上だ。
 速度こそ落ちているが、術や創造魔法を使わなければ追いつかない。
 そこで、葵が死角を突くように黒い剣を放つ。

「くっ……!」

「っ、はぁっ!!」

 僅かに気が逸れる。
 そこへ術を一気に叩き込み、短距離転移で背後に回る。
 振り返りつつ繰り出される攻撃を、葵がレイピアを射出して僅かに妨害。
 それを見逃さずに刀で弾き、もう一刀が当たる前に掌底を当てる。

「っ……!!」

「葵!」

「ッ……!」

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

 掌底で後退した守護者は後退しつつも葵に向けて斬撃を飛ばした。
 すぐさま私が短距離転移で庇うように立ち、障壁で防ぐ。

「っ、ぁあっ!!」

「ッ……!」

     ギィイイン!!

 防ぐと同時に、頭の部分が身の丈程ある鎚を創造し、振り回すように当てる。
 守護者は振り向きざまに刀を叩きつけ、無理矢理叩き切った。

「ふっ!」

「はっ!」

 その間に私は守護者の頭上を、葵はさらに後退し、矢とレイピアを放つ。
 矢は弾かれ、レイピアは避けられるが……。

「シッ!」

「ッ!」

 頭上を通過し、着地する私がそのレイピアの柄を掴み、振り返りざまに投擲。
 遠心力も利用した投擲なため、速度がさらに上がる。

「ふっ!」

 レイピアと同時に命中するように、矢を放つ。
 これで、矢を弾けばレイピアが、レイピアを弾けば矢が命中するようになる。
 障壁を張ろうものなら、死角である地面から葵の呪黒剣が来る。
 ……そうなれば……。

「っ!」

「(普通、飛ぶわよね)」

 でも、それは読み通り。
 レイピアは元々葵が生成したもの。だから、葵が軌道を変えるのは可能だ。
 投擲されたレイピアはそのまま弧を描くように再び守護者へと向かう。

「装填数六発。行くよ!!」

   ―――“Silver Bullet(シルバーブレット)

 さらに、葵が準備しておいた六つの魔力弾が順に放たれる。
 当然、私もじっとしている訳がない。

「四方八方からの砲撃、これなら……!」

Verzögerung,Freigabe(遅延、解除)

 既に魔法、霊術、神力による砲撃を、それぞれ四門ずつ設置していた。
 それも、跳んだ守護者を囲うように。
 それを、遅延魔法で一斉に発動させる。

「ッ……!!」

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

 葵の魔法は、砲撃魔法と同等以上の威力を持つが、それでも分類上は射撃魔法だ。
 つまり、誘導が可能なため、見事に砲撃を当てれるように誘導できた。
 障壁に防がれたが……それも、()()()()

「っ、らぁああああ!!」

   ―――“穿貫閃突(せんかんせんとつ)

 防いだ瞬間を狙い、転移魔法と加速魔法を併用。
 加速しながら位置を変える事で、逸らされる事を防ぎつつ、障壁を突き破る!!

     ギャィイン!!

「っ、っづ……!?」

「ぁっ!!」

「がっ!?」

 僅かに刀で軌道が逸れ、さらに守護者自身が避けようとしたため、直撃しなかった。
 だが、それでも脇腹に命中し、横を通り抜ける際に体を捻り、蹴りを当てた。
 結果、守護者はそのまま吹き飛んだ……けど。

「ぐ、っ……!?」

 右の二の腕に、大きな切り傷が出来ていた。
 おそらく、吹き飛ぶ際に反撃していたのだろう。

「(……傷は治せても、痛みは消えない……)」

 これはもう、神殺しの性質も瘴気も両方影響しているだろう。
 傷は治っても痛みと疲労が取れないのであれば、長期戦は苦しい。

「(向こうもそれは同じのはず。互いに足掻いているから、長引いているだけ)」

 残っていた葵の魔法が、追撃のように追いかける。
 その後ろから私も追いかけつつ、そんな思考をする。

「(だから、一気に決める……!)」

 少し離れた場所で、守護者は葵の魔法を切り裂いていた。
 既に魔力弾の数は一つになっている。そこへ奇襲を掛けるように斬りかかる。

     ギィイイイイン!!

「っ、ぁっ!!」

「……!」

     ギギギギィイン!!

 その一撃は受け止められる。
 即座に受け止められた反動を生かし、少し間合いを取る。
 同時に導標から手を離し、傍に浮かせておく。
 そして、次々と武器を創造。連続で投擲する。
 さらに弓矢を創造し、投擲した武器と同時に着弾するように射る。
 ……が、悉く弾かれた。

「ッ……!?」

「そこっ!!」

     ギィイイン!!

 そこへ、葵の最後の魔力弾が迫る。
 あっさりと切り裂かれそうになる瞬間、葵が術式を操作したのか、自壊する。
 その際に、激しい閃光を起こし、目暗ましとなる。
 その隙を突くように、突きを放つ。……が、防がれる。
 ちなみに、目暗ましに関しては、事前に葵がそうすると分かっていたので、私は対策してあった。なぜわかったのかは……まぁ、椿()は付き合いが長いから、多少はね?

「ッ……!」

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

「はぁっ!!」

   ―――“刀奥義・一閃-真髄-”

 防がれた所へ、先程弾かれた武器を差し向ける。
 それを障壁で防ぐと同時に、体を捻り、一閃を放つ。
 甲高い音と共に障壁は切り裂かれ―――





 ―――二振りの刀が私に向けて振り抜かれようとしていた。



「『優ちゃん!!』」

     ガキィイイン!!

「ッ……!」

 葵が飛ばしたレイピアと、創造魔法による盾。
 その二つを以って僅かに軌道とタイミングをずらす。
 そして、導標で片方を防御。その反動で体をずらし、もう一刀も躱す。

「ッ!」

   ―――“呪黒剣”

「はっ!」

     ギィイイン!!

 葵が援護で呪黒剣を足元から放つ。
 それを躱した所へ斬りかかり、防がれると同時に衝撃波を放って吹き飛ばす。

「ふっ!」

 吹き飛ばした所へ、矢を放つ。
 さらに、反対側から創造した武器を突き刺すように射出する。

「ぁあっ!!」

     ギギィイン!!

 声を上げ、守護者は二刀を振るい、矢と武器を叩き落す。
 ……が、矢が僅かに弾ききれずに手に突き刺さる。

「(良いダメージ。でも……)」

 血が、頬を伝うのを感じる。同時に、痛みも感じる。
 あの時、矢を放つ瞬間、守護者も術で反撃してきたのだ。
 辛うじて躱したものの、こうして掠ってしまった。

「(……一歩でも間違えれば、敗北は必至……か)」

 ただでさえ、“終極”を決めれなかったどころか反撃を喰らったのが痛い。
 どちらも治癒系の術が可能なため、一気に決めないと戦闘は長引く。
 そして、私は葵との連携が崩れるだけで負けが確定する。

「(厳しい状況にも程があるでしょう……!)」

 導王流と相性が悪く、さらに神降しとも相性が悪い。
 その上で実力は互角……いや、守護者の方が高い。
 手痛いカウンターを喰らったため、葵がいなければまともに打ち合うのも厳しい。
 ……これで、押しているなんて間違っても言えない。

「はっ!」

「っ!」

 尤も、だからと言って諦める事も、立ち止まる事も出来ない。
 すぐに間合いを詰めに行く。
 守護者は手に刺さった矢を再利用し、射ってくる。
 それを躱し、刀で斬りかかる……が、刀で防がれる。

「ふっ!」

「……!」

「甘い!」

「くっ!?」

 刀を弾くと同時に体を捻り、回し蹴りを繰り出す。
 すぐに刀を返し、脚を斬ろうとしてくる。
 それを用意しておいた短距離転移の術式を使って背後に回り込み、回避。
 そのまま回し蹴りを当てる。

「(防御が入った……でも)」

「っ……!」

   ―――“Silver Bullet(シルバーブレット)

「くっ!」

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

 咄嗟に腕で防いだものの、守護者は後退する。
 そこへ、再び葵が魔法で狙う。
 守護者はそれを障壁で防ぎ……。

「ッ!?」

   ―――“刀奥義・一閃-真髄-”

     ギィイイイイン!!

 側面へと短距離転移をした私の一閃を受け止める事になった。

「(間違いない……!判断力が落ちている……!)」

 どちらも放置出来ないからこそ、どちらも警戒しなければならない。
 そうなれば、時々喰らうダメージもあって、判断力は落ちてくる。
 そのおかげで、押している。……安心はできないけどね。

「(でも……)」

 刀と刀がぶつかり合う。
 先ほどまでと違い、守護者は二刀流から一刀流に戻している。
 その代わり、妨害に入ってくる葵の攻撃を全部凌いでいる。

「シッ!」

「っ、はっ!」

   ―――“火焔旋風-真髄-”、“氷血旋風-真髄-”

 刀の一閃が躱され、そのまま術と矢が迫る。
 神力を放って相殺しつつ、また間合いを詰める。
 ……そして、違和感を感じる。

「(……これは、一体……?)」

 確かに戦況は押している。一歩間違えれば瓦解するにしても……だ。
 それなのに、どこか違和感を感じる。何かを見落としているように。
 ……違う。思考では見落としているかもしれない。でも、体は、本能は見落としていないらしい。

「(……焦っている?)」

 そう。押し切らなければ、倒さなければ。
 そう考えていた私は、確かに無意識に焦っていた。
 でも、一体何に私は焦っているのかが、わからない。

「っ!」

     ギィイイイイン!!

 心の片隅で、そんな疑問を思っている間も戦闘は続く。
 葵の援護を障壁で防いだ瞬間を狙い、刀を大きく弾く。
 そして、身体強化を速度特化にし、蹴りを放って吹き飛ばす。
 こうする事で、反撃を喰らう事なくダメージを与えられた。

「今!」

「ぁああああああっ!!」

 合図と共に、葵が魔力結晶を一気に10個使う。
 そして、限界まで魔力運用し、強く魔力の込められたレイピアを大量に生成した。
 それらは、一瞬でも守護者を足止めするための布石。
 あわよくばダメージを与えられればと考え、葵が今出せる最強の援護射撃だ。

「っ……!」

   ―――“神域結界”

 そして、その間に結界を張る。
 この結界を張る事で、戦闘の余波を気にする事はなくなる。
 また、神力による結界は、術者に対して有利だ。
 事実、私の体が少し軽くなった。

「(これで……!)」

 さらに有利になる。
 ずっと感じる焦りも、早く倒してしまえば心配する事はない。









   ―――ゾクッ……!







「ッ――――――!?」

 ……だが、そんな考えを裏切るかのように、“嫌な予感”を感じた。
 見れば、そこには“笑みを浮かべた”守護者が。

「……隔離する結界。……好都合だよ……!」

「っ……!」

 その言葉に、反射的に動く。
 間合いを一瞬で詰め、刀を振るう。
 葵も私の動きに反応して、死角を突くようにレイピアの動きを変える。

「ぁあっ!!」

「くっ……!」

 葵との連携で、刀が体に少しだけ当たる。
 と言っても、致命打には程遠い。

「(焦りの原因は、これか……!)」

 間違いなかった。“嫌な予感”が膨れ上がっている。
 この予感を阻止するために、私は無意識に焦っていたのだ。



 ……そして。



「……これ、で……!」





 その時が、来てしまった。







   ―――“乖離(かいり)結界”





「ぁ―――!?」

 傷つき、後退して膝を付きながらも、守護者は結界を発動させた。
 正しくは、私が張った結界に上書きさせた、だろうか?
 そして、そうなってまで張る結界であるならば、その効果も厄介なはず。
 ……その効果は、すぐに理解できた。

「ッ―――!?」

 ……神降しが、保てない。
 即座に残りの神力を出来る限り導標に込めた。
 これで、神降しが解けても導標は残り続ける。

「優ちゃん!?」

「まず、い……!?」

 ()の体から、神降しの影響で気絶している椿が現れる。

「葵!リヒト、シャル!」

「っ、ユニゾン・イン!」

 デバイスである葵が対象だからこそできる召喚魔法で葵を呼び寄せる。
 同時にリヒトとシャルを再び展開。
 呼び寄せた葵とは、すぐにユニゾンし……。

「転移!」

 転移魔法で距離を取る。







「まずい……なんてレベルじゃないな……!」

『うん。神降しが解けた今、優ちゃんはまともに打ち合えないよね?』

「少なくとも真正面からは無理だな」

 問題はそれだけじゃない。
 再度の神降しは不可能で、椿も長く神降しをしていたからか目覚める気配はない。
 そして、そんな椿を守りながら僕らは戦わなければならない。
 ユニゾンしたのは、少しでも守りやすくするためだ。
 これほどの実力差では、片方が時間稼ぎなんて真似は出来ない。
 防御や足止めの上からあっさりやられるだろう。
 それを阻止するために、少しでも力を上げようとユニゾンしたのだ。
 ……激しい戦いでの葵とのユニゾンは、これが初めてか。

「神殺しの性質からは逃れられたけど、それを補って余りある実力差だぞ、これ……」

 幸いと言えるのは、さっきまでの戦闘で、それなりに守護者の力も削げた事だ。
 傷自体が回復されていたとしても、疲労や霊力の消費はそのままだ。
 ……少しでも、弱っていればいいが。

「それよりも葵、さっきのは何かわかるか?」

『……ううん。霊力を用いた結界なのはわかるけど、どんな効果なのかは……』

「そうか……」

 上書きされた結界の基点の術式は、一瞬だけ見た。
 その時まで神降し状態だったから、どんな術式かは記憶に焼き付いている。

「(……一言で言えば、従来の簡易的な結界の効果に加え、外界からの力の供給を無効化するものだった。神降しが解けたのも、それが原因か。ユニゾンが可能なのは、結界内で完結している強化だからか)」

 無意識な焦りと、守護者の動きが若干鈍かったのは、術式を用意していたからだろう。
 “嫌な予感”が強くなったのは、僕が結界を張ったから……。

「っ……!結界をこの短時間で上書きするように術式を書き換えたのか……!」

 さすがは最強の陰陽師。
 守護者になっても、僕なんかでは遠く及ばない技術を持っているらしい。

「(……本当に、まずいな)」

 高速でこちらに近づく気配を察知し、構えながらもそう思う。

 ……僕も、守護者も、後先考えない戦闘をしていた訳じゃない。
 お互いに実力を計り、戦術を練り、後を見据えて戦闘していた。
 最後に勝っていればいいのだから、途中は押されるのも戦術の範疇の場合がある。
 そんな“戦術”において、僕は彼女に負けたのだ。
 あの“終極”が決まらなかった時点で。

「っ……“霊魔、相乗”……!」

〈マスター……!っ……来ます!!〉

 神降しで既に体に負担は掛かっている。その上で、全開の霊魔相乗を行う。

 ……守護者は、神降しした僕を見た時点で、あの状況に持って行くのを決めたのだろう。
 そして、実際にその戦術は成功し、僕はこうして追い詰められている。

「(椿……)」

 いくらユニゾンして、霊魔相乗もしているとはいえ、椿を守れる自信はない。
 ……いや、そもそも。

「ッ!?」

     ギィイイイイン!!

「が、ぁっ……!?」





 ……神降しで互角だった相手に、どう勝利に“導く”んだ?







「っ、くそ……!」

 シャルで受け止め、そして吹き飛ばされる。
 取り残された椿を、咄嗟に型紙を使って傍に呼び寄せる。

「ぁあっ!!」

   ―――“Aigis(アイギス)

     キィイン!ギギィイイン!!

 追撃の刀の一撃を、何とか防御魔法で防ぐ。
 けど、即座に側面に回り込まれ、二撃をシャルで防ぐ羽目になる。

「っつ……!ぁあっ!!」

   ―――“Übel catastrophe(ユーベル・カタストロフィ)

 “ドンッ!”と、弾かれるように僕は椿と共に後ろに吹き飛ぶ。
 同時に、置き土産のように魔法陣を彼女の足元に展開、柱状に極光が迸る。
 ちなみに、椿の体は魔法で保護しているため、負担が掛かるような事はない。

「これで……っ!?」

   ―――“速鳥-真髄-”
   ―――“扇技・神速-真髄-”
   ―――“斧技・瞬歩-真髄-”
   ―――“斧技・鬼神-真髄-”

「が、ぁあああああっ!!?」

 それに反応したのは、本能だけだった。
 思考が追いつく間もなく、魔法を躱した守護者は僕に肉迫。
 脳が焼き切れる勢いの処理速度で武器や盾を創造。
 葵もレイピアを生成し、それら全てを僕と彼女の間に滑り込ませる。

 ……無意味だった。
 防御に使ったシャルは、壊れる事はなかった代わりに、大きく手から弾き飛ばされた。
 盾代わりに割り込ませた武器などは、全てが打ち砕かれた。
 そして、僕は背後の木々を薙ぎ倒しながら吹き飛ばされた。
 幸いと言えるのは、守護者の攻撃も、木々にぶつかる時も気絶した椿を庇えた事だろう。……尤も、その結果は……。

「っ、ぁ……」

「ぐ……ぅ……」

 僕と葵の、戦闘不能だった。
 ユニゾンを解ける程の威力が、今の一撃には込められていた。

「(ダメだ、意識が……)」

 それだけじゃない。戦闘不能に追い込む威力なだけあって、意識を保てない。
 壁のような斜面に叩きつけられ、そのまま倒れ込む。
 既に葵は気絶してしまい、僕もすぐに気絶するだろう。

「っ………」

 何とか立ち上がろうとしても、体が動かない。
 すぐ近くには、弾き飛ばされたシャルが地面に突き刺さっていた。
 それを手に取り、戦わなければ殺される。
 ……それなのに、体が動かない。

「く、そ………」

 守護者がやってくる。
 このままでは、殺されるだろう。
 だからこそ、意識を失う訳にはいかず、必死に立とうとする。

「終わりだよ」

「っ……!」

 だけど、現実は無情だ。
 彼女は一言、僕に行って刀を振りかぶり……。











     ギィイイイイイイン!!!







「ッ……!」

 乱入者の攻撃によって、吹き飛ばされた。
 防御の上からなので、大したダメージは負ってないだろうが……。

「(誰、だ……?)」

 もう、視界も覚束ない。
 でも、辛うじて降り立った何者かが、地面に刺さるシャルを手に取ったのが見えた。















「……後は任せて。お兄ちゃん」





















   ―――もう聞くはずのない、懐かしい声が聞こえた。























 
 

 
後書き
刀極意・先々の先…自身を対象とした単体攻撃を無効化した上、セットしているスキルで一番上にある攻撃技をリキャスト無視で放つ。小説では、刹那の間に相手の攻撃を無効化した上に、カウンターを叩き込む。なお、本来は極低確率で発動だが、小説ではそんな制限はないので、凶悪化している。

遅延魔法…複数の魔法を、発動させずに留めておく魔法。術式の一斉起動などに使う。

穿貫閃突…突きに特化した技。とにかく、速く、鋭く、貫通力が高い。

神域結界…神力によるご都合主義結界。魔法による結界と同じ効果に加え、基本的に術者に対して有利に働く。ただし、神力にしては比較的丈夫じゃない。(魔力などよりは断然強固)

乖離結界…バフ消し結界みたいなもの。外部からの援護(今回の場合は神降し)を全てカットする結界。普通に結界としても丈夫。内部なら問題はないので、ユニゾンやジュエルシードはそのまま使える。


本来なら発動すればラッキー程度のスキルがあら不思議。凶悪すぎるカウンター技に。まぁ、“極意”と付く程のスキルなので、実際ならこれぐらい凶悪です。
一章以来登場しなかった魔法(これでも相当強力だった)の再登場と、そして……?
一体、優輝を助けたのは何者ナンダー?(棒) 

 

閑話13「緋き軌跡」

 
前書き
前回の最後に登場したキャラである〇〇が、前回に至るまでの話です。
まぁ、いないとは思いますが、もし誰か分からない場合は次回を読んでからじゃないと若干ネタバレです。

申し訳程度に視点変更時に名前を伏せていますが、意味はないです。
 

 






       =out side=







「……こんな事、ありえるの?」

 アースラにて、現場に行ったクロノを見送ったエイミィはモニターを見て呆然としていた。

「……ううん、そんなはずがない。きっと、これは海鳴の門に現れた妖と同じ……。だって、あの偽物も魔力はあったって優輝君が言ってたし……」

 きっと違うだろうと、独り言のように訳を述べる。
 だけど、分かっていた。モニターに映る存在がまやかしではないと。

「……でも……」

 モニターに映るその存在は、強力な妖を倒していた。
 その強さは、かつて見た強さとは違った。
 だから違うと、自分に言い聞かせようとして……。

『……聞こえますか?』

「ッ……!?」

 アースラへと響くその念話に、紛れもない真実が突きつけられた。

「あ、はは……!」

 エイミィはそれを認識して、思わず笑ってしまう。
 なぜなら、それは悪い方向への“真実”ではなく……。

















   ―――きっと、良い意味での“真実”なのだから。





























       =???side=





「………」

 私をこの場所へ送った陣の輝きが治まる。
 息を軽く吸い、目を開ける。

「ここは……」

 見渡すと、そこは見覚えのある場所だった。
 子供達がのびのびと走り回れる広さの敷地。
 海沿いで、海を眺めるためにベンチがある。
 ……ここを、私は知っている。

「海鳴臨海公園……」

 懐かしいと、そう思える場所だ。
 何せ、数年振りだからね。

「………」

 感慨深いものがある。
 ここは、私も小さい頃に遊んだ事がある。
 そして何よりも、ここは()()()()()()()なのだから。

「っと、のんびりなんてしていられないよね」

 背中から羽を広げる。
 普段は仕舞っているけど、今は非常事態。仕舞っている意味も必要もない。

「(それに……)」

 制限時間がある。だから急いでいるのだけど……。
 遠くの方へと顔を向ける。その方向から、大きな力を感じる。

「私に反応して、門が開かれた……って所かな」

 この辺りの門は全て閉じられたのだろう。
 だから、遠くの門が反応した。

「……結界?まずいね、挟んじゃってる」

 霊力のような魔力の結界の気配を感じる。
 その位置は、私と門の間にある。
 ……おまけに、その門の守護者は私の所へ向かっている。

「(幽世から出た私を戻すための抑止力って所かな。門から離れるなんて)」

 現世にいられる時間が限られている。
 しかもそれは、無理矢理現世に身を押さえつけてでの話だ。
 現世と幽世の均衡を保つため、私を幽世に連れ戻される“力”が働く。
 それが、あの門の守護者なのだろう。

「私が出したのだから、責任は取らないとね」

 地面が割れないように、魔法陣を足場に私は跳ぶ。
 かつて現世で生きていた時よりも速く、結界が張られている場所へと向かった。









「ここは……学校?」

 結界が張られているのは、私も見た事のある学校だった。
 入学する事は叶わなかったけど、予定では私もここに進学するはずだった。

「……っと、それどころじゃないね。術者は……いない?放置されてる?」

 いるはずの術者、もしくは結界を維持する供給源がなかった。
 いや、供給源自体はある。それは大気中の魔力や、地脈の霊力による代用だ。
 ……でも、どうして放置を?

「っ、来た……!」

 結界があるのは、一般人が避難しているのを保護するためだろう。
 だとすれば、術者は元凶を潰しに行ってるのかな?
 ……なんて考えている内に、門の守護者がやってきた。
 何とか私は学校を守る場所に割り込む事が出来た。
 でも、結界がなかったら被害を出してしまうね。

「あれは……!」

 現れた妖は、青い巨躯に焔のような霊力が所々から噴き出している。
 赤い角が額から一本生え、鋭い黄金の牙が口から見え隠れしている。
 その妖の名は“アラハバキ”。
 諸説あり、明確な正体は分からない神だ。
 今回現れたのは、そんな神を模した力の一部の集合体って所かな。

「聞いてはいたけど、実際に戦う事になるなんて……ねっ!!」

     ドンッ!!

 アラハバキは、私を認識した瞬間跳躍し、殴り掛かってきた。
 それに対して私も対抗するように拳を振りかぶり、ぶつける。
 その一撃で衝撃波が迸り、校舎に避難している人達がこちらを見てくる。

「(あ……)」

 ……ふと、そこで何人かの生徒が目に入った。
 その人達は、生前私のクラスメイトだった人達。
 特別仲良くしていた訳じゃないけど、記憶に残る程度には交流を持っていた。
 そんな人達が、こちらを見ていた。

「っ……ぁあっ!!」

   ―――“(ごう)

 魔力で身体強化を施し、再度振るわれた拳を相殺する。
 アラハバキの放つその一撃は、私の力を互角……いや、この一撃に関してはそれ以上とも言える威力だった。

「っ、たぁっ!!」

 でも、そんな一撃を真正面から受ける必要はない。
 紙一重で躱し、その風圧を利用して体を一気に捻り、回転。
 回し蹴りをその腕に叩き込む。

「(先に、門の座標を特定しなきゃ)」

 同時に、サーチャーを飛ばす。
 このサーチャーで、アラハバキの門の位置を特定。
 そして、倒した後にサーチャーの座標を基点に転移すればすぐに封印できる。

「くっ……!」

 体格の差で、まともに打ち合えば私が大きく押される。
 連撃で防御の上から吹き飛ばされた私は、校舎まで吹き飛ぶ。
 結界があったけど、今の私は素通り出来るらしい。

「っ!」

 校舎の壁に着地。……いや、壁に着地って何かおかしいけど。
 ちょっと罅を入れてしまったのは仕方ないだろう。
 ……でも、それより気になるのが……。

「ぇ……あ……」

「………」

 生徒達の、私を見る目。
 信じられないものを見るのは分かる。本当なら私は死んでいるのだから。
 でも、恐ろしいものを見る目になっているのが、良く分からなかった。

「(いや、今はそれよりも)」

 けど、そんな事を気にしている暇はない。
 すぐさま魔法陣を足場に跳躍。アラハバキの目の前に躍り出る。
 既にアラハバキの跳躍の影響で、街に被害が出ている。
 住民は避難しているから大丈夫だけど、そこら中にクレーターが出来ちゃっている。

「(結果の強度は見た所、相当強力。それこそ、私の一撃でも割れない程。こんなの出来る人っていたっけ……?)」

 校舎に張られている結界は、戦闘の余波だけではびくともしない程強固だった。
 でも、あんな強固な結界を張れる存在に心当たりはない。
 防御系に強いユーノ君やザフィーラさんでも、ここまでのは出来ないはず。

「(……司さん?いつの間にこんな……)」

 魔力の質を見て、おそらく司さんが術者なのだと理解する。
 でも、生前ではここまでの結界は張れなかった。
 死んでいた三年間の間に、ここまでの力を身に着けたのだろう。

「(でも、これは好都合!)」

 余波で壊れない結界なら、グラウンドを使わせてもらおう。
 これ以上無闇に街を壊されたくないからね!

「(守る必要がないのも、ちょうどいい!)」

 拳を相殺し、一旦距離を取る。
 その瞬間、両手に魔法陣を展開、そこから砲撃魔法を放つ。
 尤も、即座に放つ程度の威力じゃ、大したダメージは与えられない。

「吹き飛べ!!」

   ―――“戦技・金剛撃”

 でも、目晦ましにはなる。
 その隙に後ろに回り込み、拳から霊力の衝撃波を放ち、吹き飛ばす。

「……転移!」

 そして転移魔法を発動。
 お兄ちゃんみたいに即座に、とはいかないけど、アラハバキが吹き飛んだ先に回り込む事ぐらいは容易く出来る。

「もう、一発!」

   ―――“戦技・金剛撃”

「ォ、オオオッ!!」

 吹き飛ばして、今度は地面に叩きつけるために攻撃を放つ。
 でも、今度は防御されたからダメージは大した事がなかった。
 そのままアラハバキはグラウンドに着地する。

   ―――“Magie Waffe(マギー・ヴァッフェ)

「はぁああああっ!!」

 そこへ、私は魔力で作り出した大剣で斬りかかる。
 でも、私が扱うのは魔力。霊力を纏うアラハバキには……。

     ガキィイイイイン!!

「っ……!!」

 効果が薄い。
 まるで堅い岩に棒を叩きつけたかのような反動が返ってくる。
 これでも、私のマギー・ヴァッフェによる武器生成の練度は、生前と比べて格段に上がっている。切れ味も上がっているはずなのだ。
 それなのに、斬れない程に堅い。

「ォオオオオッ!!」

「くっ……!」

     ギィイイン!!ギギィイン!!

 拳と大剣。本来ならぶつかり合う事なんてありえない組み合わせ。
 その組み合わせで、私とアラハバキは攻防を繰り広げていた。
 霊力を存分に纏ったその拳を、私の大剣では斬れない。

「……なんて、思ったら、大間違いってね!!」

「ッ……!?」

 当然ながら、私がその程度で終わるはずがない。
 生前と違い、私は霊力も扱える。
 魔力の大剣に、さらに纏わせるように霊力を使う事で、アラハバキの腕に傷をつける。

「あまり魔力と霊力も無駄に出来ないけど、出し惜しみもダメだよねぇ!!」

   ―――“霊魔相乗”

 “ドンッ”と、腕を弾いた後に蹴りを入れて間合いを取る。
 そして、大剣を消して、両手に霊力と魔力を纏わせ、混ぜ合わせる。

「ッ……!」

 私から大きな力が溢れ出るのを感じる。
 当然だ。本来なら、足りない力を無理矢理補うためにある裏技のようなもの。
 それを、充分に力が足りている私が使ったのだから。

「(……やっぱり安定しないな)」

 でも、それは安定させるのには相当な技術が必要。
 霊力の扱いを充分に磨いた私でも、裏技と呼べる程の強化には持って行けない。
 ……やっぱり、お兄ちゃんは凄いな。こんな技をやってのけたんだから。

「さて、行くよ……!」

     ドンッッ!!!

 踏み込み、地面が陥没する勢いでアラハバキへ間合いを詰める。
 霊力を拳に纏わせ、抵抗してくるけど……。

「遅い!!」

 霊魔相乗がなくても私と互角近かったのだ。
 強化された今なら、拳を押し切るどころか、躱すのも余裕!

「はぁっ!!」

 元々体格差も大きい。懐に入り込めば、私は捉えられにくい。
 それを利用し、高速で動いて足払い。
 そして、胴体を思いっきり蹴り上げ、上空へと吹き飛ばす。

「そー、れっ!!」

 転移魔法を設置し、その場で思いっきり振りかぶる。
 そして、拳を繰り出すと同時に転移。
 アラハバキの上へ転移し、反転させるように地面へと叩きつける。

「焼き尽くせ、焔閃!!」

   ―――“Lævateinn(レーヴァテイン)

 そして、余波で被害が出ないように結界を張り、焔の大剣を叩きつける。

「っ、これを耐えるんだ。タフだなぁ……」

 胸の辺りを切り裂かれ、全身が焼き焦げていても、アラハバキは生きていた。
 ……でも、まぁ……。

「一発だけじゃ、ないんだけどね?」

   ―――“刀技・紅蓮光刃(ぐれんこうじん)

 焔の大剣を維持したまま、さらに焔を強くするように霊力を纏わせる。
 そのまま、二連撃。アラハバキへと叩き込んだ。

「ォオ、ォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

「ッ……!?」

 だけど、そこでアラハバキは決死の反撃に出た。
 全霊力を拳に集中させ、殴り掛かってきた。
 攻撃後の硬直もあり、私は回避するもののギリギリだった。
 空ぶった拳から、衝撃波が迸る。
 その衝撃波は上空へと向けられており、上空にあった雲が吹き飛んでいた。

「くっ……!」

 でも、攻撃はそれで終わりじゃなかった。
 そのまま避けた私を狙ってくる。
 さっきよりは避けやすい体勢だけど、避けてはいけない。

「(背後に、校舎……!)」

 戦いの余波なら防げる結界も、空ぶった全身全霊の攻撃は防げないかもしれない。
 実際の強度は知らないけど、そう考えたら避ける訳にはいかなかった。

「(まずは足場を崩す!)」

   ―――“Zerstörung(ツェアシュテールング)

 “瞳”を握り潰し、アラハバキの足元を崩す。
 これで、アラハバキの体勢は崩れた。
 でも、攻撃の威力は大して変わらない。だから、後は……!

「(かちあげる!!)」

   ―――“刀奥義・一閃”

     ガィイイイイイイイン!!

 霊力を纏ってくれたのが幸いだった。
 私が下から切り上げるように攻撃を繰り出す事で、拳を上空へと逸らす。
 残念ながら、弾くとまでは行かなかったけど、結界よりも上へと逸れていた。

「これで、終わり!」

   ―――“刀技・紅蓮光刃”

 そのまま続けざまに二閃。アラハバキを切り裂く。
 今の一撃で力を使い果たしていたようで、あっさりとアラハバキは倒れた。

「……ふぅ……」

 倒した事を確認し、サーチャーから送られてくる映像を確認する。
 ……うん。ちゃんと座標が分かってるね。じゃあ……。



「封印……っと」

 転移魔法を発動。祠へ移動し、即座に用意していた封印術を発動。
 祠を封印し、もう一度転移魔法で学校へと戻る。



「………」

 なぜ学校に戻ったのかと言うと、私に対する恐れを抱いた目が気になったから。
 その理由はある程度予想している。それを確かめるためでもあるね。

「……ふぅ」

 まずは大剣を消し、身に纏っている霊力と魔力も解く。
 これで私は完全に無防備な状態。敵意がないと示す。

「(……ま、これで簡単に近づいてきたらダメなんだけどさ)」

 当然だけど、その程度じゃ誰も出てこない。
 と言うか、ここを守っていた司さん辺りが出ないように言っていたのだろう。

「(誰か知っている人……)」

 ただの友達や知り合いではダメだ。
 ある程度、説明を受けている人でないと話が通じにくいはず。
 でも、そんな人なんて……。

「(……いた)」

 一人だけ……いや、何人かいた。
 私がそれなりに知っている人で、尚且つこちらを恐れていない人。
 他にも同じような人がいたけど、一番はその人だった。

「(確か、お兄ちゃんの友達で……)」

 地面を蹴り、ふわりとその人の前……の窓近くまで行く。
 周囲から少しばかり小さい悲鳴が聞こえたけど、この際は無視する。

「大宮さん……でしたっけ?」

「あ、ああ……」

「さ、聡……!?」

 名前を確かめようと尋ねると、普通に答えてくれた。
 その事に、隣の女生徒(見覚えがある)が驚いていた。
 まぁ、普通は普通に応対できる訳ないよね。

「……一つ、確かめておきたい事が。……以前に、私の姿をした存在がここに来ましたよね?それも、襲う形で」

「っ……ああそうだ……」

「(やっぱり……)」

 予想通りだった。
 私は幽世の大門が開いた影響で、妖となっていた。
 咄嗟に式神を作り、そっちに自我を追いやったおかげで、どうにかなったけど……。
 妖となった部分は、門の守護者にでもなっていたのだろう。
 そして、ここを襲った。それなら、生徒の人達が恐れるのも分かる。
 私が現世に来れるようになったのは、その妖が倒されたからだから、もう脅威はないのだけど……そこは人間の心理。しょうがないね。

「……なぁ、もしかして……」

「何を考えているのかは大体わかるけど、説明している暇はないです。私も急いでいるので」

 大宮さんの問いを遮る。
 大方、私が本物なのか聞こうとしたのだろう。
 でも、説明している暇はないので、それを遮った。

「……でもまぁ、答えるとしたら。“その通りです”とだけ。では……」

「ぁ……!」

 その返答に、彼……いや、お兄ちゃんの友人であろう彼らは目を見開いた。
 それを余所に、私は転移魔法を使う。
 向かう先は、大きな力を感じる方角。
 細かい距離は分からないので、転移してからは自分の足で向かうつもりだ。









「『……聞こえますか?』」

 転移し、高速で現地に駆けていく間、念話を試みる。
 通信先はアースラ。他にも艦が来ているようだけど、知っているのはここだけだからね……。

『……緋雪ちゃん……なの……?』

「『……はい』」

 信じられないと言った感じで、応えた人……エイミィさんは聞いてきた。
 それに誤魔化す事なく、私は返事する。

『本、当……に……?』

「『はい。偽物でも、ましてや妖でもありません』」

 通信の映像として映っているエイミィさんは、完全に声を震わしている。
 まぁ、当然だよね。死んだはずの人物が通信してきたんだから。

「『……説明してほしいのは分かりますが、その暇はありませんよね?簡単に状況説明をお願いします』」

『っ、う、うん。えっと、まずは妖についてとかは……』

「『知っています。今、幽世の大門が開いて、妖が溢れている事も。私が今向かっているのは強大な力を感じる方向ですが……大門の守護者が、いるんですよね?』」

 どこから説明すればいいか戸惑うエイミィさんだが、代わりに私がどの辺りまで知っているか先に話す。

『……まさか、向かうつもりなの?』

「『当然です。私はそのために現世に戻ってきたのですから』」

 そう。元より私は大門の守護者を倒すために派遣されたようなもの。
 今打てる幽世側の最善の手が、私なんだ。

『そんな、大門の守護者は……!』

「『どんな相手なのかは知っています。容姿も、強さも。そして、生半可な力では太刀打ちできない事も』」

 私は知っている。とこよさんの強さを。
 だから、同じ力を持つ守護者がどれほど強いのか、わかっているつもりだ。

「『それに、今守護者と戦っているのはお兄ちゃんですよね?……だったら、尚更行きます。お兄ちゃんばっかりに、負担を掛けられないから……!』」

『っ……!……そこまで言うのなら、わかったよ。状況を説明するね。大門の守護者は、今言った通り優輝君と葵ちゃんが戦っている。優輝君は神降し……って言っても分からないかな?椿ちゃんとユニゾンしているみたいな状態なの』

「『神降しについては、聞いた事くらいは……』」

 神降しに関する事は、幽世でとこよさんに聞いた事がある。
 あれ?って事は、今椿さんはお兄ちゃんと一緒になってるの?
 ……いいなぁ……。……じゃなくて……。

「『他は?』」

『他の皆は京都の大門から溢れ出る妖を食い止めてるよ。それ以外の地域にも戦力を割いて、現地の陰陽師や警察とかと一緒に安全を保っているよ』

「『……分かりました。それだけ分かれば十分です』」

 被害などは聞いている暇はない。
 どの道、これほどの規模なら被害なしはありえないだろう。

「『では、私は止めに向かいます』」

『……無理しないでね』

 その言葉に頷いて、私は通信を切る。
 同時にスピードを上げ、現場へと急行する。





「邪、魔ぁっ!」

 魔力のナイフを生成し、一気に投げる。
 それらが向かう先は、進路上に立ち塞がる妖達。
 一体一体は大した強さじゃないけど、急いでいる身としては非常に邪魔だ。

「ふっ!」
 
 大剣を生成して一閃。一気に薙ぎ払う。
 同時に、思いっきり地面に踏み込む。

     ドンッ!!

「そー、れぇっ!!」

 一気に加速、そして拳を振りかぶる。
 魔力で体を強化して、一つの弾丸として一直線に進む。
 幸い、今進んでいるのは人気のない山中。
 一般人とかと鉢合わせする事はないだろう。

「(……まずいね)」

 エイミィさんの言った通り、京都に溢れ出ている妖は大丈夫だろう。
 適当な妖が現れた所で、戦力を集中させておけば押さえていられる。
 でも、問題はそれ以外だ。

「(東の方……これは司さんの魔力かな?)」

 エイミィさんの説明を私がもう十分だと止めたから聞いていなかったけど、東京方面から感じられる魔力は明らかに司さんのものだ。
 結界で隔離しているとはいえ、膨大な魔力なためここまで感知できる。
 ……明らかに、人一人が出せる魔力じゃない。

「(司さんがどういう状況なのかも気になるけど、その相手もなかなかだよね)」

 これほどの魔力であれば、それこそ龍神やさっきのアラハバキが相手でも難なく倒せるだろう。でも、この魔力は私が現世に来た時から感じられた。
 つまり、これだけ戦いが長引く程の相手がいるという事。

「(……とこよさんが言っていた、学園裏に封印されてた龍かな?)」

 聞いた事があるのだけど、その龍は途轍もない強さだったらしい。
 私でも苦戦する程の相手とか言われた気がする。

「(いや、そっちを気にしてる場合じゃない……!)」

 状況が動いた。……動いてしまった。
 さっきまで感じられた神の力が、感じられなくなった。
 ……結界によって遮断されたのだろう。

「(元より、“神”の類はとこよさんが相手だと相性が悪い!それなのに、さらにその力が削がれたら、さすがのお兄ちゃんでも……!)」

 とこよさんは神格を持つ妖を何体も倒した事がある。
 その事から、所謂神殺しと言われる性質を持ってしまっている。
 ……神殺しは、その性質上、“神”の類の天敵だ。
 相性が悪い。それだけでも致命的なのに……!

「ッ……!」

 跳躍、上空へとその身を躍らせる。
 ようやく、目的地が見えた。
 そして、結界も見える。

「(いた……!)」

 結界は、外界から遮断する効果を持っている。
 一度、破る必要があるだろう。まぁ、それはいい。
 それよりも、目に入ったものがあった。

「(お兄ちゃん……!!)」

 お兄ちゃんが、そこにいた。
 葵さんと共に壁へと叩きつけられ、その場に倒れ込んだ。
 椿さんも気絶していて、完全に戦闘不能だった。

「ぁあああああああっ!!!」

 魔法陣を生成、それを足場にする。
 そして、弾丸のように飛び出す。

「割れろ!!」

   ―――“Zerstörung(ツェアシュテールング)

     パリィイイイン!!

 “瞳”を握り潰し、結界を割る。
 術式自体は破壊しきれなかったけど、この際問題はない。

   ―――“Magie Waffe(マギー・ヴァッフェ)

「ッッ!!」

     ギィイイイイイイン!!!

「ッ……!」

 そのまま、大剣を生成して斬りかかる。
 お兄ちゃんに対して振り下ろそうとしたその刀で受け止められる。
 でも、そんなの関係なくその場から吹き飛ばした。

「…………」

 吹き飛ばした先を見据える。
 ……不意打ちだったおかげか、だいぶ距離を取れたみたいだ。

「………」

 地面に突き刺さっていたシャルを引き抜く。
 久々に手にするけど……。

「(……うん。馴染むね)」

 一度お兄ちゃんの方を振り返る。
 お兄ちゃんは、既に気絶寸前だった。
 ……お兄ちゃんは頑張った。頑張ったよ。だから……。

「……後は任せて。お兄ちゃん」















   ―――ここから先は、私が相手だよ。とこよさん……いや、大門の守護者……!

















 
 

 
後書き
アラハバキ…かくりよの門では“神代ボス”と言われる、レイドの中でも一線を画した強さを模したボス。その中で一番最初に戦えるようになる存在。いくつもの考察があり、名前の表記だけでも諸説あるらしい。

轟…単体打属性攻撃。霊力を込めた剛腕による一撃。シンプル故に強い。

刀技・紅蓮光刃…斬+火属性による二回攻撃。光る程凝縮させた焔を纏った剣で切りさく技。神話級(UR相当)のスキルなため、非常に強力。


アラハバキは、それこそ実装当初は何人ものプレイヤーを一気に塵に返す程の強さを誇っていましたが、今ではソロで討伐出来てしまいます(作者も今年四月から可能に)。それでも、神と呼ばれる存在なので、龍神や四神と同等以上の強さです。
ちなみに、このアラハバキがとこよが神殺しの性質を持つ原因の一つだったりします。

今回の霊魔相乗ですが、優輝にとっての一割~三割程度の効果しかありません。それだけ安定させるのが難しいからです。葵が霊魔相乗を使わないのも、それが理由の一つです。(もう一つは、デバイスなため、優輝よりも負荷が大きいから) 

 

第154話「再臨する緋き雪」

 
前書き
気分的にはラストダンジョンで死んだはずのアバン先生(ダイの大冒険)が駆け付けたようなものです。……尤も、守護者もまだ実力を出し切っている訳じゃなかったり……。
 

 






       =out side=





「…………」

 アースラ管制室にて、サーチャーによる映像を食い入るようにエイミィは見ていた。
 そこには、倒れ伏す優輝達と、彼らの代わりに守護者と相対する存在。

「……頼んだよ。緋雪ちゃん」

 ……そう。死んだはずの緋雪が、そこには映っていた。











       =緋雪side=







〈……お嬢、様……?〉

「……久しぶりだね、シャル」

 掌を守護者が飛んでいった方向に向けながら、シャルと話す。

〈生きて……いえ、蘇ったのですか……?〉

「……ちょっと違うかな。今の私は、所謂限定キャンペーンみたいなもの。蘇った訳じゃないし、現世(うつしよ)に留まれる時間も限られてる。……でも、正真正銘貴女のマスターだよ」

〈っ……!〉

 今のシャルの気持ちを表すとすれば、それはショックと歓喜だろう。
 ……自惚れみたいに聞こえるけど、マスターである私が現れたのだから。尤も、それは期間限定で、時間が経てば再び私は消えてしまう。
 だから、ショックもあるのだろう。

「大まかな状況は知っているし、細かい所もエイミィさんに聞いたよ。……守護者を、倒すよ」

〈お嬢様……はい……!〉

 魔力を練り上げ、準備は整う。

「……守護者、とこよさんの事は私も良く知っている。どれほどの人なのか、どれほどの強さなのかも、良く知っている」

〈……彼女には神降しでさえ敵いませんでした。お嬢様、勝算はあるのですか?〉

「まぁ、見てなよ……」

 自信たっぷりな感じで、そう答える。

「(……勝機なんて、ほとんどある訳ないじゃん)」

 もちろん、それは()だ。勝算なんて、ほとんどない。
 とこよさんをよく知っていると言ったって、それは“幽世でのとこよさん”だ。
 大門の守護者としてのとこよさんは、未知の部分が多い。

「(それに、昼だし)」

 私の体質上、昼では全力を出し切れない。
 元より、私は幽世でもとこよさんには負け越している。

「……ふぅ……」

 そこまで考えて、一度息を吐く。

「(まぁ、でも……)」









   ―――()()()()()()()()()()()









〈お嬢様!〉

「(来るッ……!)」

   ―――“Zerstörung(ツェアシュテールング)

 気配が、音を置き去りにするかのような速度で迫る。
 それに対し、私は立ち向かいながら、連続で“瞳”を握り潰す。

     ドドドドドドォオオン!!

「ぁあっ!!」

「っ!」

 爆発が起きる。だけど、それを躱して守護者は迫る。
 まぁ、予想済みだ。これの目的は少しでもスピードを落とさせるためだから。
 接敵と同時にシャルを振るう。
 だが、速度で劣っている状態では、それは躱される。
 反撃の一撃を喰らいそうになるが……。

「(甘い!)」

 私と守護者の間で爆発を起こし、間合いを取る。
 そう。掌をずっと向けていたのは、この連続爆破のための布石だ。

「(勝算がない?実力が劣っている?そんなの関係ない!!)」

 お兄ちゃんは元より、とこよさんも同じ経験をしてきた!
 そして、それを乗り越えてきたんだ。
 なら、私だって、同じことをすればいい!!

「すぅぅ……っ!!」

   ―――“霊魔相乗”

 魔力と霊力を掛け合わせる。
 不安定ながらも私の内から途轍もない力が湧いてくる。
 ……これで、差を少しは縮められただろう。

〈お嬢様、それは……!〉

「生前のあの戦いで、お兄ちゃんが使ってた反則技……!あの時のたった一回しか目にした事はなかったから、完全再現とまでは行かないけど……!」

     ギィイン!ギギギィイイン!!

 高速で繰り出される剣撃を、何とか受け止める。
 同時に、足元に仕掛けていた術式を起動。火柱で突き放す。

「……この通り、相手をするには十分……!」

〈いつの間に、このような……〉

「私だって、死んでから何も鍛えなかった訳じゃないよ?」

 いやまぁ、普通は死んだら何も出来ないけどね。
 ここら辺は皆知らない事だから、仕方ないけどね。

「(それよりも……)」

 つい勢いで霊力を使ったけど、ふと気づいた事がある。
 ……霊力でシャルを扱えている事だ。

「……さすがはお兄ちゃん。霊力でも使えるようにしてくれたんだ」

〈……はい。マイスターがフュールング・リヒトと共に強化してくれました〉

 これなら、もっと食らいつく事が出来る。

「(まずは、ここから移動させないと)」

 “瞳”を出現させ、両手を合わせる。
 それによって、私を巻き込むように大爆発を起こす。
 もちろん、お兄ちゃんたちを巻き込まない規模で。

「ッ……!」

「はぁっ!!」

   ―――“速鳥”
   ―――“扇技・神速”
   ―――“斧技・瞬歩”

 いくつもの術式を掛け合わせる。
 それによって途轍もない速さを叩き出す。
 爆発から飛び退いた守護者へと追撃する。

「はっ!」

「甘い!」

   ―――“紅雨(こうう)

 撃ち出される高速の矢。
 それに対し石礫を投げるように霊力と魔力の弾を放つ。
 威力は大したことがないけど、矢を撃ち落とすには十分。

「はぁああっ!!」

 シャルに魔力を纏わせ、斬りかかる。
 守護者は術式を用意していたようだけど、纏った魔力を犠牲に切り裂く。
 追加で用意された御札は、魔力による投げナイフで縫い付ける。

「シッ!」

「ッ!!」

 術式を潰しつつシャルを振るうが、受け流すか回避で凌がれる。
 そして、反撃に刀ではなく槍で突いてきた。
 空気を穿つような音が、私の顔の横を突き抜ける。

「は、ぁっ!」

     ギィイイン!!

 多少掠ろうが、問題ない。
 私の体は吸血鬼と同じだ。聖属性でなければ何とかなる。
 そんなごり押し気味の回避で間合いに入り、シャルで槍を大きく弾く。
 ……力なら、こちらが上だ……!

「ふっ!」

     ドンッ!

「っっ……!」

 槍を弾いたのはいいものの、反撃の掌底が繰り出される。
 咄嗟に手でガードしたけど、不用意に間合いが離れてしまった。

「ッ!」

「くっ……!」

 そうなれば、こちらが圧倒的不利だ。
 迫りくる高速の矢と、強力な術式。
 強引に突破する事も可能ではあるが、当然それは想定されているだろう。
 そうなれば、無理矢理間合いを詰めた所で、罠にはまるだけだ。

「なら……!」

 相手が遠距離に特化させるなら、こちらもそれに対応すればいい。
 元々、幽世でも手合せで同じような状況に陥った事はある。
 当然、その時に対処法も備えている。

「アンファング!!」

   ―――“Donnerlicht(ドンナーリヒト)

 私の羽にある対となっている二つの黄色い宝石が輝く。
 刹那、その宝石に込められた術式が開放。雷が迸る。
 その雷は、即座に出せる攻撃にしては非常に強力で、守護者の遠距離攻撃の波を穿った。

「ふっ!」

「っ!」

 穿った箇所だけ、弾幕が薄くなる。
 そこへ私は飛び込むと見せかけ……僅かにずれた場所へ飛び込む。
 シャルで一閃し、若干無理矢理突破する。
 こうする事で、弾幕を薄い所から突破してくると予想している所へ、意表を突ける。

「くっ!」

「は、ぁっ!!」

 私が想定して行動した通り、守護者は迎え打とうと斧を振るってきた。
 けど、少しばかり想定よりも横にずれていたため、十全にその力は振るえない。
 よって、私がそのまま押し切る事ができた。

「はっ!」

 吹き飛ばすと同時に、片手で術式を生成。
 砲撃魔法を撃つ。

「ふっ!」

「ッ……!」

     ギィイイン!!

 砲撃魔法は即座に斬られてしまう。
 だけど、そこには既に私はいない。
 砲撃魔法をそのままに、私は側面から迫っていたのだ。
 不意打ちのように放った一撃は、残念ながら防がれてしまう。

「(でも、そんなの関係ない!!)」

「っ!?」

「ぁあっ!!」

     ドンッ!!

 防がれた状態から、魔力を増幅させる。
 大剣のように纏われた魔力が爆発。一気に守護者を押し切り、吹き飛ばす。
 もちろん、反動がない訳じゃない。私の手は少しばかり焼けてしまっている。

「ッ……!」

〈“Stern Bogen Sturm(シュテルンボーゲン・シュトゥルム)”〉

 手が焼けても問題はない。この程度、戦闘中に再生して回復する。
 だから私は、そのまま間髪入れずに吹き飛んだ守護者へと大量の魔力弾を叩き込む。

「くっ!」

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

 だけど、その魔力弾は強力な障壁によって防がれてしまう。
 このままだと、追撃しても回避されるだろう。

「(なら、逃げ道を塞がないと)」

 マギー・ヴァッフェでナイフを指に挟むように生成。そして投擲する。
 弧を描くように、未だに魔力弾を防ぐ守護者へ迫り……。

「シッ!」

 魔力弾の射線上から逃れた守護者の刀に、切り裂かれた。

「(でもまぁ、予想通り)」

 当然、それは想定していた事。
 本命はナイフに紛れさせて守護者の近くに打ち込んだ術式の基点。
 そこから、私は魔法を発動させる。

「囚われよ、死の鳥籠!」

〈“Tod Käfig(トート・ケーフィヒ)”〉

 鳥籠のように魔力弾が展開される。
 この魔法は多人数で真価を発揮する魔法だ。
 よって、単体では大した効果を持たない。だから……。

「これなら、どう!?」

 魔法陣を、鳥籠をさらに包囲するように多数展開。
 一気に砲撃魔法を撃ち込む。

「っ!」

     ギィイン!

 鳥籠の魔力弾が吹き荒れる中、矢が飛んできた。
 シャルであっさり弾くも、どうやらこの魔法も通じないのだと悟る。

     ッギィイン!!

「ッ……!」

「は、ぁっ!」

 仕掛けるために接近しようとする瞬間、シャルと刀がぶつかり合う。
 すぐさま私はその勢いを逸らし、そのまま蹴りを叩き込もうとする。

「っ……!?」

   ―――“神撃-真髄-”

 だけど、それは予想されていた。
 掌に込められた霊力がぶつけられ、私は吹き飛ぶ。

「はぁっ!」

「くっ!」

   ―――“Zerstörung(ツェアシュテールング)

「そう簡単に、やられはしない……!」

 今の一撃で、私は片足を消し飛ばされた。
 激痛が走る。でも、私は我慢して目の前を“瞳”を握り潰して爆破。
 爆風で距離を取る。

「(……やるしかない、か)」

 遠距離主体で戦っていたら、咄嗟の接近戦で私が不利だ。
 私は、まだお兄ちゃんやとこよさんのように戦い方の切り替えが上手くない。
 だから、やるからには近接戦を主体にするべきだろう。

〈お嬢様、脚が……〉

「大丈夫」





   ―――すぐ、再生するから





 そう言うや否や、私の体は多数の蝙蝠になる。
 厳密には吸血鬼ではないけど、私は吸血鬼みたいな事が出来る。
 心は“人”のままだけど、力ぐらいは受け入れて使いこなすようにしている。

「ふっ……!」

「っ……!」

     ギィイイイイイイン!!!

 蝙蝠からいつもの体に戻し、同時に斬りかかる。
 不意打ちのようなその一撃に、守護者は反応するものの、防御の上から吹き飛ばされる。
 ちなみに、脚は体を戻す際に一緒に再生させている。

「(それに、もう遠距離にする必要はない。……充分、離れたから)」

 私が何度も距離を離すように戦っていたのは、場所を変えるため。
 お兄ちゃん達がまだ近くにいたから、巻き込みたくなかったのだ。

「はぁあっ!!」

「っ……!」

     ギィイン!ギギギィイン!!

 速さでは私の方が劣っている。
 でも、力では私が上だ。だから、それで上手く戦えばいい。
 当然ながら、守護者は上手く私の攻撃を受け流そうとしてくる。
 これは幽世でのとこよさんも良くやっていた事だ。
 というか、そうしなければとこよさんでも押し切られるからね。

「(でも、甘い!)」

 だけど、そうしてくると分かっているなら、私だって対策はする。
 受け流されないように、軌道を変えたり、不意を突くように動いたり。

「はぁっ!」

「くっ……!」

「させない!」

   ―――“Zerstörung(ツェアシュテールング)

 力で押し切り、体勢を崩す守護者。
 でも、それは誘いで、術で私を消し飛ばそうとしていた。
 もちろん、そうはさせない。すぐさま“瞳”を握り潰し、術式を破壊する。

「っっ……!」

「シッ!」

「はっ!」

     ギギギギィイイン!!

 その破壊の間に、守護者は体勢を立て直していた。
 そして、そのまま私へと斬撃を放ってくる。
 私はそれをギリギリで回避し、反撃にシャルを振るう。
 武器同士がぶつかり合う音が、何度も響き渡る。

「ふっ!」

「っ!」

「同じ手は食わないよ!」

   ―――“神撃-真髄-”
   ―――“闇撃-三重-”

 剣戟の際に拳を放つ。それを読んでか、蹴りの時と同じように術を構えられる。
 でも、今度は私もそれを予想済み。
 単体では真髄には敵わないから、三重に術式を用意して相殺する。

「っっらぁっ!!」

〈“Emission(エミッション)”〉

「っ……!」

     ドォオオオン!!

 相殺と同時に、片手に持ち替えていたシャルを、力いっぱい振るう。
 大剣として機能していた魔力が集束。衝撃波のように放出される。
 出が早いこの魔法を前に、守護者も防御や迎撃ではなく、回避を選んだ。
 横に回避した所へ、私はさらに追撃を狙う。

   ―――“斧技・鬼神-真髄-”

「っ!」

     ギィイイイイン!!

「燃え上がれ」

   ―――“紅焔-真髄-”

「ッ―――!!」

 だけど、それは瞬間的に身体強化された守護者の斧に受け止められる。
 その状態で起動する術式。既に“瞳”を潰して阻止できる状態じゃない。

   ―――“Zerstörung(ツェアシュテールング)

「くっ……!」

 だから、私を吹き飛ばすように“瞳”を潰し、その場から飛び退く。
 すぐさま魔法陣で足場を生成、それを蹴って再度間合いを詰める。

「ぁああっ!!」

「ッ……!」

     ドォオン!!ギギギギギギギギギィイン!!

 設置されている様々な術式を魔力弾の雨で破壊。
 そして、一気に切り込む。
 だけど、守護者は既に二刀を構えていた。
 これでは手数で大きく劣るため、私も霊力の短刀を用意しておく。
 刹那、展開される驚異的スピードの剣戟。
 短刀は最低限防ぐのに留め、シャルの方で力によるごり押しで対処させる。

「ッッ……!」

 最低限の防御なため、当然ながら短刀を持つ左腕は傷だらけになる。
 でも、それ以上はない。
 シャルを持つ右手の方は押しているため、守護者はそっちの対処に追われている。
 対処に追われている事は、それ以上押される事はない訳だ。

「(でも、状況が変わらないのは同じ……!)」

 むしろ、再生するとはいえ傷を負っている分、私が不利だ。
 このままでは押し切られてしまうだろう。
 でも、下手に動きを変える事はできない。
 そうしてしまえば、守護者の振るう二刀にあっという間に切り刻まれてしまう。

「(どうせ傷を負わずに追い詰めるなんて出来ない!なら……!)」

 最低限の防御にしか使っていなかった左手を一気に突き出す。
 そんな事をすれば、当然切り裂かれる。

     ザンッ!

〈お嬢様!?〉

 左手が切り裂かれ、肘から先の感覚がなくなる。
 直後に激痛が走るだろう。……でも、その前に行動を起こす!

「ッ……!唸れ業火!(にえ)に左手を捧げよう!」

   ―――“贄之焦熱地獄(にえのしょうねつじごく)

 霊力と魔力の混ざった術式、霊魔混合術式によって、左手が贄に捧げられる。
 そんな左手を中心に、超高密度の炎が展開される。
 そして、その炎が守護者に向けて扇状に放たれる。

「っっ……!(回避される所は見えなかった。つまり……!)」

 その炎は、喰らう側に回ったとしたら、なんとしても回避したいものだ。
 咄嗟に張れるような障壁では、とても耐えれるものではない。
 そんな炎を、守護者は避けれなかった。ならば……。

「っ……!くっ……!」

「(やっぱり……!)」

 障壁を張った上で、防ぎきれなかったのだろう。
 守護者の服はそこら中が焼け焦げ、露出している肌も焼けていた。
 それでも原形が崩れていないのは、障壁だけでなく体にも霊力を纏っていたからだろう。……それも、障壁並に丈夫な程に。

「ふっ!」

「っ……!」

 お互い、小さくはないダメージを負っている。
 私は左腕を消失。再生するとはいえ時間は必要だ。
 守護者も炎によるダメージがある。これも回復が必要だろう。
 ……だから、すかさず私は動いた。

     ギィイイン!!

「ぐっ……!」

「はぁっ!」

「ぁあっ!?」

 全身やけどを負った守護者は、動きが鈍かった。
 もちろん、私はそれを狙っており、刀を弾いて蹴りを叩き込んだ。
 片手によって直撃は防がれたけど、大きく吹き飛ばした。

「っっ……!」

〈お嬢様……!〉

「平気……!これぐらいやらないと、倒せないからね……!」

 いくら再生するとは言え、痛みがない訳じゃない。
 思い出したかのように痛む左手に、思わず顔を顰める。
 普通に手を斬られた時と違い、贄に使った場合は再生に時間がかかる。
 ……本来なら再生すらしないはずだからね。改良してもこれが限界だ。

「(それにしても、これほどやらないと追い詰められないなんて、本当に強すぎる……!)」

 少なくとも、四神の式神、神降しをしたお兄ちゃんと連戦のはず。
 いくら傷を治せるとしても、疲労は溜まっているはずだ。
 ……なのに、昼の私とはいえ、互角だった。

「ホント……とんでもない強さだよねっ!!」

「ッ!!」

     ギィイイイイン!!

 シャルを振るい、一気に間合いを詰めてきた守護者の斧の一撃を迎え撃つ。
 ……凄く攻撃が重い。多分、霊術でしっかり強化してきたのだろう。

「(回復に集中するんじゃなく、回復を促進させて戦闘中に傷を治してしまおうって事か……まぁ、来なければこっちから仕掛けてたし、驚くような事じゃないか)」

 斧の一撃を放った直後に、守護者は二刀に持ち替えた。
 私はまだ左手が再生しきっていない。だから、このままだとまずい。

「(……と、考えられるから、また二刀で来たんだろうね)」

 どの道、守護者……とこよさんが攻めにおいて得意とするのはこの二刀流だ。
 私が両腕あっても二刀流で来ただろう。

「シッ!」

「ッ!」

     ギギィイン!ギィイン!!

 一刀は逸らし、もう一刀は避ける。
 そのように凌ぐ私を見て、守護者は驚いた素振りを見せる。

「(やっぱり……!)」

 そこで私は確信を得る。
 ……やはり、守護者は弱ってきているのだと。

「はっ!」

「っ!」

     ギィイイン!!

 私が幽世のとこよさんの動きを知っており、守護者の動きに慣れてきたのもある。
 だけど、だからと言ってそれで私が動きに対処しきれる訳ではない。
 というか、もしとこよさんが相手なら既に私は斬られている。
 それなのに片手で対処できるのは、それだけ守護者も弱っているという事。
 本来なら片手になったらあっという間に決着が着いてしまうからね。

「くっ!」

「ふっ!」

 ……まぁ、弱っていると言っても、余裕なんて一切ないんだけどね。

「はぁっ!」

 一度間合いを取り、魔法陣を生成。砲撃魔法を放つ。
 それを、あろうことか守護者は刀で切り刻みながら突き進んでくる。

「させない!」

   ―――“呪黒剣-真髄-”

 それを、地面から黒い剣を生やして進行を阻止する。

「シッ!」

「はぁあっ!!」

   ―――“刀奥義・一閃-真髄-”
   ―――“刀技・紅蓮光刃”

     ギッギィイイン!!!

「っつ……!」

 即座に側面に回り込まれ、二刀で一閃が二つ放たれる。
 それに対し、私は焔を纏った二撃を放つ。
 片手でこちらが連撃な分、押し負ける。

「アンファング!」

   ―――“Hitze(ヒッツェ)

 咄嗟に羽の赤い宝石に込めてある術式を発動。
 灼熱の炎により防壁を展開する。

「(どうせあっさり突破してくる!だから……!)」

 防壁から距離を取り、シャルを弓のように構える。

「シッ……!」

「(今……!)」

   ―――“Pfeil Gungnir(プファイル・グングニル)

 刀で一閃し、炎の防壁を切り抜けてくる。
 そこへ、私は強力な矢の魔法を叩き込む。
 タイミングはバッチリ。回避は難しいはず……!

「ッ……!」

「ッ、ぁああっ!!」

     ギィイイン!!

 防御すら貫く威力なため、咄嗟に張られた障壁は貫いた。
 でも、守護者はそこから刀で軌道を逸らし、最小限のダメージに抑えてきた。
 ……まったく、こればっかりは……!

「(()()()()だよ!!)」

「ッ―――!?」

 同時進行で組んでいた転移魔法の術式を発動。
 魔法を逸らした守護者の背面に回り込む。

   ―――“怪力乱神(かいりきらんしん)
   ―――“剛力神輿(ごうりきみこし)

「吹き飛ばせ!!焔閃!!」

〈“Lævateinn(レーヴァテイン)”!!〉

「ッ、ぁああああああっ!?」

 ―――完全に捉えた。
 刃そのものは二刀によって防がれた。
 でも、それは元より承知。
 この一撃で重要なのは、“吹き飛ばす事によるダメージ”だ。
 それにおいて、この一撃はきっちりと決まった。

「(……にしても、あれでも折れない刀なんて、相当な業物だなぁ……)」

 罅どころか曲がりすらしなかった。
 幽世で聞いた事があるけど、文字通り魂を込めて鍛えた刀との事。
 あれかな?“刀も生きている”って奴で、成長してるのかな?

「(……で、曲がらなかったという事は……)」

 ダメージもだいぶ抑えられた。
 いくらきっちり入った一撃でも、今ので倒せたとは思えない。

   ―――“速鳥-真髄-”
   ―――“扇技・神速-真髄-”

「シッ……!」

「(やっぱり……!)」

 吹き飛ばした際の砂塵を突き抜けるように、槍が繰り出される。
 私も守護者も、それを回避する事は承知だった。
 重要なのは、次以降の手。
 守護者はやはり二刀を選んだ。
 
「(あれでもダメ。なら……)」

 既に、先程の一撃の時点で左手は完全に再生した。
 そんな両腕の状態でも二刀がある今はまともに攻撃を入れる事が出来ない。
 ……だとすれば。

「はぁっ!」

「っ、ふっ!」

「ッ……!」

 突きの攻撃が躱される。
 即座に放たれた二刀の内、一刀を躱す。
 そして、回避した所を狙ったもう一刀は……。

「っづ……!」

「っ……!?」

 手で、掴み取った。

「(これ、で……!)」

 もう一刀で、刀を掴む私を斬ろうとする。
 でも、一瞬反応が遅い。シャルでそれを防ぐ。

「ぁあっ!!」

「くっ……!」

 そして、その状態から蹴りを掴んだ刀を持つ手に繰り出す。
 それは躱されたものの、それで私の目的は達成する。

「封印!!」

〈はい!!〉

 そう。刀だ。二刀の内一刀でも奪ってしまえば、それだけこちらが有利になる。
 もちろん、奪うだけでは術式で呼び戻されるので、封印を施しておく。

「もう……」

「……!」

「一刀!」

 シャルを一撃、二撃を振るう。
 躱され、繰り出された反撃に、手繰り戻したシャルを当てる。
 一瞬、鍔迫り合いの体勢になる。
 その瞬間を狙い、再び私は刀を掴み取る。

「っつ……!」

 刃ごと握る私の手に痛みが走る。さっきと同じだ。
 でも、これで……!

「ふっ!」

     ドシュッ!

「ぐぅ……!?」

 ……まぁ、そんな上手く行く訳がない。
 守護者は、私が刀を叩き落すよりも早く、咄嗟に刀の柄を空いた手で叩いた。
 それにより、掴んだ刃が滑り……私の指が切り落とされる。

「くっ……!」

「はっ!」

     ギィイイイン!!

 叩き落すはずだったシャルの一撃は空振り、反撃をすぐさま防ぐ事になる。
 再生するのにそんな時間は掛からないが、そんな僅かな時間でもきつい。

「まだ、まだぁっ!!」

   ―――“呪黒剣”

「ッ……!?」

「後ろだよ!」

 咄嗟に頭に浮かんだ動きを、実践する。
 呪黒剣で牽制。同時に組み上げた転移魔法で背後に転移。

「フェイクだけどね!」

 だが、転移したのは魔法で生成した大剣のみ。
 もちろん、これも攻撃の一つなので、無視はできない。

「そこだぁっ!!」

「ぐっ……!」

     ギィイイイイン……!!

 私は、転移なんてしていない。
 呪黒剣を突き抜けてくる私を迎え撃とうとする守護者だけど、反応が遅かった。
 転移させた魔法の大剣を、障壁で防ぎ残った刀で私を迎え撃つつもりだったのだろう。
 ……だけど、それより早く私が刀を弾き飛ばした。

「っあっ!!」

   ―――“Zerstörung(ツェアシュテールング)

「かはっ……!?」

 “瞳”を握る。それで、咄嗟に張られた障壁を破壊。
 ……そして、私の蹴りが、守護者に直撃した。















 
 

 
後書き
紅雨…魔力や霊力を石礫のように放つ技。一発一発の威力は並の術者なら低いが、緋雪であれば十分な威力を持つ。

Donnerlicht(ドンナーリヒト)…“雷光”のドイツ語。緋雪の羽にある黄色い宝石に込められている術式。解放する事で、強力な雷を放つ事ができる。矢のように放ったり、防壁にしたりと汎用性が高く、事前に込めた術式なので発動が早い割に非常に強力。

Stern Bogen Sturm(シュテルンボーゲン・シュトゥルム)…“星弓の嵐”。フランのスターボウブレイクの上位互換。広範囲だけでなく、集中させる事も可能。

Emission(エミッション)…“放出”。何かに使っている魔力をそのまま集束させ、無造作に振るう魔法。シンプルであるが故に、威力の割に繰り出しやすい。

贄之焦熱地獄…何かしらを贄として発動する霊魔混合術式。今回のように片手だけだとしても、地獄の業火の如き炎を小さな山一つを焼き尽くす程広げる事が可能。

霊魔混合術式…名前の通り、霊力と魔力を併用して機能させる術式。仰々しい名前だが、霊魔相乗のようなもの。扱いが非常に難しい分、強力。実は優輝も使える。

Hitze(ヒッツェ)…“灼熱”。緋雪の羽にある赤い宝石に込められている術式。解放する事で、協力な炎を放つ事が出来る。ドンナーリヒトと同じ要領で扱える。

Pfeil Gungnir(プファイル・グングニル)…プファイルは“矢”のドイツ語。名前の通り、グングニルを矢として放つ魔法。実は、デバイスがないと碌な威力を出せない。

怪力乱神…物理バフ。ただし、MP消費ではなくHP消費(5割小)で発動するスキル。下記の剛力神輿よりバフ倍率は高い。なお、本編では使用による倦怠感が少し大きいだけでそこまで体力は消費しない。

剛力神輿…物理バフ。物理アタッカーには必須レベルのスキル。


かつて死んだはずのキャラが復活し、しかもパワーアップして助太刀に来る。
王道展開且つ燃える展開だと確信しています。
……だからと言って、それをしっかり描写できる訳では(ry 

 

第155話「拮抗する人と妖」

 
前書き
一方京都の防衛戦線では……みたいな話です。
メイン&サブキャラは大体集合しているので書き分けの難しい事難しい事……。
ちなみに、優輝の両親だけ九州の方で未だ活動中です。安全がまだ確保しきれていないので、対処が終わり次第応援に駆け付ける感じです。
妖が大量発生と言っても、大抵がなのは達でも十分無双できる相手なので、ようやく原作キャラ達の活躍が描けます。
……なお、原作キャラ以外も活躍する模様。
 

 





       =out side=







「ここを、こうして……これは……!」

 土御門家本家の資料庫にて、次期当主である澄紀は文献を漁っていた。
 同時に、その文献に載っている情報を基に、ある陣をそこに描いていた。

「これは……違う。でも、取っておいた方が……いいえ、今はそこで悩んでいる暇はない。余計な事に手出しする前に、出来る事を……!」

 椿と葵に喝を入れられてから、澄紀の思考は冴え渡っていた。
 彼女は、才能こそあれどまだまだ未熟。
 だが、その才能で文献を一気に解読し、理解を深めている。

「(曰く、現代に引き継がれている術式は、全てが“弱い”。確かに、あの二人の式姫が言う通り、文献を漁っただけでも今の術式をもっと強力に出来る。でも、今はそれでは足りない)」

 確かに、文献にある術式の類を他の者達に伝えるだけでも戦力は強化される。
 だが、それを澄紀は焼石に水だと断じた。
 それ故の、他の手段となる陣だった。

「(ここから状況を好転させるには、さらに式姫が必要。もしくは、その式姫に匹敵する存在が。……この陣を完成させれば、式姫の召喚が……!)」

 そう思考するや否や、陣を書き終える。
 だが、そこで問題が一つ生じた。

「……一体、どうやって召喚を……?」

 そう。召喚の方法が分からないのだ。
 陣に霊力を流すまでは陰陽師や退魔士であれば誰でもわかる。
 だが、そこからどうやって呼び出すかまでは分からないのだ。

「っ……こんな所で、躓いていられない……!」

 なんとしてでも呼び出す。
 その覚悟を以って、澄紀は手探りで式姫を召喚しようと試みた。















       =なのはside=







「シュート!!」

「ファイア!」

 放たれた多数の魔力弾が、多くの妖達を貫く。
 ……一体、これで何度目だろう。

「ふっ……!」

「はぁああっ!!」

 妖の群れの中に、奏ちゃんとシグナムさんが斬りこむ。
 二人だけじゃない。近接系の人達は皆切り込んでいる。

「なのはちゃん!フェイトちゃん!」

「撃ち漏らし、来たわよ!」

 そして、すずかちゃんとアリサちゃんが状況の確認。
 不足の事態に私達後衛担当と一緒に対処している。
 アリシアちゃんは、その両方を担っている。

「神夜は蹴散らしてこい!帝!まだ行けるか!?」

「ああ!まだまだ魔力はあるぜ!」

「なら、続きを頼む!はやて!合図と共に味方がいない所に魔法を叩き込め!」

「了解や!」

 そして、指示役に先程応援に来たクロノ君。
 神夜君は前衛組の中でもトップクラスの突破力を持っているので、他の人達以上に切り込んでいる。帝君はそれをフォローするようにいくつもの剣を繰り出して攻撃していた。
 はやてちゃんは基本的に私やフェイトちゃんと同じだけど、攻撃範囲が広いため、味方がいない所に打ち込んで妖を一網打尽にしている。

「(……でも……)」

 既に半分くらいの人が気づいていると思う。
 ……このままでは、私達は押し切られてしまう。

「(後方支援の人が多すぎて、前線で押し留める人が足りていない。アリサちゃんも前衛タイプの戦い方だけど、前線に行くのは危険だって止められてる。……それに、ザフィーラもいないし)」

 木曽龍神と言う龍神との戦いで、ザフィーラは無理をしてアースラに待機している。
 前衛……それも、相手の攻撃を受け止める役割の人がいないのは、きつい。
 ユーノ君も、防御魔法に秀でているけど、前衛に出れる程攻撃には優れていない。
 むしろ、後衛から中衛に掛けてバインドによる支援の方が役に立てる。

「(そうだよ。後方支援は足りてる。だったら……)」

〈Master?〉

「……行くよ。レイジングハート」

〈……All right.Mymaster〉

 クロノ君も分かっている事だろう。後衛が多すぎて、逆に前衛が少ない。
 このままでは、戦線が後衛まで来て入り乱れてしまうと。
 だから、後衛から何人か前衛に向かわせる必要があった。
 ……行くしかない。

「なのは?」

「アリサちゃん、ついて来て。フェイトちゃんとすずかちゃんも、もうちょっと前まで」

「なのはちゃん!?いきなり何を……!?」

「まさか、なのは、行く気なの……?」

 三人共驚く。まぁ、普通はそうだよね。
 ……でも、そうした方が“良い気がする”。

「『なのは!いきなりどうするつもりだ!?』」

「『ごめん、クロノ君。フェイトちゃん、すずかちゃん、アリシアちゃんを中衛まで上げて、私とアリサちゃんが前衛に行くね。援護射撃、任せるよ』」

「『それだと今度は逆に後衛が……!』」

 わかってる。本来なら私かアリサちゃんが前に出ればバランスが取れる。
 もしくは、フェイトちゃんとすずかちゃんを後衛のままにするべきだ。
 ……でも、これでいい気がした。
 だって、何もこの戦いは、私達魔導師だけのものじゃないから。

「くぅ!!」

   ―――“雷”

「……そうだよね。くーちゃん」

 大きな鳴き声と共に、閃光が迸った。
 フェイトちゃんの強力の雷魔法に劣らない雷が、妖の群れを薙ぎ払う。
 それを放ったのは、小さい頃に友達になった狐の久遠(くー)ちゃん。
 他にも、後ろの方……安全地帯には、那美さんと葉月ちゃんがいる。
 それだけじゃない。京都にいる退魔士の人達も、そこにいた。

「(それに、一人や二人欠けただけで、何もできなくなる訳じゃ、ない)」

 後衛が減ると言っても、頼りになる人達はいる。
 プレシアさん、リニスさん、アインスさん、シャマルさん、はやてちゃん、クロノ君がいる。……そう簡単に、負けない。

「フェイトちゃんは自由に動いて。アリシアちゃん、アリサちゃん、すずかちゃんは出来れば三人で固まってフォローしあって欲しいかな」

「了解!まぁ、危険地帯だしね!」

「なのははどうするの?」

「……切り込むよ」

Sword mode(ソードモード)
 
 私はレイジングハートを新形態に変える。
 そして、接近していた妖の前へ躍り出た。

「シッ!」

「えっ」

 そしてそのまま切り裂く。
 アリシアちゃんが驚いたような声を出していたけど、気にしないでおこう。

「来るよ!!」

「ッ……!」

 だって、そんな暇はなくなるのだから。

「行くよ!」

「ええ!」

「うん!」

「っ……!」

 アリシアちゃん達は早速固まって連携を取りつつ妖を撃破。
 フェイトちゃんはスピードを生かして攻撃範囲から逃れつつ切り裂いていく。

「(……うん。やっぱりこっちの方がいいかも)」

 危険性は高まるけど、こっちの方が皆の強さを生かせる。
 フェイトちゃんは魔法の傾向こそ中・遠距離が多いけど、戦術の傾向としてはスピードアタッカーになる。だから、そのスピードを生かして動き回りつつ攻撃するという、遊撃型の方が、フェイトちゃんに合っている。
 アリシアちゃん達は元々安全性を重視するために後ろに下がっていただけで、アリシアちゃん以外は遠距離に向いている訳ではない。
 ……三人に関しては私もどういった事が出来るのか詳しくないけどね。

「(クロノ君も分かっているはず。だから、こうして私の行動を見逃してくれている)」

 本当にダメなら、きっぱりと断られているはずだしね。

「(さて……)」

 目の前に意識を戻す。
 アリシアちゃん達は少し後方で打ち漏らしの妖を撃破している。
 フェイトちゃんと私はそのまま前へ。そこにいるのは……。

「シグナム!」

「ヴィータちゃん!」

 前衛として前に出ていた二人だ。

「フェイト!?なぜここに!?」

「なのは!おめーは後方支援だろ!?」

「こっちの方が、良く“動ける”から」

「大丈夫だよヴィータちゃん」

 驚く二人に、それぞれ答える。

「そうか……なら、ついて来れるか?」

「シグナムこそ、遅れないで」

「ふっ……」

 少し離れた所で、フェイトちゃんとシグナムさんは背中合わせになる。
 ……漫画とかで偶に見るけど、ああいうのってかっこいいよね……。

「っ、っと……!」

「危ね……!」

 私とヴィータちゃんは、不意打ち気味に迫っていた妖の攻撃を避ける。
 そのまま、フェイトちゃん達から離れるように場所を移動する。
 ……ここは二人に任せよう。

「大丈夫、ってのは……その新形態のデバイスか?」

「うん。少し前から、力不足を感じて鍛えたんだ。……お兄ちゃん達にも協力してもらったんだよ」

     ギィイン!ザンッ!

「……マジか」

 襲い掛かってきた鬼のような妖の腕を逸らし、そのまま首を落とす。
 ……うん。さすがに妖を倒す事に対しては慣れたかな。

「ヴィータちゃんは、一人で大丈夫?」

「あったりめーだ。シグナムだって、フェイトに付き合っているだけで一人で十分だ。……押し留められないってだけで、これぐらいならベルカ時代に経験している」

「そっか」

 “じゃあ……”と続け、私は刀を構える。
 そして、魔力を集束させて……。

「一気に、行くよ!!」

〈“Divine blade(ディバインブレイド)”〉

 薙ぎ払うように、その魔力を放った。
 弧の形をした斬撃のような魔力は、一気に妖を薙ぎ払う。

「す、すげぇ……」

「じゃあ、私はもっと切り込んでくるね」

「あ、ああ。こっちは任せろ!」

 私は、意気込んで前に出たのはいいものの、別に守るのが得意な訳じゃない。
 そう言うのは、ユーノ君やザフィーラが代わりにやってたからね……。
 だから、今私がするべきなのは、前に出てとにかく妖を倒す事。

「行くよ、レイジングハート」

〈Yes,Mymaster〉

 目の前に立ち塞がる妖の攻撃を避け、横を抜けながら切り裂く。
 “すれ違いざまに斬る”。これを妖の群れを駆け抜けながら行う。
 そして。

「はぁあああっ!!」

〈“Divine blade(ディバインブレイド)”〉

 斬撃で薙ぎ払う。
 私の得意魔法であるディバインバスター。
 それを、ソードモードのレイジングハートの刃に集中させて放つ。
 それがこの魔法。……シンプルなアレンジだけど、充分強力だ。

「っ!」

     ギィイイイン!!

 周囲の妖を一掃したと思った瞬間に、何体かの妖が飛び出してきた。
 その妖の形は完全に人と同じだった。

「(この妖は……!)」

 司さんとアリシアちゃんが相手していたのを覚えている。
 確か、影法師とかいう、他の妖よりも強い妖だったはず。

「っ、くっ!」

     ギィイン!ギギィイン!

 一撃目を躱し、斬り返しの二撃目をデバイスで防ぐ。
 そのまま三撃、四撃と攻撃は続くけど、それらは相殺する。

「っと、シュート!」

 上から斬りかかってきた斧持ちの攻撃を飛び退いて躱し、魔力弾を放つ。
 だけど、それらは避けられ、代わりに……。

「っ!?バスター!!」

 相手の後方から炎と風の混じり合った霊術が飛んできた。
 咄嗟に砲撃魔法で相殺するけど、砂塵で視界が封じられる。

「(空へ逃げて視界を……!)」

〈Master!!〉

「っ!?」

     ギィイイン!!

 空へ逃げるのを予測されていたのか、飛んだ瞬間に矢が飛んできた。
 咄嗟の判断で弾けたけど、飛び上がるのに失敗してしまう。

「くっ……!」

 体勢が崩れた所へ、槍持ちの妖が突いてきた。
 何とか飛行魔法を上手く使って、その一突きを避ける。

「シッ!!」

〈“Divine slash(ディバインスラッシュ)”〉

 そのまま体を捻り、回転を利用して反撃の斬撃を叩き込む。
 槍で防がれたけど、そのまま地上に叩きつけた。

「シュート!!」

 さらに魔力弾で牽制。
 相手の後方から飛んでくる霊術を無視して、低空飛行に。
 そして、地に脚を踏み込むと同時に……。

「シッ―――!!」

   ―――御神流“斬”
   ―――御神流“貫”

 刀、槍、斧を持つ妖を連続で切りさく。
 どの妖も防御行動をしてきたけど、お父さん達から教わった御神流なら、無意味。

「っ!」

 倒した直後、相手の後方から霊術が“私の周り”に飛んでくる。
 そして、視界を封じるように砂塵が飛ぶ。

「(飛んでも攻撃が飛んでくる……なら)」

   ―――御神流“心”

 心を落ち着け、気配を探る。
 ……ここっ!!

     ギィイイン!!

「っ、くぅ……!」

 振るわれた斧は防げたものの、その力に押される。
 ……当然と言えば、当然かな。私の身体強化魔法は、特別優れてる訳でもないから。

「っ!」

     ギィイン!

「くっ……!」

 さらに別サイドから刀が繰り出される。
 ソードモードは、小太刀二刀が本領なので、もう一刀を出して防ぐ。
 でも、一人で二体の攻撃を防ぐには、力が足りない。

「っつ……!」

 吹き飛ばされ、後退する。
 ……それは、この場においては致命的な事だった。

「しまっ……!」

 ここぞとばかりに、私は大量の妖に飛び掛かられる。
 咄嗟に魔力弾で牽制するも、数が足りない。

「っ……!!」

 瞬間的に、思考速度が早くなる。
 目の前の事以外意識に入らなくなり、視界がモノクロになる。

   ―――御神流奥義之歩法“神速”

「シッ……!」

 それは、お兄ちゃん達が扱う御神流の奥義。
 曰く、知覚外の速度で動くらしいけど……詳しくは知らない。
 でも、そのおかげで私はこの状況を打破できる。

「っ……!」

 知覚速度を上げるだけあって、私自身の動きも遅く感じる。
 それでも、妖の腕、爪、牙、あらゆる攻撃を紙一重で避ける。
 同時に、包囲を駆け抜けるように刀を振るい、妖を倒す。

「ふっ……!!」

「……!」

 包囲を抜け、襲ってきていた妖を倒そうとして、その必要がなくなる。
 風の刃――おそらく霊術――が飛んできて、周囲の妖を切り裂いたから。

「奏ちゃん……!」

「無事?」

「ありがとう。何とかね……」

 駆け付けてくれたのは、最前線で戦っていた一人、奏ちゃんだ。
 もう一人は、神夜君だったりする。

「ここは一番妖が多い場所。行けるかしら?」

「……うん。行けるよ」

「特に、影法師が厄介。あれらだけはここで仕留めるわ。……合わせて」

「分かったよ!」

 短く会話を交わし、すぐに駆けだす。
 奏ちゃんと連携を取るのは、これが初めてではない。
 練習は何度もしたし、実戦でも何度か連携を取った事がある。
 でも、今の私の戦闘スタイルはいつもと違う。
 だというのに、私は連携が取れないとは不思議と思わなかった。

「はっ……!」

「はぁっ!」

 奏ちゃんは霊力を、私は魔力を斬撃として飛ばして目の前の妖を一気に倒す。
 同時に、お互いに作っておいた魔力弾を周囲にばら撒いて牽制する。

「ふっ……!」

   ―――“Delay(ディレイ)

 牽制すると、奏ちゃんが移動魔法で敵陣に切り込む。
 適格に妖達の攻撃を捌き、上手く引き付けてくれる。

「っ、バスター!!」

〈“Dibine bustar(ディバインバスター)”〉

 そこへすかさず私が砲撃魔法を放つ。
 もちろん、奏ちゃんには当てないように拡散して。

「シッ!」

「はぁっ!」

 砲撃魔法を撃った際の隙を、奏ちゃんが埋める。
 それを心の中で感謝しつつも、私も前に出て妖を切り裂く。
 その後も、お互いをフォローし合うように妖を倒していく。
 それは、まるで一種の舞のように見えただろう。

「今……!」

「うん!!」

   ―――“Angel feather(エンジェルフェザー)
   ―――“Dibine rain(ディバインレイン)

 刀で戦っている間に用意しておいた魔力弾で、辺りの妖を一掃する。
 ちなみに、カートリッジも使っていたので、リロードしておく。

「……強くなったわね」

「……うん、まぁね……」

 一掃したおかげで、私と奏ちゃんの周りは少し空けていた。
 その間に、奏ちゃんがそう言ってきた。

「……変わりたいと、思ったから」

 ……私は、神夜君の魅了が解けてから、“変わろう”と決意した。
 多分、過去の……魅了されていた時の事を忘れたかったのだと思う。
 そんな私の決意を、お父さん達は汲み取ってくれた。
 だから、こうして強くなれた。
 体力作りとかがきつかったけど、これで以前みたいに疲労で撃墜される事はないと思う。

「……そう」

 それだけ言って、奏ちゃんとの会話が終わった。
 でも、奏ちゃんは私の言葉を聞いて、確かに笑みを浮かべたような……。
 普段は無表情な時が多いから、余計に気になっちゃう。

「次、来るわ」

「うん……!」

 構え直して、私達は再び妖を倒しに向かった。















       =out side=







「っ……、やっぱり、幽世側からじゃ埒が明かないね……」

 一方、幽世では一人の少女がある場所で術を行使し続けていた。

「あいつには席を外してもらってるし……と言うか、緋雪や現世の連中が何とかした瞬間を狙わないといけないから、不用意に手伝ってもらう訳にはいかないし……」

 彼女が行っているのは、幽世側からの干渉によって、門を閉じるという事。
 他ならぬ、幽世に住まう“土着神”だからこそ出来る事だった。

「くっ……出来て、“門”周辺の様子を探るだけか……。あたしじゃ、現世との“縁”がもうほとんどないから、仕方ないかもしれないけど……」

 “歯痒い”と、彼女は悔やんだ。
 神の座を引き継いだというのに、これ以上何も出来ないのだから。

「誰か……いや、なんでもいい。何か、“縁”になるものは……」

 現世に干渉し、“目”となる術を通して大門の近くを探る。
 そこには、多数の魔導師……なのは達が妖を押し留めている様子が映っている。

「……っ、待て……これは……!?」

 だが、そこで少女はある事に気づいた。

「そんなはずは……!現代において、現世にこれほど“縁”のある存在は……!」

 そう。“縁”がある存在がいたのだ。
 それだけならただ喜ばしいだけだが、その強さが半端ではなかった。
 それは、まるで“家族”でなければありえない程の“縁”で……。

「……まったく、あいつは……」

 頭に手をやり、少女は溜め息を吐く。
 それは、呆れているようで……どこか、喜びも混じっていた。

「……そうと決まれば……!」

 そして、その“縁”を頼りに、少女は術を行使し、現世へと呼びかけた。











   ―――……まさか、生まれ変わってるなんと思わなかったよ。……葉月















「………ぇ……?」

 所変わり、現世……大門近くでは。
 葉月や、那美など、直接戦闘に向かない者達が後方支援を行っていた。
 葉月は、前世であればある程度直接戦闘も出来たが、今は体がついてこないため、後方にいる。もし、術などで体を馴染ませる事が出来れば、かつてのように戦闘ができただろう。

「今の、声は……?」

 そんな葉月の耳に、声が届いていた。
 遠いようで、近い所から。頭に響くようで、耳を通しているような。
 そんな、不思議な感覚の声が、葉月に届いていた。

「………」

 葉月は、遠くを……幽世の大門のその先、幽世を見据えた。

「葉月ちゃん?どうしたの……?」

「……姉さん……?」

「え……?」

 傍目から見れば、遠くを見てボーッとしているしているように葉月は見える。
 だからこそ心配して那美は話しかけたが、呟かれた言葉に訝しむ。

「……そこに、いるのですか?」

「葉月ちゃん、何を……」

 聞き間違えるはずがない、もう姉ではなくなった“姉”の声。
 それが聞こえて、葉月は冷静ではいられなかった。

「姉さん……!」

「葉月ちゃん、危ない!」

 ふらふらと、いつの間にか前に出ていたのだろう。
 なのは達の戦闘の余波に、葉月は巻き込まれそうになり……。



   ―――まったく、いきなり世話かかせないでよ



「え?」

「ぁ……」

 ゆらりと、葉月の意思に関係なく、葉月の掌が正面に向けられる。
 そして、展開された障壁によって、余波は完全に防がれた。

『早く構えなおしな。今のは無理矢理だから、連発するとあんたの体が先に壊れる』

「姉さん?姉さんなんですか!?」

『ああもう、わかっている事をいちいち言うんじゃないよ』

 葉月に話しかけるように、声が聞こえる。
 それは、脳に直接声を届けている訳ではないため、那美にも聞こえていた。

『……厳密には、今のあんたの姉じゃないよ』

「っ……!」

『でも、正真正銘、あんたの“姉”さ。葉月』

「姉、さん……!」

 もう会えないと思っていた。
 だからこその涙を、葉月は流していた。

『相変わらず、なんでも背負い込んで……あたしにも一枚噛ませな。少しばかり状況を好転させてやる』

「姉さんが……?」

『“転身”のやり方は覚えているな?それを行使すればいい』

「は、はい!」

 声に促されるまま、葉月は覚えていた術式を行使する。
 すると、葉月は一瞬光に包まれ……。

「……現世も、見ない内に随分様変わりしたね」

 直後には、葉月ではなく似た別人が立っていた。
 髪型は葉月と違い、葉月と大きさの違う葉の髪飾りと黒いリボンでポニーテールにしてあり、服装も黒い着物に紫の帯と袴。そして袖のない赤い羽織を羽織っていた。

「霊気も薄い……。でも、葉月のおかげで“道”は出来た……!」

『姉さん?一体何を……』

「貴女は、一体……?」

 今度は葉月が声だけ聞こえるようになり、那美は現れた少女へ話しかける。

「……瀬笈紫陽(せおいしよう)。葉月の姉さ。あんた、少しの間離れておきな。じゃないと、あたしの力に巻き込まれるよ……!」

     ドンッ……!

 その瞬間、彼女から膨大な霊力が溢れ出す。
 その量は、あの椿の許容量すらも凌駕していた。

「幽世から現世の“縁”を通して、“門”を閉じる。大門はさすがに無理だけど、他の箇所は安心しな。……幽世の神の名において、きっちり閉じてやるよ!!」

   ―――顕現、幽世之神
   ―――“権能”発動

 そして、その霊力が解き放たれ……近くにいた者は知る由もないが、各地の“嫌な気配”が消えていった。

「……よし……!」

「え、え?何、今の力……?」

 あまりのその力の大きさに、那美はその場にへたり込んでしまった。
 他にも、近くにいた現地の退魔士や、奏達のように霊力を感知できる者達も、思わず彼女のいる方を向いて、その霊力に戦慄していた。
 尤も、前線にいる面子はすぐに妖の対処に追われていたが。

「葉月、良く聞きな。今現在、現世と幽世の均衡が完全に崩れかけている。現世側で何らかの力が働いたのか、幽世の力が大きくなりすぎたんだ。その結果が、幽世の大門が開くと言う事態だ。他の門は副作用に過ぎない」

『均衡が……妖が溢れてくるのも、それで?』

「その通り。おまけに、その溢れた力で大門の守護者……葉月は見たかい?」

『……とこよさん、でした』

「……まぁ、何を思ったのかは聞かないでおくよ。で、大門の守護者も暴走しているようなものだ。守護者自体は何とか倒せばいい……いや、こっちもかなり大変だが、それだけじゃあ解決できない」

 割り込む隙がない程、一気に彼女は葉月に事情を伝える。
 幽世側だからこそ分かった事を。また、その解決法を。

『どうすれば、いいんですか?』

「言っただろう。“均衡が崩れている”って。それを治せばいいんだよ。その条件としては、大門の守護者の打倒と、現世の霊気を昔のように濃くする必要がある」

『昔の、ように……』

「正しくは幽世と近しいぐらいにって所かな」

 それは、現在となっては途轍もなく困難を極める事だった。
 だからこそ、葉月は次の言葉を話せなかったが……。

「こっちは、既に解決法を用意してある。あんただよ、葉月」

『わ、私……ですか?』

「ああ。あんたがいたおかげで、あたしの意識を現世に持ってこれた。これで、幽世と現世を繋ぐ“橋”ができた訳だ。後は、あんたの体が壊れないように、霊力を放出すれば、幽世と現世の均衡は取れる」

『………』

 現在、葉月の体は、幽世と現世の境界がない状態にある。
 幽世にいる紫陽が、葉月の体を借りているからだ。
 それを利用し、幽世側の霊力を現世へと流す。
 そうする事で、均衡が取れるという事だ。

「大門の守護者の打倒は……そっちに任せる事になる。最後はこっちで何とか出来るが……頼めるかい?そこの」

「わ、私!?」

 いきなり自分に話を振られて、那美は驚く。

「話は聞いていたんだろう?それを他の奴らに伝えてくれないかい?……あたしは、この妖どもの相手をする必要があるからさ」

「わ、分かりました……!」

 またもや体から滲み出る霊力に驚きながらも、那美は了承した。
 そして、すぐに近くの者を通じて、情報を伝えに行った。

「葉月、あんたの今の体じゃ、術が満足に扱えない。だからあたしが代わりにやるよ」

『……分かりました。ただ、妖も姉さんに合わせて強くなっているので……」

「あたしを侮っちゃ困るよ葉月」

『えっ……?』

 前線へと駆けていく葉月……否、紫陽。
 そんな彼女へ、彼女に合わせて強化された妖が襲い掛かり……。

「あたしは今や立派な幽世の神なんだ。この程度、どうと言う事はないよ」

 そして、闇色の炎によって消し飛ばされた。















 
 

 
後書き
Divine blade(ディバインブレイド)…ディバインバスターとディバインスラッシュ(140話参照)の中間のような魔法。斬撃のように魔力を放ち、一気に薙ぎ払う。ディバインバスターよりも広範囲に薙ぎ払える。

斬・貫・心…とらハの御神流より。徹と同じ御神流では基礎()の類らしい。詳細等はとらハ参照。基礎とは一体……。

Dibine rain(ディバインレイン)…魔力弾を雨のように降らす魔法。一瞬の連打量だと、フェイトのファランクスシフトを凌駕する。なお、魔力弾を生成するための“溜め”が必要。

転身…かくりよの門やうつしよの帳ではなく、ひねもす式姫の葉月が使えるスキル。物理魔法バフからの、姉の紫陽に交代するというスキル。本編では憑依や入れ替わり、変身と同じ扱い。

霊気…ただ単に空気中の霊力の事。昔はこう呼んでいた。

権能…神が持つ“力”。運命の神なら運命を操ったりと、神の名に沿った力が使える。今回は、幽世の神なので、幽世の門を大門以外全て閉ざした。なお、大門は守護者が規格外の力を持っているため、力が及ばなかった。逆に大門の守護者の力も関係しているので、守護者がとこよでなければ他の門を一気に閉じる事はできなかった。


帝が以前に気づいていた通り、幽世の大門周辺の妖は、魔力にも反応します。よって、なのは達のように霊術が使えない人物たちにも積極的に襲い掛かります。
なのは超絶強化。戦闘民族高町家による近接戦闘強化パッチが適用されています()。元々魔法が使えてから運動音痴の要素がなくなったり(映画二作目での特訓)、innocentでは御神流の動きは出来たりしますから、“強くなりたい”と言う意志を持ってなのはが頑張ればこれぐらいにはなります。
ステータス(3章までのキャラ紹介にあったアレ)で言うなら、一気にレベルが100~200くらい上がっています。

紫陽は、今の所妖を押し留めているメンバーの中で最強になっています。それこそ、別の所にいる椿や葵にも割とあっさり勝てたりします。ただし、時間制限がある(葉月の体が壊れない程度)ので、持久戦には弱かったりします。……それでも充分ですが。 

 

第156話「妖の薔薇姫」

 
前書き
緋雪sideは蹴り飛ばしてから時間は過ぎていません。
前回と今回は、同じ時間の別視点という話になっています。
 

 






       =out side=





「下がりな!」

「っ………!」

 紫陽の言葉に、前線にいる者たちが巻き込まれないように飛び退く。
 既に紫陽が膨大な霊力の持ち主だと、奏達が念話で伝えているため、皆素直に従った。

華々(はなばな)と燃えな!」

   ―――“華焔(かえん)

 そして、巻き添えの心配がなくなった瞬間、多くの妖が焔の中に消えた。
 紫陽は幽世の土着神だ。そして、その名に恥じない実力を持っている。
 元々抑えられていた妖の群れ如きなら、あっさりと焼き尽くすことができる。

「す、凄い……」

 その凄まじさに、なのはが全員の気持ちを代弁するように呟いた。















   ―――そのようにして、京都で妖が食い止められている頃……









「……っ……」

 緋雪が大門の守護者と戦闘する前に張られた結界の中で、椿が目を覚ます。
 実際に戦闘していた優輝と葵と違って、椿は大した傷を負っていない。
 そのため、目覚めるのが早かったのだ。

「ここは……」

 目を覚まし、椿は辺りを見回す。
 ……結論から言えば、椿がこのタイミングで目を覚ましたのは、運が良かった。
 ただし、状況は最悪には変わりない。なぜなら……。

「ッ……!」

 椿が霊力を感じ取った方向に、蝙蝠が集まっていく。
 そして、それは傍に未だに気絶している葵と同じ姿を取っていく。

「嘘……葵が倒しておいたはずじゃ……」

 実際に聞いた訳じゃない。援軍に来たからそう思っていた。
 事実、葵は倒したと思って駆けつけていた。
 ……そう。妖の薔薇姫は、まだ倒せていなかった。

「くっ……」

 それどころか、身に纏う瘴気により、さらに強くなっていた。
 それを椿も感じ取り、短刀を構える。

「(優輝も葵も目を覚まさない……大門の守護者との戦いのせいね……最悪だわ……)」

 椿の得意武器は弓で、距離も当然遠距離だ。
 近接戦用に短刀を扱っているが、近接戦が得意な相手には及ばない。
 おまけに、結界がまだ残っているとはいえ、優輝と葵は守りながら戦わなければならない。
 低く見積もって実力が互角以上の相手に、その条件は最悪でしかなかった。

「(でも、やるしかない)」

 幸い、現れた薔薇姫は、まだ結界の外にいる。
 余波程度なら防げそうな結界があれば、優輝と葵を守る必要はない。
 そう考え、椿は結界の外に出る。

「(意識の対象を私に。優輝たちには決して向かせない。……行くわよ……!)」

 そして、椿は駆け出す。
 それに反応するように、薔薇姫はレイピアをふるう。
 椿は短刀でレイピアの穂先を反らし、そのまま横を通り抜ける。

「はっ!」

「ッ!」

     ギギギィイン!!

 そして、すぐさま振り返り、三連続で矢を放つ。
 矢はあっさりと薔薇姫に弾かれるが、これで椿の最初の目的は果たされた。

「(これで私に意識が向いた。後は……)」

     ギギギギギィイン!!

「ぐっ……!はぁっ!」

   ―――“風車”

「(……如何にして、この薔薇姫を打倒するか……ね)」

 レイピアの連撃を短刀で凌ぎ、すぐさま術を使って離脱する。
 そして、矢を放って牽制。近づかせないようにしつつ、椿は思考を巡らす。

「(近接戦は明らかに私が押し負ける。かと言って、遠距離だけでは仕留めきれないし、いずれは接近されてしまう……)」

 薔薇姫だけでなく、吸血鬼系の式姫は蝙蝠になることができる。
 そのため、蝙蝠になってばらけられてしまうと、椿の弓では倒しきれない。
 さらには、椿のような遠距離系の戦い方は、近接系の味方がいてこそ輝く。
 一人ではジリ貧になってしまう。

「(……いえ、恐れてはダメよ。“どうせ押し負ける”と考えること自体が間違い。どの道、それ以外に方法がないのなら、その上で倒しきるしかない……!)」

 “それ以外”の方法が存在しない。
 それならばその不利な条件の戦法で、なんとかして勝つしかない。
 そう椿は考え、覚悟を決めて短刀で斬りかかる。

「ふっ!」

「……!」

     ギギギィイン!

「ッ……!」

   ―――“扇技・護法障壁”

 レイピアの連撃を短刀で逸らし、練っておいた術式で障壁を張る。
 その障壁は次にレイピアが当たる箇所だけに集中させており、その分固い。
 それを利用し、一撃分だけ隙を作り出す。
 その僅かな隙で、椿は至近距離で弓矢を構える。

「はぁっ!」

 だが、その矢は蝙蝠化することで回避されてしまう。
 尤も、椿自身も今ので仕留められるなどと思ってはいない。
 すぐさま次の戦術を練り、実行する。

「これなら、どうかしら!」

   ―――“神槍”

 矢を放ちつつ、動きを制限する。
 回避か迎撃が出来る限り、薔薇姫はそれを行う。 
 それを利用し、椿は動きを誘導し、そして術式を叩き込んだ。
 さらに、その術は効果範囲を広め、蝙蝠化しても易々と避けれないようにしておいた。
 ……だが。

     バシュゥッ!

「っ……!なるほど、“ソレ”はそう使うのね……!」

 薔薇姫が纏う瘴気が、壁となり、その想定は前提から覆された。

「ッ……!」

 矢を放ちながらも、椿は逃げ回る。
 壁となった障壁は、そのまま触手となって椿を襲ったからだ。
 さらに、それだけじゃない。薔薇姫自体も、椿へと襲い掛かる。

「(倒すなんて出来そうにないわね……!少なくとも、この状態だと……!)」

 遠距離対策はされ、実質二対一。
 相性すら悪いという状況で、それは致命的だった。
 倒すどころか、耐え凌ぐことすら難しい状態だ。

「(蝙蝠化は私の攻撃をほぼ確実に回避できる代わりに、私へ攻撃することができない。……そうすれば私の術で一網打尽にされるから)」

 厳密には、蝙蝠化した状態でも椿に攻撃することはできる。
 だが、それは分裂した蝙蝠が群がる必要があるので、その際に椿が捨て身で術を行使すれば、それだけで一網打尽にできる。
 それが椿も薔薇姫をわかっているから、蝙蝠化での攻撃は起きないのだ。

「(だから、牽制として放つ矢は、普通に回避するか、弾くのね。……おかげで、時間稼ぎになってこっちは助かるのだけど……)」

 逃げ回りながら矢を放つ椿を、薔薇姫は矢を弾きながら追う。
 既に優輝や葵への意識は全く向いていないため、椿はさらに引き離すことで安全を確保することができた。

「ッ……!」

   ―――“扇技・護法障壁”

「くっ!」

     ギィイン!!

 しかし、瘴気の攻撃を躱しきれなくなり、咄嗟に障壁で防ぐ。
 そこへ、あっさりと薔薇姫が追いつき、レイピアによる刺突が繰り出される。
 椿は何とかそれを回避するものの、追撃を短刀で防がされることになる。

「っづ!」

   ―――“風車”

 そこへ、瘴気が椿を覆うように襲い掛かる。
 すぐさま椿はその場から飛び退き、術で薔薇姫を牽制する。
 しかし、それでも瘴気が掠り、少しばかり傷を負う。

「(接近戦が不利どころか、持ち込まれた時点で不味いわね……)」

 簡易的な治癒霊術を傷口に当てつつ、椿はそう思考する。
 そして、治療を傷口を塞ぐ程度に済ませ、すぐさま矢で牽制する。
 ちなみに、傷と瘴気の影響は、椿が体内で霊力を巡らすだけで対応できる。

「(勝機があるとすれば、蝙蝠化から戻る瞬間。それ以外は高く見積もっても厳しいわね……。それに、瘴気も何とかしないと……)」

   ―――“風車”
   ―――“旋風地獄”

 瘴気を半身ずらして避け、椿は矢の代わりに術で牽制する。
 風の刃を薔薇姫はレイピアと回避で凌ごうとするが、すぐに蝙蝠化する。

「(好機!)」

   ―――“弓技・閃矢”

 その瞬間、椿は残っている瘴気に向けて矢を放ち、打ち払う。
 瘴気は薔薇姫が纏っているため、蝙蝠化すると瘴気の攻撃は止むのだ。
 だから薔薇姫は蝙蝠化から戻る際に、椿の死角を突くように、至近距離には出現しない。

「そこね!」

   ―――“弓技・瞬矢”

「ッ……!」

 纏っている瘴気以外を祓い、蝙蝠化から戻った瞬間、椿がそこをめがけて矢を放つ。
 再び瘴気を放つ隙も、回避や防御をする暇も与えない一撃だった。
 そして、それは見事に命中する……が。

「(致命打には……程遠い……!)」

 回避できないとはいえ、薔薇姫は避けようとした。
 そのため、矢は心臓ではなく肩を貫いていた。

「(……惜しいわね。今ので決めれていたら……いえ、希望的観測を言ったところで無意味ね。でも、今ので……)」

「ゥゥ……ァアッ!!」

「ッ……!」

 肩をやられたと認識した薔薇姫は、激昂するように瘴気を繰り出す。
 その猛威は、先ほどまでよりも激しく、椿は回避に専念させられた。

「(やっぱり、本気にさせてしまった……!)」

 御札に霊力を流し込み、その術式で身体能力を底上げする。
 迫る触手を矢で相殺し、その場に伏せ、直後に飛び退く。
 伏せた瞬間に頭上を瘴気が薙ぎ払い、飛び退いた直後にそこから黒い剣が生えた。

「(呪黒剣……!術も併用してくるのね……!)」

 立ち止まってはダメだと断じ、椿は動き回る。
 そして、その状態のまま矢を放つ。

「(一矢一矢を鋭く、速く!)」

 相手の攻撃が激しくするのなら、こちらも強くするまで。
 そう言わんばかりに、椿は一矢一矢を霊力でさらに強化して放つ。

「(このまま続けてもジリ貧……さっきのようにはいかなくても、それを狙うしかないわね……!)」

 もう一度、蝙蝠化させて戻る所を狙う。
 先ほどよりも難易度が高まっているとわかっていても、椿にはそれ以外に勝てる道筋がなかった。

「(……他にあるとすれば……)」

 椿の手に淡い黄緑色の光が現れる。
 それは、椿の魔力光だった。

「(……私が扱える魔法じゃ、トドメは無理ね。でも、勝つための道筋を……隙を作るぐらいなら……)」

 そこまで思考し、椿は矢を放つと同時にその反動を利用して飛び退く。
 すると、寸前までいた場所を黒い剣が貫き、矢は迫ってきていた瘴気と相殺された。

     ギギギィイン!!

「くぅっ……!」

「……!」

   ―――“神撃”
   ―――“闇撃”

     バチィイッ!!

 さらに、薔薇姫本体の攻撃を短刀で捌くことになり、術は相殺される。
 幸い、至近距離での相殺だったため、それで間合いが離れる。

「はぁっ!」

   ―――“旋風地獄”

 手を振るい、薙ぎ払うように風の刃を椿は放つ。
 薔薇姫はそれを後退しつつ躱しきる。

「ふっ!」

     ギィイン!

   ―――“神槍”

 矢を放ちつつ移動し、同時に光の槍を大量に放つ。
 それらは、瘴気や呪黒剣と相殺される。

「(一番の不幸中の幸いは、ここが森の中っていうことね……!)」

 木々が多い。つまり遮蔽物が多いということだ。
 椿の矢も阻まれやすくなるが、接近もされにくくなる。
 さらに、立体的な動きが行われるということからも、間合いを詰められにくい。
 それを利用し、術を予め用意することで、椿は接近を許さないようにしていた。
 それでも接近してくることはあるが、平地よりも再び間合いを離すのは容易だった。

「(でも、長くは続かない……!だったら……!)」

 椿も薔薇姫も霊術を使う。
 その影響で、どんどん木々は倒れていく。
 瘴気でも枯れるし、薙ぎ倒されていく。
 木々も無限にある訳ではないので、いずれは遮蔽物はなくなるだろう。
 ……だから、その前に椿は手を打つ。

「はっ!」

   ―――“旋風地獄”
   ―――“速鳥”

 手始めに、風の刃を繰り出し、動きを阻害する。
 回避か防御のどちらにしても、椿にとっては好都合だった。
 同時に、術式を起動させて敏捷性を上げる。

「まだよ!」

   ―――“旋風地獄”

 旋風地獄の範囲外を高速で駆け回りつつ、同じ術を放つ。
 風の刃で、そこから動けないようにするためだ。
 対し、薔薇姫はそんな椿の思惑通りに瘴気とレイピアによる防御に専念していた。
 風の刃が相手では、蝙蝠になってもダメージを食らってしまうからだ。

「……ふっ!!」

 そして、一射、二射、三射と、旋風地獄の範囲外を回りながら椿は矢を放つ。
 もちろん、効果が切れないように旋風地獄の重ね掛けをしながら。
 だが、それでも矢はあっさりと回避されるか、レイピアに叩き落される。

「かかったわね!!」

   ―――“風車”

 だが、椿は別にそれで倒そうとしている訳ではなかった。
 狙いは、回避した事で薔薇姫の足元に矢が刺さることだったのだ。
 そして、その矢には風車の術式が込められており、繰り出された風の刃が退路を断つ。

「(長期戦どころか、まともにやりあうだけでも厳しいのなら……今、森の中という環境を生かして、ここで倒す!!)」

   ―――“弓奥義・朱雀落”

 そして、退路が断たれた所へ、渾身の一矢が放たれた。
 回避を許さない状況での、全力の一撃。
 纏う瘴気も、風の刃を防御するので精一杯。



 ―――故に。



「ッ……!」

   ―――“刀奥義・一閃”

     ギィイイイイイイイン!!



 ……多少捨て身であろうとも、薔薇姫も渾身の一撃で相殺してくるのは、当然だった。

「くっ……!」

 弾かれた矢は、そのまま背後に逸れ、風の刃の包囲に穴が穿たれる。
 そこから薔薇姫は脱出してしまう。
 咄嗟に椿が放った矢も、大した効果が出せずに弾かれた。

「(理性はなくとも、戦闘本能はそのまま……か。どちらが“マシ”か、咄嗟に判断してその場から脱出するなんて……)」

 椿は、神降し時の優輝と記憶を共有している。
 なので、薔薇姫が葵の式姫としての抜け殻だということも知っている。
 だからこそ、他の知性のある妖とはまた別だと考えていた。
 だが、それでも式姫としての戦闘本能が残っていたことに歯噛みする。

「(……おそらく、あれの“経験”はあの日、一度葵が死んだあの時まで。つまり、式姫としての私の動きは全部知られていると考えてもいい)」

 地形や環境を生かした戦術もまるで通じなかったところから、椿はそう推測する。

「(……普段の戦い方じゃ、どうあっても対処されそうね)」

 “なら”と、椿は短刀を御札に仕舞い、代わりに刀を取り出す。

「(“普段”とは違う戦い方。そして、あの妖が知らない戦い方で、倒すしかない。……それに……)」

 椿は刀を構えずに、弓を構え、矢を放つ。
 その先には、矢を弾きながらもこちらへ突き進む薔薇姫の姿が。

「(向こうも、同じ戦い方なはずがない。次は、もっと妖らしく来るでしょうね)」

 薔薇姫にもまったくダメージがない訳じゃない。
 だが、ダメージを与える度に、薔薇姫の動きは式姫従来のものではなく、妖としてのものへと変化していく。
 ……わかりやすく言えば、瘴気を用いた動きが増えるのだ。

   ―――“闇爪(あんしょう)

「ッ……!!」

 攻撃範囲に入った瞬間、薔薇姫は腕を振るう。
 その瞬間、瘴気が爪で切り裂くかのように繰り出された。
 咄嗟に椿はそれを躱すが、それは一撃だけではなかった。

「ァッ!!」

「連発!?」

 二撃、三撃と、実際に爪で引っ掻く攻撃を連発するように、何度も放たれる。
 これは、言い換えれば三つ以上の斬撃が同時に何度も放たれているようなものだ。
 大きく避けない限り、椿には回避は難しいだろう。

「くっ……!」

 とにかく距離を取るべきだと、椿は瘴気の爪を躱しながら矢を放ち、牽制する。
 だが、薔薇姫はそれがどうしたと言わんばかりに、次の手を打った。

「ォォァァアアアアアア!!」

   ―――“瘴波(しょうは)

「ッ……!」

 方向と共に、瘴気が衝撃波となって周囲に放たれる。
 それらは木々を薙ぎ倒し、距離を取ろうとする椿へと迫る。

「くっ……!」

   ―――“扇技・護法障壁”

 回避できないと悟った椿は、すぐさま障壁を張る。
 同時に、地面を蹴る。
 直後、障壁は耐えきれずに割れ、残りの衝撃波は椿の体を掠めるように飛んでいく。

「一方的なまま、終われないわよ……!」

   ―――“弓技・閃矢”

 負けじと椿も矢を放つ。
 それらの威力は十分にあり、瘴気を突き破るほどだが……。

「っ……!」

 蝙蝠となって散開することで、避けられてしまう。

   ―――“闇刺(あんし)

「くっ……!」

 さらに、瘴気が広がり、あらゆる場所から瘴気のトゲが生えてくる。
 障壁を張れば防げるほどだが、足止めされたら敵わないと椿は駆けて避ける。
 縦横無尽に、木々や倒木を蹴り、立体的に回避する。

「これなら、どう!?」

   ―――“弓技・火の矢雨”

 僅かな隙を突き、椿は霊力の矢を空に向けて放つ。
 そして、その矢は炸裂し、火を纏った矢の雨として降り注ぐ。

「ふっ……!」

 火の矢なため、木々は燃える。
 幸い、多くの木々が倒れたため、燃え広がる心配はない。
 そんな、燃える木々を駆け抜け、椿は刀を振るう。
 そして、少数とはいえ、矢を避けた蝙蝠を切り裂く。

「ォァッ!!」

   ―――“闇爪”

「はぁっ!!」

   ―――“戦技・迅駆”

 一部とはいえ蝙蝠がやられた事に、薔薇姫は慌てて元に戻る。
 そして、すぐさま瘴気の爪を繰り出すも、刀による二撃で相殺される。
 ……薔薇姫としての強さを一部捨ててしまったが故の、隙だった。

「これ、なら……!!」

   ―――“神撃”

 そして、椿は霊力の塊を叩き込む。
 微妙に間合いに入り切っていない事。瘴気で防御される事。
 それを考慮した一撃は、薔薇姫を大きく吹き飛ばした。

「(まだ倒せていない!だから……!)」

   ―――“弓技・重ね矢”

 吹き飛ばしたところへ追撃するように、椿は矢を放った。

「くっ……!」

 だが、その矢は蝙蝠と化す事によって躱される。

「でも、対策済みよ!」

   ―――“旋風地獄”、“神槍”

 すかさず椿は二つの術式を発動させる。
 風の刃で動きを制限し、光の槍で蝙蝠を貫こうとする。

   ―――“闇刺”

「っ……!」

 だが、薔薇姫もただではやられない。
 瘴気をトゲにし、雨のように降らしてくる。
 さらに、先ほどと同じように木々や倒木、地面からも生えてくる。
 椿はそれを回避するのに専念することになり、術の制御が不安定になってしまう。

「このっ……!」

   ―――“扇技・護法障壁”

 回避しきれないと悟った椿は、すぐさま障壁を張る。
 だが、その間に薔薇姫は人型に戻り、術を破って椿に襲い掛かる。

「っ……かかったわね」

   ―――“アローシューター”

 “身動きが取れなくなり、好機だと思う”、それが椿の狙い目だった。
 接近しようとしていた薔薇姫は、突如目の前に現れた矢型の魔力弾に命中する。
 そして、命中した事によって薔薇姫は大きく仰け反り……。

「私だって、成長しているのよ!」

   ―――“弓技・瞬矢”

 高速の矢が、その体を貫いた。
 同時に、椿の障壁が破られるが、すぐに回避行動を起こして被害を抑える。
 何度も掠り、既に椿の体はボロボロとなっている。

「(まだ、終わらない……!魔力も残っている。これで、隙を……!)」

 魔力を練り、いつでも魔法が使えるように椿は備えておく。
 お互い、体勢は立て直していた。

「ォォッ!!」

   ―――“闇爪”
   ―――“瘴波”

 椿が矢を放つと同時に、薔薇姫も瘴気の爪と衝撃波を放つ。
 矢は爪と相殺され、衝撃波は回避する事で凌ぐ。

「二度も見れば、見切れるわよ……!」

 さらに、魔力を使って足場を生成。
 木々も関係なく上空へと跳ぶ。
 そして、薔薇姫の上を通過しつつ、連続で矢を射る。
 衝撃波で相殺されるものの、いくつかは薔薇姫へと迫る。
 連射速度はともかく、威力や貫通力は椿の矢の方が上なため、薔薇姫は相殺しきれなかった矢を躱すためにその場から飛び退く。

「(瘴気を使った方が強いのでしょうけど、使い方が私とは相性が悪かったようね……!)」

 飛んでくる瘴気の爪は刀で切り裂け、衝撃波は矢と相殺される。
 連射速度などが速くなった薔薇姫だが、そもそもの機動力が高い椿には効果が薄い。
 瘴気を使う事で、近接戦もなくなり、椿の方が有利になっていた。
 もし、瘴気が障壁か近接武器のように扱われ、近接戦メインで仕掛けてこられたら、椿に勝機はなかった。

「シッ!」

     ザンッ!

 爪は刀で、衝撃波は矢で相殺しつつ、徐々に薔薇姫を追い詰める。
 蝙蝠化することで切り抜けようとするが、それは椿の術式で阻止される。

「(魔法を使う際に、立体的な機動に慣れていて助かったわ。これで、倒せる!)」

 戦闘の影響で木々が倒れ、辺りは若干開けた場所になった場所になっている。
 その上空を、椿は魔力の足場を使って跳び続ける。
 椿が魔法を使う際に重点的に鍛えたのは、主に二つだ。
 魔力弾と、足場の生成。従来の戦い方に組み込みやすい二つを、主に鍛えていた。
 故に、攻撃が当たりそうになる事はもうなかった。

「ァアッ!!」

   ―――“闇刺”

「甘いわよ!!」

   ―――“弓技・矢の雨”

 瘴気のトゲが、椿を打ち落とそうと迫る。
 それに対し、椿は矢の雨を降らす事で相殺する。

「(……まずいわね。このままだと、優輝たちがいる方へ行ってしまう。巻き添えにしてしまう前に、仕留めないと……!)」

 故意かどうかは椿には判断できないが、せっかく逃げ回りながら離した距離が、徐々に縮められていた。

「(ちょっと、無理をして、速攻で決める!)」

 そう考え、椿はギアを上げる。
 出来る限りの霊力と魔力を使い、先ほどまでの動きをさらに一段階速くする。
 そして、徐々に薔薇姫は追い詰められていき……。

「ここよ!」

   ―――“霊縛(れいばく)

 蝙蝠化の阻止も兼ねた、霊術による束縛が決まる。
 そして、魔力の足場を蹴って一気に肉薄。
 繰り出される瘴気は矢と術で相殺し……。

「これで、終わりよ!!」

     ドシュッ!!

 薔薇姫に、その一撃で倒せるほどの霊力を込めた刀を突き出した。







 ―――だが……







「……か、はっ……!?」

 貫かれたのは、椿の方だった。

「失念、して、いた……!」

 椿の胸を貫いたのは、薔薇姫の持つレイピアだった。
 戦法を変えた後は使っていなかったため、失念していたのだ。

「(まず、い……!)」

 瘴気による身体の浸食と、胸を貫かれたダメージに、椿は倒れる。
 引き抜かれ、血の滴るレイピアが目に入るが、椿が気にするのは別の事だった。

「(……優輝、葵……)」

 視界の端に、優輝と葵が映っていた。
 ……そう。このままでは、二人が危ない。

「(ごめん、なさい……しくじった、わ………)」

 激しい痛みを感じながらも、意識が薄れていく。
 胸を貫かれた上に、瘴気の影響もある。
 ……完全な、致命傷だった。















「………かやちゃん……?」















 
 

 
後書き
華焔…火属性の全体術。うつしよの帳で紫陽(ボス戦)が使う術。華々しく広がる焔で相手を焼き尽くす。

闇爪…瘴気による爪で切り裂く攻撃。シンプル故に連発可能で、威力もバカにならない。

瘴波…瘴気による衝撃波。広範囲で、避けるのは困難。ただし、衝撃波がそのまま広がるというよりは、魔力弾を全方位にばら撒くような攻撃なので、避けれない訳ではない。

闇刺…瘴気のトゲを生やし、突き刺す。呪黒剣よりは威力が低いが、その分展開数が多い。また、雨のように降らす事も可能。

アローシューター…椿が扱う射撃魔法。矢のような魔力弾で、実際に矢として射る事も可能。誘導性は低いが、速度、貫通力が優れている。

霊縛…そのまま霊力による束縛。拘束する際は術者の特徴が出るらしく、椿の場合は蔦などが絡みつくように拘束する。


実は死んでいなかった妖の薔薇姫戦。
瘴気を扱うようになってから、椿との相性が良くなったように見えますが、実際は近づけば近接戦を仕掛けてくるので、どの道椿に勝ち目はありませんでした。 

 

第157話「底知れぬ瘴気」

 
前書き
再びVS大門の守護者。
ただし、京都での戦闘の影響もあるようで……?
 

 






       =緋雪side=







「はぁ……はぁ……はぁ……」

〈お嬢様……〉

 肩で息をしているのを、何とか整える。
 確かに、決定的な一撃を守護者に与える事はできた。でも……。

「……まだ、終わってない」

〈……そのようですね〉

 霊力の気配はまだ消えていない。そのことから、倒せていないのがわかる。
 すぐに跳躍。一気に吹き飛ばした先まで飛ぶ。

「(刀は一刀だけとはいえ、封じた。もう一刀は弾き飛ばしたせいで封印し損ねたけど、これで二刀の脅威はなくなったとも言える)」

 それだけで、十分戦力の差を縮める事ができた。
 ……やっぱり、四神とお兄ちゃんが戦ってくれたおかげかな。

「(でも、油断は禁物)」

 守護者は……とこよさんは、追い詰められてからが本番な人だ。
 お兄ちゃんのように、どんな劣勢でも諦めることはせずに、勝利をもぎ取っていく。
 ……例え、それは守護者としての器だけの存在でも、変わらない。

「はぁっ!!」

〈“Scarlet arrow(スカーレットアロー)”〉

 吹き飛ばした箇所へ、魔力の矢を叩き込む。
 ……切り裂かれる。やはり、まだ終わってなかった。
 弾き飛ばした刀はやっぱり回収されてしまったようだ。

「はぁあああっ!!」

     ドンッ!!

 速鳥や神速を掛けなおし、一気に間合いを詰めてシャルを振るう。
 こうなれば、守護者の取る行動は大きく分けて二つ。
 避けるか……。

     ギィイン!!

「ッ……!」

 ……受け流すか、だ。

「“呪黒剣”!!」

「……!」

   ―――“弓技・閃矢-真髄-”

 受け流された瞬間に、反撃を受けないように黒い剣を生やす。
 それを避けるように守護者は跳躍。私に対して矢を放ってくる。

「はっ!」

     ギィイン!!

 だけど、それは簡単に弾ける。
 そして、何よりも空中に無闇に飛ばれたら……。

「恰好の、的だね!」

〈“Zerstörung(ツェアシュテールング)”〉

     ドドドドォオオン!!

 連続で“瞳”を握り潰す。
 さすがに、守護者を直接爆発させようとしても、避けられるだろう。
 実際、そうなったし、だから連続で爆発させる。
 これで、ダメージは逃れられないはず。

「ッ!」

〈お嬢様!〉

   ―――“弓奥義・朱雀落-真髄-”

 確かにダメージは与えた。でも、その状態から矢が放たれる。
 焔を纏ったその矢は、当たれば私でも一溜りもないだろう。
 ……だから、弾く……!

「斬り払え!焔閃!!」

〈“Lævateinn(レーヴァテイン)”!〉

     ギィイイイン!!

 焔を纏った大剣が、矢を弾く。

「唸れ!」

   ―――“Sturmwind(シュトゥルムヴィント)

 同時に羽の黄緑色の宝石に込めた術式を起動。
 未だに空中にいる守護者めがけて風の刃を大量に放つ。

「っ……!」

「逃がさない!」

 霊力を足場に宙を蹴り、守護者は即座に地面に降りる。
 そして、風の刃を回避しながらも私に近づこうとしてくる。
 もちろん、私はそれを阻止するために魔力弾を放つ。

     ギィイイイン!!

「っ……!」

 尤も、そんな事をしても近づかれる時は近づかれるんだけどね。
 鍔迫り合いにまで持ち込まれたけど、大丈夫。
 ただでさえ“力”なら私の方が上なのに、私の攻撃で万全の体勢ではなかった。
 ……やっぱり、動きが鈍くなっている。

「はぁっ!」

「ッッ……!」

   ―――“呪黒剣”

 お互いに鍔迫り合いの状態から術式を起動する。
 至近距離で術同士はぶつかり合い、相殺される。
 残ったのは、私が退路を断つために守護者の背後に放った呪黒剣だけ。
 もちろん、その分、術式の数が足りずに私の体にはいくつもの術による傷が出来た。
 でも、私の体なら再生するし、そこまで気にしない。……痛いけどね。

「ふっ!」

「っ!」

 魔法陣を目の前に展開し、守護者の首を刈るようにシャルを振るう。
 当然、それはしゃがんで躱される。でも、目的は別にある。
 シャルを振るった勢いのまま、体を回転させる。
 これで、守護者は“上に避ける”選択肢が潰された上に、退路を断たれた。
 そのまま、回し蹴りを魔法陣に叩き込み、術式を起動させる!

「いっけぇえええええ!!」

〈“Durchbohren Beschießung(ドルヒボーレンベシースング)”〉

 お兄ちゃんが使っていた魔法は、私も頑張って習得した。
 これも、その一つ。その威力は、当然ながら高い!

「ッッ!!」

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

 避ける事ができない守護者は、障壁で凌ごうとする。
 でもね、実はその魔法。とこよさんのお墨付きの威力なんだ。

 ……咄嗟に張った障壁程度、突き破るよ!

     ドンッ!!

「ッァ……!?」

 障壁でほとんど威力が殺されたとはいえ、砲撃魔法で守護者は吹き飛ぶ。
 さぁ、仕上げだ。ここから、一気に決める!

「ふふふ、あはは……!」

〈……お嬢様……?〉

 笑いが漏れる私に、シャルが訝しむ。
 まぁ、当然だよね。まるで、“狂う”かのようなんだから。

「あはは、あははははははは!!」

〈ッッ……!?〉

 でもね、安心してシャル。
 ……幽世にいた間。私が“狂気”に対して何もしていないと思う?

   ―――“緋狂(ひきょう)

「あははは……6割って所かなぁ……さぁて……!」

 術式を起動。ここからが本番だ。
 これで仕留めきれなければ、私がまずい。

「さぁ、さぁ、さぁ!!我が狂気は世界をも浸食する!人の罪、人の業の権化を今ここになそう!いざ、染め上げろ!我が狂気に!!」

   ―――“悲哀の狂気(Trauer wahnsinn)-タラワーヴァーンズィン-”

 ……世界が、狂気に満たされる。

〈これは……!?〉

「今となっては“狂気”も私の一部。立派な“武器”なの。だから大丈夫だよシャル。ちょっと高揚してテンションが上がるけど、前のようにはならないから!」

 それでも、笑みを浮かべている私を見れば、不安にはなるだろう。
 だから、ここは行動で大丈夫だと示さないとね。

「奔れ、波紋!」

「ッ……!」

 結界内の血色の水面に波紋がいくつも広がる。
 地面に足をつけている守護者は、その波紋の一つに触れ、即座に飛び上がった。

「やっぱり、守護者にもこれは効くんだ。まぁ、とこよさんがそうだったから、おかしくはないけどね!」

 その言葉と共に、大量の魔力弾を生成。
 雨あられのようにそれを繰り出し、守護者を追い詰める。
 今の守護者は、地面に足をつけることも出来ない状態。
 ここは私のホームグラウンドのようなものだから、一気に追い詰められる。

「穿て、神槍!」

〈“Gungnir(グングニル)”〉

 魔力弾を術や刀で相殺している所へ、槍を投げつける。
 同時に、魔法陣を蹴って私自身も肉薄する。

「っ!!」

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

「あはっ♪」

「ッ!?」

     ギィイイイン!!

 グングニルは障壁に阻まれるけど、それより早く私は背後に回り込んだ。
 そして、そのまま背後から斬りかかる。
 刀で受け止められるけど、これで守護者は挟み撃ちと同じ状況になる。
 ……こうなっても障壁の維持が完璧なのは流石だよね。

「ふっ!」

     ドンッ!

「ッ……!」

   ―――“Zerstörung(ツェアシュテールング)

 だけど、私は今、シャルを片手で振るっている。
 よって、その空いた手で魔力を衝撃波として放つ。
 辺りにはまだ魔力弾もあり、何より挟み撃ちの状況。
 守護者は為すすべなく吹き飛ばされ……そして、私が“瞳”を握り潰した。

「……ふぅん、片腕だけかぁ」

「ぐ、ぅ……!」

 さらに連続で“瞳”を握り潰そうとしたけど、術と斬撃が飛んできて阻止された。
 でも、それでも守護者の片腕は潰せたみたい。
 “破壊の瞳”による爆発で、守護者の左腕は千切れ飛んでいた。

「刀を一刀封じて、片腕も潰した。さぁて、守護者さんはここからどう足掻いてくれるのかな?ふふ、あははは……!」

 そこまで笑って、すぐに心を落ち着ける。
 いけないいけない。“緋狂”の悪い特徴だ。
 少しでも追い詰めると、こうやって油断するように笑ってしまう。
 まぁ、狂気を見せれば見せるだけ、波紋は増えるんだけどね。

「………」

「……?」

 術式を構築しつつ、守護者を警戒する。
 ……何か、仕掛けてきそうだね。

「……させないよ」

 魔力弾と魔法陣を展開。魔法陣から砲撃魔法を繰り出し、退路を断つように魔力弾を追従させて放つ。

   ―――“火焔旋風-真髄-”、“氷血旋風-真髄-”、“旋風地獄-真髄-”

「無駄だよ」

   ―――“Zerstörung(ツェアシュテールング)

 三つの術式が荒れ狂うように私に迫る。
 牽制のつもりだったのだろうけど、真正面且つ間合いが離れているなら無意味だ。
 爆風で視界が遮られるけど、即座に魔力弾を守護者のいる位置に叩き込む。
 同時に、気配を探る。これで、どこから襲ってきても……。

「(……あれ?)」

 だけど、襲ってくる事はなかった。
 それどころか……。

「(距離を取っている……?)」

 波紋が広がる水面スレスレを、固めた霊力を蹴りながら守護者は駆けていた。
 距離を離す事でやれる事と言ったら、大まかには二つ。
 溜めの長い攻撃をするか、私に阻止される“何か”を行うか。
 どちらにしろ、私がそれを見す見す見逃す訳もなく、魔力弾を先行させる。
 同時に、私自身も駆けて追いつこうとする。

「っ……!」

「(これぐらいなら……!)」

 それを阻止しようと、魔力弾は霊術で、私には斬撃を飛ばしてくる。
 魔力弾はともかく、斬撃は躱す事ができる。防ぐ必要もない。







 ……でも、それが間違いだった。







   ―――“界裂斬(かいれつざん)





「ッ………!?」

〈これは……!?〉

 避けた斬撃。それはそのまま私の後ろへ……この結界(世界)の端へと飛んでいく。
 ……そして、一部とはいえ結界(世界)を切り裂いた。

「私の結界が……!?いや、それだけじゃない……!」

 別に、結界そのものが崩壊する訳じゃない。
 問題なのは、その裂け目から流れ込む霊気と……瘴気。

「させ……っ!」

 すぐさま結界に魔力を送り、裂け目を閉じようとする。
 ……だけど、一瞬遅かった。

「ァァアアアアアアアアッ!!」

「しまった……!」

 結界を張る前より濃くなった霊気と、遮断しておいた瘴気の供給が守護者へと吸い込まれるように、流れ込んでいく。

「(霊気も明らかに濃くなってる……どうして……?)」

 確かに、幽世と現世の均衡を保つためには現世側の霊気を濃くした方がいい。
 でも、それができる紫陽さんは、現世に“縁”がないから……。

「(……でも、明らかにこれは紫陽さんが“縁”を辿って現世側に来た証拠。……とにかく、紫陽さんがどうやって現世に来たのかは別に問題じゃない)」

 問題となるのは、また別の事だ。
 霊気……大気中の霊力が増えれば、確かに現世側に残っている式姫が力を取り戻したり、霊術の運用がしやすくなる。
 でも、同時に妖も強くなるのだ。
 ……それは、私が相手している大門の守護者も例外じゃない。

「……タイミング、悪すぎるよ紫陽さん……!」

 そして、過剰とも言えるほど瘴気も供給された。
 これは、おそらく守護者が守護者としての本気を出してくる証だろう。
 今までは守護者というより、“有城とこよ”としての本気だった。
 ……どっち道、せっかく追い詰めていたのに逆転されたということだ。

「(腕も再生。そして、ここからが本番とばかりに溢れさせる妖気。……冷や汗が止まらないね)」

 獣のように声を上げる守護者から、途轍もない威圧感が発せられる。
 これは、以前見たとこよさんの全力の殺気と同等だ。
 ……結界による日光の遮断で、不利状況を打ち消していた私でも、これはやばい。

「(……本来なら、私が仕留める予定だったのに……)」

 これだと、私では勝てないだろう。
 ……だったら、後に託すために、何としてでも守護者の体力を削る。

「シャル!カートリッジ全弾リロード!」

〈はい!〉

「最後まで、足掻かせてもらうよ!」

 覚悟を決める。制限時間まで戦えるとは思えない。
 ……でも、せめて私と戦う前ぐらいまでは、弱らせてもらうよ!

「奔れ、反響せよ!我が世界を、狂気で満たせ!波紋よ!!」

   ―――“緋色の波紋(Scharlachrot Kräuselung)-シャルラッハロート・クロイゼルング-”

 私の叫びを合図に、血色の波紋が沸き立つ。
 それは、水面だけに留まらず、結界内の空間全てに広がる。

「(とこよさんですら無事では済まない結界内での秘技!さぁ、どう対処する……!?)」

 碌に対処法がない相手なら、たちまち精神は狂気に侵され、崩壊する。
 とこよさんは、秘術・神禊で対処したけど、それでも精神ダメージが大きかった。
 それほど強力な精神攻撃だ。
 ちなみに、とこよさんにそんなダメージを与えたのはいいけど、それでも負ける。

「ッ、ァアアアアアアアアア!!」

「っ……まぁ、わかってたけどさ……!」

 とこよさん本人ですら凌いだんだ。
 妖となり、理性が削られている守護者には効果が薄いだろう。
 ……だとしても、瘴気を放出して波紋を相殺するなんて……。

「ッ……“緋狂”、10割!!」

 結界内はどうあっても私が有利だ。
 そうだというのに、私の秘技があっさりと凌がれている。
 だとすれば、相手に動かれたら防戦一方になってしまう。
 ……だから、動きが止まっている今が千載一遇のチャンス。

「ク……ハ、あハはははハハハハハ!!………ッッ!!」

 狂う、狂う、狂う。
 狂気に満たされ、()う。
 ……その狂気を、力へと変換する。

     ドンッ!!

「壊れちゃえ!死ね、死ね、死んじゃえ!!」

 魔力が膨れ上がる。巨大な魔法陣が展開される。
 これは、私の狂気。その全てを込めた魂の咆哮。

「これなるは悲哀の狂気で積み上げられた魂の咆哮……!!」

   ―――“狂気に染めし悲しみの紅(Lunatic Granatrot)-ルナティック・グラナートロート-”

 紅色の極光が、守護者へと迫る。
 狂気を吐き出したかのように、“緋狂”は解け、私は正気に戻る。

「(波紋で動きを封じている。少なくとも、躱される事はないはず)」

 波紋自体でダメージは与えていないけど、その場に留める事は出来ている。
 そこへ、私の使う魔法の中でもトップクラスの砲撃魔法を叩き込んだ。
 タイミング的にも、躱される事はないだろう。



 ……だから、多分。こうなるだろうとは、予想できた。





「ッ……!」

   ―――“戦技・斬撃印(ざんげきいん)-真髄-”
   ―――“森羅断空斬(しんらだんくうざん)-瘴-”

 研ぎ澄まされた一撃が、全てを切り裂く。

「ぐ、っ……!」

 身を捻り、直撃だけは躱す。
 魔法を放つのにその場に留まっていないとダメだったからね……。
 何とか切られたのは片腕だけに抑えたけど……。

「嘘、でしょ……!?」

 ……結界が、両断されてしまった。
 私の砲撃魔法を切り裂いただけでなく、結界まで……。

「(あの一撃だけは、絶対に食らえない……!)」

 さすがに連発はされないだろう。
 それを差し引いても、あの一撃は危険すぎる。

「ッ……!」

   ―――“速鳥”
   ―――“扇技・神速”
   ―――“斧技・瞬歩”
   ―――“剛力神輿”
   ―――“霊魔相乗”

 一気に術を自分に掛け、さらに霊魔相乗もやり直す。
 短期決戦。長期戦であればあるほど、私はダメージを与えるチャンスを失う。
 多くても掴み取りにくいチャンスよりも、少ないけど掴み取りやすいチャンスを、今は選ばせてもらう……!

「は、ぁあっ!!」

     ギィイイイン!!

 結界が崩壊していく中、宙を駆け、一気に斬りかかる。
 だけど、その一撃は瘴気の障壁で阻まれ、相殺されてしまう。

「っづぁっ!!」

   ―――“Zerstörung(ツェアシュテールング)

     ドドドォオオオン!!

 そこから、何度も“瞳”を握り潰す。
 でも、それも瘴気に肩代わりされる。
 さらに、瘴気が触手となって、私を殴り飛ばそうとしてきた。

「はぁっ!!」

 それを、片手で殴り飛ばす。
 私の力は強化すれば全力のとこよさん相手でも上回れる。
 いくら大門の守護者の瘴気とはいえ、力負けする訳ではない。

「っ!」

     ギィイイン!!

 次の瞬間、殴った手を切り落とそうと下から刀が迫る。
 それを空いた片手でシャルを振るい、何とか防ぐ。
 直後に殴った手でシャルを抑え、力負けしないようにする。

「っと!!」

 そのまま跳躍。刀を振り上げようとする力で一気に上に飛ぶ。
 そうすることで、瘴気の攻撃を躱し、さらに魔力弾で牽制する。

「っっ……!」

 崩壊していく結界を魔力に還元。私の手元に集める。
 その間に、守護者は矢を放ってくる。
 身を捻り、それを躱して……。

「我が魔力、我が血を喰らいて奔れ!!」

   ―――“Blut Beschießung(ブルートベシースング)

 一気に、魔力を放った。
 それは、血色の砲撃となって、守護者へ降り注ぐ。
 さっきは刀で両断されたけど、二度も放置なんてしない。

「ふっ!」

 牽制に使っていた魔力弾はまだ残っている。
 それを使って、あの斬撃を放てないように牽制した。
 “破壊の瞳”の方がいいんだけど、砲撃で守護者が隠れている状態では使えない。

「ァアッ!」

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

 刀では斬れないと認識した守護者は、障壁を張って耐える。
 瘴気も伴って、私の砲撃を耐え抜こうとしてくる。

「っ、貫けぇええええ!!」

 さらに、力を上げる。これで、貫く……!

「ッッ……!?」

   ―――“弓奥義・朱雀落-真髄-”

 ……多分、砲撃は障壁を貫いたのだろう。
 だけど、同時に矢が砲撃を突っ切ってきた。
 焔を纏うその矢を、私は避けようとしたけど、左腕を持っていかれる。

「ぐ、く………!」

「はぁ……はぁ……」

 ……まぁ、片腕を持っていかれた甲斐はあった。
 あの矢は所謂“攻撃は最大の防御”とする一撃だったのだろう。
 実際、中心を突っ切ってきた。でも、だからと言って砲撃魔法を打ち消した訳じゃない。

「(……瘴気を貫いてのダメージ。これが限界かな)」

 直撃は避けたのだろうけど、余波のダメージは防ぎきれなかったのだろう。
 守護者の着物は所々が焼け焦げ、守護者自身も息を切らしていた。
 
「はぁっ、はぁっ、っ、ぁああっ!!」

 ……あれほどの砲撃魔法を放った私も、無事では済まない。
 反動で体が痛む。だけど、休む暇はないだろう。
 倒せなくとも体力を削る。そう決めたんだ。
 だから、最後の最後まで、私は足掻かせてもらう!

「はぁああああっ!!」

「っ……!」

     ギギギギィイン!!

 シャルによる連撃は、刀で捌かれてしまう。
 それもそのはず。手数は瘴気の触手がある分、私は大きく劣っているのだから。

「ぐっ……!?」

 そして、瘴気の触手の一撃を、まともに受けてしまう。
 ギリギリ体を捻る事で、威力を軽減したけど、私は大きく吹き飛ばされてしまう。

「ッッ……!」

 間髪入れずに、矢と術、そして瘴気の触手が襲い掛かる。
 すぐさま体勢を立て直してシャルで切り裂くけど……。

「まずっ……!」

 繰り出された矢にも御札が貼られていた。
 そして、その御札の術式が発動。咄嗟に飛び退いたけど、また吹き飛ばされる。

「あ……かはっ……!」

〈お嬢様!〉

 まずい。防御もままならない。
 先ほど吹き飛ばされた腕はその気になればもう再生できる。
 だからと言って、事態が好転する訳じゃない。

「ッ……!奔れ、虹光(こうこう)!」

   ―――“Regenbogen Gebrüll(レーゲンボーゲン・ゲブリュル)

 羽の宝石に込められた術式を全て開放する。
 足りない分は私自身が放ち、14筋の極光が守護者を襲う。

「逃がさない!」

 真正面から放ったのなら、避けられるのは当たり前だ。
 だからその対策は当然してある。
 速度が落ちる代わりに、誘導性を上げて、避けた所をさらに追尾させる。

「ッ!」

     ギィイイイン!!

 そんな制御をしている私に、斧が投擲されてきた。
 咄嗟に、片手でシャルを振るい、それを防ぐ。
 だけど、その斧には何かしらの術式と霊力が込められていて、投擲のはずなのに打ち落とせずにシャルと鍔迫り合った。

「ぐ、く……!」

 斧を片手で凌ぎつつ、砲撃魔法を操作する。
 さっきの砲撃魔法の負担で、体に痛みが走る。
 その瞬間、僅かに砲撃魔法の制御が甘くなり……。

「ッ……!」

   ―――“弓奥義・朱雀落-真髄-”

 砲撃魔法を打ち抜きながら、矢が迫る。
 今の私は、矢と斧に挟み撃ちされている状態だ。

「くっ……!」

     ギィイイイイイイン!!

 だから、何とか体を動かし、斧と矢をぶつけた。
 矢は斧を打ち落とし、私は守護者へと牽制の魔力弾を放とうとして……。

     ザンッ!!

「……え……?」

 上半身から下の感覚が、消え失せた。

「ふっ!」

「がっ……!?」

 そして、そのまま頭から踵落としを食らい、私は地面に叩きつけられた。

「ぐ、ぁ、ッ……!」

 遅れて、体を二つに両断された痛みが襲ってくる。
 尤も、痛みが激しすぎて、むしろ痛みが感じないほどだったけど。

「あ、は、は……確実に、私を仕留める気?」

 視界に映る守護者は、強力な術式を練っていた。
 それは、明らかに大霊術の予兆。
 よりによって、一時的とは言え瀕死に追い込んだ私に使うつもりだ。

「……っ、私のトドメは直接じゃなくても、いいって訳……!」

 そして、尚且つ。



 ……守護者は、既に私を眼中に入れていなかった。




「………」

 視線の先は、おそらく京都。
 ……紫陽さんが、いる場所だ。

「(そっか。守護者にとっても、幽世の神は脅威に値する。先にそっちを処理するべきだと、守護者としての本能が反応した……!)」

 ……でも、それが分かった所で、どうしようもない。
 彼女は、私を閉じ込めていくのだから。

「(……一度だけ見たことがある。あの術式は……多分)」

 そこまで考えた所で、術式が発動した。
 風景が切り替わっていく。
 周囲が昔の……江戸辺りの建物などに、変わっていく。
 それは、まるで私のタラワーヴァーンズィンのように、世界を塗り替えているようだ。

「(……やっぱり……!)」

 否、“ようだ”ではなく、まさにその通りだ。
 これを、幽世で一度だけ見させてもらった事がある。
 記憶に、心に強く残る風景、もしくは心象風景で、世界を塗り潰す霊術。
 ……それが、とこよさんの、切り札の一つ。



   ―――“我が愛しき魂の故郷(逢魔時退魔学園)



「(守護者は……いない……!)」

 でも、術者である守護者は結界内にいなかった。
 おそらく、もう京都の方へ向かっているのだろう。
 そして、代わりと言わんばかりに、四つの陣が出現する。

「っ、はぁ……!」

 召喚されるまでに、少しでも体を再生させておく。
 とりあえず、形だけでも下半身を再生。何とかその場に立ち上がる。

「(陣は四つ。つまり、召喚される式神は四体。一体、誰が……)」

 この結界は、守護者……とこよさんが知っている人物及び式姫を、一時的に式神として召喚し、使役できるようになっている。
 そして、今回は四体召喚されるということだ。

「(……見覚えはない。でも、多分この人達は……)」

 召喚されたのは、少女と女性の二人ずつ。
 以前見せてもらった時に召喚された式神や、幽世にいる式姫の誰でもなかった。
 でも、とこよさんから聞いた事がある四人に、特徴がそっくりだった。

「………」

 菫色の髪をピンクのリボンで纏め、とこよさんと同じ配色の着物と丈が短めの袴を着て、淡黄色の羽織を羽織っている少女。
 長い金髪で、赤と緑の細目のリボンで一部の髪を纏めて降ろしており、鶴のような模様が刺繍された橙の着物と丈の短い淡黄色の袴を浅黄色の帯で締めた、気丈な面持ちの少女。
 紫の布で装飾された簪を洋紅色の髪に着け、赤い着物に淡黄色の羽織を江戸茶色の細い帯で締めた、凛とした佇まいの女性。
 紺色の髪を大きな簪で結って前に降し、白い着物と橙黄色の袴を紫の帯で締め、白い毛皮のマフラーのようなものを纏う、妙齢の女性。
 ……やっぱり、知っている。

「(……百花文(ももかふみ)土御門澄姫(つちみかどすみき)三善八重(みよしやえ)吉備泉(きびのいずみ)……。皆、とこよさんが仲の良かった人達……)」

 記憶を見せる霊術で、とこよさんに見せてもらった事のある人たちばかりだ。
 そして、この四人は一人を除いて……。

「ッ……!」

 ……強い。

「………やるしか、ないんだね……」

 刀の一撃を避けた所へ、炎の霊術、矢の追撃が来る。
 それらを何とか避け、再び私はシャルを構えた。













 
 

 
後書き
Sturmwind(シュトゥルムヴィント)…“暴風”。黄緑の宝石が対応している。強力な風を巻き起こし、風の刃で敵を切り裂き、屠る。旋風地獄よりも非常に強力。

緋狂…所謂バーサーカー化。シュネーだった時の狂気を呼び覚まし、その狂気を以って身体能力を向上させる。霊魔相乗のように、割合で段階分けしている。

Gungnir(グングニル)Lævateinn(レーヴァテイン)の槍バージョン。こちらは貫通力等に長けており、専ら投擲して扱う。

界裂斬…世界を切り裂く事もできる斬撃。別の世界に入った際(結界など)、この斬撃を放てばどんな世界でも一時的に切り裂く事ができる。並の結界などではそのまま結界が崩壊する。

緋色の波紋(Scharlachrot Kräuselung)…悲哀の狂気を発動した上で、結界内に波紋を無作為に反響させまくる結界内限定魔法。Fateで言う、無限の剣製発動中での全投影連続層写のようなもの。水面限定だった波紋が、結界内の隅々まで広がるようになり、完全な耐性か防御手段がない限り、確実に精神が狂化(もしくは崩壊)する。

狂気に染めし悲しみの紅(Lunatic Granatrot)…40話、閑話6にも登場した、緋雪及びシュネーの切り札の一つ。積み重ねてきた狂気を込めた、魂の咆哮の如き紅色の極光を放つ。切り札の一つなだけあって、その威力は他の魔法と比べて一線を画す。

戦技・斬撃印…味方単体の斬属性を上げるバフ技。鋭く、研ぎ澄まされる。

森羅断空斬…ありとあらゆるものを断ち切る一閃。刀奥義・一閃をさらに昇華させたもの。“-瘴-”とついているのは、守護者が瘴気を用いていたため。

Blut Beschießung(ブルートベシースング)…“血の砲撃”。緋雪の魔力及び血を捧げた分だけ、強力な砲撃となる。今回は結界の魔力を使ったため、なのはのSLB並の威力を持っていた。

我が愛しき魂の故郷(逢魔時退魔学園)…Fateで言う固有結界のような霊術で、世界を塗り潰して展開する結界。大門の守護者、有城とこよが研鑽し、自らを鍛えた学園を写し取ったような風景が広がる。結界内では、一時的に式姫及び知り合いを式神として召喚し、使役する事ができる。術者本人が結界内にいなくとも、数体程度の式神なら展開し続けられる。式神には人格はない(なぞる程度の再現は可能)。ちなみに、“魂の故郷”であって、とこよ本人が生まれた故郷ではない。

召喚された四人…詳しくは式姫大全及びかくりよの門にて。皆、かくりよの門の主人公と親しい人たちです。ちなみに、本編の地の文であった“一人を除いて”の一人は、文ちゃんです(病弱なので)。なお、式神なので関係ない模様。


所謂第二形態な大門の守護者。
何気に連戦で減らしていた体力は瘴気によってほぼ全快してしまっています。唯一疲労だけは、そこまで回復はしていません。 

 

第158話「八将覚醒」

 
前書き
警戒に当たっていた式姫達と、薔薇姫戦の続きです。
紫陽さんが幽世から霊力を流し込んだ影響が、ここでも出てきます。
 

 





       =out side=







「……状況はあまりよくなさそうだな」

「そうね……」

 遠くの方へ膨大な霊力が動いているのを、二人は感じ取っていた。

「だけど、悪いことばかりではない……そうよね?」

「そうだな。少なくとも、味方がいない訳じゃなさそうだ」

 そう言って、二人の式姫……鞍馬と織姫は振り向く。
 そこには……。

「……鞍馬さんと織姫さん……二人も生きていたんですね」

「小烏丸……それにシーサーか」

「知った気配を感じたと思ったら、他にもいたんだな」

 互いに警戒しつつも、本人だと確認する四人。

「っと、今は山茶花と名乗っているんだ。できればそっちで呼んでくれ」

「私は蓮ですね」

「わかった。そうしよう」

 式姫の名前で呼ばれても構わないとはいえ、二人は区別としてそう訂正した。

「一つ……いや、二つ聞きたい。薔薇姫の姿をした妖に会わなかったか?」

「いえ、会ってはいませんが……」

「そういや、優輝が保護した奴が、そんな事言ってたな」

「何?詳しく聞きたいんだが……」

 何か事情を知っているのかと、鞍馬は山茶花に詰め寄ろうとする。

「……あまり悠長な事はしていられません。妖の薔薇姫に関しては、こちら側の協力者が担当してくれています。その薔薇姫に関しては、こちらで保護した葉月さんから聞いているので。……ですので、彼女の事に関しては安心してください」

「っ、すまない。私も少し取り乱していたようだ」

 察しよく蓮が説明し、それに鞍馬は少し安堵する。

「さて、二人が生きていたのは好都合だが……どうするべきか」

「……いえ、私たち二人だけではないわ」

「何?」

 織姫の言葉に山茶花が聞き返す……が、すぐにその理由が分かった。

「にゃー!やっぱり他にもいたにゃ!」

「ホントだヨ!よかったネ!」

 山茶花たちが気配に気づき、そちらを向けば……。
 そこには、式姫である猫又とコロボックルがいた。

「お久しぶりです」

「天探女さん……そういえば、自己封印していましたね」

「はい」

 そして、信濃龍神を倒してから京都へ向かっていた天探女とも合流した。
 ちなみに、蓮は天探女が自己封印する事を聞いていたようだ。

「……他にはいないか」

「さすがにこう連続で合流すると、まだいないか期待しちゃうわね」

 鞍馬と織姫がそう言い、一度集まった面子を見渡す。

「……さて、各々の能力の偏りがない面子だが、どこまでやれるか……」

「……まさかとは思いますが、向かうつもりですか?大門へ」

「それ以外、何がある?当時いた式姫も、ほとんどいなくなった。私たち以外に誰がやるというのだ?」

「……それは……」

 鞍馬の言葉に口籠る蓮だが、それは仕方がない事だった。
 この中で大門の守護者と相対したのは蓮のみ。
 そして、蓮は大門の守護者のその強さに、怯えているも同然だった。

「……危険すぎます。いくら私たちが束になった所で、すぐさまやられるだけです」

「その口ぶり……戦ったのか?」

「はい。……手も足も出ませんでした。それどころか、瘴気に覆われて姿を確認できなかったほどです」

 霊力を以て戦えば、自然と瘴気による認識阻害は無効化できる。
 それができなかったほどの相手だと、蓮は伝える。
 なお、瘴気を用いた術式による認識阻害は、例外になる。

「……だが、それでも私たちがやらねばならないだろう」

「っ……はい」

 鞍馬は決して無謀な戦いをする性格ではない。
 作戦を練り、負けるような勝負を勝てるようにする参謀タイプだ。
 だが、そんな鞍馬は苦虫を噛み潰したような顔……。
 すなわち、“作戦があっても勝てそうにない”と分かっている顔で、そういった。
 鞍馬自身も、無謀なのはわかっているのだ。
 それでも、式姫の義務として、戦わなければならない。
 その覚悟を、蓮も感じ取り、その言葉を肯定した。

「どこまでやれるかはわからん。幸い、私たち以外にも戦える者がいる。……御膳立て程度だが、やるぞ」

 鞍馬のその言葉に、各々反応を見せながらも頷く。
 三者三様と言った反応だったが、覚悟を決め、戦うという意志があるのは共通だった。

「作戦は一応立てる。まぁ、歯が立たないだろうが、ないよりはマシだろう」

「とりあえず、向かいましょう」

 そういって、蓮達は京都へと足を向ける。

「………っ、ちょっと待って……!」

 その途中、織姫が何かに気づいたように声を上げる。

「これって……!」

「これは……霊気が……!?」

 それは、全盛期の時には及ばずとも。
 まるで、全盛期の時代のような霊気と、溢れてくる力に、彼女たちは驚いていた。

















   ―――生き残りの式姫達が移動を始めた、その一方では……





「……かや、ちゃん……?」

 優輝よりも傷は少なく、そのために早く目を覚ました葵の目には、信じられないものが映っていた。

「う、嘘……」

 レイピアを伝う血、そのレイピアが刺さっているのは、椿の胸。
 そして、レイピアが抜かれ、力なく仰向けに椿は倒れる。
 ……その光景が、葵には信じられなかった。

「っ………!」

 妖の薔薇姫がまだ生きていた事など、葵の眼中にはなかった。
 頭の中にあったのは、ただ一つ。



   ―――椿を殺したこの妖を、赦せないという“怒り”のみ。



「っ、ぁあああああああああああああ!!」

 気絶から目を覚まし、未だに全快していないとは思えない速度と踏み込みで、一気に妖の薔薇姫へと肉薄する。

「逃さない!」

   ―――“呪黒剣”

 そのままレイピアを怒涛の勢いで繰り出し、避けられた所で黒い剣を地面から生やす。

「ッッ!」

 直後にレイピアを大量に生成、一気に打ち出す。
 だが、薔薇姫はそれを蝙蝠化する事で躱し……。

「逃がさないって、言ってるでしょ!!」

 葵が、その一手を上回る。
 生成して打ち出したレイピアが、蝙蝠たちを的確に貫く。
 自身と同じ姿、戦い方をしている故に、対処ができたのだ。

「っ!」

     バチィッ!!

 ……だが、だからと言って、確実に勝てるという訳じゃない。
 薔薇姫にはレイピアの生成能力がない代わりに、瘴気がある。
 そして、その厄介さは、葵のレイピア生成を上回る。

「っ、この……!」

   ―――“呪黒剣”

 瘴気に弾かれた葵は、即座に呪黒剣で反撃する。
 蝙蝠化であまり当たらないものの、何匹かの蝙蝠を貫く。

「っ……!」

 瘴気の触手が次々と葵へ襲い掛かる。
 椿は相性が良かったのに対し、葵では逆に瘴気と相性が悪い。
 近づくだけでも困難になるからだ。

「っ、ぁあっ!!」

   ―――“速鳥”

 ……だからと言って、葵が止まる理由にはならない。
 葵は自身に術を掛け、敏捷性を上げる。
 そのまま瘴気の触手を掻い潜り、いつの間にか元に戻っていた薔薇姫へと肉薄する。

「はぁぁっ!!」

     ギギギギギィイイン!!

 レイピアを連続で振るい、薔薇姫と切りあう。
 近接戦において、同じ“薔薇姫”である二人は互角……とは言えなかった。

「(こいつ……!瘴気で強くなっている……!)」

 そう。瘴気の霊力によって、薔薇姫の能力は底上げされていた。
 一回目の戦闘よりも強くなっていた薔薇姫を相手に、葵は押される。

「くっ……!」

 そこへ瘴気の触手が迫り、葵は後退するしかなくなる。
 レイピアを牽制として射出し、瘴気の触手に突き刺すが、あまり効果はない。

「(かやちゃんは自身の霊力で瘴気の浸食を防いでいたんだろうけど、あたしの場合、波長が合いすぎて防げない……!)」

 一回目の戦闘と同じく、瘴気は葵のレイピアを蝕んだ。
 しかも、その瘴気は葵と同じ体が生み出している。
 相性が悪い訳ではないが、それだと逆に相性が()()()()
 波長がほとんど同じなため、霊力を放出しても瘴気を阻みにくいのだ。
 だから、葵では瘴気を相殺することができない。

「(一応、あたし自身は大丈夫だけどね)」

 葵という自我があれば、それに伴った霊力で葵自身への浸食は防げる。
 それに、魔力もあるからそれで防ぐことも可能だ。……あまり意味はないが。

「でも……」

 瘴気の触手を躱しきり、葵は大きく間合いを離していた。
 牽制として大量に突き刺したレイピアは、瘴気によって瓦解寸前になっている。
 それを一瞥し、葵は薔薇姫を見据え……。

「かやちゃんを殺したのなら、そんなの関係ない!!」

 怒りを、爆発させる。

「弾けろ!!」

     ドドドドドォオオン!!

 同時に、レイピアに込められていた霊力と魔力を爆発させる。
 どうせ瘴気で瓦解するならばと、有効活用したのだ。

「はぁっ!!」

     ギィイイン!!

 その爆発で瘴気は一時的に祓われる。
 そして、その僅かな隙を利用して肉薄。鋭く速い刺突を繰り出した。

「邪魔ぁっ!!」

 そこから、さらに魔力弾を放つ。
 葵を攻撃しようとする瘴気を撃ち抜く。

「ぁああああああああああ!!!」

     ギギギギギィイイン!!

 怒りと共に怒涛の連撃が繰り出される。
 だが、その悉くが防がれてしまう。
 ……怒り故に、動きが単調となっているためだ。

「っ、この……!!」

   ―――“呪黒剣”

 葵の足元から黒い剣が生える。
 それを葵は跳躍で回避。

「よくもっ!!」

   ―――“Silver Bullet(シルバーブレット)

 直後に薔薇姫へ向けて強力な射撃魔法を放つ。
 ……が、それも回避されてしまう。

「よくもかやちゃんを!!」

 だが、そこへ魔法陣を足場に一気に飛んできた葵がレイピアで突き刺しにかかる。
 そのスピードに対処しきれなかった薔薇姫は、その一撃に貫かれる。

「あああああっ!!」

 貫いたレイピアは瘴気で瓦解する。
 即座に新たなレイピアを手に取り、薔薇姫へと切りかかる。

     ギギギギィイイン!!

「っっ……!」

 怒涛の連撃。だが、明らかに葵らしくない戦い方だった。
 それもそのはず。今の葵は椿がやられた事に我を失っている。
 かつて葵が一度死んだ際に椿が悲しみ、怒った時のように、葵も椿が殺された事に強い悲しみと怒りを抱いていた。
 椿が葵を思った以上に大事にしていたのと同じように、葵も椿が大事だったのだ。

「ぐっ……!?」

 だが、やはり怒りで我を忘れていれば、動きは単調になり、警戒が疎かになる。
 瘴気の触手が、葵を薙ぎ払うように吹き飛ばしてしまう。

「ぁああああああ!!?」

 そして、棘状となった瘴気が、葵を蜂の巣にするかのように刺し貫いた。

「がはっ、っ……!」

 最後にまた吹き飛ばされ、葵は血塗れとなって地面に崩れ落ちる。

「く、ぐっ……!」

 葵も吸血鬼の一種。刺し貫かれただけで、力尽きる訳ではない。
 だが、明らかに大きく体力は削られていた。

「(かやちゃん……)」

 怒りはまだ残っている。
 しかし、葵は既に冷静さを取り戻していた。
 そして、“勝機”の薄さも、よく理解できていた。

「っ、はぁ、はぁ、この……!」

 何とか立ち上がり、空へと逃げる。
 地面に立っているより、空の方が死角が少なく、攻撃を避けやすいからだ。

「くっ……瘴気が……」

 いくら瘴気に浸食されにくい葵自身の体とはいえ、絶対ではない。
 棘に刺し貫かれた際に、その体は浸食されてしまっていた。

「……絶対、仇を取る……!!」

 それでも、葵は諦めない。
 ずっと大好きな椿を殺した自分自身の抜け殻を、絶対に許せなかったから。
 だから、葵は瀕死になっても、薔薇姫へと挑み続けた。













「(………え……?私は……一体……?)」

 葵が傷つきながらも薔薇姫と戦っている最中、椿はなくなったはずの意識の存在に戸惑っていた。

「(経験した事はなかったけど、これが“幽世に還る”という事なのね……)」

 だが、すぐに理解する。これは、死ぬ寸前だということに。

「(意識と力が段々と薄れていく……)」

 走馬燈のように、椿の脳裏には今までの思い出が蘇る。
 それを椿は受け入れ、そのまま死を待とうとして……。



   ―――椿!
   ―――かやちゃん!



「(っ……!!)」

 脳裏に過った、大事な二人の自身を呼ぶ声に、薄れた意識が覚醒する。

「(このまま死ぬ。そんなの……お断りよ……!!)」

 “終われない。まだここでは終われない”
 そんな思いを抱き、椿は生き足掻く。

「(動け……動きなさい、私の体……!)」

 体感としては、夢心地な空間か無重力な空間か。
 そんな中にいるような感覚で、椿は現実の自身の体を動かそうとする。
 だが、念じた所で、まったく動きそうにない。

「(既に、肉体と精神が切り離されているというの……?)」

 霊力を手繰れば、体の感覚を認識することは出来た。
 しかし、そこから動かすには、霊力が圧倒的に足りない。
 さらには、例え動かせたとしても、致命傷を受けた状態ではすぐに力尽きる。

「(…………)」

 手の施しようがない。
 そう考える椿だが、ふとあることを思い出す。
 それは、以前優輝に“どうしてそこまで無茶をするのか”と聞いた時の事だった。



   ―――「ねぇ、少し聞きたいんだけど」
   ―――「どうして、普通は諦めてしまいそうな時に、」
   ―――「無茶までしてあそこまで頑張れるの?」

   ―――「うーん、どうして、って言われてもなぁ……」
   ―――「単純に諦められないのと、後は……」
   ―――「()()()()()()()()()()()()()()()()から、かな?」



「(……そうよ。例えどんなに小さな可能性でもいい。それこそ奇跡と呼べるものでもいい。諦める訳には、いかないのよ……!)」

 再び薄れそうになった意識が、覚醒する。
 霊力が足りなくても関係ないとばかりに、椿は体を動かそうと何度も試みる。



   ―――そして、そんな椿の想いに応えるように、状況に変化が訪れる。



「(っ、これ、は……?)」

 ふと、体を通じて流れ込む霊力が増していることに気づく。
 それは、優輝からの供給ではない。
 椿自身が大気から吸収して得ている、椿自身の霊力だ。

「(まるで、江戸の時みたい……)」

 その霊力は、全盛期の江戸のように、椿の力を取り戻すのに十分な量だった。

「(これなら……!)」

 これならば、体を動かせると、椿は確信する。
 しかし、体を動かすことは、しなかった。

「(……勝てるの?今起きた所で)」

 そう。死の淵から蘇った所で、待っているのは妖の薔薇姫だ。
 このままでは勝てないのは、わかっていることだ。

「(……でも、ここで手を(こまね)いている暇はない)」

 どうするべきか思い浮かばないまま、椿は体の感覚を取り戻していく。
 そして、僅かに体を動かせるまでに、“繋がり”を取り戻し……。





「っ……!」



   ―――僅かに開いた視界に、瘴気に貫かれた葵が映った。



「(あお、い……!)」

 その瞬間、椿は大きな憤りを抱く。
 それは、葵を傷つける薔薇姫に対してであり、無力な自分に対してでもあった。

「ッ、ァ……!!」

 体が痛み、傷口からは血が溢れる。
 瘴気は未だに体を蝕み、満足に体を動かすこともできない。
 それでも、椿は立ち上がろうとする。
 ……葵を、一人で戦わせないために。

「(体が動かないなら、思考を巡らせなさい……!如何にして体を動かすか、あの薔薇姫を倒すか、葵を手助けするか……!どんな手段でもいい、何か、手を……!)」

 考え、考え、考える。
 椿の中に積み重ねられた経験から、最善手を導き出す。

「(……霊力はもう十分にある。傷を癒すことも可能。でも、それだと後“一手”が足りない。方法はあっても、それを成す力が……!)」

 既に、“方法”は思いついている。
 それは、現代の霊気が薄かった事が原因でできなくなっていた事の一つ。
 霊気が濃くなったと気づいたからこそ思い浮かんだ最善手。
 だが、それを成すための力が、霊力だけでは補いきれなかった。

「(力が、足りな……い……?)」

 そこでふと、思い出す。
 椿が気絶から回復する直前まで、椿が、そして優輝が何をしていたのかを。
 ……なんの“力”を、行使していたのかを。

「(“神力”……!!)」

 そう。神降しの際に行使していた神力。
 かつて優輝が、司を助ける際に体に残っていた神力で神刀・導標を創ったのと同じく。
 椿の体にもまた、神力は残っていた。

「(……行けるわ……!)」

 そして、これでピースが揃った。
 すぐさま椿は、逆転のための一手を行使する。

「ッ……!」

 まずは、体との“繋がり”を完全に繋ぎなおし、意識を元に戻す。
 そして、体に残る神力を用いて、“陣”を描く。
 その陣は、方位の吉凶を司る八将神の加護による、ある儀式を行う陣。
 それは、式姫を更なる高みへと引き上げる、かつて椿は行えなかった、覚醒の儀式。

「ッ、起動……!」



   ―――“八将覚醒”

 

 ……その瞬間、陣から光が迸る。

「っ、かやちゃん……!?」

 ボロボロになり、力尽きかけていた葵が、その光に気づく。

「この力の波動は……八将覚醒……?でも、どうやって……」

 いくら術式を覚えていたとはいえ、色々と条件が必要だったはず。
 そう思った所で、葵は気づいていなかった事に気づく。

「霊気が……それに、陣に込められたのは、神力……!?」

 濃くなっていた霊気と、椿の体に残っていた神力。
 その二つで条件を満たした事に、葵も気づく。
 そして、薔薇姫もまたその光に警戒していた。

「……傷も治って、無事に術は成功した訳ね」

 光が晴れると、そこにはいつもと違う衣装の椿が立っていた。
 頭には白い花の花冠が付き、水色の着物は花模様があしらわれた白に近い薄黄緑色になり、若干丈が短くなっていた。そして、下には白いフリルのついた緑色のスカートを履いている。腰には黄緑と赤色の二本の長い帯が付けられており、袖の腕辺りには、青緑色の帯と、先に白い花のついた、折り紙の輪飾りのような青緑色と白色の装飾品がついている。
 足も草履から緑色の靴になっている。

「……かやちゃん……」

 葵は、声を震わしながら椿の名を呼ぶ。
 それは、生きていた事に対する喜びか、八将覚醒した事に対する驚きなのか。

「……ありがとう、葵。引き付けてくれて」

 先ほどまでほぼ死んだも同然だったとは思えないほど、澄んだ声で、椿は言う。

「後は、任せて頂戴」

 そう言って、構えるのは風が実体を持ったように、黄緑色の弓矢を展開する。
 それは、八将覚醒した事で使えるようになった、実体のない弓矢。
 その矢は、見た目のイメージ通り風のようで……。

     バシュッ!!

「ッ……!」

 今までとは段違いの速度で、薔薇姫の頬を掠めていった。

「鎌鼬……!」

 葵はそれを見て思わず言葉を漏らす。
 薔薇姫は、確かにその矢を避けようとした
 しかし、その矢は実体を持たず、故に空気を切り裂いて進む。
 そのため、鎌鼬が発生し、回避を困難にしていた。

「ッ……!」

「ふっ……!」

 だが、薔薇姫もただではやられない。
 瘴気を纏い、同時攻撃を仕掛ける。
 それに対し、椿は手に風のように霊力を纏う。
 瘴気の触手は霊力を風の刃のように放つ事で断ち、レイピアも同じように霊力を扱うことで、刀の代わりとして攻撃を防ぐ。

「(見えるし、避けれる。さっきまでとは違う……!)」

 それだけなく、椿は躱せるものは全て躱していた。
 そして、僅かな隙を付き、風の刃ですれ違うように脇腹を切り裂く。

「捕えなさい」

「ッ!?」

 脇腹を切り裂かれた程度では薔薇姫は止まらない。
 すぐさま振り向き、未だ背を向ける椿に切りかかろうとして……。
 ……手足が、蔦と木の根によって捕らえられる。

「この姿なら、草木をある程度操れるようね。……侮らない方がいいわよ。私の霊力で、その蔦や根は普通の力では千切れないから」

 構わないとばかりに薔薇姫は動こうとするが、椿の言う通りにそれでは千切れない。
 すぐさま力を上げて千切るが、一歩遅かった。

「食らいなさい」

 薔薇姫を包囲するように、霊力の矢が展開されており、弓に番えられた矢が放たれると同時に、その全てが薔薇姫に向かって放たれた。

「ッ……!」

 単身では回避も防御も不可能。
 そうとなれば、薔薇姫の取る行動はどちらか二つ。
 蝙蝠になって回避か、瘴気による防御。……今回は、後者だった。

「残念だったわね。自ら退路を断つなんて」

   ―――“弓技・閃矢-真髄-”

 そして、椿はどちらに転んだとしても想定済みだった。
 蝙蝠になった場合は、風を纏った矢で、一気に切り裂く算段だった。
 今回の場合は、瘴気で防御させ、それごと貫くという至極単純な事だ。

「ァ……ァ……」

「終わりよ」

   ―――“神槍”
   ―――“神撃”

 心臓を瘴気ごと貫かれた所を、再度霊術で束縛。
 トドメとばかりに、瘴気ごと聖属性の霊術で完全に仕留めた。

「……ふぅ……」

 それは、あっけないなまでに早い決着だった。
 あれだけ苦戦していたのもあって、椿も思わず溜息を吐く。

「かやちゃぁあああん!!」

「っ……!」

     ドッ!

 そんな椿へ、葵は思わず抱き着こうとし、椿も思わず矢で迎撃してしまう。

「あ……」

「無事で良かったよー!」

「……そうだったわね。あんたは、そういう奴だったわね……」

 頭に刺さってもお構いなしに、葵はそのまま抱き着く。
 それを見て、力が抜けるように椿は安心し、二度目の溜息を吐いた。

「とにかく、治療を……って、あら?」

「うん?これって……」

 葵の傷を治そうとして、二人は葵に流れ込む力に気づく。

「……そっか。“薔薇姫”という器が倒されたから、改めてあたしに還元されてるんだ。今まではユニゾンデバイスとしての存在だったけど、これで式姫に戻るんだね」

「そういうこと。……というか、何気に今まで厳密には式姫ではなかったのね」

「まぁ、今更だね」

「そうね」

 何とか窮地を乗り越え、少しばかり気が緩む二人。
 だが、強化されただけあって、周囲の警戒は十分だった。

「……ところで」

「そろそろ出てきてもいいんじゃないかしら?」

 そう。既に、二人は近くにいる気配を感じ取っていたのだ。

「ばれたわね」

『そのようだな。まぁ、八将覚醒をしたのだ。わかってもらわなければな』

 そして、近くの茂みから気配の主が現れる。

「……陰陽師、それと妖の気配」

「後、デバイスもあるみたいだね」

 だが、敵意はなく、だからこそ椿と葵は警戒はそのままに冷静に分析した。

〈あちゃぁ、どうやらボクも気づかれたみたい〉

「意外ね。今まで気づかれなかったのに」

〈デバイス同士なら気づけるよ。実際、夜中に遭遇した魔導師のデバイスも気づいてたんだし〉

「ふーん。それにしても、式姫と同じ姿のデバイス?どうなってるの?」

 そして、気配の主……鈴も、敵意はないと見てデバイスのマーリンと軽口を交える。

「貴女たちは……いえ、その前にこの気配は……悪路王!」

「ふむ、お前たちが相手なら吾も姿を現して良いだろう」

「やっぱり……どうして、貴方がここに?」

 椿が感じていた妖の気配の主、悪路王も姿を現す。

「目的が合致している。とだけ言っておこう」

「久しぶりね、かやのひめと薔薇姫……どうして片方がデバイスなのかは気になるけど……私は草柳鈴よ。聞き覚えはあるでしょう?」

「鈴……もしかして、鵺の時の……」

「ええ。この度、記憶を持って生まれ変わったわ。……あの子を止めるために」

 その言葉で、鈴と悪路王がなぜここにいるのか、二人は理解した。

「……今のとこよの……大門の守護者の力は神に匹敵するわ。勝てるの?」

「勝てる……なんて、口が裂けても言えないわ。でも、そちらにはまだ手があるのでしょう?」

「……一応ね。保険となる存在はいるし、最善とは言えないけど手はあるわ」

「なら、その時間稼ぎだけでも私は構わないわ。……ただ黙って見てられないもの」

「そう……」

 椿に、今の鈴を止める理由はなかった。
 また、悠長な事をしている場合ではないため、引き留める事もなく会話を終わらせる。

「じゃあ、先に行きなさい。私は彼を起こしてから行くから」

「ええ。……知った顔にまた会えて嬉しかったわ」

 そう言って鈴は先に京都へと向かった。

「……最後の会話みたいに言ってるんじゃないわよ」

「あれは、捨て身で行くつもりだね……」

 別れの言葉のように言った鈴に向け、椿と葵は思わずそう呟く。

「……悪路王、ついて行かなくてもいいのかしら?」

「すぐに向かう。だが、貴様らに一つ聞いておきたい事があってな。……“憑依”の術は使わないのか?」

 少し残った悪路王は、椿達に向けてそう聞いてくる。

「……いえ、術式はともかく、環境の問題で使ってなかったわ。でも……」

 “今の状況なら”と椿はそこまで考えて、ふと思い当たる。

「どうして、そんな事を?」

「なに、少しばかり予感がしてな。手段として取っておくといい」

「……?」

「ではな」

 悪路王自身も、確信があって言った訳じゃなく、そのまま京都へと向かっていった。
 残された二人は、どういうことなのかと、首を傾げた。











 
 

 
後書き
駆けつけた式姫達…詳しくは式姫大全などで確認を。主がいない上に霊力が不足しているため、全員が全員途轍もなく強い訳ではなく、一番強い天探女でも椿や葵と同等以下。

八将覚醒…八将神の加護により、強さを極める。通称“京化”。“京○○”という名前の形態に進化する。京式姫は超激レア相当の能力を持っているため、本編でも相応の強さを持つ。


椿は八将覚醒により飛躍的に能力が向上しています。さらに、実体を持たない弓矢を扱う事で、今まで以上に多彩な矢を放てるようになりました。
葵に関しても、元々の器が薔薇姫を倒した事で戻ってきたので、その影響もあって飛躍的に能力が向上しています。ただし、式姫としての力は椿に劣っています。 

 

第159話「追い込まれる」

 
前書き
実は司が一般人を隔離した結界内からは、シュラインが(余計な)気を利かせて、司の戦闘がサーチャーで見れるようになっています(今更)。イメージとしては、空中投影型のライブ放送です。
 

 






       =椿side=







 悪路王が京都に向かったのを見送り、改めて私たちは優輝を起こしに向かう。
 まだ優輝を守っていた結界は健在で、他の妖に襲われる事もなかった。

「………」

 だけど、その途中で私は足を止める事になる。

「……かやちゃん」

「ええ。……まだ、終わらないみたいね」

 振り返る。
 そこには、薔薇姫が持っていた瘴気が、そのまま残っていた。

「……なるほどね。あの薔薇姫は、他の守護者や妖と違って、幽世の門を基点としていない。だから、ただ倒しただけだと……」

「瘴気が、残るって訳だね……」

 “薔薇姫”という器は、既に葵に還元された。
 でも、その器を動かしていた瘴気はそのまま残っていた。
 私の術で多少は削れていたけど、ほとんどそのままだった。

「……葵、転移魔法で優輝を連れて逃げられる?」

「安全第一って訳だね。……でもごめん。既に瘴気に妨害されているし、式姫の力が戻ったばかりなのか、魔法そのものが安定しないんだ」

「そう……」

 出来れば優輝だけでもアースラか、そうでなくとも安全地帯に連れて行きたかったけど、それができないのなら仕方ない。

「守り抜くわよ」

「……了解……!」

 葵がそう答えるとほぼ同時に、瘴気は辺り一帯を覆うように広がる。
 そして、現れるのは……。

「……質より量、って所かしら?」

「守りの戦いだと、確かにそっちのが有効だけど、やられる身からすれば厄介すぎるね……」

 瘴気から生まれる大量の妖。
 現在進行形で生れ落ちているからか、今は数が少ない。
 でも、すぐに処理が追いつかなくなるかもしれない。

「……やるしか、ないわね」

「……そうだね」

 霊力を矢の形にし、同じく弓の形にした霊力に番える。
 妖の出現は瘴気がある限り続くだろう。だから、瘴気を消せば終わるだろうけど……。
 この出現頻度だと、倒すのだけで精一杯だろう。

「(……早く目を覚まして、優輝……!)」

 新たな力を得ても拭えない疲労を感じながら、私達は再び戦いに身を投じた。

















       =司side=







「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

     ズゥウウン……

 山に巻きつけそうな程の巨体が、地面に沈む。
 全力で押し切ったものの、ようやく倒せた……。

「……結界で隔離して、正解だった……」

 結界内は、完全に荒れ果てていた。
 建物は灰塵、または瓦礫と化し、まさに終末を連想するような風景になっていた。

「あんなタフだなんて……」

 最初の一撃で、既にだいぶダメージを与えていたはず。
 それでも、私に対して滅茶苦茶抵抗してきた。
 ……まぁ、ジュエルシードがあるから、攻撃は全部躱すか防ぐかして、全力の砲撃で頭を消し飛ばしたけど……。
 結構、時間が掛かってしまった。

「祠を探して……と」

 祠を探し出す……のも面倒なので、広範囲に封印を施す。
 これで、安全になったはず……。

「まずは私の結界を。次に……」

 先に私と龍を隔離していた結界を解除する。
 結界が消え、無事な姿を見せた周りの建物を見てから、もう一つの結界も解除する。

「か、勝った……のか……?」

「……シュライン?」

〈彼らにも状況がわかるように、映像を結界内に投影しておきました〉

 戻ってきた一般人たちの私を見る目が変に見えたので、シュラインに尋ねると、そういった返答が返ってきた。
 勝手な事を……と思ったけど、ある程度の説明が省けるので、都合がいい。

「「「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」

「っ!?」

 そう考えていた所への、突然の歓声。
 思わずびっくりしてしまったが、どうやら対象は私らしい。

〈片や襲い掛かってきた巨大な龍。片や聖女のような装いの、自分達を守った少女。……応援するならば、当然後者です。そして、そんな存在が勝ったとあれば、歓声も上げるでしょう〉

「人の心理ってそんなものなんだ……」

 まぁ、うん。自分で言うのもなんだけど、見た目的には味方としか思えないよね。
 そんな私が勝ったんだから、一般人の人達にとっては、勇者が魔王を倒したみたいなものだよね。

「(……喜んでくれてる所悪いけど、早い所移動しないとね)」

 妖が日本中に広がった時から、私が感じていた気配。
 それは大門の守護者だった。
 とんでもない力なのに、中身がまるでないような、そんな感覚で怖がってしまい、優輝君を心配させちゃったけど……。

「(……優輝君も、守護者も、遠くに移動している。転移じゃないとすぐには追いつけないかな)」

 今は、逆に優輝君が心配だ。
 格上の相手だろうと勝って見せる優輝君が、勝てるか分からないと、自信なさげにする程の相手なんだ。……早く援護に向かわないとね。

「『シュライン、アースラに通信を繋いで』」

〈『分かりました』〉

 多分、私が戦闘を終了したのはアースラも気づいているはず。
 指示や状況を確認するためにも、まずは通信を繋げた。

「ジュエルシード、一応索敵を」

 チカリとジュエルシードは光り、散り散りに飛んでいった。
 微弱な魔力を広げ、レーダーとして妖がいないか探ってくれるのだ。

〈『マスター、繋がりました』〉

「『じゃあ、一旦帰還しよう』」

 この場で情報のやり取りをするのは、周りの事を考えると得策じゃない。
 説明は他の人に丸投げして、私はアースラに帰還する事にする。

「…………」

 一言、周りの人達に掛けてから転移しようとして、やめる。
 皆、遠巻きに見ているだけだし、気の利いた言葉が思い浮かばなかった。





「状況は!?」

「司ちゃん!」

 アースラに転移して、管制室に転がり込む。
 すぐ近くにいたエイミィさんに状況を尋ねる。

「司ちゃん!急いで現場に行って!座標はこっちで調整する!」

「は、はい!」

 状況は説明されなかった。
 いや、説明する暇もない程切迫した状況なんだろう。
 一瞬気づけなかったけど、クロノ君がこの場にいないという事は、クロノ君自身も出向かないといけない状況。
 ……そして、私にすぐ向かうように言ったのは、少しでも戦力が必要だから。

「……お願い」

「……はい……!」

 本来なら、簡潔にでも状況を説明しないといけないのだろう。
 それすら省く程焦っている……そう言う事なんだろう。

「(……優輝君)」

 そこまで行けば、どういった状況なのか自ずと分かる。
 ……優輝君一人では、守護者を倒せないのだろう。

「(……転移した直後から、全力で行かないとやられる……!)」

 相手は大門の守護者。
 何より、神降しをした優輝君ですら敵わない相手。
 ……油断なんて、一瞬たりともしてはいけない。

「っ………」

 ……覚悟を決めて、私は転送された。









   ―――ゾクッ……!



「ッッ……!?ジュエルシード!!」

 転移直後、体に走る悪寒から、即座にジュエルシードによる身体強化を施す。
 身の危険から起動したその身体強化は、本能から守るべきだと思ったため、驚異的な効果を発揮した。

「っ、そこ!!」

 そして、それだけの効果だからこそ、見逃す事はなかった。
 飛んできた御札を大きく躱し、発動した術を回避する。
 直後、感じ取った泥のような黒い気配に、即座に砲撃魔法を叩き込んだ。
 しかし、それは躱される。

「……大門の、守護者……!」

 その瘴気を見れば、嫌でもそうだとわかった。
 それに、優輝君のリヒトからも守護者の映像は送られていた。
 神降しでの戦いについていけない代わりに、情報伝達に徹していたらしい。

「(ここに単独でいるってことは、優輝君たちが負けたって事……!?)」

 あの圧倒的な力を持つ神降しですら敵わない相手。
 そんな相手に、私が挑む……。

「(……やるしか、ないよね……!)」

 怖い。でも、やらなければならない。
 優輝君にも、皆にも頼られた。
 信頼して、もしもの時を任された。
 以前のように背負い込むんじゃなくて、皆の期待に応えるために……。

「……行くよ!!!」

〈“Sublimation(シュブリマシオン)”〉

 その魔法を合図に、私は守護者に肉薄する。
 ……と言っても、中距離系の攻撃をするための間合いまで。
 さすがに最初から近接戦を仕掛けるほど、迂闊な真似はできない。
 優輝君達ぐらい、戦闘の経験があればいいんだけどね……。

「はっ!」

 掛け声一つでできるとは思えないほどの弾幕を繰り出す。
 出し惜しみや、長期戦を考えた魔力運用なんて考えてられない。
 大門の守護者相手に、そんな事をすれば確実に殺される。

「(やっぱり、あの時感じた虚ろな気配は守護者だった……!)」

 同時に、確信を得た。
 昨日、妖が現れたあの日に感じた、不気味なほど虚ろなあの気配の正体。
 それは、やはりというべきか、目の前の大門の守護者だった。

「ッ、嘘!?」

     ―――ギィイイイン!!

 一発一発が弱いとは言えない威力だったはず。
 そんな弾幕の中を、まさかそのまま突っ切ってくるなんて……!
 予め障壁を張れるようにしていなければ、今ので死んでいた所だった……!

「っ……!」

 考えを改める。
 どの距離であってもまともにぶつかり合えば私が負ける。
 近距離は元より、中距離・遠距離も関係なく、あの二刀で迫ってくる。
 戦うとしたら、なのはちゃん並の長距離か……。

「ッ、シュライン!!」

〈はい!〉

     ギィイイイン!!

 否、長距離もダメだ。
 転移魔法で距離を取った瞬間に矢が飛んできた。
 なんとかシュラインで反らしたものの、すぐに転移してなければ追撃が刺さっていた。

「(全ての距離が、ダメ……!だったら……!)」

 もう一つの戦法を取るしかない。
 その戦法は確かに上手く扱えば私の中で一番強い。
 でも、その代わりに扱いが難しい上に、天巫女としての負荷も大きい。
 ……だけど、やるしかない……!

「……!」

 まずは手始めに障壁と転移魔法の術式をいくつも用意して()()()
 ジュエルシードと天巫女の力があるからこそできる、魔法の“ストック”。
 いくつかぐらいなら優輝君とかもできるけど、それが何十個、何種類ともなれば、私にしかできない代物になる。

「ふっ……!」

 魔力弾を繰り出し、砲撃魔法を繰り出す。
 シュラインも構えて、突破されても凌げるように準備しておく。
 ……この戦法には、私にとっての利点がもう一つある。

「ッ……!!」

     ギギィイン!!

 それは、天巫女だからこそある、魔法発動のタイムラグが無効化できる事。
 事前に魔法を用意しているから、タイムラグを無視できるのだ。
 現に、神速の二撃を何とか凌ぐと同時に転移魔法で距離を離している。

「(大規模な魔法を放っても、無駄な隙を作るだけ。だったら……!)」

   ―――“étoile filante(エトワール・フィラント)

 魔力弾で、勝負する。
 さっきまでと違い、威力も並の砲撃魔法よりも上だ。
 これなら、さっきみたいにあっさりと突破される事はないはず……!

「(でも、こうなると……!)」

   ―――“Barrière(バリエラ)

     ギギギィイイイン!!!

「ッッ……!(貫通力の高い攻撃を、してくる……!)」

 ストックしていた魔法を発動させ、飛んできた矢を防ぐ。
 わかっていた事だ。これでどうにか出来たのなら、優輝君が負けるはずがない。

「(でも、こんなあっさり貫通してくるなんて想定外かな……!)」

 障壁には大きく罅が入り、止めてはいたものの、矢は貫通していた。
 後一発矢が多ければ、障壁は破られていただろう。

「(それに、問題はこれだけじゃない)」

 転移し、設置型の砲撃魔法で牽制しつつ、守護者の動きを見る。
 そんな守護者にまとわりつくように、瘴気が蠢いていた。

「(……あれがまだ動いていないということは、絶対にこれだけでは終わらない……!)」

 その事実を理解すると同時に、攻撃を防ぎ、躱し、転移で間合いを取る。
 そして、その度に恐怖心が積もっていく。

「(……怖い)」

 今まで、ここまでの恐怖を感じた“人”はいなかった。
 カタストロフのような次元犯罪者は、ここまで強くはなかったし、私より互角以下の時が多かった。何より殺意が守護者と比べたら圧倒的に弱かった。
 アンラ・マンユはまず人じゃないし、“そういう存在”だと捉えていたから、例え負のエネルギーの塊だったとしても、真正面から受けて立てば恐怖は湧かなかった。……と、言うよりはあの時は死ぬ覚悟を決めてたからかな。

 ……でも、大門の守護者はそのどれとも違う。
 まず、殺意や殺気がこれまでとは段違い……というよりは、一点に集中している。
 アンラ・マンユのように無差別ではない。
 そして、そんな殺意や殺気を伴い、攻撃してくるのだ。
 正直言って、かなり場数を踏んでないと、あっと言う間に殺気に呑まれてしまう。

「(……もし、優輝君達に“殺気を耐える特訓”を受けていなかったら……)」

 実戦でもアリシアちゃんたちが戦えるように、実戦での“空気”を作り出す特訓を、私たちも交えて何度もやっていた。
 優輝君達の殺気を何度も受けてきたからこそ、“怖い”で済んでいる。

「ッ……!ッ……!」

 転移し、シュラインで矢を弾き、転移と同時に魔法で霊術を相殺する。
 決してまともにはぶつかり合わない。
 ……そんな事をすれば、絶対に障壁も何もかも突破してくるだろうから。

「(……言ってはなんだけど、この大門の守護者は優輝君の上位互換のようなもの……!力の保有量がまず違う……!そのせいで基本火力も高い……!)」

 私の放つ魔力弾を、切り裂いて相殺。
 そんな事は優輝君すらあまりしない。
 したとしても、それなりに強い魔法ででしかやらない。

「(だったら……!)」

 でも、だからと言って私にそれ以上の手がない訳じゃない。
 魔力弾は効かず、砲撃魔法は当てられない。
 拘束魔法は霊力であっさりと破られる。
 ……だとすれば、それ以外の魔法を使えばいい。

「(回避も相殺も出来ない魔法を放つ!!)」

   ―――“poussée(プーセ)

     ズンッ……!!

 その魔法は、所謂“重力魔法”。
 普通に術式を組み、行使するには複雑な術式と膨大な魔力が必要な大魔法。
 それを祈祷顕現の力で術式を編む過程を省き、一気に発動させる。
 この魔法は範囲内であれば回避も相殺も許さない。
 出来るとしたら、耐えるための“防御”だけ。
 あの優輝君ですら、対策では防御で耐え凌ぐ事しかできなかった。
 抜け出すには、転移か術式を破壊するしかない。

「(これで……!!)」

 これならば、さすがの守護者も動きが制限される。
 完全に止められないのは少し驚いたけど……。
 ともかく、これで明確な隙が出来た。
 重力魔法の範囲内だと拘束魔法は術式が壊れて発動しない。
 でも、動きが制限されている今なら、砲撃魔法が通じる!

「光よ、闇を祓え!!」

   ―――“Sacré clarte(サクレ・クラルテ)

 極光が守護者に向けて放たれる。
 これならば、防御も相殺もされないはず。

「ッ……!?」

   ―――“侵瘴(しんしょう)
   ―――“光吞瘴気(こうてんしょうき)

 ……そう考えたのは、油断だったのだろうか。
 守護者は、瘴気を放出してその窮地を脱してきた。
 まず、重力魔法の術式が瘴気に蝕まれて崩壊。
 そして、直撃の範囲内から避けた上で私の砲撃を瘴気で呑み込もうとしてきた。

「ぁ……ぁ……!?」

 その瘴気を直視して、恐怖心が一気に膨れがあった。

〈マスター!〉

「っ……!」

 だけど、私は天巫女だ。
 あのアンラ・マンユと相対できる力を持っている。
 シュラインの言葉ですぐに正気に戻り、転移でその場から移動する。
 寸前までいた場所が霊術の炎で焼き尽くされ、転移先でも矢を防ぐ。

「(危なかった……!)」

 転移魔法のストックを増やしつつ、転移で躱し続ける。
 転移を繰り返しているおかげか、守護者も無闇に近接戦を仕掛けてこない。
 それだけは救いだったけど、それ以上に厄介な事になった。

「(ここで瘴気を動かしてくるんだ……)」

 少しだけあった希望に、さらに陰りが差す。
 負けると思ってはならないと分かっていても、それでも希望が潰えそうになる。

「(ダメダメダメ!まだ負けると決まってないのに、諦められない!)」

 そんな暗い気持ちを振り払い、目の前のことに集中する。
 一見、さっきまでと状況は変わらない攻防が続いている。
 ストックした魔法で攻撃を凌ぎつつ、遠距離魔法で攻撃をし続ける。
 安定しているように見えるけど、瘴気がある時点でそんなのは簡単に瓦解する。

「っ、っ!ジュエルシード!!」

 転移を重ねても無駄だと言わんばかりに、瘴気は触手となって辺りを薙ぎ払う。
 そうなれば、瘴気がまき散らされ、被害がとんでもないことになってしまう。
 それはまずい。だから私は受け止めるために魔力を放出。
 障壁を重ね、その触手を受け止める。

「(してやられた!私を一か所に留めるために、態と!)」

 転移で躱し続ける事に、私はほとんど負担はない。
 何せ、その負担はほぼ全てジュエルシードが請け負ってくれている。
 対し、守護者はずっと連戦で攻撃を放ち続けている。
 さすがに守護者も無尽蔵の体力じゃないのだろう。
 攻撃も戦闘開始時より若干鋭さがぶれている。
 ……だから、私の動きを止めた。

「ッッ!!」

〈“Barrière(バリエラ)”!!〉

   ―――“弓技・金剛矢(こんごうや)-真髄-”、“弓技・重ね矢-真髄-”、“弓技・智賢征矢(ちけんそや)-真髄-”
   ―――“火焔旋風-真髄-”、“氷血旋風-真髄-”、“極鎌鼬-真髄-”、

     ギギギギギィイイン!!

 そう気づいた時には遅かった。
 シュラインが、ストックしていた障壁の半分ほどを展開してくれる。
 そこへ、次々と霊術や矢が突き刺さった。
 その一撃一撃が非常に重く鋭く、障壁が何枚か割られてしまう。

「ッ……!?」

〈させません!!〉

   ―――“刀奥義・一閃-真髄-”
   ―――“Barrière(バリエラ)

     ギギィイイイン!!

 だけど、それは囮だった。
 回り込むように、一瞬で間合いを詰められる。そして、二刀による斬撃が放たれた。
 気づいた時には私の判断力では防ぎきれなかった。
 シュラインのおかげで、何とか障壁は間に合う。

「(恐れていた近接戦……!でも、やるしかない!)」

 剣の腕は優輝君や葵ちゃん、蓮さんをも超える程。
 しかも、二刀流だ。手数の差でも私の方が劣る。

「ジュエルシード!!」

 ジュエルシード全てを援護に回す。
 個数と同じ数の、25の砲門を展開。それらから砲撃魔法を次々と放つ。
 それらは瘴気の攻撃を相殺し、牽制として守護者にも打ち込んでくれる。

「ッ、ァ……!!」

「……!!」

     ギギギギィイン!!

「ッ!」

     ドンッ!!

 やはり、少し交えただけで理解できた。
 少しでも剣戟が長引けば、障壁を張る間もなく私は斬られていた。
 それほどまでに速く、鋭く、重い連撃だった。
 もし、砲撃魔法による援護がなければ、私は逃げに徹していただろう。

「(早く、もっと速く!!)」

 祈りを強くし、さらに速く動く。
 そうでもしなければ、守護者とまともに打ち合えない。
 それだけ、近接戦では大きな差があった。
 ……剣道三倍段なんて目じゃなかった。彼女は、私の三倍どころか遥か高みにいる。

「ふっ……!!」

     ギギィイイン!!

 私が守護者と近接戦をして未だに無傷でいられるのは、偏に相性の問題だろう。
 先ほども言った通り、剣道三倍段という言葉があるように、刀と槍では槍の方が優位に立ちやすいようになっている。
 その優位性が、この場でも働いており、そのおかげで何とかなっている。
 ……逆に言えば、“何とかなる”までしか行っていない。

     ドン!ドン!ドン!

「くっ、せぁああっ!!」

 転移を繰り返し、攻撃を凌ぎ続ける。
 だけど、相手は守護者自身だけじゃない。瘴気もある。
 守護者が操作しているのか、ジュエルシードの砲撃を瘴気の触手が掻い潜ってくる。
 他の触手を相殺しつつ、魔力で一気に薙ぎ払う。

〈“Barrière(バリエラ)”〉

     ギィイイイイン!!

「ッ……!」

   ―――“刀技・紅蓮光刃-真髄-”

「嘘……!?」

 たった一つの技で、アンラ・マンユの攻撃も防げる障壁が破られた。
 まずい、これは致命的な隙……!

「っ、ぁああああ!!」

 咄嗟に、ジュエルシードによる砲撃魔法を私と守護者の間に着弾させる。
 多少のダメージが私にも入るけど、このまま斬られるのよりはマシだ。

「ッッ……!」

 ……でも、そんな事をして間合いを取れば、守護者に付け入る隙を与えるだけだった。
 間合いが離れた瞬間、守護者は手始めに瘴気を矢に込めて放ってくる。

「シュライン!!」

〈“Barrière(バリエラ)”!〉

   ―――“弓奥義・朱雀落-瘴-”

     ギィイイイイイイン!!!

 その矢の攻撃に、私は障壁越しに仰け反ってしまう。
 障壁にも罅が入り、何かしらの一撃ですぐに崩壊するだろう。
 ……その障壁越しに、集束する瘴気が見えた。

「まずい……!」

 回避は論外。周囲への被害が途轍もない事になる。
 防御はただただ隙を晒すだけ。あの瘴気と守護者は別々で動けるから。
 ……迎撃及び相殺しか、ない。

「呑み込め、瘴気……!」

   ―――“禍式(まがしき)束瘴波(そくしょうは)

「撃ち抜け、極光よ!!」

〈“Sacré lueur de sétoiles(サクレ・リュエール・デ・ゼトワール)”〉

 集束した瘴気の波動と、私の砲撃魔法がぶつかり合った。
 いくら大門の守護者が持つ瘴気と束ねたとはいえ、私が放ったのはあのアンラ・マンユにもダメージが入る砲撃。まず撃ち負ける事はない。






   ―――なんて、そんな事を考えてしまったからだろうか?



〈マスター!!〉

「ッ!?」

 砲撃を貫き、瘴気を大きく削った瞬間、守護者が私の懐へ肉薄しているのに気付いた。

   ―――“Barrière(バリエラ)
   ―――“極鎌鼬-真髄-”
   ―――“速鳥-真髄-”
   ―――“扇技・神速-真髄-”

「しまっ……!?」

 ストックしていた障壁を繰り出し、攻撃を阻止しようとする。
 だけど、読まれていた。
 風の霊術を使い、加速系の霊術も併せて瞬間的に加速。
 ……一瞬にして、私の背後に回り込まれた。

「ッ……!!」

 ギリギリ。刃が皮膚に食い込む瞬間に、ストックしていた転移魔法が間に合う。
 だけど、それのせいで恐怖心が膨れ上がり、身体強化の効果が落ちる。

「なっ……!?」

 さらに、そこに追撃。
 それは矢ではなく、投擲された斧。
 しかも、タイミング的に転移先を先読み……いや、誘導されていた。

     ギィイン!!

「ぐぅぅ……!」

「ふっ……!」

「っ、ぁああっ!?」

 斧をシュラインで防ぐ。……防いでしまった。
 そこへ瞬時に間合いを詰めてきた守護者が刀を振るう。
 何とか斧を逸らし、刀自体は防げたものの、そこまでだった。
 霊力の放出に私は吹き飛ばされ、木々を倒しながら地面に激突する。

「ぐ……ぁ……」

〈マスター!!〉

「っ……!」

 地面に仰向けに倒れる私に、矢が撃ち込まれる。
 シュラインの警告がなければ、ストックしていた転移魔法で避けられなかった。

「(……あ……ダメだ……)」

 でも、転移先にさらに間合いを詰めてきた守護者を見て、避けられないと悟る。

   ―――“Barrière(バリエラ)
   ―――“戦技・金剛撃-真髄-”

「ッ、ァ……!?」

 ストックしていた障壁が展開されるけど、一瞬とは言え戦意喪失した私の祈りでは、その障壁はとても脆いもので、突き破られると同時に私は吹き飛んだ。
 攻撃の衝撃で息が吐き出され、声にならない叫びが出る。
 そして、そのまま地面を転がった。

「……お、おい……嘘だろ……?」

「(この、声は……しまった……!)」

 倒れ伏す私に、聞き覚えのある声が聞こえた。
 視界に、声の主である人物の赤い服が見える。

「司が……司が負けたのか!?」

「逃げ……て……!ヴィータちゃん……皆……!!」

 その人物……ヴィータちゃんだけじゃない。
 どれだけいるのか他の妖で良く見えないけど、いつもの皆がいた。
 守護者は追ってくる。そして、妖もいるこの状況では皆でも敵わない。
 私は、ただ負けただけではなく、追い込まれたのだ。この状況に。

















   ―――絶望が、すぐそこにあった。

















 
 

 
後書き
poussée(プーセ)…“圧力”のフランス語。範囲を指定し、その範囲内に重力による圧力をかける魔法。非常に強力な効果だが、その分魔力消費が大きい。

侵瘴…瘴気による術式の浸食。その術式が例え魔法のものだとしても効果を発揮する。浸食されると、乗っ取られるか瓦解する。魔法の場合は瓦解のみ。

光吞瘴気…文字通り光さえも呑み込む瘴気を放つ。攻撃にも使えるが、専ら防御に使われる。光を放つものに対しては効果が大きく、これによって司の魔法はほぼ無効化された。

弓技・金剛矢…筋力による防御無視ダメージの大きい突属性の二回攻撃。“金剛”の名に恥じない矢を二回撃ち込む。

弓技・智賢征矢…知力と器用さによる防御無視ダメージが大きい突属性の三回攻撃。重ね矢の上位互換のようなもので、放つごとに威力が上がる。

禍式・束瘴波…大門の守護者の瘴気を束ね、砲撃のように放つ術。威力のみでも相当な強さを持ち、そこへ瘴気の特徴が加わる事で、迎撃か相殺しか選択肢が取れない術になる。


緋雪との戦闘後、何気に緋雪が封じたもう一刀を回収しているため、守護者は再び二刀流になっています。
今更ですが、何気に優輝の“剣の腕”は飛び抜けて凄い訳じゃありません。“導王流”という流派がチート級に強いだけで、剣そのものの腕は恭也に大きく劣ります。レイピアに限れば葵にも劣ります。研鑽の量で、剣の腕が優れているのは蓮の方だったりします。
なお、導王流の場合、剣道三倍段(本来の意味含む)の理論を無視できます。真髄に至れば剣を持つより素手の方が強かったり……。 

 

第160話「見えない打開策」

 
前書き
何気に大門の守護者が勝ち続けているのは実力差が大きい訳じゃありません。
相性や状況、戦闘技術などによって、勝敗が決まっているようなものです。
実力自体は連戦していることもあって拮抗したものばかりでした。
 

 






       =out side=







「なんで……どうして……!?」

 土御門の屋敷で、次期当主の澄紀は式姫召喚が上手くいかない事に狼狽えていた。

「っ……まだよ……!もう一度……!」

 霊気が濃くなった今、確かに式姫の召喚は可能になっている。
 それなのに上手くいかないのは、召喚のための触媒である型紙がないからだ。
 また、古い文献から急いで読み解いていたため、術式も若干間違っていた。
 それに気づかない澄紀はもう一度試そうとする。

「くっ……!また……きゃぁっ!?」

 焦りが積もり、また召喚に失敗すると同時に、澄紀は躓いてこけてしまう。
 その拍子に、文献などの資料がある棚にぶつかってしまう。

「あ、危なかった……って、これは……?」

 運よく資料には傷がつかなかったが、その際に一つの古い箱が見つかる。

「封印が掛けられてる……そういえば、家に伝わってるものの一つだったような……」

 その箱は厳重な封印が施されており、簡単には開かないようになっていた。
 澄紀はその箱が幼い頃に触れてはならないものだと教えられていた事を思い出す。

「って、こんなことしてる場合じゃない。早く、もう一度試さないと……ぇ……?」

 すぐに元の位置に戻し、再度召喚を試そうとして、思わず立ち止まる。

「……封印が……?」

 箱にかけられていた封印が、勝手に解け始めていたのだ。
 そして、自身に変化が訪れる。

「な、なに……なんなのこれ……!?」

 自分のものとは思えないほど、洗練された霊力が巡る。
 そして、勝手に体は動き、召喚のための陣に立つ。

「(どうしてかはわからない。……でも、こうすれば……)」

 ほぼ無意識な行動の後、召喚陣が眩く輝く。
 ……この時、彼女は気づいていなかったが、触媒に彼女自身が使われていた。

「ぁ……え……?」

 光が収まり、澄紀の目には信じられないものが映っていた。
 それは、自分の顔と瓜二つで……そして、半透明だった。

「な、なに……?成功、したの?」

『ここは……なるほど、私の残したアレが機能したのね』

「っ……!?(喋った……!?)」

 そして、その幽霊らしき人物は納得した様子で呟く。

『召喚したのは貴女ね?名前を聞いてもいいかしら?私は土御門家9代目当主、土御門澄姫よ』

「わ、私と同じ名前……?あ、わ、私は土御門澄紀……21代目次期当主よ」

 実際には文字が違うが、発音自体は同じなため、澄紀は思わず呟く。

『あら、貴女も私と同じ“すみき”なのね。……文字はどうか知らないけど、この際いいわ。それに、どうやら私の子孫みたいだし……』

「ご先祖様……?そういえば、9代目って……」

『そう。ちょうど幽世の門が開いていた時代。一人の陰陽師がその身を賭して大門を閉じた時代よ。……もしも、再び同じようなことが起きれば、私が現世に戻ってこれるように、とある術式を封印していたのよ。それが、これね』

「さっきの、箱……」

 澄紀は知らない事だが、箱の中には御札が大量に貼られた、かつて澄姫が使っていた髪飾りなどの装飾品などが入っていた。
 封印が解けたのは、以前のように幽世の門が開いていたため。
 そして……。

『私を召喚できた貴女は、私の依り代になれるの。……協力してもらうわよ。ちなみに、拒否権はないわ』

 封印に触れた者が、澄姫と波長や魂が近しく、依り代としてふさわしいからだ。

「え、ちょっと……きゃぁあああああ!?」

 突然取り付くように自分に飛び込んでくる澄姫に、澄紀は反応しきれずにただ叫び声をあげる。一応、悪霊などではないため、害はないが、それでも憑りつかれる事に驚いたのだろう。

「さて、戦闘面では私が主導権を握るわ。今の土御門がどうなっているかわからないから、他の事は任せるわ」

『え、嘘!?私の体が!?』

 次々と驚愕すべきことが起こり、澄紀はパニックになる。

「時間がないのだから冷静になりなさい!土御門の次期当主になるのなら、緊急時こそ冷静に!」

『は、はい!』

 澄姫の一喝に、澄紀は意識だけの状態で背筋を伸ばすように佇まいを直す。

「……行くわよ。私だって、ただ止めるために戻ってきた訳じゃないの。……あの子が、今度こそ犠牲にならないように覚悟を背負ってきたの」

『……え……?』

 並々ならぬ気配を意識越しに感じ、澄紀は思わず思考が止まる。

「……無駄話ね。行くわよ」

 話を止め、澄紀(澄姫)は外へと向かった。











「……ダメだな。これだと通じる通じない以前に成功しない」

「近接戦の人数が足りませんね……」

「オレや猫又じゃ、補いきれないからな……」

 一方、生き残りの式姫達は、京都へと向かいつつ作戦を組み立てていた。
 ……が、勝てる勝てない以前に成功する作戦が組めずにいた。
 つい先ほど、大気の霊力濃度が上がり、全盛期の力を一部取り戻したにも関わらず、守護者に対して“成功”する作戦が組み立てられなかった。

「……その話、私も噛ませてもらえない?」

「っ、何者だ!?」

 そこへ、並走するように鈴が追い付いてきた。

「土御門鈴。……詳しい説明は省くけど、陰陽師よ。事情に関してはある程度知っているし、もう一人助っ人がいるわ」

「土御門……現代の陰陽師か……!」

 鈴の名を聞き、鞍馬が驚く。

「……助っ人とは?」

「そろそろ追いついてくるわ」

「……呼んだか?」

 噂をすれば何とやら。蓮の質問に答えるように、悪路王もすぐに追いついてきた。

「なっ……!?」

「あ、悪路王!?」

 その姿を見て、集まっていた式姫全員が驚愕した。

「幽世の門が開いているのであれば、吾がいてもおかしくはないだろう」

「それよりも、作戦を聞かせて頂戴。私たちで穴を補えるかしら?」

「あ、ああ……」

 味方してくれるのなら、この際なんでもいいと判断し、鞍馬は作戦を伝える。
 結論から言えば、鈴と悪路王が加われば作戦は“成功”すると判断できた。
 そして、再び京都へと一行は急ぐ。

「……ねぇ、貴女……」

「……何かしら、織姫」

 その途中、織姫はふと気になった事を鈴に尋ねる。

「……貴女、以前に私たちと会ったかしら?」

「……どうして、そう思うのかしら?」

「そうね……。貴女の私たちを見る表情が、どこか懐かしい人を見るようだったから。……それに、“土御門”と“鈴”。……どちらの名前も知らない訳ではないから、無関係とは思えないのよ」

 その言葉に、鈴は少し考え……。

「まぁ……そうね。会ったことはあるし、この“土御門”の名も貴女の考えている通り、あの安倍氏の家系よ」

「やっぱり……」

「……ありがとうね。あの時、鵺を倒してくれて」

「っ……!」

 ぼそりと呟いたその言葉で、織姫は確信した。
 あの時、自分を含めた皆で倒した鵺に囚われていた人物だと。

「貴女……」

「……今度は、私が恩を返す番よ」

 これ以上は語るべきではないと言わんばかりに、鈴はスピードを上げた。
 織姫もそれを理解し、それ以上は話さず、真っ直ぐに京都へ向かった。















『姉さん……!』

「まずいね……これは……」

 そして、京都では。
 妖を術で抑え込んでいる紫陽が、守護者の気配を感じていた。

「(妖も多くいる中、守護者まで来てしまった……。本来なら、それなりの期間を掛けて解決していく事象を急いだ結果かね……。緋雪も抑えきれなかったとは……)」

『姉さん……どうするのですか……?』

「慌てるなって葉月。……守護者は幽世の神たるあたしを狙ってる。実際、あたしが殺されたら葉月が死ぬだけじゃなく、妖の抑止力もなくなるからね」

 そう言いつつ、近寄ってきた妖を霊術で焼き尽くす紫陽。

「……だけど解せないのはなぜそうするか、だ。あたしを殺せば確かに抑止力はなくなるし、もしかしたら守護者が神に成り代わるかもしれない。でも、そんな事をしてしまえば、それこそ幽世と現世の均衡は完全に崩壊する。霊力に惹かれていると言われればそれまでだが……」

『………』

「……いや、今は置いておこう。今重要なのは、守護者をどうするかだね」

 呪属性の霊術で妖を一掃し、一度態勢を立て直す。
 そして、危険を考慮した上で自身が守護者と戦おうとして……。

「……どうやら、相手をしてくれるみたいだね」

『はい。ですが、あれは……』

「力はあっても、感情に流されているね。あれじゃあ、いくら強くても勝てないね」

 神夜が守護者に突撃していったのを、気配で感じ取った。
 尤も、あっさりと勝てないと判断されたが。

「……賭けてみようかねぇ……」

『姉さん……?』

「葉月、あたしはこのまま妖の足止めを続けるよ。守護者の……とこよの相手はあいつらに任せる」

『しかし……!』

 まさかの人任せにするという紫陽に、葉月は食い下がる。
 死ぬのが怖くない訳ではないが、なぜ人任せにするのかわからなかったからだ。

「……あたしは、あいつら魔導師について少し知っているのさ。……というより、聞かされてたって感じかねぇ。……緋雪の仲間だった奴らなんだから、少しは信じてみるのさ」

『姉さん……』

 そう言って、紫陽は気配を感じる方向から目を背け、再び妖の足止めに戻った。











「がはっ!?」

 そして、守護者がいる場所では。
 司がやられた事に神夜が激昂して突撃し、あっさりと返り討ちにされていた。
 神夜に“十二の試練(ゴッド・ハンド)”がなければ、既に死んでいた。
 否、今ので一度死んでいた。命のストックがあるからこそ、助かったのだ。

「馬鹿野郎!無闇に突っ込んでも勝てねえぞ!」

「だけど、司がやられたってのに!」

「司がやられたからこそ突っ込むなって言ってんだろうが!」

 追撃を食らう前に、ヴィータが神夜を連れて上空へ逃げる。
 その際に、ヴィータが魔力弾を、シグナムが矢を打ち込む事で目晦ましをしていた。

「くそっ……!」

「(とは言ったものの、逃げ切れる訳でもねぇ。というか、あたしたちが逃げれる状況にない。ここにいるって事は、司どころか、あいつもやられたってことだろ?……一体、どうすりゃいいってんだよ!)」

 神夜が冷静じゃなくなっているからこそ、ヴィータは冷静に思考する。
 だが、危機的状況をどうにかする方法が思い浮かばない。

「(遠距離か、近距離、どっちが弱い?いや、そもそも何人がかりなら敵うんだ?)」

 戦力を分析しようとして、力の差が圧倒的な事しかわからないヴィータは焦る。
 さらにそこへ、思考を中断させるように、矢が飛んできて……。

   ―――ガードスキル“Delay(ディレイ)”、“Hand Sonic(ハンドソニック)

     ギィイイイン!!

「ッ……!」

「奏!!」

「早く、離れて……!」

 庇うように割り込んできた奏によって、何とか矢は逸らされる。
 守護者との距離が大きく離れていからこそ、できた事だ。

「だが!」

「ッ!」

「ぐっ!?」

   ―――“Delay(ディレイ)

 食い下がろうとする神夜だが、即座に奏に蹴り飛ばされる。
 同時に奏もガードスキルで少し後ろに下がる。
 直後、矢がそこを通り抜ける。

「ッ……!」

「奏!?」

「『私が時間を稼ぐ。その間に援護と打開策を……!』」

 奏はそのまま守護者へ向けて宙を駆けていく。
 ヴィータの呼び声を無視し、念話で全員に伝える。

『無茶だ!優輝も司もやられたというのに、奏、君一人では……!』

「『でも、誰かがやらないとその分犠牲が増えるだけ』」

Attack Skill(アタックスキル)

   ―――“Fortissimo(フォルティッシモ)
   ―――“弓技・螺旋-真髄-”

     ギィイイイン!!

 クロノの念話に奏はそう答え、同時にアタックスキルを放つ。
 ハンドソニックの刃から放たれる砲撃で、飛んできた矢を何とか相殺する。
 躱す事は可能だったが、未だに射線上に神夜とヴィータがいたため、こうして相殺する事にしたのだ。

『……今回だけは、無理をしてでも死ぬなよ』

「『わかっているわ。……でも、その言葉は守れないかもしれない』」

 そう念話を締め括り、奏は駆ける速度を上げる。

「(優輝さんも、司さんも負けた。神降しもジュエルシードも使えない私では、火力どころか全てが足りない。……でも、やるしかない)」

 怖くない訳ではない。
 当然、奏にも死の恐怖があり、自分よりも強い二人がやられた絶望感はある。

「(……大丈夫。前世と比べれば、まだ“希望”は残っている……!)」

 それでも、奏にとっては、前世の病気でどうにもならなかった時と比べれば、力もあり、まだ“希望”も残っていた。
 ……絶望に呑まれるには、まだ早い。

「(覚悟を決め、精神を研ぎ澄ます。一手一手が必殺の一撃。決して当たってはいけない。……決して、捉えられてはいけない……!)」

 次々と矢が飛んでくる。
 それを奏は躱しながら、距離を詰めていく。
 他の皆に対する流れ弾はもう気にする余裕はない。
 そもそも、奏が矢を躱せるのは、それだけ距離が開いているということ。
 距離が詰まれば、奏も躱せなくなる。
 だから、そうなる前に奏は次の手を打つ。

「……エンジェルハート」

〈はい。マスター〉

 愛機のエンジェルハートから、いくつもの魔力結晶を取り出す。同時に、エンジェルハートを二刀の形態にする。
 この魔力結晶は優輝が創りだしたものではなく、奏が作ったものだ。
 そのため、その結晶の魔力は奏にしか使えない。
 しかし、今の状況ではそれだけで十分だった。

「(限界を、超える……!)」

〈“重奏”開始……!〉

   ―――“Delay(ディレイ)-Solo(ソロ)-”

 加速する。
 普通では躱しきれなかった矢を、躱す。

「ッ……!」

   ―――“Delay(ディレイ)-Duet(デュエット)-”
   ―――“弓技・双竜撃ち-真髄-”

 さらに、加速する。
 二連続で襲ってくる矢を、ジグザグに動く事で回避する。

「(来る……!)」

   ―――“風車-真髄-”

 そこへ、霊術の射程範囲内に入ったのか、風の刃が飛んでくる。
 大きく迂回するように避け、再度接近を試みる。

「ッ……!」

 その瞬間、守護者が動き出した。
 遠距離で対応するべきではないと判断したのか、猛烈な速度で間合いを詰めてくる。

「(ガードスキル……!)」

   ―――“Distortion(ディストーション)

 それに気づいた奏は、ガードスキルの一つを使い、バリアを張る。
 尤も、それでは防ぎきれないだろうということも分かっている。気休めでしかない。

「(ハーモニクスはむしろ危険。ダメージが蓄積されたら、私が不利。……このまま行くしかない……!)」

 持続するディレイの効果で、矢をギリギリ躱す。
 直後、目の前に霊術が襲い来る。
 広範囲且つ、タイミング的にも回避が間に合わない。

「(相殺は……ギリギリ!!)」

   ―――“火焔旋風-真髄-”
   ―――“Fortissimo(フォルティッシモ)

「っ、ぁあああああ!!」

 全力のアタックスキルによる砲撃魔法を放つ。
 貫通力を高める事により、霊術の焔に穴を開ける。
 その穴へ、即座にディレイの効果を利用して飛び込む。

   ―――“Delay(ディレイ)-Trio(トリオ)-”

「(ここからが、本番ね……!)」

 さらに、加速する。
 同時に、霊術を通り抜けてきた所を狙い撃ちするように矢が放たれる。
 回避しきれずに腕を掠るが、構う暇もなく動き続ける。

「(魔力結晶はまだまだ大丈夫。でも、これほどの強さなんて……!)」

 わかっていた。優輝と司の二人がやられた時点で何となく予想はできていた。
 それでもなお予想以上だと思える守護者の強さに、奏は戦慄を隠せない。

「(……未だに、接敵できていないのに、ここまで命の危険を感じる……!)」

 ……なぜなら、未だに守護者と相まみえていない。
 霊力と瘴気による特徴的な気配から、居場所はわかっていた。
 しかし、“近くにいる”ということがわかるだけで、姿もまだ見えていなかった。
 だというのに、遠距離からの狙撃だけで奏はピンチと紙一重だった。

「(……見えた!)」

   ―――“Delay(ディレイ)-Quartet(カルテット)-”

     ギィイイイイイン!!!

「ッ!?くぅぅっ……!?」

 さらに加速すると同時に、守護者を視認する。
 ……刹那、その加速度を上回る速度で守護者は刀を振るい、奏を二刀の防御の上から吹き飛ばした。
 地面に踏ん張り、吹き飛ばされた勢いを殺しながらも、その速度と攻撃の重さに戦慄する。

   ―――“Delay(ディレイ)-Quintet(クインテット)-”

「(嘘……!?)」

 さらに加速する。守護者はその速度に追いつく。
 残像が見える程の速度へと、守護者は的確に刀を振るう。

「(速すぎる……!)」

 “ありえない”と奏は思う。
 だが、その一方で優輝達を倒した事から、それもあり得ると思ってしまう。

「穿て……」

「ッ……!」

   ―――“Delay(ディレイ)-Sextet(セクステット)-”

 ディレイを利用して、一度間合いを離そうとする。
 しかし、瘴気が蠢き、奏を穿たんと触手となって襲い来る。
 さらに加速することで、何とかそれを躱すが……。

「しまっ……!」

     ギギィイイイイイン!!

「っぁ……!!」

 躱した所を狙い撃つように、刀が振るわれた。
 だが、仮にも加速は六段階目。
 咄嗟に二刀で防御することはできた。
 尤も、その上から吹き飛ばされ、木々に叩きつけられてしまったが。

「ッ……!」

〈マスター!来ます!〉

「くっ!!」

   ―――“Delay(ディレイ)-Septet(セプテット)-”
   ―――“弓技・閃矢-真髄-”

 痛みを堪え、さらに加速する。
 同時にその場を飛び退き、飛んできた矢を躱す。

「ッ……!」

〈“Jump(ジャンプ)”〉

 直後に飛んできた霊術と、守護者自身による刀の攻撃を、転移で躱す。
 そのまま、奏は守護者の背後上空を取り……。

「舞え……!」

〈“Angel feather(エンジェルフェザー)”〉

 羽を散らすように、魔力弾をばらまく。
 このままではいくら避けたところで、防戦一方なだけだと判断した故の、牽制。
 当然、奏は今ので効くとは微塵も思っていない。

「(他の皆は……まだ、ね)」

 妖の防衛自体は、紫陽がやっているおかげで、戦力は足りている。
 しかし、“どう動くべきか”を決めかねていた。
 付け加えれば、守護者のあまりの強さに体感時間が狂っており、奏が思っているほどに時間はあまり進んでいないのもあった。

「ッ!」

 再び矢が飛んでくる。
 加速度を保ちつつ、ギリギリでそれを躱す。

「くっ……!」

 さらに追撃の如く放たれる瘴気の触手を避ける。
 だが、それを避けていては退路が断たれてしまう。

   ―――“紅焔-真髄-”

「ッッ……!」

〈“Jump(ジャンプ)”〉

 そこへ放たれる焔の霊術。
 奏は咄嗟に転移魔法でそれを避け……。

   ―――“Delay(ディレイ)-Octet(オクテット)-”

「はぁっ!!」

 同時に、さらに加速する。
 転移先は守護者の背後。
 タイミング的にも絶好。初見殺しの必殺とも言える一撃。
 事実、守護者も不意を突かれており、その一撃は刀で防げなかった。

 ……“刀”では。

     キィイイイイイン!!

「ッ……!?障壁……!」

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

 事前に仕掛けられていたであろう、障壁が展開される。
 奏が振るった二振りの刀は、その障壁にあっさりと阻まれてしまった。

「くっ……!」

 同様する暇はなかった。
 即座にその場から離脱。一気に間合いを取る。
 次々と、寸前までいた場所に、守護者の攻撃が突き刺さる。
 
「(まだ追いつかれる……!だったらもう……限界を走り続けるしかない!)」

   ―――“Delay(ディレイ)-Nonet(ノネット)-”
   ―――“Delay(ディレイ)-Dectet(デクテット)-”

 加速し、加速する。
 音を置き去りにし、その場に残像を残し、奏は神速で動き続ける。

「ッ……!ぁあああっ!!」

     ギギギギギギギギギギギギギィイイン!!

 限界の速度且つ、限界の力を振り絞り、守護者の二刀を凌ぎ切る。
 常に全力の出力で戦っているため、何とか吹き飛ばされずに済む。

「(早い、鋭い、重い……!優輝さんと違って、反撃に重点を置いていない分、私自身が攻めあぐねている……!)」

 流れるような太刀筋は、どこか優輝に似た太刀筋だった。
 真正面から防ぐ訳ではなく、軌道をずらすことで受け流す動き。
 だが、導王流と違って防御よりも攻撃に主体を置いていた。
 攻撃の箇所をずらす事で、導王流とやりあえた奏からすれば、攻撃は通しやすい。
 ……が、それは速度が拮抗している状態から加速できた場合だけだ。
 加速を重ねた状態で何とか拮抗している上に、守護者の一撃一撃をまともに食らう訳にはいかない奏にとって、攻撃の箇所をずらす暇などなかった。
 “攻撃は最大の防御”という場合があるが、それと似たような状況だった。

「ッ……!」

   ―――“Angel feather(エンジェルフェザー)

「シッ……!」

   ―――“戦技・強突”

 魔力弾を目晦ましにし、背後に回って強烈な一突きを放つ。

     ギィイイイン!!

「(通ら、ない……!)」

 ……が、それはまたもや障壁に阻まれる。
 奏の力では、守護者の障壁を破れなかった。

「ッ……!」

     ギギギギィイン!!ギギギィイン!!

 すぐさま体勢を立て直し、守護者の連撃を凌ぐ。
 間合いを離し、霊術と瘴気を躱し、また刀を凌ぐ。

     ギィイン!!

「しまっ……!?」

 もちろん、そんな攻防では、長く続く訳がなかった。
 奏の二刀が大きく弾かれ、その隙に守護者が奏の懐に入る。
 そして、霊力を伴った蹴りが奏の体に突き刺さった。

「が、ぁ………」

 声も出せずに、奏は吹き飛ばされる。
 木々に当たり、そのまま地面に転がった。

「ぁ、ぐっ……!」

〈マスター!〉

「(体が動かない……!ダメ、このままじゃ……!)」

 ディレイの効果は今ので消えてしまった。
 それでも、奏は力を振り絞ってその場から飛び……。

「っぁ!?」

 飛んできた矢の余波で、再び地面に転がされる。
 すぐさま動いたおかげで直撃はしながったが、動いていなければ矢に貫かれていた。

「ぁ……」

 そして、守護者はその先を想定していた。
 奏の視界に、守護者が刀を振りかぶるのが見えた。
 それを見た奏の瞳に、絶望が宿る事は……なかった。

     ギィイイイン!!

「させ、ない……!」

「なのは……!」

 なぜなら、守護者の背後から、なのはが斬りかかっていたからだ。
 なのはの瞳には不屈の炎が宿り、そして御神の剣士としての覚悟も見えた。

     ギギィイン!

「くっ……!」

「シッ……!」

「ッ!」

 即座に守護者はなのはの刀……レイジングハートを弾く。
 そのまま追撃を放とうとするのを、奏が攻撃する事で阻止する。

「(間に、合った……)」

 だが、それが限界だった。
 ダメージが響き、奏はその場に倒れこむ。
 しかし、同時に理解していた。
 なのはが来たということは、時間稼ぎが間に合ったのだと。













 
 

 
後書き
重奏…優輝の偽物との戦闘で使った爆発的な加速を、改めて術式として組み直し、魔法とした際の起動ワード。〇重奏と段階的に加速する事ができる。段階を飛ばす事も可能だが、その際は体への負担が倍増する。

弓技・双竜撃ち…突属性の二回攻撃。基本に近い技なので、大した威力はないが、真髄となれば回避は難しい。

Distortion(ディストーション)…Angel Beats!に登場するガードスキルの一つ。体にバリアのようなものを張り、攻撃を弾く。

Jump(ジャンプ)…奏が扱う転移魔法。至近距離であればディレイがあるが、それ以外の距離や次元を跨ぐ転移の場合はこちらを使う。

戦技・強突…突属性の攻撃。霊力を纏い、強力な一突きを放つ。本来であれば槍で放つ技だが、突き攻撃であれば他の武器でも使える。


土御門家が何代目なのかなどは、安倍氏から派生してから適当に数えています。まぁ、設定としては大した事ではないので気にしないでください。
今更ですが、神夜の十二の試練は、神夜の三日分ほどの魔力があれば、命のストックを一つ回復できます。

この小説では、かくりよの門よりも未来設定のひねもす式姫や、式姫転遊記の設定はまず使いません。一応設定上はそれらの作品での出来事は起きた事に今のところなっていますが、後々変更する可能性もあります。予めご了承ください。 

 

第161話「多勢が無勢」

 
前書き
ちなみに、一応司が強力な砲撃魔法で守護者の瘴気の大部分を吹き飛ばしています。このおかげで、奏達はあまり瘴気の影響や攻撃を受けなくなっています。
また、クロノが作戦を立てると同時進行で守護者と那美を除く魔導師勢+αを隔離するための結界を張っていたりもします(維持はユーノ)。 

 






       =out side=







「『……時間がないから、簡潔に説明する。大門から湧いてくる妖は彼女に任せよう。どうやら妖に詳しいだけでなく、戦力的にも十分なようだからな』」

 なのはが奏を助ける直前に、クロノは念話で軽く指示を出していた。

「『わかっていると思うが、奏も長くは保たない。むしろ、持ち堪えているのが驚きなぐらいだ。……それだけの実力差を踏まえた上で動いてくれ』」

 念話越しでも、クロノの焦りと恐怖がわかるようだった。
 それほどまでに、クロノは大門の守護者の力を恐れている。

「『細かい連携は各自の判断に委ねる。援護や遠距離が得意なものは魔力弾などで牽制。フェイト以外の近接戦ができる者は、非常に危険だが何とか守護者の足止めをしてくれ』」

『クロノ、私は……?』

 自分だけハブられたことにどういうことなのかとフェイトは聞き返す。

「『フェイトは初撃を放ったとほぼ同時に奏を離脱させてくれ。それと、司もだ。終われば、中距離でも近距離でもいい。足止めに加わってくれ』」

『……わかった』

 もちろん、危険がない訳ではない。
 近接戦をする面子と、救出に向かうフェイトは一番危険に晒される。
 そのことが理解できるため、全員が恐れを抱いていた。
 しかし同時に、そうしなければ為す術なくやられることも分かっていた。

「『……作戦、などとは言えんが、開始だ。……全員、死ぬなよ』」

 念話を締め括るクロノの声色には、決死の覚悟が灯っていた。







   ―――そして作戦は決行され、なのはが奏を助ける場面に繋がる。













「私がシュツルムファルケンで牽制する。巻き込まれずに奏を連れて離脱できるか?」

「大丈夫。……牽制でなくとも、十分攻撃には……」

「ならん。……先ほども神夜を離脱させるために放ったがあっさりと防がれた。隙を突かなければ当てることも難しい」

 守護者のいる場所から少し離れた場所で、シグナムとフェイトがそんな会話をしていた。

「……頼むぞ。そして、死ぬな」

「……はい」

 会話を切り上げ、シグナムはデバイスを弓に変え、矢を番える。

「翔けよ、隼!!」

   ―――“Sturmfalken(シュツルムファルケン)

「バルディッシュ」

〈“Sonic Form(ソニックフォーム)”〉

 同時に、フェイトは防御を捨てて速度を上げる。
 そして、放たれた矢に並走するように宙を駆け……。

「『なのは!』」

『うん!』

 着弾寸前で矢を追い越す。同時になのはに念話で合図を送る。
 奏の妨害で守護者の攻撃から逃れたなのはは、魔力弾で牽制しつつ、その場を離れる。
 フェイトも魔力弾で牽制し、ザンバーフォームで斬撃を繰り出しつつ、そのスピードを生かして倒れこむ奏を抱えて即座に離脱する。
 ……そして、矢が着弾する。

「ッ……!」

「……ハッ!!」

   ―――“Accel slash(アクセルスラッシュ)

 爆風から逃れながら、なのはは斬撃をいくつも放つ。
 それらは爆風の中心地へ向かい……。

     キィイイイン!

「……やっぱり……」

「防がれてた……」

 あっさりと、霊力の障壁に阻まれた。

「フェイトちゃん、早く司さんと奏ちゃんを安全地帯に」

「うん。……頑張って」

「……うん…!」

 そのままフェイトは司が倒れている場所に向かう。
 なのははその場に残り、念話で合図を送る。

「『……行くよ!』」

「“ケイジングサークル”!!」

「捕らえて!」

「“チェーンバインド”!!」

 その合図と共に、ユーノとシャマルが移動を制限する結界魔法を放つ。
 同時にアルフが拘束魔法を仕掛けるが、それは躱されてしまう。

「逃がすか!」

「出来れば当てろよクロノ!」

「君もな!」

   ―――“Stinger Ray(スティンガーレイ)
   ―――“全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)

 結界魔法で移動制限を掛けた所で、クロノの魔法と帝の投影魔法による剣の雨が繰り出され、さらに動きに制限を掛ける。
 もちろんの事だが、二人ともこれでダメージを与えられるなどとは思っていない。
 相手は神降しをした優輝と、ジュエルシードを使った司に勝った相手。
 この程度で倒せれば苦労しないとわかっているからだ。

()よ、白銀の風、天より注ぐ矢羽となれ!」

   ―――“Hraesvelgr(フレースヴェルグ)

 回避ないし防御をさせる事で、守護者の動きを限りなく制限。
 そこへ、広範囲に炸裂する魔法を放つ。
 それがクロノが即座に組み立てた作戦だ。
 作戦通り、はやての魔法が炸裂し、広範囲を巻き込む。
 同時に、役目を果たした拘束魔法も消え去る。

「よしこれで……!」

『ヴィータ!すぐに叩き潰せ!』

 ダメージが入っただろうと、そう喜ぶ神夜の考えを否定するように、クロノの念話が響き、ヴィータがそれを合図にカートリッジをロードする。

〈“Gigant form(ギガントフォルム)”〉

「轟天爆砕!!」

   ―――“Gigant schlag(ギガントシュラーク)

 間髪入れずに巨大なハンマーが砲撃魔法の着弾地点を叩き潰す。
 明らかに一人に対してはオーバーキルだと思える連携。
 しかし、一部の面子はこれで終わらないだろうと思えた。

「っ、嘘、だろ……!?」

   ―――“剛力神輿-真髄-”

 特にそう思ったのは、最後に攻撃を繰り出したヴィータ自身だった。

「『やべぇぞこいつ!!あたしのギガントシュラークを、受け止めてやがる!!』」

「なっ……!?」

 ヴィータのその言葉に、思わずクロノが驚く。
 防御するならまだしも、“受け止めている”のだ。

「『ダメだ!押しきれねぇ!!』」

「『っ……仕方ない、プランBだ!各自担当を把握し、連携を取れ!ヴィータ、出来る限り抑えておけよ!』」

 クロノの念話による指示と共に、各自行動を起こす。
 その間、ハンマーで抑え続けるヴィータだが、そんなヴィータだからこそ気づける事があった。

   ―――“怪力乱神-真髄-”
   ―――“勇往邁進(ゆうおうまんしん)

「こ、こいつ……!?」

 抑えている守護者が、徐々にハンマーを押しのけてきている事に。

「ロード、カートリッジ!!踏ん張れグラーフアイゼン!!」

Jawohl(ヤヴォール)!!〉

 グラーフアイゼンに残っているカートリッジを全てロードし、何とか抑え込もうとするヴィータ。しかし、それでも押されてきていた。

「“ディバインスラッシュ”!!」

 そこへ、ハンマーと地面の間を薙ぎ払うように斬撃が放たれる。
 なのはが、ヴィータの様子に気づいてすぐに攻撃を守護者に放ったのだ。

     ッ、ギィイイイイイイイン!!!

「ん、なぁっ!?」

 だが、その瞬間。
 守護者がハンマーを受け止めていた斧によって、ヴィータのグラーフアイゼンは弾かれてしまい、なのはの斬撃も躱されてしまった。
 闇の書の闇の障壁も砕いたハンマーがあっさりと押し返され、ヴィータは思わず驚き、動きを止めてしまう。

「『ヴィータちゃん!!』」

「っ、しまっ……!」

   ―――“弓技・螺旋-真髄-”

 ……それを、守護者は逃さない。
 すかさず放たれた矢が、ヴィータへと迫る。

「あっっぶねぇ……!!」

「て、てめぇ……!?」

 間一髪、帝がヴィータを抱えて躱した。
 しかし、それで脅威が去った訳ではない。

「(次が来る……!)」

 他の面子の援護や助けは間に合わず、守護者が次の矢を構えていた。

   ―――“弓技・瞬矢-真髄-”

「“熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”!!」

     キィイイイイイイン!!

 放たれるいくつもの超速の矢が回避も許さずに迫る。
 だが、神夜が“攻撃してくる”と認識した瞬間に行動を起こし、防御が間に合った。
 そして、その矢を防ぎきる。

「(予想通り……!霊力の攻撃を防ぎづらい魔力でも、“概念的防御力”があれば防げる!そこから考えれば、Fateの宝具や魔術は十分に通じる……!)」

 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)は投擲や飛び道具に強力な防御力を発揮する宝具である。
 本来の使い手ではない、貰い物の力であっても、防ぐには十分な効果だった。

「シュート!」

「はぁあああっ!!」

 そして、追撃を許さないように、守護者へ向けてなのはの魔力弾が放たれる。
 同時に神夜が間合いを詰め、接近戦を仕掛ける。

「はぁっ!!」

「ッ……!」

 数瞬遅れて、シグナムが。
 同時に魔力弾で牽制を挟みつつなのはが。
 神夜と同じように近接戦を仕掛けた。

     ギギギギィイン!!

「くっ……!」

 三対一。神夜、シグナムは近接戦では相当強い。
 以前まで遠距離主体だったなのはも、御神流を習得したため、生半可な強さではない。
 その三人がかりでさえも、守護者を押し切れない。
 否、むしろ三人が押されていた。

     ギ、ギ、ギィイイン!!

「嘘だろ……!?」

 一瞬にして、三人の剣が大きく弾かれる。
 完全に無防備になってしまった上に、守護者は既に攻撃の体勢。
 回避も防御もできず……。

「させない!」

   ―――“Stinger Ray(スティンガーレイ)
   ―――“弓技・螺旋”
   ―――“氷炎螺旋砲”

 そこへ、クロノの魔力弾、アリシアの矢、すずかとアリサの霊術が飛んでくる。
 三人が近接戦で競り負けると予想していたからこその攻撃が、追撃を阻む。

「赤原を行け、緋の猟犬!!」

   ―――“赤原猟犬(フルンディング)

 さらに、上空から帝によってそこへ矢が放たれる。
 それはあっさりと守護者に躱されるが、その矢はそれだけでは終わらない。
 地面へと着弾したその矢は、地面を抉りながらも旋回。
 再び守護者へと向かう。

「間髪入れるな!はやて、リインフォース、タイミングを見て援護射撃!シャマルとアルフもバインドを頼む!ユーノ!結界の維持と動きの制限、任せるぞ!」

 クロノの指示が飛び、その通りに各自が動く。
 同時に、体勢を立て直した近接組三人も再び仕掛ける。

     ギギィイン!!

「ッ、しまっ……!」

「はぁっ!」

 剣を弾かれ、胴が無防備になるシグナム。
 そこへ振るわれようとする刀だったが、守護者がすぐに軌道を変え、飛んできた魔力の斬撃を切り裂く。

「あたしらも忘れんじゃねぇぞ!!」

 さらに、鉄球による魔力弾も飛んでくる。
 魔力の斬撃はフェイト、鉄球はヴィータによるものだ。

「っ、避けて!」

   ―――“火焔旋風-真髄-”

 五対一。そう思った瞬間に守護者が霊術を発動させる。
 焔の旋風により、五人は吹き飛ばされる。
 寸前で気づけたなのはの警告により、全員が直撃せずに済んだ。

「ぉおおおおっ!!」

   ―――“射殺す百頭(ナインライブス)

 唯一防御力が一際高い神夜が、踏み止まって攻撃を繰り出す。
 狙いすました高速の九連撃。
 一発一発が非常に威力の高い攻撃だが……。

   ―――“刀極意・先々の先”

「……ぇ?」

 ……その攻撃全てが、カウンターで返された。
 守護者は神夜の斬撃を全て逸らし、その上で一撃一撃の合間に斬撃を叩き込んでいた。
 それらは神夜の防御力をあっさりと上回る。
 神夜が気づいた時には、既に切り刻まれて一度死んでいた。

「っ、なぁ……!?」

「死なない?ううん、反魂の術みたいなもの?……まぁ、いいや」

 即座に十二の試練(ゴッド・ハンド)の効果で蘇生する。
 そのことに守護者が疑問を抱くが、別段大した事ではないと判断する。
 まず強さが違う。そのため、例え蘇生されてもどうでもいいと思ったのだろう。
 また、守護者は……とこよはかつて不死鳥である鳳凰の式姫とも会っている。
 “蘇生”程度では、彼女は驚かない。

「させません!」

   ―――“Jet smasher(ジェットスマッシャー)

 追撃を繰り出そうとする守護者へ、リニスによる砲撃魔法が撃ち込まれる。
 さらにそれに追従するように、次々と遠距離組の砲撃魔法、射撃魔法が飛ぶ。
 同時に、赤原猟犬(フルンディング)も迫る。

   ―――“旋風地獄-真髄-”
   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

     キィイイイン!!

「っ……今のも防ぐのね……!」

 だが、砲撃魔法は躱され、魔力弾は風の刃に切り裂かれ、矢は障壁に防がれる。
 それを遠くから見たプレシアは、思わず歯噛みする。

「(普通の魔力弾や砲撃魔法だと、あっさり躱される……)」

「(例え回避が難しくなったとしても、相殺か防御を簡単にやってくる……)」

「「(……どうするべきか……)」」

 指揮を執るクロノと、頭の回転が速いプレシアが同時にそう考える。
 ただでさえ個々の実力が足りない事態だというのに、それに拍車を掛けるように守護者の想像以上の厄介さが浮き彫りになってくるのだ。

「(防がれるならともかく、躱されるのはダメね。だったら……)」

 再び援護を受けながらなのは達五人が相手をしている内に、プレシアは考える。

「『クロノ執務官、私とフェイト、リニス……後、あの狐の子がいけるかしら?私たちで雷を放つわ。その間の“穴”を埋めておいて頂戴』」

「『雷?しかし、それでは……』」

「『魔法で発生させるとはいえ、それは普段の魔法と違って雷そのものよ。……いくら守護者とはいえ、光の速さを躱せるとは思えないわ』」

「『なるほど……了解した』」

 電気変換資質を持つフェイトとプレシア。プレシアの元使い魔だったため、その影響で雷系の魔法が扱えるリニス、そして雷を扱う久遠。
 その四人によって、自然の雷と同じ雷を人為的に発生させるのだ。

「『フェイトたちへの伝達は任せるわ。私は先に雷を放っておくから』」

「『任せてもらおう』」

「さて……」

 魔力を練り、魔法による雷雲が守護者の上に現れる。
 儀式魔法による雷。それをプレシアは放つ。

「(維持するための魔力消費が大きいけど、贅沢は言ってられないわ。何とかして守護者を防御か回避に集中させないと、すぐにでも誰かが死ぬ)」

 冷静に動いているように見えて、プレシアは焦っている。
 何人でかかっても歯が立たない。
 これほどまでの相手は、アンラ・マンユ以来なため、対処法もあまり思いつかない。
 そんな相手だからこそ、焦っていた。

「プレシア」

「リニス、頼むわよ」

「わかっています」

 リニスもクロノの念話から駆け付け、同じように雷を放つ。
 フェイトも離れた所で雷を放っていた。

     ピシャァアアン!!

「そこ!」

「はぁっ!」

 そして、雷で攻撃を受けている守護者は、プレシアの予想と反して、発生地点を予測することによって、その雷を躱していた。
 しかし、効果がない訳ではない。
 雷を避けるにあたって、動きが制限されていた。
 そこへユーノ達による拘束魔法の妨害。
 それらが合わさり、フェイトが抜けた四人でも近接戦を仕掛けられた。
 ……尤も、それで押せているかと問われれば否となるが。

「もう一発……!」

   ―――“赤原猟犬(フルンディング)

 そこへ、帝が追加で追尾する矢を放つ。
 一発目は障壁で防がれた後切り裂かれたため、次を放ったのだ。

「くぅ!」

   ―――“雷”

 さらに、久遠にも雷の戦法について情報が行き渡り、同じように雷を放つ。
 計三方向からの雷と、追尾する強力な矢。
 それに加わり砲撃魔法や魔力弾も放たれる。
 “回避”は困難な状態になる。……“回避”は。

「……凍れ」

   ―――“氷血地獄-真髄-”

 刹那、雷が氷によって遮られる。

「切り裂け」

   ―――“旋風地獄-真髄-”

 そして、魔力弾は風の刃に切り裂かれた。

「シッ!!」

   ―――“刀技・紅蓮光刃-真髄-”
   ―――“弓技・閃矢-真髄-”

 砲撃魔法はたったの二撃で切り裂かれ、矢はその攻撃のまま避けられる。
 避けられた矢は、直後に放たれた矢で撃ち落とされた。

     ギギギィイイン!!

「ッ……!」

「(対処が早すぎる!!)」

 矢を放つと同時にシグナム、ヴィータ、なのは、神夜が攻撃を仕掛ける。
 しかし、守護者は即座に反応してその攻撃を受け止める。
 そこへ再び雷が迫るが……。

   ―――“呪黒剣-真髄-”

「なっ!?」

 それは地面から生えた黒い剣が弾いた。
 むしろ、弾かれた雷がなのは達へ向かい、不利になる。

「ッッ……!避けてぇえええええ!!」

 瞬間、“ソレ”を察知できたアリシアの叫びが響く。
 しかし、その叫びも空しく、隙を晒した四人は瘴気の触手で纏めて吹き飛ばされた。

「カハッ!?」

「ぐぅぅっ!?」

「ッ、ぁ……!」

 シグナムは木々を倒しながら叩きつけられ、ヴィータも吹き飛ばされて地面を転がる。
 なのはは何とか空中で体勢を立て直し、着地して勢いを殺す。
 しかし、やはりダメージは大きく、その場に膝を付いた。

「く、そ……!このっ……!」

「………」

 唯一耐えきった神夜が切りかかる。
 しかし、四人でも抑えられなかった相手に、一人で敵うはずもない。

「これなら、どうだ!」

   ―――“赤原猟犬(フルンディング)
   ―――“赤原猟犬(フルンディング)
   ―――“赤原猟犬(フルンディング)

 そこへ、帝が矢を一気に三度放つ。
 全てが敵を追尾する強力な矢。
 もちろん、負担がない訳じゃなく……。

「ぐっ……!」

〈マスター、これ以上の宝具の投影を連発しては……!〉

「魔力はまだある!出し惜しみしてりゃ、誰かがすぐに死ぬぞ!」

   ―――“赤原猟犬(フルンディング)

 さらにもう一発、追加される。
 未熟故に効果と威力を弱めた代わりに、連発数を上げていた。
 それは守護者相手には実に効果的で、時間稼ぎなら十分な効果を持っていた。

「………」

「ッ―――!?」

 ……尤も、そんな事をすれば、目を付けられるのは当然のことだったが。

「(来るっ……!)」

 気のせいだと思えるほど、一瞬だけ目が合う。
 その瞬間、帝の背筋を悪寒が駆け巡る。

「(チャンスは一度。これを逃せば俺は死ぬ!コンマ一秒の誤差も許されない……!)」

 投影した剣と王の財宝からの武器群を一気に守護者へと放つ。
 少しでも足止めしつつ、手元に一つの刀を投影する。

「(俺の技量じゃ、接近されれば確実に斬られる。だからと言って、目をつけられた以上接近を防げない。だったら、“憑依経験”で……!)」

 投影したのは、“物干し竿”と呼ばれる五尺余りの備中青江の刀。
 正式名称は“備前長船長光(びぜんおさふねながみつ)”といい、かの佐々木小次郎が愛用していた刀である。
 そして、その刀を投影する事で、憑依経験で佐々木小次郎の技量を再現する。

「(ここだ……!)」

 武器群を切り払いながら守護者は帝に迫る。
 そして、間合いに入る瞬間。守護者の攻撃動作が始まると同時に帝も動く。

「秘剣……!」

「っ……!」

 それは、三つの斬撃が一振りの元“同時に”繰り出される剣技。
 刀を振るい続け、空を飛ぶ燕を斬るために磨かれた剣士の技。
 ……これは、その劣化版の再現。同時ではなく超速の三連撃。

「“燕返し”!!」

     ギギギィイイン!!!

 だが、例え劣化版だとしても。
 その技は確かに守護者を怯ませた。
 帝では絶対に反応しきれなかった攻撃を見事に防ぎ切り、守護者の体勢を崩した。

「これなら、どうだ!!」

   ―――“射殺す百頭(ナインライブズ)

 そして、地上から神夜が砲撃魔法の如きホーミングレーザーを九発放った。
 遠距離技なので、先ほどのように反撃される事はないと踏んだのだろう。

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”
   ―――“弓技・瞬矢-真髄-”

     ドスッ!

「……ぁ……?」

 ……そう考えてしまったため、神夜はその一撃を躱せなかった。
 守護者は九つのレーザーをできる限り躱し、躱しきれないのは障壁で逸らした。
 そして、他の面子から放たれる援護射撃を身を捻りながら躱しつつ、矢を放ったのだ。
 本来なら、如何なる攻撃も効かない前提で動く必要があったのだ。

「っ、がぁっ!?」

 そして、同時に帝も撃墜された。
 神矢と同じように放たれた矢は、咄嗟に張った“熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”で防ぐことができたが、横サイドからの瘴気の触手による一撃を防ぎきれずに叩き落されてしまったのだ。

「ッ……!『気をつけろ!!僕ら全員、()()()()()()()ぞ!!』」

 その時、クロノは大きく跳躍した後に自由落下している守護者を見て戦慄した。
 自分たちの位置が今ので把握されたためだ。
 急いで念話で警告を発したが、一瞬遅かった。

「遅い」

   ―――“弓技・矢の雨-真髄-”

 矢の雨が放たれた。
 それは“雨”と呼ぶにはあまりにも鋭く、狙い澄まされたものだった。



















「く、ぅ……!」

「っ、ぁ……!」

 矢の雨が収まった時、立っていられたのはほんの僅かだった。
 ほとんどが防ぎきれず、躱しきれずに矢が当たり、倒れ伏していた。
 幸いとも言えるのは、全員まだ致命傷を負っていなかった事だ。

「皆……!」

「そんな……!」

 立っているのは、霊術を扱えた久遠とアリシア達だけだった。
 霊術による障壁の分、他の皆よりもダメージが少なく済んだのだ。
 しかし、それでもダメージは大きかった。

「この、よくも皆を……!」

 神夜もまた、十二の試練(ゴッド・ハンド)の蘇生により立ち直っていた。
 しかし、一人だけでは敵うはずもなく、再び返り討ちにされていた。

「っ……!」

 そこで、アリシアは守護者と目が合った。
 それだけで、体の震えが止まらなくなった。
 実戦の恐怖は理解していた。生半可な相手ではないともわかっていた。
 それでも、皆を倒した相手に、恐怖に陥られずにはいられなかった。

「ぁああああああああ!!」

   ―――“弓技・螺旋”
   ―――“弓技・閃矢”

 叫びながらもアリシアは矢を放つ。
 火事場の馬鹿力なのか、それらの威力は今まで放ってきたのよりも高い。

     ギィイン!ギギィイン!

「アリシア!」

「っ、ぁ……」

 しかし、それらはあっさりと守護者の刀によって弾かれてしまう。
 そして、そのまま反撃の矢を躱しきれず……。

「く、ぅ……!」

「く、久遠……!」

 久遠の薙刀によって、辛うじて逸らすことができた。
 しかし、それで大きく体勢を崩す。
 これでは、次の攻撃を防ぐ事も躱す事も出来ない。
 アリサとすずかも、ダメージが大きくすぐに動く事は出来なかった。





「っ……。……?」

 ……だが、追撃が襲ってくる事は、なかった。
 なぜなら……。







     ギィイイン!!







「蓮、さん……?」

 各地に散らばっていた式姫達が、ここに集結したからだった。















 
 

 
後書き
Accel slash(アクセルスラッシュ)…原作のアクセルシューターの斬撃バージョン。連続で魔力を纏った刀を振るい、細かい斬撃を一気に飛ばす。ある程度の誘導制御が可能。

勇往邁進…自身の物理含む全属性の攻撃力を短時間上昇させる。通常攻撃を含む攻撃行動を行うと効果時間延長。攻撃すればするほど強さが増す非常に攻撃特化な術。非常に強力故に、数少ない真髄に至っていない術の一つ。

概念的防御力…今回の場合であれば、“投擲及び飛び道具の攻撃に絶対的な防御力を誇る”という概念の事。“こうあるべき”という概念があれば発揮する防御力である。

氷炎螺旋砲…すずかとアリサの合わせ技。霊術による炎と氷を螺旋状に絡ませながら砲撃として放つ。対消滅しないように螺旋状にしたため、非常に長距離まで届く。

赤原猟犬(フルンディング)…Fate/hollow ataraxia及びFate/EXTRAでエミヤ(または無銘)が使う宝具の一つ。簡単に言えば追尾型の強力な矢。対象を視界に入れているか、矢が破壊されない限り追い続ける。本来の持ち主、ベオウルフの宝具の方ではない。

儀式魔法による雷…名無しの儀式魔法。魔法によって雷雲を展開し、魔力をトリガーにして雷を発生させる。発生する雷は自然のものと同じなため、それを避ける事は非常に困難。しかも、ある程度雷を制御可能なため、避雷針などを避ける事もできる。

憑依経験…Fate/stay nightで士郎が使う魔術。投影した武器(剣)の担い手の技術を自分に憑依させる。

射殺す百頭(ナインライブズ)…Fateのヘラクレスが使う宝具。武器による攻撃ではなく、“技”なため、様々な武具で放つ事が可能。本編では、近接用の九つの斬撃と遠距離用の九つのホーミングレーザーの両方を使った。


後書きで解説する用語・技名は、オリ技と解説が必要だと判断したものだけです。有名どころ(熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス))などは解説不要と判断して載せていません(超絶今更)。赤原猟犬(フルンディング)の方はFGOでベオウルフが出たので一応載せていますけど。
帝が投影できるのは、王の財宝にある宝具と、エミヤが投影できるものです(一応帝本人が見た刀剣類も可能)。宝具ではない+エミヤが見たことがない刀は投影できないので、宮本武蔵とかの技量は憑依経験で再現できません(出来たらもうちょっと善戦できたかも)。 

 

第162話「避けられない無謀の戦い」

 
前書き
相変わらずの守護者連戦。
今度は式姫達です。相性の影響でなのはたちよりも善戦するかも?
ちなみに神夜は命の残りストックを6個ぐらいになるまで返り討ちにされた後、気絶しています。 

 






       =out side=





『……姉さん』

「……まださ」

 クロノが張り、ユーノが維持していた結界が崩れる。
 術者が倒れてしまったため、守護者を抑えられなくなってしまったからだ。

「……まだ、終わってない」

『ですが……!』

「確かに、あの魔導師達では大してあいつを追い詰める事は出来なかった。だけど、それは承知の上だろう。魔法による結界で隔離してから、そんなに時間は経っていない。それでも“時間を稼いだ”んだ。……別の狙いがあるのだろう」

『それは……』

 呪属性の霊術で妖の群れを抑えつつ、紫陽は葉月と会話する。
 幽世の神である紫陽にとって、ただ溢れるだけの妖など有象無象も同然。
 足止めをするだけなら、長時間戦い続けるのも可能だ。
 ……ただし、依り代である葉月の体が耐えられる間だけだが。

「結界が張られる前に一人で戦った娘、その娘を寸でのところで助けた娘。そしてもう一人、ここに守護者が来るまでに戦っていた娘。この三人は、これで終わるとは思えないね」

『………』

「それに、次が来てくれたよ。……あの子たちが」

『……あれは……』

 紫陽の視界に映るのは、守護者に斬りかかる蓮の姿だった。

「……個々の犠牲は気になるが、だからと言ってあたしが出る訳にはいかない。さすがに守護者も連戦で疲弊しているはずだ。大局を見て、確実に勝利をもぎ取らないと」

『……わかっています』

 紫陽は確かに強い。それこそ、妖の足止めの必要がなく、なのは達と協力して戦えば何度も勝利するチャンスは生まれていただろう。
 だが、同時に紫陽は大局的に弱点でもある。参戦する分、紫陽が殺される可能性も上がり、紫陽が殺されれば、妖の抑止力がなくなり、再び日本中に妖が溢れかえってしまう。
 それを理解しているが故の、苦渋の判断だった。







「……信じられんが……事実なのか」

「どうやら、そのようね」

 一方、京都に辿り着いた鞍馬達は、結界に隔離される寸前に守護者を見つけ、そしてその正体に動揺して足を止めていた。

「……予想は、できたはずよ。大門を閉じた直後から行方不明になったのなら、そのまま大門の守護者になっても、辻褄は合う」

「そうだな。門の守護者は成り代わる事が出来る。それが大門でも変わらぬのだろう」

 鈴の言葉に、悪路王が実体化して肯定する。

「作戦は変わらないわ。例え守護者がとこよだとしても、倒さなければ何も変わらない」

「……そうだな。しかし……」

 何とか鞍馬はその真実を割り切ろうと気持ちを切り替える。
 しかし、他の面子はそう上手くいかないようだ。

「嘘、嘘だにゃ……そんな事って……」

「うぅ……ご主人サマ……」

「………」

 猫又、コロボックルは比較的精神年齢が幼いため、ショックも大きかった。
 山茶花や蓮も、黙ってはいるものの動揺しているのは確かだった。

「……ですが、納得です。ご主人様であれば、私が為す術なく殺されかけるのもおかしくありません」

「……だな。とりあえず、あいつらが相手してくれている間に、気持ちを切り替えるぞ。そして、作戦通りに……いいな?」

「わかったわ」

 守護者が結界に隔離されている間に、鞍馬達は作戦通りの配置につく。







「行くぞ!作戦開始!」

 そして、その時が来た。
 クロノとユーノの気絶により結界が解けた瞬間、蓮、鈴、悪路王が斬りかかる。
 そのおかげで久遠へと放たれようとしていた攻撃を阻止する。

「「「ッ……!」」」

 三人が同時に斬りかかり、その攻撃は避けられる。
 すぐさま次の攻撃に切り替え、三人で連携して攻撃を繰り出す。
 しかし、相手は見知った顔。動揺によって剣筋が僅かにぶれる。
 それを守護者は見逃す訳もなく……。

     ギギギィイン!!

「ちぃっ……!」

「っ……!」

 刀が弾かれる。これではなのは達の時の二の舞になる。
 だが、咄嗟に組み立てた作戦と違い、こちらは想定して練った作戦。
 既に手は打ってあった。

   ―――“弓技・螺旋”

「はぁっ!!」

「そこにゃぁ!!」

「戦闘モード、開始……!」

     ギィイン!

 遠くにいるコロボックルによる矢が、守護者の追撃を阻止するように迫る。
 それを弾く所へ、山茶花と猫又の槍と天探女の斧が繰り出された。
 矢は弾かれ、槍と斧はあっさりと躱されたが、三人が体勢を立て直すには十分だった。

「はっ!!」

「ぉおっ!!」

 蓮と悪路王が再度斬りかかる。
 鈴は敢えて斬りかからずに、御札を投げつける。

「吹き荒れよ、旋風!」

   ―――“旋風地獄-三重-”
   ―――“極鎌鼬-二重-”

 放たれる風の刃の嵐。その三重。
 同時に、鞍馬も遠距離から二重に風の刃を放っていた。

「今だ!」

 同時に、鞍馬の声が響く。
 その声を聞き、守護者の近くにいた六人は距離を取る。
 そして、風の刃で動きが制限されている守護者へ……。

「天に星あり、地に祈りあり、人の心に慈愛あり、悪しきを砕く鉄槌となれ。必殺……!」

   ―――“慈愛星光(じあいせいこう)

 天から、極光が降り注いだ。

「作戦成功だ!」

「……少なくとも、回避されたようには見えなかったわ」

「安心は出来ぬがな」

 知覚外からの不意打ちを、身動きの制限をした所へ放つ。
 それらを行うための工程が、鞍馬が組み立てた作戦だった。
 そして、それは見事に決まった。
 だが、悪路王の言う通り、安心は微塵もできない。

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

「……まぁ、予想はしていたのだけどね」

「だが、効果はあったようだ。身に纏う瘴気が減っている」

 当然のように、守護者はほぼ無傷で姿を現した。
 しかし、鞍馬の言う通りに効果はあった。
 障壁を貫き、守護者の纏う瘴気を削っていたのだ。
 また、“ほぼ”無傷というだけで、ノーダメージでもなかった。

「……他の作戦は大まかにだが伝えておいたな?では、その通りに動くように。……行くぞ!!」

 鞍馬の号令と共に再び鈴と悪路王と蓮が肉薄する。
 無謀なのはとっくにわかっていた。
 だが、彼女たちにはそれでも守護者に挑む理由があった。

「……ねぇ、とこよ。私たちは、確かに貴女の帰りを待っていた。……でもね、こんな再会、望んじゃいないのよ……!」

   ―――“速鳥”
   ―――“剛力神輿”
   ―――刻剣“聖紋印”

「(対峙してわかる。私たちでは絶対にとこよを倒しきる事は出来ない。でも、それでも“勝たないと”……!!)」

     ギギギギィイン!!

 最初から全身全霊で、鈴は挑みかかる。
 身体強化を施し、手数で食らいつくために二刀を以て斬りかかった。

「ぉおおっ!!」

「はぁあっ!!」

 悪路王、蓮もまた、全力だった。
 普段の寡黙な態度などなかったかのように、悪路王は表情を変えて斬りかかる。
 蓮もまた、以前のようにあっさり負けないように警戒しつつも、一撃一撃を全力で放つように攻撃を繰り出す。

     ギギィイン!

「「ッッ……!」」

「シッ……!」

   ―――“刀奥義・一閃”

 ほんの僅かな間、蓮が間合いを離す。
 鈴と悪路王のみで守護者の刀を請け負い、直後に蓮が一閃を放つ。

     ギィイイイン!!

「はぁっ!!」

「にゃぁあっ!!」

   ―――“槍技・千裂槍”
   ―――“槍技・一気通貫”

 その一閃が防がれた瞬間に山茶花と猫又の攻撃が繰り出される。
 しかし、それらも躱されてしまう。

「ちっ……!」
「碌に当たらないわね……!」

   ―――“火焔旋風”
   ―――“神槍”

「動きを制限しないとネ……!」

   ―――“弓技・旋風の矢”

 舌打ちしつつも鞍馬が炎と風の混じった霊術を。
 織姫が聖属性の槍を展開し、コロボックルが旋風を纏った矢を射る。

「甘いよ」

   ―――“火焔旋風-真髄-”
   ―――“氷血旋風-真髄-”

 だが、それらは二つの霊術であっさりと打ち払われてしまう。
 それだけでなく、近接戦を仕掛けていた蓮と悪路王も間合いを開ける事になる。

「これなら、どうよ!!」

「本気で行きます」

   ―――“弓奥義・朱雀落”
   ―――“斧技・瞬歩”
   ―――“斧技・鬼神”
   ―――“斧技・夜叉四連”

 旋風によって巻き起こった暴風を突っ切るように、鈴の矢が放たれる。
 同時に、天探女が全力を以て間合いを詰め、斧を振るう。

「ふっ……!」

   ―――“剛力神輿-真髄-”
   ―――“斧技・夜叉四連-真髄-”

     ギィイン!ギギギギィイン!!

 だが、それすらも守護者には通じない。
 矢は霊力を纏わせた刀によって逸らされ、斧の四撃は同じ技で返された。

「ッ、ッ……!」

「はぁっ!」

「にゃぁっ!!」

 相殺どころか弾き飛ばされた天探女と入れ替わるように、山茶花と猫又が間合いを詰めて槍を振るう。

「そこよ!!」

   ―――“慈愛星光”

 それらを躱した所へ、再び空から慈愛の極光が降り注ぐ。
 だが……。

「……瘴気か」

「厄介ね……!」

   ―――“弓奥義・朱雀落”
   ―――“弓技・閃矢”

 その極光はドーム状に展開された瘴気によって阻まれる。
 同時に障壁も張っているようで、先ほどと違って一切通じなかった。
 そこへ、鈴とコロボックルによる矢が放たれる。

「っ、避けろ!!」

「ッ……!」

 矢が瘴気を貫こうとした瞬間、僅かな閃きが瘴気の中から見えたのを、鞍馬は見逃さなかった。……が、咄嗟の警告には僅かばかり遅く……。

「っ、ぁああっ!?」

「ぐっ……!」

     ギィイン!!

 反撃に放たれた矢が、鈴とコロボックル目掛けて迫る。
 鈴の方は、辛うじて反応して刀で逸らす事が出来たが、コロボックルの方は、反応しきれずに肩を貫かれてしまった。

「織姫!」

「わかったわ!」

 このままでは矢が引けない。
 そう考えた鞍馬は織姫に治療してもらうように指示を出す。

「はぁっ!!」

「おおっ!!」

 その際の時間を稼ぐように、蓮と悪路王が斬りかかる。
 鈴も僅かばかり遅れて二刀で斬りかかった。

「これなら……どうだ!!」

   ―――“秘術(ひじゅつ)氷華(ひょうか)

 斬りかかった三人を巻き込まないように、鞍馬による全力の霊術が繰り出される。
 華が咲くように凍り付き……。

「躱すことも承知だ!!」

   ―――“極鎌鼬”

「はぁああっ!!」

「にゃぁあああ!!」

   ―――“槍技・一気通貫”
   ―――“槍技・一気通貫”

 それを躱した所へ、風の刃が。
 そして、二人による槍の一突きが迫る。

「………」

     ギギィイン!

 しかし、槍は穂先を僅かに逸らすだけで躱され。

     パァアアン!!

「なっ……!?」

 風の刃は、霊力の放出によって術式ごと打ち払われた。

「それ以上は……!」

「させん……!」

 追撃を放とうとしたのか、風が吹き荒れようとした所へ、鈴と悪路王が肉薄する。
 相当な霊力が込められた刀によって、守護者に防御をさせる。

「はぁっ!!」

   ―――“刀奥義・一閃”

「砕きます」

   ―――“斧奥義・天蓋砕(てんがいくだき)

 正面から刀の一閃。背後から斧の振り下ろしが迫る。
 ……が、それを守護者は容易に躱す。

「逃がさない!」

「にゃ!!」

   ―――“槍技・火焔裂傷”
   ―――“槍技・氷血裂傷”

 そこへ逃がさないように山茶花と猫又が攻撃を仕掛ける。

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

     ギィイイン!

「打ち砕け」

   ―――“斧奥義・天蓋砕-真髄-”

     ドンッ!!!

 だが、その二撃は障壁によって防がれてしまう。
 さらに、その際の衝撃を利用して守護者は飛び上がり、霊術の陣を足場にする。
 逆さに着地した状態から、守護者は地面に突撃するように斧を振るった。
 咄嗟に全員が避けたため当たる事はなかったが、その一撃で大きなクレーターが出来上がり、何人かは体勢を崩してしまう。

「まずっ……!」

 そして、それで出来る隙を守護者が見逃すはずもなく。
 ターゲットにされたのは、山茶花だった。

   ―――“慈愛星光”

「っ……!」

 そのまま斧が振るわれようとした瞬間、空から極光が降り注ぐ。
 そのおかげで山茶花は斬られる事なく、守護者は飛びのくこととなった。

   ―――“弓技・瞬矢”

     ギィイイン!!

「……させないわよ」

「殺させないネ……!」

 飛びのいた所へ速度重視の矢が迫る。
 それはあっさり弾かれるが、これで全員の体勢が立て直された。
 放ったのは、離れた所にいる織姫とコロボックル。
 霊術で治療されたとは言えまだ痛む肩を抑えながらも、矢を放っていた。

「今すぐそこから離れろ!!」

 直後、鞍馬の警告が響き渡る。
 何事かと思う前に、守護者の近くにいた全員がその場から飛び退いた。

   ―――“極鎌鼬-真髄-”

 その瞬間、鞍馬から鋭い風の刃が吹き荒れた。
 だが、鞍馬の警告に鈴たちが飛び退いたのはこの霊術の気配を感じた訳ではない。
 ……寸前までいた足場から霊力を感じ取ったからだ。

「……爆ぜて」

   ―――“霊爆”

 守護者がそう呟くと同時に、地面に込められていた霊力が爆発し、術式が起動した。
 その爆発に巻き込まれる事はなかったものの、爆風による衝撃波に蓮と猫又が木々に叩きつけられるように吹き飛ばされた。

「ぐっ……!」

「にゃ、にゃぁ……」

 叩きつけられた事で、二人は明確な隙を晒してしまう。
 咄嗟に鈴がフォローに回ろうにも、近くにいた猫又はともかく蓮は難しかった。
 そして、それがわかっているかのように守護者はそちらへ向かい……。

「シッ……!」

   ―――“槍技・一気通貫-真髄-”

 槍による鋭い一突きが放たれた。

「ッ……!」

   ―――“刀極意・先々の先”
   ―――“刀奥義・一閃”

     ッギィイイイン!!

 ……辛うじて、その一撃を見切り、一閃で逸らす事で蓮は一命を取り留めた。
 一度戦った経験があったからこその防御だった。

「はぁっ!!」

 すかさず山茶花が助けに入る。
 だが、振るわれた槍はあっさりと受け流されてしまう。

「合わせろ!」

「っ……!」

   ―――“神撃”
   ―――“神撃”

 山茶花は受け流される事も織り込み済みで掌に霊術を用意していた。
 蓮もそれに合わせるように霊術を放つ。

「ッ……!」

 咄嗟に放つ程度の霊術では、守護者には通じない。
 そのため、守護者は霊術ごと二人を切り裂こうとするが、即座にそれらを避ける。

   ―――“弓技・閃矢”
   ―――“弓技・閃矢”

「……避けられたネ」

「わかっていた事だけどね」

 守護者が跳んで避けた所を、矢が通り過ぎる。
 切り払う防御だと、矢が防げないため守護者は回避を選んだのだ。

「ぉおっ!!」

「っ……!」

   ―――“刀閃(とうせん)月華(げっか)
   ―――“斧技・夜叉四連”

 そこへ悪路王と天探女による挟撃が迫る。
 跳んで宙にいるため、回避は容易ではない。

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

     ギィイイイン!!

 だから、守護者は障壁でそれを防いだ。

「予想済みだ」

   ―――“刀奥義・一閃”

     キィイン!!

 しかし、悪路王はそれを読んでおり、もう一閃攻撃を繰り出し、障壁を切り裂く。

「そこだぁっ!!」

   ―――“風車-真髄-”

 鞍馬はそれを見逃さず、圧縮した風の刃を高速で放つ。

「ッ……!」

     パァアアン!!

 障壁が僅かに切り裂かれた所から霊術が来るとは思っていなかったのか、守護者のその行動には明らかな動揺が見られた。
 そして、霊力の放出だけでは圧縮された風の刃を相殺しきれず……。

「っぁ……!」

 守護者は、吹き飛ばされた。
 刃の形を保てないほどには勢いを殺されたため、切り裂く事は出来なかったものの、確実に守護者にダメージを与える事に成功したのだ。

「今だぁっ!!」

 鞍馬の間髪入れない合図に、全員がすぐさま動き出す。

   ―――“弓技・瞬矢”
   ―――“慈愛閃光(じあいせんこう)

「猫又!」

「わかってるにゃ!」

   ―――“槍技・旋風裂傷”
   ―――“槍技・旋風裂傷”

 コロボックルの矢と織姫の放ったビームが迫る。
 同時に山茶花と猫又も風を纏った槍を振るう。

「………」

 鈴と蓮、天探女は念のために攻撃に参加せずに待機していた。
 刀と斧なため、山茶花と猫又の攻撃に巻き込まれかねないためだ。
 悪路王も攻撃の直後なため、体勢を立て直すために間合いを取っていた。

「(……とこよが……いえ、大門の守護者がこれで終わるとは思えない)」

 とこよじゃなく、大門の守護者だからこそ感じ取る嫌な予感。
 その予感を感じる鈴は、いつでもフォローに回れるように準備していた。

「………」



   ―――“禍式・護法瘴壁(ごほうしょうへき)



 ……果たして、それは防がれた。
 今まであまり使ってこなかった瘴気を用いた、球状の障壁によって。

「ッ……!?(まずい……!)」

 その瘴気を見て、鈴は本能が警鐘を鳴らした。
 “あれの攻撃をまともに受けてはならない”と。

「蓮!!」

「ッ、はい!!」

 すかさず、待機していた蓮と共に守護者に肉薄する。
 ぬるりと包み込むように攻撃を防いだためか、山茶花と猫又は槍を絡め取られ、すぐには距離が取れない状況になっている。
 その二人をフォローするためにも、行動を起こす。

「はぁあああ!!」

   ―――刻剣“聖紋印”
   ―――“刀技・紅蓮光刃”

「はぁっ!!」

   ―――“刀奥義・一閃”

 瘴気に対抗できるであろう聖属性を二刀に宿し、二撃を繰り出す。
 蓮も霊力を刀に纏わせ、強力な一閃を放った。

「っ、助かっ……」

「すぐに距離を取りなさい!」

「遅いよ」

   ―――“弓技・矢の雨-真髄-”

 二人の攻撃は瘴気を切り裂き、山茶花と猫又はすぐに距離を取る。
 ……だが、それは遅かった。既に守護者は次の手を打っていた。

「っ、ぁあああああ!!」

     ギギギギギギィイン!!

 降り注ぐ矢の雨を、鈴は必死に刀で弾く。
 悪路王、蓮、山茶花、猫又も同じように手に持つ武器で出来る限り矢を弾く。
 鞍馬、コロボックル、織姫の三人は、逃げ惑うように避けようとした。
 天探女は、そんな三人を庇うように動いていた。

「(いけない!各個撃破されてしまう!)」

 矢を凌ぎつつ、鈴はそう考える。
 そして、その考えの通り、守護者は動く。

「ッ……!」

     ギギギィイン!!

「がはっ!?」

 まずは鈴だった。
 肉薄した守護者は鈴の刀をあっさりと弾き、同時に瘴気の触手を叩きつけた。
 吹き飛ばされた鈴を一瞥すらせずに、すぐさま次へ向かう。

「くっ……!」

「はぁあああっ!!」

 次に向かったのは蓮。しかし、悪路王が妨害しようと攻撃を仕掛ける。
 だが、元より六人がかりでも援護がなければやりあえない相手。
 時間稼ぎ程度にしかならない。

「ぐぅ……!」

「しまっ……!?」

   ―――“闇撃-真髄-”
   ―――“刀技・金剛の構え”

「っぁ……!?」

 蹴りで悪路王が弾き飛ばされ、同時に霊術が蓮に叩き込まれた。
 辛うじて刀を使って威力を減らしたが、それでも大きく吹き飛ばされる。

「ッッ……ォオッ!!」

「無駄だよ。悪路王」

     ギィン!ドスッ!

「ご、ぁ……!?」

 蹴りの勢いを殺し、再び斬りかかる悪路王。
 だが、咄嗟に放った攻撃ではあっさり弾かれ、そのまま刀が胴へと突き刺さる。

「……今だ……!!」

「はぁあああっ!!」

「にゃぁあああ!!」

   ―――“槍奥義・玄武貫(げんぶぬき)
   ―――“槍奥義・玄武貫”

 ……その上で、悪路王は合図を送る。
 直後、山茶花と猫又が同時に槍の奥義を放つ。

「逃がさんぞ……!」

「っ……抜けない……!」

 悪路王は胴に刺さった刀とそれを握る手を掴み、守護者を逃さないようにする。

「くっ……!」

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

     ギィイイイン!!

 抜けない事に僅かながら反応が遅れ、守護者は咄嗟に障壁で防御する。
 だが、仮にも槍の奥義の二重。いくら強力な障壁と言えど、耐えられるはずもない。

「はっ!」

「ぐぅっ……!」

 ……それでもなお、守護者には通じなかった。
 刀が抜けず、このままでは逃れられないとわかるや否や、掌底を悪路王に当てる。
 その衝撃で悪路王は吹き飛ばされ、反動を利用して守護者は上に跳んだ。
 その際、悪路王に突き刺した刀はそのままだが、結果的に守護者は無傷だった。

「ぬ、ぅ……!」

 悪路王は刀を抜くものの、ダメージが大きくその場に膝をつく。
 それでもただでは終わらず、その刀を霊術で封印する事で使用不可にした。

「まずい……!」

 一方で、跳びあがった守護者は天探女達がいる場所を見つける。
 それを見て山茶花が焦る。

「猫又!」

「にゃ、ぁっ!」

 すぐさま猫又の槍を足場に跳躍。
 攻撃を阻止させようと槍を繰り出す。

「はぁっ!!」

   ―――“槍技・一気通貫”
   ―――“神撃”
 
     ドンッ!

「がはっ……!?」

 だが、その一撃と、保険のために繰り出した霊術も無駄だった。
 槍は逸らされ、霊術は霊力を纏わせた手に弾かれる。
 逆に反撃に蹴りを食らって山茶花は地面に叩きつけられた。

「にゃ!?」

     ギィイン!!

 そして、そのまま矢が放たれる。狙う先は猫又。
 咄嗟に反応する猫又だが、致命傷を避けただけで矢は肩に刺さってしまう。
 しかも、その矢には瘴気が込められており、瘴気が体を蝕む事で猫又は戦闘不能に陥った。

「……これで、終わり」

   ―――“弓技・閃矢-真髄-”

 守護者はそのまま地面に着地し、天探女のいる方へ矢を放った。

「くっ……!鞍馬!」

「わかっている!!」

   ―――“扇技・護法障壁”
   ―――“慈愛障壁”

     ギィイイイン!!

 既に、鞍馬達を庇った事により、天探女は戦闘不能に陥っていた。
 そのため、今度は織姫と鞍馬が天探女とコロボックルを庇うために障壁を張る。

「くぅぅうう……!」

「っ……!」

 二重の霊術により、矢を何とか防ぎきる。
 ……だが。

   ―――“弓技・瞬矢-真髄-”

「(二撃目……!早すぎる!!)」

 既に、守護者は追撃を放っていた。
 ただでさえギリギリだったというのに、その追撃が防げるはずもなく。

   ―――“瓢纏槍(ひょうてんそう)

     ギギギィイン!!

「なっ……!?」

「下がりな!!」

 ……当たる寸前で、風の槍に矢が相殺された。

「お前は……」

「話は後だ!ちっ……あたしまで出る事なるなんて……っ!?」

   ―――“三雷”

 霊術を放った紫陽が、鞍馬達を下げつつ術式を練ろうとした時、守護者に向けて三つの雷が放たれる。

「そうだ、あいつら……!」

 放ったのは、久遠だ。
 式姫達が回復している間に、アリシア、アリサ、すずか、久遠の四人は他の面子の治療と避難を行っていた。
 そしてそれが終わり、久遠が攻撃を放ったのだ。

「くぅ……!」

「……」

   ―――“弓技・閃矢-真髄-”

 もちろん、久遠の攻撃だけでは守護者には通用しない。
 障壁に防がれ、反撃の矢が繰り出された。

「ッ……!」

 だが、一つ気にするべき事がある。
 アリシア達四人だけで、気絶している全員を避難させるには、人手が少なすぎる。
 それこそ、遠距離から転移魔法などが使えない限り。

     ギィイイイイイン!!

「……やっぱり、あたしの期待通りだったね……!」

 その瞬間、矢が展開された障壁に阻まれる。
 それを見て、紫陽は笑みを浮かべながらそう呟いた。







「………まだ……終わってない……!!」

 防いだ張本人……司は、ジュエルシードを回りに漂わせながら、そう言った。





























       =優輝side=









「ッ……」

 ……ようやく、気絶から目が覚める。
 どれほど気絶していたのか、実際にはわからない。
 だけど、わからないほどに長く気絶していたのは理解できた。

「くっ……」

 体を起こし、周囲と自分の状況を確認する。
 ……体は大丈夫だ。守護者からの攻撃のダメージが残っているものの、支障はない。
 むしろ、無事だった事に驚きだった。

「………遅いお目覚めね」

「……椿?」

 次に周囲の状況を認識する前に、先に椿に話しかけられた。

「ッ……!」

「……本当に、遅いわ」

 ……そして、椿と葵を見て、僕は絶句した。



















 
 

 
後書き
慈愛星光…詠唱付きで放つ慈愛パワーの奥義()。四コマにあるJ・S・L(慈愛・サテライト・レーザー)の事であり、ネタっぽいがその威力は現時点でなのはのチャージしたハイペリオンスマッシャーをも凌ぐ。なお、四コマでの技名はさすがにネタ要素が強すぎたので没。ちなみに、実は放った際に、他の面子(特に山茶花)は“慈愛ってなんだろう”と思ったらしい。

槍技・千裂槍…突・斬属性の二回攻撃。突き刺し、切り裂くように槍を振るう。

秘術・氷華…水属性の単体攻撃。秘術とだけあって、威力は相当高い。華が咲くように、敵を凍らせる霊術。

斧奥義・天蓋砕…筋力による防御無視ダメージの大きい打属性攻撃。奥義故にクレーターも作れる威力を誇る。

槍技・火焔(氷血、旋風)裂傷…火(水、風)と突属性の二回攻撃。それぞれ炎と氷、風を纏って切り裂くように槍を振るって繰り出す。

霊爆…地雷にも使える霊力の爆発。シンプルに見えるが術式は割と複雑であり、そして何よりも威力と範囲が高く、広い。

刀閃・月華…斬属性の単体攻撃。月に照らされる華をイメージした斬撃を放つ。かくりよの門では毒が付与されるが、本編では妖としての瘴気により浸食という扱いにしている。

慈愛閃光…精神力による防御無視ダメージが大きい聖属性攻撃。本来の名前は慈愛ビームだが、ネタ要素が強いので(ry。

禍式・護法瘴壁…“扇技・護法障壁”を瘴気を用いて展開したもの。効果は護法障壁よりも高く、球状に展開して全方向からの攻撃に対応できる。

槍奥義・玄武貫…知力による防御無視ダメージの大きい突属性攻撃。名前から察せる通り、防御の上から敵を貫く一撃を放つ。

慈愛障壁…式姫四コマの“慈愛バリア”より。効果は護法障壁とあまり変わらない。……が、織姫の場合はこちらの方が強度が高い。元ネタと名前が違うのはやはりネタ要素が(ry

瓢纏槍…ひねもす式姫にて紫陽が持つスキル。風の槍を三つ放つ。


コロボックルは公式の性格と比べてそれなりに大人びています。ずっと生きてきましたからさすがに経験が積まれて子供っぽさは減った感じです(どうでもいい設定)。

魔導師勢+α→無傷で完封負け。
式姫勢+α→一矢(風車による吹き飛ばし)報いた後、敗北。
……うーん、この守護者無双状態。
さすがに連戦で守護者も衰えてきているというのに、障壁や二刀流による防御性能が高すぎて碌に攻撃が通りません。まだアラハバキや龍神勢の方が質量で守護者に攻撃が通っているレベルです。……加えて、回避性能も高すぎるという。 

 

第163話「まだまだ足掻ける」

 
前書き
主人公ばかり強さが目立っていましたが、素質自体は主人公以上がゴロゴロいます。
特になのはは才能の塊です。さすが原作主人公。
 

 





       =out side=







「(……勝てない……)」

「(このままだと、皆が……)」

 時は少し遡り、フェイトの手によって司と奏が離脱させられている頃。
 薄れた意識の中、司と奏はぼんやりと現状を理解していた。

「司ちゃん!奏ちゃん!」

「後はお願いします」

 二人は後方待機していた那美に預けられ、フェイトは皆の元へと戻った。
 そして、結界が張られて戦闘が始まる。

「二人とも、しっかりして!」

 那美が二人に霊術を掛け、治療する。
 焼石に水のような効果だったが、それでもないよりはマシだった。

「……ぁ……那美、さん……?」

「無理に喋らないで!ただの傷だけじゃなくて、瘴気もあるんだから!」

 司が守護者に与えられたダメージは深刻だ。
 それに加え、瘴気も完全に祓えていない。
 奏は無茶が祟った分のダメージがほとんどだが、それでも守護者と戦ったため、瘴気の影響がない訳ではない。

「……皆は?」

「皆、あの結界に……。アリシアちゃん達と久遠も……」

「ダメ……守護者と戦ったら、死んじゃう……!」

 体を何とか起こし、近くの壁に背を凭れさせながら、奏が那美に聞く。
 そして、那美の返答に司が慌てたように言う。

「でも、司ちゃんと奏ちゃんが行く訳にもいかないでしょ!?」

「っ……」

 那美の言う通りだった。
 既に二人は一度戦闘不能に追い込まれている。
 何より、あまりの強さに心が折れかけていた。
 奏はともかく、天巫女である司には致命的な事だ。

「……だからと言って、このままだと全滅するよ……」

「ぅ……」

 司にそれを指摘され、那美も言葉を詰まらせる。
 一言で言えば、現状はほぼ詰んでいた。

「(……戦わないといけない。でも、恐怖で体が上手く動かない)」

 あまりに圧倒的な強さ。そして、虚ろな気配。
 そのせいで、司は守護者に対し恐怖を抱いていた。

「(……優輝君なら)」

 そして、だからこそ。

「(……優輝君なら、この状況でどうするんだろう?)」

 最も信頼している親友を頭に思い浮かべた。
 それが、司にとってトリガーとなるとも知らずに。

「(優輝君、なら―――)」

 





   ―――「任せた」







「ッ――――――!」

 そこで、ふと。
 決戦前の優輝の言葉を司は思い出した。

「(……優輝君は、私に“任せた”と言った。あの龍の対処だけじゃない。“もしもの時”を見越して……!)」

 その瞬間、司の思考が切り替わる。
 それは、戦いに赴く際の些細な一言に過ぎなかった。
 だが、今の状況ではそれでも司の心情を変えるのには十分だった。

「(なのに、ここで諦めるなんて……出来る訳がない!)」

 そして、司の心情に応えるように、次々とジュエルシードが司の近くに転移してくる。

「わ、わ、何!?」

「……まだ、終われない!」

     カッ―――!

 全てのジュエルシードが終結し、光を放つ。
 那美がその光に驚き、すぐにその光は収まった。

「……まだ、私は戦える!」

 光が収まった時、司の傷は完治していないとは言えほとんど治っていた。
 さらに、体にあった瘴気も完全になくなっていた。

「ッ……私も……!」

「か、奏ちゃん!?」

 そんな司につられるように、奏も再び立ち上がる。
 無茶した反動でまだ上手く動けないものの、だいぶ回復しているのが見て取れた。

「……ぇ、あ、嘘……?」

 驚きの連続だった那美だが、視界に結界が解けたのが見えて絶句する。
 クロノ達が敗北したのだ。

「ジュエルシード、回復を」

〈“Curatif(キュラティフ)”〉

 だが、司はそれに構わずに回復魔法を使う。
 魔法陣が展開され、その上にいる司と奏のダメージがみるみる癒えていく。

「(まずは安全第一。治療と同時に皆の位置を探る……!)」

 薄く広く、司の魔力が広げられる。
 それは、魔力を持つ存在を見極めるための魔法。
 あっさりとアリシア達以外を感知する。
 そのアリシア達も、視界に映っていたために位置特定はできていた。

(いざな)え、我が元に!」

〈“Métastase(メタスタス)”〉

 直後、転移魔法を発動させ、アリシア達を含めた皆を傍に転移させる。

「えっ、つ、司!?」

 驚くアリシアを余所に、司は続けて現状を把握する。

「(今は蓮さんを含めた生き残っていた式姫と……陰陽師らしき人と協力している妖かな?上手く連携でやりあっているけど……多分、すぐに瓦解する)」

 一人で直接した司だからこそわかる、守護者との戦闘の展開。
 そのため、すぐに司は行動を起こす。

「(戦闘が出来そうなのは……くっ……!)」

 回復した上で戦闘が可能なのは、司を含めて僅か八人。
 司、奏、アリシア、アリサ、すずか、久遠、なのは、帝の八人だ。
 内、アリシア達三人は戦闘経験不足で油断しなくてもあっさり殺されるかもしれない。

「(……なら、底上げすればいい!!)」

〈“Amélioration(アメリュァション)”〉

 強化魔法が全員にかけられ、身体能力が向上する。

「司……まさか……」

「……優輝君なら、きっとどんなにボロボロになっても立ち向かう。……ここで諦める訳にはいかないよ」

 司のその言葉を聞いて、アリシア達は、そして気絶から回復した帝も心を打たれる。
 そう。諦める訳にはいかない。

「行ける人は構えて。戦えないのなら、皆を守って。……私たち以外に、この場に戦える人はいないよ」

「……そこまで言われたら、行くっきゃねぇだろ……!」

 気絶から回復した帝は覚悟を決めて愛機のエアを構える。
 それに続くように、戦える者全員が覚悟を決めた。

「那美さん、皆の事は頼みます」

「ま、待っ……!」

〈“Métastase(メタスタス)”〉

 那美の制止を聞かずに、司達は転移した。
 そして、転移先で、すぐに鞍馬達を助けるために動くこととなる。









「一、二の、三!!」

「はぁあああっ!!!」

 それは、言葉にすらせずに、ただ感覚で組み立てただけの作戦。
 だが、それでもその合図で各々の役割を理解して動いた。
 まずは帝の無限の剣製と王の財宝による牽制を行う。

「はぁっ!」

「ッ……!」

「そこっ……!」

 直後、司、奏、なのはが近接戦を仕掛ける。
 その間に、アリシア達と久遠は式姫達を下がらせる。

     ギギギィイン!!

「っ……!」

「重奏開始……!ガードスキル……!」

〈“Delay(ディレイ)-Solo(ソロ)-”〉

「シュート!」

 あっさりと三人は弾かれるも、反撃を阻止するためにすぐに動きを変える。
 奏が加速魔法を使い、即座に体勢を立て直して切りかかる。
 司はジュエルシードから魔力弾を放ち援護しつつ、シュラインの槍としてのリーチを生かしながら中距離で攻撃を仕掛ける。
 なのはは、二人ほど連携を取れないと理解した上で、魔力弾で牽制しながらも合間合間に御神流を生かした攻撃を仕掛けている。

「ふっ……!」

「ッ……!」

     ギィイン!

 だが、そんな連携も守護者には通用しない。
 司もジュエルシードのリソースを全員の強化に割いているため、一度目の戦闘のようにはいかず、霊術と刀によって三人は吹き飛ばされる。
 幸いなのは、一刀を悪路王が封印しているため、二刀流による反撃の一撃を食らわなかったという所だろう。

「(来るっ!!)」

 既に守護者は司が全員の身体能力を底上げしている原因と気づいている。
 そのため、司を真っ先に狙う。
 司もそれを理解しており、すぐさま構えて迎え撃とうとして……。

   ―――“弓奥義・朱雀落-真髄-”

「ッ―――!?」

   ―――“刀奥義・一閃-真髄-”

     ギィイイイイイイン!!

 遠方から飛んできたその矢によって守護者が弾かれたため、無駄に終わる。
 守護者はその矢を一閃で弾くものの、その威力に大きく後退した。

「誰……!?」

 アリシアではあの威力は出せない。
 だからこそ何者なのかと、司は思わず矢が飛んできた方向を見る。
 本来なら隙だらけになる行為だが、今回ばかりは大丈夫だった。
 ……守護者も同じ方向を見て……そして固まっていたからだ。

「……誰……?」

 その人物を、司や奏、なのはは見覚えがない。
 見覚えがあるとすれば、この場にはいない優輝や椿、葵。
 また、一度事情説明の交渉で会った事があるリンディ達ぐらいだろう。

「……澄、姫……?」

 ……そして、守護者もまた、その人物に見覚えがあったようだ。
 まるで、もう会う事はないはずの相手に会ったかのように、守護者は動揺していた。

「……当時から予測はしていたけど、本当にとこよだったのね。……でも」

   ―――“弓技・閃矢”

「だからこそ、貴女を討つわ」

『あれが……大門の守護者……』

「貴女は大人しくしていなさい」

 矢を放った人物……土御門澄紀に乗り移っている澄姫はそう呟きながら矢を放つ。

「ッ……!」

     ギギギィイン!!

 守護者はその矢を弾くものの、動揺からか動きが鈍かった。

「っ、今だよ!!」

「ッ……!」

   ―――“Delay(ディレイ)-Duet(デュエット)-”

 そして、その隙を司達は逃さない。
 矢を弾ききった所へ魔力弾を牽制で放ち、奏が後ろに回り込みつつ刃を振るう。

「シッ……!!」

   ―――御神流奥義之壱“虎切(こせつ)

 さらに、兄の恭也から教え込まれた御神流の奥義の一つを、なのはが放つ。

「くっ……!」

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

     ギィイイイン!!

 どちらも高速な攻撃で不意打ち。
 さすがの守護者も障壁を張る事でしか防御が出来なかった。

「アタックスキル……!」

〈“Fortissimo(フォルティッシモ)”〉

「撃ち抜いて!」

〈“Divine Bsuter(ディバインバスター)”〉

 だが、二人はその上から砲撃魔法を放つ。

   ―――“Métastase(メタスタス)

「光よ、闇を祓え!!」

   ―――“Sacré clarte(サクレ・クラルテ)
   ―――“Delay(ディレイ)-Trio(トリオ)

「ッ―――!」

 そして、守護者の意識が二人に向いている間に、司が背後に転移。
 真上からの魔力弾による牽制と同時に、用意していた砲撃魔法を放った。
 同時に、奏は加速魔法でなのはを連れて離脱。巻き添えから脱した。

「(障壁をも破る一撃。これなら……!)」

 動揺した隙を突いた上で、さらに不意を突いた。
 だが、その一撃は……。

「なっ……!?」

 瘴気と霊力を使って砲撃魔法の側面を滑るように躱していた。

   ―――“弓奥義・朱雀落-真髄-”

「……あの子にも驚きだけど、それを凌いだとこよにも驚きね。確かに、あの攻撃は防ぎようがないほど強力だった。でも、あれなら凌いだ上に反撃が出来る。……私がいなければ、ね」

「ッ……!」

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

     ギィイイイイイイン!!

 距離を詰めながらも戦況をよく見ていた澄姫は避けた所へ矢を放った。
 それを守護者は障壁で防ぐも、一気に後ろへと後退させられる。

「は、ぁっ!!」

   ―――“槍技・一気通貫”

 そこへ、司が槍に魔力を纏わせ肉薄しつつ一気に突く。
 爆発的な加速と威力で、躱されることはないだろうと思える。
 例え、躱されたとしてもその際のフォローは任せてあった。

     ギィイイイン!!

「そこだ!!」

   ―――“偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)

 逸らされた瞬間を、帝が投影した矢で射貫く。
 同時にその矢が爆発する。

「ふっ!」

 さらに司が真上に転移するのと同時に砲撃魔法を真下に放つ。
 矢による爆風を吹き飛ばし、守護者の居場所を晒す。

「はぁっ!」

「ッ……!」

     ギィイイイン!!

 間髪入れずに奏となのはが追いつき、刃を振るう。
 防がれるものの、司も援護に入り、何とか拮抗する。
 帝と澄姫による遠距離攻撃に、奏となのはの近接戦。
 さらに司による身体強化や援護で、ギリギリ戦況を保っていた。
 これだけでは危ない場面が多々あるが……。

「撃ち抜いて……!」

   ―――“五雷(ごらい)

 大人モードになった久遠により、それも軽減された。







「………倒しきれんな」

「……っ……」

 そんな戦闘の様子を遠くから見ていた鞍馬は、そう呟く。
 その言葉を聞いたアリシアは、言葉を詰まらせたように困惑する。

「(私が行っても、足手纏い……どうしたら……!)」

 いくら司が身体強化してくれたとはいえ、アリシアは経験不足の自覚がある。
 遥か格上を相手するには、その経験不足はあまりにも致命的すぎる。
 それはアリサとすずかにも言えた事で、自覚しているからこそ、参戦していなかった。

「……一つ、手は残っているぞ……」

「悪路王!その傷であまり動かない方が……!」

「そこの小娘ども」

「わ、私!?」

「あ、あたしたちも!?」

 那美の治療を受けている悪路王が、アリシア達を呼ぶ。

「少々手伝ってもらうぞ。……それと、起きているだろう」

「……ええ。回復に専念しているけどね」

 そう言って、気絶から回復していた鈴も呼ぶ。
 同じように、蓮も回復する。

「……八将覚醒と憑依だ」

「ッ……!そうか……!今の状況なら可能か……!」

「八将覚醒……?憑依……?」

 鞍馬は納得するが、アリシアは知らない言葉に首を傾げる。

「今は知る必要はない。ただ術式の制御に専念しろ。術式の構築なら吾に任せておけ。ただし、八将覚醒は任せる」

「私なら覚えている。だが、出来るのは二人が限度だ。憑依の事も考えるとな」

 悪路王、鞍馬がそう言い、意味を理解している鈴と蓮、織姫は頷く。
 アリシアはよくわからなかったが、言われた事は実行しようと同じように頷いた。

「やけに協力的になったじゃない」

「あれほどとは吾も予想外だったからな。形振りは構ってられん」

「なるほどね」

 鈴が軽口を言い、すぐに準備に取り掛かった。
 構築されていく術式は、アリシア達の知らないもので複雑なものだった。

「これの、制御を……」

「式姫によっては一人で行う事も可能だがな。今回は安定性を取る。頼むぞ」

「りょ、了解……!」

 失敗してはならないと思い、鞍馬の言う通りに制御を開始する。

「憑依するのは私とコロちゃん、天探女、猫又、山茶花の五人だ。憑依されるのは蓮、織姫、鈴の三人だな。異論はないか?」

「私はないわ」

「こっちもない」

 鈴、山茶花がそれぞれの側を代表するように言い、準備は進む。

「だが、式姫に憑依できるのは一人が限度だ。……そこの陰陽師は二人行けるが、それでも一人が余るぞ?」

 悪路王の言葉に、鞍馬がハッと気づく。

「ならば……」

『あそこにいる、土御門の末裔がいいんじゃないか?』

「ッ……幽世の神か」

『ご明察。さすがは悪路王。……で、どうだい?』

 それならば鞍馬が残ろうとした時、伝心で紫陽から提案が出る。

「……土御門の末裔、か」

『今はあいつの……とこよの同期が細工して憑りついているみたいだがね。それでもあと一人は行けると思うよ』

「問題はどう事情を伝え、憑依まで彼女の代わりを誰がするのか……ね」

 事情の方は簡潔に憑依の事を言えば通じるとしても、行うまでの間、誰が澄姫の分の穴を埋めるべきかという問題がある。

「私たち……は、術式の制御が……」

「私たちは元より無理だし、悪路王は例え行けても役割が違うから無理ね」

「………」

 悩む暇はなく、その上でどうするべきか行き詰まる。
 だからこそ、妥協できる範囲で即決するべきなのだ。

「……私が、行く」

「久遠……?」

 途中から話を聞いていたのだろうか。
 久遠が鶴の一声のように名乗り出た。

「この状態でも、燃費を、考えていたけど……全力で、やってみる」

「全力……」

「大妖怪に部類される程の久遠なら、十分かもね」

 鈴の言葉に、“それなら”と周りも納得する。

「……じゃあ、これで行くわね。伝心は……」

『あたしが伝えておいたよ。時間がないから、すぐにでも行いな』

 紫陽が伝心でそういった直後、澄姫が合流する。

「……式姫がこんなに生き残ってたなんてね。事情は聞いたわ。すぐに始めましょう」

「じゃあ、行ってくる」

「久遠、無理はしないでね」

「うん」

 入れ替わるように、久遠が戦闘に向かった。

「では、行くぞ」

 同時に、八将覚醒と憑依の術式が行使された。









「はぁっ!」

「ッ……!」

 一方、司たちの戦いは、さらに苛烈を極めていた。
 役割は大して変わっている訳ではない。
 しかし、押されている事にも一切変わりはなかった。

「そこ……!」

   ―――“五雷”

「ッ……!」

「はっ!」

 連続して降る雷を守護者は障壁で凌ぐ。
 それを貫く威力で司が砲撃魔法を放つ。

「こいつなら、どうだ!」

   ―――“破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)

 すかさず帝が魔力を打ち消す槍を矢として放つ。
 躱しきれないタイミングなため、守護者は障壁でやり過ごそうとする。
 ……が、即座に刀で槍を弾く事にした。

「(霊力も打ち消せる……あいつとの特訓で知っておいてよかった!)」

 槍は魔力を打ち消す効果だと、“元ネタ”では言われている。
 しかし、“元ネタ”とは違う世界であるこの場では、霊力を打ち消す効果もあった。
 それを、帝は優輝との特訓で知っていたのだ。
 そのため、守護者の不意を突く事になり、弾かれはしたものの隙が出来た。

   ―――“Delay(ディレイ)-Sextet(セクステット)-”

「ッ……!」

     ギィイイイン!!

「はぁっ!」

     ギギィイン!!

 すかさず奏が斬りかかり、続けてなのはも斬りかかる。

「(……驚きだなぁ。奏ちゃんとなのはちゃんのコンビネーション)」

     ギィイン!!

 魔力弾で牽制しつつ、司も続いて攻撃する。
 同時に、奏となのはの連携に驚いていた。
 ……あまりにも息が合っているのだ。

「(……不思議ね。なのはの動きが良くわかる)」

「(最近は奏ちゃんと一緒に戦ったりしていないのに、不思議とわかる……!)」

     ギギィイイン!!

 当の二人も、お互いの動きが良くわかる事を不思議がっていた。
 理由も原因も全く心当たりがないからだ。

「(でも、今は……)」

「(そのおかげで助かってる!)」

   ―――“Angel feather(エンジェルフェザー)
   ―――御神流奥義之参“射抜(いぬき)

     ギィイイイン!!

 だけど、原理は不明でも今はそれが幸いしていた。
 羽型の魔力弾が舞い、その中をなのはの刺突が潜り抜けていく。
 それを守護者は逸らし、魔力弾を霊力で吹き飛ばす。

「はっ!」

「ッ……!」

 そこを狙ったかのように、司、久遠、帝の遠距離攻撃が迫る。
 久遠は回避不可、司は防御不可、そして帝は二人の攻撃に対する判断を鈍らせるように武器を射出していた。

「っ、ぁ……!」

   ―――“禍式・護法瘴壁”

 だが、それらは飽くまで瘴気を使わない守護者の場合。
 瘴気による障壁に、三人の攻撃は防がれる。

「行けるね?レイジングハート」

〈All right〉

   ―――“Exelion Mode Ver.2(エクセリオンモード・バージョンツー)

 直後、なのはが突貫する。
 ストライクフレームを小太刀二刀の刃とした形態にし、その刃を障壁に突き刺す。
 瘴気が刃を侵食するが、それよりも早くになのはは行動を起こす。

「“エクセリオンバスター”!!」

 刃の根本にある機構から、カートリッジが一気に三つ吐き出される。
 そして、突き刺した刃の先端……つまり、障壁内部へと直接砲撃を叩き込んだ。

「ッ―――!」

 霊術を扱えないなのはが瘴気へと突貫するというのは、無事で済むはずがない事だ。
 守護者もそう考えていたが、なのははそれに構わずに突貫した。
 結果、守護者の想定を上回り、砲撃は逸らされるだけに留まった。

「っぁ……!?」

 そして。

「隙、あり……!」

 なのはの脇から突き出されるように。

「は、ぁっ!!」

   ―――“Fortissimo(フォルティッシモ)

 奏の砲撃魔法が繰り出された。

「ぐっ……!」

 障壁の内側から放たれたため、新たに障壁を張ることもできずに守護者は吹き飛ぶ。
 辛うじて身体強化をしていたようで、ダメージは減っていたようだが、それでもまともなダメージを与えることができた。

「(凄い……!奏ちゃんはともかく、なのはちゃん……この戦闘で、どんどん強くなってる……!)」

 天巫女として、人の強さが祈りや想いから大体わかる司は、なのはの成長に感心していた。奏との連携だけでなく、まるで戦いに体が慣れていくかのように動きが良くなっている。

「(でも……どうして?)」

 だが、だからこそ司は疑問に思った。
 今まで二人にそんな兆候はなかったからだ。
 しかし、そんな疑問を抱いている暇はないまま、戦闘は続いていく。

「っ!」

     ギィイイン!!

「ぐっ……!く……!」

「シッ!」

「くっ……!」

 吹き飛ばされた守護者は斧を投擲する。
 それを避けきれずに奏は防ぎ、なのはは槍に持ち替えた守護者と刃を交える。

     ギィイイン!ギギィイイン!!

「はっ!!」

「っ!」

     ギィイン!!

 鋭い突きを逸らし、反撃を繰り出すも柄で受け止められる。
 そのまま大きく振るわれた槍になのはは後退を余儀なくされる。

     ドドドンッ!!

「(通じない……動きを変えてきた?)」

 司が放った魔力弾は守護者が投げた御札に込められた霊術と相殺される。
 帝の武器群は回避され、寧ろ投げ返されることで反撃を受けていた。
 久遠も雷を出す間もなく、矢による攻撃を凌いでいる。

「まだ、本気じゃなかったのか!?」

「くっ……!」

 帝の叫びに、奏は戦慄しながらも斧を逸らし、なのはの援護に向かう。
 だが、間に合わずになのはに槍の一突きが迫り……。

   ―――御神流奥義之歩法“神速”

「っ、ぁ……!」

「っ!」

     ギィイイン!!

 極限の集中力が齎した、御神流の奥義の発動により、躱す事に成功する。
 同時に、懐に入り込んで刀を振るったが、それは刀に防がれた。

「『離れて!』」

   ―――“呪黒剣-真髄-”

 次の瞬間、奏となのはは地面から生えてきた剣に、空中に逃げざるを得なくなる。

「ふっ!」

   ―――“弓技・閃矢-真髄-”

「っ、ぁああっ!!」

     ギィイイン!!

 すぐさま放たれる矢を、なのははなんとか逸らす。

「援……ッ!!」

   ―――“瘴薙(しょうち)

 なのはを援護しようと動き出す司と奏だが、直後に迫った瘴気の触手に阻まれる。
 帝と久遠にも矢と霊術が放たれており、なのはが孤立させられる。

「(まずい……!)」

「『なのはちゃん!!』」

 それは奏と司も理解しており、慌てて念話で伝えようとする。

「ッッ……!」

     ギィイイン!!

「(奏ちゃんが弾いた斧……!?)」

 それを聞いて返事をしようとするなのはだが、守護者が呼び戻した事で飛んできた斧と鍔迫り合う事になる。

     ィイイイン!!

「『っ、いけないなのはちゃん!!』」

「ぁっ……!」

 だが、それは守護者の思う壺だった。
 斧を弾くと同時に、投擲された槍が迫る。
 それは防御魔法で防ぐにも、回避するのも間に合わない。
 そして、誰かが援護に向かおうとしても、それが遮られている。

「ッ……!!」

 来るであろう痛みに、なのはは思わず目を瞑る。
 しかし。

     ギィイイン!!

「ぇ……?」

 聞こえてきたのは、何かが……槍が弾かれる音。

「っ……よ、よかった……!無事だったんだ……!」

「……!」

 弾いた人物を見て、司と奏は喜ぶ。







「優輝君……!」

「……待たせた……!」

 ……優輝が、戦場に舞い戻ってきた。

















 
 

 
後書き
Curatif(キュラティフ)…“癒し”のフランス語。ジュエルシードを用いた治癒魔法。大体の傷や異常は治せる万能治療魔法。ただし、効果は術者の祈り依存。

Métastase(メタスタス)…“転移”のフランス語。自身や遠距離にいる人たちの転移が可能。自身だけなら無詠唱で可(159話で使用していた転移魔法はこれ)。3章で登場したロストロギアと同じ名前だが関係性はない。

Amélioration(アメリュァション)…“強化”のフランス語。シュブリマシオンに効果は劣るが、自身以外にも使用が可能な強化魔法。

虎切…御神流の奥義の一つ。鞘走りを使用し、高速で間合いを詰めて凄まじい速度の斬撃を放つ抜刀術。御神流で1、2を争う速度と射程距離を持つ奥義。

五雷…大人モード状態のみ、久遠が放てる妖術。雷を五つ展開し放つことができる。

破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)…Fate/zeroのランサー参照。穂先に触れた魔力などを打ち消す効果を持つ槍。本編では、これを矢として放っている。

射抜…御神流最大の射程距離で、超高速な連続突きを繰り出す御神流奥義の一つ。

Exelion Mode Ver.2(エクセリオンモード・バージョンツー)…新たに追加されたレイジングハートの形態。従来のエクセリオンモードの槍形態とは違い、小太刀二刀に変形する。ストライクフレームはそのまま刃となり、なのはの魔力と不屈の心によって強度が変わる。

瘴薙…瘴気を用いて、触手で薙ぎ払うように攻撃する技。一発一発の威力が侮れず、掠るだけでも並の相手では瘴気に蝕まれる。


今回の話が完成した時点でコロボックルの京化がかくりよの門で出てきていますが、本編ではこのまま蓮と織姫のみ八将覚醒させます。全員が覚醒できたらそのまま守護者に勝てそうですけどね。
ちなみに、今の力関係は拮抗しているように見えて未だに司たちが不利です。全員が一度負けた事による疲労が残っており、ジュエルシードのリソースも身体強化に割いている上、その効果も魔力を使い続けている事で大して高くない。そんな条件下に加え、瘴気の影響で全員の持久力が落ちています。接近しすぎるとスリップダメージのように瘴気にも蝕まれたり。
……これでもだいぶ守護者も弱ってるんですけどね。 

 

第164話「憑依」

 
前書き
異常に成長を前回見せたなのはと奏ですが、原因は本人達にすらわからなかったりします。
ちなみに、他のキャラも以前より成長していますが、それは順当なものです。

冒頭は優輝が駆けつける前の、優輝視点から始まります。
 

 





       =優輝side=






「椿……葵……?」

 絶句して、何とか絞り出したのは二人の名前だけだった。

「……なんて声、出してるのよ……優輝」

「っ……その傷は……」

 絶句したのは、二人の状態を見たからだった。
 椿は足元に血だまりが出来る程出血しており、肩や腕、脇腹、足など、そこら中に斬られたり食いちぎられたような跡があった。
 葵に至っては、既に死んでいるはずの酷さの傷を負っている。
 あの時、僕の偽物にボロボロにされた時よりもさらに酷い……死んでいてもおかしくはない、いや、生きているのがおかしい程の傷だった。

「……まさか、僕をずっと守るために……」

「……瘴気で妖が大量に湧き続ける。当然、アースラと通信が繋げられる訳もない。……そんな状況だと、せっかくの八将覚醒も形無しね……」

「………」

 椿の恰好と、そこから感じられる雰囲気は変わっていた。
 今言った“八将覚醒”をしたからなのだろう。
 だけど、今ではその覚醒が見る影もない程、生命力が弱っている。
 これでは、神降しを再びする事など不可能だろう。

「っ、今すぐ治療を……!」

「ダメよ」

「な、なんで……」

 ……いや、冷静になって考えればわかる。
 もう、“手遅れ”なのだ。
 葵がずっと黙ったままなのもそれが理由だろう。
 喋る程の生命力が、もうないのだろう。

「……悪路王が言っていたのは、こうなる事を予想していたのかもね……。まったく……」

「椿……この、術式は……」

「以前、知識として教えていたでしょう?“憑依”、よ」

 椿と葵、そして僕の下に陣が張り巡らせられていた。
 その術式は、見たことがないものだった。
 でも、椿の言う通り知識としてなら知っているものでもあった。

「憑依……式姫が憑りつく事によって、能力値の強化をする……」

「ええ。……私たちの力、貴方に託すわ」

 確かに、神降しができないのならそうするしかないだろう。
 未だに守護者の気配は消えていない。戦うためには少しでも戦力強化をするべきだ。
 ……だけど、それは……。

「憑依する側は、どうなるんだ?」

「普通なら憑依を解けば無事に戻ってくるわ。……優輝が聞きたいのは、そうじゃないわよね?」

「っ、当たり前だ……!」

 普通の憑依はどちらも安全な場所で行っていると聞いた。
 ……つまり、万全の態勢で行うべきなんだ。

「……瀕死の……死にかけの状態なら、どうなるんだ……?」

「………わからない、わ……」

 ……まぁ、前例がないのだから、仕方ないだろう。
 でも、椿の返答を聞いて、わかった。……わかってしまった。

「ッ……」

「……こういう時は、鋭いんだから……」

「理解は、出来る……でも、納得、できない……!」

「……それしか、手はないわ」

 ……つまり、椿と葵は、命を捨てるつもりだ。
 僕が、守護者に勝てるようにするために。

「聞き入れなさい。……もう、決定事項よ」

「ッ、術式が……!」

 僕が目を覚ました時に、既に起動させていたのだろうか。
 いつの間にか、憑依の術式が発動していた。

「……優輝、貴方との生活、楽しかったわよ」

「椿……」

「葵も、同じことを言っていたわ」

 まるで今生のお別れの言葉のように、椿は言う。

「おい、おい……!」

「……何も、永久に会えない訳じゃないわ。上手く行けば私たちは死なないし、死んだとしても幽世に還るだけ。……また、会えるわよ」

「そういう、問題じゃ……」

 ……また、僕は失うのか?
 緋雪と同じように、また、家族を失うのか?

「っ……くそ……!」

 この結果に、納得がいかない。
 何が悪かったなんて、そんなの関係ない。
 ただ、結果が気にくわない。

「……ぁ……?」

「……ありがとう。私たちのために、涙を流してくれて」

 納得がいかない事を察してなのか、椿は僕の頭を抱えるように抱き締めてきた。
 まるで、子をあやす母親のように。

「貴方が納得できない事は、わかっているわ。……でも、だからこそ、託すわ」

「つば、き……」

 血に濡れる。でも、そんな事は今は気にならない。
 ……そうだ。これで終わりじゃない。“次”を乗り越えるために、この選択を……。

「……大好きよ、優輝。……さようなら」

「っ……!」

 最後に、そう言って。
 ……椿は、僕に口づけをして、そのまま消えた。

「……これが……“憑依”……」

 何が起きたのか、漠然とながら理解できた。

「……椿……葵……!」

 涙が自然と流れる。
 当然と言えば当然だ。……家族同然の存在が消えたのだから。

「っ……!」

 緋雪と同じ。また、手が届かなかった。
 それは大きな後悔となって僕の心を苛む。

「(……だけど……!)」

 でも、悲しみに暮れる暇はない。
 歯を食いしばり、立ち上がる。
 涙はまだ止まらない。悲しみも後悔も残っている。
 ……その全てを、今は押し込める。
 鍵を掛けるように、心の奥底へと。

「……行かなければ」

 葵も椿と同じように消えていた。
 二人とも、今は僕の中にいる。
 この後、そのまま消えてしまうのか、帰ってくるのかわからない。
 だけど、今は二人に託された通り、守護者を倒さなければならない。

「ッ……!」
 
 頬を叩いて、意識を切り替える。
 緋雪の時のように、落ち込んでしまわないようにして。
 まだ、帰ってこないと決まった訳じゃないと、自分に言い聞かせるように。

「……行くぞ。今度こそ、決着をつける……!」

〈マスター……〉

「リヒトは防護服とグローブに集中しててくれ。武器は、これで行く」

 心配するリヒトに、大丈夫だと言わんばかりに地面に落ちている刀を拾う。
 その刀は、神降しが解ける寸前に創造した神刀・導標だ。

「……転移」

 守護者の居場所はもう大体把握している。
 魔力が大きく動いているという事は、司や他の誰かが守護者と戦っているのだろう。
 だから、そこへ転移すればいい。

「(椿、葵……見ててくれよ……!)」

 二人の意志を受け継ぎ、僕は戦場へと舞い戻った。















       =out side=







「あ、ありがとう……」

「……」

 転移した直後に、優輝はなのはを庇う形で戦いに割り込んだ。
 渾身の一撃を投擲された槍に叩き込み、弾き飛ばしたのだ。

「『帝!ありったけの武器を叩き込め!!』」

「『っ、お、おうっ!!』」

 直後に優輝は魔力結晶を一つ割、ありったけの武器群を守護者に向けて放つ。
 同時に、念話で帝にも同じことをするように指示する。

「これ、で……!」

   ―――“五雷”

 武器群だけでは守護者を抑えられない。
 そう判断して久遠が連続で雷を発生させる。
 一日の間に何度も戦った上に、全力を出しているため、久遠の力は長く保たない。
 だからこそ、この場で出し切るように、守護者を足止めした。
 さらに転移魔法を発動させ、一度なのはと共に間合いを取る。

「『状況整理!この戦いで死人は出ているか!?』」

「『いない!……はずだよ!少なくとも、私が知る限りは!』」

「『上等だ!』」

 転移後、すぐに念話で死人が出ていない事を確認する。
 これほどの相手に誰も死なずに済んでいるのは上出来と言えるだろう。
 ……尤も、神降しした優輝が戦う前に一般人に死人が出ているが。

「『蓮さんと……これは、式姫の気配か?一体何を……』」

 優輝は近づいてくる複数の気配に気づく。
 そこへ、アリシアから伝心が来る。

「『優輝!無事だったんだね!?端的に伝えるけど、今からパワーアップした蓮さん達が行くから一緒に戦って!』」

「『っ、了解!』」

 短くまとめられたその情報だけで、優輝は大体を理解する。
 要は、味方が増えると考えればいいだけだ。

「(一つの気配に重なるように別の気配。これは……“憑依”、か)」

 そして、同時に“パワーアップ”の内容を半分だけ知る。
 自分も同じ状態なため、理解できたのだ。

「お待たせしました。……無事でしたか」

「一応僕は……だけどね」

 優輝の横に来た蓮がそう話しかける。
 そんな蓮の恰好は、八将覚醒によって変わっていた。
 黒色の着物は赤を基調としたものへと変わっており、模様も華やかになっていた。
 赤い帯は黒色になっており、腰からはカラスの羽と尾のようなものが生えている。
 そして何よりも、その姿から感じられる気配が強くなっていた。

「“一応”……?もしや……」

「『……聞きづらいんだけど……優輝君、椿ちゃんと葵ちゃんは……』」

「っ……」

 優輝の言葉と、いつも一緒にいるはずなのにいない事から、蓮も気づく。
 そして、同じく気づいていた司が念話で聞いてきた。

「『……今は憑依している。それだけだ』」

 目の前に集中するべきだと言わんばかりに、優輝はそれだけ言った。
 もちろん、それだけじゃない事は司にもわかっていたが、それ以上は聞かなかった。

「(守護者から感じられる力が気絶する前よりも減っている。……さすがに弱っているか。戦力が足りているかはわからないが、負ける訳にはいかない)」

 視線を巡らせ、戦える面子を確認する。
 初対面の人物や式姫がいるが、自己紹介している暇はないと判断し、役割と出来る事を伝心を使って確認しておく。

「『蓮さんは近接戦……他の人たちは?』」

「『私は遠距離近距離どちらもいけるわ。織姫は支援と回復が主ね。それと、離れた所に……』」

「『土御門澄姫……私がいるわ。依り代とは会った事があるみたいね。私はとこよ……守護者の同期よ。……遠距離なら任せなさい』」

 降り注ぎ続ける武器群と雷が吹き飛ばされる。
 同時に、久遠が膝を着き、子供形態に戻る。
 霊術を使い続け、力尽きたのだ。

「久遠!」

「っ、もう、ダメ……!」

 アリシアがすぐさま戦線離脱させるために抱える。
 ……これで、時間稼ぎは出来なくなった。

「『貴方以外の動きはさっき見ていたわ!貴方は!?』」

「『僕も両方行ける!』」

「『わかったわ!じゃあ……』」

「『行くぞ!!』」

 足止めがなくなったため、さっさと会話を切り上げて戦闘態勢に入る。
 即座に優輝、鈴、奏、なのはが同時に駆け出す。
 それを援護するように、澄姫が矢を、司が魔力弾と砲撃魔法を、帝が王の財宝による射撃と投影魔術による矢を放つ。
 だが、それらは飽くまで巻き添えを起こさない程度の密度。
 それでは守護者に当てる事は出来ない。

   ―――“霊魔相乗”

「はぁっ!!」

 放たれる遠距離攻撃が霊術によって相殺される。
 その霊術の爆風の合間を駆け抜けるように優輝と鈴が同時に肉薄する。
 それを守護者は冷静に見据え、あっさりと二人の攻撃を受け止めた。

     ギィイン!ギギギィイン!!

「シッ!」

   ―――“弓技・瞬矢”
   ―――“弓技・閃矢”

「そこっ!!」

   ―――御神流奥義之参“射抜”

 刀を弾いた瞬間、優輝が反撃に矢を射る。
 使用した弓矢は、もちろん椿が使っていたもの。
 同時に、澄姫の狙撃も届く。
 さらに同時になのはも攻撃を繰り出す……が。

「はっ!!」

   ―――“刀奥義・一閃”
   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

 それらの攻撃は全て躱され、辛うじて当たりそうだった蓮の攻撃も障壁に防がれた。

   ―――“Delay(ディレイ)-Septet(セプテット)-”

「ッ……!」

「撃ち抜いて!」

 直後、守護者の周囲にジュエルシードが五つ出現。
 障壁を破る威力の砲撃が放たれる。
 回避を難しくするため、奏も斬りかかる。

「ッッ……!」

   ―――“闇撃-真髄-”

 だが、守護者は一瞬で判断を下す。
 砲撃は回避し、奏に対してはむしろカウンターの要領で懐に入り込む。
 そして、放たれる霊術。

「っ、ぁっ!!」

   ―――“Delay(ディレイ)-Octet(オクテット)-”

「はぁっ!!」

 しかし、奏は咄嗟の判断でそれを躱す。
 カウンターを、さらにカウンターするかのように、攻撃を繰り出した。
 さらに、それが予めわかっていたかのように、なのはも斬りかかる。

「くっ!」

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

     ギィイイイン!!

「「はぁっ!!」」

   ―――“刀技・暗剣殺(あんけんさつ)
   ―――“刀技・紅蓮光刃”

 さらに蓮と鈴も斬りかかる。
 しかし、それでも障壁を切り裂く事はできなかった。

「これなら、どうだ!!」

 直後、大量のレイピアが飛んでくる。
 優輝が葵の力を使って生成したものだ。

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

     ギギギギギギギギギィイイイン!!

「ぐ、く……!」

 鈴たちは全員飛び退き、まるでハリネズミのように障壁を突き破らんとレイピアを当て続ける。

「(これだけやっても破れない……か!)」

 しかし、球状に展開された障壁を突き破る事は叶わない。

「……まぁ、フェイクだけどな」

   ―――“弓技・朱雀落-真髄-”
   ―――“慈愛星光”
   ―――“偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)
   ―――“Prière pluie(プリエール・プリュイ)

 レイピアはただの足止めだった。
 大量のレイピアを目晦ましとし、ついでの如く煙幕も発生させ視界を奪う。
 その上から、澄姫、織姫、帝、司による一斉遠距離攻撃が繰り出された。
 特に、司はジュエルシードを用いて強力な砲撃魔法が20門展開された。

「シッ!!」

 だが、優輝はそれで倒したなどと、微塵も思わなかった。
 砲撃が着弾した直後に、刀を構えて突貫した。

     ギィイイイン!!

「ッ……!」

 砂塵が切り裂かれるように、刀同士がぶつかり合った衝撃で晴れる。
 優輝が繰り出した刀は、同じく交差するように繰り出した刀に逸らされていた。
 だが、ぶつかり合った瞬間に生じた僅かな衝撃を利用し、優輝は体を逸らして突き出された刀を回避していた。

「はっ……!」

   ―――“Delay(ディレイ)-Nonet(ノネット)-”

「ッ……!」

 優輝が回避すると同時に、奏となのはが斬りかかる。
 だが、その攻撃は体を捻って回避されてしまう。
 さらにその瞬間に霊力が放出され、三人は吹き飛ばされる。

「っ……お返しだ!」

 だが、優輝もただではやられず、食らった霊力を掌握して撃ち返す。
 それは司達の援護射撃と重なり、守護者へと迫る。

「蓮!!」

「はいっ!!」

 援護射撃がその場を離脱する事で回避される。
 そのまま、射撃と身体強化を担っている司に守護者は向かう。
 しかし、それを先読みしていた鈴と蓮により、足止めされる。

     ギギギギィイン!!

「くっ……!」

 だが、すぐさまそれは突破される。
 いくら憑依と京化によるパワーアップがあっても、それでも守護者には及ばないのだ。
 
   ―――“poussée(プーセ)

「ッ!!」

「(躱された!巻き添えを考慮して範囲が狭い事を読まれてた!)」

 それを読んだ上での、司の重力魔法だったが、それも躱されてしまう。

「『全員、バインドの用意!』」

「食らいなさい!」

   ―――“慈愛星光”

 躱した所へ織姫が極光を降らせるが、それも躱される。

「想定済みだ!!」

 だが、そこで優輝が広範囲のバインドを仕掛ける。
 避けられないほど且つ、初見のバインド。
 効果としては僅かな足止めにしかならないが、そのために事前に念話を飛ばした。

「ここだ!!」

 バインドによって、守護者の動きが一瞬止まる。
 そこへ、魔法が使える者全員でバインドを使って足止めをする。
 それも、一瞬とは言え魔力のリソースを全てバインドにつぎ込むほどだ。
 優輝のバインドが解けても避けられないように、広範囲にいくつも展開した。

「っ……!」

   ―――“弓奥義・朱雀落-真髄-”
   ―――“聖天唱(せいてんしょう)-真髄-”
   ―――刻剣“風紋印”
   ―――“剣技・烈風刃-真髄-”
   ―――“戦技・方円刃(ほうえんじん)-真髄-”

 そして、バインドによって守護者が捕らえられた瞬間に。
 澄姫が矢を、織姫が光の雨を、鈴が風の刃を、蓮が斬撃を飛ばした。
 回避は不可能。防御に回ったとしても、身動きが取れない。
 守護者であっても、それを無傷で切り抜ける事は不可能だった。

「ッ……!!」

   ―――“禍式・護法瘴壁”

 ……そう。“無傷”では。

「っぁ……!!」

 瘴気による分厚い障壁により、四人の攻撃の“直接的な部分”は防がれる。
 だが、余波となる部分はそのまま障壁を突破し、守護者を打ちのめした。
 しかし、余波だけである。斬撃としての性能もほとんど失っているため、鈴と蓮の攻撃が届いたとしても、それがそのまま致命打にはならなかった。

「っ!!」

   ―――“速鳥-真髄-”
   ―――“扇技・神速-真髄-”

 だが、その瞬間。
 守護者は爆発的な加速を得た。
 そのまま、未だ残っていた木々を足場に、立体的に移動し……。

「ッッ!?」

     ギィイイン!!

 司を狙ってきた。
 司はそれに対し、辛うじて反応した。
 ジュエルシードによる身体強化で何とか刀の一撃を凌ぐ。
 しかし、それはたった一撃だけで、その次の攻撃は凌げない。

「させないわよ!」

   ―――“護法霧散”

「っぁ……!?」

「っ、せぁっ!!」

     ギィイイン!!

 その瞬間、澄姫から矢が飛んできた。
 矢に巻き付けられた御札の術式により、守護者の素早さを上げていた術式が瓦解する。
 それによってできた隙を司は見逃さず、槍で攻撃する。

「っ……!?」

 だが、その槍の穂先は逸らされ、今まさにカウンターを受けそうになる。

   ―――“速鳥”

「させるかぁっ!!」

     ギィイイン!!

 ギリギリなところで、優輝がレイピアを矢として放ち、その攻撃を阻止する。

「「ッ!!」」

     ギギィイン!!

 さらにすかさずに奏となのはが切りかかる。

「そこっ!!」

   ―――“神槍”

「はぁっ!!」

     バチィッ!!

 さらに織姫の霊術、蓮の攻撃が迫る。
 しかし、守護者は跳んで奏となのはから逃れた後に、斧を投げて身を捻った。
 投げられた斧は霊術を相殺し、身を捻った事で蓮の刃を躱した。

「はぁああっ!!」

   ―――“速鳥”

     ギィイイン!!

 避けられない所を突くように、鈴が二刀で切りかかる。
 だが、それも槍によって受け止められた。

「ぉおっ!!」

 優輝も切りかかる。
 澄姫は矢を放ち続け、帝も武器を放ち続ける。
 司も魔力弾の牽制と槍による攻撃を放っていた。
 しかし、守護者はそれらを躱し、逸らし、凌ぐ。
 瘴気も上手く利用し、決して攻撃が当たらなかった。
 ……これでも、弱っているはずだというのに。

「(まさか……!)」

「(この戦闘で……)」

「(……成長、しているというの!?)」

 優輝、鈴、司がほぼ同時に気づく。
 戦闘に必死なだけで、奏となのはも何となく察していた。
 そう。守護者は連続する戦闘で、成長していたのだ。
 それこそ、追い詰められているのにも関わらず、優輝達と未だに渡り合えるほどに。

「っ……!」

   ―――“Prière pluie(プリエール・プリュイ)

 回避しきれないと見た瞬間に、司が砲撃魔法を連続で打ち込む。
 だが、それらは瘴気の触手によって全て相殺される。

「はぁっ!」

「シッ……!」

「そこっ……!」

「ぜぁっ!!」

 鈴、奏、なのは、優輝による連続攻撃が繰り出される。
 だが、それらは全て上手く受け流される。

「ぉおっ!!」

「っ!」

     ギィイイン!!

 唯一、同じ“受け流す事”を得意としている優輝は、即座に体勢を立て直した。
 そのまま再び攻撃を繰り出し、鍔迫り合いに何とか持ち込む。

   ―――“闇撃-真髄-”

「つぁっ!!」

     バチィッ!!

「はっ!!」

     ギィイン!!

 力で押される優輝に対し、守護者が霊術を至近距離で放つ。
 咄嗟に優輝は導王流で霊術を放つ手を逸らすが、余波だけで一瞬怯む。
 それをフォローするように蓮が攻撃を繰り出すも、逸らされる。

「はぁっ!!」

   ―――“慈愛星光”

「ッ!」

   ―――“弓技・瞬矢-真髄-”

     ギギギィイイン!!

 割り込むように織姫が空から極光を放ち、それを躱したところへ澄姫の矢が放たれる。
 守護者は刀と槍を駆使してそれを弾くが、一瞬とはいえ体勢を崩した。

「押し潰して!!」

   ―――“poussée(プーセ)

「っ、ぁ……!!」

 そこへ、司が重力魔法で押し潰そうとする。
 誰も巻き込まず、広範囲で強力だったため、守護者は逃れられずに地面に縫い付けられる。

「(だが、これだと皆の攻撃も押し潰され……なるほど……!)」

 重力魔法は強力だが、それ故に敵味方の区別がない欠点がある。
 だが、優輝はそれでもできる攻撃がある事に気づき、帝の所へ転移する。

「帝、とびっきりでかくて重い武器をぶっ放せ!」

「っ、おう!!」

   ―――“千山斬り拓く翠の地平(イガリマ)

 優輝の指示に、帝は山をも斬れるほど巨大な剣を王の財宝から繰り出した。
 その剣に触れ、優輝はもう一押しとなる魔法をかける。

「こいつで、どうだ!」

   ―――“Gewicht fach(ゲヴィヒト・ファハ)

     ドンッ!!

 それは、重さを倍加する魔法。
 その魔法によって、巨大な剣はさらに重さを増し、守護者めがけて落下する。

「(重力魔法で押し潰されるというのなら、元から押し潰す攻撃であれば問題ない!)」

 落下による攻撃ならば、司の魔法とはむしろ相性が良かった。

「おまけだ!これも食らっとけ!!」

「ッ……!!」

   ―――“禍式・護法瘴壁”

     ギィイイイイイイイン!!

 巨大な剣と、優輝がダメ押しに創造して放った剣とレイピアが守護者に迫る。
 守護者は重力魔法の影響を受けない瘴気で、それを受け止める。
 ただでさえ身動きが難しい状況だと言うのに、それでさらに動けなくなる。
 本来であれば、千載一遇の大チャンス。
 守護者を倒すのに最適とも言える状況に持ち込んだのだが……。

「(障壁を突破する以外に、攻撃手段がない……!)」

 そう。今障壁と拮抗している剣を押し込む以外に、守護者に攻撃する手段がない。
 横からの攻撃では、司の重力魔法によって守護者まで届かないのだ。

「帝!この剣は多少の事じゃ折れないよな!?」

「ったり前だ!こいつは元ネタだと神話に出てくる剣だぞ!?」

「好都合!」

 帝に剣が丈夫かどうか尋ねた優輝は、その返答に満足そうに笑う。
 直後、転移魔法を二回使い、なのはを連れてくる。

「な、なにっ!?」

「この剣の上から集束魔法を打ち込んでやれ!」

「っ、そういうことか!」

「りょ、了解だよ!」

 優輝の言葉に帝もどういう事か理解し、なのはも頷いてデバイスを構える。

「手っ取り早くこれも使っておけ!」

 さらに優輝と帝が手持ちの魔力結晶を投げ渡す。
 周囲の魔力を集束していては、時間がかかりすぎる。
 そのため、時間短縮に使うように魔力結晶を渡したのだ。

「え、でも……」

「まだ予備はある!早く!」

「う、うん!!」

 自分の分は大丈夫なのかと尋ねようとするなのはだが、優輝にそう言われて集束に戻る。

「『他の皆は変化があった時の対策を!』」

 優輝は再び剣に手を添えつつ、伝心で他の面子にそう伝えた。

「もっとだ……!」

〈“Drei(ドライ)”〉

「もっと重く!!」

〈“Vier(フィーア)”〉

 重量を増やす魔法をさらに強化し、三倍、四倍と重くしていく。

〈“Fünf(フンフ)”〉

「『っ、撃てるよ!』」

「『行けっ!!』」

 そして、五倍になった瞬間、なのはの準備が完了する。
 念話で撃つように指示すると同時に、優輝は転移魔法で剣の近くから離脱する。

「いっ、けぇええええええええ!!」

〈“Starlight Breaker(スターライトブレイカー)”〉

 そして、星をも打ち砕くかの如き、極光が放たれた。

「っ、これほど、なんて……!!」

 その極光は、瘴気越しからもわかるほどで、守護者すら戦慄させた。











   ―――そして、守護者のいる場所を、巨大な剣ごと極光が呑み込んだ。















 
 

 
後書き
刀技・暗剣殺…斬属性の攻撃。敵視が最も低いキャラとの敵視の差が大きい程防御無視ダメージが大きい。名前の通り、不意を突くかのように死角から刀を振るい、攻撃をする。

Prière pluie(プリエール・プリュイ)…“祈りの雨”。サクレ・クラルテよりは威力が落ちるが、展開速度・数は上回る。包囲するように魔法陣を展開したりなど、応用が利く。

聖天唱…聖属性単体攻撃。光を流星群のように対象に降らせる。MPが多い程ダメージが大きくなるが、織姫の場合、MPではなく慈愛の力になっている(独自設定)。

戦技・方円刃…斬+突属性の単体攻撃。円を描くような軌跡で斬撃を繰り出す。真髄ともなれば、生半可なものでは防げないほど鋭い斬撃を飛ばす事ができる。

護法霧散…敵全体に固定ダメージを与え、ステータスバフを打ち消す。本編においては、この霊術の術式を込めた御札を矢に巻き付けたりして使う。Fateで言う破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)のようなもの。

千山斬り拓く翠の地平(イガリマ)…プリズマイリヤツヴァイ(ドライ)に登場する巨大な剣の宝具。詳しくはwikiで。原作ではイリヤに折られており、今回のSLBも横から受けていれば確実に折れていた。本編でもこの後横から強力な一撃を受ければ折れる程ボロボロに。

Gewicht fach(ゲヴィヒト・ファハ)…“重さ”“倍”の意。任意の数だけ対象の重さを倍加できる。


守護者は追い詰められれば追い詰められるほどに強くなる傾向があります。おまけに戦闘中にさらに成長するという……。優輝とはまた違う主人公補正みたいなものがかかっている感じですね(サ〇ヤ人みたいに)。

何度か足止めが成功するのに、それ以上押すことができないのは、巻き添えが起きてしまうからです。それが皆理解できているため、足止め止まりになります。

悲しいかな。遠距離支援組(織姫、帝、澄姫)はどうしても描写が少なくなる……(´・ω・`)
ちなみに、今回のSLBは、魔力結晶によって原作STSを除いてどのSLBよりも強力になっています。 

 

第165話「ランスターの弾丸」

 
前書き
一応張ってあった伏線の回収。
なお、前回でようやく優勢に持って行ってます。……すぐにでも互角に持ち込まれそうな程度ですけど。
ちなみに、優輝が参戦すると同時に、結界を張っているため周囲への被害は減っています。
そうじゃなかったら戦闘場所を中心として京都や他の県に甚大な被害ががが……。
 

 





       =優輝side=







   ―――……それは、まさに破壊の星の光だった。





「……つくづくやばいな……!」

 極光が撃ち込まれ、帝が放った剣ごと守護者を飲み込んだ。
 普通であればもう決着がついたと確信できるほどだろう。
 ……尤も、大門の守護者相手では、確信などできるはずもないが。

     ドンッ!

「……いない……?」

 砂塵に隠れられては厄介だと思い、軽く霊力を撃って砂塵を払う。
 しかし、着弾地点に守護者はいなかった。
 あるのは地面に深々と突き刺さった巨大な剣だけだ。

「―――ッ!?」

 姿がない。それは、一見すれば倒し切ったと思えてしまうだろう。
 だけど、違う。椿と葵の知識と経験を憑依させている今ならわかる。
 そう、この状況は―――!

   ―――“戦技・隠れ身-真髄-”

「『司!!防御しろぉっ!!!』」

『ッ―――!!』

   ―――“Barrière(バリエラ)

 それは、咄嗟の判断だった。
 司に対しての指示なのも、身体強化の原因だから狙われるだろうという推測だけ。
 でも、それは当たっていた。

     ギィイイイイイン!!

「っぁ……!?どこから……!?」

「はぁあああっ!!」

     ギギィイン!!

 司が張った障壁で、不意打ちの一撃は防げた。
 だが、追撃はそうはいかない。
 だから、転移魔法で援護に向かった。

「ッ!」

 追撃の刀を防いだ瞬間、瘴気の触手が僕を襲う。
 身を捻り、跳躍を駆使してそれらを躱す。

   ―――“火焔旋風-真髄-”

「(目晦まし!?しまった……!)」

 守護者は霊術で砂塵を起こし、再び姿を隠した。 
 すぐさま霊力で砂塵を払うが、やはりそこに姿はない。

「―――――」

 普通に気配を探った所で見つからない。
 しかし、悠長に位置を探る暇もない。
 司が不意打ちを凌げたのは、狙われる確率が高かったのと、対策が出来たからだ。
 次に司以外が狙われたら、まずい。

「そこだ!!」

   ―――“弓技・瞬矢”

 椿の経験と勘を活用し、木々に向けて矢を放つ。
 直後、僅かに気配の揺らめきと人影を見つけた。

「『奏!なのは!』」

 即座に近くにいた二人に呼びかける。
 もし僕が矢を打ち込んでいなければ、どちらか片方が狙われていたのだろう。

「っ……!」

「そこ……!」

 なのはが魔力弾を、奏が直接守護者を狙う。
 しかし、気づかれたとわかった守護者は、そんな二人に見向きもせずに別の場所へ向かう。

「(何がなんでも各個撃破するつもりか……!)」

 司を潰せなかったから、次は近接戦で厄介な奏となのはを狙った。
 片方でも潰せば僕からみても厄介な連携はなくなるからだ。
 ……本当に、あれは阿吽の呼吸とも言えた。父さんと母さんのコンビと同等以上だった。

「(次に向かうとすれば……!)」

 思考を巡らせる。
 僕は司の援護に入った時点で優先度は下がっているだろう。
 蓮さんと陰陽師である黒髪の人は気配を消して隠れた事に気づいてからは二人で背中合わせになって警戒している。
 あれなら不意打ちで即座に殺される事はないだろう。
 ……逆に、他を助ける事も出来ないが。二人も歯がゆくしているし。

「(狙うとしたら、織姫と呼ばれた式姫と……あの土御門の先祖の人か。距離的に近いのは……!)」

 その二人も警戒はしている。
 しかし、織姫さんの方は若干戸惑いもあるみたいだ。
 そりゃあ、突然戦法を変えて、尚且つ誰が狙われるかわからない状況だからな。
 蓮さんと陰陽師の人は互いに近くにいたから戸惑いが少なかったのだろう。

「(帝は空を飛んでいるから狙われる確率は低い。だったら……)」

 マルチタスクを使い、一気に結論を導き出す。
 同時に、転移魔法で織姫さんの所へ飛ぶ。

「『帝は武具で身を守れ!司!遠くにいる弓術士の援護を!』」

『お、おう!!』

『了解!』

 帝も守護者の戦法に終始戸惑っているようだ。
 ……さすがに、あんな強さに加えて暗殺者も真っ青な戦法を取られたらな。

「っ!!」

     ギィイイイン!!

 転移直後に刃が織姫さんへと迫る。
 準備しておいた魔力弾で牽制し、割り込んで刀を受け止める。

「(重い……!!)」

 椿と葵の力が加わっているというのに、意味がない程の力だ。
 同じ人間だったとは思えないな……!

「はぁっ!」

   ―――“慈愛閃光-真髄-”

「ッ……!」

 織姫さんから放たれた閃光を、守護者は間一髪避け……。

   ―――“戦技・隠れ身-真髄-”

 ……再び、姿を晦ました。

「……助かったわ」

「まだです」

「……そうね」

 まだまだ戦いは続いている。
 織姫さんとすぐに背中合わせになり、周囲を探る。

「(一体、どうやってなのはの魔法を……)」

 周囲を警戒しながら、マルチタスクでなのはの魔法を凌がれた訳を探る。
 司の重力魔法に、帝の宝具、そしてなのはの魔法だ。
 逃れるのも防ぐのも不可能に近いはずだが……。

「(……いや、違う)」

 ふと、そこで気づく。
 司の魔法は、天巫女の力で行使したとはいえ、やはり魔法でしかない。
 つまり、術式は存在する。

「(詰めが甘かった……!まさか、寸での所で術式が瓦解するなんて……!)」

 おそらく、守護者は最初は障壁に加えて瘴気を使って防いでいたのだろう。
 その時に、帝の宝具と僕の魔法によって、重力魔法の術式が瓦解。
 なのはの集束砲撃が放たれた瞬間に、重力の檻が崩壊して、避けたのだろう。

「(用意周到にしたのが、裏目に出るとは……!だけど、今は……!)」

 結論が出た所で、思考を目の前に集中する。
 正面からただやりあうのは分が悪いと判断したから、この戦法を守護者はとっている。
 各個撃破を狙いつつ、無駄な消耗を避けて回復させているのだろう。
 どうにかして止めたいが……。

「(対策は……炙り出すか、周囲の障害物を全てなくすぐらいしか……!)」

 炙り出しならともかく、障害物をなくす……つまり周囲を焦土にするレベルで焼き払わないといけないのは至難の業だ。
 魔力結晶はまだあるから、僕でもやろうと思えばやれる。
 ……だが、それをする際の“隙”を守護者は絶対に逃さないだろう。

「(それでも、やるしかないか。適任なのは……)」

 気配を探っても探し出せない。
 幸い、帝以外は全員二人一組になったから多少の不意打ちは対処できる。
 帝も、武具だけは守護者の脅威に引けを取らないから、その武具で身を固めれば対処は間に合うはずだ。

「(司か……帝だな)」

 そして、炙り出しや周囲を焦土にするのに適しているのも、この二人だ。
 司はジュエルシードの力が、帝はFateの宝具が使える。
 なのはでも構わないが、彼女の場合は隙が出来るからな。
 それなら、タイムラグが少ない二人の方がいい。

「(でも、その懸念を守護者がしていないはずがない)」

 放とうとすれば、絶対に止めに来るだろう。
 隙を突いて倒すことは出来なくとも、妨害は出来るだろうからな。

「『司!帝!結界を壊さない程度に全て薙ぎ払え!辺り一帯を更地にすれば隠れようがないはずだ!』」

『っ!?優輝君!?』

「『このままではジリ貧だ!』」

 今は凌げていても、このままだと絶対にやられる。
 相手はあの守護者だ。二人一組程度ではまとめて倒されるだろう。

『っ……わかった!』

『帝君!?』

『炙り出すにしても、やるっきゃねぇだろ!』

『……そうだね』

 よし、これで二人が辺り一帯を更地にしてくれる。
 だけど、当然だがこのままでは僕ら魔導師はともかく他の人らは巻き添えを食らう。
 チャンスは僅かな時間しかない、か。

「『リヒト』」

〈『既に皆さまの座標は特定済みです。いつでも可能かと』〉

「『オーケー』」

 魔力結晶を取り出す。
 後ろにいる織姫さんが何をするのか気にしているが、今は無視するしかない。

「ッッ……!」

 マルチタスクで限界まで処理速度を上げる。
 リヒトのサポートを受けてなお、負担は大きい。
 当然だ。転移魔法を、遠隔で、さらに複数並行使用しているのだから。
 自分だけの転移魔法ならともかく、それが遠隔で他人に、しかも複数はきつい。
 それだけじゃない。転移直後のための魔法も人数分用意しているからな。

「っ、これが魔法ね……」

〈転移魔法と浮遊魔法。なるほど、“アレら”を回避するためだね〉

 自分も含めて全員を上空に転移させる。
 同時に、皆に浮遊魔法をかける。
 こうしないと魔導師以外は落ちてしまうからな。
 ……それにしても、陰陽師の人はデバイスを持っていたのか。

「全員で固まっていた方がいいからな。幸い、向こうが身を隠しているおかげで隙があった」

〈短時間でこの人数を、しかも遠隔で転移させ、さらには直後の浮遊魔法も準備。……君、相当な負荷がかかっているんじゃないかい?〉

「そうなの!?」

 彼女の持つデバイスに指摘され、司が驚いたように声を上げる。
 奏となのはも同じように驚いて僕を見ていた。

「……このくらい、憑依の恩恵で何とかなる。それより、司、帝!早く!」

「う、うん!」

「よし……!」

 転移した事で若干遅れたけど、すぐさま二人は行動を起こす。
 司はジュエルシードを用いた天巫女の魔法を。
 帝はデバイスを同じ名前の最強の宝具を。
 ……と言っても、帝は飽くまで元ネタから取った“特典”というだけだがな。

「させない!!」

「はぁっ!」

   ―――“刀奥義・一閃”

     ギィイイイン!!

 妨害として飛んできた矢を、僕と蓮さんで弾く。
 非常に強力な矢だったけど、逸らすぐらいなら何とかなった。

「光よ、闇を祓え!!」

「唸れ、エア!!」

   ―――“Sacré clarte(サクレ・クラルテ)

 放たれる極光に、纏わりつくように帝から力の奔流が放たれる。
 あの武器から放たれる力は、本来なら世界を裂く……つまり僕が張っている結界程度だったらいとも容易く破られてしまう程だ。
 それを、敢えて破らないようにしつつ、司の砲撃に合わせた。

   ―――“弓技・朱雀落-真髄-”
   ―――“紅焔-真髄-”
   ―――“海嘯(かいしょう)-真髄-”

「っ……!」

「守り切れ!」

   ―――“扇技・護法障壁”
   ―――“Fortissimo(フォルティッシモ)
   ―――“Hyperion Smasher(ハイペリオンスマッシャー)
   ―――“慈愛閃光”
   ―――“剣技・烈風刃-真髄-”
   ―――“刀奥義・一閃-真髄-”
   ―――導王流弐ノ型“霊魔穿撃(れいませんげき)

 一筋の矢と、二つの霊術に対し司と帝以外で対処する。
 さすがにここまでやれば普通に打ち消せたが、それでも強力なのが分かった。

「見つけた……!」

 司と帝が撃ち終わった直後に砂塵を吹き飛ばすように御札を地面に投げつける。
 すると、いくら気配を絶っていても見つける事が出来た。

「転移!」

 全員を纏めて地上に転移する。
 二人の砲撃のおかげで大きなクレーターが出来て、木々はなくなっていた。
 障害物がなければ、何とかなるだろう。

「(でも、障害物がなくなったという事は、空を飛べない人達は不利になる。守護者も同条件だけど、あんな規格外だったらあまり意味はないだろう)」

 そう。木々があったからこそ躱せる攻撃もある。
 僕ら魔導師は空が飛べるから大丈夫だが、他の人たちはそうはいかない。
 木々がない分回避も難しくなるだろう。

「(それに、守護者も色々対策を施し……て………)」

 そこまで考えて、血の気が引く。
 あの時、守護者は攻撃に消極的だった。
 暗殺的な戦法をしていただけといえばそれだけだが、もう一つ理由は考えられる。
 守護者は、霊術による身体強化が可能だ。
 そして、身を隠しつつ僕らをずっと警戒させ続けた。
 これが、意味する事は……!

   ―――“速鳥-真髄-”
   ―――“扇技・神速-真髄-”
   ―――“斧技・瞬歩-真髄-”
   ―――“斧技・鬼神-真髄-”
   ―――“剛力神輿-真髄-”

「ッ―――!?」

 それは、既に見たことのある霊術だった。
 驚愕したのは、その霊術の“質”。
 時間をかけた分、今までの同じ霊術よりも、明らかに効果が上に見えた。

「くっ……!」

 そう思ったのも、一瞬遅かった。
 ある程度距離は離れていたはずだ。
 それが一瞬で詰められ、土御門の人……澄姫さんに狙いを定めていた。

「(そうか!さっき、身体強化の霊術を霧散させていた!だから優先的に……!)」

 答えに辿り着くも、このままでは間に合わない。
 せめて自力で致命傷は避けてほしいと思いつつ、援護のために駆ける。

「っ、ぁああっ!?」

     バチィイッ!!

 せめて守護者の身体強化を解除しようとしたのだろう。
 しかし、それはカウンターの如く放たれた霊力の放出によって防がれてしまう。
 それどころか、その放出で澄姫さんは吹き飛ばされ、遠くの地面を転がった。

「(一撃……!?)」

 確かに、身体強化を打ち消す支援は厄介だし、所謂バフのような霊術を多用するというのなら、一番最初に潰すべきだろう。
 だとしても、まさか防御ついでの一撃で戦闘不能になるとは思わなかった。

「織姫さん!」

「っ、ええ!」

 織姫さんに呼びかけ、治療を任せる。
 その間の時間稼ぎは……。

「はっ!!」

「シッ……!」

   ―――“Delay(ディレイ)-Dectet(デクテット)-”

「ッ……!」

   ―――御神流奥義之歩法“神速”

「はぁっ!!」

 蓮さん、奏、なのは、僕が近接戦で行う。
 司、帝もすぐに援護のために空に飛びつつ魔力弾を放ち、陰陽師の人も澄姫さんの分をフォローするように距離を取って弓矢と霊術で援護してきた。

     ギギギィイン!!

「ッ……!?」

「くぅっ……!?」

 だが、援護は全て躱され、そこをついて攻撃したのにも関わらず、全員がその力に押されて後退してしまった。

「まだ……!」

     ギィイン!!

 導王流をフル活用し、守護者の攻撃を受け流す。
 しかし、あまりにも早い。速すぎる。
 その上攻撃も重く、受け流しても腕が痺れてダメージを受ける。

「(常に重心を、体を動かし続けろ。決して“芯”を捉えられるな)」

 導王流において基本にして最重要な事だ。
 体の芯を捉えた攻撃でさえなければ、理論上導王流は全ての攻撃を受け流せる。
 この場において僕だけ後退を防げたのもこれのおかげだ。

     ギギィイン!!

「ぐぅぅ……!」

 ……でも、だからと言って何とかなる訳ではない。
 後退を防いだ。……言い換えれば、そこまでだった。
 反撃に出ることもできないし、今のように連撃が繰り出されればダメージを受ける。

「(早く、鋭く、重い。こんなの、神降しをしていなければ対処できないぞ……!)」

「っ!」

「くっ……!」

 体勢を立て直した皆が再度足止めに入るも、あまり意味はなかった。
 何せ、僕らの攻撃を防御する合間に、霊術を織姫さんの方に放っていた。
 おそらく、澄姫さんを治療させないためだろう。

「(この守護者、僕や司が転移魔法をいつでも使えるのをわかっているのか……!)」

 これほどまでの速さを持つなら、そのまま直接織姫さんに攻撃できるだろう。
 なのに霊術で牽制しかしないのは、僕や司が転移魔法で割り込めるからだ。
 普通に追っても追いつかなくても、これなら追いつける。
 そして、割り込むことで生じる時間で再び転移魔法が使える。
 そうなればイタチごっこ、千日手だ。
 ……尤も、その上で僕や司がやられれば意味がないけどね。

「(それに、牽制だけでも危険だ)」

 守護者の扱う霊術はどれも強力だ。
 術式を見た限り、安定もしっかりしているから手加減もできるようだけど。
 逆に言えば、それだけちゃんと制御できているということ。
 それは応用もできるという証明に他ならない。
 その場合、織姫さんを遠距離から仕留めることも可能なのだろう。

「っ……!!」

     ギィイイイン!!

「(考える、暇もないか……!)」

 僕が思考を巡らす間にも、戦いは続いている。
 守護者が武器を振るう度に、誰かが吹き飛ばされる。
 辛うじて防御自体はできているため、吹き飛ばされるだけだが。

     キキキン!!

「ッ!」

「……ようやく、掛かった!」

   ―――“Sacré clarte(サクレ・クラルテ)

 もちろん、僕らも何も策を用意していない訳じゃない。
 少なくとも、バインド自体は通じるんだ。例え、拘束時間が短くとも。
 だから、それを利用して僕となのは、奏でバインドを設置。
 帝は拘束系の宝具を利用して拘束を試みる。
 同時に、司が砲撃魔法を放った。

「これ……っ!?」

   ―――“森羅断空斬-瘴-”

 “これで”と、言葉が続かなかった。
 いくら速くても回避は不可能だと思った。
 事実、守護者は回避しなかった。
 ……代わりに、全てを切り裂く斬撃を放ったが。

「ッ……!」

   ―――“模倣(ナーハアームング):護法霧散”

 その一撃は、まさに森羅万象全てを切り裂けるものだった。
 だけど、それに驚いても僕の動きは……“これ”は止まらない。
 澄姫さんの術式を解析し、模倣。一から組み立てる時間はないため、そのままコピーして魔法として放った。

     パキィイイイイン!

 その術式は、確かに守護者に対して発動した。
 これで、あの驚異的な速さと力は打ち消せただろう。

「っ、ぐうっ!?」

 だが同時に、僕は生成したレイピアの防御の上から瘴気の触手に吹き飛ばされた。
 さらに、司自身は躱したものの、さっきの斬撃が結界を破壊していた。

「(まずい、更地から元の地形に……!)」

 結界の外は結界内を破壊する前の状態そのままだ。
 このまま、守護者に同じ手を取らせる訳にはいかない。

「行かせない……!」

「ッ……!」

   ―――御神流奥義之歩法“神速”

 すぐさま奏となのはが足止めに入る。
 同時に蓮さんと陰陽師の人も援護する。

「(今ここで決定打を!)」

 攻撃を受けたダメージで体が痛む。
 これだと、直接切りかかるよりも別の方法を取るべきだろう。
 ……その“手段”は、既にある。ずっと、残ってあった。

「(術式は……残っている。後は、足止めを……!)」

「ぉおおっ!!」

「っ!?」

     ギィイイイン!!

 突如、守護者の後ろから誰かが切りかかった。
 鎧を着て、鬼のような角が生えているが……。

「悪路王!?」

「治癒は済んだ。吾も混ぜてもらおうか……!」

 悪路王……椿たちから聞いたことがあるような……。
 まぁ、陰陽師の人が驚いていたものの、味方のようだ。
 それに、今ので充分な隙ができた。

「捕縛!!」

 バインド、創造した鎖、椿の能力による蔦。
 そして、僕の言葉に続いて皆が放つバインド。
 それらによって、守護者は拘束された。
 瘴気であっさり破られるだろうが、一歩遅い。

「っ……!」

 僕は既に、その“銃型のデバイス”を構えているのだから。

「(使わせてもらいますよ、ティーダさん……!)」

 そう。それは、今となってはティーダさんの形見とも言えるデバイス。
 あの時、大門の守護者と対峙しても最期まで手放さなかった、ティーダさんのストレージデバイスだ。

「頼むぞ、“ミラージュガン”」

 それがなぜここにあるのか。
 それは、僕が神降しをして戦いに赴く前に―――

   ―――「クロノ、一つ頼みたい事が」

   ―――「なんだ?」

   ―――「ティーダさんのデバイス、僕が使っていいか?」
   ―――「使いどころが限られるけど、もしかすると……」

   ―――「……わかった。だが、壊さずにな?それは今や形見扱いなんだからな」

   ―――「わかってる」

 ……そう言って、借りてきたのだ。

「(狙うはただ一点。ティーダさんが命と引き換えに打ち込んだ箇所……!)」

 いくら忘れ形見とはいえ、普通であればリヒトを使う方がいいだろう。
 なのにティーダさんのデバイスを使うには訳があった。
 それは、このデバイスに記録されていた映像を見た時。
 ティーダさんは死を覚悟した上で、次に戦うであろう誰かのために、命と引き換えに捨て身の一撃を守護者に与えていた。
 
「(寸分違わず当てる。並の射撃の腕前だと成功しない。……だが!)」

 その傷により、守護者の体には一つの術式が埋め込まれていた。
 本来なら瘴気で術式を壊されていただろう。
 しかし、自身の体を瘴気で洗い流すなど、守護者にとっては今更だった。
 少なくとも、今まで僕が知る戦いで守護者は瘴気で体内の術式を破壊していない。

「(今なら……!)」

 今、守護者はバインドによって拘束されている。
 少なくとも、今撃てば回避はされないだろう。
 他に問題があるとすれば、その弾が打ち消されないか。
 回避は無理でも、反撃をしてくるのが守護者だ。
 生半可な威力の攻撃では簡単に打ち消されてしまうだろう。

「(……でも、そんなのは関係ない……!)」

 しかし、それがどうしたと言うのだ? 
 ティーダさんは、死ぬのが分かっていてなお、こうして傷を与えようとした。
 勝てないと分かっても、“次”に繋げるために最期までダメージを与えようとした。
 ……僕だって同じだ。この力量差、覆して見せる!!

「フォイア!!」

 一つの魔力弾が放たれる。
 それは一直線に守護者へと迫る。

「っ……!」

 だが、その瞬間。瘴気にバインドが蝕まれ、拘束が解けてしまう。
 同時に、僕が魔力弾を加速させる。
 速度の違いを見せる事で、回避をさらに難しくする。
 これで、守護者は迎え撃ってくるはず……!

     ギィイン!!

「(霊力を伴った攻撃に対する策。魔力弾を覆うようにバリアを展開する、所謂多重弾殻射撃……!いくら霊力に打ち消されやすくとも、二重構造なら通じる)」

 だが、相手は大門の守護者。
 それすらも上回るように、魔力弾を切り裂いて来る。

「(さらに、その二重!!)」

 でも、それは想定の内だった。
 先に放った魔力弾は、僕が創造魔法で模倣した魔力弾。
 本命のティーダさんが遺した術式による魔力弾は、その後ろに隠れている……!
 多重弾殻射撃に加え、魔力弾で魔力弾を隠す隠し弾(ブラインド)による二段構え。
 これなら、どうだ!

「ッ……!?」

     ギィン!!

 死角からのその魔力弾に、守護者の顔が強張ったのが見えた。
 そこからの斬り返しで反応したのは確かに見事だけど、僕の誘導操作の方が早い。
 外側の弾殻は削り取られたが、本命の魔力弾は届いた!

「がっ……!?」

「……“ランスターの弾丸に貫けないものなんてない”。……決して敵わないと悟った魔導師の、最期の置き土産だ」

 寸分違わず、魔力弾がその箇所へと命中する。
 位置としては、守護者の腹辺りだ。
 そして、そこに残っていた術式が起動する。

     ドンッ!

「っつ、ぁ……!」

 非殺傷設定なんて一切考慮していない術式だ。
 その効果は、単純に魔力が炸裂するというもの。
 だが、その炸裂する位置が、ティーダさんが最期に撃ち込んだ箇所。
 つまり、体内から炸裂するのだ。
 これなら、例え守護者でも大ダメージだろう。

「っづ……」

 ……そして、そこまでやってようやく。
 守護者は、その場に膝をついた。
 炸裂した腹と、口から血を流し、刀を支えに倒れまいと踏ん張っている。
 そこを、僕らは容赦なくバインドで拘束する。









   ―――ようやく決着だと、誰もが思った。

















 
 

 
後書き
戦技・隠れ身…自身に対する敵視を大幅に減らす。本編では、気配を周囲と同化させる事で身を隠す。暗殺にもってこいなスキル。

海嘯…水属性の単体攻撃。使用回数で最大五回攻撃になる。渦潮のように相手を巻き込み、攻撃する。

霊魔穿撃…霊力と魔力を合わせ、防御と攻撃の両方の効果を持つ衝撃波を放つ技。霊魔相乗をしていなくとも放つことは可能である。

ミラージュガン…ティーダが使っていたストレージデバイス。奇しくも後にティアナが持つデバイスと同じ“ミラージュ”が入っている。

多重弾殻射撃…アニメ三期の三話でティアナが使用している。簡単に言えば二重構造の魔力弾。本命の魔力弾そのものを通すための応用技術。

隠し弾(ブラインド)…暗殺教室より抜粋。弾の後ろに弾を隠し、対象にとって死角を生み出す高等技術。なお、誘導操作が出来る魔力弾の場合、銃弾よりも比較的簡単に行える。


優輝、何気に鈴の名前を知らないために地の文ではずっと“陰陽師の人”呼ばわりです。
隠し弾(ブラインド)は暗殺教室でしか見たことがない言葉ですけど実際にあるんですかね……?

ps.どうやってなのはのSLBを凌いだか一切描写されていなかったので追記。 

 

第166話「逢魔時退魔学園」

 
前書き
ぶっちゃけさすがにくどいかも(おい
主人公補正が働く(5章の)ラスボスってこんな感じですかね?
途中から補正同士のぶつかり合いみたいになってる気がする……。
大門の守護者(とこよ)はFateで言えばグランドサーヴァントor人類悪レベルでヤベー奴扱いできちゃう程(の設定)なので、こうなってもおかしくはないんですけどね。
 

 







       =out side=









 大門の守護者と優輝達が戦う中、離れた場所で……。

「……っ、ぁ……」

 緋雪が、夥しい量の血を地面に流しながら、近くの木にもたれて居た。

『ひ、緋雪ちゃん……』

「っ、エイミィ、さん。あまり、見ない方がいいですよ……」

 今の緋雪はそこら中に斬られたり霊術で焼かれた痕などがある。
 その姿はあまりにも酷く、耐性がない人が見れば吐き気を催していただろう。
 通信を繋げているエイミィも例外ではなく、顔色が非常に悪くなっていた。

「……嘘だと、信じたいんですけど……」

『……京都がサーチャーで観測できなくなってる。多分、瘴気が集まってるから……』

「……あ、はは……ホント、どこまでも用意周到な……!」

 身動きのできない緋雪は、乾いた笑いを浮かべながらも、悔しさを滲ませる。

「……通信は……?」

『……ダメ。一切通じないよ。転移魔法の座標も定まらない……。現に、まだ瘴気が残っているからか、この通信もノイズ混じりだし……』

「やっぱり……」

 いくら幽世の身で、再生する体と言っても、血は足りなくなる。
 緋雪の再生は遅くなり、戦闘力も落ちていた。

「っ……」

『緋雪ちゃん!?ダメだよ!そんな体で……!』

「わかっ、てる……!」

 しかし、それでも、行かなければならない。
 言外にそう示しながら、緋雪は体を引きずるように京都を目指す。

「お兄ちゃんたちが、危ないのに……!じっとなんて、していられない……!」

 瀕死の体になってなお、強い跳躍で飛び立つ。
 皆が危ないという焦りが、彼女の胸中を占めていた。









「死に物狂いで結界を破壊したのに、それで()()()()()()()()なんて……!」



















「……っ……!?」

 一方、京都では。
 致命打を与え、さらにバインドで拘束した守護者に、変化が訪れる。
 それは、優輝達が油断なくトドメを刺す前に起き……。

「くっ……!」

 優輝、鈴、司がすぐさまトドメを刺そうと動く。
 しかし、守護者に集束する瘴気に、その攻撃は阻まれてしまう。

「何が……!?」

「瘴気が、集まって……」

「嘘……!?」

 瘴気の集束に、誰もが危機感を抱いた。
 瘴気ごと薙ぎ払うために、司がジュエルシードの魔力を溜める
 そして、結界内を更地に変えた砲撃を司が放つ。

「っ、躱された……!?」

「あの傷とバインドで動けるのか!?」

 しかし、手応えから避けられたと司は悟る。

「……瘴気だ」

「悪路王?」

「……あの集束する瘴気。あれによって守護者は傷を治したようだ。……それだけではないな。もしや、追い詰められるのを予期していたのか?」

「……だとしたら、笑えないな……」

 悪路王の言葉に、優輝は顔を引き攣らせ。冷や汗を流す。
 もしその通りなら、せっかく追い詰めた分が無駄になったも同然だからだ。

「う……く……!」

「く、苦し……!?」

「……霊術も扱えぬ娘にこの瘴気はきつかろう」

「なのはちゃん!帝君!」

 集束する瘴気の影響を受けてか、霊術を扱えないなのはと帝が苦しむ。
 すぐさま司が応急処置をし、戦闘不能に陥っていた澄姫を治療した織姫が対処する。

「……簡易的な護符よ。これで、この空気に耐える事自体は出来るけど……」

「……問題は、この後の戦闘に対処できるか、という事だな?」

「ええ。……嫌な予感がするわ」

「同感だ」

 周囲を警戒する優輝達。
 守護者は再び木々に隠れるように気配を隠し、何か仕掛けようとしていた。
 魔法による結界は瘴気の影響で蝕まれるため、張ろうにも張れない。
 霊力による結界では、張る際に隙が出来る。それを逃す守護者ではない。
 そのため、再び更地にするには、相応の被害を出す必要がある。
 時と場合によっては、それも辞さないと優輝は考えているが……。

「っ、来る……!」

 その前に、守護者が動いた。

「これ、は……この、術式は……!?」

「結界の類……?でも、こんな規模は……!」

 集束する瘴気、そして組み上げられた術式。
 それは結界を構成するもので、しかし鈴には見たことがない規模だった。

「……こんな規模、護法霧散でも祓いきれないわよ……!」

「っ……!」

 復帰した澄姫の言葉に、優輝が咄嗟に守護者に攻撃を仕掛ける。
 だが、一歩遅かった。

   ―――“我が愛しき魂の故郷(逢魔時退魔学園)

「ッッ……!?」

 世界が塗り替えられる。
 戦闘で荒れていた木々などは消え、江戸時代辺りの木造建築が現れる。

「な、に……?」

「嘘、ここって……!?」

 その光景に、悪路王と澄姫は見覚えがあるのか、驚きの声を漏らす。
 二人だけではない、織姫と蓮も、驚いていた。

「まさか……!」

「逢魔時、退魔学園……!」

 そう。その光景は、彼女たちがかつて力を研鑽していた地にそっくりだったのだ。

「それって、陰陽師を育成する……」

「学び舎のようなものです。……同時に、ご主人様の家でもありました」

「……なるほど……」

 優輝は蓮の言葉を聞いて何となく納得する。
 この類の結界術は、術者の心を映し出す場合が多い。
 今回の場合は、守護者にとっての魂の故郷が映し出されたのだろうと、優輝は推測する。

「どの道、ピンチって事には変わりないよね……」

「ああ。多分、守護者の切り札の一つだ。何を仕掛けてくるか、わかったものじゃない」

「………!」

 さらに言えば、展開された結界全体に瘴気が込められている。
 対策しているため、優輝達の体に害はないが、それを利用されれば話は別だ。

「……来て、私の式姫達……!」

「なっ……!?」

 守護者のその言葉と共に展開されたいくつもの陣に、優輝達は言葉を失う。
 特に、悪路王、鈴、澄姫、織姫、蓮の当時を知る者達は驚きが大きかった。

「嘘、だろ……」

「まさか、あれ全部……」

「……式姫、なのか……!?」

 なぜなら、陣から出てきたのは何人もの人型の存在。
 帝、司、優輝が呟いたように、それらは全て式姫だったからだ。

「っ、自我はないようね……でも……」

「散れ!!」

 悪路王が鋭く警告する。
 その瞬間、召喚された式姫達から霊術が放たれた。
 優輝達はすぐさま散り散りに避ける。

「……強さは、そのままって事ね」

「幸い、見た所生き残っていた式姫は向こう側にはいないようです」

「だから、どうした。ってぐらいに多勢に無勢だけどね」

 澄姫、蓮、鈴と、冷静に状況を分析して呟く。
 そう。椿を初めとした、現代に生き残っていた式姫は向こう側には存在していなかった。
 しかし、それでも相手の方が数は上だ。
 その上、守護者本人もいる。

「どうする!?この数に加えて守護者の対処とか……!」

「……やるしか、ないだろう……!帝!手数の数はお前が一番多い!踏ん張れよ!」

「くそっ……!やってやらぁ!!」

 空へと浮かび上がった帝が、大量の式姫に向けて武器を射出する。
 王の財宝と無限の剣製。帝の持つ二つの特典をフル活用し、手数で攻める。

「(幸い、後衛はこれを避け切る事も凌ぎきる事もできない。術や矢で相殺しているみたいだけど、前衛の一部がフォローに入らないと対処できないみたいだな。でも、問題は……!)」

「来るわよ!」

「ッ!!」

     ギィイイイン!!

 優輝が状況を分析した通り、帝の攻撃で後衛のほとんどが動きを封じられていた。
 しかし、その攻撃を駆け抜けるように、前衛の式姫の一人が駆け抜けてきた。
 その式姫を止めようと、鈴の声と共に蓮が飛び出す。

「くっ……!」

「(速い!?この動き……まさか、剣の腕だと蓮さんを軽く凌ぐ……!?)」

「悪趣味よ、とこよ……!」

「ぬぅ……!」

 抜けてきた式姫は、他にもいる。
 澄姫、悪路王、鈴も対処に動くが、数も質も揃っている相手に長く持つはずがない。

「貴女、は……!?」

天羽々斬(あまのはばきり)……!?蓮!下がりなさい!」

「くっ……!」

 蓮の相手は、蓮一人では凌ぎきれないと鈴が判断して、そう指示を飛ばす。
 それは蓮にも分かっていたようで、すぐに後退した。

「はぁっ!」

     ギィイン!

「ふっ……!」

 鈴が割って入り、そこからは二対一で戦った。
 しかし、他にも式姫はいる。帝の牽制も長くは保たない。

「吾の力、侮るなよ……!」

 だが、そこで悪路王が動く。
 相手が瘴気を扱うならと、悪路王も周囲の瘴気を利用した。
 “鬼産みの力”を使い、多数の鬼の妖を生み出して式姫達に嗾けた。

「っ……!」

「なのはと司は上空から援護!矢と術には気をつけろよ!……奏、行けるか?」

「っ……うん……!」

「(式姫の対処は、式姫に詳しい人達がいるから数以外は何とかなるかもしれない。だけど、こんなに大量の式姫がいたら、守護者の相手が……!)」

 砲撃魔法が得意ななのはと司が上空から、近接戦ができる奏と優輝は蓮達と同じように地上で相手取る事にする。
 優輝に至っては、近接戦をこなしつつ上空に剣やレイピアを創造し、帝のように射出して後衛の式姫に対して牽制もしていた。

     ギギィイン!ギギギギィイン!!

「く、ぐっ……!」

「くっ……!」

   ―――“Delay(ディレイ)-Orchestra(オーケストラ)-”

 奏がさらに加速し、優輝も導王流をフル活用する。
 だが、それでも対処しきれない。
 一人に梃子摺れば後から来た式姫が加勢し、さらに劣勢になる。

「ッ!」

 即座に奏は動きを切り替える。
 真正面から対処してはすぐにやられると判断し、加速を利用して攻撃を避ける。
 そのまま加速度を維持し、式姫達の合間を縫うように攻撃する。

「(一人で足止めするよりも、他の足止めに協力して倒した方が、効率がいい……!)」

 悪路王が生み出した鬼と式姫達がぶつかり合う場所へ奏は向かう。
 そのまま、鬼の相手をしている式姫の背後を取り、一撃を繰り出す。

「(ヒット&アウェイ!魔力弾をばら撒きながら、一か所に留まらない!)」

「(ナイスだ奏……!僕も……!)」

 一撃を繰り出し、反撃を受ける前に次の式姫に攻撃。
 飽くまで足止めを目的とした立ち回りに、召喚された式姫達も攻めきれずにいる。
 そこへ、優輝が加勢し、可能であれば攻撃を与える戦法を取る。

「(僕と奏で引っ掻き回し、遠距離魔法が使える司達で援護。蓮さん達も上手く凌いでいるみたいだし、これで……!)」

「全力よ……!」

   ―――“慈愛星光-真髄-”

「(織姫さんによる一撃で、式姫を減らせる……!)」

 後方に隠れていた織姫が、足止めを食らった式姫に対して極光を降らせた。
 守護者だからこそ防げていた極光に、さすがの式姫も対処できないのか、何人かの式姫が消し飛ばされる。

「(本物だったらもっと上手く対処したのかもしれないな)」

 召喚された式姫は、その式姫本人という訳ではなく、容姿と能力を再現しただけの人形のようなものだ。そのため、思考による判断が出来ずに極光を食らって倒された。
 僅かではあるものの、これによって式姫を減らす事は出来た。
 ……しかし。

「ッ……!」

     ィイン!!ドスッ……!

「っ、ぁ……!?」

「しまっ……!?」

 極光を放った隙を突いたのか、織姫は守護者の刀によって貫かれてしまう。
 そう。忘れてはならない。この場には式姫だけでなく守護者もいるのだと。

「ちぃっ……!」

「ッ……奏、頼む!」

「ええ……!」

 すぐさま悪路王が割って入り、優輝が転移で駆けつけて守護者の相手を務める。
 織姫は、咄嗟に慈愛の力を防御力に変換させたおかげか、致命傷は避けていた。
 しかし、重傷を負っているため、戦闘は続行できないだろう。
 回復役を先に倒すというのは、集団戦では常套手段だろう。
 だが、実際にそれをやられるのは堪ったものではなかった。

「っ、ぉおおっ!!」

「………」

     ギィイン!!ギギィイイン!!

 優輝はレイピアを生成して打ち出しながら、神降しの時から残している神刀・導標と創造した刀の二刀で斬りかかる。

「ッッ……!」

     ギィイン!!

「転移!」

 奏に足止めを任せ、優輝は範囲指定の転移魔法を使う。
 もちろん、普通に魔法を使っても避けられるので、受け流した瞬間に行使した。
 範囲内を丸ごと転移する魔法は、さすがに守護者も避けきれなかったようだ。

「(指定した条件は“空中”。アドバンテージはこちらにある。何とかして、僕だけで戦わないとな……!)」

 範囲指定をほぼノータイムで行使するとなれば、どれかの機能を削らなければならない。
 そこで、優輝は転移先を空中な事以外ランダムにする事で術を行使した。

     ギィイン!!

「っつ……!」

 空中とはいえ、守護者は霊力を足場に跳躍してくる。
 しかし、空を飛べるのと、跳ぶのはやはり違う。
 空中なため、導王流の受け流しも容易になっていたため、優輝は攻撃を受け流した。

「ッ……!」

「くっ……!」

   ―――“弓技・火焔の矢-真髄-”
   ―――“弓技・氷血の矢”
   ―――“弓技・氷血の矢-真髄-”
   ―――“弓技・火焔の矢”

     ギィイン!ギギィイン!

 炎には氷、氷には炎と、守護者の放つ矢を対称の属性を宿した矢で相殺する。
 否、相殺ではなく、威力を削いでいるだけだった。
 展開速度こそ追いついているものの、威力は椿の力を得た今でも負けている。

「(このまま地面まで……くそっ!)」

 矢と矢の撃ち合いは続く。
 矢同士での相殺は出来ていないので、レイピアで残りの威力を落とす。
 しかし、その間にも守護者は霊力の足場を蹴り、地面へと向かっていた。
 それを止める事も出来ず、優輝は式姫達がいるど真ん中まで誘い込まれる。

「『……巻き添え、食らうなよ?』」

「『えっ……?』」

 念話で忠告し、優輝は魔力を練った。
 優輝の戦闘スタイルはオールラウンダーではある。
 しかし、それ以前に“ベルカの騎士”でもある。
 つまり、“一対一に強い”という性質を持つ。
 ……裏を返せば、“巻き込んでしまうから集団戦ができない”と言える。

「一対一……または一対多……散々やってきた事だ。ただで倒せると思うなよ……!」

 神降しは、戦闘スタイルと感覚が違ったから。
 それ以外の時は、誰か味方がいたから、本来の戦い方ができなかった。
 だが、憑依で力が底上げされた程度なら、本来の戦い方ができる。
 巻き添えなど考慮している状況でない今、優輝は導王としての力を完全に発揮する。

「ッッ……!!」

     ギギギギィイン!!

 守護者から、そして周りの式姫から繰り出される刀の攻撃。
 それを、僅かに軌道を逸らすだけで回避する。
 一対一であれば、その先の動きもしなければならないが、相手が複数で一斉に襲ってきた場合は、その限りではない。

「ッ……!?」

「ふっ……!」

   ―――“火炎”
   ―――“氷柱”
   ―――導王流壱ノ型“流水”

 飛んでくる霊術も、霊力を纏わせた拳で逸らす。
 追撃や反撃をしようとする式姫を抑えつつ、優輝は逸らした反動で体を浮かせる。

「せぁっ!!」

 そして、その瞬間。上空から大量の剣を降らせた。
 守護者はあっさり切り抜けるも、式姫達は無傷といかないようだ。

「(守護者の攻撃を凌ぎつつ、それに巻き込んで式姫を倒す……!)」

 反撃に出ることは出来なくとも、耐える事は出来る。
 そう考え、優輝はそのまま攻撃を凌ぎ続けた。





     ギィイン!!ギギギギィイン!!

「くっ……!」

「一人を悠長に相手してたら負けるわ!ここは……!」

   ―――“弓技・閃矢”

「合流が先よ!」

 天羽々斬を相手にしていた蓮達だが、鈴の言葉に一度下がる事に決める。
 澄姫の援護で撤退し、すぐさま悪路王の方へ合流する。

「シッ……!」

 式姫達の合間を駆け抜けるように、奏は加速を保ちながら牽制をし続ける。
 ……だが。

「ッ……!?」

 それに追いついてくる式姫も存在した。

「速い……!!」

     ギィイン!!

「っ……!(それに、強い!)」

 追いついてきた式姫は、二人。
 桃色の髪と羽をもつ少女と、槍を持ち金髪を束ねて下ろしているボーイッシュな少女。
 “おつの”と“建御雷(たけみかづち)”と呼ばれる式姫だ。
 特に、建御雷は椿と同じく分霊とはいえ神が式姫になった存在。
 その槍捌きに、奏は思わず後退する。

「くっ……!」

   ―――“火焔旋風”

「ッ……!」

 奏の速度に追いつき、おつのから霊術が放たれる。
 それを即座に躱すも、そこへ建御雷が槍で攻撃してきた。

     ギギギィイン!!

「っつ……!」

 これ以上の加速を奏は出来ない。
 以前の戦いで使っていた瞬間的な加速は出来るものの、これ以上は負荷が大きい。
 ましてや、ここまで加速した奏に追いつく式姫を相手に面食らったのもある。

「『奏ちゃん!』」

「『なのは、助かったわ……!』」

 間一髪の所で、なのはの援護砲撃が割り込む。
 躱されはしたものの、その隙に悪路王たちと合流が出来た。

「ふっ……!」

     ギィイン!!

 鈴に襲い掛かっていた式姫を背後から斬りかかり、それを受け止めた所に鈴が一閃。
 その式姫を倒す事に成功し、すぐに状況を確認する。

「……悪路王の鬼産み程度では抑えきれないわ。それに、貴女も戦ったみたいだけど、一際強い式姫達が残っているわ」

「一部の能力においては守護者に匹敵する者もいる」

 鈴と悪路王の言葉に、奏は冷や汗を流す。
 同時に奏が念話で上空の面子にも伝えていたが、それを聞いた司達も戦慄していた。

「(彼を助けに行く事もできないし、回復が得意な織姫は戦闘不能にされた。悪路王の鬼産みも、限りがある。……もう少し、味方がいれば……!)」

 一丸となって式姫達の猛攻を凌ぎ続ける鈴達だが、それでも押されていく。
 特に、織姫が戦闘不能となり、その守りをしているため余計に身動きが取れない。

「(まだ70人以上残っている!あの牽制も、そろそろ突破……)」

「くっ……!」

「(された……!まずい……!)」

 帝の連続射撃に式姫達も対処してきたのか、徐々に帝に向けて霊術や矢が飛ぶ。
 王の財宝から取り出した宝具で身を固めているため、傷は負っていないものの、それも時間の問題と思えた。

「っ……憑依を解く時間も、ないっ!!」

   ―――“刀奥義・一閃”

「はぁっ!」

     ギギィイイン!!

 襲い掛かる式姫達の攻撃を、必死で凌ぐ。
 数は多いが、一斉に襲い掛かる事はない。
 お互いを邪魔しないように、近接系の式姫は最低限の人数でしか襲ってこなかった。
 それが、唯一の救いとも言えた。尤も、ジリ貧でしかないが。

「“チェーンバインド”!!」

「ッ……!?」

 その時、鈴達の後方から大きな声と共に大量の魔法陣が展開された。

「ユーノ……!?」

「アリシア、今だよ!」

「オッケー……!しっかり守ってよね……!」

 そこには、魔法を行使するユーノと、炎と冷気のような霊力を纏ったアリシアいた。
 奏達がそのことに驚いている間に、アリシアが矢を放つ。

「司!!帝!!」

「っ、はぁっ!!」

「そこだぁっ!!」

 アリシアの呼びかけに、司と帝は反応する。
 拘束されている式姫に向けて、三人の攻撃が直撃した。
 何人かが障壁を張っていたが、一斉攻撃の前には無駄だったようだ。

「(アリシアとユーノだけじゃない……!フェイトも……!)」

「奏……!」

「ッ……!」

 思考よりも先に、フェイトのその呼びかけに奏は反応する。
 そこへおつのと建御雷が猛スピードで迫る。

「ふっ……!」

     ギィイイイン!!

 刹那、ザンバーフォームのバルディッシュと建御雷の槍がぶつかり合う。
 拮抗はなく、力負けしたフェイトが後退する。

「はぁっ!!」

 そこへ割り込むように奏が攻撃。建御雷の槍を上に弾く。

   ―――“火焔旋風”

「想定、済み……!」

   ―――“霊閃(れいせん)

 おつのの霊術が飛んでくるが、それは奏が続けざまに放った一閃に相殺される。

「はぁぁあっ!!」

 間髪入れずにフェイトが建御雷に肉薄。

     ギィイン!!

「ッッ……!」

〈“Plasma Smasher(プラズマスマッシャー)”〉

 再び槍とぶつかり合い、吹き飛ばされる。
 しかし、意地で放った砲撃魔法が建御雷に直撃。倒す事に成功する。

「逃がさない……!」

   ―――“Delay(ディレイ)

 奏はおつのを追いかけ、一度だけさらに加速を重ね掛けする。
 一瞬とはいえ負荷が大きかったが、それでおつのに追いつき、霊術で妨害される前に切り裂く。

「ッ……」

 今更だが、人型の存在を斬り殺す経験が奏にはない。
 犯罪者には非殺傷を、今までの妖は人型でも異形だとわかる者ばかりだった。
 故にほとんど人間と変わらない見た目の式姫を切り裂いた事に少し動揺してしまう。
 ……が、それは守護者との戦いの時点で覚悟していた事。
 優輝達にも力を持つことはこういう可能性があると教えられていた事もあり、すぐさま奏は気を取り直す。

「『……どうしてここに?』」

 素早い式姫を二人倒し、すぐさま奏はフェイトに念話で聞く。

「『ダメージの大きくない人は目を覚ましたから、半分が妖の足止め。もう半分がこっちの援護にってクロノが』」

「『……よく結界内に入ってこられたわね』」

 守護者の結界がある今、外部にいたフェイトたちは簡単には侵入できないはず。
 それを奏は指摘し、尋ねる。

「『結界そのものは幽世の神が一時的に穴を開けて、そのタイミングで侵入したんだ。でも、さすがに幽世の神も長期戦で疲弊してて、足止めに人員を割いたのもそれで……』」

「『……そういうこと。……アリシアの状態に心当たりは?』」

 アリシアの纏う二つの霊気は、アリシアのものではない。
 誰の霊力なのかは、位置が離れている奏にはわからないが、違う事はわかっていた。

「『……アリサとすずかが、何かやっていたぐらいしか……』」

「『その情報で十分よ』」

 詳細は分からなくとも、奏には三人が協力したのだろうということは分かった。
 事実、今のアリシアは憑依の術式を参考にアリサとすずかの霊力を譲渡。
 その霊力によってパワーアップをするという、“疑似憑依”のような事をしていた。

「(たった三人。されど三人。……少しでも、可能性は増える……!)」

 魔導師でしかないユーノとフェイト。そして実戦経験が浅いアリシア。
 戦力としては心許ないように思えるが、それでも援軍はありがたかった。

「ユーノ、バインドの援護と防御をお願い!」

「アリシアは!?」

「私は出来る限り矢と術で援護してみる。どの道、固まって連携を取らないとあの人数は優輝か司じゃないと相手にできないよ!」

 遠距離にいたユーノとアリシアも、細心の注意を払いながら奏達のいる所へ合流する。
 依然、戦力差は絶望的。
 しかし、それでも優輝達は諦める事なく足掻き続ける。















 
 

 
後書き
我が愛しき魂の故郷(逢魔時退魔学園)…ぶっちゃけFateの固有結界。守護者(とこよ)の心に刻まれた魂の故郷を映し出す。式姫も無制限に召喚出来るが、常世で生きている式姫は召喚出来ない。Fateで言う王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)に近い。

天羽々斬…名前の通り、天羽々斬の付喪神の式姫。子供好きで、よく可愛がったりしている(偶に度が過ぎる事も)。式姫の白兎が特にお気に入り。刀の腕は蓮を軽く凌ぎ、とこよとも同等以上の腕前を持つ。ちなみに、第二次世界大戦で子供たちを守るために散っていった(102、132話参照)。

Delay(ディレイ)-Orchestra(オーケストラ)-…ディレイの重奏の最終形態。段階を飛ばさずにしっかり踏んで加速した場合のみ使用可能。爆発的な加速だけでなく、衝撃を徹したり、速度以外の身体強化も伸びていたりと、効果が豊富。

流水…導王流で多対一に向いた技。流れる水の如き動きで、周囲からの攻撃を受け流す。また、受け流した攻撃で周りの敵に攻撃する。

おつの…名前の由来は飛鳥時代の呪術者。かくりよの門では激レア扱いで、術を得意とする式姫。色々と速く、特にマシンガントークがやばい。音速以上のスピードで動ける。容姿については式姫大全で。

建御雷…言わずもがな神様。かくりよの門でも最上級のレア度に位置し、そのレア度に違わぬ強さを持つ。おつののように速く動く事が出来るが、音の壁のせいで動きながらの会話は出来ないらしい。槍を扱う式姫でもある。容姿については式姫大全で。

霊閃…霊力を込めた一閃。刀奥義の一閃の下位互換。一撃の威力としては十分。

疑似憑依…憑依と名がついているが、実際は霊力を譲渡する事によるブースト。術式が憑依を参考にしているため、この名がついた。


導王流の弱点は多対一と言ったな。……あれは嘘だ()。……いえ、確かに弱点ではあります。受け流しの際に生じる隙を突くような連携を取られればすぐに負けてしまいます。……尤も、優輝が強くなればなるほど、その隙がなくなるため、実質克服できていますが。

今回、結界内で一斉召喚された式姫は個々の強さが大体そのままですが、唯一耐久力だけは相当低くなっています。そうでなければさすがに勝てませんので……。設定としては召喚数が多い程耐久が減る感じです。緋雪の時は四人だけだったので十分タフでした。


追記:なぜか書いてなかった我が愛しき魂の故郷(逢魔時退魔学園)の解説を追加。 

 

第167話「戦いの果てに」

 
前書き
召喚された式姫は、上位の者となると一人一人が原作キャラだと無傷で勝つのが不可能に近い実力を有しています。それほどの実力者は一部のみとはいえ、基本的に並み以上の強さを持つ式姫が未だに約70人。そして主人公側は消耗して疲弊もしている状況。危険度はアンラ・マンユの泥の偽物以上です。……絶望度は無限湧きのアンラ・マンユの方が上ですが。

ちなみに、これでも守護者はだいぶ消耗しています。連戦に続く連戦に、無傷ではないため、いくら瘴気で回復したとはいえ、それでも今の憑依と霊魔相乗で底上げしている優輝なら、何とか攻撃を凌げるぐらいに弱体化しています。……優輝が凌げているのは周りの式姫を利用しているのもありますけど。
 

 





       =out side=





「っ、はぁ、はぁ、はぁ……!」

 放たれる霊術の炎が妖を焼き尽くす。
 しかし、今まで放ってきた霊術よりも、力がないように見えた。

「くっ……」

『姉、さん……』

「……葉月、もう少し、耐えれるかい?」

『……はい……!』

 いくらそこらの妖には絶対に負けない実力があるとはいえ、紫陽の体力も無限じゃない。
 何より、葉月の肉体が耐えられないため、激しい霊術行使は難しくなっていた。

「……大丈夫か?」

「……何とか、ね。あたし本来の体ならともかく、現代を生きる葉月の体じゃ、負担が大きすぎる。あんた達の戦力を全て守護者の方に投入したい所だけど、あたしだけじゃもう抑えられそうにない」

「……わかっている」

 紫陽の様子に気絶から回復していたクロノが心配する。

「しかし、貴女が守護者と戦っていれば、戦況はマシになっていたんじゃ……」

「……ふむ、確かにそれも一理ある。けど、万が一あたしがやられたら、その時点で幽世も現世もおしまいさ。二つの世界の均衡が崩れたら、何が起こるかわからないしね。……それに、何も守護者を倒す事だけが解決法じゃない」

「どういう事だ……?」

 ずっと倒す事を目的としていたクロノは、紫陽の言葉に首を傾げる。

「倒す。それは確かに一つの解決方法だ。悩む必要もないし、手っ取り早い。だが、それが出来ない場合をあたしたちは想定していたんだ。犠牲になるものが多いが、倒せなかったとしても解決できるように手段を揃えてきた。……現代の現世に、江戸の時程の実力者がいないからね」

「……」

「あの守護者は、かつて幽世の大門を閉じた陰陽師の姿をしているが、本人ではない。本人は力を削がれ、幽世にいる。人格や思考も存在しているようだが、あれは力が形を成して動いているようなものだ。……そして、本人……とこよが幽世から干渉すれば、それだけで守護者は倒せる」

「犠牲が多い……と言うことは、その干渉が終わるまでかなり時間がかかる、と?」

「理解が早くて助かるよ。まぁ、その通りだな」

 紫陽の言葉から、もう一つの解決法を知るクロノ。

「だから、死なない程度に時間を稼ぐだけでもいいんだ。倒した方が無駄な犠牲もないが、あいつは守護者になるだけあってとんでもなく強いからな」

「それは……まぁ、同感だ」

 一気に全滅させられた際の絶望感を、クロノは覚えている。
 霊力関係に疎いクロノでも、守護者の実力が一線を画しているのはよくわかっていた。

「そら、頭と手を動かせ執務官。正念場はまだまだ続くぞ」

「……ああ」

 紫陽にそう言われ、クロノは改めて気を引き締めて妖の足止めを続行した。









「“チェーンバインド”!!」

「っ、やっぱり初見だから効いただけだった……!」

 ユーノがいくつものバインドを仕掛けるが、式姫は散り散りにそれを避ける。
 追い打ちをかけるようにアリシアが矢を、司達が魔力弾で追撃する。
 しかし、それらはすぐに中断させられてしまう。
 物量は式姫達の方が上なため、生半可な弾幕は簡単に突き破られるからだ。

「くっ……!」

     ギィイイイン!!

「(畜生……!愚直に飛ばすだけの王の財宝じゃ、対処しきれねぇ……!)」

 帝の牽制も、慣れてしまったのか反撃を許すようになってしまう。
 例え王の財宝などを包囲するように展開しても、軌道が一直線だと躱されてしまう。
 その際に繰り出される反撃を防ぐのにリソースを割く事になり、さらに帝に対する反撃が増える悪循環へと陥る。

「(帝君も、地上組もフォローしなければやられるのは時間の問題……。かと言って、フォローばかりしていたら私もやられちゃう……!……ここは、上手く連携を取らなきゃ)」

 司もまた、状況が把握できているからこそ焦りを抱く。
 天巫女の力を使えば、牽制だけでなく奏達と同じように近接戦もこなせる。
 だが、牽制を怠る事は出来ず、その上で他の面子はフォローが必要になっている。
 フォローをすれば、自分の防御が疎かに、しなければ他の面子が危ない。
 そんな板挟みの状況なため、焦りを抱いていた。

「(牽制を止めれば足止めしている後衛の式姫達から一斉攻撃を受ける。多分、それらは生半可な防御や攻撃じゃ簡単に突き破られる。ただでさえ牽制に対して反撃してくるぐらいだからね……)」

 司は思考を巡らせ、手を考える。
 優輝は守護者の相手で手一杯なため、頼る事が出来ないのは理解していた。
 むしろ手助けに行きたいのだが、そうすれば戦線が瓦解するのも分かっていた。

「『帝君!なのはちゃん!牽制を一旦取りやめ!私が皆の防御をするから、その後ろから丸ごと薙ぎ払って!』」

「『えっ……!?』」

「『っ……確かにこのままじゃジリ貧だが……あんたでもあの量は防御しきれないぞ!?』」

「『そこは皆と協力するしかないよ!』」

「『……わかった。タイミングはしくじるなよ』」

「『そっちこそ……!』」

 刹那、牽制の弾幕が止み、三人は奏達が集合している場所に転移する。

「なのは……!?」

「全力で牽制……!出来るだけ攻撃させないで!!」

「其れは遥か遠き理想郷。未来永劫干渉される事のない領域を、今一度ここに……!あらゆる干渉を防げ!」

〈“Avalon(アヴァロン)”〉

 転移に驚くフェイトたちを余所に、なのはが声を張り上げてそう言う。
 その言葉に全員が応じると同時に、司が防御魔法を行使。
 二人の攻撃で薙ぎ払うまでの盾を展開する。

「(防御だけに回していても防ぎきれる訳がない!ここからさらに……!)」

「ッ……!」

「(攻撃する!)」

 司がさらに魔力弾を展開。攻撃する。
 それに合わせるように奏が動く。
 魔力弾と共に駆け抜け、波状攻撃の如く式姫へと斬りかかる。
 奏自身が刃を当てる事も、魔力弾で仕留める事もできないが、吹き飛ばす事は出来る。
 しかし、それらを突破してくる存在もあった。

「行かせないよ!」

 だが、それらはアリシアがそう言うと共に矢を放ち、それに続くように悪路王、鈴、蓮が前に出て足止めした。

「退いて!!」

「「「っ……!!」」」

 司の叫び声が響き、前に出ていた全員が飛び退く。
 そして、入れ替わるように司が展開した魔力弾が式姫へ向けて放たれる。

「合わせなさい」

「了解……!」

   ―――“弓技・火の矢雨-真髄-”
   ―――“氷炎流星矢(ひょうえんりゅうせいや)

 さらに澄姫とアリシアによる矢の雨が繰り出される。
 即席にしては見事な連携で、何とか式姫を近づかせないようにする。

「(式姫の半分ほどが優輝君の方に行っているおかげで、凌ぎきれた!)」

「行けるよ!」

「よし……!」

 そこで、ついになのはと帝の準備が完了する。
 そのまま、タイミングを見て砲撃を放とうとして……。

「っ、後ろです!!」

「なっ……!?」

 いつの間にか、帝の背後に式姫が迫っていた。

「(間に合わない……!)」

「っ、ぁ……!?」

「帝君!?」

「撃、て……!」

 接近に直前で気づいた蓮がフォローに向かうも、間に合わない。
 帝は砲撃を中断して飛び退くが、それでも攻撃を食らい、その場に膝をついてしまう。
 それでも、なのはに砲撃を続行させようと、血を吐きながら言う。

「はぁああっ!!」

     ギィイイイン!!

 すぐさま蓮が帝を襲った式姫……天羽々斬と戦う。
 隠密行動と不意打ちに特化させて行動していたため、そのまま天羽々斬は後退する。

「(回復……が出来る織姫は既にやられている……!出来たとしても応急処置……!戦闘に復帰は難しい……!)」

 鈴は一連の流れを見て思考を巡らす。
 貴重な戦力が、これでまた一人削れてしまった。

「ッッ……!レイジングハート!!」

〈“Divine Buster Full Burst(ディバインバスター・フルバースト)”〉

 帝の言葉になのははすぐさま集束させていた魔力を解き放つ。
 なのはの得意魔法の一つである砲撃魔法。それを拡散させるように放つ。
 防御されようと、それすら撃ち抜く威力で、式姫達を薙ぎ払った。

「はぁっ……はぁっ……!」

 しかし、近接戦、集束魔法など、度重なる無茶をこの戦いで何度もしてきた。
 限界を超えた戦闘を経て、なのはの疲弊も深刻になっている。

「ッ……!」

 そして、それを式姫達は逃さない。
 天羽々斬は蓮が相手しているため、襲ってはこなかった。
 しかし、別の式姫が来ていた。

   ―――“斧技・狂化”

     ギィイイイン!!

「っ、ぁ……!?」

 アリシアと澄姫は、その接近に気づいていた。
 そして、矢と術による妨害もしていた。
 それでもなお、その式姫は狂ったように間合いを詰め、なのはに肉薄していたのだ。
 その状態で放たれた一撃は、寸前でアリシアの矢によって逸らされた。
 だが、空ぶった際に霊力が衝撃波として撃ちだされ、なのはは吹き飛ばされてしまう。

「くっ……!」

 一人、また一人と脱落していく。
 そのことに、ユーノは歯噛みする。
 本来なら自分の魔法で守るべき状況だ。
 しかし、魔法では霊術などを防ぐには不向き。
 そのため、こうして足止めしか出来ていない。

「(まだ……!)」

 だが、だからと言って戦力が削られているだけではない。
 戦闘不能者を出しながらも、確かに式姫達の人数は減らしていた。
 そして、死者も出していないというのは大きい。

「(まだ、やれる……!)」

 苦しい戦いになるのは十全に理解している。
 だからこそ、司達は足掻き続けた。









「ッッ……!」

「ふっ……!」

     ギギギギギィイン!!

「“創造(シェプフング)”!!」

 一方、優輝は戦闘に苛烈さを増していた。
 守護者から繰り出される攻撃の数々を、決して重心ごと捉えられないように受け流す。
 その受け流した攻撃で周囲の式姫を巻き込み、式姫を盾にすることで優輝は守護者にやられる事なくギリギリを立ち回っていた。

     パキィイイイン!!

「まだまだぁっ!」

 創造して繰り出される武器群。
 だが、それはあっと言う間に防がれ、そして砕かれる。
 しかし、優輝は当然それを承知だった。
 砕かれた武器群には、魔力が残っている。
 そして、その破片も魔力に還元する事が出来る。

「“創造(シェプフング)”……“再構成(ヴィダアウフバウ)”……!」

 散らばった武器群の破片が魔力に溶け、そして再構成される。
 元々の武器よりサイズは小さいが、その代わりに数が増えている。

「ッ……!」

     ギィイン!!

 その間にも、守護者の攻撃は止まらない。
 足元に放たれた霊術を転移で避け、先読みされて振るわれた刀を受け流す。
 守護者はさすがに数が多すぎるのか召喚した式姫とは連携を取らない。
 その事実が優輝の助けとなり、受け流した攻撃は大体式姫への牽制となる。

「行け……!」

「っ……!」

 再構成した剣の群れを守護者に差し向ける。
 360°全てを囲うように放たれるそれらは、普通であれば上に躱すしかない。
 優輝自身上空に転移しなければならないほどだ。
 しかし、当然ながら守護者は普通の範疇には収まらない。
 跳躍して回避。これはまだいい。
 だが、守護者はその上で優輝の転移先を目視で発見。即座に矢を放ってきた。
 それこそ、寸前で回避した剣の群れなどものともしないと言わんばかりに。

「はぁっ!!」

   ―――“刀奥義・一閃”

     ギィイン!!

 その矢を優輝は刀で弾く。
 リヒトは形態をグローブに変え、身体保護に特化させている。
 そのため、神降しに残しておいた神刀・導標を振るっても無事で済んでいた。
 尤も、導標の本当の力を発揮させれば忽ち優輝の腕はこの場において再起不能になるが。

「ッ……!」

 矢を弾いた瞬間に、投擲された斧が迫る。
 優輝はそれを転移で躱し、地上から矢とレイピアを放つ。
 しかし、それらはあっさりと刀に弾かれ、逆に霊術が込められた御札が繰り出される。

「くっ……!」

 それを飛び退き回避するも、先読みして放たれていた術式に包囲されてしまう。
 霊術が炸裂すると同時に、飛び交っていた剣が魔力に溶ける。

「ッ!」

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

     ギギギギギギギィイン!!

 その瞬間、その魔力が魔力弾となり、守護者を襲った。

「はぁああああっ!!」

   ―――“巨刺剣”

 障壁に防がれたものの、それはただの目晦まし。
 霊術の包囲を転移で躱した優輝は、守護者の上から巨大なレイピアで刺し貫こうとする。

「(貫けない……!!)」

 しかし、それでは貫けなかった。
 そのため、優輝はすぐさま次の行動を起こす。

「こいつなら、どうだ……!!」

   ―――“創糸地獄”

 創造魔法によって、霧散した魔力弾の魔力から再構築。
 それによって生成した糸を、瞬時に守護者を囲うように展開する。
 糸を霊力でコーティングする事で、守護者の霊術で糸が切れないように加工する。
 僅かな時間といえど、細い糸による全方位からの引力に守護者は襲われる。

     ギィイイイイイッ!!

「(破……った!!)」

 加工したとはいえ、守護者はその糸を断ち切ろうとしてくる。
 そのため、効果はほんの僅かな時間だった。
 しかし、それでも守護者の障壁を破る事に成功する。

「ッ……!」

 いざ転移して懐に飛び込もうとした瞬間に、地上から矢と霊術が飛んでくる。
 守護者の召喚した式姫達による妨害だ。

「邪魔を……」

 それを躱し、魔力結晶を五つ砕く。
 そして生成される大量の大剣。それら全てが地上に向けて放たれる。

「するな!!」

 式姫の何人かはその剣を躱しきれずに貫かれる。
 さらに、突き刺さった大剣が共鳴するように大爆発を起こす。
 これによって躱した式姫も何人か倒す事に成功する。

「くっ!」

 そこへ飛んでくる霊術を転移で躱す。
 ……が、途端に優輝は動けなくなってしまう。

「(拘束の術式……!やられた!)」

 それは、守護者が仕掛けた罠だった。
 大剣を創造し爆発させるまでのほんの僅かな時間に、守護者は術式を仕掛けていたのだ。

「ッッ……!」

     ギィイン!!

 トドメとばかりに眉間に向けて放たれる矢。
 それを、爆発で散らばった魔力から生成した剣でギリギリ逸らす。
 こめかみを掠り、脳が揺さぶられる。
 だが、優輝は血を流しながらも気絶はしなかった。

「ぐっ……!」

 今度は、掠った側へと顔を傾ける。
 守護者は、矢の後ろから追従するように優輝に肉薄していた。
 そして、刀による刺突を繰り出していた。
 
「っ、ぁ……!」

 矢が掠った反対側が、僅かに斬られる。
 これ以上は躱せないと判断した優輝は、即座に転移魔法を発動。
 しかし、転移先は短距離とはいえランダムだった。

「ッ!!」

   ―――“呪黒剣-魔-”

 そのため、優輝は転移直後に周囲に黒い剣を繰り出した。
 葵が得意としていた霊術を、魔力で繰り出し、式姫を牽制する。

「っつ……!」

   ―――“息吹”

 しかし、それでは守護者の矢は防ぎきれない。
 殺気を頼りに矢を回避し、掠った傷に霊術をかけておく。
 悠長に回復する暇はないため、持続的に回復させることを選んだ。

「そこか……!」

   ―――“弓技・瞬矢”
   ―――“弓技・閃矢”
   ―――“弓技・螺旋-真髄-”

 追撃の霊術を転移で躱し、矢の攻撃で反撃する。
 椿の技術と、創造魔法による遠隔操作で同時に三つの技を放つ。
 遠隔操作で疑似的に弓を引き、射た矢は守護者の動きを制限し、本命の優輝自身が放った矢で攻撃した。

     ギィイン!!

「ッ……!」

 だが、その矢はあっさりと瘴気の触手に逸らされる形で防がれてしまう。
 それだけでなく、そのまま触手によって雨のように連打攻撃が繰り出される。

「くっ……!」

   ―――“速鳥”
   ―――“扇技・神速”

 全開の霊魔相乗による強化と、霊術による敏捷強化で触手を躱す。

     ギギィイン!!

「ちぃ……!!」

 しかし、そこへ式姫が襲い掛かってくる。
 さらには、守護者から矢が放たれ……。

「邪魔だ!」

 転移魔法で式姫の背後に転移、蹴り出し、矢にぶつける。
 式姫を一人減らしたが、その程度では意味がない。

「ぐっ……く……!!」

 触手の攻撃を凌ぎながら式姫の攻撃と守護者の矢をどうにかしなければならない。
 その状況に、優輝は即座に転移して避難する。

「……設置、完了」

「ッッ……!!」

 しかし、守護者は、さらにその上を行く。

「(やはり、術式を用意していたか……!!)」

   ―――“偽・焦熱地獄”

 その瞬間、地上にいる式姫ごと、広範囲が焼き尽くされた。





「ッ……!?何、この熱気……!?」

「アリシアちゃん!」

「させない!!」

 幸い、移動しながら戦っていたためか、司たちがいる場所までは届いていない。
 だが、それでも熱気だけで非常に強力なものだと理解できた。

「くっ……!」

 熱気に驚いたアリシアをフォローするようにユーノが助けに入る。

「ごめん……!」

「気にしないで!……今ので、奥の式姫が巻き込まれたみたい。劣勢が、何とかなるかも……!」

 そして、その霊術は、奇しくも司たちの助けになっていた。





「っづ……!!」

 そして、優輝は転移魔法によって上空へと逃げていた。
 だが、それでも届く熱気に冷や汗と汗が止まらない。
 さらには、その状況下でも守護者の攻撃は飛んできていた。

「(陣を足場に肉薄してくるか……!)」

 創造した剣やレイピアをぶつけて矢を逸らし、肉薄する守護者を視認する。

「……準備していたのは、そっちだけじゃない!!」

 優輝もまた、守護者と同様に戦闘しながら切り札の準備をしていた。
 そして、今それを開放した。

「(帝から見せてもらったいくつかの宝具……!それらを今、模倣する!!)」

   ―――“模倣創造(ナーハアームング・シェプフング)

 練られていた術式が起動する。
 傍らには赤い槍。手には金色を基調とした巨大な斧が握られていた。
 刀は適当に創造した鞘に収められ、今は優輝の腰に差されている。

     ギィイン!ギギィイン!!

「ッ……!」

 接近しながら放たれる矢を、その斧で弾く。
 斧の質量と、その斧に込められた“神秘の力”。
 さらには武器と共に創造した武器の担い手の怪力。
 それらにより、守護者の普通の矢程度なら弾くことができた。
 ……そして、お互いに間合いに入る。

「ッッ……!」

「大英雄の絶技、食らうがいい……!」

   ―――“射殺す百頭(ナインライブズ)
   ―――“刀技・五龍咬-真髄-”

     ギギギギギィイイン!!!

 それは、模倣する数を減らし、精度を上げたからこそ出来た絶技だった。
 守護者が瘴気を纏い、瘴気の触手と同時に繰り出された五連撃を上回る。
 その事実にさしもの守護者も目を見開き、刀が大きく弾かれた。

「(隙が出来た!神降しでやられたあのカウンターがあったとしても、ここで確実に仕留める……!)」

 刀を大きく弾き、守護者に大きな隙が生じる。
 同時に、優輝は斧を手放し、槍を構える。

「その心臓、貰い受ける……!」

 それは、ケルト神話にて大英雄クー・フーリンが使う槍。
 Fateシリーズの作品にて、“心臓を貫いた”という結果を作ってから槍を放つという因果逆転の効果を持つ、初見殺しの必殺の槍。

「“刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)”……!!」

 それが、守護者に向けて放たれる。
 例え神降しの時に使われたカウンター技を使われたとしても、因果逆転の力があれば確実に守護者を仕留める事ができる。
 そのため、優輝は相討ち覚悟でその槍を放った。







「ッ……!?」

 ……結論から言えば、その槍は心臓に命中する事はなかった。

「嘘、だろ?」

     ギィイン!!

「ぐっ……!」

 “当たらなかった理由”に優輝は動揺し、刀の叩きつけに一瞬反応が遅れる。
 槍でその一撃自体は防いだものの、そのまま地面に叩きつけられる。

「っづ、ぁあああ……!?」

 未だに熱気が収まらない地面の熱さに、優輝はすぐさまその場から浮く。
 そして、すぐに思考を落ち着かせ、状況を分析する。

「(失敗した……訳じゃない、あれは……()()()()()()()()()()()()()()()()……!)」

 そう。放った槍は元ネタの作品でもネタにされるように当たらなかった訳じゃない。
 “因果逆転”そのものが、守護者に対して働かなかったのだ。
 それさえなければ、ただの鋭い槍の一突きでしかない。
 それでは瘴気の触手であっさり弾かれてしまうだけだった。

「(槍を放つ瞬間、守護者が仕込んでいた術式が発動する節があった。……まさかとは思うけど、因果操作を無効化する護符でも持っているのか……!?)」

 この時の優輝の推測は、寸分違わず合っていた。
 守護者は因果操作を懸念してそれを無効化する護符を事前に持っていたのだ。
 しかも、それは使い捨てではなく、何度も機能するタイプの。
 当然、これはその場で作れるものではなく、守護者が生前、とこよとして生きていた時に時間をかけて制作したものである。
 そのため、破壊もこの状況下では不可能に近かった。

「っ、ぐぅう……!?」

 そして、動揺して地面に叩きつけられたのがいけなかったのだろうか。
 守護者による霊術で、優輝はその場から動けなくなる。
 重圧による拘束だ。

「(破るまでに時間がかかる……!一体、何を……ッ!?)」

 “仕掛けてくるのか”と、思考は続かなかった。
 なぜなら、守護者の正面に瘴気が集中しているのが見て取れたからだ。

「(結界を維持する瘴気も全て……いや、それだけじゃない!結界外の瘴気も集束させているのか!?なのはのスターライトブレイカーのように……!)」

 結界が解け、結界内のみでの事象だった灼けた地面も消える。
 スターライトブレイカーの瘴気版とも言えるソレに、優輝は戦慄せざるを得なかった。

〈マスター!〉

「……回避は、選択できない……!」

 重圧に使われた霊力も持っていかれたのか、優輝の拘束が解ける。
 だが、“逃げる”という選択肢は既に潰された。

「あれを避けたら、結界のない今の状況だと、京都を中心にいくつもの街が死ぬ……!」

 そう。守護者が放とうとしているのは集束させた瘴気。
 それがそのまま地面にぶつかれば、京都だけでなく周辺の県も瘴気に侵される。
 そうなれば自然は全て死に、人も住めなくなってしまう。

「だから、相殺するしかない……!」

 現状、守護者の放とうとしている攻撃は、防御も相殺も不可能に近い。
 既に結界内にいた司たちは疲弊しており、相殺の手伝いもできそうにない。
 むしろ、優輝が相殺に放つ攻撃の余波を防ぐのに精一杯だ。
 結界外にいた紫陽達も距離が離れすぎて援軍を望めない。
 故に、優輝一人で行うしかない。

「ッ………!」

 時間はない。
 優輝は魔力結晶を15個取り出す。
 内5個は砲台とし、後は全て増幅装置とする。

Verstärkung(増幅)Komprimierung(圧縮)Fokussierung(集束)Multiplikation(相乗)Stabilität(安定)……!!」

 増幅装置である二つの五芒星の頂点に設置された魔力結晶が輝く。
 さらに砲台の魔力結晶の魔力も集束していく。

「束ねるは人々の想い、輝ける導きの光……闇を祓え!!」

〈“勝利へ導きし王の剣(エクスカリバー・ケーニヒ)”〉

 優輝のデバイスであるリヒトが剣に姿を変え、極光が放たれた。

「呑み込め……!!」

   ―――“禍式・空亡(そらなき)

 そして、同時に守護者から底なしの闇ともいえる巨大な玉が放たれた。

「ッ――――――!!」

 光と闇がぶつかり合う。
 守護者から放たれたのは、瘴気を集束させた巨大な玉。
 それを受け止めるように、光の極光がぶつかる。
 しかし、砲台と増幅装置を使ってなお、極光が押される。
 ……それほどまでに、守護者の放った術は強力だった。

「っ、ぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 だが、優輝もタダでは終わらない。
 この魔法は、今や一つの宝具となっている。
 諦めない意志に、勝利へと導かんとする想いに共鳴し、威力が増す。
 それにより、徐々に守護者の攻撃を押し返していく。





   ―――ピキッ……





「ああああああああああああああああああああああ!!!!」

 優輝の叫びと共に、ついに相殺に成功する。
 ……同時に、ナニカが罅割れたような……そんな気がした。







「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 息を切らし、その場に膝を付く優輝。
 既に満身創痍だった。
 極光を放ったリヒトは負荷に耐えきれなかったのか、罅割れている。
 核となる部分は無事だが、これ以上の戦闘行為には使えなかった。

「っ……」

 そして、まだ守護者は健在だった。
 守護者の切り札を防いだのはいいものの、その先がどうにもならなかった。

「く、っ……!」

 視界がぼやけ、四肢に力が入らない。
 魔力行使、霊力行使も上手くいかず、ただ漠然と自身に向けて振るわれる刀を認識していた。















 
 

 
後書き
氷炎流星矢…アリシアがアリサとすずかの力を受け取った状態で放てる、炎と氷を纏った矢の雨を降らす技。三人の霊力を合わせたようなものなので、当然威力も高い。

再構成(ヴィダアウフバウ)…文字通りの意味。創造魔法によって創られたものを魔力に還元し、その魔力を以て別のものを新たに創造する。

-魔-…霊術を霊力の代わりに魔力で放つ際につく。今のところ、優輝以外は時間をかけないと使えない。

息吹…所謂リジェネ。持続的に回復する。新陳代謝も上がっている模様。

偽・焦熱地獄…焦熱地獄を再現したかのように、広範囲を焼き尽くす。その威力は非常に高く、地面の一部が溶岩化するほど。その分、発動までに時間がかかる。

模倣創造(ナーハアームング・シェプフング)…創造魔法による、模倣の切り札。Fateの投影による宝具使用を一気に複数行うようなもの。展開数を減らせばその分精度も上がる。当然負担も大きく、発動まで時間がかかるが、その分強力。

“神秘の力”…神秘に関してはFate参照。神話時代の武器であるほどその力は強い。

禍式・空亡…言い表すならばSLBの瘴気版。大門の守護者の切り札。その威力は集束させた瘴気にもよるが、相殺しなければ複数の都道府県を一気に死に至らしめるほど。ちなみに、北海道の中心に放たれた場合なら、北海道の端は無事で済んだりする。


かくりよの門をやっている人ならわかると思いますが、優輝がいる場所は裏手で司たちは正門近く(逢魔時退魔学園MAP)で戦っているため、場所が離れています。正門と裏門近くなので、偽・焦熱地獄も範囲外だったということです。

そして登場したFate名物(?)当たらない必中の槍。一応、ランサーのために弁解させてもらうと、相手の対策が万全過ぎただけで、何の落ち度もありません。 

 

閑話14「足掻き続けて」

 
前書き
優輝が守護者と死闘を繰り広げてる中、司達は……的な話です。
前回、援軍が来ておきながら描写が少なすぎたので、こちらで補完する事にしました。
 

 





       =out side=





 最初に織姫が守護者に刺され、次に帝が天羽々斬に斬られ、なのはが斧使いの式姫に吹き飛ばされて戦闘不能に追い込まれた。
 既に量で負け、質でも同等の相手がいる状況で、さらに劣勢に追い込まれていく。
 ……その中でも、司達は足掻き続けた。

「っ……!」

     ギィイイン!!ギギギィイイン

 蓮が、目の前の式姫と何度も切り結ぶ。
 相手は天羽々斬。刀を扱う式姫でもトップクラスに位置する式姫だ。
 当然、憑依と京化によるパワーアップがあっても、蓮では彼女に劣る。

「ッ!」

 押し負けそうになった瞬間、天羽々斬に向けて黄緑色の鎖が迫る。
 難なくそれは躱されしまうが、蓮が体勢を立て直すには十分だった。

「助かりました!」

「気にしないで!」

 鎖はチェーンバインドで、放ったのはユーノだ。
 防御魔法をいつでも使えるようにしつつ、全員をバインドによって援護していた。
 ユーノは本来バインドが特別得意という訳ではない。
 マルチタスクによる防御魔法の付与を行い、頑丈なバインドに変えているだけだった。
 だが、魔力と霊力の相性を考えてもバインドは式姫にとって厄介になっていた。
 いくら劣勢の司たちでも、少しばかり足止めができればその隙を突いて式姫を倒す事を狙っていたからだ。

「あの小僧の術で、上手く牽制になっているな」

「ええ。魔法のようだけど、なかなか便利ね」

 例えそのバインドが初見以外全く当たらないとしても、役には立っていた。
 悪路王と鈴はそれを示すように目の前に迫る式姫の攻撃を防ぎながらそう呟く。

「マーリン、貴女、何かできないかしら?」

〈この状況だと一回しかできないかな〉

「一回はできるのね。機会はそっちで見て頂戴」

〈仰せのままに〉

 この状況下でなお軽くふざけているマーリンとの会話を切り上げ、鈴は目の前の事に集中する。槍による攻撃の受け流しから、悪路王と交代。
 即座に術式を練り、その霊術で目の前の式姫達を後退させる。

「はぁっ!!」

 さらに司がジュエルシードから全員を円で囲うように砲撃を放つ。
 そこからメリーゴーランドのようにジュエルシードを回転させながら円を広げる。
 式姫達を近づけさせない牽制にしつつ、さらに後退させる。

「(帝君もなのはちゃんもやられて、牽制が心許ない……それに、二人がやられた時点で気づくべきだったな……もう、包囲されているなんて)」

 そう。司が砲撃の檻で自分たちを囲ったのは、式姫に包囲されていたからだ。
 360°全方向から襲われないように、誰かが牽制し続ける必要があった。

「(ジュエルシードの魔力も無限じゃない。私自身も疲労が溜まってくるし、牽制を突破してくる式姫を倒すのにも当然魔力を使う。……既にやられた三人も、守り続けないといけないし)」

 ただ包囲されただけならば、一度包囲を突破すれば問題がない。
 しかし、それが出来ないのは戦闘不能になった織姫、帝、なのはがいるからだ。
 応急処置で命に別状はないが、守り続けないといけない状況になっている。

「(なのはちゃんの砲撃で後衛の式姫はそれなりに倒した。前衛もいくらか倒したし、三人が戦闘不能になっても、マイナスよりだけど実質プラマイゼロ……とは、思えないかな)」

 当人たちにすれば、上手く攻防が出来ていると司は思う。
 しかし、一度視点を切り離して状況を見れば、完全に防戦一方だった。
 全ての行動に対し、受け身の態勢になり、反撃以外で式姫に攻撃していなかった。

「(このままだと、押し負ける。何か、別の行動を起こさないといけない)」

 魔力弾で牽制しつつ、司は思考を巡らせる。

「(スピードなら、フェイトちゃんと奏ちゃん。ユーノ君とアリシアちゃんに援護してもらえれば、そのスピードで式姫に隙を作れるはず。そこを他の皆に突いてもらえば……!)」

 そこで、ふと司は奥の方にいる式姫が目に入る。
 その式姫の女性は、ふわふわとした桃色の髪に、司には見えなかったが赤と青のオッドアイを持ち、眩いばかりの満面の笑みを浮かべていた。
 ……尤も、そこから感じられる霊力は恐ろしいものだったが。

「ッ……!!シュライン!!」

〈“Barrière(バリエラ)”〉

     ドォオオオオオオオオン!!

 冷たい感覚が司の背中を駆け巡る。
 その悪寒に促されるように、全員を守るように上に障壁を張る。
 その瞬間、落雷のように極光が降り注いだ。

「ぐぅううっ……!!」

 その威力に、司は驚く。
 まるで、織姫が放っていた慈愛星光にも劣らない威力。
 疲労が積み重なっているとはいえ、司の障壁でも負担がかかるほどだった。

「あれは……伊邪那美(いざなみ)!?」

「まずいな……。神話系の式姫が他にも残っている。今まで動かなかったのは、あのような威力を発揮するためか……!」

 その式姫が誰か知っている鈴と悪路王が、焦りを見せる。
 “神話級”。それは数多くいる式姫でも最上位に位置する式姫の事だ。
 その式姫は、全員が有名どころの神の分霊だ。
 神話級とあって、その力も神の如き強さである。
 一斉召喚による力の制限があったとしても、驚異な事に変わりはない。

「『っ……フェイト!奥にいる式姫の足止め……!』」

「『うん……!』」

 すぐさま、奏とフェイトが動く。
 猛スピードで式姫の間を駆け抜け、飛び抜けて力を持つ式姫の前に躍り出る。
 霊術を扱わないフェイトですらも、その式姫から力を感じる。
 奥にいる伊邪那美を含めた七人の式姫、その全員が“神話級”だ。
 建御雷も“神話級”ではあったが、フェイトによって既に倒されている。
 それでも、七人。一人一人が奏やなのはに匹敵する強さを持っている。

「……マーリン!」

〈言わなくてもわかるよ。だけど、タイミングがまだだ〉

「そう、ねっ!」

     ギィイン!!

 鈴の言葉にマーリンがそう返す。
 その間にも刀を持った式姫が斬りかかり、鈴がそれを受け止める。

「ぉおっ!!」

     ギィイン!!

「シッ!」

「そこよ!」

   ―――“弓技・螺旋”

 そこへ悪路王が斬りかかり、怯んだ所で鈴が掌底。
 吹き飛ばした所に澄姫が矢を放つ……が、それは他の式姫に防がれる。

   ―――“扇技・護法障壁”

「っつ……!耐えきれ、ない……!」

「アリシア!っ……!“チェーンバインド”!!」

 三人の連携の間は、アリシアが障壁を張って司と共に牽制する。
 しかし、障壁は式姫達の放つ矢によってすぐに罅が入る。
 咄嗟にユーノがチェーンバインドを鞭のように振り回して矢を防ぐ事で立て直す。

〈ボクを振るって。技の名は“約束された勝利の剣(エクスカリバー)”。ボクが聖剣の形をしているのは、この技を放つためでもある〉

「いつ放つのかは……私が選べって訳ね」

〈そうさ。すぐには放てない。その間にタイミングを見極めて〉

 マーリンが聖剣に姿を変え、それを鈴が手に取る。
 本来の聖剣ならば、鈴が手にした所で十全な力を発揮できない。
 だが、デバイスに合わせられた今なら、放つ事が出来る。

十三拘束解除(シール・サーティーン)――円卓議決開始(デシジョン・スタート)!〉

 マーリンが放つための力を集束させる間も攻防は続く。

〈―――ケイ〉

「早い……!」

「っ、避けるのが精一杯ね……!」

 時間稼ぎに“神話級”の式姫の所に行ったフェイトと奏。
 しかし、時間稼ぎの戦いが出来ない程に、逃げの一手を選ばされていた。
 辛うじて攻撃は躱し続けているが、当たるのも時間の問題だ。

〈―――べディヴィエール〉

「っ、ぁああああっ!!」

     ギィイイイン!!

   ―――“刀奥義・一閃”

 蓮の方では、澄姫による矢の援護をもらった事で、ついに天羽々斬を倒した。
 だが、当然ながらそれで終わりではない。

「はぁ、はぁ……次です……!」

 まだ、式姫は大量にいる。
 一人を苦労して倒していては、体力が持たない。

〈―――ガヘリス〉

「っ……キリがないわね……」

『ど、どうするのよ……!』

「……諦めない。それだけよ」

 澄姫もまた、戦闘不能の三人を守るように立ちながら、弓矢で攻撃を続ける。
 葉月とは違い、依り代の澄紀への負担は紫陽よりもかなり少ないため、まだまだ戦える状態ではある。……が、これ以上の良策が浮かばずジリ貧だった。

〈―――ランスロット〉

     ギギィイイン!!

「ちぃ……!」

 悪路王の鬼産みの力も、追いつかなくなっていく。
 ジリジリと、彼らの布陣が集束するように追い詰められていく。

「ッ……これは……!」

〈―――ギャラハッド〉

 だが、その間にもマーリンの準備は進む。
 円卓の騎士の名が呼ばれる度に、承認が下りて制限が解除されていく。

「っ……!『フェイトちゃん!奏ちゃん!その式姫達を引き付けて!』」

「『わかったわ……!』」

「『うん……!』」

 鈴が何をしようとしているのか、司は感づく。
 そして、すぐに念話でフェイトと奏に伝達。
 上手く誘導して、鈴と一直線上になるようにする。

「(これだけだと、放った瞬間に避けられる。だったら……)」

 司はそのまま式姫達の動きを制限しようと考える。
 しかし、ユーノは他の式姫の足止めで手一杯。
 他の面子も動きを制限できる余裕がある訳ではない。

「『合図を送ったら、引き付けてる式姫達の左右に砲撃を撃ち込んで!散らばって避けられないように、動きに制限を!』」

 ならばと、攻撃に対する回避行動を逆手に取る。
 二筋の砲撃が放たれ、その間が当たらないのならば、回避行動は取る必要がない。
 後は司が上への退路を塞ぐ事で、回避を許さなくする。
 ……再現されただけで自分で思考しない式姫達相手だからこそ、出来る事だ。

〈―――アーサー〉

「ッ……!」

 そして、準備が整った。
 制限が十分に解除されたのを、鈴は肌で感じる。
 司もそれを見て、合図を送る。

「フェイト……!」

「うん……!」

   ―――“Fortissimo(フォルティッシモ)
   ―――“Plasma Smasher(プラズマスマッシャー)

 振り返り、同時に砲撃魔法を放つ。
 司もその後ろからジュエルシードを使って砲撃を撃つ。
 左右、そして頭上を砲撃が通り、追いかけていた式姫達はそのまま前に進むしかなくなり、完全に動きが制限された。

〈鈴!今だよ!〉

「ええ……!“約束された(エクス)……!」

 そこまでされて、鈴が理解しないはずもない。
 元より、自分の攻撃のために行動していたのは理解していた。
 故に、このチャンスを逃す事はありえなかった。

勝利の剣(カリバー)”!!!」

 星の息吹が束ねられた極光が放たれる。
 左右と上への移動を禁じられた式姫達に、それを避ける術はない。
 唯一、下……つまり地中は安全だったが、即座に掘れる訳もない。
 ……“神話級”の式姫七人は、驚異だったからこそ、ここであっけなく倒された。

「ッッ……!」

 剣を振るった鈴は、その反動で膝を付き、息を切らす。

「しまっ……!」

 そして、そこへ他の式姫が放った矢が迫る。
 攻撃の反動で動けない鈴は、それに対する反応に遅れ……。

     パァアン!!

「っ……!?」

「っぁ……!」

 その矢は、飛んできた魔力弾によって逸らされた。

「なのは!?」

「っ……まだ、終わってない、よ……!」

 それは、戦い自体はまだまだ続いている事に対してか。
 それとも、自分はまだ戦えるという意思表示か。

「なのは、無茶したら……」

「大、丈夫……援護だけだから……!」

 帝と違い、なのはは吹き飛ばされた衝撃で戦闘不能になっていた。
 傷としては、なのはの方が軽く、だからこそ戦線復帰が出来た。

「(戦線復帰は理解できる。……でも、いくら傷が軽くても、早すぎる……。何か別の力が働いている……?それとも、ただ単になのはの回復が早いだけ……?)」

 それでもなお“早い”と、アリシアは引っかかったように疑問に思う。
 だが、そんな疑問を気にしている暇はない。

「くっ……!」

 すぐさま澄姫と背中合わせになり、矢を放つ。
 鈴が“神話級”の式姫を倒したとはいえ、包囲はそのままだ。
 背後からの襲撃も警戒し、二人の弓術士が警戒に当たる。

「ッ……!」

   ―――“Prière pluie(プリエール・プリュイ)

 すぐさま司がジュエルシードから砲撃魔法の雨を降らせる。
 これにより、式姫達が襲い掛かってくるルートを制限させる。
 また、鈴の攻撃によって反応が遅れた式姫もおり、この魔法で倒す事もできた。

「っつ……!?」

 だが、それまでだった。
 まるで眩暈がしたかのように、司はふらつく。

「司!?」

「……さすがに、無茶、しすぎた……!」

 ユーノが司がふらついた事に驚く。
 そのまま膝を付いた司は、胸を押さえながら息を切らす。

「気にせず、戦って……!」

「ッ……!」

 自分を気にすることで隙を晒させる訳にはいかない。
 そのため、司は目の前の事に集中するように言う。

「(全員の身体強化に加え、連戦での天巫女の魔法の行使……これじゃ、私も優輝君の事言えないなぁ……でも……)」

 ジュエルシードの魔力は無尽蔵ではなく、負担は少なかったものの、常に全員の身体能力を上げ続け、その上で魔法を使い続ける。
 そうなれば、さすがのジュエルシードでも魔力が残り少なくなっていた。

「(まだ、やれる……!!)」

 ここで倒れては意味がない。
 そう断じて、司は立ち上がる。
 そして、シュラインから手持ちの魔力結晶を全て取り出す。

「ジュエルシード、取り込んで!」

 結晶を全て砕き、その魔力を全てジュエルシードが吸収する。
 結晶を作ったのは優輝なため、ジュエルシードの魔力を回復するには心許ない。
 だが、ないよりはマシだった。

「(範囲、指定……!魔法の対象外にするのを選んで……!)」

 即座に魔法を行使する。
 味方を巻き込まないように範囲指定をし、準備を整える。

「ぬ、うっ!?」

「く、ぁあっ!?」

 その間にも、悪路王が式姫の猛攻に押され、フェイトと奏が式姫達の攻撃を躱しきれずに防御して大きく弾き飛ばされる。

「ッ……!」

「抑えきれない!」

「このままだと……!」

 蓮も防戦一方で、援護射撃だけでは抑えきれなくなる。
 全員が一か所に集められ、尚且つ牽制で抑えられない。
 そうなれば、一斉に襲い掛かられて一網打尽にされるだけだった。

「間に合った……!」

 だが、司はそれを予測していた。
 いや、打開の手段をそれに使ったというべきか。
 包囲され、追い詰められた皆の中心に司は転移。
 魔法を、行使する。

「押し潰して!」

   ―――“pression(プレシオン)

 そして、味方を除いた全てを圧し潰す。

「ッ……!奔れ、極光!」

   ―――“Evaporation Sanctuary(イヴァポレイション・サンクチュアリ)

 重圧により、身動きができない式姫を、極光が包み込む。
 その極光の影響を、味方が受けることはなく、周囲の式姫のみに与える。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 襲い掛かってきた式姫は消し飛ばした。
 だが、式姫はまだ残っており、司はもう魔力がなかった。

「ッ……ごめんなさい……!身体強化も、ままならない……!」

 崩れ落ちるようにその場に膝をつく司。
 同時に、ジュエルシードの光が非常に弱くなった。

「そんな……」

 司のその言葉に、アリシアが絶望したように声を漏らす。
 何せ、まだ式姫は残っているからだ。
 それなのに、戦力の高い司が脱落した。
 精神的支柱の一つが崩れたも同然なため、ショックも大きい。

「とにかく、今の内に態勢を……!」

 奏がそう言った瞬間。
 遠方で、大きな炎が上がる。

「ッッ……!?」

「な、今の炎は……」

 その炎から感じられる霊力に奏たち霊術使いは驚く
 フェイトたちも炎の規模に驚いていた。

「ッ……!?何、この熱気……!?」

「アリシアちゃん!」

「させない!!」

 炎と共に熱気が放たれ、その熱気はアリシア達のところまで届く。

「くっ……!」

 熱気に驚いたアリシアをフォローするようにユーノが助けに入る。

「ごめん……!」

「気にしないで!……今ので、奥の式姫が巻き込まれたみたい。劣勢が、何とかなるかも……!」

 ユーノがそう言いながら、状況を分析する。
 その霊術は、奇しくも司たちの助けになっていた。
 奥にいた式姫は炎の熱気に巻き込まれたため、弱っていた。
 中には装備している霊力で丈夫なはずの着物が燃え、そのまま消滅する式姫もいた。

「……優輝君の方で、一体何が……」

「ッ、娘、後ろだ!」

「ッ……!?」

 だが、相手は自我と理性がない抜け殻のようなもの。
 どれほどの被害が出たとしても、攻撃の手は緩まない。
 そして、狙うのは弱っていた司。
 悪路王が事前に気づいたが、弱っていては対処が間に合わない。
 すぐに反応できない司は、せめてシュラインで攻撃を受け止めようとする。

     ギィイイン!!

「させ、ねぇよ……!」

 だが、その一撃は帝が飛ばした剣によって逸らされた。

「帝君!?傷は……!?」

「俺の特典を侮っちゃ困るぜ……“王の財宝”なんだ。一回斬られた程度の傷、すぐに治せる霊薬ぐらいあるぜ……!」

「まったく、恐ろしい効果ね。正直致命傷だと思っていたのだけど」

 同じく霊薬を飲んで回復した織姫が帝の隣に立ってそういう。

「なのは……あの茶髪のおさげの子を頼む。俺達と違って、攻撃を受けていながら霊薬を飲んでいない」

「その上で動いているのね……わかったわ。ただし、貴方も無理しないように。傷は治せても瘴気の影響が残っているわ」

「なぁに、武器を飛ばすぐらいはできるさ」

 なのはの回復を織姫に任せ、帝は武器を飛ばして援護する。
 驚いていた面子もその援護射撃で我に返り、布陣を立て直す。

「後、少し……!」

 そして、数が減った事で対処も容易となり、徐々に司達が優勢になっていく。
 そのまま勝てると、そう思った時……。

「ッ……!?」

「結界が……?」

 何かに吸い込まれていくように、結界が解除されていく。
 その様子に、なのはやフェイトなどの霊力を扱わない面子は首を傾げる。
 しかし、霊力が感知できる面子は、顔を引き攣らせた。

「あれ、は……!?」

「スターライトブレイカー……?」

 見ただけでなのはのものとは別物だとはわかる。
 しかし、“集束する”という性質において、“ソレ”は似ていた。

「くっ……!?」

「悪路王の鬼産みの力を掻き消すほど、瘴気を集束させている……。まずい、あんなのが放たれたら……!?」

 悪路王が膝をつき、周囲の鬼の妖が消え去る。
 守護者が優輝に向けて放とうとしている術の影響で、瘴気が吸収された結果だ。

「ど、どうなるの!?」

「着弾地点を中心に、かなりの範囲が死の大地と化す……!」

「具体的に言えば、京都を中心に隣接した県も飲み込むほどに瘴気の影響を受けるわ」

「ッ……!?」

 その被害を聞いて、全員が戦慄する。

「と、止めないと……!」

「もう、遅いわ。私たちではあれを止める方法が思いつかない。唯一それができそうな彼女は、今は力を使い果たしている。……止められるとしたら……」

「優輝、君……」

 止めようとするアリシアをそういって止める鈴。
 そして、司が優輝の名を呟く。

「ッ……!なんて濃密な魔力……!まさか……!?」

「優輝さん……!」

「まずい!余波でこっちにも被害が出る!防御を……!」

 まだ動ける面子で防御を固める。
 そして、守護者の術と優輝の放つ極光がぶつかり合った。









「っ……状況は……?」

「何とか、全員耐えきったようね……」

 咄嗟とは言え、その場にいる全員で障壁を張った。
 そのため、余波を何とか耐えきった。
 それでも、防ぎきった瞬間に最後の障壁が砕け散り、ギリギリだったが。

「式姫は……」

「全員、消えたみたいだな……」

 奏の呟きに、周囲を確認した帝が返事する。
 そう。今の余波により、他の式姫は消し飛んでいた。
 また、結界がなければ存在が維持できないので、その事もあって全滅していた。

「っ、そうだ!優輝君……!」

「「「ッ……!」」」

 司が気づき、その声に全員が衝撃の中心点に注目する。

「アレを、人間が凌ぎきるか……」

「優輝さん……」

「あいつ……すげぇな……」

 悪路王と帝が驚き、奏は心配した声を上げる。
 優輝が今にも崩れ落ちそうな状態になっていた。

「……嘘でしょ?」

「何が……っ、そん、な……!?」

 鈴が茫然と呟き、その視線を負った蓮も戦慄する。
 その視線の先には、自由落下して着地する守護者の姿が。

「……優輝のあの攻撃は、相殺が精一杯だったんだ……!」

「それじゃあ、守護者は……」

「まだ、戦闘が可能……!」

 ユーノの言葉にアリシアと奏が驚きながら呟く。
 守護者がまだ戦える。それは大きな衝撃だった。
 ……故に、反応が遅れてしまう。

「しまっ……!」

 守護者が優輝へと肉薄する。
 それに対し、誰もが助けに動こうとした。
 しかし、距離から考えてどうしても間に合いそうにはない。
 瞬間的な速さを出せる奏も反応が遅れたために間に合わず、転移で間に合うはずの司は魔力が尽きて転移が出来ない。















   ―――全員が、優輝の無事を諦めようとしていた。



















 
 

 
後書き
伊邪那美…神話級(UR)式姫の一人。夫である伊邪那岐に“自分が破壊して直してもらおう”という歪んだ(?)愛を持っている。回復系だが、それでもその力は非常に強い。

約束された勝利の剣(エクスカリバー)…青セイバーの方ではなく、プロトタイプの方のエクスカリバー。本編ではマーリンが溜めに溜めた魔力で放っている。使い手が魔力を扱えるならば、その魔力を使用できるが、今回は持っていない鈴なため、貯蓄魔力を使った。

pression(プレシオン)…プーセと同じく“圧力”の意。ただし、こちらは最大効果範囲が狭くなっているものの、対象を指定する事ができる。


シールサーティーンについてですが、FGOと違いガレスがないのは悪路王が仲間にいるからです(利害が一致しているだけで、味方ではないため“勇者”認定されない)。また、モードレッドも相手が元々式姫だった事もあるため、除外されています。その代わり、ケイとガヘリスが加わっています。

帝が成長するにつれ、どんどん便利キャラと化していく……。王の財宝が便利すぎる……。もし、この後も戦いが続いていたら、魔力を回復できるアイテムとかも使っていたりします。 

 

第168話「その身が至るは―――」

 
前書き
今回の戦闘シーンはDB超の身勝手の極意覚醒時の曲をイメージしてます(ぶっちゃけ言えばずっとこのBGMにあった展開を書きたかった)。
なお、ちゃんと表現できてるかは保証しかねます(´・ω・`)
 

 






       =優輝side=





「―――――」

 目の前に、守護者が迫る。
 僕の体は、動かそうとしても動かない。
 例え動いても、反応が遅すぎる。

「ッ―――」

 まるで世界がスローモーションになったかのように遅くなる。
 それは、死の寸前で見る走馬燈のようなものだろうか?
 どの道、スローに見えるだけで、それでどうにかなる訳ではなかった。

「………」

 守護者が刀を振るおうとしてくる。
 ……もう、助からないだろう。
 体は動かせない。少し動かせても、それだけでどうにかなる訳でもない。
 誰かが助けてくれる訳でもない。司たちは何とかしようとしたみたいだけど、司と奏がすぐに動けなかった時点でもう無理だろう。

「……ぁ……」

 ……その時、僕の脳裏を様々なものが過った。
 それこそ走馬燈のような、今までの事の全て。
 どこか俯瞰したような、現状の分析。
 そして、未だに諦められないと、足掻き続ける意志が。

「ッッ……!!」

 その瞬間、動かない体に喝が入る。
 心の中で雄叫びを上げながら、死ぬ訳にはいかないと、体を動かそうとする。

 ……そして。







     ピキ……パリィン……!

















   ―――“ナニカ”が割れた音が聞こえたような気がして、“変わった”。





























       =out side=







 優輝に向けて守護者が刀を振るう。
 それは、タイミングからして回避は不可能だった。

「っ!?」

 だが、結果としてそれは優輝には当たらなかった。
 なぜなら、刀の軌道が当たる前に逸らされたからだ。
 最小限。例えるならば、指で弾く。その程度の干渉。
 刀身に対し、そのような感覚で拳を当てただけ。それだけで攻撃を受け流した。

「ッ……!」

「………」

 守護者はその事に驚きはしたものの、すぐさま追撃を放つ。
 その様を、優輝は“無機質な”目で見据え……。

     ヒュッ、パァンッ!!

 その連撃の全てを、同じように受け流した。
 空気を切り裂く斬撃の音だけが響き、優輝は一切の無傷だった。

「くっ……!」

「っ!」

 さらに繰り出される斬撃。
 今度は、それを受け流すだけでなく、反撃に出た。

「っぁ!?」

 まるで突き飛ばされる程度。
 しかし、確かに守護者はカウンターによる反撃を食らった。
 まるで、そこまでの一連の流れが、時間が進むかのように当たり前に見えた。





「……嘘、あれって……」

 その様子を、ようやく現場に辿り着いた緋雪が見ていた。
 相変わらず体には傷が残り、常人ならば戦闘は不可能な傷を負っていた。
 それでも戦おうとして、優輝が戦闘しているのを見つけたのだ。

「まさか、あれが……?」

 緋雪の脳裏に過るのは、在りし日の記憶。
 互いにシュネーとムートであった時の、懐かしき記憶。

   ―――「……聞けば聞くほど、導王流って凄いね」
 
   ―――「まぁ、ね。……でも、まだ完璧じゃない」

   ―――「完璧じゃない?」

   ―――「ああ。……導王流は、まだ“極意”に至れていない」

「……導王流の、“極意”。終ぞ極める事のなかった、“全ての攻撃を導く”業」

 呆然と、だが、何かが沸き上がるような面持ちで緋雪は戦闘を見続ける。

「……凄い。凄いよお兄ちゃん(ムート)!!それが……それが導王流の本気なんだね!?」

 緋雪の心中は、驚きよりも歓喜が占めていた。
 まるで我が事のように。恋する乙女のように。

「見届けなきゃ、この戦いを……!」

 だからこそ、緋雪はこの戦いを一瞬たりとも見逃さないと、目を離さなかった。







「ふっ……!」

「っ、っ……!」

     キキキィイン!!

 斬撃が悉く受け流されるのを理解し、守護者は霊術も織り交ぜる。
 だが、それすら優輝は逸らし、受け流す。
 リヒトが使えなくなっている今、そんな事をすれば拳がタダでは済まない。
 しかし、優輝の拳は確かに傷は負っていたものの、明らかに反動が軽かった。

〈(導標の神力を負担がかからない程度に拳に纏わせる……なるほど、こうすれば私を使った時よりも防御力が高いですね……)〉

 その理由を、リヒトは冷静に分析していた。
 緋雪と同じく、リヒトも付き合いが長いため、優輝が“極意”に至った事を理解していた。そのため、不用意に自身がサポートするのは危険だと判断し、分析に徹していたのだ。

「ッ……!?」

     ボッ……!

 先ほどまでと違い、凌ぐだけの攻防ではない。
 そのため、優輝は自ら守護者へと間合いを詰める。
 それに対し振るわれる守護者の攻撃だが、その悉くが受け流される。
 咄嗟に守護者が身を捻ると、寸前まで胴があった場所を優輝のカウンターである掌底が穿っていた。







「な、なんて動きなの……!?まるで木の葉……いえ、羽毛を相手にしているかのよう……!それでいて、的確に反撃を……!?」

 その様子を、緋雪だけでなく鈴達も見ていた。
 そして、優輝の動きを見て武術に通じている面子が戦慄していた。

「……あ、れ……?」

「……司?どうしたの?」

「……見間違いかな……?優輝君の目が……」

 そこでふと、司は気づく。
 その司の言葉にアリシアも視力を強化して確認する。

「っ……え?ど、どういう事……」

「おい……俺、あいつのあんな目、見たことねぇぞ……?」

「わ、私もだよ……」

 それは、まるで“感情が欠落している”ようだった。
 無感情に、無表情に、守護者の攻撃を捌き続けている。

「感情を削ぎ落し、動きに無駄をなくす……訳ではなさそうだな」

「……ええ。あれは明らかに感情がなくなっている」

 関わりの薄い悪路王たちも、その異常に訝しむ。
 まるで、何かのために代償にしたかのような、その状態に。







「―――あれは、“可能性”の代償」

「えっ……?」

「ッ……!?」

 聞こえたその無感情な言葉に、フェイトが驚く。
 そして、声の主を見た帝は、驚愕と同時に体を震わせた。

「―――一つの“可能性”を掴み、別の“可能性”を潰した」

「な、一体……」

「ど、どういう事……なの……?」

 もう一人、同じように言葉を発する。
 それを見た司とアリシアも驚く。
 そのまま、その二人は言葉を発し続ける。

「此度は、“感情”」

「やはり、人の身では代償が生じる……」

「その代わり、私たちが表に出られた」

「あと一つ、大きなきっかけがあれば―――……」

 そこまで言って、言葉が途切れる。

「ど、どういうことなの……?」

 言葉が途切れたため、思わず司が尋ねる。



















「―――ねぇ、()()()ちゃん、()ちゃん……!」

 ……自分たちが良く知る、その二人に。























「ッ……!」

     キキィイイン!!

 両手の甲を使い、優輝は守護者の二連撃を逸らす。

「くっ!」

 反撃の貫手を体を逸らす事で守護者は躱す。
 そのまま距離を離し、霊術が放たれる。

「シッ!」

 直後に拳から衝撃波が放たれる。
 まるで針のように鋭く放たれたその衝撃波は、霊術に僅かな穴を穿つ。
 その穿った穴を広げるかのように貫手を放ち、その穴に身を潜らせる。
 無闇に回避や防御を試みるより、ダメージを最低限に抑える。
 さらに、そのまま反撃に映るという行為を、流れるようにやってのけたのだ。
  
   ―――“斧技・瞬歩-真髄-”

「………」

 霊術を破った瞬間に眼前に迫る矢。
 そして、背後へと一瞬にして移動する気配。
 それを、優輝は一瞬で見極める。

「(眼前、背後。挟み撃ちか)」

 飽くまでも無感情に、行動を起こす。
 まるで水が流れ出すかのように滑らかに動いた体は矢を紙一重で躱す。

「ッ……!」

「甘い」

「くっ!」

 さらに、背後からの斧の一撃も軽く受け流し、追撃の刀も逸らした。
 そして、放たれる反撃の一撃。
 それに対し、守護者は霊力を放出する事で弾き飛ばす。

「……」

 吹き飛ばされた優輝は、霊力の足場を作り、それを何度も介する事で衝撃を殺し、地面に着地する。

「ッ!!」

 そこへ槍を持って突貫してくる守護者。
 しかし、やはりその一撃も弧を描くように力の軌道を逸らされ、受け流される。

「ふっ……!」

「……」

 だが、守護者も対策を練っていない訳ではない。
 手に、二刀が握られる。
 その内一刀は、悪路王が封印していたものだが、守護者と優輝の瘴気と極光のぶつかり合いの余波を防ぐ際に力をほとんど使い果たしたため、封印は解けていた。

「はぁぁあああっ!!!」

「ッ……!」

 二刀が振るわれる。その度に、優輝の手がぶれるように動く。
 先ほどまでと違い、守護者の手数は倍になった。
 そして、力が形を成しているだけあって、口数が少なかったはずの守護者から雄叫びが発せられる。

「っ、ぁああっ!」

「ふっ……!」

 ……実力は拮抗していた。
 守護者は連戦に次ぐ連戦によって疲弊しており、優輝も“極意”に目覚めているとはいえ、魔力はほぼ全て使い果たし、体もボロボロだった。
 故に、実力は拮抗しているのだ。

     キキィイイン!!

「ッ……!」

   ―――“弓技・矢の雨-真髄-”

 いくつかの斬撃が逸らされ、霊術も背後へと受け流される。
 すると、すぐさま守護者は距離を取り、矢の雨を降らす。

「シッ」

「ッ!」

     ギィイン!!

「くっ……!」

 だが、優輝は当たりそうになる矢のみを逸らし、まるで雨の中をただ急いで帰るかの様子で守護者へと接近する。全くもって矢を物ともしていなかった。
 そして、突き出された拳を障壁で防ぎ、反撃に刀を振るう。
 しかし、それはあっさりと逸らされ、またもや反撃に拳が振るわれる。
 守護者はそれを身を捻って躱す。

「っぁ!」

「………」

   ―――“弓技・螺旋-真髄-”
   ―――“弓技・閃矢-真髄-”
   ―――“弓技・瞬矢-真髄-”

 守護者が衝撃波を放った間合いを取り、距離を取りながら矢を放つ。
 さすがのその鋭さに距離を詰める事は止め、少しの軌道の誘導と、自らの回避だけで全てを紙一重で躱す。……さながら、最適化された動きのように。

「………その動き」

「……」

 一度攻撃が止む。
 お互いにある程度距離が離れた状態で、守護者が口を開いた。

「まさに“武”の極み……だね」

「……案外、流暢に喋れるんだな。力が形を成しているだけなのに」

「人格は本物を模倣しているよ。というより、私は“大門の守護者”としての側面なだけ。私も、本物も、どちらも“有城とこよ”だよ」

 本来ならば守護者の方が無感情に近い口調だった。
 しかし、今では優輝の方が感情が感じられない程だった。

「それが導王流の極意……」

「……ああ。これが―――」

   ―――導王流奥義之極“極導神域(きょくどうしんいき)

「―――と、いう訳だ。……さっきまでと同じように行くと思うな」

「なるほど……ねっ!!」

   ―――“紅焔-真髄-”

 準備していたのか、守護者は即座に術を放つ。
 その炎の霊術に対し、優輝も動く。

「(纏い、固定。滑り、受け流す)」

 体に導標の神力を纏い、一種の鎧とする。
 そして、実体がないはずの炎の表面を滑るように受け流す。

     ギィイイイン!!

「っ、はぁああっ!!」

   ―――“風車-真髄-”
   ―――“呪黒剣-真髄-”

 そのまま守護者へと突貫。貫手が放たれる。
 その手を切るように守護者も刀を振るうが、間合いに入る前に手が引っ込められる。
 後に残るのはその際に生じた衝撃波のみ。
 顔を傾ける事で守護者はそれを躱し、二刀を振るうと同時に霊術も仕掛ける。

     パァアアンッ!

「ッ……!?術式干渉……!」

「研鑽し、経験を積み、自己流で昇華させた。そのどれもが上手く練られた術式だ。故に、その術式の効果は強い。……だが―――」

 風の刃、黒い剣はまるで優輝から逸れるように外れる。
 それどころか、優輝は受け流しに使った手にその霊術の霊力を纏わせ……。

「―――もう、見慣れた」

   ―――“風車-反-”
   ―――“呪黒剣-反-”

 同じ霊術を返した。

「ッッ……!」

「させない」

 さらに、いくつかの剣を創造。
 それを、地面のある箇所に突き刺す。

「一度見た術式だ。見破れない訳がない」

「くっ……!」

 守護者が用意していた術式は、“偽・焦熱地獄”。
 準備がかかるため、会話と時間稼ぎを行ったが、優輝はあっさりと見破った。

「……ふっ……!」

   ―――導王流弐ノ型“瞬連(しゅんれん)

 空を蹴る。蹴り抜き、一気に距離を詰める。
 それに守護者は反応して見せる。
 目は適格に優輝の姿を捉え、それに合わせて刀も軌道を描く。

「ッ!」

 だが、優輝はさらに加速する。
 階段を駆け上がるかのように加速し、刀の間合いに入った瞬間に方向転換をする。
 振るわれた刀に手を添え、体に掛かる負荷を受け流しと同時に軽減する。

「ッ……!?」

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

 それは、刹那の如き判断だった。
 後ろに回り込まれたと悟った守護者は背後に障壁を張る。
 ……そう。守護者は障壁を張るしか行動が起こせなかった程、その動きは水が流れるかのように滑らかで一瞬だったのだ。

     ギギギギギギギィイン!!

「くっ……!」

 そして放たれる衝撃波の連打。
 障壁に直接触れる事なく拳を振るう事で、衝撃波の連打を繰り出していた。
 それに対し対策を行わない守護者ではない。
 すぐさま矢を構え、射ようとして……。

     ドンッ!!

「ッッ……!」

 障壁越しに届いた衝撃波により、弓が弾かれる。
 優輝は、ただ障壁を破ろうとしていただけでなく、障壁の術式を読み、それを徹せるように術式を練っていたのだ。

「はっ!」

「ッ!」

 弓が弾かれた事で障壁の術式が乱れ、障壁が破られる。
 同時に放たれる掌底に対し、守護者も掌底で反撃する。
 しかし、それがぶつかり合う瞬間に優輝は手を横へ振り抜き、守護者の攻撃を弾く。
 即座に守護者は刀を取り出し、下からの切り上げを放つ。
 それも優輝は受け流す。だが、その際に後ろへと後退させられる。

「ふっ!」

「……」

 間髪入れずに叩き込まれるのは連続して放たれる矢。
 質より量ではあるその攻撃だが、一発一発が十分な威力を持つ。
 だが、まるで球状のバリアに弾かれるように、矢は優輝の素手の間合いに入った瞬間に逸れていく。

「ッッ……!」

   ―――“火焔旋風-真髄-”
   ―――“氷血旋風-真髄-”
   ―――“極鎌鼬-真髄-”

 それを時間稼ぎとし、守護者は次々と術を放つ。
 実体を持たない術による攻撃。素手である優輝相手には有利ではある。

「ッ!」

   ―――“穿撃(せんげき)

 ……だが、それを優輝は物ともしない。

「近接戦ではなく術による遠距離攻撃……ああ、確かに有効だ。今の僕にも通じやすくはあるだろう。……だけど、足りないな」

「ッ!?」

 放たれた拳の衝撃波により、術に穴が出来る。
 そこへ、加速魔法を使う事で突入。術を突破する。
 同時に跳躍を重ね、一気に守護者へと間合いを詰める。

「なら……!」

   ―――“速鳥-真髄-”
   ―――“扇技・神速-真髄-”
   ―――“斧技・瞬歩-真髄-”
   ―――“剛力神輿-真髄-”

 即座に守護者は自身に身体強化を重ね掛けする。
 そして、二刀を構えて迎え撃つ。
 霊術を放っても大して通用しないのなら、霊術は最低限で構わないと判断したのだ。

「はぁああっ!!」

「ッ……!」

     パパパパパパパンッ!!

 振るわれる二刀が、悉く優輝の手によって逸らされる。
 逸らされた刀からは空気を切り裂く斬撃が飛び、音を鳴らす。

「(袈裟と薙ぎ、フェイントと共に切り上げ、振り降しに逆袈裟)」

 優輝の思考は澄み渡り、守護者が振るう刀の腹を的確に拳で捉える。
 刀が折れる程の衝撃はない。飽くまで軌道を逸らすだけに留まり、だからこそ守護者の攻撃が優輝を捉える事なく空ぶる。

   ―――“風車-真髄-”
 
「無駄だ」

「シッ!」

 霊術が放たれる。
 優輝は葵の力でレイピアを作り出し、振るう。
 一撃目で風の刃と同じ斬撃を放ち、返す刀でレイピアを飛ばす。
 レイピアの霊力を爆発させ、使い捨てる事で霊術を相殺する。
 その隙に放たれる守護者の追撃だが、当然のように受け流される。

「っつぅ……!」

「ふっ……!」

 受け流しが続き、ふとした瞬間に優輝の蹴りが繰り出される。
 それを掠らせるに留める守護者だが、その際に距離を取り、隙を晒してしまう。

「っ……!」

 そこへ追撃の掌底を当てようとする優輝。
 守護者は障壁を張ってやり過ごそうとして……。

「転移……!」

 優輝の転移魔法によって後ろに回り込まれる。
 だが、守護者もそれに即座に対応する。
 転移魔法を使用したと認識したのと同時に、刀を後ろに振るう。

     ギィイン!

「ッ……!?」

 その一撃によって掌底は打ち消される。
 それでも刀の一撃を受け流され……再び転移魔法で回り込まれる。

「くっ……!」

   ―――“風車-真髄-”

「遅い」

「っつぁっ!?」

 周囲に風の刃を繰り出す事で妨害を試みる守護者。
 だが、優輝はいつの間にか上空で剣を創っていたのか、降り注ぐ剣によって術式ごとズタズタにされて風の刃は相殺される。
 同時に、守護者へと障壁を張る間もなく掌底が叩き込まれた。

「……浅いか」

 “タンッ”と、まるで軽く地面を蹴るかのように、先ほどの剣を足場に跳ぶ。
 本来なら大して加速はしないはずだが、今の状態の優輝はそれでも爆発的に加速する。

「ッ……!」

   ―――“戦技・隠れ身-真髄-”

「……隠れたか」

 守護者もまた、先ほどの一撃を無防備に食らった訳じゃない。
 直前で後ろに跳び、威力を軽減していたのだ。
 そして、すぐさま木々に隠れていた。
 極光と瘴気がぶつかり合った場所の木々は枯れ果てている。
 だが、そこも瘴気の残りが身を隠す場所となっていた。

「…………」

 気配を周囲と同化させ、身を隠した守護者に対し、優輝は目を瞑る。
 そして……。

「そこか」

「ッ……!?」

 矢と、それに伴う五つの創造された剣が射出される。
 それらは的確に守護者がいる場所を射貫く。
 だが、肝心の守護者は矢を躱し、剣を弾いて無傷だった。

「……気配の同化。確かに身を隠す事に関してはこれ以上の方法はないだろう。だが、今の僕には通用しない」

「なっ……!?」

 再び剣が守護者を狙う。
 当たりはしないものの、身を隠しているにも関わらずに的確な射撃に守護者は動揺を隠せないようだ。

「……いくら気配を同化させても、空気の動きだけは隠せないぞ」

   ―――“呪黒剣”

     ギギギィイン!

「ッ……!」

 そう言って、優輝は黒い剣を守護者の足元に生やす。
 同時に剣も射出し、守護者を炙り出す。
 呪黒剣は跳躍で、射出した剣は刀に弾かれて無効化される。

「シッ!」

「っぁ!!」

 そこへ、優輝が肉薄。
 転移で背後に回り込むが、守護者も二度目は見切る。

   ―――導王流弐ノ型“瞬蓮”
   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

「ッ……!」

     ギィイイイン!!

 守護者の全方位から優輝の拳が迫る。
 脱力した上での衝撃を徹す重く鋭い拳。
 一切の無駄がないその連撃に、守護者は障壁で対抗する。
 刀で対処しようとした瞬間、その刀は逸らされ、手痛い反撃が繰り出される。

「ッ――――――!」

「はっ……!」

 刀が振るわれ、それが受け流されて反撃が繰り出される。
 それを障壁で受け止め、同時に術式を組み立て、霊術で攻撃する。
 ……が、それすら優輝は受け流す、または発動前に創造した剣で潰す。
 さらには、その霊術の霊力を使い、同じ霊術で反撃する。
 障壁はすぐに破られ、またもや刀の受け流しでの反撃が迫る。
 守護者はそれを刀の腹で受け、同時に間合いを取った。

「瘴気を使おうとしているのなら、無駄だ」

「ッ……!」

 守護者の持つ手札には、まだ瘴気があった。
 だが、その瘴気が思ったように集まらない。
 なぜなら、優輝が導標の神力を周囲に散布させ、瘴気を相殺していたからだ。

     ギィイイイン!!!

「ッ……!」

「……」

 即座に転移で背後に回り、貫手が繰り出される。
 僅かな動揺を突かれたため、守護者は刀で防御するしかなかった。

「ふっ!」

     キィインッ!

「はっ!!」

「ッッ!!」

 もう一刀で守護者は優輝を切ろうとする。
 だが、それは受け流しと跳躍によって躱される。
 同時に、僅かに刀を弾く事で、振った刀を戻すのに時間をかけさせる。
 そして、踵落としを優輝は放ち、それを守護者は腕で受け止める。

     ギギギギィイイン!!

「ッッ……!」

「甘い」

   ―――“霊撃”

 二刀が受け流され、自爆覚悟で守護者は霊術を放とうとする。
 だが、その瞬間に一手早く優輝が手を打つ。
 袖から落ちる一枚の御札から、衝撃波が迸る。
 それにより、守護者が練っていた術式が瓦解する。

「ふっ!」

「っづ、ぁあっ!?」

 そして、容赦なく、術式が瓦解した事で無防備になった胴へと、優輝の拳による衝撃波が叩き込まれる。

「っぐ……!」

 吹き飛ばされ、地面を擦りながらも体勢を整えて着地する守護者。

「ッッ!」

     ギィイイイン!!

 間髪入れずに間合いを詰めた優輝の拳が、守護者の刀を捉える。
 まるで今までの立場が逆転したように、守護者は追い詰められていく。

   ―――導王流弐ノ型“瞬連”

「ッ!」

     ギィイン!

「遅い」

「っ、この……!」

     ギィイン!

「真上ががら空きだ」

「ッッ―――!」

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

 背後に回り一撃。刀に防がれる。
 直後に正面に回り攻撃。これも、もう一刀で防がれた。
 そして、さらに真上からの攻撃。……障壁で対処される。

「ふっ!」

「なっ……!?」

 だが、それは“誘い”だった。
 真上に意識が向き、障壁を張った瞬間。優輝はさらに転移魔法を使用。
 再び正面に回り込み、掌底を放つ。

「ッ、ァ――――――!?」

 そしてそれは、守護者の無防備な胴を捉えた。



















   ―――決着は、目前だ。





















 
 

 
後書き
極導神域…導王流の極意。ありとあらゆる攻撃を導き、受け流し、反撃に繋げる。技というよりは、形態のようなもの。弱点はなく、これを破るには動きに適応して上回るしかない。イメージとしてはDB超の身勝手の極意。

-反-…極導神域の時のみに出来る、魔法、霊術に対するカウンター技。今回の場合、霊術を受け流すと同時にその霊術の霊力を掠めとる。そして、その霊力で同じ術式を返す。使用するエネルギーの分、威力は落ちる。

瞬連…縮地などの距離を詰める動作、技などを連続で使用する。並の者が見ればあたかも瞬間移動を繰り返しているように見える。なお、転移魔法でこれを行う事も可能。

穿撃…拳を振るった際の衝撃波で対称を穿つ技。導王流弐ノ型の技を開発中、その傍らで習得した技。シンプル且つそれほど威力は高くないが、今回の状況では十分な威力を誇る。


今までのご都合主義が割と伏線になっています。
「なんでこの土壇場でこんな事ができるんだ」っていうのは、今回の伏線に繋がってきます。
尤も、その伏線の完全な回収は最終章になりますけど。 

 

第169話「“代償”と、決着」

 
前書き
大門の守護者、ついに決着。
いやぁ、まるでレイドボスかのように時間がかかりました。
……構想してた時はもうちょっとサクッと展開が進んでいたはずなんですけどね(司達の戦闘~“極意”発動まで)。

なお、極意状態の優輝が無言過ぎてまるで守護者が主人公側みたいになってます。
 

 








       =out side=









 ……白い、白い、何もかもが白い空間が広がる。
 “地面”となる部分以外、何もない白い空間。
 地平線とも言える部分でしか、床とそれより上の境界が分からない程、何もなかった。

「………」

 その中でただ一人、緋雪に似ている少女がいた。
 似ていると言っても、飽くまで双子や姉妹ぐらいの程度でしかないが。

「………」

 少女の名は、“優奈”。優輝から派生し、何故か独立したもう一つの人格だ。
 そんな優奈は、空中に投影した映像で、外の様子を見ていた。

「……決着は近いかな」

 その映像は、戦っている優輝の視点での映像だった。
 視点での映像とはいえ、サーチャーのように優輝そのものも映し出す事ができる。
 それを利用して、優奈はずっと観戦していたのだ。

「ここまで“可能性”を犠牲にしてきたんだね……」

 守護者と互角……否、押している戦いを見て、優奈は目を細める。

「―――最初に、“平穏の可能性”を犠牲にした。導王として在るために。緋雪を、シュネーを助けるために力を行使し、鍛え続けて」

 映し出されるのは、導王時代の優輝。
 王として国を治め、侵略から身を守るために強くなり続けた姿。
 本人曰く、“才能がある訳ではない”身で、そう在り続けるのは困難を極める。
 ……だから、“代償”があった。

「ついでにその人生での“長寿”も犠牲にしたんだね。その結果が、シュネーのあの悲劇なんだけど。……代わりに、オリヴィエとクラウスに“可能性の加護”があったけど」

 シュネーを庇い、そして死んだムート。
 それを映し出していた映像は、ムートが死ぬと同時に電源が落ちたように消える。

「―――次に、その場で覚醒させた“力と記憶”の持続。……正直、これは仕方ないかな。相手は神。対してこちらは寸前までただの人間。無理もないよ」

 次に映し出されたのは、ノイズだらけの映像。
 だが、そこには転生する前の優輝と、転生させた神の姉妹が確かに映っていた。
 ノイズが酷く、すぐにその映像が消える。

「―――そして、また“平穏の可能性”を犠牲にした。せっかく生まれ変わったのに、また大切な人を……緋雪を助けるために」

 次に映されたのは、アリサとすずか、そして緋雪が誘拐された時の事。
 暴走する緋雪を止めるために、優輝は再び“力”を手にした。
 ……それが、“平穏”がなくなるきっかけとも知らずに。

「―――次は、“人を愛する可能性”を犠牲にした。感情の一端、それを代償に力を取り戻した。……尤も、それでも心しか救えなかったけど」

 映されていた映像が消え、代わりの映像が出現する。
 そこには、海の上で緋雪の攻撃を受け止め続ける優輝の姿があった。
 そう。この時に優輝は恋や愛に関する感情を失った。
 それを“代償”にしたことで、優輝は導王の時の力を取り戻し、緋雪の心を救った。

「―――……そして、“人間として生きる可能性”を犠牲にした。心を閉ざした幼馴染を救うために、“人に戻れる可能性”を潰し続けた。結果、可能性は閉ざされた」

 映像が消え、今度はいくつかの映像が映し出された。
 優輝の偽物との戦い。司を助ける時の戦い。そして、死にゆく司を助ける時。
 それらは、全て限界を超えた力の行使だった。
 故に、優輝は“人間”ではなくなり、受肉した“英霊”となった。
 司の命を救うその時まで、“人に戻れる可能性”はあったのに。
 それを潰して、司を救っていた。

「―――そして、今」

 映し出した映像は消え、改めて外の様子を映す映像に視線を戻す。

「……“感情”を、犠牲にした」

 そういう優奈の表情は、苦虫を噛み潰したかのように歪んでいた。

「……嗚呼、このままだと、“可能性”の代償で力尽きるのが先かもね」

 そこまで言って、“いや”と優奈は考え直す。

「“可能性”は私たちの領分。まだまだ乗り越える“可能性”は尽きていない。……私も、そのためにいるようなものだしね」

 “それに”と続け、別の映像を出す。
 そこには、なのはと奏が映っていた。

「……どうやら、私だけじゃないみたい」

 微かに笑みを浮かべて、全ての映像を閉じる。
 そして、何もない白い空間を見上げながら、ぽつりと呟いた。



















   ―――……時は、もうすぐそこまで来ている。覚悟、決めなきゃね

























 一方、司達は。

「………」

「………」

 意味深な発言をしたなのはと奏に、二人をよく知る者達の視線が集中していた。

「“代償”って……“可能性”って……何を、知っているの?」

「………」

「ねぇ!!」

 司の言葉に、二人は答えない。

「どういう、事なの……?」

「わ、私にもわかんないよ……」

「………」

 フェイトもアリシアも、困惑していた。
 二人をあまり知らない鈴達は、周囲の警戒と戦況の把握をしながらも、なのはと奏に注意を向けていた。

「ッ………」

「帝?」

 そして、帝は。
 帝だけは、二人を見て震えていた。
 まるで、二人の正体を知っており、それで恐れているかのように。

「……っ、は、れ……?」

「えっ?」

 その時、なのはと奏はいきなりふらつく。
 すぐさま体勢を立て直したが、様子が変わって……否、戻っていた。

「な、何!?え、私、何か変な事した?」

「……?……?」

 注目されている事になのはも奏も困惑する。
 それは、寸前までの事を何も覚えていないかのようだった。

「覚えて……ないの?」

「え……っと……うん。レイジングハート、私、何か言ってた?」

〈……Yes(はい)

 なのはの問いに、レイジングハートが肯定すると共に先ほどのやり取りの記録を流す。

「嘘……何、これ……」

「ッ………」

 その記録になのはと奏も絶句する。
 何せ、二人にとってはちょっと眩暈がしてふらついた記憶しかない。
 だというのに、まるで別人になったかのように記録では振舞っていた。

「(……何者かによる乗っ取り?それも、優輝君について何か知ってるようだった。優輝君なら何かわかる……?……ダメ、今の情報だけじゃわからない。それに……)」

 皆が困惑する中、司はどういう事か推測するが、それを一端止め、優輝の戦闘へと目を移した。

「(……戦況が、そろそろ動く)」

 司がそう考えた瞬間、優輝が掌底で守護者を吹き飛ばしたのが見えた。













「(術式への干渉、空間の跳躍、私の動きの見切り。……あまりに、凄まじい)」

 掌底に吹き飛ばされた守護者の頭の中は、そんな思考が占めていた。
 この時点において、優輝は完全に守護者を上回っていた。
 霊力量も、力も、ほとんどにおいて守護者は未だに優輝を圧倒できる程だ。
 だが、それを凌いで余りある程に、優輝の……導王流の極意が凄まじかった。

「ッ……!」

 体勢を整え、着地する守護者は、すぐに追いついてきた優輝へと刀を繰り出す。
 だが、その攻撃は受け流され、カウンターが返される。
 それを、守護者は最小限の範囲の障壁で受け止め……

     ギィイン!!

「くっ……!」

 その障壁を“ずらされた”。
 術式の中にある“座標の設定”に干渉し、吊り下がっている物を手で払うようにずらされたのだ。

「ッ!」

 即座にもう一刀を振るう。
 当然のようにそれは受け流されるが、さすがに守護者もそれを想定していた。

「(脱力した所から一気に振り抜く……なるほど、それでただ振るうよりも威力を出してるんだ。おまけに、力の“流れ”に干渉するような動きをしている……!)」

   ―――“弓技・瞬矢-真髄-”

 即座に跳躍。優輝の上を取る。
 そして、素早く矢を連射。その反動でさらに上へと上がる。

「ッッ……!」

 直後、守護者は頭を傾け、寸前まで頭があった場所を、優輝の手刀が貫く。
 神速で放たれる連続の矢を受け流しながら守護者の位置まで間合いを詰めてきたのだ。

「ふっ!」

「くっ……!」

     ギィイン!!

 投擲により手元を離れていた槍が、守護者の手に収まる。
 呼び戻しの術式によって取り寄せた槍で、守護者は優輝の追撃を防いだ。

     ギィイン!!

「っつ……!」

 直後に優輝は守護者の背後に転移。
 そこからの攻撃を守護者は受け止め、地面に叩きつけられるかのように着地する。

「(物理攻撃も、霊術も受け流される。“受け身”の戦法なのに、相対する私が防戦一方になるほど、攻撃が通用しない……!)」

   ―――“氷柱-真髄-”
   ―――“氷柱-反-”

 長柄な事を活かし、守護者は槍で優輝の攻撃を防ぐ。
 隙を見て、身を躱しつつ霊術で攻撃をするが、それを受け流した上に同じ術で反撃されてしまう。

「っ……!」

   ―――“風車-真髄-”

 返された霊術を違う霊術で相殺し、槍を振るう。
 当然のように受け流され、反撃が繰り出され、守護者はそれを槍の柄で逸らす。

   ―――導王流弐ノ型“流貫”

「ッ―――!?」

 刹那、その槍の防御をすり抜けるように、手刀が守護者へと迫る。
 顔を逸らす事でその一撃を躱し、蹴りと霊術を放つ。
 その攻撃が受け流され、反撃が来る前に守護者は障壁を張り、それを足場に後方に跳躍して間合いを取る。

「(私の“癖”をあの一瞬のみ完全に見切っていた……!見切る範囲を狭める事で、それを可能としているの……!?)」

「………」

「(だったら……)」

 “極意”のあまりの凄まじさに、守護者は驚愕してばかりだった。
 ……だが、さすがに慣れてきたらしい。

「(私も、“対応”すればいい)」

「ッ!」

     ギギギギィイイン!!

 槍から二刀に戻し、刀が振るわれる。
 その一撃一撃の軌道を、優輝は対処するが……。

「む……」

 ……反撃に出る事は、なかった。

「(動きを変えてきたか)」

「ふ、はぁっ!」

 一刀が振り抜かれ、それを受け流した手を切り落とそうともう一刀が迫る。

「ッ!」

「……!」

 その一刀も受け流され、反撃が繰り出され……る前に、霊術でそれを阻止する。

「(堅実……隙を潰した戦法。長期戦に持ち込むつもりか?)」

     ギィイン!ギギィイン!!

 優輝の扱う“極意”は、攻撃に優れている訳ではない。
 カウンターが基本となるため、堅実な戦い方に変更した守護者なら、お互いに攻撃を食らう事なくやりあう事が出来ていた。

「(いや、違う。動きを見極める気か)」

「ふっ……!」

     ギギギィイン!!

 二刀と霊術を巧みに扱い、器用に優輝の反撃に対処する。
 必要以上に突っ込んだ攻撃をせずに、優輝の動きを探るように守護者は戦闘を続ける。

「(……どの道、長期戦は必至。だが、生憎素直に受け入れる訳にはいかない)」

 守護者の狙いを瞬時に見抜いた優輝は、すぐに対策を行う。
 否、仕掛けていた魔法を使用した。

「ッ……!?」

 優輝の後方で浮かぶ本……グリモワールが輝きだす。
 正しくは、グリモワールに乗っている術式の理論から遠隔で術式を構成し、その術式が発動するために光っていた。

「槍よ、黄昏を穿て」

   ―――“Gungnir(グングニール)

「っ、この……!」

   ―――“弓奥義・朱雀落-真髄-”

 術式から槍のような砲撃が放たれる。
 それに対し、守護者は地面を蹴って優輝との間合いを取り、矢で迎撃を試みる。

「ッ……!?」

 そこで、魔法に詳しくない弊害が出た。
 その槍のような砲撃は、左右に分裂したのだ。
 砲撃が分裂した事により、放たれた矢は素通りした。
 そして、射線上にいたはずの優輝もその場から姿を消していた。

「くっ……!」

 分裂したり、一つに戻ったりしながら、砲撃魔法は守護者を追いかける。
 それに対し、守護者は障壁と矢を駆使し、相殺する。

「はっ!」

 同時に御札を頭上に投げつける。
 御札から放たれた霊術が、守護者に向けて掃射されていた剣群を弾き飛ばす。

「遅い」

「ッ……!」

 その剣群に隠れるように、優輝は遥か上空にいた。
 守護者が優輝が何か仕掛ける前に阻止すべく、即座に跳ぶ。
 しかし、守護者はここで判断ミスをしていた。
 優輝を止めるよりも、横へ逃げた方が確実だったからだ。

「圧し潰せ」

   ―――“Gravitation(グラヴィタツィオーン)

 空に浮く優輝のやや下方に、優輝を中心に五つの魔力結晶が浮かぶ。
 それらの魔力結晶が魔力の基点となり、魔法が発動する。
 五つの魔力結晶の内側且つ下側。
 つまり、守護者がいる場所を含めた広範囲が、魔法の範囲内となる。

「ッッ……!?」

 その魔法は、重力魔法。
 司が使う魔法とはまた別の魔法である。
 効果としては最も守護者に効く魔法の一つでもある。
 なお、他の魔法で援護ができないため、足止めにしかならないが。

「ふっ……!」

 次の瞬間、優輝は自ら重力魔法の範囲内に飛び込んだ。
 重力魔法に伴い加速する体。さらに自ら飛行魔法で下へと飛ぶ。

「ッ―――!」

   ―――“扇技・護法障壁-真髄-”

 明らかに捨て身の攻撃。
 それに対し、守護者は障壁を張る。

「(当てても外してもその反動は致命的。ならば障壁を張る事で僕だけが自滅すると考えたのだろう。ああ、確かに正解ではある。これが普通に当たれば、僕は死ぬ)」

 重力魔法で加速をつけてはいるが、攻撃を当てた際の反動は計り知れない。
 少なくとも、落下によるダメージで優輝の体はザクロのように飛び散ってしまうだろう。

「(だが、守護者よ、忘れたか?)」

 しかし、優輝がそんな事を考えていない訳がない。

「(この重力魔法の制御は、僕がしている事を)」

 刹那、重力魔法の術式が破棄される。
 同時に、優輝はマルチタスクを行使。
 重力による拘束が守護者から解けると同時に転移魔法の術式を構築。
 転移し、障壁の範囲外である側面へと移動する。

「ッ……!」

「遅い」

   ―――導王流弐ノ型“穿掌(せんしょう)

     ドンッ!!

 守護者は、辛うじて刀を割り込ませる事に成功する。
 しかし、受けるのは刀の腹。故に、そのまま吹き飛ばされる。

「ッ、がはっ!!」

 刀ごと吹き飛ばされ、守護者は木々を折りながら叩きつけられる。
 霊力による身体強化でまだ戦闘続行が可能だが、大ダメージを与えた。

「……」

 間髪入れずに優輝は転移魔法で間合いを詰めようとして……







   ―――ズキン……!







「―――ガ、ア……ッ……!?」

 その体が、途轍もない痛みに襲われた。
 そして、同時に“極意”も解けてしまう。

「っづ……!!」

 意識が引き戻されるように、優輝は“我に返った”気分に襲われる。
 力が抜けるような感覚と共に、今までの動きが出来ないと悟る。

 ……それもそのはずだった。
 この場にいない他の皆は当然、相対していた守護者も気づいてはいなかったが、優輝は“極意”を使っている間は、意識が半分なかったも同然だからだ。
 戦闘によって蓄積したダメージと、ほぼ力を使い果たした事が影響した事で、優輝は半分意識を失った状態となり、ほぼ本能のみで動いていた。
 それこそが、導王流に“極意”に至るための道標だったのだが。

「ぉ、ぉああっ……!!」

 意識が引き戻された事で、優輝の体は思うように動かない。
 だが、それでも、優輝は前へと踏み出す。

「ッ……!!」

 一歩、踏み出す。
 地面を踏みこみ、最小限の力のみで守護者との間合いを詰める。
 転移魔法は既に使用不可能。
 魔力は底をつき、魔力結晶で回復しても転移の負荷に体が耐えられない。
 よって、自力で間合いを詰めた方が最善と判断し、足を踏み出していく。

「ッッ……!!」

 さらに一歩、踏み出す。
 守護者も膝を付き、立ち上がろうとしている。
 優輝が辿り着くのが先か、守護者が復帰するのが先か。
 それで、勝敗が決まる。

「ッッッ……!!」

 さらに一歩、踏み出す。
 既に間合いはほとんどない。
 優輝の攻撃範囲に入るまであと少し。



   ―――“弓技・螺旋-真髄-”

「っ、ぁ――――」





 その瞬間、優輝は守護者が矢を放つのを見た。
 今更避ける事は出来ない。
 故に、攻撃のための一撃を迎撃に使おうとする。
 しかし、一瞬遅い。
 間に合わず、その矢が眉間へと吸い込まれるように飛び……





   ―――“Scarlet arrow(スカーレットアロー)



     ギィイイイン!!





 遠方から飛んできた紅い矢によって、弾かれた。

「っ……!!」

 故に、最後の一手が、届いた。

「っつぁっ……!!」

   ―――導王流弐ノ型“穿掌”

 血を吐くと共に、渾身の一撃を守護者に放つ。
 ダメージが大きかった守護者は、攻撃が弾かれた動揺から復帰するのに遅れた。
 そのため、防御が片手しか間に合わず、直撃する。

「が……はっ……!」

 背にしていた木々を突き破り、吹き飛ばされる。
 同時に、優輝はその場に倒れこむ。
 体の限界が来てしまったのだ。

「っ……今、のは……」

 うつ伏せから仰向けになり、優輝は矢が飛んできた方向を見る。
 優輝はあの瞬間でも、飛んできた矢の魔法をしっかりと見ていた。
 そして、それが良く知った魔法であることも分かっていた。

「……ありがとう、緋雪……」

 いるはずがない。そう思っても、優輝はそう言わざるを得なかった。
 尤も、緋雪は実際に来ているのだが、それを優輝が知る由もなかった。







「……まったく、お兄ちゃんは……」

 優輝が倒れこむ遠方で、矢を放った緋雪はそう呟く。

「あれだけやっても、守護者はまだ倒れないなんてね……」

 緋雪の体力もまだ戻ってはいない。
 それでも、優輝を助けるために緋雪は魔法を放っていたのだ。

「無理した代償かな……もう、時間が近い」

 そう言って、緋雪は崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。







「終わった……の?」

 戦闘を見続けていたアリシアが、呆然とそう呟く。
 誰もが、これで勝ったと思っていた。

「っ、う、嘘……!?」

 ……だが、それを覆す存在がいた。

「ま、まだ立つって言うのか……!?」

 そう。守護者が、まだ立ち上がるのだ。

「っ、行くよ……!」

 それを見て、司が助けに行こうとする。
 それに続き、他の面子も助けに行こうとして……

「その必要はないよ」

 合流してきた紫陽によって、それは止められる。

「……もう、決着はついた」

「で、でもまだ守護者は……!」

「いや、時が来たのさ。黙って見てな」

 成り行きを見届けろと、紫陽は目でそう言った。
 あまりに確信めいたその言動に、誰もが足を止めて再び成り行きを見た。







「……まったく、笑えない、な……」

 立ち上がり、再び戦闘が可能になった守護者を、優輝も見ていた。
 魔力を使い果たした優輝とは違い、守護者はまだ霊力があった。
 それにより、体のダメージをある程度回復してしまったのだ。
 既に蓄積したダメージで弱っているとはいえ、それでも今の優輝では勝つのは絶望的でしかなかった。

「…でも、やるしか、ない、か……」

 息も絶え絶えになりながらも、優輝は立ち上がろうとする。







「大丈夫だよ」

「―――何?」

 その時、優輝の背後から声が掛けられた。
 その声は、視界に映る守護者と同じ声で……

「……あとは、私が責任を持って決着をつけるから」

 そして、姿さえも、瓜二つだった。









「……やっと、現世に出てこられた」

 彼女は“有城とこよ”。
 守護者の本体である存在だ。
 “やっと”と言う言葉の通り、彼女は現世に出るのに手間取っていた。
 
 ……そう。これは紫陽が言っていた“解決策”。
 守護者の本体であるとこよ本人が干渉し、守護者を倒す事。
 干渉には時間がかかるため、紫陽は犠牲が多くなると言っていた。
 その時間が、ついに満たされたのだ。

「ここまで弱らせたのに容赦なくやるのもどうかと思うけど……」

「……貴女は、一体……」

 前に出るとこよに、優輝は思わず尋ねる。
 二人称が“貴女”になったのは、その身から発せられる強さを感じ取ったからだろう。

「私は有城とこよ。幽世の守護者にして、幽世の大門を閉じる者。……志導優輝君だね?後は任せて大丈夫だよ」

「……有城、とこよ……」

 話に聞いていた本人の登場に、優輝も驚いていた。
 それを尻目に、とこよは守護者と向き直る。

「……私にも、人並みの寂しさはあったんだろうね。故郷……というより、あの学園に帰りたくて、江戸があった場所へと向かっていた。……でも」

「ッ……!」

     ギィイイイン!!

「もう、終わりの時間だよ」

 大ダメージを受けたとは思えない程の勢いで、守護者はとこよへと斬りかかる。
 それを、とこよは冷静に受け止め……

「さぁ、幽世に還って!!」

   ―――“刀奥義・一閃-真髄-”

     ギィンッッ!!

 刀を弾き、もう一刀で一閃を放つ。
 それにより、守護者の刀が弾き飛ばされ、守護者も大きく後退した。

「ッッ……!」

「遅いよ」

   ―――“秘術・劫火(ごうか)
   ―――“秘術・氷華”

 術式の込められた御札が二枚放たれる。
 その御札から炎と氷が発せられ、守護者が放とうとしていた術式を破壊する。
 守護者は咄嗟にその術式のための霊力を防御に回したが、破られて吹き飛んだ。
 真髄に至った術ではないが、御札一枚で放つという早さで守護者を圧倒した。

「ふっ……!」

   ―――“弓奥義・朱雀落-真髄-”

「っづ……!?」

 間髪入れずに、とこよが矢を放つ。
 それを避けきれなかった守護者は、片腕を吹き飛ばされる。

「ァアッ!!」

   ―――“禍式・束瘴波”

「シッ!!」

   ―――“槍奥義・玄武貫-真髄-”

 足掻こうと、守護者から瘴気の砲撃が放たれる。
 優輝の持つ導標の神力での阻害がなくなったため、再び瘴気が扱えるようになっていた。
 しかし、とこよはそれを槍の一突きで打ち払った。
 そのまま、とこよは守護者へと間合いを詰める。

「ッ……!」

   ―――“禍式・護法瘴壁”

 このままではいけないと、守護者は瘴気による障壁を張る。
 そこへ、とこよは武器を斧に持ち替えて……

「はぁっ!!」

   ―――“斧奥義・天蓋砕-真髄-”

 強力な一撃の下、その障壁を消し飛ばした。

「ッッ……!?」

「もう、使わせないよ」

   ―――“秘術・神禊-真髄-”

 さらに、とこよごと守護者を囲むように御札がばら撒かれる。
 術式が発動し、その中では瘴気が浄化されるようになった。

「ッ、ァアアアアアアアア!!!」

 追い詰められ、本体が現れ、守護者は完全に理性を失っていた。
 残った片腕で、最後の力を振り絞って刀を振るう。









「これで、トドメ」

   ―――“森羅断空斬”







 ……それよりも先に放たれた一刀により、守護者は断ち切られた。
 守護者は刀ごと左右に分かたれた事に気づかないまま、その場に倒れ伏した。















 
 

 
後書き
Gungnir(グングニール)…追尾式の分裂可能砲撃魔法。単発という欠点を、分裂する事で補っている。緋雪が使うグングニルとはまた別扱いの魔法。

Gravitation(グラヴィタツィオーン)…“重力”のドイツ語。グリモワールに記載されている魔法の一つ。魔力の基点を五つ設置し、その内側且つ下側に、強力な重力を掛ける。消費魔力は割と多い。

穿掌…導王流弐ノ型において、シンプル且つ威力の高い技。文字通り敵を穿つような掌底を放つ。今回の場合は、重力魔法による加速もついていたため、威力は桁違いになっている。

秘術・劫火…秘術・氷華の炎バージョン。威力も氷華とあまり変わらない。


最後は本人がトドメ。
これでもとこよは本調子を取り戻せていません。本調子どころか、本来の力の四分の一も出せないような状態です。
それでも倒せたのは、それだけ守護者を弱らせていたからに尽きます。
なお、もし守護者が万全だったとしても、表に出ずにもう少し干渉を続けていれば今回の状態にまで弱って倒す事が出来ます。 

 

第170話「再会と別れ」

 
前書き
優輝達は大門を閉じない限り解決しないと考えていましたが、実は防衛に徹しているだけで解決できたのが今回の戦いでの真相だったりします。
……尤も、骨折り損ではなく、守護者と戦ったからこそ犠牲が少なく済んでいます。
 

 






       =out side=





「―――……」

 それを、誰もが注目して見ていた。
 左右に両断され、瘴気の残滓へと姿を変える守護者。
 そして、それを成した守護者と瓜二つの姿であるとこよ。

 ある者は警戒を。
 ある者はただ驚愕を。
 ある者は安堵を。
 それぞれの想いと共に、彼女を見ていた。

「……あれが、本当の……」

「大門の守護者……有城とこよか……」

 遠くで見ていた司と帝がそう呟く。
 紫陽に彼女について教えてもらったため、司達は彼女に対して警戒していない。
 ただし、驚愕はしていた。

「……ご主人様……本当、に……」

「っ………」

 とこよをよく知る蓮と織姫は、その場に立ち尽くして涙を流していた。
 ずっと会えなかった主を、再び見る事が出来たからだ。
 それも、守護者という偽物としてではなく、本物を。

「………」

「あっ!?」

 注目の的となっていたとこよは、周囲を一瞥してから無言でその場から立ち去る。
 全員が思わず追いかけようと動くが、優輝がその際によろめく。

「優輝君!」

「優輝さん……!」

 司と奏がそれに気づき、すぐに駆け寄る。
 アリシアや帝など、他の魔導師組も駆けつけた。

「ユーノ、容態は!?」

「……力を使い果たして、体の隅々までボロボロになってるよ。……でも、偽物に襲われた時のリンカーコア程じゃない。普通の治癒魔法で何とかなる」

「よ、よかった……それなら……!」

 魔力を使い果たした司の代わりに、アリシアが治癒系の霊術で優輝の体を癒す。
 帝の持っている霊薬でもよかったが、もう戦闘はないと見てアリシアに任せていた。

「あいつは……どこに向かったんだ?」

「幽世の大門だろうね」

「本来の守護者であれば、大門を閉じるのも容易……って訳ね」

 帝の呟きに紫陽が答え、鈴が納得する。

「それと……」

『え……きゃっ!?」

 紫陽が御札を一枚取り出し、紫陽の体……否、葉月の体から光の玉が出てくる。
 その光の玉は御札に吸い込まれ、一つの小さな体を作り出す。

「ね、姉さん……!?」

「戦いが終わったなら、あたしも葉月に負担を掛ける意味もない。だからこうやって式神の体を応用して分裂したのさ。葉月がいる限り、あたしは現世に縁を繋ぎ続けられるからね」

 その体は、先ほどまでの紫陽の体をデフォルメ化したようなものだった。
 葉月にこれ以上の負担を掛けないように、自ら別の器に移動したのだ。

「ぁ……っ……」

「ほら、言わんこっちゃない。いくら相性がいいとはいえ、人の身に幽世の神の力を宿したんだ。本来の神降しと違うとはいえ、負担はかなりのものだったはずだよ」

「っ……すみません、姉さん……」

「いいさ。謝るのはあたしの方だからね」

 ふらつく葉月の体を、紫陽が小さな体を浮かせて支える。

「さて、このままお別れなのも嫌だろう?とこよに会いに行くよ」

「で、でも、無言で立ち去ったって事は……」

「幽世で一緒にいたあたしが言うんだ。さっさとしな!」

 急かすように紫陽がいい、戦闘で疲れた体を引きづって一行は大門へと向かった。









「あはは……やっぱり、追ってきたんだ」

「せっかくの再会なんだ。ゆっくりすればいいってのに」

 大門へ辿り着くと、そこにはいくつもの御札がばら撒かれていた。
 それぞれに複雑な術式が込められており、一種の儀式のようになっていた。

「術式を起動すれば大門は閉じるよ。閉じた後も現世にいたら、今度は私たちが均衡を乱す存在になっちゃうから」

「だろうね。そういう訳だ。話す事をしっかり話してきなよ」

 そう言って、紫陽は蓮や鈴など、とこよと関わりがある者に会話を促した。

「……」

「……」

 まず前に出たのは、鈴と澄姫。そして葉月の三人だ。
 葉月は既に涙を浮かべ、気丈に振舞う鈴と澄姫もこみ上げる想いに耐えていた。

「……うん。久しぶりだね。……まさか、鈴さんと葉月ちゃんが生まれ変わってるとは思わなかったけど……」

「……二言目がそれ?まったく、その様子じゃ、全然変わってないじゃない……本当に、躍起になって損したわ……!」

「とこよさん……とこよさん……!」

 ずっと探していた人。ずっと行方が知れなかった人。
 そんな人物と再会できたのは、実に感慨深いものだろう。
 特に、葉月の場合は姉と友人の二人と再会できたのだから。
 その証拠に、強がっている鈴の頬を、涙が伝っていた。

「……ずっと、幽世にいたのね。……見つからなくて当然、ね」

「澄姫……」

「文は……あの子は、貴女が見つからなくて特に悲しんでいたわよ」

「そっか……」

 澄姫はどこか納得したように溜息を吐く。

「……思えば、校長先生や三善先生は察していたのかもね……だから、未練として思念が残る事はなかった……」

「……ねぇ、澄姫」

 思い返すように呟く澄姫に、とこよは静かに声を掛ける。
 ……そして、刀を向けた。

「なっ……!?」

「ッ……!?」

「………」

 驚く司達。対し、澄姫は済ました顔でその刀ととこよを見据えていた。

「選んで。ここで私に消されるか、自分から消えるか」

「な、何を……」

「外野は黙っておきな」

 何をするつもりなのかと、司が尋ねようとする。
 しかし、紫陽がそれを止める。

「貴女に消されるのも悪くない……でも、それはダメね。この体は借り物だもの。ちゃんと返さないとね」

「……どういう、事なんですか……?」

 当時の澄姫を知っている葉月は、なぜ消えなければならないのか、とこよに尋ねる。

「……葉月、こいつはお前と違って生まれ変わった訳ではない。かと言って、幽世にいた訳でもない。そして、式姫になった訳でもない。……ただの霊でしかない」

「っ、そういう、事……!」

 鈴が納得したように目を見開く。
 紫陽は澄姫を見た時からわかっていた。だからとこよの行動に驚かなかったのだ。
 そして、沈黙を保っている悪路王も、既に澄姫の状態を悟っていた。

「未練を残し、故に成仏が出来ない。それが霊。……数百年もの間、ただの幽霊が留まり続ける事なんて不可能よ。留まれるとしたら、それは、もう……」

「そう。悪霊でしかない」

「「「ッ……!?」」」

 外野の司達は、鈴ととこよのその言葉に驚愕する。

「ねぇ、澄姫。その体の持ち主の精神は、どうなってるの?」

「……戦闘に耐えきれなくて気絶しているわ。……それ以外は無事に決まってるじゃない」

「……そうだね。澄姫が、そんな下手を打つ訳がない」

 刀を向けつつも、とこよは僅かに笑みを浮かべる。
 それは、まるで変わっていない親友に向けるかのようで……

「どうして……澄姫さん……!」

「……悔しかったのよ。とこよが見つけられなかったから、私が最後まで支えになる事が出来なかったから……!だから……!」

「……紫乃(しの)さんと、文ちゃんの思念を利用した」

「ッ……!」

 それは、その二人の想いをダシにしたようなもの。
 実際に体や魂を利用した訳ではないとはいえ、感情的に許せないものだった。

「……ええ、そうよ……!私だけでは力を保ったまま霊としていられなかった……!だから、だから二人の想いも私が取り込んだのよ……!」

「それでも、悪霊になったのなら、力が変質してしまう」

 生前と悪霊の時では、力の性質そのものが違う。
 そのため、澄姫が生前の力のままというのは些かおかしかった。

「……そっか。封印、したんだね?自分自身を、きっと未練を解消できるその時まで決して悪霊にならないように」

「……本当、お見通しね。とこよ……。どこか抜けてたあの時とは大違い……」

 誰もが、二人の会話に割り込めない。
 どれだけ澄姫がとこよの事を想って我慢してきたか。
 その辛さが漠然とながらも分かったからだ。

「……あぁ、文と紫乃姉に、いい土産話が出来たわ……。尤も、私が行き着く先に二人がいるとも限らないし、快く出迎えてくれるとも思えないけどね……」

「澄姫……」

 澄姫の体が淡く光り始める。
 それが何の兆候か、すぐに理解できたのはとこよと鈴、悪路王だけだった。

「……あの二人なら、澄姫の事を許してくれると思うよ。だって、どちらかと言えば澄姫が無茶した事への心配の方が強いだろうから」

「……そう、ね。そうだと、いいわね……」

 淡い光は徐々に強くなっていく。
 同時に、澄姫の語気も弱くなっていき、頬を涙が伝っていた。
 ……既に、とこよは突き付けていた刀を下ろしていた。

「……何が、どうなっているんですか……?」

「封印していた事で、結局悪霊になる事はなかった。……そして、今、その未練が解消されたのよ」

「つまり……」

「……成仏の時よ」

 葉月の言葉に、鈴が答える。
 その返答に、澄姫を知る式姫達二人は驚いていた。

「ねぇ、澄姫」

「……何よ」

「最後くらい、素直になってもいいんじゃないかな?」

「っ……!」

 とこよがそう言うや否や、澄姫はとこよに抱き着いた。

「貴女がっ……!いなくなって……!本当に、本当に……!寂しかった……!悲しかったっ……!だから……だからぁ……!ぁぁああ……!」

「……うん、うん……。ごめんね……帰れなくて。でも、私は元気だから。大丈夫だよ」

 泣きじゃくる子供のように、澄姫は涙を流して自らの想いを吐き出した。
 それをとこよはまっすぐ受け止めていた。

「……だから……また会えて、本当に……よかった……!」

「……うん。私も、澄姫とまた会えてよかったよ」

 一頻(ひとしき)り涙を流し、自身の想いを吐き出した澄姫は、その言葉を最後に一歩とこよから離れる。

「それじゃあ……さようなら。元気でね。とこよ」

「うん。澄姫こそ、良き来世を」

 その言葉を最後に、一際光が強くなる。
 そして、光が収まった瞬間、澄姫の……否、澄紀の体がとこよへと倒れこんだ。

「……今まで、本当にお疲れ様。澄姫……」

 既に、澄紀の体に澄姫はいない。
 ……成仏して、消えたのだ。

「っ……ぁ……」

 すぐに澄紀の意識が戻る。
 目を覚ました澄紀は自らを抱き抱えるとこよを始めに、辺りを見渡す。

「……澄、姫……さん……?」

「……彼女は、もういないよ」

「……そう、ですか……」

「(……見た目も、名前も、雰囲気も似ている。でも、やっぱり別人だね)」

 澄紀を抱えるとこよは、彼女を見てついそう思った。
 そこでふと、頬を涙が伝っているのに気付いた。
 とこよも、親友との別れが惜しかったのだろう。

「……あんた達も、いつまでも憑依を続けてないで出たらどうだい?」

「……そうね。私たちだけじゃなく、皆も会いたかったものね」

 紫陽の言葉に、鈴が術式を弄って憑依を解く。
 すると、鈴からは天探女と猫又が。
 蓮からは山茶花、織姫からは鞍馬が出てくる。
 澄紀からも、コロボックルが出てきた。
 そして、同時に猫又とコロボックルがとこよへと抱き着いた。

「とこよー!会いたかったにゃー!!」

「ご主人サマ!ようやく会えたヨ……!」

 二人は、式姫としても子供っぽさが残っている。
 そのため、寂しさも人一倍強かったのだろう。

「……皆も、久しぶり」

「……ああ」

「本当に、久しいな」

「………」

 衝動的に動かなかった山茶花たちも、感動は隠せないようだ。

「……随分、減っちゃったみたいだね」

「減った……式姫の数が、ですか?」

「うん。私は、幽世の守護者になってから、ずっと幽世にいたからね」

「そうか、式姫はいずれ幽世に還る。幽世にいたならば、誰が現世に居続けているか把握できる。という訳か……」

 実際、現世に残り続けているのはこの場にいる式姫達だけだった。
 それだけの月日が流れていたのだと、とこよは改めて実感したのだ。

「……つまり、幽世には皆がいる、と?」

「そうだよ。でも、ダメだよ?自分も行きたいって言うのは。ちゃんと生き抜いてから来てね?」

「っ……はい」

 頭の片隅では、言われたような事を考えていたのだろうか。
 蓮は少し言葉を詰まらせて、とこよの言葉に返事した。

「それにしても……うん。皆元気そうで良かったよ。これで心置きなく幽世に帰れるよ」

「そう……また、戻るのね?……まぁ、とこよが元気にしてるってわかっただけでも、私たちは救われたわ。今まで、どこで、何をしているのか……何をしていたのかすらわからなかったもの」

「はい……。姉さんと、幽世にずっといたのなら、安心できます」

 鈴と葉月が、目尻に涙を浮かべながらも、安心したように微笑む。

「あたしもとこよも、現世に長居できない存在になってしまったけどさ。二度と会えない訳じゃないさ」

「葉月ちゃんも鈴さんも、人としての生が終わったら、幽世に招待するよ」

「あら、また生まれ変わるのはダメなのかしら?」

「そうしたいのならしてもいいさ。強制はしない。あたしやとこよにそんな権限はないからね」

 軽口を叩く鈴だが、もちろん招待されるのであれば、招待されるつもりだった。
 元々の目的は再び開いた幽世の大門を閉じる事であり、とこよと再会できたのはその目的を達成した事による副産物でしかない。
 しかし、それでも再会できたのは嬉しいものなのだ。
 ましてや、それが行方知れずとなっていたとこよが相手なのだから。
 葉月もまた、会えず仕舞いだった姉ととこよと、一緒にいられるのは嬉しかった。

「……出来れば、椿ちゃんと葵ちゃんとも会っておきたかったけど……」

「それは―――」

「言わなくてもいいよ、志導優輝君。二人が今君に憑依していて、しかもそれが死の瀬戸際なのは、私にもわかるから」

 瀕死の状態での憑依。
 それにより、どうなるかわからない状態に、椿と葵はなっている。
 それを伝えようとした優輝だが、とこよは既に把握していたようだ。

「……二人に、私が幽世で元気にしてるからって伝えておいてね」

「……ああ」

「それと……ううん、これは私が言うべきじゃないか……」

 今の優輝に対し、とこよは何か言いかけるが止める。
 そして、その場にいる全員を一瞥して……

「それじゃあ、私たちは幽世に帰るね。後の事をほとんど丸投げしちゃうけど、任せるよ」

「っ、あ、ああ。……取り返しがつかないものもあるが、何とかしよう」

「私たちも全面協力するからね」

 指揮を務めるのがクロノだと見抜いたのか、後始末に関して任せると、とこよはクロノに言った。

「……あ、そうだ。志導優輝君、言い忘れてたけど……」

「ん?なんだ?」

「―――あの時、貴方を助けた矢」

「ッ……!」

 とこよに言われ、優輝は思い出す。
 あの時、寸での所で自身の命を救った矢の魔法。
 誰が放ったのか、頭から抜け落ちていたが、その言葉で思い出したのだ。

   ―――“大回復-真髄-”

「じゃあ、魔導師の人達と、私の大切な人達。きっと、またね」

「今度は普通に会えるといいな」

 優輝に一つの治癒系霊術を掛け、とこよと紫陽は幽世の大門を通って姿を消した。
 そして、すぐに大門は閉じ、周囲に広がっていた嫌な空気が消え去った。

「最後のって……どういう事?」

「ッ……!」

「あっ、優輝君!?」

 とこよの言葉を聞いていたアリシアが呟くと同時に、優輝は駆け出した。
 それを慌てて追いかけようとする司。

『皆、無事!?』

「エイミィか!」

 そこへ、瘴気や戦闘の影響で出来てなかった通信が回復する。

「こっちはたった今、幽世の大門が閉じられた所だ」

『そっか……よかった……』

「各地の様子はどうだ?」

『途中から妖がほとんどいなくなったから、被害はほとんどないよ。出来れば、そっちに人員を割きたかったけど、瘴気の影響か観測が出来なかったから……』

「なるほど。とにかく、こちらも解決した。色々情報を整理するために、一度回収してくれ」

 簡潔に情報を交換し、一度戻るとエイミィに伝えるクロノ。

『でも、優輝君の反応が離れていってるよ?もしかして……』

「っ、そうだったな。一体、どこに向かったんだ?」

『えっと、瘴気の影響でまだノイズがあるけど……この方向は……』

 エイミィの探知を頼りに、クロノ達はすぐに優輝を追うように行動を開始した。
 なお、戦闘で疲れ切ってる者、気絶している者、直接追いかけるつもりのない者は、そのままアースラに回収された。











       =優輝side=







   ―――あの時、貴方を助けた矢



 その言葉を聞いた後、僕はすぐさまある場所へと向かった。
 それは、守護者と戦闘していた場所。
 矢の魔法が飛んできた座標。

「(方向と、角度からして……)」

 辿り着くと同時に、記憶を頼りにどこから飛んできたかを逆算する。
 あの矢は、一瞬しか見ていなかったとはいえ、術式は難しいものではなかった。
 術式の構成としては、“威力”と“貫通性”、“速度”の三つが重視されていた。
 “誘導性”が関係する術式は見受けられなかったため、軌道の変化もなかっただろう。
 つまり、軌道が曲がったなどで、発射地点がずれる事はない。

「そこか……!」

 守護者……否、とこよさんが掛けてくれた霊術のおかげで、体力は回復している。
 傷も大体塞がっており、疲労と魔力以外で移動に支障を来す事はない。
 おまけに、魔力も結晶が余っているから問題ない。

「っ……!」

 発射位置まで飛んで移動すると、そこには……

「シャル……!」

 弾き飛ばされて地面に刺さった後、目を覚ました時には行方不明になっていたはずのシャルが、その場所に刺さっていた。

〈マイスター。ようやく来ましたか〉

「……なぜ、ここに?」

 いや、微かに記憶には残っている。
 僕が気絶する寸前、誰かがシャルを掴んだのを。
 そして、その時聞いた声。あれは―――……

〈伝言があります〉

「っ……聞かせてくれ」

〈“あの時の公園で待ってる”……と〉

「………!」

 その言葉を聞いた瞬間、マルチタスクを用いて転移魔法の術式を組み立てると同時に、その言葉の真意を推測した。

「(シャルを用いた上で、“あの公園”のワード。そして、気絶寸前に聞いた、あの声……。だとしたら、その“公園”は……!)」

 術式の上に魔力結晶を叩きつけ、起動させる。
 乱暴ではあるが、これで転移魔法が発動する。
 転移する先は……そう、“海鳴臨海公園”だ。









「っ……」

 回復したとはいえ、疲労が消える訳じゃない。
 転移の反動で少しふらついた僕は、それでも“その姿”を視界に捉えた。
 例え、服装が着物だったとしても、“その姿”を見間違える事はない。

「……さすが。すぐにこの公園だって断定するなんて」

「………」

 公園には海側と公園側を向いているベンチが一組で設置されてある。
 その公園側を向いているベンチに、“彼女”は座っていた。

「……やっぱり、緋雪……」

「……三年ぶりだね。お兄ちゃん」

 ()()()()になっても、“信じられない”という気持ちが強かった。
 同時に、再会できた事に対する嬉しさが沸き上がってくる。

「本当に、緋雪なのか……?」

「そうだよ。偽物でも、妖でもない。死んではいるけど、正真正銘お兄ちゃんの妹の緋雪だよ」

 反射的に解析魔法を使う。
 霊術による解析も同時に行うが、どれを取っても“偽物”だと判断する要素はない。
 ……間違いなく、目の前の緋雪は本人なのだ。

「……どうやって、ここに……」

「私、死んだ後幽世に流れ着いたんだ。転生者の魂だったから、普通とは違ったみたい。……それで幽世の大門が開いた時、紫陽さんに幽世から現世へと召喚してもらったんだ。……他でもない、お兄ちゃん達の手助けのために」

「そう、か……」

 言葉が上手く出てこない。
 緋雪は、生前と比べて随分と大人びていた。
 幽世にいたという事と、紫陽さんの名前が出た所から、あの二人と共にいたのだろう。

「……生き返った、訳じゃないんだな」

「残念ながら、ね。現世に肉体が残っていない私は、どうあっても生き返る事は出来ないよ。……せっかく会えたのに、ごめんねお兄ちゃん」

「いや……高望みしただけだからな……大丈夫だ」

 頬を叩き、心の中で自分に叱責する。
 しっかりしろ。緋雪の前で、情けない姿を見せられないだろう。

「今の私は、式姫と同じような状態なの。それも、限られた時間しか現世にはいられないの。……でも、それでもお兄ちゃんには改めてここで会いたかった」

「……あの時、僕らを助けたのは……」

「うん。私で間違いないよ。お兄ちゃん」

 当たり前だな。
 シャルを扱えるのは、制作した僕か、緋雪だけだ。
 ……あぁ、でも、あの時緋雪のおかげで生き延びられたんだな。

「ありがとう、緋雪」

「……えへへ……。お兄ちゃんにこうして褒められるのも久しぶりだなぁ。ちょっと照れ臭いや」

 はにかみ、恥ずかしそうに頬を掻く緋雪。

「………」

「………」

 もう叶う事はない再会だからか、それ以上の言葉が出てこなかった。
 緋雪も同じなのか、しばらく沈黙が続く。

 ……すると、次の瞬間緋雪は抱き着いてきた。

「緋雪……?」

「ごめん、お兄ちゃん。……しばらくこの状態でいさせて」

 緋雪の身長は、生前から少ししか伸びていない。
 中学生になってから身長が伸びた僕からすれば、抱き着かれても支障はないが……。

「……ああ。いいぞ」

「……。ありがと」

 抱き着く力が少し強くなる。
 緋雪がこうして抱き着いてくるのは、理解できる。
 どうあれ、ずっと会えないと思っていたのだ。
 なのに、再会できた。それなら、会えなかった寂しさが爆発するものだろう。

「………」

 僕自身、その寂しさがあった。
 だから、僕からも抱き返し、頭を撫でる。
 死に分かれた事で会えなくなった分を、補うように。





「……ん、もう、いいよ」

「そうか?」

「うん。……そろそろ時間だから」

 名残惜しそうに僕から離れる緋雪がそういう。
 緋雪の体は、どこか透けてるように見えた。

「……大丈夫。そんな悲しそうな顔しないで、お兄ちゃん」

「ぇ……」

 緋雪に言われて、顔に手をやる。
 ……緋雪の言う通り、悲しそうに顔が歪んでいた。

「不幸中の幸いと言うべきか、現世と幽世に大きな“縁”が出来た。……きっとまた会えるよ。お兄ちゃん」

「……」

「だから、“さよなら”は言わない」

 段々と、緋雪の体が透けていく。
 元々緋雪を召喚した術式は、自動的に送還する術式もあったのだろう。
 だから、幽世の大門が閉じていてもそのまま帰る事が出来る。

「緋雪……」

 緋雪の瞳は、シュネーだった時のように、悲しみに揺れてはいなかった。
 どこまでも済んでいて、とても強い意志を持っていた。
 ……そんな目で見られたら、こっちも情けない顔はしていられないな。

「……ああ。だから、“またな”だな」

「うん。またね」

 お互い、出来る限りの笑みを浮かべる。

「シャルも、短い間だったけどまた会えて嬉しかったよ」

〈……それは、こちらのセリフです。お嬢様……!〉

 今は僕が持っているシャルにそう言って、緋雪は改めて僕に向き直る。

「お兄ちゃん。……大好きだよ」

「……ああ、僕もだ……ッ!?」

 少し顔を赤くした緋雪の言葉に、僕はそう答える。
 その直後、唇に柔らかい感触がした。
 ……キスされたのだ。

「……えへへ」

 それを行った張本人は、満足そうに満弁の笑みを浮かべていた。
 ……そして、そのまま幽世へと消えていった。

「………まったく、最後の最後で……」

 僕を追いかけてきたのか、司達の転移魔法が近くに出現するのを察知しながら、僕は困ったように苦笑いを浮かべ、掌で顔を覆った。























   ―――ホント、どこかイタズラ好きなのは、ずっと変わらないな

























 
 

 
後書き
紫乃…澄姫の方位師の女性。一緒に暮らしているようで、昔は澄姫から“紫乃姉”と呼ばれていたらしい。なお、成長してからはそう呼ぶのが恥ずかしい模様。苗字は公式では不明(多分)。本編では、一応土御門姓の設定。容姿はググってください(説明放棄)。

大回復…単体大回復の霊術。文字通りの効果。大抵の傷や体力はこれで回復する。


前回、感情を代償にしたとか書きながら、明らかに感情があるように見える優輝。……まぁ、あれです。例えるなら、FGO二部のフォウ君みたいな(若干ネタバレ)。 

 

第171話「残る謎と後始末」

 
前書き
日本(というより地球)と管理局の絡みは、次の章に回します。
実質これが第5章の最終話となります。
 

 






       =out side=







「優輝君!!」

 アースラの転送で追いついてきた司が、真っ先に優輝の所へと行く。
 少し後からアリシア達も追いついてきた。

「司……」

「……緋雪ちゃんと会ったの?」

「まぁ、な。……知ってたのか?」

 その問いは、緋雪が現世にいた事についてだった。
 主語のない問いだったが、司達はそれをきっちり理解して答える。

「うん。さっきエイミィさんから聞いて……それで急いで来たの」

「優輝が神降しをしていた時あたりに、学校で少し戦ってたんだって。その反応をエイミィさんが捉えて見つけたらしいよ」

「……そうか、学校も守ってくれたのか」

 司とアリシアがエイミィから聞いた事を簡潔に伝える。

「ここにいるって聞いてたんだけど……」

「………」

 司が辺りを見回しながら言うが、優輝はそれに構わずに手元を見る。
 つい先ほどまで緋雪を抱きしめていた腕を。
 その感触は確かに残っており、あれが夢でもないのだと実感させてくれた。

「……緋雪なら、幽世に帰ったよ。現世に留まれる時間が終わったらしい」

「っ……そっか……」

「引き留める……事は出来なかったのか」

「ああ。現世に留まるための“器”がない。幽世での肉体だけじゃ、現世にはいられないらしい。蘇生しようにも、こちらでの肉体がなければ意味がないしな」

 魂を馴染む“器”に入れる事による蘇生は、グリモワールに載っていた。
 だが、それを行う条件が揃っていなかったのだ。
 もし揃っていれば、すぐにでも蘇生魔法を使っただろう。

「……そうか」

「死んでからとはいえ、幽世で緋雪は元気にしてるみたいだ」

「優輝が納得してるなら、僕から特に言う事はない」

 クロノはそう言って、それ以上緋雪について聞かなかった。
 優輝はあの僅かな再会の時間だけで、緋雪が元気にしているのを理解したのだ。

「(……それこそ、シュネーの頃の苦しみなんてなかったように、な)」

 心の中で先ほどまでの緋雪の顔を思い浮かべながら、優輝はそう思った。

「じゃあ、アースラに戻るぞ。なのはと奏とは別に、君も検査を受けるべきだからな」

「ああ、わかった」

「それと……いや、こちらは検査の後で聞こう。とりあえず、休息するためにも……エイミィ!」

『準備出来てるよ!』

 何かを言おうとして中断したクロノは、エイミィに通信で呼びかける。
 すぐにエイミィは応答し、アースラへ行くための転送陣が現れた。
 それを通り、優輝達はアースラへと帰還した。









「……体への負荷でボロボロだけど、これは時間でどうにかなるわ。どうやら、表面上の治療は済んでいるみたいだし」

 アースラへと戻り、早速優輝はシャマルによる検査を受けた。

「でも……いえ、こっちの方が問題ね」

「ど、どうしたんですか?」

 付き添っていた司が、シャマルに尋ねる。
 ちなみに、他の面子は軒並み戦闘の疲労で休んでいる。
 司も疲労してるのだが、体に鞭を打って付き添っているのだ。
 シャマルもずっと気絶してたのだが、目が覚めてからはこうして治療に専念している。

「……優輝君。貴方、感情を失ってるわね?」

「……やはり、わかりましたか」

「これでもはやてちゃんの健康管理をしているので当然です」

 感情を映さない優輝の目を見て、シャマルが指摘する。
 それを否定する事なく、優輝は納得した。

「ほ、本当に……ですか?」

「ええ。細かい所まではわからないけど、検査中にわかったわ」

「……まぁ、自覚はしてました。あの時、“何か”が壊れると同時に、自分の中から感情が失われていくのを感じましたから。……おそらく、感情を代償にして、導王流の極意に至ったのかと」

 まるで他人事のように、優輝はいつ感情を失ったのか語る。

「まるで互換性がないのだけど……」

「……そういえば、なのはちゃんと奏ちゃんが同じような事を……」

「……その事ね」

 なのはと奏。二人は既にシャマルの検査を受けていた。
 内容は、優輝が極意に目覚めた時、誰かに乗り移られたかのような反応をした事だ。
 体に異常はないのか検査していたのだ。

「二人に異常はなかったわ。記憶の方も、抜け落ちている感じはなかった。……その時の事は、まるで覚えていない夢のように、“なかった事”になっているわ」

「……そう、ですか……」

「二人が、そんな反応を……」

 尤も、この場合異常が見られないのが“異常”であると、三人は理解していた。
 そして、話を聞いてどういうことなのかと優輝も考える。

「優輝君、奏ちゃんとなのはちゃんは、多分優輝君が感情を失ったであろうタイミングで、優輝君が感情を代償にしたって言ってたの。……心当たりは……」

「……ない、な」

「そっか……」

 優輝の事を言っていたので心当たりはないか司が尋ねたが、心当たりはないようだ。

「そうなると謎が残るわね……。どうして、二人はそんな状態になったのか……」

「……誰かの干渉を受けていた……とか?」

「無きにしも非ず……と言った所ね。判断材料が少なすぎる。一度落ち着いた時にもう一度考えた方がいいかもしれないわね」

「なるほど……」

 今はまだ考えるには早いという事になり、検査はそれで終わる。
 結局の所、感情を取り戻す方法も、なのは達のあの状態も分からず仕舞いだった。

「……とりあえず、私たちも休もうか」

「そうだな」

 いつもと違って素っ気なく感じるその返答に、司は寂しく感じる。
 だが、感情を失った状態では、仕方ないとも考えられた。

「……優輝、司」

「帝君……?」

「どうした」

 そこへ、検査が終わったのを見計らってか、帝が合流してきた。

「ちょっと来てくれるか?他に聞かれたくない。出来れば司も席を外して欲しかったが……椿の言ってた事をエアが覚えててくれてな。あの存在に敵うかもしれない司にも知ってほしい」

「……分かった」

 含みのある言い方に、二人ともただ事ではないと判断する。
 そのまま、誰かに見られる事のない個室に移動する。





「さて……どこから話すべきか……。以前、攻撃が通じない正体不明の男がいたな?」

「う、うん。あんな相手は類を見ないから、よく覚えているよ……」

 帝が初めに話したのは、以前に遭遇した攻撃の通じない男。
 結局正体が掴めず、今後に備える事すら難しいまま保留となっていた存在だ。

「そして、その男は倒されたと、俺が発言した事も覚えてるよな?」

「ああ。……今その話をするという事は……」

 優輝が返答すると同時に、なぜその話をするのか見当をつける。
 そして、言葉を投げかけると、帝は頷く。

「話が早くて助かる。……男を倒したのは、なのはと奏だ」

「嘘……二人も気絶してたんじゃ……」

「そのはず……だったんだがな」

 確かに、優輝が倒れる時には二人とも気絶していた。
 少なくとも、司も奏がやられたのは見えていた。

「優輝がやられた頃には、回復を受けた俺は目覚めていた。その時に、見たんだよ」

「二人がその男を倒しているのを?」

「それもある……が、問題はその時の二人の姿と口調だ」

 この際、倒した所見た事に帝は問題を感じていなかった。
 問題である姿の事を考えれば、倒せてもおかしくはないと思っていたからだ。

「口調は、優輝と守護者の戦闘中になったあの状態と同じだ。淡々と、まるで仕事をこなすだけの人形のような……」

「その時にも、二人はあの状態に……」

 以前と同じだった。
 だから、帝はその状態になった二人を見て震えていたのだ。
 以前に、あまりに未知だと思えてしまう“ソレ”を見ていたのだから。

「……もう一つの、“姿”の方は?」

「っ、そうだった。そっちも問題だって言ってたよね?」

「ああ……。いや、見た目自体は別に恐ろしいとか凄いとかじゃないんだ。……二人がその姿になる事に驚いたというか……」

「………」

「……“天使”だったんだ。比喩でもなんでもなく、そのままの意味で」

 言い淀んだ後、呼吸を整えて帝はその事実を伝えた。

「背中に白い羽。頭上に光の輪。服装もギリシャ神話とかにありそうな白い衣になっていた。それを認識した次の瞬間には、あの男が蹂躙されていた」

「……じゃあ、今回のも……」

「姿こそ変わらなかったが、以前と同じかもな。……もしくは、意識だけ湧いてきたか」

「………」

 帝の言葉に、優輝は考え込む。
 心当たりはないはずなのに、どこか引っかかるのだ。

 それも記憶などの無意識下によるものではなく、魂の奥底にある“何か”が……。

「……あの時、天使の姿になった瞬間。……なんというか、物凄い気配のようなものを感じたんだ。……そう、それこそ転生する時にあった神様と同じように」

「つまり、帝は二人の正体……もしくは二人の体を借りた存在は、僕らを転生させる“神”に連なる存在だと思っているのか?」

「……多分、そうじゃないかとは思っている。……だからこそ、あの場で言うのが怖かったんだ。俺たち人間の知る由もない存在が、何かしようとしてるんじゃないかって」

 抑えていたのであろう震え声で、帝はそう言った。

「俺が無闇に二人の事を言えば、目をつけられてしまうんじゃないかって……」

「……それは、確かに言えないね……」

 帝は、転生者である優輝達の中では一番の一般人気質だ。
 だからこそ、強い力を持って調子に乗っていた経歴がある。
 そして、そんな一般人気質だから、強大な存在を恐れていた。

「でも、対抗手段のある二人なら……」

「なるほど。僕は宝具の効果で」

「私は……そっか、ジュエルシードと天巫女の力で……」

「ああ。……と言っても、手段があるだけで対抗できるとは……」

 帝はそこで言い淀む。
 そう。これは飽くまで“対抗手段”だ。
 実際に対抗できるかどうかは、その時の相手によって変わる。
 以前の男ぐらいの強さであれば、どうにかなるが……。

「今回の守護者程の強さだったら……」

「どうにもならない、という訳か」

「ああ……」

 守護者との戦いは、対抗できる者が全員で戦ったから勝てた。
 もし、その強さに加えて男と同じ特性を持っていれば、やられていただろう。

「それでも話したという事は……そうか。知っている人数を増やす事で、目をつけられた時に分散させるためか」

「……そうだ。……悪い、利用する形になっちまった」

「素直に認められるだけマシだ。それに、今回は危険を承知でそうするべきかもしれんしな」

「そうか……」

 人を利用する。
 調子に乗っていた頃ならまだしも、今はその行為をするのに引け目を感じていた。
 だが、優輝がその行為を肯定してくれた事で、帝は若干安心した。

「……話したかった事は、それだけだ」

「結局、二人の正体?みたいなのはわからないんだね……」

「文字通り、“天使”なのかもな」

「あながち間違いじゃないかもね」

 司が苦笑いでそう言って、話は終わる。
 謎は謎のままだったが、これで少しは情報が増えた。













「さて、もっと休息を取りたい所だろうが、少し辛抱してほしい」

 しばらくして、クロノが一度招集をかけた。
 一部アースラ職員を除き、気絶している人達を除き、ほぼ全員がこの場に集まった。
 なお、リンディを含めたこの場にいない人達は、日本の各所へ説明に行っている。
 その際に士郎たちのようなコネがある人達も駆り出されている。

「事件解決した所で悪いが、これからの事でさらに苦労する事になる。その辺りは魔法の露呈からしてわかるだろう」

「それともう一つ、私たち陰陽師や式姫の存在もね」

 クロノに付け加えるように、澄紀がそう言う。

「紹介を忘れていた。こちらは現地にて協力してもらった陰陽師や退魔師の一人、土御門澄紀さんだ。陰陽師では有名な土御門家の当主として、この場の陰陽師代表として立ってもらっている」

「ご紹介に預かった土御門澄紀よ。……尤も、私自身はそこまで貢献していないわ。貢献したのは、そちらにいる陰陽師と式姫の人達よ」

 そういう澄紀は、一瞬澄姫の事も言おうとしたが、敢えて言わずにおく。
 今言った所で意味はないと判断したからだ。

「それから……」

「小烏丸蓮です。小烏丸という付喪神の式姫です」

「式姫のシーサーだ。名前としては山茶花と名乗っている。どちらで呼んでも構わないぜ」

「同じく式姫の鞍馬だ」

 澄紀の視線を感じ取った蓮から順に式姫が自己紹介する。

「同じく、織姫よ」

「天探女と言います」

「猫又だにゃー!」

「コロは、コロボックルって言うんだヨ!」

 次々と自己紹介が終わり、視線は残りの面子である鈴と悪路王に向く。
 ちなみに、葉月は既に自己紹介してあったので、今回は省かれている。

「土御門鈴よ。当主と違って、私は分家にあたる陰陽師ね」

「……吾は悪路王だ」

 鈴は堂々と、悪路王は渋々と言った感じで名乗る。
 悪路王が渋っているのも無理はない。本来ならば、慣れ合う気などないからだ。
 それは鈴や優輝達も理解しており、この場で混乱させないように妖の一人であることも伏せておく事にした。

「さて、紹介が終わった所で本題に入るが……今後の地球との関係だ」

「私たち陰陽師にとっては、一般人との関係ね。こちらは一度土御門家本家で話し合う必要があるわ。式姫一同と鈴、それと葉月、貴女達にも来てもらうわ」

「わかっているわ」

「わ、わかりました」

 澄紀の言葉に鈴と葉月は頷く。
 実質、これで澄紀が話すべき事は終わりだ。
 後は、クロノの話に補足できる事は補足するだけとなる。

「幽世の大門が開いた事で、今日本は大きな被害を被っている。これ以上被害が広がる事はないだろうが、問題はその原因だ」

 クロノはそこで言葉を区切り、とある映像を皆に見えるように映し出す。
 そこには一つのロストロギア……通称“パンドラの箱”が映っていた。

「幽世の大門が開いた原因は、このロストロギアが起動したからだと考えられる。そして、それを持ち運んだのは次元犯罪者だ。そして、その犯罪者は管理局員が追っていた。つまり……」

「今回の事件は、あなた方管理局の不始末と捉えられる可能性が高い、という訳です」

 付け加えるように、クロノの言葉を代わりに言う澄紀。

「そ、そんな!?」

「事実だ。組織というものには責任があり、今回の場合は管理局に責任があっても過言ではない。……それに、それだけじゃない」

 なのはが思わず声を上げるが、クロノがきっぱり言う。

「それだけじゃない……って?」

「銃刀法違反」

「っ……!」

 司が聞き返し、澄紀が呟くようにその一言を発する。

「私たち陰陽師の家系は裏で例外的な許可を取っているため、何とかなるわ。けど、管理局の人達と式姫はその許可がない。……杖で済んでいる人はともかく、刃物を扱っていた人は……」

「引っかかるって訳だ」

 魔法のための道具であろうと、刃物は刃物。
 18歳未満もしくは、無許可で刃物の武器を扱えば、それは銃刀法違反になる。

「普通の杖や、刃物ではない武器を使っていた者は大丈夫だろうが……それ以外は日本での法律に引っかかる」

「魔法や陰陽術の事を踏まえても、それを避ける事は出来ないわ。それに、器物損壊とか、他にも法に引っかかっているものもある」

 目撃した人であれば、優輝達が例え違反していようと“仕方ない”と思うだろう。
 だが、それで済まされないのが法律だ。

「……頭を抱えるような事態だ。管理局と地球の関係の擦り合わせ、戦闘を行った者の法律違反。正直、頭を悩ませる点では後始末である今の方が大きい」

「私たち土御門家からも何とか擁護してもらうけど、何かしらの罰がある事は覚悟してほしいわ。……私から言わせれば、日本を救った人達にとても無粋な事なのだけどね」

 一部からは、例外的に認めろと言う声が上がるだろう。
 その一方で、一部からは優輝達を銃刀法違反などで悪人扱いされるだろう。

「何も、変に否定する必要はない。原則的な事を違反していた事以外、悪い事はしていないのだから」

「そうよ。人助けに原因の解決。その過程で銃刀法違反や器物損壊などを起こしてしまっただけ。それ以外に後ろめたい事はないでしょう?」

 “悪い事していないのに”と言った表情をなのはやアリシアがしていたからか、クロノと澄紀が擁護めいた事を言う。

「だけど一部の法律を犯した事も事実。これは覆しようのない事実だ。……腹を括って、相応の罰を受けるしかない」

「さすがに、今回のような事態であれば大目に見てくれる……と言いたいのだけど……」

 そこまで言って、澄紀はクロノを一瞥してから溜息を吐く。

「……だけど、なんだ?」

「やはり、違う世界の人だからか、銃刀法違反をよく知っていないようね。……これは、所持しているだけでもダメなの。……地球に住んでいる魔導師の人は、ずっと銃刀法違反をしている事になるのよ」

「……そうだな。この銃刀法……銃砲刀剣類所持等取締法はそう言うものだ」

「優輝君、詳しいの?」

「一応知っている。とだけ言っておこう」

 優輝自身も詳しい訳ではないが、ある程度は知っていた。
 だからこそ、銃刀法違反で問われた時、警戒すべき事も理解していた。

「クロノ、僕らは常にデバイスを携帯している。それは言い返せば常に刃物を所持していた事になる。もし、デバイスをいつから所持していたかなどと聞かれれば……」

「そうか……」

「管理局としての職務を全うするために必要。もしくは普段は刃物や武器ではない事を主張しても、その意見が通るかどうか……」

 優輝の言葉に、澄紀は考え込むようにそう呟く。

「……少し情報を整理する必要があるな。とにかく、まだ今回の件は全て終わった訳じゃない事は忘れずにいてほしい。一旦解散してくれ」

 クロノのその言葉で、一度解散する。
 しかし、何名かは考え込んでかしばらくじっとしていた。

「(……この件の本質は、如何に法律違反から逃れるかじゃない。……人の悪意を、どう跳ね除けるかが重要だ。クロノが受け入れるつもりなのは大きく分けて二つ。ロストロギアの不始末によって生じる責任と、解決する際に法律を違反した事)」

 その中で、優輝も考え込んでいた。
 例え感情を失っていても、そういう所は変わらないようだ。

「(原則的な責任は受け入れるだろう。でも、必要以上の責任の押し付けは避ける。同じように、武器を持っていたからと、戦闘で街を巻き込んだからと、そう言って裁くように言ってくる偽善も跳ね除けるだろう)」

 相応の責任は確かにある。それは事実だった。
 だが、世の中にはそういった責任に付け込み、やり場のない憎しみや悲しみなどをぶつけたり、必要以上の憎悪をぶつけてくる輩もいる。
 厄介なのはそれを“善”だと思って行う輩が多く、そういった“悪意のない悪意”が自分たち……厳密には、まだ子供であるなのは達に向くのを、クロノ達は恐れていた。

「……優輝君?」

 考え事をしている優輝が気になったのか、司が話しかける。

「……少し考え事をしてた」

「クロノ君が言っていた事……だよね?……思い返してみれば、気にしてなかっただけで日本の法を破るような事ばかりしてたんだね……」

「ああ。だけど、クロノが言っていた通り、違反していた事以外に後ろめたい事はやっていない。……悪人呼ばわりされる謂れはない」

「うん。……でも……」

 司はどこか怯えたような様子だった。
 天巫女である司は、人の感情に左右されやすい所がある。
 人の悪意が向けられるのを想像してしまったのだろう。
 ただでさえ、司は前世の経験がトラウマになっている。
 いくら囚われなくなったとはいえ、それは簡単にはなくならない。

「怒涛の情報量に、未知の技術を持つ、地球からすれば宇宙人である管理局。ただでさえ幽世の大門の件で混乱している。……錯乱した悪意が集中するのも覚悟するしかない」

「そう、だね……」

 犯罪者などに向けられる悪意は知っていても、こういった類の悪意を司は知らない。
 “悪意なき悪意”と言えるような、ほんの思考のすれ違いだけでも生じる悪意。
 それは理不尽なもので、異様な程に人の心を抉るのに特化している。

「(必要となれば、誰かがヘイトを集める事になるかもしれないな)」

 理不尽に糾弾されるならば、せめてその対象を一つだけに。
 そう考える優輝だが、司を見て一瞬思い留まる。

「(……ダメだ。僕がそれを引き受けたら、周りはどう思う?一人で背負い込んだらダメだと、散々言われてきたんだろう?だったら、その手段は取れない)」

 感情を失っていても、その一歩は踏み止まることが出来た。
 しかし、それで何かが変わる訳ではない。

「……椿と葵なら、なんて言うやら……」

「……二人は……大丈夫なの?」

「わからない」

 現在、椿と葵はまるで優輝に溶け込んでしまったかのように、意識が感じられない。
 そのため、死んでしまったのか、まだその寸前で踏ん張っているのかすら不明だ。
 憑依を解除した時点で何が起こるかわからないため、状態も分からないのだ。

「幽世の大門を閉じたとは言え、そのまま丸く収まる訳ではない……か」

「……なのはと奏も、自分の中に何かいるかもしれないって、少し怯えてるみたい」

「アリシアか」

 二人で話していた所へ、アリシアが来る。
 既に、アリシアからすずかとアリサに託された力は消えていた。

「アリシアちゃんに力を託してたみたいだけど、アリサちゃんとすずかちゃんは無事だったの?」

「うん。力を使い果たしただけだから、休憩してるよ。かくいう私も、もうへとへとで……」

 司の隣に、突っ伏すように座るアリシア。
 慣れない戦闘を何度もしたのだから、心身共に大きく疲労しているのだ。

「話は途中から聞いてたよ。……椿と葵、どうなるか分からないんだってね」

「……ああ」

 既に家族同然として付き合ってきた二人。
 その二人が生死不明になっているのは、両親や緋雪がいなくなった時以来のショックだ。
 感情が失っている今だからこそすぐに受け止められたが、そうでなければショックでしばらく冷静ではいられなかったかもしれない。

「……これから、どうなるのかな……?」

「わからないよ……」

 不安を露わにする二人に、優輝は掛ける言葉が見つからなかった。
 既に取り返しのつかない所まで来ている……からではない。













「(……何かが、始まろうとしている。幽世の大門が前座とも言えるような、“何か”が……。この確信めいた“予感”は、なんだ……?)」

 “パンドラの箱”、帝から齎された“天使”の情報。
 以前夢の中で聞いた優奈の言葉。
 優輝とそっくりの姿をしていた、正体不明の男。
 いくつも“謎”は残っている。
 それらの“謎”から、優輝は大きな予感を感じ取っていた。













「(なぜ、こんな“知っている感覚”があるんだ……!?)」

 ……同時に、不可解な既視感を覚えながら。





















   ―――その夜……





       =椿side=







「………」

 ふわふわと、宙を漂う感覚に包まれている。
 私は一体どうしたのだろうか?
 なぜこんな状況になっているのだろうか?

「(私は……)」

 ぼんやりと、記憶を辿る。
 そして、すぐさま心当たりを見つけた。

「(……思い出した。私は、死の淵にいるのね……)」

 宙を漂うこの感覚は、今まさに死にかけている証なのだろう。

「(葵は……優輝は……)」

 私と同じく死に体だった葵。
 そして、そんな葵と共に私が憑依した優輝。
 二人の無事が、自然と心配になった。

「(……いえ、優輝ならきっと無事ね。いつも無茶してばかりだけど、ここぞと言う時はしっかり成し遂げてくれるんだから)」

 今の私がどんな状態なのか、私自身にもわからない。
 でも、実体がないような感覚だから、憑依は続いているのだと思う。

「(……葵、そこにいるの?)」

 何となく、感覚で近くに葵がいるような気がした。
 もちろん、伝心も念話もしていないのに、声が届くはずもない。

「(……人はいつか死ぬもの。それは式姫も例外じゃない。……とは、思っていたのだけれどね……。思っているのと、覚悟は別……か……)」

 今までいろいろあった。
 悲しいことも、楽しい事も、数えきれない程。
 ……でも、だからこそ……。

「(……死にたく、ない……)」

 ……だからこそ、私はそう思ってしまう。
 やっととこよの居場所を見つけたのに。
 今までずっと探して、ようやくどこにいるのかがわかったのに……。

「(……優輝、葵……!)」

 葵とも長い付き合いになっていた。
 優輝とも、私が生きてきた時間を見れば短いけれど、それでも家族として一緒にいた。

「(……私は、死にたくない……!まだ、生きていたい……!)」

 数百年と生きてきて、この数年間は非常に充実していた。
 それこそ江戸の頃と同じくらいに。
 だから、生への渇望が、私の中に渦巻く。

「(……あぁ、でも……)」

 ふっと、力が抜けるかのようにその想いの勢いが弱まる。
 体を動かせない。そも、憑依という実体がない状態では動かすも何もないのだけど。

「(憑依しているというのに、優輝が見ているものも見えない。……完全に、消えかけている状態よね……)」

 本来なら、憑依している状態は意識がないか、それとも憑依している対象と同じ視点を持つことができるはず。
 それなのに、こうして宙を漂うような感覚のみがある。
 ……厳密には、宙を漂うようにして、どこまでも落ちていくような感覚が。

「(優輝と別れるのは嫌だけど、幽世に還れるのなら、とこよに会えるかもね……)」

 徐々に“消えていく”のを実感する。
 死にたくなくても、その現状は覆らない。

「(……さようなら、優輝。出来れば、貴方と……)」













   ―――……ずっと一緒に、いたかったわ……





















       =優輝side=







「ッッ―――!!」

 ……何かが、起きた。
 “ドクン”と、一際大きな鼓動を感じて、僕はそう思った。

「一体、何が……!?」

 時刻は未だに深夜だ。
 あれから、情報などを整理する時間が必要だったため、休息を取っていた。
 ……なお、魅了対策のために司が澄紀さんや他の式姫に回復した魔力で加護を与えて回ったおかげで、例え織崎が目覚めても大丈夫なようにしておいた。

「っ………」

 胸の辺りを抑える。
 まるで、僕の中から何かが消えてしまったようだ。
 ……大切な、何かが……。

「……椿?葵?」

 “まさか”と、思った。
 確かに二人は憑依を解けばすぐに死んでしまう状態だった。
 でも、まさか……。

「………」

 感情を失ったはずなのに、僕の心が痛む。
 悲しみ、悔しさ。複雑な想いが僕の中を駆け巡る。

「……っ……」

 感情が失ってなお、涙が溢れて止まらない。
 声なき慟哭を、僕は上げる。
 感情を失くした事が、不幸中の幸いと言えるかはわからない。
 だが、感情の欠片だけでここまで感情が膨れ上がるのなら、この程度では済まなかった。

「くっ……!」

 誰にも、この慟哭を見られなくてよかった。
 ……今は、一人でいさせてほしかった。



























   ―――……僕は、また家族を喪った。























 
 

 
後書き
ちなみに、元々椿と葵は憑依を解けばすぐに死んでしまうような状態でした。憑依状態であればそれが阻止できる上、憑依対象(優輝)が回復すればそれにつられて回復する事もできるため、憑依をずっと解かずにいたという事です。
次章が(作者にとって)この小説で最も山場になります。
何せ、法律とか小難しい事ばかり関わってきますからね……。
最悪、カットを多用する事になるかもしれません。

優輝と緋雪は前々世。司は前世の事から、一般人の気質から離れています。
神夜も思い込みの激しい思考から、その気質とはかけ離れています。
そうなれば、病弱な人生を送っていたとはいえ、奏も一般人の気質だと思われますが、今回の場合は奏自身(もしくは体を使った存在)が関わっているため、除外しています。
また、もう一つ“ある理由”から非日常に順応できる気質になっています。ちなみに、その理由は司にもあります。
よって、一時は踏み台になっていたとはいえ、帝が一番一般人気質となります。

ちなみに、式姫勢が名乗る名前(蓮や山茶花)ですが、それはかつての時代では違う陰陽師が同じ式姫を使役していた時、区別するために使っていたものです。
区別する必要がなければ名乗る必要もないため、鞍馬達はそのまま名乗りました。 

 

閑話15「最期の弾丸」

 
前書き
ティーダさんが如何にして足掻き、優輝達の戦いに布石を残したかの話です。
実際の力量差が大きすぎますが、ティーダが死ぬのは前提なのに加えて、守護者は目覚めたばかりなので、食らいつこうと思えば食らいつけるような状況ではあります。
 

 






       =out side=







「ッ……」

 手が震える。体が震える。
 ティーダにとって、霊力と瘴気は知らない存在だ。
 ロストロギアによっては、瘴気に似たモノを生み出すものがあるだろうが、少なくともティーダはその類を見た事がなかった。
 ……その上で、直感的にソレが危険な存在だと理解できた。

「『こちらティーダ・ランスターです!次元犯罪者の次元転送魔法によってどこかの世界に転移した模様!犯罪者の持つロストロギアの効果か、正体不明の敵が出現!……至急、応援を頼みます。どうか、誰かがこの災厄を止める事を、願います。以上』」

 すぐさま広域念話による緊急要請を行う。
 それは、一種の遺言でもあった。
 自分は助からない。
 そんな確信が、彼の中に確立していたからだ。

「(この世界がどこにあるのかもわからない。事と次第によっては、今の念話も届いていないかもしれない……。……すまない、ティアナ。俺は帰れそうにない)」

 冷や汗が止まらない。震えも止まらない。
 目に見える程の瘴気に、ティーダの本能が警鐘を鳴らし続ける。

「(バリアジャケットを纏っていた犯罪者の首を一閃。たったそれだけで斬り落とした。一撃でも食らったら……!)

     ィイインッ!!

「(その時点で死ぬ!)」

 恐怖を感じながらも、思考は続けていた。
 それが功を奏したのだろう。
 魔力弾の発射と、守護者が動き出したのは同時だった。
 ティーダは、その時点で空中へと逃げていた。
 魔力弾が牽制となり、守護者の挙動が一歩遅れ、刀の一撃は当たらずに済んだ。

「(敵の動きは緩慢だ。それでもあの早さ。……魔力弾による牽制を途切らせたらダメだ。常に敵に対処の動きを取らせる……!)」

 さらに魔力弾を放つ。
 誘導と通常の射撃の両方をデバイスから放つ。
 誘導は守護者の背後に回り込むように、射撃は正面から攻める。

「ッ!?」

 だが、その二発の魔力弾は瞬時に切り裂かれた。
 着地までの時間は稼げたが、すぐに次の行動を起こす事となる。

「くっ……!」

 連続でティーダは魔力弾を撃つ。
 速度と貫通性を求めた、実際の拳銃などに似た性質の魔力弾で間合いに入られないように守護者へと何度も放つ。

「(冗談じゃない……!斬られるのならわかるが、まともに通じないだと!?)」

 しかし、それらの魔力弾は守護者から湧き出る瘴気と霊力に逸らされる。
 弾かれないだけマシではあるが、それでもティーダを驚愕させるには十分だった。

「ッ……!」

   ―――“Rapid move(ラピッドムーブ)

 今までの経験から、咄嗟に高速機動魔法を発動させる。
 その判断は正解で、寸前までティーダの首があった箇所を刀が通り過ぎていた。

「っぁ!?」

 だが、急な機動にバランスを崩してしまう。
 そのまま、ティーダは仰け反るように倒れ……



 ……前髪が斬り飛ばされた。

「ッ―――!?」

   ―――“Rapid move(ラピッドムーブ)

 その瞬間、ティーダは体勢を考慮せずにもう一度魔法を発動した。
 守護者と位置を入れ替えるように移動し、すぐに起き上がった。

「(動きが緩慢でこれか……!)」

 守護者が振り返るまでの僅かな時間で、ティーダは思考を巡らす。
 明らかに正面にいた時より背後に回った方が対応が遅い。
 それに気づいたため、刀の早さに戦慄しつつも戦略が練れた。

「(……決して、正面には立たない……!)」

 正面に立てば、背後に回る……つまり、視界から外れる事すら困難になる。
 そのため、振り返る前にティーダは動いた。
 方向は振り返る反対側。背後へと回り続けるように動く。

「(……あぁ、何てことだ。なんで、こんな絶体絶命の時に頭が冴える。思考がはっきりする……!まるで、まだ足掻けるって本能が叫んでるみたいだ……!)」

 “死ぬ”と悟ったからこその境地なのか、ティーダの集中力は限界を超えていた。
 その状態だからこそ、思考が速くなり、頭が冴える。
 まるで、少しでも生きる時間を長引かせるかのように。





   ―――「お兄ちゃん」





「ッ……!」

 脳裏に、妹のティアナが過る。
 たった、それだけでさらにティーダは覚醒する。

「(ああ。そうだ……!可能性が少しでも残っているっていうのなら、俺は生きる……!生きて、ティアナの、妹の待つ家に、帰るんだ……!)」

 目を見開き、魔法を発動させる。
 本来なら時間を僅かに掛けるため、即座に放てば失敗するような魔法。
 しかし、この時のティーダは限界知らずとなっていた。

「ッ……行け……!」

   ―――“Shoot Barret(シュートバレット)
   ―――“Variable Barret(ヴァリアブルバレット)

 弾丸の如き魔力弾を連射する。
 背後を取るように動き続けていたため、魔力弾は守護者の側面から迫る。

「(やはり通常の魔力弾では碌に当たらない。だが!)」

 それらの魔力弾は先ほどと同じように、瘴気に逸らされる。
 このままでは通じないが、もう一つの射撃魔法は違った。

「っ!」

「(斬られた!……だが、あのバリアらしきものは突破した!)」

 多重弾殻射撃。元々バリアを使う相手に放つ魔力弾。
 魔力弾に膜状のバリアを張る事で相手のバリアを中和し、突破する効果を持つ。
 それは、霊力や瘴気を相手にしても効果を発揮した。

「(中途半端でもいい。展開速度を上げる!)」

   ―――“Variable Barret(ヴァリアブルバレット)
   ―――“Variable Shoot(ヴァリアブルシュート)

 効果があると分かった瞬間、ティーダはそれを連射した。
 しかも、速度と貫通性を持った魔力弾と、誘導性を持った魔力弾に使い分ける。
 一瞬とは言え、全方位からの射撃が、守護者を襲う。

「ッ!!」

「っ……!」

 刹那、その包囲を突破するかのように守護者が動く。
 刃が振るわれ、魔力弾を切り裂きつつティーダへと迫る。
 自己防衛のために、それまで緩慢だった動きが一瞬で鋭くなった。

   ―――“Rapid move(ラピッドムーブ)

 刀の一撃がティーダに迫るが、一歩先にティーダは手を打っていた。
 高速機動魔法で飛び上がり、その一撃を躱した。

「なっ……!?」

   ―――“風車-真髄-”

 しかし、それを読んでいたかのように、御札がティーダへと迫る。
 そして、風の刃が炸裂し、ティーダの体は切り刻まれた。

   ―――“Fake Silhouette(フェイク・シルエット)

 ……かのように見えた。
 実際に切り裂かれたのはティーダが使った幻影魔法による幻。
 本物は幻影の反対側に跳んでいた。

「(相手にとって俺の魔法が初見で助かった!このチャンスはこれ以降訪れない!ここで、一撃だけでも決める!!)」

 守護者は魔力弾の包囲を突破した際に、ティーダが跳ぶ前の位置を通り過ぎていた。
 そして、幻影は避ける時にすれ違うように跳んでいた。
 つまり、その反対側に跳んだティーダは、現在守護者の真上にいた。
 初見の相手だからこそ訪れた千載一遇のチャンスを、ティーダは逃さない。

「(全力で!叩き込む!!)」

 構える二丁のデバイスの銃口に魔力が集束する。
 守護者がティーダの位置に気づくが、反応が僅かに遅かった。

「“ファントムブレイザー”!!!」

 全身全霊。渾身の砲撃魔法が、至近距離で守護者へと叩き込まれた。







「っ、はぁ、はぁ……!」

 ごく僅かな時間で行われた、死に片足を踏み入れた戦闘。
 その緊張感に、ティーダは既に息を切らしていた。

「(至近距離で直撃。例え格上の相手だろうと、そう簡単に防がれる事はないはず)」

 少なくともダメージは通っただろうと、ティーダは砲撃魔法で発生した砂塵を見る。

「(さぁ、どう来―――)」



   ―――ザンッ!



「(―――る……?)」

 突風が吹いた感覚を、ティーダは感じた。
 同時に、ほんの一瞬のみ、銀閃が見えた気がした。

「……ぁ……」

 視線を僅かに後ろに向ければ、そこにはティーダに背を向ける守護者の姿が。
 そして、手には振り抜かれた刀があった。

「………」

 そのままティーダは視線を正面へと戻す。
 そこには、砂塵に穴が開き、寸前まで守護者がいた形跡があった。

「っ……」

 そして、右腕に喪失感があり、右手を確認した。
 直後に後ろを振り返る。

「ぇ……」

 その時、ティーダの視界を上から下へと横切るものがあった。
 地面へと落ちたソレを見て、ティーダは血の気が引いた。

 ……それは、ティーダの右腕だった。

「ッッ……!?」

 瞬間、ティーダに激痛が走る。
 片腕を斬り飛ばされたのだ。
 これで顔色を変えずにいられる程、ティーダは痛みに適応していない。

「が、ぁあああああ……!?」

 這いつくばり、痛みに耐えるティーダ。
 だが、それを呑気に眺める程、守護者は優しくない。

「ッ……!」

 辛うじて視界に入れていた事で、振り下ろされた刀を躱すティーダ。
 少しでも意識を逸らしていたのなら、首を落とされていただろう。

   ―――“Rapid move(ラピッドムーブ)

「ぐっ……!」

 ティーダは痛みを堪え、守護者を見据える。
 そのまま、知識に入れておいた止血方法で応急処置をする。

「……!」

 だが、守護者が悠長にそれを待つ訳がない。

   ―――“Fake Silhouette(フェイク・シルエット)

 そのため、ティーダは幻影を用いて守護者の攻撃を躱す。



     ドッ!

「ッ……!?」

 だが、その上でティーダの頬を掠めるように、矢が通り過ぎる。
 矢はそのまま背後にあった木へと突き刺さる。

「(幻影に引っかかった上で、俺の居場所を瞬時に特定した……!?)」

 ティーダは幻影をもう一体作り出そうとしていた。
 そのため、運よく矢が掠める程度に収まっていたが、それでも場所を特定されていた。

「(次も誤魔化せるなんて考えたらダメだ。そもそも勝つ必要どころか、戦う必要もない。目晦ましさえ成功すれば、そのまま逃走を……!)」

 これ以上の戦闘をした所で、無駄に死にに行くだけだった。
 元々生き残れるとは思っていないティーダだったが、それでも妹のティアナのために生きて帰ろうとしていた。
 だから、ただ“戦闘”を行うだけでなく、何とか目晦ましをする方向性にした。

   ―――“Fake Silhouette(フェイク・シルエット)

「(これだけでは目晦ましにはならない。現に、さっきは居場所を一瞬で見極めた。おまけに、その時に使ったのは矢。……遠距離攻撃も普通にできるという事だ)」

 幻影を生み出し続け、少しでも時間を稼ごうとする。
 同時に、思考を巡らせて何とかして隙を作ろうと画策する。

「(俺が放った砲撃魔法のおかげで、敵の纏っていたバリアのようなものはなくなっている。……ただし、目に見えている範囲では、だが。くそ……相手が未知すぎる。ヴァリアブル系の魔法もバリアを突破しただけで、通じるとは思えない。……それに……)」

 そこまで考えて、ティーダは失った右腕に視線を向ける。
 極限状態にいるおかげか、痛みを思考の外に追いやれている。
 そのために痛みによる動きの鈍りがほとんどなくなっているが……

「(……片腕では、魔力弾の展開数が減ってしまう)」

 そう。これではティーダの手数が減ってしまう。
 ただでさえ格上の相手で、通常の魔法では威力不足なのだ。
 通じる程の威力では隙を晒す危険性が高いため、手数で補うのが定石だ。
 しかし、片腕を失った今では、それをすることも難しい。

「はぁっ!!」

   ―――“Variable Barret(ヴァリアブルバレット)
   ―――“Variable Shoot(ヴァリアブルシュート)

 幻影を用意しつつ、魔力弾を連続で放つ。
 少しでも数を補おうとリンカーコアを酷使したからか、ティーダの胸から痛みが走る。
 それでもなお、魔法の制御は止めずに魔力弾を動かす。

「(ここだっ!!)」

 いくつかの魔力弾が切り裂かれたのを見た瞬間、砂塵を起こすようにティーダは一部の魔力弾を守護者の周りに撃ち込んだ。
 砂塵と幻影。そして魔力弾。
 三つの目晦ましを行い、その隙に逃走を試みた。





 ……だが。



「逃がさないよ」

   ―――“呪黒剣-真髄-”

「ッッ……!?」

 逃げ出そうとしたティーダを阻むように、黒い剣が地面から突き出してきた。
 それにより、ティーダは足を止める事となる。

「(自我はないと思っていたが、喋れたのか!?……いや、それよりも……)」

 攻撃の用途には使わないからか、その黒い剣は巨大なだけでティーダに当てようとはしていなかった。……が、それによって包囲されてしまい、逃走が出来なくなる。

「(高い……空に逃げても、矢で撃ち落とされる……!)」

 唯一空からなら脱出が可能だが、矢を扱う事からそれもできないと悟った。
 何より……

   ―――“弓技・矢の雨-真髄-”

 ……せっかく用意した魔力弾と幻影も、矢の雨によって全て失ったのだから。

「っ………」

 その光景を見て、ティーダは絶句する。
 どう足掻いても、逃げる事すら許されないのだと。

「(倒せない、逃げられない。なら、俺にできる事は……)」

 自分が生きるという希望は潰えた。
 それでもなお、自分にできる事を模索するティーダ。
 そして、出した結論は……





「っ、ぁああああああああ!!!」

 雄たけびを上げ、ティーダは突貫する。
 同時に、魔力弾を展開、牽制として放つ。
 さらに、デバイスから魔力の刃を生やし、ナイフとして扱う。

「(次に戦う“誰か”のために、一つでも傷をつける!)」

 ……ティーダが出した結論は、“玉砕”。
 もう生き残る可能性は潰えたと判断し、“後”に繋げるために特攻した。

「(……すまない、優輝君。君に言われた事、言った事、守れそうにない。……ティアナ、お兄ちゃんはどこかへ行ってしまう。でも、どうか強く生きてほしい……)」

 脳裏に浮かぶ妹の姿を、もう直接見る事はできない。
 その事を悔やみながらも、ティーダはデバイスを振るう。

「はぁあああああっ!!」

 自身の近接戦闘能力では、相手に敵わない。
 それはティーダにも理解できていた。それでも、ティーダは駆ける。



     ギィイン!



「が、ぁ……!?」

 振るわれた魔力の刃は、守護者の刀によって弾かれるように打ち砕かれた。
 そのまま刀は、ティーダの心臓を、的確に貫いた。

「っ、っぐ……!」

 その上で、ティーダはデバイスを守護者へ向ける。
 少しでも手傷を負わせるために。

「食ら、え……!!」

   ―――“Variable Barret(ヴァリアブルバレット)

 至近距離からの、弾丸。
 血を吐きながらも、それを放った。
 致命傷を前提としたその攻撃は、例え格上の相手だろうと回避は困難。

「かはっ……!?」

 だが、守護者はそれにすら動じず、刀をティーダから引き抜く。
 そのまま上体を僅かに逸らし、横にずれる事でその魔力弾を回避した。

「っづ……!?」

「引っ、かかった、な……!」

 だが、守護者は魔力弾を食らった。
 避けた魔力弾ではなく、背後から飛んできていた魔力弾に。

 そう。ティーダの攻撃の本命は、至近距離からの魔力弾ではない。
 斬り飛ばされた右腕が持っていたデバイスの片割れからの魔力弾だった。
 ティーダのデバイスは二丁拳銃の形態をしている。
 二丁で一つのデバイスなため、片方が手元になくてもある程度の距離なら使える。
 その性質を利用し、自分に意識を向けておく事で、不意を突いたのだ。

「(敵が魔導師ではないのが、幸いした……!)」

 さらに、守護者は魔力ではなく霊力を扱う。
 魔導師であれば魔力の動きで読まれたかもしれない行動が、守護者相手なら通じた。
 その事もあって、ティーダの攻撃が命中したのだ。

「っ……ぉおおおっ!!」

   ―――“Variable Barret(ヴァリアブルバレット)

 力を振り絞り、間髪入れずに魔力弾をもう一発放つ。

「かっ……!?」

 今度は弾かれる事なく、守護者へと命中した。

「(俺の命と引き換えに、そっちも傷を負ってもらう……!)」

 撃ち込んだ魔力弾には特殊な術式が込められていた。
 それは着弾した箇所にもう一発魔力弾を当てれば、魔力が炸裂するというもの。
 それを守護者の腹に撃ち込み、内部から炸裂させようとしたのだ。

「ぁあああああっ!!」

 ラストもう一発。
 死んででも撃ち込もうと、魔力を練り……







「ッ、ァ……」

 左肩から、袈裟斬りを食らった。

「ッ、ッッ……!」

 肩からバッサリと斬られたため、残った左腕が上がらなくなる。
 それだけじゃない。……既に致命傷を負った上で、さらにダメージを負ったのだ。
 もう、ティーダは魔法を放つ力を残していなかった。

「(……くそ……!)」

 歯を食いしばり、踏ん張ろうとするが、耐えきれない。
 握っていたデバイスは地面へと落ち、遅れてティーダの体も倒れ伏した。

「(……あぁ、もう、これ以上は無理か……)」

 既にティーダに興味を失ったのか、守護者はティーダの前から立ち去っていた。
 腹に一撃を貰ったため、離れた所で一度治療するのだろう。

「(……悪い、ティアナ。こんな所で、死んじゃうなんてな……兄失格、だ)」

 薄れていく意識。
 自分からどんどん血の気が引いていくのを、ティーダは自覚していた。

「(……優輝君。いや、この際誰でも構わない。どうか、ロストロギアが目覚めさせたあの災厄を、止めてほしい……)」

 自分にはどうしようもできなかった事を悔やみ、ティーダはそのまま……





 ……息絶えた。

























       =ティーダside=







「っ……ぅ……」

 戻るはずのない意識。戻るはずのない視界に、一瞬頭が追いつかなかった。

「ここ、は……?」

 現状を理解するよりも先に、今いる場所が不可思議な事に気づく。

「なんだ、ここは……!」

 辺りに薄く漂う黒い霧のようなもの。
 見るだけで寒気が走るような、明らかに触れてはいけないものだと分かった。

「俺は、確か……!」

 そこまで思い返して、俺は思い出す。
 自分が殺された事を。

「っ、っ……!」

 手を見て、体を見た。
 だが、そこに傷はない。
 失ったはずの右腕も元に戻っていた。

「……ないのは、デバイスだけか……」

 デバイスだけが失っている。
 それを理解して、俺は一度立ち上がる。

「(服装はバリアジャケットのまま。だが、俺は殺されたはずだ。どの道、デバイスがない状態でバリアジャケットは維持し続けられない。……どうなっているんだ?)」

 困惑は解けない。
 第一に、俺は殺されたはずなんだ。
 心臓を刺されたし、そのあと左肩から思いっきり斬られたはずだ。

「夢……ではないか」

 頬を抓ってみたが、明らかに感覚はあった。
 意識もはっきりしているし、どうも夢には思えない。

「(……死後の世界って奴か?)」

 一部の次元世界や、地域などでは、宗教などでそんな世界があるとか言われている。
 あまり意識していなかったが、状況から見てそうとしか思えない。

「……どうやら、悠長に考え事をさせてくれないらしいな」

 辺りから……正確に言えば、周囲の黒い霧のようなものから、異形の存在が現れる。
 しかも、明らかに俺に対して敵意を抱いている。
 魔法生物とも違うそれらに対し、俺は魔法を使おうとするが……。

「(っ、デバイスがないと、碌な魔法も使えないな……!)」

 すぐにデバイスが手にない事を思い出し、自力で術式を練る。
 簡単な魔力弾なら使えるため、まずはそれで牽制をする。

「(数が多い!どれほどの強さかわからないが、ここから離脱するべきか!)」

 ここがどこだかわからないが、ずっと留まっているには不適切な場所だろう。
 俺はそう判断して、包囲網を抜けるように駆け出した。

「(まるでロストロギアで汚染された土地のようだな……)」

 直接対応した事はないが、そういう汚染型のロストロギアも存在する。
 そんな例えが出来るほど、俺がいる空間は空気が悪かった。
 所々に錆び付いて刃がボロボロになった剣や槍、斧などが落ちている。
 水辺があったりもしたが、例外なく汚染されていた。
 木々はあったとしても枯れており、地は荒れ果てている。
 ……まるで、この場所そのものが死に果てたように。

「(……死後の世界らしいな)」

 なぜか、納得できてしまう。
 俺はおそらく生きていないのだろうから、こういうのも受け入れてしまう。
 ……そんな、“諦め”の感情が過ったからだろうか?

「っ、しまっ……!」

 正面から襲ってくる敵に、気づくのが一瞬遅れてしまった。

「ッ……!」

 やってくるであろう痛みに備える。



 しかし、その痛みが来ることはなかった。
 代わりに聞こえたのは、何かが爆発したような音。

「……えっと、無事ですか?」

「……君、は……」

 目を開ければ、そこには黒髪の少女がいた。
 それも、どこか優輝君に似た雰囲気を持っている。

「まさか、常世の境に流れ着いていた人がいたなんて……。とりあえず、ちょっとじっとしていてください。ここは危険なので」

「あ、ああ。けど、君は……」

「薙ぎ払え、焔閃!」

   ―――“Lævateinn(レーヴァテイン)

 俺の問いに答える前に、彼女は俺の上で一回転するように炎の大剣を薙ぎ払った。
 どうやら、魔法のようだが、それで周りの異形を全て薙ぎ払ったようだ。

「(……って、魔法、だと?)」

「えっと、確かこうやって……転移!」

 彼女が魔法を使った事を疑問に思うのと同時に、彼女は転移魔法を発動させた。
 デバイスを介している様子はなく、自力で術式を編んだようだが……。





「ふぅ、国造(くにつくり)さんが気づいてなかったら、危なかったなぁ」

 転移した先は、さっきまでの場所の出口かと思える場所だった。
 荒れ果てているのは変わらないが、黒い霧などは見当たらない。

「転移、魔法……。魔導師、なのか……?」

「……まぁ、そうですよ。まさか、魔導師の人がここに流れ着くとは思いませんでしたけど」

 あっさりと肯定した彼女は、俺が魔導師だった事に少し驚いているようだった。
 いや、それよりも魔導師を知っているという事は……。

「このタイミングでの漂流と考えると……もしかして、大門が開いた影響かなぁ……。そうなったら、色んな人が流れ着いてきそうだなぁ……」

「……漂流?」

 俺の思考を遮るように、彼女は気になる単語を呟いた。

「そうですよ。ここは死後の世界。さっきまでいたのは現世と幽世の境界。通称“常世の境”。……貴方は死んだ自覚がありますか?」

「死……ああ、俺は確かに殺された。……もしかして、君もか?」

「はい。私も死人です。かれこれ三年はここで暮らしてます」

 ……まさか、死後の世界が本当にあるとはな。

「色々説明する事もあるので、ついてきてください。死後の世界ですけど、普通に生活できる設備はありますよ」

「そうなのか?」

 勝手なイメージだったが、そんなのはないと思っていた。

「数百年以上ここにいる人もいますしね。……あ、聞くの忘れてた。あの、貴方の名前は?」

「あ、ああ。俺はティーダ・ランスターだ」

 死んだのだろうにやけに明るい彼女は、俺の名を聞くと笑顔で名乗り返してきた。







「私は志導緋雪です。これからよろしくお願いしますね!」

 ……そう。俺の知っている彼と、同じ姓を。



















 
 

 
後書き
Rapid move(ラピッドムーブ)…高速機動魔法。ティーダは射撃型の魔導師なため、瞬時に間合いを取れるような効果を持つ。発動が早く、使い勝手がいい。

国造…うつしよの帳で、どんな陰陽師にも使役する事が出来なかったと言われる式姫。作中ではカタちゃんと呼ばれる。実は紫陽と協力して第5章の間ずっと幽世が不安定にならないようにしていた式姫。とこよの結界への召喚すら拒絶した実力者。

常世の境…説明としては本編で語った通り。かくりよの門では経験値稼ぎに使える。


ティアナの兄という訳で、後書きで紹介している以外の魔法は全部ティアナと同じ魔法を使わせています。……と言っても、普通は特殊でなければ大体同じ名前になりますけどね。

実は守護者、寝ぼけているような状態なため、程よく脱力して一撃一撃が最適なスピードと威力を出しています。総合的には本編に劣りますが、攻撃の瞬間のみはこちらの方が上です。

死後の時系列は、大体緋雪が幽世に帰ってすぐ後ぐらいです。
ちょっと時差がある感じで、ティーダは目覚めました。 

 

キャラ設定(第5章)

 
前書き
第4章よりも紹介するキャラが多い……。
変化が特にないキャラは省いても、今回はかなり多いです。
 

 


       志導優輝(しどうゆうき)

種族:人間(英霊) 性別:男性 年齢:13歳
能力:止まらぬ歩み(パッシブ・エボリューション),道を示すもの(ケーニヒ・ガイダンス),共に歩む道(ポッシビリティー・シェア),精神干渉系完全無効化
    魔力変換資質・創造,神降し

◎概要

無茶をするのがもはやアイデンティティなレベルの主人公。
戦いの中で技などが洗練され、魔力と霊力の量に見合わない強さを持つ。
今回は無茶を重ね続けた結果、感情を失う事となった。
さらに、今まで代償にしていたものもあり、かなり人間をやめた状態になっている。
だが、感情を代償にしたため、導王流の極意に至る。
半無意識化で至ったため、再びその極意を扱う事は出来ない。
感情を失ってはいるが、以前までの記憶から感情を再現するように演じている。
それを抜きにしても、極偶に感情らしきものを見せる時があるが……?





       志導優奈(しどうゆうな)

種族:人間? 性別:女性 年齢:13歳(2歳)
能力:優輝と同上

◎概要

優輝の中に存在する、もう一つの人格のようなもの。
今回は表に出てくる事はなかったが、やはり何かを知っている模様。
今まで優輝が代償にしているものも把握している。
また、奏やなのはの“あの状態”に心当たりがあるらしい。
色々知っているものの、それが明かされるのはまだ先のようだ。





       志導緋雪(しどうひゆき)

種族:吸血姫 性別:女性 年齢:13歳
能力:吸血鬼化,破壊の瞳,特典-洗脳・魅了無効化-,狂化

◎概要

優輝の妹。故人。
死んだ後、幽世に流れ着いていたらしく、ずっとそこで暮らしていた。
過去(一年前)の世界で幽世に流れ着いたため、何気に優輝と同い年になっている。
また、記憶封印を受けていないため、ヴィヴィオ達の事も覚えていたりもする。
幽世では、とこよや紫陽に色々戦い方を教わっていたらしい。
体の性質に苦しんでいた面影はなく、明るい性格を取り戻していた。
どうやら、体の性質も何とかしたらしい。
その証拠に、戦闘にて狂気を上手く扱っていた。
強さは生前よりも上がっており、神降しした優輝の後とはいえ、守護者を一度追い詰めた。
しかし、本気を出した守護者の結界に囚われ、守護者……とこよの知り合いを再現した式神によって瀕死に追い込まれてしまった。
なお、それでも結界だけは破壊したらしい。





       聖奈司(せいなつかさ)

種族:人間 性別:女性 年齢:14歳
能力:祈祷顕現(プレイヤー・メニフェステイション),穢れなき聖女(セイント・ソウル),聖属性適性(霊術)

◎概要

TS転生者。優輝が好きな人物の一人。
天巫女なため、瘴気などから生じる闇などを感じ取っていた。
大門の守護者の気配を最初に感じたのも彼女である。
許可をもらい、天巫女としてジュエルシードを駆使して戦い続けた。
個人としての戦闘力は、神降しを除けば魔導師勢では最強だった。
優輝の影響を受けているのか、どんな逆境でも諦めないようになってきている。





       天使奏(あまつかかなで)

種族:人間 性別:女性 年齢:13歳
能力:特典-立華奏の能力-(ガードスキル),アタックスキル,風・聖属性弱適性(霊術)

◎概要

境遇などがAngel beats!!の奏に似ている人物。恩人である優輝を好いている。
ガードスキルを用いた素早い戦闘を持ち味としている。
その早さは短時間であれば一人で守護者相手に時間稼ぎができる程。
しかし、その代わり攻撃の一つ一つが軽い。
今回の事で、自身に“何か”が宿っている事に気付く。
帝が言うには“天使”らしいが……?





       草野姫椿(かやのひめつばき)

種族:式姫(神) 性別:女性 年齢:1222歳
能力:豊緑之加護(ほうりょくのかご),神降し(標),弓矢生成

◎概要

草の神様の分霊。相変わらずツンデレ。
“八将覚醒”により、通称“京かやのひめ”に進化する。
現世に幽世の霊力が流れ込んだ事で、大気中の霊力濃度も江戸時代と同等になり、今回の覚醒もあった事で全盛期の力を完全に取り戻した。
しかし、葵と共に優輝を守るために瀕死の重傷を負う。
さらに“憑依”を行ったため、生死が不明になり、最期は溶けてなくなるように命の灯が消えていった。





       薔薇姫葵(ばらひめあおい)

種族:デバイス(吸血姫) 性別:女性 年齢:3歳
能力:ユニゾン,弱点無効化(流水・日光),レイピア生成,吸血,蝙蝠化,魔眼,霧化

◎概要

お気楽吸血鬼。今回は能天気な発言をしていられなかった。
元々式姫として一度死んだため、器である肉体が妖として現れた。
妖の薔薇姫を倒した事で、ユニゾンデバイスの強さに加え、全盛期の力を取り戻す。
しかし、椿と同じく優輝を守るために瀕死の重傷を負う。
さらに“憑依”を行い、最期は椿と同じように消えていった。





       王牙帝(おうがみかど)

種族:人間 性別:男性 年齢:12歳
能力:特典-エミヤの能力-,特典-ギルガメッシュの宝具-,特典-ニコポ・ナデポ-

◎概要

元踏み台転生者。借り物の力でしか戦えない事にもどかしさを感じている。
自身の未熟を思い知ったため、特典を使いこなすようになっている。
殲滅力では、特典のおかげで司に次いで高い。
未だに特典やデバイスに頼った戦い方なため、どうしても隙が生じてしまう。
なのはと奏に宿る存在が“天使”だと知っており、そこから関係してくる強大な存在が、いつ干渉してくるのかと、結構怯えている。
彼が強くなろうとする原動力は優奈への恋心が大半を占めていたりする。





       織崎神夜(おりざきしんや)

種族:人間 性別:男性 年齢:12歳
能力:無差別魅了(パッシブ・チャーム),特典-ヘラクレスの宝具-,特典-サー・ランスロットの宝具-

◎概要

踏み台と化してきたオリ主君。傍迷惑ムーブが止まらない。
戦闘力では十分に高いため、しぶとさでは登場キャラでも上位になる。
しかし、それゆえに今回は守護者によって滅多打ちにされていた。
ヘラクレスの宝具がなければとっくに死んでいただろう。
ちなみに、今回は運が良かったのか、魅了されてしまった女性陣はいない。





       土御門鈴(つちみかどすず)

種族:人間 性別:女性 年齢:15歳
能力:精神干渉耐性,光・闇属性適正(霊術)

◎概要

土御門家分家の娘。その正体はかつて江戸時代に陰陽師をしていた少女。
前世の名前は草柳鈴。かくりよの門にて、鵺の湖畔にいる幽霊の少女の事。
生まれ変わった……つまり、“死”を経験した事で、前世より強くなっている。
マーリンと言うデバイスを持っているが、魔法を使えないため、宝の持ち腐れ。
しかし、マーリン自身で魔法を行使する事が可能なため、サポートは可能。
何気に、管理局で手が回らない幽世の門を閉じており、裏方で貢献していた。
とこよが閉じた大門がまた開かれた事が許せず、大門を目指していたが、それがとこよとの思いがけない再会になるとは思っていなかったらしい。





       土御門澄紀(つちみかどすみき)

種族:人間 性別:女性 年齢:16歳
能力:全属性適正(霊術)

◎概要

土御門家21代目次期当主。
霊術の才能が先祖返りな程優秀だが、術式が劣化しているためあまり強くない。
土御門次期当主として責任感が強く、矢面によく立つ。
アリシア同様、霊術の指南をすれば非常に強さが増す。
また、先祖の澄姫を体に宿す事が出来る程、心身共に澄姫に似ている。





       土御門澄姫(つちみかどすみき)

種族:幽霊 性別:女性 年齢:約300歳
能力:全属性適正(霊術)

◎概要

土御門家9代目当主。その霊体。澄紀の先祖でもある。
とこよのライバル的な存在だった。最後までとこよの行方を捜し続けた人物。
死後は、友人の文や、紫乃などの思念も利用して未練で霊として残り続けた。
悪霊に変化するのを阻止するため、現代まで自身を封印していた。
守護者との戦いを経て、とこよの行方を知った事で、未練が解消される。
最期は満足して成仏していった。
実は恋の詩などを趣味で書いていたりする。





       瀬笈葉月(せおいはづき)

種族:人間 性別:女性 年齢:13歳
能力:物見の力

◎概要

うつしよの帳でのパートナー的キャラ。その生まれ変わり。
幽世から現世に出れた後、とこよの行方を捜し続けた。
終ぞ見つける事が出来なかったが、現代に記憶を引き継いで生まれ変わった。
例え実力が足りなくても何とかして解決しようと動いていた。
大門から妖が溢れた時は、姉の紫陽と思わぬ再会をし、自身を依り代にした。
ちなみに、苗字の“瀬笈”は意味合い含め、東方自然癒の“瀬笈葉”から取っている。





       瀬笈紫陽(せおいしよう)

種族:現人神 性別:女性 年齢:約300歳
能力:物見の力,幽世調停

◎概要

うつしよの帳の葉月の姉。幽世の神となっている。
うつしよの帳で土宇裳伊(どうもい)から神の座を受け継いで幽世の神として生きている。
葉月と同じ能力を持つが、注目すべきは幽世の神としての権能。
“幽世調停”は、幽世と現世の均衡は幽世側から整える力になる。
そのため、力の弱い幽世の門は遠隔操作で閉じる事も可能。
また、幽世と現世の縁を利用して“穴”を開け、均衡を整える事もできる。
本編では、葉月の体を借り、大門から溢れ出る妖を食い止め続けた。





       有城(ゆうき)とこよ

種族:半妖 性別:女性 年齢:約300歳
能力:全属性適正(霊術),神殺し,妖殺し,式姫召喚

◎概要

かくりよの門、うつしよの帳における主人公を統合したような存在。
幽世の大門の守護者にして、かつて大門を閉じた陰陽師。日本版影の国の女王。
非常に霊術に長けており、それでいて武器の扱いにも長けている。
その強さは想像を絶するもので、神降しをした優輝でさえ勝てない程。
だが、本編ではロストロギアの効果で力を守護者に持っていかれていた。
地道に干渉を続ける事で、最終的に確実に大門の守護者を倒す予定だった。
元々人間だったが、大門の守護者となった事で半分妖怪に変質している。
ちなみに、本編での大門の守護者はロストロギアの効果で彼女から分離した力が具現化したようなもので、本人ではない。





       悪路王(あくろおう)

種族:妖 性別:男性 年齢:約1300歳
能力:鬼産みの力,憑依

◎概要

式姫project系列のゲームなら大体登場する鬼の妖。イケメン。
ちなみに、登場するからには割と重要な立ち位置な事が多い。
大門が開かれた事で連鎖して悪路王も目覚めた。
元々現世に名残として残っていたため、大門が閉じても顕現を維持できるようだ。
一度協力を断ったが、鈴との戦闘で負けた事で、それを了承する。
守護者との戦いでは、鬼産みの力で数の差を何とか縮めていた。
刀を用いた堅実な戦い方と、槍を用いた苛烈な戦い方を使い分ける。
なお、槍を用いる場合は阿弖流為としての側面が強くなるらしい。
年齢は悪路王の鬼の伝承から大体を逆算。割と適当である。





       ティーダ・ランスター

種族:人間(故人) 性別:男性 年齢:21歳(故人)
能力:射撃魔法適正

◎概要

原作で故人の人。ここでも生き残れなかった。
ロストロギアを持って逃走する犯罪者の転移魔法に巻き込まれ、地球に転移する。
そして、ロストロギアの効果で大門の守護者が現れ、殺されてしまう。
しかし、殺されるまでの間に限界を超えて足掻き、守護者に二撃を与えていた。
その内片方の一撃が、後々優輝の手助けになっていた。
なお、死んだ後は常世の境と呼ばれる場所に流れ着き、幽世に戻ってきた緋雪の案内で幽世に行くことになった。





       高町(たかまち)なのは

種族:人間 性別:女性 年齢:12歳
能力:集束魔法適正

◎概要

原作主人公。その不屈の心は健在。
魅了が解けた事がきっかけなのか、弱点だった近接戦を完全克服している。
レイジングハートに新たなモードを設け、御神流を用いた近接戦を行える。
実戦で極限状態になれば、神速も扱えるようで、一気に戦闘能力が向上した。
クロノ曰く、真正面からは絶対にやりたくないとの事。
幽世の門の守護者の一体であった覚妖怪との戦闘時、記憶から再現された“天使”のような姿を、彼女のみが認識していた。
他の者には見えてなかった事に加え、奏と同じく何かが宿っている事に気付く。
自身に何か秘密があるのかもしれないと、疑うようになった。





       ザフィーラ

種族:守護獣(魔力生命体) 性別:男性 年齢:不明
能力:防御魔法適正

◎概要

盾の守護獣。本編ではその名に恥じぬ動きをした。
魔法では霊術を防ぎにくいという相性の差があるにも関わらず、龍神の攻撃を防いだ。
以前の優奈との模擬戦(第124話)での経験により、界○拳もどきで防御の底上げが出来るようになり、その時の防御力は作中のキャラで一番高い。
その気になれば、守護者の刀をその身で受け止める事も可能なほど。
戦い方の種類を増やした事で、かなりの戦力アップを果たした。
しかし、はやてたちを守るために無茶をした事もあり、中盤で戦線離脱してしまった。






       久遠(くおん)

種族:妖狐 性別:女性 年齢:約800歳
能力:全属性適正(霊術),夢移し,雷撃,天候操作

◎概要

リリなのの原典でのマスコットキャラ。何百年も生きた大妖狐。かわいい。
なお、年齢は封印された時点(300年前)で五尾相当の力だった事から推測。
妖狐なだけあって、霊術では天才的な才能を持っている。
近接戦にも弱い訳ではなく、現在は優輝が創った薙刀を武器にしている。
しかし、才能はあっても戦闘をあまり好まないため、成長が滞っている。
それでも、並大抵の妖なら余裕で倒せる程には強い。
描写的には脇役だったが、裏方で結構援護で役に立っていたりする。





       小烏丸蓮(こがらすまるれん)

種族:式姫(付喪神) 性別:女性 年齢:約1250歳
能力:刀生成

◎概要

かくりよの門での“小烏丸”。
ティーダの次に大門の守護者と接敵しており、アリシアの召喚がなければ死んでいた。
長年鍛錬を続けているため、単純な剣の腕ならトップクラスに高い。
しかし、その上で憑依を行っても、守護者が召喚した式姫と互角以下だった。
大気中の霊気が全盛期時代と同じになったため、力量は全盛期を超えている。
そのため、決戦時はしばらくの間は守護者と剣を交えていられた。





       シーサー/山茶花(さざんか)

種族:式姫(シーサー) 性別:女性 年齢:約330歳
能力:魔除けの加護

◎概要

かくりよの門での“シーサー”。女性だけどイケメン(姉御的な意味で)。
優輝達が各地の幽世の門を閉じている間、ずっと沖縄の妖を倒していた。
全盛期の半分以下の力でも、沖縄の幽世の門を閉じていた。
沖縄の安全が確保されてからは、アースラに召喚してもらい、葉月と仮契約する。
大気中の霊気も濃くなった事で全盛期の力を取り戻した。
決戦時は、“憑依”によって蓮に憑りついていた。





       鞍馬(くらま)

種族:式姫(鞍馬天狗) 性別:女性 年齢:約1000歳
能力:風属性適正(霊術)

◎概要

かくりよの門での“鞍馬”。参謀や策士のポジションになる式姫。
数少ない式姫の生き残りの一人。山籠もりしたり普通に街で暮らしたりしていた。
幽世の大門が開いた時、京都にいたが優輝達の動きを知り、街は優輝達に任せていた。
葉月と偶然巡り合い、大門を確認した後、葉月の能力を頼りに東へと向かう。
その途中の夜に、妖の薔薇姫に襲われ、葉月を助けるために引き付けた。
何とか逃げ切った後は、織姫達と合流し、そのまま守護者との戦いに臨んだ。
実は、過去に諸葛孔明として策謀を巡らせた経験があるらしい(式姫四コマ参照)。





       織姫(おりひめ)

種族:式姫(仙女) 性別:女性 年齢:不明(約2000歳?)
能力:聖属性適正(霊術),七夕の加護

◎概要

かくりよの門での“織姫”。七夕の織姫の式姫。
数少ない式姫の生き残り。七夕の行事が根深く残っているため、他の式姫と違ってそこまで力が衰える事はなかった。
式姫をやっていた時期に採掘関連の技能を手に入れた(四コマ参照)ため、主に洞窟など採掘が出来る場所を転々としていた。
幽世の大門が開いた事で、鞍馬などと同じように動き出していた。
後に鞍馬と合流し、他の式姫達と共に守護者に挑む。
七夕限定で、人々の願いを後押しする力を持つが、本編には出てこない。
ちなみに、かつてとこよと共に鵺を討伐した一人なので、直接的ではないものの鈴とは面識があったりする。





       猫又(ねこまた)

種族:式姫(猫又) 性別:女性 年齢:約800歳
能力:なし

◎概要

かくりよの門での“猫又”。文字通り猫又の式姫。
数少ない式姫の生き残り。野良猫と共に山などで暮らしていた。
偶に一般人に見られてしまう(閑話11)が、平穏に暮らしていた。
大門が開いた事で、式姫として立ち上がるり、人々を守りつつ京都に向かっていた。
途中で鞍馬達と合流し、そのまま守護者との戦いへ向かった。
語尾に“にゃ”とついていたり、生魚が好きだったり、如何にも猫らしい。





       天探女(あまのさぐめ)

種族:式姫(絡繰) 性別:女性 年齢:不明
能力:モード変化

◎概要

かくりよの門での“天探女”。全ての鬼族の始祖と呼ばれる存在を模した絡繰り。
数少ない式姫の生き残り。しかし、体の劣化を危惧して自己封印していた。
信濃地方で封印していたが、信濃龍神が現れた事で封印が解除された。
そのまま信濃龍神を屠り、管理局員に軽く事情を聞き、京都へと向かった。
その途中で鞍馬達と合流し、守護者との戦いに臨んだ。
普段は丁寧な口調・物腰だが、様々な物事に対応するための“モード”があり、その“モード”によっては口調や態度が変わったりする(ツッコミモードなど)。





       コロボックル

種族:式姫(小人) 性別:女性 年齢:不明
能力:なし

◎概要

かくりよの門での“コロボックル”。アイヌ地方の伝承に伝わる小人の式姫。
数少ない式姫の生き残り。ずっと北海道に住んでいたらしい。
大門が開いた際、ちょうど青森の方へ遊びに来ており、そのためすぐに駆け付けれた。
道中の妖などを倒しながら京都へと向かい、鞍馬達と合流して守護者と戦った。
小人なためか、式姫になっても子供の姿で、口調や性格なども子供っぽい。
また、語尾がカタカナになる特徴を持つ。なお、これでも江戸時代より成長している。
コロポックルとも呼ばれるが、式姫としてはコロボックルと呼ばれている。





     ↓以下簡略



   アリサ・バニングス

くぎゅうお嬢様。既に実戦可能レベルまで陰陽術を鍛えている。
戦闘スタイルはinnocent参照。近距離・中距離担当。
思い切りのいい動きをするため、動きの遅延が少ない。



   月村(つきむら)すずか

夜の一族お嬢様。こちらも実戦可能レベルまでになっている。
戦闘スタイルはinnocent参照。中距離・遠距離兼指示担当。
思考して戦おうとするが、咄嗟の判断はアリサ以上に上手い。
夜の一族のポテンシャルも生かせるようになり、総合的にはアリサより強い。



   アリシア・テスタロッサ

ちっちゃいお姉ちゃん。実戦経験以外はなのは達にも引けを取らない。
戦闘スタイルは様々な武器(刀、槍、斧など)を使い分けつつ、術を扱う。
近距離と遠距離どちらも可能だが、弓が得意な分遠距離寄り。オールラウンダー。
innocentのような戦い方もでき、初の実戦の割には上手く動けていた。



   神咲那美(かんざきなみ)

巫女さん(アルバイト)。相変わらず攻撃関連は苦手な模様。
ずっと久遠と行動を共にしており、何か所か幽世の門も閉じていた。
鵺の精神攻撃でやられそうになった時、鈴が転移して合流、窮地を脱する。
そのあとは、帝の提案でアースラに保護され、現場医療班的な感じで動いていた。
攻撃系の術はからっきしだが、回復やサポートで皆を裏から支えていた。



   志導光輝(しどうこうき)

優輝の父親。単独でもそれなりに優秀だが、妻の優香と組めばさらに強い。
優輝達と共に動く事はなく、九州地方で妖の対処に明け暮れた。
管理外世界を軽く見る局員と一悶着あったが、言い返せないように論破した。



   志導優香(しどうゆうか)

優輝の母親。光輝とコンビを組むことで本来の実力以上の力を発揮する。
基本的に遠近こなせるが、光輝と組む時は光輝が前衛、優香が後衛を意識している。
魔法を知らなかった時は、普通に仲がいい夫婦だったが、魔法を知って異世界で生きてきてからは、戦友のような言葉で言い表せない仲となっている。
なお、夫婦としては未だにラブラブである。



   クロノ・ハラオウン

二次創作でよくKY呼ばわりされる黒い人。本作では優秀です。
現場慣れしている執務官な事もあり、妖の足止めでは上手く指揮していた。
何気に優輝達の強さに対抗心もあるので、日々努力を重ねている。
その内、原典(リリカルおもちゃ箱)のクロノのように強くなるかも……?



   フェイト・テスタロッサ

アリシアの妹。プレシアが生きているため、姓はテスタロッサのまま。
未だに魅了がかかったままだが、なのはが御神流で鍛えている事で、自分も強くなろうと努力したため、速度を重点的に原作よりも強化されている。
その速さは動きの速い式姫(音速以上)に匹敵するほどとなっている。
瞬間的な速さは奏、継続的な速さはフェイトがトップクラス。



   プレシア・テスタロッサ

一期ラスボスの現親ばか。病気も治った事で大魔導師の本領が発揮できる。
第5章中盤は、アースラから放つ次元跳躍魔法により、現地の局員を援護していた。
何気にこの魔法により、描写されていない地域の妖は悉く倒されている。
周辺の被害を考えなければ、守護者も避けれない魔法を放てるが、それでは倒せない上に、他の皆も巻き込むために未使用。守護者戦では大した活躍が出来なかった。



   リニス

元プレシアの使い魔。現司の使い魔。
今回は基本的に司とは別行動だった。



   リンディ・ハラオウン

甘党提督。セリフはなかったが、裏で色々やっていた。
前線で動くクロノと対照的に、現地の住民への説明など、裏方で活躍していた。
なお、相当強いため、説明に赴いた先で出会った妖は一掃していたりする。



   エイミィ・リミエッタ

クロノの将来の嫁。オペレーターとして現場の映像から目が離せなかった。
緋雪の存在にいち早く気づいた人物でもある。



   隠神刑部(いぬがみぎょうぶ)

四国在住の妖怪。見た目は服を着た狸。
見た目の割に凄まじい力を持っている。
司が海坊主の相手をしている間に、四国中の門を閉じていた。
なお、セクハラ紛いな事(尻を叩く)をして、人柄や力量などを大まかに測る事が出来る。



   百花文(ももかふみ)

かくりよの門で主人公の補佐を務める方位師の少女。
病弱でよく吐血すると言うが、最近は都合がいい時に吐けるようになっている。
所謂吐血系ヒロインとプレイヤーには呼ばれている。



   土御門紫乃(つちみかどしの)

かくりよの門で澄姫の方位師を務める女性。物語をある程度進めないと登場しない。
ゲームでは苗字が出ないが、ここでは澄姫と同じ土御門姓。



   国造(くにつくり)

名前のみ登場。かくりよの門では名前しか判明していない。
うつしよの帳で主人公に同行する型紙(通称カタちゃん)の正体。
うつしよの帳では主人公のみが従えれたと言われ、かくりよの門では主人公を救った式姫であり、主人公がもう一度会いたいと願う相手となっている。
本編では、幽世を安定させるために奔走しており、その際にティーダが常世の境に流れ着いた事に気付いて緋雪に知らせていた。





     ↓以下妖の簡単紹介



   利根龍神(とねりゅうじん)

かくりよの門にて戦えるレイドボス。利根川を力の源にした龍神。
序盤で戦える事もあり、ゲームではソロでも簡単に倒せる。
本編では、川が増水していたため、強化版である超利根龍神になっていた。



   富士龍神(ふじりゅうじん)

同じくレイドボス。椿と葵に描写される事なく倒されていた。
利根龍神の次に戦える龍神系のボス。言うまでもなく富士川が源になっている。
何気に致死毒を使ってくるため、解毒手段を持つか食らう前に倒さなければならない。
なお、中盤以降ならソロ討伐可能。



   北上龍神(きたかみりゅうじん)

同じく(ry。葵にソロ討伐されていた。北上川が源。
三番目に戦えるようになる龍神。凄いタフ。けど柔らかい。
ライトプレイヤーにはこの辺りがソロ限界かもしれない。



   信濃龍神(しなのりゅうじん)

同じく(ry。管理局員や陰陽師が相手していたが、封印が解けた天探女に瞬殺された。
四番目に戦えるようになる。堅いだけでなく、前線の人数でダメージが分散される頭割り攻撃を使ってくる。この辺りからソロ討伐は厳しくなる。



   木曽龍神(きそりゅうじん)

同じく(ry。八神一家が相手していた。
五番目に戦える。なお、木曽川だけでなく木曽三川と呼ばれる三つの川が源。
体力も多く、対策を整えなければすぐ前線が崩壊する。
この辺りから野良レイドは禁物扱い。




   野衾(のぶすま)

蝙蝠のような妖。炎のような尻尾がある。
普通は茶色だが、猛火野衾と呼ばれる種類は青い。



   影法師(かげほうし)

陰陽師の姿と力を模倣する妖。見た目は影が人型になったようなもの。
そこらにいる普通の妖とは一線を画した強さを持つ。
なお、後述される守護者級よりは遥かに劣る強さ。



   狂気の妖

緋雪の姿をした妖。緋雪の狂気の部分が表面化しており、非常に凶暴。
能力なども幽世にいる緋雪そのままで、ある意味緋雪そのものと言っていい。
緋雪本人が穏やかになった分、この妖の凶暴性は増していく。
なお、もう登場する予定はない。



   七歩蛇(しちほだ)

四本の脚が生えた赤い蛇のような姿をしている。
七歩も歩けない程の毒を持っているが、解毒する霊術が扱えれば大したことはない。



   大鬼(おおおに)

妖怪の定番である鬼。その妖。
各地で様々な伝承が存在するため、場合によってはどこでも現れる。
単純に力強く、タフ。



   玉藻前(たまものまえ)

有名な九尾の狐。その妖。玉藻の前そのものではない。
九尾の狐が妖となっただけあり、術が非常に強い。呪いも使ってくる。
肉体面も並ではないため、まともにやり合えば非常に厄介。



   酒呑童子(しゅてんどうじ)

有名な鬼。酒飲み幼女だったり☆5限定アサシンとかではない。
巨体に合ったタフネスと怪力を持つ。それだけでなく、毒も扱う。
時間がある程度経つと、容赦ない力を振るってくる。



   橋姫(はしひめ)

嫉妬深い妖怪として有名。幻想の郷の地底に住んでいたりはしない。
二面性を持っている妖だが、本編では嫉妬の面しか見せていなかった。



   前鬼(ぜんき)後鬼(ごき)

有名な鬼。その妖。
夫婦として描かれる伝承もあり、本編でも男女となっている。
酒呑童子よりは弱いものの、並の妖より遥かに強い。



   八握脛(やつかはぎ)

土蜘蛛の伝承の祖と呼ばれる妖。かくりよの門では定期的に封印を施していた。
土蜘蛛関連なだけであり、毒なども扱う。
ただし、火に弱いため(多分独自設定)、アリシア達でも問題なく倒せた。



   絡新婦(じょろうぐも)

椿が戦った蜘蛛の妖。上半身女性で下半身が蜘蛛の姿をしている。
なお、戦闘シーンがカットされる程大したことはなかった。



   がしゃどくろ

骸骨の妖。かくりよの門では妖ではなく幽世由来ではない妖怪として扱われていた。
瘴気を扱い、瘴気相手に慣れていないアリシア達を苦しめた。



   (ぬえ)

平安時代に人々を脅かした妖。
かくりよの門において、陰陽師の力を吸収していた。
鈴はこの鵺に殺され、幽霊としてしばらく存在していた。
精神攻撃が得意だが、生まれ変わった鈴には一切効かなかった。



   (さとり)

心を読む妖。どこぞの地底に住んでる小五ロリではない。
相手の心を読み、その記憶に強く残っている存在を再現する。
かくりよの門でも本編でも、その身に余る存在を再現したため、自滅した。



   オンボノヤス

狼の顔に長い胴で、煙のような体をしている妖。
煙のような妖なだけあり、物理耐性を持っている。



   土宇裳伊(どうもい)

幽世の神。記憶に関する神で、由来はドウモイ菌だと思われる。
本編には名前のみ登場しており、既にいない。
うつしよの帳に登場し、ひねもす式姫でも再登場した。
ひねもす式姫ではうつしよの帳から転生した存在だと思われる。



   火魂(ひだま)

文字通りな妖。見た目は女の子っぽい姿をしている。
火で出来ている事もあり、火の類は一切効かない。
そして、やはり水系統が弱点となっている。ちなみに普通の水はさすがに効かない。



   海坊主(うみぼうず)

有名な妖怪。ドラ○エのデスタ○ーアのように頭と手で攻撃対象が分かれる。
かくりよの門では手を先に倒さないと無理ゲー化する。
なお、本編ではその上で倒すという事を司はやってのけた。



   両面宿儺(りょうめんすくな)

有名な妖怪。神としても見られている。
かくりよの門では様々な攻撃に応じたモードを使い分けるため、本編では非常に堅実な強さを持つ妖という扱いになった。



   四神(しじん)

有名な四神。青龍、朱雀、玄武、白虎。ただし、その再現の式神。
本編では、厳密には妖ではなく式神の扱い。
当然のように一体一体がそこらの妖では相手にならない強さを持つ。
だが、その四体の連携をもってしても、大門の守護者相手には時間稼ぎが限界だった。



   封印されし龍

かくりよの門にて、学園の裏に封印されている名もなき龍。
かなりの力を秘めており、そこらの守護者ですら歯が立たないほど。
なお、本編では戦闘シーンをカットされてしまった。



   妖の薔薇姫

薔薇姫の式姫として体が妖と化した存在。
瘴気が怨念のようなものとなって思念のようになることがあるが、自我はない。
強さは全盛期の葵には及ばないが、デバイスになった葵よりは強い。



   アラハバキ

一応神の類になる妖。かくりよの門ではカタカナ表記になっている。
青い肌に丸坊主の顔で、海坊主っぽい姿をしている。
“神代ボス”と呼ばれるボスなだけあって、その強さは一線を画している。



   大門の守護者

第5章ラスボス。かくりよの門の主人公が変質した姿。
見た目はただの人間の少女だが、その身に秘める霊力と瘴気はけた違い。
とこよと同じ能力を持ち、さらに瘴気なども扱う。
自我はなく、力が形を持ったような存在。一応会話は可能。







     ↓用語解説

   幽世の門・大門

幽世と現世を繋ぐ穴のようなもの。大元である大門とその派生の門がある。
穴は瘴気が漏れており、そこから妖が出てくる。
物理的に塞ぐ事は不可能で、霊術等による封印でしか塞げない。
ロストロギア“パンドラの箱”によって復活させられた災厄でもある。



   瘴気

よくある“悪い気体”みたいなもの。
常人が触れ続けると体調を崩し、濃度が高ければ死に至る。
妖や大門の守護者はそれを操ることもあり、食らえば致命傷な場合が多い。



   パンドラの箱

本作オリジナルロストロギア。元ネタは名前の通りパンドラの箱。
元々は名無しのロストロギアだったが、効果を解析した結果この名前を付けた。
優輝が解析することを予測されていたばかりか、存在そのものが不可解。
封印したため脅威はないが、大きな謎を残していった。



   (あやかし)

幽世から現れる存在。妖怪とは厳密には違うが、基本的に同一に見て問題ない。
伝承などから姿を取り、過去に存在した大妖怪などの力も再現する(玉藻前など)。
強さはピンキリであり、相手の強さに応じて補正がかかる。
一線を画した強さを持つ妖は幽世の門を守る守護者となる。



   祠

本編でもあまり区別されずに出ていた存在。
幽世の門と扱いは同じだが、普通の門と違って周りが祠のようになっている。
元々そこに門があったために祠があり、そのおかげでその門の守護者は決して門の近くから離れる事は出来ない。



   退魔師と陰陽師

厳密な区別の定義はないが、ある程度言い分けられている。
基本的に、現代の劣化した霊術を扱うのが退魔師。そうでないのが陰陽師となる。
一般人からすれば大差ないので、今後も重要視されるほどではない。



   土御門家(つちみかどけ)

有名な陰陽師、安倍晴明の末裔となる家系。
江戸時代は強力な勢力と実力を持つ家系だったが、年月と共に劣化。
いつの間にか“陰陽師”ではなく“退魔師”の家系となっていた。



   逢魔時退魔学園(おうまがときたいまがくえん)

かくりよの門で拠点となる学園。
陰陽師たちを育成する学園であり、主人公の家があった場所に設立された。
本編では、大門が閉じられてしばらくした後、解体された事になっている。



   神殺し

その名の通り、神を殺した証。
過去に神を殺した。または神を殺すために生まれた者に付与される概念的効果。
神の性質を持つ相手に、普段よりも多くダメージを与えられる。



   現世(うつしよ)

普段人間が暮らしている世界の事。この世とも。
かつては妖怪なども存在していたが、科学が発展するに連れほとんどいなくなった。
幽世とは表裏一体となっている。



   幽世(かくりよ)

現世の裏側に存在するような世界。あの世とは若干性質が違う。
妖の発生源であり、大抵は死者が行き着くが極稀に生者も流れ着く。
現世とは表裏一体の存在で、ポ〇モンでのやぶれた世界みたいなもの。



   常世(とこよ)(さかい)

現世と幽世の間に存在する空間。
生と死の境界のような場所なので、対策なしに生者が行くとまず助からない。
死者でも碌な目に遭わないため、基本的に近づかないようにするのが原則。
魔法が使える虚数空間のようなイメージ。





 
 

 
後書き
キャラよりも妖の紹介の方が多くなった……(´・ω・`) 

 

第172話「予兆と決意」

 
前書き
最終章までの繋ぎの章です。
 

 











「……これは、不味いですね……」

 光が溢れる空間で、サファイアを彷彿とさせる雰囲気の女性がそう呟く。
 彼女の目の前には、光溢れる空間でなお闇を生み続ける球体があった。

「……封印が、解けかけています」

 球体の中には結晶があり、その結晶が罅割れていた。

「このままでは……っ!!」

 女性の言葉を遮るように、罅が増える。
 そして、結晶が割れていき……

「くっ!」

 咄嗟に、女性が封印を上乗せする。
 しかし、それは焼石に水程度の効果しかなかった。

「く……っ……!」

「サフィアちゃん!」

 そこへ、別の女性が助太刀する形で現れる。
 サフィアと呼ばれた女性と対称的に、彼女はルビーを彷彿とさせる女性だった。

「ここは私に任せて、皆に知らせに行ってください!」

「しかし、姉さん!」

 その女性はサフィアにとって姉のようで、サフィアに対し自分に任せるように言う。
 だが、サフィアは姉一人を残していく事を躊躇ってしまう。

「二人残った所で無意味です。それなら、一人が誰かに伝えた方が、よっぽどマシですよ」

「っ……」

「大丈夫です。私はサフィアちゃんのお姉ちゃんですから。そう簡単に消えたりしませんよ」

「……わかり、ました……!」

 苦渋の決断をして、サフィアはその空間から消えるように離脱した。

「……目覚めますか。かつて神界を襲った災厄の化身が」

 出来る限り時間を稼ぐため、封印を上乗せしながら、残った女性は呟く。

「“無限の可能性”……私たち神々全員が、それを示せればよかったんですがね」

 女性は、自身が上乗せした封印が解かれるのを止める事が出来ないまま、どこか諦めたようにそう呟くしかなかった。















   ―――“闇”が、目覚める……



























       =優輝side=







「………」

 守護者を倒した翌日。
 僕はトレーニングルームを借りて体の調子を確かめていた。

     ヒュヒュン!

「ふっ……!」

 矢を射る。レイピアを振るう。
 創造して建てておいた的に矢は命中し、一気に的に肉薄。
 レイピアで的をかち上げ、細かく切り刻む。

「……不調自体はない。……いや、なさすぎる、か」

 あまりにも体の調子が良すぎた。
 それこそ、体は全快していないのに、全快した時と同等以上に。

「戦闘による経験を積んだとしても、これは良すぎる」

 経験は強さの糧になりやすい。
 それを踏まえても調子が良すぎた。
 確かに体にガタが来ている。それなのにしっかり動くのだ。
 ……正しくは、ガタが来た分鈍くなったのを補う程、早く動かせるのだ。

「……やはり、椿と葵か」

 そう。考えられるとしたら二人の力の上乗せだ。
 “憑依”による力の増加が、未だに残っているのだ。
 厳密には、体に定着したと考えるべきか。

「弓矢とレイピアの生成が創造魔法を使わなくても可能……おまけに、二つの扱いも以前より向上しているか」

 淡く翡翠色に輝く、螺旋状に束ねた蔦の弓。実体を持たない同じ色の矢。
 そして、いつも葵が使っていたレイピア。
 これらが創造魔法を使わなくても作れるようになっていた。
 ついでに言えば、創造魔法と併用すれば負担も消費も激減する。

「……それと……」

 確認するように、“膨らみかけの胸”に手をやる。
 ……そう。僕は神降しの代償で既に性別が変わっている。

「……今までは、体に精神が影響されていたけど……」

 しかし、口調や一人称はそのままだ。
 おそらく、感情を失ったため、影響を跳ね除けているのだろう。

「演技の必要がないのは楽でいいな。後は霊術による認識阻害だけか」

 誰かに見られない内に術式を発動させておく。
 ……いや、待てよ?

「髪を切って整えて、サラシで誤魔化すか」

 今アースラには別の陰陽師もいる。
 霊術に感づかれるだろうから、簡単な変装で誤魔化す方が無難だろう。
 声色は自力で変えられるから無問題だ。

「……いるんだろう?司、奏」

「……やっぱり、バレた?」

「さすが優輝さん」

 入口へと声を掛けると、物陰から二人が出てきた。
 どうやら、隠れて僕を見ていたらしい。

「神降しの代償、やっぱり出たんだね」

「でも、口調とかはそのまま……」

「まぁ、な。今の僕は感情を失っている。多分、肉体の影響も受け付けない状態なんだろう。だから、口調とかはそのままだ」

 そう言いつつ、僕は髪を切り、サラシを創造する。

「……ねぇ、さっきの弓矢とレイピアって……」

「……僕らが鍛えただけあって、気づいてしまうか」

 更衣室へ向かいながら、司が尋ねてくる。
 口には出していないが、奏も気づいていたみたいだ。

「……消えたよ。深夜の時に、確かにあったはずの存在感が、消えてしまった」

「ッ……つまり……」

「……死んだ」

 目を見開き、信じられないと言った風に口元を手で押さえる司。
 奏も信じられないと開いた口が塞がらないようだ。

「考えてみれば、ここまで持ったのが凄いぐらいなんだ。僕に憑依する前、二人は既に回復もままならない程の傷を負っていた。……本来なら、戦いの最中に死んでもおかしくなかったんだ。それでも、ここまで生きててくれた」

 歩みを止めた二人に合わせ、僕も止める。

「……でも、悲しいものは、悲しいよな……?」

「優輝、君……」

 振り向いてそう言った僕の頬を涙が伝う。
 その上で、作り笑いを浮かべた。

「感情を失って、家族をまた失って……」

「優輝君……!」

「優輝さん……!」

 二人が悲痛な声を上げる。
 おそらく、涙を流す僕を見ていられなかったのだろう。

「(頑張っても、足掻いても、報われない時がある。あぁ、本当に―――)」

 それだけじゃない、どこか、視界が白く……



   ―――人は、難儀なもの、だなぁ……



















   ―――だからこそ、“()”は人の可能性に惹かれたんだ



















       =司side=





「優輝君!?」

「優輝さん……!」

 涙を流す優輝君は、そのまま崩れ落ちるように気絶してしまった。

「一体、何が……」

 すぐさま奏ちゃんと共に優輝君の容態をチェックする。
 軽く見た限り、体には気絶するほどの異常はない。
 だったら、これは……。

〈これは……精神の疲労ですね〉

「シュライン……やっぱり、そうなの?」

〈私も同意見です。感情を失ったとは言っていましたが、それでも負荷はかかります。……あのお二人がいなくなった事が原因でしょう〉

「そう……」

 シュラインと奏ちゃんのエンジェルハートが魔法による解析結果からそういう。

「とりあえず、安静にした方がいいよね……?」

〈はい〉

「司さん、部屋まで運ぶわよ」

「うん。あ、でも……」

 優輝君を私が背負おうとして、ふと気づく。
 今の優輝君は髪は切ったとはいえ、体は女性だと分かってしまう状態に。

「……私が認識阻害を掛けておこう」

 普段の優輝君を想像しながら魔法を使えば、まずばれない認識阻害が出来るだろう。
 すぐにそれを実行して、改めて背負う。

「奏ちゃん、シャマルさんと……後、優輝君の両親を呼んできて。それと、クロノ君とリンディさんにも一応伝えておいた方がいいかな」

「わかったわ」

 身体強化魔法を使って速く、それでいて静かに優輝君の部屋へと向かう。

「(優輝君……)」

 ……思えば、私達はよく優輝君を頼っていた。
 力としての強さだけでなく、精神的な強さとしても。
 でも、頼られる側の優輝君が頼る存在は少ない。
 両親と、椿ちゃんと葵ちゃんぐらいしかいないのだろう。
 クロノ君やリンディさん、他の大人の人も頼れると言えば頼れるだろうけど……。

「(精神的支柱の二人がいなくなって、負担が大きくなった……)」

 こんな状態の優輝君を癒すのは、多分私には無理だ。
 奏ちゃんやアリシアちゃん、シャマルさんにも無理かもしれない。
 出来るとしたら、両親か……緋雪ちゃんぐらいだろう。

「(ごめんなさい、優輝君。こんなになるまで気づけなくて……)」

 きっと、転生してからじゃない。
 前世から、優輝君が拠り所を求める事は少なかったんだろう。
 ……そのツケが、今来たのかもしれない。

「(……だからこそ、今度は私が……私たちが何とかしないと……!)」

 優輝君はいつも自分を追い詰めている。
 まるで限界はそこではないと言わんばかりに。
 その限界を、まだ超えられると言うかのように。
 ……まだ“可能性”が残っていると、そう示すかのように。

「……着いた」

 考え事をしている内に、アースラで優輝君が使っている部屋に着いていた。
 扉を開け、その中にあるベッドに優輝君を寝かせる。

「……椿ちゃん、葵ちゃん……」

 優輝君と同じように、私も二人がいなくなったのは悲しい。
 同時に、信じられないという想いもある。

「(お願い……二人とも、帰ってきて……!)」

 それは、天巫女の祈りとしてではなく、純粋な“願い”。
 “そうであって欲しい”と言う、ただの“祈り”。
 ……故に、私の力が最も働く“祈り”となる。

「………!」

 優輝君に寄り添いながら、私は懇願するように祈り続ける。
 全回復していないジュエルシードの魔力も使って私は“祈り”の魔法を使う。
 きっと、“戻ってくる”のだと、信じて。

「「優輝!!」」

「っ……!」

 そこへ、優輝君の両親がやってきた。
 その勢いは凄まじいもので、つい肩が揺れる程驚いてしまった。

「は、速すぎ……!」

「ふ、二人とも待ってくださーい……!」

 遅れて、奏ちゃんとシャマルさんもやってくる。
 というか、奏ちゃんが速いって言うほどなんて、どれだけ素早かったんだろう……。

「司ちゃん!優輝は大丈夫なの!?」

「は、はい。今の所苦しんだ様子は……」

「シャマルさん、二人を安心させるために早く診察を」

「わ、わかったわ!」

 優香さんが私に詰め寄ってきたのを見て、奏ちゃんがシャマルさんを急かす。
 すぐにクラールヴィントを用いて診察をしてくれる。

「……奏ちゃんが報告してくれた通り、精神的負荷による気絶です。命に別状はありませんが……」

「……負荷を何とかしないといけない、ですね?」

「……はい。昨日診た時点で、優輝君は感情を失っています。その上で精神的負荷がかかって気絶……これは、余程のショックでないと倒れる程にはならないと思います」

 シャマルさんから告げられる診断結果は、考えてみれば深刻なものだった。
 そう。優輝君は感情を失っているんだ。
 精神的負荷は、感情があるからこそ強く掛かるもの。
 感情を失っている上で精神的負荷で気絶するなんて……。

「優輝、君……!」

 ……自分が情けなかった。
 優輝君がこれほどの状態になっても何も出来ない事が悔しかった。

「………」

 それは、奏ちゃんも同じらしくて、悔しそうに拳が握られていた。

「それと……倒れたのとは別件だと思うんですけど……」

「ど、どうしたんですか?」

「……なぜか、肉体が女性のものになってます」

「あっ」

 ……しまった。失念していたけど、診察したらそりゃバレるよね……。

「……司ちゃん、説明してくれるかしら?誤魔化すための認識阻害に使われてる魔力素が、司ちゃんのものだったから、知ってるはずよね?」

「えーっと……」

 あまり広めたくはないけど、誤魔化す事は出来ないだろう。
 ……簡単でいいから、説明しよう。

「簡潔に言えば、神降しの代償……かな?椿ちゃん……つまり、草祖草野姫は女性の神様だから、女性の因子が神降しをした優輝君にも流れ込んで、それで女性になってしまうって言う……」

「……そんな事が」

 深刻ではないけど知らなかったからか、シャマルさん達は開いた口が塞がらなかった。
 まぁ、優輝君はいつも隠し通してたからね……。

「えっと、どうすれば元に戻るんだ?」

「あ、それなら時間が経てば時期に戻りますよ。……でも、今回は長時間激闘を続けてたから、しばらくは戻らないかもしれません。だから認識阻害で誤魔化してたんですけど」

「そうか……」

 光輝さんは私の言葉を聞いて、ホッとする。
 まぁ、ただでさえ倒れたのにさらに何かあると思ってしまうからね……。

「そういう訳なのでシャマルさん、認識阻害はそのままでお願いします」

「え、でも、事情を説明すればいいだけじゃ……」

「これ以上、いらない混乱は避けたいので。それに、女の子になった優輝君は緋雪ちゃんに似ているので、それでも混乱を招きそうなので」

「確かに……緋雪に似てるわね……」

「やっぱり兄妹だからなのか?」

 優輝君の顔を覗き込みながら、優香さんと光輝さんは言う。
 起きている時なら雰囲気でわかるけど、寝ているとさすがに見分けが付きにくい。

「……とにかく、彼が精神的に辛いという事には変わりないので……」

「優香さん、光輝さん。傍にいててください。……私たちよりも、親のお二人の方が適任だと思います」

「……私も、同意見です」

 シャマルさんが誰か側にいるべきとばかりに何か言おうとしたので、それを私と奏ちゃんが遮るように上乗せする。

「そう?いつも仲がいい二人もいた方が……」

「そのいつもいた私たちの前で、優輝君は倒れたんです。……私たちじゃ、優輝君の支えにはなれないんです……!」

 適任に見えるだろうけど、そうじゃない。
 私たちでは支えになれない。……それがとても悔しかった。

「そういうことなので、お願いします……!」

「私からも、お願いします……!」

「……そこまで言うなら、わかったわ」

「ああ。俺たちに任せてくれ」

 出来る事ならば、私たちも支えたい。でも、それが出来ない。
 そんな想いが伝わったのか、二人は了承してくれた。

「じゃあ、シャマルさん」

「はい。何か異常があればまた」

 診察も終わり、シャマルさんと共に私たちも部屋を出る。
 ……後は、両親である二人に任せよう。

「二人も、まだ完全に回復しきっていないのだから、無理しないでね?」

「はい」

「わかってます」

 すぐにシャマルさんとも別れ、私と奏ちゃんの二人きりになる。

「……ねぇ、奏ちゃん」

「……何かしら?司さん」

 どこへともなく、二人並んで歩く。
 胸中に渦巻く感情の前に、向かう先なんて関係なかった。

「同じ“前世の優輝君を知る”転生者として、話があるの」

「……奇遇ね、司さん。私も、そう思っていたわ」

 どうやら、奏ちゃんも同じ考えらしい。
 すぐさま近くの談話室に入る。

「私の前世の話は……知ってるよね?」

「……ええ。優輝さんから聞いているわ」

 手始めに、前世での優輝君との関係を確認する。
 私の場合、幼馴染。奏ちゃんは……。

「恩人……だったっけ?」

「……ええ。病院にお見舞いに来てくれて、そして心臓のドナーになったのが優輝さん。……そのおかげで、私は病院以外の世界を知る事が出来たわ」

「そっか……」

 私の場合は転生してから、奏ちゃんの場合は前世の時点で。
 私たちは、優輝君に救われている。

「……私たち、ずっと頼りっぱなしだったよね?」

「……そう、ね」

 絞り出すように切り出したその言葉に、奏ちゃんも俯いて同意する。
 ……そう。私たちはずっと優輝君に頼りっぱなしだ。

「このままじゃ、いけないよね……」

「そう、ね」

「……っ……!」

 言葉にするだけで、自分が情けなく思えて涙が出てくる。
 何より、優輝君がここまでなるのに気づけなかった自分自身が、不甲斐ない。

「本当、頼ってばっかりだ。私……!」

 強くなったつもりだった。
 ううん。実際、以前より強くはなっている。
 ……それなのに、私は優輝君に頼っていた。

「………」

 考えれば、考える程、悔しさと不甲斐なさが浮き彫りになってくる。
 頼られるようになったつもりで、まだ私は頼っていたのだから。

「……支えに、なりたい」

「………」

「優輝さんが恩人だって知ってから、私はずっとそう思ってきたわ。……でも、結局倒れるまで支えになりきれてなかった事に、気づけなかった」

「……私と、同じ、だね……」

 奏ちゃんも、私と同じ気持ちだった。

「……だから、私は……今度こそ、強くなってみせる。それこそ、優輝さんよりも」

「……そう、だね。……うん。私も、強くなってみせる。天巫女の、ジュエルシードの力を借りずとも、優輝君に頼りにされるぐらいに、強くなる……!」

 優輝君はどんなに小さな可能性でも信じている。
 そして、その小さな可能性を掴んできたから、“今”がある。
 だったら、私たちも同じように信じていけばいい。
 優輝君を無理させる事のない。“本当に支え合える”、そんな関係に至れるであろうその可能性を、私たちも信じて、掴み取るんだ。

「(問題はまだ山積みなんだ。ここでいじけていたら、それこそまた優輝君を頼る事になってしまう。そんなのはごめんだ。……今度こそ、優輝君に頼らずとも、乗り越えて見せる!)」

 何から手を付けていいかはわからない。
 何をすれば頼らずに済むかもわからない。
 でも、それでも、手探りだったとしても、私たちは依存しちゃいけない。

「……手始めに、これからの方針について考えよう。もちろん、私たちだけじゃさすがに無理があるから、皆も呼んで」

「アリシア達ね。わかったわ」

 今の私は事後処理が追いついていないため、まだジュエルシードが使える。
 その魔力と祈りの力があれば、残った人達の魅了を解く事もできるだろう。
 でも、それはただでさえ混乱気味の情報量にさらに負荷をかける事になる。
 そのことも含めて、一度皆で集まるべきだ。
 ……皆って言っても、いつも私たちで集まっているメンバーだけでだけどね。





「それで、私たちを呼んだんだね」

「うん。魅了について知っている皆だからこそ、ね」

『それで僕にも声を掛けていたのか』

「ごめんねクロノ君。忙しい時に」

『誰かが聞かないといけないからしょうがないさ』

 しばらくして、呼びかけた皆に集まってもらった。
 集まったのは、アリシアちゃん、アリサちゃん、すずかちゃん、なのはちゃん。
 そして、私たちと帝君、リニス、ユーノ君だ。
 クロノ君だけは、通信越し且つ事後処理の傍らって感じだけど、仕方がない。

「僕も魅了に関しては知ってるけど、どうして……」

「一応、男性の意見も聞いておきたくて……」

 他にもプレシアさんを呼びたかったけど、あの人もあの人で忙しそうだった。
 まぁ、リニスが代わりに伝えてくれるからいいんだけど。

『奏から優輝が倒れた事は聞いている。それ関連か?』

「優輝が倒れた!?それって本当なの!?」

「本当だよ。今はご両親についてもらってるから大丈夫。それとクロノ君、一応関係はあるけど、関連付ける程気にする必要もないよ」

 言外に“今はそれを言及してる場合じゃない”と示しながら、私は言う。

「今、私の手元には全てのジュエルシードがある。一晩回復した全魔力をつぎ込んで、私が天巫女の魔法を使えば、残った皆の魅了も解く事が出来る」

「でも、その場合さらに混乱を招く事になるわ。……一応、どうするべきか、どうしたいか意見を聞いておきたいわ」

 ジュエルシードを見せながら私が言うと、皆が驚く。
 今まで少しずつしか解けなかった、または以前まで自分が掛かっていたものを、一気に解くって言うのだから、当然だ。

「前までは、祈りの力が足りなくて出来なかった。でも、今は違う。もう、私は覚悟を決めたから、確実に魅了を解いて見せる。……行けるよね、シュライン」

〈……はい。今のマスターなら、必ず〉

 力強い私の宣言に、シュラインも同意する。

『しかし、なんでいきなり……』

「この行動のきっかけが、優輝君が倒れた事だから。……優輝君が倒れたのは、椿ちゃんと葵ちゃんがいなくなった事で、精神的負荷が限界を超えたからなんだ」

 その言葉に、誰もが少なからず驚く。
 その中でも、一番驚いたのは意外な事に帝君だった。

「あ、あいつが!?い、いや、でもあの二人がいなくなった事が、それだけ大きな事だったのか……?……まじかよ……」

『……帝の反応も尤もだな。優輝は今まで見てたら誰でもわかるが、精神的な分野で非常に強い。手が届くならば決して諦めない精神性の奴が、その精神において限界を超えるとはな……』

「皆驚くのも無理はないよ。……それだけ、優輝君は“頼れる存在”だった」

 様々な分野で、優輝君は“強かった”。
 それが実力的なものかどうかは関係なく。

『……ともすれば、逆に頼られる側である優輝が頼る存在は限られる。……だからこその、精神の限界という訳か』

「そういうことだよクロノ君。……だから、私と奏ちゃんは決意したの。今度こそ、頼るだけじゃなく、頼られる程になろうって」

「その手始めに、魅了を解くかどうかを決めたいわ」

 すぐに理解してくれたクロノ君のおかげで、説明する手間が省けた。
 そのまま本題に入る。

「どの道、このまま皆の魅了をそのままにしたらダメだとは思う。いい加減、皆も自由になって欲しいからね」

「元々魅了を解く手段があるのは優輝と司だったよね。椿が手段を用意してたみたいだけど、今となっちゃわからないし……」

「でも、どうして魅了を解く話に?」

 ユーノ君が聞いてくる。
 確かに、優輝君の話から魅了を解く話になるには動機が弱い。

「……言い方が悪くなるけど、手札を増やすため、かな。魅了は神夜君を盲信するように働きかけてくる。アリシアちゃん達ならよくわかるよね?」

「……嫌って程にね……」

「その効果のせいで、神夜君が変な行動……それこそ、また優輝君に苦労を掛けるような事をしたら、皆も便乗しちゃう。それを阻止したいんだ」

『……だから、今魅了を解こうとする訳か』

 強くなりたいと思っても、一朝一夕で成し遂げられるはずがない。
 だったら、私が強くなくても優輝君が楽できるよう、“支える手”を増やせばいい。
 そのために、魅了を解きたいという訳だ。
 また、これは優輝君に頼らずに行動するという“第一歩”でもある。

「もちろん、混乱とかもあると思う。……それを含めて、私は皆の意見を聞きたいの。この機会を逃せば、これまで通り一人ずつしか魅了を解けないと思う」

「……なるほど……」

 こう言っては何だけど、多分皆は魅了を解くこと自体には全面的に同意するだろう。
 問題なのは、このタイミングにするかどうか、という事だからね。

「さっきも言った通り、優輝君の事はきっかけに過ぎないよ。ただ単に、ジュエルシードが手元にある今の内に、後顧の憂いを断っておきたいだけ」

「これ以上の混乱を招かないために後回しにするか、そうでないかの話よ」

 私、奏ちゃんと補足するように言う。
 これは、ただの“第一歩”でしかない。
 もし、今がダメなら別の方法、別の機会を探せばいいだけ。
 ただ、それらの判断を、私自身が決めていかないいけない。

「(それぐらい、やってのけないとね)」

 そのための提案。そのための覚悟だ。
 私は、私たちは、今度こそ優輝君に頼られる程に、強くなる……!















 
 

 
後書き
主人公Love勢な転生者二人、決意するの回。
そして、ようやく魅了の全面解決に……。

ちなみに、シャマルさん以外にも治療班などがいるはずなのにシャマルさんばかり出張っているのは、他の人達が別の人を見るのに手がいっぱいで、人員を割けるのがシャマルさんだけだからという事です。シャマルさんも戦闘での負傷があるので、緊急時のみ人員として働くようになっています。 

 

第173話「天巫女の真髄」

 
前書き
ジュエルシード全ての魔力は未だに全快していません。それなのに、一気に魅了を解除する事が出来ます。つまり、現時点で司はSSSランクなんて目じゃない魔力量を持っている事に……。
そして、そんな魔力量を満タンの状態から空にまで持って行った第5章の戦いェ……。
 

 






       =out side=







「……私は、解くべきだと思う」

 最初に意見を口にしたのはアリシアだった。
 そのために、全員の視線がアリシアに向く。

「え、えっと、私見なんだけど……魅了されてる皆は、やっぱり思考において制限されてる節があるんだ。皆も知ってる通り、神夜に対して盲信的になってるからだろうけど……。とにかく、その思考の制限のせいでこれからの事に支障が出るなら、多少のリスクは覚悟で解くべきだと思う」

 それは、霊術を鍛える名目の下、優輝達と深く関わってきたからこその意見。
 視野を広く持つように鍛えたため、すぐにそう言った意見に辿り着いた。

『その意見も一理ある……けど、それを加味してもこれ以上の混乱を避けたい。僕としては、この機会を逃したくないのもあって半々だな……』

「そうなんだよね……」

 対し、クロノとユーノは魅了を解く事による混乱を問題視していた。
 ただでさえ事後処理の真っ只中だというのに、さらに何かを起こすにはさすがにタイミングが悪いと思ったからだ。
 もちろん、魅了に関しては解くべきだとは思っているため、解けるならば解きたいという気持ちも強く、どうしても断じる事は出来なかった。

「わ、私も解くべきだと思う!」

「っ、びっくりした……」

 そこへ、なのはが立ち上がってそう言った。
 隣で考え込んでいたアリサは、突然のなのはの様子につい驚いていた。

「何年も魅了されたままなんて……そんなの、フェイトちゃん達が可哀想だよ!」

「……なのはの意見も尤もね。あたし達は比較的早めに解かれたけど、それだけ魅了されてる皆の異常さを目にしてるんだから……」

「普段は大差ないから、日常ではあまり気にしないけど、それでもね……」

 なのはの言葉に続くように、アリサとすずかも呟くように言う。

「……魅了ってのは、言い換えりゃ人の心を歪め、書き換える代物だ。……そんなの、人道的に許せるはずがねぇ。他人がやっているのを目の当たりにして思い知らされたぜ。……だからこそ、エアに頼んでナデポとかを封印したんだしな」

「そうですね。普段は大した影響がないとはいえ、魅了というのは明らかに人の心を歪めている。こうして、“大した影響がない”と思っていても、いつかは……」

 帝とリニスも魅了に対して改めて考えを述べ、言外に今すぐ解くべきだという。
 なお、帝の最後の一言は誰にも聞こえない程小さな呟きだった。





「……じゃあ、今すぐ解くという事でいいんだね?」

「まぁ、解くに越したことはないからね」

『だが、相応の混乱が生じるのも確実だ。……各々、フォローを頼むぞ?特に、神夜への対応をな。何を仕出かすかわからん。一応、こちらで全員を集めてみる。頼んだぞ』

 その後、否定的な意見がなかったため、あっさりと魅了を解く事に決まった。

「じゃあ、準備が終わったら教えてね。私は、ちょっと魔法のために気を落ち着けてくるから。少しでも魔力を回復させておきたいしね」

 そう言って司は席を立つ。
 これ以上部屋に留まる必要もないので、他の皆も次々と席を立って行った。







『……では、手筈通りに頼むぞ。手回しはしておいたから、僕はこれ以上は事後処理に専念するからな』

「『うん。ありがとうクロノ君』」

 数時間後、手筈が整った事が司に知らされ、魅了を解くために動き出す。

「じゃあ、皆。隠れててね」

「了解!いざとなれば拘束すればいいんだね?」

「うん。霊術なら、皆にバレる事はないから」

 現在、司がいるのはトレーニングルームだ。
 司以外にも、あの談話室にいた者のほとんどがここにいる。
 クロノは事後処理に専念し、リニスはそれを手伝うために席を外していた。

「クロノ君には私が皆を呼び出した事にしてるから、結界で隔離すると同時に魔法の行使。咄嗟に反応して逃げようとした人を、皆がすかさずバインドとかで拘束。いいね?」

「ああ」

「任せといて」

 簡単に作戦をおさらいし、準備は整う。

「……司?」

「あ、フェイトちゃん」

 皆が隠れて少しして、フェイトがやってくる。

「クロノに言われて来たけど……」

「フェイトちゃんが一番乗りだね。すぐに来てもらった所悪いけど、皆が揃うまで待っててね」

「……?」

 一体何の用なのだと、フェイトは首を傾げながらも了承した。

「(フェイト……騙して悪いけど、これもフェイトと皆のためなんだよ。……辛い目に遭うだろうけど、我慢してね……!)」

 疑う事もなく司の言う事に従うフェイトを見て、認識阻害で隠れているアリシアは申し訳なく思いながらも、その時が来るのを待った。





「……これで全員、かな」

 しばらく待ち、魅了されている人のほとんどが集まる。
 一部の局員は事後処理のために席を外せなかったが、フェイトたちと違って魅了を解く際の必要魔力も少ないため、後回しでいいと判断していた。

「……それで、こんな人数集めて一体何の用なんや?」

「用……って言っても、やる事自体にはあまり時間は掛けないよ」

 集まったメンバーに代表してはやてが司に疑問を投げかける。
 司はその疑問にはぐらかすようにして誤魔化す。

「(……神夜君はいない。クロノ君、上手く引き離してくれたんだね)」

 集まったメンバーに神夜が含まれていない事を内心安堵する司。
 神夜がいないのであれば、変に止められる事はないからだ。

「(でも、ザフィーラとリインちゃんは無理だったかぁ……仕方ないかな)」

 はやての護衛・家族としてついてきたザフィーラとリイン。
 二人は魅了とは無関係だが、引き離す理由がなかったらしく、ついてきていた。

「ただ、私の……天巫女の加護を、魔法を受けてもらいたいだけだよ」

「天巫女の……?一体、どんな……?」

「それにこんな大人数に大丈夫なんか?」

「うん。ジュエルシードがあるから。許可も取ってあるしね」

 嘘ではないが真実も言わずに誤魔化し続ける司。
 その言葉を疑わずに、ジュエルシードを取り出す司をただ眺めるフェイト達。

「じゃあ、始めるね……」

 ジュエルシード全てを取り出した司は、天巫女の装束を纏う。
 そして、その魔法を行使するための詠唱を始める。

〈天に祈りを捧げる巫女の願いを叶えたまえ……〉

「我、願うは汝らの清らかなる心。正常なる精神。何人にも侵させぬ、強靭なる加護を今ここに顕現させよ……!」

 いつもと違う、明らかに真剣な司の様子に、何人かが違和感を抱く。
 だが、まだ疑うというよりは、“何かがあった”程度に思うだけだった。

「汝らの歪められた心を、今こそ正常へ帰さん!!祈りの加護をここに!!」

   ―――“Ange lumtère(アンジュ・リュミエール)

 刹那、ジュエルシードと司が輝きに包まれる。
 司に対する違和感と、その輝きを見て、咄嗟に何人かが飛び退こうとするが……。

「ごめん、フェイト」

「っ、あ、アリシア!?」

「悪いけど、大人しく受けて。大丈夫、悪い事にはならないから」

 魅了による影響か、司の魔法に“嫌な予感”を覚えた内の一人、フェイトがアリシアの霊術によって避けようとした所を拘束される。
 同じように、他にも逃げようとした人が待機していたメンバーに捕まった。

「ど、どういうことなんや司ちゃん!」

「……どうもこうもないよ。ただ皆を元に戻す。それだけ」

「だから、大人しくして、ザフィーラ、リイン」

「っ……!」

「ぅ……」

 はやての困惑した叫びに、真顔で司は返答する。
 それに続けるように、奏がザフィーラとリインの動きを止めながら言う。

「っ、ザフィーラ!?なぜ、抵抗しないのだ!?」

「……悪いがシグナム、ただ謀ろうとしたならともかく、“元に戻す”のであれば、俺に止める理由はない」

 司の言葉に納得したザフィーラは奏の言葉に従い、大人しくする。
 それに驚いたシグナムは問い質し、ザフィーラは正直にそう答えた。

「……なんで、ザフィーラ……」

「……申し訳ありません、主よ。二度も主を守ろうとすらできない不忠、守護獣としての名が廃りましょう。……ですが、今回は主のため。どうかご容赦を……」

 裏切られたのかと、はやてが絶望したように言う。

「司!ザフィーラ!どういうことなんだよ!説明しろよ!」

「………」

「司は祈りの真っ最中。代わりに私が答えるわ」

 ヴィータが拘束に苛立ちながらも司達に問い、代わりに奏が応答する。

「……簡潔に言えば、魅了の解除。それだけよ」

「魅了……どういう、事なの?」

「フェイトちゃん、私たちはずっと魅了されてたんだよ。本人も掛けている自覚がないから、気づかない人はとことん気づかないみたいだけど……」

「言っておくけどなのは、あんたの家族やプレシアさんとかは普通に気付いていたわよ。多分、あたしの両親や鮫島もね……」

 拘束とそれに対する抵抗を繰り広げられる。
 当然であるが、拘束に全力を注いでも大人数を抑え続けるのは難しい。
 故に、限界は近かった。

「ちっ……あたしの拘束じゃ、長く保たないわ!」

「司さん、早く!」

「これで……終わり!」

〈祈祷顕現〉

 拘束が解けると同時に、司の魔法が発動しきる。
 光に包まれた皆の魅了が解かれていく。

「………ぇ……?」

 魅了が解かれた者達が最初に感じたのは、小さな“違和感”。
 だが、その違和感は今までの事を思い出すと同時に急激に膨れ上がっていく。

「何、これ……?」

 自分のようで、自分じゃない。
 自分の姿をした別人を見るかのように、今までの自分を思い出していく。

「うっ……!」

 自分が自分じゃないような違和感。
 それはまるで今まで自分が操られていたようなもので……。
 それを認識した瞬間、多くの者が吐き気を催した。

「アリシアちゃん!」

「オッケー!アリサ達は気をしっかり持ってね!」

   ―――“衝心波(しょうしんは)

 このままにしておくのは危険だと司は判断し、即座にアリシアに声を掛ける。
 すぐさまアリシアは自身の霊力を一気に使い、衝撃波を放つ。
 その衝撃波は物理的な干渉はせずに、意識に干渉する。

「……っ、ぁ……」

「……危ない所だった……」

「一歩遅ければ、発狂しかけていたね」

 アリシアの霊術により、魅了が解かれた者全員が気絶した。
 平常であれば、少し気を強く持つだけで普通に防げるはずだが、それだけ魅了が解けた際の影響によって精神が弱っていたのだろう。

「……それにしても、人手、減らしちゃったね」

「あっ……」

 気絶した面々を見て、ユーノがそう呟く。
 それを聞いて、司は“しまった”と落ち込む。

「……やっちゃった……」

「まぁ、暴れられるよりはマシかな……さて、この次が問題だよ司」

「……わかってるよ」

 ユーノの言葉にすぐに気を引き締める司。
 考えられるものは全て想定している。
 故に、次に何が起きてもいいように、司達は備えていた。

「誰か、念話してそうな人はいた?」

「……俺にはわからなかった……が、エアが感知してくれたぜ」

〈個人までは厳しかったですが、確実に念話が使われたかと〉

「了解。じゃあ、まずは皆を安静にさせないとね」

 拘束されても、念話は問題なく行われる。
 それによる“特定人物”への助力の要求を、司達は予測していた。
 そして、その予想通りに念話が行われていた事が分かり、すぐに対応する。

「司も休んでなよ。今のでまた魔力を使い果たしたでしょ?」

「……そうだね。帝君も一応下がった方がいいんじゃないかな?」

「……確かにターゲットにされそうだな。だけど、その時はその時だ」

 気絶させた全員を部屋の端の方に安置し、来るであろう人物に備える。
 司も魔力を使い果たしたため、気絶させた皆と一緒に休むことにした。

「なっ……なんだこれは!?」

「(来た……)」

「(問題は……)」

「(ここからどう収めるかだ!)」

 やってきた人物を見て、全員が気を引き締める。
 本番はここからだと、やってきた人物を見据える。

「っ、お前か帝!!」

「(やっぱ俺に矛先を向けてくるか!)」

 やってきたのは神夜。
 気絶しているフェイト達。その傍で魔力切れを起こしている司。
 それらを見た後、彼は真っ先に帝へと敵意の矛先を向けた。

「(ユーノとザフィーラは“原作キャラ”だからって理由で違うと判断したんだな。……で、あいつはいないから次点の俺が下手人だと思った訳か)」

 敵意を向けられる帝は、冷静に神夜が何を思って敵意を向けてくるから分析する。
 彼もまた優輝に鍛えられたため、その程度では動じなくなっていたのだ。

「お前が皆をやったのか!」

「どんな思考をしてそう判断したのか知らんが、まずは経緯を知ろうとしろよ。第一、こんな短時間でフェイトたちを倒せる程俺は強くなっちゃいねぇし」

 実際に違うのだから、決め付けられた帝は堪ったものじゃない。
 また、かつての自分も同じような決め付けをしていた事を思い出させられて、嫌な気分にさせられて帝は自然と言葉を鋭くなる。

「嘘をつくな!お前以外にやるような奴なんて……!」

「っつ……てめぇ……!」

 余計な事をさせないためか、神夜は帝に対してバインドを使う。
 その状態で問い詰められ、帝も動こうとして……。

「―――私だよ」

 司が、発言をする事でそれを止めた。

「……え?」

「やったのは私だって言ってるんだよ」

「気絶させた張本人は私だけどねー」

 とぼけた声を出す神夜に、もう一度言う司。
 続けるようにアリシアが気楽そうに言う。

「まぁ、ただ単に気絶させただけだし、その時倒れた衝撃以外は怪我はないはずだよ。そこは安心しなよー。……さて」

「“どういうことなのか?”とでも言いたげね」

 神夜にとっては信じられない言葉が発せられ、思考が追いつかない状態になる。
 アリシア達の後ろの方で、ザフィーラが気絶した皆を看ている事も頭に入らない程に、神夜は困惑していた。

「いきなり親しい人達が気絶していれば、立っている人を疑う気持ちも分からなくないわ。むしろ、余程冷静じゃないならそうするのが普通ね」

「でもね、神夜。……そもそもの原因は、神夜にあるんだよ」

 奏とアリシアが代表して神夜の前に立って説明を始める。
 なのはやアリサ達は、それを見守るように少し離れて見ていた。

「『司さんは魔力回復に努めて頂戴。後は私がやるわ』」

「『でも……ううん、無理は良くないか。任せるよ、奏ちゃん』」

 司ももう少し頑張ろうとするが、念話で奏によって止められる。
 “頼ってばかりは嫌だ”と意固地になるよりも、無理しない方がいいと司も判断し、素直に魔力回復のために引き下がる。

「私たちが……と言うより、司がやった事は、皆に掛かっていた“魅了”の解除。せっかくジュエルシードが手元にあるんだから、この機会にやるべきだと思って強行したんだよ。……まぁ、ちゃんとクロノには許可をもらったけどね」

「魅了解除による思考と記憶の混乱。それによって皆は困惑したわ。だから、アリシアが咄嗟に霊術で皆を気絶させた。……平静であれば、効かなかったはずよ」

 自分たちがやった一連の事を簡潔に説明する。
 要点のみとはいえ、わかりやすい説明なため、神夜もすぐに理解する。

「魅了だって!?一体、誰が……」

「……単刀直入に言うわ。織崎神夜、貴方よ」

「前から何人かが何度も言っていたよね?」

 誰が魅了をしたのか、神夜が聞く。
 それに呆れたように溜息を吐き、奏はあっさりと神夜が掛けたのだと言った。
 ちなみに、アリシアが補足した通り、今まで優輝やアリシアだけでなく、司や奏、アリサ、すずか、なのはなど、魅了を知る者は何度か間接的、または直接神夜に魅了の事を指摘していた。
 ……尤も、それらの指摘は全て“優輝が皆を騙している”(優輝の場合は“お前がやった”)などと見当違いな事を言って認めようとはしなかったが。

「それはあいつが勝手に言っている事だ!司達こそ、あいつに騙されて……!」

   ―――ガードスキル“Hand Sonic(ハンドソニック)

「しつこいわ」

「っ……!」

 そして今もまた、優輝のせいだと主張して認めようとしなかった。
 瞬間、奏が刃を突き付け、その主張を遮る。

「否が応でも認める事になるわ。魅了を解いたのは司さん。貴方が元凶だと言っている優輝さんは現在気絶して部屋で安静にしているの。……目が覚めた皆に話を聞いてみなさい。その時こそ現実を認めざるを得なくなるわ」

「かな、で……」

 有無を言わせず、奏は神夜に事実を突きつける。
 かつてを見せなかった殺意に似たその冷たい眼差しを受け、神夜は息を呑む。

「『帝、忘れていたけど、魔力を回復させる手段があったら司さんに使って。……魅了を解いても、魅了を防ぐ手段がないとダメだわ』」

「『っ、それもそうだな。ちょっと待ってろ、今探す』」

 それを尻目に、奏は帝に念話を使い、司の魔力を回復させるように促す。
 ジュエルシードの魔力が尽きたとはいえ、司の魔力だけなら回復させる手段を、帝は“王の財宝”の中に持っているからだ。

「『待って、皆に祈りの加護をするには、魔法でやるより霊力の方がいいよ。そっちの回復とかはできないかな?』」

「『霊力回復……霊力って生命力に通じてたよな?何かよさそうなのあるか……?』」

「『それなら、アリサとすずかに協力してもらった方が早いわ』」

 魔法ではなく霊術で天巫女の力を使った方がいいと、司が指摘する。
 それに応じて、帝は探す対象を変え、奏がアリサとすずかに霊力を分けてもらった方が、手間がかからないと念話で言う。
 その間、アリシアと奏は神夜の動きを見逃さないように注視していた。

「お、俺がやったって言うのかよ……奏も、アリシアも……皆!」

「そうだよ。私も奏も以前はかかってた」

「魅了されてなかったのは、この中だと司さんだけだわ。……帝は男だから除外ね」

 未だに信じられない様子の神夜に、淡々と二人は事実を告げる。
 “無自覚に魅了していた”。その事実に二人も怒りがない訳じゃない。
 そのため、今この場において、二人は後先考えない怒りが再燃していた。
 ……故に、ここまで無情に神夜にとっての残酷な真実を伝えていた。

「魅了されていた人が何を思うかわかる?……理不尽に対する怒りと憎悪、悲しみだよ。心を歪められ、気づかない内に魅了した人を好きなっていた。盲目的になっていた。……その事実に気づかされた時は、心が張り裂けそうだったよ」

「私に至っては、優輝さんの事を……恩人の事を忘れさせられていたわ。その恩義すら、貴方に対するものに改竄されていたわ」

 普段は寡黙な奏さえも、語気を強くする。

「「この理不尽、どうしてくれるの?」」

「っ、ぁ……」

 ここぞとばかりに捲し立てる。
 “心を歪めていた”と言う魅了による事実は、二人をそこまで怒らせたのだ。

「落ち着け、二人とも」

「っ、帝?」

「普段のお前ららしくねぇな。ま、自分の心を歪められてたんなら無理ねぇか」

 そこで、帝が二人の襟を掴んで勢いを止める。

「司の方はどうしたのさ?」

「一応、生命力を回復させる霊薬は渡しといたぜ。後はアリサとすずかが協力した方が効率がいい。俺は霊術はからっきしだしな」

「……そう。とりあえず、落ち着いたわ」

「……ホントか?」

 冷静を装う奏を見て、帝は本当なのか訝しむ。
 実際、落ち着きはしているが、さっきの様子から信じられないようだ。

「……司……?」

「……皆の心を守り給え……!」

   ―――“Wish come true(ウィッシュ・カム・トゥルー)

 司の名前が聞こえたため、神夜はふと司の方を見る。
 そこでは、司が霊力による魅了防止の加護を気絶している皆に掛けていた。

「一体、皆に何を……!」

「魅了を解いた所で、防ぐ手段がなけりゃ、意味がないだろ?そのための魔法……今回は霊術か?まぁ、天巫女の祈りによって、てめぇの魅了を防げるようにしたって訳」

「今更だけど、天巫女の力って滅茶苦茶便利だよね……」

「優輝さんも、そういった分野では頼りにしてたわ。……尤も、肝心な精神的な分野ではほとんどの人に頼らなかったけど」

 今更ながらのアリシアの感想に奏が便乗する。
 なお、その直後に肝心な分野は頼ってくれなかった事に、奏は若干落ち込んだ。

「……あー、奏も司も、優輝が倒れたにしてはやけに張り切ってると思ったら、そういう事かぁ……なんか、納得」

「………」

 その様子を見て、アリシアはなぜあそこまで二人が躍起になっていたのか悟る。
 奏はその際の呟きが聞こえたからか、恥ずかしそうに顔を逸らす。

「あいつマジで幸せモンだな……苛立ちより甘酸っぱさのがつえーや。……にしても、あー、なるほどなぁ……」

 奏が言った内容に、帝もどこか合点が行く。
 帝も、優輝が他人の能力の“便利さ”を頼る事はあっても、その人物そのものに頼るなんて事がなかったのを理解したのだ。

「非常に歯がゆい感じがするけども、今はこっちだな」

 しかし、今は後回しだと、帝は神夜へと視線を戻す。

「(……そういや、自覚無しの魅了ってどういう事だ?こいつの性格的にそんな能力を特典には望まないだろうし、前世から持ってたのか?)」

 ふと、そこで帝は疑問に思う。
 魅了の力は、一体どこから持ってきたものなのか、と。

「『おい、お前、前世でやけに異性に好かれていると思った事はなかったか?』」

「『……ある訳、ないだろう……』」

「(だよな……)」

 つい神夜のみに対する念話で聞いてしまう帝。
 まともな返答が返ってきた事に若干安堵しつつ、だからこその疑問を抱いた。

「(こいつの性格からして、今のに嘘はないだろう。第一、今まで散々認めまいとしてきたしな。……だとしたら、一体……?)」

 いつ、どういった経緯で魅了の力を付与されたのか。
 ……その疑問に、帝は辿り着いた。……辿り着いてしまった。

「ッ………!」

 それは、以前になのはと奏の天使の姿を見た帝だからこそ行き着いた“答え”。
 自覚もない状態で魅了してしまう程の存在など、帝はある存在しか知らない。
 すなわち、“神”であると。

「(こいつには、後で色々聞かねぇとな……)」

 確かめておきたい事が出てきたと、帝は思う。
 同時に、血の気が引くような、冷や汗を掻くような感覚に見舞われていた。
 “もしかすれば、もしかする”と、漠然と恐怖していた。

「っ……」

 アリシアや奏に感づかれないように、帝は深呼吸し、気を落ち着ける。
 今は目の前の事。それを意識して思考を切り替える。

「(……あいつとの特訓がなけりゃ、こんな冷静ではいられなかったな)」

 自身の成長を実感しながらも、帝は改めて神夜の様子を見る。
 念話した時点で感じ取っていたが、既に神夜は正気でなくなりかけていた。

「………」

「(……こいつは……)」

 だからこそ、帝はどうなるか予測出来た。
 また、アリシアと奏も神夜の様子に気付く。

「何……?」

「何か、呟いている……?」

 ぶつぶつと何かを呟く神夜。
 何を言っているか聞こえない程だったが、徐々に聞き取れるようになっていく。

「……そうだ。あいつだ。あいつが、俺を追い詰めるように仕組んだんだ。そうじゃないと……そうじゃないとおかしい。あいつが……あいつが……!」

「(認めざるを得ない状況で、それでもなお“認めようとしない”となれば、その者が行うのはただ一つ……)」

 血走った目で口走る神夜を見て、帝は何が起きているのか見当がつく。
 それは、まともな精神状態じゃない者が陥る、一種の錯乱状態。

「あいつが……あいつのせいだぁあああ!!」

「(すなわち、“思い込みによる認識改竄”だ……!)」

 息を荒くし、大声で神夜は叫ぶ。
 その声に司達も視線を向けてくる。

「あいつだ!全部あいつが仕組んだんだ!俺を追い詰めるために!陥れるために!」

「っ、世迷言を……!」

「また優輝君の事を悪く……!」

 神夜の言葉に奏と司が過剰に反応して、それを帝が止める。

「(一種の暴走状態。俺が踏み台だった時も何度かなった奴か?少なくとも、それに似た状態だな。なら、これを手っ取り早く止めるには……)」

「……帝?」

「ここは俺に任せてくれ。後、出来れば皆を運んで、クロノに一応伝えてくれ」

 帝が前に出て、そう宣言する。
 ただの暴走。故に奏達の手を煩わせる必要もない。
 そう判断して、帝が矢面に立った。

「(……暴れられない程に、ボコせばいい!)」

 かつての自分の暴走っぷりと重ねたからか、帝は決意を固めて正面に立つ。
 邪魔をすると認識した神夜は、真っ先に帝へと襲い掛かった。

     ギィイイイン!!

「ぐぅうっ……!」

「帝!!」

「早く行け!こいつの暴走程度、俺で十分だ!」

 デバイスのアロンダイトから繰り出された一撃を、帝はデバイスのエアで受け止める。
 力負けにより後退するが、何とかその一撃を受け止めてアリシア達に催促する。
 その言葉を聞いて、アリシア達は気絶した人達を運び出しに行った。

     ドドドドドッ!!

「さて……覚悟しろよ、誇大妄想野郎……!」

 “王の財宝”による射出を回避させることで間合いを確保し、帝は戦闘に身を投じた。













 
 

 
後書き
Ange lumtère(アンジュ・リュミエール)…“天使の光”。祈りの力を上げた司による浄化の魔法。精神異常を始めとしたあらゆる状態異常を解除できる。今回は精神異常に特化させたため、さらに効果は強力。

衝心波…意識に干渉する衝撃波を放つ霊術。干渉する事で対象を気絶させる事ができる。範囲を広げると効果が弱まるが、精神状態が不安定な場合はそれでも効く。


ようやく魅了関連解決。司達が取った手筈としては、全員の魅了を一気に解除し、念話などで駆けつけてきた神夜の無力化及び説得です。なお、その説得の手段は問わない模様。

最後の帝のセリフに“Megalomania”とルビを振りたい(Undertale脳)。あっちは“MegaloVania”だけど。
というか、途中から帝が主人公みたいになってる……(´・ω・`)
まぁ、第6章は主人公以外に焦点を当てまくるから仕方ないんですけどね。 

 

第174話「帝の戦い」

 
前書き
帝の主人公ムーブが止まらない……!
なお、何気によくやられ役になっている神夜ですが、まともに戦えば非常に厄介な相手となっています。おまけに、帝の能力に対して神夜の能力は相性が良すぎるという……。
 

 





       =out side=





「……考えりゃ、お前も不幸だよな。今まで見てきたものが、全て真実ではなかったなんて。俺なら、何も信じれなくなりそうだ」

 目の前の現実が認められずに、神夜は血走った目で目の前の帝を睨む。

「……まるで、以前と真逆だな。前は俺が、今はお前がこうして暴走している」

 それは優輝が知らない時期の事。
 調子に乗っていた帝は、今の神夜と同じように暴走していた。
 そして、それを神夜が止めていたのだ。今の帝のように。

「まぁ、なんだ。それでもお前は人の心を歪めていた事に変わりない。……それは逃れられない事実なんだ。フェイト達だけじゃねぇ。まだ学校や、他の世界でお前の魅了に狂わされた人がたくさんいる。……現実と向き合え」

「うるさい!!」

「っ……!」

     ギィイイイン!!

 神夜は、帝の言葉が耳障りだったのかいきなり斬りかかる。
 帝はそれをデバイスのエアで防ぐ。

「っづぅ……!」

 しかし、その上で帝は後退した。
 元々、正面から神夜と力で押し合えるのは緋雪ぐらいしかいない。
 そのため、まともに防いでもその上から押されてしまうのだ。

「くっ!」

 すぐさま“王の財宝”で帝は牽制する。
 だが、放った武器の悉くが弾かれ、または奪われてしまう。

「(あいつの特典はヘラクレスとランスロットの力!二つが組み合わさるとか、俺にとって最悪の相性じゃねぇか!)」

 “騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)”によって、帝が放った武器は奪われる。
 そのために、帝はすぐさま牽制の射出を止める。

「(忘れんな。あいつは守護者に一蹴されていたとはいえ、俺たちの中では強い方なんだ。相性が悪いだけでなく、素の実力も高い……!)」

 一定以下のダメージを受け付けず、飛び道具は奪って自分の物に出来る。
 さらには力も半端じゃなく強く、スピードも十分にある。
 所謂バランスブレイカー。それが神夜の強さを表す言葉だ。

「(“王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)”による射出は封印だな。投影も同じだ。だが、今あいつは暴走状態にある。少しばかりは動きが単調になるはず。それを利用して……)」

「邪魔だぁああああ!!」

「っ……!」

 神夜の一撃を飛んで回避し、帝は次の手を練る。

「(俺には、“自分の戦い方”がない。能力頼りで、元ネタの二人の戦い方以外をあまり上手く出来ない。……だから、俺に出来るとしたら……)」

 それは、かつて優輝に指摘された帝の弱点の一つ。
 強力な特典故に、それに頼らない自分の戦い方がないのだ。
 だからこそ、帝は“その上で”自分の戦い方を考えた。

「(とにかく特典を使いこなす!メタ視点で能力を知っているからこその使い方で、要所要所に対処するようにすればいい!)」

 瞬間、帝は“手を抜いて”投影した武器を神夜に向けて射出する。
 それらはあっさりとデバイスのアロンダイトに防がれ、奪われてしまう。
 しかし、奪われたとしても手を抜いた投影による武器。
 強度はそこまで高くなく、続けて撃ちだされる武器を防いでいる内に砕ける。

「(考えろ、思考を止めるな!“手段”ならいくらでもある!)」

 “王の財宝”と“無限の剣製”。
 この二つの能力があれば、大抵の事は対処できる。
 故に、後は帝の判断力に掛かってくる。
 そんな戦い方を、帝はこれまで何度も練習してきた。
 何があっても対処できるようになるために。
 自身の背中を押してくれた、優奈(好きな子)に応えるために。

「エア!通常の剣の形になれるか!?」

〈可能です!〉

「なら頼む!俺が扱うには、技量的にも人としての格としても力不足だ!」

 手を休めずに基本骨子を飛ばして投影した武器を射出し続ける。
 その間にエアを普通の剣に形態を変える。
 元ネタの形である円筒型では、あまりに扱いづらかったからだ。

「おおっ!!」

「っ!」

     ギィイイイン!

「おら、砕けろ!!」

     バギィイン!!

 射出を継続しながらも、帝は神夜へと斬りかかる。
 上空から振り下ろした一撃はあっさりと防がれてしまうものの、すぐさま繰り出した次の一撃で奪われていた剣を砕く。

     ギィイイイン!!

「(粗悪品が残っている内に、叩く!)」

 神夜のもう片方の手に握っていた剣が振るわれる。
 それは、地面から王の財宝で剣を出す事で、盾のようにして防ぐ。

「はぁああっ!!」

「がっ……!?」

 片方の剣は砕け、もう片方は防がれた。
 それにより神夜は無防備になり、そこへ帝の一撃が叩き込まれた。

「ぁああっ!」

「っ……!効いてねぇ……!」

 だが、その一撃は神夜に通じなかった。
 威力が足りないため、“十二の試練(ゴッド・ハンド)”によって防がれたのだ。
 間一髪反撃の拳を躱し、粗悪品の投影武器をぶつけながら後ろに下がる。

「エア!身体強化を限界までやれ!」

〈はい!〉

 帝はすぐさま身体強化でステータスを底上げする。
 こうでもしなければ、攻撃が通じないと悟ったからだ。

「(割と強烈な一撃のはずだぞ……!なのに、それでも通じねぇのかよ……!)」

 予想はしていたが、想定以上の堅さに歯噛みする。
 幸い、ヘイトが帝に向いたため、注意を引き付ける事は出来ている。

「(暴走しているとはいえ、時間が経てば学習するはずだ。自我がない訳じゃないからな。……その前に、対策を練らなければ負ける……!)」

 猪突猛進な戦い方になっている今の内に相性の悪さをどうにかするべきだと考える。
 相手は腐ってもトップクラスのポテンシャルを持っている。
 長期戦は明らかに帝の方が不利だった。

「(思い出せ!優輝(あいつ)はどうやって攻撃を徹していた……!あの少ない魔力で、どうやって……!)」

 対策で真っ先に思いついたのは、以前の優輝と神夜の模擬戦。
 魔法を使って間もなく、魔力も少なかった優輝は、それでも神夜に勝った。
 その時に使っていた手段を、帝は振り絞るように思い出す。

「(魔力の集中、貫通力の高い魔法……そうか、一点集中か……!)」

 普通に防御力を突破できる力が出せないのなら、それを搔き集めて一点に集中する。
 そうする事によって、その一点のみ、攻撃力は飛躍的に上がる。

「(考えりゃ、簡単な事だ……!俺には魔力がある、多少荒くても、行ける!)」

 気が付けば、神夜は帝の目の前まで迫っていた。
 バインドなどで足止めをしていたが、大して意味はなかったようだ。

     ギィイン!!

「おらぁあああっ!!」

   ―――“魔爆掌(まばくしょう)

 振るわれるアロンダイトを、王の財宝の射出で逸らすように防ぎ、掌底を放つ。
 だが、それは掠めるように外してしまう。

「ちぃっ……!」

「っ……!」

 掠めただけとはいえ、威力は確かだった。
 炸裂した魔力は神夜の体勢を弾き飛ばすように崩した。

「(下手に放っても当たらないか。しかも、今ので警戒度が上がったな)」

 体勢が崩れている間に、帝は間合いを取る。
 変に好機だと思って深追いすれば痛い目を見ると思っての行動だった。

「(とにかく、基本方針は一点集中の攻撃だな。後はあいつの攻撃をどう凌いで、俺の攻撃に繋げていくか……ちくしょう、ビジョンが見えねぇ……)」

 魔法陣を展開し、砲撃魔法のための魔力を集束させながら帝は思考を巡らす。
 しかし、勝つための道筋を、帝は想像出来ずにいた。
 今まで、一度も神夜に勝てた事がないからだ。

「……けど、それでも勝たねぇとな……!」

 “変わって見せる”。そう決意した帝は、それでも諦めない。
 道筋を想像出来ないのならば、随時判断を変えていけばいいと、そう考えて。

「まずは手始めだおらぁ!!」

   ―――“Ray Buster(レイバスター)

「っ!」

 集束させていた魔力を撃ち放つ。
 普段よりも集束させたその砲撃魔法は、神夜の防御力を貫く程の貫通力だった。
 それを察したのか、神夜はそれを躱し、反撃に魔力弾を放った。

「ふっ……!」

 空中へと帝は逃げ、旋回しつつばら撒くように魔力弾を放つ。
 その魔力弾で神夜の魔力弾を相殺する。

「はぁあああっ!!」

「っ!」

     ギィイイイン!!

「はっ!!」

「くっ……!」

 直後、神夜が斬りかかり、防御の上から帝は体勢を崩される。
 さらに手に持っていた粗悪品の投影武器を神夜は投擲する。
 “騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)”によって宝具となったその武器は、ただの投擲とは思えない程の重さと威力を発揮する。
 咄嗟に盾を展開して防いだ帝は、また体勢を崩される。

「(重い上に速い……!だが!)」

「っ!」

「俺も、成長してんだよ!」

 襲い来る神夜の下から、帝は王の財宝による射出を行う。
 最上級の武器が射出された事で、神夜の防御力は無視される。
 それが直感的に分かったのか、神夜は体を逸らしてそれを避けた。

「くっ……!」

「おせぇ!!」

   ―――“Ray Buster Siege shift(レイバスター・シージュシフト)

 直後、神夜は周囲に魔法陣が展開され、魔力が集束しているのを察知する。
 すぐさま離脱しようとするが、それよりも前に帝が魔法を発動させた。
 神夜を囲うようにいくつも展開された魔法陣から、砲撃魔法が放たれる。

「ぁああああっ!!」

   ―――“Sphere Protection(スフィアプロテクション)

 明らかに防御力を超えるその魔法に、神夜は咄嗟に防御魔法を使う。
 球状に神夜を守る障壁は、砲撃魔法を阻むが……。

「甘いっての」

   ―――“破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)

 王の財宝から魔力を打ち消す紅い槍を射出する。
 それは砲撃魔法に穴を開けながら突き進み、神夜の防御魔法を削り取った。

「がぁあああっ!?」

「(ちっ、浅いか)」

 一部が打ち消されたため、防御魔法の術式が瓦解し、砲撃魔法が直撃する。
 しかし、それのダメージはあまりなく、神夜は体勢を立て直して着地した。

「(……魔力が多いから多少荒くてもいいと思ったが、思った以上に集束の威力を上げにくい……。魔力の扱いをある程度鍛えていなかったら、今のも効かなかったぞ……!)」

 反撃に神夜から放たれる砲撃魔法を躱し、着地しながら帝は思考を続ける。
 優輝と違い、帝は以前まで膨大な魔力のコントロールを疎かにしていた。
 そのため、神夜の防御力を超える程に集束させようとしても、優輝と違ってかなりの魔力が無駄になっていた。

「お前、いつの間にこんな……!」

「あん?やっと喋れるくらいには正気に戻ったか。……いつの間につっても、俺の能力は元々つえぇんだ。まともに鍛えりゃ、ある程度はすぐに強くなる」

「………」

「(暴走している内にもう一撃はまともに入れたかったんだがな……)」

 ダメージを受けた事で、神夜は会話が出来るぐらいには落ち着いた。
 だが、それは帝にとっていい展開とは言えなかった。

「(粗悪品の投影も、会話出来る程に落ち着いたなら牽制にすらならない。あいつの防御力を突破できないからな。……となれば動きを変えるしか……)」

 今までは対処の行動を取らせる事で牽制としていた投影。
 しかし、今では効かない事をいいことにそのまま突っ込んでくる。
 そのために、帝は今までと別の行動を取らなければならない。

「(いや、すぐに変えても動きの変化に気づかれる。ここは敢えて……!)」

 魔力を練り、次の攻撃に備える。
 その間に、念のために会話で収められるか試みる。

「で、落ち着いたか?ったく、そりゃあ、信じられないだろうが―――」

「うるせぇよ」

「―――……あー、面倒な事引き受けたな……」

「お前も邪魔だ……皆を正気に戻すため……どけぇえええええ!!」

「完全にネジが飛んでるな」

 結果、当然のようにそれは失敗し、戦闘が再開される。
 魔力弾を放つと共に神夜は突貫し、帝はそれを迎え撃つ。
 粗悪品の投影を射出し、魔力弾を撃ち落としつつ砲撃魔法を放つ。

   ―――“Lightning Action(ライトニングアクション)

「遅い!」

 しかし、砲撃魔法は短距離超高速移動魔法で躱されてしまう。
 そのまま帝は間合いを詰められ、神夜はアロンダイトを振るう。

     ギィイイイン!!

「っ……誰が遅いって……!?」

「なっ……!?」

 だが、帝はそれに反応して見せた。
 投影したのはかの佐々木小次郎の持つ刀。
 当然、エミヤと同じように技量と共に投影していた。
 反射神経が非常に優れた状態となった帝は、その一撃を上手く受け流したのだ。
 ……尤も、帝がまだ未熟のせいか、その一撃で刀には罅が入ったが。

「っ、ぜぁっ!」

「くっ……!」

     ギィイン!!

 一瞬動揺した神夜だが、直後に後ろ回し蹴りを放つ。
 動揺した分、帝も防御魔法を間に合わせ、それを逸らす。

「吹き飛べ……!」

「っっ……!!投影、開始(トレース、オン)!!!」

   ―――“射殺す百頭(ナインライブズ)
   ―――“是、射殺す百頭(ナインライブズブレイドワークス)

     ギギギギギギギギギィイン!!

 刹那、九連撃同士がぶつかり合う。
 大英雄の扱った絶技と、それを模倣した技。
 どちらも非常に強力ではあるが、模倣でしかない後者の方が劣っていた。

「ぐぅぅうううっ……!」

「終わりだ!」

   ―――“Lightning Action(ライトニングアクション)

 威力に押され、帝は後退して体勢が大きく崩れる。
 その隙を逃さずに神夜は移動魔法を使って間合いを詰め、アロンダイトを振るった。

     ギィイイイン!!

「っづ……!」

 辛うじてその一撃を逸らすように防ぐ帝。
 しかし、威力は殺しきれずに吹き飛ばされる。

「(体勢を立て直す前にトドメが来る!)」

 地面を転がりながらも帝はそう考え、次の行動を決める。
 まずは勢いを殺して体勢を立て直し……。

   ―――“Lightning Action(ライトニングアクション)

「そこだぁっ!!」

   ―――“Nuclear(ニュークリア)

「何っ!?」

 移動魔法で襲い掛かってきた瞬間を狙い、魔法を発動させる。
 帝を中心とし、魔力の大爆発が起きる。

「ぐぁああああっ!?」

「っ、はぁ……!一気に魔力が持ってかれるな……!」

 その爆発は神夜の防御力を超え、あっさりと吹き飛ばした。
 その代わりに帝も魔力を大きく消費し、その負担でダメージも負っていた。

「(今のでアロンダイトも弾いた。ここで攻めて、デバイスを使わせない……!)」

 愛用の武器を使わせなければ、多少は有利になる。
 そう考えて帝はすぐさま次の行動に移る。
 実際、デバイスがなくなった所で神夜は騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)でなんでも武器に出来てしまうため、そこまで効果はないと言える。
 しかし、それでもデバイスを手元に戻そうと行動するため、誘導には使えた。

投影、開始(トレース・オン)……!」

 投影した武器を射出しながら、帝は間合いを詰める。
 同時に、手元に武器を投影する。
 エアだけを使っても、技量は帝自身のものだけなため、どうしても押し負ける。
 それならば、技量のある人物が使っていた武器を投影すればいいと考えたのだ。

「はぁっ!」

 投影した武器は、アロンダイト。
 目の前にデバイスとはいえアロンダイトを使う神夜がいたため、その武器になった。
 尤も、本来のアロンダイトは神造兵器。投影する事は不可能だった。
 実際に帝が投影したのは、そのアロンダイトを再現したデバイスの方だった。
 デバイスそのものを再現したのではなく、剣としての性能のみ投影した。
 結果的に、投影された技量はサー・ランスロットではなく神夜のものだった。
 しかし、それでも互角の技量になることは間違いなかった。

     ギギギギィイイン!!

「っ……!」

「くっ、はぁあっ!」

 重く、速い剣戟が繰り広げられる。
 若干力で帝が押されているが、上手く受け流している。
 剣と剣がぶつかり合い、弾かれるように帝は後退する。
 そこへ、神夜が渾身の一撃を叩き込む。

     バギィイン!!

「ッ……!?」

「もらった!!」

   ―――“Ray Buster(レイバスター)

 だが、その一撃は帝が展開した盾によって防がれ、剣が砕けた。
 アロンダイトの代わりに使っていた剣もまた、投影したものだったからだ。
 そして、その一瞬の隙をつき、帝は砲撃魔法を放つ。
 さらには咄嗟に避けられないようにバインドで手足を拘束した上で。

「ぁあああああっ!?」

「まだまだぁ!!」

 砲撃魔法で吹き飛ばし、間髪入れずに帝は投影した剣を射出し、叩き込む。
 それらは粗悪品なため、決して神夜には通じない。

「『エア!宝具に非殺傷効果付与!』」

〈『はい!』〉

 だが、それは帝も理解している。
 これはただの目晦まし。本命の攻撃のための布石でしかない。

「ふっ!」

 まずは二刀である干将(かんしょう)莫耶(ばくや)を投擲する。
 それも一回だけでなく、もう一組投影し、それも投擲する。
 計四つの刃が弧を描く軌道で神夜へと襲う。

「鶴翼三連か……!」

 それを神夜も見ていたため、襲い来る粗悪品の投影品を無視して待ち構える。
 四つの刃と二刀による一斉攻撃。それが鶴翼三連。

「―――んな訳ねぇだろうが」

 だが、そんなわかりやすい動作で放った所で決まるはずがない。
 当然のように、投擲した干将・莫耶はただのフェイク。

「射貫け……!」

   ―――“虚・無毀なる湖光(アロンダイトⅡ)

 本命の攻撃は、先ほど投影していたアロンダイトを、矢として放ったものだった。

「なっ……!?」

     ドォオオオン!!

 てっきり鶴翼三連が来ると思っていた神夜はその一撃に反応できない。
 辛うじて防御態勢を取っただけで、まともに攻撃食らった。

「……えっげつねぇ威力……。非殺傷じゃなかったら部屋の壁が消し飛んだぞ……」

〈これ以上の威力を出す事も可能なのを忘れないでくださいね?〉

「ああ……奏が張っておいてくれた結界もいつまで保つか……」

 いつの間にか張られていた結界を見上げ、帝はそう呟く。
 だが、この時、僅かにとはいえ帝は神夜から意識を逸らしてしまった。

「ぉおおおおおおっ!!」

「っ、ホントしぶてぇな!」

 その瞬間、未だに舞い散る砂塵の中から神夜が飛び出してくる。
 一瞬とはいえ意識が逸れていたため、帝は反応が僅かに遅れてしまう。

     ギィイイン!!

「っづぁっ!?」

 咄嗟に干将・莫耶を投影した事で直撃は防ぐ。
 しかし、その上から帝は吹き飛ばされてしまう。

「ぐ……く……!」

〈マスター!〉

「(一撃でここまで……!?くそ、“狂化”か……!?)」

 地面を転がり、帝はダメージでなかなか立ち上がれなくなる。
 たった一撃、まともに受けていなくてもそれほどのダメージだった。

「(ちょっと油断すればこのザマか……!)」

〈ッ、マスター!〉

「くっ!」

 咄嗟に、帝は跳ねるようにその場を飛び退く。
 瞬間、寸前まで帝がいた場所を、神夜の砲撃魔法が通り過ぎた。

「っ……あー、くそ。よえぇなぁ、俺」

「捕まえたぞ……!」

 だが、避けられる事は読まれており、帝は設置されていたバインドに捕らわれる。

「これで、終わりだ……!」

「……ハッ、獲物の前で舌なめずりとは余裕だな、おい!」

 バインドに拘束された帝を前に、神夜は砲撃魔法をチャージする。
 だが、それは帝にとっては明らかな隙となる。

「俺の特典の利便性を忘れてんじゃねぇぞ!」

「っ!」

 直後、“王の財宝”から一つの奇抜な形をした短剣が放たれる。
 それは帝を拘束するバインドへと向けられ、命中した瞬間にバインドを打ち消した。
 短剣の名は“破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)”。Fateにおいて、魔術を打ち消す効果を持つ宝具だ。

「はぁっ!」

 咄嗟に神夜が砲撃魔法を放つが、ギリギリで帝はそれを回避する。
 直後に体勢を立て直しつつ、“王の財宝”による包囲射撃をする。

「ぉおおおおおっ!!」

「ッ……!」

     ギギギギィイイン!!

 その包囲を抜けるように、神夜は武器を奪いつつ突貫してくる。
 帝はそれに対し、干将・莫耶を投影して迎え撃つ。

「くっ、はぁああっ!!」

 力で押された帝は後退しながら武器の射撃を繰り返す。
 神夜はその武器を弾き、奪い、避けながら間合いを詰めてくる。

「(止まらねぇか……なら!)」

「っ!」

 勢いが止まらない神夜に対し、帝はバインドを仕掛ける。
 武器の射出により、移動先を誘導されていたのもあり、神夜はあっさり引っかかる。

「食らえ!」

「まだだ!」

 即座に砲撃魔法を帝は放つ。
 しかし、神夜はバインドを力尽くで引きちぎり、それを避けてしまう。

「ちぃ……!」

 それを見た帝はすぐに後退を再開する。
 だが、一瞬その行動が遅れたため、神夜が間合いまで入ってくる。

「ッ……!」

「はぁっ!!」

 武器の射出は魔力弾に相殺され、一部の武器に至っては奪われている。
 その状態で剣の間合いに入られる。
 今までの帝なら判断が間に合わずにやられていた。
 ……だが。

「天の鎖よ!」

   ―――“天の鎖(エルキドゥ)

 判断力の上がった帝は、対処して見せた。
 天の鎖を神夜の腕に巻き付け、攻撃を阻止したのだ。
 神夜に神性がないため、鎖は大した強度を持たない。
 だが、それでも意識外からの拘束であれば、攻撃を止めるのに十分だった。

「はぁあああっ!!」

   ―――“魔爆掌”

 そして、攻撃を止めた隙を突き、渾身の掌底を当てた。
 今度は外す事なく、直撃させた。

「お、がっ……!?」

「堅いだけでなくタフってのが厄介だな……」

 吹き飛ばされた神夜はまだ立ち上がろうとする。
 帝も防御の上からダメージを受けたため、息も上がっている。

「(しかも、デバイスがなくてようやくここまで、だからな。……まずい、今のあいつとデバイスの距離が近い……。デバイスを取ろうとしたら、止められんぞ……)」

 精神的には、一撃食らうだけでも致命的な帝の方が厳しい。
 だからこそ帝は集中力を切らす訳にはいかなかった。

「(魔力はまだある。体はなんとかなっている。……以前の蛮勇さが欲しいぜ……)」

 魔力弾を展開し、砲撃魔法の魔力を集束させておく。
 すぐにでも攻撃に移れるように、帝は備えておいた。

「(“俺で十分”なんて言っておきながらこのザマだ。思い上がりが甚だしくて笑えてくるぜ……)」

 内心、自分で言った事を鼻で笑いながら、神夜の動きを注視する。

「っ……!」

「でもまぁ、てめぇが倒れるまでやってやらぁ!!」

 起き上がろうとする神夜目掛けて、帝の魔力弾と砲撃魔法が放たれる。

 ……戦いは、まだまだ続く。

























   ―――……対精神干渉プログラム構築進行度、99.24%……















 ……アロンダイトが微かに光っているのに、誰も気づかないまま……。















 
 

 
後書き
魔爆掌…掌に魔力を集中させ、掌底を放つと同時に炸裂させる技。シンプルかつ高威力だが、リーチが短いという弱点がある。

Ray Buster(レイバスター)…レイは“輝き”の英語。帝の決意を表すかのような輝きを持つ砲撃魔法。汎用性が高く、範囲や威力を調節できる。今回は貫通性特化。

Siege shift(シージュシフト)…シージュは“包囲攻撃”の英語。名前の通り、包囲するようにいくつもの魔法陣を展開して攻撃する。

Lightning Action(ライトニングアクション)…神夜の使う短距離高速移動魔法。なのはのフラッシュムーブ、フェイトのブリッツアクションに相当する。

射殺す百頭(ナインライブズ)…Fateのヘラクレスが扱う絶技。帝の場合は士郎がそれを再現した方。当然だが、後者の方が弱い。

Nuclear(ニュークリア)…“核”の英語。帝の膨大な魔力を活かした、自身を中心に大爆発を起こす魔法。燃費が悪いが、自分を囮にした罠としても使える。

虚・無毀なる湖光(アロンダイトⅡ)…オリジナル宝具。と言っても、カラドボルグⅡのようにアロンダイトを矢に変えて放っただけである。効果としては、矢の威力が1ランク分上昇し、竜属性持ちに追加ダメージを与えられる。アロンダイトの効果をそのまま矢に移しただけのもの。ただし、本来のアロンダイトではないため、これでも威力は格落ちしている。

狂化…Fateにおいて、理性を失う代わりにステータスを底上げするスキル。基本的にバーサーカークラスに付与されるスキル。ランクに応じて効果が違う。


基本的に帝を描写する際に地の文で書かれる“エア”はデバイスの方です。Fateのエアは“乖離剣エア”と表記するので、お間違えなく。 

 

第175話「忠義の騎士の復活」

 
前書き
多分、大体の人が忘れていた伏線回収。
 

 



       =out side=





     ドドドドドォオオン!!

「(接近されなきゃなんとかなる!武器と魔力弾で何とか距離を保て!その間に、勝ち筋を見つけて勝利を掴み取れ!)」

 魔力弾、武器、砲撃魔法が次々と放たれる。
 一度距離を離した事で、帝の攻撃は苛烈になっていた。

「はぁっ!」

「っ!」

 それに対し、神夜は砲撃魔法を回避し、武器を奪い、魔力弾を切り裂いて対処していた。
 さらには僅かな隙を突いて魔力弾や砲撃魔法で反撃し、間合いを詰めようとしていた。

「くっ……!」

 間合いを詰めてくる神夜に、帝は干将・莫耶を投擲する。

     ギギィイン!!

「はぁああっ!!」

「っ!」

     ギィイイイイイン!!

 投擲した二刀は弾かれ、直後に帝が斬りかかる。
 その一撃はあっさりと防がれるも、帝はすぐさま離脱する。

「くっ……!」

「おらぁっ!!」

   ―――“Ray Buster(レイバスター)

 離脱の際に“王の財宝”で牽制し、反撃を食らわないようにする。
 さらには、それを目晦ましにして砲撃魔法を放つ。

「ッ!」

   ―――“Protection(プロテクション)

 だが、砲撃魔法は防御魔法によって防がれる。
 帝もそれはわかっていたようで、その間に側面に移動していた。

「はぁっ!!」

     ギィイン!!

 しかし、そこから放った一撃もあっさり防がれてしまう。
 デバイスがなくても、基本スペックが帝より高いのだ。

「(わかっちゃいたが、近接戦は通じないか……!)」

 武器を射出しながら、帝は即座にその場から飛び退く。
 逃がすまいと追う神夜だが、バインドで動きを阻まれる。

「(何か、別の手を……)」

 武器の射出、魔力弾、バインド。
 あらゆる手で帝は距離を保つ。
 そして、その間に勝つ方法を模索する。

「(俺の体力と魔力も長くは持たない。それまでに決着を……!)」

 魔力をふんだんに使っているため、帝の魔力は半分をとっくに切っている。
 さらに、体に負担のかかる魔法も使っていたため、ダメージと相まって体力も多くない。

「(アニメやゲームじゃ、バーサーカーだから“王の財宝”で圧倒出来たからな……暴走している所ではバーサーカーだけど、こっちの場合避けてくるからな……!)」

 帝は思考を巡らす。
 二人の能力の元ネタのキャラ達は、その作品において戦った事がある。
 “王の財宝”の本来の持ち主ギルガメッシュは、その圧倒的物量で神夜の能力の持ち主であるランスロットとヘラクレスのどちらも押していた。
 だが、今この場では帝はその能力を持て余し、相手の神夜は二人の能力をどちらも所持しているため、元ネタのように上手くは行かなかった。

「(ランスロットもヘラクレスも、ギルガメッシュの能力なら押し切るのは可能だ。だけど、その二人の能力が噛み合わさると……俺には手に余る)」

 実際、例え二人の能力を持っていたとしても、押し切る事は可能である。
 だが、押し切ろうとすれば、結界どころかアースラが持たない。
 そのため、押し切る程の火力を帝は出す事が出来ないのだ。

〈マスター!〉

「っ!ちぃっ……!」

 思考を中断させるように、砲撃魔法が帝へと迫る。
 何とか回避する事が出来た帝だが、若干牽制の手が弱まってしまう。
 その隙を突くかのように、神夜が魔力弾を放つ。

「くっ、まずい……!」

 魔力弾を躱しきる事が出来ずに、思わず盾を出して防ぐ。
 だが、これで一瞬攻撃が止んでしまう。

「(こういう時は……)」

   ―――“Lightning Action(ライトニングアクション)

「(回り込んでくる!)」

 即座に相手の動きを読み、背後から斬りかかってきた神夜の攻撃を盾で防ぐ。
 しかし、その上で帝は吹き飛ばされる。
 ダメージはあまりないものの、吹き飛ばされた勢いで叩きつけられれば危ない。

「プリドゥエン!!」

     ガガガガガガ!

 咄嗟に帝はアーサー王伝説に登場する船にもなる盾を出す。
 それをサーフボードのように扱い、勢いを殺す。

「(……ダメだ。押され始めた……!)」

 地面をプリドゥエンで滑りながら、帝はそう確信してしまった。
 ここから盛り返す道筋を、帝には想像できなかったのだ。

「っ……!」

 その時、視界にアロンダイトが入る。
 押され始めた事で、意識外にやっていたのだ。

「(まずい、取り戻されるか……!)」

 アロンダイトが神夜の手に戻れば、ますます帝に勝ち目はない。
 戦闘技術が未熟だったために、このような状況になってしまった。
 元々一般人気質なのが仇を成したようだ。

「くっ……!」

〈ダメですマスター!〉

「(上か!)」

 アロンダイトを取り戻そうとする神夜の動きを見て、帝は止めようとする。
 直後、エアの警告で上から魔力弾が迫っている事に気付く。

「くそっ……!」

 魔力弾自体はプリドゥエンを盾にして防ぐ。
 しかし、同時にアロンダイトが取り戻されるのが確定してしまった。

「(阻止できる威力の魔力弾も、砲撃魔法も間に合わねぇ!投影も王の財宝も同じか……!ちくしょう、勝ち目がどんどん薄くなる……!)」

 そして、ついに神夜の手がアロンダイトに届く。









   ―――……対精神干渉プログラム構築進行度、100%
   ―――対精神干渉プログラム構築完了。起動します









     バチィイッ!!

「なっ!?」

「っ……?」

 刹那、アロンダイトが淡い光に包まれる。
 同時に、まるで神夜を拒絶するかのように伸ばされた手が弾かれた。

「ど、どうして……!?」

「な、なんだ……?」

 その出来事に、神夜も帝も困惑した。
 何せ、いきなりデバイスがマスターを拒絶したのだから。

〈エラー、エラー。再起動します。マスター再認識、完了〉

「な、なんだったんだ……?」

 発せられた音声に、もう大丈夫だと思って神夜が手を伸ばす。

     バチィイッ!!

「っ!?」

 そして、またもや拒絶された。
 それこそ、マスターはお前ではないと言わんばかりに。

〈……本当に、お久しぶりです……〉

 そんな神夜を認識していないかのように、アロンダイトは音声を発する。

























〈―――マスター、サーラ・ラクレス〉

 ……この場の誰でもない人物に向けて。









「……はい。ようやく、表に出られるようになりました」

「……へ?」

 同時に、そのアロンダイトを一人の女性が手に取った。
 黒に近い紺色の、ウェーブが若干掛かった髪を後ろで束ねている。
 そして、紫色の鎧を速度低下に繋がらない程度に纏っている。
 明らかに“騎士”を思わせる、そんな女性だった。

「お前は、一体……」

「しかし、魅了の対策ばかりしていたので、未だに現界し続けるのは難しいです。ただ、この場を収めるには十分ですけど」

〈そうですか……では、私は貴女の剣として全力を振るいましょう〉

 まるで神夜の事など認識していないかのように、無視をする女性。
 帝はそんな様子を見ながらも、女性……サーラが発した言葉を聞き逃さなかった。

「(魅了の対策……げんかい…現界?一時的って訳か?)」

 一時的にしか存在できないというのも帝は気にしていたが、それよりもお重要視していたのは“魅了の対策”と言う部分だった。

「(魅了……ってのは明らかにあいつの能力の事だよな?という事は、魅了に掛かってしまう心配もないが……そもそも誰なんだ?)」

 帝も、ついでに神夜も、サーラには会った事がない。
 記憶封印に関係なく会ったことがないため、既視感すらなかった。

「っ、それは俺のデバイスだ。返してもらう……!」

「随分と気が荒くなってますね。まぁ、自身にとって信じられない事実を突きつけられたのであれば、こうなるのも分からなくはありません」

 無視された事もあって、語気を強くして神夜は言う。
 本来の神夜であれば、もっと丁寧に対応していただろうが、現在暴走している状態ではその面影がない程に乱暴な性格になっていた。

「っ!」

「おっと」

「(速い……!)」

 アロンダイトへと伸ばされた手を、サーラはあっさりと躱す。
 それだけでなく、離れていた帝の近くまで移動してきた。
 それを見た帝は、この時点でサーラの強さを自分より上だと断定した。

「あんたは、一体何者なんだ……?」

「別に、ただの亡霊ですよ。……事情は理解できています。今は彼を止めるのが先決です」

「……それもそうだな」

 帝から奪った武器を手に、二人へと敵意を向ける神夜。
 サーラは静かに構え、帝も構えなおす。

「貴方は援護を。……連携は期待しないでください」

「……一人でやるつもりか?強いのは何となくわかるが……」

「彼の力は私も良く知っています。……任せてください」

「ッッ!?」

 刹那、サーラは間合いを詰めるように踏み込む。
 高速移動魔法を用いていないのにも関わらず、驚異的なスピードを出す。
 その速さに帝は目を見開き、すぐに移動先へと視線を向ける。

「シッ!」

「ッ!?」

     ギギギギギィイン!

 突然の接近に神夜は驚愕しながらも、手に持つ武器で攻撃を繰り出す。
 サーラはそれに対し、真正面から全ての攻撃を相殺した。

「(技量、力、速さ。剣戟において、全てがあいつ以上か……!……俺、援護する必要あるのか?)」

 ついそう思ってしまうほど、帝の予想以上にサーラは強かった。

「遅いです」

     ギィイン!!

「っ……!?」

「ふっ!」

 一瞬の隙を突き、サーラは神夜の剣を大きく弾く。
 直後に魔力を込めた蹴りを叩き込み、防御を貫いて神夜を吹き飛ばした。

「『援護射撃を!』」

「『っ、お、おう!』」

 念話による鋭い指示に、帝は一瞬戸惑う。
 それでも魔力弾と武器の射出による援護射撃を放った。

「はっ!」

「(……んなのありかよ……!?)」

 次の瞬間、帝は驚愕したが、無理もなかった。
 なぜなら、サーラは射出された武器と並走し、まず武器を掴んだ。
 直後に投擲し、魔力を通す事で威力と速度を底上げしたのだ。
 さらには、投擲が終わるまで、アロンダイトは上に投げており、落下地点に辿り着くまでの位置調整も完璧にこなし、キャッチしていた。

「なっ!?ぐっ……!」

「はぁっ!」

「ぐぁああっ!?」

 威力と速度が上がったため、神夜にとっては想定を上回った動きとなる。
 そのため、投擲された武器で一撃二撃と防御を崩され、サーラの一閃で吹き飛んだ。

「ッ!」

   ―――“Springen(シュプリンゲン)

 サーラは、そこでさらに追撃に出る。
 吹き飛ぶ神夜に対し、回り込むように移動魔法を発動。
 吹き飛んだ先に移動したサーラはアロンダイトの刃を神夜に向けた。
 その刃で神夜を受け止めた事で、神夜の体はくの字に折れ曲がる。

「ふっ!」

 トドメに、その状態からサーラは神夜の首を掴み、地面に叩きつけた。
 その際に魔力を流し込み、確実に気絶させた。

「え、えげつねぇ……」

 初見だからこそできた、瞬間的な鎮圧。
 大した搦め手を使っていないからこそ分かる圧倒的強さに帝は戦慄した。

「頑丈で力強いだけでは、私は倒せませんよ」

「(これで全然本気じゃないってのが恐ろしいぜ……)」

 若干冷や汗を掻きながらも、帝はサーラの元へと歩む。

「……助かった、と言うべきか?」

「助けるつもりで目覚めた訳じゃないですけど……まぁ、そう思ってもらって構いません」

「そうか……」

 当たり障りのない所から会話を始める帝。
 帝にとって、サーラはまだ完全な味方とは思っていない。
 悪い人物ではないと思っていても、警戒の方が強いようだ。

「……いくつか、聞きたい事がある」

「私の事について、ですね?」

「わかっているのか……」

 癇に障るような言葉を選ばないように心がけながら、本題に入る。
 尤も、喧嘩を売りに行く態度と言葉でなければまずい事にはならないのだが、そんな事を帝は知る由もない。

「私はサーラ・ラクレス。アロンダイトの中に魂を封じ込めていた過去の人間です。人としてならば私はもう死んでいます」

「だから、さっきは亡霊だと言った訳だな。……今の言葉からすれば、あんたはかつてのアロンダイトの主、という訳か?」

「そうですね。尤も、彼の魅了がなければ私がマスターのままでしたが」

「(魅了……やっぱり、わかってたのか)」

 聞きたい事をはぐらされないため、確実に知りたい事を知っていく。

「魅了……デバイスにも通じたんだな」

「そのようですね。魅了により、無理矢理マスターとなっていたようです。魅了を防ぐ術式が完成してからはその登録は破棄されましたが」

「(さっきのエラーか)」

 これでエラーを吐いた事に合点が行った帝。

「(にしても、アロンダイトも神様が作ったデバイスだと思ったが、違ったのか?ただ単に実際にあったデバイスを転移させただけだったのか?)」

「……どうしました?」

「……いや、なんでもない」

 最近の不可解な事情で、些細な事も疑問に思ってしまう帝。
 実際は疑心暗鬼の域を出ないのだが、仕方ない事だった。

「私と言う人格は、アロンダイトが魅了の影響下にあった事でずっと表面に出られませんでした。ですが、中から事情は粗方知っています。……その、私がこのままいると、余計に状況を混乱させてしまいますよね?」

「……あー、まぁ、そうだな……」

 ただでさえ、幽世の大門の件で事後処理が大変な事になっている。
 その状況で無理を言って魅了解除を強行したのだ。
 ……その上で、サーラが存在する事は余計に混乱を招く。

「でしたら、またしばらくアロンダイトの中にいます」

「……いいのか?」

「元々、まだ現界し続けるには体が安定していません。ですから、丁度いいです」

 サーラが今現界出来ているのは、完全に一時的なものだ。
 魔力と体を構成するための術式が安定していないため、留まり続けられないのだ。

「そうか、それなら構わないけど……」

「詳しい事情は、またその時に。貴方もこれ以上の情報はいらないでしょう?」

「………」

 図星だった。帝は正直、これ以上新しい情報はいらなかったのだ。
 というのも、帝自身これ以上は混乱するため、整理する時間が欲しかったのだが。

「アロンダイトは貴方に預けましょう。彼の拘束は任せましたよ」

「ああ。任せておけ」

「では、また」

 そう言って、あっさりサーラは消えた。

「……とりあえず、あいつを拘束しておくか」

 あっけなさすぎる邂逅に、帝は頭を掻きながらもやるべき事を実行する。
 拘束系の宝具を使って神夜を拘束し、念話で司達に終わった事を伝えた。

「(ラクレスさんの事は、まだ伏せておくか)」

 サーラの言っていたように、また新たな情報があると混乱すると思い、帝はサーラのことについては伏せておくことにした。









       =アリシアside=





「………」

 帝に言われた通りに、事前に借りておいた部屋に皆を寝かせる。
 私は、その中でもフェイトの傍にいた。

「(……心が歪められていても、それに自覚がないのなら、解かない方が精神的にマシだったかな……?)」

 魅了を解く、あの時。
 フェイトを含めた皆は、本来の心との差異に発狂しかけた。
 私の時も、途轍もなく混乱したのを覚えている。
 その時は、それどころじゃない事態なおかげで、差異と直面する前に整理がついた。
 でも、今回の場合はそれがない。いきなり自分がおかしかった事を突き付けられた。

「(……本当に、これでよかったのかな?)」

 皆の苦しそうな顔が忘れられない。
 そのため、私の中にそんな後悔が渦巻く。

「(……いや、それでも心が歪められてるなんて、見逃せるはずがないね)」

 心を歪められているという事実がある以上、その人は幸せにはなれない。
 本人にとって幸せに思えても、それは仮初でしかないのだから。

「……今、戦闘が終わったみたい」

「勝ったみたいだわ」

 そこへ、司と奏によって戦闘の結果が伝えられる。

「それで、帝はなんて?」

「別の部屋で拘束しておくみたい。様子見するらしいよ」

「そっか」

 帝は持っている武具に関して右に出る者はいない。
 全部貰い物だから帝も使いこなせていないけど、あの神夜すら拘束するアイテムぐらいは持っていると思う。

「う……ぅん……」

「っ、フェイト!?」

 その時、フェイトから呻き声が聞こえた。
 つい大声を上げてフェイトの傍へと駆け寄ってしまう。

「フェイトちゃん!」

 なのはもすぐに駆け寄ってくるけど、今のは呻いただけだった。
 それでも、私たちはフェイトを安心させるように片手ずつ握る。

「……魘されてる……」

「私がすぐに気絶させたけど、直前に皆は気づいたから、夢に出てるのかもね……。今までの自分が、本来の自分じゃないっていうのは、とても辛いからね」

 魘され、寝汗を掻くフェイトをなのはは心配そうに見る。
 他の皆も、よくよく見れば魘されているようだった。

「特に、フェイトは“フェイト”として新しく生きる前から、魅了に掛かっていた。ママの虐待を受けて、本当は精神的に辛い時に、魅了されてしまった。……つまり、フェイトにとっては精神的支柱だった人が、自分の心を歪め続けてたって事になるんだよ」

「……っ……」

 例えそれが自覚がなかったものだとしても、フェイトにとってそれは一種の裏切りになる。ずっと騙されていた事になる。
 ……そんなの、耐えられっこない。

「だからこそ、目覚めた時に私たちがなんとかしないといけない」

「……そう、だよね……」

 分かっていた事、覚悟していた事だ。
 だから、何とかしないといけない。

「……それにしても、なのははここ最近で凄い成長したよね」

「えっ、そ、そうかな……?」

「うん。なんというか、驚くような事も簡単に受け入れるようになったというか……懐が広い?……とはまた違うかな」

 私がそう言っても、なのはは自覚がなさそうだ。

「(多分、なのはがこうなったのは“あの存在”も関わってる。……現状でこれ以上の深入りはやめておこう。私じゃ、手に負えないだろうし)」

 あの時、なのはの体に乗り移っていた存在。
 あの存在がなのはの精神に影響を及ぼしているのなら……。
 ……多分、魅了よりも対処が難しいと思う。

「っ……お姉、ちゃん……?」

「フェイト!」

 その時、フェイトが目を覚ました。
 私となのはが手を握っていたからか、皆より意識の回復が早かった。

「(心を落ち着けられるような術式を……)」

 目が覚めたばかりで精神状態は絶対に悪い。
 だから、少しでもマシになるように私は霊術を用意する。
 ……といっても、精神に関する霊術はまだ未熟だから不安だけど……。

「フェイトちゃん、大丈夫……?」

「なのは……」

 フェイトは緩慢な動きで起き上がる。
 気絶する寸前の記憶は曖昧になっているようで、思い出そうと頭を押さえていた。

「私、は……」

「危ない所を私が気絶させたんだよ」

「気絶……っ、そうだ……!」

 私の言葉に、フェイトは思い出したらしい。
 一気に顔色が悪くなって、握る手から震えが伝わってくる。

「大丈夫」

「っ……!」

「落ち着いて、私たちが傍にいるから……」

「ぁ……」

 落ち着かせるように、私が抱き寄せる。

「お姉ちゃんとなのはに任せて、落ち着くまでじっとしてて……」

「……うん……」

 何度も背中を撫で、落ち着かせるように言う。
 こういう時は変に言葉で落ち着かせるよりも、じっとする方が効果的だ。
 しばらくすれば、若干落ち着いたのか、震えが弱まった。

「……他の皆は……?」

「まだ、目覚めてないよ。司たちがついてるから、そっちは大丈夫。……フェイトは、私たちが傍にいた分、早く目覚めたのかもね」

 もしくは、ただの偶然か。
 まぁ、そこまで気にすることじゃないと思う。

「……夢……」

「フェイトちゃん?」

「……悪夢を、見てたの。今までの私が偽物で、紡いできた絆も仮初……ずっと本当のつもりだったのに……こんなの……!」

「っ……!」

 ……何も言えなかった。
 慰めの言葉なんて、きっと無意味。今のフェイトには効果がないかもしれない。

「だから、それが嫌で……目覚めたら……」

「……そっか……」

 悪夢が嫌だったから、目覚めた。
 理由としては単純だけど、心はそんな簡単じゃない。
 今までの自分が本心じゃなかったというのは、嫌悪感や恐怖が並の強さではないから。

「……大丈夫、お姉ちゃんが傍にいるからね……」

「っ……うん……」

 そんな状態のフェイトに、私ができることは限られている。
 こういうのは、最終的に本人が解決しなくちゃいけないからね。
 私にできるのは落ち着くまで姉として傍にいてあげることだ。

「なのは、ここは私に任せて、他の皆を見てて」

「でも……」

「私はフェイトのお姉ちゃんなんだから、こういう時くらい姉らしくしないとね」

 なのはには、はやてとかの方を任せる。
 多分、そんな時間の差もなく皆も目を覚ますだろうから。

「……お姉ちゃん……」

「(フェイトが私を名前どころか“姉さん”とすら呼ばない。……それぐらい、辛い状態にあるんだね……)」

 フェイトの怯えた様子を見ると、私まで悲しくなってくる。
 どうして、こんな事になるまで魅了をそのままにしていたのか。
 どうして、私はその事に対して何もできなかったのか。
 ……考えれば、キリがない。

「(……ううん、今はフェイトの事!)」

 キリがない。だから考えないようにする。
 今はフェイトの方が大事だからね。

「……お姉ちゃんは、辛くなかったの……?」

「……辛かったよ。辛かったし、信じられなかった。でもね、同時に今までの自分を振り返ったら辻褄が合っちゃったんだ」

 いくら緊急事態とはいえ、私もフェイトみたいに信じたくなかった。
 でも、過去を振り返れば神夜の言うことには短絡的に信じていた。
 その事実に、魅了されていたのは本当なのだと理解させられた。

「それはフェイトも同じでしょ?」

「……うん。信じられない程に、信じ込んでたよ……」

「私がすぐ立ち直れたのは……その時、優輝達が近くにいたからかな?」

「優輝達……椿や、葵も?」

「うん」

 あの時、私はずっと守られたままだった。
 今でもその時の無力感は悔しいものがあるけど、それとは別に感じるものもあった。

「守られてたばかりか、今までの自分が自分じゃない感覚に、頭がおかしくなりそうだった。……でもね、優輝達が“道”を示してくれたんだ」

「“道”……」

「“道”って言っても、具体的には私にもわからないけどね。でも、そのおかげで私はすぐに立ち直れた。まぁ、本人たちにそのつもりはなかっただろうけどね」

 “道”を示された時、まるで“導かれる”かのようだった。
 今までやってきた事の取り返しはまだ付くと、その“可能性”を示されたかのように。

「優輝達……多分、優輝かな?彼には、何か特殊な“力”がある。レアスキルみたいな……ううん、それ以上に強力なのにゆっくりとしか働かない、優しい力が」

「……それは……」

 多分、今のフェイトは私の言葉を聞いて魅了を連想していると思う。
 私も自分で言っておきながら、魅了と同じような力だとは思う。でも……。

「魅了とは違うよ。心を歪めるとはまた違う……まるで、希望を齎してくれるような、そんな感じなんだ。それに、優輝自身もその“力”に助けられてると思う」

「えっ……?」

 これは勘だけど、優輝も私たちと同じだと思う。
 優輝の場合は自分の力で自分を助けるという、よくわからない感じだけど、それでも私と同じように助けられている。
 それが“諦めない”という意志に繋がってるんだと思う。

「まぁ、まだまだやり直せるんだから、ね?」

「……うん」

 今はまだ、フェイトたちの事に集中しておいた方がいいだろう。

「(……思い返してみれば、優輝にも謎が多いよね)」

 例え、優輝の事で疑問に思うことがあっても、今は……。

















 
 

 
後書き
プリドゥエン…FGOから。原典は当然アーサー王伝説だが、FGOにてモードレッド(水着)がサーフボードのように扱っていたため、本編でも同じような扱いに。

Springen(シュプリンゲン)…“跳ぶ”のドイツ語。短距離移動魔法で、小回りが効く。


……何気に、GOD編の記憶処理がされていないキャラの一人なので、下手すると記憶処理が無意味になる可能性ががが……。

帝と奏は神様謹製、それ以外は実際に世界にあったデバイスです。帝と奏は能力にあったデバイスが存在していなかったため、作られたという訳です。

アリシアの珍しいお姉ちゃんムーブ。フェイトのためならなんのその。
そして、何気に優輝の力の核心に迫るアリシア。
広げに広げた話の風呂敷はちゃんと畳めるのだろうか……。それに心理描写の語彙力ががが……。 

 

第176話「深まる謎」

 
前書き
キャラが多い性質上、どうしても影が薄くなるキャラが出る……。
 

 






       =out side=





 フェイトが目覚めてから、しばらくの時間が経った。
 目覚めた者は、皆が精神的に不安定になっており、中には暴れる者もいた。
 その度に、奏を始めとした皆がバインドなどで押さえつけ、何とか落ち着かせた。

「……なんとか……本当に、何とか事情は読み込めたわ……」

 目覚めた者の一人、はやては頭を抱えながら絞り出すようにそう言った。

「信じられへんと言うより、今までと現在の思考の違いに気がおかしくなりそうやわ」

「そこは時間を掛けて何とかしていくしかないかな」

 顔色が悪いが、はやては比較的早く落ち着いた。
 そのため、司達との会話に応じているのだ。

「魅了を掛けられていたってのも、わかる。リインは司さんとかのおかげでそれが防がれてたのも理解したわ。せやけど……」

「……」

「疑問に思うんよ。……なんで神夜君に魅了の力があるんや?」

 それは、司達も何となく思っていたが口にした事はなかった疑問だった。
 それもそのはず。司や奏と言った転生者は“特典”の効果だと思っており、アリシア達はそう考えている司達を見て、司達は知っているから無理に知る必要はないと考えていたからだ。

「自覚無しだったのは、司さん達の話を今までの記憶を照らし合わせればわかる。だからこそ、どこで、いつから、どうやってその力を身に着けたのかがわからんのや」

「それは……」

 はやてに言われて、司はその考えを改める事になった。
 元々、魅了の力を持っていると確信できたのは、今は使う事の出来なくなった優輝の能力による、ステータス解析があったからだ。
 本人も知らなかった能力を、一体どうやって身に着けていたのか。
 司はそれを改めて考える事になった。

「(……誤魔化しは、ダメだよね。……はやてちゃんなら、理解してくれるかな)」

 まずは、はやてに説明をする必要がある。
 司の前世については以前の事件で大まかには知られている。
 だが、この世界に転生する際の事について、優輝達も誰も言った事がなかった。

「……知っているんやな?」

「……私も詳しくは知らないし、憶測も混じるけどね。それでもいいなら……」

「構わへんわ」

 それならと、司は説明をするために一度目を閉じて頭の中を整理する。

「じゃあ、話すよ」

 奏に対し、アイコンタクトで話す事を伝えて、口を開く。







「―――その話、私にも聞かせてくれないかしら?」

「っ……!」

 その時、部屋の入口から声を掛けられる。

「(気づかなかった……!?)」

「悪いわね。聞き耳を立てていたわ。……魅了について、私も気になるわ」

 聞き耳を立てていたのは、鈴だった。
 気配を消して、司とはやての会話を聞いていたようだ。

「何があったのか気になる所だけど、ね」

「土御門さん……」

「鈴でいいわ。姓だと次期当主の子と被るし」

「……」

 なぜ魅了に関して興味を抱いているのか、司にはわからなかった。
 以前神夜と会った時にマーリンから知らされていたからなのだが、司が知る由もない。

「……俺も混ぜてもらっていいか?」

「ちょうどいい所に来たわね」

「話が聞こえてたからな」

 さらにそこへ帝も合流してくる。

「神夜君は?」

「隣に寝かせてる。拘束はそのままだ」

 気絶させた神夜は隣の部屋で寝かせておいたようだ。
 そして、アロンダイトも帝のポケットに入っていた。

「(魅了に関して、色々とラクレスさんにも知ってもらっておいた方がいいだろう)」

 アロンダイトを入れている理由は、サーラにも事情を知ってもらうためだった。
 ずっと神夜のデバイスをしていたからこそ、知っておくべきだと思ったからだ。

「……じゃあ、話を始めるね」

 仕切り直し、改めて話を始めるために司は口を開く。

「前提として、私には前世の記憶があるの。帝君はもちろん、はやてちゃんもある程度は知ってるよね?」

「……詳しくはないけど、A・M事件である程度は……」

 概念型ロストロギア“アンラ・マンユ”が関わった事件は、通称A・M事件と呼ばれている。事件に直接かかわった者は、触り程度に司の前世について知らされていた。

「へぇ、貴女も“転生者”なのね」

「……えっ?」

「……あー、鈴さんは別口で転生したんだ。それと、持っているデバイスが他の転生者のものだから、それで事情もある程度知っているんだ」

「そ、そういう事……」

 転生者について知っていた事で司は驚くが、帝の説明で納得する。
 そして、“貴女も”と言う言葉から、帝やそれこそ神夜も転生者だと知っていて、だからこの会話に参加したのだと推測した。

「……話を戻すよ。前世の記憶がある私だけど……本来、前世の記憶は引き継がれない。例外は当然存在するけどね」

「私の場合は、幽霊の期間が長かったからか、記憶が魂の奥まで刻まれてたのでしょうね。だから記憶を失う事なく現代に転生した」

 鈴の話を聞いて、司は確かに別口からだと理解した。
 自分たちとはまた違う経歴があるのだと思った司だが、聞くのは後回しにする。

「“転生者”……ネット小説でよく見かけるネタやね」

「……はやてちゃんって、そういうの読んでるんだね」

「案外おもろいのもあったりしてなぁ」

 元々、はやては一人暮らしだった事もあり、その時に偶然はまっていた。
 ノリが良かったりするのも、ネットの影響だったりするが司は知らない。

「……まさかやと思うけど、司さん」

「その通りだよ。私たちが転生した原因は、神による干渉。私の場合は気が付いたら転生していたから違うかもしれないけどね」

「俺の場合は女神の姉妹だったな」

「……現実は小説よりも奇なりって、こういうことを言うんやなぁ……」

「魔法がある時点で今更だけどな」

 まさかネット小説のような出来事が、身近の人物に起きていた事にはやては思わずそう呟いてしまう。尤も、帝が言う通り今更だが。

「……それで、はやてちゃんならもう理解できるだろうけど、神様が転生させるのは大抵が“本来死ぬべきではなかった”から。そして、転生させる際に何かしらの力を授ける場合がある」

「……“神様特典”って奴やな」

「マーリンに大体聞いていた通りね。どれだけ都合がいいのだと思ってたけど」

 ネット小説を知っているならと、司は段階を飛ばして話していく。
 鈴もマーリンから転生者に関する事は大体聞いていたようで、話には着いてきていた。

「……つまり、そういう事なんやな?」

「うん。魅了の力は、特典の力だと思う」

「やっぱりかぁ……」

 納得したように言葉を漏らすはやて。
 しかし、表情はまだどこか納得がいっていないようだった。

「……納得いってなさそうね、貴女」

「……まぁ、なぁ。魅了されていた事を抜きにしても、神夜君は善人の類や。思い込みは激しいけどな。特典としてそういった類の能力を選ぶとは思えへん」

「そう。……そうなんだよね。前提としてまず、自覚がなかったんだし」

 自覚がない。それはつまり、神夜自身は望んでその能力を貰わなかった事だ。
 尤も、それは司達も理解しており、はやてと同じように疑問に思っていた。

「考えられるとしたら、その力を知らない間に押し付けられたって事だな」

「だよね……。帝君が会った神様は、そんな事しそうだった?」

「わからん。そういった素振りを隠していたならそれまでだが……でも、俺が会った神様が原因なら、俺にも細工されているだろうな。以前の俺ほど道化になる奴はいねぇし」

 帝の中では、あの女神姉妹が原因ではないとなっている。
 姉の方はともかく、妹の方はそう言った事をするような性格には思えなかったからだ。

「奏ちゃんはどうだったのかな……?」

「聞いてないのか?」

「念話で会話は聞いているから……」

「……聞いていたわ」

 手が空いたのか、奏がやってくる。
 会話を聞いていた事もあり、ちょうどいいタイミングだった。

「私が会った神様は、姉妹ではなかったわ。……言い表すとしたら、サファイアを思わせるような女神だったわ」

「俺が会った神様とはまた別、か」

「それと、件の魅了の力とは無関係そうだったわ。……演技なら別だけど」

 聞きたかった事を答えた奏。
 しかし、その答えは情報の手詰まりを解決する程ではなかった。

「……とりあえず、神様かそれに類するような存在が魅了の力を与えたと思っておくよ。まだ推測の域を出ないし……はやてちゃんもそれでいい?」

「……まぁ、わからんもんはしゃーないしな……」

 ひとまず、魅了の件についてはこれで終わりとなった。

「(この話を進展させるには、優輝君や、それこそ神夜君にも聞かないと)」

 もっと情報を集めるべきだと司は考える。
 しかし、優輝は現在眠っており、神夜もサーラによって気絶させられていた。
 聞くのはもう少し後になりそうだ。

「……なぁ、転生者って事は、や。ネット小説とかやとアニメや漫画の世界に転生するのが多いけど……」

「あー、やっぱりそこに気づくんだね……」

「話しちまうのか?」

「隠しても意味がないでしょ?ばらしても問題はないと思うよ」

 帝が言っていいのか聞くが、問題ないと司は言う。
 タブーという訳でもないので、今ここで話してしまうつもりなのだ。

「……って事は、この世界もアニメの世界やって事やな……?」

「正しくは、“アニメに似た世界”だね。はっきりと内容を覚えていなくても、所々違うからね。特にジュエルシードとか」

「タイトルはなんなんや?主人公とかあらすじは?」

 自分たちをアニメとして知っている事よりも、どんなアニメとして存在していたのかはやては気になるらしく、食いついてくる。
 その様子に司は若干驚いたが、とりあえず知っている事は話す。

「タイトルは“魔法少女リリカルなのは”。主人公はタイトルの通りなのはちゃんだよ。ストーリーは一期がジュエルシード事件、二期が闇の書事件に関する事だね」

「おー、なのはちゃんが主人公なんや。まぁ、魔法を使うきっかけがそれっぽいもんなぁ」

 楽しそうに内容を聞いて笑うはやて。
 ちなみに、この会話は結界で遮断しているため、同じ部屋にいるなのは達には聞こえないようになっている。
 ネット小説に理解があるはやてだからこそ、はやてのみに話しているためだ。

「二期は……私が中心になってくるんか?」

「ヒロインみたいなポジションだったな……。ちなみに、アニメだと取り込まれたのはフェイトだけだな」

「この世界と違って、アニメではアリシアちゃんとプレシアさんは虚数空間に落ちちゃうからね……その違いの影響で対象が変わったんだろうね。……私の心が不安定だったのもあるけど」

 当時の司は自責の念が非常に強かった。
 今ではそんなこともないので、今となってはいい思い出だ。

「そっかぁ、司さん達転生者がいないと、アリシアちゃんとかは助からんのかぁ……もしかして、アインスもなんか?」

「……ああ。司のあの行動がなかったらそのまま消えていただろうな」

 思い出すように帝は言う。
 当時の帝や神夜は、どうにかなるだろうと高を括っていたため、助けるのが間に合わずにいた。だからこそ司の行動は若干暴走していたとはいえ、ファインプレーだった。

「……そっかぁ……」

「アニメと違う所は……そうだな、椿と葵はいなかったし、カタストロフとかいう次元犯罪者のグループもなかったな。それに、ジュエルシードは21個で一部は虚数空間に落ちている」

「当然、天巫女とかも存在してないよ」

 話が乗ってきたのか、しばらく雑談が続く。
 話していなかった事を話したので、色々と箍が外れたのだろう。

「(……私、置いてけぼりね)」

 なお、話についていけなくなった鈴は一人黄昏ていた。
 知りたい事は知れたので特に問題はなかったが。





「……うん、雑談とかしてたら、だいぶ落ち着いたわ」

「正直、話がずれてるとは思ってたんだけどね……プラスに働いたのならよかったよ」

 しばらくして、落ち着いたのかはやての顔色はだいぶ良くなっていた。

「よし、落ち着いた所で本題に戻るけど……この際、神夜君に対して私は憎いとは思わへん。まぁ、理性はそう思っても衝動的に憎むやろうけど……」

「それは……どうして?」

「神夜君にとっては、騙していたつもりがないからやな。皆が私みたいには思わへんやろうし、私も思う所はある。せやけど、それ以上に重要で注視するべきことがあるしな」

「……魅了の力を与えた存在ね」

 はやての言葉に司が疑問に思い、それの答えを鈴が補足する。

「魅了の力を与えた存在。それが神かそうでないかはわからへん。でも、何かしらの理由で力を与えたんやとしたら、今の私たちの状況は少しまずいかもしれへん」

「……そうね。愉快犯であろうとそうでなかろうと、魅了の対策が出来たというのは、力を授けた張本人としては面白くないでしょうね」

「それは……何かしらの干渉をしてくるかもしれない、ってこと?」

「そうなるわね」

 鈴が肯定した事で、司と帝は冷や汗を掻く。
 転生を実体験したからこそ、そんな超常的存在が干渉してくるのは恐ろしかった。

「これは私見やけど……今回のロストロギアと関わりがあるかもしれへん」

「パンドラの箱と?……そっか、あれも不可解な点だらけだもんね」

「つまり以前の正体不明の男とも関わってる可能性がある訳か……」

 推測のみとはいえ、一本の線で繋がったようだと、司達は思った。
 根拠はなくても、同一犯の可能性があると思うには十分に共通点があった。

「以前襲撃してきた男は、誰かに命令されたようだった。それに、男の力も正体も分からず仕舞い。ロストロギアも同じで、誰が発掘場所に置いたのか不明だった」

「おまけに、優輝さんが解析すると予測済みだったんやろ?」

「……で、今回判明した魅了の力を与えた存在か……」

 どれもが“背後に何かいる”というものだった。
 その正体がわからないが、その“不明さ”が、三つの事を一つにまとめていた。

「……もしかすると、この事はもはや人の身では有り余る事かもしれないわね。その前者二つの件は知らないけど、話を聞く限り相当危険ね」

〈神様謹製のデバイスの身から言わせてもらっても、鈴と同意見だねぇ〉

 パンドラの箱と以前の男について知らない鈴とマーリンがそう言う。
 知らなくてもそう思ってしまう程、異常だと感じたからだ。

〈強大すぎる存在はただ“在る”だけで影響を及ぼす。……君達も会話の中で気づいているだろう?……ただの憶測を出ないはずの会話なのに、やけに説得力があるのを〉

「っ……!」

 マーリンの言葉に司が目を見開く。
 そう。今までの会話は全て憶測から述べていたモノばかりだった。
 説得力のある、根拠ありきの言葉ではない、ただの推測でしかない。
 だというのに、確信を持てる程の“言葉の強さ”があった。
 ……その事に、司は遅ればせながら気づいたのだ。

「………まさか」

〈“いる”だろうね。それほどの存在が、間違いなく〉

 憶測の出ない話に、説得力を感じた。
 それはつまり、その話に影響を及ぼす程強大な存在であり、且つその話に関係しているという事になる。

〈解せないのは、その存在の目的だね〉

「……少なくとも、優輝君が関連してると、思う」

「パンドラの箱は、あいつじゃないと解析できない設定だったからな」

 考え込む司と帝。
 そんな二人に対し、鈴が手を叩いて思考を中断させる。

「判断材料の少ない今、考え込んでも時間の無駄よ。気になるのはわかるし、見逃せない事でもあるけど、今は目の前の事に集中しないと、あらぬ事で足元を掬われるわよ」

「……そう、だね」

 これ以上はどうしようもないと、司はそれ以上の推測をやめる。
 どの道判断材料が少ない今では、何もできないからだ。

「……一度、転生者全員で知っている事を照らし合わせるか?」

「ないよりはマシ程度にしかわからないと思うけど……」

「神夜君にも聞いておいた方がいいんちゃうか?話が通じるかはわからへんけど……」

 また時間を置いてから考える事にして、目の前の事に集中する事にする。
 司達は皆の事を任せていた奏達の所へ戻り、はやても家族の下へと戻った。







「……皆、精神的なダメージが大きいけど何とか落ち着いたよ」

『そうか。……事後処理に戻れるならば戻るように言っておいてくれ。もしかしたら作業に集中している方が気が紛れるかもしれないからな』

「了解」

 クロノに報告して、ようやくひと段落ついたと司は息を吐く。
 フェイトや八神一家は、アリシアやはやて達の尽力もあり、だいぶ立ち直っていた。
 だが、他の女性局員はそうはいかなかった。
 まだ子供であるフェイト達と違って成熟している分、心が歪められていた事に対する理解が深かったため、その傷も深かったのだ。

「(アフターケアも、責任持ってしないとね)」

「司、こっちは任せていていいか?」

「帝君?」

 司達が責任持って付き合うと決めた所へ、帝が話しかけてくる。

「俺はちょっと席を外す。俺だと心の傷を癒すなんてできないからな」

「そう?……あ、だったら優輝君の様子を見てきてくれる?」

「元よりそのつもりだ。じゃ、行ってくる」

 席を外す旨を司に伝え、帝は部屋から出た。





「(あいつが起きているなら、聞きたい事が聞けるが……)」

 廊下を歩く帝は、これからの事を頭に思い描く。

「(今のあいつはあの二人がいなくなって不安定だ。あまり干渉しない方がいいが……確かめておきたい……!)」

 何よりも、何か知っているかもしれない。
 そう思って、帝は優輝のいる部屋へと向かっていく。

「(あいつは転生者としての特典を持っていない。いや、正しくは“もう使えない”。……だが、特典で調べた事は記憶しているはず。もしかすれば……)」

 それは、以前特訓の時に聞いた内容。
 優輝は神様特典なるものを使えなくなったという事。
 そして、その特典の内容が、人の能力をステータスとして見れるという事。
 帝はその内容を思い出したため、優輝の元へと向かっていた。

「(……織崎の奴について、何かわかるかもしれん……!)」

 特典“キャラクター・ステータス”。
 現在は使用不可であるその特典による効果で、優輝は神夜のステータスを知っている。
 尤も、それは当時のものであるため、現在と変わっているかもしれない。
 それでも何かのヒントになるかもしれないため、帝は聞きに向かったのだ。

「『……仮にもあいつのデバイスをやってたんだ。何か知っているか?』」

 ふと、帝は念話でサーラ……というよりは、アロンダイトに尋ねる。

〈『……いえ、私も特に知らされていません。彼のデバイスとして必要最低限の転生者に関する知識を埋め込まれただけです』〉

「『そうか……』」

 アロンダイトの返答に、どことなく予想していた事とはいえ、落胆する帝。
 やはり、優輝に何か聞くべきだと思い、歩みを速めた。

「(……天使に、魅了の力を授けた存在。何か、大きな“モノ”が動いている……そんな気がする……)」

〈……マスター〉

 直感系の能力もないのに、帝は嫌な予感を感じていた。
 そんな帝に、エアが話しかける。

「……エアか」

〈気を付けてください。優輝様は……確実に内に何かを秘めています。なのは様や奏様に宿っているであろう、天使と同じように、何かを……〉

「……何?」

 エアの言葉に、帝は足を止める。
 明らかに聞き逃せない情報だったからだ。

「どういうことだ。……エアは、何を知っているんだ?」

〈私も、大したことは知りません。ですが、以前優輝様とは別にそういった存在を見ました。はぐらかされはしたものの、何かがあるのは確実です。そして、その存在と関係があるであろう優輝様もまた、何か……〉

「…………」

 珍しく本気で心配してくるエアに、帝も黙り込む。
 このまま不用意に優輝に聞きに行くのは得策ではないと思えてきたのだ。

「……それは、誰の事だ?“あいつが関係する”……つまり、あいつとは別なんだろ?」

〈……はい。ですが、優輝様と表裏一体だと思われます。おそらく、別人格かと……〉

 それは、以前神降しの反動で優輝が優奈になっていた時の話だった。
 帝が塞ぎ込んでいる時に優奈が来た際、エアは送り届ける時に尋ねていた。
 どのような“存在”なのかを。

「別人格……か。あの天使みたいなものか?」

〈おそらく、似たようなものだと思われます〉

 敢えてエアは優奈の名は出さなかった。
 それの理由が帝を傷つけないためなのか、確信を持てないからなのかは、エア自身にも分からないようだったが。

〈ともかく、用心に越したことはありません〉

「……そうだな」

 足を止めて、帝は考え込む。
 誰が“安全”なのか、帝には分からなかった。
 優輝も“安全”ではないと思い、どうするべきか一考する。

「……それでも、聞かないといけないかもしれない……」

〈……そうですか。まぁ、マスターに従います〉

「止めないのか?」

〈覚悟の上で行くのであれば〉

 力強いその言葉に、帝は思わず笑みを漏らす。

「つくづく出来たデバイスだぜ」

〈神様謹製ですから〉

「俺には勿体ないくらいだな」

〈今更ですか?〉

 軽口を叩き合い、帝は再び優輝の部屋へと向かう。

「……あいつとは、そんな長い付き合いじゃないが、それでも悪人とは思えない。俺たちに隠していることがあるだろうが、それでも悪いヤツとは思えん」

〈……それは同感です〉

「だったら、それでいいじゃねぇか。俺にはそんな小難しいことは考えてられん。馬鹿正直に行ってやるさ」

 前世はただのオタク男子だった帝にとって、小難しい悩みはしたくなかった。
 思考放棄とも言えるが、帝にとってはそれがちょうどいいくらいだったのだ。

「(謎は深まってばっかだ。でも、そういうのを考えるのは別の奴らに任せよう。俺は俺にできることをやればいい)」

 そう考え、帝は改めて歩みを速めた。











   ―――状況が落ち着かない中、謎だけが深まっていく。







   ―――それでも、彼らは前へと進んでいく。









   ―――来るべき“その時”に向かって。















 
 

 
後書き
謎を増やす回。面と向かって解き明かす事はないと思います。多分、何かのついでに判明していく感じになります。 

 

第177話「異質なナニカ」

 
前書き
何気に優奈の姿とエンカウントしそうな帝。
どうなる……!?(まだ出会いません)
 

 








       =優輝side=









   ―――あらぁ?まだ諦めないなんて……まるで、人間のようねぇ

   ―――おい!これ以上は……!



 ……声が、聞こえる。
 記憶にない、聞き覚えのないはずの声が聞こえる。



   ―――まだ足掻くなんて……!その程度の“格”で……!

   ―――まさか、“勝つ可能性”を引き寄せたのか……!?



 自分を嘲るように笑う女性の声。
 そんな自分を見て心配する声、驚愕する声、男女様々な声が聞こえる。



   ―――これが……“可能性”……?貴方の、本当の力……?

   ―――まずい……!これ以上は、神としての器が耐えきれなくなるぞ!



 そのどれもが、記憶にない声だ。
 だけど、まるで魂に刻まれた記憶のように、深く浸透してくる。



   ―――嘘……こんな事って……!



 ……でも、何となく、理解した。
 これは、僕であって僕ではない“誰か”へと向けた言葉なのだと。



   ―――っ……!貴方は……一体……?



「(……お前は……一体……)」

 気が付けば、聞こえてくる女性と同じ言葉を自分へと向けていた。
 自分ではない“自分”が、その言葉に応える。



   ―――僕はユ■■・デ■■■ス。……“可能性”を司る者だ









 ……それは、以前司を助けようとした時にも見た背中だった。
 知らないはずの、“誰よりも知っている気がする”背中だった。























「……っ……」

 ふと、薄らと開いた瞼に、眩い光が入り込んでくる。
 それはすぐに部屋のライトだと分かり、手で光を遮る。

「優輝!?」

「目が覚めたのか!?」

 そんな僕の動きを見て、慌てたように声を掛けられる。

「母さん、父さん……」

 声の主は両親だった。
 二人とも、心配して僕を覗き込んでいた。

「……あぁ、そうか。倒れたんだっけ……」

「そうよ!奏ちゃんが知らせに来て、びっくりしたんだから!」

「あまり、無理はしてくれるなよ?」

 どうやら、随分と心配させてしまったようだ。
 母さんに至っては、涙目になっていた。

「……大丈夫。ちょっとショックが大きかっただけ」

「……優輝……?」

 消えてしまった椿と葵。
 二人の力はまだ僕の中に残っているが、肝心の二人はもういない。
 家族のように……いや、家族として過ごしていた二人がいなくなったんだ。
 緋雪と同じように、まだ失ってしまった。
 二人は式姫だから幽世に還った。……でも、そうだとしてもショックは大きい。

「(また、守れなかった。いや、それどころか、守られてばかりだった)」

 椿と葵は、守護者に敗北して気絶した僕を守り続けていた。
 だから、あそこまでの傷を負い……僕に力を託して、消えていった。

「(……可能性、か)」

 夢に出てきた、僕に似た誰か。
 その人物は“可能性”を司ると言っていた。

「(……二人が死なずに済む可能性もあったんだろうな)」

 どんな小さな可能性も掴んで見せる。
 そんな気概で、格上の存在との戦いにも勝ってきた。
 ……でも、そんな気概がもう保てない。

「優輝……まさか……」

「……本当に、感情を失っているんだな……」

「……さすがに、気づくよね」

 そんな事を考えている僕の様子を見て、二人が信じられないとばかりにそう言った。
 一応、感情がある演技はしていたけど……そこは親だからか、見破られたようだ。

「シャマルさんに聞かされてたのよ……」

「正直、信じられなかったんだが、その時に優輝が倒れて……」

「そっか……」

 両親には伝えるべきだと、シャマルさんは判断していたのだろう。
 感情を失ったなんて、相当な事態だからな。

「力の代償……ってのはわかる」

「でも、どうしてこんなにまでなって……!」

「………」

 二人は、そうまでしなければ勝てなかった事はわかっているのだろう。
 わかっている上で、僕がここまでやった事に思う所があるのだろう。
 ……でも、感情を失っている今では……。

「こういった代償を払わなければ、勝てなかったから」

 ……どうしても、冷たい応答しかできない。

「馬鹿……!それで心配する人もいるのよ……!」

「………」

 叱責するような、心配するようなその言葉に、感情を失ったはずの心が揺れる。
 緋雪の時と同じだ。ズキリと、心が痛む。

「優輝、お前はしばらく休め。今回、お前は頑張り過ぎた。だから……な?」

「……分かった……」

 考えてみれば、今回の事件はよく動いていた。
 霊術を扱えるというのもあったし、何よりも神降しが使えたために大門の守護者と死闘を繰り広げる事になっていた。
 皆と共闘していた時と違い、神降しの時はフルパワーの守護者だ。
 神降しがなければ防御も反応もできないまま殺されていただろう。
 そんな相手との死闘。さらにその後の回復直後にまたもや死闘を繰り広げた。
 それ以外にも妖の討伐などで東奔西走していた。

 ……確かに、傍から見れば頑張り過ぎなのだろう。

「頼る事を覚えなさい……。貴方は一人じゃないの……私たちがいるんだから」

「母さん……」

 そう言われて、その通りだと思った。
 僕は母さんと父さんが行方不明になって以来、誰かに頼る事をほぼやめていた。
 緋雪と椿と葵。この三人にしか、頼る事はなかった。
 戦力や能力などでは頼っても、精神的分野で頼る事はなかったのだ。

「(心が安らぐ……あぁ、そっか……久しぶりに、“休める”んだな……)」

 目が覚めたばかりなのに、眠くなる。
 僕を優しく抱擁する母さんに、安らぎを感じているのだろう。

「……ありがとう……」

「しばらくは俺たちに任せろ」

「貴方は、ゆっくりしていなさい」

 その言葉を最後に、僕の意識は落ちる。
 心を休めるために、眠りに就いたのだ。









       =out side=







「………」

 優輝のいる部屋の前で、帝は立ち尽くしていた。
 本来なら部屋に入るつもりだったのだが、中の会話が聞こえてきたからだ。

「(……入る訳には、いかないよな……)」

 優輝の状態。そんな優輝を見守る両親。
 それらを考えると、ここで中に入るのはダメだと帝は思った。

「……あー、どうすっかなぁ……」

 頭を掻きながら、帝はぼやく。
 本来なら様子を見るついでに聞きたい事を聞くつもりだったのだ。
 だが、出鼻を挫くように入るべきではない雰囲気だったため、それが出来なかった。

〈……リヒトからデータを受け取りましょうか?〉

「……その手があったか」

 そこでエアが助け舟を出した。
 優輝に直接聞く事が出来なくても、リヒトからなら聞く事が出来る。
 エアなら同じデバイスであるため、通信からデータのやり取りもできるため、これで聞きたい事は聞けないものの、内容は知る事が出来る。

「(転生する時の神についても聞きたかったが……それは別の機会でいいだろう。一遍に知った所で俺にはどうしようもないしな)」

〈では、受け取ってきます〉

 帝は扉の横の壁にもたれながらエアが情報を受け取るのを待つ。
 そこまで時間を掛ける事なく、データのやり取りで点滅していたエアの光が消える。

〈受け取ってきました。一応、神についても聞きましたがリヒトは知らないと〉

「さすがに言ってなかったのか。……ってか、何気にあいつのデバイスは古代ベルカ産であって神様謹製じゃないもんな。必要がなければ知らせないか」

〈はい。それで、データを閲覧しますか?〉

「一応場所を変えよう」

 そう言って、帝は場所を変える。
 結局様子は見ていないが、両親がついているなら大丈夫だろうと判断したようだ。





「『司、奏。念話越しで悪いが織崎に関するデータを送るから確認しといてくれ』」

『了解。優輝君はどうだった?』

「『ちょっと入れそうにない雰囲気だった。まぁ、親がいるなら大丈夫だろ』」

『そっか……』

 司と奏に念話を入れ、データを送ると同時に自身も閲覧する。

「当時の……とはいえ、能力自体は今判明してるのと大差ないな」

 空中に投影された映像には、優輝が以前にメモっていた神夜のステータスがあった。
 帝はまず、能力に目を通し……。

「……ビンゴ、とでも言うべきか?」

 そのすぐ上に表示されていた、神夜を表す称号の欄に目が留まった。
 そして、そこに書かれていた内容に、冷や汗を流す。

「……“■■の傀儡”……はは……あいつも気づかない内に、駒にされてるのか」

 それは、背後に何者かがいる決定的な証拠だった。
 それと同時に、神の特典の力を以ってしても“視る”事が出来ないのが判明した。

「(ステータスを“視る”力。特典であるならばその効果は強いはず。実際、能力だけでなく、体力とかも数値にして出す程だ。それでも“■■(不明)”になっている……か)」

 ゲームなどでありがちな“ステータス”。
 現実でそれを表記するのは、そういった法則の世界でない限り不可能に近い。
 特典だからこそ出来る事だとも言える。
 しかし、その上で“■■(不明)”となっていたのだ。

「『……どう思う?』」

『……とりあえず、神夜君も被害者になる……って思ってるよ』

『後は、想像通り途轍もない存在が関わってる事だけ……』

 同じように確認したのを見計らって、帝は念話で司と奏に尋ねる。
 帝と同じく、司も奏も“■■(不明)”に戸惑っていた。

「『多分、というかほぼ確実に、“■■(これ)”があいつに魅了の力を与えた奴だと俺は思っている』」

『まぁ、他に考えられないもんね』

 帝の言葉に司も同意する。
 実際、他に判断材料がない時点でそうとしか思えなかった。

『………』

『……奏ちゃん?』

「『どうした?』」

 ふと、奏が無言になっている事に司が気づく。

『今二人でデータを見てたんだけど、この“■■(不明)”の部分をじっと見て難しい顔をしてて……』

『……ごめんなさい。ちょっと我を失ってたわ』

「『……大丈夫か?』」

 あまりに唐突過ぎるため、帝は心配の言葉を掛ける。
 奏は優輝以外に対しては寡黙で、少々の事では動じない。
 また、例え動揺があってもあまり表には出さないのが普通だった。
 そのため、ここまで目に見えて様子が違ったのは初めてだった。

『……大丈夫よ。でも……』

『どうしたの?』

『この“■■(不明)”の部分を見ていたら……どこか……』







   ―――敵意に呑まれそうになるわ







「っ……!?」

 念話から感じ取れたその殺意に、帝は息を呑んだ。
 明らかに奏らしからぬ気配を感じ、思わず念話を切ってしまう。

「(なんだ、今の……!?)」

 帝や司に向けられたものではなかった。
 同時に、殺意の類であれば優輝や守護者の方が強かったとも理解していた。
 だが、だと言うのに帝は二人の時よりも気圧されていた。

「(……これは、“あの時”の感覚に似ている……)」

 そして、帝は気圧された際の感覚に覚えがあった。
 あの時目撃した天使の持つ気配。それに似ていたのだ。

「(自覚なしか……それとも……)」

 とりあえず、もう一度繋げ直そうと、念話を再開する帝。

 





「……奏、ちゃん……?」

 一方、司の方もその得体の知れない感覚に、奏から一歩離れる。

「っ……、っ……!?」

 だが、最も動揺しているのは他ならぬ奏だった。

「だ、大丈夫!?」

「っ……今、のは……?」

 思わず心配して駆け寄る司。
 その場にへたり込んだ奏は、自分が口走った事に恐怖を覚えていた。
 まるで、無意識に呟いたその内容が信じられないかのように。

「(まさか、あの“天使”が……!?)」

 明らかに奏の本意で言った訳ではないのは、その怯えた様子から理解できた。
 よって、今の言葉は以前に奏の体を使った“天使”だと司は自然と推察した。

『奏、今のは……』

「『ごめん帝君。今念話で直接聞くのはやめた方がいいよ。……凄く動揺してる』」

『っ、それほどなのか……』

 動揺から切られた帝からの念話が再開する。
 奏に先ほどの事を尋ねられたので、咄嗟に司がフォローを出す。

「『帝君、私の予想だけど、奏ちゃんのさっきの言葉は……』」

『以前に俺が話した“天使”じゃないかってか?』

「『……帝君もそう思ってたんだね』」

 同じように思っていたなら話が早いと、司は思考を切り替える。

「『奏ちゃんは間違いなくほぼ無意識にさっきの言葉を放った。……この際、奏ちゃんの今の状態は落ち着くまで置いておくよ。……言葉の内容として、どう思う?』」

『……敵意、っつってたよな?』

 奏の状態から、今深掘りする訳にはいかず、奏が落ち着くまで司が見る事になる。
 その間に、発言の内容について考える事にした。

『単純に考えたら、“天使”はこの“■■(不明)”の奴と敵対してると考えられる』

「『そうだね。明らかに敵意があった。天使と敵対すると言えば……』」

『悪魔とかか?』

「『この場合、邪神とかの方が当て嵌まりそうだね……』」

 悪魔でも邪神でも、裏にいる存在としてはおかしくないと司と帝は思う。
 得体の知れなさでは、そのどちらでも合っているからだ。

『……一旦、俺もそっちに戻る』

「『了解』」

 奏が心配な事もあり、帝はそこで一旦念話を切り上げる。
 念話を切り、司は怯えている奏に向き直る。

「……奏ちゃん……」

「つか、司、さん……い、今の、今のは……私、今……」

「(……まずい、思った以上に狼狽えてる……!)」

 自分の体を抱きしめ、涙目になっている奏。
 普段から優輝以外に表情の変化を見せない奏が、それほどまでになっている。
 その事に、司は判断を見誤ったと理解する。

「わ、私の中に、何が……!?」

「落ち着いて……!」

「い、いや……!む、無理……落ち着けない……!」

 優輝と守護者の戦いでも同じような事があったのが大きかった。
 二度も、自分ではない誰かの影響を受ける。
 それは、以前に魅了によって心を歪められていた事と似ているのもあり、奏の心に非常に大きな傷を残していた。

「……これは、何事かしら?」

「あ……鈴さん……」

「少し見ない間に、そっちの子がそこまで錯乱するなんて……藪をつついて蛇でも出したの?」

「同じようなものかな……」

 呆れたような顔で、されど奏を心配して鈴が声を掛けてくる。
 別室の皆を宥めてきた所で、奏の霊力が乱れていたのを感じ取って来たのだ。

「悪路王、貴方から見てどうなってる?」

『吾に聞かなくても分かるだろう。……魅了の術に掛かっていた者と同等に精神が乱れているな。何が起きたかまではわからんがな』

「……やっぱり、そんな感じなのね」

 悪路王の言う通り、現在の奏はフェイト達が正気に戻った時のように酷く錯乱しており、精神状態も非常に不安定になっている。
 だからこそ、すぐにどうにかするべきだが、その方法が見つからなかった。

「奏ちゃん!!」

「っ……!」

 それでも、何とかしなければならない。
 司はそう考えて、まずは落ち着かせようと頭を抱えるように抱き締める。

「……ゆっくり、ゆっくりでいいから、落ち着いて……」

「っ……ぅぅ……」

「(今は、何とかこれで……)」

 落ち着いてほしいという“祈り”と共に、司は魔力で奏を覆う。
 祈りの力により、その魔力で奏の精神は徐々に落ち着きを取り戻していく。

「……それで、何があったの?」

「……実は―――」

 司は簡潔に先ほどあった事を鈴に話す。
 転生について知っていたために、はぐらかす事もなく事情を伝える。

「……なるほど……気持ちはわかるわ」

〈君の前世も似たような事になったからね。こちらの方が得体が知れない分、精神的に辛いと思うけど〉

 鈴は、前世で鵺に殺され、自由を封じられてその時の想いを利用された事がある。
 霊体として分離する前は、鵺と同化していたようなものだった。
 そのため、自分が自分じゃない感覚は経験していた。
 その事もあって、鈴は奏の状態が概ね理解できた。

「これは……どうしようもないわね。家族であればもしくは……って所ね。時間を掛けて落ち着かせるしかないわ。その点では貴女の判断は間違ってないわね」

「……そう、なんだ」

 奏に対してしてやれる事はないと鈴は断言する。
 実際、手の施しようがないため、このままを維持するしかない。
 ちなみに、この会話は奏に聞かせないように司が耳栓代わりの魔法を使っていた。

「にしても“天使”ね……」

「推測っていうか、見た目がそれっぽいだけで、実際は何かわからないんだけどね……」

 鈴もなのはと奏の言動がおかしくなった瞬間は見ていた。
 あの時の異様な雰囲気を鮮明に覚えており、つい思い出して考えてしまう。

「……戻ったぞ」

「帝君」

「……相当、やばそうだな……」

 そこへ、帝が戻ってくる。
 奏が司に縋りついて震えているのを見て、危うい状態なのを即座に理解した。

「とりあえず、私の魔法で安静にしやすいようにしてるけど……」

「魔力は大丈夫なのか?」

「ある程度回復したからね。人一人分なら何とか……でも、きついかな……」

 司の魔力はまだ全快していない。その状態で魔法を維持している。
 普通なら立ち眩みを起こすような状態を続けている。
 頼るだけでなく、頼られるようになる。その覚悟で、司は耐えていた。
 だが、それは長く持たない。少しでも気を抜けば術式が瓦解するだろう。

「……この場になのはがいなくてよかったと言うべきか……」

「なのはちゃんも奏ちゃんと同じ可能性があるもんね……」

「奏の事は……あいつに任せるべき……いや、今は無理か……」

 帝はつい優輝を思い浮かべたが、その優輝を今は頼れない。
 同時に、帝も何かと優輝に頼っているのを自覚した。

「頼られるようになるって決意しても、これじゃあね……」

「早計だった……ってことか……」

 魅了を解こうと奮い立っていなければこうならなかった。
 そんな考えが司の脳裏に過る。
 実際は連鎖的に事態が続いただけで、その考えは早とちりに過ぎない。

「なに?そんな事考えてたの?」

「そんな事って……ずっと頼ってばかりだったから……」

「……馬鹿ね。だからって決意してすぐに行動に起こしても躓くだけよ」

「う……」

 事実、その通りだった。
 魅了を解く自体は上手くいったものの、それ以外は杜撰だった。
 その結果が今の奏の状態なのだから、何も言い返せない。

「でも、今しかないって思ったから……」

「焦っては事を仕損じる。大方、この機会じゃないといけないとでも考えてたのね。詳しくは知らないけど、それでそうなってたら意味ないでしょう」

「っ……」

 鈴の言葉に司は言い返せずに黙り込む。
 結局空回りした部分が多かったために、言い返す事が出来なかった。

「私、は……」

「でも、一番ダメなのはその決意が保てていない事よ」

「え……?」

 続けられたその言葉に、司は一瞬意味が分からずに聞き返す。

「頼ってばかりで変わろうと思う事は決して悪い事ではないわ。でも、中途半端に行動を起こしてその決意を鈍らせていたら、それこそ永久に変われないわよ」

「あ……」

 鈴の言う通り、司の変わろうと思った決意は鈍っていた。
 現に、魔力不足で立ち眩みを起こしそうなのをその決意で耐えていたが、決意が鈍った事で奏に使っていた耳栓代わりの魔法が消えていた。

「決意を抱き続けなさい。すぐに変わらなくても、その想いは崩さないで」

「っ……そう、だね……」

 頭を殴られたかのような衝撃だった。
 大事なのは行動を起こすことではなく、その想いを崩さないこと。
 決意を鈍らせずに抱き続けることだと、司は理解したからだ。

「……っ……」

「……奏ちゃん?」

「……もう、大丈夫……!」

 司に縋り付いてた手に力が籠る。
 それに気づいて司は奏を見ると、奏は正気を取り戻したようで震えが止まっていた。

「いつまでも、怯えていられないわ……!」

「……さっきの会話、聞こえていたみたいね」

「え……あっ、魔法が……!?」

 そこで司が魔法の術式が瓦解して解けていたことに気づく。
 精神を落ち着ける魔法は持続していたが、防音の魔法は解けていたのだ。
 そのため、先ほどの会話が聞かれており、それが奏を立ち直らせていた。

「逃れられないなら……向き合うしか、ない……!」

「奏ちゃん……」

「……そう、だな。どの道、向き合う事になるもんな」

 神夜に関わっているであろう存在。
 転生する際に干渉しているのであれば、いずれ関わってくるだろうと帝は考えていた。
 だからこそ、向き合う気概を持たなければならないと理解した。

「(……大丈夫。きっと、大丈夫……!)」

 虚勢を張るように、奏は自分に言い聞かせる。
 根拠はない。だけど、それでも決意を鈍らせないように、自身を鼓舞した。

「……その様子だともう大丈夫そうね。あ、そろそろ魅了を解いた人達の所へ戻った方がいいわよ?魅了を掛けていた張本人に対する殺意が爆発してもしらないわよ」

「……あっ」

「そういえば、皆に任せっぱなしだったな……」

 鈴の言葉に三人は思い出させられる。
 なのはやアリシア達に任せっきりで、随分と時間を置いていた。

『つ、司!何人か、鬼の形相で神夜を探しに行こうとしてるんだけど!?』

「言った傍から!?『で、できるだけ止めて!すぐにそっち行くから!』」

 直後にアリシアから伝心が掛かってくる。
 話題に上がった瞬間に来たため、司は慌てて部屋へと向かう。

「二人とも!……あ、あと鈴さんも、暴走しようとしてる人たちを止めるの手伝って!」

「案の定かよ!?」

「落ち着く暇もないわ……」

「なんだか、巻き込まれてばかりね」

 司は帝たちにも声を掛け、アリシアたちがいる部屋へと急いだ。
 つい先程の事で悩んでいたのが嘘かのように、帝達も急ぐ。

 ……尤も、別の事で考える暇がない方が、奏にとってはいいのかもしれない。











 
 

 
後書き
帝が確認している神夜のステータスは、第1章でのキャラ紹介とほとんど同じです。
奏がここまで精神的に追い込まれているのは、以前魅了の副次効果で優輝の事を忘れていたのが響いています。別人に成り代わられて、また忘れてしまうというトラウマで発狂しかけました。
後、今更ですがフェイト達は二つか三つくらいの部屋に分けています。大人数なので、現在司と奏は別の部屋にいる設定です。 

 

第178話「魅了の傷跡」

 
前書き
魅了に気づく事なく、しかし心を歪められたままか、魅了が解かれ、それまで歪められていた感情を自覚するのと、どっちの方がつらいのか……。
当人からすれば、気づいていない方が精神的に楽ですが、周りから見れば仮初の感情に踊らされている事になりますしね……。
 

 





       =司side=





 魅了を解いた人たちがいた部屋に辿り着く。
 すると、早速騒ぎ声が聞こえてきた。

「放して!人の心を弄んだのよ!こんなの許されないわ!」

「だからって、ほっとけないですよ!そんな暴走したように先走っても良いことなんてないんですから!」

「っ……!」

 神夜君の所へ行こうとする女性局員の人たちと、それを止めるアリシアちゃんたち。
 それを遠巻きに眺めるように、傷心を癒しているフェイトちゃんたち。
 そんな光景がそこにはあった。

「くそっ……!邪魔すんな!」

「お、落ち着いて……!」

「ああもう!力強いわね!」

 暴走しているのは神夜君によく関わっていた局員と、血の気が多めな人達。
 ヴィータちゃんもその一人で、アリサちゃんとすずかちゃんが必死に止めていた。
 なのはちゃんも他の人達を止めているけど、突破されかけていた。

「あ!司!お願い止めて!」

「ま、魔力も霊力もそんな余裕ないんだけど……」

「私が……!」

「私も協力するわよ」

 アリシアちゃんが私たちに気づき、止めるように言ってくる。
 でも、私は魔法も霊術も使う余裕がないため、直接止めるしかない。
 代わりに奏ちゃんと鈴さんが霊術で止めるのに協力してくれた。

「俺は―――」

 帝君も続けてバインドを使おうとしたけど……。

「っ―――!」

「ッ!?……いや、俺は席を外した方が良さそうだ……」

 何人もの視線が帝君へと集中する。
 それも、若干殺意や憎悪が混じったものだった。
 帝君はそれに晒され、すぐさま席を外した。

「(今のは……どういうこと?)」

 でも、同時に疑問が浮かんだ。
 なぜ、帝君が睨まれたのかという、疑問が。

『司、どうやら魅了の傷跡は大きいらしい。多分だが、同じ男子ってだけで俺も憎悪の対象になっているんだろう』

「『なるほど……じゃあ、帝君はどうするの?』」

『仕方ないから、俺は少しでも人手不足解消のためにクロノの方を手伝ってくる。織崎を拘束している宝具を解除する必要があるなら念話で言ってくれ』

「『了解』」

 その疑問は視線を向けられた帝君が念話で伝えてくれた。
 この場にいるだけで憎悪を向けられるのなら、クロノ君の方を手伝った方が無難だ。
 実際、こっちよりもクロノ君たちに人手を向けた方がいいからね。

「とにかく、一旦落ち着いて……ください!」

「っぁ!?」

 体術を以って、押し通ろうとする人たちの体勢を崩す。
 優輝君に体術の類は一通り教えてもらってあるから、足止めくらいは容易い。





「はぁ……ふぅ……」

「……司、少し休んだ方が……」

「うん……ちょっと、そうさせてもらうよ……」

 何とか先走った人達を止め、私は息を切らしてその場に座り込む。
 魔力も霊力もほとんどないから、疲労が大きくなっていたみたいだ。

「……なんで……止めんだよ……!」

「ヴィータちゃん……」

 バインドできっちり止められたヴィータちゃんが、絞り出すようにそう言う。

「全部あいつのせいで!人の心を弄んだんだぞ!?なんで止めるんだよ!!」

 ヴィータちゃんの怒りは尤もだ。
 私だって、同じ立場であれば自分の状態も顧みずに報復に向かおうとしただろう。
 そして、そう言った想いにより共感できるのはアリシアちゃん達だ。

「だからって、そのまま皆を放置したら殺す勢いで報復するでしょ?それはダメだよ」

 より共感できるからこそ、アリシアちゃん達は皆を止めて説得していた。
 この場において、私はあまり出番がないだろう。
 同じく、鈴さんも。魅了をされた事がない私たちでは、皆を止める事は出来ない。

「それに、神夜に直接報復した所で、何も変わらないわ。精々憂さ晴らしになるだけ。……根本的な部分の解決にはならないわ」

 奏ちゃんがアリシアちゃんの言葉に続けて言う。
 ……少し心配だったけど、皆を止めている内に落ち着きを取り戻したみたいだ。

「……根本的な、部分……?」

「何となく察してる人もいると思うけど、神夜の魅了は無自覚なものよ。本人すら掛けている事に気付かないわ。……周りの人は気づいていたようだけど」

 話の流れからして、神夜君の背後に存在する黒幕の事も話すみたいだ。
 まだ私たちも推測しかできないから、“いる”って事だけしか言えないけど。

「……無自覚だったら、許されるのかよ……!」

「ううん。そうは言わないよ」

 その言葉を別方向で捉えたのか、怒りを込めて絞り出すようにヴィータちゃんは言う。
 でも、それは違う。怒りを感じるのは当然だけど、そういう問題じゃない。

「言ったよね?“無自覚な魅了”だって。本人すら、魅了の力を持っている事を知らなかった。……もちろん、生まれながらにしてそんな力が存在する訳がない」

「そうなの?レアスキルの可能性は……」

「それこそあり得ないよ。夜天の書の守護すら貫通する魅了なんて、それこそロストロギア級の力。……特異体質で済ませられるものじゃないよ」

 転生特典を知らない人からすれば、レアスキルと思うのも仕方がない。
 でも、その効果が働く力が強すぎる。
 はやてちゃんは夜天の書による力で精神的な部分においても守護されている。
 言ってしまえば生半可な力では干渉できないのだ。
 なのに、魅了はそれを貫通した。例えそれが夜天の書が覚醒する前の事だとしても、一切精神干渉に気付かせる事がなかった。
 ……そんなのが、レアスキルの枠に収まるはずがない。

「じゃあ、なんだってんだよ……!」

「……先に言ってしまえば、神夜君も被害者の一人に過ぎないかもしれないんだよ」

「どういう、事なの……?」

 ヴィータちゃんだけでなく、アリシアちゃんも疑問に思って私に尋ねてくる。
 奏ちゃんにアイコンタクトを送り、とりあえず知っている事は伝える事にする。

「帝君曰く、神夜君に魅了の力の事を問い質したらしいけど、返ってきた答えは“知らない”の一点張り。無自覚だった事もあって、誰かにその力を与えられた可能性があるの」

「……誰か、って……」

「そもそも、魅了の事を抜きにしても神夜君は悪人の性格をしていると思う?皆を騙して善人の振りをしていると思える?……性質としては、質が悪いとはいえ善人だよ、神夜君は」

 私の言葉に、怒りが抑えられたかのように口籠るヴィータちゃん。
 他の人達も、そういえばと思い当たったみたいだ。

「じゃあ、司達は神夜を操ってる黒幕がいると思っているの?」

「思う……と言うか、ほぼ確実にいるよ。これは推測だけど、以前に現れた攻撃が通じない男や、今回の事件を引き起こしたロストロギアとも関係があると思ってる」

「根拠は……?」

 少し震えた声で、アリシアちゃんがさらに尋ねてくる。
 正体が不明な存在二つと関わってくるのだから、気になるのだろう。

「関係していると思うのは雰囲気やその“謎っぽさ”からだから根拠とは言えないよ。でも、背後に何かいるのは確信してるよ」

「確信……」

 断言した私を見て、アリシアちゃんは目を見開く。
 自信を持って言ったから、それだけの根拠があるのだと驚いたのだろう。

「アリサちゃんとすずかちゃんは知っているよね?優輝君の以前は持っていた力」

「えっと……確か、人の力を数値に表すゲームのステータスみたいなものよね?」

「その通り。今は失われて使えない力だけど、当時のステータスはデータに残していたんだよ。それが、これだよ」

 シュラインにデータを提示するように操作する。
 提示するのはステータスの称号の部分。
 他にも情報はあるけど、今は必要な部分だけでいい。

「傀、儡……これって……」

「これが根拠。間違いなく、神夜君は利用されている。それこそ、ただの駒のように」

 同時に、私たちが恐れている理由でもある。
 人一人に干渉し、利用するのであれば、相応の事はなんでもできるという事。
 いざとなれば、今ここで私たちに何か仕掛けてくるかもしれないと考えられる。

「別に神夜君を許せ、とは言わないよ。無自覚とはいえ魅了した罪と責任は消えない。……でも、心に留めておいて。背後には黒幕がいる事を」

「っ………!」

 とんでもないことを知ってしまったとばかりに、皆は驚愕の表情を浮かべていた。
 そして、奏ちゃんと同じく何かを体に宿しているかもしれないなのはちゃんは……。



「………」

 ……奏ちゃんと同じように、“殺意”が感じられた。

「なのは?」

「ふえっ!?ど、どうしたの?」

「いや、何か凄い顔してたから」

「そ、そうなの?」

「自覚なかったんだ……」

 アリサちゃんとすずかちゃんが話しかけた事で、その殺意は霧散する。
 でも、これで確信出来てしまった。

「(二人に宿っているだろう“天使”が、あの“■■(不明)”の存在を敵視してる)」

 だからそれが影響して、二人とも殺意を抱いていたのだろう。

「(幸い、なのはちゃんの場合は自覚してなかった。……そういえば、ここの所なのはちゃんと奏ちゃんは今までと違って大きく成長し続けるような……)」

「司?どうしたの?」

「あっ、いや、ちょっと考え事してただけだよ」

 ちょっと思考に没頭していたらしく、アリシアちゃんに声を掛けられる。
 とりあえず目の前の事に集中するとしよう。

「………」

「……納得できない事とか、驚く事ばかりだろうけど、とりあえず落ち着いて頭の中を整理した方がいいよ。……今の感情に流されてたら、何か大事な事を見落とすだろうから」

 怒りも憎しみも理解できる。
 でも、それらの感情に流されて行動するのはダメだ。
 私の時も似たようなものだったから、余計にそう思う。

「(……考えてみれば、奏ちゃんはともかくなのはちゃんの成長速度は異常だ。それこそ、今までなぜそれが活かせなかったと言わんばかりの才能があるほどに)」

 皆は沈黙して、まず暴走する事はなくなった。
 後は時間を掛けて頭の中を整理するだろう。
 その間に、私はさっき思い浮かんだ事に考えを巡らせる。

「(……御神流は、そう簡単に習得できるものじゃない。恭也さんだって小さい頃から修練を続けてあそこまでに至ったんだから。今までやってなかったなのはちゃんだったら、一年かそこらで基礎を習得できるかも怪しいはず。だと言うのに……)」

 なのはちゃんは、それをあっさりと実戦に使えるレベルにまで習得していた。
 それはもはや天才と言うしかない。
 そして、そんな才能に士郎さんや恭也さんが気づかないはずがない。

「(魔法が使えるようになって運動音痴が改善されたのはわかる。魔法での戦いも体を動かすのだから、そのついでで改善されてもおかしくない。……でも、御神流の習得は……)」

 そこまで考えて、その思考を振り払うように頭を振る。
 今この場で考えても仕方がない。そう結論付けたからだ。

「(今は目の前の事。奏ちゃんも強くなっているのを考えれば、件の“天使”が関わっているだろうし考えても無駄だしね)」

 何より、まだわかっていない事が多すぎる。
 このまま深入りした所で、藪蛇でしかない。
 それなら、意識しないように今は気にしない方がいい。

「……これ以上無理に考えない方がいいわよ。今はただでさえ幽世の大門の件で忙しくなってるから、これ以上はダメよ」

「……分かってる。私もこれ以上の混乱は避けたいからね」

 考え事をしていたのを見抜いてか、鈴さんが肩を叩いてそう言ってきた。
 そう。気になるとは言えその事ばかりに構っていられない。
 今最も重要なのは、今回の事件の後始末だからね。

「(さて、それじゃあ、これからどうしようかな……)」

 まだ落ち着きを取り戻しきれていない皆を放置するのは論外だ。
 でも、いい加減人手を戻さないとクロノ君の方がまずい。
 幸いにも、はやてちゃんは落ち着きを取り戻しているし……。

「(……帝君だけじゃ、まだ足りないしだろうから……)」

 戦闘担当の私たちが抜けている分はまだ何とかなる。
 でも、ここにいるいつもの皆以外の女性局員のほとんどが事務担当だ。
 その人達が抜けたままなのは、事後処理に支障を来す。
 というか、多分もう支障が出てると思う。

「(だからと言って、今すぐ戻すのはさすがにまずい。……私たちで何とかするしかないよね……)」

 戦闘担当な私たちではあまり足しにはならないけど、ないよりはマシだと思う。
 それに、悠長にはしてられないからね。

「(他に行けるのは……)」

 魅了が掛かっていた人達は論外だ。それならば、他の人達を。
 そう思って、行けそうな人達を選ぶ。

「アリシアちゃん、ユーノ君、リインちゃん」

「どうしたの司」

「皆が心配だろうけど、そろそろクロノ君の方が……」

 三人に声を掛ける。三人とも、事務処理関連の事は得意な方だ。
 なのはちゃんは苦手だし、アリサちゃんとすずかちゃんはまだ出来る方だろうけど、アースラの設備にまだ慣れきっていない。
 ザフィーラは分からないけど、はやてちゃん達についてもらった方がいい。
 そう考えて、三人を選ぶ。

「あー、そろそろまずいね」

「時間を掛け過ぎていたからね」

「リインははやてちゃん達と一緒にいたいです……」

 アリシアちゃんとユーノ君はすぐに理解して切り替えてくれた。
 でも、リインちゃんははやてちゃん達が心配らしい。

「大丈夫。ザフィーラもいるし、なのはちゃん達もついてるから」

「うぅ……分かったですぅ……」

 しぶしぶだったけど、了承してくれた。
 人手はまだまだ足りないけど、これで少しはマシになるだろう。

「奏ちゃんはどうする?」

「……私も手伝うわ」

「そう?それじゃあ……」

 なのはちゃん達にも一言声を掛けて、部屋を出る。
 ……っと、その前に……。

「鈴さん、こっちの事頼めるかな?」

「ええ。いいわよ。事情聴取の類は終わらせてるし、何なら他の式姫にも来てもらえば、こっちの人手は十分よ」

「ありがとう。じゃあ、行くよ」

 鈴さんに後の事を頼み、私たちはクロノ君がいる場所へと向かう。
 念話でどこにいるかも聞いておいたし、入れ違いにはならない。











       =out side=





「それにしても、傀儡……ね」

 司達がクロノの手伝いに向かった後、アリサが思い出したかのように呟く。

「操られてる……って感じじゃないよね?本人も気づいていないような……」

「でも、傀儡なぐらいだから、いつでも操れてしまうのでしょうね……」

 考えるのは、神夜の背後にいるであろう存在の強大さ。
 魅了の力を与えられる程の存在だからこそ、つい考えてしまう。

「ホント、驚きの連続よ……」

「フェイトちゃん、もう大丈夫……?」

「……何とか……」

 アリサは溜息を吐き、なのははフェイトを心配して声を掛ける。
 フェイトはずっとアリシアやなのはが傍にいた事で、だいぶ落ち着いていた。

「……まだ思う所はあるけど、今は驚きの方が大きいから……」

「まぁ……まさかさらにやばい存在がいるなんて思わないものね……」

 魅了を扱う者が元凶かと思えば、その神夜すら傀儡として扱う黒幕がいた。
 幽世の大門の事が落ち着いていない時に、その事実は頭で処理しきれない。

「それにしても、はやては落ち着いてるわね」

「あー、私も驚いてはいるよ?信じられんかったし、目覚めたばかりは混乱しとったよ?……でも、まぁ……そやなぁ……」

「……どうしたの?」

 歯切れが悪いはやてに、すずかが聞き返す。

「いやぁ、あまりに現実味がない事が起きてるからなぁ、実感が湧かへんねん」

「そりゃあ……魔法とかある時点で、今更じゃない?」

「せやけど、それでも実感がなぁ……」

 腕を組み、“うーん”と唸るはやて。
 司達が言っていた事は、抽象的な事もあったため、余計に実感が分かりにくかった。

「……まぁ、どの道このままやとあかんな。立ち直るのもあるけど、今回の戦いで私たちの力不足が浮き彫りになったしなぁ」

「一応、あんた達は一般の管理局員と比べて相当優秀なんだけどね」

「いや、まぁ、うん。そうやけど……あの戦いを経験したらなぁ……」

 なのは達は管理局でも有名になる程才能を持っている。
 それなのに力不足と言われたら、他の戦闘部隊の立つ瀬がない。
 それでもなお、はやては力不足を感じていた。

「まぁ、力不足は同感ね。あたし達の場合は初の実戦ってのもあるけど」

「むしろあれ程強い相手に戦おうとする度胸がある時点で凄いわ」

「戦うと言っても援護だけよ。……アリシアは、確かに凄かったけど」

「私たちの力を上乗せしたとはいえ、守護者の結界に入っていったからね……」

 なのはやはやても戦いを知らない状態でいきなり実戦に入っていた。
 だが、二人の場合は敵がそこまで強くなかったり、心強い味方がいた。
 対し、今回の場合はその心強い味方が負ける程の強さの敵。
 それを相手に戦えたのは確かに度胸があると言えるだろう。

「……おーし、とりあえず今回の事がひと段落着いたら皆で特訓や!」

「私も御神流をもっと扱えるようにならなきゃ……フェイトちゃんはどうする?」

「……私も、やる。なのは達が頑張ってるのに、何もしないのは嫌だからね……」

 まだ元気を取り戻していないフェイトだが、なのはの言葉には同意した。
 二人が奮い立っているのも若干効果があるのだろう。

「あたし達も……って言いたいけど……」

「私達の場合、師事する人が……」

「二人とアリシアちゃんは霊術だから、確か……あ……」

 対し、アリサとすずかは歯切れが悪そうにしていた。
 なのはも途中で、その理由に気付いて言葉を途切らしてしまう。

「……どうしたんや?霊術って言ったら式姫のあの二人やろ?」

「……言っても、いいのかな……?」

「……いずれは判明する事だし、変わりないわよ」

 事実を知っている三人は言いづらそうにしていたが、意を決して伝える事にする。

「……まさか……」

「……椿さんと葵さんは、もう……」

 はやてが三人の様子から悟ると同時に、すずかが絞り出すように言う。
 実の所、司や奏から経緯を聞いていないため、三人は椿と葵が死んだ事しか知らない。
 だとしても、死んだことは事実なため、断言する程気概を持てなかった。

     カランカラン!

「……ぇ……?」

 その会話が聞いていたのか、鈴は手に持っていた飲み物を落とす。
 幸いにも中身は飲み干した後だったため、惨事にはならなかった。
 ……が、その驚愕っぷりは一瞬我を失う程だったようだ。

「(ど、どういうこと!?椿と葵……式姫の二人って事は、あのかやのひめと薔薇姫の名前よね?……っ、そう言えば、あの時以来見ていない……!)」

「え、す、鈴さん?どうしはったん?」

「い、いえ、ちょっと手を滑らしただけよ……。戦い疲れで気が抜けてたみたい」

 咄嗟に誤魔化してコップを拾う鈴。
 しかし、内心は動揺しまくっていた。

「(……そう。そうよね……むしろ、あの二人の犠牲だけで済んだ方が奇跡に近いのよね……。妖の勢力に対し、私たちの戦力は少なすぎた……その結果が、二人の死……)」

 鈴にとって、椿と葵は前世で自分を解放してくれた恩人の一人だ。
 その恩人が死んだのであれば、ショックが大きいのも当然だった。

「それにしても……そうかぁ……あの二人が……」

「詳しい事は聞いてないんだけどね……司さんと奏ならわかるかも」

「………」

 一気に暗い雰囲気になる。
 魅了に関してはどちらかと言えば困惑した雰囲気だったが、こちらは知っている人……それも親しい人が死んでしまったため、ショックも大きい。

「……優輝さんが姿を見せないのも、それが関係してるんか?」

「……そうね。椿さんと葵さんは、優輝さんにとって精神的支柱だったらしいわ。だから、いなくなって限界を迎えて……」

「……今は、倒れて安静にしているみたいなの」

「そう、なんか……」

 いつも弱い所を見せる事のなかった優輝。
 それは魅了をされていた事を踏まえてもはやては覚えていた。
 そのため、倒れる程ショックだった事が良く理解できた。

「っ……!」

 暗い雰囲気になり、会話が途切れる。
 その空気を断つためか、アリサが気を切り替えるように両頬を叩く。

「いつまでも暗くなってられないわ!あの二人ならこんなの望んでいないはずよ!」

「……そうだね。椿さんと葵さんなら、そんなの望まないよね……!」

 アリサの言葉に、すずかがそう返す。
 未だにショックは消えないものの、二人は気持ちを切り替えて立ち直った。

「……強いなぁ、二人とも。ショックな事でもすぐ立ち直るなんてなぁ」

「はやてだって、魅了の事で混乱してたはずなのにもう落ち着いてるじゃない。同じよ。……落ち込んでいる暇があったら、出来る事をやればいいのよ」

「出来る事……そうだね。そうだよ……うん……!」

 はやてが感心し、続けてなのはがアリサの言葉につられて自分を奮い立たせる。
 いつまでもショックで立ち止まってる場合ではないと、そう言わんばかりに。

「皆、凄いね……私は……」

「……フェイトちゃん」

 しかし、フェイトだけはまだ立ち直れていなかった。
 ずっと頼りにしていた人物が、自分の心を歪めていた事がショックだったのだ。

「今までの私は、偽りだった……。ずっと、本当の自分じゃなかった……」

「フェイト……」

「フェイトちゃん……」

 落ち込むフェイトに、アリサとすずかは掛ける言葉が見つからない。
 二人にとって、ジュエルシード事件は概要しか知っていない。
 そのために、適格な言葉を見つけられなかったのだ。
 そんなフェイトに声を掛けられるなら、それは姉のアリシアか……。





「フェイトちゃん」

「なの、は……?」

 ……親友であり、かつての魔法のライバルである、なのはだけだった。

「だったら、今から本当の自分を始めようよ」

「え……?」

「まだ終わってないし、まだやり直せるよ。だから、ここからまた始めよう?」

 優しく掛けられたその言葉は、染み込むようにフェイトの心にすとんと落ちる。

「……そうね。まだあたし達は子供なんだし、まだまだやり直せるわね」

「なのはちゃんの言う通りだよ」

 アリサとすずかもなのはの言葉に賛同し、フェイトを励ます。

「なのはちゃんがこんないい事言うなんてなぁ。国語の成績上がったんとちゃう?」

「はやてちゃん!もう……!」

 そこではやてが横槍を入れるように茶化す。
 なのははそれに呆れるように怒る。

「……ふふ……」

 それを見て、フェイトは少し笑う。

「ふふ……ごめんね、いつも通りなのが、ちょっとおかしくて……」

「……ようやく(わろ)うてくれたね」

「そうだね」

 笑ってくれた事に、はやてとすずかが安心したように微笑む。

「……うん。いつも通りでいいんだよね……」

「その通りや。こういうのはあまり深く考えへん方が楽やで?」

 徐々にフェイトは元気を取り戻していく。
 完全に立ち直るまでそんなに時間は掛からないだろう。
 そんな雰囲気が、五人の間には出ていた。

「……皆、ありがとう。もう、大丈夫だよ」

 友人たちの優しさを感じ、涙を流しながらもフェイトは微笑んだ。











 
 

 
後書き
とりあえず原作三人娘(+二人)完全復活。
優輝が倒れてる間に原作キャラに強化パッチを当てていかないと……。 

 

第179話「後処理の合間に」

 
前書き
優輝の方は、安静にする優輝とそれを見守る両親だけですから特に描写なしです。
一応、徐々に落ち着いてきていますが、出番はまだありません。
 

 






       =鈴side=





「………」

 魅了による混乱も落ち着き、ほとんどの人が立ち直った。
 心に残った傷は深いものの、幽世の大門に関する後処理に手が回せるようになった。

 その事もあり、私も手持無沙汰となった。
 だから、すぐさま私は他の式姫がいる場所へと向かう。

「(いずれは全員に知れ渡るでしょうけど……)」

 かやのひめと薔薇姫……椿と葵の死は衝撃的だった。
 式姫たるもの、いずれは幽世に還る定めではある。
 普通に死んだところで幽世に還るだけ。……でも、感情はそうはいかない。
 聞いた瞬間、思わず醜態を晒してしまう所だった程だ。

「(それに……他にも伝える事があるわね)」

 死んだ事は衝撃的だった。でもそれだけなら普通に立ち直れる。
 誰かが死ぬなんて、当時の江戸ではそこまで珍しいことでもなかった。
 実際に私の周りで何人も死んだ訳ではないけど、それでも心構えは出来ていた。
 そのため、今回の事も衝撃的ではあったけどすぐに立ち直れた。

「……ところで、悪路王」

『……なんだ?』

「大門が閉じられたというのに、いつまで現世にいるのかしら?」

『……ようやく、それを問うたか』

「色々あったもの。後回しにもなるわ」

 アースラの廊下を歩きながら、悪路王に気になっていたことを聞く。
 そう。本来なら妖である悪路王は既に幽世に戻っているはずなのだ。
 それなのに、未だに私の右目に取り憑いている。

『正直な所、吾も気になる事があるのでな』

「気になる事?」

『本来であれば、門が閉じられれば吾は現世との“縁”をほとんど失う。残るのは土地に残る伝承のみだ』

「それはわかっているわ」

 だからこそ、なぜまだ現世にいられるのか聞いているのだけど……。
 ……いえ、それこそが悪路王の“気になる事”なのかしら?

『しかしながら、大門が閉じられた後も“縁”が残り続けた。それを少しばかり気掛かりだったのでな』

「なるほど……確かに、それは気になるわね」

 幽世の大門が開かれた事で、何かが変わったと見るのが妥当でしょうね。
 確か、ロストロギアなるものが原因で開かれたと聞いたけど……。

〈少なくとも、ただ大門が開かれた訳じゃないのが、関わっているだろうね〉

「……そうね。正規ではない……というのも変だけど、今回開かれたのは外部の干渉による無理矢理なものだものね。何かしら異常を来たしていたもおかしくはないわ」

『そうだな。……近い内に大門の場所へ向かえ。調査をするべきだ』

「命令形なのね。……まぁ、私も気になるしいいわよ」

 今はまだ後処理が終わっていないから行けないけど、その内行くべきだろう。
 私自身、まだ気になる事や調べたい事はあるものね。

「……まぁ、まずは式姫の皆に伝えないとね……気が重いわ」

『ふん。自己犠牲も厭わなかった者がよく言うものだな』

「……そうね。場合によっては、私があの二人の立場だったかもしれないわね。それは否定しないわ」

 私はこの身を賭してでもとこよを止めるつもりだった。
 それは、命を投げ捨てると変わらない行為だった。
 他の式姫や、管理局がいなければ間違いなく私は死んでいただろう。
 それも、結果をあまり残す事もなく、無駄死にという結末で。

「……ま、今はそれは関係ないわ。行くわよ」

 式姫の皆がいる部屋の扉を、私は開ける。
 私の気配を感じていたからか、小烏丸……蓮が出迎えてくれた。

「お帰りなさい。随分と長い間席を外していたようですが……」

「まぁ、ちょっと魔導師と貴女の教え子に会ってたのよ」

「教え子と言うほど指導はしていませんが……なるほど、彼女達に会ってたのですね」

 戦いが終わったのもあって、私は式姫の皆に今の暮らしなどを聞いていた。
 蓮が霊術を使っていた子たちを少し指導していた事も聞いていたりする。
 だから、今の会話だけで蓮は誰に会っていたのか察してくれた。

「それで、かやのひめと薔薇姫……二人の事を偶然聞いたのよ」

「優輝さんに憑依していると言うのは戦闘で合流した際に知りましたが……」

 優輝……あの大門の守護者を一時的に圧倒した彼の事ね。
 椿と葵の力も感じたのは、やはり憑依の影響だったのね。

「……まさか、そういう事ですか……?」

「察しがいいのも、時には悩みものよ。小烏丸」

 私の浮かない表情を見てか、小烏丸……いえ、今は蓮と名乗っていたわね。
 彼女は、二人の死を予想してしまったようで、信じられないような顔をしていた。

「そう、ですか。あの二人が……」

「……詳しい事は知らないわ。でも、彼が倒れたのは二人が死んだ事による精神的負荷が原因らしいわ……」

「倒れた……ですか」

 何やら、蓮は彼らと交流があったようだ。
 だからこそ思う事が多いようで、非常に複雑な表情をしていた。

「……式姫は、いずれ幽世に還る身。……ですが、やはり別れは……」

「それを悲しいと思うのは、おかしくない事よ。私も、あの二人が死んだ事は少なからず衝撃を受けたのだから……」

「はい……」

 私にとっては、鵺から解放してくれた恩人の式姫でもある。
 その二人が死んだのは……今でも、信じられない。

「いずれは知れ渡るでしょうけど、一足早く皆には伝えておこうと思ってね」

「そうですか……。……とりあえず、皆さんに伝えるためにも入ってください」

 早く知るか、後で知るか。
 どちらの方がより辛いかは知らない。
 でも、私は二人を失った辛さを共有したかったのかもしれない。
 一人で抱えるより、皆で背負った方が立ち直れると思ったのかもしれない。
 
 ……どんな理由があったのか自分にも分からない。
 ただただ、皆にも伝えておこうと、そう思っただけだ。











       =out side=







「つ……疲れた……」

 後処理にひと段落が付いた司は、食堂で机に突っ伏していた。
 あれから、立ち直った局員が戻って来た事もあり、司達も手が空いていた。
 その事もあり、一度昼食を取るべきだと食堂に来たのだ。

「うーん、いつもと比べものにならない情報量だったねー」

「……俺、やっぱ事務系の作業向いてないかも……」

「揃いも揃って疲れ果ててるわね……」

 アリシア、帝、奏の順で疲れた表情をしながら椅子にもたれる。
 無言になっていたが、リインも机の上に疲れて倒れこんでいた。

「あはは……皆お疲れ様。持ってきたよ」

「ありがとう、ユーノ君」

 そこへ、ユーノが皆の分の料理を持ってやってくる。

「さすがにユーノは無限書庫の司書をやってるだけあって作業慣れしてるな……」

「それでも多いと思う情報量だったけどね……。言っておくけど、今はひと段落ついて休憩してるだけで、まだあるからね?」

「うあー……」

 聞きたくなかったとばかりに、帝はユーノの言葉を聞いて机に突っ伏す。

「こうなる事は予測してたんだから、責任もってやらないとね……」

「……頭痛い」

「やっぱり管理局は人手不足過ぎるよー……」

 アリシアの言葉にユーノは苦笑いするしかない。
 人手不足は事実で、今回の件でも明らかに援軍に来た数が不足していたからだ。
 管理外世界の出来事だったために、色々と人材が不足していた。

「そもそもいくつもある次元世界の秩序を管理しようとするから人手不足になるんだけどね……。まぁ、だからこそ今回の事件にも対応できたんだけど」

「手を伸ばせば人手不足。伸ばさなければその世界が大変な事に……。なんというか、ままならないね」

 ロストロギアは一つの世界を丸ごと滅ぼす可能性もある。
 そのために、管理局は対処せざるを得ない。
 しかし、対処しようとすれば、人材の少なさが浮き彫りになってくる。
 管理世界の数に対して、管理局員の数が全然足りていないのだ。

「それにしても、つい見落としがちになるけど、今回のロストロギアは……」

「効果としては、その世界に眠る、もしくは過去にあった災厄を復活、再現するもの。それだけでも十分に厄介なのに、それに加えて……」

「明らかにロストロギアなのに、“新しすぎる”。その上に優輝さんが解析するのを想定していた……不明な点が多いわ」

 ユーノが漏らした言葉に司と奏が続ける。

「そう。優輝の存在を想定していた事以外は、上層部にもしっかり報告するらしいよ。……ロストロギア級の存在を作り出す何者かがいるって事になるからね」

「あれ?優輝を想定していた事は……って、そっか。そんな事伝えたら……」

「うん。良くも悪くも……いや、ほぼ悪い意味で優輝に注目が集まる」

 アリシアがふと疑問に思った事を口に出し、その途中で理解する。
 それに続けるようにユーノが補足した。

「よく知らない人からすれば、優輝君がいるからこうなったとか、そういう事言ってきそうだもんね……。そう考えてしまうのも分かりはするんだけど……」

「それも踏まえたからこそ、優輝を想定していた事は伝えない方針だよ。……今回の事件は、大門の守護者に隠れがちだけど、不明な点が残っているからね」

「安易に分かっている事だけそのまま伝えてもダメって訳か」

 幽世の大門を開いた原因である“パンドラの箱”には、まだまだ謎が残っている。
 その不気味さを危惧してすぐに封印されたが、出自などは不明なままだ。
 ロストロギアとして新しすぎる所から、何者かが発掘場所に置いたと予測されているものの、それに確証も根拠もないため、ほとんど何もわかっていない。

「なんだか、せっかく激闘で勝てたのに、すっきりしないなぁ……」

「今回は謎も多く残ったからな……。すっげぇもやもやしたものが残ってるぜ」

「というか、まだ終わってないからね」

 むしろ重要なのはこれからとばかりに、後始末は残っている。
 自分たちが良くても、周りはそうはいかない。
 周囲との擦り合わせも必要なため、苦労と言う意味では戦闘よりも大きい。

「……さすがにまばらだな」

「皆忙しいからね……大体の人は携帯できる食べ物だけ持って仕事しながら食べてると思うよ。実際、僕も今後の予定は明らかに休憩時間がなかったから」

「うえ……ブラックだなぁ……」

 食堂にいる人が少ないのを見て帝が呟き、それにユーノが返す。
 あまりに忙しそうなため、いくら後始末で色々あるとは言え、そんなブラック事情は聴きたくなかったと帝は顔を顰める。

「式姫の人達はどうしてるのかな?」

「アースラの勝手がわからないから一つの部屋に固まってるらしいよ。クロノから聞いただけだから今どうしているかは知らないけど」

「まぁ、式姫はこっちの魔法技術の事は知らないから、大人しいんだろうな」

 気分としては借りてきた猫のようなものだろうと、帝は思う。
 現代に馴染むように生きてきたとはいえ、アースラのような設備は式姫にとっては未知なものばかりなため、迂闊に動けないのだ。

「せめて案内とかしてくれる人がいればいいんだけど……」

「皆忙しいからそっちに手が回せないのかもね。……手が空いている人で、アースラについて知っている人なら……」

 アリシアがそこまで言って、ふと思い当たる人物が浮かぶ。

「……那美さん」

「そういえば、那美さんもどうしてるんだ?」

「久遠と一緒にいるだろうけど……」

「彼女なら怪我の治療を霊術で手伝っていたよ。治療が完了してたらさすがに分からないけど」

「詳しいなユーノ」

 那美の話題になり、すかさずどこにいるのかユーノが説明する。
 その詳しさに思わず帝が突っ込んだ。

「司書をやってたからか、こっちでも情報整理をさせられててね……自然とそういった情報は耳に入ってくるんだよ……」

「……あー、えっと……」

「……ご苦労様です……」

 遠い目をして答えるユーノに、思わず司達は労わりの言葉を掛けるしかなかった。

「ま、まぁ、見かけたら式姫の人達の所へ行くように言えばいいんじゃないかな?」

「那美さんに関してはそれでいいかな……。後は……」

「優輝さん……」

「……そうだね。優輝君も気になるね」

 奏の呟きを拾って、司は倒れた優輝を思い浮かべる。

「安静にしていればいいみたいだけど、それでも……」

「二人がいなくなった事による心の傷はそのままだよね……」

 優輝が目覚めた所で、心の傷はそのままだ。
 アリシアはそれを懸念して悲しそうな顔を浮かべる。

「……ううん。多分、優輝君は目覚めた時には立ち直ってると思うよ」

「そうかな?緋雪がいなくなった時は相当狼狽えてたと聞いたけど」

「ユーノ君は……いや、私と奏ちゃん以外は知らなかったかな。……今の優輝君は、感情を失ってるから、精神的負荷以外は気にしなくなってるかもしれないんだ」

 無感情になってしまった優輝を思い浮かべて、司は悔しそうに拳を握りしめながらもその事を皆に伝える。

「っ、そう言えば、あの時……!」

「感情を代償にしたって……」

「ッ……!」

 その言葉を聞いて、アリシア達はなのはと奏が言っていた事を思い出す。
 逆に、奏はその事を思い出させられて、恐怖心が蘇る。

「か、奏!?ど、どうしたの!?」

「あっ……!奏ちゃん!」

「っ……すぅ……はぁ……だ、大丈夫、よ……!」

 抑え込んでた恐怖心を、深呼吸してもう一度抑え込む。
 鈴に言われた“決意を抱き続ける”という言葉を思い出し、何とか自我を保つ。

「自分ではない誰かの影響を受ける。……魅了の事もあって、奏ちゃんはそれを恐れているの。……出来れば、言及しないでほしいかな」

「あ………ご、ごめんね、奏……」

「……構わないわ……いつかは向き合わないといけないから」

 “やってしまった”と思うアリシアに、気にしないように言う奏。
 いつまでも恐れてばかりではいられないと、奏は何とか落ち着いた。

「……話を戻すよ。優輝君は今感情を失ってる。それがどんな影響を及ぼすのかは分からないけど、少なくとも今までとは態度が変わると思っていいよ」

「あいつが感情を失う……なんつーか、何でも合理的に考えそうだな。今までのお人よしな部分がなくなってそうだ」

「……帝に同感だね。嫌な予感しかしないよ」

「あはは……言っておいてなんだけど、私も同感……」

 いつでも最善の結果を掴もうとしていた優輝。
 そこから“感情”の要素を抜いた場合を想像して、全員がその結論に至る。

「合理的……つまり、それって……」

「感情が介入する余地がない。……だから、とことん冷酷になるよ」

「本当にそうなるかはわからない。でも、優輝みたいに上手く物事をこなすような人物から“感情”の要素を抜いたらそうなるかもね」

 アリシアの言葉に司が続け、ユーノが補足する。
 合理的……つまり、一度敵と認識すれば、容赦なく効率的に殲滅する。
 今まで手心があった部分がなくなってしまうという事になる。

「……そういう優輝君は、見たくないな……」

「同感よ……」

「私も同感。……と言うか、そんな優輝が想像出来ないよー」

 司、奏、アリシアがユーノの言葉を聞いてそうぼやいた。
 三人とも優輝には世話になっているため、そんな優輝を想像したくなかったのだ。

「……でも、失った感情なんて、どうすれば……」

「昨日一度集まった時は、あまり気にならなかったけど……」

「……そういえば、まるで感情があるみたいだったような……」

 昨日の優輝を思い出し、アリシアと司は唸る。

「それなら、もしかすると……」

「感情が戻ってるんじゃねぇのか……?」

 当時の様子をあまり見ていない奏達は、その言葉で希望を持つが……。

「……ううん。それはないと思う。その時もどこか無機質な感じだったから……。奏ちゃんも今朝会った時に感じてたでしょ?」

「……そう、だったわね……」

 声も表情も平坦でありながら、どこか儚かった今朝の優輝。
 それを奏も思い出し、感情が戻ったという希望は泡沫と消える。

「……多分、優輝君は感情があった頃を“演じて”るんだと思う」

「感情があった頃を模倣して、感情があるように見せてるってこと?」

 ユーノの確認に司は頷く。
 優輝は女性の体に影響されている状態でも、普段の状態を演じていたため、今回もそうしていたのではないのかと司は考えたのだ。

「それなら誤魔化せたのも納得だけど……優輝ってそんな演技派だったんだね」

「ま、まぁね……。優輝君、声真似も得意だし……」

「あれか……」

 性転換していたのを誤魔化していた事は言えないため、司は少し動揺する。
 幸い、誤魔化す際に言った事が帝にも思い当たる事だったため、若干どもってしまった事で変に疑われる事はなかった。

「うー……じゃあ、どうすればいいんだろ……」

「確かにな……。単純な方法で戻せる訳がねぇし……」

 打つ手がないのかと、アリシアと帝は唸る。
 その様子を見て、司も考え込むが……。

「……いつも通りで、いいんじゃないかな?」

 ふと、思いついたその考えを、口に出す。

「えっ……?でも、それじゃあ何も変わらないんじゃ……?」

「ううん。“いつも通り”だからこそ、いいんだよ。多分、躍起になって変に行動しても、それこそ無意味だと思うから」

 変に行動しても、気を使われていると思われるだけ。
 その事もあって、“普段通り”にしようと司は提案する。

「……信じよう?優輝君を」

「……そうね。私も、優輝さんを信じるわ」

 奏も司に便乗するように言う。
 二人とも、思考には表れていなかったものの、何か行動をすることで、“行動をしなければ変化が見られない程、優輝の心に自分が深く刻まれていない”と言った事実に直面したくないという想いがあった。
 だが、同時にそれ以上に優輝の事を信じて、この提案をしたのだ。

「っ………」

「………」

「……えっと、変な事言ったかな?私……」

 その二人に、アリシアとユーノは息を呑んで言葉を詰まらせる。

「いや……なんというか……」

「本当、優輝の事を信頼しているなって……」

 好いているからこその信頼。
 それを見て、二人はなんとも言えない気分になっていたのだ。

「ふえっ……?」

「っ――――」

 そんな二人の言葉に、司と奏は顔を赤くする。
 まさか、このタイミングでそんな言葉が投げかけられるとは思わなかったからだ。

「ななな、何を言ってるのかな!?私はただ優輝君を……」

「助けたくて“敢えて”な方法を選んだんだよね?いやぁ、よっぽど優輝を信頼してわかっていなきゃその発想はなかなか出ないよ」

「いや……うん、何というか、ごちそうさまでした」

 慌てる司に対し、アリシアがからかい、帝が目を逸らしながらそんな事を言う。
 ちなみに、リインは一部始終をずっと見ているが、なんて声を掛ければいいかわからずにオロオロしていた。

「……違うわ。そういう訳じゃないの。ただ、変に行動するよりはという意味で、だから違うわ。……違うわ……違うの……」

「否定しきりなよ奏……。というか、こんな動揺する奏初めて見たんだけど……」

「優輝が絡むと割と感情出すぞ、奏は……ていうか俺飲み物に砂糖入れたっけ?」

 冷静に否定しようとする奏だが、言葉を発するごとに顔を赤くして、尻すぼみになる。
 その様子を見て、帝は口の中に甘ったるいものを感じていた。

「え、えっと……とりあえず、いつも通りで大丈夫……ですか?」

「え、あ、うん!その方が優輝君も気楽でいられるだろうし……」

 咄嗟に、リインがようやく口出しして場を取りなす。
 司がそれに便乗して、話を元に戻した。

「感情があった時と同じ接し方なら、その時の事を思い出して何か影響があるかもしれないし、そういう理由もあって“いつも通り”がいいと思ったんだよ」

「……そっか、そういう考え方も……なるほど、一理あるね」

 一度深呼吸をして調子を整え、改めて司は理由を説明した。
 それを聞いて、ユーノは納得したようだ。

「要は深く考えずに普通に接しろって事だな?」

「難しく考えなければそうだね」

「変に何かするよりは気楽だな」

 帝も、特別何かする必要がない事に気楽だと安心した。

「いつも通りかぁ……というか、“いつも通り”に戻る事すらまだなんだけど……」

「……後始末、だよね……」

「ちょ、忘れられてたのに……」

 アリシアの言葉に、まだまだやる事が残っていることにげんなりする帝。
 帝だけでなく、司や奏も苦い顔をしていた。

「頑張らないといけないね」

「ですぅ……」

 作業慣れしているユーノも疲れたように呟き、リインは項垂れた。

「学校の皆はどうしてるかなぁ……」

「ぶっちゃけ、学校を途中で放り出してきたからな……」

「……せめて、連絡は取っておくべきだと思うわ」

 昼食も食べ終わり、食器を片付けつつ司がふと思い出したように呟く。
 司達は全員、中止になったとはいえ授業を放棄してきたようなものだ。
 友人やクラスメイトの事も心配なため、何かしら連絡を取りたいと思っていた。

「その件なら、士郎さん達を経由してある程度の事情は伝えてあるみたいだよ。学校の人たちは無事だし、司達が無事なことも伝えてあるって」

「そうなんだ。……うーん、でも時間があれば連絡はした方がいいよね」

「それはそうだね。声を聞くだけでも向こうは安心すると思うよ」

 とりあえず、時間が取れたら連絡を取ると言うことでその話は完結する。
 
「それじゃあ、リインははやてちゃんの所に戻るです」

「うん。それじゃあ、またね」

 リインははやて達の所に戻るため、別行動に。
 司達も司達で、クロノ達の手伝いに戻る事にした。

「さーて、もうひと頑張り、だね!」

「……そうだな……」

「帝!ダルそうにしない!皆同じなんだから!……私もボイコットしたくなるじゃん!」

「皆ゆっくりしたいのは同じだからね……今回は普通の事件と違うことが多いし」

「……今日中に終わるかしら?」

 各々が反応を見せながら、やるべき事に取り掛かっていく。
 ……ひとまず、目の前の事から片付けていく司たちだった。













 
 

 
後書き
大門を閉じてまだ一日しか経っていないという事実。
ちなみに、サーラが叩き潰して未だに気絶しているとはいえ、神夜の事が忘れられている件について……。多分、後処理の作業中にクロノ辺りに聞かれて思い出す感じ。 

 

第180話「魅了の封印」

 
前書き
魅了を無効化する回。
ようやく優輝の出番が復活……。
 

 






       =out side=





「……う……っ……」

 アースラの一室で、神夜が目を覚ます。

「ここは……どこかの部屋か?」

 体に走る痛みに堪えながら、神夜は部屋を見渡す。

「くっ……!くそ、拘束か……!」

 そんな神夜を、動けないように鎖などが体に巻き付いている。
 帝が用意した、拘束系の宝具だ。

「(簡単には、抜け出せない……!)」

 完全に手が使えないように拘束されているため、神夜の持つ“騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)”を使う事もできないようになっている。
 そして、持ち前の力でもその拘束を破る事は出来ない。
 神夜は、完全に無力化されていた。

「確か、俺は……」

 すぐに抜け出すのは不可能だと判断した神夜は、とりあえずどうしてこんな状態になっているのかと、自身の記憶を辿る。

「そうだ……!俺は、あの騎士に……!」

 サーラにやられた事を思い出し、すぐさま手持ちの物を確認できる範囲で確認する。

「(っ……アロンダイトがない……!)」

 そして、アロンダイトが手元にないことに気づく。

「(くそっ!とにかく、念話で誰かに……!)」

 このままでは身動きが取れない。
 そのために、神夜は念話で誰かに助けてもらおうと考える。

『よう、目が覚めたみたいだな?』

「っ!?『お前……!』」

 だが、一足先に帝から念話が届けられる。
 神夜を拘束している宝具の他に、サーチャーによって監視もされていたのだ。
 そのため、目が覚めた事がすぐさま帝に伝わり、念話が掛かってきた。
 これには、神夜が魅了が解けた人に念話をして、変に話がこじれるのを避けるための帝による配慮だった。

「『俺のアロンダイトはどこだ!?』」

『それなら俺が預かっている。……と言っても、暴れたお前に返すのはダメだとクロノも言っていたから返さないがな』

 アロンダイトを返すつもりはないと、帝はきっぱりと言う。
 もちろん、神夜がそんな程度の言葉で納得するはずもなく……。

「『ふざけるな!俺から奪っておきながら……!』」

 いいから返せとばかりに、神夜は吠える。
 だが、帝は取り合わない。

『第一、アロンダイトはお前を拒絶した。返した所でお前に応える事はない』

「『っ……!そうだ、あの騎士は……あの騎士はどうした!?』」

『答える必要はない。……というか、俺も知らん』

 神夜にとって、まるで訳が分からなかった。
 信じたくない真実を突き付けられ、愛機であったはずのアロンダイトに拒絶される。
 明らかに人間不信になりそうなほど、神夜からしてみれば裏切られたのだ。

『いいから落ち着いて頭でも冷やしとけ。錯乱するのは分かるが、いつまでもそうしてられるとまともに会話もできねぇだろうが』

「『っ………』」

 帝のその言葉に、神夜は言葉を詰まらせる。
 わかっていた……と言うよりは、その言葉で自覚させられたからだ。

「俺……は……」

『……確かめたい事があるから、じっとしとけ。着いたら拘束を外してやるから、ちゃんと大人しくしろよ?』

 帝はそう念を入れて、念話を切った。
 残された神夜は、帝が来るまで信じたくなかった真実と向き合う事となった。















「………」

 ふと、静かに優輝は目を覚ます。
 起き上がり、辺りを見回す。

「お、起きたか」

「父さん。……母さんは……寝たんだ」

「まぁ、ずっと様子を見ていたからな」

 ベッドの傍で優香が眠っており、光輝は椅子に座って本を読んでいた。
 優輝が眠っている間、優香はずっと見守っていた事もあって、途中で眠っていた。
 光輝はそんな優香を支えるように時折交代したり、食堂から食事を持ってきていた。

「食欲はあるか?」

「一応は。空腹にもなってる」

「そうか。それなら、そこにあるお粥でも食っておけ。魔法で保温状態にしておいたから、まだ暖かいはずだ」

「ありがとう、父さん」

 ベッドのすぐ横の棚の上に、お粥が置かれていた。
 優香が優輝のために作ったもので、まだ魔法の効果で暖かった。





「ご馳走様」

「……もう、大丈夫そうだな」

「うん。ありがとう。傍にいててくれて」

「気にすんな。お前に家の事とかずっと任せっきりだったからな」

 お粥を食べ終わり、優輝は感謝の言葉を述べる。
 光輝は照れ笑いをしながら、少々乱暴に優輝の頭を撫でた。

「……もう行くのか?」

「多分、司や奏に心配をかけたから。起きた事を伝えておかないとね」

「……まぁ、そうだな。母さんには俺から伝えておく」

「任せたよ父さん」

 優輝はそのまま部屋を出ていく。
 残された光輝は、本を机に置いて優輝が寝ている間の事を思い出す。

「転生……神……それに、感情を代償、か……確かに、そうだな……」

 それは、優輝のデバイスであるリヒトから聞いた内容。
 まだ光輝が知らない優輝の事情と、ある推察。
 光輝は、それらを聞いて一考する必要があると思わざるを得なかった。

   ―――マスターは、私から見ても“異常”です。
   ―――人智を超えた“何か”があるかもしれません。

「……優輝には、何か秘密がある……」

 異常な程に、無茶をしてもそこから回復をする。
 リヒト曰く、それは導王時代から続いているとのことだった。
 王としての才は大してないのにも関わらず、発展と維持を続ける事が困難だったのにも関わらず、優輝……ムートは王として在り続けていた。
 そして、今も。どんな絶体絶命な状況でも諦めず、挽回した。
 ……それは、よく考えなくとも“異常”なのだ。

「……いつまでも、目を逸らしてばかりではいられないな」

 溜息を吐いて、光輝はそう呟いた。
 親として、優輝の特異性には何となく気づいていた。
 それでも、気にするほどではないと、直面しないようにしていたのだ。
 だが、それももう出来ないと、事情を聞いた光輝は思った。

「優輝。お前は何があろうと、俺たちの息子である事は変わらん。……だから、お前も自分の秘密と向き合った時、自分を見失わないでほしい」

 それは、親としての願い。
 子を心配する親の、至極当然の想いだった。











「……お?」

「あっ」

 廊下を優輝が歩いていく途中、帝と出会う。
 帝の方には、同じく手が空いたのか、司と奏もいた。

「優輝さん……!?」

「優輝君、もう出歩いて大丈夫なの!?」

 すぐさま司と奏が心配して駆け寄ってくる。
 
「ああ。ゆっくり休んだからもう大丈夫だ。心配を掛けたみたいだな」

「そりゃあ、目の前で倒られたんだ。心配するだろうよ」

「それもそうだな」

 帝の言葉に納得するように優輝は頷く。

「(……やっぱり……)」
 
 その際、言葉に抑揚があるように聞こえたが、司達はそれが演技だとすぐに分かった。

「(まぁ、そんな簡単に戻る訳ないよね)」

 心の中で、司は落胆した。
 だが、それを優輝に見せる訳もなく、いつも通りを装う。

「三人はどこへ?」

「ちょっとあいつ……織崎の様子を見にな。って、お前は俺たちが何をやってたか知らなかったな。あー、司、奏、任せた」

「まぁ、言い出しっぺは私達だからね。えっと、実は優輝君が倒れた後―――」

 一緒に歩きながら、司と奏で優輝が倒れた後の話を簡単に説明する。
 そして、今は神夜の様子を見に行こうとしている事も伝える。

「……それなら、僕は行かない方がいいんじゃ?」

「そこは私達が何とかするよ」

 自分がいたら神夜と会話もままならないだろうと優輝は考える。
 神夜は優輝が元凶だと思い込んでいる事もあって、そう考えるのも無理はない。

「起きた所わりぃが、お前の意見も聞いておきたいんだ。そのためにも、あいつとの会話に参加してくれると助かる」

「情報の照らし合わせもやっておきたいからね」

「それなら……まぁ……」

 帝、司がついてきてほしい旨を伝え、それならと優輝もついて行く事にする。

「起きたばかりで悪いね、優輝君」

「……いや、構わないよ」

 軽いやり取りを経て、四人で神夜のいるところへと向かう。

「そんじゃ、いきなりだが……転生する時、相手はどんな神だったんだ?」

「本当にいきなりだな。女神の姉妹だが?」

「俺と同じか……」

「あぁ、あの二人が言ってたのはお前だったのか」

 早速帝は転生させた神について聞き、優輝はそれに答えた。
 結果として帝と同じだったため、大した情報にはならなかったが、それでも今まで微妙になかった繋がりが繋がった。

「うげ、あの二人が俺の事言ってたのか……うわぁ、そういやあの時は調子乗ってたからなぁ……今となっちゃ黒歴史だ……」

「それを聞くって事は……あぁ、魅了の力を与えた神、か」

「相変わらず理解が早いな」

「さっき説明を聞いたばかりだからな」

 そう言って、優輝は少しばかり考え込む。
 魅了の力を与えた神について、少し憶測を並べようとしたのだ。

「……織崎を転生させた神は聞いたか?」

「いや……一応、今から聞きに行くが……」

「あいつを転生させたのも、僕らと同じ女神姉妹だ。そして、あいつの魅了に掛かっていた」

「なっ!?」

 転生する際の記憶から、神夜を転生させたのも同じ女神姉妹だと優輝は言う。
 そして、続けられた内容に帝は驚愕した。

「神にも通用すんのか!?あの魅了は!?」

「神にも……と言うよりは、何かしらの対策がなければ絶対に通じると考えるべきだろう。実際、対策や耐性を持っている司やリインには通用していない」

「奏ちゃんや椿ちゃん達も私や優輝君の魔法で防いでるもんね」

 対処法があれば防げるが、なければ絶対に通用してしまう。
 それが、神夜の持つ魅了の効果だった。

「って事は、あの姉妹は耐性がなかったのか……それ、神としてどうなんだ?」

「まぁ、神としては失態だな。さすがに他の神もいるだろうから、既に対処はされているだろうし、今はそこまで気にする必要はないだろう」

「……それもそうか」

 奏の話から既に他にも神がいる事が分かっている。
 その事から、女神姉妹については気にする事はないと優輝は断言した。





「よし、ここだ。入るぞ」

「優輝君がいて大人しくしてくれるといいんだけど……」

 神夜のいる部屋に着き、帝その扉を開ける。
 部屋の中では、神夜が拘束された状態で入って来た帝の方を見ていた。

「とりあえず、拘束は外すぞ」

 そう言って帝は拘束系の宝具を消し、神夜を解放する。

「………」

「……完全に意気消沈してるな」

「こちらとしては都合がいいんだけどね」

 しばらく考える時間があった分、神夜はこれまでの事を振り返っていた。
 突き付けられた真実を事実として受け入れるとまでは行かないものの、それがまるっきり嘘ではない事は理解したため、こうして意気消沈していた。

「……さて、いつもみたいにこいつを敵視する程気力がない所悪いが……」

「確認したい事、答えてもらうよ」

 そんな様子の神夜を少し気の毒そうにする帝だが、すぐに用事を済ませる事にする。

「確認したい事……?そういや、言っていたな……」

「ああ。……お前は、転生する時、女神姉妹の前に誰かにあったか?もしくは、生前に奇妙な出会いや出来事はなかったか?」

「……どういうことだ……?」

「魅了の力を与えた存在。……私達は、それを警戒しているわ」

 とりあえず神夜は記憶を探る。
 ……しかし、思い当たる節はないようで……。

「……ない、はずだ」

「……収穫なしか。……確認するが、生前から他の人より女性に親しまれていた事はないよな?それなら生まれつきの異能の可能性が……」

「……それもない。女友達なんて数える程しかいなかった」

 “魅了”の力。
 散々指摘されてきたソレを、さすがに神夜も自覚した。
 そのため、前世と色々と違う事が浮き彫りになった。
 前世では“魅了”の力はなかった事がわかるのも、それの一つだ。

「女友達はいたのか……じゃなくて、つまり“魅了”については心当たりがないんだな?まぁ、自覚してなかった事から大体予測済みだが」

「……ああ。そうだ……未だに、信じたくないけどな……!」

 若干羨ましいと思った思考を振り払いつつ、念を入れて確認する。
 神夜はまだ信じたくないようだが、それを肯定する。

「……となると、本当にいつの間にか押し付けられたって事だね……」

「っ……おい、しつこいようだけど、本当に何の心当たりもないよな?……些細な事でもいい、何かないのか?」

「ッ……ないって言ってるだろ!」

 帝が詰め寄ってさらに問い質そうとする。
 しかし、さすがにしつこいようで神夜は拒絶の意を示した。

「俺は知らない……!こんな力があった事も、誰かに与えられたかどうかも、俺は知らない……!知らないんだ……!」

「……嘘は言ってない。織崎は本当に何も知らないみたいだ」

〈これだけ精神を追い詰められていれば、嘘をつく余裕などありませんからね。私も優輝様と同意見です。視線、呼吸、表情。その他の要素を取っても嘘ではありません〉

「お前嘘も見破れるのかよ……まぁ今はいいや」

 頭を抱えて喚く神夜。
 その神夜の言葉は嘘ではないと、優輝とエアが断言する。

「チッ……ガチで手駒として利用されているだけか……」

「さすがにすぐ正体がわかるとは思ってなかったけど……収穫なしだね……」

「いや、こいつも被害者とわかっただけマシだ。やってしまった事は取り返せないし、罪も償わなきゃならん。だが、これ以上こいつが優輝に対して突っかかる事もなくなるだろう」

 “魅了”の力自体はまだなくなっていない。
 だが、神夜が自覚した今なら、これ以上の被害者は減るだろう。

「……どういう、事なんだ……?」

「簡潔に言えば、お前は神に匹敵する“何か”に利用されている。その“魅了”の力を押し付けてな。転生する際に会った女神もいるだろ?そいつらもその力で魅了されていた」

「は……?」

「思い込みの強い偽善的な思考。それがちょうどよかったんだろうね。見事なまでに道化として踊ってくれた。……利用した存在にとっては、そう思われているだろうね」

 どういう事なのか尋ねた神夜に、帝と司が答える。
 当然のように信じられない内容に、神夜は困惑する。

「なん、だよ……それ……」

「……分からないから、聞きに来たのよ。少しでも情報を増やすために。……でも、あまり知らなかったみたいね」

「情報は期待してなかったけどな。確かめたい事が分かればそれでよかった」

 そう言って、用は済んだとばかりに詰め寄っていた分の距離を離す帝。

「……利用されていたから、せめて忠告はしとく。……気をつけろ。お前を利用した存在は、また何かしてくる」

「ッ……!」

 それだけ言って、帝は部屋を出ようとする。
 司、奏、優輝もこれ以上言う事はないため、それに続いて出ようとする。

「ま、待ってくれ!」

 そこへ、神夜が待ったを掛ける。
 帝は足を止め、一応話に耳を傾けようと振り向く。

「……この“魅了”の力は、どうにか出来ないのか……?」

 自覚したからこそ、どうにかしたい。
 神夜はそう考え、何かできないか尋ねた。

「……俺が特典で願ったニコポ・ナデポと違って、その力は封印する方法がわからん。俺のは同じ特典の一つであるエアがいたおかげで、法則性が分かったからこそできた封印だ。……その力は、どんな存在が、どんな力で押し付けたのかわからない」

「防ぐのしか、私達もできないからね……。封印は分からないよ」

「そう……か……」

 封印して完全に無効化する事が出来ない。
 その事実に神夜は落ち込む。

「……でも、それはお前が協力的じゃなかったからだ。今なら、お前さえ協力してくれれば封印する事も可能かもしれない」

「え……?」

 だが、そこへ優輝が声を掛けた。

「そうなのか?」

「ああ。椿が作ったお守りと、魂に干渉した事で掴んだ感覚。その二つのデータから、力の法則を分析。それに加え、お前から発せられる魅了の力を直接分析すれば、対処法が分かる。……防御が可能ならば、封印くらいは可能だろう」

 帝の聞き返しに、優輝は方法を含めて答える。

「でも、それって椿ちゃんがいないと……」

「神降しと憑依。この二つのおかげで漠然とだけど僕にもわかるようになっている。……後は直接調べればそれで充分だ」

「……凄いわ……」

 奏があっさりと対策できると断言した優輝を見て感心する。
 優輝としても、ここで対処できるならしたかったのだろう。

「……尤も、保証は出来ない。帝も言った通り、その力を押し付けた存在は未知だ。……僕らの封印では封じれない可能性もある。それでもいいか?」

「……封印できる可能性があるなら、やらない選択肢はない」

「わかった。起きたばかりだが……まぁ、魔力も回復しているから大丈夫だろう」

 神夜はまだ優輝を信用しきっていない。
 だが、それを上回る程に、魅了を何とかしたいと思っていた。
 だから、優輝に封印が出来るか試してもらう事にした。

「………」

「………」

 優輝は神夜の頭に触れ、解析魔法を試みる。
 頭に触れたのは、魅了の効果が目線を合わせた際に発動していたため、目や脳に近い場所から解析しようと思ったからだ。

「……なんだ、あっけないな」

「ど、どうだったの……?」

「ごり押しの封印でどうとでもなる。その場合は何かの弾みで封印が破られるかもしれないが、それが出来るぐらいの代物だ」

「……大した事がないのかそうでないのかわからねぇな……」

「例えるなら、抵抗力は暴走したジュエルシードよりも弱い」

「それは……簡単だね。でも、なんか……」

 大したものではないと、優輝は言う。
 だが、曖昧な言い方をした事に司は引っかかったようだ。

〈能力の封印は大きく分けて二種類あります。袋で丸ごと覆うような封印か、能力の要所を確実に止めて機能させなくする封印です。ごり押しで手っ取り早いのは前者ですね。ちなみに、マスターの能力は後者です〉

「後者の方が破られにくいが、そっちとなると少し厳しいものがある」

「そうなの?」

「……感覚としては、以前のあの男や、パンドラの箱のようなものだ。未知の感覚があって全容が掴みづらい」

 端的に言えば、それは確実な封印は難しいという事。
 それを理解した司達は、どうしようかと少し思案顔になる。

「とりあえずは、通常の封印を掛けておく。これで少なくとも戦闘や、何かしらの干渉を受けない限りは大丈夫だろう」

「確実に止める事は出来ないのか?」

「今この場でやるのは難しいな。僕も万全ではないし、魔力も足りない」

「そうか……」

 “確実ではない”。その事に神夜は落胆する。
 それでも、応急措置としての封印は出来るため、そこまで落ち込んでいなかった。

「………よし、これで大丈夫だろう。リヒト、シャル。今回の解析をデータとして残せるか?」

〈未知の法則性を持っていますから、そのまま記録するのは難しいかもしれません〉

「構わない。それでもわかる事はあるだろうしな」

〈分かりました。出来る限り解析しやすいようにいくつかの側面から記録します〉

 封印を終わらせた優輝は、リヒトとシャルに解析結果を記録させる。
 魔法や霊術などとは法則性が違うモノなため、写真を撮るかのようにいくつかの側面から書き写すかのように記録する。
 
「ひとまずはこれで凌ぐ。後の問題は自分でどうにかするんだな」

「後の問題……」

「魅了されていた人達や、未だに魅了されたままの人達の事だね」

「あ………」

 こればかりは司達にはどうしようもない。
 神夜が誠心誠意向き合わなければならないことだ。

「でも、俺は……!」

「自分からやってた訳ではなかった。……というのは、言い訳に過ぎないよ。実際に魅了されていた人たちのほとんどが心を傷つけられている」

「憎悪の対象にもなっているわよ」

「っ……!」

 “自分のせいじゃない”。そう主張しようとする神夜。
 しかし、司と奏がそれを遮るように事実を突きつける。

「……でも、飽くまで“ほとんど”だよ。はやてちゃんとか、ちゃんと話すことで分かってくれる人もいる。……って、慰めにもならないね」

「どの道、きちんと向き合わなければならないわ。覚悟しておいて」

 そういって、司と奏は用が済んだために退室する。
 優輝もこれ以上は特にやることがないため、退室した。

「……なぁ、織崎」

「………」

 残った帝は、項垂れている神夜に声をかける。

「今までの関係が、自分の無自覚で歪められた事……ってのは、到底信じられないだろうし、後悔してもしきれない事だとは思う。傍から見ている俺ですらそう思うんだから、当人であるお前はそれ以上だろう」

「………」

 帝の言葉を、まるで聞き流すように、項垂れたまま聞く神夜。
 その様子を気にせず、帝は言葉を紡ぎ続ける。

「……俺には理解できない程、複雑な思いがお前ん中にあるだろう。多分、人間不信になるほど、追い詰められてるとも思う」

「…………」

 未だに沈黙し続ける神夜に、帝は近づく。
 項垂れ、俯く神夜の頭を掴み、帝は目線を合わせる。

「色々思う事があるだろ?そのぶつけどころがなくて困ってんだろ?……だったら、その鬱憤はお前に力を押し付けた元凶にぶつけてやれ。ごちゃごちゃ悩むぐらいなら単純にそう思っておけ。そうすりゃ、少しはマシになんだろ」

「王、牙……」

 変に悩むぐらいなら、それらの悩み事の元凶にぶつけろ。
 そういって、帝は遠回しに神夜を励ます。

「お前だって被害者だ。誠意見せて謝れば、分かってくれる奴だっている。……まぁ、その際に色々詫びなきゃならんだろうが、そこは頑張れ」

「……そう、だな……」

「後は……“これ”だと思って何でも決めつけるのはやめとけ。ちゃんと視野を広く持って、決めつける前に一度考え直せ。そうすりゃ、お前次第で何とかなる」

 それだけ言って、帝も退室した。

「……っ……」

 励まされた神夜は、静かに嗚咽を漏らした。
 これまでの反省と、これからの決意を固めながら……。









「……らしくねぇ事言ったな」

〈そうですね〉

 退室した帝は、ついそう呟いた。
 エアも即答するかのように肯定する。

「ああやって塞ぎ込むのなんて俺は見たくねぇんだよ」

〈貴方にそんな殊勝な心があるとは〉

 帝にとっては、まるで前世の自分を見ているようで。
 自分とは出来事の規模が違うとはいえ、塞ぎ込むのは見ていられなかった。

「俺を何だと思っているんだお前は……」

〈思春期のヘタレ男子〉

「ひでぇ!?つーかなんでそのチョイス!?」

〈優奈様とのやり取りを思い出してください〉

「うぐぅ……言い返せねぇ……」

 エアと軽口を交わしつつ、優輝たちと合流する。
 なお、会話を少し聞かれていたようで、司や奏に若干からかわれていた。













 
 

 
後書き
次回からようやく展開を動かせそうです……。
魅了関連に結構話数を使った事に結構驚いています……。
予定では第6章は第2章以下の話数にする予定なのに……。 

 

第181話「これからの事」

 
前書き
魅了の件も片付き、クロノサイドの処理も終わります。
 

 






       =out side=





「……そう、ですか……」

 式姫達がまとまっている部屋。
 そこで、鈴が椿と葵の事を皆に伝えていた。
 鞍馬を除いた式姫達と、別の部屋から来ていた葉月はその話を聞いて愕然とする。
 ちなみに、鞍馬はクロノや澄紀と共に報告書の内容を纏めるのを手伝っている。

「欲を言えば犠牲はない方が良かったけど……そうね、あの二人だけで済んだのも、奇跡に近いものね……」

「だからと言って、納得できるかは別だけどな……くそっ……!」

 織姫、山茶花がそう言って悔しそうに拳を握る。
 しばらく交流がなかった分、ショックが少なかったであろう猫又やコロボックルも、悔しそうに顔を伏せていた。

「そん、な……」

 一番ショックを受けていたのは、やはりと言うべきか、葉月だった。
 直接の交流は僅かだったが、知らない訳ではない。
 そのためか、葉月はその場に倒れこみそうになるほどショックを受けていた。

「しばらくすればどの道伝わる事だろうけど、それでも先に伝えておきたくてね……」

「瀕死の状態での憑依。確かにそれは危険な行為です。こうなるのも頷けるかと……」

 天探女が冷静にそういう。
 絡繰り仕掛けだからこそ、冷静に事実を受け止められたのだろう。

「……でも、実際に見た訳じゃない……ですよね?」

「希望を持つのを悪い事とは言わないけど、その可能性は低いわ」

「え……」

「わざわざこんな事で嘘をつく利点がない。あの戦いの後に誰かが死んだなんて嘘をついて喜ぶなんてとんだ人格破綻者よ。……で、それを言った司と奏はそんな性格をしていないし、そもそも嘘で誤魔化した様子はなかった。むしろ、あの二人も信じ難かった様子だったわ」

「…………」

 葉月の言葉に、鈴は申し訳なくなりながらもきっちりと否定する。

「悲しく思うのも分かるし、落ち込むなとも言わないわ。……でも、立ち止まらないで。前を向きましょう。……あの二人は、きっとこうなる事は望んでいないわよ」

「……そうですね。確かに悲しい事ですが……だからこそ、乗り越えなければ」

 悲しむのも、悔やむのも、泣くのも構わない。
 だけど、時間を掛けてでもそれを乗り越えるべきだと、鈴は言う。

「はい……っ……」

 葉月も、心苦しそうにしながらも、二人の死をしっかりと受け止める。
 猫又やコロボックル達も、長年生きてきた事もあって、葉月よりも人の死に慣れている事もあり、すぐに受け止める事が出来た。





     ―――コンコン

「えっと……入ってもいいかな?」

「この声は……那美さんですね。何か御用でしょうか?」

 すると、そこへ那美が久遠と共にやってくる。
 面識のある蓮がすぐに応答する。

「あの……クロノ執務官から、少し落ち着いたから皆にアースラの設備を案内するようにって……そう言われて……」

「貴女がですか?しかし、貴女は別にここの組織の者では……」

「局員よりも一般人の方が感性が近くてわかりやすいだろうって事みたい」

「そういうことですか……」

 那美は応答する蓮と会話しながらも、部屋の中の雰囲気を感じ取る。

「……何か、あったの?」

「それは……」

 蓮は言い淀む。
 那美は椿や葵とも交流があり、そして人の死にも慣れている訳ではない。
 それを知っているからこそ、不用意に伝えていいのか悩んだのだ。

「……椿と葵は知ってるわね?」

「鈴ちゃん?知ってるっていうか、二人に霊術は教えてもらってたけど……」

 那美は、どことなく嫌な予感を感じ取った。
 それに対し、鈴は言い聞かせるために那美の肩を掴む。

「……あの二人は……死んだわ」

「……えっ?」

「ずっと戦い続けた結果、よ」

「そん、な……」

 葉月と同じように、那美も信じられないと言った風に驚く。
 実際、言葉だけでは到底信じられなかった。

「…………」

「落ち込むのもわかるわ。……私も、信じたくなかった」

「……あの二人には、何かとお世話になったから……でも、死んでしまうなんて……」

 涙を流す那美。鈴はそんな那美の背中を擦り、落ち着かせるように慰める。

「くぅ……」

「久遠……ありがとう……」

 黙って肩に乗っていた久遠(子狐状態)が、慰めるように顔を擦り付けてくる。
 そんな久遠の気遣いに、那美も少しは落ち着く。

「……無理して立ち直らなくてもいいわよ?」

「ううん……戦うって事は、死と隣り合わせなんだって、二人からよく言われてたから……無理はしてないよ……」

 式姫は戦争などで人の死をよく見てきた。
 そのために、那美よりも早く立ち直っていた。
 しかし、那美も立ち直りが早かったため、鈴は無理してないかと心配したのだ。
 事実、那美は立ち直った訳ではなく、悲しみを引きずっていた。
 ……それでも、頭では理解できていた。

「……とりあえず、案内するよ。……あれ?もう一人いたんじゃ……」

「鞍馬なら執務官の手伝いをしてていないわよ。まぁ、あっちはあっちで何とかやっていると思うからあまり気にしないでもいいわよ」

「そう?じゃあ……」

 悲しさを少しばかり引きずりながらも、那美は式姫達を案内した。

「(……皆にああは言ったけど、やっぱり信じられないわね……。出来たら、直接確かめるか聞きに行けたらいいのだけど……)」

 そんな中、鈴はやはり自分の目で確かめるまで、希望を捨てられずにいた。









「……さて、あー、まぁ、情報整理が終わった訳だが……」

「く、クロノ君、大丈夫……?」

「ああ。これが終わったら休むつもりさ……」

 再び招集が行われ、疲弊しきったクロノが説明する。
 話す内容は、今回の事件のあらましと、これからの事。

「なぁ、昨日と違って人数が少ないが……」

「同じ仕事をしていた者は既に内容を知っているからな……既に休んでもらっている」

 現在集まっているのは、ある程度自由な時間があった面子ばかりだ。
 エイミィや、他の事務処理系の局員はいなかった。
 ちなみに、神夜はこの場にいないが、一応通信で聞いてはいた。
 今顔を出せば厄介になる事を考慮しての事だ。

「―――以上が、上にも報告する事件のあらまし、という事になる。多くを省いてはいるが、何か質問はあるか?」

 まずは上にも報告する事件のあらましを説明する。
 戦闘の詳細や、優輝とパンドラの箱の関係以外を、大体説明する。

「……とりあえずはないみたいだな。気になった事は後で聞いてくれ。さて、ここからが肝心な事なのだが……」

 次に、これからの事に話が移る。
 基本的にクロノやリンディなど、それなりに上の立場の人が対応する事になっている。
 戦闘要員だったり、一局員でしかない優輝の両親や、偶然現地にいた扱いであるなのは達はあまり対応する必要はないと、クロノは説明する。

「地球……日本における法に関しては、管理局として責を負う事に決定している。君達も何か言われれば正直に答えればいい。……まぁ、大抵の事はこちらで答えるがな」

「それって、つまり……」

「……ああ。変に何かしようとするのはやめてくれ。謂れのない事を問われれば憤るだろうが、そこは抑えてほしい」

 変に騒ぎ立てれば、それだけ立場が不利になると、クロノは言う。
 真摯な態度で応じるのが吉だと、そう断言した。

「君達本人に責は負わせないつもりだ。君達は事件に巻き込まれ、学友を守るために力を振るっただけに過ぎないからな」

「それは、そうだけど……」

 クロノの言葉に、司が困ったように声を上げる。

「君達は言わば正当防衛なんだ。それに、嘱託魔導師に重荷を背負わせる訳にはいかないからな。司は僕らに背負わせているように感じるかもしれんが、それが最善なんだ」

「……うぅ……」

 まるで自己犠牲。司はそう思わざるを得なかった。
 元々前世の経験から責任を感じやすいものだから、余計にその想いが強かった。
 クロノの言う事も分かっていたため、それ以上に何か言う事はなかった。

「情報メディアへの対応は、提督を中心に行う。……難しい事を考えるのは、僕らの領分だ。変に気負う必要はない」

「……それはそれで、大丈夫かって不安はあるんだけどな……」

 クロノがそう締めくくり、帝はふとそう呟く。

「そこは信じてもらうしかない。確かに、僕らは地球の常識に疎い所があるが、それでも上手く事を運んでみせるさ」

「……頼むぜ」

「……ああ」

 その期待には応えて見せると、帝の言葉にクロノは力強く頷いた。

「……ところで、私達、学校を放り出してきたも同然なんだけど……」

「ああ、その事か。それなら、少ししたら一旦戻れるから、その時にでも連絡してくれ」

「そっか。それならいいや」

 アリシアがクロノに問い、その返答に安心する。
 なんの連絡もなしでは、学校に残ったままの友人たちが不安がると思ったからだ。

「治療や休息、後処理のために皆に留まってもらっていたが、これからしばらく……向こうの政府機関とのやり取りまでは自由に過ごせる。一旦戻って、家族や友人に顔見せぐらいはしてきた方がいいだろう」

「……確かに。聡君とか、あの場に残したままだからね……」

 裏を返せば、政府機関と管理局の交渉などの時はまた自由ではなくなる。
 それを理解しているのは何人かいたが、言うのは野暮だと黙っていた。

「……じゃあ、伝える事はそれだけだ。帰れるようになったら改めて連絡する。では解散!」

 最後にそう締めくくり、集まった皆は各々の部屋へと戻ったりしていく。

「何とか、ひと段落って所だね……」

「そうだね……本当、短い間に色々あったよ……」

 僅か三日で大門が開き、それを閉じ、さらには魅了を解いた。
 それら全てに立ち会った司にとって、それは怒涛の三日間だった。

「……思い返したらどっと疲れが……」

〈休んでください。マスター。魔力や霊力が回復した側から使っています。相当の疲労が溜まっていますので、以前のなのは様のようになってしまいます〉

「にゃっ!?」

 いきなり名前を呼ばれてなのはが反応する。

「あはは……それは……確かに休んだ方がいいね……」

「以前のなのは……あー、確かに」

「ええっ!?」

 すぐに思い当たる司とアリシアとは違い、なのはは何のことかわからず困惑する。

「多分、以前なのはが疲労で倒れた時の事を言っているわ」

「あ、奏ちゃん。……そっか、確かにそれは休んだ方がいいよね……」

「倒れた張本人が言うと重みが違うわねー」

 アリサも会話に混じり、軽口を言う。

「う……そう言われると弱い……」

「ま、それはそうときっちり休まなきゃね」

「戦闘続きだったし、魅了の事もあってへとへとだもんね……」

 なのはは気まずそうにし、アリサとすずかが話を切り替える。
 “しばらく自由に過ごせる”と言われた事で、どっと疲れが押し寄せてきたからだ。

「……これから、地球では普通に暮らせなくなるのかな……」

 ふと、アリシアから呟かれたその言葉に、沈黙が包み込む。

「魔法が露見して、それを使う私達の姿は各地で目撃されてるからね……」

「クロノ達が頑張っても、普通は無理になるかもな……」

 司、帝が考え込むように呟く。
 その言葉で、さらに空気は重くなる。

「うーん、やっぱり自由はなくなるんだろうなぁ……」

 地球で数少ない魔法を使える人物。
 管理局側だろうと地球側だろうと、自由はなくなるだろうと司は考える。
 
「事態は日本だけじゃ収まらないものね。日本があんな災厄に見舞われたなら、各国も何事かと注目するだろうし……」

「お姉ちゃんとか、アリサちゃんのお父さん、士郎さんとかの伝手を使っても、どうにもならないかも……」

 アリサとすずかもどんどん不安になってくる。
 人は未知をよく恐れる傾向にある。それを二人は危惧しているのだ。
 特に、すずかは夜の一族なため、そう言った事は人一倍警戒していた。

「え……それじゃあ……」

「最低でも、注目されない生活は送れない。そういう事になるな」

 フェイトが不安そうな声を出し、今まで口を挟まなかった優輝が結論を言う。

「……はい、そこまでや。これ以上は空気悪ぅするだけやで?」

「それもそうだな」

「とにかく、今は休む事だけ考えればええ。今悩んだかってしゃぁないねんから」

 そこではやてが話の流れを切る。
 これ以上は不毛且つプラスにならないと判断したからだ。

「ほな仕舞いや仕舞い。皆きっちり休んで心身共に回復させるんやで」

「……そうだね。夕飯を食べて、しっかり休もう」

 会話を切り上げ、司達は食堂に向かった。









「少し、いいかしら?」

 夕食を取り、食堂を出ようとした優輝に声が掛けられる。
 声の主は鈴だった。

「構わないけど……用件は?」

「少し場所を変えましょう。ここで話すには内容が合わないわ」

 とりあえずと、鈴に先導されて話す場所を変える。

「あの、私達もついて行っていい?」

「貴女達が?別に構わないけど……どうしてか聞いてもいいからしら?」

 司と奏が同行しようと、名乗り出る。
 ちなみに、同じ転生者である帝は神夜の所へ行っていた。
 なんだかんだ心のケアに赴いていた。

「あまり広まってないけど、今の優輝君はあの戦いの代償で感情を失っていて……」

「……私達で、補足する必要もあると思ったからよ」

「……!そう、なるほどね……」

 感情を失っているという事に驚く鈴。
 一応、戦闘中に感情が消えている事を感づいていたため、すぐに納得した。

「貴方もそれで構わない?」

「二人がそういうつもりなら構わない」

「そう。じゃあ、行きましょう」

 鈴の先導について行き、四人は話が聞かれないような部屋に移動した。







「さて、用件なんだけど……聞きづらい事だけど単刀直入に言うわ。……かやのひめと薔薇姫、椿と葵が死んだのは本当?」

「っ……!」

「……本当だ。憑依したまま、僕の中から命が消えた」

「……そう……」

 移動した鈴は、少し躊躇いながらも単刀直入に椿と葵の事を聞いた。
 二人の事だったため、司が優輝の反応を気にしたが、優輝は普通に答えた。

「……少し、確かめさせてもらうわ」

 まだ納得しきれないのか、鈴は優輝の胸に触れて霊力を流す。
 優輝の体を探る事で、すぐに椿と葵が憑依していた事実を確認できた。

「(……確かに、椿と葵の存在が感じられない……。瀕死なら、簡易的な術では存在を感じ取れない場合があるけど、ここまで感じられないとなると……)」

 そこまで考え、鈴は探るのをやめる。

「……確かに、そうみたいね……」

「鈴さん……」

「椿と葵は、前世の私にとって恩人のような存在だったの。……さすがに、死んだと分かると思う所があるのよ……」

 少し悲しそうな顔で、鈴は言う。 
 司も奏も、それを聞いてばつの悪そうな顔をする。

「ああ、そんな思いつめないで。元々、式姫だからこそ生まれ変わった私でも再会できたようなものだし……むしろ、あれだけの犠牲で済んだだけでも奇跡だから……」

「その割には、納得していないようだけど」

「当然じゃない。見知った人物の死なんて、何も思わない方が珍しいわ」

「……そうだな」

 鈴が言っている事は、悲しみを誤魔化すために過ぎない。
 優輝がそれでも誤魔化せていない事を指摘するが、鈴はそれすらも肯定した。
 その言葉の内容に、優輝も心当たりがあるため、普通に納得した。
 感情がなくなっているとはいえ、あった時の記憶や経験からこういった事は理解できているため、変な齟齬が起きる事もなかった。

「……最後に、一つ確認させて」

「なんだ?」

「二人の型紙はまだ持っているかしら?」

 その問いに、優輝は少し考える。

「ちょっと待ってくれ」

 すぐさま懐を探り、二人の型紙がまだ存在している事を確認する。

「……まだあるが……それがどうかしたのか?」

「ッ……!」

 型紙を二枚取り出し、何でもないように優輝は言う。
 それに対し、鈴は驚き、目を見開いていた。

「ちょっと貸して!」

「え、あっ……!」

 奪い取るように鈴はその二枚の型紙を確かめる。
 その様子に、司は驚いたような声を上げる。

「……悪路王」

『言わんとしている事は分かる。……吾から見ても同意見だ』

「じゃあ……間違いなく……!」

 鈴と感覚を共有して言う悪路王も、それを見て鈴が思っている事と同じだと言う。

「え、何、どうしたの?」

「……“縁”が残っているわ……!これなら……!」

「まさか……」

 司と奏も、鈴の様子に僅かな希望を見出す。
 そして、そんな想いに答えるように、鈴は笑みを見せる。

「二人の再召喚が可能よ……!」

「「っ……!」」

 その言葉に、司と奏も笑みを浮かべる。
 優輝も、二人より反応が薄いものの、明らかにその事実に驚いていた。

「でも、どうして……」

「わからないわ……。でも、型紙も“縁”も残っているの。まるで、誰かが二人の死を望まず、帰ってくると願ったように、その通りに残っているの……!」

「望んで……願って……」

 鈴にもわからない“縁”の残留。
 だが、推測で述べられた言葉は、司にとって心当たりがあるものだった。

「……もしかして……!」

〈おそらくは。優輝様が倒れた時のあの祈りが原因かと〉

「心当たりがあるの?」

 それは、優輝が精神的負荷によって倒れた時。
 二人に帰ってきてほしいと、心から願った時の事。

「で、でも、あの時、あまり魔力を……」

 しかし、それは本当にただの“祈り”でしかなかった。
 天巫女の魔法として使った訳でなく、だからこそそれが原因だとは思わなかった。

〈……真髄の一端ですね。祈りの極致、それによる天巫女の力は、魔力をほとんど使用せずとも発動し、しかしながらささやかな希望を齎す……〉

「……じゃあ……」

「司さんの祈りで、二人が……?」

〈……おそらくは、ですが〉

 推測でしかないシュラインの言葉。
 だが、それでも司と奏、鈴にとっては嬉しいものだった。

「二人が……帰ってくる……?」

「そうだよ……そうなんだよ優輝君!」

「……そう、なのか……」

 優輝も噛み締めるようにその言葉を呑み込み、安心した顔をする。
 力が抜けたように、一瞬ふらつく。

「だ、大丈夫!?」

「……大丈夫だ。安心して力が抜けただけだ」

「そ、それならいいけど……」

 一度倒れた事もあり、司と奏はふらついた優輝を心配する。

「……喜んでる所悪いけど、再召喚するには色々と準備が必要よ。貴方達、さすがに召喚の仕方は知らないでしょう?」

「あ……そういえば……」

「椿と葵にも教わっていないな」

「やっぱりね……」

 思い出したかのように言う司と優輝に、鈴は呆れたように溜息を吐く。

「“縁”がこれ以上薄れる様子はないから、慌てる必要もないわね。再召喚するなら、入念に準備しましょう。私が確かめておきたい事もあるしね」

「確かめておきたい事?」

「幽世の大門についてよ。あの執務官にも、一応伝えてあることだけど……」

「大門について……」

 どういうことなのかと、奏が疑問に思って言葉を反芻する。

「私に憑いている妖……守護者との戦闘でもいたでしょ?悪路王って言うのだけど……本来門の守護者である悪路王がまだ現世にいられる原因を知りたいのよ」

『力のある妖や、特殊な妖であればしばらくは現世に留まる事もできる。だが、生粋の妖怪でもない吾が現世に留まれるはずがないのでな』

「私たちはこれの原因が幽世との“縁”にあると睨んでいるわ。幽世の大門が開かれた際に繋がった幽世と現世の“縁”が、大門を閉じられた後も続き、その影響で悪路王が残れるようになっている……とね。まぁ、推測の域を出ないのだけど」

 司達が知る由もなかったが、大門や他の門が閉じられた時、各地に妖は残っていた。
 門が閉じられたため大きく弱体化した上に、現地にいた魔導師や退魔士によって殲滅されたが、確かに悪路王と同じように消える事なく残っていた。
 ちなみに、京都周辺は大門の守護者が“禍式”を使う際に、瘴気として吸収してしまったため、妖が残る事はなかったりする。

「それって……大門がきっちり封印されいないとか?」

「あの子がそんな愚を犯すとは思えないけどね……。幽世の神もあの子の抜けてる部分を補うような性格に見えたし……」

「だからこそ、確かめに行く……と」

「さすがに明日に改めるけどね」

 “まずは回復を”。そう考えて、調査と再召喚は明日にすると鈴は言う。
 優輝たちもそれに異論はなく、了承した。

「午後に調査と準備。再召喚は夜に行うわ。時間帯もちょうどいいからね。午前は自由にしてちょうだい。学校とかへの連絡もあるでしょうし」

「わかった」

「了解!」

 明日の予定を大まかに決め、話は終わる。
 再召喚できるという可能性が出てきてから、司は終始喜びが声に出ていた。

「じゃあ、また明日ね」

 部屋から出ていく優輝たちを、鈴は見送る。
 一人になった鈴は、安堵の息を吐いた。

「……朗報ね。皆にも伝えておくべきね」

〈そうだね。それにしても、下げてから上げるなんて、君もSだね〉

「なんの話よ……。いえ、確かにしっかり確かめる前に二人が死んだと伝えたのは、いらない悲しみを与えたとは思っているけども……」

 マーリンと軽口を交わしながら、鈴も部屋を出て式姫達が待つ部屋へと帰っていった。













 
 

 
後書き
会話中、ほとんど参加しない優輝が不気味に思えてきた……。
口を挟む必要がないと思った会話は、悉く聞き専になるのが今の優輝です。

中途半端な終わりですが、とりあえずこれからに備えて今日を過ごす、といった感じです。
展開が久しぶりに進みにくくなってきました……。 

 

第182話「連絡と異常」

 
前書き
とりあえず学校勢と連絡を取り、大門の調査をする話。
 

 






       =out side=





「……皆、無事かしら……」

 学校で、玲菜がふと呟く。
 優輝達が転移で移動してから、三日目になっている。
 妖の脅威もなくなり、身の危険が少なくなったため、改めて心配になったようだ。

「優輝が強いのは分かる……けど、さすがに心配だよな……」

「そうよね……」

 聡も同意するように呟く。
 すると、校庭に魔法陣が出現する。

「あれは……!?」

 聡や、学校の人達にとって、魔法陣は見慣れないものだ。
 そのため、妖の仕業と見分けがあまりつかない。
 その事もあって、学校全体に動揺が走り、警戒が強まる。

「いや、あのバケモノじゃない!あれは……あれは……!!」

 だが、すぐに妖とは違うと分かった。
 なぜなら、魔法陣から見覚えがある人影が何人も出てきたからだ。

「司さんに、アリシア先輩!」

「帰って来た……!」

 現れたのは、司や奏、アリシア達。
 優輝と神夜を除いた学校に通っている全員が戻って来た。

「え、ちょっ、皆!?」

 先生が落ち着くように言うのも聞かずに、何人もの生徒が校庭に飛び出していく。
 その有様を見て、アリシアはつい驚いてしまう。

「ストップ!ストーップ!!」

「ちょっと!一斉に来すぎよ!」

 咄嗟にアリシアが制止を掛け、アリサが叱責する。
 その様子に、司とはやて、すずかは苦笑い。
 なのはとフェイト、奏、帝は驚いて少し引いていた。

「帰って来た!」

「どうなったの!?」

「無事だった?」

「怪我はない?」

「ちょっと……一斉に聞きすぎよ!!」

 集まる勢いは何とか止めたものの、全員が口々に今までの事を尋ねてくる。
 さすがのアリサも、クラス一つ分以上の人数を纏める事は出来なかった。

「うーん、どう収拾を付けよう……」

「とりあえず、何とかして皆を落ち着かせるのが先決だよね……」

 アリシアと司が苦笑いしつつ、どうするべきか考える。

「司さん!」

「司!」

「聡君、玲菜ちゃん!」

 すると、そこへ聡と玲菜が人を掻き分けてやってきた。

「……どう、なったんだ?」

「そうだね……それを答えるには、まず……」

「皆!落ち着いて!!」

 どの道、一旦落ち着かせようとアリシアが行動に出る。
 言霊として、発した大声に霊力を乗せる。
 それにより、その言葉が皆に届いて一旦声が止んだ。

「……よし、さて聡君、質問どうぞ!」

「え、あ、お、おう……」

 言霊の影響は聡にも及んでいたため、アリシアに促されても聡は戸惑うだけだった。

「とりあえず……終わった、のか?」

「うん。事件は解決したし、後は体制を整えて復興が終わった所から避難が終わるようになっているはずだよ」

「皆は……無事なの?」

「大きな戦闘があって、無事……とまではいかなかったけど、五体満足だし、回復もしてきたからね。今はそこまで心配する必要はないよ」

 皆が最も聞きたかったであろう質問を、聡と玲菜が尋ねる。
 司は安心させるように、その質問にきっちり答えた。

「……優輝は……どうしたんだ?」

「優輝君は…一番頑張ってたのもあって、まだ回復しきれてないんだ」

「ちなみに、神夜もまだ休む必要があるから、来てないよ」

 優輝がいない事に気付いた聡が、恐る恐る尋ねる。
 聞かれるだろうと予測していた司とアリシアは、嘘を少し交えて誤魔化す。

「そうか……」

「他の場所は……どうなってるんだ?」

「海鳴市が一番マシだからね……。ラジオとかで情報は出てた?」

「一応は……京都がやばかったって事は流れてた」

 日本全体に妖がいても、情報機関は何とか人々に情報を届けようとしていた。
 その僅かな情報の一つが、京都で妖が溢れかえっているというものだった。

「やっぱり日本全土だったから、情報も滞ってるんだね……」

「一応、電波は無事だったみたいだったけど……」

「撮る人がいなきゃ、意味ないよね」

 妖は無差別に破壊活動をすることは少なかった。
 人を襲う際に副次効果として家などが破壊されていたため、人の被害に比べて電波塔が無事な場合が多く、電波が無事な地域も多かった。
 特に海鳴市やその周辺はほとんど無事だった。
 ただし、肝心の映像を撮影する人や余裕がなかったため、何も流れなかったが。

「話を聞いた限りだと、沖縄と北海道の両端は被害が少なかったみたい。……というか、特に被害が大きかったのは基本的に東京や京都だったかな」

「どちらも都があった地域だからね」

「都……江戸とかか?」

「そうそう。妖怪とかの伝承も影響してたから、それで被害が大きかったみたい」

 詳しい事はあまり知らない聡だが、その言葉を聞いて納得した。
 同時に、それだけ被害が出て大丈夫なのかと心配した。

「……見る?今の京都の様子。相当荒れてるけど……」

「いや……やめとく」

 気にしていたのを司に見破られる。
 その際に、シュラインに記録されている映像を見るか聞くが、断られる。

「とにかく……皆、無事でよかった……」

「心配掛けてごめんね。でも、私たちが動かないといけなかったから」

 玲菜の言葉に、申し訳なさそうにしながら司が言う。

「それと、私と奏ちゃんはこの後行く場所があるから……」

「行く場所?えっ、それ私たちも聞いてないよ?」

 続けられた言葉に、アリシアが反応する。

「言ってなかったからね。鈴さんと一緒にちょっと調査にね」

「調査?……って、“鈴さん”って……」

 聞きなれない名前に、聡や玲菜は首を傾げる。

「事件解決に協力してくれた陰陽師の人だよ」

「……陰陽師、実在したんだな」

 簡潔な説明に、聡はそういうしかなかった。

「でも、調査ってどこに?」

「大門があった場所だよ。どんな影響が残っているか、どこか異常はないか……とかね。封印自体は大丈夫なはずだから、危険はないはずだよ」

「あそこを……」

「そういう訳だから、私と奏ちゃんはあまり長居できないんだ。ごめんね?」

 半分ほど聡達にはなんの事かわからない会話だったが、それでもまだやる事が残っている事はなんとなく理解する事ができた。

「それなら……しょうがないか。俺たちには何もできないんだし……」

 本当は戻って来たならいておいてほしい聡。
 しかし、やるべき事があるなら仕方ないと諦める。

「一度は会っておこうと思って来たからね。アリシアちゃん、後は頼んだよ」

「まっかせてー!そっちも妖がいなくなったからって油断しないでね」

 年長者のアリシアに後を任せ、ある程度皆に挨拶をしてから司と奏は戻っていった。

「あ、そうだ。なのはとかも、一回家族に顔を見せてきたら?連絡を取っていたとはいえ、やっぱり顔を合わせておいた方がいいでしょ?」

「いえ、後で構わないわ。来る前に連絡を入れておいたし」

「私も、後でいいかな」

「わ、私は……私も、後でいいかな……?」

 ふと思い出したように提案するアリシア。
 アリサとすずかは事前に連絡を入れていたようで、その提案に乗らなかったが、なのはは二人と違って連絡を入れ損なったため、少しどうしようか悩んだ。

「……連絡、入れ忘れた?」

「うっ……アリサちゃんとすずかちゃんみたいに、事前には……」

「まぁ、どうするかはなのはの勝手よ。とりあえず、連絡してないなら今すればいいじゃない。何のためのケータイよ」

「あ、そっか」

 アリサに言われるなり、ケータイを取り出してなのはは士郎たちに連絡を取る。

「……戦いが終わってどこか抜けてるのかしら?」

「あはは……まぁ、やっと終わった安心感は否定できないね」

 その様子を苦笑いしながら見届け、アリサとすずかは互いに顔を見合わせる。

「さぁさぁ、何をするにしても、一旦戻って戻って!先生たちが困ってるよ!」

 アリシアが大声でそう言いながら、皆で学校へと戻っていく。
 色々話す事があって大変だと思いながらも、皆を安心させるためにも頑張ろうと、アリシアは気合を入れてそう思った。

















「準備はいいかしら?」

 ところ変わって、アースラ。
 大門周辺を調査するために、優輝達は準備していた。

「大丈夫だ」

「私もいけるよ」

「私もよ」

 全員の準備が終わり、いつでも出られるようにする。
 なお、準備と言ってもそこまで用意周到な物は使わない。
 いつもと違って欠けているものがないか確かめる程度だ。

「よし、いつでも行けるわね」

「大門の調査……確かに、閉じる事ばかり考えて調べる事はしていなかったが……そこまで気にすることなのか?」

 四人を転送するために転送ポートの許可を出したクロノが、疑問に思って尋ねる。
 別に調査を怠る訳ではないが、それでも疑問に思ったようだ。

「ええ。何かが元に戻っていない……いえ、“変わっている”と睨んでいるわ」

「そこまで力強く言う程なのか……」

 悪路王の言った“縁”の存在。
 大門を閉じたはずなのに、それは残り続けている。
 本来ならあり得ない現象なため、鈴は何かあると確信めいた推測をしていた。

「まぁ、僕が担当出来ない分野だ。だから、頼んだぞ」

「任せなさい」

 転送ポートを起動させ、クロノは四人を転送した。





「……改めて見ると、だいぶ荒らしてしまったね……」

「瘴気の影響もあって、木々が枯れているわね……」

 転送が終了し、四人は大門の近くに転送された。
 戦闘の爪痕は深く残っており、特に自然には顕著に現れていた。

「建物もだけど、こういうのは時間を掛けて元に戻していくしかないわ。霊力を応用すれば、自然を戻すのはいくらか簡単にはなるけど」

「そっか……こういうのも、復興していかなくちゃいけないよね……」

 神降しをした優輝や、ジュエルシードをフル活用した自分が戦っていた場所も、同じように破壊跡が多くあるだろうと、司は考えてそう呟く。

「とにかく、大門の場所まで行くわよ」

「ああ」

 アースラからの転送は、瘴気の影響がまだ残っているかもしれない事を懸念して、大門から少しばかり離れた場所を転送先に指定していた。
 そのため、優輝達は周囲に刻まれた戦闘の影響を確認しつつ、大門へ向かう。

「……そういえば、本来の大門の守護者って、どんな人だったの?」

「とこよの人柄?……そうね……」

 ふと、司は気になった事を鈴に尋ねる。

「……私も、限られた時間でしか会ってないからあまり知らないのだけど……なんというか、とにかく前向きだったわね。同時に、どこか抜けていたけど」

「前向き……」

「諦めの悪さなら相当よ。……生憎、日常でのとこよの事は大して知らないけどね」

 鈴は死んでからとこよに会っていたため、普段のとこよは知らない。
 ただ、諦め悪く前向きな事はよく知っていた。

『普段の奴の事なら、吾が知っている。……尤も、普段の奴は座学をサボりがちで不真面目な能天気者だがな』

「……ちょっと、予想外ね」

「そ、そこまで普段と違うんだ……」

 代わりに悪路王が普段のとこよについて語った。
 なお、その内容と自分の知っているとこよの側面の違いに、鈴が一番驚いていた。

『だが、それでも芯の通った人間だ。それだけは変わりない』

「悪路王も認める程なのね……」

「なんだか……凄いなぁ……」

 感慨深そうに、司は感想を漏らす。

「……着いたよ」

「っと、話し込んでいたわね」

 優輝の言葉に、全員が立ち止まる。
 大門が存在した場所は、瘴気の影響で植物が完全に枯れていた。
 そのため、ちょっとした空き地のようになっている。

「っ……やっぱり、まだちょっと瘴気が残ってる……」

「そればかりは仕方ないわ。……さて……」

 幽世の大門は既に物理的には見えなくなっている。
 しかし、大門がその場にあった事もあって、未だに瘴気が残っていた。
 すぐさま霊力でカバーし、優輝達は瘴気の影響を跳ね除ける。

「まずは大門の確認よ」

 そういうや否や、鈴は霊力を用いて大門の状況を探る。
 とこよによって閉じられたとはいえ、確かめておいた方が無難だからだ。

「………大丈夫、ね。再び開く気配もなし。完全に閉じられてるわ」

「よかった……」

「まぁ、これは前座。本命は調査の方だもの。これで異常があったら困るわ」

 苦笑いしながら、鈴は封印を確かめていた霊力の使用を止める。
 そして、気合を入れ直すように袖を捲る。

「調査と言っても、何から取りかかればいいかな?」

「さっきは封印しか確認しなかったけど、様々な点において調べた方がいいわ。確か、開いた原因は魔法に関わるものだったでしょう?だったら、魔法の観点からも調べた方がいいわね」

「なるほど……」

「じゃ、始めましょう。少しの異常も見逃さないで」

 鈴のその言葉を合図に、全員で調査に取り掛かる。

「(霊脈の流れに大した異常は見られない。少しばかり乱れているのも、おそらく大門が開いた影響……これは定期的に確認しないと異常か分からないわね)」

「司さん、どう?」

「魔力で探ってるけど、残滓ぐらいしかないかな……大体が瘴気に呑まれてる感じ」

「そう……細かい所を探ってみるわ」

 鈴は霊脈から、司と奏は魔法関係から調査する。
 大まかな部分はどちらにも異常はなく、段々と細かい部分に調査をシフトしていく。

「(……土地にも特に異常はなし。……鈴さんは“縁”に原因があると見ていた。ならば、そう言った概念的視点から確かめた方が早いかもな)」

 優輝もまた、周辺の土地そのものを調べていた。
 そして、原因は概念的分野にあると睨み、それを調べるために準備をする。
 魔力と霊力、そのどちらかだけ使うのでは足りないために、その二つを掛け合わせながら術式を組み立てていく。

「っ……!なんて、術式……!?」

〈魔法と霊術の複合!?理論上は可能とはいえ、ここまで高度なのを組み立てるなんて……!感情を失った事で効率化しているとしても、彼の底が知れなさすぎる……!〉

 その力の流れと術式に、鈴が気づく。
 そして、マーリンと共にその術式に驚愕した。

「ちょっ……優輝君!?」

「優輝さん……!?」

 数瞬遅れて司と奏も驚愕する。
 何度も高度な術式を扱う所を見てきたが、それでもいきなりは驚く事だった。

「っ……処理速度が足りない……リヒト、シャル」

〈ここまで高度なものになるとそれ以前に魔力も霊力も足りませんよ。マスター〉

〈まず、他の方に助力してもらうべきです〉

 膝を付き、地面に術式を組んでいた優輝だが、息を切らしてそれを中断した。
 リヒトとシャルにサポートを頼むが、呆れたように二機はそう進言した。

「……それも、そうだな」

「今、何をしようとしていたのかしら?」

「概念的視点から辺り一帯を調査するための術式だ。地道に探すよりも、こっちの方が効率的だと判断したんだ魔法と霊術を混ぜたが……少し、計算違いだな」

「概念的……そんな高度な術式を即座に組み立てようとするからよ……」

 驚きを通り越して、鈴は呆れて溜息を漏らす。

「まぁ、効率的なのは理解できるわ。霊力は私が担当。貴女達は魔力を頼むわ。マーリン、術式構築の支援は出来るかしら?」

〈重要な箇所は彼の脳内にしか理論がないから外側だけだね〉

 しかしながら、鈴もそれが効率的だと理解しており、すぐに指示を出す。
 肝心な部分は優輝本人に任せ、それ以外をサポートするようにした。

「シュラインも術式のサポートを!」

「エンジェルハート」

〈分かりました〉

〈微力ながら私も手伝います〉

 魔力を供給するだけでいい司と奏は、すぐに自身のデバイスに、マーリンと同じように術式構築のサポートをするように指示する。

「……リヒト、シャル」

〈……分かりました。ただ、術式の核となる部分だけに集中してください。先ほどの時点で、脳が焼き切れる程の処理能力が必要だと判明しているので〉

〈マイスターはもう少し自身の限界に合わせるべきです〉

「……善処する」

〈出来てません。そう言って出来た試しがありません〉

 優輝も改めてリヒトとシャルに指示を出す。
 尤も、無理している事を思い切り指摘され、返答もばっさりと切られていた。

「……時々、優輝君ってリヒトに信頼されてるかされてないか分からない時あるよね」

「そうね……」

 その様子を見て、司と奏は苦笑いしながらそう言う。

「でも、優輝君の事をよくわかってるからこその言葉でもあるね」

「確かに……」

「……導王の時からの付き合いだから、私達以上に優輝君を知ってるんだろうなぁ」

 相棒でもあるデバイスなのだから、仕方ない事ではある。
 それでも、何となく司はリヒトの事が羨ましく思えた。

「………」

〈解析も同時に行っていますが……かなり高度で複雑な術式です。私達でサポートして肉付けしている部分だけでも、かなりの量になりますね……〉

「そ、それほどなの……?」

〈はい。そして、これほどの術式を瞬時に思いつくとは……〉

 無言のまま根幹の術式を組み、それを各デバイスが肉付けするように形にしていく。
 その最中、シュラインは同時進行で優輝が既に組んだ部分の術式を解析していた。
 そして、その解析結果に、デバイスでありながらも驚愕していた。

〈……最早、人間業ではないとまで言えます〉

「っ……!」

〈おそらく、感情を失っているから出来る所業でしょう。余計な感情がない分、術式の構築、その一点に集中出来ます。……尤も、それでも人並外れていますが〉

 司は息を呑んだ。
 改めて、優輝の凄まじさを見せつけられたからだ。
 今まで何度もそう言った場面はあったが、司もそれに慣れていた。
 しかし、感情を失い、機械的になった不気味さが、再び驚愕に繋がっていた。

「(優輝君は……本当に、何者なの……?)」

 また、守護者と戦闘している時に、なのはと奏……“天使”が発した言葉。
 “天使”は、優輝について喋っていた。
 そのために、何かしらの関係があると司は見ていた。
 だからこそ、優輝すら知らないであろう“秘密”を、司は気にしていた。

「(……ううん。今気にしても意味ない……ね)」

 だが、今考える事ではないと、司は判断し、その思考を隅へと追いやる。
 ……否、心の片隅で優輝を“得体の知れない存在”だと思う事をすぐにでもやめたかったため、無理矢理中断した。

「……出来た」

「これが……」

 概念的視点から調査するための術式。それがついに完成する。
 効果としては、周辺の空間に概念的作用が働いているか感知するというもの。
 それ以外にも様々な効果があるが、ここでは割愛する。
 
「魔力と霊力を回してくれ」

〈二つの力の調和はこちらにお任せを〉

「ええ。流すわよ」

 優輝の合図に、鈴と司、奏で霊力と魔力を流す。
 魔力はともかく、霊力は鈴一人だけでは賄いきれないので、司と奏が補う。
 術式が起動するように輝き、機能し始める。

「………!」

「っぁ……!?」

「えっ……?」

「これって……」

 その瞬間、全員が驚愕した。
 別に術式がいきない瓦解したなどではない。
 機能した瞬間に、反応を捉えたからだ。

「……“縁”が残っているのも納得ね……」

「これ……どういう事なの……?」

「……異常……なんてどころじゃ、ないわ……!」

 異常があるのは、司と奏にもわかっていた。
 ただし、どんな異常なのか把握できたのは優輝と鈴だけだった。

「……現世と、幽世の境界が薄くなってる……!」

「っ……それって……!?」

「表裏一体なはずの二つの世界が、一つになりかけてるのよ……!それも、大門が開いていた時と違って、お互いを害さずに!」

 一瞬、司と奏は意味を理解するのに時間がかかった。

「例えるなら、水と油が混ざるようなものよ。……同時に、“混ざり合う”なんて火薬に火をつけるような危険な現象……なのに、それがない!」

「………」

 現世と幽世の均衡が崩れれば、世界は崩壊する。
 だと言うのに、“混ざり合う”などと言う均衡を放棄するような現象が起きた。
 それは、今すぐにでも幽世の大門が開き、日本が滅びに向かう程の事だ。
 ……だが、それがない。だからおかしいと、司と奏も理解した。

「境界が薄くなる……と言うのは、別段おかしいって訳でもないわ。実際、幽世の大門が開いている時は境界が曖昧になるから……でも、今回は例外よ」

「例外……」

「“異常がないのが異常”。悪路王が現世に留まれるのも、幽世との境界が薄くなっているから。今でこそ何も起きていないけど、見逃せるものではないわ。……いや、起きていないからこそ、今すぐにでも何かしなければ……!」

 爪を噛むように苛立ちを見せながら、鈴は推測を述べていく。
 その顔にははっきりと焦燥が現れており、非常に焦っているのが見て取れた。

「貴方の見解はどうかしら?」

「……概ね同じ意見だ。……それと、原因に心当たりがある」

「……もしかして、“パンドラの箱”?」

 鈴が優輝に意見を求め、優輝がそれに答える。
 その答えに、司がふと思い当たったように呟く。

「その通りだ。あの得体の知れないロストロギアなら、あり得る」

「……そうだね」

 幽世の大門を開いた原因。“パンドラの箱”。
 通称すらない未知のロストロギアで、解析もなぜか優輝のみに可能だった。
 あの得体の知れないロストロギアなら、この現象を引き起こしてもおかしくはない。
 ……そう、優輝は睨んでいた。

「……とにかく、原因は分かったわ。戻りましょう」

「ああ」

「……うん」

「………」

 心に大きなしこりを残し、四人はアースラへと帰還した。













 
 

 
後書き
アリシアと聡たちの関係性を考えてなかったので、とりあえず名前は知ってる感じに。
何となく、アリシアは友人になってない年下の相手は君orちゃん付けで呼んでいる印象。 

 

第183話「異変と再召喚について」

 
前書き
前回判明した異常について。
久しぶりのキャラが登場します。
 

 








       =out side=





「……これは……」

 とある世界、とある場所に存在する研究所。
 そこで、一人の少女が研究所の機械で判明した内容に目を走らせていた。

「……通りで、時間移動が不可能になったのか、理解できました……もしや、あの二人を帰す際の違和感も、これが……?」

「ユーリ、何をしているんだい?」

「っ!」

 後ろから話しかけられ、少女……ユーリは驚く。

「……博士でしたか……」

「ここは時間に関する研究施設だけど……何か気になる事でも?」

「はい。ここしばらく、時間移動に関する事が不可能になっていました。最初はただの時空の乱れ……私達の時間移動による反動だと思っていたのですが……」

 そう言って、ユーリは博士……グランツに研究データを見せる。

「どうやら、それとは関係ないようです」

「時間移動の影響は別にあったと言う訳だね?しかし、これは……」

「先ほど、運よく見つける事が出来た解析データです」

 そのデータに示されているのは、空間や時間に関するものだった。
 それを見て、グランツも驚愕に目を見開く。

「よく時間からこんな観測を……と言いたい所だけど、それ以上に……」

「はい……()()()()()()()()()()()()()()

「……これは、まずいね……」

 ユーリの返答に、グランツは顎に手をやって考えこむ。
 傍から見ればどういう事か聞きたくなる事だが、二人は今ので通じ合ったらしい。

「あの時、彼女たちを帰した時の違和感も、それという訳だね……」

「推測ですけど……はい。……多分、境界が薄れた事による“過去と未来の融合”が起きていると見られます」

 時間の境界が薄れる。
 それは、簡単に言えば過去と未来の区別がつかなくなるという事。
 優輝達の方であった、“幽世と現世の融合”と同じように、こちらでも“過去と未来の融合”が起きるかもしれない状態になっていたのだ。

「不思議なのは、そんな事態になっても空間に悪影響が起きていない事だね……」

「まるで、混ざる事が自然現象かのようです」

「原因は……掴めてるかい?」

「いえ。心当たりもありません」

 優輝達と違い、こちらでは何が原因なのか、手掛かりが一切ない。
 そのため、対策を練る事もできなかった。

「ただ、この世界と別の時間が融合するという事は、相手側の世界でも何かが起きているという事です。……これは、世界そのものに異常が発生していると見ていいかもしれません」

「……至急皆を集めよう。これは“死蝕”以来の緊急事態だ」

「はい。シュテル達はこちらで呼びます。アミタ達は博士が」

「任せてくれたまえ」

 すぐに解明と対策を行うために、そのメンバーを集める行動に出る。
 娘たちを呼びに行った博士を見送ったユーリは、解析データを見直す。

「……相手側の時間軸。僅かにしか信号を捉える事が出来ませんでしたが……」

 そう呟きながら、ユーリはその僅かな信号を思い出しながら、機械に打ち込む。

「……やはり、ですか」

 その信号データから出た解析結果に、ユーリは予想が当たったと溜息を吐いた。

「おおよそ三年後。ここから混ざっていくのですね」

 それは、ユーリ達がいた時間からの計算。
 つまり、ちょうど優輝達が幽世の大門を閉じた後辺りの時間だった。

















「っ………!」

「……ドクター?」

 一方、優輝がいる時間軸。
 とある次元世界にある研究所で、ジェイルが普段は見られない切迫した表情をしていた。

「……ウーノ、至急クアットロを呼んでほしい。ドゥーエもいればいいが、彼女は潜入している身なのでね……」

「……了解しました」

 ジェイルのその様子に、ウーノは内心驚愕する。
 どんな状況でも正面から笑って受け止めるようなジェイルが、冷や汗を掻いているのだ。
 明らかに重要な案件だと察し、すぐさまクアットロを呼び出す事にした。

「(クアットロと無理だったとはいえドゥーエを呼ぶ……頭脳派を集めるつもりですね)」

 選んだメンバーから、ウーノは頭脳派を集めるのだと理解する。
 同時に、知恵を集める必要があるのだとも理解した。

「(ドクターが真剣になるほど……一体、何が?)」

 大胆不敵な笑みが消えていた。
 それだけでウーノにとっては信じられない事だった。
 何事なのか気になる事もあったが、まずは言われた事をこなすのだった。





「はぁーい、ドクター。お呼びですかぁ?」

 数分後。ジェイル、ウーノ、クアットロが揃った。
 クアットロも口調こそいつも通りだが、ジェイルの様子を見て、すぐにただ事ではないと理解していた。

「……発見したのは偶然でね。私は時空間に関する観測を行っていたのだよ」

「時空間……なるほど、幽世ですか」

「そう。優輝君の世界に存在する次元世界とは違う異世界。つい興味を持って調べていたのさ。……しかし」

 ジェイルは幽世の大門が開いた事を観測していた。
 その時に幽世について知り、独自に調べていたのだ。
 空間ではなく時空間なのは、ジェイルなりのアプローチの仕方だったりする。

「その最中、異常を見つけた」

「……それが、ドクターを驚かせる程のものだった、と?」

「その通り。さしもの私も冷や汗が止まらなかったよ」

「それはまた……」

 “あのドクターが”と言った風に、ウーノとクアットロは驚きを隠せない。
 そんな二人に構わず、ジェイルは話を続ける。

「空間の異常。それだけなら私もそこまで驚かない。しかし、今回は“時空間”だ。……発見したのは、本当に偶然だったよ。私ほどの天才でもなければ、気づいても見逃していたほどだ」

「一体、何を発見したのですか?」

「……世界の歪みさ」

 ジェイルの答えに、ウーノもクアットロもピンと来なかった。

「例えるなら、布などにあるほんの小さな皺。そんな歪みが、地球に存在していた。尤も、ただこれだけなら、ただ単に魔力などの力場の影響で済んだだろう」

 空間の歪み。それ自体はさほどおかしいものでもない。
 それは、次元震が起きれば確実に発生するようなものだったからだ。

「しかし、これはそんな範疇には収まらない。マッチの火だと思っていたものが、アルコールランプの火だったように、消える事なく燻り続ける。ここからは私の予想になるが、この歪みはやがて全ての次元世界に影響するだろう」

「……それは、つまり全次元世界の崩壊が?」

「いや、例えでアルコールランプを使ったように、飽くまで小さな歪みのままだ。プール一杯の水を、少しばかり濁らせたに過ぎないさ。世界にそこまで影響はない」

「それだと、大した問題じゃないと思うのだけどぉ?」

 ウーノもクアットロも、そこまで問題には思えなかった。
 しかし、ジェイルは依然として真剣な顔のままだった。

「これは、布石なのさ。この歪みはその世界を“特異点”とするのだよ」

「特異……点……?」

「“何か”が地球に楔を打ち込んだと見るべきだろうね。……これから何が起きるのか私にもわからない。だからこそ、二人にも共に考えてほしいのだよ。これから、どうするべきかをね」

 抽象的で要領の得ない説明に、ウーノとクアットロは理解に時間がかかる。
 だが、地球で何かが起こると言うのは、すぐにでも理解できた。

 故に、その対策のためにもすぐに知恵を巡らす事になった。



















「どうだったんだ?」

 アースラへ帰還した優輝達に、クロノが声を掛ける。

「……管理局に、世界の融合を止める技術はあるかしら?」

「は……?」

 鈴から出た唐突な質問とその内容に、クロノは間の抜けた声を出す。
 直後に何かあったのだと即座に理解した。

「大門の封印は完璧。瘴気の影響も徐々になくなっていく。……だけど、調査すれば大門周辺の空間に異常が発生していた」

「世界の融合……という言葉からして、違う世界と混ざるかもしれないのか?」

 僅かなワードから何があったのか推測するクロノ。
 そんなクロノの理解の早さに感心しつつ、優輝は簡潔に事情を伝える。





「っ……また、面倒ごとだな……」

「今回ばかりは何の対策も持ち合わせていない。幸いにも猶予はあるようだから、時間を掛けて解析をすれば或いは……と言った所だな」

「表裏一体の世界の境界が薄れる……そんな事象は管理局の歴史上にない出来事だ。……無限書庫から情報を得ようにも、該当しないかもしれないな……」

 二つの世界が混ざり合う。
 それはクロノに言わせれば二つの次元世界が混ざるようなものだ。
 そんな出来事は今までになかった。あったとしても、混ざる事はなく対消滅するような事件としてしか記録されていないだろう。

「管理局も万能じゃない。……こちらも、打つ手はない」

「そうか。……とりあえず、こちらで解析してみる。彼女も躍起になっている事だしな」

 大門の後始末の事もあり、これ以上クロノ達は事情を背負う事が出来ない。
 その上に打つ手もないため、全面的に優輝達に任せる事になった。
 一方で、鈴はこの状況に躍起になって解決しようと張り切っていた。
 地球の、それも現世と幽世が大きく関わっているため、無視できないようだ。

「……幽世側もこの事に気付いているかもしれないな」

「幽世側……と言うと、幽世の神などか?」

「幽世の神、大門の守護者、そして緋雪。この三人は間違いなく向こう側にいるだろう。……そして、幽世を管理する立場であれば、この異常にも気づけるだろう」

 この問題は現世側だけでなく、幽世側の問題でもある。
 そして、幽世そのものを管理する立場である紫陽ならば、二つの世界の境界が薄れている事に気付いているだろうと、優輝は推測していた。

「もしかすれば、向こう側からコンタクトがあるかもしれない」

「なるほど……上手く連携を取って解決できればいいが……」

「それ自体は今後に期待するしかないだろう」

 問題が山積みだと言うのに、さらに問題が積まれていく。
 その事にクロノは溜息を吐いた。

「……とにかく、そちらに関しては後手に回るしかないだろう。少なくとも、今直面している事にひと段落を付けない限りはな」

「だろうな」

 今は対処に回れない。クロノがそう言って、この話は締めくくられた。
 その後、優輝達四人は一度個室に移動した。

「一体、どうなっちゃうんだろう……」

「もう少し詳しくわからないと何とも言えないわ。……最悪、取り返しのつかない事態になるかもしれないけど、様子を見るしかないわね」

 不安そうに呟いた司に、鈴が難しそうな顔をしながら答える。
 その視線は、マーリンが記録していた先ほどの調査結果に固定されている。

「……やっぱり、基点はここね」

〈彼らの言う“パンドラの箱”が起動した場所だね〉

 鈴はずっと少ない情報で分かる限りの解析を試みていた。
 その結果、原因が“パンドラの箱”だと確信できるぐらいまで判明した。

「となると、その“パンドラの箱”を探らないと話にならなさそうね」

「……でも、肝心の“パンドラの箱”はもう封印されてるよ?」

「あのロストロギアの得体の知れなさは異常だ。……藪蛇でしかない」

「…………」

 事件を巻き起こした“パンドラの箱”を探るべきだと、鈴は言う。
 しかし、不用意に探るのは危険だと優輝が忠告する。

「そもそも、あれはどうやら僕に解析させるように用意したみたいだからな。僕以外では碌に解析もできないと考えるべきだろう」

「貴方だけが?……おかしくないかしら?それ」

「……ああ。そうだな」

 鈴の指摘に、優輝は否定する事なく頷く。

「残念ながら、僕の記憶の限りでは心当たりはない」

「聞く前に答えるのね。……なるほど、“記憶の限りは”……ね……」

「そういう事だ。尤も、根拠も何もない憶測だが」

「……?どういう事?」

 言外で交わされたそのやり取りを、司は理解できずに尋ねる。
 奏も同じくわかっていないようで、首を傾げていた。

「簡単に言えば、覚えていないだけで関わりがあるかもしれないのよ」

「元々、転生して記憶が残っているケースの方が珍しい。転生者という立場なせいでその感覚は薄れているだろうがな」

「それって……」

「前世の前世、そのまた前世。……まぁ、わからないが、“志導優輝”として生きているのは今と前世だ。“パンドラの箱”を仕掛けた下手人は、飽くまで今の僕の名前を知っていただけで、それより以前の人生で関わっていたのかもしれない」

 優輝にとって、導王時代も前世も心当たりがない。
 それなのに今の自分を知ると言う事は、自分の知らない自分と会っていると考えた。
 ……例え、その存在が明らかに人智を超えた存在かもしれないのだとしても。

「そ、そんなの……!それで優輝君を標的にするなんて、おかしいよ!」

「相手にとってはそうではないんだろう」

「肉体や記憶ではなく、その魂に用があるって事ね」

「理不尽……」

「相手はおそらく神の類だもの。おかしくはないわ」

 司と奏の文句を、鈴は切って捨てる。
 人間としては理不尽だろうが、神のような立場ならあり得なくはない。
 魂に執着していても、然程おかしくはなかった。

「まぁ、今注目するべきなのはその“パンドラの箱”よりも幽世と現世の融合についてなんだけどね。……その対処法の鍵を握ってそうなのも“パンドラの箱”だけど」

「……あれ?詰んでないかな?それ?」

「虎穴に入らずんば虎子を得ず……だな」

「さすがにいきなりは厳しいと思うから、別の方法を探すべきだけどね」

 話が逸れていたが、結局の所目下の目的は幽世と現世の融合を防ぐ事だ。
 例え、その方法を解明できそうだとしても、大きなリスクを冒すため後回しにした。

「……とにかく、今は後回しにするしかないわね。幸いと言うべきか、猶予はあるわ。その間に手札を揃えれば……」

「でも、こんなの前例がないから、手札を増やそうにも……」

「そこは何とかするしかないわよ」

 全てが手探りになる。
 だが、例え手探りになろうとも、出来る限り手札は増やすべきだと鈴は判断した。

「手始めに、行く前も話していた再召喚についてね」

「あっ、そうだった!忘れてた……」

「まぁ、あんな事があれば仕方ないわよ」

 元から調査するとはいえ、ついでで行った調査で驚愕の事実が判明したのだ。
 再召喚について失念してしまっても無理はない。

「再召喚……と言うより、式姫を召喚するにはいくつか条件があるわ。まずは型紙の存在。普通の召喚なら触媒になり得る(まじな)いが必要だけど、再召喚の場合はその式姫との“縁”と型紙があればいいわ」

「型紙と“縁”……なるほど、だからあの時確かめたのか」

 昨日、鈴が優輝の持つ型紙を確認したのは、それを確認するためだった。
 前提としてこれらが存在しなければならないが、しっかりと存在していたため、鈴はあの時確信して言っていたのだ。

「次に式姫を召喚するに足る陰陽師としての力。これに関しては説明する必要はないでしょう。元々契約出来ていたもの」

 型紙があっても、使役する力量が伴っていなければならない。
 これは式姫だけでなく、様々な存在を使役する際に当然のように問われる事だ。
 尤も、元々契約出来ていた優輝には関係のない事だったが。

「最後に召喚する際の環境ね。これにはいくつかに分けられるわね。一つは伝承や信仰ね。これは妖や神も同じだけど、存在が信じられなければ存在そのものを保てないわ」

「……椿さん達に聞いた事があるような……」

「霊術を習う時に言ってたよね?」

「知っているなら話が早いわ。これも貴方達が知っているのと、皮肉な事だけど大門が開いた事で妖などが信じられるようになったから問題ないわ」

 式姫を知るにあたって重要な事である。
 そのため、優輝だけでなく司と奏も椿と葵から知らされていた。

「もう一つは大気中の霊気ね。こればかりは時代と共にどんどん薄れていったみたいね。科学技術が発展しすぎた弊害ね」

「え……じゃあ……」

「それも解決済み。どうやったかは知らないけど、江戸時代に近いぐらいには元に戻っているわ。これは那美から聞いたけど、幽世の神が均衡を保つためにやったみたいね」

「よ、よかった……」

 大気中の霊気。それは召喚するための霊力が個人では足りないために必要だった。
 何人も協力すれば使わなくとも可能だが、霊気が戻った今は関係ない。

「……で、次に霊脈ね。現代では、パワースポットとか呼ばれている場所が霊脈のある場所だったりするわね」

 霊脈に関しては、霊気と同じような理由で必要になる。
 再召喚の準備にあたって大門の調査をしたのもこのためだ。

「できれば大門の所にある霊脈を使いたかったのだけど……」

「何か、問題が?」

「……式姫は元々幽世側の存在。再召喚するということは、幽世と現世を引き寄せあう事になる。それを、二つの世界が混ざり合いかけている時に行うのは、悪手ということか」

「そういうことよ。特に大門の霊脈を使うのは危険過ぎるわ」

 幽世と現世の融合の基点となっているのも、大門のある場所だ。
 そんな場所で召喚は行う訳にはいかなかった。

「他の霊脈は無理なのか?」

「再召喚における最後の条件に合うのかがわからないのよ」

 優輝の言葉に、悩むような素振りを見せながら鈴は答える。

「普通の召喚ならどこの霊脈でもいいけど、再召喚だとその式姫と術者双方に“縁”のある場所でないといけないの。大門なら幽世に近いから、二人は幽世との“縁”。貴方はそこに辿り着いた事で発生した“縁”でどうにかなったのだけどね……」

「双方に“縁”がある場所……」

 鈴は口にしていなかったが、それは再召喚において最も重要な事だった。
 式姫という存在は、同じ名前で別の個体が存在する。
 違う陰陽師がそれぞれ同じ式姫を使役している事もあるのだ。
 そのために、椿や葵のように固有の名前を付けていた。

「それがなかったら、どうなるの……?」

「ほぼ確実に、別のかやのひめと薔薇姫が召喚されるわ。……もちろん、貴方達と過ごした記憶を持たない、別の個体のね」

「っ……!」

 見た目が同じの別人が召喚される。
 それは、優輝たちにとって最悪の未来だ。
 結局椿と葵と言う唯一無二の存在は帰ってこない。
 それだけでなく、なまじ記憶以外が同じために新たに召喚されたかやのひめと薔薇姫の二人との間に軋轢も生まれてしまう。
 どうあってもマイナスの結果にしかならないのが手に取るようにわかってしまった。

「……他に、“縁”のある霊脈が……」

「―――あるぞ」

 行き詰った。そう思った鈴を遮るように、優輝がそういった。

「え……?」

「僕と、二人。その両方に“縁”があって、尚且つ霊脈がある場所」

「優輝さん、そこって……」

 あっさりと言ってのける優輝に、奏が聞き返す。
 
「………八束神社だ」

 優輝は、そんな奏の言葉を聞いて、若干勿体ぶるように間を置き、その場所を口にした。



























   ―――一方、幽世にて………







「どう?緋雪ちゃん?」

「……結構境界が薄れてるみたいです。以前よりもサーチャーを阻む感覚が薄いです」

 幽世の端であり中心となる場所。
 所謂現世に最も近い場所に、とこよと緋雪がいた。

「紫陽さんの言う通り、このままだと現世と幽世は……」

「まずいね……」

 優輝の予想通り、緋雪達も二つの世界の異常に気付いていた。
 今は、その調査に来ていたのだ。

「常世の境も縮小している。これも異常だよ……。境界が薄れて混ざり合う副次効果だというのはわかるけど、それが起きること自体が異常だし」

「おまけに、縮小の影響で常世の境の瘴気が流出していますしね……」

「紫陽ちゃんが何とかしてこっちで処理しているからいいけど、このままだと現世にも影響が出るからね……向こうも、気付いていればいいんだけど……」

 緋雪達が現在いる場所も、常世の境に近い。
 そのために瘴気から妖が現れて襲い掛かってくる。

「……お兄ちゃん達なら、きっと気付いてくれると思います」

「……相変わらず、お兄さんへの信頼感が凄いね。……でも、確かに。彼らだけじゃなく、鈴さんや残った式姫、土御門の人たちもいるみたいだし、気付いているかもね」

 そんな妖達を一蹴しながら、二人はその場を離れていく。

「……でも、連絡を取り合った方がいいかも」

「はい。二つの世界が混ざり合う。そんな事態は向こうと連携して取り掛からないと解決できないと思いますから」

「うーん、前途多難だなぁ……」

 とこよは溜息を吐き、ぼやく。
 しかし、緋雪には世界が混ざり合う件だけを悩んでいるようには見えなかった。

「とこよさん……他にも、何かあるんですか?」

「んー……直感、なんだけどね。世界が混ざり合う事も含めて、何か途轍もなく大きな事が起こりそう……なんて気になってね」

「そうですか……」

 実際、混ざり合う原因を調べようとした時点で、途方もないとわかっていた。
 そのため、緋雪も驚く事はなかったが、確かに悩みの種だとも理解していた。

「まぁ、こっち側からわかる事は限られてるから、今は後回しかな」

「……そうですね。私たちにできる事をしましょう」

 瘴気の影響が完全になくなった場所まで来た所で、緋雪が魔法を使う。
 その魔法で二人は転移し、幽世での居住区に移動した。

「……目下の行動としては……」

「幽世に流れ着いた人への対処……ですね」

 移動先には、多くの人が集まっていた。
 その人達は、全て大門が開いた影響で死んだり殺された人たちだった。
 地球の一般人、退魔士だけでなく、魔導師もそこにはいた。
 その中には、当然ティーダも存在していた。

「事情の説明は済んだんだよね?」

「はい。一応、ですけどね」

「じゃあ、まずは統率からかな」

 流れ着いた人達はほとんどが不安そうにしていた。
 まずは、その不安を取り除く事が、二人のやるべき事になった。















 
 

 
後書き
久々のエルトリア勢&ジェイルの登場。
時間移動が出来たエルトリア勢と天才のジェイルにかかれば、優輝たちと同じように異常に気づけます。それぞれ別視点からですけど。

原作通りドゥーエさんは管理局に潜入済みです。
なお、万が一優輝辺りとすれ違うと正体を看破される模様(そんな展開にはならないけど)。

式姫召喚の条件は大体独自設定です。式姫転遊記の設定と今まで召喚などが出来なかった理由などを照らし合わせて適当に組み立てています。
とこよの紫陽に対する二人称は、うつしよの帳本編ではさん付けでしたが、長年一緒にいたことでちゃん付けに変わっています。
ちなみに、ティーダが追いかけていた次元犯罪者も幽世に流れ着いていますが、一度暴れた後にあっさり鎮圧されて拘束されています。 

 

第184話「再召喚」

 
前書き
もっと重要な案件があるのに、寄り道ばかり……。
とりあえず、再召喚です。(もっと復活まで引っ張っても良かった)
 

 





       =out side=









「……意外ね。次に目が覚めた時は幽世だと思っていたのだけど」

 どこかわからない空間。
 そこで、椿は目を覚ました。

「……かやちゃん……?」

「葵……!?」

 一人だと思っていた所に、葵が現れる。

「……体、薄れてるわよ?」

「かやちゃんもだけどね」

 葵がいた事に驚いた椿だが、それ以上に葵の体が薄れていた事を気にした。
 尤も、椿自身も同じように薄れていたが。

「……存在が希薄になっているのね」

「問題は、ここがどこなのかって事だけどね」

 死に瀕し、式姫として存在を保てなくなった。
 だから今の状態があるのだと椿と葵は推測する。

「……この感覚は……」

「心当たりがあるの?」

 空間そのものを探るように、椿は目を瞑る。
 どうやら心当たりがあるようで、目を開けた椿は一か所を見つめた。

「早く出てきなさいよ。“私”」

「えっ……?」

 急かすように椿がそう言うと、見つめていた一か所に光と風が集まる。
 草木のような色の光と共に、一人の女性が現れる。

「……かやちゃん……?」

 その女性の姿は、椿に似ていた。
 神としてのオーラこそ椿が大きく劣るが、容姿や雰囲気はよく似ていた。

「……幽世に還ろうとする私達の魂を留められるのは、相応の存在じゃないとね」

「もしかして……」

「見た目からして察しがつくでしょう。本体の草祖草野姫()よ」

 困惑する葵に、椿がその存在の正体を告げる。
 本体……つまり、式姫としての草祖草野姫ではなく、神としての草祖草野姫だ。

『神降しの時以来ね“私”』

「そうね。……それで、何の用かしら?わざわざこんな空間を用意して」

 頭に直接響くような声の威圧感に椿と葵は圧される。
 相手は現代において弱まっているとはいえ、神そのもの。
 同じ存在とはいえ、式姫の椿とさえ格が違う。
 それでも、椿は自分たちを幽世に還る前に留めた理由を問い質した。

『簡単な事。死なせないためよ』

「………」

 あっさりと言ってしまう自分の本体に、椿は思わず言葉を失う。

『言っていたでしょう?“私”が懇意にしている彼を、私も注目していると』

「……言っていたわね」

「そういえば……」

 以前、神降しの契約を交わした際に言っていた事を、椿と葵は思い出す。
 当時は優輝の偽物の事もあって、気にしている暇がなかった事だ。

『そんな彼が、“私”達を失った事で心に大きな負荷が掛かっているわ。彼の両親や友人が支えているからまだ大丈夫だけど……時間の問題と言った所かしら』

「優輝が……」

「だから、あたし達を……」

 自分達がいなくなってショックを受けた優輝を、二人は容易に想像できた。
 それだけ、自分達にとっても大きな存在だと二人も思っていたからだ。

『だから、死なせないわ』

「……私の本体とはいえ、神がそんな簡単に干渉していいのかしら?」

『言うと思ったわ。確かに、勝手に蘇生させる程の干渉はできないわ。私ができるのは、後押しをするだけ。それ以外は“私”次第よ』

「私次第……?」

 現実の体と切り離され、存在が希薄になった今、何ができるというのか。
 椿は、そう思わずにいられなかった。

『……いえ、厳密には彼の力も必要ね。それは解決済みだけど』

「優輝の力も……」

 椿と葵には、どういう事なのか理解できなかった。
 生き返るチャンスがあるのは分かったが、そのための道筋がわからなかった。

「話を聞いてる限り、あたしがなんだかおまけのような……」

『偶然に近いのは確かね。貴女は“私”の持つ勾玉を依り代にしていたから、“私”の魂を拾った時に上手く引っかかったのよ。それがなければ、既に幽世に還っていたわ』

「わぁ、運が良くて助かったなぁ……」

 割と冗談じゃない瀬戸際に、葵は軽口を叩けずにそう呟いた。

『……ここに呼んだ理由はもう一つあるわ』

「……やはりね」

『気づいてたの。さすが“私”』

「自分の事だもの。それぐらいは分かるわ」

 元々椿次第になるとはいえ、復活させるだけなら会話する必要はない。
 だと言うのに、わざわざ会話するようにしたのであれば、また別に理由がある。
 口に出す事はなかったが、何かあると葵も思ってはいた。

『……お父様、そしてお母様から連絡があったわ』

「……なんですって?」

 その言葉は、椿が聞き返す程に唐突で、驚く事だった。

「かやちゃんの両親……伊邪那岐様と伊邪那美様だよね?でも、どっちとも連絡がつかなかったんじゃ……」

「……それは飽くまで式姫の私の場合ね。本体の“私”なら方法はあるわ。……だとしても、一体何を……」

 本来、わざわざ連絡を寄こしてくるような性格ではないと、椿は考える。
 そうなれば、わざわざ連絡が来たということは、それだけ重要だということになる。

『事は日本だけでなく、外つ国をも……いえ、もしかすると、地球だけで済む問題じゃなくなるかもしれないわ』

「っ、それほどだと言うの……!?」

 あまりにも壮大な規模に、椿は驚愕した。
 幽世の大門の件を解決したばかりなため、そんな規模の大きい事案が発生するとは微塵も思っていなかった油断もあった。

『事の始まりはわからないわ。連絡を取り合っていたお父様とお母様が偶然、幽世と現世の境界が薄れている事に気づいたの』

「境界が……?でも、それは大門が開いた時も……」

『それが門は閉じられたまま且つ、二つの世界の均衡が崩れることなく混ざろうとしているとするなら?』

「っ……!それは、異常ね……!」

 偶然だったとはいえ、優輝達が見つけた異常に、神々も気づいていた。
 尤も、黄泉と現世を隔てた状態で連絡を取っていたため、おかしくはない。
 神であれば、気づいて当然だと思えるだろう。
 
『ええ。異常よ。でも、それ以上に重要なのが……その歪みが、世界の“何か”に干渉しているということよ』

「“何か”……?」

『残念ながら、そこまでは掴めていないわ。でも、未曽有の危機なのは間違いないわ』

 その言葉には、今まで椿や葵が経験してきた事件よりも上だと、言外に言っていた。

「そこまで……」

『お父様とお母様だけでなく、他の神々も探っているわ。……努々、忘れないで。どうすればいいのかは、私たちにすら示す事は出来ないけれど、来るべき時に備えるのよ』

 “無責任な”と言いたくなるような言い分だった。
 しかし、椿と葵はそれを口にする事も考える事もなかった。
 草祖草野姫の口ぶりから、それだけ真剣なのが見て取れたからだ。

『最後に……』

「っ……!」

『私の力を分け与えるわ。どこまで通じるかわからないけど、ないよりはマシよ』

「……ありがたく頂くわ」

 草祖草野姫が椿に手を翳すと、椿から神力が発せられるようになった。
 式姫としての箍が一つ外され、椿は神降しに関係なく神力を扱えるようになったのだ。

『……後は、自力で頑張りなさい“私”、葵』

「……わかったわ」

「任せて」

 椿と葵の力強い返答を聞き、草祖草野姫は微笑みながら姿を消した。

「……ここまでお膳立てされたなら、何としてでも復活しないといけないわね」

「そうだね」

 受け取った力を確かめながら、椿は諦めない意志を固めた。
 葵もまた、同じように意志を固める。



















 

   ―――八束神社

「……なるほど。確かにいい霊脈ね」

「同時に、僕が初めて椿と会った場所でもある」

「“縁”も十分……と」

 優輝達は八束神社に来ていた。
 あの後、再召喚の場所として最適か、鈴は調査のために来ていた。

「……可能よ」

「やったっ!」

 そして、調査の結果。
 再召喚が可能な事が分かった。
 その事に、司は思わず声に出して喜んだ。

「後は術式だけど……」

「……そのために私も呼んだのね……」

 最後に肝心の召喚術式を整えるために、鈴は澄紀も連れてきていた。
 他にも、葉月や術に詳しい鞍馬も来ていた。

「悪いけど、私は……と言うより、今の土御門に召喚の術式は伝わっていないわよ?」

「でも、術式そのものは残っているはずよ」

「……それは、そうだけど」

 鈴は澄紀が家の文献を漁って澄姫を憑依させることになった経緯を知らない。
 だからこそ、このような言い方になったが、実際に澄紀は術式を知っていた。
 厳密には、術式が記された文献を持っていた。

「時間がなかったから読み解いていないけど……」

「……十分よ。後学のために見ておきなさい。私が代わりに組み立てるから」

 そういうや否や、鈴は術式を紙に書き始める。
 ちなみに、その紙は優輝が創造したものであったりする。

「お、覚えてるの?」

「私が生きていた時代だと、陰陽師は散々体に覚えこませる程使う術式よ。式姫だけでなく、普通の式神を召喚する時にも使える術式だから、覚えて損はなかったからね」

「私も術を扱う者の端くれ。少しばかり手伝おう」

「わ、私も手伝います……!」

 鞍馬と葉月も術式を組み立てるのを手伝い、一気に作業を進めていく。

「……ここがこうなって……なるほど、だから……」

「……さすが、式姫を召喚する術式なだけあって、複雑だね……」

「そうね……」

 その様子を見て、澄紀は家で見た文献の内容を改めて知る。
 短時間では読み解けなかった部分が、目の前で組まれる事で理解できるようになる。
 司と奏も、術式の内容に感心するように見入っていた。

「後の時代……と言うより、私の死後、式姫を従える陰陽師を支える方位師と言う存在が確立されたらしいわ」

「それは椿達に聞いた事があるな」

「確か、陰陽師を遠征地から帰還させるための……」

「退き際を見誤って死んだ私の二の舞にさせないように、泉さんが新たに定めたのよね」

 方位師は、鈴が生きていた時には存在しなかった。
 その鈴が死んでしまったために、彼女の師であった吉備泉が同じ事を繰り返さないように新たに作り出した役割だった。

「……方位師は式姫召喚の支援も行うわ。貴方達は初めてな事もあるし、今回は私がその立場になってあげる」

「えっと……方位師じゃなくても大丈夫なの?」

「元々陰陽師は召喚も一人で行っていたわ。私も含めてね。だから、召喚の支援程度なら出来るわ。それに、いざとなれば彼女も支援が出来るだろうし」

「えっ?……確かに、出来ますけど……」

 自身の事を指していた事に、葉月は若干困惑しながらも肯定する。
 前世で幽世にいた時、とこよと共にいたためにそれぐらいは出来るようになっていた。

「まぁ、今はあまり気にする必要はないわ」

ㅤ役割を分担しているかそうでないか。方位師の有無はその違いでしかない。
 鈴はそう言って術式の組み立てを続けた。

「鞍馬、そっちはどうかしら?」

「ああ、大丈夫だ。しかし、これ以上は覚えていない」

「式姫は召喚式を覚える必要がなかったものね。後は私がやるわ。術式に綻びがないか確認してておいて」

「分かった」

 そうこうしている内に術式が完成する。
 その術式は非常に細かく組まれており、霊術を今まで使っていた優輝達も見たことがないような術式だった。

「凄い高度な術式……」

「凄まじさで言えば彼に負けるけどね」

 細かく編まれた術式は、非常に高度なものに仕上がっていた。
 それこそ、術式の高度さで言えば、大門近くで優輝が使った術式と同等程だ。
 効果の凄まじさで言えば優輝の方が上だが、精密さならこちらが圧倒的だった。

「後は手順を踏めばいいだけ。さあ、始めるからこっちに来て頂戴」

 鈴が優輝を手招きし、優輝は召喚式の傍に立つ。

「霊脈の扱い方は知っているかしら?」

「一応は。召喚に合っているかは知らないが」

「上出来よ。扱うと言っても霊力を汲み取るだけだから問題ないわ」

 簡潔に会話し、手順を踏んでいく。

「手始めに、今言ったように霊脈から霊力を汲み取って、術式に流し込みなさい」

「分かった」

 言われたように優輝は霊脈から霊力を汲み取り、術式に流し込む。
 すると、術式は反応するように一瞬淡く光る。

「っと、忘れてたわ。あの二人に関係するものはあるかしら?触媒にできるものがあれば成功率も上がるわ。……十分確率は高いから意味ないかもしれないけど」

「じゃあ、これだな」

 思い出したように言う鈴の言葉に、優輝は懐から短刀を出して置く。
 それは、椿が接近された時に使用していた短刀だった。
 他は家にあるか、式姫としての二人由来なものなため、この場にはなかった。

「次に霊気を取り込ませるわ。霊脈からの霊力で誘導しなさい」

「………」

 鈴に言われた通りに、上手く霊気も術式に取り込まれるように誘導する。

「最後に、型紙を中心において、術式を起動させるのよ。貴方と彼女達の“縁”を頼りに、呼び寄せるように!」

「……ああ……!」

 ここが正念場だと、鈴も優輝も声に力が籠る。
 椿と葵の型紙が中心に置かれ、術式が光り始める。
 霊脈や大気からの霊力だけでなく、優輝自身の霊力も流し込まれる。
 優輝の霊力に反応するように、術式の光はさらに強くなっていく。

「―――来い、かやのひめ、薔薇姫……!!」

 術式にある円陣の光が僅かに浮かび上がり、激しく回転する。
 同時に、型紙に光が集束していく。

「あ、ああ……!」

 司か、葉月か。もしくはその両方が思わず声を漏らす。
 術式の中心に集まった光が、二つの人型を作り始めたからだ。

「っ……!」

「………」

 召喚した張本人の優輝も、それを支援した鈴も、胸に込み上げる想いを感じていた。

「……椿、葵……」

 光が収まり、再召喚された椿と葵の姿が露わになる。
 優輝は、そんな二人の名を呼びながら、ゆっくりと近づく。

「再召喚……なるほどね。その手があったわね」

「型紙が残っていたからこそ……だね」

 現世に戻って来た椿と葵は、戻ってこられた訳に納得する。
 型紙は、本来なら無事に残る事は少ない。
 そもそも式姫が死ぬのは戦闘である事が多く、式姫としての器を失った型紙は大した強度がないため、あっさりと紛失するのだ。
 だが、今回はそんな事もなく、型紙が綺麗に残っていたために再召喚が出来た。

「……心配、掛けたみたいね」

 優輝だけでなく、司や奏、鈴など、何人もいる事に椿は気づく。
 そのほとんどがこちらを安堵したような表情で見ていた。

「それに……」

「優ちゃん……」

 そして、椿は改めて優輝の様子を確認して、拳を握りしめた。
 まるで、悔しさを滲ませるように。

「……どういうことか、説明してくれないかしら?どうして……どうして、貴方は感情を失っているのよ……!」

 そう。椿と葵は一目で優輝の状態……感情を失っている事に気付いた。
 その事が……こうなる事が防げなかった事に、椿は悔やんでいたのだ。

「それは―――」

 まずは説明する必要があると、優輝は判断して説明を始める。
 司や奏も、優輝の説明を補足するように会話に参加した。







「……経緯は、わかったわ……」

 椿達はまず自分たちが優輝に憑依してからの話を聞いた。
 その上で、無茶した事で代償に感情を失った事を知る。

「……悪い、また無茶をした……」

「ッ……貴方ねぇ……!」

 優輝の謝罪の言葉に、椿が思わず手を振りかぶる。

「……ッ……!」

 ……だが、その手が振るわれる事はなかった。
 椿は沸き上がる感情を何とか抑えつけ、振りかぶった手を止めていた。

「なんで、貴方は……ッ!」

「優ちゃん……」

 その手は、そのままもう片方の手と共に優輝の肩に掛けられる。
 顔を俯かせ、優輝に投げかけたその言葉は、悲壮感に満ちていた。
 葵も同じ気持ちなようで、名前を呼ぶ以外の言葉を出せなかった程だ。

「無茶をしなくちゃいけなかったのも、分かる。他の誰かを頼れない程切迫した状況だったのも、分かる……!でも、どうして……どうして、貴方がこんな目に遭わないといけないのよ……!」

「ッ……!」

 それは、これ以上ない程の悲痛な叫びだった。
 その声が、言葉の内容が、司と奏の心にも突き刺さる。

「優輝に何の恨みがあるっていうのよ!優輝が、一体、何をしたっていうのよ……!」

 まるで運命を呪うかのように、神に訴えるように、椿は慟哭を上げる。
 同時に、死にたくなる程の無力感を椿は感じていた。

「……ごめん」

「……なんで、貴方が謝るの」

「僕が無茶をしたから」

「ッ―――!!」

 その瞬間、椿はその場から逃げ出した。
 優輝がこうなってしまった現状への怒りと、それを阻止出来なかった無力さへの怒り。
 それらが、優輝の言葉で箍が外れたように溢れ、抑えきれなくなったのだ。
 やり場のない怒りを誰かにぶつける事も出来ず、一人になりに行った。

「つ、椿ちゃん!?」

「椿さん……!」

 椿が逃げ出した事に、優輝と葵以外の全員が驚いた。
 すぐさま司と奏が追いかけようとするが……。

「待って」

 葵に、それを止められた。

「今は、ダメだよ。一人にさせてあげて」

「で、でも……っ!」

 葵の言葉に反論しようとする司だが、それは途中で止まった。
 なぜなら、葵もまた、椿のように溢れそうな感情を抑えた表情をしていたからだ。

「とりあえず、あたし達を再召喚してくれてありがとう」

「……葵……」

「お礼も出来ないのにお願いするのもなんだけどね……」

 出来るだけ平静を装いながら礼を言う葵。
 だが、誰が見ても平静を保てていないのは一目瞭然だった。

「……優ちゃんは、もう、戦わないで……!」

「葵……」

「強くなろうとするのもいい。戦わざるを得ないなら、その時は戦ってもいい!……でも、それ以上に、あたしは……あたし達は、優ちゃんが壊れていくのを見たくない!」

 “無茶をしなければいい”。そういった考えで、何度無茶をしてきたか。
 葵はそう考えて、これ以上無茶をして代償を払う事になって欲しくないと、優輝に涙ながらに懇願したのだ。

「葵ちゃん……」

「葵さん……」

 口に出していないだけで、司と奏も同じ想いだった。
 だからこそ葵の言葉が余計に響き、葵と同じように涙を流していた。

「……悪い……」

 その言葉と涙は、感情を失っているはずの優輝にも響いていた。
 涙を流す葵を優しく抱き締め、ただただ申し訳なくその一言を放った。

「優ちゃんは悪くないし、謝る必要もないよ」

「………」

「……悪いのは、優ちゃんに無茶させた、あたしなんだから……きっと、かやちゃんも同じ事を思ってる。……だから、自分が悪いだなんて言わないで。……ううん―――」

 涙を拭き、葵は一度言葉を区切る。

「―――言わせない。優ちゃんにだけじゃない。誰にも」

「「ッ……!」」

 気迫すら感じる程に、葵は力強く言った。
 覚悟が感じられたその言葉に司と奏は気圧されていた。

「……ねぇ、貴女達」

 誰も口を挟めないような空気の中、蚊帳の外だった鈴が司と奏に声を掛ける。

「私には貴女達の詳しい関係は知らないわ。……でも、彼を支えると決意したなら、それを自分達の中だけで済ませていいのかしら?」

「え……」

「それはどういう……」

「支えようとするのは、貴女達だけでいいの?支える相手は、彼だけなの?それぞれが自分だけで抱え込んでいたら、それこそ何も変えられないわよ」

 どうするべきかを、鈴は語らない。
 それは鈴自身にもわからない事であり、何よりも司と奏自身が判断する事だからだ。

「……そうだね」

「その通りだわ……」

 鈴の言葉を確かめるように肯定する二人。
 なら、どうするべきかと、二人は考える。
 そして、出した結論を実行するために、まずは葵の下へと向かった。

「葵ちゃん」

「……何かな」

「私達は椿さんの所に行ってきます」

「……止めても無駄みたいだね。……うん、でも、今の二人なら任せられるよ」

 短く会話を交わし、司と奏は椿のいる場所へと向かった。
 先程は止めた葵も、二人の覚悟を感じ取ったのか、今度はあっさりと許した。

「……随分と、気に掛けるのだな」

「そうかしら?」

 二人が去ったのを見送る鈴へ、鞍馬が話しかける。
 会話には参加していなかったが、ここには澄紀も葉月も鞍馬もいたのだ。
 一連の会話は全て聞かれていた。

「……そうね。同じような境遇だからかもしれないわ」

「同じ境遇……ですか?」

「そ。……そういえば、貴女も似たような境遇ね」

 葉月も会話に参加してくる。
 “似たような境遇”と言うのは、前世を知っているという事を表している。
 事前に身の上を話し合ったため、葉月の事情から葉月も同じだという鈴。
 しかし、当の葉月はピンと来なかったようだ。

「つまりね、彼女達も私達と同じように前世の事を覚えているのよ」

「っ、そうだったんですか!?」

「詳しい経緯は全然違うけどね」

「なるほど、だから他の者よりも関心を向けていた訳だな?」

 前世云々の事を聞いても、鞍馬は驚かない。
 さすがに葉月と鈴の前例があるため、慣れていた。

「そんな、私があまり物事に感心がないみたいな言い方やめてよ」

「そうですよね。鈴さんはなんだかんだと優しくしてくれる方ですからね」

「ちょっ、葉月!?別に私は……!」

「(……会話に入れないわ……。私、ここにいる意味あるのかしら?召喚について後学のためにとか言われたけど、終わったのならホント蚊帳の外よね)」

 葉月と鈴は僅かとは言え、前世で関わりがある。
 そのためか、既に随分と打ち解けていた。
 そして、唯一現代の人間でしかない澄紀は完全に蚊帳の外になっていた。

「とりあえず、どうするの?再召喚自体は終わったから、ここに留まる理由もないのだけど……いえ、霊脈もある事だし色々……」

「……んー、そうだね。一旦アースラに戻るつもりだよ。あたし達がいない間の詳しい出来事とか、聞いておかなきゃだしね」

「……それもそうね。……というか、確かここ那美がアルバイトしてる所じゃない。後で相談してから決めるべきだったわ」

 司達の方は念話で連絡する事にし、葵達はアースラへと帰還する事にした。
 なお、鈴が霊脈で何かしようと画策していたが、皆は敢えて突っ込まなかった。

















 
 

 
後書き
葉月と鈴の前世の関わりは、本当に僅かです。関わりの密度などで言えば友人ですらないクラスメイトよりも薄いです。
ただ、お互いの立場や状況が特殊だったため、印象に残っています。
尤も、鈴は霊体だったので、碌な交流はありませんでしたが。
ゲームの方ではごく一部のキャラ(主人公とか)しか姿が見えず、しばらくは声すらほとんどのキャラに聞こえないので、これでも交流出来ている方だったりします。
なお、鈴と葉月が実際に会うのは、この作品オリジナルの設定なのであしからず。第一別作品キャラなので会える訳ありませんし。 

 

第185話「共に強く」

 
前書き
主人公以外の強化フラグ回。
司や椿達だけでなく、原作キャラ勢も総じて強くする予定です。
というか、そうしないとパワーバランスががが……
 

 





       =司side=







 椿ちゃんを探しに行った私達は、案外すぐに見つける事が出来た。
 八束神社から少し離れた林で、椿ちゃんはちょっとした岩に座り込んでいた。

「椿ちゃん!」

「椿さん」

 そんな椿ちゃんに、私達は声を掛ける。

「……何?」

「……っ……」

 明らかに不機嫌な様子で、私達に反応する椿ちゃん。
 一瞬、言葉が詰まってしまうけど、何とか言いたい言葉を絞り出す。

「椿ちゃん、私達は―――」

「来た所悪いけど、一人にさせて頂戴」

 だけど、椿ちゃんは私の言葉を遮ってそういった。

「で、でも……」

「一人にさせてって言ってるの!!」

 渋る私に対し、椿ちゃんは大声を放つ。
 ……その大声は、かつて葵ちゃんが殺された時と同じぐらいの悲痛さに満ちていた。

「っ……」

「私は!あんなに追い詰められた優輝を、見たくなかった……!」

「それは、私達だって……」

 “同じ”だと、奏ちゃんは続きの言葉を紡げなかった。
 なぜなら、椿ちゃんがその瞬間にこちらを睨んできたからだ。

「だったら!どうして貴女達は、優輝をああなるまで止めなかったのよ!」

「それは……!」

 “そうする余裕がなかったから”。
 そう言おうとして、寸前で押し留める事に成功した。
 だって、これは結局の所言い訳にしかならないから。
 優輝君がああなったのを、そんな言い訳で終わらせたくなかったから。

「……それは、私達が弱かったから。……ずっと、頼ってばっかりで、無茶をする優輝君の代わりになれない程、私達が弱かったから……!」

「優輝さんがああなって、私達だって平気じゃない。……何よりも、自分の無力を痛感したわ。だから、言い訳しない。私達が弱かったのが原因」

「………!」

 反論すると思っていたからだろうか。
 自分たちのせいだと認めた私達を見て、椿ちゃんは目を見開いていた。

「……ごめんなさい。八つ当たりをしたわ……」

 だからか、すぐにそう言って謝ってきた。

「貴女達と同じように、私も無力を感じてたのよ。……ずっと無茶をしてた優輝を止められないまま、ここまで来てしまった。そんな自分が許せなかったのよ……」

「椿ちゃん……」

「椿さん……」

 俯きながらそう言う椿ちゃんの足元に何かが落ちる。
 それはすぐに椿ちゃんが流す涙だとわかった。

「さっき八つ当たりしたみたいに、自分以外の責任だと、確かに思ったわ。優輝が自制していれば、貴女達や他の誰かがもっと強ければ……って」

 それは、私達にも当てはまる言葉だった。
 優輝君がああなった事に納得が出来ない。そんな理不尽な思い。
 何かに当たらないと気が済まない程、椿ちゃんはその思いが強かったのだろう。

「でも、一番強く思ったのは、自分が何もできなかった事への、怒りよ」

「………」

 椿ちゃんの拳を握る力が強くなるのを、見るだけでも分かった。
 無力感を、自分への怒りを、今も強く感じているからだろう。

「あの時と……とこよの時と同じなのよ。私は、肝心な時に戦線に立つ事すら出来なかった。……それが許せなかった。……私は、自分で自分を赦せないのよ……!」

「椿ちゃん……」

 それは……辛いものがあるのだろう。そう、漠然と思った。
 一度ならまだ立ち直れるだろう。でも、二度目だと……。
 種類が違い、当時は思い込みが激しかったのもあるけど、私も似た経験をした。
 自分がもっとしっかりしていれば……なんて、よく思った事だ。
 だからこそ、椿ちゃんの想いは何となく理解できる。

「……だったら、強くなろう。一人で抱え込まず、皆で」

「ッ……言うだけ―――」

「言葉にするだけなら簡単なのは理解してる。……でも、だからと言って一人で抱え込むのはそれこそ優輝さんの二の舞になると思うわ」

 どの道、ここで立ち止まっていては何も変わらない。
 椿ちゃんもそれは理解しているだろう。

「優輝君も、椿ちゃんも、私達も。決して一人じゃないんだ。だから、苦しみも、悔しさも、強くなろうとする想いも、皆で共有しよう?」

「私達も強くなりたいし、無力だった事が悔しい。椿さんのように、優輝さんの心の拠り所にすらなれていなかった。……自分で自分が赦せないのは私達も同じよ」

 今の椿ちゃんには既視感があった。
 それは、以前の私じゃない。
 でも、ついさっきの奏ちゃんの言葉で確信が持てた。
 ……緋雪ちゃんを失った時の優輝君に、椿ちゃんは似ていたんだ。

「(でも、そうだとしたら……)」

「……知ったような口を、利かないで!!」

「ッ!?」

 やっぱりと言うべきか。椿ちゃんは怒りと共に霊力を開放した。
 その力の圧力に、奏ちゃんは怯む。
 私は直前で予想できたのもあって、何とか耐えた。

「人の気持ちは、心でも読めない限り本人にしかわからない!なのに、まるで理解しているかのような口振りで……!ふざけないで頂戴!」

「ふざけてなんかいない!」

 放たれるプレッシャーに負けず、私も大声で反撃する。

「椿ちゃんの気持ちは確かに分からない!でも、私達だって優輝君が大事!その想いは椿ちゃんにも負けるつもりはないよ!そんな優輝君がああなったのだから、大事にしてるのなら誰だって悔しく思うし、自分の無力を嘆くよ!」

「っ、司……!」

 人の本当の気持ちなんて、その人にしかわからない。
 ……ううん。場合によっては、本人にもわからない事がある。
 でも、だからと言って、踏み込まない理由にはならない。
 私は椿ちゃんの心に踏み込む。踏み込んで、その負の感情から引っ張り出す……!

「私達は椿さんの気持ちはわからない。……でも、これだけは分かる。今の私達と立場が逆だったとしたら、椿さんは私達を同じ事を言うはずよ」

「椿ちゃんは強い。私達よりも強いよ。それは戦う強さじゃない。心の強さ。……ただの子供でしかなかった私達よりも、ずっと強い心を持ってる」

 そんな椿ちゃんが、こうなるまで追い詰められていた。
 それ自体は驚きだし……何よりも、緋雪ちゃんを失った時の優貴君と重なった。
 ……とても見ていられない。

「こういう時立ち止まっちゃいけないって教えてくれたのは、他でもない椿ちゃんでしょ!?その椿ちゃんが、こうしてうじうじしてたら、それこそまた繰り返すよ!」

「私達はこれ以上優輝さんに壊れてほしくない。それは、椿さんも同じのはず。……だったら、意固地になってないで手を取り合うべきよ」

「………」

 椿ちゃんにとって、優輝君があそこまで追い詰められた事は、どれだけ辛い事なのか、厳密には把握できない。
 それでも“苦しい”事は分かっている。
 そして、そこで立ち止まっていたら、それこそ“変わらない”のも分かっている。
 
「……そんな事、分かっているわよ……!」

 私が分かっているからこそ、椿ちゃんも理解していた。
 その上で、こうして意固地になりたくなったのだろう。
 そういう気持ちになりたいのは、私も理解できる。

「私は、私達は……」

「今度こそ、優輝さんの助けに、支えになりたい」

「でも、私達だけでそれを成そうとしても、きっと失敗する」

 だから、それを成功させるためにも。

「椿ちゃんの……ううん、皆の力が必要なの」

「一人一人で頑張っても、優輝さんの二の舞だから」

「……だから、椿ちゃんの協力も必要なの」

 いくら特殊な経歴、力を持っていても、私達は一人の人間でしかない。
 優輝君にも当て嵌まるように、一人では限界がある。
 だからこそ、協力し合うべきだと、椿ちゃんに言う。

「………っ、はぁ……」

 しばらくお互いに見つめ合う。
 すると、椿ちゃんは諦めたように目を逸らし、溜め息を吐いた。

「ああもう、降参よ降参。そんな梃子でも動かない目で見られたら、意地になってる私が馬鹿みたいじゃない。まったく……」

 疲れ切ったように椿ちゃんはそう言った。
 椿ちゃんと口論になっていれば、経験の差から勝てなかっただろう。
 さっきので説得出来てよかった。

「葵は、こうなるのが分かって貴女達をこちらに寄越したのでしょうね」

「葵ちゃんが?……そういえば……」

 私達としては、葵ちゃんに制止されても、押し通ろうとしていた。
 そのため、気にしていなかったけど、あの時葵ちゃんはあっさりと通してくれた。
 椿ちゃんの言う通り、この結末になる事が予測出来ていたのだろう。

「……よしっ!」

「っ!」

 そんな事を考えていると、椿ちゃんは思いっきり自分で両頬を叩いた。
 意識を切り替えてという意思表示なのだろうけど、思った以上に音が大きかったために、少しばかり驚いてしまった。

「さ、戻るわよ。アースラに」

「……うん!」

 意識を切り替えた椿ちゃんの表情は、見違えるかのようだった。
 さっきまでの暗い様子は一切なく、いつもの気丈な椿ちゃんだった。

「(……まずは、スタート地点に立つ。……本番は、ここから……!)」

 椿ちゃんを説得して終わりじゃない。
 本番はここから。……ここから、私達は強くなる。
 優輝君が無理しなくてもいいように、逆に頼られる程に、強くなる。















       =out side=







「……復興支援?」

『そうだ。今回の事件で多くの地域に被害が出た。特に、東京と京都、そしてその二つの県の間は、守護者との戦闘で他の地域より被害が大きい。幸いにも、優輝達が配慮したのかは知らないが、住民にはあまり被害が及んでいないが、それでも人手が必要だ』

 学校に一度戻っていたアリシア達の所に、クロノから念話が掛けられる。
 戻ってきたアリシア達に沸いていた生徒達からアリシアと帝が抜け出し、話を聞く。

「……まぁ、必要だよね。普通は」

『提督が日本の上層部と話を付けてきた結果だ。後々国会等で僕らの立場が決まるかどうかに関わらず、復興の支援を行うとな』

「それは……今から?」

『出来る限り早くな』

 話を聞いたアリシアと帝は、その言葉を聞いてどうしようかと顔を見合わせる。
 現在、なのは達はもみくちゃにされるレベルで生徒達の中心にいた。
 あの状態から、今の情報を伝えるには手間が掛かるからだ。

「……落ち着くまで、待つか」

「それしかないね……」

 アリシアと帝は、とにかく騒ぎが収まるのを待つことにした。
 一応、騒ぎが収まるまでに先生達に経緯を伝え、説明できる事はしておくことにした。







「つ、疲れたんやけど……」

「……我慢してくれ」

「二人共ずるいよ!いつの間にか抜け出していたなんて……!」

「正直すまんかったと思ってる」

 しばらくして、まだやる事があると言って、なのは達はアースラに戻ってきた。
 それまで質問攻めなどでなのは達は疲労しきっていた。

「戻ってきたわね」

「……って、椿……?」

「あたしもいるよー」

「葵も!?」

 そんななのは達を、椿と葵が出迎えた。
 アリシア達は司達に椿と葵が死んだ事を聞かされていたため、非常に驚いた。

「再召喚が成功したから、無事に帰ってこられたんだよ」

「そ、そうなんだ……」

「不安にさせていたみたいね……でも、もう大丈夫よ」

 驚きで状況を上手く呑み込めないアリシア達。
 とりあえず、二人が無事だった事だけは理解して、あまり気にしないようにした。
 ちなみに、アリシア達が驚いたように、椿と葵がアースラに帰ってきた時も、事情を知っていた式姫達が驚いていた。

「戻って来た所早速で悪いが、これからの行動について説明する。まぁ、休みながら聞いてくれ」

「あれ?優輝は?」

「優輝なら今は休んでいるわ。再召喚も負担がない訳じゃないもの」

 クロノの言葉に、なのは達は若干疲れを見せながらも聞く姿勢を見せる。
 ふと、そこでアリシアが優輝がこの場にいない事に気付く。

「負担って……倒れたばかりなのに……」

「だから私達が休ませたのよ」

「優ちゃんったら、全然負担がないように見せかけてたからねー。いつもならそのまま次の行動に移る所を、あたし達が無理矢理休ませたんだよ」

 詰まる所、これでもいつもよりマシなのである。
 実際、負担自体はアリシア達が危惧する程大きなものではない。
 しかし、それでも大門を調査するための術式構築、再召喚における霊力の行使と霊脈の操作という事を行っているため、負担がない訳でもない。

「……始めるぞ?まず、支援する場所だが、今回は京都と東京に集中させて―――」

 説明を始めるクロノ。
 そんなクロノの話を頭に入れながらも、アリシアはふと気になる事を考える。

「(……椿と葵、戻って来たばかりだけどなんか……。いや、二人だけじゃないね。司と奏も、“何か”が変わってる。見た目とか中身とかじゃなくて、もっと別の……)」

 椿と葵、そして司と奏。
 四人の“違い”に、アリシアは何となく気づいていた。

「(何か、見覚えがあるんだよね……どこだったかなぁ……結構身近で見た気がするんだけど……うーん……)」

 そして、アリシアにはその“違い”にどこか見覚えがあった。

「(……そうだ!なのは!確か、なのはが“諦めない”って決めた時に似てる……!)」

 そう。それは、守護者が繰り出した式姫達との戦闘の時。
 一度戦闘不能に陥り、そこから復帰してきたなのはの目と似ていたのだ。

「(決意……そう。なんというか、芯のある強い意志を感じるんだ)」

 それを思い出し、アリシアはようやく椿達の“違い”に気付いた。
 今までなかった新たな“意志”が感じられたからだった。

「……アリシア?どうしたのよ?」

「あ、いや、なんでもないよ」

 アリサに声を掛けられ、アリシアは目の前に意識を引き戻される。

「……アリシアちゃん、話聞いてた?」

「えっと……一応?」

「……これは、聞いてないわね」

「ごめんごめん……ちょっと、考え事しててね」

 ある程度なら話の内容も聞いていたアリシアだったが、一部分は聞き流してしまっていたため、結局聞いた内容は穴だらけだった。

「考え事?」

「視線は椿さん達に向いていたみたいだけど……」

「んー、ちょっと気になる所があってね」

 アリシアは先程考えたことをアリサとすずかに伝える。

「なのはに似た……あぁ……なるほどね」

「あ、やっぱり二人も知ってるんだ」

「状況は全然違うけどねあたし達の場合は……うん」

 そこまで言ってアリサは言い淀む。
 なぜなら、アリサが思い出したのはなのはやすずかと初めて会った時の事。
 つまり、喧嘩した時の事だったため、負い目があったからだ。
 当時も、アリサを止めに入ったなのはの目は、アリシアの言っていたような諦めない意志のような“強さ”を持っていた。

「……何か、決めたんだろうね」

「まぁ、悪い事ではなさそうだし、気にする事はないんじゃない?」

「そうなんだけどね……」

 気になるものは気になる。
 アリシアは、ついそう考えてしまう。

「(……まぁ、時間が空いた時にでも聞けばいっか)」

 とりあえずは後回しにし、目の前の事……復興支援について集中する事にした。









「うん……?あれは、司……?」

 その夜。
 復興支援のための準備を整えるだけに今日は終わっていた。
 そのため、皆は思い思いの夜を過ごしていた。
 そんな中、アリシアは偶然廊下を歩く司を見かけた。

「司、どうしたの?」

「あ、アリシアちゃん」

 こんな夜更けに何をしているのか気になったアリシアは声を掛ける。

「あまり夜更かししてると、明日からが大変だよ」

「大丈夫。そこまで時間は掛けないし」

「時間は掛けないって……やっぱり、何かしに行くの?」

 明日から本格的に復興を始める。
 そのために、あまり疲れるような事はするべきではない。
 だから、アリシアは司が無理をしていないか心配していた。

「ちょっと、特訓をね」

「どう考えても明日からに支障を来す事なんだけど……」

 アリシアからすれば、特訓はきついイメージだ。
 特訓内容は知らないとはいえ、明日から大丈夫なのかと心配になった。

「大丈夫。それは椿ちゃん達も分かってるから、片手間に出来る簡単なもの且つ、有用なものを教えるって言ってたしね」

「椿も関わってるの?」

「うん。他にも葵ちゃんと奏ちゃんもね。……よかったら、アリシアちゃんも教えてもらってみる?どの道、しばらくは霊力の特訓が出来ないだろうから」

「うーん、そうだね……」

 アリシアは少し考える。
 司の言う通り片手間に出来るなら、やっておいて損はないだろう。
 だが、それ以上に司達の行動が唐突なのが少し引っかかっていた。

「(……まぁ、再召喚の時に何かあったんだろうね)」

 心当たりがあるとすれば、別行動していた時。
 アリシアはそう結論付けて、今すぐに分からなくてもいいと判断した。

「……うん、やるよ」

「そっか。……あ、せっかくだからなのはちゃんとか他の皆にも教えてほしいな。理論自体はそこまで複雑じゃないから、霊力も魔力も関係ないし、アリシアちゃんも覚えるだけで教えられるみたいだからね」

「アリサやすずかだけじゃなくて、なのは達にも?……と言うか、そんな簡単に教えられるって尚更何するのか気になって来たよ」

 同じ霊術を扱うアリサやすずかどころか、自分達の特訓と関わりがないなのは達にも教えておくように勧められ、アリシアはやはり疑問に思う。

「……私達だけ強くなっても、意味がないからね」

「……今は聞かないけど、いつか事情を聞かせてもらうからね?」

「うん、わかってる」

 そんなアリシアの思いを感じ取ったのか、先に司が答える。
 それを聞いて、アリシアは事情を聞くのは後回しにした。

「今、私達が一番の目標としてるのは、“皆で強くなる事”だから。一人一人でじゃなくて、共に。一緒に強くなろうって、決めたんだ」

「……そうだね。私やアリサ達は霊力だから椿達に師事してもらってたけど、同じ魔導師でありながらなのはや司、フェイト達でバラバラだもんね」

 共通した特訓がなければ強さがまばらになる。至極当然の事だ。
 だが、当然ならばわかり切っている事でもある。

「でも、同じ方法でも結局差があるんじゃ?」

「大事なのはそこじゃないよ。飽くまで、“皆で強くなる事”が重要なんだよ」

 アリシアが疑問をぶつけると、すぐに司から答えが返ってくる。

「“皆で強くなる事”?」

「一人で物事を背負うには、限界がある。それはアリシアちゃんも知ってるでしょ?……もっと、助け合う、支え合う事が大事なんだ。だから、皆で」

「……なるほど……」

 効率などではなく、気持ちの問題。
 実際はそれだけではない複雑なモノがあるが、意味の捉え方としてはそういう事なのだろうと、アリシアは結論付けた。

「(……皆、もうこれ以上後悔したくないんだろうな)」

 覚悟の決まった司の目を見て、アリシアは思う。
 優輝が倒れ、司はショックを受けていた。
 そして、今まで頼っていた立場から変わろうとした。
 その決意を、アリシアも感じ取っていたのだ。

「(共に強く……いいよ、司。私も協力する。もう後悔したくないのは、司達だけじゃないからね。……自分の無力を味わうのは、誰だって嫌だからね)」

 被害を抑えられたとはいえ、怪我人どころか死人も多く出た。
 身近な存在だった椿と葵だけでなく、他の戦闘部隊の局員や、現地の退魔師。
 逃げ遅れ、身を隠す事も出来ずに妖に襲われた一般人など。
 その事実から目を逸らしたくなるぐらいには、被害が出ていた。
 中には、自分がもっと強ければ助けられたと思えるような命があった。
 ……誰もが、力不足による後悔をしていたのだ。

「椿ちゃん、来たよ」

「いらっしゃい。……って、アリシアも一緒だったのね」

 そんな事をアリシアが考えている内に、椿がいる部屋に辿り着いた。

「別に構わないよね?」

「ええ。元々教えるつもりだったもの。手間が省けたわ」

「(普通の個室でも出来る事なんだ。……何をするんだろう?)」

 普通に考えれば、特訓に使えるような部屋ではない。
 出来たとしても、簡単なストレッチなど、その程度だ。

「アリシアちゃんも気にしてたけど、何をするのかな?片手間に出来ると聞いても、私にはピンと来ないんだけど……」

「え、司も知らなかったんだ」

「そりゃあ、教える前だもの。知らないに決まってるでしょ」

 椿に、とにかく部屋に入るように促される。
 中には、既に奏と葵もいた。

「先に来た奏にはもう教えているわ」

「これは……霊力の操作?」

「そう。それも精密な……ね」

 奏は集中しやすくするためか、手を組んだ状態でじっとしていた。
 そんな奏から、微弱な霊力の動きをアリシアは感じ取った。

「さて、明日からは復興支援の活動もあるから、手っ取り早く教えるわ。最初は立ったままじゃ難しいと思うから、座りなさい」

 椿に促されるままに、適当な場所に司とアリシアは座る。

「最初に言わせてもらうけど、“強くなる”と言ってもそんな一朝一夕で強くなれる訳がないわ。アリシア、貴女達も才能があったから実戦可能な所まで強くなれただけで、これ以上ともなれば簡単には行かないわ」

「えっ、それじゃあ……」

 “聞いていた話を違う”。そう思ったアリシアを制するように、椿は続ける。

「尤も、それはさらに力を身に着ける場合の話ね」

「……どういう、事?」

 椿の言葉を上手く理解できずに司は聞き返す。

「私達が教えるのは、貴女達の今の力を研ぎ澄ます方法よ。それこそ、伸びしろがあまりない私達にも効果があるわ」

「……まぁ、あたし達の場合は長らく戦いから離れていたのもあるんだけどね」

 椿と葵も、数百年のブランクは大きい。
 実戦ばかりとは言え、数年程度では取り戻しきれていなかった。
 厳密には、環境の違いも要因ではあるのだが、ここでは関係ない事である。

「教えるにあたって、断言するわ」

 かなりの自信に満ちた顔で、椿は二人に向き直る。

「これを極めれば、かなりの効率で霊術や魔法を行使できるわ。それこそ、優輝みたいに霊力と魔力を同時に扱える程に見違えるわ」

 それは、今までの限界を塗り替える言葉だった。













 
 

 
後書き
アリシア達の椿達との再会が、随分とあっさりとしていますが、それはほとんど日にちが経っていなかったために、死んだという実感がなかったからです。その状態で戻って来たので、“実は生きていた”的な感覚でしか驚いていません。

椿達が言った“力を研ぎ澄ます”と言うのは、ポケモンの努力値を上げるようなものです。または、かくりよの門でのボーナス値です。研ぎ澄ます事で、かなりステータスが変わります。
……実の所、ポケモンでの努力値=実戦経験みたいなものなので、例えとしては割と不適切だったり……他の分かりやすい例えが思いつきませんでした。

結局本文には出なかったこれからの行動に関する話。
一応、簡潔にここで説明すると、復興支援にあたる役割分担など、そこまで複雑な話ではなかったりします。アリシアもアリサ達に後で教えてもらいました。 

 

第186話「事件の爪痕」

 
前書き
復興支援回。
基本的に京都を中心に支援します。
 

 





       =out side=







「―――それで、ここをこうやって……」

「なるほど……」

「遊び心と一緒にって訳ね。確かに片手間で出来るわ」

 アリシアが椿達に特訓内容を教えてもらった翌日。
 今度はそのアリシアがアリサやすずか、さらにはなのは達にも教えていた。

「でも、言葉にするのは簡単やけど、相当難しいで?」

「そりゃあね。だからこそ、出来るようになった時は霊術や魔法の運用効率がグンと変わるようになってるよ」

「効率が上がれば、技の出が早くなる。……それだけじゃなく、身体強化の効率も上がって、咄嗟の術式構築も可能になる訳ね」

「さすがアリサ。理解が早いね」

 椿達が教えた事は、簡単に言えば霊力及び魔力を兎に角扱う事だった。
 粘土細工や飴細工などのように、精密な操作を常に行い、操作に慣れる。
 そうする事で、アリサの言ったように運用効率が上がるのだ。

「なんならあやとりとかでもいいみたいだよ。とにかく、片手間でもいいから力の精密操作に慣れるようにするんだって。魔法の精密操作は、魔力弾で缶を打ち上げるとかで良かったけど、魔力そのものの精密操作はあまりしてないでしょ?」

「確かに……」

 誰もが、普通の特訓では精密操作を鍛える場合でも、霊術もしくは魔法そのものを細かく操作する程度にしか深掘りしていない。
 中にはその術式を構築する際の力の行使方法も考える者もいるが、それだけでは飽くまでその術式を行使する事にしか大きく作用しない。
 対し、椿達が教えた方法は、霊力や魔力そのものの精密操作となっている。
 術式を介さずに操作できるようになれば、あらゆる術式を最低限の消費で使える。
 また、いざとなれば術式なしで攻撃も可能になるのだ。

「椿達は、さらに力を身に着けるより、今の強さに磨きを掛ける方が手っ取り早いって言ってたからね。極端な事を言えば、はやての場合、これで広範囲殲滅魔法を砲撃魔法みたいに撃てるようになるかもしれないよ?」

「それは……凄いなぁ」

「後は操作に耐えられる体作りだけど、これは時間を掛けないといけないからね」

 そう言って、アリシアは話を締めくくる。

「これで指導は終わり。後は自分でやっていけばいいよ」

「本当にシンプルなんだね」

「私も同意見だったよ。でも、しっかり効果はあると思うよ」

 アリシアだけでなく、司や奏もこの場にはいない人達に教えて回っている。
 椿や葵は、鈴や式姫達に教えに行っていた。
 鈴や式姫達は方法自体は知っていたため、実際に習ったのは澄紀と那美、久遠だが。

「飽くまで片手間。今日からしばらくは復興支援に集中だからね!」

「せやなぁ。ま、だからこそ片手間で出来るようなものなんやろな」

「そういう事。さぁ、準備をしっかりしておかないと、体力が持たないよ!」

 手を叩き、アリシアはそう言って準備を催促する。
 既に朝食は食べており、適当な身支度をすれば後はクロノの指示に従ってそれぞれの担当箇所に向かうだけだ。

「………」

「……すずか?どうしたのよ?」

 ふと、そこですずかが何か考えている事にアリサが気づく。

「えっと……ううん、何でも……」

「……?いえ、絶対何かある素振りでそう言われても、逆に気になるんだけど……」

 誤魔化そうとするすずかだが、アリサはむしろ気になると言う。

「そ、そうだよね……」

「すずかちゃん、ここでは言えない事なの?」

「言えない……と言うか、皆を不安にさせてしまうから……」

 さらに気になる言い方だが、それだけ言い出しにくい事だと、なのは達は思う。

「じれったいわね!もうこの際言っちゃいなさいよ!」

「あ、アリサ……さすがにそれは酷だよ……」

 アリサはその上で言うように強く催促する。
 フェイトはそんなアリサを何とか宥めようとした。

「……そうだね。言わない方が、余計不安だからね」

 だが、すずかも言わないよりはマシだと思い、言う事にする。

「杞憂で済めばいいんだけどね、私達って、現地の人達にどう思われてるのかなって……ちょっと、気になっちゃって」

「現地……って事は、京都の人達やろ?恩着せがましい言い方になるけど、一応こっちは助けた立場なんやし、そない不安になる事もないんちゃうの?」

「そ、そうだよね……ごめんね、変な事言い出しちゃって」

 はやての言葉で、すずかが切り出した懸念はあっさりと解消される。
 ……少なくとも、話を聞いたなのは達にとっては。

「……アリサ」

「ええ。わかってるわ」

 霊術の特訓で比較的付き合いの深いアリシアとアリサが小声でやり取りを行う。
 身支度のために一度解散したタイミングを見計らい、二人はすずかを連れ出した。

「……あそこで誤魔化したのはいい判断よ。あたしも悪かったわ。追及しなければ、あそこで言い出そうとする必要もなかった」

「あ、アリサちゃんは悪くないよ!気にした私が……」

「はいはいストップ。せっかく詳細を聞こうって時に謝罪ばかりじゃ進まないでしょ」

 人気のない部屋に入り、アリシアとアリサは改めてすずかに話を聞く事にする。

「現地の人にどう思われてるか……ええ、確かに、考えていなかったわね。本来、あたし達は一般人にとって未知の力を使う存在。……ぶっちゃけてしまえば、その点においてはあの妖達と何も変わらないのよね」

「本来他の次元世界の住人の私に至っては、実質宇宙人だもんね」

「うん……だから、どう思われるのか、不安で」

 すずかが話し出すよりも早く、アリサとすずかがさっきの言葉の内容について言う。
 そう、すずかは自分達を一般人の人が恐れないか不安だったのだ。

「人間にとって、“未知”は興味を引く対象でもあり、恐怖の対象でもある。……椿が、そんな事言ってたね」

「……そっか、すずかの場合、“夜の一族”の事もあるから……」

「人一倍、そう言った感情には敏感。って訳だね」

 夜の一族と言う事は、なのは達も既に知っている。
 しかし、結局は“すずかと言う人”としてしか接していないため、その事実がどういった効果を齎しているかまでは深く理解していない。
 霊術の特訓を一緒にしていたアリサとアリシアだからこそ、今のすずかの懸念に気付く事が出来たのだ。

「……架空の存在と思われていたとはいえ、神話などでは魔法は存在したわ。実際、霊術や魔術などは今も裏世界で残っているって葵さんも言ってたしね」

「あ、そっか。オカルトだと思われてたけど実際に存在していた……ってだけで受け入れられるんだったらすずかもこんな悩まないよね」

「あ、あはは……うん、そうなんだよね……」

 過去は存在していたと思われるなら、きっと受け入れられる。
 アリシアは一瞬そう考えたが、それはないとすずかを見てその思考を切り捨てた。

「昔のアメリカじゃ、魔女狩りとかもあったしねぇ……。あたしが言いたいのは、そんな地球での魔法のイメージと、こっちの魔法との違いについてよ」

「……そういえば、私達がイメージしてたのに比べて、ミッドチルダとかの魔法って、どこかSFみたいな感じだよね」

「科学寄りなのよ。……そう考えれば、少しは受け入れやすいかもね」

 “希望的観測も甚だしいけど”と、アリサは後付けしてそう言った。
 実際、明らかに未知でしかないファンタジーな魔法より、科学的な要素もあるミッドチルダの魔法の方が、まだオーバーテクノロジー的扱いで受け入れやすいと思われる。
 尤も、それだけでどうにかなるなら、すずかはここまで悩んでいない。

「……覚悟、するしかないよね」

「そうね……」

 どうすることもできない。そんな結論にアリサとアリシアは行き着く。

「ごめんね、不安にさせちゃって……」

「いいわよ、別に。何も知らないままよりも、覚悟出来る方がいいもの」

「でも、こうなるとフェイト達は傷ついちゃうよね……」

 再び謝るすずかに、気にしないように言うアリサ。
 一方で、アリシアは自分達はともかくなのは達を心配していた。

「伝える……には、時間がないわね」

「私達も準備済ませないとだしね」

「気が重くなるね~……」

 三人揃って溜息を吐く。

「優輝とかは気付いているのかな?」

「……気付いていそうだと思えるのが、なんだか……」

「まぁ、予想はしてそうよね……」

 苦笑いしながら、三人は優輝達への評価を下す。

「じゃあ、とりあえずは私達も準備しよっか」

「そうね。すずかも、あまり気負わない方が楽よ。杞憂で済む事もあるんだから」

「うん……。じゃあ、また後でね」

 三人も一度解散し、各々の身支度に向かう。
 すずかも未だに不安ではあったが、結局は実際に行かないと分からないし、杞憂で終わるかもしれないと結論付け、気持ちを改めた。









「これは……」

「改めて見ると、ひどい有様やなぁ……」

 一時間後。京都の地に、優輝達は降り立った。
 人員は6対4で京都と東京に割き、守護者との戦闘を行ったメンバーは全員京都の方に固められ、復興の支援を行う事になっている。

『猫の手も借りたい状況だそうだ。わかっているとは思うが、くれぐれも失礼のないようにな。荒らしたのは僕らの戦闘なのだから』

「……うん。わかってる」

 クロノはアースラで指示を出すために待機している。
 ちなみにだが、神夜は本人の希望と魅了の解けた女性局員の希望も相まって、あまり人目につかないポジションで手伝うようにしているため、この場にはいない。

『復興支援と言っても、まずはそこの荒れた地を何とかするのが先だ。細かい所は担当してくれる人達に聞いてくれ』

「了解しました」

 他にもやる事があるため、クロノの通信はそこで終わる。
 要約すれば、戦闘で荒れた場所をある程度整地しろと言う事だ。

「復興支援って言うから、どんな事させられるのかと思ったけど……」

「肉体労働系とはなぁ……まぁ、シンプルでええんちゃう?」

「……つっても、その肉体労働が一番わかりやすくキツイと思うんだが」

 変に複雑なものを想像していたなのはとはやては、シンプルな内容に拍子抜けする。
 なお、直後の帝の言葉で確かにキツイと思い直したようだ。

「身体強化魔法の許可は出ているから、それで効率をよくすればいい」

「失った自然に関しては私に任せて頂戴。草の神の本領を見せてあげるわ」

「瘴気は霊術で上手く祓えば何とかなるよー。何なら、かやちゃんに任せればついでにやってくれると思うよ」

 対し、優輝達は何てことのないように振舞っていた。
 椿の場合は、今回は得意分野なため、余裕を持っていた。

「倒された木はここに集めてください。また、瘴気があると聞いたのですが……」

「それについてはこちらで対処します。……あ、出来れば対処法がない人は近づけないようにしてください。また、原因不明の体調不良を訴える方がいたら、お知らせしてくれると対処に向かいます」

「わかりました。では、手筈通りに行動を始めてください」

 担当する人……政府から派遣された人と澄紀が会話を交わし、作業を開始する。
 ちなみに、澄紀や鈴は本家での話し合いついでに街の方を担当する事になっている。
 椿や葵、蓮、山茶花以外の式姫の彼女達に同行する手筈となっている。

「まずは一定の浄化が必要ね。優輝、司、奏、アリシア、那美、久遠、アリサ」

「分かった」

「結構大掛かりだね」

 椿が霊術を扱えるメンバーを呼ぶ。

「あれ?葵とすずかは?」

「二人は聖属性が苦手だから」

「あはは、そういうことだからごめんね」

 除外された葵とすずかは、闇属性の方が得意な傾向がある。
 また、葵は吸血姫、すずかは夜の一族と言うのも理由の一つだ。

「儀式型の術式の用意よ。骨組みは司、奏、久遠、アリサが。細かい所は私達でやるわ」

「かやちゃん、効果範囲は?」

「そうね……出来れば、守護者との戦闘を行った全域にしたいけど……山奥は除外していいわ。そっちはまた後で」

「了解。じゃあ、陣を敷いてくるから術式はよろしく!」

 葵はそう言って、瘴気の影響がある領域の外周を走っていく。
 椿達の用意する術式の効果範囲を指定するための陣を敷きに向かったのだ。

「さすがに葵でも時間が掛かるだろうし……術式の組み立ても急ぐ必要はないわ」

「とか言ってる間に優輝が凄い勢いで術式を組み上げちゃってるけど……」

「……優輝に対して言ったつもりなのだけど……まぁ、いいわ」

 幽世の大門を調査する時と同じように、優輝は途轍もない速度で術式を組み立てる。
 相変わらずなその姿に、椿は溜息を吐いてスルーする事に決めた。





「戻ったよー」

「よし、それじゃあ早速起動するわよ」

 しばらくして、葵が戻ってくる。
 優輝が頑張っていた分、やはり椿達の方が先に準備を終わらせていた。
 ちなみに、空いている時間、手持無沙汰な人達は瘴気がない場所で木や瓦礫の回収など、既に作業を始めていた。

「起動するって言っても、こんな範囲の広い術式、霊力が足りないんじゃ……」

「それは一気に瘴気を祓おうとした場合よ。この術式は、霊力が供給されるのに応じて徐々に浄化する作用になっているわ。……それでも、起動にそれなりの霊力が必要だけどね」

「なるほど」

 早速とばかりに、そのまま術式を起動させる。
 霊力を込めたメンバーはそれぞれ霊力が消費される。
 直後、術式が輝き、葵が敷いた陣の中が淡い光に満たされる。

「戦闘の余波だけだったとはいえ、それなりに瘴気が残っているわ。とりあえずは、瘴気の影響がない場所を何とかしましょう」

「了解。皆に混ざってくればいいんだよね?」

「ええ。……優輝はもうその行動を起こしているわね……」

 次の行動をどうすればいいか指示をする椿。
 なお、優輝は感情がない分効率よく動いているため、椿が指示を出した時には既にその行動をしている程早かった。

「どの木をどうするのかはそっちで聞いた方が早いわ。私は私でやる事があるから」

「やる事?」

 アリシアが聞き返すと、椿はその場に術式を組み立て座り込みながら答えた。

「……自然の再生よ」

 直後、椿の掌から黄緑色の淡い光が地面に広がっていく。

「草の神である私は、神の権能として“豊緑”……つまり、自然を扱う力があるわ。その力を使って、植物を再生させるの」

「神としての力……でも、式姫としての椿って、分霊なんじゃ……」

「それでも力はあるわ。確かに、本体の私ならここら一帯をすぐに緑一杯にできるでしょうけど……まぁ、これでも十分よ」

「……おぉー……」

 地面に力が流れ、アリシアもそこから感じられる生命力に感心の声を漏らす。
 
「自然は、思っているよりも弱くないわ。その気になれば、如何なる悪環境でも生き延びるように適応する。……って言うのは、人間も同じだけどね」

「……ということは、もしかして……?」

「これらは守護者との戦いで生き延びた植物ばかりよ」

 アリシアはその事実に驚く。
 あれほど苛烈な戦いがあったと言うのに、この一帯の植物は生き延びていたのだ。

「ほら、こっちは大丈夫だから、アリシアも向こうを手伝ってきなさい」

「はーい」

 そんなアリシアに、椿は自分の仕事をするように促す。




 ……そんなこんなで、整地は進んでいき……。







「かやちゃーん、浄化終わったよー」

「わかったわ!」

「疲れたぁ……」

「浄化の支援、助かったわ司」

 瘴気の影響がない場所は粗方整地が完了し、瘴気がある地帯も浄化が完了した。
 ちなみに、椿が言っていたように司が祈りの力で浄化を支援していたため、本来の予想よりも早く浄化が完了していた。

「とりあえずは一旦休憩に入ってください」

「つ、つっかれた……!」

 監視役の人の言葉に、何人かがその場に座り込んで休む。
 最初はシンプルだと言っていたはやてなども、疲れ果てていた。

「身体強化がなかったらもっとひどかっただろうね……」

「本来ならまだ私達は中学生なんだから、肉体労働をしたらそりゃ疲れるよ」

 御神流のために体力作りをしていたなのはや、特訓のために鍛えていた司達はともかく、ほとんどのメンバーが重労働で痛む体に悶えていた。

「……なのはちゃんがまだ大丈夫そうなんが意外やわ……」

「にゃはは……これでもだいぶ疲れてるよ?」

「そ、それでも私より体力があるよ……?」

 疲れてはいるものの、動けない訳じゃないなのは。
 そんななのはを見て、年下に負けていると那美は落ち込む。

「なのはは恭也さんとかに体力作りで鍛えられたもんね」

「あー……あの人達なら納得……」

 アリシアの一言に、那美は体力で負けている事に納得する。

「お兄ちゃん達、いつもあんな走ってるなんて驚きだったよ……」

「いくら合わせてくれたとはいえ、それについて行ったなのはが言う?」

「偶に会う時、やけに疲れが見えるなぁと思ってたけど、それが原因やったんか……」

 遊ぶ時になのはに疲れが見えていた事に納得するはやて。
 実際、以前のように疲労が溜まっているのではないかと心配していたのだ。

「……なのは、大丈夫なの?前みたいに……」

「にゃはは……それが、お兄ちゃん達の加減が絶妙みたいで、ちゃんと休めば大丈夫みたい。それに、前と違って休みたくなる程に一気に疲れてるから……」

「前のより辛いのが返って疲労が溜まらないように作用してるんか……」

 以前撃墜されかけた時は、気づかない内に疲労が溜まっていた。
 しかし、体力作りは明らかに疲労を感じたため、しっかりと休んでいた。

「……ところで、どうして山の整地からなのかな?」

「どうしたの?藪から棒に」

 ふと、気づいたように那美が呟く。
 アリシアはどういう事なのかと聞き返す。

「えっと……これって復興のための作業なんだよね?だったら、普通は街の方から直していくべきだと思ったんだけど……」

「……確かに」

「そういえば、なんでなんやろ?」

 人気のない山の方を先に整地した所で、メリットが少ない。
 そう思って、アリシア達も同じように疑問に思った。

「天候の事を考えてよ」

「あ、椿」

「天候の事……って、どういう事なの?」

 そこへ、椿が来て疑問に答える。

「私の見立てだけど……まず、この荒れた状態の山に大雨が降ったらどうなるかしら?」

「……そっか、土砂崩れが起きる訳ね」

「正解よ、アリサ」

 山の地面を抑える木々が倒されている今、大雨が降れば土砂崩れが起きやすい。
 それを理解してでの行動なのだと、椿は言う。

「季節は秋。天候も変わりやすいわ。そんな状況で土砂崩れが起きたらさらに面倒な事になるもの。……まぁ、並行して街の復興もしているみたいだし、木材とかの資源の確保も兼ねているのだろうけどね」

「なるほど……」

 少なくとも何かしらの理由があると、那美は納得する。

「後は……見たかったのかもね、ここの惨状を」

「……そっか。実際に戦った私達はともかく、一般人は……」

 実際に目の当たりにしなければ実感が湧かない。
 その事もあって、見に来たのかもしれないと、椿は推測した。

「何はともあれ、私達は出来る事をやるしかないわ」

「……そうだね」

「……まぁ、だからと言って、優輝みたいに頑張らなくてもいいからね?」

 そう言って椿は優輝のいる場所へと視線を向ける。
 そこには、休憩に入らずに作業を続行しようとした優輝と、そんな優輝をバインドで拘束した優輝の両親がいた。

「えーと、あれは……?」

「効率的になった結果止められてるだけよ。あまり疲れてる訳ではないからって……そんなの周りが止めるに決まってるじゃない」

「あ、あはは……」

 アリシア達は苦笑いするしかなかった。
 なお、両親の説得もあって優輝もきっちり休む事に決めたようだ。

「土砂崩れに関しては何とかなるわ。少なくとも今日や明日に大雨って事にはならないし、多少の雨なら耐えられるぐらいには草木も根を張ったわ」

「根っこは椿がやったのは分かるけど……天気予報ってそんなんだっけ?」

「私が読んだのよ。多少の自然現象なら予測できるわ」

 草……つまり自然に関する神である椿は、同じく自然の類である天候が分かる。
 尤も、担当分野ではないため、本人の言う通り予測が精々だが。

「……それにしても……」

「……何かしら?」

「変わったよね、椿。なんというか、姿もだけど、雰囲気っていうか……そこから感じられる力?みたいなのが」

 話が切り替わり、雑談代わりに椿の今の姿に触れられる。
 今の……と言うより、再召喚してからの椿はずっと京化したままだからだ。

「八将覚醒して、その状態が保たれているのもあるけど……まぁ、ちょっとした出来事があってね……違って見えるのは、当然の事よ」

「出来事?再召喚だけじゃなくて?」

「ええ。……まぁ、簡単に言えば、神降し関係なく神の力を扱えるようになったのよ。八将覚醒が保てているのは、これも要因ではあるかしらね」

 椿の本体とのやり取りで、椿は素人目から見ても強くなっているのが分かった。
 それこそ、霊力を知らない一般人が見ても、どこか神々しく見える程に。

「八将覚醒って、確か守護者の戦いで……」

「蓮さんと、後一人がやってた事よね……?」

「あら、蓮もやってたのね。八将覚醒っていうのは、簡単に言えば八将神の加護を得て式姫がさらなる力を手に入れる事よ」

「以前ちらっと聞いた事があるような……」

「アリシアに個人特訓を課していた時に少し言っていたわね。正直、あの時は覚えなくても良かったからあまり重要なものとして言ってなかったのだけど……」

 そんな事を心当たり程度とはいえ覚えていた事に、椿は感心した。

「まぁ、私の雰囲気が変わったのは大した事にはならないわ。確かに、以前よりも出来る事が増えて便利にはなったけど……」

「……けど……?」

「……いえ、何でもないわ。ほら、それよりもちゃんと休憩して体力を回復させておきなさい。次が耐えられないわよ」

 椿は途中で話をはぐらかし、休憩に努めるように促す。





「(……まだ……せめて、大門の後始末が終わるまで、“私”に言われた事は黙っておくべきね。今わかって言る事だけでも、この子達が背負うには重すぎるもの……)」

 本体に言われた言葉を、その胸の内に仕舞ったまま……。













 
 

 
後書き
今の所は、一般人にとって管理局はどこからともなく現れた、支援してくれる人達程度の認識です。未だに情報が行き届いていませんから、どういった存在なのかは知りません。
なお、それが幸いしてすずかの懸念は今の所杞憂に終わっています。 

 

第187話「抉られる心」

 
前書き
ちょっと時間が跳んで件の政府との話し合い。
復興では作業だけしか描写する事がなかったので飛びます。
 

 






       =out side=









「結局は、貴方方の落ち度でしょう!」

「国民への被害の責任、どう取ってくれるんですか!?」

「そちらの事情をこちらに持ち込まないでいただきたい!」

 ……etc.etc.

 ……管理局を糾弾する、それらの言葉は、容赦なくなのは達の心を抉った。















 復興から一週間後、話で決まっていた通り、政府との会談が行われた。
 魔法や霊術をも用いた復興支援が効いたのか、電気設備も一部回復。
 テレビやラジオを通して生放送となっていた。

「…………」

 そして、その会談では管理局の素性説明や、今回の経緯。
 他にも軽い事情を説明してから話し合いが行われた。
 ちなみに、退魔師についても軽く触れられてはいた。
 ……そこからの、糾弾の声だった。

「……懸念が、当たってしまったわね」

「………うん」

 アリサが小さく呟き、すずかがそれに同意する。
 話し合いの主役として出ているのは、リンディやレティ、クロノと言った責任のある立場の人物ばかりで、なのはやフェイトと言った、いつものメンバーは、会談場所に行かずに生放送を見るだけだった。

「優輝や椿、葵はあの場で直に聞かされて大丈夫かな……?」

「あの三人なら、耐えてくれそうだけどね……」

「むしろ、問題なのはなのはちゃんとかの方だよね……」

 椿と葵は、式姫の代表として。
 優輝は魔導師と陰陽師を兼ね、戦闘で中心だったために会談に出席していた。
 覚悟できていたアリシア達は、何とか耐えていた。
 司や奏も、優輝や椿からその予想を聞かされていたため、大丈夫だった。
 しかし、なのはやフェイトのように、まだ子供で予測していなかったメンバーは、心を大きく抉られたように、俯いて沈黙していた。

「……遅かったようですね……」

「あれ?リニス?確かまだやる事があるんじゃ……」

「急いで終わらせてきました……と言いたいですが、プレシアが私の分まで引き受けてくれました。……それでも、間に合いませんでしたが」

 そこへリニスがやって来た。
 リニスはアースラで他にやる事があったのだが、プレシアが肩代わりした事でここに来る事が出来たようだ。
 アリシアが比較的無事だった事には安堵したリニスだが、フェイトを見て間に合わなかったとばかりに顔を顰めていた。

「……やっぱり、予想できたの?」

「今朝、司から不安な感情が少し伝わった事で、予測出来ました。……ただ、気づくのが遅かった上に、司はともかくフェイトが……」

 今朝……それは、すずかが懸念した時と同じくして、優輝と共にいた司と奏がすずかと同じことを懸念したタイミングだった。
 その時の不安な気持ちが使い魔のパスを通じてリニスに伝わったのだ。

「あれ?でも、それだったらママの方が来るんじゃないの?」

「プレシアは……今のフェイトを見ると自分でも何をしでかすか分からないと考え、私に任せる事にしました」

「あ、プレシアさんもちゃんと考えてたんだ」

「(自制したとはいえ、それはちゃんと考えたと言えるのかな……?)」

 むしろ、ちゃんと考えられなくなるためにリニスに任せた訳なのだが、そこを突っ込むのは野暮だろうと考え、アリシアはそんな思いを心に仕舞っておいた。

「……ねぇ、リニスは……私達の扱い、どうなると思う?」

「希望を混ぜた推測でしか語れませんが……何とかなりますよ。あの場で受け答えしている人達は、皆優秀ですから」

「……そう、だね……」

 どことなく不安を残したまま、司はリニスの言葉に頷いた。











「想像以上に腹が立ったわ。何が起きていたか本当に理解しているのかしら?」

「戻って開口一番にそれか。いや、気持ちは分かるんだが」

 今回は素性と事情の説明のための会談だったため、一旦会談が終了する。
 用意された部屋に戻った直後、椿が苛立ちを隠さずにそう言った。

「一言目にどう責任を取るか。二言目も、その次も。……もっと別に言う事があるでしょうに!」

「責任を取ると言っても、その先に話が進まなかったな……」

 どう返答しても同じような事ばかり。
 その事に椿は苛立っていたのだ。

「今回は事情と素性についてだ。責任問題などの本題はまた明日となっている。……その時になれば、事件の経緯がどんなものだったか向こうも理解するだろう」

「……感情が消えたとしても、今の言葉が建前な事ぐらいは読み取れるわよ」

「……ばれていたか」

 会談中もずっと黙っていた優輝が気休めの言葉を言うも、椿にすぐ看破される。

「あれは目の前の事実を受け止めようとしていない。妖に対しても、“得体の知れない化け物がいた”とまでしか認識しようとしていない。……何があったか、実際どんな存在だったか、その先へ踏み込もうとしていない」

「要するに現実を受け止めきれてないって訳ね」

「何度もニュースとかで見てたけど、なんでああいう立場の人は皆頭が固いんだろうね。これなら秋葉原とかの方がすぐ受け入れてくれるよ」

 自身は比較的安全地帯にいたため、実際にどんな惨状か見た訳ではない。
 それも受け止めようとしない要因の一つだろうと、優輝は考えていた。

「……まぁ、オタク文化の聖地と政府を比べてもな」

「何はともあれ、重要なのは明日だ。明日の会談で、僕らの扱いの方向性が定まってくる。……この分だと、碌な結果にならなさそうだけどな」

「随分弱気な発言ですね」

「仕方ないだろう。実際、次元犯罪者を捕まえきれずにここに追い込んでしまったのは管理局の落ち度だ。……殉職した彼の事を踏まえてもな」

 同席していた澄紀の言葉に、苦虫を噛み潰したような顔で返答するクロノ。

「何よりも、さっきの様子が全国に生放送されたんだ。……印象としては、悪い」

「“死人に口なし”とはこの事だね。責任は確かにあるけども、過剰にそれを彼に負わせて、尚且つ管理局にも責任を負わせている。実際に正しい事も併せて一般人には悪印象に映っただろうね」

「糾弾するのにちょうどいいと思ってそうね……いえ、むしろ……」

「……かやちゃんも気づいちゃった?」

 会話の途中で、椿は何かに気付いたように黙り込む。
 葵も同じ考えをしていたようだ。

「どうしたんだ?」

「……糾弾し、責任を取らせるその先……貴方達管理局の……いえ、次元世界の魔法技術を取り入れる事が目的……?」

「……何ですって……?」

 その気づいた事を呟いたのが聞こえたのか、リンディが聞き返してきた。

「ただ糾弾するだけとは思えないのよ。むしろ、そうやって責任を負わせ、その責任を利用して魔法技術を取り入れようと交渉してきてもおかしくないわ」

「……なるほどね……でも、一体どうして?」

 状況を利用して欲しい技術をいただく。
 交渉の内容としてはおかしくないとリンディは判断するが、理由は分からなかった。

「先に聞くけど、会談を行う前に、話を通すために魔法については教えたの?」

「ええ。一応は、デバイスと簡易的な魔法。基本的な概念は一通りね」

「……そういう事か。管理局にとっては当たり前の技術になっているが、地球からすれば魔法部分を抜いてもオーバーテクノロジーになる技術だ。……そんな技術を欲しがってもおかしくはないな」

「そういう事ね……」

 優輝が代わりに気付き、その言葉でリンディ達も納得する。

「大きな被害を被ったと言うのに、先に技術を求めるのか……?」

「利用できるものはしたいのでしょう。別に、何もおかしくないわよ。人間の中でも狡猾な性格なら普通に考え着くわ。実際、過去に何度か見てきてるしね」

「……長年生きてきた椿が言うと説得力が違うな……」

「褒めても何も出ないわよ。……それで、予想の域は出ないけど、もしそうだった場合どうするのかしら?」

 技術を提供するのかどうか。椿はそれをリンディ達に尋ねる。
 ちなみにだが、“何も出ない”と言いつつ嬉しいのか花は出ていたりする。

「……その場合、地球は管理世界に認定されるわ。最終的な判断は上層部によって決められるでしょうけど、私個人としては……どちらに転んでもあまり変わらないわ」

「リンディと意見は同じね。私も、あまり変わらないと思っているわ」

 リンディもレティも“気にしない”と答える。
 実際、管理局としてはあまり痛手ではないからだ。
 魔法技術を地球に提供したとしても、地球で魔法を扱えるのはごく僅かしかいない。そのために、技術を100%利用される事もない。
 むしろ、これからは地球で魔法を秘匿する必要がないという利点まであった。

「……まぁ、細かい事はそちらに任せるわ」

「いいのか?そのつもりがないとはいえ、上手く行かなければ君達にも今後の生活に大きな影響を与える事になるぞ?」

「そうでしょうね。でも、構わないわ」

 あっさりと、椿はそう言ってのけた。

「大体、さっきも言っていた通り向こうは今回の出来事を本当に理解できていないのよ」

「そうだねー。開いた発端は確かにロストロギアだけど、幽世の大門は元々日本にあったものだし、それも伝えたはずなんだけどねー」

 幽世の大門がなければ今回の事件は起きなかった。
 事実、解析した優輝以外誰も知らない事だが、パンドラの箱の効果範囲はそこまで広くない。大門があった位置が運悪く範囲内だっただけなのだ。

「向こうも責任云々で調子に乗らず、純粋に一般人の心配や支援を口にすればよかったのに。それを顧みずにこちらを利用出来そうだと企んじゃって」

「やっぱり、“良い人間”が偶然身近に集まってただけなんだね」

 呆れたようにそんな事を口にする椿と葵。
 だが、その内容にリンディ達はどこか嫌なモノを感じていた。

「……何をする気なんだ?」

「いえ?“何もしない”わよ」

「人は変わらないねぇ。数十年前の戦争と同じだよ」

 クロノが尋ねるが、二人ははぐらかすように言う。
 代わりに、優輝が気づく。

「……因果応報、自業自得、か」

「あら、気づいた?」

「優ちゃんが気づいたなら、あっさりネタばらししそうだね」

「そうね。せっかくだから順に教えていくわ」

 椿と葵は、改めてクロノ達に向き直る。
 傍で聞いていた澄紀も、聞いておくべきだと判断して耳を傾ける。

「まず、日本には八百万の神がいたと伝えられているわ。実際、そう言われる程の数、神々は存在していたわ。……でも、どうしてそんな神はいたのに、かつて戦争の時は手助けしなかったと思う?」

「……考えられるのは……手助けする理由がなかった。もしくは、その逆で手助けしない理由があったから……か?」

「ご明察。他にも理由はあるけど、今重要なのは、後者ね」

「それは一体……?」

 戦争において手助けしない理由があった。
 それをリンディは尋ねる。

「一言で言えば、“調子に乗った”からね。当時の日本の人間は、途中が優勢だったのもあって本当に醜く調子に乗っていたわ」

「だから、神々は人間を見放したんだ。……ううん、神々だけじゃなく、当時生き残っていた式姫もね」

「式姫も……?」

 今度は澄紀も聞き返した。
 陰陽師の家系として気になったのだろう。

「子供とかを個人的に助けたいと思った式姫は戦ったらしいけどね。あ、これは蓮に聞いた話よ。当時の私達は既に山に籠ってたから」

「皆が皆、勝ちを疑わずに命を散らすのは……見てられなかったよ」

 優勢であれば調子に乗り、負けを認める最後まで戦火に命を散らし続けた。
 自国の勝ちを疑わず、命を投げ捨てる事さえ誉れと思い特攻していく人たちを、神々も式姫も見ていられなかったのだ。

「人は、善にも悪にも簡単に偏る」

「悪になれば……そうでなくとも、失望されるような事をすれば、神々も式姫も当然のように人を見捨てるよ」

「そんな……!」

「……だって、よく言うでしょ?“神は気まぐれだ”なんて」

 葵の放ったその言葉に、澄紀は押し黙る。
 結局は、人は神を都合よく見ている節があるのだと、再認識させられたからだ。

「……なんだか、話がずれていったわね。要するに、今回も同じなのよ。もし、政府の人間が私達にとって身勝手な……理不尽な選択を取れば……」

「……見放す、という訳か」

「そういうこと。……あぁ、今回は大丈夫だけど、貴方達管理局も例外じゃないわよ?というか、既に上層部の怪しい部分が野放しになっているのは減点ね」

「っ……!」

 自分達も見放されるかもしれない。
 そんな考えが浮かんで、クロノは言葉を詰まらせる。

「もし、椿達が……もしくは神々が見放せば、今度こそ日本を守る抑止力はなくなる。守りたい存在だけしか守らなくなる。突飛な話だけどな」

「そんな……!」

「……忘れないで。状況や事情によって私達は人の味方に立っているけど、その実、中立の立場よ。全面的に味方するだなんて、思わない事ね」

 椿はそう冷たく言い放った。
 今回でこそ、式姫として幽世の大門については解決しなければならなかった。
 だが、もし式姫達を貶めるような選択をすれば、今度は手助けされる事はないのだ。

「……自分で勝手に信じなくなって、いざ存在が露見すれば都合よく扱う。……そんな事、させる訳ないじゃない」

「……どういう、事だ?」

「式姫も神々も共通している事だけど、伝承や逸話の存在と、何よりも信じられなければ存在や力を保つのは難しい」

「優輝の言う通りよ。江戸時代から現代に至るまでに、ほとんどの神々と式姫は力を失ったの。さっき言ってた“他の理由”がこれよ。……今は一度幽世の大門が開いたのもあって、式姫はその力をほとんど取り戻しているけどね」

 軽く説明を挟み、クロノ達にも理解できるようにする。

「あたし達からすれば、つい最近まで信じていなかった癖に、実在するとわかった途端に掌を返したように接してきているようなものなんだよ」

「……確かに、それは理不尽を感じるな」

 ぞんざいな扱いからあっさり掌を返されるのは誰でも思う所はある。
 クロノも想像できたのか、納得するように呟いた。

「……長ったらしく言ったけど、要は政府が自分勝手な事を考えたら見放すってだけの話よ。今回、管理局側がどんな選択を取っても、姿勢は変わらないわ」

「……そう……」

 改めて椿と葵について考えさせられる事になったのだろう。
 話が締め括られた後、優輝以外の全員が考え込むように黙り込んだ。









「………」

「…………」

「……うぅ……」

 夕方。生放送があっても復興の支援はなくならない。
 そして、会談の影響があったのか、一般人からの視線が変わっていた。
 なのは達は山の整地をひと段落させ、街の避難生活の手伝いをしており、その視線に晒される事になった。

「……そんなに意識しない方がええよ」

「はやて……」

 無論、全員が全員変わった訳ではない。
 むしろ、変わったのはごく少数だ。
 だが、会談で心を抉られた今、そのごく少数の批難する視線だけでも辛かった。

「……天巫女な分、思った以上に辛いね……」

「はやては比較的気にしてなさそうね」

 司が気まずそうに呟き、アリサははやての様子を気にして尋ねる。

「……私の場合は、まだ車椅子やった時の視線で慣れてるのもあるんよ。……批難の視線も、闇の書関連でちょっとあったからなぁ……」

「はやて……」

 皮肉にも経験が生きたと、はやては言う。
 側にいたヴィータはそんな言葉を聞いて心配する。

「そんなあからさまに落ち込むな。あんた達は精一杯戦ったんだ。子供が何でもかんでも背負おうとしなくてもいいんだ」

「組織と言うモノは確かに連帯責任が生じます。ですが、貴女方はその上で最善を尽くそうと力を振るった。そこに何も恥じる事はありませんよ」

 落ち込む面々を、蓮と山茶花が励ます。

「む……あたしは子供じゃねーよ」

「お、そうなのか?それは悪い」

 なお、子供扱いされたヴィータが少し文句を言っていたが、それは余談である。

「……大方、マーリンの予想通りになったみたいね」

『陰陽師に連なる人達はともかく、管理局の人達はやっぱり責める視線になる……うん、ここまで予想通りとは。こういう所は分かりやすいね、人間は』

 そこへ、鈴がやってくる。
 土御門の家に行っていた鈴だが、時間が空いたのでこちらを手伝いに来たのだ。

「時々人に対して毒を吐くわね。貴女」

『ボクは人間じゃないからね。元となった存在も夢魔だからね。人とは違った観点から見ているのさ。……まぁ、だからこそ面白いとも思うんだけどね』

「貴女は……まぁいいわ」

 相棒と言うより、腐れ縁の相手と話すような呆れた顔をする鈴。
 そんな空気を読んでいないような雰囲気が、皆の暗い雰囲気を若干和らげる。

「……予想通りって、どういう事?」

「そんな大した事じゃないわよ。管理局と比べて、私達陰陽師と式姫は責めるような視線で見られていないってだけ」

「……なるほど。私達式姫及び陰陽師は、知られていない、もしくは信じられていなくとも元々存在していた者。対し管理局は言わば外来の存在です。どちらが受け入れやすいかと問われれば、考えるまでもないでしょう」

「あー……加えて、パンドラの箱の責任問題だもんね……そりゃあ、扱いも違うか」

 司が聞き返し、鈴が答える。
 その言葉に補足するように蓮とアリシアが続け、聞いていた者達は納得した。

「……正直言って、これはどうしようもないわよ。組織として責任が生じている今、下手に言い訳する方が立場が悪くなるもの」

「……そうね。管理局員が犯罪者を地球まで逃がしてしまい、結果的に災厄を引き起こした……その事実は変えられないから、批難的な目で見られるのは避けられない」

 鈴はお手上げだと言い、アリサがそれも仕方ないと続ける。

「じゃあ……大人しく耐えろって事?」

「そうね。その上で、これからの行動によってようやく……って所ね」

「それこそ、管理局も同情される程のとんでもない真実が判明……みたいな、突拍子もない事が起きない限りね」

 経験が豊富な鈴と、頭がいいアリサがアリシアの言葉に答える。

「……ここだけの話、地球出身の魔導師だけならまだ何とか出来るわ。……ただし、権力等に頼った汚い手で、だけど」

「それって……」

「あたしとすずかの家の力。後は士郎さん達の伝手ね。了承はしないでしょうけど、その気になれば国の中枢ぐらい掌握できそうね」

「……割とあり得そうなのが困るよアリサ」

 本人達にそれを実行する気がないため、それは現実にはならないが、実際にバニングス家と月村家、そして士郎……と言うより、御神や不破家の伝手を合わせれば、アリサの言った通りの事は実現できてしまう。

「……何気に、良い所の子供なのね、貴女達」

「お互い様よ。そっちだって、分家とはいえあの土御門じゃない」

「腫物扱いだったけどね」

 なんだかんだと、打ち解けているアリサと鈴が軽口を叩き合う。
 その証拠に、優輝相手のように年上なはずの鈴相手でも敬語を使っていなかった。

「しばらくは悪霊退治もできないわね」

「悪霊退治……?」

「普段の陰陽師……いえ、退魔師がやっている事よ。那美も度々やっているのだけど、聞いてないかしら?」

「聞いた事あるような……」

「ま、私の場合は自業自得で死んだ癖にやけに強い悪霊を退治してたのよ。……って、今はそんな身の上の話してる場合じゃないわ。ほら」

「あっ」

 鈴に促され、アリシア達も手伝いに戻っていく。
 鈴も鈴で、自分に手伝える事を手伝いに向かった。

「(良い目で見られないのは、覚悟してた。すずかのおかげで、予測も出来ていた。……でも、そうだとしても……)」

 炊き出しや、物資の運搬をする中で、アリシアは自分に向かう視線を感じ取る。

「(……やっぱり、“そういった目”で見られるのは辛いなぁ……)」

 実の所、半分程はアリシア達の容姿が良い事への視線なのだが、当の本人にとっては僅かな責めるような視線の方が気になってしまう。
 その視線は、常にアリシア達の心を抉り続ける。

「(恩着せがましく思う訳じゃない。……でも、それでも、助けたと言うのに、この仕打ちはキツイものがあるね……)」

 第三者からすれば、同じ組織の者の不始末を片付けていただけ。
 そのために、そう考えている者は“恩”などは微塵も感じていなかった。

「アリシアさん」

「っ、蓮さん……」

 心苦しく思っている所に、蓮が話しかける。

「あちらの方からの指示です。貴女方は、子供の相手をしてください、と」

「子供の……?」

「どうやら、指示を出す方は私達をちゃんと理解してくれているようです。心苦しく思う貴女方に、少しでも楽な思いをしてもらうために、指示を出したようです」

 それは、大人びてきたとはいえまだ子供であるアリシア達に出された指示だった。
 アリシア達の監視や指示を任されている政府の人間は、アリシア達が決死の覚悟で戦った事をしっかりと理解していた。
 そのために、少しでも苦しい思いをさせないように配慮したのだ。

「でも……」

「……子供は、純粋です。組織的な責任なども関係ないでしょう。ですから、きっと気に病むことはありません」

「……分かったよ」

 蓮に促され、アリシアはなのは達を連れて子供達の相手を務める事になった。





「(とりあえず、子供の前で暗い顔は出来ないね)」

 少しでも気持ちを切り替えようと、アリシアは頬を軽く叩く。
 同じような事を思ったのか、なのは達も深呼吸するなどして、気持ちを切り替えた。

「ねぇねぇ!お姉さん達って、ママとパパが言ってた魔法使い?」

「あ、うん。そうだけど……」

 そこへ、好奇心が勝ったのか、子供の一人が話しかけてきた。
 話しかけられたフェイトは戸惑いながらもその言葉に答える。

「ホント!?じゃあ、魔法見せて!」

「えっ……と……」

「簡単のなら、見せていいんじゃないかな?」

 無闇に魔法を使う事は禁じられている。
 そのためにフェイトは戸惑うが、アリシアが横からそういった。

「あまり派手なのは出来ないけど……」

「わぁ~!」

 フェイトはそう言って、魔力弾を三つ程出し、自在に操る。
 その様子を、頼んだ子供と後から集まって来た子供が楽しそうに眺める。

「フェイト、最後は花火みたいに……」

「うん。……それっ」

 最後に、三つの魔力弾は弾けるように霧散する。
 その際に、まるで花火のように弾け、子供達を魅了した。

「すごーい!」

「……よかった……」

 歓声を上げる子供達に、フェイトだけでなくなのは達も安堵した。

「(……そっか。子供なら純粋に楽しんでくれるから、だから私達を……)」

 そこで、アリシアはどうして子供達の相手を自分達に任せたのか理解した。

「よし、アリサ、すずか!」

「え、あたし?」

「私も?」

「フェイトに……魔法に負けてられないよ!私達も色々見せよう!」

 そう言って、アリシアも霊術で子供が喜ぶような事を見せるように張り切った。

「(子供の無邪気さに、きっと皆も助けられる。子供も楽しめるし、一石二鳥だね!)」

 普通の遊び道具なども使い、アリシア達は子供達を楽しませた。
 同時に、皆の傷ついた心も癒されていった。
 既に、一部の者が向ける責めるような視線は受け付けなくなっていた。













 
 

 
後書き
抉られる心(抉る側じゃないとは言っていない)
※フィクションなので、実在する政府の人達とは一切関係がありません。ご注意を。
※戦争については椿達の主観です。作者の本意と言う訳ではありません。

何か言われる前に念のための注意書きを……。
いえ、そんな事するならそういう展開に持っていかなければいいんですけどね。
まぁ、話の都合上そんな扱いになってる程度で軽く流してください。
ちなみに、椿がいきなりこういう事を言い出したのは、本体の力を受け取った事で神としての側面が強く出ているからだったりします。

本編でも繰り返し書かれていますが、管理局勢を責めている視線はごく僅かです。それでも皆が精神的に追い詰められているのは、ひそひそ話が自分の陰口に聞こえてくる的な奴です(語彙力)。 

 

第188話「馬鹿らしい」

 
前書き
引き続き会談回。
今回は優輝達の方に焦点を絞ります。
 

 











 翌日、改めて会談が行われた。

「……馬鹿らしい」

 ……そして、椿のその発言で、優輝と葵以外の全員が凍り付いた。













「聞こえなかったかしら?“馬鹿らしい”と、そう言ったのよ」

「なんだと……?」

「お、おい、椿……!」

 隅にいたはずの椿が勝手に前に出て話し始める。
 それは内容としても展開としても、クロノ達にとって非常に戸惑う展開だった。

「き、昨日は何もしないって……!」

「ええ。対応としてはね。でも、この会談自体は別よ」

 そこまで言われて、クロノは押し黙った。
 納得したから……ではなく、言葉と表情にあった怒りを感じ取ったからだ。

「正直、管理局を責めるだけならまだ我慢できたわ。でも、それ以上となれば別」

 椿が発言した発端は、政府側の言い分だ。
 昨日と変わらずに責任を問い続けていたが、今回はさらに土御門家を中心にした裏世界の組織や、さらには自衛隊にまで飛び火したのだ。
 さらには、妖だけでなく管理局も好き勝手したのは自衛隊の職務怠慢だと、一部の議員などが言い出したのだ。

「管理局は真摯に責任を取ると応じた。退魔師達も力の限り守ろうと動いた。自衛隊も、自分達に出来る事は最善を尽くした。……だと言うのに、それ以上を求めるのね」

「何だね君は」

「草祖草野姫。草の神の分霊にして、式姫よ」

 “神の分霊”。その言葉に何人かが反応する。
 だが、発言される前に椿は次の言葉を紡いだ。

「回りくどい言い方も面倒臭いわ。だから、単刀直入に言わせてもらうけど……」

 そこで、椿は一旦息を吸って間を置き……

「安全地帯にいた奴が、ふんぞり返って偉そうに批判ばかりしてるんじゃないわよ!!」

 マイクも使わず、全員に聞こえる程の声でそう言い放った。

「管理局は責任を取る!退魔師も自衛隊も最善を尽くした!それでその話は終わりじゃない!話すべきなのはこれからどうしていくかや、責任を取る内容を具体的に決める事でしょうが!!何執拗に“お前のせいだ”とか、やれ“お前達がもっとしっかりするべきだった”とか―――」

 その勢いに、取り押さえる事も出来ずに、椿の言葉は続く。
 皆が驚く中、優輝は無表情で、葵は暢気に椿の怒り具合を感心していた。

「お、おい、優輝、葵……止めないのか?」

「……無理だな」

「そうだねー。今のかやちゃんは、神としての怒りを上手い事言葉だけで出しているから、下手に止めたらそれこそ雷とかが物理的に落ちるよ?」

「……そうか……」

 二人さえも止められないと分かり、尋ねたクロノは頭を抱える。
 まさか、こんな展開になるとは予想だにもしていなかったのだ。

「―――ただ安全地帯に避難してた奴が言う事じゃないのよ!実際に被害に遭った人達にそれを言う権利があるのよ!」

「っ、小娘が好き勝手……!」

「私に言わせればあんた達の方が小僧小娘でしかないわよ!」

 言い返そうとした瞬間に、椿に被せられる。
 実際、椿の方が遥かに年上なのだから仕方がない。

「百歩譲って、管理局を責めるのはまだいいわ!実際、不始末を起こしたのだし、組織として責任が生じるのは当たり前の事だもの。……なのに、何?市民を守ろうとした退魔師や自衛隊、警察までも批難するなんて、どんな神経しているのよ!」

「ッ………!」

 既に、全員が椿に気圧されていた。
 葵の言う通り、椿は怒りを言葉として繰り出してはいた。
 しかし、それでも言霊として力が発揮され、反論を許さなかったのだ。

「……まぁ、ここまで言われて反論したくはなるでしょうね。……でも、神の分霊且つ、式姫になっている私でも、その下で何を企んでいるか……見通せないとでも?」

「ッ、ぁ……!?」

 実際に、何人かは企んでいたのだろう。
 口を開く前に椿によって釘を刺されたため、一部の議員は言葉を詰まらせた。

「っ……では、貴女は何を求めて発言を?」

「何を?そんなの、さっき言ったばかりでしょう。話を先に進めればいいのよ。これからどうしていくのか、管理局との関係をどうするのか、具体的に決めていけばいいじゃない。変に足踏みしているだけなのよ、あんた達は」

 それだけ言って、椿は着席する。
 言外に、後はクロノ達に任せたとばかりに言って。













「……うわぁ、思いっきり言っちゃった……」

「度胸あるなぁ……」

 一方、会談を生放送で見ていた者達も、椿の啖呵切りに驚いていた。

「……椿、今の言霊使ってたよね?」

「うん。多分、無意識にだと思うけど……」

「向こう側の人、皆萎縮しちゃってるよ……」

 アリシア達は、テレビ越しに椿が言霊を使っていた事に気付いていた。
 椿の行動に、霊術を扱う面子は皆苦笑いしていた。

「まさか、椿ちゃんがあそこまで怒るなんて……」

「優輝と葵は止めようとしなかったのかな?」

 椿があそこまで怒りを見せた事に、優輝と葵が止めなかったのかと、アリシアは少し疑問に思って口に出していた。

「むしろ、葵さんは同じ気持ちだったのかもしれないわ」

「……確かに。いつも椿ちゃんと一緒にいたぐらいだしね」

「優輝の場合、止める理由がなかったから、止めなかった……だったりして」

「今の優輝君なら、十分にありえるなぁ……」

 苦笑いしながら、何かしら理由があったのだろうと、アリシア達は納得する。

「……しかし、悪手ね」

「……そうですね」

 そこへ、鈴と蓮が会話に入って来た。
 椿が行った事は、良い前兆ではないと断言しながら。

「悪手……?」

「ええ。あの場で反論するというのは、なかなかの悪手よ。私達陰陽師はまだしも、管理局……だけじゃなく、式姫の立場も不安定になるかもしれないわ」

「……そっか。椿ちゃん、状況を無視して発言したから……」

 神の分霊として名乗った椿だが、周囲には管理局側に所属していると見られている。
 その状態での、啖呵切り。それは、管理局の立場にも響くものだ。
 同時に、他の式姫達の立場にも影響が出る。

「さすがに、彼女の事だからそれは分かっているでしょうけど……」

「……葵さんは、なぜ止めなかったのでしょうか……?」

 司達とは違った観点から、なぜ止めなかったのか疑問に思う鈴と蓮。

「……何か、考えがあるんじゃないかな……?」

「司さん、悪いんだけど、その可能性は低いと思うの」

 ぽつりと呟かれた言葉を、アリサが否定する。

「蓮さん達が言ったように、椿さんの行動はあの場面では悪手。……あの場ではどうにかなったとしても、その後は分からないわ……」

「……共感できる部分はあるけど、大局的に見れば、場をかき乱したようなものだから……その分を挽回するには、ちょっと……」

 アリサ、すずかと続けられたその意見に、ますます不安が募っていく。

「……い、嫌やなぁ、皆してそない不安な事ばかり言わんといてや……」

「……!」

 それはなのは達にも聞こえており、はやては冷や汗を掻きながら苦笑い。
 なのはとフェイトに至っては、はやての言葉に同意するように何度も頷いていた。

「でも、実際このままだと……」

「……そうね。それこそ、管理局すら被害者に見える程、衝撃的な真実の判明とか、そういう突拍子もない事でも起きない限り、そうなるわよ」

「それ、昨日も言ってたけど、本当に突拍子もない事だね……」

 若干間の抜けたような鈴の発言に、アリシアは苦笑いする。
 だが、内心ではやはり不安が燻っていた。

「……とりあえず、終わるまでは様子見、だね」

「それしかないよね……」

 話の続く会談の映像へと視線を戻し、司達はそう呟くしかなかった。



















「―――――」

「……優ちゃん?」

 司達が不安になっている頃、会談はようやく先に進んでいた。
 椿の言葉……と言うより、言霊が効いたようで、政府側は若干萎縮していた。
 そのために、話が滞っていた原因がなくなり、話が進むようになったのだ。

 ……そんな中、優輝が僅かに反応を見せる。
 それに気づいた葵は、周りには聞こえない程度の小声で呼びかける。

「……これは……」

「どうしたの?」

 何事かと尋ねる葵だが、優輝は返事を返さない。

「『優輝、何か気になる事でも?』」

「『ちょうど部屋の中心。少し探ってみてくれ』」

 同じく優輝を気にしていた椿が、声では反応しないと判断し、伝心で語りかける。
 そこでようやく優輝は反応を返した。

「『中心?一体何が……』」

「『これって……魔力?』」

 すぐさま葵が探ると、ちょうど全員に囲まれるような位置に、魔力反応があった。

「『クロノ達は会談に集中しているから気づいていないらしい』」

「『……ねぇ、この魔力……』」

 無感情になって俯瞰的な感覚で状況を見ていたため、優輝は気づいたようだ。
 一方で、葵は感じ取った魔力に疑問を抱いていた。

「『サーチャーの術式だな。隠蔽の術式もあるから気づかれなかった訳だ』」

「『そうじゃなくて!』」

 その事ではないと、葵は否定する。
 分かってて言っているのか判断が出来なかったため、葵は自分から言う事にした。

「『……あたしの勘違いじゃなければだけど、この魔力って……雪ちゃんのだよね?』」

「『そうだな』」

「っ……!?」

 そう。その魔力は緋雪の物だった。そして、優輝はあっさりと肯定で返事を返す。
 椿と葵は、緋雪が幽世にいる事を知らない。そのため、大きな驚きとなった。

「やっ―――むぐっ……!?」

「『大声出したらダメでしょ!?』」

「『ご、ごめん……』」

 思わず、伝心でなく肉声で驚きを声に出しそうになる葵。
 咄嗟に椿が口を塞いだおかげで、周りに聞こえる事はなかった。

「『でも、かやちゃんも人の事言えないよ?』」

「『うっ……確かに悪手だし、ついカッとなってやったのは悪いとは思ってるわよ……。で、でも、それとこれとは関係ないでしょ!?』」

 分かってはいたのか、椿は顔を赤くして目を逸らす。
 先程の発言で溜飲は下がったのか、怒りは収まっているようだ。

「『……じゃなくて……。優輝、私もどういう事か気になるのだけど』」

「『どうしてサーチャーが……そして、何よりもなぜ雪ちゃんの魔力なのか』」

 改めて、二人は伝心で優輝に尋ねる。

「『前者については推測の域を出ないが……緋雪の魔力なのは、おそらく緋雪が幽世から何かしらの方法でサーチャーを飛ばしてきたのだろう』」

「『幽世に!?……そういう事。死後、幽世に魂が行き着いたのね……』」

「『ああ。守護者との戦いで一度負けた時、緋雪が助けてくれたようだ。現世に滞在するのは時間が限られているようだから、幽世から飛ばしていると見ている』」

 “幽世から飛ばしている”事についての理由を、優輝はついでに話す。

「『……そっか。あたし達、雪ちゃんに助けられてたんだ……』」

「『幽世にいるという事は、とこよと一緒にいるのよね?』」

「『多分な。しかも、鍛えられていると思う』」

 守護者を倒し、大門が閉じられた後、最後に緋雪と会った時。
 優輝は緋雪が以前よりも強くなっている事を感じ取っていた。
 その事から、幽世で鍛えられていただろうと、優輝は推測した。

「『隠蔽性が上がってるのはそれが理由なんだろうね。あたしの知る雪ちゃんは、割と魔力の操作が雑だったから、見違えたかのようだよ』」

「『……さて、話を戻すのだけど、推測でもいいから緋雪の魔法がここにある理由を聞いてもいいかしら?』」

「『……いや、その必要はなさそうだ。僕らが気づいている事を向こうも見ていたからか、動きを見せるぞ』」

 改めて緋雪のサーチャーがあるのか聞く椿。
 しかし、優輝はその答えが今から分かるからと答えなかった。
 同時に、サーチャーにある隠蔽の術式が破棄される。

「なっ……!?」

「っ……!」

 隠蔽されなければ、さすがにクロノ達も気づいた。
 他にも、光の玉であるサーチャーに気付く者は多数いた。

「サーチャー!?一体誰が……!?」

「なんだあれは!?一体いつの間に!?」

 一瞬にして、その場が騒然となる。
 管理局からすれば、サーチャーが仕掛けられていた事に。
 他の者からすれば、正体不明の光の玉が突然出現した事に。
 それぞれが驚き、何事かと慌ただしくなった。

「……まさか、この流れって……」

「……注目を全部持って行ったな」

 その様子を見て、椿が呟く。そして、優輝がその言葉を肯定した。
 そう。サーチャーの出現により、ほぼ全ての注目を掻っ攫っていったのだ。









『あー、もう通じているのかい?緋雪』

『あ、はい。声も届いていると思いますよ?』

 その時、声が響いた。
 その出所は、やはりと言うべきか、サーチャーだった。

『わかった。じゃあ……“静かに”!!』

「「「ッ―――!?」」」

 響く大声。その言葉通りに、全員が黙った。

「(言霊……!それも、強力な……!)」

「(こんなの出来るとしたら、本気のかやちゃん……つまり、神に匹敵する存在……!)」

 言霊の力に耐えた椿と葵が、その力に戦慄する。
 優輝も耐えていたが、聞こえてきた声から相手の正体は看破していた。

『ここをこう弄って……よし!』

 別の声が少し聞こえ、直後にサーチャーの光の玉が歪む。
 そのまま、まるで立体映像のように形を変えた。

『突然の介入、失礼するよ』

『直接行けないけど、ごめんね?』

 立体映像へと姿を変えたその魔法は、三人の人物を映していた。
 一人は幽世の神である紫陽。もう一人は大門の守護者となったとこよ。
 そして最後は、優輝の妹である緋雪が映っていた。

「……サーチャーの中に、通信系の術式が入っていたのか。しかも、これは……」

「霊術の応用も入ってるね……だから幽世を隔てても飛ばせたんだ」

 事前に気付く事が出来ていた優輝達は、冷静に術式を分析していた。
 魔法と霊術の混合術式による、通信術式。
 それによって、幽世から跨いで現世に術式を飛ばしていたのだ。

『さて、疑問に思っているだろうから自己紹介させてもらうよ。あたしの名は瀬笈紫陽。幽世を管理する元人間の神さ』

『私は有城とこよ。幽世の守護者をしているよ。私も元人間になるのかな?』

『ずっと幽世で生きている時点で、妖怪に変質しているよ』

『あ、やっぱり?』

 先に前に立っている紫陽ととこよが自己紹介する。

『あのー、私は……』

『あ、ごめん緋雪ちゃん』

『えっと……志導緋雪です。そちらにいる、志導優輝の妹です』

 最後に緋雪が名乗り、直後に優輝に視線が集中した。

「……言葉の通り、緋雪は僕の妹です」

「……家族構成を見た限り、妹は既に亡くなっているとありますが……?」

『死んでから幽世に流れ着いたからおかしくはないさね』

 優輝が簡潔に答え、冷静さを何とか取り戻した議員の一人が尋ねる。
 その質問には優輝ではなく紫陽が代わりに答えた。

「……なぜ、今この場に?大事な会談の最中なのですが……」

『なに、早急に知らせておきたい事情があってね。確かに管理局と日本に住む者達の会談も大事だが、こっちは時間の問題の可能性もあるんだ。割り込ませてもらうよ』

 リンディが紫陽に割り込んできた訳を尋ねる。
 その質問に対し、紫陽は知らせるべき事情があると答えた。

『まず最初に、今回の件で犠牲となった人間達全員の魂は、幽世側に流れ着いているよ。未だに落ち着きを取り戻せていない者もいるけどね』

「なっ……!?」

「……本当ですか?」

 驚く政府側の人間に対し、リンディが冷静に聞き返す。

『当然さ。あたしは神……つまりはここの管理人なのさ。流れ着いた魂を保護するのもあたしの務めって訳だからね』

『えっと……これで……映ってますか?』

 紫陽が答え、緋雪が映像を弄って流れ着いた魂達が見えるようにする。

「……確かに、流れ着いたようですね」

『納得してくれて何より。じゃあ本題だ。……現世と幽世の境界が薄れている』

「ッ……!」

 その話に、椿と葵は反応を見せる。
 再召喚の直前、椿の本体から聞かされていたからだ。

「……こちらでも、一応話には出ていました。我々には対処法がないので、そちらからコンタクトしてくるまで後回しでしたが……」

『なんだい。管理局は知ってたのか。……いや、なるほど、彼らのおかげか』

 リンディ達も、クロノ経由で話だけは知っていた。
 その事を聞いて、紫陽は映像越しに優輝へと視線を向けた。

「……境界自体が薄れるのはおかしい事ではない。大門が開いた時もまた、境界が薄れていたのだから。……問題なのは、今回は境界が薄れてなお、異常が起きていない事。……その認識で間違いないか?」

『ご明察。知らない奴についでに説明するけど、こちらの世界である幽世と、そちらの世界である現世は表裏一体の関係にある。どちらかの世界が崩壊すれば、もう片方も崩壊するようになっているのさ』

『魂や秩序、他にも色々な要素で、現世と幽世の均衡は保たれてるんだ』

『そして、その均衡が崩れそうになると、先程言っていたように、二つの世界の境界は薄れてしまう。大門が開いたのも、境界を薄くする要因だ』

 紫陽ととこよが、軽く説明する。
 政府側の人間は、細かい所まで理解せず、漠然と理解しているようだった。
 今はそれでも十分なので、紫陽は話を続ける。

『境界が薄くなれば、世界は混ざり合おうとする。そうなれば、お互いの世界が干渉し合い、世界が崩壊する。……先程言った崩壊に繋がる訳さ』

『でも、そうならないように抑止力として存在しているのが、私達。大門の守護者と、幽世の神が均衡を保つ事で、崩壊を防いでいるの。……今回の件は、危なかったけどね』

『ここまでは本題を言うための説明に過ぎない。……問題となるのはここからさ』

 一旦間を置くように、紫陽は言った。
 そのために、聞いている人の何人かは息を呑んだ。

『大門を閉じたのに、境界は薄れて行っている。それだけならまだいい。でも、境界が薄れても、二つの世界に悪影響が起きていない』

「……それは……むしろ良い事なのでは?」

 誰かが、紫陽の言葉を聞いてついそう呟く。
 他にも同じ事を考えていた者は多いのだろう。何人かは頷いていた。

『普通はそう思うだろうね。……でも、あたし達にしてみれば、“異常が起きていない”と言う事そのものが“異常”なのさ』

 だが、紫陽は違うと言った。
 悪影響がない事そのものが、異常だと、断言した。

『“火薬に火を着ける”と言うのが、本来境界が薄れて崩壊を巻き起こす事だとしよう。……今回の場合は、火薬が湿ってる訳でもないのに、“火薬に火が着かない”状態だ』

「……当たり前の事が起きていない。それが“異常”なのね」

 椿が補足説明をし、周囲は若干合点が行った。

『表面上だけ見れば崩壊が起きなくて良かったと思える。だが、その裏で何かが起こっている事も確実だ。……あたしは、幽世の神としてそれを見逃せない』

「……クロノ、今聞いた事を報告内容に上乗せしておくように。……また、こちらでも調査出来るように掛け合えるかしら?」

「難しいでしょうが……分かりました」

 “まだ何かある”。リンディはそれを理解した。
 そのために、クロノに指示を出しておいた。
 尤も、今すぐに指示通りの行動を起こす事は出来ないので、出すだけだが。

『今管理局が言ったように、そちらでも調査を進めてほしい。今回大門が無理矢理開かれたように、この件も幽世の法則の裏側から浸食してくるかもしれない』

「……ロストロギア“パンドラの箱”は、幽世の法則や防御機構を無視して大門を開いた……そういう事なの?」

『その通り。だから、あたし達の初動が遅れたんだ。その点については、弁解のしようもないね』

 葵が気が付いたように呟き、紫陽はその言葉を肯定した。

「ッ!?馬鹿な、いくらロストロギアと言っても、世界そのものの法則を全て無視だって!?それに、もしこの世界の神が聞いた通りに人智を超える存在だとすれば、それを無視した今回のロストロギアは一体……!?」

『驚愕に冷静を失うな執務官。……だが、良い点に気付いたね。……ロストロギアについては、こちらに流れ着いた管理局員や緋雪から聞いた。……失われた技術、ロストロギアの定義に当て嵌めれば、確かに今回の物は些か定義から逸脱している』

『……地球の人にわかりやすく言えば、いくら核爆弾でも、物理法則は書き換えられない。でも、今回は書き換えた……そんな感じです』

 紫陽の言葉にクロノが驚愕する。
 紫陽もそれを理解しており、緋雪は二人の代わりに一般人に噛み砕いて説明した。
 その説明で、何となく今回のロストロギアは異例の物だと理解する。

『世界に敷かれた法則を無視する代物。それは偶然ここに運ばれた訳じゃない』

「……管理局の者が犯罪者を追いかけた結果ではないのか?」

『普通に……いや、しっかり調べた所でそう思えるだろうね。回りくどい言い方はやめよう。……管理局は掌の上で転がされていたのさ』

「は……?」

 それを聞いたほとんどの者が、どういう事なのかと思った。
 そんな皆の疑問に答えるためか、とこよが一人の魂を連れてきた。

『こいつは管理局が追っていた犯罪者の魂だ。随分と興味深い話を聞けてね。……なんでも、転移魔法とやらを使った際に、何かの干渉を受けたようだ』

「そいつが嘘を言っている可能性は……」

『ないね。幽世において幽世の神のあたしを嘘程度で欺けるのは、それこそ同等の力を持っていないとあり得ない。……同時に、あたし達が嘘をついている訳ではないとも言っておくよ。この場でこんな嘘はいらないからね』

 欺いた所で、幽世側に利点はない。
 そもそも出てくる必要がない所に出てきたのだ。
 その時点で、嘘などをつく必要性がなかった。

『……気を付けな。事の異常はあんた達が想像している以上に大きい。はっきり言わせてもらえば、神であるあたしにも、何が起こるか分からない状態だ』

「……私も、同感ね。先日、私の本体……式姫ではなく神としての“私”から言伝があったわ。……曰く、お父様とお母様……伊邪那岐と伊邪那美の二柱も“異常事態”として、境界が薄くなっている事に気付いたと」

「ッ………!!」

 伊邪那岐と伊邪那美。
 日本人で、少しでも日本の神話関連を知っているならほぼ全ての者が知っている神。
 その二柱が、紫陽の言った事を“異常事態”だと捉えていると言う事実。
 それは、放送を見聞きしていたほぼ全ての日本人に衝撃を与えた。

『……国産みの二柱がそう捉える程だ。くれぐれも、軽く捉えないでほしい。……あたし達からは以上だ』

 紫陽がそう言って、緋雪がサーチャー及び映像の術式を破棄する。
 なお、最後に緋雪は優輝に向かって笑顔で手を振ったりしていた。

「………」

「………」

 既に、会談を続ける空気ではなかった。
 紫陽達の言葉を嘘と断じようとする者もいたが、その言葉が出る事はなかった。
 紫陽の言った“軽く捉えないでほしい”と言う言霊が、嘘だと思い込みたい自分自身の考えを否定していたためだ。
 ちなみにだが、言霊はただの嘘に込めても大した効果はなかったりする。
 言霊について知らない者達は理解する由もないが、その性質が真実を裏付けていた。

「……会談は、後日改めます。今日は、ここまでにしましょう」

「……そうですね。こちらでも情報を整理する必要が出ました」

 絞り出すように、会談は中止だと言う旨を、放送を通じて表明する。















 ……こうして、衝撃の事実の判明により、管理局と地球の関係は保留にされた。
 両者の関係がどうなるのかを気にするよりも、“また何かが起きる”と言う不安を、日本人だけでなく、管理局をも覆っていった。























 
 

 
後書き
政府側のイメージはGATEを想像すると分かりやすいかもです。
ぶっちゃけ椿がキレたのは悪手だと思っています。なので、ごり押しを敢行。
変に舌戦を繰り広げるよりも、見通していると言って封殺しています。
そしてさらに幽世からの乱入でうやむやにしています。
作者にはこうした小難しい事は力押ししかできないのです。(´・ω・`) 

 

第189話「見えない脅威」

 
前書き
有耶無耶になって終わらせられる会談。
管理局としては助かった一面もありますが、それ以上の難題が増えました。
 

 







       =司side=





「………」

 ……その生放送は、見ていたほぼ全ての人に衝撃を与えたと思う。
 実際、その場にいた人達も驚いていたのだから。

「司、今の……どう思う?」

「今のって……紫陽さんが言っていた事……だよね?」

 アリシアちゃんが、早速私に話しかけてくる。
 少し見渡してみれば、いつもの霊術特訓のメンバーが集まっている。

「うん。幽世と現世の境界が薄れているとか、まだ何かあるとか……」

「……実の所さ、私と奏ちゃんは、皆が一度学校に戻った時に優輝君や鈴さんと一緒に大門があった場所に行ってたんだ」

「……あの時の……」

「その時に、境界が薄れている事は知ってた。……でも、紫陽さん……幽世の神がここまで警戒する程なんてね……」

「知っていた……でも、何も出来なかったって事?」

「時間もなかったし、当初は椿ちゃんと葵ちゃんを再召喚出来るかとか、他の目的もあったからね。後回しにしてたんだけど……」

 様子を見るしかないと思っていた。
 そこへ、幽世側からの“注意するように”と言うお達しだった。

「……いえ、それだけならまだマシよ」

「え……?」

「とこよも、幽世の神も気づいていた。となれば、現世と幽世の境界に干渉する術式ぐらいなら、何とかなるでしょう。お互い協力し合えば、世界の融合は止められるわ」

 鈴さんが、そういう。
 ……確かに、融合だけなら何とかなるかもしれない。
 実際、大門が開いたのも似たような事象だからね。

「……問題となるのは、この現象を引き起こした存在……」

「そう。幽世の神は、そちらで言うロストロギアを持ち込んだ男から聞き出していたわよね。……転移に干渉したって」

「……この状況に誘導した存在がいるって訳ね……」

 ぽつりと呟いた奏ちゃんの言葉を鈴さんは拾う。
 そして、アリサちゃんが理解したように、言葉を続けた。

「境界が薄くなった所までは司達と調査しに行った時にわかっていたのだけど……本当に、突拍子もなく衝撃の事実が判明したわね……」

「そう言えば、さっきそんな事言ってたね……」

 鈴さんもさすがに想定外のようで、片手で顔を覆って溜息を吐いていた。

「……それにしても……これからどうするんだろう……」

「そうだよね……ただでさえ、大門の件でごちゃごちゃしてるのに……」

「これ以上の脅威に備えろと言われても、どうしようもないわよ……」

 すずかちゃんの言葉から、皆に不安が伝播する。
 かくいう私も、十分に不安に思っている。
 これからどうしていくべきか、どうすればいいのか、全く分からなくなってきた。

「(……パンドラの箱は、優輝君にしか解析出来なかった。それに……パンドラの箱が境界を薄くしている原因なら、本当に人智を超えたモノになる)」

 私は私で、一度情報を整理する。

「(優輝君は推測していた。記憶にはない……それこそ、いくつも前の人生で神に関わっていた可能性があると。それが原因で、自分が狙われているかもしれないと。……私は優輝君が悪いとは微塵も思わないけど……)」

 優輝君を標的にしていた可能性があると露見すれば、今まで以上……いや、それこそ管理局からも疑念の目が向けられるだろう。
 優輝君が元凶だと、まるで生贄のように批難の対象にすると思う。

「(……ううん、それは後回し。今は来るかもしれない“脅威”にどうするべきか。パンドラの箱は、以前のあの男と繋がりがあるかもしれない。そもそも、あの男も優輝君そっくりで、何より“造られた存在”だった。……下手人は、同じ……?)」

 断片的な情報が繋がっていく。
 あの男を造った存在。パンドラの箱を仕掛けた存在。
 その二つが線で繋がる。恐らく同じ存在だと、推測とはいえ考えられた。

「(だとしたら、どうすればいいの……?敵は、最低でもあの男と同じ性質……つまり、普通の攻撃は一切通じない……)」

 そう。あの時、あの男との戦いでは、一切攻撃が通じなかった。
 存在の格が違うらしく、優輝君が反動を覚悟してようやく当てられた程だ。

「(……通じるのは、優輝君か、同じような事が出来る私だけ……)」

 無理矢理望んだ効果を引き寄せた優輝君と違い、祈りを実現する私の方が、存在の格を上げる際の反動は少ないだろう。
 でも、そんなのは焼け石に水。
 相手は一人だと考えるのは早計だし、何より攻撃を通じるようにしたとしても、勝てるかどうかは完全に別なのだから。

「(そもそも、今回の事もその存在が誘導した事。……紫陽さんは、転移に干渉した事しか言ってなかった。でも、パンドラの箱みたいなものを仕掛けられたのだとしたら……)」

 そこまで考えてさらに血の気が引く思いをする。
 容易くこの世界に干渉し、状況を誘導したのだ。
 ……その気になれば、さらに酷い状況へと誘導されるかもしれない。

「(私達は、相手の正体を掴めていない。対して、相手側は私達を把握しているかもしれない。……うん、控え目に言って不味いよね、これ……)」

 焦る思いが募る。
 だけど、こういう時こそ冷静に、的確に判断して行動しないといけない。

「(相手の正体は掴めていない。なら、逆に分かっている事は……)」

 分からない事は多い。
 だったら、逆に分かっている事から纏めていけばいい。

「(存在の“格”が私達と違う。最低でも、神と同等以上の……。優輝君の神降しでも通用しなかったから、相応の神としての格も必要かな。そして、何より重要なのは、その“格”に通用する程の“格”を、私達も用意しなければいけないという事)」

 一番重要で、そして一番難しい事でもある。
 何せ、具体的な方法が一切わからないだから。

「(……それに、何故か優輝君をターゲットにしている)」

 理由は分からない。
 でも、優輝君や鈴さんが言っていた通りに、覚えていないいつかの人生で接触があったのだと考えるのが妥当だろう。

「(……最後に、その存在と敵対しているであろう暫定“天使”の存在)」

 こっちもこっちで重要だと思う。
 敵の敵は味方……なんて容易に言えるかは分からない。
 でも、もし味方であれば、敵の情報を知り得るチャンスともなる。

「(帝君が確認した“天使”は二人。その二人はなのはちゃんと奏ちゃんに宿っている。そして、その強さはあの時の男を圧倒的に上回る……うん、味方に引き込みたいね)」

 味方にしたいのは山々。
 でも、二人は多分私達をあまり意に介していない。
 守護者との戦いで、呼びかけても一切反応してくれなかったしね。

「……分かってるのは、こんな所かな……」

 情報は本当に僅かにしかない。
 所謂“見えない脅威”だ。
 でも、何かしら対策はしておかないと、本当に取り返しがつかないかもしれない。
 優輝君程ではないけど、私もこれには嫌な予感がした。

「何がー?」

「あ、アリシアちゃん」

「ずっと考え事してたみたいだけど……?」

 考え事をしながらも、私は行動をしていた。
 衝撃の事実が知らされて、皆浮足が立っている。
 その中でも、私達管理局は復興における支援をしなくちゃいけないからね。
 幸い、簡単な炊き出しの手伝いだったから、ミスするような事は起きていない。
 でも、私がずっと黙っていたからか、アリシアちゃんは気になっていたみたいだ。

「ちょっと、ね。私なりに、紫陽さんの言っていた事整理してたの。……これから来るかもしれない“脅威”とか……」

「……十中八九、前のあの男とかに関係するよね……?」

「アリシアちゃんも、同じ考えだったんだ」

 どうやら、アリシアちゃんも同じ考えに至っていたみたいだ。
 もしかしたら、口に出していないだけで、他にも同じ考えの人がいるかもしれない。

「……関係するなら、非常にまずいよね。これ……」

「うん。攻撃は通じない、正体も分からない、何人いるかも分からない、どれほど強いのかも分からない。……ほとんどの事が分かっていないし、わかっている事だけでも厄介過ぎて……」

「理論上、攻撃を通じるように出来るのは、優輝か司だけだもんね……」

 どれほどの“格”が必要なのか、具体的には分からない。
 でも、優輝君の神降しでは足りなかった。
 少なくとも、私達の最大戦力の一つが、一切通じなかった。
 ……それだけでも、非常に厄介だ。

「……考えるのは、休憩時間にしよう。今は、目の前の事に……」

「……もう、何度も後回しにしてるね……」

「それだけ、切羽詰まってるからね……」

 私も自覚している。次から次へと問題が発生するからと、後回しにしているのは。
 でも、そうでもしないと、すぐにでも私達はプレッシャーに押し潰される。

「深く考えるのは、クロノ君とかが戻って来てからの方がいいかもね」

「確かに。優輝や椿の意見も聞きたいしね」

 私達は所詮一個人でしかない。
 一人一人で考える事には限界がある。
 こういう時は、何人も集まって一緒に考えないとね。

「アリシア!司!早くこっちで手伝いなさい!」

「あ……っと、アリサに怒られちゃった」

「この話はまた後で……だね」

 とりあえずは、私達も手伝いに戻る。
 頭の隅でさっきの事を考えてしまうけど、何とか思考を切り替えてやる事をやろう。















       =エアside=







「……なぁ、エア。これから、どうするべきなんだ……?」

 元気のない声で、マスターは言います。
 それに、私は正確な答えを返す事が出来ません。
 ……それを、歯痒く思いました。

〈私には……分かりかねます。判断材料が、少なすぎるので……〉

「そう、か……」

 幽世の神が言っていた事を気にしているのか、マスターの動きは緩慢でした。
 それだけ、目の前の事に気が入らないのでしょう。

〈マスター、とにかくいつも通りにしてください。私は、貴方の頭脳の代わりでもあります。……考え事は、私に任せてください〉

「……お前が、そういうなんてな。……まぁ、でも、任せる」

 そう言って、マスターは私に考えるのを任せます。

〈任されました。マスターは以前みたいに無駄に元気でいるのがちょうどいいんです。……行動さえ自重していればですけど〉

「もう黒歴史だから思い出させるのやめてくれ……!」

 とりあえず軽口を挟み、私は私で色々シミュレートする事にします。

〈(……人智を超えた干渉。と言った所ですか。転移先を誘導されたとの事ですが、おそらくはそれだけではないはず。……本人が気づいていないだけで、ロストロギアを盗み、地球に持ち込むまでの全てが誘導されていたかもしれませんね……)」

 思考に没頭していく。
 デバイスとして造られたとはいえ、私は人間に酷似した機能を多く備えています。
 デバイスとしても、既存のどのデバイスよりも万能になっています。
 その万能さを活かし、あらゆる観点から、推測を重ねていきます。

〈(それが出来るとすれば、“機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)”のような神か……少なくとも、最高神に匹敵する神、または神々ですね。後は……)〉

 探る。探る。
 あの時、パンドラの箱をマスターに黙って解析しようとした事を。
 おそらく関係があるだろう、以前襲撃して来た男の事を。
 デバイスにあるまじき“感覚”と“直感”で、探る……!

〈(……やはり、同じです。私を造った神と、その存在の“在り方”が)〉

 感覚と言うよりも、朧気にそう思うと言うべきでしょう。
 もはや何の根拠もないが、私にはそう思えました。

〈(……私だけでは限界がありますね。助力を……)〉

 マスターは考えるのに向きません。
 それに、他の方達にも手間を取らせる訳にもいきません。
 ……となれば、助力になりそうなのは……。

〈『エンジェルハート、少しよろしいでしょうか?』〉

『何でしょうか?そちらからコンタクトを取るとは珍しい』

 同じく神によって造られたエンジェルハートが妥当だと考えられます。
 フュールング・リヒトや、シュライン・メイデンでもいいと考えましたが、そちらは元々この世界に存在していたデバイス。
 神に造られたデバイスだからこそ、聞ける意見が欲しいから除外しました。

〈『幽世の神が言っていた件です。……来るかもしれない“脅威”。貴女はどう見ていますか?私は転生させた神に連なる存在だと思いますが……』〉

『……なるほど、その可能性が高いのは同意見です。ただ、同等の力を持っているとしても、その性質はおそらく……』

〈『邪悪なモノ……でしょうね。以前襲撃したあの男の様子からして、まず間違いないでしょう。邪神の類でしょうか……』〉

 具体的な詳細は未だにわからず。
 しかし、私達の創造主に連なる存在だという事は分かりました。

『……一つ、デバイスにあるまじき“感覚”に頼った事ですが……』

〈『言ってください。ただの演算だけでは分からない事はあります』〉

 一つ、エンジェルハートに気になる事があるらしい。
 今は何か些細な事でも助けになるので、私はその事を尋ねます。

『マスターがまだ魅了されていた時の話です。魅了に関して、私でも解析だけはしていたのですが……なんというか、どこか似ているのです。あの男や、パンドラの箱に』

〈『魅了に関しては織崎神夜が持っていた能力だったはず。いえ、正しくは“持たされていた”能力ですが……なるほど、同一犯と言う事ですか』〉

 魅了の力を与えた存在。あの男やパンドラの箱の裏で糸を引いていた存在。
 その二つは同一だと考えるのが妥当でしょう。
 ……ただ、正体に関しては何もわかりませんでしたが。

『もう一つ。こちらは敵には関係ないのですが……』

〈『なんでしょうか?』〉

 まだ気になる事があるらしい。
 ただ、こちらは敵とは関係ない事のようですが……。

『マスターとなのは様が、不可解な言動を取った時の事です。なのは様は分かりませんでしたが、マスターの中から、強い“光”のような力が……』

〈………!〉

 それは、マスター達が“天使”と仮称している存在の事でしょう。
 中から感じられたのは、その存在の力の可能性が高いかもしれません。

〈『“天使”……』〉

『“天使”ですか?』

〈『マスター達が仮称しているだけですが、奏様となのは様に宿っているであろう、別の存在です。その“光”のような力は、“天使”達の物でしょう』〉

『なるほど。確かに妥当な考えですね』

 それにしても、“光”のような力……。
 ますます“天使”らしい特徴が出てきました。

『……気になる事は、これぐらいですね』

〈『そうですか……。やはり、そう簡単にはわかりませんね』〉

 マスターにも言っていましたが、やはり判断材料が少なすぎます。
 情報もごく僅かなため、碌に推測も出来ません。

『お力になれず、すみません』

〈『構いませんよ。……あ、一つ、聞いておきたいのですが……』〉

 ふと、他のデバイスにも聞いておきたい事があったのを思い出します。
 それは、今回とはまた別件ですが、気になっていた事。

『なんでしょうか?』

〈『優輝様が無茶をする時、何か観測しませんでしたか?』〉

『何か……ですか』

 司様を助ける時や、守護者との戦いの時。
 何度も優輝様は無茶をしていました。
 そして、その時に観測した“何か”。
 それは、優輝様からしか観測出来ず、また私が神謹製だから観測出来た事でした。

『……心当たりは、あります』

〈『やはり……しかし、詳細は……』〉

『わかりません』

〈『そうですか……。こちらも同じです。優輝様から“何か”……力のようなものは観測しましたが、詳細も分からず。と言った感じです』〉

 フュールング・リヒトに、一度尋ねた事はありました。
 しかし、彼女は何も観測していないとの事。
 他のデバイスにも尋ねましたが、皆何も観測出来ていませんでした。
 やはり、神に造られたデバイスだからこそ、感じ取れるようです。

〈『私達のように、神に造られたからこそ、観測できる……と言う事は、優輝様も神に関係する何かがあるのかもしれません』〉

『なるほど……こちらでも、少し調べてみます』

〈『お願いします。手間を取らせました』〉

 そういって、通信を切断しました。
 わかる事はほとんどありませんでしたが、それでも収穫はありました。

〈(“脅威”に関しては何も分かりませんが、優輝様に関して……)〉

 関わっていれば、自ずと不可思議な事が判明してきます。
 そして、先程の観測出来た“何か”については、その代表格とも言えます。
 
〈(優輝様……貴方は、一体……)〉

 彼自身だけではありません。
 彼に関わりがあるであろう、“優奈”と名乗った彼女……。
 表に出ている不可思議さでは、彼女の方が上です。

〈(……完全に無警戒になるのは、悪手ですね)〉

 何かがあるのは確実です。
 それが良い結果に繋がるか不明なため、警戒しない訳にはいきません。

〈(尤も、今は見えない“脅威”への対策が先ですが……)〉

 デバイスでありながら、次から次へと舞い込む問題に憤りすら感じます。
 しかし、マスターのためにも、何かしらの対策を考えなければ……。

















       =緋雪side=





「……皆、凄い慌てていましたね」

「まぁ、まだ危険に晒されるかもしれないと言われればね。信じない奴はこの際どうでもいいけど」

「それはそれでどうかと思うけど……」

 現世に届けていた術式を破棄した後、私達はそんな会話をしていた。

「……お兄ちゃん……」

「お兄さんが気になるの?」

「うん、ちょっとね……」

 映像越しに、私はお兄ちゃんを見ていた。
 最初は会釈したりしたけど、すぐに異常に気付いた。

「(……感情が……)」

「……感情を失ってたね」

「っ……!」

 私が考えた事を見抜くように、とこよさんは言った。

「……気づいてたんですね」

「まぁ、色んな式姫を見てきたから、観察眼はあるよ」

「(この分だと、紫陽さんも気づいているだろうなぁ……)」

 お兄ちゃんの異常。
 それは感情の喪失だった。
 紫陽さんが喋っている間、何度かお兄ちゃんを見たけど、明らかに感情がなかった。
 いくら境界が薄くなっていた事を知っていたとしても、あんな無表情にはならない。

「……一体、どれほどの無茶を……」

 いつ無茶をしたのかは、すぐに分かった。
 とこよさんと……大門の守護者と戦っている時だ。
 あの時、お兄ちゃんは導王流の極致に至った。
 でも、それまでも無茶していたのもあって、代償として感情を……。

「………」

「緋雪ちゃん……」

 悔しい思いが、胸中を駆け巡る。
 お兄ちゃんが極致に至った時、私は(シュネー)の時のようにはしゃいでいた。
 でも、その裏でお兄ちゃんは大きな代償を支払っていたのだ。
 ……その事に気付けていなかったのが、恥ずかしい。そして、悔しかった。

「……でも、どうして感情なのかな?」

「え……?」

「普通、代償っていうのは生贄みたいなの以外は互換性があるんだよ。分かりやすいので言えば、体を酷使すると、その酷使した部分が痛くなったりね」

 筋肉痛とか、そういうものに近いのだろう。
 確かに、とこよさんの言う通り、互換性はない。

「生贄以外は……」

「……そっか。考えてみれば、そうなるね」

 でもそれは、生贄以外の話。
 つまり、お兄ちゃんは生贄のように、感情を犠牲にしたのだ。
 同じように、私も片腕を犠牲にして大魔法を使っていたからね。
 あれも互換性はないけど、生贄のように片腕を代償としていた。

「でも、それでも感情を犠牲にするなんて……」

「……お兄ちゃん……!」

 心苦しさで、涙が出てくる。
 そんな事になるまで、お兄ちゃんは無茶し続けたんだ。

「とこよさん……!」

「……方法はあるよ。でも、誰が緋雪ちゃんの現界を維持するの?」

「ッ……!」

 “現世に行きたい”。そうとこよさんに言外に伝える。
 でも、その方法は厳しいと言われる。

「……方法は、あるんですね?」

「うん。式姫召喚を使えばいいんだよ。椿ちゃんと葵ちゃんを再召喚していたし、召喚するための環境は整っている。後は、緋雪ちゃんを式姫として召喚すれば終わり」

「……その維持の方法が、ない……」

 式姫を使役するには、霊力の持ち主と契約する必要がある。
 主がいなければ、はぐれの式姫と扱われ、霊力が枯渇すると、幽世に還ってしまう。
 使い魔や守護獣と似たようなものだ。

「でも、召喚自体は出来るんですよね?じゃあ、後は誰かと……」

「こっちから召喚しても意味ないよ。向こうから召喚してもらわないと。……守護者との戦いは、本当に特例だったんだよ」

 聞けば、守護者との戦いでの私は、苦肉の策のようなものだった。
 幽世から現世に幽世側から召喚しているため、霊力の供給も乏しく、さらには長時間現界し続けると、それこそ均衡を崩してしまう。
 だからこその、時間制限だったとの事。

「特に、今は異常事態。普通の召喚すら、無闇に試せないしね……」

「……そう、ですか……」

 結局、無闇に私が現世に行く事は許されないらしい。
 ……まぁ、本来死人の私が行く方法があるだけ、有情なんだけどね……。

「二人共、何やってるんだい!?こっち来て流れ着いてきた奴らの世話をしないと!」

「あ、ごめん!すぐ行くよ!」

「すみません!」

 紫陽さんに怒られ、私達はすぐに移動する。

「とりあえず、今は向こう側も警戒するように伝えられただけマシだよ」

「……はい」

 今は、とこよさんや紫陽さんにすら予想だにしない事が起きている。
 お兄ちゃんの事も気になるけど、状況としてはこっちの方が深刻だ。

「(現世と幽世が一つになってしまった時、一体何が起こるの……?)」

 均衡が崩れる事なく二つの世界が一つになろうとしている。
 それを止める術がない訳ではないらしいけど、その方法が使えるとも限らない。
 明らかに人智を超えた何かが干渉している。
 ……それが、とこよさんや紫陽さん、そして式姫達が出した結論だった。

「(……お兄ちゃん……)」

 不安の中、思わず心の中でお兄ちゃんを呼ぶ。
 無茶をして、大きな代償を支払っていたお兄ちゃん。
 ……でも、どうしてかな……?













 ……それでも、お兄ちゃんは“可能性を開いてくれる”。そんな気がするんだ。





















 
 

 
後書き
珍しくデバイスのエア視点。
神様謹製&インテリジェントデバイスなので、帝の頭脳の代わりを担っています。
と言うか、せっかくの神様謹製なので、出番を与えたかった……。 

 

第190話「打てる手」

 
前書き
描写の都合上、この先政府機関等との会談的な展開はないです。
というより、キンクリしています。(許しておくれ……)
さらに、優輝の女体化も戻っています(描写なし)。
 

 








       =out side=







「……会談自体は結果的に穏便に済んだが……」

 地球に停留しているアースラに戻ってきたクロノ。
 会談に関しては、管理局が様々な支援をするという形で落ち着いた。
 日本における法を犯した優輝達に関しても、監視がつくだけに終わった。
 厳密に言えば細かい取り決めがいくつもあるのだが、今は関係ない。

「『……思っていた以上に、軽く済んだわね』」

「『確かに。もっと深刻になると思ってたよ』」

 結果の内容に、アリサとアリシアは伝心で意外だと会話していた。

「『……多分、色んな人が理解してくれたからだと思うけど……』」

「『アニメやゲームが浸透してきた現代だからこそ、なのかもね。少し昔じゃ、多分こんなに穏便に進まなかったわよ。今回でさえ結構危なかったし』」

 アリシア達が考えていたよりも、順応性が高かった。
 そのため、大体の人は、アリシア達を受け入れていた。
 助けてくれた且つ、アリシア達の容姿がよかったのも関係しているが、余談である。

「『それもあるだろうけど……』」

「……問題は、幽世の神が言っていた事だ」

「『……こっちの問題が、優先されたからだろうね』」

 知ってか知らずか、アリシアの伝心にクロノの言葉が挟まる。
 そう。会談が穏便な結果に収まったのは、こちらの問題があったからだ。

「現状、この場で僕らに打てる手はない。管理局としても、一度上層部に掛け合う必要がある。よって、地球在住の君達と、何人かの局員を置いて、一度本局に戻る事になった」

「私達はともかく、何人かの局員……?」

 クロノの言葉に、フェイトが首を傾げる。
 地球に住んでいる訳でもないのに、置いていく理由が理解出来なかった。

「……人質か」

「ええっ!?」

 意味を理解した優輝が呟く。
 その言葉に、なのはが驚く。

「身も蓋もない言い方をするな優輝。……まぁ、意味合いとしては、間違っていないが。正しくは、僕らが勝手をしないための足枷だ」

「ミッドチルダの方は地球の人達は関与出来ないからね。勝手な事をされないように、事前に決めていたんだよ」

 クロノの言葉にエイミィが補足する。

「でも、別にクロノ君達は……」

「こういうのは信用の問題だ。別に、何かおかしいことをする訳でもないから安心してくれ。正直、監視で済んでるだけ御の字だ」

 真摯に対応しているためか、クロノ達アースラへの印象はそこまで悪くない。
 一部の局員の態度が悪かったり、一部の人が納得していないため、全員が全員、悪い印象ではないとは言えないが、非常にマシな扱いとなっている。

「まぁ、僕らの事は気にするな。監視があるとはいえ、しばらくは平穏に暮らせるだろう。……君達が住む海鳴市は、一番被害が少ないからな」

 海鳴市は、優輝達が元々いたため、妖の対処が一番早かった。
 さらに司の結界や、士郎達のような強い住人が多いため、むしろ返り討ちにしていた。
 そのため、他の地域に比べて圧倒的に被害が少なかった。
 それでも、道路や家などが少しばかり壊れていたりはするが。

「だが、忘れないでくれ。地球は今、見えない脅威に晒されている。いつ、どこで何が起こるかわからない。それだけは、心に留めておいてほしい」

 クロノはそう言って、話を締め括った。
 連絡事項としての話は終わり、やる事があったり用がない者は退室していく。

「……ふと思ったのだけど、殉職した局員の葬儀はどうするのかしら?」

「その事か。……少しばかり先になるが、纏めて行うはずだ。ただ、どの道一度アースラも補給のために本局に戻らないといけないからな」

「なるほどね……」

 椿が気になった事を聞き、クロノが答える。
 アースラの動力源も無尽蔵ではない。そのために、補給も必要だったのだ。
 地球組の誰もが気にしていなかったが、結構ギリギリだったりする。

「……その時になったら、出来れば呼んでくれないかしら?そこまで関わりが深かった訳ではないけれど、それでも知り合った仲だから……」

「特に、ティーダ・ランスター……だっけ?彼がいなかったら、守護者との戦いでさらに犠牲が出ていたかもしれないしね」

「分かった。確実ではないが、一応言っておこう」

 ティーダとは、それなりの付き合いがあった。
 さらに、ティーダのおかげで守護者を追い詰めるに至ったのだ。
 実際はそこからさらに守護者は切り札を使って来たが……。
 ともかく、優輝から経緯を聞いていた椿と葵は、丁重に弔おうと考えていた。
 優輝も表情や口には出していないが、異論はなかった。

「それじゃあ、私達も行くわ。久しぶりにゆっくり出来そうだし」

「監視の目があるけど、だからと言って気を張る必要はないからね」

 優輝達も退室する。
 残ったクロノは、溜息を吐いて座っている椅子の背もたれにもたれかかった。

「……もうひと頑張り、だな」

 まだまだ山積みな問題に、クロノは疲れたように呟いた。















「―――本当に、すまなかった!!」

 部屋に響く、大きな謝罪の声。
 場所はトレーニングルーム。謝ったのは神夜だ。
 相手は、その場に集まっていた、かつて魅了を受けていた者達。

 そう。神夜は、少し状況が落ち着いたのを見計らって、謝罪に回っていた。
 他にも魅了を受けていた者もいるが、神夜は順に謝っていくようにしていた。

「―――」

「ストップや、皆。ここは私に任せといて」

 面と向かっての謝罪に、何人かが感情のままに動こうとする。
 それを、はやてが手で制して止め、代わりに前に出た。

「……一つ聞くで?それで本当に許してくれると思っとるんか?」

「そんな楽観視なんてできない。……でも、だからと言って言葉にしない訳にはいかない」

「……及第点、やな」

 許してくれるとは思えない。
 だが、それでも謝罪の言葉は伝えるべきだと、神夜は考えた。
 それは、自分に対するケジメだと思ったからではない。
 誠意を込めて謝罪をする。それが、最低限の“真摯な態度”だと考えたからだ。

「“私は”、これ以上は言わんよ。どうするかはあんた次第や。謝ってはい終わり、なんて訳がないしな。誰に、どんな対応を、とかは私の知った事やない。皆が納得するまで、しっかりやり遂げるんやで」

「……ああ……!」

 はやては、それを見抜いていた。
 自分自身もそこまで憎んでいないのもあり、はやてはそれで許した。
 だが、他の皆も許すまで、その態度は変えないように釘を刺していた。

「無自覚だったから、なんて言い訳はしない。俺に出来る事なら、なんだってする。……俺に、償いをさせてほしい……」

「………」

 罪の意識が消える訳じゃない。
 憎しみがすぐに消える訳でもない。
 それでも、神夜は責任を取ろうと、その言葉を発した。

「ッ……あぁっ、くそっ!悩んでも仕方ねぇ!」

 少しばかりの沈黙の後、ヴィータが我慢できずにそう叫んだ。

「てめぇがそう言ったってあたし達の苛立ちは消えねぇ!……だから、てめぇはあたし達のこれからの模擬戦の相手をしろ。無理な時間にとは言わねぇし、ボロボロになったのを引きずって、とまでも言わねぇ」

 ヴィータ達は収まりが着かず、神夜も償いたがっている。
 それを解消するために、ヴィータはそう提案する。

「しばらくはアースラが使えねぇから……まぁ、結界内でもいいだろ。とにかく!その模擬戦であたし達は今までの怒りをてめぇにぶつける!で、てめぇはそれをちゃんと受け止めろ!それでいいな?」

「……分かった」

 今、トレーニングルームに集まっている者達にとって、確かに神夜は怒りの対象だ。
 しかし同時に、大切な人を助けてもらった恩人にも変わりないのだ。
 だからこその複雑な想いを、模擬戦で吐き出す。
 ヴォルケンリッターの中で一番感情豊かなヴィータが、葛藤して出した結論だった。

「てめぇは確かにあたし達を惑わした。……でもな、それでも助けられたのには違いねーんだよ……。その事実に、変わりはねーんだ……」

「っ……」

 神夜はヴィータのその言葉を聞き、心を打たれたように言葉を失う。

「………ありがとう………!」

 今までの全てが間違っていた。
 そんな罪の意識の中だった神夜にとって、その言葉は救いだった。
 間違いを犯し、それに気づいていなかった中でも、正しい事はあったのだと。
 助けようとした事自体に、間違いはないのだと、再認識させてくれた。
 ……それが、神夜にとって、嬉しくて堪らなかったのだ。

















「うん!見事に食料が半分壊滅だよ!」

 その夕方、優輝達は久しぶりに家に帰って来た。
 優香と光輝も、今回は共に帰ってきていた。
 なお、それなりの日にちが経っていたため、日持ちの良くないものは全滅していた。

「電気は止まっていないのね……」

「幸い、発電施設は無事だったみたいね」

 海鳴市とその周辺は被害が少なかった事もあり、電気設備も無事だった。
 尤も、だからと言って無駄遣い出来る訳でもないが。

「唐突な事件だったのに、しっかり後片付けしてるのね……」

「普段から優輝がしっかりこなしているし、私達も家事くらいは出来るもの」

「洗濯物は……うん、仕方ないね」

 家の中が散らかっていない事に、優香は感心する。
 家事や後片付けは、三人でしっかり分担していたからだ。
 ちなみに、洗濯物は干しっぱなしで酷い事になってしまっていた。

「しばらくの間、食事の内容が寂しくなるわね……」

「まだ店も再開していない所が多いものね」

 椿と優香がそんな会話をする。
 海鳴市が無事な分、他の地域の支援のしわ寄せが来ている。
 そのため、結局全国ほぼ全ての地域の機能が一部麻痺していた。
 学校なども、まだ休校になったままだ。

「仕方ない。山菜とかを採ってくるわ。優香と光輝、貴方達には家の事を任せるわよ」

「わかったわ。任せて頂戴」

「すまないな。プリエールの山菜なら分かるんだが……」

「普段から山や植物に関わっていないと分からないもの。仕方ないわ」

 家の事を二人に任せ、椿は優輝と葵を連れて八束神社がある国守山に向かった。







「一難去ってまた一難……ね」

「そうだねー……」

 八束神社に歩いていく最中、椿が漏らした言葉に葵が溜息を吐きながら同意する。

「優輝はどう見ているかしら?これからの事」

「……そうだな」

 優輝に少し尋ねる椿。そこでようやく、優輝は喋った。
 現在の優輝は、感情を失っている事もあって最低限の会話しかしていない。
 椿と葵は、それを寂しくも思っていた。

「僕らが取れる行動はそう多くない。諦観以外で取れる行動は大きく分けて三つ。一つ目は異常の解明。幽世と現世の境界を薄めている原因を解明する事。二つ目は今回の状況に誘導した存在に備え、力を磨く事。三つ目は個人でも組織でも構わないから、協力を求める事だな」

「……やはり、それしかないわよね」

 解析するか、力を磨くか、助けを求めるか。
 現状、情報が少ない今はそれしかできないと、優輝は言った。

「並行して行えるのは、多くて二つ。手分けすればその限りではないが……」

「私達の伝手はそこまで多くないわね。いくつかはあるけど……」

「使える伝手だけ使って、後は前者二つを頑張ればいいかな」

「それが妥当だな」

 一応、優輝達にはジェイルと言う強力な伝手がある。
 しかし、彼は次元犯罪者なため、おいそれと助力を求める事は出来ない。
 特に、監視がついている今は、絶対に無理だった。

「……と、言っても、その使える伝手のほとんどが今回の当事者なんだけどね」

「……そういえば、そうね……」

 管理局は元より、土御門も他の式姫も。
 全て、今回の幽世の大門の当事者となっている。
 伝わっていないのは、以前リインの誕生に立ち会うためにベルカに言った時に知り合った、教会の者達ぐらいだ。

「なら、しばらくは力を磨くだけだな」

「そうなるねー」

「私達も再召喚されたばかり。力を再確認するためにも、近い内に体を動かさないと」

 そんな会話をしている内に、三人は八束神社に着いた。

「……って、あれは……鈴?」

「あ、ホントだ。那美もいるね」

 すると、そこには鈴と那美がいた。

「あ、優輝君達だ。どうしたの?」

「ちょっと山菜を取りにね。そっちこそ、どうしたの……って、霊脈ね」

 那美が優輝達に気付き、椿も鈴が何をしているのか察する。

「うん。霊脈で何かできないか探ってるみたい」

「そう言えば、何気にあまり活用していなかったわね」

「治療と再召喚ぐらいだな」

 そこで、霊脈を調べるのに集中していた鈴が、優輝達に気付く。

「あら、貴方達、どうしてここに?」

「三人共近所に住んでて。山菜を取りに来たんだって」

「そういう事。確かに国守山は霊脈の影響で山菜が豊富だものね」

 霊脈はそこにあるだけで土地を豊かにする効果もある。
 そのために、国守山には山菜が多く存在しているのだ。

「それで、何か活用出来そうかしら?」

「そうね……式姫の召喚以外は、今の所思いついていないわ。でも、この霊脈は普通よりも大きいわ。何かに使えるのは間違いないわ」

「それは重畳。御札を渡しておくから、用途が見つかったら連絡して頂戴」

「ええ」

 会話はそこで切り上げ、優輝達は山へと入っていく。





「式姫の召喚かー」

 山菜を探して採取しながら、葵はふと呟く。

「あら、誰か会いたい式姫でもいるのかしら?」

「んー、そういう訳じゃないんだけどね」

 式姫同士でもそこまで関わりが深い訳ではない。
 全員と知り合いではあるが、葵にとってはどうしても会いたいと言う程ではなかった。

「……でも、これからの事を考えると式姫ももう何人かいて欲しいよね」

「まぁ、それもそうね。打てる手は多い方がいいもの」

 欲を言えば、江戸時代に最後まで前線に立っていた式姫がいて欲しい。
 椿と葵は、頭の片隅でそんな事も考えていた。

「………」

「……優ちゃん?」

「どうしたのかしら?」

 そんな二人を、優輝はじっと見ていた。
 その視線に気づき、椿と葵はどうしたのか尋ねる。

「一つ、式姫召喚について聞いていいか?」

「ええ、いいわよ」

「式姫の根幹となる性質は妖と同じで、幽世にいる存在を“式姫”と言う器に入れて召喚する。……その認識で間違いないな?」

「そうだね」

 式姫も妖も、元々は幽世に生息する存在だ。
 それが式姫と言う器に収まるか、妖と言う存在として現れるかの違いでしかない。

「条件さえ整えば、妖も式姫として召喚する事が出来るわ。前例もあるしね」

 優輝は知らない事だが、過去には妖だった存在が式姫になった事があった。
 妖と言う中身を浄化するなど、様々な条件が必要だったが。
 尤も、今は関係ない余談である。

「……なら、緋雪も可能か?」

「ッ……!」

 その問いに、椿と葵は目を見開いた。

「……可能かどうかで聞かれれば……可能よ」

「幽世にいて、それに別側面とはいえ守護者にもなれる程。……元々妖だった訳でもないから、面倒な条件を満たす必要もないね」

 元々妖であれば、“妖浄の水”が必要になる。
 しかし、緋雪は元々人間なため、必要なかった。

「後は型紙と……そうね、可能性を上げるために、緋雪に縁あるものがあればいいわ」

「……そうか」

 つまり、条件自体は揃っている。
 それが分かったのか、優輝は深く頷くように返事した。

「優輝、今……!」

「……なんだ?」

「……いえ、気のせいだったわ」

 その様子を見ていた椿が、何かに気付いたように声を上げる。
 葵も同じく気付いていたようで、声を上げずとも驚いていた。

「『かやちゃん、今……』」

「『ええ。今の優輝は感情を失っているはず。なのに、今のは……』」

「『うん。明らかに、感情が戻っていたよね』」

 そう。緋雪の事に関して、僅かにとは言え、優輝から感情が出ていたのだ。

「『……やっぱり、優輝の中では緋雪は大きな存在なのね……』」

「『なんだか、羨ましいなぁ……』」

 感情を失ったはずなのに、それが感じられる。
 つまり、それだけ影響を及ぼす程、優輝の心の割合を占めているという事だ。

「『……でも、光明が見えたね』」

「『……そうね。もしかしたら、優輝の感情が戻るかもしれない』」

 具体的な方法は分からない。
 しかし、それでも感情の兆しが見えたなら、感情が戻る可能性があるという事になる。
 
「『方法としては……やはり、揺さぶりを掛ける事が要かしら?』」

「『出来れば正の感情で揺さぶりを掛けたいね。負の感情だと、司ちゃんみたいに囚われてしまうかもしれないから』」

「『同感ね。それに、下手に揺さぶりを掛けて悪影響が出ても嫌だしね。出来る事なら、特大の正の感情で揺さぶるべきね』」

 椿と葵は知らない事だが、優輝と緋雪が再会した時も感情が僅かに戻っていた。
 その事から、椿と葵の推測は大まか合っていた。

「『……となれば……』」

「『今取れる手の中で、最善と言えるのは……』」

 結論をわざわざ口に出さずとも、二人共考える事は同じだった。
 優輝の感情を戻せる要因として、最も可能性が高い存在。
 その存在と優輝を会わせれば、感情が戻るかもしれないと。



   ―――すなわち、緋雪を式姫として召喚するべきだと、考えた。

















「そっちはどうだい?」

「何とか観測出来ています。しかし、目的のものは……」

「ふむ……波長が合わない、と言うべきかな?」

 とある研究所。そこで、一人の男性と少女が会話していた。
 なお、この場には二人だけでなく、何人かが機材の持ち運びなどで奔走していた。

「波長ですか?しかし、以前と同じように……」

「変動している、と言う事だよ。これだけの異常事態だ。影響が出てもおかしくない」

「なるほど……」

 機材に示される数値は、以前と同じように調べたものと、結果が違っていた。
 調べ方が同じなのに違うという事は、その調べるものが変質しているという事だった。

「少し、アクセスの仕方を変えよう。ユーリ君、頼めるかい?」

「はい。お任せください。シュテル、レヴィ、ディアーチェ!」

 方法を変えるために、少女……紫天の盟主ユーリは、紫天の書のマテリアルである三人を呼び、あるものが書かれた端末を人数分投げ渡した。

「それに書かれた機材を手分けして持ってきてください」

「分かりました」

「まっかせてー!」

「うむ、任せよ」

 必要な機材は三人に任せ、ユーリは手元にある端末を使う。
 画面には目まぐるしく数字が高速で表示されていく。

「……見つけました……!」

「本当かい?」

「ここです……!この時間座標からこちらの時間座標までの数値が、乱れています……!」

「なるほど、これが時間の境界を……」

 一見解読不可の文字が羅列しているようにしか見えない画面。
 その文字の羅列は、時空間の異常を指し示していた。

「……いや、待ってくれ。範囲を広げてほしい」

「え?あ、はい……!」

 端末に入力をし、表示する範囲を広げる。

「ッ……!これは……!」

「不味い……!広がっている……!」

 男性……グランツ博士と同じように、ユーリも異常に気付く。

「速度は速くない。しかし、確実に……」

「時空間の境界が、どんどん……その影響も、広がって……」

 二人が見つけた異常は、徐々に範囲を広げていた。

「中心点は……君達がいた時代と、ここのちょうど中間……」

「と言う事は、私達がこちらに来たのが……?」

「いや、それにしては影響が出るのが遅い。関係しているのは合っているかもしれないけど、原因ではないだろう」

 ユーリの脳裏に、自分達のせいかもしれないという考えが過る。
 だが、それはすぐにグランツによって否定される。

「……それにしても、これは僕らの手には負えないかもしれないぞ……」

「それほど……なんですか?」

「単純な魔法や力でどうにかなる代物じゃないからね。ましてや、時空間の乱れを正す方法なんて、具体的に確立されていない。突貫で手段を作り出しても、検証もなしに試す訳にも……」

「……手詰まり、ですか……」

 自分達ではどうしようもない。
 その事実にユーリは不安になる。





   ―――さらに、そこに追い打ちが掛けられた。





     ズンッ……!!



「きゃあっ!?」

「な、なんだい!?」

 地震のような揺れが、二人を襲う。

「地震……ではないね。揺れが継続する訳でもなく、まるで籠を下から突き上げられたかのような衝撃だった……」

「次元震でしょうか……?」

「……いや、その類の数値が検出されていない。その代わりに……」

 グランツは傍らに置いておいたタブレットのような端末をユーリに見せる。

「これは……空間が……」

「歪みが起きている。……キリエとアミタが外に出ていたはずだが……」

 空間を表す数値に、大きな乱れが出ていた。
 幸い、ユーリ達がいる研究所は無事だが、アミタとキリエは外出していたのだ。
 そんな二人の心配を、グランツはしていた。

『―――士!博士!!聞こえていますか!?』

「っと、良かった、二人共無事かい!?」

 だが、その心配は杞憂に終わった。
 アミタが通信を繋げてきたからだ。

『一応は!それよりも博士!外……いえ、他の次元世界を確認しましたか!?』

「次元世界?それが一体……なっ!?」

 アミタに言われるままに、他の次元世界に転送する機械にアクセスし、確認する。
 だが、そこに表示された“エラー”と言う言葉に、グランツは困惑する。

「どういう事だ……さっきの揺れでか?」

『こちらでもキリエがずっと探ってるんですが、一つも次元世界が観測できなくなってるんです……!まるで、エルトリアが隔離されたみたいに……!』

「なんだって!?」

 アミタの言葉に、グランツは驚きの声を上げる。
 同時に、ユーリが次元世界を観測できないのか確かめる。

「……博士、本当に確認できなくなっています。空間位相を調べた所、アミタさんの言う通りにまるで隔離されたように、エルトリアの外が観測できません……!」

「ッ……二人共、こっちに戻って調べるのを手伝ってくれ」

『了解!』

「すぐに現状を把握する!」

「はい!」

 先程まで調べていた事を無視して、現状把握を急ぐ。
 空間の異常から、すぐに原因を探り当てたが……。





「……これ、は……」

「一体、どうすれば……」

 寸前まで時空間の調査をしていたため、すぐに原因は分かった。
 だが、それで分かった事は、現状打てる手がほとんどないという事だった。

「……時空間を漂流……か」

「個人や物ならば、時間移動は可能ですけど、次元世界まるまる一つとなると……」

「時空間に乱れがある今、その移動すら難しいかもしれない……」

 八方塞がりだった。
 世界は切り離され、既存の手段は使えなくなった。
 解決するには、未知の領域を手探りで調べるしかなかった。

「……やるしかない、か」

「博士……?」

「手探りで、危険が伴うかもしれない。でも、何もしなければそれこそどうなるか分からない。……ならば、足掻くしかないだろう?」

「……はい。しかし、一体どうやって……」

 現状出来る行動は、世界が切り離された影響の調査と、世界の周りの時空間の調査だ。
 前者はともかく、後者は手詰まりだった。
 そのために、ユーリにはどうするのか見当がつかなかった。

「世界が漂流している。……ならば、“目印”があればそこに向かえるかもしれない。あわよくば、船のアンカーのように、そこに世界を停留させられるかもしれない。……仮定ばかりだが、これしか手段はないだろう」

 グランツが言っている事は、簡単に言えば世界を漂流する船に見立て、島か何かを目印にしてそこに辿り着こうという事だった。

「……世界を移動させる手段と、何より目印になるのは……?」

「前者は今から見つけるか作るしかあるまい。むしろこれが本題だろうね。だけど、後者なら既に見当がついている。ユーリ君、君達のおかげでね」

「私達の……まさか……!」

 グランツ達と、ユーリ達紫天の書の関係者。
 二つの大きな違いは、ユーリ達は元々別の世界……時間にいたという事だ。
 グランツは、それを指摘した。

「そう。君達のいた世界を目的地とする……打つ手は、これしかない……!」

 取れる手段は限られている。これは、その中でも最善だった。
 だからこそ成功させようと、グランツは力強く言った。











 
 

 
後書き
妖浄の水…ひねもす式姫に登場。妖を式姫に変える効果を持つ。登場予定はない。


ちゃっかり神夜の謝罪も入れていくスタイル。
元々根は良い奴(Fateで言う“混沌・善”)と言う設定なので……反省する時はしっかりします。
今後は、蟠りは残りつつも日常では普通に接していく関係になります。

式姫になった妖は、ひねもす式姫に結構出てきます。
かくりよの門では、切り札と言う所謂サポートキャラとしてしか出ていませんが。
元々の妖と名前が変わっている式姫もいますが、そちらはまた違う設定みたいです。(例:悪路王とあくろひめ)

最後のエルトリア勢は、サブタイトル要素を増やすためにもおまけで付けました。
一応、文面から分かる通り、後々関わってきますけど。 

 

第191話「薄れて行く境界」

 
前書き
ぶっちゃけ世界が混ざるってどうしろと言うね。
どこぞのスキマ妖怪でも一人では足りない事態です。

今回の話は、椿達が山菜取りをした翌日辺りです。
ちなみに、前回の時点で会談からそれなりに日にちが経っています。
 

 






       =out side=







 京都にて、日にちが経った事で、避難していた人達も外に出るようになった。
 管理局による復興の手助けだけじゃなく、自分たちでも復興していた。
 子供達は退屈を紛らすように、安全な場所で自由にしていた。



   ―――その時。





     ズンッ……!





「きゃああっ!?」

「うわぁあっ!?」

 唐突な地震のような衝撃に、人々は驚く。

「い、今のは……」

「地震……?」

 ほとんどの人が地震かと勘違いしていた。
 しかし、物などは揺れたり落ちたりしておらず、不可解な出来事だった。

「……なに、あれ……?」

 そんな時、子供が木々の奥にあるものを見つけた。
 それは、黒い霧のようなものだった。

「………」

「……あっ、こら!」

 子供故の好奇心から、その子供は霧の方に近づいていく。
 子供の親も、その霧が気になっていたようで、止めるのが少し遅れてしまう。

『それ以上近づくんじゃない!!』

「っ!?」

 そこへ、突然頭に響くような声が聞こえる。
 だが、声だけでは遅く、むしろ突然の声で子供は驚いてしまう
 バランスを崩した子供はそのまま霧へ―――

「ッ―――!間に、合いました……!」

『……ふぅ……危なかった……』

 突っ込んでしまう。その瞬間に、何かが子供の襟首を引っ張る事で助かった。

「……何……?」

 襟首を引っ張ったその存在に、駆け付けた親は困惑した。
 見た目は人の形をデフォルメしたような形の、小さな紙だったからだ。
 しかも、聞き間違えでなければ声もしたため、困惑は大きかった。

「型紙だけでも飛ばしてもらって正解でした……!」

「あの……えっと……」

 危なかったと溜息(?)を吐く不可思議な存在。
 この場にいる一般人が知る由もなかったが、その存在は型紙そのものだった。
 そんな型紙に、駆け付けた母親のほうが声を掛けようとする。

「おおっと、これは失礼。すみませんが、名乗る時間もないので注意事項だけ。……あの黒い霧には触れないでください。生者にあの霧は有毒です」

「え、あ、ちょっと……!」

「では私はこれにて!」

 困惑が収まらないまま、型紙は言いたいことだけ言って飛び去って行った。
 残された者達は困惑したままだった。
 ただ、言われた事は確かにその通りだと思って、子供を連れて速やかに霧から離れた。







『お疲れ様』

 親子から離れた型紙は、頭(?)に直接響く声に労りの言葉をかけられる。

「いえいえ!ご主人様の助けになるのならなんのその!……あ、本来の目的の方の報告もしておきますね」

『あ、そうだった』

 声の主はとこよ。彼女が型紙の主だった。

「結論としては、少ししか違和感がありません。やはり、境界が薄まった事で行き来が容易になってきているのかと……」

『そっか……うん。調査はこれぐらいでいいかな。さっきの揺れの影響か、幽世の瘴気が現世にも出てしまっているみたいだし、そっちを何とかしなきゃ』

「そうですね」

 型紙が現世に来ている理由は、境界が薄れた影響を調査する事だった。
 だが、その途中で大きな影響が発生したため、調査はもう切り上げるようだった。

『じゃあ、戻って。国造』

 その言霊と同時に、型紙……国造は幽世へと戻っていった。













「……今の、揺れは……?」

 京都で起きた揺れは、海鳴市にいる優輝達の所にまで届いていた。

「……地震ではないわね」

〈空間そのものが揺らされたかのようです。……何かが起きたか、影響したのかと〉

「だろうね」

 椿が即座に地震ではないと見抜き、リヒトが推測を述べる。
 葵も同意見で、その言葉に頷いた。

「空間の揺れ……とも少し違うか?どうも、ただの揺れには思えない……」

「そもそも普通の揺れではなかったものね」

「どちらかと言えば、衝撃が走ったみたいな感じだよね」

 揺れについて考察を述べるが、これ以上は調査なしではわからない。
 そのために、行動する必要があった。

「クロノ達は既に向こうに向かっている。しばらくはこっちに来れないだろう」

「なら、独断で行動するしかないわね」

「それしかないね」

 クロノ達は既に一度ミッドチルダに戻っている。
 大体の局員は地球に残っているが、今回の揺れに関してはあまり頼れない。

「あ、監視はどうしよう」

「放っておいてもいいけど……」

「いや、政府側に報告しておいてもらおう」

 優輝達は監視されている。
 だが、優輝はそれを利用して速やかに今回の揺れについて伝えてもらおうとした。

「見つけておいたよー」

「じゃあ、伝えておいて。不可解なものを見つけても不用意に触れないように、全国に向けて注意喚起しておくように、って」

「りょうかーい」

 葵が早速見つけ、椿が伝言内容を伝える。
 ちなみに、監視していた人物は、あっさり見つけられた事に驚いていた。

「まぁ、不可解なものは不用意に触らないのが基本なんだがな」

「一応よ。一応」

「かやちゃん、心配性だねー」

「だ、誰が心配性よ!?」

 素直じゃない椿の発言に、葵は笑みを浮かべる。
 最近は、そんなやり取りもできない程、事情が混み合っていたからだ。

「まずは揺れそのものについて何なのか突き止めないとな」

「その影響とか規模もね」

「それなら、もうテレビでやってるみたいだよー」

 情報をできる限り伝えるためか、テレビなどの一部の営業は既に再開している。
 葵はそのテレビを見て、揺れについて報道している事を伝えた。

「揺れの規模は……少なくとも、ここから京都までか」

「……それに、幽世の瘴気が湧いているみたいね。こっちは影響かしら」

「皆気になっているみたいだねー。明らか地震と違うし、当然だけど」

 放送で映っているのは京都。
 映像には、黒い霧……幽世の瘴気が映っていた。

「……やっぱり、境界が薄れている事が関係しているのかしら……?」

「そう考えるのが妥当だろうね」

「早めに行動した方が良さそうだな。今はそこまででもないが、幽世に疑いの目が向けられるかもしれない。さっきの揺れの正体を確かめないと」

 テレビを見ながら、優輝はそういう。
 映像には、中継が終わってスタジオの人達が思い思いの感想を述べていた。
 その中に、若干幽世の方を疑っている旨の感想があった。
 だから優輝はすぐに行動するように促した。

「ええっ!?どうして?」

「揺れの直後に瘴気が発生している。原因と思われなくても、何かしら関係があると見られるのは至極当然だろう」

「……あー、確かに」

 優輝の言葉になぜなのかと、驚く葵。
 しかし、優輝が続けて言った理由に、あっさりと納得する。

「まぁ、この際疑われるかどうかは気にするだけ無駄だ。問題なのは、揺れの原因や正体が見当つかないことだ」

「……そうね。地震でもなく、空間が揺れたようなもの。……不可解ね」

「優ちゃん、先に言っておくけど、今回の揺れに関しては、あたし達にも心当たりがないよ。少なくとも、あたしとかやちゃんでは、この数百年生きてきて今回みたいなことは一度も遭遇した事がない」

 未だに揺れについて放送するテレビを流し見しつつ、優輝達は会話を続ける。
 残念ながら、揺れが厳密にどういったものなのか、優輝達は心当たりがなかった。

「……とりあえず、実際に確かめるか」

「そうね」

「母さん、父さん。ちょっと出かけてくる。遅くなる場合は念話で連絡を入れるから」

「わかったわ」

「いってらっしゃい」

 結局自分の目で確かめるしかないと思い、優香と光輝に断りを入れて出かける。
 転移系の魔法は、監視下においては使ってはダメなため、そのまま移動する。

「……京都に行く事は出来そうにないな。仕方ない、海鳴市内で我慢するか」

「まぁ、仕方ないわね」

 会談で取り決められ、優輝達だけでなく地球在住の魔導師は監視がつく。
 他にも取り決められた事から、転移魔法で移動は許可なしでは禁じられていた。
 緊急時ならそれすら無視して使う所だが、今回は使う事はなかった。





「……状況から見て、さっきの揺れで幽世との境界が薄くなった可能性が高い」

「同感ね。揺れの直後に、瘴気が出てる事が判明していたもの」

「じゃあ、空間的な揺れだったのかな?」

 葵が推測としてそんな言葉を述べる。

〈……いえ、空間の揺れであれば、それは次元震と似た性質を持つはずです。ですが、私が解析しても、今までにないケースでした〉

「……つまり、まったく未知の揺れって事だね?」

〈そうなります〉

 しかし、その推測はリヒトに否定される。
 同時に、リヒトも今まで経験した事がないケースの揺れだということがわかる。

「リヒト、本当に初めてのケースか?」

〈……はい〉

「………」

 念を入れるように、優輝がもう一度聞く。だが、リヒトの答えは変わらない。

「……優輝?」

「“未知”という部分においてなら、初めてではないな」

〈どういう事でしょうか……?〉

 少し優輝は考え込み、そんな言葉を漏らす。

「揺れと関係があるかは分からないが、正体が掴めないという点においては、以前襲撃した男の性質と似ている」

「まさか、今回も似た類だと?」

「さすがに短絡的すぎないかな?」

 結びつけるにしては、あまりにも短絡的だと椿も葵も思った。
 原因及び正体が不明なだけで同じ類だと思うには、理由としては確かに弱い。

「……次元震ではない、実際に揺れた訳でもない。しかし、確かに“揺れた感覚”があった。リヒト、“空間としての揺れ”はあったか?」

〈……一応は、空間に乱れが起きたと思しき形跡が解析で確認できました〉

「……裏を返せば、そこまでしか分からなかった訳か」

〈はい〉

 確認するように、優輝はリヒトに尋ねる。
 次元震ではないが、空間的な揺れは観測出来た。
 その答えに、優輝は納得するように頷く。

「魔力も霊力もさっきの揺れからは感じ取れなかった。そして……」

〈マスター、返信が来ました〉

 リヒトが優輝の言葉を遮るように伝える。
 実は、家を出る時にクロノに向けてメッセージを送っていたのだ。
 その返事が、ちょうど今返って来た。

「……やはりか」

「一体、なんなの?」

「クロノに対して揺れに関して聞いておいたんだ」

 クロノに尋ねた事は、大きく分けて二つ。
 優輝達も経験した揺れがあったかについてと、その揺れに関して知っている事。
 答えの返事には、揺れは来たが未知の事象に慌てている事が記されていた。

「次元を跨いで揺れは起きていた。もしかすると、かなり広範囲かもしれん」

「次元を跨いで……!?それはとんでもないわね……」

 まさか次元を超えて揺れが届くとは思わなかったのか、椿と葵は驚いた。
 同時に、それほどの規模の揺れがなぜ起こったのか、さらに謎が深くなる。

「緊急で調査をしたが、分からなかったようだ。まだミッドチルダには着いていないが、もしかするとミッドチルダも……」

「……もしかして、これほどの規模だと思ったから、さっき……?」

「まぁな。推測の域を出ないし、短絡的なのは自覚していたが」

 それでも、まだ以前のあの男と同じにするには、理由が弱かった。
 そのため、推測の域は出ない。

〈マスター〉

「こっちも返信が来たか」

「今度は誰に……えっ」

 もう一つ、メッセージを送っていた相手がいた。
 椿はその名前を見て顔を引きつらせる。

「あの男にも送っていたの……?」

「研究者だからな。こんな事が起きたならば、真っ先に調べようとするはずだと思ってな」

 メッセージの相手は、ジェイル。
 マッドと頭につく科学者にも、優輝はメッセージを送っていたのだ。

「……確かに、こういう類では頼りになるだろうけど……」

「返信内容はどうなってるの?」

 簡単に頼ってしまっていいのかと葛藤する椿をよそに、葵が尋ねる。
 メッセージの内容はクロノに送ったものと大差ない。

「……ミッドチルダも同じ揺れを観測したらしい。いや、それどころかあいつの目が届く範囲内だけとはいえ、全ての地域、世界で揺れが起きた事が確認されていたようだ」

「なっ……!?」

 優輝の言った通り、返信内容にはそういった旨のメッセージがあった。
 ジェイルはガジェットを使っていくつもの次元世界を観測していた。
 これは管理局からの追ってから逃れるための手段であるのだが、今回はそのガジェットの全てが件の揺れを観測したらしい。
 メッセージには、その観測結果とそれに関する推測も載せられていた。

「ミッドチルダ、次元渡航中のアースラ、地球、他いくつもの次元世界……ここまでの規模の不可思議な揺れだなんて……」

「ここまでになると、原因や正体の前に、影響を知るべきかもね……」

 これほどの規模となれば、普通のロストロギアにすら簡単に起こせない現象だ。
 そのため、正体も重要だが、本当に揺れただけなのか確かめる必要が出てきた。

「地球で起きた影響と言えば……」

「……幽世の瘴気が出てきた事だよね?」

「と、言う事は……境界がさらに薄れた?」

 偶然かもしれないが、状況的に見てその可能性は高いと椿と葵は考えた。

「とりあえず、ジェイルに何か異常が起きていないか調べるように頼んでおいた。こっちはあまり自由に動けないからな」

「そうね。……それはそれとして、私達はどこから調べるべきかしら?」

「妥当な所は八束神社だろう。霊脈もあるしな」

「そうだね。鈴ちゃんもいるかもしれないし」

 転移なしですぐに行ける場所と言えば八束神社ぐらいだった。
 霊脈が集束している場所はその周辺地域にとって霊的な意味で要となる場所。
 霊術を扱う優輝達が重要視する場所なので、調べるのは当然だった。





「……やっぱり、来たわね」

「そっちこそ、来てたのね」

「用件はさっきの揺れに関して、かしら?」

「目的は同じね」

 八束神社に着くと、そこにはやはりと言うべきか鈴がいた。
 那美も手伝いのためかついてきていた。

「地震でもない謎の揺れだもの。こういうのは調べておかないと」

「手伝おうかしら?」

「大丈夫よ。昨日の内に大体把握していたから、それと比較すればいいだけだし」

 既に、鈴は調査のために霊力を巡らしていた。
 会話しながらもそれは続いており、程なくして調査が終わった。

「……霊脈が強くなっているわ」

「なんですって……?」

「今の所それ以外に変化はないけど……おそらく、境界が薄れた影響かしらね」

 霊脈が強くなる。
 それはつまり、八束神社の霊的価値が上がったと言う事になる。
 そうなると、怪異の類を引き寄せやすくなってしまう。
 霊脈の力を有効活用すれば、引き寄せられる程度の怪異は容易く退けられるが。

「霊脈が強くなるって……おかしい事なの?」

「人が一日で子供から大人に成長したようなものよ。霊脈は本来なら年月を掛けてゆっくりと変化していくもの。急激に変わる例もあるけど、その場合、霊脈は暴走するか死ぬわ」

 那美が疑問に思い、その疑問に椿が答える。
 霊脈は様々な要因からその存在を確立している。
 そのため、地震などでも霊脈に変化は訪れる。
 霊的干渉を行えば、霊脈を一気に強化できるが、暴走する危険もある。
 現代においては、自然現象によって霊脈は弱くなるのが普通だった。
 大きめの地震などで、新たな霊脈が出来たり強化される事もある。
 しかし、それらは微々たるものなので、今回のような事例は異常だった。

「幽世の瘴気は出ていないの?」

「ここに来る道中はなかったわ。多分、大門がある京都だから瘴気も湧いたのだと思う。もしかしたら、門があった場所から湧くのかもしれないけど」

「門があった場所……葵!」

「了解!行ってくるね!」

 八束神社から一番近い門があった場所は、緋雪の姿をした妖が現れた場所だ。
 椿と葵は直接行っていないが、優輝から場所は聞いているため、葵が急行した。

「霊脈の変化による影響はあるかしら?」

「それも調べている所よ。妥当な所は、植物の生態系に変化がある程度だけど……」

「そっちは私が調べるわ。貴女は別の事を」

「草の神の貴女の方が適任だものね。任せるわ」

 鈴と椿が、会話しながらも次々と作業を続けていく。

「優輝は霊的な分野を鈴に任せて、物理的な側面から霊脈周辺の影響を調べて。那美は……そうね、鈴の指示を聞いて動いて頂戴」

「私だけ具体的じゃない!?」

「調査系じゃ、那美はちょっとね……」

「うぅ……自覚してるだけに辛い……」

 言っている事は正しいだけに、那美は肩を落としながらも鈴の手伝いをする。
 優輝も言われた通りに調査を始めた。

「(さて、何かわかればいいのだけど……)」







「戻ったよー」

「ちょうどいいわね」

 しばらくして、葵が戻ってくる。
 それと同じくらいに、椿達も調査が終わる。

「瘴気は見当たらなかったよ。大門がある京都だったから、って考えは当たりだと思うよ。そっちは?霊脈の影響とかは大丈夫だった?」

「ええ。至って普通の影響よ」

 瘴気はなかったと葵が告げる。
 その事実に椿は驚く事なく、自分達の調査結果を伝える。

「霊脈が強化され、生態系がその影響を受けた。……それ以外にないわ。その影響も、至って妥当なものだから、揺れの影響は霊脈だけと見るべきね」

「そっかー。何かわかればよかったんだけどね」

「さすがに簡単には分からないわ。……まぁ、本来私一人で調べようと思ってたから、手伝ってくれただけでもありがたいわ」

 霊脈が強化された事と、その影響があった事以外、収穫はなし。
 揺れの影響は霊脈以外なかったのだ。……一つ分かっただけでも、儲けものだが。

「……とりあえず、霊脈を活用するのは断念した方がいいわね」

「まぁ、警戒するに越したことはないわ。歯痒いものはあるでしょうけど、妥当だわ」

 揺れの影響がどこまであるか分からない。
 そして、その揺れも一度とは限らないのだ。
 そんな揺れの影響を受けた霊脈を活用するのを断念するのは、おかしい事ではない。

「……それで、どうなの?」

「どう、とは?」

 鈴が優輝に主語抜きで尋ねる。

「今回の揺れの原因についてよ。心当たりはないのかしら?」

「ないな。パンドラの箱と同じくな」

「……そう。マーリンの言う通り、貴方達でも知らないのね」

 鈴はここに来る前、優輝達……厳密には、管理局の関係者なら何か知っていると思っていた。しかし、マーリンにそれはないだろうと言われていた。
 そして、実際にそうだと言われ、一人納得していた。

「やっぱり、地道に調べるしかないのね」

「今までにない事例だから、それが妥当だろう」

 分かっている事の方が少ないため、地道になる事は仕方がない。
 そう判断して、鈴は溜息を吐く。

「考えるのは家でやった方がいいわね。それじゃあ、私は帰るわ」

「私達も家で考えましょうか」

「そうだねー。……ところで、鈴ちゃんって今はどこに住んでるの?実家って別の場所にあるんでしょ?」

「今はさざなみ寮に居候させてもらってるわ。……あそこもなかなか人外魔境ね」

 世話になっている寮を思い浮かべる鈴は、どこか遠い目をしていた。
 傍らにいる那美は、心当たりしかないのか苦笑いをしていた。

「そういえばさざなみ寮って……まぁ、別に気にすることでもないわね」

「じゃあ、あたし達も帰ろっか」

 さらっとさざなみ寮事情を流し、優輝達は帰路に就く。







「分かったのは霊脈が強化されていた事だけ……全然進展しないねー」

「その霊脈も境界が薄れた影響の可能性が高いわ。……実質、何も分かっていないも同然の調査結果よ。尤も、この程度で分かったら苦労しないけど」

 全くの未知の領域。
 それは手探りでないとわかるものもわからないものだ。
 影響が出ている事がわかるだけでも、儲け物だ。

「……ジェイルから連絡が来た。調査が終わったらしい」

「あら、何か分かったのかしら?」

「不可思議な現象なら見つかったらしい」

 そういって、優輝はジェイルから届いた調査結果をリヒトで投影して映し出す。

「とある無人世界に、火山の魔力版のような地帯があるらしい。そこから計測できる魔力が、今までよりも大きくなっていた」

 映し出された映像には、火山地帯のように荒れた地帯が映されている。
 溶岩等の代わりに、濃密な魔力がそこらに漂っていた。

「でも、火山のようなものなら、偶然って可能性は?」

「ない、との事だ。この地帯は、魔力が大きくなると大気が荒れ狂うらしい。しかし、その状態にならずに魔力が大きくなっている」

「……異常がない事が異常、ね」

 それは、現世と幽世の境界と同じだった。
 本来なら多大な影響を及ぼす事象のはずが、一切の影響を出していないのだ。
 霊脈が強化されるなど、副産物の影響はともかく、致命的な事態にはなっていない。
 それが、異常だった。

「境界と同じだね」

「次元世界中を探せば、同じような異常が他にもあるかもな」

 同じ類の異常が見つかった。
 それは大きな収穫だった。
 例え、揺れそのものについて分からないままだとしても、影響しているものが他にもあると判明した事で、別の側面から考察出来るからだ。

「とりあえず、わかった事を整理して―――」

 この後の行動について話しながら、家の前に着く。
 ……その時。







     ドンッッッ!!!







「ッ―――!?」

 途轍もなく大きな衝撃が、優輝達を襲った。
 それは、今朝起きた揺れとは比べ物にならない程強かった。

「なっ―――!?」

 声にならない衝撃。
 まるで、自分達の真下に大きな穴が穿たれ、そこに落とされたかのよう。
 そんな衝撃と感覚が襲い、椿と葵は大きく動揺した。
 優輝も驚いた感情を僅かに見せ、目を見開く程だった。

「今、のは……!?」

 衝撃はすぐに収まり、驚愕も冷めぬまま椿がそう呟く。
 あまりの突然さと衝撃に、椿も葵も息を切らしていた。

「………」

「……え?」

 そして、すぐに次の衝撃が椿達を襲う。
 今度は揺れにではなく、目の前に現れた二つの存在に。

「(気配も感じなかった。今の揺れで現れた……!?)」

 その二つの存在は、ボロボロの姿で気絶していた。
 片方は、ボロボロだが煌びやかな雰囲気を持つ服に身を包んだ桃色髪の少女。
 もう片方は、同じくボロボロとなった巫女服に身を包んだ、亜麻色の髪の女性。
 まるで、命からがら辿り着いたのではなく、投げ出されたかのように横たわっていた。

「まさか、揺れに関係がある……?」

 あまりに衝撃的な、立て続けに起きた突然の出来事。
 その出来事が齎した一つの推測を、椿は呆然としながらも呟いた。

















 
 

 
後書き
国造の容姿が判明しない限り、うつしよの帳でのカタちゃんとしてしか出せない……!
きっといつか実装されると信じています。(2019/1/16時点)

今回の話の際に、過去に登場したあるキャラの容姿(髪の色)を変更しています。まぁ、一回しか登場していない脇役にすら劣るキャラだったので、覚えている人はいないでしょうけど。
この設定の変更は今後発生するちょっとした矛盾を解消するためなので、今は特に気にする必要はありません。 

 

第192話「現れた二人」

 
前書き
―――最後の猶予を与える。
―――……精々、束の間の平和を味わう事ね。

今回、展開が少し動きます。
尤も、次回次々回辺りはまだまだゆっくりですけど。
 

 






       =out side=





 その場にいる全員が、その存在に注目していた。
 突然の衝撃と共に現れた、二人の少女と女性。
 浮世離れした恰好と、ボロボロな状態である事が、普通でない事を表していた。

「―――――」

 揺れと突然の出現に、椿や葵でさえ驚いて動揺していた。
 だが、それは唐突に別の驚愕に塗り潰された。

〈マスター?〉

「ッ……!?」

 他ならぬ、優輝の行動によって。

「ちょっ……!?」

「優輝!?」

 二人の反応は動揺から完全に遅れていた。
 そんな二人の驚愕に意を介さず、優輝はリヒトを銃の形にし、発砲した。

「(どうして突然……!?)」

 気づいた時には、既に引き金が引かれていた。
 あまりに早い行動に、椿と葵ではその銃弾を止める手立てはない。
 そして、その銃弾はそのまま二人の女性へと吸い込まれていき……。

「………」

「……すり抜けた?」

 まるで、実体を持たないかのように、銃弾は体をすり抜けていった。

「なら……」

「っ、させないわ!と言うか、一度落ち着きなさい!」

「僕は十分に落ち着いている。だからこそ、奴はすぐにでも無力化を……」

 今度は直接斬りかかろうとした優輝を、今度こそ椿と葵で止める。

「冷静にトチ狂っているようにしか見えないわよ!」

〈同意見です。マスター〉

「発言からするに、優ちゃんはこの二人を知ってるの?」

 椿と葵が優輝と二人の間に立ち塞がり、リヒトも待機状態に自分で固定する。
 そうする事で、すぐさま攻撃をさせないようにして、会話へと持ち込んだ。

「……転生者については覚えているな?」

「ええ。優輝と緋雪、司、奏、帝……後神夜もだったわね?」

「ああ。その中でも僕と帝、そして神夜を転生させたのがそいつだ」

 その言葉に、椿と葵は思わず倒れる二人の方へ振り替える。
 そう。巫女服の女性はともかく、桃色髪の少女は優輝を転生させた神だった。

「神、それも世界を跨いで転生させる力を持つ存在だ。しかも、あいつの魅了が残っている可能性がある。そんな存在を無力化せずにいる訳にはいかない」

 以前帝との会話の中で、他の神が対処しているだろうと優輝は言っていた。
 しかし、実際目の前にすると、転生前に消滅させられそうになった事と、警戒心から咄嗟に体を動かしてしまったのだ。

「何をしてくるか分からないから、無力化を狙った……って事ね」

「裏を返せば、他の魅了に掛かっている人は何とかなるからそのままにしているって事なんだね。……確かに、今までも何とかしてきたけどさ」

 転生を行える神だからこそ。
 そして、優輝の記憶では自身に敵意を向けていたという事実から、敵意がそのままであれば、目覚めた瞬間にその力を自分に振るうだろうと考えて警戒していた。

「……いや……」

「違うの?」

「今言ったのが理由……ではある。だが、それ以外に何か……」

 歯切れを悪くする優輝。
 そんな優輝を、椿と葵は訝しむ。

「直感……予感か?とにかく、“ナニカ”が二人から感じられた」

「曖昧な感覚……だけど、くだらないと一蹴するには優輝のそれは当たるから否定しきれないわね。……結局その“ナニカ”は分からないけど、無力化するのに越したことはないと思ったのね」

「ああ」

 どの道突然過ぎた行動なため、呆れたように椿は溜息を吐いた。

「で、その結果がさっきのね。攻撃自体はすり抜けたけど」

「ああ。性質はおそらく、以前のあの男と同じだ」

「あらゆる攻撃が通じない……って訳ね」

 一応、未だに間に立ち塞がる椿と葵だが、既に優輝の敵意は薄れていた。

「……次善の行動だ。とりあえず様子を見る。ここまでボロボロになって現れた時点で、僕らの与り知らない所で何かが起きていたのだからな」

「そうね。……そもそも、その行動を取るのが普通よ。貴方のは極端すぎるわ」

「合理的……と言うか、衝動的に動いたよね?」

「……衝動を感じ、それに合わせたという所だ」

 優輝の様子から、もう即座に攻撃を起こさないと分かり、椿は溜息を吐く。

「はぁ……感情が消えた弊害ね。……でも、普通なら衝動は抑制できるものじゃないの?今の貴方は、判断してからの行動が誰にも止められないぐらい早いんだから、体が勝手に動いた、なんて事はあまりしないでよね」

「……悪い」

 さすがに自分に非があるのを自覚して、優輝は謝る。

「……とにかく、一旦家に帰りましょう。この二人を放っておく訳にもいかないし、明らかにさっきの揺れと大きな関わりがあるでしょうしね」

「そうだな」

「じゃ、あたしが背負うよ」

 とりあえず帰宅する。
 そう言って、三人は家に帰った。
 なお、念のために二人は優輝に任せず、椿と葵が背負って家に連れ帰った。







「……それで連れて帰ってきたのね……」

「ええ」

 家に帰り、客間に二人を寝かせる。
 その支度をする間に、優香と光輝への説明を椿が行った。

「……やっぱり、治癒も出来ないのね」

「え……?嘘、魔法が通じない……」

「攻撃だけでなく、治癒も通用しないなんてね」

 ボロボロだったために、椿が治癒の霊術を行使する。
 しかし、二人を癒す事はできなかった。
 そのことに優香は困惑し、自身も魔法を使うものの、それも通用しない。

「どうして……」

「存在の“格”が違うのよ」

 椿の言葉に、優香と光輝は理解できずに首を傾げる。

「どういうこと?」

「物語の登場人物が、作者に干渉することはできないでしょう?そういう事なのよ」

「え、それって……」

「例えよ。でも、“格”の違いはそういう認識でもおかしくはないわ」

 説明をしつつ、椿は眠っている少女に直接触れる。

「(普通に触る事はできる……でも、僅かにでも敵意を持てば)」

 その瞬間、椿の手は少女をすり抜ける。

「簡単な、常識的な干渉程度なら容認してくれるみたいね。でも、敵意や干渉する意思を持てば、たちまち干渉できなくなるようね」

「だから、治療できないんだね」

「そうね」

 幸いにも、二人は治療しなければいけない程の状態ではなかった。
 安静にしておけば自然治癒するため、無理に治そうとする必要はなかった。

「……この子達は、一体……」

「神よ」

「……椿ちゃんのような?」

「いえ、私達八百万の神とは比べ物にならないわ。さっき言ったように、存在の“格”が違うの。何というか……領域外?の神と言うべきかしら……?」

 椿自身、そこまでわかっている訳ではない。
 優輝の言葉から、地球に存在する神話の神ではない事ぐらいしかわかっていなかった。

「つまり、よくわかっていないのね?」

「……そうね。でも、人を世界を跨いで転生させるどころか、力を授ける事も出来る存在だから、人からすれば神に他ならないわ」

「そう……」

 優香と光輝からすれば、椿達以上に理解が及んでいない。
 本人が眠っている今、漠然としか判断するしかなかった。

「……そんな存在が、どうしてこんな事に……」

「分からないわ。でも、単純に考えれば、同等以上の存在にやられたのでしょうね」

「揺れと共に現れた所から見るに、あの揺れとも関わっているだろうね」

 普通の攻撃は一切通じない神のような存在。
 そんな存在がボロボロになっている原因を考え、優香は戦慄する。

「揺れ……そういえば、さっきのはとんでもない衝撃だったわね」

「まぁね。……一度だけでなく二度も。そして、二度目にはこの二人が。……普通に考えてもこの二人なら何か知っているわ」

 そのためにも、二人の保護は必然だったと、椿は語る。

「こちらからは治療することさえ出来ないから、しばらく安静にしてもらいましょう」

「攻撃どころか治療関係の干渉もできないからねー」

 結局、安静にさせて見守るという事に方針が決まった。









『……そうか。俺達を転生させた神が……』

 とりあえず、二人を安静に寝かせている間、優輝達は帝と司に説明しておいた。
 二人以外にも報告はしたが、そちらは揺れと共に二人が現れた程度の情報しか伝えていない。神がボロボロな状態で現れたなど、混乱する情報でしかないからだ。

「『奏や他の皆には揺れと共に現れたとだけ伝えている。干渉できない所を見るに、あの“天使”に関わりがあるかもしれないから、お前と司には話しておこうと思ってな』」

『特に奏やなのはには伝えられないって事か……。でも、椿と葵も一緒にいたんだよな?それに、お前の両親も』

「『そこは仕方がない。一応、目が覚めて事情が聞けるまではあまり口外しないようにしてもらっているけどな』」

『目を覚ましたら、どの道広まるか……』

 不安そうな声色になる帝。
 それを感じ取ったのか、優輝は疑問に思って尋ねる。

「『どうした?』」

『……いや、なのはと奏が、どんな反応をするのかと思ってな』

 なのはと奏に宿っているであろう、“天使”の存在。
 それは、二人の精神にも影響を及ぼしている。
 実際、以前に神夜のステータスにあった“■■”の文字を見て、無意識に嫌悪感を示す程には影響を受けている。
 その反応をした場所に、優輝は居合わせていないが、後で司達から経緯を聞いていたため、それらの出来事については知っていた。

「『……以前襲撃してきたあの男と同じ性質だ。“天使”があの男を倒したならば、何かしら反応するかもしれない……か』」

『ああ』

 反応するだけならまだマシと言える。
 だが、二人……特に奏の場合、その後が肝心になる。
 以前影響を受けた時、錯乱してしまう程狼狽したのだ。
 もし、同じような存在を見てしまえば……。そう、帝は考えた。

「『だが、僕らの与り知らない所で何かが起き、今ここにボロボロになって現れた。……隠し続けるのは、至難の業だぞ』」

 当然だが、二人が現れたのは予想外の出来事だ。
 自分達の知らない所で何かが起こっており、それに巻き込まれた可能性もある。
 そんな状況で、いつまでも奏となのはに隠し続けるのは難しい。

『わかってる。……どうにかしないといけないのは、わかってる』

 優輝と違い、帝は元々ただの一般人に過ぎない。
 そんな身で、人智を超えるであろう事態に向き合うのは、精神的に辛い。

「『幸い、二人共自分の中に何かが宿っている事は自覚している。上手く向き合える覚悟を持ってもらえば、何とかなるかもしれない』」

『……当の本人にすりゃ、なかなか酷だぞ、それ。……でも、それが一番マシな対処法になるのか……?』

「『今思いつく中ではな』」

 優輝の持つグリモワールには、いくつか対処できそうな魔法はあった。
 だが、そのどれもが記憶改竄や精神干渉など、非人道的なものだった。
 おまけに根本的な解決にもならないため、それらの案が出る事はなかった。

「『とにかく、目が覚めるまでは家に寝かせておくつもりだ。……様子を見たいなら直接見に来てくれ』」

『わかった』

 念話を切り、優輝は一息つく。
 現在、椿と葵は鈴のいるさざなみ寮や、学校などに説明に行っている。
 優輝の両親も同じ理由で外出していた。
 現れた二人の事はともかく、再度起きた揺れについては説明が必要だからだ。

「………さて」

 今家には寝ている二人以外に、優輝しかいない。

「確かめられる事は、確かめないとな」

 一人でいる内に。そう考えて、優輝は寝ている二人の下へ行く。

「椿が少しばかり検証したみたいだけど、深入りはしていなかったしな」

〈……マスター、傍から見れば、寝込みを襲う変質者にしか見えませんよ?〉

 優輝の行動に、リヒトが思わずツッコミを入れる。
 いくら調査のためと言えど、明らかに変態の所業にしか見えない。

〈そもそも、マイスターではなく椿様や葵様にやってもらった方が倫理的にもいいと思うのですが。マイスターが行う必要はありませんよね?〉

 さらにシャルにもそう言われる。
 はっきり言ってこちらの方が正論にしか聞こえない。

「二人は外出しているのに対し、今の僕は手持無沙汰だ。なら、時間を無駄にしないためにも、僕がやってもいいだろう。それに、別に変な事はしない」

 今の優輝は感情がないため、性欲も完全に抑制されている。
 別にやましい事をしないのは確かなのだ。

「……絵面的にまずいのは自覚しているがな」

〈合理的思考がここで……。まぁ、時間を無駄にしたくないのは分かります。今の状況下では、いつ緊急事態になるか見当もつきませんからね〉

 一日に二度の原因不明の揺れ。
 そして、二度目には神の思しき存在が二人、ボロボロになって現れた。
 そんな、予想外な出来事が連続して起きたのだ。
 また間もなく“次”が起こらないとは、限らない。

「魔法、霊術、科学、物理……今できるあらゆる干渉を試す」

〈神力では試さないのですか?〉

「さすがに神降しの力はもう残っていない」

 神降し直後ならいざ知らず、女体化も解けた今では神力は用意できない。
 椿がいれば何とかなったが、結局今はいないので意味がなかった。

「……尤も、試さずとも予想は出来るがな」

 そう言って、優輝は今自分の持ついくつもの手段を使って、二人の解析を試みた。





〈……何も成果出ず、ですね〉

「予想の内だ。感情があれば、その上で予想が外れて欲しかった。なんて、思っていたりもしただろうな」

 ……結論から言えば、全て無意味だった。
 解析は一切通じず、当然のようにすり抜けた。

「分かった事と言えば、干渉する意思を見せなければ、触れる事は可能と言う事か」

〈椿様と葵様もお二人を背負っていましたからね〉

 魔法でも、霊術でも、“触れる”と言った簡単な事なら干渉出来た。
 だが、僅かにでも何か思う事があれば、それすら出来なかったのだ。

「なんて都合のいい性質だ」

〈全くですね。存在の“格”が違うだけあります〉

 一方的な干渉が可能。
 まさに“神”にふさわしい性質とも言える。
 そして、それは一度敵として対峙した事がある優輝達にとって、最悪過ぎる性質だ。

「……やはり、宝具か何かでこっちの“格”を底上げしないとダメか」

〈ですが、体が耐えられません〉

「分かっている。それも、ただ体を鍛えればいい訳じゃない。……あれは体だけじゃなく、魂さえも耐えられない。“神”に匹敵する“格”に引き上げるんだから、当然と言えば当然だけどな」

 実際無事だったのもあり、今まで口に出していなかった事を優輝は口にする。
 あの時、リヒトを使用不可にしてでも行った行為は、魂さえも負荷がかかっていた。
 まさに自分の存在そのものが罅割れて行くような代償を、あの時支払っていたのだ。
 それでも無事に済んだのは、その時間がごく僅かだったからだろう。

「結局、僕らだけじゃ、対処法として成り立つモノを用意する事は出来ないな」

〈……そのようですね〉

 結論として呟かれた優輝の言葉に、リヒトは同意する。
 だが、優輝からすれば、その同意の言葉は何かを言いたそうにしていた。
 それを見抜いてか、リヒトはそのまま言葉を続けた。

〈―――ですが、諦めるつもりは毛頭ないのでしょう?〉

「………」

〈感情を失っても、マスターはマスターのままです。無茶を顧みず、自分の求める良き結果のためならば、最後まで諦めようとしない。……でしょう?〉

「……よくわかっているな。さすが、ムートの時からの相棒だ」

 まだ、窮地にまで行っていない。
 そんな状況下で……否、例え窮地に陥ろうと、優輝は諦めが悪い。
 故に、打つ手がなかろうと、何もしないという選択肢は、優輝の中にはない。

「その通り、諦めるつもりはない。直接解析出来なかったのなら、それでも構わない」

 大きな手掛かりになりそうな存在が、実はそうでなかっただけ。
 優輝は言外にそう言いながら、二人が眠る部屋を後にする。

「それに、僕らでは手を打てなくとも、僕より頭の切れる奴には何かしらの打てる手立てがあるのかもしれないからな」

〈……なるほど〉

 二人を調べるために時間を割いたとはいえ、未だに他の皆は帰ってきていない。
 改めて手持無沙汰になった優輝は、とりあえずとばかりに自室に戻る。

〈……例えば、彼のような……ですね?〉

「……タイミングがいいと言うべきか。いや、さっきの揺れに関してか?」

 その時、リヒトに通信が入った。

「一応、監視の目があるからあまり不用意に通信してこないでほしいんだけどな。……ジェイル。一体、何の用だ?」

 通信相手はジェイル。
 二度目の揺れが起きる前はメールとしてメッセージを送るだけだったが、今回は直接通信を繋げてきたようだ。

『ふむ、ようやく繋がったか。何、安心したまえ。魔法関連の監視の目は消えているさ。それに、君の事だ。他の監視の目も一応対策しているのだろう?」

「まぁ、現状監視どころじゃないからな。一応簡易的な結界も張ってあるし」

 揺れが再び起き、神二人が現れてから優輝は簡単な認識阻害の結界を張っていた。
 優輝達を監視していた者達には、一応二人が現れた事は伝わっている。
 しかし、優輝が魔法等で解析を試みた事や、今通信している事は伝わっていなかった。

「……魔法関連の監視も消えている、とはどういう事だ?」

『二度目の揺れはそっちでも遭遇しただろう?その影響だよ。現在、地球を中心としたいくつかの次元世界は、停電したかのように一度魔法の効果が途切れたのだよ。君達の扱う霊力は生命そのものと深く結びついているから、大丈夫だったようだけどね』

「魔法の効果が……?」

 思わぬ影響に、優輝はつい聞き返す。

『私が張り巡らしていたガジェットは魔力があまり関係ないから、座標を割り出して通信を繋げるだけで済んだが、影響を受けた次元世界はまさに阿鼻叫喚と言った所だね。次元渡航中の船もなかなか危ないんじゃないかい?』

「それほどまでの影響か……電波の類も一度途切れたと見て間違いないか?」

『うむ。言い損ねていたがその通りだとも。だからこそ、ガジェットとの繋がりが一度断たれた。尤も、君のいる地球は、停電と変わりないと推測できる』

 実際、優輝達は気づいていなかったが、地球上の全ての電波を扱う物は、一度その電波を断たれていた。そして、すぐに復活もしていた。

「地球を中心に、と言ったな。つまり、二度目の揺れは……」

『ご明察と言った所だね。そう、私の調べた所、二度目の揺れは地球が震源地になっていた。……暫定的な呼び名だから、“震源地”と言う呼び方が合っているとは限らないがね』

「……そうか」

 二度目の揺れは、地球が中心になっていた。
 実際、それほどの衝撃だったから、優輝もすぐに納得する。

『こちらからも聞かせてほしい。君達の所に、“何”が現れた?』

「………」

 その問いに、優輝は正直に答えるべきか僅かに迷う。
 だが、すぐに答えはでる。……秘密にした所で、手詰まりなだけだと。

「僕が転生した事は知っているな?……その転生をさせた“神”が、現れた。それも、何者かによって昏睡する程ボロボロな状態にされてな」

『なんと……何かが起きているとは思っていたが、まさか“神”と呼べるような存在が追い詰められていたとはね……』

 “何かが起きた”ではなく“何かが起きている”と、ジェイルは言った。
 すなわち、今もまだ異常な状況が続いているのだと、完全に理解していた。

「本題に入れ。……いつものテンションではいられない程、お前が真剣になっているのは理解している。……何かわかったのか?」

『……さすがだね。私とて、今回ばかりはテンションが上げられない。……さて、本題についてだが……“何かわかった”と言える程、わかった情報は少ない』

 “それでも”と、ジェイルは前置きして言葉を続ける。

『一つ、君には伝えておかない事があるのだよ』

「それはなんだ?」

『幽世の大門……とか言ったかね?それを閉じたすぐ後から、異常が起きているのだよ』

 ジェイルは、研究の傍ら優輝達の様子を見たりもしていた。
 その際に、幽世の大門の事件に関して知ったのだ。
 そして、同時に“異常”にも気づく事となった。

「………」

『時空間の歪み……と言うべきか。地球を中心に、“特異点”と化している。そして、その特異点の範囲は、揺れに応じて広がっているのだよ』

「……そうか」

 冷静に相槌を返す優輝だが、感情があればどういう事なのかと困惑していた。

「時空間……時間に関して観測出来るとはな。こちらでも、表裏一体のはずの現世……こちら側の世界と幽世との境界が薄れていたが……」

『原因は同様と見てもおかしくはないだろう。タイミングがあまりにも良すぎる。時間観測については、私も研究者なのでね。何より、未来から来た存在がいたという、時間遡行の実現者もいた。確かめずにはいられなかったのだよ』

 やはりマッドサイエンティストか、本題の傍らで語った時間観測の経緯について語る時、ジェイルは本来のテンションが少しばかり戻っていた。
 尤も、本題が本題なので、そのテンションはすぐに真剣なものに戻るが。

『時空間の歪みに気付けたのは偶然だが、そのおかげで揺れとの関連性も見つける事が出来た。……今は時空間だけだが、今までの法則から外れ始めている。気を付けたまえ』

「……重々承知だ。ただでさえ異常事態が続いている。警戒しない理由がない」

 世界が変わり始めていると、ジェイルは言う。
 その警戒が必要なのは、優輝もよくわかっていた。

「情報、感謝する」

『少しでも役に立てたならば何よりだ。では、こちらも忙しい身なので、ここらで通信を切らせてもらうよ』

 そういって、ジェイルは通信を切る。

「(……ジェイルも、ジェイルなりにどうにかしているようだな)」

 “忙しい”とジェイルが言った事から、優輝はそう推測する。
 尤も、今はお互いの事で手一杯なため、すぐに思考を切り替えた。

「時空間の歪み……か」

〈規模では幽世との境界よりも大きい問題ですね〉

「ああ。まぁ、タイミングからして、どちらも同じ原因だろう」

 境界が薄れる事は、言い換えれば空間の歪みとも言える。
 そのため、境界に関しても時空間の歪みと同じだと考えられた。

「……問題は、地球を中心に特異点と化している事と、そこから従来の法則から乖離し始めている事だな」

〈法則の乖離……それによって境界も薄れていると?〉

「本来起きないはずの事象が発生し、起きるはずの事象が発生しない。……法則が変わっていると見てもおかしくないだろう」

 ジェイルは“想定外の事ばかりが起きている”と言うつもりで、法則から外れ始めていると発言したが、優輝は別の意味で捉えていた。
 解釈の違いでしかないのだが……優輝のその推測は間違いとも言い切れなかった。

「………」

〈マスター?〉

「少しばかり、頭の整理ついでに精神統一する。結局の所、今打てる手はないに等しい。なら、今できる事をするしかないだろう」

 情報を得ても、何をすればいいのか分からないのは変わらない。
 そのため、優輝は情報を整理するついでに、自分の今ある力を磨く事にした。
 感情があれば、これしか出来ない事に歯痒さを感じるであろう、何も打つ手がないという事実を、受け止めながら。















 
 

 
後書き
転生について、誰がその事情を知っているのか作者でも把握できなくなっていたり……。
一応、転生者それぞれの身内と、アリシア達霊術使いとはやてぐらいは知っている設定です。

真面目に優輝達には打つ手がないです。まず情報も足りませんし、時空間に対して個人がどうすればいいのか、と言う話ですから。 

 

第193話「足踏みする者達」

 
前書き
未だにサーラについて秘密にしている帝。
……本人も作者も暴露するタイミングを完全に逃しています(´・ω・`)
 

 






       =out side=





「震源地は!?」

「分かりません!」

「ならば被害は!?」

「ッ……!?建物の倒壊、及び津波の心配ありません!」

「馬鹿な!?あれほどの衝撃だぞ!?」

 まさに阿鼻叫喚、と言った様子だった。
 魔法文化が発展していなかった事もあり、地球のどの機関でも、二度起こった揺れに関する情報を探る事が出来ずにいた。
 いくら魔法や霊術の存在が判明しても、時空間の異常など知る術などないからだ。
 ……尤も、優輝達すらも“揺れ”自体が何なのかはわかっていないのだが。







「……これでもない。これも……違う」

 所変わって、時空管理局本局の無限書庫。
 その中で、クロノと同行していたユーノは情報を探っていた。
 二度の揺れがあったため、ユーノだけ本局に残ったのだ。
 次元航行部隊の本部とされる本局でも、二度の揺れは観測されている。
 既にその事は知れ渡り、次元震とはまた違う空間の揺れとして、警戒されていた。

「やっぱり、今までのどの事例とも一致しない……」

 持ち前の調査能力で、ユーノは情報を集める。
 しかし、揺れと一致する情報はなかなか見つからなかった。

「……これは、一朝一夕じゃ終わらないぞ……」

 ユーノの調査能力を以ってしても、情報が掠りもしない。
 その事から、長丁場になりそうだと、ユーノは気を引き締めた。


「(……出来れば、応援を呼びたいかな)」

 なお、さすがに一人で調べるには膨大な情報量なため、助力が欲しいユーノだった。









「どどど、どうしよう!?さっきの揺れで、大門が!」

「開きかけているのか!?閂のあんたでも何とかならないのか!?」

「なってたらどうにかしてるよ!何とかしたい……でも、出来ないの!」

 そして、幽世でも。
 二度目の揺れにより、異常事態は佳境に入っていた。

「ちっ……せめて瘴気は現世に出さないように!」

「分かってる。もう術式は設置してあるよ!緋雪ちゃん!」

「は、はい!」

「皆の避難と、一時的な瘴気の破壊、頼んだよ」

「分かりました!」

 “幽世の大門が再び開きかけている”。そんな事態が幽世で確認された。
 幸い、現世では確認が出来る者達は大門近くにいないため、まだ気づかれていない。
 否、気づいていた方が協力し合えたかもしれない。
 だが、今はそれよりも幽世で何とか出来ないものかと、とこよ達は奔走していた。

「紫陽ちゃん、均衡とかはどうなってるの?」

「……一切、崩れる様子はないね。不気味なぐらい安定している。あれ程の揺れと、大門が開きそうな事態だと言うのに」

 とこよは大門に掛かり切りとなり、紫陽が幽世全体をなるべく把握する。
 その中で、現世との均衡も調べたが、一切異常が見られなかった。
 ……尤も、それ自体が何よりも異常なのだが。

「……ただの揺れじゃない。……でも、ただ空間に干渉したのなら、これぐらいでは済まないはず……だとしたら……」

 とこよが瘴気を抑える術式を行使しながら思考を巡らす。

「……時間?いや、さすがに……」

 ふと、時間に干渉したのではないのかと、とこよは考える。
 すぐに違うだろうと思って否定しようとするが、一度浮かんだその考えは、なかなか頭から離れる事はなかった。

「『……緋雪ちゃん。魔法で時間に干渉する事って、出来る?』」

『魔法で……ですか?』

 伝心を使って、とこよは緋雪に尋ねる。

『……私の知る限り、魔法では無理です。ただ、別の方法なら出来ると思います』

「『そうなの?』」

『はい。……実際、私も巻き添えとはいえ未来から過去へ行きましたから』

 それは、緋雪の生前の時。
 優輝達は一年前の時間にタイムスリップしていた。
 そのことから、時間干渉をする方法はあると、緋雪は言った。

「『時間干渉が可能……もしかして、さっきの揺れって……』」

『とこよさん?もしかして……』

 とこよの伝心から伝わる呟きに、緋雪は不安になる。

「『ううん、例え時間干渉でも、境界が薄れた影響は出るはず。そもそも、境界は空間干渉でないと意味がない。じゃあ、あの揺れって……?』」

『とこよさん!』

「『っ、ご、ごめん。考え事が漏れてた……』」

 緋雪の一喝により、とこよは一旦思考を中断する。

「『瘴気と妖を抑えるのは任せて。避難先は式姫の皆が集まってる場所でお願い』」

『わかりました!』

 式姫がいれば、瘴気も妖も大丈夫だろうと、とこよは考える。
 現世と違い、幽世にいる式姫達は皆全盛期の力ままで、数も段違いだ。
 流れ着いた者たち程度の数なら、普通に守り通せるだろう。
 また、管理局員もいるため、流れ着いた者たちもまったくの無力ではない。

「(……揺れが原因で境界がさらに薄れたのは事実。でも、境界が薄くなっていたのは揺れが起きる前から……。大門を無理矢理開いた……ロストロギアだっけ?それが原因だと思うけど……)」

 瘴気を抑える術式を行使しながら、とこよは思考を続ける。

「(……ううん、この際、そっちはいい。今重要なのは、揺れの影響で何が起きたか、揺れが一体何なのか、と言う事)」

 何かが引っかかるような感覚で、とこよは揺れに関して考察する。

「(例え、時間でも空間でも、干渉したらその影響はもっと広い。表裏一体の世界の均衡を保ったまま、境界を薄くするなんて……どちらでも不可能なはず)」

 そもそも、世界の境界に干渉しておきながら、それ以外には影響を出さない事自体が、今回の現象の異常さを際立たせている。
 それに関しては、とこよ達だけじゃなく、優輝達やジェイルも気づいていた。
 そんな異常さだからこそ、とこよは無視する事が出来なかった。

「……ッ―――!ぁ……もしかし、て……」

 その時、ふと、一つの考えがとこよの脳裏を過った。
 それは、あまりにも規模が大きい事。
 幽世と現世だけじゃなく、全世界をも巻き込むような、突拍子もない考えだった。

「……空間どころか、“世界そのもの”に干渉、した……?」

 すなわち、干渉したのは時間や空間どころではなく、世界そのものだと。
 物理的な揺れでも、空間的な揺れでもなく、世界そのものが揺れたのだと。
 ……確証はないものの、とこよはそう考えた。……考えてしまった。

「―――ッ―――!?」

 もし、そうなら。
 そうだとするのなら。
 ……思考は、深みへと陥る。より、最悪な方向へと。

「(根拠なんてない。でも、もし、本当にそうだとするなら……!)」

 浮かぶその考えを、とこよは頭を振って必死に振り払う。
 まだそうだと決まった訳じゃないと、ただの憶測でしかないと、自分に言い聞かせて。

「(でも、辻褄が合う。むしろ、それ以外に思いつかないだけだけど……)」

 世界そのものに干渉しているのであれば、本来の法則から外れてもおかしくはない。
 むしろ、法則を外す事含めて干渉と言えるだろう。
 実際、とこよからすれば、幽世と現世の均衡を崩さずに境界を薄くする方法など、世界そのものへ干渉する以外に方法がない。

「(……正直、信じられないし、信じたくない。……でも、もしそうだとするのなら、私達だけじゃ手に負えないかもしれない)」

 根拠がないため、信じたくない気持ちが強いとこよ。
 だが、辻褄は合うため、“もしかすると”と考えて警戒する事にする。
 そして、その推測が当たっていた場合、自分達では対処しきれない考えた。

「(……推測の段階で、現世の人達に知らせる?……ううん、それだと無用な混乱も招いてしまう。いや、むしろ伝えていない方が右往左往して対処できるものも対処できないかもしれない。……どうすれば……)」

 あれでもない、これでもないと、とこよは思考を巡らせる。
 曖昧な情報を伝えるべきかと、彼女は悩み続けた。





「………」

 一方で、緋雪も悩んでいた。
 何かが起きている。だというのに、自分に出来る事がほとんどないからだ。
 強くなって、自身の体とも向かい合えるようになった。しかし、今はそんな強さだけではどうしようもない事態が起きている。
 その事が悔しくて、何か出来ないのか悩んでいたのだ。

「(……どうしよう、かな)」

 既に、とこよに言われた皆の避難は終わっている。
 他の式姫達が手伝ってくれたため、あっさりと終わったのだ。

「(現世との境界をどうにかする術を私は持ち合わせていない。だから、手伝える事なんてたかが知れている。……でも、何かしたい)」

 何も出来ないままでいられない。
 そんな我儘にも似た想いで、何か出来ないかと悩んでいた。

「……どうしたんだ?」

「……ティーダさん?」

 そこへ、ティーダが話しかけてくる。
 大門を閉じた後に流れ着いた者で、緋雪が初めて見つけた事もあって、彼と緋雪は他の流れ着いた者よりも交流が多かった。
 ティーダにとっても、緋雪は優輝の妹だという事もあって、接しやすかった。
 ちなみに、流れ着いた管理局員に、緋雪の知り合いはいなかった。
 その事に関して、緋雪は知り合いがいなかった事に寂しく思いつつも、知り合いが死んだ訳ではない事に安堵していた。

「……私に出来る事が、あまりなくて……」

「……流れ着いて、促されるままになっている俺達よりはマシだと思うが……」

「あー、えっと、そうなんですけどね……」

 それとこれとは別ではあるが、そんな回答をされて、緋雪は気まずくなる。

「大方、二度起きた揺れに対する事だろう。俺も管理局員として働いてきて、初めての経験だ。次元震でもないし、対処法も思いつかん。そもそも正体が分からないしな」

「……はい。何とかしようにも、私は基本的に破壊しか出来ないので……」

「君ほどの強さがあるなら、十分だと思うんだけどな……」

 ティーダにとって、緋雪の強さは羨むぐらいだった。
 その事に僅かながらの嫉妬を覚えつつも、真摯に緋雪の悩みを聞く。

「とこよさんも、紫陽さんもどうにかしようと頑張ってるのに、私は言われた事を手伝うぐらいしか出来ませんし……」

「何も出来ない俺達よりはマシだって」

「う……」

 緋雪は皮肉を言われた気分になって言葉を詰まらせた。
 なお、ティーダにそのつもりはない。

「まぁ、“自分も何かしたい”と思うのは悪い事じゃない。気持ちも分からない訳でもないしな。……と言うより、俺も同じだからな」

「ティーダさんも……?」

 自分も同じだと言われて、緋雪はどういう事なのかと聞き返す。

「君はここに慣れたから大丈夫だろうけどな、俺達は死んだと思ったら知らない場所に流れ着いたんだ。その事に不安もあるし、何もしないままでいいのかとも思っている」

「それは……まぁ」

 知らない場所に流れ着き、そこにいる者に促されるままになっている。
 そんな状態のままではいられないと思うのは、不安の事も合わせればむしろ当然だと、緋雪も思った。

「そして、俺は管理局員だ。公務員としても、施されたままではいられない」

 それは、世話されてばかりではいられないという、意地を張るかのような言葉だった。

「……ふふ……」

 そんな言葉に、緋雪は思わず笑う。

「……あー、おかしな事言ったか?」

「いえ……私と同じだなって、なんだか安心しました」

 少し気持ちが楽になったと、緋雪は微笑む。

「まぁ……安心してくれたなら、いいが……」

 少し照れ臭そうにしながら、ティーダはそう呟いた。

「……よしっ、気を取り直して、やれることはやろう!」

 手を叩き、緋雪を気を切り替えて立ち上がる。

「どこに行くんだ?」

「瘴気が集まっている所。本来、私は瘴気を祓うのは得意じゃないんですけど、破壊するのは得意なので」

 そう言って、緋雪は歩き出す。
 ティーダはその言葉について少し気になりつつも、それについて行く。

「……ついて来るんですか?」

「どの道、死んだ身としては帰れそうにないからな。それなら、ここに慣れるためにもと思ったが……ダメなら皆がいる所へ戻るが……?」

 郷に入っては郷に従え。
 そんな精神で、ティーダは幽世に慣れようと、緋雪の行動について行こうとしていた。

「危険が伴いますけど……まぁ、自衛も出来るようなので、構いませんよ」

「悪いな、手間を掛けさせて」

 実際の所、慣れるため以外でも、優輝の妹と言う事でティーダは緋雪を気に掛けていた。
 もう会えないティアナと重ねている節もあるのだろう。





「えい」

   ―――“Zerstörung(ツェアシュテールング)

 軽い一声と共に、瘴気が爆発する。

「………」

 シュールと言うか、気の抜けそうな緋雪の様子に、ティーダは言葉を失っていた。
 なんというか、思っていたものと違ったのだ。

「レアスキル……なのか?」

「え?あ、まぁそんな感じです。……後天的ですけどね」

 思っていた以上に作業感が強かったため、ティーダは邪魔にならないと思って気になった事を問いかけた。

「後天的?」

「……もう、気にしてない事ですけど……私、吸血鬼なんです」

「……は?」

 唐突なカミングアウトに、ティーダは間の抜けた声を漏らす。
 吸血鬼と言うのは、ミッドチルダにも架空の存在として知られてはいる。
 だが、いきなりその存在だと言われても、戸惑うのは当然だった。

「正しくは、吸血鬼に似た生物兵器……ですけどね。この“破壊の瞳”という力は、その時に発現したものなんです」

「ま、待ってくれ……吸血鬼?生物兵器?……どういう事なんだ?」

 説明を求めるティーダ。
 さすがに起承転結の結の部分しか言われなかったら聞き返さずにはいられない。

「えっと、少し長くなるんですけど―――」

 そこで、緋雪は過去の事を話し始める。
 もう気にしていないのもあってか、前々世や転生の事も話した。





「……魂に刻まれた事で、今世にも影響……か」

「今では、とこよさんや紫陽さんのおかげで、何とかなっていますけどね」

 話し終わり、ティーダが呆然とした様子で感想を漏らす。

「今でこそ、魂の欠陥をとこよさんと紫陽さんに補修してもらって軽い吸血衝動にまでに治っていますが……血を吸わなければ自壊し、吸い続ければ自我を失う。……私は、そんな生物兵器だったんです」

「………」

 困ったような笑みを浮かべてそう語った緋雪に、ティーダは掛ける言葉がなかった。

「……君は……君は、そんな人生を……だから優輝君は……」



   ―――「どうしてなのかは……まぁ、僕の力不足とだけ言っておきましょう」

 

「っ………」

 憂うような表情でそう言っていた優輝を、ティーダはふと思い出した。

「詳しく語る事はなかったが……そうか……」

「……言いふらすような事でもありませんからね」

 そもそも、故人となった妹の事は他人に話す事ではない。

「……せめて人として、死ぬ……か」

「お兄ちゃんには、大きな責任を背負わせてしまいました。その後悔はあります。でも、そうしなければ、私もお兄ちゃんももっと後悔していましたから」

「……強いな。君達兄妹は」

 話を聞いて、ティーダは優輝が緋雪を殺したくなかったのは分かっていた。
 その上で、殺すと決断したのだと、理解していた。
 そして、自分が同じ立場になった時、妹を、ティアナを手に掛けられるか決断を強いられた時を考えて……思わず、そう呟いた。

「弱かったから、強くなる事を強いられたんです。……私がもっと強かったら、生物兵器としての狂気に呑まれる事は、なかったでしょうから」

 力なく、緋雪は笑う。
 なお、そんなしんみりした空気の中、瘴気を破壊する行為は続いていた。
 そんなシュールな状況が、ティーダを暗い雰囲気に落とさずに済んでいた。

「それに、ティーダさんも凄いと思いますよ」

「俺が?」

「とこよさん……大門の守護者相手に、死ぬのを前提としたとはいえ、致命傷に繋がる一撃を与えたんですから」

 本来であれば、決して成しえない事。
 それをやってのけた事を、緋雪は素直に称賛した。

「正直、俺にもあそこまで出来たのは驚きなんだけどな……」

「地球の日本には、“火事場の馬鹿力”と言う言葉がありますから。緊急時に振り絞られる力と言うのは、凄まじいものですよ」

 そう言いながら、緋雪は霊術を行使して霧散した瘴気を集める。

「そういえば、魔法とは違う……なんて言ったか?」

「霊術の事ですか?」

「そう、それだ」

 話がキリの良い所で途切れたため、ティーダは目の前の事について話す。

「優輝君に御守りを渡されていたんだが、もしかしてそれも……」

「あー、多分、そうですね」

 今はもう手元にない御守りに使われていた技術が霊術だとティーダは知る。

「まだ表面上の事しか聞かされていないから分からないんだが……魔力とどう違うんだ?」

「そうですね……言い分けるとすれば、魔力は血液で、霊力は生命力そのものですね。魔力はリンカーコアがないとダメですが、霊力は生命であれば誰でも持っています」

「誰でも……俺も、か?」

「はい」

 ティーダも持っていると、緋雪は断言する。
 実際、誰もが生きるために霊力は持っている。

「それに、“死”を身近に感じれば感じる程、霊力の保有量は増えていきますから、ティーダさんも現世にいる普通の退魔師ぐらいにはなれますよ」

「実感がないな……それに、“死”を身近に、って……」

「瀕死の重傷を負って、そこから回復したり、臨死体験をしたり……が普通ですね。実際に死んでも増えるみたいです。私やティーダさんもその例ですね」

 何てことのないように説明する緋雪だが、ティーダからすればその説明は軽く流せるようなものではなかった。
 ……第一に、実際に死んだのだから、反応に困る。

「他には、その人に集束している因果などでも、保有量が決まるみたいです。とこよさんがいい例ですね。あの人は大門を閉じる役目と、守護者、閂と言った役目も背負いましたから、霊力の質も量も跳ね上がったみたいです」

「因果……運命みたいなものか」

 ティーダは概念や形のない力に詳しくないため、漠然とだけ理解する。

「概念的な要素以外では、やはり遺伝ですね」

「なるほどな……」

 魔力と明確な違いもあれば、似た部分もある。
 そう、ティーダは理解する。

「他に特徴的なのは……霊力は生命力を使いますから、魔力よりも質が高いという事ですね。普通の防御魔法だと、一定以上の霊術相手では紙のように破られてしまいます」

「俺が死ぬ時、バリアジャケットが役に立たなかったのも、それか……?」

「あー、大門の守護者だと、ほとんど関係ないかもしれませんが、多分……」

 そもそも並とはかけ離れた実力なため、相性は関係ないかもしれない。
 ただ、実力差を縮めた場合はその通りだろうと、緋雪は肯定した。

「それと、リンカーコアも同じようなものですけど、霊力を酷使しすぎると寿命を縮めます。リンカーコアが大きく破損するような事を霊力で行えば、ほぼ確実に死にますね」

「寿命を……生命力そのものを扱うなら、妥当か……」

 リンカーコアも、全損するような事があれば、死ぬこともある。
 その点においては、大した違いではなかった。

「まぁ、簡単な違いはこれぐらいですね。……あ、これは余談ですけど、地球にも魔法はあったみたいです。尤も、その魔法はリンカーコアを使わず、大気中のマナを扱うみたいで、どちらかと言えば霊術に近い扱いですけど」

「そうなのか……」

 管理外世界として扱われていた地球に、独自の魔法文化もあった事に、ティーダは若干ながら驚いていた。……尤も、散々驚愕する出来事に遭遇しているため、驚きとしてはそこまで大きなものでもなかったが。

「霊力に関しては何となくわかったが……瘴気と言うのは?」

「簡単に言えば有毒ガスみたいなものです。ただ、その性質が霊力などに似ている部分があって、負の性質を持っているので、浄化の類の術じゃないとあまり打ち消せません」

「……それじゃあ、さっきからやっているのは……」

 会話の間も、緋雪は瘴気を破壊の瞳で爆破し続けている。
 偶に妖が生成されて襲い掛かってくるが、緋雪どころかティーダにも軽く倒されている程、その状況が自然だった。

「私のレアスキル“破壊の瞳”は、概念的な破壊も可能なんです。さすがに浄化系の術には劣りますけど……手っ取り早いので」

 わざわざ術式を用意するよりも、ただ瞳を握り潰す方が手間がない。
 概念的な破壊をするための集中が必要とはいえ、術よりはマシだった。
 何より、緋雪は浄化系の術が得意ではないため、こっちの方が効果的だった。

「概念的か……俺にはまだ理解が及ばない領域だな」

「幽世で暮らしていれば、その内理解できますよ。私も生前はもっと大雑把な力の使い方をしていましたから」

 生前の緋雪及びシュネーは、力任せな魔法行使が多かった。
 だが、幽世に来てからは、とこよや紫陽に鍛えられ、人並み以上に精密操作が出来るようになっていた。
 なお、それでも優輝や鍛えてもらったとこよ達には及ばなかったりするが。

「ただ、今はそれよりも……」

「現在起きている異常事態をどうにかしないといけない……か」

「……はい」

 一通り瘴気を破壊し終え、軽い話から重い話へとシフトする。
 内容は、やはり世界中に起きている異変。

「現状表立って起きている事は幽世と現世の境界が薄れ、二つの世界が混ざり合おうとしている事。二度、原因不明の揺れが起きた事。そして、その影響でさらに境界が薄くなった事……ですね。他の次元世界にも、もしかしたら影響が出ているかもしれません」

「世界の境界云々もそうだが、揺れの原因が不明……ってのも危険だな。どういうものか分からない以上、対策のしようがない」

 現世幽世管理局共通して、何よりも揺れの原因や詳細が分からない事が問題だ。
 解明しようにも手が進まず、手掛かりとなりそうな情報も少ない。
 ごく一部だけが、影響を把握している程度でしかなかった。

「前例や、似た出来事がないのも痛いです。全てが手探りになりますから……。おまけに、幽世側からだと出来る事が限られます」

「組織として存在している訳ではないものな。自由に身動きが取れないのは痛い」

 緋雪すら、自由に身動きが出来ない。
 そもそも情報収集などに向いた能力ではないのも関わっているが……。

「いえ、式姫がいるので、いざとなれば情報収集においては少なくとも現世の日本より上を行けます。……出来る事が限られるのは、幽世が閉鎖的な世界だからです」

「そっちか……。所謂、死後の世界みたいなものだからな……」

 現世とは表裏一体の世界とはいえ、その範囲も日本だけだ。
 故に閉鎖的な世界となっており、世界の出入り口も日本だけだった。

「……結局の所、私達はここで足踏みしているしかありません」

「……そうか……」

 諦めたように溜息を吐く緋雪。
 ……実際、今緋雪やティーダに出来る事などなかった。













 
 

 
後書き
無限書庫について、wikiを調べた限りアカシックレコード扱いしてもそこまでおかしくはなさそうだったので、この作品ではアカシックレコード擬きとして扱います。
日々書物が増えて、どんな情報もちゃんと調べたら見つかるって……もうロストロギアだと思うんですがそれは……。(どこかの二次小説ではロストロギア扱いでした。公式設定?)

なんだか緋雪とティーダが良い感じに一緒にいますが、恋愛的な要素はありません。
地の文にもある通り、ティアナと若干重ねているだけです。
また、生物兵器だと語った緋雪に対してティーダは特に負の方面の感情は持っていません。歩んだ人生に対する憐れみはあれど、今の緋雪の雰囲気と実際に狂気等の状態を見ていないため、そう言った感情がないのです。尤も、話を聞いた後ならば、実際にその様子を見ても、覚悟して受け止めます(一度怯えの感情を見せますが)。 

 

第194話「合間の出来事・前」

 
前書き
ちょっと前回と対比になるかも?(登場キャラ的な意味で)
転生に関わる神は地球上の神と違って単位が“柱”ではなく“人”になっています(特に意味はない)。 

 






       =out side=







「……未だに進展なし……か」

 神の二人が現れてから数日。
 状況に一切進展はなかった。

「私達もあまり身動きが取れないというのも影響してるわね」

 現れた二人は目覚めず、揺れに関しても何も判明しない。
 慌ただしさだけは落ち着き、何も分からないまま数日が過ぎていた。

「でも、少しは落ち着いたからか、身動きもしやすくなったよ?」

「そうね。でも、大きく動くのはクロノ達が戻ってきてからでしょうね」

 現在、優輝達は片手間で魔力や霊力の精密操作を向上させながら普通に生活していた。
 優輝達だけでなく、司達や、新たに方法を教わった優輝の両親もやっていたりする。
 “脅威”に備えようとしても、監視の目がある今は特訓もできない。
 そのため、片手間でも出来る効果的な能力向上だけ行っていた。

「鈴さんとは?」

「霊脈の調査も行き詰ったようね。“揺れ”が二度起きた今、不用意に活用する訳にもいかないし、本家預かりの身になっている他の式姫達の下に行ったみたいよ」

「そうか」

 優輝が鈴の行方を椿に尋ねる。
 八束神社の霊脈を調査していた鈴は、既に海鳴の地から離れていた。
 一応、調査結果は那美や椿が持っているため、鈴抜きでも調査の続きや霊脈の利用が可能になっているが、現状それをするべきではないと結論づけられている。

「……多少のリスクを覚悟するなら動けるぞ」

「ダメだよ」

「やめなさい」

 動こうと思えば動けると発言する優輝。
 だが、即座に椿と葵から制止の声が入る。

「リスク度外視は危険過ぎるよ」

「感情がない今の貴方だと、何をやらかすか分かったものじゃないわ」

 一切の解明がされていない今、藪をつついて蛇を出すような事はしたくない。
 そんな思いで椿と葵は優輝を引き留めた。

〈マスター。クロノ様から通信です〉

「繋げてくれ」

 その時、リヒトにクロノからの通信が入った。

『直接通信するのは久しぶりだな』

「そうだな。……用件は?」

『聞いておきたい事が二つと報告が一つだ』

 手短にやり取りし、すぐに本題に入る。

『まず、報告だ。原因不明の“揺れ”に関してだが、地上本部はあまり重く見ていないようだ。代わりに本局の方が慌ただしくなっている。ユーノに情報収集を任せているものの、未だに有用な情報はない』

「……そうか」

 地上本部は次元震の亜種程度の認識しかなく、完全に本局に任せきりだった。
 代わりに、本局の方は次元震と似て非なるものだと理解しており、それ故に原因究明のために慌ただしく局員が動いていた。
 なお、本局と地上本部は仲が悪い事もあって、事の重大さは本局から地上本部へと伝わっていない。

「聞きたい事は?」

『一つ目は報告に関係する事だ。……そっちでは“揺れ”に関して何かわかっていないか?何か変化があったなど……』

「……一つある。二度目の“揺れ”の時だ」

 情報がないか、クロノが問う。
 それに対し、優輝は現れた二人について話した。
 ただし、神だという事は伏せておいた。

「現在も眠ったままだ。どうやら、外傷以外にも目覚めない要因があるようだ。解析が出来ないため、それが何かわからないがな。政府機関も無闇に手を出してこない」

『……目が覚めない事には、進展しない……か』

 実は、政府機関は既に件の二人を調査しようとした。
 しかし、調査のために来た時点で、運び出す事すら出来なかったのだ。
 そのため、諦めて志導家に置いたままになっている。

『わかった。些細な変化でもそこから何か分かるかもしれないからな。情報提供感謝する』

「ああ。……二つ目は?」

 クロノが聞きたい事は二つ。
 その二つ目が何なのか、優輝は聞く。

『先に言った二つと比べ、最優先事項と言う程でもない。……僕らが一度ミッドチルダに帰る時に言っていた殉職者達の葬儀についてだ』

「……!」

 その言葉に、椿や葵が先に反応する。

『葬儀自体はまだ先だが、君達が来るのであればこちらと行き来する許可が必要だからな。こちらでの渡航許可は既にあるから、後は地球の政府機関に許可を貰ってほしい』

「……分かった」

 行かないと言う理由はない。
 そのために、行くという旨で優輝はそう言った。

『話は終わりだ。僕も忙しいから、もう通信を切るぞ』

「ああ」

 通信が切れる。
 同時に、周囲に漂わせておいた障害物用の魔力弾を瞬時に全て破壊した。
 元々、精密操作のために、多数の魔力弾を操作していたのだ。
 そして、行動するために、最後に障害物用の魔力弾を破壊したという訳だ。

「聞いていた通りだ。人数は……僕ら三人だけでいいだろう」

「了解。伝えてくるねー」

 葵に、政府の人達に許可を取ってくるように言う。

「椿は霊術が使えるアリシア達に連絡を。魔導師でもある他は僕から伝えておこう。内容としては“葬儀のためにミッドチルダに行く”ぐらいでいい」

「分かったわ」

 その間に優輝と椿で、司達に一度ミッドチルダに行く事を伝えておく。

「まぁ、実際に行くのは数日後だな」



















「お兄ちゃん………」

 ミッドチルダ。そこに存在するとある家で、一人の少女が留守番をしていた。

「……」

 少女の名はティアナ。……ティーダの妹だ。

「(……お願い、無事に帰ってきて……)」

 何週間と家に帰ってこない兄を心配して、ティアナは心細くなっていた。
 地球で起きた出来事は、例えミッドチルダに伝わったとしても、大々的に知られる事はあまりない。

「(……お願い……!)」

 それ故に、ティアナは地球で起きた事を知らない。

「……あっ……!」

 その時、家にあるインターホンが鳴る。
 ティアナはその音を聞いて、つい期待して玄関へと向かう。
 ……兄が帰って来たのだと思って。

「っ……!あ……」

 だが、玄関を開けた先にいたのは、兄であるティーダではなかった。
 そこにいたのは、優輝達だった。

「貴方達は……」

「……言いにくい事だけど、伝える事があるわ」

 ……知らされず、不安になっていた。
 だからこそ、椿が語ったその内容は、ティアナを絶望させるのは必然だった。







「………」

 優輝達がミッドチルダに着いたのは、葬儀の二日前。
 殉職者を一斉に弔うためと、文化が違うため、日本の様式とは細かい所が違う。
 だとしても、ティアナに伝わらなかったのには、一つ理由があった。

「一応の知り合いであり、一番年が近い事もあって、私達が貴女の家に伝えに来たの」

 その訳は、偏に異常事態が続いているからだった。
 ティーダ以外にも殉職した者もおり、様々な対処に追われて手が回らなかったのだ。

「……そう、ですか……」

 溢れ出る感情を抑えつけたような声で、ティアナは椿の話に相槌を打つ。

「椿、葵」

「何かしら?」

「何かな?」

「……任せる」

 そんな様子のティアナを見て、優輝は椿と葵に事の成り行きを任せる。

「分かったわ」

 感情を失っている優輝では、どう声を掛ければいいか分からない。
 いや、わかったつもりで言葉を掛けて、さらに心を抉るかもしれない。
 そう考えて、椿と葵に任せたのだ。

「……一旦、上がってもいいかしら?」

「……どうぞ。大したおもてなしは、出来ませんけど」

「お茶くらいなら、自分で淹れるから構わないわ」

 まずは家に上がる。
 さすがに玄関先で話を続ける訳にもいかないからだ。





「……すみません。本来なら、私がすべき事なのに……」

「いいのいいの。優ちゃんなんか手持無沙汰になっちゃうから、むしろやらせといた方がいいんだよ」

 “客にお茶の用意をさせる訳には”と言うティアナを押し切り、椿と優輝で用意する。
 葵がティアナを椅子に座らせ、椿も優輝に指示し終わったのか対面に座る。

「あ、あの……」

「気にしないで」

 ティアナの隣には葵が座り、対面じゃない事を少し気にする。

「とりあえずは、これからの事について軽く話すわ」

 椿がそう切り出して、これからの事を話す。
 葬儀をどうしていくかや、その後のティアナの暮らしはどうなるかなど。
 分かりやすく噛み砕いた形で、椿はティアナに伝える。

「―――以上が、これからについて、軽く説明したけど……質問はあるかしら?」

「……いえ……」

 一通り説明し終わり、そのタイミングで優輝が沸かし終わったお茶を淹れる。

「……葬儀に関して以外で、何か聞きたい事とかは?」

「あの……いえ、特には……」

 俯き、何かを言おうとしても引っ込めるティアナ。
 優輝が淹れたお茶を飲みはするのだが、明らかに思い詰めていた。

「ティアナ……と言ったわよね?」

「は、はい……」

「今、霊術……魔法とは違う技術で周りには音が聞こえないようになっているわ」

「は、はぁ……?」

 唐突な切り出しに、ティアナはどういう事なのか理解できずに首を傾げる。

「……だから、これ以上背負い込まないで。悲しかったら、泣いていいんだよ?」

「ぇ……」

 葵のその言葉に、ティアナは息が止まったのかと錯覚した。
 ティアナにとって、隠していたつもりの感情が見抜かれていたからだ。

「……ぁ……」

 押し留めていた事を見抜かれて、その感情を抑えていた“蓋”に穴が開いたのだろう。
 まるでそこから決壊していくように、ティアナの目から涙が溢れてきた。

「……ぅ……ぁ、ぁあああああああああああああああああ!!!」

 一度決壊したものは、簡単には戻らない。
 今までの不安と、真実を知った時の絶望が溢れ、ティアナは大声で泣いた。

「(前世から記憶を引き継いで精神が成熟している優輝と違って、彼女は本当にただの子供。……大事な家族を喪った悲しみは心への負担が大きいでしょうね)」

「(……辛いのに、それを抑え込もうとするなんて、本当に強い子だよね)」

 泣くティアナを、葵が優しく抱き留める。
 優輝達は、元々ティアナに今回の事を伝えたら大きなショックを受けるだろうと予測していた。そのため、一番優しく受け止められる葵が隣に座っていたのだ。

「(存分に泣きなさい。疲れ果てて眠ってしまうまで。……私達は、貴女に付き合うわ)」

 慰めの言葉を掛ける事もなく、ただただ寄り添う。
 下手に慰めるよりもこちらの方がティアナにとっていいからだ。







「すみません……人前で……」

「いいのよ。下手に我慢されるよりはね」

 しばらくして、ようやくティアナは落ち着いた。
 涙の後は残り、未だに悲しみは残るものの、会話出来るぐらいには落ち着いた。

「……お兄ちゃんは……兄は、立派でしたか……?」

「……ええ。実際に立ち会った訳じゃないけど、本当に立派だったわ。決して勝てないと分かっても、それでも生き、足掻こうとした」

「記録には映像と声しか残っていないけど、きっと君のために生き延びようとしたんだと思うよ」

 これは慰めからの言葉ではない。
 椿も葵も本心からそう言っていた。

「……何よりも、彼のおかげで敵に大きな傷を負わせることが出来た」

「兄のおかげで……?」

「命を投げうってでも撃ち込んだ術式が後の戦いでも残っていたの。……それに気付いた優輝が、彼のデバイスを使って術式を発動させたのよ」

 ティーダがいたからこそ、守護者を追い詰められたと椿は言う。
 事件の詳細を知らないティアナだが、兄の働きは無駄ではなかったのだと理解した。

「そう、ですか……」

「……っと、忘れる所だったわ。優輝」

「ん?ああ、これだな」

 椿が優輝に呼びかけ、優輝は懐からあるものを取り出す。

「これは……デバイス、ですか?」

「ああ。……ティーダさんの、な」

「ッ……!」

 それは銃型のデバイス。“ミラージュガン”。
 ティーダの使っていたデバイスだ。

「戦闘で借りたが、壊れる羽目にならず済んだ」

「形見、と言う事になるわ。どう扱うかは、貴女の自由よ」

 テーブルの上に出されたそれを、ティアナは恐る恐ると言った様子で持つ。
 “形見”。自身の兄が遺したもの。そう思って、ティアナは胸元に持ってくる。

「……ありがとうございます」

「お礼なんて構わないわ。貴女はまだ子供。……誰かを頼るのは普通の事だもの。だから、辛い時はちゃんと周りを頼りなさい」

 それでも感謝の思いは収まらない。
 そんな様子で、ティアナはまた頬を涙で濡らした。











 ……数日後。
 予定通りに葬儀は行われた。
 魔法関係の事件に関わるため、殉職者が比較的多い管理局員の埋葬は、日本と違ってそこまで仰々しく行われない。
 それでも、殉職した人達の家族や知り合いが多く集まり、大きな規模になっていた。

「……本来ならこの何倍もの人が死んだ……のですよね……?」

「ええ。現地の一般市民、こちらで言う魔導師のように力を持った存在である退魔師を合わせれば、この五倍の人数には届くわ」

「そんなに……」

 だが、その人数も実際に出た死者の数に比べれば一部に過ぎない。
 ティアナは事情を聞いていたものの、それほどの数の人が死んだ事に驚いていた。

「……あたし達も、一歩間違えればここにはいなかったよ」

「そこまで、危険な事件だったんですか……」

 椿と葵に至っては、再召喚がなければ死んでいた扱いになるほどだ。
 優輝もボロボロになり、感情を代償にしなければ守護者には勝てなかった。
 ……振り返れば、振り返るほどに、ギリギリの戦いだったのだ。

「ロストロギアによる、災厄の再現……と聞きましたけど……」

「それによって出現した敵が強すぎたのよ。詳しくは、あまり話せないけどね……」

「危険さを表現するならば、魔導師ランクがAA以上の者を10人以上で対処させても手に負えない程だな。中には、AAAランクもいたのに関わらず、だ」

 それは、魔法世界の住人にとってどれほど“やばい”と思わせるのか。
 Aランクの魔導師で優秀と言われる程だ。それ以上の人材が10人以上で歯が立たない。
 しかも、司に至ってはジュエルシード使用時は実際に測っていないとはいえ、SSSランクを超えると断定できる程なのだ。
 ……それが、歯が立たなかった。

「……正直、信じられないです」

「まぁ、嘘か悪夢としか思えないだろうな」

「問題なのは、それを成した敵がたった一人な事なんだよねー……」

「――――――」

 続けられた葵の言葉に、ティアナはさらに言葉を失った。
 ただでさえ、優秀な人達が束になって敵わなかったというのに、その敵は複数ではなく、たった一人なのだ。
 まるで、雲の上の存在かのようにしか思えなかった。

「……そんな存在、どうやって倒したと言うんですか……!?」

 その言葉は、至極当然の質問だった。

「“質”が足りないのなら、“量”で補う……。現地協力者と共同して、総力戦よ。最大戦力をぶつけるしかなかったの」

「…………」

 ティアナにとって、優輝達から聞いた事件の印象はそこまで大したものではなかった。
 偶々ロストロギアが管理外世界で起動し、災厄が呼び起こされた。
 そんな印象でしかなかったのだ。
 だが、その実態はS級ロストロギアと言える程危険な事件だったのだ。
 言葉を失うのも当然だった。

「上手く連戦に持ち込んで疲弊させたのも大きかったな。徐々に戦力差を縮めて、こちらも諦めずに戦い続け……ようやく、だ」

「……それほどまで……」

 守護者と戦い続けた者から死人が出なかったのは、奇跡に等しかった。
 しかも、この場では明かしていないものの、結局倒しきれなかったのだ。
 




「―――む……?」

 その時、優輝が何かに気付いたように顔を他所に向けた。
 ……もし、この時優輝が顔を向けなかったら、ティアナが“その言葉”を聞く事はなかったのかもしれない。

「どうしたんですか?」

 ティアナが疑問に思って、同じ方向を見る。椿と葵も同じくそちらを向いた。
 そこには、小太りの男性がいた。
 身に付けている管理局の紋章から、ティーダよりも上の階級なのがすぐ分かった。

「ッ、まずっ……!」

 耳のいい椿が、その男性が言っている言葉をいち早く聞き取り、慌てる。
 すなわち、ティアナには聞かせるべきではないと。耳を塞ごうとして……。

「―――犯罪者を管理外世界に逃しただけでなく、その犯罪者共々死ぬとは局員として有るまじき失態だ!まったく、こんな“無能”が部下だったとはな。嘆きたくなる」

 間に合わず、ティアナの耳に“その言葉”が入った。

「……ぇ……」

 “無能”。その言葉が、ティアナに聞こえてきた。
 誰の事を言っているのか、理性が理解するのを拒もうとした。
 だが、その前の言葉が、嫌でもティーダの事を指していると理解させられた。

「………」

 心無い言葉に、ティアナはティーダが死んだ時以上のショックを受けた。
 あの兄が、大好きな兄が、無能だと言われたのだ。
 話に聞くエース・オブ・エースのような才能持ちにも負けないように、ずっと努力して、管理局員として正しくあろうとした兄を、侮辱された。
 ……その事実が、ティアナの心に深く突き刺さった。

「首都航空隊の魔導師であるならば、死んでも任務を遂行するのが当たり前だろう!だというのに、あの若造は……!」

 ティーダに対する男の侮辱は続く。
 それもティアナの耳に入り、悔しさで視界を涙で滲ませる。
 男の傍に他の部下もいたが、どうやら逆らえないようで、口出し出来ていなかった。

「ッ……この……!!」

 椿が怒りを爆発させようとした、その時。
 ……その椿よりも先に、葵がその男に近づいた。

「……ねー?」

「ん?」

 笑顔で、自然体で、葵は男に声を掛けた。

「……もう一回言ってみなよ。誰が、“無能”だって?」

 そして、次の瞬間。
 笑顔のまま、放つ言葉に殺気が込められた。

「な、何だお前は!?」

「貴方の部下だったティーダ・ランスターの知り合いだよ。で、誰が“無能”なのかな?」

「(……なるほど。今の椿は神としての側面も持つ。だから……)」

 葵が先に接触したのは、椿の怒りをこの場で出す訳にはいかなかったからだ。
 葬儀自体は終わったとはいえ、未だに人が集まっている。
 そんな場で椿の怒りが爆発すれば、文字通り雷が落ちて大変な事になってしまう。
 その怒りを落ち着かせるために、先に葵が前に出たのだ。

「ふん。あの無能の知り合いか。あいつと同じく低能らしい面構えだ」

「うん?鏡でも見て言ってるのかな?あたしにはそう聞こえたけど」

「なっ……!?」

 煽る。むしろお前こそが無能だと、笑顔のまま葵は言った。

「ねぇ、彼のどこが“無能”なのかな?次元転送で逃げようとした次元犯罪者を追いかけ、最後の最期まで足掻いた彼の、どこが“無能”なの?」

「ふ、ふん!それで無様に死んでいる事そのものが“無能”だと言っているのだ!」

 注目が集まってくる。
 だが、もう止まらないのか、男は主張を止めない。
 その様子に、優輝も葵の横に並び立った。
 椿は二人の行動を見て一旦落ち着き、ティアナに寄り添ってあげていた。

「AAランク3人、AAAランク4人、Sランク4人、SSランク2人、SSSランク1人。魔導師ではない現地協力者は推定になるが、AAランク2人、AAAランク1人、SSランク1人だ」

「な、なんだお前は急に……!」

 突然の優輝の言葉に、男も戸惑いを見せる。

「……今回の事件で現れた災厄。それに対して一斉に戦い、一撃もまともに当てる事ができずに敗北した者達の強さだ」

 そして、続けられた言葉に聞いていた周りの者達は戦慄した。
 かなり優秀だと言われる者がそれだけの数集まり、敗北したのだ。
 それも、善戦した訳でもなく、圧倒的差で。
 その事実は、その場に集まっている者達にとって衝撃だった。
 一応、中にはその事実を知っている者もおり、その者達は驚いていなかったが。

「他にも条件付きでSSSオーバーの魔導師2人や、瞬間的な速さは同じくSSSランクに迫る魔導師、強力なレアスキル持ちのSSランク魔導師、全員が陸戦AAランクはあると思われる魔導師ではない現地協力者10名。……そんな戦力を連続でぶつけても倒しきれなかった」

「な、なにが言いたい!」

 さらに衝撃的な事実が露呈したが、男は先に何が言いたいのか問うた。

「……そんな敵に対し、たった一人で、お前が“無能”だと言った男は、傷を負わせ、後に致命傷とも言える布石を残したぞ?」

 顔を赤くして激昂していた男は、その言葉で固まった。

「“超”が付けられる程優秀な魔導師が10人以上でも敵わなかった相手に、たった一人で、死ぬと分かっていながらも必死に足掻き、一撃と致命傷に繋がる布石を残した。……これだけやって“無能”呼ばわりか。……随分とハードルが高いな?」

「な……ぁ……そ、そんな事実があるはずがない!!」

「認めないのは勝手だが、事実には変わりない」

 アースラからの監視映像には、瘴気の影響で記録には残っていない。
 しかし、実際に戦った者達のデバイスには映像が残っている。
 ティーダの最期も記録されており、既にそれらはクロノ達が複製してある。
 ……この男がどれだけ否定しようと、証拠は残っていた。

「死を覚悟し、その上で最後まで足掻き、無意味に終わらせようとしない。……それらを成すその勇気、その覚悟が一体どれほどのものなのか、貴方にはわからないだろうね」

 必死に否定しようとする男に向かい、葵は“だって”と続け……



   ―――お前は、“死”の恐怖を知らないからね



「……っ、ぁ……!?」

 葵の殺気に中てられ、男は体を震わせ、何も言えなくなる。

「今回の事件における彼の行動と活躍は、事件の担当となった提督や執務官もしっかりと取り上げている。お前が何と言おうと、彼の“死”は栄誉あるものとして語られるよ」

 決して無意味ではない。意味があった。
 そう、葵は断言する。優輝と椿の想いも代弁して。

「……ううん、彼だけじゃない。他の殉職した人達も、管理外世界の見ず知らずの人のために戦った。……その事を侮辱するのは、その世界の一員として、許さない」

 本来であれば、立場の関係上葵が真っ向から対立するのは得策ではない。
 ただティーダと縁があるだけの嘱託魔導師だ。権力の差と言うのもある。

「ッ、ふん!たかが管理外世界の魔法を知っただけの小娘が口にした所で……!」

 故に、男も意地を張るように見下すような言い方を止めなかった。

「―――そこまでですよ」

 事実を言った所で、権力で威張っている相手は止まらない。
 止められるとしたら、同等以上の権力を持つ者の介入が必要だ。
 ……そして、その存在が今、そこに現れた。

「一部始終、見させてもらいましたよ」

「ほ、本局統幕議長!?」

 かつて管理局黎明期を支えた“伝説の三提督”の一人。
 本局統幕議長ミゼット・クローベルが、そこにいた。









 
 

 
後書き
情報が少ないのでミゼットさんの口調が分からない(´・ω・`)
一応、他の二次創作を見た限り、お婆ちゃんっぽい物腰柔らかい口調みたいですけど。
なので、相手の立場が下だとしても、丁寧な口調を崩さないだろうと思い、今回はこんな口調になりました。プライベート等ではまんま“人のいいお婆ちゃん”的な口調です。

ちなみに、守護者と戦ったメンバーの魔導師ランクが公式での魔導師ランクと違いますが、優輝達やオリ展開の影響で原作よりも高くなっています。一部は未測定だったり推定ですが。

長くなったので、前後編に分けました。 

 

第195話「合間の出来事・後」

 
前書き
前回の続き。
葬儀の騒ぎの収拾と、後おまけ的な事を。
 

 







       =out side=







 彼女の接近に気付いていなかった者は、ほとんどが言葉を失った。
 何せ、伝説と言われる三人の一人なのだから。

「ほ、本局統幕議長がなぜここに……?」

「あら?一つの事件で大勢の局員が殉職されたのよ?彼らを悼むために来ても何もおかしくはないでしょう?」

 そもそも、葬儀の際に名前も挙がっていた。
 来ている事自体は余程話を聞いていなかった者以外は絶対に知っていた。
 尤も、小太りの男が聞きたいのはそういう事ではなかったが。

「あっ、こ、これは……!」

 ふと、男は今の状況を再認識して、どうにか取り繕おうとする。
 しかし、遅い。あまりに遅い。

「取り繕おうと無駄です。一部始終見た、と言いました」

「ッ……!」

 さすがに本局統幕議長が相手では、男は何も言えなかった。

「自分に出来る事を精一杯成し遂げ、死力を尽くした者を認めないどころか、このような場で侮辱するとは、恥を知りなさい」

「ぅ……ぁ……」

 男の顔は真っ青になっていた。
 自分が口にしたことで、自分の首を絞めているからだ。

「貴方達も、このような場で騒ぎ立てるのはダメよ。例え思う事があってもね」

「……分かりました」

 ミゼットはそのまま優輝達に向けて、宥めの言葉を掛けた。
 実際言った通りでもあるため、素直に優輝は返事した。

「……管理外世界だからと、下に見る事なんて出来ませんよ。管理外世界は、魔法文化がない、と言う訳ではありません。今回のように、途轍もない存在が眠っている。あるいは存在した世界もあるのですから」

 丁寧な物腰で、諭すようにミゼットは言う。
 それは、男だけでなく、周りにいる者にも聞かせているようだった。

「特に、今回のような事例は一歩間違えればさらに多くの死人が出ていました。……殉職された者達の頑張りがあったからこそ、これだけで済んでいるのです」

 ミゼットは既に幽世の大門に関しての報告に目を通していた。
 そのため、大門の守護者がどれほど危険だったかも理解しており、また守護者に対するティーダの奮闘についても知っていた。

「彼らのような未来ある者達を失ったのは管理局として痛いですが……同時に、大いなる脅威に立ち向かった勇気は称えられるものです。……本局統幕議長として宣言しておきましょう。彼らの働きは、偉大なものであったと」

 宣言した。
 伝説と謳われる者の一人が、ティーダを含めた殉職者達は立派だったと。
 心無い言葉に傷つけられたティアナにもしっかり聞こえるように、彼女は宣言した。

「……異論があるのなら、後で私の所に来なさい。この事は“他の二人”も認めています。その上で異論を言うのならいいでしょう」

 “他の二人”。それはミゼット含めた伝説の三提督の残り二人の事だ。
 法務顧問相談役レオーネ・フィルス、武装隊栄誉元帥ラルゴ・キール。
 名前を挙げずとも、ほぼ全ての者がその二人の事だと理解していた。
 そして、異論を言うという事は、ミゼット含めた三人と対立を意味する。
 ……伝説と呼ばれた三人と敵対する程、男に度胸などない。

「……ぅ……ぁ……」

「……そもそも、遺族のいる場で、亡くなった方を侮辱するなど、管理局員以前に人としての品位が問われます。……覚悟、しておいてくださいね?」

 怒りやそう言った感情を見せる事なく微笑むミゼット。
 だが、その言葉を言われた当の本人は、まるで死刑宣告を受けたかのように、絶望を宿した顔を蒼白させていた。

「では、私はこれで失礼します」

 ミゼットはそのまま、丁寧な態度を崩さず、この場を後にした。
 残ったのは、絶望して体を震わせる男と、呆然とする者だけだった。

「……上手く収めて行ってくれたわね」

「そうだね。……正直、あたし達じゃ強引な手でしか黙らせなかったかも」

 優輝達はその間に移動し、そこで先ほどの事について述べた。
 なお、葵の言う強引な手とは、殺気などを使った手法だったりする。

「私も動こうとしたから人の事言えないけど、だいぶ首を突っ込むようになったわね、葵。優輝の影響かしら?」

「かもねー。でも、あれは誰だって反応するよ」

 軽口を交わしながら、ティアナの家へと向かう。
 尤も、徒歩では遠い場所での葬儀だったため、交通機関が必要だが。

「……さっきからティアナが無言だが……」

「えっ、あ、すみません……」

 小太りの男の発言以来、無言になっていたティアナ。
 ずっと何かを考えていたようで、優輝の言葉でようやく発言した。

「……やっぱり、あいつに言われた事が辛い?」

「あ、えっと……」

 葵の言う“あいつ”とは、もちろん小太りのの男の事だ。
 ミゼットが場を収めたとはいえ、確かにティーダの事を悪く言われた。
 その事で深く傷ついているのではないかと、葵は思ったのだ。

「……確かに、兄の事を悪く言われたのは辛いです。兄は、死ぬ思いをしてまで戦ったのに、あんな言い方をされるなんて……」

 ただでさえ家族として大好きで、両親がいない今では唯一の家族なのだ。
 そんな兄を悪く言われれば、ショックなのは当然だ。

「……でも、それ以上にさっきのあの人が言った事に、ホッとしたんです」

「さっきの人って言うと……」

「本局統幕議長ミゼット・クローベル提督だな。管理局員であれば、知らない人はいないと言えるほどの有名人だ」

 椿も葵も管理局の内情にはそこまで詳しくない。
 そのために優輝がついでに解説するように補足する。

「……悪く言われて悔しく思ったのは変わりません。でも、兄が頑張った事をしっかり認めてもらえて……兄の死は、決して無駄じゃなかったんだって……!」

「ティアナ……」

 ショックだったのは間違いない。
 だが、直後に救われたのも間違いないのだ。
 自分の兄は最期まで……いや、死んでも誰かのためになったのだと。
 ティアナは兄を誇りに思って、その死と向き合えるようになった。

「付き添い、ありがとうございました。……これから、どうなっていくかは分かりませんけど、きっと、兄のように誇りに思える人になってみせます……!」

 家に着き、ここで優輝達の付き添いとしての役目は終わる。
 別れる際、ティアナは改まって優輝達に向き直り、力強く宣言した。

「……うん、その意気だよ!」

「辛くなったら、周りを頼るのよ」

 その意志が伝わったのか、椿と葵が激励を送る。
 優輝もまた、一歩近寄り、言葉を掛ける。

「“ランスターの弾丸に貫けないものなんてない”。……君の兄が遺した言葉だ。その事も忘れず、これからも頑張ってくれ」

「……はいっ!」

 その会話を最後に、優輝達とティアナは別れる。
 その時のティアナの表情に、悲しみはなかった。















『葬儀って聞いてたが、なるほど、そういや“原作”にもあったな』

「『そうなのか?』」

 地球に帰還し、一応の報告をしていた優輝達。
 分担してそれぞれに連絡する中、優輝は帝と念話をしていた。

『ああ。そういや、お前は知ってても詳しくはなかったな。俺も忘れてきてるが……確か、“原作”だとティアナはそいつの言葉で傷ついて、コンプレックスになってた』

「『だけど、そうならなかった』」

『元々死ぬ時期もずれていたっぽいし、他の局員と一緒の葬儀でもあったからな。それに、実際とんでもない布石を残したのは偉業とも言えるしな』

 “原作”とは違う部分を、適当な推察を交えながら話す。

『……しかし、このままだとstsの時期にどうなるか……』

「『既にかなり乖離している。参考にすらならんぞ』」

『だよなぁ……いや、それは分かってるんだがな……』

 歯切れが悪い帝。優輝としては今の帝は“原作”に執着していないと分かっており、だからこそここまで気にしている事が気になった。

「『何か気になる事が?』」

『……俺達の行動の影響や、実際の状況が違うとかで“原作”とかけ離れているのは分かってる。でも、その中で俺達の影響を受けていなくて、尚且つ“原作”とそう違いがない展開があった場合に……な』

「『乖離した分、その展開で犠牲になる人が見逃せないのか?』」

 帝が上手く言葉にしようと絞り出すように言う。
 その言葉だけで優輝は何となく理解し、尋ねる。

『……よくわかったな。まぁ、その通りだ。詳しい時期は忘れてしまったが、フェイトに保護されるはずの二人がいて、その二人がどうなってるか気になってな』

「『“原作”とは異なった道筋を歩んでいるから、フェイトがその二人を保護していない、もしくは保護しないかもしれないって事か』」

『そういう事だ』

 保護される二人……それはsts編でのレギュラーメンバーであるエリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエの事だ。
 地球から遠く離れた場所での出来事なため、展開に大した影響もない。
 そのために、フェイトの行動の変化でどうなったのかもわからなかった。

「『直接聞く……のは不自然だな。……はやて辺りが知ってたらいいんだが』」

『確か、はやてには転生とかについて話していたな。それと、“原作”についてはともかく、転生自体はアリシア達も知ってたな』

「『はやてが知っていたら楽だが、知らなかった場合はアリシアに事情を話して聞く方がいいかもな。フェイトの姉だし、何かしら聞いているだろう』」

 家族であれば、食事時などで自然と話しているかもしれない。
 そう考え、いざと言う時はアリシアにも“原作”の事を話すべきだと優輝は言った。

『……そうだな。じゃ、まずははやてから聞いておくわ。アリシアの方もその時は俺から話す。俺が気にした事だからな』

「『わかった』」

 そう言って、帝は通信を切った。
 今の優輝からすれば、そこまで気にする必要はない。
 そのため、帝は優輝の耳に入れておく程度に終わらせ、自分で調べる事にした。

「……念話は終わった?」

「ああ」

 念話が終わったのを見計らい、先に報告を終わらせていた椿が話しかける。

「……それにしても、まだ目覚めないわね……」

「やっぱり、あんな状態で現れたんだし、呪いみたいなの掛かってるんじゃないかな?」

 ちらりと椿が客室の方に視線を向ける。
 そこには未だに神の二人が眠っている。
 葬儀から帰ってきても、何も変わらずに眠り続けているのだ。

「でも、調べる事すらできない」

「そこが問題ね。干渉出来ないのは、本当に面倒ね」

 存在の“格”。その問題が非常に深刻だった。
 これさえなければ、一歩どころか何歩も進展させる事が出来る程に。

「……リヒト」

「却下よ」

〈却下です〉

 一考してからリヒトの名を呼ぶ優輝。
 それだけで椿とリヒトが即座に却下した。

「まだ何も言っていないんだが」

「大方、以前の時と同じ事をしようと言うんでしょ?」

「……宝具、だっけ?あたしも反対かな」

 葵も言っていなかっただけで、椿とリヒトに同意見だった。

「だけど、これ以外に進展する手立てはないぞ?」

「……それは……」

 宝具による“格”の一時的な底上げ。
 それを優輝は行おうとしている。……反動が凄まじいにも関わらず。
 しかし、実際にこの方法しか状況を変える手はない。

「ほんの少しの時間でも反動がきついから、反対するのは理解出来る。……でも、方法がこれしかないのならするしかないだろう?」

「ッ……そう、だけど……!」

 それでも、無茶をしてほしくない。
 それが椿達の想いだった。

「司ちゃんは……っ、いや、今のなし」

「葵?」

 葵が司の名前を挙げ、咄嗟にそれを取り下げようとする。
 だが、既に二人の耳には入っていた。

「……我ながら、最低な事考えた、あたし……。“だったら司ちゃんが代わりにチャレンジすれば”……なんて……!」

「ッ……!……いえ、自分で言った事に嫌悪感があるなら、何も言わないわ」

 別の人を犠牲にすればいい。……そんな考えを持った事に嫌悪感を示す葵。
 椿は葵の発言に憤りを見せたが、すぐに葵も嫌悪感があると分かり、抑える。

「……いや、この際司に試してもらうのも手だ」

「優輝!?」

 しかし、優輝はその考えを肯定した。
 その言葉に、椿は驚愕と共に叱責の念を込めて名前を呼ぶ。

「何も僕の代わりに……と言う訳じゃない。今の所、理論上司にも僕と同じことが可能と言うだけで、実際に出来るのかはわかっていない」

「っ、確かめるために……と言う事?」

 そして、続けられた言葉に、少し納得する。

「ジュエルシードが必要になるかもしれないが、確かめておくに越したことはない」

「もし、あの時の男と同じ存在が襲って来た時を考えて……ね」

「そういう事だ」

 少しでも確実な戦力が整えられるように……。
 そう考えての、優輝の発言だった。

「……まぁ、実際その時になって出来なかったなんて事になるよりはマシね。でも、試すのを判断するのは司の意見が最優先よ」

「分かっている」

「……尤も、優輝の提案なら、あの子は喜んで試すだろうけど」

 そもそも“実際に出来るか試す”だけなため、面倒臭がりな性格でもない限り試してみるのが普通で、断る理由がない。









「……さて、早速聞いてみるか」

 一方、帝は念話が終わって早速行動を起こしていた。

「『はやて、今いいか?』」

『なんや?藪から棒に』

「『以前話した“原作”に関して、ちょっと気になる事があってな。そこまで重要……かは知らんが、知ってたらと思ってな』」

 はやてに念話し、先程優輝と話していた事について尋ねる。

『気になる事?』

「『既に、この世界は俺達の言う“原作”からかけ離れているのは分かるな?でも、その中でも“原作”に近い展開もある。例えば、地球やミッドチルダに関係ない次元世界での出来事とか』」

『……バタフライ効果って奴やな?』

 ほんの僅かな差異でも大きな変化を齎すかもしれない。
 “原作”と違う事での変化で気になる事があるのだと、はやては理解した。

「『ああ。……本来、この“原作”には描写されない空白期間において、フェイトは二人の子供を保護するんだ。どちらも、フェイトに保護されたからこそ、変に利用されずに済んだ……と、俺は記憶している。でも、ここだとどうなってるか分からないんだ』」

『下手に知ってしもうてるから、気になるっちゅう事やな。その気持ちは分かるで。……でも、悪いんやけど聞いてないなぁ……。管理局員としては、保護するのも仕事の内やし、そんな話す内容でもないと思ったんちゃうかな?』

「『そうか……』」

 はやては知らないとなり、少し落胆する帝。

「『やはり、アリシアに尋ねてみるか……』」

『アリシアちゃんも“原作”とか知ってるんか?』

「『いや。けど、転生については知っている。どうせ散々常識外な事が起きてるんだ。神様転生ぐらいなら受け入れてくれるさ』」

 既に別世界からの転生については知っているのだ。
 この世界に似た“物語”がその世界にあっても、“そういう事もあるだろう”と言った感覚で受け入れてくれるだろうと帝は思っていた。

「『時間取って悪かったな。元々これは俺が個人的に気にしている事だから、後は俺の方でやっておく。じゃあな』」

『了解や。まぁ、いざという時は頼ってもええで』

「『考えておく』」

 冗談めかしたはやての発言に苦笑いしつつ、帝は念話を切る。

「さて……となるとアリシアに頼らざるを得ないが……念話は意味ないしな」

〈さては失念していましたね?〉

 帝は霊術を習得しておらず、アリシアは魔力が極端に少ない。
 そのために念話も伝心も出来ないという今更過ぎる事実に、エアが突っ込む。

「そそそ、そんな訳ねぇだろ!?」

〈動揺が丸わかりです。マスターも霊術を習得しては?〉

 動揺する帝に、エアは冷静にアドバイスをする。

「……実戦に使わずとも、伝心ぐらいは出来た方がいいよな」

〈はい〉

 今までは両方を一遍に鍛えるというのは効率が悪いと言う事から、霊術よりもポテンシャルの高い魔法のみを鍛えてきた帝。
 だが、戦闘に使えなくともこういう場面で必要になるのだと実感した。

「転生者だし、人並み以上には霊力があったよな?」

〈そうですね。特典で英霊の力を持っている分、さらに質も高いようです〉

「エミヤの方はともかく、もう片方はギルガメッシュだしな……。ガワが俺だとしても、質に影響は出るのか……」

 特典なため、魔法やレアスキルとして使っている帝の能力だが、英霊の力と言うのはどちらかと言えば霊力に似ている。
 そのために、霊力にも影響が出ているのだ。

「……って、そうじゃなくて、とりあえずアリシアに連絡を……」

〈それならご安心を。私のデバイスネットワークより、フォーチュンドロップに繋げました。元々通信端末としても使えるので、電波さえ届けば通信出来ます〉

「いつの間に!?多彩なのは分かってたが、デバイスネットワークってなんだよ!?」

 会話中にエアが色々仕込んでいたため、帝が思わず突っ込む。

〈デバイスネットワークとは、霊力仕様のデバイスも含めたデバイス間でのネットワークです。まぁ、文字通りですね。ちなみに、今の所霊術の特訓で集まったメンバーのデバイスとしかネットワークは築けていません〉

「思ったより狭いな、そのネットワーク」

〈所詮は独自のネットワークですから〉

 ともかくとして、これでアリシアと通信が出来る。
 そう帝は考え、早速通信を繋ぐ。

『わ、いきなりフォーチュンドロップに通信が入ったと思ったら……帝?』

「デバイス間での通信ネットワークだとよ。それより、今時間とれるか?」

 突然の通信に驚くアリシア。
 ちなみにだが、さすがに念話や伝心と違い、頭の中だけで会話は出来ない。

『時間?何かあったの?』

「いや、聞きたい事と……後、出来るだけ秘密にしておいた方がいいって前提で、説明する事もあってな」

『聞きたい事はともかく……後者の方は一体……』

 凄く思わせぶりな言い方に、アリシアはむしろ警戒する。

「はやてと土御門の、えっと……鈴さんも一応知っているんだが、まぁ、俺達の転生前に関係する話だ」

『転生前……また重要そうな……』

「そこまで重要にはならんから安心してくれ。でも、聞きたい事には関係するから、話しておかないとダメだったからな」

 そう言って、帝は転生前の世界には、この世界に起きた事件に似た物語があった事をアリシアにかいつまんで話した。
 ただ、アニメとして存在していた事と、実際にこっちの世界で起きている事とはかなり違いがある事だけを大まかに話し、アリシアや一部の人は死んでいる事は省いていた。





『……つまり、帝が以前不可解な行動をしていたのって……』

「……出来れば、忘れてほしい。まぁ、架空だと思っていたキャラが現実として目の前にいるようなものだからな……」

 アニメとして存在していた。
 その事実を理解したアリシアは、むしろ以前の帝の行動に納得がいった。
 尤も、納得がいっただけで理解には程遠いが。

『でも、私達はアニメのキャラじゃないよ?』

「ま、そこが結局の所現実と架空との違いだな。まぁ、この際前の世界にアニメとして存在してた、なんて話はそこまで気にするな。俺達も気にしていないからな」

『本題の聞きたい事には関係するんだよね?』

「ああ。……つっても、飽くまでアニメと同じならって場合だが―――」

 そのまま、帝ははやてにも言ったような事を尋ねる。



『フェイトが保護……あ、それなら一つだけ聞いた事があるよ。確か、フェイトに似た境遇だったから印象に残って、私達にも話してたよ』

「本当か!?名前とかは聞いているか?」

『えっと……確か……エ、エリ~……なんだっけ?』

 さすがに一度聞いただけなので、はっきり覚えていないアリシア。
 だが、そこまで言えば、帝の方は何となく察する事が出来た。

「……エリオ・モンディアルじゃないか?」

『あー、確か、そんな感じだった気がするよ。って、名前が出るって事は……』

「まぁ、まず間違いないだろうな。とりあえず、そっちは大丈夫か……」

 二人の内、片方は無事に保護されていたと安心する帝。

「でも、もう一人は……」

『うーん……聞いてないなぁ……』

「そうか……」

 しかし、キャロの方は聞いていないと言われ、落胆する。

〈……マスター。その件についてですが、キャロ・ル・ルシエがフェイト様に保護されるのは、今から三年後辺りになります。ちなみに、追放自体は約二年後です〉

「って、まだ未来の話かよ!?」

『ちょっ、帝……。拍子抜けだよー……』

 そこへ、エアによる情報で、まだ未来の事だと知り、力が抜ける。

〈もしかしたら時期が早まっている可能性もありますが……〉

「そんな事言ったら常に不安になる。……まぁ、本来ならまだ未来なんだ。それが分かっただけでも御の字だ」

『えっと、つまり大丈夫って事だよね?』

「ああ。悪いな。こんな時期にいらない事聞いて」

 何とか一件落着し、帝はアリシアに手間を取らせた事を謝る。

『まぁ、これぐらいならお安い御用だよ。でも、どうしてそんなに気になるの?』

「……これは、大まかな道筋を知っているからこその、俺のエゴに過ぎない。……でもさ、何もしなければ救われない。もしくは何かしたから救われなくなった。なんて人がいると分かっていると、どうにかしたいんだ」

『帝……』

 それはエリオやキャロだけでなく、アリシアやリインフォースにも言えた事だった。
 アニメとしての未来を知っていたからこそ、何とかしたかった。
 帝のような転生者なら持っているエゴであり、理想だった。

「自分が何かしら行動していたら何とか出来たのに……って後悔するかもしれないって考えるとな。……ま、要は俺の自己満足だ」

『……私も、アニメとかは見るから、何となくわかるかな。少なくとも、悪い事じゃないとは思うよ。まぁ、だからと言って以前のあの言い寄ってくる態度はどうかと思うけど』

 物語で報われない人を見ると、その人物が救われて欲しいと思う。
 それは何もおかしい事ではないと、アリシアは言う。

「だから掘り返さないでほしいんだが!?」

『あははっ!まぁ、帝がしたいようにすればいいよ。もちろん、悪くない範囲でね!』

「ったく……ま、そうさせてもらうわ。じゃあな」

 軽口を挟み、通信は終わる。

「あー、これで懸念事項が一つ消えた……良かった良かった……」

〈現状には変化がありませんけどね〉

「目の前の事に集中できるようになったんだ。プラスではあるぞ」

 傍にあったソファーにもたれこみ、帝は安心する。
 大きな問題は残っているものの、少しでも悩みが消えたのは前進だ。

〈ちなみに、私のデータにある“原作”の記録によると、約二年後に機動六課設立のきっかけにもなるミッドチルダの臨海空港での火災が起きます〉

「…………」

 しかし、続けられたエアの言葉に、帝は固まる。

〈……マスター?〉

「……そ、それもあったぁあああああああああ!?」

 “原作”の知識を持つが故の悩みは、まだ尽きないのであった。



















 
 

 
後書き
エアは一応原作全ての知識がデータに入っています。
ちなみに、後半の帝視点は完全におまけです。
飽くまで“合間の出来事”なので、話の流れにはあまり関わらないような内容にしました。

なお、空港火災はレリック関連で、さらにジェイルが原作とは違う形で裏で動いているために、バタフライ効果で起きないようになっています。
もしかするとキャロも管理局より先にジェイルが保護する可能性も……? 

 

第196話「試行と目覚め」

 
前書き
前回言っていた司関連の話から始まります。
ちなみにですが、sts編はなかった事になる予定です。
その前に最終章に入るので。
 

 






       =out side=







「……じゃあ、やってみるね」

 現在、優輝の家には司や奏と言った、転生者が揃っていた。
 神夜も来ており、優輝の両親も今は復興支援で外出している。
 今優輝の家には椿と葵以外転生者しかいない状況だった。

「司以外も集めたのは……」

「もしもの時の保険だ。攻撃が通用しなくとも、時間稼ぎが出来るようにな。後、椿と葵は別だが、転生に関わる相手だから立ち会った方がいいと思ってな」

 司を筆頭に皆を集めたのは、以前言っていた“格”を上げられるのか確かめるためだった。その際に、何かしらトラブルが起きるかもしれない。
 その対処のために、他の転生者も集めたのだ。

「でも、やるにしても、どうやって……」

「普通に祈るだけじゃダメなのか?」

 司がどうしようかと悩む。
 そんな司に、帝はなぜ悩んでいるのかわからずに尋ねた。

「“願う”と“祈る”は厳密には違うんだよ。例えば、“こんな身体能力が欲しい”なら、どっちも大して変わらないけど、“相手よりも強くなりたい”だと相手を超えるような力を具体的に祈らないといけないの」

〈魔法でも同じですね。魔力弾も形や速度も考えなければいけませんし〉

「僕の創造魔法や帝の投影魔術に似ているな」

 つまり、“祈り”だけでは過程を全て飛ばして結果だけ出す事は出来ない。
 一部の過程や、結果に付随する“状況”をも想像して祈らなければならないのだ。

「なるほどなぁ……。だから、どうやって存在の“格”を上げるか悩んで………いや、ちょっと待て。存在の“格”を上げるって、どうしろと?」

「だから悩んでるんだよね……」

 帝は納得し、理解すると同時に頭を抱えたくなった。
 司もそれに苦笑いする。

「まさか、いきなり躓くとは思わなかったわ」

「確か、存在の“格”は魂とはまた別なんだっけ?」

「ああ。関係ないとは言えないが、魂を知覚するだけじゃ足りない」

 優輝も以前は宝具によって一時的とはいえ存在の“格”を上げた。
 その際に、魂が軋みを上げていたのも覚えている。
 だからこそ、魂をどうにかするだけでは足りない。

「優輝君は、どうやって上げたの?」

「……ほぼ感覚だった。それに、僕の場合は結果を決めてから過程を作るという、因果逆転に近い事をしている。……司の“祈り”とは別だ」

「そっか……」

 唯一の経験者の優輝すら、参考にならない。
 理論上は可能と言うだけで、机上の空論にしかなっていなかった。

「……どうするんだ?」

「そもそも、存在の“格”が違うと言っているが、厳密には何が違うのかよくわかっていない。……無理にその違いを近くするのは、労力に見合わないんじゃないか?」

 大人しくしていた神夜が呟くように尋ねる。
 それに対し、優輝がまず前提として考えている事が当てにならないと言う。

「って事は、手詰まりかよ!?」

「……そうか……」

 帝が驚き、神夜は再び傍観に戻る。
 神夜は、今までの事が間違いだった事もあり、ほとんどの行動が消極的になっていた。
 そのため、お互いに刺激しないように大人しくしていた。

「……感覚……漠然となら、わかるのかしら……?」

「奏ちゃん?」

 その時、奏が呟くように発言する。

「暫定的に言っていたとはいえ、“格”が違うのは、何となく分かっていたわ。雰囲気と言うか、そういうので自分とは違うと……違うかしら?」

「あ……確かに。あの時襲撃してきた敵も、後神降しした優輝君も何となく違うって……」

「あー、確かに人間と転生時に会ったあの神様とじゃ、違うってわかるなぁ……」

 感覚と言うよりも、本能に近い。
 そんな感じで、“格”と言うものを感じ取っていた。
 それを司達は思い出す。

「……でも、そんな漠然とした感覚で……ううん、これしかないんだよね。だったら、試してみるよ。えっと……」

 具体性なんて一切ない、感覚だけでの力の行使。
 成功するとは思えないが、少しでも成功率を上げるため、司は祈る。
 頭に思い描くのは、神降しをした優輝、以前襲撃してきた男。
 また、他にも何かに乗り移られていたなのはと奏と……

 ……覚えのない、自分(天巫女)に似た女性。

「ッ……!?」

 一瞬脳裏を過ったソレに、司は困惑して祈りが中断される。

「どうしたの?」

「……う、ううん。もう一回やり直すね」

 椿に何事か心配され、司は気を取り直してやり直す。
 さっき思い浮かんだ女性の事は、気のせいだと思って。

「(っ、また……!)」

 だが、またもやその女性の姿がちらつく。
 姿が朧気なせいで、漠然と自分(天巫女)に似ているとしか分からない。
 そして、それ以上になぜ記憶にないのに思い浮かぶのかが不可解だった。

「(集中……!)」

 それでも、集中しなければ。
 そう思って、司は祈りに専念しようとする。

「(思い出す……私達とは違う、“格”の違いを、その雰囲気を、感覚を……!)」

 これが、他の転生者なら、少しはマシだったかもしれない。
 司以外は、皆転生の時に神に会った記憶があるからだ。
 唯一司のみ、その時の記憶がない。
 そのため、わかりやすい対象がいないのだ。
 一応神二人がいるが、今も眠っているために当てにならなかった。

「(ッ……上手く、思い出せない……!)」

 元々あやふやな感覚だったもの。
 それを明確に思い出そうとするのは難しい。

「……司、無理しなくてもいいのよ」

「ううん……もうちょっと頑張れば……!」

 椿が気遣って声を掛ける。
 だが、司はまだいけると、再チャレンジする。

「(……あ……)」

 その時、ふと神二人が目に入る。
 もし“格”を上げられたら、すぐにでも解析が出来るように、同じ部屋にいたのだ。
 そのため、視界に入るのはおかしい事ではないが……。

「ぁ、ああああああ!!」

 その二人、厳密には巫女服の女性の方を見て、司は声を上げた。

「ど、どうした!?」

「も、もしかして……!」

 驚く帝や神夜達。
 そんな周囲の反応を無視して、司は巫女服の女性に駆け寄る。

「や、やっぱり……!」

「いきなりどうしたのよ?」

「この人……多分、私を転生させた神様……」

 記憶にないのに、朧気に脳裏に映る姿。
 その姿に、巫女服の女性はそっくりだったのだ。
 よく見れば、自分(天巫女)にも似ていた。

「そうなの?」

「あ、でももしかしたら違うかも……でも、私に関係があるのは確かだと思う……」

「……なるほど。確かにそれは言えるな」

 何度も脳裏に過るのだ。無関係な方がおかしい。
 優輝も、改めて女性と司を見比べて納得したように呟いた。

「まるで司を成長させたような容姿だ。双子程ではないが……例えるなら、“少し似ていない姉妹や親子”ぐらいには似ている」

「また微妙な例えだな……まぁ、確かにそんな感じだが」

 以前襲撃してきた男と違い、優輝達はそこまでそっくりだとは思っていなかった。
 だが、確かに女性と司は容姿が似ているのだ。

「司、目を閉じて見ろ」

「え?こう?」

「……似ているわね」

「そうか。俺達が見た時、そんなそっくりだと思わなかったのは、目を閉じていたからか。なるほどな……」

 目を閉じているかいないかで、所謂表情も違って見える。
 そんな些細な違いで、今まで誰も気づいていなかったのだ。

「でも、どうしていきなり?」

「……さっきから、イメージする時にちらついてて……」

「それで視界に入った時、その脳裏に過った姿と一致すると気づいたのね」

 記憶になくても会ったとするならば、心当たりは一つしかない。
 そう思って、司は巫女服の女性が自分を転生させた神様だと思ったのだ。

「……まぁ、一致したのはいいけど、本題の方はどうなのよ」

「あ……。ごめん、つい気になったから……でも、これで気になってた事はなくなったし、さっきより集中できるよ」

 椿の言葉に、司はそう返して祈りを再開する。
 脳裏に浮かんできたのが巫女服の女性だと分かった事で、先程よりも集中出来た。

「ッ……掴めた……けど、魔力が足りない……!」

 少しして、何かが自分の中で変わる感覚を感じる。
 だが、たったそれだけで魔力が足りない事が分かってしまった。

「ジュエルシード……!」

 すぐさまジュエルシードが司によって呼び出される。
 クロノ達が持っていき、既に管理局に保管し直されたものだが、天巫女である司の呼びかけにすぐに次元を超えてやってきた。
 ……管理局涙目な状況なのは、余談である。

「うお……!?」

「きゃっ……!?」

 直後、魔力が司から吹き荒れる。
 まるで嵐のように吹き荒れ、周囲の軽いものは吹き飛ばされる。

「っ、ぁ、ぁぁあ、あああああああ………!!」

 その中心にいる司も、“格”を上げる行為に声を上げる。

「(苦しい……だけじゃない……!魂が軋むって、こんな感覚なの……!?)」

 痛い。苦しい。……それだけじゃない。
 まるで体が膨らむような圧迫感もあれば、逆に圧縮する圧迫感もある。
 四肢が千切れそうなぐらい引っ張られる感覚もあった。
 その他にも、吐き気や頭痛、眩暈もした。

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 苦痛の類だけではない。
 魂が軋む感覚と共に、確かに自分の“何か”が変わっていた。
 それは力の奔流となり、司の体を駆け巡る。
 そして、司はそれを歓喜、高揚、快楽として感じ取っていた。

「ぁあ……!ぁあああ……!」

「つ、司……?」

「司ちゃん……?」

 苦悶の声に交じって艶やかな声が漏れる。
 明らかにおかしくなっていくその様に、椿と葵が心配する。
 二人だけでなく、奏や帝、神夜も心配していた。
 ……帝と神夜は司の声に若干気まずそうにもしていたが。

「ッ―――!」

 椿と葵の声が聞こえたのか、司は歯を食いしばって声を抑えた。
 そして、祈り続ける。
 魂が軋むその感覚に耐え、祈りだけは持続させていた。

「(も、もう少し……!)」

〈マスター……!〉

「もう、少し……!」

 体を駆け巡る、あらゆる感覚は、怒涛の情報量となって精神をも苛む。
 長時間それが続けば、正気すらも失う程だった。
 それでも司は続けるため、シュラインが思わず心配する程だった。

「……司」

 その様子を見ていた優輝が、これ以上は司が持たないと判断する。
 そして、中断させようと魔力が吹き荒れる中近づこうとして……。

「ッ!」

 ……“それ”に気付く。
 魔力が吹き荒れていた事で、優輝は気づくのに遅れていた。
 他の者に至っては、司に注目しているために気付いてすらいない。

 ……そして。







「―――そこまでですよ」







 司の祈りを打ち消すかのように、司の目の前で光が弾ける。
 まるで弾かれたように司は祈りを中断させられ、顔を上げる。
 同時に、吹き荒れていた魔力も収まる。

「あっ……!」

「いつの間に……!」

 そこでようやく、優輝以外もその存在に気付いた。

「あ……」

 司の祈りを止めた存在。
 それは、つい先ほどまで眠り続けていた巫女服の女性だった。
 まだ回復は仕切っていないようで、立ち上がってはいるものの、ふらついていた。

「これ以上は、魂が持ちません」

「目が、覚めたのか」

「おかげさまで」

 唐突な事に戸惑う皆の代わりに、優輝が問いかける。

「だが、もう一人は……」

「まだのようですね。ですが、それも仕方ありません。私は彼女を、司さんを転生させた者だからこそ、彼女の動きに気付き、目を覚ましたのですから」

 もう一人の少女の方はまだ目を覚ましていなかった。
 女性の方は司の力に反応して目を覚ましたのだった。

「………どうやら、世話になったみたいですね。場所を一旦移しましょう」

「分かった」

 優輝達を見回し、女性はそう提案した。
 話し合いのために、一度客間から居間に移動する。





「さて、まずは名前ですね。私は“祈梨(いのり)”と言います。察しているかと思いますが、神の一人です。……貴方方の事は存じています。転生者の皆さん、そして式姫のお二方」

「祈梨……聞いた事がないわね……」

「はい。私は世界に存在するどの神話にも属しませんから。名前も、飽くまで区別するために付けたものが大半です」

 響きからして日本の神だと思われる名前だが、同じ神である椿には覚えがなかった。
 当然だ。地球どころか、どの次元世界の神話にも属さないのだから。

「未だに眠る彼女は“ソレラ”です。……優輝さん、帝さん、神夜さんは見覚えがありますよね?」

「僕らを転生させた神だからな。さすがに覚えている」

 優輝の言葉に帝も、少し離れた位置にいる神夜も頷く。

「存じ上げている、と言う事は……」

「私達神々が本来いる世界、“立体交差多世界観測神界”……通称“神界”から、貴方達の事を観測していました。転生者なので、世界にどんな影響を及ぼしてしまうかの動向をある程度見ておくべきだったのです」

「……だから、私達を知っているのね」

 祈梨の言葉に、椿が納得したように頷く。
 だが、対照的に優輝は何か引っかかったような表情をしていた。

「(転生者が世界にどんな影響を及ぼすか……で、動向を見るのはそこまでおかしくはない。……でも、いくつもの世界を観測するだろうに、そんな個人単位まで見るか……?)」

 動向を見るなら、それこそ世界規模でも十分だ。
 影響が少なければ何の異常も起きず、その時点で観測には十分だからだ。

「(いや、僕の憶測と実際の神の観測方法が違うだけかもしれん。深く考えても仕方ないな)」

 しかし、それは結局根拠も薄い推測でしかない。
 そのため、余分な思考として優輝は切り捨てた。

「あの、私を転生させたって……」

「はい。その通りです。……すみません、他の神々は直接応対していたようですが、貴女の場合は精神が不安定だったのもあって……」

「いえ!別に、そんな……」

 司も祈梨も丁寧な物腰なため、お互いに遠慮したような態度を取る。

「……一つ聞いていいか?」

「何でしょう?」

「そっちのソレラという神は、今魅了に掛かっているのか?」

「っ、そうだ……!聞かせてくれ…っ、いや、聞かせてください……!」

 埒が明かなさそうだったため、優輝が一つ気にしていた事を尋ねる。
 神夜も気になったのか、思わず身を乗り出して便乗する。
 その際、相手が神なため、言い直すように敬語にしたが、優輝は別に敬語を使っておらず、祈梨もまたそこまで気にしていないため、その必要はない。

「ああ、その事ならとっくに解除されています。……どうやら、貴方も自覚して猛省しているようですね。せっかくです。封印を強化しておきましょう」

「……上辺だけじゃなく、しっかりとした封印か?」

「はい。その封印です」

 以前優輝も言っていた、能力を機能させなくする封印。
 それを、祈梨は神夜に施すようだ。

「………終わりました」

「早っ」

 少し祈る。それだけで、神夜は少しばかり淡い光に包まれた。
 あまりの呆気なさに、思わず葵が声を上げる程、すぐに終わった。

「実感はないんだが……」

「元々自覚なしの力ですから、実感がないのも仕方ありません」

「そうか……」

 それでも態々嘘をつく事もないだろうと判断し、魅了がもう発動する事はないのだと、神夜は安堵した。

「……優輝、そろそろ本題に入りなさい」

「そうだな」

 椿が口を挟み、本題に入るように促す。
 優輝も同意し、改めて祈梨と向き直る。

「……何があって、この世界に現れたんだ?」

「………」

 優輝が切り出したその質問に対し、祈梨は考え込むように目を瞑る。
 そして、間を置くように、椿が淹れておいたお茶を飲み、返答を返した。





「―――神界において、大規模の戦いが起きました。このままでは、神界のみならず、ありとあらゆる世界が“闇”に包まれます」

 そう言った祈梨の目は、今までの優しそうなものと打って変わっていた。
 追い詰められたように、真剣で、恐れも孕んだ眼差しだった。







「な―――!?」

 その返答に、まず声を上げて驚きそうになったのは帝と神夜だった。
 尤も、優輝以外も大差なく驚いていた。

「ありとあらゆる世界……それは、この世界のみならず……」

「貴方達転生者の前世の世界もです。神界は原則的にどの世界、平行世界も観測が出来るようになっており、今回の戦いでは、その特徴を通して全ての世界に干渉されてしまいます」

「……規模が大きいね……」

 理解はできる。
 しかし、その話の規模の大きさに、葵は信じられずにそう呟いた。

「信じられないのは無理ありません。ですが、事実です。……既に、この世界も何度か干渉を受けていますので」

「まさかとは思うが、あの“揺れ”は……」

「さすがに話が早いですね」

 感心したように、祈梨は言う。
 そして、それは肯定の言葉でもあった。

「一度目の“揺れ”で、この世界と神界の境界が壊されました。そして、二度目の“揺れ”は、私達が逃げる際に世界の壁に穴を開けた事で起きました」

「世界規模の干渉……!通りで、物理的にも概念的にも、空間的にも該当しない“揺れ”だったのね……!」

 祈梨の説明に、椿が納得したように声を上げた。
 次元世界をも跨いで起きた“揺れ”は、神界での戦いが原因だったのだ。

「干渉はそれだけではありません。おそらく、一度そちらからは干渉出来ない襲撃者がいたはずです。それと、その星の過去にあった災厄を再現する装置が」

「っ、もしかしてあの優輝君に似た男と、パンドラの箱……!」

「ああ、あれにはそう名付けたのですね」

 判明し、繋がった。
 つい先程まで手掛かりがなくなり、全く分からなくなっていた事が。
 あっさりと、祈梨の言葉で判明した。

「装置……か」

「はい。詳しく説明したい所ですが……先に本題を済ませましょう」

 どういったものなのか、詳しく知りたい優輝。
 だが、まずは本題でもある神界での戦いについて、祈梨は説明する。

「確か、神界で戦いが起きたって……」

「はい。……どこから話すべきか……」

 根が深い話なのか、祈梨はどこから話すべきか一考する。
 優輝達を一瞥し、最後に優輝を目に留めて、どこから話すのか決めた。

「事の発端、全ての始まりは一人の邪神が原因でした。その邪神は、“邪”とつくだけあり、神界でも屈指の“闇”の担い手です」

「邪神……」

「はい。神界にはありとあらゆる神がいます。善神だけでなく、悪神すらも。その中でも、邪神“イリス”は最も強い“闇”の力の持ち主でした」

 邪神イリス。名前からはどんな存在が想像がつかない。
 それが優輝達の印象だった。

「その力は、神界の神すらも洗脳してしまう程です。その力を以って、一度邪神イリスは神界を支配しようとしました」

「神、すらも……」

 帝がその言葉を聞いて、真っ先に連想したのは神夜の魅了の力だ。
 優輝から聞いた話でしかないが、自分を転生させた神も魅了されていたのだから。
 関連性を疑うのもおかしくはなかった。
 尤も、今はそれ以上に重要な話だ。帝はすぐに思考を切り替えた。

「当然ですが、他の神がそれを許しません。善神と、便乗しなかった悪神も協力し、邪神イリスを止めようとしました。……これが、かつて神界に起きた大戦であり、貴方達転生者を生み出してしまったそもそもの発端です」

「えっ!?」

「ど、どういう事だ!?」

 これには、聞き返さずにはいられなかった。
 まさか、自分達の転生がここで関わってくるとは思わなかったからだ。

「転生の際、聞かされませんでしたか?貴方達の事に関する書類を破いてしまったために、死んでしまったと」

「そ、そういや……」

「……言っていたわ……」

 各々が、当時の事を思い出す。
 なお、司は覚えていないため、椿や葵と共に蚊帳の外だった。

「……まぁ、そんなのは誤魔化すための方便です。ソレラさんならともかく、天廻(あまね)様や、サフィアさんがそんなドジをするはずがありませんし」

「何気にディスってないか……?それに知らない名前が……」

「ソレラさんはよくドジをしていたので。ちなみに、天廻様は緋雪さんを、サフィアさんは奏さんを転生させた神です」

「緋雪と私を……あの時の……」

 奏は、自分が転生する時に会った神を思い出す。
 確かに、書類云々の話をしていたが、結局それは嘘だったのだ。

「実際は、大戦の影響で他の世界の魂の循環に異常が生じ、その際に本来の寿命や死期と違うタイミングで亡くなった方を転生させていました」

「そういう事だったのか……」

 確かに、転生させる事が出来る神の世界で起きた戦いの影響だなんて言われるよりも、テンプレのように書類云々で転生させられる方が、死んだ事実としては軽いものだ。
 ……理不尽に死んだ事には変わりないが。

「話が逸れていましたね。大戦は、多くの傷跡を残しましたが、一人の神とその眷属の犠牲で、邪神イリスを封印した事で終結しました」

「大戦……と言う割には、死んだ神様が少ないような……」

 地球にある神話でも、死んでしまう神は多い。
 だが、祈梨の話だと、一人の神とその眷属以外は死なずに済んだように聞こえた。

「はい。神界の神々は滅多な事では死にません。そもそも、“死”と言う概念がないようなものです。“死”を司る神もいましたが、その神は邪神イリスに洗脳される事もなく、善神と共に戦っていましたので、犠牲自体は少ないです。……それでも、今挙げた神達以外にも神として死んだ者もおり、戦いも苛烈を極め、私達は窮地に陥る程の劣勢でしたが」

「……それが、“前回の大戦”か。そして、今回は……」

「はい。早い話、封印が解けました」

 それだけで、不味い事態になったと全員が理解した。
 何せ、相手は神界を窮地に陥らせた邪神なのだから。

「既に、封印を見張っていた神々は邪神イリスの力で洗脳されています。私達も、邪神イリスの勢力に追われ……天廻様やサフィアさんが逃がしてくれなかったら、ここにはいません」

「……なぁ、確か、この世界に来て目覚めるまで……」

「一週間は経っているな」

「ッ……!」

 既に祈梨達二人が現れて一週間が経過している。
 つまり、その分だけ戦況は変わっている事になる。
 その事に、帝は血の気が引いた。

「……幸いにも、こちらと神界では時間の流れが違います。ただ、それでも安心出来ませんが……」

「早急に対策を立てる方がいいか?」

「はい」

 猶予はあまりないと、祈梨は優輝の言葉に頷いた。

「……また少し逸れましたね。まぁ、後は簡単な話です。邪神イリスの勢力と神界の他の勢力が戦っています。以前この世界に現れた男も、貴方方がパンドラの箱と呼ぶロストロギアも、全て邪神イリスが封印されながらも仕掛けた事です」

「今までの謎が……全部……」

 それは、今まで後回しにせざるを得なかった事が全て判明する言葉だった。
 あまりにも呆気なく、謎が解き明かされる。
 ……だが、それ以上に。

 目の前に迫る問題に、全員の心が不安に覆われた。















 
 

 
後書き
立体交差多世界観測神界…所謂無限に広がる幾多の世界を観測出来る上位の世界。なお、正式名称の方は適当にそれっぽく付けただけなので、専ら“神界”と呼ぶ。なお、正式名称も通称も、そしてそこに住まう神々の名前も、他世界(優輝達)に通じる言葉に翻訳している設定がある。

邪神イリス…神界でも随一の闇の力の持ち主。ただし、物理的な戦闘力や総合的な強さは悪神の中でも一番ではない扱い。フルネームはイリス・エラトマ。(エラトマは悪のギリシャ語)


書類云々のテンプレは方便だったという衝撃の真実ゥ!
……まぁ、テンプレと思わせるための方便だったと言う、後付け設定(辻褄合わせとも言う)なんですけどね。

さて、ついに最終章へと物語はシフトしていきます。
もう少し第6章は続きますが、最終決戦に向けて一気に展開が進みます。
それこそ、対策を立てる暇も与えない程に。 

 

第197話「明かされる謎」

 
前書き
怒涛の展開になっていく……と思います。
ちなみに、原作にあったカリムの予言の力ですが、さすがに神界の事を予知する事は出来ていません。ただ、「未曽有の危機が迫る」的な、漠然とした予言自体は出ています。
……なお、本編に出る事はないです(多分)。

今回は前回からそのまま続いています。
 

 








 簡潔に直面している問題について述べた後、祈梨は経緯を説明する。

「最初に気づいたのはサフィアさんでした。すぐさま他の神々に伝達するため、サフィアさんの姉のルビアさんが出来る限り足止めし、その間にサフィアさんが神界中を駆け巡り、邪神イリスの復活を伝えました。……あの場では最善ですが、同時に悪手とも言えました」

「それは……どうして?」

 緊急事態を知らせるのは普通の事だ。
 むしろ、そこまで危険な相手なら、伝えるべきだろうと司は思った。

「……全ての神が邪神イリスを敵視している訳ではありません。前回の戦いのように、便乗する悪神もいるのです。サフィアさんの行動は、そんな悪神を動かすのに十分でした」

 だが、その行動がむしろ混乱を招いたと、祈梨は言った。

「各地で便乗した悪神が動き出し、その混乱で邪神イリスへの対処が遅れました。結果、足止めしに動いた神は全員洗脳され、ちょうどサフィアさんが私達に伝えに来た時に、私達も襲われました」

「その後、何とかして逃げ、ここに至る……と」

「はい。その際に攻撃を受け、しばらく眠る羽目になりましたが」

 経緯の説明はそこで終わる。
 後は優輝達も知っている通りだ。

「……情報が少ないな」

「そうね……。少しでも敵勢力の具体的な強さが分かればいいのだけど……」

 経緯を聞いて、優輝や椿は少し思案する。
 今までの謎が一気に解けたのは良かった。
 しかし、それ以上の難題として、神界の戦いが起きた。
 その情報は劣勢になっている事しかわからず、細かい事は不明だ。

「そうですね……物理的な強さはそれこそ、貴方達でも普通に勝てる神もそれなりにいます。しかし、神としての力は厄介となりますし、上位の神となれば、複数で戦わなければまず勝てないでしょう」

「……大門の守護者と同格以上が目安か?」

「そうですね。大門の守護者は、平均よりやや上の実力です。直接戦闘に長けた神相手でも、神殺しの特性がある限り、やり合えるでしょう」

「………」

 戦闘と呼べない程圧倒的ではない事を喜ぶべきか。
 それとも、とこよ並の力量が必要な事を嘆くべきか。
 祈梨の言葉を聞いて、優輝達は黙り込んだ。

「私も、直接戦闘力は大門の守護者……いえ、この場合はとこよさんと言うべきですね。彼女と同等です。得意な得物なら負けませんが、それ以外は劣ると言った所です」

「っ………」

 その言葉に、優輝がピクリと反応する。
 そう。それは言い換えれば、神降しやジュエルシードなしであれば、祈梨はこの中で一番強いという事だ。

「……神界以外も巻き込まれる事から、皆さんも落ち着けないようですね。しかし、前提として貴方達の攻撃は神界の存在には通用しません」

「……分かっている。僕らは存在の“格”が違うから通じていないと見ているが……」

「その通りです」

 神界の存在を相手に戦う事で、現状最も重要なのは強さではない。
 神界側のその一方的な優位性が、一番の問題だ。

「そこまで見抜いているとは、さすがです。まぁ、司さんがジュエルシードと天巫女の力で無茶をしていたので、見抜いているとは予想していましたが」

「世辞はいい。……この問題を解決しない限り、その邪神が神界を支配した時点でこちらには成す術がなくなる。それだけは避けたい」

 ただでさえ劣勢なのが分かってしまっている。
 そのまま無力で過ごすのは、優輝だけでなく、全員が望まない事だった。

「……一つ、手段があります。ただ、神界がこちらに干渉してくるまで、その手は使えません。それ以外だと、魂と肉体への負担なくして方法はありません」

「負担なしで可能なのか?」

「はい。……その代わり、しばらくの間私は戦えません」

 はっきりとそう言い切る祈梨。
 優輝にとって、負担があっても方法があればと考えていた。
 しかし、負担なしとなれば、祈梨が戦えなくなる事を踏まえても十分だ。

「しばらく、か。その間は僕らで何とかする訳だな。その方法はどういったものだ?それに、その方法は複数人に適用されるのか?」

「方法は私の神としての力を使います。それと、効果は貴方達だけではありません。次元世界も含めたこの世界全ての生物に適用させる事が可能です」

「ッ……!」

 方法はともかく、効果範囲で司や奏は驚愕に息を呑む。
 複数人どころか、全ての生物が神界の勢力と戦えるようになるのだから。

「神界の神々が攻めてきた時、同時に神界がこの世界の近くに在ると言う事になります。その“縁”を利用し、神界側の存在の“格”に、この世界の生物達の“格”を昇華させます。……範囲と数が途轍もないので、反動で私は力を使い果たします」

「なるほど。そういう事か……」

 納得のいく代償だと、優輝は頷く。

「す、凄まじいな。まさか全人類どころか全()()が対象かよ……」

「それだけ、神界の神々は規格外と言う事ね」

 帝と椿が感想を漏らす。
 そう。“全人類”ではなく、“全生物”なのだ。
 その気になれば犬や猫なども神界の神々に攻撃出来るようになるのだ。

「……まずいな」

「そうね。凄まじいのだけど、その手を打つ状況自体がまずいわ」

 だが、それ以上に優輝は苦虫を嚙み潰したように、まずいと呟く。
 椿も、驚きはしたものの、同じ意見だった。

「ど、どうして?」

「考えて見なよ。“神界が攻めてくる”と言う事は、その時点で神界はその邪神に支配されたと言う事。少しぐらい反抗勢力は残ってるかもしれないけど、少なくとも原則的に格上しかいない相手に、この世界の戦力だけで勝つのは不可能だよ」

「あ……」

 葵に言われて、司達も気づく。
 そう。そもそも神界から攻めてくる時点で、絶体絶命なのだ。
 規格外しかいない神界の神々相手に、優輝達では勝ち目がない。

「そうなりますね」

「随分冷静だな」

「そう見えますか?」

 既に追い詰められてきているというのに、祈梨は落ち着いているように見えた。
 感情を失っている訳でもないため、何かあるのか優輝が尋ねる。

「先程、手段は一つと言いましたが、厳密にはもう一つあります。神界がこちらに干渉しなければならないのは変わりませんが……要は、神界との“縁”を近くすればいいのです」

「………?」

 祈梨の言葉を、司達は上手く理解出来なかった。
 優輝や椿、葵は少しばかり考え込み……。

「……そういう事。攻めてくるのを待つんじゃなくて」

「こっちから攻めるって訳だね」

 同じ答えに辿り着いた椿と葵が、祈梨の言おうとしている事を言った。

「攻め込む事で、向こうからも干渉してくる。こうなれば、神界が攻めてきた時と同じだ。そして、こっちから行動すれば、まだ神界側も決着がついていない時に攻め入る事も出来る。……そういう事だな?」

「はい」

 優輝が補足し、祈梨はその通りだと肯定した。

「そういう事か……」

「確かに、それなら詰んだ状況は避けられる……」

 帝と司が納得したように呟く。
 尤も、詰んでいないだけで、依然状況は悪いのには変わりない。

「……でも、どうやってこっちから干渉するの?」

「あっ……」

 さらに、奏の放った一言で、まだまだ穴だらけの理論だと司は気づく。

「そこについてはご心配なく。今、ここに神界の神が二人いますから。ソレラさんの協力があれば、私達が通って来た道を辿り、神界に干渉する事は可能です」

「そうか……」

 攻め入る方法はあると分かり、優輝は改めて考えこむ。

「優輝君?」

「これからどう行動していくか決めないとダメだ。神界で既に戦いが始まっている今、猶予はそんなに長くない。かと言って、不用意にこっちから干渉したってまず勝てない。……なら、猶予ギリギリまで態勢を整えられるよう、行動していかなきゃならない」

 悠長にしていると、結局神界側から攻め込まれる。
 そうなった時点で、勝ち目なんてないに等しい。
 だが、今すぐ攻めに行った所で、戦力も足りない。
 準備が足りない状況なのだと、優輝は言う。

「その通りです。ソレラさんの回復は、私が行えばすぐにでも可能ですが……だからと言ってすぐに干渉を始めるのは早計です」

「けど、何をどうすれば……」

 帝は、準備が必要なのは理解したが、何をどうすればいいのか、困惑した。
 椿と葵はともかく、司や奏、神夜も同じような考えだった。

「椿は政府機関、葵は鈴さんや澄紀さんを中心に、退魔師、式姫の皆に情報伝達を。母さんと父さんには僕から話を通しておく」

「分かったわ。他の皆は手分けしてなのは達やクロノ達に伝達して頂戴。事は、如何なる手を使ってでも取りかからないといけないわ。急ぎなさい!」

 まずは情報を行き渡らせるべきだと判断し、優輝と椿が指示をだす。
 その指示に全員が慌てて動き出す。

「緊急事態中の緊急事態!絶対に協力し合うようにしなさい!……祈梨と言ったわね?貴女にも、政府機関に説明に赴いてもらうわ」

「分かりました。この状況は、私も看過できないですから」

 慌ただしくも、的確に行動する。
 何事も情報が重要だ。そのために、まずは“伝える事”を最優先とした。











「―――詳しい事は、リヒトから会話記録を送っておいたから、それで確認してくれ」

『分かった。……大事になったな』

『正直、規模が大きすぎて実感が湧かないわ』

「それでも、事実だ。嘘にしても、あんな壮大な嘘をついても何も得にならない」

 両親への通信を終わらせ、優輝は次の通信へと移る。
 その際、事前に周りに特に監視の目がない事を確認しておく。
 なお、政府機関はこの時、椿と祈梨が事情説明するために席を外していた。

「……ジェイル。今いいか?」

『構わないよ。そろそろ私からも連絡したかった所だ』

「タイミングがいいな」

 通信相手は、やはりと言うべきか、ジェイル。
 他の皆と同じように、ジェイルにも先程の事を伝えようと通信したのだ。

「詳しい事はリヒトの記録を送るから後で確認してくれ。……で、だ。以前も言っていた神が、目を覚ました。そして、詳細は分からないが近い内に次元世界とも平行世界とも違う、神界と言う世界の神々と戦う事になる」

『……それはまた、随分と大きな話じゃないか』

「僕らに取れる行動は、とにかく情報を広げ、協力体制を整える事。そして、出来る限り戦力を整える事だけだ。神に普通の攻撃は通用しない。その点に関しては、目覚めた神が何とかしてくれる。……後は、神に通用する戦力が必要だ」

 簡潔に事情と、これから必要な事を伝える。
 今はこれだけでいい。ジェイルならば、会話記録を見れば全て理解する。
 ……そんな信頼も含めながら。

「そっちも用件があるんだろう?」

『その通りだとも。以前、時空間に歪みが出来ていると言っただろう』

「ああ」

 以前の通信で、そう言っていたなと、優輝は思い出しながら相槌を打つ。

『結局、それは広がり続けている。私が観測出来る範囲は、既に歪みに覆われてしまったよ。この分だと、全次元世界が歪みに覆われるだろうね』

「悪影響はないのか?」

 “歪み”となれば、何かしらの影響があるはず。
 優輝はそう思ってジェイルに尋ねる。

『……今の所、目立ったものはないよ。ただ、一度目の揺れの際に調査しておいた、“異常がない異常”に関して、普段と同じ状態に戻っている箇所もある』

「……どういう事だ?」

『変化が元に戻っているのだよ。それも、地球に近い次元世界……つまり、時空間の歪みに早めに呑み込まれた世界の変化の順にね』

 ジェイルの言葉と共に、通信機を通して映像が送られてくる。
 そこには、以前は起きていた“異常がない異常”がなくなっている様子が映っていた。
 以前のメッセージのやり取りにも挙げていた魔力版の火山地帯もあった。

「影響がなくなっているのか?」

『厳密には、異常に見合った影響も起きるようになった。と言うべきかな。以前メッセージで挙げた魔力火山の映像を見れば分かる通り、魔力の増大に応じて気象が荒れている。他のも同じように、本来起きる影響が出るようになった』

「なるほど……」

 素人が見れば、実は偶然だっただけなんじゃないかと言われそうだと思いながら、優輝は頭の中で今得た情報を整理する。

「結局の所、一時的なものだった訳か」

『ああ。これは推測なのだが、おそらく環境が時空間の歪みに対応したからと見ている。時空間の歪みと言う、未知の部分なだけあって、直接環境には影響を及ぼさない。しかし、異常は起きている。それが以前の“異常がない異常事態”となっていたのだろう』

 推測と言うジェイルだが、ほとんど確信を持っていた。
 何せ、優輝には分からないが、今ジェイルの手元には時空間の歪みと、異常がない異常事態についての経過記録があり、そこから今の推測を言っていたためだ。

「……となると、幽世との境界も……」

『元に戻る……と言いたいのだがね。そう簡単にはいかないらしい』

「なに?」

 同じように幽世との境界も戻るのかと思えば、ジェイルは否定する。

『時空間の歪みを観測出来るようになってから、幽世との境界とやらも漠然とだが観測できるようになってね。……簡潔に言えば、手遅れだ』

「ッ、つまり……」

『もう戻る事はない。いや、この場合は特異点の中心である地球だからこそ起きた例外と言うべきかな?』

 境界が薄れ、だが悪影響は出ない。
 そんな状態から戻る事はないと、ジェイルは言う。

「……後で調査しよう。神界の神がいれば、分かる事も増えるだろうしな」

『ああ、任せるよ。……で、もう一つ伝えておくべき事があるんだが……』

 まだ用件は残っていると、ジェイルは一呼吸溜めてその内容を言う。

『……時空間の歪みついでに、時空間そのものを調査していた時の事だが、その時空間の中に異物があった。大きさで言えば惑星一つどころではない。おそらく、次元世界一つ分が時空間を漂っていた』

「……次元世界が?」

『時間軸から外れて移動している、と言えば分かりやすいかな?何かが今の時空間に迫っている事しか分からないが、時間遡行……いや、この場合時間漂流と言った状況になっているのだろう』

 次元世界一つ分の規模の“何か”が、現在優輝達のいる時間軸に向けて、まるで川に流されるように迫ってきているとジェイルは言った。

『予測だが、明日にでもここの時空間に接触すると見ていいだろう。生憎、これ以上の手を私に打つ事が出来ない。これが悪い予兆なら、そちらにいる神とやらと協力して何とかしてほしいね』

「無茶を言うな……まったく。まぁ、やれるだけの事はやっておく。後はなるがままになるしかない」

『では、そのように』

 そこで通信が終わる。

「……時間漂流か」

 時間に関する事で、優輝の脳裏に真っ先に浮かぶのは過去に飛ばされた時の事だ。
 一部の情報は未来を変えないように封印されてはいる。
 しかし、それ以外の情報……主に緋雪の事で過去に行ったのは分かっていた。

「…………」

 時間漂流しているのは何なのか、優輝は考える。
 全貌は掴めていないが、規模は次元世界一つ分に相当するとジェイルは言った。
 その事から、推測しようとするが……。

「いや、さすがに情報が足りない。素直に協力を要請するか」

 情報が足りないと考え、祈梨に聞く事にした。
 時空間の観測は今の所ジェイルにしか出来ていない。
 そのジェイルも細かくは分かっていないのだ。
 ならば、領域外の存在とも言える祈梨に協力してもらうしかない。

〈しかしマスター。政府機関に説明し、その情報を拡散させるには一朝一夕では足りないかと思いますが?〉

「……そうだな。椿と祈梨さんはしばらく家に戻ってこないだろう」

 特に祈梨は重要人物となる。
 拠点が家から変更する可能性もある。

『優輝!』

「『椿?』」

 その時、何故か椿から伝心が届く。

『どうやら、一日で帰れそうにないわ』

「『ああ。予想はしていた』」

『それでなんだけど……分霊がそっちに行くわ』

 分霊……所謂神が行う分身のようなものだ。
 椿自身、本体の分霊が式姫化した存在でもある。

「『分霊?椿のか?』」

『いえ、私じゃなくて……』

「私ですよ。優輝さん」

 伝心の最中、僅かに感じられる特有の気配を察知する。
 声を掛けられ、振り返れば、そこに祈梨がいた。

「『……そういう事か。今こっちに到着した』」

『もう?まぁ、転移したようだしね。用件はそれだけよ』

 伝心が終わり、優輝は改めて祈梨と向き合う。

「伝心の内容が聞こえるとはな」

「基本、どの力も干渉しようと思えば出来ますから」

「ほう……?」

 その言葉に興味を持つ優輝。
 それに気づいたか、予め話すつもりだったのか、祈梨は言葉を続けた。

「神界の存在はこの世界で言う魔力や霊力、そして神力とも違った力……“理力”と言う力を持ちます。この力は、言うなれば全ての力の“素”となるものです」

「“素”……そうか、変化させる事が出来るのか」

 優輝は思い出す。以前襲って来た自分に容姿が似た襲撃者を。
 その男も、魔力に見せかけた力を扱っていた。
 その力も理力と呼ぶものだったのだろう。

「他の世界から見れば、理力は領域外の力であり、万能の力ですからね。何物にも代えられる、原初のエネルギー。それが理力です」

「……“格”が違う訳だ」

 領域外。言い得て妙だと、優輝は思った。
 何せ、常人には理解できない力なのだから。

「理力さえ扱えれば、“格”が足りなくとも神々に干渉出来ますが……あまり現実的ではありません。基本的に、理力を扱えるのは神界の存在のみですから」

「“基本的に”……か」

「まぁ、何事にも例外は付き物です」

 つまり、例外的に神界の者でなくとも理力を得る方法はあると言う事だ。
 しかし、その方法が不明な上、現実的ではないために、祈梨は神界の存在の対抗手段として挙げず、優輝も非効率的だと断じ、その話はそこで終わった。

「まぁ、その話は置いておこう。行動を起こす前に話していた事以外に、協力してほしい事があるんだ。構わないか?」

「内容によりますが……まぁ、ソレラさんの治療がてら、まずは話を聞きましょう」

「分かった」

 一旦客間に移動し、祈梨が未だに眠るソレラに対し手を翳す。
 淡い光が手から発せられるが、やはり理力は魔力や霊力とも違うため、優輝にはその力がどういったものかよく解析出来なかった。

「協力してほしいのは、幽世との境界と、時空間を漂流している存在に関する情報だ。僕にはその二つをどうにかする方法は用意出来なくてね」

「……なるほど、その二つですか」

 ソレラから目を離さないまま、祈梨は優輝に聞かれた事について考える。
 どちらも神界での戦いが起きたのと同時期の出来事なため、祈梨も把握していない。

「生憎ですが、私も詳しくは知りません。なので、ソレラさんの治療が終わってからになります。それでも構いませんか?」

「……一応、後者の方は明日ぐらいには今の時間軸に漂着するんだけどな」

「それなら問題ありません。治療自体にそんな時間は掛かりませんので。受けたダメージで目が覚めるのが遅いだけです」

 そういうや否や、治療が終わったのか淡い光が収まる。
 ソレラの見た目には違いがないが、心なしか寝息が落ち着いていた。

「少し、離れていてください」

「分かった」

 調べるために、祈梨は優輝に離れるように言う。
 そして、祈るような体勢を取り、理力が解き放たれる。
 優輝にはその理力は未知の威圧感となって感じられた。

「………」

「………なるほど」

 少しして、祈梨は納得したように呟いた。

「幽世との境界についてですが、明らかに邪神イリスの干渉……あの“パンドラの箱”の影響を受けています。尤も、もう干渉した後なので、悪化する事はありませんが……幽世との境界はなくなってしまいますね」

「……それはつまり、現世と幽世が行き来できるようになってしまうと言う事か?」

「そう捉えてもらって構いません」

 裏を返せば、もう阻止する事は不可能と言う事でもある。

「次に、時間漂流している存在ですが……漂流している存在の中心から、強い意志を感じました。何としてでも、この世界に辿り着こうとしているようです」

「害意はないのか?」

「悪意の類は感じません。その点においては大丈夫でしょう」

「そうか……」

 しかし、具体的な事は分かっていないと、優輝は思う。
 そのために、追及する。

「どうやって二つの事について調べたんだ?」

「やはり、説明が必要でしたか。……幽世との境界については、大地を通じて遠隔で大門を調べました。時空間は私の神としての力の一端を使い、漂流している存在について探りました。意志などに関する能力を持っているので、害意などがないか探る事が出来ます」

「……まだ抽象的だが……そういうものか」

 神の力だ。具体的なものではないのかもしれない。
 優輝はそう思い、それ以上聞くのはやめた。

「どちらも発端は“パンドラの箱”と言えるでしょう。あの装置があったために、今のこの地球を中心に、この世界そのものが変わっています」

「あれが発端……?けど、あれを解析した時に、そんな情報は……いや、あれも神界の物だとしたら……」

「はい。優輝さんの考えた通り、“パンドラの箱”……正しくは“エラトマの箱”の本当の効果は、その地に起きた災厄を再現する事ではありません。災厄は副次効果に過ぎず、本来の力はその世界の特異点化です」

 結局の所、優輝でも正確に解析出来ていなかったのだ。

「詳しいな……」

「“エラトマの箱”は、かつての戦いでも使われましたから。あれは、複数使えば神界の神の領域すら侵します。世界一つなら一つで十分でしょう」

 “エラトマの箱”は、別に邪神イリスだけが扱える訳ではない。
 位の高い悪神であれば生み出す事が出来る代物だ。

「話が逸れましたね。特異点化……つまり、この世界は他の世界と法則が変質しています。もう戻す事は出来ないと考えてください」

「特異点……法則の変質か。その影響で、二つの異変が?」

「はい。ですが、幽世との境界は副次効果の影響を受けたために起きた事です。同じように他の次元世界での異常もあったようですが、そちらは直接影響を受けた訳ではないので、元に戻っているかと思われます」

 ジェイルに言われた通り、特異点化の中心だったため、例外だった。
 しかしながら、これで謎が繋がった。

「もう一つの時間漂流ですが、こちらが特異点化の影響を受けた結果です」

「………」

「特異点化によって、時間軸は一つの独立したものとなってしまいます。タイムパラドックスなどが起きる事はなくなり、時間は一つの線ではなく、絡まったものになって曖昧になります」

 言葉で表すのが難しいのか、それは理解が難しい表現だった。

「……このままの状態にしておくと、時間という概念がなくなる。と言えば分かりやすいですね。ともかく、今の時間が独立したため、それにつられた何かが、時空間を漂流しているのです」

「つられて、か。何か条件とかはあったのか?」

 時間軸からの独立。それは難しい話になるので横に置いておくことにする。
 それはそれとして、優輝はなぜつられた存在があるのかが気になった。

「おそらくですが、過去から未来に何か影響を与えたのでしょう。……例えば、過去の時間軸に存在していた者が、未来に行ったなど」

「なるほどな……」

 曖昧且つ、結局細かい事は分かっていない。
 それでも情報はあったと、優輝は頭の中で整理する。

「結局、その漂流している存在は流れ着いて大丈夫なのか?」

「まぁ、次元震に似た大きな揺れはあるでしょう。ただ、そこまでです。ロストロギアよりはマシですよ」

「……そうか」

 どの道、対策は無意味だと思い、話はそこで終わる。

「じゃあ、次の話だ」

「続けますね……。今度は何でしょうか?」

 まだ話は続けると言い、優輝は今一度祈梨と向き直る。
 そして、丁寧な物腰を崩さない祈梨に、鋭い視線を向けた。









「……お前は、何を隠している?司に向けた視線、奏に向けた視線……何より、僕へ向けた視線が何かを隠していると物語っていたぞ?」

 “何か隠している”。そう確信して、優輝は問うた。

















 
 

 
後書き
理力…一言で言えば万能過ぎるエネルギー。魔力、霊力、神力に変化させるのはもちろん、電力などの科学的・物理的エネルギーにも変換出来る。そして、効率もそれらのエネルギーを上回る。

エラトマの箱…パンドラの箱と呼んでいたモノの本来の名前。災厄を再現するのはおまけに過ぎず、その本質は世界を変質させ、特異点と変える事。


神界の神々の直接戦闘力はそれこそピンキリです。
優輝達でも一対一で倒せる神もいれば、ドラゴンボール並に動ける神もいます。 

 

第198話「繋がる世界」

 
前書き
また原作キャラの影が薄くなってる……。
 

 






 確信めいた優輝の発言から、どちらも無言になる。
 空気は張り詰めたものになり、第三者がいたならば息を呑む程の雰囲気だった。

「………」

「………」

 しばらく、優輝と祈梨が見つめ合う。
 疑念の籠った優輝の視線から、祈梨は目を離さない。

「……隠し通したつもりだったんですが……」

「僕に感情が残っていれば、隠し通せただろうな。でも、ない今ならその分目の動きの観察に意識を割ける」

 事実、感情があれば優輝は気づいていなかった。
 祈梨の様子や話している内容に僅かにでも気を取られ、目に込められた意思に気付く事は出来なくなっていたのだろうから。

「さて、何を隠していたんだ?」

「……どれから説明すべきでしょうか……」

 どうやら、隠している事は複数あるようで、祈梨は少し考えこむ。

「ではまず、奏さんに関する事から説明しますね」

 すぐに決断し、祈梨は説明を始める。

「既に、貴方は知っているかと思いますが、奏さん……そしてなのはさんの中には“天使”が宿っています」

「……そういえば、その“天使”は以前の襲撃者に干渉出来ていたな」

「はい。あの時の“人形”も理力で創られており、普通は干渉出来ません。しかし、神界の神の眷属……本来は呼称はないのですが、他の世界に倣って“天使”と呼んでいます。その“天使”ならば、同じように理力を扱えるのです」

「………」

 仮の呼称だったが、実際は的を得た呼称だった。
 その事に優輝は僅かながらに驚く。

「なぜ、奏やなのはに“天使”が?」

「正しくは“天使”の名残がある。と、言うべきですね。なぜなのかは……おそらく、二人共“天使”の転生体なのでしょう」

 さらりと重要な情報を言う祈梨。
 ここに本人達がいれば大きく驚いていただろう。

「ただ、普段はお二人の人格しか存在しません。単に“転生体”というだけであって、その“天使”そのものと二人は別存在です。多少の影響はあるかもしれませんが、余程の事がない限り、悪影響と言える事は起きないでしょう」

「……だとしたら、僕が大門の守護者と戦っている時……そして“人形”だったか?あの男が襲撃した時、なぜお二人の中の“天使”が目覚めたんだ?」

 “普段は”と言う言葉から、優輝は既に普通ではない事が起きたのは理解していた。
 しかし、具体的な事が知りたいため、深入りするように問い質す。

「“天使”が目を覚ますのは……すみません、私にもよく分かっていません。何せ、事例はその二回だけです。そもそも、“天使”が自分の記憶や力などない状態で転生するというのは、今まで一度しかありませんから……」

「そうか……」

 “天使”が転生する。と言う事自体はない訳ではない。
 他世界の様子を見るため、その世界の存在に転生する事はある。
 だが、その場合は記憶も力もそのままだ。
 奏やなのはのように、転生体の自覚がない事はない。
 その世界に合わせて力が削がれることはあっても、そのような事は起きないのだ。

「一応、その唯一一度起きた転生が、今の奏さんとなのはさんになっているというのは分かっています。……しかし、その転生はもはや転生とは言えない事例なので……」

「どういう事だ?」

「ほぼ力尽きて消滅したも同然だったからです。主である神の後を追うように……。ですから、お二人を見つけるまで、私も転生しているとは思っていませんでしたから」

 以前にあった神界の戦いで、その“天使”二人は力を使い果たしていた。
 そして、主である神が消滅し、その後を追うように“天使”二人も消えたのだ。
 普段の“天使”の転生と違い、消滅してしまったので、祈梨も予測出来ていなかった。

「現在、お二人に関して全て分かっている訳ではありません。“天使”は理力で構成された存在ですので、神界との戦いで目覚めるかもしれないと……」

「それで、懸念していたのか」

「はい」

 納得の行く理由だった。
 祈梨にすら、先が分からないのだ。
 気にしてもおかしくはない事だった。

「次は……司さんに関する事ですね。……と言っても、単純に私が司さんを転生させたために、気にしていただけですが……」

「司が似ているのも関係しているだろう?」

「気づいていましたか」

 祈梨の言葉をさらに切り込んでいく優輝。
 祈梨が目を覚ます前、司が祈梨に似ていると気づいた時点で、優輝だけでなくその場にいた全員が、祈梨と何か関係があるとは思っていた。
 そのため、今優輝が踏み込んで尋ねていた。

「ただ容姿が似ている訳じゃない。雰囲気……それも、天巫女として似ていると思っていたからな。それに、司の祈りに反応して目を覚ましたしな」

「はい。天巫女の力は私の神としての力に似ています。……その事も気にしていた理由の一つですね。尤も、一番大きいのはやはり私が転生させたためですが」

「そうか……」

 大した理由ではなかった。
 ただ単に、司が自分に似ている要素があったために、気にしていただけだった。
 優輝が深読みしすぎただけに過ぎなかったのだ。

「最後に、貴方に視線を向けていた訳ですが……」

「………」

 改めて祈梨と向き直り、優輝は言葉を待つ。

「貴方に“可能性”を感じた。それが理由です」

「“可能性”……か」

 前者二つの理由と違い、一言。
 あまりに簡潔に纏められた理由だったが、それ故に優輝はそれだけではないと、その“可能性”の一言にこそ重要な理由が込められていると即座に理解した。

「貴方は人の身でありながら、あり得ない程の“可能性”を秘めています。王の才能がないのにも関わらず国を保ち、天才的な強さではないのに強者であり続けました」

「………」

 導王の事を知っている事に、優輝は驚かない。
 相手は神だ。前々世の事を知っていてもおかしくはない。

「そして、今の人生でも。貴方は幼い身でありながら、かつての力を発揮し、さらには他の世界の法則を当てはめる事により、“受肉した英霊”と言う存在に昇華しました。……どれも、普通はありえない事です」

「……そうだな」

 あり得ない、なんてものじゃない。
 どんな逆境下でも諦めないのは、確かに美徳と呼べるものではある。
 しかし、実際にそこから逆転するというのは、奇跡でしかない。
 それと似た事を、優輝は何度も成しているのだ。
 ……それを異常と言わず、何という。

「貴方のその“可能性”は因果すら覆します。そして、それは神界に手が届く程……。貴方が無理矢理とはいえ“格”を上げる事が出来たのも、それが原因です」

「だから、気になる訳か」

 自身の素質のようなもの。
 それが異常なものなら、注目するのもおかしくはない。
 椿の本体である草祖草野姫も優輝に注目していたのだ。
 優輝にとっては、今更注目されても驚く事ではなかった。

「……以上が、貴方が気にしていた私の視線の理由です」

「……なるほど……な」

 奏の内に宿る存在は、優輝も気になっていた。
 そのため、訳を聞くのと同時にその事が判明したのは良かった。

「……最後に、もう一つ聞かせてくれ」

「何でしょうか?」

「僕らが今まで調べてきた情報を纏めると、一連の不可解な事件は何者か……神界の邪神が僕を目当てに仕掛けてきた事となっている。なぜ、僕を狙っているんだ?やはり、今言った“可能性”が関わっているのか?」

 “人形”の襲撃者も、“エラトマの箱”も、優輝が少なからず関係していた。
 明らかに優輝に対して何かの目的があったのだ。
 祈梨の話を聞いて、今ここで尋ねておいた方が無難だと思い、優輝は尋ねた。

「……そうですね。どのような思惑なのか、私にも分かりませんが……おそらくは貴方の“可能性”が関わっていると見ていいでしょう」

「……そうか」

 祈梨も詳しくは知らなかった。
 知っている範囲の情報は、優輝にとっても予想出来ていた事だった。

「時間を割いてもらってありがとう。……僕はこれから出来る限り情報を拡散してくる」

「分かりました。私は回復に専念しておきます。……まだ、全快した訳じゃないので」

「分かった」

 すぐに次の行動に移行する。
 優輝はとにかく出来る限り情報を拡散させ、浸透させる。
 祈梨は、未だに戦闘のダメージが残る体を癒すために安静に。
 猶予はそう多くない。そのために、僅かな時間も有効活用するために動く。





「……………」

 そして、祈梨と別れた優輝は、宣言した通りに行動しながら、別の事を考えていた。
 その内容は、先程までの祈梨との会話だ。

「(……まだ、()()()()()()()。嘘は言っていなかった。しかし、だからと言って“全部”言っていた訳じゃない)」

 そう。優輝は祈梨が言っていた事はまだその先があると睨んでいた。

「(奏となのはの事も、司の事も、僕の事も。……全部、ピースが一つ以上は足りない)」

 まだ何か秘密を知っている。
 優輝は会話内容からほぼそう確信していた。

「(……奏となのはが“天使”の転生体で、何がきっかけでどうなるかは分からない。これは全部包み隠さず言っていただろう。……だが、それにしては、()()()()()()()()気がする)」

 消滅したと思われた“天使”の転生体。
 確かにそれは珍しいだろう。だがそれだけだ。
 今の状況では、気にはしてもそれが露骨になることはない。

「(……そうだ。三つとも、全部情報以上に()()()()()()。全部が全部、同じぐらいには注目していた。……ほぼ隠し通していたから、確定情報とは言えないが……)」

 優輝への注目はともかく、司への関心はそれこそ今の状況ではそこまで気にするような事ではないはずなのだ。
 だと言うのに、祈梨は気にしていた。

「(………いや、今気にしすぎていても仕方がない。今は今出来る事をやり遂げるだけだ。もしかしたら、気づかない方が得となる情報かもしれないからな)」

 思考が深みに入りそうな所で、優輝は切り替えた。
 正しく今はそれどころじゃない。
 そのために、優輝は今行っている行動を手早く遂行した。











「……3……2……1、来ます!!」

 翌日、再び優輝の家には人が集まっていた。
 今度は、優輝達転生者だけでなく、なのはやフェイトなど、他の事を優先している大人を除いた集まれる子供達全員が集まっていた。

「ッ―――!」

 祈梨の言葉と共に、次元震が地球を襲う。
 尤も、その被害は大して大きくない。
 地球にとっても、ちょっとした地震でしかない。

「……これで、時空間を漂流していた存在が今の時間軸に漂着したのか」

「そのはずです」

 ジェイルから優輝を通して祈梨が調べた時間漂流物は、既に話は行き届いている。
 昨日の内に、通信を通して皆には話しておいたのだ。

「えっと、未来から流れ着いてきたんだよね?一体、どんな……」

「行ってみない事には分かりません。皆さん、万全を期すためにも私が転移を行います。一か所に固まってください」

 なのはの疑問にそう答えつつ、祈梨が率先して転移の準備をする。

「では、行きますよ!」

 その瞬間、一瞬にして優輝達は転移した。









 ……一方。

「っ………皆、無事かい……?」

「は、はい。何とか……」

 時空間を漂流していた存在、エルトリア。
 そこにある一つの研究所で、グランツが皆の無事を確認していた。

「……念のため、キリエとアミタは研究所外の様子を見てきてくれ。ユーリ君達は機材に異常がないか……後、時空間も大丈夫か確認してほしい」

「任せてください!」

「そっちは任せたわよ」

「はい!」

 すぐさま現状の確認をするため、手分けする。
 そして、アミタとキリエの二人が研究所の外に出たところで……。





「―――着きました」

「こ、これが理力の転移……」

「早すぎて前動作が分からなかった……!」

 祈梨の転移によって、優輝達が二人の目の前に現れた。

「なのは、フェイト。驚くのもいいけど……」

「今は目の前の事、だよ」

 転移の早さに驚いていたなのはとフェイトに、アリサとすずかが声を掛ける。
 すぐに二人は気を取り直し……アミタとキリエに気付く。

「あ、貴方達は……!」

「え、えっと……?」

「どうしてここに!?」

 キリエ、アミタの順に驚いて声を上げる。
 しかし、肝心のなのは達は疑問符を浮かべる。

「なに?知り合いなの?」

「そ、そういう訳、じゃ……」

 アリサが知り合いなのか尋ね、それをなのはが否定しようとして……止まる。
 同じように、アリサとすずか以外の全員が、驚いたように固まっていた。
 同時に、優輝達の頭の中に、何かが砕けるような音が聞こえ……。

「ああああ!アミタさんとキリエさん!?」

「え、嘘。どうしてここにいるん!?」

 なのはとはやてが驚きの声を上げた。

「えっと、これって……?」

「当事者に会った事で、記憶の封印処理が解けたみたいだな」

 一方で、司や優輝は冷静に分析していた。
 頭の中に響いた音は、封印処理の術式が砕けた音だった。

「え、あたし達が知らない間に事件があったの?」

「あー、えっと、結構複雑な事件だから、記憶を封印してたんだ。三年生の二月頃だったかな?あの時にね。……アリサとすずかは魔法を知っていても巻き込まれなかったから、知らないのも無理はないよ」

「そうなんだ……」

 唯一蚊帳の外になるアリサとすずか。
 祈梨も一応無関係なのだが、彼女の場合は神界から観測していたので知っていた。

「落ち着け、皆。ただ時空間を漂流している存在がエルトリアだっただけだ」

「それでも驚くものは驚くよ……」

 記憶封印が解けた事と、未来から来た存在ががっつり自分達と関わりのある存在だったので、こうなってしまうのも仕方ないだろう。
 しかし、それはそれとして話が進まないため、アミタとキリエに向き直る。

「……貴方達がいるって事は、博士の試みは上手く行ったみたいね」

「試み……?どういう事なんだ?」

 エルトリア側でも何かしていた事に気づき、優輝が尋ねる。

「詳しくは博士に聞いてください。私達は周辺の調査をするので」

「あの、エルトリアって事はもしかして……」

「はい。ユーリやシュテル達もいますよ」

 なのはがふと気づき、尋ねる。
 そして居る事をアミタが肯定し、なのは、フェイト、はやては嬉しそうにする。

「……とりあえず、私達は研究所に行こうか」

「情報交換は必要だからな」

 アミタとキリエとは別れ、そのまま優輝達は研究所へと入る。
 環境や住まう住民の関係で、研究所にしてはセキュリティが甘く作られていた。
 尤も、それでも現代と比べて遥かに優れたセキュリティなため、足止めを食らう。

「ふむ……」

「どうするんだ?今から二人を追いかけて入り方でも聞くか?」

「いや、その必要はなさそうだ」

 解析するか、帝が言ったように追いかけて聞くか、強引に突破するか。
 そのどれかの手段を取ろうとして、その必要はないと優輝が言った。

『そう畏まる必要はない。入ってきて構わないよ。僕らのいる場所には案内に従ってくれると辿り着けるよ』

「……との事だ。行くぞ」

 研究所の扉が、通信越しの声と共に開く。
 何てことはない。グランツが防犯カメラを通して優輝達を確認し、セキュリティを解除しただけに過ぎない。

「さすが……未来的だね」

「ああ。地球からすりゃ、ミッドも未来的だが、ここはそれ以上だ」

 研究所の内装を見て、司や帝が感想を漏らす。
 奏や、他の皆も口に出していないだけで同じような事を思っていた。





「……この先か」

 しばらく歩き、もうすぐと言った所まで来る。

「っ、人の気配。これは……」

「あーっ!オリジナルと皆発見!」

「レヴィ……!」

 ふと優輝が誰か来る気配を感じ取る。
 同時にフェイトやアリシアに色以外瓜二つの少女、レヴィが優輝達を見つけ、駆け寄って来た。

「どうしてここに!?」

「えっと……」

「あれ?聞いてないの?私達は一応調査と言う事で来たけど……」

「え、聞いてないけど?」

 噛み合っていない会話に、一同は気が抜ける。
 グランツが優輝達に気付いた時、同伴していたのはユーリだけだったため、レヴィが知らないのは仕方ない事なのだが、それを優輝達が知る由はない。

「まぁ、とりあえず博士って人の所に用があるんだ」

「そっか。よし、ボクもついて行くよ!」

「レヴィ、その手に持ってる機材を運ばないといけないんじゃ……」

 アリシアが簡単に用件を伝え、ついて来ようとするレヴィにフェイトが指摘する。

「それなら大丈夫!ボクもちょうどそこに運ぶからね」

「そっか。それなら……」

 と、言う訳でレヴィが同行する事になり、すぐに目的地に着く。

「博士ー!連れてきたよー!」

「レヴィ、ありがとう。それと……いらっしゃい。僕らの研究所へ」

 部屋に入るなり、座っていたグランツは振り返って優輝達を歓迎する。
 その隣には、ユーリもいた。

「……お久しぶりですね。皆さん」

「ああ。まさか、こんな形で再会するとは思っていなかったけどな」

 そう言って微笑むユーリは、優輝達の記憶にあるユーリよりも大人びていた。
 見た目こそ変わっていないが、纏う雰囲気が明らかに成長していた。

「記憶も戻っているみたいですが、改めて名乗らせてもらいます。紫天の盟主ユーリ・エーベルヴァインと言います。一応、遥か昔に存在した王族ですが……聖王家のように崇められている訳でもないので、普通に接してください」

「僕は初めましてだね。僕はグランツ・フローリアン。アミタとキリエの生みの親で、ここの博士をやっている。気軽に博士とでも呼んでほしい」

 王族らしい優雅なカーテシーを行うユーリ。
 それとは対照的に、どこか草臥(くたび)れた様子で、気さくに自己紹介するグランツ。

「君達の事はアミタ達やユーリ君達から良く聞いているよ。……ただ、そちらの女性は僕らも初見だね。出来たら名前を伺ってもいいかな?」

「はい。私は祈梨と言います。訳あって今は彼らと同行しています。……ご希望なら未来の時間軸から外れ、時空間を漂流する事になった訳を説明しても構いません」

 唯一ユーリ達も知らなかった祈梨が自己紹介する。
 そして、同時にグランツ達にとって爆弾とも言える情報を口にした。

「ッ……!……知っているのかい……?」

「その事に関しては、まず私が彼らと出会った経緯、私の正体、そして……今の世界の現状を説明した方がいいでしょう」

 そう言って、祈梨は優輝達にもしたような、神界についての事を話す。
 さらに、地球を中心に世界の法則が歪んだ事で、過去に関わりがあったこのエルトリアが時空間を漂流したと言う事も説明した。

「……(にわ)かには信じられない。けど、時空間の歪みを見る限り、過去から未来へ干渉を行った事が影響しているのは間違いない……」

「……私達がエルトリアに行ったから、ですか」

 大体とはいえ、事情を聞いてユーリは少し落ち込む。
 自分達が来た影響なのだから、思うところがあるのも仕方ない。

「ユーリさん。気に病む必要はありません。むしろ、関わりがあったからこそ、今こうして再会出来ているのですから」

 そんなユーリを慰めるためか、祈梨が話しかける。

「現在の優輝さん達がいる地球から特異点となり始めた時点で、可能性世界である“未来”は全て切り捨てられてしまいます。ユーリさん達が未来へ行っていたからこそ、エルトリアはこの時間からの“未来の可能性”として切り捨てられずに済んだのですから」

「……なるほど。エルトリア以外が観測出来なくなったのは、エルトリアが他の世界から切り離された訳じゃなく……」

「はい。その逆です。エルトリア以外が、消失したのです」

 グランツ達は、エルトリアが突然時空間を漂流する事になったと思っていた。
 だが、実際はエルトリア以外の世界が消滅したのだった。
 その結果、エルトリアは一人ぼっちの世界となり、時空間を漂流していたのだ。

「……なんとも、軽く流せない情報ばかりだ」

「必要であれば、もう少し詳しく話しますが?」

「そうするとしよう。ただ、続きはシュテル達が戻ってきてからで頼むよ」

「分かりました」

 話は続く。グランツも一人の研究者なため、もっと情報を求めていた。













「……また、大事ね……」

「でも、今度は誰も逃げる事は出来ないよ」

「そのようね」

 一方。京都の土御門家。
 そこには、葵の姿があった。

「一大事も一大事。正直壮大過ぎて実感がないのだけどね。貴女がそんな真剣な顔で嘘を吐くなんてないだろうしね」

「そうかな?かやちゃん相手なら嘘もつくよ?」

「その時はいつもの笑顔でしょう。でも、今の貴女はこれ以上ない程に真剣。とこよがいなくなった直後のようにね」

 次期当主の澄紀や土御門家に滞在している式姫の他に、鈴もいた。
 彼女は本来まださざなみ寮に滞在しているのだが、葵の話を聞いてそのまま土御門家までついてきていたのだった。

「あたしも正直信じたくない。荒唐無稽だし、信じる証拠も少ない。……でも、“嘘”と思うには、あまりに壮大過ぎる」

「そうね。そんな嘘を言うなら、もっと信じやすい事を言うわ。……その点から見たら、それが真実と認める他、ない」

 本当ならば嘘だと笑い飛ばしたい。
 しかし、見方を変えると嘘と断じれないのだ。

「……私より、遥かに経験のある貴女達が言うのなら、本当なんでしょうね」

「残念ながら、ね」

 澄紀も信じられない気持ちの方が強い。
 実際、今この場にいる三人と現当主以外の退魔師は嘘だと思っていた。
 澄紀が抑えているため言葉にしていないものの、葵に対して侮り、嘲るような視線を向けている者さえいた。

「……ねぇ、澄紀ちゃん」

「悪いわね。後で言い聞かせるわ」

 なお、その事に気付かない程澄紀は鈍感ではなかった。
 大門の件を経て成長した澄紀は、今もなお実力を伸ばしている。
 また、澄姫の憑依もあったため、そう言った悪意には鋭くなっていた。

「……分家の者と、式姫……そして澄紀以外の者は退室せよ」

「っ、当主様!?」

「二度は言わせんぞ」

 そこで現当主が一言放ち、葵達以外を退室させた。
 渋った者もいたが、当主には逆らえなかったようだ。

「おおー、さすがは現当主だね」

「世辞はいい。実力はもう澄紀にも追い抜かれているのでな。当主の座も今回の話がなければ澄紀に譲っていた」

「お父様!?」

 まさかの引退発言に、澄紀も驚く。
 大門が開いていた時、澄紀とは別行動で裏で活躍していた。
 しかし、彼の実力も今この場にいる中では最低だ。
 カリスマ性こそ澄紀の遥か上を行くが、実力不足を彼は感じていた。

「話の続きといこう。式姫の者よ、詳しく聞かせてくれ」

「……いいよ。あたしも、聞いただけだけどね」

 詳しく話を聞こうと、当主は葵に催促する。
 そして、葵が話そうとして……。

「すまんがどいてくれ!火急伝える事がある!」

 慌てるような声が聞こえてきた。
 退室した者達を搔き分けるように声の主は近づいてくる。

「当主殿!」

「鞍馬か、どうした?」

 声の主は鞍馬だった。
 彼女は非常に慌てた様子で、急いで来たことが誰の目にも見て取れた。

「……幽世の大門に、異変が」

「っ、なんですって!?」

 その言葉に、当主よりも先に鈴が反応した。

「二人も来ていたのか……いや、それよりも……!」

「大門がどうしたの!?」

 鈴と葵がいる事に鞍馬は多少驚くが、それよりも伝える事を優先する。

「何と言うべきか……“門”ではなく、一つの“道”となったと言うか……」

「……“道”……?まさか……!」

 要領を得ない鞍馬の言葉に、ほぼ全員が首を傾げた。
 だが、以前に調査をした鈴は、すぐに何のことか理解出来た。













「……有り体に言えば、現世と幽世の境界がなくなった」

 ―――そう。“門”が、“門”ではなくなってしまったのだ。
 表裏一体の世界同士が、繋がってしまったのだった。

















 
 

 
後書き
“天使”…理力で構成された神界の神の眷属。元々、固有の呼称名はなかったが、他の世界の天使に酷似しているため、神界でも天使と呼ぶ事になった。神界の神同様、強さはピンキリ。

現当主…イメージは厳格な武術家。厳つい見た目をしており、退魔師としては遠近万能な強さを誇る。澄紀の父親だが、強さは既に澄紀に追い抜かれている。ただし、カリスマ性は葵や鈴すら及ばない。


現当主は健在なため、今回登場させざるを得ませんでした。
多分、もうまともに登場する事はないと思います。 

 

第199話「集う者達」

 
前書き
200話でこの章を終わらせたいので、駆け足気味です。
なお、管理局も地球勢力も全然態勢が整っていませんので、どう足掻いても万全を期す事は出来ない状態です。
 

 








『優ちゃん聞こえる!?』

 祈梨とグランツ達が話している時、優輝に葵からの念話が届く。
 ちなみに、シュテル達との再会は軽く済ませ、今は大き目の部屋に皆で移動してある。

「『どうした?』」

『幽世の大門が消失しちゃった!』

「―――なに?」

 切羽詰まっているのか、葵の言葉は簡潔に纏められていた。 
 それでも、優輝が声を漏らしてしまう程には驚愕の事実だった。

「どうしたの?」

「幽世の大門が、消失した」

「ええっ!?」

 肉声で反応してしまったため、それに気づいた司達にも伝える事になったが、やはり葵の言葉をそのまま伝えると皆は驚いた。

「き、消えたって……」

「『消失したとはどういう事だ?』」

 尤も、その言葉が示す意味がどういうものかは優輝にも分からない。
 そのため、優輝も葵に聞き返す。

『大門の境界が、なくなったの。あたしも今から実際に見に行くから、詳しい事はまだ分からないよ。でも、鞍馬ちゃんが言っていたから嘘ではないと思う』

「『……つまり、表裏一体のはずの二つの世界が、繋がったと言う事か?』」

『その認識で間違ってないと思う。……とにかく、実際に見てからもう一度連絡するね』

「『いや、僕も行こう』」

 優輝も実際に確認しようと思い、そう言って念話を切る。

「……葵が言うには、幽世との境界が消失したらしい。確認のために、僕も向かうつもりだが……」

「……境界に関しては、昨日優輝さんに説明した通りです。本体を通して、もう一人の分霊を貴方に付けましょう。私はここに残ります」

 誰か来ないか?という、優輝の意思表示に祈梨が答える。
 どうやら、祈梨はここに残るようだ。

「境界……じゃあ……」

「以前紫陽さんが言っていたように、混ざり合う事態にはなっていないみたいだ。とりあえず……念のため、アリサとすずか、それとアリシアはついてきてくれ」

「私達?」

 なぜ自分達なのか、アリシアが聞き返す。

「霊術が関わっているからな。司や奏は……どうする?」

「そっちも気になるけど……」

「………」

 司と奏が、視線でどちらかが行く事を決める。
 そして、少しばかり見つめ合い……。

「私は行くわ」

「私は残るね」

 司が残り、奏が同行する事にした。

「よし、じゃあ行くぞ」

 行くメンバーが決まり、早速優輝が転移魔法で移動した。









「……司さんがあいつに同行しないなんて、珍しいな」

「そうかな?別行動はそれなりにしたことあるよ?」

 優輝達が転移した後、帝が司に尋ねる。

「いや……だってさ、司さんはあいつの事―――」

「ッ―――!」

「―――あ、いや、何でもないです」

 帝の言葉に、司が顔を赤くする。
 直後、照れ隠しで何かされると思った帝は、すぐに言葉を呑み込む。

「……正直、私と奏ちゃん、どっちが行ってもいいんだけどね。でも、二人行く必要はないし……。奏ちゃんなら、即座に対応出来るし、こっちも万が一の時は私の天巫女の力が役立つかもしれないしね」

 一応、司は自分が残った訳を話す。
 エルトリアも流れ着いただけで、他の世界のように“未来の可能性”として消失するかもしれない。そのため、大多数を転移させるのに向いている司が残ったのだ。

「……色々、切羽詰まっているようだね」

「……はい」

 話を終え、優輝の言葉も聞いていたグランツが口を開く。

「神界に関する話は聞いたけど、戦力がやはり必要なようだね」

「そうですね。……それも、質も量も足りないと思います」

 グランツの言葉に、祈梨が気が滅入るような返事を返す。

「……何となく、分かってた事だけど……言葉にされると絶望的だな……」

「具体的な戦力は分からないのかい?」

「洗脳されたりもするので、なんとも。こちらの戦力が足りない事は分かっていますけど」

 戦力が足りない。
 その事実がとにかく司達の心に影を落としていた。

「僕達も協力しよう。僕自身は戦力にならないが、アミタやキリエ、ユーリ君達なら助けにはなれるはずだろう」

「はい。どれだけ助けになれるかは分かりませんが、私達も以前よりもかなり強くなっています。戦力にはなれると思いますよ」

 両手で小さなガッツポーズを胸の前でして気合を示すユーリ。
 その身からは、以前のような膨大な魔力は感じられない。
 しかし、少し前から魔力の扱い方を磨いていた司達には分かっていた。
 その体の奥底に、膨大な魔力が小さく圧縮され、渦巻いているのが。

「……シュテル達、もしかして私達より強く……?」

「さぁ、どうでしょうか?今のナノハは、私とは違う成長をしたようですから」

「分かるの?」

「はい」

 なのは達とシュテル達でも、お互いに成長したのを一目で見抜いていた。

「オリジナルもだけど、アリシアもすっごく強くなってない?」

「うん。魔法とは違う力を手に入れたからね」

 レヴィの場合、フェイトだけでなく、優輝について行ったアリシアも強くなっている事に気付いていた。

「小鴉、貴様も成長はしたようだが……それより、なんだあやつの様子は」

「あやつ?」

「知れた事。導王の生まれ変わりたる彼奴の事よ。……感情を失っているな?」

「王様、気づいてたん?」

 ディアーチェは、優輝の今の状態すらも見抜いていた。
 優輝は極力感情がある演技はしていたため、はやては見抜いていた事に驚いた。

「阿呆。我は闇統べる王ぞ。人を見る目が優れているのは当然の事」

「はぁ~、さすがやなぁ……」

「……で、どういう事だ?あやつがあんな状態になるなど……余程の事がなければあり得ぬぞ。あやつはそういう精神性だ」

 立場こそユーリの従者という位置に落ち着いているが、王としてのカリスマや“統べる者”としての役割はディアーチェが担っている。
 そのため、同じ王である優輝の事をある程度見抜いていた。

「気づいたなら、隠さなくてもいいね。実は―――」

 司がその会話を聞いていたため、はやてに代わって説明する。
 途轍もない強敵がいた事、その戦いの代償で感情を失った事。
 細かい事は省き、感情を失った訳を説明した。

「―――と、言う事なの」

「……なるほど。互換性がないが……代償、か」

 説明を聞き、腑に落ちない所はあるものの、ディアーチェは納得した。

「てっきりあやつの妹が……いや、この話はよそうか」

「緋雪ちゃんの事?確かに、あの時も……でも、そっちは大丈夫だよ」

 緋雪の事で一時期優輝は大きく傷ついていた。
 その時の事が影響しているとディアーチェは思っていたが、その事はもう乗り越えているのだと聞き、安心した。

「……以前見た時よりも、随分沈んでいますね」

「無自覚とはいえ、今まで人の心を搔き乱していたんだ。少し……いや、かなり人と接するのに苦手意識が出ている。……まぁ、あまり気にせずにいてくれると助かる」

 ずっと口を挟まずにいた神夜には、アミタが声を掛けていた。
 アミタとキリエも魅了には掛かっていたが、司の闇の欠片によって解除されてある。
 魅了の期間も僅かだったため、神夜に対してあまり嫌悪感はなかった。

「ちょっ、な、なんだ……!?」

 その時、帝の戸惑った声が響く。
 その声を聴いた全員がそちらへと向いた。

「ゆ、ユーリ?どうしたというのだ?」

 ディアーチェが驚きつつも尋ねる。
 そこには、帝に迫るユーリの姿があった。

「……貴方から、サーラの魔力を感じます」

「さ、サーラ?……って、あっ、そう言えば……」

 ふと、帝が思い出したようにポケットからあるものを取り出す。
 それは、神夜が使っていたアロンダイトだった。

「アロンダイト!」

「うおっ」

 それを見た瞬間、ユーリが凄い早さで奪い取った。

「ま、間違いないです。サーラの魔力が……」

 アロンダイトからサーラの魔力が感じられるのが分かった途端、ユーリは魔力を練ってそれをアロンダイトに流し込む。
 なのはがフェイトにやった事があるディバイドエナジーと同じ類の魔法だ。

「……帝君?いつの間に……」

「あー、言い出すタイミングがなかったんだが、この前のあいつとの戦いでな」

 どういう事なのかと、司が帝に問い質す。
 しかし、帝が答える途中で、先にアロンダイトに変化が訪れた。





『―――お久しぶりです。ユーリ』

 声が発せられると同時に、アロンダイトから光の玉が現れ、人の姿を形作る。

「ッ……!サーラ……!」

「……言ったでしょう?“必ず貴女の下へ戻る”と」

 御伽噺において、“最強の騎士”と謳われたサーラ・ラクレスが、今ここに復活した。
 その事に、ユーリは感極まってサーラに抱き着く。

「また会えました……!」

「はい。……貴女も、息災なようで」

 サーラも抱き締め返し、ここに感動の再会となった。

「……まぁ、つまりだ。ずっとあのデバイスの中にいたんだよ」

「そっか。記憶が戻った今なら覚えがあるよ。当時は三人がかりでも敵わなかったユーリちゃんに、一人で戦える程の強さを持っていたっけ?」

「知っているのか?」

 その一方で、邪魔しないようにサーラについて帝が軽く説明する。
 直接会った訳ではないが、映像越しに司はサーラを知っていたので、すぐに理解した。

「当時の帝君は気絶してたけど、私は一応ね……」

「……にしても、やっぱ“原作”と全然違うな……」

 普通に違うと理解しているとはいえ、やはり明確な違いを見せられ、帝は呟くようにそんな感想を漏らしていた。

「でも、私もあの人についてよく知らないんだよね」

「……俺もだ。少し話しただけだったしな」

 サーラについて、司も帝も大して知らない。
 司は映像越しにユーリと戦っている所を、帝はアロンダイトに魂を入れていた事は知っていたが、他はまるで知らないのだ。

「それについては、私が説明しましょう。当人達は、再会でそれどころじゃないようですしね」

「わっ、シュテルちゃん」

 そこへ、シュテルがやってきて説明してくれる。
 どうやら、司や帝だけでなく、なのは達も気にしていたようで、皆集まっていた。

「ユーリは遥か昔……貴女達の時代から見て1000年以上前に存在した国の王女でした。彼女、サーラ・ラクレスはそんなユーリの騎士だったのです」

「……って事は、ガチの王族なのか!?ユーリは!」

「さっきの自己紹介でも言っていたようだけど……」

「まぁ、そうなりますね。尤も、ユーリは自他共に認める程に性格が王族に向いていませんが……だからこそ、サーラは騎士として慕っていたようです」

 まさかの由緒正しい王族だと知り、帝は驚く。
 一応自己紹介の時にも言っていたのだが、改めて言われると衝撃だった。

「サーラは当時数いる騎士達の中でも頭一つ抜けた強さを持っていました。……ユーリ曰く、サーラ以外の騎士の総戦力よりも強い、と」

「……もしかして、アインスが言っていた“最強の騎士”って、彼女の事なん?」

「どうでしょうか?ユーリが覚えている限りでは、確かに最強なようですが」

 はやてが以前に聞いた事がある“最強の騎士”なのか尋ねる。
 しかし、シュテルも伝え聞いただけなので、詳しくは知らなかった。

「合っていますよ」

「えっ?」

「サーラさんはベルカの御伽噺でも伝えられる“忠義の騎士”であり、同時に最強と言える騎士でもあります」

 代わりに、祈梨が会話に混ざってきて答えた。

「……知っているのですか?」

「神界の神ですから。大体の事は把握していますよ」

 祈梨はこの世界の外の存在だ。
 そのため、この世界を俯瞰した立場で見る事も出来るため、歴史も知っていた。
 ついでに言えば、神界なら他の世界のアカシックレコードに触れる事すらできる。
 尤も、祈梨含めたほとんどの神は、必要な知識のみしかアカシックレコードで他世界の情報を得る事はないが。

「勝てるかどうかはともかく、彼女なら大門の守護者と単身で戦えると言えば、最強と呼べるのも納得できるでしょう?」

「……そりゃ強い訳だ」

 最近戦った相手を比較対象に出され、帝達はサーラの強さを理解する。

「……彼女に関してはこれでいいでしょう。問題なのは……」

「……今集められる戦力を結集させても、勝てない可能性が高い……か?」

「そうですね……」

 今までであれば、大門の守護者と単身で戦える事や、ユーリ達の戦力は相当の物と言えただろう。……しかし、今度の相手は神なのだ。
 さすがに神々相手では、これでも全然心許ないと帝も思っていた。

「それでも、出来る限りの戦力を以って抗うしかないよ。……多分、私達にはもう、その道しか残されていないから」

「………そう、だな……」

 何人かは、事情を聞いても何とかなると思っているかもしれない。
 しかし、帝や司、一部の者は何となく悟っていた。
 “勝てる気がしない”と。

「連携の事も考えると、一度お互いの力量を測っておく必要があるね。猶予がまだあるのなら、トレーニングルームで模擬戦をしないかい?」

「断る理由はないなぁ」

「……付け焼刃の連携でも、知らないよりはマシか」

 少しでもお互いの力を知っていれば、多数での戦いで上手く動ける。
 何より、神々と言う複数の格上相手なら、連携が取れなければ話にならない。
 ただでさえ絶望的な戦力差を何とかするため、少しでも戦力向上を計る事にした。













「葵」

「っと、優ちゃん……と、そっか。司ちゃん以外の霊術が使える皆を連れてきたんだね」

「それと、分霊ですが私もいます」

「わっ」

 一方、優輝の方では。
 大門に向かって鞍馬達と走る葵に合流した。
 ほぼ同時に祈梨のもう一人の分霊も合流してきた。

「……ふと思ったが、分霊を何人も作って負担はないのか?」

「ない訳ではありません。しかし、そんな大きな負担もないので……。……神界の法則は、意志の持ちようが重要視されますからね」

 分霊を作るというのは、本来は自分の力を分割して作り出す。
 そのため、負担はないのかと優輝は思っていた。
 しかし、返って来た返答はさらに気になるワードを含んでいた。

「……神界の法則、後で聞かせてもらうぞ。今聞いたのが僕の解釈通りなら、絶望的な戦力差を覆すきっかけになるかもしれないからな」

「……そうですね。ですが、まずは……」

 気になる事は一度後回しにし、大門に辿り着いたためにそちらに注目する。
 大門があったはずの場所は、黒い靄の穴になっていた。
 穴の縁となっている靄の部分を、人魂が回っている。

「……これが話にあった……」

「穴……いや、道になっているのか」

 穴の大きさは、人一人が簡単に通れる程には大きい。
 その証を示すように、直後に穴から気配を感じ取った。

「この気配は……!」

「とこよちゃん!?」

「あ、やっぱり来てたんだ」

 穴から現れたのはとこよだった。
 優輝達……と言うより、誰かが調査に来ることは予想していたようだ。

「とこよも大門の調査に?」

「うん。……あ、今の私は式神に意識を移しているから、実際に出てきた訳じゃないよ?」

「そう……」

 大門の異常が原因で、とこよが出てこられたと思った鈴。
 しかし、実際は式神を限定的に現世に送っていただけだった。

「そっちの人は……初めましてだね。……もしかして、この状況について何か知っているのかな?そうだとするなら教えてほしいかな?」

「……さすがは大門の守護者、佇まいのみでかなり見抜いてきましたね」

「逆だよ。佇まい以外、()()()()()()()()()()。だから、“普通じゃない”と思ったんだよ」

 とこよは祈梨を見た時、その身に宿す霊力を探ろうとした。
 しかし、感じ取れたのは理力によって見せかけられた仮の霊力のみ。
 それ以外は全く分からなかったため、逆に普通じゃないと思ったのだ。

「……そういう所も以前とは見違えたわね。とこよ」

「幽世で色々してたからね。……で、大門についてだけど……紫陽ちゃんが危惧していたような事は起きないと思う」

 紫陽が言っていた事……つまり、現世と幽世の融合などの事だ。

「現状は、特に悪影響はないよ。……ただ、幽世の瘴気が少し漏れてる。そこまで濃くはないけど、対策もなしにここに近づく事は出来ないよ」

「と言う事は、一般人は近づけない……と言う程度か?」

「そうなるね」

 それだけなら、大した事はないだろう。
 むしろ、無闇に手を出されない利点もあった。

「利点は……現世も幽世も、お互いの世界の存在が介入しても、抑止力があまり働かなくなってる事だね」

「抑止……?それはどういう……?」

 奏が詳しく尋ねる。今の言葉だけでは、分からないのも無理はない。

「具体的な事で例えるなら……幽世の存在……例えば私や……緋雪ちゃんとか。そんな存在が現世に滞在しやすくなるって所かな?」

「っ……!」

 具体的な例をとこよが言う。
 その中にあった、緋雪の名に優輝は僅かに反応する。

「(……やっぱり、雪ちゃんの事なら、優ちゃんの感情に揺さぶりを掛けられる……。再会出来たら、もしかして……)」

 その反応を、葵は見逃さなかった。
 やはり、優輝が大切にしていた緋雪ならばと、密かに期待が上がる。

「こうして、私がこっちに滞在するのも、本来は一日も持たないはず。だけど、今は最低でも一日は留まれるようになっているよ。それこそ、現世に結び付ける何かがあれば、ずっと現世にいる事も可能だね」

「結び付ける……縁とか、型紙……?」

「うん。……例えば、紫陽ちゃんなら、葉月ちゃん自身が縁のある存在だから、それを媒介して式姫として召喚出来るよ」

 普通の式姫は、一度幽世に還ると式姫としての形を崩してしまう。
 とこよの式姫だった者達は、幽世に還ると同時にとこよによって形を崩す事なく再び式姫として存在しているが、普通は式姫としての自我もなくなるのだ。

 対し、とこよや紫陽、緋雪やその他流れ着いた人達は、確固たる形を保ったままだ。
 形ない存在を型紙という“型”に嵌めて召喚する式姫と違い、形ある存在を幽世から現世……またはその逆に召喚する場合、何かしらの制限が付く。
 大抵は力か時間に制限で、緋雪の場合は時間だった。

 その制限が今は緩み、さらには強い縁がある存在を媒介すれば式姫と同じ条件で現世に留まる事が可能になっているのだ。

「会いたい時に会いやすくなるのね。……今の状況を考えると、戦力も増えて万々歳ね」

「……そっか。何か情報を掴んだんだね?最近の異常事態に関する」

「私が説明しましょう」

 グランツ達に話したように、祈梨が説明する。
 とこよは二つ返事で協力を了承し、一度幽世に戻っていった。
 ……後日、紫陽や緋雪と共に召喚してもらう事を決めて。









「帰りがてら聞かせてくれ。神界の法則とはなんだ?」

「元々説明する予定でしたが……まぁ、知っておいた方がいいでしょう」

 その日は、一度解散となった。
 なのは達子供組や、司達転生者組も帰路に就き、優輝も家に戻っていた。
 葵や椿はまだそれぞれの場所に留まっており、優香と光輝も戻っていない。
 また優輝は祈梨と二人きりだった。
 ちなみに、分霊の祈梨は一度本体に戻り、改めて優輝の所に来た。

 そして今、大門に向かっていた時に発言していた事を聞いていた。

「神界の法則は、厄介ではありますが、同時に貴方達が勝利出来るカギにもなります」

「カギ、か………」

「神界では、“死”の概念がありません。他の世界の法則の外ですから、“死”と言う法則がないのです」

 今まで、優輝達も何度か領域外と感じていた神界の存在の力。
 その感覚は間違いではなく、文字通り領域外だったのだ。

「となると、倒す事は……」

「はい。本来なら他世界の存在は私達を倒せません。同じ神界の者でない限りは」

 その言葉をそのまま受け取ったならば、優輝達に勝ち目はない。
 しかし、わざわざそう言うのなら何かあると、優輝は考えた。

「ですが、そこは私の力で皆さんを同じ条件に持っていきます」

「なるほどな。僕らも神界の法則に則る訳か。だけど、どうやって倒すんだ?」

 同じ条件であれば、一方的ではなくなるだろう。
 だがそれは同じ土俵に立っただけで、倒す方法は分かっていない。

「神界は、主に意志や概念と言った、抽象的な“想い”が元になっています。私は違いますが、中には他世界の人々の“こうあって欲しい”と言う想いをそのまま形にしたような神もいます。……そう言った“想い”が、神界では全てです」

「“想い”か……」

 抽象的な表現だが、それ以外に表現しようがない。
 何せ、法則そのものが抽象的なものとなっているのだから。

「“想い”があれば、限界を超えて力を行使する事も可能です。あらゆる法則が“想い”によって左右されます。……つまり……」

「“想い”の強さで神々を超えれば、勝てる訳か」

 祈梨の言いたい事を理解した優輝が、先取りして言う。

「だが、簡単ではない」

「はい。……飽くまで、“勝てるかもしれない”だけです。ちなみに、倒す方法を言ってませんでしたが、そちらは相手の勝つ“想い”を挫けばいいだけです。そうすれば、気絶と同じように意識を奪う事も出来ますから」

 飽くまで可能性があるだけだ。
 相手は神々。“想い”の強さでそう簡単に勝てる程甘くはない。
 そして、祈梨の言う想いをそのまま形にした神の中には、勝利する想いを形にした神もいる。……そんな神の“想い”を挫くとなれば……不可能に近い。

「………そうか……」

「神界の法則については、翌日にでも皆さんにも話しておきます」

 神界の法則に関する話はそこで終わる。
 そこで、ふと優輝は気になった事を思い出し、尋ねる。

「……奏やなのはがいないから、今の内に尋ねるが……」

「なんでしょう?」

「この“■■(黒い塗り潰し)”の部分、この“■■(部分)”に入るのは……邪神で間違いないか?一応聞いておきたい」

 リヒトに記録してある神夜のステータスを見せつつ、優輝は聞く。
 既に邪神イリスが洗脳を使う事から予想はしていた。

「……そうでしょうね」

「そうか。まぁ、確認したかっただけだ」

 予想通りだったため、話はそこで終わる。





「……おや?」

「どうした?」

 少しして、祈梨が何かに気付く。

「どうやら、ソレラさんが目覚めたようです」

「気配……は、僕だと感じなかったな」

 未だ眠っていたソレラが目覚めたと祈梨は言う。
 なお、ソレラも神界の神なので、優輝が気配で気づく事は出来ていなかった。

「彼女にも、色々と説明しませんと」

「そうだな」

 祈梨はそう言って、ソレラのいる部屋に向かう。
 優輝も付き添いとして同行した。















 
 

 
後書き
皆が皆、怒涛の展開に頭が一杯一杯です。作者も話を纏めるのに頭が一杯です(´・ω・`)
唯一感情がない優輝が、冷静に動いています。
そのため、皆が失念している事(今回の■■の正体など)を忘れずに聞いています。

神界の法則は優輝達が勝ちの目を見出せる唯一のチャンスです。
これがカギとなってきます(多分)。 

 

第200話「戦いに備えて」

 
前書き
第6章最終話。
なお、閑話が残っている模様。
本編にあまり関わらない修行パートとかは飛ばして閑話で書きます。
 

 








「改めて、申し訳ありませんでした……!」

「黒幕が黒幕だ。僕はもう気にしてないからいいよ」

 ソレラが目を覚まし、祈梨がこの世界に来てからの経緯を説明する。
 その後、ソレラは改めて姉が優輝に行った事を謝罪した。

「ただ、気になるんだが……魅了が解けている事はともかくとして、あの時の僕はよく無事で済んだな?当時は神界の法則に当て嵌まっている訳でもないし、魂ごと消滅したと思っていたが」

「それは……」

 優輝の問いに、ソレラは祈梨へと視線を逸らす。

「魂の循環から外れた状態だったため、貴方は咄嗟に導王の時の力を使って抵抗したのです。そして、無理矢理“格”を昇華させ、抵抗したのです」

「……記憶にない、と言う事は……」

「反動でその時の記憶を失いました。しかも、それは魂ごと削られたもの。もう戻る事はありません。記憶を失う直前に、貴方は転生特典を指定し、転生したのです」

「なるほどな……」

 何気にずっと不明だった転生の経緯が判明した。
 詳しい説明ではなかったが、優輝にはそれで十分だ。

「話を切り替えましょう。先程話した通り、ソレラさんには神界への道を辿ってもらいます。そして、干渉すると同時に私が力を行使、皆さんが神界の存在に干渉出来るようにします」

「そこからは僕ら次第、か。……ざっと見ても、僕らだけじゃ心許ない。大した足しにはならないかもしれないが、少しは力を付けたい」

 相手はピンキリとはいえ平均が大門の守護者以上の強さを持つのだ。
 戦力は明らかに不足しているため、少しでも改善したいのは当然だった。

「祈梨さんは干渉可能にするための力を蓄えないといけませんし……適した場所を作るには、私だけでは……」

「……霊脈を使う事は出来ないか?」

「霊脈一つでは……ただ、霊脈を通じてこの星そのものに呼びかければ、私の負担を減らして修行のための空間を作り出せるようになります」

 本来、ソレラの能力はこういった事には向いていない。
 そのために、適した空間を作るには負担が大きすぎた。
 しかし、地球に呼びかける事で世界の修正力を抑え、負担を減らす事でソレラ一人の力でも修行のための空間を作り出せるように出来るようだった。

「他世界との関係が曖昧になっている状態だからこそ出来る、時間から切り離した修行空間。それを作り上げます。神界からの戦いの余波が来るまでは、何とかそれで……」

「……やるしかない。という訳か」

 方針は決まった。
 後は、それを実行するだけだ。











「さて、準備はいい?」

「ああ」

「はい……!」

 翌日、八束神社に優輝、鈴、葉月の姿があった。
 実際は三人だけでなく、鈴と葉月を送り届けた葵や、話が終わった椿もいる。
 それどころか、司達、なのは達、さらには式姫達やヴォルケンリッター、プレシア、優輝の両親など、とにかく地球上の戦える者はほぼ全員集まっていた。

「私がとこよの」

「私が姉さんの……」

「僕が緋雪の、それぞれに縁がある存在として、媒体にする」

 霊脈の直上に、大きな陣を三つ展開する。
 その三つの前に、三人がそれぞれ一人ずつ立つ。

「三人の依代になる型紙は、私が一晩掛けてしっかりと作っておいたわ。二つの境界がなくなって、幽世と繋がった今、式姫とは違う三人を呼ぶのに、型紙の質なんてあまり関係ないけど……」

「その意気や良し、よ。少なくとも損にはならないわ」

 鈴が型紙を三枚取り出し、二枚をそれぞれ葉月と優輝に渡す。
 実は、この型紙は本来の型紙とは違う。
 式姫を収める型としての機能を取っ払い、ただ依代としての機能を増していた。
 だが、今回はそれが最適解。椿もその意気に同意していた。

「じゃあ、行くわよ。二人共、しっかり召喚相手の事を思い浮かべなさい」

「はい……!」

「ああ」

 霊力が練られ、召喚のための術式が起動する。

「(緋雪の召喚。これで……)」

「(優ちゃんの心に揺さぶりをかけて、感情が戻ってくれれば……)」

 召喚を開始した三人を眺めながら、椿と葵は密かに期待する。

「ッ……!」

 召喚陣が光に包まれる。
 その光が晴れてくると、誰かが息を呑んだ。

「ぁ……」

 その声を漏らしたのは誰かは分からない。
 優輝の両親か、式姫の誰かか。はたまたそれ以外の誰かか。

「……成功だね」

 召喚された紫陽が、確かめるようにそう言った。
 同時に、沸き立つようにそれぞれの関係者が飛びついた。
 とこよと葉月には式姫達が。緋雪には優輝の両親が。

「緋雪……!」

「大きくなったわね……!」

「お、お父さん、お母さん……!?」

 まさか召喚直後に抱き締められるとは思わなかったらしく、緋雪は戸惑う。

「ま……何はともあれ成功ね」

「言った通り、召喚してくれたね」

 鈴と、式姫達に飛びつかれながらもとこよが、落ち着いてそんな会話をする。

「話は聞いたよ。あたしらも、力になろう」

「このまま、何もせずにいる訳にはいかないからね」

 既にとこよからは話は通っており、紫陽は素直に協力することを了承した。

「お父さん、お母さん……生きてたんだ……」

「えっ?そこから!?」

「……そういえば、緋雪には伝えてなかったな」

 緋雪は緋雪で、両親がいた事に驚いていた。

「まぁ、それなら知らなくても当然か」

「実は私達はね、こっちで亡くなったとされた時に、遠い次元世界に飛ばされたの。そこでずっと生きていたのよ。……帰って来るのが遅くなってごめんなさいね」

「……そうだったんだ」

 簡単に経緯を聞き、緋雪は微かに微笑む。
 安心したような嬉しさに、僅かに目尻に涙を浮かべていた。

「……緋雪……」

「……また、会えたね。お兄ちゃん」

 どこか虚ろな足取りで、優輝は緋雪に歩み寄る。
 以前のような一時的なものではない、本当の再会を確かめるように。

「……おかしいな。また会えて嬉しいはずなのに……だと、言うのに……」

「……お兄ちゃん……」

「……どうして、こんなにも心が動かされないんだ……?」

 しかし、それでも、優輝に感情が戻る事はなかった。

「(……ダメ、なのね……)」

「(もう、どうしようもないのかな……?)」

 椿と葵は、落胆したように悲しむ。
 ただ勝手に期待していただけに過ぎない。
 だとしても、緋雪を前にしても兆しが見えなければ、そう思うのも無理はなかった。

「……大丈夫だよ。お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだから」

「そうか……ありがとう、緋雪」

 感情を失った優輝を前にして、緋雪も悲しい想いはあっただろう。
 だが、その上で気にしないと、それでも兄に変わりはないと言った。

「……あっ、お兄ちゃん、それよりも……」

「っと、そうだな」

 周りが注目している事に気付いた緋雪が、優輝に催促する。

「行けるか?」

「少し待ってください……行けます……!」

 召喚と同時進行で、ソレラが霊脈を通じて世界に干渉していた。
 そして、霊脈を基点に大規模な結界を展開する。

「っ……はぁ、はぁ……これで、この結界内は時間の概念がなくなりました。神界に対しては効果がほとんどありませんが、この世界だけなら……」

「好きなだけ、鍛えられるという訳だ」

 基点となった霊脈が出入り口となっており、広さは海鳴市をまるまる覆う程だ。
 結界の外と内で時間の流れが違う、修行のための空間。
 それが出来上がった。

「……なんてこった。概念も、理論も、まるでない。ただ“そうある存在”として成り立っているようなものじゃないか。この結界……」

「元々、“エラトマの箱”によって、既にこの世界の法則が曖昧になっているからこそ出来る荒業です。本来なら、抑止力としてこの世界の法則に沿うように修正されてしまいますから」

 紫陽が結界の異常性に戦慄し、ソレラが結界について軽く説明する。

「足りない戦力、足りない力はここで補う他ない。……それでもなお、勝てるかどうか怪しいものだけど……」

「クロノ君達、まだ戻ってこないのかな……?」

 地球にいる戦力は軒並み集まっているが、クロノ達のような、ミッドチルダに行ったメンバーは戻ってきていない。

『その事なら安心したまえ』

「えっ!?」

 突然の通信に、何人かが驚きの声を上げる。

『分霊と言ったかな?それが既にミッドチルダにも行っている。私も仕掛けておいたカメラで確認してみたが……いやはや、概念や法則に囚われない力とは何とも興味がそそられる』

「……ジェイルか」

 通信の声はリヒトを通じて聞こえていた。
 相手は当然のようにジェイル。
 しかし、優輝と椿、葵以外はジェイルと通信するのはこれが初めてだ。

「ジェ、ジェイル・スカリエッティ!?」

『優輝君と、椿君、葵君以外は初めましてだね。名前は知っているだろうけど、私こそがジェイル・スカリエッティさ』

 ジェイルを知っている者全員が驚く。
 何せ、相手は有名な次元犯罪者だ。
 そんな存在が自分から通信してきたのだから、驚くのも無理はない。

「……優輝さん、どうして……?」

『私と繋がりがあるのか?……そう思うのも無理はないだろうね。まぁ、飽くまで利害が一致した事による協力関係さ。それに、私としては優輝君には大きな借りがある。騙したり、貶めるような真似はしないと断言させてもらうよ』

 奏がなぜジェイルと繋がりがあるのか尋ね、優輝の代わりにジェイルが答える。

「彼は確かに人格破綻者と言えるような人物ですが、性根はそんな捻じ曲がったものではありません。……此度においては惜しみなく協力するようなので、頭脳及び技術面で大きな助けになるでしょう」

『……一方的に知られている立場になるのは初めてだね。さすがは神界の神。私の事はお見通しという訳か』

 警戒している者に対して、祈梨が大丈夫だと説明する。

「……私としては、なんで優輝さんが知り合ってんのか気になるんやけど……」

「以前、海水浴行ってしばらくした時に、地球に来ていたのよ。なんでも、優輝が導王の生まれ変わりだから興味が湧いたみたいでね……」

「最初の遭遇はその時だけど、連絡出来るようになったのは優ちゃんが独自に彼の潜伏場所を見つけた時だね。ちなみに、優ちゃん曰く捕まえようと思っても、用意周到だから逃げられるから、今まで捕まえる事はしなかったみたい」

 はやてが抱いていた疑問に、椿と葵が答える。

「彼は元々、最高評議会によって頭に爆弾を埋め込まれていました。そのため、言う事を聞かざるを得ず、次元犯罪者に仕立て上げられていたのです」

『ついでに言えば、優輝君によってその爆弾は取り除かれている。これが彼に対する借りさ』

「……まぁ、自他共に認めるマッドサイエンティストなので、どの道いつかは次元犯罪者になっていたと思いますが」

 さらに祈梨、ジェイル本人が補足し、優輝との関係を明らかにする。

「さ、最高評議会やって!?」

『そうだとも。最高評議会の連中は、私のような意図的に生み出した“悪”を利用して、自分達の“正義”を保っているのさ』

 まさかの最高評議会が黒幕だと言われ、はやてだけでなく管理局に所属している者は全員驚いていた。

「まぁ、トップがそんな悪事をしていたら、驚くのも無理はないわな」

「……帝君は知ってたんか?……って、そーか、知っててもおかしくはないんやった」

「まぁな」

 転生者である帝達は知っていたため、あまり驚いてはいない。
 緋雪は原作知識がもうほとんど覚えていないので、多少驚いていたが。

『なに、大事の前の小事さ。今はそれよりも集中すべき事がある。管理局の方は、私自身警戒していると言った情報操作などで、協力出来るように仕向ける。任せてくれたまえ』

「……そうだな。あんたは見たところ、相当な切れ者だ。多少の清濁を併せて吞むぐらいしないと、この状況には立ち向かえないだろうからねぇ」

 紫陽がジェイルの性格や頭脳を見抜き、既に頼りにしていた。
 実際、善悪関係なしに協力しないといけない状況だ。
 疑うより、その力だけでも信用して協力した方が良い。

「では、そちらは任せます」

『期待に応えられるぐらいには成果を上げて見せよう』

 通信が終わり、管理局所属の者達に若干の衝撃を残した。
 まさか有名な次元犯罪者が協力するとは思わなかったからだ。

「気を取り直して、今より強くなりたい方は、ここで自由に鍛えてください。……私としては、時間一杯鍛えておいてほしいですが……」

「願ったり叶ったりだよ。……足手纏いにはなりたくないからね」

「うん……!」

 なのはとフェイトの言葉を皮切りに、決戦に備えての修行が始まる。
 鍛えるための場所も広くあり、一対一、多対一、多対多など、多岐に渡って様々な模擬戦を繰り返し、経験を積むことも出来る。
 絶望に抗うための準備を、着々と進めていった。











「ふっ……!」

「ッ……!」

 とこよの刀が振るわれる。
 相手をするのは優輝。リヒトを使って的確に逸らす。

「くっ……!」

 術で間合いを取り、瞬時に弓矢に持ち替えて射る。
 さらに、背後に回り込み、反転時の踏み込みを使って斧を力強く振るった。

「はぁっ!」

「ッ!」

 優輝はその攻撃をリヒトで何とか逸らす。
 直後、懐に槍が突き出される。
 片手で放たれた一撃故、優輝は手で軌道を逸らし、そのまま回し蹴りを放った。
 とこよも同じく回し蹴りに繋げていたため、相殺される。

「……ダメか」

「守護者の私の時より強くなっているよ?」

「いや、その事じゃない」

「……そっか、あの時の奥義だね?」

 一旦戦闘を中断する。
 充分良い動きをしていたのだが、優輝にとってはまだ不足していた。

「覚えているのか?」

「守護者の記憶は大まかにだけど私と共有しているからね」

 全部が全部という訳ではないが、とこよは守護者の記憶も持っていた。
 そのため、当時の戦いで優輝が使った導王流の奥義も知っていた。

「やはり、極意を意図的に使う事は出来ないか。……あの時は、半分無意識な状態でもあったからな」

「使いこなせたら、一対一ならまず負けないもんね」

 導王流の極意である極導神域は、ありとあらゆる力の流れを利用し、最小限の力で最大限以上の効果を発揮するものだ。
 一対一である以上は、その戦いの流れを乱す事が出来ないため、とこよの言う通りに原則的に負ける事はないと言えるほどだ。
 例え複数戦であろうとも、その力は大きな助けとなる。
 そのため、優輝は何とかして習得したかったのだが……。

「当時は感情を代償にした。だからこそ出来た訳か」

「もう一度使うには、また何か犠牲にしないといけないって事?」

「少なくとも、意図的に使えなければな」

 習得出来なければ、また何かを代償とする。
 それは避けたいのが、優輝以外のほぼ全員が思っている事だった。
 なお、優輝はいざと言う時はそれも辞さないようだった。

「ただ経験を積み、鍛えるだけではダメだ。幸いにも、当時の感覚は何となく覚えている。そこを取っ掛かりにすれば……」

 しかし、そう思う以上に難しい事だった。
 故に、今こうして足踏みをしていた。

「とりあえず、私は他の人も見てくるよ」

「ああ」

 一旦、優輝ととこよは別れる。
 結界内の修行の大まかな目的は、経験を積んで出来る限り鍛える事だ。
 いつまでも優輝ととこよのマンツーマンでやっている訳にはいかない。

「ぐあっ!?」

「ん?」

 とこよが去り、入れ替わるように神夜が飛んできた。
 その相手をしていたのは、奏だ。

「お前の防御を貫くようになったのか?」

「っつつ……そう、みたいだな」

 奏と神夜の組み合わせになっていたのは、奏の弱点克服のためだ。
 動きが早く、瞬間的な速さならばトップクラスの奏。
 しかし、その分攻撃が軽いため、防御が堅い相手には弱かった。
 そのため、普段から異常な防御力を持つ神夜と模擬戦をしていたのだ。

「刃に魔力及び霊力を込めて、攻撃を当てる瞬間に第二撃の刃とする……ただ炸裂させるんじゃなくて、一点に集中すれば……と、言う事よ」

「……シンプル且つ効果的な解決法だな」

「ええ」

 追いかけるように、奏も近くにやって来る。
 攻撃の軽さを克服した事が嬉しいのか、若干表情が柔らかくなっていた。

「後は、しっかりと実戦でも扱えるように慣れるだけ……」

「そうだな」

 まだ決戦で使うには習得したばかり。
 そのため、今後は慣らす方向で鍛える事に奏は決めた。

「……俺も、デバイスなしでも何とかなるように……」

「……そうだ、織崎。……いや、反省している今は神夜と呼ぼう」

「……なんだ?」

 アロンダイトがサーラに返還されたため、神夜にはデバイスがない。
 代わりを用意しようにも、通常のストレージデバイスでは、神夜の力に耐えられない。
 そのため、デバイスがない分は強くなろうとしていた。
 そんな神夜を、優輝が呼び止める。

「忠告しておきたい事がある」

「っ……」

 優輝からの言葉なため、神夜は身構える。
 罪悪感や自責の念が影響して、優輝に苦手意識を持つようになっていたからだ。

「……お前は、所謂邪神に選ばれてしまった道化だ。その事は魅了の力から分かっているな?」

「ああ……」

 “魅了”の単語に、神夜は無意識に拳に力が籠る。
 以前の一件以降、神夜は魅了に関係する話題には神経質になっていた。

「邪神にとって、お前は駒……傀儡だ。神界での戦いで、最も操られる可能性が高いのは自分だと言う事は、頭に入れておいてくれ」

「……そういう事か。と言っても、どうすりゃいいんだよ……」

 元々魅了の力を植え付けられていたため、干渉してくる可能性は高い。
 しかし、その場合だと神夜には対処のしようがなかった。

「事前に洗脳の原理を聞いておいたが……基本的に、自分の意志を保つ事が重要なようだ。自我を保ってさえいれば、抵抗は出来る」

「漫画とかでよくある抵抗の仕方でいいのか……分かった、覚えておく」

 実際はもっと精神的な干渉などもあるが、洗脳の原理は神界の法則と似ていた。
 そのため、意志が重要視される神界において、自我を強く保つのは抵抗するのに適した方法ではあった。

「(理力でも抵抗は出来るが……使えないからな。なら、こっちの方法に集中してもらった方が効率もいいだろう)」

 他世界の力では干渉を防ぎきれない。
 唯一可能な理力は神夜には扱えない。
 そのため、優輝は今のようなアドバイスしか出来なかった。

「(緋雪はサーラさんと、司はユーリと……アリサとすずかは父さん達とか。アリシアは……フェイトと一緒にとこよさんとか。なのはとはやては……随分な混戦だな)」

 魔力や霊力を目安に、辺りを探る。
 様々な場所で様々な組み合わせで互いを高め合っていた。
 特に、なのはやはやて、シュテル達がいる場所は、余った人で纏めて戦いまくれと言わんばかりに無差別な戦いをしていた。
 紫陽を筆頭にした式姫達は、既に一戦終えたのか休憩していた。
 リニスやアルフ、プレシアもその相手をしていたのか、今は観戦していた。

「……となると」

 刹那、優輝はそこから飛び退く。
 寸前までいた場所に、神速の矢が突き刺さる。
 さらに、避けた先にも矢が飛ぶが、そちらは掴み取った。

「やはりか」

「不意打ちのつもりだったのだけどね」

 二度目の矢を放ったのは鈴、一発目はとこよが召喚した式姫だった。
 尤も、式姫の方は形だけの召喚なため、自我はない。
 鈴が仮契約する事で使役していた。

「やっぱり、貴方が一番油断しないわね」

「感情がないからな」

「それを抜きにしても、よ」

 予め決めておいた、“休息のサイン”を優輝は出していなかった。
 そのために、鈴は実戦に備えた不意打ちを敢行したのだ。

「貴方と戦うのは何気に初めてね。……受けてくれるかしら?」

「ああ。……久遠や那美さんもか?」

「……うん。後方支援がメインだから、私はあまり戦いに入らないけど……」

「くぅ、やる」

 鈴の他に、那美や久遠もいた。
 那美は直接戦闘には参戦しないが、障壁や自我のない式姫……影式姫を使役していた。

「よし、なら―――」

「ッ!!」

 優輝が言い終わる前に、鈴が斬りかかる。

「―――やるか」

 だが、優輝は難なくその攻撃を受け流していた。
 そして、それが開戦の合図となる。

「くぅ」

「行くわよ」

 久遠が雷を放ち、避けた所へ鈴が斬りかかる。
 優輝が受け流すのは予期していたようで、那美の使役する影式姫が追撃した。

「っと」

「くぅ、逃がさない」

   ―――“極鎌鼬”

「くっ……!」

 魔力弾と霊術で近接戦を仕掛ける者に牽制する優輝。
 しかし、久遠がすかさず強力な霊術で追撃する。

「ふっ!」

 魔力で足場を作り、それを踏み台に優輝は跳躍し、霊術を躱す。
 すぐさま弓矢に持ち替え、鈴の影式姫が放った矢を躱しつつ射る。

「そこっ!」

「くぅ!」

   ―――“雷”

 すかさず那美が影式姫に指示を出し、影式姫の刀が矢を弾く。
 同時に久遠が優輝を包囲するように雷を繰り出し……。

「はぁっ!!」

「ッ!」

 鈴と那美の影式姫が同時に斬りかかる。

「ふっ!」

「ああっ!?」

 しかし、挟み撃ちの攻撃も、優輝は二刀を以て受け流す。
 さらにカウンターで那美の影式姫の頭を肘で打ち抜いた。

「甘い!」

「ぐっ……!」

 そのまま鈴へもカウンターを放つ。
 しかし、鈴はそのカウンターに対し、さらにカウンターで蹴り上げる。
 辛うじて攻撃を食らう顎の前に手を滑り込ませるが、受け止めきれない。
 ダメージは少ないが、優輝は仰け反ってしまう。

「そこ……!」

 優輝の体勢が崩される。鈴も無理なカウンター返しで追撃は不可能だった。
 ならばと、久遠が追撃を務めた。
 雷を上から放ち、優輝に避けさせ、そこへ薙刀を振るう。
 体勢を崩した上での二段構え。普通なら回避不可能だ。

   ―――導王流壱ノ型“絡手突(らくしゅとつ)

「つ、う……」

 薙刀が腕に絡め取られるように軌道を逸らされ、直後に貫手の反撃が繰り出される。
 そう。飽くまで“普通なら”。
 導王流は普通の流派ではなかった。

「ふっ!」

「っ……今のにも反応するのね」

 隙を突いたつもりの矢は、攻撃の流れをそのままに繰り出された刀によって弾かれた。
 鈴と那美の影式姫に至っては、創造魔法の餌食になっていた。

「終了よ。全く敵わないわね」

「そうでもないぞ。何度も危なかった」

 この後久遠は無事で済まない。
 それが中断の合図となり、模擬戦が終わる。

「それに、今のは僕でなければ確実に食らっていた」

「それで倒せるほど甘くはないでしょ。私でも耐え凌ぐくらいは出来るわよ」

「でも、模擬戦の目的はそうじゃないはずだろう?」

「……まぁね」

 飽くまで、強くなるための模擬戦だ。
 今回の場合、鈴は那美や久遠との連携を重視していた。
 以前から退魔師としての仕事で連携は取っていたため、それをさらに強化していた。
 結果、掛け声などを用いずに、上手く連携出来ていた。

「それぞれが、一つ一つ模擬戦でのテーマを決めて、それをこなす」

「地道だけど、明確に強くなれるわね」

 ただ我武者羅に模擬戦するだけでなく、弱点の克服や長所の強化など、模擬戦においてのテーマを決めて、それをこなす。
 手近な目標を立てる事で、地道ながらも着実に実力を上げていた。
 時間の概念を曖昧にし、その流れを失くしたからこそ取れる、確実な強化だ。

「えっと、これで通算……何回目だっけ?」

「マーリン」

〈そうだねぇ……124回。時間で言えば六日は経ってるよ。尤も、結界の外は一日も経っていないみたいだけどね〉

 時間の流れがない事を利用し、空腹や老化などの不都合な点だけを取り除いている。
 厳密には、空腹などは結界の外と連動している。
 まさに、ご都合主義な結界で、優輝達は多くの模擬戦をこなしていた。

「皆、躍起になってるわね」

「自分の命どころか、世界の命運も関わっているんだ。神二人がその危機感を感覚として伝えてくれたから、こうして躍起になれている」

 口頭だけで伝えられても、想像の範疇でしか、危機を覚えられない。
 そんな程度では、どうしてもモチベーションは保てない。
 そのため、祈梨とソレラが神界での戦い、その危険性の体験を感覚共有した。
 これにより、如何に危険性が高いか全員が理解している。
 だから、無茶をするレベルで皆が躍起になっていた。

「百聞は一見に如かず……と言うか、何というか。効果はあるけど……」

「……これでも、足りる気がしない。それが問題だな」

 危機感を煽り、修行の環境も整えた。
 実力も確実に伸びている。

 ……しかし、その上で……

 まだ、“足りない”と、全員が感じ取っていた……。















 
 

 
後書き
ソレラの結界…世界の法則が曖昧になったからこそ展開出来る、時間の概念がない修行のための結界。某DBの精神と時の部屋やネギまの別荘みたいなもの。滅茶苦茶なご都合主義結界。ただし、神界の戦いの余波が届くと瓦解する。

休息のサイン…優輝が人数分創造しておいた、目立つ色のリング。優輝ととこよと紫陽と祈梨の四人が協力して、魔力や霊力ですぐに探知出来るようになっている。

影式姫…FGOで言うシャドウサーヴァントみたいなもの。燃費がいい。しかし、自己判断能力が乏しいため、使役者によっては雑魚と化す。

絡手突…間合いを詰めた状態でのカウンター技。相手の攻撃を蛇のように絡め取り無効化し、そのまま貫手による攻撃を放つ。


修行しつつフェードアウトしていく感じで第6章最終話完結。
地の文やセリフで軽く流していますが、この時点で全員が相当な経験を積んでいます。
今なら、同じメンバーで連携をとれば大門の守護者を倒せるぐらいには強化されています。

ちなみに、幽世との境界が薄くなっている事で、紫陽やとこよを経由してならティーダを含めた幽世に流れ着いた人達を召喚できます。 

 

閑話16「修行の一風景」

 
前書き
タイトル通りな話。
つらつらと模擬戦内容の一部を書くだけです。

結界に関してですが、現在は時間の法則も曖昧になっているため、外との時間の流れの違いも変動しています。基本的に等速~時間停止までの間を漂う感じになっています。
なので、ずっと結界内にいてもその内外から誰かが入ってきたりもします。
 

 








「優輝さん、管理局の方が来ましたよ」

「分かった」

 修行を開始してから、二週間分。
 外では管理局(厳密にはクロノ達)が戻って来たのか、結界に入って来た。
 何度か外との時間に連動したため、それなりに時間が経っていたようだ。

「……凄いな、ここまでの規模の結界とは」

「クロノ、そっちの動向はどうなったんだ?」

 入って来たクロノやユーノは、結界内を見回して驚愕に溜息を漏らす。
 そんなクロノに、優輝が管理局の対応がどうなったのか尋ねた。

「警戒態勢にはなっている。あのジェイル・スカリエッティが情報操作したと聞いたが……そのおかげか、上層部も信じて対処に乗り出した」

「というか、上層部には祈梨さん……だっけ?あの人が感覚共有して無理矢理信じさせたからね。……なぜか僕らも連れて」

 ジェイルは宣言通りに情報操作し、神界の件について浸透させた。
 それに加え、祈梨によって世迷言ではないと証明された。
 次元世界どころか世界そのものの危機なため、管理局も慌てて腰を上げたのだ。

「……それよりも、僕は結構頑張って“揺れ”について調べてたんだけど……当事者の祈梨さんがいたから意味がなくなっちゃったよ」

「結局調べた所で分からないようなものだ。仕方ない」

「いや、祈梨さんに教えてもらった後、その方向性で調べたら……世界の構成とか、別世界の存在とかの情報は分かったよ。“揺れ”が世界そのものに起きたと推測出来るくらいにはね」

「は―――?」

 一瞬、聞き間違えかと優輝は思った。
 祈梨から齎された情報を基にしたとは言え、ユーノは“揺れ”について推測出来る情報があったと言ったのだ。

「僕もあるとは思わなかったけどね。祈梨さん曰く、無限書庫はアカシックレコードに近い代物らしいよ。だから、“世界そのもの”の情報があった」

「……僕も聞いた時驚いたさ。……目の前の問題が片付いたら、改めて無限書庫に関して会議しなければならないだろうな。ロストロギアなんてものじゃないぞ、あれは」

 元々ロストロギアとして見られていた無限書庫。
 しかし、その実態はアカシックレコード擬き。
 ロストロギアの範疇に収まらない代物だったのだ。

「まぁ、無限書庫に関しては置いておこうよ」

「……そうだな。来たのはクロノとユーノだけか?」

「ああ。艦長が他の事は引き受けた。管理局は組織として、僕らはこっちと関わりがある分、それぞれの戦力を伸ばすようにしたんだ」

 管理局の武装隊が全員入れる程結界が大きい訳でもない。
 その上、管理外世界である地球に人員を割いて、神界との戦いが迫る中、ミッドチルダなどの治安を疎かにする訳にもいかなかった。
 そのため、少数精鋭且つ、地球の戦力と関わりがあるユーノとクロノが抜擢された。
 戦力を上げつつ、メッセンジャーとしても二人は動くようになっている。
 
「一応、僕ら以外にもエイミィを含めた何人かはこっちで行動するようになっている。まぁ、今までの君達の戦いを見てきた経験から、今度の戦いではほんの少しの足しにならないかもしれないけどな」

「何もないよりはマシだ」

 ジュエルシード、闇の書、U-D、アンラ・マンユ、幽世の大門。
 様々な戦いを見て、関わって来たクロノだからこそ、経験から察した。
 いくら信じられない事態でも、今度の戦いは持てる全て以上を出さなければならないと。

「早速混ざろう。……っと、その前に挨拶ぐらいはしておかないとな」

「そうだね」

 ユーリ達やとこよ達など、初見ではないものの関わりが薄い者もいる。
 混ざる前に挨拶ぐらいはしておこうと、二人は皆の所へ向かう。

「……ねぇ、優輝」

「なんだ?」

 その途中で、ユーノがある事に気付いて優輝に話しかける。
 クロノも気づいており、耳を傾けていた。

「……君の妹がいるように見えるんだけど……」

「生き返ったのか……?」

「……そういえば、二人は居合わせていないから知らなかったな」

 ユーリ達がいる事もだが、まずは緋雪がいる事に二人は驚いた。
 そんな二人に、優輝は大まかに経緯を説明する。

「―――という訳だ」

「僕らが向こうに行っている間に、そんな事が……」

「元々幽世にはいたから、幽世の神と一緒にいる時点で、何かしらの訳はあると思っていたが……それ以上に色々起きていたみたいだな」

 緋雪の事だけでなく、ユーリ達に関する事も説明した。
 ユーノも記憶を封印していたが、その説明の際に封印は解けていた。

「経緯も聞いた事だし……行ってくるよ」

「ああ」

 改めてクロノとユーノは皆の所へ向かう。
 それを見送り……出していた“休息のサイン”を仕舞う。

 ……刹那。

「ッ―――!」

 優輝が屈み、頭があった場所を刀が通り過ぎる。
 振るったのはとこよだ。
 さらに、間髪入れずに飛び退く。……それも、優輝だけでなくとこよも。

   ―――“Zerstörung(ツェアシュテールング)

 その瞬間、二人の間に爆発が起きる。
 飛び退いていなければ確実に爆風に巻き込まれていただろう。

「あー、外しちゃったか」

 当然、下手人は緋雪だ。
 優輝も使えるが、手軽に使えるのは緋雪だけだ。

「三つ巴……いや」

 上空にいる緋雪と、地上のとこよを視界に収め、優輝は呟く。
 しかし、その直後には、上空にいる緋雪すらも範囲に入れた魔法が降り注ぐ。

   ―――“Schwarzer regen(シュバルツェア・レーゲン)

「四つ巴か……!」

 赤黒い魔力弾は、一発一発が並の砲撃魔法よりも強い。
 そのため、まともに受け止めずに優輝は駆ける。
 創造魔法で瞬時にいくつかの剣を展開し、とこよへ放つ。
 一方でとこよは霊術で魔力弾を最低限相殺し、強力な一矢を優輝に放った。

「ッ……!」

 優輝の剣はあっさりと弾かれる。
 同時に優輝は追撃の矢を放ち、飛んできたとこよの矢を蹴って跳ぶ。
 魔力による保護を利用して踏み台にしたのだ。
 さらに魔力弾で壁蹴りをするように駆け上がり……。

「はぁっ!」

 緋雪が放った魔力の刃を体を逸らす事で避ける。

「っつ……!」

 さらに魔力弾を防御魔法で逸らすように防ぎ……。

「えっ……!?」

 その反動を利用して、緋雪の第二撃を回避した。
 優輝はそのまま、振り抜いたシャルを足場にさらに跳ぶ。

「抜けてくるとは……!」

「はぁ……っ!」

 向かう先は魔力弾を放っていたユーリ。
 魔力の足場を踏み込み、間合いを詰める。
 同時に創造魔法による剣を緋雪に放ち、追撃を阻止する。
 すぐに抜けてこようが、優輝がユーリに攻撃を放つまでは時間を稼げる。

「ですが、それ以上は―――」

   ―――“Schwarzer schneesturm(シュバルツェア・シュネーシュトゥルム)

「―――近づかせません!」

 間合いを詰めるために踏み込んだ瞬間、ユーリが魔法を切り替える。
 広範囲ではなく、目の前に迫る優輝に向けて、確実に倒すように。
 弾速を早く、密度も高くし、転移でもしない限り躱せないようにした。
 その転移も、間合いを詰める動きをした時点で間に合わない。

「ふっ……!」

 故に、優輝は転移の行動を()()()()
 転移魔法を使うためのリソースを防御魔法の展開に割く。
 魔力弾が当たる箇所だけに的確に防御魔法を展開し、逸らす。
 直撃を避け、最低限の被害で魔力弾の吹雪を凌ぐ。

「(……今!)」

 そして、その凌いだ時間で転移魔法の術式を構築。
 転移で背後に回り込む。

「はぁっ!」

   ―――“Aufblitzen(アォフブリッツェン)

 直後、優輝は強力な一撃を繰り出す。

「くっ……!」

 だが、その一撃は“魄翼”と防御魔法に防がれる。
 魄翼に防御魔法を付与する事で、その堅さを増しているのだ。

「ッ、堅い……!」

「魄翼のみでは防げないのは、わかっていますから……!」

 一閃と魄翼を拮抗させながら、二人は言葉を交わす。
 防御魔法を付与したのは、ユーリの言う通り魄翼だけでは防げないからだ。
 既に優輝は何度かユーリと模擬戦をこなしている。
 お互いに戦闘力が向上したため、こうしてお互いにどこまで攻撃を徹すか理解していた。

「だが、怠ったな」

「え……?」

 優輝の言葉を、ユーリは一瞬理解出来なかった。
 次の瞬間、ユーリに殺気が襲う。

「しまっ……!」

 “怠った”。それは、他の二人への牽制の事。
 緋雪は優輝が足止めした際にユーリの魔力弾に被弾していたが、とこよは違った。
 ユーリが優輝に集中した瞬間、その隙を見逃さなかった。

   ―――“弓技・瞬矢-真髄-”

「防いで!!」

 神速の矢がユーリへと迫る。
 ユーリは咄嗟にもう片方の魄翼で防ぐ。
 優輝と同じようにこちらも防御魔法を付与している。

「やはり、まだ甘い!」

「ッ―――!」

 意識が優輝から逸れる。
 それを優輝は見逃さない。
 即座に頭上に転移し、リヒトを振りかぶった。

「ぉおっ!!」

   ―――“Hacken schlag(ハッケン・シュラーク)

「ぁああっ!?」

 威力を重視した一撃がユーリを襲う。
 魄翼は既に両翼共に防御に使い、今の優輝の一撃を防ぐには間に合わない。
 そのため、咄嗟の防御魔法しか張れなかった。
 それでも三重の防御魔法。一枚一枚が相当な強度を持っている。

「……ッ……!?」

 “あと少し”。そう思った優輝だが、次の瞬間に転移魔法の術式を練った。
 間一髪、転移魔法が間に合う。
 そして、優輝がいた場所をユーリごと砲撃魔法が呑み込んだ。

「うあっ!?」

 転移した直後の優輝に、攻撃を食らった声が聞こえた。
 その方向を見ると、そこにはとこよに蹴り飛ばされた緋雪の姿があった。
 緋雪はユーリの魔力弾に被弾した後、復帰してそのままとこよに攻撃を仕掛けたのだ。
 ユーリを狙った矢を放った直後にとこよは襲われ、攻防を繰り広げていた。
 そして、とこよと優輝達が直線状に並んだ時、緋雪は砲撃魔法を放ったのだ。
 先程の砲撃魔法はそれが飛んできたもので、とこよはその砲撃魔法を躱し、そのまま緋雪に蹴りをお見舞いしたのだ。

「はぁっ!」

「っ!」

 即座に優輝はとこよへ攻撃を仕掛ける。
 猶予はユーリと緋雪が復帰するまでの僅かな時間。
 しかし、優輝ととこよにはそれで十分。

「(死角……後ろ!……いや!)」

 転移魔法で間合いを詰め……即座に二度目の転移魔法を発動。
 とこよはそれすら見切り、後ろに回り込まれたと理解する。
 そして、対応する前に……三度目の転移に反応した。

「(前!)」

「防ぐか……!」

「初見じゃない相手の動きだからこそ、だよ」

 今回だけでなく、優輝ととこよは何度も模擬戦をしている。
 既に同じとは言わないが似たような連続転移は見ていた。
 そのため、こうして対処が出来たのだ。
 ……尤も、とこよならば初見でも防御しきれたかもしてないが。

「くっ……!」

「……!」

 優輝は魔力を、とこよは霊力を練る。
 その瞬間、周囲が二人を巻き込むように爆発が起きた。
 とこよが仕掛けていた御札に、優輝の創造魔法による剣が刺さったのだ。
 二人が魔力及び霊力を練ったのは、術式の発動とその牽制のためだった。

「「ッ!!」」

 爆発の範囲を抜けるように、二人は飛び退く。
 そして、追撃を放とうとして、優輝は転移を、とこよは障壁を張った。

「(……さすがに時間を使ったか)」

 直後、二つの砲撃魔法が直撃する。
 放ったのはユーリと緋雪だ。

「……避けた方が、無難だったかな」

 優輝は転移でも余波が避けきれず、とこよは障壁で防ぎきれずにダメージを食らった。
 しかし、戦闘はまだ続行出来る。

「……あーもう、埒が明かないよ!」

 緋雪がそう言って、優輝ととこよは苦笑いするように溜息を吐いた。
 ……中途半端だが、これで模擬戦は終了だ。

「―――終わりだ。悪路王」

「……ふん」

 戦闘終了から、“休息のサイン”を出すまで。
 その隙を狙い撃つかのように、悪路王が影から優輝を狙った。
 だが、その一撃は防がれた。

「あれ?悪路王、鈴さんの所にいたんじゃ?」

「吾は元々現世に留まれる縁の訳を知るためにいただけの事。……その訳を知ってなお、ここに留まり続けたが……そろそろ還るとする。今のは最後に試しただけだ」

 そう言って、悪路王は結界の出口へと向かう。

「ま、待って!」

「待たん。吾はこれ以上馴れ合う気はない。……それに、これ以上鍛えた所で吾の強さは打ち止めだ。ではな」

 とこよが呼び止めようとしたが、意に介さずに悪路王は去っていった。
 妖である以上、強さには上限があった。
 悪路王は既にそこに達しており、そのためにこれ以上は意味がないと断じたのだ。

「……悪路王……」

「……むしろ、あの悪路王がここまで付き合ってくれてた事が意外だよ」

「そうなんだけどね……」

 休息している間に、紫陽がとこよの傍に来ていた。
 とこよは悪路王が去っていった場所を少しの間見つめていた。

「まぁ、あんたが思う事も共感出来る。でも、あの悪路王本人がこれ以上鍛えても無駄だと悟ったんだ。無理強いしても悪化するだけだ」

「……うん」

 とこよは何も協力し合わなくなった事を寂しく思っていたのではない。
 去っていく時の悪路王の背が、どこか寂しそうだった事を心配していたのだ。

「(強さの上限に至って、これ以上鍛えても足手纏いにしかならない。……妖だからこその問題……か。幽世なら、もっと強くなれるだろうけど……)」

 妖は基本的に陰の気を持つ。
 それ故に、陰の気に満ちている幽世なら、さらに強くはなれる。
 裏を返せば、現世ではもう強くなれないのだ。
 別に、悪路王は強さに固執している訳ではないが……気にしない訳でもない。
 そのため、足手纏いになる事に思う所があったのだ。

「(……ううん、悪路王の事だし、心配する程でもないよね)」

 とこよは悪路王について人並み以上に理解している。
 その経験から、とこよは悪路王を心配する必要はないと判断した。
 思っていた事も、他の人に悟られないように、心に仕舞う。

「……あれ、緋雪ちゃんとユーリちゃんは?」

「その二人ならさっき入って来た執務官達に挨拶しに行ったよ。挨拶する前に戦闘を始めたからねぇ。とこよも少しは休憩しておきな」

 優輝はその二人を連れて行くために同行していた。
 つまり、とこよだけ何気に置いてけぼりになっていた。……さしたる問題はないが。

「そっか。……うん、じゃあ休憩」

 簡易的な結界を張り、とこよは座り込む。
 しばらく休みながら、他の人の模擬戦を観賞するのだった。













「……うーん、この組み合わせは何気に初めてかしら?」

「そうだね」

 一方で。なのは達仲良し六人は。
 三体三で対峙していた。

「魔導師組と、陰陽師組。ちょっとした夢の対決やな。……今までこの組み合わせで模擬戦してなかったのが不思議なくらいや」

「私達は経験不足を補うように、最近まで椿さん達が指定した相手としか模擬戦してなかったから……。その分この組み合わせになるのが遅れたんだと思うよ」

 なのは、フェイト、はやて。
 アリサ、すずか、アリシア。
 それぞれ魔法を使う組と霊術を使う組に分かれてチームを組んでいた。
 すずかが言ったように、今までは別の人が相手だったり、組み合わせが違ったりして、こんな夢の対決のような組み合わせは初めてだった。
 なのは達の場合、先にシュテル達も相手にしていたので、余計に巡り合わせが遅くなっていたという事情もある。

「……負けないよ。フェイト」

「……うん。私も、負けない」

 フェイトとアリシアは姉妹なため、今までの模擬戦でもよくコンビを組んでいた。
 そのためか、いざ敵同士になると、早速戦意を燃やしていた。

「じゃあ、この魔弾銃で撃った魔力弾が炸裂したら開始。いいね?」

「うん、いつでも来て」

 なのはの返事に、アリシアは魔力弾を撃ちだせる魔弾銃を上に向ける。
 そして一発放つ。その一発が上空で炸裂し……

「ッ!」

「やっぱり、初手はフェイトね!」

 フェイトがスタートダッシュを切る。
 しかし、アリサが反応し、すずかの背後に回った攻撃を受け止める。

「指示塔に値するのは確かに私だし、狙うのも正解だけど……」

「私達も、それぐらいは予想済み!」

 フェイトに一瞬遅れて、なのはがさらに斬りかかる。
 ……が、すずかは防ぐ素振りすら見せずに、代わりにアリシアが受け止めた。

   ―――“氷柱”

「っ……まぁ、椿さんに鍛えられたんや。これぐらいは出来るやろなぁ……」

 その間にすずかははやてに牽制の霊術を放っておいた。
 魔法の術式構築を妨害されつつも、そうしてくるのは当然だとはやては舌を巻く。

「っと、とと、っとぉっ!?」

「シュート!」

 まだ一手動かしたのみ。
 すぐになのははアリシアに矛先を変え、斬りかかる。
 アリシアは刀で何とか受け止めつつ、術式を構築。
 二刀と一刀の手数の差で吹き飛ばされた瞬間に、なのはの魔力弾と相殺される。

「っ!」

「……ヒット&アウェイ……フェイトに適した戦法ね……」

 一方でフェイトも次の手を打っていた。
 一度アリサと間合いを離し、また斬りかかる。
 防がるも、すぐに距離を離し、再度攻撃する。

「アリサ!」

「分かってるわよ!」

 直後、アリシアとアリサのポジションが入れ替わる。
 アリサがなのはの、アリシアがフェイトの相手をする。

「はぁああっ!!」

「選手交代ってね!」

 アリサが果敢に斬りかかり、アリシアが二丁拳銃に武器を変えて霊力の弾を撃つ。
 突然の入れ替えになのはとフェイトは戸惑うが、すぐに切り替える。

「ほらすずかちゃん、牽制ばっかりじゃ私は倒せへんで?」

「分かってるよ。でも、私の役目は流れ弾を出さない事。……それに」

   ―――“氷柱雨”

「術式もやっと組めた」

 互いに牽制し合っていたすずかとはやて。
 しかし、その間にもすずかは術式を構築しており、その霊術を発動させた。

「広範囲……味方ごとやと!?」

「はやてちゃんだって、隙を見れば魔力弾で援護するでしょ?無差別な攻撃だけど、互いに信頼していればこれぐらい……」

 その霊術は広範囲のものでアリシア達の方も巻き込んでいた。
 だが、そこまで密度は高くなく、攻撃を中断すれば回避は容易だった。

「……避けれるよ」

「なるほどなぁ。でも、愚策やったな!」

   ―――“Divine Buster(ディバインバスター)

「ッ!」

 回避が容易……それははやてに砲撃魔法を撃たせる時間を作るも同義だった。
 夜天の書に記録されている砲撃魔法を、すずかに向けて放つ。
 広範囲の霊術発動により、少しの間移動できなかったすずかは、これを避けられない。
 咄嗟に氷の障壁を三重に張るが、破られる。

「……どうや……?」

 手応えを感じるはやてだが、油断はしない。
 相手によっては今のタイミングでも防いだり避けたりする。
 そのため、反撃を危惧して周囲を警戒する。

   ―――“槍技・影突(かげつき)

「生憎だけど、はやてちゃん」

「っ……!」

 砲撃魔法によって発生していた煙幕の中から、影状の一突きが繰り出される。
 はやては何とか障壁で受け止めるが、その間にすずかは次の行動を起こしていた。

「―――私、実は身体能力を活かした戦法の方が得意なんだ」

「速……!?」

 槍の代わりに爪を展開し、はやての背後に回る。
 身体強化に特化させていたため、はやての咄嗟の防御を破って吹き飛ばした。

「そこだよ!」

「ッ!」

 一方で、すずかの霊術を避けたフェイトへアリシアの矢が迫る。
 それをフェイトはザンバーフォームのバルディッシュで弾く。

「せぇい!」

「くっ……!」

 弾いた瞬間を狙い、アリシアが斬りかかる。
 フェイトはスピードを活かし、その一撃を間合いを取って避ける。

「むぅ、当たらないなぁ」

「(何とか避けられてるけど……やりにくい)」

 互いに決め手に欠けていた。
 アリシアは攻撃が当てられず、フェイトはそんなアリシアの当てようとする動きに攻めあぐねている状態だった。

「さっきの二丁拳銃は……使わないの?」

「ああ、あれ?牽制にはちょうどいいけど、フェイトには当たんないの分かり切ってるし。使うなら弓の方がいいしね」

 アリシアはトリッキーな動きを心掛けている。
 バランスブレイカーになる才能を持っているため、その力を持て余している状態では様々な戦い方で翻弄するようにしているのだ。
 そのため、二丁拳銃も使っていたが、フェイト相手では相性が悪かった。

「まぁ、銃による弾丸よりも……」

   ―――“神槍”

「こっちの方が、弾幕が張れるからね!」

「ッ、ファイア!」

 直後、二人の霊術と魔法がぶつかり合う。
 その中を駆け抜けながら、お互いに肉薄し……

「はぁっ!」

「せぇいっ!!」

 お互いの武器をぶつけ合った。

「わぁ、武器の差で力負けしちゃう!お姉ちゃん自信なくすよ!?」

「そんな事ない……姉さんは、強いよ……!」

 鍔迫り合いの中、二人はそんな会話をする。
 徐々にアリシアの方が押されるが、その顔には全く焦りはなかった。

「ありがとね!でも……」

「……?」

 そこまで言って、アリシアは笑みを深める。

「選手交代、だね。二度目だけど」

「え……?ッ!?」

 その言葉に、一瞬フェイトは困惑した。
 直後、横から来た攻撃に防御の上から吹き飛ばされる。

「すずか……!?」

「私達霊術使いの中で一番の身体能力の持ち主。フェイトにだって追いついちゃうよ」

「覚悟してね、フェイトちゃん……!」

 指示塔から一転、アタッカーになったすずかが、フェイトへと攻め入る。
 再び爪から槍へと持ち替え、果敢に攻め始めた。

「という訳で……」

 手が空いたアリシアは即座に矢を放つ。
 
「はやても、選手交代だよ」

「……今度はアリシアちゃんか……負けへんよ」

 用意していた術式を障壁に切り替え、はやては矢を防ぐ。
 交代する事で動きを見切られないように立ち回る。
 そんなアリシア達の戦法で、現在ははやての方が不利になっていた。



「はぁああっ!!」

「っ、はぁっ!」

「くぅっ……!」

 そして、なのはとアリサは。

「ッ……御神流の動きも使ってるのに、耐えるねアリサちゃん」

「ふぅ……!生憎、剣を鍛えてきた経験はあんたよりも長いのよ。それに、士郎さんや恭也さん達と手合わせした事もあるから、御神流の動きは知ってるのよ……!」

 御神流と魔法を駆使し、なのはがアリサを押していた。
 咄嗟の動きが上手いおかげで、アリサは凌げているが、油断すればすぐに負ける。
 そんなギリギリの状態だった。

「さすがだ、ねっ!」

「ッ……!」

 そこでなのはは動きを変えた。
 まだ馴染み切っていない御神流ではなく、今までの戦い方に。
 魔力弾で牽制し、アリサがそれを避けた所に設置型バインドを設置。
 バインドが発動したタイミングで砲撃魔法を放った。

「視線が見えていたわよ!」

「(避けた……!)」

 しかし、バインドに掛かる寸前、アリサは刀を振るい、そのバインドを破壊する。
 なのはの視線が何もない場所に向いていたのを、アリサは目聡く見つけ、何か仕掛けられていると読んでいたのだ。
 そして、直後の砲撃魔法はギリギリ回避した。

「(でも、こっちのペースに持ち込んだ……!)」

 それでもなのはは優勢だ。
 距離が離れ、元より得意分野だった砲撃魔法を使いやすくなる。
 接近されても対処が出来るため、完全になのはの土俵だった。



「はぁっ!」

「ふふ……」

 同時刻。フェイトは果敢にすずかに攻撃を繰り出していた。
 すずかはそれを落ち着いて槍で受け流す。
 速度では勝てなくとも、反射神経は負けていない。
 そのため、すずかはフェイトの攻撃をしっかりと見切り、攻撃をいなしていた。

「(……目が、赤い?)」

 そこで、フェイトはふと気づく。
 ブルーサファイアのように綺麗な青色なはずのすずかの瞳が赤く染まっている事に。
 まるで、自分の……いや、それ以上に赤くなっている。

「……ふふ、気づいた?」

「ぇ……ッ!?」

 すずかがそう言った瞬間、フェイトに倦怠感が襲う。
 まるで重力が強くなったように、体が重く感じた。

「精神干渉はトラウマなのと司さんの加護で防がれるからやらないけど……体に直接作用するのは効くでしょ?特に、フェイトちゃんみたいに速い子はこうしてちょっと体を重くするだけで……」

「ッ―――!?」

「簡単に、追い抜けちゃう」

 反応が鈍くなり、身体強化を施したすずかに背後を取られる。
 すぐに反撃しつつ間合いを取ろうとしたが、間に合わずに掌底で吹き飛んだ。

「ど、どういう事……?」

「なのはちゃん達は気にしてないから忘れがちだけど……私は“夜の一族”。吸血鬼と似た性質を持つの。そして、吸血鬼の特徴は再生や血を吸う事、体を蝙蝠に変える事とかの他に、“魔眼”っていうのがあるの」

「魔眼……」

 フェイトの動きが鈍くなったのは、魔眼が原因だった。
 精神に干渉する事は司の魔法によって出来なくなっている。
 そのため、すずかは目を通して脳に働きかけ、動きを鈍くしたのだ。

「緋雪ちゃんや葵さん、とこよさんが呼んだ吸血鬼系の式姫さん達に使い方を教えてもらったんだ。ちょっと高揚した気分になるけど……どうかな?」

 そういうすずかの表情は、どこか妖艶さを感じる笑みを浮かべていた。
 普段のお淑やかな性格から少しばかり変わっている。

「う……ぐ……」

「ふふ……初見殺しなのが効いたね。隙を見せたフェイトちゃんの負けだよ」

 直後、氷の霊術によってフェイトは完全に身動きが取れなくなった。
 氷漬けみたいになっているが、バリアジャケットのおかげで冷たい程度で済んでいる。

「まぁ、動きを鈍くするのが限界なんだけどね。ごめんね?寒いだろうから、解除しておくね?」

「っ………」

 氷漬けにし、悠長に会話している時点ですずかの勝ちだ。
 実戦であればもうトドメが刺されている。
 そんな状態になったため、フェイトもそれを認めた。

「……結構、悔しいな……」

 氷の霊術が解除され、フェイトは“休息のサイン”を出して戦闘区域の端に行く。
 そして、なのはの方へ向かうすずかを見送りながら、そう呟いた。
 何せ、今までの魔導師としての経験はすずかの霊術使いとしての経験よりもかなり長い期間あったはずなのだ。
 だというのに、負けてしまった。
 いくら初見殺しだったとはいえ、負けず嫌いな所もあるフェイトは悔しがっていた。





「っ!!」

「やぁっ!」

 槍と刀がぶつかり合う。
 すずかはなのはとアリサを見つけると、即座に突貫した。
 既にアリサが追い詰められていたからだ。

「……もしかして、フェイトちゃんを倒してきたの?」

「そうだよ。……なのはちゃんは、耐えられるかな?」

 ブルーサファイアに戻っていた瞳が、再び赤く輝く。
 フェイトにも使った魔眼だ。

「ッ―――!」

「くぅっ……!」

 しかし、それを見たなのはの行動は早かった。
 魔力弾を横から槍に叩き込み、矛先を逸らして懐に入り込む。
 そのまま容赦なく膝蹴りを繰り出したのだ。

〈“Flash Move(フラッシュムーブ)”〉

「シュート!」

 膝蹴りで氷を砕くような手応えを感じたなのはは、即座に距離を取った。
 すずかは咄嗟に氷の障壁を張って防いでいた。そのため、ダメージはほとんどない。
 間髪入れずになのはは魔力弾を放ち、間合いを詰めていたアリサに牽制する。

「っ……痛た……対処が早いなぁ……」

「フェイトちゃんはそう簡単に負けない。……だから、初見殺しの攻撃かなって思っただけだよ。……嫌な予感もしたし」

「……そうなんだ。……アリサちゃん」

「真っ向勝負って訳ね」

 すずかの隣に、アリサが並び立つ。

「二対一。でも、今のなのはにはこれで充分よ。フェイトは倒したし、はやてもアリシアが抑えてる。……今の内に、倒させてもらうわよ」

「見事に分断されちゃったけど、負けないよ」

「それはこっちのセリフだよ、なのはちゃん」

 なのはは相手が親友であっても一切の油断をしない。
 むしろ、幼馴染だからこそ、そのコンビネーションを警戒していた。

「………」

「………」

「………」

 互いに間合いを計り……

「「「ッ!!」」」

 一斉に、動き出した。





















   ―――この後の決着は、早かったのか遅かったのか。

   ―――どちらが勝ったのかは、また別の話である……

















 
 

 
後書き
Schwarzer regen(シュバルツェア・レーゲン)…“黒い雨”。雨の如き魔力弾を広範囲に降らせる殲滅魔法。なお、どこぞの黒ウサギ隊隊長とは関係ない。

Schwarzer schneesturm(シュバルツェア・シュネーシュトゥルム)…“黒い吹雪”。上記のシュバルツェア・レーゲンの範囲を狭め、弾幕密度と速度を増した魔法。単純な回避で全てを避けきる事は不可能に近い。

Hacken schlag(ハッケン・シュラーク)…“叩き割る、一撃”。アォフブリッツェンと違い、威力を重視した一撃。こちらもベルカの騎士なら大抵の者は使える。

槍技・影突…中距離技として使える。影のようなものを撃ち出し攻撃し、次の攻撃に素早く繋げられる。ゲームでは“京スキル”と言う特殊枠のスキルで、攻撃後の行動ゲージが増える。

魔眼…厨二心をくすぐる能力の一つ。すずかのような夜の一族の場合、魅了やそれを応用した記憶改竄などが出来る。本物の吸血鬼などと比べるとそこまで強くはない。


なのは達の戦いを書いていたら文字数ががが……。
飽くまで一風景なので、最初から最後まで戦う事はしません。
まぁ、既にアリシア達もなのは達と同等になっていると分かっていただければ……。
なお、決着は想像にお任せします。

何気に、最近の戦闘描写では効果音を書かなくしています。
地の文で出来るだけ表現しようという試みでそうしています。
あってもおかしくはないんですけどね……新しい試みでレベルアップを図っています。
ここまで長く書いておきながらですが、この小説は処女作且つ習作みたいなものなので。 

 

キャラ設定(第6章)

 
前書き
戦闘が少なめなのに一番キャラの強さに変化が出てます。
ちなみにですが、6章終了時点の時間軸は大体10月中旬辺りを目安にしています。
 

 


       志導優輝(しどうゆうき)

種族:人間(英霊) 性別:男性 年齢:14歳
能力:止まらぬ歩み(パッシブ・エボリューション),道を示すもの(ケーニヒ・ガイダンス),共に歩む道(ポッシビリティー・シェア),精神干渉系完全無効化
    魔力変換資質・創造,神降し

◎概要

6章では影が薄かった主人公。
5章の戦いで代償として感情を失い、合理的思考になっている。
一時、椿と葵を喪った事で、精神的負荷に耐えられずに倒れてしまった。
目を覚ました後は、出来るだけ以前までの自分を演じている。
しかし、いつも身近にいた者にはやはり“違う”とわかるらしい。
次々と驚愕な真実が判明する中、感情を失った事で手に入れた冷静さで分析していた。
他の皆がその情報量に困惑しても、優輝だけはしっかり受け止めていた。
そのため、皆が失念していた事にも気づき、追及する事もあった。
瞬間的な判断などは、以前より優れているが、感情があった時のような粘り強さなどは弱まっている。基本戦闘力は上がっているが、総合的には弱くなっている。
親しい人全員に心配されており、優輝自身もそれには気づいている。
しかし、だからと言ってどうこうしようとは思っていないようだ。
緋雪に関わる時は僅かに感情の片鱗を見せる事があり、感情を取り戻す手がかりになるかもしれないと、椿や葵は考えている。
感情に揺さぶりをかける事が感情を取り戻す切っ掛けになると思われているが……?
なお、6章の始めの頃に女体化していたが、政府との会談辺りではもう戻っている。





       志導緋雪(しどうひゆき)

種族:吸血姫 性別:女性 年齢:13歳
能力:吸血鬼化,破壊の瞳,特典-洗脳・魅了無効化-,狂化

◎概要

死んでからずっと幽世にいた優輝の妹。
現世と幽世の境界がなくなった事により、制限なしで現世に戻ってこれた。
とこよとその式姫によって、吸血衝動や狂気は完全に制御できている。
現世と幽世の境界が薄れている時は、破壊の瞳の力を利用して瘴気を霧散させていた。
兄の優輝への想いは変わらず、現世に戻ってからは大抵一緒にいる。
しかし同時に、模擬戦で負けず嫌いな一面も見せている。
力を制御出来ているため、従来の力強い戦闘力に加え、とこよ達に鍛えられた確固たる技術が加わり、神夜とはまた違ったバランスブレイカーっぷりを見せる。
余談だが、現世に戻ってきた際、司や奏など、優輝を好いている人が増えていた事を知り、優輝に身を寄せて威嚇したりと牽制している。





       聖奈司(せいなつかさ)

種族:人間 性別:女性 年齢:14歳
能力:祈祷顕現(プレイヤー・メニフェステイション),穢れなき聖女(セイント・ソウル),聖属性適性(霊術)

◎概要

TS系ヒロイン。ジュエルシードをフル使用すれば神降しに追随できる。
精神的負荷によって倒れた優輝を見て、改めて強くなることを決意する。
手始めに回復したばかりの魔力とジュエルシードを使って、アースラにいるほぼ全員の魅了に掛かっていた女性を解放した。
その後の混乱や奏の錯乱を見て、強くなる決意が揺らぐ。
しかし、鈴の言葉によって踏み止まり、一人ではなく皆で強くなる事にした。
その後は再召喚された椿や葵に力の磨き方を教わり、着実に力量を上げている。
自分を転生させた神が、天巫女に似ている事を疑問に思っている。
神界の戦いに対しては、漠然とながら脅威だと思っているが、実感が沸かない事をとにかく不安に思っていたりする。





       天使奏(あまつかかなで)

種族:人間 性別:女性 年齢:13歳
能力:特典-立華奏の能力-(ガードスキル),アタックスキル,風・聖属性弱適性(霊術),“天使”覚醒

◎概要

無口無表情系ヒロイン。なお、意中の相手(優輝)の前では割と表情が出る。
魅了によって優輝の事を忘れさせられていた事で、神夜に強い怒りを持っており、アリシアと共に責め立てた。
優輝が倒れた事で、司と共に強くなる事を決意する。
しかし、その後に“■■(邪神)の傀儡”と言う神夜にあった称号を見て、無意識の内に敵意を抱き、その際の自分が自分ではない感覚に恐怖を抱く。
自分の中の存在が分からなかったため、錯乱したが、司の精神保護魔法と鈴の言葉によって、自分を奮い立たせて何とか立ち直った。
瞬間的な速さに磨きがかかっており、その時の速さはトップクラス。
攻撃の軽さも、衝撃を徹す技術を会得して半克服している。
優輝と祈梨の会話により、体に宿っている存在の正体は、かつて神界での戦いで消滅したと思われた“天使”だった事が判明している。
しかし、その事は“害はないが向き合う時が来るだろう”とだけ祈梨に伝えられ、“天使”に関しては奏本人は聞かされていない。





       草野姫椿(かやのひめつばき)

種族:式姫(神) 性別:女性 年齢:1222歳
能力:豊緑之加護(ほうりょくのかご),神降し(標),弓矢生成

◎概要

草の神の分霊。その式姫。優輝に対してはだいぶツンデレのツンがなくなって来た。
大門の件で重傷を負い、そのまま幽世に還ったかと思われていた。
しかし、草祖草野姫の本体により、完全に幽世に行く事は抑えられていた。
そのおかげで現世との縁が十分に残り、型紙も残っていた。
後にその型紙を利用し、優輝が再召喚した事により、葵共々復活する。
強さに関しては、全盛期の勘を取り戻した上、京進化をしたために全盛期以上の強さになっている。近接戦闘は相変わらず得意ではないが、基礎能力は全て向上している。
再召喚後、感情を失った優輝の姿を見ていられず、思わずその場から逃げ出した。
自身の無力を嘆いていたが、司と奏に説得されて何とか立ち直る。
単に力量を伸ばすには限界を感じていたため、現在は今ある力を磨いている。





       薔薇姫葵(ばらひめあおい)

種族:デバイス(吸血姫) 性別:女性 年齢:3歳
能力:ユニゾン,弱点無効化(流水・日光),レイピア生成,吸血,蝙蝠化,魔眼,霧化

◎概要

吸血鬼の一人。その式姫。最近は真剣な事が多い。
椿と同じく死んだと思われていたが、再召喚で復活を果たす。
なお、椿と共に草祖草野姫に留められていたが、それは全くの偶然だった。
デバイスとなって椿と強い縁がなければ、そのまま幽世に逝っていた。
強い縁があったからこそ、椿に引っかかって再召喚に応じれた。
デバイスになった事で失われていた力は、妖の薔薇姫を倒したことにより戻ってきた。
そのため、デバイスになってから手に入れた強さと合わさる事により、椿に負けず劣らずに強くなっている。
しかし、伸びしろは椿よりもう少ない。
砲撃魔法や弾幕をあまり使わず、近距離主体で戦う。殲滅力が低いのが欠点。





       王牙帝(おうがみかど)

種族:人間 性別:男性 年齢:13歳
能力:特典-エミヤの能力-,特典-ギルガメッシュの宝具-,特典-ニコポ・ナデポ-(封印)

◎概要

元踏み台転生者。6章では割と出番が多かった。
霊術の修行メンバーに参加して鍛えており、そのメンバーとの関係は良好。
以前の性格の時にあった蟠りも既に解消されている。
持て余していた力も、かなり制御出来るようになっている。
かつてあった傲慢な性格は嘘のように鳴りを潜め、色々頑張っている。
大抵のやる気の源は優奈に対する恋心である。
神界に対しては、あまりに未知なために不安しかない。
実力は確かにかなり向上しているが、それでも暴走時の神夜を抑えきれない。
周りの被害を考えなければ司に次いで殲滅力がある。





       織崎神夜(おりざきしんや)

種族:人間 性別:男性 年齢:12歳
能力:無差別魅了(パッシブ・チャーム)(封印),特典-ヘラクレスの宝具-,特典-サー・ランスロットの宝具-

◎概要

オリ主君だった者。以前までと打って変わって大人しくなった。
元凶だと思っていた優輝を除いた状態で、言い逃れられないように司達に追い詰められた事により、ようやく魅了の能力を自覚した。
その際に錯乱して暴走したが、帝が足止めし、目覚めたサーラに鎮圧された。
その後、思い込みによる勘違いや、人の心を惑わしていた罪悪感に心を打ちのめされる。
今まで信じていた現実が偽りだった事で、しばらく沈み込んでいた。
帝の言葉と、優輝の一時的な封印のおかげで、何とか立ち直る。
後になのは達に謝って回り、償いをしていく事を決める。
現在はデバイスがサーラの元に戻ったため、優輝が簡単なストレージデバイスを作ってそのデバイスを使っている。





       土御門鈴(つちみかどすず)

種族:人間 性別:女性 年齢:15歳
能力:精神干渉耐性,光・闇属性適正(霊術)

◎概要

半オリキャラ。何気に出番がそれなりにあった。
アースラに滞在している時は、事情聴取の他に、マーリンの案内や散歩としてアースラ内を適当に歩き回っていたりした。
その際に司達と遭遇し、成り行きで手伝う事に。
人生経験は司達転生者とそう変わらないが、生きてきた環境が違うため、その経験を基に決意を揺らがせていた司達にアドバイスをした。
強さで言えば、実はそこまで強くなかったが、修行を経てからは、修行前のヴォルケンリッター全員を相手にして普通に勝つくらいは出来るようになった。
マーリンのサポートのおかげで、戦闘中に一発限りだが魔法を使える。
右目に悪路王が宿っていたが、閑話で悪路王は帰っていった。





       瀬笈紫陽(せおいしよう)

種族:現人神 性別:女性 年齢:約300歳
能力:物見の力,幽世調停

◎概要

幽世に住まう現人神。基本裏方で出番は多くない。
現世と幽世の境界が薄れた事にいち早く気づき、その対策に動いていた。
現世の方にも忠告をし、何とか阻止しようとしていた。
結局、境界がなくなってしまったため、瘴気を出さない動きにシフトした。
とこよに長い事会えなかった式姫達と違い、妹の葉月にどうしても会いたいとまでは考えていなかった(現世に戻ったのがわかっていたため)。
なお、再会出来た事は確かに嬉しかったため、修行期間は大抵葉月といた。
幽世の神として、一部の妖の使役や、瘴気の操作ができる。
近接戦もこなせるが、基本的に後衛の方が優秀な戦力をしている。
現世と幽世どころか全世界の危機なため、全面的に協力してくれる姿勢となっている。





       有城(ゆうき)とこよ

種族:半妖 性別:女性 年齢:約300歳
能力:全属性適正(霊術),神殺し,妖殺し,式姫召喚

◎概要

大門を守護する陰陽師。直接戦闘力はトップクラス。
紫陽と同じく現世との境界が薄れていた事にいち早く気づく。
現世に瘴気が漏れ出ていた時は、何とかして止めようとしていた。
境界が消失し、二つの世界が繋がった時も率先して調査に来ていた。
幽世にて、式姫や紫陽と修行し過ぎたためか、初見殺しにも対応出来る。
優輝の事は良きライバルだと捉えている。
何気に式姫達同様、会えなくなって寂しく思っていた事もあり、現世に来れるようになってからは、椿達式姫とよく一緒にいる。
修行でさらに強くなってはいるが、元々相当な経験を積んでいたため、他の人と比べて大して成長はしていない。ただし、それでも強い。





       サーラ・ラクレス

種族:デバイス(元人間) 性別:女性 年齢:不明
能力:人型化,魅了耐性

◎概要

ようやく目覚めた古代ベルカ最強の騎士。
U-D事件の時から地道に構築していた魅了対策の術式が完成し、魅了を退けた。
そのため、抑え込まれていたサーラの意識が戻り、顕現に成功する。
アロンダイトもその時にサーラの物に戻る。
ただし、突然の目覚めなため、負担が大きく再び眠りに就く。
帝のみがある程度事情を聞いており、知れ渡ったのはユーリと再会した時。
古代ベルカ最強の騎士と言われるだけあり、強さはトップクラス。
しかも、優輝やとこよのように、特殊な魔法や能力は持っていない。
一応元にしたキャラ(ランスロットとヘラクレス)の能力と似たような事が出来るが、それは似た効果の魔法を使っているだけに過ぎない。
単純な戦闘力は優輝達を上回っている。





       ユーリ・エーベルヴァイン

種族:半プログラム構築体(元人間) 性別:女性 年齢:不明
能力:永遠結晶(エグザミア),魄翼,精神干渉無効化

◎概要

紫天の盟主兼亡国の姫君。なお、性格は王族に向いていない。
原作通りにエルトリアに行き、そこでずっと活動をしていた。
マテリアルズのおかげで、エグザミアや魄翼の扱いにも慣れている。
グランツ博士と共に、時空間に生じた異常を調査していた。
エルトリアごと現代に流れ着き、そこでサーラと再会を果たす。
無限の魔力と高い防御力による、要塞のような戦い方を得意としている。
接近戦もある程度出来るが、優輝やとこよ相手だとあっさりと隙を突かれてしまう。
原作と違い、ディアーチェと百合っぽい関係ではない。





       祈梨(いのり)

種族:神 性別:女性 年齢:不明
能力:不明

◎概要

司を転生させた神界の女神。
どこか司に似た雰囲気を持ち、巫女のような衣装を纏っている。
1章の閑話にて、優輝を転生させた女神姉妹を罰として扱いていた。
司の転生に関しては、司の意識がない内に済ませてしまった。
願わくば救われるようにと、優輝がいる世界に転生させた。
神界にて戦いが起きた時、他の神に庇われながらも、命からがら下界へ逃げ延びた。
直接戦闘力はとこよに匹敵する。加え、神としての力を使うと、その強さは未知数になる。
大まかな事しか優輝達に伝える事はせず、祈梨自身の能力などは不明となっている。
優輝曰く、まだ何か隠しているようだが……?





       ソレラ

種族:神 性別:女性 年齢:不明
能力:不明

◎概要

優輝、帝、神夜を転生させた女神姉妹の妹の方。
初登場時の時点で“ドジをする”、“魅了されている”と言う、神としてなかなかな失態を見せていたドジっ子系女神。
魅了が解けた後は、今後そんな事がないように祈梨に扱かれた。
余談だが、帝、神夜、優輝の順に転生させていた。
帝が神夜の後だった場合、プロローグの優輝のように消滅させられていたかもしれない。
実は神界の神の中ではそこまで強くない。戦闘力自体は優輝やとこよなどに負ける程。
祈梨同様に命からがら神界から逃げ出してきたらしい。
姉の方は、ソレラを逃がすために殿を務めた模様。



       イリス・エラトマ

種族:神 性別:女性 年齢:不明
能力:詳細不明

◎概要

ついに判明したラスボス。今まで謎だった事に大体関わっている。
優輝そっくりの襲撃者や、神夜の魅了の力もこの神が原因。
邪神と呼ばれており、その名を表すように驚異的な闇の力を持つ。
かつて、とある神によって封印されたが、ついに破られてしまった。
神すらも洗脳するその力で、現在進行形で神界を混乱に陥らせている。
しかしながら、目的や意図は不明。







     ↓以下簡易紹介



   高町なのは

原作主人公。出番に関しては力を溜めている状態。
御神流を会得したため、バランスブレイカーに。
フェイトやはやてと比べても頭一つ抜けた強さになっている。
奏と同じく、“天使”を宿しており、それも影響して飛躍的に強くなっていた。
魅了の解けたフェイトを励ましたりと、主人公ムーブも増えてきている。



   フェイト・テスタロッサ

ようやく魅了が解けた一人。
“フェイト”として生きてきた事が全て魅了に掛かった状態だったため、魅了が解けた後しばらくの間立ち直れていなかった。
なのはやアリシアのおかげで何とか立ち直り、今は気にしないようにしている。
神夜に対しては、魅了の事で思う事はあっても、恩義は残っている。
神夜自身が不可抗力なのもあったからか、奏やアリシアと違って険悪にはなっていない。



   八神はやて

子狸少女。魅了に掛かっていたメンバーの中では比較的まともだった。
八神一家の長として、精神的に大人びていた事もあって、魅了が解けて錯乱する事はなかった。混乱はしていたが、周りの錯乱っぷりを見て逆に落ち着いたらしい。
サブカルチャー系の知識もあったため、帝達の転生や原作に関する事の話をされた時も、すぐに理解して納得していた。
神夜に対しては、そこまで憎しみはない。



   アリサ・バニングス

着々とフェイト達との力量差を埋めてきている。
さすがに頭一つ抜けた強さになったなのはには敵わないが、接近戦が強い。
炎系の霊術を得意とし、頭の回転と思い切りの良さで攻撃が鋭い。
特にすずかとのコンビネーションを得意としている。
総合的にはなかなかバランスの整った強さを持っている。
さらに、相手に対して食い下がるのも得意なため、多少の実力差は容易に覆せる。



   月村すずか

何気にアリサと実力差がついてきている。
夜の一族としての身体能力の高さが際立ってきており、素の身体能力と身体強化の効率は原作五人娘(+アリシア)の中でもトップ。
魔眼も弱めとはいえ使えるようになり、耐性か防御手段がなければ閑話でのフェイトのように完封する事も出来る、指揮と近接アタッカーを兼ねたスタイル。
夜の一族と言う秘密があったため、周囲にどう思われるかに敏感で、大門の件の後処理では人一倍どう思われるか心配していた。
雰囲気は大人しいままだが、中身はかなりアグレッシブになってきている。



   アリシア・テスタロッサ

鈴やとこよ、紫陽を除けば、一番戦闘に優れている陰陽師。
才能自体は久遠の方が上だが、久遠の場合は戦いそのものに向いていないため、実戦になるとアリシアに軍配が上がる。
妹に負けじと鍛えた結果、バランスブレイカー寄りのオールラウンダーとなり、実は総合力では既にフェイトを超えている。
異常な事態が続いているため、持ち前の明るさを保てなくなってきている。
それでも、ムードメーカーらしくあろうと頑張っている。



   クロノ・ハラオウン

いつから提督になるか(作者が)分からないため、だいぶ立場はぼかしている。
幽世の大門の件で、後処理に追われ、報告でミッドに戻ったりとだいぶ忙しかった。
……が、本編では詳しく描写されていない。
基本的に一部アースラメンバーと共に優輝達と管理局の橋渡しをしていた。
多忙だったため、優輝達と比べてあまり強くなっていない。
しかし、それでも簡単には負けない強さを持っている。



   ユーノ・スクライア

苦労人系。まだ司書長ではないが、司書にはなっている。
原因不明だった“揺れ”の調査のため、無限書庫で調べていた。
もちろん、世界そのものに起きた異変なため、手掛かりなしでは何も分からなかった。
無限書庫がアカシックレコード擬きなので、正しい調べ方なら“揺れ”についても分かる。
相変わらず攻撃には不向きだが、防御や拘束に秀でている。



   リンディ・ハラオウン

多分、やっている事の割には一番出番がなかった人。
地球と管理局の橋渡しだけでなく、日本政府への説明なども兼任していた。
増援に来ていたレティも同じように説明に赴き、何とか政府に納得させていた。
上手く描写出来ていないが、いなかったらダメなぐらいには重要な事をやってくれていた。



   レティ・ロウラン

基本的にリンディと同行していた。
大門の件で優輝の両親や他の戦闘部隊を連れてきた提督。
ちなみに、今はクロノ達と共に本部に戻っている。



   プレシア・テスタロッサ

出番がなかった人。一応リンディ達と裏方で行動していた。
クロノ達が一度ミッドに帰ってからは、フェイト達と共にいた。
一見完全後衛型に見えるが、フェイト達娘を相手にできるぐらいには近接戦も可能。
ただし、優輝のように攻撃の穴を突いてくるような相手には弱い。



   リニス

メインキャラの司の使い魔なのに出番が少なかった。
尤も、普段はテスタロッサ家にいる事になっていたので、自然と裏方になっている。
器用万能と言える程優秀だが、使い魔の身であるため、成長限界が既に来ている。
とこよ曰く、魂から底上げしないとこれ以上は強くなれない模様。



   アルフ

リニス以上に出番がないフェイトの使い魔。
ほとんど原作通りで、現在は原作よりも強い。
同じ素手での攻撃を得意とするためか、ザフィーラとそれなりに交流がある。



   ミゼット・クローベル

口調などが良く分からない人。とりあえず丁寧な物腰にしている。
伝説の三提督の一人で、大門の件で多くの死人が出た事で葬式に参列した。
ちなみに、葵が口を挟まなくとも、彼女がティーダを侮辱した男を制裁していた。



   ティーダ・ランスター

幽世に流れ着き、幽世から現世の様子を見守っている。
現世との境界が薄れた事で、他の犠牲者共々幽世に流れ着いている。
国造や他の式姫と、現世に行ったとこよや紫陽の協力で、幽世からでも現世の事を見る人に縁がある場所や人物を視る事が出来るようになっている。
そのため、度々ティーダはティアナの事を視ている。



   ティアナ・ランスター

憧れた兄の後を追うように、日々頑張っている。
原作通りティーダの上司に心無いことを言われたが、優輝達とミゼットのフォローにより、むしろ兄をより誇りに思うようになった。
まともな出番はもうないかもしれないが、原作ほどのコンプレックスにはなっていない。



   神咲那美

式姫達と同じように、しばらくアースラに滞在した後、さざなみ寮に戻った。
式姫達をアースラ内の案内もしたりしたが、基本影が薄かった。
修行を経て、影式姫を扱えるようになり、戦力としてはかなり伸びた。



   久遠

かなり自分の力を突き詰めてきた。
戦闘慣れしていない時期の力は完全制御が出来るようになり、それ以上に力も伸ばしている。式姫達と何度も手合わせをした事で、かなり技術が上がった。
薙刀を主武器としている。戦いには積極的ではないが、那美や大事な人を守るためならば、その身にある力を存分に振るう。



   ジェイル・スカリエッティ

裏方でかなり動いていたマッドサイエンティスト。
現世と幽世の境界のような異変がないか、様々な世界を調べていた。
完全に調べ上げた訳ではないが、異変の核心一歩手前まで独自で調べた。
戦いに備えて、優輝達のバックアップを務める予定である。



   グランツ・フローリアン

エルトリア在住の人。病気は完治しているため、研究に勤しんでいた。
時空間に生じていた異常を発見し、ユーリと共に対策を考えていた所で、エルトリア以外の未来世界が消失。時空間を漂流する事になった。
その後、すぐに対策を講じて、優輝達のいる地球に錨を落とすように、エルトリアごと移動させて無事に現代に流れ着いた。
ジェイルとは別方面からバックアップをする予定。



   アミティエ・フローリアン

ギアーズの片割れ。I am お姉ちゃん。
魅了に関しては、司の闇の欠片が解除していたため、もう掛かることはない。
魅了されていた期間も極僅かな間だったため、神夜に対して苦手意識も薄い。
熱血な性格で、キリエやユーリ達を振り回していた。



   キリエ・フローリアン

アミタの妹。姉共々出番は少なめ。
アミタと同じく司の闇の欠片によって魅了に掛かることはもうない。
神夜に対して特に思う事もなく、接触も大してしていなかった。
一応、アミタ含め以前よりも強くなっている。



   シュテル・ザ・デストラクター

マテリアルの一人。今のなのはよりこっちの方が原作なのはに近い。
砲撃魔法と射撃魔法を中心に、理論に基づいた戦術を取る。
なのはとは別方向に成長しており、杖を用いた棒術にも優れている。
接近戦が得意という訳ではないが、なのは相手に持ちこたえる事もできる。



   レヴィ・ザ・スラッシャー

マテリアルの一人。原作(GOD)とはあまり変わらない。
スピードには自信があり、描写されていないが何度もフェイトと勝負している。
アリシアとも戦った事があるが、スピードを殺されて封殺されてしまったらしい。
放物線のような軌道で動くフェイトと違い、稲妻のような激しさを持って動く。



   ロード・ディアーチェ

レヴィと同じく、原作(GOD)とあまり変わらない。
はやてと比べて、観察眼に優れており、優輝の状態を一目で見抜いた。
戦闘スタイルもはやてに似ているが、何気に近接戦ならはやてを凌ぐ。
単騎でもそれなりに強いが、チーム戦にも優れている。



   悪路王

ずっと鈴の右目に憑りついていた。
基本的に鈴に意見を出す事に徹しており、他の妖と違って現世に残ったのは自身が現世に残れるだけの“縁”が何か確かめるため。
その原因が現世と幽世の境界が薄れていた事だと分かった後は、成り行きでしばらく残っていたが、閑話にて自身の力に限界を感じたため幽世に還っていった。



   国造

かくりよの門にて名前だけ確認されているが、立ち絵が未だにわからない式姫。
幽世に住まうとこよに、割と重要な事を任される事が多く、力量も高い。
境界について、現世に型紙の姿で飛ばされたりと色々やっていた。
とこよ達が現世に行っている間、幽世の管理と守護を任されている。



   瀬笈葉月

出番は少なめ。大門の件の後、しばらく土御門家にお世話になっていた。
両親には既に連絡を入れており、前世の事は少しばかり誤魔化している。
自身の縁を利用して、紫陽を現世に留める楔としている。
直接戦闘力は大した事がないため、神界との戦いでは地球に待機する予定。



   志導優奈

重要な役割を持っていそうなのに、今回は出番がなかった。
帝の行動理由となっており、彼女自身も最近の帝は気に入っている。
今回の女体化では表に出てくる事はなかった。
色々と知っているようだったが、優輝にすら干渉する方法が分からないため、結局コンタクトを取る事も出来ずに優輝の中で大人しくしていた。
次の章では出番が増えるはず。



   志導光輝

両親なのに出番が少なめ。
優香と共に倒れた優輝の看病をしていた。
優香が疲れて眠っている間に、リヒトから優輝の事を聞いている。
何があるのか訝しんでいるものの、それでも息子だからと受け止める覚悟をしている。



   志導優香

優輝が倒れた時、ずっと傍で看病し続けた。
優輝や緋雪が幼い頃に生き別れになり、再会してからも優輝は大人びていたため、あまり頼られていなかった。その反動か、看病中はかなり気にかけていた。
なお、緋雪との再会では、本編中は描写が省かれていたが、修行開始までずっと甘やかすようにくっついていた(光輝も)。



   土御門家現当主

澄紀の父親。陰陽師(退魔士)としての実力はそれなりにある。
力量は澄紀にも劣るが、カリスマ性などは未だに現当主として澄紀を遥かに上回る。
葵から幽世との境界について聞いたりと、裏方で当主として動いていた。
今後の出番は恐らくないが、陰陽師の家系が動いている時は大体彼が指揮している。



   土御門澄紀

退魔士の代表の一人として、政府との会談に出ていたりした。
僅かな期間に霊術などの常識を壊されたので、大抵の事では驚かない。
さすがに力量が足りないので、神界での戦いでは地球に残る模様。



   サフィア

邪神イリスの封印を見張っていた一人。
封印が解ける瞬間を見ており、すぐに神界全体にその事を知らせようと奔走した。
姉にルビアというルビーを彷彿させる女性を持つ。
邪神イリスの封印が解けてから、どうなったのかは不明。



   式姫達

5章に対して出番が一気に減った。
全員、アースラに滞在した後、土御門家に保護される形で移動。
鞍馬は裏で色々奔走しており、目立たずに情報操作とかしていた。
閑話での修行に参加しているが、優輝達と比べてそこまで力は伸びていない。



   デバイス達

ほとんど喋る事がなかった。
一応、それぞれのマスターに合わせてフレーム強化などはされている。
描写されていないだけで、会話などはしている設定。
本編でも喋らせたい。



   政府の人達

設定上ただのモブ。一部の人は霊術などを知っていた。
表でよく活動している者はよく創作もので出てくる典型的な無能が多い。
優輝達が出会った有能と無能の割合は、7:3ぐらいでかなり運がよかった。
一部は士郎(御神・不破家)に伝手があるのでそれも影響している。



   

   ↓用語解説



   現世と幽世の境界

簡単に言えば世界の壁。現世と幽世の場合、幽世の大門が出入り口代わりになる。
この境界が薄れると、互いの世界を干渉し合い、双方の世界が崩壊する。
大門が開かれれば薄くなるが、今回の場合は大門が開かれる事なく境界が消えた。



   再召喚

本来、式姫は幽世に還ると型紙が力を失い、その式姫としての形が保てなくなる。
そのため、同じ式姫を再度召喚しても、以前の記憶は引き継がれない。
しかし、いくつかの条件を満たせば、記憶をそのままに召喚できる。
再召喚は、その手法で召喚することをいう。



   “揺れ”

物理的でも、空間的でもない揺れの事。普段では地震のような感覚で知覚できる。
その実態は、世界そのものが揺れたというもの。
揺れによって、その世界には様々な異常が起きる。



   エラトマの箱

パンドラの箱と呼んでいた未知のロストロギアの本来の名前。
その実態は、ロストロギアの範疇には収まらないもので、世界そのものを浸食し、一種の特異点を作り出すという物だった。
神界ではさほど珍しい訳でなく、闇の力を持つ強い神なら作り出す事が出来る。



   神界

正式名称は立体交差多世界観測神界。なお、作者が適当につけただけなので専ら神界呼び。
あらゆる世界の上位に位置する世界であり、他世界から見れば神界の住人は神しかいない。
神や“天使”と言った固有の名称は本来なかったが、他世界から見た認識をそのまま神界でも採用している。そのため、神や“天使”の呼び方が定着した。



   理力

神界を上位世界たらしめている力。
あらゆる理に干渉できる故に便宜上この名がついている。
この力を持っている時点で、持っていない存在の干渉を受け付けない。
干渉される側が許可すれば一応干渉できるようになる。



   神界の法則

神界における法則……のようなものを“法則”として当て嵌めただけ。
実際、神界には法則という法則が存在していない。
あまりに不定形なため、“意志”によって如何様にも変化させられる。
理解が及ばない領域だが、もし理解できればかなりの柔軟性を誇る。



   特異点

空間及び世界そのものに異常が起きたため、他とは違うと定めた領域の事。
例えとしてはFGOの特異点が最も近い。
作中ではエラトマの箱によって発生しているが、発生原因となるのは様々だったりする。



   時空間の乱れ

グランツとユーリ、ジェイルが観測していた乱れ。特異点化に伴う異常によって発生した。
文字通り、時空間に乱れが発生しており、時間移動が困難になっている。
表現としては、波打つ水面。



   異常がない異常

異常が発生しているのにも関わらず、その影響が出ていない事を言い表す。
本編では幽世と現世の境界が薄れていたが、世界同士が干渉せずに何も起こらなかったという現象が起きていた。
ただのややこしい表現。



 
 

 
後書き
次の章で特訓の成果を上手く表現したい……(願望) 

 

第201話「刻限」

 
前書き
前回に対し、皆総じて強くなっています。
尤も、それで足りるのかと言われると………
 

 










   ―――……可能性を、見た。







   ―――絶望の闇の中で、なお生き続ける可能性を見た。







   ―――ほんの僅かな希望を掴み取る。そんな可能性(輝き)を見た。

























   ―――……だから、今度こそその可能性(輝き)を闇で塗り潰したいと思った。





























「っ―――!?」

 “ズンッ”と、大きな揺れが皆を襲った。
 その瞬間、時間の流れをずらしていた結界が瓦解した。

「今のは……!」

「前にもあった“揺れ”と、同じ……!」

 感じた事がある“揺れ”に、全員が驚く。

「……神界からの余波か?」

「……はい。ついに、来たようです」

 “揺れ”は世界そのものに起きたもの。
 つまり、ついに神界での戦いの余波がこの世界を襲ったのだ。

「全員、出来る限りの休息を!」

「……ソレラさん、捉えましたか?」

「はいっ……!いつでも、こちらから行けます!」

 手筈通りに、ソレラが神界への“道”を捉える。
 これにより、優輝達はいつでも神界に攻め入る事が可能となった。

「……猶予はもうないのか?」

「一応ありますが……事態は悪化していくと思います。体力を回復させるのが限界だと思います。態勢を整えるには……」

 クロノが尋ね、祈梨がそう返す。
 
「……すぐに動けるのは僕らだけか」

「僕らが伝えに行っても、すぐに動くのは無理だろう」

 管理局との協力体制を整えていても、即座に連携して動く事は出来ない。
 祈梨の分霊も、全生物の“格”を上げるために力を蓄えており、出していない。

「後一日、猶予があります。一日の休息の後、出撃します。準備をしておいてください」

 とりあえず、体力回復をするために時間を取った。
 最後の戦いに向けて、各々が自分を見つめる事にした。













「……優輝君、緋雪ちゃん。ちょっといいかな?」

「どうした?」

「どうしたの?司さん」

 休息時間になり、司が優輝と緋雪に話しかける。

「学校の皆に挨拶していかない?」

「学校……そういえば、僕は大門の件以降行ってないな」

「私なんか、死んでからずっと行ってないしね。この前現世に来た時、大宮さんとは会っていたけど……」

 そう、優輝は大門を閉じるために行動して以来、学校の皆と会っていなかった。
 司達は一度会いに行っていたが、その時の優輝は再召喚の準備をしていた。

「……聡と玲菜には会っておくか」

「全員……って訳にはいかないしね。皆家に戻ってるし」

 幽世の大門の件から時間も経っている。
 被害の少ない海鳴市では、既にほとんどの人が自宅に戻っていた。
 そのため、全員に会っていくには手間が掛かる。

「会っていないと言えば、神夜もか。あいつはどうする?」

「……うーん、今は……いいんじゃないかな?私達には面と向かって謝罪や反省を見せたから大丈夫だけど、学校の皆とかは罪悪感に押し潰されると思うよ?」

「そうか。……しかも、聡と玲菜じゃ接点がほとんどないからな。置いていくか」

 同じく会っていなかった神夜も連れて行こうとするが、それは中止にする。
 神夜自身が魅了の罪悪感に耐えられないのもあったが、何より会いに行くのは聡と玲菜の二人だけだ。接点がないため会った所で意味がない。





「優輝……?」

「久しぶりだな」

「ホントだよ!」

 早速移動し、聡の家のインターホンを鳴らす。
 出てきた聡は、そこにいた優輝に驚きを隠せなかった。

「他の人が帰ってきていたのに、お前はまだ休んでるって聞いて……と思ったら、今度はテレビに出たりしてすっげぇ気になってたんだからな!?」

「それは悪かった。僕の方もかなり忙しくてな」

 実際、色んな事が連続で判明しすぎていた。
 時間があれば、皆に会いに行く事を誰かが優輝に提案していただろう。
 だが、その時間がなかったのだ。

「それで……えっと……」

「えっと……学校では説明する暇がなくてごめんなさい」

「……幽霊?」

 聡の呟きはご尤もな疑問だった。
 いくらオカルトな事が現実にあったと知られているとはいえ、死んだと言われていた存在が、さも当然のようにそこにいたら、そう思うのも仕方がない。

「あはは……聡君ならそう思うのも仕方ないか。緋雪ちゃんはね、式姫……式神みたいな感じで、幽世から呼び出しているんだよ」

「厳密には生き返った訳じゃないけど……まぁ、幽霊だとか、生き返っただとかとりあえず戻ってきてくれたって認識で構わないぞ」

 細かくは説明しない。
 聡は“こちら側”の人間じゃないため、今説明した所で理解が追い付かないからだ。
 今は聡自身の解釈で戻ってきたと思ってくれればそれで良かった。

「聡?誰だったの……?……あ」

「あれ?玲菜ちゃん?どうして聡君の家に……」

 なぜか中にいた玲菜が出てくる。 
 その事を司も疑問に思い、早速尋ねていた。

「ぇ、あ、えっと……」

「ちょ、ちょっと用があってな!そんな大した理由じゃないから!」

「………ふーん……」

「……まぁ、いいけど」

 玲菜は口籠り、聡は慌てて説明する。
 少し様子がおかしいと思ったが、司は気にしない事にした。
 なお、緋雪はどういう理由だったか何となく察したようだった。

「私達……厳密には優輝君と緋雪ちゃんだけどね。以前学校に戻ってきた時はいなかったから、会わせておこうと思って」

「優輝と……えっ、緋雪ちゃん?」

 聡と同じように驚く玲菜。
 そして、同じように簡潔に司が説明しておいた。

「……そういえば、二人共いつの間に付き合ってたの?」

「……僕らが六年生の頃、修学旅行の時からだな」

「へー」

 なお、その間に緋雪が二人について気付いた事を優輝に尋ねていた。

「……テレビでも見てたけど、一体、何が起こるの……?」

「連日ニュースでやってるけど、神界がどうのこうのって……」

 一通り説明し、再会を少し喜んだ後、二人は改めてそう尋ねてきた。

「……私達も全部知ってる訳じゃないよ。でも、それでも分かるのは……私達は、神界と呼ばれる世界の戦いに巻き込まれる。だから精一杯抵抗するんだ」

「抵抗……って、戦うのか!?」

 “この前必死に戦ったばかりなのに”……そう、聡は思う。
 連続で強大な敵と戦うのだ。それも、見知った友人が。
 何も思わないはずがない。

「うん。戦っても何も変わらないかもしれない。でも、無抵抗なままで終われないんだ。例え、どんな存在が敵であっても、私達は諦めきれない」

 理不尽だった。理不尽な理由、勝手な事情で戦いに巻き込まれるのだ。
 そんな理不尽に対し、何もせずに諦められない。
 だから戦うと、司は言った。

「……死ぬかもしれないのに……?」

「……そうだね。でも、何もしなかったとしてもそれは同じ。……ううん、死ぬ以上に悲惨な目に遭うかもしれない」

「相手は魂すら超越した存在だ。ただ死ぬだけでは済まされないだろうな」

「……私だって怖いよ。でも、戦わなかった後悔とその先を考えるよりはマシだと思うから。……“戦わない”って選択肢が、もうないんだよ」

 死ぬかもしれない事が怖くないのかと、玲菜は尋ねる。
 怖いと、司は肯定する。
 だが、その上で戦うとも言った。

「っ………」

「……もう、行くね」

 時間はそこまで割いていられない。
 そのため、優輝達はもう帰ろうとする。

「……勝てる……のよね?」

「……それはわからない。敵勢力は未知数で、何よりも神が相手だ。一筋縄でいかない相手しかいないだろう」

「でも、それでも戦わないといけない」

 背を向けて去ろうとする優輝達に、不安になった玲菜が尋ねる。
 しかし、返ってきた返事は頼りになるものではなく、不安を抱えたものだった。

「……俺達は戦えない。無責任に応援する事しかできない。……だからこそ、信じてるぞ。優輝が、司さんが、志導さんが……皆が、勝って帰ってくるのを」

「ああ。……その“想い”を強く持ってくれ。それが、何よりも僕らの力となる」

 それだけ言って、優輝達は帰路に就く。
 その間に、優輝達の間に会話はない。
 ただ、翌日に控えた決戦に臨むため、覚悟を決めて歩を進めていた。









「…………」

 一方で、優輝が聡の家に向かった後。
 椿と葵はとこよと共にいた。

「……思えば、随分凄い所まで来たね」

「そうね。最初の出会いから……今は神界の神々ね」

 優輝との最初の出会いは、本当に偶然だった。
 そんな出会いから、気づけばここまで来ていた。

「力不足で生き残ってしまって、とこよを探すのも諦めていたのに、気が付けばそのとこよとも再会して……」

「世の中何が起こるか分からないからね。そういう事もあるよ」

「当時いなくなった本人がいう事じゃないわよ……」

 とこよが微笑みながら言い、椿は呆れる。

「二人共、彼の事がそれだけ好きなんだよね?」

「なっ……!?」

「……そうだよ。あたしもかやちゃんも、優ちゃんの事が好き。とこよちゃんに対する“好き”と違って、異性としてね……」

 とこよの突然の言葉に椿が顔を赤くし、葵は普通に肯定する。

「あの時は恋愛に興味がなさそうだった葵ちゃんが、異性を好きになるなんてねー」

「……人を好きになるのに、理由なんてないのかもね。あたし自身、いつから優ちゃんが好きになったのかわからないから」

「そ、そうなの……?」

 いつものような調子ではなく、どこか遠くを見るように言う葵。
 そんな珍しい様子の葵に、椿は少し戸惑っていた。

「椿ちゃんは……どうだったの?」

「わ、私!?私は……」

「かやちゃんは、優ちゃんに色々助けてもらったから、その時じゃないかな?」

「なっ、何勝手に喋ってるのよ!」

 顔を赤くしながら反射的に椿は葵を射る。いつもの照れ隠しだ。
 ちなみに、葵はあっさりと簡易的な分身と入れ替わり、矢を回避していた。

「そっかー」

「ま、真に受けないでよ!?……確かに、間違ってはないけど……」

 否定ばかりせずに肯定もする椿。
 以前と比べれば、随分と素直になったものだと、葵もとこよも思った。

「……好きな相手、かぁ。……何気に、私にはいなかったなぁ」

「……そうね。好かれてはいたけど、それは親愛でしかないものね」

「そもそも同性だったしね。私にそっちの気はなかったし」

 長年生きてきて、とこよは異性として好きになった相手はいなかった。
 元々式姫ばかり周りにいたため、男性との交流も少なかった。
 さらには恋愛事には無縁の人生を送って来たために出会いなんてなかった。

「……神界の戦いが終わったら、私も相手を探してみようかなぁ」

「なんだい?今更色恋沙汰の話かい?」

「わっ、紫陽ちゃん」

 ふと呟いたとこよの言葉を拾うように、紫陽が話に混ざってくる。

「そういえば、紫陽ちゃんにはいなかったの?」

「あー、言われるとあたしも……まぁ、いいじゃないか。そういうのは目の前の事が終わってからでもさ」

 逃げるように話を逸らす紫陽。
 何となく、“行き遅れ”な感じがして気まずくなったからだ。

「……まぁ、そういうの抜きにしても、一度現世は見て回りたいよね」

「まぁ、あたし達は江戸の時からずっと幽世にいたからね。幽世に還ってきた式姫達から、ある程度の話を聞いていたけど、今の時代の現世は確かに見てみたい」

 現世に出れるようになった今も、神界との戦いに備えて修行ばかりだった。
 そのため、事が終わったら見て回りたいと思うのも無理はなかった。

「そのためにも、勝たないとね」

「……そうだな」

「そうね」

「どの道、負ける訳にはいかないからね」

 会話はそこで一旦終わる。

「……じゃあ、明日のために私達も休もうか」

「ええ。……ところで、とこよ達はどこで休むのかしら?」

「さざなみ寮って所だ。鈴の奴がそこなら部屋を貸してくれると言っていた」

 まだまだ話す事はあるだろうが、休息するためにとこよ達は解散する。

 ……何気ない会話の後とは思えない程、覚悟を決めて。











「……すぅ……はぁ……」

「………」

 皆が帰路に就き始める中、帝は深呼吸をして気持ちを落ち着けていた。
 その傍らには、神夜の姿もあった。

「……やっぱ緊張っつーか……怖いものだな」

「……そうだろうな」

 帝は怖がっていた。相手の強さが未知数なために。
 それだけじゃない。勝てるかわからない上に、負けてしまえばどうなるかもわからない。……そんな、“未知”にも恐怖を抱いているのだ。

「俺の場合はいつ操られるかもわからない。……その事がとにかく不安だ」

「元からして、なんで俺達みたいな奴がこんな壮大な事を……」

 神界での戦いは、自分達だけでなく全ての世界の命運が決まる。
 責任重大なんてものではない。そのプレッシャーが二人にはあった。

「やらなければいけない、からだろうな」

「……まぁ、そうなんだけどな」

 他に選択肢がない。それだけの理由だ。
 それは帝も神夜も理解はしている。しかし、納得は出来ない。

「皆、その事はわかっている。だから、出来るだけその事を意識しないようにしているんだろうな。プレッシャーだけ直視しないようにして……」

 緊張と恐怖をしている帝や神夜と同じように、皆もわかってはいる。
 緊張もしているし、恐怖もしているだろう。
 しかし、その事は表に出していない。覚悟を決めて、恐怖を抑え込んでいた。

「……やるぞ」

「……ああ」

「お前に言われた通り、元凶を一発殴ってやる」

「その意気だ。俺も、こんな理不尽な事に巻き込んだ事で殴らないとな」

 そして、それは帝と神夜も同じだった。
 緊張と恐怖に苛まれていた二人は、覚悟を決めた。

「俺には、まだ償わなければならない事が多い。それをせずに終わるなんてしたくはない。……絶対に、負けられない……!」

「お前……ショックから立ち直って、いい顔するようになったじゃねぇか」

 神夜のその顔を見て、帝は笑みを浮かべる。

「俺も、頑張らないとな……」

 そんな神夜の姿を見て、帝も気持ちを新たにして言う。

「(……優奈……)」

 思い浮かべるのは、自分の初恋の相手。
 最近の帝の原動力は、優奈に対する想いとなっている。
 そんな彼女のためにも、帝は頑張らないと思ったのだ。

 なお、優輝の別人格でしかないのだが、帝はそんな事を知らない。













「私は先に帰るわ。那美、貴女はどうするの?」

「えっ?……私も、帰ろうかな?」

 鈴はアリシア達や式姫と一緒にいた。
 結界が瓦解した後、優輝達やとこよ達の会話をしばらく聞いていた。
 だが、もうこの場にいる意味はないと、那美に声を掛けてから帰る事にした。

「久遠はどうする?」

「くぅ、もう帰る」

「じゃあ、帰ろうか」

 那美は久遠に尋ね、帰る事に決める。

「あ……私はお姉ちゃんと一緒に帰るので……」

「そう?じゃあ、お先にね」

 鈴と那美、久遠が帰っていく。

 少しして、葉月もとこよ達と共にさざなみ寮へと帰っていった。




「………明日、か」

「なんだか、実感が湧かないね」

 残ったのはなのは達。
 はやての呟きに、アリシアが困ったような苦笑いを返す。

「つい最近まで、魔法があるとはいえ普通の生活を送っていたんや。……それが、こんな急な展開になるなんて、普通は信じたくないやろ」

「実感がないのも仕方ないわね……あたし達は魔法や霊術を知っていたからマシだったけど、テレビ越しか口頭でしか聞いていない他の一般人の人達はもっと実感がないかもね」

 一つの次元世界どころか、全ての世界の命運を背負った戦い。
 そんな言葉だけを聞かされても、実感など湧くはずもないだろう。

「明日、嫌でも実感させられるでしょうね」

「神々が相手……それも、椿さんと違って規格外の力を持っている……」

 確認するようなすずかの呟きに、皆が黙り込む。
 実感が湧かないとは言え、危険性も全くない訳ではなかった。
 規模が違ったとはいえ、規格外の相手とは戦った事があった。
 それ以上が次は来ると思えば、楽観視などできるはずもなかった。

「……でも、諦める訳にはいかない」

「……うん」

 なのはが分かり切った事且つ、忘れてはいけない事を改めるように言う。
 フェイトも同意するように重々しく頷く。

「私達の力がどこまで通じるのか、それはわからない。でも、それでも戦えるのなら戦わなくちゃ。私達以外に、この世界で何とかできる人はいないから」

 なのはは、既に覚悟が決まっていた。
 いつもの不屈の心に加え、御神流を習得した事で、なのはは精神的に成長していた。

「それに……」

「それに、どうしたの?」

 途中で言い淀むなのはに、すずかは気になって追求する。

「……ううん、何でもない。これは今度の戦いとは無関係だから……それに、私と奏ちゃんの問題みたいだからね」

「二人の?……って、もしかして……」

 なのはの言葉に、アリシアがふと思い出す。
 それは、二人の中に宿っている存在の事。
 祈梨と優輝は正体を知っているが、二人はそれを知らされていない。
 ただ、向き合う必要がある事は二人にも分かっていた。

「奏……」

「……大丈夫。向き合う覚悟は出来ているわ」

「……そっか」

 自分が自分でない感覚を、奏は忘れていない。
 自我というものが塗り潰されたような、その時の事を、奏はまだ恐れている。
 しかし、後回しに出来る事でもなく、逃げる事も出来ない。
 それならば、真正面から向き合うしかないと、奏は考えたのだ。

「……とにかく、私たちは戦うしかない。戦わないと、何も変えられないわ」

「そうだね。……うん、負けられないよね」

 “正直に言えば怖い”。それがアリシア達の胸中を占める思いだった。
 だが、それでも。

「(何もせずにいるのだけは、ダメだ)」

 無抵抗であるのは、戦う前に諦めるのは、それだけはダメだとも思っていた。

 ………故に、戦う覚悟は決まった。

















       =なのはside=





「ただいま」

 あの後、皆はそれぞれ家に帰って、私も帰宅した。

「お帰り、なのは」

「あら、帰ってきたの?」

 返事を返してくれる、お父さんとお母さん。

「ちょうど夕飯が出来るから、待っててね」

「うん」

 時刻は夕方。結界が壊れてからそれなりに時間も経っていた。

「……戻ってきた、という事は……」

「……うん。明日、戦いが始まる」

「そうか……」

 お父さん達は私達がどんな予定で動いているのか知っている。
 修行の手伝いにも来ていたし、私も御神流を扱うために手合わせしてもらったりした。

「……すまないな、なのは」

「え……?」

「父さん達では、大した力になれそうにない。……なのは達に頼り切りになってしまう」

 申し訳なさそうに言うお父さん。
 ……いくら御神流が人並外れた強さを持つとはいえ、飽くまで人の限界を引き出しているだけに過ぎない。
 身体能力は身体強化魔法や霊術が得意な人だとあっさり互角になるし、暗器があっても遠距離攻撃が得意という訳ではない。
 “御神の剣士を倒すには爆弾が必要”……だなんて、お父さんが経験を基に冗談めかして言っていたけど……裏を返せば、爆弾のような殲滅力があると負けやすい。
 神界の戦いではおそらく爆弾程度の殲滅力は当然のはず。
 そんな戦いにお父さん達が参戦するには……荷が重すぎる。

「……じゃあ、家の方は、お父さん達が守って」

「っ……ああ。もちろんだ。御神の剣士としても、父親としても。何としてでもこの家を守ろう。なのはが帰ってくるための、この家を」

 御神の剣士は、対象を守るために力を発揮する。
 きっと、お父さん達にとってもこっちの方がいいのかもしれない。

「ご飯、出来たわよ~」

 その時、お母さんの声がリビングに届く。

「あ、お母さん、手伝うよ」

 せっかく久しぶりに家に帰ってきたのだし、家事も少しは手伝わないとね。

「そういえば、お兄ちゃんとお姉ちゃんは?」

「あの二人なら道場の方だ。……父さんが呼んでくるよ」

 そういってお父さんが道場の方に向かっていった。

 しばらくして、お兄ちゃんとお姉ちゃんを連れて戻ってきて、そのまま夕飯になった。
 ……久しぶりに帰ってきたからって、お姉ちゃんに抱き着かれたけど。







「(……明日は、いよいよ戦いが始まる)」

 お風呂を上がって、ぼんやりとテレビを見ながらそんな事を考える。
 テレビでは、バラエティ番組とかは一切やっていない。
 連日の異常事態に関するニュースで、ほとんどの番組の放送時間がなくなっている。

「(……怖いな……)」

 戦う覚悟は出来てる。戦わなくちゃいけない事も理解している。
 ……でも、その上で“怖い”。

「………」

 確かに、私は強い。
 元々魔法の才能があると言われていたし、持て余さないように特訓もしてきた。
 さらに、その上に御神流の技術を完璧ではないとはいえ上乗せしている。
 祈梨さん曰く、神界とも戦える程には強いと言われたけど……。

「(……怖い……)」

 飽くまで、それは“戦える”だけ。
 “勝てる”とは言われていない。
 裏を返せば、以前までは“戦い”にすらならない状態だったと言うこと。
 ……そんな相手と、私達は戦わなくちゃいけない。

「(強大な敵と戦う……だけならまだマシだった)」

 途轍もなく強い敵と戦う。
 それでも十分怖いし、負ける訳にもいかない。
 でも、今度の戦いは全ての世界の命運に関わってくる。
 ……私は、そのプレッシャーが怖い。

「……なのは?」

「ぁ……お母さん?」

 そんな私に、お母さんが話しかけてきた。
 夕食の食器はもう洗い終わったみたい。

「……怖いのね……」

「っ……!うん……」

 表情に出しているつもりはなかった。
 でも、お母さんにはお見通しだったみたい。
 ……多分、お父さん達も見抜いていたのかも。

「……大丈夫よ。なのはは強い子なんだから」

「………」

 その言葉は、気休めにしかならない。
 でも、それでも充分。励ましてくれるだけでも、助けになる。

「守られてばかりなお母さんが言うのもなんだけど……諦めないようにね?」

「……うん」

 そう。諦めたらダメ。
 諦めない限り、負ける事はないって、祈梨さんも言っていた。
 だから、諦めない。諦めちゃダメなんだ。

「諦めない限り、可能性は残っているわ」

「(そう。諦めなければ……)」

 お母さんの言葉を自分に言い聞かせるように、心の中で繰り返す。









   ―――だから、諦めないで。可能性を拓くのよ











「―――ぇ?」

 その時、耳を疑った。
 そして、振り返って後ろに立ってたお母さんを見上げて、目も疑った。
 ……さらに同時に、その時の自分の心すら疑った。

「どうしたの?」

「え、あ、ううん、なんでも……」

 直後、それが気のせいだったかのように元に戻る。

「(……気のせい……?)」

 そう。気のせい。
 私は、そう思い込むようにした。










 その時聞こえた声と、お母さんの表情。
 そのどれもが、お母さんらしからぬモノだった。







 ……そして、それを見聞きした時。
 私がお母さんに対して()()()()()()()が、何よりも信じられなかった。

















 
 

 
後書き
同級生二人の慌てっぷりは一応言っておきますが伏線とかじゃないです。
尤も、それ以上に伏線らしい伏線があるので気にならないと思いますが。 

 

第202話「開戦」

 
前書き
第5章よりも長い戦いになります。
……さすがに大門の守護者のような一人に滅茶苦茶話数をかける事はないと思いますが。
 

 




       =out side=





 八束神社。
 そこに、神界に臨む者達が集まっていた。

「……準備は、よろしいですか?」

「……ああ」

 前に立つ祈梨が全員に尋ね、優輝が代表して答える。

「今一度、確認しておきます。神界への道を確保すると同時に、私が皆さんの“格”を昇華、攻撃を通じるように力を行使します。同時に私は一時的に戦闘不可になりますので、護衛を残してソレラさんの案内の元、攻め込む……よろしいですね?」

「はい……!」

 神界の存在には、他世界の者の攻撃は通じない。
 それを例外的に通用するように、祈梨は力を行使する。
 しかし、その力の行使も規模が大きく、神界の神といえど、力を使い果たしてしまう。
 その時、祈梨は無防備になる。それを守るための護衛も必要なのだ。

「椿と葵……たった二人で大丈夫か?」

「どの道、人数不足よ。守ってばかりじゃ勝てないのだから、同じよ」

「……そうか」

 戦力としては不安に変わりない。
 だが、それでも最低限は割かなければならなかった。

「いや、私達も残らせてもらおう」

「鞍馬ちゃん?」

 そこへ、鞍馬を中心とした式姫達が残ると言い出した。
 その事に僅かながら驚きを見せるとこよ。

「悔しいが、私達では強さが及ばない。まだ伸びしろがあるとはいえ、攻め手としては足手纏いになるだろう。ならば、ここで防衛に徹する方が向いている」

「……そっか。適材適所になるなら……」

 鞍馬の言葉に、とこよも納得する。他にも、葉月や那美、久遠も残る事にした。
 葉月と那美は鞍馬達と同じ理由で、久遠は那美と共にいた方がいいという判断からだ。

「では……ソレラさん」

「はいっ……!」

 祈梨の合図と同時に、ソレラが力を行使する。
 刹那、周囲の空間が歪むように“何か”が切り替わり……

「っ……!」

 ……直後には別の場所に移動していた。

「着きました。ここが神界への入口です」

「ここが……」

 そこは、言葉や文字では表現が難しい空間だった。
 宇宙のような、それでいて真っ白のような。
 全く違う表現が混ざり合ったような……そんな空間だ。

「あっ、あそこ……」

「もしかして……八束神社?」

 振り返ると、遠くの方に神社が見えた。
 そこだけは、普通の境内と同じ様子だった。

「はい。今、神界と八束神社を“繋げて”います。尤も、目に見えている距離はまやかしに過ぎません。そもそも、あそことの“距離の概念”がありませんから」

「……なるほどな」

 祈梨が軽く解説し、優輝が確かめるために適当に創造した小石を投擲する。
 小石は遠くまで飛んだが、それでも見えている八束神社に近づいていなかった。

「そして、“繋がっている”からこそ―――」

 そこまで言って、祈梨は一度深呼吸し……

「―――貴方達の世界の“格”を、神界に合わせて昇華できます」

 刹那、力の奔流が祈梨から放たれる。
 それはまるで嵐のようで、それでいて優輝達を打ちのめす事はなかった。

   ―――“祈祷魂格昇華(きとうこんかくしょうか)

 その奔流は光となり、優輝達を包む。
 それどころか、八束神社側から見える神界へ通ずる穴からも光が漏れ出し、やがて全ての次元世界をも覆いつくした。

「な、なにがどうなって……?」

「少し、辛抱してください。さすがに規模が大きいので……」

 一番最初に光に覆われた優輝達は、体感時間で長い事光に包まれる。
 何も見えない状態なので、何人かが困惑していた。



「っ………完了です」

「うぅ、目がチカチカする……」

 しばらくして、ようやく光が収まる。
 特に光に弱い葵は、若干目をやられてしまったようだ。

「……っ、ふぅ……はぁ……はぁ……これで、貴方達の攻撃が神界の存在にも通用するようになったはずです」

「……大丈夫……?」

 息を切らし、その場に膝を付く祈梨。
 力を使い果たし、戦闘不能になると事前に聞いてはいたが、それでも心配になるため、とこよが思わず尋ねる。

「……ええ。休めば回復します。それよりも、“格”を上げた事による変化は感じられますか?」

「変化って言われても……あれ……?」

 アリシアは特に何ともないと思って、ふと気づいた。

「……なるほど。“格”を上げた事により、理力や気配を感じられるようになったのか。今なら、何も感じなかった力の波動を感じる」

「……うん。全然気配がなかったと思ったけど、そんな事なかったね」

 優輝ととこよが代弁するように言う。
 つい先程まで、優輝達は傍にいる祈梨やソレラの気配も感じなかった。
 しかし、今は二人の気配どころか、神界の方から大きな力をいくつも感じる事が出来た。

「ッ……これ、は……」

「相当、やな……」

「古代ベルカ戦乱時代のようだな……尤も、その規模は桁違いだが」

「ああ。分かっちゃいたが、ここまでとはな……」

 はやてや、戦争経験者のヴォルケンリッターが声を上げる。
 他にも、声に出していないものの、全員が大なり小なり驚いていた。

「……回復次第、私達も後から追いつきます。では、予定通りに動いてください」

「私についてきてください。距離の概念がないので、普通に移動しても意味がないので」

 ソレラがそう言って、皆がその後について行く。
 神界に干渉出来るようになったとはいえ、神界での法則を理解出来た訳ではない。
 そもそも、神界に()()()()()()()()()()
 そして、その事は優輝達は知らず、祈梨達も説明していない。

「神界での戦いは、所謂“想い”の戦いと、既に説明は受けていますよね?……言っていませんでしたが、それは同時に自身の“領域”をぶつけ合う戦いでもあります」

「……それは、どういう……?」

 ソレラの案内の下、優輝達は神界を進む。
 既に、少ししか歩いていないものの祈梨と残った者達は見えない。
 距離の概念がないために、視界の距離も関係ないのだ。
 
 そんな時、ふとソレラが言っていなかった事を説明する。
 司は一瞬どういう事か理解できずに聞き返す。

「……えっと、例えるのなら、子供の意地の張り合いでしょうか?」

「……?」

 良い例えが見つからないのか、ソレラは歯切れを悪くする。
 その言葉に、奏は首を傾げる。

「……要するに、自分の方が上だと主張する訳か」

「似たようなものです。子供の時、友人とのふざけ合いでそう言った経験はないでしょうか?神界では、それが罷り通るのです」

 小学生低学年程の頃であれば、大体の人はやった事があるかもしれない。
 特撮やアニメに憧れて、“凄いビーム”や“パンチ”を繰り出す遊びを。
 そして、その相手もそれを防ぐ“バリア”を繰り出す。
 すると攻撃をした方は、今度はその“バリア”を破る攻撃を繰り出す。
 相手はその攻撃すらも防ぐ……と、後は無限ループに陥る。
 そんな、ふざけ合う遊びのような事が、強いて表現した際の“神界の法則”だ。

「……よく分からないなぁ……」

「そうだね……」

「うーん……」

「……あー、そっか。なのはちゃん達にはそんな経験なかったね……」

 しかし、その事が理解出来たのは奏以外の転生者を中心とした何人かのみだ。
 とこよや紫陽のような昔の人はもちろん、クロノ達も文化が違い、なのは達もそう言った行為をする無邪気な子供が通う学校ではなかったため、想像が出来なかった。

「……戦うのが最も分かりやすいと思います」

「ふむ……」

 ソレラが視線をどこかに向ける。優輝やとこよも同じく視線を向けた。
 そこには、感じられるようになった理力があった。
 ……神界の神が、近くにいるのだ。

「こちらからの干渉に気付き、何人かが接近しています。今は私の力で時間を稼いでいますが……元々、戦いには向いていない力です。長く保ちません」

「ッ………!」

 もうすぐ接敵する。
 その事に全員が警戒態勢に入る。

「……一つ、聞いておきたい。さっきの言い分だと、何かしらの能力があるみたいだが……今ここで説明出来るか?」

「……手短になりますが……。私は、姉妹でセットの神です。妹の私は“守護される妹”の性質を持っています。……今は、その応用で敵の手が及ばないようにしています」

「なるほど。確かに戦いには向いていないな」

 優輝がふと気になったソレラの能力を尋ねる。
 “守護される妹”の性質。その力は、自身を守る力に適している訳ではない。
 飽くまで“守られる”性質だ。守る存在がいなければ成り立たない。
 故に、能力を応用した所で、ソレラの力では大した事は出来ない。
 ……この場に、彼女を守る存在がいてこそ、その力は真価を発揮する。

「敵の強さは分かるか?」

「いえ……ただ、接近しているのは私達の動きに気付いた極一部の先兵のみです。とんでもなく強い、と言う事はないでしょう」

 その言葉を聞いて、何人かは不安に駆られる。
 それは、未知数と同義だからだ。

「…………」

 ……そして、それはソレラも同じだ。
 先程自分で言ったように、ソレラは戦いに向いていない。
 それは能力だけでなく性格そのもの含む。
 “守られる妹”と言う性質がある限り、ソレラは戦いに恐怖や怯えを抱く。
 その不安の大きさは、優輝達のものよりも遥かに大きい。

「っ……!」

 しかし、それでも彼女は覚悟する。
 神界の神故に。怯えて守られてばかりではいられないと。

「来ます!」

 その瞬間、何かが割れるような音と共に、数人の人影が現れた。
 三者三様の衣装を纏っているが、その誰もが異様な雰囲気を出していた。

「気を付けてください!洗脳されている状態は、正気ではありません!そして、心してかかってください。決して、一筋縄ではいきません!」

「ッ……!」

 ソレラの言葉を皮切りに、戦闘が始まった。
 初手で動いたのは優輝ととこよとサーラ。
 神界に来たメンバーの中で、特に戦闘に優れた三人だ。
 数瞬遅れて、現れた神達が動く素振りを見せ、続くように司達も行動を開始した。

「シッ……!」

「はっ!」

「せぁっ!」

 敵の数は五人。内、それぞれ一人に的を絞り、攻撃を仕掛ける。
 優輝は転移で背後に回り込み、とこよとサーラはそれぞれ霊術と魔法で身体強化をし、一気に懐に入り込んで武器を振るった。

「がっ……!?」

「ぐっ……!」

「ッ……!」

 優輝、とこよの攻撃は当たり、サーラの攻撃は防がれた。
 優輝は感情がない故の合理的思考による出が早い攻撃だったため。
 とこよは反応されても防御前に攻撃を届かせていた。
 唯一、サーラは敵の強さが他二人の相手よりも強かったため、防がれた。
 ……それも、武器を用いず素手で。

「(素手か……!)」

 即座に三人は距離を取る。
 優輝は創造魔法による弾幕を。とこよとサーラはそれぞれ魔法を置き土産に放つ。
 同時に、司や緋雪、紫陽やユーリなど、遠距離からも弾幕が放たれる。

「なっ……!?」

「たった三人で相殺か……!」

 しかし、その弾幕は攻撃されなかった二人とサーラの攻撃を防いだ一人に相殺される。
 力の放出。たったそれだけで防がれてしまったのだ。

「緋雪!」

「紫陽ちゃん!鈴さん!」

「ユーリ!」

 反撃を起こされる前に、間髪入れずにアリシアやなのはなどが砲撃を放つ。
 プレシアやリニスも弾幕を展開し、ユーノやクロノは相手の出方を見た。
 その間に、優輝は緋雪を、とこよは紫陽と鈴を、サーラはユーリの名を呼ぶ。
 最も連携を取りやすい相手をそれぞれ呼び、次の攻撃に移る。

「奏ちゃん!帝君!合わせていくよ!」

「ええ……!」

「数人で一人か……!とんでもないな!」

 それを見て、司も連携の取りやすい二人を呼んで一人に的を絞る。

「残り一人は私が……!」

「援護します」

 残り一人は、ソレラが相手をする事にする。
 その援護として、シュテルや手の空いている者がつく。

「『クロノ。出来る限り敵の動きを分析してくれ』」

「『分かった。無理するなよ』」

 全員でかからずに何人かはいつでも援護出来るように待機する。
 優輝達の戦いから、相手の動きを分析するためだ。
 相手の力は未知数。少しでも参考に出来るように、そうする必要があった。





「(不意打ちとはいえ、致命傷を与えたが……やはりか)」

 “それぞれが一人を相手にする”。
 そんな行動を取った瞬間、五つに分断された。
 “想い”が重要になってくるため、意志表示だけで勢力が分断されたのだ。
 尤も、分断したかった優輝達からすれば、ありがたい事だった。

「ッ!」

「ふっ!」

 緋雪の“破壊の瞳”が炸裂し、怯んだ所に優輝が斬り込む。
 しかし、その一撃は防がれた。
 ……寸前まで食らっていた攻撃を何ともなかったかのようにしながら。

「嘘っ!?」

「見た目の外傷などは無意味か。飽くまで“意志”を折らない限り、無限に再生する……故に、致命傷だろうとすぐに復帰する」

 緋雪は多少驚いたが、優輝は冷静に分析した。
 そして、同時に思う。“確かに一筋縄ではいかない”と。

「くっ……!」

「はぁっ!」

「ッ!?ぐ、せぇやぁっ!!」

 理力の放出により、一度優輝が引き離される。
 その瞬間に、敵は緋雪へと肉薄し、光の刃を放った。
 寸前、理力の放出で緋雪は怯み、その一撃を食らってしまう。
 だが、その上から全力で殴り飛ばした。

「っつぁっ!?」

 その瞬間、殴った緋雪の腕が斬り飛ばされた。
 一瞬見えたのは青い軌跡。目の前の神の基調としている色と同じ青い軌跡だった。

「ッ、ぁあああああっ!!」

   ―――“贄之焦熱地獄”

 それが何か確かめる前に、緋雪は反撃する。
 斬り飛ばされた腕を代償に、灼熱の炎を目の前に展開した。

「……ふっ!」

 優輝も援護として、矢や砲撃魔法を撃ち込む。
 だが、直後に気付く。

「(炎が弱まってる……?)」

「(しかも、どこか温度が……)」

 緋雪が繰り出した炎が弱まり、体感温度が下がっている事に。

「……ヒヒッ」

「っ!?」

 未だ残る炎の中から、笑い声が聞こえる。
 その瞬間、嫌な予感がした緋雪は避けようとして……

「っづ……!?」

 もう片方の腕も、斬り飛ばされた。

「ひゃは……!」

「これ、は……!」

 直後に優輝にも攻撃が仕掛けられる。
 僅かに見える青い軌跡。緋雪の腕を斬り飛ばしたものと同じと判断し、リヒトで弾く。

「(水の刃……!)」

 防御の最中、優輝は青い軌跡の正体を暴く。
 その正体は、水を圧縮した刃だった。

「(こいつの能力は、水に関する力か!)」

 しかし、種が分かればこの程度優輝に対処できない訳がない。
 最小限の動きで躱し、反撃の斬撃を飛ばす。

「……!」

「っ……?」

 だが、その魔力の斬撃は途中で勢いを衰えさせるように消えた。
 その様子を見て、優輝は違和感を覚える。

「がっ!?」

「隙あり……!」

 その最中に、腕を再生させた緋雪が背後から矢の攻撃を繰り出した。
 そのままシャルを杖の形態に戻し、魔力を纏わせて剣と成す。

「はぁっ!」

「せぁっ!」

 優輝が転移魔法を使い、上から斬撃を浴びせる。
 同時に緋雪も間合いを詰め、力強い連撃を浴びせた。

「っ……!」

「えっ……!?」

 その時、二人の体を異常な怠さが襲う。

「ひゃはぁっ!」

「ぐっ……!」

「ぅあっ……!」

 青い理力が衝撃波となり、優輝達を大きく吹き飛ばす。
 ダメージも大きいようで、体勢を立て直すのに少し時間が掛かった。

「……攻撃が通じないのならともかく、通じても倒せないというのは初めてだな」

「“想い”による戦闘……こっちのダメージも回復出来るのはいいけど……」

 優輝が転移で緋雪の傍に降り立つ。
 緋雪は敵の男から目を離さずに、ダメージの回復を行う。
 “想い”が重要となる神界においては、物理的ダメージはあってないようなものだ。
 そのため、何度かダメージを受けた優輝達も既に全快している。

「その程度かぁ?そっちから来た割には、大した事ねぇなぁ?」

「っ……!」

「ただの挑発だ。緋雪」

 ようやく口を開いた敵の神。
 その挑発に、思わず言い返しそうになる緋雪だが、優輝が制する。

「くっひっひっひ……」

「………」

 完全に正気のない目で、変な笑い声をあげる神。
 その間に、優輝は緋雪と次の行動を考える。

「『奴の攻撃手段は圧縮した水の刃だった』」

「『じゃあ、能力は水に関するもの?』」

「『……いや……』」

 見た目も青く、攻撃手段が水の刃。
 一見すれば明らかに水に関する能力と思えるだろう。
 しかし、優輝は引っかかるものがあり、緋雪の言葉に肯定しなかった。

「『さっきの斬撃が消された時。それと倦怠感。……この二つは水から繋げられない。……飽くまで水の刃は能力の派生による攻撃だろう』」

「『……じゃあ、相手の能力は……』」

 もし水の刃だけであったら、優輝も水に関する能力だと予測していただろう。
 しかし、それ以外の要素があったため、そうではないと考え直せた。

「『……幸い、一対一でも負けない程度の実力。緋雪、試せるか?』」

「『私で様子見、だね?……行けるよ』」

 妹を使って敵の能力を分析する。
 傍から見れば外道な戦法だが、実力を考えての行為なため、緋雪は反対しない。
 優輝も、緋雪があっさり負けるとは思っていないからこそ、この指示を出した。

「……“霊魔、相乗”……!」

 霊力と魔力を混ぜ合わせ、爆発的な身体強化を行う。
 緋雪の霊魔相乗は、優輝よりも制御が甘かったが、修行を経た今なら10割も可能だ。
 優輝も同じように、10割を負担なく扱えるようになっている。

「ひっひっひ……ひ?」

「ッ!」

 力の高まりに気付いたのか、男も笑い声を一旦止める。
 直後、緋雪が踏み込み……男の死角に転移した。
 何てことはない。優輝が設置した転送陣から転移しただけだ。

「ふっ!」

 一刀の下、男の首が斬り飛ばされる。
 しかし、それでは死なない。倒せない。
 何事もなかったかのように、首は元に戻る。

「ひゃはぁ!」

「はぁっ!」

 振り返り、男は水の刃を飛ばす。
 しかし、二度目……それも、身体強化をした緋雪には通じない。
 魔力の籠った掌底を放ち、その衝撃波で相殺した。
 水の刃は形さえ崩れてしまえば脅威ではない。故に、簡単に相殺出来た。

「っつぁっ!」

「ぐっ!?」

「せぇりゃっ!!」

 至近距離で水の刃を相殺し、そのまま緋雪は男の顎を蹴り上げる。
 そのまま回転し、回し蹴りを横からお見舞いする。

「はぁっ!」

 吹き飛ぶ事も許さないように、緋雪は魔力弾で男を叩きつける。
 間髪入れずに間合いを詰め、大剣にしたシャルで斬り刻んだ。

「ッ―――!?」

 その瞬間、緋雪を倦怠感が襲う。
 間髪入れずに動いていた緋雪は、その倦怠感で体勢が崩れる。

「ひゃはあっ!」

「あぐっ……!?」

 その隙を、男は逃さない。
 流れる水のような連撃を緋雪に与え、下から氷の棘が貫いた。

「っつ……!」

 負けじと緋雪も魔力弾を男に仕向ける。
 しかし……。

「(消えた……僕の斬撃と同じか)」

 先程の優輝の斬撃と同じように、勢いを衰えさせるように消えた。

「くっ……!」

 氷の棘に串刺しにされては動けないため、緋雪はすぐさま破壊の瞳で棘を破壊する。
 同時に、水の激流が太い縄のように緋雪の胴を打ちのめした。

「ぐぅ……!?ぁあっ!」

   ―――“呪黒剣”

 吹き飛ばされながらも、緋雪は霊術を発動させる。

「げひゃっ!?」

 足元から黒い剣が生え、男は打ち上げられた。

「(剣なのに、刺さらない……!術式が形を保てていない……!?)」

「(倦怠感に加え、弱まる魔力弾、砲撃、霊術……)」

 緋雪も異常に気付き、優輝はその様子を眺めて分析を進める。

「(体が怠い……気合を、入れ直さないと……!)」

   ―――“剛力神輿”

 霊力を練り、さらに力を上げる。
 それを切欠に緋雪は自身に喝を入れ、男に突撃する。

「(さらに、速く……!)」

   ―――“速鳥”

 続けざまに速度も上げる。
 急激な速度の変化に、男は反応出来ず……

「ごはっ……!?」

「はぁっ!!」

 腹に強烈な膝蹴りが入る。
 間髪入れずに緋雪は叩きつけるように両拳を振り下ろす。

「フォイア!」

   ―――“Belagerung pfeil(ベラーゲルング・プファイル)

 叩き落した所へ、魔力弾と共に肉薄。
 さらに拳による連撃を加える。
 無防備な所へ攻撃するのなら、大剣よりも拳の方が連打が速い。

「ふっ!」

   ―――“Aufblitzen(アォフブリッツェン)

 一際強い一撃を叩き込み、緋雪は浮き上がる。
 そのままシャルを構え、強力な一閃を放つ。

「………ㇶ」

「ッ―――!?」

 一撃を放つ。その瞬間に、緋雪はその身に纏う魔力と霊力を霧散させる。
 大剣の魔力はもちろん、飛ぶ事さえせずに墜落するように落ち始めた。

「隙だらけだぁ!」

 そして、その緋雪へ男の攻撃が叩き込まれ―――





「させん」

   ―――“Aufblitzen(アォフブリッツェン)

 ―――そうになった所を、優輝が斬り飛ばす。

「お、お兄ちゃん……」

「何があった?」

 そのまま緋雪を抱え、転移で距離を取る。
 そして、何があったのか、優輝は緋雪に尋ねる

「……わからない。でも、飛行が保てない程怠くなって……」

「……力の減衰か」

 緋雪の回答に、優輝は先程までの男の力からそう推測する。

「力の減衰……水の刃。……共通するなら、どちらもイメージカラーが青、か」

 男の動きが鈍いおかげで、優輝が推測する時間はあった。
 その間に、優輝は分析を進める。

「青……青……まさかだと思うが……」

 敵の男は、髪の色、瞳の色、服装で基調としている色、全てが青だった。
 そして、神界では概念がそのまま神になる事から、優輝は一つの結論に至る。

「“青色”に関するものを操る、のか……?」

「え……?」

 それは、色そのものの概念に通じる性質。
 神界の神ならば“ありえない”と切って捨てる事が出来ない推論だ。

「ひ、ひひ、その通り。この俺、カエノス様は“青の性質”を持つ……青色が関わっていれば、何でも扱えるぜぇ……?」

「……自分から明かしてくれるなんて、そいつはありがたいな」

 名前と性質まで自分で言ってくれた。
 手探りだった優輝にとって、非常にありがたい事だ。
 そして、同時に警戒も高まる。

「要所要所に倦怠感を与える事で、隙を作る。……おまけに、倦怠感ならば相手の心も折りやすい……厄介な」

「で、でも、倦怠感とか、魔力弾を消されたのは一体……?」

「倦怠感と減衰。どちらも色をイメージするなら、青色だろう?……つまり、そういう事なんだ。神界の神は」

「っ……!?」

 イメージカラー。たったそれだけで操れる対象になる。
 非常に効果範囲が広く、厄介なものだと緋雪も理解する。

「……他の神も同じようなものだろう」

「じゃあ、他の皆も……」

「苦戦、しているだろうな」

 神界における初戦。
 その戦いは、優輝達の不利から始まった。













 
 

 
後書き
祈祷魂格昇華…適当に漢字を6文字並べただけ()。存在の“格”を神界と同等に上げる読んで字のごとくな技。規模が大きいほど、使用後の戦闘不能時間が増える。

“守られる性質”…一言で言えば、後方支援特化のバフみたいな能力。本人の直接戦闘にはほぼ意味がない。味方がいると、味方の“何かを守る力”が強化される。

Belagerung pfeil(ベラーゲルング・プファイル)…“包囲攻撃”、“矢”のドイツ語。追撃、包囲攻撃用の魔力弾。主に近接戦の時に、間に挟むように相手に放つ。

カエノス…“青の性質”を持つ神。青色の概念を担う。青を基調とした容姿、服装をしており、性格や顔色が暗い。色を担う神は同色でも複数おり、カエノスの場合は負方面に性質が寄っている。名前の由来は“青”のラテン語とギリシャ語の組み合わせ。

“青の性質”…青からイメージ出来るものを扱う事が出来る。応用しやすいが、青=テンションが低いなどと言った、マイナスのイメージもあるために、常にデバフが掛かっている。


上記の通り、神界の神々は一部を除いてふんわりとした効果の能力ばかりです。
作者自身、一から説明しろと言われたら無理と即答出来るぐらいあやふやです。
一応、中には分かりやすい能力もいますが……。 

 

第203話「神界の洗礼」

 
前書き
神界の設定はわざと具体的ではなく抽象的でふわっとした感じにしてます。
本当に曖昧な世界観という設定なので、作者自身も描写に苦労してますが……。
まぁ、いくつもの世界を観測出来るトンデモ世界なので、理論詰めするような世界観やシステムに出来ないんです。
要は“考えるな、感じろ”的な世界です。
 

 








「っ、ふっ……!」

「とこよ!」

「鈴さん、後ろ!」

「ええ!」

 優輝達がカエノスと名乗った神に苦戦している頃、とこよ達も苦戦していた。
 相手は、中性的な容姿で、何故か服を着ずに生まれた姿のままの神。
 無性なため、目のやり場にそこまで困る事はなかった。

「(一体一体の強さは大した事がない。……それこそ、その気になれば前世の私の強さでも勝てるぐらいには、弱い)」

「(でも、()()()()……!)」

 そう。とこよ達が相手にしていた神は一人のはずだった。
 しかし、その神の能力が……。

「ほらほらほら!どんどん増えていくぞ!」

「まさか、分裂能力の持ち主とはね……!)」

 そう、“分裂の性質”。文字通り、分裂する能力だ。
 攻撃だけでなく、本人も分裂出来るため、相手の数は今も増えている。

「二人共!」

「「ッ!」」

 紫陽が合図を出し、とこよと鈴は屈む。
 その瞬間に紫陽が霊術で周囲の分裂した神を薙ぎ払う。

「キリがないねぇ!」

「相手の意志を挫く……と言っても、この数だと……!」

「でも、やるしかないよ!」

 紫陽を挟むように、とこよと鈴が背中合わせで迫る神を斬り払う。

「(キクリエ……とか言ったか。本体とかそういう類であれば良かったんだが、間違いなく一体一体が“本物”だ)」

 分裂の力を見せた時、相手の神は自らとこよ達に名乗った。
 それは余裕の表れか、洗脳され正気じゃないが故の行動なのかはわからないが……。

「(だが、名前が分かっているのなら……!)」

 それは、紫陽にとっては好都合だった。
 押し寄せる神の大群を凌ぎつつ、術式を構築させていく。

「“我が言霊よ、我が敵を縛れ”」

「む……!」

「“敵の名は、キクリエ”!」

 幽世の神として、力を振るう。
 名前を利用したその言霊は、人間であるならば絶対に逆らえない。
 例え相手が神であろうと、動きを鈍くするぐらいは簡単であった。

「今だ!」

「ッ!」

   ―――“斧技・瞬歩-真髄-”

 刹那、とこよが掻き消える。
 目にも止まらぬスピードで、神の大群の間を駆け抜ける。
 コンマ一秒にも満たぬ間に、元の位置に戻り……大群全てが切り裂かれた。

「縫い留める……!」

   ―――“弓技・矢の雨-真髄-”

「押し潰されなぁ!」

   ―――“三重圧陣”

 間髪入れずに、鈴が矢の雨を降らし、怯ませる。
 直後、紫陽が重力で押し潰す霊術を三重で行使する。
 単純な三倍の重圧ではなく、三乗された重圧が、神の大群を押し潰す。

「はぁっ!」

   ―――“剛力神輿-真髄-”

 明確な殺意を持って、とこよは斧に持ち替えて何度も神を叩き潰す。
 虐殺にしか見えない程、神は潰れていくが……

「……それが、どうした?」

「(やっぱり、意味がない……!)」

 数が多いためか、単に意志が挫けていないからか、神はあっさりと復活する。

「あはははははは!他愛ない、他愛ないぞ!」

「くっ……!」

 さすがのとこよも、多勢に無勢。
 鈴や紫陽と連携を取らなければ、たちまち袋叩きに遭う程だった。

「(さっき潰した分、さらに分裂した……!)」

「もう一度……!」

 さらに数が増え、紫陽が咄嗟にもう一度言霊を使う。
 同じように、神の名を利用して強力な言霊を放つが……。

「……効かない……!」

 今度は、全く無意味だった。

「(意志が重視されるから、言霊も意志次第で簡単に無効化出来るって訳かい……全く、本当にこっちの法則は通用しないね……!)」

 言霊は神界の神相手に相性が悪い。
 そう考えて、紫陽はすぐさま別の霊術に切り替える。

「とこよ、鈴!」

 霊術で大群の退かせる。
 その僅かな間にとこよと鈴は体勢を立て直す。

「ふっ……!」

「はぁっ!」

 とこよは槍に持ち替え、鈴は刀を鞘にしまった状態で、何度も神の大群を弾き飛ばす。
 刃で切り裂いてしまえば、そこから分裂してしまうため、それを避けていた。

「(押し切られる……!)」

 多勢に無勢。そんな状況下で、徐々にとこよ達は追い詰められていく。











「ふっ……!」

「ッ……!」

 一方で、サーラとユーリも猛攻を仕掛けていた。
 だが、相手の神は二人掛かりの猛攻すら悉く防いでいた。
 最も、どちらも限界を出していないので、実力差は決まった訳ではない。

「はぁああっ!!」

 怒涛の連撃がサーラから繰り出される。
 しかし、それだけやっても相手に当たるのは僅か数撃だけだ。
 ほとんどの攻撃は避けられ、当たるのは防ぎきれなかった時のみ。

「このっ……!」

 しかも、それはユーリが援護をしている状態での話だ。
 サーラ単体でも当てる事は可能かもしれないが、二人掛かりでこの様だった。

「(速い……!)」

 偏に、相手の実力が高かった。
 初撃を防いだ事と言い、優輝達やとこよ達が相手にしている神より、サーラ達が相手にしている神の方が強いのだ。

「サーラ!」

「後ろは任せます!」

 ユーリとコンビネーションを取る事で、相手の速度に食らいつく。
 ただ追いかけるだけでは追いつけないため、受け身の態勢を取り、攻撃してきた所を的確に捌き、反撃する。

「ふっ……!」

「はぁっ!」

 アロンダイトと敵の光の剣がぶつかり合う。
 剣速は相手の方が速く、既に五回は斬られる程に隙を突かれている。
 しかし、実際はその隙をユーリが埋めていた。
 魄翼で剣を逸らし、魔力弾と砲撃によってサーラの隙を潰していた。

「ここです!」

「なにっ!?」

「はぁああっ!!」

 ほんの一瞬。普通なら影響がないような、僅かな攻撃の緩み。
 それを隙とし、ユーリが魄翼で剣を絡め取る。
 そして、サーラが刹那で五連撃を繰り出す。

「……なるほど、結構やりますね」

「ッ―――!?」

 しかし、それすらも。
 目の前の神には通用しなかった。
 剣は即座に破棄され、サーラの連撃は躱された。
 唯一当たりそうになった一撃も、新たに作られた光の剣で防がれた。

「一通り見させてもらった所で……私はルーフォス。“光の性質”を持ちます。以後、お見知りおきを……」

「光……なるほど……」

 丁寧な物腰で、一度間合いを離した女神……ルーフォスは名乗る。
 そのまま自分の性質も話し、サーラとユーリは今一度彼女を注視した。
 金色の髪と瞳に、薄黄色を基調とした白い衣。
 性質に合った容姿をしている事にサーラ達は気づく。
 神の持つ性質と、その容姿には共通点があると言う事に。

「我が光すら塗り潰したイリス様のため……あなた達を沈めましょう……!」

「っ……!」

 丁寧な物腰と、柔らかい微笑みの表情。
 それが一転して、狂気に満ちた笑みへと変わる。
 ……洗脳された事による、性格の変化だ。

「(敵は光そのものと捉えるべきか……!)」

 余裕の表れからか明かした彼女の性質。
 言葉だけで全てが把握できる訳ではないが、推察するには十分だった。
 同時に、考えた通りであれば厄介だと、サーラは確信する。

「『“光の性質”……ですか。敵は闇を扱う神だと聞きましたが……』」

「『言い換えれば、光すら塗り潰す程の闇を使う……と考えられます』」

「『……本当に、規格外ですね』」

 対極の関係にあるはずの、ルーフォスの性質。
 にも関わらず、彼女は邪神イリスによって洗脳されていた。
 漠然だった規格外さが、確かなものに変わっていく。

「『いずれにせよ、倒さねば……』」

「『何も変わりませんね……!』」

 念話はそこで終わる。
 その瞬間、アロンダイトと魄翼が光の刃を逸らす。

「(出し惜しみはなし。全力を……否、全力以上で打ち倒す!)」

 力の温存など馬鹿らしいとばかりに、サーラは身体強化を全開する。
 本来ならば体に負担が掛かる程の身体強化。
 しかし、神界の法則において、“限界”などあってないようなもの。
 その事を僅かにでも理解し、“今が限界ではない”と思い込みさえすれば……

「(……いける……!本来ならば魔力リソースの10割を使っているにも関わらず、他の魔法も使用可能。体への負担もなく、魔力に限界もない!)」

 このように、ほぼノーリスクで身体強化ができる。
 サーラは特殊な能力などはないが、簡単な自己暗示程度ならば可能だ。
 それにより、本来負担が掛かる身体強化を“造作もない”と断じたのだ。

「ユーリ!……常に、全力以上です……!」

「……はい!」

 サーラの様子を見ていたユーリも、サーラの言葉に力強く頷く。
 同時に、魄翼が隆起するように大きくなり、一対から二対になる。
 それだけでなく、ユーリが待機させていた魔力弾の数が倍になる。

「我らを舐めるな……堕ちた神よ!」

「っ……!あぁ、いいです、いいですよ……!それでこそ、潰し甲斐があります!」

 互いに、先程までよりも力が増している。
 その状態で、再びぶつかり合った。











「輝け、星々よ!」

   ―――“étoile splendeur(エトワール・スプランドゥール)

 司が祈り、並みの砲撃魔法すら容易く凌ぐ魔力弾が降り注ぐ。

「ふん!」

 だが、その魔力弾は気合と共に展開された理力の障壁に阻まれる。

「ッ……!」

   ―――“Delay(ディレイ)

 その瞬間の隙を突くように、奏が背後に回って一閃する。
 しかし、それも掠るだけで、躱される。

「……の野郎……!」

   ―――“Glitter Arrow(グリッターアロー)

 あっさりと凌がれるのを見ながら、帝が魔力を圧縮する。
 帝の膨大な魔力が圧縮された“ソレ”は、矢の形を作り、撃ち出される。

「そこ!」

   ―――“pression(プレシオン)

 避けようとする敵の神。
 しかし、押さえつけるように、司の重力魔法が発動。
 着弾し、確かに直撃する。

「っし、これで……!」

「ようやく、一撃……!」

 そう。戦闘を開始してから、司達はようやくまともに一撃を当てる事が出来た。
 一応、今までに何度か攻撃を命中させている。
 しかし、それは司達自身も理解している、“致命打にならない一撃”だった。
 高威力の一撃を命中させたのは、今の帝の一撃が初めてだ。

「ふん、なるほど……多少はやるな」

「……わかっていたけど、倒せてないね」

「ええ……」

「そりゃあ、あいつの性質を考えればな……」

 司達が対峙した神の名は、“ジャント”。
 金と黒のメッシュの髪に、赤い瞳の強面寄りのイケメンと言った容姿をしている。
 態度が大きく、傲慢な一面もあるが、それは彼の性質故だった。
 彼の性質は“格上の性質”。
 相手の力を上回る事に長け、その“格上らしさ”が性格にも出ていた。
 その余裕故に、自ら司達に自分の名と性質を明かしていた。
 だが、その性質が厄介なのには変わらず、司達の戦力を“上回って”いた。

「反則っつーか……わかっちゃいたが、規格外すぎだろ……」

「ありとあらゆる点で、上回られてる……」

 既に、司のジュエルシードを使った全力砲撃。
 帝の宝具による攻撃もあっさりとそれを“上回る”一撃で相殺された。
 奏の最高速度もそれを“上回った”速度で反応され、防がれた。

「(……これで、先兵だからね……)」

 相手は、エースでも何でもない。
 ただの先兵だと、ソレラは言っていた。
 目の前の男よりも遥かに強い神が、後に控えているのだ。

「……気持ちで負けちゃダメだよ。それこそ、私達の敗北に他ならない」

「……だな。幸いと言っちゃなんだが、俺達も気持ち次第で傷も体力も元に戻る。物理的なダメージや再生と違うせいで、違和感があるけどな」

「でも、そのおかげで今も戦えているわ」

 司達は攻撃を与えるまでに、何度もジャントの攻撃を食らっていた。
 神界の法則を僅かにでも知っていたため、その攻撃のダメージは残っていない。
 無意識下で、“こうなるだろう”と思い込んでいるものに関しては、ちょっと意識する程度では覆しようがないが……戦闘続行には、これで十分だった。

「意識すれば、限界はなくなる。……敵を倒す方法がまだ理解できないけど、好都合な事もあるね。……そうでしょ?」

「そうね。……限界を超えるのが、容易いわ」

「限界を……そうか……!それなら……!」

 今まで、司達は元の世界での全力で戦っていた。
 無意識下で、それ以上の力は抑えていたのだ。
 だが、意識すれば限界以上の力を引き出せる。
 そのことに司と奏は気づいており、帝も今気づいた。

「本来なら、体に負担があって長続きしない事も……ここならノーリスクで使える……!」

「そういう、事っ!!」

「ッ!!」

   ―――“Delay Double(ディレイ・ダブル)

 刹那、司がいくつも転移魔法を発動。身体強化も爆発的に倍率を上げる。
 奏もまた、ディレイを二重に発動させ、一瞬で間合いを詰める。

「はっ!」

 追撃するように、帝も王の財宝、投影魔術を使って剣を飛ばす。
 さらに、干将・莫耶も三セット投擲し、短距離転移魔法で敵の後方に転移する。

「ふん!」

 奏の連続的な超高速機動から繰り出される連撃。
 司の魔力弾や砲撃魔法と、爆発的な身体強化による超高速の刺突。
 そして、帝の武器群と投影魔術による矢の攻撃。
 それらを、ジャントは的確に捌いていく。

「はっ!無駄無駄無駄ァ!いくらスピードを上げたとて、俺を超える事は出来ん!」

「ちっ、本当、チート過ぎるぞ!」

 追いつくように、干将・莫邪が飛んでくる。
 しかし、それらもあっさりと躱され……帝がそれをキャッチ。近接戦に切り替えた。
 
「吹き飛べ!」

「ッ、散開!」

 直後、ジャントは三人の攻撃を転移で躱す。
 さらにばら撒くように、理力による弾幕を放った。

「遅い!」

「ッ……!?」

 そして、三人が避けた所で、ジャントは奏の瞬間速度を“上回った”。
 奏の瞬間速度は今の司よりも速い。
 その奏を上回ったと言う事は、今この場で誰よりも速い事に他ならない。

「はぁあっ!」

「くっ……ぁあっ!?」

「速い!?」

 凄まじい速度で、拳が繰り出される。
 直撃はハンドソニックで防いで避けたものの、奏はその猛攻に大きく後退する。

「人間にしてはかなりの速度だったな」

「ッ―――!」

「だが、俺はそれすら上回る」

 奏の次にターゲットにしたのは司だった。
 一撃、二撃と、繰り出された攻撃を司は何とか防御する。
 しかし、続けられる攻撃はシュラインでは防ぎきれない。
 よって、障壁を張ったが……威力を減衰させるに終わり、吹き飛ばされた。

「なっ!?」

 ほぼ直感だった。
 帝は、奏と司が連続して吹き飛ばされたのを見た瞬間、次は自分だと確信した。
 同時に、防ごうと王の財宝から盾を展開する。

「がぁっ!?」

 威力を減らすという意味はあった。
 しかし、防ぐことは出来ずに吹き飛ばされる。

「っづ……!くそ……!」

 吹き飛ばされた三人は、先程弾幕を躱す前の場所に戻っていた。
 散開したのを押し戻すように、ジャントは三人を吹き飛ばしたのだ。

「速すぎる……!」

「限界以上の強化をすれば、その分相手も強化されるって事……!」

 こちらの力量を上回る性質。
 そんな性質に、三人は完全に翻弄されていた。









「っ……!」

 五つの勢力に分断され、他の四つで戦闘が開始されたのを、ソレラは肌で感じていた。
 そして、目の前に自身が戦う相手が降り立つ。

「……はぁっ!」

 直後、ソレラの手にRPGなどで女神が持つような、神聖な杖を握る。
 そのまま、理力を弾幕として放ち、敵にぶつける。

「まだ……!」

 さらに被せるように、弾幕だけでなく砲撃も追加する。
 その表情は、冷静ではなく、どこか焦りもあった。

「皆さんも、攻撃を……!」

 間髪入れずに、ソレラはなのは達に指示を出す。

「え、でも……」

 容赦なく攻撃を叩き込んでいるのを見て、はやてがそれでいいのかと戸惑う。
 敵がソレラの攻撃を無防備に受けていたのもあって、十分だとも思っていた。

「反撃の余地を与えてはいけません。一気に、最速、最短で戦意を折らなければ、この程度のダメージは簡単に回復されます……!」

「え……?」

 その言葉に、フェイトは何事かと思った。
 ソレラの理力による攻撃は、まるでなのはの砲撃魔法、フェイトのファランクスシフト、プレシアの雷撃を合わせたかのような苛烈さだった。
 それほどの攻撃を“この程度”と断じられたのだ。

「早く……!」

「っ、“パイロシューター”!……“ブラストファイアー”!」

 ソレラの催促に、シュテルが真っ先に思考を切り替えて魔法を放つ。
 包囲するように魔力弾を放ち、砲撃魔法と同時に命中させる。

「ふむ、考えるより手を動かす事が先決のようだな?クロハネ、後子狸!」

「わかっている」

「私、ついでみたいやな!でも、了解やで!」

 続けるようにディアーチェがアインスとはやてに声を掛け、魔法を放つ。
 ちなみにだが、既にはやてはリインとユニゾン済みだ。

「ッ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

「だ、大丈夫?」

「……一気に理力を使いましたから……継戦を考慮しない攻撃だと、さすがに消耗が……」

 他のメンバーが追撃を始めた所で、ソレラは息を切らして膝をつく。
 ユーノが心配して声を掛けるが、かなり消耗していた。

「……ですが、ここからが私の性質を活かせます……。“守られる性質”、私を守ろうとすれば、自ずと力が上昇します……!」

「え、あ……!」

 ソレラから淡い光が放たれる。
 直後、ソレラの前に出ていたメンバーが同じ淡い光に包まれる。
 その瞬間、そのメンバーの弾幕の威力が飛躍的に上昇した。

「なるほど……これは便利ですね……!」

 いち早くその威力向上を把握したシュテルは、弾幕を増やす。
 一発一発が砲撃魔法のような威力を発揮する。
 本来ならばこんな事は出来ない。しかし、ソレラの性質がそれを可能にしていた。

「戦意を挫く……そのためには、相応の意志を込める必要がある……」

「……アリシア?」

 戦闘を観察していたアリシアが、ふとそう呟く。
 同じく適度に弾幕を放ちながらも観察していたアリサが声を掛ける。

「……相手を倒す明確な方法が、よく分からなかったから、ちょっとね」

「……そうね。こうして攻撃を続けてるけど、それで倒せるとは限らない。……何度かここの法則を聞いていたけど、要はあれでしょ?“負けるつもりがなければ負けない”っていう、千日手みたいなものでしょ?」

 アリシアもアリサも、神界での法則の厄介さを理解していた。
 負けるつもりさえなければ、実際負けないのだ。
 例え、圧倒的な力量差で蹂躙され続けようとも、倒れる事はない。
 だからこそ、戦意を挫く必要があった。

「意志を伴った攻撃。言霊が近いけど……ただ言霊をぶつけるだけじゃあ、全く意味がない。必殺の一撃と共に、同等の“意志”を叩き込む。概念とかが形を成しているのなら、一度その存在意義を打ち砕く。……そうじゃないと、倒せない」

「……その、通りです……」

 アリシアが観察していた情報からそう推察する。
 すると、それを聞いていたソレラが肯定した。

「この僅かな間に、攻略の糸口を見つけるとは……さすがですね」

「椿と葵にさんざん鍛えられたからね」

 一筋の冷や汗を流しながらも、アリシアはソレラの言葉に答える。
 ソレラの肯定により、アリシアの推察は確かなものだと決定された。
 ……故に、さらに敵の厄介さが際立った事を、理解したからだ。

「“意志”を挫く“意志”。……これ、なかなか用意出来る事じゃないよ」

「……そうね。今でこそ、皆の攻撃で抑えているけど……」

「っ、いけない……!」

 どうするべきかと悩んでいた時、すずかが声を上げる。
 その瞬間、弾幕の手応えが消えた。

「抜けられた!」

「反撃が来るわよ!」

 弾幕の間にあった、僅かな隙をついて、敵は弾幕の範囲外へと逃げた。
 そして、そのまま反撃に移ろうとして……

「―――させない」

「もう一度墜ちるがいい」

「行かせないよ!」

 フェイト、シグナム、レヴィの三名により、叩き落された。

「“ストラグルバインド”!」

 直後にユーノのバインドが決まり、続けざまに何名かが追加でバインドを放つ。

「反撃は……させない……!」

 あれほどの攻撃を受けて、普通に動く事ができる。
 その事に危機感を覚えたのか、ユーノが拘束を強めようとする。
 その意志が拘束を強化させ、敵を逃がすまいとより強固になる。

「……言霊の応用で、私達がやるべきかな」

「……そうね」

「他の皆は、ちょっと難しいからね。出来る人は別の相手をしてるし……」

 言霊を扱う霊術使いであるアリシア達。
 言霊そのものでは効かないとはいえ、その理論自体は戦意を折るのに適している。
 そのため、アリシア達が致命打を与えるのに最適だった。

「連続で叩き込むには、初めての試みだから不向き。なら……」

「必然的に、一撃になる訳ね」

「でも、たった一撃じゃあ……」

 戦意を挫く一撃。言霊の応用で可能とは言っても、上手く出来るとは限らない。
 連続で放つのは現状不可能なため、一撃では不安があった。

「三撃だよ」

「えっ?」

「私と、アリサと、すずか。同時に叩き込んで強力な一撃にするの」

 簡単に言うが、それは困難なものだった。
 普通に技を同時に叩き込む……のとは、少し違う。
 “意志”をぶつけるには、ほんの僅かなずれも厳禁だ。
 一息の元、完璧に同時に叩き込まなければ、一人分の“意志”を三回叩き込むだけになる。……それでは、足りない。

「……行けるね?」

「……やってやろうじゃないの」

「うん……!」

 だが、()()()()()()()
 そう言わんばかりに、三人はその一撃を用意した。
 僅かにでもタイミングがずれれば、戦意を挫くには足りなくなる。
 しかし、この時のための、修行をしてきた。
 コンビネーションも大門の時より遥かに洗練されている。
 隙は他のメンバーが作っている。一撃を重ねる事ぐらい、造作もなかった。

「……私に合わせて!」

「ええ!」

「うん!」

 三人が同時に飛び出す。
 敵を抑えていたメンバーは、三人の様子を見ていたリニスが念話で何かすると通達していたため、驚く事はない。
 むしろ、タイミングを合わせやすいように、弾幕が止んでバインドが増えた。

「一心、両断!」

「「ッ!」」

   ―――“一心閃(いっしんせん)-三重(みえ)-”

 三方向からの一閃が、完全に同時に決まった。
 一撃では足りない。故に三撃。しかしそれでも足りない。
 だからこそ、完全な同時だった。
 ただ威力が三倍になった訳ではない。
 直撃のインパクト、それが同時だったのであれば、三乗にも近くなる威力だった。

「どう……!?」

 そのため、いくら弾幕を叩き込まれ、平然としていた敵も、放物線を描くように宙を舞い……地面に倒れこんだ。

「ッ……!」

「まだです!」

 しかし、それでも立ち上がろうとし……真っ先に反応した人物がいた。

「はっ!」

「ふっ……!」

 一人はソレラ。まだ倒していなかったのが分かったため、即座にトドメを刺すために理力の一撃を叩き込んだ。
 ……もう一人は、なのはだった。

「な……ぁ……」

 偶然にも、二人の一撃は同時に叩き込まれた。
 そして、それがトドメとなり、敵の神は崩れ落ちた。

「なのは……!?」

「……アリシアちゃん達を見てて、似たような事は出来ないかなって……」

 なのはが放った一閃。それはアリシア達には劣るものの、確かな“意志”があった。
 見様見真似……それに近いもので、なのははその一撃を繰り出したのだ。

「……下地があったから、私達は出来たのに……」

「凄いわね……なのは」

 天才……でも言い表せないような“何か”を感じるアリシア達。
 それほどまでに、なのはは“強くなって”いた。

「……なにはともあれ、これで一人です」

「ようやく一人、ですか」

 ソレラが倒した神の様子を確かめ、安堵したように呟く。
 その言葉に、リニスは苦い表情でそう言った。

「これが神界です。……理解、出来ましたか?」

 初戦から、異常な戦いだった。
 洗礼を受けたかのように、その戦闘はなのは達に衝撃を与えていった。













 
 

 
後書き
“分裂の性質”…文字通りの能力。今回の神の場合は、本当にこれだけ。応用はない。しかし、それでも本人や攻撃を増やせるので非常に厄介。

キクリエ…“分裂の性質”を持つ神。服と性別がなく、中性的な容姿をしている。名前の由来は細胞のギリシャ語とロシア語の組み合わせ。

三重圧陣…文字通り、三重に施した重圧で押し潰す霊術。倍率は三乗される。

ルーフォス…“光の性質”を持つ女神。戦闘にも使える能力だが、光を扱う神の中では弱い方。名前の由来は光のラテン語とギリシャ語の組み合わせ。

“光の性質”…文字通り光に関する性質を持つ。今回の場合、光の武器や高速移動などを使用。戦闘にも使いやすい。

Glitter Arrow(グリッターアロー)…魔力を圧縮し、矢の形にして打ち出す魔法。分類は射撃魔法だが、大魔法すら貫通する威力を持つ。

ジャント…“格上の性質”を持つ。理論上、どんな相手をも上回れるが、完璧に性質を扱えていないため、イリスに堕とされた。傲慢な態度で、如何にも格上っぽい。名前の由来はジャイアントキリングから適当にもじった。

“格上の性質”…対峙した相手を上回る性質。かなり強い能力だが、上回るステータスを間違えると途端に雑魚化する事も。

Delay Double(ディレイ・ダブル)…“重奏”と違い、かつて使ったディレイをさらに重ね掛けに特化させたもの。瞬間的な速さが“重奏”よりもあるが、負担も大きい。当然ながら、トリプルなどさらに重ね掛けが可能。

一心閃-三重-…言霊を応用した、“意志”を挫く“意志”の一閃。その三重。重ね合わせるように同時に放たれたため、一閃の三倍の威力ではなく、三乗に近い威力を発揮した。


唯一名前も性質も不明なまま倒された神ェ……。
仕組みを理解していたソレラがいたために、仕方ない事なんですけどね。
同じ名前の性質の神は複数存在します。例え同じ性質でも神によってその質はピンキリです。 

 

第204話「苦戦の中の幸運」

 
前書き
とりあえず他四組の決着を。
長引かせるつもりはないので比較的あっさり終わらせます。
 

 








「ふっ……!」

「はぁっ!」

 優輝と緋雪が同時に仕掛ける。
 しかし、その力は減衰させられ、避けられた。

「ははっ!」

「「っ……!」」

 直後、何かに引っ張られるように、二人の体が飛ぶ。
 神界において、本来は壁や地面の概念がない。
 そのため、無意識に地面だと思っている場所に、地面の感触が出来る。
 裏を返せば、意識すれば壁などを出現させる事も出来る。

「ぐっ……!」

「あうっ!?」

 そして、その壁に二人は叩きつけられた。
 まるで重力操作のように、あっさりと体を飛ばされたのだ。

「うぅ……全然倒せない……!」

「………」

 攻撃が当たらない訳ではない。
 威力が減衰しても、当てる事は出来ていた。
 しかし、それだけで倒せはしない。
 敵が……カエノスが敗北を認めない限り、倒れはしない。

「ははは、無駄無駄。これで俺様を……神界の神を倒せると?」

 へらへらと、二人を嘲るようにカエノスは嗤う。

「ッ……!」

 歯嚙みする緋雪だが、その通りだった。
 このままでは、いつまで経っても倒せない。

「……なるほど」

 だが、こうも考えられた。
 このままでダメなら、変えればいいと。

「―――()()()()

 さも当然かのように、優輝はそう言って一歩踏み出す。
 そして……瞬時に転移魔法で肉薄した。

「へ……?」

「ふっ!」

 間の抜けた声を上げるカエノス。
 そこへ、優輝の容赦のない貫手が、目を潰す。

「はっ!」

 そのままもう片方の手による貫手が首を貫き、そのまま引き寄せる。
 膝蹴りが顎に決まり、カエノスの体が浮く。

「……!」

 転移し、踵落としを叩き込もうとして……倦怠感が襲った。

「無駄だ」

「がっ……!」

 だが、それがどうしたと言わんばかりにそのまま優輝は踵落としを叩き込む。

「この……!」

「遅い」

 創造魔法による剣がカエノスに殺到する。
 剣の勢いがカエノスの性質によって衰えるが、その内一本に優輝の蹴りが叩き込まれた。
 加速した剣はカエノスを貫き、吹き飛ばす。

「“青の性質”。大体理解した。青色をイメージするものを扱えるために、イメージカラーが青である倦怠感なども操れる。……確かに厄介だろう」

 一度間合いが離れたため、優輝が言葉を挟む。
 その様子を、緋雪は驚いたまま見ているしかなかった。

「だが、その性質はお前自身にも作用している。……何度も動きの出が鈍かったな?」

「っ……ひ、ひひ。見破られたか……だが、だからと言って……!」

「倒せる訳ではない、か?」

「なっ……!?」

 刹那、転移魔法で肉薄した優輝が、カエノスに拳を叩き込む。
 一撃一撃が早く、鋭くカエノスの急所を打ち抜いた。
 ……性質の効果で、倦怠感が優輝を襲っているのにも関わらず。

「その性質による倦怠感は、なんの前触れもなく、防ぐのは困難を極めるだろう。しかし、その後は別だ。……僕が“大した事ない”と断じれば、この程度話にならん」

「ッ………」

 要は、優輝は倦怠感を食らった上で、カエノスを打ちのめしているのだ。

「残念だったな?僕に感情があれば、ここまでとはいかなかったぞ?」

「かはっ!?」

 目や鼻、喉だけでなく、関節も打ち抜き、バランスを崩させる。
 よろめいた所をすかさず蹴り上げた。

「神界において、相手を倒すには“意志”を挫く必要がある。……覚悟しろよ?」

「お兄ちゃん、何を……?」

 それは、もはや暴力や蹂躙ではなく、解体だった。
 一撃一撃がカエノスの急所を捉え、容赦なく致命傷を与えていく。
 さらに、その攻撃一つ一つに打ちのめす“思念”が込められていた。
 アリシア達が放った一心閃と似たようなもので、確かにダメージを与えていた。

「(あー、私の出番終わったかも)」

 まさに残虐ファイトと言わんばかりの優輝の猛攻に、緋雪は悟る。
 感情消失による合理的判断と、敵の直接戦闘力が優輝より低い事実。
 その二つにより、もう自身が手を出す必要はないとわかってしまったのだ。

「ひ、は、この……!」

 カエノスもただやられているだけではない。
 神界であれば、多少手も足も出ない状態でも無理矢理反撃できる。
 ……しかし、それこそ優輝が狙っていた行動だった。

「っ、ぉ……?」

 反撃が逸らされ、掌底が頭を打ち抜いた。
 導王流はカウンターが主な技だ。普通に攻撃するよりも、そちらの方が威力が出る。

「ぉ、ぁっ!」

 カウンターを打たれてなお、カエノスは攻撃をやめない。
 どの道、攻撃の嵐から抜けるには、流れを一瞬でも止めなければならなかったからだ。
 ただの物理攻撃だけでなく、性質を利用した攻撃も行う。

「甘い」

 だが、悉くカウンターが決まった。
 普通の攻撃は逸らされ、より強い一撃が。
 水の刃は躱され、ほぼ同時に躱す体捌きを利用した蹴りが。
 重力操作は、体が飛ぶ際にカエノスの体に手足を引っ掛ける事で引き裂くような一撃が。
 力の減衰は動きに緩急が付く結果となり、知覚外からの一撃が返ってきた。

「運がなかったな。僕を相手にした事。それがお前の敗因だ」

「が……ぐ……!?」

 全ての反撃が、一連の流れのようにカウンターで返される。
 その一撃一撃にも“意志”を挫く“意志”が込められており、カエノスは満身創痍だ。
 そして、トドメの一撃が叩き込まれ、決着が付く。

「なるほどな。理解出来れば何てことはない」

「それ、お兄ちゃんだけだと思うよ」

 気絶したカエノスを見下ろし、優輝は確かめるように呟く。
 なお、緋雪の突っ込みにより、その呟きは否定された。

「一番早く終わったのは……皆がいる所か」

「神界についてある程度知っている人がいるからね」

 戦闘が終わったため、優輝達の視界にソレラ達が映る。
 分断している間は知覚すら出来なかったが、やはり神界。普通の法則ではない。

「……とこよさん達は大丈夫かな?」

「大丈夫だろう」

 ふと、まだ戦っている他のグループが心配になる緋雪。
 しかし、心配ないと優輝は即答した。

「緋雪も一緒に修行していたならわかるだろう?」

「……そうだね。心配、ないね」

 神界での戦いに備え、全員が鍛えられるだけ鍛えてきた。
 故に、信頼していた。皆は、勝ってくるだろうと。













「くっ……!」

 一番最初に膝をついたのは、鈴だった。
 いくら鍛え直したとはいえ、その強さは紫陽やとこよに遠く及ばない。
 そのため、分裂するキクリエの対処に追いつけなくなったのだ。

「鈴さん!」

「とこよ!後ろよ!」

「ッ!」

 一瞬、鈴の事を気に掛けたとこよの背後にキクリエの分身の一人が迫る。
 鈴が咄嗟に警告したため、振り返りざまにその分身を掌底で吹き飛ばす。

「(っ……やっぱり、人体破壊が出来ないのが苦しいわね……)」

 何度か分身されたため、分身に関するメカニズムや条件が少しばかり判明していた。
 主に切り裂かれたり、潰されたりなど、人体が別たれるような傷を負えば、そこから分身していた。……まるで、細胞分裂のように。
 そして、その事に三人共気づいていた。
 鈴は現代に生まれ変わって学校で学習しており、とこよや紫陽はそういった事に詳しい式姫から話を聞いていたため、その事に気づけたのだ。

「(埒が、明かない……!)」

 鈴はすぐさま立ち上がり、襲い来るキクリエ達を霊術で吹き飛ばす。
 幸いにも、ここは神界。疲労もその気になればなかった事に出来る。
 精神性が強いとこよ達であれば、疲労程度などすぐに無視出来た。

「(千日手。何か、打開策を……!)」

 だが、敵を打倒できないのも事実。
 そのために、攻撃を凌ぎつつ打開策を考えていた。

「とこよ」

 そして、その時は訪れた。
 紫陽が、満を持したかのように、とこよに声を掛ける。

「準備はいいかい?」

「……いつでも!」

 とこよも待っていたかのように答える。

「何を……」

「鈴さん、ちょっとだけ退けて!」

「っ、分かったわ!」

   ―――“霊撃”

 鈴のみ、何をするのかわかっていなかった。
 しかし、それでも何か策があると見て、とこよの指示通りに周りにいたキクリエの大群を霊力で吹き飛ばした。

「一体何を……」

 動きを変えてきた事に、キクリエも気づく。
 しかし、一手遅い。余裕を持っていたために、慢心していた。

「分身して殲滅しきれないなら」

「中心から侵していけばいい!」

   ―――呪刻“瘴紋印”

 鈴も見た事がない術式が、とこよと紫陽の体に刻まれる。
 似たような術式……刻剣であれば見た事はあった。
 だが、それは剣に刻む術式であり、瘴気ではなく呪属性でしかない。

「(まさか、瘴気を……!?)」

 鈴の予測は当たっていた。
 とこよは近くにいたキクリエの一体を一刀両断する。
 当然のように分裂するキクリエだが……

「っ、が……!?何を、した……!?」

「攻撃一つ一つじゃダメでも、分裂前の個体が蝕まれてたら分裂してもそのままでしょ?」

 瘴気に蝕まれた体で分裂しようと、瘴気はそのままだ。
 これ以上増えたとしても、それは変わらない。

「毒でもよかったんだけどねぇ。そっちだと体内を浄化してしまえば解除されてしまう。だったら、その魂、存在そのものを蝕む瘴気であれば……って算段さ」

「くそ……!」

 瘴気を纏った風の刃が、次々とキクリエの大群を切り刻む。
 その度に分裂しようとするが……分裂して二体に増えても、その二体とも瘴気に蝕まれており、完全に無意味だった。
 そのため、分裂は止まり、普通に再生させていた。

「毒にしなかった理由はもう一つ。……その分裂、所謂“細胞分裂”に近いよね?名前に込められた言霊も、細胞に関しているみたいだし……だったら、癌のように蝕む瘴気の方がいいって判断したんだよ」

「(なるほど……幽世の存在で、瘴気を扱えるからこその、策……!)」

 二人の考えに、鈴はただただ感心した。
 名前にも意味は込められており、それを言霊として二人は情報を読み取った。
 理力を感知できる今だからこそ、神界の神であろうとそれは可能であり、そこから細胞に関する事と細胞分裂を繋げ、瘴気を“癌”としてキクリエを蝕んだのだ。

「なぁああ……!?馬鹿な……!こんな、こんな……!?」

 そして、その策は二人が考える遥か上を行く程に、効果的だった。
 神界の神は概念そのものを形にしたようなもの。
 とこよ達の予想通り、細胞に関連するキクリエには、この上なく効いたのだ。

「予想以上に効いているねぇ。だが、トドメとまではいかないみたいだ」

「さすがに神だから、規格外だもんね。でも、“意志”を挫けばいいのなら……」

「あたし達ならそう難しくない。こいつの耐久力次第さね」

 既に全てのキクリエに瘴気は行き渡っていた。
 予想以上に効果的だったため、ここまで簡単に浸食できたのだ。
 他の神であれば、“意志”を以って瘴気を浄化されていただろう。

「鈴さん。もう瘴気で蝕んでいるから、浄化系じゃなければ攻撃しても大丈夫だよ」

「そう?じゃあ、私も攻撃に参戦させてもらうわ」

 鈴もトドメに参戦するため、霊力を再び刀に込める。

「さぁ……覚悟しな!」

 そして、敗北を刻み付けるための蹂躙が始まった。



「……私、途中いる意味あったかしら?」

「三人だからこそ余裕を持ってあの策を考えられたから、意味はあったよ」

「こればかりは相性の問題さね。そんな気にする事ないよ」

 時間にして十数分後、戦闘は終了した。
 分裂していたキクリエは消え去り、本体であろう一体が三人の足元で気絶していた。

「幸運だったよ。私達以外だと、もっと苦戦していたかもね」

「優輝や緋雪……後、司だったかい?三人の内誰かさえいれば、何とかなっただろう」

「帝って子も手段ならあったと思うよ?」

 優輝は創造魔法などから、緋雪は同じく幽世にいたため。
 司も祈祷顕現を応用して、帝も王の財宝から、対処できただろうと二人は言う。
 だが、結局の所この三人で当たれたのは幸運でしかなかった。
 いくら一体一体が弱かったとはいえ、際限なく増えるのは対処しにくい。
 今回のような手段でなかった場合、“意志”を挫くような一撃で、毎回分裂した個体全てを殲滅しなければならなかっただろう。

「初戦からこれほど……あの二人が危惧するだけあるわね」

〈神に作られたボクもさすがに想像以上だよ……〉

 とにかく能力が厄介で、倒すのに苦労する。
 それが初戦を経た鈴の感想だった。
 同意見なようで、神界謹製のマーリンも同意していた。

「他の皆も終わったかな?」

「どうでしょうね」

 “負けた”という想像はあまりしていない。
 それだけ、とこよ達も他の皆を信頼しているのだ。









「は、ぁっ!!」

 サーラ達の戦いは、苛烈を極めていた。
 瞬きをする間に、二人の攻撃と女神ルーフォスの攻撃がぶつかり合う。

「……!」

 ユーリが魔力弾を大量に展開し、ルーフォスへと差し向ける。
 嵐の如き弾幕だが、ルーフォスは悉く回避する。
 だが、それはユーリの狙い通りだ。目的は、サーラに対する行動を誘導する事にある。

「ふっ!」

「くっ……!」

 本来なら速さで圧倒できるはず。
 しかし、ルーフォスはサーラを押し切れずにいた。
 間違いなく、ユーリの弾幕が影響している。

「厄介ですね……」

「っ……!『ユーリ!』」

「『わかってます!』」

 故に、ルーフォスはユーリへと狙いを定める。
 馬鹿正直にサーラ(前衛)から倒す必要などないからだ。
 そして、ユーリもそれは予期していた。

「ッ……!」

「今や魄翼は変幻自在……!貴女の光を、闇で包みましょう……!」

   ―――“Dunkel Belagerung(ドゥンケル・ベラーゲルング)

 肉薄してきた所で、ユーリは自分ごとルーフォスを魄翼で包み込む。
 隙間なく魄翼が囲い、外から見れば一種の球体となる。
 その時点でルーフォスの攻撃がユーリに届くが、既に防御魔法で身を固めていた。

「判断を間違えましたね」

「ッ、この程度……!」

 いくら光の速さで動こうと、逃げ場がなければ意味がない。
 ユーリは自分自身を囮にし、逃げ場を塞いだのだ。

「サーラの言う通りでしたね。特殊且つ強力な能力があれば、その分戦闘技術が低い相手もいるだろう……と」

 戦闘中、サーラはルーフォスの様子を見てユーリに念話でそう伝えていた。
 その推測の通り、ルーフォスは然程戦闘技術が高くない。

「低い、という程ではありませんが、策には嵌ってくれました」

 包み込む魄翼が棘状となり、ルーフォスへと襲い掛かる。
 それだけじゃなく、内部で展開した魔力弾と砲撃魔法も殺到する。

「ぅぁああああっ!?」

「貴女が光の性質を持つというのなら、私の闇も弱点となりうるでしょう?」

 ユーリは制御できるようになったとはいえ、“砕け得ぬ闇”を持つ。
 対し、ルーフォスは“光の性質”を持つ。
 規模などが違うとはいえ、それらは対極に位置する。
 既に邪神イリスによって闇に堕とされているが、それは変わらない。
 故に、弱点足りうる。

「ッッ……!」

「くぅ……っ!」

 しかし、ルーフォスもただではやられない。
 防御魔法を貫き、光の刃がユーリを切り裂く。

「っ……サーラ!」

「―――はぁっ!」

 その時、サーラが魄翼の包囲内に現れる。
 転移魔法により、内側に飛んできたのだ。

「ッ……!?」

「逃げられませんよ!」

 振るわれるアロンダイトを、ルーフォスは間一髪避ける。
 しかし、魄翼の包囲の中では避けられる範囲がほとんどない。
 おまけに、完全包囲されているため、中は暗闇だ。
 ……“光の性質”を持つ、ルーフォス以外は。

「幸運ですね。貴女の性質が、私達にとって有利に働いている!」

「くっ……ならば、照らしてしまえば……!」

 暗闇の中で、性質の影響からルーフォスの体は淡く光る。
 そのためにどこにいるのか完全に分かってしまう。
 ルーフォスは咄嗟に、魄翼内を照らす事で暗闇を脱しようとするが……

「隙だらけです」

「はぁっ!」

 照らす動作。その僅かな隙をユーリとサーラが狙い撃ちする。
 速度の速い魔力弾が牽制し、サーラがアロンダイトを振るう。
 直後に威力の高い魔力弾で撃ち抜き、魄翼で貫いた。

「黒き翼よ、塗り潰せ……!」

   ―――“Schwarzer Flügel(シュバルツェア・フリューゲル)

 そして、魄翼が膨張する。
 サーラは転移で離脱し、空間そのものを塗り潰すように、ルーフォスを覆いつくす。

「っ、ぁ……!?」

 魄翼の包囲が炸裂すると同時に、ルーフォスは包囲の外へと弾き出される。
 ダメージは大きかった。散々闇属性に類する魄翼の攻撃を受け、最後は殲滅魔法を包囲された状態でまともに受けたからだ。

「ユーリ、今です!」

 吹き飛び、体勢を立て直す暇も与えない。
 サーラはルーフォスを受け止めるように先回りし、魔法を用いて縫い付ける。
 例え光を操ろうと決して逃げられないように、自分ごと極狭い範囲の結界で包み込み、羽交い絞めする事で拘束する。

「……沈む事なき黒き太陽、影落とす月。―――故に、決して砕かれぬ闇」

 詠唱が入る。
 それは、かつてのユーリとサーラにとって絶望の象徴。
 遥か昔の強き騎士達を全滅させ、サーラの命をも奪った闇。

「……絶望に堕ちよ、塗り潰せ……!」

   ―――“決して砕かれぬ闇(アンブレイカブル・ダーク)

 ユーリを“U-D”足らしめた絶望の魔法が、ルーフォスへと放たれた。

「まさか、自分ごと……!?」

「私がユーリの闇に呑まれるとでも……?倒れるのは、貴女だけですよ……!」

 逃げられないように拘束を続けるサーラ。
 “逃がさない”と言う想いが、枷となってルーフォスをその場に縛り付ける。
 よって、回避される事なく、サーラごとルーフォスは闇色の砲撃魔法に呑まれた。

「かふっ……」

「ッ……倒れましたか……やはり、相性が良かったようです」

「そのようですね」

 絶望を象徴する闇の一撃は、ただその属性のみで敵の意志を折る事が出来る。
 そのため、優輝達のように“意志”を込める必要がなかった。
 同時に、相性が良く弱点を突いていた事もあって、より効果的だった。

「光をも塗り潰す……わかっていましたが、実際洗脳された彼女を見ると、より規格外さが実感できますね」

「はい。……心のどこかで、何とかなるだろうと楽観視していたのかもしれません」

 二人は知らない事だが、ルーフォスは洗脳された時点で弱体化している。
 他の神界の神も洗脳されれば弱体化するが、ルーフォスの場合はそれが顕著だ。
 光が闇によって洗脳されていると言う事は、自身の力が抑制されているも同然。
 そのため、ユーリの攻撃であっさりと倒す事が出来たのだ。

「さて、対峙した時点で他の方と分断されましたが……」

「……どうやら、戦闘時の意識で切り替わるようですね」

 見渡せば、寸前まで見当たらなかった他のメンバーがいた。

「気の持ちようで疲労も消せますし……気は抜けませんね」

「はい」

 そのまま皆の下へと歩みを進めるサーラとユーリ。
 相性が良かったからこそ、こうもあっさり倒せた事を、胸に刻みながら……









「あぐっ……!?」

「くっ……!」

「ぐあっ!?」

 三人が次々と吹き飛ばされる。
 五つのグループの中で最も苦戦していたのは、司達の所だった。
 何せ、いくら強さを上げようとそれを上回ってくるのだ。
 苦戦しないはずがなかった。

「『くそっ、どうやって倒せばいいんだよ!』」

「『どんなに速く動いても、対処される……!』」

 スピードを上げれば、それ以上のスピードを。
 力押しをしようとすれば、それ以上の力で、司達を打ちのめす。
 どうあっても三人は劣勢のままだった。

「『……一つだけ、策があるよ』」

「『……何……?』」

「『司さん、それ、本当?』」

 だが、その戦いの中で司は活路を見出した。

「『奏ちゃんに続いて、私が転移で回り込んだ時に、ちょっとね……』」

「『御託はいい。……その策は?』」

「『二人に任せる事になるけど―――』」

 念話で司は二人に策を伝える。
 その間、ジャントは腕組みしたまま悠然と構えていた。
 理力を用いれば、念話に干渉も出来るが、それもしていなかった。
 “格上の性質”による傲慢さから、完全に余裕を持っているのだ。
 ……だからこそ、格上は格下に負ける事があると、わかっているはずなのに。



「じゃあ、任せるよ」

「ああ」

「ええ」

 説明が終わり、帝と奏の前に司が一歩踏み出す。
 気を落ち着け、祈祷顕現によって転移魔法をストックする。
 そして、二歩目を踏み出すと同時に……

「ッ……!」

 ジャントの背後に転移する。
 直後、二度目の転移が発動。連続転移により、僅かにでもジャントの反応を上回る。

「無駄だ!」
 
 だが、ジャントはさらにそれを“上回って”くる。
 先程までの攻防と同じように、司のスピードを上回る反応をしようとして……

「―――ぁ……?」

 “がくん”と、ジャントは力が抜けた感覚を覚えた。

「ふっ……!」

   ―――“Delay(ディレイ)-Orchestra(オーケストラ)-”

 気づけば、ジャントは死角に回り込まれた奏に首を刎ねられていた。
 だが、その速さをジャントは知覚出来ない。

「(上手く行った……!)」

 首を刎ね、さらに連撃を叩き込む奏はそう思考する。
 彼女の連撃の反対側からは、帝の投影魔術による剣の攻撃が突き刺さる。

「(身体能力は一般人以下にまで落とし、それを“上回らせる”!……そうすりゃ、いくらあいつが相手の強さを上回るチートだとしても、()()()()()()()!)」

 司が伝えた策はこうだった。
 まず、司が前に出て、身体能力を祈祷顕現で一般人以下にしておく。
 そして、転移魔法で高速移動を演出し、その動きを“上回らせる”。
 すると、司の身体能力を“上回った”所で、ジャントは一般人に毛が生えた程度の身体能力しか発揮できなくなる。
 そこへ、帝と奏によってジャントにとって知覚出来ないスピードで攻撃を叩き込む。
 “格上の性質”を逆手に取った作戦だ。
 デメリットとして、司も戦力外になってしまう所があるが……そこまで問題じゃない。

「っ……!」

 ジャントより先に、司が二人の動きを知覚できるようになる。
 シュラインが事前に作戦成功すれば身体強化を施すようにしておいたのだ。

「思考は!」

「させないぜ!」

 さすがに、斬られ続けている事は知覚出来てしまう。
 そのため、能力を使われる前に帝と司で先手を打つ。

   ―――“pensée éteindre(パンセ・エタンドル)

「こいつだ!」

 シュラインの穂先と、帝が放った宝具がジャントに叩き込まれる。
 その瞬間、ジャントが今自分が何を考えていたのか分からなくなる。
 司と帝が放ったのは、思考をリセットする魔法と宝具だ。
 それにより、ジャントに自身の“性質”を使わせる暇を与えない。

「てめぇの……負けだ!」

「はぁあああっ!!」

 一般人程度の身体能力しかないジャントでは、音速以上で動ける司達に敵うはずもなく。
 ただただ嬲られ、その中に込められた打ち負かす思念によって、敗北した。







「か、勝てた……!」

「やっとか……!」

 ぐったりと倒れ、気絶したジャントを見て、ようやく三人は勝利を確信する。

「運が良かったよ……もし、私の策がはまらなかったら……」

「こいつの能力がチート過ぎるぞ……。まぁ、転生者の俺達だってチート能力があるんだし、転生させられる神がそれ以上でもおかしくはないけどよ……」

「機転を利かせなかったら、危なかった……」

 疲れたように、三人は溜息を吐く。
 実際には疲労は気の持ちようでいつでも回復出来る。
 すぐに気を取り直し、三人も皆との合流を果たすのだった。























   ―――神界での戦いは、まだ始まったばかりだ。















 
 

 
後書き
重力操作…Undertaleより。ソウルが青くなるため、青繋がりで使える。しかし、Sansのように連続で使えたりしない。

瘴紋印…瘴気を攻撃に纏わせる。瘴気に慣れ、扱えるようになっていないと使えない呪法。瘴気を纏った攻撃を食らうと、浸食するように体を蝕む。

Dunkel Belagerung(ドゥンケル・ベラーゲルング)…“闇”と“包囲攻撃”のドイツ語。文字通り、魄翼によって包み込むように攻撃する。魄翼は棘状に変形している。

Schwarzer Flügel(シュバルツェア・フリューゲル)…黒き翼。魄翼を広げ、塗り潰すように敵を覆いつくす。殲滅魔法の部類に入り、かなり威力もある。

pensée éteindre(パンセ・エタンドル)…“思考”、“消去”のフランス語。所謂猫騙し的な魔法で、思考を一旦リセットさせる。直接的な攻撃力は微々たるもの。


司の魔法と一緒に放たれた宝具は、名前がありません。効果は司の魔法と同じ感じです。多分、王の財宝の中にはそんな効果の宝具の一つや二つ、あるんじゃないかな? 

 

第205話「道中」

 
前書き
RPGに例えるなら、まだラストダンジョンの門番を倒した所です。
推奨レベルが50な所を30~40で突っ込んでいるようなものです。
我ながら戦力差が絶望的過ぎる……
 

 





「全員、勝ってきたようですね」

 優輝達が全員戻ってきて、ソレラがそういう。

「何とかね……」

 唯一奇策を取らなければ勝てなかったグループの司が、疲れたように返答する。

「では、身を以って体験した事を踏まえて、改めて神界について説明しましょう」

「………」

 戦闘前、心のどこかにあった楽観視の気持ちは、既に誰も持っていない。
 あまりに異様な戦闘に、そんな気持ちなど跡形もなく吹き飛んだ。

「先に分断して戦った方に聞きますが……戦った感じ、どうでしたか?」

「一対一なら負けないけど、勝てないって感じが強かったかな?それに、致命傷を与えても倒せないのは厄介だったよ」

「加えて、“性質”……でしたか?それも厄介です。応用が利くのか、相当強力な効果を発揮してきました。……尤も、それでようやく互角といった実力でしたが」

 とこよとサーラが感想を述べる。
 同じ意見なのか、優輝や緋雪、紫陽や鈴、ユーリも頷いていた。

「まじか……俺達の所は、実力も高かったぞ……」

「でも、私達の所も、その“性質”があったから……」

 唯一真正面から押されていた司達の所は、話を聞いて戦慄していた。
 ただ、結局その強さも“性質”が原因なため、正確には判断できない。

「とにかく、通常の攻撃を与えても倒せないのは厄介だ。対し、僕らは致命傷や重傷を負えば、いくら意識していても無意識下でそれをダメージとして認識してしまう。……染み付いた本能がダメージを蓄積させている」

「その通りです。元々神界の神であれば、その点は意識すれば切り替えられますが……あなた達のように、他世界の住人はどうしても無意識にその世界の法則を自身に当てはめてしまいます」

 本来なら、魔力不足や疲労が感じないどころか、痛覚も無効にできる。
 さらに言えば、攻撃が当たった際の怯みすら無視できるはずなのだ。
 しかし、優輝達は敵の反撃を食らった事で、吹き飛びもしたし怯みもした。
 とこよ達は大群を相手にしたため、疲労も蓄積していた。

「戦闘が終わった今なら、意識すれば全快できるでしょうけど……」

「問題は、戦闘中か」

「はい」

 無意識にダメージや疲労を蓄積するのは、主に戦闘中だ。
 戦闘後なら、集中して意識すればそれらを回復する事は容易い。
 しかし、戦闘中は特に無意識が働くため、蓄積しやすいのだ。

「……私みたいな感じね」

「そういえば、鈴さんは……」

 キクリエとの戦いで、鈴は一度膝を付いていた。
 あれもまた、無意識下による疲労の蓄積だ。

「一人が戦い続ける、というのは難しいでしょうね」

「だろうな。……一つ気になったが、聞いてもいいか?」

 先の戦闘で気づいた事があったらしく、優輝が言葉を挟む。

「はい、なんでしょうか?」

「神界において他世界の法則が通用しない事は分かった。神の持つ“性質”の厄介さもな。……だが、他世界の法則が通用しないのなら、なぜ()()()()()()()()()()()?」

「えっ……?」

 優輝の言葉を、何名かは理解できなかった。
 どういう事なのかと、優輝とソレラを交互に見る。

「“意志”のぶつけ合い、領域の戦い。……どれも他世界の普通の戦闘とは全く違う。だとしたら、相応の戦闘方法があるはず。しかし、その実態は―――」

「他世界と同じ、という事だね。考えてみれば確かに。陰陽師には陰陽師の、魔導師には魔導師の戦い方がある。なら、この世界ならではの戦い方があってもおかしくはないはずだよね」

 理解していたとこよが優輝の言葉を続ける。
 “意志”を挫く戦いならば、普通に戦う必要はないはずなのだ。

「何のためにわざわざ殴り合うんだ?」

「……本来、神界には他世界のような戦いはありません。皆が皆、自身の“性質”に沿った暮らし方をしたり、他世界を眺めていたりしています。神界において、“戦い”らしい“戦い”の概念はありません。その“性質”を持つ神もいますが、飽くまでそれは他世界での“戦い”です」

「つまり、“戦闘”となると、どうあっても他世界の戦い方が基準となる訳か?」

「そうなります。元々争いごとがない世界でしたので……。強いて言うなら、神界での戦い方に“形”はない、とでも言いましょうか……」

 戦い方の“形”がない。
 故に、他世界の戦い方を知っていた場合、それが基準となる。

「今回の場合は、あなた達の戦い方が基準となります。その上で相手に競り勝つのは難しいでしょうけど……」

「苦戦どころか敗北してもおかしくないのは承知の上だ」

 先の戦いで、“勝てる”と即座に答えられないのは明白だった。
 故に、“それでも戦う”と、優輝は皆を代表して答えた。

「……そうでしたね」

 一縷の望みに賭けるように、優輝達は戦う事を決めた。
 圧倒的な戦力差、存在の違い。それを知ってなお、諦めきれないからこそ、今立ち上がり、戦力が不足しているのを承知で攻勢に打って出たのだ。

「私達の戦い方が通用するだけマシだよ」

「……確かに。以前は、戦いにもならなかったから、一方的にならないだけマシだよ。何せ、“勝てる可能性”はしっかりあるんだから」

 とこよの発言に、司が同意するように言う。
 以前の戦い……それは神界からの干渉で送られた優輝似の男の事だ。
 詳しく説明される事はなかったが、あれもイリスによる干渉。
 神界からの尖兵であるその男に、かつての優輝達は歯が立たなかった。

「同じ土俵に立つ、と言うのは重要だもんね。相手の土俵に立てなかったら、勝てる戦いも勝てないんだから」

 なのはも納得するように頷く。
 今は近接戦も出来るとはいえ、かつては近接戦が苦手だったなのはにはよくわかる事だ。
 肉薄され、近接戦に持ち込まれればいくら遠距離に優れていても勝てない。
 規模や原理が違うが、それと似た事なため、理解が早かった。
 同じような事を思ったのか、フェイトやはやて、他の皆も同意見の表情だった。

「……少し待って下さい。戦闘前、確か“領域”をぶつけ合う戦いだと言いましたよね?」

「え……はい。自分の方が上だと、相手の“領域”を浸食する……あの時は言っていませんでしたが、こう言い換えられる戦いです」

 サーラが何か引っかかったのか、ソレラに尋ねる。
 そして、返ってきた返答にクロノとユーノも気づいた。

「じゃあ、僕らの戦い方が通用するって事は……」

「少なからず、僕らの“領域”が相手の“領域”を浸食してるって事……?」

「……そうなりますね」

 相手の土俵を塗り潰す。……言い換えればそういう事をしているのだ。
 そして、ソレラの肯定が返ってきた事で、その推測は確定した。

「私達が他世界の上を行く、最もアドバンテージとなる存在の“格”は、今は祈梨さんによって潰されています。なので、後は純粋に実力と“意志”の戦いです」

「……既に、僕らから見れば相手の強みを潰していたという訳か」

 一方的に干渉が出来る存在の“格”。
 理力によって成り立っているそれは、現在は祈梨の力で差がなくなっている。
 本来なら、その“格”の差で優輝達に勝ち目はないはずだったのだ。
 それが祈梨によって潰され、勝ち目があるようになっている。
 クロノの言う通り、既に神界側の強みはだいぶ潰されていた。

「……それでも、敵の能力が厄介な事には変わらないわ」

「……そうね。今回の敵は先兵。でも、そんな先兵の能力でも苦戦する程だったわ」

 先の戦闘で一度膝を付いた鈴と、苦戦していたグループの奏が言う。

「本質は戦闘に向いていない“性質”でも、応用次第では戦闘に適用出来ますからね……。私の“性質”も、味方がいると戦闘でも使用できます」

「……だから、僕らが相手した“青の性質”で、相手に倦怠感などを与えられた訳か。……イメージカラーが青という、ただそれだけの関係性を以って」

「その通りです。ただ、応用できる効果範囲が広すぎると、デメリットも抱えるようです。私も、“性質”を戦闘で活用すると、戦力が著しく落ちますから」

 先の戦闘で、ソレラは“性質”の効果を最低限に留めていた。
 そのリソースをほとんど攻撃につぎ込む事で、敵を押していたのだ。
 もし、“性質”を活用していた場合、ソレラは敵を止める事も出来なかっただろう。

「私達が相手したのは、細胞分裂みたいに分裂する神だったから……」

「あたしらは通用するだろうと思っていたけど、まさに癌のようにあいつには弱点だったんだろうね。他の所も、同じ感じかい?」

「そのようですね。私の所は、相手が“光の性質”を持ち、ユーリのU-Dと相性が良かったようです。暗闇にした時も、相手の姿は見えていました」

「“光の性質”は、当然のように対極の属性である闇に弱いですからね……。洗脳されていた事もあって、弱体化していたと思われます」

 とこよの所は偶然とはいえ、どちらも弱点を突いていた。
 サーラの所に至っては、ソレラの言う通り弱体化していたまである。

「俺達のとこは……」

「裏を掻いたって所だね。ただ強いだけじゃダメだったから、敢えて弱くなる必要があった」

「正攻法じゃ、勝てなかったものね……」

 司の所は裏を掻いた戦法だが、これも弱点を突いたようなものだ。

「一度、情報交換と行こうか。少しでも今後の戦いの判断材料にした方がいい」

 優輝がそう言って、全員の戦いの様子を伝え合う。
 どんな相手だったか、苦戦したのか、どう倒したかなど。
 とにかく、参考になりそうな情報は全員に行き渡らせるようにした。





「―――よし、こんなものだろう」

 一通り、全員の経緯を語り合い、情報交換をした。
 初戦では戦っていなかったメンバーも、これである程度の心構えは出来た。

「では急ぎましょう。幸い、先程の先兵以外、近くにはいません」

「距離の概念があやふやな今では、気休めにしかならないけどな」

 イリスの勢力に抵抗している神がいる場所に、優輝達は足を進める。
 話しながら移動していたとはいえ、距離の概念があやふやなため、まだ着かなかった。

「……にしても、あれで戦闘向きじゃないんか。やとすると、戦闘向きの“性質”やったら一体……」

「そこだよね。優輝曰く、“性質”便りで戦闘技術が強さに対して低いと言っていたけど、強い神は戦闘技術も高そうだし……」

 優輝達が戦ったカエノス、とこよ達が戦ったキクリエ、サーラ達が戦ったルーフォス。
 その三人の誰もが、戦闘系の神ではなかった。
 キクリエやルーフォスは戦闘にも使える“性質”だったが、それでも戦闘系ではない。
 唯一戦闘系だったジャントも、能力に頼っている節が多かった。
 つまり、素の実力はどれも一対一で勝てる程だったのだ。
 なお、ソレラが戦った神は不意打ちからの完封だったので、さすがに論外だった。

「ピンキリって言ってた訳がようわかるわ」

「これでも、ほんの片鱗だろうしね……」

 はやてとアリシアは、溜息も出ない程気が重く感じた。
 しかし、諦める訳にも負ける訳にもいかないと気合を入れ直す。

「……でも、戦闘技術が低い敵もいるのは、少し楽かも」

「せやなぁ。何から何まで、優輝さんやとこよさんみたいやったら、どうしようもないわ」

「二人で何話してるの?」

 はやてとアリシアの会話に、なのはが割り込んでくる。
 なのはだけでなく、フェイトやアリサ、すずかも気になっていたようだ。

「神界の神について、ちょっとね」

「最初でこれやったら、次とか最後の方はどうなるんやろなって思ってな」

 いくら神界の神が多くいるとはいえ、イリスに近付けば相応の強さの神が相手になる。
 その事を予測して、不安そうに言うはやて。

「確か、とこよさんで平均よりやや上……って言ってたよね?」

「そうだよ。……で、優輝とかもそれぐらいと考えて……さっきの敵は中の下未満と見るのが妥当かもね。司達の所はもうちょっと上かもしれないけど」

「確か、“格上の性質”とか言ってたわね。……反則的な力じゃない」

 最も、判断を間違えれば司達がやったようにあっさりとやられてしまう。
 その時点で、神界においてはそこまで反則的ではないのだ。

「……でも、戦えない訳じゃないよ」

「なのは?」

「さっきの戦い……ほとんどが一斉攻撃だったけど、集中したら()()()()()()()()()()()()()。相手の神もだけど、皆の攻撃もだよ」

「え、それって……」

 相手と一対一で戦える。
 そう言い張るのはおかしくない。実現するのも、今のなのはならあり得る。
 しかし、なのはが言った事は、あの袋叩きにした攻撃を何とか出来ると言う事だ。

「なんていうのかな……?ここに来てから、ずっと頭が冴えた感じなの。お兄ちゃん達に御神流を教えてもらって動体視力も良くなったけど、今はもっと何か……何かが違うの」

「どういう事……?」

「さっきの戦いだと、最初の一撃さえ躱せば、後の攻撃を全部回避か凌ぐ事が出来る道筋が見えた……それぐらい、冴えてるような……」

 自分の今の感覚が信じられないように、なのはは呟く。

「その話、本当?」

「奏ちゃん?」

 そこへ、奏が会話に混じって来た。

「……うん。何か、感覚が冴えてる。そんな感じがするの」

「……そう。……私と同じね」

「えっ?」

 奏の言葉に、一瞬なのは含め聞いていた全員が耳を疑った。

「私も、今までと違った感覚を感じるわ。……さっきの戦いでは、それ抑えて今までと同じように戦ったけど……なのはと同じように、何か違うわ」

「奏ちゃんも……どういう、事なんだろう……?」

 ジャントとの戦い。
 奏はその時、なのはと同じように“自分一人でも何とか出来る”と感じていた。
 しかし、神界での初戦且つ、未知の相手と言う事もあってその思考は切り捨てていた。
 感覚を抑え込む。そう思い込む事で、神界の法則に則って抑え込んでいたのだ。

「………もしかして……」

「奏?」

 ふと、何か心当たりを思い出した奏。
 その様子に気付いたアリサが声を掛けて尋ねる。

「結界内で修行していた時、祈梨さんから伝えられたのだけど……私となのはの体に宿っている存在……それが関わっていると思うわ」

「宿ってるって……っ……!」

 奏の言葉に、なのはは大門の守護者との戦いの事を思い出す。
 自身には全く覚えがないのに、誰かが自分の体を使って喋っていた事を。
 アリシア達もその事を思い出し、奏に視線が集中する。

「“害意はありませんが、いつか向き合う必要があります”……そう、祈梨さんは言っていたわ。私となのはだけに起きている時点で、原因があるとすればこれだけよ」

「じゃあ……」

 思い起こすのは、宿っている存在が喋っていた時、自分が無意識だった事。
 完全に乗っ取られていた事に対する、恐怖感。

「(……だからこそ、向き合わないといけないんだ)」

 そして同時に、なのははそう決意を固めていた。

「………」

「……優輝君?」

 そんななのは達の会話を、司と優輝も聞いていた。

「奏ちゃん達が気になるの?」

「いや……心配はないだろう。二人の目を見る限り、向き合って乗り越えるぐらい容易にできるはずだ」

 そう言って、優輝は視線を戻す。

「(向き合う……か。……優奈)」

 その脳裏に浮かぶのは、自身に存在するもう一つの人格。
 最初はただ人格を創造魔法で増やしてしまったと考えていた。
 しかし、以前夢の中で優奈と対峙してからは、その考えは存在しない。

「(僕自身、向き合う必要があるな)」

 我ながら謎が多いと、優輝は思う。
 あれ以来、優奈と対話する事はなかった。
 神降しの副作用で女性になっても、優奈が表に出てくる事もなくなった。

「(……優奈は、何か知っている。だが、何を……?)」

 夢の中での会話は、明らかに“何か”を知っている口ぶりだった。
 その事が、未だに優輝の頭に残り続けている。

「(邪神の尖兵を、あいつは“人形”と呼んでいた。実際、あれは邪神が作り出した“人形”であると、祈梨さんは言っていた。つまり、あいつはその時から神界について知っていた……?)」

 推測が頭の中を駆け巡る。
 確定できる情報がないため、それらは確信には至らない。
 しかし、推測するには十分な情報だった。

「(もし、仮にその時点で神界について知っていたとしよう。あいつは僕から派生した人格のはずだ。だとすれば、記憶も僕を基準とするはず。で、あればおかしい)」

 当然だが、当時の優輝は神界に関して一切知らない。
 優輝の記憶を基準としているのなら、優奈が神界について知っているはずがなかった。

「(可能性としては、三つ。一つは、この推測自体が間違っている事。もう一つは、あいつが嘘をついているだけで、実は出まかせ……またはあいつが僕から派生した人格ではない事)」

 これは推測の域を出ない。
 それがわかっているため、優輝はただの考えすぎの可能性も捨てなかった。
 だが、同時に優奈に対しても疑いを持っていた。
 もう一つの人格を名乗っているだけの、“別の何者”かという疑いを。

「(……最後に、()()()()()()()()()()()か……)」

 最後の考えは、自分自身に向けた疑いだった。
 思い返せば、自身の経歴には都合が良かった事や、どうして成し遂げられたのか、疑問に思える事が所々に存在していた。

「(志導優輝になる前……もしくは、ムートになる前。その時点で、僕は神界について知った可能性がある。それを、優奈のみ思い出したのであれば……)」

 そこまで考えて、優輝は一度思考を中断する。

「(……我ながら、都合のいい解釈だ。推測そのものが間違っているかもしれない以上、誰かに伝えるのは得策ではないな)」

 確定した情報はないため、誰かに伝えるべきではないと判断する優輝。
 感情があれば、誰かに相談する形で伝えていたかもしれないが、感情がない今は自己完結してしまうためにそれもなかった。

「優輝君?」

「なんだ?」

「少し考え込む素振りしてたから……何かあるの?」

 思考を中断した所で、司が声を掛けてきた。

「……いや、曖昧な情報で、確かな事がない。言う程の事じゃない」

「そう?」

 すぐにはぐらかす優輝。
 その言い方に引っ掛かる司だが、それ以上聞く事はなかった。

「はいはい。お兄ちゃんも司さんも、ここは敵地なんだから気を張って」

 司がそれ以上尋ねようとせずにいると、緋雪が割り込んできた。

「(あ、また牽制……)」

「(気を抜くとすぐ司さんは近づくんだから……!)」

 なお、口にしていた内容と裏腹に、その行動の実態はやきもちでしかなかった。
 兄を取られているような気がして、どうも牽制せずにはいられなかったようだ。

「……まぁ、緋雪の言う通りだな。変に没頭しないようにしないとな」

「……そうだね」

 しかし、実際緋雪が言っていた通りなので、優輝は気を取り直す。
 司と緋雪もそんな優輝を見て、改めて周囲の警戒を再開した。













「…………」

「……優ちゃんが心配?」

 一方、その頃。
 祈梨の護衛のために残った椿の方では。

「えっ、そ、そんな事……あるけど……」

「(あるんだ……)」

 いつものように素直になれないようで、素直に答える椿。
 それを聞いていた那美は、普段の椿を知っているためにふとそんな事を思った。

「……相手は神界の神よ。百聞は一見に如かずだけど、聞いているだけでも規格外なのが分かるわ。そんな相手、例え優輝でも……」

「苦戦は必至……だね」

「簡単に負けるとも思えないのだけどね」

 待機している間、椿達は祈梨に神界での戦いについて詳しく聞いていた。
 内容としてはソレラの説明と似たものだが、それだけでも椿は危険を感じていた。

「今の所、優輝との契約は無事よ。だから、少なくとも優輝の身に何か起きている、ということはないと思うわ」

「となると、アリシアさんも無事でしょう。私は彼女と仮契約している身ですので」

「そうね」

 式姫としての繋がりから、少なくとも危機的状況ではないと椿と蓮は判断する。

「……貴女方の見立てでは、彼らはどこまでやれると思いですか?」

「……正直、彼我の差どころか、向こう側について口頭しか聞いていないのでは、推測するのも無意味に思えてくるのだけど……」

 そんな前置きをしながらも、椿は祈梨の言葉に少し考える。

「……()()()()()よ。“やれるか”じゃないわ。今の優輝は“やる”と決めたなら“やる”のよ」

「あたしも同意見かな。今の優ちゃんと、この神界の法則を合わせたら、間違いなく優ちゃんは“やり遂げる”。……どんな代償を支払ってもね」

 優輝を信じているようで、どこか苦虫を嚙み潰したような表情で、椿と葵は言う。

「その心は?」

「今の優輝は感情がない。でも、何かをする意志はある。結果的に、“意志”を重視される神界と相性がいい。……要は、優輝は感情のない絡繰りのようにやり遂げるのよ」

「感情なく、しかし意志は健在。……私から見ても、脅威ですね」

 絡繰りと例えに使ったからか、天探女が反応する。
 彼女もまた、絡繰りであり、その視点から優輝の今の脅威を理解していた。

「……随分と、信頼しているのですね」

「信頼……ね。確かに、信頼しているけど、今のは客観的に見た一つの意見よ。私個人としては……優輝に、そうなって欲しくはないわ」

「勝つまではやり遂げるだろうね。でも、“その先”の事は?一体、どれほどの代償が支払われるのかわからない。だから、優ちゃんには無理してほしくない」

 神界での戦いに勝てたとしよう。
 その時、果たして優輝は五体満足なのか。
 それを、椿と葵は恐れているのだ。
 無茶をするしないは、この際仕方がないと半ば諦めてはいる。
 しかし、だからと言って無茶をして体を壊すのは許容できない。

「……そっか、好きだからこそ……だもんね」

「っ……!そ、そうよ……」

「……素直に認めた……だと?」

「さすがに私だって周知なのはわかってるわよ!」

 椿の肯定に、鞍馬が慄くように驚いた。
 いつもなら素直に認めない椿だが、もう周知なために今回は認めた。

「懇意にしているからこそ、信頼し、同時に心配する……なるほど……」

「えっと……祈梨さんはそういうのないの?」

 ふと気になったのか、那美は尋ねる。

「いえ、私は……そういう相手は神界でもいませんでしたね」

「(……神界“でも”?)」

 祈梨の言葉に引っかかる椿。
 しかし、今は大した関係もない事柄なので、頭の片隅に思考を追いやる。

「……本当に、彼の事を大事にし、また貴女方も大切にされているんですね……」

「……あたしもちょっと照れ臭いね」

 気を取り直して言った祈梨の言葉に、葵も少し照れる。































「―――だからこそ、利用する価値があります」

 直後、それまでの空気が凍り付く。

「え………?」

 呆然と呟いたのは、誰だったのか。
 それを追求する者も暇もない。

「……ふふ………」

「なん、っで……!?」

 驚愕と不意打ちに、誰もが身動きが取れなかった。





























 
 

 
後書き
優輝達はかなり人数が多いので、グループ分けしてある程度距離を離して移動しています。じゃないと、絵面がわちゃわちゃし過ぎなので……。
まぁ、なんかの行軍みたいなのは間違ってないんですけどね 

 

第206話「絶対神界戦線」

 
前書き
思いっきりサブタイトルをパロって行くスタイル。

実は優輝達は未だに氷山の一角でしか行動していなかったり。
神界の中心ではインド神話も真っ青な戦いが起きています。
……神界の(設定上の)世界観的に中心ってどこだよって話ですが。
 

 








「ふっ!」

 神界の……強いて言い表すならば中心に近い場所。
 そこで、イリスの勢力とそれに抵抗する神々が戦っていた。

「キリがないな……」

「次、来ます!」

 何人かの強力な神が中心となり、次々とやってくるイリスの勢力を食い止めていた。

「永久に保てる訳でもない。活路を開かないとダメだが……」

 特に前線で中心となっている神、ディータはそう呟く。
 茶髪の童顔で、中性的な容姿の彼は、その間にも一撃で敵の神を気絶させる。

「……いや、僕が動くのは危険か。決意を抱き、食い止めないと浸食されてしまう」

 ディータはイリスの力に強く抵抗できる数少ない一人だ。
 “決意の性質”、それによって、洗脳などの力を跳ね除けてしまう。
 また、“意志”を挫かない限り倒れないという、神界の性質とも非常に相性のいい“性質”なため、こうしてイリスの勢力を食い止める中心となっていた。

「スヴィルス」

「はい」

「洗脳された神々を頼むよ」

「わかりました」

 ディータは後方に控えていた金色の長い髪と瞳、そしてギリシャ神話にありそうな純白の衣に身を包んだ女神に声をかける。
 スヴィルスと呼ばれた神は、先程の交戦で倒れた神々を回収する。

「ッ……!まだ来るか……!」

「この程度なら問題ありませんよ」

 そこへ、隠れ潜んでいたのか洗脳された神々がスヴィルスに襲い掛かる。
 刹那、その神々が吹き飛び、直後に叩きつけられる。

「終わりです」

「いや、増援のようだよ」

 襲い掛かった神々はスヴィルスの放った光の槍で縫い付けられる。
 だが、そこへさらに敵の増援が来た。
 今度は数が多く、1000人はいた。

「多いですね」

「そうだね。僕らも数を揃えた方がよさそうだ。スヴィルス、皆を呼んできてほしい。君はその後は洗脳の解除を頼む」

「はい。……私以外にも洗脳が解けたらいいんですが……」

「“光の性質”を……というより、洗脳が解ける程の力を持つのが君ぐらいだからね。僕も可能といえば可能だけど……ちょっと時間がかかるから効率が悪い」

 スヴィルスはサーラ達が戦ったルーフォスと同じく、“光の性質”を持つ。
 だが、その強さはルーフォスより強く、さらにはイリスの洗脳を解除する事もできる。
 同じようにディータも出来るのだが、効率を考えて彼は前線に出続けていた。

「……そうでしたね。では」

「頼んだよ」

 スヴィルスは気絶した神々を浮かべ、飛び退くように消える。
 直後、100人以上の神々が次々と現れた。

「さぁ、行くよ。“決意と共に戦え”!」

 “決意の性質”を用いた激励が響き渡る。
 それは言霊のように、駆け付けた神々を強化し、10倍の人数差を質で埋める。









   ―――神界の命運を賭けた戦線が、そこにあった。

















「……おいおい……」

 帝が茫然としながら、そう漏らす。

「これが……神界の戦い……」

 優輝達は大きな勢力同士のぶつかり合いを目の当たりにしていた。
 片や洗脳されてイリスの手先となった神々。
 片やそれを食い止める神々。
 数の差は多きけれど、拮抗した戦いがそこで繰り広げられていた。

「……一つの戦線ですね。戦いが始まって、状況もかなり変わったようです」

「中心人物を定め、進行を食い止める部隊を作ったか。長丁場になると見て、“持ち堪える事”を目的とした徒党を組んだようだな。中心の神は、何かが違うぞ」

 優輝達がいる場所は、戦線を遠くから眺められる程離れている。
 物理的な距離は関係ないとは言え、そこからでも何か感じる事ができていた。
 それほどまでに、戦線の中心人物……ディータは強い部類に入っていた。

「援護に入る必要は……」

「なさそうだよ」

 司が心配そうに言うが、

「“詠歌”とはまた違う……でも、それより遥かに強い力が、あの神々に働いてる。一人一人が、ほぼ確実に私より……“強い”」

「なっ……!?」

 一筋の冷や汗を流しながら言うとこよの言葉に、それを聞いていた者は驚く。
 隣にいる紫陽も冷や汗を流しており、感じられる力がそれだけ強大なのを表していた。

「……その通りだな。僕も見た限り、敵数人に対し、一人で立ち回っているのがほとんどだ。中には十人以上を相手にしている。それだけ強いのだろう」

「あれを……か」

 帝が思い浮かべたのは、先程の戦いでの相手。
 相手の“性質”を考えれば仕方ないとはいえ、複数掛かりでやっとだったのだ。
 初戦がそうなれば、後の戦いも基準として思い浮かべてしまう。
 そして、そんな相手を複数相手にしている事に戦慄せざるを得なかった。

「えっ、嘘っ……!?」

「まさか、増援……!?」

 しかし、ここで状況が動く。
 なのはとユーノが驚いたように、敵側にさらに増援が来たのだ。
 それも、さっきまでの敵数と同等以上の数が。

「このままだと、押し切られるぞ……!」

 ディアーチェが焦ったように言う。
 しかし、すぐさま優輝達は動く事が出来ない。
 相手は一人でも数人がかりだった神々だ。
 不用意に飛び出した所で、事態が好転するはずがないと、誰もが分かっていた。

「……いえ、行く必要はなさそうです」

 その時、ソレラが一点を見つめながらそう言った。
 その視線の先には……

「(速い……!)」

 数人の神が敵陣へと飛び出していた。
 その神々の中心となっているのは、ディータ。
 戦線の中でも戦闘力が高い何人かが敵陣を搔き乱すために飛び出したのだ。

「うぇえっ!?一撃!?」

「ただの攻撃じゃないわ。おそらく、神としての“性質”が……」

「……だとしても、一撃で倒すって相当だな……」

 アリシア、奏、神夜の順に驚き、言葉を述べる。
 ディータは敵の神々の攻撃を捌き、躱し、反撃を放っていた。
 その一撃で、次々と敵の神々を気絶させていたのだ。
 ただの物理攻撃にしか見えないが、その攻撃一つ一つに彼の“性質”が込められていた。
 “決意の性質”により、その攻撃には敵を打ち倒すという“決意”が込められている。
 その“決意”が直接敵に叩き込まれたため、敵の“意志”に干渉し、挫いていた。
 そのため、ディータは一撃で敵を次々と倒せていたのだ。

「……まずいな」

「え?」

「感づかれている」

「……そうだね」

「ですね」

 優輝の呟きに、司が聞き返す。
 同じように気付かれている事に気付いていたのか、とこよとサーラが頷く。

「構えろ。一部の奴らがこっちに来るぞ」

「尤も、もう仕掛けられていますけどね……!」

「障壁を張りな!」

 ユーリが魄翼を展開し、紫陽が指示を出す。
 そして、他の皆も行動を起こした瞬間、閃光が全員を襲った。

「ぐ、ぁああっ!?」

「くぅううっ……!」

 それぞれが身を守るために張った障壁はいとも容易く破られてしまった。
 全員が吹き飛び、急いで体勢を立て直そうとする。

「全員、各個撃破……いや、持ち堪えろ!」

 だが、その前にクロノの指示が飛ぶ。
 なぜなら、それぞれに一人ずつ敵の神が襲い掛かったからだ。

「おいおい、マジかよ……!」

「っ……行くよ……!」

 慄く者、戦意を高ぶらせる者。
 反応は様々だが、それぞれが対応する。
 幸いと言うべきか、どの敵も圧倒的差のある実力ではないようで、すぐに負けると言う事は誰にも起きる事はなかった。

「(こちらは連携も鍛えてきた。対し、相手は洗脳されて群れているだけ。一対一ならともかく、連携を取れば簡単に負ける事はないだろう)」

 優輝は一人の神を相手にしながら、彼我の戦力差を分析する。
 全体的に見れば、優輝達の方が劣っているだろう。
 しかし、一人一人の力だけで勝敗が決まる訳ではないのが戦いだ。
 故に、優輝はこの戦力差を“何とかなる”と断定した。

「(それに……)」

 大丈夫だと判断したのは、連携の差だけではない。
 優輝は一瞬だけ視線を他所に向ける。
 そこには、なのはと奏の姿が。

「(二人に宿る“天使”……彼女達が、何かするかもしれないしな)」

 神界に来てから二人の様子が若干変わっていた事に、優輝は気づいていた。
 そして、根拠がない故に優輝は憶測にすら出さなかったが、直感的に奏となのはなら一対一でも何とかするだろうと、そう感じていた。
 もしかしたら二人がジョーカーになるかもしれないと、そう思ったのだ。

「(まぁ、まずは自分の所を何とかするか)」

 思考を切り替え、優輝は改めて目の前の神と対峙した。









   ―――ギィイイイン!!

「ッ……!」

「ッ……!」

 刃と刃がぶつかり合い、互いに後ろに後退する。
 奏が相対したのは、自分と同じように二刀を扱う神だった。

「(巧い……?いえ、互角……?)」

 一人では倒しにくい事は重々承知だった。
 しかし、それにしては互角過ぎる事に、奏は内心首を傾げていた。

「(戦闘技術の割に、私と実力が拮抗している……“性質”が関係している……?)」

 奏の推測は当たっていた。
 奏は知る由もないが、今相手している神は“対等の性質”を持つ。
 その“性質”により、奏と対等の戦闘技術と強さになっているのだ。
 戦闘技術はともかく、強さ自体は神界の神としてはランクダウンもしている。

「(これは……)」

 初戦で神界での戦いの感覚は掴んでいる。
 そのため、一手一手に“勝つ意志”を込めている。
 一撃でも当てれば、物理的ダメージには劣るが確実に勝利に近づけるのだ。
 だが、その一撃すら、相手は上手く防ぐ。

「『エンジェルハート、モードリリース』」

〈『わかりました。サポートに移行します』〉

 奏が下した判断は、この拮抗状態を正面から打破するというもの。
 ジャントとの戦いから、無闇に強化するのは危険だと、奏の勘が叫んでいた。
 それだけ、敵の強さは不自然に互角に近かったのだ。

「(初戦の敵と似た類の“性質”なら、どの道一人では倒しきれないわ。……時間を稼ぐにしても、対等でい続けられる戦法で……!)」

 基本的に攻撃が速く軽い奏だが、戦闘スタイルは実に堅実なものだ。
 優輝のようにカウンターを得意とする玄人向けのスタイルでもなく、司や緋雪、神夜のように魔法や身体能力に特別優れている訳でもない。
 帝のように手札が多くもなく、所謂フェイト(速さ)クロノ(堅実さ)を合わせたような戦闘スタイルとなっている。

「ガードスキル……“Hand Sonic(ハンドソニック)”」

 重さを捨て、速さと手数で攻める奏。
 火力不足な所があるが、その堅実さ故に、簡単に負ける事はないだろう。
 ……尤も、奏の見立ての限りでは相手も同じようだったが。

〈『……マスター。一言よろしいでしょうか?』〉

「『……手短にお願いするわ』」

〈『“一人では倒しきれない”“時間を稼ぐしかない”とマスターは思ったようですが……訂正を。……私もいます』〉

「っ……!」

 エンジェルハートの言葉に、奏はハッとする。
 そう。今まで口数が多かった訳ではないが、奏はエンジェルハートと共に歩んできた。
 その相棒がいるのだ。一人ではない。

「……そうね……!」

 先程までと違い、奏の表情はただ覚悟を決めただけではなかった。
 相棒がいるから勝てると、確信めいた表情をしていた。

「ッッ!!」

 直後、クロスした二振りの斬撃が奏を襲う。
 それを同じようにクロスした二刀で防ぎ、奏は少し後退する。

「ハッ……!」

「ッ……!」

 即座に奏は反撃に動く。
 袈裟、突き、体を捻り逆袈裟。反撃を逸らし、屈んで追撃を躱す。
 そのまま体を回転させ、裏拳のように刃を薙ぎ払う。

「っ……!」

 しかし、それは相手の剣によって防がれてしまう。
 そこで一旦間合いを取るように飛び退き……

「ふっ……!」

「っぁ……!」

 一息つく暇も与えずに、敵が肉薄してくる。
 放たれる連撃を、同じく連撃で相殺。
 大きく弾かれた事で、またもや間合いを取る。

「―――!」

 今度は双方に肉薄し、右の刃で突きを繰り出す。
 鏡合わせのように繰り出されたその突きは、お互いギリギリまで引き付けて躱す。
 避けた頬を掠め、お互いに一筋の傷が付く。

「ッ!」

「ッ!」

 即座に振り返り、左の刃を振るう。
 だが、相手も同じように反撃してきたため、鍔迫り合いになる。

「くっ……!」

「この……!」

 右の刃で状況を打開しようとし、こちらも組み合うように鍔迫り合いになる。

「(千日手……!)」

 このままでは千日手になると奏は判断し、すぐさま飛び退く。

「はっ!」

「ッ!」

   ―――“Delay(ディレイ)

 追撃を移動魔法で回避し、反撃を繰り出す。

「くっ!」

「ふっ!」

 反撃は屈むことで躱され、反撃の蹴りと斬撃が続けざまに振るわれる。
 蹴りを跳んで躱し、斬撃は防いで凌ぐ。

「(……見える)」

 追撃を上手く捌き、タイミング良く斬撃を避け、反撃に転じる。
 一転攻勢。今度は奏が攻める。

「(……動ける)」

 しかし、その攻勢はすぐに終わってしまう。
 奏が攻勢に転じたのと同じように、敵もまた攻撃を捌き、回避と同時に反撃に出た。
 少しばかり剣戟を繰り広げたが、双方とも刃は当たっていない。

「(……読める……!)」

 一進一退の戦い。
 ……今までの奏であれば、そうなっただろう。
 しかし、今回は違った。

「なっ……!」

 刃による連撃が奏に向けて放たれる。
 だが、奏は刃で防ぐ事なく、最小限の動きでその連撃を躱す。

「ふっ!」

「くっ……!」

 刃がぶつかり合う音が響く。
 流れるように放たれた反撃は、敵の神の刃を大きく上に弾く。

   ―――“Delay(ディレイ)

 敵の体勢が崩れ、チャンスだと思われた。
 しかし、奏は飛び退いた。
 直後、隙を潰すように敵は理力を衝撃波として放った。
 奏はこれを読んでいたため、事前に飛び退いたのだ。

「(……やっぱり……)」

 そこでようやく、一息付ける時間が出来た。
 同時に、奏はどこか納得のいく感覚があった。

「(動きが見える上に読める。今まで、ここまでじゃなかったのに……)」

 神界に来てから冴え渡る感覚。
 それが、奏を優位に立たせていた。

「……!」

 再び、敵が間合いを詰めてくる。

「……お返しよ……!」

 それを、今度は奏が衝撃波を放つ事で吹き飛ばす。
 ただ単に魔力を使った衝撃波なため、ダメージはほとんどない。

「っ!」

 間髪入れずに、奏はその場で刃を振るう。
 魔力や霊力が斬撃となって、敵へと飛ぶ

「(ここ……!)」

   ―――“Delay(ディレイ)

 斬撃を弾き、潜り抜け、奏は肉薄される。
 一撃を移動魔法で避け、攻撃後を狙い……

「は、ぁっ……!!」

   ―――“Angel Dance(エンジェルダンス)

 移動魔法を併用しつつ、高速の連撃を繰り出した。

「っつ……!」

 相手も応戦するように連撃を繰り出す。
 刃と刃がぶつかり合い、火花を散らす。
 ただ武器をぶつけ合うだけでなく、相殺しきれないのは回避する事で凌ぐ。
 攻撃を繰り出し、回避し、隙を突く。
 その一連の動作を移動魔法も用いており、それは一種の“舞”だった。

「(これも防がれる……でも……!)」

 舞うような斬撃の連続だったが、それは相手も同じだった。
 結局一撃もまともに当たらず、最後の一撃で少し間合いが離れる。

「……!」

 並走するように走り、互いに牽制の斬撃を飛ばす。
 躱し、躱されをしばらく繰り返し……

「(好機!)」

   ―――“Delay(ディレイ)

 一瞬の隙を突き、斬撃を最小限の動きで躱しつつ肉薄した。

「なっ……!?」

「ふっ、はっ!」

 右の刃で突き刺し、左の刃で斬り払いつつ右の刃を抜く。

   ―――“Delay(ディレイ)

「ッ!!」

 直後に移動魔法で背後に回り、思いっきり蹴り飛ばした。

「ぐっ!?」

「がっ!?」

 吹き飛んだ神は、別方向から飛んできていた神とぶつかり、そこで落ちた。

「なのは……?」

「あ、奏ちゃん」

 どうやら、吹き飛ばしたのはなのはだったようだ。

「………」

「……、………」

 少しばかりお互いを見つめ、無言で隣に並び立つ。
 言葉は不要だった。そのまま、二人で二人の神を相手にする事に決めた。

「『奏ちゃん、行けるよね?』」

「『ええ。なのはは?』」

「『好調、かな。こんな状況下だけど、相手の動きが見えるよ』」

「『私も同じよ』」

 念話で会話しつつ、起き上がった神二名を警戒する。
 あれは連撃の中で入っただけの物理攻撃に過ぎない。
 勝つ“意志”が込められていようと、あの一撃ではダメージはほとんどなかったようだ。

「『なのはの相手はどんな神?』」

「『剣が得意みたい。でも、剣以外を使う事はない……かな。斬撃を飛ばしたりは出来るみたいだけど、基本的に剣に関する攻撃しかしてこないよ』」

「『そう。私の方は、不自然に互角だったわ。私がハンドソニックに重点を置いてからは使っていないけど、普通に遠距離魔法みたいな事もするわ』」

 お互い情報交換し、少しでも相手について知る。
 しかし、僅かな戦闘時間で知れる事など僅かしかない。
 どちらの神も剣を扱う事以外、よくわからなかった。

「『“性質”はさすがに……わからないわね』」

「『うん……ちょっとね……』」

 初戦での戦いは相手の“性質”による弱点を突いていた。
 だが、それは“性質”が分かっていたからこそ出来た事だ。
 今回の相手はそう易々と“性質”を明かす訳がなく、故に攻めあぐねていた。

「『……さっきまでの攻防から、まともにやりあう事もできるわ』」

「『じゃあ、とりあえずは……』」

「『さっきまでと同じように、戦うだけよ』」

 奏が前に出て、前衛と後衛の形を取る。
 御神流を習得してから、なのはも前衛が容易になったが、連携としてはこちらの方が上手く行う事が出来るため、この形を取っている。

「(動きをよく見て、対処する。基本にして、重要な事だけど……うん、やれる)」

「(後は如何にしてなのはと連携を取るかだけど……大丈夫。“出来る”わ)」

 特別何かある訳でもなく、特訓でもそこまでなのはと重点的に鍛えた訳でもない。
 しかし、なのはと連携を取るにあたって、奏には何か確信染みた感覚があった。

「「ッ!!」」

 神二人が動きだす。
 同時に、なのはと奏も動いた。

「シュートッ!」

「ッ……!」

 椿達によって教えられた、霊力や魔力を研ぎ澄ます方法。
 それにより、二人の魔力及び霊力の運用効率は格段に上がっていた。
 魔法の発動はほぼノータイムで行われ、間合いを詰める二人に並走するように、二人の魔力弾が放たれた。

「はっ!」

 間合いを詰めようとする二人に対し、神が刃を振るって斬撃を飛ばす。
 当然ながら、これは牽制でしかないため、当たる事はなかった。
 だが、僅かに二人の肉薄する速度が落ちる。その間に、神二人は体勢を整えてしまう。

「ふっ……!」

   ―――“Delay(ディレイ)

「はぁっ!」

「くっ!」

 先行した奏が、待ち構えていた片方の神に刃を振るう。
 真正面からなため、あっさりと受け止められるが、それは奏の想定通りだった。
 次の動作に移ると同時に移動魔法を使い、今度はもう片方へと刃を振るった。
 結局その攻撃も受け止められたが、なのはがそれの後に続いた。
 奏の後を引き継ぐように、最初の神へと攻撃を仕掛ける。

   ―――“Delay(ディレイ)

「シッ!」

「はぁあっ!」

 少しばかり剣戟を繰り広げた後、奏は再び移動魔法を使う。
 移動先はなのはを含めた三人の頭上。
 先ほど放っておいた魔力弾と共に、斬撃を雨あられのように飛ばす。
 なのはは、その斬撃を躱しつつ、同じように魔力弾を神へとぶつける。
 同時に、二人の神の間に移動し、斬撃を薙ぎ払うように飛ばす。

   ―――“Angel Feather(エンジェルフェザー)
   ―――“Divine Rain(ディバインレイン)

「なのは……!」

「奏ちゃん!」

 互いに名前を呼びあい、お互いが放った魔法の中を舞うように避ける。
 同時に神二人へと攻撃を仕掛け、一種の舞踏のようになっていた。

「なんだ、この連携は……!?」

 それは、いくら連携に優れていようが信じられないものだった。
 なにせ、二人分の弾幕だ。避けるだけでも難しいと言えるほどだ。
 だと言うのに、奏となのははその中を舞うように動きながら、さらに連携をとって神二人へと攻撃を仕掛けている。
 しかも、お互いの魔法に注意する事もなく、誤爆せずにだ。
 いくら何でも、その連携はあり得ない程に優れていた。
 最も連携が上手いと言える優香と光輝でさえ、ここまでとはいかないだろう。

「ちぃっ……つぁっ!!」

「っ!」

「くっ!」

 だが、それと勝てるかは別問題だ。
 なのはと一対一で戦っていた方の神が、二人から間合いを取った。
 そのまま、理力を用いて驚異的な衝撃波を放ち、二人を吹き飛ばした。

   ―――“Delay(ディレイ)

「レイジングハート、カートリッジロード!」

 ……二人は、それを織り込んでいた。
 元より、今ので倒せる程甘くはないとわかりきっていた。
 故に、流れるように次の行動を起こした。

   ―――“Delay Triple(ディレイ・トリプル)

「っ……!」

〈“Barrel Shot(バレルショット)”〉

〈“Chain Bind(チェーンバインド)”〉

「行くよ!“エクセリオンバスター”!!」

 重ね掛けしたディレイで、奏が二人の神へ攻撃を仕掛け、意識を逸らす。
 同時になのはが拘束効果付きの砲撃を放ち、奏もバインドを仕掛ける。
 そのまま奏は離脱し、なのはの本命の攻撃が放たれた。

「がぁああああっ!?」

「ッ、ッ……!?」

 意志の込められたバインドから、神二人はすぐに逃げる事は出来ずに砲撃に呑まれる。
 明らかな攻撃の直撃。それを受けた神二人は……

「ぐ、っ……!」

「この程度で……!」

 ……まだ、倒れてなかった。







「―――予想通りね」

   ―――“Fortissimo Chorus(フォルティッシモ・コーラス)

 そして、奏はそれも読んでいた。
 反撃に出られる前に、片方の神に砲撃魔法を押し当てるように放つ。
 その反動を利用し、もう片方の神に肉薄。同じように連続して砲撃魔法を放った。
 もちろん、“倒す”という“意志”を込めた上で。

「……勝ったの?」

「ええ。気絶したわ」

 奏の追撃により、二人の神を倒す事に成功する。
 
「……やっぱり、いつも以上に動ける……」

「……今は好都合よ。それより、他を助けに行きましょう」

「……うん!」

 今までの認識以上に動ける事に、なのはは首を傾げる。
 しかし、悩む暇はなかった。

 二人は、そのまま他の皆への助力へと動き出した。















 
 

 
後書き
ディータ…“決意の性質”を持つ神。性質の通り、決意を力に変える事が出来、状況によっては神界でもかなり上位に食い込む強さを持つ。名前は決意の英語から適当に。

“決意の性質”…決意を抱き続ける限り、決して倒れない。イメージはUndertale。

スヴィルス…ルーフォスと同じく“光の性質”を持つ女神。ルーフォスよりも強く、洗脳を解除する事すら可能。強さもかなり高い。

“決意と共に戦え”…“Fight with determination”。自身を含めたバフみたいなもの。決意の力を分け与える。前述の英語はUndertale the Musicalという動画のFloweyの曲の歌詞の一部より。

詠歌…かくりよの門で人魚系の式姫が持つスキル(スキル継承可)。歌によるバフを味方全体にかける。時間経過でMPが減っていく。

“対等の性質”…相手と同じような戦闘スタイルになり、実力も対等にする性質を持つ。厄介な能力ではあるが、神界の者ではない相手だと、ただの弱体化になる。

Angel Dance(エンジェルダンス)…ディレイとハンドソニックによる攻撃を織り交ぜた舞踏の如き連撃。対応力のある技で、相手によって動きが変わる。

Divine Rain(ディバインレイン)…小さな砲撃魔法を雨のように放つ魔法。威力はアクセルシューター以上ディバインバスター未満。

Fortissimo Chorus(フォルティッシモ・コーラス)…砲撃魔法であるフォルティッシモを連続で放つ。複数相手や単体相手でも強い効果を発揮する。コーラスの効果は、他の魔法にも適用可能。


以前、閑話16の後書きで効果音を書かずに地の文で表現すると書きましたが、表現の性質上必要なものは今回のような書き方で書く事に決めました。
細かい効果音などは依然書かないままです。

描写上、神相手でも優勢に戦えているように見えますが、これは洗脳による弊害です。
洗脳下にある神は、所謂バーサーク状態に近い状態にあるので、相手に対して真っ向からぶつかり合ってしまうため、戦術などに悉く嵌ってしまうという訳です。もちろん、戦術などに長けた“性質”の神ならその限りではありませんが……。
裏を返せば、そんな状態でようやく五分に持ち込めている訳でもあります。 

 

第207話「最悪の真実」

 
前書き
ちなみに、前回の戦いで最も早く決着をつけたのはなのはと奏の所です。
優輝は相手の“性質”をある程度見極めるために時間をかけていました。
 

 







「あれは……」

 神を次々と倒していたディータは、戦線から少し外れた場所での戦いに気づく。
 そこには、この世界にいるはずのない存在がいた。

「……なぜ、人間がここに?」

 洗脳された神と戦っている事から、イリスの手先ではない事はディータも分かっていた。
 だが、問題なのはなぜ人間が神界にいるのかだった。

「余所見するなぁ!」

「っ!ぐっ……!」

 意識が僅かにでも優輝達の方に逸れたため、その隙を突かれる。
 “重力の性質”を持つ神によって、その場に縫い付けられる。
 本来なら潰れてしまう程の重力だが……

「なっ!?」

「甘い、よっ!!」

 追撃をしてきた所を捕まえ、叩きつける。
 “決意の性質”により、重力を耐え忍んだ上で反撃したのだ。

「……まずは片付けないとダメかな」

 決意を抱き、ディータは敵の殲滅を再開した。









「でぇりゃっ!!」

「ガッ……!?」

 一方で、戦線での戦いに巻き込まれた優輝達は……

「……っし、今ので最後か?」

「ああ。そのようだな」

「皆何とか勝てたようやなぁ……」

 何とか、競り勝つ事が出来ていた。
 連携による戦術や、早めに決着を付けたなのはや奏の助力によって、何とか勝っていた。

「一応の法則性が分かれば、いつもの戦い方で問題なさそうだな」

「そーだな。とにかく勝つつもりでぶったたきゃぁ何とかなる」

「しかし、素の実力もなかなかに高い。油断は禁物だろう」

 特に歴戦の戦士でもあるヴォルケンリッターはかなり上手く戦えていた。
 戦乱の時代を生きていた事もあり、“勝つ意志”を意識して扱えていた。
 そのため、相手の“意志”を早く折る事が出来ていたのだ。

「……それに、少し離れ離れになってもうたしなぁ……」

「……そうですね。我々は固まって行動していたため、大丈夫でしたが……」

 しかし、良い事ばかりではなかった。
 戦線に巻き込まれ、一人につき一人の神を相手にしなければならなかったため、戦闘に乗じて何人かが散り散りになってしまったのだ。

「そんな離れた場所にはいなさそうやけど……あー、でも距離の概念が普通やないんやったな。……下手に動くのもあかんしなぁ」

 物理的な距離であれば、ほとんどの者がそこまで離れていない。
 余計な障害物がない神界ならば、普通に視界内に収められる場所にいるだろう。

「……肝心のソレラさんも、分断させられたしなぁ」

 だが、神界を案内していたソレラは、それよりさらに遠くへと分断されていた。
 神界の神であるため、他の者よりも警戒度が高かったからだろうか。

「とにかく、何とかして合流せんとな」

「ああ。あたしらは大丈夫だったけど、他の奴らもそうだとは限らねーしな」

 はやて達の所にも同じ人数の神が来ていた。
 しかし、ヴォルケンリッターとしての連携や、はやてやアインスの援護もあり、実力差を連携の優劣によって覆していたのだ。
 だが、それが他の皆も同じとは限らないため、はやて達は心配していた。

「とにかく、念話を試みながら探すしかないでしょう」

「せやなぁ。手分けは……愚策やな。固まって動くで」

『引っかかるかはわかりませんが……サーチもかけておきますね』

 アインス、はやての言葉にヴォルケンリッター全員が同意する。
 リインが周囲に敵含め誰かいないか索敵しつつ、周囲を捜索する。

『っ、生体反応です!これは……!』

 直後、はやて達に近づく気配をリインが感知する。
 他全員もそれに気づき……

「っつ、っと……!」

『アリシアさんです!』

 続けられたリインの言葉と、飛んできた本人を見てはやて達は警戒を解く。
 飛んできたアリシアは、体勢を立て直してはやて達の前に止まるように着地した。

「アリシアちゃん!無事やったんか!」

「おおっ、はやて!それに皆も!」

 はやて達の存在に気付いたアリシアは少し驚く。

「炎と……氷の槍か。何があったのだ?」

「えっとね―――」

 体中に炎の残滓があり、アリシアの手にはデバイスの他に氷の槍もあった。
 その事から、アインスが軽く経緯を聞く。



「―――で、私はここまで飛んできたの」

 軽く説明したアリシアは、そう言って氷の槍をその辺に投げ捨てた。
 
 アリシアは、アリサとすずかの二人と連携を取り、三人の神を相手にしていた。
 圧倒的能力に苦戦しつつも、連携をとって一人ずつ撃破。
 比較的弱かった二人を倒し、最後の一人はアリシアが突貫して倒したのだ。
 それも、アリサの炎を利用して加速し、自身のデバイスと後方からすずかが支援として氷の槍を飛ばし、武器にして攻撃するという二段構えで。

「だからそんなにボロボロなんか」

「いやぁ、アリサの火力が強くてね……」

 なお、倒すための“意志”を強くしていたため、アリサの火が強すぎたようだった。
 そのため、アリシアの体に炎の残滓が残っていたのだ。

「まぁ、おかげで倒せたみたいだけど」

「言霊って便利やなぁ。その気になれば一気に倒せるんやろ?」

「と言っても、魔法と比べて……だけどね。でも、はやて達もちゃんと倒せてるしそんな気にする事ないよ。……それに、さすがにあの神みたいに一撃は、ね……」

 はやて達は一人の神に対し、何十発もの攻撃を精神を擦り減らす勢いで“意志”を込めて攻撃していたのに対し、アリシア達は数えられる程の攻撃回数で倒せていた。
 言霊をよく扱う霊術だからこそ、比較的倒しやすいのだ。

「……あ、二人も追いついてきた。おーい!」

 アリシアがはやて達と話していると、アリサとすずかも合流する。





「……なんか、違和感があるのよねぇ」

「違和感?」

 合流し、その事を少し喜び合った後、アリサがふと呟いた。

「ええ。考えてもみなさいよ。神界なんて言う規格外の世界と、その世界に住まう規格外の神相手よ。……なんで私達程度が勝てるのよ」

「洗脳されてる悪影響……とか?」

「それを加味しても……よ。“負けない意志”があれば倒れないのは、向こうも同じはずなのよ。なのに、こうも簡単に倒せるのはおかしいじゃない」

 普通に考えれば、勝てるとしてもこちら側も満身創痍になるくらいには苦戦するはず。
 だというのに、蓋を開けてみればアリシア達もはやて達も苦戦はしていても満身創痍になる程追い詰められる事はなかった。

「……そうやな。自惚れに聞こえるけど、私達は魔導師ん中でもかなり優秀や。でも、だからと言って神に勝てる程強いと自負してる訳やない」

「そもそも、いくら法則と表現できるものがないとはいえ、説明が曖昧になるのもおかしいのよ。言い表せないなら言い表せないなりに、何か別の言い方があるはずよ」

「……ねぇ、つまりそれって……」

 アリシアが嫌な想像をしてしまったのか、アリサに恐る恐る話しかける。

「……ええ。あたし達、騙されている可能性があるわ。さすがに、どこから、どの辺が、とまでは分からないけどね」

 そして、アリサはそれを肯定する。
 その事に、尋ねたアリシアだけでなく他の皆も息を呑んだ。

「っ……でも、それなら優輝や椿達が……」

「気づくはず……ね。まぁ、気持ちはわかるわ」

 そう。こういう事なら、アリサ以上に感覚が鋭いはずの優輝達が気づくはずだ。
 アリサも普段ならそうだろうと、頷く。

「でも、根底から視点が違ったら?価値観や先入観、印象や経験によって、考え方や捉え方はずれてくるものよ」

「視点が、違う……?」

「ええ。……今この場にいる……ザフィーラ以外の皆……と言うか女性陣ね。それと優輝さん達のような鋭い人との決定的な違いは?」

 アリサの問いに、アリシアはしばし考える。

「……魅了された、経験……?」

「あっ……!」

「それよ。優輝さんはもちろん、椿さんや葵さんも魅了された経験がない。なまじ耐性や対策があるから、そう言った経験がないのよ」

 優輝達だけでなく、リンディやプレシア、クロノなども鋭い。
 しかし、その三人も魅了された経験はない。

「でも、それがアリサの言う違和感となんの関係が……」

「直接的な関係はないわ。言ったでしょう?価値観などによって考え方がずれてくるって。……言うならそれだけの事よ」

 信憑性はない。だが、アリサの直感的な推測は無視できない。
 元々アリサはこういった類に鋭い。感覚に頼った考え方をしているからだろうか。
 理論的に考えられる頭と直感が合わさり、鋭い部分に気付く事が出来るのだ。

「……と言っても、やけにあっさり倒せる事に違和感は覚えてるはずよ。今までの事を振り返れば、それぐらいの事には気づけるはず。こればかりは聞いていた話の時点で違うもの。ただ、あの女神から教えられた事の曖昧さに関しては、“そういうもの”だと割り切っている可能性もあるわ。……特に、今の優輝さんだと、ね」

「感情がないから、やな」

 感情があった優輝ならば、何か感づいていたかもしれないと、はやて達は考える。
 椿達の場合は、護衛に残っているためにソレラの話自体を聞いていないため論外だ。

「もしかしたら実は気づいている……って事もあり得るけどね。……とにかく、あたし達は確実に何かを見落としているわ」

「……同感や。これは、気を付けんとあかんなぁ。……気を付けた所でどうにかなるとは思えへんねんけど……」

「想定できるだけ迅速に対応出来るわ。無意味ではないわよ」

 今気付いたとしても、対策と言える対策がない。
 だが、心構えは出来たと考え、その話は終わる。

「……なにはともあれ、まずは合流せんとな」

「そうだね。って、言ってる傍から……」

 会話が終わった辺りで、戦闘が終わったメンバーが合流してくる。
 今度はユーリ達エルトリア組だ。別方向からはとこよ達幽世組も来ていた。
 それぞれ、連携を取りつつ倒してきたようだった。

「あ、フェイトとママ!アルフとリニスも!」

「なのはちゃん!」

「奏も一緒だったのね」

 他を助けて回ってたためか、まとめて合流していく。
 まだ全員ではないが、ここに来た半数以上は合流した。

「はぁ……やっと勝てた……」

「きっついな……」

 司や帝、神夜も合流する。
 神夜は矢面に立たなくなったとはいえ、かなりの実力者だ。
 そのため、後衛にも向いている司達を力を合わせると相当な力を発揮する。
 その連携で倒してきたのだろう。

「後は……」

「待って、何か……来る……!」

 後誰が来ていないか確かめようとした時、アリシア達に何かが近づいてきた。
 それを察知した時には、既に接近を許していた。

「………」

「ッ、さっきの……!?」

 現れたのは、先程戦線で無双していたディータ。
 戦線での戦闘にひと段落ついたのか、こちらにやって来ていた。

「……本当に人間じゃないか。どうしてここに?」

「……私達が応対するよ。下がってて」

 話しかけてきたディータに対し、とこよと紫陽が前に出る。
 会話において、年長者である二人が相手する事にしたのだ。

「おっと、別に敵対するつもりはないよ。……ただ、どうして人間が神界に来たの?今は神界は大変な事になっているんだ。踏み入れるべきではないよ」

「あたし達は神界での戦いの影響で他世界がまずいと聞いて、自分たちの世界を守るために来た。……という回答でいいかい?」

「……誰に聞いたの?」

 少しディータの目つきが鋭くなる。
 どういうことなのかと、とこよと紫陽も見極めようとしながらも会話を続ける。

「ソレラって神だけど……」

「……知らないなぁ。縁遠い神かな。まぁ、そこはいいや。それだけの理由で来たの?突然連れてこられた訳でもなく、自分達から?」

「そうだけど……」

 まるで、“なぜここにいる?”と責められているような気がして。
 とこよはどこか戸惑いを見せつつ答える。

「その言い分だと、あたし達がここにいる事はおかしいみたいだね」

「おかしいも何も、この世界に来させる意味がないよ」

 断言されたその言葉に、紫陽は眉を顰める。
 “必要がない”ならわかる。戦力差は歴然なのだから。
 だが、“意味がない”となれば、引っかかるものがあった。

「その神から話を聞いて、ここにやって来たみたいだけど……来た所で何が出来るの?神界の神々でも手に負えないような相手を、そんな少人数で」

「……私達は、少しでも邪神イリスに抗おうと……」

「……少し、経緯を聞くべきだね」

 そう言って、ディータはとこよ達に経緯を聞く。
 簡潔にだが、なぜ自分達が神界に来たのかを説明する。



「……なるほど、ね」

 説明が終わり、ディータは聞いた話を頭の中で整理する。

「やっぱりおかしいよ。神界が支配される前に敢えて攻める。……これは分かるよ。でも、どうして追い詰められる事が“前提”?」

「あ………」

 そう呟いたのは誰だったか。考えれば、気づける事だった。
 追い詰められる前に攻める。
 それは裏を返せば、支配される事を確信しているようなものだ。
 全員がそれを前提として動いていたため気づけていなかった。

「神界の神ともあろう存在が、“負ける事”を前提にしている。それがおかしいんだよ。まるで、それを望んているかのような……」

「まさか……!」

 アリサが慄くように声を上げる。
 最悪の予感が的中した。そう言わんばかりに、冷や汗を流した。

「さて、ここで質問だ。……君たちは、どうやって洗脳された神とそうでない神を見分けているんだい?いや、そもそも見分けられるのかい?」

「それ、は……」

 答えられる訳がなかった。
 その判断は今までソレラに任せていたからだ。
 ……そして、そのソレラが正気なのかどうかは、判断のしようがない。

「……今まで戦った神は、どこか正気を欠いたような雰囲気を持っていました」

「それは判断材料のごく一部にしかならないよ。……うん、見分けられないんだね?この場にいる誰もが、洗脳されているかどうか」

「………」

 全員が沈黙する。ディータの言う通りだった。
 サーラ自身、今の発言は苦し紛れだと自覚していた。

「洗脳されても、誰かを騙すぐらいの演技はするだろうね。……神相手に騙し通す事は難しくても、君達のような人間相手なら造作もないだろう」

「……事前情報が少ないから、演技を見破るための要素がないって訳かい」

「そういう事だよ」

 ソレラとは会って間もない。
 会った時から騙していたとすれば、見破れる手段は限られてしまう。
 最初から洗脳されていると、かつての優輝の特典でもない限り、それを知るのは困難だ。

「……でも、それはあんたにも言える事じゃないかい?」

 そして、それはディータにも言える事だった。

「よかった。そう言ってくれるぐらいには、頭が切れる人だね。……うん、まさしくその通りだよ。それは僕にも言える事。……君達は、神界に来た割には気を抜きすぎている」

 そんなつもりはなかった。と言うのが皆の総意だろう。
 だが、この事に気付けていなかったと言う事は、それだけ気を抜いていたと言う事だ。

「っ……あたしとした事が……。けど、だとしたらなんであたし達はここへ……?」

「君達……というより、君達の誰かが目的だったんじゃないかな?例えば……」

 とこよ達を見回しながら、目的になりそうな人物を探るディータ。





「……僕とか、かな」

「優輝君!」

「途中からだけど、話は聞かせてもらったよ」

 そこへ、優輝が合流してきた。
 他にも、まだ合流していなかったメンバーも一緒にいた。

「……へぇ。自分だという自信があるんだ」

「パンドラの箱……いや、ここではエラトマの箱だったな。それを解析する時、僕を名指ししていた。僕には心当たりがなかったが、それが神界産となれば……」

「自分を目的にしているかもしれない、と。まぁ、そうかもしれないね」

 ディータ自身、目的が何なのかは知らない。
 だが、当人達に心当たりがあるのならば、可能性も高いだろう。

「……最早神界の何も信じられなくなるな。……これだから洗脳は厄介だ」

「僕も怪しいと?疑うのは尤もだね。だけど、気づくのが遅いよ―――ッ!!」

 刹那、ディータが顔を強張らせる。
 同時に優輝達も何事かと身構え……

「な――――」

「ッ……!?」

 遠くから飛んできた閃光に、帝が吹き飛ばされた。
 帝は声を上げる間もなく、神界の彼方へと消えていった。

「くっ、先に手を打たれた……!」

「何が……!?」

「君達が騙されていた事に気づいた……それが向こうにもばれたんだ!」

 ディータの言葉に、全員が閃光が飛んできた方向を警戒する。
 帝を助けに行く暇はない。罠に嵌められた今、そんな余裕はなかった。

「君達と同行していたソレラという神の力は聞いているかい?」

「“守られる性質”らしいが……本当かどうかは知らない」

「嘘を誤魔化すには真実も混ぜる事が定石……少なくとも、似た力を持つだろうね」

 何が本当で何が嘘か。
 前提を覆された今、優輝達が信頼できるのは己の力だけだ。
 その不安が顔に出ているのか、何人かは冷や汗を流す。

「(数が多い……!)」

「(僕ら以上に引き離された訳は、これか……!)」

 姿を現しただけでも、先程以上。
 伏兵も考えれば、ディータの戦線にいる神並の数がいると推測出来た。

「……僕らが受け持つ。君達は逃げろ」

「っ、分かった」

 ディータの発言に、優輝は即座に了承する。
 司やなのは、フェイトなど一部の者はディータを置いていく事を渋ったが、先程のあの強さを見ていたため、遅れて了承した。

「行け!」

「撤退だ!走れ!!」

「お兄ちゃん、帝はどうするの!?」

 撤退し始めた所で、緋雪が優輝に尋ねる。

「撤退途中に見つければ御の字。そうでなければ……」

「僕らが捜す!君達はまず自分たちの身を考えろ!」

 優輝の発言を遮るように、ディータがそれも任せるように言った。

「陣形展開!抑え込め!」

 ディータの号令に戦線にいた神々が召集される。
 追撃として放たれた閃光を、次々と防ぐ。

「優輝、少しばかり状況が掴めないんだけど……!」

「簡潔に言えば、僕らは騙されていた。態勢を立て直すためにも撤退だ」

「それは……何とも絶望的だな……!」

 優輝と共にみんなと合流したため、状況が掴めないユーノとクロノ。
 簡潔な説明を受け、状況の移り変わりにクロノは歯噛みする。

「しかし、どうやって撤退する!?」

「………」

 今まで案内していたソレラが自分達を騙していた。
 神界での移動方法を優輝達は未だ理解していない。
 そのため、どうやって逃げるのかが誰にもわからなかった。

「とにかく走りな!立ち止まっていたらいい的だ!」

 紫陽の一喝に、全員が慌てたように駆ける。
 既に背後ではディータ率いる神々が戦闘を始めていた。

「ッッ……!」

 戦闘の余波にあおられ、優輝達は吹き飛ぶように加速する。
 我武者羅のように逃げ続け、いつの間にかディータ達が見えなくなった。

「(気配の類は突然消えた。“離れようとする意志”がそうしたのか?)」

 撤退中、優輝は気配の動きを見ていた。
 ディータ達の気配は遠ざかるのではなく、突然遠くへ離れていた。
 その事から、神界での移動の法則を曖昧ながらも推測した。

「に、逃げ切れたの……?」

「見えへんなったな……これなら……」

 とりあえず戦闘地帯から抜けたと、何人かが安堵する。







「―――逃がしませんよ」

 しかし、その安堵を消し飛ばすように、声が響いた。

「っ……!」

「神界において神界の神から人間が逃げられると思いですか?」

 逃げる優輝達の前に、ソレラが現れた。
 少し前までの、小動物系の雰囲気は鳴りを潜めている。
 今は、冷たい眼差しで優輝達を見ていた。

「ッ!!」

「………」

「チッ……!」

 刹那、優輝が攻撃を仕掛ける。
 しかし、その攻撃は割り込んできた別の神に防がれる。

「……!」

 後退し、優輝は何人かに目配せし、念話で指示を出す。

「『足止めの攻撃をしつつ撤退!一人一人を相手にしていたらすぐに捕まるぞ!』」

 優輝が創造魔法による剣群を、緋雪が破壊の瞳で目晦ましと攻撃を。
 ユーリとサーラは魔法、とこよと紫陽が霊術で一気に攻撃を放つ。

「―――は?」

 そんな間抜けな声を出したのは誰だろうか。
 しかし、無理もなかった。

「“守られる性質”。本領発揮です。……無駄ですよ」

 その牽制は、ソレラを守るように割り込んだ神一人によってあっさりと防がれた。
 “守られる性質”。それは、味方がいる時に最も効果を発揮する。
 その“性質”によって防御効果を上げた神の障壁で、防がれたのだ。

「それと、言ったはずです。“逃がしません”と」

 防がれたのは正直優輝達にとってはどうでも良かった。
 今のは飽くまで牽制。ほんの僅かにでも時間が稼げれば良かった。
 そのため、既に全員が撤退の行動を起こしていた。
 ……が、それを妨げるように結界が張られた。

「せっかくですから聞いて行ってくださいよ。……なぜ、態々神界に招き入れるような真似をしたのか。何が目的なのかを」

「っ……!」

「囲まれている……」

「隠密性の高い能力でも使ったのか……?」

 結界だけでなく、神々によって完全に包囲されていた。
 これでは、生半可な事では逃げられない。

「志導優輝さん」

「………」

「端的に言えば、目的は貴方ですよ」

 分かっていた。予想はしていた。
 だが、実際にそう告げられた事に、司や奏達は驚いていた。

「そう。全ては貴方が原因。今の貴方は覚えていないでしょうけど、イリス様は貴方を欲しています。……正しくは、貴方の()()()()()()()()()その様を見たいがためです」

「可能性が……閉ざされる……?」

 いまいちピンと来ない言い方に、緋雪が首を傾げる。
 その呟きにソレラは呆れたように溜息を吐く。

「これだから他世界の人間は。まぁいいです。これは神界の神でなければ……いえ、イリス様以外理解できなくてもいい事です」

「っ………」

 嘲るような物言いに、緋雪を始め何人かがつい言い返しそうになる。
 しかし、それが挑発ですらないただの言葉だったため、何とか思いとどまった。

「……ぶっちゃけてしまえば、他の方々はおまけでしかないんですよ。……ただ、貴方の可能性の灯火はなかなか消し去れない。故に利用する事にしたのです」

「なぜ皆も、と問われる前に答えたか。問いの手間が省けたが……なぜ僕だ?何か特別な何かが僕にあるというのか?」

「……本気で言っているのですか?」

 冷たい視線が優輝に突き刺さる。
 その間にもとこよや紫陽が状況を打開できないか周囲を探る。
 ……が、結界と神々に包囲されている現状、何も策はなかった。

「本当は気づいているでしょう?わかっているでしょう?自分が普通の人間ではない、と言う事ぐらいは」

「………」

「……まぁ、この際そこはどうでもいいです。貴方さえ絶望させられれば」

 その言葉を皮切りに、神々が己の武器を構える。
 それに応じるように、優輝以外の全員も周囲に対して身構える。

「……僕をただ追い詰めるだけじゃなく、懐に招き入れ逃げられなくし、さらに僕以外の皆を利用するか。……人質として」

「ふふ……人質?馬鹿な事を……駒でしかありませんよ」

 個々の実力差だけでなく、現状そのものが明らかな劣勢。
 既に罠に嵌められ、追い詰められたと見ても過言ではないだろう。

「他の方も気の毒ですねぇ。こんな事に巻き込まれるなんて」

「………やめて」

 続けられる言葉は、優輝の心に突き刺さる。
 否、それだけじゃない。優輝以外の者にも、それは突き刺さっていた。

「貴方がいたから、貴方と親しくしたから―――」

「………やめろ」

 心のどこかでは考えた事があったから。
 実際に少しでもそう考えた事があったから、心に突き刺さる。
 故に、否定しようと、拒絶しようと、声を上げようとする。聞かないようにする。
 ……特に、両親である優香と光輝は、優輝が大事(ゆえ)に、否定しようとしていた。

「―――全部、貴方のせいで、皆さんは巻き込まれたのです」

「やめてぇえええっ!!」

 だが、ソレラの言葉はそのまま告げられた。
 否定しようと張り上げられた緋雪の叫びが、空しく響く。
 信じたくなかった、認めたくなかった事だった。

















   ―――最悪の真実を、告げられた。



















 
 

 
後書き
“重力の性質”…文字通りの性質。シンプル故に応用も利く。


なのはと奏以外の皆の戦闘はカット。書いているとそれだけで十話以上無駄に消費するので、それを避けるために省いています。
正直、情報としては“苦戦したけど特訓と連携のおかげで勝てた”ってだけなので。 

 

第208話「決死の撤退」

 
前書き
現在の状況を例えるなら、ラスダンで負けイベ&味方の強キャラが犠牲になって撤退を余儀なくされる的な状態です。
飽くまで例えで、それだけピンチというだけなので、どうなるかは別ですが……
 

 










「………」

「……桃子?どうかしたのかい?」

 高町家にて、なのはの母親である桃子はじっと窓の外を見つめていた。
 正確には、その先にある八束神社の方向を。

「……いえ、何でもないわ……」

 心配した士郎が声を掛けるが、何でもないと首を振る桃子。
 どう見ても不安そうなのは、見て取れた。
 当然、士郎が気づかないはずもない。

「……皆が、心配なのか」

「っ……そう、ね。なのはだけじゃなく、皆、戦おうと思った人は戦いに行った。……勝てるかどうか、全くわからないというのに」

 不安に思うのも尤もだ。
 いくらなのはが優秀な魔導師とはいえ、相手は神。
 基準となる強さを知らない桃子でも、そんな相手が一筋縄ではいかないのは理解出来た。
 なのはだけじゃない。戦いに行った者のほとんどが彼女の知る者だ。
 知り合いが戦うというだけで、不安なのだ。

「……信じるしかないよ。なのは達は弱い訳じゃない。あの子達は覚悟して戦いに行ったんだ。なら、僕らは信じて無事に帰ってくるのを待つだけだ」

「……そうね……」

 それでも、不安は拭えない。
 そんな面持ちで、桃子はしばらく八束神社の方角から目を逸らさなかった。

「(……無事に、帰ってきて……)」

 口にはせずに、心の中でなのは達の無事を祈る。





   ―――そっと、覚悟を決めたように、手を握りながら……





















「……そうか」

 ソレラの言葉に、優輝達を重苦しい雰囲気が襲う。
 その中で、まるで納得が行ったように、優輝は返事を返した。

「感情が消えたからか、この程度は揺さぶりにすらなりませんか。……まぁ、他の方に影響を与えられるだけいいですが」

「っ、ぁああああっ!!」

 優輝の代わりに、大きく反応した者がいた。緋雪だ。
 緋雪はシャルを通して魔力の大剣を作り、ソレラへと斬りかかる。

「緋雪!?ダメよ!」

「ッッ……!」

 優香が制止の声を上げるが、無意味に終わる。
 振るわれた大剣は、ソレラを守る神によって防がれた。

「邪魔ッ!!」

「何……!?」

 が、緋雪はその上から殴り飛ばす。
 “押し通る意志”が強かったため、それを食らった神は後退する。

「っぁあああっ!!」

 そのまま、緋雪はシャルを一閃。
 ソレラの護衛を無理矢理吹き飛ばす。

「今!」

「ッ!」

   ―――“Delay(ディレイ)

 その隙を狙っていたかのように、司と奏が動く。
 司は祈りによる身体強化で、奏はいつもの移動魔法で間合いを詰める。
 サイドからの挟撃。護衛を緋雪が吹き飛ばした今、ソレラ自身が対処しなければならない……かに思われた。

「嘘……!?」

「リカバリーが、早い……!」

 それよりも早く、他の神が防ぎに入った。

「“守られる性質”を甘く見ましたね」

「っぐ……!?」

「ぁああっ!?」

「ッ……!」

 攻めに入った三人は、割り込んだ神によって吹き飛ばされる。

「……そうかい?」

「……はい?」

 だが、それとは別に動いていた者もいた。
 発言したのは紫陽。そして、発現と同時に何人かの砲撃魔法が放たれた。
 ……尤も、その攻撃もあっさり防がれたが。

「守る者に影響を与える。その効果をある程度は推測してたさ。三人の攻撃が通用すれば……とも思ったけど、備えあればってね……!」

「息を合わせて!」

「はい!」

「ッ……!」

 術式が起動する。
 とこよ、ユーリ、サーラが強力な一撃を放とうと、力を溜める。

「誰かが割り込むのは予想済みさ!そして、その分包囲が薄くなる。そこを突破しようって訳さ!」

「ッ……!」

「邪魔はさせない」

 紫陽の言葉を聞いた瞬間、ソレラの動きを阻止するために優輝が動く。
 創造魔法による剣群、霊術の嵐、砲撃魔法。
 それらを一斉に放ち、さらに転移魔法からの近接戦も仕掛ける。

「くっ……!」

 当然ながら、今までと同じようにその攻撃は通じない。
 だが、目的はソレラの打倒でも、足止めでもない。
 狙いは、他の神の邪魔をされないための牽制だ。
 それは優輝だけでなく、手が空いていたクロノやユーノも行っていた。
 魔力弾が、バインドが、砲撃魔法が神々の包囲に向けて放たれる。

「「「「ッッ―――!!」」」」

 果たして、時間稼ぎは成功に終わる。
 四人の攻撃は無事に放たれた。
 吹き飛ばされた緋雪達は、鈴が回収して既に体勢を立て直している。

「よし、これなら……!」

 直撃した事に、誰かが声を漏らす。

「……無駄ですよ」

「ッ……!?」

 だが、それを否定するようにソレラの声が響き渡る。
 四人の攻撃による煙幕が晴れ……破壊出来ていない結界と、攻撃を防いだ神がいた。
 
「気づいていれば、カバーする事など容易です。……まだ侮っているのですか?」

 嘲るように、ソレラが冷たく言う。
 未だに牽制となる魔力弾や砲撃魔法が飛び交っているが、それも防がれる。

「侮っちゃいなかったが……こいつは予想外さね……」

「やっぱり、斬った方が良かったかもね……」

 実際に攻撃した紫陽ととこよが悔しそうに言う。

「やはり出し惜しみはなしです」

「はい。もう一度……!」

「させませんよ」

 さすがに警戒されたのか、二度目を撃たせまいととこよ達に神々が集中する。

「くっ……!」

 妨害ありきで結界を突破できる攻撃は放てない。
 このまま隙を作り出すまで戦闘になるだろうと、戦闘態勢に入る。







   ―――……その瞬間を、意識が一か所に集中するのを、待っていた者がいた。





「“スターライトブレイカー”!!」

「“プラズマザンバーブレイカー”!!」

「“ラグナロク”!!」

 飛び交う魔力弾や砲撃魔法、霊術に紛れて、魔力が集束する。
 放たれるのは三つの……否、六つの魔法。

「“真・ルシフェリオンブレイカー”!」

「行くよ!“雷刃封殺爆滅剣”!!」

「砕けよ!“ジャガーノート”!!」

 なのは達だけでなく、マテリアルの三人も魔法を放つ。
 一つに束ねるように放たれた魔法は、ただ放たれただけでなく……

「術式保てるかな!?」

「保てるのか、じゃないわ。保たせるのよ!」

「砲口、広げて……!」

 アリシア、アリサ、すずかによる霊術の“砲口”を通していた。

「なっ……!?」

 さすがに、予想外だったのかソレラの顔が驚愕に染まる。

「本命はこっち……!二段構えって奴だよ!」

 ただでさえ、六人の強力な魔法だ。
 そして、それを術式の崩壊ギリギリまで霊術で増幅した。
 増幅した六つの魔法と、結界を打ち砕かんとする計九人の“意志”。
 それらが、結界を撃ち貫く。

「ッ……転移!」

 すかさず、優輝やシャマルが転移魔法を発動させ、結界外へと脱出する。
 距離の概念がなくとも、“範囲外に脱する”という“意志”があれば逃げられた。







「っ………皆、いるか!?」

 転移後、何度か短距離転移を繰り返しながら逃げ続ける。
 そんな中、クロノが全員揃っているか確認する。

「いるよ!」

「こっちも大丈夫!」

「こちらもです!」

 各々から声が上がり、無事が確認される。

「……帝だけか。いないのは」

「転移ばかりしてたけど、見当たらなかったよね……」

 幸い、初撃で吹き飛ばされた帝以外は欠けていなかった。
 しかし、その帝は今まで見かけていない。
 どうなったのか、誰にもわからなかった。

「念話はどうだい?」

「さっきから試している……が、デバイス間の通信もできないようだ」

 念話出来ないか紫陽が尋ねるが、既に優輝が試していた。
 結果は繋がらず。リヒトからエアへの通信も出来なかった。

「じゃあ……」

「無事でいる……その可能性は低いな」

 神界で単独行動は危険極まる。
 ただでさえ敵と味方の区別がつかないような状況だ。
 戦闘も一対一でさえ一人で乗り越えるのは困難となっている。
 そんな状態に、帝は陥っているのだ。

「っ……!」

 何人かが“探そう”と言う考えを口にしようとして、思い留まる。
 そんな余裕がない事ぐらい、誰もが理解出来ていた。
 危険を冒すどころか、危険の真っ只中でさらにリスクを冒す事は出来なかった。

「辛い選択だが、今は見捨てるしかない……」

「……行くぞ。立ち止まっていたら、すぐ追いつかれる」

 クロノが苦虫を嚙み潰したように言い、優輝が催促する。

「………」

 飽くまで冷静に判断し、行動する優輝に、何人かの視線が集まる。
 つい先程、優輝はソレラに“貴方のせい”だと言われた。
 何も鵜呑みにする者はいない。しかし、思う所はあった。
 そして、優輝本人がどう思っているのか心配する者もいた。

「……敵の狙いは僕だ。いざとなれば、僕を囮に逃げろ」

「ッ……!お兄ちゃん!?」

 その視線に気づいてか、優輝がそんな発言をする。
 それに真っ先に反応したのは隣を並走していた緋雪だ。

「何を言ってるの!?そんな事……!」

「狙いが僕なら、他の皆に無闇に手を出す事もないだろう」

「ッ………」

 分かっていた。感情がない今の優輝なら、こう判断するだろうと、緋雪は分かっていた。

「……そうとは限らない。限らないよ」

 だからこそ、出来る限りその判断を否定しようと、反論する。

「相手は神。お兄ちゃんが狙いで、囮になっても手を出さないとは限らないよ。……私達を利用してでも追い詰めるつもりなんだから、意味がないよ」

「それでもだ。……僕の事で巻き込みたくないからな」

 だが、それでも優輝は押し通す。押し通してしまう。
 言葉で止めても、行動で止めても、優輝はその行動を止める様子はなかった。

「優輝……」

「………」

 止める事が出来ないため、心配そうに見るしかない。
 そんな、優香や光輝から送られる視線に、優輝は向き合おうとしなかった。
 ……感情もないのに、それを避けるようにして。

「とにかく、今は出口に……」

「出口……そうだ、椿さん達は……!?」

 話を切り替え、撤退を優先する。
 その際に、祈梨の護衛をしていた椿達の事を思い出す。

「……ソレラが洗脳されていた以上、彼女も正気とは限らない」

「なら、急がないと!……いや、撤退としても急いでたけど、それ以上に!」

 椿達が危ないと、今更ながらに緋雪は危機感を抱く。
 緋雪だけでなく、話を聞いていた全員が急ごうとする。





「行かせんぞ」

「行かせません」

「ッ……!」

 だが、それを遮るように声を掛けられた。
 振り返れば、そこには数人の人影が。

「羽に、輪……?」

「“天使”……!」

 現れたのは、天使の如き羽と幾何学模様の輪を持つ者達だった。
 祈梨から聞いていた、神界の神の眷属たる“天使”だ。

「っ………!」

「ぁ……」

 その姿を見て、奏となのはが一際強い反応を見せる。
 その身に宿る“天使”の影響だが、今はそれを気にしている暇はなかった。

「追いつかれたか……!」

「どうする……?」

 それよりも、どうするべきか。
 追いつかれた現状、このまま逃げる事は出来ない。
 しかし、だからと言ってまともに相手をしていたら取り囲まれてしまう。

「……僕が相手を―――」

「………」

 優輝が前に出て、囮になろうとする。
 ……それを、先に出て制する者がいた。

「……行って……!」

「えっ、司!?それに奏と緋雪も!?」

 前に出たのは、司と奏、そして緋雪。
 まるで“ここは引き受ける”とばかりに“天使”達に立ち塞がった。

「なぜ……」

「……少しぐらい、私達を頼って」

「っ……!」

 どうして囮になろうとするのか、優輝が尋ねようとする。
 だが、その前に司が寂しそうに言ったその言葉に遮られた。
 感情がないにも関わらず、優輝の目が僅かに見開かれた。

(かなめ)はお兄ちゃんだから。……その要の存在を、失う訳にはいかないよ」

「緋雪……!」

「ごめん、お母さん、お父さん。……でも、安心して。もう帰れない、なんて思わないから。……絶対に、追いつくよ」

 “ここで終わるつもりはない”と、緋雪は優香と光輝に言う。
 そして、“天使”達に向き直り、無言で霊魔相乗を行使する。

「こういう時のために、魔力の予備は用意しておいたわ」

「魔力結晶……その様子だと、相当な数を……」

「100個から先は数えてないけど……まぁ、その数倍はあるわ」

 神界において、魔力の回復はあまり必要ない。
 だが、一時的なブーストにはなる。
 その魔力結晶を、奏は大量に用意していたのだ。

「私は……まだ、恩に報い切れていないから」

「……奏……」

「優輝さんに貰った命。ここで終わらせるつもりはないわ」

 静かに揺らめく奏の魔力と霊力。
 それらは螺旋状に絡み合い、緋雪と同じく霊魔相乗となる。
 その力の静かな力強さから、奏の覚悟が滲み出ていた。

「……優輝君。私達はね、ずっと頼ってた優輝君に、頼ってほしかったんだ」

 最後に、司が優輝に話しかける。
 ジュエルシードの一つが司の傍に出現し、結界が展開される。
 その結界が、“天使”達を阻む壁となり、司達と優輝達を分離させた。

「そのために、強くなろうと、私達は思ったんだ」

 一つ、また一つとジュエルシードが現れる。
 その度に司の体を淡い光が包み込む。

「……だから、頼って。信じて。私達を」

「司……」

 一つ一つが祈りの結晶。
 そのため、司の想いに呼応し、司を強化していく。

「行くよ、奏ちゃん、緋雪ちゃん」

「ぁ……司!二人も!待っ―――」

 三人の強い覚悟を感じて、言葉を挟めていなかったアリシアが、止めようとする。
 だが、言葉を遮るように司がシュラインの柄で地面を叩いた。
 同時に、いつの間にかセットしてあった転移魔法が発動。優輝達全員を転送した。
 ……司達三人を残し、他の皆を逃がすために。

「……来なよ。今回の私達は……」

「一味、違うよ?」

「覚悟する事ね」

 魔力を、霊力をプレッシャーとして放ちながら、三人は相対する“天使”達を挑発する。
 戦力は司達の方が低いと思えるだろう。
 しかし、侮るなかれ。

「“天使”……か」

「神の眷属……となるなら、さすがに神よりは弱いかな」

「……そうね」

 三人とも、そんなことは承知だ。
 それを覚悟の上で、対峙している。
 ……大事な人を、守りたいがために。

「でも」

「負けるつもりはないわ」

「……だね」

 その“想い”が力となる。
 それは“天使”達が相手でも引けを取らない。

「絶対に、ここは通さない!!」

「お兄ちゃんの下には、辿り着かせないよ!!」

「倒されたい者から、かかってきなさい……!!」

 “天使”達が一斉に襲い掛かる。
 直後、初撃を司が放つ。

「はぁっ!!」

 魔力を爆発させ、襲い掛かった“天使”達を吹き飛ばす。
 奏と緋雪もその範囲内だったが、二人は転移魔法で回避していた。

「そこ!」

「シッ……!」

 転移した直後、奏と緋雪は爆発から逃れた“天使”に切りかかる。

「くっ……!」

 だが、相手も弱い訳ではない。
 緋雪の圧倒的怪力でも、奏の瞬間的な速さでも一撃を与えられず、防がれる。

「なら……!」

「これでっ!」

 ならばと、奏が即座に次の行動を起こす。
 移動魔法で再び死角を突き、しかしながら攻撃を当てることはしなかった。
 飽くまで隙を作るために、相手の光で構成された武器を弾く。
 そして、間髪入れずに緋雪の攻撃が放たれ、“天使”の一人が吹き飛ぶ。

「(最初よりも数が増えている……でも!)」

 司も次の行動を起こしていた。
 神の眷属である“天使”は神一人につき一人ではない。
 そのため、数は神よりも多く、既に接敵した時の数倍の数になっていた。
 だが、司はそれを捕捉し……

「輝け、星々よ!」

   ―――“étoile splendeur(エトワール・スプランドゥール)

 牽制、あわよくば撃墜する勢いで、弾幕を展開した。
 ジュエルシードは全て使用しているため、その展開数と威力も計り知れない。
 殲滅力で言えば、優輝達の中でもトップクラスになるほどだ。

「奏ちゃん!」

   ―――“Zerstörung(ツェアシュテールング)

「ええ……!」

   ―――“Delay Triple(ディレイ・トリプル)

 その弾幕の中に、さらに緋雪が破壊の瞳で攻撃を仕掛ける。
 これで、全体に牽制且つダメージを与えられる。
 ……そこから先は、奏の仕事だ。

「シッ……!」

 倒す“意志”を込め、“天使”達を一人ずつ倒そうと攻撃する。
 致命傷を与えようと、数撃程度では“意志”は挫けない。
 そのため、攻撃を当てても途中で妨害が入るが……

「ッ……!」

   ―――“Delay Double(ディレイ・ダブル)
   ―――“Angel Feather(エンジェルフェザー)

「はぁああっ!!」

 それを奏は移動魔法で躱し、置き土産に羽型魔力弾の弾幕を展開する。
 同時に、入れ替わるように緋雪が攻撃を仕掛ける。

「はっ、せぁあっ!!」

 一撃一撃が奏を遥かに凌ぐ威力を持つ。
 まともに食らえば、いくら“天使”達と言えど、大きく“意志”が削られた。
 ただ乱暴な一撃でもなく、とこよや優輝によって、緋雪の攻撃には技術がある。
 そのため、一対二、一対三であろうと、攻撃を弾き、反撃出来ていた。

「『退いて!』」

「「ッ!!」」

   ―――“poussée(プーセ)

 弾幕の中の攻防。それも長続きはしない。
 “天使”達も対応し、役割分担をして三人を撃破しようとする。
 だからこそ、司は先に行動を変えた。
 念話で二人に合図を出し、飛び退くと同時に重力魔法を仕掛けた。
 “天使”達は突如掛かった強力な重力に身動きが取れなくなる。
 中には、重みに耐えきれずに潰れている者もいた。

「……何人、倒した?」

「……1、2………10人ちょっと、かな」

「思ったより多い……かな?」

 一度三人集まり、現状を確認する。
 倒した数は十人余り。対し、“天使”の数は増える一方。
 それでも、緋雪達にとって()()()()()()()()だった。

「……まだまだ、ね」

「“天使”ばかりだから、何とかなっているのかもね」

「……そうだね」

 神であれば、もっと苦戦するだろうと、司は言う。
 三人の推察通り、“天使”達は神の眷属であるために、主である神より弱い。
 だからこそ、まだ司達が優勢であれた。

「(“天使”ばかり……?ちょっと待って、それって……)」

 そこでふと、緋雪はある事に気付く。
 今までは“天使”達と接敵する事はなかった。
 事前に“天使”について知っていなければ、それが“天使”だと分からない程だ。
 そんな“天使”達が、突然大群で現れた。

「ッ……!?もしかして……!」

「ど、どうしたの!?」

「“天使”がここに集結してるって事は、その主の神は……!」

「あっ……!?」

 緋雪の言葉に、司も奏も理解する。
 そして、同時に顔を青くした。

「優輝君……!」

「司さん!」

「ッ!!」

 思わず優輝達を転移させた先に、気を逸らしてしまう司。
 その隙を“天使”が突こうとして、緋雪の声と共に奏が割り込む事で防ぐ。

「足止めは向こうも同じって事……!してやられたよ!」

 油断などしてはいなかった。しかし、切羽詰まった状況ではあった。
 そのため、気づけなかったのだ。……これが陽動で、本命は別にあると。

「そもそも、神界にこっちの常識が通用するはずない!」

「じゃあ……!」

「全部、掌の上かもね……!」

 “天使”達の攻撃は続く。
 それを凌ぎつつ、だが徐々に三人の精神的余裕は削れていく。
 まだまだそれは保たれているが、いつまでも耐えられる訳じゃない。
 ……競り負けるのも、時間の問題だった。



















「―――って!っ、あ……」

「行くぞ」

「ッ……!」

 一方で、転移させられた優輝達。
 止めようとしていたアリシアは、転移させられた事に気付き、呆然とする。
 しかし、呆けている暇はないと、優輝がアリシアの襟首を掴んで移動を再開する。

「っぐ……!?ちょ、優輝!離して」

「悪い、呆けている暇はなかったからな」

 すぐにアリシア自身も呆けている場合じゃないと理解したため、その手はすぐ離れる。
 アリシア以外も、呆然としている者がいたが、同じように冷静に状況を判断できる者が引っ張っていた。

「しかし、ますます不味い状況だよ。転移に転移を繰り返し、具体的な位置も分からない。距離の概念がないためか、入口近くで待機している連中の気配も感じないよ。……葉月の気配すら」

「うぁー、ただ単に私の気配察知が届いていないかと思ってたら……ホントだよ。蓮さんとの繋がりも感じられない……契約自体はそのままだけど、繋がりを表す糸が途中で見えなくなってるみたい」

 紫陽の言葉に、アリシアも自身と契約している蓮との繋がりがない事に気付く。
 契約そのものは消えていないため、やられた訳ではないとはわかるが、それでも場所も気配も一切わからないという状態だった。
 紫陽もまた、妹である葉月の気配を感じられずにいた。
 本来ならば、姉妹と言う“縁”から簡単に気配が分かるはずだというのに。

「じゃ、じゃあどうするのよ……これじゃあ、あたし達、迷子も同然じゃない……」

「………こっちだ」

 不安を吐露するように、アリサが皆の思っている事を代弁する。
 そんな皆に、優輝が行く先を示す。

「……わかるの?」

「確証はない。……だけど、闇雲よりはいいと判断できる感覚だ」

 とこよが自信があるのか尋ねる。
 しかし、優輝の返答はどこか要領が得ない。

「“道を示すもの(ケーニヒ・ガイダンス)”……効果の分からないレアスキルだったが、効果そのものが抽象的とはな」

「ケーニ……なんだって?」

「ケーニヒ・ガイダンス……道を示すもの、だ。リヒトに記録しておいた、かつて存在した人の能力値を可視化する力で判明した、効果の分からなかった能力の事だ」

 その能力が今こうして、自分達に道を示しているのだと、優輝は言う。

「俄かには信じられんが……何もないよりはマシか」

「ああ。……だが、どの道変わらないだろうな」

「……?それはどういう……」

 優輝の言葉に、クロノが首を傾げる。
 ……答えは、すぐそこに来ていた。

「ッ……!」

 直後、優輝が何名かを転移させ、自身も飛び退いた。
 すると、そこへいくつもの雷が降り注いだ。

「見つかった」

「っ、そういう事か……!」

 少し離れた位置に、神が何名かいた。
 捕捉された事に、優輝達が把握している間にも、その数は増えていく。

「……突破するしかないだろう」

「逃げるって言っても、どこにって話だしね……!」

「総員、構えなぁ!!」

 すぐさま全員が戦闘態勢に入る。
 敵戦力を分析する暇もない。
 足を止めれば、たちまち競り負けると全員の本能が警鐘を鳴らしていた。





















   ―――……未だ、神界の出口は見つからない……

















 
 

 
後書き
砲口…簡単に言えば増幅装置。霊術と魔法の相性の問題は特訓時に解決済み。


ちなみにですが、優輝と緋雪以外の霊力&魔力保持者も霊魔相乗を使えるようになっています。さすがに、まだ制御しきれないため負担は残っていますが。
優輝→10割以上、緋雪→10割、司→5割前後、奏→7割前後な感じで扱えます。 

 

第209話「真の脅威」

 
前書き
―――本当に、神が本気を出していたとでも?


……そんな訳で、さらに追い詰められる回です。
ぶっちゃけ、優輝達の行動は敵の勢力に対して考えが明らかに甘すぎたと思いますが……まぁ、何か理由付けします(おい
 

 






「邪魔!どいて!」

 緋雪が爪を振るい、目の前の“天使”を薙ぎ払う。
 この“天使”達が陽動の可能性があると分かってからは、行動方針を変えていた。
 本来なら足止めな所を、キリのいい所で切り上げ、優輝達と合流するつもりだ。
 しかし、当然ながらそれを為す余裕はない。

「ッ……!」

「ふっ……!」

 司の祈りによって魔力弾の雨が降り、その合間を奏が駆け、“天使”を切り裂く。
 スピードとパワー自体は戦闘開始時よりも磨きが掛かっている。
 しかし、余裕はどんどん減ってきている。

「甘いです」

「足りんな」

「ッ、くっ……!」

 それは精神的なものだけでなく、実力そのものもだった。
 “天使”達は、実力を隠していたのか、緋雪達の動きに普通について来る。
 単純な力や、瞬間的な速さは緋雪や奏が上回るが、それ以外で対処してくる。
 司の魔法も、同等とは言えないが、規模の大きい術を二発以上行使して相殺される。
 三人のあらゆる攻撃が、徐々に通らなくなっていく。

「愚か。あまりに愚か。神はもちろん、我らにすら人の実力は届かぬものと思え」

「っ……甘く見ていた、って事……」

 連携を取りつつ、戦場を駆け回っているからこそ、緋雪達はまだ戦えている。
 現状、今いる何もない場所で正面からぶつかり合えば、三人に勝ち目はない。

「これほどの強さなら、なんで……」

「……懐に、誘い込むため……」

「え……?」

 これほどの戦力があるならば、単純に正面から来てもおかしくなかったはず。
 それらのにどうして、態々途中まで味方のフリをしたのか。
 そんな疑問を呟いた司に、緋雪が苦々しい表情で答える。

「多分、本当に確実にお兄ちゃんを仕留めたいんだと思う。だから、こうやって態々懐まで誘い込んで……包囲網を組んだ。ある程度の想定外があってもいいように、周到に……ね。それほどまでに、お兄ちゃんに警戒する“何か”があるんだろうね……」

「……なるほど……」

 否定する要素も、その余裕もない。
 “天使”達をどうにかしない限り、緋雪達も身動きが取れない。
 既に一人を倒す事も難しくなってきている。
 この状況から、何とか逆転する術を思いつかなければならないのだ。

「(考えてる暇はない……!)」

 即座にその場から飛び退き、攻撃を躱す。
 悠長にその場に留まって何かを考える時間すらなかった。

「っ、防いで……!」

 四方八方から、理力によるレーザーが飛ぶ。
 咄嗟に、司が避け切れない攻撃を防ごうと、障壁を張るが……

「な、ぁ……!?」

「防げると思うてか」

 その障壁は、まるで障子のようにあっさりと突き破られた。

「くっ……!」

「この……!

 すぐさま奏が割込み、司を抱えて離脱。
 その二人のカバーを緋雪が行い、何とか危機を脱する。

「司さんの障壁があっさり破られるなんて……!」

「……今の、一部以外の攻撃は防げてた……となると……」

 奏が高速移動で攪乱しつつ、緋雪が司を守るようにシャルでレーザーを弾く。
 司も障壁で二人を援護するが、先程と同じようにあっさりと突破されていた。

「……“性質”。多分、貫通や破壊に関係する“性質”を持っているんだと思う」

「そっか……!“天使”も神の眷属だから、同じ“性質”を持っててもおかしくない……!だから、さっきも今も障壁があっさり……!」

 ただでさえ、実力に差がついてきているというのに、加えて“性質”の厄介さ。
 それが加わり、ますます三人は劣勢に陥っていく。
 ……最初は倒せていたはずの戦力も、今では一人を倒す事すら出来なくなっていた。

「っ、撃ち抜け……!」

「はぁああっ!!」

「ッ……!」

 仕切り直そうと、状況を打開するために攻撃に転じる。
 司がいくつもの砲撃魔法を放ち、緋雪が大剣に炎を纏わせ、一気に薙ぎ払う。
 奏はそれらに当たらないようにしつつ、隙間を埋めるように魔力弾をばらまいた。

「これで……!」

 次の行動を起こすために、どうするべきか思考する。
 ……だが、その前にさらに三人を絶望に落とす事態が起きた。

「ッ……!?」

「えっ!?」

「な……!?」

 “それ”を真っ先に察知したのは、司だった。
 咄嗟に障壁を張り、他二人を含めて防御する。
 その瞬間、黒い触手が障壁に叩きつけられた。

「な、なに……!?」

「この感覚……嘘、間違いない……なんで、ここにあるの……!?」

 砲撃魔法を放ち、触手を打ち消す。
 障壁を解除した司の瞳には、その“敵”が映っていた。

「……アンラ・マンユ……!」

「ッ……!?」

 ……天巫女の宿敵とも言える、アンラ・マンユの姿が。
 あの時、優輝達全員と協力して倒した時と同じように、そこにいた。
 瘴気を圧縮したような、実態の持たないまさに“悪”そのものの存在が。

「それって……?」

「話は後!あれの相手は私がするよ!」

「あっ……!?」

 すぐさま、司は緋雪と奏を転移させる。
 そして、襲い掛かる触手群をジュエルシードの光で吹き飛ばす。

「……行けるよね?」

 冷や汗を流しつつ、司は不安そうに言う。
 かつては、皆と協力してようやく倒せたのだ。
 あの時よりも強くなっているとはいえ、今は一人。
 相棒のシュラインとジュエルシードがあるとはいえ、単独で対峙するのだ。
 不安は、当然のようにあった。

「撃ち祓え!」

 閃光が煌めく。
 幾筋もの砲撃が、アンラ・マンユを穿とうとし……触手で相殺された。

「ッ!!」

 それだけでなく、瘴気に満ちた砲撃も放ってきた。
 咄嗟に祈りの力をぶちまけるように放つ事で、それを防御する。
 だが、威力が思いの外強かったのか、咄嗟の行動では力が足りなかったのか後退する。

「なんなの、あれ……?」

「……そっか。緋雪ちゃんは知らなかったね」

 後退した先に、転移で避難させておいた緋雪と奏が駆けつける。
 そして、唯一緋雪だけアンラ・マンユを知らないため、司に尋ねた。

「……概念型ロストロギア、アンラ・マンユ……」

「厳密には、ロストロギアじゃないんだけどね。……簡単に言えば、この世全ての“負”のエネルギーを集めた存在、だよ」

「ッ……」

 簡潔で、詳細は分からない説明。
 しかし、それだけでも何となく脅威は分かる。
 緋雪は説明を聞いて、改めてアンラ・マンユを警戒する。

「生命の“悪”の肥溜め……そんな存在。部屋の隅に埃が溜まるように、あれもまた、世界のどこかに集まるもの……なんだけど……」

「どうしてここに、って事だね……」

「本来なら数百年掛けて蓄積するんだけどね……」

 司が浄化してから、十年も経っていない。
 その程度なら、とこよや紫陽でも再現が出来る程の力しか持たないはずなのだ。
 しかし、今司の目の前にいるアンラ・マンユは、以前戦った時と同等以上だと思えた。

「あれは私が倒すから、他の……」

「え―――?」

 二の句が、告げなかった。
 不思議な重圧が、三人を襲う。

「ッ……!?」

 威圧感のような、冬の洞窟のような薄ら寒さ。
 それでいて、“まだマシ”と不思議と思えてしまうような、そんな重圧だ。
 その正体はすぐに分かった。

「―――あれは、私が用意したものです。気に入ってくれましたか?」

 司達と、アンラ・マンユの間に、“彼女”は降り立った。
 黒い装束に、銀の長髪と血よりも赤く輝く瞳。
 何よりも目立つのは、その身に纏う“闇”。
 人形のように可愛らしさと美しさを兼ね備え、さらに計り知れない恐ろしさもあった。

「ッッ……!」

 三人共息を呑む。
 雰囲気に呑まれる事は、何とか耐えた。
 しかし、気を抜けば恐怖にどうにかなってしまいそうだった。

「な、何者……?」

 辛うじて、そう尋ねられた。
 だが、何となく想像はついている。
 名前が意味を持つように、神界の神はそこに“在る”だけで影響を齎す。
 その事から、彼女の雰囲気で正体が想像出来た。

「彼と親しくしてる方でしたね。では、せっかくですので名乗りましょう。……私こそ、神界を混乱に陥れた神、イリスです。……以後、よろしく」

 ゾッとするような恐ろしさと、美しさを兼ねた笑みを、彼女……イリスは浮かべる。
 心臓を鷲掴みにされたような、そんな感覚が三人を襲う。

「ッ……」

 呑まれない。呑まれてはいけない。
 そんな、本能的な抵抗が、三人に膝を付かせまいとしていた。

「……アンラ・マンユは、お前が作りだした存在なの……?」

 司が絞り出すように尋ねる。
 二人称がキレた時と同じになっているのは、呑まれまいという意志からだった。
 こうでもしなければ、雰囲気に呑まれてしまう。

「そうですよ?貴女達の世界のソレは世界そのものに根付く自浄作用の反動ですが、これは私がそれとそっくりに作り上げたものです。……この程度の“闇”。簡単に複製できますよ」

「な……!?」

 世界の自浄作用の反動。それがアンラ・マンユの正体だ。
 他を綺麗に保つために、肥溜めのように“闇”が集まり、アンラ・マンユとなっている。
 その事自体は、司もシュラインから聞いていた。他にも優輝や一部の者は知っている。
 しかし、それをイリスは簡単に複製できると言ったのだ。

「(“闇”を担う神だとは聞いていたけど、ここまでなの……!?)」

「『司さん、どうするの……?』」

「『まともにやり合えば、勝ち目はないわ……』」

 否が応でも、理解させられた。
 一人一人の実力が同等に迫る“天使”達。
 天巫女の宿敵でもあるアンラ・マンユ。
 そして、それをあっさり複製できると言ったイリス。
 そんな存在に囲まれれば、勝ち目はないとどうしても思ってしまう。
 ……その時点で、三人が勝つ事は不可能となっていた。

「『……逃げたい所だけど……とにかく、やられないようにするよ』」

「……ふふ、足掻こうというのね。……でも残念。貴女達はここで終わるし、私が貴女達如きの相手をするとでも?」

 その言葉と共に、イリスの出現から動きがなかったアンラ・マンユが動き出す。
 さらに、“天使”達も戦闘態勢を改めて取った。

「ッ……!」

「緋雪ちゃん!」

「えっ……!?」

 それを見て、同じように戦闘態勢に入る緋雪。
 その後ろにいたからか、司は緋雪より一足先に気付く事が出来た。
 ……緋雪の背後に出現した、大きな鏡の存在に。

「な……!?」

「離れ……ッ!」

 何か仕掛けられる前に飛び退こうとする緋雪。
 同じように、引き離そうと司と奏が動く。
 しかし、司にはアンラ・マンユの触手が、奏には“天使”達の攻撃が迫る。
 その対処に追われ、緋雪のカバーに間に合わない。

「(されたっ!今、絶対に何かされた!)」

 具体的に何かされたまでは分からない。
 それでも、緋雪は何か覗かれたような、そんな感覚があった。

「では私は目的の人を追いましょうか」

「ッッ……」

 さも当然のように、イリスは奏と司の横を通り過ぎる。

「行かせ……ッ!」

 “天使”とアンラ・マンユの対処に追われ、止められない二人に代わって緋雪がイリスの進行を止めようと、割り込もうとする。
 だが、それよりも先に横合いから緋雪に攻撃する存在がいた。

「ッ、私……!?」

 振るわれた赤い大剣を、緋雪はシャルで防ぐ。
 その時に相手を見て、緋雪は動揺する。

「……ふふ……」

 それを横目で見つつ、イリスはその場を後にした。
 残ったのは、相変わらず劣勢のままの司達とそれを包囲する者達。

「(多分、さっきの鏡……私をコピーしたんだ。しかも、これ……)」

「ははは、あっはははははははははははははは!!」

「(寄りにもよって、私の狂気の部分をコピーした……!)」

 笑いながら振るわれる大剣を、緋雪は何とか捌く。
 力は緋雪と全く同等。そのために防げない訳ではない。
 ……()()()()()

「あははははは!」

「ふふ、ははは……!」

「え、ちょっ、嘘でしょ……!?」

 次々と、幻が実体化するように緋雪のコピー体が現れる。
 一体や二体どころではない。合わせ鏡のように増えていく。

「(一瞬、さっきとは違う鏡が見えた。……って事は、やっぱり……!)」

 自分のコピーが、先程の鏡とは別の鏡から出てきたのを確認し、推測が確信へと変わる。
 そして、その下手人を見つけた。

「ッ……!」

 一人だけ、緋雪のコピーとは違う、緋雪そっくりな存在を見つける。
 違うとわかった要因は、狂気の有無。
 それが下手人だと思った緋雪は、コピーの攻撃を捌きつつ斬撃を飛ばした。

「嘘っ!?」

 だが、その斬撃は割り込むように出現した鏡で反射された。
 咄嗟に避けたが、これで仕切り直しになってしまう。

「(鏡……コピーだけじゃなくて、反射もするんだ。……きついなぁ……)」

 構え直し、眼前に広がる自分のコピーと下手人の神を見据える。
 一対一でも苦戦する所を、多対一で乗り切らなければならないのだ。

「(……他も手助けする余裕はなさそうだし、ね)」

 横目で見れば、そこにはアンラ・マンユと一進一退の攻防を繰り広げる司と、先程からいた“天使”達に一人で足掻き続ける奏がいる。

「ッッ……はぁっ!!」

「ふっ……!くっ……!」

「(ただでさえ、苦戦してたのに……)」

 既に劣勢だった所を、さらに追い詰められる。
 そうなれば、当然ながら勝ちの目は見えなくなる。
 その中で足掻いた所で、何が変わると言うのだろうか。
 ……そんな、“諦め”の考えが浮かび……

「(……いや、いいや!!)」

 その直後、その考えを吹き飛ばすように心で否定する。

「(“この程度”で、諦めてどうするの!?お兄ちゃんは、ムートは決して諦めなかった!だったら、私達だって諦めない!諦めてたまるもんか!)」

 奮い立てる。自らを鼓舞するように、言い聞かせるように自身に叱責を飛ばす。

「『司さん!』」

「っ!」

「『奏ちゃん!』」

「……!」

 この想いを、覚悟を、二人にも抱いておいてほしい。
 そう考え、念話を飛ばす。

「『……この局面、絶対に乗り越えるよ!……絶対に、諦めないんだから!』」

「『………』」

「『緋雪ちゃん……』」

 念話越しに、緋雪の想いと覚悟が伝わってくる。
 言葉自体は激励でしかないが、何が言いたいのか、何を伝えたいのかはすぐに分かった。

「『……ええ……!』」

「『うん……行くよ……!』」

 “負ける”。そんな考えは、もう抱かないようにした。
 乗り越えてみせると、そう覚悟を改め、三人はそれぞれの敵へと挑みかかった。

























「なのは!フェイト!決して懐に入るな!アルフもフェイトのサポートに専念!ユーノも防御とバインドに専念!飽くまで連携を崩すな!適宜僕やプレシア達も援護射撃を飛ばす!」

「了解!」

「シュテル、レヴィ!貴様らはオリジナルどもと連携を取れ。ユーリ、貴様は貴様の騎士と共に居れ。その方が動きやすいであろう。アミタ、キリエ!貴様らはとにかく乱戦に持ち込まれないように立ち回れ!懐に入られれば、我や子狸のような者はたちまち墜とされるぞ!」

「了解です」

「任せて!」

 指示と砲撃や弾丸が飛び交い、剣戟の音が響く。
 神々に追いつかれた優輝達は、司令塔を何人かに分け、連携をとっていた。

「シグナム!出来るだけ攻撃を捌いてや!ヴィータはシグナムの討ち漏らしを撃破!シャマルは周囲の警戒をしつつ、不意打ちで援護や!ザフィーラは抜けてきた敵を阻んで!アインス!」

「心得ています」

「ようし、行くで!」

 はやては八神一家として、ヴォルケンリッターに指示を出す。
 そして、安全圏をある程度確保してアインスと共に殲滅魔法で援護する。
 出し惜しみは一切していない。それでも勝てるかわからないために。

「神夜、行けるな?」

「……ああ」

「よし。なら、誰かが怯ませた所を間髪入れずに叩き潰せ!」

「ッ……!」

 なのはが受け止め、フェイトが速度で怯ませる。
 直後、クロノの魔力弾で一人の神が打ち上げられ、ユーノのバインドが縛り上げた。
 そこへ、神夜の怪力からの九連撃が繰り出される。

「つぉっ!!」

 それだけではない。直後に叩きつけるように砲撃魔法を浴びせた。

「ッ、ぐっ……!」

 直後、上から攻撃が迫る。
 それを神夜は身体強化魔法を使い、片手を盾にして踏ん張る。

「ッ!?」

 だが、先程砲撃魔法を食らった神がまだ倒せておらず、神夜の足を掴む。
 体勢を崩されるにしても、攻撃を食らうにしても、このままではまずいと思い―――

「ガッ!?」

 ―――その神の体が、いくつもの剣によって貫かれた。

「……っ!ぜぇええい!!」

 それを認識した瞬間、上から襲ってきていた神の腕を掴み、地面に叩きつけた。
 足を掴んでいた神は下敷きになり、剣の攻撃もあって手は離れていた。

「はぁあああっ!!」

 そのまま怒涛の連撃を放ち、飛び退く。

「ッッ!」

 間髪入れずにアリシアが割り込み、霊術をぶつける。
 その霊術は“意志”に干渉し、心を挫く。
 神界の神を倒すためにとこよと紫陽が編み出した霊術だ。
 それによって、二人の神を沈める。

「深追いはするなよ。基本はとこよとあたしが相手をする。あんた達は実戦においてはまだ未熟だ。トドメを確実に叩き込むことを意識しな!」

「了解……!」

 霊術組の指揮は紫陽が行っていた。
 霊術は魔法よりも神を倒すのに向いているため、アリシア達は専らトドメ役だ。
 魔法で怯ませ、霊術でトドメを刺す。それを大規模な連携として行っていた。

「……あの中で援護もするのか……」

 紫陽は自身の指示するメンバーの戦いを援護しつつ、横目にそれを映す。
 そこには、何人もの神を同時に相手する優輝の姿があった。

「ふっ!……せぁっ!」

 射撃系の攻撃を躱し、避けきれないものはリヒトで逸らす。
 直接攻撃は導王流によって受け流し、それでも防ぎきれない攻撃は最低限のダメージにまで減らし、そのまま反撃に出る。
 針の穴に糸を通すように、そのまま神の懐まで肉薄。
 顎をかち上げ、即座に脳天から叩き割る。直後、チェーンバインドで捕縛。
 そのまま肉壁のようにその神を扱い、最後は吹き飛ばして他の神に当てた。
 その一連の流れを、まるで当然のように何度も行っていた。

「(本来ならそんな敵を肉壁にする(えげつない)戦法は管理局員としてあまり見過ごせないが……四の五の言っていられないな。最適な戦法でもあるし……)」

 敵を引きつけつつ、攻撃の穴に突貫して一人を怯ませ、そのまま利用する。
 囮に、盾に、武器に、そして弾丸として利用するその様は、まるで悪役のようだった。
 しかし、今の状況ではこうでもしなければならないのも間違いなかった。
 ……そのため、そんな禁じ手のような戦法を、優輝以外も使う事にする。

「『……ユーノ、いけるな?』」

「『……気が引けるけどね。でも、君の無理難題に比べれば、お安い御用さ!』」

 網のように張り巡らせていたバインドを、ユーノが手繰る。
 頑丈なバインドはただそこにあるだけでも足場や動きの妨害になっていたが、ここでユーノが操る事によってさらに手足に巻き付いて拘束するようになる。
 さらに、そこから振り回し、他の神々に当てるように操った。

「ふっ、やっ!」

 同じように、敵に敵をぶつけるという戦法はとこよもやっていた。
 元々単騎としての強さも頭一つ抜け、優輝と同等以上の強さを持つとこよ。
 優輝と同じように、敵陣を駆け抜けつつ、牽制の蹴りで神に神をぶつけていた。

「(牽制、連携、小細工。……どうにか持ち堪えているようだが……)」

 突出した戦力が敵陣を駆け回り、連携によって陣形を保ち、小細工で牽制する。
 それによって、何とか戦況は拮抗させる事が出来ていた。















   ―――……そう思えていたのは、そこまでだった。









「―――ぇ?」

 連携を以って目の前の神を足止めしていた優香が、間の抜けた声を上げる。
 なぜなら、そのすぐ横を人影が通り過ぎて行ったからだ。
 同じく光輝も、驚愕に一瞬体を硬直させていた。

「ぁ、ぐ……!」

「優輝!?」

 吹き飛んできたのは、優輝だった。
 否、厳密には優輝だけではない。

「ぐ、く……!」

「っ……冗談じゃないさね……!」

「サーラ、大丈夫ですか……!?」

「……何とか、まだいけます……!」

 とこよも、サーラも、同じように切り込んでいた者は須らく吹き飛ばされていた。
 優輝と違い、二人は咄嗟に紫陽とユーリが受け止めていたため、ダメージは比較的少なく済んでいた。……尤も、受け止めた二人も咄嗟に張った障壁を破られていたが。

「避けようのない、全方位への衝撃波……容易く障壁を破った所を見るに、理力の開放か……。ああ、分かっていたさ。まだ、お前らが全力を出していなかった事ぐらい……!」

 リヒトを支えに、優輝は先程吹き飛ばされた訳を分析する。

「ダメージは浅い。まだ戦える。……だが、肝心な事を失念していたな……」

「きゃぁあああっ!?」

「ぐ、ぁああっ!?」

 優輝の呟きと同時に、優輝達を閃光の雨が襲い掛かった。
 障壁で防ぎきる事も、躱しきる事も不可能だ。
 出来る事と言えば、ダメージを可能な限り減らす事。
 それすら出来ない者は、容赦なく吹き飛ばされていた。

「……あのとこよさんですら、中堅程度の強さにしか食い込めない。その情報すら信用ならないが、それが本当なら……総じて、個々の実力は向こうが上、か」

 閃光の雨を出来る限り逸らし、躱し、ダメージに耐えつつ優輝はそう結論付ける。
 分かっていた事、理解していたはずの事だ。
 だが、今までの戦いが上手く行っていたために、僅かにでも失念していた。
 ……本来なら、多少の小細工程度では押し潰される戦力差なのだ。

「(一度でも拮抗が崩れれば、そこからは敗北一直線だ。……その流れを、変える!)」

   ―――“霊魔相乗”

「二倍だっ!」

 霊力と魔力が螺旋状に混じり合い、身体能力を飛躍的に向上させる。
 ……ただし、その密度は緋雪達と違い、二倍のものとなっていた。

「シッ!」

 優輝は、既に一度霊魔相乗を完全に制御できるようになった。
 そして、ならばと次はその効果を底上げする行為に出たのだ。
 結果、相乗の密度を上げる事によって、限界以上の力が引き出せるようになった。

「ッづ!?」

「ふっ!」

 その効果は凄まじかった。
 神界において、負担を度外視できるために優輝は常に全力全開だ。
 全力の身体強化であれば、それはとこよやサーラですら動きが見切れなくなっていた。
 奏の瞬間的な速さをも上回る身体能力で、一気に神々を打ちのめす。

「くっ……ぉおっ!!」

 制御が甘いため、導王流の扱いが甘くなる欠点がある。
 しかし、それを考慮しても崩れかけた戦線を盛り返した。
 掌底やリヒトを用いて神を次々と吹き飛ばし、仕切り直しのように間合いを空ける。

「薙ぎ払え、焔閃!!」

 そして、そのまま一掃する勢いでリヒトを振る―――





「ッッ―――!!?」



 ―――おうとした所で、咄嗟に飛び退いた。
 刹那、寸前までいた箇所を“闇”が塗り潰した。

「躱しますか。さすがの速さです」

「ッ、ぁ……!」

 ……果たして、ソレを直視して震えずにいられたのは何人だけだったのか。
 濃密な“闇”の気配が、目で見て分かる程にまとわりついていた。

「……ああ、そうか」

 その存在を目にして、自ずと理解が出来た。
 目の前にいる存在は、今まで会って来た神界の神でも、規格外の存在だと。

「お前が、イリスか」

「……ふふ……」

 ただ何となく、その存在が“イリス”であると、本能的に理解する。

「……聞かせろ。なぜ、僕を狙う。僕に何があると言うんだ?」

 唯一、感情が無くなっている故に恐怖していない優輝が尋ねる。
 その問いは、ソレラに聞いたものと同じだった。

「……本当、人間は不便ですね。一度肉体が死ねば、魂が浄化されて記憶も消される。……せっかく、私は貴方の可能性(輝き)を見たいというのに」

「……答えろ」

「お断りします。答えたせいで、貴方に逃げられる……なんて事にはしたくないですし」

 飽くまで答えるつもりはないとばかりに、ふと腕を一振りする。
 まるで、上げていた腕を下ろすかのような自然な動き。
 攻撃の意志が感じられなかったため、優輝も咄嗟の反応を起こさなかった。

「っ、ぁあああ……!?」

「ぅ、ぁ……!?」

「ぐっ……!?」

 だが、すぐにその考えは改めさせられる。
 優輝の後方で、何人かが苦しむ声が聞こえた。

「彼女達は“闇”に関する者。……となれば、私の支配下です」

「まさか……洗脳か!」

 声を上げていたのは、ユーリ、すずか、紫陽、とこよ、リイン以外の八神家、マテリアルの三人。……そして、神夜だ。

「(全く予備動作がなかった……!ここまであっさりと……!)」

 ユーリは砕け得ぬ闇、すずかは夜の一族なため。
 紫陽ととこよは幽世の存在なため。
 八神一家は、夜天の書の関係者なため。リインはそれを基にしただけで、存在自体は無関係なため、影響を受けなかった。
 同じく、マテリアルの三人も紫天の書の関係者なため影響を受けた。
 神夜の場合は、以前に魅了の力を与えられたため、それが影響したのだろう。

「まずは仲間割れ……尤も、こちらからの攻撃も続けますが。……さて、追い詰めていきましょうか。さぁ、早く絶望を見せてください……!」















   ―――一手。……たった一手で、複数の味方が一瞬で洗脳されてしまった。

















 
 

 
後書き
以前は書いていませんでしたが、アンラ・マンユの姿はスマブラSPのダーズを瘴気っぽくした感じです。 

 

第211話「吠えよ叛逆の力」

 
前書き
前回ラストに引き続き、神夜回。
若干光の奴隷っぽくなっていますが、神界なら何もおかしくないです。
 

 







「……ん?」

 ソレに気付いたのは、包囲する神々の端にいた神だった。
 包囲網の半分程の神は、まるで嬲るように優輝達の戦力を追い詰めていた。
 戦闘に入っていないために、ソレにすぐ気づいたのだ。

「あれは……」

「………」

 そこにいるのは、神夜。
 未だ洗脳に抵抗しているだけの、矮小な人間。
 それが神々に大体共通している認識だ。

「―――」

 だが、その認識は覆される。
 フェイトとアルフが、神々の一人に翻弄されていた。
 その神に、神夜は一気に肉薄する。

「っつ……!?」

 フェイトに対し振るわれようとした攻撃を、肉薄した勢いを乗せて弾き飛ばす。
 仰け反った神の頭を掴み、そのまま膝蹴りを見舞う。

「潰れろ」

   ―――“射殺す百頭(ナインライブズ)

 間髪入れずに、剣が振るわれた。
 瞬時に九連撃を放ち、神は挽肉のようにひしゃげ、切り刻まれた。
 
「はぁっ!」

 反撃どころか再生の暇も与えない。
 そうと言わんばかりに、魔力弾が四方八方から神を襲う。
 そして、正面から神夜は掌に魔力を集め、砲撃魔法でその神を消し飛ばした。





「―――まだだ!」

 だが、それだけでは神は倒せない。倒せるはずがない。
 それを理解しているために、追撃の手を緩めない。

「フェイト!アルフ!合間の援護を頼む!」

「っ、うん……!」

「わかったよ!」

 消し飛ばしたはずの神は、五体満足となってそこにあった。
 神界において、既に何度も見た展開だ。
 物理的なダメージでは、神を倒しきれない。
 そのため、間髪入れずに次の攻撃に移った。

「このっ……!」

「ふんっ!!」

 気合一閃。神の反撃を、真正面から神夜は弾き飛ばす。
 その威力は神夜の身体能力を以てしても本来は逸らす事すら難しいものだ。
 だが、“意志”で左右できる神界且つ、覚悟の決まった神夜なら弾き飛ばせる。

「なっ……ッ!?」

「歯を食いしばれ……!」

   ―――“射殺す百頭(ナインライブズ)

 弾かれた事に僅かに動揺する神。その隙をフェイトは見逃さなかった。
 移動魔法と併用して魔力弾を先行、命中させる。
 直後に直接切りかかり、最後に魔力を使って目晦ましを食らわせる。
 同時にアルフがチェーンバインドで拘束し、神夜が再び九連撃を放った。

「まだまだ!!」

 魔力弾で怯ませ、バインドで拘束。連撃を叩き込む。
 怯ませ、拘束し、叩き潰す。ただ攻撃し、切り刻み、叩き潰す。
 斬って、斬って、斬って、斬って斬って斬って斬る斬る斬る斬る斬る斬る……!

「ぉおおおおおおっ!!!」

 反撃の暇は与えない。ただ斬り、潰し、殺す。
 神の“意志”が挫けるまで、神夜は“意志”を込めて斬り続ける。

「これでっ!!」

 一際強く上から攻撃を叩き込む。
 攻撃を食らった神は地面へと叩きつけられ、また直後にバインドで拘束される。

「フェイト!」

「“プラズマスマッシャー”!!」

 神夜がフェイトへと呼びかけ、同時にフェイトが砲撃魔法を放つ。
 カートリッジ3発を乗せた強力な一撃が直撃する。

「終わりだ!!」

 爆風が晴れぬ間に、神夜は魔力を掌に集め、その中を突っ切る。
 そして、その魔力を直接ぶつけ―――

「させないよ」

「ガッ!?」

 ―――ようとした瞬間に、横合いから蹴り飛ばされた。

「……ちぃっ……!」

「ふーん、ただの道化、道端の石程度に捉えていたけど……躓くくらい、か」

 蹴り飛ばしたのは、包囲していた神の一人。
 神夜の動きに最初に気付いた神だ。

「念のため潰しておこう。可能性は少しでも減らした方が、イリス様のため―――」

「ごちゃごちゃうるさい」

「っ……!」

「潰れろ、そして倒れてろ……!」

 口上を述べている間に、吹き飛んだはずの神夜が肉薄していた。
 そのスピードは、一瞬意識が逸れていたとはいえフェイトが見逃す程だった。

「“凍れ(Frieze)”」

「ぉおっ!!」

 神の“性質”により、一瞬で神夜は氷の彫像となる。
 そして、一瞬でその氷が砕けた。

「俺の“意志”の邪魔をするな!」

「化けた、だと……?こいつはまた―――」

「ぉおおおおおおおおっ!!!」

 バインドで固定し、切り刻む。
 一撃一撃が確固たる“意志”の籠ったもので、確実に神の“意志”を削る。

「調子に、乗るな……!」

「こっちのセリフだ!!」

 攻撃を食らいながらも神は反撃を繰り出す。
 だが、神夜はそれをクロスカウンターの要領で逆に攻撃を決める。

「こいつならどうだ!」

   ―――“縛鎖潰撃・過重射殺(ナインライブズ・オーバーロード)

 魔力が剣に圧縮され、その状態で九連撃を叩き込んだ。
 直後、斬られた部分から魔力が炸裂。神を粉微塵に吹き飛ばした。

「が……ぐ……!?」

 魔力の爆風が晴れると、そこには満身創痍の神がいた。
 物理的ダメージが存在しない神界において、満身創痍になっていたのだ。

「……あれだけ攻撃しても倒せなかったのに……」

「終わりだ」

 フェイトの呟きも余所に、神夜がトドメの一撃を決める。
 脳天からかち割られるように攻撃を食らった神は、その場に沈んだ。

「……ふっ!」

 それを見届けた神夜は、少し周囲を見渡し……砲撃魔法を放った。

「ぐっ……!」

「沈め!」

 魔法を放った先には、横槍でトドメが刺せなかった先程の神。
 フェイト達も遅れて反応し、バインドで拘束して動きを止める。
 その間に神夜は肉薄して頭を掴み、地面に叩きつけた。
 それだけじゃなく、その上から斬撃と魔力弾。さらには砲撃魔法を叩き込む。
 一つ一つの攻撃に“意志”が籠っていたため、間もなくその神は気絶した。

「……凄い……」

 戦闘に一段落着き、フェイトが呆然とした様子で呟く。

「……まだ戦えるか?」

「……もちろん」

 肩で息をしながらも、神夜はフェイトに尋ねる。
 その問いに、フェイトははっきりと答える。

「よし、行くぞ」

「さっきの……今までよりも遥かに速く動けていたけど……」

「……さっき、何人かが一斉に洗脳されただろ?」

 さっきの強さが気になったフェイトが移動しながら尋ねる。
 先行して背中越しに神夜は語りだす。

「俺も、その影響を受けた。元々、あの魅了の力があの神の仕業だったんだろう。だから、そこから俺も洗脳される所だった」

「……“だった”?」

 神夜の様子からして、正気なままなのはフェイトにも分かっていた。
 そのため、すぐに聞き返す。

「ああ。……“意志”で抵抗出来た。洗脳される時、俺の中の思考も、感情も、何もかもが弄られるような感覚……あれが嫌だった」

「それは……」

 神夜の言いたい事は分かる。
 何せ、魅了が解けた後のフェイト達も同じような思いをしたからだ。

「……あぁ、本当に嫌だった。今でさえ、怒りで狂いたくなる。……あんな事を、俺に無自覚にさせていた事含めて……ふざけるなと……!人の思いを、なんだと……!!」

「っ……!」

「神、夜……」

 握り拳から血が流れる程に、神夜は怒りと悔しさから拳を握っていた。
 洗脳に関して“お前が言うな”と言おうとしたアルフも、その様を見て息を呑んだ。

「俺がこう思う資格なんて、皆を魅了していたんだからないとは思う。……でも、許せない。許せないんだよ。だから、さっきは……」

 今まで無自覚とはやってきた事だからこそ、許せない。
 その想いが、神夜の背中からありありと感じ取れた。

「……大丈夫」

「え……?」

「神夜がそう思うのはおかしくないよ」

 だからこそ、フェイトは神夜を“肯定”する。
 この場において、神夜も被害者だ。
 いつまでも蟠りを持っていても仕方がない。

「(……やっぱり、神夜は神夜だ。あの時から、ずっと変わってない)」

 そして、同時に安心していた。
 あの時、自分の心を助けてくれた神夜は、間違いなく本心からの行動だったのだと。
 魅了の力も関係なく、その行動が嬉しかったのだと、確信出来た事に。

「……行こう。皆を助けに」

「……ああ」

 それならば、何も文句はないと、フェイトは次を促す。
 神夜もその意を汲み、次の神へと狙いを定める。

「っづ……ぁあっ!?」

 ……直後、そこへアリシアが飛んできた。

「アリシア……!?」

「お姉ちゃん……!?」

「っ、神夜にフェイト、アルフも……!」

 吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた所でアリシアは体勢を立て直す。
 同時に三人に気付き、気にしてる暇はないと正面に注意を戻す。

「ッ……!!」

   ―――“弓奥義・朱雀落”

 刹那、アリシア達に向けて赤い極光が迫りくる。
 対し、アリシアが強力な矢の一撃を放つが……

「(穿つ事も、できない……!)」

 穴は開いた。しかし、それだけでは結局四人とも極光に呑まれてしまう。

「ぉおおおっ!!」

 そこへ、神夜が割り込んだ。
 魔力を伴った攻撃を何度も叩き込み、それでも凌ぎきれない威力をその身で耐えた。

「し、神夜!?」

「はぁっ!!」

 気合一閃。かなりのダメージを受けたが、これで敵の攻撃を凌ぎ切った。
 突然の割り込みと、攻撃を凌いだ事にアリシアは驚愕する。

「ぐ、っ、まだまだ……!」

 酷いダメージ。そう思えるのは一瞬だった。
 神夜がそう言って立ち上がった時には、既にダメージは消えていた。
 実際は、まだ体にダメージは残っているが、少なくとも目に見えるダメージはなかった。

「ッ……!(凄い気迫……一体、何があったの……?)」

 立ち上がった神夜を見て、アリシアは慄く。
 その背から、強烈な“意志”を感じたからだ。

「ぁ、避けて!!」

 フェイトが何かに気づき、慌てて警告する。
 直後、アリシア、フェイト、アルフの三人はその場から逃げるように飛び退いた。

「ちょ、神夜!?」

 だが、神夜のみ、その場に残っていた。
 そして、フェイトが警告した理由……神からの攻撃が寸前までいた場所に着弾した。
 その攻撃は、先程アリシアが相殺できず、神夜が耐え凌いだもの。
 それも、威力は先程よりも大きいものだった。

「―――ぉ」

 それを。

「―――ぉおおお……!」

 神夜は。

「―――ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 貫くように、突き抜けた。

「ッッ!?」

 その様に、アリシアだけでなく、フェイトやアルフ、攻撃を放った神も言葉を失う。

「っっらぁああああああああああああ!!」

 そして、極光を突っ切った神夜は、その勢いのまま、神を殴りつけた。

「ご、ぉ……っ……!?」

「っ、ぁあっ!!」

 殴りつけ、頭を掴み、真下へ投げつける。
 直後、魔力弾を先行させ、さらに砲撃魔法で追撃する。

「追撃ぃ!!」

「っ、了解!」

「ッ……!」

「あいよぉっ!」

 叫ぶような神夜の指示に、アリシア達もすぐに反応する。
 神が叩きつけられた場所へ、フェイトの魔力弾とアリシアの霊術を先行させる。
 ほぼ同時に、アルフがバインドを放ち、拘束を試みた。

「合わせろ!」

「オーケー……!」

「わかった……!」

 間髪入れず、アルフ以外の三人で肉薄。
 アルフに拘束を任せ、三人で近接戦を仕掛ける。
 アリシアは武器を斧に変え、フェイトもザンバーフォームに変え、攻撃重視にする。
 そして……

「ぉおおおおおおおっ!!」

「やぁあああああ!!」

「はぁああああっ……!」

 斬る、斬る、斬る……!!
 神夜の剣が、アリシアの斧が、フェイトの大剣が。
 神の再生を許さないように、体を切り刻む。
 それだけじゃない。三人の気合を込めた一撃一撃が、神の“意志”を削っていく。
 力量で勝っていてもそれで戦闘に勝てる訳ではないと、知らしめるように。

「ぉおおお、ぉおおおおおおお……!」

「「っっ……!」」

 爆ぜる。理力が衝撃波となり、三人を吹き飛ばす。
 同時にアルフのバインドも解けてしまう。
 一手。たった一手で状況が覆されてしまう。

「―――弾けろ、赤雷!」

「ッ、まずっ……!」

「バルディッシュ!」

   ―――“扇技・神速”
   ―――“Blitz Rush(ブリッツラッシュ)

 咄嗟にアリシアとフェイトは速度強化の霊術及び魔法を使う。
 直後、その速度すら上回る勢いで、敵の神が動いた。

「ぐっ……!」

「ぁあっ……!」

「(速すぎて、バインドで捉えられない……!)」

 辛うじて、最低限の防御は間に合うが、アリシアとフェイトは吹き飛ばされる。
 アルフがバインドで阻止しようとしたが、そのスピードは捉えられなかった。

「神夜……!」

 間髪入れずに、神は次の相手を狙う。
 その対象は、当然ながら神夜だ。
 刹那の間、フェイトは神夜を案じて名を呼び……

「ッッ!!」

 ……そして、神夜の拳が神を捉えた。

「……速いからなんだ?強いからなんだ?……それがどうした?」

 憤怒を抱えた瞳で、殴り飛ばした神を見下ろす。

「それで俺の怒りが収まるとでも?」

「こいつ……!」

 神夜が優勢になっているのは、偏に“怒り”が強いからだ。
 “意志”が左右する神界において、神界以外の存在は()()()()()()()
 戦闘が“戦闘”として成り立つように、少なからず神界も他世界の影響を受けている。
 つまり、状況によっては他世界の存在が神界での事象を塗り潰す事も可能なのだ。

「(……何か、きっかけがあったんだね)」

 知ってか知らずか、神夜はそれを実行していた。
 魅了や洗脳に対する“怒り”が、神の圧倒的強さを“些事”と捉え、無視していた。
 その結果が、神の攻撃を悉く凌ぎ、圧倒している事だった。

「(いいね。その“感情”。私もあやかろうかな)」

 体勢を立て直したアリシアは、神夜のその様子を見て一つの霊術を用意する。
 それは神界の戦いに備え、とこよと紫陽が編んだ特殊な霊術。
 “意志”を通して効果を発揮する、この状況に打ってつけの霊術だ。

「……示す意志は“怒り”」

 術式起動のための言葉を紡ぐ。
 “意志”を汲み取るため、まずはその対象を指定する。

「術式、起動。“意志鏡映力成(いしきょうえいりきじょう)”」

 鏡のような霊力が神夜を包む。

「その“意志”、借りるよ!」

「アリシア……?」

 訝しむ神夜だが、それより先にアリシアが術を発動させる。

「吠えよ叛逆の力!!」

 アリシアの眼前に術式が浮かび上がる。
 神夜の“意志”を汲み取り、その力が剣となり、矢となる。

「神を穿て、“Rebellion Mistilteinn(リベリオンミスティルテイン)”!!」

 怒りを表す赤を纏った極光が、放たれた。

「ッッッ………!!?」

 その威力に、極光を放った本人であるアリシアすら仰け反った。

「この程度!」

「(まずい……!)」

 同時に、アリシアは“これではダメだ”と思った。
 今相手にしている神は、先程赤い極光を放っていた。
 他にも、炎の霊術など“赤”に関するものは当然のように無効化していた。
 中にはそのまま投げ返してくる事さえあった程だ。
 その上、先程は赤い雷を纏い、襲い掛かって来た。

「(少なくとも、“赤”が関係していると効かない……!)」

 そこから推測するに、相手の神は赤に関する“性質”があるのだと考えられる。
 そして、今放ったのは赤を纏った極光だ。
 アリシアの推測が正しければ、それも無効化されてしまう。

「な、に―――!?」

 果たして、その推測は半分当たり、半分外れていた。
 威力が段違いだったのか、込められた“意志”が強かったのか、神は戸惑った。
 それだけでなく、受け止めた状態で押されていたのだ。

「馬鹿な、これほどの“意志”を……!?」

「神夜!!」

「ま、か、せ、ろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 無効化ないし跳ね返されないのなら、とすぐにアリシアは神夜を呼ぶ。
 アリシアの意図を理解した神夜は跳躍し、自ら極光へと飛び込む。

「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

   ―――“Rebellion Longinus(リベリオンロンギヌス)

 “意志”を込め、拳を振るう。
 受け止められていた極光が凹み、槍となって神の体を貫く。
 そのまま極光が神の体を呑み込み、炸裂した。

「はぁっ、はぁっ、ふぅ、っ、はぁ~……」

「神夜、大丈夫……?」

 神を倒した事を確認し、神夜は荒い息を吐き出す。
 フェイトが心配し、支えると、その体に大量の汗を掻いているのが分かった。

「……あれほどの“意志”を維持し続けたんだから、そうなるのも無理はないよ」

「っづ……!?」

「神夜!?」

 怒りという強い“意志”を抱き続けた神夜。
 その“意志”の強さはかなりのものだったが、反動も大きかった。
 神夜は頭を押さえ、その場に膝を付いた。

「……神夜、まさか……」

「っ、ふざ、けるな……洗脳されて……たまるか……!」

「洗脳に抗いながら戦ってたの!?っ、とにかく、術を……!」

 疲労した事により、再び洗脳の効果が働き始めた。
 未だに抵抗する神夜だが、一度落ち着いてしまったために、抗いきれない。
 即座にアリシアが霊術の準備をする。

「フェイト!アルフ!周囲の警戒!」

「うん!」

「あいよ!」

 周囲の警戒を二人に任せて、術式を組み立て終わる。

「ッッ……!」

   ―――“秘術・ 魂魄浄癒”

 霊力を流し、光が神夜を包み込んだ。

「っ……ぁ……?」

「どう?」

「……な、なんとかな……」

 術は成功し、洗脳の効果を打ち消した神夜。
 それを見ていたフェイトとアルフも安堵していた。

   ―――“戦技・隠れ身”

「……気休めだけど、これで……って、ちょっと待って神夜!」

「他の皆も戦っているっていうのに、じっとしていられるか……!」

「そうだとしてもだよ!一旦落ち着いて!」

 霊術で身を隠し、束の間の休息を取るアリシア。
 すぐにでも次に行こうとする神夜を、何とかして止める。

「普通に横入りした所で、あまり意味はないよ。……不意打ちとまでは行かなくても、こうして一旦落ち着いてから行った方が上手く行く」

「でも、そんな悠長な事は……」

「してられないね。だけど、それで慌てても結果は同じ。劣勢になってから、何人の神を倒せたと思う?」

 その言葉に、フェイトは黙り込む。
 全員の討伐数を合計しても、アリシア達全員の数にも満たないのだ。

「優輝のあの身体強化は驚異的だった。でも、それでも“倒せない”んだよ。……神夜のように、驚異的な“意志”をぶつけなくちゃ、本当に倒せない」

「……そう考えると、協力したとはいえ三人も倒せたのかい。神夜は」

「……えっ、そんなに?」

 まさか先程の神に加え二人も倒していた事に、アリシアはつい驚く。

「……まぁ、とにかく。神夜もさっきので分かったでしょ?いくらなんでもあの“意志”を保ち続けるには無理があるの。せめて、少しインターバルを置かないとね」

 話の腰が折れたが、咳払いをして話を戻すアリシア。
 現在の神夜は、先程までの驚異的な力を発揮できないでいる。
 反動が来たため、強い“怒り”を保てなくなったのだ。

「それに、洗脳された人を助けないといけないしね」

「助けるって……さっきの霊術?」

「そう。他に使えるのは優輝とアリサ、すずか。それととこよさんと紫陽さん、鈴さんだね。司と奏、緋雪も使えるけどこの場にはいないし」

 一応、霊術を扱えるメンバーは全員洗脳解除の霊術を扱える。
 得意不得意の差で、発動までのタイムラグはそれぞれ違うが、今は関係ないだろう。

「洗脳を受けたのは、すずか、リイン以外の八神家全員、マテリアル三人とユーリ、それととこよさんと紫陽さんだね。それと神夜……は言わずとも分かるか」

「そんなに……あの一瞬で?」

「そうだよ。内、はやて達とディアーチェ達の洗脳はさっき解いたよ。すずかはアリサが相手しているから、そのまま勝てばアリサが何とかする。とこよさんと紫陽さんは……少し戦闘の様子が見えたけど、上手く式神に意識を逃がしたみたい。あっちも大丈夫かな?」

 状況把握と整理を済ませ、次の行動方針を決める。
 人員を割いているとはいえ、大体に適材を充てている。

「……ユーリは?」

「サーラさんが相手してるよ。……まぁ、私が介入すべきなのはここだね。戦闘自体はともかく、サーラさんじゃ洗脳は解けないからね」

「じゃあ、そっちに行くのか?」

「方針としてはね」

 “でも”と続け、アリシアはどうするのか語る。

「妨害が絶対に入る。今言ったメンバー以外は、皆神や“天使”を相手にしているけど、正直片手間であしらわれているよ。さっきの私みたいにね」

「………」

「相手側には余裕がある。包囲して高みの見物しているのもいるぐらいだし。……だから、絶対にあっさりと私達の動きは阻止される」

 それだけ聞けば、どう動いた所で変わらないのかと思われる。
 だが、アリシアは一つ当てにできるものがあった。

「ここで、さっきの神夜の“意志”が関わってくる。……正直、さっきの力を出せって言われても無理だと思っちゃうね。……でも、“意志”さえあれば、打倒できると分かった。それだけでも、大きな収穫だよ」

「“倒せない”と思っていたのを、“倒せた”から……?」

「その通り。そういった“意識の変化”も、多分ここでは影響すると思う」

 攻撃しても倒れる気配がなかった。
 “倒せない”と言う思いが根付き、そのために余計に苦戦していたのだ。
 それが、神夜の行動によって払拭された。
 突破口が開かれたのだ。

「こんな遠回りな言い方をしたけど……行動方針としては、見敵必殺。妨害を受けるなら、妨害してきた神を倒して進む。これに限るよ」

「なっ……!?」

「元々どう行動しても同じなんだよ。だったら、せめて最短で目的まで辿り着かないとね。どの道、窮地はまだ脱してないのだから」

 驚くアルフを他所に、アリシアは“それで構わない?”と目配せする。
 神夜は即座に頷き、フェイトも覚悟を決めて頷いた。
 アルフも少し遅れながらもフェイトが覚悟を決めたため、追従するように頷いた。

「じゃ、これで作戦決行!この霊術は本当に無意味に近いから、一直線に行くよ!」

「目標はユーリ。援護に入って撃破。後に霊術で洗脳解除」

「立ち塞がる神は倒す」

「つまりゴリ押しって事だね」

 会話中にコンディションは回復した。
 すぐにでも全力を再び出せる。
 視界にユーリとサーラを収め、一歩を踏み出した。

「行くよ!!」

 アリシアの合図と共に、四人は一気に駆け出した。















 
 

 
後書き
凍れ(Frieze)…“水色の性質”を持つ神による言霊擬き。文字通り予備動作なしに対象を凍らす。流し目のように放つだけでも絶対零度級なのだが、あっさり砕かれた。

縛鎖潰撃・過重射殺(ナインライブズ・オーバーロード)縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)射殺す百頭(ナインライブズ)の合わせ技。実質オーバーロード九発分。

意志鏡映力成…“意志”を鏡のように映し、力と成す。文字通りな霊術。人の意志を通して、その意志に比例する力を引き出す霊術。対神界の神用霊術。

Rebellion Mistilteinn(リベリオンミスティルテイン)…神夜の“怒り”を汲み取り、“意志の力”として攻撃に変えた結果の技。叛逆を示す剣または矢となり、神を呑み込む。

Rebellion Longinus(リベリオンロンギヌス)…リベリオンミスティルテインを神夜の“意志”で後押ししたもの。拳より突き出された“意志”が極光を槍へと変え、神を貫く。


神夜の覚醒は本当に一時的です。また力を引き出せても、今回程の力は出ません。
限定的な力だからこそ、神を三人も倒せたのです。 

 

第210話「洗脳と抵抗」

 
前書き
前回、描写していませんがソレラも優輝達のいる場所へ来ています。
 

 






「う、ぐ、ぁあ……!」

「すずか……!」

 蹲り、何かを抑えるような仕草をしながら呻くすずか。
 そんなすずかを、傍にいたアリサが心配する。

「はやてちゃん!皆!」

「ユーリ!」

「とこよ!紫陽!」

「神夜まで……!」

 すずかだけじゃなく、他にも同じように苦しんでいるのを、傍にいる者が心配していた。

「ッ……離れて!」

 心配し、油断していた。
 それ故に、すぐに反応できたのはサーラと鈴だけだった。

「っぐ……!」

「きゃあっ!?」

 苦しんでいたはずのすずか達が、振り払うように霊力及び魔力を放出する。
 ユーリに至っては、魄翼を使ってサーラを潰そうとしていた。
 その攻撃に、サーラ以外は咄嗟の防御の上から吹き飛ばされた。
 唯一、サーラはアロンダイトで攻撃を凌いでいた。

「すずか!?何を……」

「………」

「ッ!?(魔眼!?しまっ……!?)」

 何とか体勢を立て直し、アリサはすずかに問い質そうとする。
 しかし、すずかは無言でそのまま魔眼を発動させた。

「(っ、これ、思考が……まさか、精神干渉!?すずか、トラウマだったはずじゃ……いえ、それよりも、まずい、いや、やめ、ぁ……)」

 すずかの魔眼は、夜の一族として魅了……つまり精神干渉も可能だ。
 魅了されていた経験から、その力は使わないようにしていたが、それを容赦なくアリサへと使っていた。

「させない!」

 対策の霊術が間に合わず、心を掻き乱されそうになる。
 その時、アリシアが割込み、魔眼を中断させた。

「……っ、アリサ!」

   ―――“心身治癒(しんしんちゆ)

 すぐに術式を編み、僅かにでも精神を掻き乱されたアリサを治療する。
 体だけでなく、心も治癒する霊術なため、アリサはすぐに落ち着いた。

「すずか、なんで……!?」

「『洗脳だ。イリスによって、何人かが一瞬で洗脳された。気をつけろ』」

「『優輝!?洗脳って……!』」

 伝心によって、優輝からすずかは洗脳されていると伝えられる。
 アリシアがどういうことなのか聞き返そうとするが、優輝の方でも戦闘が再開されたため、結局聞けずに伝心は途切れてしまう。

「っ……アリサ!とにかくすずかを止めるよ!」

「……いえ、アリシアは別の所に手を回して」

 とにかくすずかを止めようと、アリサに呼びかけるアリシア。
 しかし、アリサはそれを制し、他へ助力へ行くように言う。

「忘れたの?今ここには、神々どころか黒幕もいる。……こっちにはあまり人員は割けないのよ。だから、あたしだけですずかを止めるわ」

「アリサ……!?……っ、確かに……」

 すずか一人なら二人で抑え込まなくても、アリサ一人で相手に出来る。
 対し、他の神々は複数人でないと相手すら出来ない。
 そう考えれば、アリサ一人の方が効率はいい。

「行きなさい」

「……任せたよ!」

 完全に納得いかないとはいえ、理解したアリシアはその場を離脱する。
 アリサはそれを見届け、改めてすずかと対峙する。

「……全ては……イリス様の、ため……」

「(うわ言のように……まだ洗脳が定着していない……?すずかも、抵抗しているのかしら?……いえ、今はそんな事関係ないわ)」

 フレイムアイズを構え、刀身に炎を纏わせる。
 すずかもスノーホワイトをトライデントの形にして、冷気を伴いつつ構える。

「邪魔者は……排除する……!」

「ッ……!」

 身体能力はすずかの方が上だ。
 だが、反射神経と咄嗟の判断ならアリサも負けていない。
 一気に間合いを詰められ、振るわれた槍の一撃を、アリサは受け止める。

「目を覚ましなさい……すずか!!」

 力負けする所を、槍を逸らすことで凌ぐ。
 直後に氷の霊術がアリサの足元から発動するが、アリサは飛び退いて躱す。
 同時に炎の霊術をばらまき、反撃する。

「(とにかく、すずかを止める!)」

 洗脳されて、本望じゃない行動をさせられている。
 そんなすずかを、アリサは当然のように見ている事は出来なかった。

「(速い……でも、これぐらい……!)」

 全体的に身体能力のスペックが高いすずかは、かなりの速さでアリサと斬り結ぶ。

「っづぅ……!」

 槍の穂先で僅かに剣が上に弾かれ、間髪入れずに爪による一撃が迫る。
 すぐさま剣を盾にしたが、爪に氷を纏わせ強化していたのか、想像以上の威力だった。
 踏ん張り切れずに後退するが、すぐにその場で剣を薙ぎ払う。

「っぶないわね……!」

 炎を纏わせた一撃によって、仕掛けられていた霊術……氷血旋風を凌ぐ。
 すぐさま今度はアリサが間合いを詰め、攻勢に出る。

「(総合的に見れば、すずかの方が強い。身体能力や戦い(こっち)の才能とかのポテンシャルは、すずかの方が上だものね。……でも!)」

 再び斬り結ぶ。穂先が剣を逸らし、返す刃が穂先を逸らす。
 だが、拮抗はすぐに崩れた。
 穂先が僅かに剣を弾き、続けざまに振るわれた柄がさらに剣を大きく弾いたのだ。
 大きな隙を晒し、そのまま一回転した槍の穂先がアリサに迫る。

「だからって勝てると思わないで!」

「ッ……!?」

 その瞬間、アリサの空いた片手に炎が収束する。
 その中心には一枚の御札。それを核として、炎の剣が作られる。
 そして、その剣が逆に槍を弾き返した。

「さて……久しぶりに勝ち星を貰うわよ。すずか!」

 デバイスと霊力の炎による剣。
 その二刀を以って、アリサはすずかに挑みかかった。













「はやてちゃん!しっかりしてくださいですぅ!」

「ぅ、ぁぐ……!」

 一方で、はやて達も洗脳に苦しんでいた。
 “夜天”と言うだけで、“闇”の要素が比較的少ないのか、すずかよりも抵抗出来ている。しかし、だからと言って無効化出来ている訳ではなかった。

「ど、どうすれば……!」

 唯一、アインスの融合騎としての後継機でしかないリインは、その“闇”となる部分がないため、洗脳の範囲外に逃れていた。
 しかし、はやてとのユニゾンは強制解除され、単体ではほぼ何も出来ない。

「リイン、逃げ……!」

「ぁ……!?」

 辛うじて意識を保っていたはやてが、警告を発する。
 リインが視線を向けると、そこには魔力弾を撃ち出すヴィータの姿が。
 洗脳に抵抗し、その威力は弱いとはいえ不意打ちだ。
 回避も防御も間に合わなかった。

「っ……!……?」

「ふむ、間に合ったか」

 その時、魔力弾が違う魔力弾によってかき消される。
 リインを庇い立つように、三人の人影が並び立つ。

「クロハネの後継機……ええい、リインよ、早く行かんか……!」

「えっ、でも……」

 リインは渋る。それははやてが心配だから、だけではない。
 助けに入ったディアーチェ達マテリアル三人も、苦しそうにしていたからだ。

「洗脳など片腹痛いわ……!我らを操りたければ、この三倍の力は持ってこぬか……!」

「ッ……!」

 どう見ても無理をしている。それがリインにも見て取れた。
 “夜天”であるはやて達よりも、闇の書の防衛プログラムや砕けえぬ闇に関わりのある“紫天”の方が“闇”の要素は強い。
 また、ディアーチェに至っては自らを“闇統べる王”と言う程だ。
 虚勢を張って無理をしなければ、すぐに洗脳されてしまう状態だった。

「王様、無理しちゃダメだよ……?」

「たわけ……彼奴が正気に戻るまで、我が堕ちる訳にはいかぬ……!」

「……との事ですが……返答は如何に?夜天の主……」

 今にも洗脳に堕ちそうになるディアーチェに、レヴィが肩を貸す。
 その間にシュテルがはやてに問いかける。

「ッ……それは……私もちゃんとせんといかんなぁ……!」

 ディアーチェのその在り様に、はやての瞳に再び光が灯る。

「リイン……!もう一度ユニゾンや……!その方が、抵抗できる……!」

「っ、はいです!」

 すぐに判断を下し、リインと再びユニゾンするはやて。
 ユニゾンし、二人分の“意志”を持つ事で抵抗力を高めるためだ。

「アインス!シグナム!ヴィータ!シャマル!ザフィーラ!……夜天の書の主、八神はやての名において命ずる……正気に戻りぃ!!」

「っ、はや、て……!」

 はやてが未だに苦しむ家族に向けて、喝を飛ばす。
 アインスやヴォルケンリッターも、その“意志”は弱くない。
 故に、たったその一言だけで、洗脳されきっていない今なら正気に戻る。

「させん……!」

 だが、そんなに大人数が一か所に固まっていれば、それは恰好の的だ。
 神々の一人が、はやて達に攻撃を仕掛けようとする。

「それはこっちのセリフだよ……!」

「邪魔はさせない……!」 

 その事に気づいていた、クロノとユーノがそれを阻む。
 バインドで動きを阻止し、その間にクロノの魔力弾で怯ませる。
 直後にユーノが魔力を衝撃波に変え叩きこむ“徹衝”で吹き飛ばす。
 ダメージはほとんどない(あったとしても意味がない)にしても、これで時間が稼げた。

「“意志”をしっかり保って、抵抗する……!呑まれたら、あかん……!」

「……ようやくか。まったく、世話を焼かせおって……」

 まだ洗脳の影響は残っている。
 事実、今もはやて達の“意志”を挫こうと、強烈な頭痛が襲っている。
 だが、それでもはやて達は洗脳への抵抗に成功した。

「ありがとなぁ、王様……。王様もきついやろに……」

「ふん、小鴉と違い、我は闇統べる王ぞ。この程度……と言いたい所だが……」

『はやてちゃん!四方に神界の神が……!』

「この状況で、神の相手はきついなぁ……“天使”でも変わらんけど……」

 洗脳の影響で苦しむはやて達を囲うように、神と“天使”が立ち塞がる。
 先程加勢したクロノとユーノも、相手の神によって引き離されている。
 万全でも勝てるかわからない相手に囲まれてしまったのだ。

「せめて、この頭痛が収まれば……」

「洗脳の影響を何とかすればいいんだね?」

「……え……?」

 それでも戦おうとするはやて達の中から、別の声が聞こえる。
 そちらに声を向けると……

   ―――“戦技・隠れ身”

「私に任せて!」

 そこには、霊術で身を隠していたアリシアがいた。

   ―――“秘術・神禊”

「っ……少しは楽になったけど……」

「足りない……!?じゃあ、だったら……!」

 浄化系の霊術が効かないとわかり、アリシアは別の霊術を用意する。

「椿ととこよさん、紫陽さんが完成させた術式、ここで使う事になるなんてね……!」

   ―――“秘術・魂魄浄癒(こんぱくじょうゆ)

 それは、以前椿が完成させようと組み立てていた術式。
 本来なら、神夜の魅了を解除するために使う予定だった術式だが、とこよと紫陽の協力で、より効果の強い術式として完成した。
 そんな霊術を、アリシアははやて達に対して発動させる。

「これなら、どう?」

「……ん、頭痛がなくなったわ。ありがとうなぁ、アリシアちゃん」

「抵抗されたら意味がないって弱点があるけどね……さて」

 改めて、アリシアは周囲を見渡す。
 包囲は相変わらず。妨害を受けなかったのは、辺りに残る魔力の残滓から、クロノやユーノ、他のメンバーが何とかして妨害していたのだろう。
 だが、それがなくなった今、アリシア達に攻撃が加えられる。

「ここからが本番だよ!私は他の洗脳された人を浄化してくる。任せてもいい!?」

「大丈夫や!王様もええな!?」

「誰にものを言っている!ええい、ちびひよこも早く行けぃ!」

「ちびっ……!?なんてあだ名なの!?ああもう、任せたよ!」

 慌ただしくも迅速に行動する。
 はやて達は戦闘態勢に。アリシアは他の救援に。
 真っ先にシュテルとレヴィ、ヴィータが魔力弾と砲撃を放ち、“道”を作る。
 そこをアリシアが通り、見事に他の場所へと向かわせた。

「……さて、劣勢がさらに劣勢になったけど……王様、なんかいい案ないか?」

「……小鴉こそ、そ奴らの主と言うのなら、案の一つや二つ、出して見せよ」

 残ったはやて達は、互いに背中合わせになるように、包囲を警戒する。
 不敵な笑みを浮かべ続けるはやてとディアーチェだが、その頬には冷や汗が流れていた。













「ぅ、ぁああああああ!!」

「ふっ……!」

 魄翼が振るわれる。それを、サーラがアロンダイトで切り裂く。
 一進一退。かつての戦いの時と違い、サーラも自身の体に慣れていた。
 それでも互角の域を出ないが……

「っ、近づけない……!」

「助太刀は無用です!貴女達は周囲の妨害を阻止してください!」

 アミタとキリエが、そんなサーラを手助けしようとする。
 しかし、当の本人であるサーラがそれを断った。
 千日手……否、ややサーラが不利であるはずの戦闘であるというのに、サーラは自分一人で十分だと言い切ったのだ。

「で、でも……」

「邪魔が入らない……それが何よりも助かる“手助け”です!」

「……行きますよ、キリエ……!」

 渋るキリエに、アミタが催促する。

「お姉ちゃん!?」

「あの人なら大丈夫です!誰よりも、ユーリを大切にしている人ですから……!」

 何も根拠にならない、納得のいく言葉ではないのかもしれない。
 しかし、それだけ彼女の“想い”は強いのだと、アミタの瞳がそう言っていた。
 それを見て、キリエも溜め息を吐いて納得する。

「わかったわ。……じゃあ、せいぜい邪魔をさせないようにしないとね……!」

 サーラとユーリを隔離するように結界が張られ、その周りに二人が陣取る。
 “近づけさせない”。そんな確固たる“意志”を以って、二人は戦闘に入った。

「ふぅ……!これで、二人きりですね。ユーリ」

 結界内では、魄翼を弾き切ったサーラが一度間合いを取ってユーリに語り掛けていた。

「奇しくも1000年前(あの時)と同じですね。海の上で戦った以前と違い、1000年前(あの時)同様本当に一対一です。……今度も、貴女の“闇”を打ち砕いてみせましょう」

「サー、ラ……私、は……」

「目を覚ましてください、ユーリ!貴女は、私達はこんな事をするためにここまで来た訳ではないでしょう!?」

 僅かながらにでも見せる正気。好機と見てサーラは説得の言葉を掛けるが……

「私達、は……神界に……邪神イリスを……」

「ッ……!」

 刹那、一対の魄翼と砲撃魔法がサーラを襲う。
 砲撃魔法は身を捻り躱し、魄翼をそのまま二連撃を放つ事で相殺した。

「邪神イリス様の、心赴くままに……」

「くっ……言葉だけでは無理ですか……!」

 相手は神すら洗脳する神だ。さらに、ユーリははやて達よりも洗脳の効果が強い。
 言葉だけでは洗脳を解除できるはずがなかった。

「ならば……力尽くで止めます……!」

 再び振るわれる魄翼を弾き、サーラは一気にユーリへと肉薄した。
 振るわれたアロンダイトは障壁に阻まれるが、続けざまに放った蹴りが障壁を砕く。
 直後、追撃可能にも関わらずにサーラはその場から飛び退く。
 この時、ユーリはバインドを仕掛けており、サーラはそれを回避したのだ。

「ッッ……!」

 狙い撃つかのように砲撃魔法の嵐が放たれる。
 元より砕け得ぬ闇によって無限の魔力を持つユーリ。
 簡単には凌げない威力の砲撃魔法を連射する事など造作もない。
 対し、サーラも負けじと砲撃魔法を躱し、逸らす。
 逃げ場を塞ぐように弾幕とバインドが展開され、サーラはその中を駆ける。
 片や無力化のために接近しようとし、片やそれを防ごうと弾幕を張る。
 小手先の技術など霞んでしまう程の激しい攻防を繰り広げる。

「(やはりそう簡単には近づけませんか。正攻法は難しい……となれば、彼の戦法を参考にさせてもらいましょう)」

 正面からぶつかり合えば埒が明かず、消耗するだけだと察したサーラ。
 そこで、優輝の戦い方を参考にして、動きを変える事にする。

「(最低限の攻撃のみ弾き、突貫。とにかく、前へ!)」

 砲撃魔法を逸らし、それを滑るようにそのまま肉薄。
 魔力弾は魔力を纏った手で払い除けるように弾き、バインドは魔力弾で破壊しておく。
 魄翼はむしろ足場にし、加速。最後に転移魔法を併用して肉薄に成功する。
 転移と同時にアロンダイトを振るい、障壁を破壊。
 追撃で昏倒させようとして……

「……まぁ、そう簡単にいきませんか」

「甘い、です」

「そうでしょうか?結構いい線行ったと思いますよ?」

 追撃の攻撃は、ユーリが手に纏った魔力によって防がれた。
 武器を持たないユーリは、普段は魄翼が武器となっている。
 だが、それでも肉薄されると武器として成り立たなくなる。
 そのため、ユーリは不定形な魔力をそのまま武器として扱った。
 剣や鞭のように鋭く、それでいて斧のように重い威力を誇る。
 そんな魔力を手に纏わせ、鞭のようにサーラの一撃にぶつけて相殺していた。

「さぁ、サーラも共に行きましょう、イリス様の下へ」

「お断り、です!」

 鍔迫り合う剣と魔力が弾かれ合い、衝撃波が迸る。
 返す刃は障壁によって逸らされ、囲うように魔力弾と魄翼の追撃が迫る。
 サーラはそれを身を捻り、魔法陣を足場に跳ぶ事で回避する。
 しかし、間合いは離れ、仕切り直しとなってしまった。

「(……時間は掛けられませんが、やはり無力化しない事にはどうしようもないですね)」

 武器を構え直し、サーラはユーリを見据える。
 劣勢に劣勢を重ねた状況なのは理解している。
 その上で、サーラはユーリを今無力化する事に全力を注ぐと覚悟を決めた。















「っづぁっ!?」

 振るわれた刀と、囲うように放たれた霊術。
 それを、鈴は辛うじて凌ぐ事に成功する。

「予備動作なしに二人を操るだなんてね……出来てもおかしくない、そう分かっていたとしても信じがたいわ、これは……!」

 対峙するのは、洗脳を受けたとこよと紫陽。
 幽世の住人である二人は、“闇”側の住人だ。
 であれば、“闇”を支配するイリスにとって、洗脳するなど造作もなかった。

「(他は他で精一杯。唯一手が空いていたアリシアすら、妨害を受けているのね)」

 はやて達と別れた後、アリシアは他の神によって足止めを食らっていた。
 厳密に言うなら、蹂躙の如き攻撃に耐え凌いでいる状態だった。
 これでは、鈴は誰の助力も得られない。

「私だけで二人を相手って……厳しいわね……」

 神界の法則があるからこそ、鈴は“厳しい”で済んでいる。
 “負けない”と言う“意志”を抱く事で、敗北だけはしないからだ。
 ……尤も、勝つ事も出来ないのだが。

「ッ……!」

 とこよに肉薄される。振るわれる刀を何とか受け止めるが、横から霊術を食らう。
 直撃は避けたが体勢が崩れ、そこへとこよの斬り返しが迫る。
 上体を逸らしてその攻撃を躱すも、追撃はそのままでは躱せない。
 逸らした上体を戻すと同時に、その一撃を刀で受ける。
 しかし、体勢を直しきれていないため、横へと吹き飛ばされる。

「くっ、“扇技・護法障壁”!!」

「甘い」

   ―――“瓢纏槍-真髄-”

 その瞬間、霊力を練っていた紫陽から霊術が放たれる。
 溜めがあった分、その霊術の威力は凄まじく、容易く障壁が破られる。
 刀の刃を霊術に向ける事で、霊術の風の槍は三つとも直撃せずに済む。
 しかし、ダメージは重く、大きく吹き飛ばされてしまった。

「ッ――――」

 受け身を取り、顔を上げた時にはもう遅かった。
 吹き飛んだ鈴を追うように、とこよが肉薄。
 既に攻撃が繰り出されており、刀が鈴の首を捉えていた。
 鈴が知覚した時には、既に鈴の首に刃が当たっていた。

「っ!?」

「吹き飛びなぁ!」

   ―――“瓢纏槍”

 しかし、それ以上刃が進む事はなく、鈴の首も飛ばなかった。
 鈴の後ろから、飛び出すように()()一人()()()()()が飛び出し、槍で刀を防いだのだ。
 それだけじゃなく、()()()()()()()が、目の前のとこよを霊術で吹き飛ばした。

「くっ……!」

「大丈夫、鈴さん!?」

「とこよ……?どうして……」

 なぜ、とこよと紫陽が二人ずついるのか。
 鈴は二人が洗脳される様をすぐ横で見ていたのだ。
 故に、操られている二人が本物のはず。
 しかし、後から現れた二人は鈴の味方をし、洗脳された二人に敵意を向けている。

「……そう、式神ね」

「正解。あの一瞬、何とかあたし達の“陽の側面”を型紙に移したのさ。咄嗟すぎて、肝心の型紙を破られまいと遠くに投げてしまったけどね」

 答えは単純。二人が別の“器”を用意しており、意識をそちらに移しておいたのだ。
 幽世の住人とはいえ、二人は陰陽に通ずるもの。
 自身を光と闇に分ける事も出来、そのおかげで洗脳の影響下から逃れていた。

「生憎、力の大半はあっち持ちだ。三対二でようやく相手出来る……ってとこさね」

「今は鈴さんと同じぐらいの強さになってるよ」

「そう。……まぁ、一人じゃないならいいわ」

 二人が参戦した事で、操られている方も警戒していた。
 その間に構え直し、改めて対峙する。

「さっさと片付けるよ。ここで躓いてられないさね」

「ええ!」

「分かってるよ!」

 飛び出してくる敵のとこよに対し、鈴が前に出る。
 一歩遅れる形でとこよが追従し、矢で牽制する。
 とこよは刀を持っていない。刀は洗脳された方が持っていたからだ。
 そのため、とこよは中衛を担当する事になった。

「おおっと、あたしの相手はあたしに決まっているだろう?」

「っ……!」

 一方で、紫陽は敵の紫陽を引き離す事に成功していた。
 どちらも得意なのは術による後方支援だ。
 そのため、前衛と引き離すのは定石だった。

「洗脳した程度で……あたし達を舐めるなよ!」

 例え力の差で負けていようと、それは敗北と同義ではない。
 力を削がれたはずなのに、三人は反撃するかの如く二人に食らいついた。













「う……ぐ………」

 洗脳を受けた者、それに抵抗する者。
 それらの様子を、神夜は少し離れた位置から見ていた。
 彼もまた、洗脳によって苦しんでいる。

「く、そ……!」

 他と違うのは、洗脳の力がはやて達よりもさらに弱い事。
 そして、彼を助ける者が今周りにいない事だった。

「ぁ……ぐ……」

 助ける者がいないのは、神夜の周りにいた者が、全員神の相手に手一杯だからだ。
 助けようと動いた者を、他の神によって妨害されていた。

「(抵抗する“意志”があればって……そんなの、出来ないじゃないか……!)」

 神夜が洗脳の効果を受ける訳は、魅了の力が影響している。
 魅了は元々イリスが与えた力なため、一部とはいえ神夜はとっくにイリスの支配下だ。
 そのため、洗脳の影響を一部とはいえ受けてしまったのだ。

「(俺は、何のために、なんで、ここに……)」

 頭に響く鈍痛。洗脳の効果が頭痛となって神夜を襲う。
 その中で、ふと神夜はなぜここにいるのか見つめ直してしまう。

「(……そうだ。神界が……なんで、神界の神が……?目的は……優輝(あいつ)を狙って?優輝(あいつ)がいたから……?優輝(あいつ)のせい……?)」

 思考が偏っていく。
 かつてあった優輝に対する敵意が、再び燻る。
 優輝がいたから、優輝のせいだと、響く痛みの中、そう考える。

「(優輝(あいつ)が……優輝(あいつ)が……優輝(あいつ)が……!)」





   ―――「……だったら、その鬱憤はお前に力を押し付けた元凶にぶつけてやれ」





「ッ―――!」

 洗脳で自我を失いそうになった時、ふと帝の言葉を思い出す。

「(そうだ。俺は、俺に魅了の(あんな)力を押し付けた神を……ああ、そうだ……!)」

 きっかけにしては弱い。
 だが、そうだとしても。
 神夜の“正義”に炎を付けるには十分だった。

「……ふざけるな……!」

 神夜は元々善人の気質だ。ただ、思い込みが強いだけで、悪人ではない。

「……ふざけるなっ……!」

 だが、それは裏を返せばその“想い”が人一倍強いと言う事だ。

「……これ以上、俺を……俺達を弄ぶな……!!」

 故に、一度敵意を抱けば……

「俺の……!俺の道を……正義(想い)を……好き勝手すんじゃねぇええええ!!」

 ……その“想い”は、常人を遥かに凌ぐ強さとなる。















「―――正義を執行する。覚悟しろ、外道……!」















 
 

 
後書き
心身治癒…文字通り心身共に治癒する霊術。ゲームでは、回復以外に敵視が最も高ければ衰退(被ダメ増)の状態異常も解除する。なお、ゲームと違ってそんな厄介な条件はない。

秘術・魂魄浄癒…元々は椿が魅了を解くために組み立てていた術式。今回の洗脳にも効果があるが、対象が安静にしていないと使えない。ちなみに、幽世の大門などで忙しかったため未完成だったが、とこよと紫陽の協力で一気に完成した。


ディアーチェがはやてよりも影響があったのに耐えられていたのは、偏にそのプライドのおかげです。本人に言わせれば「我は誰にも操られん!」みたいな感じです。

何気に神夜覚醒。まだ奴は二段階の変身を残している……!(嘘)
まぁ、腐っても体に宿る力はかの大英雄と円卓最強の剣士です。
鳴りを潜めていたその力が、再び猛威を振るう時が来ただけです。 

 

第212話「戦闘とは名ばかりの……」

 
前書き
神を相手にしているその他大勢視点の話。
フェイトとアルフ、アリシアは書いたのでそれ以外です。
 

 





「かふっ……!?」

 神の一人が繰り出す腕が、プレシアの腹部を貫く。
 元の世界では致命傷だが、幸い神界なため、死に直結することはない。

「ッ……食らいなさい……!」

   ―――“Plasma Smasher(プラズマスマッシャー)

 その状態から、無理矢理砲撃魔法を放つ。
 元よりダメージを負わずに攻撃を当てる事などできない。
 だからこそ、プレシアは捨て身で攻撃を当てに行ったのだ。

「……ッ!くっ……!」

「プレシアっ!」

 だが、プレシア程の大魔導師の砲撃魔法を食らっても、神は倒れない。
 それどころか、追撃の構えを取った。
 すぐさまリニスが割って入り、蹴りで間合いを取る。

「……一応、大魔導師と自負していたのだけどね……直撃させて無傷となると、少し自信をなくしそうだわ」

「相手が相手です。気にすることではありませんよ」

「……そうね」

 プレシアもリニスも、非常に優秀な魔導師と使い魔だ。
 ミッドチルダでも有数の強さを誇る。
 ……そんな二人が、戦闘とは名ばかりの蹂躙を受けていた。

「ぐぁっ!?」

「ぐぅう……!?」

 そこへ、さらにクロノとユーノも吹き飛ばされてくる。
 それだけじゃない、他にも吹き飛ばされてくる者がいた。

「きゃっ……!?」

「ぐっ……!?」

 優香と光輝の二人も吹き飛ばされ、一か所に集まる形になる。

「プレシア!」

「わかってるわ!」

 そうなった瞬間、次に何が起きるか二人は理解した。
 すぐさまチェーンバインドを使って二人ずつ捕まえ、その場から逃げ出す。

「ッ―――――!」

 直後、六人がいた場所に光の槍がいくつも突き刺さり、大爆発を起こす。
 槍を放ったのは、六人を囲うように集まっていた“天使”達だ。

「くっ……このっ……!」

   ―――“Photon Lancer Genocide Shift(フォトンランサー・ジェノサイドシフト)

 爆発で吹き飛ばされ、体勢を立て直す間もなくプレシアは反撃に出る。
 否、正しくは防衛に出たというべきか。

「くぅうっ……!」

 周囲に放った魔力弾は、追撃に放たれた光の玉に貫かれ、相殺すらままならなかった。
 防御魔法を張ってもあっさりと貫かれてしまう。

「すまない、助かった!」

「礼は後よ。一か所にまとめられたわ」

「分断されているよりはマシですよ。多分……」

 だが、その間にクロノたちが体勢を立て直す。
 劣勢のままだが、これで手札は増えた。

「……何回、殺されたのかしら?」

「……10から先は数えていませんよ。無意味だと思ったので」

「同じく。ユーノの防御すら軽く貫かれたからな」

 本来なら死が確定するような攻撃を、既に何度も受けている。
 それだけ、物理的ダメージでは蹂躙されていた。

「連携なんて取れたものじゃないな……」

「……そうね。例え取れても、通じないわ」

 複数の“天使”を相手にしていた優香と光輝が呟く。
 二対一でようやく拮抗出来るというのに、相手は複数で普通に倒せても“倒せない”。

「……まともに戦えているのは?」

「優輝だけよ」

「なのはさんも戦えてはいますが……やはり一人になっては厳しいようです」

 唯一直接的な戦闘力で互角に戦えているのは優輝だけだった。
 プレシア達やはやて達、キリエ達に比べてなのはも戦えているが、それだけだ。
 完全な防戦一方になっているため、むしろプレシア達より危険だ。

「むしろ、優輝はよく戦えるな……」

「霊力と魔力を掛け合わせた技を、さらに昇華させたものを使っているようです。……神界だからこそ、限界を超えた力を得ているようですね」

「それで、互角か……」

 互角。そう、互角なのだ。
 優輝が限界を超えて、圧倒的な身体能力を得て、ようやく互角なのだ。
 しかも、それは神一人に対しての話だ。
 複数の神や“天使”が相手では、碌に倒すことも出来ずにいた。

「……悠長に会話する暇もないらしい」

「そのようね」

 気が付けば、包囲している“天使”達が力を溜め終わっていた。
 肌で感じられる程の力の集束に、冷や汗を流しながらも、次の行動を決めた。

「散開!」

 クロノの合図で、全員が別々の方向へ散らばる。
 だが、それは無意味に終わる。
 “天使”達の放った光が連鎖的に炸裂し、一種の殲滅魔法のようになる。
 散り散りに逃げた所で、まとめて消し飛ばされるだけだ。

「ッッ!」

「ただではやられないわ!」

「はぁああっ!!」

 しかし、準備していたのは“天使”達だけではない。
 クロノ達もまた、力を溜めていたのだ。
 ユーノ以外は砲撃魔法で、ユーノは多重の障壁を展開し、“天使”達の光を凌ぐ。

「ッ―――!」

 拮抗は一瞬で、プレシア達の抵抗はすぐに押し切られた。
 だが、その一瞬で十分だった。
 元より凌ぎ切れないと考えていたため、全員が弾かれたようにその場から吹き飛ぶ。
 最小限のダメージに抑え、すぐに体勢を立て直した。

「ぐっ、く……!」

 直後、追撃が叩きつけられた。
 想定内だったため、吹き飛ばされながらも何名かは散り散りな状態から合流する。

「光輝!」

「ああ……!」

 その内の一つ、光輝と優香は即座に連携を取り直す。
 体勢を整えると同時にデバイスの剣を振るい、続けて放たれた追撃を逸らす。
 光輝の体勢がそれで崩れるが、フォローするように優香が魔力弾を放った。

「ッ……!」

 直後、チェーンバインドが優香の体に巻き付き、入れ替わるように光輝が前に出る。
 そして砲撃魔法を放つ。

「(ここまでやってようやく“弾ける”か……!)」

 接近していた神がその砲撃魔法を食らい、弾かれるように吹き飛んだ。
 ダメージは入っただろうが、それだけしか出来ていない。
 その事に光輝は歯噛みする。

「『優香、やはり一か所に集まった方が……』」

「『そうね。でも、その前に……』」

「……合流しなくちゃ、だな」

 立ち塞がる複数の神。
 一人だけでも倒せないというのに、それが複数だ。

「ッ―――はぁああああっ!!」

「ふっ……!」

 その時、二人を阻む神の一人が、別方向に対して砲撃を放つ。
 同時に、別の神から逃げるように飛んできたなのはが突貫した。

「っづ……はぁっ!」

「ちっ……!」

 その砲撃は滑るように受け流す事で躱し、そのまま魔力の刃を振るう。
 しかし、当然のようにその刃は障壁で受け止められた。

「ふっ!」

「はっ!」

 間髪入れずに、光輝が魔力の籠った強力な刺突を繰り出す。
 さらに、同時に当たるように優香が魔力弾で援護する。

「ちぃっ……!」

「まだっ!」

   ―――“Excellion slash(エクセリオンスラッシュ)

「シュート!」

「ぉおっ!!」

「そこよ!」

 なのはが魔力を纏った魔力の斬撃を飛ばし、纏う魔力で障壁を飽和。斬撃で切り裂く。
 直後、控えていたなのはの魔力弾と、光輝の追撃、優香の死角からの砲撃魔法が決まる。

「ッ、くっ……!」

「次……ッ!」

「くそっ……!」

 ようやく大きなダメージを与えたのも束の間。
 ここにいる神は一人ではない。
 そのために、それぞれが他の神に邪魔をされる。

「『すみません!相手の数を増やしちゃいました……!』」

「『構わないさ。それよりも、よく一人で頑張った』」

「『そうね。ここからは協力するわよ』」

 何とか一か所に固まりつつ、念話で会話する。

「『むしろ、一か所にいた方がまだ対応出来るわ』」

「『ああ。個々の実力は向こうが圧倒的だ。その状態分断されているのは辛い』」

「『じゃあ、皆を集めた方が……』」

 念話はそこで途切れる。
 神に攻撃を受け、それどころではなくなったからだ。

「くっ……!シュート!」

 幸い、念話が途切れる瞬間、なのはは光輝と優香が頷いたのが見えた。
 そのため、何をすべきかは理解出来ていた。

「っ、助かった!」

「なのは!」

「『二人共こっちに!』」

 放たれた魔力弾は、攻撃を仕掛けてきた神には当たらなかった。
 だが、狙いはそこではなく、クロノとユーノを襲っていた神及び“天使”。
 僅かにでも意識を逸らす事で、クロノとユーノに体勢を立て直させる。
 そして、念話を飛ばして合流を促す。

「ぐ、ぉおおおっ!」

「っ、今……!」

 一方で、優香もまた同じようにプレシアとリニスを援護した。
 その際は、光輝が身を挺して優香を守り、攻撃を耐え凌いだ。

「『何とか一か所に集まれたな』」

「『他に孤立している所は?』」

「『はやてちゃん達は揃ってたけど……あそこの結界の所……』」

 なのはが示したのは、サーラとユーリを隔離している結界だった。
 そこにはアミタとキリエが結界を守るように立ち回っている。

「『あそこは……エルトリアから来た人達が固まってたわよね?』」

「『ユーリも洗脳の影響を受けていた。……と言う事は、あの結界は……!』」

 詳しい分析は神の攻撃により中断させられる。
 激しい光の雨霰や直接攻撃を耐え凌ぎつつ、なのは達は結界の方を目指す。

「『目的地はあそこだ!何とか攻撃を凌ぎつつ、こちらも戦力を一か所に固めるぞ!』」

 クロノの指示が飛び、全員が目配せで連携を取るように動く。
 倒れる訳には行かないと、自らを奮い立たせながらも、必死に抗い続けた。











「っ、展開が間に合いません!」

「気合で間に合わせよ!ッ、小鴉!」

「こっちも一杯一杯や!」

 一方で、はやて達もまた耐え凌ぐ形になっていた。

「ぬぅうううううっ!!」

「はぁっ!!」

 ザフィーラが肉体強化で耐え、その隙にシグナムが切り込む。
 間髪入れずにシャマルが援護し、ヴィータが追撃する。
 その連携の隙を補うようにはやてとアインスが遠距離から攻撃を放つ。
 アインスの場合は、状況によっては切り込む役目も担っていた。
 リインははやてのサポートをし続け、索敵や状況把握に役立っている。

「うぁああっ!?」

「っ、させません……!」

「ちぃ……!調子に乗るなよ、下郎!」

 ディアーチェの方は、レヴィのスピードを軸に、シュテルがサポートする形を取っていた。
 だが、そのレヴィのスピードすら上回られるため、常に劣勢だった。

「……防御すらままならんとはな」

「……なんや?王様、弱音か?」

「たわけ。事実として状況を判断しているだけよ」

 何度も防御を破られ、攻撃が直撃している。
 倒れていないのは、偏に神界の法則故に。
 それでも、精神的に疲れてくる。
 背中合わせになり、軽口を叩きあうはやてとディアーチェも、肩で息をしていた。

「幸い、魔力は無限と言っても良い。常に全力の火力を放てる」

「せやな。おかげで、今までのストレスとかもなくなったわ。……それで打開出来ていれば、の話やけどな」

「敵も無傷という訳ではあるまい。このまま消耗戦になるとしても、倒せるはずだ」

 牽制に大魔法を叩き込みつつ、二人は状況を分析していく。

「戦力差は圧倒的。覆すのは至難の業よな」

「けど、こっちは“諦める”を選択肢に入れられへん」

「となれば、突破しかあるまい」

 “諦める”。それはすなわち、全てを捨てるに等しい。
 実感が出来ていなくとも、今はやて達の双肩には全ての世界の命運が乗っている。
 そんな状態で、“負け”だと倒れ伏す訳にはいかないのだ。

「ちらっと見えたけど、すずかちゃんや洗脳された人を助けに行くのは難しそうやなぁ」

「妨害を受けていないとはいえ、包囲が固められている。洗脳を解いたとしても手遅れだ」

「やっと助けたと思ったら完全包囲。……そんな絶望を味わわせるためやろな」

 “助ける”という意志がある限り、簡単には敗北しない。
 だが、助けた後、一つの目的を達成し安堵した所への絶望ならば、心を挫きやすい。
 そのため、神や“天使”は洗脳された者の相手を妨害せずにいたのだ。

「唯一」

「ん?」

「唯一、アミタとキリエが抵抗している分、包囲が甘い場所がある」

「……それって……」

「ユーリとその騎士がおる場所だ」

 例外として、ユーリの所だけは違った。
 蹂躙されながらも必死にアミタとキリエが抵抗しているため、包囲され切っていない。
 絶体絶命なのには変わりないが、それでも他よりはマシだった。

「一か所に固まっておれば、ある程度の抵抗はできる」

「戦力を一か所に固めるんやな?」

「さすがに小鴉でも理解できるか」

「当たり前や」

 奇しくも、アリシア達やなのは達と同じように、はやて達もユーリ達がいる結界の方面に集まろうと考える。

「ぶっちゃけ、このままやとどうしようもない。ザフィーラの鉄壁の防御のおかげで、何とか耐え凌いでいるけど、それだけや。せやったら、少しでも手札を増やしたい」

「盾の守護獣らしい働きだが、あれでは肉壁も同然よな。我も同意見だ」

 大規模な攻撃の全ては、ザフィーラが前に出て盾になる事で凌いでいた。
 それだけでは余波は防げないが、はやて達が耐えるには十分だ。
 だが、それもいつまでも続く訳でもなく、打開できる策もない。
 故に、手札を増やすためにも一か所に固まるべきだと考えたのだ。

「だが、あそこに辿り着くのも至難の業だぞ?」

「ッッ!?」

 ディアーチェがそういった瞬間、はやて達は地面に押さえつけられる。
 立ち上がる事が出来ない程の強い力でその場から動けなくなった。

「これ、は……!」

「重力か、はたまたそういう概念か……!くっ、これでは……!」

 全員が一瞬で身動きが取れなくなる。
 そして……

「っぁ……!?」

 全員が串刺しにされた。

「『リ、イン……!』」

『はいです!』

 だが、その中でもはやてが行動を起こす。
 リインに指示を出し、今の自分では起動できない魔法の起動を任せる。

「『シュテル……!』」

「『わかって、います……!』」

 ディアーチェの方も同じように、しかしこちらは自力で魔法を使う。

「『全員、魔法に備えて!』」

   ―――“vajra(ヴァジュラ)
   ―――“Fegefeuer(フェーゲフォイア―)

 夜天の書に記録された大魔法と、ディアーチェとシュテルによる合成魔法が発動する。
 嵐のように雷が飛び交い、辺り一面を炎の魔力が包み込む。

「ぐ、ぅぁああああああ………!?」

 だが、それは身動きの取れないはやて達全員を巻き込む。
 神や“天使”も巻き込んでいるが、これでは自爆だ。

「予想、通りや……!」

「『全員、結界への進行方向への神へ突撃!……よもや動けないなどとは言わせんぞ?』」

 そんな中で、はやては呟きを、ディアーチェは念話で指示を飛ばす。
 そして、魔法の効果が未だ続く中、立ち上がった。

「(“味方には効かへん”。そう信じ込んで放てば、実際効かへんもんや。……無意識にそうじゃないと思う分、ダメージはあるけどな)」

「『味方の攻撃で倒れる阿呆はおらぬだろう。敵の力も途切れている。ここが好機よ!』」

 神界での戦闘が続く中、はやて達も神界の法則に慣れてきた。
 思い込みである程度は何とかなる。それを逆手に取って、フレンドリーファイアをほとんど無効化にしたのだ。

「味方に当てても問題ないんやから、もっとやらへんとなぁ!」

 神の“性質”によって抑えつけられていたのが弱まり、ヴィータ達も立ち上がる。
 同時に、はやては第二撃を用意していた。
 それは、本来あまりにも強力な威力故に、使用者さえ殺す可能性のある大魔法。
 神界だからこそノーリスクで放てる魔法を、はやては夜天の書を用いて発動させた。

「いざ、流星よ。その輝きを以て、打ち砕け!」

   ―――“流星、雨の如く(ステラ・レーゲン)

 はやての遥か上方に、巨大な魔法陣がいくつも出現する。
 はやては、先程の魔法とは別に、もう一つの魔法を並行して構築していたのだ。
 そして、その魔法は、本来はやての大魔力を以ってしても扱えないもの。
 神界という例外の場所だからこその、反則技だ。

「……かつて、古代ベルカには数多くの猛者がおった。シグナム達ヴォルケンリッターもその中の一つや。シグナム達はそんな猛者の中でも一際強かった。……でもな、一芸(一撃)に関しては、それ以上の騎士もぎょーさんおったねんで……!」

「再び、この魔法を見るとは、な……」

 アインスが感慨深げに呟く。
 夜天の書が闇の書になり、何度かの転生を経た頃。
 その時に蒐集を受け、その上で生き残った騎士が一人いた。
 その騎士は、ナハトヴァールの暴走の時に再び戦闘に身を投じ、今はやてが使った魔法を発動させ、その身を代償に当時のアインスを葬った。
 たった一撃で闇の書という強力な存在を打ち破る程の魔法。
 しかも、それはリンカーコアが破損している状態でだ。
 今のはやてによるそれは、その時以上の威力を誇る。

「一人の騎士が命を賭して使った大魔法、とくと受けてみぃ!!」

 流星の如く、極光が降り注ぐ。
 一発一発が、非常に強力だ。
 ザフィーラですら、防ぐのはおろか耐える事すら出来ないだろう。
 そんな魔法が、神々を蹂躙する。

「皆、行くで!!」

「レヴィ!小鴉に肩を貸してやれ!」

「りょーかい!」

 いくら負担を度外視出来るとしても、無意識下のダメージはある。
 そのため、ディアーチェが指示を出してレヴィがはやてを手助けする。

「すまんなぁ、助かるわ」

「安心するにはまだ早いよ!」

「その通りです」

「ッ―――!」

 直後、はやて達の前に複数の神と“天使”が立ち塞がった。
 同時に、弾幕がはやて達を襲う。

「ぉおおっ!!」

「通さん!!」

 咄嗟にシグナムとザフィーラが前に出る。
 シグナムが剣で逸らし、ザフィーラが障壁を展開し盾となる。
 遅れてシュテルが魔法で相殺を試み、ヴィータは攻撃を止めるために牽制を放った。

「あれでも、足止めにならへんのか……」

 確かに、確かにはやての放った魔法は強力だった。
 神の防御すらも貫く事は可能だっただろうし、実際防御の上から叩き潰していた。
 だが、ここは神界。ただの物理ダメージだけでは倒せない。

「(距離は縮まってる。このまま少しずつ近づけば……近づけば……)」

   ―――……それで、どうにかなるんか?

 ふと、そんな考えが脳裏に過る。
 そして、それは致命的な隙となった。

「っ……?」

『はやてちゃん!』

 リインの悲鳴が頭に響く。
 一瞬、はやては何が起きたのか理解が出来なかった。

「っづ、貴様……!」

「これも“性質”の一種ですか……!」

 はやてだけではない。実体化していなかったリイン以外全員に“それ”は当たっていた。

「今のは……」

『弾丸のようなものが、皆の心臓と頭を貫いたのです!防護服も、まるで無意味です!』

「なるほどなぁ……」

 気が付けなかったためか、はやては倒れなかった。
 認識していなければダメージがほぼないのも、神界故だった。

「(全く見えへんかった。知覚すらできひんかった。……ただ、“貫かれた”と言う結果が残っただけ。……相手は神や、過大評価するつもりで推測すれば……因果でも操作したんか?)」

 皆の様子を横目で見ながら、はやては分析する。
 見た所、自分だけではなく他の皆も攻撃を見る事が出来ていなかった。
 そのため、ただの速い一撃ではなく、特殊な攻撃だと言う事が分かった。

「………」

「(……なるほど、あの神が……)」

 立ち塞がった神の一人が笑みを浮かべていた。
 そして、手を銃の形にして構えた事で、下手人だとはやては推測する。
 ブラフであれば意味のない推測だが、その事を気にする余裕はない。

「……ばん、ってね」

「―――シグナム!!」

「ッッ!!」

 圧倒的上位にいる余裕から、その動作をわざわざ見せた。
 ……それを、はやては好機と捉え、シグナムの名を呼んだ。

   ―――ィイイン……!!

「なに……!?」

「ふっ!!」

 高い金属音のようなものが響く。
 はやて達は先程と同じように、その場に崩れ落ち、何とか耐え抜く。
 だが、シグナムだけは反撃に出ていた。

「この一太刀、貴様への手向けと知れ」

   ―――“Wille Aufblitzen(ヴィレ・アォフブリッツェン)

 一閃。シグナムが振り抜いたレヴァンテインが、神の体を下から斜めに切り裂く。

「な、に……!?」

「今だ!!」

 倒れはしなかったものの、一閃を食らった神はその場に膝を付く。
 直後、ディアーチェの声が響き渡った。

「ッ……!」

 シュテルが魔力弾と砲撃魔法を。
 レヴィが斬撃を飛ばしつつ高速で接近して大剣で一閃を。
 ザフィーラははやてを庇うように立ちつつ、鋼の軛で神達にたたらを踏ませる
 ヴィータは鉄球を飛ばした後、追撃のために巨大化させたハンマーを振りかぶる。
 ディアーチェ、はやて、アインスも比較的発動の早い大魔法を放った。

「かふっ……!?」

「どうせリンカーコアは関係ないのだから、遠慮なく抜かせてもらうわね……!」

 そして、シャマルはクラールヴィントを用いて神を背後から貫いていた。
 かつてなのはにやったようなリンカーコアへの干渉ではなく、単純に貫いていた。
 物理的にも、魔力的にも貫いているため、神界でなければ即死攻撃だろう。

「シグナム!」

「トドメだ!」

 もう一度一閃が放たれる。
 膝を付き、体内をシャマルに握られた状態で、首が切り飛ばされる。
 それにより、ようやくその神が倒れた。

「ッ!」

 喜ぶ間はなかった。
 直後にはやて達の直下から炎が迸り、雷が撃ち貫く。
 予備動作も、力が動く事も感知できなかったため、全員がそれを食らう。

「ぐぅっ!?」

 特に、敵陣に斬り込んでいたシグナムは防御する間もなく攻撃が直撃した。

「なかなかやるらしい。が、イリス様は見逃すなと仰られている。……一人たりとも、逃げられると思うな?」

「一人倒した程度で喜んでいるようでは、すぐにでも死にますよ?」

 嘲嗤うように、神や“天使”が口々に言う。
 それは事実だった。現に、はやて達は既に数えきれない程死んでいた。
 自覚する暇もなかったため、まだ倒れる事はないが、本来ならとっくに負けているのだ。

「(皮肉やなぁ……神界の法則のせいで追い詰められてるっちゅーのに、その法則のおかげでまだ生き永らえてるんやもんな……)」

 攻撃が止まぬ中、はやては立ち上がりながらそんな事を考える。

「(……負けられへん。負けたくない。……勝つんや)」

 “意志”をしっかり保つ。
 それだけで“敗北”は免れる。

「(……けど……)」

 だが、それに陰りが出る。
 本当にそれで勝てるのかと、敵うはずがないのだと、そう考えてしまう。
 それは敗北への一本道だ。意志が砕かれれば、その時点で勝ち目はなくなる。

「まだ……まだや……!」

 必死に耐えようとする。
 だが、攻撃の嵐は止まない。おまけに、また地面に縫い付けられた。

「ぁ、ぐ……!」

 複数の神を相手にする。その脅威がここに来て身に染みる。
 いくつもの能力を重ね掛けされる事で、抵抗すら許されなかった。











「ッ――――――」

 その時、はやての視界を何かが横切った。
 見れば、そこにいたはずの神がいない。

「ッ……!」

「(あれは……優輝さんか……?)」

 一瞬だけ見えた姿は、優輝のものだった。
 戦闘でここまで飛ばされてきたようで、先程は神を足蹴にして着地したようだった。

「(……速過ぎて見えへん)」

 神や“天使”を複数相手に、たった一人で立ち回る優輝。
 その速度が速過ぎて、はやては見失っていた。

「助けられたな……」

 まだ神や“天使”の攻撃は飛び交っている。
 しかし、優輝によって半分ほどはやて達への注意が逸れていた。
 その間に全員体勢を立て直し、再び結界の方向へ向かった。

「行くで。……まだ、終わらへんよ……!」

 まだ終わっていないと、自らを奮い立たせ、はやて達は改めて結界へと向かった。

















 
 

 
後書き
Excellion slash(エクセリオンスラッシュ)…エクセリオンバスターを斬撃として放つ技。魔力を纏った魔力の刃という二重構造の斬撃なため、防御を突破しやすい。

vajra(ヴァジュラ)…雷の嵐を起こす魔法。インド神話のものとは別物だが、夜天の書や優輝のグリモワールに記されている魔法の中でもトップクラスの殲滅力を持つ。

Fegefeuer(フェーゲフォイア―)…煉獄のドイツ語。名前の通り煉獄を引き起こす、ディアーチェとシュテルの合成魔法。実は術式にシグナムも協力していたりする。

流星、雨の如く(ステラ・レーゲン)…本来ならば、超強力な威力の代わりに放てば術者のリンカーコアが崩壊する大魔法。流星の如き一撃を雨のように降らせる。元ネタはFate蒼銀のフラグメンツ及びFGOの流星一条(ステラ)(厳密にはFGOイベネロ祭りの“【超高難易度】第三演技 流星、雨の如く”)。

Wille Aufblitzen(ヴィレ・アォフブリッツェン)…確固たる意志と共に放たれる一閃。シグナム程の剣士になれば、たった一撃で神の“意志”をかなり削ぐ事が出来る。


何気にはやて達が一番被害を受けていますが、プレシア達の方もあの後かなりの被害を受けます。なのはの踏ん張りと、はやて達と同じような優輝の妨害のおかげで、結局はやて達よりはマシな被害になっていますが。 

 

第213話「足掻き、集結する」

 
前書き
VS洗脳されたメンバーの回1。
少し駆け足にしようと思っていたのに、すずか&アリサオンリーな話に。
他メンバーは次回に回します(´・ω・`)

ひっさしぶりな一人称視点。
 

 




       =アリサside=







 炎と氷が飛び交う。
 本来、日常生活ではまず見ないような光景が、今あたしの目の前で繰り広げられている。

「はぁっ!」

 あたしの刀が眼前に迫る槍を逸らす。
 二段構えとして大きな氷柱が飛んでくる。
 でも、そっちは炎で作った刀で切り裂いた。

「ッ!」

 直後、半身を逸らす。
 視界を氷の冷たさによる軌跡が横切り、あたしの頬が僅かに切られる。

「遅い、遅いよアリサちゃん!」

「あんたが速いだけでしょう……!」

 相手はすずか。今は夜の一族としての身体能力をフル活用している。
 そのため、あたしだと身体能力で追いつけないのだ。

「(いえ、そっちは問題ないわね。その気になれば追いつけるわ)」

 そう。元の世界なら無理だけど、神界ならその無理を通せる。
 単純な実力差ならある程度は埋められる。
 じゃあ、何が問題なのかというと……

「ちっ……!」

 赤い眼光から目を背ける。その間に肉薄を許し、体勢を崩される。
 間髪入れずに氷の霊術が頭上から落とされ、大きく飛び退く事になる。
 ……これだ。これが厄介だ。

「(魔眼……本当、厄介ね)」

 夜の一族は人に対して記憶操作もできる魔眼を持っている。
 忍さんも持っていて、過去にも何度か記憶操作もした事があるらしい。
 妹であるすずかももちろん持っていて、以前から戦術に組み込んでいた。

「(精神干渉に躊躇いがなくなっただけで、ここまでだなんて)」

 本来、すずかは魔眼を使うとしても精神干渉の類はほとんど使わなかった。
 なぜか?と聞かれると、あたし達自身がかつて魅了を受けていた事が原因だ。
 自分の考えや心を操作される。そんな感覚がどれほど怖いのか、身を以って知っているから、すずかはそれがトラウマになって精神干渉を使わない。
 ……でも、今洗脳されているすずかにそんなのは関係ない。だから使ってくる。

「っ、はぁっ!」

 炎の斬撃を飛ばし、さらに広範囲に霊術をばら撒く。
 牽制にしかならないけど、体勢を立て直すには十分よ。

「(燃やせ。燃やし、燃やして燃やし尽くしなさい。精神干渉、あたしへの悪影響すら、燃やし尽くしなさい……!)」

 魔眼の対策は当然ながら存在する。
 あたしもある程度の耐性があるし、防ぐ手段も持ち合わせている。
 でも、洗脳された影響か、すずかの魔眼は効果が増している。
 だから、あたしはあたしの“意志”を燃やし続ける。
 “負けない”と、“勝って見せる”と、自身を奮い立たせる。
 そうすることで、すずかの精神干渉を受け付けないようにしていた。

「さぁ、燃えなさい。貴女の氷、全て溶かしてあげる!」

「あはっ、逆に私がアリサちゃんの全てを凍らしてあげる!」

 嗜虐的な笑みを浮かべて、すずかは眼を輝かせる。
 夜の一族として高揚している上に、洗脳で箍が外れているわね、これは。

「はぁああっ!!」

 炎を纏い、すずかへと切りかかる。
 すずかはそんなあたしに対し、槍をゆらりと構え、氷の霊術を放った。
 地面から生える氷の棘。そのままだとあたしに刺さるだろう。

「ッ!」

 だけど、そんなので終わらない事ぐらい、あたしもすずかもわかっている。
 棘の側面を足場に、逆に加速する。

「ッッ!」

「くっ……!」

 刀と槍の柄が激突する。
 すずががあたしの攻撃を受け止めたのだ。

「はっ!」

 お互い、僅かに後退する。
 間髪入れずにあたしは間合いを詰め、刀を振るう。
 今度は受け止められずに、逸らされる。

「ッ!」

 カウンターの突きが放たれた。
 半身を逸らして躱すが、その上で脇腹に掠ってしまう。
 ……大丈夫、この程度なら気にするほどじゃないわ。

「くっ!」

 追撃を弾く。
 けど、そのままカウンターを返すには遅い。
 次に刀を振るった所で、戻してきた槍に弾かれる。

「ふふ……!」

「はぁっ!」

 弾く、防ぐ、防がれる、逸らす、弾かれる、逸らされる、防ぐ、防がれる。
 槍と刀が何度もぶつかり合い、火花を散らす。
 ……押されているわね。

「凍って!」

「燃えなさい!」

 攻防を続けながら、霊術も繰り出す。
 凍らせてくるのを、あたしの炎が相殺する。
 溶けた氷は水になり、気化しながらも炎を消す。
 結局は先ほどと変わらない。でも、集中を割く必要が出てきた。

「っ……!」

 押される。力で劣る分、少しでも気を抜けば体勢が崩れる。
 魔眼に捕われないよう、心を奮い立たせるため、集中力の消費も大きい。
 このままだと、確実にあたしは押し負ける。

「足元ご注意だよ」

「ッ!」

   ―――“呪黒剣”

 突如、足元から黒い剣が生える。
 咄嗟に飛び退いて躱すが、これによって拮抗が崩れる。

「……!」

 追撃の霊術を相殺し、肉薄して振るわれた槍を跳んで躱す。
 あの力は確実にあたしの体勢を崩していた。
 拮抗も崩れていたため、再び近接状態での攻防は難しい。
 だから、あたしは跳んだ。跳んで、“気化した水蒸気の中”を突っ切った。

「逃がさないよ!」

「逃げてないわ。誘い出しただけ」

 同じように、すずかも突っ切ってくる。
 それを見て、あたしは霊術を起動させた。

「ッ……!……?」

 すずかも警戒して身構えるが、発動した割には何も起きない。
 否、起きないのではなく、起きたのが見えていないのだ。
 突っ切ってきた水蒸気に隠れてしまったから。

「ちょっと、いえ、とても痛いわよ!」

「まさか……!」

 水蒸気の奥から、徐々に赤色が広がる。
 その赤色は炎の色。……“水蒸気爆発”だ。

「っ、ぁああああああああっ!?」

「ぐっ………!」

 爆風に障壁で耐える。
 手順としてはそんな難しい事はしていない。
 すずかの霊術を相殺し続けた事で、上方に水蒸気が溜まっていた。
 あたしはそれを利用して、地面から炎を打ち上げて着火しただけだ。

「ぁあああっ!!」

   ―――“一心閃”

 吹き飛んできたすずかに対し、あたしは渾身の一閃を放つ。
 すずかに何をするにしても、弱らせる必要がある。
 だから、神界で効果を発揮する一閃を使った。

「っ、ぁ……!」

「っ……ふぅっ、はぁ、はぁ……」

 激しい攻防があったため、あたしは息を切らしていた。
 呼吸を整え、地面に叩きつけたすずかの状態を確認する。

「ッ―――!」

 間一髪、上体を逸らす。
 刹那、寸前まで首があった場所をすずかの爪が薙ぎ払った。

「ちっ……!」

「あっはははは!!」

 すずかがこれまでにない程の笑みを浮かべながら爪を振るってくる。
 完全に豹変したわね。これは……

「っ、ふっ!!」

 横薙ぎの一撃を受け、その勢いで反転。反撃に転じる。

「(防がれた!)」

 だけど、その一撃は氷の障壁で防がれてしまう。
 それどころか、反撃に呪属性の霊術が発動した。

   ―――“呪牙(じゅが)

「っ!」

 防がれた刀を握る手を振り抜き、その反動で飛び退く。
 同時に炎を放出させ、集束。弾丸のように放つ。

「くっ……はぁっ!!」

 放った炎は巨大な氷柱によって打ち消される。
 あたしはその氷柱の側面を足場に跳び、さらに霊力を足場にして、一気に肉薄する。

「っ……!」

「(障壁で軽減してからの迎撃!読めていたわ!)」

 そうすれば、すずかが迎撃しようとするのは分かっていた。
 別の行動も想定していたけど、その時はもう少し戦闘が長引くのを覚悟していた。
 でも、想定通りなら……!

「燃やし尽くしなさい!」

   ―――“炎纏(えんてん)

「っ……!?」

「(取った!)」

 続けて放たれる呪術の槍。
 だけど、障壁を物ともしなかったあたしなら、それは躱せる。
 滑るように躱し、体を回転させつつ炎の刀で一閃!

「甘いよ、アリサちゃん」

   ―――“氷纏(ひょうてん)

 だけど、その一閃は防がれた。……いえ、無効化されたのが正しいわね。
 あたしが炎を纏う霊術を持っているのに対して、すずかも似た霊術を扱える。
 炎すら鎮火してしまう氷の鎧。すずかは、それを使って来た。

「―――いいえ、それはこっちのセリフよ」

「ッ!?」

 でも、そんなのは予測出来ていた。すずかの事はよく知っていたから。
 先程振るったのは、炎の刀だ。フレイムアイズじゃない。
 防がれるのを予測していたため、次の行動を早く起こせる。
 フレイムアイズに炎を纏わせ、追撃を放つ。

「くっ、ぐっ!?」

 その追撃は槍に防がれた。
 でも、咄嗟の動きであるそれは、隙を晒すに等しい。
 牽制で放たれていた氷の霊術を無理矢理無視してその槍を掴む。
 そして、それを軸にすずかを思いっきり蹴飛ばした。

「……スノーホワイト」

〈………〉

「……っ、通りで」

 蹴飛ばした事ですずかの手からデバイスであるスノーホワイトが離れる。
 すぐさまスノーホワイトに声を掛けるが、返ってきたのはノイズの音のみ。

「(ついでのように、洗脳の影響を受けた……いえ、すずかが何かした可能性もあるわね。どの道、デバイスではすずかを止められなかった訳ね)」

 霊力を通して、簡単な再起動じみた事をする。
 よっぽどの事がなければ、これで……

Reboot(再起動)

「協力してもらうわよ」

Understood(わかりました)

 予想通り、再起動して正常に戻る。
 状況は分かっているようで、あたしの協力にも応えてくれた。

「……デバイスの補助がなければ、有利なのはこっちよ。すずか、大人しくしなさい」

「……なんで……?」

 起き上がったすずかは、虚空を見据えるような目であたしを見る。
 ……一瞬、背筋が凍った。

「なんで足掻くの?どうして抵抗するの?だって勝ち目なんてないんだよ?私たちは人で、相手は神様。椿さんよりも格上の相手が、たくさんいるんだよ?」

「っ、すずか……?」

 まるで負けを肯定するような言葉。
 あたしを揺さぶるため?……いえ、これは……

「アリサちゃんだってそう思うでしょ?本当は勝てる気がしないってわかってるでしょ?どうして抵抗するの?ねぇ、どうして?どうして?」

「っ……」

 図星だった。ええ、きっと皆考えている事だった。
 目に見えて戦力はこっちが劣っている。
 “勝てるはずがない”と考えても何もおかしくない程なんだ。

「……だから、私は」

「洗脳に屈した訳?そんなの言い訳に過ぎないわ。例え絶望的でも、素直に受け入れる訳にはいかないから、あたし達は足掻くのよ」

 言い返す。
 焦るな。揺さぶられるな。
 神界において、精神状態を崩されたらまずい。
 平静を保て。今のすずかは洗脳状態だ。そんな状態での言葉に耳を貸す必要は……

「それもこれも、優輝さんがいなければ起きなかった事だよ」

「ッ……!」

 ……言ってはいけない事を言った。
 ()()()()()()()()()()()()()()言えない事を、すずかは言ってしまった。

「すずか……っ!」

Wait(待ちなさい)

「っ……!」

 間一髪だった。
 スノーホワイトの頭を冷やすような反応を霊力を通して伝えてくれた。
 そのおかげで、血が上った頭を冷やして冷静に考える事が出来た。

「スノーホワイト!」

Start-up(起動)“氷血地獄”〉

 スノーホワイト……というより、あたし達霊術使いのデバイスには、元々いくつかの霊術を仕込んでいる事が多い。
 その霊術を発動させ、すずかの足元を凍らせる。

「ふっ!」

「ぁぐっ……!?」

 あたしの炎と違い、同じ属性だからこそすぐには解除できない。
 その隙をすかさず突き、すずかに掌底を当てる。

「……じっとしていなさい」

 そのまま霊力を流し、気絶させる。
 神と違って、それだけで簡単に無力化が出来た。

   ―――“秘術・ 魂魄浄癒”

 とこよさん達に教えてもらった霊術を使う。
 これで解除出来なかったらどうしようもないけど……

「っ、う、ううん……」

「すずか?」

 簡易的な気絶だったからか、すぐにすずかは目を覚ました。
 まぁ、あたしの霊力でちょっとした気付けをしたのもあるんだけど。

「あ、アリサ、ちゃん……?」

「……正気に戻ったようね」

 霊術が効いていないという懸念は無事に晴れた。
 すずかの様子を見る限り、寸前まで何をやっていたか、言っていたかを覚えていて、そしてそれを後悔しているようだったしね。

「わ、私……」

「後悔は後よ。……ここはどうにかなったけど、他は……いえ」

 まだ戦いは続いている。
 多くある戦いのたった一つが終わっただけ。
 それでも一つの戦いが終わってあたしは安堵していた。
 ……おそらく、それを狙っていたのでしょうね。

「上げて落とす。……神もそんな事をするのね」

「確実に潰すためだからな。悪く思うなよ?」

 随分小者じみた事だけど、事ここに至っては効果的過ぎる。
 相手からすれば、あたし達を絶望に落とせばいいのだから。

「アリサちゃん……私は気にしないで逃げて」

「逃げ道なんてないわよ。……それに、すずかを置いていけないわよ」

 あろうことか、すずかは自分を犠牲にしようとしてきた。
 洗脳された負い目もあるのだろうけど、この場においてそんな事出来る訳がない。
 ……それに、何よりもすずかは、

「友達だから、助け合うのは当然よ。……抜け出すわよ。この窮地を」

「っ……うん……!」

 正直言って、打開策は思いつかない。
 でも、虚勢でもいいから“どうって事ない”と見せないと心が潰れる。

「………っ……」

 それだけじゃない。……先程のすずかの言葉が、あたしの中で引っかかっていた。
 “優輝さんがいなければ”……その言葉が忘れられずにいた。

「考え事か?」

「ッ!!」

「アリサちゃん!」

 その引っかかりが、大きな隙を晒していた。
 気が付けば、あたしの体は吹き飛ばされていた。
 すずかも、防御はしていたけど同じように吹き飛ばされている。

「ッ……」

 直後、地面に縫い付けられた。
 まるで、杭で打ち付けられたかのように、あたし達は身動きが取れなくなる。

「くっ……!」

 立ち上がる事もできない。
 神の力だけが理由じゃない。……僅かにでも、あたし達が“諦めている”からだ。

「(まだ、まだ終わってない……!)」

 縫い付けられていると言っても、体が一切動かない訳ではなかった。
 フレイムアイズを握る手は動く。これなら……!

「っ、ぁ……!」

「見逃すとでも?」

 そう思った矢先に、“天使”の攻撃でフレイムアイズが手から弾かれる。
 僅かに動かせる事も、絶望に落とすためだったのかもしれない。

「(まずい……)」

 散々言われてきた事なのに、“気持ち”で負けそうになる。
 容赦なく神達の攻撃が放たれ、あたし達がそれに呑まれそうになって……













   ―――何かがあたし達を掻っ攫った。











「ゆ、優輝さん!?」

 すずかが驚いた声を上げる。
 それもそうだ。あたし達を助けるように連れ去ったのは優輝さんだったから。

「じっとして。今攻撃されたらすぐに消えてしまう」

「消え……?……あ、式神……」

「その通りだ」

 あたし達を両脇に抱えて駆ける優輝さんは、式神による分身だった。
 じゃあ、本物は?と思って、振り返ると……

「ッ……!?」

「嘘……あんなに……」

 見渡す限りの剣、槍、斧、矢、魔力弾、霊術。
 ありとあらゆる武器や術による弾幕がそこにはあった。
 それを操るのは、本体であろう優輝さん。

「結界のある位置に向かう。おそらく、他の皆も集まっているだろう」

「結界……?」

「ユーリのいる場所だ」

 すずかとの戦闘で気づいていなかったけど、確かにあった。
 他の皆も向かっているのも分かった。
 多分、あたしも今思ったように、一か所に集まった方が良いと判断したのだろう。

「僕の本体はこのまま足止めに徹する。このまま行くぞ」

「だ、大丈夫なの……?」

「分からない。だが、物理的な戦闘力では互角以上に持っていける。これはアドバンテージになると見ていいだろう。……っ!」

 突如引っ張られるような感覚が来る。優輝さんが急な跳躍をしたからだ。
 寸前までいた場所に、槍のようなものが刺さる。流れ弾みたいだった。

「っ………」

 いくつもの武器や弾幕がかき消され、直撃し、炸裂する。
 何が起きているのか、最早理解しきる事が出来ないような戦闘がそこにあった。

「ひっ!?」

 刹那、一筋の極光がすぐ真横を貫いた。
 まさに目と鼻の先と言える場所だったため、思わず声を漏らしてしまう。

「ッ……!」

 直後、優輝さんが加速する。
 まるで極光が貫いた場所を道のように辿っていく。

「もしかして、今のは……」

「ああ。本体が攻撃ついでに道を開いた」

 すずかが気づいた事を、優輝さんが肯定した。
 つまり、先程の極光は意図してギリギリを通っていったものだったのだ。

「……出来ればその体勢のまま露払いしてほしい」

「降ろしてもいいと思うのだけど……」

「その場合は速度が落ちる」

 そう言われてはこのままでいるしかなくなる。
 確かに、あたし達が走るよりも優輝さんに運ばれている方が速い。
 速度特化なのか、あたし達を抱えていてもそれほどのスピードがあった。

「(露払いと言っても、霊術だけだと……いえ、そう思うからダメなのね。まぁ、とにかく見つからないに越したことはないわ)」

 真っ先に一つの霊術を編む。
 あたしの術式を見て、すずかも察したらしく術式構築を手伝ってくれた。

「“隠れる”って事実があるだけでも、効果はあるでしょ」

   ―――“戦技・隠れ身”

「次は……」

 次の行動を模索する。
 見つかっていない今、攻撃の用意は必要ない。
 むしろ感づかれてしまうかもしれないから、必要以上の準備は厳禁だ。

「(優輝さんが引き付けてくれているから、まだ見つかっていない。見つからないようにしつつ、防御を固めて……後は攻撃の準備ね)」

 すずかとアイコンタクトを取り、防御系の術式を編んでおく。
 そして、すぐに攻撃に移れるように術式の土台となる御札を出しておく。
 準備が厳禁と言っても、これぐらいなら大丈夫でしょう。

「よし、このまま……っ!?」

 準備も済み、優輝さんがさらに加速しようとする。
 しかし、その寸前で前に進みつつも横に跳び、攻撃を躱した。

「見つかったか。……そういう“性質”か」

「ッ……!」

 優輝の視線の先には、一人の神とその眷属らしき“天使”が複数いた。
 あたし達の霊術がまるで存在しないかのように、こちらを見据えていた。

「神界でそう易々と身を隠せると思わない事だ。却って見つかるぞ?」

「忠告どうも。……いけるか?」

「っ、ええ……!」

 優輝さん曰く、そう言った“性質”かもしれない。
 ……ああ、もうそれで納得出来てしまう。ある程度の理不尽さには慣れてしまった。

「集束、相乗……!」

「圧縮……穿て!」

   ―――“氷炎反極滅閃(ひょうえんはんきょくめつせん)

 とにかく、最低でも意識を逸らさないといけない。
 そのためにも、あたしはすずかと共に攻撃を放つ。
 単発で、且つ非常に強力な霊術を放つ。
 それは、プラスエネルギーである炎とマイナスエネルギーである氷を掛け合わせる事によって、互いのエネルギーがぶつかり合い、生じる消滅エネルギーを放つ霊術。
 ただの障壁などではそれごと消滅してしまう程の、禁忌に近い危険な術だ。

「(尤も、相手は神。そんなの遠慮してられないけどね……!)」

 物理的な力なら、確実に効く霊術。
 これなら、神界でも足止めぐらいにはなるはず……!

「……ふっ!」

「なっ……!?」

 だけど、そんな考えは即座に吹き飛ばされた。
 手刀で一閃。神がそれを行った瞬間、霊術は炎と氷に分かたれてしまった。

「(術式の“穴”を、的確に突いてきた!?そんな、優輝さんやとこよさんですら初見じゃ避けるしかなかったのに……!)」

 いくら消滅エネルギーとはいえ、元は炎と氷。
 術式であるならば、それらを掛け合わせる部分は存在する。
 神は、それを一瞬で見抜き、さらにそこに干渉して炎と氷を分離させたのだ。

「見抜く事に長ける、か。そういった“性質”ならば仕方ない」

「何を……」

「………」

 納得したように呟いた後、優輝さんは黙り込む。
 すると、後方からいくつもの閃光が飛んできた。

「なるほど」

「(避けられた……!)」

 その閃光は魔力や霊力によるもの……つまり、本体の優輝さんが放ったものだ。
 けど、立ち塞がる神はそれらをあっさりと避けた。
 ……まるで、どこにどう避ければいいか“見抜いた”ように。

「ならば、これはどうだ?」

「な、に……っ!?」

 先程と同じように、また流れ弾のように閃光が飛んできた。
 けど、今度は避ける素振りを見せた瞬間、神は驚愕に顔を歪ませた。

「行くぞ」

「っ……!」

 どういう事なのか問う間もなく優輝さんが再び駆けだす。
 “天使”達も動こうとしたけど、こちらはあたし達の霊術で牽制する。
 戸惑いはしても、こういう事は怠ったらダメだものね。

「優輝さん、今のは……」

「奴の“性質”を見抜く事に関係していると推測したんだ。アリサとすずかの霊術の弱点を即座に見抜き、その上弾幕の隙間をも見抜いた。そこから未来予知に近い事も可能だと考えた」

「……未来を“見抜く”って訳ね……」

 本当に見抜く事に関する“性質”かは結局わからない。
 それでも、今回は優輝さんの推測から放たれた攻撃は命中した。

「さっきの驚愕は、どうあっても命中すると“見抜いた”からって事ね」

「そういう事だ。……もうすぐ結界に着く。包囲網があるな」

 そうこうしている内に、件の結界の近くに来ていたらしい。
 その結界を包囲するように、多くの神や“天使”が包囲している。
 ……あれでは、包囲の中に入るのも難しい。

「式神としての僕はここまでだ。突貫のための糧になる。……後はアリサとすずか……それと、皆に頑張ってもらおう」

「え……」

 抱えられた状態で振り返ると、そこにはなのはやアリシア、はやて達がいた。
 皆、既にボロボロだった。だけど、戦意は残っている。

「全員、考える事は同じやった訳か」

「いないのは……とこよさん達だけ?」

「そのようだな。後は僕の本体と言った所だ」

 悠長に会話しているが、その暇はないも同然だった。
 飛んできた巨大な剣が、同じく飛んできた閃光を防ぐ。

「神夜!」

「おう!」

 追撃とばかりにまだまだ閃光が飛んでくる。
 しかし、今度は神夜が弾いた。
 ……あいつ、なんか滅茶苦茶強くなってない?

「今度は、こっち……!?」

「させ、ないっ!!」

 包囲している神もこちらに気付いている。
 そちらからも攻撃してきたが、今度はなのはが相殺を試みた。
 スターライトブレイカー……切り札であるはずの魔法を、なのはは即座に使った。

「貫いて!!」

 強い意志を感じた。その瞬間、極光が神の攻撃を相殺した。
 ……いえ、それどころか、押し切った。

「(弾幕だったから、撃ち漏らしたものもあるけど、こんなに……!?)」

 改めて、なのはの意志の強さを思い知った気がする。
 でも、裏を返せばここにいる全員がなのはや神夜のように強くなれる可能性がある。

「今だ。……僕が突貫したら、何としてでも内側に入り込め。いいな?」

「っ、分かったわ」

「うん……」

 何をするのか、何となく分かった。
 式神という仮の肉体……と言うか、分身だけど。そうだとしても躊躇した。
 でも、優輝さん自身が決め、何よりもその方法しかないのなら仕方がない。

「射線には入るなよ!」

 それだけ言って、優輝さんは突貫した。
 包囲の内側に入られないように、神達が妨害してくる。
 それらを避けつつ、肉薄し……威力のみを重視した特大の霊術を叩き込んだ。
 流れ弾がこっちに飛んできたけど、直前の言葉のおかげで皆避けれていた。
 そして………

「今よ!!」

「今だ!!」

「ッ……!!」

 このタイミングだと、あたしは直感した。
 他にも何人か察したのか、全員が一気に駆け出す。
 その時、式神の優輝さんが閃光に包まれ、爆発を起こした。
 ただの爆発じゃない。地球の技術で例えるならば、水爆のような、そんな爆発だ。
 ……速度特化とかいいながら、あんなものを抱えていたのね……!

「集中を切らすな!一か所に集まって戦え!耐え凌ぎ、確実に反撃していけ!」

 指示が飛ぶ、包囲への中へと駆けこむ。
 絶望への抗いは、まだまだ始まったばかりだ。
 打開策は思い浮かばない。でも、それでも“諦める”のはダメだ。















   ―――………本当に、それでどうにかなるの……?

















 
 

 
後書き
呪牙…牙のように噛み砕きにかかる霊術。潰す力が強い。

炎纏…炎を纏い、鎧のように扱う霊術。単純に防御力も上がる他、物理的・概念的な干渉を燃やして防ぐ事が出来る。アリサ曰く“すずかに負けないために作った”と言う負けず嫌いの産物。

氷纏…アリサとは真逆に氷を纏う霊術。対策なく触れるとそこから凍ってしまう。アリサの炎纏を知って作った術。すずか曰く“私も負けず嫌いなんだよ?”らしい。

氷炎反極滅閃…炎と氷という対局のエネルギーを合わせる事によって発生する消滅エネルギーを放つ合成霊術。イメージはダイの大冒険のメドローア。その霊術版。

“見抜く性質”…優輝が推測しただけで、本当かは不明。攻撃の脆い点や隙などを見抜ける他、未来を見抜く事も可能。


アリサの使う刀は普通の刀とinnocentのフレイムアイズの中間みたいなデザインの刀になっています(イメージとしてはメカニックな刀)。
また、忘れがちですがアリシア達のデバイスはinnocentと違って簡易的な受け答えしかしません。AI追加は可能ですが、その暇がなくなったので未だに実装していない感じです。(……の、割には自分から反応を示したりしますが) 

 

第214話「寄せ集めの希望」

 
前書き
とこよ達とサーラの戦いは大幅カット。
細かく書いているとまたまるまる一話使いそうなので……。
 

 







       =とこよside=







「はぁっ!」

「ふっ!」

 鈴さんの攻撃に合わせ、私は槍を繰り出す。

「遅いよ」

 でも、それはあっさりと刀に受け流される。

「くっ!」

 反撃の一撃を、鈴さんが受け止める。
 受け止めきれない衝撃を返す柄を当てる事で援護し、相殺する。

「そこっ!」

 少ない霊力で術式を編み、それで敵の私の術式を破壊する。
 力のほとんどがあっち持ちな今、私はこんな小細工でしか霊術で対抗できない。

「はっはっ……!力のほとんどはそっち持ちの癖に、千日手じゃないか……!」

「うるさいね。力尽きるのはそっちが先の癖に」

 それは、紫陽ちゃんも同じだった。
 だけど、やはり自分自身。押し負ける事は早々ない。
 押されながらも、紫陽ちゃんは的確に敵の紫陽ちゃんの攻撃を捌いていた。

「(紫陽ちゃんが持ち堪えている間に、“私”を倒す!)」

 倒しきる必要はない。
 洗脳の効果を解除さえしてしまえば、後は式神の術式を破棄すればいい。
 そうするだけで、今の私の自我が本体に還元されて、元に戻る。

「とこよ!」

「分かってるよ!」

 斧を投擲。刀を逸らして鈴ちゃんがそれを受け流す。
 直後に矢を放つけど、それは障壁に阻まれた。

「(紫陽ちゃんと違って、捌ききる事は出来ない。鈴さんと二人がかりで、ようやく拮抗してる……!)」

 力はあっち持ちだけど、武器は刀以外私が持っている。
 それもあって、ようやく拮抗してるんだ。
 戦法や色々な要素もあって、一対一だと捌けない。

「(せめて、刀さえあれば……!)」

 刀があれば、もう少し戦術の幅が広がる。
 得意な武器なのもあるけど……まぁ、ないものねだりしても意味ないね。

「―――ぇ?」

 その時、視界の端の奥の方で、何かが動いた。
 意識を逸らす訳にはいかないため、視線は向けない。
 でも、隙は十分だった。

「こふっ……!?」

「とこよ!?ぐっ!?」

 また殺された。今度は霊術による矢で喉を貫かれた。
 これで……四回目かな?この戦いでは。
 戦闘が拮抗していると言っても、少しでも隙を晒せば殺される。
 鈴さんも何度か殺され、今もまた殺された。
 でも、神界の法則のおかげで立ち上がれる。

「くっ!」

 咄嗟に霊力を放出して、何とか間合いを引き離す。
 体勢を立て直し、再び切り結ぼうとして……

「ッ!?」

 巨大な剣がいくつも飛来した。
 敵の私はそれらを躱すが、いくつかは刀で弾いたらしい。

「……そういう事」

 それらの剣はおそらく、先程視界の端の奥にいた、優輝君の仕業だろう。
 そして、剣も目晦ましに過ぎない。本命は……

「鈴さん!」

「ええ!」

 ……今私の手に収まった、二振りの刀だ。

「切り開く!」

「止められると思わない事だね!」

 手数で力の差を補う。
 刀の扱いは私自身がよく知っている。
 故に、二刀という同じ舞台に立てば、一人でも抑えきれる。
 そこへ、鈴さんが斬り込み、隙を晒す。

「はぁっ!!」

   ―――“森羅断空斬”

 そして、一刀の下、両断した。

「術式!」

「出来てるわ!」

   ―――“秘術・魂魄浄癒”

 間髪入れずに鈴さんが浄化の霊術を使う。
 さて、これで洗脳は解けたと思うけど……。

「どうなの?」

「ちょっと調べてみるね」

 霊力を使って、私と本体の私の波長を調べる。
 魂や概念、様々な面から調べ、完全に一致しているなら洗脳は解けているはず。

「……大丈夫かな」

 結果は完全一致。
 さっきまでは、確かにどこかが狂っていたから、間違いなく洗脳は解除出来ている。

「よし」

 式神の術式を破棄する。
 その瞬間、私の意識が混ざり合うのを感じた。
 実際は二つに別たれていた意識が元に戻っているのだ。
 記憶か感情、それらも統合される。
 ちなみに、両断された体は元に戻る時に治療しておいたから、傷は大丈夫だ。

「っ、なんというか、洗脳って怖いね……。自分が自分の意識のまま、思考や考え方が書き換えられてる。……心を踏み躙るのに、これ以上のものはないよ」

「記憶の統合で、さっきまでの本体の記憶も得たのね。……私の時とは似ているようで違うけど、気持ちは分かるわ」

 鈴さんは、かつて自分の感情を利用されていた事がある。
 その時の感覚も、洗脳に近いものがあったのだろう。
 ……ともかく、これで後は……

「紫陽ちゃん!」

「ようやくか!」

 矢を射る。
 押し切られかけていた紫陽ちゃん目掛けて放たれていた霊術を射貫く。

「そこよ!」

   ―――“火焔旋風”
   ―――“旋風地獄”

「ちぃっ……!」

   ―――“扇技・護法障壁”

 続けざまに鈴さんが霊術を放つ。
 すると、敵の紫陽ちゃんは障壁を張って防いだ。

「へぇ、本当にそんな行動を取っていいのかい?」

   ―――“呪黒剣-囲-”

 間髪入れずに、紫陽ちゃんが呪黒剣で完全に囲い込む。

「射貫く……!」

   ―――“弓奥義・朱雀落-真髄-”

「ッ……!?」

「ふっ……!」

   ―――“斧技・瞬歩-真髄-”

 死角を突くように放った矢が、敵の紫陽ちゃんの片腕を吹き飛ばす。
 さらに、間髪入れずに一気に間合いを詰め、斧で斜めに断ち切った。

「よし!」

「容赦ないね……まぁ、とりあえず……」

   ―――“秘術・魂魄浄癒”

 倒した事で、簡単に霊術で拘束できるようになる。
 すかさず紫陽ちゃんが霊術で浄化し、洗脳を解く。

「とこよを見る限り、ちゃんと解けるみたいだね」

「一応確かめておいたら?」

「そのつもりだよ」

 少しして、確かめ終わったのか紫陽ちゃんも一つに戻る。
 記憶の統合による、洗脳時の記憶を知り、少し顔を顰めていた。

「とにかく、これで何とかなったね」

「うん。……で、問題は……」

 周囲を見渡す。
 ……逃げ場はないね。

「用意周到な事だ。体力……と言うより精神を消耗した所を、さらに万全の態勢で潰そうって事かい。……呆れたくなるね」

「心を挫くには、確かに有効だけどね……」

 周囲には何人もの神と“天使”。
 包囲された状態じゃ、他の救援も望めない。
 一段落着いた所へこの状況だから、分かっていても“辛い”。
 そう感じる事で、余計に私達は不利になる。

「さて、どうするか……」

 私達は構え直す。
 私と紫陽ちゃんは冷や汗を流しながら、鈴さんは苦虫を噛み潰したような顔で。
 ……打開策もないまま、戦闘が続行された。















       =優輝side=







「ッ!」

 躱す。即座に魔力を使い、いくつもの創造した武器を差し向ける。
 牽制にもならないが、僅かに稼いだ時間で跳躍する。

「ぐっ!?」

「ふっ!」

 一人の“天使”に肉薄。刹那の間に五連撃ほど叩き込む。
 最後に回し蹴りを浴びせ、他の“天使”にぶつけておく。

「っ……!」

 直感に従い、その場を飛び退く。
 何かの力場が寸前までいた場所を覆い、潰した。

「実に厄介だな……!」

 駆ける、跳ぶ。そして躱す。
 繰り返し、繰り返す。僅かな隙間を縫うように、反撃を繰り出す。

「(感情があれば、このようにはいかなかったな)」

 今の僕には感情がない。
 だからこそ、こうして神達と渡り合えるほどの強化が出来ていた。

 現在、僕は霊魔相乗による身体強化を行っている。
 それも、従来のものではなく、それよりさらに上の効果でだ。
 今までの強化が10割までとすると、今はその5倍以上だ。
 霊魔相乗で掛け合わせる霊力と魔力の密度をそれぞれ五倍にし、効果を増している。
 それは単純に効果が5倍になるのではなく、二乗する。
 つまり、5倍であれば25倍の効果を発揮する。
 そこまですれば、複数の神が相手であろうと渡り合えた。

「っ、はぁっ!」

 一人の神の攻撃を躱し、肉薄して蹴り飛ばす。
 同時に踏み台にして跳躍。進行方向近くの神や“天使”を次々と切り裂く。

「ッッ!!」

 さらにもう一人、踏み台にする。
 跳んで、跳んで、切り裂き、攻撃を躱していく。
 これだけでは、神達は倒せないが、それでも負ける事はない。

「ふっ!!」

「ぐぉっ!?」

 神の一人を掴み、別の神や“天使”に叩きつける。
 直後にまとめて蹴り飛ばし、薙ぎ払うように圧縮した閃光を振るう。
 レーザーのようにそれは一帯を切り裂くが、それすらも防ぐのが神だ。
 そう言った相手には、直接攻撃を叩き込みに行く。

「(……ここらが潮時か)」

 時間は十分に稼いだ。アリサ達やとこよさんへの援護も終わらせた。
 これ以上、僕が単独で暴れ回る必要はないだろう。

「薙ぎ払え」

   ―――“Twilight Spark(トワイライトスパーク)

 近くの神と“天使”を蹴り飛ばし、一つの方面へと固める。
 そこへ、広範囲且つ高威力の砲撃魔法を放ち、同時に跳んだ。
 威力は本来なら出す事が不可能な出力で出している。
 なのは達の切り札を合わせたものと同等以上の威力は出ているはずだ。

「ッ―――!!」

 跳び、加速して、何人かの神と“天使”を巻き込んで着地する。
 
「優輝君!?」

「間に合ったか」

 そこには、とこよさん達がいた。
 心を折るための包囲を、僕は突き破って来たのだ。

「一か所に集まるぞ。力を合わせないと太刀打ちできないからな」

「了解だよ。行けるかい?」

「当然!」

「やるしかないもの。当然よ」

 どこへ向かうのかは言うまでもなかった。
 自爆させた式神も言っていたが、考える事は同じか。

「僕が先行する」

「じゃあ、私は露払いだね」

「あたしは後ろを警戒するよ」

「……私は支援に徹するわ。火力が足りないし」

 とこよさんが露払い、紫陽さんが殿。鈴さんはその二人の支援に役割を分担する。
 幸い、とこよさんも紫陽さんも余程の事がなければ神相手でも戦える。
 鈴さんは二人に劣るとはいえ、支援に徹するならば十分な強さだ。
 ……後は僕次第か。

「行くぞ」

 駆け出す。同時に魔力と霊力を爆発させ、包囲を吹き飛ばす。
 通常なら吹き飛ばしきれないはずだが、爆発させたエネルギーの中に剣を混ぜ、さらに直接攻撃を叩き込んだため、無事に一掃出来た。

「軌跡を見るので精一杯の速さだよ……どこまで身体強化したのさっ!」

「いくら限界を超えられるとはいえ、あたし達もそこまではいかないよ」

「想像力というか、無意識下で制限しちゃうものね」

 三人が口々に言う。
 確かに、普通なら無意識下に制限を掛けてしまう。
 実際、三人共地球にいた時よりも大きく身体能力は上がっている。
 だけど、僕に比べればそこまでではない。

「感情がない分、無意識下の制限がないんだろうね」

「その通りだ」

 感情がなければ、意識して制限を切り替える事が出来る。
 無意識下の制限……つまり、体が勝手に反応する制限も切り替えられる。

「以前は、限界突破してようやく私と互角だったのに……」

「とこよの強さをこれ程の差をつけて追い越すとはね」

 とこよさんの矢と霊術が、僕の撃ち漏らした神や“天使”を牽制する。
 倒しきっていないために復帰してくる神達を、紫陽さんの霊術が足止めする。
 二人の地力だけでは抑えきれない不足分を、鈴さんが援護して補う。
 そして、僕が前への道を切り開く。
 進行スピードは三人に合わせて遅くなるが、それでもかなりの速さだ。

「見えた」

「あれか……」

「凄い数の包囲だね」

 しばらく走り続けると、神や“天使”の数が増えてきた。
 結界も埋め尽くされており、もはや結界が結界として機能し続けているのが奇跡だ。
 おそらく、中にいる二人……特にサーラさんが“邪魔させない”と考えているからこそ、辛うじて戦場を隔てる役割を保っているのだろう。

「突破するぞ!」

 まずは周囲の神に牽制代わりに攻撃を仕掛ける。
 物理的な速さなら、神が相手であろうと上回れる。
 厄介な“性質”も、今の僕なら無視も可能だ。

「おおっ!ッ!?」

 牽制で怯ませる中、突然体が弾かれたように吹き飛ばされた。
 “性質”の厄介な所は、こうして予備動作無しな上効果範囲が不明な所だ。
 直接的な力は簡単には無効化出来ない。

「ちぃっ!」

 炎や氷、雷、風の刃、様々な攻撃が僕を襲う。
 僕だけでなく、とこよさん達にも襲うが、そちらは自分で何とかするだろう。
 問題は、攻撃を食らっていては突破するための隙が作れない事だ。

「術式起動、痛覚遮断」

Anfang(起動)

 ならばどうするか。……その答えがこれだ。
 食らった事を気にしないようにしてごり押せばいい。
 神界だからこそ出来る力技だ。

「ふっ……!!」

 弾幕に何度も被弾する。その上で、何人もの神達を殴り飛ばす。
 刹那の間にそれを繰り返し、一息で包囲に穴を開けた。

「今だ!」

「ッ……!」

   ―――“斧技・瞬歩-真髄-”
   ―――“扇技・神速-真髄-”

 その瞬間を待ち望んでいたように、とこよさん達が包囲の中へと入り込む。
 事前に霊術で身体強化をしていたため、無事に入り込めたらしい。

「(後は僕も……)」

 剣を創造し、牽制に放つ。
 それらと神達を足場に飛び回りつつ、魔力弾で周囲の行動を遅らせる。
 一人の神を蹴った反動で、そのまま僕も包囲の中へと突っ込んだ。

「状況は!?」

 一足先に入っていた紫陽さんが、既にいる皆に声を掛けていた。

「状況は依然劣勢だ!持ち堪えてはいるが、こちらの戦力は軒並み疲弊している。おまけに、内二名はあちらの手に落ちていた!」

 クロノが答える。
 一か所に固めた分、耐え凌ぐ事は出来ていた。
 しかし、また味方がやられたらしい。

「二名……ここの結界を張っていた二人か!」

 その二人は、ここでずっと結界を守っていたアミタさんとキリエさんだった。













       =サーラside=





「ッ……!」

 宙を駆ける。
 迫りくる魔力弾や砲撃魔法、魄翼を弾き、逸らす。
 そのまま間合いを詰め……魔力密度の高い魄翼によって邪魔される。

「はぁっ!!」

 振るわれる魄翼は、かつての戦いよりも格段に重く、鋭い。
 対し、私もこの短期間でさらに腕を磨いた。
 神界という特殊な環境であれば、この程度造作もなく捌ける……!

「ぉおおっ!!」

 魔力弾を避ける。砲撃魔法を弾く。
 魄翼を紙一重で避け、同時に魔力の斬撃を飛ばす。
 間髪入れず移動魔法で死角へ移動し、砲撃魔法を放つ。

「っっ!」

「はっ!」

 防御魔法を使った所へ、突貫する。
 加速の勢いを利用した一突きは、簡単に防御魔法を貫いた。

「甘いです」

「ッ……!?」

 だが、その一撃は寸での所で躱されていた。
 しかも、そのままカウンターの砲撃魔法を放つ手が、私の胴に添えられていた。

「くっ!」

 掌底でその手を弾き、身を捻る。
 間一髪、カウンターの砲撃魔法を躱す。
 だが、直後に振るわれた魄翼は躱しきれない。
 防御魔法が間に合ったものの、完全には防ぎきれなかった。

「……随分と、あの三人に鍛えられたみたいですね」

「どうします?諦めますか?」

「笑止ッ!」

 今までのユーリは、あの場面でカウンターをするなど出来なかった。
 そんな経験の不足を、ディアーチェ達は補っていたのだ。
 ……それがここで仇となるとは思いませんでしたが。

「ッ!」

 一度離れた間合いを再び詰める。
 だが、やはり妨害が入る。
 易々と近づく事は出来ず、近づいても決定打を与えられない。

「(必殺の一撃を与えるにしても、その隙が作れない)」

 猛攻を防ぎつつ、私は思考を巡らす。
 私は優輝さん程素早く術式を組み立てる事が出来ない。
 そのため、懐に潜り込めても決定打が用意出来ない。
 そんな状態で攻撃を放った所で、先程の二の舞だ。

「(ならば、必要となるのは最初の一撃)」

 どうするべきか?その答えは簡単だ。
 ……“前提”を覆せばいい。

「(肉薄した所で決定打が出せないならば、出せる状況にすればいい)」

 そのための準備が、最初の一撃だ。
 ……つまり。

「ふっ!!」

 砲撃魔法を弾き、魄翼を受け止める。
 その力を利用し、一気に間合いを取る。
 ……ここから、全力の攻撃を放てばいい。

「貴女を助ける忠義を、今再びここに示しましょう!」

   ―――“我が忠義は貴女のために(ラクレス・ロヤリティート)

 二度目の決戦にて、ユーリを助ける決定打となった魔法を、今ここで使う。
 それは一種の集束砲撃。私の忠義を、力へと変えた一撃。
 砕けえぬ闇すら砕いた、私の切り札。

「はぁああああっ!!」

「っ……!」

 極光を放つ。
 これならば、生半可な防御など容易く貫ける。
 並の砲撃魔法や魄翼など、関係ない。
 私の忠義は、全てを貫く。

「―――ダメですよ。サーラ。同じ手を食うと思っているのですか?」

「ッ……!?」

   ―――“決して砕かれぬ闇(アンブレイカブル・ダーク)

 ……少なくとも、再びその闇が放たれるまでは、そう思っていた。
 砲撃魔法と魄翼では防ぎきれない。それは確かだ。
 だけど、無意味な訳ではない。
 ユーリに辿り着くまでに、それらの攻撃は私の砲撃を減衰させた。
 その上で、ユーリも切り札を切ってきた。
 減衰した私の魔法と、ユーリの魔法。
 どちらが勝つかなど、明白だった。

「(以前のままでは、足りないと言うのですか……!?)」

 砲撃が押し切られる。
 足りなかった。以前と同じでは足りなかったのだ。















   ―――故に、以前よりも一つ、手を加えましょう







「ッッ……!」

 砲撃を維持する手に、力を籠める。
 それは、砲撃を強化するためではない。集束させるためだ。
 今私の両手にはアロンダイトが握られている。
 そこへ、集束砲撃を集束させる……!

   ―――“誓いの剣をここに(シュヴェーレン・シュヴェーアト)

 アロンダイトが光に包まれる。
 そして、それを私は振るった。

「なっ……!?」

私の忠義()は、簡単には折れませんよ……!」

 絶望の闇を、私の剣が切り裂いた。

「っ……!」

「貴女を救うためなら、私は貴女を傷つける事すら厭いません!」

 土壇場の考えではない。
 元より、放出して終わりのものを保たせる発想はあった。
 その結果が、剣に籠めるというものになっただけ。
 しかし、その力は想像以上だった。

「はっ!!」

 剣を振るう。
 たったそれだけで、追撃として迫っていた魄翼を斬り払った。
 考えれば当然の事だ。今、アロンダイトには先程の極光の力が宿っているのだから。

「くっ……!」

 質でダメなら量で補う。と言った所でしょうか。
 ユーリは弾幕を張って私を包囲してきます。
 ですが、それだけでは止められない事など、先程までの時点で分かっているはずです!

「ふっ!」

 弾幕を切り裂き、間合いを詰めていく。
 当たりそうなものだけ切り裂く事で、必要最低限の労力で道を切り開く。

「ッ……!」

 さすがに剣一つでは手数が足りない。
 普通に振っていては、対処が追いつかない。

「(ならば……!)」

   ―――“Neun Säbelhieb(ノイン・ゼーデルヒープ)

 普通の振り方から変えればいい。
 瞬時に放った九連撃で、一気に弾幕を打ち消す。

「はっ!」

「っ!」

 魄翼を、障壁を切り裂いてアロンダイトを振るう。
 だが、やはり受け流され、カウンターを受けそうになる。
 ユーリの掌に魔力が集束し、炸裂……

「させません!」

 二の舞にはならない。
 片手でその掌を上にかちあげる。
 カウンターを潰し、そのままもつれ込むように腕をユーリの胴に巻き付ける。
 そのまま、体を捻って地面に向けてユーリを投げつけ……

「少々、痛いですよ?」

   ―――“誓いの一太刀(シュヴェーレン・ゼーデルヒープ)

 斬撃を飛ばした。
 咄嗟に魄翼と障壁で防御態勢を取ったようですが、無駄です。
 先程までの剣の力を斬撃として飛ばしたのですから、それぐらいなら切り裂きます。

「っ、ぁ……!?」

「……ふぅ……」

 斬撃がユーリに直撃する。
 しかし、ユーリが両断される事はない。
 なぜなら、ここは物理法則があってないような世界。
 私がそう望んでいないからこそ、ダメージだけで終わっている。

「……やりすぎましたか」

 倒れ伏すユーリを見て、私が勝ったと確信できる。
 同時に、やり過ぎたと周りを見て思った。

「戦闘の余波か、それとも外で何か起きているのか……結界がここまでになるとは」

 私達を隔離していた結界が、完全にボロボロになっていた。
 もはや、今にも結界が崩壊しそうだ。

「(と、思った矢先にですか)」

 私がそう考えたからか、役目を果たしたからか。
 すぐに結界が崩壊した。

「っ、なるほど、そういう事ですか」

 外に出た事で、事態がどうなっているのか分かった。

「(私達の戦いの外でこうなっているとは……)」

 周囲には大群と言うべき数の神と“天使”。
 それらに囲まれながらも、一か所に固まって抵抗する他の皆さん。
 ……そして、敵に混じってこちらに攻撃してくるアミタさんとキリエさん。

「(洗脳、ですか。たった二人だけに任せた事自体が、失策だったんでしょうね)」

 依然悪い状況に歯噛みする。
 しかも、今は気絶したユーリを抱えている状態だ。
 短期間とはいえ激しい戦いだったために、精神的疲労もある。
 その状態で連戦は……

「っ、優輝!」

「はぁっ!」

 その時、傍に飛んできたアリシアさんが叫ぶと同時に、周囲に結界が張られた。
 隔離のためではなく防御のための結界が、私達の周りに現れた。
 そして、何人かの神と“天使”が吹き飛ばされた。
 どうやら、優輝さんがやったらしい。

「すぐ終わらせるよ!」

   ―――“秘術・魂魄浄癒”

 間髪入れずにアリシアさんが霊術を使用し、ユーリの洗脳を解除しました。
 実際の効果は聞いていないので知りませんが、状況から見てその類でしょう。

「ユーリは任せたよ!ここで、何とか突破口を開く!」

 そして、すぐさまアリシアさんは戦闘に戻っていった。

「っ……」

 皆さんが足掻き続けている。
 ここで終わる訳には行かないと、負ける訳には行かないと、足掻いている。
 どんなに戦力差があろうと、死に物狂いで食らいついている。

「……なら、私達も立ち止まっている訳にはいきませんね」

 まだ私は戦える。なら、武器を取ろう。
 他の方と同じように、神に抗おう。

「そうでしょう?ユーリ」

 気絶しているはずのユーリに私は話しかける。
 本来なら、返事は返ってこないだろう。……でも

「……はい」

 気絶しているはずのユーリが、すぐに目を覚まして返事を返してきた。
 私がユーリの期待に応えるように、ユーリもまた、私の期待に応えてくれます。

「私達も行きますよ」

「はい!」

 希望はまだ残っている。
 まだ、負けた訳ではない。

















 
 

 
後書き
-囲-…文字通り包囲するように展開する術式に改造しただけ。

誓いの剣をここに(シュヴェーレン・シュヴェーアト)我が忠義は貴女のために(ラクレス・ロヤリティート)を放っている状態で、その力を剣に籠める事で発動。ありとあらゆる障害を切り裂く剣となる。名前はドイツ語の“誓う”と“剣”から。

Neun Säbelhieb(ノイン・ゼーデルヒープ)…ぶっちゃけFateの射殺す百頭(ナインライブズ)。驚異的な速度と威力で放たれる九連撃。

誓いの一太刀(シュヴェーレン・ゼーデルヒープ)誓いの剣をここに(シュヴェーレン・シュヴェーアト)状態で飛ばす斬撃。使いすぎると誓いの剣をここに(シュヴェーレン・シュヴェーアト)が解けてしまう。


砲撃ぶっぱよりも切り裂く方が強いとこよとサーラ。
近接戦の方が得意ですから当然と言えば当然ですが。 

 

閑話17「絶望の淵で」

 
前書き
視点変わって司達の話。
 

 



       =司side=





「ッ……!」

 あれから、どれだけの時間が経ったのだろうか。
 数時間?数十分?それとも、それ未満?
 時間の概念から外れている神界じゃ、体感時間しか当てにならない。
 その体感時間において、私はかなり長く感じていた。

「っ、はぁあああっ!!」

 闇を塗り固めたような触手を避け、即座に砲撃魔法を放つ。
 同時にジュエルシードからも魔力弾を放っておく。

「(阻まれる。なら……!)」

 だけど、それは瘴気による障壁に阻まれた。
 間髪入れずに次の手を打つ。まずは用意しておいた転移魔法で転移。

「光よ、闇を祓え!」

〈“Sacré clarte(サクレ・クラルテ)”〉

 障壁の死角から砲撃を放つ。

「まだ……!」

 直撃とまではいかないけど、当たった。
 その反応としてなのか、のたうち回るように瘴気の触手が振り回される。
 それを何とか回避しつつ、さらに用意していた術式を解放する。

「圧し潰せ!」

〈“poussée(プーセ)”〉

 五つのジュエルシードをアンラ・マンユを包囲するように展開。
 そして、広範囲に強力な重力を掛ける。
 神界だからこその出力で、アンラ・マンユを抑えつけた。

「これで!」

〈“Sacré étoile filante(サクレ・エトワール・フィラント)”〉

 その上から、残りのジュエルシードから砲撃魔法を放つ。
 20個のジュエルシードによる、強力な砲撃魔法の連発だ。
 瘴気で防いではいるけど、防ぎきれていないようだ。
 でも、少しすれば重力ごと吹き飛ばされるだろう。
 そんな力が集束しているのを感じる。

「(だから、その前にもう一手打つ)」

 シュラインを眼前に構え、魔法陣を構築する。
 それに重ねるように、霊術の陣も構築。二つで一つの術式にする。

「(……きっと、以前戦った時よりも強くなっているんだろうね。でも、この神界において、私はそれをさらに上回った)」

 アンラ・マンユの力は明らかに以前より強かった。
 あの時は瀕死の私でも抑えられる程だったけど、今は全力で拮抗していた。
 何かを守る必要がないために、こうして優勢になれた訳だけど、確かに強くなっていた。

「祈りは天に、夢は現に。想いを束ねて形と成せ」

 詠唱を始める。未だに重力魔法と砲撃魔法は止んでいない。
 アンラ・マンユは抑えつけられたままだけど、内に溜まる力が高まっていく。

「霊と魔をここに。二重(ふたえ)の光を以て闇を祓え!」

 霊力と魔力を同時に扱う事は並の苦労で済んだ。
 でも、それらを混ぜ合わすというのは非常に難しかった。
 優輝君すら負担を掛けずに使えなかったのも良く分かる。
 ……だからこそ、一つの術式にだけに集中力を割く。

「祈祷顕現、霊魔祈祓(れいまきふつ)!」

〈“闇祓いし天巫女の祈り(プリエール・エグゾルシズム)”〉

 重なり合った二つの陣が輝く。
 光が溢れ、それが大きな極光となってアンラ・マンユを撃ち貫いた。
 障壁で防ごうとしたみたいだけど、容易くそれも貫いていた。

「……倒した、かな?」

 苦戦はしていた。
 途中までは千日手のように思える程、砲撃と瘴気の触手の応酬が続いていたから。
 でも、“負”のエネルギーを集めた存在とは言え、そこに自我は存在しない。
 なら、“意志”によって限界を超えられる私の方が有利だ。
 その事に気付いてからは、こうして常に優勢に立って戦えた。

「……よし」

 闇は消え去っていた。間違いなく先程の極光で消滅出来たようだ。

「本当に、以前より強くなってた……」

〈見立てによりますと、以前の戦いより遥かに強いですね。それでも、マスターの遠い先祖が戦った時には劣りますが〉

「……その時の天巫女って、凄い強かったんだね……」

 今のアンラ・マンユよりも強いのを、たった一人で倒した当時の天巫女……。
 私も強くなったと思っていたけど、さらにその上を行くんだね……。

〈はい。ただ、当時はほぼ相討ちでしたが〉

「それでも倒した事には間違いないよ」

 私の場合は、神界の法則がなければ千日手だったんだから。

「(とりあえず、奏ちゃんか緋雪ちゃんを助けに……)」

 こちらの戦いは終わった。
 休む暇はないため、すぐにでも二人を助けにいこうとする。

「ッ……!」

   ―――“Barrière(バリエラ)

 その瞬間、悪寒が私を襲った。
 咄嗟に控えておいた魔法を展開。障壁を張る。

「嘘……!?」

 信じられなかった。
 不意打ちとして飛んできた攻撃は防げた。それは問題ない。
 でも、その攻撃と放った存在が信じられなかったのだ。

「なんで?今、倒したはず……!?」

〈確かに反応は消えていました!……突如出現したとしか思えません!〉

 そこには、倒したはずのアンラ・マンユが佇んでいた。
 距離はある。だけど、そんなのは関係ない。
 今、確かに倒したのだ。“闇”の気配は消えていた。なのに、復活した。

「あそこまでやって復活……もう一回相手をする事になるなんて……!」

 そこまで言って、ふと引っかかった。
 “もう一回”、その言葉が気になった。
 そもそも、さっきのアンラ・マンユはどうやって現れた?

「……いや、まさか……?」

〈マスター?〉

「復活したんじゃなくて、もう一体存在した……?」

 そうだ。あのアンラ・マンユも、邪神イリスが生み出した。
 彼女はアンラ・マンユを“簡単に複製できる”と言いきった。
 ……それなのに、なんで私は一体だけだと信じていたの?

「……最悪、これだけで終わらないのかもね」

 複製。つまりコピー。それが二体だけに収まるとは限らない。
 もしかしたら、まだまだいるかもしれない。
 それらを、私は倒し続けないといけないのだ。

「……やるよ、シュライン。ここで負ける訳にはいかない」

〈……はい……!〉

 諦められない。ここで諦めたら、何のために優輝君を逃がしたの?
 諦めなければ、“負け”はないんだから、私はここで倒れる訳にはいかない!















       =奏side=





「くっ……!」

〈“Delay(ディレイ)”〉

 避ける。駆ける。躱し、反撃を放つ。
 周囲に味方はゼロ。司さんと緋雪は遠く離れてしまった。
 敵である“天使”の数は軽く百人を超える。
 それに加え、神も援軍として数十人はいた。
 合計すれば千に届くかもしれないわね。
 立ち止まれば、たちまち身動きが取れなくなるでしょう。

「ッ!」

 光の槍や剣が四方八方から襲い掛かる。
 私が地面と認識している場所から生えてくる事もある。
 地面という概念もなく、認識が曖昧な神界だと、障害物などないのと同じなのね。

「ぐっ!?」

 攻撃を躱し続けていると、急に身動きが取れなくなる。
 神の誰かが能力を行使したのでしょう。

「(ガード、スキル……!)」

〈“Syncopation(シンコペーション)”〉

 神の能力は複雑に見えて単純な部分があるのを、ここまでの戦いで理解した。
 この抑えつける力も、単に抑えつける概念をぶつけているだけに過ぎない。
 しかし、重力魔法ならいざ知らず、これだと転移魔法では逃げられない。
 そのための、“位相ずらし”。
 私という存在そのものを、空間や座標から“ずらす”。
 効果は全く長持ちしないとはいえ、これで一時的に神の力から抜け出せる。

「(神界でなら、長持ちさせる事は可能。でも、そうすると()()()()())」

 身動きできない状況から脱し、移動魔法でその場から大きく離れる。
 そう。空間や座標をずらした所で、神達はそれにすら対応してくる。
 だから長時間使っても意味はない。
 ……裏を返せば、短時間ならこうして有効な手になる。

「ふっ!ッ!」

〈“Delay(ディレイ)”〉

 至近距離から繰り出された光の刃を紙一重で躱し、同時に“天使”の首を斬り飛ばす。
 実際に首は飛ばなかったけど、殺気の籠った一撃なために怯ませた。
 その隙に服の一部を掴み、移動魔法に巻き込む。
 ……今更なのだけど、神や“天使”もほとんどは服を着ているのね。
 とこよさん達が相手にした神は、裸だったみたいだけど。

「ぐっ!なぁっ!?」

「っ……!」

 移動魔法が終わった瞬間、服を掴む腕を引き寄せる。
 当然、服に引っ張られて“天使”は体勢を崩した。
 間髪入れずに二撃程切り裂き、私と位置を入れ替える。
 直後、襲来する神達の攻撃。私は、その“天使”を盾にした。

「ッ、これで、10人目……!」

 盾にしつつ攻撃も叩き込み、吹き飛ばした所を転移してから下に向けて叩きつける。
 一撃一撃に“意志”を込め、ここまで攻撃してようやく倒せた。
 多数が相手でも、一人に的を絞って攻撃し続けないといけないのは、相当きついわね。

「(後、何人……!?)」

 攻撃後の隙を狙った一撃を、辛うじて躱す。
 閃光が炸裂した際の爆風で、体が吹き飛ぶも、すぐに体勢を立て直す。
 追撃してきた“天使”の刃を防ぎ、その“天使”を次のターゲットにする。

「っづ……!?」

 移動魔法で周囲からの攻撃を躱し、“性質”による妨害も位相ずらしで抜ける。
 そのまま“天使”に攻撃を放つも、カウンターで反撃を食らってしまう。

「(オーケストラは既に発動済み。これ以上は、気持ちの持ちようなのだけど……)」

 これ以上の加速を、私はできない。
 加速の極致である魔法は既に発動してしまっているからだ。
 “意志”の持ちようで、さらに上に行けるのでしょうけど……現実的じゃないわ。

「(別の魔法を……神界だからこそできる、事を……)」

 自分の使える魔法、霊術を振り返る。
 何か使えないか、打開策はないか、攻撃を躱しながら考える。
 そして、一つの魔法に思い当たった。

「(これなら……!)」

 思い立ったが吉日。
 目の前に“天使”が迫ってきたのを皮切りに、魔法を発動させる。

「ガードスキル……!」

〈“Harmonics(ハーモニクス)”〉

 ハーモニクス。私の能力の元ネタにおいて、分身するスキル。
 分身体も分身する事ができるから、実質無限に分身を増やせる。
 デメリットとして、元に戻る際に分身の記憶もフィードバックする。
 殺されたり、重傷を負った記憶もフィードバックされるため、多用しすぎると元に戻った瞬間に脳が負荷で焼き切れてしまう。
 
「(でも、神界なら……!)」

 しかし、ここはそんな本来の法則が通用しない神界。
 デメリットを“ないもの”として扱えば……!

「数には数」

「……ここから、反撃させてもらうわ……!」

 元々、単騎で戦う必要はなかった。
 こちらも数を増やして対抗すればいい。
 幸いにも、分身一人一人にも“私”としての自我はある。
 鼠算式に戦力を増やせば、十分に対抗できる……!















       =緋雪side=





「ぐ、ぅあっ!?」

 私の二倍分の力で、振るったシャルが押し切られる。
 ……当然だ。相手は、偽物とはいえ私二人分なのだから。

「(身体能力はまるっきり同じ。違う所といえば、理性が狂気に振り切れているのと……後は、利き手とかが反対な所かな)」

 ここまで戦って、大体が分かった。
 身体能力、耐久力、その他諸々はほとんど私と同じだ。
 鏡に映した私をそのままコピーして複製したのだから、当然といえば当然だけど……。

「(弱点も同じなんてね……!)」

 不幸中の幸いか、この偽物たちはちゃんと“殺せば”倒せる。
 神や“天使”と違って、心を挫く必要はない。
 でも、私を殺すには、普通の人間より手間がかかる。
 性質としては吸血鬼が近いのだけど、頭と心臓を潰さないといけない。
 一度お兄ちゃんに殺された時は、生物兵器として弱っていたから、首を切り飛ばすだけで済んだけど、幽世で鍛えてからは確実に両方を潰さないといけなくなった。

「っ……!」

   ―――“Zerstörung(ツェアシュテールング)

 振るわれたいくつもの大剣を跳んで避け、複数の“瞳”を握り潰す。
 ……心臓と頭はどちらも捉えられなかった。でも、これで怯みはする。

「ふっ!」

 爆発の煙幕の中を突貫。偽物の内一体の心臓を手刀で貫く。
 そのまま貫いた体を振り回し、反撃を受ける前に蹴り飛ばす。
 その体は、別の偽物の攻撃によって切り裂かれた。

「(理性がなく、相手が複数なおかげで、上手く行ってる。これなら……!)」

 理性の有無によって、その分技術の差が出てくる。
 つまり、一見コピーした私の偽物でも、実際には私本人には劣る。
 一対一なら確実に勝てるぐらいには、差があるんだ。

「(本体は……!)」

 迫りくるいくつもの偽物の攻撃を避ける。
 避けて、偽物の一体を盾にして、砲撃魔法で一掃する。
 倒しきれていなかろうと、ずっと構っていても仕方がない。
 先に偽物を生み出した神を倒さないと、いつまでもこの戦いは続く。

「(私と同じ姿をしていた事から、多分“性質”は鏡に関すると思うけど……)」

 “破壊の瞳”で狙われる。
 すかさず、狙っている偽物との間に、別の偽物を挟む。
 間一髪。その偽物が代わりに爆発した。

「っ、くっ……!」

 まさに暴力の嵐。いくらなんでも、その場に留まるなんて出来ない。
 腐っても私と同じ身体能力なんだ。
 まともに受けていたらたちまち押し潰される。

「ぐっ!しまっ……!?」

 そんな事を考えたからか、空中から叩き落された。
 受け身は取ったけど、立ち止まった事には間違いない。
 狂気に満ちた偽物達が、私へと殺到する。

「っづ、ぁ……!?」

 何撃かは逸らして防いだ。でも、多勢に無勢だった。
 一撃、剣の直撃を避けたけど拳が直撃した。
 吹き飛ぶ体に、別の偽物の大剣が叩きつけられた。
 辛うじてシャルでガードしたけど、次は間に合わない。

「ッ、ぁあああああああ!!」

   ―――“霊魔爆炎波(れいまばくえんは)

 迫りくる大剣。魔力弾。砲撃。
 それらを回避する事も、防御する事も叶わない。
 出来るとするならば、迎撃のみ。
 それを、私は躊躇なく選んだ。

「っ……!ッ、ふっ!」

「ぐっ……!?」

 それは、ほぼ自爆みたいなものだった。
 霊力と魔力を混ぜ合わせる霊魔相乗を、攻撃に転用。
 力のうねりを爆発させ、迫りくる魔法ごと、偽物達を吹き飛ばした。
 私自身もその爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされていた。
 でも、吹き飛びながらも体勢を立て直し、別の偽物の攻撃を躱しつつ蹴りを入れた。

「そこかぁっ!」

〈“Scarlet Arrow(スカーレットアロー)”〉

 その時、偽物に紛れる神を見つけた。
 すかさず魔法の矢を放つ。
 だけど、その矢は鏡によって反射された。

「(読み通り!)」

 当然、そんなのはとっくに承知。
 あれは牽制でしかなく、私は既に転移魔法で間合いを詰めていた。
 死角を取り、勢いよくシャルを振りぬく!

「ッッ!!?」

 “ギィイン!!”と、大きな音が響き渡る。
 同時に、私は仰け反るように後退した。

「(魔法だけじゃなくて、物理攻撃も反射するの……!?)」

 鏡だからって錯覚していた……!
 私の剣が届く前に鏡が割り込み、その瞬間、私は同じ力で押し返された。
 重さも鋭さも、全く同じ力が返って来たのだ。
 だから、私は仰け反る程に後退した。

「ちっ……!」

 追撃しようにも、偽物に妨害される。
 思わず舌打ちしてしまうが、思考を休める暇はない。

「ふっ!」

 挟み撃ちを狙われる。それを、私は敢えて前進する。
 前の偽物の攻撃を避けつつ、すれ違う。
 後ろにいた偽物が間合いを詰めてくるが、今すれ違った偽物を魔力弾で突き飛ばす。
 私を狙っていた後ろの偽物の攻撃に巻き込まれ、吹き飛んだ偽物は切り裂かれる。

「ッ!」

〈“Zerstörung(ツェアシュテールング)”〉

 転移で他の偽物から逃げつつ、“瞳”を二つ、掌に収める。
 そして握り潰し、先程の偽物を倒しきる。
 “瞳”はそれぞれ頭と心臓を対象にしていた。
 ここまで複数となると狙いが甘くなるが、一人に絞れば十分狙える。

「(どうする!?偽物の対処は問題ない。でも、物理も反射する相手を、どうやって倒せばいいの!?)」

 この場において、一番の問題はそれだ。
 全ての攻撃を反射する相手を、どうやって倒せばいいのか。
 あらゆる攻撃を反射するなら、それはもはや無敵ではないのか。

「(……そんなはずない。問答無用で攻撃を反射出来るのなら、この神界でも無敵に近い。……それなら、邪神イリスに洗脳される事もないはず……!)」

 全て反射できるのなら、洗脳すら反射ないし弾けるはずなんだ。
 なのに、こうして邪神イリスの配下になっていると言う事は、何か“穴”が、弱点とも言えるものがあるはず。

「ッ……!」

 偽物に包囲される。躱すのは不可能と判断。
 すぐさま斬りかかって来た一体の攻撃を躱しつつ、すれ違いざまに一閃。
 包囲を抜けた所を、別個体が襲って来た。

「ぐっ……!」

 躱せないし、シャルを振り切った隙がある。
 咄嗟に片腕に強化を集中させ、斬られずに防ぐ。
 でも、勢いに吹き飛ばされてしまう。

「こ、のっ!!」

 吹き飛ばされながら体勢を立て直し、追撃に対して一閃を放つ。
 追撃は阻止され、すぐに間合いを取った。

「はぁっ!!」

 やる事は変わらない。
 偽物達の攻撃を凌ぎつつ、本体の神を倒す。
 神本人も強力な攻撃を仕掛けてくるけど、肉薄は可能だ。
 後は、反射の弱点を見つけるだけ……!

「あははははは!!」

「そー、れっ!!」

「っ……!」

 戦闘中ずっとだが、偽物達の笑い声が響いている。
 狂気に満ちた偽物達は、何がおかしいのかずっと笑っている。
 ……いや、狂ってた当時の私も笑っていたけどさ。

「うるっさい!!」

〈“Zerstörung(ツェアシュテールング)”〉

 さすがにうるさい。
 笑い声をかき消すように、大爆発を起こす。
 辺りが爆風に包まれる。

「(あそこ……!)」

 爆風の一部が反射されたのを、魔力で感じ取る。

「ッ!」

〈“Alter Ego・Schöpfung(アルターエゴ・シェプフング)”〉

 即座に術式を構築。
 戦闘中も並行して構築していた甲斐もあって、すぐに術式は完成した。
 そのまま四体の分身を出し、それらを転移させる。
 転移先はもちろん本体である神の近くだ。

「ッ、はっ!」

「(………なるほど……)」

 目的は、神の反射の特徴を掴むため。
 神が一喝するように力を放出し、同時に分身達の攻撃は反射された。
 だけど、見えた。反射のカラクリが。

「(遠距離攻撃はそのまま反射。物理はやっぱりちょっと違ったんだ)」

 予想通りなのか、“鏡”としての性質が強いらしい。
 ゲームなどでも、魔法などは反射されたりするが、あの神も同じなのだろう。
 もしくは、ゲームなどでの性質にあの神の“性質”が引っ張られているのか。
 まぁ、それはどちらでもいいだろう。
 問題となるのは物理攻撃の方だ。
 あれも、同じように反射しているかと思ったけど、そうではなかった。

「(ベクトルの反転による反射なら、物理攻撃も効かなかった。でも、あれは飽くまで“鏡”として反射している。だから、攻撃自体は通っている)」

 分身達の渾身の一撃は結局反射されて弾かれていた。
 でも、神も同じように仰け反っていた。
 まるで、衝撃までは反射出来なかったように。

「(……つまり、私が捨て身で攻撃すれば、ダメージは通る!)」

 反射してなお、返しきれない攻撃を叩き込めばいい。
 その際、反射で私の方もダメージを負うけど、まぁそこはしょうがない。
 これで、どうやって倒すかは分かった。

「(攻略法はこれでいい。後は……)」

 偽物の集中で、分身達が倒されてしまった。
 でも、対処法は分かっているから、やる事は一つ。

「(偽物達の攻撃を凌ぎつつ、捨て身で攻撃する!)」

 そのためにも、まずは偽物の包囲を何とかしないとね……!















 
 

 
後書き
Sacré étoile filante(サクレ・エトワール・フィラント)…サクレ・クラルテを流星群のように放つ魔法。かなりの魔力を使うが、威力・殲滅力共に高い。

闇祓いし天巫女の祈り(プリエール・エグゾルシズム)…霊力と魔力を合わせた司の今の切り札。どんな攻撃にも変化させる事が出来、今回は砲撃にした。名前は“祈り”と“悪魔祓い”のフランス語。

Syncopation(シンコペーション)…音楽用語より。空間座標や位相を一時的にずらすオリジナルガードスキル。ごく短時間しか効果は続かないが、効果中はあらゆる攻撃が効かない。

霊魔爆炎波…霊魔相乗を応用した攻撃技。今回はほぼ自爆技だったが、本来は遠距離技として扱える。かなりの威力を誇るが、力の集束が分かりやすく、避けられやすい。

“鏡の性質”…緋雪が相手にしている神の“性質”。相手を映し出し、偽物を作ったり、攻撃を反射したりと言った事が出来る。本編では確定していないが、緋雪による“性質”の推測は完全に当たっていた。


今回は比較的文字数が少なめですが、ここまで。後は本編に繋げます。
緋雪の考えた攻略法ですが、要は自分もダメージを負うような攻撃でごり押せばいいという訳です。遠距離攻撃はともかく、直接的な攻撃は反射した事で相殺しているのですから、跳ね返された所で相殺しきれない攻撃にすれば、そのまま通じます。 

 

第215話「慈悲なき絶望・前」

 
前書き
前回の閑話からの続きとなります。
一応、閑話の方を読んでなくとも大丈夫です。
 

 





       =out side=







「はぁあああっ!!」

〈“闇祓いし天巫女の祈り(プリエール・エグゾルシズム)”〉

 司の持つシュラインの矛先から、眩い閃光が放たれる。
 閃光は極光となり、眼前に迫っていたアンラ・マンユを呑み込んだ。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、これで、全部!?」

 体感で言えば数時間に及ぶような戦闘だった。
 イリスが複製したアンラ・マンユは一体だけでなく、何体も存在した。
 それら全てを、司は相手にしていたのだ。
 “負”のエネルギーを凝縮した存在であるアンラ・マンユと相対し続けたため、天巫女である司でもかなりの精神的疲労が出ていた。
 意識の持ちようで疲労も回復出来るとはいえ、限度があった。

「…………」

 司は構えを解かず、周囲を警戒する。
 一体目を倒してから、次のアンラ・マンユは突如出現していた。
 時には二体以上を同時に相手する時もあった。
 そのため、例え倒しきったと思っても警戒は解かなかった。

「(打ち止め?それとも、さらに増える?)」

 呼吸を整えつつ、辺りを窺う。
 だが、一向に新たなアンラ・マンユは現れない。

「………来ない……?」

〈そのようですね〉

 警戒は緩めないが、それでももう来ないと思えた。

「……ふぅ……」

 そのため、司は緊張をほぐすように溜息を吐いた。

「ッづ!?」

 



   ―――そして、その瞬間を狙い撃ちされた。







「―――ァ……!」

 “顎を蹴り上げられた”と気づいたのは、その数瞬後だった。

「(接近に気付けなかった!?早すぎる!)」

 すぐに体勢を立て直そうとして……また吹き飛ばされた。
 ガード自体は間に合ったが、それでも再び体勢を崩された。

「(アンラ・マンユに続いて、今度は神!それも、“天使”も従えてる!)」

 包囲するように“天使”が肉薄。
 攻撃を防ごうと、司が障壁を張ろうとした瞬間―――

「ぅ、ぁっ!?」

 それよりも“早く”、神の拳が司の体を吹き飛ばした。

「(“祈り”が間に合わない!?ストックしている魔法じゃ、心許ない……!)」

 それどころか、体勢を立て直しきる事すら困難。
 そんな状況に、司は陥っていた。
 アンラ・マンユとの連戦を経て、司の天巫女としての弱点である魔法発動までのタイムラグ、それを補うための魔法のストックもほぼゼロになっていた。
 いくら優輝達との特訓を経たとはいえ、未だにタイムラグは残っている。
 敵は、そんな僅かなタイムラグを突いて攻撃してきていた。

「(とにかく、何とかして体勢を……!)」

 通常の魔法で魔力弾を放つ。
 “天使”達への牽制として放たれたそれらは、あっさりと躱される。
 当然だ。司は天巫女の力なしでは、才能においてなのは達に劣る。
 誘導性も速度もなのはやフェイトには及ばない。
 尤も、今回は牽制なため、役目は果たしていた。

「これでっ!!」

   ―――“神槍-真髄-”

 霊術が組み立てられ、光の槍が周囲に放たれる。
 これにより、“天使”達は司に接近しきれずにいた。

「(後は神を……!)」

 姿を捉えた神へ向け、通常の身体強化魔法を発動させつつシュラインを振るった。

「―――ぇ?」

 だが、それはあまりにあっさりと逸らされた。
 まるで、出鼻を挫くかのように、瞬時に受け流された。

「ッ―――!!」

 障壁は間に合わず、辛うじて身体強化を集中させるに留まった。
 カウンターの掌底が直撃し、司は吹き飛ばされる。

「(動きの出が“早すぎる”!優輝君やとこよさん、サーラさんみたいにただ速いだけじゃない……先制を取ったはずなのに、()()()()()()()!)」

 吹き飛ばされた所へ、“天使”達の攻撃が放たれる。
 まるで、そこに吹き飛ぶのが予定調和のように、先読みして放たれたため、司は障壁を辛うじて張る事しか出来なかった。
 結果、防ぎきれずに再度吹き飛ばされた。

「(“天使”達も同じ……先手を取られてる!ダメ、このままじゃ!)」

 天巫女の特性上、先手を取られ続ける事は非常にまずい。
 アンラ・マンユとの連戦による疲労も重なり、司の思考に焦りが生じる。

「(身体強―――)」

「遅い」

「っづ……!?」

 思考か、行動を読まれる。
 身体強化のための“祈り”すら、阻まれて攻撃を受ける。
 間に合ったのは、シュラインの柄を割り込ませただけ。
 攻撃を受け止めきれず、再び司は体を浮かせた。

「ッ、ぁっ、ぐ、ぁあああっ!?」

 “天使”達が殺到する。
 何をする事も出来ずに、司は体勢を崩され続ける。
 決して反撃を行わせないように、延々と。

「こっ、のぉっ!!」

 無論、司も無抵抗なはずがない。
 無理矢理、霊力と魔力を混ぜ合わせ、“天使”達を吹き飛ば―――

「させん」

「ッ―――!?」

 ―――す前に、神が先手を打ち、“天使”達は飛び退いた。
 結果、司がただ自爆しただけとなってしまう。

「(本当に、まずい……!)」

 霊力と魔力を混ぜ合わせるための集中力を搔き乱された。
 そのために、司は自爆してしまった。

「ぐ、くっ!」

 特訓により、染みついた技術が体を動かす。
 体勢を立て直す前に放たれた追撃を紙一重で躱した。
 そして、さらに間髪入れずに放たれた極光を、シュラインで逸らす。
 無理矢理体を捻り、背後を取った“天使”に蹴りを叩き込んだ。

「(転移……!)」

 マルチタスクによって構築していた術式で、ようやく間合いを取った。
 体勢を立て直しつつ、神達を見据える司。

「ぐっ……!?はぁ、はぁ、はぁ……」

 肩で息をする司。
 神界において物理ダメージは大した事はないが、司はまた別の理由があった。
 司が聖司だった頃、死ぬ前に虐待を受けていた経験がある。
 乗り越えたとはいえ、精神的なダメージを負わない訳ではない。
 先程の“天使”達の攻撃は、その時の虐待を想起させた。
 その分、精神的なダメージが大きかったのだ。

「(魔法の発動が間に合わない。ものによっては、霊術すらも。使えるとすれば、天巫女の力を使わない基本的且つ、発動が早い魔法や霊術……後は体術かな)」

 思考を加速させる。
 なるべく分析し、相手と自分の差や特徴を探る。

「(とにかく“早い”。先手を打たれて反撃も抵抗も中断させられる。……私と相性最悪だね。これは……)」

 確実にタイムラグを突かれている。
 それは司にも理解出来ていた。出来ていてなお、対処できない。

「(“早い”事に関する“性質”かな。もしくは、そのまま“早い性質”か)」

 故に、それに類する“性質”だと司は推測した。
 司自身が知る由もないが、対峙する神はまさにその“性質”だった。

「(どの道、このままじゃいけない。何とかして、突破しないと)」

 まだここで倒れる訳にはいかないと、司は自らを奮い立たせる。

「(ここまで来て、諦められない!絶対に、優輝君の所へ―――)」

 “戻る”。そう決意して―――










「浅はかな」

「―――ぁっ?」

 ―――目の前に来た神によって、その“意志”に罅が入れられた。
 掌から放たれた閃光によって胴を貫かれる。

「っ」

「思考する暇があるか?」

 反撃するための魔力を集めた瞬間、首を掴まれる。
 そのまま理力を流し込まれ、反撃のための力は霧散させられた。

「否、お前にはもう思考する暇も与えない」

「ッ」

「遅い」

「っご……!?」

 司はそれでもシュラインを振るおうとし、胴へ掌底された事で吹き飛んだ。
 行動一つ一つの先手を取られ、司は抵抗さえ許されない。

「(行動どころか、思考にも!?このままじゃ―――)」

「ふっ!」

「っづ……!?」

 思考が追いつかない。
 司が脳内で結論を出す前に、思考を中断させるように追撃が入る。
 防御も間に合わないため、唯一司に出来た事は、ダメージの軽減だけだった。

「(まるで、お手玉―――)」

「こちらもお忘れなきよう」

「ぐっ!?」

 神だけではない。“天使”もいる。
 思考が纏まらないまま、司は“天使”の追撃も受ける。

「ッ!!」

「っと……!」

「っぐ、はぁ、はぁ……!」

 思考してからの反応が間に合わない。
 そのため、司は一度“身を任せた”。
 今までの経験に身を委ね、反射的な体の反応に賭けた。
 その賭けに勝ち、司は“天使”の攻撃を一部捌き、包囲を抜け出した。

「(マルチタスク……!)」

 マルチタスクによる全力の思考を行う。
 考えてからの行動では遅い。かと言って、脊髄反射で勝てる訳でもない。
 何より、今の状況ではジュエルシードの力を一つも使えていない。
 劣勢状況を変えるために、司は全力で考える。

「ッ―――!」

「させん」

 だが、それすら割り込むように阻止される。
 最早、思考が意味を成さない。

「(考えていたら―――)」

「はぁっ!」

「(―――負ける!)」

 司はそう結論付け、防御に意識を割いた。

「っ、ぁっ!」

「むっ……!」

 勘と、経験。その二つのみで神の攻撃を防ぐ。
 尤も、司の技量ではそれは成し遂げられない。
 全て防御する事は出来ずに、司はさらに後退する。

「隙だらけです」

「っづ、ぁっ……!?」

 そこへ、“天使”達がすかさず追撃する。
 連続攻撃に、司は耐えきれずに吹き飛ばされた。

「ぉぐっ……!?」

 体勢を立て直す間もなく転がり、そして立ち上がる前に腹を蹴られる。
 蹴り上げられた事で浮いた体を、神は閃光を繰り出してさらに吹き飛ばした。

「(耐え―――)」

「防戦一方だな」

「(―――て……)」

 吹き飛ばされた先で、また吹き飛ばされる。
 思考に割り込むように打ち抜かれ、中断させられる。
 それでも、司は諦めないように“意志”を保つ。

「(今は―――)」

「だが、それも仕方あるまい」

「(―――耐えて)」

 反射的に反応する防御行動で、僅かにでも攻撃を防ぐ。

「(打開策―――)」

「お前はもう、何も出来ない」

「(―――を―――)」

 その先に、何か反撃の手段があると、そう信じて。

「(っ……)」

 天巫女の力は使う間もなく阻止される。
 それどころか、普通の行動や思考さえも先手を取られる。
 通じるのは、無意識下の行動か、我武者羅な行動のみ。

「ぁあああああっ!!」

「ッ!」

 司が魔力を放出する。
 神や“天使”が僅かに怯み、後退する。
 だが、それだけだ。

「っ……!」

「遅い!」

 次の行動に、間に合わない。
 その前に神の“性質”によって阻止される。

「(まだ―――)」

「無駄な足掻きだ」

 もし、これが司でなければ、結果は違ったのかもしれない。

「(まだ―――)」

「私はお前を確実に倒すためにイリス様に遣わされた」

 奏であれば、ディレイを駆使する事で神の“早さ”に対抗出来ただろう。
 緋雪であれば、我武者羅な攻撃で充分な効果を発揮出来ただろう。
 優輝や椿達であれば、勘と経験で対処出来ただろう。

「(打開、策を……)」

「お前以外であれば、勝ちの目はあっただろうな」

 そのどれにも当てはまらない司だからこそ、今の状況に陥っていた。
 今までの神界の戦いでは起きていなかった、“弱点を突いた戦い”。
 それが、ついに起きたのだ。

「(何とかして……)」

「チェックメイトだ」

 司は知らない。この状況に陥ったのはイリスの策略だと。
 司は理解していない。もう、勝ち目など存在しない事を。
 司は気づいていない。








「(―――優輝、君……)」









   ―――もう、自分の“可能性”が、閉ざされている事を。

































「はっ……!」

 刃が煌めく。
 奏は攻撃を避けるように駆けながら、一人の“天使”を切り裂く。
 その様子が、いくつもの数繰り広げられている。
 
「ここで仕留める……!」

 司、奏、緋雪の三人でも劣勢だった“天使”の集団+援軍で増えた神数十名。
 それを、奏は分身する事で数の差を上回っていた。
 本来ならデメリットがあるガードスキル、ハーモニクスを使い、奏は鼠算式に数を増やして神達に対抗したのだ。

「“一心閃”……!」

 複数の奏から放たれた一閃によって、“天使”がまた一人墜ちる。
 三人では敵わなかった相手でも、数で上回ればこうして優勢に立てた。

「(これで、ようやく倒せるようになるなんて……!)」

 否、それでギリギリだった。
 数を無制限に増やせる存在は、神界にもいる。
 質は神達の方が圧倒的であるため、結局は劣勢のままなのだ。
 ただ、その中で勝ち目が出ただけに過ぎない。

「(一人だったら、倒しきれなかった……!)」

 奏が一人だった時でも、倒す事は可能だった。
 しかし、一人倒した所で、他の神や“天使”を相手にしている内に復活する。
 その事もあって、こうして数を増やさなければ勝ち目がなかった。

「(一度、気絶する事になりそうね……)」

 ここまで数を増やせば、その反動は計り知れない。
 神界でなければ、確実にハーモニクスの分身を戻した瞬間、脳が焼き切れて死んでしまう程の情報量が既にあるだろう。

「(でも、今は倒す事だけに集中よ……!)」

 余分な思考はいらないと、奏は目の前の事に集中する。







「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 それから、神達を全滅させるまであまり時間は掛からなかった。
 しかし、疲労はその何十倍もあった。
 何せ、全力で戦いつつ、分身も増やしていたのだ。
 本来なら一分程でガス欠するような事を戦闘中ずっと持続させていた。
 そのため、疲労は大きく蓄積していた。

「(今“Absorb(アブソーブ)”を使うのは危険すぎるわね……)」

 その上で、分身をいつまで出している訳にはいかず、戻す必要があった。
 だが、さすがに疲労した状態で戻すのは危険過ぎると判断し、少し休憩する。

「(比較的疲労の少ない分身を警戒にあたらせて、休憩を……)」

 その場に座り込んで、奏は休息を取る。
 分身に警戒を任せる事で、確実に体力を回復させた。

「(誰か戻ってきてから戻す方が得策ね)」

 アブソーブは一部の分身だけ戻す事が出来ない。
 万全まで回復しても反動がきついと判断した奏は、司か緋雪が戻ってくるまで分身は出しっぱなしにする事にした。
 また、倒した神達がいつ復活するか分からないため、その見張りとしても分身は必要かもしれない事も出しっぱなしの理由の一つだった。

「随分と、悠長だな」

「ッ―――!」

 その時、奏は背後に気配を感じた。
 同時に振り返りざまにハンドソニックを振るう。

「無駄だ」

「ッ」

 “ガギン”と、それはあっさりと阻まれる。
 まるで鋼鉄を斬ろうとしたように、障壁でもない肌に阻まれた。

「(堅い!)」

 即座に奏は間合いを取り、仕切り直す。
 奏に声を掛けた神は、筋骨隆々な体格の大男だった。
 まさに鋼鉄の肉体かのような出で立ちに、奏は歯噛みする。
 いくら、堅い相手への攻撃手段を会得しているとはいえ、相性が悪いからだ。

「(……どうやって、ここまで接近を……いえ、それ以前に、隔離された……?)」

 奏が周囲を見れば、結界らしきもので隔離されていた。
 分身と本体が完全に分断されていたのだ。

「接近方法と結界が気になるか?」

「……教えてくれるのかしら?」

 情報はあった方がいい。
 そう判断して奏は神に耳を傾ける。

「簡単な事だ。隠密行動に長けた神に協力してもらったに過ぎない」

「……そうね。単純な事だったわ……!」

 接近された原因はあっさりと分かった。
 聞くや否や奏はディレイで肉薄、刃を振るう。

「効かんな」

「(単純なフルパワーでは効かない……となると……!)」

 全力で斬りかかった。しかし、それでも効かない。
 故に、奏は別の攻撃方法に切り替える。

「ふっ……!」

「っ、ほう……!」

 魔力を刃に込め、斬りつけると同時に叩き込む。
 所謂、徹し。防御力を無視できる方法で攻撃した。
 棒立ちで無効化していた神も、その攻撃は通じたのか声を漏らす。

「は、ぁっ!!」

「さすがに対策をしていたか……!」

 それを連続で繰り出す。
 神も棒立ちを止め、腕で防御してくる。
 それでも腕にダメージは蓄積していく。

「ただ堅いだけなら、負けない……!」

「そうだろうな。だが、それだけじゃない」

「ッ……!?」

 ……当然のように、そこで終わらない。
 神の肉体を理力が覆った。
 その瞬間、奏は手応えの変化を感じ取った。

「侵入を“防ぐ”結界。そして、徹しすら“防ぐ”鎧だ。お前程度の攻撃なら、全てが無意味と化す」

「“防ぐ”……くっ……!」

 胴を蹴り、奏は神から再び間合いを取った。
 たった今聞いた言葉に、奏はこのままだとダメだと察したのだ。

「(“防ぐ性質”……と言った所かしら?ただ堅いだけならともかく、これは……)」

 徹しすら防ぐ鎧に、奏はどうするべきか悩む。
 一筋縄ではいかない。そんな事は分かっていたはずだ。
 それでも、相性が悪い状況に歯噛みする。

「お前に俺は倒せない。そして、お前の分身も結界外で他の神の相手をしているから援軍もない。諦めるんだな」

「そんなの、お断りよ……!」

 斬撃を飛ばす。魔力弾も飛ばす。砲撃魔法も放つ。
 その悉くが無傷で防がれ、同時に叩き込んだ攻撃も効かなかった。
 諦める訳にはいかなかった。
 攻撃が効かず、倒せないとしてもこちらが倒れる訳にはいかなかったからだ。

「(ただ徹すだけではダメ。二段構えで効かないなら、それ以上で……!)」

 羽が舞うように魔力弾を繰り出し、一度間合いを離す。
 魔力と霊力を練り、それをハンドソニックに込める。

「……はっ!!」

   ―――“Echo(エコー)

「ぬぅっ!?」

 通じた。
 刺突と共に繰り出された霊力と魔力が理力の鎧を貫通した。
 さらに肉体の防御力も透過し、ダメージを与えた。

「(これなら……!)」

 確かな手応え。
 この方法なら通じると、奏は確信する。

「これほどとは……!侮っていたか……!」

「はぁああああっ!!」

 同じように魔力と霊力を込めた攻撃を連続で放つ。
 金属音のような音が響き、神の体を揺さぶるようにダメージを徹す。

「(このまま……っ!!)」

 蓄積した疲労を振り払うように、奏は全力で刃を振るい続ける。
 反撃の攻撃はディレイで避け、即座にカウンターを決める。
 一撃一撃が積み重なり、確かなダメージとなる。









「―――なるほど。イリス様が俺を宛がう訳だ」

「えっ……」

 直後、“ギィイン”と刃が阻まれた。
 徹すはずの衝撃も、完全に阻まれていた。

「障、壁……!?」

「肉体だけが防御の全てじゃない。当然だろう?」

「ッ……!」

 動揺の隙を潰す為に、またもや奏は間合いを取った。

「(まだっ……!)」

 すぐさまもう一度攻撃に出る。

「ッ―――!?」

 しかし、またもや阻まれる。
 波紋を広げたような円形の障壁によって、完全に攻撃が受け止められていた。

「くっ……!」

〈“Delay(ディレイ)”〉

 背後に回り込み、一閃。
 だが、それも別の障壁が展開されて防がれた。

「(堅い……!本人の防御力よりも、圧倒的に……!)」

 手応えがまるで違った。
 神本人が鋼鉄を斬りつけたような手応えであるならば、障壁は何よりも柔らかく、そして硬いものを斬りつけたかのような感覚だった。
 衝撃が一切徹らず、切り裂く事も出来ない堅さだった。

「は、ぁあああっ!!」

〈“Delay(ディレイ)”〉

 加速し、死角に回り込むように何度も斬りつける。
 しかし、その悉くが障壁によって阻まれる。

「ッッ!」

 刹那、奏は横に飛び退く。
 寸前までいた場所に障壁が展開される。
 留まっていたら、その障壁によって吹き飛ばされていただろう。

「(……司さんの圧縮障壁よりはマシね)」

 その攻撃は、かつて司の姿をしたジュエルシードが使っていた魔法に似ていた。
 現在では司本人も使える障壁による圧殺。
 それを目の前の神も行って来たのだ。

「(問題は……)」

 攻撃そのものはそこまで大したものではない。
 奏にとって一番重要なのは、目の前の神に攻撃が通じない事だ。

「ふっ……!」

   ―――“Echo(エコー)

 先程神にも効いた技を、一撃に重視して放つ。
 ……しかし、障壁はびくともしなかった。

「(これでも徹せない……完全に攻撃が遮断されてる……!)」

 直接神に叩き込めば効く攻撃も、障壁に阻まれればそれだけで完全に防がれる。
 せっかく編み出した技すら、あっさりと効かなくなってしまった。

「(何か、手は……!?)」

 司ならばさらに強力な攻撃を放てた。
 緋雪であれば、“破壊の瞳”の破壊の概念を使ったり、直接神を攻撃出来た。
 優輝や葵もまた、攻撃を一点集中させる事で障壁を貫く一撃を創っただろう。
 椿の場合は神の力を使う事で突破していたかもしれない。
 攻撃が軽いという欠点があるからこそ、奏はこれ以上の手段がなかった。

「(アタックスキル、ガードスキル……既存の手札じゃダメ。何か、新たな攻撃を生み出さない限り……)」

 奏の攻撃が通じないからと言って、神は防ぐだけじゃない。
 簡単な理力の弾や、障壁を押し出す事で攻撃をしてくる。
 それを奏は躱しつつ、何か手段がないか頭を働かせる。

「(なのはなら集束魔法を……優輝さんも攻撃を一点集中させる。司さんならジュエルシードと祈りで強力な攻撃を……。緋雪なら“破壊の瞳”が。帝はいくつもの宝具が。……なら、私は……)」

 自分には何かないか、必死に探る。
 この状況を打開できない限り、耐えながら誰かの助けを待つしかない。
 そのため、思考を巡らす。
 何か、突破できる手掛かりになるものがないか。

「(ガードスキル……私の力の原典は、“Angel beats!!”のもの。ガードスキルのスキル名の由来は、音楽用語だったはず。……音?)」

 ふと、一つに思い当たる。
 この場で新たな技のヒントとなり得る“モノ”を捉える。

「(私の魔法を“音”と捉え、それを束ねる。……本来なら不可能な事。だけど、神界であるならば……!)」

 霊術を応用した、概念の利用。
 それをさらに応用し、奏の技を“音”として捉える。
 そして、それを束ねて撃ち出す。

「ぐ、くっ……!」

〈“Delay(ディレイ)”〉

 霊力と魔力の陣を展開し、重ねる。
 そこへ、いくつもの術式が束ねられていく。
 だが、妨害がない訳ではない。
 奏は攻撃を躱しつつ術式の構築を行うため、精神力が削られていく。

「これ、で……!」

 そして、“音”は束ねられた。
 霊魔の陣に集まるは、奏の全ての魔法と言って過言ではない。

「貫いて……!」

「な、に……!?」

   ―――“Angel Beats(エンジェルビーツ)

 その束ねられた“音”が砲撃として放たれた。
 水色を淡く纏った七色の極光が神へと迫る。

「(私の全てを込めた霊魔術。ただ貫通力や攻撃力を上げた訳じゃない。……概念的強さを以て、障壁を貫く!!)」

 “音”の束は真っ直ぐと神へと向かい、直撃した。



















 
 

 
後書き
“早い性質”…文字通りの性質。確実に先手を取る。単純且つ、対処の難しい性質であるため、司にとっては最悪過ぎる相性。

“防ぐ性質”…あらゆるものを防ぐ。他にも、侵入を防ぐと言った応用を利かせて隔離する事も可能。奏にとって相性最悪。

Echo(エコー)…エコーのように響かせる霊魔術。やりようによっては何重にも響かせる事が出来る。イメージとしてはトリコの釘パンチ?

Angel Beats(エンジェルビーツ)…奏の集大成とも言える切り札。奏のありとあらゆる魔法を“音”として捉え、それを束ねて撃ち出す技。単純な威力などもさながら、概念的な攻撃力もあるため、直接的な威力よりも脅威に感じる。

霊魔術、霊魔の陣…単純に魔力及び霊力を混ぜ合わせた術式や陣の事。


優輝達はずっと神界の神の“性質”に対し、弱点を突いたりしていましたが、神界側がそれをしたのは今回が初めてです。
裏を返せば、神界の脅威はまだまだ上があると言う事です。 

 

第216話「慈悲なき絶望・後」

 
前書き
後編。
久しぶりに帝にも出番があります(少しだけ)。
 

 








「っ、はぁ、はぁ、はぁ……!」

 神界のどこか。
 たった一人、はぐれてしまった帝は今もまだ何とか生き残っていた。
 彼の足元には、先程まで戦っていた神が倒れている。
 辺りには、戦闘に使った武器群が大量に散らばっていた。

「やっと、倒せた……!」

〈単独行動の神で助かりましたね〉

「全くだ……!」

 神と遭遇したのは偶然だった。
 その神は“はぐれる性質”を持っており、神も帝と同じようにはぐれていた。
 そのおかげで、他の神や“天使”に妨害される事なく戦えたのだ。

「くそ……それにしても、連絡つかないのか?」

〈……はい。原因ははっきりとは分かりませんが、完全に通信が途絶しています〉

 帝もはぐれてから何度も優輝達と連絡を取ろうとしていた。
 しかし、神界という特殊な環境下なため、連絡は取れず仕舞いだった。

「……光ったと思ったら吹き飛んでいたんだもんなぁ……」

〈攻撃された自覚がなかったからか、肉体的ダメージはほぼゼロですがね〉

 あの時、帝は自分に何が起きたか理解していなかった。
 それが幸いし、肉体的なダメージはほとんど無効化していた。
 尤も、それ以外の問題が山積みになっているが。

「……結局、あの神が言っていた事は一体……」

 戦闘が終わったため、帝に考える時間が出来た。
 その時間で考えるのは、吹き飛ぶ前に出会っていた神、ディータの言葉だ。

〈私達は、ソレラと名乗ったあの神に騙されていた、という事でしょう〉

「……そう、か。皆が俺を探しに来ないのも……」

〈単純に探し出せていないか、その余裕がないのかのどちらかですね〉

 驚きはしたが、それ以上に腑に落ちた。
 帝自身、ディータの言っていた事は十分に理解していた。
 既に洗脳済みで、自分達を騙していた事ぐらい、さすがに理解出来た。

「こうなると、俺自身が動く必要もあるな」

〈そうですね〉

「……隠れてばかりじゃダメか……」

 現在、帝は“ハデスの隠れ兜”と言う兜の形をした身隠しの布を着けている。
 その効果によって他人には見えないようになっていた。
 だが、音などまでは隠せないため、あまり大胆には動けないでいたのだ。

「俺が飛んできた方向、記録しているか?」

〈はい。数値的な距離であれば、飛んできた方角、距離、さらには吹き飛ばされた場所から出口までの道のりも記録してあります〉

「……よし、それなら……」

〈ただし、神界において数値的な距離などは無意味に近いです。一応辿っても効果はあるでしょうが、確実に合流できるとは限りません。元より、皆さんが来た道を戻っているのかすら……〉

「……ちっ……」

 思わず帝は舌打ちする。
 不満に思うのは仕方ないが、同時にそうなる事もしょうがないと理解出来た。
 神界において物理法則は曖昧になっている。
 単純に道を辿っても同じ場所に着くとは限らないのだ。

「皆がどうしているのかもわからないのはきついな……」

〈とにかく、一度出口まで行くのが最善かと〉

「出口近くには何人か残っていたからな。そうするか」

 出口近くでは、祈梨を始めとした何人かが残っている。
 例え優輝達と合流できなくとも、そちらと合流すれば最悪は避けられる。
 そう考え、帝は行動を開始する。

「案内は頼むぞ」

〈分かりました〉

「(合流できれば御の字。最低でも、出口まで戻れたら―――)」







 ……“それ”を避けられたのは、偶然だった。
 偶然、帝の視界の真正面から飛んできたから、回避が間に合った。

「っ、まぁ、姿を隠した程度で見つからないはずがないよな……」

〈未知のエネルギー……いえ、理力反応……一つではありません!〉

「一人でも滅茶苦茶苦戦するってのに……!」

 直後、再び帝に向けていくつもの閃光が降り注ぐ。
 身体強化をフルで使い、帝はその場から離脱。
 パッシブ系の効果を齎す宝具を身に着けつつ、回避にまずは専念する。

「……一人ってのは、辛いな……」

〈私がいます……!どうか、意志を強く持ってください……!〉

 最早、いつもの軽口をエアは言わない。
 ただ主である帝の身を案じて、激励の言葉を送った。

「ッ……」

 包囲するように囲んでくる神と、その眷属である“天使”。
 多対一。一人相手でも苦戦必至な相手が複数だ。
 勝ち目などないに等しく、帝もそれを理解していた。
 その上で諦める訳にはいかないと考えたが、それでも意志は挫けそうなのだ。

「っ、ぁああああああああああ!!!」

 激昂と共に、帝の絶望が始まる。
 抗う事すら許さないような、慈悲なき脅威が、帝を襲った。























「……ふぅー、ふぅー、ふぅー……っ……!」

 “音”を束ねた砲撃魔法を放った奏は、その場に膝を付いて息を切らす。
 多くの分身を作り、さらに集中力を使った術を放ったのだ。
 連戦と言う事もあり、かなりの消耗をしている。

「(土壇場で作った技。でも、上手く行った。これで……!)」

 今までの魔法や霊術とは比べ物にならない威力だったと、奏は確信する。
 魔法や霊術を“音”として捉え、それらを束ねて放つ霊魔術。
 それは単純な威力はもちろん、概念的効果も持ち合わせていた。
 “音”として捉えた事で、音を響かせる概念効果により、障壁を徹す効果が付き、さらにそれらを束ねた事で、その効果が一点集中する概念効果もあった。
 奏自身、狙ってやった訳ではなかったが、この上なく貫通力があった。





「―――やはり、欠片も油断するものではないな」

「なっ……!?」

 だからこそ、奏は神の声が聞こえてきた事に驚愕した。

「まさか、障壁を三枚も割るとはな」

「防、がれた……!?」

 確かな手応えもあった。
 実際、障壁を貫く程にはちゃんと効果があったのだ。
 だが、神もそれに備えて障壁を増やしていた。
 一枚は貫けても、何重にも張られた障壁全てを貫けなかったのだ。

「やはり侮れんな。だが、手の内を見せてしまったな?」

「ッ、まだ……!」

 諦めずに奏は再び術式を組もうとする。

「もうさせんぞ?」

 だが、それは神によって“防がれた”。

「ただ防御に特化しているだけと思うな。妨害するように“防ぐ”のも可能なのだぞ?あのような準備が必要な技など、もう通用せん」

「ぐっ……ぁああっ!!」

   ―――“Echo(エコー)

 首を掴まれた状態から、その腕に対して攻撃を放つ。
 だが、それは障壁に阻まれる。

「っづ……ぐ……!」

 それでも抵抗しなければ首を絞められるだけだと、奏は抵抗を続ける。
 刃を叩きつけるのではなく、両手で腕を引き剥がそうと試みる。
 もちろん、その手から魔力と霊力を徹そうとしながら。

「っ、ぁああっ!」

 時間を掛けたからか、霊力と魔力が障壁を浸食し、腕に手が届いた。
 そのまま、ありったけの身体強化を使って腕を引き剥がす。

「っ!」

〈“Delay(ディレイ)”〉

 すぐさま間合いを取って、隔離している結界の端に移動した。

「(妨害されるなら、足止めを……!)」

〈いけませんマスター!それ以上の分身は……!〉

「しなくちゃ、負けるだけ……!」

   ―――“Harmonics(ハーモニクス)

 再び奏は分身し、その分身が神に斬りかかる。
 分身で時間を稼ぎ、その間に先程の霊魔術を放つ算段だ。

「これ、で……!」

 分身が分身を呼び、何十人の規模で神を足止めする。
 本体だけでなく、分身も同じ霊魔術を放とうとする事で、限りなく神の妨害を阻止する事に成功する。

「もう、一度ぉっ!!」

   ―――“Angel Beats(エンジェルビーツ)

 果たして、その作戦は成功し、時間を稼ぎ終わった。
 先程放ったものよりも強い威力で放ち、確実に障壁を貫こうと神に迫る。

「あぁ、確かに有効な手段だな」

「……えっ……?」

 だが、極光を放った直後に聞こえてきた声に呆気に取られる。

「……相手が俺でなければな」

「(分身を、盾にした……!?)」

 奏が放った極光は、神の障壁だけでなく奏の分身も使って阻まれていた。

「“防ぐ”と言うのを見誤ったな。分身を増やすのは有効だが、同時に俺の盾を増やす事になる」

「(ただ肉壁にしただけじゃない……“性質”によって強化されていた。だから私の分身を盾にしただけで、さっきよりも強い砲撃を防げたのね……)」

 奏の分身という肉壁を使って“防ぐ”。
 そうすることで、神は障壁も含めさらに防御力を増やしていたのだ。
 利用された分身は、まるで引っ張られるように動かされ、抵抗もほとんど出来ていなかった。そして、盾にされた後は消し炭となっていた。
 本体の奏と同じく、“意志”の持ちようで復活は出来るが、分身も盾にしてあらゆる攻撃を防ぐという事実は、さらに奏の精神を追い詰めていた。

「(鼬ごっこね……。分身で時間を稼がないと障壁を全て貫く威力は出せず、かといって分身を出せばそれを盾にされて結局防がれる……どうすれば……)」

 攻撃が通じず、どうしようもない。
 そんな状況は確実に奏の精神を蝕む。
 だが、絶望するにはまだ踏み止まれた。

「……頃合いだな」

「っ……?」

 だからこそ、神は次の一手を打つ。

「今、確かにお前は絶望の片鱗を感じたな?心を挫けば負けるこの神界で」

「っ、でも、まだ終わってない……!」

「ああそうさ。一人だけでは挫ける程じゃあない」

 “だが”、と神は奏の分身達を見回しながら続ける。

「……こうすれば、どうだ?」

「ッ……!」

 その言葉に、奏は身構えて警戒する。
 しかし、目の前の神からは何もしてこない。







   ―――そう、“目の前の神から”は







「ッ―――!?」

 奏が気配に気づき、振り返った時には遅かった。
 そこには、別の神が肉薄しており、その掌は奏の額に触れていた。
 奏と神を隔離する結界は、神が張ったものだ。
 故に、神によって他の神や“天使”を侵入させる事は可能である。
 そのため、こうして奏の死角を突くように別の神が現れた。

「―――“集束”」

 “集束の性質”を持つ別の神が、その力を行使した。

「ぇ―――――」

 刹那、奏の意識は暗転した。









「……馬鹿な奴だ」

 倒れ伏した奏を見下ろしながら、“防ぐ性質”を持つ神は呟いた。

「確かに、絶望の片鱗程度しか感じていなかっただろう。だが、お前の分身も同じようにそれを感じていた。……その感情を一点に集束させればそうなるのは必然だ」

 塵も積もれば山となる。まさにそのような事が奏に対して行われたのだ。
 奏一人分であれば、耐える事の出来た“絶望”。
 だが、分身も同じようにその感情を抱えていたため、それらが集束して奏の許容量を完全に超えてしまっていた。
 さらに、結界外にいた多数の分身の感情、ダメージも集束したため、一瞬にして奏の心は打ち砕かれ、こうして戦闘不能になってしまったのだ。

「……自分だけしか分身の集束が出来ないと、無意識に思っていたのだろうな」

 神の言葉に、奏は反応を返さない。
 当然だ。知覚する間もなく、奏は心を挫けさせられたのだから。



























「っづぁああっ!!!」

 緋雪の拳が目の前の神へと叩きつけられる。

   ―――ギィイイイイイイン!!!

「っぐ、っ、ふー……!ふー……!」

 直後、甲高い音と共に緋雪の拳が砕け散る。
 殴った威力がそのまま跳ね返り、それが緋雪の拳を破壊したのだ。

「が、ぁっ……!?」

 だが、目の前の神にもダメージは通っていた。
 元々、物理攻撃に対しての反射は、威力をそのまま跳ね返しての相殺だった。
 しかし、緋雪は敢えて自身の負担を顧みずに全力で攻撃していた。
 その結果、そのまま跳ね返すだけでは相殺しきれずにダメージが通っていた。

「(狙い通り……!)」

 緋雪の予想通りに、神へのダメージは蓄積していく。

「いいよ!いいよ!もっと来なよ!」

「っ、ぁあああああああああっ!!」

「あはははははは!」

「(……ぶっちゃけ分身もうるさいなぁ)」

 狂気を反映させた緋雪のコピーが、緋雪を邪魔してくる。
 それを阻止するため、緋雪もまた分身を繰り出したが、こちらも煩かった。
 なお、喜怒哀楽を反映させた四人の分身だったが、哀だけは神界において復活するための“意志”を保てないため、既にやられていた。

「(まぁ、おかげでこうして攻撃出来るんだけどね!)」

 コピーを全て相手にする必要はなく、神本体を攻撃さえ出来ればいい。
 そのため、たった三体の分身だけで緋雪は神へと攻撃出来ていた。

「はぁっ!」

「ッ……!ふっ!!」

 神自身も反撃しない訳ではない。
 緋雪の姿を模っているため、その力を以って攻撃してくる。
 だが、緋雪はそれを紙一重で躱し、カウンターで手刀を突き刺す。
 骨が砕け、身が抉れ、無残な状態になろうとも、神に手を突き刺した。

「が、ぁあああっ……!?」

「(表面に罅……?私の姿が崩れようとしているの?)」

 すると、神の体に罅が入っていく。
 何かの予兆なのだろうが、緋雪はそれよりも先に次の一手を打つ。

「外から反射できても、内側からはどうかな!?」

「ぬ、ぐ、ぅ……!」

「限定展開!」

   ―――“悲哀の狂気(Trauer wahnsinn)-タラワーヴァーンズィン-”

 本来なら結界として広範囲に展開するものを、神を包む程度に狭める。
 そして、神の体内から狂気の波紋を広げる。

「ッ、ぁアあああアああアあアアああアあアアアアあアああアアアアアっ!!?」

 狂気の波紋が神の体内で乱反射し、神の心を蝕む。
 同時に、罅がさらに広がっていく。

「なんでも反射するのが、仇となったね……!」

 罅が完全に広がり、緋雪を模った姿が砕け散ると同時にその神は倒れ伏した。
 緋雪のコピーも同時に砕け、役目を果たした分身も消えて行った。

「不定形の神……と言うか、人型を取っているのが不思議なんだけどね」

 倒れた神の姿は、まるで靄のように実体がなかった。
 “鏡の性質”の特性上、確固とした姿は持っていなかったのだ。

「これで、私の所は倒せたけど……」

 周囲を見渡す緋雪。しかし、周囲には誰もいない。

「(引き離された……と言うか、戦場が別になってるね)」

 本来ならば、同じ場所で戦っていたはずだが、神界はそうはならない。
 “別で戦う”と言う行為をしている限り、お互いの戦闘が干渉する事はない。
 そのため、緋雪が周囲を見渡しても奏や司は見当たらなかった。

「(乱入って形で、どっちかを助けに……)」

〈お嬢様!〉

「ッ!」

 シャルラッハロートが、焦ったように警告を出す。
 緋雪もその警告の意図を即座に理解し、その場から飛び退く。
 直後、寸前までいた場所を閃光が貫いた。

「ひゃははははははははははは!!」

「ッ―――!?」

 回避した事で安堵する暇もなく追撃が来る。
 ナイフの形を取った理力と素手による攻撃の嵐を、緋雪は何とか凌ぎ切る。

「(新手……!)」

 ナイフの腕と体術は、そんなに技術の伴ったものではない。
 まさに暴力の嵐と言った形で緋雪に襲い掛かる。

「(間違いない。こいつ、狂気を持ってる……!)」

「そらそらそらぁっ!」

 狂気の赴くままに攻撃している。
 かつて、自分もそうだったからこそ、そう緋雪は判断した。

「(やりづらい、だけじゃない!)」

「ひゃはぁっ!!」

「ッ!?ぐっ……!」

 それだけなら、先程までの緋雪のコピーと同じだった。
 だが、違うのはそこに理性や自我が伴っているかどうか。
 躱したと思った矢先、体勢を考慮しない蹴りによって緋雪は吹き飛んだ。

「(まるで、獣……!シュネーの時、相手をしていたお兄ちゃん(ムート)はこんな感覚だったのかな……!)」

「はっははははははははは!!」

 手足を地面に着き、神は体勢を立て直す。
 そのまま、獣のように再び緋雪に襲い掛かった。

「こ、のぉっ!!」

 力でなら互角に近い。
 神界の暫定的な法則上、“意志”によって優劣は変わるが、概ね互角だった。
 だが、獣の如き動きと気迫、そして狂気が緋雪を防戦に追いやっていた。

「(普通に斬った所で止まらない!完全に自分のダメージを無視してる!)」

 防御の際に緋雪が切り裂いても、神の攻撃を止まらない。
 手刀、蹴り、ナイフ。そのどれもがでたらめに繰り出される。
 常人であれば間接が外れているような軌道なため、動きも読みにくかった。

「ぐっ……!」

 後退し、魔力の矢を放つ。
 頭を射貫かれた神は少し仰け反るが、すぐに間合いを詰めてくる。 
 それを阻止しようと、緋雪は続けて魔力弾で弾幕を張る。
 置き土産にさらに矢を放ち、“瞳”を握り潰す。

〈“Zerstörung(ツェアシュテールング)”〉

「(これで……!)」

 僅かとはいえ、時間が出来る。
 その間に緋雪は転移魔法を起動。一気に間合いを離した。
 物理的距離が関係ないとはいえ、“離れる意志”があれば間合いは取れる。
 緋雪はここまでの戦いでそれを理解し、利用した。

「(相手は狂気を持っている。つまり、最低でもそれに関する“性質”持ち……。通常の攻撃を叩き込んでも、多分“意志”は挫けない……)」

 ある程度の物理的衝撃は通じていた。
 だが、一切堪えた様子はなかった。
 その事から、相手の神はただの物理ダメージでは決して倒せないと理解する。

「(となれば、倒す手段は精神的攻撃……でも……)」

 倒すとなれば物理以外のダメージだ。
 手早い手段としては、精神攻撃だが、緋雪は懸念があった。

「(狂化している相手に、その攻撃が通じるの……?)」

 簡単に言えば相手は狂っているのだ。
 そうなれば、ただの精神攻撃も通用しないかもしれない。
 そんな考えが緋雪の中にあり、そのためにどうすればいいか頭を悩ます。

「概念的攻撃……ぐらいしかないかな」

「シャァッ!!」

「ッ!」

 悠長に考える時間はない。
 影から襲い来るように、神がいつの間にか間合いを詰めていた。
 その攻撃を何とか防ぐが、体勢を崩してしまう。

「ハッハァッ!!」

「がっ……!?」

 そのまま、追撃の蹴りが緋雪の胴に深々と突き刺さった。
 速度にして音速を超える勢いで緋雪は吹き飛び、転がりながら体勢を立て直す。

「(悩んでる暇はない!単純に強いと、出来る事も出来ない!)」

 そう判断した緋雪は、シャルラッハロートを待機状態にする。
 防護服や術式の維持に専念してもらい、武器を魔法で作ったものに切り替えた。
 相手は素手とナイフ。取り回しにくいシャルラッハロートでは不利だからだ。

「ふっ、はぁっ!」

 肉薄し、抉り取るような一撃を横から拳を当てて逸らす。
 その状態から繰り出された追撃を、緋雪は魔力のナイフで受け止めた。

「ッ、ぁあっ!」

 そこから、さらに膝蹴りが迫る。
 緋雪は上体を逸らす事で何とか避け、体を捻って回し蹴りを叩き込んだ。

「っ!」

 だが、その反撃を食らった状態から神は反撃に出る。
 一瞬、緋雪の顔が驚愕に歪んだが、備えておいた魔力弾でギリギリ逸らした。

「っぜぇいっ!!」

   ―――“霊撃”

 僅かな隙を突き、緋雪が掌底を叩き込む。
 全力で放たれた掌底によって、神が後方に吹き飛んだ。

「っぐぅ……!?」

 だが、神もやられたままではなかった。
 吹き飛ぶ瞬間、神は掌底を放った緋雪の腕を引きちぎっていったのだ。

「くっ!」

〈“Zerstörung(ツェアシュテールング)”〉

 すぐさまその腕を対象に、緋雪が“破壊の瞳”を使う。
 腕自体は意識すればすぐに再生できるため、大した傷にはならなかった。

「(予想しきれない……!それに、このままだと倒す手段がない……!)」

 概念的な攻撃手段は、一応存在する。
 だが、その手段を成功させるには時間が掛かる。
 元生物兵器とはいえ、一介の人間である緋雪には、概念的干渉は難しいからだ。
 しかし、それを叩き込まない限り、勝ちはない。

「(考える前に攻撃が来る。こうなったら……一か八か!)」

 概念的攻撃をどうするか考える暇もなく、神の攻撃が迫る。
 何撃かを防いで凌ぎ、自身を中心に辺り一帯を爆破。
 同時に自身は転移魔法で間合いを離し、緋雪は決断した。

「……さぁ、さぁ、さぁ!!我が狂気は世界をも浸食する!人の罪、人の業の権化を今ここになそう!いざ、染め上げろ!我が狂気に!!」

〈ッ……!いけません!お嬢様!〉

   ―――“悲哀の狂気(Trauer wahnsinn)-タラワーヴァーンズィン-”

 自分が最も扱える概念である狂気。
 それを叩きつけるには、この切り札しかないと緋雪は判断。
 シャルラッハロートの警告を振り切って、狂気を映し出す結界を展開した。

「(これで、一気に……!)」

〈相手の領域に踏み込んでいます!〉

「―――これを待っていたァ!!」

 続けられたシャルラッハロートの言葉と同時に、神が叫ぶ。

「……ぇ……?」

 “ドクン”と、何かが切り替わる。
 本来ならば、このまま狂気という概念を用いて攻撃するはずだった。
 だが、緋雪は前後不覚に陥ったようにふらつき、膝を付く。

「“狂気の性質”を持つオレの前で“狂気を映し出す結界”たァ、随分とマヌケなこった!テメェから袋小路に飛び込んでンだからなァ!」

「っ、ぅ、ぁ……!?」

 理性が、自我が蝕まれる。
 乗り越えたはずの、克服したはずの狂気に呑まれていく。

〈お嬢様……!お嬢、様……!〉

 その影響はシャルラッハロートへも飛び火する。
 人格自体は狂気に浸食されないが、機能停止に陥ってしまった。

「(迂闊……!うか、つ……?ぁ、しこう、が……)」

 なぜこんな迂闊な真似をしたのか。
 それを理解する前に、緋雪は完全に術中に嵌ってしまった。

「ぅ……ァ……」

「初めッから勝機なんてねェンだよ!!ひゃっははははははははははは!!」

 高笑いする神。
 既に、緋雪は抵抗すらままならなかった。

「(勝ち目なんて、なかった。最初から……なのに、私達は……)」

 残った意識が絶望へと墜ちていく。
 
「あ、はは、はハ……」

 乾いた笑いが出た。
 もう、笑うしかなかった。
 勝ち目がなく、狂気を増大させられ、緋雪の心は折れてしまった。
 後は、もう狂気に呑まれるだけだった。

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」















   ―――狂気に満ちた哄笑が、神界に虚しく響いていた。































「……終わったか」

「ああ。終わったとも」

 司、奏、緋雪が戦っていた場所。
 そこには、その三人が完全に意識を失って倒れていた。

「ヒヒッ、そいつは既に狂気に満たされてるぜェ?」

「そうか。では、こいつを……」

 司の相手をしていた神が、黒い闇のようなものを凝縮した“何か”を取り出す。
 それを、三人に一つずつ押し当てた。

「ふん、別の神が精神干渉無効の加護をかけていたようだが……」

「イリス様の闇には敵うまい」

 ほんの少し、緋雪に入ろうとした“何か”が止められる。
 しかし、すぐに完全に入り込んでしまった。

   ―――ドクン……!

 大きな鼓動のような音が響き、三人が“闇”に呑まれた。

























 
 

 
後書き
“はぐれる性質”…文字通りの性質。戦闘向きではないが、応用すれば魔力弾の制御などを簡単に妨害出来る。多分、倒すと大量の経験値がある(はぐれ違い)。

ハデスの隠れ兜…プリズマイリヤドライに登場。姿を完全に消すが、音と臭いは消せないらしい。宝具という概念的効果を齎すアイテムなため、神界でもある程度通用する。

“集束”…“集束の性質”によって行われる権能の行使のようなもの。今回は、奏の分身を一か所に集束させる、つまりアブソーブと同じ事を行った。

“集束の性質”…文字通りの“性質”。集束の意味を持つ技や行動、概念ならば扱う事が出来、汎用性にも長ける。SLBも当然撃てる。

“狂気の性質”…文字通り、狂気を扱う“性質”。狂気に侵された事がある者の天敵。つまり、緋雪にとって相性最悪である。

“何か”…具体名はないが、所謂洗脳のための闇の玉。緋雪の特典として存在していた洗脳・魅了無効化や司の天巫女としての耐性すら貫通する。


神界での場所移動は、ポケモンダイパのバグの“なぞのばしょ”がイメージに近いですかね……とにかく、まともな移動では目的地に確実には辿り着けません。

一部の文字だけ大きくしようとして、出来ずに断念……。
方法があれば教えてほしいです。 

 

第217話「薄氷の希望」

 
前書き
再び優輝達sideに戻ります。
 

 







 一か所に固まった優輝達。
 その戦いは、先程までより苛烈を極めていた。

「フェイトちゃん!」

「なのは……!」

 フェイトが高速で宙を駆け、それを援護するようになのはが魔力弾を放つ。
 さらにフェイトに追従するように跳び、眼前に迫る“天使”に仕掛ける。

「ふっ!」

「ッ……!」

「はぁぁっ!!」

 フェイトの速さから繰り出される連撃を、“天使”は容易く防ぐ。
 なのはの援護射撃も障壁で受け止められ、追撃の刃も同じように防がれた。

「ッ……!」

「まだっ……!」

 だが、そこでは終わらない。
 二人掛かりで攻め続ける。
 近接戦をしながら魔力弾を控え、隙を見て放つ。
 なのはが一度吹き飛ばされるが、即座に砲撃魔法で反撃。
 フェイトはそれを読んでいたかのように迂回し、砲撃魔法を防いだ神の死角から、再度攻撃を仕掛けていく。

「そこぉっ!!」

 防御の際に生じる、僅かな隙。
 それを狙って、なのはとフェイトは砲撃魔法による挟撃を行う。
 そして、それを防いでいる所へ、なのはが突貫した。

「っづ……!?」

「今!」

「うん!」

 僅かに怯む“天使”。
 その隙を、二人は見逃さなかった。
 背後からのフェイトの一閃により、“天使”の首が落ちる。
 それだけで倒せはしないが、大きな隙となった。

「はぁあああっ!!」

 そこへ魔力弾と砲撃魔法を存分に叩き込んでいく。
 “ここで倒す”と意志を込め、攻め立てる。

「っぁ……!?」

「終わりだ」

 魔法の嵐に晒され、“天使”は白目を剥いて宙を舞う。
 そして、トドメに優輝が飛んできて蹴りが叩き込まれた。

「次」

「行くよ!フェイトちゃん!」

「うん……!」

 優輝の言葉に応えるように、なのはとフェイトは次の相手へ向かう。
 優輝もまた、別の神や“天使”の相手をしに行った。
 何人かで徒党を組み、陣形を保つ。
 足止め役のグループが敵にダメージを与えたら、攻撃役がすかさずトドメを刺す。
 そんな連携を徹底し、優輝達は一つの陣営として踏ん張っていた。

「ちっ、やっぱ強いわね……!」

「かなりトリッキーだから、倒しづらい……!」

「次、来るよ!」

 アリシア達霊術組三人は、アミタとキリエの相手をしていた。
 洗脳されてしまった二人は、“天使”からの援護もあり、かなり厄介だ。
 連携を固めた三人でも、それなりに長期戦を強いられている。

「(神とかはともかく、二人には物理法則が通用する。なら……!)」

 目で合図を送り、アリシアはすずかが生成した氷を足場に跳ぶ。
 “天使”達の妨害を掻い潜り、何とかキリエまで肉薄し……

「どっせぇええええい!!」

「えっ……!?」

 ラリアットの要領で胴を抱えて、そのままアミタまで駆けた。
 意表を突かれたアミタは驚き、飛んできたキリエを受け止めてしまう。

「二人共いらっしゃーい、ってね!!」

 体勢を崩した二人に、アリサが追撃する。
 “天使”の妨害は、すずかとアリシアが身を挺して行っていた。
 アリサから強烈な連撃がアミタとキリエに叩き込まれ、地面へと落とされる。

「用意は!?」

「出来てる、よっ!!」

   ―――“秘術・魂魄浄癒”

 そこに仕掛けてあった霊術を起動し、先の一撃で気絶した二人の洗脳を解く。
 この一連の流れに繋げるため、少しずつ三人は準備していたのだ。

「流れ弾や援護もあって助かったよ……」

「一か所に集まったおかげね」

「でも……」

 何とか二人の洗脳は解いた。
 だが、次はその二人が復活するまで三人で守るように動かなければならない。
 間髪入れない連戦に、三人は気が滅入りそうになる。

「(逃げる事も進む事も許されない。……突破口を開かない限り)」

「……やるしかないわね」

「……うん」

 三人はそれぞれ武器を構え直し、襲い来る神達に備えた。





   ―――「神達の攻撃は理屈で捉えるな。“そういうモノ”と思え」

 陣形を組んで戦う直前に優輝に言われた事を脳内で反芻しつつ、クロノ達もまた懸命に戦い続けていた。

「はぁっ!」

「そこだ!」

 ユーノが攻撃を防ぎ、攻撃後の隙をクロノが狙い撃つ。
 同じように、リニスやプレシアも魔法を放っていた。

「(……なるほど。理屈込みで考えていたから、今まで全く防げなかった。……でも、それを抜きにして考えて、その上で“防げる”と思えば……!)」

 理力による攻撃は、そのどれもが概念的攻撃に値する。
 故に、ただの理屈で組み立てられた術式の魔法では決して防げない。
 完璧なまでに複雑な術式であれば、その時点で概念を伴い、防ぐ事も可能だが、そんな術式を何度も即座に組み立てられる訳でもない。
 そのため、クロノ達魔導師は一時的に既存の魔法理論を切り捨てた。
 今まで培ってきた経験だけを汲み取り、勘と思考だけで魔法を発動させる。
 最初は理屈を含んでしまっていたが、慣れてきた今、攻撃を防げるようになった。

「っ、ぐぅうううううう………!」

「……そのまま、防いでなさい……!」

「プレシア、いきますよ……!」

   ―――“Thor's Hammer Genocide Shift(トールハンマー・ジェノサイドシフト)

 ユーノが複数の“天使”の攻撃を受け止め、その間にプレシアが魔力を溜める。
 その隣でリニスが魔法陣をいくつか用意し、そこを通すように魔法が放たれた。
 ありとあらゆるものを呑み込む雷の一撃が、一気に“天使”達を呑み込む。

「逃がさん!」

「合わせて!」

「了解だよ!」

 討ち漏らしを光輝や優香、アルフと言った余りのメンバーで攻撃する。
 反撃がない訳ではないが、確実にダメージは与えられていた。





「(反撃が通る程度には善戦出来ているな)」

 神界でなければ、既に殺されている戦況。
 それでも反撃が出来ている事を確認する優輝は、一際強く踏み出す。

「シッ!!」

 “性質”を用いて動きを止めてくるのを無視し、掌底を“天使”に叩き込む。
 吹き飛ぶ所を襟を掴む事で阻止し、浮き上がった体を創造した剣群で刺す。
 刺した剣を魔力で操り、他の“天使”達へと投げつけ、剣を爆発させた。
 それらを一瞬で行い、次の敵へと肉薄する。

「(神界にも慣れてきた。これなら……)」

 劣勢且つ、包囲されて絶体絶命なのは変わらない。
 だが、先程から優輝は反撃で相手を仕留められるようになってきていた。
 感情がない故に、無意識に相手の“性質”を受ける事がなく、そのため意図的に妨害などを無効化出来ているのだ。

「(……そろそろ、来るか)」

 だが、相手もそれは織り込み済みだろうと、優輝は推測した。

「(……“性質”の応用かは知らないが、あの神によって僕らの思考が()()()()()()()。“守られる性質”だから……おそらく、僕らに“守られる”事で“性質”を適用させ、その上で誘導したんだろう)」

 この推測は当たっていた。
 ソレラは“守られる性質”を適用させる事で、優輝達に影響を与えられるようになり、それを応用して思考を誘導していた。

「(その誘導によって、僕らはまんまと神界の中に誘い込まれた。そして、僕を仕留めるために確実な包囲を作った)」

 主導はイリスだろうと予測を付けつつ、その場合どうなるかを考える。

「(ここまで用意周到なら、この程度の足掻き、想定していないはずがない)」

 眼前の“天使”の頭を肘と膝で挟んで粉砕し、吹き飛ばしながらも思考する。
 この辺りで、何か仕掛けてくる。優輝はそう考えた。

「ッ!!」

 そして、“ソレ”は来た。







「なっ……!?」

 驚きの声を上げたのは、クロノだった。
 偶然とはいえ、優輝はそこまで()退()()()()()からだ。

「……ほう。今の一撃を止めたか」

「……ぐ、っ……!!」

 優輝がその攻撃を受ける時、リヒトはグローブの形態だった。
 剣では、折られた時の対処で隙を晒すと判断していたからだ。
 実際、その攻撃を剣で受けていればあっさりと折られ、直撃していただろう。

「本来の限界を度外視した、反則的な身体強化。ここまでとはな」

「……っづ……!?」

 全力だった。不意打ちに近いとはいえ、優輝は全力で受け止めたつもりだった。
 否、本来であれば導王流で受け流すつもりだったのだ。
 だが、それが出来なかった。

「(たった一撃。なんの変哲もない()()()()()で、ここまで……!?)」

 感情がなくとも、それは驚愕に値した。
 あまりに強大過ぎる一撃を受け流せず、そのまま受け止めた。
 その重さに、優輝は前線にいたにも関わらずに一気に後退させられたのだ。
 ……それでも、受け止められただけ幸運というべき程だった。

「(こいつは、明らかに他の神とは違う……!)」

 対する神は、老成した偉丈夫の大男と言った容姿をしていた。
 一目で“強い”と分かるその男は、金棒のような鈍器を持っていた。
 その武器で優輝を攻撃し、優輝はそれを何とか受け止めていたのだ。

「ぐ……ぉおっ!!」

 滑らすように、受け止めた体勢から攻撃に転じる。
 手刀に魔力と霊力を纏わせ、リーチを伸ばして一閃する。

「ふん」

「ッ―――!」

 だが、それはあっさりと跳んで躱される。
 それどころか、そのまま身を捻って攻撃に転じてきた。
 蹴りが放たれ、優輝は辛うじて転移魔法を間に合わせる。

「っ、は、ぁっ!」

 そこから、連続して転移を繰り返し、その神へと攻撃を繰り出す。
 一回の転移では動きを見切られると判断した上での攻撃だが……

「甘いわ」

「ッ……!?」

 それすら見切られた。
 転移すら間に合わず、カウンターのように一撃を食らってしまう。
 反射的に体が回避しようとしたためか、直撃は避けられた。

「っご……!?」

 ……尤も、それだけで陣形から孤立する程に吹き飛ばされたが。

「っづ……!」

 即座に体勢を立て直し、敵である神を睨む。
 ……そして、膝を付いた。

「……!?」

 “ありえない”と、優輝は思った。
 まさか、たった二撃交えただけで膝を付く程になるとは思わなかったのだ。

「(……強い……!)」

 確信した。
 相手の神は、通常戦闘力において神界でも上位の存在だと。
 限界を遥かに超えた身体能力を以ってしても軽く上回られた事から断定した。

「ほう……まだ立つか。差を知覚すれば、貴様程の強さの者は須らく倒れたがな」

「シンプルに強い……となれば、“性質”も……!」

「分析する余裕がまだあるか。……そうとも、儂の名は真強(しんごう)。“強い性質”を持つ。貴様に“性質”明かすのも、また“性質”故」

「………!」

 その言葉に優輝は歯噛みする。
 “性質”はその神が“そう在るべき”として備わるモノだ。
 故に、“強い”とただ存在する真強は、文字通りただただ“強い”。

「(……なるほど。通りで直接的な戦闘では歯が立たない訳だ)」

 冷静に分析する。
 間違いなく、今の優輝では通常戦闘において真強に敵わない。
 今まで出会って来たどの敵よりも、“戦闘”において強かった。

「……感情が消えたと聞いていたが、どうやらそうでもないようだな」

「……なんだって?」

 真強の呟きに、優輝は思わず聞き返した。

「悠長な事をしていれば、足元を掬われるだろうな」

「何を言って―――」

「今の貴様には関係のない事だ」

 刹那、鈍器が振るわれる。
 優輝は紙一重でそれを躱すも、風圧で軽く吹き飛ばされた。
 即座に転移して間合いを離し、体勢を整える。

「「ッ……!!」」

「甘いぞ」

 直後、とこよとサーラが背後から攻撃を仕掛ける。
 真強のサイドからは、ユーリと紫陽が挟撃を狙っていた。
 だが、二人の攻撃を受け止められ、投げ飛ばされてしまう。
 紫陽とユーリはその二人をそれぞれ受け止めさせられ、攻撃を中断した。

「ッ……気配を消してこれ……!?」

「遅いわぁっ!」

「くっ……!」

 そのままとこよへ肉薄した真強はその剛腕をとこよに叩きつけようとする。
 咄嗟に紫陽が障壁を張り、同時に霊術を当てて阻止しようとするが……

「ふん!」

「ッ!?」

 そのまま剛腕を振るわれた。
 放った霊術がまるで効かない事に紫陽ととこよは動揺してしまう。

「……ほう」

 だが、辛うじてとこよの防御が間に合い、拳が逸れて直撃は避けられた。

「阻止出来ないと見てずらしたか」

 それだけじゃない。真強が視線を横に向けると、その先になのはと鈴がいた。
 なのはが砲撃を、鈴が矢を全力で放ち、辛うじて腕の軌道をずらしたのだ。
 そして、とこよの刀で逸れるように直撃が避けられた。

「はぁああっ!!」

「………」

   ―――“Neun Säbelhieb(ノイン・ゼーデルヒープ)

 サーラが肉薄し、九連撃を背後から放つ。
 しかし、真強はそれを無防備に受け止めた。
 体の表面に張られた障壁が、全て防御してしまっていたのだ。

「『サーラ!』」

「ッ!」

 僅かに動揺したサーラは、脳内に響いたユーリの念話で我を取り戻す。
 咄嗟に飛び退き、砲撃魔法を真強に直撃させる。

「唸れ、魄翼……!」

「射貫け……“朱雀落”!!」

「ッ……“凶風(まがつかぜ)”!!」

 ユーリの魄翼が真強を両サイドから抑え込み、すかさずとこよと紫陽が至近距離から矢と瘴気を用いた風の刃を直撃させる。
 どれも障壁に阻まれたが、それでも真強はその場に立ち止まった。

「“決して砕かれぬ闇(アンブレイカブル・ダーク)”……!!」

 そして、事前に集束させていたユーリの魔法が放たれた。
 全てを呑み込む闇の砲撃は、真っ直ぐに真強へと向かっていく。
 事前に防御の用意をしていなければ、優輝達の誰も咄嗟には防げない攻撃だ。
 故に、目の前の神にも効くだろうと、ユーリは思っていた。

「決して砕かれぬ闇、か」

 ―――だが。

「イリス様と比べるのも烏滸がましい」

 真強は、それを鈍器の一振りで打ち払った。

「なっ……!?」

 全力の一撃が容易く防がれ、ユーリ含め何人かが驚愕の声を上げた。

「ぉおっ!!」

「ッ……!」

 直後、転移で肉薄した優輝の一撃が、真強に炸裂する。
 しかし、やはり防がれてしまう。

「(通じない、訳じゃない!!)」

 だが、真強は防御を取っていた。
 そして、防いだ体勢から体を動かす事にも成功していた。
 その事から、決して攻撃が通じない訳ではないと優輝は確信する。

「は、ぁっ!!」

 転移による死角への回り込みは使用せず、正面から優輝は追撃する。
 下手に攻撃しても防がれてカウンターを受けるのが目に見えていたからだ。

「ふん!!」

 攻撃が防がれ、鈍器が振るわれる。
 それを紙一重で身を捻る事で躱し、追撃を放つ。
 だが、それを無効化するように剛腕が繰り出され、優輝は後方へ吹き飛んだ。

   ―――ブシッ……!

「ぬぅ……!?」

 その時、真強の拳から血が溢れた。
 
「っづ……どうだ。少しは効いただろう?」

 吹き飛んだ優輝は、“天使”を下敷きにしながらも既に体勢を立て直していた。
 手には、刀身の砕けた剣が握られていた。
 その剣は“デュランダル”。逸話により“折れない”と言う概念を持つ剣だ。
 神界において逸話による概念効果は強い。
 それを利用して、優輝は捨て身のカウンターで剣を拳に突き出したのだ。
 結果、逸話の概念効果を以ってしても剣は砕けたが、攻撃は通じた。

「そのような手を使ってくるとは……だが……」

「ッ……!」

「それだけでは倒せんぞ?」

 瞬時に優輝へ肉薄。その動きはとこよ達にも見切れなかった。
 剛腕による手刀が優輝へと繰り出される。
 
「ぉおっ!!」

「っ……!」

「(二度は通じないか……!)」

 ほぼ勘で体を動かし、手刀を放つ腕へ手を引っ掛ける。
 物理法則を敢えて容認し、手刀の動きに優輝の体が引っ張られた。
 回転とまではいかないが、その引っ張られた動きを利用し、優輝は蹴りを放つ。
 だが、今度はそのカウンターすら防がれてしまった。

「チッ!」

 優輝はそのまま足を掴まれる。
 真強の強さからして、振り解くのは不可能を判断する。
 おまけに、二回の捨て身のカウンターにより、両腕も使えない程壊れている。
 そのため、即座に剣を創造して射出。足を切断する。
 そして、転移魔法でとこよ達の場所まで避難する。

「ッ……!!」

 間髪入れず、優輝は“意志”を強める。
 その瞬間、片足以外使い物にならなくなった四肢が元に戻る。
 
「ッッ!!」

 そこへ、真強が再び肉薄する。
 振るわれる鈍器から避けるように動きつつ、全力でそれを受け流した。

「っづぁ……!」

 反撃する余裕はない。
 しかし、それでも何とか攻撃を受け流す事には成功した。

「ほう……!」

「ッッ……!!」

 鈍器か剛腕が振るわれ、優輝がそれを受け流す。
 拮抗なんてしていない。完全に優輝の防戦一方だ。
 それも、僅かにでもタイミングがずれれば押し負ける程ギリギリだった。

「(反撃を考えるな!今は受け流す事に集中だ!!)」

 感情がないはずの優輝の表情が歪む。
 受け流しているとはいえ、優輝にダメージがない訳ではない。
 一撃ごとに優輝はダメージを蓄積させていく。

「儂の攻撃をこうも受け流すとはな。……神界以外でそれが出来る存在を見るとはな……!面白いぞ……!」

「ッ、楽しみやがって……!!」

 全神経を防御に割いているため、優輝は創造魔法を使う暇がない。
 身体強化、導王流、その二つ以外に思考を回せないのだ。
 そのために、こうして真正面から受け流すしかなかった。

「む……!」

 その時、真強の背後から矢や砲撃、霊術などが飛んでくる。
 さすがに無防備で受ける訳にはいかないのか、真強はそちらへ目を向けた。

「ッ!」

 あろうことか、眼力だけで真強は攻撃を弾き飛ばした。
 攻撃を放った紫陽達は、その現象を理解出来なかった。
 だが、実際眼力だけで攻撃を打ち消したのだ。

「ッッ!!」

「ふっ……!!」

 攻撃はそこでは終わらなかった。
 砲撃などに隠れるように、とこよとサーラが肉薄。
 渾身の力を以って二人は刃を振るった。

「くっ……!」

 しかし、その二撃はたった片腕で防がれる。

「まだっ!!」

 それでも、攻撃が通らない訳じゃないと、とこよは確信する。
 即座に武器を斧に持ち替え、横に薙ぐ。
 同時にサーラも追撃を放つ。

「(僅かに“斬れた”。なら、通じる!)」

 追撃をやめない理由は二つある。
 一つは、今のようにとこよとサーラでも攻撃が通じる可能性がある事。
 もう一つは……

「ぉおっ!!」

「ぬぅっ……!」

 真強の気を逸らさせる程、優輝が隙を突くチャンスが生まれるからだ。
 二人の攻撃に片腕を割いたからか、優輝がすかさず攻撃に転じた。
 剛腕を掠らせつつも、カウンターで魔力の刃を纏った回し蹴りを放った。

「ちぃっ……!」

 だが、結局その蹴りは真強の脚によって阻まれた。

「かぁっ!!」

 そして、鬱陶しいとばかりに真強が気合を放つ。
 衝撃波が発せられ、優輝達三人が吹き飛ぶ。

「はぁああっ!!」

「ぬるい!」

 間髪入れないように、なのはが魔力弾と砲撃を放ちつつ突貫する。
 だが、あまりにもあっさりとその刃が弾かれた。
 魔力弾と砲撃も片腕であしらわれている。

「ッ……!」

「む……!」

 二段構えに、なのはに隠れていたフェイトが速度特化で刃を振るう。
 限界を超えたその速度は、神界においてはとこよ以上となっている。
 その速さで奇襲を仕掛ける。

「くっ……!」

「ふん。っ!」

 だが、それすら真強は見切った。
 脚で攻撃を受け止め、直後に踏み込む事で衝撃波を発生させる。
 その寸前、四方から霊術や矢、剣が飛んでくる。
 それらに意識が向いたためか、衝撃波の威力が弱まった。

「ほう……!」

 離脱しようとするなのはとフェイトに追い打ちを掛けようとする。

「させ!」

「ない!」

「ぬっ……!?」

 だが、それをさせまいとすかさずとこよとサーラが斬りかかった。

「(今……!)」

 そして、優輝が好機と見て仕掛ける。

「一歩無間、二歩震脚、三歩穿通!!」

   ―――導王流弐ノ型奥義“終極”

 間合いが詰められ、真強へとその一撃が放たれた。

「フェイトちゃん!」

「うん……!」

 さらに、とこよとサーラ、優輝へと意識が向いているのを利用し、なのはとフェイトが真強の脚を斬りつける。
 ダメージは然程なかったとはいえ、僅かにでもバランスが崩れた。
 これにより、回避される可能性を潰す。

「ぬ、ぉおっ!!」

「ッ……!!」

 しかし、それでもなお、届かない。

「嘘……!?」

 一撃に賭けた。だが、それは真正面から叩き潰された。
 真強の本気の一撃は、僅かとはいえバランスが崩れた状態で放たれてなお、優輝の一撃を遥かに凌駕していた。

「終わり―――」

 一撃に賭けたのならば、この一撃は躱せないだろう。
 そう確信し、“終わりだ”と真強は優輝に拳を叩きつけようとする。
 だが、その言葉は途中で途切れる事となった。

「ぉおおおおおおおおっ!!!」

   ―――導王流壱ノ型奥義“刹那”

 奥義の二段構え。それが放たれたからだ。
 躱しきれずに片腕を消し飛ばされながらも、カウンターを放った。
 その一撃の威力すら利用し、優輝の回し蹴りが真強の横面に炸裂する。
 魔力だけでなく霊力も纏ったその脚の一撃は、真強をよろめかせた。

「ぬぐっ、ぉお……!?」

「ゥ、ぅう……!!」

 声にならない唸り声が優輝から漏れる。
 優輝はこれを狙っていたのだ。
 一瞬の好機を狙って賭けの一撃を放てば、それを叩き潰す攻撃が飛んでくる。
 それを、さらに奥義でカウンターしようと、優輝は試みたのだ。

「ぉ、ぁあああああっ!!」

 試みは成功した。だが、そこで終わらせてはいけない。
 強烈な一撃が決まったのだ。そのまま押し切る必要がある。
 故に、優輝はさらに攻撃を繰り出す。

「(反撃する暇を与えるな!立ち直る暇も与えるな!息さえさせるな!)」

 打つ、打つ、打つ。
 極限を超えて強化された拳が、何度も真強を打ちのめす。
 武器を創り攻撃するよりも、攻撃を連打する。
 右に、左に、全力で打ち抜き、膝で顎をかち上げる。
 即座にダブルスレッジハンマーを振り降し、視界を揺さぶる。

「はぁあああああああああああ!!!」

 無論、優輝だけでなくとこよやサーラ、紫陽、ユーリ、なのは、フェイトも邪魔にならないように何度も攻撃を放っている。
 一瞬の好機を逃さずに、今ここで真強を倒さんと、力を振るう。

「これで!」

   ―――“Neun Säbelhieb(ノイン・ゼーデルヒープ)

 掌底を放ちつつ、優輝が一歩踏み込む。
 少しばかり間合いが離れ、そこへサーラが九連撃を叩き込む。
 縫い付けられるように、真強は声も出せずによろめく。

「終わり!」

   ―――“森羅断空斬”

 震脚で足元を揺らし、すかさずとこよが真強を斬りつける。
 あらゆるものを一刀にて斬るために生まれたその一撃が、ついに真強に膝を付かせ、その場に留めた。

「だぁああああああっ!!!」

   ―――導王流弐ノ型奥義“終極”

 そして最後に。
 優輝の一撃が真強の胸を捉える。
 先程までの攻撃全てに“倒す意志”が込められ、とこよとサーラはさらに一際強い“意志”の下、攻撃を繰り出していた。
 トドメに、優輝の一撃だ。
 最後の一撃を以て、真強の胸に大きな穴が穿たれた。

「っ、ごふ……!見、事……!!」

 “負ける訳にはいかない”。その意志が真強を打ち負かした。
 血を吐き、倒れ伏した真強はもう動かない。

「勝っ、た……?」

 フェイトが呆然と呟く。
 単純に強かった故に、短期決戦だった。
 それでも勝った際の達成感は強く、緊張の糸が切れそうだった。













「ッ……!!」

 ……そして、まさしくその瞬間を狙っていたのだろう。

「まさか彼を倒すとは……やはり、侮れませんね……」

 声を上げる間もなく、何人かが“闇”に呑み込まれ、イリスが現れた。

「邪神、イリス……!」

「喜びと達成感による安心。途轍もなく狙い目でしたよ」















   ―――茶番は終わりです。真に絶望する時ですよ

























 
 

 
後書き
Thor's Hammer Genocide Shift(トールハンマー・ジェノサイドシフト)…プレシアの最高威力の魔法をリニスがサポートした魔法。威力の底上げだけでなく、広範囲にもなっている。

真強…文字通りただただ強い。シンプルに強い神。戦闘能力で言えばドラゴンボールのようなインフレ勢とも真正面から殴り合える程。

“強い性質”…シンプルに強い性質。一目で“強い”と確信できる気配、容姿などを持ち、シンプルに“強い”と思える強さを持つ。

凶風…かくりよの門のスキルより。読み方は多分違う。瘴気を用いた風の刃を広範囲に放つ。込めた霊力によって風の刃の数や威力が増減する。


霊術を叫ぶ時は“戦技”や“真髄”を外す事にしました。一応、技としては同じです。技名を叫ぶのは言霊などの関係で必要ですが、技の分類を叫ぶ必要はありませんしね。
ちなみに、真強戦は若干銀魂の鳳仙をイメージしています。容姿もそれに近いです。

理力についてですが、リリなのの魔法が“計算式を組み立てて魔法という答えを出す”と例えると、理力は“どんな答えにも当て嵌る言語”みたいなものです。最初から答えを持っているどころではなく、本当に“そういうモノ”として存在するだけです。
他にも、炎で例えると“燃料を素に燃やして発生させる”のが普通ですが、理力の場合は“炎だから炎”と理屈抜きにそこに存在するようになります。そのため、概念的効果(炎なら“燃やす”)が伴い、理屈で整えられた魔法などはあっさりと貫通してしまいます。 

 

第218話「全てを呑み込む絶望の闇」

 
前書き
自分の文章力では絶望感を表しきれていないがもどかしい……(´・ω・`)
一応、常人ではもう絶望して心が折れてしまう状況です。
 

 









「いい見世物でしたよ。あれ程の実力差を、たった一瞬の隙を突く事で覆すとは。……だからこそ、貴方は最も警戒していたんですよ」

「ッ……!」

 イリスの言葉を他所に、優輝は辺りの状況を把握する。
 イリスが無造作に繰り出した闇は、味方のほとんどを呑み込んでいた。
 回避に成功したのは、とこよとサーラのみ。
 また、なのははフェイトに、優香と光輝は寸前で気づいたリニスとクロノに突き飛ばされた事で、運よく呑まれずに済んでいた。

「可能性を閉ざさない限り、どれほど追い詰めようとそれを覆す。……ほら、先程の戦いで、失ったはずの感情が一部戻ってきているでしょう?」

「…………」

 語るイリスに対し、優輝は無言だった。

「ッ……!!」

「させませんよ」

 それもそのはず。その優輝は残像で、本体は転移と併用して斬りかかっていた。
 しかし、イリスの前にいたソレラが“性質”を行使し、他の神がそれを防いだ。

「チッ……!」

「悠長にイリス様を攻撃してていいんですか?」

「ッ!」

 その言葉に優輝は察知する。
 ……闇に呑まれたはずの者達が、全員矛先を優輝に向けている事に。

「……洗脳……!」

「その通り。あの程度の霊術、魔法では決して防げませんよ。ねぇ?」

「………!!」

 魔法が、霊術が優輝に向けて放たれる。
 転移魔法で包囲を抜け出し、魔法や霊術による爆風の中、再び斬りかかる。

「ダメだよ」

「ッ……!?」

「元々勝ち目がないんだから、諦めなよ」

 再び防がれた。だが、今度はそれだけじゃない。
 優輝は攻撃を防いだ相手を見て目を見開く。

「司……!」

「私だけじゃないよ?」

「ッ!」

 攻撃を防いだのは足止めをしていたはずの司だった。
 さらに、そこへ死角からの強襲が来る。……奏だ。

「ふふふ……」

「全員、やられたのか……!」

 奏の攻撃を防ぎ、優輝は再び転移する。
 すると、寸前までいた場所が爆発した。
 転移した優輝は、その爆発を起こした人物……緋雪を見据える。

「ええ。ええ。元々碌に互角にすらなれないのに、足止めなんかしてしまっては……こうなるのは必然ですよねぇ?」

「あはは!避けたッ!避けたんだ!じゃあ、これはどうかな!?」

 狂ったように笑う緋雪は、魔力弾による弾幕を展開した。
 緋雪だけでなく、司も、他の洗脳された者達も弾幕を展開した。

「くっ……!」

 転移を繰り返し、優輝は何とか被弾を避ける。
 奏はその転移を読み、移動魔法を使いつつ斬りかかってくる。

「ッ……!」

「ふっ……!」

 導王流による受け流しをしようとして、咄嗟に体を逸らす。
 ディレイによって、受け流すタイミングをずらされていた。

「(デバイスも機能不全に……!)」

 解析魔法によって、一目で理解出来た。
 洗脳された主を、本来ならデバイスは止めるはずだ。
 しかし、同じように洗脳の影響でも受けたのか、機能不全になっていた。
 それも、主の抑止力となる人格と魔法のロック機能のみ。
 よって、デバイス達は完全に都合のいい道具になってしまっていた。

「(躱しきれないか……!)」

 神や“天使”だけでなく、洗脳された味方全員が優輝を狙っていた。
 いくら身体強化をしていても、回避に限界がある。

「くっ!」

「ッ!?」

 そこで、肉薄してきた奏を掌底で突き飛ばす。
 間髪入れずに転移魔法で司に肉薄。掌底からのダブルスレッジハンマーで障壁を破りつつ地面に叩き落とす。

「あはは!」

「っ……!」

 “破壊の瞳”を転移魔法で躱し、それを読んだ緋雪の攻撃を受け流す。
 直後、再び転移魔法を使用し、緋雪ごと転移。他の攻撃から逃れる。
 カウンターで緋雪の顎を打ち抜き、仰け反った所を回し蹴りで吹き飛ばした。

「ぐっ……!」

 だが、それでも間に合わない。
 神や“天使”の攻撃が雨のように降り注ぎ、逃げ場がなくなる。
 転移しても一時凌ぎにしかならず、味方だった皆は容赦なく攻撃してくる。
 ユーノやクロノ、シャマルのバインドが邪魔をし、プレシアやリニス、はやて、ユーリ、紫陽の魔法や霊術が進路を塞ぐ。
 さらに、そこにフェイトやアリシア、アリサ、すずか、シグナム、ヴィータなど、近接戦を得意とする者達も襲い掛かる。
 それらを悉く返り討ちにするように叩き落とす優輝だが、ついに体勢を崩す。

「(まずい……!)」

 被弾を覚悟した、その時。

「ッ……!」

「『こっち!』」

 いくつもの魔力弾と砲撃魔法が優輝を守るように降り注ぐ。
 そして、掻っ攫うかのようにとこよが優輝を抱えてその場から離脱した。
 なのはの念話による誘導を聞き、優輝はすぐに転移魔法を使用する。

「何が起こったっていうの……!?」

「……洗脳だよ。それも、さっき私達がされたモノと比べ物にならない程、強力な奴……!私達が作っておいた術式じゃ、歯が立たない!」

「どうします……!?」

 焦燥感を募らせる。
 だが、落ち着く暇もなく周囲から魔法や霊術が飛んでくる。
 サーラが言葉を切って咄嗟にアロンダイトで弾いて事なきを得る。

「緋雪だけじゃなく、皆……」

「何とか仕切り直したいけど……!」

「神界にいる内は掌の上……どうしようもない……!」

 考える暇もなく、攻撃に晒される。
 サーラととこよが矢面に立ち、他で援護する事で何とか凌いでいく。
 だが、時間の問題だ。打開策がなければこのまま圧し潰されるだろう。

「(結界が張られているから逃げ道がない。だからと言って、このままでは確実に仕留められる。……一度、見捨てるしかないか……?)」

 優輝達が一度集結した際、神々が結界を張っていた。
 そのため、優輝達は逃げる事が出来なくなっていた。
 万が一結界を抜けても、そこにも罠がある事は予想出来たからだ。

「……結界に穴を開ける。この人数分の大きさなら可能なはずだ」

「……それ以外に打開策はなさそうですね」

「優輝君が穴を開けるまで、私達で露払いだね?」

「そうだ」

 転移魔法を使いつつ、攻撃範囲から逃げ続ける。
 同時に、優輝は片手に霊力と魔力を集束させていく。

「霊術は私が」

「では、魔法は私が」

「他は任せたよ!」

 飛んでくる霊術や魔力弾、砲撃をとこよとサーラが切り裂く。
 さらに障壁を張って防ぎ、同じように霊術や魔法を繰り出して相殺する。
 その後ろから、なのは、光輝、優香が魔法を放つ。
 それらは神達の攻撃とぶつかり、半分ほど相殺する。

「(既存の魔法、霊術ではダメだ。かと言って、宝具でも足りない)」

 元々、六人の大魔法を三人の霊術で増幅してようやく破れる堅さなのだ。
 優輝一人では、その時の結界より強固な結界を破壊するには、既存の魔法や霊術ではあまりにも威力が足りない。
 特殊効果のある宝具でも、一歩どころか数歩足りない。

「(ならば、ここで創り出す)」

 故に、今この場で突破口を開くための術を編み出す必要があった。

「(神界において、ただの威力よりも、その“本質”による影響が強い。だからこそ、“そう在るべき”と力が働く言霊も普段より強化される)」

 概念や言霊と言った、“そう在るべき”と働きかける力。
 そう言った“本質”に携わった攻撃や防御は神界において強い力を発揮する。
 その事が、今までの戦いと神々の“性質”から理解が出来た。
 神々の“性質”はその“性質”の名による“本質”がそのまま力に返還していた。

「(ただ集束させるだけじゃない。言霊を、概念を重ねる)」

 拳を振るって繰り出す衝撃波と、“衝撃波という概念”から繰り出す衝撃波なら、後者の方が“存在”として強固だ。
 副次効果による産物と、“それそのもの”とでは“本質”がまるで違う。
 故に、優輝は言霊や概念を重ね掛けする。
 それらが神界において強い効果を発揮するがために。

「(魔法の術式では効果が薄い。概念付与は霊力で行うか)」

 魔法陣に魔力が集束する。
 そして、そこに重ねるように霊力の陣を纏っていく。

「集束、強化、加速、相乗。穿ち、貫き、導け」

 穴を開けるための一点集中の概念を付与し、その上にさらに概念を追加する。
 そして、導王としての力も付与していく。

「(何より重要なのは、それを為す“意志”だ)」

 そして、魔力だけでなく優輝の“意志”も霊術を通じて集束する。

「(穴を穿つなら、矢か槍か弾。……ここは槍だ)」

 集束した力が、槍の形になる。
 槍を選んだのは、優輝の知る魔法の中で最も貫通力がある魔法からだ。
 優輝がその魔法に抱くイメージもまた、一つの概念として付与される。
 同時に、貫通、穿つ事に長けた槍のイメージも“本質”として付与された。

「(概念の重ね掛け。これで、この術は“貫くモノ”そのものだ)」

 優輝を以ってして時間を掛け作り上げられた術。
 それは、明らかにこの場でも異彩を放っていた。

「も、もう限界……!」

「まだですか……!?」

 そのために、周囲からの攻撃も苛烈になっていた。
 あらゆる攻撃を凌ぐために矢面に立っていた二人が押し切られそうになる。

「完了だ。……穿ち、導け。“穿ち貫く導きの神槍(ブリューナク・ケーニヒ)”!!」

 “貫くモノ”そのものとなった力の集合体が、結界を貫く。
 言ってしまえば、優輝はこの攻撃のみ神々の“性質”と同じ力を再現したのだ。
 そんな力がぶつかれば、さすがの結界にも穴は開く。

「走れ!ッ!!」

 優輝が叫ぶと同時に、魔法と剣が飛ぶ。
 それが、優輝達を阻止しようとした神へ突き刺さる。

「何……!?」

「早く!!」

 その神は“阻止”に関する“性質”を持っていた。
 そのために、どの神よりも早く妨害に来たのだ。
 しかし、優輝はそれを予測しており、後の先……つまり後出しで先手を打った。
 よって、妨害を阻止する事に成功した。

「ッ……一斉掃射!!」

 逃げ出す際、全員が魔力弾を放つ。
 とこよの場合は、影式姫を一気に召喚し、それらに霊術を撃たせていた。

「転移!」

「無駄ですよ」

 転移魔法を使う瞬間、イリスの声が響く。
 直後、転移魔法が途中で中断させられた。

「結界!?」

「外側にもう一枚あったのか……!」

「そんな……」

 転移魔法は結界に阻まれていた。
 イリスは、予め突破されるのを想定して外側にさらに結界が張っておいたのだ。

「再現、展開……!」

「優輝……?」

「一度作った術式なら、再現ぐらい容易い……!」

 魔力結晶と、霊力の詰まった御札が掻き消える。
 同時に、展開された術式にその魔力と霊力が吸い込まれる。

「発動するエネルギーさえあれば、何度でも放てる!」

「ッ……!“ディバインバスター”!!」

 優輝のその言葉に触発されたのか、なのはが振り返って砲撃を放つ。
 今この瞬間、自分は何をするべきなのか、瞬時に理解しての行動だ。

「“穿ち貫く導きの神槍(ブリューナク・ケーニヒ)”!!」

 飛んできた攻撃を相殺しようとし、僅かな拮抗の後押し切られる。
 なのはに続いてとこよやサーラ、光輝、優香も砲撃を放っていた。
 しかし、それでも物量、威力共に足りない。だから押し切られた。
 それでも、直後に優輝の槍が再び繰り出された。

「(さっきより穴は小さい……だが……!)」

 先程までと違い、術式構築にほとんど時間を割いていない。
 そのため、並行して優輝は転移魔法を用意していた。
 チェーンバインドの応用でなのは達を引き寄せ、転移する。

「ッ!」

「三つ目……!?」

「邪魔だ!“穿ち貫く導きの神槍(ブリューナク・ケーニヒ)”!!……Dreifach(ドライファハ)!」

 またもや結界に阻まれる。
 だが、優輝は三発目を既に装填していた。
 しかも、今度はそれを三つ並べて連続で撃ち出した。

「(何重に張られているとか、そういう問題じゃない!破られる度に、新たに張り直している……だったら、それごと貫く!!)」

 強い“意志”が結界をいくつも貫いていく。
 突貫する優輝に、未だ繋がれたチェーンバインドで引っ張られるなのは達。
 展開が一気に切り替わっていくが、なのは達もそれに食らいついていく。

「なのはちゃん!もっと弾幕を増やして!光輝さんと優香さんは撃ち漏らしを迎撃!……サーラさん」

「分かってます……!」

 なのはが弾幕を展開し、出来る限り飛んでくる攻撃を減らす。
 撃ち落としきれないものを光輝と優香がさらに減らす。
 ……だが、それでも攻撃を飛んでくる。
 むしろ、撃ち落とした数の方が圧倒的に少ない。

「斬る……!」

「撃ち落とす……!」

 それを、とこよとサーラが最終防衛ラインとして受け止める。
 余波までは考慮しなくとも、この神界では影響はない。
 故に、直撃だけは避けるように、二人は攻撃を切り裂き、逸らす。

「……加速」

 しかしながら、それでも凌ぎ切れない。
 そこで、優輝は逆にそれを利用した。
 魔法陣と霊術の陣で受け止め、その反動で加速。一気に貫いた穴を通る。

「ッ……!」

 その時、一筋の閃光が突き抜け、バインドが破壊される。

「集束、発射!」

 咄嗟にとこよとサーラが宙を蹴り、それぞれなのは達を手分けして抱えて、スピードを緩めずに優輝を追いかける。
 優輝はこの瞬間まで使用された魔力と霊力を集束させ、追手に向けて放った。

「優輝!どこに向かうの!?」

「戦力がさすがに少なすぎる……!一度、神界から脱出する……!」

「入口近くには椿ちゃん達もいたよね?」

「椿達との合流も兼ねている。方向も距離も分からないが……もうすぐ出口付近に辿り着けるのは“分かる”」

 優香に聞かれて優輝がどこに向かっているのか答える。
 このまま神界にいても事態は好転しない。
 正気の神を見つけるよりも、元の世界から戦力を補給する方が無難だと優輝は考え、神界からの脱出と椿達との合流を狙っていた。
 全速力で走り続けたためか、追手は速い神や“天使”しかいなくなっている。
 撒いた訳ではないが、逃げる事は容易くなっていた。

「“分かる”って……」

「“道を示すもの(ケーニヒ・ガイダンス)”の効果だろう」

「確か、貴方のレアスキルでしたね」

「一回しか話題に出さなかった挙句、直後にあの先程までの戦いに入ったというのに、よく覚えていたな」

 僅かな感心を見せながらも、優輝達は走り続ける。

「(……“嫌な予感”が止まらない。……ここまでのは、今までになかった)」

 その中で、優輝は言い表しようのない不安に駆られていた。
 このままでは……否、もう詰んでいるかのような、そんな不安に。

「っ、あれは……」

「椿ちゃん!葵ちゃん!」

 その時、進行方向の奥の方で、椿と葵が吹き飛ばされてきたのが見えた。
 倒れ込む二人へ、優輝達は駆けよる。

「ぐっ……!」

「く、ぅ……!」

「蓮ちゃん……それに、久遠ちゃんと那美さん……!」

 続けるように、蓮と那美を庇うように抱えた久遠が飛んできた。
 那美は既に気絶し、蓮と久遠も死に体な程ボロボロだ。

「……そうか……!ソレラが既に洗脳されていたように、祈梨も……!」

「ご主人、様……?それに、優輝さん達も……」

 蓮に駆け寄るとこよに、蓮も気づき反応を返す。

「立てますか?」

「くーちゃん、那美さん……」

「くぅ……」

 サーラとなのはは久遠の方へ近づき、応急処置程度の治療を施す。
 同じように、優輝、優香、光輝も椿と葵に近づく。

「(雷の残滓……?)」

 その時、二人の体に残っていた、雷によるダメージの後を見つける。
 優輝は、それを見てふと引っかかり……

「いけません……!その二人に近づいては……!」

「ッ!」

 絞り出すかのような、蓮の叫びが響く。
 同時に、銀閃と翠の閃光が煌めいた。

「……あぁ、そういう、事か……」

「ふふ、そういう事よ」

「そういう事なんだよ」

 胸を貫こうとしたレイピアを逸らし、同時に繰り出された矢は掴んで止めた。
 だが、動揺からか攻撃を逸らし、止めた手からは血が流れていた。

「……既に、敵の手に堕ちていたか」

 そう。椿と葵は既に洗脳済みだった。
 体に雷の残滓が残っていたのは、二人をここへ吹き飛ばしたのが祈梨ではなく、久遠だったからだ。

「そんな……!」

「くっ……!」

 近くにいた優香と光輝が戦慄しながらも構える。
 だが、動揺が大きい。その状態では、椿が放った矢は防げない。

「ッ!!」

 そこで優輝が割って入り、矢を逸らす。
 同時に、とこよも割って入っており、同じように矢を弾いていた。

「ここに来たと言う事は……負けたのね?」

「負けたんだ。まぁ、当然だよね」

「っ……!」

 洗脳され、敗走してきた事を喜ぶように言う椿と葵。
 そんな二人の様子に、とこよは歯噛みする。

「……まだ戦えるのは貴女達だけですか?」

「いえ……まだ、あちらで戦っています。……飽くまで“戦える”だけですが」

「既に満身創痍と言う事ですね。ともかく、今は……」

 サーラが蓮に状況確認をする。
 こちらでも絶望的な状況になっていると分かり、戦闘態勢を改めて取る。
 その際、蓮に対してもサーラは警戒を怠らなかった。
 蓮達も正気という保証がないからだ。

「くっ……!」

 膨大な力がサーラへと襲い掛かる。
 それは光となって襲い掛かり、斬り払う事で何とか凌ぐも、ダメージがあった。

「今のは……!」

「あの神の力です……!祈りをそのまま力に変える。……司さんに似た事があの神にも出来るのです……!」

 祈梨の力については、ある程度知らされていた。
 だが、それを加味しても、脅威なのは変わらない。

「(本当に似ているだけですか……!?)」

 何が真実で、何が虚偽なのか。
 サーラには分からない。そのため、迂闊に行動出来なかった。

「……二人の相手は頼む。父さん、母さんは隙を見て他の皆の保護を。……洗脳されている可能性もあるから気を付けてくれ」

「……了解」

「優輝……?」

「何を……」

 蓮達を守るサーラを一瞥し、優輝は次の行動を決める。
 とこよに椿と葵の相手を任せ、攻撃が飛んできた方向へ跳ぶ。

「加速、相乗……!」

 巨大な剣を創造し、霊力と魔力を合わせた魔法陣を複数展開する。
 そして、それをカタパルト代わりに使い、剣を射出した。

「……防がれるだろうな」

 優輝がそう呟いた瞬間、剣は進行を止められた。
 そこには祈梨がおり、掌から繰り出した光球が剣を受け止めていた。
 その光球が膨れ上がった瞬間、剣が消し飛ぶ。

「(場所さえわかれば距離の概念がなかろうと関係ない)」

 それを狙ったかのように、優輝は祈梨の背後に転移。
 剣を振るい、同時に魔法陣と御札を展開。一気に攻撃を繰り出す。

「無駄です」

「(多重障壁……!!)」

 だが、その全てを防ぐ程の堅さと数の障壁が、攻撃を阻んだ。

「ッ!」

「随分とお早いお帰りで。……負けてきましたね?」

「くそっ……!」

 重力を操るように、優輝は地面に叩きつけられる。
 何とか立ち上がろうとして、咄嗟に横に避ける。
 すると、寸前までいた場所を理力による壁のようなもので押し潰された。

「(圧縮障壁……司が使っていたのに似ている。……いや、むしろ……司が奴に似た力を行使していた……?)」

 漠然と……だが、どこか確信めいた思いと共に優輝は答えを“導く”。
 その考えの答えを、優輝は知る由もないが、その考えは当たっていたのだ。

「(……とにかく、今は……!)」

 優輝が祈梨を引き付けている間に、優香と光輝が葉月や他の式姫を回収する。
 
「えっ……?」

 最後に、満身創痍の鞍馬を回収しようとした、その時だった。
 唐突に鞍馬が霊術を行使。優香と光輝が横へと吹き飛ばされる。

「っ……!?」

 “なぜそんな事をしたのか”。そう問う必要はなかった。
 なぜなら、今現在、鞍馬達を包む“闇”がそこにあったからだ。

「追いつかれた……!」

 鞍馬は、優香と光輝の背後から迫る“闇”に気付き、咄嗟に二人を助けたのだ。
 本来なら二人が抱えていた他の式姫も助けたかったが、既に満身創痍だったため、出力の都合上二人が限界だったのだ。

「っ、ぁ……!?」

「那美……!」

 呆然とする優香と光輝の下へ、蓮と久遠が飛んでくる。

「二人共……!」

「今度は何が……!」

「……サーラさんが、私を庇って……」

「那美……那美が……」

 優香が治癒魔法を掛けながら、二人に何があったか尋ねる。

「……久遠さんは、寸前で目を覚ました那美さんに突き飛ばされ、なのはさんの魔力弾でここまで……。私は、サーラさんに投げられて同じように……」

 目を向けると、サーラがいた場所は同じく“闇”に包まれていた。
 蓮と久遠も庇われたのだ。

「油断していたら、どんどん捕まるよ!」

 さらにそこへ、降り注ぐ“闇”を回避し続けていたとこよが駆けつける。
 刀と弓を持ち、霊力の矢で椿と葵の牽制もしていた。

「そんな……」

「っ……」

 最早、絶望の声すら上げられなかった。
 ここまで来れば、誰もがもう“勝てない”と絶望していた。
 足掻いているとこよも、何もしないままなのが嫌なだけで、“勝てない”と確信してしまっていた。

「ま、だ……まだっ……!」

 未だに絶望に抗っているのは、優輝と……なのはのみ。
 優輝は引き続き祈梨の相手を。
 なのはは、魔力弾を乱射して飛んでくる“闇”を相殺……否、逸らしていた。

「っ、く、ふぅっ……!」

 息をつく暇もなく、なのはは魔力弾を放ちながら飛ぶ。
 とこよでも回避で精一杯な“闇”を、なのはも同じように避け続ける。

「ッ……!」

「ぐっ……!?」

 だが、その拮抗も間もなく崩れた。
 とこよはついに回避が間に合わず、なのはは至近距離で魔力弾が“闇”とぶつかった際の爆風によって、“闇”が当たりそうになる。

「“防げ”!!!」

 刹那、優輝が二人の前に割り込む。
 言霊と“意志”を利用した力任せの障壁を展開。“闇”を防ぐ。

「っ……!」

 拮抗は一瞬。“闇”が障壁を浸食し、あっさりと突き破る。
 しかし、そのおかげで二人を被弾から救った。

「優輝、どうするの……?」

「……元の世界への道は、結界で塞がれていた。……結論から言えば、もう勝ち目は潰えた。逆転の可能性は既にゼロに等しい」

「っ……」

 敗北を肯定したその言葉に、誰も言い返さない。
 もう、本能が敗北を理解していたのだ。

「攻撃が止んだ……?」

「違う。“詰め”だ」

 “闇”が降り注ぐのが止まり、なのはが訝しむ。
 だが、優輝には分かっていた。……“もう、その必要すらない”のだと。

「正面からぶつかるだけでも勝ち目がない力量差に加え、態々誘い込んだ上で逃げ道を塞いだ。……そこまでするか、イリス……!」

「ええそうですよ。そこまでしなければ、安心できませんよ、ねぇ?」

 絞り出すような優輝の()()()()に、イリスが答えた。
 同時に、イリスやソレラ、洗脳された皆が現れる。
 囲うように、他の神々や“天使”も現れた。

「ぅ……ぁ……」

「っ……」

 久遠と優香はその場にへたり込み、光輝も膝を付いて放心していた。
 とこよと蓮、なのはも目を見開いており、絶望がありありと見えた。

「………」

 優輝もまた、もう希望を見出せなくなっていた。
 あらゆる手段を考え、即座にそれらが通じないと確信して切り捨てる。

「(……唯一活路を開けるとすれば、イリスの洗脳を解く事……か)」

 既に洗脳解除の類の術式を優輝の手の中にある。
 今までの行動と並行して組み上げられたそれは、術式において最高峰のモノだ。
 その術式を超える洗脳解除術は存在しないと言える程だ。

「(これでダメなら……!)」

   ―――“Seele Genau(ゼーレ・ゲナウ)

 転移と同時に、その術式を発動。
 対象は、祈りの力で支援が可能な司だ。
 魔法陣が司を囲み、光に包まれる。


















「……無意味だよ。優輝君。それじゃあ、イリス様の力は消せない」

「ッ……!」

 ……そして、先程までと全く変わらない、洗脳された司がそのまま現れた。
 洗脳解除のための術式。その集大成。……だが、それすら通用しなかった。





















   ―――全ての希望と可能性が、絶望へと呑まれていく。



























 
 

 
後書き
穿ち貫く導きの槍(ブリューナク・ケーニヒ)…かつて登場した魔法貫く必勝の魔槍(ブリューナク)をアレンジした術。概念の重ね掛けにより、“貫くモノ”そのものとなっている。型月世界ならあらゆる防御系宝具を貫ける効果を持つほど、貫通力特化となっている。

Seele Genau(ゼーレ・ゲナウ)…洗脳及び精神干渉による影響を全て打ち消すために編まれた術式。名前の意味通り正しい(Genau(ゲナウ))魂(Seele(ゼーレ))に戻すための術。なお、飽くまで“精神干渉から正常”に戻すため、サイコパスが普通になる訳ではない。……尤も、それでもイリスの力は打ち払えなかった。


どう足掻くかよりも、どう楽に死ぬかを考えてしまう程の絶望。それがこれです。
ゲームで例えると強制負けイベからのBADEND確定したみたいなものです。
元々負けイベを無理矢理勝ち続けていたようなものですから、むしろよく今まで何とかなっていたなって状態なんですけどね。 

 

第219話「絶望と憎しみ、負の感情」

 
前書き
何気に元の世界のメンバーの描写をしていないという……。
一応、今回は若干出番があります。
ちなみに、洗脳から生き残るメンバーは一部以外成り行きだったりします。前回の時点でせっかくサーラが生き残ったのに結局あっさり洗脳されたりしてますし。
 

 









「どうなっているの!?」

「わかりません!ただ、観測は出来てもそれ以外は……!」

 優輝達が神界に突入してしばらく。
 元の世界でも、管理局や陰陽師が動いていた。
 しかし、既に祈梨の結界によって道は閉ざされており、援軍を出せずにいた。

「霊術から見ても、解析出来ない……これが神界の力なの……?」

「打つ手なし……という事なの……?」

 澄紀も、リンディも、立ち往生するしかなかった。
 それ以上の干渉が一切出来ずにいた。

「ふむ、どの観点から見ても、突破は不可能に近いか」

「エネルギー自体は観測出来るのだけどね」

 この場にいるのはリンディと澄紀達だけではない。
 ジェイルとグランツも来ており、彼らは比較的冷静に分析を続けていた。
 集まった管理局員の半分程がジェイルを見て捕まえようとしたが、リンディ達一部の管理局員とジェイルの護衛であるナンバーズが止めた事で、今は大人しくしている。

「理論上、この障壁らしきものが持つエネルギーを超えた威力を集中させれば、突き破る事は可能だろう。幸い、本来干渉が出来なかった神界の力に干渉出来るようにはなっているみたいだからね」

「問題は、貫ける程の威力が用意できないと言う事だね」

 “意志”を強く持てば、本来以上の威力を発揮する事も可能だ。
 しかし、その情報を彼らは知らない。
 そのため、こうして立ち往生が続いていた。

「アルカンシェルなら……」

「止めておきたまえ。確かにアルカンシェルは空間歪曲などの特殊効果から高い殲滅力を発揮する。しかし、この障壁らしきものは、あらゆる攻撃を等しく“攻撃エネルギー”として受け止めている」

「物理的な力だろうと、魔法であろうと、霊術であろうと、空間歪曲であろうと、この障壁らしきものは全て同一のものと見なしているんだ。アルカンシェルの特殊性が一切役に立たない」

 管理局員の一人が呟いた提案は、ジェイルとグランツによって潰される。
 実際、アルカンシェルでは障壁は貫けない。
 神界への道を塞ぐ障壁は、“道を妨害するモノ”として存在している。
 “そういう存在”として在るモノに、空間歪曲程度では意味がなかった。

「……この分だと、先行して突入した彼らも戻れないだろうね」

「……そうだね」

 ジェイルはともかく、グランツも気が気でなかった。
 家族であるキリエやアミタ達が向こう側にいるため、安否が気になっていた。

「クロノ……皆……」

 そして、それはリンディも同じだった。
 ただ無事を祈るしか、今出来る事はなかった。

「時間さえかければ、かなり強力な攻撃が出来るはずだ。急ぐ必要もあるが、儀式魔法及び霊術で突破を試みよう」

 ジェイルの提案で、ひとまず障壁の突破を試みる。
 何十人もいる魔導師や陰陽師の力を一点に集めれば、或いは……
 そんな想いを込めて、彼らの奮闘が始まった。





















「っ……!」

 洗脳解除が効かなかった。
 その結果が分かった瞬間、優輝は即座に導王流を構えた。
 そして、緋雪の飛び蹴りを受け流す。

「ちっ……!」

 直後にサーラ、葵、奏、シグナム、フェイトの近接攻撃を何とか受け流す。
 同時に椿や鈴、アリシア達の霊術や矢を霊力の障壁で凌いだ。

「ッッ……!」

 最後に残ったメンバーでバインドと弾幕が同時に繰り出される。
 ヴィータのギガントシュラークから逃れつつ、優輝は一旦後退する。

「(洗脳解除の術式が通じない……!足りないか……!)」

 術式としては最高峰だと自負していたモノが、通用しなかった。
 今の術式をさらに昇華させるのは不可能なため、“意志”が足りないと考える。
 だが、次の手を打つ前に相手の攻撃が始まった。

「避けて!!」

「ッ……!」

 とこよの叫びと共に、全員が散り散りに避ける。
 しかし、あまりにも物量が多すぎた。

「ぐっ……!」

「ぁあっ……!?」

 攻撃が掠る。“闇”が迫る。
 ただでさえ敵いもしない物量差に加え、イリスの洗脳がある。
 足を止める訳にはいかなく、故に回避に手一杯だった。

「『……優輝君』」

「『……手短に頼む』」

 その最中、とこよの伝心が優輝へと繋げられる。
 優輝も回避と防御に手一杯なため、手短に済ませようと応える。

「『まだ、諦めてないみたいだね?でも、その手を使う暇がない。……だったら、私と蓮ちゃんで時間を稼ぐよ』」

「『何……?』」

「『神界の法則に慣れてきて、気づいたの。……自分の心象を映し出す結界なら、大いに効果を発揮するだろうって』」

「『心象……あれか……!』」

 とこよの言う結界に、優輝は心当たりがあった。
 守護者だった時と、修行の時にも見せてもらった結界。
 彼女の魂の故郷を映し出す結界の事だった。

「『他に手がないなら、私は行くよ』」

「『……任せた』」

「『……うん。健闘を祈るよ』」

 その結界で神々を隔離した所で、とこよ自身が勝てる訳じゃない。
 とこよが倒れるか洗脳された時点で、結界は解けるだろう。
 それがタイムリミットなのは、優輝もとこよも分かっていた。
 しかし敢えてそれは口にせず、互いを信頼して後を任せた。

「……蓮ちゃん。ついてきてくれる?」

「……はい。ご主人様のためなら、地獄の底であろうとお供いたします。……今度こそ、最期まで共にいます」

「ふふ……心強いや。……じゃあ、行くよ……!!」

 合流し、僅かな時間会話を交わす。
 そして、二人で神々の大群に向き合った。
 本来、その結界を発動するには術式を組むのに時間が掛かる。
 しかし、心象を映し出す結界なため、神界ならば“意志”一つで発動出来た。

「顕現せよ……!“我が愛しき魂の故郷(逢魔時退魔学園)”……!!」

 瞬時に展開された結界が、神々のほぼ全てを巻き込む。
 イリスも例外ではなく、残ったのは比較的優輝達の近くにいた一部の神々と“天使”、そして洗脳された者達だけだった。

「これが私の全身全霊……今までの“私”の総て……!」

 対し、結界内。
 そこでは、神々の大群と大勢の式姫が対峙していた。
 蓮以外、その式姫達は本人ではないが、その強さは変わらない。
 その上守護者の時と違い、とこよの“意志”によりむしろ強化されていた。
 間違いなく、今この場においてとこよが最高戦力を持っていた。

「そう簡単に倒せると思わない事だね!!」

 既に満身創痍。しかし、とこよの闘志はまだ燃え尽きていなかった。
 打開策を優輝に託し、とこよは最後の力を振り絞って神々とぶつかった。













「ッ……!」

 一方で、優輝達の方はというと……

「あはははははははは!!」

「シッ……!」

「そこ!」

「厄介な……!」

 相も変わらず、苦戦していた。
 緋雪の猛攻と、その隙を埋めるような奏の連撃。
 さらに、援護に司と隙のない連携で攻撃してくる。
 加え、そんな三人にお構いなしにアリシアやサーラなど、他の者にも攻撃されており、防戦一方に近かった。

「はっ!!」

   ―――導王流壱ノ型“流撃衝波”

 だが、何も出来ない訳ではなかった。
 とこよが引き付けた分、攻撃の密度は減っていた。
 その差が優輝に反撃のチャンスを与え、カウンターを成功させた。
 緋雪達の連携が流れるようにカウンターで潰され、吹き飛ばされる。

「(結界を破壊する隙がないならば、術者を倒す!)」

 優輝の狙いはただ一つ。祈梨を倒す事。
 結界は優輝達がここに来るまでに何重にも重ねたためか、先程イリス達に包囲されていた時の結界よりも遥かに破壊しづらかった。
 時間を掛けた分、祈梨の結界の方が強固だったのだ。
 故に、破壊よりも術者の撃破が早いと判断し、倒す事を目的としていた。

「ふっ……!」

 転移で避け、回避できない攻撃を受け流す。
 バインドや拘束術は引っかかる前に解析し、分解する。
 さらに、その分解したエネルギーを集束し、攻撃を撃ち落とす。
 洗脳された味方だろうと、“天使”だろうと、神だろうと、邪魔させなかった。
 アスレチックを乗り越えていくように、軽快な動きで襲い来る相手を弾く。
 攻撃や攻撃した本人を足場にさらに加速し、祈梨へと肉薄する。

「はぁっ!!」

 魔力と霊力の込められた拳が繰り出される。
 しかし、それは祈梨に届く前に障壁によって阻まれた。

「ッ!」

 その障壁に手をつき、まるで倒立回転するようにその場から退く。
 直後、そこへ次々と司や緋雪、サーラ達の強力な攻撃が直撃した。
 自分一人で手間取るならば、相手の攻撃も利用すればいいと考えた行動だ。
 実際、優輝を狙った攻撃が次々と障壁へと当たり、かなり脆くなっていた。

「ふっ!!」

 そして、今度は回し蹴りを叩き込み、優輝は障壁を破壊した。
 同時に魔法陣を足場に加速魔法を使って一気に祈梨の懐に入った。

「はぁああああっ!!」

 強い“意志”を持った攻撃。
 それが祈梨へと叩き込まれる……そのはずだった。







「―――お忘れですか?」

「ッ……!?」

 その拳はあまりにも呆気なく祈梨の体をすり抜けた。
 同時に、優輝の体が一気に重くなる。

「ぐっ……!」

 洗脳された味方の攻撃も止まったが、既に放たれたものは優輝に接近する。
 それらの攻撃を優輝は受け流し、体勢を立て直して着地した。

「がふっ……ぇ……?」

 その瞬間、優輝の口から血が零れ、膝を付いて吐血した。
 視界が揺れ、体が粉々にされたかのように激痛が生じた。

「貴方達が神界の者に攻撃出来るのは、私の力があってこそ。……故に、私の匙加減一つで貴方を完封するのは容易い事です」

「ごふっ、ぐ、これ、は……!」

 今までの無茶の反動が、優輝を襲う。
 “格”の昇華があったからこそ出来ていた身体強化は、それがなくなれば反動で体が壊れてもおかしくはないものだった。
 そして、つい先程までの戦闘で、優輝はあまり死んでいなかった。
 死んでいればリセットされる反動も、そのせいで残っていた。
 祈梨の解説を聞くまでもなく、優輝はその反動によって苦しんでいたのだ。

「残念でしたね。希望はまだ掴めると、まだ諦めるには早いと、そう思っていたようですが……既に詰んでいるのですよ。いい加減に認めなさい」

「っ………」

 影響が大きく出ているのは、優輝だけではない。
 優香や光輝、久遠、なのはもまた、今までの“意志”による限界突破が祟った。
 反動が体を襲い、激痛に見舞われる。
 そして、もう二人。

「ッ、ぁ……」

 結界が割れ、とこよと蓮、そして相手していた神々が再び現れる。
 二人もまた反動で力尽き、直後に“闇”に呑まれた。

「く、そ……!」

「足が震えてるよお兄ちゃん!あははは!」

 優輝が立ち上がろうとするが、顔面を狙った攻撃が緋雪によって叩き込まれる。
 辛うじて腕で防いだが、再び倒れ込む。

「優輝……!」

「緋雪、やめて……!」

「嫌だね!だって、お兄ちゃんがいなければこんな状況にはなってないもん。……こうなるのは当然の報いだよ。ねぇ?」

「ぐっ……」

 倒れ込む優輝の頭を掴み上げ、緋雪は言う。
 その緋雪の後ろには、司や奏、優輝を慕っていたはずの者達が、冷たい目で優輝を見ており、さらにバインドを掛けてきた。

「そんな、心にもない事を……」

「心にもない?あはっ、おかしな事を言うねお母さん。一瞬でも、そんな事を考えたのなら、それは本心なんだよ!」

「ッ……」

 笑いながら言う緋雪は、確かに正気ではなかった。
 それでも、その言葉に即座に反論できない。

「私だけじゃないよ。司さんも、奏ちゃんも、椿さんや葵さんすら、“志導優輝を狙ったから他も巻き込んだ”と言う事実がある以上、お兄ちゃんを心のどこかで責めた!……お父さんとお母さんも、そうでしょ?」

「緋雪……」

 誰もが、同じ事を考えた。
 決して敵いそうにない相手と戦い、何度も殺された。
 そんな絶望の折、ふと考えるのは“どうしてこうなったのか”だ。
 絶望の中ならば、その思考から誰かを責める事になるのはあまりに容易だった。
 それは優香と光輝も例外でなく、故に言い返せなかった。

「ぁああああああああああああっ!!」

「ッ!?なのはちゃん……!?」

 そこへ、未だに優輝の頭を掴んでいる緋雪目掛け、なのはが突貫した。
 なのはも今までの無茶から体がボロボロになっているはず。
 しかし、それでも二刀を束ねて緋雪へと繰り出し、突き飛ばした。

「それでも……っ、私は……っ!」

「うるさいなぁ……」

 反論しようとするなのはに、緋雪は鬱陶しそうな反応を見せる。
 片手で胴に刺さっている二刀を引き抜こうとし、掌をなのはに向ける。

「ッ!」

「……へぇ」

 直後、魔力弾が緋雪の掌を弾き、即座にその腕を斬り落とした。
 これで破壊の瞳による攻撃を防いだ。

「なのはちゃん、さらに強くなってない?……まぁ、でも」

「ぁ……」

 優輝を襲う緋雪に集中した事がいけなかった。
 なのはの背後から、イリスの“闇”が迫る。
 回避するには遅く、なのはも“闇”に呑まれてしまう。

「ぅ、ぁ……!?」

「ぐっ……!?」

「っ……」

 そして、優香と光輝、久遠も同じように“闇”に呑まれてしまった。
 これで無事なのは優輝のみとなる。
 その優輝も、既に身動きが取れない程満身創痍だ。

「ッ……!」

「っ、今のは……」

 その時、“ザワリ”と司が何かを感じ取る。
 天巫女故の、感情の感知能力は洗脳されていても変わらない。
 その感知能力が、優輝から何かを感じ取ったのだ。

「既に勝ち目はゼロに等しいですが……油断はしません」

「っ……!」

 イリスが指示を出し、一部の“天使”が優輝に攻撃を仕掛ける。

「ふっ……!」

 刹那、その攻撃が受け流される。
 反撃に出る事のない、防御に専念した導王流。
 今この場において、その動きにさらに磨きがかかっていた。

「まさか……!」

 “天使”達の攻撃を受け流しつつ、少しでも包囲を抜けようと移動する優輝。
 その姿を見て、緋雪は思い当たる節があった。

「この期に及んで、またアレを……!」

 それは、大門の守護者との戦いでも使った、導王流の極致。
 あらゆる攻撃を受け流し、逸らし、そして反撃に転じる最終奥義。
 その片鱗が優輝から感じられたのだ。
 反撃が通じない今、攻撃を受け流す事しかしていないが、だからこそその時の極致の片鱗を見せる事が出来ていた。

「させませんよ」

「ガッ……!?」

 だが、それすら神達は許容しない。
 既に満身創痍で、体にガタが来ている。その上に“性質”による拘束が入った。
 祈梨による“格”の昇華がない今、それを抜け出す術はない。

〈マスター!〉

「ぉ……ご……ふ……!?」

 辛うじて、霊力と魔力による強化と障壁によって、身体欠損は逃れる。
 だが、それは目に見えた範囲だけだ。
 動きを止められ、嬲られたその体はもう動かせない状態だ。

「トドメです。死になさい」

 最後に、イリスが極光を放つ。
 それは間違いなく優輝を呑み込み、消し去るだろう攻撃だった。
 そして、優輝にはもうそれを避ける術はない。









 ……そう。“優輝には”……



















「「ぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!!!!」」

 それは、ただ“守りたい”その一心だった。
 今まで、親らしい事が出来ず、自分達よりも強い息子だった。
 そんな息子が、目の前で嬲られ、今まさに消し去られそうになっていた。

「ぇ―――?」

 声を上げたのは、優輝か、緋雪か、それとも両方か。
 優輝の状況を目の当たりにして、その二人はじっとしていられなかった。
 例え“闇”に呑まれ、自意識が洗脳されようとも。
 ……何としてでも、親として優輝を守ろうとした。

「(母さん、父さん……?)」

 体中“闇”に塗れ、ボロボロになろうとも、二人は動いた。
 未だかつて出した事のない速度で優輝の下へ行き、突き飛ばした。
 そして、その代償に……

「ぁ―――」

 二人が、極光に呑まれた。

「う、そ……?」

 その様を見て、緋雪が呆然と声を上げる。
 当然だ。親が目の前で消えたのだから。
 その事実は洗脳されていても変わらず、そのためショックを受けた。

「――――――」

 だが、それよりも。
 優輝の方が、そのショックは大きかった。

「(……なんで、二人が……どうして……)」

 ぐるぐると、頭の中で自問が繰り返される。
 本当は理解出来ていた。状況としては簡単な事だった。
 だが、その“自分を庇った”と言う事実を受け入れられずにいた。

「ぁ……ぁぁ……」

 優輝は頭が悪い訳じゃない。
 頭が固い訳でもない。
 そのため、自然と目の前で起きた事は理解できる。出来てしまう。

「ッ……!」

「ぁ、ぁぁぁ……!」

 “ビリリ”と、感情の動きを司が感じ取る。
 同時に、優輝へと霊力や魔力が螺旋状に纏うように集束していく。
 そこへ、“天使”達が再び容赦なく襲い掛かった。











「―――ぁああああああああああああああああああああああああ!!!」

 刹那、それは爆発した。
 怒り、憎しみ、後悔。行き場のないその“感情”が噴き出す。
 感情の爆発により生じた衝撃波は、ダメージはないものの“天使”達を怯ませる。

「(僕が……僕がもっと強ければ……いや、もっと慎重でいれば……!こんな事には……こんな事にはならなかったのに……!)」

 思考がまとまらなくなる。
 理屈が伴わなくなる。
 失われたはずの感情がただただ湧き出す。
 その感情の赴くまま、優輝は行動を開始した。















       =優輝side=









 ……まただ。
 また、僕は喪った。
 手を伸ばせば届いたはずなのに、届かなかった。

「ぅぁあああああああああああああああああ!!!」

 失われたはずの感情が蘇る。
 感情(これ)さえあれば、結果は違っていただろうか。
 否、最早そんなのは関係ない。

「―――殺す……!!」

 今は、目の前のあいつらを……感情に任せて蹴散らす!

「はぁっ!」

「ふっ!」

 洗脳されたサーラととこよが両サイドから挟撃を繰り出してくる。
 体は既に満身創痍。一挙一動の度に体が悲鳴を上げる。
 ……だけど、それがどうした。

「邪魔だ!」

「なっ……!?」

「嘘……!?」

 剣と刀をそれぞれクロスさせた両手で受け止める。
 リヒトによるグローブもあるが、それだけでは本来は防げない。
 でも、ここは神界。“格”の昇華がなかろうと多少の無理は通せる。
 そもそも、斬り落とされてさえいなければどうでもいい……!

「ふん!」

「っ!?」

「ぐっ……!?」

 クロスさせていた手を引き戻し、その反動で二人をぶつける。
 武器を手放す隙なんて与えない。全て一瞬だ……!

「ぉおおおおおおおおおおおっ!!!」

 共倒れさせた二人に見向きもせず、短距離転移する。
 転移後、足場を創造魔法で創り、跳躍。加速する。

「っ……!」

 洗脳された皆が立ち塞がる。
 だけど、遅い。
 勢いのまま掌底や蹴りを放ち、その反動でさらに跳ぶ。

「ぁ……」

「遅い」

 肉薄した際、緋雪が呆けた顔でこちらを見ていた。
 ……父さんと母さんの死に、洗脳されていても思う所があったのだろう。

 でも、今は同情する暇はない。

「あ、がっ……!?」

「そこ!」

 腕を掴み、地面に叩きつける。その全てを力任せに行う。
 “ブチブチ”と、体から出てはいけない音が聞こえる。
 それでも、僕は怒りに任せて力を行使する。

 そこへ、司が砲撃魔法を仕掛けてくる。
 ジュエルシードも使っているためか、それは広範囲で普通では躱せないだろう。

「ふっ!」

「っ!?ぐっ……!」

 だから、転移で躱す。
 直後に肉薄しようとした奏に向けて、まだ掴んでいた緋雪を投げつける。
 そこからさらに跳躍。蹴りを司に向けて放つ。

「甘い―――」

「甘いぞ」

「ッ!?」

 用意していた転移魔法でそれは躱されるが、振り返りざまに魔法を放つ。
 それは無造作で、術式なんて存在しない。
 だからこそ、純粋な魔力が円錐状に広がるように繰り出された。
 そこまで広範囲なら、転移先がどこであろうと変わらない。

「手出しはさせない!」

「なっ……!?」

 そして、()()()()()()()()を開放する。
 それは創造魔法による剣群の射出だ。
 それらを、残りの皆に差し向ける。

「――――――」

「っ―――――」

 唯一、なのはだけはこちらを見ているだけで何も仕掛けてこなかった。
 魔力を集束させていたが、何か抵抗するようにそれを放とうとはしない。
 もしかすると、あれは……

「(いや、今は……)」

 考えるのは後だ。
 とにかく、これで一瞬の“間”が出来た。

「―――イリスぅぅうううううううううううううう!!!」

 踏み込み、一気に加速する。
 体が悲鳴を上げるにも関わらず、ただ加速し、目指すは一点。
 全ての元凶、邪神イリスに向けて突貫する。

「っっ……!」

 だけど、すり抜けた。

「ふふふ、滑稽ですねぇ」

「くっ……!」

 あぁ、失念していた。“格”の昇華がない今、攻撃は効かないというのに。
 それが分かっていたから、他の神々は妨害してこなかったのだろう。

「ふっ!」

 飛んできた矢と霊術、魔力弾を叩き落とす。椿やとこよ、神夜などの仕業だ。
 直後、葵やサーラが斬り込んでくる。即座に受け流し、蹴り飛ばす。

「っっづ……!」

 そこへ、重力のようなものが掛かる。
 魔力が感じられない所から見て、神々の仕業だろう。
 ……これでは、身動きが出来ない。

「終わりです。貴方も絶望に堕ちなさい」

「ッ―――!」

 そして、イリスが“闇”を放つ。
 転移魔法も発動出来ないように妨害されているため、躱す手段はない。
 僕は、あっさりとその“闇”に呑まれた。



























「―――ふざけるな……!!」

 だが、それでも。
 僕の憎悪は、怒りは、収まらない……!

「ここで、終わるか……!終われるか……!」

 “闇”による自我や感情、意識の浸食。
 確かに抗い難い、強力なものだ。
 神夜の魅了など、氷山の一角ですらなかったのだろう。
 ……それでも、呑まれる訳にはいかない。

「リヒト……!」

〈マ……ー……!〉

 リヒトに呼びかけるも、返答はノイズばかりだ。
 緋雪達のデバイスと同じで、“闇”に呑まれればこうなるのだろう。
 ……なら、言葉は不要だ。

「……覚悟を決めろ。僕に、光を示せ」

〈――――――〉

 返答はない。だけど、それでいい。
 最後に一度だけ点滅した。その事実さえあれば、いい。

「絶対的な優位に、いつまでも立っていると思うなよ、神共!!」

 待機状態に戻ってしまったリヒトに、魔力と霊力を流す。
 反応はない。形も変えない。だけど、内に秘めた“力”が噴き出す。

「昇華せよ……“導きを差し伸べし、救済の光(フュールング・リヒト)”ぉおおおおっ!!!」

 光が僕を包む。
 直後、“闇”を振り払う。

「っ、……ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 憎悪と怒りと共に、“意志”を咆哮として吐き出す。
 神々と“天使”に、驚きが見えた。















「―――殺す。殺してやる!!」

 どす黒い感情と共に、僕は駆けた。

















 
 

 
後書き
両親の死により、優輝ぶち切れ&感情復活(ただし憎悪マシマシ)。
ついでにサーラやとこよなど、さん付けしていた相手も呼び捨てになっています。
描写はしていなくとも、親という存在は重要なもの。
両親本人達は“親らしい事が出来ていない”と思っていましたが、ただ家や傍にいるだけでも優輝や緋雪に影響があったという事です。
(……ぶっちゃけ、もっと本編で描写しておくべきだった……)

ラストの“格”の昇華。以前のイリスの尖兵(117、118話参照)の時と違い、かなりやばい行使の仕方になっています。あちらが無理な限界突破なら、こっちは憎悪による暴走覚醒みたいな。 

 

第220話「たった一人の抵抗」

 
前書き
リヒトは既に機能停止しています。ただ、宝具はデバイスの機能を必要としていないので、前回発動させる事が出来ました。
 

 





       =優輝side=








「ぉおおおおおおおおおおおおっ!!」

 雄叫びを上げながら、僕は駆ける。
 体は既にボロボロで、本来なら満身創痍だ。
 けど、神々はそれでも容赦せずに、攻撃を繰り出す。
 洗脳された皆も同じだ。
 驚愕からの立ち直りはすぐだった。
 故に、意表を突けるのは僅か一撃か二撃程度。
 ……それで、まず一人は落とす!

「はぁっ!!」

「ごぁっ!?」

 最も近くにいた“天使”に肉薄。
 同時に頭を掴んで膝蹴りを腹に叩き込み、胴体と頭を蹴り飛ばして分離させる。
 普通なら即死。だけど、神界では話が別だ。これでは倒しきれない。

「堕ちろ」

 故に、“意志”を以てさらに叩き潰す。
 神界の法則は、感情がなかった頃にある程度は理解出来た。
 言霊を使いつつ、“力場”を発生させてその“天使”を潰す。
 “こうすればこんな事も出来る”と、曖昧な思い込みでもそれは実現できる。

「ッ!」

 直後に間髪入れず転移する。
 “意志”を以て叩き潰したのはいいが、その時点で攻撃に包囲されていた。
 倒しきったかは確認せず、次の行動へ移る。

「(転移魔法を“組み立てる”のも無駄だ!極限まで無駄を省き、最適化しろ!)」

 ただの転移魔法では、どれほど構築を早くしてもタイムラグが出来る。
 今この場において、そのタイムラグすら致命的だ。
 ……ならば、それも省くしかない。

「(転移魔法の感覚を覚えているのなら、出来るはず。ここは、そういう場所だ!)」

 漫画やアニメによくある“瞬間移動”。
 それを感覚だけで実現する。
 理論?そんなものはない。あるのは“瞬間移動した”と言う事実だけ。
 最早、理屈で考える時はとうに過ぎた。
 感情、感覚の赴くまま、行動するのみ……!

「ッッ!!」

「なに……!?」

 目の前まで肉薄していた神が、驚愕する。
 当然だ。転移の連続を捉えたと思ったら、さらに移動の速度が増したからだ。

「ぉおおおおおおおおおっ!!」

 向かうは邪神イリス。
 元凶さえ倒せば、大きく状況は変わる。
 だけど、そう簡単にさせてはもらえない。

「っ!?」

 その瞬間、僕に強い力が働く。
 先程“闇”に呑み込もうとした時と同じく、拘束できる“性質”の仕業だろう。

「この程度!」

「弾くでしょうね。でも、一歩遅いです」

「ッ……!」

 言葉を放ったのは祈梨。
 その隣には見覚えのない神がいた。
 男とも女とも見える、陰陽師を連想する服装の神が。
 やけに目につくと思えば、その訳はすぐに理解できた。

「(結界……!なるほど、そういう“性質”か!)」

 結界で僕は隔離された。
 中に残ったのは……洗脳された皆だ。

「っづ……!?」

 潰し合わせる気なのは、一目で理解した。
 それに加え、僕に強い重圧がかかる。
 結界にそう言った性質があるのだろう。

「(しかも、僕以外には……)」

 僕以外……つまり、洗脳された皆には黒いオーラが纏わりついていた。
 明らかに普通ではない。
 ゲームで例えれば、こちらにデバフ、向こうにはバフが付く結界なのだろう。

「……だから、どうした……!」

 この程度の重圧、戦闘出来ない程ではない。
 それに、ここで立ち止まる訳にはいかない。

「(結界で隔離されたのは、むしろ好機……!)」

 “意志”を削ぐために潰し合わせるつもりなのは分かっている。
 だけど、同時にこれはチャンスでもある。
 ……今一度、皆の洗脳を解く事が出来るかもしれない。

「ッ!」

 思考している内に、既に攻撃が仕掛けられていた。
 サーラととこよが同時に斬りかかってくる。
 基礎的な戦闘力は二人がトップクラスだから、そうするのは定石だろう。

「ふっ!」

「なっ!?」

「ぐっ……!?」

 挟むように繰り出される斬撃。
 とこよの方を躱し、サーラの方は受け流した。
 それだけじゃなく、受け流したサーラの斬撃をとこよの刀に誘導する。
 こうする事で、一瞬とはいえとこよの動きを鈍らせる。

「(速い……直接的な動きでは、今の僕は二人に劣る……!)」

 イリスに対する憎しみは増している。
 だけど、その上で上手く突破出来ないために歯噛みする。
 なにせ、動きを鈍らせられたのと、皆が強化されている事によって、今の状況は完全に劣勢なのだから。

「(“意志”を以て、弱体化を無効化……しきれない……!?そうか、結界だけじゃない。結界外から他の神も“性質”を使って……!)」

 結界の効果ぐらいなら、一時的になら無効化出来る“意志”は持てるはず。
 しかし、どうやら僕を弱体化させているのは結界だけではなかったようだ。

「ぉおおおおおおおお……!」

 いくら力を振り絞ろうと、この身を縛る“性質”によって相殺される。
 この状態では、元の世界での全力と同程度しか力を出せない。

「そこ……!」

「邪魔、するな……!」

 とこよとサーラを霊撃で吹き飛ばすと、間髪入れずにフェイトが襲い来る。
 彼女だけじゃない。アリシア、アリサ、シグナム、レヴィも加勢した。

「ぉぁああああああああ……!」

 導王流をフル活用して、五人の攻撃を受け流す。
 繰り出される攻撃同士をぶつけ合えば、少ない手数で凌げた。

「ッ!」

 直後、瞬間移動でその場を離脱する。
 すずかや鈴、はやての遠距離攻撃に、シャマルの拘束などが仕掛けられた。
 それを躱すために、一度その場を離脱した。

「簡単に捕まると思うなよ……!」

 立体機動を行うために、普段は魔力や霊力を固めて足場にしている。
 それを、足場にする度に炸裂させ、設置型のバインドを破壊していく。

「そこっ!」

「はぁっ!」

「ッ……!」

 司が大規模な魔法を放つ。
 それを瞬間移動で躱した直後、緋雪が飛び蹴りを僕に放つ。
 反撃や受け流しを想定していたのか、受け流しても体勢が崩れた。

「好機……!」

「そこよ!」

「やぁあっ!!」

 奏、キリエ、アミタが仕掛けてくる。
 一瞬遅れて、シュテルや神夜も仕掛けてきた。

「くっ……!」

 息をつかせない波状攻撃。
 さすがの連撃に導王流の受け流しに粗さが出てくる。
 ただでさえ、本来なら満身創痍なのだから、仕方ないとも言えるが……

「ッ……!」

「ふっ!」

 サーラが魔力弾で牽制しつつ、攻撃を放ってきた。
 魔力弾は創造した剣で相殺し、直接攻撃も受け流して神夜にぶつける。
 まだ続く連続攻撃を凌ぎ……

「っぁ……!」

 “ギィイン”と、目の前で刀の穂先が止まる。
 繰り出したのはとこよで、その一撃を創造した杭二本で挟んで止めたのだ。

「ちっ……!」

 反撃しようにも、すぐにそこを飛び退く必要があった。
 今まで攻撃してこなかった面子……ユーリやリニス、プレシアなどを恐れてだ。
 ユーノはバインドを試みていたが、クロノも動いていなかった。
 ……一番動きを見せないのは、なのはだが……

「雷か……!」

 次々と雷が繰り出される。
 リニスとプレシアだけでなく、久遠の雷もあった。
 その合間を縫うように、クロノの魔力弾も飛んでくる。

「くっ……!」

 動きを止めなければ止めない程、次々と攻撃は増える。
 躱しきるのも限界。そう思った瞬間

「呑み込め……!」

「しまっ……!?」

   ―――“決して砕かれぬ闇(アンブレイカブル・ダーク)

 ユーリによる闇が解き放たれた。
 全てを埋め尽くすような、その魔法は本来のものよりも強力だった。
 おそらく、イリスの支配下なために“闇”の類が強化されているのだろう。

「(何とか被弾は避けたけど―――)」

 瞬間移動で何とか躱し、次の行動を起こそうとする。
 ……だけど、そこで目にしてしまった。

「っぁ……」

「―――は?」

 余波に巻き込まれ、倒れている鞍馬や那美、一部の面子を。

「……ッ―――!」

 そして、一つの事柄を思い出す。
 同時に、追いついてきた奏の攻撃を受けきれずに吹き飛ばされてしまった。

「(失念していた……!僕と違い、皆は“格”()()()()()()()()()()()()……!普通に攻撃を食らい続ければ、死ぬ……!)」

 そう。神界にいる以上、ある程度の無理は通るだろう。
 だけど、そんなの焼け石に水だ。
 このままでは、共倒れで父さんと母さんのように……

「―――――――――」

 頭が冷えた。怒りと憎悪が急速に冷える。
 一周回って冷静になったのか、単にそれどころじゃなくなっただけか。
 そんなのはどうでもいい。

「―――これ以上、喪ってたまるか」

 今は、皆を死なせないようにするのが先決だ。

「ッッ!」

 体勢を立て直すと同時に、瞬間移動で皆から出来る限り離れる。

「(僕らだけを隔離する。……そこに洗脳を解くチャンスがあると思った。だけど、奴らからすればそれ以上に“死ぬ可能性”の方が高い!それが狙いか!)」

 全部、全部仕組まれていた。
 皆が洗脳されるまでの一連の流れも。
 父さんと母さんを殺されて、感情が蘇る事も。
 感情が戻ったために、洗脳された皆を見捨てるのを躊躇うのも。

「(全部、掌の上だった……!)」

 多少の想定を上回った所で、軌道修正も簡単だった。
 感情が戻っていなければ、結界内で誰かを洗脳下から助け出せていただろう。
 だが、同時に誰かを見捨てて死なせていたかもしれない。
 そうなれば結果的に僕らの戦力が減っていた。

「(そうだ。僕が()()()()()()()と思う事も、組み込まれていた……!)」

 なんて、なんて見通しが甘かったのだろうか。
 否、それすらも仕組まれていたのだろう。
 最初、ソレラと祈梨に遭遇した時点で、こうなる事は決まっていたのだろう。

「(この期に及んで、なんて甘い―――)」

 思考する間もなかった。
 眼前に再び奏が迫る。
 今度は、身体強化に特化させた司も一緒だった。

「(どう転んでも、僕に“傷”を負わせるか……!)」

 皆を見捨てる選択を取れば、突破する事は可能かもしれない。
 だけど、そうすれば僕は一生後悔する。少なくとも、心に傷を負う。
 見捨てない選択を取れば、この状況を打開する事も厳しい。
 ……どちらにしても、僕が絶望するには好都合って訳だ。

「ふざけ……!」

「ッ!」

 斬りかかってくる奏と司の攻撃を逸らす。
 本来なら、もっと切り結ぶ事も可能だが、急いで二人を吹き飛ばす。
 同時に、その反動で上体を逸らし……矢と魔力弾を避けた。

「(射線上でもお構いなしか……!)」

 今の攻撃は、全てではないとはいえ明らかに司と奏にも当たる軌道だった。
 洗脳された影響か、イリスの指示なのか、皆は味方ごと攻撃するのに一切の躊躇がないらしい。

「(ふざけるな……ふざけるなよ……!)」

 一度頭が冷えても、憤怒は収まらない。
 むしろ、再燃するかのように再び燃え上がる。

「くっ……!」

 奏と司に入れ替わるように、フェイトとアリサが来る。
 同じように受け、想定していた行動をキャンセルさせて突き飛ばす。

「緋雪……!」

「あは、あはははははははははははははははははははは!!」

「(狂気が振り切れてる……!?父さんと母さんの死の影響か!?)」

 咄嗟に片腕を犠牲に、緋雪の蹴りを防ぐ。
 同時にいくつか矢と砲撃が飛んでくるが、直撃は避けた。

「(ああくそっ!また緋雪を“この状態”にしてしまった……!止める余裕なんて、今度はないというのに……!)」

 両親の死に、緋雪は洗脳下でも嘆いた。
 その悲しみが慟哭として、そして狂気として今振りまかれているんだ。
 証拠に、狂気の笑みを浮かべながらも、緋雪は涙を流していた。

「ッ……!」

 本音を言えば、何としてでも緋雪を止めたい。
 だけど、今はそれどころじゃなかった。
 凄まじい力で振るわれる攻撃を避け、受け流し、緋雪を突き飛ばす。
 同時に、瞬間移動して一度仕切り直す。

「っ!」

 ……が、読まれていた。
 咄嗟にヘッドスリップで飛んできた矢を避ける。
 しかし、その矢は風を纏っていて、体勢に影響が出た。

「ッ―――!」

 次に襲い掛かって来たのは、刀とレイピアの連撃。
 先程の矢は椿の仕業で、連携するようにとこよと葵も仕掛けてきたのだ。

「(とこよは実力で、葵は動きを知っているから……!)」

 導王流を以ってしても、二人の攻撃は捌ききれない。
 どちらも、一対一でも凌ぎ切れない相手なのだ。
 そして、不用意に距離を離せば……

「っ、つぁっ!!」

 殲滅魔法が得意なはやて、ディアーチェ、ユーリ、アインスが仕掛けてくる。
 四人一斉だと、いくらとこよと葵でも死ぬ。
 故に、全力で霊力と魔力を放出して二人を射程外に吹き飛ばす。

「(ギリギリ……!)」

 二人を吹き飛ばすために、僅かながら時間を使う。
 結果、回避のための瞬間移動は本当にギリギリだった。

「ッ!」

 もちろん、瞬間移動後も狙われる。
 襲い掛かって来たのはサーラだ。そして、彼女だけじゃなかった。

「ちっ……!」

 サーラの攻撃を受け流し、カウンターを防がれた所で体を逸らす。
 紙一重で加勢してきたシグナムの攻撃を躱す。

「邪魔だぁっ!」

「生憎、余裕はないからな!」

 さらに剣を創造して操作する事で、ヴィータの攻撃も牽制する。
 さすがにサーラを相手にしつつ、さらに追加で二人は直接相手に出来ない。

「(これも、あるからな……!)」

 瞬間移動で後方にずれる。
 直後、先程までの心臓の位置から手が突き出てくる。
 シャマルの仕業だ。

「(少しでも気を抜けば、誰かが死ぬ……!)」

 間髪入れずに、次の行動を仕掛ける。
 行うのは攻撃でも防御でも回避でもなく、サーラ達の転移。
 瞬時に術式を組み立て、発動させる。

「ちっ……!」

 シグナムとヴィータは飛ばせた。
 しかし、サーラはそれを回避してきた。
 その事に、僕は舌打ちする。

「ッ……くっそぉっ!」

 元々ギリギリだったというのに、そこへ制限が付けばどうしようもない。
 サーラの攻撃を受け流した瞬間、青い軌跡が煌めく。
 レヴィが、その速さを以て斬りかかって来たのだ。
 だけど、サーラがいるとはいえ、まだ二人掛かり。何とかなった。
 ……同時に、アミタとキリエ、そしてシュテルとディアーチェが来なければ。

「貰った!」

「がっ……!?」

 アミタとキリエの銃撃に、シュテルの魔力弾。
 サーラとレヴィの攻撃を凌ぎながら、それらをどうにかする事は厳しい。
 おまけに、巻き添えになるサーラとレヴィも何とかしなければならない。
 故に、僕は甘んじて一撃を受ける事に決めた。
 
 シュテル達三人の攻撃を、創造魔法で盾を展開する事で凌ぐ。
 同時に、サーラの懐に無理矢理肉薄。攻撃のカウンターで上に吹き飛ばす。
 間髪入れずに障壁を多重展開。
 レヴィと共にディアーチェの殲滅魔法から身を守る。
 ……そして、唯一防ぐ手立てがなかったレヴィの一撃を食らった。

「(―――ダメだ)」

 その時点で悟った。
 このままでは、共倒れになると。
 明らかに、イリス達の思惑通りになってしまうと。
 感情が戻ったために、それがはっきりと理解できた。

「………」

 無論、だからと言って諦められる訳がない。
 だから手段を考える。

 考えて、考えて、考えて、考えて、考えて、考えて、考えて、考えて、考えて。
 考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて。







「ッ―――」

 ……そして、一つの答えに行き着いた。
 あらゆる手段を思いつき、そして欠点に気付いてその案を切り捨てた。
 それを繰り返し、辿り着いたその“解”は……

「(……あぁ、これは“ツケ”か……。今まで僕がしてきた事の、因果……。この身に余る事を成そうとしたがための反動が、ここで……)」

 傲慢だったのかもしれない。
 守りたいものを守る。ただそれだけのつもりだったのに。
 いつの間にか、その範囲が広くなり過ぎていたのかもしれない。
 尤も、実際に追い詰められた理由はイリスが仕組んでいただけに過ぎない。
 ……それでも、“ツケ”が回って来たのだと、僕は思った。

「(……こんな状況に追い込まれても、皆は……)」

 頼って欲しいと、言われた。
 無理をしないでほしいと、何度も言われた。
 それでも、僕はその通りにしていなかった。
 そんな僕が今更頼って、皆は受け入れてくれるだろうか?

 ……否

「(それでも、僕は皆を信じよう。“可能性”を、諦めないでいよう)」

 瞬間移動で、レヴィから間合いを離す。
 ディアーチェの攻撃を凌ぎ切ったと同時だから、これで巻き添えは起きない。
 出来る限り、皆の包囲が薄い場所に行く。

「(……尤も、この“手段”自体が綱渡り。皆を、そして自分を信じなければ成し得ない事。その上、さらにきつい綱渡りをするんだ。信じなくちゃ、実行も出来ない)」

 狙いは一点。先程までと大して変わらない。
 “皆を助ける”。それだけだ。……今は。

「(最後に宝具を使わなければ、これすら出来なかった。ありがとうリヒト)」

 先程までとの違いは言葉にすれば簡単だ。
 “()()()()()()()()()()”。これに限る。

「……来なよ、皆。今まで、少なからず僕に不満や思う所はあっただろう?……いいよ、悉くそれを受け止めてやる」

 挑発するように、手招きをする。
 瞬間、魔力と霊力が膨れ上がるのを肌で感じた。
 そして、皆の魔法や霊術が、解き放たれる。













   ―――……最期、だからな。







 か細く呟いたその声は、その轟音に吹き飛ばされるように、掻き消えて行った。



























       =out side=







「っ……!」

 放たれた攻撃を、優輝は瞬間移動で躱す。
 そして、次の一手を打たれる前に優輝は行動を起こした。
 だが、それは回避でも防御でも、攻撃の準備でもない。
 表情が僅かに動いた程度で、パッと見て何も変化がないように見える。

「あはっ♪」

「ッ……!」

 直後、最初の一手が来る。
 転移してきた緋雪と、瞬間的な速さを発揮して肉薄した奏の挟撃だ。

「ふっ……!」

「はぁっ……!」

「逃がさないよ!」

 その挟撃を受け流すのを狙ったように、一瞬遅れてフェイトとレヴィが来る。
 さらに、そんな二人をフォローするように後方から魔力弾も飛んできた。

「はっ!」

 だが、優輝はそれらを最低限のダメージで切り抜ける。
 攻撃の切っ先と魔力弾が掠り、優輝の体に傷が刻まれる。

「うっ……!?」

 直後、流れるように肉薄していた四人が吹き飛ぶ。
 優輝が傷を負うのを代償に繰り出したカウンターだ。

「(かつて行った、互換性のない代償。それによって僕は導王流の極致に至った。あの時は無我夢中だったから、どうやったかは覚えていない。だから、再び至る事は出来なかった。それは、例え同じ条件で感情を代償にした所で同じだろう)」

 そもそもやり方を覚えていないから、自分から行う事は不可能だ。
 優輝はそう思い、別の方法を考えていた。

「(だが、神界なら話は別だ)」

 理屈が必要のない神界でなら、あらゆる事象に互換性が持たせられた。
 “こうする代わりにこうなる”と、理屈のない決めつけのような対価が支払える。

「(感情を失う代わりに、極致に至る。そんな事もできる訳だ)」

 “そう在るべきだから、そう在る”。そんな理屈にもならない事が可能。
 それが神界だ。故に、一度そう“定めて”しまえば、不可能を可能にできる。

「う、ぐっ……!」

 援護射撃と共に、サーラととこよが迫る。
 フレンドリーファイアをさせないように、優輝は二人の攻撃を受け流していく。
 だが、当然そんな事をすれば、傷はどんどん刻まれる。

「シッ!」

「えっ!?」

「くっ……!」

 刀と剣が、優輝の腕を掠める。
 その代わりに、とこよとサーラは大きく後ろに吹き飛んだ。

「っ……!」

 直後、優輝は錐揉み回転するかのように体を捻る。
 飛んできていた砲撃魔法や魔力弾などを躱すためだ。

「はっ!」

「(速い!?)」

 直後、司が転移してシュラインを振るって来た。
 神々の支援による強化を受けた状態だからか、その速さは優輝の想定を上回る。
 直撃のダメージは受け流したが、大きく吹き飛ばされる。

「ッ!」

 そこへ、狙ったかのように矢がいくつも飛んでくる。
 椿と鈴の仕業だ。
 吹き飛んだ状態から、優輝はなんとかその矢を創造した剣をぶつけて相殺する。

「くそっ……!」

 手が休まる暇は存在しない。
 さらに葵が仕掛け、その背後からは何人もの魔法や霊術が迫る。
 このまま葵の攻撃を迎え撃てば、優輝はともかく葵が死ぬだろう。
 そのために、優輝は自ら葵に突っ込み、まず一撃を受け流す。

「つっ……!」

 斬り返しの二撃目を脇腹に掠らせつつ、優輝は葵を巻き込んで瞬間移動する。
 直後、移動先で葵による首を狙った一撃を防いだ。

「(ダメだ。躱しきれない……!)」

 躱しても、移動しても、次々と攻撃が迫る。
 それを見て、躱しきれないと優輝は確信した。

「巻き添えは、させない……!」

 司や奏、とこよにサーラなど複数人が一斉に斬りかかる。
 同時に、はやてやディアーチェなど、後方支援による砲撃も放たれた。
 さすがにこれほどの人数を瞬間移動で巻き添えから避難させる事は出来ず、同時に全ての攻撃を凌ぎ切る余裕も優輝にはない。
 ……そのため、優輝は真っ先に“選択”した。

「凌げ、“霊魔螺旋壁”!!」

 肉薄してきた者達ごと、優輝は障壁で守った。
 “受け止めるため”ではなく、“受け流すため”の障壁は、確かに攻撃を防いだ。

「ご、ぁ……ぐ……!」

 だが、当然のように障壁の内側にいた者の攻撃は防げない。
 元より、優輝は肉薄してきた葵達を死なせないために、こうしたのだから。
 必然的に、守った代わりに優輝は彼女たちの攻撃を受け止める事となった。
 レイピアが、槍が、刃が、刀が、剣が、優輝の体を貫き、切り裂いた。

「ッッ……!」

 攻撃を凌いだ直後を狙っていたのか、緋雪が転移と同時に斬りかかってくる。
 優輝は、それを片腕を犠牲に受け止める。
 同時に、遠方から飛んできた椿の矢が足を貫く。

「(肩、腹、心臓、腕……足もか。……はは、頭以外無事じゃないな)」

 朦朧とした意識の中、優輝は自分の状況を軽く分析する。
 片腕、片足は斬り飛ばされ、致命傷もいくつか負っている。
 思考のために頭だけは攻撃を受けないように避けたが、本来なら即死の傷だった。

「条……件、完…了………!」

 絞り出すように優輝はそう言った。
 直後、出ていた血が魔法陣を描く。
 魔力と霊力が迸り、その圧力が優輝以外の全員を拘束する。

「(致命傷を“代償”とし、力を引き出す……!)」

 優輝がここまで致命傷を負っておきながら回復しないのには理由があった。
 それは、致命傷を力を引き出すための“代償”とするためだった。
 力を得た代わりに代償を背負う。優輝はそれを利用していた。
 力と代償を逆説的に反転させ、代償を先に決めて力を引き出す。
 神界ならではの無理矢理な手法で、優輝は規格外の力を得ていた。

「(……まだだ……!これじゃあ、()()()()……!)」

 しかし、代償を利用して引き出した力でも、優輝は足りないと確信した。

「(もっと、もっと魔力と霊力を、純化させないと……!)」

 力の純化。それはただ“力”として存在するエネルギーへと変える行為。
 言い換えれば、より理力へと近づけているのだ。

「ぁ、ぁあ、ぁあああああああああああ………!」

 声にならないような声を上げ、優輝から溢れ出す力が一つの塊になる。
 そしてそれは徐々に小さくなり、機能停止しているリヒトへと吸い込まれた。

「っ………!」

 機能停止したリヒトは、デバイスとしての役目を果たしていない。
 しかし、それでも優輝の“剣”としてそこに在る。
 力が一点に集束したのを見た優輝は、力の圧力に警戒している周りを見据える。

「……こうなったのは、僕の責任だ。だから、この身に代えてでも皆だけは助ける。……責めてもいい。恨んでも、憎んでもいい。業は、僕が背負う……!」

 剣の輝きが増していく。
 想いを束ね、意志を込めたその輝きが結界内を埋め尽くす。

「導きを、救いをここに!“導きを差し伸べし、救済の光(フュールング・リヒト)”!!」

 導きの光が迸る。
 限界を遥かに超えた力によって放たれたソレは、神々の力を凌駕した。



















 
 

 
後書き
瞬間移動…文字通りの瞬間移動。転移魔法のタイムラグを削除した結果の産物。理論はなく、転移魔法の感覚で移動する事で瞬間移動している。戦闘中だと、短距離しか使えない。神界限定で発動可能。イメージはDBの高速戦闘でのアレ。

“結界の性質”…陰陽師っぽい服装の神がもつ“性質”。文字通り結界に特化した“性質”で、神すらもその結界に囚われると簡単には出られない。

霊魔螺旋壁…霊魔相乗の要領で、螺旋状の障壁を張る。螺旋状ではあるが、全方位からの攻撃を防ぐ事が出来る代物。螺旋状に渦巻いているためか、攻撃を受け流す性質を持つ。

力と代償の反転…“力を得た代わりに代償を背負う”という因果を反転させ、先に代償を背負って力を得るという手法。定義や概念をその場で定められる神界ならではのごり押し。なお、これによって優輝は神界なら治せるはずの傷が治せなくなっている。


優輝、満身創痍なのを顧みずに限界突破。
この瞬間のみ、優輝は神界でも上の中にめり込む力を発揮しています。
優輝が思いついた“策”は、それを実現する程の“意志”が込められていました。 

 

第221話「抗いの光」

 
前書き
現在の優輝は通称“ヒュンケル状態”(詳細はダイの大冒険で検索)になっています。
神界という特殊条件下とはいえ、これ以上ないぐらい体を酷使していますからね。
 

 







 容赦なく結界内の者を光が包み込む。
 強烈な、しかし眩くない暖かな光が満たされる。
 その光に押されるように、結界に罅が入っていく。

「ぇ……あ……!?」

「ぁ、ぁあ……ぁぁぁ……!?」

 光が治まっていくと同時に、優輝の目の前から怯えに満ちた声が聞こえた。
 優輝が目を向ければ、司と緋雪を筆頭に、信じられないと言った顔をしていた。

「そん、な……あたし達、は……」

 “カラン”と、葵がレイピアを落とす。
 同じように、司や緋雪も己の武器を手放し、当のデバイス達も待機状態になった。

「ッ……!」

「治療を……!」

 即座に対応したのはとこよとサーラだった。
 自分が寸前までやっていた事に対する記憶と動揺はあった。
 それでも、まずは目の前の優輝を治療するべきだと判断したのだ。

「っ、どうして……!?」

「治療が、効かない……!?」

 しかし、二人が行った治療はどちらも無意味に終わった。

「……当然、だ。これは“代償”として定義して、背負ったんだ。……傷を治そうとした所で、支払った代償は戻らない」

「っ……ぁ……」

 絞り出すような優輝の応答に、司達は膝から崩れ落ちた。
 慕っていたから、好いていたからこそ、自分達が傷つけた事がショックだった。

「ごめん、なさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!」

「………」

 譫言(うわごと)のように謝る者。
 言葉を失い、ただ呆然と優輝を見つめる者。
 反応は様々だった。
 しかし、共通して自分がやってしまった事に酷く後悔していた。

「……結界が、崩れる……」

 優輝の下へ、離れていた者も集まって来た時。
 優輝が気づいたように言った。

「さっきので……」

 軽くはないが、比較的ショックが少ないとこよやサーラなどが見回す。
 優輝達を隔離していた結界には多くの罅が入り、今にも割れそうになっていた。
 すぐさま、とこよとサーラを中心に、プレシア、リニス、クロノ、ユーリを除いたディアーチェ達エルトリア勢、アインス含めたヴォルケンリッター、まだ戦闘が可能な式姫達が陣形を展開する。
 同時にとこよが指示を出し、久遠と神夜が戦闘不能及び傷心中のメンバーを集めて優輝ごと守るように防御に徹した。

「くそっ……!」

 心底悔しさを滲ませた悪態が、神夜の口から出る。
 何も抵抗出来なかった。その事が堪らなく嫌だったのだ。

「………結界が消えるまで、僅かばかり時間があるな……」

 結界は、先程の光が淡く残っており、それによって割れそうになっている。
 しかしながら、完全に崩壊するにはまだ猶予があった。

「……緋雪」

「ひっ、ぅ……」

 再び狂気に呑まれ、狂気の赴くまま優輝を攻撃した。
 その事による罪悪感で、名前を呼ばれた緋雪はびくりと肩を揺らす。

「……司」

「っ、優輝、君……」

 司も同じように怯えの色を見せていた。
 親友であり、好きな人を傷つけた罪悪感が、心に重くのしかかっていた。

「……奏」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいゴメンナサイゴメンナサイ」

 奏に至っては、壊れかけていた。
 ショックと罪悪感によって、ただただ謝罪の言葉を繰り返していた。

「椿、葵」

「ッ……」

「優ちゃん……」

 椿と葵は、他に比べて若干堪えていた。
 それでも辛そうに優輝の名前を呼び、見つめていた。

「…………」

 五人の様子を見て、優輝は周囲を見渡す。
 五人以外にもショックを受けて戦意喪失している者が多くいた。
 一部は、先程の戦闘で満身創痍になっている者もいる。

「っ……」

「優輝……!」

 行動を起こそうとして、優輝はふらついた。
 慌てて、近くにいたアリシアが支える。

「……、っ……喝ッ!!」

「ッ!?」

 支えてもらった優輝は、一度深呼吸してから一喝した。
 ボロボロの体では、それをするだけでも吐血してしまう。
 それでも、優輝は皆に耳を傾けさせるために大声をあげたのだ。

「……ショックか?罪悪感か?ああ、確かに酷く重く、そして辛いものだろう。……信じたくないだろう」

「………」

 涙を浮かべたまま、緋雪や司が何事かと視線を向ける。
 同じように、奏達も視線を集中させた。
 優輝達を守るように陣取っていたとこよ達も、耳を傾ける。

「……だけど、そうやって圧し潰されそうになって、何になる」

「っ、ぁ……」

 血の気が引くかのような、冷や水を掛けられたような気分だった。
 まるで突き放すような言葉に、ショックが上乗せされる。

「(……お兄ちゃん……)」

 その中、緋雪だけは少し違う思いを抱いていた。
 今の優輝の態度に、見覚えがあったからだ。

「(……導王としての……)」

 それは、在りし日の導王としての優輝……否、ムートと同じだった。
 “王”として振る舞う姿が、今の優輝と酷似していたのだ。

「……慰めが欲しいか?叱責が欲しいか?それとも、恨み言でも言われた方が楽か?……そんなのお断りだ」

「で、も……!」

 “そう言われても割り切れる訳がない”。
 そう司は涙ながらに訴える。

「……気にするなとは言わない。罪悪感を背負うなとも言わない。でも、足枷にはしないでほしい。圧し潰されそうになっても、乗り越えて欲しい」

 言葉を発する口の端から、血が漏れる。
 今の優輝は喋る事すら難しいはずだ。
 それなのに、はっきりと、聞こえるように発言を続ける。









「―――僕は、信じてるから」

「ッ……!」

 その言葉だけで、緋雪達はハッとした。
 否、厳密には、その言葉を言った優輝の目を見て察したのだ。

「……今更だけど、皆に頼らせてくれ」

「ぁ……」

 優輝の口から、本心から“頼る”という言葉を聞いた。
 今まで一人で突っ走っていた優輝が、誰かに完全に頼ろうとしているのだ。

「……来るぞ」

 そして、結界が崩れる。
 今までいなかった神々が、再び周囲に出現する。







「ッッ―――!?」

 ……それも、見計らったかのように、優輝達へ向けて極光を放ちながら。

「(嘘……!?)」

「(回避……いや、迎撃……!?)」

「(間に合わない……!)」

 回避するには包囲されており、防御も迎撃も不可能な威力。
 故に、どちらも間に合わないととこよやサーラ達は考え―――

「なのはぁっ!!」

「やっと、出番だね……!!」

 ―――ずっと息を潜めていたなのはが、それを覆す。

「なっ……!?」

「あれは……!?」

 優輝達の頭上に輝くのは桃色の光。
 “スターライトブレイカー”による、集束した魔力だ。

「性質変換……展開ッ!!」

   ―――“Starlight Salvation(スターライトサルヴェイション)

 桃色の極光が、他の極光に包まれる前に優輝達を包みこむ。

「っづぅうぅぅううううううううう……!!」

「なのは……!」

「(無理もない。今までの戦闘で使われた魔力どころか、霊力も……そして()()()()純粋な“エネルギー”として集束して使っている。本来なら五体が砕け散る負荷だ)」

 苦悶の声を上げながらも術式を維持するなのは。
 身に余る力を扱っているため、それは当然の事だ。

「(……だが)」

「負け……ない……ッッ!!」

「“高町なのは”なら、やってのける……!」

 一瞬。だが永遠に感じられる程の極光の嵐。
 競り負ければその時点で敗北が決まる攻撃を、なのはは耐え続ける。

「っ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

「耐え、た……?」

 そして、光が治まると同時に、桃色の光も砕け散る。
 中にいた優輝達は無事だった。
 あれほどの神々の攻撃を、なのははたった一人で耐え凌いだのだ。

「馬鹿な……!?」

「人間一人に、防がれた……!?」

 その事実に、神々や“天使”も驚愕していた。
 あれ程余裕を見せていたイリスすら、目を見開いていた。

「如何にこちらから干渉出来ない理力と言えど、()()()()()()。……侮ったな神共」

 満身創痍な状態で、優輝は不敵に笑う。
 まだ足掻けると、まだ終わっていないと、笑って見せる。

「『どうやって……』」

「『……唯一、なのはだけは洗脳に()()()()()。それに気づいてからは、集束しているエネルギーごとなのはを魔法と霊術で隠していた』」

 神々が優輝に警戒を集中させていたからこそ出来た事だった。
 足掻き続ける優輝に注視するばかりに、なのはへの警戒を疎かにしていたのだ。
 そのために、単純な認識阻害でなのはの存在を隠し通せた。

「さぁ……脱出するぞ……!」

「でも、出口は結界で……!」

 相手にとって想定外の事態。
 その絶好の隙を使って優輝は脱出しようとする。
 しかし、出入り口を塞ぐ結界は健在だ。
 それをどうにかしない限り出られないと、司が言う。

「司」

「……えっ?」

「……お前が、破るんだ」

 直後告げられた言葉に、司は一瞬反応が遅れた。

「や、破るって……どうやって……」

「司は僕以外で唯一“格”の昇華が可能だ」

「でも、成功させた事なんて……」

 結局あの時祈梨に止められて以来、司は“格”の昇華にチャレンジしていない。
 祈梨が負担なく“格”を昇華出来たため、必要ないと皆思っていたからだ。

「“やってない”だけだ。失敗続きな訳じゃない。……大丈夫だ司。……信じろ、僕を。そして、何よりも自分自身の可能性を」

「っ……分かった……!」

 優輝の言葉には不思議な力が感じられた。
 その言葉に促されるように、司は覚悟を決めて祈りの力を開放した。

「っっ……!」

 ジュエルシードも優輝の光で元に戻り、再び光を放つ。
 “ぶわり”と司の周囲を舞い上げるように力が集束する。

「ッ、させません!」

「妨害こそ、させるか……!」

 我を取り戻したソレラが行動を起こそうとし、先に優輝が牽制する。
 放たれた剣と魔力弾に、思わず神々と“天使”は対処する。
 一人も倒す事は出来なかったが、防御及び回避による隙が生まれる。

「他は司を守れ!仲間を、自分の可能性を信じろ!」

「ッッ……!」

 再び優輝の言葉で不思議な力を感じる。
 今度は司以外の全員にもそれは感じられ、それによって戦意が復活する。

「攻撃は依然通じない。だけど、防御は出来る。守る事に集中するんだ!」

「っ、了解!」

 すぐに動いたのはとこよと紫陽だ。
 霊術で多重に結界を展開し、僅かにでも防御力を底上げする。
 遅れてシャマルやユーノが結界を展開して司を守る。

「満身創痍な身で、なぜ……!?」

「……その気になれば、ダメージの弊害は無視できる」

 優輝と相対した一人の“天使”が動揺を滲ませるように言う。
 その発言に背後へ回りつつ優輝は答える。

「……お前らも出来るだろう?」

「くっ……!死にぞこないが……!」

「っ、はぁああああああああ!!」

 傷だらけの体に喝を入れるように、優輝は雄叫びを上げる。
 そのまま、攻撃のために翳した“天使”の腕を蹴り上げ、続けざまの回し蹴りを叩き込んで神々の群れに向けて吹き飛ばす。

「(二度目……いや、三度目の“格”の昇華、そしてその後の宝具で、ようやく掴んだ……これなら……!)」

 次々と襲い掛かる“天使”。
 狙いは優輝だけでなく、司達の方へも向かう。
 だが、直後に弾かれるように吹き飛んだ。

「……これが、理力か……!」

 優輝の掌の上には、金の燐光を放つ光の玉があった。
 その光の玉から“天使”達を吹き飛ばす力を放ったのだ。

「あれは……一体……?」

「まさか……!?」

 その玉からは、魔力も霊力も感じなかった。
 故に、それを見ていた緋雪達は首を傾げた。
 対して、神々と“天使”は驚愕していた。

「会得したというのか……!?人の身で、理力を!?」

 そう。本来理力は神界の存在にしか扱えないはずの力だ。
 それを、優輝は人の身でありながら会得した。
 原則としてあり得ないはずなのだ。

「……物事に、例外は付き物だろう?それに、可能性がない訳じゃなかった」

「っ……あの時の私の言葉ですか……」

 優輝の言葉に、祈梨が苦虫を噛み潰したような顔をする。
 “あの時”とは、祈梨が目覚め、優輝以外が神界の事について知らせに外出していた時の会話の事だ。

「“基本的に、理力を扱えるのは神界の存在のみ”。……まるで、以前にも神界の存在でなくとも理力を扱った者がいたかのような言い分じゃないか」

「……よく気づきましたね……その通りですよ」

 祈梨は肯定する。
 そんなヒントのようなものを与えていた祈梨に、他の神々や“天使”から若干非難の視線が集中した。

「ですが、悠長に喋っていてよろしいのですか?こうしている間にも……」

「攻防は続く……か?まぁ、防御のみなら出来るさ」

 刹那、優輝の周囲にいくつもの衝撃波が走る。
 優輝の理力と、相手の攻撃がぶつかり合ったためだ。

「理力同士なら、純粋な“力”のぶつかり合いになる。やりようによっては、防御だけなら数の差を埋める事も可能だ」

「………」

 火花が散るかのように、優輝の周囲に衝撃波が走り続ける。
 だが、それらは決して後方にいる司達には届かない。
 優輝が全て途中で相殺しているからだ。

「……それに、僕だけに集中してていいのか?」

「……なんですって?」

「可能性は既に開かれている。……“主人公”を舐めるなよ?」

 直後、金色の燐光を帯びた桃色の光が輝く。
 その中心にいるのは、なのは。

「まさか、さっきの魔法の残滓を……!」

「魔力の再利用はなのはの十八番だ。……あいつはずっと諦めていない。不屈の心はまだ砕けていない。……その力を侮るなよ……!」

 先程防御に使った魔法。
 そのエネルギーの残滓を、今度はその身に集束させる。
 限界を超え、その身に余るはずのエネルギーを、なのはは吸収する。

「レアスキル“集束”。……その完成形の一つだ」

「ッ………」

 負担がない訳じゃなく、なのはは僅かに顔を顰める。
 だが、それもすぐに収まり、優輝に視線を向けた。
 その視線に応えるように、優輝は小太刀を二振り、槍を一本理力で創造し、それらをなのはに投げ渡した。

「今の僕が作った武具なら、“格”が足りない皆でもお前らに通じる。……覚悟しろよ?今の高町なのはは、ちょっと怖いぞ?」

「……ッ!!」

「な、ぁ!?」

 刹那、一人の“天使”が切り裂かれる。
 あらゆるエネルギーを集束し、吸収したためにかなりの身体強化がされている。
 その強さは、並みの“天使”や神々では反応しきれない程だった。

「守るための御神の剣。本領発揮だ」

 武器での攻撃以外は、相変わらずすり抜けるため、殲滅力は大きく欠ける。
 しかし、“白兵戦が可能”というだけで、戦況は大きく変わる。

「(攻撃をさせない。先手を取って、牽制する……!)」

 圧倒的な速さで、次々と“天使”を切り裂く。
 一撃で倒せるはずもないが、それだけで攻撃の手を遅らせる事が出来た。
 中には防御及び回避からの反撃を行う“天使”もいたが……

「ふっ!」

 御神流を兼ね備えたその剣技に、すぐに敗れた。

「なのは、凄い……」

「単純に速度が上がってるだけじゃない……状況判断も上手くなってる……」

 フェイトとアリシアがなのはの戦いぶりを見て、思わずそう呟く。
 言葉にしていないだけで、二人以外も同じような事を考えていた。

「……私も……!」

「奏?何を―――」

 そんななのはに触発されたのか、対抗するように奏も行動を起こす。
 アリサが呼びかけるのも聞かずに、魔力結晶を手に握り、砕く。
 直後、ディレイを使って一気に移動する。

「っ……!」

 その時、さすがになのは一人では凌ぎ切れないためか、体勢を崩す。
 本来なら誰かがフォローに入る所だが、優輝は動かない。

「ッ!!」

「奏ちゃん……!?」

 そこへ、奏が割り込んで攻撃を受けて逸らした。
 優輝はこうなる事が分かっていたために、動かなかったのだ。

「ッ、人間が……!」

「どうした?ついさっきまでの余裕はどうした?」

「しまっ……!?」

「少し想定外が起きただけで、随分と焦っているな……!」

 無論、何もせずにいた訳ではない。
 神々や“天使”の内、動揺した者に対して理力をぶつけていた。
 相殺にリソースを割いていた理力のため、一部の攻撃が司の方へ向かうが……

「させない!」

「防ぎ切ってみせる……!」

 戦意を滾らせ、複数人で協力して防ぎ切る。

「優輝さん……」

「これを使え。……凌ぎ切るぞ」

「……はい……!」

 奏は優輝の方を見つめ、優輝が理力で創った二刀を奏に渡す。
 これで、奏の斬撃も通用するようになった。

「なのは……!」

「……ついて来れる?」

「当然……!」

 短い会話の直後、まるで瞬間移動したかのように、二人は動く。
 絶妙なコンビネーションで、次々と“天使”への牽制を成功させていく。

「司!」

「ッ……!」

 一方で、司達もまた頑張っていた。
 ひたすらに祈る度に、ジュエルシードの輝きが増していく。

「(何度も見た。実際に経験した。……それを、“祈り”で再現する……!)」

 “格”の昇華は、生半可な事では出来ない。
 そもそも、理屈で手順を踏む事が不可能なのだ。
 故に、感覚と経験で実行するしかない。

「(届かせる、あの領域へ。手を伸ばせ、この状況を切り抜けるために……!)」

 その決意が強い祈りとなり、力となる。
 ジュエルシードが眩い程の光を放ち、司を包み込む。

「防げ!」

「守り切るんや!」

 呼応するように、他の者も奮い立つ。
 クロノとはやての声が響き、それぞれが防御魔法を多重展開する。
 優輝が相殺しきれなかった流れ弾を、全力で防ぎにかかる。
 攻撃としてではなく、防御として術を放つ事で、何とか凌ぎ切る。

「我に力を!絶望を祓う光を与えん!!」

   ―――“天まで届け、我が祈り(プリエール・マニフェスタシオン)

 司を包んでいた光がさらに一際強く輝き、そして司の中へと吸い込まれた。
 その瞬間、司を含め、見ていた全員が“変わった”と確信した。

「はっ!」

 確かめるように、司は魔力を放出し、出入り口を塞ぐ結界に当てる。
 本来なら、それはすり抜けるはずだったが……

「破れてない……けど、当たった」

 “格”の昇華は成功しており、確かに結界に命中した。
 それでもびくともしない程、その結界は頑丈だったが。

「今度は破る……!皆、もうひと踏ん張りお願い!」

「了解!」

「これを凌ぎ切れば……!」

 魔力を集中させながら、司は皆に守ってもらうように言う。
 何をすべきか、今更説明するまでもない。
 全員が守りの体勢に入る。
 希望が見えてきた事で、さらに戦意が高まっていた。

「………」

 その状況を面白くないと見る者がいた。イリスだ。
 ここに来て想定外の足掻きを見せた事で、予定が狂った。
 その事が心底面白くないのだ。

「……蹂躙しなさい」

 ただ一言、指示を出した。
 直後、()()()()()()()()が開放された。

「―――ぇっ?」

 それを真っ先に感じ取ったのは、“格”の昇華によって理力の感知が可能になっていた優輝と、司だった。

「……今までのは、遊びだったの……?」

 集束させている力が弱まる。
 それほど、今まで神々が手加減していた事が衝撃的だったのだ。

「………」

 対し、優輝はそこまで慌てていなかった。
 まるで、予想していたかのように。

「(他の感情に囚われるな。今、最優先すべきは皆の脱出。そのために戦う相手はイリスじゃない。……祈梨だ)」

 否、“ように”ではなく、していたのだ。
 相手は領域外の神。故に、“この程度ではない”と、優輝は確信していた。
 それが事実になった所で、驚愕には値しない。

「ッッ!!」

 尤も、驚愕しない事と苦戦しないかは別問題だったが。

「(根本的に力が足りない。理力が扱えた所で、敵う訳じゃない!)」

 圧倒的な理力の圧力と、“性質”による力の奔流が優輝を襲う。
 何とか理力の障壁で直撃を避けるが、余波が他の者を襲った。

「くっ、ッッ!」

「速い……!」

 なのはと奏も、連携を取る二人の“天使”に後退させられる。
 今までと違い、強い且つ連携を取れる“天使”だったため、苦戦していた。

「(右腕と左足を補填している事も火力不足に繋がるか……)」

 優輝は代償によって傷だけでなく右腕と左足を失っている。
 利き腕ではないだけマシだが、有るのと無いのではかなり差がある。
 そこで、創造魔法と理力の組み合わせで仮の腕と足を使っていた。
 リソースを割いている事で、理力の出力が足りないのだ。

「(そもそも、僕は()()人間だ。人の身では、理力はそう多く出せない。多勢に無勢どころか、質も足りていないのが現状だ)」

 神々の攻撃を何とか凌ぎ続けるが、ついに吹き飛ばされてしまう。
 前線が崩れれば、なのは達も無事では済まなくなる。
 そのため、結果的に後退してさらに追いつめられる形となった。

「ッ、緋雪!!」

「ッッ!!」

「くっ、気づかれましたか……!」

 優輝が後退した隙を狙ってか、司の下へ向かう神がいた。祈梨だ。
 咄嗟に優輝は理力の剣を飛ばし、緋雪へ呼びかける。
 緋雪はすぐにその意図を理解し、避けられた剣をキャッチして切りかかる。

「結界さえ破ればいい。……凌ぎきれぇっ!!」

 魂からの咆哮が、全員の心を揺さぶる。
 相手が手加減していた?それがどうした。
 そう言わんばかりに、闘志を絞り出し、燃やす。
 
「ふっ!」

「ッ、皆!」

 近接攻撃だけでは緋雪は祈梨を抑えきれない。
 そのため、一瞬の隙を突いて祈梨が砲撃を放つ。

「させない!」

「防げ……ッ!」

「ぉおおおおおおおおおっ!!!」

 全力を以て、各々が防御魔法を重ねる。
 防御が得意ではないものは、攻撃を防御として使い、防ぎにかかる。

「ッ!」

「ぁっ……!」

 だがしかし、防ぎきれない。
 威力は軽減させたが、余波が未だ司の祈りを邪魔する威力だった。

「ぬぅううううっ!!」

「させねぇっ!!」

 咄嗟に、防御力の高いザフィーラと神夜が割込み、司を守る。

「ぐっ……!」

 祈梨だけでなく、他の神々や“天使”達も邪魔しようとする。
 だが、優輝となのは、奏が食らいつき、それをさせない。

「……そう来ましたか。ただ庇うだけでは手が足りない。……故に、対処できる自身に集中させましたか」

 イリスも何もしていない訳ではない。
 再び洗脳をしようと、“闇”を放っていた。
 だが、弱い“闇”では優輝が放った宝具に打ち消されていた。
 そして、強い“闇”は優輝に吸い込まれるように集中していた。
 可能性と因果を導き、強い“闇”であればある程吸い寄せるようにしたのだ。

「ぐっ、づ……ぉあっ!!」

「まだっ……!」

「負けない……!」

 防ぎきれなくなった攻撃を、その身を挺して受け止める優輝。
 何度も吹き飛ばされ、決して小さくない傷を負いつつも、致命傷は避けて食らいつき続ける奏となのは。
 満身創痍になりつつも、その圧倒的物量をギリギリで止めていた。

「皆が繋いだこの一瞬……絶対にモノにして見せる!!!」

 そして、その一連の流れが、さらに司の祈りを強化する。
 “格”の昇華に続き、“絶対に切り抜ける”と言う強い意志が集束していく。

「束ねるは諸人の祈り……貫け!!」

   ―――“Prière comète(プリエール・コメート)

 彗星の如き極光が、司から放たれる。

「まずっ……!?」

「はぁっ!」

 咄嗟に妨害しようとする祈梨だが、させまいと緋雪が剣を振るう。
 そんな、刹那のやり取りの直後、結界に極光が激突した。































   ―――その結果は、ガラスが割れたような音と共に知らされた。





















 
 

 
後書き
Starlight Salvation(スターライトサルヴェイション)…“救済の星光”SLBとして集束させたエネルギーを、防御のために展開するなのはの防御魔法。エネルギー内に入る事で、周囲からの干渉を全て受け付けなくする。

天まで届け、我が祈り(プリエール・マニフェスタシオン)…天巫女としての力をフルに使い、“格”の昇華を実現する“祈り”。名前は祈りと顕現のフランス語(を適当に読んだもの)。

Prière comète(プリエール・コメート)…“祈祷彗星”。“格”を昇華し、意志を集束させ、祈りを束ねた砲撃魔法。彗星の如く放たれたソレは、司の魔法の中で最大火力を誇る。


唐突に優輝に出来る事(可能性と因果の導きなど)が増えていますが、一応理由はあります。判明するのも割とすぐなはずです(次回~次々々回あたり)。
なのはの覚醒状態には名前はありません。一応、考えてはありますが飽くまでそれは“完成形”なので、未完成の今は名前がないという訳です。 

 

第222話「もう、振り返る事はない」

 
前書き
途中から普通に戦えている優輝ですが、神界だから戦える状態です。
致命傷を負っているので、“格”の昇華がなくなった瞬間死にます。
 

 








「―――やられましたっ!!」

 祈梨が焦ったように、そう叫ぶ。
 決死の想いで放たれた司の砲撃は、間違いなく結界を破っていた。

「逃がさない……!」

 だが、対応は早い。
 動揺は走ったが、すぐに逃がすまいと神々が動こうとする。

()()()さ」

 故に、それよりも早く、優輝は先手を打った。
 持っていた魔力結晶を全て砕き、それらに理力を纏わせて打ち出す。
 光の槍となってそれらが神々へと降り注ぐ。

「ッ……!」

「おまけだ。これも持っていけ!」

 さらに、霊力が込められた御札も全部取り出し、使い捨ての弾幕にする。
 そこまで攻撃をされれば、さすがに神々も防御姿勢を取った。

「奏!なのは!」

「うん……!」

 名前だけ呼び、それだけで二人は何をしてほしいのか理解する。
 奏は優輝の弾幕を抜けてきた者がいないか警戒を。
 そして、なのはは……

「受け取って!」

 その身に集束させ続けていた全エネルギーを、優輝に譲渡した。
 尤も、譲渡という形で渡すには時間が掛かる。
 そのため、ほぼ攻撃のような形で、エネルギーの球体を投げ渡す。

「っ、これほどの力、よくその身に留めたな……!」

 優輝はそのエネルギーを受け止め、矛先を神々へと向ける。

「僕以外の“可能性”を侮ったな」

「なっ……!?」

 さらに、そのエネルギーが優輝の理力と混ざる。
 優輝が手を加えた事で、そのエネルギーは神界の存在に通用するようになった。
 そして、そこでようやく脅威を感じたのか、何人かの神が後退る。

「“神穿つ破壊の星光(スターライトブレイカー)”」

 だが、遅い。あまりに遅すぎる。
 そう言わんばかりに、優輝は拳を突き出し、そのエネルギーを開放した。
 本来、スターライトブレイカーは通用しない。
 だから神界の神々はなのはの力を放置していた。
 しかし、間違いなくそのエネルギー量は神界の神々にとっても脅威だった。
 つまり甘く見ていたのだ。優輝以外を。
 優輝と、辛うじて司ばかりを警戒していたために、他を蔑ろにしていた。
 そのために、対応が遅れた。

「ッッ……!」

 祈梨もソレラもイリスも、揃って顔色を変える。
 ソレラに至っては眼前に迫る極光に呆けてすらいた。
 死を目の前にして走馬灯を見るように、戦闘に長けていない神々は戦慄した。

「くっ……!こんな……馬鹿な……!?」

 咄嗟に何人かが防御しようとする。
 しかし、その上から極光が呑み込んだ。







「やった……?」

「いや、あれで倒しきれれば苦労しない。だけど、時間は稼いだ」

 極光が神々を押し流していく様を見て、優輝は言う。

「さぁ、行け。そこを潜れば神界から出られるはずだ」

「ッ……!」

 その言葉に、全員が神界の出入り口を見る。
 まさに目と鼻の先。そこを潜れば神界から出られるのだ。
 その事に喜びを覚える者が多数だったが……

「……優輝君は、どうするつもりなのかな」

「………」

 とこよ含め、何人か鋭い者は優輝の言葉に込められた意味を察した。

「今の言葉。まるで、自分はここに留まるような言い方だったよ?」

「そこまで言うのなら、分かっているだろう?」

「………」

 優輝の返しに、とこよは無言になる。

「お兄ちゃん……?」

「優輝、君……?」

「何を……」

 代わりに、緋雪や司、奏など、優輝を慕う者達が反応した。

「さぁ、早く。稼いだ時間もそう多くない」

「ど、どうして!?優輝君も……!」

「僕は行けない」

「っ……!」

 きっぱりと断言される。
 視線は神々がいた場所に向けられたままだった。

「どうして……!」

「理由は三つある。一つは、このまま神界から出れば、僕は死ぬ。致命傷をいくつも負っているからね。治せないし、“格”の昇華も永続じゃない以上、それは覆せない」

「ぁ……」

 傷の事を言われ、問い詰めようとした司の瞳が悲しみに揺れる。
 何せ、傷つけたのは自分達だ。責任や罪悪感がある。

「二つ目。奴らの狙いは僕だ。……裏を返せば、僕さえ残して皆を逃がせば皆は助かるかもしれない。それに、僕も逃げたら向こうの世界まで追いかけてくる」

「囮になる……って事だよね……」

 葵の言葉に、優輝は頷く。
 そう。元々の狙いは優輝なのだ。
 優輝まで逃げるとイリスの手先はそこまで追いかけてくる。
 それだけは避けておきたい。

「……三つ目。僕の“可能性”が既に潰えているからだ」

「“可能性”が……潰えている?」

 三つ目の理由だけは、誰もピンと来なかった。
 どういう意図の言葉なのかと、何人かが考える。

「文字通りだ。……万に一つも、僕は勝てない。逃れられない。その“可能性”が悉く潰されている。……詰んでるんだ。僕は」

「え……?」

「なら、せめて僕以外が無事になる“可能性”だけは遺す。そのために僕がここに残って、出来得る限りの足止めをする」

 悟ったように言う優輝に、司達は息を詰まらせるように何も言えない。
 背中越しに振り返ったその瞳に、射竦められたかのようだった。

「だ、だったら私も……!」

「ダメだ。それじゃあ、僕が残る意味がない」

「でも、それじゃあ……!」

 悲痛な面持ちで緋雪が食い下がる。
 緋雪にとって、両親に続いて兄も喪おうとしているのだ。
 洗脳されていた事と合わさり、精神状態はかなり不安定になっている。
 
「言っただろう。“可能性”が潰えていると。……僕が狙いだっただけある。()()()んだ。どうやっても僕だけは助からないのが」

「そんな……!」

「なのはが魔法で奴らの攻撃を防ぎきるその瞬間まで、完全にイリスの思い通りだった。確かにイリスの想定を上回る事はできたさ。……でも、結果は変わらない」

 本来なら、結界が崩れたあの瞬間に敗北が決定したはずだった。
 だが、それを覆す事が出来たと優輝は言う。

「でも……でも……っ!」

「緋雪!」

「ッ……!」

 駄々をこねるように優輝に縋る緋雪。
 だが、優輝はそれを拒む。

「聞き分けてくれ……。もう、これは覆しようのない事なんだ」

「いや、いやっ……!もうお兄ちゃんを喪いたくないっ!」

「………」

 緋雪はシュネーだった時の事を思い出していた。
 あの時、優輝は……ムートは先に逝ってしまった。
 今度もそうなるかもしれないと、緋雪は考えてしまっていた。

「お兄ちゃ―――」

「ごめん」

「ッぁ……」

 涙ながらに言う緋雪に、謝りながらも優輝は当身を繰り出した。
 精神が不安定だったためか、その一撃で緋雪は気絶してしまう。

「……っと」

「理力を流して無理矢理眠らせた。……悪いな」

「いいよ。……緋雪ちゃんを手っ取り早く止めるには、これしかないしね」

 気絶した緋雪を、駆けつけたとこよがそっと抱える。

「優輝、君……」

「……そんな泣かないでくれよ、司」

「だって、だってぇ……!」

 自分達のせいで傷ついて、さらには自身を犠牲にしようとする。
 そんな優輝を前に、司は泣くのを我慢できなかった。

「ごめん、なさい……!私の、せいで……!」

「司のせいじゃない。……単純に、あいつらが上手だっただけだ。入念に準備していたみたいだしな。……だから、そう自分を責めるな」

「うん……」

 見通しが甘かったとしか言いようがなかった。
 故に、司が責任を感じる事はないと、優輝はあやすように言った。

「………」

「……椿と葵は……何も言わないんだな」

「……言った所で変わらないもの」

「言うだけ、無駄だもんね」

「まぁ、そうだけどさ」

 最早言葉は不要とばかりに、椿と葵との最期の会話はそれで終わった。
 他にも、各々言いたい事はあったが誰もが口を噤んでいた。

「誰か緋雪に……いや、これは皆にも伝えておくべきだな」

 返事はない。それでも、優輝は一拍おいて言った。

「―――皆に“可能性”を託す。……皆が、倒すんだ」











「………」

 後ろ髪を引かれるのを振り切るように、次々と優輝以外が神界から脱出していく。
 最後に残ったのは、途中からずっと無言だった奏となのはだ。

「じゃあ、私達も……」

「優輝さん……」

 脱出する際、二人は優輝の方を振り返る。
 優輝はずっと出口に背を向けたままだった。
 その状態で、再び口を開く。

「……後は、任せたよ。なのは、奏」

「……うん……!」

「ッ……!」

 それだけ言って、二人は出て行った。
 穴のような出入り口とはいえ、神界と元の世界は隔絶されている。

「……いや、―――、―――」

 故に、直後に優輝が放った二つの“名”は、二人には聞こえなかった。





















「…………………」

 数瞬か、数秒か、数分か。
 時間が曖昧となり、その中で優輝はしばし佇んでいた。

「ッ―――!!」

 そして、唐突にそれは終わる。
 刹那の間に迫っていた極光を、創造しておいた刀で切り裂く。

「まったく……初っ端からか」

 切り裂いた刀はその一撃で砕け散る。
 それだけ、極光に威力が込められていた。

「(“穴”はまだ塞がっていない。……最低でも稼ぐ時間は、これが目安か)」

 背後にある神界の出入り口の“穴”に視線を少し向ける。
 なのはと奏が出てから、“穴”は塞がり始めている。
 しかし、塞がる途中であれば穴を広げる事は容易い。
 そのため、優輝は完全に塞がるまで神界の神々を食い止めなければならない。

「(まぁ、尤も……最期まで諦めるつもりは毛頭ないけどな!)」

 理力の刀が何本を創造され、優輝の周囲に刺さる。
 直後、彼方から再び極光が、それも今度はいくつも迫る。
 刺さった刀を引き抜き、一刀ずつ犠牲に極光を切り裂く。

「ふっ!」

「はぁっ!」

 そこへ、何人かの神と“天使”が転移してくる。
 そのまま攻撃が繰り出され、優輝に直撃―――

「なっ……!?」

「想定済みだ」

 ―――する事はなく、数歩後退しつつ体を逸らし、回避する。
 そのまま体を捻り、極光も切り裂いていた。

「吹き飛べ」

「ッッ!?」

「瀕死の身で、なぜこれほどの……!」

 同時に理力で力場を構成、炸裂させて転移してきた神達を吹き飛ばす。

「なんでだろうな?……まぁ、一度人の身に生まれ変わってみる事を勧めるよ。……ここから先は、誰一人通さない」

 まさに不退転。
 致命傷を負い、瀕死とは思えない程の“力”と“意志”を優輝は放つ。
 そして、ようやくイリス含めた他の神々も視認できる位置まで近づいてきた。

「ならば、直接……ッ!?」

「行かせる訳ないだろう?そこは通行止めだ」

 一部の神が直接神界の出口を通ろうとする。
 しかし、何かに弾かれたように通行止めを食らった。

「……瀕死でありながら、その強さ……これほどの“意志”の強固さ……まさか」

「人の視点での神界における戦い。とこよの固有結界の応用……それで大体は理解出来た。それに()()()()()()もある。……刮目しろ、神々よ。()()()()()()()よ。……ただでは終わらんぞ」

 一拍おいた瞬間、数えきれない程の武器群が優輝の背後に浮かぶ。
 それらは全て理力で生成されており、一つ一つに強い力が込められていた。

「っ、防いでください!」

「行け」

 ソレラの叫びと共に、神々が防御態勢に入る。
 同時に、優輝の武器群が神々を襲う。

「……我が領域をここに。人々を導く“可能性”を示そう」

 その攻撃を対処している間に、優輝は理力を練る。
 身に纏い、体の奥底に集束させ、優輝の“領域”を広げる。

「顕現せよ!!」

   ―――“導きの可能性(メークリヒカイト・デァ・フュールング)

 優輝を中心に、世界が切り替わっていく。
 否、厳密には神界の出口に覆い被さるように展開していった。









「固有……領域……!」

「その通り。時間を稼ぐにおいても、今の僕が力を発揮するにしても、ここ以上の場所はない」

 鏡面のような水面が、地平線の彼方へどこまでも続く世界。
 そこには、何かを映し出す水玉のようなものが、そこかしこに浮かんでいた。

「人を導き、または導かれるその“可能性”。その道筋を示し、示される。人々の歩みをここに、僕の歩んできた道筋をここに。……今、神々に刻み付ける!」

「ッ……!」

 “意志”が関わり、自身の“領域”を示すのが神界の戦いだ。
 その戦いにおいて、優輝は自分の全てを曝け出した。

「……さぁ、刮目しろ。いくら心を挫こうと、僕が僕である限り、絶対に皆の下には行かせない!ここで!全員!食い止める!!」

 そう。優輝が展開した結界……否、これは一つの“世界”だ。
 その“世界”は、言い換えれば“志導優輝”そのもの。
 故に、優輝が優輝である限り、この世界は決して崩れない。

「“穴”に覆い被さる形にすることで、実質的に“穴”を塞ぎましたか……!」

「ああ!その通り!僕を出し抜いて通り抜けようったって、そうはいかない!」

 同時に、“穴”が自動的に塞がるまで、“世界”は蓋の役割を担っていた。

「ですが、それは同時に……!」

「諸刃の剣となる。……当然、理解しているさ。ここが僕の領域というのなら、この“世界”が砕けた瞬間僕は敗北する」

 裏を返せば、優輝は弱点そのものを晒している事にもなる。
 それをソレラが指摘するが……

「でも、()()()()()?」

「え……?」

「僕がここで潰えたとして、全てが終わる訳じゃない。可能性は既に託したし、後は繋いでいくだけだ。……僕はな―――」

 優輝は揺らがない。
 決して退かず、挫けない。
 そして、一泊おいて宣言する。



「―――今ここで!命を使い切るためにここに立っているんだ!!」

 その言葉と共に、金色の燐光が淡く浮かび上がる。
 それらは優輝の展開した“世界”全体で表れており、それに呼応するように優輝から力の圧力が発せられる。

「ッ……!」

 ソレラを含めた、一部の強くはない神と“天使”がその力に後退る。
 既にこの時点で、瀕死にも関わらず優輝の方が“上”だと察したようだった。

「……無駄死にはしないぞ。……一人でも多く道連れにしてやる」

 優輝から放たれる“力”が鳴動する。
 膨らみ、集束し、研ぎ澄まされていく。
 同時に、いくつもの武器が優輝の周囲に出現していく。

「………ふ、ふふ……あはははははははははははははははははは!!」

「っ……」

 そんな優輝を見て、突如イリスは笑い出す。

「ええ、ええ!それが!それが見たかったのです!!貴方のその可能性を示す様を、私はずっと待ち望んでいたのですよ!」

「……ちっ、本性を曝け出したか……」

「もう大人しく取り繕う必要はありません!今度こそ、ええ、今度こそ!貴方の“可能性”を魅せてもらった上で!……堕として差し上げます」

 感極まるように、イリスは叫ぶ。
 優輝が背水の陣で立ち向かってくる。それを待ち望んでいたと。
 誰よりも恋焦がれるように、愛する者の名を呼ぶように。
 それらの想いが、刃となって優輝を襲った。

「ッ―――!」

 始まりは唐突だった。
 優輝がその場から瞬間移動すると同時に、何の前触れもなく“闇”が現れる。
 予備動作が一切ないため、完全な初見殺しだった。

「(呑まれれば足が止まる。……今はそれを避けるべきだな)」

 捉えられないように宙を駆ける優輝はそう考える。
 同時に創造した武器を二つ手繰り寄せ、即座に投擲する。

「ちっ!」

「っ、ぉおっ!」

 片方の武器が迫っていた神の一人を足止めする。
 もう一人は武器を弾いてそのまま肉薄してきた。

()け」

「ぉごっ!?」

「シッ!」

「ぐっ!?」

 繰り出された攻撃を、優輝は冷静に受け流し、カウンターを決める。
 その勢いで体を捻り、“闇”を躱しつつ回し蹴りを、足止めで少し遅れて肉薄してきた神の顔に叩き込んだ。

「(精神を研ぎ澄ませ。……あと少しで“出来る”はずだ)」

 瞬間移動で上からその二人を叩き落とす。
 間髪入れずに再びその場から移動し、“闇”の範囲から離脱する。
 この時、イリスの“闇”は弾丸や砲撃どころでなく、優輝の“世界”の半分以上を覆う程の範囲となっていた。
 普通に避けるだけでは避けきれないため、瞬間移動で移動したのだ。

「っ、ぉおおっ!!」

 “闇”の範囲外から、優輝が理力を練る。
 すると、抑え込むように“闇”が縮小される。

「“集束”!」

「っ!」

 その時、一人の神が“性質”を使う。
 “集束の性質”を持つ、洗脳される前の奏を倒した神が“力”を集束させた。
 理力が集束し、攻撃や力としての形を保てなくするつもりだ。

「集束か。助かるな」

「なっ……!?」

 その算段である程度集束した瞬間。
 優輝は瞬間移動でその神の懐に入り込んでいた。
 その神は他の神々や“天使”に紛れるように隠れていたため、例え見つけても包囲される危険からすぐには来ないと思っていた。
 だが、考えを裏切るかのように優輝は肉薄していた。

「使わせてもらうぞ」

 刹那、“集束”によって出来ていた球体を優輝は肘と膝て挟んで叩き潰す。
 理力の塊であるそれを叩き潰した事で、円状にその力が放出される。
 その際に優輝が手を加え、その力を“衝撃波”に変えた。

「ぐ、ぁあああああっ!?」

「ぅぁあああああっ!?」

 集束させた力なため、多くの神々と“天使”が吹き飛んだ。

「ッッ!」

 間髪入れずに優輝は瞬間移動する。
 吹き飛んだ神と“天使”に一発ずつ蹴りや拳を入れ、叩き落としていく。

「はっ!」

「ッ!」

 その途中、重力を操れる“性質”を持つ神がその力で優輝を拘束する。
 さらには、横に吹き飛ぶように動かした。

「―――」

 その先には極光が迫っていた。
 極光は理力によって出来た力の塊だ。
 よって、優輝が得意な術式の基点を破壊するという事も出来ない。

「ぉおおおおっ!!!」

 その代わり、ごり押しが可能だった。
 大きな剣を創造し、全力でその極光を切り裂いた。

「つぉっ!!」

「なっ!?」

 切り裂いた事で二分された極光の間に、優輝はそのまま入り込む。
 そして、両サイドの極光に向けて片手ずつ掌底を放つ。
 凹むように穿たれた極光は優輝の攻撃として近づいてきた神達を呑み込んだ。

「ッ、はっ!」

 立ち止まる暇はない。
 すぐさま瞬間移動し、イリスの“闇”を回避。
 回避を読んで放たれた別の“闇”も、理力の砲撃を相殺する。

「(“性質”による干渉は、理力であれば真正面から対抗できる。……おまけに、導王として生きていた事が影響してか、“導く”という“性質”が再現しやすいな)」

 神界の神や“天使”しか持てない固有の力、“性質”。
 しかし、その片鱗であれば他の世界の神や人間も持っている。
 “性質”はその人物や存在を構成する要素と言ってもいい。
 そのため、性格や力、人生などから“性質”に僅かながら干渉できる。
 優輝の場合であれば導王であった事から“導き”の“性質”に干渉できた。

「(……本来は、()なんだけどな)」

 “性質”の片鱗を持つ事で、干渉を可能にする。
 それを利用して、優輝は神界外での戦いと同じ事を再現していた。
 即ち、攻防の一連の流れを全て導き、相手に勝つと言う事を。

「(今までならこうも上手くはいかなかった)」

 だが、本来ならそれは仕組みを理解した所で出来るはずがない。
 神界の存在である神達ならいざ知らず、優輝は人間だ。
 だというのに、まるで()()()()()()()()()()かのように振る舞っていた。

「あは、あはははははははは!いい!いいですよ!そうでなくては!そうでなくては困ります!数多の神々で襲ってなお、“倒しきれない”!貴方はそんな存在でなくては困ります!」

「……くそっ……!」

 優輝が覚悟を決めてからイリスのテンションは高かった。
 同時に、攻撃も激しくなっており、その対処に優輝は終われる。
 その上他の神々や“天使”が休みなく襲ってくるのだ。
 何とか競り合ってはいるが、このままではジリ貧だ。

「本当に、本当にいいです……その可能性(輝き)が眩しい……!ええ、だから、だからこそ!それを()したい、()したいのです!」

「ッ、あれは……!」

 重圧、極光、物理攻撃、概念攻撃。
 様々な攻撃を捌きながらも、優輝はイリスの動きを見逃していなかった。
 そのため、その“立方体”が目に入った。

「させるか!!」

「ダメですよぉ?」

「っ、くっ!」

 即座に優輝は瞬間移動する。他の神々を全て振り切って。
 狙うはイリスの用意した“立方体”。
 しかし、分かっていたかのように別の神が割り込んでくる。
 それでも優輝は即座に弓矢を展開、その“立方体”を射貫く。

「あら、勿体無い」

「(ダメだ!止めきれない!)」

 その“立方体”は壊した。
 だが、それは一つだけではない。
 割り込んできた神は物理的戦闘において凄まじく強く、優輝を逃さない。
 優輝がその神に張り付かれている内に、イリスはもう一つ同じ物を取り出した。

「くっ……邪魔だぁっ!!」

「ふふふ……目覚めなさい“エニグマの箱”」

 “立方体”……エニグマの箱が起動する。
 それは、以前優輝達が見つけたロストロギアと同じ物だ。
 幽世の大門を開き、その世界を特異点と変えてしまう代物。
 祈梨の言っていた通り、“闇”に属する神であれば作れてしまう物だ。
 そして、それは相手の領域を浸食する事も出来る。

「(……分かっていた事だけど、もう勝ち目はなくなったな)」

 領域の浸食。つまり、優輝の“世界”が浸食される。
 抵抗は可能だ。だが、飽くまでそれは余裕があればの話。
 完全な劣勢である今の状況では、王手から詰みに持っていかれたようなものだ。

「……まぁ、いい。一人でも道連れにする事に変わりはない」

「そうか。だが私に勝てるか?」

「戦闘向きの神か……いくら物理的に強くても、勝敗は別だ」

 余程戦闘に自信があるのか、割り込んできたその神は優輝を嘲る。
 元より圧倒的に不利な状況なため、そう思うのもおかしくはないが……

「ふっ!」

「ッ!」

 直接的な戦闘であれば、導王流はかなりの強さを発揮する。
 とこよやサーラを遥かに超えるスピードだろうと、優輝には関係なかった。
 拳を受け流し、そのスピードを攻撃力に変えてカウンターを決める。

「がっ……!?」

「(……尤も、一人なら問題ない。……一人なら)」

 この場には神界に来たメンバーを遥かに超える数の敵がいる。
 目の前の神を含め、直接戦闘に長けた神も何人かいるだろう。
 加え、その神の“天使”も同じように強い。

「“戦い”、“強者”、“最強”、“無敵”……まぁ、他にも色々あるだろうが……」

 相手の“性質”がどんなものか、優輝は推測する。
 ……が、すぐにそんな思考は捨てる。最早関係ないからだ。
 刹那、複数の神と“天使”が姿を消す。
 否、そう見える程のスピードで動いた。
 間髪入れずに、優輝も同じように動く。

「ぐっ!?」

「がぁっ!?」

「ッッ……!」

 姿が現れ、再び消える。
 そう見えるような高速の読み合いの直後、優輝達はぶつかり合った。
 優輝の四肢の内、片手片足がカウンターを返し、もう片方は防御する。
 だが、それだけでは手数が足りずに攻撃を受けた。

「ッッ!!」

 即座に瞬間移動して間合いを取り……また瞬間移動する。
 相手は直接戦闘に長けた神達だけではない。
 他の神も援護射撃をしてくるため、それを躱す必要があった。

「(ここからはダメージは確定だ。………やるぞ)」

 心の中で短くそう言って、優輝は再び駆けだした。



















「(………もう、振り返る事はない)」

   ―――僅かばかり、“穴”があった場所へ視線を向けながら。

















 
 

 
後書き
神穿つ破壊の星光(スターライトブレイカー)…SLBを優輝が手を加えて昇華させた技。SLBの恐ろしさがそのまま神界基準になったので、名前の通り神すら穿つ。殲滅力も凄まじく、並以下の神ならこれだけで倒せる可能性もある。

導きの可能性(メークリヒカイト・デァ・フュールング)…今の優輝の固有領域。人々を導く、または導かれる“可能性”を内包している。因果操作や運命などを覆す効果を持っている。なお、神界ではその効果はあまり通じない模様。

固有領域…イメージとしては、Fateの固有結界の上位互換。自身の持つ“性質”を領域として定め、それを外部に展開する神界においても切り札となる技。


固有領域は固有結界として扱う事も出来、上述の説明での効果は固有結界としての効果とでも思ってください。せっかくの効果が神界では通じないという何とも言えない無駄感があるので……。
最後の方に出てきた直接戦闘に長けた神や“天使”はぶっちゃけDBのトップ勢とも戦えます。優輝もそれに対抗して神界限定の身体強化で対抗したりしてます。
言ってしまえば神界限定で戦闘力のインフレが起きてます。……一応、戦闘力が絶対的に勝敗に関係する訳ではないので、作中の強さはインフレを抑えています(神界云々の時点でインフレしてるとか言っちゃいけない)。 

 

閑話18「いざ、倒れ逝くその時まで」

 
前書き
サブタイトルは某弾幕ゲーから。
優輝がずっと戦闘する回なので、閑話扱いです。
 

 







「ッッ……!」

 優輝の体が宙を滑るように動く。
 あらゆる動きが音速を超え、神々の攻撃を受け流す。

「はぁっ!」

 迫る拳を受け流し、跳び蹴りを蹴りでかち上げて逸らす。
 同時にその反動で僅かに動き、“天使”の蹴りを躱す。
 そのまま体を捻り、援護射撃の極光を逸らし、その上を滑る。
 その際に極光の表面から理力を掠め取り、光弾としてばら撒いた。

「ッ!!」

「ぉおおおっ!!」

 “ドンッ!”と、拳を受け流したとは思えない音が響く。
 瞬間移動を繰り返して攻撃が当たらないようにする優輝だが、条件自体は相手の神々も同じと言える。
 むしろ、戦闘に長けた分、瞬間移動しようとも追いついて来る。

「くっ……!」

 多数の攻撃を受け流しつつ、直撃しないように動き続ける。
 だが、それは永遠に続く訳ではない。
 息をつかせる暇がないためか、徐々に受け流せなくなる。

「だりゃぁああああああ!!」

「はぁああああああああっ!!」

「ぐ、ぅ……!」

 挟撃され、動きを止められる。
 瞬間移動しようにも、先に攻撃を対処しなければいけなくなった。
 僅かな、ほんの僅かな間、拳と蹴りの応酬を繰り広げる。

「っづ……!」

 二対一。手数では優輝が負けている。
 そのために、一撃貰ってしまった。

「ッ」

「読めています!」

「ちっ……!」

 瞬間移動で離脱し、その直後に祈梨含めた複数の神から極光が放たれる。
 掌で受け止め、何とか受け流す。

「ッッ……ぐぁっ!?」

 同時に肉薄してきた攻撃を瞬間移動で躱し、それを読まれる。
 ダブルスレッジハンマーで叩き落とされ、優輝はまともにダメージを受けた。

「ッ、はぁっ!」

「ぐっ!?」

 叩き落とされた所を、体勢を立て直して着地する。
 直後に回し蹴りを繰り出し、追撃に来た“天使”を吹き飛ばす。

「ッッ……!」

 まさに息をつく暇もない。
 すぐさま飛び退き、別の追撃を躱す。
 間髪入れずに瞬間移動し、理力を溜める。

「はぁっ!!」

 刹那の間で理力を溜めきり、結界を展開する。
 同時に攻撃を受けて吹き飛ばされるが、その甲斐はあった。

「隔離か……!」

「先に片付ける……!」

 そう。直接戦闘に長ける神と“天使”、そして優輝自身を隔離したのだ。
 援護射撃がある状態では碌に反撃も出来ない。
 そのため、こうして隔離したのだ。

「(と言っても、結界もそう長くは保てない)」

 援護射撃をしてくる神と“天使”はそれこそ数えきれない程いる。
 そんな数の一斉攻撃を受ければ、たちまち結界は瓦解するだろう。

「(故に、短期決戦……!)」

 それでも、僅かな時間分断する事は出来る。
 その間に決着を付けようと、優輝は構えなおす。

「ッッ……!」

「ほう……!」

 今まで受け身だった優輝が、攻勢に転じる。
 それを、“戦いの性質”を持つ神が大胆不敵に受ける。

「ッ!」

「っりゃぁっ!!」

 貫手が躱され、反撃の膝蹴りが繰り出される。
 その膝蹴りに手をつき、反動で優輝は跳び上がる。
 同時に刀を手にし、斬撃を飛ばす。
 ……が、それは手刀によって打ち消される。

「ふっ!」

 即座に追撃。今度は躱されずに受け止められた。
 そのまま拳と蹴りの応酬だ。

「はぁっ!」

「ッ!」

 そこへ、その神の“天使”も参戦する。
 飛び蹴りを優輝目掛けて繰り出し、ペースを乱そうとする。
 優輝は咄嗟にその蹴りを受け流し、上手く神へと当てる。

「隙を見せたな」

「しまっ……!?」

 だが、それを狙っていたように別の神が優輝の背後を取る。
 繰り出される拳を受け流そうとするが、僅かに間に合わない。

「がっ……!?」

 体捌きのおかげで威力を殺せたが、それでも大きく吹き飛ぶ。
 すぐさま体勢を立て直そうとするが……

「ふん!」

「ごっ……!?」

 その前にまたもや別の神が懐に入り込んでいた。
 そして、放たれた回し蹴りが腹に突き刺さり、優輝は再び吹き飛ぶ。

「ぐっ……!」

 いつの間にか存在していた岩壁に優輝の体が叩きつけられる。
 そこへ、間髪入れずに“天使”達が次々と襲い掛かる。

「……はっ」

 ……優輝は、それを待っていた。

「ここは僕の世界だ。僕の領域だ。……そう簡単にいくかよ」

 優輝が叩きつけられた岩壁から、剣や槍が突き出してくる。
 勢いよく優輝に向かっていた“天使”達のほとんどがそれで串刺しになった。

「はぁっ!」

「っづ!?」

 間髪入れずに瞬間移動。
 串刺しにならなかった“天使”の一人を背後から蹴り、別の“天使”が襲い掛かって来た所をカウンターで吹き飛ばす。

「ふっ!はっ!はぁっ!!」

 次々と襲い来る“天使”達を、優輝は寄せ付けないように吹き飛ばす。
 だが、多勢に無勢だけでなく、相手の連携も上手かった。

「捕まえた」

「ッ……!」

 ついに背後を取られ、優輝は羽交い絞めにされてしまう。
 そうなってしまっては、導王流を使うどころか殴り合いも難しい。

「くっ……!」

「遅い」

「が、はぁっ……!?」

 力で無理矢理羽交い絞めをする“天使”を投げ飛ばそうとする。
 しかし、一瞬遅かった。
 肉薄してきた神の拳をまともに受けてしまう。

「……っ!」

「ちっ……!」

「ぉおおっ!」

 痛みに堪えながらも、優輝は理力で武器を創造してぶつける。
 それは神によって全て砕かれ、碌なダメージはならないが、隙を作り出す。
 その僅かな隙を使い、羽交い絞めにしている“天使”を投げ飛ばす。

「(離脱―――!)」

「させん」

「がっ……!?」

 だが、一度ペースを崩されたためか、上手く事を運べない。
 まず間合いを離そうとした所を、別の神によって殴られる。
 脳天からの一撃に、優輝は地面に叩きつけられる。

「(結界が……!)」

 同時に、結界が破られる。
 破られるのを待っていたのか、周囲の神が一斉に攻撃を放ってくる。

「っ、ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 それを見て、優輝は防御じゃなく、攻撃に転じた。
 自身の展開する“世界”に干渉。一気に理力を広げる。
 “世界”の形を変え、それそのものを武器として攻撃にした。

「ッ……!逆手に取ったのか……!」

 そこら中から“棘”が発生する。
 それは地面や壁から生えたものだけでなく、空間そのものも“棘”になっていた。
 故に、回避はほぼ不可能。
 宙にいた神達も防御せずにはいられなかった。
 寸前まで戦っていた神も、虚空から伸びてきた“棘”を掴んで止めていた。

「言ったはずだ。ここは僕の領域だと」

 それだけで優輝の攻撃は終わらない。
 創造した剣が飛び交い、反撃に転じようとする神達を牽制する。

「(とはいえ、手数が足りないか……。やはり、無駄をなくすしか……)」

 余裕を見せている優輝だが、実はそうではなかった。
 元々敗北は確定している戦いなのだ。
 既に満身創痍で、質も量も足りない。
 先程の肉弾戦で創造した剣を飛ばさなかったのも、結界を壊されるのをできるだけ先延ばしにしようと、結界外で放ち続けていたからだ。

「はぁ……ふぅ……ッッ!!」

 息を整え、優輝は再び動く。
 優輝の“世界”に出現した“棘”は足場にもなる。
 それらを足場に跳躍し、一気に加速する。

「ッ……!」

 “ジリジリ”と、優輝は何かに侵される感覚を味わう。
 毒や熱に侵されるようなものではない。
 もっと、根本的な“何か”だ。

「(もう影響が出てきたか……!)」

 エニグマの箱による、世界の浸食。
 それは優輝の領域をも侵していた。
 そのため、領域と繋がっている優輝にも影響が出る。

「ちぃ……!」

 理力による光弾をばら撒きつつ、殴りかかってくる神の攻撃を捌く。
 空間そのものも変形しているためか、一部の援護射撃は遮断出来ている。
 入り組んだ構造になった事で、優輝にとって戦いやすくはなっていた。

「っ!」

「ふっ!」

「ぐぅっ……!」

 だが、それ以上に浸食の影響が強い。
 決して消えない異物感が、延々と蝕んでくるのだ。
 しかも、それは徐々に大きくなってくる。
 その気になれば抑え込める程度だが、戦闘は激化している。
 そのため、抑え込む事に気を割けず、どうしても押される。

「はぁっ!」

「がっ……っづぁあっ!!」

 受け流しきれずに後退させられた所を、間髪入れずに横から蹴られる。
 そのまま“天使”達にお手玉のように吹き飛ばされそうになる。
 ……が、そこで優輝も反撃に出た。
 逆にカウンターで吹き飛ばし、瞬間移動。お返しとばかりに蹴りを神に叩き込む。

「ごっ!?」

 蹴り飛ばした直後、今度は優輝が上から蹴られ、地面に叩きつけられる。
 ギリギリで体勢を立て直し、ダメージを軽減。すぐに構え直す。

「(立ち止まる……事は出来ない!)」

 イリスの“闇”を飛び退いて避ける。
 空間及び座標を指定して発生させているのか、必ず優輝に直接当てに来ていた。
 回避のタイミングを僅かにでもずらすと回避不可になるほどだ。

「はぁっ!」

「ッ……!」

 “闇”を避け、拳と蹴りを捌き、支援射撃を瞬間移動で避ける。
 どれもが僅かにでも失敗すれば敗北に繋がる程だ。
 しかも、それに専念しても攻撃を凌ぎ切れない。
 故に、優輝はダメージ覚悟で反撃を続けていた。

「ふっ、っづ……!」

 直後、瞬間移動後を狙った拘束系の“性質”によって優輝は捕らえられる。
 回避は間に合わないと即座に判断し、領域を操作して“壁”を作る。
 領域を使ったソレはただの障壁よりも遥かに丈夫だ。
 そのため、次々と突き刺さる攻撃を悉く防いだ。

「ぉおおっ!!!」

「ッ……!」

 ……気合と共に放たれたその剛腕以外は。

「く、そっ!」

 油断していた訳じゃなかった。
 だが、立ち止まっているために“闇”の対処に理力を割いていた。
 それが関係し、“壁”を貫く程の威力を想定しきれなかったのだ。

「ッ、ぐぉっ……!こ、のっ……!」

 再び瞬間移動するも、すぐに重圧によって動きを鈍くさせられる。
 それに抵抗して領域を操作しようとするが、それも鈍い。

「(思ったより浸食が早い……まさか……!)」

 優輝は僅かにイリスに視線を向ける。
 そして、息を詰まらせる。

「……ふふ……」

「……くそがっ……!!」

 エラトマの箱は、一つではない。
 あろうことか、イリスはいくつものエラトマの箱を起動させていた。
 優輝の予想より浸食が早かったのは、単に数が多かったからだ。

「(抵抗するのは止めだ!最低限領域を維持すればいい!)」

 浸食を抑え込む事は不可能と判断。
 領域の維持だけはそのままとし、優輝は戦闘に集中する。

「どこを見ている」

「自分の行く末だ……よっ!!」

 肉薄してきた神に対し、優輝はカウンターを放つ。
 同時に、身を捻る。

「ぐぅっ……!」

 別方向から飛んでくる拳や蹴り、砲撃が掠る。
 だが、その代償としてカウンターを当てた神は大きく吹き飛び、壁にぶつかった。

「(もっとだ……!)」

 次々と殺到する武闘派の“天使”達。
 それらを悉くカウンターで吹き飛ばしていく。
 手数は足りず、優輝はダメージを蓄積させていくが、それでも倒れない。
 確実に反撃を当て、僅かにでもイリス達の戦力を削ぐ。

「(もっと、研ぎ澄ませろ……!)」

 もはや大規模な術は使わない。使う暇もない。
 優輝は理力のリソースを領域の維持と身体強化、そして僅かに光弾として使う分に限定し、強化の密度を上げる。

「ッ、ふっ!」

「こいつ……!」

 紙一重で発生した“闇”を避け、攻撃してきた“天使”をカウンターで返す。
 優輝の攻撃は放つ度により重く、より鋭くなっていた。
 そのため、一撃一撃が“天使”の体を別つ。

「(意識するな。ただ深みに往け。極致はそこにある)」

 広範囲の砲撃のみ、優輝は瞬間移動で避けた。
 それ以外の殲滅力が比較的低い攻撃は、全て僅かな動きでいなす。
 一つ一つ、攻撃を掠らせながらも拳を交える度、動きが洗練されていく。

「調子に乗るな……!」

「ッッ……!」

 拳が波打つように動き、繰り出された拳を僅かに逸らす。
 それだけで優輝に直撃はせず、僅かに身を削り取って掠っていく。
 その時には、既に優輝のカウンターが攻撃してきた相手に決まっていた。

「がはっ……!?」

「ぐ、っ……!」

 しかし、近接戦を仕掛けてくるのは一人ではない。
 “天使”達の攻撃を、優輝は最小限にダメージを抑えるだけで、全て避けきる事は出来ずにいた。

「ふ、はっ!!」

 拳や蹴りが身を削り、優輝の体力を削る。
 すぐさま優輝は反撃に転じ、“闇”を回避しつつ周りの“天使”を蹴り飛ばす。

「(“天使”はともかく、神が厄介だ。……導王流があまり通じない)」

 戦闘に長けているだけあり、武術の心得もあるようだった。
 “天使”はそこまでではないが、神の方は優輝の強みである導王流すら大して通用せず、カウンターも度々受け止められていた。
 その上で吹き飛ばしてはいるが、倒すには遥かに至らない。

「(……武術関連の“性質”なら、そもそも導王流も使えるはずだ。……つまり、相手は飽くまで直接強さに関わる“性質”。……なら、徹す……!)」

 それでも、“心得がある”程度と判断。
 導王流は通じにくいだけで、通じない訳ではない。
 故に、無理矢理押し通す。

「っ、っと……!」

 立て続けに出現する“闇”を、ステップを踏むように避ける。
 回避先を狙った“天使”の攻撃も同じように避け、または受け流す。

「っ!」

「はっ!!」

「がっ……!?あ、主……!?」

 そこへ、さらに神も仕掛ける。
 だが、多人数相手に慣れてきた優輝は“天使”を盾にした。
 まさか主である神にやられると思わなかった“天使”は驚愕する。

「射貫け」

「っづぅ……!貴様……!」

 そして、その“天使”ごと優輝は理力の槍で神を貫く。
 “天使”を盾にされた事、さらにはその死角からの攻撃に動揺したためか、神はその攻撃を躱しきれずに貫かれる。

「ちっ……!」

 しかし、優輝の攻撃はそこまでだった。
 すぐさま回避行動を起こすと、寸前までいた場所を“闇”が覆う。
 追撃の援護射撃もあり、優輝は再び回避に移った。

「(単なる速さや瞬間移動ではイリスや後方の神達に辿り着けない。その前にこいつらに捕まる。……必然、誘導するか倒すしかない訳か)」

 前衛と後衛に分けた戦法。
 それは基礎的且つ、原則有効な戦法だ。
 であれば、後衛を先に倒すべきなのだが、今はそれが出来ない。
 故に、優輝はこのまま戦っていくしかなかった。
 ……徐々に体力を削られるだけの戦いを。







「本当……絶対的な戦力差っていうのは嫌になる」

「その割によく耐えたと言っておこうか」

 数十秒、数分、数時間。
 既にそこに時間の概念はないも同然だった。
 戦いは未だに続く。優輝が倒れない限り。

「(……何とか“天使”は減らしたけど……消耗が先か)」

 優輝や対峙する神の周囲には、多くの“天使”達が倒れ伏している。
 ここまでに優輝が身を削りながらも倒した“天使”達だ。

「(それに、領域の浸食も問題だ)」

 数を減らしはしたが、同時に優輝も追い込まれていた。
 多くの神を包むように展開した優輝の“世界”が、所々黒く塗り潰されている。
 エラトマの箱の影響だ。

「っ、くっ……!」

 そうこうしている間にも、優輝は“闇”と攻撃を躱す。
 だが、“闇”は攻撃後消える訳でもなく、溜まっていく。
 今までで溜まった分、回避する場所がなくなっていく。

「そこだ」

「ッ、ご、ぁ……!?」

 そして、ついに優輝は攻撃をまともに受けてしまった。
 それも、今の今まで真正面から殴り合う事が出来ない程強い神に。

「っぁ……か、はっ……!」

 瞬間移動したかのように吹き飛び、壁に叩きつけられる。
 優輝の想定を上回るその威力に、思わず息が吐きだされる。

「し、まっ……!?」

 さらに、そこへ“闇”の追い打ちだ。
 避ける事さえままならずに、優輝はその“闇”に包まれる。

「ォオッ!!」

「そこです!」

 容赦も慈悲もない。
 戦闘に長けた神による拳、そして後方にいた神達の射撃のラッシュが始まる。
 既に洗脳された神達にとって、“闇”は意味がない。
 故に、優輝は“闇”に包まれたまま攻撃の嵐に呑まれる。

「ぉ……ァ……っ……!」

 物理的な威力がそのままダメージに繋がる訳ではない。
 そのため、優輝は倒れずに踏ん張る事は出来た。
 ……否、実際には倒れる事すらままならずに攻撃に晒されていた。

「っ……!」

 体を揺さぶられるように攻撃を食らい、優輝は身動きが取れない。
 さらに、ノーダメージではないため、優輝にダメージが蓄積する。
 攻撃の衝撃も相まって、徐々に優輝は意識を薄れさせる。

「――――――!」

 瞬間移動で離脱しようにも、拘束系の“性質”によって逃れられない。
 そのため、万事休す……











「(―――掴んだ)」

 ……そのはずだった。
 否、否だった。優輝は、それを()()()()()のだ。

「な、ッ―――!?」

 変化に気づいたのは直接殴っていた神だった。
 しかし、気づいた時には既に吹き飛ばされていた。

「……まだ、手を隠していたのですか……」

「…………」

 その様子を見て、イリスが呟く。
 対し、優輝は無言のまま……

「抜けられた!?」

 攻撃の嵐から、すり抜けるように消え去った。
 拘束をしていたはずの神が、驚愕に声を上げる。

「……いい、いいですよ……!もっと、もっと見せてください……!」

 イリスはさらに歓喜する。
 まだここでは終わらないのだと。
 まだ“可能性”を魅せてくれるのだと。
 喜び、体を熱くさせ、恋焦がれるように、愛を謳うように。

「もっと、もっともっともっともっともっと……!!さぁ、さぁさぁ!!貴方はそうこなくちゃ。そうでなくては困ります!足掻いて、足掻いて足掻いて!どこまでもその可能性(輝き)を見せてください!」

「…………」

「あは、あはは、あはははははははははははははははははははははは!!」

 狂気的なまでに、イリスは声を上げる。
 だが、優輝はそれでも無言を貫く。
 否、分かっているのだ。

「(……やはり、か)」

 それでも、()()()()()()()()が。

「(極致に至ってなお、足りないか)」

「ッ―――!?」

 そう思考しながらも、ごく自然と“天使”の一人の後ろを取る。
 “天使”が気づいて振り返った時にはもう遅く、回し蹴りで吹き飛ばされていた。

「(……いや、分かっていた事だ。なら、力の限り足掻くのみ)」

 優輝の思考はクリアになっていた。
 どこまでも研ぎ澄まされ、自身を俯瞰するような感覚だった。

「……導王流奥義之極“極導神域”」

 それはかつて大門の守護者に対して発動した導王流の最終奥義。
 あらゆる攻撃を“導き”、勝利を掴み取る一種の“武術の極み”。
 自然体のように脱力し、理力によって構成された右手を前に出し、構える。
 そして、一拍おいて優輝は言い放つ。

「―――破れるものなら、破ってみろ」

「是非に!是非ともやってあげますよ!!」

 ここでイリスが能動的に動いた。
 今まで動きを妨害するように放っていた“闇”とは違う。
 物理的威力も伴った攻撃的な“闇”だ。

「(今まで手札をほとんど見せていなかったのは、初見にするためか)」

 雨霰のように“闇”が降り注ぐ。
 一発一発が速く、鋭い。
 まともに食らえば優輝はたちまちハチの巣どころか粉々になるだろう。
 それを、優輝は隙間を縫うように動き、一発も当たらずに受け流す。

「ッ!」

 同時に優輝を中心に半径100m程の地面から“闇”が吹きあがる。
 刹那の間に跳躍し、それを避けるが今度は頭上から“闇”が迫った。
 だが、それすら分かっていたかのように瞬間移動で範囲外に避ける。

「はぁっ!」

「……ふっ!」

 “天使”と神が今までと同じように仕掛ける。
 直接戦闘に長けたその攻撃は、今までならダメージ覚悟じゃないと対処できない。
 だが、今度は違う。まるでふわふわと飛ぶ羽毛が掴めないかのように、決して拳や蹴りが優輝を捉える事はなかった。
 それどころか、一瞬の隙に放たれた拳が神の胸を打ち、瞬時に吹き飛ばした。

「止められ、ない……!?」

「神界でなければ、こうはいかなかっただろうな」

 重圧や、概念的拘束で一部の神が動きを止めようとする。
 しかし、優輝はそれでも止まらない。
 まるで気にしていないとばかりに、優輝は拘束の下手人に蹴りを放つ。

「(無意識下の行動を伴えば、“性質”すらすり抜ける……か。神界だからこそ出来る事だが、相性がいい)」

 最終奥義なだけあり、完全な劣勢だったのが僅かに覆る。

「(尤も)」

「ォオッ!」

「はぁぁあっ!!」

 攻撃が受け流されると分かったからか、神が二人掛かりで襲い掛かる。
 しかも、ただ攻撃を放つ訳ではなく、直接拘束するのを狙っていた。

「捉えた!」

「ぐっ……!(それでも劣勢だけどな……!)」

 一瞬、肩を掴まれる。
 完全に捕まった訳ではないとはいえ、それだけで“流れ”が狂う。
 よって、カウンターは返せたものの優輝はダメージを食らった。

「はぁっ!!」

「ッッ……!」

「ぐぅぅ……!」

 即座に二人を振り払うように殴り飛ばす。
 直後に飛んできた砲撃も避け、その上を滑るように撃った相手に肉薄。

「ッ……!」

 それを阻むように飛んできた光弾を、これまたぬるりと避ける。
 さらに後ろから光弾を殴り、別方向にいる神へと飛ばす。

「ッッ!!」

 その時、膨大な“闇”が優輝に迫る。
 瞬間移動でそれを避けるが、その先でさらに挟むように“闇”が迫る。

「はっ!」

「くっ……!」

 回避しても迫る“闇”に加え、直接的な攻撃。
 イリスが攻撃的になった事で、結局優輝は無傷で切り抜けられなくなる。

「……まったく……」

 決して変わらない絶望的な状況に、優輝は溜息を吐く。
 だが、その顔に悲壮感はない。











「目標達成だ」

 なぜなら、優輝の目的は既に達したからだ。

「……間に合いませんでしたか」

「ああ。もう“穴”は塞がった。……後は、戦力を削るだけ削らせてもらおうか」

 そう。元々優輝は神界の出口が塞がるまでの時間稼ぎが目的だったのだ。
 そして、その“穴”は今塞がった。

「もう重荷はない。……来いよ、イリス」

「ええ、存分に行かせてもらいますよ!」

 どこまでも足掻き続ける姿にイリスは狂気的な喜びを見せる。
 そのまま、二人は再び力をぶつけ合った。

「いざ、倒れ逝くその時まで……抗わせてもらう!!」





















   ―――優輝は足掻き続ける。その命の灯火がある限り……



















 
 

 
後書き
“戦いの性質”…分かりやすく言えば某サイヤ人気質。この“性質”を持つ神は総じて戦闘が好きで、尚且つ単純に強い場合が多い。


極導神域は実質DB超の身勝手の極意と同じなので、体が勝手に動いて対処している節があります。そして、“体が勝手に動く”現象が“性質”による干渉を無視しているので、すり抜けるようになっています。同時に、イリスの“闇”の影響もある程度無視できます。
尤も、これは神界だからこそ出来る事であり、元の世界で重力魔法とか使われると普通に動きが止まります(導王流の弱点)。
実は重力魔法は導王流の天敵になりえます(司も特訓の際に知った)。 

 

第224話「宿りし“天使”」

 
前書き
今回は眠っているなのはと奏の話。
なお、冒頭に若干優輝side入ります。
 

 












「ッ……!はぁっ、ふぅっ……!」

 極光が降り注ぎ、理力で構成された武器が次々と振るわれる。
 それを、優輝は悉く躱し、受け流す。
 だが、数の差と長時間戦闘による疲労が積み重なり、動きが鈍くなる。
 さらにイリスの“闇”による固有領域の浸食がそれに拍車を掛ける。
 そのため、確実に優輝はボロボロになっていった。

「凄まじいな……最初に集めた戦力を、半分も削るとは」

「っ……そういう割には、増援で相殺されているがな……!」

 理力の剣をぶつけてくる神が、感心したように言う。
 優輝は現在、戦い続けた事でかなりの神と“天使”を倒していた。
 だが、同時にイリス側にも援軍が来て、結局数は変わっていない。

「(体も鈍くなってきた。……やはり、数の差が一番大きいか……)」

 数の差を何とか凌ぐ優輝だが、代わりにイリスの“闇”の影響が大きい。
 優輝の固有領域は半分程浸食され、優輝の体にも所々斑点のように浸食している。

「(……“天使”がいればな)」

 ないものねだりだ。
 だが、それでも優輝は思い浮かべていた。
 神々と同じように、自分にも眷属となる“天使”がいれば、と。































「……ここは……?」

 優輝が未だに戦い続けている頃。
 なのはは、どこか知らない空間にいた。

「(神界に似ている……?)」

 そこは何もなく、どことなく桃色のような、紫色のような靄が掛かっている。
 それ以外が、まるで神界のように何もない白い空間が広がっていた。

「っ………」

 “神界に似ている”。
 その事からなのはは警戒する。
 何が起きてもいいように、首から掛けているレイジングハートに手を掛け……

「あれ?」

 その手が空ぶった。
 当然だ。そこにはレイジングハートがなかったのだから。

「……そっか。確か、あの後私は眠って……」

 そこで、寸前まで自分が何をしていたのか思い出した。
 なのはは、つい先程休息のために仮眠を取ったのだ。

「じゃあ、ここは夢……?」

 眠って、気が付けば見知らぬ空間にいた。
 そうなれば、まずは夢を疑う。

「(……ううん。違う)」

 だが、すぐに違うと判断した。
 なぜなら、なのはにとってそこは夢の空間とは違うように感じたからだ。

「(夢のようで、夢じゃない……明晰夢……とも違うかな?)」

 警戒だけは解かず、分析を進める。
 しかし、分かるのは“分からない”と言う事だけ。
 
「どうしよう……」

 今のなのはは、かなり疲労し、弱体化している。
 神界にいた時のあの冴えた感覚も、今は一切ない。

「……なのは?」

「えっ……奏ちゃん!?」

 そんななのはに、声を掛ける存在がいた。
 いつの間にかいたのか、靄の中から奏が現れたのだ。

「……本人?」

「え?そうだけど……?」

 どうしてそんな事を聞くのか。
 なのはは疑問に思い……すぐに気付く。

「そっか。こんな空間だから、偽物が現れても……」

「ええ。おかしくないわ。……そういう事を言うのなら、本人の可能性は高いけど」

 それでも、奏は警戒を解かない。
 演技の可能性も疑って、無防備にならないようにしているのだ。
 それはなのはも同じで、警戒したままだった。







「―――安心してください。お二人共、正真正銘ご本人ですよ」

「「ッッ……!?」」

 突然、第三者の声が響く。
 なのはと奏は即座にその声が聞こえた方向から飛び退く。

「(二人……!?)」

「(全然、気づけなかった……!)」

 そこにいたのは一人ではなかった。
 なのはと奏の身長と然程変わらない女性が二人、そこにいた。
 特筆すべきなのは、何よりも背にある羽と頭上の輪だ。

「天使……?」

「いえ、なのは。この二人は……!」

「っ、神界の“天使”……!」

 一見すれば、それは神話などの天使に見える。
 だが、つい先程まで嫌という程見てきた二人なら分かる。
 目の前の二人は、神界に存在する“天使”と同じ存在だと。

「………!」

「……警戒するのもわかります。私達が“天使”なのは事実ですから」

 この空間に来てから、二人は今までで一番警戒する。
 “天使”と来ればついさっきまで戦ってきた。
 そんな“天使”と重ねて見て、警戒するのも仕方がないだろう。

「(……敵?それとも……)」

「(判断がつかない……)」

 イリスの洗脳を初見で見破る事は出来ない。
 普段の言動との相違である程度見分けがつくが、見知らぬ相手や演技している場合は理力でも使えない限り判別できない。

「ふぅ……困りましたね。これでは会話もままなりません」

「判別のできない人の身では、仕方ないかもしれませんけどね」

 決して警戒をやめない二人に、目の前の“天使”二人も呆れた様子を見せる。
 だが、理解はできるため対話を諦めようとはしない。

「(……よく見れば、どことなく片方はなのはに似ている……)」

「(あっちは奏ちゃんに似てる……じゃあ、もう一人は私……?)」

 ふと、二人は目の前の“天使”が自分達に似ている事に気づく。
 尤も、若干似ている程度なので、双子や兄弟姉妹程は似ていない。

「……気づきましたか?」

 クリーム色に近い金色の柔らかなセミロングの髪に、碧眼のどこかなのはに似た“天使”が言う。

「私達は、ずっと貴女達と共にありました」

「共に……?」

 続けるように、同じ髪色の長髪と碧眼を持つ奏似の“天使”が言う。
 その言葉に、なのはが首を傾げ……奏が気づく。

「まさか、私達に宿っていた……」

「そう。私達は貴女達の内に宿っていた者です」

「度々体を借りていた事については……何分、本来の体がありませんので」

 優輝が言っていた存在が目の前の“天使”達なのだと、二人は理解する。
 その上で……未だ、警戒を解かずにいた。

「……それが真実とは限らない」

「……うん」

 ソレラと祈梨の裏切りが、ここに来て影響していた。
 二人の“天使”の言い分も演技なのではないかと、疑っているのだ。

「“天使”に対する疑いが強いですね」

「それも仕方ありませんよ。むしろ、イリスにあそこまでしてやられておきながら、すぐに信用するようではこちらが安心できません」

 対する“天使”は、その疑りは尤もだと肯定する。

「……この際、信用するかどうかはおいておくわ。……わざわざこの場を用意して、私達に一体何の用かしら?」

「そうですね。今は信用よりも本題を話すとしましょう」

 一拍置いて、“天使”は本題へと入る。

「私達の目覚めの時が近づいています。いえ、神界と関わった事でようやく目覚める条件が揃おうとしている、と言った所でしょうか?」

「目覚め……?」

 “天使”の言葉に、なのはが思わず聞き返す。

「はい。便宜上の言い方ではありますが、私達が力を取り戻す事になるので、その言い方が適切かと」

「……目覚めたら、どうする……いえ、どうなるのかしら?」

 わざわざ話をする事から、何かあると察した奏が尋ねる。
 “天使”二人は、そんな奏に話が早いとばかりに返答する。

「肉体を取り戻すまで、貴女達の体を借りる事になります」

「ただし、自我を塗り潰す訳ではないので、肉体を取り戻せば貴女達の意識も戻ります。体を借りる事を含め、この事は伝えておくべきだと判断しました」

「体を、借りる……それって」

 なのはは思い出す。
 以前、一時的に自分の意識が飛んでいた事を。
 そして、自分が自分じゃない感情に見舞われた事を。

「今なのはさんが思い浮かべた事の通りです。以前から兆候はありました。今回は、神界に行った事で箍が外れました」

「っ……!」

「次、神界の存在に接触すれば、遅かれ早かれ確実に私達は目覚めます」

 今の所、奏達に神界の存在へ干渉する術はない。
 だが、そうだとしてもその言葉は衝撃に値した。

「なんで、私達に……」

 どうして自分達に“天使”のような存在が宿っているのか。
 まだ目の前の“天使”達がそうだと決まった訳ではないが、いずれにしろなぜ宿る対象が自分達だったのか、聞かずにはいられなかった。

「……別段、決まっていた訳ではありません」

「私は貴女と、姉さんは彼女と、どこかしら共通する、もしくは似た気質を持っていた故の偶然に過ぎませんよ」

 戸惑いを見せるなのはに、出来る限り落ち着かせる口調で答える“天使”。

「それに、“宿る”と表現しますが……実質的に、貴女も私も同じ“高町なのは”で間違いないんですよ」

「同じように、私と貴女、どちらも“天使奏”に相違ありません」

「それは、どういう……?」

 遠回しな言い方に、今度は奏が聞き返す。

「私達は後付けで貴女達と一緒になった訳ではありません。……私達の魂が神界外の輪廻及び魂の循環路に入り込み、それが人の子として生まれ変わった……それが今の私であり、貴女なのです」

「“天使”として力を失った私達は、最早人間と大差ありません。……こうして、自我が復活している事自体が奇跡そのものと言えます」

「つまり、私達の魂が今の貴女達になっているのですよ」

 それは、言い換えるならば前世と今で二重の人格になっているようなものだ。
 元々が同じ魂だからこそ、“天使”もそれぞれ“高町なのは”と“天使奏”と同一だと言い表せるのだ。

「元々、私達の魂は“天使”だった……?」

「そうなりますね」

「神界に来た時、やけに頭が冴えていたでしょう?それも、元々が“天使”だったからです。神界が魂と体に馴染んだのでしょう」

 簡単に信じる訳にはいかない。
 だが、その言葉は二人にとって何よりも浸透するものだった。
 まるで、それが真実だと、本能や魂、体が確信しているかのように。

「っ………!」

 本能的に信じそうになったのを、なのはと奏は理性で拒む。
 相手は規格外の存在。そういう風に信じ込ませようとしている可能性もある。
 その考えから、何とか理性だけでも警戒はやめずにいた。

「……いい警戒です。本能は分かっていても、理性で拒む。同一の存在からの言葉に対し、そう対応するのはいい傾向です」

「え……?」

 二人のその姿勢を、“天使”はむしろ歓迎した。
 そんな反応を見て、なのはは呆気に取られる。

「貴女達は貴女達で、私達は私達で。徐々に乖離していくことによって、私達は無事に分離することができます」

「そうなれば、貴女達に悪影響を残すことはないはずです」

 “天使”達となのは達は違う。
 その事実が明らかになる事で、スムーズに分離する事が出来ると“天使”は言う。

「……悪影響、ね」

「もしあまり乖離していなければ、魂及び存在が欠けた状態になります」

「……そうなると、寿命への影響はもちろん、欠けた分だけその体は弱ってしまいます。記憶や精神にも影響が出るかもしれません」

 魂を二つに分けるのは、本来一つなものを無理矢理分ける行為そのものだ。
 クッキー一枚を割って二つにすると一つ当たりの量が減るように、魂を二つに分けるのにも相応のリスクを背負う。

「私達が目指す安全な分離は、人で言う細胞分裂に近いです」

「私達と貴女達が乖離していくに連れ、既に分離は始まっています。無理に分ける場合と違うのは、同時にお互いの魂を補填している点ですね」

「……?」

 最早概念的な話になってきたためか、なのはが首を傾げる。
 黙っている奏も、半分程しか理解出来ていなかった。

「……理屈は無視してください。本当に、要は細胞分裂に似た形で分離すれば何も問題はないと言う事ですので」

「……そう」

 見かねてか、奏に宿っている方の“天使”が簡潔に纏める。
 規模や詳細は全く違うが、とりあえずそれに近いものとして二人は認識する。

「……話を戻しましょう」

「と、言っても話すべき事は粗方話し終えましたが」

 閑話休題。会話の軌道修正を行う“天使”。
 しかしながら、本題も粗方話し終えていた。

「……決戦の時はそう遠くありません。努々、精進する事をお忘れなきよう……」

「全ては貴女達、人の“可能性”に懸かっています」

 一拍置いて、威圧すら感じる真剣な目で、“天使”は言う。

「決、戦……?」

「はい。……決着は、まだついていません」

 確かに、まだ何もかも諦める訳にはいかない。
 だが、それ以上に“敗北”の二文字が司達には刻まれていた。
 奏となのはも同じで、故にまだ戦いが続いているという言葉に引っかかった。

「託されたはずです。……希望を、“可能性”を」

「人の持つ“可能性”は、まだ尽きていません」

「あ……」

 思い出すのは、神界を脱出する時の事。
 あの時、確かに奏達は優輝に後を託された。

「………」

「……敗北の経験が身に沁みついてしまっているようですね」

 それでも、前に踏み出せない。
 敗走した経験が、足枷となって二人を引き留めていた。

「一度安全な場所まで退避した事で、より深く理解してしまったのですね。……神界の規格外さを、絶望的な戦力差を」

「ぅ………」

 要はトラウマになっているのだ。
 神界から脱出するその瞬間まで、決して諦めない覚悟と意志を持っていたなのはも、“もう二度と経験したくない”と思ってしまっている。
 それほど、神界での敗北が身に沁みていた。

「っ………!」

「……まぁ、無理もありません。諦めるのなら、それもまた手です」

 “今後どうなるかは置いておいて”と続け、“天使”は改めて奏となのはを見る。

「……ですが」

「ッ!」

 その眼差しに、奏となのはは気圧される。
 まるで、これを聞き逃せば後悔するぞと、訴えかけられるように。

「決して、後悔のない選択を。……貴女達が本当に望むもののためなら、決して妥協しないでください」

「ぁ………」

「私達から言う事は、これだけです」

 そこまで言うと、“天使”の体が……否、空間そのものが薄れ始める。

「今度会うとすれば、それは現実になるでしょう」

「その時まで、私達の“可能性”も預けます」

「「どうか、貴女達にとっての最善を尽くしてください」」

 夢のような時間が終わる。
 二人は、それを止める間もなく、その場での意識を落とした。













「っ………」

 アースラにある仮眠室にて、奏は目を覚ます。

「夢……いえ、今のは……」

「奏ちゃん……?」

 先程までの事を思い出していると、なのはも同じように目覚める。

「なのは、さっきまでの事……覚えているかしら?」

「……うん。夢……みたいな所の事だよね?」

 覚えているかの確認を取ると、肯定が返ってくる。

「……場所を変えましょう。まだ眠っている人もいる事だから」

「……そうだね」

 一旦場所を変えるため、二人は仮眠室を後にする。
 手ごろな部屋に向かい、途中で飲み物も持って改めて話を切り出す。

「……まずは、お互い“同じモノ”を見たのか擦り合わせを行いましょう。早々ないとは思うけど、微妙に違うモノを見ていた可能性もあるわ」

「……そうだね。確かめておいた方が無難だね」

 まずは認識の違いがないか、お互いの記憶の擦り合わせを行う。
 何せ、神界という規格外な場所を経験してきたのだ。
 万が一、と考えたからには確かめるべきだと二人共思った。



「―――覚えている限りでは、違いはないわね」

「じゃあ、同じモノを見たのは確定?」

「確定……とまでいかなくても、仮定としては十分ね」

 しばらくして、お互い同じ内容だったことが分かる。
 これでようやく、夢で見た事について考察が出来る。

「……本当だと思う?」

「どうでしょうね……。確信できる材料はないわ」

 ソレラと祈梨に騙されていた事から、神界に関するものを二人は信用できなくなっており、未だに疑っていた。
 だが、嘘とも本当とも判別がつかず、判断しかねていた。

「私達は……元々“天使”だった」

「自分が自分じゃないあの感覚は、全てその影響を受けていたからなのね」

 真偽は別として、聞いた内容は納得がいくものだった。
 以前、神夜のステータスにあった“■■の傀儡”という項目を見た時、明らかに自分じゃない感覚に見舞われていた。
 その原因が、今回みた“天使”二名の仕業であれば納得が行く。

「……うん。今なら理解できる。あの“■■”(部分)は、邪神が入るんだね」

「そうね……」

 “天使”が宿っていると自覚したからか、■■が何を表すのかが理解できた。
 すんなりと、まるで当然かのように二人はそれを受け入れる。

「神界の存在と関わった事で、影響が出る……」

「もしかして、あの時の優輝さんそっくりの人も……」

「ええ。間違いなく神界産のものね。あのイリスが生み出したと考えるのが妥当でしょう。攻撃が通じなかった事を踏まえ、あの“闇”の気配は間違えようがないわ」

 直接イリスと対面したために、当時の優輝そっくりの敵が持っていた“闇”の気配が、イリスの“闇”と同じだった事が理解出来ていた。

「……もしかして、帝君が言っていた事って……!」

「十中八九、私達ね」

 結局、あの男を倒した存在の正体を奏達は知らなかった。
 優輝や司、一部の面々は帝によって教えられていたが、それ以外の者は依然正体不明として扱われている。
 それが今、“天使”の仕業だと判明したのだ。

「……あれ?でも、大門の守護者の時は……?」

「え……?」

 だがそこで、一つの事に引っかかる。
 大門の守護者と優輝が戦っている時も、“天使”の影響が出ていた。
 しかし、その時は神界の存在は関わっていないはずなのだ。
 ステータスに邪神の名が刻まれているなど、そう言った些細な事すらなかった。

「あの時、本当に唐突だったよね?」

「……あったとすれば……優輝さん?」

 あの時、優輝は感情を代償に導王流の極致に至っていた。
 奏にとって、思い当たる節はそれだけしかない。

「……いえ、違う。違うわ。あの時……そもそも大門を開いたのは……!」

「パンドラの……ううん、エラトマの箱……!」

 否、一つだけ存在していた。
 そもそもの発端がエラトマの箱だったのだ。
 当時は正体不明のロストロギアとして扱い、保留していたために影が薄かったが、よくよく考えれば一番深く関わっている。

「……一応、辻褄は合うわね」

「そうだね」

「(でも、何か違う気が……)」

 辻褄は合う。しかし、奏はどこか釈然としない気分になる。

「(いえ、そこの考察は重要ではないわ)」

 だが、今は重要ではないだろうと判断し、その思考を打ち切る。

「……決して、後悔のない選択……」

「最後の方に言ってた言葉だよね……?」

 この際、“天使”の言っていた事の真偽は関係ない。
 それよりも重要だったのは、最後に告げられた言葉だ。

「あんな事を言われて、引き下がる訳にはいかないわ」

「……うん。まだ、諦められない」

 掌を見つめ、自分の意志を確かめるように握る。
 “天使”の言葉が発破となったのか、二人の瞳に敗北感はなかった。

「(風は空に、星は天に、輝く光はこの腕に、不屈の心はこの胸に)」

 自身の愛機を展開する際の呪文を、なのはは胸の中で呟く。
 その呪文の通りに、不屈の心を胸に抱きながら。

「……よしっ!」

 心機一転。
 頬を軽く叩いて、なのはは部屋を出る。奏もそれに続いた。

「とりあえず、まずは……」

 その時、二人の腹から可愛らしい音が鳴る。

「……………」

「……食堂、行こっか?」

「……ええ」

 神界に乗り込んでから何も食べていないため、二人は空腹だったのだ。
 何はともあれ、まずは食堂に向かう二人だった。









「あら、なのはさん、奏さん」

「あ、リンディさん」

 食堂でなのはと奏が食事を取っていると、リンディが通りかかった。

「目を覚ましていたのね。相席してもいいかしら?」

「どうぞ……」

 少しして自身の分の食事を持ってきて、リンディは同じテーブルに座る。

「食べながらでもいいから、聞きたい事があるわ。本来なら、ちゃんと場を設けるつもりだけど、状況が状況だものね」

「聞きたい事……ですか?」

 なのはが聞き返す。

「ええ。……神界での戦い、そこで貴女達が感じたモノについて」

「っ……!」

 “神界”と言う単語に、なのはと奏は身を引き締める。
 軽い世間話ではないと即座に理解し、思考を切り替えた。

「感じたモノ、ですか」

「司さんから大体の事は聞いたのだけどね。出来れば、本人からも聞いておきたいの。特に、二人は神界において動きが良くなっていたみたいだから」

「……なるほど」

 確かに気になる事だと、奏は納得する。
 同時に、その事について心当たりが丁度存在した。
 先の夢に出てきた“天使”だ。

「まだ確証はありませんが、心当たりならあります」

 全てを信じた訳じゃない。
 しかし、無関係ではないと判断して、奏は夢での“天使”について話した。

「“天使”の……転生体……」

「神界の空気に馴染みがあったから冴えていた……そう考えています」

「なるほどね……なのはさんが間接的にとは言え理力を扱えたのも……」

「それが遠因かと」

 そこまで聞いてリンディは少し考えこむ。
 奏達のソレが吉兆か凶兆か、判断しかねているのだろう。

「貴女達は、どうするつもりなの?」

「……最期まで、諦めるつもりはありません」

「決して後悔しない選択を、私達にとって最善の選択をしていきたいと考えてます」

 まだ何をしていけばいいのかわからない。
 それでも、最善を選んでいく。そう二人は言った。
 ……否、何をすべきかはもうヒントが出ていた。

「……“天使”の片鱗が残っているのなら、手段によっては神にも攻撃を徹す事が出来るはず。……なら……」

「それはあまりにも不確定要素過ぎるわ」

「分かってます。ですが、もうリスクなしには戦えない。既存の手段では通じない。……そうなると、これしかありません」

「……そう、ね」

 リンディとしては不安なのだろう。
 否、当の本人であるなのはと奏も不安だった。
 だが、それでも利用するしかないと考えた。

「……わかりました。どうするかは当人である貴女達に任せます。……ですが、あまりにもリスクが高いと判断した場合は、せめて周りに話してください」

「……はい!」

 提督として二人に告げ、神界についての話は終わる。

「ただ、まずはしっかり体力を回復させるようにね」

「あはは……実はまだふらついたり……」

「かなり反動が残っているみたいね……」

 食器を持って立ち去るリンディを見送り、まだ回復しきってない体を引きずって二人は移動していった。



















   ―――敗北を喫した戦いの傷跡は深い。







   ―――だが、それでもまだ、不屈の心は再燃する。



















 
 

 
後書き
ちなみに、なのはと奏に宿っている“天使”はどちらも丁寧語ですが、
なのは→物腰柔らかめ、奏→冷静沈着、と言った感じでそれぞれ宿っている“天使”の性格は若干違います。
説明のための対話なので区別がつきませんが……。
なお、なのはに宿っている“天使”が妹で、奏の方が姉の姉妹だったりします(元ネタの天使も似たようなものなので)。
 

 

第223話「閉ざされた道」

 
前書き
視点戻って、司達脱出組です。
 

 








「ッ……!障壁が……!」

 初めに気付いたのは、澄紀だった。
 道を塞いでいた障壁が割られたのだ。

「ぅ、あっ……!?」

 直後、突き抜けてきた魔力の奔流に、“穴”の近くにいた者が吹き飛ばされる。

「なんて魔力だ……!確かに、これほどの力なら障壁も貫ける……!」

 グランツが肌身で感じた魔力からそう発言する。
 実際、“穴”に張られていた障壁は割れていた。

「一体、誰が……」

『この魔力パターンは……司さんです!』

 衛星上に待機させていたアースラから観測していたエイミィから通信が入る。

「司さん!?」

「……なるほど、天巫女の彼女ならば、時間さえかければ可能だ」

 司の仕業と知って、驚愕はするも納得するジェイルやグランツ達。

「……でも、どうやって……?」

「……そうね。先刻、何かが“変わった”……いえ、“元に戻った”。“格”の昇華とやらがなくなったはずなのよね」

 そう。リンディ達が障壁を破ろうとしている最中に、祈梨は昇華を止めていた。
 その際、それまでは障壁にぶつけられた攻撃が一切通らなくなったのだ。
 すり抜ける訳でもなく、ぶつかると同時に通じないとばかりに消えていた。
 それを、司の魔法は貫いたのだ。

『艦長!!再び高エネルギー反の―――』

 その時、エイミィの警告の途中で、衝撃が襲った。





「今、のは……!?」

 “穴”から離れるように、全員が吹き飛ばされていた。
 しかし、建物などへの被害はゼロで済んでいた。
 すぐさま状況を確認しようと、リンディはエイミィに通信する。

『……わかりません。魔力反応以外にも反応があって……ですが、なのはちゃんのスターライトブレイカーと似た傾向のパターンです』

「なのはさんの……」

 SLBと似た傾向。
 つまりあらゆる魔力反応を寄せ集めた反応に似ていると、エイミィはいう。

「彼女……霊力は使えなかったわよね?」

「え……ええ、そのはずね」

 そんな中、澄紀が戸惑いの表情をしながらリンディに声をかける。

「なら、おかしいわ」

「え……?」

「今のには、霊力も感じたわ」

『……艦長、その通りです』

 今、アースラには霊力を観測できる装置もある。
 事前に優輝やジェイル、グランツの他、椿達などの協力の下作っていたのだ。
 そして、それでも霊力の反応があった。

『それだけじゃありません。霊力と魔力以外のエネルギーもありました。……おそらく、神界の力です。不自然に、その部分のエネルギーは観測できませんでした』

「……そう……」

 エネルギーの集合体に、穴が開いたように観測できない部分があった。
 それが神界の力……理力なのだろうと、エイミィは推測していた。

「……ドクター、誰か来ます……!」

「なに……?」

 ジェイルの作った戦闘機人の一人、チンクが“穴”から気配を感じ取る。
 すると、“穴”から誰かが飛び出してきた。

「キリエ!?アミタ!?」

「皆……!?」

 現れたのは、それぞれがよく知っている面々だった。
 グランツが名前を呼んだ二人だけでなく、次々と現れる。

「っ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

「司さん!大丈夫!?」

「……いえ、大丈夫、なんかじゃ……!」

 息を切らし、その場に膝をつく司にリンディが尋ねる。
 司は辛うじて受け答えはするものの、ずっと涙を流しながら歯を食いしばっていた。

「何が……」

「……敗走しました」

 代わりに、サーラが簡潔に何があったか答えた。
 あまりに簡潔だったため、半分以上がすぐに事実を認識できずにいた。

「……敵の、神の力はあまりに強大すぎました。……いえ、語弊がありますね。罠でした。私たちが先行して乗り込むこと自体が」

「……説明、願えますか?」

 緋雪を始めとした、何名かが気絶しており、何名か減っている。
 その事を確認したリンディは、一から説明を要求した。

「元からそのつもりだよ。……尤も、気持ちのいいものじゃないけどね」

「とりあえず、疲労している奴らは休ませてやってくれないかい?」

 とこよと紫陽も前に出て、代表して説明をする。
 その間に、はやて達や比較的無事な面々が、気絶した者と司や椿など精神的ショックの大きい面々を支えながら医療班のいる場所まで歩いて行った。

「さて、まず何から話していくべきかねぇ……」

「そうね、まずは経緯を……」

 それを見送った後で、とこよと紫陽がリンディに応える形で説明を始める。
 敵の勢力があまりにも強大で、一人一人の強さも尋常じゃなかった事。
 “性質”と神界の法則のせいで、碌に倒す事もままならない事。
 神界でも敵勢力に抵抗している勢力も存在していた事。
 祈梨とソレラが最初から洗脳されていて、罠に嵌められていた事。
 脱出のために逃亡を図り、その途中で帝が行方不明になった事。
 こちら側も洗脳され、その過程で優輝の両親が死亡した事。
 洗脳の力も凄まじく、既存の手段では解けなかった事。

 ……そして、優輝が足止めのために向こうに残った事。
 その全てをとこよと紫陽が事細かに説明した。

「じゃあ、優輝さんは……」

「今も向こうで戦ってるよ」

「おっと、救援はやめておきな」

 救助に動こうとした者を、紫陽が止める。

「何故!?」

「言っただろう?相手の力は規格外だと。あたしたちでも歯が立たなかったんだ。今更行った所で犠牲が増えるだけだ」

「そもそも、“格”の昇華がなくなった今、攻撃を通す方法がないよ」

 元々祈梨の力を頼りにしていた以上、それがない今はどうしようもない。
 それが理解できたのか、突入しようとした面々も立ち止まる。

「私達だって助けに行きたい。特に、緋雪ちゃんや司ちゃん……優輝君を慕っていた子達は皆助けたがってた。……でも、無理なんだよ」

「……逃げざるを得なかった。……いえ、そうでもしないと逃げる事さえ不可能だったという訳ね……」

「あたしたちの中で、神界に通用するのは優輝か司だけさ。今いる司も、一人ではとてもじゃないが敵わない」

 司は“格”の昇華は出来るが、理力を扱える訳ではない。
 そうなると、どうしても一人では地力が足りないのだ。

「待って。じゃあ、彼はどうやって……」

「……わからない。けど、現に足止めは出来ているよ」

「どう考えたって、何の代償もなしにやってる訳じゃない。あたしたちに掛かってた洗脳を解くのだって、因果逆転染みた代償を支払っていたからね」

 実際に優輝が何をしたのか、とこよ達も知らない。
 それでも、生半可な代償ではない事は分かっていた。

「……だから、誰も救援には行くな。あいつの、最期の覚悟を汚す気かい?」

「っ……そういわれると、引き下がるしかないわね……」

 よく見れば、悔しさからかとこよと紫陽の握り拳から血が出ていた。
 二人だって、本当は助けたかったのだ。
 しかし、力は及ばずに逃げるしかなかった。
 リンディはその悔しさを察し、素直に引き下がる事にした。

「……被害は、死亡者二名と、行方不明者二名……ね」

「戦力差からすれば、破格の結果と言えてしまうのが腹立つね」

「本当なら全滅が当然だった程だから……仕方ないよ」

 受け入れるように言うとこよ。
 だが、そんなとこよも到底受け入れられなさそうに腰に差す刀の柄を握っていた。

「……人並外れた力を持っていると自負していた。……でも、そんなの関係なかった。神界じゃあ、皆等しく無力だった……!」

「………今は、とにかく休んで。話はその後に……」

「分かった。……とこよ、行くよ」

 情報や、気持ちの整理の時間が必要だと、リンディは判断する。
 紫陽も同意見だったようで、とこよを連れて司達のいる所へ向かう。

「詰めや読みが甘かった……というだけじゃなさそうだね。あれは」

「……ああ。僕は彼女らと接した期間は然程長くないけど、彼女らはそう簡単に油断や慢心をしない。その上でこうなったと考えるならば……」

「全て最初から仕組まれていたと言っていたね。……思考すら誘導されていたと考えるのが妥当だろう」

 ジェイルとグランツが冷静に分析する。
 だが、それ以上はどうしようもなかった。
 二人共頭は切れるが戦闘や戦術に長ける訳ではない。
 何より戦力となる優輝達が為す術なく撤退してきたのだから。

「まずは、帰ってきた彼女達がある程度落ち着くのが先決だろう」

「……そうだね」

 なにはともあれ、とこよと紫陽の説明だけでは情報が足りない。
 全員から話を聞けるようになるまで、彼らは待つ事にした。











「……っ、ぅ……」

「あ、緋雪ちゃん、目が覚めた?」

 しばらくして、アースラの医療室で目を覚ました緋雪。
 一部の退魔師と魔導師を見張りに残し、司達はアースラに移動していた。

「司、さん……?」

 司は眠っていた緋雪に付き添い、目が覚めた事で念話と伝心でその事を皆に伝えた。
 ちなみに、司以外にも奏やとこよと、交代しながら看病していたりする。

「私、何が……?……ぁ……」

「緋雪ちゃん」

 目を覚ました緋雪は、何があったのか思い返す。
 そして、無意識に直視しないようにしていた事実を思い出す。

「お兄ちゃん……」

「落ち着いて、緋雪ちゃん」

 思い出し、顔を青褪めさせる。
 そして、動き出す前に……司が止めにかかる。

「離して!お兄ちゃんが、お兄ちゃんがっ!」

「落ち着いて!」

 何とか抑えようとする司だが、緋雪の力は生半可じゃない。
 幸いにも、神界での戦いが影響してか、今は魔力が使えずにいた。
 そのため身体強化はされていなかったが、それは司も同じなので結局身体能力の差で抑えきれずにいた。

「っつ……!?」

「えっ……?」

「司が落ち着きなさいと言ってるでしょ」

 緋雪の額に何かが当てられる。
 それを見て司が振り返ると、そこには椿と葵の姿が。
 椿の手に霊力の残滓がある事から、彼女が霊力の玉を投げつけたのだろう。

「で、でも……」

「気持ちは分かるわ。けど、まずは深呼吸して落ち着きなさい。そうでないと、話も出来やしないじゃない」

「……うん」

 言霊を使いつつ、一度緋雪を落ち着かせる椿。
 その間に、葵が司に話しかける。

「司ちゃん、さっき事情聴取のために呼んできてほしいってリンディさんが」

「リンディさんが?……あぁ、そっか。“格”の昇華についてだね」

「そうそう」

 リンディ達にとって、司は現状唯一神界に対抗できる存在だ。
 そのため、話を詳しく聞いておきたいのだろう。

「じゃあ、私は行くね。緋雪ちゃんの事、任せるよ」

「うん。任せて」

 緋雪の事は椿と葵に任せ、司はリンディの下へ向かった。







「……少しは、落ち着いたかしら?」

「なんとか……」

 少しして、ようやく緋雪は会話出来る程度に落ち着く。
 それでも、まだ優輝がいなくなった事を受け止めきれずにいた。

「……あの後、どうなったの……?」

「順を追って説明するわ」

 緋雪が気絶した後の事を、椿は順に説明していく。
 そして、今は管理局と退魔師が共同で神界へ通ずる“穴”を監視しており、再び向かう訳にはいかないと言う事も伝えた。

「なんで、なんで行っちゃダメなの!?」

「……行った所でどうするの?司以外、私達の攻撃は通じないのよ?」

「っ……」

 それは、緋雪にも分かっていた。
 故に、たったその一言だけで緋雪の勢いは削がれる。

「それに……」

「ぇ、あぅっ!?」

「私含め、こんなに弱ってる。足手纏いにしかならないの」

 椿が軽く緋雪を小突く。
 それだけで、起き上がろうとしていた緋雪の体が再びベッドに戻される。

「神界で“格”の昇華がされていた時、いくら意志の持ちようで力を引き出せるとはいえ、それがなくなった今はどんな反動があるかわかったものじゃないわ」

「むしろ、こうやって弱っている程度で済んだのは御の字だね」

 椿と葵の言う通り、現在神界に突入していたメンバーは軒並み弱体化している。
 洗脳されていた時に同士討ちをし、重傷を負ったメンバーに至っては未だに目を覚ましていない程だ。

「……そんな……」

「回復するにしても、一朝一夕じゃどうにもならないわね」

「とこよちゃんと紫陽ちゃん、鈴ちゃんが霊脈を再利用するつもりだけど、それでも全快までは時間が掛かるよ」

 弱った体を引きずって霊術に長けた三人は行動を起こしている。
 修行の結界のために使っていた霊脈だが、結界がない今は再び利用できる。
 そのため、再利用しようと三人は再び八束神社に降り立っていた。

「お兄ちゃん……お兄ちゃん……!」

「……緋雪」

 今はもうどうしようもない。
 その事を理解した緋雪は、追い求めるように俯いて優輝の名を呼ぶ。
 生きていてほしい、無事でいてほしい、戻ってきてほしい。
 そう思う緋雪の気持ちが理解できるため、椿も掛ける言葉が見つからなかった。

「っ………!」

 慰めも、同情の言葉も緋雪には無意味だ。
 故に、だからこそ、椿は噛み締めるようにその言葉を告げる。

「“―――皆に“可能性”を託す。……皆が、倒すんだ”」

「……え?」

「優輝が最後に私達に伝えた言葉よ」

 それは緋雪が気絶した後、伝えておくように言われた言葉だ。

「“可能性”を、託す……私達が、倒す……?」

「……そうよ。私達はただ優輝を犠牲に助けられた訳じゃないの。……後を託されたのよ。あの詰んだ状況で、優輝はまだ全て諦めた訳じゃないのよ」

 まるで自分にこそ言い聞かせるように、椿は緋雪に言う。
 見れば、椿は無意識の内に握り拳を作っていた。

「まだ……まだ終わってないの。諦める事は、ないのよ」

「かやちゃん……」

「椿さん……」

 俯き、声を震わせる椿。
 ここでようやく、椿も辛いのだと緋雪は理解した。

「……とにかく、今は体を休めなさい。私達も、そうするから」

「何をしようにも、あたし達にはそれを為す体力がないからね」

「……うん」

 まずは休む事が先決。
 そう結論付けて、椿達は休む。緋雪ももう反発はしなかった。











「……そう。飽くまで、その時限定だったのね」

「はい。……正直、今は普通に過ごすだけでも厳しい状態です」

 一方、リンディに呼び出された司は“格”の昇華について説明していた。
 ちなみに、司が行った“格”の昇華は、神界脱出後間もなく終了していた。

「もう一度行う事は?」

「可能と言えば可能です。ですが、せめてジュエルシードの魔力が戻らない限りは神界で行わないと無理です」

 現在、ジュエルシードは役目を果たしたかのように沈黙している。
 蓄えていた魔力が枯渇し、機能が停止しているのだ。

「聞けば聞く程でたらめね……。神界という世界そのものも、そこに住まう神の力も、“意志”一つで道理を捻じ曲げる法則も……」

「……そうですね」

 改めて神界の異常っぷりを確認する司。
 神界での戦いは、誰もが本来の力以上を引き出していた。

「理不尽ではありましたけど……同時に、その理不尽さに救われました」

「他の人にも聞いたけど……何度も致命傷を負った、と」

「……厳密には、確実に()()()()()()()()

 斬殺、殴殺、刺殺、圧殺、絞殺……挙げればキリがない程、司達は殺されていた。
 だが、神界では死んで終わりではなく、そうなっても意識は残る。
 そして、その残った意識で蘇る事ができるのだ。

「意志一つで蘇生ね……想像つかないわね」

「断じて良いものではありませんでしたよ。……諦めない気持ちを保たないと、そのまま意識を失ってしまいます」

 それでも、死ぬことはないと司は言外にリンディに伝える。

「神界の存在と同じ“格”を保ちさえすれば、決して殺されることはありません。例え、どんな事があろうと……」

「“死ぬ事は”ではなく、“殺される事は”……ね」

「……優輝君のように何かの代償を支払う時、自身の存在を代償とすれば或いは……らしいです。尤も、受け売りなので信用できない情報ですが」

 神界の存在も死ぬ可能性はある。
 その事を祈梨から教えられていた事を司はリンディにも伝える。
 ただし、結局その祈梨は洗脳されていたので、正確な情報ではないかもしれないと、注釈をつけて。

「それに、“格”の昇華がなくなってしまえばその時点で私達は普通に死ぬようになります。……その結果が」

「優香さんと光輝さん、という事ね」

「はい……」

 あの時、敵の極光に呑まれた優香と光輝を司は思い出す。
 跡形もなく消し去られた二人は、どう考えても生きているとは思えなかった。
 霊術を会得し、天巫女でもある司は魂をある程度感じ取る事も出来る。
 だからこそ、そんな司でも“何も感じなかった”……つまり、魂ごと消し去られた事が確定してしまっていたのだ。

「……確か、その時は優輝さん以外洗脳されていたと……」

「……はい」

「結果だけ見れば、洗脳への抵抗は可能と言う事ね……」

「そうなります……」

 優香と光輝が洗脳に抵抗した時、既に“格”の昇華はなくなっていた。
 その上で洗脳に抵抗したと言う事は、昇華せずとも抵抗は可能と言う事だ。
 奇しくも、二人の行動によってそれが証明されていた。
 また、なのはも洗脳に抵抗しつつ、神界脱出のカギとなる一撃を用意していた。
 その事も抵抗が可能という結論に拍車を掛けている。

「でも、それは……!」

「分かってるわ。……それが無謀な事ぐらい。貴女達は特に身に染みて分かっている事も、理解しているわ」

 誰かが出来たから可能。
 そんな浅慮な事はリンディも言わなかった。
 ましてや、実際に戦ってきた司相手ならば尚更だ。

「……現状、打つ手なしと言う事ね」

「……はい」

「分かったわ。……とりあえず、司さんも休んでちょうだい。ここに来るだけでもかなり疲れている様子だったわ」

 司も緋雪達同様、疲労が溜まっていた。
 むしろ、“格”の昇華を行った分、司の方が疲労している程だ。
 そのため、リンディは休息を催促していた。

「では……」

「ゆっくり休んでちょうだいね」

 司が退出し、リンディは司から聞いた話を頭の中で整理する。

「障壁を破壊した力は司さんによるもの……これはドクター・スカリエッティとグランツ博士の推測通りだった。……問題は、その後のエネルギー反応ね」

 思い返すのは、司達が脱出してくる直前の高エネルギー反応。
 神界との境界を隔てた事で、余波は大幅に減衰していたはずだった。
 その上で、周囲にいた面々を軽く吹き飛ばしたのだ。

「……なのはさん、霊力は使えなかったはずなのだけど……」

 司の話から、その力を放ったのは優輝だと分かっている。
 だが、その力を集めたのはなのはだ。
 霊術を会得していないなのはが、魔力だけでなく霊力も、果ては理力すら集束させ、あまつさえそのエネルギーを丸ごと優輝に譲渡したのだ。
 それは、今までのなのはからしてあまりに飛躍し過ぎた成長だ。

「いくら“意志”一つで大きく変化するとはいえ、それまで圧倒的差だった神々に対して、ありえない……」

 それ以前に、なのはは洗脳に抵抗した上、その直後に集束しておいたエネルギーを以て神々の攻撃を防ぎ切り、さらにその力を再利用して圧倒的な身体強化をしていた。
 つまり、最後に優輝が放った極光と同等のエネルギーをなのはは使いこなしていた事の証明に他ならない。

「……これは、直接聞かないといけないわ……なのはさんに、それと奏さんにも」

 司曰く、なのはは神界に来て少ししてから調子が良かった。
 奏もそうだったようだが、脱出直前の動きはあまりに顕著だった。
 故に、リンディは一度なのはと奏からも話を聞く事にした。

「(……尤も、今は二人共眠ってるのだけど)」

 さすがに活躍した分、反動も凄かったのか、なのはと奏は他数名と共に休息から仮眠に移っていた。
 熟睡しているため、簡単には起きない事もリンディは把握済みだった。

「(情報を聞くにしても、戦力として頼るにしても、今は何がなんでも彼女達を休ませる必要がある。……猶予がある訳でもないのだけどね)」

 リンディも、出来るならすぐにでも情報を聞きたい。
 だが、それが出来ないと分かる程に、司達は疲弊していた。
 先程の司への聴取も、本来ならもっと事細かく聞くつもりだった。
 聴取中の精神的に参っている様子の司を見るまでは。

「(皆、取り繕ってはいるけど……自覚している以上に疲弊が激しいわ)」

 一番マシに見えたのはとこよと紫陽、サーラだけだ。
 他の面々は、取り繕ってはいたが明らかにそれ以上戦えない程に疲弊していた。

「(神界……それほどなのね)」

 話を聞くだけでも絶望的な戦力差が分かる。
 むしろ、よく帰ってこれたと感心してしまう程だ。
 
「(……これから、どうするべきなの……?)」

 少数精鋭でも全く敵わなかった。これでは人員を集めても烏合の衆でしかない。
 加え、要の存在であった優輝や祈梨、ソレラももういない。
 祈梨とソレラに至っては、最初から敵の手に堕ちていた。
 唯一、司だけでがまだ対抗する手を残しているが……焼け石に水だ。

「……一度、落ち着くべきね……」

 一旦考えるのをやめて落ち着くべきだと、リンディは判断する。
 一息つき、いつもの砂糖入りお茶を飲み……

『艦長!』

 八束神社に常駐している部隊からの通信が繋がる。
 すぐさま、リンディは思考を艦長らしく切り替える。

「何か変化が?報告をお願いします」

『はい……』

 通信相手の魔導師は、一呼吸おいて何が起きたか発言する。

『神界への道が……閉ざされました!』

「っ……!そう……」

 報告を聞き、リンディは目を見開く。
 だが、すぐに平静を装い、少し考える。

「……とりあえず、引き続き常駐をお願いします。とこよさんとサーラさんもそちらにいますからね」

『わ、分かりました!』

 指示を出し、通信を終わらせる。
 再び一人になったリンディは、頭を抱えて溜息を吐いた。

「……これで、本当に優輝さんは戻ってこれなくなった」

 神界への道が閉ざされた。
 それはつまり神界と行き来が出来なくなったと言う事だ。
 向こう側にいる優輝は、もうこちらに戻ってこれない。
 また、行方不明で無事だったかもしれない帝も、もう助からない。

「でも、向こうからの干渉は可能」

 こちらからは干渉出来ないが、神界からは別だ。
 元より、神界での戦いの余波が世間を騒がせていた。
 同じようにこちらと繋いでくる事が出来ないはずがない。

「……出来る限り、備えるしかないわね」

 出来る事は少ない。
 それでも備えるしかないと、リンディは判断する。

「司さん達に関しては、まず休息を取ってもらうとして……一度、報告をしておく必要もあるわね。……嘆いてばかりはダメよ。行動していかなくちゃ」

 自分に言い聞かせるように、リンディはこれからの行動を決める。
 その行動が、いい結果に繋がると信じて。



















 
 

 
後書き
久しぶりのバトルなしの回。
司達はかなり疲弊して、強さが本来の十分の一未満になっています。
最大戦力も歯が立たず、もはや打つ手なし。唯一対抗できる司も、疲弊が激しいです。 

 

第225話「もう一度会いたい」

 
前書き
原作キャラにも焦点は当てたいけど、まずは緋雪と椿、葵から。
ここしばらくは戦闘描写はないです(模擬戦、手合わせなら少しあるかも?)。
 

 












「………」

 手を開き、閉じる。
 軽く体を伸ばし、調子を確かめる。

「……うん、大丈夫かな」

 体力がある程度回復したと判断し、緋雪は呟いた。

「あたしも結構回復したかな」

「私はもう少しね。……少し、過剰に霊力を使いすぎたわ」

 葵も回復し、対して椿はまだ時間が掛かっていた。
 式姫に霊力は不可欠なため、過剰に消費した分回復も遅れているのだ。
 葵の場合はユニゾンデバイスにもなっている事があり、早かったのだろう。

「他の式姫達も、結構厳しいみたいだよ。まだ目覚めてないし」

「クロノやヴィータ、あの場にいた2割程は同士討ちで重傷を負ってるものね……」

「そっか……」

 フェイトやプレシア、ザフィーラ、那美も重傷を負っている。
 軽傷で済んだ者以外は、未だに目を覚ましていない。
 過剰な力の行使と相まって、回復が遅くなっているのだろう。

「それぞれ、身内が寄り添っているから、そこまで心配はいらないわ。医者が見た所、死ぬ心配はないみたいだしね」

「あたし達は、無理さえしなければ自由に動いていいって」

 今の状況、大人しく療養に専念している猶予はない。
 尤も、療養自体はむしろ勧められているが、本人達が許さなかった。

「司さんは?」

「事情聴取の後、ジュエルシードの回復に専念してるわ。後は……トレーニングルームで、天巫女の力を確かめてるわね」

「ちなみに、奏ちゃんはなのはちゃんと一緒に体の調子を確かめてたよ」

 他の動ける者の状況を椿と葵から聞く緋雪。

「……私達は……」

「緋雪の好きにしなさい。少しなら私達も付き合うわ」

「………」

 いざ好きにしろと言われると、緋雪はすぐに何かを思いつく事が出来なかった。
 神界での敗北に心が引きずられて、消極的になっているのだ。

「……一旦、家に帰りたい……かな」

「……そう。分かったわ」

 緋雪は現世に戻ってから、碌に家に帰っていない。
 戻ってすぐに神界との戦いに備え、八束神社の結界で修行していたからだ。
 その事を椿もすぐに汲み取り、葵に目配せをする。
 葵はそれを受け取り、すぐにリンディ達へ伝えに行った。







「………」

 久しぶりに見た自宅を、緋雪は見上げる。
 碌に家に帰らなかったとはいえ、修行中にも何度か帰っていた。
 だが、神界の戦いがあったからか、数か月ぶりのような感覚だった。
 それは椿と葵も同じようで、感慨深そうに眺めていた。

「……ただいま」

 アースラに預けていた鍵を使って、玄関を開ける。
 当然ながら、誰もいないので返事をする人はいない。
 寂しく、電気の付いていない廊下が緋雪達を出迎えた。

「………」

 何も喋らないまま、緋雪はリビングへと向かう。
 電気が付けられ、そのままソファに座り込んだ。

「……静か、だね……」

 外は大門の後処理や、管理局の存在によって静かとは言えない程度には騒々しい。
 だが、家の中はまるで隔絶されたかのように静かだった。

「……お兄ちゃん、お母さん、お父さん……」

 椿と葵はいる。
 だが、改めて優輝達がいないと実感させられて、緋雪の胸に悲しみがこみ上げる。

「……ぁ……」

 ふと、壁際の棚の上に立てかけてある写真が目に入る。

「………」

 写真の数は全部で四つ。
 幼い頃、優輝が小学校に入学した際の、家族四人で撮った物。
 両親が行方不明になった後の、緋雪の入学記念に優輝と二人だけで撮った物。
 椿と葵が家族になり、その記念に四人で撮った物。
 緋雪が死に、両親が戻って来た後の、優輝の中学入学の際に五人で撮った物。
 どれもが、大切な思い出を表した写真だ。

「……小さい頃しか、家族が揃った事、ないんだね……」

 優輝が小学校に入学した際の写真以外、家族が揃っている写真がなかった。
 優輝と緋雪の二人だけの写真に至っては、少し無理して笑顔を作っている。
 いつも誰かが欠けている。そんな写真の数々に、緋雪の胸が締め付けられる。

「皆で笑顔で写真を撮る事は……もう、ないんだね……」

 涙が零れる。言いようのない寂しさが緋雪を苛む。
 両親と大切な兄を、緋雪は目の前で続けて喪った。
 その事実が、緋雪にとってどうしようもなく辛かった。

「緋雪……」

「雪ちゃん……」

 それを、椿と葵は見ている事しか出来ない。

「(また、喪った。大切な人を)」

「(あたし達は、また無力だった)」

 椿と葵も、緋雪とはまた違った辛さを味わっていた。
 とこよを喪った時と同じように、また喪ったのだと。
 しかも、今度は自分達の目の前で、だ。

「っ……ぅ、ぅ……!」

「なん、で。あたし達は……!」

「今度こそ……今度こそって思っていたのに……!」

 三人の嗚咽が、リビングに響く。
 敗北して、大切な人を再び喪い、三人の心は限界だった。
 アースラにいた時は耐えていても、家に戻り、改めて現実を直視した事で、もう耐える事な出来るはずがなかった。

「……“可能性”を、託す……」

 絶望の最中、緋雪は思い返すように椿から伝えられた言葉を呟く。

「私達が、倒す……」

 最後に託された。
 その事実が、緋雪の心に浸透する。

「……そんなの、出来っこないよ……」

 一度敗北した経験は、“勝てない相手”として深く刻まれる。
 あれほどの規格外の相手を、どうすれば倒せるのかと、考えれば考える程、そのどうしようもなさに絶望する。

「…………でも……」

 だが、そうだとしても。

「……お兄ちゃんが、私達を信じて、託した……」

 優輝が信じ、後を託した。
 それだけでよかった。それだけで、緋雪が立ち上がる理由に出来る。

「……いつまでもくよくよしてたら、笑われるよね」

 涙を拭い、顔を上げる。
 まだ潤んではいたが、それでもその瞳は決意に満ちていた。

「……緋雪?」

「雪ちゃん……?」

「立ち止まってもいい。後悔する事も、悲しみに暮れるのもいい。だけど、それをいつまでも引きずらない。前を向いて、少しずつでも歩いていく」

 かつて、自分が死んだ時のために、優輝へ送ったメッセージ。
 それを、今度は自分に言い聞かせるように緋雪は呟く。
 沈み込んだ心を救い上げるように、胸の前で拳を握る。

「……私は」

 振り返り、椿と葵を見据える。
 二人に宣言するように、自ら誓いを立てるように、一泊を置く。

「私は、もう一度会いたい……!お兄ちゃんに……!だから、だから!前を向いて、少しずつ……でも、決して!諦めない……!」

 未だ、緋雪の心はボロボロだ。
 だが、“それでも”と、緋雪は決意を口にする。

「それに、お父さんとお母さんの仇も、絶対に取る……!後を託された、私達が倒すように、お兄ちゃんに言われた、信じて託してくれた。だから!」

「……緋雪」

 それは最早、決意の表明ではない。
 絶望に対し、負けないと、まだ折れないと、今も足掻いているのだ。
 意地を張って、震える心を押さえつけて、折れそうな膝を曲げずに立ち上がった。
 そんな緋雪の姿を見て、椿と葵は目を見開いた。

 ……二人の涙は、いつの間にか引っ込んでいた。

「……そう。そうね……託してくれたんだもの。まだ、足掻けるのよね」

「まだ挽回できる。だというのに、ここで立ち止まっていたら、それこそ優ちゃんに託された“可能性”が無駄になるよね」

 失ったものは取り返せない。
 だが、まだ失っていないのなら、取り返せる。
 だからこそ、立ち止まってはいけないと、椿と葵は奮い立つ。

「私、とこよ達を手伝ってくるわ」

「あたしも」

「……じゃあ、ここからは別行動だね」

 早速やれる事をやるために、椿と葵は行動する。
 それを見て、緋雪は別行動すると告げる。

「緋雪はどうするの?」

「別のアプローチで何か出来ないか探してみるよ」

 椿と葵を見送り、緋雪は一人になる。
 ソファに座り、緋雪は自分の掌を見つめる。

「(物理的な“力”は、通じない訳じゃない。そこを鍛えるのは当然として、そんな物理的な“力”を覆す、もしくは蹂躙するのが神の“性質”)」

 思い返すのは神界での戦い。
 物理的な戦闘力において、緋雪は決して負けていなかった。
 拮抗する相手はいても、完全に上回られる事はなかった。

「(問答無用に物理的・概念的にその“性質”による影響及び効果を相手に付与出来る、神界の神固有の能力。概念的なものであれば、回避は不可能に近い)」

 例えば、“貫く性質”であれば、文字通り障壁などを貫ける。
 だが、物理的に貫くだけなら、回避は可能だ。
 しかし、その効果が概念的なものであれば?
 予備動作もなく、タイムラグもない。その攻撃を放った時には、対象の座標にて既に“発生”しているのだ。避ける暇などない。

「(感情がない時のお兄ちゃんなら、意図的に無視できたけど)」

 避け切れないのなら、無効化するしかない。
 故に、神界の初戦で優輝は相手の神の“性質”を無視した。

「(確固たる意志があれば、抵抗も出来る。……違う、それは勘違いだ。もっと、根本的な方法で……)」

 そう。“性質”については、祈梨やソレラから聞いたものばかり。
 洗脳されていた二人の説明が正しいとは限らない。

「(……“領域”。他に表現できる言葉が思いつかないけど、とにかく重要なのはその“領域”だ。“性質”はそのまま“領域”となっていた……)」

 実際に戦った事を思い出しながら、分析していく。
 理屈や理論は無視して、漠然と神達の力を紐解いていく。

「(戦闘が“戦闘”として成立するのは、戦闘がそう言った“性質”だから。……もし、両者か片方が違う戦闘方法を“戦闘”として思い込んでいたら、或いは……)」

 誰もあの場では試さなかった事だ。
 緋雪達にとってはその余裕がなく、神界側にとっては物理的な手段で充分だった。

「(私達は、常に相手の土俵で戦っていた。“性質”で完封されるのはそれが原因だ。……だったら、それを、根本から覆せれば……?)」

 考えておきながら、無茶な事だと緋雪も理解している。
 何せ、相手は神だ。盤上をひっくり返すような手法が通じるとは思えない。
 しかも、その方法が……

「(負けない“意志”があれば、実際に負ける事はなかった。それが神界での戦闘の真理なら……神に対して心や意志、気持ちで上回れば……!)」

 要は、精神性において神を上回る。そういう事だった。
 それも、ただ負けないつもりで上回るだけでは足りない。
 相手の“性質”を受け付けない、そんな精神性が必要だ。

「(……でも、今の私じゃ、絶対に無理だよね)」

 心身共に弱っている緋雪ではそれは不可能に近い。
 いくら立ち直ったとはいえ、敗北の経験がさらに足を引っ張る。
 そんな状態で、精神性において相手を上回る事など不可能だ。

「(……せめて、肉体的に強くならないと)」

 精神の余裕は直接的な戦闘力で差をつける事でも生む事が出来る。
 そのため、改めて鍛えようと緋雪は結論を出した。

「(結局、この結論に行き着いちゃったな。……でも、単純なら分かりやすい。それに、どうすればいいか片鱗だけでもわかったのなら、御の字!)」

 笑みを浮かべ、緋雪は拳と掌をぶつける。
 “バシッ”と小気味いい音を立て、改めて気合を入れる。

「さて、鍛えるにしても頭打ちだし、この前までの特訓方法じゃ“足りない”。何か、別の方法を……」

 そこまで言って、ふと緋雪の脳裏にある事が過る。

「……狂気」

 そう。緋雪が克服したはずの狂気。
 その狂気を再起させられて敗北した戦闘を思い出した。

「(……そうだ。克服した……()()()だった。でも、飽くまでそれは狂気に呑まれないように制御できるようにしただけ。……そんなの、“克服した”とは言えない)」

 とこよのおかげで、緋雪は自分から起こさない限り狂気に呑まれなくなった。
 だが、イコール狂気を克服した訳ではなかった。
 無理矢理狂気を呼び起こされれば、先の敗北のように呑まれてしまう。

「(狂気を受け入れて、その上で完全に制御できないと、“克服”じゃない。何より、このままだともう一度あいつと戦ったらまた負けてしまう)」

 緋雪が戦った神は“狂気の性質”を持つ。
 狂気の素質があれば、問答無用でその狂気を呼び起こしてしまう。
 緋雪が負けたのも、抑えていた狂気を爆発させられたからだ。
 故に、狂気に呑まれないようにするよりも、狂気そのものを何とかするしかない。

「(吸血鬼……生物兵器。……私は……)」

 狂気に満たされた忌々しい記憶を思い出す。
 生物兵器として改造された体は、血を欲す。
 それを完全に抑えていたというのに、それではダメだと理解させられた。

「(でも……)」

 不安はある。制御出来ずに、結局狂王として力を振りまいてしまう不安が。
 だが同時に、受け入れない限り勝ちはないという事も理解していた。
 相反する考えが渦巻き、緋雪を悩ませる。

「(……シュネーの時の力が、完全に制御出来れば)」

 そこへ、もう一つ。緋雪の決断を後押しする情報を思い出す。
 まだシュネーだった時、生物兵器としての全盛期の時の事。

「(今の私は、力を抑えている状態。“志導緋雪”としては全力でも、“狂王”としては全力じゃない。……その力は暴走と同義だから)」

 当時の力は、制御出来ていないために大雑把だったが、今の緋雪より強い。
 大雑把故に導王流にはあしらわれやすかったが、単純な強さなら今まで鍛えてきた事を加味してもなお、現在の緋雪を上回る程なのだ。

「(それを再び使うには……やっぱり、血が必要)」

 リスクもあるが、それ以上のリターンがある。
 故に、緋雪はその力を使う事を決める。
 もう、遠慮や自重をしている余裕はないのだから。

「(……ごめんね、お兄ちゃん。私、人間をやめる事になるかも)」

 かつてのように、暴走するかもしれない。
 それでも、力を求める。
 大切なモノを取り返すために。

「……とは言っても、どうやって血を……」

 生物兵器としての力を開放するには、血が必要だ。
 しかし、今の緋雪に血を調達する伝手はない。
 誰かから貰う手もあるが、飽くまでそれは最終手段だ。

「……あ、そういえば」

 少し考え込んで、緋雪は一つ心当たりがあることを思い出した。









「(やっぱり、騒がしいな)」

 思い立ったが吉日とばかりに、緋雪は行動を開始していた。
 家を出て、未だに大門の後処理で俄かに騒がしい街を駆ける。

「えっと……あそこだね」

 一度電柱の上に立ち、目的地の位置を確認する。
 そして、そこから一気に跳躍し、目的地……月村邸の前に着地した。

「久しぶりに見たけど、やっぱり豪邸だよね」

 一度死んで以来、緋雪は月村邸に来ていない。
 大門が開いていた時や、修行中に上空から視界に入った事はあったが、実際に来るのは本当に久しぶりだ。

「さて、忍さんがいればいいけど……いなかったら、すずかちゃんに言おうかな」

 インターホンを鳴らし、緋雪は返事を待つ。
 すると、然程間もなく返事が聞こえてくる。

『緋雪ちゃん……?どうしたのかしら?』

 応答したのは忍だった。
 月村邸には監視カメラもあるため、それで緋雪が来た事に気づいていたのだろう。
 緋雪が幽世から戻ってきた事も、すずかから聞いているため、驚いていない。
 だが、自宅へどんな用件で来たかはわからず、緋雪に尋ねた。

「実は、頼みがあって来ました」

『頼み……ね』

 いつになく真剣な声色。
 それを聞いて玄関先で済ましてはいい事ではないと判断する。

『ノエルを寄越すから、まずは入って頂戴』

「わかりました」

 しばらくして、ノエルがやってくる。
 その案内の元、緋雪は忍の所までやってきた。

「いらっしゃい。緋雪ちゃん。また会えて嬉しいわ」

「お久しぶりです。忍さん」

 客間の一室にて、忍は緋雪を出迎える。
 ノエルが紅茶を出し、まずは軽く挨拶を交えた。

「話は聞いているわ。……それで、どうして私の所に?正直、今更何かの役に立てるとは思えないのだけど……」

「……単刀直入に言います」

 深呼吸し、一泊置いてから、緋雪は忍の目を見据えて発言する。

「……夜の一族として供給している血。私にも分けてくれませんか?」

「ッ……!」

 その言葉に、忍の表情が僅かに強張る。
 別に緋雪が知っているのは何もおかしくない。とっくに知っている事だからだ。
 だが、今までそういった事を気にせずに接してきていた。
 その上で突然こんな提案をされれば、困惑するのは当然だ。

「……なんの目的で?」

「このままではいけないからです。私は、まだ全ての力を開放していない。……いえ、“志導緋雪”としての力は開放していても、根幹にある力はまだ残ってます。……その力を開放するために、血が必要なのです」

 忍の目が鋭くなる。
 夜の一族として、どうするべきか見極めているのだ。

「……そういえば、緋雪ちゃんは吸血鬼に近い体質だったわね。……そう、なるほどね。だから“血”なのね」

「そういうことです。例え、制御しきれないとしても、リスクの方が大きいとしても、私はこのままではいけない。だから……だから、お願いします……!」

「………」

 頼み込む緋雪に、忍はしばし無言で考え込む。

「……緋雪ちゃん」

 少しして、忍は口を開く。
 見極めるように、見定めるように緋雪を見据えながら。

「貴女の覚悟、それとなぜ私達の所に来たのかも理解できたわ。……けど、いいのかしら?聞いた話では、その力は……」

「わかってます。……その結果が、人間をやめる事になるかもしれないのも、理解しています。……でも、その力を使ってでも、私はもう一度、お兄ちゃんに会いたい」

 もう、緋雪の中で結論は決まっていた。
 その答えを曲げる事は決してなく、故に忍も観念したように溜息を吐く。

「……わかったわ、緋雪ちゃん。それほどの覚悟を見て、断るなんてできないわよ」

「……ありがとうございます」

「礼は後。優輝君と再会してからよ」

 忍は緋雪の頼みを聞き入れ、血を用意する事を了承した。

「ただ、あまり量は用意できないわよ?私達夜の一族は確かに血を備蓄してるけど……今は大門の後処理の最中。怪我人も多くいるのだから、私の家からも輸血パックとして病院等に提供しているのだから」

「あ……そうですか……」

「……これは、アースラの方でも頼んだ方がよさそうね」

「ですね……」

 要は血さえ手に入ればいい。
 日本だと、大門の件で怪我人が多数発生しているため、輸血用の血に余裕がなくなっているが、海外や地球以外の次元世界なら、当てはある。

「再三言うけど、気を付けなさい。貴女のその力は、私達夜の一族よりも遥かに人から外れたモノになるわ。……呑まれるわよ」

「……それは、誰よりも理解しています。でも、神を倒すには、そんな人から外れた力を手にしないと到底できません」

 話は終わり、緋雪は帰ろうとする。
 忍がそんな緋雪に最後の忠告をするが、緋雪は当然とばかりに言い切る。

「……そう」

「それに……」

 一拍置いて、緋雪は振り返る。
 そして、柔らかく微笑んだ。

「……心は、人であり続けますから」

「……全く、本当に緋雪ちゃんは優輝君の事が好きなのね」

「自慢のお兄ちゃんですから!」

 ただ諦めたくないだけじゃない。
 兄が託してくれたから、信じてくれたから緋雪は立ち直れた。
 だから、例えリスクがあろうとその手段を取った。







「“例え、体が化物になっても、心は人で在り続ける”……うん、分かってるよお兄ちゃん(ムート)。……お兄ちゃん(ムート)に言われた事、忘れてないよ」

 帰路。緋雪はシュネーだった頃を思い返していた。
 忍に言った言葉も、かつてムートに言われた事だ。

「……だから、私は使いこなしてみせるよ。生物兵器としてではなく、お兄ちゃん(ムート)が大好きな志導緋雪(シュネー)として、忌避したあの力を」

 何度も励まされた。
 何度も助けられた。
 何度も暴走した所を止めてくれた。
 緋雪(シュネー)にとって、未だに恩を返しきれていないのだ。

「……今度は、私が助ける番だよ。お兄ちゃん(ムート)……!」

 決意を改め、道を照らす夕日に向かって拳を握る。

「(お兄ちゃんが助からない未来。全てが終わってしまう未来。……そんなの、私が破壊してみせる。そのためなら、私は限界を超える。破壊してみせる……!)」

 紅く輝く瞳が、夕日を貫く。
 手が届かなかった存在()に、今度は届かせると誓うように。
 今度こそ、倒して見せると、力強く緋雪は睨んだ。









「―――待っててね、お兄ちゃん………!!」















 
 

 
後書き
総合力では現在の緋雪の方が遥かに上ですが、単純な身体能力などは未だにシュネーの方がかなり上を行きます。
緋雪は自身の力を制御できる範囲でしか全力を出していないと言う事です。 

 

第226話「怖くて、それでも」

 
前書き
アリシアを中心に、原作キャラに焦点を当てていきます。
 

 












「………!」

「ここまで耐えたのは流石……と言っておきましょう」

 神界にて。
 優輝は地面に這いつくばり、未だに立ち塞がる神々を見上げていた。
 展開した固有領域は既にほとんどが“闇”に覆われている。
 優輝の体も、最早“闇”に侵蝕されていない部分の方が少なくなっていた。

「ですが、もう終わりです」

「ぐっ……っ、ぉ……!」

 体の言う事が聞かず、優輝は立ち上がれない。
 体も固有領域も“闇”に侵蝕された事で、動かせないのだ。

〈マス、ター……!〉

「リヒト……悪い、な」

 優輝に付き合い、共に残ったリヒトもかなりボロボロだった。
 剣としての刀身は刃こぼれし、コアの光も点滅していた。
 戦闘途中で機能が回復したが、これでは意味がない。
 それでも、優輝と共に最後まで足掻くため、再びの機能停止だけはしない。

「……最後の布石を残す。後は、頼んだぞ」

〈……Jawohl(ヤヴォール)……!〉

 余計な言葉は不要。
 リヒトも、既に覚悟は決まっていた。

「……“我が身は、人を導きし者”……」

 ゆっくりと、優輝は立ち上がる。
 その手にリヒトを握りしめながら。

「“世を照らし、護るべきものを護りし光を持つ者”……!」

「っ……させませんよ!」

 詠唱する優輝を止めようと、イリスが指示する。
 一斉に襲い掛かる神々と“天使”。だが、優輝は動じない。

「(回避も防御も不可能。ならば、最初の一撃()()くらう)」

 閃光が優輝に突き刺さり、体が紙切れのように吹き飛ぶ。
 だが、当たったのはその一撃だけ。
 それ以外の攻撃は、先に攻撃に当たった事で回避していた。

「“悪を敷き、善と為り、絶望を消し去る力を手に”」

 そして、そんな攻撃が直撃してなお。
 優輝は詠唱を止めていなかった。

「“止まれ”!」

「“沈め”!」

 “性質”を用いた言霊が優輝をその場に縫い付けようとする。
 だが、止まらない。

「(負けない“意志”によって負けなくなるのは間違っていない。だが、“意志”が全てを決める訳じゃない。いや、むしろ“意志”は付属物でしかない)」

 今まで神界に対して抱いていた認識は間違っていたと、優輝は断じる。

「(要は自分の“領域”さえ無事ならば、いくらでも戦える。その領域を保つのに、“意志”で負けないようにするのが“分かりやすかった”だけ)」

 実を言えば、優輝は既に“勝ち”を諦めている。
 しかし、その上でずっと足掻き続けているのだ。
 その事実は、今までの神界へ対する認識と矛盾していた。
 故に、優輝は神界での法則が違うと確信したのだ。

「(ああ、そうだとも。僕の“領域”はまだ潰されていない。……ならば、まだ足掻ける。戦える。一矢、報いる事が出来る!)」

 魔力が、霊力が、神力が。そして、理力が。
 全ての力が優輝の手からリヒトへと集束する。

「“導きの光をこの身に―――”」

「止まらない……!?まさか、ここまでの可能性(輝き)を……!?」

 イリスの顔が驚愕に染まる。
 優輝は神々の攻撃に晒されたままだった。
 体はさらにボロボロになり、一部は原型を留めていない。
 それでも、優輝は詠唱と、リヒトを矢として番える弓矢の構えをやめなかった。

「……回避も防御も、出来るものならやってみな……!」

「ッ……!」

 イリスが焦ったように“闇”を差し向ける。
 同時に、防御のためにも集束させ、盾とした。
 それを見て、なお優輝はにやりと笑った。

「全てを矢に込めて―――射貫け、“道を照らせ、可能性の光よ(フュールング・リヒト・メークリヒカイト)”!!」

 刹那、矢が放たれる。
 その瞬間に、優輝は“闇”に呑み込まれるが、矢は突き進む。

「文字通り……一矢報いてやった、ぞ……!」

 矢は金色の燐光に包まれ、あらゆる神の妨害を無視する。
 そして、イリスの“闇”による盾をもあっさりと貫き……









   ―――その矢は、確かにイリスの体を貫いた。



















「ん……うぅ……」

 アースラにて、アリシアはふと目を覚ます。

「ここ、は……?」

「アースラですよ。アリシア」

「リニス……?」

 顔を横に向ければ、そこにはリニスがいた。

「いっつつつ……そっか、負けちゃったんだった……」

「……はい。アリシアは軽傷で済みましたが……」

「あ、ふぇ、フェイト……!それにママも……!」

 すぐ近くのベッドには、フェイトとプレシアが横たわっていた。
 フェイトの傍にはアルフがついており、リニスと共に看病していたのがわかる。

「あの戦いで、二割の方が重傷を負いました。また、限界を超えた力の行使や、本来なら死んでいたダメージを負った事が原因なのか、あの場にいた全員が総じて力を落としています」

「……そう、なんだ」

 アリシアは、詳しく聞こうとはしない。理解しているからだ。
 自分たちは負け、一人残った優輝は犠牲になったのだと。
 
「これから……どうなるのかな?」

「……わかりません。なのはさんや奏さん、緋雪さん達は諦めずに動いているようですが……私としては、もう絶望しかないと……」

「そっか……」

 アリシアもリニスと同じ考えだった。
 今まで培ってきた力の全てを、悉く凌駕されたのだ。
 限界以上の力をぶつけてなお、通じない。
 そんな相手に諦めずにいるというのは……非常に難しい。

「……っとと……」

「無理しないでください。まだ目覚めたばかりですよ」

「そうなんだけどね……。とりあえず、皆の様子を見て回りたいよ」

 ふらつきながらも立つアリシアを、リニスが支える。

「何にしても、まずは食事をとってください。神界では飲まず食わずだった事もあって、空腹なはずですから」

「……そうだね。そうするよ」

「では、少し待っていてください。すぐにお持ちしますので」

 そう言って、リニスは食堂へと駆けていった。
 その際、アルフも一度食事のために席を外す。
 それを見送ってアリシアは……

「っ……!はぁ、はぁ、はぁ……!」

 抑えていた“震え”を解放した。

「ふ、っ……く……!」

 自分を抱きしめるように腕を回し、ベッドの上でうずくまる。

「っっ……はぁ、ふぅ、ふぅ……」

 深呼吸して落ち着かせ、何とか震えを落ち着かせるアリシア。

「(―――怖い)」

 そんな彼女の心を占めていたのは……“恐怖”の感情だった。

「(怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ……!)」

 蹂躙され、何度も殺された。
 結果的に、こうして生き延びているとしても、その事実は記憶に刻まれている。
 そして、その記憶はアリシアに恐怖を植え付けるには十分過ぎた。

「(なんで、あんなの、一体、何を、どうしたら……!)」

 支離滅裂に心の中で自問し続ける。
 答えは出ない。何をやっても勝てない相手に、考えた所で意味がないからだ。

「……凄い、なぁ。なのはと奏は」

 なお立ち上がる二人に、アリシアは素直に感心する。
 自分がこうしてトラウマに苛まれているというのに、二人はまだ諦めずに、恐怖に苛まれずに“次”に備えているのだから。

「お待たせしまし……アリシア!?どうしたのですか!?」

「ぁ……リニス……」

 見送るまでは隠していたのに、結局リニスにばれてしまう。
 心配して駆け寄ってくるリニスに、アリシアは力ない笑みを作る。

「私がいない間に何が……」

「ごめん……ちょっと、神界の時の事を思い、出して……!」

 リニスに見られた事で、抑えが効かなくなったのか、再び体が震える。
 その尋常じゃない怯え方に、さすがにリニスも理解する。

「……トラウマになったのですね」

「う、うん……」

「……すみません。私では、慰めの言葉が思い浮かびません」

「リニス……」

 そっと添えるように、リニスはアリシアを抱きしめる。
 そこで、アリシアは気づく。
 抱きしめるその手が、ほんの僅かに震えている事に。

「(……皆、同じなんだ)」

 そう。リニスもアリシアと同じように、神界の神に恐怖を抱いていた。
 否、リニスだけではない。
 今この場にはいないアルフも、治療に駆けずり回っているシャマルも。
 他にも目を覚ましている者や、傷を癒している者も。
 神界に赴き、戦った者達は皆、神界の神に恐怖を抱いている。

「(怖い、恐い。“天使”が、神が、あの邪神が。……でも、優輝はそれに立ち向かった。私達を助けるために、たった一人、あそこに残って)」

 アリシアが気絶したのは、帰還直後だ。
 そのため、優輝が何を想い、何を覚悟して残ったのかは知っている。
 その上で畏れた。“どうしてそこまで出来るのか”と。

「(私達に後を託した。でも、恐いよ。怖いんだよ、優輝。どうしようもなく)」

 一度冷静になってしまえば、嫌でも理解出来てしまった。
 トラウマになった事で、神界がどうしようもなく恐ろしく思えるのだ。
 
「アリシア……」

「ごめん……しばらく、傍にいて……」

「……はい」

 一人でいると、どうしても恐怖が勝ってしまう。
 そのため、アリシアはリニスを頼り、リニスもまたそれに応えた。







「そっか……ヴィータもザフィーラも、まだ目が覚めないんか……」

「はい……傷自体はもう治っているんですけど、限界を超えた体の酷使による影響で、しばらくは目を覚ましそうにないです……」

「命に別状はないだけマシや。……ありがとな、シャマル」

 一方で、はやても目を覚まし、行動していた。
 現在は未だに眠るヴィータやザフィーラを看ていた。
 
「申し訳ありません……我らがもっと強ければ……」

「ええよシグナム。誰が悪かったとかやない。あんな……あんな規格外な相手、誰もが実力で負けてた。……こうやって生き残れた事自体が奇跡なんや」

「しかし……」

「これが、最善の結果やったんや!」

 実力不足を悔やむシグナムに、はやては語気を荒げて言う。
 はやても精神的に限界だったのだ。
 アリシアと同じように、神界の存在に恐怖を抱き、必死に耐えようとしていた。

「これ以上、何をどうすればええんよ?全力、全力やった。私も、皆も、全力……それ以上の力で挑んだ。でも、歯が立たなかった。……そんなん、どうすれば勝てるゆうねん。私達は、どうすればええんよ!?」

「主はやて……」

「……ごめん。二人に当たり散らすような事やないな……」

「いえ……はやてちゃんの気持ちは、私にも分かります」

 何をしても勝つ事が出来なかった。
 その事実がはやて達の心を苛み、その場に立ち止まらせる。
 それは歴戦の戦士であるシグナムやシャマルも同じだった。

「……主よ」

「はやてちゃん!」

 そこへ、別行動していたアインスとリインが戻ってくる。
 会話は聞いていたようで、二人共少し悲しそうな表情をしていた。

「神界での戦闘データ、解析が終わりました」

「戦闘での傾向や、エネルギーの量、諸々は判明したです。……ですが、やっぱり、半分程は解析すら通じなかったです」

「そっか……まぁ、一部が分かるだけ御の字やなぁ……ご苦労様、二人共」

 二人を労わり、はやてはデータを受け取ってそれを確認する。
 ちなみに、そのデータはリンディを通して管理局や退魔師全体にも今後の参考として行き渡っている。

「……半数が、戦士としての戦闘技術は大した事のない、能力によるゴリ押し……か。やっぱり、“性質”がその神を表しているんやな」

 判明したデータの中には、神々の戦闘時の癖などもあった。
 半分程は戦闘向きの“性質”ではないため、戦闘技術が大した事がなかった。
 だが、それを“性質”によるゴリ押しで何とかしているようだった。

「裏を返せば、戦闘に関する“性質”を持つ神は、相応の戦闘技術も持ち合わせてるって事か……厄介極まり……いや」

 ただでさえ厄介な“性質”に加え、戦闘技術もある。
 どうしようもないと思えて……ふと、はやては気づく。

「(“逆”や。戦闘技術もあるから厄介なんやない。むしろ、“戦闘向き”な“性質”なら、やりようはある……!?)」

 そう。勘違いしていたのだ。
 神界の神が自分のルールである“性質”を押し付ける。
 それと同様に他の存在もその在り方を押し付けていた。ここまでは分かっていた。
 そして、その法則によって、“戦い”が成立している。
 はやては、そこにあるポイントに気づいたのだ。
 なまじ“戦闘”として長けている神は、それだけ自分以外の“性質”に感化されてしまっているということに。

「(“武術”とか“戦闘”とか、直接そのまま関係している“性質”ならいざ知らず、関連してるだけで戦闘技術が高まるなんて、そういう事なんか……?)」

 だが、確信するにはまだ早い。
 情報が、はやての手持ちだけでは圧倒的に足りない。

「主……?」

「はやてちゃん……?」

 急に黙り込み、考えるはやてを心配するアインスとリイン。
 シグナムとシャマルも何事かと見ていた。

「……やっぱり、情報が足りひんねんな……。アインス、他に記録とか取ってた人とかおらんかったか?」

「……いえ、気にする余裕がなかったので……」

「そっかぁ……まぁ、一人ずつ聞いていけばええやろ」

 そう結論付けて、一旦思考を止める。

「ふっふっふ……お困りのようだね」

 すると、そこへ一人の来客が現れた。

「……レヴィ?どうしたんや?一人で」

「王様から小鴉ちんに届け物だよ!」

「っと……これって……!」

 レヴィは、そう言ってはやてに何かを投げ渡す。
 はやては咄嗟にそれを受け取り、確認する。

「王様も結構傷が深かったみたいだから、小鴉ちんに任せるってさー」

「……さすが王様やなぁ。おかげでもう少し解析できそうやわ」

 受け取ったもの。
 それは神界での戦闘データが詰まった情報媒体だった。
 ディアーチェもまた、戦闘を記録していたのだ。

「そっちは大丈夫なんか?」

「うーん、シュテるんは重傷だったし、王様も動けないし……アミタとキリエは一番やられてたから、今動けるのはボクとユーリ、後はサーラだけだよ」

「……そっちもそっちやなぁ……」

 洗脳されていた時、近接戦を仕掛けていたメンバーは優輝が上手く誘導していたおかげで、同士討ちの対象外に出来た。
 しかし、後衛のメンバーはその誘導が間に合わないため、重傷者が多い。
 シュテルとディアーチェもそれが要因で大怪我を負っていた。
 アミタとキリエに至っては、グランツ博士がいなければ確実に死んでいた程だ。
 
「ユーリとサーラは体の調子を確かめに行ったから、こっちはボクが来たって訳」

「……二人は、諦めてへんのやな」

 既に、ユーリとサーラは動いていた。
 シュテル達の傷の治療自体は完了しているため、別の事をしているのだ。
 一秒一秒を、無駄にしないために。
 それを知って、はやては呟くようにそう言った。

「……?なんで諦めるの?」

「なんでって……」

 レヴィに当然のように返され、はやてはそこで言い淀む。
 “勝てないと思ったから”。理由としては単純だ。
 だが、それを理由にして、“逃げている”だけだと気づいた。

「(……そっか。結局、私達は怖いから逃げてるだけなんや。どうしようもなく強大で、勝てる気がしない相手。だから、私達は怖かった。また、あんな風に蹂躙されるんやないかって。……それじゃあ、ダメなんや)」

「小鴉ちん?」

「……いや、何でもないよ。データ、ありがとな。ディアーチェにも、目が覚めたら伝えといて」

「どういたしまして!それじゃあ、ボクは戻るね!」

 元気にレヴィは部屋を後にする。
 それを見送ったはやての表情は、心なしか晴れやかになっていた。

「レヴィのおかげで、少し前向きになれたわ。シャマル、確認するけど、二人はもう目が覚めるのを待つだけなんやな?」

「はい。傷自体はもう治ってるので……はやてちゃん?」

「そっか。ならええんや」

 シャマルに確認を取り、はやては立ち上がる。

「私も、ユーリ達みたいに足掻いてみる。立ち止まってる訳にはいかないんや」

「主……」

「皆、付きおうてくれるか?」

 決意を宿し、はやては今一度アインス達に問う。

「……当然です」

「元より、我らヴォルケンリッターは主の力となるための存在。……主はやてが望むなら、我らはどこまでもついて行きます」

「私も、はやてちゃんのユニゾンデバイスですから!当然、ついて行きますよ!」

 当然、その返答は肯定だった。
 敗北してなお、立ち上がる者がいる。
 ならば自分もと、彼女達は立ち上がった。

「………っ……!」

「ッ、今……!」

 そして、返答は出来なくとも、応える者もいた。
 未だに目を覚まさないヴィータとザフィーラ。
 その二人の体が、僅かに動いた。
 ……まるで、自分達もはやてについて行くと言わんばかりに。

「ヴィータちゃん!ザフィーラ!」

 すぐさまシャマルが容態を確認する。

「……どうなんや?」

「……依然、変わりません。でも、今のは……」

 間違いなく、目を覚ます兆候だった。
 しかし、身じろぎしたのは先程だけで、まだ眠ったままだった。

「……目を覚ましたら、私の所に来るように言ってや。二人なら、ちゃんと追いついてくれるやろうからな」

「分かりました」

 二人をシャマルに任せ、はやては部屋を後にする。
 二人が目を覚ますのを待てない訳じゃなく、二人なら追いついてくれるだろうという、確信染みた信頼を持って。









「……アリシア?」

「ぇ……?」

 その頃、リニスに寄り添い、気持ちを落ち着けていたアリシア。
 そこへ、目を覚ましたアリサとすずかがやって来た。

「アリサ、すずか……?」

「アリシアは目を覚ましてたのね……」

 二人は、他の傷を負って眠っている者達を看に来ていた。
 その際、目を覚ましていたアリシアに遭遇したのだ。

「ご、ごめん、見苦しい所見せたね……」

「無理しなくていいわよ。……あたし達も似たようなものだから」

 アリサとすずかもまた、トラウマになっていた。
 それを考えないようにするためにも、こうして見て回っていたのだ。

「なのはは奏と一緒に何かやってるし、はやても立て込んでるみたいだったし……。見てて、どうしてそこまで出来るのか不思議に思ったぐらいよ」

「……諦めてないんだろうね」

「……そうね。諦めていない。怖くても、前に進もうとしている。いえ、進んでいるわ。とこよさん達も、ユーリ達も、まだ足掻いている」

「凄い、よね」

 自分は恐怖で動けないのに、他の人は前に進んでいる。
 それが、余計にアリシアをその場に縫い付けていた。

「(……皆も、怖いはずなのに。……私は……)」

 トラウマになって、恐怖を覚えて。
 どうしようもなく、神界の存在が怖く思えて。

 ……それでも。

「(……何もかも諦めたまま終わるのだけは、嫌だ)」

 アリシアは、前に進む事を選択した。
 恐怖で体は縫い付けられたように重い。
 だけど、それでも動かせた。

「(……優輝?)」

 ふと、その時アリシアの胸に暖かい“何か”が灯った気がした。
 それは、今この場にいないはずの優輝のもののように思えて……

「(……そっか、まだ諦めてないんだったね。優輝は、私達に後を託したんだ。後の戦いと、“可能性”を)」

 それは、優輝の“可能性”の欠片だった。
 背中を後押しするような、そんな効果しか今はないが、それで十分だった。

「諦めてない皆は、こんな気持ちだったのかな……?」

「……アリシア?」

「アリシアちゃん?」

 しばらく黙った状態からの発言に、アリサとすずかは首を傾げる。
 傍にいるリニスは、何かを感じ取ったように息を呑んだ。

「もう、大丈夫。……私も、諦めない。最期まで足掻くよ」

「アリシアちゃん……」

 いつの間にか、恐怖による震えは消えていた。
 それどころか、手足に籠る力が増していた。

「……ええ、そうね。立ち止まって諦めてちゃ、それこそ無意味よね」

「うん……!私も、私達も、やれる事は最後までやろう!」

 つられるように、アリサとすずかも諦めまいと奮い立つ。
 その胸に、暖かな“可能性”を感じながら。

「……ですが、どうするおつもりで?力量差は絶対的だというのに」

「前回と次、この二つで決定的に違う事が大まかに二つあるよ」

 そこへ、リニスが現実的に考えてどうするつもりなのかと尋ねる。
 リニスも諦めない意志は再燃していたが、それでも問うべきだと判断したためだ。
 アリシアは、そんなリニスの問いに即座に答える。

「二つ?」

「一つ。前提として、前回は神界の情報がほとんどなかった。唯一の情報源である二人も洗脳されていたし、何よりもあの時は罠に嵌められた。でも、今度は違う。今度は、逆に私達が迎え撃つ番」

「あの時は、全て掌の上だったけど……最後の最後で、優輝さんやなのはが覆した。これによって、向こう側の想定外にいる状態なのよね」

 初見か、初見じゃないか。その差は大きい。
 加え、罠の可能性も低くなった。

「二つ。前回は向こうの土俵だった。でも、今度は私達の土俵だよ」

「……まさか、地球で戦うつもりですか!?」

「私達から攻める前に、向こうから攻めてくる方が早いだろうしね。まぁ、最低条件として攻撃を通用させる手段がないといけないけど」

 相手の土俵である神界よりも、自分達の土俵である地球の方が戦いやすい。
 これは、見知った場所だからという理由だけじゃない。

「……“意志”を挫くかどうか。これは飽くまで目安でしかなかった。本当は、“意志”を通じて相手の“領域”を攻めるのが、神界での戦い」

「だから、あたし達の守るべき世界で戦う方が、“領域”を認識しやすい」

 抽象的な言い方だが、自分達の世界という事実を裏付ける事で、“意志”を根本から強化して戦うという事だ。
 地球に攻め入った時点で、そこはアリシア達にとっての“領域”。
 優位性を手に入れて神界の神達を迎え撃つ算段だ。

「……机上の空論どころではありません。それは、理屈が……!」

「通ってない。うん、私達も分かってます、リニスさん。でも、神界ってそういうものだと思うんです」

「っ……そういう事ですか……」

 屁理屈ですらない算段。
 だけど、“そう思う”事こそが法則として成り立たせるなら、それでいい。
 リニスもそれを理解して納得する。

「どの道、まずは最低条件である“格”の差を埋める方法を探さないといけないけどね。司辺りに聞いてみるつもりだよ」

「そうね。……あ、あたし達が聞いて来るわ。アリシアはフェイトを頼むわ」

「オッケー。任せといて!」

 方針が決まれば、後は行動するのみ。
 恐怖はまだ残っている。それでも、アリシア達は再び前を向く。

「(……私も、彼女達を見習わないといけませんね)」

 リニスもまた、三人のその姿に背中を後押しされていた。

「それじゃあ、アリシアちゃん。お大事にね」

「うん。アリサとすずかもだよ」

「分かってるって」

 また絶望はするだろう。
 だけど、それでも立ち止まらずに、アリシア達は歩き続けるだろう。













 
 

 
後書き
道を照らせ、可能性の光よ(フュールング・リヒト・メークリヒカイト)…フュールング・リヒトを矢に変えて、全てを込めて放つ一射。優輝のあらゆる力を込めてあるため、防御はほぼ不可能。しかし、飽くまで直接的な威力は付属物。その本領は“後に託す”という概念的効果にある。


途中からアルフがいなくなっていますが、食堂で腹を満たした後、フェイトのためのご飯を頼んでいるためまだ戻っていません。アリシア達のやり取りでは大して時間が過ぎてません。 

 

第227話「立ち上がる」

 
前書き
一周して司や緋雪side。
 

 








「……はっ!」

 祈り、魔力を消費し、攻撃を放つ。
 体の調子を確かめるように、司は何度もそれを繰り返していた。

「(……ダメ。これ以上は容易に短縮できない)」

 反復練習していたのは、祈りによるタイムラグを縮めるためだった。
 神界の戦いで、手も足も出せずに敗北した事で、司の弱点が浮き彫りになった。
 元々自覚しており、その克服も頑張って来たが、弱点は弱点。
 マイナスを限りなくゼロに近づけた所で、マイナスな事には変わりない。

「少しでも“溜め”があったら割り込まれる。……でも、どうすれば……」

 祈りの力に依存した戦法なため、それを妨害されると司は弱い。
 普通の魔法も使えるが、それでは決定打を持てない。
 
〈……マスター〉

「シュライン……何か、いい方法はないかな?」

 考え着く事は全てやってきた。
 それでも改善出来ないと思い、司はシュラインに頼る。

〈アプローチの仕方を変えるのはどうでしょうか?〉

「アプローチを……?」

〈はい。例えば……〉

 少し考えるような間を置き、シュラインは答えた。

〈……マスターの、天巫女の力は神界の神々の力に少し似ています。“そう在れかし”と思うが故にそこに発生する理力と、“そう在れかし”と祈るが故に、実現する天巫女の力。見方を変えれば、共通点もあります。そこから考えてみてはどうでしょう?〉

「理力、と……」

 考えてもいなかった事を言われ、司は考え込む。
 神界での戦いを思い返し、確かに似通っている部分があると気付く。

〈二つの違いは、理力に対して天巫女は一つプロセスが多い事です〉

「プロセス……」

 理力の場合、“そう在れかし”と認識し、発生させている。
 対し、天巫女は……

「……祈って、力を消費して、発生……」

〈はい。その通りです〉

 先程のであれば、魔力を消費する。
 その工程が、理力に比べて余分なプロセスとなっていた。

「……そっか。決定的な差があるから、どうしても追いつけない……」

 普通の魔法でも、術式を用意してそこに魔力を通し、魔法を発生させている。
 その術式を短縮すればするほど追いつけるが……それもまた難しい。

「(祈りは天巫女の力において必須。だから削る事はこれ以上難しい。……そもそも、さっきまで私がやっていたのは、この工程の短縮だ)」

 見方を変えた事で、早速分かった事が出てきた。
 どこを削るか、どうすればいいかが、明らかとなる。

「(事象の発生。これはなかったらそもそも“何も起こらない”。つまり、削るとすれば……力を注ぐ工程)」

 余分な工程があるなら、そこを削るのが定石だ。
 そもそも、盲点だった部分だ。
 技を繰り出すための工程を区分けしなければ、気づけなかった。

「(祈ると同時に力も注ぐ。これができれば……!)」

 言葉にするのは簡単だったが、実現するには厳しい。
 左右の手で別々の事をするのとは、訳が違う。

「っ……ダメ……!」

 司が本来行う魔法は、言わば型を作ってそこに中身を流し込み完成させるものだ。
 それを、司は型を作りながら中身を流し込むという行動に出ている。
 中身が零れれば型も崩れる……つまり、術式が瓦解してしまう。
 まさに神業のような制御が必要だった。

「(このままじゃあ、ダメ。実戦でも使えるようにしないと……!)」

 それでも、方法がなかった先程までよりは断然マシだ。
 地道に、着実に、司は魔法の制御を完璧に仕上げていく。

「(……今度こそ、今度こそ、勝つんだ……!)」

 全ては、好きになった親友を助けるために。











「はぁ……はぁ……ふっ……!」

 何十分、何時間と経ったのだろうか?
 司はずっと祈りの最適化を続けていた。

「(まだ……まだ足りない……!)」

 最初に比べれば、かなり早くはなった。
 だが、それでも勝てなかったあの神に比べれば、遅すぎる。

「ふぅ……はぁっ―――!」

 もう一度、魔力弾として祈りを放つ。

「ッ……!?」

 その時、“ドパン”と魔力弾が弾け飛ぶ。
 否、今のは術式が瓦解したために魔力が制御できなくなっただけだ。
 しかし、司は制御を怠ってはいなかった。

「……緋雪ちゃん?」

「皆食堂とかに来たり、休憩してるのに……何やってるの?」

 ならば、今のは集中力を乱された。
 その原因である緋雪に、司は目を向ける。

「今……何をしたの?」

 緋雪がここに来たのは、ずっと特訓を続ける司を見かねてだ。
 アースラに戻ってきた緋雪は、体の調子を確かめようと考えていた。
 そこに、特訓をしている司が目に入ったのだ。

「……物理的の戦力強化は頭打ちだと思って、小手先の技を使わせてもらっただけだよ」

「集中が一瞬で途切れた……小手先なんかじゃないよ!」

 緋雪がここにいる事、時間がかなり経っていた事。
 それらは司にとって大して重要ではなかった。
 それよりも、今集中を乱した方法が気になっていた。

「……破壊の瞳で、司さんの集中力を“破壊”したの」

「集中力の……破壊?」

 物理的なものではなく、形のない抽象的なもの。
 それを、緋雪は破壊の瞳を握りつぶして破壊したのだ。

「物理的な破壊は強力だよ。でも、神界の神相手では大して意味がない。だったら、形のない抽象的なもの、それこそ、概念すら破壊できるように、制御したんだよ」

「っ……!」

 概念はともかく、集中力程度なら今の緋雪でも破壊できるようになっていた。
 “形のないモノ”を破壊する。その言い分に、司は少し驚く。

「とりあえず、一旦休憩を挟んで。無理しても、良い成果は得られないよ」

「……そうだね。ちょっと、頭を冷やしてくるよ」

 集中しすぎていたために、他が疎かになっていたと、司も頭を冷やす。

「あ、椿ちゃんと葵ちゃんは?」

「とこよさん達と一緒に霊脈の所にいるよ。だから、今はアースラにいないよ」

「そっか。それじゃあ、止めてくれてありがとね」

 お礼を言って、司は去っていった。
 緋雪はそれを見送り、今度は自分が部屋に入っていく。

「……司さんも、頑張ってるんだね」

〈そのようですね〉

 感慨深そうに言う緋雪に、シャルも同意する。

「私も、頑張らないと」

 体をほぐし、調子を確かめる。
 魔力や霊力は完全に戻っておらず、身体能力も落ちている。
 それでも、運動するには十分回復していた。

「せめて、さっきみたいに形のないモノは普通に破壊できるようにならないとね」

〈司様のように、無理はなさらないように〉

「自分で言った手前、わかってるよ」

 緋雪がやろうとしているのは、概念の破壊の安定だ。
 今の状態でもやろうとすればできるのだが、相応の集中力が必要だ。
 神を相手にするには、それでは悠長すぎる。
 戦闘中に使う事ができる程度には、安定させたかった。

「結界や魔法の破壊。それはどんなものだとしても結局は“物理的な破壊”。……じゃあ、形のないものをどうやって破壊するか……なんだけど」

 例え目に見えない結界だろうと、それの破壊は物理に類する。
 故に、それらの破壊では緋雪の目的は達成できない。

「……まぁ、こういう所で日和る訳にはいかないよね」

 形のないモノ。それは心や感情などだ。
 先ほどの司の集中力のように、物理的な効果を齎さないモノの事だ。
 だが、緋雪はそれを別途で用意できない。
 そのために、自分で代用する事にした。

「さて、じゃあまずは……“疲労”から、かな……!」

 破壊の瞳を掌の上に出現させ、意識を自分の中へと集中させる。

「(五感に頼っちゃダメ。もっと深く、根本的な部分で感じ取る。……深く、深く……形として捉えず、漠然と、だけどはっきりと……)」

 自分に暗示をかけるように、意識を自分の中に溶かし込む。
 明確な“形”としてではなく、“それそのモノ”として、認識していく。

「ッ!」

 “これだ”と思った瞬間に、緋雪は瞳を握り潰す。

「かふっ!?」

 直後、緋雪は血を吐いた。
 失敗だ。“疲労”を破壊できずに、間違えて体内の一部を潰してしまった。

「いっつつつ……!」

 すぐに傷を再生させ、治す。

「も、もう一度……!」

 何となく感じる事は出来た。後はそれを掴むだけだと、緋雪は再挑戦した。





「っ……ダメかぁ~っ!」

 何度も繰り返し、その度に失敗した。
 疲労も溜まり、緋雪はその場で仰向けに倒れこむ。

「シャル~、どうしたらいいかなぁ?」

〈……私には、なんとも。形のない、漠然としたものはお嬢様の方が詳しいかと〉

「そっかぁ……」

 愛機のシャルに尋ねるも、正解は返ってこない。
 さすがに疲れたため、緋雪はそれを機に一旦休憩する事にした。

〈……ただ、神界での記録映像はヒントになるかもしれません。再生しますか?〉

「そっか……“性質”も、形のないモノ……何かわかるかもしれないね」

 部屋の端に移動して、座り込みながら緋雪は記録を再生した。







「………改めて見れば、よく足掻けたよね」

 記録を見終わって、緋雪は感想としてまずそう呟いた。

「単純な戦闘力においても、私や他の皆と同等以上がいた」

〈加えて、出力においてはほとんどが上回っていました。単純な出力に正面から対応できるとすれば、それは司様かユーリ様、後はなのは様のスターライトブレイカーぐらいでしょう〉

「お兄ちゃんやとこよさん達ですら、隙をつくか何かしら手を加えないと押し負ける程だったからね……」

 対抗できるであろう司ですら、少しでも隙を見せれば押し負けていた。
 一点集中が得意な優輝達も、真正面から押し負けていた程だ。
 尤も、一点集中が得意なだけあって、真正面からでなければ勝っている事が多いが。

「……でも、飽くまでそれは“単純な出力”なら。物理的な問題でしかない」

〈はい。概念の面を見れば、特にマイスターは負けていませんでした。他の皆様も、単純な戦闘力に比べてかなり拮抗できています〉

「人間だからって、神にあっさり負ける程ではない……か」

 “戦闘になっていた”。その事実が、確かにそこに存在していた。
 何も出来ず、決して敵わず、蹂躙されていた。……そういう訳ではなかった。

〈マイスターやとこよ様、なのは様の“決して諦めない意志”が、皆様を支えていました。それが概念的強化になったのでしょう〉

「だから、抵抗出来た」

 もし、これが普通の戦いであれば。
 それならば、瞬く間に全員が蹂躙されていただろう。
 概念や性質、“そう在れかし”と理屈を無視した法則の神界だからこそ、抵抗出来た。

「神界の法則に苦しめられ、同時に助けられた……か」

 皮肉にも、苦戦していたその法則のおかげで、今こうして生き延びている。
 それを理解して、緋雪は溜息を吐いた。

「私達、本当に神界について何も知らないよね」

〈はい。……それと、今までのログを見る限り、戦闘に参加した全員に思考誘導が掛けられていました。それも、気づかれないように無意識下、それも薄く広く〉

「……だから、お兄ちゃんやとこよさん、サーラさんの認識が甘かった……」

 その類の“性質”がなくとも、理屈を通せば事象を引き起こす事は可能だ。
 “性質”は言い換えれば神界における“適性”なのだ。
 だから、その“適性”がなくとも、術式などを通せば同じ事はできる。
 それを利用して、祈梨及びソレラは優輝達全員に思考誘導を掛けていた。
 影響がなかったのは、突入前に戦線離脱した悪路王ぐらいだろう。

〈さすがに“甘かった”と自覚してからはその影響は見られません。気づかれない事に重点を置いた認識阻害だったようです〉

「言い換えれば、隙を見せればそういった事もしてくる程……か」

 単純に強い者なら、緋雪は何度も相手にしてきた。
 優輝を始め、司や神夜、シュネーの時を含めればオリヴィエやクラウス。
 修行の時もサーラやとこよ、ユーリに紫陽など、多種多様な相手だった。
 特に、術の類を得意とする者なら、搦め手も使われた事がある。
 故に、そういった戦術があることは緋雪も承知で、警戒もできる。

「……決定的な差は、理力とそれに伴う“性質”か……」

 だからこそ、神界の神々とそれ以外の存在の決定的差が理解できた。

「埋めるには、最低でも相手に迫る“格”に昇華する。または……」

〈理力の習得ですね〉

「前者も後者も、理屈すっ飛ばして無理矢理行使するしか方法が思いつかないよ」

 どちらも理論、理屈は皆無だ。
 前者も後者も行った優輝も、そういった理屈は考えていない。
 文字通り“体で覚えた”事で理力を扱えるようになっていた。
 前者なら可能にした司も、理屈を無視した“祈り”を現実に変えただけだ。

「しかも、お兄ちゃんも司さんも実現したのは土壇場。理力が飛び交う神界の戦場で可能にした事だからね」

〈状況もまた成功させた要素の一つ……ですね〉

 “格”の昇華及び理力の習得は、二人の精神状況も関わっていた。
 “ここで成功させる”という土壇場での強い意志が、実現に繋げたのだ。
 その強い意志は、今この場でおいても再現は不可能ではない。
 しかし、状況の方は別だ。

「理力が飛び交い、神や“天使”がいる神界だからこそ、“格”の違いが想像でき、理力の習得が可能だった。……そういう事だよね?」

〈はい。同じ状況を想像しながらなら、再現に近い事は出来ますが……〉

「それで実現できるとは限らない……か」

 実際にその場にいるのと、想像で補うのとでは決定的な差がある。
 ましてや、緋雪には司のような天巫女の力や、優輝のような“導く”力がない。
 その点もあって同じ事を実現するのは難しいと思った。

「……やっぱり、司さんの力を皆に行き渡るようにするのが得策かな?」

〈ですが、それでは司様が倒されるとその時点で敗北が決定します〉

「向こう側もそれを見抜くだろうしね……でも……」

 どの道、“格”を昇華する、もしくは理力を習得するにしても、次に戦う者全員が習得できるとは限らない。
 その点を見ても、司の力を全員に行き渡らせるのは必須だろう。

「……やっぱり、何人かは自力で辿り着かないと厳しい」

〈一人が狙われるのと、数人が狙われるのとでは、大違いですからね〉

 だが、考えても具体的な方法は見つからない。
 当然と言えば当然だ。()()()()()()()()()しないのだから。

「悩ましい……本当に、悩ましいな。“道”が見えないよ、お兄ちゃん。いつも私は誰かに手を引かれていた。……自分で道を拓くのって、こんなに難しいんだね」

 考えれば考える程、成功に繋げられなくなる。
 理屈も理論も存在しない方法など、考える事自体が間違いなのだ。
 それを自覚しても、緋雪は考えてしまう。“道”を見失ってしまう。

〈……一つ、興味深い発言が残っています〉

「興味深い発言?」

〈マイスターが理力を習得した際、仰っていました〉

   ―――「“基本的に、理力を扱えるのは神界の存在のみ”」
   ―――「……まるで、以前にも神界の存在でなくとも理力を
                扱った者がいたかのような言い分じゃないか」

「それって……!?」

 確かに言っていたと、緋雪は思い出す。

「……方法があるのは、確かなんだね」

〈だと思われます」

 前例が他にもあった。それだけでも心の支えになる。
 そして、それが切っ掛けなのかはわからないが、緋雪は考えを切り替えた。

「……そうだ。方法を見つけられないのなら、“道”がないのなら、決定的な差が、“壁”があるのなら……“破壊”してみせる……!」

〈お嬢様?〉

 切り替えたおかげか、緋雪は何かが吹っ切れたように掌に破壊の瞳を出した。
 理論を、理屈を並べてしまうのなら、“それ”を壊せばいいのだと。

「理屈なんて、過程なんて、いらない!……その工程を“破壊”する!」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

「っ……!?」

 微かに、緋雪は感じた。
 背中を押すような、後ろから支えてくれるような、そんな感触を。
 同時に、何かが切り替わったと確信する。

「(……()()()!お兄ちゃんや司さんが“格”の昇華をした時とか、神界の神や“天使”の存在と、私達との“違い”が、はっきりと分かる!)」

 “格”の昇華が出来た訳ではない。
 だが、今までは漠然としか理解出来なかった“格”の違いが、はっきりと感じ取って理解出来るようになっていた。

「(今まではどこがどう違うのか、漠然としかわからなかった。でも、今は違う。“違い”が分かるなら、そこからどうすればいいか逆算できる……!)」

 まるで、一つ上の領域に至った気分だった。
 今まで何も見えなかったものが見えるようになり、箍が外れた。

「これなら……!」

〈お嬢様、何を……〉

 突然様子が変わり、再び破壊の瞳を掌に出す緋雪にシャルは戸惑う。
 そんなシャルを気にせず、緋雪はその瞳を握り潰した。

「ッ……!」

 “パキン”と、何かが割れたような音が、緋雪の頭の中に響いた気がした。
 実際に音がした訳じゃなく、外見上変化はない。

「……まずは、限界を“破壊”」

〈……!?まさか、お嬢様!?〉

 呟かれた言葉に、シャルは驚愕する。
 この短時間で、先程まで習得できなかった“概念の破壊”を使いこなしたのだから。

「行くよ、シャル。ここからは、休憩なんてないぶっ続けだよ!」

〈お、お嬢様!?〉

 次に“疲労”を破壊して、緋雪はそう宣言した。
 まさに疲れ知らずとなった緋雪は、そのまま長時間、“破壊”を使いこなし続けた。









「……それで、こんな時間まで?」

「……はい」

 数時間後、緋雪は正座していた。
 緋雪に説教しているのは、アースラに戻ってきていた椿と葵、そして司だ。
 特に、司は自分が言っておきながら自分も休憩なしだった事に呆れていた。

「はぁ、いくら疲れを“破壊”できるからって、ずっと特訓してたらダメでしょうに。本当、無茶する所は優輝そっくりね」

「……えへ?」

「可愛くしてもダメ!」

 優輝に似ていると言われ、若干嬉しそうに笑う緋雪。
 しかし、すぐに叱責されて“シュン”と落ち込んだ。

「……とりあえず、“疲れ”の概念を破壊して疲れ知らずになっていたのは分かったわ。物理的な事象だけでなく、概念の破壊すら会得したのね」

「うん。こうでもしないと、お兄ちゃんや司さんみたいに“格”の差を埋める事なんてできないと思ったから」

「……一理あるわ。私や葵、とこよ達も対策を考えていたのだけど、先に貴女が辿り着くなんてね……」

 椿達は、霊脈の活用法を探しつつ、“格”の差を埋める方法も調べていた。
 概念的干渉から何とかするかまでは考えていたが、それを緋雪に先を越されたのだ。

「……限界の破壊。自分の殻を無理矢理破った事で、見える世界を“変えた”」

「あたし達も概念への干渉はやろうと思えばできるけど、まさか雪ちゃんが力技で概念に干渉してしまうなんてね。驚きだよ」

「そ、そんなに凄いんだ……」

 椿と葵の解析に、司が驚きを見せる。

「緋雪、それは他人にも出来るのかしら?」

「……わからないけど、多分出来ると思う。でも、私の場合は無我夢中な所もあったから、どう転ぶかはわからないよ」

「そう……。司、貴女の“格”の昇華は他の皆には?」

「難しいかな。あの土壇場以来、私も試してないから。自分だけならまだしも、複数人を纏めてというのは……」

 二人の返答を聞いて、椿は少し考えこむ。
 そして、少し間を置いて口を開く。

「緋雪、“他人の限界の破壊”を重点的に鍛えなさい。司は、まずは魔力の回復に努めつつ、“格”の昇華をものにしてみせなさい」

「あ、それと雪ちゃんは司ちゃんを優先して限界の破壊をしてあげて。その方が、全員の力を底上げするのを短縮できるから」

 新たな力を手に入れた緋雪に、次々と役目を与える椿。
 使えるものは使おうと、これからどうするべきかを擦り合わせながら伝える。

「うぁー、大忙しだね」

「……それだけ大手柄なのよ、緋雪。本来、私達式姫はもう成長限界が来ていた。でも、貴女の限界を破壊する力があれば、今以上に強くなれる。頭打ちだった、物理的な強さの限界を失くす事が出来るのよ」

「そうなんだ……」

 限界だけでなく、殻を破り一つ上の領域へ昇華出来る。
 本来ならあり得ない事を、緋雪は引き起こしていたのだ。

「……だからこそ、使うのは今回の戦いだけにしなさい」

「それは、神に手を掛ける力。神界に対抗するために、今は必要だけど、戦いが終わったのなら使わない方がいいよ」

「っ……どういう事……?」

「目を付けられるわ。神々に。貴女が神へと成るのなら、そのままでも構わないのだけど……人間のままでいるつもりなら、戦いの後は手放しなさい」

 身に余る力は必ず身を滅ぼす。
 それが内的要因か外的要因かは関係ない。
 緋雪の“破壊の瞳”は、それだけの力を秘めていた。

「……わかった」

「そんな心配しなくていいわ。物理的な破壊であれば、今後も使って大丈夫だろうから。……“何でもできる”って状態が、禁忌なだけよ」

 緋雪としても、厄ネタならばあまり手を出す気はない。
 椿と葵の言葉に、素直に頷いた。

「司、貴女もよ」

「わ、私も!?」

「ええ。天巫女の力だって似たようなものよ。力として出していいとすれば、それはアンラ・マンユ討伐の時ぐらいが限界のはず。今度の戦いではそれ以上となるのだから、貴女も気を付けなさい」

 そのまま流れ弾のように司にも忠告が飛び、司はいきなりの事で驚く。

「貴女の場合は、天“巫女”な事もあって力を使いすぎれば勝手に神に昇格させられそうだけどね……。ともかく、人間でいたいなら過ぎた力は毒よ」

〈……一理ありますね〉

 椿の言葉に、今度はシュラインが同意するように声を発した。

「どういう事?」

〈かつて、全盛期のアンラ・マンユを討伐した当時の天巫女は、アンラ・マンユを倒す際に明らかに何かを代償にしていました。私とはそこではぐれてしまいましたが、地球に流れ着いた後は……〉

「神格化されているかもね」

〈おそらくは。……だとすれば、納得です〉

 シュラインの最後に呟いた声は、司にしか聞こえなかった。
 その声が、司には懐かしい誰かを思うように聞こえて……

「……まぁ、とにかく。忠告はしたわ。それを踏まえて……やるわよ」

「あたし達で、優ちゃんを助けに行く。……いいよね?」

 そこで、椿と葵が遮るように言う。
 思考を中断し、司と緋雪はその言葉に当然のように返答する。

「もちろん!」

「そのために、私は立ち上がったんだから」

「……いい返事よ」

 二人の返答に、椿は笑みを浮かべる。

「なのはと奏も頑張ってるし、他の人達も立ち直ってきている」

「誰かに後押しされるように、皆立ち上がってくれてる」

「……優輝が、後を託してくれたからかもね」

「だから、絶対に助けるわよ!」

 椿が力強く発言し、緋雪達もまた、力強く頷き返す。
 決意を新たに、緋雪達は再び神へと挑む力を蓄える。
 ……全ては、大切な人を助けるために。













 
 

 
後書き
破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)…緋雪のツェアシュテールングが優輝に託された“可能性”により昇華された言霊に近い術。その力は物理的なものだけでなく、概念すら砕く。


ますます直死の魔眼っぽい力になってきた破壊の瞳。
これのおかげでレベルキャップが100から1000まで拡張出来た感じです。
そして、明らかに人の枠を超えた力なため、今回のような特例以外では、神々に目を付けられます。いい意味でも悪い意味でも。 

 

第228話「潰えた導き」

 
前書き
久しぶりな優輝side。
今まで何度か冒頭で出番がありましたが、今回はメインです。
 

 










「はっ、はっ、はっ……!」

 息は荒い。最早、自然と体を動かす事も叶わない。
 体は“闇”に覆われ、気を抜けば途端に呑まれてしまう。
 物理的な物質で構成された部位はなく、全て理力で補填している。
 その上で、膝を付き、なお優輝は意志をぎらつかせる。

「っ、ぎ……!」

 立ち上がる。
 先程、矢を放った先を見る。

「……こんな、事が……」

 矢が通ったそのすぐ横にいたソレラが、呆然と呟く。
 優輝が放った矢によって、神々の包囲に穴が開いていた。
 それだけではない。

「イリス様……!」

 矢となったリヒトは、確かにイリスを穿った。
 神々の防御を貫き、神々の体を貫き、果てはイリスすらも貫いて。
 神界の彼方へと消えていく程の威力を誇った。

「はぁっ、ふぅっ……っ……は、はは……!」

 途轍もない“意志”が込められた矢は、たった一撃で複数の神を倒した。
 これは優輝の“意志”だけではない。
 優輝とリヒト、そして今はここにいない全員の“意志”を集束させたものだ。
 当然、代償はある。

「っ、ごふっ……!」

 血を吐く、弓矢を引いた腕から噴き出すように血が溢れる。
 元々代償として片腕がなかったが、今度は義手替わりの理力も霧散した。
 完全に満身創痍。否、既に死に体だ。
 生きているのがおかしい状況でなお、優輝は戦っていたのだから。

「は、ははは………!」

 優輝は、それでも笑う。
 元凶たるイリスを倒したから………







 ……否。
 それは、希望を見出した笑みではない。







「……ようやく、()()()()()()()()

 “ドプン”と、優輝ごと呑み込む泥水のような“闇”が落ちてくる。
 
「っ、っづ、ぁああああああああっ!!」

 気合の雄叫びを上げる。
 なけなしの“意志”を振り絞り、その“闇”を跳ね除ける。

「っっ!?」

 だが、今度は重圧によってその体が地面に縫い付けられた。
 しかも、先程の“闇”よりもそれは重い。

「ぐっ、がぁぁあああああああ………!?」

「本当に、よく足掻きました。あれほどの輝きを見れて……満足です」

 降り立つのは闇色の衣を纏った、銀の長髪の女性。
 先程までいたイリスなのは間違いない。
 しかし、その身に纏う“闇”は、先程までの比ではなかった。

「それにしても、よく先程までの“私”が本体ではないと思いましたね?」

「ぐっ……簡単な、事だ……!お前があの一撃で倒せる訳がない……!そもそも、まだ()()()()()()あいつらが耐えられる程、お前の“闇”は弱くない……!」

「………」

「それに……神が分霊を持っているのは、当たり前だ。お前は、それを使って、他の神々も身動きが取れないようにしているだろう……?」

 重圧に押し潰されないように、優輝は耐えながらイリスの問いに答える。
 そう。優輝は分かっていたのだ。“イリスが弱かった事”を。

「………あは♪」

 その答えを聞いて、イリスは笑みを浮かべた。

「ええ。ええ!よくわかってますね!そうですよ!その通りです!嬉しい、嬉しいですよ!貴方がそこまで私を理解してくれてるなんて!」

「……チッ、嫌でも分かるっての……!」

 嬉しそうに言うイリスに、優輝は苦虫を噛み潰したような顔をする。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「………ふふ……思い出してくれたんですね……ずっと、ずっと人間の記憶しかないと思っていましたが………そうですかぁ……思い出してくれたんですねぇ……」

「っづ……!?ぐ、ぉぉ……!」

 さらに重くなる。しかし、完全に動けない訳ではない。
 これは“性質”によって縫い付けられている訳ではない。
 優輝が人のままであるが故に、“闇”の力に気圧されているだけに過ぎない。

「さぁ、今こそ貴方の輝きを染める時です。記憶がないままであれば、少し不満が残る所でしたが……思い出してくれたのなら嬉しいです。……今度こそ、貴方を()に染められるのですから……!」

 身動きが取れない優輝の傍へ行き、妖艶な笑みを浮かべながらイリスは優輝の顎に手を添える。まるで、愛する者を愛でるかのように。

「ッ……!」

「あら」

 刹那、“意志”によって優輝が攻撃を繰り出す。
 理力によって構成された剣が、イリスの首を刎ね飛ばそうとして……

「いいですねぇ……なおも諦めないその輝き。本当に、いいです」

「ぐっ……!」

 闇色の理力を纏った片手に、軽々と受け止められていた。
 まるで子供が振り回すおもちゃの剣を受け止めたように、いとも容易く。

「ここからどう窮地を脱しますか?貴方の“可能性”を魅せてください……!さぁ、早く、早く……!さぁ、さぁ、さぁ!」

「っづぁ……ぁあっ!!」

 優輝の姿が掻き消える。
 神界において会得した瞬間移動で、拘束から脱したのだ。

「そこですね」

「っご!?ぅ、ぐっ……!」

 直後、スライムのような“闇”で優輝は地面に叩きつけられた。
 イリスは瞬時に優輝の移動先を感知し、そこに攻撃を繰り出したのだ。
 辛うじて、着地は成功させた優輝だが、ダメージをさらに負った。

「ッッ……!」

 顔を上げれば、そこには一面の“闇”の弾丸が。
 さらに、頭上には強大な理力の気配。
 細かい理力も四方八方から感じられた。

「(逃げ場は……ない……!?)」

 完全に包囲されていると悟った優輝は、即座に前に駆け出す。
 最低でも、頭上からの攻撃は躱すべきだと、突貫する。

「ぉ、ぉおおおおっ!!」

 理力を振り絞り、剣を振るう。
 雨霰のように迫る“闇”の弾丸は、当然その程度では防ぎきれない。

 ………否。

「ぉ――――――」

 ……そもそも、優輝に回避や防御の余裕はなかった。

「―――――――ぁ」

 塗り潰すかのように、“闇”が優輝を呑み込んだ。
 そのまま、上空から鉄槌のように“闇”が振り下ろされる。
 さらに弾丸が突き刺さり、漏れ出た“闇”が瘴気のように広がった。

「ご、ぁ……が、ぐ、ぅ………!」

「嫌ですねぇ、貴方相手に手を抜く訳がありませんよ。貴方は、倒して、染めて、完全に従えるまで……絶対に手を緩めません。油断も慢心もしませんよ」

「っづ……イリ、ス……!」

 弾丸のように殺到した“闇”が槍となっていたのか、優輝は縫い付けられる形でいくつもの槍に貫かれていた。
 それでも、優輝の目は死んでいない。

「多勢に無勢な所を、よくここまで足掻きました。しかし、もう終わりです」

「っご……!?」

 さらに“闇”が殺到する。
 それだけではない。他の神々の攻撃も優輝へと突き刺さる。
 既に、体を動かす事もままならないというのに、僅かな慈悲もない。

「先に四肢を落としておきましょうか」

「っ、ぁあぁあああああっ!?」

「斬り飛ばす、なんて真似はしませんよ。その場で斬るだけです。手足だけで動かれる“可能性”も無きにしも非ずなのですから」

 手足が斬られ、その断面を“闇”で塞がれてしまう。
 これによって、理力で補填する事も出来なくなった。
 不可能ではないが、今の優輝では“闇”を突き破って補填する力が残っていない。

「さぁ、どこまで耐えるか、見せてください……!」

   ―――“深淵なる闇(バトゥース・スコタディ)

 刹那、闇よりも深い闇色が、優輝を呑み込んだ。



















       =優輝side=







「っ、ぁ………」

 気が付けば、辺りが全て暗闇の空間にいた。
 自分の姿ははっきりと認識できるにも関わらず、目の前すら見えない。

「(……さすがに、表層意識も限界だったか)」

 今この場にいるのは、イリスの“闇”も関係している。
 しかし、根本は僕が意識を失ったからだ。
 表層の意識が失い、さしずめ今は心の中と言った所だろう。
 今までが物理的な戦闘だというのなら、今度は概念や意志の戦闘になる。

「出来る限り時間を稼ぐつもりだったが………もう、限界か」

 深層意識で出来る事、される事など限られている。
 既に、僕の精神は疲れ果てている。抵抗すらほとんど出来ないだろう。
 その上で、イリスによる精神干渉。
 いくら足掻こうと、もう抜け出せない。

「……あれだけの“輝き”を魅せたというのに、なぜ諦めるのです?」

「自分の限界はよく理解しているからな。そもそも、表層意識での足掻きはこちらの力も回した結果だ。その表層意識が落ちたのなら、もう後はない」

 イリスが姿を現す。
 暗闇にも関わらず、イリスの姿ははっきりと見える。

「例えこの場でお前を倒したとしても、攻撃を跳ね除けた程度でしかない。詰んでいる状態から引き延ばしただけで、結果は覆らない」

「だから、ここで諦めると?」

「“僕は”な」

 イリスが若干不機嫌になる。
 ……当然だ。あいつは、僕の“可能性”を見たがっていた。
 見た上で、叩き潰そうと考えている。
 だけど、今の僕は既に抵抗する意志をほとんど見せなくしている。
 あいつの意に反する行為だ。不機嫌にもなるだろう。

「まぁ、なるべく抵抗はするさ。それだけ、勝ちの目が増える」

「……よもや、“無限の可能性”の貴方が、他に譲る、と?」

「そうだ。僕一人では限界がある。“無限の可能性”?はっ、的外れな。どんな存在にだって、一人では限界があるに決まっているだろう」

 まったく。身に余る通り名だな。
 神であろうと、誰かが必要になる。
 全知全能や創造神でさえ、世界に住まう人々が必要なのだから。
 しかし、どうやらイリスにはそれが気にくわないらしい。

「……ふざけないでください。私は!貴方の“可能性”が見たいというのに……!なぜ他の有象無象などに託すのです!?私は、私はこんなにも貴方を……!」

「……再三言うぞ。……人の可能性を舐めるな」

 なけなしの理力を纏う。
 さらに、魔力と霊力も。……当然、焼け石に水だ。
 この場は深層意識ではあるが、既にイリスの“領域”だ。
 いくら小細工をしようと、その上から叩き潰される。

「……あぁ、そうですか。他の存在に目を向けるのですね。……でしたら、否が応でも私を見てもらいます。貴方は、私だけのモノです……!」

「っづ……!?」

 体が締め付けられるような重圧に襲われる。
 身動きは取れない。元より、イリスの“領域”の時点で動けはしない。

「どの道、貴方にこの“闇”から逃れる術はありません……!さぁ、さぁ!私を、私だけを見てください!乗り越えようと、倒そうとしてください。貴方の可能性を、輝きを見せてください!私はそれを見たいからこそこうまでして貴方を追い詰めているのです!さぁ、さぁ、さぁ!さぁ!だから―――」

「ッ……!」

 刹那、イリスが真正面に肉薄してくる。
 そして、耳元に囁きかけるようにしなだれかかって来た。

「―――お願い。私だけを見て」

「っ、く……お断り、だ……!」

 “闇の性質”から、イリスからは魔性の気配もする。
 闇へ堕とすだけでなく、人を魅了する事も出来る。
 神夜に魅了の力を与えたのも、この側面からだろう。
 今のもその一端だ。明らかに、僕を魅了しようとしていた。

「……どうして?なぜ?どうして私を見ようとしないのですか?なぜ、貴方は私の()を悉く拒もうとするのですか?なんで、どうして、なぜですか……!?」

「ふざけるな……!一方的に無理矢理押し付けて、拒まれないと思ったか……!」

「……そうですか……」

 一歩離れ、イリスは俯く。
 その様は、まるで告白して断られたかのようだ。
 だが、実際の本質はそんなものではない。

「……他に目を向けるから、そんな事を言うんですね。でしたら、私にも考えがあります。ええ、最初からこうすればいいんです。貴方を手に入れるにはやはり外堀から埋めるべきだと。そのためにもまずは……」

「お前、まさか……!」

「無理矢理にでも、貴方には堕ちてもらいます」

「がっ……!?」

 顔を掴まれ、泥のような“闇”が押し当てられる。
 まるで染み込むように、それは僕の中へと入ってきて……

「っづ、ぁ……ぁ……あ゛……!?」

「堕ちろ、堕ちて、墜ちなさい……!」

「が、ぁああぁああぁあああああぁあああああぁぁぁあああああああああ!?」

 侵蝕される。意識が、意志が、魂が、心が、何もかも。
 黒く、暗く、昏い闇へと、無理矢理引きずり込まれていく。
 そこに、抵抗の余地はほとんどない。
 辛うじて踏み止まるだけで、決して振り払う事は出来ない。

「貴方は私だけを見てればいいの。それ以外はいらない。必要ないの。だから、私を見て、私だけにその輝きを見せて。さぁ、早く……早く……!」

「ぐ、がぁ……ぐ、ぎっ……!」

 “違う”と、“ふざけるな”と、心で叫ぶ。
 しかし、それは深淵の闇へと呑まれるように、届かない。無意味に終わる。
 それでも、最後の一線だけは超えないように心で藻掻き続ける。

「ねぇ、私は貴方を()したい、愛し(闇に染め)たいの。そのためだったらなんだってする。貴方が応えてくれるのなら、私も精一杯愛する。だから―――」

「っづ、ぁ……!」





「―――早く、堕ちて……!」

 さらに深淵へと引き込まれる。
 底なしの奈落に落ちるように、心が堕ちていく。
 だけど、これでもまだ一線は超えない。
 超えて、堪るものか……!

「無駄です。無駄ですよ……!私の“闇”からは決して逃れられません……!逃がさない。逃がさないんだから……!」

「ぐ………がはっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 心身共に“闇”へと染められる。
 手が顔から離れ、視界が戻るも、黒く滲んでいる。
 その中に、恍惚と妖艶と必死さが混ざったような顔をしたイリスが見える。

「んっ……!」

「ッ……!?」

 直後、今度は口を塞がれた。
 手や“闇”でではない。

「(こいつ……!?)」

「ん……ちゅ……」

 まさかキスをしてくるとは思わなかった。
 だけど、当然普通のキスじゃない。

「(まずい……!)」

 舌も絡めてくるソレは、かなりディープなものだ。
 それこそ、恋人以上の相手にやるような。
 だけど、同時に()()()()()()()()

「(こいつが、ここまでするとは……!)」

 イリスは、“闇の性質”から相反する“光”を嫌う。
 僕のような気質の相手は、本来触れる事すら嫌がるはずだ。
 だけど、今のイリスはその正反対。
 むしろ求めるように、恍惚とした表情でキスを続ける。

「(まさか、本気で………!)」

 “その考え”に至った時には、もう遅かった。
 流し込まれる“闇”が、完全に僕の全てを侵蝕する。

「(イリス、お前は……―――)」









   ―――その思考を最後に、僕の意識は途絶えた。















       =out side=





「ぷぁ……っ!」

 イリスが優輝から口を離す。
 離れた口と口の間に、透明な糸がひかれる。

「ふふ………」

 口を離したイリスは、まるで愛する者を見つめるように、優輝を見る。

「………」

 対して、優輝は無表情になっていた。
 目は虚ろになり、イリスを見つめ返している。
 そして、どこか頬も赤く染まっているように見えた。

「ようやく……ようやく、私のものになりました……」

 愛しい者に接するように、イリスは優輝の頬から顎にかけて撫でる。

「もう、離さない……!私の、私だけの愛しい人……」

 抱きしめ、もう一度口づけを落とす。
 それを、優輝はなすがままに受け入れる。

「……でも、まだ貴方が目を向ける人間がいるのですね……」

「ぁ………」

「その人間の名前……教えてくれます?」

 そう言って、イリスは優輝にキスをしながら額同士をくっつける。
 そこから、優輝の“大事な者”の名を読み取る。

「……そう、貴方の妹、親友、家族……それと、貴方を恩人と思っている少女に、ああ、あの物語の主人公……あら?なるほど……周りの人達は皆大事なのですね……」

 緋雪、司、椿と葵、奏、なのはと、次々と優輝の中にある“大切な者”の名前を読み取っていく。彼女達だけではない。聡や玲菜、学校の友人達や、クロノやユーノなど、優輝の周りにいた人物は全て読み取られた。

「ふふ……あれ程やって、まだ記憶を読み取られまいと抵抗したようですね……でも、無駄です。貴方の全ては既に私のものなのですから……」

 優輝は、意志も自我も失った状態で、それでも抵抗していた。
 だが、当然耐えられるようなものではない。
 あっさりと、明け渡すように読み取られてしまった。

「……あの忌々しい“天使”の情報はありませんか。どうやら、貴方も知り得ない場所にいるようですね。……好都合です」

「………」

 ぽつりと呟いた言葉が、優輝の耳に入る。
 イリスにとって忌々しい“天使”。
 それは、かつての神界での戦いにおいて猛威を振るった神の眷属の事だ。
 それがこの場には来ないと分かり、イリスはほくそ笑む。
 ……同時に、優輝の口も僅かに弧を描いたように見えた。

「では、まずは貴方の大事な存在を潰しに行きましょうか。……協力、してくれますよね?貴方は私だけのものなのですから」

「………あぁ」

 虚ろな瞳のまま、優輝はイリスが差し伸べた手を取った。
 そして、闇の世界が収束していき、二人は現実へと戻る。













「……ふ、ふふ……あはははははははは!!これで、これで!私の目的の半分は達成されました!ようやく、ようやく彼が私のものになったのですから!」

 現実の神界。そこでイリスが哄笑を上げていた。
 先程までの出来事は、ほとんど一瞬で終わっている。
 時間操作か術式に干渉しない限り、それは神界の神にとっても変わらない。
 故に、周りからは闇に呑み込まれた瞬間、優輝がイリスへと倒れ込んだようにしか見えない事だろう。

「イリス様、これからどうなさるので?」

「……そうですね……まずは態勢を整えましょうか。他の神の状況も知りたい事ですし……ね。その後は、改めて彼のいた世界へ攻め込みます」

 ソレラに尋ねられ、イリスはこれからの方針を言う。
 イリスが展開した包囲網は、飽くまで優輝を追い詰めるため。
 他の状況にも対応出来るように、一度態勢を整える必要があった。





「………なるほど、概ね上手く行っているようですね」

 しばらくして、イリスは収集した情報を纏めていた。

「“英雄”、“勇者”、“救世主”……様々な“逆転の一手”足り得る“性質”を持つ者は最低でも抑え込んでいる……と。無力化も時間の問題と言う訳ですね」

 神界のイリスと敵対している神も、もちろん戦っている。
 ディータだけでなく、様々な神が手を組んで徒党を組み、戦っていた。
 しかし、善神だけでなく悪神もいる神界で、イリスの復活は封印を見守っていたサフィアによって無差別に知らされた。
 その時、悪神がイリスに便乗したため、神界は大混乱に陥った。
 結果、イリスに対抗する勢力は散り散りになり、イリスに便乗する悪神が対抗勢力を後ろから刺すなどをして、徐々に追い詰められていた。

「ですが、油断は禁物です。私の分霊も派遣しますので、確実に潰すまで決して目を離さないように。絶対に逃げられてはなりませんよ」

 逆転される可能性がある“性質”。
 その“性質”を持つ神相手に、イリスは油断しない。
 逃走される事すら、後に逆転されるかもしれないと断じ、逃がさないように指示を出して、確実に潰しにかかる。

「尤も、彼よりは断然マシです。……如何に英雄、勇者、救世主であろうと……()()()()()()()()()()()()から」

 例え主人公だとしても、その主人公が敗北しない訳ではない。
 同じように、その類の“性質”を持とうとも、負ける可能性はある。
 それこそ、“可能性”に干渉しない限りは。

「……さて、“壁”を破るために準備を始めましょう。これより、彼の大切な者を壊しに行きます。……そのついでに、その世界の“壁”を壊してしまいましょう」

 そう宣言すると共に、イリスの眼前にエネルギーが集まっていく。
 それは、“世界”と言う境界を破壊するための力。
 地球に逃げ帰った緋雪達を、さらに絶望へ叩き落とすための力だ。

「……さぁ、逃げられませんよ?覚悟してください」

















   ―――既に、絶望へと王手は掛けられている……













 
 

 
後書き
深淵なる闇(バトゥース・スコタディ)…イリスによる闇への誘い。その闇に呑まれた者は、ほぼ例外なく闇へと染められてしまう。耐えきるには強靭な意志か闇の力に匹敵する理力で抵抗するしかない。本来なら負の側面を見せられて闇堕ちする形なのだが、今回は優輝に執着するが故に直接イリスが堕としに来た。


ヤンデレっぽいけどちょっと違う。そんな感じのイリスです。
いや、単にヤンデレっぽさが描けてないとも言うんですけどね。
ちなみに、今回イリスが優輝に繰り出した闇堕ちさせる技ですが、イリスが直接向かわなければ優輝はずっと耐えていました。尤も、抜け出す事も出来ないため、ジリ貧ですが。 

 

第229話「前を見据えて」

 
前書き
再び地球組sideに戻ります。
 

 










「……じゃあ、行くよ」

「うん」

「……ッ!!」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

 “パキン”と、何かが割れる音が司の脳裏に響く。
 そして、何かが切り替わったと確信する。

「……凄い。本当、言葉に言い表せないけど……確かに変わった……」

「……ふぅ」

 驚き、感心する司。
 一方で、自分ではなく他人に破壊の瞳を使うため、緋雪はかなり集中力を使い、既に疲労の色を見せていた。
 司にする前に、確実に他人に使えるように、再生能力の高い葵で何度か練習していたため、その疲労もあった。

「大丈夫?緋雪ちゃん」

「うん……こうすれば……!」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

 再び、破壊の瞳が握り潰される。
 すると、今度は緋雪の顔色が良くなった。
 “疲労”を破壊したのだ。

「……この短時間で、緋雪ちゃんかなり万能になったね」

「でも、今はまだ集中しないと出来ないよ。……本当に必要なタイミングじゃあ、きっと集中出来ない。それだと、今までと変わらないよ」

 確かに、今の緋雪の破壊の瞳は強力だ。
 しかし、まだ戦闘中では物理的な破壊しか出来ない。
 その場でしっかりと集中しなければ、まだ概念の破壊とまではいかない。
 だからこそ、緋雪にとってはまだ足りない。

「……あれ?緋雪ちゃんと……司さん?それに椿さんと葵さんまで……」

「あ、なのはちゃん、奏ちゃん」

 そこへ、なのはと奏がやってくる。
 二人は体の調子を確かめた後、しっかりと休息を取って、改めてここに来ていた。
 ちょうど、休息のタイミングで司や緋雪が部屋を使っていたのだ。

「……皆も、諦めていないのね」

「当然だよ奏ちゃん。諦められる訳がない」

 呟くように言った奏の言葉に、緋雪が悠然と返す。

「二人は何しにここに?」

「体の調子を確かめに……一応、休憩前もしたんだけど、その時は全然疲労が取れてなくて……それで、改めてここに来たの」

「そっか……あ、緋雪ちゃん。二人にもしてあげられる?」

「いいよ。ちょっと待ってね。まずはなのはちゃんから……」

「……?」

 緋雪がなのはに手を翳し、その様子になのはは首を傾げる。
 “瞳”を掌に出した所で、一体何をするのかとなのはは顔を引き攣らせる。

「えっ、緋雪ちゃん……?」

「じっとして。結構集中するんだから……!」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

 そして、司にやったように“瞳”を握り潰した。

「え……?今、何を……?」

「緋雪……?」

「次は奏ちゃんだよ」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

 驚くなのはと奏を余所に、緋雪は次に奏に手を翳す。
 そして、同じように“瞳”を握り潰した。

「っ……?これは……?」

「“限界”の破壊だよ。それと、もう一つ……!」

 その後緋雪は二回も“瞳”を握り潰す。
 “パキン”という音が、二人の脳裏に響いた。

「神界と私達。その間にある決定的な“壁”の破壊」

「さっきまでより早くなってるわね」

「連続だからだよ。やっぱり、集中する必要はあるみたい」

 先程までより、集中する時間は短くなっている。
 しかし、それは“捉え方”が分かって来ただけで、強く集中するのは変わらない。

「えっと、何をしたの?」

「緋雪の言った通りよ。一回目は“限界”の破壊。これで鍛えれば限りなく強くなれるわ。そして、神界と私達の間に存在する決定的な差。その“壁”の破壊よ。これで、“格の違い”って言うのをはっきりと理解出来るでしょう?」

 椿の説明を受けても、なのはは理解しきれずに首を傾げる。
 少しして、ようやく理解が及び、“えっ”と言って固まった。

「今のままではいけないから、限界を超える。言葉にするのは簡単だったけど、実際に為そうとするのは至難の業。……それを、緋雪は解決できるようになったの」

「それが……今の“破壊”」

「神の権能に匹敵……いえ、それ以上の力を持つわ。それこそ、神界の方の神と同等よ。だからこそ、私達に勝ち目が生まれる」

「今までは“格の違い”が何がどうなって、どうすれば追いつけるのか分からなかったけど……今なら分かるでしょ?」

 続けられる椿と葵の説明に、なのはと奏は驚きを呑み込むように喉を鳴らす。

「……うん。それに、もしかしたら今なら神界の存在に攻撃が通じるかも……!」

「さすがにそれは……」

 “まだ無理だろう”と、司は苦笑いして……その笑みが引き攣った。
 なのはと奏から微かに漏れた魔力を感じて、“格”が違うと確信したからだ。
 “格の違い”を理解出来る今だからこそ、気づけた事実。
 さすがに神界の存在にそのまま通用するとは思えないが、少なくとも神降しをした優輝よりはかなり上の“格”だった。

「あ、貴女達、その“格”は一体……?」

 司以外も気づいたようで、椿が尋ねる。
 そこで、司は思い当たる事があった。

「……もしかして、“天使”……?」

「……うん」

「だ、大丈夫なの?」

 “自分であって自分じゃない”。その感覚は表現しがたい恐ろしさがある。
 その事が心配で、司は二人に問いかける。

「大丈夫だけど……?」

「……いつかは向き合う必要がある。その時がもう来ただけよ」

 しかし、二人は平気そうにしていた。
 奏の言う通り、“向き合う時”が来たのだ。

「……そっか。もう、心配ないんだね」

「そうよ」

 実際に対話した事を、司は知らない。
 それでも、奏の目を見れば心配の必要がない事は分かった。

『なのはさん、少しいいかしら?』

「リンディさん?」

 いざ体の調子を確かめようとした時、なのはにリンディから通信が入る。

『フェイトさんが目を覚ましたそうよ』

「っ!分かりました、すぐに向かいます!」

 重傷者の一人だったフェイトが目を覚ます。
 その知らせを聞いて、なのはは飛び出すようにフェイトの元へと向かった。

「フェイトちゃん、目を覚ましたの?」

「うん!ごめん奏ちゃん、また後で!」

「いえ、私も行くわ」

「私達も行く?」

「そうね」

「行こー行こー」

 なのはにつられるように奏や司、緋雪達全員もついて行く。






「フェイトちゃん!」

「なのは……」

「……随分、大人数で来たね」

 部屋に辿り着くと、そこにはフェイトだけでなくリニスやアリシアもいた。
 アリサとすずかも先に来ていて、さすがに部屋がいっぱいになる。

「あー、私達は出ておくわ。同年代同士や家族の方がいいでしょ」

「あ、じゃあ私も扉の前にいておくから、落ち着いたら呼んでね」

 そこで、すぐさま椿と葵が遠慮して部屋を出る。
 それに倣って、司も外に出ておく。

「……かなり恐怖を抱えていたわね」

「……そうだね」

 外に出た椿と葵は、壁にもたれつつフェイトを見た感想を言う。

「やっぱり……。フェイトちゃんから感じた感情、かなり乱れてたから……」

 感情に鋭い司も、同じような意見だった。

「……そうだよね。あんなに何度も殺されたのだから、トラウマになってもおかしくはない。私だって、優輝君を助ける気持ちがなかったら、絶対に挫けてた」

「ええ。でも、私達も、緋雪も、奏も、何人も立ち上がったわ。フェイトも、大丈夫なはずよ。きっと、立ち上がってくれる」

「そうなの……?」

 フェイトとは特別親しくしている訳ではないが、椿は断言する。
 そのため、本当なのか司は聞き返した。

「私はフェイトの魂に触れた事があるわ。貴女が神夜と戦った日にね」

「あ……あの時の」

 司が珍しくキレ、神夜を痛めつけた日。
 あの時、椿は神夜の魅了を解くために、フェイトの魂に触れていた。

「だから、分かるのよ。彼女は繊細に見えるし、実際に繊細な部分もある。……でも、とても我慢強いわ。そして、周りに支えてくれる人がいるなら、きっと乗り越えられる。そんな人間よ」

「そっか……そうだよね」

 司もフェイトの事を何も知らない訳じゃない。
 強い所も知っている。……だからこそ、信じる事にした。





「……皆は、怖くないの?」

 一方、部屋の中では。
 アルフが持ってきたお粥を食べながら、フェイトはポツリと皆に尋ねた。

「……怖いよ。凄く、怖い」

「そうね……皆、怖いのは変わらないでしょうね」

 アリシアが寄り添いつつ答え、アリサも同意する。

「なら、どうして……」

 “そんな平気そうに振る舞えるのか”。そういう前に、フェイトはハッとする。
 見せかけだけで、本当は平気ではないのかもしれないと、そう思ってしまう。

「……まぁ、ちょっとは無理してるかもだけどね。……でも、“どうにもならない”、“途轍もなく怖い”と思った所で……何か変わる?って思ったんだ」

「っ………」

「怖いよ。凄く怖い。それは今も変わらない。でも、それでも、諦めたくないんだよ。皆も、諦めきれないから、まだ諦めていないんだよ」

「諦めきれないから……」

 だけど、違った。確かに、平気ではなかった。
 でも、その上で前を向こうとしている。それをフェイトは理解した。

「フェイトは、諦めきれる?」

「私は……」

 すぐには答えられない。
 アリシアもそれを分かって問うたのか、それ以上は追求しなかった。

「まぁ、目覚めたばかりだからね。気晴らしに散歩とかしてもいいよ。ただ、誰か付き添いか連絡出来るものを持ってね」

「……分かった」

 思う所はあっても、気持ちに整理がつかないのだろう。
 フェイトは、アリシアに言われた通りに、気晴らしに散歩をする事にした。
 付き添いとして、アリシアも連れて。



「……フェイトは我慢強いよね」

「……そう、かな?」

 廊下を歩きながら、ふとアリシアが呟く。
 自覚はなかったのか、フェイトは首を傾げていた。

「そうだよ。過去が過去だから、そうなったのかもしれないけど……それじゃあ、本当に辛い時がさらに辛くなるよ」

「………」

「誰か、自分の弱さを見せられる人がいないとね」

 そう言いながら、ふとアリシアは気づく。
 “優輝に、そんな相手はいたのか?”と。

「……優輝は……そっか、だから、なんだね」

「……お姉ちゃん?」

「んーん、何でもないよ」

 優輝は最後しか真に誰かを頼る事をしなかった。
 それが、先程気づいた疑問の答えだった。

「それより、やっぱりフェイトも辛いんだね」

「え……」

「普段と違って、私の事“お姉ちゃん”って言ったでしょ?」

 普段、フェイトはアリシアの事を名前で呼ぶ。
 姉として呼ぶとしても“姉さん”だ。
 “お姉ちゃん”と呼ぶのは、寝ぼけている時など、平静じゃない時だけだった。
 それ故に、本当にフェイトが辛そうにしているのだと、アリシアは見抜く。

「あっ……」

「……んー、そっか。まぁ、恐怖っていうのは抱え込みたくなるものだからね。私にも打ち明けられないのは何となく分かるかな」

「……ごめんなさい……」

「謝る事はないよ!私がもっと頼れる雰囲気出せてたらなぁとは思うけど、フェイトに落ち度はないから!」

 そう言いつつも、アリシアは付き添いは自分以外の方がよかったと思っていた。
 母親であるプレシアはまだ眠っているが、リニスもあの場にはいたのだ。
 家族兼、フェイトの魔法の師匠でもあるリニスなら、上手く対応していた。
 何となく、アリシアはそう思ってしまった。

「……あれって……?」

「え?どうしたの?……あっ」

 ふと、フェイトは廊下の先にいる人物を見つける。アリシアも遅れて気づく。

「神夜……?」

「あ、フェイトにアリシアか。……二人共目を覚ましていたんだな」

 神夜もフェイトとアリシアに気付く。
 そんな彼は、どこか疲れ果てている様子だった。

「神夜は……」

「俺もそう早く目を覚ました訳じゃないが……まぁ、ずっと考え事してた」

 神夜は神界での最後の戦いで、他の皆を守るために盾になっていた。
 そのため、肉体はともかく精神や魂へのダメージがあったため気絶していた。
 時間としては、アリシアと同じぐらいに目を覚ましていたが、今の今までずっと考え事をしていたらしく、外出していなかった。

「考え事?」

「大した事……でもあるか。今じゃ。……葛藤してたんだよ。俺に魅了の(こんな)力を与えた神に負けて、諦めたい気持ちと諦めたくない気持ちでな」

「それって……」

 神夜もまた、フェイト達と同じように思い悩んでいた。
 あれ程の力を見せられて、敵うはずがないと諦めたくなる。
 だけど、そうするともう何も残らないため、諦めたくない。
 そんな、相反する二つの考え。
 それを神夜も持っていたのだ。

「……でも、考えれば考える程、諦めたくない気持ちが強くなってな。……俺はまだ贖罪が出来ていない。それをしないまま、終わる訳にはいかないからな。……それに」

「それに?」

   ―――「その鬱憤はお前に力を押し付けた元凶にぶつけてやれ」

「……奴らを倒す理由が増えたからな」

 魅了の力を持たせられていた事に気付かされ、酷く凹んでいた時。
 神夜は帝の言葉で立ち直っていた。
 その帝も、今はもういない。生死不明ではあるが、助かる見込みはないだろう。
 ……だからこそ、神夜は立ち上がった。

「“仇を取る”……なんて、そんな大それた真似をする資格があるかはわからないけど、まだ諦める訳にはいかないんだ」

「神夜……」

「……そっか。……ちょっといいかな?」

「ん?」

「フェイトはちょっと待っててね」

 嘘ではない。アリシアは神夜の目を見てそう判断した。
 だからこそ、ふと気になった事を問うために一度フェイトと引き離す。
 会話を聞かれないように軽く防音の術を掛け、アリシアは神夜に問う。

「これは確認だよ。……ジュエルシード事件の時、フェイトのために動いたのは、相手が“フェイト”だったから?」

「……どういう、事だ?」

「以前、帝から聞いたんだ。私やフェイト、なのは達は、転生者の皆にとって元々はアニメとかの登場人物だったって。……神夜も、そうだったの?」

「それ、は……」

 神夜は言葉を詰まらせる。
 それは、アリシアが“自分達はアニメ上の存在だった”と知っている事への驚愕や、アリシアの言う通りだったから……などではない。
 当時の自分の気持ちをしっかりと思い出し、正直に答えるためだった。
 何度か逡巡した後、答えをはっきりと口に出した。

「……一番最初、それこそ行動を起こすきっかけはそうだった。……だけど、そんなのは結局はきっかけでしかなかった。……打算やどう動けばいいか、なんて考えは確かにアニメを基準にしていたさ。……でも、“助けたい”という気持ちは、本物だ。これは断言できる」

「……そっか。そうなんだね」

「アリシア?」

 神夜の答えに、アリシアは安心したように呟く。

「……うん。今の神夜なら、フェイトの事任せられるよ」

「任、せる?」

「そうだよ。私じゃ、弱さを見せてくれなかった。ママかリニスでもいいけど、家族だからこそ弱さを見せてくれないかもしれない。……でも、神夜なら」

 どういう事なのかと、神夜は呆気にとられる。

「確かに、魅了の力で仮初の感情を植え付けられていた。でも、それでも神夜が本心からフェイトを助けた事に変わりはない」

「けど、任せるって……」

「……フェイトが弱さを見せられる相手になってほしいの」

「………」

 “信じて、頼られる”。魅了が判明してから、初めての経験だった。
 魅了という所業を知ってなお、アリシアはフェイトを任せると言ったのだ。

「……俺なんかでいいのか?」

「魅了という真実があっても、フェイトを助けたのも真実に変わりないよ。まぁ、後はフェイト次第だけど……神夜は元々悪意があった訳じゃない。心の折り合いさえつければ、十分信用できるからね」

 そう。何度も言われているように、神夜は善人の類だ。
 思い込みが強い所を除けば、十分に信用できる。

「……分かった」

「うん。フェイトを二度も裏切るような事をしたら、今度こそ許さないからね?」

「百も承知だ」

 力強い返答を聞き、アリシアは満足そうに頷く。
 そして、防音の術を解除した。

「……何を話してたの?」

「んー、ちょっと神夜に関して確かめたい事があっただけだよ。うん、安心できる」

「……?」

 わざわざ聞かせないようにしたのだから、フェイトも深くは聞かない。
 しかし、やはりはぐらかした返答では訳も分からず首を傾げるしかなかった。

「それより、気は晴れた?」

「えっと……少しは」

「そっか。よかったよかった」

 一人満足そうにするアリシアに、終始フェイトは首を傾げるばかりだった。
 その様子に、神夜も苦笑いするしかなかった。













「情報を纏めると、やな」

 しばらくして。
 あの後、フェイトだけでなくほとんどの者が目覚めた。
 未だに目覚めないのは、アミタやキリエなどのかなりの重傷者ぐらいだった。
 時間もかなり過ぎたため、一度情報を整理するために会議室に集まっていた。
 そんな中、戦闘時の映像を整理していたはやてが発言する。

「これは希望的観測になるし、事実とは限らへん。でも、戦闘時の映像や神界での法則を照らし合わせると、一つの特徴が分かった」

「特徴?」

「私含めて、皆は神達の戦闘技術を、その強さに反してそんな高くないと思ってたはずや。もちろん、普通に高い神もいたけどな」

 はやての言葉に、ほとんどの者が“確かに”と頷く。

「“戦闘”として成り立つのは、少なからずあっちもこっちの法則に引っ張られているから。そして、戦闘に関する“性質”を持つ神はそれに対応して、かなりの強さを誇る。……実際、物理的な戦闘力のある人すらも競り負けてた程や」

 だが、そこではやては“けどな”と続ける。

「逆や。そんなのは全くの逆の発想やったんや」

「逆、というと?」

 リンディが聞き返す。
 話を進めるのは実際に神界で戦った者が主体としているが、それはそれとしてリンディは代表してその情報を纏めている。
 他にも、何人か管理局や退魔師から情報を纏める者もいる。

「“性質”の相性で、神の戦闘技術が左右されてたんやない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んや」

「「「っ……!!」」」

 その言葉を瞬時に理解した者は、驚愕に息を呑んだ。

「……つまり、“戦闘技術が低い神相手なら勝ち目がある”などではなく、むしろこちら側の法則に引っ張られている戦闘技術が高い神の方が、やりようはあるということかい?」

「……推測でしかないけどな」

 紫陽が要約し、理解が及ばなかった者も驚愕する。

「まぁ、やりようがあるゆうても、神の力がそのまま戦闘力になってるせいで、普通に勝つ事も難しいんやけどな」

「……反則的な身体強化をした優輝で、何とか攻撃が防げる。そんな神もいたしね」

 優輝、とこよ、サーラ。直接的な戦闘力ではこの三人がトップを張っていた。
 しかし、その三人がかりでようやく足止めが出来る程強い神も神界にはいた。
 さすがに、それで“やりようはある”と言われてもピンとこないだろう。

「私からも一つ、神界の事で分かった事が」

 続けて、とこよが挙手する。

「神界では、“意志”を強く保つ事で致命傷すら覆す事が出来たんだけど……それって、本当に“意志”だけの力なのかなって」

「とこよはあたし達のほとんどが洗脳されていた時、最後の足掻きとして自身の思い出や心象を形とする術を行使した。結局は“格”の昇華がなくなってすぐに破られたけど、それまでならきっちり耐えていたんだ」

 とこよの言葉に紫陽も補足するように続ける。

「つまり……“意志”を強く保つのは、飽くまで手段でしかないと思うんだ」

「では、何が重要と捉えているのですか?」

「自分を自分として定める……所謂自己の“領域”。“ここまでなら出来る”“この程度では倒れない”とか、自分が定めたものを自分のものとして支配下、または制御下に置く事で成立させる、まさに“自分を自分として成り立たせるモノ”。それが神界では重要だよ」

「領、域……?」

 抽象的な表現だったからか、ほとんどの者が理解しきれていない。
 だが、とこよもこれ以上分かりやすい表現は出来なかった。

「これは理屈じゃない。ただ“そう在る”だけだ。表現しようにも的確な言葉が“領域”しかない。自己を成り立たせる“領域”。とにかく、それが重要なのさ」

「理屈じゃない……なるほどね……」

 ごく一部の者は理解したのか、納得したように頷く。
 椿もその一人で、理解したからこそ冷や汗を掻いていた。

「“性質”もその“領域”から来るものって訳ね。神がそう言った存在且つ、“領域”を持つのなら、当然“性質”もそれになる」

「椿の言う通りだな。霊脈の調査がてら、色々推測していたが……はやての憶測を混ぜれば全部が全部的外れとも考え難い」

 “性質”を持つから、それに類した雰囲気や容姿を持つのではなく、“領域”が形を為し、力と為す故に“性質”とその容姿を持つのだと、椿は言う。

「戦闘に関する“性質”を持つ神は、当然“領域”も似通ったモノだろう。そして、神界ではその“領域”を侵食、または破られる事で敗北が決定する。……ここから考えると」

「戦闘に関する“性質”を持つ神界の神にとって、“戦闘する”というのはそれだけで“領域”に踏み込まれている事になる」

「ッ……!だから、やりようはある……!」

「そうなるさね」

 ハッとしたようにアリシアが呟き、紫陽が肯定する。
 “戦闘”という状況に持ち込んだ時点で、戦闘に長けた“性質”を持つ神達は大きなハンデを背負っていたのだ。

「……でも、だからこそ、それ以外の神をどうにかしないと、ですね」

「……そうだね」

 だが、ユーリの呟きに全員が静かになる。
 そう。決定的な差は未だに解決していないのだ。
 それをどうにかしない限り、勝ち目はない。

「……でも、それもどうにかなるかもしれない。ううん、どうにかしないといけない」

「……そうだね」

 それでも、緋雪と司はもう挫けない。
 そして、圧倒的不利を覆す可能性のある手も、既にあった。








 
 

 
後書き
数少ない情報から、神界の法則を的確に理解していくスタイル。
頭脳面でもかなりのメンツが揃っていますからね(グランツやジェイルなど)。
今回の会議には出ていないですが、発言したとこよや紫陽はその二人に情報の事で相談したりしています。 

 

第230話「パンドラの箱」

 
前書き
―――開け放たれた(判明した)真実は、まさに災厄の箱のようで……
 

 








「“領域”への干渉の仕方を、私達は知らない。“戦闘”という状況にする事で戦う事は出来ていたけど、それだとこっちが圧倒的不利のまま」

「干渉の仕方としては……私達も“領域”を持って、それをぶつけるとかかな」

 奏、緋雪が続けて発言する。

「“領域”を持つって言ったって、一体どうやって取得するんや?」

「取得する必要はないよ。さっき、とこよさんが言った通り、“領域”は自分を自分たらしめるモノなのだとすれば、既に私達全員も持っているはずだよ」

 はやての疑問に、司が答える。

「既に、持ってる?」

「私達の肉体、心、魂。そのどれもが“領域”を表している。だって、どれも私達を構成する要素なんだから」

「……なるほど。確かにそうですね」

 古代ベルカでも魂や心に干渉する魔法が研究されていたためか、何人かが納得する。
 フェイトやアルフなども、漠然とだが理解はしているようだ。

「だとすると、条件としては対等になるのでは?」

「最低条件はね。でも、その“領域”の強度が全く違う。これが、今まで認識していた“格”の違いの正体だと思う」

「“領域”の強度……」

 ただでさえ曖昧な表現しか出来ないモノだ。
 それの強度が違うと言われても、何をどうすればわからないのが普通だ。

「絶対的な差は、ここにある。……だから、それを“破壊”しちゃえばいいんだよ」

「……えっ?」

 聞き返すように誰かが声を漏らした。
 緋雪の発言に、事情を知らない者全員がどういう事なのかと視線を向ける。

「差そのものの破壊は出来ないよ。それをするにはこっちの“領域”が弱い。でも、決定的な差と言う名の“壁”は破壊出来る。……そうすれば、手を届かせるチャンスが生まれる」

「そんなの、一体どうやって……」

 緋雪の言葉に、フェイトが聞き返す。

「“これ”だよ」

 それを、緋雪は“破壊の瞳”を出す事で返答とした。

「“破壊の瞳”……まさか……!」

「戦闘時でなければ、これで概念すら破壊できる。……既に、私と司さん、椿さん、葵さん、そしてなのはちゃんと奏ちゃんの“壁”は破壊したよ」

 クロノが声を上げ、プレシアなども目を見開く。
 その驚愕の様に緋雪は満足したように大胆不敵な笑みを浮かべる。

「限界の破壊、神界との私達の間にある“壁”の破壊。……これによって、私達は限界を超えた強さを得る事が出来るだけじゃなく、神界の存在を“理解”出来る」

「なっ……緋雪、それは本当なのか!?」

 続けた司の言葉に反応したのは紫陽だ。
 反応したのは神界の存在を“理解”出来るという部分。

「あの規格外共を……理解不能だったあいつらを、“理解”出来る!?本気で……本気でそれを可能にするというのかい!?」

「ど、どうしたんだ……?」

「どうもこうもないよ執務官!理解するのと出来ないのとでは、大きな差がある……!相手を理解すればするほど、弱点も分かるしどういった存在かも分かる。……けど、神界の連中は全くもって理解が及ばなかった!……それは、実際に戦った皆なら分かるはずだ」

 理解さえ出来れば、解き明かす事が出来る。
 だが、それが出来ない場合は未知から変える事が出来ない。
 その上で、神界の神はまったく“理解”出来なかった。……そのはずだった。

「……可能だよ。実際、私はそれを“破壊”した。……お兄ちゃんだって、何度も限界を超えて、理屈を無視してあの領域に立ったんだもん。……手を届かせるぐらいなら、私にだって出来るよ」

「っ……緋雪!分かっているのかい!?それは、人の身で……!」

「紫陽、それについては私から忠告済みよ。でも、今はそうでもしなければ状況を打開する事は出来ない。緋雪も、覚悟の上よ」

「椿……!」

 人の身で神の権能と同等以上の事をする。
 その危険性は、神の座を受け継いだ紫陽だからこそよく分かっていた。
 だが、緋雪は既に覚悟していると椿に言われ、それ以上は言えなくなる。

「……紫陽ちゃん、緋雪ちゃんを信じよう?元々、緋雪ちゃんにはその素質があったんだから神の権能染みた事が出来てもおかしくはないよ」

「とこよ……分かった。今までの規則や法則に則ってたらダメだね。自分の枠組みを超えるぐらいはしないと、どうにもならないからね」

 とこよの言葉に、紫陽はとりあえず納得する。

「……とにかく、その決定的な差をどうにか出来たとして……その上でどうするのか、だ。その“領域”とやらの問題をどうにか出来るとして、それで事態は解決できる訳じゃない」

「その通りです。緋雪さん達が言ったのは、飽くまで最低条件を満たしただけ。……その上でさらに対策を練らない限り、どうにもなりません」

 クロノ、サーラが未だに残る問題を示す。
 言わば、足場が存在しない状態から足場を作っただけでしかない。
 それだけでは、向こう岸に着ける訳ではない。途中で落ちてしまえば無意味だ。

「限界の壁と、絶対的な壁の破壊。これさえすれば、ただ強くなるだけでもかなり戦況はマシになると思うよ。でも、それだけでは足りないのも確か」

「私の祈りで何とかしても、それでも足りないだろうね」

 限界がなくなり、神との差を明確に理解する。
 その上で、司の祈りと共に強化を施せば、以前の戦いよりはマシになる。
 だが、それで打倒できるのかと問われれば否となる。

「最低でも、一つは概念的攻撃の手段が必要だと思う」

「概念的攻撃……私達のように霊術を扱えるならともかく、魔法だと相当難しい事じゃないの?それって……」

 アリシアの言う通り、霊術であれば概念に干渉する方法はある。
 しかし、魔法の場合は物理的なものが多いので、概念への干渉は難しい。

「だから、何としてでも覚えてもらうよ」

「……避けては通れないって訳だね」

 もう“別の手段を取る”といった遠回りな事は出来ない。
 次の戦いまでに、何としてでも皆は概念的攻撃を覚えなければならなかった。

「“格”の差については、私がある程度は何とかするつもりだけど……それぞれで出来るだけの事はしてほしいかな。緋雪ちゃんのおかげで枠組みから外れて強くなれるんだし、もしかしたら“格”を昇華させる必要がなくなるかもしれないし」

「概念的攻撃に関しては、この中だと紫陽さんが一番詳しいんじゃないかな?」

「うーん、かやちゃんも十分詳しいと思うよ?」

「そっか、椿は神の分霊だから、知っててもおかしくないんだったね」

「確かに知ってはいるけど……習得できるかは別よ?」

 概念的攻撃に関しては、紫陽や椿を中心とした神関連のメンツが教える事になる。
 しかし、“格”の差……つまり、“領域”の強度は懸念が残る。

「攻撃が通じる所まで“格”を昇華させる……つまり、“領域”を強化するんだけど、問題は私と皆の器が耐えられるか、なんだよね」

「可能なのかではなく、“耐えられるのか”が問題なのか?」

「うん。“領域”を認識できたおかげで、そこまで強化する道筋も理解できた。……でも、無茶苦茶な強化には変わりないから、先に体がダメになるのかもしれないんだ」

 司の言う懸念に、全員が少し黙り込む。
 攻撃が通じるようになっても、その時点で戦闘不能な可能性もあるからだ。

「ま、その点は限界の壁を破壊すれば何とかなるわ。今までは物理的に鍛えても器は変わらなかったけど、緋雪の破壊があればそれも変わるわ」

「物理と非物理の境界が曖昧になるから、だっけ?まぁ、そんな感じだから皆も雪ちゃんの破壊で枠組みを破壊してもらっておいた方がいいよ」

 体を鍛えるのと、器を鍛えるのは本来別だ。
 肉体を鍛えるだけでも少しばかりは器も強化されるが、本格的に鍛えるのは無理だ。
 だが、そんな本来は別アプローチが必要な器の強化も、緋雪が限界と“壁”を破壊する事で、かなり簡略化出来る。

「だけど、忠告が一つ。……一度緋雪に破壊してもらった場合、もう元に戻るとは思わない事ね。最悪、人の枠組みからも外れてしまうわ」

「……椿の言う通りだね。さっきは言い損ねたが、緋雪の力も、それによって齎されるものも、人から外れたものだ。神の目につくのはもちろん、“普通”には戻れないよ」

 しかし、そこで椿と紫陽による忠告が入る。
 そう。神に目を付けられるだけでは終わらない。
 “人”という枠からはみ出て、一生元に戻れなくなってしまう。
 
「……覚悟はあるのかい?そうなってしまってもいいという、覚悟が」

「………」

 沈黙が下りる。
 危機的状況とはいえ、人を止められるのかと聞かれて応答を躊躇してしまう。
 だが、答えられない訳ではない。

「……あるよ。覚悟は、ある。もう、決まってるよ」

「……そうね。ここまで来て、引き下がれるものですか」

 アリシアが、絞り出すように言う。
 それに追従するように、アリサもそういった。
 さらにそれを皮切りに、次々と紫陽の言葉を肯定していった。

「―――まったく、ここまで言われちゃ、あたしには何も言えないね」

「元より、このままだといけないんだ。……僕らが人の身を捨てるだけで、何とかなるのかもしれないのなら、躊躇いなく人の身から外れよう」

 何度も殺され、心すら蹂躙された。
 その経験から、人の身がどうなどと、最早気にする程の事でもなくなっていた。
 クロノの言った通り、今この場に人の身を捨てる事を躊躇う者はいない。
 いるとすれば、それは神界の戦いに参加していなかった者ぐらいだろう。
 しかし、その一人であるリンディも、それしか方法がないのならば受けいれる覚悟は既に出来ている。



「では、今後の方針は緋雪さんの破壊を使いつつ、態勢を整える事。……そして、万全な準備ができ次第、志導優輝及び王牙帝の両名の救出に向かいます。……よろしいですね?」

 具体的どうするのか、どうしていくのかが決まっていく。
 最後はリンディが締め、会議は終了する。

『艦長!』

 各自が思い思いに席を外している中、リンディに一つの通信が入る。

「どうしました?」

『……聖王教会から通信が入っています』

「っ、すぐに向かいます」

 それだけ言って、通信は終わる。
 慌てたようにリンディは部屋の中を一瞥する。

「はやてさん、ユーリさん、少しついてきてもらってもいいかしら?」

「リンディさん?どうしたんや?」

「何か御用でしょうか?」

 声を掛けられたはやてとユーリがリンディの元へ集まる。
 つられるようにアインスとサーラも同行した。
 ディアーチェ達やヴォルケンリッターは少しばかり離れた場所で待機していた。

「聖王教会からの通信があったの。それで、古代ベルカに関係している貴女達にも同行してもらいたいのよ」

「聖王教会から……もしかして、カリムから?」

「おそらくはね」

 急ぎの通信となれば、相応の用件の可能性が高い。
 そこから、はやての友人でもあるカリム・グラシアからの通信だと推測した。
 彼女の持つレアスキル“預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)”に関する事だろう。

「古代ベルカに関する事でしたら……私よりも、緋雪さんの方が適任じゃないですか?」

「……それもそうね。緋雪さーん!」

 緋雪はかつてシュネーとして生きた記憶がある。
 シュネーは古代ベルカ戦乱時代真っ只中の人物だ。
 その記憶があるのであれば、確かに同行もするべきだろう。
 すぐさまリンディが緋雪を呼び出す。

「どうかしたんですか?」

 すぐに緋雪も来て、リンディは簡潔に用件を説明する。

「なるほど、そういう事なら……」

 緋雪も同行する事になり、早速リンディは通信のために移動を開始した。







「……やっぱり、預言に関してね」

 移動後、リンディは通信を開いて、データを受け取った。
 その際の会話で、予想通りの内容だったと呟く。

「通信したのがカリム本人じゃないのが気になるんやけど……」

「向こうも忙しいのかもしれないわ。とにかく、内容を確認しましょう」

 そういって、リンディは受け取ったデータをその場に展開する。
 
「っ、これは……!?」

「ぇ……何、これ……?」

「これは……」

 そのデータを見て、ユーリと緋雪は驚愕する。
 リンディも声を上げるが、それは単に読めないながらも意味不明だったからだ。
 なぜなら、その預言の内容の一部が、明らかに同じ文字を羅列しただけだったからだ。

「何か、まずい内容でもあったのかしら?」

「……違います。そういうのじゃ、ありません……!」

「あの、そのカリムっていう人、無事なんですか……?」

 緋雪の問いに、ますますどういうことなのかと疑問に思うリンディ。
 
「どういう事?」

「……預言の内容、写しますね。先に言っておきますけど、これはそのまま訳して書き写しただけです。改変も、何もしていません」

 そういって、ユーリがあっという間に現代語訳した預言を書き写す。

「これは……!?」

   ―――“可可能性ののの 灯火火火は 堕堕堕ちち”
   ―――“世世世界はは闇闇闇闇 覆われれ るるる”
   ―――“希望…………潰え………”

「……これ以上は翻訳不可能です」

 ユーリ曰く、他は文字が潰れているか、文字化けのような状態だと言う。
 辛うじて翻訳できたのが、預言の冒頭部分だけだった。
 それだけでもあまりに不自然な内容になっていた。

「まるでコンピュータのバグのような文章……今までの預言で同じような事は?」

「私の知る限りないわ。ただ、今までは古代ベルカ語を簡単に訳す事が出来なかったから、もしかすると同じような事も……」

「騎士カリムと連絡は?」

「出来るかどうか、今確かめているわ」

 通信とは違い、メッセージでアポイントメントを取る。
 しかし、返答はすぐに返ってきた。

「……“昏睡状態”、ですって?」

「なんやって!?カリムが……!?」

 その内容は、件のカリムが昏睡状態に陥っているというものだった。
 友人でもあるはやては、その内容に驚愕する。

「……無理もないかも」

「緋雪さん?」

「多分、預言は神界に関する事なんだと思う。規格外の存在を預言しようとして、その反動で昏睡状態に……って事だと思う」

「……なるほど……」

 少なくとも、しばらくの間カリムが目を覚ます事はないのだろう。
 
「……それにしても、この内容は……」

「読み取れる部分だけでも、良い内容とは言えませんね……」

 分かる部分を要約すれば、希望が絶たれて世界が闇に覆われる事が分かる。
 普段の預言とは違う事態になった上でこの内容だ。
 気にしないという選択肢はないだろう。

「緋雪さんは、私が訳した部分以外は分かりますか?」

「……ううん。私から見ても、同じ所ぐらいしか読めないよ。古代ベルカ語って言っても、(シュネー)とユーリちゃんの時代で違いもあるし、地域の訛りとかもあるから、一概には言えないけど……」

「少なくとも、今一番読める二人がこんなけしか読めへんって事やな……」

 何かの手がかりになりそうだからこそ、はやてはもどかしく思った。
 すると、そこへ二人の来客が来る。

「あ、緋雪ちゃんここにいた」

「探したわ」

「あれ?なのはちゃんと奏ちゃん?」

 来客したのはなのはと奏だ。
 どうやら、緋雪を探していたようだ。

「どうしたの?」

「皆の“壁”を破壊せずにどっか行っちゃったから、探してたの」

「あー、そうだった。リンディさんに呼ばれてついて行ったから忘れてた……」

 これ以上自力で成長するのは難しい。
 そのため、緋雪の破壊が必要なのだが、その緋雪が席を外していたため、なのはと奏が代表して探しにきていたのだ。

「あれ?リンディさん、それって……」

「これは……聖王教会から送られてきた、預言の内容よ」

「ほら、前に話した事あるやろ?預言のレアスキルを持つ人の事」

「その預言がこれなんだ?」

「まぁ、肝心の内容はおかしくなってるんだけどね」

 どうせ古代ベルカ語なのでなのはには読めないだろうと、預言の内容を見せる。
 一通り目を通したなのはは、やはり首を傾げたが……

「“可能性の灯火は堕ち、世界は闇に覆われる。希望の輝きは潰え、人は絶望に呑まれる。無限を内包せし可能性は闇に転じ、全てを蹂躙する”」

「……えっ?」

「“……此れを覆すは、人が紡いで来た新たな可能性。鍵となりしは、天の羽を持つ不屈の魂と音を奏でし魂、草の神と共に在る薔薇、天に祈る二人の巫女、緋き雪の姫、守り守られし女神姉妹、叛逆せし傀儡、夢想を追い求める者、そして可能性の半身。十二の輝きが揃う時、堕ちた可能性を止める者あり。さすれば、闇が可能性の光を示し、無限の可能性は再臨せん”」

 一瞬聞き間違いだと緋雪は思った。
 しかし、紡がれる言葉は止まらなかった。
 ……間違いなく、なのはは預言の内容を“読んでいた”。

「なのは、さん……?」

「……読めちゃったんだけど……」

「ど、どうして?なのはちゃんって、古代ベルカ語は読めなかったよね!?」

「う、うん……でも……」

 でたらめで読んだようには、とても見えなかった。
 なのは自身、読めた事に戸惑っている程だ。
 そして、それはなのはだけではない。

「……私も、読めるわ……」

「奏ちゃんも!?」

 奏も驚いた様子で読めると言う。
 どういう事なのかと、二人に緋雪達の視線が集まった。

「……“天使”ね」

「あっ……そっか、神界の事を預言したから、文章も普通じゃなくなった。でも、“天使”が宿ってる二人なら、神界関連の文字も読める……って事?」

「多分、そうだと思うわ。私となのはが読めて、それ以外の人が読めないのなら」

 見るからに文字化けしたような文字を読んだのだ。
 緋雪と奏の言う通りだと、その場の誰もが思った。

「……この際、読めた理由はどうであれ構わないわ。問題は、今なのはさんが読んだ預言の内容よ。一度、書き写した方がいいわね」

〈それなら私が録音しておきました。文字のデータとして映し出します〉

 エンジェルハートがなのはの読み上げた際の音声を記録し、文字として映し出す。
 漢字などはその都度なのはと奏が指摘して変換する。
 そして、改めて預言の内容を確認した。

「……前半は、明らかに悪い事を暗示していますね……。おそらく、文章にある闇はイリスの事で間違いないと思います」

「可能性は……お兄ちゃんかな?最後、お兄ちゃんは可能性についてよく口にしていたから、堕ちたとか、闇に転じたっていうのは……多分……」

 前半部分をまずは読み解いていく。
 分かりやすく世界が危機を迎える事が書かれている事が分かり、おそらく優輝が敵の手に堕ちる事も予想できたため、緋雪は拳を握りしめた。
 なんとしてでも兄である優輝を助けなくちゃいけないと、改めて思っていた。

「後半……私達にとって、逆転の一手となるのでしょうね」

「でも、鍵となる十二の輝きって……誰の事なの?」

 比喩を使った表現なため、十二の輝きとなる人物が分かりにくい。
 一部は分かりやすいが、大体が不明だった。

「天に祈る巫女……これは、司さんの事よね?でも、二人……?」

「司さんは末裔ではあるけど、唯一ではないよね……もしかして、私達が知らないだけで、どこかにもう一人天巫女がいるの?」

 緋雪達が知る天巫女は司ただ一人だ。
 しかし、天巫女は一子相伝と言う訳ではない。
 そのため、地球かプリエールにもう一人天巫女が存在するのだと考えた。
 憶測の域は出ないが、今はそう考えておく事にしたようだ。

「“緋き雪の姫”……多分、私の事だと思う」

「……名前ね」

「うん。姫……だなんて、上等な身分ではないけどね」

 “緋き雪”という、普段表現しない漢字で態々表現しているのだ。
 名前に共通点がある緋雪の事を表しているのだろうと、あたりを付ける。

「“天の羽を持つ”の二人は、なのはちゃんと奏ちゃんなんちゃうか?“天使”を宿しているのと、奏ちゃんは魔法の名前が音楽用語やったやろ?」

「不屈の魂っていうのは、なのはちゃんを表していそうだしね。確か……レイジングハートの起動ワードに“不屈の心”ってあったし」

「……言われてみれば」

 “天の羽を持つ”という表現から、なのはと奏の事だろうと推測する。
 他の表現も二人を表すのに比較的的を射たものだ。

「“草の神と共に在る薔薇”は分かりやすいね。椿さんと葵さんだよ」

「椿さんはそのまま草の神。葵さんは式姫としての名が薔薇姫だから……ね」

 一方で、椿と葵を表す表現は分かりやすかった。
 だが、そこまでだ。それ以上は、見当もつかない表現ばかりだ。

「女神姉妹って……神界の神の事?味方になってくれる神がいるのかな?」

「どうやろか……そういう表現って可能性もあるけど」

 以前の戦いにおいて、味方として戦ってくれた神はいなかった。
 いたのは、洗脳されていて騙していた二人と、警告してくれたディータだけだ。
 
「それ以外も、よくわからないわね。“可能性の半身”は……“可能性”が優輝さんを表しているとしたら、その優輝さんに関連する人物だとは思うのだけど……」

「半身……リヒト、とか?相棒でもあるんだし」

「……多分、違うわ」

 緋雪の予想を、奏が否定する。

「優輝さんは、神降しの代償として女性になっていた時、一つの人格を創造していたわ。もう一つの人格となれば、それは半身も同然。だから、多分……」

「その人格が、“可能性の半身”……」

 この場においては、奏しか知らない事だ。
 緋雪も召喚後は特訓で忙しかったため、聞かされていない。

「……一旦この話はおいておきましょう。また後で、別の場を用意してそこで推測する方がいいわ。とりあえず、緋雪さんは皆さんの“壁”を破壊しに行くように」

「……そうだね。まずは、そっちを優先しなくちゃ」

 推測はそこで一旦止められる。
 預言の内容にばかり構っていては、それこそ時間がなくなってしまう。
 まずは、今出来る事をするための行動をする事に切り替えた。











 
 

 
後書き
パンドラの箱(神話)についてですが、よく知らない人はWikiでも見てください。
サブタイトルはつまり、そういう事です。

カリムは預言した直後、発狂しかけて昏睡状態になりました。
緋雪達のように、“壁”を破壊せずに無理矢理預言によって理解しようとした結果、キャパオーバーし、発狂しかけたという事になっています。
気絶するのが数秒遅れていたらSAN値直葬されていたぐらいにはギリギリだったレベルです。

預言について、どれが誰を表しているかですが……ヒントとしては、全員既に過去の話で登場済みのキャラクターです(かなりのヒント)。 

 

第231話「終わる世界」

 
前書き
―――力が足りない。人材も足りない。
―――無理をして足掻き続けていれば、どういう結末を辿るのかは、確定していた。
 

 










 一筋の閃光が、膨大な“闇”の中を突き進む。
 それは、強大な“意志”の光だ。

「あり得ません……!光の“性質”でないにも関わらず、これほどの輝きなんて……!」

 それを見て、イリスは狼狽えていた。
 ここまで来たというのに、たった一人の神に全てが覆られそうになっていた。

「ぉぉぉおおおおおおおおっ!!!」

「こんな、こんな事が……!?」

 全てを呑み込むはずの“闇”が打ち破られる。
 同時に、イリスの“領域”に罅が入った。

「ようやく、捉えたぞ……イリス!」

「私に勝利する可能性を……掴んだというのですか……!?」

 ついに、打ち破った者の手がイリスに届く。
 その者の姿は、既にボロボロだった。
 全身が闇に蝕まれ、欠損も激しい。……だが、目だけは諦めていなかった。

「可能性は無限にある……。あらゆる力、あらゆる領域に、僕の手は届く。一縷の可能性が残っているのならば、それは確実だ!」

「無限の、可能性……!」

 男の全身から理力が放出される。
 その理力が、イリスの“領域”に次々と突き刺さる。

「どうして、そんなにまでなって私を……!」

 男もイリスを圧倒している訳ではない。
 むしろ、圧倒されているのは男の方だ。
 一瞬の隙を突くように、イリスの“領域”に踏み込んだだけに過ぎない。
 気を抜けば、即座に男の“領域”は砕け散るだろう。

「光ある所に闇はある。闇は負のイメージが強い。……光と闇、善と悪は表裏一体だ。どちらか一方が蔓延るなど、あってはならない」

「それが理由だと?そんなのが理由で、貴方がここまでするのですか!?」

「違う」

 イリスの言葉を、男は即座に否定する。
 その瞬間、イリスは息を呑んだ。
 ……まるで、その目で見られて、自分の奥底を見られたように思えたのだ。

「僕は可能性の“性質”を持つ。だからわかるんだよ。……お前は、可能性を閉ざしている。お前自身が、闇は闇でしかないと、それ以上の可能性を見ようとしていない!」

「可能性を、閉ざしている……?」

 闇を広げ、神界すら支配する。
 傲慢を極めたような、そんな行為をイリスはしようとしていた。
 実際、あと少しという所まで成し遂げた。
 野望や野心であろうと、イリスは確かに自らの望みを果たそうとしていた。
 それを、男は“可能性を閉ざしている”といったのだ。

「ああそうだ!“闇の性質”だからなんだ!?闇だからと悪でなければダメなのか?違うだろう!お前は自身の“性質”に囚われ、自分で可能性を閉ざしているに過ぎない!」

「……あ……?」

 自らの“性質”に囚われている。
 その言葉に、イリスはガツンと頭を殴られたように錯覚する。

「それは僕の“性質”が許さない。光も、闇も、善も、悪も、関係ない!もっと、広く世界を見るべきだ!……それが、お前を止める理由だ。イリス!!」

 理力がうねる。
 会話している間に、“領域”同士の削りあいは続いていた。
 もちろん、このままで負けるのは男の方だ。
 故に、男は先にもう一手を打った。

「何を……!?」

「どうあっても、お前を倒す“可能性”はないからな……!僕の全てを以って、お前を封印する!!」

「なっ……!?」

 神界の神は、本来不滅だ。
 何があっても、完全に消滅する事はない。
 だが、何事にも例外はある。
 神の“領域”や根幹から何もかもが消え去れば、その存在も消えてしまう。
 神が神として存在する要素を失えば、それはもう神として生きられなくなる。
 それを、男は行おうとしていたのだ。

「……願っているぞ。お前が、可能性に目を向けるのを」

「……貴方、は……」

 理力の奔流が、二人を包み込む。





 理力の嵐が晴れた時、そこには幾重もの淡い金色の結晶があった。
 その中心には、イリスの“闇の性質”の象徴とする闇色の人魂のようなものがあった。





   ―――それは、かつてあった戦い。その断片の記憶……















「っ……!……夢……」

 目を覚ます。視界には、見慣れた天井があった。
 その者は、目が冴えてしまったのか部屋にあるカーテンを少し開けて外を見た。

「……まだ、夜ね」

 晴れた夜だ。綺麗な夜空が、その窓からよく見えた。

「……もうすぐ、決断する時が来るのね」

 それを見る彼女の目は、どこか寂しそうだった。
 だが、その奥にあるものは、その寂しさを遥かに上回る“覚悟”だった。

「……その時は、お別れね“私”」

 まるで、自分ではない自分に言うように、彼女は呟く。
 そのまま、カーテンを閉じ、再び彼女は眠りについた。

















「……さて、そろそろ行きましょうか」

 神界にて。
 傍らに優輝を侍らせながら、イリスはそう宣言する。

「準備は整いました。蹂躙の時間です」

 イリスの周囲には、数えきれない程の神々と“天使”がいる。
 総力戦とまではいかないが、一つの世界を滅ぼして余りある戦力だ。

「まずは、あの世界への道を再び開きましょうか!」

 次の瞬間、理力が迸る。
 そして、それが放たれ、それは神界を突き進まずに何かに当たったように消える。

「ふふふ、あはは!元の世界に逃げ込んだ程度で、終わりと思いですか!?」

 空間の一部に罅が入っていく。
 それを見ながら、イリスは嬉しそうに笑っていた。











「は、ぐ、ぅぅ……!」

 複数人で張った結界。
 その中で、緋雪は苦しそうに胸を押さえていた。

「……ダメね。中断よ」

「はぁっ、ふぅっ……きつい、なぁ……」

 椿が中断するように言い、緋雪は脂汗を滲ませながらもその場に座り込んだ。

「もう少し抑えててね」

「うん……!」

 とこよと紫陽、椿の三人で緋雪に霊術を掛ける。
 今、緋雪は吸血衝動の完全制御を試みていた。
 しかし、今の所上手く行かず、何度も精神安定化の霊術で中断していた。

「やっぱり、他の方法で強くなった方が……」

「ダメだよ。狂気……心や精神において明確な弱点があると、そこを突かれた瞬間私は負けてしまう。それだけは避けたいんだ」

 精神や意志が不安定になるというのは、神界において致命的だ。
 不安定になる衝動や感情に関する“性質”でもない限り、“領域”が揺らいでしまう。

「……それに、神界の戦いは“領域”をぶつける戦い。直接的な戦闘力を上げた所で、そこまでプラスになる訳じゃないよ。……効果があるのは、破壊の瞳ぐらいだね」

「狂気を破壊するという手段は?」

「試そうと思ったよ。でも、途中で無意味って気づいたんだ」

 今の緋雪なら、確かに狂気を破壊することも不可能ではない。
 しかし、緋雪はそれをしても無意味だという。

「私に狂気を持っていた記憶や過去がある限り、完全になかった事にはできない。……私も、過去の記録を全て消し去る事は出来ないからね。……そして、記録が残る限り、そこを干渉されれば結局変わらない」

「……なるほどね。考えてみればそうだわ」

 概念を破壊出来るようになったとはいえ、過去の事象を破壊する事は出来ない。
 力の限界がなくなった今、それも不可能ではないが実現はまだ無理だ。
 
「んー、何気に、あたし達みたいに直接戦ったり、あたし達から詳しく事情を聴いた人達以外がまずいんだよね」

「神界の神相手に、普通の考えでは戦えない。……それがどういう事なのか、ちゃんと理解されていないってことね」

 神界での戦いから、既に一週間が経過している。
 その間に管理局も態勢を整えていたが、如何せん心構えがずれていた。
 戦闘の中心にいた者や、戦いについて詳しく聞いた者以外は、未だに単に“強大な敵”としか認識していない。
 相手が、こちらの法則を無視してくる事を、どういう事か理解していないのだ。

「普段は頭が固いクロノも、理屈で考えないようにしているというのに……」

「こればかりは、ぶっつけ本番しかないだろうね」

「地球の退魔士や、エクソシストとかの人の方が、そこらへんは柔軟に考えてるよね」

 地球でも、退魔士の伝手から外国のエクソシストなどの協力も得ている。
 ……といっても、いわゆる防衛の態勢を整えているだけだ。
 それでも、管理局の面々よりは、神界について比較的理解が深かった。

「あれは、口頭では理解できないのも仕方ないと思うよ」

「だから、リンディさんが変に考えずにありのままで見るように言っているからね」

 百聞は一見に如かずとはまさにこのことだ。
 神界の力は実際に見ないとわからない。
 そのため、せめて動揺で動きを止めないように、心構えを取っておくのだ。

「一旦休憩~……。血もまた補給しておかないといけないし」

「そうね」

 輸血パックも無限ではない。
 そう何度もやっていると輸血パックを切らしてしまう。
 そのため、一旦中断する事になった。

「……結局、預言もどれが誰の事を指しているか分からなかったね」

「司ちゃん以外の天巫女とか、女神姉妹とか……先に雪ちゃん達が推測できたの以外、分からず仕舞いだもんね」

 あの後、改めて預言の内容を周知したが、誰を示すかは分からなかった。
 唯一、“叛逆せし傀儡”の候補として神夜の可能性が高いと分かったが……
 それも確定には遠いため、預言の解明に進展はない。

「とりあえず、食堂行こうかな。お腹空いたし」

「そうだねー」

 皆で食堂に向かい、昼食を取る事にする。
 いくら疲労などの概念を破壊できるとはいえ、休息や食事は必要だ。







「「「ッ―――!!」」」

 緋雪達が食事をとり終わった時、同じく食事が終わった三人が立ち上がる。
 内二人のなのはと奏は何かに気付いたように。
 残り一人の司は、何かを感じ取ったように、顔色を悪くしていた。

「……来る……!」

「皆!備えて―――」





   ―――ズンッ!!





 ……一瞬だった。
 地震のような、地の底が抜けたような衝撃が、世界の全てを襲う。
 軌道上に浮いているはずのアースラですら、それは例外ではない。

「今、のは……!!」

「前にもあった世界の“揺れ”だよ!」

「と、言う事は……!」

 その揺れを知っていたのもあって、全員の立ち直りは遅くない。
 すぐに警戒態勢に入り、現状を把握する。

「神界の神が攻めてきた!」

「来るとしたら……八束神社からの可能性が高い!」

「リンディさん!」

『すぐに向かってちょうだい!』

 前回の戦いでも八束神社を出入り口にしていた。
 そのため、襲ってくるとしたらそこからの可能性が高いとして、すぐに向かう。
 アースラの転送装置の場所まで行く時間も惜しいと考え、自前の転移で跳ぶ。



「状況は―――」

 転移直後、紫陽がその場に駐在していた局員に聞こうとする。
 その瞬間、再度“揺れ”が襲い掛かる。

「二度目!?」

「転移に影響は……!?」

「大丈夫だ!」

 遅れて次々と司やなのは、クロノなどが転移してくる。
 どうやら、転移そのものに影響はないようだ。

「二回も連続で……!」

「間違いないわ。神界が干渉を―――ッ!!?」

 三度目の“揺れ”が、襲う。
 否、三度では終わらない。四度、五度と続けて揺れる。

「これ、は……!」

「っ……!世界の“壁”を破壊しようとしてるんだ!八束神社(ここ)から来るんじゃない!()()()()()()()()来る!」

 “破壊”に関して敏感な緋雪がそう叫ぶ。
 “壁”を破壊しておいた事で、今何が起きようとしているのかも分かっていた。
 要は、世界を覆う殻のようなものが、破壊されようとしているのだ。
 剥き出しになった世界は、外界からの侵入を何も防ぐ事は出来ない。

「戦闘態勢!!」

 クロノの指示と同時に、一際大きな衝撃が世界を襲う。
 ……そして、何かが割れる音と共に、“切り替わった”。

「なっ――――!?」

 直後、世界全てを暴力が襲った。
 炎、氷、雷、光、闇。物理的なものから概念的なものまで。
 ありとあらゆる攻撃が世界中を蹂躙する。

「ま、街が……!」

 何とか防御魔法や霊術で凌いだ緋雪達。
 だが、八束神社から見える街の惨状に言葉を失う。
 まるで、地獄のような阿鼻叫喚の状態になっていた。
 木々は倒れ、家も全壊しているのがほとんどだ。
 

「ッ……!」

 空を睨みつける。
 そこには、数えるのも億劫なぐらいの数の神々と“天使”がいた。

「司さん!」

「分かってる!」

 戦闘準備は間に合わなかった。
 そのため、まず緋雪やとこよなどが前に出て、その間に司が態勢を整える。

「(攻撃がすり抜けても、防御は可能。……それには理由がある。こちらの攻撃は“領域”に届いていないのに対し、神界の神は物理的、概念的の攻撃に関わらず、どれも“領域”に攻撃している)」

 防御魔法を展開し、魔力を漲らせる。
 前回の戦いで負った後遺症は完全に治っている。
 故に、緋雪は全力で迎え撃つ。

「(攻撃は無理でも防御が出来るのは、防御行動そのものが自身の“領域”を守る行為に他ならないから。だから、防ぐ事が出来る!)」

 自分の“領域”を守る行動であれば、神界の“格”をほとんど無視できる。
 自己防衛以外に、無意識下で“領域”に干渉できる術はない。
 だからこそ、全力でシャルを振るった緋雪は、見事に飛んできた一撃を弾く。

「“天まで届け、我が祈り(プリエール・マニフェスタシオン)”!」

 司の声が響く。同時に、その場にいる全員の“格”が切り替わった。
 防御に専念していた緋雪やとこよも、攻撃へとシフトする。
 相対していた“天使”を切り裂き、霊力で吹き飛ばす。

「成功!いけるよ司さん!」

「よし……!後は……」

 そこまで言って、司は言葉を詰まらせる。
 

「(どうするの?アースラにいた全戦力がここに来た訳じゃない。それどころか、街が……ううん、世界中が現在進行形で蹂躙されている。なら、優先すべき事は……)」

 思考する司。だが、“天使”がそれを許さない。
 応戦する緋雪達を突破して、一人の“天使”が司に襲い掛かる。

「ッ!!」

 直後、その“天使”は重力に引っ張られるように地面に叩きつけられる。
 さらに、地面から魔力による棘が生え、それに貫かれる。
 トドメに司の砲撃魔法が直撃し、遠くへと吹き飛んだ。

「(優先すべきは、まず“考える時間”を確保する事!)」

 変に悩めばそれはただの隙となってしまう。
 そのため、司はまず目の前の敵を何とかする事に決めた。

「ッッ……!」

「まずっ……!?」

 そう思ったのも束の間。
 再び高エネルギー反応が神々へと集束する。
 咄嗟に、司と紫陽が障壁を複数枚展開する。

「なのはちゃん!フェイトちゃん!アリシアちゃん!」

「っ、いけぇえええええっ!!」

 障壁がガラスを突き破るようにあっさりと割れる。
 それは緋雪達も想定済みだ。故に、瞬時に次の手を打つ。
 なのはとフェイト、そしてアリシアによる相殺の試み。

「……そこっ!!」

 加えて、緋雪による“破壊”。
 それによって、神々の一斉攻撃を凌ぎ切る。

「ッ、させない!」

 直後、緋雪の懐に“天使”が転移してくる。
 不意を突いたその攻撃を、とこよが割り込んで防ぐ。

「(白兵戦してくる方がやりようがあるといっても……!)」

「“天使”の数が多い……!」

「(決して弱くはないんだよね……!)」

 数だけで言えば、神よりも多い“天使”。
 おまけに、戦闘に関する“性質”を持つ神の“天使”なら、戦闘技術も高い。
 一人一人がトップクラスの魔導師を上回る戦闘力をもっており、例え桁違いの強さを持つとこよなどでも一筋縄ではいかない。
 ……それが、群れのように襲ってくるのだ。

「はぁあああっ!!」

 とこよやサーラが“天使”の攻撃を凌ぎ、司が魔力を開放する。
 攻撃としてではなく、開放した魔力の範囲内を“領域”として定める。
 そうする事で、ただの攻撃よりも遥かに効果的に“天使”達をはじき飛ばす。
 神界の法則への理解が深まったからこそ、できた芸当だ。

「まともに戦わないで!自分の“領域”を意識すれば、勝てない相手じゃない!」

「(とは言っても、この状況どうすれば……!?)」

 現在は、先手を取られて一斉に襲撃を受けている。
 八束神社を守るように陣形を組んでいても、事態は好転しない。

「(……いや、どうであれ、負ける訳にはいかない!)」

 まずは目の前の脅威を退けるのが先決。
 そう判断し、一旦余計な思考を全て切り捨てる。

「(三回目……!)」

 そこへ、さらに再び高エネルギーが神々に集束する。
 二撃目と同じように……否、それよりも完璧に防ぐ心づもりで迎撃しようとし……

「ッ!!」

 二回目とは、全く違う事に気付く。
 実際に放たれた威力は、二回目よりも遥かに劣る。
 だが、同時に黒い立方体のようなものが投下されていた。
 それは一定距離落下した直後、何かを放出した。

「なっ……!?」

 完全に把握はしきれなかったが、一部の勘が鋭い者は気づいた。
 何かが変わった事に、今もなお変えられている、否、侵蝕されている事に。

「この感覚は……大門の時の!!」

「って事は、あの黒いのが……!」

「地球を……ううん、世界を特異点に変えた、エラトマの箱……!」

 旧称“パンドラの箱”。
 当時は詳細不明だったロストロギアだが、現在は優輝を通じて祈梨からどんなものか知らされている。
 その真偽は今では二人共いないため分からないが、最低でも“世界そのもの”に影響を与えるものだという事は理解できた。

「ッッ、させない!!」

 それが、数十個、数百個という数を投下された。
 咄嗟に司が“領域”として魔力を広げるが……

「うっ……ぷっ……!?」

 その魔力すら、エラトマの箱から放たれる波動が侵蝕する。
 全身を掻き回されるような感覚に襲われ、司は吐き気を催す。

「嘘だろう、これ……!?」

「どうしたの!?」

 続けて紫陽が声を上げる。

「……生と死の境界がなくなった……!世界の法則が打ち消されている……!」

「それって……」

「現世だけじゃない。幽世も、黄泉も、外つ国の冥府も、全ての世界の境界が消えていると見た。……あらゆる法則が壊れた。何が起こるかわからない……!」

「っ……」

 破壊の瞳で攻撃を破壊して凌ぎつつ、緋雪は紫陽の言った事に歯噛みする。
 今この状況において、肉体的な死はなくなった。
 それ自体は戦う事において利点にはなる。
 だが、それ以上に“何が起こるかわからない”という状況なのだ。
 それだけ、この一瞬で“領域”が侵されたのだ。

「……母さん?母さん!?」

「まずい……アースラの人達と連絡がつかないよ!」

 加え、状況はさらに悪くなる。
 即座に転移できず、アースラに残っていた者及びアースラクルーの者達と一切の連絡が取れなくなっていた。

「見てみる!」

 何人かで攻撃を迎撃しつつ、司がサーチャーをジュエルシードでアースラのある場所に転移させ、確認する。
 本来なら防ぎきれない攻撃も、“領域”を意識する事で何とか凌いでいた。

「……えっ……」

 そして、司が確認したアースラの様子は、絶句するには十分だった。

「……墜落、してる……」

「なっ……!?」

 サーチャーが確認できたのはそこまでだった。
 地球の重力に引かれ、墜落していくアースラと他の次元航行艦。
 そして、墜とした下手人であろう“天使”の軍勢だった。
 サーチャーはその“天使”達に消され、それ以上の情報はつかめない。

「……宇宙空間で活動するぐらい、訳ないって事か……!」

「……遠隔通信も通じない。おそらく、地球周辺だけじゃなくミッドチルダや他の次元世界も同時に襲われているとみていいな」

 神界での戦いがあったため、平静に戻るのは容易い。
 一時は取り乱していたクロノも冷静に分析する。

「ぐっ……くっ!司さん!」

「“性質”……!させない!!」

 攻撃をギリギリで防いだ緋雪が司に呼びかける。
 直後に再び攻撃に晒される緋雪だが、言いたい事は司に伝わった。
 “性質”を利用した攻撃。
 それが“天使”の後ろに控える神から放たれようとしていた。
 すぐさま司が“領域”をイメージして魔力を放出する。

「(理屈を抜いた“力のぶつかり合い”……それが“領域”を使った戦い。……言葉に表現するなら、だけど。理屈がないのだから、本質は表現できる訳ないんだけどね)」

 “領域”による攻撃をしてきた神は、全員戦闘関連の“性質”ではない。
 故に、物理的な威力はほとんどないため、同じ物理的な攻撃では防げない。

「ぐっ、ぅぅううぅ……!!」

「(いくら“領域”を認識できるようになったとはいえ、それで何とかなる訳じゃない……!このままだと、ジリ貧。何とかしないと……!)」

 司を中心に、“領域”を意識して耐える。
 だが、それだけでは事態は好転しない。
 そのため、緋雪は近くにいるとこよと紫陽に目配せする。
 二人もその視線に気づき、理解したように頷く。

「少し時間を稼いで!」

「っ、了解!」

 とこよの言葉になのはやフェイト、奏が前に出る。
 緋雪もさらに前に出て、攪乱するように“天使”に突っ込む。
 はやて達は司達をカバーできるように位置取りする。

「(人一人の“領域”は何かしらの箍を外さない限り“天使”に敵わない。……そこで、対抗する“領域”を個人のものではなく、一纏めにする)」

「(個人の“領域”ではなく、地球、或いは世界そのものの“領域”をぶつける。そのために、地球の、ひいては世界そのものの根源に接続する必要がある……!)」

 それは、以前アリサとすずかが言っていた事をヒントにしたものだった。
 いくら相手に先手を取られたとはいえ、今いる場所は司達にとって土俵だ。
 地の利は司達にあり、その事実が存在する以上、“領域”の強度は上がる。
 そこへ、さらに自分達の“領域”を世界の根源に繋げ、神達に対抗するのだ。
 
「(そのための術式を……!)」

 術式の軸となるのは司だ。
 天巫女の力は根源に繋げる際に都合がいい。
 そこに、とこよ達が一斉に術式で補助する。
 これにより、世界の根源に司が繋がり、連鎖的に他の者にも繋げられる。
 そうすれば、最低でも安全地帯を作れるだけの“領域”を確保できる。

「これで―――!」

 今までに感じた事のない、生命の波動のようなものを司は感じる。
 間違いなく世界の根源に繋げられると、そう確信した。
 そして、最後の工程を終わらせようとして……













「―――えっ?」

 ……胸から生えた剣を見て、思考が止まる。
 同時に、術式は瓦解する。
 動揺の際に司の視界に入ったのは、同じように剣が刺さったシャマルやはやてを庇ったアインス、辛うじて躱したクロノや、剣を弾いたとこよ達の姿。

 ……そして。

「……ぁ……」

 神々に隠れるように後方にいたイリス。
 そして、その隣に虚ろな目でこちらを見る優輝の姿があった。















 
 

 
後書き
根源…型月の根源に近い。アカシックレコードとも。文字通り世界の根源。


八束神社に来られたのは、司達転生者組ととこよと紫陽、はやて達のように転移魔法が単独ですぐ使えるメンバーだけです。後は、彼女達の傍にいたリニスやプレシアなどのメンツだけです。アリサ達や式姫など、半分くらいはアースラごと撃ち落とされました。
羅列すると、
転生者組、とこよ、紫陽、サーラ、ユーリ、八神家、なのは、フェイト、アリシア、プレシア、リニス、アルフ、クロノ、マテリアルズ
です。他は全滅しました。 

 

第232話「BADEND」

 
前書き
―――既に行く先は決まった
―――結末は、覆らない
 

 










「優輝、君……」

 今、“格”を昇華している状態では胸を貫かれた程度では死なない。
 だが、優輝が完全に敵に回っている。
 その事実に司は動きを止めてしまった。

「(どうして……ううん、分かってる。理由は分かってる。でも……)」

 イリスに敗北されて、洗脳された。
 その事実を司は認識している。理解している。
 だが、その上で納得しきれないのだ。
 そして、それが大きな隙となる。

「司ちゃん!」

「ッ……!」

 遠くにいたはずの優輝が転移して斬りかかってくる。
 優輝だけではない。多くの“天使”が司を狙って攻撃してきた。
 “格”の昇華をしているのは司だ。戦力の要となるのだから、狙うのは当然だった。

「くっ……!紫陽ちゃん!」

「任せな!」

「ユーリ!」

「はい!」

 優輝の剣の一撃をとこよが防ぎ、御札で“天使”に牽制として目晦ましする。
 即座に紫陽がカバーし、“領域”で“天使”達を僅かに退ける。
 さらにサーラとユーリが“天使”を受け持つ。

「なのはちゃん!フェイトちゃん!」

「っ、奏ちゃん!」

「フォローだね……!」

 同時に、いち早く動揺から回復したはやてが叫ぶように指示を出す。
 すぐさまなのはが奏を、フェイトがアリシアをフォローするように動く。

「分かっていた事だが、そう簡単に受け入れられる訳ではないって事か……!」

 クロノも剣が刺さったシャマルやアインスをフォローするように動く。
 優輝と比較的親しくしていた人物は、軒並み動揺で隙を晒した。
 その穴を埋めるように、迅速に判断して行動する。

「しまっ……!?このっ!!」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

「ぐっ……!?なに……!?」

 緋雪も動揺で隙を晒していたが、この戦いに備えて生み出した技がある。
 襲い掛かって来た“天使”に普通にダメージを与える事が出来、怯ませた。
 だが、数が多いため一人では捌ききれない。

「緋雪!」

「っ、ありがとう!」

 そこでクロノが魔力弾でカバーし、その僅かな隙に体勢を立て直す。
 物理的攻撃がダメージにはならないとはいえ、牽制にはなる。
 クロノはその事を理解し、上手く牽制に使っていた。

「(速い……!)」

 一方で、襲い掛かって来た優輝の相手をするとこよ。
 紫陽による支援を受けながらも、優輝の方が上を行っていた。

「(特訓の時は、支援ありなら負けなしだったのに……神界での戦いで、さらに成長したっていうの!?)」

 とこよと優輝の実力は、大門以降ではほぼ互角だった。
 導王流の有無で優輝が僅かに上回っていたが、今では圧倒されていた。
 紫陽の支援もかなり強力だというのに、それでも押されていた。

「クロノ君!私もお兄ちゃんを……!」

「分かった!僕は司を援護しにいく!」

「任せた!」

 立ち直った緋雪がそんなとこよを助けに入る。
 障壁を張り、“領域”で耐える司を、クロノが援護する。

「とこよさん!」

「緋雪ちゃん!」

「緋雪も来たか。強化なら任せな!」

 幽世で共にいた事から、緋雪ととこよの連携は上手い。
 加えて、紫陽の強力な支援がある。

「ッ!?」

「嘘っ!?」

 だが、それでも優輝はその上を行った。
 二人の攻撃を受け流し、創造魔法による剣で攻撃してくる。
 即座に魔力及び霊力でその剣を弾き、追撃して来た所を防ぐ。

「(嘘だろう!?単純な実力……だけじゃない!あの導王流にも磨きがかかっている……!とこよの動きすら容易く受け流すなんて……!)」

「このっ!!」

 紫陽が霊術で創造魔法による武器を撃ち落としながら戦慄する。
 そこで、緋雪も負けじと魔力弾を優輝へ放ち、牽制とする。

「とこよさん!」

「無茶しないで!」

 導王流を使わせたままではいけない。
 そう判断した緋雪は即座に優輝の前に躍り出る。
 とこよも緋雪の意図を即座に理解して、いつでも動けるように構える。
 そして、繰り出された一撃を敢えて受け止めた。

「ぐっ……!」

 体に突き刺さる剣を持つ手を、その剛力を以って緋雪は掴む。
 如何に攻撃を受け流す導王流と言えど、動きが封じられれば意味を成さない。
 これまでの経験でそれをよくわかっているからこそ、すぐに実践出来た。

「ここ―――ッ!?」

 そして、よく知るのは優輝自身も例外ではない。
 緋雪が動きを止め、とこよが優輝を攻撃しようとした、その瞬間。
 僅かな一瞬で、優輝は創造した剣を射出し、自分の腕を切断した。
 直後に残った片腕でとこよの刀を受け流し、カウンターの蹴りを食らわせた。

「っ……!?ちぃっ……!」

「させない!」

 自傷を厭わない行動に、ほんの僅かに動揺で動きが止まる。
 その間に優輝は転移でとこよを追撃しようとする。
 慌てて紫陽が重圧を仕掛ける霊術を、緋雪が破壊の瞳で攻撃を妨害する。

「(捉えきれない……!)」

「(信じられないけど……私達の意識の領域に踏み込んでる……!)」

 動きを制限しようと、重圧や広範囲魔法を仕掛ける。
 その上で狙い撃っているのだが……それすら当たらない。
 緋雪達の攻撃する意識を感じ取り、寸での所で攻撃範囲外に逃れているのだ。

「(どこかで突破口を見つけないと……!)」

「(このままだと、ジリ貧……!)」

 現状、優輝の攻撃には全て反応して防御か回避は出来ている。
 だが、こちらからの攻撃も通用しないというジリ貧でもある。
 吹き飛ばされたとこよも戻り、再度前衛二人後衛一人で戦うも、変わらない。
 押し切れない時点で、不利になるのは緋雪達だ。

「司!」

「っ、クロノ君……!」

「動揺している暇はない。なんとしてでも、今の状況を打破しないと……!」

「分かってるよ。その方法も、さっき試そうとしたんだけど……」

「優輝に邪魔された訳か」

 背中から刺さった剣を抜きつつ、司は“領域”を維持する魔力を放出する。
 以前の戦いと違い、限界の壁を破壊して“領域”を認識できる今なら、“天使”の攻撃は防戦に徹すればかなり防げる。
 しかし、当然ながら()()()()()()()()()()()()()()()()()()
 むしろ、数の関係上既に司の顔は苦しさに耐えるように歪んでいた。

「ぐっ……このっ、まだっ!」

「これ以上は……“行かせない”!!」

 だからこそ、牽制を捨ててクロノも司を援護するしかなかった。
 言霊のように叫んだクロノは、同時に結界魔法の応用で魔力を広げる。
 クロノの“領域”と司の“領域”を重ね合わせ、より強固な守りとした。

「シャマル!アインス!」

「はい!」

「分かっています!」

 はやての指示により、さらに二人分の“領域”が追加される。
 これにより、八束神社とその周辺は神界からの攻撃に耐性が出来た。

「(これで、“性質”による干渉に耐えやすくなった。……後は、こっちの“領域”に引きずり込んで、倒しきる……!)」

 物理的な戦闘という形に持っていく事により、自分達の“領域”に引きずり込む。
 そこで叩き、相手の“領域”を砕く。
 それが、今までの短い期間の間に立てた、神界に対する戦法だった。

「(奇襲された状態からそれをするのは厳しいけど……それ以外に打開する方法もない。最低でも、上から抑えつけている連中だけは倒す……!)」

 現在、司達全員は上空にいる神とその眷属の“天使”から“性質”による拘束で、上から抑えつけられるような力が働いている。
 それを、司達の“領域”で耐えている状態なのだ。
 包囲もされているため、逃げ出す事すら難しく、何とか打開するしかない。
 
「“落ちて……来いっ”!!」

 祈りも込めた重圧の魔法が、その神と“天使”達へと放たれる。
 言霊に似た“意志”の力が、相手の“領域”へと食い込む。

「そこやぁっ!!」

 それだけでは墜とすには足りない。
 そこで、リインとユニゾンして控えていたはやてがさらに広域殲滅魔法を放つ。
 物理的な攻撃とはいえ、相手は司達の“領域”に干渉している。
 カウンターの要領で攻撃を返せば、同じように“領域”にも干渉できる。
 少ない情報から編み出した戦法。
 それは、確かに神界の神達にも通用した。













「―――そこまでです」

 ……しかし、だからと言って希望が見える訳ではなかった。

「ぐ、っ……!?」

「は、ぐっ……!?」

「っ、主……!」

 “領域”を防御として使っていた司達三人が苦悶の表情に顔を歪める。
 直後、三人は膝を付き、同時に防いでいた分の“領域”の干渉が全員を襲った。
 後衛として広範囲殲滅魔法を多用していたはやてやプレシアがまず墜とされる。

「っ、しまっ……!?」

「緋雪ちゃん!」

「支援が、途切れる……!?」

 その影響は優輝を相手にしている緋雪達や、他の“天使”達を相手取っているなのは達、サーラ達にも及ぶ。

「……っふ……!?」

 突然の戦況の変化。それは大きな隙となる。
 その隙を優輝が見逃すはずもなく、一瞬の内に掌底で緋雪の心臓を潰された。
 同時に、レーザーのように放たれた理力が緋雪の額を貫く。

「(“格”の昇華と……生死の境界が壊れてなかったら、死んでた……!)」

「まずっ……!?」

 さらに創造した剣で壁に縫い付けられ、一時的に緋雪は動けなくなる。
 不幸中の幸いと言うべきか、現在は“死の概念”が壊れているため死ぬことはなく、その気になればすぐにでも復帰できた。
 だが、その間にも優輝はとこよと斬り合い、とこよの刀を弾き飛ばした。

「ふぐっ……!?(速い……!)」

 刀を弾かれ、すぐに槍に持ち替える。
 だが、一瞬間に合わずにレーザー状の魔力弾が心臓を貫いた。
 直後の追撃の剣の一撃は防ぎ、御札をばらまいて優輝を後退させる。

「ッッ!!」

 しかし、後退と同時に優輝は弓矢に持ち替えており、矢が放たれる。
 矢は槍で弾くが、咄嗟の判断だったため、僅かに意識が優輝から逸れる。

「がぁっ!?」

「紫陽ちゃん!」

「(障壁をものともしないのか、こいつ……!)」

 その僅かな隙で優輝は転移し、紫陽に肉薄。
 強固な障壁ごと理力の刃で紫陽を袈裟斬りにした。

「フェイト!」

「奏ちゃん!」

「レヴィ!」

 スピードを生かして攻撃を引き付けていたフェイト達も撃墜される。
 フォローに回っていたアリシアやなのは、ディアーチェ達も直後に墜とされる。

「くっ……!」

「皆さん……!」

 サーラとユーリがフォローに入るが、最早自衛で精一杯な状態だ。
 無尽蔵な魔力と、堅実且つ力強い動きで耐えているが、多勢に無勢。
 防御の上からサーラが吹き飛ばされ、ユーリも弾幕を抜けられて吹き飛ばされた。
 
「ッ、ぁあああああああっ!!」

 ジュエルシードを全て身近に召喚し、司が魔力を全力で放出する。
 “天使”を吹き飛ばすためでもあったが、本命は別だ。

「……なるほど、耐えますか」

「ぐっ、く……!この……!」

 本命はイリスの“闇”への抵抗。 
 呑まれれば、以前と同じように洗脳されてしまう。
 それだけは避けようと、司は必死に“領域”を保つ。

「リニス……!」

「かふっ……っ、耐えてください、司……!」

『アルフ!私より、司を守って……!』

『フェイト!……っ、分かった!』

『ザフィーラもや!司ちゃんを守って!』

『……承知……!』

 天巫女の特性を生かした防御だからこそ、イリスの“闇”を何とか凌ぐ。
 だが、その分他の神や“天使”の攻撃が殺到した。
 リニスがいち早くそれに気づき、司を庇う。
 続けてフェイトがアルフに、はやてがザフィーラに指示を出す。

「どうやら、耐え方を学習したようですね。……ですが」

「う、ぐっ!?」

「まだ、弱いです」

 さらに強い理力が押し付けられる。
 先程の司達三人の“領域”を押し込んだのもイリスの力だ。
 イリスは洗脳した神々から少しずつ理力を借り、それを使って攻撃していた。
 一部分とはいえ、イリスはこの場にいる全ての神の力を一点に集めているのだ。
 そんな攻撃を、強いとはいえ一個人の人間の“領域”で防げるはずがない。

「ぐっ、ザフィーラ!っ、ぁああああああっ!?」

「ぬぅっ……すまない!」

「えっ……!?」

 咄嗟に、アルフが一歩前に出てその身で理力を受け止める。
 それにより生じた僅かな間に、ザフィーラが掌底で司を遠くに吹き飛ばす。
 直後、傍に倒れたままのシャマルとアインス諸共三人は理力に呑まれた。

「っ……!」

 “自分を庇って攻撃に身を晒した”。それを理解するのは一瞬だった。
 司の思考が一瞬で真っ白になる。

「(……っ、動揺してる暇はないっ!!)」

 だが、それも一瞬だった。
 すぐに体勢を立て直し、転移。理力による閃光を躱す。

「(幸い、今の理力の攻撃は洗脳の効果がなかった。一撃一撃は途轍もなく強力だけど、あれはイリスだけの理力じゃない。……だから、まだ何とかなる……!)」

 それが気休めでしかないのは、司も本能で理解していた。
 だけど、まだ心が諦めきれていない。だからこそ、足掻く。

「っ、ぁあああっ!!」

 祈りの力を以って槍を振るい、迫ってきていた“天使”二人を吹き飛ばす。
 上空からの理力の攻撃に対しては、同時に用意していた魔法陣から砲撃を繰り出す事で相殺ないし軽減させ、転移で間合いを離す。

「っづ、このぉっ!!」

 一方で、緋雪も剣による拘束から無理矢理脱し、優輝に対し防戦一方になっていたとこよに助太刀に入る。

「まだ、やれる……!」

 緋雪だけじゃない。
 奏やなのは、フェイト達。致命傷を負っても死なない状況だからこそ、再び立ち上がり、足掻き続ける。

「先の戦いであれほどの敗北をしていながら、しぶとい……!」

「……そりゃあ、それ以上に悔しいからな。負けたままだというのは」

「ッ!!」

 支柱だったはずの優輝がいないというのに足掻く緋雪達に、イリスは苛立つ。
 そんなイリスに語りかけるように斬りかかる者がいた。

「貴方は……!」

「散々俺を無視してくれたな。……そんなに、用済みな俺は興味なしか?」

「っ、利用されてただけの癖に、調子に乗らない事ですね……!」

 斬りかかったのは神夜だ。
 二人の英霊の力を宿す神夜は、その事もあって“領域”も丈夫だ。
 持ち前の防御力活かし、単独で攻撃に耐えていた。
 そのまま、イリスの懐まで接近していたのだ。

「どの道、お前の動きは止めないといけないんでな……!」

「なるほど。確かにその通りです」

 連続で斬りかかる神夜だが、対するイリスは涼しい顔だ。

「ですが」

「ガッ!?」

「貴方程度、単純な力でも抑えられます」

 闇で形作られた盾で神夜の一撃を受け止め、直後に腕を掴んで地面に叩きつける。
 さらに、同じく闇で作られた槍が次々と神夜へと突き刺さった。

「がぁあああっ!?」

「例え特典が強くとも、神界では通用しません。どうやら、それが理解出来ていないようですね。ならば……」

「……っ、ッ……!!」

「っ……!?」

 体で理解させようと、理力の槍を構えるイリス。
 だが、地面に縫い付けられながらも神夜はイリスの脚を掴む。

「理解?……んなもん、する訳ないだろうが……!俺は、俺にあんな力を付けたお前が許せない。……それだけだぁっ!!」

「なっ……!?」

 格下に見ていた。それがイリスの最大の隙だった。
 足を引っ張られ、バランスを崩した所へ神夜の拳が迫る。

「させません!」

「っぐ……!?」

 だが、その千載一遇のチャンスも、ソレラの“性質”によって無効化された。
 “守られる性質”をイリスに適用させ、優輝を間に割り込ませたのだ。
 その優輝も即座に神夜の拳を受け流し、斬り飛ばしてしまった。

「お前ら……!」

「所詮は私が授けた力。元々が大して強くない貴方など、イリス様の敵ではありませんよ。それに……」

「っ……!?」

 ソレラが指を鳴らすと、途端に神夜の体が重くなった。
 否、重くなったのではなく、今の今まで漲っていた力が消えたのだ。

「私が授けた力なら、それを無くすのも自由自在です」

「………!」

「ふっ!!」

「ごぁっ!?」

 Fateシリーズにおけるランスロットとヘラクレスの力。
 それが瞬時に剥奪された。
 今まで鍛えてきた力はそのままだが、それでも大幅に力が削がれてしまった。
 その事に動揺し、そこを突いた優輝の掌底が神夜を吹き飛ばす。

「(ほ、他の皆は……!?)」

 吹き飛ばされながらも、意識を他の皆に向ける。
 少なくとも、優輝の相手をしていた緋雪達は状況が変わっているはずと信じて。

「っ……!」

「祈梨さんが相手にしていますよ。……残念でしたね?」

 見れば、そこには流星群の如き閃光を次々と放つ祈梨の姿が。
 司やユーリ、紫陽はその閃光を凌ぐのに精一杯となっていた。
 そして、緋雪やとこよ、サーラなども結界などで守りを固めた祈梨を突破出来ずに抑えられている。

「最早、全滅は時間の問題です」

「っ……くそがっ!!」

 悪態をつく神夜だが、もう何もする事が出来ない。
 力を消失した今、イリスの理力によって完全に抑えつけられてしまった。

「――――――」

「――――――」

「……おや?」

 その時、祈梨とソレラが動きを一瞬止めた。

「っ、そこっ!!」

「奏ちゃん!」

「……しまっ!?」

 その一瞬の隙で、とこよが祈梨の防御障壁を斬り、緋雪が祈梨本人を斬る。
 同時に、ソレラに対しても奏が仕掛けた。

「ッ……!(惜しい……!)」

「……何をやっているのですか?」

「っ、すみません……」

 だが、それすらも決まらない。
 祈梨は辛うじて緋雪の攻撃を槍型の理力で防ぎ、奏の方はイリスが撃ち落とした。

「まったく。悠長な事をしていては、逃げられますね」

 呆れたように言うイリス。
 だが、同時に起こした行動は緋雪達を絶望させるのに十分なものだった。

「う、そ……?」

「私も、早く私のモノになった彼と楽しみたいのです。終わらせますよ」

 空を埋め尽くす程の“闇”の極光。
 それが、落ちてくる。

「こ……のっ……!!」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

「無駄です」

 緋雪がその極光を破壊しようと、瞳を握り潰す。
 だが、あまりにも物量が違いすぎる。
 神にダメージが与えられる程度の概念的攻撃では、到底相殺できない。

「なら……!!」

 火力には火力と判断し、動ける全員で相殺しようと試みる。
 なのはやフェイト、司、緋雪などは集束砲撃で。
 とこよやサーラなどは、一点に集中させた斬撃を。
 それぞれが全力で攻撃を放ち……





「―――無駄だと言っているでしょう?」

 ……その悉くが極光に呑まれ、無意味と化した。

「ッ……!?」

 そして、成すすべなく緋雪達は極光に呑まれる。
 後には何も残らない。八束神社も、それが立っていた山も消え、更地となった。

「っ……ぁ……!」

 それでも、“死の概念”が壊れている今、死ぬことはない。
 瀕死でありながらも、緋雪は立ち上がろうとして……

「ぁ、が……!?」

 その体をいくつもの剣で貫かれた。
 緋雪だけじゃない。他にも立ち上がろうとした者、全員が優輝による剣で貫かれた。

「――――――っ!」

 倒れながらも魔法を唱えようとする司だが、当然隠し通せる訳ではない。
 中断させるように地面から生えた剣に貫かれ、打ち上げられた所をさらに飛んできた剣で壁に縫い付けられた。

「最早洗脳の必要すらありません。()く消えなさい」

 “死の概念”がない今、死ねないというのは拷問でしかなかった。
 優輝の剣で体を縫い付けられ、その上から闇の極光が何度も体を貫く。

「ぁ、ぁあああああああああああああああああああああああああ!!?」

 絶え間なく襲いくる攻撃に、緋雪達は悲鳴を上げる。
 どれだけ打ちのめされようと、攻撃の気配が止む事はなかった。







「………」

 それが、どれだけ続いたのか。
 イリスが攻撃を止めた時には、もう誰も立っていなかった。

「終わりですね」

 存在そのものを消し去った訳ではないので、緋雪達の体は残っている。
 だが、立ち上がる事はない。既に、その気力すらなくなっていた。

「………」

「呆気ないものですね」

 倒れ伏す緋雪達を見下ろしながら、イリスはそういう。
 そんなイリスの隣で、優輝は黙ったまま緋雪達を見ていた。

「さぁ、これで貴方の心を占める者はいなくなりましたよ……?」

「…………」

 洗脳された優輝は何も喋らず、表情も変えない。
 ……しかし、ふと見れば優輝の頬を一筋の涙が伝っていた。

「もう彼女達を見なくてもいいのですよ。貴方は私だけを見ていればいいんです。……いいえ、私だけを見ていなさい。さぁ……」

 そんな優輝を、イリスは自身へと向き直させる。
 自分だけを見るように、そう囁きながら………

















   ―――もう、イリスに立ち向かう者はいない

















 
 

 
後書き
対策らしい対策はしていましたが、それは飽くまで万全を期して迎え撃てた場合の話でした。奇襲を受け、先手を取られた時点でその前提は成り立たなくなり、結果的に大して足掻く事も出来ずに敗北した……という訳です。 

 

キャラ設定(第7章)

 
前書き
キャラがさらに増えたので概要以外のキャラ説明は省きます。
一応、6章の時点で全員の基礎能力は格段に上がっています。
 

 


       志導優輝(しどうゆうき)

219話にてついに感情が復活した。
度重なる“格”の昇華と、神界での戦いを経て、理力を習得する。
神界での戦いでは、限界を無視した身体強化で無理矢理相手との差を埋めていた。
罠に嵌められたと判断してからは、自身を犠牲に他を逃がす事にする。
全員が洗脳された際、それを解くために傷などを代償として限界を超えた術を使用。
そのため、身体の欠損が治っていない。
ただし、欠損は理力で補填しているため、戦闘等に支障はない模様。
皆を逃がし、出来る限り時間を稼いだ後、イリスに洗脳されてしまった。
最後は、その驚異的な力を緋雪達に向け、全滅させた。
戦いの最中、“何か”が見えていたようだが……?





       志導緋雪(しどうひゆき)

力においてはトップクラスの強さを誇る。
吸血衝動を制御できるようになっていたが、衝動自体を受け止めた訳ではない。
神界での戦いでは、それが仇となり、かつての狂気を引き起こされた。
敗退後、兄も両親も失ってなお決意を固め、さらなる力を望む。
シュネーの全盛期を超えた強さを持っているが、それは総合的に見た話。
力や攻撃の苛烈さなどにおいては、未だにシュネーを超えていない。
完全な力を解放するには、血が必要だと判断し、衝動の完全克服と共に全盛期の力を扱えるように何度も試みていた。
破壊の瞳による破壊は、集中すれば概念すら可能となり、神界の神達との戦いでかなり使えるものとなった。……が、イリス相手ではそれも足りなかった模様。




       聖奈司(せいなつかさ)

火力や殲滅力が非常に高く、近接戦も出来るバランスブレイカーとなっている。
ただ、神界での戦いでは、天巫女の弱点である攻撃発動のタイムラグが原因となり、成すすべなく敗北した。
その弱点は未だに完全克服は出来ておらず、対策を急いでいた。
緋雪による限界の壁の破壊で、短期間でかなり鍛えられた。
天巫女としての力がさらに上達し、ついに複数人対象に“格”の昇華が可能になった。
また、“領域”の展開と相性がいいため、対神界の神の防御力がかなり高くなった。
しかし、それでも地力が足りずにイリス達に敗北した。





       天使奏(あまつかかなで)

瞬間的な速さに磨きがかかり、フェイトとはまた違ったスピードアタッカーになった。
弱点であった攻撃の軽さも、音のように攻撃を浸透させる事で克服する。
しかし、それすらも防ぐ程の堅い神相手に敗北し、洗脳されてしまう。
敗退後、なのはと共に自身の内に眠る“天使”と向き合う。
これにより、神界の存在への干渉が他の人に比べて容易になる。
だが、その力の真価を発揮する前にイリス達の軍勢に再び敗北した。





       草野姫椿(かやのひめつばき)

全盛期を超えた強さを手に入れ、優輝のように小手先の技術に優れてきた。
だが、祈梨とソレラの策略により、神界での戦いでは洗脳されてしまった。
優輝の尽力によって正気に戻るも、代わりに優輝が犠牲になった事に傷心する。
緋雪と共に立ち直った後は、来る戦いのために出来る限りの対策をしていた。
しかし、いざ再び戦いになった時、緋雪達のような転移魔法の使い手の傍にいなかったために転移が遅れ、アースラごと撃墜されてしまった。





       薔薇姫葵(ばらひめあおい)

椿と同じく全盛期を超えた強さを手に入れ、ユニゾンデバイスの力も持つ。
ただし、ユニゾンするよりも二人で連携を取った方が強いため、専らデバイスとしての機能は補助としてしか使っていない。
そんな強さも意味を成さず、神界での戦いではいとも容易く洗脳されてしまった。
敗退後は、椿と共に様々な対策をしていた。
また、ロストロギアによって手に入れた魔法の力なためか、葵の意志と共に魔法の力も成長。基礎能力においては、椿を凌ぐ強さを持っている。
……が、椿と同じくアースラごと撃墜されてしまった。





       王牙帝(おうがみかど)

元踏み台と言う事を抜けば、一番一般人気質に近い転生者。
まともな特訓に取り組んだため、基礎的な技術が劇的に向上している。
ギルガメッシュとエミヤの力も強力なため、バランスブレイカーとなっている。
しかし、それも神界での戦いでは通用せず、優輝達から孤立させられてしまった。
何とか身を隠しながら移動していたが、それも通用せずに神とエンカウント。
勝ち目の見えない戦いに身を投じるしかなかった。
その後は、行方不明となっている。





       織崎神夜(おりざきしんや)

魅了の力を自覚し、反省した事でかなり寡黙になっている。
しかし、その身に持つ力は健在であり、バランスブレイカーのまま。
さらには驚異的な“意志の力”で神を圧倒した。
ただし、その力が長続きする事はなく、呆気なく敗北する。
地球を奇襲された際、不意を突くようにイリスに襲い掛かるも、地力で圧倒される。
さらには、ソレラによって授けられていた力が剥奪され、無力化されてしまった。





       土御門鈴(つちみかどすず)

実力不足な面が目立ってきたが、それでも十分戦力になる。
主力武器は刀と弓で、霊術も使えるがどちらかと言えば器用貧乏な部類。
6章までと違って、大した活躍も出来ずに敗北、洗脳されてしまった。
椿達と同じように、最後はアースラごと撃墜される。





       土御門澄紀(つちみかどすみき)

現代の退魔師のリーダー的存在。土御門の当主は彼女の父親だが、実力から見て彼女以上の実力を持つ退魔師は数える程しかいない。
神界での戦いでは、出入り口で他の退魔師と共に待機していた。
そのため、神界でどんな戦いがあったのかは人伝にしか知らない。
二回目の戦いでは、アースラごと撃墜されてしまった。





       瀬笈葉月(せおいはづき)

前世の記憶からの経験にも、体が馴染んできた。
そのため、霊術の扱いなども5章の時よりも向上しており、戦力は那美よりある。
ただし、性格が若干戦いに向いていないため、実力を発揮しきれていない。
紫陽と式姫契約があるため、神界に赴いたが洗脳された祈梨達に敗北。
二度目の戦いに至っては、アースラごと撃墜されてしまった。





       瀬笈紫陽(せおいしよう)

幽世の神であり、近接戦はともかく霊術がかなり強力。
一応、槍を主武器としているが、本領は霊術や支援となっている。
他の人と組む事で最大限に力を発揮できるが、それでも神界では歯が立たなかった。
二度目の戦いでは、転移の霊術でアースラへの攻撃は回避していた。
しかし、洗脳された優輝に大苦戦し、まとめてイリスに倒された。





       有城(ゆうき)とこよ

かくりよの門における主人公。ゲーム通りオールラウンダー。
刀、槍、斧、弓、霊術と様々な武器などを使いこなし、トップクラスの実力を持つ。
イリスの洗脳を回避する事もでき、土壇場でもかなりの粘り強さを見せる。
しかし、“格”の昇華を失った事で最後の足掻きも無効化され、洗脳された。
敗退後、椿達と協力して対策を施したり、霊脈を活用したりしていた。
尤も、それすら役に立つ間もなく、優輝に大苦戦。イリスに倒されてしまった。





       サーラ・ラクレス

特殊なスキルをほとんど持たず、実力だけでトップクラスの強さを持つ。
剣術、魔法のどちらにも長けており、一撃が重く、連撃も出来るオールラウンダー。
堅実な戦い方が売りであり、そのためか優輝の導王流とは相性が悪い。
それでも優輝と互角の戦いができる程、基礎の強さがしっかりしている。
イリスの洗脳を一度は躱したが、間もなく闇に呑まれて洗脳されてしまう。
二度目の戦いでは、神や“天使”を食い止めていたが、イリスによって結局はまとめてやられてしまった。





       ユーリ・エーベルヴァイン

無限の魔力を完全に扱えるバランスブレイカー。設定はゲーム版に近いが別物。
障壁や常時展開できる魄翼が堅く、防御性能に優れている。
その上、無限の魔力による殲滅魔法などが強力で、それと合わせればサーラや優輝、とこよなどとも近接戦闘で渡り合える程の強さを持つ。
ただ、比較的素早くないため、神界の戦いではイリスの洗脳を躱せなかった。
根本的に同じ“闇”に関係するため、イリスの軍勢とは相性が悪く、二度目の戦いでもイリスによってまとめて全滅させられた。





       高町(たかまち)なのは

原作主人公。近接戦闘や運動音痴は克服しており、こちらもバランスブレイカーに。
御神流を習得しているため、近接戦闘が得意になっており、普段使用のレイジングハートの形状も杖から小太刀二刀へと変化している。
いつもの砲撃魔法を圧縮した斬撃を飛ばしているため、一撃の貫通力においては原作よりも遥かに優れている。
優輝に次いで神界では諦め悪く足掻き続け、イリスの洗脳にすら抵抗していた。
奏と同じく、内に“天使”を宿しており、敗退後に精神世界で向き合った。
しかし、最後はイリスにまとめて倒されてしまった。





       フェイト・テスタロッサ

空中機動における素早さは未だにトップクラス。
しかし、早い分バリアジャケットが薄いため、防御力が低い。
尤も、神界での戦いでは、物理的な防御力はあまり関係なかったため、広範囲殲滅攻撃を何度も食らっても耐える事が出来ていた。
敗退後、神界での戦いがトラウマになっていたが、アリシアやリニス、周りの皆のおかげで何とか立ち直る事に成功する。
だが、二回目の戦いで歯が立たず、結局負けてしまった。
神夜に対して、魅了という経緯があっても心の奥底で好意を持っている。





       アリシア・テスタロッサ

霊術に磨きがかかり、原作なのはと同等以上の強さを持っている。
ただ、空中では足場がないと戦えないため、空戦には比較的弱い。
様々な武器を扱え、とこよの下位互換のような強さを持つ。
概念的攻撃がしやすい霊術の利点から、神界での戦いでは魔導師勢より上手く立ち回る事が出来ていた。
しかし、相手はそれを遥かに上回ってきたため、あえなく敗北した。
敗退後、改めて相手の強大さを理解して、恐慌状態に陥る。
アリサやすずかなど、それでも諦めない皆の様子を見て、何とか立ち直った。
フェイトと同じく、二回目での戦いでイリスの攻撃によって倒れた。





       プレシア・テスタロッサ

ジュエルシードなしの司となら渡り合える程の大魔導師。
近接戦闘も並以上にはこなせるため、前線に出ても活躍できる。
状況を見つつ広域殲滅魔法などで支援すると言った戦い方をしていたが、神界では歯が立たずに敗北した。
年齢の事もあって基本裏方だが、娘たちのために前線に出続けている。
魔法が強力だが、近接戦では本領を発揮できないため、優輝のようなタイプは苦手。
最後はイリスの攻撃からフェイト達を守ろうとしたが、成すすべなく倒された。





       リニス

司の使い魔を続けているが、いつもいるのはテスタロッサ家になっている。
司が契約相手なため、既に優秀な強さを持っているのがさらに向上している。
色々出来る万能さを見せるが、それ故の突出した強さを持たない。
神界での戦いや、二回目の戦いではプレシア同様裏方で戦っていた。
原則フェイト達を優先して守るように戦っていたが、歯が立たずに敗北した。





       アルフ

フェイトの成長につれてちゃっかり原作よりもかなり強くなっている。
最近はザフィーラやアリシア、色んな相手と模擬戦をして技術も磨いていた。
神界に乗り込む前までは、優輝から導王流の基礎も習っていた。
その技術は戦闘で役に立ったが、結局はフェイトを庇う形で敗北する。
二回目の戦いでも、最後はフェイトを守ろうとして諸共倒された。





       八神(やがみ)はやて

夜天の主なだけあり、八神家の中心として指示を出したりする司令塔。
近接戦闘も並にこなせるが、専ら移動砲台としての役割が多い。
神界での戦いでは、基本的に八神家全員で固まって戦っていた。
団結によるしぶとさを見せていたが、イリスにあっさりと洗脳されてしまった。
敗退後、諦めずに記録映像などから出来る限りの情報を集め、対策を練る。
アースラ撃墜は転移魔法を使えたため回避に成功。
しかし、結局はイリスに全滅させられた。





       リインフォース・アインス

充分実力はあるのに影が薄くなりがち。
基本的にはやてのサポートに回っている。
近接戦もこなせるオールラウンダーなのだが、はやての近衛騎士のように傍にいる。
はやてと行動を共にしていたため、敗北の経緯も同様。





       リインフォース・ツヴァイ

八神家の末っ子。本人の実力はあまり高くない。
戦闘時は常にはやてとユニゾンしていたため、完全に支援特化。
ユニゾンによる強化などは、結局は焼石に水だった。





       ヴォルケンリッター(シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ)

この中では何気に一番ヴィータが目立った活躍なしだったりする。
ベルカの歴戦の騎士であるため、総じて実力は高い。
シャマル以外は基礎的な戦闘技術が高くなっている。
シャマルも支援関連の技術が向上しており、四人以上で真価を発揮する。
八神一家として動けば、ほぼ敵なしではあったが、神界では通用しなかった。





       ユーノ

攻撃以外は割と優れている。シャマルとは別ベクトルで支援に優れる。
神界での戦いに参加していたが、防御魔法がほとんど通じなかった。
チェーンバインドを利用した同士討ちなどを狙う事で、何とか戦えていた。
二度目の戦いでは、クロノや他の人の転移を優先したため、自分の転移が出来ずにアースラごと撃墜されてしまった。





       クロノ・ハラオウン

優秀な執務官なのだが、その執務官らしさがなくなっている。
ちなみに、どの時期から昇格及び提督になっているかわからないため、描写上は立場をぼかしている。
器用貧乏と言った強さなため、リニス同様突出した強さがない。
そのため、神界での戦いではまとめて潰される形で敗北した。
二度目の戦いでは、ユーノによってアースラ撃墜から逃れていた。





       リンディ・ハラオウン

普段は指示ばかりだが、実力もかなりある。
神界での戦いでは管理局員の集合が間に合わなかったので、待機組に。
神界について突入組から詳しく聞いたが、理屈を飛ばした情報ばかりなので、実感の湧かない捉え方しか出来ていない。
二度目の戦いでは、アースラから指示を出そうとした所でアースラごと撃墜された。





       神咲那美

喋る機会が少ないため、かなり影が薄かった。
自衛程度には戦えるが、やはり支援やヒーラーとしての役割が強い。
久遠と共にいた方が、久遠が実力を発揮できるため、神界の戦いに参戦した。
祈梨の騙し討ちに久遠と共に立ち向かったが、イリスの洗脳から久遠を庇って敗北。
二回目の戦いでは、アースラごと撃墜された。





       久遠

薙刀を主体に強力な雷や霊術で戦う。
強さで言えば、蓮達式姫を上回るが、性格のせいで実力が発揮しきれていない。
椿達と共に神界の出入り口を見張っていたが、祈梨の裏切りで追い詰められる。
那美に庇われ、一度は洗脳を回避したものの、その後すぐに敗北した。
二回目の戦いでは、那美と共にいたので、アースラごと撃墜された。





       ジェイル・スカリエッティ

頭脳を活かすために後方待機。
ナンバーズはウーノしか連れてきておらず、他は基地に待機させている。
グランツと協力し、神界の情報について色々調べていた。
二回目の戦いで、アースラごと撃墜される。





       グランツ・フローリアン

ジェイルと同じく、後方待機。
エルトリアに残っている人達にも一応話は通してある。
ジェイルと協力していたためか、ある程度神界について分析出来ていた。
二回目の戦いで、ジェイルと同じくアースラごと撃墜される。





       フローリアン姉妹(アミティエ、キリエ)

第2章の時よりも遥かにパワーアップしている。
映画版のアクセラレーター的な事も出来たりする。(申し訳程度の劇場版要素)
かつての姉妹仲以上の仲になっているため、連携を取った戦術が強い。
神界での戦いでは、基本二人で固まっていた。
ギアーズの体と言う事もあり、神界突入組では一番重傷で帰って来た。
二回目の戦いでは、アースラごと撃墜されてしまった。





       マテリアルズ(シュテル、レヴィ、ディアーチェ)

ユーリと何度も模擬戦をしていたため、第2章の時よりも実力向上している。
シュテルは原作なのはを順当に強化したような成長を、レヴィはフェイトと同じく速さに磨きを掛けた成長を、ディアーチェははやてを近接戦もこなせるオールラウンダーにしたような成長をしている。
なお、レヴィとフェイトでは鋭い速さと滑らかな速さという違い(innocent一巻参照)があり、直線に近い軌道程、レヴィの方が速い。
三人で連携を取ると真価を発揮できるが、二度の戦いのどちらも歯が立たなかった。





       優輝の両親(光輝、優香)

着実に実力を上げていたが、神界では連携を取らなければ歯が立たなかった。
心のどこかでは、今まで優輝に対して親らしい事が出来なかった事を悔やんでいた。
それが影響したのか、イリスの洗脳を食らった状態で、優輝を庇って助けた。
しかし、代償として代わりに攻撃を食らい、消滅する。





       式姫達(蓮、山茶花、他)

全員京化という進化を経て、5章の時より実力を上げている。
しかし、空中戦があまり強くないため、出入り口で祈梨の護衛を担当した。
結果、祈梨の裏切りと洗脳された椿達に全滅させられる。
蓮だけは最後まで残っていたが、とこよと共に敗北した。
二度目の戦いでは、転移が間に合わずアースラごと撃墜されてしまった。





       ソレラ・ズィズィミ

姉妹で一つの神の妹の方。“守られる性質”を持つ。
6章で現れた時点で、イリスによって洗脳されており、ずっと優輝達を騙していた。
また、理力による思考誘導を行っていたため、優輝達の詰めを甘くさせていた。
“性質”によって、別の誰かに自分を守らせる事が出来る。
さらに守らせる対象を指定する事もでき、イリスを誰かに守らせたりもした。
ちなみに、苗字(今回初出)のズィズィミは双子のギリシャ語。





       祈梨(いのり)

未だに“性質”が不明な女神。司の力とどこか似ているらしい。
優輝達の“格”を昇華させたりしていたが、こちらもソレラと同じく最初からイリスによって洗脳されていた。
椿と葵の不意を突き、二人を洗脳し、祈梨の護衛をしていたメンバーを壊滅させた。
さらには、“格”の昇華を止めた事で優輝の攻撃を無効化していた。





       イリス・エラトマ

“闇の性質”を持つ、この小説におけるラスボス。
他にも“闇の性質”を持つ神がいるが、その中でも随一の強さを持つ。
闇を扱った洗脳や遠距離攻撃が強力だが、単純な白兵戦もかなり強い。
眷属である“天使”がいるが、見た目は堕天使に近いらしい。
わざと誘い込んだり、いくつもの罠を仕掛けて確実に優輝を潰しに来た。
最後は想定外となったが、優輝を自分のモノにする事に成功した。
優輝に対して、並々ならぬ想いを抱いているようだが……?





       カエノス

優輝と緋雪が神界で初エンカウントした神。“青の性質”を持つ。
卑屈さが見え隠れする口調をしており、どこか暗い雰囲気を醸し出している。
青の中でも、負の方面の性質を“性質”として持っているため、マイナスに関する力を行使し、倦怠感などを与える事が出来る。
だが、その影響は自分自身にもあるのか、若干動きが鈍い。
なお、それを意図的に無視した優輝に敗北した。





       キクリエ

とこよ達が初エンカウントした神。“分裂の性質”を持つ。
細胞分裂のように際限なく分裂するため、単純に厄介。
しかし、“性質”そのものがその細胞に寄っていたため、ガンのように蝕む瘴気を食らった途端、一気に弱体化した。
相性次第ではかなり厄介だったため、とこよ達があたったのは幸運だった。





       ルーフォス

ユーリとサーラが初エンカウントした神。“光の性質”を持つ。
光という、イリスと相反する“性質”さえも洗脳するという脅威を示すために登場。
カエノスやキクリエよりも戦闘に向いた強さを持っている。
基本的な魔法は“光”として認識されるため無効化し、ルーフォス本人も一時的に光の速さで動く事が可能。
しかし、闇で洗脳されているため弱体化しており、闇属性の魔法を使えるユーリに動きを封じられて敗北した。





       ジャント

司達が初エンカウントした神。“格上の性質”を持つ。
相手の強さを上回るという、一騎打ちや白兵戦において非常に厄介な力を持つ。
これにより、三対一にも関わらずに司達を圧倒していた。
だが、最後は司の策略によって弱体化し、一気に倒された。
格上の相手であろうと倒す技術があれば、普通に倒すことも可能。





       ディータ

神界にある一つの戦線を維持している神の一人。“決意の性質”を持つ。
洗脳はされておらず、強さでいえば神界の中でもかなりの実力者。
某Undertaleのように、決意の力で事象を覆す事が出来る。
その力は神界の神ですら一撃で倒せる程。
優輝達に騙されている事を気づかせるというファインプレーをする。
この時、優輝達の運命は僅かにとは言えずれ始めた。





       スヴィルス

ディータと同じく、戦線を維持する神の一人。“光の性質”を持つ。
ルーフォスと同じ“性質”だが、実力はこちらの方がかなり上。
イリスの洗脳も時間が掛かるが解く事ができ、それが戦線維持の要因となっている。





       真強(しんごう)

白兵戦でトップクラスの強さを持つ優輝、とこよ、サーラを圧倒した神。
“強い性質”という、単純且つ非常に厄介な“性質”を持つ。
物理的な戦闘力で言えば、今まで名前が登場した神の中ではトップクラス。
単純に強いため、明確な弱点もなく、一瞬の隙を突いて一気に倒すしかなかった。





       その他、“性質”のみ登場した神

名前が出ない(作者が思いついていない)神達。扱いの雑さはピンキリ。
個人個人で相手にした神は割と実力者だったが、それ以外はそこまで強くない。
厄介な“性質”持ちもいたが、未だ倒していない神以外に再登場予定はない。





       アンラ・マンユ

まさかの再登場した、天巫女の因縁の敵。
イリスによって再現されたもので、一応オリジナルとは違う。
しかし、複数存在しており、司を苦しめた。
ただ、実質無尽蔵に魔力が使える神界では天巫女である司の方が有利だった。











       ○用語



     “領域”

優輝達が“意志”で保っていたモノ。
神界の神のみならず、全生命が持つ“存在の領域”。
原則、神界の神以外は干渉出来ず、決して壊れる事はない。
優輝達は“意志”さえ保てば神界では負けないと言っていたが、実際はこの“領域”が砕かれない限り負けないのが正解。
なお、この“領域”が消滅すると、存在そのものが消える。神界の神以外は、“領域”が消えたものは忘却されてしまう。



     “守られる性質”

ソレラの持つ“性質”。守られるように事象に干渉したりする。
味方がいる時に最大限発揮する事ができ、自分を守らせるために転移させたりできる。
守るように動いた者は、守られる者を守るためのバフも掛かる。
また、誰かに“性質”を適用させると、同じように守られるように出来る。
集団戦でなかなかに厄介な“性質”。



     “青の性質”

色そのものに関する“性質”なため、この“性質”を持つ神は複数存在する。
本編に登場したのは、青の中でもマイナス方面を担った“性質”を持つ。
水や氷を扱うのはもちろん、倦怠感や鬱と言ったイメージカラーが青なものも扱う事ができ、相手に付与できる。
しかし、神自身も“性質”に影響されるため、一概に強いとは言えない。



     “分裂の性質”

同名の“性質”は存在するが、本編で登場したのは細胞分裂に関する“分裂”。
文字通り、分裂する事ができ、しかも分裂体の強さは本体と変わらない。
一応、本編登場の“分裂”の場合は、分裂したばかりの個体ならかなり弱い。
倒すには、全ての個体をいっぺんに攻撃して“領域”を削る必要がある。
厄介な“性質”であったが、細胞としての特徴も強かったため、ガンのように蝕む瘴気によって根本から弱体化させられた。



     “光の性質”

イリスの“闇の性質”と対にあたる“性質”。こちらも同名の“性質”が存在する。
文字通り光を操る事ができ、他にも治癒や浄化など、光をイメージするものも扱える。
この“性質”を持つ神の実力はピンキリで、本編で敵として出た神はその中でもよくて下の上と言った所。
ちなみに、戦線でイリスの手先と戦っていたのは上の下に手が届くぐらいの強さ。



     “格上の性質”

文字通りの“性質”。一応、同名の“性質”は存在するが、効果はまちまち。
原則、相手より格上に立つ力を発揮する。しかし、本編で登場した神は、相手の強さを油断しなければ圧倒出来る程度にしか上回れなかった。
そのため、一般人程度になった司を上回った結果、超弱体化した。



     “決意の性質”

イメージはUndertaleの決意。使いようによってはかなり強い“性質”。
“領域”や“意志”が強く関係する神界において、かなり相性がいい。
決意を持つ事で、相手を一撃で倒したり、攻撃に耐える事が出来る。
さらには、他の神の“性質”すら、一時的に無効化も出来る。
攻防一体の“性質”で、これを使っていたディータもかなりの実力者。



     “対等の性質”

文字通り。相手と対等の強さになる。また、武器なども同じものになる。
一見すると、相手と同じ強さになれる便利さがあるが、逆に言えば弱くもなる。
経験の差で勝敗が決まるため、一概に強いとは言えない。



     “重力の性質”

文字通り。重力を操る事が出来る。
重圧を掛ける他、ブラックホールのような事も出来たり、汎用性もある。
また、Undertaleのサンズのような事も出来る。



     “水色の性質”

“青の性質”に似た“性質”だが、本編にはほぼ登場していない。
氷や動きの制止を操る事ができる。



     “見抜く性質”

様々な事を見抜く事が可能。
認識阻害や気配遮断などを見抜く他、未来などを見抜く事も出来る。
なお、未来を見抜いた所で変える事が出来なければ無意味だった。



     “鏡の性質”

文字通り。基本的に非実体系の遠距離技は反射出来る。
この“性質”を持つ神は、基本的に固有の姿を持たない。
相対した相手の容姿を鏡のように映し取り、その姿になる。
あらゆるものを“反射”出来るが、自分を顧みない攻撃は無傷で反射出来ない。



     “早い性質”

文字通り。あらゆる分野で早くなる。
戦闘においても、必ず相手の先手を取る事ができ、使いこなせばかなり強い。
若干攻撃までタイムラグのある司にとって、相性最悪の存在。
だからこそ、イリスはこの“性質”を持つ神を宛がった。



     “防ぐ性質”

文字通り。あらゆるものを防ぐ。
防ぐ事に関して右に出るものはいないと言っても過言ではない。
攻撃や干渉を防ぐだけでなく、相手の行動を防ぐ事も出来る。
徹しの攻撃すら防ぎ、奏にとって天敵だった。



     “はぐれる性質”

割と他の神々に同情的に見られてる“性質”。
文字通り、色んな分野において“はぐれる”。
集団行動も出来ず、眷属の“天使”からすらはぐれてしまう。
某国民的RPGのように、倒すとかなりの経験値がもらえるかもしれない。



     “集束の性質”

あらゆるものを集束させる“性質”。
なのはのSLBなどを始め、色んなものを集束させられる。
戦闘でも力を一点に集束させる事もでき、汎用性が高い。
奏の分身を無理矢理集束させる事も出来る。



     “狂気の性質”

文字通り、狂気を扱う“性質”。
自らも狂気に満ちており、相手にも狂気があると、それを強制的に爆発させる。
狂気を抑え込んでいた緋雪の天敵。



     “強い性質”

文字通り、ただただ強い。
この“性質”を持つ者は、どこか“強い”と思わせる要素を持っている。
物理的戦闘はもちろん、様々な分野で強い。
本編で出たのは、物理的戦闘に秀でた神だったため、優輝達を圧倒した。



     “結界の性質”

様々な“結界”を用いる“性質”。
外界と隔離する結界はもちろん、攻撃に転用できる結界も扱う。
バフやデバフを付与できる結界も張れるため、汎用性がある。



     “戦いの性質”

簡単に言えばDBのサイヤ人気質。
戦う事に意欲的で、基本的に戦闘好き。
当然、物理的戦闘も強く、本編の優輝にとっては割と厄介だった。



     “闇の性質”

イリスの持つ“性質”。同名の“性質”を持った神もいる。
洗脳だけでなく、様々な“闇”に関連したものを操る。
エニグマの箱は、この“性質”ともう一つ、別の“性質”を使って作られた。



     “領域”

神界の存在にとっての体力と言えるモノ。
あらゆる生命が持っており、その存在が存在たらしめる要素。
崩したり壊したりする事で、神界の存在であろうと倒す事が出来る。
ただし、理力がなければ干渉する事も出来ず、あっても消滅は出来ない。
万が一消滅した場合は、神界の存在以外の生命から、消滅した存在の全ての記録、記憶が抹消される。



     “固有領域”

Fateにおける固有結界のようなもの。
自身の持つ“領域”を表に展開し、結界とする。
この中に取り込んだ存在は、例え神界の神ですら抜け出せない。
自身の“領域”を利用した奥義なため、相手より確実に有利に立てる。
しかし、これを破壊されるのは敗北と同義であり、諸刃の剣でもある。



 
 

 
後書き
用語は必要だと思ったものは随時追加します。 

 

第233話「まだ、終わらない」

 
前書き
―――結末は変えられない。

―――だが、“その先”は変えられる。
 

 










   ―――……可能性(輝き)を見た。





   ―――どんな絶望()に塗れても、潰えない可能性(輝き)を見た。





   ―――暴走する大切な少女を助けるために、決して諦めない可能性(輝き)を見た。





   ―――家族を喪おうと、一人でも生きる可能性(輝き)を見た。





   ―――……可能性を秘めているのは、彼だけじゃなかった。





   ―――恋人のために、戦う可能性(輝き)を見た。





   ―――裏切られた復讐を為す、その覚悟の可能性(輝き)を見た。





   ―――誰の為でもなく、ただ“生きたい”ために戦う可能性(輝き)を見た。





   ―――今までの家業から足を洗ってでも妻を守る可能性(輝き)を見た。





   ―――可能性(輝き)を見た。可能性(輝き)を見た。可能性(輝き)を見た。可能性(輝き)を見た。可能性(輝き)を見た。





   ―――善なる存在であろうと、悪なる存在であろうと、可能性(輝き)はあった。





   ―――………こんな私も、可能性(輝き)を見せられるのだろうか?





   ―――どんな“闇”でも、可能性(輝き)はあるのだろうか?





   ―――そうであるならば、私も彼のように………























「―――子……!桃子……!」

「っ……何が……?」

 なのはの家があった場所。
 そこは、神界の神々の攻撃により、他の建物諸共崩れ去っていた。
 瓦礫の中から、桃子は士郎によって助け出される。

「……なのはや皆は、負けたの……?」

「………」

 同じように瓦礫から這い出てきた美由希が、絶望したように言う。
 その言葉に、士郎も桃子も返事を返す事が出来ない。

「……恭也は、無事かしら……?」

「……この有様だと、多分月村邸も同じようになっているだろう……」

「………」

 唯一恭也は、月村邸にいたためにこの場にはいない。
 だが、状況は向こうも同じだろうと士郎はあたりを付ける。

「……構えるんだ。美由希」

「っ……!」

 士郎の言葉と同時に、美由希が構える。
 武器は近くにない。それでも、士郎と美由希は常人に比べればかなり強い。

「―――なるほど。これが、なのは達が相手していた奴らか……!」

 見上げた先には一人の神とその眷属の“天使”達。
 その気配から強さを一切読み取れない事から、士郎はそれだけで尋常な相手ではないと見抜く。

「……美由希、時間を稼ぐ間に武器を……」

「お父さん……!?」

 自分の強さがどこまで通じるのかわからない。
 それでも、士郎は家族を守るために矢面に立つ。

「(あなた……)」

 その様子を、桃子は黙って見ているしかなかった。
 戦う力がない彼女の事を考えれば、それも仕方ない事ではある。
 
「………」

 だからこそ、桃子はせめて士郎を信じる事にした。
 勝てるはずがない。それを分かっていても、可能性を信じて。































「………!」

 緋雪達が全滅し、誰もが倒れている中。
 最初に気付いたのは優輝だった。
 イリスを庇うように、飛んできた“ソレ”を弾く。
 否、弾ききれずに逸らすに留まった。

「狙撃……!?」

 それを見てソレラが驚愕する。
 既に緋雪達は全滅している。そのはずなのに攻撃が飛んできたからだ。

「上……!」

 祈梨が攻撃の飛んできた方向を睨む。
 直後、矢の雨が神々を襲った。
 一射一射が大地を穿つ威力。物理的な威力なら、神界の神々にとっても脅威だ。

「舐めるな……!」

 一人の“天使”が迎撃しようと動く。
 振るわれた理力の一撃が、矢を迎撃しようとし……

「ぁ……?」

 飛んできたレイピアによってその理力が逸らされ、“天使”は矢に貫かれた。

「……まだ、足掻きますか」

 イリスの呟きと共に、理力が地上から天に向けて砲撃として放たれる。
 降り注ぐ矢とレイピアの雨は、その攻撃に悉く迎撃される。
 そんな中、砲撃を掻い潜るように二つの影が落ちてくる。

「防いで!」

「ッ……!」

 落下地点から全方向に向けてレイピアが飛ぶのと、ソレラの叫びは同時だった。
 剣山のようなレイピアの雨は、防御態勢に入った“天使”達に防がれる。

「上等。それごと貫いてあげるわ」

   ―――“弓奥義・朱雀落-真髄-”

 直後、より強力な威力と貫通力を持つ矢によって、“天使”が貫かれた。

「全員!!立ちなさい!!」

「まだ、終わってないよ!!」

 アースラごと墜とされたはずの椿と葵。
 その二人が、そこにいた。











   ―――時は少し遡り……







「『……かやちゃん、生きてる……?』」

 神界の神々の攻撃によって全壊したアースラ。
 その残骸にへばりつくように、葵はそこにいた。

「『……生きてる訳、ないでしょ……。明らかに一回は死んだわ』」

 同じように椿もおり、見ればアースラに残っていた半分くらいのメンバーは、アースラの残骸と共に周囲に漂っていた。

「『息はしない方がいいね。ここ、まだ大気圏外だよ』」

「『いずれは重力で落ちるけどね』」

 アースラがあったのは宇宙空間だ。
 つまり、乗っていた者は全員宇宙空間に投げ出されている。

「『アースラが破壊されたのは分かるんだけど、あたし達の現状から見て……何が起こってるのかな?』」

「『……多分、生死の境が破壊されたんだと思うわ。さっき感じた波動は、おそらくこの世界の法則を書き換える……もしくは歪めるもの……』」

「『幽世の大門を開いた時と同じ……?』」

「『断定はできないけどね』」

 椿達もエニグマの箱による“領域”の侵蝕を感じ取っていた。
 その矢先にアースラごと撃墜されたのだ。

「『いつまでも隠れられるとは思えないわ。葵、念話で皆を起こして頂戴』」

「『了解!』」

「『私は……司に伝心を試してみるわ』」

 再び神々との戦いになるまで、椿達も出来る事はやっていた。
 椿が行う伝心もその一つ。
 アースラにいた一人一人に術式を施し、いかなる距離や場所であろうと伝心が出来るような、強い“繋がり”を持っていた。
 その“繋がり”から、“領域”を共有して強固にする事も意図せず出来ていた。

「『……司、聞こえるかしら?』」

『っ……!椿ちゃん、無事だったの!?』

「『馬鹿ね。何のために私達の“繋がり”を施したのよ。何となく私達が無事な事ぐらい、察せていたでしょ』」

 驚く司に椿は呆れたように言う。
 “繋がり”を強くした今、互いの状況は何となくわかるようになっている。
 椿自身も、他のアースラクルーがまだ生きている事を感じ取っていた。

「『そっちも戦っているのは分かっているわ。感づかれないように聞きなさい』」

『……うん』

「『こっちに、“格”の昇華の魔法を使ってちょうだい。出来そうかどうかは考慮しないで、やりなさい』」

『っ、了解!』

 最早後はない。故に失敗は許されない。
 だからこそ、()()()()()()

「『かやちゃん!』」

「『……来たわね』」

 司との伝心が終わり、葵が再び椿に念話する。
 呼びかけた葵の後ろには、近くにいたアリサやすずかなどがいた。

「『状況は分かっているわね?私達はアースラごと撃墜された。でも、死の概念が破壊されたのか、()()()()()()()()()わ』」

「『それは分かるけど……この状況からどうするのよ?』」

 案外平気そうな様子でアリサは聞き返す。
 否、内心はどうするべきか思考し続けているのだろう。
 アリサ以外のほとんどは険しい顔のままな所から、全員がそうなのだろう。

「『ついさっき、司に“格”の昇華を頼んだわ。これで、こちらの攻撃が通用しないという事態は避けられるはず。……後は……』」

「『地上の救援に行く。……だよね?』」

「『ええ。まだ、終わってない。私達は足掻けるわ』」

 一度神界で戦った者は、死んでも死んでない状態や、まだ足掻く事をあり得ないとは思っていない。感覚が麻痺しているのもあるが、慣れているからだ。
 しかし、リンディを始めとする行っていない者は戸惑っていた。

「『待ちなさい。こんな事が出来る相手に、まだ足掻けると……?』」

「『“足掻く”のよ。リンディ、ここでは今までの常識を一切合切捨てなさい。私達の“領域”が壊されない限り、私達は戦える』」

「『……そこの博士二人も理解しているみたいだしね』」

 唯一、神界に行っていない者の中でグランツとジェイルは理解していた。
 頭の回転が早いため、椿の言う事が理屈ではないと見抜いていたのだ。

「『しかし、私達は不向きだね。理論……と呼べるものではないが、それを理解したとはいえ、私達のような者はどうしても理屈などを考えてしまう』」

「『ええ。だから、貴方達は後方でその頭脳を働かせて頂戴』」

「『ふむ、了解した』」

 ジェイルはそう言って、グランツに目配せする。
 二人はそのまま懐に仕舞っていた端末を取り出し、周囲を分析する。

「『地上に行くのは神界で戦った経験がある者だけにするわ。他は……地上に降りる私達の援護。具体的に言うならアースラを撃墜した神や“天使”からの防衛よ』」

「『……出来るのね?』」

「『“やる”のよ。司の魔法が届き次第、行くわよ』」

 しっかりと話し合う必要はない。
 ここからは、己の意志を貫く事が重要だからだ。
 何より、椿にとって負けた気持ちで挑む事自体が嫌だった。

「(……今度こそ。今度こそ、勝って見せる……!!)」

 地上を睨むように見て、椿は己の中の霊力を高める。
 そして、そこへあまり多くはない魔力を混ぜ込み、螺旋状に昇華させる。
 “霊魔相乗”。魔力量からして効果は高くないが、椿はそれを実行した。

「(あたし達は、もう無力では終われない)」

 葵もまた、同じく霊魔相乗を為していた。
 魔力も霊力も多い葵は、その効果だけで言えば椿を遥かに超える。

「『……全員、勝つわよ!!』」

 言霊と共に、椿は伝心で言い放つ。
 同時に、椿の姿が神降しをした時の優輝の姿になる。
 椿の神としての力を解放したのだ。
 神界では世界を隔てていたために使えなかった力だが、ここは地球。
 故に、椿の力を最大限に使える。

「『―――来た!!』」

 そして、直後に司の魔法が届く。
 “格”が昇華される感覚を全員が感じ取る。

「『行くわよ!』」

 先行して、椿と葵がアースラの残骸を足場に地球へ向かって跳躍する。
 続くようにアリサやすずか、鈴や式姫が地上に向かって跳んだ。

「ッ……!」

 いくら物理法則や死の概念が崩れたとはいえ、生身での大気圏突入だ。
 身を焦がすような熱さが椿達の体を襲う。

「(……見えた……!)」

 神の力を解放し、その上で視力を強化する。
 それにより、遥か上空であろうと椿は地上の様子を把握した。

「『かやちゃん!宇宙にいる神が!』」

「『リンディ!迎撃よ!!』」

「『ッ……了解よ!!』」

 覚悟を決めたのか、リンディも指示を出しつつ宇宙にいる神達と対峙する。
 実力差は歴然。しかし、それでも耐え凌ぐ事は出来る。

「(一撃だけじゃダメ。……全身全霊で、一斉に、最高速で!)」

 背後で魔法と霊術の爆音が轟く。
 リンディや澄紀が率いる魔導師と退魔士が襲い来る神達を迎撃しているのだろう。
 だが、椿はそれに意に介さずに神力を以って矢を番える。

「『葵、支援頼むわよ』」

「『りょーかい。意識を逸らす程度で充分だよね?』」

「『ええ。……確実に貫くわ』」

 膨大な神力が矢として集束していく。
 加え、霊力となけなしの魔力も混ざるように集束する。
 それは霊魔相乗を応用したもので、霊力と魔力に神力も混ぜるという技。
 優輝すら神降しをしないと試す事が出来ない技なため、椿にしか扱えない。
 制御すら難しいはずのそれを、椿は今この場において完全に使いこなしていた。

「『アリサ達は追撃に備えなさい。初撃は私が受け持つわ』」

「『わかったわ』」

 椿と葵以外は、椿の攻撃後の追撃のために、力を溜める。
 そして、ついにその時が来る。

「―――反撃の時よ」

   ―――“矢雨(やさめ)神穿(かみうがち)

 かくして、矢は放たれた。
 地上へ向けて放たれた一筋の矢は、途中で無数に分裂する。
 分裂してなお、その威力は大地を穿つ。
 一撃一撃が本来なら必殺の威力を持った矢の雨が、地上の神々と“天使”を襲う。
 迎撃しようとする神もいたが、そこへ葵がレイピアを飛ばして妨害する。

「『反撃が来るわ!各自躱しなさい!』」

 二撃目を番えながら、椿は伝心で全員に通達する。
 直後、椿の矢をあっさりと相殺する威力の閃光が、椿達に向けて放たれた。

「ッッ……!!」

 霊力や魔力を用いて加速しながら落下している。
 その状態で弾幕のような閃光を躱すのは難しい。
 何人かが閃光によって撃墜される中、何とか椿と葵が一足先に着地する。

「(この一撃で“天使”一人を倒す……!)『葵!攻撃!』」

「『任せて!』」

 直後、葵がレイピアを複数生成し、イリスへと向けて放つ。
 ソレラの“性質”により、それはあっさりと防がれるが……

「上等。それごと貫いてあげるわ」

   ―――“弓奥義・朱雀落-真髄-”

 その上から、椿の矢が割り込んで防御した“天使”を貫いた。

「全員!!立ちなさい!!」

「まだ、終わってないよ!!」

 言霊と共に、椿と葵が宣言する。
 “繋がり”を施し、“領域”を共有した状態でのその激励は、今この場においてはかなりの効果を発揮した。







「っ……!」

 椿の激励でまず立ち上がったのは司だった。
 続けて、奏やなのは、緋雪と次々に立ち上がる。
 そうはさせまいと、一部の神と“天使”が“性質”を使って妨害しようとする。

「させるかっての!!」

「凍てつけ!!」

 そこへ、アリサとすずかが攻撃を仕掛け、妨害する。
 さらに鈴や久遠が上空から矢や雷を放つ。

「……よくやったわ、司」

「何とか、間に合ってよかったよ……」

 司がいくつもの剣に貫かれようとも魔法を唱えていたのは、このためだった。
 あの時、魔法を中断させられて倒れたのではない。
 魔法を発動させて、まだ負けていないと確信したからこそ、倒れたのだ。
 ……その時倒れても、すぐに立ち上がれると確信して。

「(……これで一つ確信できた。……理力は確かに万能。だけど、それは飽くまでそういう風に利用する場合のみ。意識して使わない限り、神は完全無欠じゃない!)」

 本来であれば、椿達がアースラに隠れている事も、地上へ向けて不意打ちを狙っている事も見られていたはずだった。
 しかし、宇宙にいた神と“天使”は油断しており、地上のイリス達も緋雪達へ意識を向けていたため、上を見ていなかった。
 そのため、椿達の不意打ちに途中まで気づけていなかったのだ。

「(単純な弱点がある。……やっぱり、やりようはあるのね)」

 だからこそ、椿は確信した。
 “まだ抗える”と。

「まだ終わっていない。まだ、負けないわよ、イリス……!絶対に、優輝を返してもらうわよ!!」

「っ……次から次へと、しぶといですね……!」

 矢を番えた弓をイリスに向け、椿はそう宣言する。
 葵も、アリサやすずか、遅れて降りてきた鈴達もその意志は同じだ。

「私達が何も対策していないとでも?」

「霊脈がむき出しになったんだから、それを活用しない訳がないよねぇ!!」

 先程のイリスの攻撃によって、八束神社のある国守山は消し飛んでいる。
 その代わり、そこにあった霊脈がむき出しとなった。
 それを、椿達は最大限に利用する。

「とこよ!」

「紫陽ちゃん!」

「了解!」

「任せな!」

 四人同時に術式を発動する。
 阻止しようと動く神達もいたが、立ち上がったサーラやユーリに牽制される。
 僅かな時間、猶予ができ、術式が発動する。

「“領域”の共有を意図的には出来ない」

「でも、術式を繋げて霊脈とも接続する」

「そうすれば、存在強度は上がる」

「それが、対抗手段の一つって訳さ!」

 霊脈の力が紫陽を経由してとこよへと集束する。
 それは術式によって繋がる椿や葵にも効果が及んだ。
 霊脈の力の共有をする事により、連鎖的に“領域”も共有したのだ。

「概念への知識は、私達も持ってるのよ。貴女達の専売特許じゃないわ!」

「雪ちゃん!司ちゃん!時間はあたし達で稼ぐから、準備よろしく!」

「うん!」

「分かった!」

 椿達が用意した対策は、時間稼ぎへと使われる。
 次の“対策”を使うために、四人と“対策”を使う者以外で敵を抑え込む。

「私と葵で優輝の相手をするわ」

「なら、あたしととこよを中心にして他の足止めだな」

「……行くよ」

 椿が矢を優輝に向けて放ちつつそう言い、紫陽も無造作に霊術を“天使”の大群に放ちながら返事をする。
 とこよが静かに刀を構え、戦闘が再開された。

「―――反撃よ!!」

 抵抗は終わらない。
 戦いは、ここからだ。

























「ぁ……ぐ……!」

 一方、その頃。
 神界の一画にて、帝が満身創痍で膝を付いていた。

「くそっ……!」

 すぐに立ち上がり、剣を生成してすぐ傍で爆発させる。
 その爆風で、自力で動けない分大きくその場から回避する。
 直後、寸前までいた場所を極光が貫いた。

〈マスター!これ以上はマスターの体が……!〉

「分かってる……っての……!」

 エアからの警告を聞くが、帝は自爆を利用した回避を止めない。
 最早、自分から避ける事が出来ないため、それしか避ける方法がないのだ。

「エアぁっ!!」

〈ッ、マスター……!〉

 帝が神界に取り残されて、体感時間で数日が経過していた。
 時間の概念がない神界では実際にどれほどの時間が経ったのかは不明だが、帝はその間ずっと逃げて隠れるのを繰り返していた。

「ぐ、ぅうううううう……!」

〈出力補助機能、全開です!ですが、このままだと……!〉

 肉薄してきた“天使”の一撃を、帝がエアで受け止める。
 だが、その上から弾き飛ばされてしまう。

「くそっ……!」

「っ、しまった。また逃げられるか……!」

 吹き飛ばされたのを利用して、帝は転移系の宝具を王の財宝から使用する。
 飛んだ先は、帝にもわからない。だが、すぐ近くに敵はいなかった。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 敵に見つかっては、防戦に徹して僅かな隙を見つけて逃走を繰り返す。
 最初は抵抗もしていたが……

「(攻撃を当てられないのがきつい……!隙を見つけられない……!)」

 途中で、帝の攻撃はすり抜けるようになってしまった。
 それも当然だ。その時、ちょうど祈梨が“格”の昇華を止めたのだから。

〈……そろそろ、私にもガタが来ています。このままでは……〉

「んな事、分かってる……!それでも、何とかしないとダメだろ……!」

 多少の無理が利くとはいえ、帝では敵わない相手ばかりだ。
 それでも生き残れたのは、帝の持つ能力とエアの機能をフル活用したからだ。
 王の財宝と無限の剣製により利便性はもちろん、エアの機能が別格だった。
 神界の神謹製だった事により、徐々に理力を解析していったのだ。
 そのおかげで、防御や気配察知が比較的容易になっていた。

「(“格”の昇華がなくなった……これのせいで、足掻く事も出来ねぇ……!)」

 それでも、防戦のみしか出来ないのは帝にとって厳しい。
 攻撃して気を逸らす事すら出来ないというのは、生存するにおいて非常にまずい。
 故に、先程から帝は捨て身で隙を見つけて逃げているのだ。

「………くそ……!」

〈マスター……〉

「くそ……くそっ……くそっ……!」

 ……既に、帝の心は折れていた。
 たった一人で、決して勝つ事も出来ず、逃げ回る事しか出来ない事に。
 その唯一出来る“逃げ回る事”も、相手が油断しているから出来るだけだ。
 もう、次かその次には、逃げる事も許されないだろう。
 それが分かっているからこそ、帝はもう心が折れていた。

「なんで……なんで、こんな事に……なんで、俺がこんな目に……!」

〈……〉

 弱音を吐く帝に、エアは何も言えない。
 帝は、“踏み台転生者”のように振る舞っていた事以外は、一般人に近い。
 優輝のような強靭な精神力も、神夜のような思い込みの強い正義感もない。
 ただ、自分の思うがままに生きたいという願望があっただけの、一般人だ。
 そんな一般人が、これほどまで追い詰められて折れないはずがなかった。

「……くそぅ……!」

 先程まで、ギリギリ耐えていたものが決壊した。
 もう、帝には動く力も、気力もなかった。
 涙を流し、今の状況に絶望するしかなかった。

「見つけたぞ」

「……っ……」

〈マスター!逃げてください!マスター!!〉

 そこへ、追手の“天使”がやってくる。
 一瞬にして包囲され、結界も張られた。
 特殊な結界なのか、エアが解析出来た範囲だけでも、帝の宝具などでは逃げられない事が分かった。

「ぁ……」

「ッ……マスター!!」

 咄嗟に、エアが人型を取り、帝を庇うように立つ。
 だが、到底エアに“天使”達の攻撃は防げない。

「ちまちま逃げ回っていたが……終わりだ!」

「っ……!」

 それでも、エアは主と共にいようと、そこから動かない。
 そのまま、容赦なく“天使”による理力の剣を振り下ろされ……









「……え……?」

 “ギィイイイン”という甲高い音と共に、その剣は撃ち抜かれたように吹き飛ぶ。
 同時に、帝を包囲していた“天使”達に理力の剣が刺さっていた。
 結界も完全に割られている。

「それ以上、やらせはしないよ」

「なん、で……?」

 降り立った拍子に、割り込んだ人物の黒髪が舞い上がる。
 手に持つのは、見覚えのあるデバイス……フュールング・リヒト。
 帝は、その人物が誰か知っていた。
 知っていたからこそ、ここにいる事が信じられなかった。

「導きの光は途絶えず、可能性もまた潰えていない。……私が、まだここにいる」

「お前、は……!?」

「飛ばした矢を見送った。それが貴方達の失敗よ!」

 刹那、理力が放たれて包囲していた“天使”が吹き飛んだ。
 そこで、ようやくその少女が帝に振り返った。

「……久しぶりね、帝」

「優、奈……?」

「貴女は……なぜここに……!?」

 状況が呑み込めない帝の代わりに、エアが問う。
 帝にとって、少女……優奈は優輝の親戚なだけの“一般人”だ。
 本来なら、神界にいるはずがない。

「私は、優輝が忘れていたモノを代わりに持ち続けていた“可能性の半身”に過ぎない。その役割も終わって、今は優輝の代わりに可能性を繋いでいるだけ」

「どういう……!?」

「それよりも、今はここを切り抜けるのが先よ」

 一度“天使”達を吹き飛ばしたとはいえ、包囲されているのには変わりない。
 優奈は帝の手を取り、立ち上がらせる。

「リヒト、もう少しだけ頑張れる?」

〈……はい!〉

「ありがとう。……じゃあ、お願い」

   ―――“導きを差し伸べし、救済の光(フュールング・リヒト)

 リヒトが輝き、その光が帝とエアを包む。
 宝具による“格”の昇華を二人に適用させたのだ。

「これで反撃できるわ」

「あ、ああ……ありがとう……」

 そう言って、優奈は包囲してくる“天使”達に刃を向ける。







「―――まだ、終わらないわ!」















 
 

 
後書き
矢雨・神穿…一本の矢を放ち、その矢が分裂して雨霰のように敵に襲い掛かる技。椿が神の力を解放し、霊力と魔力と神力を掛け合わせ、その力を集束させてようやく放てる技。溜め時間が長いが、その分威力と殲滅力に優れている。


神界の神も万能ではありません。例え理力で千里先を見通せるとしても、意識を向けていない部分までは見えません。パッシブではなくアクティブなので、付け入る隙があります。 

 

第234話「可能性の半身」

 
前書き
―――希望は繋がれた。……まだ、可能性は尽きない


引き続き帝達sideです。
ちなみにですが、帝sideは時間軸的に前回の緋雪達よりも少しばかり時間を遡っています。優輝が矢を放ってしばらく辺りです。
 

 








「ふっ!」

 “ギィイン”と、一瞬で肉薄してきた“天使”の攻撃が弾かれる。
 直後にカウンターである理力を込めた掌底が突き刺さり、“天使”が吹き飛ぶ。
 さらに、同時に瞬間移動して帝の隣へ移動する。

「一旦離脱するよ!」

「あ、ああ……!」

 帝の肩に手を置き、エアがデバイスに戻るのと同時にその場から消え去る。
 そこへ“天使”達の攻撃が突き刺さるが、もうそこに二人はいない。









「……啖呵切ったのは良いんだけど、私も消耗してるからね……」

「えぇ……」

「これでも八束神社との出入り口辺りからずっと飛んできたのよ?」

 周囲に誰もいない場所まで来て、優奈と帝は一旦一息をつく。

「優輝がイリスに放った一矢。イリスにとっては、ただ一矢報いられた程度だけど……本命は別。リヒトと共に、“私”を分離させて帝の所まで届けるのが目的だった」

「……一体、何があったんだ?それに、あんたは一体……?」

「……順に話していく必要があるね」

 今まで優輝の親戚で、自分の好きな相手としてしか優奈を見ていなかった帝。
 ここにきて、優奈の謎さに懸念が出来ていた。

「まず最初に……私は、優輝の親戚なんかじゃないわ。ましてや、厳密には人間ですらない……のは、さすがに分かるよね」

〈ここにいる時点で、少なくともただの人間ではないのは確定ですしね〉

「エアには前にも会ったわね。あの時ははぐらかしたけど、さすがに今回は正直に説明するから安心して」

 結界を張り、周囲からばれないようにして優奈は説明を始める。
 結界は理力によって張られたものなので、神界でも普通に通用する。

「元々、私が生まれたのは本当に偶然だったの。優輝が神降しをして、椿の女性としての因子を取り込んだ事で、創造魔法の“性質”と優輝自身の本当の“性質”が作用した結果、“志導優奈()”という存在が生まれたの」

「“性質”が作用して……」

 例えるのなら、それは化学反応のようなものだった。
 偶然が重なった結果、もう一人の存在として優奈が生まれたのだ。

「私のような存在が生まれるのは、本来ならあり得ない事。……でも、優輝はそんな普通の存在じゃなかった。……その時の優輝は気づいてなかったけどね」

〈彼自身が特殊だったからこそ、貴女が生まれたと?〉

「そうね。優輝は、今でこそ人間ではあるけど、かつて……それこそ、人でいえば前世の前世の……そのまた前世。それぐらい前の時は、人ではなかった」

〈輪廻転生……いえ、魂が同一ならば、一宗教の理に限った話ではありませんね。……なるほど、“性質”の作用……となれば、かつての彼は……〉

「その通り、神界の神だったわ」

 エアの推測を肯定するように、優奈は言葉を繋ぐ。

「なっ……!?」

「でも、ついさっき言った通り、今の優輝は人間。神の頃の記憶はないし、力もない。残っているのは、“性質”のみって訳。当然、自覚もなかったわ」

〈……しかし、その“性質”によって生まれた貴女は……〉

「そう。覚えてるって訳」

 記憶がないのは、単に忘れている訳ではない。
 その部分が消失しているのも同然なのだ。
 だからこそ、本来であれば優輝は決して神界の神であった事を思い出せない。
 だが、“性質”は記憶を失う以前から変わっていない。
 それが変わっていないのであれば、神であった頃の記憶も完全には消えていない。
 故に、そこから生まれた優奈は、優輝の持っていない記憶と知識を持っていた。

「志導優奈という存在自体は、いわば“優輝が女性だった可能性”なの。尤も、性別が違うだけで性格も色々変わってくるのだけどね」

〈……ですが、それだけではないはずです。“役割”と、先程は言っていましたね?〉

「……さすがに耳聡いわね、エアは」

 帝を助けに現れた時、確かに優奈はそう言っていた。
 そして、その“役割”を終えたと言う事も。

「私の“役割”……それは、優輝に神としての力や記憶を取り戻してもらう事よ。まぁ、“役割”と言っても特に何もする必要はなかったのだけどね」

〈その“役割”を終えたという事は……〉

「いいえ。まだ優輝は神に返り咲いていない。優輝の“可能性”は潰されたわ。他ならぬイリスによってね。記憶だけはある程度戻ったみたいだけど」

「あいつが、やられた……?」

 優輝が負けた事に、今まで会話に入れていなかった帝が反応する。
 優輝の強さを知っているからこそ、衝撃だった。

「み、皆は……?」

「何とか脱出したわ。優輝は、皆を確実に逃がすために残って戦う事を選んだのよ。……そして、倒れる前に私を分離させた。他でもない、孤立した貴方を助けるために」

「………」

 優輝が既に倒れた事、皆を逃がすために殿を務めた事。
 何より、自分を助けるためにここまで来た事に、帝は情報を呑み込めずに沈黙する。

「優輝は信じているのよ。貴方を、皆を。……例え、自分が倒されようと、敵の手に堕ちようとも、皆が立ち上がるのをね」

〈……彼は、ずっと一人で全てを背負っていました。戦力として頼っても、心の拠り所として誰かを頼る事はありませんでした。……そんな彼が……?〉

「……よく見てるわね、ホント。帝を支えているだけあるわ。……その通り、優輝は今度こそ心から皆を頼った。皆の“可能性”を信じて」

 そこまで話して、優奈は何かに気付いたように振り返る。

「説明はここまでね。とにかく、今は私が助けに来た事だけ理解してればいいわ」

「……敵か?」

「ええ。まずは撃退しつつ、神界からの脱出を図るわ」

「……わかった」

 説明の間が休憩にもなったのか、帝は回復しきっていた。
 そして、今は優奈によって“格”の昇華がなされている。
 ……もう、みじめに逃げ回る必要はない。

「“意志”を強く。それは変わらないわ。でも、それ以上に重要なのは自らの“領域”を保つ事。結界でも、信念でもいいわ。自分にとって“譲れないモノ”、それが貴方の“領域”であり、この神界において強みとなるわ!」

「ッ……!」

 刹那、極光が帝と優奈の二人を襲う。
 それを、優奈が理力で創造した剣で切り裂いた。

「“来る”わ!踏ん張りなさい!」

「ぐっ……!?」

 その直後に重圧が二人を襲う。
 理力を扱える優奈が事前に察知し、帝に備えさせる。

「(極光を切った際、かなりの熱を感じた……なら、熱に関する“性質”……!)」

 障壁を張り、重圧を軽減しつつ優奈は推測する。
 先程の極光には、物理的な熱が強く含まれていた。
 まともに食らえば、骨すら残らないような熱量だ。

「(さらに物理的な“重圧”。そして……!)」

 “ヒュッ”と言う、空気を貫く音が僅かに響く。
 直後、優奈は袈裟斬りを繰り出し、肉薄してきた“天使”の刺突を弾く。

「さしずめ、重力に関する“性質”と、槍または突きに関する“性質”ね……!」

「余計な邪魔を……!」

「今更白兵戦で負けないわよ……!」

 肉薄してきた“天使”は一人ではない。
 遅れて二人の“天使”と、その主である神がそれぞれ違う槍を持って襲い掛かる。
 しかし、計四人の攻撃を優奈は的確に捌く。

「俺も忘れるなよ……!」

「ちぃっ……!」

「私から目を逸らしていいのかしら?」

 帝の投影魔法による剣が“天使”達に向けられる。
 それに意識が向いた瞬間、さらに優奈が創造魔法で剣群を創造して繰り出す。
 剣の雨に、“天使”はその場で弾くか大きく迂回するように避ける。

「ふっ!!」

「ッ、さすがに強いわね……!」

 だが、残った神本人は最低限だけ逸らして優奈に槍の一撃を繰り出す。
 未だ重圧の影響がある優奈では、その連撃に防戦一方になる。

「そらぁっ!」

「ふん!」

「そこよ!」

 そこで、帝が足元から王の財宝で攻撃する。
 それを一息で弾く神だが、さらに優奈が緋雪の分身魔法を模倣して、四方から一斉に攻撃を仕掛ける。

「甘いっ!」

 だが、それすらも槍を一回しするように振るって弾いてしまう。

「『ええ。それで仕留められるとは思っていないわ』」

「……逃したか」

 尤も、優奈にとってはそれは目晦ましに過ぎない。
 瞬間移動を用いて、優奈は帝と共にその場から消えていた。

「まだまだ来るわよ!」

「ああ!」

 移動した優奈と帝は、そのまま遠くから攻撃してきた神へと迫る。
 捕捉したのは重圧を放っていた神と、熱線を放ってきた神だ。
 当然のように重圧で動きを阻害され、熱線が弾幕のように放たれてくる。
 神本人だけではなく、“天使”達も同じようにしてくる。

「(帝を追っていた神はいくつかのグループに分かれている。……各個撃破していけば、確実に数は減らせるはず……!)」

「(体が重い……だが、そんなの関係ねぇ……!生きて帰るんだ!そのためにも、目の前に立ち塞がる敵を倒す……!)」

 動きを阻害されてるにも関わらず、優奈と帝は攻撃を避け続ける。
 優奈は“可能性”を繋いでいくために。
 帝は、生きて帰るために、“意志”を強く持つ。
 呼応するように、優奈からは理力が、帝からは魔力が強く放たれる。

「先行するわ。上手く援護して!」

「分かった!」

 先に優奈が瞬間移動で熱線を放っていた神に肉薄する。
 優奈は神界の神の記憶があるため、距離などを意図的に無視できる。
 それを利用して、一瞬で間合いを詰めたのだ。

「ッ……!やっぱり、“熱の性質”ね!」

 肉薄した瞬間、優奈の体を灼熱地獄の如き熱が襲う。
 熱線を放っていた神は、優奈の予想通り“熱の性質”を持っていた。
 それにより、その神の周囲は通常なら無事では済まない程高熱だった。

「くっ……!」

 いくつもの武器を創造して、その神にぶつけようとする。
 だが、届く前に全て高熱によって熔けてしまう。

「(厄介ね……熱気の範囲がそのまま“領域”になってる。攻防一体の“性質”……どうやって破るか……いえ、策は考えない!)」

 理屈で考えてもどうしようもない。
 即座にそう判断を下し、優奈は理力をそのまま放つ。
 力の塊でしかない理力であれば、熱気のバリアは無効化できる。

「“天使”が集まって相乗的に“領域”が強まっている……でも」

「エア!世界を切り裂け!!」

「もう一人、忘れちゃダメよ?」

   ―――“カタストロフ・エア”

 世界を裂く一撃が“天使”を襲う。
 宝具である天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)と違い、その威力は格段に低い。
 だが、世界を裂く概念効果はあり、“格”の昇華で神界に通じる今、熱気を“領域”として展開する神に絶大な力を発揮する。

「なっ……!?」

「単純にぶつけるのではなく、文字通り“世界を裂く”。“領域”はその者にとっての“世界”。そんなのを表に出していたら、ねぇ?」

「くそっ……!」

 “熱の性質”を持つ神である男が悪態をつきつつ、熱気を収める。
 あまりにも帝の魔法と相性が悪いため、その判断は間違っていない。
 だが、それは悪手だった。

「生憎、代償なしに倒せるなんて思ってないのでね」

「ぐっ……お前……!?」

 肉薄した優奈が、神の体に手刀を突き刺す。
 それだけでは、神を倒す事は出来ない。それは優奈も神も分かっている。
 それどころか、“性質”によって体内に熱を集中され、優奈の手が焼ききれる。
 その上で、優奈は手刀から理力を全力で放出した。

「が、ぁあああああああっ!!?」

「手一つで一撃で倒せるなら、使わない訳ないでしょう」

 “領域”に直接干渉し、一気に倒す。
 相手の“領域”に踏み込むため、優奈もただでは済まない。
 “熱の性質”によって、優奈の右手は一時的に焼け落ちた。

「貴方達には代償はいらないわ。今ので、どういった力か理解したから」

「ッッ……!?」

 それだけで優奈の攻撃は終わらない。
 残った“天使”に対し、理力のレーザーを放つ。
 攻防一体の“領域”を持つとはいえ、戦闘技術があまり高くないのか、“天使”達はほとんどが避けきれずに食らう。

「帝!」

「ああ!」

 優奈が追撃として、理力を体に浸透させるようにぶつけていく。
 同時に、帝が剣を飛ばして牽制し、反撃をさせないように立ち回る。

「(同じ理力を使えるのなら、容易にこちらの“領域”へと引きずり込める。……つまり、地球の、他世界の戦闘の法則に引きずり込んで、倒せる!)」

 理力を込めた掌底や、剣による一撃などで、“天使”達はどんどん倒れていく。
 耐えても追撃を二発も食らえば倒れていた。
 今までどれほど攻撃を叩き込んでも倒せなかった神界の神や“天使”が倒せるのは、優奈が無理矢理地球や他世界の戦闘の法則に引きずり込んでいるからだ。
 ただの物理的な戦闘で、強く影響を受けるように概念を上書きしている。
 神界についてかなり理解を深めた優奈だからこそできた事だ。

「このっ……!」

「(白兵戦に切り替えてきた……それは正解。でも、悪手ッ!!)」

 熱を集束させ、某ライトセーバーのように振るってくる“天使”。
 だが、それこそが優奈が狙った事。
 近接戦に限れば、優奈に敵う者などほとんどいない。

「ッ!」

「ごっ……!?」

 カウンターの掌底を食らい、体が浮く。
 そこへ、いくつもの剣が飛んできて体が串刺しとなる。
 ダメ押しのように帝の剣も刺さり、最後に理力の塊で押し潰された。

「……まずは、一人」

 これで、“熱の性質”を持つ神とその眷属の“天使”は全滅した。
 次にターゲットにするのは……

「次は、貴方よ」

 理力を使って魔法陣を構成し、今の今までかかっていた重圧に干渉する。
 そう。先程からずっと“重力の性質”による重圧がかかっていた。
 その上で“熱の性質”を持つ神を倒し、重圧に干渉したのだ。

「ふっ!!」

 干渉してくる“性質”に理力を通し、遠隔で衝撃波を放つ。
 同時に、どこにいるかを逆探知。帝の手を掴み、瞬間移動する。

「ッッ……!」

「させません!」

 移動先には、理力の一撃を食らって怯む神と、追撃を阻止しようとする“天使”の姿があった。

「っ……!」

「そこだ!」

 理力が扱えるなら、形なき力でさえ、形あるものとして扱える。
 優奈は理力を障壁のように広げ、“天使”達が繰り出した重圧を防ぐ。
 同時に、帝が武器を飛ばして牽制。隙を作り出す。

「理力の力をそのまま使う……っていうのは、むしろ人間の方がやりやすいみたいね」

「っづ……!?」

 その隙を突くように、優奈が刃状に固めた理力を飛ばす。
 “性質”による重圧を無視し、神と“天使”達の体を二つに別つ。

「『どういう事なんだ?』」

「『神は、良くも悪くも自身の“性質”に影響されるのよ。今回で言えば、奴らは自身の“性質”である重力を操る力に、理力が自動的に変換されてしまってる。さっきの私みたいに、力をそのまま飛ばせないのよ』」

「『なるほど……』」

「『他にも……優輝が神界で最初に戦った神。あいつで言えば、マイナス方面に近い“青の性質”を持っていた。青……つまり倦怠感やブルーな気持ちと言ったイメージカラーも操れるのだけど、その倦怠感などが神本人にも影響していたの』」

「『諸刃の剣みたいなものか?』」

「『そうね』」

 今まで一人だった帝には情報も足りない。
 それを補うように、優奈が念話で説明する。

「『他にも、こうして“戦闘”という形にしている時点で、私達の“領域”に踏み込んでいるの。なまじ固有の“領域”を持たない私達を倒すためには、分かりやすい形で私達に敗北を分からせる必要がある。だから、こうして“戦闘”になっている』」

「『……えっと、つまり……俺達の土俵に態々上がっているのか?』」

「『良い例えね。その通りよ。条件としては、神界の存在ではない方が有利なのよ。……ずっと、皆勘違いしていたのだけどね』」

 しかし、だからと言って勝てる訳ではない。
 逆に言ってしまえば、神々は相手の土俵に上がってなお、勝つ力があるのだ。

「そういう事だから、さっさと沈みなさい」

「ご、ぁっ……!?」

 “重力の性質”を持つ神に左手を突き刺し、先程の神と同じように理力を放つ。
 “性質”をモロに受け、優奈の左手も無残に潰れる。

「っづ……!」

 だが、これで二人の神とその“天使”達を倒せた。
 一人の両手を犠牲にこの戦果はかなり大きいと言えるだろう。

「優奈!」

「……このくらい、平気……!優輝はもっと酷い状態で戦い続けたんだから……!」

 痛みがない訳ではない。両手が使えなくなった優奈は顔を顰めていた。
 それでも、優奈は戦う姿勢を止めない。

「右手は完全に焼け落ちて、左手は原型がないほどぐちゃぐちゃにひしゃげた。……でも、治る可能性はゼロじゃない」

「何を……」

「不完全とはいえ、私は優輝の神としての力をある程度扱えるの。……神の権能さえあれば、放置しても治っていくわ」

 そういうと、優奈は理力を手へと流す。
 それだけで、治療不可に見える手が少しずつとはいえ治り始めた。

「ッ……!」

「ちょっ、帝?別に、治るわよ?」

「んなの関係ねぇ!……王の財宝の……この薬なら……!」

 だが、帝は見てられないとばかりに、回復魔法を使いながら王の財宝から回復薬を取り出し、それを優奈の再生し始めた手に掛けた。

「これで、治るのも早くなるはずだ」

「別にこんな事しなくても……」

「関係ないって言っただろ」

 低いトーンで言われ、さすがに優奈も何事かと帝に向き直る。

「俺は馬鹿だ。概念とか、役割だとか、そういった複雑な事を言われても、半分までしか理解できない。……これでも以前は“踏み台転生者”な事をやってたんだ。自分の馬鹿さ加減には呆れすらあるほどだ」

「………」

「……でもな、それでも、譲れないモノがあるんだよ……!!」

 見る見るうちに優奈の手が治っていく。
 それを何度か横目で見ながら、優奈は帝の言葉に耳を傾ける。

「もっと、自分を労わってくれ……!俺は、お前に傷ついてほしくないんだ……!」

「帝……」

 神界だからこそ、帝の強い“意志”が言葉に乗って伝わってくる。
 必死で、切実で、だけど自分にはどうしようもない、そんなもどかしい感情が。

「俺は!お前が―――」

「―――それ以上は、ダメだよ」

 ……故に、優奈は全て吐き出そうとする帝を止める。

「……それ以上は、ちゃんとここから脱出してから、ね?」

「…………ぁ、ああ……」

 困ったように微笑む優奈。
 帝も、自分が今言わなくてもいい事を言いそうだったなと、その言葉を呑み込む。

「さぁ、話を戻す……前に、もう一人残っていたわね」

「……さっきの槍使いか」

「ええ。白兵戦に強い“性質”を持ってる。……だから、さっきまでの諸刃の剣のような戦い方は通じないわ」

 先程までは戦闘技術が低い神だったからこそできた事。
 白兵戦に持ち込み、隙を突かなければ出来ないため、その白兵戦に強い神が相手では、むしろ不利になる。

「今度は、白兵戦に対応しつつ、理力で“領域”を削るしかないわ」

「……となると、俺は援護だけか」

「ええ。頼りにしてるわ」

 剣を矢に変え、帝は弓矢を構える。
 そこへ、いくつもの槍が飛来した。

「標的確認……エア、撃ち落とせ!」

〈はい!〉

 矢を放ち、投影魔術で剣を射出する。
 さらに、制御と捕捉をエアに任せて槍を撃ち落とす。

「ふっ!!」

 その間に、肉薄してきた神による槍の一撃を優奈が逸らして捌く。

「(俺が出来るのは飛んでくる槍を撃ち落とす露払いだけ!神相手に白兵戦で競り勝てると思うな!なまじ勝ったとしても、それで倒しきれる訳じゃない!)」

 帝は心の中で自分の役割を再確認する。
 飽くまで自分は優奈の援護をするだけだと、妨害を防ぐために行動するのだと。

「ッッ……!」

 いくつもの金属音を響かせながら、帝は武器を飛ばし、槍を撃ち落とす。
 遠くに見える“天使”の数は僅か三人。
 神本人が単独で肉薄してきた所を見るに、“槍の性質”持ちは計四人だけだろう。
 近くの他の神や“天使”は、先程全滅させた。

「(数が少ない今だからこそ……チャンス!)」

 投影魔術で槍を相殺しつつ、矢を放つ。
 エミヤの力がある帝であれば、その矢は寸分違わず“天使”の額に当たる。
 さらに二射、三射目と放つが、その二発は槍で弾かれた。

「(防がれた。けど、その間に……ッ!?)」

 牽制にはなっただろう。そう考えて帝は優奈の方へ視線を向ける。
 だが、そこには神一人に苦戦する優奈の姿があった。

「(恐ろしく速い上に、重い!単純に槍捌きが上手い……!)」

 穂先を逸らし、受け流す。同時にカウンターを繰り出す。
 しかし、すぐに槍がそのカウンターを防ぐ。
 一手一手が堅実且つ鋭く、カウンターすらも防げるように立ち回っていた。
 ならば厄介な槍を奪えばいいと、優奈は試す。
 しかし、奪おうとした瞬間にその槍は消え、別の槍を手に取って攻撃してきた。
 単純に白兵戦が強く、このままでは長期戦になると思われた。

「『優奈!!』」

「っ!」

 帝が念話で呼びかけ、“天使”達への牽制を続けつつ王の財宝を展開する。
 そこから、巨大な剣……千山斬り拓く翠の地平(イガリマ)を射出する。
 すぐさま優奈はバク宙の要領でその上に乗るように躱す。
 そして、そのまま神へとぶつけようとした。

「ぬっ!?」

 だが、神はあっさりとそれを下へ逸らし、同じく乗る。

「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 そこへ、帝が遥か上空から投影魔術を用いつつ躍りかかる。
 “天使”達へは、大量の武器群と王の財宝から“万海灼き祓う暁の水平(シュルシャガナ)”を放った後、放置していた。

「なんと……!?」

「ぁあああああああああああああああああああ!!!」

 それは、一か八かの賭けだった。
 なまじ白兵戦では勝てないと判断した帝だからこそ、その行動に出た。
 ガワだけ投影した、いくつもの千山斬り拓く翠の地平(イガリマ)万海灼き祓う暁の水平(シュルシャガナ)を一気に神に向けて放つ。

「ぬぅっ……!」

 どれも神には通用しない。だが、無視される事はない。
 理力による障壁か、槍によってそれらの剣は悉く無効化される。

「……見事」

 だが、優奈から一時的に意識は逸れる。それが狙いだった。
 全ての剣が無効化された直後、優奈が分身魔法と併用して神に斬りかかる。
 一撃一撃が必殺。それを察知して、神は自らの敗北を悟った。







「……一度逃げるわよ」

「あ、ああ……!」

 あの一撃が決定打となり、徐々に優奈が競り勝った。
 その後、足止めしていた帝に加勢に入り、“天使”達を倒した。
 そして、休む事なく移動を開始する。

「このまま進むのはダメなのか?」

「忘れたの?神界では単純な移動では意味がないわ」

「っ、そうだったな……」

「……安心して、貴方だけでも絶対に送り届けるから」

「……………」

 瞬間移動でその場から移動し、優奈と帝は駆ける。
 その時の優奈の発言に、帝はずっと何かを思うように黙り込んでいた。













 
 

 
後書き
“槍の性質”…文字通り。槍を扱うのに長け、槍を使った白兵戦では優奈を上回った。他にも槍を創造して射出なども可能。

“熱の性質”…文字通りの性質の他、熱線を放ったり熱気であらゆるものを燃やすor熔かす事ができる。さらに、熱気の範囲がそのまま“領域”となる攻防一体の強さがある。ちなみに、見た目は褐色肌の赤髪赤目な暑苦しい容姿。

カタストロフ・エア…デバイスのエアを使った帝の切り札。天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)の威力をかなり弱体化させた魔法だが、世界を切り裂く効果は健在。さらには連発しやすいという利点がある。

万海灼き祓う暁の水平(シュルシャガナ)…プリズマイリヤに登場。詳しくはWiki参照。


リヒトは帝の所まで飛んでいくのにほぼ全ての力を使いました。なので、優奈はリヒトを使わずに戦っています。
また、優奈が帝の所まで飛んでいけたのは、リヒトと優輝による“導き”の力によるものです。 

 

第235話「孤軍奮闘」

 
前書き
厳密には二人いるけど、状況的にはそんな感じなので>サブタイトル

引き続き、帝sideです。
 

 








「これで……17人」

「“天使”も併せたら60人は超えるな……」

 神界の一画で、またもや神を一人倒した優奈と帝。
 神界にある程度詳しい優奈がいる事で、包囲されない限り二人は負けていなかった。

「……元の世界まで、後どれくらいなんだ?」

「……その事なんだけど……」

 戦闘後は休みながらも帝が王の財宝から取り出した宝具で移動している。
 そのため、本来ならもうすぐ着くはずだが……。

「多分、イリスがその出入り口を利用している。だから、不用意にそこに辿り着いたら、イリスの軍勢と鉢合わせになるかもしれない」

「……嘘だろ……?」

 考えればわかる事だっただけに、帝は信じたくないとばかりに声を漏らす。

「……でも、私達にはこっそりと別の出入り口を用意する力もない」

「つまり……」

「どうしてもイリスの軍勢を突破する必要がある。……もしくは、消耗を覚悟で堂々と出入り口を作り出すか」

 こっそりでなければ出入り口を作り出す事は不可能ではない。
 しかし、作り出す際に大きく理力を消耗するため、得策じゃない。
 かと言って、イリスの軍勢を突破するのも厳しい。

「……どうするんだ……?」

「手があるとすれば、突破するだけの力を確保するか、味方を増やす事ね」

「味方……?」

 この神界にいる人間は帝と優奈だけだ。
 そんな状況で、味方と言われても帝はピンと来ない。

「いたでしょ?イリスの軍勢と戦う神が」

「……あれか」

 思い出すのは、戦線を維持していた神達。
 そう、忘れてはいけない。イリスと戦っているのは優輝達だけではない。
 むしろ、その神々の方が、表立って対立している勢力だ。

「“闇”と対になる“光”の勢力。……その神達と上手く合流出来れば……」

「……そうか、味方になってくれる神もいるのか……。忘れていた……」

 神界に事自体が罠だったため、会った神のほとんどが敵だった。
 そのため、帝も失念していた。

「洗脳されているかどうかは、私ならイリスの理力の影響が分かるから、そこで判断できるわ。……とにかく、留まっていても仕方ないわ」

「ああ。行こう」

 再び移動を開始する。
 たった二人、神界に取り残されても、諦めずに進み続けた。











「……やっぱり、洗脳されてるだけあって、本来より弱くなっているのか」

「ええ。“性質”がイリスの闇で弱まってるわ。イリスが傍にいたら、“闇”の力で本来の力も出せるけど、そうでないのなら出力が低い。だから、貴方でも渡り合えるわ」

「おかげで、神界での戦いにも慣れてきた」

 あれから数戦、洗脳された神と“天使”達と戦い、倒した。
 そのおかげで帝もある程度戦えるようになっていた。

「……向こうから、イリスの力の残滓を感じるわ。同時に、戦闘らしき理力の奔流も。……もしかしたら、誰か戦っているのかもしれない」

 一段落している時、優奈が気配を感じ取る。

「って事は、あの時みたいに洗脳されていない誰かが……!」

「ええ。いるかもしれないわ」

 気配を感じ取った先へ、早速二人は向かう。

「……あれか!」

「そうよ!」

 移動した先には、何人もの神と“天使”が倒れていた。
 中心には、勝ち残った神と“天使”がいる。

「(イリスの気配は倒れてる連中からね。なら……)」

「これは……敵を倒し終わった後か?」

「洗脳された連中は既に倒れてるわ。まぁ、戦闘が終わったのは確かね」

 優奈が気配を感じ取った時には、既に戦闘が終わりかけていた。
 そのため、辿り着いた時には既に戦闘終了していたのだ。

「(……待って。どうして、“嫌な予感”が止まらないの?)」

「って事は、残ってる神が味方って事か!」

 さすがに優奈以外味方がいないというのが不安だったのだろう。
 帝は嬉しそうに立っている神達へ近づく。

「……あれは、人間か?」

「という事は……」

「……っ!」

 その時、聞こえてしまった。その神達の会話を。
 そして、見てしまった。辛うじて倒れていなかった神の、訴えるような目を。

「ッ―――!!帝!!」

「え……?」

 刹那、優奈は帝を突き飛ばすように瞬間移動する。
 同時に理力による障壁も展開するが、防ぎ切れるはずがない。
 導王流も用いて防御を試みたが、その上で理力の槍に貫かれた。

「ぁ、がっ……!?」

「なっ……!?」

 帝は、一瞬状況を呑み込めずにいた。
 だが、相手は待ってくれない。
 理力が宙に集束し、そこから極光が放たれた。

「ッ……!」

 優奈が無理矢理体を動かし、帝と共にその場から飛び退く。

「……ごめんなさい、帝。貴方自身失念していたのでしょうけど、一つ言い忘れていた事があったわ……」

「え……」

「敵は、イリスとイリスが洗脳した神達だけじゃない。……イリスに便乗した悪神も、敵だと言う事よ……!洗脳されていない分、気づけなかった……!」

 そう。洗脳されていた祈梨が言った言葉の中でも本当だった情報の一つ。
 敵はイリスだけではない。それに協力する神も、また存在する。
 そして、その神達はイリスに洗脳されている訳ではなく、己の意志で行動する。
 故に、イリスの気配を頼りに見分けていた優奈も、気づくのが遅れた。

「ッッ!」

 そして、悠長に驚いている暇もない。
 飛び退いた二人へ、悪神達の“天使”が襲い掛かる。

「気を付けなさい!今度の相手は、本来の力そのままよ!」

「くっ……!」

 すぐさま各々武器を構える。
 対し、“天使”も闇色の武器を構え、襲い掛かった。
 その様は最早天使とは見えない。良くて堕天使と言った所だろう。

「はぁっ!」

「このっ……!」

 白兵戦なら、こちらの“領域”に引きずり込んで戦える。
 そう考えて二人は武器を振るった。
 帝はともかく、優奈は導王流があるため、まず負けはない。
 ……だが、それを覆すのが“性質”だ。

「“返れ”」

「ッッ……!」

 まるでベクトルが180度変わったように、武器の軌道が無理矢理変えられる。
 それは武器を叩きつけて弾かれた時よりも大きな隙となる。

「がぁっ!?」

「ッ、帝!」

 優奈は瞬間移動で反撃を躱した。
 しかし、帝は躱せずにまともに攻撃を食らってしまった。

「(ベクトルの反転……いえ、今の感覚は、プラスのモノをマイナスに変えられた……?とにかく、一旦離脱を……!)」

「おっと、そうはさせんぞ」

「ッ……新手……!」

 戦略的撤退を選ぼうとする優奈を、また別の神が阻む。
 結界のように展開されたソレは、まるで幽閉のための牢獄のようだった。

「(瞬間移動でも、離脱出来ない……!間違いなく、“性質”を利用したもの……!)」

「神界を逃げ回る人間が残っているかもしれないと、イリスが言っていたが……その通りだったな」

 さらに増援が来る。
 これで、優奈が危惧していた包囲が完成してしまう。
 その上、“性質”を利用した結界で逃げる事も叶わない。

「……こうなったら、全員倒すしか……!」

「出来るのか?お前に」

「ッ……!」

 覚悟を決めて向き直った瞬間、優奈の体が重くなる。

「そこの男を庇った時点で、お前の敗北は決まった」

「……体力が自然回復しない……むしろ、減っている……そういう、“性質”……!」

 神界において、体力などは全て自然回復する。
 だが、今の優奈は逆にそれが自然減少していた。
 体力、魔力、霊力、そして理力すら徐々に減っていく。

「優奈……」

「……それが、どうしたってのよ……!その程度で、私の“可能性”は潰えていない……!帝!倒すわよ!!」

 それでもなお、優奈は武器を構える。
 戦力差は大きい。その上、勝ちの目となる優奈は弱っている状態だ。
 負ける事は許されず、必ずここで勝たなくてはならない。

「ッ……ぉおおっ!!」

 帝も、それを理解している。
 だからこそ、雄叫びと共に大量の武器を射出する。

「無駄だ!」

「ッ!」

 だが、その悉くが“反転”する。

「(武器そのものが反転した訳じゃない……。向きがそのまま変わっただけだ!)」

 ここに来て、直感で帝は動く。
 反転した武器は、軌道がそのまま反転しただけだ。
 つまり、帝に返って来た武器は、全て柄の方から飛んでいる。
 ならば、多少当たった所で大した事はない。

「武器はそうだろうな。だが、これはどうだ?」

「ぐっ……!?」

 ……それすら、“天使”は読んでいた。
 武器では意味がないのなら、今度は帝本人の動きを“反転”させた。
 弾かれるように後方へ動かされた帝は、体勢を崩す。

「そういう事、ねっ!!」

 それを見ていた優奈が、瞬間移動を使いつつ肉薄する。
 “性質”による干渉を受ける前に、“天使”を三人程切り裂いた。

「甘い!」

「そっちがね!!」

「なっ!?」

 今度は神が“性質”で干渉する。
 だが、優奈の動きは一瞬止まったがすぐに動き出した。
 その事に、神は驚く。
 何せ、反転するはずだった動きがそのままだったのだから。

「そういう事か!」

「ッ!」

 それでも、相手は洗脳されておらず、本来の力そのままの神だ。
 すぐさま、優奈のしている事を見抜き、一旦“性質”の干渉を解いた。

「ふっ……!」

「くっ……!デタラメに……!?」

 簡単な事だ。優奈は、“性質”によって動きを反転させられる瞬間、その反転に合わせて自分から動きを変えたのだ。
 一瞬止まったのは、優奈自身が動きを反転させるために止まっていたから。
 それに気づいた神は、“性質”の干渉をして、即座に解除を繰り返した。
 これにより、優奈はその干渉に対処しきれなくなる。

「っ、こっっの……!!」

 その間、帝は棒立ちしている訳ではない。
 他の悪神と“天使”の動きを牽制するため、武器を放ち続けた。
 白兵戦にすら持ち込まれないように、防戦一方でありながら牽制し続ける。
 優奈が、悪神を倒してくれると信じて。

「(なら!!)」

 果たして、優奈は動いた。
 途中の接近があるから近づけないのであれば、その過程を省けばいい。
 そう考え、瞬間移動で神に肉薄した。
 同時に、その悪神の“天使”に創造魔法による剣を突き刺し、牽制する。
 “性質”の干渉を受ける前ならば、これぐらいは容易かった。

「甘い!」

「ッ……!」

 だが、相手は“天使”ではなく、神だ。
 反応が早く、攻撃の軌道を“反転”させられる。
 それも、先程と同じくデタラメなタイミングでだ。

「っ、はぁっ!!」

 その上で、優奈は武器を振り抜いた。
 当然、振るった武器は反対方向へ振るわれ、空ぶった。

「ぐっ……!?」
 
 しかし、その悪神に攻撃が命中する。

「何……!?」

「人間の発想力、舐めるんじゃないわよ……!」

 見れば、そこにはいくつもの剣が浮いていた。
 そのどれもが、優奈に結び付いた理力による剣だ。
 それらが、悪神を囲んでいた。

「軌道が何度も反転しようと、帰結するのはどちらかの一方向だけ。……だったら、二種類の軌道をいくつも用意すれば、必ず命中する……!」

「なるほど、なっ!!」

「ッ!!」

 悪神が理力を放出する。
 それを優奈は飛び退く事で躱すが、僅かに掠る。
 ……それだけで体力が奪われたのを察した。

「つまらん小細工はなしだ。正面から屠って見せよう」

「……“反転”だけではないと思っていたけど……なるほどね」

 さらに飛び退く。
 直後、悪神から冷気と共に“負”のエネルギーが放出される。
 その力の大きさは、先程までより遥かに強い。

「“負の性質”……それならば、イリスに付くのも納得よ」

「ご名答。無論、先程までのは力のほんの一端よ。……ここからが本番だ」

「ッ……!」

 跳ぶ。直前までいた場所を冷気と負のエネルギーが襲う。
 触れただけで腐ってしまいそうな瘴気とあらゆるものを凍り付かせそうな氷がそこかしこに出現し、優奈に向けて放たれる。

「帝……っ!」

 攻撃を瞬間移動で躱しつつ、優奈は帝を案じる。
 ……だが、そこにいたのは既にボロボロに打ちのめされた帝だった。

「ぐ……ぁ……逃げ、ろ……!」

「ッ……この……離れなさい!!」

 咄嗟に優奈は帝を抑えつける“天使”を蹴り飛ばす。
 帝の体を掴み、全ての敵に対処しやすい位置に瞬間移動する。

「……優奈……」

「……そこで回復に専念してて。……その間は、私が……!」

 理力による結界で、帝は何重にも保護される。
 そして、優奈はその結界を自身の“領域”を結び付けた。
 正しくは、“領域”を伴った結界とし、そこに帝を保護したのだ。

「待、て……!待って、くれ……!」

「っ、はぁっ!!」

 優奈が理力を解放し、“領域”を主張する。
 それによって悪神の攻撃を打ち払う。

「(イリスに加担した神は、全て“悪”に関わる“性質”を持つ。“負の性質”に、先程の結界もその類……それを意識して……)」

「む……!」

「(攻める!!)」

 創造魔法による剣を一斉に放ち、牽制とする。
 そして、一気に攻勢に出た。
 狙うは、結界を張った神だ。

「やはり来るか。だが」

「くっ……!」

 瞬間移動と、分身魔法による一斉攻撃を放つ。
 だが、それは神を包むように現れた障壁に阻まれた。

「“領域”の防御は俺も得意としているんでな」

「“性質”による防御……!」

「そら、俺にかまけていていいのか?」

「くっ……!」

 瞬間移動し、直前までいた場所を闇色の理力が襲う。

「(結界さえ壊せば逃げられる。でも、それを張った神は防御に専念している。あの“領域”を砕くには、明らかに時間が足りない。……という事は……)」

「結局は倒さなければならないと言う事だ」

「ッ……!」

 相対するのは、“負の性質”を持つ神と、もう一人の悪神。
 そして、洗脳された神々と、それぞれの神の“天使”達。
 それらを倒さなければ、結界を張った神を倒す事が出来ない。

「(今までは多くても二人の神までしか同時に相手して勝つ事が出来ない。……“天使”さえいなければ、三人でも勝てるかもしれない……だけど)」

 多勢に無勢。
 優輝がやっていた時間稼ぎとは違い、この戦いは勝たなければならない。
 優奈がいくら優輝と同等の力を持っているとはいえ、神界の神ではない身では、まともに相手した所で勝ち目はない。

「(……数が多い。それでも、やらなくちゃいけない)」

 一瞬、意識を帝に向ける。
 元々、優奈は可能性を繋ぐために帝を助けに来た。
 彼を助けるためならば、優奈は如何なる逆境でも立ち向かう心算だ。
 ……その結果、自分がどうなってしまうのかも顧みずに。

「……ふっ!!」

 “パァン”と、理力同士がぶつかり、弾ける。
 同時に、優奈は瞬間移動でその場から消え、放たれていた一撃を避ける。
 回避しきれない攻撃を相殺しつつ、防げない攻撃は確実に躱す戦法だ。
 まずは堅実に動き、相手を見極める。

「くっ……!」

 波状攻撃のように“天使”達が襲い掛かる。
 理力を用いた砲撃や、武器で連携して攻撃してくる。

「ッ……!」

 単純な白兵戦なら、優奈の方が上だ。
 武器を持つ手の動きを、牽制して止め、重心を利用したカウンターを決める。
 さらに攻撃の軌道を僅かにずらし、直後に攻撃してきた“天使”にぶつけた。
 そのままカウンターを続けるだけでも相手出来るが、そこで瞬間移動する。

「ッッ!」

「すばしっこいものだ……!」

 “負”のエネルギーが爆撃のように襲い掛かる。
 優奈はそれらを瞬間移動で避け、攻撃してきた悪神に反撃する。
 だが、相手は神だ。反撃の蹴りはいとも容易く防がれた。

「ッ、ぐ……!」

 すぐさま瞬間移動で間合いを離す。
 すると、今度は洗脳された神とその“天使”が襲い掛かった。
 放たれる理力の槍や閃光は、生半可な防御では確実に貫かれる威力だ。
 さらに“性質”も伴っているのか、相殺を試みようとした優奈の砲撃があっさりと貫かれてしまった。

「(貫く事に関係した“性質”……!防御は厳禁。躱す!!)」

 体を捻り、瞬間移動と空中機動を駆使して放たれる攻撃を躱し続ける。
 “性質”に引き寄せられているのか、幸い攻撃の規模は“面”というより“線”や“点”に近いため、躱すのは比較的容易だ。

「(そろそろ、反撃に……!)」

 洗脳された神達の攻撃と、悪神達による理力の暴力。
 それらを掻い潜るように優奈は躱し、逃げ回る。
 そして、隙あらば創造魔法で創り出した武器に理力を纏わせ、射出する。

「(近接は飽くまで防御に専念!反撃は創造魔法で……!)」

 肉薄し、攻撃してくる神と“天使”を振り切るように受け流す。
 理力を纏った創造魔法の武器は、途轍もない速度でまず“天使”達へ向かう。

「そこ!」

「がっ……!?」

 威力も並ではない。
 一撃一撃を全力で放ち、その威力はとこよやサーラの本気の一撃を凌ぐ。
 理力と神界という状況下故に、一点に集中した攻撃は尋常じゃない威力を持つ。

「(洗脳された連中は何とかなる……!)」

 さながら、シューティングゲームの自機だ。
 敵の弾幕を潜り抜けながら、少数の射撃で的確に敵を倒していく。
 洗脳された神や“天使”程度なら、それだけで確実に怯ませられる。

「(問題は……!)」

「はぁっ!」

「(悪神……!)」

 悪神の“天使”が襲い掛かってくる。
 優奈は瞬間移動で間合いを保とうとするが、本来の力そのまま使う相手の“天使”も同じようについて来る。

「ッッ!!」

 威力を減らした弾幕で洗脳された“天使”の攻撃を相殺する。
 同時に剣を飛ばし、それで悪神の“天使”と攻撃の応酬を繰り広げる。
 いくら本来の力そのままとはいえ、白兵戦に長けている訳ではないため、近接戦を仕掛けられた所で対処は出来る。

「っづ……!?っの……!!」

 問題は、理力と“性質”による攻撃だ。
 攻撃が飛んでくる過程がないため、躱すのが難しく、確実に優奈の体力を削る。
 すぐさま反撃及び回復を行うが、相手の数が多い。

「ッ……らぁっ!!」

 理力を纏った蹴りで、攻撃を弾く。
 同時に創造魔法の剣で洗脳された敵を牽制しつつ瞬間移動を繰り返す。
 悪神の“天使”の攻撃を躱しその内一人に肉薄した。

「(確実に、一人ずつ削る……!!)」

 間合いを離そうとする“天使”の腕を掴み、直後に出現した攻撃の盾にする。
 同時に、理力を流し込んで自身と“天使”を結び付ける。
 これにより、“天使”が瞬間移動で逃げてもどこにいるか分かるようになった。

「ッッ……!」

「ぐっ……!?」

 攻撃を掠り、時には命中しながらも突き進む。
 そして、理力の剣で“天使”の喉を貫く。

「っづ……!?」

 直後、瞬間移動を読んだ大規模の理力をぶつけられ、地面に叩きつけられる。

「くっ……!」

 すぐに体勢を立て直し、追撃を避ける。
 瞬間移動も、本来の力を放つ悪神の追撃には意味がない。
 悪神達の攻撃は、放ってから命中までの過程が存在しない。
 そのため、追尾や射線の概念がなく、姿を認識されている限り回避は必須だ。

「はっ!!」

「ぐっ……貴様……!?」

 導王流もあまり役に立たない。
 だが、回避やカウンターの要領はそのまま応用できる。
 それを利用して、優奈は攻撃を避けつつ、“天使”をその攻撃に晒す。

「(同じ“領域”の神及び“天使”の攻撃は効かない。でも、盾にはなる。それに、全員同じ“性質”じゃないから……)」

「ぐっ……ぅ……」

「こうやって、楽に倒せるって訳ね……!」

 しばらく盾になっていた“天使”は、最後に優奈に一閃されて倒れる。
 これでまず一人。数を減らす事が出来た。

「がっ……!?」

 それでも、たったの一人だ。
 雨霰と降り注ぐ致死レベルの攻撃に、優奈は一発、二発と命中していく。
 直撃は避けているが、確実に体力は減っていた。

「まだまだ……!!」

「ぐぁっ!?」

 次の“天使”を捕まえ、再び攻撃に晒させる。
 しかし、二度目は通じない。

「(攻撃密度が薄く……?っ、これは……!)」

「沈め!!」

「っ、ぁ……ッッ!!?」

 気づいた時には、瞬間移動を駆使しても躱しきれない状態だった。
 上から“性質”を掛け合わせた理力の壁が落ちてくる。
 そう、“壁”だ。躱そうとするのが馬鹿らしい程の規模で攻撃してきた。

「(これは……“負”と……“悪”の“性質”……!そう……もう一人の“性質”は、つまり……!)」

「俺の“負”を食らった上でこの攻撃……効くだろう?」

「ぐ、ッ、ぁああああっ!!」

 “意志”を強く、理力を天に向けて貫くように放つ。
 僅かに、理力の壁が薄くなったのを感じ取る。
 すぐさま優奈はその穴を突っ切るように跳び、窮地を脱する。

「はぁっ、はぁっ、ぐっ……!」

「効いただろう?我が“悪”は。汝を染め上げる事は出来ぬとも、蝕む事は出来る」

「……“悪の性質”って訳ね……最悪のコンビじゃない……!」

 ただでさえ重くなっていた優奈の体が、さらに鈍くなる。
 瞬間移動だけでは高速機動が維持できなくなり、創造魔法で足場を作る。
 立体的に跳びつつ、先程までと同じように攻撃し続ける。

「ッ、はぁあああああああああっ!!!」

 攻撃の嵐を駆け抜け、一人、また一人と“天使”を仕留めに掛かる。 
 倒したか確認する暇はなく、全身全霊の一撃をぶつけて“領域”を砕き、即座に離脱して別の“天使”を狙うのを繰り返す。

「ここに来てさらに早くなるか。……面白い!」

「(“負の性質”でどんどん体が重く……!優輝みたいに背水の陣じゃないから、“意志”で相殺しきれない……!)」

 元々短期決戦ではあったが、優奈はさらにそれを急いだ。
 最早“戦う者”として攻撃に晒されるのではなく、一つの“攻撃”として相手の嵐の如き攻撃の中を飛び続ける。

「(チャンスを作れ!一撃を全身全霊で叩き込んで、“負の性質”から砕け……!)」

 一筋の流星となって、優奈は戦場を駆ける。
 途中、何度も躱しきれない攻撃に命中するが、止まらない。
 一点集中。まずは体を鈍くする“負の性質”を持つ悪神に狙いを定めた。

「来るか……!」

「ッッ、そこぉおおおおおおおお!!!」

 一瞬。最早、チャンスとも思えないような僅かな間。
 そこを突き、優奈は突貫する。











「来ると分かっていれば、捕まえる事も容易い」

「ッッ!?」

 だが、その刃は届く前に止められた。

「“幽閉”……閉じ込める事なら右に出る者はいない。動き回られれば、なかなか捕まえる事は出来ないが、こうして行き先が分かればこの通り」

「“幽閉の性質”……!」

「ああ。さて、俺の“性質”による檻を、どうやって突破するつもりだ?」

「っ……!」

 結界を張った神が、今度は優奈を小さな結界に閉じ込めた。
 “性質”をそのまま使った理力の檻は、優奈のような爆発的な突破力があっても、易々とは破る事が出来ない。
 そして、“溜め”の時間が与えられる事もない。

「あ、ぐ、ぁああああああああああああああああああああ!?」

 他の神や“天使”による一斉攻撃が、優奈の体を打ちのめす。
 絶え間のない攻撃の嵐に、優奈は何も出来ずに叫び声を上げた。



















 
 

 
後書き
“負の性質”…冷気等の数値的マイナスや、負の感情と言った概念的な物などを操れる。ベクトル操作は飽くまで力の一部でしかない。

“悪の性質”…文字通り。闇属性の攻撃ばかり使う。同名の“性質”を持つ神が複数いるが、今回出たのは魔王やボスのような貫禄を持つ。“負の性質”と組むと、善心持ちの存在に対して常にデバフが掛けられたりする。

“幽閉の性質”…文字通り。敵を閉じ込める結界の他、攻撃そのものを閉じ込めて無効化するなども可能。割と汎用性がある。


ちなみに、イリスは帝しか神界に人間はいないと思っています。つまり、これでも優奈は想定外の存在です。 

 

第236話「振るえ、英雄の力」

 
前書き
優奈が優輝より足掻けていないのは、前回でも言っていた通り背水の陣ではない事と、帝を無事に帰さないといけない焦りからです。
優輝は、一人だからこそあそこまで足掻けました。

追記:長くなるので章を分けました。
 

 












「……ぁ……ああ……」

 自身を守るように展開された結界の中で、帝は目の前の光景に絶望の声を漏らす。

「ゆ、優奈……」

 悪神によって拘束され、その上から集中攻撃を受ける優奈。
 どんどんボロボロになっていく彼女に、しかし帝は何も出来ない。

「……マスター」

「………」

 否、何度も何とかしようとした。
 優奈の張った結界は、飽くまで外敵から身を守るためのものだ。
 内側から出るだけなら、素通り出来る代物だった。
 しかし、出ようとする帝を、エアが羽交い絞めにして止めたのだ。

「……わかってる。俺じゃあ、何も助けになれないのは」

 そう。今の帝では助けになれない。
 だからこそエアは止め、帝も何とか理性で抑え込んでいた。
 ……だが、何もしなければ事態も変わる事はない。

「っ、ぁあああああっ!!」

「抜けた……!」

 怒涛の攻撃に晒されながらも、ついに優奈は結界を破れる威力の理力を放った。
 ……が、その攻撃は無理したものだったため、直後に隙を晒した。

「っづ……!?」

「ぁ………」

 “天使”の一人と相討ちする形で、優奈は再び集中砲火を食らった。
 撃ち落とされたように落下し、膝を付くように着地する。

「(ダメだ……このままだと……)」

「う、ぁっ……!?」

 優奈の体が吹き飛び、帝の前まで転がってくる。

「優奈!」

「っ……大丈夫。まだ……ッ!?」

 立ち上がり、理力の障壁を張る優奈。
 だが、数瞬もしない内に割られ、“天使”が襲い掛かってくる。
 バインドでそれを食い止めるがそれもすぐにちぎられる。

「ッ、ぁあああああっ!!」

 雄叫びと共に優奈と帝の周囲に巨大な剣がいくつも生える。
 創造魔法によって攻撃と防壁を兼ねた剣山を創り出した。

「防げると思ったか?」

「ガッ……!?」

 だが、その上から巨大な理力の砲撃によって叩き潰された。
 咄嗟に障壁を張ったため、戦闘不能は避けたが、既にボロボロだ。

「っ……!」

 結界で守られた帝にも衝撃は届き、たたらを踏む。
 今までの攻撃ではびくともしなかっただけに、帝の動揺は大きかった。

「っづ……!こ、の……!!」

 鎖や剣が帝を守るように展開される。
 同時に、優奈はその場から消えるように瞬間移動。
 何度も理力の砲撃に当たりながらも、“天使”達を攻撃する。

「ぐっ……!?」

 そして、大規模な攻撃が帝を守る結界と優奈に直撃する度に帝に衝撃が走る。

「くそ……くそっ……!」

 せっかく助けに来てくれたというのに、こんな事態になった事を悔やむ帝。
 自分では助けになれないからこそ、その悔しさは強かった。

「(何か……何かなにのか!?俺に出来る事……助けに、なれる事は……!)」

 手札は多い。だが、そのどれもが通じないイメージに繋がる。
 考えても考えても、自分では足手纏いになってしまうと、帝は思ってしまう。

「くそっ……優奈……!」

 まだ戦っている優奈だが、既に追い詰められてきている。
 倒れるのも時間の問題だ。

「(俺には、何も出来ないのか……!何も……!)」

 悔しさに涙が滲む程だった。
 今すぐにでも、帝は優奈の助けに入りたい。
 だが、決定的力量差という現実が、帝の足を進ませない。
 ……前に踏み出す勇気が、振り絞れなかった。

「ッ……!」

 見ている事しか出来ず、帝は項垂れる。























「何をしている。道化」

 ……その時、誰かに話しかけられた。

「ぇ……?」

 見れば、景色がいつの間にか真っ白な空間になっていた。
 振り返れば、そこには見覚えのある金色の鎧に身を包んだ金髪赤目の男がいた。

「よもや、(おれ)の力を持ちながら、“何も出来ぬ”と言うつもりか?」

「っ……ぁ……」

 帝は声が出せない。
 その男のただならぬ雰囲気もあるが、この場において()()()()()()()()()だからというのもあった。

「……英雄王、ギルガメッシュ……?」

 そう。帝の持つ特典の一つ、王の財宝。
 それの本来の持ち主である、ギルガメッシュがそこにいた。
 ギルガメッシュは見下ろすように帝を見ていた。

「再度問おう。我の力を持ちながら、“何も出来ぬ”と言うつもりか?」

「っ……でも、いくら何でもあいつらを……」

「戯け!」

「ッッ……!」

 頬を掠めるように、剣が飛んでくる。
 悲鳴を上げる間もなく、帝は息を呑む。

「奴ら如き、我の財を持つならば倒す事など容易いわ!にも関わらず、倒せないというのならば、それは貴様が弱いだけの事!」

「…………ぃ」

「如何に法則が違おうと、それは奴らの都合でしかあるまい。自らの“領域”に引き込めるならば、負ける道理はない!」

 言わば、帝は相手の法則で戦っているようなもの。
 実際は、それに従う必要はない。
 自分のルールで戦えば負ける道理がないのは当然だ。
 ……それを為す“意志”が必要なのは確かだが。

「……る……ぃ」

「ましてや、あのような蛮神に慢心もなしに負けるなど、我が赦さん!」

「うるさい!!」

 自分は強くない。
 優輝や優奈のような意志の強さも、緋雪や司のような特殊な力もない。
 借り物の力だけで、特別なものなど持っていなかった。
 そんな弱さが悔しくて、だからこそギルガメッシュの言葉に言い返してしまった。

「ああそうさ!俺は弱い!弱いんだよ!!借り物の力しかなくて、物語の主人公に憧れていただけの男でしかない!……あんな奴らに勝てる精神性なんて、持ち合わせてないんだよ!お前のような、英雄とは違うんだ!!」

「……そうか」

「ッ……!」

 そして、失言に気付く。
 ギルガメッシュの帝を見る目が鋭く、そして冷たくなる。

「ならばせめてもの情けだ。この我手ずからここで引導を渡してやろう。雑種」

「あ……」

 剣が飛んでくる。
 今度は、頬を掠めるのではなく、真正面から眉間を狙っていた。
 帝は反応する事が出来ず、そのまま剣が命中―――









「……それでもなお、守ると言うか。贋作者(フェイカー)

「ああ。守るとも」

 ―――する前に、割り込んだ赤い影によって弾かれた。

「……エミヤ……?」

「彼は英雄のような気質でも、かつての私のような異常者ではない。だが、まだ彼自身自覚していない“絶対に譲れないモノ”はある。それを自覚してからでも遅くないかね?」

 帝の方を振り返る事なく、割り込んだ男……エミヤはギルガメッシュに言う。

「ハッ、その程度、我も気づいている。だが、今ここでそれを自覚しないのであれば、現状は変えられん。我は我なりの発破をかけただけだ」

「……まったく。英雄王、貴様はやはり過激だな」

「ならば貴様がやれ、贋作者(フェイカー)。それでもそこの道化が渋るのであれば、今度こそ引導を渡す」

「いいだろう。……さて」

 短い問答の後、エミヤは改めて帝に向き直った。

「一応、名乗っておこうか。私はエミヤ。君の知る通り、あの衛宮士郎の成れの果てであり、抑止の守護者でもある」

「………」

「あの英雄王含め、“なぜここにいるのか?”と言いたげだな。君には私の力と英雄王の力、その双方が宿っている」

 思考を読んだようにエミヤは言う。
 帝は、黙ってそれを聞いていた。

「だが、いくら力があっても、中身がなければ意味がない。特に、私の投影は剣の構造を知る必要がある。君が私の力を授かってから見た剣ならまだしも、それ以外の剣は投影できないはずだ」

「……それは……」

「だからこそ、君という存在のどこかに、私と英雄王は存在していた。故に、投影も滞りなく可能となり、王の財宝もきちんと使えたのだ」

 納得のいく話だった。
 エミヤが言った通り投影はそうなのだが、王の財宝も同じだ。
 あれは、簡潔に言えば宝物庫そのものが宝具なのだ。
 つまり、その中身は本人の“財”に依存する。
 ギルガメッシュでなければあるはずのない中身を、帝も使えたのはそれが理由だ。

「前置きはこれでいいだろう。では本題だ」

「っ……」

 エミヤが言おうとしている事を、帝は察する。
 色々とあるだろうが、要は“戦うか戦わないか”だ。
 “勝てない”と思ってしまう帝は、思わず息を呑む。

「……あれ程強大な力を持つ敵だ。君が恐れるのも無理はない。ましてや、我々が知るどの神話体系にも属さない領域外の神だ。その力は計り知れない」

「………」

「だが、それは今までの感覚のまま戦った場合だ。相手の法則に則れば、こちらにも勝ち目はある」

「……だからって、俺が勝てる訳じゃないだろ……」

 力なく、帝はエミヤの言葉にそう呟く。

「ふむ。では尋ねよう。……君は、何のために力を求めた?何のために力を振るう?」

「なんの、ため……?」

「私であれば、正義の味方であろうと力を求めたし、振るった。誰かのためでも、自分のためでもいい。力を求めるのも、それを振るうのにも、理由はつきものだ」

 言われて、帝は考える。
 自分が、なぜ彼らの力を求めたのか。
 何のために戦い、力を振るっているのか。
 最初に思い浮かんだのは、“踏み台”だった頃の思いだ。

「……主人公に、憧れていたから……」

「ああ、そうだ。君は物語の主人公……正しくは、主役や力ある存在としてありたいと憧れ、力を求めた。少年心に格好良さを求め、私達の力を望んだ」

「でも、それは……」

「……人の気持ちを考えない傍若無人な振る舞いへと繋がった……か?そうだな。確かにそうなった。……しかし、憧れは変わっていないのではないか?」

「………!」

 “確かに”、と帝は思った。
 帝は現実を知り、自分が主人公だとか、そんな器ではないと自覚した。
 だが、憧れはそのままだ。

「……何より、それは戦う理由に、力を振るう理由になっていない」

「……え……?」

 そして、続けられたエミヤの言葉に、帝は再度困惑する。

「かつてはそうだったのかもしれないだろう。……だが、今はどうだ?」

「今、は……」

 考えて、答えが思い浮かばなかった。
 何のために戦い、力を振るうのか。
 ……それが、ちっともわからなかった。

「……俺は、何のために……」

「……やれやれ。まだ自覚しないか。思い起こせ、根底にその理由があるはずだ」

「………」

 それでも答えを出せない帝に、エミヤは一つ溜息を吐く。

「君が変わったきっかけはなんだ?理想に溺れていた所から、現実へと引き上げれくれた、そのきっかけはなんだ?」

「きっかけ……ぁ……」

 そこまで言われて、帝はハッとする。
 同時に、脳裏に優奈の姿が浮かんだ。

「……優奈……!」

「そうだ。彼女の正体が何であれ、君は彼女によって現実を見た」

「俺は……そうだ。俺は……!」

「……ようやく、自覚したみたいだな」

 ふと、帝が顔を上げれば、そこには未だに戦う優奈の姿が見えた。

「ッ……!」

「さて、どうしたい?」

「……優奈を、助けたい」

「そのためには?」

「……戦う」

「そうだ。ここで立ち止まっている暇などない」

 エミヤの言葉に答える帝だが、体を動かそうとも動かせない。
 まだ、恐怖が意志を上回っているのだ。

「では、追加の質問だ。……このまま、彼女が負けるのを黙って見ているのか?」

「それ、は……!」

「嫌なのだろう?それだけは、譲れないのだろう?ならば、立ち上がれ!」

「ッ……!!」

 自身を奮い立たせる。
 優奈を助けるために、恐怖を意志が上回る。
 なぜ、優奈のためにそこまでやろうとするのか?
 ……簡単な事だ。

「好きな相手だから助けたい……理由はそれだけで十分だ……!!」

 好きな人のために頑張りたい。
 それが、帝の戦う理由だった。
 それは今もなお変わらない。
 優奈を助けるためならば、どんな相手にだって立ち向かう。

「そうだ。人一人を助けるのに、大層な理由なぞいらん。誰か一人にとっての正義の味方になるのは、簡単な事だ」

 柔らかな笑みを浮かべ、エミヤは一本の剣を投影し、帝の目の前に突き刺す。

「剣を取れ、王牙帝」

「ッッ!」

 剣を手に取り、一息に引き抜く。
 同時に、真っ白な空間から元の神界の景色に戻る。
 振り向けば、エミヤとギルガメッシュの体は透けていた。

「ようやくか。待ちくたびれたぞ。道化」

「………」

「今一度、同じ問いを投げかけよう。我の力を持ちながら、“何も出来ぬ”と宣うか?それとも……」

「関係ない」

「……ほう?」

「俺は、好きになった女を守る。そのために戦うだけだ!」

 勝てる勝てないの応答ではない。
 だが、その答えにこそ、ギルガメッシュは満足したように不敵に笑った。

「よく言ったわ戯け者!ならば、我と小癪だがそこの贋作者(フェイカー)の力を存分に振るえ!神という立場に驕る連中に、目にモノを見せてやるがいい!」

「質では勝てぬとも、量ではこちらも負けてはいない。上手く活用するといい」

「……ああ!」

 見送るような激励の言葉を受け、帝は戦意をさらに高ぶらせる。

「……最後に、一つアドバイスだ。あの未熟者にも送った言葉だが……“イメージするのは常に最強の自分”だ」

「ッ……!ああ!!」

 そして、幻覚とも思えた二人は跡形もなく消え去る。
 一瞬、本当に幻覚を見ていたのかと、帝は思ったが……

〈ようやく、戻ってきましたか。マスター〉

「……エア。今のは、もしかして……」

〈私はこれでもマスターに合わせて生まれた存在です。内に存在するかの二人の意識を呼び起こす事ぐらい、訳ありません〉

「……助かったぞ、エア」

 問答も感謝も短く済ませ、帝は敵を見据える。
 その姿は、最早先程まで打ちひしがれていた帝とは大違いだ。

「っづ……!」

 ちょうど、そこへ優奈が吹き飛んでくる。
 そして、その優奈を追撃しようと“天使”が迫り……

「させるかよ!!」

 帝による大量の剣群が突き刺さった。

「ぇ……?」

「これ以上、そいつに手を出させねぇ!!

「帝!?」

 帝の叫びと共に、怒涛の武器群が射出される。
 その様子に最も驚いたのは優奈だ。

「今まで怯えていた男が、何を今更……!」

「うるせぇ!!」

「なっ……!?」

 王の財宝による砲門が最大数展開される。
 だが、装填された武器はそれだけじゃない。
 その展開した武器を投影し、二倍……否、無数に複製していく。

「無駄だ!」

「っ、それがどうした!!」

 量ではどうにもならない質。
 そのような理力がぶつけられ、武器群は叩き落とされる。
 しかし、帝はそれでも武器を飛ばす。
 無数に、際限なく、絶対に譲れないモノのために。

「優奈ぁっ!!」

「っ……まったく、これだから“人”っていうのは……!」

 さらに王の財宝から“天の鎖”を繰り出し、“天使”達を拘束する。
 “神性が強ければ強い程拘束力を増す”という効果は、神界でも通用する。
 今この場で神性がないのは帝と優奈だけだ。
 神界の存在であれば、須らくその効果を発揮する。

「この……!」

「だから、信じるのを止められないんだよね……!」

 拘束のおかげで、優奈は防戦一方な状態から抜け出す。
 それだけでなく、鎖を足場に立体的機動を行い、一気に“天使”を斬っていく。

「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 帝は止まらない。
 白兵戦で勝てないのであれば、無理矢理量で勝つ。
 ギルガメッシュとエミヤの力であれば、決して量で負ける事はない。
 そして、質も低い訳ではなかった。

「この……!鬱陶しい!」

「おっ、らぁっ!!」

 巨大な剣の宝具が振るわれる。
 無数の武器群を落としながらもそれを理力で“天使”は防ぐ。

「隙あり」

「ぐぅっ……!?」

 そこへ、優奈が追撃し、確実に倒す。

「ッ……!ッ……!」

 絶え間なく続く帝の攻撃により、帝と優奈を覆う敵の“領域”を押しのけていく。
 あまりの多くの武器が飛び交っているため、そこが帝の“領域”となっていた。

「調子に……乗るな!!」

「ッ、エア!!」

〈はい!!〉

   ―――“カタストロフ・エア”

 それを丸ごと叩き潰す理力の砲撃が放たれる。
 帝はそれに正面から立ち向かい、全力の砲撃魔法を放つ。
 世界を切り裂く一撃を模した魔法で、見事攻撃を相殺する。
 威力で見れば明らかに押し負けていたが、“意志”を以ってそれを覆した。

「なに……!?」

「“負の性質”とは、即ち“正”と対の存在に位置する。強い“意志”と共に放たれた“正”のエネルギーとぶつかれば、相殺ぐらい出来るよ」

「くっ……!」

 砲撃を放った“負の性質”の悪神が慄く。
 その隙を逃さず、優奈が二撃叩き込んだ。

「今の帝は“正”の力に溢れている!お前達にとって、ただ理力を扱うだけの私よりも、何倍も手強いわよ!」

 “正”のエネルギーは、優奈では意図して出せない。
 否、そういった“性質”でない限り、理力でそれを出す事は出来ない。
 帝が出せるのは、理力を扱えない事と、“人”だからだ。

「同じ神界の者ならいざ知らず、ただの人如きに―――!」

「いっけぇえええええええええ!!」

 360度、全方向に弾幕のように武器群を放ち続ける。
 全てを吐き出すように放ち続けるため、敵も上手く近づけない。
 例え瞬間移動で近づいても、帝自身が何もしない訳ではない。
 エアを振るい、ばら撒くように剣を射出する。
 さらに優奈が“天使”を吹き飛ばし、“負の性質”の悪神に肉薄した。

「させん!」

「こっちのセリフだ……!!」

 そこへ、“悪の性質”を持つ悪神が妨害の砲撃を放ってくる。
 だが、帝が優奈を庇うように割り込み、同じく砲撃で相殺した。

「邪魔だ!」

「ぐっ……!」

 “負の性質”を持つ悪神が優奈に切り裂かれる。
 同時に、“悪の性質”を持つ悪神及び“天使”によって今度は帝が狙われる。
 一撃目は何とか防いだが、追撃を防ぎきれずに吹き飛ぶ。

「っらぁっ!!」

「何……!?」

 すぐに体勢を整え、地面に着地。
 攻撃を迎撃し、大量の武器群を射出して追撃を阻止する。

「厄介な……!」

「させないわ!」

 “幽閉の性質”を持つ悪神が帝の動きを封じ込めようとする。
 優奈がそれに気づき、即座に牽制の一撃を飛ばす。

「まだまだぁっ!!」

「くそっ……!」

 完全に帝の気合に押されていた。
 攻撃自体は一切通じていないが、帝の弾幕によって相手の攻撃も通らない。
 弾幕の範囲がそのまま“領域”となり、強い防御力を発揮していた。

「優奈ぁっ!!」

「任せな、さい!」

 そして、その弾幕を足場に、優奈が跳ぶ。
 瞬間移動を織り交ぜた変則的な立体機動に加え、武器を足場にする事で武器の軌道を変え、さらに弾幕による防御力が増す。

「これで……最後!!」

「っ、ぁ……!?」

 雨のような武器群を足場に加速した優奈が、“負の性質”の“天使”を切り裂く。
 “負の性質”による動きの遅延も、最早ないも同然だ。
 そして、ついに“負の性質”を持つ“天使”は全滅する。

「くそ……!」

「そこだぁっ!!」

   ―――“カタストロフ・エア”

 間髪入れず、悪神本人に帝の砲撃魔法が直撃する。
 障壁によって防がれはしたが、それでもダメージは通っていた。

「『帝!“悪の性質”の悪神は任せたわ!私は、他を!』」

「『ああ!』」

 数は減らした。
 これにより、さらに帝の物量による“領域”は強くなる。
 そこで、優奈は確実に“負の性質”の悪神を仕留めに掛かった。
 “幽閉の性質”の悪神達もいるが、そちらは結界に囚われないように回避や牽制をするだけで充分なため、そこまで脅威ではない。

「シッ!」

「ッ……!くそっ……!」

 現に、理力を込めた剣を飛ばし、妨害をしようとした悪神を阻止した。
 優奈の一撃一撃は確実にダメージが入る。
 そのため、牽制も容易だ。

「ッ……!ッ……!」

「くっ……!行け!」

「っ、甘い!」

 帝の方も、攻勢に出れないとはいえ互角に渡り合っていた。
 圧倒的物量によって牽制し、掻い潜って来た相手も上手くあしらう。
 ギルガメッシュとエミヤのスペックを存分に生かし、やられないように立ち回る。

「なぜだ……なぜ、人間如きに……!」

〈……“悪”という事は、相手を貶め、討ち滅ぼす他に()()()()()概念も内包されています。“正義により打倒される悪”……そんな人間の間で育まれた概念が、貴方を追い詰めているのですよ……!〉

 なぜ帝に抑え込まれるのかと、悪神は狼狽える。
 そこへ、エアが優奈の説明を元に分析した事を説明する。
 そう。様々な物語において存在する“悪を打倒する正義”。
 古今東西に存在するそんなジンクスや概念が、今帝を後押ししている。
 打倒される側でしかない悪神では、どうしても不利になる。

「悪に支配される事もあれば、決して悪に負けない正義もある。……俺は正義の味方なんかじゃねぇが……好きな奴を守るくらいはできらぁ!!」

〈何より……今のマスターはたった一つの譲れないモノのために戦っています。その覚悟は、イリスに便乗した貴方達の比ではありません!!〉

「ぐっ……がぁっ!?」

 徐々に攻撃の勢いが増し、ついに“天使”を貫く。
 一撃だけでは終わらない。ここには無数の弾幕が飛び交っている。
 “天の鎖”が体を捕らえ、いくつもの武器が体を貫いた。
 一人、また一人と“天使”が墜ちていく。

「天地を裂け……かの王が持つ乖離剣よ!俺に、力を貸してくれ!!」

 さらに、帝はここで一手踏み込む。
 王の財宝から一つの宝具を取り出し、振りかぶる。

「“天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)”!!」

 世界を切り裂く一撃が繰り出された。
 それは、“天使”や悪神の防御の上から、彼らを呑み込む。
 世界をも切り裂く概念が、容赦なく悪神達を切り裂いていく。

「っ、ぁ、はぁっ、はぁっ……!」

「爆ぜろ、“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”」

 膝を付き、息を切らす悪神。
 “天使”は倒れ、悪神も確実にダメージを負っていた。
 だが、帝は油断も容赦もしない。
 剣を投影し、それを矢として打ち出し、さらに爆発させた。

「ぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 それも、何度も。
 投影する剣も、ただの宝具ではない。
 約束された勝利の剣(エクスカリバー)……本来、エミヤの力では投影出来ないソレを、神界ならではの無理を通して何度も投影していた。

「ッ………どうだ……!!」

 何度も撃ち込み、爆発による煙が晴れた所には、悪神が倒れていた。
 あれ程優奈が苦戦していた悪神を、帝は倒しきったのだ。

「これが……これが英雄の……“人”の力だ……!思い知ったか……!!」

 帝にとって、それは自分の力ではない。
 飽くまで借り物の力だ。
 それでも、“人”の力を思い知らせた。



















 
 

 
後書き
ギルガメッシュが甘く見えるのは、ギルガメッシュにとっても神界の相手は慢心出来ない相手だからです。飽くまで、戦うのは帝なため、戦えるように多少甘くしています。ちなみに、あの場でエミヤが庇わなくとも帝は死にません(神界及び精神世界にいるので)。

敵を弱くしている訳ではないのに、描写的に弱く見えるという……
一応、理屈としては現在の帝の攻撃は“悪の性質”に特効が入るので、優奈の通常攻撃の数倍の効果を持っています。 

 

第237話「剥奪」

 
前書き
帝が優勢に見えますが、攻撃が最大の防御を地で行っているからです。
直接攻撃を食らえば、紙切れのように吹き飛んでしまいます。
白兵戦も、十秒も続ければあっと言う間に押し切られていました。
飽くまで、攻撃において有利を取っていたにすぎません。

事実、帝の物量を突破する数を揃えられれば、帝は確実に負けます。
だからこそ、前回優奈は洗脳された神達も請け負いました(分かりにくい描写ですが)。
 

 












「くそっ!!」

「ぐっ……!?」

 “悪の性質”の悪神が倒れた。
 それを見て、“幽閉の性質”の悪神が帝を拘束する。
 優奈は“負の性質”の悪神と洗脳された神達を相手にしており、帝も相手を倒したばかりで隙があり、いとも容易く結界に囚われてしまう。

「エア!!」

〈はい!!〉

   ―――“カタストロフ・エア”

 だが、それも時間を稼ぐだけに留まった。
 攻撃に“世界を裂く”と言う概念がある以上、閉じ込める結界……否、一つの世界に閉じ込めるという“幽閉”の概念がある結界では、閉じ込められない。

「……次はお前か?」

「っ……!人間風情がぁっ!!」

 激昂した悪神が帝をロックオンする。
 それを見てなお、帝は笑みを深める。

「人間だからこそ、俺は足掻くんだよぉっ!!なめんじゃねぇぞ!!」

 吠える。自らを奮い立たせるために。
 虚勢ではある。見栄でもある。
 それでも、帝は戦う。好きな相手……優奈を守るために。
 帝は前世を含めた今までの人生の中で、最も強い熱意を抱いていた。
 決して譲れないモノだからこそ、その熱意はより燃え続ける。

「ッ……!!」

 先程までの攻防は、神界でなければ、既に帝は死んでいた程の魔力行使だった。
 何より、エミヤ本人でさえも限定条件下且つ劣化版しか投影出来ない約束された勝利の剣(エクスカリバー)を、完全な形で、しかも連続で投影したのだ。
 体への負担は、かなりのもののはずだった。
 ……しかし、帝はそんな様子を見せない。

「ッ、ハハハハハハハ!!防戦一方じゃないか!“幽閉の性質”とか言ったか!?所詮攻撃性の低い“性質”だ!優奈が相手するまでもねぇ!!」

 虚勢を張りつつ、敵を嘲る。
 慢心したような言葉だが、これも帝が自分を奮い立たせるためだ。
 何より、そういった虚勢でも、帝の強さを後押ししていた。

「調子に……乗るなぁっ!!」

「ッ!!」

 だが、敵も無力ではない。
 理力を開放する事で衝撃波を放ち、帝の攻撃を弾き飛ばす。

「っはぁっ!!」

 負けじと帝も武器を射出しつつ、“天の鎖”で拘束を試みる。

「無駄だ!」

 悪神は自らを“幽閉”する事で、外部からの干渉を断つ。
 それによって鎖どころか帝の攻撃全てが防がれる。

「はぁっ!」

「ふっ……!」

 同時に、悪神の“天使”が攻撃を仕掛けてくる。

「その程度!」

 しかし、帝はそれらを王の財宝から盾の宝具を取り出す事で防ぐ。
 同時に大量の武器を飛ばし、すぐに間合いを離した。
 無理矢理近づこうとした“天使”は、ハリネズミのように串刺しにされる。

「切り裂け、エア!」

   ―――“Beginning of the Earth(ビギニング・オブ・ジ・アース)

 それでも“天使”は倒れない。
 故に、帝はトドメの一撃を食らわせた。
 エアを突き刺し、その状態から魔法を発動させる。
 世界を切り裂く一撃を、その刀身から解放する。
 世界……つまり“領域”にダメージを与える一撃を一点に集中させて“天使”に与える事で、完全に倒しきる。

「……次!」

「ぬ、ぅ……!」

 決して倒せる気がしない。
 そんな気迫を放ちながら、帝は次の攻撃対象を見る。
 防御に徹すれば、悪神も負ける事はない。
 しかし、それでも帝の気迫にたじろいでいた。





「ッ……!」

「ふっ……!」

「ッッ……!」

 一方で、優奈もまた戦闘で優位に立っていた。
 数が減ったのもあるが、帝の攻撃がこちらにも飛んでくるのが大きい。
 宝具による弾幕は、概念効果も相まって“天使”達も無視は出来ない。
 “負の性質”の悪神や洗脳された神達を相手取っても互角に戦えていた。

「はっ!!」

 戦法も、基本は先程までと変わらない。
 理力を込めた剣を飛ばし、シューティングゲームのように敵を仕留めていく。
 その過程に、帝が飛ばす武器を足場に跳ぶというのが付け加えられただけだ。

「邪魔よ!」

 そして、もう一つ。
 悪神が再び“負の性質”を使ってベクトルを反転させてきた。
 飛ばしたはずの剣がいくつか返ってくる。
 だが、所詮はベクトルが反転しただけ。
 剣という形を取っている以上、柄から飛んできても大した威力にはならない。
 それどころか、優奈はその柄を掴み取り、肉薄してきた“天使”を切り捨てる。

「はぁっ!!」

 一人、また一人と。
 優奈は確実に洗脳された“天使”を仕留めていく。
 複数の敵による“性質”の干渉も、今なら対抗出来た。

「っつぁっ!!」

「無理矢理突破してくるだと……!?」

 反転しようのない、そのままの理力をぶつける。
 それによって、“性質”を相殺していた。

「貴方達もいい加減……」

「ッ……!」

「沈みなさい!!」

 そして、数十本もの理力を多く込めた剣を創造。
 それらを洗脳された神達に差し向け、貫く。
 さらに、貫いた直後に理力を爆発。確実に“領域”を削り、一気に倒す。

「本当、帝には助かるわ……!」

 直後、優奈は帝が飛ばす武器を足場に跳躍。
 爆発的に加速し、爆破させた神達にトドメを刺す。

「ふ、っ、ぅ……!」

 だが、さすがにここまで理力を爆発させていた事もあり、優奈は息を切らす。
 先程まで劣勢になっていたのもあるため、無理はない。

「後は……貴方達だけよ……!」

 それでも、残ったのは“負の性質”の悪神とその“天使”。
 洗脳された神達は、ついに全員倒した。

「っ……くそ……!」

 ここで、“負の性質”のマイナスの力が働く。
 神自身、“性質”に影響するのは言うまでもないが、神界の戦いにおいて“負の性質”による影響はかなりのものだった。
 
「シッ……!!」

 悪神の腹に優奈の掌底がめり込む。
 “敗北”を連想してしまった“負の性質”の神は、もう勝つ事は出来ない。
 “負の性質”であるが故に、どうしても負の方向へ考えてしまうからだ。

「終わりね」

「人間一人に覆される、とは……!」

 創造魔法による串刺し、導王流による剣の斬撃。
 同じく導王流による体術が、吸い込まれるように悪神に命中する。
 ベクトルの反転も、既に理力によって無効化出来る程弱まっていた。

「人間を、可能性を侮るからこうなるのよ」

 一閃。それがトドメとなった。
 先程まで優奈を苦しめた悪神が、こうしてまた一人倒れた。

「(後は……)」

 残るは、帝が相手をしている悪神だけ。
 そちらも、ほぼ互角に渡り合っている。
 優奈が手を出さなくても負ける事はないが……

「意識外からの攻撃のチャンス。逃す手はないわよね」

「ガッ……!?」

 当然のように優奈は不意を突く。
 帝に集中していた“幽閉の性質”の悪神を、背後から剣で貫く。

「お、前……!?」

「残ったのは貴方だけよ。残念だったわね!!」

 そして、そのまま剣を上に振り抜く。
 上半身を左右に別たれた悪神。だが、それでも倒れはしない。

「帝!」

「ぉおおおおおおっ!!」

   ―――“Beginning of the Earth(ビギニング・オブ・ジ・アース)

 そこへ、帝がトドメを刺す。
 世界を、“領域”を切り裂き、悪神を四散させた。

「……帝、よくやったわ」

「あ、ああ……」

 労わりの言葉を掛けられ、帝は少し戸惑う。
 帝にしても、あそこまでの力が出せたのは予想外だった。
 だが、それを“当然”だと思う事で使いこなしていた。
 それでも、勝った事に実感が湧かず、こうして戸惑った。

「窮地はこれで切り抜けた……と思うんだけどね」

「……違うのか?」

「悪神が“性質”を使って結界を張ったのよ?善神も悪神も、その事に気付かないはずがないわ。……それに、勢力圏で言えばこの辺りは多分悪神寄りのはず」

 “幽閉の性質”によって張られた結界は、まだ残っている。
 しかし、術者を倒した事で徐々に罅が入って割れている。
 あともう少しで、結界は完全に崩壊するだろう。

「立ち止まって戦い続けたから、他の連中が嗅ぎ付けた……のか?」

「そうなるわね」

 閉じ込める結界がしばらく張られていれば、善神悪神問わず気にするだろう。
 それによって、結界外で何かが待ち受けていると優奈は考えた。

「つまり……」

「そう―――」

 それを帝も理解し、答えを口に出そうとする。
 同時に、結界が崩壊した。

「待ち伏せされてるって事よ!!」

 その瞬間、優奈と帝を包囲するように、大量の理力の弾幕が降り注いだ。
 一撃一撃が非常に強力で、予期していなければ確実に競り負けていた。

「ッ、ぉおおおおおおおおっ!!!」

「これぐらい、なら!!」

 だが、寸前とはいえ二人は予期できた。
 帝は先程と同じ弾幕を。優奈もそれに倣って創造魔法で迎撃を図る。

「……えっ?」

 しかし、そこで帝が呆気に取られた声を漏らす。

「ッ!?」

 直後、“ギィイン”という武器同士のぶつかり合う音がいくつも響く。

「武器が、返って来た……?」

 それは、先程の悪神のベクトル反転とはまた違った。
 先程、帝は確かに射出した武器を“奪われた”と感じた。
 その奪われた武器で反撃してきたのだ。

「(だが……!)」

 その上で、帝は武器を射出し続ける。
 まずは目の前に広がる弾幕を何とかしなければいけないからだ。

「帝、少し持ち堪えて!」

「ああ!」

 このままではジリ貧。
 そう判断した優奈は即座に瞬間移動を行使する。
 向かう先は弾幕を繰り出す張本人。 
 転移すると同時に、理力を込めた剣を射出する。

「ハッ!直接来たか!」

「はぁっ!!」

 二回、三回と分けて何度か剣を一斉射出する。
 “可能性”を内包したその一撃は、例え弾幕であろうと突っ切る。

「(途切れた!)」

 その攻撃を対処するため、弾幕が若干薄れた。
 それを見届けた優奈は瞬間移動で帝の元へ戻り、手を掴む。

「ッ!」

 そして、もう一度瞬間移動をする。

「(あれは……)」

 その時、優奈も帝もソレを見た。
 おそらくは、善神とその“天使”だったのだろう。
 あまりにも無惨な状態となって、そこら中に倒れていた。

「っ、もう一度!」

 移動先から、さらに優奈は瞬間移動する。
 先程とは違い、結界に閉じ込められていないため、包囲から逃れられた。
 “負の性質”による能力の低下もなくなっているため、逃げるのは容易だ。

「……あれは、正面からやり合うのは危険ね」

「……そんなにか?」

「ええ。包囲時の弾幕による制圧力は、結界に閉じ込められた時よりも強かったわ。能力の戻った私と、強くなった貴方の二人掛かりでも、明らかに押し負けていた。その上、貴方が飛ばした武器を返されていたもの」

「確かにな……」

 あのままでは、確実に二人は押し切られていた。
 優奈が攻勢に出たのも、一種の賭けだった。

「それに、あの弾幕は多分“性質”の一側面でしかない。本来はもっと……」

「……惨い、か?」

「そうね。あの場には善神らしき神と“天使”が散らばっていた。あの場にいた悪神の仕業なら……それに見合った“性質”がある」

 弾幕ではならないような、あまりにも無惨な死体。
 引きちぎられたり、抉られたりと、とても直視できるような様相ではなかった。
 そんな“残酷さ”に繋がりのある“性質”を持っていると、優奈は推測する。

「っ、追いついてきた……!」

 気配を察知し、悪神達が近くまで来ている事に気付く。
 優奈が振り返り、すぐさまもう一度瞬間移動する。

「くっ、“性質”ね……!」

「はははっ!その通りだ!」

 だが、逃げられない。
 先程の結界とはまた違う、“性質”による効果が働いていた。

「逃げられないという“残酷な現実”だ」

「……なるほどね。あの“幽閉の性質”の悪神に倣ったって訳」

 例えるのなら、逃げてもループして逃げられないと言った状態。
 そんな“残酷な現実”を優奈達に与えているのだ。
 これにより、再び優奈と帝は逃げられない状態に陥った。

「さしずめ、“残酷の性質”と言った所かしら?」

「くっ、ははは!その通り!一言一句間違えずに当てるとはさすがだ!」

 凶悪な笑みを浮かべながら、悪神は笑う。
 先程見た無惨な姿で倒れていた善神も、彼の仕業だ。

「普段は抽象的な部分しか扱ってなかったからなァ……。ああやって直接的な残酷さを示せるのは存外気持ちがいい」

「……どうりで、今の空間を突破出来ないのね」

 この悪神は、直接的なものより抽象的な“残酷さ”に強い。
 そのため、理力や“意志”を以ってしても逃げられなかった。

「ッ、帝!!」

「……!?」

 その時、帝の背後から別の神が襲い掛かる。
 優奈が咄嗟に庇い、その神を蹴り飛ばす。

「次から次へと……!」

 さらに洗脳された神とその“天使”が帝の死角から襲い掛かる。
 優奈は知らないが、性能が落ちているとはいえその神の“性質”は“暗殺”だ。
 死角からの一撃一撃がギリギリフォローが間に合う状態だった。

「このっ……!」

 そこで、帝が投影による剣の弾幕を張る。
 これで少しは牽制になると、そう信じて。









「―――それを待っていた」

「……は……?」

 だが、その考えは一瞬で消え去った。
 背後からの衝撃と目の前で起きた出来事に、帝は呆気に取られるしかなかった。

「所詮は借り物の力と言う事か」

「帝!」

「おっと、邪魔はさせんぞ?」

「ッ……!」

 優奈がフォローしようとするが、“残酷な性質”の悪神に阻まれる。
 さらに他の悪神と洗脳された神々も優奈を包囲する。
 優奈や帝が行った分断を、今度は相手からしてきた。

「こうも容易く“奪える”とはな」

「お、前……何をした……!?」

 帝の前に降り立った神が帝を嘲るように笑う。
 その様子に、帝は怒りに震えながらもその先に踏み込めずにいた。

「文字通り、“奪った”のさ。お前の力を」

「っ、くそが!!」

 そう。帝は先程の一瞬でエミヤの力を全て奪われていた。
 そして、今度は帝がその投影による攻撃を受ける。
 咄嗟に王の財宝で相殺するが……

「それも所詮は借り物だ」

「な、ぁ……!?」

 肉薄され、手刀が帝の体を貫く。
 そして、ギルガメッシュの力すら、奪われてしまった。

「っづ、このっ……!!」

 砲撃魔法を至近距離から放ち、何とか間合いを取る。
 だが、この一瞬で一気に不利になってしまった。

「エア!」

〈っ……奪われました……!何の抵抗も出来ずに……!〉

「くそ……!」

 目の前に広がるのは、先程まで帝が放っていた弾幕。
 違うのは、それを繰り出しているのが目の前の悪神だと言う事だ。

「(奪う……そういった“性質”か……借り物の力でしかない特典だから、あんなあっさりと奪われたのか……!)」

 障壁で防ぎ、破られる前に砲撃魔法の魔法陣をいくつか用意する。
 破られると同時に砲撃魔法を放ち、転移魔法でその場から離脱する。

「(俺だって、ただぶっ放しているだけだと思うなよ……!)」

 エミヤやギルガメッシュの力が無くなったとはいえ、無力になった訳ではない。
 膨大な魔力とエアは健在だ。
 そして、その魔力を十全に扱う技術も既に培っている。
 手軽且つ強力な攻撃を連発出来なくなっただけで、まだやりようはある。

「(……けど……)」

 しかし、懸念は残る。

「(……この魔力も、それこそエアも……)」

 そう。その膨大な魔力とデバイスのエア。
 それらも帝の特典だ。授けられた力でしかない。
 つまり、奪われる可能性が高いと言う事だ。

「っ……だからって、諦められるかよ……!!」

 魔力弾を大量に展開し、帝は歯を食いしばって悪神を睨む。
 帝にとって、もう“勝ち目の有無”は関係ない。
 “譲れないモノ”(優奈)のために、立ち上がり続ける。









「帝……!」

 一方で、優奈も苦戦を強いられていた。
 “残酷の性質”が思った以上に厄介だったのだ。

「人の心配をしている場合か?」

「くっ……!」

 空間どころか、事象そのものに干渉してくる。
 “残酷な現実”というものが、そのまま優奈に押しかかる。

「っづ、ぐぅっ……!」

 体が重く、力も出せない。最早何も出来ない。
 そんな“残酷な現実”を無理矢理優奈に課せられる。
 理力で抵抗して、ようやく優奈は動ける。
 だが、悪神が何もしない訳ではない。
 強い訳ではないが、白兵戦を仕掛けられ、優奈は大きく後退する。

「ほら」

「ッ、こ、のぉ……!!」

 さらに、洗脳された神々も襲い掛かる。
 本来ならば、それも凌ぐ事は可能だが、ここまで連戦続きだ。
 どうしても、出力を出せずにいた。

「(凌ぐので精一杯……!突破口が……見つからない……!)」

 凌ぐ事は出来る。だが、それ以上は踏み込めない。
 突破口を見つけるか、悪神の“性質”に慣れるまで耐え凌ぐという手も、帝が追い詰められている事から、使う事ができない。

「っ……!」

 焦る。このままでは自分ではなく、帝が倒れる事に。
 一筋縄ではいかない事ぐらい、理解はしていた。
 それでも、手の打ちようがなくなっていく事に、焦らざるを得ない。
 そして、それがさらに不利な状況へ持っていく。

「こっ……の!!」

 体を動かす分の理力を集束し、カウンターで“天使”を一人仕留める。

「ッッ……!」

 物理的な攻撃は食らっても無視する。
 ここは神界。物理的ダメージは気にしなければダメージにならない。
 否、最早優奈に余裕はなく、物理的ダメージを意識する事も出来ない。

「っづ、ああっ!!」

 “天使”を掴み、別の“天使”にぶつける。
 その上から、さらに理力をぶつけ、吹き飛ばす。

「ぐ、ぁあっ!?」

 そして、お返しと言わんばかりに、理力をぶつけられる。
 多勢に無勢。このままでは優奈が倒れるのも時間の問題だ。
 帝が倒れるまでに突破口を見つけ、倒すどころではない。

「(帝……!)」

 外的要因による状況の変化がない限り、優奈に勝ち目はない。
 自分が勝つだけなら、まだ可能性は残っている。
 しかし、それでは帝は助からず、おまけに勝ったとしても“その次”は無理だ。
 ……敗北は、着々と目の前に迫っていた。













「(優奈……!)」

 そして、その帝も窮地に陥っていた。
 特典二つを奪われてなお戦えるが、やはり力の差が大きい。
 足掻いてはいるが、攻撃が決して届かない。
 悪神を圧倒していた弾幕が、今度は帝に向けられている事で、劣勢を極めていた。

「っづ、ちぃっ……!!」

 迫りくる剣の群れをエアと魔力弾で逸らし、同時に魔力を集束する。
 直後に集束した魔力で砲撃魔法を放ち、僅かな隙を作る。

「(直接攻撃するのはダメだ!その瞬間、また“奪われる”!)」

 隙を作り、その隙で次の隙を作る準備をする。
 それを繰り返し、ジリ貧になる前に突破口を開く隙を作り出す。

「ここ、だっ!!」

   ―――“カタストロフ・エア”

 ようやく大きな隙を見つけ、強力な砲撃魔法を放つ。
 ギルガメッシュの力は失ったが、エアがいる限り世界を裂く砲撃魔法は使える。
 魔法の特性から、神界の存在にも通用するため、今の帝の手札では最も使いやすく強力な魔法だろう。

「はっ!無駄だ!」

 ……だが、それを正面から物量で潰してしまえるのが、今の相手だ。

「っ……!」

 無数の武器が、帝を襲う。
 その物量に、先程まですら手加減していたのだと帝は悟る。
 今できるあらゆる手段を打ってなお、凌ぐ事すらできずに蹂躙される。

「ぐっ……!」

 吹き飛ばされ、背後の方で刺さっていた武器群に叩きつけられる。
 すぐに体勢を立て直そうとするが、既に悪神が目の前に迫っていた。

〈マスター!〉

「さて、どれだけ“奪えば”絶望するのやら」

「は……?」

 悪神が帝の頭を掴む。
 その瞬間、帝の中から急速に魔力が消えていった。
 ……魔力すらも奪われたのだ。

「て、めぇ……!」

「まだ反抗するか。なら、次だ」

 頭を掴む手を外そうと、それでも足掻く帝。
 だが、今度はその体が変わっていく。
 容姿は自分では見れないため、詳細は分からない帝だったが、それでも自分の体が変わっていく事は分かった。

「今度は何しやがった……!」

「この姿に見覚えはないか?」

 直後、目の前の悪神の容姿が変わる。……先程までの帝の姿に。
 銀髪オッドアイという特徴的な容姿に、帝も何をされたか理解する。

「っ……俺の容姿を……望んだ姿すら奪うか……!」

「借り物だからな」

 今の帝は、年相応の一般的な好青年の姿になっている。
 前世の容姿とは違うが、これが本来普通に転生した場合の容姿だ。

「お前は本当に借り物だらけだな?」

「それが、どうした……!いい加減離せ!!」

〈っ、マスター!〉

 殴りつける。だが、悪神はびくともしない。
 英雄の力も、膨大な魔力も、スペックの高い体も失った。
 それでも足掻こうと、帝は目の前の悪神を睨む。

〈このままでは、私も……!〉

「ッ……!エア……!」

「これも、所詮は“モノ”だ」

〈マスター!マス―――〉

 悪神の手がエアに触れる。
 その瞬間、帝の握る手から、エアの存在が消えた。

「ふん。素のお前など、無力な人間にすぎん。こうして力を奪えば、何も出来ないのだからな」

「っ……!」

 投げられる。散らばる武器群の中へ体が叩きつけられる。

「こ、の……!」

 その武器を手に取り、“それでも”と帝は立ち上がる。

「思い上がるな、人間」

「ッ……!」

 だが、その武器の所有者は今や目の前の悪神だ。
 振るう前に、手の中から消え去る。

「俺の“剥奪の性質”に奪われるモノなぞ、お前の力ではない」

「て、めぇえええええええええええええ!!」

 我武者羅に殴り掛かる。
 だが、拳が届く前に障壁によって阻まれる。

「返せ……!あの二人の力はこの際いい……!あれは借り物だ……!だけど!エアは、エアは借り物じゃない!あいつは……あいつは、ずっと俺を見捨てずにいてくれた、相棒なんだ!!」

「だからなんだ?こうして“剥奪”した以上、お前のモノではない」

「ッッ……!」

 手が斬られる。
 間髪入れずにいくつもの剣に串刺しにされ、後方に吹き飛んだ。

「ぐ……くっ……!」

「お前の相棒は、既に俺のモノだ」

「エア……!」

 悪神の手にエアが握られる。
 抵抗している様子はなく、むしろ粛々と従っている様子だった。

「せめてもの慈悲だ。お前の元相棒で死ぬがいい!」

「っ、ぁ……!」

 エアによって、帝の体が貫かれる。

「切り裂け!エア!」

   ―――“Beginning of the Earth(ビギニング・オブ・ジ・アース)

「がぁあああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 さらに、ダメ押しとばかりに世界を裂く一撃が炸裂する。
 帝の体は千切れ飛び、無残な姿で横たわった。

「……エ、ア……」

 手を伸ばす事も、もう出来ない。
 優奈による“格”の昇華は残っているが、それでは“死なないだけ”だ。
 体を再生する事も、もうままならない。

「(優奈……)」

 足掻こうとも、足掻けない。
 譲れないモノのために、立ち上がる事すら出来ない。
 ……それが、帝にとって絶望となった。















 
 

 
後書き
Beginning of the Earth(ビギニング・オブ・ジ・アース)…“天地開闢”の英語を少しもじった魔法。デバイスのエアによる、宝具の乖離剣の効果を使った一撃。刺突、斬撃などの直接攻撃に作用し、敵に世界を切り裂く一撃を凝縮して叩き込む。一点に集中する威力は、カタストロフ・エアを凌ぐ。

“残酷の性質”…今回登場したのは、物理的よりも抽象的な方の力を扱うタイプ。空間や概念、現象として“残酷”を押し付けられる。本編では“残酷な現実”として逃げ場を奪ったり、途轍もない弾幕を展開していた。

“剥奪の性質”…文字通り、相手のモノを奪う。それが、借り物や授けられたもの、外的要因のモノであればある程、奪われやすい。奪われないようにするためには、それが自分のモノだと“性質”として強く主張しなければならない。


帝は基本物理的に、優奈は概念マウントで戦っています。帝も圧倒的物量で結局概念マウントを取っていますが。
現在の帝はそれこそ本当に一般人レベルにまで弱体化しています。
残っているのは、優奈の“格”の昇華だけです。なお、これも悪神にとっては奪える対象という…… 

 

第238話「足掻け、限界を超えろ」

 
前書き
視点は一旦戻って緋雪達side。
“対策”を使うため、とこよ達は奮戦します。
 

 







「ふっ……ッッ……!!!」

 砂塵を突っ切るように、とこよが“天使”の一人に肉薄する。
 白兵戦において、以前の戦いでもとこよは負けていなかった。
 霊脈を用い、さらに力の上がったのであれば、“天使”すら圧倒する。

「なっ……!?」

「はぁっ!!」

 刀の一線で理力による防御を弾く。
 即座に掌底で吹き飛ばし、弓矢による連射でさらに後退させる。

「ッ……はぁっ!!」

 間髪入れずに斧へと持ち替える。
 そして、霊力を込め衝撃波を前方へ放つ。
 これにより、“天使”の軍勢が後退する。

「紫陽ちゃん!」

「ッ……押し流せ!“蛟之神水(みずちのしんすい)”!!」

 その隙を逃さず、紫陽が超大規模の霊術を発動させる。
 まさに大津波とも言える水の波が神々を呑み込み、一気に押し流す。

「こいつで少しは……!」

「油断は禁物よ!」

 さらに少しの間が出来る。
 すかさず、椿が神力の矢を連続で射る。
 耐えきった神や“天使”を撃ち抜き、反撃を遅らせる。

「司ちゃん!後どれくらいかかる!?」

「っ……まだ、後数分かかるかも!」

「了解!」

 “対策”の一つ。それは先程まででもやろうとしていた“根源”への接続。
 司がむき出しになった霊脈から接続しようとするが、エラトマの箱や神々の攻撃の影響ですんなりとはいかないようだ。

「大群はあたしととこよで止める!打ち漏らしは任せたよ!」

「……うん!」

 押し流した神々を追いかけるように、とこよと紫陽も離脱する。
 紫陽の言葉に頷いたなのははすぐに魔力弾を展開、いつでも動けるように備える。

「フェイトちゃん、はやてちゃん、アリサちゃん、すずかちゃん、アリシアちゃん、奏ちゃん。……当然、行けるよね?」

「愚問よ」

 なのはの言葉に、奏は即答する。

「うん……!」

「当然や……!」

「なんのためにアースラから大気圏突破してきたと思ってるのよ」

「当然、行けるよ」

「まだまだ、諦めるには早いからね!」

 続けるように、フェイト達も魔法及び霊術を構える。
 そして、紫陽の津波、椿の矢を食らってなお踏ん張った神や“天使”へ放つ。

「無駄です!」

 だが、踏ん張ったと言う事はそれだけの強さを持つと言う事。
 一斉攻撃はあっさりと防がれ、イリスが“闇”を繰り出す。

「奏ちゃん!」

「ええ……!」

 そこでなのはと奏が動く。
 全力の砲撃魔法で“闇”を逸らし、全員が散開。
 さらに奏が移動魔法を使ってイリスに肉薄した。
 今まで攻撃の邪魔をしていたソレラは津波に流されていない。
 接近するには絶好のチャンスだった。

「ッ……!?」

「その程度……!」

 振るわれた刃は、“闇”による壁に防がれる。
 それどころか、呑み込むように刃を取り込もうとした。

「シュート!」

「っ、ふっ!」

 そこへ、なのはの魔力弾が着弾する。
 刃に纏わりついた“闇”が祓われ、その隙に奏がもう一つの刃を振るう。
 今度は直接攻撃せずに、斬撃を飛ばし牽制して間合いを離した。

「ただの人如きが邪魔を……!」

「スラッシュ!!」

 さらに、なのはもレイジングハートを小太刀へと変形させ、斬撃を飛ばす。
 先程の砲撃魔法を圧縮した斬撃は、生半可な防御では防げない威力を持つ。
 攻撃が通用する今、まともに食らうのは避けたいのか、イリスは防御行動に出た。

「ただの攻撃で“闇”が祓えるなど……ありえません!」

 反撃が飛んでくる。
 雨霰の如き“闇”のレーザーがなのはと奏を狙う。

「(速く、より滑らかに!)」

「(一挙一動を見逃さず、的確に……!)」

 だが、なのはは空中機動を、奏は移動魔法を駆使して躱しきる。

「ッ……なるほど……!そういう訳ですか……!」

 その時、イリスは見た。
 なのはと奏……否、この場において限界を超える者達の体に、薄っすらと淡い金色の光が纏っているのを。

「これを見越して、貴方は残ったという事なんですね……!」

 その言葉は、優輝に向けられていた。
 それを聞いていた奏は、一瞬どういう事なのかと困惑する。
 どうやら、奏達にはその光は見えていないようだった。
 だが、考える暇はない。

「シッ……!」

 刃を振るう。“闇”で防がれる。
 そこを、なのはが魔力弾と砲撃魔法で打ち破る。
 だが、イリスはそれを身を捻って躱す。
 追撃を奏が仕掛けるが、足元から生えた“闇”の棘に阻まれる。

「まだっ!」

 今度はなのはが肉薄する。
 小太刀二刀による連撃と、魔力弾の連携だ。
 加え、奏が羽型の魔力弾をばらまき、的確に“闇”を祓う。
 “闇”に阻まれ、突破しても躱され続けるが、ようやく刃が届く。

「……あまり、調子に乗らないでください」

 だが、それは錯覚だった。
 攻撃が届く。そう思った瞬間に“闇”が爆発する。
 咄嗟に、なのはは防御魔法を使いつつ飛び退き、奏は移動魔法で躱した。
 防御の上から、または余波で二人はダメージを負う。

「(やっぱり、手を抜いてた……!)」

「(イリスが、あの程度で食らうとは思えない)」

 追撃に“闇”によるレーザーと、予備動作なし出現し呑み込む球体が放たれる。
 レーザーを魔力弾で辛うじて逸らしつつ、二人はそれを躱し続ける。

「はぁっ!」

「ふっ……!」

 気合一閃。レーザーを刃で斬る。
 それによって僅かに手が空いた魔力弾でイリスに牽制する。
 一瞬、予備動作なしの“闇”が繰り出されなくなる。

「そこまでです!」

 だが、次の瞬間、二人は上空からの砲撃と重圧のコンボで地面に墜とされた。
 他の神と同じく、ここに残っていた祈梨の仕業だ。

「それ以上は―――」

「……“邪魔させない”と?」

「それは、こちらのセリフです!」

 しかし、祈梨はすぐになのはと奏に手を出せなくなる。
 なぜなら、サーラとユーリが祈梨に襲い掛かったからだ。

「「ッ!」」

 すぐさま、なのはと奏は起き上がり、飛び退く。
 そのまま体勢を整える間もなく、さらに移動魔法で間合いを離す。

「(ギリギリ……!)」

「(危なかった……!)」

 寸前までいた場所を“闇”が呑み込む。
 ギリギリで躱せた二人だが、その緊張感に焦りが生じる。

「(まだ、時間を稼ぐ……!)」

「(司さんが、根源に繋げるまでは……!)」

 二人共、イリスに敵わないのは理解していた。
 だからこそ、時間稼ぎに集中する。
 否、隙を見つければ少しでも戦力を削ろうと奮闘していた。





「…………させない」

「ッ……!」

 だが、敵はイリスと他の神々、“天使”達だけではない。
 洗脳された優輝も、襲い掛かってくる。

「(皆を抜けてきた……!?)」

 イリスはなのはと奏が、神々の半分以上はとこよと紫陽が受け持っている。
 祈梨もサーラとユーリが抑え、残った神達も緋雪達が止めている。
 だが、優輝はその防衛網を瞬間移動で抜けてきた。
 根源に繋げようとしている司に、振るわれた刃を防ぐ術はない。

「ッッ……!」

「―――あたし達が、見逃すと思った?」

 故に、他の誰かが防げばいい。

「くっ……!」

 “ギィイン”と、刃同士がぶつかる音が響く。
 葵が司を庇うように割り込み、優輝の一撃を受け止めていた。

「貴方の相手は私達よ。優輝!」

 そして、椿が矢を連続で放つ。
 攻撃自体は瞬間移動で躱されたが、これで司から引き離した。

「司、急ぎなさい!」

「うん……!」

「優ちゃんは、あたし達が抑える!」

 椿が追撃の矢を放ち、葵がレイピアを生成しつつ肉薄する。

「(あたし達では、優ちゃんを抑えきれない)」

「(ただ足止めするだけじゃ、必ず突破される)」

「(だから……攻める!!)」

 椿が絶えず矢を放ち、霊術も放つ。
 その合間を縫うように、葵が息もつかぬ連撃を繰り出す。
 既に霊脈を使った術式で限界を超えた強化をしている。
 その上で、全力全開だ。

「ふっ、ッ、ッッ……!!」

 レイピアを振るう、剣先が逸らされ、受け流される。
 即座に引き戻し、その隙を椿の矢が補う。
 再び攻撃、逸らされるのを防ぎ、袈裟斬りを繰り出す。
 しかし、今度は最小限の動きで躱され、カウンターが放たれる。
 葵はそれを予想しており、足元から“呪黒剣”を放つ。

「射貫くッ!」

「ッ!」

 それを躱した所へ、椿が渾身の一矢を放った。
 優輝はそれを刺突で相殺。その際に手に持っていた武器が壊れる。
 直後、大量の武器群が椿と葵目掛けて降り注ぐ。

「この程度!」

 葵がレイピアを生成し、呪黒剣と共に迎え撃つ。
 椿も霊術で相殺しつつ、矢で優輝を狙う。

「(消えた……!)」
 
 だが、その時には既に優輝は瞬間移動で姿を消していた。
 このままでは再び司を狙われるだろう。

「そこよ!」

「ッ!?」

 それでも、椿は即座に優輝の位置を察知。矢を放った。
 矢自体は防がれたが、それでも動きを一瞬止めた。

「はぁあっ!!」

 その一瞬があれば、葵が再び間合いを詰めるのは可能だ。

「……どうしてすぐわかったのか、とでも思ってる?」

「…………」

「今の貴方に、教える義理はないわよ」

 そう言って、椿は再び矢を放つ。
 葵が必死に食らいつき、決して引き離されないように、隙を椿が潰し続ける。

「(着地から僅か数分。私の神力を浸透させ続けた甲斐があったわ……!)」

 優輝の瞬間移動先を察知出来たのは、椿の神としての力だ。
 更地になった八束神社だが、そこへ椿が神力を浸透させていた。
 さらに、霊脈の力を合わせて草を芽吹かせ、それを介して察知したのだ。

「(今、この場は私の“領域”。ならば、全て見通せるはず……!)」

 神としての領域、所謂“神域”と言える場所。
 それを椿は疑似的に再現し、そこを“領域”としていた。

「(優輝の姿を見失えば、ただでは済まない。絶対に、見逃さないんだから……!)」

「こ、のぉおおおおおっ!!」

「ッ……!」

「(葵も、限界を超えて頑張ってる。絶対に、足止めする……!)」

 導王流を考慮した上で動き、創造魔法による攻撃も相殺する。
 その上で、突破されないように立ち回る。
 至難の業だが、椿と葵の連携だからこそ、何とか熟せていた。









「サーラ!」

「分かっています!」

 なのは達や椿達が奮闘する傍らで、サーラとユーリも奮闘していた。
 相手は祈梨。規模の大きい攻撃を連発してきていた。
 ユーリが攻撃を迎撃し、討ち漏らしをサーラがカバーしつつ、攻勢に転じていた。

「(堅い……!)」

「白兵戦はこちらも得意分野ですよ?」

 サーラの渾身の一撃を、祈梨は障壁で軽々と受け止める。
 さらにユーリの魔力弾が追撃で迫るが、それでも破れなかった。

「くっ……!」

「貴女は私が知る中でも相当堅実な強さを持っています。……ですが、それ故にどうしても“想定外の戦法”と言うのが使えません」

「ッ……!」

 槍でサーラの剣と渡り合いながら、祈梨はそう告げる。
 ……そう。それはサーラの強みであり、同時に弱点でもある。
 サーラはユーリのような無限の魔力や、優輝の導王流や創造魔法、緋雪の破壊の瞳と言った、特殊な力というものが存在しない。
 魔力も、それに見合った戦闘技術も相当高い。だが、()()()()だ。
 特殊性を利用した突破方法などは取れず、どうしてもゴリ押しになってしまう。
 言わば、サーラは器用貧乏なのだ。
 万能ではあるが、突出していない。

 ……だからこそ、祈梨の防御を突破出来ない。

「はぁっ!!」

「無駄ですよ」

「『ユーリ!』」

「『はい!』」

 理力の砲撃を一閃によって弾き、再度攻撃を試みる。
 やはりあっさりと受け止められるが、それはサーラも分かっていた。
 間髪入れずに移動魔法で背後に回り込み、入れ替わるようにユーリの砲撃魔法が祈梨の障壁を呑み込む。

「っ……なるほど。同じ魔力であれば、危うかったですね……」

「……撃墜されましたか……」

 ……だが、今度は待機していた理力の塊がユーリの砲撃を相殺していた。
 背後に回ったサーラも障壁で止められ、反撃を躱していた。

「ならば、これはどうです!?」

「させませんよ」

「私は眼中にないとは言わせませんよ……!」

 次の攻撃に移ろうとするユーリを、祈梨は止めようとする。
 それを逆にサーラがバインドで阻止しようとする。

「無駄だと、そう言っているはずですが?」

「……それはどうでしょうか?」

 だが、バインドは弾かれ、追撃も障壁に阻まれる。
 それでも、サーラは不敵な笑みを浮かべた。

「っ、どこに……!」

「確かに私は器用貧乏でしょう。……だが!それ故に何事もそつなくこなすのが私です!私は、ユーリの騎士なのですから……!」

 サーラは遠隔魔法でユーリを転移させていた。
 バインドの魔力が炸裂した事による煙幕でユーリを隠し、その時に転移させた。
 これによって、ユーリの魔法発動までの時間は稼いだ。

「ならば、貴女から……!」

「やれるものなら……!」

 サーラの魔力がアロンダイトに集束する。
 砲撃魔法や魔力弾を封印し、その分の魔力リソースを剣に注いだ。

「工夫次第で、障壁程度は突破できる……!」

「っ……なるほど。ならば……!」

 剣による攻撃のみのサーラに対し、祈梨は槍も弾幕も砲撃も使える。
 白兵戦でも、総合的に見ればサーラより上だ。
 しかし、肉薄すれば話は別。
 剣一つで渡り合う事も出来る。

「っづ……!?これは……!?」

 そして、ついにチャンスを掴んだ。
 槍を上手く逸らし、ほんの僅かな隙を突いてサーラは剣を突きつける。
 その剣から魔力を放出し、空間ごと祈梨を拘束した。

「代償として私も動けませんが……これで止めた!!」

「転移すら、無効に……!?」

 自らも術式によって動けなくなる代わりに、サーラは祈梨を止める。
 同時に、確実に動きを止めるという“意志”により、理力による転移も封じた。
 尤も、理力による行動は時間さえ経てば可能にしてしまうが……

 ……それよりも、手を打てばいい話だ。

「……本来、私の力は破壊にしか使えなかった。後には何も残らない“闇”でしかなかった。……でも、それでも何かを救える事が出来た。希望となれた!ならば、それは今ここでも出来るはず!」

「ッ……上……!?」

「やってください、ユーリ!!」

 転移させられたユーリが術式への魔力充填を完了させる。

「その証を、今ここに示す!!」

   ―――“其は、希望を示す闇(フィンスターニス・デァ・ホッフヌング)

 そして、サーラごと祈梨を極光が呑み込んだ。





「ッッ……くっ……!」

 極光が治まった後の砂塵から、サーラが弾かれたように出てくる。
 あの魔法は、サーラには効いていない。
 味方であり、最高の騎士でもあるサーラを、ユーリは決して傷つけない。
 その想いがそのまま効果へと繋がり、サーラへのダメージを無効化した。
 神界の法則を利用していなければ、こうはならなかっただろう。

「……容易に倒せる訳ではない。……その立ち振る舞いから予想出来ていた事ですが……あれでも倒せませんか」

 だが、そうだというのにサーラはダメージを受けていた。
 その理由は当然、祈梨がまだ倒れていないからだ。

「……なかなかの一撃でした。私も、多少のダメージは受けましたよ」

「っ……なるほど、あの時の優輝さんは、こんな気分でしたか……」

 思い出すのは、まだ自分がU-Dに振り回されていた時。
 足止めしていた優輝に反撃を喰らった時に言った言葉。
 その時と同じような言葉を、今度はユーリが言われていた。

「『通用するなら、何度も叩き込むだけです。そうでしょう?ユーリ』」

「『……はい。その通りです。行けますよね?サーラ』」

「『当然……!』」

 最大火力の一つが通じなかった。
 だというのに、二人は一切戦意を揺らがせなかった。
 否、むしろさらに燃え上がらせる。
 決して負けないと、勝って見せると、さらに決意を固めて。

「『私も、アロンダイトも、ようやく温まって来た所です!』」

「『それでこそサーラです……!ならば、私も……!』」

「……!来ますか……!」

 祈梨が身構える。そこへ、サーラが襲い掛かった。
 ここまでは同じだ。だが、次からは違う。
 サーラの攻撃を防いでいる所、魄翼が襲い掛かった。

「白兵戦モード、起動……!!」

「ユーリをただの後衛だと思わない事ですね……!」

「これは……!?」

 二人掛かりの攻撃に、祈梨の障壁が破られる。
 威力に負けた訳ではない。
 二人分の意志による“領域”への攻撃に耐えられなかったのだ。

「(白兵戦ではこちらが不利……!)」

 その一瞬で祈梨も悟る。
 直接的な戦闘であれば、自身に勝機はないと。

「……ならば、今度はこちらが実力を見せる番でしょう!」

「ッ!(転移……!)」

 即座に祈梨は転移で距離を取った。
 そして、僅かな間を挟み、次の瞬間……

「っ、はぁっ!!」

 殲滅魔法に匹敵する規模の理力による砲撃が放たれた。
 咄嗟にサーラがそれを切り裂くが……

「(二撃目!?早すぎる……!)」

 次の極光が目の前に迫っていた。
 否、それだけじゃない。
 まるで、魔力弾でしかないと言わんばかりに、その極光を連発していた。

「サーラ!!」

 多くの魔力と魄翼を壁にして、ユーリはサーラを助け出す。
 壁にした魄翼もあっさりと砕け、すぐに転移魔法で離脱した。

「これは……なんと……」

「私が撃ち落とします!」

 その先で、上空からの気配にサーラは冷や汗を掻く。
 そこには、巨大な隕石とも思える理力の塊が降ってきていた。
 すぐさまユーリが迎撃に移り、サーラが祈梨と向き合う。

「ここからは近づく事さえ許しません。精々、踊り狂いなさい」

「……規模の大きい攻撃の連発……なるほど。後衛が本領だったのは貴女の方でしたか。これが、真の実力という訳ですね……!」

 防御魔法や砲撃魔法、剣による一撃を使って攻撃を逸らす。
 だが、それが精一杯で祈梨に近づく事すら出来ない状態だった。
 ユーリの方も砲撃魔法を放ち続け、何とか地上に攻撃を落とさないようにしている。
 拮抗させるのが精一杯のようで、手助けは期待できなかった。

「(しかし、この力の行使……どこかで……)」

 圧倒的な殲滅力を持つ祈梨。
 そんな祈梨を見て、サーラはどこか既視感を覚えていた。
 しかし、その感覚について考える暇はない。

「(とにかく、私が突破口を開く……!)」

 他も戦っており、そちらはそちらで手一杯。
 誰かが突破口を開かなければならない。
 だからこそ、サーラは自身を奮い立たせ、祈梨の攻撃に身を躍らせた。











「ッッ……!!」

 一方、とこよと紫陽。
 津波で押し流した先で、襲撃してきた半分以上の神々を相手取っていた。

「ふっ……!はぁっ!!」

 閃光を切り裂き、掻き消える程のスピードで攻撃を躱していく。
 周囲は崩壊した街なため、瓦礫も目晦ましとして使えている。

「墜ちろ……“神雷(じんらい)”!!」

 攪乱目的もあるとこよと違い、紫陽は最小限の防御や回避行動をしながら、大規模な霊術を放ち、“天使”達を墜とす。

「ちっ……!」

「奴から狙え!」

 当然、動きが比較的少なく、後衛である紫陽が優先的に狙われる。

「させない!」

「ぐっ……!」

「遅い!」

 だが、とこよがそれをさせない。
 縦横無尽に敵陣を駆け回り、紫陽を狙う者から吹き飛ばす。

「ッッ……!」

 空中に身を投げ出すように跳び、身を捻る。
 自身を狙う攻撃を躱しつつ、とこよは弓矢で確実に“天使”を墜とす。

「(足りない!このままでは!)」

 だが、もうジリ貧だと察する。
 紫陽を守り切る事が出来ないのは分かっていたが、想定以上にそれが早い。

「くっ……ッ……!?」

 おまけに、崩壊したとはいえ、ここは街中だ。
 “死の概念”が壊れた以上、一般市民はまだそこにいる。

「ぁ……」

 目に入ったのも、その場にいたのも偶然だ。
 瓦礫から這い出て、恋人を助け出した時、そこが戦場と化した。
 そして、それを偶々“天使”の一人が見ただけの事。
 だが、その二人……聡と玲菜にとっては、絶望でしかなかった。
 一般人でしかない二人にとって、最早恐怖の叫びすら出せない状態だった。

「ッ……!」

 優輝の友人である聡と玲菜は、イリスの標的の一つだ。
 故に、視線の合った“天使”が狙いを定めて襲って来た。
 咄嗟に聡は玲菜を庇い……いつまで経っても来ない衝撃に目を開けた。

「……無事?」

「まさか、あんたらを優先して狙うとはね……!」

 そこには、“天使”の攻撃を防ぎ、斬り倒す紫陽ととこよの姿があった。

「イリスは優輝を狙っていた……となれば、友人関係のあんたらも標的の一つって訳さね……!」

「そういう、事っ!!」

 他の神々も聡と玲菜を認識したのか、一斉に襲って来た。

「な、なんで……!」

「生き残りたいのなら、そこでじっとその子を守ってな!あたしらが守る!」

「紫陽ちゃん!障壁お願い!……私が相殺する!」

「了解!」

 即座に紫陽が障壁を張り、とこよが前に出る。
 直後、豪雨も真っ青な弾幕が聡と玲菜を狙って放たれた。

「ッ、ッッ………!!!」

 斬る。斬る。二刀を以て、その弾幕をとこよは斬りまくる。

「くっ……!」

 だが、あまりに量が多い。
 体の所々に被弾し、刀が片方弾き飛ばされる。

「まだっ!」

 槍に即座に持ち替え、さらに弾き続ける。
 ……今度はもう一方の刀を弾き飛ばされた。

「まだっ!」

 斧に持ち替え、槍と斧で迎撃する。
 
「ぐっ……!?」

 そして、槍、斧と順に弾き飛ばされる。
 最後に扇を構え、御札をバラまいて障壁を張る。
 余波は紫陽の障壁で充分だが、とこよの障壁を破られればたちまち聡と玲菜は弾幕の奔流に呑まれてしまうだろう。

「ッ……!(耐えきれない……!)」

 とこよの張った障壁に、罅が入り始める。
 いくら霊脈の力を使っても、耐え続けるのは厳しい。




 ……故に、とこよは次の切り札を切った。

「―――来て!伊邪那岐!!」

 紡がれたのはたったそれだけの言霊。
 しかし、展開された術式はかなり複雑なものだった。

「何……!?」

 弾幕を張り続ける神が、僅かに驚愕する。
 障壁の罅が塞がっただけではない。
 とこよから、放たれるはずのない神力が放たれていた。

「……神降しは、何も優輝君だけの特権じゃないよ……!」

 そう。とこよは神降しを行ったのだ。
 それも、かつて式姫として仲間だった伊邪那岐で。

「は、あっ!!」

 気合一閃。槍を薙ぎ払い、神力の斬撃を飛ばして弾幕に穴を開ける。

「たかがこの世界の神を宿した所で!」

 多勢に無勢だと、神が言う。

「―――誰が、宿す神が一柱なんて言ったのかな?」

「待てとこよ!それは……!」

「ここで限界を超える!来て、火之迦具土(ひのかぐつち)!!」

   ―――“多重神降し”

 とこよから、炎の如き神力が追加で溢れ出す。
 その熱気が、弾幕を押し返した。

「私が紡いで来た全てを、ここで叩きつける!!」

 かつて、数多の式姫と共に幽世の門を閉じて回り、最後は幽世の大門を閉じた人知れない影の英雄。
 ……そんなとこよが、限界を超えたその先へ、一歩踏み出した。













 
 

 
後書き
蛟之神水…水神である蛟の如き水を操る霊術。津波のように放ち、敵を押し流す。

神域…今回の場合は疑似的なものだが、文字通りその神の領域となる。

其は、希望を示す闇(フィンスターニス・デァ・ホッフヌング)…ユーリの最高火力魔法の一つ。なのはのSLBに近い。無限の魔力を集束させて放つため、その気になれば無限に威力を上げられる。ユーリの“希望”を乗せた一撃。光と闇が合わさり最強に(ry

神雷…文字通り、神の雷の如き雷を放つ。

多重神降し…文字通り、その身に複数の神を降ろす。現在二柱だが、さらに増やす事も。当然、負担も大きい。ちなみに、三位一体の神などは多重神降しにはならない。


描写した面子以外は、多分祈梨の攻撃で蜘蛛の子を散らすように動き回っている感じです。……いや、これ八束神社周辺だけじゃ収まらない戦闘規模ですね。
一応、とこよと紫陽だけ他メンバーとかなり距離が離れています。 

 

第239話「幽世の意地」

 
前書き
引き続きとこよside。
幽世の意地と言うか、陰陽師たちの意地と言うか、そんな感じです()
 

 








「はぁっ!!」

 炎が迸る。
 全てを焼き尽くさんとする炎は壁となり、とこよ達を守るように展開する。

「何をしてるんだ!?いくらあんたでも、それは……!」

「だとしても!今ここでやらなきゃ負けるだけだよ!!」

「ッ……」

 式姫の力とはいえ、神を二柱も降ろす。
 それは生半可な負担では済まない。
 例え神職であろうと、体が四散する程の負荷がある。
 とこよは、それを行使しているのだ。

「……紫陽ちゃん」

「………っ、まったく……本当にあんたは大馬鹿だよ!!」

 呆れたように溜息を一つ吐き、紫陽はそう言った。
 直後、紫陽から濃密な霊力と、それに混じって神力も放たれる。

「だったら、あたしも限界を超えなきゃねぇ!!」

 迸る力によって、神々の弾幕がさらに押し戻される。
 そして、同時に紫陽の足元に巨大な陣が形成される。

「な、なんだ……!?」

「あんたら現世の人間には、恐怖の対象だろうが……質で敵わないなら量さ!!」

 霊力が大地に叩きつけられる。
 陣が発光し、稲妻のように周囲へ散らばっていった。

「開け!幽世の門よ!!人を襲うためではなく、現世を守るため、今その力を開放せよ!!全ての妖達よ!!」

 迸る霊力と共に紫陽の言霊が日本中へ浸透していく。

「あれは……」

「あたしや事情が分かる連中がいない土地は大混乱だろうけど……安心しな。今回に限って、あれらは味方だ!」

 崩壊した街に、妖が姿を現す。
 妖達は、神々を認識した瞬間、そちらへ襲い掛かった。
 聡や玲菜、街の人達には一切見向きもしていない。

「味方……?」

「これでもあたしは幽世を管理する神なんだ……!限界以上の権能を行使すれば、有象無象の妖程度、全て従えさせられる……!」

「日本各地の防衛は、しばらくこれで何とかなるはずだよ……!」

 どちらも息を切らしている。
 だが、戦意は一切衰えていない。
 限界を超えた力の行使だからこそ、神々を相手に互角で戦えていた。

「まずは、ここを切り抜ける!」

「っ……!」

 執念すら感じさせるその気迫に、聡は息を呑む
 直後、空間が弾けた。

「っづ……!?」

「なっ……!?」

 とこよが途轍もない速さで肉薄し、“天使”を切り裂く。
 次の“天使”を切り裂こうとし、そこで吹き飛びながらも防がれる。
 ……つまり、“天使”の反応を上回って一気に二人にダメージを与えた。

「ッ、はぁっ!!」

 それがトリガーとなり、戦場が一気に乱される。
 敵陣を駆けるとこよは、迫りくる攻撃を炎を内包した赤い大剣で斬り払う。
 あまりにも速く、ばら撒いた弾幕以外、命中する気配がない。

「ならば!」

「っ!」

 そうなれば、当然“性質”による足止めが仕掛けられる。
 “拘束”や“罠”、そういった足止めに適した“性質”でとこよに干渉する。

「ぐ、っ……これ、ぐらいっ!!」

「まだ動くか……!」

 その上で、とこよは動く。
 スピードはほとんど殺された。
 足が止まり、攻撃が殺到する。

「っ……もう一柱……!来て、建御雷(たけみかづち)!!」

「何っ!?」

 雷と共に、とこよはその攻撃を躱した。
 回避しきれない攻撃は、雷を纏った槍で弾いた。

「既に三柱……相当な負担なはず……。あたしも、負けてられないねぇ……!」

「ちっ……止めろ!!」

 一方で、紫陽も限界を超えた霊術の行使をしていた。
 紫陽を中心とし、至る所に霊術の陣が出現。
 そこから、炎や氷、雷に風、光や闇など、様々な属性の霊力が迸る。
 神々にも負けない数の霊術を紫陽は構えていた。

「ハッ!あたしが無防備な訳ないだろう!ここにはこいつらもいるってのにさぁ!」

「な、にっ!?」

 阻止しようと動いた神と“天使”に、矢と霊術、そして雷が飛来する。
 咄嗟の障壁で防がれたが、その瞬間に背後を取られる。

「私達を忘れてもらっては困ります」

「ここで足掻かなくて、何が式姫ってもんだ!!」

 蓮と山茶花が、それぞれの武器を振るう。

「那美!そこの二人は任せるよ!」

「うん、分かった!……久遠!」

「分かってる………ッッ!!」

 紫陽が振り向かずに声を掛けると、聡達の後ろから那美と久遠が出てくる。
 結界を張りつつ、那美が二人に駆け寄り、久遠が雷を放って牽制した。

「いくら何でも、海鳴の街でこんな大群を相手なんてね……」

「なんだ、怖気づいたのか?」

「そんなの、最初っからよ。……でも、ここで抗わなきゃ、それこそ終わりよ!」

 鈴と鞍馬が流れ弾を避けつつ霊術を放つ。
 ……そう。アースラから地上へ降りてきた陰陽師及び式姫は、八束神社に留まらずにとこよ達の戦場の方へ来ていたのだ。
 地力は遠く及ばずとも、気を逸らすぐらいは出来た。

「前の人生では、嘆きの最中死んだ。だから、今度の人生は絶対に後悔したくない。……そのためにも、例え怖くたって立ち向かうわよ」

「なるほどな……!」

 そんな話をしながらも、鈴と鞍馬は霊術を放つ。
 その霊術に続くように、コロボックルと織姫がそれぞれ矢と霊術を放ち、天探女と猫又が突貫、蓮と山茶花を援護する。

「最低一人は抑えな!数も質もこちらが負けている!あたしの妖で数は補えど、時間稼ぎしか出来ない!」

 式姫達の連携が数人に対するものなら、紫陽の開いた幽世の門から繰り出す妖は他の神々と“天使”全てに対する攻撃となる。
 一体一体は簡単な攻撃で倒されるが、それ以上の数で襲い掛かる。

「……なんて光景だ……」

「まぁ、見た目も規模も神話みたいなものだからね……」

 聡が思わずそう呟き、那美が障壁をいくつも展開しながらその言葉に同意する。

「っ、来た!」

「ッッ……!!」

 そこへ、“天使”の一人が突っ切って襲い掛かってくる。
 彼らの目的は優輝の友人である聡と玲菜だ。
 厳密には優輝と交友がある存在は全て対象だが、無力な二人から狙うのは戦闘における定石なため、優先して狙われていた。
 当然、庇う必要があるため、どうしても防戦となる。
 先程まではとこよと紫陽だけだったため、どうしても手が足りなかった。

「く、ぅ……!」

 二人と那美を庇うように、久遠が受けて立つ。
 今の久遠は、子供の姿から大人へと姿を変えている。
 普段より強くなれるが燃費の悪い形態だが、“格”の昇華があるためそのデメリットの心配もなく、全力以上を出せていた。

「久遠!」

「ッ、那美、ありがとう……!」

 那美の支援霊術が光る。
 身体強化や相手の妨害となる霊術を使い、的確に援護する。

「は、ぁあっ!!」

「っつ……獣如きに……!」

 大人形態であれば、久遠は五尾の妖狐となる。
 霊術や薙刀を扱うようになってからは、その力を十全以上に扱う事が出来る。
 薙刀と雷による連撃に加え、霊術を仕掛ける事で“天使”を後退させる。

「なっ!?」

「あたしやとこよが見ていないとでも?」

 その瞬間、その“天使”は紫陽の霊術で吹き飛んだ。
 さらにとこよによって首を落とされ、他の神々の攻撃の盾にされた。

「やはりあの二人が厄介ですね……!」

 別の神が、とこよと紫陽を警戒する。
 明らかに主戦力となっているのは二人だ。
 そして、その二人に対して、決して邪魔にならないように他のメンバーが的確に戦線を展開して戦況を後押ししていた。
 それらを無視して聡と玲菜を狙おうにも、久遠と那美に受け止められる。
 一瞬でも受け止められれば、直後にとこよか紫陽、或いはその両方から手痛い反撃を受けると言う事を、神々も理解し始めたのだ。

「……ならば、その上で“圧倒”してみせようか」

「ッ!!」

 刹那、辻斬りしつつ戦場を駆けていたとこよが吹き飛ぶ。
 攻撃自体は防いだが、今のとこよの強さをして上回られた。

「とこよ!!」

「ごめん!各自補って!!」

 陣形が崩れると悟り、紫陽にそう言い放つとこよ。
 そのまま攻撃してきた神に向き直る。

「(……強い……!“性質”の影響もあるんだろうけど……)」

「どれほど強くなろうと、私はその上から“圧倒”する。それだけの事です」

「……“圧倒”の言葉に強い力を感じる……という事は、その類の“性質”だね」

「然り。私は“圧倒の性質”を持ちます。……どういったものか、言うまでもないでしょう?幽世の守護者」

「そのまんまだね……でも、だからこそ、強い」

 直接的な戦闘をする神であれば、とこよ達も戦いようはある。
 だが、それは飽くまでその戦闘において互角以上になれる前提だ。
 ……“圧倒”であれば、その限りではない。

「ッッ!!」

 神速を以って、とこよは神に斬りかかる。
 だが、その速度を相手の神は見切り、躱した。

「(速い……なら!)」

 降ろした神の力を使い、とこよは炎と雷を繰り出す。
 加え、さらに近接戦を仕掛けていく。

「……甘い」

「ッ……!?」

 それすら、躱される。
 そして、反撃が繰り出された。
 回避など無意味だとばかりに、神は空間を殴る。 
 直後、回避不能の範囲を衝撃波が襲い、とこよは吹き飛ばされた。

「(本当、文字通り“圧倒”してくるなぁ……だったら……!)」

 血反吐を吐き、とこよは膝を震わせる。
 それでも、とこよは戦意を衰えさせずに神を睨む。

「……来て、素戔嗚(すさのお)!!」

 もう一柱、さらに宿す。
 三貴子の一柱であり、海神、嵐の神とも呼ばれる素戔嗚を宿す。
 武器を式姫の素戔嗚が持っていた斧へと変え、肉薄してきた神を迎え撃つ。

「ぐっ……!はぁっ!」

 それでも攻撃が弾かれる。
 しかし、身を捻って蹴りを叩き込み、神力でさらに吹き飛ばす。
 それによって、戦いの舞台を街から海へと移動する。
 海神の力で、海上を駆けられるようにし、改めて敵の神と対峙する。

「(これでも足りない……なら、もう後の事は考えない!!)」

 先程の攻撃で、とこよはそれでも足りないと理解する。
 ……そして、限界の先の、そのまた限界を超える。

「力で敵わないなら……それ以外で圧倒する!!来て!思兼(おもいかね)天照(あまてらす)月読(つくよみ)伊邪那美(いざなみ)!!」

 一気に四柱を宿し、これで合計八柱も宿した。
 負担を抜きに考えても、神を八柱も宿す事など出来るはずがない。
 それなのに可能にしたのは、全てかつてはとこよの式姫だったからだ。
 ……尤も、そのとこよでも、八柱は無茶を通り越しているが。

「っぐ、っ、ぅう……!!」

「負荷に体が追いついていないようですね。哀れな」

「ッ!!」

 溢れ出る力を制御しきれず、とこよは膝を付く。
 そこへ、容赦なく神が攻撃してくる。

「―――ッ!?」

「……制御するまで、そのまま放てばいいだけの事だよ」

 だが、寸前で神は飛び退き、とこよを中心に光の爆発が起きる。
 制御しきれない余剰な神力を、そのまま解き放ったのだ。

「何のために、誰もいない海上に来たと思ってるの?」

「周りに被害を出さないためですか……」

 素戔嗚が海神なため、本領を発揮する事が出来るという理由もある。
 だが、一番の理由は周囲への被害を減らすため。
 なぜなら……

「……私自身、ここまで強くなるのは想定外だからね」

「ッ……!」

 矢が神の頬を掠める。
 式姫の思兼は弓矢を使い、それを降ろしたとこよがその弓矢で攻撃したのだ。

「長くは持たない。悪いけど、こっちこそ圧倒させてもらうよ」

「生意気ですね……ならば、これはどうです!」

 直後、とこよの背後から“天使”が一斉に襲い掛かる。
 同じ“圧倒の性質”を持つ“天使”達なため、一人一人が強い。

「無駄だよ」

「がぁっ!?」

 だが、とこよはそれを上回った。
 月読の神力で攻撃を逸らし、伊邪那美の神力で雷の如き光を当て、最後に天照の神力で太陽の如き熱を放出、一気に“天使”達を吹き飛ばす。

「日本の神を……私達陰陽師を、舐めないで!!」

「なっ……!?」

 それは、まさに時を止めたかの如き速度だった。
 どこからともなく飛んできた刀を掴み、“天使”達を斬りつける。

 ……海に来たもう一つの理由が、これだ。
 刀を弾き飛ばされたあの時、とこよは刀が海の方へ飛んで行ったのを見ていた。
 手元に戻す術式を刻んでいたため、こうして海に来ればすぐに回収できる。
 降ろした神の武器よりも、やはり馴染みある刀の方が扱いやすいからだ。

「(体が引き裂かれるみたい……でも、倒れる訳にはいかない。私達が負ける訳にはいかない。なんとしてでも……勝つ!!)」

 最早、執念に近い意地だった。
 幽世の守護者として、一介の陰陽師として、とこよは意地で多重神降しの負荷に耐え、制御し、戦っていた。

「かかってきなよ……!全員いっぺんに相手してあげる……!」

 刹那、全員の姿が掻き消える。
 火花と衝撃波が迸り、海面がクレーターのように凹む。

「ッッ……!」

 吹き飛んだとこよが海面を滑るように着地する。
 直後、とこよを追撃しようとした“天使”が背中を斬られる。
 とこよが追撃を躱し、同時に斬りつけたのだ。

「はぁっ!!」

 さらに、天照の炎と建御雷の雷を合わせた一撃を別の“天使”に叩きつける。

「ふッッ!!」

「……ありえない……!“性質”を以ってしても、戦えるなど……!?」

 “圧倒の性質”は未だにとこよに適用されている。
 しかし、実際圧倒されていたのは神の方だった。

「シッ……!!」

 正面からの攻撃を刀で弾き、そのまま側面からの攻撃を躱しつつ蹴りを決める。
 反動で体が浮き上がり、その間に神力を掌に集束。
 海面に叩きつけ、炸裂させた衝撃波で“天使”を吹き飛ばす。

「後、二人!!」

 間髪入れず、とこよは追撃に出る。
 刺突で吹き飛んだ“天使”の喉を貫き、そのまま切り上げで頭を裂く。
 直後に神力による雷が“天使”を焦がす。
 ……たったそれだけで、その“天使”は倒れた。

「ッ!」

 反撃に大量の理力による弾幕が降り注ぐ。
 しかし、とこよは最低限の弾だけ刀で弾き、他は全て躱していた。
 空中での機動もなんのその。霊力を足場にフェイトや奏などを軽々と超える速度で動き回っていく。

「っ、がぁっ!?」

「これで、もう一人!!」

「ッッ!?」

 そのままの速度で、“天使”を蹴り飛ばす。
 間髪入れずに方向転換し、思兼の矢で神を牽制する。
 そして、もう一人の“天使”に狙いを定めた。

「くっ……!」

「……!」

 勢いのままの刺突は障壁に止められた。
 だが、とこよは止まらない。
 八つの神力の雷が障壁を焼き、斬り返しの刀が障壁を切り裂いた。

「微塵に散れ」

   ―――“秘剣・塵桜(ちりざくら)

 刹那、“天使”が木端微塵に切り刻まれる。
 神力を用いて放たれたその技に、“天使”の“領域”が砕かれた。

「あり得ない!」

「ッ!」

 そこへ、神が直接攻撃を仕掛けてくる。
 理力による不定形の武器を手に、とこよと同等以上の速度で斬り合う。

「こんな事、あっていいはずがない!!」

「くっ……ッ!!」

 さらに、最後の“天使”が襲い掛かってくる。
 飛び退き、その攻撃を躱し、追撃に備える。
 後退を続けつつ、海面を利用した氷の霊術で牽制する。
 同時に弓矢を連射し、容易に近づけないようにした。

「ありえる、はずが……!」

「口調が崩れるなんて、随分焦ってるね?」

「っ……!」

   ―――“刀奥義・一閃-真髄-”

 神が大きく弾かれる。“圧倒の性質”を持つはずの神が。

「(……本来あり得ないはずの事。それが起きているから、ここまで“圧倒”出来る。本当なら、もっと苦戦していたはずなんだけどね)」

 とこよにとっても、それは予想外の事だった。
 誰も気づいていない事ではあったが、これには訳があった。

 第一に、神は飽くまでとこよ本人しか“圧倒”していない。
 降ろしている神の事を視野に入れていなかったのだ。
 これによって、まず強さで“圧倒”が出来なくなる。

 次に、その強さの差によって“天使”が逆に圧倒された。
 ここで“圧倒の性質”の弱点が働く。
 相手に対し圧倒する事で強さを発揮するこの“性質”だが、逆に自身が圧倒されてしまうと、途端に弱くなってしまうのだ。
 それこそ、先程の“天使”達のように、二撃か三撃程致命傷を与えられただけで倒されてしまう程に。

「(だけど、これは好都合!!)」

 全てが、とこよの有利に働いていた。













「行ったか……!」

「どうするの!?」

「とこよ抜きで何とかしてみせるさ!!」

 一方、とこよが離脱した紫陽達は、とこよが抜けた事に一瞬動揺が走っていた。

「それが出来るとでも!!」

「ッ!」

 その時、紫陽目掛けて一人の“天使”が襲い掛かった。
 障壁自体は間に合うのだが、紫陽は何も防御をしない。

「出来ます!!……姉さんなら、絶対に……!!」

「……ああ、その通りさ。葉月!!」

 紫陽の妹、葉月が槍でその“天使”の攻撃を防いでいたからだ。

「ただ妖を呼び出しただけだと、本当にそう思うかい?」

「なに……?」

「あたしに……いや、あたし達が呼べるのは、妖だけじゃない!葉月!」

「……はい!!」

 直後、紫陽と葉月の背後に、幽世の門にも似た瘴気の穴が出現する。
 そこから、妖に似た存在……“トバリ”が現れる。

「幽世と現世の境界がなくなった……それはつまり、ここは現世であり、同時に幽世でもある!!それならば、外敵を排除する権能が使えるのも、当然の事!!」

「とこよさんが無茶をしてでも、幽世を……いえ、世界を守ろうとしています。……なら、私達だって、少しは頑張ります!」

 瘴気がトバリに纏わりついて行く。
 ただ数を増やしただけでなく、瘴気によって質も向上していく。

「かつては式姫の敵対的存在だった妖とトバリ……あんたらが、この世界を蹂躙しようってんなら、この全てを相手するものだと思いなっ!!」

「私達にも、意地があります!絶対に、負けません!!」

 前回は、成す術なく敗北した。
 しかし、前回と違うのは、今度はこちらの“土俵”だと言う事。
 地の利を得た紫陽達は、前回よりも遥かに強い。

「『一人に付き敵一体は抑え……いや、倒しな!!連携でも、どんな手を使ってもいい!!ここが踏ん張りどころだ!意地を見せなぁっ!!』」

 紫陽の激励が飛ぶ。
 その言葉に、式姫だけでなく、鈴や那美、久遠も奮い立つ。

「はぁっ!!」

 妖とトバリの軍勢が神々と衝突する。
 妖達のほとんどが吹き飛ばされるが、蓮がその中を駆け抜け、一人の“天使”へと肉薄。防御態勢を取らせる事で牽制する。

「うち滅ぼせ、流れ星!」

   ―――“星落とし”

 紫陽の霊力と瘴気によって形作られた星が落ちる。
 それだけで神々を倒せる訳ではないが、他の者が斬り込むきっかけになる。

「ちょっ……!?まだ街には人が!!」

「対策済みさ……!何のために数を揃えたと思ってんだい……!」

「妖とトバリを使って住人は救出済みです。安全地帯はありませんが、着弾地点からは避難していますよ」

 聡が紫陽の霊術でクレーターとなった場所を見て思わず叫ぶ。
 だが、その辺りで瓦礫に埋もれていた人達は、人型の妖やトバリによって既に助け出されていた。

「さっきも言った通り、この世界は既に現世でありながら幽世なんだ。……幽世の神として、誰がどこにいるかは、大体把握出来る」

 そうこうしている内に、鈴や式姫達が“天使”達を倒しにかかる。
 妖とトバリは自我がなく、実質的には紫陽による意思を持った霊術だ。
 そのため、遠慮なく鈴達も妖を利用し、意識外から攻撃を繰り出していた。
 神界の存在と言えど、意識外からの攻撃は共通して弱点なのか、地力の差がありつつも上手く渡り合えていた。

「それに、今この世界は死んでも死なない状態なんだ。……巻き込まれる奴らには悪いけど、容赦なくやれるってものさ!」

 妖とトバリだけで抑え込んでいる神々へは、紫陽が追加攻撃を行う。
 大規模な霊術が次々と構築され、そして放たれていく。
 とこよのような一撃に集中した威力はないが、規模の大きい攻撃で生半可な強さの“天使”達を次々と後退させる。

「っづ……!」

 ……だが、そこまでやれば紫陽もタダでは済まない。
 限界以上の力を行使しているため、負荷が紫陽にのしかかる。
 目や口から血が零れ、足も既に踏ん張っている状態だ。

「ね、姉さん……!」

「あたしの心配は無用さね!!葉月!……本当にやらなくちゃいけない事は、見誤るんじゃないよ……!」

 葉月が心配するが、紫陽はそれを切って捨てる。
 負荷はあれど、死んでも死なない今の状況下なら苦しいだけだ。
 決して、反動で死ぬことはない。

「ッ……」

「で、でも貴女、もうギリギリなんじゃ……」

 言葉を呑み込んだ葉月の代わりに、玲菜が言う。
 だが、紫陽はそれを鼻で笑った。

「ギリギリ?笑わせるんじゃないよ。そんなの、とっくのとうに超えちまってるさ。けどね、それでもあたし達は戦わなくちゃいけない。もう、逃げ場なんてないのさ」

「そんな……!」

「だからこそ!何が何でも、それこそ体が壊れようが、勝たなきゃなんないのさ!意地でも、絶対に、倒れる訳にはいかないんだよ!!」

 幽世の神の矜持……なんて、立派なものじゃない。
 子供の駄々のような、意地。それで紫陽は立ち続けている。
 最も単純で、だからこそ諦めの悪い意地を張り続ける。

「っ……!」

「どうして、そこまで……」

「……あんたにもわかる事さ。……守りたいモノがある。それだけさ」

 聡の言葉にそう答え、紫陽は微かに笑う。
 そして、先程よりも多い霊術の陣を展開し、放つ。
 それによって、押され始めていた戦線を何とか立て直す。

「(……どうあっても押されてしまう。どうやら、あたし達だけじゃ倒しきる事は出来ないようだね……。とこよ、やっぱりあんたがいなけりゃ、あたし達はダメらしい)」

 しかし、紫陽の分析では、いずれジリ貧で押し負けると分かってしまった。
 出来たとしても、時間を稼ぎ続ける事だけ。
 とこよが戻ってくるのを期待するしかなかった。

 ……だが、それでも、諦める事だけはしなかった。

「ここはあたし達の住まう世界。あたし達の“領域”だ……!余所から侵略しにきた連中に、好き勝手されたくないんでね……!!」

 故に、紫陽は立ち続ける事を決してやめなかった。











 
 

 
後書き
“圧倒の性質”…文字通り相手を圧倒する“性質”。強さや数、雰囲気など、あらゆる分野で“圧倒”するが、逆に自分が“圧倒”されるとそのまま負ける。

秘剣・塵桜…塵と散りがかかっている。超高速で文字通り微塵になるほど切り刻む技。多分、いくつかFateの燕返しみたいな事が起きている。イメージはワンパンマンのアトミック斬。

トバリ…“うつしよの帳(サービス終了済み)”にて登場する。実質的には幽世の中に登場する妖のようなもの。瘴気による強化効率が妖よりも良い。

星落とし…文字通りな霊術。一撃で着弾地点とその周辺が更地になるので、場所を選ぶ霊術。なお、本編では容赦なく街中で放った。


実は多重神降し状態のとこよは、一度でも大ダメージを受けると元に戻ってしまいます。まぁ、そうならない程に強くなっているんですけども。
また、葉月がトバリを呼べるのは、紫陽の加護と前世の経験のおかげです。 

 

第240話「根源接続」

 
前書き
場面は変わって八束神社(更地済み)sideへ。 

 












 とこよと紫陽が限界を超えながらも戦う一方、八束神社では……



「ぐっ……!」

「アリサちゃん!」

 “天使”の攻撃に押され、防御の上から大きくアリサが吹き飛ばされる。
 すぐさますずかが氷の霊術で防御と牽制を兼任しつつ、フォローに入る。

「ぅあっ!?」

「こっの……!」

 槍で理力の弾を弾くが、間髪入れずに肉薄され、掌底で吹き飛ばされた。
 体勢を立て直したアリサがすずかと入れ替わるように斬りかかる。
 すずかも踏ん張って体勢をすぐに立て直す。

「ふっ……!」

 そして、そのままアリサの背後に迫っていた“天使”の攻撃を防ぐ。

「まったく……!相変わらず、強いわね……!」

「でも、こっちも負けてないよ……!」

「……ええ……!」

 背中合わせになり、相手を警戒する。
 既に二人共息を切らしているが、完全に負けている訳ではない。

「……発火!」

「……凍結!」

「なに……!?」

 二人の言霊と共に、それぞれ対峙する“天使”の体が燃え、または凍った。
 どちらも攻撃を防いでいる時に術式を仕込んでいたのだ。

「“炎纏”……開放!」

「“氷纏”……開放!」

「ぐっ……!」

 さらに、既に纏っていた炎と氷を開放し、衝撃波とする。
 目晦ましにもなるその衝撃波によって、“天使”を牽制し……

「ナイス二人共!」

 吹き飛ばされてきて着地したアリシアへの追撃を防いだ。

「射貫け……!!」

 そのアリシアが反撃に矢を放ち、アリシアを追いかけてきた“天使”を貫く。
 直後、アリサとすずかが目の前の“天使”を無視して、アリシアが攻撃した“天使”へと追撃に移る。

「ちっ……!」

「(通らない……!)」

 二人による挟撃だったが、理力の障壁で阻まれてしまう。

「はぁあっ!!」

「っづ……!?何……!?」

 だが、さらにそこへ意識外からのフェイトの攻撃が刺さった。
 とはいえ、そのフェイトも別の“天使”に追われていた。
 そこで、フェイトと入れ替わるようにすずかがその“天使”に肉薄。
 カウンターばりに槍の穂先で“天使”の脇腹を切り裂いた。

「邪魔はさせない!」

「ちぃっ……!」

 アリサとすずかが相手していた“天使”二人は、アリシアが牽制する。
 アリサも空いた手で霊術を放ち、牽制の手助けをしていた。

「“三雷必殺”!!」

「がぁっ!?」

 フェイトの攻撃によって、攻撃を受けた“天使”はフェイトへと意識が向く。
 そこへ、さらに意識外からリニスによって攻撃が叩き込まれ……

「墜ちなさい……!」

 プレシアによる大魔法で、ダメ押しされた。

「はぁっ!」

「そこっ!」

 意識外からの連続攻撃によってその“天使”は倒れた。
 しかし、それを確かめる暇もなく、アリサ達は次の“天使”を相手する。

「沈め……!」

「上よ!」

「くっ……!」

 偶然とはいえ、アリサ達は一か所に集まった。 
 それを狙って、神の一人が一網打尽にしようと理力の砲撃を放つ。
 咄嗟に、それに気づいたプレシアとリニスが相殺しようと砲撃魔法を放つ。

「うぁあああああっ!?」

 だが、逸らす事も出来ずに砲撃がアリサ達を襲った。

「この程度か」

「そんな訳ないでしょ!!」

「何っ!?」

 その中で、アリシアだけは転移の霊術を用いて背後に回り込んでいた。
 転移と同時に斬りかかった事で、意識外から一撃を与える事が出来た。

「だが、たった一人で……ッ!?」

「……一人な訳ないじゃん」

 砲撃による砂塵の中から、雷の刃が飛んできた。
 それによって“天使”は体勢を崩し、アリシアの持つ槍で串刺しになる。

「貴方達が簡単に倒れないように、私達も簡単には倒れない!」

「ッ……人間が……!」

 串刺しにした“天使”をアリシアは蹴り飛ばす。
 直後、その槍を避雷針にしたかのように、雷が集中する。
 この時、砂塵の中ではアリサとすずかが残っている“天使”の相手をしており、フェイト達は雷の魔法を放っていたのだ。
 アリシアは、それらを言葉も交わさずに察知し、“天使”に槍を突き刺したのだ。
 椿達によって施された“繋がり”が、こういった連携にも活かされていた。









「ぐっ……ぁああああああああっ!!?」

 時を同じくしてはやて達の方では、ヴィータが足を掴まれて振り回されていた。

「が、はっ……!?」

 そのままの勢いで地面に叩きつけられ、ヴィータは血を吐く。

「て、めぇ……!!」

 だが、その体勢からヴィータは足を掴む手にハンマーを振り下ろす。
 少しでもダメージを与えるために。
 そして、少しでも自分に意識を向けさせるために。

「その程度、効く訳ないでしょ!」

「っるせぇなぁ……!今に、見てろ……!」

 だが“天使”はそれをものともせずに、追撃をヴィータに繰り出す。
 それでも、ヴィータは不敵に笑う。

「油断してると、すぐにでもその首すっ飛ぶからな……!」

「負け惜しみを―――」

 瞬間、言葉の途中でその“天使”の首が飛んだ。

「やはり、意識外の攻撃には弱いな」

「ったく、だから言ったろ。すっ飛ぶってな」

 首を切ったのはシグナムだ。
 意識外の攻撃によって“天使”もダメージを受けたのか、よろめいた。
 その瞬間にヴィータは拘束を抜け出し、そのまま横殴りで吹き飛ばす。

「シャマル!」

「ええ!」

 そこへ、さらにはやてがバインドで拘束。
 そして、トドメにシャマルがクラールヴィントを用いて、魔力糸で縛り、そのまま圧迫する事でズタズタに引き裂く。

「『主!後数秒で突破されます!』」

「『わかった!一旦アインスとザフィーラは下がって!』」

 相手の数も多いため、はやて達も相応の人数に襲われていた。
 その人数をほとんど担当していたのがアインスとザフィーラだ。
 ザフィーラが盾を担当し、アインスがそれを支える形で、何とか耐えていた。
 その間に他の“天使”を一人ずつ仕留めていく作戦だった。

「まだ倒しきれないか……!」

 ズタズタに引き裂いてなお、“天使”は沈黙しない。
 反撃の理力の閃光が放たれ、シグナムとシャマルがその場から飛び退く。

「だったら、まとめて潰してやる!」

 直後、巨大化したヴィータのグラーフアイゼンに、“天使”が叩き潰される。

「シグナム!」

「わかっている……!」

 叩き潰した反動を利用し、ヴィータはその場で一回転する。
 その動きで、飛んできた攻撃を回避。
 同時にシグナムへ合図を送り、ザフィーラ達を超えてきた“天使”達と対峙する。

「ふっ……!」

 シグナムが渾身の一閃を放つ。
 しかし、その攻撃は理力の障壁にあっさりと阻まれる。

「(単純な攻撃は、やはり通じないか)」

「ぶち破ってやる!!」

「(そして、“意志”が“概念”を内包した一撃ならば、単純な威力よりも効果を発揮する……主の推測通りだな)」

 直後のヴィータの一撃で障壁が破られ、シグナムははやての推測が当たっていた事を確信し、改めて一閃を放つ。

「何!?」

「……つまり、斬れば“斬れる”訳だな?」

「“性質”の片鱗を込めた……!?」

 今までとは違ったアプローチの攻撃を、シグナムは繰り出した。
 ただ限界以上の力で斬るのではなく、“斬る”と言う意志を込めて斬る。
 “意志”が強く影響する今、そうする事で“斬る”という概念や“性質”が込められ、その影響で理力の障壁を切り裂いていた。

「『物理的な力ではなく、信念を込めて行動を為せ!そうする事で、単純な威力以上の効果を発揮するぞ!』」

「『なるほどな……はやての言う通りって訳か!』」

「『承知!』」

 すぐさま念話でヴィータやザフィーラなどに伝える。
 信念を込めた攻撃や防御は、長年戦い続けてきたヴォルケンリッターにとって、そこまで難しい事ではない。

「ぬ、ぐっ……!ぉおっ!!」

 故に、多少の攻撃ならば、障壁を使わずともその身で受け止められた。
 攻撃を受け止めたザフィーラは、反撃の拳を鳩尾に突き刺す。
 そのままヴィータ達の方へ投げ、トドメを任せた。

「ナイスや!ザフィーラ!」

「盾はお任せを……!」

 次々と攻撃をその身で受け止め、蹂躙されるのを防ぐ。
 その隙に、後方のはやてが魔法で反撃を繰り出し、他の面子でトドメを刺す。
 上手く連携を取って、何とか戦闘を続けていた。







「(小鴉共も何とか戦えているようだな……)」

 ディアーチェ達も、上手く連携を取って“天使”と渡り合っていた。
 神々の大半を紫陽達が受け持っているため、数ではこちらの方が上だ。
 その上で、地力の差で押されている。

「ちぃっ……!」

「このっ……!っ、ボクに追いつくなんて……!」

 レヴィが前に出て、スピードで攪乱。
 後衛兼指示塔のディアーチェを守るようにシュテルが弾幕を展開する。
 そこへ、アリサ達と同じように地上に降りてきたアミタとキリエが、中衛や遊撃を担当し、何とか渡り合う。
 数では勝っているからこそ、致命的な所までやられはしていなかった。

「ッ……!?」

「……そう簡単に我を倒せると思うてか?“闇”に染まった輩が、出来るはずないだろう!!シュテル!レヴィ!」

「っと!引っかかったね!!」

「既に準備は終えています。王よ」

 ディアーチェを狙う“天使”だったが、その攻撃はあっさりと受け止められた。
 その隙はディアーチェが用意した罠であり、そこからの行動は早かった。
 まずレヴィがスピードを生かした牽制を繰り出し、動きを制限する。
 その間にシュテルが魔法陣を展開し、バインドで拘束した。

「墜ちよ!!」

 そして、三人の一斉攻撃が“天使”を焼き尽くした。

「あっちは上手くやったみたいだけど……!」

「一人一体はキツイですね……ッ!」

 その間の他の“天使”は、アミタとキリエが請け負った。
 だが、当然のように耐え凌ぐ事すら厳しく、攻撃が直撃してしまう。

「っつ……!」

「キリエ!」

 吹き飛んだキリエの方に、追撃が迫る。
 同じく吹き飛んだアミタには、それを阻止する余裕はない。

「せぇえええええい!!」

 だからこそ、代わりに止める者が飛んできた。

「爆ぜて!」

「ぐっ……!?」

 “破壊の瞳”が握り潰され、“天使”が爆ぜる。
 今までのアミタ達の攻撃よりも明らかに堪えたのか、“天使”がよろめく。

「っ……助かったわ」

「お互い様!ッ!はぁっ!!」

 助けに入った緋雪は、もう一人の“天使”に襲い掛かられる。
 ここでアミタ達と違うのは、緋雪と“天使”が互角に渡り合えている所だ。
 強さで言えば緋雪もかなり強い。
 そのため、物理的な強さならば“天使”と対等に渡り合える。

「(一対一なら勝てる!でも、二人以上だと……!)」

 それでも、一人が限度だ。
 “性質”の効果も合わさり、二人以上が相手だと緋雪も防戦一方になる。

「片方は受け持ちます!」

「任せるよ!」

 そこで、アミタとキリエが改めて片方を相手する。
 これで緋雪は一対一に持ち込め、互角以上に渡り合える。

「はぁっ!!」

「ぐぅっ!?」

 一撃をまともに当て、“天使”を吹き飛ばす。
 これにより、緋雪に少しばかりの自由な時間が出来る。

「……見えた」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

 その時間で、緋雪は他の皆が相手している“天使”や神の“瞳”を捕捉した。
 そしてその瞳を握り潰し、全員にダメージを与える。

「シッ!」

 それを見届ける事もせず、緋雪はそのまま先程の“天使”を追撃する。
 他の事に気を取られれば、すぐに押される。
 そのため、目の前の敵に集中し続けた。











「(皆が頑張ってる。……後、もう少しで……!)」

 八束神社が戦場になっている最中、司はその渦中にいた。
 根源への接続まで、あと少し。
 それまで、皆が時間を稼いでいてくれている。
 一見優勢に見える戦闘も、かなりの精神を削っている。
 押し負けるのは時間の問題だろう。

「このっ……!邪魔を……!」

「させる訳には、いかないよ……!」

「ここで食い止める……!」

 司を集中狙いしようとするのは、優輝だけではない。
 他の神々や“天使”も、司を狙っている。
 それを阻止するため、クロノやユーノが的確に妨害する。
 力を失った神夜も、“意志”だけで食らいついていた。

「ッ……!」

 その時、司に何とも言えない感覚が襲い掛かる。
 全てを内包する大地のような、そんな暖かさ。
 それでいて、全てと繋がったような、そんな感覚が。

「(繋がった……!)」

 “世界”そのものの根源に、ついに接続した。
 司はそう確信した。―――だが

「ッ……ぇ……?」

 自我が塗り潰されていく。
 当然と言えば当然だ。
 一個人が、世界そのものと繋がるというのは、あまりにも身に余る行為だ。
 人間でしかない司にとって、自殺行為と大差ない。

「ぁ…………」

 後もう一手。
 繋いだ“世界”の“領域”を、皆に共有しなければならない。
 個々人で対抗するのではなく、“世界”全体でイリスに対抗する。
 それを為す、もう一手が打てない。

「ッッ……!!」

 だが、自我が消える、その一歩手前で司は歯を食いしばり、踏み止まった。

「(優輝君を……助けるんだ……ッ!!)」

 “意志”を以って、根源と同化するのを阻止する。
 消えかけた自我がはっきりと戻り、根源との接続が完了する。

「イリスを倒す……そのために、“世界”の総てを以って、立ち向かう!!」

 最後の一手、“世界”に住まう全ての生命の“領域”を共有させる。
 根源に接続した事で、司側からアクセスしてそれを為した。





「いい加減……鬱陶しいんですよ……!!」

 その時、イリスの相手をする奏となのは目掛け、大規模の“闇”が放たれた。
 それまでの攻撃と違い、既に更地になった国守山一帯を軽々呑み込む大きさだ
 なのはや奏どころか、その場で戦っている全員を巻き込む。

「ッ……!」

 回避をしようと、奏が移動魔法を連発する……その直前で間に合わないと悟る。
 なのはも防御魔法で耐えようとするが、それだけでは耐えられないと確信した。

「(それでも、耐え抜く……!!)」

 死ぬことはない今なら、それでも耐える事は可能だ。
 魂すら焼かれそうな衝撃に、二人は備える。

「『……させないよ』」

 だが、その瞬間、イリスの“闇”の勢いが格段に衰える。

「“領域”が……!?」

「撃ち抜いて!」

 そして、衰えた“闇”が極光に撃ち抜かれ、相殺された。

「……なるほど、“領域”の共有による対抗ですか……小賢しいですが、理に適った戦術ですね……!」

「……ここからは私が……ううん、この“世界”そのものが相手だよ。イリス!!」

 一つの世界において、最も強い“領域”を持つ存在は何になるか。
 人はまずありえない。数が多いだけで、“領域”に大した強度はない。
 ならば、他の動物か?これもあり得ない。所詮は自然の中で生きる生命だ。
 となれば、超常の力を持つ人外の存在か?
 しかし、これも違う。妖怪や神などは、確かに強い。
 だが、それより強い“存在”がある。
 そもそもの話だ。“領域”とは、その存在が持つ周囲への影響力に比例する。
 つまり、その世界で最も周囲への影響を与えている“存在”が最も強い。
 世界で最も影響が強い……となれば、それは即ち“世界そのもの”しかないだろう。

「(“世界そのもの”で、イリスに対抗する……一人一人だとイリスの“闇”に対抗できなくても、一つの世界が相手なら……!)」

 いくら何でも、“世界”を一瞬で蹂躙出来る力をイリスは持たない。
 持っているのであれば、こんな態々潰しに来る必要がないからだ。
 そこから、“世界”の“領域”であれば対抗できると司は踏んだ。
 そして、その“世界”と繋がる事で、“領域”を共有したのだ。

「なのはちゃんと奏ちゃんは他の援護に行って!その間は、私が抑える!」

「うん!」

「分かったわ……!」

 そろそろ限界だった二人に代わり、司がイリスと対峙する。
 “領域”の強さで言えば、司は今地球上で最も強い。
 それこそ、足止めに限界を遥かに超えた優輝すら凌ぎ、さらにはイリスの洗脳すら容易く弾いてしまうだろう。

「ッ……ギリギリ、というべきね……!」

「ホント、後数瞬遅れてたら突破されてたよ」

 優輝の相手をしていた椿と葵がそう呟く。
 決して司に近づけないようにしていたが、その立ち回りのために劣勢だった。
 それでも、何とか凌いでいたのが、こうして結果に繋がった。

「もう阻止する意味はないわよ」

「だから、決着まで存分にやろうか!優ちゃん!!」

 既に二人はボロボロ。
 だが、山場を一つ越えた事で戦意はむしろ燃え上がっていた。
 対し、洗脳された優輝はどこまでも静かに武器を構える。

「(優輝を救うには、後もう一手必要)」

「(次は雪ちゃん。それまで、抑え続ける……!)」

 一瞬。認識すら難しいほどの一瞬だけ、緋雪を一瞥する。
 なのはと奏がフォローに入り、代わりに緋雪が一度戦線離脱していた。
 そう。対抗策は司だけじゃない。





「はっ!!」

「甘いですよ……!」

 司の放つ極光と、イリスの“闇”がぶつかり合う。
 世界そのものの“領域”が展開されたため、イリス達は相手に地の利が働く土俵で戦うはめとなり、結果的に自身の“領域”を上手く発揮出来ずにいた。
 それでも現在の司と互角以上の強さを持っていた。

「(ここまでやって、ようやく拮抗……!洗脳した神の力も借り受けてるんだから、当然と言えば当然なんだけど……!)」

「……まったく、油断はするものじゃないですね……。彼を手に入れて、私も少しは浮かれていたのでしょう……こうして、無駄に足掻かれるとは……!」

 司の力を高め、イリスの力を中和している状態でようやく戦いになっている。
 その事に司は歯噛みする。
 イリスも予想外の出来事ではあったが、既にある程度余裕を取り戻していた。

「……それでも、私の“祈り”で、貴女の“闇”を打ち破る……!」

「そんな事が可能とでも?私の“闇”を破るには、対となる“光”か、彼だけです……!貴女のような人間に破られる程、私の“闇”は浅くありません」

 “祈り”によって放たれる弾幕が、“闇”の弾幕に相殺される。
 巨大隕石と見紛う“闇”を、極光で相殺する。
 一撃一撃が必殺となり、大気を大きく揺らす。

「はぁっ!」

「その程度ですか?」

 転移と同時に、“祈り”を込めた槍の一撃を振るう。
 しかし、圧縮された“闇”に、その一撃は受け止められる。

「ふっ……!」

「効きませんよ」

 そのまま圧縮した天巫女の力を、掌底と同時に解き放つ。
 それも“闇”に相殺されるが、槍を掴む手は離した。

「流星よ、昏き闇を照らせ!!」

   ―――“Reflet météore(ルフレ・メテオール)

 極光が空からイリス目掛けて降り注ぐ。
 
「ッ……!」

 半分以上は“闇”に阻まれたが、その次の一撃で破られる。
 ここで、ついにイリスが回避行動を取った。

「(ここっ!!)」

 刹那、司が全魔力のリソースを身体強化に注ぐ。
 “祈り”の力は共有した“領域”から汲み取り、ジュエルシードを通して発揮しているため、力が尽きる事はない。

「くっ……!」

「ッ(逸らされた……!)」

 転移と加速からの渾身の一突きは逸らされる。
 だが、同時に防ぎきれない一撃だった事も確認できた。

「(渾身の一撃なら、まともに叩き込めば、徹る!!)」

 規模の大きい攻撃は飽くまで牽制にしか役に立たない。
 優輝も得意としていた一点突破。それに限ると司は断じる。

「はぁっ!!」

「……確かに、やりますね。ですが」

 “祈り”による弾で槍を引き戻す隙を潰し、さらに斬撃のように飛ばす。
 それをイリスは不定形の“闇”で払うように弾き、追撃の刺突を受け止めた。
 ただの防御ではなく、真っ向からの攻撃同士のぶつかり合い。
 一瞬拮抗したが、イリスには余裕があり、司の槍が大きく弾かれた。

「ッ!!」

「この“世界”の力をその身に宿す。確かに強力でしょう」

 大きな隙を晒した司は、咄嗟に転移で距離を取る。
 その転移の距離を瞬く間にイリスは詰め、司はそれを予測してさらに転移した。

「は、ぁっ!!」

   ―――“Sacré lueur de sétoiles(サクレ・リュエール・デ・ゼトワール)

 何とか間合いを離し、即座に全力の砲撃を放つ。





「それでも、私には及びません」

「ッ……!?」

 ……だが、その全力の一撃すら、イリスの“闇”で相殺された。

「(“領域”が弱まってる……もしかして、あの“エラトマの箱”が……!?)」

 開戦して間もなく落とされた多数のエラトマの箱。
 それの影響で、世界そのものの“領域”が弱まっていた。
 司が共有した事で、一度は元の“領域”の強さを発揮していたものの、ここに来てまた弱り始めていたのだ。

「くっ!」

 極光が相殺された直後、司目掛けて“闇”の弾幕が迫る。
 それを“祈り”の障壁で防ぐが、長時間耐えれずに破られてしまう。

「(考えないと……長期戦はこっちが不利。でも、緋雪ちゃんの“対策”までまだ時間が掛かる。……それまでに、イリスを倒す?それとも……)」

 思考が逡巡するも、すぐにそれを断つ。
 迷っていれば、負ける。そう考えて司は考えをまとめた。

「(最悪でも、イリスに手傷を与える!)」

 このままでは司が不利になるばかりだ。
 それまでに、何としてでもイリスにダメージを与える。
 自分だけで倒すのではなく、後の人に繋げるために。

「敢えて言いましょうか。……その程度で私に勝てるとでも?」

「……どうだろうね。どの道、私は最後まで諦めない!!」

 優しさ故に責を背負い続けたかつての自分とは違う。
 誰かに任せるために、希望を繋ぐために、司は戦いを続ける。
 例え、勝ち目がないと心では思っていても、自分に出来る事があると信じて。

「“領域”が弱ろうと、強いのには変わりない。……倒して見せる」

 強い決意と、強い“祈り”。
 それらを纏い、司は再びイリスへと突貫した。













 
 

 
後書き
対となる“光”…イリスが言っていたワード。イリスが神界における“闇の性質”の頂点であれば、逆に“光の性質”の頂点となる神も存在している。今回の場合は、その神を示す。

Reflet météore(ルフレ・メテオール)…“輝く流星”。空から流星の如き極光を降らせられる。極光の数が多い程、魔力消費が大きくなり集束も甘くなる。以前から使えた魔法ではあるが、今回の場合、一撃一撃が山を消し飛ばす威力を持つ。


司の根源接続は、疑似的に世界そのものの“領域”を宿しています。イメージで言えば、一時的に型月で言うアルテミットワンになっています。強さだけなら前回のとこよや紫陽の全戦力より上です。
ただし、秒単位でその強さは下がり続けていますが。 

 

第241話「戦線瓦解」

 
前書き
前回の根源接続について補足をば。
あれは、司の強化だけの効果ではなく、司達のいる世界(他次元世界含む)に来た神々の“性質”によるバフを打ち消しています。中には、デバフすら掛かっている神も。
さらには、戦場を世界そのものの“領域”で覆ったため、物理的な戦闘で神々と決着が付けられます。
味方を強化し、敵を弱体化させ、さらには戦闘の法則を従来のモノにするという、とんでもない状態を引き起こしています。
というか、そこまでしないと詰んでいるという……
 

 












「ッ……!!」

「くっ……!!」

 海鳴市に隣接する海。
 その海上で、いくつもの火花と衝撃波が迸る。

「なぜ……なぜ、こうも“圧倒”される……!!」

「(司ちゃん、間に合ったみたいだね……なら、私も終わらせないと……!)」

 息を切らすも、無傷なとこよ。
 対し、敵の神は体中傷だらけになっていた。
 四肢や首を何度も斬り落とされ、その度に理力で補填、再生していた。
 眷属の“天使”は既に全滅し、とこよが完全に圧倒していた。

「はぁっ!!」

「ッ、がぁっ!?」

 神速の剣戟が繰り広げられる。
 とこよは刀一本で、神の扱う不定形な理力の武器を退け、斬りつけた。
 それまでは、とこよ優勢とはいえ拮抗していた戦いが、ここに来てさらにとこよにとって有利になってきた。

「この世界にいる限り、例え神界の神であろうと、この世界の法則に囚われる……!故に!ただ物理的に“強い”だけで、貴方を倒せる!」

「そんな……それだけで、この“性質”を無効化出来るはずが……!」

「“性質”が弱まったのは、ついさっきだよ。……そっか、本人であろうと、自身の“性質”を全て理解している訳じゃないんだね。良い事を聞いたよ」

「しまっ……!?」

 失言をしてしまったと悟る神。
 有用な情報を聞き、とこよは笑みを深める。

「このまま決めさせてもらうよ!」

「くそっ……!ぐぁっ!?」

 攻撃を受け止め、逸らし、反撃し……空ぶった。
 神の反撃を避けたとこよは、そのままカウンターばりに蹴りを決め、吹き飛ばす。

「……森羅万象を以って、森羅万象を……そして、空を斬る……!」

 霊力が、妖力が、そして、神力がとこよの刀に集束する。
 それだけでなく、五行の属性をも宿す。

「……シッ!!」

   ―――“森羅断空斬”

 転移の霊術が起動し、神に肉薄。
 そして、刀が振るわれた。

「……終わったから言うけど、一撃でも貰えば私が負けていたんだよね」

 たった一撃。それだけで決着がついた。
 神は左右に分かたれ、そのまま海へと墜ちた。

「……よっ………と」

 宙を蹴り、とこよはそのまま岸まで辿り着く。
 そして―――



「っ、ごほっ、ッ、ぁ、ぐっ……!」

 ―――血を吐いた。

「や、やっぱり……八柱は、無茶過ぎたかな……」

 吐血だけでなく、目から、そして体の所々の血管から血が出ていた。
 多重神降しの反動が、ここに来てとこよを襲っていた。

「ぐ……ぁ、ふっ……!」

 四肢に力を入れても、激痛が走るだけ。
 これ以上の戦闘行為は不可能だった。

「(司ちゃんの根源接続がこんな所で裏目に出ちゃうなんてね……)」

 神界の法則から、従来の法則に近寄ったために、多重神降しの反動は決して無視できないものとなっていた。
 本来なら、無理を通せば動かせるはずの体が、もう動かないのだ。

「ごめ……ん、紫陽、ちゃん。………助けに、いけないや……」

 血塗れのまま、とこよはその場に転がる。
 幸いにも、生死の概念は壊れたままだ。
 妖も各地で戦闘や支援を行っているため、とこよも妖に見つけてもらえば治療をしてくれるかもしれない。
 加えて、今のとこよは式姫の身だ。
 いざとなれば、式姫としての自分を破棄し、幽世に一度戻る事も出来る。
 それらを頼みの綱とし、とこよはしばし意識を閉じた。













「きゃぁっ!?」

「玲菜!」

 爆撃が迸る。
 その様子は、かつての世界大戦など比較にならないだろう。
 まさに神話の再現とも言える規模で、攻撃が飛び交う。

「ったく……!優輝の友人ってだけで、ここまで狙うのか……!」

「なんで、それだけで……?」

「黒幕が優輝にご執心なのさ!完全に自分のモノにするために、あたしらだけでなくあんた達のような友人関係すら、奴らは消しに来ている!」

 霊術で敵の攻撃を相殺しながら、紫陽は言う。

「……けど、これは僥倖さね。さっきまでは押されるのみだったけど……この感覚、手応え……間に合わせたか、司……!」

「司……?なんで、そこであの子が……」

「一つの世界において、最も強いのは“世界そのもの”だ。司は、世界の根源に接続して、文字通り世界最強になってる。……その力で、あいつらの影響を抑えている」

「同時に、世界の法則も従来のものに寄っています。つまり、あの神々はもう法則を度外視した行動を取れません」

 かいつまんだ説明だが、それでも聡と玲菜は理解しきれない。
 元々一般人である二人には、常識外の出来事に変わりないからだ。

「要は、こっちの方が有利な条件になった訳さ。そうなれば……!」

「っづ……!?」

 突撃してきた“天使”の一体を、紫陽が障壁で受け止める。
 障壁で受け止められた“天使”は、ビルに激突した鳥のように弾かれる。

「はっ!!」

 そこを、容赦なく葉月が槍で貫く。
 さらには久遠の雷も直撃し、那美の霊術による拘束で身動きが取れなくなった。

「潰れな」

   ―――“瘴潰(しょうかい)

 そして、紫陽が瘴気で握り潰し、消滅させた。
 尤も、存在そのものを抹消した訳ではないので、その内復活するだろう。

「どうするの紫陽。妖も押しとどめるだけで、倒しきれないわよ」

「所詮妖どもは有象無象に過ぎないさ。重要なのは、妖を構成する瘴気と、それを集めるための時間さね。それも、もう充分だ」

 “天使”の攻撃を避け、別の“天使”を踏み台に紫陽の元まで鈴がやってくる。
 その鈴の問いに、紫陽は答え、同時に掌を上空へ向けた。

「全員に伝えな。敵に回避行動を取らせないようにしろ、とね」

「……っ……なるほど、分かったわ」

 掌に集まってくる瘴気を見て、鈴は紫陽がやろうとする事を理解する。
 すぐさま戦場へ戻り、同時に伝心で紫陽の言葉を伝えていく。

「な、なにを……」

「那美、久遠。そこの二人を避難させておきな。葉月ならともかく、あんた達は巻き添えを喰らったらタダじゃ済まない」

「そ、そうだね……久遠、そっちの子お願い」

「分かった……!」

 具体的に何をするのか、それには那美にもわからない。
 それでも、集束する瘴気を見て、すぐに聡と玲菜を避難させようとする。

「ま、待ってくれ!一体、何をするつもりなんだ!?」

「私も良くは知らないよ。……でも、多分集めた瘴気を使って殲滅するんだと思う。瘴気は、人の身にとっては有害だからね。いくら生死の概念が壊れていても、苦しいのには変わらないからね」

「瘴気……」

「毒ガスみたいなものだよ。とにかく、君達二人はこっちに!」

 紫陽から離れた場所に陣取り、身を隠すように那美が霊術を張る。
 その時には、既に紫陽が準備を終えていた。

「さぁ!あんたらの自業自得だ!あんたらの積み上げた罪、積み上げた業を以って、魂をも蝕む瘴気は完成された!!」

   ―――“禍式(まがしき)瘴罪之業獄(しょうざいのごうごく)

「耐えられるものなら、耐えてみな!!」

 あちこちで倒された妖やトバリの残滓が蠢く。
 それらは棘や触手となって神や“天使”へと襲い掛かる。

「なっ……!?」

 それだけなら、敵は対処してきただろう。
 だが、恐るべきはその棘や触手の速さや鋭さ、そして瘴気の濃さだ。
 理力の障壁すら、瘴気で侵食し、瞬く間に“天使”を貫き、引き裂く。

「ッ……余波だけで、こんな……!」

 紫陽を中心に、途轍もない量の瘴気が渦巻く。
 その影響を那美達も障壁越しに受けており、それだけ強さを感じ取っていた。
 
「(イリスみたいな“闇”とかの“性質”には効かないが……それで洗脳されてる程度の奴らなら、こいつで行けるはずだ……!)」
 
 妖の残滓だけでなく、紫陽が集束させていた瘴気からも、枝葉が分かれるかのように“天使”達へ群がっていく。
 まさに、どこまでも殺そうと追いかける呪いのようだ。

「が、ぁああああああああああ……!?」

「妖やトバリを蹂躙した分だけ、その業がのしかかる……あたし達が妖を繰り出したのは、ただの数合わせだけじゃないさ。このためでもあったんだよ!」

「因果を用いた術……概念に通ずるモノであれば、神界の存在にも効く……姉さんやとこよさんの予想通りですね……!」

 さすがに制御が難しいのか、瘴気を操る紫陽を支援するように葉月が傍にいた。
 だが、葉月にも瘴気の影響はあり、顔色を悪くしていた。

「葉月……!」

「まだいけます……!とこよさんも限界を超えて戦っている……!もう、姉さんやとこよさんだけに背負わせる訳にはいかないんです……!私だって、まだ戦えます!!」

「っ……それでこそ、あたしの妹だ……!」

 それでもなお、葉月は力強く立ち続ける。
 いくら人一倍耐性があっても、影響は遠くで障壁を張った那美達より大きい。
 それを、葉月は信念の元、耐え続けていた。

「ならば、術者を叩く……!」

「させません!」

 瘴気を避け続ける神が、紫陽を狙おうとする。
 だが、それを式姫が阻止する。
 式姫もまた、元は幽世の存在だ。
 瘴気を祓う役割を担っている事もあり、瘴気には耐性があった。
 そのため、瘴気の中を突っ切って神を妨害する。

「そら、足元が留守になっているぞ?」

「っ、しまっ……!?がぁぁああああああっ!?」

 一人、また一人と紫陽の瘴気で神や“天使”が倒れていく。
 あれほどの劣勢を強いてきた神界の勢力が、紫陽によって覆されていた。

「……司による“領域”の塗り替え、妖やトバリを使った瘴気。……そして、限界の壁をいくつも超えた、特大規模の禁忌の術。……本来なら、あたしの命や魂を……それどころか、現世と幽世の均衡すら破棄する術なんだ。……効果がないと困るって事さね」

「姉さん……」

 口の端から、とめどなく血が零れていく。
 口だけではない。目や鼻からも、まるでオーバーヒートしたかのように血が溢れる。
 迸る霊力で舞い上がる服や髪は、かすれていくかのようにボロボロだった。
 そう。紫陽はまさに自身の“総て”を投げ打って戦っていたのだ。

「……しばらく、あたしは戦えなくなる。それでも、この町にいる連中は片付ける。……後の事は任せたよ」

「……わかりました」

「それと、幽世を経由すれば短時間で他の町にも行ける。活用しな」

 そう言って、最後の力を振り絞るように紫陽は戦場を睨む。

「……これで……仕舞いだ!!」

 ついに、街にいた全ての神と“天使”を捕捉する。
 瘴気によって貫かれ、引き裂かれた神達は、ほとんどがそれだけで倒れた。
 残った者も、すぐに式姫達によってトドメを刺される。

「……っづ……はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 全滅させた事を確認し、紫陽はその場に崩れ落ちた。
 葉月もかなり精神力を使ったのか、肩で息をしていた。

「ね、姉さん!」

「……悪い、もう立つのも無理だ。……しばらく、休ませてもらうよ」

「……はい。後は、任せてください」

 力なくそう言った紫陽は、最後の力で幽世への門を顕現させる。
 顕現させた場所は優輝達も通っていた学校の校庭だ。
 避難している人も多い学校近くの方がいいという判断から、ここに顕現させた。

「……とこよの方も、勝ったはいいが力尽きたらしい……。ま、あんな無茶を通り越した神降しをして、それだけで済んだのが奇跡だけど」

「そうですか……」

 妖を通じて、紫陽はとこよの状態も把握していた。
 葉月や他の式姫にとって、とこよと紫陽は大黒柱とも言える存在だ。
 その二人が戦線離脱を余儀なくされるというのは、かなりつらい。

「(だからこそ、私達だけで頑張らないと……)」

 故に、葉月はその不安を塗り潰すように、決意を改めた。

「見た所、神界の連中は直接幽世には行けないらしい。いや、世界の壁を破るのだから、可能と言えば可能だろう。……でも、世界そのものの“領域”が強まったためか、それを為すのにかなりの労力を割くと見た」

「つまり……幽世は、比較的安全と?」

「そうだ。飽くまで、比較的、だけどね」

「なら、先程の二人や、一般の方々の避難を……」

「ああ。幸い、現世と幽世の境界が壊れているおかげで、生者が幽世に行っても何ら悪影響はないだろう」

 本来であれば、二つの世界の均衡を崩す行為。
 だが、そんな禁忌を無辜の人々を……ひいては世界のため、紫陽は容易く破る。

「じゃあ、葉月。後は……頼んだよ」

「……はい」

 そう言って、紫陽は消滅した。
 死んだ訳ではない。
 式姫としての肉体を破棄し、一度幽世に戻ったのだ。
 元々幽世の存在であるため、回復するにしてもそちらの方がいい。
 さらには、式姫として顕現した時と違い、現在は二つの世界の境界が完全に崩壊しているため、式姫の体を経由せずとも現世に来れる。

「…………」

「……葉月ちゃん……」

 聡と玲菜、そして久遠を連れ、いつの間にか戻ってきていた那美が声を掛ける。
 仮初の肉体とはいえ、親しい姉の消失だ。
 ショックを受けたのかもしれないと、那美は思ったが……

「行きますよ、那美さん」

「葉月ちゃん?」

「姉さんが後を託してくれました。皆さんも、まだまだ頑張っています。私達が立ち止まる訳にはいきませんよ」

 ……葉月は、一切動揺していなかった。
 むしろ、より決意を固めた目をしていた。

「まずは、お二人を避難させましょう。現世よりも、幽世の方が安全です」

 聡と玲菜に向かって、葉月はそう言った。
 そのまま、幽世の門がある方向へ走っていく。

「幽世の門は、姉さんが校庭に顕現させました。おそらく、妖や門の出現に他の人達は混乱しているでしょう。……事情説明は任せますが……いいですね?」

「……何が何だか、よくわからんが……」

「貴女達は優輝の知り合いなのよね?……だったら、信じるわ」

 あまりに現実離れした出来事の連続に、二人はまだ理解が追いついていない。
 だけど、だからこそ葉月たちを信じて、葉月の言う通りにする事にした。

「私達は各地への助力……もしくは国守山に戻って皆さんの加勢に行きます。敵の大半を殲滅しましたが、肝心の存在があそこにいるので……」

「……わかったよ。葉月ちゃんも覚悟を決めたなら、私も倣わないとね」

 勝ち筋の見えない、だが負ける訳にはいかない戦いは続く。
 ここで立ち止まる訳にはいかないと、誰もが決意を新たに足を進めた。













「はぁっ!!」

「ッ……そこっ!!」

 閃光、極光、魔力弾、炎、氷、雷、斬撃。
 ありとあらゆる攻撃が飛び交う。
 司による“領域”の展開により、劣勢だった戦況はほとんど覆っていた。

「ふっ……!!!」

「効きませんよ!」

 しかし、一部の戦況は未だ劣勢だ。
 覆したきっかけである司も、その一人だった。

「ッ……!」

 絶え間なく全てを呑み込もうとする“闇”が司を襲う。
 世界そのものの“領域”を利用し、強化した天巫女の力で、それを相殺する。
 だが、明らかに司の方が押されていた。
 そのため、相殺するのではなく、自分が回避できる分の穴を開けるに留める。
 間髪入れずに反撃の閃光を飛ばし、自らも転移を併用して斬りかかる。

「くっ……!」

 そこまでやって、イリスにはすぐ回復する掠り傷しかつかなかった。
 対し、司はエラトマの箱による“領域”の弱体化もあり、どんどん不利になる。
 既にボロボロの状態になっており、負けるのも時間の問題だろう。

「(緋雪ちゃん……!間に合わせて……!)」

 ここから司が勝つには、何かもう一つ切っ掛けが必要だ。
 無闇な突貫は行う事すら難しい。
 故に、“対策”を準備している緋雪が頼みの綱だった。









「ッ、ぐっ……!」

「………!」

 一方で、椿と葵も未だに苦戦していた。
 元より、相手は洗脳された優輝だ。
 “領域”を抑え込んだ所で、優輝の強さは変わらない。

「はぁっ!!」

「っ……!!」

 葵が前衛を担当し、死に物狂いで優輝の攻撃を凌ぐ。
 それでも、優輝は的確に葵の隙を突き、攻撃を当てようとする。
 それを、椿が後ろから矢と神力で阻止する。
 草の神の権能を使い、植物でも動きを妨害していた。

「葵!」

「ッ!」

 それでも、押し負けそうになる。
 そこで椿は葵に声を掛け、同時に葵が蝙蝠化して姿を消す。
 直後、神力の閃光が葵がいた場所を通り過ぎ、優輝に襲い掛かる。

「うん……?」

「はっ!」

 閃光を避けた所へ、椿が肉薄。
 掌から地面に神力を通し、植物で地面を隆起させる。
 同時に、体術で剣を持つ腕を抑えつつ蹴りを放った。

「(逸らされた!)」

 意表を突いたはずの攻撃。
 しかし、それすら優輝は受け流す。
 導王流を人一倍知っている椿達ですら、これによって圧倒されていた。

「かやちゃん!」

「ッ!」

 すぐに次の行動に出る。
 もう一度地面を隆起させ、バランスを崩す。
 そして、椿は飛び退きつつ矢を優輝の周りに放ち、目晦ましをする。
 さらには優輝を囲うように植物の根を地面から生やした。

「これで、縫い留める!!」

 最後に、葵が用意した大量のレイピアを射出。
 目晦ましでしかない植物の根を貫き、優輝へ殺到する。

「そこ!」

「っ!」

 だが、その技は決まらなかった。
 葵の攻撃は転移魔法であっさりと躱されていたのだ。
 すぐさま張り巡らした神力から優輝の位置を特定し、矢を放つ。

「ッッ……!」

「なに……?」

 そこで、戦況が動いた。
 いつもは、転移で躱された後に察知していたのは椿だけだった。
 しかし、今回は葵も察知しており、矢を弾いた所を狙い撃った。

「ぐっ……ぁああっ!!」

「ッ……!?」

 刺突は逸らされ、カウンターに剣の一撃が繰り出される。
 それを、葵は体で受け止めた。
 このままでは競り負けると理解していた葵は、敢えて体で攻撃を受けた。
 その分の猶予を利用し、葵は優輝の体を掴んだ。

「しまっ……!」

「ようやく、捕まえた!!」

 そのまま、頭突きをくらわす。
 さらに地面へ向けて押し、大地に叩きつける。

「よくやったわ、葵!」

 間髪入れずに上を取るように跳んだ椿が、矢を放って優輝の四肢を縫い付ける。
 植物の根を利用して拘束もする程だ。

「転移はさせないよ!」

 油断はしない。
 葵は掴みかかった体勢のまま、術式を優輝に刻む。
 その内容は、転移魔法を阻害するためのもの。
 魂に働きかけるようにする術式のため、魔法以外にも効果が働く。

「っ……!」

 そして、トドメに葵もレイピアで優輝を縫い付ける。
 最早剣山のような状態に優輝はなっていた。
 椿や葵にとって心苦しくもあるが、こうまでしないと優輝は止まらない。

「ぐっ……!」

「おまけよ」

 ダメ押しに椿が神力で押さえつける。
 一瞬の隙を利用した、千載一遇のチャンス。
 それを、二人はモノにした。

「……どうするの、かやちゃん」

「……私達を洗脳から解放する際、優輝は因果逆転と代償を上手く利用していたわ。……即ち、それに匹敵する力をどうにかして集めないといけない」

 単純な力ではなく、概念や因果など、様々なモノをまとめた意味での“力”。
 それが洗脳解除に必要だと、椿は推測する。

「飽くまで、洗脳に使われた力は“闇”によるもの。つまり、光や浄化の類なら比較的効きやすいのだと思うけど……」

「……かやちゃんだけじゃあ、足りないって事だね」

 現在進行形で、椿は優輝に浄化の霊術を掛けている。
 魂にすら干渉しているはずなのに、優輝は一向に正気に戻らない。
 濁ったような瞳は、一切揺らいでいなかった。

「……そんな、悠長にしていていいのか?」

「っ……!」

「かやちゃん!」

 椿と葵が知る限りの拘束はした。
 転移も封じ、物理的な脱出も不可能にしたはずだった。
 拘束自体も、霊魔相乗などの力の爆発などでは解除できなくしていた。
 ……だが、飽くまでそれは“既知”の範囲。
 “未知”による抵抗には、成す術なかった。

「くっ……!!」

 辛うじて、傍にいた椿は神力でガードした。
 厳重なまでの拘束は、優輝から発せられた“闇”によって壊された。

「……イリスの加護ね」

「洗脳されている影響……そりゃあ、あるに決まってるよね……」

 黒い靄のようなものが優輝から立ち上る。
 それを見て、椿と葵は冷や汗を流す。

「(さっきよりも厄介に見るべきね……)」

「(問題は、どう変わったか……)」

 ……油断していた訳じゃない。
 単に、想定外だっただけ。
 だからこそ、どうするべきか椿と葵は一瞬逡巡した。





   ―――それが、致命的な隙となる。





「……ぇ?」

 一瞬、肉薄された事に気付けなかった。
 懐に入られ、短刀に持ち替える間もなく、椿は胸に手を添えられた。

「ぁ―――ッ!?」

 そして、直後に吹き飛ばされた。
 そこまでやられて、ようやく葵は動けた。

「かやちゃん!!」

 すぐさま、足止めしようと葵は優輝に躍りかかる。

「(ッ……!?さっきまでより、動きが……!?)」

「ふっ……!」

「ぁ、がっ……!?」

 今までなら、導王流と言えど少しは葵でも戦えた。
 だが、今回は違った。
 まるで攻撃の狙いを間違ったかのように、軌道を逸らされる。
 そして、同時にカウンターが決められ、葵は椿と同じように吹き飛ばされた。

「(動きが違う!より洗練されている……これは、もしかして……!)」

 ダメージを受けながらも、葵と優輝のやり取りを見ていた椿が確信する。
 即ち、今の優輝は導王流の極致を扱っているのだと。

「(未完成だったはず……いえ、あの時、足止めに残った時に、習得したのね……。……なんて誤算。拘束が解けた上に、こんなの……抑えようがないじゃない)」

 苦し紛れに神力による植物の根で拘束しようとする。
 しかし、それらは最小限の動きで躱されてしまい、さらには転移で間合いを詰められるという結果になってしまった。

「ッ……!」

「させ、ない!!」

 寸での所で、葵がレイピアで優輝の拳を阻む。

「ガッ……!?」

「っ、ぅ……!?」

 だが、気休めにもならない。
 そのまま滑るように葵の顔に拳が叩き込まれ、ほぼ同時に蹴りが椿に決まる。
 さらに創造魔法で用意していた剣が二人の体へ突き刺さり、壁に縫い付けられた。

「あ……!?」

 優輝を抑えていた二人が、逆に抑えられた。
 そうなれば、次に狙われるのは反撃の芽となる存在だ。
 ……優輝は、間髪入れずに転移魔法で緋雪に肉薄した。

「くっ……!」

 緋雪が応戦するが、防戦一方だ。
 攻撃しない方がカウンターされないというのもあるが、現状の緋雪にはとある理由からそれが精一杯だった。

「(まだ、克服していないのに……!)」

 緋雪の“対策”。
 それは、血の供給によって全盛期の力を取り戻す事。
 そのために吸血衝動の完全克服が必要だった。
 この戦いまでに、何度も克服しようと頑張って来たが結局間に合う事はなかったため、こうして土壇場兼神界の法則を利用して克服しようとしていた。

「っ、しまっ……!?」

 吸血衝動を抑えるのに意識を割いている。
 そうなれば、当然動きが疎かになる。
 防御魔法を破られ、腕も防御出来ない位置に弾かれた。
 それを認識した時にはもう遅い。
 緋雪の体に、深々と優輝の拳が突き刺さっていた。

「爆ぜろ」

「が、ふっ……!?」

 そのまま、霊力と魔力が炸裂する。
 緋雪の体は上下二つに別たれ、飛び散る。
 吸血鬼のような体と言えど、そうなれば再生に時間が掛かる。

「ぁ、ぐっ……!?」

 さらに、ダメ押しにいくつもの剣で串刺しにされる。
 “どちゃり”と、臓物をぶちまけながら、緋雪は倒れた。

「………次」

 闇を纏い、優輝は次の標的を定める。
 ターゲットにされた司は、その呟きに恐怖を抱かずにはいられなかった。















 
 

 
後書き
瘴潰…瘴気が敵を握り潰すように集束する術。瘴気が濃ければ濃い程、強くなる。

禍式・瘴罪之業獄…妖など、様々な瘴気を集束させ、その瘴気で千変万化の攻撃を放つ術の奥義。集束させた瘴気が多い程、多彩な動きや高威力の発揮が可能となる。基本的に、この術は数多の妖を敵に倒させる事で成立する。


椿と葵は戦闘不能とまではいきませんが、復帰する前に緋雪が仕留められました。
普段の導王流ならともかく、極致は辛うじてとこよしか経験していませんから、当然のように初見殺しのようなカウンターでやられます。 

 

第242話「全滅」

 
前書き
戦闘不能:とこよ、紫陽、緋雪
重傷:椿、葵
ジリ貧(絶体絶命):司
と言った戦況です。
なお、優輝がフリーになっているので、無事な面子もすぐやられるという……
 

 







 優輝が次に標的にしたのは、イリスを相手していた司だ。
 それを司も理解したのか、敵前逃亡の形でイリスから離れる。

「ッ、くっ……!!」

 攻撃を障壁で何とか
 転移で逃げようと、優輝は同じ転移で追いかけてくる。
 
「断て!!」

「っ!!」

 空間ごと遮断する障壁で、優輝の攻撃を凌ぐ。
 イリスが手隙になるのはまずい。
 そう考える司だが、イリスに意識を向ける事さえ出来ない。

「(障壁で防ぐので、手一杯……!僅かにでもタイミングがずれたら、押し負ける……!……ううん、攻撃する事こそダメ!)」

 無理にでも反撃して、優輝の攻撃のリズムを崩そうとする。
 だが、それこそ優輝に対しては悪手だと、司は思い留まる。

「っ、かはっ……!?」

 しかし、その思考すら隙となる。
 障壁の追加展開が間に合わず、優輝の肉薄を許してしまった。
 咄嗟にそのまま放たれた手刀による突きを、シュラインの柄で受け止める。

「くっ……はぁっ!!」

 防御の上から衝撃が司を貫いた。
 それでも司は魔力を練り、一気に放出する。
 全方位に放つ攻撃ならばカウンターを受けないであろう判断から、その行動に出た。
 加え、念を押して転移を間に合わせる。

「……“何人たりとも、我が身に届かず”!!」

 “祈り”を加え、防御魔法で自身を覆う。
 それは、かつて心を閉ざした時の司や、その司を模したジュエルシードが使っていた、“拒絶”の意思による障壁。
 あらゆる干渉を防ぎ、時には敵を圧殺する“心の壁”。
 それを幾重にも自身に重ね、優輝の攻撃に備える。

「はぁっ!!」

「ッッ……!!」

 創造魔法による攻撃は、待機させておいた魔力弾で相殺する。
 突貫してきた優輝は敢えて迎撃せず、防御のみで迎え撃った。
 イリスの攻撃すら防げるはずの“心の壁”が、その一撃で割れていく。

「いくら優輝君でも、それ以上踏み込ませないよ!!」

「っ……!」

 “心の壁”は、“領域”と似通った性質を持っている。
 そのため、現状においてその効果はかなり強化され、司の意志に左右される。
 さしもの優輝も障壁の圧力に押され、攻撃が止まった。

「(攻めるなら、遠距離からの攻撃しかない!)」

 優輝の間合いで攻撃するのは自殺行為だ。
 司は見る余裕がなかったが、椿と葵はまさしくその行為で負けた。
 遠距離攻撃ならば、攻撃を捌かれる事はあってもそのままカウンターはない。

「(でも……!)」

 しかし、遠距離攻撃を行うための、肝心の距離が取れない。
 転移で瞬く間に距離を詰められ、その度に司の“心の壁”が破られそうになる。

「(このままだと……!)」

 “エラトマの箱”による、世界そのものの“領域”の浸食は止まっていない。
 そのため、時間が経てば経つほど、司の強化は弱まっていく。
 その前に決着を付けたいため、徐々に司に焦りが積もっていく。

「がら空きですね」

「しまっ……!?」

 そして、焦りが致命的な隙を晒した。
 そう、何よりもまずかったのは、イリスがフリーになっていた事だ。
 優輝からの防衛で、司は手一杯となっていた。
 イリスにとってそれは隙以外のなにものでもなく、こうして横槍を入れたのだ。

「耐えはするでしょうが、これで終わりです」

「(転移を妨害してからの……殲滅攻撃……!)」

 “闇”の檻によって、外界から遮断される。
 天巫女の力でも容易に転移出来ず、司の逃げ道がまず防がれた。
 時間を掛ければ、突破する方法はあるのだが……

「くっ……!」

 優輝がそれを許さなかった。
 絶え間のない攻撃を防がざるを得ず、その間にイリスの攻撃が迫る。

「ッッ……!!」

 避けようのない、“闇”による殲滅攻撃。
 司は“心の壁”で防御を固め、さらに障壁を多重展開して防御を試みた。

「(導王流の極致……ここまで強いだなんて……!!)」

 実際に対峙したからこそ分かる、優輝の動きの厄介さ。
 それを歯噛みしつつ、司は何とかイリスの“闇”に耐えきった。

「こ、っの……!!」

「ふっ……!」

 だが、詰みだ。
 耐えきったと言えど、防御は若干薄くなる。
 そこを優輝に突かれ、まず“心の壁”が破られる。
 そして、追撃を司は受け止めようとして……

「無駄だ」

「あ、ぐ………!?」

 その手をずらされ、そのまま胸を貫かれた。
 一度怯んでしまえば、もう司のターンはない。
 司は優輝のもう片方の手による掌底で吹き飛ばされる。
 同時に、創造魔法による剣によって、埋め立てられる程貫かれた。
 死ぬことがないとはいえ、これでは確実に復帰に時間が掛かる。

「……次」

 司を降した優輝は、淡々と次の標的を探す。
 その様子は、最早ただ作業をこなす機械のようだった。

「……本当、不意打ちも当たらないのね」

 離れた位置で、剣に貫かれた傷も治り切っていない椿が、そう呟く。
 この時、椿は速度重視の矢を放っていた。
 優輝は司に意識を向けており、完全な不意打ちだった。
 しかし、優輝は一切矢を意識せずにそれを避けていた。

「……攻撃が当たらないどころか、近距離遠距離関係なく反撃してくる……か」

 さらには、反撃となる創造魔法による剣が椿の肩を貫いていた。
 それだけじゃない。
 椿の視線の先には、視界を埋め尽くす程の大量の剣。
 それが、椿目掛けて飛んできていた。

「(計算が狂った……とか、そんな単純ではないけど……とにかく、このままだとなにもかも、御破算、に…………)」

 圧し潰されるように剣に貫かれ、椿の意識はそこで途絶えた。

「嘘やろ……!?」

「不味いな、これは……!」

 椿だけでなく、なのはやシュテル、プレシアなどが優輝に攻撃していた。
 椿と同じように、司に意識が向いているのを好機と見ていたのだ。
 ……だが、その攻撃は全て躱されるか、防がれるかして届かなかった。

「プレシア!」

「……平気よ。本来なら致命傷だけど、ね」

 さらには椿と同じように反撃も受けていた。
 重傷で回避の余裕のなかった椿と違い、今回は悪くても直撃は避けていた。
 追撃の剣群も、他の面子が防いでいた。

「小鴉!」

「っ……残りの敵は私達とディアーチェ達で抑える!皆は椿ちゃん達がやられた分をフォローして!!」

 既に、はやて達の奮闘によって国守山にいる敵は半分程倒せていた。
 司による“領域”の効果で、かなり有利になっていたのだ。
 残った敵もほとんどが手負いなため、抑えるのならはやて達の人数で十分だった。
 イリスと祈梨は未だに余裕があったが、祈梨はユーリとサーラが抑えていた。

「白兵戦が得意な人が相手した方がいいよね」

「勝てる気は……しないけどね」

 なのは、フェイト、アリサ、すずか、アリシア、奏が優輝の相手をする。
 その他はイリスの相手だ。ユーリとサーラは引き続き祈梨を抑える。

「前衛はユーノ、キリエ、アミタ、神夜、アルフで頼む。他は援護だ!」

 イリスをまともに相手出来るのは司だけだったため、飽くまで注意を惹くだけだ。
 それでも決死の覚悟で挑まなければいけない。

「私が先に仕掛ける。フォローは任せるわ」

「なのはとフェイトは後衛を。アリシアは中衛と言った所ね。行くわよ!」

 ユーノがケージングサークルでイリスの“闇”を抑える。
 それを合図に、各々の相手に突貫した。





「ふっ……!」

 移動魔法を併用しつつ、奏が優輝に間合いを詰める。
 同時に、優輝も転移魔法で奏に肉薄する。

「ッ……!?(攻撃をずらしても、見切られる……!)」

 導王流を以ってしても、逸らしにくい奏の攻撃。
 移動魔法を使い攻撃の打点をずらす攻撃のはずだが、それも通じなかった。
 極致に至った優輝は、ずらした後の攻撃すらあっさりと受け流していた。

「ッッ!!」

 しかし、奏もタダではやられない。
 神界での戦いを経て、奏の戦闘技術は跳ねあがっていた。
 さらには、その身に宿る“天使”の影響で、優輝の動きは見えていた。

「はっ!!」

 椿や司が反応しきれなかった反撃を躱す。
 そこを狙い、アリシアの矢が優輝を狙って放たれた。
 その攻撃に対するカウンターに合わせるように、奏も反撃する。

「ッ……!」

 攻撃自体は容易く逸らされた。
 しかし、その直後放たれたカウンターは、かなり躱しやすいものだった。

「カウンターに合わせて攻撃して!活路はそこにある!!」

「無茶言わないでっての!!」

「はぁっ!!」

 アリシアがその様子を見て、突貫したアリサとすずかに叫ぶ。
 他の人へのカウンターに合わせて攻撃するという至難の業に、アリサは悪態をつきながらも攻撃を仕掛け、すずかも刺突を繰り出す。

「っ、そこ!」

「(ダメ……三人でかかっても、手数が足りない……!)」

 創造魔法によるカウンターは、なのはとフェイトで撃ち落としていた。
 アリシアも霊術と弓矢で時折撃ち落とし、攻撃を仕掛けている。
 だが、創造魔法による手数を抜きにしても、近接戦のみで三人の手数を容易く捌き、同時に反撃していた。

「ぐぅっ……!」

「っぁっ……!?」

 アリサとすずかの二人にカウンターがはなたれる。
 いくら反応できる奏でも、同時に二人分のカウンターに合わせるのは不可能だ。
 結果、すずかの分は防げたが、アリサは直撃を食らい、阻んだ分の反撃が奏に突き刺さって吹き飛んでしまった。

「ッッ……!」

 残ったすずかをフォローするため、奏が分身魔法を使う。
 さらに、アリシアも近接戦に参加した。

「「ぐっ……!?」」

「ッ、凍てつけ!」

 二刀という手数を活かし、カウンターを奏とアリシアは防ぐ。
 すずかも氷の霊術で直撃は逸らし、そのままその氷を攻撃に転じさせる。

「後ろ!」

「ぁ……!?」

 だが、優輝は転移で回避と共にすずかの後ろに回り込んだ。
 同時に首目掛けて斬撃が繰り出される。
 奏もアリシアもフォローには間に合わない。

「させるかっ!!」

 間一髪、アリサが飛び込むように地面に刀を突き立て割り込む。
 デバイスでもある刀はすずかの身長程にも刀身が伸びており、それで斬撃を防ぐ。

「離脱!」

 アリシアの合図と同時に、全員の遠距離攻撃が牽制として優輝に襲い掛かる。

「ホンット冗談じゃないわ!近接戦イコール死じゃないの!?あんなの!」

「奏ちゃん以外、まともに攻防すら出来ない……!」

「……バインドも引っかかる前に破壊されてる」

 なのはとフェイトの後方支援は絶えず続いていた。
 魔力弾が奏達をフォローするように優輝に襲い掛かっており、設置型バインドもいくつか仕掛けて動きを阻害しようとしていた。
 だが、魔力弾は全て逸らされ、バインドも見破られて破壊されていた。
 その上で、四人の攻撃を全て捌いていたのだ。

「……作戦変更。前衛は奏だけで、私達霊術組全員が中衛。なのはとフェイトは変わらずにお願い」

「っ、それだと奏の負担が……!」

「構わないわ」

 アリシアの言葉にアリサが反発しようとする。
 だが、奏はあっさりと肯定し、そのまま優輝に再び斬りかかった。

「考える時間は出来る限り減らして!……近接戦で戦えないのなら、それ以外でカウンターを潰すしかないよ!」

 瞬間的な速さならば、奏はトップクラスだ。
 フェイトも十分に速いが、やはり攻撃後の隙があるため、カウンターの餌食となる。
 そこも考慮すると、どうしても奏しか前衛が出来ない。

「ッ、ッッ……!」

 その奏すらも、ほんの数回しか打ち合えない。
 近接攻撃を躱す事に専念すれば、回避は厳しくない。
 だが、専念している以上後衛や他への攻撃は阻止出来ないため、奏はどうしても攻撃による妨害を行う必要がある。
 そのカウンターを躱すのは、奏の速さでギリギリだ。

「(遠距離のカウンターはこっちの物量で何とかなる。いざとなればアリサとすずかが弾いてくれるから、そこの心配は必要ない。……でも、結局それだとジリ貧だ。奏がやられれば、それだけで瓦解する。何とか、カウンター後を突いて隙を作らないと……)」

 矢と霊術で連続攻撃を作り出しながら、アリシアは分析する。
 奏が持ち堪えている間に活路を見出さなければならない。
 ……しかし、カウンターを阻止しようとしても、その攻撃すら逸らされる。
 結果的にそのカウンター自体は阻止出来ても、阻止した攻撃のカウンターが飛ぶ。
 鼬ごっこのようなやり取りが続き、このままだと奏が敗れるのが先だ。

「(カウンター不可の隙さえあれば、フェイトの最高速度で……)」

 修行によって向上したフェイトのスピードであれば、優輝を上回る。
 導王流さえなければ、ヒット&アウェイが可能だろう。
 つまり、確実に攻撃を当てる隙さえあれば、倒せるはずだ。

「……私も行くよ」

「なのは……?」

「今なら、奏ちゃんとの連携があるから……少しは、渡り合えると思う」

 なのはがレイジングハートを二刀に変え、奏に加勢する。
 二人共“天使”を宿しており、その影響による連携は凄まじいものだ。
 そして、御神流を用いた反射神経ならば、導王流に対抗する事も出来る。

「(どの道、このままだと負けるだけ……なら、賭ける!)聞いたね、アリサ!すずか!二人が応戦している間に、何とか隙を作って!……フェイト、隙を作った瞬間を狙って、確実に仕留めに行って」

「……うん……!」

 戦況に変化を与えなければ、確実に優輝は対処しきる。
 そう考えたアリシアは、なのはの行動を足掛かりに指示を出す。
 遠距離攻撃を引き続き霊術組で相殺し、一瞬の隙をフェイトに任せる。

「ッ……!」

「させない!」

「なのは……!」

「二人で行くよ!」

 なのはの予想した通り、奏と連携を取れば渡り合えた。
 お互いの隙を補い合い、御神流の神速を併用すればカウンターにも対応出来た。
 もちろん、神速を連続使用しているため、常に脳への負担はある。
 神界の法則で、死ぬことも後遺症が残る事もないが、痛みはそのままだ。
 その上で、なのはは神速を使い続け、奏と優輝の動きについて行く。

「(ダメ、これでもジリ貧……!なら、分身を犠牲にする……!)」

 刃を突き出す。移動魔法でブレさせた穂先を容易に捉えられ、受け流される。
 カウンターが放たれそうになるが、そこを狙ったなのはの一撃が迫る。
 しかし、それももう片方の手で受け流された。
 だが、カウンターを遅らせる事に成功し、二人は反撃を凌ぐ。

「ッ……!」

 直後、奏がハーモニクスで分身する。
 分身体は果敢に優輝に突撃し……

「がふっ……!?……ッ!!」

 カウンターの手刀に貫かれながらも、抱き着く形で拘束した。
 その上でなのはが斬りかかり、優輝に反撃以外の行動を取らせないようにする。

「(追加で……!)」

 さらに分身を出し、それで拘束していく。
 おまけでバインドも使って拘束する。

「(今……!)」

 捨て身とはいえ、転移以外は確実に封じた。
 それを好機と捉え、フェイトが最高速で斬りかかる。

「フェイトちゃん!!」

「ぇ……?」

 そう。“転移以外”は。
 優輝に攻撃を当てるためには、導王流だけでなく転移も封じなければいけない。
 本来、転移するのにはタイムラグがある。
 瞬時に転移できるのは、短距離に限っても緋雪や優輝、サーラぐらいだ。
 司やとこよも事前に魔法や霊術をストックしておけば可能だが、どの道なのは達にはそういった転移は不可能だった。
 ……故に、失念していたのだ。一瞬の隙すら潰す、瞬間転移を。

「ッ……!」

「転移……!?連続転移で、奏の分身を……!?」

 密着していれば、転移されようと拘束していられる。
 だが、転移を連発されれば話は別だ。
 奏の拘束は振り払われ、フェイトにカウンターが叩き込まれそうになる。
 辛うじてなのはが防ぐが、追撃で吹き飛ばされてしまった。

「なのは……!ッ……!」

 奏となのはが張り付いていたからこそ、優輝は後衛を直接攻撃しなかった。
 しかし、連続転移で奏を振り切り、なのはを吹き飛ばした今、後衛を創造魔法だけで攻撃する必要はない。

「(振り切れない……!)」

 高速で動き続けるフェイトだが、優輝はそれに追いついて来る。
 そもそも転移を使ってくるため、決して振り切る事は出来なかった。
 魔力弾で牽制しても、水しぶきを払い除けるように受け流されてしまう。

「っ、ぁ……!?」

 手刀が胴に突き刺さる。
 痛みに堪える暇もなく、優輝は手刀を抜き、同時に回し蹴りを叩き込んだ。
 直撃を喰らったフェイトはそのまま地面に墜落し、創造魔法で縫い付けられる。

「フェイト……!」

「来るわよ、アリシア!!」

 一人やられた時点で、結果は明白だ。
 優輝は創造魔法で奏に牽制を繰り出し、そのままアリシア達へ肉薄した。

「っづ……!?」

「ッ!?」

「ぁあっ!?」

 僅か三撃。咄嗟に繰り出した三人の攻撃を受け流し、カウンターを放った。
 いつの間にか創造魔法でナイフを手に持っており、カウンターで三人の利き手を斬り飛ばしてしまった。

「このっ……!」

「シッ……!」

 奏が慌てて三人を庇うように斬りかかる。
 しかし、慌ててしまえば導王流のカモだ。
 一撃目のカウンターは何とか躱したが、続けざまに放たれた攻撃とバインドによる拘束の合わせ技が直撃する。

「沈め」

「ッ………ぁ、がっ……!?」

 そして、最後は創造魔法による剣群で強制的に沈められた。
 アリシア達も障壁で耐えようとしたが、物量に押し潰された。

「皆……!」

 唯一、まだ戦闘不能になっていなかったなのはが戦慄する。
 最早、なのは一人では勝ち目がない。
 それを自覚してか、なのははイリスの方の戦いに目を向け……

「っ……」

 その惨状に歯噛みするしかなかった。
 そこには、イリスに挑んだ面子だけでなく、他の神達を足止めしていたはずのはやて達すら、まとめて圧倒されている皆の姿があったからだ。

〈……Master……〉

「……それでも、最後まで諦めない……!!」

 イリスが力を振るう度に、ユーノやザフィーラ、シャマル達の障壁の上から、複数人が纏めて吹き飛ばされる。
 シグナムやアミタなどが何とか反撃するも、どれも容易く防がれてしまう。
 リニスやプレシアの魔法で隙を作り、ヴィータが突貫するも、それも通らない。
 防御さえされなければ攻撃は通じるのだが、肝心の隙が作れていなかった。
 そして、イリスの攻撃はどれも回避困難なため、圧倒され続けていたのだ。

「ッ……!」

 直後、優輝がなのはの目の前に転移してくる。
 導王流の極致に至った優輝は、一挙一動がごく自然に、流れるように行われる。
 まるで意識の隙間に入り込んでくるような動きは、優輝を視界に入れていてなお、見落としてしまう程だ。

「っづ……!」

 剣による攻撃を、なのはは何とか逸らす。
 しかし、攻撃後の隙を突くカウンターでなくとも、今の優輝の動きを相手に、なのはは攻撃を防ぎきれずに頬に掠る。

「(バインドで捕まえて砲撃……ううん、転移があるから通じない……!あの動きを封じるには、まず転移を封じなきゃダメ!)」

 徐々に傷が刻まれていくなのは。
 だが、決して諦めてはいない。
 優輝の動きを分析し、どこかに付け入る隙がないか探る。

「(……でも、私には転移を封じる手段はない。なら、他の手段で攻撃を当てるしかない。……他の手段……)」

 小太刀二刀に変形したレイジングハートを握る力が強まる。
 動きを封じる以外で、優輝に攻撃を当てる手段は確かに存在する。

「(……ここっ!)」

「甘い」

「(カウンターすらカウンターで返す………なら、私はその上を行く!!)」

 即ち、カウンター返し。
 優輝と同じようにカウンターによる攻撃ならば、通じる可能性がある。

「ッ……!?」

 敢えて後手に回ったからこそ、なのはの手数で足りた。
 一撃目のカウンターはあっさりと返され、そのカウンターに合わせ二撃目を放つ。
 それさえもカウンターで返され……そこへ、なのはの魔力弾が直撃した。

「(当たった!)」

 終ぞ当てる事が出来なかった優輝へ、初めてなのはは攻撃を命中させた。
 だが、それは決定打ではない。すぐさま次の行動を移る―――

「墜ちろ」

「ぁ……!?」

 ―――その前に、優輝の反撃が突き刺さった。
 二撃目のカウンターは防いでいなかったため、なのはの体に直撃していた。
 そのために物理的ダメージが大きく、体勢が崩れた。
 そこへ転移からの攻撃というコンボで、なのはは叩き落とされた。

「ッ―――!!」

 地面に打ち付けられながらも、なのはは障壁を張る。
 追撃を防ぐためだ。

「ぁ、がっ……!?」

 だが、無意味に終わった。
 障壁ごと砲撃魔法と創造魔法による剣で貫かれてしまった。











「ぐ、ぁあああああああああああっ!!?」

 一方で、イリスと戦っていたメンバーも、全滅寸前だった。
 ユーノが張った障壁ごと、それに守られていたユーノとクロノが叩き落とされる。

「まずい……!」

「ただの雷程度で、私と張り合えるとでも?」

「プレシア!」

 既にボロボロだったプレシアが、イリスの“闇”による棘で貫かれる。
 リニスが助けに入りつつ魔法を放つが、破れかぶれでは通じない。

「……前衛は既に全滅。……これは、足掻きようがありませんね……」

 意識を既に失ったディアーチェとレヴィを傍らに、シュテルが呟く。
 最後の抵抗とばかりに、全力の砲撃を放つも、それも防がれた。

「(諦められない。諦めたくない。……抵抗の意志は、まだ潰えていない。……でも)」

 “闇”の砲撃に呑み込まれる。
 いくら意志では諦めていなくても、その上からイリスは叩き潰してくる。
 どうあっても“絶望”の二文字が脳裏にちらついていた。

「くっ……!」

 気が付けば、残ったのはリニスだけだった。
 司が強くなったと同時に、その使い魔であるリニスも強化されていたためだろう。
 しかし、今となってはそんなのは誤差でしかない。
 眼前には回避不可な“闇”の壁。防ぐ余力も残っていない。

「っ、ぁああああああああああああああああああ!?」

 身を焦がされる。
 “絶望”の二文字がリニスの心を蝕んだ。
 彼女を呑み込んだ“闇”が晴れた時には、既に死に体だった。

「終わりですね」

 イリスがそう言うのと同時に、サーラとユーリが地面に叩きつけられた。
 なんていう事はない。祈梨との戦闘中にイリスに横槍を入れられただけだ。
 祈梨との戦闘に集中していた二人は、イリスの攻撃をまともに受け、こうして地面に叩きつけられたのだ。

「み、皆さん……」

「まだ戦闘可能なのは貴女達二人だけです。……尤も、今叩き潰しますが」

 死屍累々な惨状をサーラとユーリは目の当たりにする。
 直後、イリスの宣言通りに二人は集中砲火を受けた。
 二人だけでその火力を防げる訳もなく、悲鳴を上げる間もなく倒れた。

「……これで全滅ですね」

 その様は、椿達が介入する前の焼き増しだ。
 誰も立ち上がる者はおらず、敗北を喫した。

「トドメを刺しなさい」

 今度こそとばかりに、イリスは生き残っていた神々に指示を出す。
 倒れた司達の“領域”を完全に砕くため、魂ごと殺しにかかるつもりだ。
 本来、“領域”は神界の神ですら消滅させられない。
 だが、神界以外の存在且つ、消滅の一歩手前までなら、時間を掛ければ可能なのだ。
 それを、イリスは行おうとしていた。

「っ………やめ、ろ……!」

 唯一、能力を失ったが故に真っ先に倒された神夜が、目を覚ました。
 しかし、抵抗する術もない神夜には、どうする事も出来ない。

「……ふふ、せっかくです。私の人形として踊ってくれたお礼に、貴方を壊すのは最後にしてあげましょう」

「ふざ、けるな……!がっ……!?」

 その上で、イリスは容赦しない。
 ただでさえ身動きが出来ない程ボロボロだというのに、さらに拘束を加えた。
 最早、神夜には目の前で起きる処刑を見る事しか出来なかった。

















 
 

 
後書き
何人たりとも、我が身に届かず…魔法を使うための言霊。実際の魔法名は“ゾーン・アブソリュー”(絶対領域のフランス語)。簡単に言えばエヴァのATフィールドであり、あらゆる攻撃や干渉を防ぐ障壁を張る。

導王流の極致は、近距離で戦えば遠距離攻撃が比較的少なくなります。まぁ、近接攻撃のカウンターだけで事足りるため、遠距離攻撃の必要がないんですけど。……そこが付け入る隙でもあります。 

 

第243話「反撃の兆し」

 
前書き
―――何とか、間に合いましたね
―――尤も、ピンチには変わりありませんが 

 










「や、めろ……!やめ、ろぉ……!!」

 神夜の懇願染みた声を余所に、トドメとなる理力がそれぞれの神々に集束する。
 それを止める術は神夜にはなく、力なく声を漏らすしかなかった。

「終わらせなさい」

 イリスの声を合図に、その理力が振りかざされた。











   ―――その時、二つの光が煌めいた。





「……?」

 その僅かな変化を、イリスは見逃さなかった。
 洗脳された優輝も同じようで、身構えていた。
 だが、それ以上に注目すべき事態が目の前に発生する。

「……何をしているのです?」

 振りかざされたはずの理力。
 それが、倒れた司達に到達する前に押し留められた。

「………何を……ですか。見て分かりませんか?イリス」

 見れば、そこには洗脳されていたはずの祈梨とソレラの姿があった。
 二人分の理力による障壁で、何とか攻撃を押し留めていた。

「まさか……洗脳を……!?」

「私の力を……そして、彼女達姉妹神の特徴を見誤りましたね!!」

 残滓として体に残っていたイリスの“闇”が打ち消される。
 同時に、祈梨の理力が増していく。

「“断て!いかなる干渉さえも!此よりは、我が領域とならん”!!」

 言霊が放たれ、幾何学模様が祈梨と倒れた全員を覆う。
 その中が一種の“領域”となり、神々の攻撃を防ぎ切る。

「これ以上、やらせはしません!」

 そして、その脇からソレラによる理力の攻撃が神々へ襲い掛かる。
 
「なに、が……?」

 それらの様子を見て、神夜は何事かと呟く。
 困惑は当然だ。洗脳されていたはずの神二人が、突然味方になったのだから。

「……簡単なカラクリですよ」

 その呟きに、ソレラが答える。

「貴方達の洗脳を彼が解いたように、イリスの洗脳は万能ではありません。洗脳されている状態でも、自力で洗脳を解く手段があった。……それだけの事です。祈梨さんの場合は、ですけど」

 洗脳されたとしても、自我が完全に消える訳じゃない。
 厳密には、洗脳直前に自我を保護する事も出来る。
 祈梨はそれを行い、今ようやく正気を取り戻したのだ。

「自力、で……」

「私の場合は、神界における姉妹神の特徴を活かしました。……姉妹、または兄弟として存在する神はお互いを補い合います。片方に異常があっても、もう片方が正常に戻す効果があります。それで、私は正気を取り戻しました」

「………」

 状況が状況なため、ソレラの説明は矢継ぎ早になっている。
 神夜も完全には理解出来ていなかったが、とにかく正気に戻ったのは分かった。

「けど、二人が正気に戻った所で……」

「はい。私と祈梨さんだけでは、この状況は切り抜けられません。……ですが、どうやら私達だけじゃなかったみたいです」

 ソレラのその言葉と同時に、敵の神二人が切り裂かれる。
 そこには、天使の輪と羽を持つ、見覚えのある二人の姿が。

「あれは……なのはと、奏……?」

「……“彼”が消えていないのなら、と天廻様は言っていましたが……そこにいたんですね。ずっと、人と共にいたのですね」

 そう。なのはと奏が……厳密には、その二人に宿る“天使”がそこにいた。
 あれほど、単純な戦闘力でも苦戦していた神々と、二人は互角に戦っている。
 それを見て、ソレラは手に自身の武器である杖を顕現させる。

「祈梨さんが耐えきると同時に、私達も出ます」

「“達”って……俺もか?」

「いえ。……覚えていませんか?私の姉、エルナを」

「覚、えてるが……」

 ソレラの姉を、神夜は転生する際に見た事がある。
 だが、その事を言われても今の状況にはピンと来ない。
 むしろ、当時魅了してしまった罪悪感に言葉を詰まらせていた。

「姉妹及び兄弟神におけるもう一つの特徴です。庇護される側は、いつでも庇護する側を呼び出す事が出来るのです」

 ソレラが説明すると同時に、祈梨の障壁と競り合っていた理力の攻撃が消える。
 そして……

「出番ですよ、お姉ちゃん!!」

 ソレラの叫びと共に、一人の女性がソレラの目の前に顕現した。

「あいよ!よく正気に戻ったな、ソレラ!」

「はい!お待たせです!……行きますよ!」

 そういうや否や、二人は神夜を置いてけぼりにして神々へと突っ込んでいく。
 ソレラの理力が、姉のエルナに流れ込み、強化する。
 そして、エルナが理力を拳に纏い、目の前に迫った“天使”を吹き飛ばした。

「お、おい!」

「祈梨さん!皆さんを頼みます!」

「はい!無理しないように!」

「了解!以前みたいな下手をしないさ!」

 戸惑う神夜を余所に、状況はさらに変化する。
 祈梨が理力で全員を集め、全員を障壁で囲む。

「“此よりは我が領域。何人たりとも干渉を拒む、聖域なり”!我が祈りに答えよ、プリエール・グレーヌよ!」

「っ……ジュエルシードが……!?」

 祈梨の声に何故かジュエルシードが反応し、理力が増幅される。
 その理力はそのまま神夜達を守る障壁となる。

「……では、後は回復に努めてください。私はイリスの足止めをします」

「……どういう、事なんだ……?」

 祈梨もまた、戦場へと向かっていく。
 状況を理解しきれない神夜は、戸惑いの言葉を呟くしかなかった。

〈……瓜二つとは思っていました……なるほど、このような事があるのですね〉

「……シュライン?」

 その時、目を覚まさない司に握られたままのシュラインが発言する。
 その言葉に、神夜は何か知っているのかと聞き返す。

〈預言の内容は覚えていますか?“天に祈る二人の巫女”……天巫女を示すこの言葉は、マスターとあの神を示していたのですよ〉

「あいつも、天巫女だっていうのか……!?」

〈はい。……それも、かつて全盛期のアンラ・マンユを消滅させた、マスターよりも強い歴代最強の天巫女です〉

 預言に示された二人の巫女の片割れが、神界の神であるはずの祈梨だったという事実に、神夜は開いた口が塞がらなかった。

「……これは、何が起こっているのかな……?」

「っ、葵!」

 そこへ、回復の早い葵が目を覚まし、尋ねてきた。

「見た所、敵だったはずの神が戦っているけど?」

「洗脳を解いた……って言っていたが……」

「……へぇ……」

 全容は分からないが、今は味方していると葵は考える。

「とにかく、復帰が優先だね。回復魔法は使える?」

「……あまり得意じゃない。それに、力を奪われたせいで微々たるものだ」

 現在の神夜は、転生特典を全てソレラによって消されている。
 そのため、残っているのは転生後に鍛えた結果得た魔力と魔法だけだ。

「十分。目を覚まさせさえすれば、意志の持ちようで何とかなるよ」

 今やるべき事を葵は優先して行う。
 葵の言う通り、目を覚ませば意志次第で傷はどうにかなる。
 実際、葵もいつの間にか傷を完治させていた。

「多勢に無勢には変わりないから、少しでもこちらの戦力を回復させないといけない。ほら、分かったなら早く!」

「あ、ああ!」

 いつもの気楽な口調ではない、真剣な口調な葵。
 そんな葵に従うように、神夜も拙い回復魔法を皆に使い続けた。

「(シャマルちゃんを最優先に回復。次点で司ちゃんかな。とにかく、今味方してくれている間に何とかしないと……!)」

 味方しているとはいえ、葵は祈梨達を信用していない。
 何せ、最初の時点で仲間のフリをしていたからだ。
 だからこそ、皆の回復を急いでいた。













 ……一方、祈梨達の方では……

「シッ!」

「はぁっ!」

 なのはと奏の体を借りた“天使”が、襲い来る別の“天使”をカウンターで倒す。
 その様子を、イリスが忌々しそうに見つめていた。

「一体……一体どうやって、正体を隠していたというのです……!?彼の記憶を見たというのに、一切の痕跡が………まさか……!?」

 何かに気付いたようにイリスは優輝に振り返る。

「……あの状態でも、決して記憶を覗かれないようにしていたというのですか……!」

 そう。優輝は完全に洗脳される寸前、イリスに記憶を読み取られるのを予期し、読み取られないようになのはと奏に宿る存在について何も知らないように隠蔽したのだ。
 あの時、優輝が薄く笑みを浮かべていたのは、これが理由だったのだ。

「……数が多いですね」

「ええ。でも、悠長に相手をしている暇はないですよ」

 “天使”二人は、背中合わせとなって敵を迎え撃つ。
 接近してくる者はカウンターで吹き飛ばし、遠くからの攻撃は躱す。
 躱せそうにない広範囲攻撃は、圧縮した理力をぶつけ、上手く凌いでいた。

「手数を増やします。12秒持ち堪えてください」

「分かりました」

 奏の方の“天使”がそう言って、一時的に戦闘をなのはの方の“天使”に任せる。

「アレンジ・ガードスキル“ハーモニクス”」

 分身を生み出すスキル、ハーモニクス。
 奏に宿る“天使”はそれをアレンジし、特殊な方法で分身を生み出した。
 分身自体は、本来のハーモニクスと同じだ。
 違うのは……

「……これ、は……?」

 生み出された分身は、紛れもない奏本人だと言う事だ。
 以前まで奏と“天使”が分離する事はなかったが、ここに来て“天使”が完全な自我を取り戻した事で、こうして分離させて意識を分身に移す事が出来たのだ。

「状況理解は私が写した知識と記憶で理解しなさい。貴女は、他の人の治療へ。……それと、これを返しておきます」

 そう言って、“天使”はエンジェルハートを奏に投げ渡し、飛んできた理力の砲撃を理力を纏った手で逸らす。
 同時に、肉薄してきた敵の“天使”に理力の剣を突き刺した。

「きっかり12秒。上出来です。ルフィナ」

「準備は終わりましたか?ミエラ」

「はい。後は任せます」

 そう言って、奏に宿っていた“天使”……ミエラは奏を転移させる。
 転移先は、祈梨が張った障壁の内側だ。
 祈梨の張った障壁は、飽くまで敵対者の干渉を防ぐものなので、ミエラの転移は阻まれる事なく成功させた。

「ッ!」

「せぇりゃっ!!」

 そんな二人に、新たに敵が襲い掛かる。
 しかし、そこへエルナによる横槍が入る。

「洗脳された連中は私とソレラに任せな!……悪いけど、イリスとあいつには戦いになる気がしない。そっちは任せる!」

「了解です。そちらもお気を付けて」

 エルナとソレラをその場に置き、ミエラとルフィナはイリスへと攻撃を仕掛けた。

「っ……邪魔はさせませんよ……!私が欲しいのは彼だけです!“天使”の貴女達には用はありません!」

「“闇の性質”らしい独占欲ですね。それとも、単なる嫉妬ですか?」

「黙りなさい!」

 理力の剣が“闇”に防がれる。
 ここで司達と違うのは、“闇”が押されていた事だ。
 追撃を行えば守りを破れる程、刃が“闇”に食い込んでいた。

「っ、っと……!」

「ミエラ!」

 “闇”が触手の棘となり、ミエラを襲う。
 しかし、後方からルフィナが理力の矢で撃ち落とした。

「(私達のみでイリスを打倒するのは至難の業。加え、今は……)」

「彼女達を倒しなさい!」

「(相手は一人ではない……!)」

 そこへ、優輝も参戦する。
 こうなると、イリスを相手にしていられないと、二人は確信する。
 そもそも、二人掛かりで片方を相手出来るという戦力差と二人は見ている。
 そのため、イリスと優輝を同時に相手する事は出来ないのだ。

「ッ……!」

 ミエラが優輝の剣を防ぐ。
 導王流の極致の恐ろしさは、奏を通して知っているため、不用意に反撃はしない。

「『イリスは任せます!』」

「『では、そちらは任せますよ!』」

 二対二では勝てない。
 それでも、一対一に持ち込めばしばらくは持ち堪えられる。
 司達の回復までの時間を稼ぐためにも、勝てない戦いに二人は挑む。

「ふっ……!」

 理力による二振りの剣で、ミエラは優輝と斬り合う。
 優輝からの攻撃を防ぎ、反撃を繰り出す。
 だが、それはあっさりと受け流され、逆に反撃される。
 その攻撃を、ミエラは視線すら向けずに理力の障壁を部分的に展開して防ぐ。

「(まともに戦えば無事では済みませんが、戦い続けるだけなら可能です……!)」

 導王流の極致と渡り合う事において、重要な事がいくつかある。
 一つは、導王流にある程度対応出来る戦闘技術。
 もう一つは、カウンターに反応出来る反射神経及び身体能力。
 特に、後者は高ければ高い程、対処がしやすくなる。
 ミエラは高い戦闘技術に加え、身体能力で優輝と同等近くになっていた。
 これにより、奏以上に今の優輝と渡り合えていた。

「(まだ()()()()()()ですが……これなら……!)」

 ミエラとルフィナ本人しか知らない事だが、二人はまだ全力ではない。
 否、全力を出せない状態なのだ。
 本来であれば、身体能力は今の優輝を上回る。
 しかし、存在そのものは分かたれたとはいえ、今は奏となのはの体を使っている。
 リミッターの外れていない二人の体では、過剰出力による負担から神界の“天使”としての本気は出しきれないのだ。

「レイジングハート、身体保護に全てのリソースをつぎ込んでください。……少々無茶をします。貴女の主、なのはさんへの負担を減らすためにも、今は私の言う事を聞いてください」

〈……Yes,Ms〉

「ありがとうございます」

 一方で、ルフィナはイリスへと矢を放ちながら、攻撃を避け続けていた。
 その際に、レイジングハートに体の保護をお願いする。
 レイジングハートの補助があれば、多少はルフィナの力も引き出せるからだ。

「彼すら決死の覚悟でなければ敵わなかった私に、たかが“天使”一人で敵うとでも思いですか!?」

「可能性はゼロではありませんよ……!」

 迫りくる“闇”の触手を、ルフィナは“天使”の羽を羽ばたかせ、回避する。
 躱しきれないものは矢で相殺または理力の障壁で逸らす。
 そして、攻撃の波を掻い潜るように矢をイリスに向けて射る。

「ッッ……!」

 “バチッ”と“闇”によって矢が相殺される。
 直後、ルフィナは触手を掻い潜って肉薄する。

「我が身は明けの明星、曙の子。地に投げ堕ちた星、勝利を得る者!」

   ―――“明けの明星”

 間合いに入ると同時に、攻撃を誘い込む。
 そして、その攻撃を寸での所で回避し、理力を圧縮した光の弾を放った。
 寸前でイリスは“闇”の障壁を張ったが、ルフィナを攻撃はそれを打ち破った。

「くっ……!」

「はぁっ!」

 そのままルフィナは理力の剣を振るう。
 しかし、近接戦に持ち込んでもイリスの攻撃の物量は変わらない。
 波のように“闇”が差し向けられ、剣とぶつかり合った。

「(目晦まし!?)」

 だが、その剣は囮だった。
 “闇”とぶつかり合った瞬間にイリスの視界は閃光に染められる。
 すぐに気配を頼りにルフィナの位置を割り当てる。

「そこですね!」

「ッ、そう上手くは行きませんか……」

 ルフィナはイリスの背後に回り込み、弓矢を撃ち込んでいた。
 しかし、イリスの察知の方が早く、結局防がれてしまった。

「(かなりの速度と威力を出しているというのに……やはり、存在を分かたれたばかりなために、出力が出しきれないようですね)」

 それ以上踏み込んだ攻防は、今のルフィナには出来なかった。
 ミエラもルフィナも、このままではジリ貧だろう。

「っ!?」

 その時、横合いからイリス目掛けて極光が飛んできた。
 咄嗟にイリスは“闇”で防いだが、その分ルフィナの攻撃を防ぎきれずに被弾する。

「お二方共、イリスの相手は私に任せてください!」

「っ……ええ、分かりました!」

 極光を放ったのは祈梨だ。
 シュラインに似た形状の理力の槍を手に、いくつもの魔法陣を携えている。
 滲み出る理力は、他の神や“天使”が気圧される程に強い力を感じる。

「一時的なものですが……司さんも良い働きをしてくれました」

「……世界そのものの“領域”を、受け継ぎましたか」

「ええ。同じ天巫女ならば、受け継ぐ事ぐらい容易です」

 現在の祈梨は、本来の力に加え、司が根源と接続した事による力も持っている。
 同じ天巫女だからこそ、効果を受け継ぐ事が出来た半ば反則技だ。

「(……尤も、今なお“領域”はエニグマの箱によって弱り続けている。時間を稼ぐ事は出来ない……ならば、最初から全力でかかる!)」

 そして、閃光が煌めく。
 イリスの“闇”とぶつかり合い、相殺される。
 その規模は凄まじく、余波だけでクレーターが出来上がる。
 街にも余波の被害が出ているが、最早そんな事も気にしていられないだろう。

「はぁああっ!!」

「呑み込め!」

 極光と闇がぶつかり合い、弾ける。
 互いの攻撃は届かず、必ずどこかで相殺される。
 拮抗はしており、むしろ祈梨が若干押している程だ。
 しかし、弱体化し続けている現状、このままでは祈梨が負ける。
 短期決戦を目指そうにも、そう簡単に勝てる程、イリスは甘くない。

「(理想は、他の方が戦いに勝利して加勢してくれる事。……いえ、皆さんが“可能性”を拓いてくれる事、ですね。信じなければ、可能性は掴めない)」

 極光と闇が飛び交い、余波で荒れ狂う。
 流れ弾とまでは行かないが、余波だけでも他の戦闘に影響は出るだろう。





 ……だが。

「はっ!!」

「ふっ……!」

 それも並の戦いであるならばの話だ。
 祈梨とイリスの攻防の余波を掻い潜りながら、ミエラとルフィナは優輝に挑む。

「(攻め切れませんか……!)」

「(これ程の戦闘技術……人の可能性とは、ここまでのものですか……!)」

 戦法自体は、椿や葵、奏達が行っていたものと大差ない。
 ミエラが前衛を務め、ルフィナが援護をするシンプルな構成だ。
 違うのは、その速さ。
 ミエラは二刀流で手数を補いつつ、堅実な攻防で導王流のカウンターに対処する。
 その正確さは、奏が行っていた移動魔法による回避よりも安定していた。
 加え、後方からルフィナが矢を放ち続ける。
 偶に、なのはの魔力弾のように誘導弾を放ち、優輝を牽制していた。

「ッ!」

 まさに阿吽の呼吸のようなコンビネーションを以って、導王流の極致によるカウンターに、完全に対処していた。

「はぁっ!」

「っ、そこです……!」

 火花が散り、カウンターが繰り出される。
 最早カウンターは確実に来ると考えているため、ミエラは冷静にそれを見切る。
 体を捻り、その場でステップを踏むように回転。
 そのまま斬りかかるが、受け流されて蹴りのカウンターが迫る。
 もう一刀でその蹴りを斬ろうとするが、逆に受け流され、相殺される。
 それを一瞬の間に行い、お互いの体勢を整えるためにほんの僅かな間が訪れる。

「(躱されますか……)」

 そこを狙い、ルフィナの矢は予測して放たれていた。
 しかし、結局転移で躱されてしまう。

「(僅かとはいえ、隙を作り出す所までは可能。しかし、それ以上踏み込めない……と言った所ですね。現状は)」

「(転移によって、僅かな隙を潰される。でも、だからと言ってその転移を潰すための行動は―――)」

 ルフィナが転移を封じるための結界を張ろうとする。
 すると、優輝はミエラを無視してルフィナに突撃してきた。

   ―――“明けの明星”

「(―――確実に、潰してきますね)」

 結果、ルフィナは結界を張るのを中断する羽目になった。
 優輝の攻撃は一撃目を躱し、カウンターを放たさせた所へ自身のカウンターを合わせる事で、至近距離で相殺。
 理力と理力のぶつかり合いで、お互いに間合いが離れる。

「(攻撃性能はそこまで高くありませんが、防御性能に加え、確実に攻撃をいなす事でこちらの足止めがほとんど効かないという事ですね)」

 優輝との攻防自体は、そこまで厳しくない。
 だが、展開を打開するための一歩が踏み出せない。
 転移を封じようとしても確実に妨害され、妨害の妨害を行おうにも、導王流によって確実に受け流されてしまう。
 現に、ルフィナに突撃した隙で転移を封じようとミエラも結界を張ろうとしたのだが、優輝は吹き飛んだ体勢から転移し、ミエラの行動を阻止しにかかった。
 結局、仕切り直しだ。

「(“倒す”事を目標にすべきではないですね)」

「(戦闘不能に追い込んで洗脳解除。というのはシンプルですが、その方法は取れない……となると、やはり鍵は彼女達ですね)」

 相討ち覚悟であれば、二人で優輝を倒す事は可能だ。
 しかし、それでは状況は好転しない。
 だからこそ、二人は最善の“可能性”を求めた。

「そのためにも……」

「ええ、時間を稼ぎませんと」

 時間稼ぎ。
 二人の行動は、終始これに尽きた。









「はぁあああああああああああああああっ!!」

「っ……はぁっ!」

 一方で、他の神々と“天使”を請け負ったエルナとソレラも苦戦していた。
 何せ、二人は特別強い神ではなく、多勢に無勢でもある。
 しかし、それでも二人に一切諦めの文字はなかった。

「どうしたぁ!私達程度の神も、倒しきれないのかい!?」

「守り守られし“領域”は……そう簡単に破れません……!例え勝つ事は出来なくとも!負ける事はありえませんよ!」

 挑発するように大声で叫び、自らを奮い立たせる。
 多数の神を相手に、二人で持ち堪えられるのには理由があった。
 一つは、二人が姉妹神だと言う事。
 実質的に、二人はそれぞれの“領域”を共有しているのだ。
 姉妹だからこその、お互いの“領域”の強化で、二人は本領を発揮していた。
 もう一つの理由は、二人の“性質”による。
 エルナは“守る性質”で、ソレラは“守られる性質”だ。
 ソレラの直接戦闘力の低さはエルナに“守られる”事で補い、エルナ自身もソレラを“守る”ために自身を強化している。
 噛み合った“性質”故に相乗効果で強化されているのだ。
 それこそ、他の神々の“性質”を受け付けない程に。

「ふっ!!」

 遠距離からの攻撃は“性質”を用いた障壁で防ぐ。
 肉薄してきた場合は、的確にその攻撃を弾いてカウンターを決めていた。
 ソレラは、そんなエルナを理力で強化し、多数相手でも渡り合えるようにしていた。

「(……決定打がないのが難点ですね。元より、私もお姉ちゃんも攻撃に秀でた“性質”ではない。……やはり、皆さんの復帰を待つべきですか)」

 エルナの支援の傍ら、ソレラは理力による誘導弾や砲撃で牽制する。
 確かに敵の攻撃は防ぎ切っているのだが、こちらからの攻撃も届かないのだ。
 ソレラはそれを理解しており、結局司達の復帰を待つしかなかった。
 祈梨達の方も自身の相手に精一杯なため、助力は期待できなかったからだ。

「(……イリスは……まだ余裕を保っている……?まさか……)」

 攻め手に欠けるとはいえ、ソレラは周りの観察をする余裕はあった。
 そのため、イリスがまだ余裕を保っている事に気付く。

「(……余裕の表情……っ、まさか!?)」

 そして、相対していた祈梨もそれに気づいた。
 直後、イリスが口を開く。

「あの人間達が復帰するのを待っているようですが……こちらの戦力が、今この世界に来ている者だけだとでも?」

「ッ……!増援……!」

「ええ、その通りです!」

 イリスが余裕だったのは、まだ追加の戦力があったからだ。
 次元世界各地に散らばっている神々だけでなく、神界にもイリスの手先はいる。
 その神々が、この世界にやってくるというのだ。

「この世界の“領域”もかなり侵蝕しました。故に、もう大きな穴を開ける必要はなくなりました。ちょっと刺激を与えれば……ほぉら」

 地響きのような“揺れ”が、世界全てを覆う。
 イリス達がやって来た衝撃とは違う、正しく地震のような“揺れ”だ。
 そして、それが収まると、上空に靄のようなものが現れた。
 視覚上では靄だが、それこそ神界と繋がる“出入り口”だ。
 そこから、新たにイリスの手先が―――

















「………あら?」

「……何も、来ない?」

 ―――来ない。

「ど、どうしたというのです?確かに私は、追加の戦力を置いておいたはず……」

 イリスも予想外だったのか、珍しく困惑していた。
 そこで、ようやく“出入り口”に人影が見えた。

「(来る……!……いえ、あれは……?)」

 見えた人影は二つだった。
 片方の影に、肩を貸すようにして出てくる。

「あれって……もしかして……!」

 その二つの人影を、障壁内にいる葵達も見ていた。
 そして、その片方の人影に葵は見覚えがあった。
 それは、優輝が神降しの代償で女性になっていた時の姿だ。
 加え、もう片方も容姿が変わってはいたが面影があった。
 それは、最早死んだと思われていた人物。
 神界に取り残され、孤立していたはずの男。

「なぜ……一体、他の神はどうしたというのです!?」



















「―――よぉ。追加の戦力ってのは、後ろで転がってる奴らか?」



 王牙帝、そして優奈がそこに立っていた。

















 
 

 
後書き
エルナ…ソレラの姉。“守る性質”を持つ。今回登場する寸前まで、正気の神達と同行し、間接的にソレラの洗脳を解いていた。オレンジよりの金髪の髪色で、姉御肌な性格。

プリエール・グレーヌ…ジュエルシードのかつての名前。意味はフランス語で“祈りの種子”。こちらが真名なので、この名前で呼んだ方が力を発揮する。

ルフィナ…なのはに宿っていた“天使”。弓矢や砲撃を用いた遠距離の他、カウンターに秀でている。剣も扱えるが、前者二つ程ではない。

ミエラ…奏に宿っていた“天使”。ルフィナの姉でもある。剣を用いた近接戦に優れており、堅実な戦法で隙を作り、強力な一撃で敵を葬る白兵戦型の戦法を取る。

“守る性質”…ソレラと対になるエルナの“性質”。単純に“守る”事に優れているのもあるが、対となるソレラと共にいる事で、相乗効果で強化される。


ミエラとルフィナの名前は、とある同人ゲームの熾天使からもじっています。
118話でもその要素が大きく出ているので、知っている人は知っていると思いますが。

52話でプリエールの世界の人も“ジュエルシード”と呼んでいましたが、プリエールには“天巫女の遺産”としてしか伝わっておらず、そこへ来た次元犯罪者(クリム・オスクリタ)がジュエルシードと呼んでいたから、そう呼ぶ事にしていた……という事にしておきます(無理矢理)。 

 

第244話「譲れない想い」

 
前書き
一旦時間が戻って、帝sideの続きになります。
 

 








   ―――時間は少し遡る……





「っづ……ぁあっ!?」

 帝が力を奪われ、敗北した後、優奈もまた窮地に陥っていた。
 事象や状況そのものに干渉する“残酷の性質”により、神達は強化される。
 帝が負けた事で、その効果に拍車がかかり、さらに追い詰められていた。

「(私自身は跳ね除けても、肝心の他の神への効果が厄介過ぎる……!何とかして、相手に“逆転された”と思わせないと……!)」

 優奈だけなら、その気になれば“性質”の効果を無視できるようになっていた。
 だが、それを差し引いても他の神が強化されている事が大きい。
 そのため、本来優奈に掛かるはずの“残酷な現実”と言う意識の弱体化を何とかして他の神に与えない限り、どうしても突破口が見えない。
 
「(この状況で、一人だけでも圧倒する……そうすれば、“性質”がマイナスに働くはず……でも、それが厳しい……!)」

 一見強力に見える“性質”も、案外弱体化と表裏一体だ。
 優輝と緋雪が初めて戦った“青の性質”も、今対峙している“残酷の性質”も、上手く認識を操作すれば弱体化に繋げられる。
 そうすれば、優奈にも勝ちは見える。
 ……裏を返せば、そうしない限り勝ち目はない。

「ぐっ……!」

 受け流し、転移で躱そうとする。
 だが、それでも躱しきれずに、胸に理力の矢が突き刺さる。
 僅かに体が仰け反るが、優奈は構わず目の前の攻撃を対処し続ける。

「(一瞬……それこそ、閃光のように……一瞬で駆け抜ける!!)」

 理力の斬撃が、閃光が、掠ったり命中していく。
 このままでは嬲り殺されるだけだと判断し、短期決戦を試みる。
 一人でも数を減らせば、状況を変えられると信じて。

「ッッ……!?」

 しかし、それよりも先に相手が状況を変えてきた。
 帝が使っていた王の財宝による武器群が、優奈へと牙を剥く。
 帝の相手をしていた神が今度は優奈をロックオンしたのだ。

「ぁぁぁあっ……!?」

 出鼻を挫かれる。
 一旦体勢を立て直そうとするが、その間にも傷は増えていく。
 
「(帝……!)」

 確実に追い詰められていく。
 優奈は理力を使いこなせる代わりに導王流の極致は扱えない。
 その差が、優輝よりも一発逆転を狙いにくくなる原因となっていた。











「優、奈………」

 そんな、徐々に追い詰められていく優奈の様子を、帝はただ見ていた。
 無惨な姿となり果てた帝は、手足を動かす事も出来ない。
 その気になれば再生は出来るのだが、それ以上に帝は無力だった。
 魔力も、容姿も、相棒さえも、授けられただけもモノは全て奪われた。
 
「………」

 それでも、神界ならば戦う事は出来る。
 それなのに立ち上がれないのは、偏に“無力”を見せつけられたからだろう。
 自分ではどうしようもない。絶対に勝てないと、帝は思い知らされた。
 心が折れてしまえば、もう立ち上がる事は出来ない。

「俺、は……俺はぁ……!」

 “どうしてこんなにも弱いのか”、“どうしてここで倒れてるだけなのか”。
 後悔、怒り、様々な感情が渦巻き、それを塗り潰すように無力感に覆われる。









『―――マス、ター……』

「っ………!」

 その時、微かに脳内に声が響く。
 いつも、よく聞いた声……エアの声だ。

「『エア……!エアなのか……!?』」

『……はい。ですが、間もなく今の私は新たな“私”に書き換えられます……』

「『ッ……』」

 エアの言葉が、どういう事を示しているかは、帝にも理解出来た。
 要は、エアは僅かに残った自我だけで帝に語りかけてきたのだ。

『……最後……最期に、マスターに伝えたい事が……』

「『エア……?』」

 念話にノイズが増していく。
 本来ならば、もう本来のエアは自我を書き換えられているはず。
 それなのに、最後の力を振り絞り、帝に自分の“気持ち”を“想い”を伝える。



『―――好きです。愛しています、マスター』

「『……ぇ……?』」

『突然こんな事を言われても、戸惑うとは思います。……でも、本当です。私は、貴方の事がマスターとしてではなく、一人の異性として、愛しています』

 今まで、全くそんな素振りを見せなかった。
 だからこそ帝は困惑する。
 なぜ、今なのか。なぜ、自分なのか……と。

「『なん、で……』」

『もう、今しか伝えられないからです。……私は、もうすぐ私ではなくなります。人格も、記録も、何もかも新たな“私”に取って代わられるでしょう。……でも、この“想い”だけは、絶対に譲れませんから……!』

「『ッ……!?』」

 それは、今まで落ち着いた口調のエアから感じた程のない熱の籠った発言だった。
 窮地に陥った際の焦った時ですら、これほど熱の込められた事はない。

『……貴方にも、譲れない“想い”があるはずです。……だから……だから、どうか、私よりも、彼女の事、を……』

「『エ、ア……!』」

 AIでしかないはずの、エアの声が嗚咽混じりになる。
 もし人型の形態であれば、間違いなく涙を流していただろう。
 そう、いくらデバイスだと、道具だと言われようと、エアの想いは本物なのだ。

「『でも、俺には、お前がいないと……!』」

『……本当に、世話の焼けるマスターです……』

 ノイズがどんどん増えていく。
 最早、言葉の節々が聞き取れなくなる程だ。
 それでも、エアは言葉を残そうとする。

『……でも、貴方がマスターで、本当に良かっ―――』





 ―――そして、“ブツリ”と、エアの声は途切れた。







「ッ……!!!」

 何が起きたのか、帝は本能的に一瞬理解を拒んだ。
 だが、理解出来てしまう。
 今この時、エアという“帝のデバイス”は、本当に喪われたのだ。

「――――――」

 直後に渡来したのは、言い表しようのない“熱い想い”だった。

「ァ……ァァ……!」

 動かないはずの四肢に、力が籠る。
 燻っていたはずの無力感が、引いていく。
 血の気が引くような、サッと冷たい感覚が通り過ぎ……







「――――――――――――ッッ!!!!」

 ……声にならない雄叫びと共に、煮えたぎるマグマの如き感情を爆発させた。

「なんだ……!?」

「ぇ………?」

 その“想い”による衝撃は、優奈と他の神々にも届く。
 何事かと、一部の神と優奈が目を向ける。

「帝……?」

 そこには、倒れていたはずの帝が立っていた。
 傷は消えているが、魔力も能力も、以前の容姿すらも奪われたままだ。
 ……だというのに。

「(……何が、起きたの……!?)」

 その体から放たれる途轍もない“何か”が、優奈を圧倒する。

「(一体、何をきっかけにすれば、そこまでの“可能性”を……!?)」

 だが、優奈にとってそれは感じた事のあるエネルギーだ。
 生命の持つ可能性そのもののエネルギーが、帝から放たれていた。

「今更、立ち上がった所で!」

 その時、一人の“天使”が帝に襲い掛かる。
 理力の剣が振りかぶられる。……が、帝は避けようともしない。

「なっ……!?」

「―――邪魔だ」

 その光景に、一部の者は絶句した。
 “天使”の攻撃が、帝をすり抜けたのだ。
 そして、帝はそのまま拳を“天使”に叩き込んだ。

「何が……!?」

 ここで、ようやく神々も帝を警戒する。
 優奈の包囲はそのままに、手の空いた神と“天使”で帝を囲む。

「……俺は、さ……主人公とかみたいに、誰かの犠牲とか、ピンチとかで都合よくパワーアップ出来る訳じゃねぇんだよ……」

 俯いたまま、帝はそう呟く。
 足元には、水滴が落ちており、泣いている事が伺えた。

「でもな……でもなぁ……!俺だって、大切な奴が死ぬのは、悲しいし、許せねぇんだよ……!俺にだって、譲れない想いってのは、あるんだよ……!!」

 顔を上げる。
 帝は、怒りと悲しみの混じった、複雑な形相をしていた。

「……返せ。エアを……俺のデバイスを……!相棒を……!家族を!!返せぇええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 叫ぶ。ありったけの、思いの丈を。
 自分の感情を吐き出すように、帝は大きく叫んだ。

「ちぃっ!」

 殴られた“天使”は、明らかに大きなダメージを負っていた。
 それでも反撃に出ようと間合いを取りつつ理力の矢を飛ばす。

「ッ……!」

 帝はそれを回避しようとするが、ほとんど回避しきれずに直撃する。
 しかし、帝は僅かに仰け反りはするものの、倒れる気配はない。

「ッッ……ぁああっ!!」

「がっ……!?」

 そのまま帝は間合いを詰め、“天使”の襟を掴んで引き寄せ、殴る。

「離、れろ!」

「……!」

 理力が帝の顔に押し付けられ、炸裂する。
 しかし、帝はそれに動じずそのまま“天使”を殴り飛ばして倒してしまった。

「(“領域”と“意志”が完全に別物として動いている……!まさか、“領域”についてほとんど知らないはずの帝が、こんな利用の仕方をするなんて……!)」

 他の神や“天使”が動揺する中、優奈だけは何が起きているのか予測出来た。
 今の帝は、本来ならば倒れてもおかしくはない状態だ。
 帝としての“領域”は既に砕かれ、立ち上がれないはずなのだ。
 しかし、帝は“意志”だけで立ち上がり、こうして戦闘を続けている。

「(攻撃をものともしない程の“意志”……こんな事が、出来るなんて……!)」

 本来ならば戦闘不可。それを覆す程の“意志”で、帝は戦う。
 さすがに神界の存在でも、“領域”を砕く事は出来ても、消滅させる事は出来ない。
 そして、帝の“領域”は既に砕けている。
 ゲームに例えれば、帝は既にHPがゼロになっているはずなのだ。
 それを、“意志”の力で1から動かないようになっている。
 そのため、いかなる攻撃を受けても、ものともしないのだ。

「いくら攻撃が効かなくとも、干渉する術さえ奪えば!」

 “剥奪の性質”を持つ神が、帝に攻撃しつつ触れる。
 そして、優奈が帝に施した“格の昇華”すら奪い取った。

「ッ、くっ……!」

 すぐさま優奈がリヒトを使って“格の昇華”の術式を破棄する。
 これで、神が強化される事はなくなったが、同時に昇華も切れる。
 理力が使える優奈はともかく、帝はもう攻撃する術を持たない……はずだった。

「返せ……!」

「ッ……!?」

 自分に触れた腕を、逃すまいと帝は掴んだ。
 否、これは直接掴んでいる訳ではない。
 “逃がさない”という意志がそのまま形を成し、神を拘束しているのだ。

「ぉおおおおおおおおおおっ!!!」

 エアを奪った張本人を、帝は全力で殴り飛ばす。
 吹き飛ばされた神は、神界でありながらそのダメージをそのまま受けていた。

「な……ぁっ……!?」

「(帝の“領域”は既に砕かれてる。“格”も足りないはずなのに……“意志”だけで、相手を自らと同格にまで引きずり込んでる……!)」

 実際、普通に攻撃しようとしても帝の攻撃は届かない。
 だが、“意志”の強さが強すぎるため、帝の“領域”に引っ張られているのだ。
 既に“領域”が砕かれている事で逆に攻撃を無効化し、“意志”のみで自分と同じ土俵に引きずり込んでいた。
 さらに、“領域”そのものでならば、“格”に左右されずに干渉出来るため、“領域”をぶつけている帝の攻撃は通用したのだ。
 それが、帝が今戦えているカラクリだった。

「……返してもらうぞ、エアを……!」

「ッ……それ以上、勝手はさせんぞ!」

 殴り飛ばした神を、帝は追撃しようとする。
 そこまで来て、ようやく他の神々が動いた。
 ……が、その前に既に動いている人物がいた。

「あら、邪魔はさせないわよ」

「しまっ……!?」

 注意が帝に向いた事で、一度“残酷の性質”による効果がリセットされた。
 それによって優奈は一気に回復し、妨害しようとした神を逆に妨害する。

「なぜだ……!なぜ、人間如きに状況を覆される!?」

「……人の意志を、執念を……“可能性”を、甘く見たからよ!」

 状況が変わったために、優奈は完全に窮地から脱した。
 そもそも、状況が変わるという事自体が、優奈にとっての最善手だった。

「くっ……!」

「同じ手は使わせないわよ!」

 先程と同じように“性質”を使われる前に、優奈は先手を打つ。
 理力を張り巡らせ、牽制となる“領域”を広げる。

「……さぁ、“残酷な現実”は覆されたわ。……どうするのかしら?」

「ッ……!くそっ!!」

 一斉に優奈に襲い掛かる。
 しかし、状況は先程までと違うため、優奈は不敵な笑みを浮かべた。

「たった一人の“意志”に気圧された神など、恐れるに足りず!!勝利へ至る“可能性”は、我が手に在り!来たれ“デュミナス・スペルマ”!!」

 優奈の掌に、金色の光を放つ珠が顕現する。
 それに、リヒトを斬るようにぶつけ、光を纏わせる。

「切り拓け!導きの光よ!!」

   ―――“Aufblitzen Möglichkeit(アォフブリッツェン・メークリヒカイト)

 金色の横一閃が放たれる。
 斬撃は扇状に広がり、肉薄しようとした神や“天使”を障壁ごと切り裂いた。

「逆転の“可能性”を創り出したわ。……後は、貴方の思うままに行きなさい。帝」

 創造した剣で壁を作り、帝と自分を分断する。
 相手にするのは、先程までと同じ神々だ。
 違うのは、優奈には勝算があり、既にその可能性を手繰り寄せている事だ。

「がぁっ!?」

「ッッ……!!」

 一方で、帝は果敢に攻め続けていた。
 相手は“剥奪の性質”を持つ神と、その“天使”達だ。

「(奪えない……!?何も、剥奪出来ない……!?)」

 追い詰められているのは神の方だ。
 それもそのはず。“性質”がただの人間なはずの帝に効かないからだ。

「ぉおおっ!!」

 攻撃をものともせず、帝は拳を振るう。
 その度に、“天使”の体が吹き飛び、物理的ダメージがそのまま入った。

「(避けられない、逃げられない……!あり得ない……!人間が、我々を逃がさない程の力を発揮するなど……!それこそ、我々の“領域”と同じ……!)」

「おい、何突っ立ってんだ」

「ッ……!?」

「……いい加減、エアを返せ」

 いつの間にか、帝は間合いを詰めていた。
 その体は背後から理力の剣や槍、矢などに貫かれている。
 しかし、まるでダメージがないかのように、帝は神を殴り飛ばした。

「が、ふっ……!?」

 吹き飛んだ神を追撃しようとして、再度“天使”に阻まれる。
 だが、その“天使”達も、息を切らしていた。
 本来はあまり効かないはずの物理ダメージが、大きく体力を削っていたからだ。

「っ……死ねぇっ!!」

 痺れを切らしたかのように、神が帝から奪った王の財宝で攻撃する。
 理力による攻撃と違い、質量を伴った攻撃だからか、帝は仰け反る。
 ……しかし、倒れる事はない。

「それが……どうした……!!」

 大量の武器が刺さったまま、帝は神を睨む。
 その眼光は、神や“天使”が気圧される程、力が籠っていた。

「っ……」

 刺さったままの武器を帝は抜く。
 そして、その武器を“天使”達に投げつけた。

「なっ……!?」

 その武器に、“天使”の一人が成す術なく貫かれた。
 他の“天使”は障壁で防いだが、驚愕を隠せていなかった。
 “天使”が貫かれた事や、投げつけた速度、威力にではない。
 貫かれた“天使”が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事にだ。

「はぁっ!!」

「くっ……!」

 帝はその隙を逃さず、近くの“天使”に斬りかかる。
 咄嗟にその“天使”は理力の障壁で防ぎ、拮抗する。

「ぁあっ!!」

「な―――!?」

 だが、帝が声を張り上げた瞬間、障壁は薄いガラスのように割れた。
 その事に“天使”は驚愕する暇もなく一刀両断され、倒れた。

「邪魔だ……!」

「この……!」

 残る“天使”は一人。
 その“天使”が“剥奪の性質”で帝の持つ武器を奪おうとする。

「(奪えない……!?)」

 一度帝から奪い取った神が放った武器。
 だというのに、その武器を帝から奪えない事に“天使”は驚愕した。

「がっ……!?」

「死ね……!!」

 直後、“天使”は帝の持つ剣に貫かれ、切り裂かれた。
 まるで、帝の思い通りになるかのように、“天使”はあっさりと全滅した。

「……こんな、こんな事が……ただ、“意志”のみで、我々を圧倒するのか……!?」

 そこまで来て、ようやく神は理解した。
 “性質”が効かなくなった理由。
 攻撃を避けきれない、または防ぎきれず、さらには逃げる事も出来ない理由。
 そして、物理的ダメージがそのまま神界の存在の体力を削る理由。
 それらは、全て帝の“意志”が許さないと断じたからだった。
 たった一人の“意志”で、神達は圧倒されていた。

「(……眠れる獅子を目覚めさせた……のか……?)」

 神は既に帝からその“意志”を剥奪しようと試みていた。
 だが、本質的に本人のモノである以上、不可能だ。
 つまり、帝を追い詰め過ぎたために、神は逆に追い詰められたのだ。

「……は、はは……!だが、今更俺を倒した所で、お前の大事な相棒は戻ってこない!何をしたって無駄だ!」

「………」

 故に、神はその“意志”を折りに行く。
 単純な強さでは敵わないと理解したために、その強さの根源を崩しに行ったのだ。
 確かに、本来ならばその手はこの上なく有効だっただろう。

()()()()()()()

 ……“本来ならば”だが。

「ぁ……が……!?」

「そんな“現実”、関係ねぇよ……返せっつってんだよ!!このクソ野郎!!」

 怒りや悲しみなどが極限まで行った人間に、そんな言葉など通用しない。
 帝にとって、事実がそこにあっても最早関係なかった。

「エアを……返せっつってんだよ!!」

 なけなしの魔力で、帝はバインドを繰り出す。
 本来であれば容易く破壊されるはずのバインドも、今は限りなく堅くなる。
 神はそこから抜け出せなくなり、磔の状態になった。

「返せ……!返せ……!!返せ!!」

 サンドバッグのように、帝は神を殴る。
 物理的ダメージがそのまま通る今、神は血反吐を吐く程ボロボロになっていた。

「返せぇええええええええ!!」

   ―――“θέληση Longinus(セリスィ・ロンギヌス)

 一際“意志”を込めた拳が、神の体に突き刺さる。
 “意志”はそのまま形を為し、槍となって神を貫いた。

「こんな……事……が…………」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 貫かれた神は、そのまま力なく倒れる。
 エアを奪った元凶を倒したからか、帝は力を抜くように息を切らしていた。

「エア……エア……!」

 倒れた神の手から、エアを取り戻す。
 しかし、帝の呼びかけにエアは応じない。
 それどころか、反抗するように光を点滅させていた。

「エア……!応えてくれ……!エア!!」

 エアを握りしめ、懇願するように帝は言う。
 ……だが、その声に応える事はなかった。

「ッ……!?」

 それどころか、人型の形態を取り、帝の手から逃げる。
 そして、魔力の剣を帝に向けた。

「……エア……」

「殺します」

 悲しみに満ちた声かけは、機械的な殺意で返答された。
 振るわれる剣に、帝は一瞬反応出来なかった。

「っ……!……?」

 目を瞑る帝。しかし、刃は帝には届かなかった。
 代わりに、“ギィイン”と、金属がぶつかる音が響いていた。

「『帝!!』」

「っ……!?」

「『しっかりしなさい!』」

 直後、優奈から念話で喝を入れられる。
 其の言葉に反応するように、帝はエアの追撃を飛び退いて避けた。

「『まだ諦める時じゃないわ』」

「『……けど、もうエアの人格は……』」

「『人としての感情を得たデバイスは、それはもうAIではないわ。……作り物の人格じゃない、魂を持った存在よ』」

 ただのデバイスとしてではなく、確かな“人としての愛”があった。
 機械も人の心を得る事がある。……優奈は帝にそう伝えた。

「『ならば、まだ完全に消えた訳じゃない。……取り戻せる可能性はあるわ』」

「『……わかった』」

 本当なのかどうか、帝は優奈に聞こうとはしなかった。
 “かもしれない”だけでも、今行動するのには十分な理由だったからだ。

「……行くぞ。エア」

 先程エアの攻撃を弾いた、優奈の飛ばした剣を手に取る。
 今の帝は、先程までの怒りや悲しみによる強い“意志”はない。
 だが、それとは別にエアを取り戻すための“意志”があった。

「ぉおっ!!」

 スピードも、パワーも、優奈や他の神々に比べれば大した事はない。
 しかし、それはエアも同じだ。
 どちらも、本来の強さしか引き出せていない。
 それでも、帝に対してエアの方が上だ。

「ッ……!」

 剣戟で押され、帝は体勢を崩しつつ一撃を避ける。
 追撃は剣を盾にして防ぎ、後退させられる事で間合いを取った。

「射貫け」

「くっ……!」

 そこへ、魔力弾による追撃が迫る。
 帝はそれを横へ跳び、転がる事で何とか回避する。

「(……普通にやり合うな。ここは神界。……無理を通してこそ、道は拓ける!)」

 バインドで足の動きを止められ、砲撃魔法が放たれた。
 それを目の前にして、帝は一切諦めずにエアを見つめる。

「は、ぁああっ!!」

 そして、気合と共に剣を突き出し、穂先を砲撃魔法にぶつける。
 今の帝では、決して相殺できないはずの威力。
 それを、見事に“意志”で相殺してみせた。

「エアぁあああああああ!!」

「ッ……!」

 魔力弾が、砲撃魔法が次々と帝へ迫る。
 だが、帝は砲撃魔法と一部の魔力弾を剣で切り裂き、前進する。
 相殺しきれない魔力弾が直撃し、激痛が走っても帝は進み続けた。

「ぉおおおっ!!」

 エアの持つ魔力の剣と、帝の剣がぶつかり合う。
 その瞬間、帝の剣は砕け散った。
 所詮は創造魔法で創り出しただけの普通の剣。ここまで良く耐えた方だろう。

「ッ……!?」

「エアっ!」

 だが、同時にエアの剣も弾き飛ばしていた。
 どちらも無手。距離はごく僅かで、すぐにでも手が届く程だ。

「ふっ!」

「ごっ……!?」

 しかし、その上でエアは掌底を帝に叩き込んだ。
 身体能力や合理的判断はエアの方が圧倒的に上だ。
 こうなる事は必然だったかもしれない。

「ッッ……!」

「なっ……!?」

 ……それでも、帝は引かなかった。
 吹き飛ぶはずの体を、“意志”で踏ん張り留める。
 そして、エアの肩を掴み、額に自分の額を押し当てた。

「エア!!目を覚ませ!!!」

 マスターとしての権限は、今の帝にはない。
 剥奪された時点で、マスターは先程倒した神になっている。
 だからこそ、帝は“呼びかけ”に賭けた。
 “戻ってきてほしい”と言う、たった一つの想いを込めて。







「………マス、ター………?」

「……!」

 エアの口から洩れた言葉に、帝がハッとする。

「……違う。貴方はマスターでは、ない。……ない……?マスター、マスターは……私、わた、私、は……違う、何が、エラー、不明な思考を算、出……」

「……エア……?」

 続けられた言葉は、まるで壊れた機械のようだった。
 帝は戸惑い、エアを見続ける。

「殺、殺します。……違う、違う……彼は、殺、殺せな、い……わた、私、は……マス、ターの……剣。……マスターは……誰……?」

「……エア!俺だ!帝だ!……聞こえているか!?エア!!」

「みか、ど……?帝……み、かど……」

 再度呼びかけるも、エアは壊れたように言葉を繰り返す。
 それでも、自身の名前を認識した事に一縷の望みを賭けた。

「そうだ!お前のマスター……いや、お前がデバイスとしてではなく、人として“愛した”マスター……王牙帝だ!」

「愛、して……愛……?エラー、エラー……不明な思考が……否、上書きされたはずのデータ……“想い”を算出……サルベージ……しま、す……」

 よろよろと、エアは帝へと倒れ込む。
 抱き留めた帝は、自身を見つめるエアを見返す。

「……ありがとうございます。マスター……」

 ……そして、エアは最後にそう言って目を閉じた。
 人型の形態から、待機状態へと戻り、帝の手に収まった。

「………エア」

 再び呼びかけるも、うんともすんとも言わない。
 機能停止しているだけか、完全に壊れてしまったのかはわからない。

「……俺の方こそ、今までありがとう」

 それでも、最後にエアは戻って来たのだと、帝は確信していた。













 
 

 
後書き
デュミナス・スペルマ…“可能性の種子”。直接武器として扱える他、既存の武器や攻撃に纏わせて強化する事が出来る。状況を切り拓く概念や因果が込められている。

Aufblitzen Möglichkeit(アォフブリッツェン・メークリヒカイト)…上記の珠を纏わせた剣で放つ、可能性を拓く一閃。先手を打って放てば、いかなる“性質”すらも切り裂く。

θέληση Longinus(セリスィ・ロンギヌス)…セリスィは“意志”のギリシャ語。帝の神を倒す意志が、そのまま形になった技。“領域”をぶつけているため、“格”に差があっても通用する。


帝の不死身っぷりはダイの大冒険のヒュンケル状態みたいな感じになっていたりします。イメージとしてはポケモンで言う“がんじょうヌケニン”みたいなものです。 

 

第245話「決して見果てぬ憧憬」

 
前書き
―――今も昔も、変わらず俺はソレに憧れている


引き続き、帝達sideです。
 

 








「帝!」

「ッ!」

 返答のなくなったエアを手に佇んでいた帝を、優奈が抱える。
 同時に、障壁が展開、そこへ理力の槍や矢が突き刺さる。
 破られはしなかったものの、何本も貫通しかけていた。

「感傷に浸るなとは言わないけど……その暇はないわよ」

「……ああ。そうだな」

 転移し、優奈は帝に言葉を掛ける。
 帝も理解していたのか、表面上だけでも目の前の事に切り替えた。

「“天使”は半分程仕留めたわ。でも、肝心の神が残ってる。……今の貴方は、神界の存在から見ても倒れていないのが不思議な状態よ」

「……だからって、休んではいられない……」

「……そう。無理はしない事ね」

 今の帝は、先程までと違ってかなり弱くなっている。
 エアを取り戻した事で、絶大な力を誇った“意志”を保てなくなったからだ。
 しかし、それでも帝は戦う姿勢を崩さなかった。
 優奈も止めるような事はせず、創造魔法で剣を分け与えた。

「増援が来る前に、事象干渉系の“性質”を潰すわ」

「分かった」

 事象干渉……今回の場合であれば“残酷の性質”の神だ。
 戦闘から時間も経過しており、増援がいつ来てもおかしくない状況だ。
 そのため、相手の有利を後押しする“性質”だけは潰すつもりなのだ。

「ッ……!?」

「はっ!」

 一気に肉薄し、膝蹴りを食らわせる。
 同時に掌底で顎をかち上げ、身を捻って横一閃を繰り出した。

「型に嵌れば強いけど、そこから外れれば途端に弱くなるわね」

「ぐっ……ほざけ……!」

「その“領域”、打ち砕くわ」

 苦し紛れの反撃を繰り出してきた所を、優奈はカウンターを決める。
 胸を穿つように掌底が直撃し、神の体が大きく仰け反る。

「はぁっ!!」

 そして、理力による剣によって串刺しにされ、“領域”が砕けた。
 先程まで優奈を苦しめていたはずの神の、呆気ない幕切れだ。

「っづ……!」

 だが、他の神を無視しての突貫の代償は大きい。
 渾身の一撃直後の隙を突かれ、多数の攻撃が集中する。
 咄嗟に理力の障壁を多重展開したが、衝撃を殺しきれずに吹き飛ばされる。

「ッ、はっ!!」

 体勢を立て直し、追撃ごと自身に干渉してこようとした“性質”を切り裂く。
 “デュミナス・スペルマ”を纏わせた剣だからこそ出来た防御だ。

「帝!」

「っ……!」

 一方で帝も襲われていた。
 先程より強くないとはいえ、それでも負けないという“意志”はある。
 そのおかげで、攻撃に耐える事は出来ていた。

「離脱よ!」

「ああ!」

 理力を炸裂させ、創造魔法で繰り出していた武器も全て爆発させる。
 それによって一瞬目晦ましし、その間に転移で包囲を抜け出す。
 優奈達が逃げられない原因は既に倒したため、逃走も可能になっていた。
 そうと決まれば、全員を倒す必要はない。





「束の間だけど、一度休みましょう」

 周囲に敵がいない事を確認し、一息つく帝。
 優奈も連戦で疲れていたのか、その場にへたり込んだ。

「………」

 帝はエアを、そして自分の体を見る。
 エアは相変わらず返答せず、あの時奪われたモノは戻ってきていない。

「……言ってはなんだけど、それが本来の貴方よ。所謂“転生特典”っていうのは、所詮そんなものよ」

「……ああ」

「ま、今の貴方も容姿は整っている方よ。前世がどんな姿だったのかは知らないけど、少なくとも私は今の方がいいわ」

「そ、そうか?」

「ええ。今でこそ違和感はなくなったけど、優輝の記憶を通して見た小学生の貴方は、不自然に容姿が整っていたもの」

 他愛のない会話で、少し緊張を和らげる。
 それでも、帝はまだ気にかかる事がある様子だった。

「……今更なんだが、あの力は……」

「エアを取り戻した時のものね。……やっぱり、無意識だったんだ」

 あれは優奈も驚愕する力だった。
 それだけ強い“意志”だったのは分かるが、それでも驚愕に値した。

「原則、いかなる存在……それこそ、神界のどんな神でさえ、“領域”は消し去る事は出来ないの。出来て、砕くところまで。あの時、間違いなく貴方の“領域”は砕かれていたわ。でも、それは裏を返せばそれ以上砕かれる事はないと言う事。それがあの強さの半分の理由よ」

「……例えるなら、死人になったから死なないって事か?」

「人間の尺度で言えばそんな感じね。そして、その上で貴方は強すぎる“意志”の元、動いていた。あの時の“意志”は神すら凌駕していたわ。だから、“格の昇華”がなくなっていても干渉する事が出来た。……尤も、これは“意志”だけね。普通の攻撃ならすり抜けていたはずよ」

「そうなのか?無我夢中だったけど、全部当たってたぞ?」

「全部“意志”が伴ってたからよ。まぁ、あの時の貴方はどんな行動にも“意志”が伴っていたから、“普通なら”なんて例えは関係ないわね」

 そもそも強い“意志”がなければ帝は立ち上がる事すら出来ないはずだった。
 それを覆す程なのだから、今更攻撃が当たるかどうかは関係なかったのだ。

「本来、“領域”は“意志”と共にあるわ。“領域”が保てるならば、“意志”も保てる。逆もまた然り……ってね。でも、貴方の場合はその二つを切り離していた。だから、“領域”が砕けても立ち上がれたし、“意志”を以って敵を倒せたのよ」

「……そうか」

「まぁ、理屈として言えるのはここまで。後は感覚とか、理屈で語れない要素が関わってるわ。……とにかく、貴方の強い想いが起こした事ってだけ理解していればいいわ」

 そこまで言って、ふと優奈は何かに気付いたように帝に近寄る。

「……もう一つ、あの力を発揮する要素があるみたいね」

「もう一つ……?」

「“意志”を形にするための“想い”は、怒りだけじゃ足りないわ。もう一つ、深層意識……それこそ固有の“領域”による……」

 少し探るように、優奈は帝を観察する。
 ただ見るだけではわからない。
 故に、魂を、心を、そして“領域”を視る。

「……そう。これが……これが、貴方の持つ“想い”なのね……」

「ゆ、優奈……?」

 帝の胸に手を添え、優奈はソレを感じ取る。

「あの時引き起こした事象は、怒りと悲しみ……そして憧れの“意志”のおかげね」

「憧れ……?」

「ええ。それが貴方が抱いていた根源的“想い”。主人公に、ヒーローに、力を持った存在に、恋焦がれるように憧れている」

「………」

 否定する要素はなかった。
 確かにそうだと、帝はストンと腑に落ちるように、納得していた。
 何より、その事は精神世界でエミヤにも指摘されていた事だ。
 納得こそすれど、困惑はない。

「……その“想い”の箍が外れた。だから、“意志”だけで事象に干渉して、思い通りの展開に持っていけた。……あれもまた、“主人公”が勝利する際の構図だから」

「箍……いつの間に……」

「それこそエアを取り戻そうとしたあの時よ」

 つまり、怒りと悲しみによって箍が外れ、圧倒的な“意志”で帝が憧れた存在のような逆転劇という事象そのものを再現したのだ。
 それは、飽くまで“性質”に沿うしかない神界の神にも出来ない事だった。

「帝、貴方の“意志”……どれくらい発揮できる?」

「どれくらいって言われてもな……」

「質問を変えるわ。貴方にとっての憧れの存在は、もし自分と同じ立場にいた時、あいつらに負けるかしら?」

 目を向ければ、そこには追い付いてきた神や“天使”の姿があった。
 一瞬、優奈の質問の意図に気付けなかった帝だが、答えは自然と口にでた。

「―――()()()

「それが答えよ。その絶対的なイメージが、今の貴方の“意志”の強さよ」

 そう言って、優奈は帝に理力を流し込んだ。
 最後の一押しとも言える一手を打つために。

「そう。貴方にとって憧れの存在は、このような事態に陥っても自分以上に上手くやると“確信”している。その根源的な“想い”を、外界に展開すれば……」

「想いを、外界に……?」

「そうね。分かりづらければ、固有結界と思えばいいわ。私も優輝も、便宜的には“固有領域”と呼んでいるもの」

 何をすればいいのかは、帝にも理解は出来た。
 後は、それが出来るかどうかだ。

「ッ………!」

 流れ込む理力に、自身のリミッターが外れるような感覚に陥る。
 エミヤの力を使っていたため、固有結界の展開の仕方は知っていた。
 だが、今回行うのはそのさらに“奥”。
 起源ではなく、固有の“領域”。
 それを外に広げるように、固有結界の要領で展開されていく。

「なに……!?」

 迫って来た神々が、帝から発せられる気配に戸惑う。
 ただの人間のはずの帝から、強い“領域”が感じられたからだ。

「後は、もうわかるわよね?……貴方の“領域”、開放しなさい」

「……ああ……!」

 そう言って、優奈は帝を庇うように前に立つ。
 開放するまでの時間を稼ぐためだ。

「………さぁ、しばらく相手してもらうわよ」

 帝と優奈を分断するように、等間隔に巨大な剣が突き刺さる。
 その剣を基点に理力の“壁”が出現し、帝に干渉できなくした。
 さらに優奈の周囲に無数の武器が突き刺さり、優奈はそれを手に取って構えた。
 リヒトは剣の形態からグローブへと変わり、身体保護重視になる。

「さぁ、道を示すわよ!」

   ―――“道を示す導きの剣(フュールング・カリバーン)

 地面に突き刺さった剣を引き抜き、無造作に薙ぎ払う。
 その軌跡をなぞるように、極光が放たれ、神々へと襲い掛かった。
 同時に、極光を放った代償として剣が塵へと還った。

「この程度……!」

 神々も無防備で受ける事はなく、防御や回避行動を取る。
 渾身の一撃一発程度では、そうなるのも当然だろう。

「はぁっ!!」

   ―――“道を示す導きの剣(フュールング・カリバーン)

 だが、優奈は別の剣を抜き、二発目を放った。
 それだけじゃない。三発、四発と次々剣を抜いて放つ。
 魔力消費が非常に多くなるが、神界では関係ない事だ。
 故にこそ出来る、極光の連撃だ。

「くっ……!」

 単純な威力であれば、それでも通じなかっただろう。
 しかし、この攻撃には“道を示す”という概念効果がある。
 その概念効果により、“為すすべなく防がれる”という結果だけは避けていた。
 結果、極光の弾幕によってほとんどの神と“天使”が押し流された。

「(時間を稼ぐに留まるけれど、これで十分……!)」

 それでも、迫ってくる敵を倒しきる事は出来ない。
 優奈の目的は、飽くまで時間稼ぎだ。
 近づけないようにするだけで目的は果たせる。

「ッ……!」

 そして、その間に帝が準備を進める。
 利き手である右手を前に突き出し、その腕を左手で支える。
 まさに何かを掌から放つような構えのまま、自身の全てを体の奥に集中させる。







「……“我が身は英雄に非ず、その背に憧れる者”」

 今も昔も変わらず、彼は憧れていた。
 主人公という存在に、力ある存在に。
 何よりも英雄(ヒーロー)に憧れていた。

「“この手は一度たりとも届かず、未だ彼方への羨望は消えない”」

 現実を思い知り、一度は諦めた。
 決してそんな存在にはなれないと。自分では、絶対に力不足になると。
 ……しかし、それでも憧れは消えなかった。

「“―――故に、想いは決して枯れる事はなく”」

 だからこそ、優奈を好きになった時、強くなると決意出来た。
 大切な人を守れる、そんな存在(ヒーロー)になろうと、頑張れた。
 思い描く主人公になれなくとも、自分に出来る事はあると思えた。

「“我が身は、永久に果て無き憧憬で出来ている―――”!!」

 ……これは、そんな彼の心象、彼しか持たない“領域”だ。







   ―――“決して果てぬ憧憬(エンドレス・ロンギング)







「ッ………!」

 なだらかな丘を中心に、大きな草原が広がる。
 夜空には眩い程に輝く星々があり、手を伸ばせば届きそうな程だ。
 そして、帝の正面遠くには同じく眩い程輝く月があった。
 決して届かない、だけど手を伸ばしたくなる。
 そんな心象を表した帝の“領域”が、辺りに広がっていた。

「……そう。貴方はこんな“想い”を……」

 その心象を、優奈は肌で、心で、魂で感じていた。
 しかし、この場は戦場。すぐに気を引き締める。

「時間稼ぎの必要はもうなくなったわ。……行けるわね?帝」

「……当然だ……!」

 帝の力強い返事と共に、突き出したままだった右手を中心に魔法陣が出現する。
 そして集束していく魔力。同時に、周囲の理力も集束していた。

「手始めに行くぞ……!!“スターライトブレイカー”!!」

 それは、なのはの切り札である魔法だった。
 デバイスもない状態だというのに、なのはと遜色ない規模と威力で放たれた。

「(……わかる。俺の“領域”の扱い方が。この力の、使い方が……!)」

 その攻撃自体は、大した損害を与える事はなかった。
 だが、帝は確信していた。“これなら勝てる”と。

「舐めるな……!」

 “天使”の一人がついに肉薄してきた。
 後続に神なども襲い掛かってくるため、優奈一人では抑えきれない。
 帝を守るために張った“壁”もあったが、今はなくなっている。
 帝が魔法を放つ際、その“壁”の理力も集束させたからだ。

「助けは?」

「必要ない……!」

 自信満々に帝は答え、眼前に迫る攻撃をいとも容易く受け止めた。

「何……!?」

「いくらお前らが常識外の力を持とうとなぁ……!物理的戦闘力ならその上を行く奴だっているんだよ!!」

 そのまま攻撃を弾き、逆に懐に入る。
 そして正拳突きを放ち、“天使”を一気に吹き飛ばした。

「ッ……はぁっ!!!」

 さらに続けざまに両手に魔力でも霊力でもないエネルギーを集束させ、それを弾幕のように神々に向けて放つ。
 一発一発が途轍もなく速く、威力も高い。
 広範囲に放ったために回避が難しかったのか、半分程の神達は障壁を張っていた。

「私を忘れてもらっては困るわね!」

 そこへ、優奈が追撃する。
 帝の弾幕と共に肉薄していたため、間髪入れずに障壁へ突撃した。
 繰り出した創造魔法による剣が、理力の障壁に食い込む。

「ぉ、おおっ!」

 無論、相手もタダではやられない。
 帝の攻撃を回避出来た神が、理力で優奈と帝に反撃を繰り出す。
 二人共回避したが、創造魔法の剣が砕け散る。

「……ッ!!」

   ―――“超電磁砲(レールガン)

 攻撃を回避した帝は、瞬間移動の魔法で間合いを詰める。
 そして、剣の破片をコイントスのような構えの手で電磁加速させ、飛ばした。
 超電磁砲(レールガン)と呼ばれる超能力による技が、理力の障壁を突き破る。

「弾なら大量にあるぜ……?」

 飛び散った破片は、重力に逆らって浮かび続けている。
 文字通り、重力を帝が操って浮かばせている。
 そして、連続でその破片を先程と同じように超加速させて撃ち出した。

「馬鹿な……!?ただの、そんな小さなレールガンで、障壁が破られるなど……!?」

「うるせぇよ、三下……!」

 超電磁砲(レールガン)の連撃を耐えきった神が、狼狽える。
 そこへ容赦なく、帝は右手で殴りかかる。

「なっ!?」

 咄嗟に神は障壁を張り、防御する。
 しかし、その右手が触れた瞬間、障壁が砕け散った……否、消し去られた。

「“幻想殺し(イマジンブレイカー)”……てめーらの障壁なんざ、紙切れ同然だ……!」

「くっ……!」

「ふんっ!!」

「がぁっ!?」

 すぐさま理力の弾を撃ち出し、それを目晦ましに理力の剣で斬りかかる。
 だが、どちらも弾かれるように反射され、帝の蹴りも追撃で突き刺さる。

「“一方通行(アクセラレータ)”……さっきのもそうだが、一回使ってみたかったんだよな」

 攻撃のベクトルを操り、帝は神を大きく吹き飛ばした。

全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)!!」

 さらには失ったはずの投影の力を使い、無数の剣を飛ばす。

「その力は、確かに奴が奪ったはず……!?」

 “剥奪の性質”で奪われていたのを見ていた神が、思わずそう呟く。

「ああ、奪われたさ。元々借り物の力だ。だから、これは俺の“憧れ”を再現しただけに過ぎない!お前らには、それで十分だけどなぁっ!!」

 それに答えつつ、帝はさらに剣を飛ばしていく。
 無限の剣製による剣だけではない。
 フェイトのフォトンランサー・ファランクスシフトや、それに似た魔法が展開され、そこから数えるのも億劫な程の弾幕が放たれていく。
 その物量は、以前使った王の財宝と無限の剣製による合わせ技以上だ。

「本当、予想以上に“可能性”を魅せてくれるわね。帝……!」

 優奈はそんな弾幕の中を駆け抜けながら、防御に徹している神や“天使”を一人ずつ仕留めるように立ち回っていた。
 さすがに、この量の弾幕を避けながら突貫するのは優奈にも無理だったが、帝が味方と認識した相手には当たってもダメージがないのか、優奈は気にせず突貫出来た。

「ちぃっ!」

 ここで、“性質”の使い方を殲滅系から白兵戦に切り替えた神が仕掛けてくる。
 被弾や防御を最低限に抑え、帝に肉薄した。

「遅い!」

 そのスピードは普段のフェイトやとこよ達を遥かに上回るものだ。
 だが、今の帝にとって、それはスローモーションのように遅く見えた。

「消えッ……!?」

「はぁっ!」

 刹那、後ろに回り込んだ帝の蹴りが炸裂する。
 それだけじゃない。先行した神に続いた“天使”に対しても攻撃を仕掛ける。
 肉薄しつつ、そのまま正拳突きを叩き込む。
 単純な動きだが、その速度が桁違いだった。
 それでも極意に至った導王流などがあれば受け流されるが、相手にそれはない。

「ぜぇりゃっ!!」

 さらに続く別の“天使”の攻撃を、残像を残して躱す。
 反撃とばかりにその“天使”を蹴り飛ばし、先程殴った“天使”をダブルスレッジハンマーで叩き潰した。

「………来いよ」

 弾幕を放つのを止め、帝は挑発する。
 なお、弾幕は空間置換によりループさせ、自然落下で加速もさせているため、放つのを止めたとはいえ神々に牙を剥き続けていた。

「ッ……!」

 最早油断も侮りもしていない。
 ただ目の前の敵を滅さんと、神と“天使”が次々と襲い掛かる。
 全員が白兵戦に優れており、正面からぶつかれば優奈も勝てないだろう。

「シッ!!」

 だが、帝はそれを圧倒する。
 今帝が再現している“憧れの力”は、そんな神々すら歯牙にもかけないモノだ。
 隕石や惑星どころか、銀河系を丸ごと吹き飛ばす事も出来る力がある。

「がはっ!?」

 攻撃を弾き、がら空きの胴を殴る。
 続けざまに回し蹴りを放ち、次の相手を蹴り飛ばす。
 一斉に飛び掛かられてもそれは変わらず、一人、また一人と吹き飛んでいく。

「速い……!?なぜ、我々が圧倒される……!?人間如きにぃ……っ!!」

「……そんなの、決まってるだろ」

 腹を殴られ、膝を付く神が忌々しく呟く。
 その呟きを帝は拾い、見下ろしながら答える。

「俺の憧れたキャラクター(ヒーロー)が、お前らみたいな神々に負ける訳がないだろう―――!!」

 それは、魂からの叫び。
 そして、今力を借りている“憧れの存在”への絶対的信頼だった。

「ぉおおおっ!!!」

 魔力でも霊力でもない力、霊力と同じく生命力を起源とした“気”。
 “ドラゴンボール”におけるそのエネルギーを、後ろ手に構えた両手に集束させる。
 そして、雨霰のようにそれを神々へ向けて解き放つ。
 怒涛の連打のように放たれたエネルギー弾が次々と神々を貫く。

「優奈!!」

「ええ、分かってるわ!」

 少し離れた場所で、白兵戦以外に特化した“性質”の神を倒した優奈が転移する。
 そして、帝の攻撃で怯んだ敵を、全て理力によるバインドで拘束した。

「“か”」

 その直前から、帝は両手の根本を合わせ、正面に構えていた。
 体は右側半身を逸らし、膝を少し曲げてどっしりと構える。

「“め”」

 そして、その両手を腰の後ろへ持っていき、気を集中させる。
 気だけではない。魔力も、霊力すらもそこに集中させていった。
 出来上がるのは、一つのエネルギーの球体だ。

「“は”」

 それは、“ドラゴンボール”を好んでいた男子ならば、一度は憧れた技。
 簡単に覚えられるその技の名前を、一文字ずつ、力を込めて唱える。

「“め”」

 作品内においても、序盤から終盤までずっと主人公も頼った“必殺技”だ。
 力を込めれば込めるだけ、その威力も比例して増加させられる事が出来る。

「“波”ぁああああああああああああああああああああ!!!」

 それを、帝は解き放った。













「………味方ながら、恐ろしい威力ね」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 冷や汗を流しながら言う優奈の視界には、誰もいない。
 いるのは、傍らで息を切らす帝だけだ。

「“憧れ”に対する絶対的信頼と共に放たれた“圧倒的な力”。固有の“領域”によって放たれたからこそ、一発で全員の“領域”を砕いた……って所かしら」

 そう。帝の攻撃で先程までいた大量の敵は全滅したのだ。
 肉体は完全に消滅し、残ったのは砕けた“領域”だけだ。
 無論、敗北した神々にもう意識はない。

「……こうなると、正面突破も可能ね」

「はぁ……はぁ……正面突破?」

「ええ。私は貴方を元の世界に送り届けると言ったわよね?」

 息を整えながら、帝は優奈の言葉に頷く。

「その際、ここに入る時の出入り口はイリスの軍勢がいると言ったはずよ」

「……そうだな」

 それをどうにかするため、味方となる神を探すはずだったと、帝は思い出す。

「だけど、貴方のその力さえあれば、洗脳された神相手なら圧倒できるわ」

「……そういう事か」

 もう一つの手段として、強行突破があった。
 今なら、それが出来るという訳だ。

「問題は、貴方の体力が持つかどうかだけど……聞くのは愚問だったわね」

「ああ。行けるぜ」

 既に息を整え終わった帝は、万全の態勢とも言える状態だった。

「……そうさ、俺の憧れた存在は、あんな奴らに負ける訳がねぇ」

「頼もしいわね。じゃあ、行きましょうか」

 悠然と、二人は歩を進める。
 その足取りには、満ち溢れた自信が感じられた。

















 
 

 
後書き
道を示す導きの剣(フュールング・カリバーン)…リヒトを用いて放つ勝利へ導きし王の剣(エクスカリバー・ケーニヒ)と違い、普通の剣などを使い捨てで放つ魔法。威力等は勝利へ導きし王の剣(エクスカリバー・ケーニヒ)に劣るが、こちらは剣さえあれば連発が出来る。

決して果てぬ憧憬(エンドレス・ロンギング)…帝の固有結界であり固有領域。憧れの存在(キャラクター)の力を自身に宿す事が出来る。その力は、その存在に対する憧れに伴う絶対的な信頼に比例する。神界の神すら圧倒出来る力を持つが、本来ならば力に応じて莫大な魔力を消費する。神界でなければ短期決戦もままならない技と言える。

超電磁砲(レールガン)…名前の通り、“とあるシリーズ”の超電磁砲(レールガン)

瞬間移動の魔法…地の文にて登場。ルーラとか、その辺りの魔法。

幻想殺し(イマジンブレイカー)超電磁砲(レールガン)同様“とあるシリーズ”から。

一方通行(アクセラレータ)…同上。

空間置換…地の文でさらっと流したが、やっている事はプリズマイリヤドライ5巻におけるアンジェリカの王の財宝&置換魔術の合わせ技。

かめはめ波…言わずもがな、DBにおけるかめはめ波。


帝、神界限定のチート覚醒。この帝は、その気になれば知っている創作物のキャラクター全ての力が使えます。尤も、作者が知っている範囲の力しか描写出来ないですけど。
人間という枠組みでは、ぶっちぎりの最強状態です。上記で説明した通りに、模倣するキャラクターへのイメージで強さが決まるので、絶対的な強さをイメージし続ける限り、本当に無敵です。
ちなみに、帝は“なのはの魔法”、“とあるシリーズの超能力”、“Fateのキャラ”、“フェイトの魔法”、“ドラゴンボールの悟空”の順で、力を再現しています。他にも、類似した力なども再現していたりします。我ながらなんだこのチート() 

 

第246話「想定を上回れ」

 
前書き
戻って地球side。
なお、帝は一度“領域”が砕けているため、少しでも気を緩めると敗北します。
気分が高揚しているため、そんな事は起きませんが。
 

 










「たった二人に、あの数が……?」

「その通りだ。……もうここまでで何度も言ったがなぁ、優奈と、俺の憧れたキャラクター(ヒーロー)が、負ける訳ねぇだろ」

 驚くイリスに、帝は不敵な笑みと共に答える。

「(……ただ、相応に疲れたけどな……)」

 だが、同時に帝は途轍もなく疲労が溜まっていた。
 何せ、つい先程まで大軍を相手にしていたからだ。
 劣勢にはならなかったとはいえ、本来なら消費が割に合わない固有領域。
 神界の法則で燃費の問題を解決しても、疲労は溜まり続けていた。

「ッ、貴女は……まさか……!」

「あら、さすがにイリスは気づくみたいね……」

 幸い、帝の内心を余所にイリスは優奈に注目していた。

「彼から一部の記憶が読み取れなかったのは、貴女が原因ですね……!」

「ええ、その通り。貴女の分霊を消し飛ばしたリヒトに、私は掴まっていたの。みすみす見過ごしたのは……失敗だったわね?」

 祈梨の攻撃を捌きながらも、イリスは優奈と問答を続ける。
 優奈に出し抜かれた、その事実がイリスの想定を上回っていた。

「だからこそ、神界の中からここまで来れた訳ですか……!」

「用意周到に“可能性”を潰そうとしていたもの。でも、それでも貴女は()()()一人に執着していた。……なら、いくらでもやりようはあるわ。例えば、別の存在に“可能性”を託すとか、ね?」

「……私の執着心を、逆に利用した訳ですね。納得です」

 イリスは飽くまでたった一人の“可能性”を潰そうとしていた。
 つまりは、別の存在に“可能性”を託してしまえば、それが潰える事はない。
 それでも綱渡りどころではなかったが、優奈はそれを見事にモノにした。

「そういう訳で、神界からの増援はしばらく来ないわよ?」

「っ……ええ、私の想定を上回った事。それは素直に称賛しましょう。……ですが、それで私を降せると思わない事です!」

 イリスが“闇”を開放する。
 その瞬間、エルナとソレラが相手にしていた神々と、優輝が黒い靄に包まれる。

「ッ……!」

 相手をしていた四人が警戒し、構える。
 ここに来て、祈梨を相手にしながら他の者に加護を与えたのだ。
 無闇に突っ込めば、どうなるか想像つかない。

「祈梨!イリスの相手を頼むわ!ソレラとその姉……それにミエラとルフィナ!全力で相手を抑えなさい!その間に何としてでも態勢を整えるわ!」

「優奈……!?」

 突然の指示に、五人は反発せずに行動を開始する。
 帝は一瞬驚くが、障壁に守られている司達を見て顔を引き締める。

「帝、地球に戻って来たからには魔力消費による疲弊が段違いになるわ。どうやら、この世界の“領域”が天巫女の力に呼応して、神界の法則を押し留めているみたい。……だから、さっきまでの固有領域はあまり使わない方がいいわ」

「……そうか……」

「最優先事項は、あそこの皆を回復させる事!」

「ああ!」

 優奈の転移により、司達がいる場所へ転移する。
 既に葵と神夜を始め、椿や司、シャマルと言った一部のメンバーは回復していた。
 大体の回復自体は済んでいるようだ。

「……貴女、いつの間に優輝から分離したの?」

「神界に残った時よ。それより……状況は?ああ、いえ、こっちで読み取るわ」

 椿の質問に簡潔に答えつつ、優奈は手を椿の頭に当て、理力で記憶を読み取る。

「……あぁ、なるほど。導王流の極致でやられた訳ね。最後まで意識を保ってたのは?それと、最初に目覚めたのは?」

「最初に目覚めたのは俺だ。最後まで残ってたのは……」

「私です」

 神夜とサーラが名乗りを上げ、そちらの記憶も読み取る優奈。

「……オッケー、把握したわ」

「さっき神夜と奏に聞いたのだけど……奏の本体となのはは無事なの?」

「ええ、無事よ。奏は分身で疑似的に分離しているし、なのはの意識も消される事はないわ。あの子達は、そんな事をしないもの」

「知っているんだ。あの二人を」

 知った風に言う優奈に、司がそう尋ねる。

「多分、今いる誰よりも知っているわ。……まだ、答えるには早いけど」

「随分勿体ぶるね。やっぱり、優輝君と結構違うんだ」

「根幹は同じよ。でも、既に私は優輝から枝分かれした存在だもの。違うのは至極当然の事よ、司」

 そんな会話をしている間にも、気絶している者がどんどん回復していく。
 同時に、戦闘も激しくなっていた。
 祈梨達の相手は先程と同じだが、祈梨以外は押され始めていた。
 イリスによる“闇”が、他の神や優輝を強化していたのだ。

「時間との戦いね……帝、大気圏近くの神の相手をお願い。リンディ達が戦っていたみたいだけど、もう持たないわ。落ちてきているもの」

「分かった」

「無理はしないようにね」

 優奈が指示を出すと共に、理力のネットを空中に設置する。
 すると、そこへボロボロになった管理局員や退魔士が落ちてきた。
 優奈の言う通り、大気圏外で時間を稼いでいたリンディ達が敗北したのだ。
 イリスがいないとはいえ、よく持ち堪えたほうだ。

「ッ……!?なんて速さ……!?」

「今の帝なら、物理的戦闘は誰にも負けないわ」

 飛び立った帝のその速度に椿が驚く。
 そんな椿に、優奈はどこか誇らしげにそう言った。

「……とはいっても、一人で抑えきれるとも限らない。ここから街を見た感じ、街の方に行った人の内、とこよと紫陽の気配が感じられないし……どうしても、人手で無茶が生じるわ」

 記憶を読み取ったため、とこよ達は街の方に行ったのは知っていた。
 その上で、とこよと紫陽の気配がない事に優奈は気づいていた。
 二人がいれば、まだ戦力割り当てに雀の涙程度の余裕が出来たと、優奈は言う。

「帝君の姿が変わってるのと関係あるの?あの強さは……」

「いえ、今の帝は神……ソレラから与えられた力を全て失っているわ。でも、固有の“領域”を使ってあの強さを発揮しているの。……かなりの強さを誇るけど、長くは持たないわ。その間に、回復を終わらせて」

「……わかった」

 余裕のないその表情に、司は気になる詳細を聞かないよう飲み込んで了承する。

「……優輝さんを正気に戻す方法は、ないの?」

「現状、戻す術はないわ。帝が司とかよりも強い浄化系の力を使ったとしても、イリスの洗脳を破れるとまでは……ね。“意志”によるマウント取りはイリスも出来るから」

「優輝君は私達の洗脳を解いたけど……」

「あれは洗脳されてからあまり時間が経っていないのと、洗脳自体が優輝のより弱いからよ。優輝の場合、かなり念入りに洗脳されたようだから」

 優輝を正気に戻せない事に、司と奏、椿や葵の表情が曇る。

「だけど、それは飽くまで“私達には”って話。別のアプローチなら可能性はあるわ。……例えば、優輝本人に解かせるとか」

「優ちゃんに……?」

「……呼びかけるって事ね?」

「その通り」

 呼びかける事で、本来の意識を呼び覚ます……古典的故に、可能性があった。
 外部からの洗脳解除は無理でも、内部からなら出来るだろうと、優奈は踏んでいた。

「そのためにも、呼びかけるための環境が必要よ」

「……一度、倒す必要があるって訳だね?」

「そこまでとは行かなくても、ある程度動きを止める必要があるわね。……そして、その役目は貴女達が担うべきよ」

「私達……?」

 優奈が視線を向けたのは、司、奏、椿、葵、そしてまだ目を覚まさない緋雪だ。

「優輝を大切に想い、愛し、また優輝も大切にしている存在。……せめて、それぐらいの存在じゃないと、声は届かないもの」

「……なるほど、ね」

 いつもなら恥ずかしがったり照れたするような優奈の発言。
 だが、さすがに状況が状況だ。素直じゃない椿すら素直に納得していた。

「緋雪にはシャマル辺りが伝えておいて。他はソレラ達二人の所に援護よ」

「貴女は?」

「祈梨の援護に行くわ。それと、ミエラとルフィナは貴女達と交代した後、帝の援護に向かわせるわ。……いい?言ってしまえば優輝を正気に戻せるかどうかで戦況が変わるわ。元よりそのつもりだろうけど……心しなさい」

「……うん……!」

 責任重大。そのプレッシャーが司達にのしかかる。

「……でも、あの導王流の攻略が難しいわ」

「だろうね。極致となれば、正面からはまず勝てないわ」

 懸念事項は、やはり極致に至った導王流だ。
 それがある限り、あらゆる攻撃を受け流され、同時に反撃されてしまう。

「常にカウンターに備えた立ち回りが必要ね。そのための身体強化は司が担当。葵と奏が近接戦を担当するようにしなさい」

「私は矢と霊術で援護、緋雪は……逐次私か葵達の支援って訳ね」

「基本の立ち回りはね。一手一手神経を研ぎ澄ませれば、戦う事は可能よ。……それ以降は、貴女達の“可能性”次第ね」

 決して“勝てる”とは断言しない。
 それほどまでに、優奈も優輝を危険視しているのだ。

「……やるしかないわね」

「シャマルさん、緋雪ちゃんの事は任せます。……もう行った方がいいんだよね?」

「ええ。まだしばらくミエラとルフィナも耐えられるだろうけど、他がまずいわ。祈梨もかなりギリギリみたいだしね」

 “天使”二人は倒せないだけで耐えるだけならまだ問題はない。
 しかし、他はかなりギリギリだった。
 祈梨は徐々に押され始め、エルナとソレラも防戦一方になっていた。

「……まだ、綱渡りは終わってない、か」

「優奈?貴女まさか、ここまで計算して……」

 戦況をもう一度確認して、優奈は無意識に呟いていた。
 椿はその呟きを拾い、思わず尋ねていた。

「ううん。飽くまで“可能性”に賭けただけよ。優輝も私も、貴女達を信じた。その結果が今に繋がっているだけよ」

「……そう」

 ここまで来れたのは偶然と奇跡の積み重ねだ。
 優輝も優奈も、そうなる“可能性”を信じていただけに過ぎない。

「……じゃあ、行くよ」

 司が祈りの力を開放し、全員の身体能力を一気に向上させる。
 前提の準備は終わった。後は戦いに臨むだけだ。

「ミエラとルフィナには私から伝えておくわ。……私も、信じてるわよ」

「っ……」

 そう言って一足先に戦いに赴く優奈。
 その時の言葉に、椿達はどこか優輝の面影を感じていた。

「……さぁ!私達も行くわよ!」

 椿の掛け声と共に、四人は祈梨の障壁の外へと踏み出した。











「(このままでは……!)」

 一方、祈梨はイリスに押されていた。
 司から受け継いだ世界そのものの“領域”が弱り、イリスが優勢になっているのだ。

「ッ!!」

 今まで相殺していた攻撃が、ついに抜けてくる。
 半身をずらす事で避けはしたが、その瞬間に拮抗が崩れたと祈梨は悟った。

「(……さすがはかつて神界を混沌に陥らせた神。相性が良くとも、私ではこれが限界という事ですか……)」

 シュライン曰く、歴代最強の天巫女。それが祈梨の正体だ。
 祈りの力に変えるその“性質”は、闇を祓うのに非常に適している。
 全盛期のこの世全ての悪(アンラ・マンユ)すら祓った力は伊達ではない。
 故に、“闇”を扱うイリスとは相性はいいのだ。
 だが、その上でギリギリ互角に持ち込め……今、追い詰められる程だった。

「……ですが、タダではやられませんよ……!」

 正面からの攻防では勝ち目はない。
 ならば、搦め手を使うまでと祈梨は判断する。
 相殺に割いていたジュエルシード……否、プリエール・グレーヌを傍に寄せる。
 そのまま、最低限の防御をしつつ、弾幕を潜り抜けるような閃光を放つ。

「ッ……!なるほど、動きを変えましたか」

 弾幕を避け、イリスへと迫る閃光。
 自動的に展開する障壁が破られ、イリスは咄嗟に“闇”で相殺する。
 その威力に、油断すれば手痛い反撃を喰らうと悟る。

「ですが、初撃が当てられなかったのは―――」

「ふッッ!!」

 “失敗ですよ”と続けようとするイリスの背後に、優奈が転移する。
 理力による剣が、一息の元振るわれる。

「くっ……!」

「(浅すぎる……!)」

 同じく“闇”で防ぐイリスだが、翳した掌に一筋、僅かな切り傷が出来る。
 優奈にとって、その傷は浅すぎたが、それでも攻撃が入った。

「ッ!」

 すぐさまイリスの反撃が飛んでくる。
 優奈はそれを飛び退いて躱し、同時に創造魔法の剣を放つ。
 ……が、さすがにその攻撃は届かず、途中で打ち砕かれた。

「加勢するわよ」

「……助かります」

 祈梨の隣に転移し、共闘の旨を伝える優奈。
 祈梨は、一瞬優奈を信用していいのか考えたが、すぐにその考えを振り払う。
 騙し討ちをするのなら、先程の時点で攻撃してくると考えたからだ。

「勝算はありますか?」

「ないわ。でも、それでも勝てる可能性はゼロじゃない」

「……なるほど。……頼もしい返答ですね」

 祈梨にとって、イリスとの戦いは明かりなしで暗闇を進むようなモノだった。
 かつてアンラ・マンユと戦った時よりも、圧倒的に勝てる気がしなかった。
 そこへ、勝算もなしに勝つつもりな優奈が来た。
 勝ち目の有無など関係ないと言外に言われ、祈梨は少し気持ちが晴れた。

「後衛を頼むわ。私が前衛を務めるから」

「頼みます」

「随時ポジションが変わるけど、いいわね?」

「当然です」

 短く問答を済ませ、イリスからの攻撃を転移で躱す。

「……彼でなくとも、貴女が加わるというのなら……容赦しません」

「っ……私だけでは、本気を出すまでもなかったという訳ですか」

「十分全力だったわよ。……ここからは、死力を尽くしてくるってだけよ」

 イリスの呟きに、祈梨は苦々しく思う。
 優奈の言う通り全力であっても、負けるとは思われていなかったからだ。

「『本命は優輝を元に戻す事よ。無理して倒す必要はないわ』」

「『わかりました。……ですが、倒すチャンスがあるならば……』」

「『当然、倒せるなら倒すわよ』」

 距離が離れたため、理力による念話に切り替えつつ、戦闘を再開する。
 先程相談した通りに祈梨が後衛を務め、優奈が斬り込んだ。

「優輝の時と違って、直接相手しないとダメよ?」

「導王流でしたか……理力を纏えば“闇”すら受け流しますか……!」

 導王流で“闇”の攻撃を受け流しつつ、優奈は間合いを詰めていく。
 転移も併用すれば、あっと言う間に肉薄出来るのだが、そう上手くはいかない。

「(全方位殲滅攻撃……それだけは躱すか防ぐしかないものね……!)」

 受け流されるのなら、それが出来ない規模と質量で攻撃すればいい。
 イリスはそれを地で行っていた。
 導王流ならば、それでも凌ぐ事は可能だが、これでは間合いを詰められない。
 “闇”を防ぐ際に押し流され、距離がリセットされる。

「(転移も妨害済み。祈梨の攻撃も同時に対処しているのね。……倒すのはやっぱりかなり難しいわね……)」

 こうなると千日手だ。
 相討ちを前提に入れれば、倒せる方法の一つや二つは思いつく。
 だけど、ここで優奈自身が倒れればせっかく引き継いだ“可能性”が無駄になる。
 そのため、戦闘を長引かせる事しか出来なかった。

「(……頼むわよ。優輝が好きなら、優輝の全てを受け止めなさい……!)」

 優輝との戦いに身を投じる司達を尻目に、優奈はイリスの攻撃を捌き続けた。













「……奏、先に聞きたいのだけど……貴女、今どこまで戦えるの?」

 障壁の外に出た椿は、奏に声を掛ける。
 今の奏は、ミエラの分身を肉体としている。
 それによる影響がないのか、椿は気にしているのだ。

「不調の類はないわ。……むしろ、ほとんどのスペックが上がっているわ」

「……不都合がないならいいわ」

 祈梨とイリスの攻撃の余波を避けつつ、司達は優輝を視界に入れる。
 そこには、未だに互角に渡り合うミエラとルフィナがいた。

「……なるほど、優奈の言う通り、立ち回りに気を付ければあんな正攻法でも戦い続けるだけなら可能なのね」

 ミエラとルフィナの立ち回りは、それこそ前衛と後衛の基本形だ。
 ミエラが攻撃を引き付け、そのミエラを支援するようにルフィナが攻撃する。
 その上で、確実にカウンターを対処できるようにし続けているだけなのだ。

「……初撃は司が決めなさい。直後に、奏が肉薄。後詰めに葵よ。私はそれを援護するように矢を放つから、まずは前衛と後衛の状況にするわよ!」

「了解!」

 椿の合図と共に、司から極光が放たれる。
 極光はそのままミエラと優輝の間に着弾し、砂塵を巻き上げる。
 元より当たるとは思わなかったために、目晦ましに留めた。
 ……そして。

   ―――“Delay(ディレイ)-Orchestra(オーケストラ)-”

「シッ……!!」

 砂塵の中から、奏が仕掛ける。
 音を置き去りに、二振りの剣と化したエンジェルハートで斬りかかる。
 同時に、ミエラとルフィナは戦線を離脱していた。
 帝の援護に向かったのだろう。

「ッ!」

 最初から全力に近い速度だった。さらには受け流しにくいように同時二撃だ。
 それを優輝はあっさりと両手で受け流し、蹴りのカウンターを繰り出した。
 幸い、ミエラの影響で反応速度も上がっていたため、躱す事に成功する。

   ―――“Hand Sonic(ハンドソニック)

「はぁっ!!」

 身を捻ると同時に、エンジェルハートを待機形態に戻す。
 同時にハンドソニックを展開して再度斬りかかる。
 さらには、後続の葵も挟撃の形で斬りかかった。

「ッ……!」

 一見すれば、挟撃も兼ねた三つの同時攻撃だ。
 通常ならば、二本しかない腕で三つの攻撃を同時に捌く事は出来ない。

「くっ!」

 だが、優輝は葵の攻撃を奏の攻撃に当てるように受け流す事で対処してみせた。
 もう片方の攻撃も受け流し、そのままカウンターの蹴りが奏に迫る。
 身を捻りつつ移動魔法を併用し、ギリギリで攻撃を躱した。

「っと……!?」

「ッ、なら……!」

 追撃が来れば、奏は躱しきれなくなる。
 そんな奏をフォローするように椿の矢が放たれたが、逆に利用された。
 矢は受け流され、葵の体勢を乱すように着弾する。
 それを見て、単純な矢ではむしろ危険だと判断し、細工した矢を放った。

「ちっ……!」

「『司!接触と同時に炸裂するようにしなさい!でないと、受け流されるわ!』」

「『わかった!』」

 接触と同時に任意で爆発する術式を編み、それで攻撃する。
 優輝はそれを見抜き、受け流す前に創造魔法の剣で撃ち落とした。
 司にも同じするようにいい、司も似たような魔力弾で牽制し始めた。

「(司はかなり手一杯のようね……。ジュエルシードがないのだから、当然と言えば当然……その分は、私が補わないと)」

 四人分の身体強化魔法に加え、遠距離からの援護だ。
 ジュエルシードがあれば余裕はあるのだが、今は祈梨の手元にある。
 向こうもかなりギリギリなので、返してもらう事も出来ない。
 そのため、司の分まで椿がフォローしなければいけなかった。

「(神力は十分。注意すべきは、転移魔法。生憎、葵と奏はそれを気にしている暇はないでしょうね。……だから、戦場を俯瞰できる私が、上手く調整する)」

 矢を放ち、霊術も放つ。
 隙を見ては、地面から特殊な草を生やし、それで優輝の足を絡め取ろとする。
 全て当たる事はなかったものの、おかげでいくらか行動を制限出来ている。

「(各個撃破されたのが問題だったようね。確かに、戦えてはいる。……防戦一方ではあるけれど。とにかく、緋雪が来るまで耐えないとね)」

 攻撃し、カウンターで返される。
 そのカウンターを防御した際の隙を、椿と司で潰す。
 さらに司と椿で創造魔法の剣や、遠距離魔法などを相殺する。
 これにより、何とか“戦い”として成り立たせていた。
 未だに導王流の極致を破れないものの、耐えるだけならまだ出来た。

「ふっ……!」

「はぁっ!」

 線と点が襲い来るような、奏と葵の連携。
 息をつく暇もなく、攻撃を繰り出し、そのカウンターをもう片方が防ぐ。
 最初に二人の挟撃が利用された時点で、挟み撃ちの形は無駄だと判断した。
 そのため、今は二人で並び立つように戦っていた。

「(ただカウンターするだけならもうちょっと余裕はあったのに……!)」

「(イリスの加護が……形となって襲ってくる……!)」

 カウンターを防ぎ、攻勢に出る。
 その攻撃が、闇の触手で相殺されてしまう。
 先程から、これが繰り返される。
 さすがに導王流が適用されていないのか、攻撃を受け流される事はない。
 それでも、こちらの手札が潰される形になるので、かなりギリギリになっていた。

「(かやちゃんと司ちゃんがいなければ、もう負けていた……!)」

「(これでも私はさっきよりも強くなってる。それでも、足りないなんて……!)」

 葵も奏も、魔法や霊術を併用して戦っている。
 だが、“闇”による触手や刃で悉く相殺されてしまっていた。
 結果、レイピアや刃による直接攻撃しか届かず、それも受け流されていた。

「(優ちゃんはこれを狙ってやっている……!最も受け流しやすい攻撃だけを、敢えて残してカウンターに繋げている……!)」

「(剣を持つより、素手の方が強いなんて……!)」

 今の優輝は素手で戦っている。
 魔力などで保護しているとはいえ、素手で刃に触れるのは危険なはずだ。
 だが、導王流はそれを無傷で受け流す事も出来る。
 武器を使ってこそではなく、素手だからこそ本領を発揮できるのが導王流だ。
 ……今までが頼もしかった分、この上なく手強く立ち塞がっていた。

「『奏ちゃん!分身は!?』」

「『出来る……けど、多分利用される!』」

 分身する事で、さらに手数を増やす。
 確かに有効かもしれないが、奏は既にそれを優輝にやっていた。
 一度見せた技だからこそ、今度は利用されるかもしれない懸念があった。
 さらには、分身そのものを利用された経験も、奏には既にあった。
 神界で敗北した時の経験も、また懸念の一つだ。

「『それに、例え動きを封じようとしても、転移される……!』」

「『そう、だねっ!』」

 ついに“闇”の攻撃と防御を破り、椿の矢と共に攻撃で包囲した。
 しかし、優輝は転移魔法であっさりとその包囲を抜け、攻撃を躱してしまった。
 奇しくも、念話で懸念していた事が今目の前で起きたのだ。

「させないわよ!!」

 転移後の不意打ちは、何とか椿が阻止する。
 遠距離カウンターである創造魔法の剣が、椿へと飛んでいく。

「かやちゃん!」

「『こっちは心配無用よ!!』」

 既に一度受けた反撃だ。
 椿は即座に地面から植物を生やし、それで剣を防いだ。

「『転移直後の不意打ちは私が防ぐ!』」

「『ありがとうかやちゃん!』」

「『……とにかく、緋雪が来るまで耐えるのが先決よ!』」

 余裕はない。一瞬の油断が敗北に繋がる戦いだ。
 とにかく、もう一人分の戦力が来るまで、耐えるしかない。
 ここで優輝を引き付けられるだけでも儲けものなのだと、椿は考えるしかなかった。

















 
 

 
後書き
地の文では基本的にジュエルシード表記のままで行きます。祈梨が使う時だけ、プリエール・グレーヌになりますが。
相も変わらずギリギリな戦いです。
何気に忘れかけていた上空のリンディ達ですが、案の定全滅しました。
これでも、かなり耐えていた方です。

ちなみに、冒頭の時点でイリスの援軍が丸ごとカットされていますが、前回で習得した固有領域によって、帝が無双していました(with優奈のフォロー)。神界であれば帝はまず負けません。ただ、さすがに疲れていたため、優奈が肩を貸していましたが。 

 

第247話「再起奮闘」

 
前書き
引き続き戦闘です。
前回描写したキャラ以外の戦闘になります。
 

 












「恭也……!無事だったか……!」

「父さんこそ……!」

 優輝達が通っていた学校の門にて、士郎と恭也が合流していた。
 他にも、忍や桃子と言ったそれぞれの家の者も来ていた。

「……やはりと言うべきか……歯が立たなかったよ」

「こちらの攻撃が当たらないというのは、聞いていた以上に厄介だな……」

 二人と美由希は神界から来た“天使”と戦った。
 月村邸と高町家、どちらもたった一人しか来ていなかった。
 対し、こちらは全身全霊で挑み……一切、歯が立たなかった。
 当然だ。今だ戦い続ける優奈達と違い、“格”が足りないのだから。

「妖が再度出現した時はどうなるかと思ったが……」

「とにかく、私達も避難しましょう」

 忍の一言に、士郎たちも話を切り上げる。
 現在、とこよと紫陽達の奮闘によって、国守山周辺以外の敵は一掃した。
 避難に関しても、幽世に還った紫陽が門を通して呼びかけており、士郎たち以外にもたくさんの人が幽世に避難していた。

「そうしよう。美由希、歩けるかい?」

「何とか……」

 戦闘に出ていた三人は、見事なまでにボロボロだ。
 三人以外にもノエルとファリンもボロボロだった。
 自動人形でもある二人の場合、体の一部が欠損している程だ。

「………」

「桃子?」

 ふと、桃子が国守山の方を見る。
 そこには、学校からでもはっきり見える程、極光と“闇”が飛び交っていた。

「……なのは達が心配なのかい?」

「……ええ、そうね……」

「僕達には、信じて祈る事しか出来ない。……辛いだろうけど……」

「分かってるわ。……行きましょう」

 そう言って、士郎達は幽世の門を通って避難していった。















「フェイトとレヴィは落ちてきた人達の保護!ユーノはそのフォローだ!はやて達はまだ回復していない人を守れ!……他全員は、応戦だ!」

 クロノの指示に、全員が一斉に動く。
 緋雪を始め、一部の者はまだ目覚めていない。
 まだ祈梨の障壁は残っているが、飽くまでそれは余波を防ぐためだ。
 護衛が必要なため、はやて達をそこに着けた。
 シャマルも回復のため残っているので、順当な組み合わせだ。

「レヴィ、最高速で……ううん、それを超えて皆を助けるよ」

「任せて!スピードならボクも自信あるからね!」

 次に、スピードの速い二人が、上空から落ちてくるリンディ達を保護する。
 優奈が展開した理力のネットで、地面との激突は避けられているものの、戦場に野ざらしはさすがに危険すぎるからだ。
 二人のフォローとして、結界やバインドで支援できるユーノを充てている。

「(あの二人を主軸に動けば、まだ僕らでもやり合えるはずだ……!)」

 魔力弾とバインドを駆使しつつ、“天使”の一人を相手取るクロノ。
 一対一では圧倒的に不利だが、それでも簡単には負けない強さはある。
 加え、今は心強い味方としてエルナとソレラもいた。
 復帰出来ていない人の分、数は減ったものの、戦力は上がっている。

「(そもそも、僕自身が真正面からやり合う必要はない。連携を取れば……!)」

 後退しつつ、バインドと魔力弾で上手く攻撃を凌ぐ。
 そして、設置型バインドで一瞬動きを止め……

「はぁぁあああっ!!」

「(支援だけでも、十分な効果を発揮する……!)」

 そこへ、エルナの一撃が突き刺さった。

「……援護する……!」

「ありがたい……!さすがに押され始めていた所だ……!」

 短く言葉を交わし、クロノはエルナとソレラの中間……中衛の位置に収まる。
 オールラウンダーであるクロノとしては、最も動きやすいポジションだ。

「(他の皆は……よし、上手く連携が取れている)」

 神夜はクロノと同じようにエルナとソレラの支援をするように立ち回っている。
 アリシアとリニスは連携を取りつつ、上手く“天使”の攻撃をいなしていた。
 サーラとユーリに至っては、神を二人相手に耐えていた。
 キリエとディアーチェもエルトリアで連携を鍛えていたのか、“天使”とギリギリ互角に戦えていた。

「(他はまだ目覚めていない。……それでも、現状互角なら突破口があるはずだ)」

 相手はイリスの“闇”でさらに強化された。
 数も多いため、エルナとソレラがいなければ負けているのは確実だ。
 それを今は互角に持ち込めている。
 まだ目覚めていない人もいる状態で、だ。

「(経験と慣れが、僕らを後押ししてくれている。それに、敵の数も減っている)」

 祈梨とイリスの戦闘の余波で、何人かの“天使”は倒れている。
 そのおかげで、人数差も縮まり、劣勢を覆していた。

「ッ……!」

 その時、アリシアが刀を大きく弾かれてしまう。
 リニスのフォローも間に合わず、隙だらけな体に攻撃が直撃しようとするが……

「っ、ちぃっ……!」

 “ギィイン”と、“天使”が繰り出そうとした理力の剣が逸らされる。
 逸らしたのは、遠くから飛んできた氷を纏った槍だ。

「はぁああっ!!」

 さらに、追撃のように炎を纏う人影が飛び出す。
 アリサだ。先程の槍はすずかの仕業だろう。

「(二人が目を覚ました。……いや、二人だけじゃないか)」

「ちぃっ……!」

「っ、隙を晒したな!蛮神!!」

 炎の魔力弾が“天使”を襲い、それを“天使”は理力の障壁で防ぐ。
 それを好機と見たディアーチェが、殲滅魔法を叩き込んだ。

「(シュテル……それにアルフも目を覚ましたか)」

 次々と目を覚まし、戦闘に参加していく。
 シャマルの治療もあるが、やはり世界の法則が一部書き換わっているからだろう。
 全員、かなりのスピードで回復していた。
 神界の神と違い、“領域”の強度が低い代わりに回復も早いのだ。

「……墜ちなさい!」

 プレシアも目を覚ましていたらしく、広範囲に雷が降り注ぐ。
 半分ほどの神や“天使”は躱し、残りもほとんど防がれてしまう。
 挙句の果てには、何人かは雷をものともせずに突っ込んできた。

「ふっ……!」

 だが、クロノはそれを読んでいた。
 移動魔法で敢えて前に突っ込みつつ、魔力をデュランダルに流し込む。
 冷気を纏った渾身の一突きが、突っ込んできた“天使”に突き刺さる。

「“ブレイズカノン”!!」

 そのまま、砲撃魔法を放つ。
 無論、非殺傷設定など適用していないため、“天使”の体がバラバラになる。

「(……いつも理屈を考えてしまう僕でも、さすがに慣れたな)」

 強く“意志”を込めて放った攻撃だったからか、あっさりと攻撃が通用した。
 倒しきれた訳ではなく、四散した“天使”はすぐに元の体に再生した。

「さすがに倒しきれないか……!」

「下がってください!」

 間髪入れずにソレラの攻撃が“天使”の体を焼く。
 クロノも後退しつつ魔力弾を連続で叩き込み、設置型バインドを仕掛けておいた。

「(白兵戦ならバインドも十分役に立つ。イリス相手ではバインドごと殲滅されていたが……これなら何とかなる……!)」

 大半の攻撃をエルナが受け持ち、隙を見てクロノ達が攻撃を繰り出す。
 司が世界そのものの“領域”を強化した事もあって、基本的な戦法も通用していた。

「……今は耐え凌ぐ時です。彼が正気に戻るまで……」

「優輝が?確かに、司達が何とかするみたいだが……」

「“可能性”を信じるしかありません。……自分の、そして彼女達の“可能性”を」

「…………」

 “信じる”。最早、勝算などはなく、そう願うしかない。
 だが、それこそが突破口のように、ソレラは言う。

「(……勝ち筋は見えない。それでも、自分や皆を信じる……か)」

 普段の自分であれば、そんな理論は切って捨てただろう。
 しかし、今はそれに縋るしかないと、クロノは考えた。
 実際、限界以上の力を発揮し続けている。そんな考えも悪くないと感じていた。













「ぉぉおおおおおおおおおおっ!!」

 一方、上空では。
 固有領域を使いながら帝が途轍もない速度で飛翔していた。
 神界では周囲にも展開していたが、今はさらに使いこなし、周囲ではなく“王牙帝”という存在の内側に展開出来るようになっていた。
 相手の“性質”を抑える力は弱まるが、その分体力の消費も抑えられた。
 また、力を持て余す事も減るため、今の帝にはちょうど良かった。

「な、なんだこの力……!?」

 対し、神や“天使”は大いに驚いていた。
 何せ、たった一人の人間が物理的戦闘力において自分達を圧倒してきたからだ。
 先程までの魔導師や退魔士とは訳が違う。

「はぁっ!」

 初手、神達からの集中砲火を抜けると共に、肘鉄を一人の“天使”にかます。
 直後に体を捻り、回し蹴りを叩き込み、他の“天使”にぶつけるように吹き飛ばす。

「ちっ……!」

 即座に何人かの神や“天使”が動く。
 二人が理力の剣で斬りかかり、他が弾や閃光で帝を攻撃する。

「何ッ!?」

「遅い!!」

 だが、当たったのは残像だ。
 帝は既に斬りかかった“天使”の後ろに回り込んでいた。
 そして、振り返った所に掌に気弾を構えてそれを顔面に叩き込んだ。

「ッ……!?」

「やっぱ、あの世界の奴らは皆強さがインフレしてんだよなぁ……ッ!」

 もう一人が剣を振るう。
 しかし、それはたったの指二本で挟むように止められた。
 さらには、遠距離からの攻撃もこの世界の物ではない魔法陣に止められた。

「受け取れよ、天使のような悪魔の一撃をなぁっ!!」

   ―――“天撃”

 もう一人の“天使”も吹き飛ばし、掌を上に掲げる。
 すると、そこに途轍もない魔力が集束する。
 その密度に、魔力が闇色に変色する程だ。
 そして、その魔力が放たれた瞬間、範囲内の敵を防御の上から消滅させた。

「―――は?」

「なんだお前ら?これも神界とは無関係な存在の攻撃だぜ?これぐらいで音を上げる訳ねぇよなぁっ!」

 その威力に、一部の“天使”が呆ける。
 そして、そこへ間髪入れずに帝が追撃を放つ。

「はぁああああああああああ!!」

 両手で挟むように、気を集束する。
 そして、それを雨霰のように解き放つ。
 元ネタにおいて“スターダストフォール”と呼ばれる技だ。
 名前の通り、いくつにも分かれた閃光が、滝のように敵に襲い掛かる。

「ッ、ッ……!」

 ほとんどが被弾ないし防御で動きが止まる。
 ごく一部のみが、弾幕を抜けて帝に殴り掛かった。

「(動きからして、白兵戦向きか!)」

 その速度は他の神や“天使”よりも速い。
 武器を使うのよりも、理力を纏った肉弾戦が得意なのだろう。

「ッ……!」

 防ぐ、防ぐ、防ぐ。
 振るわれる拳を、手刀を、的確に防ぎ、または振るわれる直前で阻止する。

「……ちっ」

「ぐっ……!?」

 至近距離で気弾を炸裂。目晦ましと共に飛び退く。
 そのまま、帝に向けて放たれていた理力の弾や閃光を回避する。

「(数もそれなりに多い……いや、それよりも……)」

 互角以上に戦えている帝だが、当の本人は内心苦々しく思っていた。

「(……体が重い。とにかく、魔力消費がキツイ……!やっぱり、地球だと神界よりもこっちの法則に引っ張られるか……!)」

 神界と違い、“意志”による回復よりも魔力消費による疲労の方が大きかった。
 それによって、徐々に帝の動きが鈍くなっていく。

「(しゃあねぇ……弱くはなるが、燃費を重視する……!)」

 気弾をばら撒き、一度距離を取る。
 そして、先程まで出ていた赤く煌めくオーラを引っ込める。
 代わりに金色のオーラに包まれ、プラズマが走る。

「っ……!」

 直後、再び肉薄される。
 攻撃を防ぎ、躱すのだが、先程までと比べて余裕はなかった。

「くっ……!」

 隙を見て一人を蹴り飛ばすが、直後の攻撃に防御の上から後退させられた。
 そこへ、後方の神達から集中砲火を喰らう。
 ガードはしているが、それでもジリジリとダメージを負う。

「さっきよりも弱くなったな。今が攻め時だ!」

 目聡く帝の弱体化に気付いた神が、他の神達に呼びかける。

「……へっ。さすがに俺も、燃費だけで弱体化を受け入れる訳ねぇよ」

 それを聞いて、帝は不敵に笑う。
 直後、帝の脇をすり抜けるように、地上から理力の矢が連続で飛んでくる。

「何っ!?」

「ちぃっ……!」

 咄嗟に回避や防御をしてほとんどの神や“天使”の動きが止まる。
 それでも数名が帝に肉薄し……

「……助かる」

「礼には及びません。よくぞそこまで強くなりましたね」

 帝の前に割り込んだミエラにより、何人かが纏めて剣で貫かれた。
 残りも、もう片方のミエラの剣で防がれていた。

「初めてお前らを目にした時は、理解の埒外の存在だったが……今は頼もしいぜ」

「そちらこそ、主に影響されたとはいえ、見事な“可能性”です」

「もう一人は?」

「すぐ追いつきますよ」

 並んで構えると同時に、ルフィナも二人に追いつく。
 同時に、極光を薙ぎ払うように放った。

「一応聞くが、なのはと奏は無事なんだろうな?」

「当然です。私達に依り代の魂を消すつもりはありません」

「ならいい」

 一応の懸念を確認し、改めて帝は敵を睨む。
 戦闘力は落ちたが、代わりに二人の戦力が加わった。
 相手も地球の法則に引っ張られているため、神界の時よりも降ろしやすいだろう。
 ……既に、帝の心に敗北の二文字はなくなっていた。

「……来いよ」

「ッ……舐めるのも……いい加減にしろぉっ!!」

 ただでさえ梃子摺った上に、挑発される。
 洗脳されているとはいえ、人間相手にそんな行為をされて、ついに神がキレた。
 問答無用とばかりに“性質”の力を帝達に差し向ける。

「はぁっ!!」

 それを、帝は“気合”で弾いた。
 ただの気合ではない。“気”によるバリアのようなものを張ったのだ。
 そもそも、“性質”が確実に相手に効く訳ではない。
 “意志”で、別の“性質”や“領域”で、それこそ気合で。
 いくらでも防ぎようはあったのだ。
 優輝も、最初の時点で意図的に無視する形で“性質”を無効化していた。
 帝も、同じような手段を用いただけに過ぎない。

「お前らこそ……人間を、舐めるなぁああああああああああっ!!!」

 気が膨れ上がる。
 “弱体化?そんなの関係ない”とばかりに、帝から圧が放たれる。
 遥か高みから見下ろすだけの神に、必死に足掻き続ける人間が負ける訳ない。
 主人公(ヒーロー)への憧れと、その意志が合わさり、さらに帝は昇華される。

「ッ、ァ……!?」

 一瞬、顎を蹴り飛ばされた“天使”は目の前の出来事を認識出来なかった。
 先程より弱くなったはずだ。遅くもなったはずだ。
 それなのに、()()()()()

「シッ!!」

 集中砲火を潜り抜け、一人を殴り、大きめの気弾を炸裂させる。
 爆風で“天使”が散り散りになる。

「私達を忘れてもらっては困りますね」

「彼ばかり気にかけていると、その脳天を即座に射貫いてしまいますよ?」

 直後、一人の“天使”が理力の剣で切り裂かれ、もう一人が矢に射貫かれた。
 ここにはミエラとルフィナもいる。
 その二人が戦闘に参加しない訳がない。

「ちぃっ……!」

 帝だけでも厄介だというのに、“天使”二人もいる。
 その事に焦りを感じつつ、何人かの神と“天使”がミエラとルフィナを囲む。
 残りも帝を包囲し、何としてでも叩き潰すつもりのようだ。

「『助けは必要ですか?』」

「『……いや、こっちが請け負う人数を減らしてくれるだけで十分だ』」

「『わかりました。こちらも心配無用なので、存分に力を振るってください』」

 念話でお互いに助けが必要ないと確認し、敵と改めて向き合う。

「……まだまだ“手札”はある。……そう簡単に勝てると思うなよ?」

 オッドアイからごく普通の黒目になったはずの瞳を蒼く輝かせ、帝は言う。
 直後、飛んできた理力の攻撃を、文字通り“殺した”。

「(……酷い視界だ。吐き気がするぜ……)」

 蒼い瞳の視界には、夥しい程の“線”と“点”が見える。
 先程攻撃を“殺した”のは、攻撃にあった“線”をなぞったからだ。

「(“直死の魔眼”……やはり、“格”さえ足りれば効くんだな)」

 “月姫”及び“空の境界”にて登場するモノの“死”を視る事の出来る魔眼。
 さすがに神や“天使”そのものの“死”は視えないが、攻撃を“殺す”事ぐらいはそこまで難しくはなかった。

「さて……行くぞ、神界の神共。理力の貯蔵は十分か?」

 白兵戦も“性質”も通じず、攻撃も殺された。
 たった一人の人間に苦戦どころか圧倒された事で、神達は戸惑っていた。
 そんな神達相手に、帝は再び挑発し……

「―――行け」

 無数に投影した剣を射出した。







「受けよ、天軍を束ねし聖なる剣!」

「我が身は明けの明星、曙の子。地に投げ堕ちた星、勝利を得る者!」

   ―――“天軍の剣”
   ―――“明けの明星”

 剣から放たれる斬撃の極光と、眩いばかりの光が神に叩き込まれる。
 一人、また一人と“天使”が攻撃に貫かれ、吹き飛ばされる。

「やはり、洗脳された神は“領域”が抑圧されて比較的弱いですね」

「そうですね。この程度の数なら、今の私達でも負ける事はないでしょう」

 イリスや優輝を相手にしていた時と違い、二人には余裕があった。
 無論、単純な強さでは一人一人と拮抗しているだろう。
 だが、そんな単純な強さに当て嵌まらないのが、神界の存在だ。

「“可能性の性質”……今再び見せましょう」

「さぁ、どこからでもかかってきなさい」

 ミエラとルフィナは背中合わせとなり、敵を迎撃する。

「シッ……!」

「ふっ!」

 攻撃を躱し、逸らす。
 さらには、理力の武器で敢えて攻撃を受け、その反動で体を捻る。
 そして、その勢いのまま目の前の“天使”を切り裂いた。

「魔法、借りますよ」

 攻撃を受け流し、ミエラがその場から掻き消えるように動く。
 奏の使っていた“ディレイ”だ。
 即座に敵の後ろに回り込み、首を斬り飛ばす。

   ―――“Accel Shooter Satelite Shift(アクセルシューター・サテライトシフト)

「っづ……!?」

「ッ!!」

 ルフィナを守るように多数の魔力弾が展開される。
 至近距離で展開されたため、“天使”の一人が被弾し、そのままルフィナに理力の一撃を叩き込まれて吹き飛んだ。

「はっ!」

 ルフィナにさらに襲い掛かろうとした所を、逆にミエラに襲われる。
 剣で攻撃を弾かれ、そのまま切り裂かれ、蹴り飛ばされる。
 さらには、剣を投げて二人の“天使”を貫く。

「シッ、はぁっ!!」

 武器を失ったミエラに、別の神が襲い掛かる。
 だが、ミエラは分かっていたとばかりに理力の槍を展開。
 牽制の一突きの後、強烈な薙ぎ払いで一瞬近づけなくする。

「ミエラ!」

 ルフィナの合図と共に、ミエラはルフィナの傍に転移する。
 そして、ルフィナは周囲に展開した魔力弾を増やし、広げた。

「っつ……!」

 球状に広がる魔力弾の弾幕に、肉薄しようとした“天使”が怯む。
 防御で耐え忍んでいるようだが、足を止めていた。

「―――何!?」

 だが、ミエラが転移出来たように、神達も転移が出来ない訳ではない。
 攻防一体の弾幕を転移で飛び越え、何人かが内側に入ってくる。
 ……尤も、既にそこにはミエラとルフィナはいなかったが。

「物理的戦闘力及び“性質”による干渉は確かに強力……ですが」

「肝心の戦術や戦闘経験が浅いですね」

   ―――“Angel Star Fall(エンジェルスターフォール)

 二人は突っ込んでくるタイミングに合わせて転移で外側に移動していた。
 さらに、転移直前にバインドを仕掛けておいたため、神達が引っかかる。
 そこへ、二人の魔法による集中砲火が放たれ、罠にかかった神達が消え去る。

「……二人仕留め損ないましたか」

「ですが、これで数を減らしました」

 突入した神五人の内、三人を倒す事に成功した。
 二人は耐えたが、負ける一歩手前と言った所だろう。

「“天使”如きに……!」

「人どころか、“天使”すらも見下しますか……」

「その人間と“天使”に良いようにあしらわれてるのですけどねぇ」

 耐えた神の呟きに、ミエラは呆れ、ルフィナは嗜虐的に嗤う。
 間髪入れずに二人に襲い掛かろうとする“天使”達がいるが、それも避ける。
 余談だが、普段ミエラより物腰柔らかく見えるルフィナの方が嘲たりする。

「どうしました?まだ、こちらには傷一つついていませんよ」

「私達や人間が“可能性”を信じて足掻いているのです。そちらも何か魅せるくらいの器量が欲しいのですけど……」

 理力の槍と、矢が先程の瀕死の神の“領域”を貫く。
 肉体は既になくなっていたが、“領域”は別だ。
 そこを的確に貫いた事で、今度こそ二人の神も沈黙した。

「……まぁ、あのイリスに洗脳されては無理な事ですか」

 突貫してきた“天使”の腕を絡め取るように逸らす。
 そして、至近距離で理力を叩き込みつつ、そう呟いた。

「彼らとて、洗脳される前は抵抗していたのです。そうなじるのは酷ですよ」

 同じく剣で攻撃を弾き、投げるように生成した槍で貫きながらミエラが言う。
 いくらリンディ達を圧倒した神達とはいえ、全員が全員物理戦闘特化ではない。
 むしろ、事象が概念に干渉する方に優れている神ばかりだろう。
 だからこそ、物理的な力でごり押してくる帝に圧倒され、堅実に攻防を続けるミエラとルフィナを倒せずにいた。

「……尤も、地上にいる二人の神はその洗脳を自力で解いたので、いつまでも洗脳に従っているというのは、些か情けなく思います」

 祈梨とソレラが特殊なのだが、そんなのは二人にとっては些事だ。
 “可能性”を信じる者としては、何も抵抗しないのは呆れの対象だった。

「さて、出来れば全滅させて地上の援護をしたかったのですが……」

「さすがに警戒していますね。これでは倒すのに時間が掛かります」

 戦闘経験が浅いとはいえ、不用意に突っ込めば危険だというのは理解したようだ。
 今まで二人はカウンターを用いて攻撃を繰り返していた。
 だからこそ、神を五人も仕留める事が出来たのだ。
 しかし、警戒されて遠くから攻撃ばかりされては、同じようにはいかない。
 二人から突っ込むのは、敗北の危険を無闇に増やす愚行でしかない。
 結果、撃破までどうしても時間が掛かる事になる。

「(……あちらも、負けないように動いているせいか、時間が掛かっていますね)」

 そして、それは帝の方も同じだった。
 帝の場合は、神達が帝から離れるように動き続けていた。
 さらに、ミエラとルフィナに比べ、“領域”へのダメージがあまり出せない。
 その事が相まって時間が掛かっていた。

「(いえ、本来の目的は時間を稼ぐだけでも十分ですね)」

 梃子摺りはする。だけど、時間が稼げるだけでも十分なのだ。
 優輝を正気にさえ戻せば、戦局は変えられるのだから。



















 
 

 
後書き
天撃…ノーゲーム・ノーライフより。天翼種(フリューゲル)が使う必殺技的な技。全力で使うと体が子供になるが、帝はそのデメリットを無視している。

スターダストフォール…ドラゴンボール超の映画にて、ゴジータがブロリーに放った技。

直死の魔眼…月姫及び空の境界より。モノの死を視る事が出来る魔眼。

“可能性の性質”…ミエラとルフィナの持つ“性質”。ありとあらゆる“可能性”を任意で掴む事が出来る。―――例え、その可能性が万に一つのものであっても。

Accel Shooter Satelite Shift(アクセルシューター・サテライトシフト)…魔力弾を衛星のように展開する攻防一体の魔法。今回はルフィナが使ったが、なのはも使える。

Angel Star Fall(エンジェルスターフォール)…なのは&フェイトにおけるブラストカラミティ。羽のような魔力弾を周囲への牽制としてばらまきつつ、閃光と魔力弾で集中砲火、トドメに極光が貫く魔法。今回はミエラとルフィナだが、奏となのはでも放てる。


帝は前々回、前回、今回の順に弱くなっています。戦闘力インフレを起こしているDB勢の力はやっぱり身に余りました。段階で言えば、ゴッドブルー(245話)→ゴッド(246話冒頭)→超2(今回)な感じです。代わりに、燃費は比較的よくなっていますが。 

 

第248話「それでも、届かない」

 
前書き
単純な戦闘の厄介さで言えば、イリスや優輝がかなり高いです。
それ以外は、まだまだやりようがあったり、帝達のように圧倒する事すら可能です。
“性質”による特殊攻撃も、司が世界そのものの“領域”を一度強化した事で、弱体化。気合だけで無効化出来たりもします。
ただ、イリスの“闇”で強化されているため、総合的には全然弱くありません。
 

 














「ぉおおおおおおおおおおおおっ!!」

 ザフィーラの咆哮と共に、障壁が展開される。
 一枚ではなく何枚にも重ねられた障壁で、理力による攻撃を受け止める。
 拮抗はした。威力も半減はさせた。しかし、防ぎきれなかった。

「させへん!」

 はやてが展開しておいた魔法陣から砲撃魔法を放つ。
 これにより、防ぎきれなかった攻撃を相殺する。

「はぁっ!!」

「でぇりゃぁあああああ!!」

 さらに、追撃をさせないようにシグナムとヴィータが突貫する。
 倒しきるには厳しいが、それでも引き付ける事は出来た。

「何とか守れるけど……これ以上来られたら厳しいわ……」

『踏ん張ってください、はやてちゃん……!』

「分かってるよリイン。……この障壁を破られる訳にはいかへん」

 はやて達が守るのは、祈梨が張った障壁だ。
 その内側に、未だ目覚めていない者と、上空で戦っていた管理局員と退魔士がいる。
 それを、シャマルが必死になって目を覚ませるぐらいまで治療していた。

「主!次弾来ます!」

「ッ……!」

 またもや障壁を狙った攻撃が飛んでくる。
 一撃一撃は、そこまで危険ではない。
 ……と言うよりは、はやて達も順応出来てきたというべきか。
 単純な威力で言えばザフィーラとはやて達を合わせてギリギリだ。
 それを、別の要素となる“意志”や“領域”で何とかしていた。

「(……大丈夫や。さっきよりも、上手く行ってる……!)」

 それでも、ギリギリなのは変わらない。
 攻撃を相殺した後、息を整えはやては次の攻撃に備える。

「ッ……!」

「これで……17人目!」

 そして、攻撃の直後に障壁の中に転がり込む者がいた。
 フェイトとレヴィだ。

「レヴィ、次行くよ……!」

「待って待って!……よし!」

 それぞれ背負って来た管理局員と退魔士を降ろし、再び障壁の外へ飛び立つ。
 二人の役目は落ちてきた者の回収だ。
 スピードが一際速い二人だからこその役目でもある。
 だが、戦闘の只中を動き回るのは危険だ。
 そこで、ユーノがバインドや防御魔法で支援していた。
 そんなユーノも危険なのだが、そこはクロノの采配で上手く動いている。

「シャマル!治療は!?」

「運び込まれている人以外は終わりました!」

「分かった!引き続き、運び込まれている人を頼むわ」

「了解!」

 最初に障壁で保護されたメンバーは全員治療が終わった。
 後は目を覚ますのを待つだけで、既に何人かは戦線復帰している。
 
「(打開する方法を見つけたい所やけど……私達が無茶する訳にはいかへん。今は、耐えて戦える人を増やすのを待つべきや……!)」

 シャマルに状況を聞いたはやては、そう分析する。
 今はまだ無理をする時ではない。
 復帰するのを待ってからの方が、手段は多くなる。

「(……問題は、それまで私達が耐えられるか、って事やけど……)」

 戦況は常にギリギリだ。
 今は持ち堪えるだけに留めているが、それでも敗北と隣り合わせだ。
 時間稼ぎが出来なければ……否、そもそも本命である優輝を正気に戻せなければ、全てが無意味になってしまう。

「(……そこは、信じるしかないか)」

 要となるのは結局司達だ。
 彼女達を信じて戦い続けるしかないと、はやては内心結論付けた。











「ふッッ……!!」

「………!」

「はぁっ!!」

 圧倒的な“闇”に穴が開く。
 優奈が“闇”を切り裂き、直撃を避けたのだ。
 さらに、祈梨が容赦なくイリスに極光を叩き込む。
 他の“闇”に相殺されたが、イリスは鬱陶しそうに顔を顰める。

「ちょこまかと……!」

「物量で圧倒している癖に、よく言うわね……!」

 導王流でも受け流せそうにない攻撃を、優奈は一点突破で何とか凌ぐ。
 転移が使えれば話は違うが、生半可な転移はイリスの力で無効化される。
 “闇”による力場で、空間跳躍の類が出来なくなっているのだ。

「(転移出来ても、一回!連続は不可能……!)」

 絶対に出来ない訳ではなく、“領域”を上手く使えば可能だ。
 しかし、連続は不可能であり、転移で攻撃を躱す事は出来なくなっていた。

「(祈梨も力が落ちてる……“エニグマの箱”が止まっていないから、侵蝕でどんどん弱くなっているのね……)」

 一人でもイリスと戦えていたはずの祈梨の力も落ちている。
 厳密には、世界そのものの“領域”が弱まっている。
 戦闘における法則こそ、まだこの世界に寄せられているが、それだけだ。
 最早、祈梨に対する強化など、微々たるものだった。

「くっ……!」

 祈梨が“闇”を相殺し、相殺しきれなかった“闇”も優奈は突破する。
 だが、それでも押されている。
 真正面からの質量で、イリスは二人を上回っていた。

「はぁっ!」

 気合一閃。“闇”を切り裂いて前進する。
 しかし、直後に“闇”を避けきれずに防御に回る。
 “闇”の表面を滑るように、横に転がり避けるが、前進した分後退させられた。

「(前に進めない……!)」

 祈梨は頑張っている方だ。
 イリスの“闇”を半分請け負ってくれなければ、優奈はもっと苦戦していた。

「(前衛後衛の陣形だと、これ以上はダメね……)」

 しかし、例え一人でも……否、一人だからこその戦い方もある。
 それは二人だとしても変わりない。

「『陣形を変えるわ!私へのフォローはやめて、とにかくイリスの隙を狙って!』」

「『はい!』」

 連携を放棄し、お互いに隙を作り出し、それを突くように動く。
 疎かになってしまう部分を補い合うタイプの連携ではなく、自己完結型の戦力同士を組み合わせるタイプの連携だ。

「(……動きを変えてきましたか)」

 攻撃の手応えが減った事で、動きに変化が出た事をイリスも悟る。
 直後、砂塵の中から一つの煌めきが飛んでくる。
 優奈が放った理力の矢だ。

「はぁっ!!」

 矢を“闇”で弾き、後方に“闇”の閃光を放ち、障壁も張る。
 同時に、後方に祈梨が放った極光が、目の前には優奈が迫って来た。
 連続では使えない転移を用いて、無理矢理間合いを詰めてきたのだ。

「ぐっ……!?」

「まだ軽いですね」

 だが、足元から生えた“闇”の触手に剣が弾かれる。
 そして、別の触手が棘のように優奈に襲い掛かった。
 咄嗟に優奈は創造魔法で展開した理力の針を触手に突き刺し、相殺する。

「ッ……!」

「なるほど、個々に動いた方が厄介ですね」

 優奈に気を取られている所に、両サイドから極光の斬撃が迫る。
 それを障壁で防ぐと、頭上から祈梨が極光を纏った槍を振り下ろした。
 こちらも単発の転移で間合いを詰めたようだ。

「くっ……堅い……!」

「変に型に嵌った動きでは、本領を発揮できない……確かに、良い判断です」

 それでも、通じない。
 優輝の攻撃は“闇”の触手と障壁に阻まれ、祈梨の一撃も“闇”の盾で防がれた。

「ッッ!」

 二人が同時に飛び退く。
 直後に、“闇”がイリスの周囲を圧し潰した。

「ですが、それは私も同じですよ?」

「ちっ……!」

 何度も自身を圧し潰そうとする“闇”を避けながら、優奈は舌打ちする。
 イリスの“闇”はその気になれば予備動作なく出現する。
 予めどこを攻撃するか予測しなければ防御すら厳しくなる程だ。
 常に動き回っても避けきれる訳ではない。

「(反撃のチャンスが少ない……!)」

 圧し潰す攻撃だけではなく、爆発するもの、棘となって襲い来るものもある。
 それらを避けつつ反撃するのはかなり難しい。
 普通の戦闘であれば、攻撃の対処をさせる事で他の動きを制限すると言った戦法が取れるが、残念ながら神界の存在にそれは通じない。
 “性質”の力を行使するのは、神界の者にとって呼吸となんら変わらない。
 意識せずとも扱う事すら可能なのだ。

「(だったら、その“可能性”を手繰り寄せる!)」

 近接戦を仕掛けても無意味だと悟った優奈は、意識を切り替える。
 無意味ならば、意味のあるようにすればいい。
 その“可能性”は残っており、優奈はそれを手繰り寄せる事が出来る。

「ッ……!」

 苦し紛れの反撃を、祈梨が飛ばす。
 しかし、簡単に防がれ、またもや防戦一方になっていた。
 その僅かな間を利用し、体勢を整える。

「シッ……!」

 細工を施した創造魔法を、イリスへと飛ばす。
 当然撃ち落とされるが、その際に散った破片をイリスの足元へ飛ばした。
 同時に、同じく創造魔法でまき散らすように武器を創り出していく。

「無駄な事を……!」

「(まぁ、破壊するわよね)」

 当然、イリスがそれを放置するはずもなく、破壊する。
 イリスとて、優奈も祈梨も侮ってはいない。
 ()()()()()()()()()()があるからこそ、イリスは侮る事はない。

「(でも、忘れない事ね。相手は、私だけではないわ!)」

「はぁっ!!」

 再度、祈梨が突貫する。
 “闇”に阻まれるも、その上から極光を放ち打ち破ろうとする。

「足を止めましたね?」

「ええ……動かなくても良いようにしましたから……ッ!」

 障壁を破ったものの、至近距離で避けられる。
 そのまま、回避不可能の包囲とイリスからの直接攻撃が迫る。
 しかし、祈梨は避ける素振りを見せない。

「……転移、ですか」

 直後に祈梨の姿が掻き消え、攻撃は空ぶる。
 イリスはそのまま“闇”の極光を放つ。
 転移の行き先を予測しての攻撃だ。

「来たれ、諸人を守りし盾よ!」

 回避と共に刻んでおいた理力を基点に、魔法陣が展開される。
 それによって出現した障壁で、イリスの極光を完全に遮断した。

「事前に少しずつ魔法陣を刻んでおいたのですか……小細工を……!」

 イリスにとって、少し予想外だった。
 それもそうだ。神界の神は、基本“性質”に沿った戦法を取る。
 祈梨の“性質”はそういった小細工とは無縁のはずだ。
 だからこそ、イリスは見落としていた。
 相手が優輝や優奈であれば、見落とさずに済んでいた。……()()()()()()()()

「ッ……まさか!?」

 気づいた時には遅い。
 同時進行で回避し続けていた優奈が不敵な笑みを浮かべる。
 直後、創造した武器でカモフラージュしておいた魔法陣が呼応する。
 創造した武器はフェイクだったのだ。
 本命は、破壊された後の破片。
 砕かれた破片を小さな魔法陣の基点として展開したのだ。
 そして、その魔法陣から組み上げられた大きな魔法陣が起動する。

「(フェイクを混ぜ、彼女が動いた一連の流れが連携だったと……!?……いえ、違う。これは、“可能性”を手繰り寄せた!)」

 咄嗟に、イリスは魔法陣を消し去ろうと“闇”を放つ。
 だが、紙一重の差で先に魔法陣から極光が放たれた。

「(破片で複数の魔法陣を作りあげ、その魔法陣でさらに大きな魔法陣を組み立てた。……そして、呼応するのは私の理力だけじゃない。貴女の力もよ、イリス!)」

 最初に破片をイリスの足元に散らせたのはこのためだ。
 相手の理力さえ利用し、イリスへと渾身の一撃を放った。

「甘いですよ!!」

 しかし、それでも。

「私の“闇”は、その程度で祓えません!!」

 イリスには、届かない。

「ッ……!?」

 イリスの攻撃を打ち破った極光は、そのまま障壁さえも破る。
 短時間で組んだとはいえ、複数の魔法陣を介した一撃は強力だ。
 それを、イリスは真正面から受け止めた。

「ッッ、ぐ……!」

 膨大な“闇”がイリスから放出される。
 極光すら呑み込まんとするその“闇”は、攻防一体の鎧だ。
 攻撃を受け止める事で無防備になるはずの体は、その“闇”に守られていた。

「ふっ……ッ!」

 そして、そのまま極光を完全に受け止めてしまった。
 瘴気のような煙も出ている事から、ノーダメージではないのだろう。
 だが、大ダメージでもない。

「……はぁっ!!」

 最後に、“闇”を周囲に解き放つ。
 先程の極光を受け止める程の“闇”が周囲に放たれるのだ。
 それだけで、回避不可能な強力な一撃となる。

「人から天へ、天から神へ。我が祈りは無限に続き、夢幻に届く……!」

 しかし、それを祈梨は予想していた。

「(第二波……!?)」

「想いを束ね、祈りを束ねる!撃ち貫け!!」

   ―――“夢幻に届け、超克の祈り(アンフィニ・プリエール)

 仕掛けておいた障壁で隙を作り出し、それで“溜め”の時間を得た。
 そして、優奈の一撃に意識を向けた所で、祈梨の攻撃準備を整えたのだ。
 祈りと理力が束ねられ、周囲の空間を歪ませる程の極光が放たれた。

「これが……神へ至った天巫女の力です……!」

 “闇”を解き放った衝撃波は非常に強力だ。
 祈梨が放った一撃と拮抗さえして見せた。
 だが、祈梨も全力だ。威力は軽減されたものの、ソレを打ち破る。
 
「ッ……舐めるな……!!」

 ……そして、イリスはそれをも上回る。
 否、ギリギリではあったのだろう。それでも、火事場の馬鹿力が働いた。
 “闇”による障壁が多重展開され、さらに相殺のための砲撃も放たれた。

「これすら……耐えますか……!」

 障壁は全て破ったが、それでも威力はほぼ殺された。
 ダメージは通ったが、先程の優奈と同じく大きなダメージにはならなかった。
 その事に、祈梨は歯噛みする。







「―――ようやく、隙を見せたわね」

「ッ……!?」

 そして、耐えきった直後のイリスを、優奈が理力の剣で切り裂いた。
 祈梨の攻撃を防いだ直後を狙い、転移で肉薄したのだ。

「ぐっ……!」

「(ここで決める……!)」

 追撃を放つも、“闇”の棘で防がれる。
 それでも突破してさらに追撃を当てようとした。

「こ、のっ!」

「っづ……!?」

 だが、イリスの周囲を圧し潰そうとする“闇”に、撤退を余儀なくされる。

「(防御態勢に入った……生半可な攻撃じゃあ、突破出来ないわね)」

 球状の“闇”に身を包んだイリス。
 先程優奈の極光を防いだ“闇”とは違う、防御特化の“闇”だ。
 最低でも、先程の優奈や祈梨の一撃でなければ、破る事も出来ない。

「ぐっ……まさか、あそこで、一太刀入れる、とは……!」

 逆袈裟の一閃を喰らったイリスが、その“闇”の中で傷を癒す。
 尤も、それは物理的なものなので、“領域”へのダメージはそのままだ。

「(本当に……油断なりませんね……!)」

 ここに来て大きなダメージを喰らった。
 それこそ、次まともなダメージを喰らえば、確実に戦闘に支障が出る程だ。

「………不得手ですが、こちらも白兵戦と行きましょうか」

 “闇”の中でイリスが呟いた直後、その“闇”を極光が呑み込んだ。

「これで……どうです?」

 放ったのは祈梨だ。
 防御態勢に入った分、準備も整えられたのでその威力は先程より大きい。
 放ち終わった時には、“闇”はボロボロに崩れていた。

「……いない?」

「ッ!」

 しかし、その中にイリスはいなかった。
 刹那、優奈が転移で祈梨の後ろに回り込む。

「っつ……!」

「反応しますか……!」

 イリスが転移して、祈梨を不意打ちしようとしていたのだ。
 転移を用いた不意打ちを優奈も得意としていたからこそ、咄嗟に気付けたのだ。

「くっ!」

「……!」

 すぐさま祈梨が理力の弾で攻撃する。
 あっさりと防がれはしたものの、優奈が一度間合いを離す隙は作れた。

「『“闇”の密度が上がってる……!さっきまでの大規模な戦法じゃなくて、私と同じように白兵戦で仕掛けてくるわ!』」

「『わかりました!』」

 戦い方を変えてきた。ならばそれに対応すればいい。
 優奈と祈梨はすぐに意識を切り替え、イリスに斬りかかった。

「ッ!」

「ふっ……!」

 転移で攻撃が空振り、背後からイリスが“闇”の爪で引き裂こうとする。
 転移を予想していた優奈が祈梨を守るように割り込み、カウンターを放った。
 導王流によるカウンターだったが、“闇”で受け止められてしまった。

「っ、ぁ……!」

 それを狙っていたかのように、“闇”の棘が優奈を襲う。
 咄嗟の障壁で一瞬だけ止め、弾かれるように飛び退く。
 掠ったものの、その判断は合っていたようで、直撃は免れた。

「(イリスには転移の制限がない。その事も相まって、かなりやりづらい……!)」

 祈梨が再び斬りかかり、またもや転移で躱される。
 今度は祈梨も想定していたのか、閃光で転移先を薙ぐ。
 “闇”で閃光は防がれ、お互いに肉薄した。
 しかし、近接戦でもイリスは転移を連発し、祈梨の攻撃が命中しない。
 単純な技量では祈梨が上なのだが、イリスはそれ以外の要素で上回っていた。

「シッ!」

 優奈も加わり、二対一で対処する。
 転移で攻撃は躱されるが、その後の反撃を二人で対処する。
 依然不利ではあるが、当初の目的である時間稼ぎは出来るだろう。

「(あのチャンスで倒せなかったのが悔やまれるわね……!)」

 こうなってしまっては、先程のようなチャンスは巡ってこない。
 結局、優奈達は時間稼ぎをするしかなかった。











「ッッ……!」

「くっ……!」

 一方で、司達と優輝の戦いも不利になっていた。
 元々、優奈の見立てでは緋雪も加えてやり合えるものだったのだ。
 その緋雪が欠けている今、劣勢になるのは当然の事とも言えた。

「また……!」

「そこよ!」

 葵と奏の攻撃が転移で躱される。
 即座に椿が察知して、遠隔で草を生やす事で動きを妨害する。
 その間に司が牽制し、後衛二人が襲われる前に葵と奏が割り込む。
 先程から、この一連の流れを繰り返している。

「ぐっ……!?」

「ッ……“ディレイ”!」

 葵は二振りのレイピアを、奏は両手にハンドソニックを生やしている。
 手数を重視して、カウンターに出来る限り対処するようにしているのだ。
 ……そして、その上で圧倒されていた。

「っ、ぁ……!」

 カウンターの直撃は辛うじて防げていた。
 だが、イリスによる“闇”の加護が攻防一体の鎧として二人を苛む。
 カウンターのために手数を増やしているのに、その“闇”が手数の差を潰す。
 結果、何度も致命的なカウンターを食らいそうになっていた。

「葵!」

「奏ちゃん!」

 すぐさま司と椿による牽制によって追撃を阻止する。
 しかし、辛うじて間に合わせた防御の上から、二人はダメージを負っていた。

「しまっ……!?」

 そして、それがついに致命的なミスに繋がってしまう。
 もう何回も繰り返した攻防で、ついに奏が防御に失敗する。
 カウンターの手刀が胸を貫き、さらに体を遠くに吹き飛ばした。

「(まずい!均衡が破れた!!)」

 すぐさま葵がフォローに入る。
 だが、支援ありとはいえ、導王流の極致に対応出来るはずもない。
 否、“闇”さえなければ対応出来たかもしれないが……

「がっ……!?」

「葵……まさか!?」

 “闇”を弾き、椿達への攻撃を阻止する。
 そこに生じた隙を突かれ、手刀で一閃、肩から胸に掛けて浅く切り裂かれる。
 それだけではない。追撃の手刀が葵の喉に突き刺さった。

「ッ!!」

 しかし、葵もタダではやられない。
 吸血鬼の体なのを活かし、その状態から腕を掴もうとする。
 片手は優輝の片手に弾かれたが、もう片方の手で何とか掴む。
 さらに、体の一部を蝙蝠に変え、優輝に纏わりつかせる。

「っづ……!?」

 ……そこまでだった。
 優輝は転移で葵の拘束を容易く抜け、椿達の攻撃を躱した。
 それだけでなく、葵の後ろに回り込み、手刀で首を落としに来た。
 葵は片腕を犠牲に首を守るが、その攻撃で吹き飛ばされた。

「司!」

「うん……!」

 椿が矢と神力で葵と奏に追撃させまいと攻撃を連打する。
 当然、転移と導王流を扱う優輝にその攻撃は命中しない。
 それでも、攻撃を対処させる事には成功した。

   ―――“Poussée(プーセ)

「……!」

 そして、司の重力魔法が優輝にのしかかる。
 如何に攻撃を受け流す導王流の極致とはいえ、重力そのものは受け流せない。
 無差別な魔法故に、この戦いでは使うのを控えていたが……

「来るわよ!」

 優輝は、さらにその上を行く。
 否、そもそも転移を瞬時に使える相手に重力魔法は効果が薄い。
 あっさりと重力の拘束を転移で抜け、椿と司に肉薄してきた。

「ッ!」

 椿は神力で構成していた弓と矢を、司はシュラインを構えて迎え撃つ。
 当然、二人は葵や奏に比べれば近接戦に弱い。
 だからこそ、近接戦以外の技術で対抗する。

「……堅いな」

「初見じゃなければ、対処できるわよ……!」

 “闇”による攻撃を、障壁で防ぐ。
 元々、単純な近接戦ではすぐに負けると分かっていた。
 だからこそ、事前に障壁を用意して、それで防ぐ事にしたのだ。

「(後数回攻撃されれば、突破される……!)」
 
 尤も、それすら焼け石に水でしかない。
 障壁を掌底が穿とうとする度に、司の魔力が、椿の神力が悲鳴を上げる。
 優輝が障壁に合わせて“闇”を流し込んできているのだ。
 
「ッッ!!」

 そして、すぐにその時は訪れた。
 椿の障壁が破られ、手刀が目の前に迫る。

「ふっ……!」

 間一髪、椿はその一撃を避け、“闇”の攻撃を受けながらも優輝を投げる。
 柔術による投げ技。それならば確かに導王流でも攻撃が通じる。

「ぐっ……!」

 ……転移さえなければの話だが。
 優輝は投げられる瞬間に転移し、椿を背後から手刀で貫こうとした。
 辛うじて神力による矢と弓でそれを防ぐも、吹き飛ばされる。

「くっ……!」

 間髪入れずに司が魔力弾で包囲するが、一部を受け流されて抜けられる。
 それどころか、より苛烈に転移を併用しつつ司に襲い掛かって来た。

「う、ぐっ……!」

 天巫女の特性か、防御態勢に入った事で椿より耐える。
 しかし、衝撃が貫通して司を打ちのめす。
 防戦一方になり……

「“呪黒剣”!!」

 そこで、葵と奏が復帰した。

「ふっ……!」

 吹き飛ばされ、体勢を立て直した椿も矢で援護し、何とか司から引き剥がす。

「シッ……!」

「はぁっ!」

 息を切らしながらも葵と奏が斬り込み、先程までと同じ陣形に戻す。

「(仕切り直し……!……とは、行かないみたいね……)」

 椿達全員に一度はダメージが入った。
 問題なのは、その攻撃が全て“領域”へのダメージとなっている事だ。
 普通のダメージなら無視出来ても、“領域”のダメージは無視できない。
 砕かれれば最後、普通の戦闘と同じように即敗北となる。

「(まだなの……緋雪……!)」

 戦況が好転しない事に、焦りも募っていく。
 既に限界以上の力を発揮し続けているというのに、全く通じない。
 実際には、もっと力を発揮する事は可能なのだろう。
 しかし、肝心の優輝がそれを阻止してくる。
 意識を切り替える暇すら与えてくれないのだ。

「(このままだと……!)」

 まだ戦えはする。しかし、どう見てもジリ貧だ。
 焦りが募り、さらに勝利のビジョンが霞んでいく。
 
「っ、ぁあっ……!?」

 そしてまた、連携が崩された。

















 
 

 
後書き
夢幻に届け、超克の祈り(アンフィニ・プリエール)…ルビはフランス語の“無限大”と“祈り”。祈梨が持つ技の中でトップクラスの力(威力ではない)を発揮する。今回は攻撃に使ったが、様々な用途に使える。


他は何とか渡り合えているものの、本命たる二つの戦闘が圧倒的劣勢です。
ちなみに、祈梨が弱体化したと書いてはいますが、厳密には祈梨自身の力は全く弱体化していません。飽くまで、世界そのものの“領域”が弱まった事で、その分の力が弱まっているだけです。 

 

第249話「緋き雪の姫」

 
前書き
―――……そっか。ずっと、恐かったんだ……私……
 

 












「緋雪……ちゃん……?」

 皆が必死になって戦っている中、シャマルは困惑していた。
 傷はきっちり治したはずなのだ。それなのに……

「……ぁ……ぐ……ぅっ……!!」

 目を覚ました緋雪は、ずっと苦しんでいる。
 どう見ても戦えるような状況じゃなかった。

「っ……血………」

「え……?」

「血、が……足りない……」

 呟かれた言葉に、一瞬シャマルは単純に体の血が足りていないのかと思った。
 だが、直後に違うと気付く。何せ、緋雪は吸血鬼と同じような体なのだ。
 すぐに“吸血衝動”だと理解した。

「ッ……!」

 そんなシャマルを余所に、緋雪はシャルに格納していた輸血パックを取り出す。
 そして、躊躇なくその中身を呑み込んだ。

「ぁ、が……!?ぁあああああっ……!?」

 だが、逆効果だった。
 血に対する餓えがさらに増してしまった。
 今の緋雪にとって、血は麻薬と同じだ。摂れば摂る程に欲してしまう。

「緋雪ちゃん!」

「シャマル、さん……?」

 そこで、ようやくシャマルが視界に入る。
 心配して顔を覗き込んでくるシャマルを、緋雪も苦しさに耐えつつ見返す。

「(シャマルさん……苦しいよ(美味しそう)………ッ!?)」

 直後、自身に過った思考を振り払おうとする。
 だけど、収まらない。既に許容限界を超えた血を摂取してしまった。
 誰かを視界に入れる度に吸血衝動が強くなっていく。

「ぇ……?」

「ッ―――!?」

 少し油断すれば、これだ。
 無意識に、シャマルの首筋に牙を突き立てようとしていた。
 思わず、それ以上やらかさないように、シャマルを突き飛ばす。

「けほっ……緋雪ちゃん……?」

 思った以上に強く突き飛ばしたのか、シャマルは咳き込む。
 そして、困惑した表情で緋雪を見つめていた。

「離、れて……!」

「もしかして、吸血衝動が……」
 
 シャマルの言葉に、緋雪は力なく頷く。
 目は霞み、意識も朦朧としている。
 それでも、傷つけないために必死に堪えていた。

「(吸血衝動そのものを……“破壊”する……!)」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

 “破壊の瞳”で、何とか吸血衝動を“破壊”する。
 根本の解決とまではいかなくても、これで現状維持は出来るはずだ。

「ふーっ、ふーっ、ふーっ……!」

「だ、大丈夫……?」

「今は……何とか……でも……ッ!」

 消しても、また溢れるように吸血衝動は襲ってくる。
 “破壊”した所で無意味なのだ。
 否、厳密には完全克服するための破壊対象が分からないと言うべきだろう。
 限界の壁を認識した今でも、吸血衝動の根源が分からずにいたのだ。

「皆が、戦ってる、のに……!」

 障壁の外を見れば、優輝を相手に劣勢になっている司達が見えた。
 緋雪にとって、現状がどうなっているのか知らない。
 それでも、皆が必死に戦っている事ぐらいは理解出来た。

〈……緋雪様?〉

「ぁ……リヒト……?どうして、ここに……」

 ふと見れば、そこには剣のままのリヒトが地面に刺さっていた。
 優奈が一度ここに来た時にでも、置いて行ったのだろう。
 現に、イリスと戦っている優奈はリヒトを使わずに戦っていた。

「ぁ、ぐっ……!?」

〈これは……吸血衝動、ですか?〉

 リヒトにとって、それは何度も見た事がある衝動だ。
 だからこそ、解析魔法などを発動せずとも分かった。

〈……まさか、その状態で戦いに行くつもりですか!?〉

「そう、だよ……!皆も戦っているのに……私だけ何もしない訳には、いかない……!吸血衝動とか、そんなの気にしていられない……!」

 嘘だ。明らかに無視できない状態が続いている。
 そんな状態で戦いに行っても足手纏いになるのは明らかだ。

〈ッ……シャルラッハロート!貴女もなぜ止めないのです!?例え緋雪様が望んでいようと、止めなければ望まない結果にしかなりませんよ!?〉

〈……止めても無駄ですから〉

 シャルの返答に、リヒトは言葉を詰まらせる。
 ああ、確かに今の緋雪を言葉だけで止められる訳がないだろう。
 それはリヒトにも分かっていた。
 だが、それだけの理由で止める事すらしないと?
 その事実に、リヒトはデバイスでありながら憤慨しそうになった。

〈故に、貴女の所に来るまで何も言わなかったのです〉

〈……何ですって?〉

 しかし、続けられた言葉に思わずリヒトは聞き返した。

「シャル……?」

〈私が、本当にお嬢様の望むがままにさせているだけと思いですか?……私が、何のためにマイスターによってお嬢様に授けられたと思いですか?〉

 いつも傍にいた。いつも手助けをしていた。
 暴走しても、狂気に囚われても、いつもシュネーに、そして緋雪についてきた。

〈ただ、守る手段としてではありません。……マイスターにすら知る事の出来ない……いえ、お嬢様すら自覚出来ない本心を知るためです!〉

 つまりそれは、最も身近にいる“第三者の目”だ。
 緋雪(シュネー)優輝(ムート)にすら見せなかった心を知る事が出来る、唯一の存在。
 そして、緋雪(シュネー)自身も終ぞ気づけなかった“本心”に気付く事が出来る唯一の存在が、シャルなのだ。

〈吸血衝動は、飽くまで便宜上そう呼んでいるだけであって、本来は狂気に基づく副産物です。……そして、その狂気の原因はかつての人体実験ではありません〉

「シャル……?どういう、事……?」

〈その答えを示すため、貴女の力が必要なのです。フュールング・リヒト〉

〈何ですって……?〉

 人体実験の結果、精神が歪まされて狂った。
 今までは誰もがそう認識していた。
 だが、シャルがそれを否定し、正解を示すのがリヒトだと言った。

〈“導きの光”を冠する貴女だからこそ出来る事です。……厳密には、マイスターでも可能ですが、今は貴女しかいません〉

〈……そういう事ですか〉

 リヒトは、元々導王家に伝わる“自己進化型デバイス”だ。
 ロストロギアから派生して生まれたリヒトは、普通のデバイスではない。
 単独で魔法を使用可能なだけではなく、文字通り自己進化する。
 かつて、優輝の元に転移してきたのも、その一端だ。
 シャルも同じ自己進化型デバイスなのだが、今は余談なので置いておこう。

「……何を、するの……?」

〈かつて、マスターは言っていました。“いつか、緋雪に道を示す時が来る”と。……それはマスターの役目かと思っていましたが……私が担う事になるとは〉

 自己進化とは、ただ機能を向上させるだけではない。
 名前に沿った進化を遂げるのが、その本領だ。
 故に、リヒトの場合は文字通り“導きの光”としての力を持っている。

〈緋雪様。貴女に道を示しましょう〉

 そう言って、リヒトは光り始めた。
 眩しくはない。むしろ、道を照らすような、そんな優しい光だ。

〈私に触れてください〉

「………」

 言葉に従うように、緋雪は吸血衝動を抑えながらもリヒトに触れる。
 その瞬間、光が一気に強くなった。

〈どうか、“答え”を見つけてきてください〉

   ―――“道を示せ、導光の煌めきよ(フュールング・リヒト)

 そして、緋雪の意識は暗転した。



























「………ここ、は……?」

 次に緋雪が目を覚ました時、そこは現実ではなかった。
 辺り一面が暗闇に覆われており、自分の体以外何も見えなかった。

「…………」

 慌てず、一度心を落ち着ける。
 すると、暗闇以外の景色が見えてきた。

「……“悲哀の狂気(タラワーヴァーンズィン)”……?」

 そう。それは緋雪の心象を映し出す結界と同じ景色だった。
 暗闇で見えづらいが、間違いなく同じ景色だ。

「……と言う事は、ここは私の心象……精神世界って事……?」

 答える者はいない。しかし、緋雪はどこか確信出来ていた。
 あれだけ体を蝕んでいた吸血衝動も今はない。
 そう簡単になくなる訳がないからこそ、ここが現実ではないと確信したのだ。

「(リヒトの言う通りなら、ここのどこかに“答え”があるはず……)」

 ここに来る直前にリヒトに言われた事を思い出しつつ、緋雪は足を進める。

「(心象世界……いつもは結界として展開していたけど、精神世界の場合は……一体、どこまで続いているの?)」

 いつもは哀しみの狂気を表す光景しか映し出さない心象風景。
 しかし、今回の場合は狂気の根源を見つける必要がある。

「………」

 とにかく、移動を開始する。
 何もせずにいればそれこそ何も変わらない。
 精神世界でも同様に飛べるため、まずは空に上がった。

「あれって……」

 本来であれば、緋雪の心象風景は紅い水面と暗雲、そしてその世界を照らす朱い月があるだけの世界が続いているはずだった。
 だが、いざ飛び上がって見れば、一つの山を越えた先に別のモノがあった。
 それは、緋雪にとって見覚えがある景色だった。

「……そっか、そうだよね。シュネーだった時から続く心象だもん。あの国が残っていても、何もおかしくはないよね」

 それは、かつてシュネーだった時にいた国。
 即ち、導王だったムートの治めていた国に他ならなかった。

「ッ………」

 知らず知らずの内に、緋雪はその国へ向かっていた。
 きっと、そこに“答え”があるのだろうと、そう感じて。







『シュネー、登ってこれるかい?』

『無理だよー!ムートみたいに登れないよ!』

 懐かしい景色があった。
 国に辿り着いた時、目に入ったのはかつての活気そのままの街並みだった。
 戦時中であろうと、街の中枢はいつも通りだ。
 全て、緋雪の思い出の中そのままの光景だった。
 ……そう。今緋雪の目の前で、木登りしているムートとシュネーも、かつての思い出の光景そのままだ。

「(……この時の私は、まだムートが王子だって知らなかったんだよね)」

 当時、ムートはよく城を抜け出して街に遊びに出ていた。
 さすがに護衛などがいたかもしれないが、まさに普通の子供そのものだった。
 そんなムートと、かつての緋雪……シュネーはいつも遊んでいたのだ。

「(今思えば、城の人達に身元とか調べられていたのかな?)」

 自国の街とはいえ、危険がない訳ではない。
 相手が子供だろうと、不用意に仲を深めるのは危険だろう。
 実際、シュネーは知らなかったが護衛がシュネーの家系を調べていた。
 結果的に無害と判断され、こうして幼馴染としてムートと仲を深めていた。

「……懐かしい、なぁ……」

 あの時は何もかもが幸せだった。
 子供だったからかもしれない。世界を知らなかったかもしれない。
 それでも、ムートと共に遊んでいたあの日々は、確かに幸せだったのだ。

「(―――だけど)」

 それは、唐突に終わる。
 ムートが王子である事を知っても、仲が良かったのは変わらなかった。
 ムートが王に就任し、交流が激減したとしても、平和には変わらなかった。
 ……しかし、突如シュネーが拉致された事で仮初の平和は終わった。

『いやっ、いやぁっ!助けて……助けてムート!!』

「っ………」

 連れ去られた先は、どことも知れない研究所。
 あの時、拉致されたのはシュネーだけでなく、他にも同年代の子供がいた。
 一人、また一人と人体実験で壊れ、狂い、死んでいった。
 それを、逃げられない場所でシュネーはずっと怯えていた。

「(助けを求めても、来るはずがなかった。……だって、こいつらは国に隠れて生物兵器を作ろうとしていた連中。見つからないように、入念に準備していたんだから)」

 助けを呼んでも、誰も来ない。
 その事実に絶望して、それでも死にたくないと足掻いた。
 ……その結果が。

『―――あははははははははははははははははははははははははははは!!!』

 狂気に満たされ、破壊の限りを尽くす目の前の光景だ。

『ッ……!?シュネー……!?』

「……ムート」

 研究所の人間を皆殺しにし、笑っていたシュネーの元へムートが駆けつける。
 それを、緋雪はどこか達観した目で見ていた。
 その後、シュネーはムートによって無力化され、城へと連れていかれた。

「ッ………」

 助けられた当初は、それこそ同情されていた。
 城の者だけでなく、シュネーの事を知った人は皆同情していた。

『来ないで……来ないで!この、バケモノ!』

『お前はシュネーじゃない!』

『ぇ………』

 だが、それは最初だけだった。
 一度目の暴走が止められた時、実の親に拒絶された。
 暴走の発端など、些細なものだったはずだ。
 それこそ、暴漢に襲われそうになった親を助けるために、力を振るっただけだった。
 ……だというのに、その力は恐れられた。

『…………』

 実の親に化物を見る目で見られ、シュネーは城に宛がわれた部屋に引きこもった。
 無理もない。いくらベルカ戦乱の時代に生まれても、シュネーはそこらで生まれた普通の少女に過ぎなかった。

「……ムート、オリヴィエ、クラウス……」

 そんなシュネーに寄り添ったのが、ムート達だった。
 敵対国でないとはいえ、他国の王族が共にいるなど不用心なはずだ。
 それでも、三人はシュネーのために無理を通して傍にいてあげた。
 三人だけではない。
 ムートを慕う城の者も、シュネーに親切にしていた。

「(……でも)」

 それでも、離れていく。
 幾度となく、生物兵器の力を抑えられずに暴走した。
 その度に、親しくしてくれた人が離れていった。

「(その結果が、これだ)」

 緋雪の目の前では、丁度シュネーを庇ってムートが殺されていた。
 最後までシュネーの身を案じてくれたのは、ほんのごく僅かだ。
 他は反乱を起こすまでにシュネーを恐れ……結果としてムートが死んだ。

『あ、は……あはは……あははははははははははははははははははははは!!!』

 そして、シュネーは完全に哀しみに狂ってしまった。
 後は、語るまでもない。
 狂ったシュネーは、人を殺し、街を殺し、国を殺した。
 虐殺の限りを尽くし……最期は、オリヴィエとクラウスに打倒された。

「……かつての私の焼き増し……」

 今緋雪が見たモノは、飽くまで過去に起きた事だ。
 だが、確かに緋雪が経験したもので、出来事が早送りのように流れても、心に刻むように緋雪の記憶にこびりつく。

「(―――怖い、か)」

 幸せな日々から一転、ただただ恐れられる日々が続いた。
 周りからの視線に怯え、ただ助けられるだけの日々に苦しんだ。
 
「ッ………!?」

 その時、目の前に緋雪そっくりの少女が現れる。

「(私……!?それとも、シュネー……!?)」

 どちらかは分からない。
 しかし、そんな疑問はすぐにどうでもよくなった。

「ぇ……あ………」

 目の前の少女の姿が変わっていく。
 変身魔法の類ではない。むしろ、これは“変異”だ。
 爪は鋭く、長いものに、牙も伸びて“噛む”と言うよりは“裂く”牙に。
 口は裂け、体格も大きくなる。黒髪はさらに伸び、まるで蛇のようにうねる。
 見た目はまさしく醜悪な“バケモノ”だ。

「ッッ……!」

 咄嗟に緋雪は飛び退き、ソレから距離を取る。
 そこでふと気づいた。
 ……体が、未だかつてない程震えていた事に。

「(……恐い……?)」

 より正確に言うのなら、かつてムートに守られて怯えていた頃と同じように。
 緋雪は、目の前の化け物に対して怯えていた。

「なんで、今更……」

 心が震える。体が震える。
 決して抑える事の出来ない恐怖が、緋雪を苛む。

「シャ……っ」

 シャルを呼び寄せようとして、今この場にいないのを思い出す。
 ここは精神世界だ。目の前のバケモノも、緋雪の精神から作られたモノだ。
 だからこそ、緋雪の心で何とかしないといけない。

「ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「ぐっ……!?」

 金切り声のような咆哮が緋雪の耳を突く。
 それを聞いて、緋雪はさらに身が竦んでしまう。
 どうしても、目の前のバケモノに勝てる気がしなかった。

「どう、して……っ!?」

 目の前のバケモノが強いから、恐ろしい見た目をしているから。
 そんな理由で、緋雪は今更怯える事はないはずだ。
 神界の神と戦った後では、どんな戦いも怯える要素にはならないはず。
 だというのに、緋雪は恐怖で動けなかった。







「(………そっか。ずっと、恐かったんだ……私……)」

 その時、ようやく悟った。
 なぜ、ここまで恐怖で動けなくなるのか。
 なぜ、“狂気”と言う感情を持っていたのか。
 過去を改めて見て、目の前のバケモノを見て、ようやく気付けた。

「(生物兵器としての力を持った事。それに対する周囲の視線。私に親切にしてくれた人の裏切り。ずっと支えてくれた人の喪失。……全部が恐かったんだ)」

 生物兵器としての力を受け入れて振るっていたつもりだった。
 だが、本当はずっと恐いままだったのだ。
 いつか、その力が大切な人を傷つけてしまうのだと、そう考えて。

「ただ怖くて、恐くて、コワくて……その恐怖心が、狂気に繋がった。ずっと怯えていたから、狂うしかなかったんだ」

 その身に余る恐怖によって、無意識に狂気に陥った。
 狂ってしまえば、その恐怖や苦しみから逃れられるだろうと考えたからだ。

「だから、“破壊の瞳”でも壊しきれなかった。だって、私が壊そうとしていたのは、飽くまで“狂気”。原因となる恐怖心は、ずっと残ってたんだから」

 ずっと恐怖心を狂気だと思っていた。
 そのため、緋雪はずっと気づけなかった。
 だが、目の前の恐怖心の象徴たる“バケモノ”を見て、自分の本心に気付けた。

「誰かを傷つける事が、誰かに傷つけられる事が、ずっと恐かった。守ってくれる人を失う事も、傷つけてしまう事も、恐かった。……ずっと積み重ね続けていたモノに、ずっと蓋をし続けていた。……ずっと、見ないようにしてた」

 バケモノが、緋雪に向かって爪を振り下ろす。
 それを、緋雪は黙って見ていた。













「―――でも、それももう終わりだよ」

 ……なぜなら、その爪でもう自分を傷つける事はないと分かっていたから。
 体でその爪を受け止めた緋雪は、“破壊の瞳”をバケモノに向ける。

「私は、その恐怖を今こそ乗り越えるんだから―――!」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

 その瞬間、バケモノの体が爆ぜた。
 中から現れたのは、幽霊のように体が透け、淡く光るシュネーだ。
 シャルを使った時の黒いドレスではなく、町娘が着るような普通の服を着ている。
 在りし日の、普通の人間だった頃のシュネーだ。

「……だから、安心して眠って。(シュネー)

『……うん』

 シュネーは、緋雪の言葉にどこか安心したように頷く。

「確かに私は、生物兵器としての力を持つ。でも、結局その力も使い方次第だよ。分かってくれる人が一人でもいるのなら、恐がる必要なんてない」

 分かってくれる人は、いつも一人はいた。

「シュネーの時だって、ムートやオリヴィエ、クラウスがいた。他にも、アリス侍女長や、騎士ジーク……少なくても、確かに理解してくれる人はいたんだから」

 心の支えになってくれた人にも、確かに怯えていただろう。
 それでも、助けてくれた事には変わりない。
 その事実さえあれば、緋雪は立ち上がれる。

「……それに、今となってはこの力に怯える暇もないよ。だって、それ以上の存在が世界を襲っているんだから」

『……そうだね』

 緋雪がすぐに恐怖を克服できた理由がこれだ。
 神界の神は、規格外な力を持つ。
 緋雪の力も十分規格外だが、同等以上の力を持つ敵が現れたのだ。
 怯える暇も、必要もない。

「お兄ちゃんを助けるためにも、私はこの力を振るう。ずっとお兄ちゃんに助けられてきた。……だから、今度は私が助ける番だよ」

『………!』

 そう宣言した緋雪に、シュネーは嬉しそうに微笑んだ。

『……ありがとう。安心したよ……』

「こっちこそ。見落としていた……見ないようにしていたモノを、思い出させてくれてありがとう。これで、本当に克服出来たよ」

 シュネーの体が薄れて行く。
 どうやら、時間がもうないようだ。

『……ムートの事、よろしくね?』

「うん。任せて。(シュネー)の分も、頑張ってくる」

 両手を繋ぎ、額同士をくっつける。
 そして、その言葉を最後に、シュネーは光の粒子へと還って行った。

「一度過去を振り返る。……そういうのも、大事だよね」

 光の粒子は緋雪に吸い込まれ、残滓であろう淡い光が天へと昇っていく。
 それを見つめながら、緋雪はどこか穏やかな気持ちでそう呟いた。

「シャルは、この事に気付いていたんだね。そして、リヒトがここに導いてくれた」

 “トン”と地面を蹴り、未だに残る城へと飛ぶ。
 行き着く先は、かつてシャルを受け取ったバルコニーだ。

「二人も、ありがとう。おかげで、本当の私に戻れた」

 精神世界のため、この声はシャルとリヒトには届かないだろう。
 それでも、緋雪は感謝を込めて呟いた。

「―――だから、そろそろ戻らないと」

 緋色のように赤い夕陽が、緋雪を照らす。
 その夕日を真正面から緋雪は見つめる。
 そして、掌を上に掲げた。

「お兄ちゃんも、きっとまだ足掻いている。司さんも、椿さんも、葵さんも、奏ちゃんも、まだ戦っている。だから、私も戻らないと」

 その掌に収まるように、魔力が圧縮される。
 やがて、その魔力が一つの形を為す。即ち、赤き炎の如き大剣へと。

「そのために、私はこの過去を乗り越える!」

 大剣を両手で持ち、上段に構える。
 際限なく魔力を込められた大剣は、天にすら届くように伸びている。

「切り裂け、焔閃!!」

   ―――“Lævateinn(レーヴァテイン)

 そして、その大剣を一気に振り下ろした。
 刹那、世界が割れていき、同時に淡い光に包まれた。



















「………ッ!」

「緋雪ちゃん!?」

 気づけば、元の現実に戻っていた。
 見れば、シャマルが心配そうにこちらを見ていた。
 どうやら、動かなくなった緋雪を心配していたようだ。

「……シャル。どれくらい時間が経った?」

〈時間にして26秒です。大して経っていません〉

「そっか。それは重畳」

 あれ程自身を苦しめていた吸血衝動が、綺麗さっぱりなくなっていた。
 狂気に基づく副産物とはいえ、すぐに衝動が消える訳ではない。
 だが、今の緋雪にとっては、“またジュースが飲みたい”程度の衝動でしかない。
 故に、いとも簡単に衝動を抑える事が出来た。

「緋雪ちゃん……大丈夫なの?」

「大丈夫です。……もう、平気です」

「でも、羽が……」

 言われて、緋雪も気づく。
 宝石のようなものがぶら下がった羽が、変わっていた。
 羽は蝙蝠のように真っ黒な膜が付き、より羽らしくなっていた。
 ぶら下がっていた宝石は外れ、緋雪を守るように浮かんでいる。

「……そんな事よりも、私もお兄ちゃんの所に行かなくちゃ」

「………!」

 強い意志を感じるその言葉に、シャマルは言葉を詰まらせる。
 だが、同時にもう大丈夫なのだと確信出来た。

「リヒト、手伝ってくれる?」

〈私で良ければ、是非〉

 シャルを手に取り、続けてリヒトも地面から引き抜く。
 相手は優輝だ。マスターを助けるためにも、リヒトは緋雪に従った。







「―――行くよ!!」

 緋き雪の姫が、戦場へと舞い戻る。

















 
 

 
後書き
自己進化型デバイス…文字通りのデバイス。インテリジェンスデバイスも学習などはするが、こちらは自分でアップデートもする。フュールング・リヒトの場合、元々はAIがなかった。なお、シャルラッハロートも自己進化型だが、こちらは最初からAIを搭載していた。

道を示せ、導光の煌めきよ(フュールング・リヒト)…デバイスであるフュールング・リヒトが持つ固有魔法。単純に道を切り拓くだけでなく、精神や心の在り方すら導く事が出来る。後者の場合、対象を精神世界に送り込む事が可能。

騎士ジーク…名前のみの登場。当時、ムートの近衛騎士として存在していた男性。実力は近衛騎士なだけあり、かなり高い。ムートが死亡した戦いで、反乱軍を足止めしていた。


未だかつてない程デバイスが喋る回。そして緋雪覚醒回。
実は、シャルはリヒトのデータを元に作成したリヒトの姉妹機になります。上記の自己進化型デバイスを一から作るには、それこそスカさん並の技術が必要ですから。なお、当時に存在した自己進化型デバイスはこの二機だけです。
ちなみに、レイジングハートも実は自己進化型デバイスだったり……(独自設定)

なお、今回の覚醒は緋雪にとっても想定以上だったりします。
例えるなら、DBで界王拳を習得しようとしたら超サイヤ人になったようなものです。 

 

第250話「止めて見せる」

 
前書き
―――だから、絶対に負けられない


今更ですが、緋雪の羽が東方のフランに似ているのは偶然です。前々世を思い出す前の緋雪は、特典による影響だと思っていましたが、実際は偶然似ていただけです。
なお、飽くまで似ているだけでした(原作は最低でも宝石っぽいのが八つずつある)
ちなみに、現在はファンネルみたいな感じに緋雪の周囲に漂っています。
 

 












「か、ふっ……!?」

 手刀で胸を貫かれる。
 それを認識した時には、椿は敗北を悟っていた。
 奏と葵は既に吹き飛ばされ、戻ってくるのに僅かでも時間が掛かる。
 否、二人もダメージが蓄積している事から、立ち上がるのもきついだろう。

「ぐ、っ……!」

 司が魔法で優輝を椿から引き剥がすが、同時に反撃を繰り出される。
 転移と共に繰り出されたその攻撃は、何とか障壁で防ぐ。
 だが、間髪入れずに放たれた一撃は、その障壁を徹して司に直撃する。

「穿て」

「ぁ……」

 僅かにでも怯めば、そこで終わりだ。
 障壁の維持が緩んだ瞬間に、砲撃魔法が司を呑み込んだ。

「(完全に瓦解した……!)」

 まだ戦えはする。
 だが、一度全滅してしまえば立て直すのは不可能だ。
 ましてや、相手が優輝であるならば。

「(まずい……!)」

 僅かにでも抵抗する動きを見せれば、そこから優輝は叩き潰してくるだろう。
 だからこそ、下手に動く訳にはいかなかった。
 ……尤も、その動く事すら困難な程ダメージを負っているのだが。









   ―――だからこそ、一瞬信じる事が出来なかった。



   ―――飛んできた緋い軌跡が、優輝を飛び退かせたのを。









「(優輝が……受け流さずに避けた?)」

 途轍もない速さで何かが駆けて、それを避けるように優輝が飛び退いた。
 椿には、そうとしか見えなかった。
 そして、それを行った者を見て、目を見開く。

「緋雪……?」

「………」

 椿の呟きが聞こえていないのか、緋雪は無言で優輝を見つめる。
 その手には、シャルとリヒトがあった。

「(姿が……いえ、羽が変わった……?それに、あの顔つきは……)」

 羽が変化し、ぶら下がっていた宝石が緋雪を守るように漂う。
 そして、緋雪の顔つきもどこか頼もしく見えた。

「……奇しくも、あの時と逆だね。お兄ちゃん」

「………」

「絶対に、止めて見せる」

 力強いその呟きと共に、戦いが始まった。
 最初に仕掛けたのは緋雪だ。
 シャルとリヒトを同時に振るい、クロスに切り裂こうとする。

「ふっ……!」

 だが、いくら強く、速く武器を振るおうと、導王流には無意味だ。
 その攻撃はあっさりと受け流され、反撃の掌底が迫る。

「ッ!!」

 ……それを、緋雪も当然ながら想定していた。
 いつもは羽にぶら下がっていた宝石のようなものが、優輝の攻撃を阻む。
 今や、その宝石……魔晶石はただ魔法を込めるだけでなく、武器としても使える。

「くっ……!」

 受け流された攻撃が、大地を割る。
 それほどまでの衝撃波が迸り、優輝の体勢を崩そうとする。
 咄嗟に優輝は飛び退きつつ、創造魔法で牽制を放つ。
 しかし、それらの攻撃は、14の魔晶石によって全て弾かれた。

「はぁっ!!」

 さらに、その場から緋雪は拳を振るい、衝撃波で攻撃する。
 衝撃波が受け流されると、背後にあった瓦礫が消し飛ぶ。
 そして、優輝が反撃する前に、緋雪が次弾を用意していた。

「上か……!」

「ふっ……!」

   ―――“Stern Bogen Sturm(シュテルンボーゲン・シュトゥルム)

 七色の弾幕が優輝に降り注ぐ。
 無論、その程度では導王流を突破出来ない。
 しかし、飛んでくるはずだった反撃は阻止した。

「(……本当に、遠距離だと埒が明かない……!)」

 遠距離からの攻撃では、あらゆる攻撃が受け流され、躱される。
 当たるとすれば、放ってから当たるまでの過程がない技だろう。

「(でも、私の“破壊の瞳”から、お兄ちゃんは絶対に意識を逸らさない)」

 あれ程の攻防を行っても、優輝の意識は“破壊の瞳”に向いていた。
 緋雪の持つ技の中で、唯一当たるまでの過程がないモノだからだ。

「(……“瞳”の術式を破壊出来る術を持っているからね……)」

 そもそも、放つまでの過程で阻止されるのが“破壊の瞳”だ。
 “瞳”の術式が破壊されれば、当然無効化される。

「……けれど、こういう使い方は知らないでしょ?」

 だから、緋雪は直接破壊する事はしなかった。
 破壊したのは“距離”だ。
 前に動いた瞬間、距離を破壊し、転移と同じように肉薄した。

「ッ……!」

「はっ!」

 肉薄すれば、当然近距離での戦いになる。
 だが、近距離こそ導王流の極致が最大限発揮される距離だ。
 如何に力があっても、そう簡単にダメージは与えられない。

「緋雪!」

「……っ!」

 椿が警告しようと名前を呼んだ時には遅い。
 綺麗にカウンターの手刀が胸に突き刺さる。

「あーあ、避けられる、か!」

 だが、緋雪は一切動じずに刺さった手刀を掴もうとする。
 転移でそれは躱されたが、魔晶石が魔力の刃を転移先に飛ばし、牽制する。

「……私は、何度もお兄ちゃんにこの力から心を助けてもらった。……今度は私の番だよ。この力を以って、お兄ちゃんを止める!」

 そう言った瞬間、魔力と霊力が迸る。
 霊魔相乗による、力の開放だ。

「ッ……!」

「―――ッ!」

 14の魔晶石と、緋雪の持つシャルとリヒトが振るわれる。
 魔晶石は魔力を刃のように纏っているため、侮れない威力を持っている。
 それを相手に、さしもの優輝も攻撃を受け流しきれずにいた。

「転移で逃げても無駄だよ!」

 紫色の魔晶石が魔力を張り巡らせる。
 椿が神力でやっていたものと同じで、これで転移先を察知していた。
 魔晶石二つ分の手数が減るが、それでも緋雪の方が有利だ。

「厄介だな」

「っ……!?」

 しかし、それを覆すのが導王流。
 避けるついでにカウンターを繰り出し、水色の魔晶石を叩き落とした。
 
「(これは……!)」

「ふっ……!」

 さらに、回避と共に強く地面を踏みしめる。
 叩き落とした魔晶石を下敷きにし、さらに霊力と魔力を叩き込んだようだ。

「………」

 その時点で、一度緋雪は魔晶石を自分の傍に戻す。
 踏みつけられたままの魔晶石以外は戻ってくる。
 しかし、その踏みつけられた魔晶石には罅が入っていた。

「アンファング!」

   ―――“Frieren(フリーレン)

 破壊される前に、緋雪が先に自爆させた。
 水色の魔晶石から魔力が爆発し、周囲を一気に凍らせる。

「あの状態でも打ち抜くなんて……!」

 優輝は転移でその爆発から逃れ、無傷だ。
 対し、緋雪は一つの魔晶石を失った。
 時間が経てば魔晶石も元に戻るが、少なくともこの戦いでは元に戻らない。

「(無闇に手数を減らすのは愚策。……なら!)」

 背後に迫っていた優輝の攻撃を緋雪は逸らす。
 シャルとリヒトを使い、優輝の攻撃を捌き続ける。
 そして、魔晶石は背後に控えさせ、射撃による牽制に留める。

「……そう簡単に通じないよ」

 転移連発からの蹴りを、緋雪は腕で受け止める。
 魔力を纏ったその蹴りは、並の剣よりも切れ味があるものだ。
 しかし、緋雪はそれをあっさりと受け止めた。
 防御どころか蹴りを真っ向から跳ね返す事も出来たが、それはカウンターを警戒して防御だけに留めていた。

「シッ!」

 動きを見極め、リヒトを振るう。
 受け流され、カウンターを繰り出された所で、シャルを振るう。
 ……だが、それもカウンターで返される。

「……っつ……!」

 自ら後ろに跳ぶ事でダメージを抑える。
 同時に、改めて相性の悪さを認識する。

「(どんなに力が強くても、受け流される……!魔結晶の攻撃も創造魔法で相殺されているし、何より剣だと相性が悪い!)」

 剣どころか、“振るう”動作のある武器である時点で相性が悪かった。
 導王流は素手が本領だ。そのためか、対武器の強さが桁違いとなっていた。
 どんな武器を振るうにも、その際の軌道を逸らされれば通じない。
 そのため、いかなる武器による攻撃も、カウンターで返されていた。
 通じるとすれば、鉤爪のような直接手に装着して扱う武器か、奏のように刃を生やす、またはなのはがやったように至近距離で魔力弾などで攻撃するぐらいだろう。

「(……武器が通じないなら、素手でやるしかない)」

 武器が通じないのならば、その身を使うまで。
 元々、優輝も魔力で四肢を刃のように振るうのだ。
 緋雪が同じ事を出来ない道理はない。
 むしろ、力が上な分、緋雪の方が強力だろう。

「ッ……!」

〈お嬢様!?〉

〈緋雪様!?〉

 デバイス二機が驚きの声を上げる。
 当然だ。緋雪が唐突に二機を投擲武器のように飛ばしたのだから。

「そこ!」

 二機があっさり弾かれると同時に、突貫する。
 もちろん、同時に創造魔法を魔結晶の魔法で相殺するのも忘れない。

「(受け流されさえしなければ、この力を十全に振るえる!!)」

 その一撃は、優輝に放つものではない。
 正確には、その一歩手前。地面に向けて、拳を振るう。

「ッ……!」

 地面にクレーターが出来上がり、その衝撃波で優輝の体勢を崩す。
 さらに砂塵も舞い上げ、目晦ましとした。

「足止め!」

 その上、魔結晶の内、赤と黄、そして転移を察知するための紫以外を差し向ける。
 全力で魔法が放たれ、優輝がいる場所を狙い撃つ。

「(今の内に……!)」

 無論、これは足止めに過ぎない。
 攻撃が通じるはずもなく、ほんの僅かでも攻撃の手を緩めれば魔結晶は破壊される。
 そのため、少しでも時間を稼ごうと、広範囲に魔法を放ち続ける。

「(魔結晶を依り代に、分身を呼び出す!)」

   ―――“Alter Ego Schöpfung(アルターエゴ・シェプフング)

 以前にも使った事のある分身魔法を行使する。
 今度は喜怒哀楽の感情ではなく、魔結晶を依り代とした。
 赤と黄の魔結晶を依り代に、以前の分身よりも強力な分身を呼び出した。
 現れた分身は、依り代にした魔結晶に影響されてか、羽の膜がそれぞれ赤と黄の色が混じった色合いになっていた。

〈なるほど、そのために……〉

 緋雪の分身二体が、それぞれリヒトとシャルを手に取る。
 そこで、リヒトは緋雪が何をしようとしているのか理解した。
 要は、本人は素手で戦い、リヒトとシャルは分身に使わせるつもりなのだ。

「……さすがに、分身するのに意識を割いたから、魔結晶は割られちゃったか」

 代償として、赤と黄と紫以外の魔結晶を破壊された。
 二つの紫は緋雪本体に。赤と黄は、それぞれ同じ色の魔結晶を依り代とした分身の近くに寄り添うように残っていた。

「さぁ、第二ラウンドだよ……!」

 そう宣言して、緋雪は再び優輝に挑みかかる。

「ッ!!」

 全力で振るわれる拳が、受け流される。
 しかし、反撃は返ってこない。
 代わりに、優輝の背後が爆ぜた。

「(あまりの威力に、反撃が出来ていない……!?)」

 その様子を見ていた椿は、そう分析する。
 椿の予想通り、緋雪の一撃の威力が、反撃の隙を与えていないのだ。
 いくら導王流の極致とはいえ、限界がある。
 その限界を、緋雪は超えているのだ。

「ぁああああああっ!!」

 声を上げながら、緋雪は拳や手刀を繰り出す。
 その度に受け流され、衝撃が後ろで爆ぜる。

「(……でも、それ以上は踏み込めないのね)」

 転移にも食らいつき、反撃の隙を与えずに攻撃し続ける緋雪。
 しかし、攻撃自体は通用していない。
 分身による援護射撃も全て受け流し、相殺されている。
 それ以上は、緋雪も踏み込めていないのだ。

「(厳密には、優輝はあの攻撃にすら反撃出来る。それをしないのは、直後の隙を確実に突かれると分かっているから。洗脳されているにも関わらず、随分と安定した選択を取るのね……)」

 椿の分析を余所に、緋雪の戦闘は続く。
 振るわれた拳を受け流され、追撃は紙一重で躱される。

「(分身で遠距離攻撃を阻止して、インファイトに持ち込む……!これで、少しでもダメージを蓄積させる……!)」

 遠距離攻撃は分身による援護で全て相殺する。
 それによって、完全にインファイトのみで戦闘を成立させる。

「っ……!」

 受け流し続ける優輝だが、その顔に余裕はなかった。
 何せ、少しでも受け流しに失敗すれば、直撃でなくとも大ダメージだからだ。
 現に、紙一重で避けても余波だけで体勢が崩れかけていた。

「ふっ!」

「ッ!」

 しかし、“対応”してくる。
 この僅かな短時間で、優輝は緋雪の動きに少し慣れた。
 受け流しの際の多少のダメージを無視し、カウンターを繰り出してきた。

「はぁっ!」

「ッ!」

「くっ……!」

 カウンターをさらに防ぎ、緋雪は対応する。
 転移も併用するため、こちらも油断すれば直撃を喰らう。
 どちらも極限まで精神を研ぎ澄ませ、攻防を繰り広げていた。

「シッ!」

「はっ!」

「……!」

 転移先に手刀を薙ぎ払う。
 それを受け流され、カウンターの蹴りが放たれる。
 半身をずらす事で避け、空いた片手の爪で斬り上げを放つ。
 しかし、その前に手首に掌底を当てられ、阻止される。

「(捕まらない、か!)」

 防いだ時や、攻撃を阻止した際に、何度も優輝を掴もうとする。
 だが、良くても掴みかけるまでで、転移で逃げられる。
 転移魔法がある限り、完全に捕獲する事は出来なかった。

「っ……!」

 直後、緋雪は飛び退く。
 寸前までいた場所を、“闇”の棘が貫いた。

「攻防一体の“闇”……イリスの加護……!」

「離れても倒せず、近づけばこの“闇”に囚われる。肉薄しても導王流を突破しきれない。……さぁ、どうする?」

「方法なんて、関係ない。何がなんでも、突破する!」

 理屈なんて考える必要はない。
 本能と理性を以って、緋雪は突貫する。

「はぁっ!」

 “闇”による攻撃など、今の緋雪にはただの障害物と変わらない。
 拳圧によって吹き飛ばし、すぐさま肉薄する。

「ふっ!」

「ッ……!」

「せぁっ!!」

 気合の声と共に放たれる緋雪の拳が、優輝を襲う。
 その度に、防御に使っている“闇”が消し飛ぶ。
 結局は受け流されるものの、緋雪は導王流以外で優輝を圧倒し続ける。

「っづ……!?」

「シッ!」

「っ、バインド……!」

 だが、優輝もその動きにどんどん対応していく。
 受け流しの反撃が突き刺さり、僅かに怯んだ所へ、バインドで拘束する。
 すぐさまバインドを引きちぎり、防御体勢に入るも、一瞬間に合わず吹き飛んだ。

「(細かいダメージじゃ、意味がないのに……!)」

 決定打どころか、一切の直撃がない。
 吹き飛ばされた体勢を立て直しつつ、緋雪はそんな焦りを積もらせる。

「(単純に戦うだけだと、勝つ前に対応される。……なら!)」

 転移で背後に回られると同時に、緋雪も転移で間合いを離す。
 さらに分身二体による援護射撃と近接攻撃が入る。
 分身とはいえ、その力は本物に迫る。それが二体だ。
 赤と黄の魔結晶による援護もあるため、それだけで相手は出来る。

「「ッ……!」」

 だが、優輝はそれを無視して転移した。
 時間を稼がれると、本体の緋雪が何をしでかすかわからないからだ。
 すぐさま本体の緋雪に肉薄するように、優輝は転移して背後に回った。

「まずは、導王流の流れを断つ!!」

 ……それこそが、緋雪の狙いだと気付けずに。

「ッ……!?」

 緋雪は全力で地面を殴りつけ、めくりあげる。
 大きなクレーターが広がり、地面の一部が浮き上がり、砂塵が舞う。
 目晦ましに加え、衝撃波で体勢を乱す魂胆だ。

「(考えを切り替える!ううん、思い出す!私がやるべき事は、お兄ちゃんを“倒す”事じゃない!“止める”事!そのために必要なのは……!)」

 砂塵の外へ離脱した緋雪は、そこから優輝を“視る”。
 狙うのは肉体的な急所でも、“領域”でもない。

「(イリスの“闇”!洗脳を解くには、イリスの影響を削ぐ必要がある!)」

 目的を見失ってはいけない。
 そもそも、この戦いは優輝を止めるためのものだ。
 確かに、倒してしまった方が抵抗がなくなるが、倒す必要がある訳でもない。

「(だから、だからなんだね……。全力が出しきれなかったのは……!)」

 目的がすり替わっていた。というよりは、固定観念で考えが寄ってしまったのだ。
 例え洗脳された状態であっても、緋雪はやはり優輝には敵わない。
 物理的な強さではなく、好きな相手だからこそ、倒せないのだ。

「……これで、ようやく全力が出せる……!」

 だけど、止めるためならば。
 相手を助けるためならば、それこそ全力が出せる。

「……狙うは一点。私の……“私達”の全てを賭けて、その“闇”を破壊する!!」

 援護射撃など、ちまちました役割分担は止めだ。
 そう言わんばかりに、分身はリヒトとシャルの形状を変える。
 防護服に重点を置いた、素手で戦うスタイルへと。
 そして、援護に使っていた魔結晶を取り込み、その力を上昇させる。

「ッッ!!」

 刹那、優輝が転移で死角に回り込んでくる。
 緋雪は即座に反応し、その手刀を受け止める。
 今までは、魔結晶による探知に頼っていた。だが、今回は違う。

「(精神を研ぎ澄ませれば、この程度……見切れる!!)」

 紫の魔結晶は、分身にそれぞれ一つずつ取り込ませた。
 つまり、緋雪は今の転移を素の身体能力で反応して見せたのだ。

「『リヒト、シャル!……分身の操作権を譲渡するよ!』」

〈『りょ、了解(や、ヤヴォール)!』〉

 分身の自我を破棄し、代わりにリヒトとシャルに接続する。
 これによって、リヒトとシャルは疑似的に肉体を獲得する。
 肉体の操作をリヒトとシャルに任せる事で、さらに動きを読ませなくした。

「(……そうだ。これは、私だけの戦いじゃない。お兄ちゃんを大切に想う“皆”が臨むべき戦いなんだ……!)」

 再び転移を連発して、緋雪の死角を突いて来る。
 だが、今度はそれに反応した緋雪に対抗し、さらにそこから転移した。

「させません!」

 導王流と違い、緋雪は攻撃後に僅かに隙がある。
 それを優輝は突いてきたが、リヒトが分身を操作してそれを阻んだ。

「ッッ……!」

 そこからは、転移とそれに対する動きの応酬だ。
 転移を繰り返す優輝に追いつくため、緋雪達も転移を多用し、攻撃が受け流されるか躱される。

「っづ……!」

 受け流される場合、ほぼ確実に反撃を喰らうが、倒れない。
 例え手刀が心臓を貫こうと、首を斬ろうと、即座に再生させる。
 死の概念が壊れているからこその荒業で、緋雪達は反撃を無視する。

「ふっ!!」

 緋雪の拳が振るわれ、転移で躱される。
 転移先へリヒトが追いつき、またもや転移で躱される。
 そして、今度はシャルが反応し……それが繰り返される。
 緋雪の力に優輝が対応したように、緋雪達も優輝の動きに対応していく。
 転移の間隔は徐々に短くなり、受け流す回数も増えてくる。
 
「(全力全開!ううん、それを超える!転移で捉えきれないなら、それ以上のスピードで追いつく!恐れる事なんてない、奔れ、閃光のように―――!!)」

 優輝の転移からの攻撃が、空ぶる。
 この瞬間、確かに優輝の知覚出来る速度を緋雪は超えた。
 その速さのあまり、優輝は攻撃対象が緋雪の残像だと気付けなかったのだ。

「はぁあああああっ!!」

「っ……!」

 いくら生物兵器としての力を完全に扱えるとはいえ、限界を超えれば無茶となる。
 音を超え、光の速度に迫る速度で、緋雪はただ真っ直ぐに飛び続ける。
 転移のためのゲートを複数設置し、それによって方向転換を為す。
 スピードを緩めず、ただ一直線に優輝へと攻め立てる。

「私達を……!」

「忘れたとは言わせませんよ、マスター!」

 ただの直線攻撃であれば、まだ対処出来ただろう。
 だが、リヒトとシャルがそれを許さない。
 緋雪のようなスピードを出せなくとも、その体は緋雪の分身だ。
 有り余る力と、十分に発揮できるスピードで、的確に優輝を追い詰める。

「シッ!!」

「っづ……!?」

 ついに、優輝が受け流しに失敗した。
 転移で一度は避けても、即座にその先に緋雪が追いついて来るのだ。
 その上、知覚を上回る速度で動かれれば、受け流せるものも受け流せない。
 極致ともなれば、勝手に体が受け流すとしても、限界があった。
 緋雪は、その限界を上回ったのだ。

「ッ……!」

 体勢を立て直しつつ、転移でその場から消える。
 当然、緋雪はそれに追いつき、優輝もそうなると理解していた。
 既に、導王流の極致でさえ、対応しきれないと悟っていた。

「ぇ―――?」

 だからこそ、“別の手段”を取った。
 ピアノ線のように優輝の周囲に張り巡らされた“闇”。
 緋雪はそれを手刀で払い除けようとして、逆に手が切れた。

「(超高密度の“闇”……!この速度に対して、最も攻撃力を発揮する戦法に切り替えてきた……!?)」

 緋雪の力ですら、そう簡単に千切れない程、高密度に圧縮した“闇”の線。
 さらに緋雪の速度を利用する事で、刃物よりも切れやすい攻撃となっていた。
 今の緋雪の速度に対する、最も有効なカウンターと言えるだろう。

「(でも、止まらない!)」

 それでも、緋雪はスピードを緩めない。
 取り除けないのであれば、避けるだけでいい。
 切断された手も、今なら即座に再生できる。
 ……既に、“決定打”は用意されている。

「リヒト!シャル!!」

 まずは、分身を任せた二機に呼びかける。
 先程までと同じように、緋雪の攻撃を当てるための牽制だ。
 リヒトとシャルが、緋雪の攻撃を転移で避けた所へ襲い掛かる。

「ぁぐっ……!?」

「ッ……!?」

 緋雪達の目論見は確かに達した。
 攻撃の対処をさせる事で、僅かにでもその場に留まらせた。
 しかし、反撃が予想外だった。

「なる、ほど……そういう、使い方が……!」

 先程緋雪の手刀を切断した“闇”の線。
 それが、分身の核である魔結晶を貫いていた。
 核が貫かれれば、分身は姿を保てない。
 それを見抜いての反撃だったのだろう。

「ぁぁあああああああああああああっ!!!」

 直後、緋雪が一気に肉薄する。
 進路を阻む“闇”の線を、出来る限り躱し、優輝へ向かって拳を振るう。

「ッッ……!」

 その瞬間、目の前に“闇”の線による網が現れる。
 このままでは、再生できるとはいえ体が細切れになるだろう。
 そうなれば、攻撃も失敗する。

「予想、通り!!」

 故に、転移でそれを避けた。
 空間そのものを飛び越えれば、“闇”の線で切られる事はない。

   ―――導王流壱ノ型奥義“刹那”

「か、はっ……!?」

 ……しかし、回避に続く回避で、緋雪の速度は緩んでいた。
 そのために、優輝に反撃を許してしまった。
 緋雪の速度をそのまま利用した掌底が、直撃する。
 繰り出したはずの攻撃は、寸での所で届かず、体が上下に千切れ飛ぶ。

「(最後の最後で、カウンター……!)」

 今の緋雪であれば、それでも回復出来ただろう。
 しかし、せっかく発揮していたスピードがこれで殺された。
 同じ手を、優輝は許さないだろう。
 それこそ、再生すら許さないように手を打ってくる。













「―――捉えた……!!」

 だからこそ、その“次”を許さない。
 例え上半身だけになろうと、狙いだけは外さなかった。

「ッ……!」

 “破壊の瞳”による術式が、優輝の体を完全に捉える。
 狙うのは一点。イリスの“闇”だ。

〈〈させません!!〉〉

 その術式を、優輝は即座に破壊しようとした。
 だが、それをただのデバイスに戻ったリヒトとシャルがバインドで阻止する。

「なら……!」

「転移は、赦さない!!」

   ―――“Espace Domination(エスパース・ドミナシオン)

 ならばと、優輝は転移しようとする。
 その前に、復帰した司が空間を支配し、転移を封じた。

「っっ……!」

「それも」

「させない……!」

 それでも優輝は“闇”を使って術式を破壊しようとする。
 先程までの“闇”による線なら、邪魔されようと貫通していただろう。
 だが、先に二つの手札を潰されたために、猶予のなさに焦りが積もっていた。
 結果、“闇”の密度は甘く、割り込まれれば阻まれる程度になっていた。

「―――今よ、緋雪!」

 葵と奏が術式を破壊しようとする“闇”をその身で阻む。
 そして、椿が矢でその“闇”を逸らした。
 ……もう、優輝は間に合わない。

















「いっけぇええええええええええええ!!!」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

 “破壊の瞳”が握り潰され、優輝の体が爆ぜた。















 
 

 
後書き
魔晶石…緋雪の羽についていた宝石のようなもの。魔法を込めたり、間接的な武器としても扱える。全てを一斉に扱うのは難しいが、かなり利便性がある。

Frieren(フリーレン)…“凍る”のドイツ語。水色の魔晶石に込められた魔法。相手を凍らす事が出来る。射撃と放出の二種類がある(今回は放出)。

Espace Domination(エスパース・ドミナシオン)…“空間支配”のフランス語。範囲内の存在の転移を封印する。


後半の緋雪の戦闘は、DBにおける残像拳、または超スピードの応酬みたいなものです。
最後の連携、もちろん念話などで合図していません。
合わせるならそこしかないと、全員が直感で理解したからこそ成り立った、奇跡そのものな連携です(語彙力)。 

 

第251話「可能性の“愛”」

 
前書き
―――急げ、既に戦いが佳境に入っておる
―――彼を元に戻すには、貴方達の存在が必要です


  

 














「ぁ、ぐっ……!」

 緋雪の上半身が地面を転がる。
 再生するのは簡単だったが、その意識すらも“破壊の瞳”に注いでいたのだ。
 確実に成功させるため、“破壊の瞳”の操作以外は蔑ろにしていた。
 そのため、無様とも言える形で転がってしまった。

「雪ちゃん!?」

「だ、大丈夫……!」

 葵がそれを見て声を上げるが、緋雪はすぐに再生に意識を割く。
 下半身も残ってはいるため、再生はそこまで難しくない。

「それよりも、お兄ちゃんは!?」

 再生途中でありながらも体勢を立て直し、緋雪は優輝を見る。
 “破壊の瞳”で確かにイリスの“闇”を捉えたとはいえ、倒した訳ではない。
 そのため、決して油断はしていなかった。

「(かなり複雑に“闇”が絡みついていたから、物理的にも破壊してしまったけど……少なくとも、これで変化は起きるはず……!)」

 司の転移封じの魔法が働いている間に、全員がバインド等で拘束を試みる。
 その上で、警戒を怠らずに動きを見る。

「……その様子だと、狂気を完全克服出来たみたいだね」

「うん。吸血衝動も、狂気も、私の根幹から生じる恐怖による副産物だった。……ずっと、それから目を逸らしていたから、その影響として狂気に陥った」

 葵が横に並び立ちながら、緋雪がパワーアップした事を尋ねる。
 緋雪も優輝から目を逸らさずに簡潔に答えた。

「でも、もう大丈夫。この力でも、誰かを……お兄ちゃんの助けになれるってわかったから。……もう恐れる事なんて、ない」

「……そっか」

 緋雪の回答に、葵は満足そうに頷く。

「ァァアアアアアアアアッ!!!」

「ッ……!」

 だが、感傷に浸るのはそこまでだ。
 バインド等の拘束を弾き飛ばすように、優輝から“闇”が放出される。

「(破壊出来なかった!?……いや、あれは……!)」

「ッッ!!」

「くっ……!」

 “闇”が触手のようにうねり、周囲を無差別に薙ぎ払う。
 近くにいた緋雪達はすぐさまそれを避け、司や椿がいる所まで下がる。

「暴走……って程でもないね」

「どちらかと言えば、箍が外れたって感じね。制御しきれない訳じゃないけど、さっきみたいな精密な操作は出来なさそうに見えるわね」

 それは、例えるならホースヘッドが壊れたようなものだ。
 ホース自体はまだ扱えても、細かい扱いが出来なくなる。
 今の優輝は、そんな感じになっている。

「でも……ッ!」

 司がそう呟いた瞬間、全員がその場から逃げる。
 直後、膨大な“闇”がその場所を呑み込んだ。

「出力や威力は先程以上、って訳ね!」

「雪ちゃん!さっきの破壊は……」

「成功した!でも、“闇”とお兄ちゃんが複雑に絡み合ってるせいで、完全破壊は無理だった!言うなれば、バリアを破壊した程度でしかないよ!」

「なるほど……!」

 振りまかれる“闇”の攻撃を避けながら、全員がどうするべきか思考する。
 その間にも、転移封じの魔法は続行し、牽制の攻撃も加えていく。

「緋雪……!さっきと同じ事は出来る……?」

「無理!……お兄ちゃんの“闇”の攻撃も結構食らったから……。あれ、限界以上の力が発揮できるこの状況でも、力を削いでくる……!」

 奏の問いに、緋雪は不可能だと答える。
 先程の突貫で、緋雪もかなりの攻撃を喰らっていた。
 そのダメージが蓄積し、先程のような無茶は出来なかった。
 魔結晶も全て砕かれているため、戦力もかなり削られている。

「リヒト!シャル!」

 それでも、かなりの戦力なのは間違いなかった。
 すぐにリヒトとシャルを手元に呼び寄せ、目の前に迫る“闇”を相殺する。

「(何とか防げる!でも、これを織り交ぜられたら……!)」

 その相殺の手応えから、各自の高威力技なら相殺が可能だと緋雪は確信する。
 だが、その一撃は飽くまで通常攻撃の類だ。
 この攻撃を導王流などと織り交ぜられたら、それこそ手に負えない。

「っ……凄まじいわね……」

「皆!私の“瞳”で怯んでいる今がチャンスだよ!他の行動を起こされる前に、出来るだけダメージを与えて!」

 椿が緋雪の力に戦慄する。
 それを余所に、緋雪は司達に優輝を攻撃するように呼び掛ける。

「とは言っても……!」

「この“闇”を突破するのも一苦労ね……!」

 各々が砲撃魔法や霊術などで攻撃する。
 しかし、ほとんどが“闇”で相殺され、通じない。

「なら……ッ!?」

 ならばと、緋雪が“破壊の瞳”で追撃しようとする。
 その時“視た”モノに、戦慄する。

「(()()()()()……!?)」

 破壊のための“瞳”が、あまりにも大きすぎた。
 まるで、優輝を包むかのように“闇”が覆いつくしていたのだ。

「ッ……!」

 それでも、破壊は可能だ。
 握り潰す事は出来なくても、殴りつける事で破壊を試みる。

「……ダメ、か」

 しかし、破壊出来たのはほんの一部分だけだ。
 優輝から放たれる“闇”の一部分が爆ぜただけだった。

「今の……“破壊の瞳”?」

「うん。握り潰せない程、大きかった。まるで、お兄ちゃんを包むように……」

 物理的に“瞳”が大きかった事は今までなかった。
 例え相手が神界の神であろうと、“瞳”は大きくならない。
 あり得るとしても、“瞳”が堅くなる程度だ。
 だというのに、先程の“瞳”は大きすぎた。

「(“破壊の瞳”は、所謂存在の“急所”を見つけ、破壊する力。人間が心臓を潰されたら死んでしまうように、その状態を保つための“核”を破壊している。……その“瞳”が大きいと言う事は、つまり……)」

 もう一度“瞳”を殴りつける。
 だが、やはり一部の“闇”が爆ぜるだけだ。

「やっぱり、あの“闇”全てが“瞳”になっているんだ……!」

「何ですって!?」

 優輝に絡みつく“闇”、それら全てが“核”となっているのだ。
 故に、“瞳”が大きく、殴りつけた所で破壊しきれない。

「(なるほど……優奈が“戻す術はない”って言ったのは、こういう訳ね。複雑に絡みついた“闇”は、緋雪の“破壊の瞳”ですら祓いきれない。見た所、一部分を破壊した所ですぐに元に戻ってしまう。一撃で消し飛ばすにしても、物理的な力だと不可能。司や私が浄化した所で、焼け石に水って事ね……)」

 問答無用で破壊出来る“破壊の瞳”だからこそ、一部分とはいえ破壊出来たのだ。
 椿や司が出来る浄化の方が相性はいいが、それでは力が足りない。
 だからこそ、優奈は洗脳を解く事は出来ないと言っていたのだ。

「っ……来るわ!」

 奏が声を上げる。
 それと同時に、“闇”の放出が無差別ではなくなった。

「転移は出来ないから、気を付けて!」

 司の転移封じの魔法は続いている。
 だが、それは敵味方関係ない代物だ。
 そのため、緋雪達も転移は出来ない。

「ッ……!」

 真っ先に狙われたのは、緋雪だった。
 放たれた“闇”の奔流を、拳を横から当てつつ、回避する。
 先程までの限界を超えた状態ならば、ほとんどダメージは抑えられただろう。
 しかし、力が落ちている今だと、弾かれるように吹き飛ばされた。

「くっ……!」

 体勢を崩した緋雪へ、さらに追撃の“闇”が迫る。
 やはりと言うべきか、先程一対一でやり合った事で警戒されていた。

   ―――“Delay(ディレイ)

「ッッ!」

「ありがとう、奏ちゃん!」

 避けきれないと悟る緋雪だったが、奏が移動魔法を使って助け出す。

「葵!」

「分かってる!」

 緋雪を狙っている事に椿も気づき、すぐさま葵に指示を出す。
 葵は優輝の後方に回り込みつつ、一気に肉薄する。

「っづ……!?」

 肉薄は容易に出来たが、“バチィッ”と弾かれる。
 弾く際のその威力に、レイピアが弾き飛ばされた。

「威力はあるけど、大雑把ね」

   ―――“弓奥義・朱雀落-真髄-”

 直後、レイピアを弾いた“闇”の壁を矢が穿つ。
 貫通はしなかったものの、窪みが出来た。

「そこ!!」

 さらに司が魔力弾で追撃。砲撃魔法でトドメを刺す。

「シッ……!」

 壁を破り、葵が新たに生成したレイピアで攻撃を放つ。
 だが、その攻撃も“闇”で弾かれ、反撃される。

「“呪黒剣”ッ……!」

 すぐさま霊術で押し留めつつ飛び退く。
 “闇”はすぐに霊術を突き破って来たが、何とかダメージのほとんどを避けた。

「ふっ……!」

 そこへ、奏が優輝の背後から斬りかかる。
 “闇”が防御行動に出るが、それを緋雪が後方から抑えた。

「ッ……!」

 だが、やはり奏の攻撃は通じない。
 “闇”を纏う手で逸らされ、カウンターで飛び退かざるを得なかった。

「……やっぱりね」

「かやちゃんも気づいた?」

「ええ」

 そんなやり取りをした所で、椿が呟く。

「どうしたの?」

「優輝、今まで使ってた導王流の極致が使えなくなっているわ」

「さっきのあたしの攻撃と奏ちゃんの攻撃、本来ならほぼ確実に反撃されたから」

 司が尋ね、椿と葵で答える。
 そう。優輝は先程までの導王流の極致、“極導神域”が使えなくなっていた。
 溢れ出る“闇”を制御するためか、導王流の扱いが疎かになっていたのだ。

「じゃあ……!」

「さっきよりも戦える……と、思うのは早計よ」

「殲滅力とか、火力自体は上がっている……だよね?」

 緋雪が奏と共に合流して、椿の言葉を繋ぐ。
 その通りだと椿も頷き、司や葵、奏が若干苦い顔をする。

「ッ……!『まるで、イリスね』」

「『そっか、奏ちゃんは一回イリスと戦ってたもんね』」

 攻撃を避けながら、会話を念話に切り替える。
 “闇”を操り攻防一体となっている戦法は、まさにイリスと同じモノだ。

「『私が前衛を務めるから、皆はサポートよろしく!』」

「『待ちなさい……と、言いたい所だけど、その方が確実ね。分かったわ』」

 緋雪が前に出て、それを他が支援する。
 今の優輝の攻撃力と真正面からやり合えるのは、緋雪か司ぐらいだからだ。
 司の場合は、後衛が本領なため、ここは緋雪が前に出た。

「はぁあああっ!!!」

 飛んでくる“闇”の奔流を、真正面からシャルで切り裂く。
 “極導神域”と違い、攻撃が逸らされる事はない。
 そのため、一撃の威力を増強できるデバイスを用いて、攻撃を相殺する。

「(この威力……素のシャルで斬ってたら、シャルが耐えれなかった……!)」

 切り裂いたのはいいものの、反動が返ってくる程の威力に緋雪は戦慄する。
 だが、怯んではいられない。追撃は、すぐそこに迫っているのだから。

「っ、ああっ!!」

 次々と襲い掛かる“闇”。
 それを、緋雪は悉く切り裂き、相殺する。
 一撃一撃を全力で振るい、椿達が攻撃するための壁となる。

「ッッ……!」

 そんな緋雪に、優輝は一瞬で肉薄する。
 当然だ。“闇”を操っている所で、優輝が動けない訳ではないのだから。
 しかし、緋雪は“闇”の対処のため咄嗟に動けない。

「させない!!」

 そこへ、葵が突貫して割り込む。
 レイピアを突き出し、優輝を守る“闇”に穴をあけようとする。

「ッ!!」

 さらに奏も斬りかかる。
 “極導神域”がなくなった今、この二人による攻撃を、優輝は受け流しきれない。
 そのために“闇”を防御に使っていた。

「『とにかく“闇”を削ぎなさい!!少しでも“闇”を減らせるのなら、それだけ私や司が浄化する可能性が上がるわ!』」

 椿の伝心と共に、神力の矢が優輝目掛けて襲い掛かる。
 同時に司の魔力弾も襲い掛かり、僅かに“闇”を削る。

「ふっ!」

 僅かに、ほんの僅かに隙を見出し、緋雪が斬撃を飛ばす。
 
「ちっ……!」

「ぐっ……!?」

「っ……!」

 だが、その斬撃は同じく放った“闇”の斬撃に相殺された。
 それだけでなく、“闇”を炸裂させた衝撃波で、葵と奏も吹き飛ばされる。

「なっ……!?」

 体勢を立て直す暇もない。
 攻撃が飛ぶのではなく、()()する。
 そのため、避ける事も出来ずに葵と奏は再び吹き飛ばされた。

「(避けきれな―――)」

 それは緋雪や椿、司も変わらない。
 常に動き回れば直撃はしないが、長続きしない。
 二人と同じように、吹き飛ばされる。

「っ……!」

 辛うじて防御や転移封じの魔法は続けている。
 だが、反撃に移る前に優輝は次の行動を起こしていた。

「(一か所に……!?まずい!)」

 椿が気が付いた時には、もう遅かった。
 何度も吹き飛ばされている内に、全員が一か所に集められていた。
 さらに、“闇”でドーム状に囲まれ、その場から逃げられなくなる。

「ッ―――!」

 そこへ、今までで一番規模の大きい“闇”の奔流が襲い掛かる。
 咄嗟の反撃では、緋雪や司でも凌げない程の、一撃が。

「(しまっ……!?)」

「(間に合わない……!?)」

 椿も、葵も、司も、奏も、その一瞬で悟る。
 これは防げないと。敗北してしまう、と。

「ぁあああああああああああああああああっ!!!」

 ……しかし、緋雪だけは違った。
 “闇”の奔流に対し立ち向かい、真正面から受け止める。

「ぁ、ぐっ、ぐぐぐ………!!」

 大地に足をめり込ませ、全神経を集中させて耐える。
 だが、少しでも気を抜けば……否、後少しでもすれば耐えきれなくなる。

「ふっ……!!」

   ―――“Angel Beats(エンジェルビーツ)

 真っ先に復帰したのは、奏だった。
 今の奏には、ごく一部とはいえミエラの経験も引き継がれている。
 それが影響し、誰よりも早く緋雪の意図を理解した。
 即ち、“何としてでもこの攻撃を凌げ”と……!

「負けて、られないわね……!!」

「そうだね……!!」

 遅れて、椿と葵も気づく。
 奏の魔力、椿の神力、葵の霊力と魔力が、緋雪を手助けする。

「っ……はぁああああああああああっ!!」

   ―――“Sacré lueur de sétoiles(サクレ・リュエール・デ・ゼトワール)

 そして、司も。
 天巫女の魔力を最大限に生かし、今撃てる最大威力の極光を放つ。
 緋雪の力と、椿達の技のおかげで生じた時間で、出来る限り祈りを込めて。

「っ……!」

 本来よりも威力は低くなっている。
 それでも、ようやく“闇”の奔流を押し留めた。
 それを見て、緋雪は一瞬押し留めるのを止める。

「はぁっ!!」

「“其は、緋き雪の輝きなり(シャルラッハシュネー・シュトラール)”!!!」

 緋雪が緋き極光を繰り出すのと、“闇”の勢いが増すのは同時だった。
 元々、優輝は攻撃を凌いだ所へ襲い掛かる算段だった。
 だが、押し留められたのを見て、それは取りやめた。
 緋雪が押し返してくると予想し、威力を強めたのだ。
 緋雪も、これが全力ではないと予想していたから、極光を放った。



 果たして、その判断は正しかった。
 ……正しかった、が―――

「う、ぐぐぐ……!!」

 その上で、緋雪達は押される。
 優輝が力を注ぎ続けるため、耐え凌ぐ事も出来ない。
 なんとしてでも押し返さない限り、この状況は打開できないのだ。

「そんな、五人でも、押し返せない、なんて……!」

 全員が全力で“闇”の奔流に立ち向かっている。
 それなのに、踏ん張る事しか出来ていない。
 その事に司は歯噛みする。

「(この状態だと、“破壊の瞳”も使えない……!)」

 全員が押し留めるのに精一杯になっており、それ以外の行動が取れない。
 不幸中の幸いというべきか、それは優輝も同じだった。
 優輝も押し切るために力を注ぎ続けており、他の行動は取れないでいた。
 完全な拮抗状態へと、持ち込まれている。

「ぐ、くっ……!」

「負け、ない……!」

 それでも、徐々に緋雪達が押されていく。
 このままでは、緋雪達が負けるのは確定だろう。

「まだ、まだ……!負けられ、ないっ!!」

 その上で、緋雪は声を上げる。
 それは、司や椿達も同じだ。
 可能性が少しでも残っているのなら、最後の最後まで諦めない。
 押されていても、それを押し返すつもりで力を振り絞る。

「そうね……!ここで押し返す程の気概がないと、優輝を元に戻すなんて、出来ないでしょうしね……!私達を、舐めるんじゃないわよ!!」

「優ちゃんがあたし達を大切に想っていたように、あたし達も優ちゃんが大切!……だから、一歩も退けない……!」

「優輝君……!お願い……私の、私達の祈り……届いて……!!」

「優輝さん……どうか……正気に戻って……!」

 啖呵を切り、決意を口にし、懇願する。
 五人共、諦めているようで、決して諦めていない。
 その“意志”が、さらに押し返す力となる。

「ぉおおおおおおおおおっ!!」

 だが、その上から、優輝はさらに力を強める。
 押し返そうとする緋雪達を、さらに圧倒する。

「ぐ……!」

 耐える。ただ耐える。
 力を振り絞り、決して負けないと“意志”を抱いて。
 徐々に押されていようと、それは変わらない。

「ぅ、ぁ、ッッ……!!」

 それでも、現実は変わらない。
 徐々に押し込まれ、後少しでもすれば、体勢が崩れてしまう。













   ―――その時だった。





「止めなさい!優輝!!」

「止めるんだ!優輝!!」

 二つの声が、同時に響く。

「ッ……!」

「この、声って……」

 その声は、優輝と緋雪にとって、聞き覚えがあった。

「緋雪!今よ!」

「ッ……!ぁあああああああっ!!」

 その声に、優輝も緋雪も一瞬動揺した。
 直後、椿の一喝と共に緋雪達が優輝の攻撃を押し切った。
 僅かな動揺によって、攻撃の手が緩んでいたのだ。

「が、ぁああああああああああああああああああああああ!!?」

 “闇”の奔流が押し返され、優輝は五人の極光に呑み込まれる。
 しかし、それは一瞬だけだった。
 すぐさまその場から消えるように離脱してしまった。

「っ……転移封じが……!」

 司が慌てて転移封じの魔法を掛け直す。
 先程の攻撃を防ぐのに集中するあまり、転移封じが解けていたのだ。
 優輝はそれに気づいていたからこそ、転移で逃げたのだ。

「ぐっ……!」

 それでも、ダメージは大きい。
 司が転移封じを掛け直すのを阻止出来ずに、転移先で膝を付いていた。

「さっきの……」

「……間違いないわ」

 奏が先程響いた声の方向へ目を向け、椿が確信する。
 緋雪や葵、司だけでなく、優輝すらそちらに目を向けていた。

「……お母さん、お父さん……」

 緋雪が信じられないと言った様子で呟く。
 そこにいたのは、間違いなく消滅したはずの優香と光輝だった。

「生きて、いたんだ……」

「……ええ。あの時、助けてくれた神がいたの」

 優輝と対峙するように、二人は緋雪達の前に降り立つ。
 そして、優輝から視線を外さずに、緋雪の呟きに答えた。

「話は後だ。……優輝を元に戻す方法はあるのか?」

「ううん。外部からは何とも……でも、何度も呼びかければ、もしかしたらお兄ちゃん自身が……」

「そのためにも、出来る限りあの“闇”を削っているわ」

「そうか……」

 光輝の言葉に、緋雪と椿で答える。
 問答の時間はないとばかりに、すぐに会話を切り上げ、優輝を警戒する。

「ぅ、ぁ……」

 だが、優輝は優香と光輝を見て明らかに動揺していた。
 洗脳されていても、“死んだはずなのに現れた”と言う事実は変わらない。
 そのため、優輝も信じられずに動揺していたのだ。

「ぁあああああああああああああっ!!」

「っ……!」

「(不幸中の幸いね……!)」

 その動揺のおかげで、体勢を整える時間が出来た。
 そして、襲い掛かる優輝を優香と光輝が迎え撃つ。

「くっ……!」

「ふっ……!!」

 さすがの連携で、上手く優輝の攻撃を捌く。
 直後、“闇”による攻撃が襲い掛かったが、優香が魔力をぶつけて相殺する。

「っ……さすがの、強さだな……!」

「でも、私達だって、負けないわよ……!」

 一瞬やり合えたように見えたが、すぐに二人は劣勢になった。
 だが、二人はそれでも果敢に攻め、攻撃を防ぐ。
 その様を見て、優輝はますます動揺していく。

「(あれは……)緋雪!」

「うん!」

 それに椿がいち早く気づき、緋雪に指示を出す。
 緋雪は即座に優輝の背後に回り込み、一閃を放つ。

「ッ……!」

「そこだ!」

「くっ……!」

 緋雪の攻撃は躱されたが、代わりに光輝の攻撃が命中した。
 厳密には障壁でダメージを減らされたが、その衝撃で後退する。

「そこ!」

 そこへ、容赦なく優香が追撃の魔力弾をぶつける。
 同じく障壁で阻まれるものの、その上からダメージは通っていた。

「(……死んだはずの両親が現れた事による動揺……明らかに大きな“揺さぶり”になっている。それに、二人の“意志”がかなり強い!これなら……!)」

 強さで言えば、光輝と優香は二人合わせてようやく葵や奏を上回れる。
 それでも、神力を開放した椿や、今の優輝よりは弱いはずなのだ。
 だというのに、拮抗していた。それが好機だと、椿は判断する。

「『私達で足止めするわ!司!緋雪!優輝の“闇”を消し去るのよ!』」

「「『了解!!』」」

 椿も闇を祓う力を使える。しかし、神としての性質上、そこまで得意ではない。
 そのため、司にその役目を託し、自身も足止めに徹する。

「ぐっ……、くっ……!」

 目の前に優香と光輝がいる。
 ただそれだけで優輝は動揺し、動きが鈍る。
 それを椿達は見逃さずに攻め、たたらを踏ませる。
 通常の導王流であれば、椿達も対処できるため、確実に追い詰めていた。

「司さん、浄化の方はお願い。……私は、“闇”の外壁的な部分を崩す」

「分かった」

 緋雪はそう言って、一段と集中して“視る”。
 物理的でも、概念的でもない。
 それらを通した上で、“領域”を視る。

「(“闇”そのもので見えづらい……でも、捉えた!)」

 今までのように握り潰す事は出来ない。
 今回の“瞳”はそれほどまでに大きいからだ。
 だが、だからこその破壊の仕方が取れる。

「はぁぁぁ……!!」

 魔力と霊力を練り上げ、力を溜める。
 殴りつけるしかないのならば、その分全力で殴ればいい。
 そう考え、全力の一撃を叩き込もうとする。

「ッ……!」

「なっ……!?」

「(今のを抜けた!?それだけ、緋雪を警戒していたの!?)」

 その時、優輝が椿達を無視して緋雪に突貫する。
 躱しきれない攻撃も、バインドも無理矢理に突破してきた。
 それだけ“破壊の瞳”を警戒していたのだ。

「(間に合わない……!)」

 奏すら妨害の阻止に間に合わず、肉薄を許してしまう。
 このままでは、どの道緋雪の行動は阻止される。
 しかし、それを止める事は出来なかった。









「どれだけ、私がお兄ちゃんの動きを見てきたと思っているの?」

   ―――導王流壱ノ型奥義“刹那”

 ……当の狙われた本人である、緋雪以外は。

「あれだけ、シュネーの時に見ていれば、体が覚えるよ」

「っ、が……!?」

 “破壊の瞳”のために備えていた力で、緋雪は優輝を迎え撃った。
 それも、同じ導王流の奥義を使い、さらには同時に“瞳”を殴りつけて。

「司さん!!」

「うん!!」

 そして、その一撃が決着へと繋げた。
 司の準備は既に整い、緋雪の一撃で優輝は完全に怯んでいる。
 転移は未だに封じられているため、逃げる術はない。

「届け、私の、私達の想い!」

   ―――“其の想いは、愛の祈り(ラ・プリエール・デ・アモール)

 司から極光が放たれる。
 それは、司だけでなく、この場にいる全員の想いを束ねた光だ。
 単純な威力ではなく、“助けたい”と言う想いによる概念的な効果が発揮される。
 今の優輝にとって、これ以上なく効果のある技と言えるものだった。

「ぁ――――――」

 その極光を前に、優輝は叫び声を上げる事さえ出来ずに呑み込まれた。













 
 

 
後書き
其は、緋き雪の輝きなり(シャルラッハシュネー・シュトラール)…覚醒した緋雪による必殺技。なのはのSLBと同じく、しっかりと溜めた方が威力は出る。

其の想いは、愛の祈り(ラ・プリエール・デ・アモール)…司による、皆の想いを乗せた祈りの極光を放つ。技名は“愛の祈り”のフランス語から。単純な威力だけでなく、誰かを助ける、闇を祓う力も持っている。想いの強さに比例し、効果が上昇する。


満を持して両親復活。詳しくはまた後に回します。
帝が覚醒してから、戦闘がかなりDBらしくなっていますが、仕様です。
わりとリリなのも劇場版でDBっぽい戦闘してたので、何もおかしくありません() 

 

第252話「闇が示す光」

 
前書き
―――行かなくちゃ。私が私であるなら、止めないと


余談ですが、緋雪復活→優輝撃破までの間も他のメンバーはずっと戦闘中です。
倒すにしても、倒されないようにするにしても、時間は掛かるので。 

 












「なっ………!?」

 イリスは驚愕していた。
 消滅させたはずの優香と光輝が生きていた事や、優輝が敗北した事に……ではなく。
 優輝を支配していたはずの“闇”との繋がりが、不安定になった事に。

「シッ!」

「くっ……!」

 驚愕による隙を、優奈は見逃さずに斬りつける。
 しかし“闇”に阻まれ、祈梨の追撃は転移で躱された。

「あら、焦っているわね?どうしたのかしら?」

「っ……!」

「大方、司達が上手くやったんでしょうね。それも、貴女の想定を上回る形で」

「そうなのですか?」

 創造魔法や理力による遠距離攻撃で牽制しつつ、優奈は言う。
 その言葉に、祈梨も疑問に思ったのか尋ねてくる。

「おそらくはね。少し様子を見てみたけど、戦闘が終わっていたわ」

「よく言いますね……!その可能性を見越していたくせに……!」

「あら、じゃあ賭けに勝ったって所かしら?」

 戦闘自体はイリスに余裕があるが、精神的には優奈の方が余裕があった。
 その差が、さらに優奈を後押しする。

「侮っていたつもりはありませんでしたが……やはり、油断がありましたか」

「優輝を手に入れた事で、計画もほぼ完遂だったものね。……結果、余裕が生まれ、油断に繋がり、“可能性”を見落とした。まごう事無き貴女の失敗よ」

「……ですが、まだ修正できます」

 その言葉と共に、イリスから殺気が溢れ出る。

「貴女達を突破し、再度“闇”を注げば済む話です」

「それをさせるとでも?」

「貴女達に止められるとでも?」

 どちらも不敵に笑うが、余裕がないのは優奈達だ。
 イリスは転移を無制限に使えるのに対し、優奈達は連続で使えない。
 足止めにおいてその差は絶望的なまでに酷い。
 逃げや強行突破などの手を取られれば、二人に追いつく術はない。

「祈梨!!」

「足止め、ですね!」

 優奈の言葉と同時に、祈梨が仕掛ける。
 だが、その全てを転移で躱され、司達の方へと向かっていく。

「ふっ!」

「甘いですよ」

 優奈が転移で回り込むも、それも転移で躱される。
 祈梨も転移で追いつくが、すぐに転移で引き離された。

「置き土産でも置いて行きましょうか……!」

「ッッ!!」

 さらに、“闇”が放たれ、二人は足止めされる。
 このままでは、後数秒もしない内に司達の元へ辿り着いてしまうだろう。

「ッ……!?」

「そうは、いかないってな……!」

「なっ……!?」

 だが、そこへ割り込む者がいた。
 上空から雨霰の如き気弾が降り注ぎ、イリスを足止めする。
 そして、それを撃った張本人はイリスの前へと一瞬で移動してきた。

「間に合ったようね。帝」

「ああ。後は任せろってあの二人に言われたからな」

 そう。上空で多数の神達と戦っていた帝だ。
 既に半数以上は仕留めてきたのか、もうミエラとルフィナだけで十分となっていた。
 そのため、こうして帝はイリスとの戦いに参戦してきたのだ。

「もう一人の想定外。忘れたとは言わせないわよ?」

「っ……!」

 今度こそ、イリスは苦虫を噛み潰したような顔をする。
 物理的な速度で言えば、この場では帝が一番速い。
 転移を使おうと、それを上回る速度で動かれれば、突破出来ない。

「二人から三人に“領域”も増える。……これで、転移の制限も飽和するわ」

「………」

 “領域”を主張する事で、イリスの力を弾く。
 今までのように二人だけでは、転移が単発で使える程度しか抵抗出来ていなかった。
 だが、帝が来た事で、連発とまでは行かないものの、転移が容易になった。
 これで、足止めもよりやりやすくなる。

「ならば、倒すまで……!」

「やれるものなら……やってみろ!!」

 無視する事は最早不可能と、イリスは断じる。
 そうなると、次にやろうとするのは優奈達の打倒だ。
 時間稼ぎを目的とする優奈達からすれば、そうなるだけで十分だった。
 帝も加わった事で、戦況はより劣勢から覆していく。

















「た、倒した……?」

 一方、司達は。
 司による浄化の極光により、優輝は戦闘不能になっていた。
 辛うじて立っているが、それも念入りにバインドで拘束した結果だ。
 抵抗らしい抵抗もなくなっていた。

「……でも、洗脳は解けていなさそうね」

 椿の呟きに、解きかけていた警戒態勢を整える。
 そう。未だに司達に向ける優輝の目は、冷たいままだ。

「それどころか、再び“闇”が湧きだしているよ」

「優奈の言った通り、外部からは解く事が出来ないって訳ね……」

 緋雪が破壊し、司が浄化した。
 それでも洗脳の原因たる“闇”は残っており、さらには未だに湧き出していた。

「“瞳”も小さくなってる……でも」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

 緋雪が“瞳”を握り潰す。
 しかし、“闇”は消え去らない。

「……核は、イリスが握ってると見るべきかな」

「なるほど。司が世界そのものの“領域”と接続したように、イリスも優輝と繋がりを持つ事で、洗脳を維持している訳ね。……本当、用意周到ね」

「じゃあ、どうすれば……」

 司が困ったように呟く。
 すると、何を思ったのか優香と光輝、そして緋雪が優輝に近づく。

「優輝……」

「優輝、聞こえる?」

 語りかけるように、二人は呼びかける。
 だが、優輝の返答は、創造魔法による攻撃だった。

「ッ……!」

「大丈夫」

「でも、雪ちゃん!」

 咄嗟に葵がレイピアを生成して相殺する。
 さらに無力化のために行動を起こそうとして……緋雪に制された。

「私が、受け止めるから」

「いや、緋雪だけじゃない。俺達も、親として受け止めて見せる」

「娘にだけ、無茶はさせないわ」

 覚悟の決まったその言葉に、椿達はそれ以上何も言えなかった。

「……司、転移だけは絶対に阻止しなさい。他は、私達が抑えるわ」

「ここは、雪ちゃん達に任せるのが最善、だね」

「……そうだね」

 家族だからこそ、響くものがあるかもしれない。
 椿はそう判断し、だからこそ逃げられないように警戒する事にした。

「……でも、それでも……私達だって、優輝さんを想ってる。だから……!」

 それでも、と奏が声を上げようとする。
 直後、創造魔法の展開とそれを緋雪達が弾く音が響き渡る。
 だが、弾ききれなかったのか、一つの剣が奏に向かって飛んでくる。

「っ……!」

「……本当、長年生きてると一部の視野が狭まるわね。……何を遠慮しているのかしら、私。そうよ、私達だって、優輝の事が大切。そこに家族かどうかなんて、関係ないわ」

 しかし、それは奏が迎撃する前に、椿が割り込んで短刀で弾いた。

「優輝!!いつまでもイリスに良いように使われてるんじゃないわよ!!貴方は……!貴方は、そんな風に終わる人じゃないでしょう!?」

「か、かやちゃん!?」

 そのまま、椿は言霊と共に優輝へと呼びかけた。
 優輝への想いも込めたその言葉が、優輝の心を揺さぶる。

「奏の言う通りよ。私達だって、優輝を想ってる。……だったら、黙って三人を支援するだけじゃあ、気が済まないでしょ!?」

「―――」

 椿の言葉に、葵だけでなく奏や司も言葉を失い、息を呑んだ。
 同時に、“確かにその通りだ”と納得した。

「……優輝君」

 再度、創造魔法が展開される。
 今度は、緋雪達が迎撃する前に司が全て撃ち落とした。

「以前は、心を閉ざした私を助けるために、凄く無茶をしたよね。私は、まだその時の恩を返せてないと思ってる。……だから、私にその恩を返させて。親友として、貴方を想う一人として……。そのためにも、お願い……戻ってきて……!」

 祈りの籠った言葉が、優輝へと届く。
 天巫女の力が、優輝を覆う“闇”を僅かに祓う。

「優ちゃん。あたしは……あたしも、皆と同じように貴方を想ってるよ。いつも態度に出さないようにしてるけど……傍にいられれば、嬉しいしドキドキする。……だから、ね?また一緒にいるためにも……戻ってきてよ……!」

 打って変わった葵の悲痛な言葉が響く。
 真剣な時はあっても、葵が悲しみに満ちた言葉を発するのは今までなかった。
 だからこそ、その言葉が優輝をさらに揺さぶる。

「……優輝さん。私は前世で、貴方の心臓に助けられた。その鼓動は今も私の中に残ってる。……だからこそ、絶対に諦めないわ。貴方が前世の時に、教えてくれたから……!」

 かつて、奏は心臓病で人生を諦めていた。
 それを立ち直らせたのが、当時の優輝だ。
 そんな優輝と同じように、奏は優輝の事を決して諦めない。
 恩人で、憧れたからこその言葉が、優輝に響く。





「……これだけ言われる程、お前は慕われているんだ。優輝」

「だというのに、何も応えないというのは、些か無粋じゃないかしら?」

 二人の言葉への返答は、創造魔法だった。
 だが、葵や奏が放ったレイピアや魔力弾が弾き飛ばす。

「俺達は、あまりお前や緋雪に親らしい事をしてやれなかった。だけど……いや、だからこそ!親として今ここでお前を止める!」

「いつも貴方は一人でも頑張ってた。……でも、いい加減周りを頼ってもいいのよ。だから、戻ってきなさい!」

 続々と展開される創造魔法による武器群を、優香と光輝は撃ち落とす。
 しかし、数が多く弾ききれない。

「……お兄ちゃん」

 そこへ、緋雪の魔力弾が飛来し、残りの武器群を打ち砕く。

「っ、……―――」

 そのまま、皆と同じように何かを言おうとして、言葉を詰まらせる。
 何かを言おうとした。だが、今の優輝を目の前にして、頭が真っ白になった。

「お兄、ちゃん……お願い……戻ってきてよぉ……!」

 辛うじて言葉に出来たのは、懇願の言葉だった。
 涙が溢れ、それ以外の言葉を言えなかった。

「ッ――――――」

 だけど、だからこそなのか。
 冷たいままなはずの優輝の眼差しが、僅かに揺らいだ。











「―――させませんよっ!!」

 その時、“闇”が空から圧し潰してきた。
 すぐさま司の天巫女の力と、椿の霊術を基点に、警戒していた者達が迎え撃つ。

「っ……イリス……!」

「このっ……!彼を元になんて戻させませんよ……!それ以上の“想定外”は、もう起こさせません!疾く、呑まれなさい……!」

「させねぇっ!!」

 優奈達を撒いてきたためか、イリスは焦ったようにそう叫ぶ。
 そんなイリスに、帝が追いついてきて飛び蹴りを繰り出した。

「くっ……!他人の力ばかり使う人間が……!邪魔を……!」

「洗脳した奴を都合よく扱ってるてめぇが言えた事かよ!」

 途轍もない速度で帝はイリスを攻め立てる。
 しかし、“闇”の防御が突破しきれないのか、攻撃は通らない。

「ッ!」

「私達も忘れてもらっては困るわね」

 その“闇”を、極光が貫く。
 すぐさま飛び退いたイリスの背後を、転移で優奈が取った。
 だが、直後の攻撃は同じく転移で躱される。

「そこだ!」

「いい加減、貴方の速度にも慣れました!」

「なっ……!?」

 即座に帝が転移先を見つけ、そこへ気弾を放つ。
 だが、それは“闇”で弾かれ、同時に帝は“闇”に包まれた。

「っ、ぉおおおおおおお………!?」

「耐えはするでしょうが……そこでじっとしておきなさい。……ッ!」

「くっ……!」

 優奈や祈梨が攻め立てるも、イリスは司達に干渉してくる。
 圧し潰してくる“闇”を、さらに後押ししてくる。

「邪魔です!!」

「ぐっ……!?」

 そして、優奈と祈梨も引き剥がされる。
 まだ戦えはするが、イリスの進行を阻止するには間に合わない。

「っ、緋雪!優輝は任せるぞ!」

「私達で止めるわ!」

 圧し潰してくる“闇”で、椿達は手一杯だ。
 ならば、イリスを足止め出来るのは優輝の傍にいる優香と光輝だけだ。
 後を緋雪に託し、二人はイリスへと斬りかかる。

「邪魔だと言っているでしょう!?」

「ッ……!一点!」

「突破!!」

 放たれる“闇”に二人は真正面から立ち向かう。
 砲撃魔法と魔力弾に合わせ、魔力を纏わせたデバイスで突貫する。

「がぁっ!?」

「っ、う……!?」

 少しは拮抗した。……が、相手はイリス。
 すぐに吹き飛ばされてしまう。

「お兄ちゃん!!」

 イリスを阻む者がいなくなり、緋雪は思わず優輝に抱き着く。
 そこへ、イリスが襲い掛かり―――

「ぉおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

「ッ……!?」

 ―――横合いから神夜が突っ込み、イリスを吹き飛ばした。

「くっ……正義感に溺れているだけの、人間が……!」

「うる、さい……っ!ぉぉおおおおおおおお………!」

 今の神夜は、転生特典の力を全て失っている状態だ。
 魔力はある程度残っているとはいえ、その力は弱い。
 それでも、イリスを無理矢理押し留めた。

「ぉおおっ!!」

「はぁあああっ!!」

 そして、そのおかげで首の皮一枚繋がっていく。
 優香と光輝がすぐに復帰して食らいつく。

「ッ……!」

 二人の視線が、緋雪と優輝に向けられる。
 それを受けて、緋雪は皆を信じて優輝と向き直る。

「お兄ちゃん。……私の、大好きなお兄ちゃん」

「………」

「……お願い。いつもの、私が好きなお兄ちゃんに、戻って……!」

 懇願する。変に言葉を並べるよりも、ただ真っ直ぐに懇願する。

「ぁ、ぐ……!?」

 しかし、返答は創造魔法による串刺しだった。
 正面から串刺しにされ……しかし、それでも緋雪は再度優輝に抱き着く。

「行かせない!」

「行かせません!」

「行かせるかぁあああああ!!」

 一方で、イリスの方も優奈、祈梨、帝が追いつき、食らいつく。
 先に食らいついた三人と違い、優奈達はイリスとまともに戦う事が出来る。
 イリスも警戒していたのか、思わず距離を取っていた。

「……どうか、お願い……」

「ッ……!」

 串刺しになったまま優輝を抱きしめる緋雪が、弱弱しく呟く。
 その呟きを、司が拾う。
 イリスの“闇”を押し留めているため、緋雪の所には行けない。
 だが、“祈り”を現に変えようとする、天巫女の力が反応する。

「……チャンスは、ここですね……!」

 祈梨もまた、その呟きを拾い、天巫女の力を使っていた。
 ジュエルシード……否、プリエール・グレーヌも淡く輝く。

「戻ってきて、お兄ちゃん……!!」

   ―――“道を拓く、破壊の瞳(ツェアシュテールング・フュールング)

 “祈り”としては、そこまで強くはない。
 だが、優輝を……愛する人を“助けたい”という想いが、そこに実現した。
 その祈りが緋雪の“破壊の瞳”と合わさる。

「(これでも、ダメなの……!?)」

 確かに優輝の“闇”は弾けるように吹き飛んだ。
 しかし、それでも祓いきれなかった。
 それを横目に見ていた司は、歯噛みする。

「………」

 緋雪も、再び優輝に纏わりつく“闇”を呆然と眺めていた。

「彼から……離れなさい!!」

「ッ……突破された!緋雪!避けて!!」

 そこへ、イリスがついにやってくる。
 “闇”を手に纏わせ、緋雪に向けて振りかぶった。















 ……だが、その衝撃はいつまで経ってもやってこない。







「―――そこまでよ。イリス()

 まるで、時が止まったかのように、イリスは動きを止めていた。
 それほどまでに、イリスはそこに現れた存在に動揺していた。

「え……!?」

 それは、緋雪も同じだった。
 緋雪を庇うようにイリスの前に立った人物は、意外どころではなかったからだ。

「ど、どういう、事なの……!?」

 司が呆然と呟く。
 自分達を圧し潰そうとする“闇”は、その人物に吸い込まれるように消えていった。

「ッ……嘘でしょう。なんて、事なの……!?私すら、今まで気づかなかった……!」

 絶句する皆の代わりに、優奈が言葉を紡ぐ。
 どうしてここにいるのか、どうしてイリスの“闇”を止められたのか。
 その答えを。





「―――貴女も……貴女も()()()だったのね……()()()()!!」

「………その通りよ。もう一人の優輝君……いえ、優奈ちゃん」

 そう。イリスの前に現れたのは、なのはの母親である桃子だった。

「なんで……桃子さんは、一般人だったはずじゃあ……」

「簡単な事よ……!なのはと奏に宿っていたミエラとルフィナ同様、イリスも同じように人として転生を繰り返していたのよ!」

 本来、桃子は普通の一般人だ。
 しかし、なのはと奏のように、イリスが宿っていた。
 そのため、同じイリスの“闇”を止めたのだ。
 当然、優奈の言葉を聞いて、全員が桃子も警戒する。
 ……だが。

「は、はは……あはははははははははははははははははははははははははは!!」

 その警戒を打ち消すように、イリスが笑う。
 まるでおかしなものを見たかのように、攻撃の手すら止めて笑っていた。

「何が出てきたかと思えば!!まさか、あの時打ち砕かれた私の“領域”の欠片ですか!!まるで絞りカスのような貴女が、今更出てきて何の用ですか!?先程の行動を見るに、同じ私でありながら敵対したようですけど?!」

「…………」

 嘲笑うイリスに、桃子は何も返さない。

「桃子!」

 そこへ、別の人物が……桃子の夫である、士郎がやって来た。
 避難場所である幽世から、ここまで走って来たのだろう。かなり息を切らしていた。

「……今までありがとう。士郎さん。……安心して。貴方の妻は、きっちり無事に返しますから」

「えっ……!?」

 そういうや否や、桃子は分裂した。
 片方は、気絶した状態の普通の桃子となり、士郎に抱き留められた。
 もう片方は、姿こそ桃子だが、その体は淡く透けていた。

「私は、数多の“可能性”見てきました。彼女達のように、決して諦めない光の“可能性”もあれば、それこそ闇でありながらも“可能性”示す存在も……」

「だから、何だというのです?先程私の攻撃を打ち消した時点で、既に限界のはずですよ。現に、ただでさえ残りカスのような“領域”が、消え去ろうとしています」

 体が透けているのは、“領域”が限界な証だ。
 それは、桃子に宿っていた方のイリスも承知のようだった。

「どんな存在であろうと、“可能性”を示す事が出来る。……例え、私のように“闇の性質”であろうと……!!」

「何を……っ、まさか!?」

「なればこそ、今示しましょう!数多の“可能性”の光を!!私が憧れた、私の恋した“可能性”の力を!貴方が魅せてくれた“可能性”を、今度は私が!」

   ―――“其は、闇が示す光(デュナミス・トゥ・エルピス)

「ここに!示します!!」

 桃子に宿っていたイリスの体が、光に包まれる。
 そして、その光は天に上り、世界中に飛び散った。

「ッ、よりにもよって……貴女が私の“闇”を祓うと!?“闇の性質”である存在が、その“闇”を祓うなど……そんな事が……!?」

「“闇の性質”であるならば……その“闇”を取り除く事も当然可能です。……光と闇は表裏一体なのですから」

 もう一人のイリスは、桃子の姿からイリスの姿へと変わっていた。
 否、こちらが本来の姿だったのだろう。

「同じ私でありながら……なぜ……ッ!?」

「彼に倒された事で、残った貴女は憎悪を抱いた。対し、飛び散った私は光を……希望を抱いた。ただ、それだけの違いです。本当に、ただそれだけの……」

「ッ……!」

 イリスが“闇”を振りかぶる。

「はぁっ!!」

 それを、優奈が理力の剣で弾き、庇った。

「……そう。それこそ彼と彼女のように、分裂した時点で私達は別なのです」

「どうやら、そのようね……!」

 そう、優輝と優奈も同じ存在だった。
 しかし、分裂した後は記憶や考え方に違いが起きていた。
 それが、イリスの方でも起きていたのだ。

「ッ……預言の“闇が可能性の光を示す”と言うのは、もしかして……」

「間違いなく、彼女の事ね……」

 緋雪と奏が、預言に出ていた存在が転生したイリスの事だと確信する。
 一方で、敵のイリスは顔を顰めていた。

「だとしても……そうだとしても!“領域”すら投げ出す程の事を、なぜ……!?」

「……え?」

 イリスのその言葉に驚愕したのは、ミエラと知識を共有していた奏だ。

「“領域”を投げ出す……まさか、消滅……!?」

 奏が転生した方のイリスを見る。そして、絶句した。
 桃子から分離した時点で透けていた体が、もうほとんど見えなくなっていた。

「ええ、その通りです。“天使”ミエラの依り代。……私は、私の“領域”全てを投げうって、(イリス)の力を相殺し、“可能性”を拓きました」

「ッ……!?どうして、そこまで……?」

「どうして……ですか……」

 もう一人の自分に、そして奏にも問われ、イリスは困ったように笑う。
 まるで、その答えを言うのを恥ずかしがるように。

「そう、ですね……言うなれば―――恋、したんです」

 体が、存在が消えゆく中。
 それでも、イリスは答えを口にする。

「あの時、ただ自身の“性質”に囚われて“闇”を振りまいていた私を、止めてくれた。……私にも、別の“可能性”があると、そう言ってくれた。……ただ、それだけで私は光を、希望を見たんです」

 耳障りだと言わんばかりに、敵のイリスが攻撃を放つ。
 だが、優奈が、祈梨が、帝が……周りの者が、それを防ぐ。
 そんな中で、イリスの言葉は続く。

「道を示してくれたから!私は彼に憧れた!彼の在り方に、魅せられた!まるで、恋に焦がれたかのように……いいえ、事実、私は彼に恋焦がれた!愛そうと思った!ただの人間のように、ただの一人の女として、彼に恋したんです!」

 涙を流し、精一杯な満面の笑みを浮かべて、イリスは高らかに言う。
 これから、完全に消滅するにも関わらず、何も恐れていないかのように。

「……私が全てを投げうった理由なんて、それだけです」

 そう微笑んで、イリスは優輝へと近づく。

「ありがとう、“可能性”の貴方。私にも光を見せてくれて、本当にありがとう」

 優輝は沈黙している。それでも、イリスはお礼を言った。
 ……そして。

「そして、さようならです。気づけなかった(イリス)。貴女も、今度はちゃんと気づかされるといいですね」

 その言葉を最後に、イリスは跡形もなく消え去った。

「たった……それだけ……?……それだけの理由で、神界の神である存在が、“領域”すら投げ出すなんて……ありえません……!」

 敵のイリスは、未だに困惑していた。
 ただ憧れた、恋をした。
 それだけで“領域”を捨てたのが納得できなかったのだ。











「―――僕も予想外だったさ。でも、それこそが“可能性”ってモノだ」

 直後、その声が響くと同時に理力が光の柱となって立ち昇った。

「な、ぁ……!?」

「イリスの示した“光”。そして緋雪の、皆の想い。……しっかり響いたぞ」

 その中心に、優輝が立っていた。















 
 

 
後書き
道を拓く、破壊の瞳(ツェアシュテールング・フュールング)…“破壊の瞳”の力を、天巫女の力で後押ししたため発現した技。浄化と破壊の力が合わさり、容赦なくイリスの“闇”を祓う。如何なる洗脳であろうと、本心へと声を届かせる事が出来る。

其は、闇が示す光(デュナミス・トゥ・エルピス)…ギリシャ語で“可能性の希望”(多分)。人に転生したイリスが、人の持つ“可能性”に目覚めた結果、編み出した切り札。“領域”を犠牲にする事で、その“世界”の“可能性”を呼び覚ます。


桃子に宿っていたイリスがやった事は、FGOにおける終局特異点でのラスボスに対して○○○(ネタバレ防止)がやった事に近いです(つまりラスボス特効的なアレ)。 

 

第253話「再臨」

 
前書き
―――想定していた訳じゃない。ただ、信じていただけだ


ようやく優輝sideの話に戻れます。
なお、展開自体はあまり進みません(´・ω・`) 

 












「ッ―――!?」

 大きな衝撃が走る。
 その衝撃により、優輝は失われたはずの意識を取り戻した。

「……そうか。賭けに勝ったのか」

 体は動かせず、そもそも肉体そのものがない。
 そんな精神世界で、優輝は確信していた。

「……これだから、人の“可能性”は面白い。どんな絶望に陥っても、一縷の可能性を掴み取り、その事象を覆すのだから」

 先程の衝撃は、緋雪が限界突破した際に使った“破壊の瞳”によるものだ。
 これにより、イリスの“闇”の支配が弱まり、優輝は自我を取り戻した。
 未だに外部から洗脳を解く事は出来ないが、自我が復活したのなら話は別だ。
 後は、優輝自身が内側から体の支配権を取り戻せばいい。

「(ただ、ここからも賭けだ。どんなに急いだ所で、間に合わないかもしれない。最悪でなかったとしても、誰かはやられているかもしれない)」

 しかし、それを実際に為すのは至難の業だ。
 自我を取り戻したとはいえ、それは優輝という存在のごくごく一部だけだ。
 例えるならば、人を構成する細胞の内、一つだけが正常になっているような状態だ。

「……それでも、“可能性”を掴む。それが僕だ」

 “闇”に堕ちた思考が、四方八方から優輝を苛む。
 その中で、優輝は足掻き続ける。
 イリスの支配に打ち勝つその時まで。











   ―――「止めなさい!優輝!!」
   ―――「止めるんだ!優輝!!」







「ッ………!」

 しかし、変化は程なくして現れた。
 外から声が聞こえてきたのだ。

「母さん、父さん……?」

 それは、神界で消滅したはずの両親の声。
 その声が、“闇”に堕ちた思考を乱した。

「ッ、はぁっ!!」

 その隙を優輝は逃さずに、理力を放出した。
 徐々に、徐々に精神を取り戻していく。
 それは、例えるならば癌が体を蝕むその逆だ。
 体を侵蝕するように、逆に自我を取り戻していっているのだ。

「っづ……!?」

 直後、衝撃が優輝にも走る。

「これは、“破壊の瞳”……だけじゃない……!?」

 感じ取った魔力の質から、緋雪の“破壊の瞳”だと察する。
 だが、それだけではありえない衝撃も走った事に驚愕した。

「(微かに今の僕の行動が感じ取れる。……なるほど、“刹那”か……。……緋雪の奴、いつの間にか導王流を会得していたんだな……)」

 納得したように、どこか嬉しそうに優輝は笑う。
 これで、また一つ“闇”の支配が緩んだ。







   ―――「届け、私の、私達の想い!」







 そして、間髪入れずに再び声が届く。今度は司の声だ。

「……本当に、よくやってくれた……」

 祈りの力による、“闇”の浄化。
 全てを祓う事が出来なくとも、確かに優輝に響いていた。
 実際、体の支配権は先程より飛躍的に取り戻せるようになった。
 ……それでも、一割にも満たないが。

「………」

 その後も、続けざまに椿、司、葵、奏、両親と声が響く。
 その度に“闇”に揺らぎが生じ、そこから優輝は自我を取り戻していく。
 特に、緋雪の懇願染みた声には、洗脳されてなお響くものがあったのだろう。
 真っ暗で何も見えない精神世界に、視界が戻ってくる。

「緋雪……!」

 優輝もまた、足掻き続ける。
 声のした方向へ駆けるように、藻掻く。







   ―――「戻ってきて、お兄ちゃん……!!」





 そんな優輝を後押しするように、再び緋雪の声が響く。
 同時に、“破壊の瞳”と祈りの力が精神世界を揺らした。

「これでも、まだ、か……ッ!!」

 時間を掛ければ確実に自我は取り戻せる。
 焦っている訳でもない。
 それでも、緋雪達の頑張りがあってなお自我を取り戻しきれない事に歯噛みした。











「―――ん?」

 それでも足掻き続けて、しばらく。
 自我を二割近く取り戻した所で、何かが精神世界に入り込んでくるのを感じた。

「……イリス?」

 現れたのは、イリスだ。
 しかし、雰囲気が明らかに違った。
 優輝に執着していた時のものでも、“闇”に満ちたものでもない。
 どこか穏やかで……優しげな雰囲気を持っていた。

「……桃子、さん?」

 ふと思い当たったのは、なのはの母親である桃子だ。
 姿こそイリスだが……どこか似通ってると感じた。
 否、桃子だけではない。

「いや……安那に……アリス、まで……?」

 前世における初恋の相手にして友人。
 導王の時代において、最後まで味方でいた侍女長。
 その二人とも似通っているように感じた。
 そして、確信する。

「そうか……そういう、事だったのか……!お前も、僕と同じで何度も転生を……いや、人に宿っていたのか……!」

「……はい。貴方のように、いくつもの“可能性”を見るために……」

 イリスもまた、自身と同じように人として生まれ変わっていたのだと。
 今敵対しているイリスとは別に、“人”を知るために、何度も……。

「気づかなかった……。この分だと、覚えていない人生でも、傍にいたのか?」

「そうでもありましたし、そうじゃなかった時もあります」

 その言葉に、優輝は感心したように息を漏らす。

「……それで、“成果”はあったか?」

「……はい。いくつもの、人の“可能性”見ました。貴方のものだけでなく、ありとあらゆる存在の“可能性”を……」

 非常に満足したような表情で、イリスは優輝の言葉に答える。

「例え善なる者でなくとも、“可能性”は示せる。……それこそ、私のような存在でさえ。……あの時、貴方の言った通りでした」

「違う生き方が、出来たんだな」

「はい。……貴方のおかげです」

 神界の存在は、そのほとんどが“性質”に縛られている。
 イリスのように“闇の性質”であれば、どうしても悪や負によった存在になる。
 だが、それは絶対ではない。
 光が闇を示す事もあれば、その逆もあり得る。
 例え“性質”があろうと、それは変わらない。
 ……イリスは、ようやくその事に気付けたのだ。

「こんな私でも、違う生き方が……光を、可能性を示す事が出来ました。……それで、十分です。きっと、貴方や外で戦っている人が、さらなる可能性を拓くでしょう」

「……消えるのか」

「はい」

 それは、尋ねるような口調ではなかった。
 優輝も分かっていたのだ。目の前のイリスが、もう限界だと言う事に。
 “領域”すら犠牲にして、“可能性”を拓いたのだと

「未練はないのか?」

「もちろんありますよ。もっと何か出来たんじゃないかって、もっと別の選択が出来たんじゃないかって……」

 儚く微笑むイリスから、涙が零れる。
 声は上擦り、表情が悲しみに染まっていく。

「もっと……もっと、貴方と話をしたかった……!」

「イリス……」

 本来、神界の存在にとって“死の恐怖”というのは存在しない。
 “領域”が消失するというのは、自ら選ばない限りあり得ないからだ。
 だが、このイリスはその“領域”の消失を選んだ。
 誰かのために、皆のために、その身を犠牲にしたのだ。
 転生とは違う、正真正銘の“死”を、初めて味わうのだ。

「貴方に魅せられた!貴方に教えてもらった!貴方に見せたかった!……貴方に、ずっと恋していたかった……!」

「………」

「でも、それはもう叶わない。私は、ここで消えるから……」

 やり遂げた。だから、これ以上は諦めた。
 そう、イリスの顔が語っていた。

「……イリス。お前は言ったな?“可能性を示した”と。……なら、少しぐらい報われる“可能性”もあるだろう」

「え……?」

「生憎、僕は数多の可能性があろうと、大団円のハッピーエンドが好きなんでね。……イリス、例えお前が本来のイリスのごく一部分でしかなかろうと、消えさせはしない」

 目の前のイリスが消えようと、“イリス”という存在そのものに影響はない。
 だが、優輝はそうであっても目の前のイリスが消える結末を否定した。

「……せっかく諦めがついていたのに、そういう事を言われたら……期待しちゃうじゃないですか……!」

「ああ、期待しておけ。……完全無欠のハッピーエンドを掴んでやるよ」

 気が付けば、周囲の“闇”はほぼ消え去っていた。
 優輝が力を取り戻したらしく、一気に自我を取り戻したのだ。

「っ……そういう、そういう所ですよ、本当に……」

「悪いな。僕は良い意味でも悪い意味でも諦めが悪いんでな」

「(だから……だから、私は貴方を………)」

 いつの間にか、イリスの涙は止まっていた。

「……後は任せます」

「ああ。お前が示した“可能性”、一片たりとも無駄にはしない」

 その会話を最後に、イリスは光の粒子となって消えた。
 だが、優輝はその粒子を掴み取り、大事に抱えるように自分の体に取り込んだ。

「……あっちのイリスにも、お前の想いを思い知らせないとな」

 刹那、ガラスの割れるような音と共に、優輝の意識は現実へと戻っていった。
 同時に、溢れんばかりの理力を体の内から漲らせていた。























「来い、ミエラ、ルフィナ」

 慄くイリスを前に、優輝は“天使”の名を呼ぶ。
 現れるのは、奏となのはの体を依り代にしたミエラとルフィナだ。

「ようやくですね、主よ」

「この時を待ちわびていましたよ、主様」

「待たせたな」

 短い会話を済ませ、優輝は理力を集束させる。
 その理力は二つの人の……否、“天使”を形作った。
 そして、ミエラとルフィナが光に包まれ、その光がそれぞれの人形(ひとがた)に入った。

「これで、私達も本来の姿に戻れます」

 姿が変わり、ミエラは膝裏まで届く程の長髪、ルフィナはセミロング程の長さの、亜麻色寄りの金髪になっていた。
 容姿も変わっており、ミエラは騎士のような凛々しさを、ルフィナは聖母のような優しさを思わせるモノに変わっていた。
 服は理力で構成したのか、それこそ天使のような衣を纏っていた。

「依り代はお返ししましょう」

 残ったのは奏となのはの体だ。
 本来の体に戻った二人は、その体を抱えて近くにいた士郎と奏に渡す。
 直後、分身体を使っていた奏は元の体と一つになり、元に戻った。

「……お兄ちゃん……?」

「ありがとう、緋雪。……緋雪の、皆の想いはしっかりと聞こえていたぞ」

「っ……!」

 感極まって緋雪は優輝に抱き着く。
 それを優輝はしっかりと受け止め、少ししてから優しく引き剥がす。

「詳しい話は後だ。……まずは、イリスを退ける」

 そう言って、優輝はイリスへと視線を向ける。
 イリスは忌々しそうに優輝を……否、先程までもう一人のイリスがいた場所を睨んでおり、こちらに仕掛けてきてはいなかった。
 だが、無防備という訳ではない。
 攻撃しようとすれば、容赦ない反撃が来るだろう。

「……“倒す”とは言わないのね」

「ああ。どうあっても()イリスを倒すのは無理だ」

 椿の言葉に、優輝はそう答える。
 それは、勝てる勝てないではなく、“倒す”事自体が不可能だと物語っていた。

「ミエラとルフィナは他を頼む。イリスは僕がやる」

「承りました」

「では、そちらはお任せしますね」

 多くを語らず、ミエラとルフィナは背中の羽をはためかせ、飛んだ。

「行かせませ―――ッ!?」

「えっ……?」

 刹那の間だった。
 ミエラとルフィナを止めようとしたイリスが、咄嗟に体を逸らす。
 すると、寸前まで上半身があった所を優輝の蹴りが薙いだ。
 特別速い訳じゃない。十分速いとはいえ、緋雪なら同じ速度を出せる。
 だが、緋雪と優奈、祈梨以外は目で追う事すら出来なかった。
 緋雪も、同じ事をされれば絶対に避けられないと思える程だった。

「今のは……?」

「……無意識の隙を突いた攻撃よ」

「なっ……!?いくら優輝でも、そんな事が!?」

 司の呟きに、優奈が答える。その答えに椿が驚愕する。

「知っているの?かやちゃん?」

「……一応ね。いくら意識しても、どこかに隙がある。それが無意識の隙。……要は、認識されないように動いたのよ、優輝は」

「その通り。つまり、目の錯覚とかと似た現象を利用しているのよ。近づいているのにそうと気づけないように……例えるなら、“コリジョンコース現象”のような、ね」

 コリジョンコース現象とは、見晴らしのいい十字路で起きる現象だ。
 車が二台、同じ速度で交差点に差し掛かると、衝突寸前まで近づいてきている事を認識できず、ぶつかってしまうという。
 それと似たように、優輝はイリスに接近し、攻撃を繰り出していたのだ。
 元々のスピードに加え、そんな無意識の隙を利用したために、このようにほとんどが見る事すら出来なかった。

「でも、この状況じゃあ、それこそ霊術とかを利用しないと出来ないはず。……優輝は、それを単なる動き方だけでやったと?」

「さすがに理力を利用しているわ。……でも、後は導王流を使っただけ。一部の武術は、極めればああいった事が出来るのよ。今回は、それを理力で昇華させた訳」

「……なのはの“神速”も、似たもの……?」

「そうね。身近に同じような事が出来る流派がいたわね」

 知覚外の速度で動く“神速”。
 あれも認識されないように動いている技だ。
 
「……ただ、あれの場合は理解されれば二度は通じないわ」

 見れば、戦いはずっと続いていた。
 初撃を躱したイリスは、ミエラとルフィナに構わずに優輝と相対した。
 膨大な“闇”を繰り出し、優輝はそれを貫くように突破して凌ぐ。

「なっ……!?」

 それだけではない。
 転移を利用し、再び無意識の隙を突く。
 肉薄し、瞬時に連撃を繰り出した。

「飽くまで、“そのまま”では、だけどね」

「転移と合わせれば、同じ事が出来るのね……」

 イリスはその連撃を“闇”の障壁で防ぐが、衝撃は通り後退る。

「“エラトマの箱”による“領域”の侵蝕……これでお前の有利なフィールドに変えていたようだが……残念だったな。他ならぬお前自身が、それを打ち消した」

「ッ……!」

「状況を見るに、“領域”の侵蝕によって多数相手に渡り合っていたみたいだな。優奈もそれで押されてばかりだった……か」

 理力を徹すように打撃を繰り出しつつ、優輝は冷静に状況を分析する。
 近接戦から引き剥がそうとして、イリスが“闇”を放つが、転移で躱す。
 結果的に距離を取られたが、転移直後に理力を針のように圧縮して放つ。

「くっ……!」

「シッ!」

 理力の針が“闇”に突き刺さる。
 圧縮された理力なためか、防がれはしたものの、“闇”を突き破っていた。
 そこへ、転移と同時に優輝が鉤爪のように付けた理力の針を突き出す。
 事前に刺さっていた針に、針が追突。圧縮された理力が炸裂する。

「ッ、はっ!!」

「ふっ……!」

「ッ―――!?」

 障壁が破られ、攻撃を迎撃しようとイリスは先手の一撃を放つ。
 だが、そこにいたのは分身魔法によるダミー。
 本体は、上空に転移すると同時に理力の砲撃を放っていた。

「遅い」

「ぐっ……!?」

 ついに、イリスが吹き飛ばされた。
 転移からの無意識の隙を突いた攻撃。その二連。
 一撃目はギリギリで回避したが、二撃目は躱せなかったようだ。
 
「……決まりね」

「えっ?」

 それを見て、優奈が呟く。

「今の優輝は、神としての力に加えて導王流の極致を使っているわ。さっき言った無意識の隙を意図して突けるのなら、イリスに勝ち目はないわ」

「じゃあ、倒せるって事?」

「……そうね、()()イリスなら倒せるわね」

 司の問いに、優奈は答える。
 そして、その回答の答え合わせをするかのように、戦況が変わった。

「ぁ、ぐっ……!?」

「シッ!!」

 攻撃の出が見えない程自然なカウンターを繰り出す導王流の極致、“極導神域”。
 それを、優輝は攻撃に応用していた。
 実際にイリスの反撃をカウンターで返しつつ、創造魔法で自分に攻撃する事で、“攻撃の勢いを利用したカウンター”を自分から起こしていた。
 さらに無意識の隙を合間合間に突く事で、決してイリスに対処されないように立ち回り、一方的に攻撃を加え続けていたのだ。

「……俺達が束になっても勝てなかった相手に……」

「……本来なら、今の優輝でもあそこまで圧倒出来ないわ。良くて互角……かしら?それなのに圧倒出来るのは……」

「さっきのもう一人のイリス、だね?」

「ええ」

 帝の呟きに優奈が答え、司がその言葉を先取りする。
 そう。今優輝がイリスを圧倒出来ているのは、もう一人のイリスのおかげだ。
 あの時、イリスは世界中の“可能性”を拓いた。
 同時に、イリスによる“闇”の侵蝕を相殺したのだ。
 結果、動きや力を阻害される事なく、優輝は立ち回れていた。

「今なら、私や帝、それと祈梨辺りでも物理的になら勝てるわ」

「そのようですね。力の衰えていた世界の“領域”も元に戻っています。転移も阻害されなくなっているようですし、いくらでもやりようはあります」

 祈梨も同感だったのか、優奈の言葉に付け足す。

「ぅ、ううん……」

 すると、その時なのはが目を覚ます。
 奏と違い、体をそのまま使われていたので、今の今まで気絶していたのだ。

「なのは!」

「……あれ?お父さん……?」

 目を覚ましたなのはは、目の前に両親がいる事に困惑する。

「どうしてここに……」

「母さんを追って来たんだ」

「お母さんが……?っ……!」

 ズキリと頭が痛み、なのはは頭を押さえる。
 直後、ルフィナの今まで見てきた記憶が流れ込んできた。
 同時に、なぜ桃子がここに来たの理由と、それを理解するための知識も。

「大丈夫か?」

「……うん」

 なのはは視線を優輝とイリスに向ける。
 明らかに規格外同士の戦い。
 それを、なのははちゃんと“見て”いた。

「か、ふっ……!?」

 戦況が、さらに動く。
 イリスの腹に優輝の拳がめり込み、勢いよく吹き飛んでいった。

「取った!?」

 思わず緋雪がそう叫んだ瞬間、優輝は追撃を繰り出していた。
 吹き飛ぶイリスの座標に、突如理力が炸裂したのだ。
 それは、イリスも“闇”でやっていた“過程のない攻撃”だ。
 予備動作も、対象に向かって飛ぶ事もない。
 ただその場に出現する攻撃。故に回避は困難を極める。

「っづ……!」

「逃がさん!」

 イリスが転移で逃げようとする。
 しかし、転移先を知っていたかのように、優輝は攻撃を命中させた。

「どこへ行くか分からなくとも、“可能性”を絞ればお前から当たってくれる。今のお前なら、逃げる事も出来ないと思え」

「くっ……!」

 理力の棘で四肢を固定されるイリス。
 ご丁寧に、司の転移封じを模倣した理力の術式で転移も封じた。
 これで、イリスは逃げる事が出来ない。

「貴方はまだ以前よりかなり弱いはず……なのに、なぜ私をこうも……!」

「圧倒出来るか、か?なに、単に導王流と相性がいいだけだ。……後は、“可能性”を掴み取っているのと、()が良いって所だ」

 そう言いつつ、優輝は理力を集束させる。
 確実にイリスを倒すため、普通は必要ないはずの“溜め”を行っているのだ。

「……同じ私の癖に、とことん邪魔を……!」

「おかげでお前の“領域”による影響がない。……となれば、直接戦闘において有利なのは僕の方だ。……こうなるのは、必然って訳だ!!」

   ―――“希望となれ、極光よ(フォス・エルピス)

 金色の極光が、イリスを呑み込む。
 耐えるためにイリスも“闇”を放出したのだろう。
 触手がうねるように、極光の中で“闇”が蠢く。
 だが、それごと優輝の極光が消し去っていった。

「こう、なったら……!!」

「む……!」

 イリスを中心に、理力が魔法陣となって広がった。
 直後、イリスは極光に呑まれて消えていった。











「最後のは……」

 極光が収まった時には、イリスは消えていた。

「倒した、の?」

「“領域”の気配がない。確実に消し去った」

 緋雪の言葉に対する返答に、皆はふと気づく。
 “領域”は消し去れるものではなかったはず、と。

「所詮、()()だ。復活したばかりの僕でも圧倒出来る程度の、な」

「分、霊……?」

「……そういえば、祈梨もやっていたわね……。やはり、“神”とあるだけあって、分霊が可能……つまり……」

「イリスは、まだ健在よ」

 倒したはずのイリスは、ただの分霊だったのだ。
 椿とそれに続けられた優奈の言葉で、ほぼ全員が警戒を強める。

「この世界にはいない。おそらく、神界のどこかにいるんだろう」

「イリスも万が一負ける事を考えていた。だから分霊だけこの世界に来たのよ」

「……じゃあ、一旦は安心できるって事……?」

 目下の最大脅威であったイリスは退けた。
 残党の神も、ミエラとルフィナが援軍に行ったため、無事に勝てるだろう。
 つまり、一時的に脅威は去った―――

「とは、言えないな」

 ―――訳ではない。

「え……?」

「最後に、イリスは置き土産をしていった。それの対処をして、ようやく一息がつけると見た方がいいだろう」

「置き土産……」

 あの時、消し去る直前の魔法陣がそれなのだと、全員が確信する。
 そして、その効果はすぐに現れた。

「理力の数……多数……!」

「おそらく、強制召集と言った所だろう。……この世界に来た神や“天使”が、この戦場に全て集まるようだ」

 見れば、敵である神や“天使”の数がどんどん増えていた。
 イリスを退けた事から若干安堵していた心に、その数は絶望したくなるほどだ。

「……狼狽えるな。確かにさらにあの数を相手にするのは厳しいだろう。……だけど、裏を返せばあの数を全て倒せば、同時に他世界も一時的に安全になる」

「そっか……“全世界”だもんね」

「ここさえ、乗り切れば……!」

 今まで同時に襲われていた地球の他地域や、他の次元世界。
 その全ての神達が来ている。
 今こうしている間も、他世界は一時的に安全になった上に、今ここで全て倒しきれば、一旦休める事が確定している。
 その事実に、全員が再度奮い立つ。

「踏ん張れ!ここが正念場だ!何としてでも勝ち取れ!!」

 優輝の激励に、戦意の炎が灯る。
 既に限界を超え、無茶をしている状態だ。体にもガタが来ている。
 だが、その上で全力を発揮し、緋雪達は敵へと挑みかかった―――!















 
 

 
後書き
希望となれ、極光よ(フォス・エルピス)…“希望の光”のギリシャ語(適当)。“可能性”を利用し、確実に敵を滅する威力を引き出す極光。今回はただの攻撃だが、同名の技名で違う効果も引き出せる。


綺麗なイリス(仮称)は本来のイリスから病み要素を完全に抜いた感じの性格になっています。多分、作中で最も清楚な性格になっています。
 

 

第254話「撃退」

 
前書き
先に言っておきますと、イリスの分霊を撃破した時点で、単純な戦力でも優輝達の方が上になりました。
数は敵の方が上ですが、敵は相手の土俵の上で戦っているようなものですから。
 

 














「はぁっ!!」

「がはっ……!?」

 エルナの渾身の一撃が、神の体を別つ。
 残ったのは、神一人と“天使”が数人のみ。

「馬鹿な……!?人間と、たった二人の神に……!?」

「っ……!ふぅ……!ふぅ……!」

 慄く神を前に、クロノが息を切らしつつもバインドを仕掛ける。
 それを神は避けるが、事前に仕掛けられていた別のバインドに引っかかった。

「……どうやら、僕達の“意志”の方が……少しばかり上だったみたいだな」

「なっ……!?」

 そして、神達をいくつもの閃光が貫いた。
 理力の障壁も突き破る程の数々の閃光に、神も“天使”も膝を付いた。

「ぐっ……!」

「無駄よ」

「無駄です!!」

 なおも立ち上がろうとする神に、雷が降り注ぐ。
 プレシアとリニスによる魔法だ。

「ふっ……!!」

 さらに、フェイトがザンバーフォームのバルディッシュを突き刺す。
 神を地面に縫い付けたその大剣は、まるで避雷針のようだ。

「今だよ!」

 さらにレヴィの合図と共に、魔法陣が四つ展開される。
 雷系の魔法が得意な、プレシア、リニス、フェイト、レヴィの魔法陣だ。

「焼き尽くしなさい」

   ―――“κεραυνός(ケラウノス)

 神に、神話の如き雷が落ちた。
 理力による防御など、最早無意味だった。それほどの威力が込められていたのだ。

「……か、はっ……!?」

 その一撃を受け、神が倒れる。
 倒した事を確認した後、フェイトはバルディッシュを回収した。

「ゴメンね、バルディッシュ」

Don't worry(ご心配なく)

 雷を誘導する避雷針となったバルディッシュは、攻撃対象でなかったとはいえボロボロになっていた。

「後は、残党のみですね……」

 サーラとユーリが前に出て、残りの“天使”と対峙する。
 アリシア達も後方で待機しているが、さすがに消耗が大きい。

「………!」

「ッ―――!?」

 そこへ、倒し損ねていたのだろうか。
 隠れていた別の神が、アリシア達へ襲い掛かる。
 不意打ちなため、ダメージは逃れられない。その瞬間。

「“明けの明星”」

「ッッ!?」

 そこにルフィナが割り込んだ。
 同時に、カウンターとして圧縮した理力を押し当て、炸裂させる。
 吹き飛ぶ神。そして、容赦なく追撃が繰り出された。

「切り裂け、“天軍の剣”!」

 同じく理力を圧縮した二振りの剣による斬撃。
 クロスに切り裂かれた神は、そのまま“領域”が砕け、倒れ伏す。

「油断大敵、ですよ?」

「え……!?」

 アリシア達からすれば、敵なはずの“天使”が味方してきたのだ。
 困惑しても仕方なかった。

「そいつらは人間二人を依り代にしていた“天使”だ。だから、敵じゃないよ!」

「なのはと奏に宿ってた……?」

「その通りです」

 だからこそ、エルナが簡潔に敵じゃない事を伝える。
 それでアリシアも理解出来たのか、一応構えを解いた。

「まずは残党を片付けましょう。ルフィナ!」

「ええ、分かっています……!」

 ルフィナが理力の矢を放つ。
 それらは、サーラとユーリが相手していた“天使”に容赦なく突き刺さった。
 サーラとユーリは相手が誰であれ援護してくると考えていたので、例えルフィナの援護でも驚く事なく、“天使”へと追撃を繰り出す。

「ふっ!」

 さらに、ルフィナが数発だけ特殊な矢を混ぜる。
 その矢を基点に、ミエラが転移。
 “天使”の背後を突き、理力の剣で切り裂いた。

「なっ……!?」

 今まではクロノやアリシアなどが不意打ちしても対処してきた“天使”。
 しかし、イリスの“闇”が相殺され、今は“性質”の影響も薄れている。
 さらには、相手はエルナやソレラ以上に戦闘に優れた“天使”二人だ。
 否、正確には如何なる逆境をも覆す“可能性”を秘めた“天使”が相手だ。
 単純な戦闘力も高いため、奇襲を受けた“天使”はひとたまりもなかった。

「がぁっ!?」

 反撃しようと、敵の“天使”も行動する。
 だが、ルフィナはカウンターで圧縮した理力をぶつけ、ミエラに至っては、真正面から攻撃を弾いて理力の剣で切り裂いて返り討ちにした。







「……圧倒的だな」

「何と言うか……綺麗な勝ち方だよね。私達みたいに、攻撃を“意志”で耐え抜くんじゃなくて、単純に攻撃を潜り抜けて倒してる……」

 それは、まるで従来の戦闘で行われる、達人などが繰り出す動きだった。
 流れる水のように、次々と攻撃をいなし、反撃で倒していく。
 理力の障壁も、まるで紙切れのように切り裂いたり、そもそも阻まれる前に攻撃を命中させて対処していた。

「これでひとまず、と言った所ですね」

「周辺にもイリスと主様達以外の理力は感じられませんしね」

 気が付けば、残っていた“天使”達は全滅していた。
 未だに警戒や緊張が続くクロノ達を余所に、ミエラとルフィナは冷静に周囲の状況を把握し、安全を確認した。

「どうやら、主も勝ったようですね」

「当然ですよ。イリスの分霊が相手なら、今の私達でも勝てるのですから」

 見れば、優輝達がいる場所に何度も出現していた“闇”が消えていた。
 代わりに、金色の燐光が残滓として残っていた。

「……優輝も元に戻ったのか……」

 それをやったのが優輝なのだと、遠目でもクロノは理解出来た。
 それで、ようやく戦闘が終わったと思い―――









「え……?」

 ―――気を抜いた瞬間、大量の神と“天使”が出現した。

「増、援……?」

「っ、イリスの奴……やりやがった!」

「この世界に散らばっていた神や“天使”が全てここに召喚されました!おそらく、イリスが置き土産に……!」

 エルナとソレラが何が起きたのか簡潔に説明する。
 気を抜いた瞬間にこれだ。絶望とまではいかないが、気分の落差が激しい。

「私達で足止めします。一旦合流して体勢を立て直してください!」

「早く主様達の所へ。これを退ければ、今度こそ終わりですよ」

 代わりに、ミエラとルフィナが前に出た。
 数えるのも億劫な数相手に、二人は悠然と向き合う。

「けど……!」

「お姉ちゃん、今は……!」

「っ……わかった。ほら、あんた達も行くよ!!」

 ミエラとルフィナが敵陣に突っ込むと同時に、全員が合流に動き出す。
 殿にエルナとソレラが就き、確実にまずは合流に持っていった。







『誰か、誰か聞こえる!?そっちに大量の敵がいるみたいだけど……!?』

「『鈴さん!?そっちは大丈夫なの!?』」

 ちょうど合流する時、街の方にいる鈴から伝心が繋がる。
 すぐに司が対応するが、お互い相手の状況が心配だったようだ。

『司!?こっちはとこよと紫陽のおかげで何とかなったわ。でも、その二人は一度幽世に戻ってしまったの。それと、一般の人は皆幽世に避難しているわ』

「『そうなんだ……。こっちはイリスを撃退したよ。でも、置き土産にこの世界に来た全ての神と“天使”を集めたみたい』」

『通りで……。大丈夫なの?』

「『わからないよ。でも、負けるつもりはない。ここまで来たんだから』」

 力強くそう言う司。
 伝心のためか、その決意が鈴にも強く伝わる。

『……わかったわ。こっちも、外側から出来る事をやってみるわ。……幸いと言うべきか、私達の方は眼中にないみたいだから』

「『了解』」

 伝心を終わらせ、司は改めて敵に向き直る。
 戦闘は既に始まっている。
 敵の神や“天使”は入り乱れるように。
 優輝達は少数で固まるか、単身で駆け抜けるように立ち回る。

「『単独で勝てないなら出来るだけ引き付けなさい!その間に、倒せる人で数を減らす!……出来ないなんて言わせないわよ。ここまで来たんだから、成し遂げなさい!』」

 椿が言霊を用いて、伝心で指示を出す。
 それだけじゃない。その強い“意志”が、司や祈梨の“天巫女の力”を通じて皆の力を後押ししていた。

「はぁあああああっ!!」

 それが顕著に出ていたのは、緋雪だ。
 生物兵器としての力を完全に開放し、迫りくる“天使”を次々と返り討ちにする。
 単純な力でも押し勝っているからか、さながら無双しているかのようだ。

「司、慌てずやりなさい」

「当然……!」

 椿と葵が護衛し、司が後方から極光を放ち、敵を薙ぎ払う。
 緋雪の前方の敵も一掃したため、一瞬緋雪の手が空く。

「薙ぎ払え、焔閃!!」

   ―――“Lævateinn(レーヴァテイン)

 炎の剣が敵を薙ぎ払う。
 その威力は、以前よりも数段上がっており、敵の反撃を相殺する。

「……捉えた」

   ―――“連鎖破綻、破壊の瞳(ツェアシュテールング・ケッテ)

 直後、緋雪の周囲にいくつもの“瞳”が浮かび、即座に魔力の棘で貫かれる。

「が、はっ……!?」

 その“瞳”の対象となった神や“天使”が、まとめて爆発する。
 ダメージも大きかったのか、大きく体勢を崩していた。

「そう簡単には」

「負けない……!」

 それでも、相手の数は多い。既に包囲は完了してしまっていた。
 “破壊の瞳”を使った緋雪の背後から、数人の“天使”が襲い掛かる。
 だが、それを奏となのはが阻む。

「お父さん!」

「シッ……!」

 そして、なのはの父親である士郎も無力ではない。
 桃子を追いかけるために持ってきていた小太刀を叩き込む。

「これ以上は、進ませないぞ」

 その背後には、イリスと分離してからまだ目を覚まさない桃子が横たわっていた。
 “守るための御神の力”という在り方が、“領域”や“意志”の力として、正しく守るための力となる。

「優輝!守りは私達に任せなさい!」

「数を減らすのは任せたよ!」

 葵が受け流し、椿が攻撃を迎撃する。
 同時に、敵陣を駆け抜けながら戦う優輝にそう叫んだ。

「元から、そのつもりだ……!」

 幽世から現世を守るため召喚された式姫である椿と奏。
 道を切り拓き、人を導くための王だった優輝。
 となれば、役割分担で攻撃と防御のどちらに就くのかは明らかだ。

「行って!」

 極光が再び敵陣を薙ぎ払う。司と祈梨によるものだ。
 二つの極光が敵陣に穴を開け、優輝はそこに突っ込む。

「ついて行くよ、お兄ちゃん」

「緋雪……ああ、行こうか……!」

 それに続く者がいた。
 まずは緋雪。一時的に導王流の極致すら凌いだ力を持つ。
 攻撃担当になるのもおかしくはない。

「あら、貴方の半身である私を忘れないでほしいわね」

「優奈……それに、帝もか?」

「まだ単純な戦闘なら出来るからな。この力が、負けるはずない」

「……お前も、良い“可能性”を拓いたんだな」

 そして、優奈と帝もついてきていた。
 どちらも、神界からたった二人で生還してきたのだ。
 その力は直接知らない優輝にとっても申し分ない。

「……よし、なら、さっさと連中には退場してもらおうか!」

「今更数を揃えても、私達はそれを乗り越える!」

「別の世界に乗り込んできておきながら、勝手出来ると思うなよ!」

「ここは、私達の“領域”よ!!」

 たったの四人と、無数の軍勢がぶつかり合う。
 否、傍から見れば四人が軍勢に呑まれたと見るべきだろう。
 だが、すぐに四人の周囲にいた“天使”が吹き飛ぶ。

「ぉおおおおっ!!」

「はぁあああっ!!」

 緋雪と帝が力で“天使”を殴り飛ばす。

「シッ!」

 優奈が創造魔法で剣を創り、的確に貫いて怯ませる。

「はぁっ!!」

 そして、優輝が理力の刃を鞭のようにしならせ、まとめて切り裂いた。







「大いに暴れてるわね……」

「向こうも“性質”とかで、優位に立てるはずなんだけどね……」

 一方、椿と葵は矢や霊術などを用いて攻撃を迎撃しつつ、優輝達の様子を見ていた。

「おそらく、イリスの影響かと」

 そんな二人に、祈梨が話しかける。

「……消えた方ね」

「はい。あの時、イリスの“闇”を打ち消しただけでなく、“領域”の侵蝕も打ち消しました。同時に、この世界の“領域”が強化されたため……」

「向こうの“性質”も発揮しづらくなっている、って訳ね」

「その通りです」

 自身の領域で戦えない。それが原因で、敵は優輝達に無双されていた。
 言わば、剣道が強い人が薙刀が強い人に薙刀で挑むようなものだ。
 世界そのものの“領域”が強い今、敵は相手の得意分野で戦わされているのだ。
 状況が有利になれば、如何に神界の神であろうと、勝つのは難しくない。

「司さん」

「ッ……!」

 祈梨が司に呼びかける。
 直後、二人から極光が放たれ、敵の攻撃を打ち消しながら薙ぎ払った。
 だが、それでも優輝達を抜けて“天使”達は迫ってくる。

「ッッ!!」

 そうなれば、迎撃態勢を取っていた優香や光輝達の出番だ。
 普段なら止められない程重い攻撃を、“意志”のみで耐え、弾く。
 すかさず、手が空いている者が反撃し、敵を弾き飛ばした。

「ぅ、ぉおおっ!!」

 転生特典を失ったため、一番弱くなっているはずの神夜も踏ん張っていた。
 魔力を身体強化のみに回し、“意志”と共に振るわれた理力の剣を受け止める。
 だが、やはり攻撃手段に欠けるためか、そこから一歩先に踏み出せない。

「はぁっ!!」

 そこへ、フェイトが駆けつけた。
 神夜に剣を向けていた“天使”を、肉薄と同時に切り裂いた。
 遅れて、クロノ達も合流してきた。

「フェイト……!」

「神夜、無事……!?」

「何とかな……!」

 合流直後、ソレラが障壁を張り、エルナがさらにその前に出る。
 “守られる性質”と“守る性質”が合わさり、巨大な障壁が展開される。

「っ、くそ……!」

 その障壁によって、敵が足止めされる。
 そこへ、さらにはやてやクロノなどによる砲撃や射撃魔法が飛ぶ。
 質で言えば、まだ敵の方が上だが、これで少し“猶予”が出来る。
 その“猶予”で、司と祈梨が再び極光を放つ。

「引き離した……!」

「奏ちゃん!」

「ええ……!」

 僅かに敵の攻撃に空白が出来る。
 そこへ、奏が加速魔法と共に突貫した。
 羽型の魔力弾をばらまきつつ、敵を攪乱する。

「はぁっ!!」

 素早く駆け抜ける奏だが、敵もそれに追いつく。
 だが、同時に優奈が敵陣の中から飛び出し、奏の背後の“天使”を切り裂いた。
 同じく、奏も優奈を追いかけてきた“天使”を切り裂いた。

「ミエラの経験が生きているわね……!」

「おかげで、以前よりも動きやすい……!」

 ミエラの依り代になっていた時、奏は分身の体を使っていたが、今は一つに戻っているため、その経験が奏にも引き継がれていた。

「『避けて!』」

 すると、なのはから念話が響く。
 その念話を受けて、奏や優奈だけでなく、優輝達も転移で離脱する。

「祈りを束ねし星光よ」

「その極光を以って神を撃ち落とせ」

「全力、全開!!」

   ―――“神穿つ、祈りの星光(スターライトブレイカー・ミソロジー)

 集束された魔力が、二人の天巫女の祈りによって増幅される。
 視界を埋め尽くさんばかりの光を放ちながら、極光が放たれた。

「なっ―――!?」

 その極光は、射線上の神や“天使”を全て呑み込み、(そら)へと消えていった。
 そして、極光が過ぎた所には、誰一人と神も“天使”もいなかった。

「っつ……!レイジングハート、大丈夫……!?」

Don't worry(心配ありません)

 カートリッジの薬莢を排出し、排熱するレイジングハート。
 いくら砲台と増幅を別でやっていても、一撃で複数の神を倒す程だ。
 なのはとレイジングハートにも負荷は掛かっていた。

「まだ、行ける!?」

Of course(もちろんです)

 だが、侮ってはいけない。
 なのはは……否、レイジングハートも、不屈の心を持っている。
 ()()()()で、その足は止まらない。

「(思い出すんだ……ルフィナさんの力、戦い方を……!)」

 依り代になっていた時の記憶を思い出し、なのはは視界に広がる敵を見据える。
 単にルフィナの戦い方を真似るのではない。
 その経験を自身の戦い方に組み込み、さらに昇華させるつもりなのだ。

「ッ……!」

 敵が攻撃を抜けて接近してくる。
 近接戦闘担当の者だけでは、その数を抑えられない。
 故に、誰かが一掃するまで、なのはや他の後衛の者も戦う必要がある。
 ……それに、なのはは自ら躍り出た。

「そこっ!!」

「ッ、が……!?」

 小太刀二刀の刃ではなく、柄で突いてカウンターを繰り出す。
 刀を持っているのなら、その刃で攻撃すると相手の“天使”も考えていたのだろう。
 “性質”という枠に囚われている神界の者にとっては余計にそう考えてしまう。
 その思考を利用し、意表を突いた。
 刃ではなく手に魔力を圧縮し、それを柄から炸裂させてカウンターとしたのだ。

「ッッ!」

 さらに、二刀を振り回し斬撃を発生させ、牽制とする。
 そのまま剣舞を行うように動きつつ、レイジングハートを弓の形に変えた。
 そして、集束させた魔力を矢として装填し……

「ッ……!!」

   ―――“Starlight Dread(スターライトドレッド)

 それを、解き放った。

「これは……!私の技術を応用しましたね……!」

 それは敵陣の中にいたルフィナにも見えていた。
 そして、ルフィナは矢の射線上に転移し、理力で術式のゲートを生成する。
 そのゲートを通し、なのはの魔法に変化を加えた。

   ―――“Starlight Rain(スターライトレイン)

「なに……!?」

「そこだ!」

「でりゃぁああああああ!!」

 圧縮された魔力の矢が、雨として降り注ぐ。
 その対処のために防御行動を取った“天使”へ、シグナムやヴィータが攻撃する。
 他にも、近接戦が得意な者は各々肉薄して攻撃を繰り出していた。

「同士討ちを恐れないの……!?」

 “天使”の一人が慄く。
 意識すればフレンドリーファイアを無効化する事は出来る。
 だが、攻撃一つ一つにそんな“意志”を向ける事は出来ない。
 だというのに、なのはとルフィナによる矢の雨は()()()()()()()()()()

「同士討ちなどと、今更ですね」

「ッ……!?」

 疑問を口にしていた“天使”の背後を、ミエラが取る。
 驚愕した“天使”だが、その時には既に切り捨てられていた。

「その“可能性”など、既に取り除いているに決まっているでしょう」

 “領域”が砕け、倒れる“天使”。
 それを見送る事もなく、ミエラは次の敵へと向かう。
 そう。これは敵どころかクロノ達も分かっていないが事だったが、同士討ちが当たらない理由は優輝達の“性質”によるものだった。

「(“可能性”が拓かれたからか……主だけでなく、他の者も一皮むけましたね)」

 ミエラが視線を向けたのは、地上。……そこにある、巨大な魔法陣。
 その魔法陣を操作するのは、はやてとディアーチェ、アインスにリインだ。

「なのはちゃんが集束した魔力を、再び集める」

「その魔力を足掛かりに、より強力な魔法を呼び起こす!」

 魔法陣が鳴動し、余波として雷が鳴り響く。
 周辺の魔力だけでなく、霊力すらも魔法陣に吸収されていく。

「さぁ、災厄の鍵を開け!」

「全てを滅ぼす力を以って、敵を滅せよ!!」

   ―――“鍵開く、災厄の章(ザ・ミゼラブル・ビギニング・オブ・ゴエティア)

 凝縮された魔力が解き放たれる。
 炎のようなプラスのエネルギーでも、氷のようなマイナスのエネルギーでもない。
 ただ消滅させるだけのエネルギーが、柱となって敵のみを捉える。

「っ……!!」

 その威力は凄まじい……が、その分魔力の消費も大きい。
 限界を超えてなお魔力を注ぐが、それでも足りなくなる。

「受け取って!」

 そこへ、司が手助けする。
 ジュエルシードを含めた膨大な魔力を魔法陣に注ぎ、術式を維持する。

「させ―――」

「いいや、もう終わりだ」

 阻止しようと、神や“天使”達が動くが、一歩遅い。
 優輝や優奈達が即座に動きを阻害し、逃がさない。
 はやて達の魔法に貫かれるか、優輝達に倒されるかの二択だ。

「ッ……!」

 ならばと、今度は一部の“天使”が逃げ出す。
 洗脳されていようと、生存本能のようなものが働いたのだろう。

「がぁっ!?」

 だが、その“天使”は瘴気を纏った雷に貫かれ、墜落した。

「今のは霊術……久遠達ね!」

 椿が霊力の質から久遠達の仕業だと見抜き、霊術の出所に目を向けた。
 その視線の先には、久遠を中心とした大きな術式が地面に描かれていた。
 鈴や葉月、那美が協力して霊術を編んでいたのだ。

「久遠!大丈夫……!?」

「っ……大丈夫……!」

 雷を放ったのは久遠だ。
 しかし、その雷は強力なだけでなく瘴気も含まれており、久遠に負担がかかる。
 普段ならば絶対に使わない諸刃の剣のような霊術だ。

「理を捻じ曲げる術式で威力を増強し、理を捻じ曲げた代償で生じる瘴気をも、その一撃に加える……本来なら、久遠を使い捨てにするような術よ……!」

「久遠さんの“意志”と、那美さんの治癒が要です!今、世界の法則が歪んでいるからこそ出来る、理の隙を突いた術式ですから……」

「だからこそ、神界の存在にも効く……!」

 理を捻じ曲げ、その歪さから繰り出される霊術。
 世界の法則や、そういった理に関する攻撃だからこそ、“領域”に効果的だった。

「久遠!」

「うん……!」

 久遠に纏わりつく瘴気を那美が引き剥がし、次弾の準備が完了する。
 そして、再び雷が放たれる。

   ―――“歪式(わいしき)瘴雷鳴動(しょうらいめいどう)

 瘴気を含んだ雷が再び複数の“天使”を貫き、撃墜させた。

「こんな……こんな事、が……!?」

 神の一人がそんな事を言いながら消滅エネルギーに呑まれ、“領域”が砕けた。
 神々へ対する反撃は留まる事を知らず、一人また一人と倒していく。



 ……気が付けば、最早数すら優輝達を下回っていた。

「これで、最後だ」

 最後の一人を、優輝が切り裂く。
 残ったのは、荒れ果てた大地と戦闘で疲弊したクロノ達だ。
 倒した神々は肉体を残さず消え去っていた。

「……今更なんだけど、倒した神ってどうなるの?見た感じだと消滅してるけど……」

 それを見て、司はふと気になって呟く。

「“領域”の砕けた神は肉体として構成している理力が解け、神界にある大元となる領域……根源とも言える場所に戻る。だから、倒した場所から復活……なんて事には原則としてならない。まぁ、復活して転移してくる場合もあるけどな」

 答えたのは優輝だ。
 神界で生まれた神は、その生まれた場所がゲームで言う所謂リスポーン地点になる。
 “領域”を砕かれると強制的にその場所へ戻され、回復に専念させられるのだ。

「例外として存在するのは……」

「神界以外の存在が、神界の神に成り上がった場合ですね。……私のように」

「え……!?」

 祈梨が優輝の言葉に続くように口を挟む。
 司はそんな祈梨が言った事実に驚愕していた。

「一旦、情報整理といこうか。例え記憶などを読み取れても、言葉を交わす事で整理出来るからな。……アースラは落とされたから、簡単な拠点を創ろうか。優奈!」

「はいはい。私も貴方と違って人間のままだから、疲れてるのだけどね……」

 そう言いつつも、優奈は優輝と共に創造魔法を駆使して簡単な拠点を創る。
 アースラにいた者も全員入れる程の、簡易的な施設だ。
 理力を使う事で、建物のようなある程度複雑な構造の物も簡単に創造が出来るようになっていた。

「イリスは撤退した。残った神も先程一掃した。……なら、しばらくは休めるはずだ。何度も限界を超えたなら疲れているはずだ。だから、一度休んでくれ」

 優輝が全員に呼びかけるように言う。
 その言葉に、一部の面々は安心したようにその場に座り込んでしまった。

「……ありがとう、皆。皆のおかげで、“可能性”が繋がった」

「―――――」

 改めて、と言った様子で優輝は緋雪達にそう言った。
 緋雪達も、改めて帰って来た事に何か言おうとしていたのだが、先に言われて一瞬言葉を失ってしまった。

「……おかえり、お兄ちゃん」

 ……だが、それでもと、緋雪は嬉しさに涙を流しながらも、そう言った













 
 

 
後書き
κεραυνός(ケラウノス)…プレシアを基点としたリニス、フェイト、レヴィの四人による儀式魔法。技名通り、神話の如き雷を発生させる魔法。そのあまりの威力に、コントロールが難しいが、避雷針代わりのものがあれば、そこに誘導できる。

連鎖破綻、破壊の瞳(ツェアシュテールング・ケッテ)…精密さを犠牲に、多数相手に破壊の瞳を使う技。握り潰す動作の代わりに魔力の棘などで“瞳”を貫くため、本来の使い方よりもそれなりに使い勝手が悪い。ただし、多数相手には大きな効果を発揮する。

神穿つ、祈りの星光(スターライトブレイカー・ミソロジー)…なのはのSLBを二人の天巫女が祈りの力で増幅した魔法。正しく神を穿つ神話の極光とも言える一撃で、間違っても敵以外に向けて放ってはいけない。

Starlight Dread(スターライトドレッド)…SLBを弓矢として放つ魔法。なお、“弓矢”という枠には収まらず、魔法名が“弩”となっている。規模はSLBに劣るが、貫通力と威力は数段上回る。

Starlight Rain(スターライトレイン)…上記の魔法をルフィナが変化させた結果の魔法。集束させた魔力を分散させ、矢の雨として降らせる。威力は落ちるものの、それでも弾幕系の魔法では威力が高い。

鍵開く、災厄の章(ザ・ミゼラブル・ビギニング・オブ・ゴエティア)…夜天の書に記された魔法をいくつも混ぜ合わせ、災厄を引き起こす魔法。災厄に指向性を持たせ、あたかも世界を滅ぼす力が敵を殲滅するようになっている。

歪式(わいしき)瘴雷鳴動(しょうらいめいどう)…理を捻じ曲げて威力を底上げし、捻じ曲げた際に生じる瘴気をも攻撃の一部として繰り出す禁忌の霊術。世界の法則が歪んでいる状態でないと、術者は瘴気か術の反動で死ぬ程代償が大きい。


これにて長い長い戦いは終わりです。
8章ももうすぐ終わり、最終章へと入っていきます。 

 

第255話「情報整理」

 
前書き
優奈だけはそれぞれ何があったのか大体把握出来ていますが、他は記憶を読み取ったりした訳でもないので情報が行き渡ってません。
そのための情報整理の回となっています。
(作者自身、誰がどの程度知っているか把握出来ていなかったり……)
 

 













「……ぅ、ん……」

 優輝と優奈によって創られた仮拠点。
 その医務室に相当する部屋で、リンディが目を覚ます。

「あ、艦長!目を覚ましましたか?」

「……エイミィ?ここは……」

 目を覚ませば、知らない場所だ。
 辛うじて医務室のような部屋なのは理解できるが、アースラは撃墜されたため、別の次元航行艦なのだろうかと、リンディは考える。

「優輝君達が作った仮拠点……らしいです。とにかく、詳しい説明をするので、艦長も来てください」

「………」

 エイミィも詳しい事は理解出来ていない。
 だからこそ、その説明を聞きに行こうとしていた。
 そんな中、リンディはエイミィが言っていた言葉から、一つの事実を確認した。

「(……そう。緋雪さん達は、彼を取り戻したのね)」

 優輝が戻ってきていると言う事。それだけは理解出来た。
 つまり、先の戦いは何とかなったのだろうと、そこから推測も出来た。

「分かったわ。すぐ向かいます」

 艦長としての態度に切り替え、起き上がる。
 身支度しようとして、髪や顔以外は整っている事に気付く。
 戦闘でボロボロだったはずの服は、何故か綺麗な状態になっていた。
 眠っている間に、優輝や優奈が全員の服なども直しておいたのだ。







「……集まったようですね」

 リンディが向かったのは、大学の教室のような大広間だ。
 説明する側が前に出て、それ以外は席に座る形になっている。
 リンディが入った所で、前に立つ優輝の隣にいたルフィナが言った。

「よし、全員じゃないけど……聞いてほしい人は集まったな」

 集まったのは、あの場でずっと戦っていた緋雪達に加え、リンディや澄紀を始めとしたそれなりの立場の者だ。

「(直接交流があった人と……私含め、部下など複数の人に情報を伝達できる人を集めたと言った所ね……。まぁ、全員に伝えるのは難しいから当然だけど)」

 入ってすぐにリンディはどういった意図で集めた人員なのか見抜く。
 尤も、今の状況ではそんな気にする事ではない。すぐに席に座った。

「さて……情報を整理する前に自己紹介をした方がいいだろうな。頼む」

「じゃあ、トップバッターは私ね」

 情報を整理する前に、名前と素性は知っておいた方が良い。
 そう判断して、まずは優奈から名乗る。
 優奈の存在を元々知っていた者もいるが、正体そのものを知っている者は少ない。
 そのため、彼女も一度詳しく自己紹介すべきだと判断したのだ。

「椿とか、一部の人は知っているだろうけど、私は志導優奈。以前、優輝が神降しをした代償によって生まれた人格にして、もう一人の優輝よ。……そうね、簡単に言えば“女性として生まれた優輝”が私ね。ここまでは椿達なら分かるでしょう?」

 優輝のIF。それが優奈の姿だ。
 だから、優輝の面影が残り、妹である緋雪に似た容姿になっていた。

「でもそれは、飽くまで“人間”の私。器こそ人間ではあるけど、根幹の“領域”は神界の神と同じよ。言うなれば、“可能性の性質”の神の半身……それが私」

 ……だが、根幹の正体はそこからさに一歩踏み込む。

「預言にもあった“可能性の半身”が私よ」

「……やっぱり、そうだったのね」

 正体そのものが分かっていた訳ではない。
 それでも、以前の言動などから単なるもう一つの人格ではないと椿は見抜いていた。
 だからこそ、優奈の言葉に納得し……そしてもう一つの事実に行き着く。

「そうなると、今の優輝も神界の神と同質という訳ね」

「……ああ」

 椿の言葉に対する優輝の返答に、驚愕の反応を示したのは半数程度だった。
 司や緋雪も、何となく察していたのだろう。

「次は僕が説明すべきだな。椿の推測通り、“志導優輝”は飽くまで人としての名前だ。本来の“領域”は神界の神と同じだ。名前も、神としての名は“ユウキ・デュナミス”だ」

「“性質”はもちろん“可能性の性質”。これまで何度も奇跡を掴み取ったのも、この“性質”による影響よ」

 優奈が補足するように説明する。
 見方によれば、それはまるで全部優輝のおかげだと言っているようなモノだが……

「尤も、実際その“可能性”を掴んだのは当人達の頑張りのおかげだ。例え“性質”だろうと、僕が出来たのはせいぜいそんな“可能性”もあると示しただけだ」

 優輝が神界に残る時以前は、そもそも自身が神界の神だった自覚もなかった。
 そのため“性質”を意図して扱う事が出来るはずもない。
 あったとしても影響があるだけで、実際に頑張ったのは当人だと、優輝は言う。

「どういった経緯で人間になったとかは……後で纏めて説明しよう。先に……ミエラ、ルフィナ。次はお前らだ」

「はい」

「分かりました」

 ミエラとルフィナが前に出る。
 見た目はいかにもな容姿と服装をした美少女二人だ。
 一瞬、その容姿に見惚れるかのように場が鎮まる。

「我が主の眷属が一人、ミエラ・デュナミスと言います」

「同じく、ルフィナ・デュナミスです。ミエラの妹でもありますね」

 身に纏う衣の端をつまみ、二人はお辞儀をする。
 どちらも丁寧な物腰ではあるが、ミエラは凛々しく、ルフィナは優しげな雰囲気という違いが、それだけで分かった。

「神界の神が眷属を持つのは知っているはず。……まぁ、話の流れから分かる通り、神としての僕の眷属だ。なのはと奏を依り代にしていたのがこの二人だ」

 なのはと奏に別の存在が宿っているのは周知だ。
 その正体が“天使”二人だったのも、現場にいた者は大して驚いていなかった。

「次は―――」

「私ですね」

 次に祈梨が前に出る。

「以前も名乗った通り、私の名は祈梨です。“祈りの性質”を持ちます。……ただ、正しい名前は聖奈祈梨……いえ、本来はリエル・セーナですが」

「……聖奈……」

「はい。司さんと同じ苗字です。私は、司さんの先祖にあたる存在です」

 “ざわっ”と動揺が広がる。
 神界の神が、知人の先祖だというのだ。

「かつて、私は全盛期のアンラ・マンユを祓いました。ですが、その後私は地球の日本へと流れ着き、そこで過ごす事になったのです」

 そこから、祈梨は簡単に経緯を説明する。
 元々、祈梨は“リエル・セーナ”と言う名の人物だった。
 アンラ・マンユと戦い、地球の日本に流れ着いた時に、名前を変えたのだ。
 リエルは元々“祈り”の意味を持つ言葉からもじったため“祈梨”に、セーナは発音から考えて“聖奈”へと、日本の発音になぞらえて。

「―――ですが、天巫女という事を踏まえても強力過ぎる力を持った私を、“世界”はそのままにしておきませんでした」

 恐るべきことに、地球に流れ着いた当初ですら、祈梨は()()()()()()()()()のだ。
 成長し、子を成した時には、“世界”にとってすら異常な強さになっていた。

「厳密には、単純な強さは異常という程ではありません。天巫女の力、才能が異常であり……世界の理すら捻じ曲げる事が可能だったのです」

「結果、“世界”から浮いた存在になった……と」

「その通りです。それでも“領域”は強くなり……貴方達でいう存在の“格”が昇華され続け……結果、神界の神の目に留まりました」

 その後は、“天使”となり、そして神へと昇華していったと祈梨は語る。
 祈梨以外、今の所同じように神に至った存在はいない。
 否、いるかもしれないが、探す必要がある程、数は少ないのだ。

「……まぁ、私の身の上など今はどうでもいいです。今回の戦いについて説明しましょう。……イリスの封印が解けた際、一度私は他の神と共に会敵しました。そして、敗北し一度洗脳されましたが……完全に自我を失った訳ではありません」

「洗脳される際に、“闇”が“領域”を侵蝕する。……そこから、僅かだけでも“領域”の一部を隔離してそこから抵抗した……そうだな?」

「その通りです。時間こそかかりましたが……間一髪、私も助けになれました」

 洗脳された神も、全員が無抵抗な訳ではない。
 祈梨のように、洗脳されてなお足掻こうとしている神もいるのだ。

「……っと、このように今は正気だ。今の緋雪や司なら、洗脳されてるかどうか見分ける事も出来るだろう?」

「……うん。イリスの“闇”は感じられないよ」

「洗脳状態のお兄ちゃんをずっと視てたからね。もう、見分けられる」

 話が少し逸れた所で、優輝がソレラとエルナに視線を向ける。
 話の軌道を戻すついでに、次に移るようだ。

「妹のソレラは既に知っているだろうから、私だけだね。私はエルナ・ズィズィミ。ソレラの姉であり、姉妹で一つの神だ。私が“守る性質”、ソレラが“守られる性質”で、お互いに影響し合っている」

「“守り守られし女神姉妹”……それが彼女達の事よ」

「……なるほど……」

 優奈の補足に合点がいったようにクロノは呟く。
 実際、エルナがソレラを庇う形で力を発揮していたため、納得がいったのだ。

「私の場合、洗脳を解く事が出来たのは姉妹神の特性にあります」

「姉妹……まぁ、兄弟も同じだけど、さっき言った通り二人で一つの神だからお互いに影響し合う。……片割れに異常があれば、それを察知する事も出来るし、正常に戻そうと自浄作用が働く」

「結果、タイミングこそギリギリでしたが、正気に戻る事が出来たのです」

「私がソレラの場所に来れたのは、姉妹神である事と“守る性質”のおかげだね。ソレラ限定だけど、世界を隔てて転移出来る」

 妹であるソレラを“守る”ために、エルナは世界の壁を無視して転移出来る。
 今回もそれを利用してソレラの下へ転移したのだ。

「これで全員……いや、後三人いるな」

「え……?」

 これで全員自己紹介は終わったはずだと、緋雪は思う。
 それなのに、優輝は後三人いると言い、三人分の場所を開けた。
 直後、その場所の空間が“回った”。

「っ……!」

 現れたのは、仙人を思わせる容姿の白い髪と髭を生やした老人と、それぞれ赤と青の髪色が特徴的な二人の女性だ。

「あ、あの人って、確か……!」

 緋雪は老人を見て驚く。
 その老人は、記憶が確かであれば自身を転生させた神だからだ。

「その人達は……」

「イリス達を撃退した後、神界への道を封印してくれた人達だ。……同時に、父さんと母さんを助けてくれた恩人でもある」

 視線が優輝の両親である優香と光輝に集まる。
 二人も、“その通り”だと答えるように頷いた。

天廻(あまね)じゃ。“廻す性質”を持っておる」

「サフィア・スフェラと言います“蒼玉の性質”を持っています」

「ルビア・スフェラと言いますー。サフィアちゃんの姉で、“紅玉の性質”を持っていますよー」

 それぞれが自己紹介する。
 三人共、見た目に相まった口調をしていた。

「神界への道を封印とは、それはつまり……」

「いや、飽くまで応急処置のようなものじゃ。確かにイリスからの干渉をいくらか防げるが、絶対とは言えぬ。こちらも、あちらも、準備を整える時間が必要じゃ。封印は、その間の奇襲を防ぐ役割でしかない」

 これ以上神界から攻められないのかと、リンディは考えたが天廻に否定される。

「道を封じたのは時間を稼ぐためです」

「一応、この世界にとっては時間を稼ぐだけでも十分なんですけどねー」

「……?それってどういう……」

 まるで勝つ必要はないと言われたようで、アリシアが聞き返す。
 サフィアがそのまま答えようとして、優輝がそこで制した。

「そこから先は情報整理した後に話そう」

「……そうですね」

 仕切り直す。ここからが本題とばかりに、全員が姿勢を改める。





「……全ての始まりは、イリスが生れ落ちた時に遡る」

 イリスは、“闇の性質”を持つ神としては最年少だ。
 他にも同じ“性質”の神はいたが、イリスはその中でも一際“性質”が強かった。
 神として幼いながらも強かったイリスは、“性質”に囚われていたのだ。

「“闇の性質”故に、イリスはその闇で全てを支配してしまいたいという欲求に囚われた。そういった“性質”だからこそ、そうするべきだと考えたんだ」

 確かに“闇”というのはそう言ったモノをイメージする。
 イリスもその例に漏れず、そうするべきだと思ってしまった。

「……なまじイリスはずば抜けて優れていたために、神界は混乱に陥った。本来、洗脳されるはずのない神すらも洗脳するイリスを、すぐさま対となる“性質”……“光の性質”を持つ神が危険視し、大規模な戦争となった」

 イリスが生まれたのと時を同じくして、対となる“光の性質”の神も生まれていた。
 その神も一際強く……それ故に、イリスの危うさにもいち早く気づいていた。

「戦いは激化し、神界の半分以上の神が“領域”を砕かれた。……幸い、それほどの戦いでも“領域”が消滅するとまではいかなかったが」

 規模で言えば、地球のどの戦争よりも大きかった。
 “光”と“闇”がぶつかり合い、その被害は甚大だった。

「その戦いを終結させたのが―――」

「……貴方なのね、優輝」

 優香が優輝の言葉に続けるように言い当てた。

「……聞いていたんだな」

「大まかな流れは、ね」

 現実味はなかったのだろう。
 それでも、自身の子供がそんな経験をしていると知って、優香だけでなく光輝も複雑な思いを抱いていた。

「“可能性の性質”を持つ神は複数いる。出力だけで言えば、僕より上の神もいた。……それなのに、僕がイリスと戦えたのは、“性質”が特殊性に長けていたからだ」

「特殊性……?」

「概念や因果、そういった“形のないモノ”に働きかける力……と言うべきか。直接的に戦闘に干渉出来る訳ではないが、使い方次第で非常に強力なものになる」

 身近な存在で言えば、ソレラとエルナもそういった特殊性を持つ。
 その場に働きかける力は時に物理的な力よりも強力になる。

「“可能性”を掴み取る。その一点のみの力で、僕はイリスと戦った。結果、僕の“領域”は消滅したが、イリスを封印する事に成功した」

「消滅……それじゃあ、なんでお兄ちゃんは……」

「一種の賭けだったんだ。神界の神は転生するかわからない。元よりその必要がない存在だからな。だけど、その“可能性”を掴み取った。ミエラとルフィナも同じだ。……それが、僕が神から人になった理由だ」

「……改めて聞くと、分の悪い賭けどころじゃないのう。輪廻に干渉出来る身ではあるが、その力もなく転生するなど正気じゃないわい」

 天廻が思わずそう呟く。
 “廻す性質”を持つ天廻は輪廻にも干渉出来る。
 だからこそ、優輝が荒唐無稽な賭けに出た事に驚きを禁じえなかった。

「……まぁ、これが僕らが人に転生していた理由だ。ミエラとルフィナの場合は、人を依り代にしなければ“領域”を保てなかったのだろう」

「その通りです」

 転生しても“領域”はそのままだ。
 だが、消滅するはずだった“領域”を保つには、“天使”では力が足りなかった。
 そのため、なのはと奏のように人を依り代にしていたのだ。

「とにかく、これがかつて起きた神界での戦いだ。一人の神と、その“天使”を犠牲に、イリスは封印された。……けど、残った爪痕は深かった」

「何と言うか、神として幼いからか、イリスは優輝に執着しちゃうようになったみたいなのよね。だから、封印が解けた後、とことん優輝を狙ったの」

 優輝の説明を、優奈が繋ぐ。
 イリスは、優輝の“可能性”に魅せられたのだ。
 だが、その方向性が悪かった。
 イリスはどこまでも神として幼かった。
 故に、優輝に執着し、手に入れようと周到に手を回してきたのだ。

「それだけならまだいい。……いや、周りに迷惑を掛けていたが……それよりも問題となるものがあったんだ。……緋雪、司、奏、帝、神夜。そして、人間だった頃の僕にも、関係している」

「私達……?」

「……転生?」

「そうだ」

 椿が六人の共通点に気付き、優輝が肯定する。

「イリスとの戦いは、神界のみならず他の世界に影響を及ぼした。因果に、理に影響が及んで“本来起こりえない事象”が起きた」

「本来起こりえない……まさか……!?」

「転生……いや、厳密には“死ぬはずのないタイミングでの死亡”だ」

 そもそも、転生出来たのは本来死ぬはずがなかったからだ。
 奏の場合はむしろ死ぬのが遅かった程だが、それでも因果が捻じ曲がっていた事には変わりない。

「……待って。優輝君がイリスを封じた神なんでしょ?なのに、人間に転生した後にその影響を受けたの?時期がずれている気が……」

 そこで、司が疑問を口にする。
 戦いの影響ならば、その後に人へと転生した優輝が影響を受けるのは、時期的におかしいと考えたのだ。

「いや、合っておる。……それだけ、影響が長く残っていたのじゃ。今でこそ数は減ったが、以前までは数百人単位で影響が出ていた」

「……そんなに……」

「もしかして、私が倒してきた転生者の霊も?」

「その内の一人だろうな」

 かつて鈴が倒した転生者達の霊も、その影響による産物だった。
 それだけ、転生者が多かった事に、同じ転生者の司達は驚いていた。

「……あれ?転生の時は、確か違う事情だったような……」

 ふと、緋雪が転生の時の出来事を思い出して疑問に思う。
 あの時は、ネット小説にありがちな神のミスによる死だと説明されていたのだ。

「あれはのぅ……神界の戦いの事を無闇に知らせる訳にはいかなくての。話した所で違う世界の者には信じられないと思い、ごく一部の創作の物語であるような設定を参考にさせてもらったのじゃよ。その方が、まだ現状を受け入れやすかったじゃろう?」

「………確かに」

 天廻の説明に、緋雪は完全とまではいかないが納得する。
 確かに、いきなり“神の世界で大きな戦いがあり、その影響で死んだ”と言われてもピンと来ないだろう。
 それならば、ネット小説であるようなテンプレートな事情で死んだと言われた方が、それを知っている者としてはポジティブに考えられる。

「神界は、それこそ他の世界全てに影響を与える。……その神界が、壊滅の危機に陥っていたなんて、不安になるような事は言えなかったんだろう」

「……そりゃあ、確かにな……」

 神界に一度取り残されたからこそ、帝は納得した。
 単純な力だけでなく、概念的干渉も神界の神は強い。
 世界そのものの“領域”も侵蝕する神もいるのだから、それを知る神としては不用意に説明すれば不安がられると思うだろう。
 ……尤も、実際に話した所で実感は持たれないのがほとんどだろうが。

「話が逸れたな。“今”の話にしよう。イリスは封印されたが、それが解けたのは現状からしてわかっているだろう?ちなみに、封印が解けた直後の神界は―――」

「私とサフィアちゃんが詳しいですよ。説明しましょうか?」

「ああ、頼む」

 ルビアとサフィアが前に出て、説明を始める。
 優輝は知らないが、彼女は封印が解けた瞬間を見ている。
 そこからの経緯も自ら経験しているため詳しいのは当然だ。

「封印が解けた直後、まず私はサフィアちゃんを逃がしました。その後、私と近くにいた神でイリスを足止めしましたが……元より封印ぐらいにしか長けていませんから、当然のように私達は敗北、洗脳されました」

「その間に、私が他の神に封印が解けた事を知らせました。ですが、一部の神はむしろイリスに味方してしまいました」

「イリスと同じような……端的に言えば“悪役”のような“性質”の神だな。イリスのように“性質”に囚われた神や……それこそ神界がどうなっても構わない神はイリスに味方する」

 ルビア、サフィアの説明に優輝が補足する。
 これは司達も推測はしていた事だ。
 帝に至っては、実際にイリスに味方していた悪神と戦っている。

「その後、ソレラさんとエルナさんのように、姉妹神の特徴を活かして姉さんを正気に戻す事に成功しました」

「正気に戻るまでの記憶もありますが、その間イリスはずっと戦力を増やしていましたねー。とにかく孤立していた神を洗脳して数を増やしていました」

「ただ、単純に正気に戻しただけでは姉さんは敵陣の中にいたままです」

「そこで、儂の“性質”使った訳じゃ」

 “廻す性質”により、空間と空間を“廻す”ように入れ替える事が出来る。
 加え、姉妹神の特徴により、サフィアがルビアの居場所を特定した。
 それによって、ルビアだけを近くに転移させ、正気に戻したのだ。

「儂の“性質”と、敵の居場所さえ分かれば決して捕まらん。じゃから、たった四人でもイリスの勢力内で動けたのじゃ」

「……四人?」

「私も一緒にいたんだよ」

 誰かが疑問に思った呟きに、エルナが答える。

「私が天廻様と合流するまでに、ソレラさんとエルナさんとも合流していたのです。しかし、途中で奇襲を受けて、天廻様の力で逃げるまでソレラさんが殿に……」

「私が残って囮になった方が、結果的に一番戦力ダウンを抑えられますからね」

 ソレラとエルナは二人で一つだ。
 だが、二人どちらかが欠けるならば、ソレラの方がマシだった。
 サフィアも、ルビアを正気に戻すため不可欠だった。
 だから、ソレラが囮になったのだ。

「話を戻しましょう。逐次神界の様子を見ましたが、どこもかしこも戦闘になっていましたね。正しく前回の大戦の再現です」

「僕らが前回見た戦線も、所詮は氷山の一角だろうな。再現とも言える程なら、もっと規模が大きいはずだ」

「っ………」

 実際に神界に行ったメンバーは、優輝の言葉に息を呑む。
 あれだけでも、かなりの激しさだったのだ。
 それが、ほんの一部でしかない事に戦慄した。

「イリスの初動が早かったためか、洗脳された神はかなりいますね。サフィアちゃんが知らせて回るのを追いかけるように、どんどん勢力が広げられました」

「対抗勢力がいるはずだが……そっちはどうなんだ?」

「残念ながら、私達は逃げ回っていたのでそこまでは……。ただ、何度か倒された敵の神を見かけました。そこから考えると、ある程度は拮抗しているかと」

「戦線もあったからな……一応、イリスの対となる“光の性質”の神も、かなりの強さを持っている。総力戦になったとしても、長引くだろう」

 洗脳された神を元に戻す事も神によっては可能だ。
 優輝達がイリスの出鼻を挫いた事で、洗脳による勢力増大も抑えられていた。
 これによってお互いの勢力は拮抗していると優輝は考えた。

「……要は、今も神界では戦いが続いていると言う事だ。……父さんと母さんは、逃げ回っていた彼女達に助けられたのか?」

 神界の情報を優輝が纏める。
 同時に、両親がどうやって助けられたのか確認のため尋ねた。

「その通りじゃ。イリスとの戦いは儂らも見ておった。二人が消滅させられそうになった時に、咄嗟に儂が空間を“廻した”。座標を入れ替えて緊急避難させたのじゃよ。……尤も、引き際を誤っておれば儂らもやられていたじゃろうな」

「そうですか……。ありがとうございます」

 本人の代わりに天廻が答える。
 あの時、助けがなければ間違いなく二人は消滅していた。
 だからこそ、優輝は天廻に感謝した。

「一通り説明したが、細かい事は各自聞いてくれ。じゃあ、次の話に移ろう。どちらかと言えば、こっちが本命だ」

 一拍置き、優輝は全員を見渡す。
 本命の話と聞き、全員が注目する。
 そして、優輝はその話題を口にした。







「……神界に攻め入る、及びイリスの討伐についてだ」

 そう言って、優輝は攻勢に出る事を宣言した。













 
 

 
後書き
“祈りの性質”…そのまま天巫女の力の上位互換。祈りを力に変える事が出来る。

“廻す性質”…物理的に回すのはもちろん、輪廻や“廻”を含む概念にも干渉出来る。

天廻…仙人のような容姿の神。“廻す”事に干渉出来る。割と階級が高いようで、サフィア達や優輝にも敬語を使われている。

“蒼玉の性質”…サファイアに関する事に干渉出来る。戦闘に直接使う力がほとんどなく、特殊なサファイアで防御や敵の拘束などが行える程度。戦闘向きではない“性質”。

“紅玉の性質”…上記のルビーバージョン。同じく戦闘向きではない。一応、何かを封印する事には向いている。

ルビア…サフィアの姉。キャラのモデルとしてはFateのルビー。お調子者で愉快な事を好む性格をしているが、現状が現状なため、今は控えている。サフィア含め苗字のスフェラ(宝玉のギリシャ語)は今回が初出。


本編にはほとんど出てないけど、実は大量の転生者がいた事実。以前閑話で鈴が倒していた転生者もその一人です。
なお、神界の戦いの影響が強く出ていた頃は、様々な世界で起こりえないような天変地異が起きていたりします。

ちなみに、今回一通り説明した際、詳細は文章から省いています。
一応、ちゃんと情報を行き渡らせておいたので、全員情報整理は出来ています。 

 

第256話「攻略作戦」

 
前書き
前回まだ説明出来ていなかった部分は、今回ついでに説明する形になります。
 

 








「……本気なの?」

 リンディが優輝の発言に思わずそう呟いた。
 だが、優輝は当然だとばかりに深く頷く。

「元々、イリスは僕を狙ってきていた。なら、僕がケジメを付ける」

「このままだと確実に再びこの世界は襲われます。その対処も必要です」

 ミエラが優輝に続けるように補足する。
 イリスは優輝に執着している。
 それこそ、優輝を洗脳した際に、他の繋がりを消そうとした程だ。
 だからこそ、この世界は再び襲われると読んだ。

「実際は、このまま防衛に徹していても戦いは終息するだろう。“光の性質”の神達が束になれば、イリスを倒す事は可能だからな」

 創造魔法で出したホワイトボードに、簡単な勢力図を描く。
 イリスの勢力は強大に見えて、それでも絶望的とは決して言えない。
 “光の性質”の神達も同等の戦力を保っているからだ。
 さらには、“性質”に囚われていない神のほとんどがイリスと敵対している。
 甚大な被害は出るかもしれないが、それでもイリスは四面楚歌に近い状態なのだ。

「だから、先程時間稼ぎだけで十分だと言ったんですよー」

 ルビアが笑って誤魔化すように言う。
 本当に、耐えるだけで後は他の神がやってくれるのだ。

「敢えて聞くぞ。……あれだけしてやられて、黙って終わるのを待つか?」

「ッ―――!!」

 ……だが、ここまでイリスにしてやられて、黙って待つつもりはなかった。
 その意志を示すように、まず神夜が真っ先に立ち上がった。
 “弄ばれた”と言う点において、神夜は最もイリスにしてやられた存在だからだ。

「……まだ挫けていないのに、ここに来て引き下がるなんて真似、する訳ないよ」

「例え私達が戦わなくても、優輝君は戦うつもりなんでしょ?……だったら、私だってじっと待ってるなんて出来ない」

 緋雪、司が続けて戦う意志を示す。
 強大な敵だった。圧倒的な力を持っていた。
 それでも、負けた事が悔しかった。……だから、立ち上がる。

「神格の成り立ち……いえ、神という在り方自体が違うとしても、同じ神として指を咥えて待っているなんてゴメンよ」

「……一度くらい、神界の神を見返したいわ」

「……まぁ、一度“可能性”を拓いた皆ならそうなるだろうな」

 三人だけでなく、戦場で戦い続けた全員が同じ想いだった。
 神界での敗北を悔しく思い、今こそ反撃するべきだと、そう考えていた。

「どの道、時間を稼ぐとしてもその間防衛する必要がある。……いや、イリスの事だ。もう一度この世界に攻めてくるだろう。それを撃退し、さらに攻め入る必要がある訳だ」

「確か……優輝が倒したイリスは分霊だったのよね?……なら、次に攻めてきてもまた分霊。だからこちらから攻め入る訳ね」

「ちなみに、僕が神界で足止めした際のイリスも分霊だった。いっぺんに出せる数は少ないが、出せる回数は無制限だ。分霊を使って何度でもイリスは攻めてくるだろうな」

 言わば、本体さえ倒されなければ負けはないのだ。
 だから分霊を送ってくるのだろうと、椿は解釈した。

「本当、規格外ね。いくら神でも、何度も分霊を生み出してそれを倒されれば、力は削がれていくというのに……神界の神はそうじゃないとはね」

「神と名乗ってはいるが……実際は、便宜上そう名乗っているだけの別の存在だ。所詮は、他の世界の名称を利用しているだけに過ぎないからな」

 概念や法則そのものが形を取っている存在なだけで、“神”ではない。
 だが、神に近いからこそ、神界の神本人もその名称を使っているだけなのだ。

「神にしろ、神でないにしろ……そんな規格外の相手に勝算があるのね?」

「当然です。……尤も、最低条件として全員が全員の“可能性”を信じ、そして拓く必要がありますけどね」

 リンディの問いに優輝は力強く答える。

「僕の“可能性の性質”は、これまで共にいた事で全員に浸透している。その影響を上手く使えば、神界の神だろうと倒せるはずだ」

 “そしてもう一つ”と続け、優輝はもう一つの勝算を言う。

「人の持つ千差万別の“性質”及び“領域”だからこそ、相手の“領域”を砕く事が可能になる場合がある。……本来、人の“領域”は神界の存在には及ばない。だけど、それは同じ分野で戦った場合だ」

「……つまり、相手の弱点を突く……?」

「その通りだ司。例えば炎と水の“領域”が戦えば、どうあっても水の方が勝つ。余程自力の差がない限りな。結局は、相性なんだ」

 相性さえ良ければ、人間が神界の神に勝つ事も可能なのだ。
 そして、それを既に成し遂げた人物がここにはいる。

「その最たる例が……帝、お前だ」

「……やっぱり、俺なのか。……でも、俺の場合相性どころかごり押していたはずなんだが……相性なんてあったのか?」

「あー、人の“領域”について説明不足だったな」

 そう言って、優輝はホワイトボードに図を描く。
 人と神界の神。そしてそれぞれの“領域”だ。

「神界の存在の場合、この“領域”の形は決して変わらない。“性質”によっては表面上は変えられるだろうが、中心部分は不変だ。その“領域”が変わってしまえば、もう別の存在となってしまうからな」

 “領域”を簡単な円で表す。
 中心にある円は決して形を変えず、変えられるとしてもその外にあるもう一つの円……つまり表面上のモノだけなのだ。

「僕も優奈も例外じゃない。人に転生した事で、人と同じような“領域”を持った。……でも、その根幹は神界の神のままだ。形は変わらないままなんだ」

 図に変化を加えつつ、優輝は解説を続ける。

「だけど、人……厳密には、神界以外の存在は違う。その環境によって性格が変わるように、千差万別、変幻自在なんだ。本人に自覚はなくてもな」

 人の“領域”をスライムのように不定形な図形として描く。

「帝の場合、憧れた力を再現する事で、相手を乗り越える“領域”へと変質させた。結果、実際の戦闘ではゴリ押しだろうと敵を倒せたんだ」

「……なるほど……」

「当然、限定的な変化だ。帝が力を再現しているその間しか変質していない。今はいつもの、普通の人としての“領域”に戻っている」

 “性質”を上手く使えば、大抵の相手に対して有利を取れる。
 帝は意図せずにそれを成し遂げていたのだ。

「相手に対して有利な“領域”へと変える。……言葉にすれば難しく聞こえるが、要は挫けず、諦めず、相手を乗り越えればいい。一縷の可能性に賭けて、それを掴み取ればいい。全ては、それぞれが持つ“意志”で決まる」

「……そこに帰結するのね」

 洗脳されていた祈梨が言っていた“意志”の力。
 本来の法則はぼかされていたが、結局間違ってはいなかったのだ。

「神界の存在は、良くも悪くも規格外だからな。決まった“性質”に沿うような強さや力を持っているが……それが殻を破る事はない。対し、人はその真逆を行く。総合的に見れば神界に劣るのは確実だ。……だけど、“意志”一つでそれを覆すのも、また人なんだ」

「……相変わらず、無茶を言ってくれるわね」

 一通り聞いて椿が嘆息する。
 神としての視点も持つ椿からすれば、優輝の言わんとしている事は理解出来た。
 だからこそ、“無茶”だと言わざるを得なかった。

「相手は絶対的に格上。それでも勝て……そう言いたいのね?力でも“領域”でも劣っていたとしても、“勝つ”という執念のみで勝って見せろと……」

「ああ」

「いくら何でも無茶振りが……あぁ、そう。そういう事なのね……」

 言葉の途中で、椿は納得したかのように言葉を止める。

「かやちゃん?」

「……貴方もまた、“性質”に沿っている訳ね。人の“可能性”を信じて、きっと成し遂げてくれると、そう信じているのね」

「そうだ。僕もまた、“性質”からは逃れられない。だから、人の“可能性”を信じて、託す事にしたんだ。……それが、最善だと思ってな」

 “性質”に沿うと言っても、応用が出来ない訳ではない。
 優輝は“可能性”を全員に託し、それを拓く事で突破口にするつもりなのだ。
 
「それは最早、勝算なんて……!」

「ない訳じゃないわ。……最高の前例がここにいるのだから」

 誰かの言葉を、優奈が否定する。
 そして、優奈がその“前例”として帝を示す。

「帝は、力を……それどころか、“姿”やエアを奪われた状態で、“意志”のみで神界の神達を圧倒した。……今の帝は本来なら一般的な魔導師程の強さしかない。それでも、“意志”だけで圧倒出来るんだ」

「だからと言って、同じ事が出来るとは……」

「限らないな。でも、“意志”で戦力差を覆せるのは分かっただろう?……後は、実際に戦う本人次第だ」

 それはつまり、裏を返せば優輝は信じているのだ。
 皆が、勝ちを掴む事を。

「……どうやら、態々言わなくても良かったみたいね」

 そして、その意図が分かったのか、全員の決意は固まっていた。
 優奈もそれを見て、優輝に笑みを向ける。

「―――よし、なら、攻略の軽い流れを説明する」

 優輝も満足そうに笑みを浮かべ、ようやく本題に入った。

「まず、初手からイリスの……いや、攻めてくる敵の想定を上回る」

「攻めてくる……という事は、受け身なのね」

「ああ。敵を迎え撃つのに、僕らが育ってきたこの世界以外に最適な場所はない。人の“領域”だからこそ、敵は本領を発揮できないのだからな」

 むしろ、準備をしている相手に攻め込む方が愚策だと、優輝は言う。

「だけど、相手もそれを想定した戦力を投下してくる。……だから、こちらはさらにそれを上回る戦力が必要だ」

「そのために、私達が……」

「いや、ここで出番が来るのは皆じゃない」

 先程言った“意志”でそれを撃退するのかと思ったが、優輝が否定する。
 否定した優輝は、そのまま祈梨へと一度視線を向けた。

「皆も見ただろう?もう一人のイリスが何かしていたのを」

「そういえば……」

 消滅する前、イリスは世界中に光を放っていた。
 今まで説明に出てこなかったため、半分程の者は失念していたようだ。

「もう一人のイリス……これについて説明していなかったな。彼女は、かつての戦いで封印される時、砕けた“領域”の欠片が僕らと同じように人に転生した結果、生まれた存在だ」

「お兄ちゃんと、同じように……」

 明らかに雰囲気が違っていた。
 それは人として生きた経験が変えたからなのだろうと、見た者は思う。

「転生したイリスは、人の可能性を見てきた。……その結果、“闇の性質”であってもそれ以外のモノを示せると理解出来たんだろうな。……最期に、希望を残していった」

 そう言って優輝は掌の上に金色の炎のようなものを灯した。

「これはその一端だ。僕の中に残っていた、イリスの示した希望の光だ。……これが、今はこの世界に散らばっている」

「……それを利用するの?」

「ああ」

 緋雪の言葉に優輝は頷く。
 そして、“なにより”と言葉を続ける。

「イリスの侵略を良しとしないのは僕らだけじゃない。……いや、むしろ僕ら以上に良しとしない存在がある」

「え……?」

「“世界そのもの”だ。世界の意志が、イリスの侵略に抵抗していた。本来であれば、“エラトマの箱”によってこの世界はイリスの領域と化していた所を、世界の意志が押し留めていたんだ」

 祈梨達神界の神以外、全員が初耳だった。
 自分達の知らない所で、世界そのものがずっと抵抗していたのだ。

「イリスの残した希望が、世界に力を与えた。……後は、実際に戦いになってからのお楽しみだ。この世界が育んだ力は、ずっと残っているからな」

「世界が育んだ力……?」

「生きとし生ける生命が紡いで来た歴史は、今もなお“世界”に刻まれ続けている。神話として、伝説として、英雄譚として、な。人の可能性が紡いで来たその歴史は……人理は、決して神界の者に劣らない」

 そう語る優輝は、どこか遠くのモノを見るようで、絶対的な信頼が籠っていた。

「一度世界の根源に繋いだ司なら、分かるだろう?」

「………うん」

 何をするのか、司には理解出来た。
 推測は間違っているかもしれない。だけど、どういった力を利用するかは分かった。

「世界そのものの力を侮っちゃいけない。個々人が強ければ強い程、また世界も強くなる。世界の力は即ち、その世界に住まう者の全ての力なんだからな」

 数多の生命を内包する“世界”が、弱いはずがない。
 そう優輝は言っていた。

「話を戻そう。“世界”の力で攻めてきた敵を撃退、ないし足止めをする。今この場にいる何人かも同じように戦うかもしれないが、そこは采配次第だ」

「でも、前回みたいにイリスも攻めてくるんじゃ……」

「分霊は来るだろうな」

 司の言葉を優輝は肯定する。
 そう。優輝が言う“攻めてくる”という状況は、先程までの戦いと全く同じだ。
 であれば、イリスもまた分霊を使って攻めてくるのは明白だった。

「分霊の相手は決めてある。……かつての戦いでも、同じだったからな」

「……という事は……」

 奏の視線が優輝からずれる。
 そこには、優輝の眷属であるミエラとルフィナがいる。

「分霊であれば、私達で十分です」

「主様が神として覚醒した今、私達も強くなっていますからね」

 先程の戦いでは勝てなかった二人だが、今は違う。
 優輝に引っ張られるように、二人も本来の力を取り戻している。
 イリスの分霊が相手なら、もう負ける事はない。

「そういう訳で、ミエラとルフィナがイリスの分霊を相手する。その間に、反撃の余地が出来るまで敵を撃滅。済み次第、神界へと突入する」

「突入するメンバーは決めているの?」

「基本、前回も突入したメンバーだ。ただ、その内何人かは残る事になる」

 リンディの問いにすぐ答える。
 一度でも神界に突入した者が行った方が、対応はしやすいだろう判断からだ。

「……少数精鋭による奇襲……?」

「その通りだ」

 奏の呟きに、優輝は同意を返す。

「真正面からぶつかり合った所で、こちらの戦力が先に尽きる。そもそも、足止めをされているとイリスの分霊がさらに追加されてしまう。……故に、短期決戦でイリス本体へと肉薄する必要がある」

 足止めを喰らえば食らうだけ、不利になる。
 それならば速攻を仕掛けるしかないと、優輝は言う。

「作戦としては簡単だ。立ち塞がる敵が現れる度、突入部隊の内数人……出来れば一人だけで、敵の相手をして他のメンバーを先に進ませる」

「……囮、って事ね……」

 一対一でさえ勝てるかわからない相手を、少数で足止めする。
 それがどれだけ難しいのか、わからないはずがない。

「敵の数自体は、この世界を襲う分と、“光の性質”の神の勢力にぶつける分に割かれて、そこまで極端に多く出来ないはずだ。そして、敵が足止めを無視するという事も、あり得ないと言えるだろう」

 普通なら、足止めされていると分かれば目の前の敵を倒す必要はなくなる。
 厳密には優先順位が変わるため、相手をしていられなくなるはずだ。
 だが、それは起こりえないと優輝は言う。

「それは、どうして?」

「前回突入した際に体験しただろう?同じ場所であるはずにも関わらず、戦場が分断されたというのを。あれと似たようなモノだ」

 アリシアの疑問に優輝はそう答えた。
 前回突入時の初戦闘において、優輝達はそれぞれの神の相手をする際、大した距離も離れていないにも関わらず、戦場が完全に分断されていた。
 空間そのものを隔てたように、外部から干渉される事も、逆に干渉する事も出来ないようになっていた。
 今回も、その性質を使うというのだ。

「単純な戦場の分断だと、空間関連の“性質”相手には突破されてしまう。そこは皆の“意志”に掛かっているから注意だ」

「“逃がさない”という“意志”があれば、敵に逃げられる事はなくなるはずよ」

「……アレか」

 優奈の補足に、帝が実際にやった事を思い出す。
 力を失った状態でも、その“意志”だけで相手の行動を封じる事が出来る。
 理論にピンと来なかったが、実際に体験していた事で理解出来たのだ。

「ともかく、ごく僅かの人数で敵を足止めして、本命のイリスに最高戦力をぶつけるというのが大まかな作戦だ。……質問は?」

「最高戦力……と言うのは、君か?」

 質問したのはクロノだ。
 祈梨や天廻など、他にも神界の神はいるが、誰が最高戦力かはわからない。
 だが、優輝はかつてイリスを封印している。
 そこから、優輝が最高戦力なのかと、クロノは考えていた。

「……結論から言えば、神としては天廻様の方が強い。だけど、イリスはそれ以上の強さを持つ。その上で勝利を掴むとすれば、最適なのは僕だろうな」

「“可能性”を掴む……と言う訳か」

「その通りだ」

 これもまた、相性の問題だ。
 単純な神の力としてでは、イリスに勝てる神は神界でも少ない。
 だが、相性のいい神であれば、実力で劣っていても勝つ事が出来る。
 それこそ、“可能性の性質”である優輝ならば、一対一であれば最低でも引き分けに持ち込む事が出来る。

「他に質問は?」

「襲ってくる神の内訳は推測出来ないかしら?」

「ほとんどは出来ないな。だけど、神界突入後に立ち塞がる神は少しだけ推測できるかもしれない。至極単純な予想だけどな」

 今度の質問は椿によるものだ。
 神の特徴が予想出来るのならば、対策も出来ると考えたのだろう。
 だが、優輝はそれを実質出来ないと答えた。
 その上で、ごく一部だけ分かるかもしれないと言う。

「神の力にも相性があるのはもう分かっているな?神の弱点を突けるのと同じように、当然ながら僕らにも弱点はある」

「……そうね」

「例えば椿は、近接戦が弱点だ。対策はしていても、克服しない限り弱点には変わりない。……敵は、確実にその弱点を突いて来る」

 ただでさえ強力な“性質”が、苦手な部分をついて来る。
 その厄介さが今更わからない程、皆馬鹿ではない。

「じゃあ、もしかして……!」

「司、奏、緋雪の場合だと……一度自分を倒した神が来るだろうな」

「ッ……!」

 前回神界に突入し、撤退する時。
 足止めに残った司達は、弱点を突いてきた神になす術なく負けた。
 今度も同じなのだろうと、優輝は言う。

「そこから、敵の特徴は予測できる」

「なるほど……。弱点を突かれても負ける訳ではない。それでも“意志”の力で勝って見せろ……そう言いたいのね」

「勝つ必要はないが……弱点を突かれても負けないようにするには、それこそその意気でやらないと戦いにならないだろうな」

 相手は苦手分野をついて来る。それでも勝て。……つまりはそう言いたいのだ。
 最早、ただの行き過ぎた根性論だ。

「……上等だよ。そんな単純な精神論でどうにかなるなら、何とかなるよ」

「もっと複雑な攻略法だとどうしようかと思ったけど、そんな大まかなだけならどうにでも出来る。……ううん、してみせるよ」

 葵と緋雪が不敵な笑みを浮かべてそう返事をする。
 それに続くように、他の皆も次々と奮い立つ。

「……そうこなくちゃ」

 元々、もっと緻密な作戦や、綱渡りのような戦術が必要だと思っていた。
 だが、それらを全て精神論だけで補えると分かれば気分的にも楽だ。
 依然勝つには難しすぎる相手だが、既に皆は希望に満ちていた。
 ……これもまた、イリスの遺した“可能性”のおかげなのかもしれない。









「―――それじゃあ解散だ。ここに来ていない人にも伝えておいてくれ」

 その後、しばらく細かい質問に優輝は答え、話は終わる。
 まだ目覚めていない者や、各方面へ現状の報告などの用事がある者への情報共有はリンディ達に任せ、他は休息に入る。

「……ふぅ……」

「お疲れね」

「まぁ、計何十年か振りに神としての態度を演じていたからな……。良くも悪くも、僕は人に染まっていたらしい」

 優輝も一息つき、そこへ優奈が話しかけてくる。

「でも、プラスの方が大きいでしょう?」

「……まぁな。人の生を過ごしたおかげで、お前と言う特殊な分霊も得たからな」

 優奈は優輝の半身……つまり分霊だ。
 尤も、本体そっくりではなく、こうして“女としての可能性”を内包しているため、かなり違う性格をしている。

「先に言っておくわ。今の貴方ではイリス本体には勝てないわよ」

「知っている。……同時に、再びお前と一つになれば勝機がある事もな」

「なんだ。把握していたのね」

 特殊な分霊……それはつまり、普通とは違う事になる。
 普通であれば力が削がれる事のない分霊だが、優奈の場合は違った。
 神としての力も分けているため、本来の優輝よりも弱くなっているのだ。
 だが、再び一つになればそれも元に戻る。

「……悪いが、一つに戻るつもりはない」

「っ、自分から“可能性”を捨てる気?」

「お前こそ、帝に何も言わずに消えるつもりか?」

 同時に、それは優奈の消滅を意味していた。
 今回ばかりは、優輝も優奈も一つになって無事で済む“可能性”が見えなかった。
 
「な、んで、帝がそこで……」

「お前がどう思っているにしても、あいつはお前を想っている。それに気づいていながら、勝手に消えさせる訳にはいかん」

「………」

 広い目で見れば、ただの自問自答だ。
 だけど、既にお互いに別の存在だと認識していた。
 だからこそ、優輝は優奈の消滅の道を選ばない。

「二兎を追う者は一兎をも得ず……既に僕は一兎を追っているんだ。その上で、先の見えない“可能性”を掴む事は出来ない」

「……そう。さすがに、限界なのね……」

「限界は超えられるさ。……だけど、だからと言って自分から無理しても“可能性”は掴めない。分かっているだろう?」

「それは……そうね……」

 今まで幾たびも奇跡を起こしてきた。
 だが、それらは全て自分達で限界を超えてきたからこその産物だ。
 自分から奇跡を望んだ程度で、起こるはずがない。

「まったく、同じ“可能性の性質”を持っているというのに、視野が狭まっているぞ。前までの僕を見ているようだよ」

「何ですって……?」

「僕らだけで背負う必要はない。……人の“可能性”、見せてもらおうさ」

 その言葉に、優奈は目を見開く。

「……そう、そうね。……私達は“可能性の性質”を持つ神。人の可能性を信じてこそ、私達は私達たらしめる。……信じて、みましょうか」

「ああ。既に“可能性”は拓かれている。……人の底力をイリスにも……いや、神界全てに見せてやればいい」

 夢幻のような“可能性”だ。
 ……それでも、ゼロじゃない。それだけで、二人が信じるに値する。

 根拠も、理屈も存在しない。
 ただ“可能性”を信じるだけ。
 ……それが、それこそが“可能性の性質”たる所以なのだから。











 
 

 
後書き
イリスが優輝に魅せられたように、優奈も帝に魅せられました。そのため、人並み以上に帝を気にしています。
そして、優輝もそれに気づいているため、優奈の消滅を選びませんでした。

次回が8章最終話です。 

 

第257話「戦いを前に」

 
前書き
例えるならば、ゲームで最終決戦前に仲間や街の人達と会話する的な回です。
 

 










 優輝の説明が終わった後、皆は作られた個室にそれぞれ戻って休んでいた。
 そんな中、なのはは用意された部屋とは別の部屋に向かっていた。

「……なのはかい?」

「うん」

 部屋をノックすると、中から士郎が返事する。
 中に入ると、そこには士郎の他に桃子がベッドに寝ていた。

「お母さんは……」

「………」

 士郎は無言で首を振る。
 イリスと分離してから、桃子は未だに目を覚ましていないのだ。

「……そうなんだ……」

 その事実に、なのはは少し落ち込む。

「……っ……」

 だが、それはすぐに収まった。
 桃子が微かに身じろぎをしたからだ。

「……ここは……?」

「桃子!?」

「お母さん!」

 桃子が目を覚まし、二人はすぐさま傍に寄る。

「あなた……それに、なのはも……」

「……体は大丈夫なのか?」

「ええ。……心配をかけたみたいね」

 桃子は体の調子を確かめるが、特に不調は感じられない。
 若干意識がぼんやりしているが、それは単に寝起きだからだ。

「……何が起きたのかは、イリスさんを通じて知っているわ。そのイリスさんが、全てを投げうって消えてしまった事も」

「お母さんは、依り代にされていた事を知ってたの?」

「いいえ。なのはがそうだったように、自覚なんてなかったわ。だけど、分離する時に知識が流れてきたの。だから、理解が出来るだけなの」

 避難場所からイリスの所までの間に、桃子はイリスから知識を受け取っていた。
 イリスがどんな存在なのかも、依り代がどういう事なのかも理解していた。
 それこそ、話を聞いただけの緋雪や司よりも詳しい程だろう。

「そうか……」

「それより、ここはどこなの?」

「ここは優輝君が創り出した施設の一室らしい。……街どころか、アースラも破壊されたらしくて拠点は作るしかなかったみたいなんだ」

「なるほどね……」

 士郎の説明を聞いて、桃子は少し考えこむ。
 イリスから受け継いだ知識から、優輝の行動を推測しているのだ。

「なのは、彼から何か聞いていない?これからどうするのか、とか……」

「あ、うん。聞いたよ。……今度、イリスを倒すためにもう一度神界に行くって」

「……やっぱりね」

 なのはの言葉に驚く士郎を余所に、桃子は納得する。

「知ってたの?」

「ええ。優輝君なら……いえ、イリスにとって彼なら絶対にそうする存在だから、もしかしたらと思ってね」

 イリスと自分は別の存在である事は分かっていた。
 それでも、桃子はイリスの知識や感情を知っている。
 そこから優輝ならどうするかを推測していた。

「なのはも行くのね?」

「……うん」

 既に覚悟は決まっている。
 なのはも、ルフィナの知識を持っている。
 そこから考えても、“絶対に勝てない”とは思わない。
 否、例えそうだとしても、戦わないという選択肢はなかった。

「っ……」

 士郎は“危険だ”と止めようとして、寸前でその言葉を止めた。
 なのはの覚悟を理解したからこそ、止める事が出来なかった。

「……止めても無駄みたいだね。だけど、これだけは聞いておくよ」

「…………」

「なのはは、何のために戦うのか、はっきりさせているかい?」

「何の、ため……?」

 それは、覚悟だけで突っ走っていないかの確認だった。
 “戦わなくちゃいけない”という事実を受け入れているだけではいけない。
 士郎はそう考えて、戦う“理由”をはっきりさせておきたかった。

「……世界を守らなくちゃいけないから……」

「………」

「……ううん」

 最初の答えに、一瞬士郎は“まずい”と思う。
 だが、なのはの言葉は続いていた。

「……違う、そうじゃなかった。……私は、私の帰る所を……お父さんやお母さん、家族や友達を守りたいから、だから戦うの」

「なのは……」

 ありきたりな答えだ。
 だけど、ありきたりだからこそ、その身を投げ出す事はないと、士郎は確信した。

「……あなた、私たちもなのはを信じましょう」

「……ああ。……父さん達は待っているぞ。なのはが帰る場所は、なのはがいないと意味がないんだからな。絶対に帰ってくるんだ」

「うん……!」

 そう言って、士郎はなのはの頭を撫でる。
 そして、ふと思い出したように激励の言葉をなのはにかける。

「なのは、御神の剣は、守る者のために力を発揮する。……まだ全てを教えた訳じゃないけど、それでもなのはならその力を発揮できるはずだよ」

「お父さん……うん、分かった……!」

 今のなのはは、士郎達にとって“守られる存在”ではない。
 同じ御神の剣を会得し、“守る存在”へと変わっているのだ。
 だからこそ、激励の言葉を掛けた。

「そのためにも、今は体を休めなさい。まだ、時間はあるんだろう?」

「うん。そうするよ」

 そう言って、なのはは部屋から退室する。
 心配だった母親も無事目を覚ましたため、後は戦いに備えるだけだ。

「………」

 次に向かうのは、同じく神界に向かう皆の所だ。
 優輝の話を聞いた者の内、皆が皆個室に戻った訳ではない。
 聞いた話について、今後について、話し合う人もいるだろう。
 そんな人達がいる場所へ、なのはも向かっていた。







「あ、なのは」

「桃子さんはどうやった?」

「私が行った時にちょうど目を覚ましたよ。特に不調もないみたいだし、もう大丈夫そうだったよ」

 向かった一室では、フェイトやはやて、アリシアなどいつもの面子がいた。
 はやてが開口一番に母親である桃子の事を聞いてきたので、もう大丈夫だとなのはは心配させないように返答する。

「ほな、一応シャマルを向かわせておくわ」

「ありがとう。はやてちゃん」

「構わへんよこれくらい」

 軽いやり取りの後、なのは達を真剣な雰囲気が包む。

「……多分、次の戦いで決着がつくわ」

 少しの沈黙を挟み、はやてがそう切り出す。

「同感ね。一度目の戦いでは大きな敗北。二度目は戦力を増した上で撃退。……そして、今度はこちらから攻め入る番。結果がどうであれ、決着はつくでしょうね」

「加えて、優輝達曰く私たちが防衛しているだけでも、他の神がイリスを倒すから……うん、本当に最後の戦いだね」

 泣いても笑っても、最後となる。
 そのため、なのは達の気持ちもより一層引き締まる。

「問題は、今度の戦いは一度目と同じように、敵地に乗り込む事だよ」

「相手の土俵で戦う……不利な状況になるのは当然だよね」

 霊術を用いるアリシア達からすれば、相手の土俵で戦う事のまずさが良く分かる。
 なのは達も、相手の得意分野で戦う事がまずいのは分かっていた。

「……その事なんだけどね?」

「何かあるの?」

 そこで、なのはが思い出したように話を切り出す。

「ルフィナさんからの知識なんだけど……多分、攻め込む際にとんでもない事をして、相手の有利な状況を壊すと思うよ」

「とんでもない事……?」

「……この“世界”を神界にぶつける。……少なくとも、ルフィナさんからもらった知識から考えたら、そうするみたい」

 言葉のまま受け取った所で、フェイトやはやてにはピンと来なかった。

「つまり、相手の“領域”にこの世界の“領域”をぶつける事で、“性質”の力を相殺……もしくは、軽減するって事ね」

「椿ちゃん……うん、その通りだよ」

 会話に入って来た椿が補足する。
 それによって、他の皆も理解出来たようだ。

「確かにその方法なら、相手の陣地ではなくなるでしょうけど……同時に、こちらの陣地でもなくなるわ。完全に対等な立場で相手を倒さないといけない」

「一度目は相手の有利、二度目はこちらの有利。……お互い有利な立場で戦ったからこそ戦力差が良く分かったと思うけど、そうなればどれほど苦しい戦いになるかも分かるよね?」

 二度目は本来なのは達の方が有利だったのだ。
 その上で、あれ程の苦戦を強いられた。
 今度は、そんな有利すらもない状態で戦わないといけない。
 いくら不利ではないとはいえ、その差は大きい。

「っ………」

 すずかが息を呑む。アリサが冷や汗を流す。
 アリシアも、フェイトも、はやても、その“差”を理解して奥歯を噛み締める。

「……それでも、勝つよ」

 だが、なのはは、なのはだけは違った。
 戦力差が大きいのは分かっている。苦戦どころか勝てるか怪しいのも分かる。
 ……ただ、それでも“勝つ”と、既に決意を固めていた。

「そうでなければ、戦いにはならないから」

「その通り」

 感心してか、望んだとおりの答えだったからか、椿は手を叩く。
 直後、椿から神力がにじみ出るように放出される。

「最早、単純な力による勝敗はあり得ず。この先は全て我ら汝らの意志により決する。心せよ人の子よ。敗北を悟らぬ限り、真の敗北はあり得ない」

 それは、椿としてよりも、神としての言葉だ。
 今更神一人の力に圧倒されて言葉を失う程、なのは達は弱いままではない。
 それでも、椿が“神として自分達を激励した”という事実に息を呑んだ。

「……まぁ、私も神として信じてるわ。いつだって、人は限界を乗り越える。過去の英雄達がそうだったように、現代の貴女達もやって見せるとね」

 神としての振る舞いを引っ込め、椿はいつも通りにそう言った。

「生命はいつだって環境に適応しようとする。人間だけでなく、様々な動物が年月を掛けて進化したようにね。……その中でも、とりわけ人間は別格だよ」

 続けて、葵は言葉を挟む。
 葵もまた、式姫として長年人を見てきているため、その言葉には重みがあった。

「逆境において、人が取る選択肢は大きく分けて二つ。恐怖や絶望に呑まれて諦めるか、それでもなお立ち向かうか、のね。そして、後者の選択をした者は少なからずその限界を破る。……時には、あり得ない程の力を発揮して」

「……私達にも、それが出来ると?」

「もうやっているじゃない」

 アリシアの言葉に、椿が半ば呆れながら即答する。

「いくら神界の法則があったとはいえ、貴女達は常に限界以上の力を発揮し続けていたわ。気づいてる?一度目の神界への進行前に比べて、今の貴女達は数段強くなっているわよ。それこそ、際限なく、ね」

「ぁ……」

 最初に気付いたのはアリシアだ。
 自身の操る霊力は普段細かく操れる分を最大火力としている。
 だが、その細かく操れる霊力の量が大きく増えていた。
 それこそ、制御を度外視した最大火力を上回る形で。

「限界以上の力を使っても後遺症が残らない事によって、成長すると同時に常に限界の一歩先を行っていた。……そんな事をすれば、嫌でも強くなるわね」

「それは……確かに」

 魔力及び霊力操作やその総量だけではない。
 無造作に技を放てるように、発動までの過程がごく自然なものになっていた。
 魔力変換資質を持つフェイトに至っては、まるで電気そのものを我が物にしたように操れるようになっている程だ。

「だから、そんな気負わなくていいわ。……貴女達なら、きっと勝てるもの」

「……そうだよ」

 椿の言葉に同意するように、なのはが言葉を発する。

「理屈なんて、もう関係ない。……勝つんだよ、皆で」

「……そうね。なのはの言う通りだわ」

 なのはに続けるように、アリサがそう言って笑みを浮かべる。

「所詮、相手は神の如き力を持つだけで、無敵ではないのよ。だったら、勝ち目はある。あたし達はそれをモノにすればいいのよ」

「………」

 理屈関係なく、“ただ勝つ”。
 無茶苦茶な事を言っていると、言った本人も思う程だ。
 だが、それでも皆の戦意に火を付けた。

「……もう、何も言わなくても大丈夫そうね」

「じゃあ、あたし達は行くね」

 そんな様子を見て、椿と葵は立ち去ろうとする。

「そういえば、二人はどうしてここに?」

「司や奏達を探してたのよ。そうしたら、貴女達がいたって訳」

「単に通りすがったって感じなんだよね。実は」

「そうだったんだ……」

「じゃ、貴女達も休んでおきなさいよ」

 そう言って今度こそ二人は立ち去る。









「色んな人に影響を受けたのでしょうけど……本当、強い子達ね」

「環境と……優ちゃんの“性質”のおかげだろうね。もしかしたら、あたし達の影響もあるかもしれないよ?」

「……そ、そう?」

 少し後押ししただけだった。
 それだけでなのは達がもう手出しの必要がない程にその強い精神性を見せた。
 その事に、椿と葵は感心していた。

「……ここね」

 そんな事を話している内に、司と奏がいる部屋に二人は入る。

「椿ちゃんと葵ちゃん?」

「その様子だと、しっかり体は休めているようね。でも、同時に考え事で悩んでいる……とも見えるわね」

「あはは……見抜かれてたんだ」

「これでも神の端くれよ」

「あたしも、結構長生きしてるしね」

 そう言って、椿と葵も司の近くに座る。
 見れば、司の他にも奏がいた。

「司と奏の二人だけかしら?」

「ううん、緋雪ちゃんも一緒だよ。今は飲み物を取りに行ってるんだ」

「飲み物も創造したのね優輝は……」

「なんでもありになったよねー」

 元々創造魔法は魔力と創造する物の構造さえしっかりとしていれば何でも創れた。
 それでも、構造が複雑な物は時間も魔力も掛かっていたのだ。
 だが、今ではこうして建物丸ごと創造という事も出来るようになっていた。

「それで、悩んでいる事は……あぁ、貴女達の弱点を突いて来る神の対策ね」

「そ、そこまで見抜いてるんだ……」

「貴女と奏、そして緋雪。三人共弱点を突かれて負けたんだもの。考えれば共通点から大体は予測がつくわよ」

「確かに……」

 いくら“意志”を強く保っても弱点を突かれる事に変わりはない。
 何かしら対策を練るか、開き直るかしなければ確実に“意志”を折られてしまう。
 それを避けるために司達は考えていたのだ。

「緋雪ちゃんはもう克服したんだけど、私と奏ちゃんはね……」

「緋雪の場合は……あぁ、狂気ね。確かに、優輝を助ける時に完全に克服していたものね。……狂気を生み出すそもそもの恐怖心を克服したのよね?確か」

「うん。そうだよ」

 返答したのは件の緋雪だ。
 飲み物もちゃんと取ってきており、司と奏に渡す。

「二人はいいの?」

「私達はいいわ」

「そっか」

 緋雪も座り、五人で一つのテーブルを囲む形になる。

「確か、司が負けたのは祈りの力を阻止してくる程に行動が“早い”神だったわね」

「奏ちゃんは攻撃を確実に“防ぐ”神で……」

「私は“狂気”だね。今は狂気を持っていないから、まともに戦えるけど」

 司の場合は、攻撃までの僅かなタイムラグ。
 奏はその攻撃の軽さを。
 それぞれ弱点を突かれ、敗北していた。

「奏ちゃんは、一応対策があるんだけど……」

「……その場合は、分身も盾にされた」

 奏は“溜め”さえあれば強力な攻撃が放てる。
 しかし、その時間稼ぎに分身を使わなければならず、なしでは阻止される。
 そして、例え放ててもその時は分身を使われて、防がれてしまう。

「どちらも“どこをどうすればいいか”までは分かっているんだよね」

「でも、その肝心の手段が思いつかないって訳ね……」

 司の場合は祈りの力を使うタイムラグを無くす、またはそれ以外の攻撃手段。
 奏の場合は敵の防御を貫通しうる且つ、分身の時間稼ぎを必要としない技。
 対策の術自体は既に思いついているのだ。
 だが、それらを実現するための手段が足りない。

「奏はまだ現実的に何とか出来そうだけど……」

「司ちゃんは、別の攻撃手段はともかくタイムラグを無くすっていうのは難しいね。元々、天巫女の力は“祈り”のプロセスが必要なんだし」

 そう、いくら司が“祈り”を早く使っても確実に攻撃までタイムラグがある。
 “祈り”という行動を挟む以上、どうしても遅くなるのだ。
 そして、どれだけ攻撃までの時間を短くしても、手順として存在する以上、弱点を突いてきたその神は割り込んでくる。

「普通の魔法とかを使うにしても、決定打にはならないんだよね……」

「これは……なるほど、一手足りないのね」

「うん」

 司にしても、奏にしても、どう対策すればいいのかは分かっているのだ。
 だけど、決定打が足りず“手段”にならない。

「……奏の方はともかく、司は系統が違い過ぎて司自身が閃かない限り突破法が思いつかないわね……」

「……あ、そうだ司さん。祈梨さんには相談しなかったの?」

「祈梨さん?……あ、そっか、同じ天巫女なら……」

 同じ天巫女兼、神界の神である祈梨。
 彼女に聞けば何かアイデアの一つでもあるかもしれない。

「ちょっと、聞きに行ってくるね!」

「ええ。行ってらっしゃい」

「じゃあ、奏ちゃんは奏ちゃんで考えないとね」

 司は立ち上がり、祈梨のいる場所へ向かっていった。
 残った面々は、奏の弱点克服のため、もうしばらく話し合う事になった。






「祈梨さん」

「司さん、どうかしましたか?」

 程なくして司は祈梨を見つけ、早速尋ねていた。

「―――それで、祈梨さんなら何か対策があるのかなって……」

「なるほど……確かに、そういった手合いの神は、私にとっても天敵です」

 祈梨も基本的には司と変わらない。
 同じ神を相手にすれば、悉く天巫女の力を阻止されるだろう。

「ですが、妨害に関する“性質”よりはマシと考えられます。“早い性質”であれば、その本質は飽くまで先手を取るだけ。……妨害が本質ではありません」

「先手を取られた上で、力を行使すれば……?」

「はい。対策自体は、それだけで十分です」

 要は、先手を取られて攻撃されても“祈り”を止めなければいい。
 完全なゴリ押しではあるが、“意志”一つで出来る事だ。
 単純だからこそ思いつかなかったが、確かな対策だ。

「しかし、一つ問題が」

「え……?」

「先程も言った通り、先手を取る手合いならばいいですが、弱点を突いて来るのであれば、確実に妨害に関する“性質”の神も来るかと」

「それは……確かに」

 前回はまだ弱点を突いてきたにしては緩いと祈梨は言う。
 天巫女の力を封じるには、先手を取るよりも妨害する方が効果的だ。
 先手を取るだけでも妨害になるが、やはり本質が妨害である方が強い。
 そして、その“性質”で来られればそれこそ司の天敵となる。

「前回の場合は、攻撃に怯んだ事で妨害を受けていたようですが……妨害に関する“性質”だと話が変わります」

「……問答無用で、天巫女の力の発動が“妨害”さられる」

「はい」

 実際は天巫女の力だけでなく、あらゆる攻撃が妨害されるだろう。
 それがどれほど厄介なのか、司は口にせずとも理解出来た。

「でも、それって私どころか皆にとっても……」

「そうですね。予備動作のある動きは全て妨害される。そうなればほとんどの攻撃が発動できません。……ですが、こちらにとって弱点になるように、相手にも弱点はあります。いえ、厳密には、どの“性質”にも共通するのですが……」

「その弱点って……?」

「認識外の事象には“性質”が適用されない、という事です」

 誰しも、全く意識していない場所や方法による干渉は反応出来ない。
 それは神界の神も同じで、認識外からの干渉には事前に対処できないのだ。

「優輝さんがイリスの分霊に仕掛けた“無意識の隙”も同じです。認識外であれば、ほとんどの神は事前に対処できない……つまり、“妨害”はされません」

「ほとんど、っていう事は例外もあるんだよね?」

「当然です。それこそ、“無意識の性質”などは認識外からの干渉であろうと、無意識のまま対処してしまいます。尤も、そういった“性質”だと逆にゴリ押しのような攻撃も通じますけどね」

「相性の問題……」

「その通りです」

 事実、祈梨が例に挙げた“無意識の性質”の場合、“妨害の性質”を完封出来る。
 “性質”同士であれば、それほど相性の問題が顕著になる。

「要は相手に認識されないように攻撃手段を用意すれば、倒すことができます」

「認識されないように……か」

「その方法自体はいくつかありますが……」

「大丈夫。そこから先は自分で考えるよ」

 光明が見えた。
 そう思った司は、祈梨に礼を言って自室に戻る事にした。
 敵に認識されないように攻撃手段を用意する。
 そのために、司は色々策を練る事にしたのだ。









「………」

 各々が、来る戦いのために戦術を練っている。
 それを、優輝は通りすがりながら横目で見ていく。

「……ん?」

「あ」

 途中、神夜と遭遇する。
 誤解が解けているとはいえ、神夜は未だに優輝に対して苦手意識がある。
 そのため、気まずい沈黙が二人の間を漂った。

「ぁ……と、何してたんだ?」

「皆の様子を見て回ってただけだ。……最後の戦いが近いからな」

「そうか……」

 会話が続かない。その事でさらに気まずくなる神夜。

「……少し、話をしないか?」

「え?」

 それを察してか、今度は優輝から声を掛けた。
 近くの部屋に入り、対面する形で座る。

「神夜。お前が僕に対して苦手意識を持っている事は理解できるし、無理に直せとは言わない。そこに関してはお前に任せる」

「あ、ああ……」

 飲み物を創造魔法で創り、神夜に渡しながら優輝は言う。

「聞きたいのは次の戦いについてだ。……今のお前は転生特典を奪われ、今は並の魔導師より少し強い程度でしかない。今までの経験からそれ以上の強さを発揮する事は出来るだろうが、神界での戦いにおいてはかなり厳しいぞ」

「……分かってる」

 そう。今の神夜はかなり弱くなっている。
 “意志”で先程の戦いは乗り越えたが、それでもギリギリだ。
 意地で戦っていたにすぎないため、どうしても最終決戦にはついていけない。

「帝のように“可能性”を拓いたならともかく、このままではまずい。ソレラに特典を戻してもらう事も出来るが……」

「戻せるのか!?」

「授けた張本人だ。剥奪が出来るのなら、再度授ける事ぐらい可能だろう」

 転生特典が戻ってくるかもしれないと、神夜は驚く。
 しかし、優輝は“だが”と続ける。

「だからと言って、それで勝てるかはわからない」

「……なぜだ?」

「特典の力は、“可能性”を拓けない。ソレラの力を大きく超える事も出来ないし、飽くまで“特典”の枠に収まっているんだ。その力が借り物である限り、な」

「………」

 神界で帝が見せた力も、飽くまでギルガメッシュとエミヤの力を際限なく使う事で出来ただけに過ぎない。
 実際、二人に出来ない事まではその時は発揮出来ていなかった。

「借り物、か……」

「それで戦う事も止めはしない。どうあってもお前の選んだ選択だ。……お前が本当にしたい事のためにする最善手ならば、誰も止めはしないさ」

 選択を委ねられ、神夜は一度自分の掌を見つめる。
 今一度自身を振り返り、どうするべきか考えていた。

「話はそれだけだ。悪いな、時間を取らせて」

「いや……ありがとな」

「……礼なんていらないさ。元を辿れば、僕の責任でもあるからな」

 “自分が原因だ”と優輝は言う。
 かつての神夜なら、その事で優輝を責め立てただろう。
 だが、今はその気にならなかった。

「(イリス……俺の性格を利用して、俺にあんな事をさせた元凶……)」

 “その鬱憤をぶつけてやれ”と、帝に言われた。
 “本当にしたい事ならば止めない”と、優輝に言われた。
 自分に魅了なんて力を与えた元凶に仕返ししたいと、常々思っていた。

「ッ……!」

 その想いは積もり、一つの“意志”となる。
 元凶たるイリスに一発入れるため、何が何でもそこに辿り着くという“意志”に。

「……なんだ。これなら大丈夫だな」

 その“可能性”の力を、部屋から立ち去った優輝も感じていた。

「“可能性”は満ちた。……こっちは、もう万端だぞ?」

 戦いの前準備は終わった。
 ここからが反撃だと、優輝は神界のどこかにいるであろうイリスに笑みを向けた。















 
 

 
後書き
という訳で8章最終話です。
次からはようやく最終章に入ります。 

 

キャラ設定(第8章)

 
前書き
今回は新登場及び大きな変化のあったキャラのみ紹介します。

なお、紹介していないキャラも全員順当に強くなっています。

 

 


       志導優輝(しどうゆうき)/ユウキ・デュナミス

洗脳された状態から、緋雪達の奮闘で正気に戻り、同時に覚醒した。
さらにかつては神界の神だった事も完全に思い出し、力の大半を取り戻す。
神としての“性質”は、“可能性の性質”。
今まで起きてきた数々の奇跡は、この“性質”が無意識下で影響していた事が原因。
覚醒後の実力は、イリスの分霊程度であればほぼ確実に勝てる程。
神として覚醒したものの、本人としては“優輝”のままのつもりらしい。





       志導緋雪(しどうひゆき)

持っていた狂気は自身の力に対する恐怖心が原因だった。
リヒトの助力により、精神世界で“恐怖に怯える自身”と相対、恐怖を克服する。
それにより、生物兵器としての欠点を完全克服し、真の力を開放した。
その力は導王流の極致でなければ受け流せない程強力なものであり、椿達と強力する事で見事洗脳された優輝を戦闘不能に追い込んだ。
優輝が神界の神の生まれ変わりだった事に驚いていたが、想いは変わっていない。





       志導優奈(しどうゆうな)

優輝の創造魔法が影響し、“領域”が分裂した結果生まれた存在。
覚醒前の優輝が代償としたモノを完全に失わないように受け止めていた。
結果的に、もう一人の“可能性”の神となった。なお、器は人間のままである。
強さは覚醒前の優輝より強い程度だが、多彩な技術で実力以上の力を発揮する。
相手の土俵でさえなければ、イリスの分霊も単独撃破が可能。
帝の覚醒を見て、かなり彼の事を気に入っている。





       志導優香(しどうゆうか)志導光輝(しどうこうき)

神界にて消滅させられたと思われていた優輝の両親。
天廻によって助け出されており、その後は天廻と同行しながら生き延びていた。
洗脳された優輝を止めるために地球へ戻り、体を張って止めようとしていた。
実力は優輝に遠く及ばないが、強い“意志”で戦力差を埋めていた。
優輝にとっても、生きていると思っていなかったので、二人の生還は正気に戻す最後の一押しとなった。





       天使奏(あまつかかなで)

ユウキの眷属であるミエラの依り代としての役目を全うした。
ミエラとは完全に分離したが、置き土産なのかミエラの経験を引き継いでいる。
そのおかげで、戦闘能力が飛躍的に上昇している。
優輝の真実に驚きはしたが、ミエラの記憶によって比較的あっさり受け入れている。
緋雪と同様、想いは変わっていない。





       王牙帝(おうがみかど)

神界に取り残され、そこを優奈に助けられた事で生き延びる。
目の前で優奈が危機に陥り、さらに家族であり自身を慕ってくれていたエアを奪われた事で、怒りや悲しみでリミッターが外れた。
“領域”が砕けた状態で神界の神達を“意志”のみで圧倒する。
さらには“固有領域”にも目覚め、物理的な戦闘力ではトップクラスとなった。
彼にとっての憧れの存在が絶対である限り、負ける事はあり得ない。





       織崎神夜(おりざきしんや)

地球での襲撃戦で、ソレラに転生特典を全て奪われ、実質無力化された。
なお、アロンダイトは元々あった物を貸し与えただけだったので、奪われる事なく今もサーラが所持している。
それでも、自分が仕出かした事への罪悪感や、そう仕向けたイリス達への恨みによる“負けられない意志”で戦い抜いた。
現在は並の魔導師より強い程度の強さしか持っていないが、その上で確固たる戦う“意志”を抱き、最後の決戦に臨んだ。





       聖奈祈梨(せいないのり)/リエル・セーナ

歴代の中で最強の天巫女であり、神界の神に成り上がった元人間。
神としては、“祈りの性質”を持つ。
かつて全盛期のアンラ・マンユを倒す程の天巫女ではあったが、その“祈り”の力が強すぎるために世界から弾き出された。
その後、神界の“天使”へとなり、さらに神へと成り上がった経歴を持つ。
その“祈り”の力は、洗脳後であろうとイリスの洗脳を破る。
名前の通り、今世の司の遠い先祖。





       エルナ・ズィズィミ

ソレラの姉。“守る性質”を持つ。
天廻達と共に神界を逃げ回っていたため、洗脳されていなかった。
ソレラを囮にするのは苦渋の判断だったらしい。
姉妹神の特徴を活かし、ソレラを正気に戻した後、ソレラと合流する。
ソレラと共にいる事で“性質”を最大限に発揮する事が出来る。
姉妹揃っていれば、なかなかの強さを発揮するが、単身だと比較的弱い。





       サフィア・スフェラ

“蒼玉の性質”を持つ、どこかサファイアを連想させる神。
落ち着いた口調と性格が特徴で、奏を転生させた神でもある。
イリスの封印が解けた際に、すぐさま神界中にその事を知らせようと奔走した。
結果、良くも悪くも情報が行き渡った影響が出て神界は混乱に陥った。
天廻と同行しつつ、殿を務めた姉のルビアを奪還する。
ソレラ達と違い、単身でもそれなりの強さを持つが、代わりに二人揃っても飛躍的に強さが上昇する訳ではない。





       ルビア・スフェラ

“紅玉の性質”を持つ、どこかルビーを連想させる神。
サフィアの姉で、お調子者のような性格が特徴。
ただし、状況が状況なのでその性格は鳴りを潜めている。
イリスの封印が解けた際、足止めに残ったために洗脳されてしまう。
しかし、天廻の協力もあり勢力から奪還され、洗脳も解除された。
優輝の両親を保護した後、優輝達の世界に辿り着く。





       天廻(あまね)

“廻す性質”を持つ、仙人のような雰囲気の老人。緋雪を転生させた神。
見た目通りの、落ち着いた老人のような口調と性格をしている。
神として、それなりの実力者なため、“性質”と相まってイリスの勢力圏の中でも逃げ回る事が出来ていた。
ルビアや優輝の両親の救出など、裏方でかなり活躍していた。
本来は輪廻などに携わる神なため、戦闘向きではなかったりする。





       ミエラ・デュナミス

ユウキ・デュミナスの眷属の一人。“可能性の性質”を持つ。
奏の魂を依り代にしており、奏の転生前から共にいた。
丁寧な物腰を基本としており、真面目な性格をしており、堅い印象を持つ。
理力の剣を用いた白兵戦を得意としており、専ら前衛を務める。
ユウキ及び優輝の事を“我が主”または“主”と呼ぶ。
優輝には劣るものの、劣勢でも“可能性”を掴んで勝利する事に長けている。





       ルフィナ・デュナミス

ミエラと同じく、眷属の一人。“性質”も同様。
なのはを依り代にしており、その影響をなのはにも与えていた。
丁寧な物腰なのはミエラと変わらないが、性格は優しめで柔らかい印象を持つ。
理力の弓矢を主武器としており、近接戦も弱くはない。
白兵戦においてはミエラに分があるが、カウンターはこちらが上となっている。
ユウキ及び優輝の事を“主様”と呼ぶ。
ミエラ含め、キャラは同人ゲーム(R-18)“もんむす・くえすと”に登場する熾天使二人を参考にしている。





       イリス・エラトマ

ラスボス。未だに強さの底が見えない。
神界や地球で出会ったのは、飽くまで彼女の分霊。本体ではなかった。
“闇の性質”の神の中で、かなりの才能を持っている。
そのため、その“性質”に囚われた性格、行動方針となっている。
かつての戦いで、ユウキに封印された際、“領域”の欠片が人に転生していた。
その欠片は転生を繰り返した事であらゆる“可能性”を知り、“闇の性質”であっても他のモノを示せると悟る事が出来た。
最後には、“可能性”を示して消失した。
残った分霊はそれによって優位性を消失、覚醒した優輝達に撃退された。





       高町(たかまち)なのは

原作主人公。なお、強さは既にStsを超えている。
ルフィナの依り代であったためか、今まで何度かその影響を受けていた。
分離した後も、ルフィナから知識や経験を受け継いでおり、強さが増している。
御神流もどんどん戦術に混ぜているため、もう苦手な距離はない。
魔力の集束技術も向上し、殲滅力はもちろん、一点突破力も上がっている。









     ↓以下簡易紹介





     騎士ジーク

名前のみの登場。
ムートとシュネーが生きていた時代に、ムートに使えていた近衛騎士。
近衛騎士なだけあり、かなりの実力者。
ムートの死後、暴走するシュネーを止めるために侍女長のアリスと共に戦った。
結果は無念の戦死だったが、それでも歴史に名を遺す活躍をしていた。
名前等の元ネタはジークフリート。弱点や人間関係は関係ない。





     第234話登場の神

それぞれ“槍の性質”、“熱の性質”を持つ。
どちらもそのままの“性質”で、それらに関する事象にもある程度干渉出来る。
“槍の性質”の神は白兵戦に優れており、“熱の性質”の神は熱気を利用した“領域”の展開を得意としている。
だが、前者は単純に武力に優れるがために正面から、後者は帝の乖離剣で弱点を突かれて敗北する事となった。
洗脳されてなければ、もっと苦戦した相手。





     第235話登場の神

それぞれ“負の性質”、“悪の性質”、“幽閉の性質”を持つ。
前者二つは事象や概念に干渉する類の“性質”で、関連するものにも干渉できる。
さらには、お互いの“性質”にシナジーがあるため、常時敵にデバフを与える。
不意打ちで優奈を負傷させたため、かなり優位に立っていた。
また、“幽閉の性質”のせいで逃げる事も出来ないため、優奈達も追い詰められた。
だが、吹っ切れた帝の猛攻で均衡が崩れ、あっさり逆転されてしまった。
前者二つは強力な“性質”故に、自身にも影響する事が弱点。





     第237話登場の神

それぞれ“残酷の性質”、“剥奪の性質”を持つ。
前者は事象や空間に干渉し、その状況に持って行く類の力を持つ。
後者は分かりやすく、相手の力を奪う事に長けている。
追い詰められていくという“残酷”な現実に加え、帝の能力が“剥奪”されるという“残酷”な展開になるという、最悪なコンボを決めてきた。
後に、怒りと悲しみで覚醒した帝に逆転され、“残酷”な現実という状況がまるっきり返ってきた事により、倒された。





     第239話登場の神

“圧倒の性質”を持つ。
強さ、数など、あらゆる分野で敵を圧倒する事が出来る。
概念的に働きかける“性質”なため、無視して戦う事も難しい。
物理的戦闘において、必ず相手の有利を取る厄介な“性質”。
しかし、僅かにでも神の方が“圧倒された”と思うと、“性質”の効果が逆転する。
厄介な“性質”ではあるが、弱点を突ければ確実に勝てる“性質”でもある。





 
 

 
後書き
他にも神や“天使”は登場していますが、説明がいらないほどの出番なので紹介しません。そもそも紹介できることが描写外でやられていたという事ぐらいなので…… 

 

第258話「始まる最後の戦い」

 
前書き
最終章突入。
最初以外、ほとんどの話が戦闘になりそうです。
 

 














 神界のどこか、闇に満ちた場所にて、一人の神が狼狽えていた。

「……まさか、あそこまで追い詰めてなお足りないとは……!」

 その神の名はイリス・エラトマ。
 優輝達が撃退した分霊ではなく、正真正銘本体のイリスだ。

「……いえ、違いますね。最後の最後で詰めが甘かった、と見るべきですね……。“念のため”と敗北を想定して分霊にしたのが、むしろ間違いだった……!」

 念を入れた事、それがむしろ敗北に繋がったのだと、イリスは悔やむ。
 だが、既に過ぎ去った事だ。後悔を早々に切り上げ、“次”を見る。

「まだです……まだ、終わっていません……!」

 別の分霊を通じて見るのは、自身と対極に位置する“性質”の神。
 その勢力との戦いだ。

「(未だに勢力は拮抗。むしろ、まだこちらが押していますね。ですが、それもいずれは逆転するでしょう……)」

 神すら洗脳する力で、イリスの勢力は数を増やし続けている。
 相手も洗脳を解いて来るが、それでもまだイリスの方が優勢だった。
 しかし、相手が対処するようになって、徐々に逆転を始めている。

「……ならば、それまでにこちらが彼を手に入れるまで……!」

 だが、目的を達成すればそれは最早無視できる。
 目的……即ち、優輝を手に入れる事だ。

「待っていてください……!絶対に、絶対に手に入れて見せます……!」

 憎悪でありながら、どこか愛に満ちた感情で、イリスは決意を口にする。

「そちらが一縷の可能性すら掴むのならば、私はそれすら呑み込んで見せます……!」

 “闇”が溢れる。
 その量は、分霊のイリスが出したそれと比にならない。

「そもそも、あの時私の欠片が邪魔しなければ……!」

 もう一人のイリスがいなければ、優輝が正気に戻る事はなかった。
 否、優輝を正気に戻すまでのどれか一つの要素でも欠けていれば、優輝を正気に戻す事は出来なかったはずなのだ。
 だというのに、覆された。それがイリスは気に入らない。

「何が恋したからですか……!それだけで、“領域”外の力を使うだなんて……!あり得ない、あり得るはずがないんですよ!」

 端的に言えば、イリスはもう一人のイリスに嫉妬していた。
 自分は“闇の性質”だ。闇を操り、希望の光すら呑み込む“闇”だ。
 生まれてからずっとその“性質”に従い、力を振るって来た。
 言わば、それ以外に生き方を知らないのだ。

「どうして“闇”が“可能性”を拓くんですか!どうして、希望を、光を示す事が出来るんですか!あり得ません、そんなの、私じゃない……!」

 嫉妬して、信じたくなくて。
 だからこそ、否定する。
 “今度こそ”と、再び優輝を手に入れようとする。
 結局“闇”は“闇”なのだと、再臨した“可能性”を呑み込もうとする。

「……決着をつけましょう。ユウキ・デュミナス……!私は、貴方の“可能性”を今度こそ呑み込んで見せる!」

 そう言って、イリスは洗脳した神々を再び優輝達の世界へ差し向けた。









   ―――イリスは気づいていない。

   ―――“負けるかもしれない”。そう考えておきながら勝とうとする。

   ―――それこそが、“可能性”を掴む事に他ならないという事実に。





























『状況は理解したよ』

『こっちもある程度回復したから、戦闘には参加できるよ』

 優輝と優奈が創った仮拠点で、緋雪達は伝心によって幽世と連絡を取っていた。
 とこよと紫陽に状況等を説明したのは鈴だ。

「避難状況はどう?」

『海鳴市の住民は大体来ているよ。だけど、やっぱり情報が行き渡っていない他の地域はまるでダメだね』

『被害状況は現世と比べたらかなり少ないよ。こっちには神も“天使”もほとんど来ていなかったから』

 “ほとんど”と言うだけあって幽世にも敵は来ていた。
 だが、幽世に住まう何人もの式姫や妖によって足止めされ、撃破されていた。
 物量をものともしない強さではあるが、だからと言って“領域”が砕かれない訳ではないと言う事だったのだろう。

『悪路王が幽世中に情報を伝達してくれて助かったよ。おかげで、幽世も一丸となって撃退に協力していたみたいだし』

 中でも、幽世に戻っていた悪路王が活躍していた。
 とこよの言った通り、情報を行き渡らせただけでなく、幽世だからこそ発揮できる本来の力で神界の神とも渡り合っていたのだ。

「そっか……」

「大体無事ならいいわ。それで、次の戦いはどうするの?」

 鈴が問いかける。
 最後の戦いでは、神界に突入する組とそれ以外でグループ分けする予定だ。
 とこよと紫陽は神界に行ったこともあるので、突入も地球に残るのも選べる。

『あたし達は残って防衛するよ』

『うん。本当は負けた借りを返しておきたいんだけどね。それは攻めてきた神に代わりを務めてもらうよ』

「えっ、そうなの?」

「……姉さん達の事だから、てっきり突入するんだと……」

 緋雪と葉月が驚く。
 二人共……特に葉月は、とこよと紫陽がそう簡単に引き下がるような性格じゃない事を知っている。
 それなのに、二人は地球に残る事を選んだのだ。

『あたし達は、やっぱり土地に強さが由来しているからね』

『神界に行っちゃうと、神降しも出来ないし、強さが制限されちゃうんだ』

「……そっか、確かに、それなら残った方が戦力として発揮できるね」

 とこよは幽世の守護者で、紫陽は幽世の神だ。
 どちらも、地球……それも日本にいるからこそ発揮できる力を持つ。
 それをわざわざ捨ててまで神界に突入するメリットが少ないのだ。
 だから、二人とも残って防衛する事を選んだ。

「……もしかして、椿さんも……」

「ええ。突入はしないわよ」

 緋雪の呟きに、いつの間にかいた椿が返答する。

「私も日本由来の神だもの。本領を発揮するには、防衛に務めた方が効率がいいわ」

「やっぱり……」

「一応、葵なら行けるわよ」

「かやちゃんと一緒にいたいけど……いや、我儘言ってられないね、これは」

 いつも二人一緒である椿と葵だが、ここに来て分断する事になる。
 だが、戦力を考えればこれが妥当だ。

「地球に由来する力の持ち主は、総じて突入には向かないわ。……式姫や神である私達もその理由で突入出来ない。だから、託すわよ」

「……うん。任せて!」

 他にも、鈴や葉月、那美や久遠と言った面子も残る事に決めたらしい。
 彼女達の場合は、突入しても足止めや突貫出来る程実力がないからだ。









   ―――こうして、最後の戦いの準備は整っていった















「―――以上です。どうか、戦闘態勢だけは崩さないようにお願いします」

 それから数日後。各々の連絡は終了していた。
 リンディも本局へ連絡を済ませ、最低限の情報は伝えておいた。
 尤も、その本局も先日の襲撃で壊滅状態だ。
 情報があっても耐え凌ぐのが精一杯だろう。

「お疲れ様です。艦長」

「……聞けば聞く程、常識から外れるわね……」

 エイミィに労わられながらリンディは疲れたように溜息を吐く。
 地球からの襲撃を受けた時、リンディは大破したアースラを足場に神と戦った。
 結果は惨敗だったが、それでもかなり耐えた方だ。
 ……しかし、だからこそ“次”も出来る気がしなかった。

「妥協を知った身だから、なのかしらね。何度でも立ち上がれるあの子達が羨ましいわ。……本当にね」

 艦長という立場になるまでに、リンディは何度も挫折や妥協をしてきた。
 その結果なのか、“意志”を強く長く保つ事が出来ないのだ。
 出来たとしても、それは大切な何かを守るためだけだ。
 優輝達のように、攻め入る程の“意志”はない。

「プレシアみたいに、執念深ければもう少し何とかなったのかもね」

「それは……」

 プレシアは一時期アリシアを生き返らせるために犯罪に手を染めた。
 そうしてまで愛娘を生き返らせたい、そんな執念が、今も別の形で生きている。
 そのおかげで、プレシアはリンディと違い、また神界に立ち向かっているのだ。

「善であろうと、悪であろうと、“可能性”は平等……か」

 優輝の説明が終わった後、リンディは疑問に思った事を尋ねていた。
 もう一人のイリスのように、“闇”の存在が真逆の力を示す事があり得るのか、と。
 その返答が、リンディが今呟いた言葉だ。

「……なら、私ももう少し頑張らないとね」

 結局は、自分の“意志”次第だ。
 そう念を入れるように自身に言い聞かせ、自分に出来る事に専念した。





「……これで突入する面子は全員か」

 優輝が手に持ったメモ帳を見ながら確認する。
 そこには、神界に突入する者の名前が記載されていた。
 元々神界に突入出来るのは一度行った事のある者だけにするつもりだったのだが、実力や環境の都合上、防衛に残った方がいい者もいた。
 そのため、一回目の突入の時よりも人数は減っている。

「本来なら不足していると断言する所だけど……」

「この世界から神界に戻ろうとする神の足止めの必要もある。そこを考えれば、妥当とも言える。……それに、何も勝てないからと諦めて突入しない訳じゃない」

 飽くまで最高のポテンシャルを発揮するために防衛に残るのだ。
 決して無意味ではない配置だと、優輝は言う。

「……そうね。残ると決めた人は突入する人達を信じ、託したのだもの」

 優奈もそれに同意し、優輝はメモ帳を仕舞った。
 ふと視線を上げ、同時に遥か上空へと転移する。

「………かなり荒らされたな」

「通常の通信網は全滅よ。どこもかしこも、大規模な自然災害に見舞われたような状況になってる。発展途上国や自然災害の対策が甘い国は本来なら壊滅しているわね」

 生死の概念が曖昧になった事により、動かせる人材はかなり残っている。
 建物や生活に必要なインフラなどは壊滅したが、今は何とかなっている。
 ……ただ、復興にはかなり時間が掛かる事になるだろう。
 それほどに、地球に齎された神界からの攻撃の被害は甚大だ。

「ッ!」

 一瞬、優輝は力を籠める。
 すると、理力がいくつもの画面のように散らばり、そこに景色が映し出される。
 地球以外の、様々な次元世界の映像だ。

「……人口に比例して被害は大きいな」

「そりゃあ、襲撃の数が違うものね」

 ミッドチルダやベルカは地球と大差ない被害を受けていた。
 魔法の有無で若干地球よりマシではあるが、そこまで差はない。
 一方で、人の少ない次元世界は大して被害を受けていなかった。
 人が少ない分、襲った神の数も少なかったからだろう。

「どうするの?わざわざ様子を見たって事は、世界中の人達も奮い立たせるつもりなんでしょう?“可能性”を拓くために」

「ああ。だけど、今はまだだ。今希望を持たせたら、すぐに絶望に戻されて今度こそ立ち直れなくなるかもしれない」

 今の優輝と優奈ならば、被害の出た建物などは即座に修復できる。
 だが、今は敢えてそれをしない。

「タイミング次第と言う事ね」

「希望の後の絶望と絶望の後の希望とじゃ、全然違うからな」

 そこまで言って、優輝は映像を消す。
 そして、そのまま皆の下へと転移で戻った。







 優輝が転移した先では、戦闘準備を終わらせた面々が立っていた。
 全員、戦意を滾らせているのが目で分かる。

「……よし、まずは配置に就いてくれ」

 そう言って優輝や優奈、神界の神々がゲートを開く。
 事前に相談して、初手の防衛時にどこを守るか決めておいたのだ。
 特に、式姫達は今まで暮らしてきた場所に愛着があるため、そこに向かっていった。

「最初の攻撃が一番キツイと思え。後は、司と祈梨で何とかする」

 作戦は既に全員に伝えてある。
 ここで要となるのは天巫女である司と祈梨だ。
 厳密には必要ではないが、手っ取り早い“きっかけ”となる。

「第一波、第二波までは対処が出来るが……それ以降は、各々で防ぐしかない」

「第一波は儂が“廻す”事でカウンターとし」

「第二波は私とソレラで凌ぐって事だね」

 開戦と同時に神界から攻撃が飛んでくる事は簡単に予想出来る。
 耐えられるとはいえ、先制攻撃を甘んじて受けるつもりはなく、天廻、エルナ、ソレラの三人で第二波まで防げるように備えておく。

「そのためにも……ソレラ」

「はい。……一足先に、“根源”と繋がっておきます」

 天廻はともかく、エルナとソレラの場合は少し小細工をする。
 そのままでは、エルナの“守る性質”ではソレラだけしか守れない。
 そのため、守る対象であるソレラを世界の“根源”と同化させる事で、ソレラを守ると同時に世界そのものも守れるようにする事で対処するのだ。

「いくらなんでも大量の攻撃を凌ぐだけでかなり力を持っていかれる。……しばらく儂らは戦えなくなると心得るのじゃ」

「なぁに、神界に突入する頃には回復してるさ」

 神界に突入する前に、ある程度攻めてきた神を抑え込む必要がある。
 そうしなければ、突入した所で挟み撃ちになるだけだ。
 だからこそ、一度撃退の形で数を減らす。
 その後、残りの戦力だけで抑え込めるようになってから突入という算段だ。

「……それじゃあ、開戦だ」

「私と姉さんで封印を解きます。合図はそちらが」

「ええ」

 ソレラは既に“根源”と同化し、天廻も“性質”を解き放つ体勢だ。
 開戦の合図は優奈に任せ、優輝は各地へ繋げていた通信を止める。



「―――行きます!!」















 刹那、極光が空を埋め尽くす。
 同時に、優奈が合図の思念を送り、戦闘が始まった事を全員が認識する。

「ッ……!予想通り、初っ端から来たか……!」

 極光の規模は先日の襲撃の時よりと同等だ。
 だが、今回はそれが地球だけでなく他の次元世界でも同じ事が起きていた。
 純粋な理力による蹂躙は、単純な力では決して敵わないだろう。

「互いの“性質”による影響を恐れ、純粋な理力を使ったようじゃな。……じゃが、それこそがお主らの敗因じゃ!!」

 しかし、その極光には一切“性質”が適用されていない。
 “性質”同士で影響を出さないように、純粋な理力のみにしたのだ。
 確かに、これだけでも本来ならひとたまりもないだろう。
 純粋な理力とはいえ、真っ向からでは太刀打ちできないのだから。
 ……しかし、それを天廻が覆す。

「“廻せ”!!」

 直後、迫って来た極光が反転する。
 純粋な理力と言う事は、“性質”による干渉も可能なのだ。
 今回はその“性質”の力を極限まで高め、この世界に飛来した極光を“廻す”事で反転させ、凌ぐと同時に反撃したのだ。

「ぐっ……ぅ……!」

 空が極光に染め上げられる。
 同時に、天廻が力を使いすぎたためか膝を付いた。

「第二波よりも先にこちらから仕掛けるぞ!!」

 なにはともあれ、これで先制攻撃を無力化した。
 それだけでなく、手痛い反撃を喰らわせたのだ。
 この絶好の機会を逃すはずもなく、各地のメンバーが一斉に戦闘を開始する。

「はぁっ!!」

 転移と高速移動を併用し、優輝が神の一人に肉薄して一撃を叩き込む。
 現在、優輝は地球ではなく無人の次元世界にいる。
 イリスの最終的な狙いは結局優輝だ。
 それを逆手に取り、地球への被害を減らすために無人の世界に来ていた。
 その狙いは上手く行き、優輝以外誰もいない次元世界にも関わらず、大量の神々がその世界に来ていた。

「(まずは狙い通り。一人を狙うのにこれだけの数。互いの“性質”で干渉しないためにも、確実に“性質”を使う頻度は減る!)」

 他にも優奈や他の誰かと共に戦う手もあった。
 だが、敢えて狙いを一人に絞らせる事で、“性質”を使いづらくさせる。
 そんな目論見が優輝にはあり、事実それは成功していた。

「くっ……!」

「“性質”さえなければ、理力の合わさった導王流に負けはない!」

 純粋な理力による攻撃を悉く躱し、受け流し、防ぐ。
 その合間にカウンターが敵へと突き刺さっていく。

『第二波!!』

 だが、優輝以外の各地はそうはいかない。
 どこも同じように突貫はしたものの、抑えきれない部分が再び攻撃を放つ。
 それらが極光となり世界を襲い―――

『させないさ!!』

 エルナが“守る性質”によって全ての攻撃を防いだ。
 世界の“根源”と同化したソレラを守る事で、この世界に放たれた攻撃を防ぐ事へと結びつけ、無理矢理全ての攻撃を防いだのだ。

『しばらく後は、頼んだよ……!』

 無論、“性質”を最大限使ったとはいえ、多勢に無勢。
 たった一回凌いだだけで、エルナは力尽きた。
 ……しかし、それで十分だ。

「―――捕捉、並列展開。……往け!」

 世界中に現れた神々へ向けて、優輝が遠隔から攻撃を放つ。
 理力と創造魔法による剣が、次元を超えて敵へと向かう。

「ちっ……!」

 第三波を放とうとしていた一部の敵は、その対処で攻撃が止められる。

「捉えました!」

「行きますよー!」

 その後押しに、ルビアとサフィアも同じく遠隔攻撃で牽制をする。
 青と赤の極光が散らばり、各次元世界へと飛んでいく。

「こうすれば、牽制をする僕らをさらに狙う。そうだろう?」

「ぐっ……!」

 直後に優輝を狙って一人の神が肉薄してきた。
 牽制が邪魔ならば、それを放つ術者を倒すのはセオリーだろう。
 しかし、優輝は導王流でむしろ反撃を与える。

「来いよ。僕は神界の神でありながら、この世界で育った人間でもある。……要は、ここは僕のフィールドだ。容易に勝てると思うなよ!」

 理力を扱えるようになり、さらには神としても覚醒した。
 それに加え、優輝には今まで人として生きた経験がある。
 それも、ただの人ではなく可能性を掴んできた導王としての経験が。
 戦闘技術だけを見れば、今の優輝はかつてのイリスとの戦いの時よりも、遥かに上回っている程なのだ。
 ……そんな優輝を、神界の神々とはいえ簡単に仕留められる訳がない。
 ましてや、イリスに洗脳されて“性質”を万全に振るえないような神では。

「どうした、純粋な理力では、僕には届かないぞ?」

「くっ……!」

 “当たらない可能性”を引き寄せ、さらに理力で攻撃そのものを転移させる。
 攻撃を躱しつつ、その攻撃をそのまま反撃に使って遠距離攻撃を無効化していく。
 最小限の動きで攻撃を凌いでいるとはいえ、転移や移動は繰り返される。
 当然、移動範囲も大きくなるため、誰もいない無人世界を舞台にしたのだ。

「(そして、こうして僕を早く仕留められないのであれば……!)」

 完全に優輝が予測した通りに戦闘は続いていく。
 敵と戦闘しつつも、優輝は牽制を止めていない。
 そして、優輝の牽制が止められないのであれば、せめて牽制の数を減らそうとするのが戦闘における定石だろう。



「ッ……!」

 優輝がいる場所とは別の無人世界。
 そこにも多くの敵が襲撃していた。

「(彼が止められないのであれば、こちらに力を割いて来る、ですね……!)」

 そこにいるのは、ルビアとサフィア。そして優奈と緋雪、帝だ。

「戦力をある程度集中させてそれを撃退。……それが私達の役目よ!」

「うん!」

「ああ!」

 優輝と違い、ルビアとサフィアでは牽制しつつ大量の敵と戦う事は出来ない。
 そのため、護衛として優奈達がついているのだ。
 三人共、今では神界の神相手でも決して引けを取らない。
 だからこそ、二人の護衛としてこのポジションについた。









「―――小賢しい真似をしてくれますね」

 それらを、神界にある世界との出入り口から眺める存在がいた。
 これらの事態を引き起こした張本人であるイリス……その分霊だ。

「前回と違い、確実な迎撃態勢を取っていたようですが……」

 そう言って、イリスが掌を世界に向け……

「……いえ、訂正しましょう。……確かに小賢しいですが……だからこそ、全力で、油断なく、確実に潰さなければなりませんか……!」

 それを、背後に向けると同時に“闇”で薙ぎ払う。
 直後、その“闇”と理力の剣がぶつかり合った。

「ッ……!」

 剣と“闇”が相殺され、それを見越したかのように蹴りが迫る。
 イリスは障壁を張る事で蹴りを防ぐが、再び剣が迫る。

「しまっ……!」

 再度剣と拮抗。そうした瞬間にイリスは吹き飛ばされた。
 原因は障壁を突き破って来た理力の矢だ。

「……本当、不愉快極まりないですね、貴女達は……!」

「分霊程度であれば、主様が出るまでもないですからね」

「私達が相手です。イリス」

 下手人はミエラとルフィナだ。
 攻めてきた神々の中を潜り抜け、こうしてイリスの分霊の所まで来たのだ。
 
「私を抑えるという事自体は、確かに良い対処法でしょう。……ですが、ここに私が一人だけでいると思いですか?」

 ルフィナの矢を弾きつつ、イリスはそういう。
 ここは世界と神界を繋げる出入り口だ。
 そして、今世界には神界の神々が襲い掛かっている。
 となれば、出入り口も敵の勢力圏なのだ。

「もちろん、思っていませんが?」

「ッ!?」

 当然、ミエラとルフィナも分かっていた。
 だからこそ、イリスも孤立させる。
 ルフィナの放った矢を基点に、ミエラが連続転移する。
 ルフィナも同じように転移し、徒手による近接戦をイリスに仕掛ける。

「くっ……!」

 イリスは“闇”を、ミエラとルフィナは理力を纏わせ、徒手で戦う。
 障壁が何度も張られる度に、即座に破壊し、インファイトを繰り広げる。
 増援まで時間はない。そのため、狙いは一瞬で決める。

「はっ!」

「なっ……!?」

「シッ!」

 ミエラが攻撃を受け止める。
 直後、ルフィナと転移で入れ替わる。
 イリスは攻撃を防がれた体勢で、入れ替わったルフィナは攻撃を放つ体勢だ。
 姉妹故の特性を生かした入れ替わりの転移を利用し、防御不可の蹴りを放つ。

「かはっ……!?」

 無論、倒しきれる威力ではない。
 しかし、蹴り飛ばした方向にはある物があった。

「これ、は……!?」

「高みの見物なんて、させませんよ……!」

「貴女も、落ちなさい……!」

 事前にルフィナが放った矢によって、陣を組んでいた。
 その術式は長距離転移。
 行き先は、優輝や優奈がいる場所とは別の無人世界だ。





「やってくれましたね……!」

「相手の有利はもちろん、ただ単に対等な条件で戦う訳がありません。……こちらに有利な状態に引きずり込んでこそ、確実に勝ちを掴めるのですから」

「貴女に対して油断も慢心もする訳がありません。貴女が油断しないように、こちらも決して油断をしないのですよ」

 異常気象により、人が住めない次元世界。
 火山や雷雨が吹き荒れる世界で、ミエラとルフィナがイリスと対峙する。

「ですが!まだ負けた訳ではありません!」

「ええ。ですから、確実に倒しますよ」

「前回は遅れを取りましたが、今度はそうはいきませんよ……!」

 一つと二つの理力がぶつかり合い、戦いが始まった。













   ―――決戦は、まだ始まったばかりだ















 
 

 
後書き
“廻せ”…天廻の“性質”によって、攻撃のベクトルを回す言霊のようなもの。基本的な“性質”の使い方ではあるが、規模が規模なのでこれだけでかなりの消耗となる。


とりあえず、戦闘開始です。
エラトマの箱による“領域”の侵蝕がなくなったため、以前よりも“性質”の影響を脱しやすくなっています。おかげで、描写していない面子も割と戦えています。 

 

第259話「蘇りし英雄達」

 
前書き
駆け足気味に地球等での戦闘は流していきます。
なお、今回は某FGOのある展開を参考にしました。 

 














「準備はよろしいですね?」

「はい……!」

 各地で戦闘が開始されている中、地球には司と祈梨がいた。
 二人を守るように、他の面々が戦っている中、二人はただ“祈る”。

「“世界”には全ての記録が刻まれています。星の誕生も、その地で起きた全ての事象も、人々が紡いだ英雄譚も、そしてあまねく全ての滅びさえも」

「………」

 “根源”へと、二人は近づいていく。
 物理的ではなく、“祈り”を届けるように、想いが近づく。

「あのイリスにより、この世界の“可能性”は拓かれました。……既に土台は出来ています。私たちは、人々の祈りに耳を傾けるだけでいいのです」

「………」

 司は目を瞑り、心を落ち着けていく。
 すると、聞こえてくる。
 世界中から響く、救いを求める声が。

「聞こえるでしょう。地球だけでなく、この世界全ての生命の声が」

「……皆、助けを求めてる……」

「イリス達による攻撃に、皆晒されているのです」

 “誰か助けてくれ”と、強い祈りが司に届く。
 その祈りは強いだけでなく、数が多い。
 まるで嵐に晒されるように、司はその祈りに精神を揺らされる。

「それらの祈りで、“世界”の後押しをすれば、抑止の力が働きます」

「抑止……?」

「……世界そのものの意志が、危険を排除しようと動くのです。天変地異だろうと、過去の何かを蘇らせようと、とにかく何か抑止となる存在を生み出します」

 このまま司達が何もしなくとも、抑止の力は働くだろう。
 否、既に“領域”として敵の“性質”を抑圧している。
 それだけでは足りないからこそ、司達で後押しするのだ。

「行きますよ。人々の祈りを、今こそ解き放ちなさい……!」

「ッ……はい!」

   ―――“我、聖杯に願う(ヘブンズフィール)

 二人同時に、杖を掲げる。
 直後、二人に集中していた救いを求める“祈り”が解き放たれた。
 極光が立ち昇り、一際強い光が上空に顕現する。

「「……来たれ!抑止の力よ!!」」

   ―――“世に刻まれし兵達よ(エロー・イストワール)

 そして、その光が弾け飛び……世界中が淡い光に包まれた。











「ぁ、ぐっ……!?」

「ロッテ!」

 一方、地球のイギリスにて。
 ここには誰も戦力として配置していなかったが、戦える者はいた。
 闇の書事件以来隠居していたギル・グレアムと、その使い魔のリーゼ姉妹だ。
 だが、当然ながら三人で抑えられる程敵は弱くない。
 先の襲撃に続き、完全に遊ばれていた。

「ッ……!」

 度重なる蹂躙に、リーゼ姉妹もギル・グレアムも完全に心が折れていた。
 むしろ、潔く死ねた方が万倍もマシだっただろう。
 神界の神に対し、中途半端に戦える力があったために、何度も殺されていたのだ。

「………」

 立ち上がろうとして、力が入らない。
 心が折れたために、膝立ちの状態で呆然としていた。
 そんな三人に、襲って来た“天使”がトドメを刺そうとする。
 手始めなのか、見せしめなのか、最初に標的となったのはリーゼロッテだ。

「ロッテ―――」

 リーゼアリアの声が虚しく響く。
 直後、理力の剣が振るわれ―――











「なっ……!?」

 ―――世界が淡い光に包まれた。
 同時に、理力の剣が別の剣に阻まれた。

「無事か?」

「……君は……」

 リーゼロッテを庇うように、一人の青年が立っていた。
 まさに物語の騎士のような青年に、ギル・グレアムは恐る恐る声を掛ける。

「下がっていてくれ。ここは、我らに任せてくれ」

 そう言って、青年は“天使”を退ける。
 力強い剣技により、理力の剣を弾き飛ばす。

「告げる!円卓の騎士達よ!ブリテンを……否、世界を救うため、今再びアーサー・ペンドラゴンの下へ集え!」

 そして、剣を掲げて()()()()()は宣言した。

「アーサー、王……!?」

 その名をイギリス生まれのギル・グレアムが知らないはずがなかった。
 かの有名なアーサー王伝説、その主役でもあるアーサー王なのだから。

「異界より来た蛮族よ、ここからは勝手はさせない……!」

 何人もの騎士を連れ、アーサー王はそう宣言した。













 同時刻、日本では……

「ッ……!」

 各地に式姫が散らばり、それぞれが思い入れのある場所を守っていた。
 その中の一人、コロボックルは北海道で激闘を繰り広げていた。
 ……厳密には、防戦一方で耐え凌いでいる状態だった。

「そこだヨ!」

 鋭い一射を反撃として放つ。
 しかし、理力の障壁で阻まれ、再び弾幕に襲われる。
 これでも、つい先程よりはマシな戦況になったのだ。
 世界中が淡い光に包まれた瞬間、コロボックルは力が漲るのを感じていた。
 おかげでただ蹂躙される状態から、防戦一方まで持ち込めている。
 ……尤も、そこ止まりだが。

「負けられない……!負けられないんだヨ!」

 弾幕に晒されながらも、懸命に反撃を放ち続けるコロボックル。
 だが、怯みはしてもそこから一転攻勢にはならない。
 防戦一方は続き……ついに、直撃を喰らってしまった。

「ぁ、ぐ……!」

 吹き飛ばされ、立ち上がろうとした所を壁に叩きつけられる。
 そして、トドメの集中攻撃が放たれる。その瞬間。



「トケ!!」

「なに……!?」

 指示を出していた神に、一匹の猟犬が噛みついた。
 それにより、僅かに攻撃が遅れる。
 その間にコロボックルはその場から助け出された。

「行って!貴方達!」

 さらに、北海道に住まう様々な野生動物が神に襲い掛かった。
 本来なら大した事がない鳥なども、何かで強化されているのか侮れない強さを持っており、その事に神は狼狽える。

「大丈夫?アイヌの小人さん」

「なんとか……」

 そう言いながらコロボックルは立ち上がり、助けてくれた“少女”を見る。
 その少女はまるで雪ん子を連想させるような青白い衣装に身を包んでいた。

「私はシトナイ。この世界を守るために、一時的に現代に蘇ったわ」

 見知らぬ少女に、コロボックルは誰なのか尋ねようとして、先に答えられる。
 シトナイ……それは、アイヌの伝承にある大蛇を討伐した少女の名だ。

「邪魔だ!」

 その時、敵が理力を放出し、襲い掛かっていた動物達が吹き飛ばされた。
 吹き飛ばされた動物達は各々体勢を立て直して着地する。

「私以外にも、アイヌの伝承に残る様々な存在が召喚されているわ。……まだ行けるわねアイヌの小人さん。……私達で、ここを守るわよ!」

「……わかったヨ!」

 コロボックルは奮い立つ。
 このまま一人では、結局負けていただろう。
 それでも、“何とかする”と優輝達に言われていたため、信じて戦い続けた。
 その結果が、シトナイ達アイヌの英傑の登場だ。
 仲間がいるのなら、もう諦観なんてする必要はない。

「吼えよ我が友、我が力!!」

 シトナイの号令と共に、反撃が始まった。













『聞け!世界に生きる、全ての生命達よ!』

 声が直接脳に響くように聞こえる。
 その声は、男性にも、女性にも聞こえた。

『今、汝らの願いは聞き届けられた!異界より現れし神々を退けるため、世に刻まれた我らが手を貸そう!』

 それは、世界の“意志”であり、各地に現れた存在達の声だ。
 意志を通じて言葉の壁なく、声が伝わる。

『剣を取れ!周囲を見ろ!そこに汝らの守るべきモノがあるのなら、立ち上がれ!恐れる事はない、汝らには神が、英雄がついている!』

 既に、世界の各地で戦況が変わっている。
 蹂躙されるだけだった戦闘から、拮抗した戦闘へと。
 歴史に刻まれた様々な神や英雄達が現れ、神界の神々へと牙を剥いたのだ。

『決して、この世界を好きにさせるな!』

 声が力となり、世界に満ちる。
 ただの一般人であろうと、戦う意志さえあれば、戦えるようになる。
 それに気づいた者は、全体の3割にも満たないが、力及ばずとも戦おうと思った者は全員気づいていた。





「………そういう事だ。あたし達も、反撃と行くよ」

 それを幽世で聞いていた紫陽が、周りを見渡しながら言う。
 幽世にいる式姫や妖は既に戦いに出張っている。
 ここにいるのは、紫陽ととこよ、そして幽世に来た避難民と以前の幽世の大門の時に死んでしまった者達だ。

「魔導師連中は現世にいる魔導師と合流。その後は好きな場所で戦ってもいい。退魔士も同じく現世の退魔士と合流しな!

 さすがに戦闘を知っている魔導師と退魔士の行動は早かった。
 紫陽の指示を受けた直後から、すぐに現世への門を潜っていく。
 その後は、言われた通り同僚と合流するだろう。

「その他、戦う意志がある連中はあたし達の武器を貸す!……なに、本来死ぬような攻撃を受けても、あんたらが諦めない限り、負けないよ」

「け、けど……」

「だったら、ここで怯えて守られているかい?別に、それをあたしらは責めはしないさ。……だけど、あんたらにも守りたい存在があるんじゃないのかい?」

 大門の件で死んだ者は、それなりの数がいる。
 単に逃げ遅れた者や、最初に被害に遭った者。
 ……そして、誰かを守るために囮になった者も。

「ッ……」

「あんたらが死んだのはあたしらの責任だ。そこは変わらないし、時間を掛けてでも償う気さ。……でも、根本の原因は今襲ってきている連中だ」

 誰かを守るために奮起した者もいる。
 しかし、それ以外の者はまだ萎縮していた。
 そんな相手に、紫陽は今度は怒りや憎しみで焚きつける。

「一発ぐらい、一泡吹かせてやりな!周りは味方だらけなんだ、あの声も言った通り、恐れる必要なんてないんだからさ!」

「……や、やってやる!俺はやってやるぞ!」

 一人が、恐怖を抑えるようにそう言った。
 そうなれば、後は連鎖的に立ち上がっていった。

「良く言った!なら、武器を取りな!そして、あたしととこよについてきな!」

 紫陽ととこよが先導し、残りの者達も武器を手に取ってついて行く。
 戦力としてなら、結局は紫陽ととこよ以外大した事はないだろう。
 だが、重要なのは“戦う意志”だ。それさえあれば、敵と戦う事が出来る。
 そして、人々が“意志”を強く持てば、それだけ世界の“領域”が強まるのだ。
 故に、紫陽は人々を鼓舞したのだ。

「………」

 それでも、戦う事を恐れ、残った者もいる。
 その事を責める者はいない。何せ、周りの者も同じ気持ちで残ったからだ。

「―――何を辛気臭い顔をしておる」

 そこへ、一人の女性が声を掛けた。

「あやつも別に責めないと言っていたじゃろうに」

「っ………」

「……いや、自分で自分が許せぬのか」

 皆は戦うと言って立ち上がった。
 だが、自分はそれが出来ずに残った。
 そう言った自分の弱さ、不甲斐なさを許せなかったのだ。
 だから、誰もが気まずそうに俯いていた。

「自身の弱さが憎いか?じゃが、それで結局動けなければ意味があるまい」

 女性は敢えて励ましの言葉を掛けない。
 同情した所で、彼らには何の慰めにもならないと分かっていたからだ。
 だからこそ、“別の道”を示す。

「戦えぬのならば、戦う者を信じよ。信じて、勝利を想え」

 幽世でなくとも、世界のどこかで怯えているだけの者がいる。
 それでも、戦っている誰かを信じているのだ。
 “信じる”だけなら、どれだけ弱くとも出来るのだと、女性は言う。

「今、あらゆる生命の“祈り”が力となっている。……お主らが信じれば、戦いに行った者達も強くなるのじゃ」

「……」

「自分が力になれないのならば、誰かの力となれ。出来るじゃろう?」

 “出来ない”と思う者はいなかった。
 誰かのために祈るぐらいなら、さすがの彼らにも出来るからだ。

「よろしい。では、儂も行こうかの」

 彼らの祈りにより、自身に力が漲ったのを女性も感じ取った。
 そのまま、彼女は現世への門を潜る。

「せっかく戻って来たのじゃ。あやつとも、会っておかねばな」

 そう言って、とこよの恩師“吉備泉(きびのいずみ)”が現世に舞い戻った。







 神の権能が振るわれる。
 天気は荒れ、あらゆる天変地異が神界の神へ牙を剥く。
 本来であれば、確実に無差別な災害だ。
 だが、それらは決して地球の者へ被害を与えない。

「はぁああっ!!」

 そんな嵐の中を、いくつもの人影が駆け抜ける。
 そして、権能に梃子摺っている神や“天使”へと肉薄し、攻撃を仕掛けていた。 
 それらの人影は、皆伝説や神話に伝えられる英雄達だ。
 否、それだけでなく、神話の神すらもそこにいた。

「シッ……!」

 その中に、とこよもいた。
 刀を手に、神々の起こす天変地異すら味方につけて敵と渡り合っている。
 既に二度も神界の神と長時間戦闘をしたのだ。
 もう理力の対処にも慣れており、一対一であれば負ける要素はなかった。

「……さぁ、文字通り八百万の神が相手だ。……勝てるものなら、勝ってみな!」

 規模の大きすぎる、最早戦闘とも言えない様子を目の前に、紫陽は不敵に笑う。
 今まさに、日本には八百万の神が顕現していた。
 神話等の英雄もいるが、やはり日本なだけあり、神の方が数が多い。
 それだけの神達が、神界の神に対抗するように戦いを始めていた。















「シュート!!」

 一方、ミッドチルダ上空では、多くの魔導師が空中戦を繰り広げていた。
 その中になのは達もいた。

「はぁっ!」

 ミッドチルダにいた空戦魔導師は既にほとんど落とされている。
 残っているのは、地球から来たなのは達がほとんどだ。
 やはり、神界での戦闘経験の差が大きく出ていた。

「そこ……!」

 なのは、フェイト、奏が敵の弾幕を潜り抜けながら攻撃を繰り出す。
 未だに続く優輝達の牽制のおかげで、避けきれない事はない。
 さらには、隙を見ては確実にダメージを与える程だ。

「戦えるのはいいけど……!」

「被害が、抑えられない……!」

 大量の魔力弾を自在に操りながら、多数の神と“天使”を三人は相手している。
 街の防衛にアルフやクロノ、ユーノもいるのだが手が全く足りていない。

「……なら、倒すだけだよ!」

 こちらの手が足りないのならば、足りるように相手を減らす。
 そうなのはは結論付け、理力の障壁へレイジングハートのブレードを突き刺す。

「魔法混合、御神流奥義!」

   ―――“虎切(こせつ)魔閃(ません)

 もう一刀のブレードを抜き放ち、突き刺したブレードの柄に当てる。
 直後、その衝撃と魔力が突き刺したブレードの穂先まで浸透し、そこから敵に向けて閃光が放たれた。

「ッ、ぁ……!?」

「隙を見せた」

「ここッ……!!」

 閃光が敵の胸を貫き、怯ませる。
 さらに、間髪入れずに奏とフェイトが背後から二閃を決める。

「この程度で―――」

「はぁあああああっ!!」

   ―――“星天回帰(せいてんかいき)

 それでも倒れない敵に、なのはは掌底と共に魔力を放つ。
 球状になった魔力が敵を呑み込み、炸裂する。

「シッ……!」

   ―――“Angel Dance(エンジェルダンス)

 間髪入れずに奏が移動魔法と刃による連撃を叩き込む。

「雷光一閃!!」

   ―――“Plasma Zamber Breaker(プラズマザンバーブレイカー)

 そして、トドメにフェイトが砲撃魔法で攻撃した。

「街が……!」

 ようやく一人を倒した。
 しかし、その間に街の被害は甚大な事になっていた。

「っ……避難とかは他に人に任せて、私達は敵を倒そう!」

 順調に敵を倒す事が出来るのは、今の所なのは達だけだ。
 適材適所と優先順位を間違えないように、三人は次の敵へと向かっていった。







「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 そんななのは達の奮闘の余所に、街では誰もが逃げ惑っていた。
 ティアナ・ランスターもその一人だ。
 リンカーコアがあるとはいえ、ティアナは戦う術を持たない。
 前回の襲撃で避難はしていたが、その避難場所が破壊されたため、逃げていた。

「(どうしたら……!)」

 耳を澄ますまでもなく、遠くから悲鳴が聞こえてくる。
 同じように逃げていた人が襲われたのだろう。

「ぁ―――」

 その時、攻撃の余波で崩れてきた建物がティアナの視界に映る。
 ティアナ自身もその余波で転び、避ける事が出来なくなっていた。
 潰されても死ぬ事はないが、それでも来るだろう痛みに目を瞑った。





「―――無事か?ティアナ」

「え……?」

 だが、その痛みはやってこない。
 それどころか、聞き覚えのある声に、ティアナは思わず見上げた。

「兄、さん……?」

 それは、死んだはずの兄の声だった。
 今はティアナを守るように背を向けているが、それでも見間違えようがない。

「……前みたいに“お兄ちゃん”とは呼んでくれないんだな……。まぁ、それだけティアナも成長したって事か」

「生きて、いたの……?」

 驚きを隠せないティアナ。
 ティーダはそんなティアナに返事を返す前にティアナの体を抱えて飛び退いた。
 直後建物の瓦礫を防いでいた障壁が瓦礫ごと消し飛ばされる。

「さすがに見つかるか」

「っ……!」

 三層の障壁で余波を防ぐと、周囲にあったはずの建物は全て更地になっていた。
 そして、そこへ“天使”が降り立つ。

「兄さん……!」

「説明は後だ。……ティアナを守るために来た。今はそれだけ分かっていればいいさ。とにかく、俺の前には出るなよ……!」

 そう言って、ティーダは二丁の拳銃を構える。
 デバイスは持っておらず、拳銃は幽世でとこよ達によって作成されたものだ。
 デバイスのような補助機能はないが、代わりに霊術的な機構が存在する。

「妹には、指一本触れさせない!!」

 霊力による弾丸が放たれ、戦闘が開始された。

「この程度!」

 理力の剣によって弾丸は弾かれてしまう。
 だが、そんな事はティーダも想定している。

「行けッ!!」

 一発目は牽制でしかない。
 既に第二波として複数の魔力弾を用意、一気に放つ。
 さらにティアナを抱えてその場から離脱。霊力の弾をさらにまき散らす。

「魔力……じゃない?」

「霊力だ。生命に必ず宿るそれこそ生命力のようなもの……。地球で会得した、俺の新しい技術さ」

 一発魔力弾を放ち、霊力の弾に込められた術式を起動させる。
 多数の霊力の弾を基点に、一つの檻となる。

「………」

 さらにバインドを加えつつ、ティーダは一つの魔力の弾丸を装填する。
 かなり複雑な術式を組んでいるのか、非常に溜めが長い。

「邪魔だ!!」

 檻が破られる。
 直後に肉薄され、ティアナは目を瞑る。
 ティーダの術式は間に合わず、あわや攻撃が直撃しそうになった瞬間……

「良く、見ておけよティアナ」

 その“天使”に理力の弾丸が突き刺さる。
 ルビアとサフィアによる牽制だ。
 ティーダに意識を向けたため、完全に不意打ちとして直撃した。
 それを読んだ上で、ティーダは防御も回避もせずにいたのだ。

「例え相手が神であろうと」

 そして、弾丸が放たれる。
 複雑な術式が編まれた魔力弾。それを覆うように霊力の術式が纏われる。
 霊力と魔力を合わせた多重弾殻射撃だ。

「ランスターの弾丸に、貫けないモノなんてない」

 それにより、理力の障壁すら貫通する。
 そして、着弾と同時に霊力の弾をもう一発当てた。
 直後、霊力と魔力が作用し、“天使”を内側から打ちのめす。
 炎や電気などではない、純粋なエネルギーによる内側からの攻撃だ。
 一発に込められた威力は、それこそなのは達が使う砲撃魔法を一つの弾に集約させたようなものだ。

「バカ、な……!?」

「一度は命すら投げ打ったんだ。……今更、神を恐れるものか」

 “天使”が倒れる。
 威力だけではない。その一発に込められた“意志”が、それだけ強かったのだ。

「………!」

 その様子を、ティアナは呆然と見ていた。
 同時に、改めて兄の凄さに感動していた。

「さぁ、行くぞティアナ。ここにいたら、また狙われるからな」

「え、ええ……」

 ティアナの手を取り、ティーダは移動する。

「(“意志”次第で倒せるというのは本当だったな……)」

 本来ならば、あれぐらいの攻撃で倒しきれるはずがなかった。
 それを“意志”だけで覆したのだ。
 ティーダ自身、そこまで出来るとは思っていなかったので、驚いていた。

「っ……!」

 直後、別の“天使”がティーダ達を襲おうとして、別の誰かに吹き飛ばされた。
 吹き飛ばしたのは見知らぬ男性の魔導師だ。

「助かる」

 それだけ言って、ティーダはティアナを抱えて離脱する。
 会話はなかったが、男性はティーダに向けてサムズアップしていた。
 まるで、“妹をしっかり守れよ”と激励するように。

「ッ―――!!」

 そして、男性が巨大な魔法陣を複数展開。
 剣型の魔力弾で次の敵を迎撃し始めた。

「今のって……」

「……ミッドチルダに存在した英雄の一人だろう」

「英雄……」

「今、全ての世界でその世界に伝わる伝説の存在が現れているんだ。……世界の危機を救うために、“世界そのもの”が戦っている」

「………」

 ティーダもとこよ達を通じて何が起きているのかは理解している。
 だが、ティアナはピンと来ていないようだ。
 
「英雄が、神様が、そして今を生きる全ての生き物が、抗っている。……俺がこうして戻って来たのも、それが理由だ」

「……じゃあ、生き返った訳じゃなくて……」

「死んだままだ。……俺がここにいるのも、一時的なものなんだ」

 また別れる事になる。
 そうティアナは理解して、泣きそうになる。

「……元々、死人がこうして現れる事自体、あり得ない事なんだ。納得してくれなんて言わない。だけど、そうまでして守りたいモノがある事は、理解してほしい」

「守りたい、モノ……」

「故郷や世界を守るため……家族を、守るためだ」

「っ……!」

 そう言って、ティーダはティアナの頭を撫でる。
 ティーダが明確に何を守るためかは言っていない。
 だが、何が言いたいのかティアナにはよくわかっていた。

「そのためなら、俺は魂だけでも舞い戻ってくる」

 敵の襲撃によって開けた更地にティーダは着地する。
 同時にティアナを降ろし、振り返りざまに霊力の弾丸を撃った。

「そういう訳だ。誰が相手だろうと、負けるつもりはない」

 その弾丸は理力の障壁に阻まれていた。
 だが、弾丸が消える前に魔力弾を弾丸に当て、炸裂させる。

「……直接戦闘に長けるタイプじゃないな。おそらく、概念や事象に干渉するタイプ。……あぁ、だけど……」

 ルビアとサフィアの牽制で敵の“天使”が足止めされる。
 その間に、特殊な弾丸を装填。撃ち放つ。

「それで、ランスターの弾丸は止められない!」

 理力の障壁を貫き、弾丸が“天使”の頭を射貫く。
 だが、倒れはしない。

「ッ……!」

 先程の一撃は、助けに入った直後だからこそ“意志”が強かったのだろう。
 しかし、それは最早関係ない。
 一撃で倒せなければ何発も撃ち込めばいいとティーダは判断する。

「……お兄ちゃん……」

 その後ろで、ティアナは懇願するように祈る。
 兄に勝ってほしいと、以前までの呼び方で呟きながら。
 自分を守るために蘇った英雄(ヒーロー)のために。











 
 

 
後書き
世に刻まれし兵達よ(エロー・イストワール)…フランス語で“英雄”と“歴史”。天巫女の力で抑止の力を後押しし、歴史に刻まれた英雄達を召喚する。イメージはFGOの1部最終章。

アーサー王…見た目はFateにおけるプロトアーサー。エクスカリバーからビームを撃てたりするが、一応史実寄りのアーサー王。

シトナイ…容姿はFGO(第三再臨)に近いが、こっちは純正のシトナイ。トケは白熊じゃないし、氷の魔術も使わない。ただし、様々な野生動物と協力したりして数の暴力や搦め手で攻撃する。

吉備泉…第139話後書きもしくは式姫大全参照。

虎切・魔閃…御神流奥義の虎切に魔法を混ぜたなのはオリジナルの技。今回は障壁を貫通させるため二刀を使ったがオリジナル同様一刀でも使える。

星天回帰…ルフィナの魔天回帰を自己流にアレンジした魔法。球状の魔力で敵を呑み込み、ダメージを与える魔法。呑み込んだ際に拘束も行える。

ティーダを助けた人…一世紀以上昔に存在していた名も無き英雄。タイマンで闇の書の闇に勝てるぐらいには強い。なお、もう出番はない模様。


普通に攻撃が通じるようになっていますが、事前に司と祈梨で“格”の昇華は済んでいます。
また、ティーダは自覚していませんが、単身で大門の守護者に手傷を負わせ、さらに勝利の布石を残した事で知名度は低いとはいえ影の英雄として称えられています。そのため、今回司達が行った世に刻まれし兵達よ(エロー・イストワール)の影響を受けて強化されています。 

 

第260話「VS分霊のイリス」

 
前書き
各世界の戦況は冒頭に少しだけ載せていきます。
それ以外は、誰かを主軸に当てて進めていきます。
 

 












「………」

 地球。日本の京都及び東京では、ボロボロになった街で人々が呆然としていた。
 神界の者による蹂躙に対してではない。
 それに対抗する存在を見て、呆然としていたのだ。

「た、ただの人間に……なぜ……!?」

「怪異の退治は私達の得意分野なのです。それに―――」

 京都にて、“天使”の一人を刀一本で倒した甲冑姿の少女が言う。
 単身で倒したのは少女だけでなく、他にも三人の女性がいた。

「―――この現世を守る“意志”は、決して負けないのです」

 そう宣言すると共に、少女は“天使”の首を刎ねた。
 さらに他三人の女性の霊術によって、塵も残さず燃やされた。

「くそ……!」

 別の“天使”が少女に襲い掛かろうとするが、それを別の誰かが阻む。
 幽世から一時的に蘇った式姫の一人、童子切だ。

「行かせませんよー」

 ゆったりとした口調からは想像だにしない刀の連撃が繰り出され、“天使”はたたらを踏むように足止めされる。
 そして、その隙さえあれば十分だった。

「ッ!!」

 少女が即座に肉薄し、体を逆袈裟に切り裂いた。

「これでも陰陽師の開祖になった私達なのです。人間、舐めるなって奴です」

 とこよ達陰陽師の開祖の一人、源頼光(みなもとのらいこう)はそう言って、人々を守るように“天使”の攻撃を阻み続けた。

「……これが、神々の力……」

 人々が驚いているのは、彼女達の存在だけではない。
 上空では、多くの神々が力を合わせて神界の神々と戦っていた。
 結界が張られているのか、流れ弾が人々に届く事はなく、今まで蹂躙されるだけだった状況が完全に変わっていた。









「これぐらいか」

 一方、無人の次元世界。
 世界全域に牽制しつつ、優輝は多数の神や“天使”を相手に戦っていた。
 途中から牽制を止め、攻め入って来た敵を確実に倒し数を減らした。

「(牽制が止まった事から、足止め出来たと思っているだろう)」

 牽制を止めたのはトドメに集中したかったから。これも間違いではない。
 だが、もう一つの狙いがあった。それが今優輝の考えた事だ。
 元よりここにいる敵は牽制を止めに来たのだ。
 ()()()()()()()()()()()()()()

「標的、全捕捉。……今度は、ちょっとばかりやばいぞ?」

「ッ、何を……!?」

 “パチン”と優輝は指を鳴らす。
 しかし、その世界には何も起きない。
 それでも、一部の敵は何をしたのか理解した。

「戦闘中、ずっと準備していたからな」

 止めようとしてきた“天使”をカウンターで吹き飛ばしつつ、優輝は言う。
 そう。優輝は牽制に止まらず、全世界に散らばる敵にダメージを与えるために戦闘中ずっと力を溜めていたのだ。

「それと、余所見厳禁だ」

 その力が放たれたと理解し、一部の敵が狼狽える。
 刹那、その隙を見逃さず優輝が理力の刃で薙ぎ払う。

「(ここから一転攻勢と行きたいが……先にあちらだな)」

 万遍なく敵にカウンターでダメージを与え、優輝はその次元世界から脱する。
 同時に、置き土産に理力の爆弾を放った。
 爆発により、一部の“天使”が撃墜。他も少なからずダメージを受けた。
 そして、優輝の転移先はルビアとサフィアのいる世界。
 そこで誘い出した敵を倒す事で一気に数を減らす算段だ。

「(しかし、ここまで来て弱点を突く敵が来ないとなると……予測されているな)」

 その上で、そこまで読まれていると優輝は推測する。
 少なくとも緋雪達の弱点を突く神が宛がわれていない時点で、この世界での戦いを乗り越えてくる事を読まれている。

「(少数精鋭で突貫する所まで読まれていると見るべきか)」

 多数の神をここで抑え、元凶のイリスを叩きに行く。
 そうイリスは読んでいるのだ。
 実際、その通りではある。

「(尤も、それを乗り越えていくつもりだがな)」

 しかし、その“結果”はどうなるか不明だ。

「(まぁ、まずは予定通り進めていこうか)」

 一旦思考を止め、目の前の戦闘に再度集中する優輝だった。



















「ッ―――!!」

 同じ頃、ルフィナとミエラのいる無人世界では、激闘が続いていた。

「ふっ……!」

 ミエラが理力の剣を二刀振るい、“闇”の触手を切り払う。

「はぁっ!!」

 切り払った所を縫うようにルフィナが突貫。
 掌に集束させた理力を二連続でイリスへと叩き込む。
 だが、二つとも障壁に阻まれ、それを破壊するに留まる。
 直後、イリスの反撃として“闇”の斬撃で周囲を薙ぎ払った。

「ッッ……!」

 咄嗟にルフィナが障壁を張り、それに合わせるようにミエラが剣で防ぐ。
 二人掛かりな事もあって、反撃を無傷で凌ぐ。

「上です!」

 しかし、それは時間稼ぎだった。
 転移でイリスは上空へと距離を取っていた。
 ルフィナがすぐに気づき、それぞれ矢と砲撃を放つが、一歩遅い。

「全て、呑み込みなさい!!」

「くっ……!」

 二人の攻撃を呑み込み、そのまま“闇”の極光が地上に降り注ぐ。
 それは一発だけではない雨霰のように降り注ぐ。

「「ッ……!!」」

 羽を羽ばたかせ、途轍もない速度で二人は避ける。
 前進し続け、左右にずれるように避ける事で狙いを絞らせない。
 通り過ぎた場所、もしくはすぐ横が“闇”に消し飛ばされる。

「ルフィナ!」

「はい!」

 だが、避け続けていればその内次元世界が“闇”に包まれる。
 そうなればイリスに有利な空間になってしまう。
 だからその前に手を打つ。

「……射貫け」

   ―――“δύναμις βέλος(デュナミス・ヴェロス)

 “可能性”が込められた矢がルフィナから放たれる。
 それは、決してイリスの攻撃に相殺されてしまう“可能性”を引かずに突き進む。

「くっ!」

 しかし、命中はしない。
 極光の弾幕では撃ち落とせないと判断したイリスが、直接“闇”をぶつけたからだ。
 外す“可能性”に誘導できなければ、相殺されるのも当然だった。

「本当、しつこいですね……!」

 だが、二人にとってはそれで十分だ。
 僅かに意識がミエラから逸れた。
 その瞬間にミエラが転移し、肉薄すると同時に理力の剣を振るった。

「っ、はぁっ!」

「ぐっ……!はっ!!」

 不定形の“闇”と理力の剣がぶつかり合う。
 何度もぶつかり合った後に、イリスが杭のように“闇”を上から振り下ろす。
 それを、ミエラは剣を圧縮した弾に変え、杭を弾くようにぶつける。
 気を抜けば逸らせなかった威力だったが、何とか弾き、反撃を再開する。

「姉妹揃って、小賢しい!」

「おや、主も同じような事をしますけどね」

「主様に執着する割には、同じような私達を嫌うんですね」

 真正面から競り合えば、決して二人はイリスに敵わない。
 故に、隙を突くように戦っている。
 それをイリスは気に入らないのだ。

「同じ?笑わせないでください!貴女達のどこが彼と……!」

「ッ……!!」

 イリスを囲むように“闇”の棘がいくつも生える。
 食らいついていた二人はやむを得ずに飛び退く。

「同じだと言うのですか!!」

 そして、直後に“闇”による衝撃波が放たれる。

「ぐぅ……!!」

 両腕をクロスして衝撃を受け止める二人。
 即座にルフィナが後退しながら矢で反撃する。
 同時にミエラは体勢を立て直すのと同時に転移で間合いを調整する。

「ッ!!」

 “闇”の攻撃を掻い潜り、ルフィナの援護を生かしてミエラは肉薄する。
 イリスを守る“闇”に穴を開け、そこからミエラが切りかかった。

「“可能性”を信じ、一縷の望みを掴み取る。……それは私達も主も同じです」

「っ……!」

 ミエラが剣で斬りかかり、ルフィナが弓矢で援護する。
 それを、イリスは“闇”で的確に防ぎ、戦闘が拮抗する。

「違います!貴女達と彼は……!」

「ぐっ……!」

「はぁっ!!」

 否定の言葉と同時に、イリスがミエラを弾き飛ばす。
 だが、間髪入れずにルフィナがフォローに入り、斬りかかる。

「ならば聞きましょうか。なぜ、貴女は主様に執着するのか……ッ!」

 剣が弾かれ、ルフィナは無防備になってしまう。
 即座に理力を掌に集束。追撃をそれで相殺する。

「執着……?」

「……よもや、自覚がなかったと?」

 さらに放たれる追撃の極光を、ミエラが庇って剣で斬りさく。

「私は、ただ彼の“可能性”を見た上で倒そうと―――」

「そう。倒そうと執着していますね」

 イリスの言葉に被せるように、ルフィナがそう言いつつ矢を放つ。
 攻撃直後且つ、ミエラに隠れるように放った一撃だ。
 回避ができなかったのは確かだったが、“闇”を集束させた手で弾かれた。

「ッ……!」

「はぁっ!!」

 ルフィナの追撃と共に、ミエラが再度斬りかかる。
 イリスも“闇”の剣で迎え撃つが、どこか動揺している。

「一度自身を封じた存在。警戒という意味で執着するのは納得できます。……しかし、貴女はそれ以上に主の“可能性”を見ようとしています。ただ憎しみなどの感情で執着しているとは……到底、思えませんッ!!」

 一際強い一撃同士がぶつかり合い、両者とも弾かれるように後退する。

「再度問いましょう。貴女は、何を思って主様に執着しているのですか?」

 間髪入れずに理力の弾丸を放ちつつルフィナが突貫。
 体勢を立て直し切れていないイリスに掌に集束させた理力を振りかぶる。
 弾丸は“闇”に防がれ、直接攻撃も受け止められる。
 再びの拮抗。同時にルフィナが問い詰める。

「ッ―――ぁあああっ!!」

 直後、痺れを切ったかのようにイリスが理力を放出させる。
 後を考えないその衝撃に、二人は吹き飛ばされる。

「はぁ……はぁ……そうやって動揺させようたって、無駄ですよ……!」

「……無自覚なのか、目を逸らしているのか……」

「これ以上の問答は無駄なようですね……」

 言葉による揺さぶりはもう通じなさそうだと、二人は構え直す。
 純粋な実力勝負だと、二人はイリスに劣る。
 そのため、動揺を誘っていたのだが、それももう通じない。
 一方で、イリスも後先考えない理力の放出で息を切らしている。
 優輝達の世界に引きずり込んだ事で、単純な戦闘でも“領域”を削る事ができる。
 イリスの息切れもその一種で、どちらも余裕はなくなっていた。

「出力ならば、負けはありません……!避けられ、防がれるのならば、それらが出来ない攻撃をすればいいだけの事!!」

「「(来る……!)」」

 本番はここからだ。
 イリスはここから後先考えずにミエラとルフィナを倒す事だけを考える。
 つまり、この後の戦いを考えない分、そのリソースをつぎ込んでくる。

「ッ!!」

 “闇”がイリスを守るように覆い、同時にいくつかの球から砲撃が放たれる。
 それだけでなく、弾幕が全方位に放たれた。

「この程度なら……!」

 既に回避が難しい弾幕だが、それだけでは二人には当たらない。
 防ぎ、躱し、受け流してあっさりと凌ぐ。

「なら、これはどうですか?」

 点や線では当たらない。面すら転移で交わされる。
 故に、“全て”を埋め尽くす。

「ッ……!?」

 その無人世界全てが“闇”に包まれる。
 そして、握り潰すような圧迫感が二人を襲った。

「ッッ!!」

 転移で躱そうにも、範囲外が遠すぎる。
 そのため、二人はそれぞれ理力を集束させた。
 ミエラは剣に、ルフィナは圧縮した球に理力を集束させ、それを振るった。

「はぁあああっ!!」

 僅かに“闇”が退けられ、その一瞬で二人は合流する。
 間髪入れずにミエラが剣をもう一度振るい、“闇”を切り裂く。

「スゥー……シッ!!」

 深呼吸と共に、ルフィナは理力を纏う。
 同時に矢を番え、イリスへ向けて射る。
 ミエラが切り裂いた“闇”を、一直線に穿つ。

「抜けてきますか……!」

 流れるようにミエラも理力を纏い、二人は星を覆う“闇”を突っ切る。
 無重力の暗闇を進むかのように上下左右がわからないが、二人には関係ない。
 イリスへと一直線に向かう“可能性”を絞れば、辿り着けない道理はない。

「ッッ……!」

「ぐっ……!?」

 “領域”同士がぶつかり合う。
 傍から見れば、どちらも見えない何かに阻まれているように見えるだろう。
 それこそが、“領域”同士のぶつかり合いだ。

「はぁあああああああっ!!」

「これでも、動きますか……!本当、彼に似て忌々しい……ッ!!」

 どんなに物理的に強くても、この“闇”の中では身動きすら取れない。
 それを覆すのが、“意志”及び“領域”の力だ。
 その力を以って、二人は“闇”の中を突っ切るように飛び回る。
 そして、集束させた理力を放ち、確実に攻撃をイリスに与えていく。

「(自身の“領域”を極限まで圧縮する事による、相手の“性質”の無効化……!これさえ、これさえなければ、私は……!)」

 二人は“領域”を圧縮させ、敢えて周囲を自身の“領域”にしていない。
 圧縮した“領域”を身に纏う事で、相手の“領域”に対する防御としているのだ。
 これにより、イリスの“闇”ですら二人はものともしない。
 力が戻った今だからこそ出来る技だ。

「はぁっ!!」

「くっ……!」

 そして、同じ事をイリスは出来ない。
 扱える理力や“領域”が強すぎるがために、そういった細かい扱いができないのだ。
 それでも、保有理力に対してかなり制御が上手い方だ。

「はっ!!」

「ッ!!」

 イリスが理力を放ち、世界を覆う“闇”を鳴動させる。
 その範囲内にダメージを与えるのだが、その攻撃を察知したミエラは攻撃を食らうギリギリで範囲から離脱した。

「(ダメージは与えている。単に、それが僅かなものに抑えられているだけ……。本当に、本当に彼に似て忌々しい……ッ!)」

 まるで、かつてのユウキとの闘いの焼き増しだ。
 イリスのあらゆる攻撃を掻い潜り、二人は攻撃を放ち続ける。

「(こちらも長期戦のために温存していては厳しいですね……!)」

「(こうなると、やはり私達も全力以上を……!)」

 一方で、二人もギリギリだった。
 元々、“領域”を圧縮して防御を高める事自体が至難の業だ。
 それをしながら戦闘を続けるというのは、かなりの負担がかかる。
 そもそも、二人の技量では本来“領域”の圧縮をしながらの戦闘は不可能なのだ。
 否、できる“可能性”はあるが、それが著しく低い。
 その“可能性”を固定して戦っているため、こうして圧縮が続けられる。

「(狙うは短期決戦!)」

「(イリスに大きな隙を作り、そこを突く……ッ!)」

 無論、“性質”を使い続けるため、負荷はかなりのものだ。
 だからこそ、長期戦は二人の方が不利。
 そのため、短期決戦に出た。

「来ますか……!」

 側方からの斬撃。それを“闇”の障壁で防ぐ。
 間髪入れずの二撃目。これも障壁に阻まれた。
 攻撃したミエラが飛び退くと同時に、矢がいくつも飛来する。
 それも障壁で阻まれたが、ここで障壁が瓦解する。
 その隙を逃さず。ルフィナが突貫した。

「はぁっ!!」

   ―――“明けの明星”

 突貫に合わせ、イリスが“闇”の閃光を放つ。
 防御が間に合わないタイミングと距離からの攻撃を、ルフィナは紙一重で躱す。
 厳密には、片方の羽が先行で射抜かれ、千切れ飛んでいた。
 それでもルフィナは肉薄し、カウンターの一撃を叩き込んだ。

「ぁ、ぐっ……!?」

「ッ!!」

 辛うじて防御が間に合ったのか、イリスは呻く程度のダメージしかなかった。
 すかさずルフィナは体を捻り、後ろ回し蹴りを叩き込む。

「このっ……!」

 回し蹴りは腕で防がれた。
 だが、これで僅かにイリスの意識に隙が生じる。
 そこを、ミエラは逃さない。

「ッッ!!」

   ―――“天軍の剣”

 飛び退いた間に集束させた理力で、一際強い剣を生成する。
 その剣で一閃し、イリスの纏う“闇”を完全に切り裂く。

「そこです」

 直後、蹴りの後自由落下していたルフィナが矢を放った。
 理力の矢は一筋の閃光となり、イリスの頭部を貫いた。

「まだ、負けません!!」

 だが、それだけではイリスは倒れない。
 攻撃後の隙を突き、イリスは“闇”の塊をミエラにぶつけ、吹き飛ばす。
 続けざまにルフィナへと“闇”の槍を飛ばそうとして―――







「ぇ―――?」

 その身を、雷に貫かれた。

「いつから、私達二人で戦っていると錯覚しましたか?」

 想定外のダメージに、イリスは呆けるように怯む。
 そこへ、いくつもの矢が飛来する。

「ッ……!」

 矢を“闇”で咄嗟に防ぎ、復帰したミエラによる追撃の槍を転移で躱す。

「(どこから……!?)」

 すぐにイリスは周囲を探り、どこに敵が潜んでいるのか探る。
 だが、その相手は見つからない。

「見つかりませんよ。何せ……」

 追いついてきたミエラの言葉を遮るように、炎を纏った岩石が飛んでくる。
 直撃前に気づいたイリスが即座に破壊するが、動揺していた。
 誰が攻撃してきているのか、全くわからないからだ。

「姿など、隠していませんから」

「どういう……!?」

 再び雷がイリスを襲う。
 それだけじゃない。強風が体勢を崩すかのようにイリスに集中していた。
 まるで、全ての現象がイリスに牙を剥くかのように。

「簡単な事ですよ。姿など隠していません。それなのに気づけないのなら、貴女は永遠に相手がわからない。それだけの事です」

「ぐ、ぁっ……!?」

 雷や炎の岩石に気を取られ、ミエラの攻撃で障壁が破られる。
 そこをルフィナの矢で肩を貫かれ、さらにミエラの斬撃を食らった。

「ッ……言葉遊びですか……小賢しい!!」

 それでも、イリスは倒れない。
 その執念によって、“領域”は未だに健在だ。
 それどころか反撃の“闇”で二人を呑み込まんとする。

「“闇”で覆われようと……」

「“可能性”が示した道標は消えません!」

 理力の斬撃と矢が煌めく。
 “闇”を突き進んだそれらはイリスの障壁を削り、道標となる。
 ……そして、再び炎の岩石と雷がイリスを襲った。

「もう、効きませ―――」

 二度は通じない。イリスはそのつもりだったのだろう。
 確かに、同じ手は通じなかった。
 しかし、直後に隕石が直撃するとは思ってもいなかった。

「ッ!?」

 その隕石は僅か直径10m。
 実際に起きる被害はともかく、星を滅ぼすほどのものではない。
 それでも、その隕石に込められた“意志”によって、威力が底上げされていた。
 故に、障壁越しに直撃したイリスも無事ではない。

「はぁあああああっ!!」

 そして、その隙を当然ミエラは見逃さない。
 咄嗟の防御を掻い潜り、一太刀イリスに叩き込んだ。

「かはっ……!?」

 だが、イリスは耐え抜く。
 それどころか、反撃の手刀でミエラを貫いた。

「っ……かかりましたね……!」

「なっ……!?」

 しかし、それこそがミエラが狙っていたチャンスだ。
 貫いたミエラをどう処理するか動く前に、そのミエラの後ろから飛び出すように、もう一人のミエラが現れた。
 それだけではない。イリスの背後にも、さらにもう一人ミエラが現れる。

「分身……魔法ですか……!」

「その通り……!依り代から少しばかり参考にさせてもらいました……!」

 分身のミエラの攻撃を障壁で防ぎつつ、イリスは策を見抜く。
 貫かれたままのミエラが血を吐きながらもそれを肯定する。

「一斉にかかってきた所で、無意味です!!」

 奏を参考にした分身魔法だが、イリス相手では一斉に襲ってもあまり効果がない。
 “闇”の放出で、まとめて吹き飛ばされてしまう。

「(もう一人は……!)」

 その場から転移で移動しつつ、イリスはルフィナを探す。
 しかし、それを邪魔するように理力の剣がいくつも飛んでくる。
 それらを“闇”の触手で薙ぎ払うも、次は再び隕石が直撃する。
 障壁で直撃していないが、意識が逸れるには十分だ。

「ッ……!」

「ようやく、捕まえました……!」

 再度ミエラが切りかかり、さらに隙を作り出す。
 そして、そこでルフィナが一つの矢を放ち、命中させた。
 威力自体は大した事はない。重要なのは、その効果だ。

「私の攻撃と合わせた事で、貴女の動ける“可能性”を極限まで減らしました」

「くっ……!」

 “性質”をふんだんに使ったため、矢による拘束は非常に強力だ。
 さしものイリスもその場から動く事ができない。
 できるとしても、時間がかかるだろう。

「ですが、迎撃程度なら!」

「ッ……!ええ、だから、それができない一撃をルフィナは用意してくれました」

「ッッ……!」

 ルフィナはイリスの頭上にいた。
 既に理力の弓に矢を番えており、そこに理力が集束している。

「ッ―――!!」

   ―――“δύναμις κομήτης(デュナミス・コミティス)

 矢が放たれる。
 同時にミエラがダメ押しの拘束として理力によるバインドを置き、飛び退く。
 回避はこのために不可能にした。
 威力も到底打ち消せるようなものではない。
 それはイリスも理解していた。





「はぁああああああああああああっ!!」

 だからこそ、“闇”を円錐のように展開し、矢を逸らした。

「ッ……!」

 渾身の一撃だった。
 このためにミエラが一人で時間稼ぎとしていたのだ。
 だというのに、イリスは容易く千載一遇のチャンスを潰した。

「はぁっ、はぁっ、ざ、残念でしたね……!」

 息を切らしながらも、イリスは二人を嘲笑う。

「隠れている者が誰であろうと、すぐに見つけて見せますよ……貴女達の“領域”を砕いてからね!」

 “闇”が刺さったままだった矢を侵食する。
 数秒もすれば、再びイリスは自由になるだろう。

「―――その必要はありませんよ」

 だが、その時は来ない。
 未だイリスの前にいるミエラが不敵な笑みを浮かべた。

「私達以外の戦力。それは……」

「この次元世界そのものです」

 ルフィナがミエラに並び立ち、二人の背に一筋の光が直撃する。
 それは下から飛んできたものであり、先ほどルフィナが放った一撃だ。

「ここはこの“世界”の領域!ならばこそ、星が、一つの世界が“意志”を以って敵に牙を剥くのは当然の道理です!」

「受けなさい。これが、この世界の“意志”です!!」

   ―――“κόσμος θέληση(コズモス・セリスィ)

 二人でその光を背負い、イリスへとぶつけた。
 拘束が解けかけているとはいえ、未だイリスは回避不可能だ。
 先ほどの一撃と違い、逸らせるような攻撃でもない。

「――――――!?」

 障壁があったが、いとも容易く突き破り、イリスに直撃する。
 伏兵が次元世界そのものだったとイリスが気づいた時にはもう遅かった。
 声を上げる間もなく、その“領域”は砕かれたからだ。











「主様以外を蔑ろにするから、負けるのですよ」

「そうですね。神すら、一人では壁にぶつかってしまう。どうやら、イリスにはそれがわからないようですが」

 光が収まると同時に、星を包んでいた“闇”も消える。
 イリスの姿はそこにはなく、確実に分霊を倒したのだと二人は確信した。

「……まぁ、恋は盲目……ですからね」

「……そうですね」

 イリスが優輝に執着するその訳。
 それぞれ奏となのはを依り代にしていた二人だからこそ理解できた。

「結局は、本人か主様が気づかせるしかありませんね」

「ですが、裏を返せばそれさえ出来れば……」

「はい。確実に良い結末を迎えられるでしょう」

 そして、その“可能性”を主である優輝は掴むだろうと二人は確信していた。















 
 

 
後書き
童子切…容姿は式姫大全参照。お酒好きで、その邪魔をされると即座に切り裂く。今回登場したのは頼光の得物が童子切のため、共にいた。

源頼光…式姫草子及び式姫転遊記参照(サ終済み)。史実と違い女体化しているどころかロリっぽい容姿をしている。プレイヤーの事を“お兄ちゃん☆”と呼んでいたり、なかなかあざとい。

δύναμις βέλος(デュナミス・ヴェロス)…“可能性の矢”。込めた理力や“性質”の量で威力が変わる。また、“性質”の影響で真正面から相殺されない限り、途中で撃ち落とされる事はない。

δύναμις κομήτης(デュナミス・コミティス)…コミティスは“彗星”のギリシャ語。集束させた理力を彗星の如く放つ。今回は矢として放ったため、速度と貫通力に長けている。

κόσμος θέληση(コズモス・セリスィ)…“世界の意志”。文字通り世界の意志が込められたエネルギー。今回はそれをミエラとルフィナでイリスにぶつけた。“世界”には劣るものの、一つの次元世界の“意志”なので、かなりの威力を持つ。


というわけで、分霊のイリスは早々に撃退されました。
途中の雷や炎の岩石(噴火)、隕石は全てその次元世界の“意志”が起こした事象です。 

 

第261話「海鳴の戦い」

 
前書き
海鳴市にいる防衛勢力(アリシア達)の戦いです。
 

 










 京都にて、陰陽師の開祖達が戦いを繰り広げる中、東京の方でも動きがあった。
 かつて江戸で活動していた陰陽師……すなわち、とこよ達が戦っていた。

「ッッ!!」

 地上を駆け、飛び交う攻撃の嵐すら足場にしてとこよは跳ぶ。
 刀を振るい、霊力の斬撃を飛ばし、御札をばらまいて霊術を発動させる。

「くっ……!」

「本当、一人一人が強いんだから……!」

 一撃を入れて即座にその場から移動するヒット&アウェイ戦法をとこよは使っている。
 敵の数が多いため、動き続けなければたちまち被弾するからだ。

「ッ!」

 肉薄してきた“天使”の剣を刀で受け流し、その反動を利用しつつその“天使”を足場にしてさらに跳ぶ。
 別の“天使”の追撃をそのまま迎撃し、霊術で反撃した。

「ぐっ……!」

 だが、手が足りない。
 紫陽や他の式姫もいるが、そちらはそちらで戦っている。
 加え、神降しをしようにも、降ろす神も実際に顕現して戦っているため出来ない。
 故に、多数を相手にできるほど、とこよは強化できていなかった。

「しまっ……!?」

 結果、大きく体勢を崩された。
 刀ごと大きく弾かれ、完全に無防備な状態で宙に投げ出された。
 咄嗟にダメージを覚悟し、できうる限りガードをしようとして……







「ッ……!?」

 瞬時に、目の前の景色が切り替わった。

『聞こえますか?とこよさん』

「え……?」

 伝心による声がとこよの頭に響く。
 その声に、とこよは一瞬思考が止まった。
 なぜなら、その声はもう聞く事がないはずのものだったからだ。

(ふみ)……ちゃん……?」

『はい。……本当に、お久しぶりですね。とこよさん』

 それは、かつてとこよがまだ人だった時代。
 陰陽師の補佐であり、相棒でもあった百花文(ももかふみ)の声だった。

「……そっか。司ちゃん達のおかげだね」

『誰の事かは存じませんが……世界の“意志”による後押しで一時的に現世に戻ってきました。……支援は任せてください!』

「了解!それじゃあ……!」

 改めて戦闘再開。そうしようとした瞬間、奇襲される。
 だが、とこよが迎撃する前に、飛んできた矢に貫かれた。

「……成仏しておいてなんだけど……私もいるわよ。とこよ」

「澄姫……!」

 矢を放ったのは、とこよのライバルであり、この前成仏したはずの澄姫だった。
 今この戦いのために、抑止の力で一時的に戻ってきたのだ。

「それと、私と文だけじゃないわ」

「……まさか……」

 再び、とこよ達を襲おうとした敵が止められる。
 今度は強力な霊術と、刀による一撃だ。

「嘘でしょ……!?泉先生に……八重!?」

 それを、鈴も見ていた。
 現れたのはとこよの恩師である吉備泉と三善八重だった。
 鈴にとっても思い入れの深い人物だ。

「久しぶりじゃな。とこよ」

「鈴も、まさかこうして再び会えるとは思わなかったぞ」

 泉が炎の霊術で牽制しつつ、とこよに並び立つ。
 鈴含め、他の皆も同じように集まった。

「……もう、二度と会えないと思ってたんだけどね」

「特例も特例よ、こんなの」

「いいんじゃないか?とこよも、鈴も頑張ったんだ。……少しぐらい、私達が手伝ってもばちは当たらないだろう」

「そうじゃな。元より、世界を守るために儂らは召喚されたのじゃ。泡沫の夢になるとはいえ……今は再会に喜んでもいいじゃろう」

 大規模な障壁が展開される。
 会話に参加していなかった紫陽によるものだ。
 紫陽の隣には葉月もおり、協力して張った事が見て取れる。

「……とはいっても、そんな暇はないよ」

「まずは、敵を退けましょう!」

 二人の言葉に、とこよ達は言葉ではなく行動で返答した。
 霊術や弓矢、刀による一撃で攻撃を跳ね除ける。

「その通りだね」

「数百年ぶりの同窓会だもの。無粋な輩には、退場願うわ!」

 ありえないはずの再会は、とこよ達にとってこの上ない励みとなった。
 かつての仲間と共に戦えるだけで、気分が高揚する。
 それがそのまま“意志”の強さへと繋がり、敵をなぎ倒す力となる。



















「ッ……!」

 一方、海鳴市の街中を、一つの人影が駆けていた。

「ったく……!過去の英雄だか、神だか知らないけど、海鳴市にほとんどいないじゃない!結局あたしらで守るのね……!」

 その人影はアリサだ。
 武器である刀に炎を纏わせ、崩壊した街中を縦横無尽に駆け回る。
 時折斬撃を飛ばしつつ、敵の攻撃を躱し続けていた。

「その代わり、優輝達がいない分、数が少ないけどね……!」

「それもそう、ねっ!」

 アリシアと合流し、攻撃を相殺する。
 追撃に肉薄してきた“天使”は、隠れているすずかによる氷壁に阻まれた。
 直後にアリサが切り払い、退ける。

「……今更だけど、アリシアはフェイトと一緒じゃなくてよかったの?」

「んー、それでも良かったけど、結局こっちも手薄になっちゃうしね。それに、こっちにも大事な友人達もいるし、ね」

 この前までミッドチルダに頻繁に行っていたなのは達と違い、アリシアは基本的に地球に待機してばかりだった。
 そのため、ミッドチルダに思い入れはほとんどない。
 なのは達も地球の方が思い入れはあるが、結局は戦力の配分でこうなったのだ。

「ま、アリシアが納得しているならいいけ、どっ!」

「ホント、次から次へと来るね!」

 アリサが攻撃を受け止め、アリシアがその後ろから霊術で攻撃する。
 側方や背後からの攻撃はすずかが障壁で逸らし、それでも防げない攻撃は直接槍をぶつける事で受け流した。

「二人とも、気づいてる?」

「……この、湧き出る力に関してかしら?」

「やっぱり、気のせいじゃないんだね」

 三人で背中合わせになり、気がかりだった事について短く話す。
 即座にその場から飛び退いて攻撃を躱し、伝心に切り替える。

「『心当たりはある?』」

「『時期的には、司達が魔法を使ってからだと思うよ』」

「『抑止力を後押しした結果……なのかな?』」

 漲る力は決して“意志”による限界突破ではない。
 それ以外の、まるで“別の力”を与えられているような感覚なのだ。

「『……抑止力が関係しているのかもね』」

 感じられる力を確かめるように、アリシアが手を横に振るう。
 直後、扇状に()()が放たれ、迫ってきた理力の砲撃を逸らした。

「『……力を使って、なんとなくわかったよ。間違いなく、これも私の力だよ』」

「『あたしも使ったけど、確かにそう思えるわね』」

 アリシアだけでなく、アリサもすずかも魔法を使っていた。
 三人とも、魔法の素質はないというのに。
 しかも、その力は間違いなく自分の力だと自覚できるのだ。
 それも不思議な事だった。

「『……そっか。神界の事は、この世界だけの問題じゃないもんね』」

 疑問に思うのは一瞬だった。
 まるで流れ込むかのように、その力の正体を理解する。

「『他の世界からの支援……どこか遠くの平行世界の私達の力が、上乗せされているのね。神界の勢力を抑え込むこの世界を助けるために……!』」

 そう。アリシア達に宿った力は、平行世界のアリシア達の力だ。
 もし、彼女達に魔法の才能があったならば。
 もし、なのはの代わりにレイジングハートに選ばれていたのならば。
 そんな、もしもの世界における彼女達の力が三人を助けていた。

「『……なら、応えて見せないとね……!』」

 全ては、神界の神を撃退するため。
 神界に対する“盾”となったこの世界を支援するように、数多の他の世界から力が送られてきているのだ。
 それに応えるように、すずかが巨大な氷壁を展開し、攻撃を防ぎきる。

「あたし達だって、背負うモノ背負ってんのよ!!」

   ―――“火竜一閃(かりゅういっせん)

 その氷壁を直接攻撃していた“天使”を狙い、アリサが一閃を放つ。
 炎の竜が刀から放たれ、“天使”を呑み込んで焼き尽くす。
 先ほどまでと違い、その威力も規模も桁違いになっていた。

「もう一人はどこに……!?」

「へぇ、神でも見失うんだ?」

   ―――“閃刃(せんじん)(れん)

 爆炎と、氷壁の術式を破棄した際の氷片に姿を晦まし、アリシアが奇襲する。
 背後を取ったアリシアは、行動を起こされる前に攻撃を叩きつけた。

「まず、一人」

「ッ、この程度……!」

 反撃が繰り出され、その場でアリシアと剣戟を繰り広げる。
 当然、他の“天使”なども攻撃してくるが、そこはアリサがカバーする。

「残念。倒すのは私の役目じゃないよ」

「な、にっ……!?」

 アリシアの言葉の直後、相手をしていた“天使”の胸が手刀で貫かれた。
 貫いたのは、他の“天使”を足場に跳躍してきたすずかだ。

「……ありがとう。どこかの世界の私。おかげで、この力をより強く、より上手く引き出せるようになったよ」

 すずかの背には氷を纏った蝙蝠の羽が生えていた。
 それだけでなく、目は紅くなり、爪は鋭くなっている。
 夜の一族……それどころか、吸血鬼としての力を完全に引き出していたのだ。

「精神操作はトラウマだったけど……あらゆる世界の私のおかげで、それも克服できた。……だから、魔眼も、吸血鬼の力もふんだんに使って……」

「ッ……!?」

 突き刺した手刀を抜くために、すずかは掌底を放つ。
 同時に、アリシアがさらに一閃を叩き込み、首を刎ねる。

「はぁっ!!」

 そこからすずかは体を捻り、蹴りを叩き込んだ。
 吹き飛ばす先にはアリサがおり、ちょうど敵の攻撃を迎撃しようとしていた。

「“ラケーテンハンマー”!!」

 吹き飛んだ“天使”と今まさに迫る攻撃。
 そのどちらも対処するために、アリサは攻撃を“天使”へと弾き飛ばす。
 それだけで倒し切れる訳ではないが、ダメージは与えた。

「倒してあげる」

 そんな“天使”には見向きもせず、すずかは妖艶に微笑む。
 爛々と光る紅い目から魔力が迸り、目の合った“天使”の精神に干渉する。

「精神干渉か……!」

 神界の存在に精神干渉は効かない訳ではない。
 ただ、“領域”や理力で即座に自動解除されるのが無効化に見えるだけだ。
 実際は、魔眼の効果の分、相手の“領域”を削ってはいる。

「ッ……!」

 目が合うだけで効果を発揮するというのは、神にとっても無視はできない。
 そのため、複数の“天使”が一斉にすずかへと襲い掛かる。

「そうは!」

「させないっての!!」

 だが、アリサとアリシアがそれを阻む。
 “天使”達の包囲へと突入し、そのまま二人は位置を入れ替えるようにすれ違う。
 同時に、その勢いのまま剣を振るい、霊力を斬撃として飛ばした。

「くっ……!」

 二人の斬撃と敵の理力が拮抗する。
 その間はごく僅かで、すぐにでも斬撃は防ぎきられるだろう。
 しかし、その僅かな間ですずかは行動を起こす。

「はぁっ!!」

 狙いを一人に絞り、すずかは槍を縦に一閃する。
 直後に体を捻り、勢いを利用して氷の爪で首を薙ぐ。
 瞬時に十字に斬られた“天使”だが、それでも倒し切れない。

「―――!」

 反撃が繰り出される。
 それを、すずかはひらりと躱し、背後を取った。
 同時に爪を薙ぎ、攻撃と同時に仕掛けていた術式を起動させる。

「これで……!」

「もう一人!」

 すずかの行動を邪魔されないように、アリサとアリシアが牽制する。
 他の敵に攻撃を仕掛け、防御に使われた障壁を足場にすずかの元へと跳ぶ。
 さらに、同時進行で術式を組み立て、すずかの術式に合わせた。

「術式混合!」

   ―――“陰陽対滅(いんようついめつ)

 目も眩むような光の柱が“天使”を呑み込む。
 本来あり得ざるプラスエネルギーとマイナスエネルギーである炎と氷の混合を、法則が機能しなくなった今だからこそ、無理矢理成功させる。
 矛盾がありながらもその事象を起こす事で、互いを打ち消すエネルギーのみを発生。その力を以って敵を消滅させたのだ。
 神界によって歪められた法則を利用したため、“天使”だろうと一撃だった。

「なっ……!?」

 その様を見て、周囲の敵は動揺した。
 成功すれば、一撃で“天使”を倒す程なのだ。
 三人で合わせなければいけないとはいえ、そんな技があれば警戒するのも当然だ。

「ッ!!」

 その動揺を、当然アリシア達は見逃さない。
 再び一人に狙いを絞り、アリサとアリシアで周りに牽制する。
 その間にすずかは槍で狙った“天使”の障壁を突き刺す。
 間髪入れずに槍の柄を足場に宙返りし、反撃を躱しつつ頭を掴んだ。

「ぐっ!?」

 そのまま頭をねじ切る。
 普通の生物と違い、そんな攻撃も多少のダメージにしかならない。

「アリサ!」

「せぇやぁあっ!!」

 だが、目的は怯ませる事だ。
 他の敵を寄せ付けないように、アリシアが武器を二丁拳銃に切り替え、周囲にばら撒くように霊力と魔力を弾丸として放つ。
 ただ連射しているだけではない。
 弾丸一つ一つに確かな“意志”が込められ、決して侮れない威力を持っていた。

「な……え……?」

 確実に作り出したチャンスを逃さず、アリサが“天使”を斬り刻む。
 炎を刀とし、一太刀一太刀を必殺の一撃として繰り出した。

「あたし達だけじゃない。様々な世界の“意志”を背負っているのよ。心しなさい、あんた達の相手は、決して格下じゃないって事をね!!」

 一撃ごとに生成した炎の刀は砕け散る。
 裏を返せば、それほどまでに“意志”のこもった一撃なのだ。
 当然、まともに食らえば“領域”も無事では済まない。
 そのため、“天使”は逃れようとするが……

「逃がさないよ?」

 それを、すずかが阻止する。
 微笑むように、だが冷たく言い放ち、同時に氷の棘でその場に縫い付けた。

「ッ……!」

 ならばと、今度は周りがアリサを止めようとする。
 アリシアの妨害を突破し、アリサをその場から退かせる。
 炎の刀で防ぎ、ダメージは防いだものの、アリサは大きく吹き飛ばされた。

「これで……!」

 アリサの攻撃を耐え抜いた“天使”は、すぐさますずかへ反撃を繰り出す。
 だが、その攻撃は届かない。

「私を、忘れないでよ」

 既に“天使”はアリシアによって撃ち抜かれていた。
 妨害が突破されたのは、事実本当に突破されたのもあるが、本命は相手をできる限り油断させるためだ。

「意識外からの一撃。神界の神でも例外なく効くみたいだね」

 アリサの邪魔をさせまいと、アリシアは戦っていた。
 そう認識していたからこそ、その最中で一撃を狙っていた事に気づけなかった。
 そして、意識外からまともに攻撃を食らい、“領域”が砕かれたのだ。

「調子に……乗らないで!!」

 だが、敵も決して弱くはない。
 一人の神が理力を開放する。
 直後、アリシア達はそれぞれ別々の空間に隔離された。

「……孤立、か」

 元々、神界では各自戦うと同時に空間及び概念的に分断されていた。
 理力を使う事で、同じ状況を再現したのだろう。

「………伝心も通じないのね」

 アリサが伝心を試みるが、通じない。
 “意志”を以って集中すれば通じるかもしれないが、戦闘中にそれは無理だ。
 つまり、完全に三人は各々孤立させられたという事だ。

「いい度胸じゃない」

 だが、アリサは不敵な笑みでそれを受け入れる。
 孤立させられる程度、想定していた事なのだ。
 実際に起きた程度で、狼狽える事はない。

「上等よ。やってやろうじゃない!!」

 想定していれば、当然対策も用意してある。
 アリサは霊力を炎として放出し、それをオーラに、翼に変える。
 想定外だったのは、その出力が大きくなりすぎた事だ。

「(平行世界のあたしの力もあるのだから、出力が上がるのも当然ね……。空間ごと孤立させられたのは、むしろ好都合だったかしら)」

 連携を取られないように敵はアリサ達を分断した。
 だが、それはアリサにとっては味方を巻き込まずに済むため、好都合だった。

「ッ……!」

 周囲の空間ごと焼き尽くす炎が展開される。
 その炎は球状に広がり、周囲を呑み込んでいく。

「ば、馬鹿な……!?“水の性質”でも、打ち消せない……だと!?」

 一人の神が驚愕する。
 この場には、一応相性を考えてアリサの炎に有利を取れる“性質”の神がいた。
 しかし、その有利性すらアリサは覆していたのだ。

「馬鹿ね。水程度、あたしの炎の前じゃ蒸発するだけよ」

 炎を纏ったアリサは鼻で笑うように空間を包もうとする水を蒸発させる。
 勝とうとする“意志”がそのまま炎の勢いとなって、水すら圧倒していた。

「さぁ、燃えたい奴からかかってきなさい!!」

 その様は、まさに不死鳥の誕生だった。





「本当に、戦闘経験が浅いんだね」

 一方で、すずかの方も敵を翻弄していた。
 理力による殲滅力相手に、すずか一人では敵わないものの、その身体能力と魔眼などを駆使して逆に圧倒していた。

「なぜ……!?地力は、こちらが圧倒しているはず……!?」

「生かしきれてないし、“意志”はこっちが上だよ」

 手刀が“天使”の喉を貫く。
 理力の障壁があるにも関わらず、すずかは“意志”を込めてそれを容易く貫く。

「凍てついて」

   ―――“Niflheimr(ニヴルヘイム)

 氷の波動が広がり、すずかを中心に空間ごと凍てつかせていく。

「地力では負けているし、倒すのにも一苦労だよ。……でも、負けるつもりは全くないんだよね。この世界だけじゃなく、他の平行世界からも、力を託されているんだから……!」

 圧倒しているように見えて、一人を倒すのにかなりの労力を割いている。
 このままでは、先にすずかが体力切れを起こしてしまうだろう。
 “意志”によって体力切れを先送りにできるが、それも時間の問題だ。
 それでも、“別の一手”を打つために、すずかは敵を翻弄し続けた。





「アリサもすずかも、単騎もいける戦闘スタイルだから、そう簡単にやられる事はあり得ないだろうけど……っと!」

 そして、アリシアもまた敵を翻弄する事で耐え凌いでいた。
 だが、アリシアは速攻で打てる手札では、威力を出せない。
 そのために、アリサとすずかに比べて逃げ回るような戦法を取っていた。

「ふっ……!」

 身を捻り、理力の極光を躱す。
 同時に二丁の拳銃から魔力でコーティングした霊力の弾丸を放つ。
 貫通力を重視した攻撃なため、敵も防御より回避を優先して対処している。
 傍から見れば、アリシアが敵から逃げつつ攻撃を繰り出している状態だ。

「ぐっ!?」

 障壁越しに極光が掠る。
 飛行の軌道をずらされながらも、即座に体勢を立て直す。
 地面を蹴り、上空に跳躍。だが、そこへ二人の“天使”が待ち構えていた。
 挟むような位置取りの二人から極光が放たれる。

「なん、のっ!!」

 即座にアリシアは二発の弾丸で片方を相殺する。
 さらに撃った反動を利用しつつ体を捻り、武器をハリセンへと変えた。
 そして、そのハリセンを思いっきり振り下ろし、もう一つの極光を下にいる別の“天使”目掛けて弾き飛ばした。

「(平行世界の私、なんでこれを武器にしてるの……!?)」

 なお、アリシアは内心でハリセンが武器になっている事に困惑していた。
 一応魔法等の攻撃を弾き飛ばす武器として有能なため、口には出さなかったが。

「(これ以上、手札が増えても使いきれない。だから、平行世界の私の力は、全て純粋な“力”として統合する……!)」

 溢れる力を練り、纏うように全身に行き渡らせる。
 優輝達の霊魔相乗のように平行世界のアリシア達の力を合わせていく。

「多くの世界の私は、二丁拳銃を主武器にしたみたいだけど……私はちょーっと違うんだよねー。……だから、上手く合わせれば……!」

 武器がさらに変形する。
 二丁拳銃から、それにブレードが付いた形へと。馴染みが深い剣と形を変える。
 小型のガンブレードのような形になり、銃撃と剣撃を両立させる。

「ッ!そこっ!!」

 それだけではない。
 二振りの剣の柄同士を連結させ、刃先の背同士を弦で繋ぐ。
 剣と銃、そして弓を併せ持った武器。それが今のフォーチュンドロップの形態だ。

「さぁ、倒せるものなら倒してみなよ!」

 今までは連携を前提にした武装や戦法を取っていた。
 だが、アリシアも単騎で戦えない訳ではない。
 攻撃を斬り払い、至近距離から銃撃で牽制し、弓矢で射抜く。
 猛攻を掻い潜りながらも、適格に敵にダメージを与えていった。















「―――充填、完了」

 ……そして、海鳴市で戦っているのは、三人だけじゃない。

「準備はいい?久遠」

「うん……!」

 八束神社跡地。そこに、三つの人影があった。
 内二つは那美と久遠。そして、もう一つは八束神社に祭られていた神だ。

「………!」

 久遠が雷を繰り出し、それが八束の神によって束ねられる。
 計八つ束ねられ、それがアリシア達の戦場へ放たれる。

「神社を破壊してくれた報い、受けるがいい!!」

   ―――“八束之雷(やつかのいかずち)









「なッ……!?」

 完全な不意打ちだった。
 理力による隔離で、戦場が分断されていた事が仇となっていた。
 意識外からの強烈な雷が、神々を貫く。
 
「……私達以外を見ていなかったね。やっぱり、戦闘経験が浅いね」

 元々、これはアリシア達が想定していた事だった。
 アリシア達が多数を引き付け、その間に那美達が準備。
 それが済み次第攻撃を放つという手筈だった。

「馬鹿、な……!?それでも、何人かがそれに気づいていたはず……!」

「っ、耐えられた……!」

 一人の神が耐えきったのか息絶え絶えになりながらもそこにいた。
 即座にバインドで拘束し、幾重にも霊術で移動を封じる。

「そうね。何人か、那美さん達へ向かっていったわ」

「でも、当然ながら護衛もそこにいるんだよね」

 トドメの霊術を用意しつつ、アリサとすずかが神の疑問に答える。

「要は、そっちの読みと想定が甘かった。それだけだよ」

「人間、嘗めんじゃないわよ」

「何かを守る“意志”は、決して負けないよ」

 その言葉を最後に、トドメを刺す。
 問答の必要はなく、神は断末魔もなく“領域”を砕かれた。









『那美さん。こっちは終わったよ』

「『了解。こっちも……うん、もうすぐ終わるよ』」

 アリシアが戦闘終了を伝心で伝えてくる。
 那美がそれに対応し、ふと周囲に視線を向ける。
 そこには、ちょうど最後の神が小太刀によって切り裂かれ、“領域”が砕け散っているところだった。

「生憎だね。“意志”次第で何とかなるなら、私達にもやりようはあるんだ」

 那美達の護衛をしていたのは、二人だ。
 片方は、なのはの姉である美由希。

「……御神不破流の前に立った事を、不幸と思え」

 そして、高町家の長男、恭也だ。
 父である士郎は、非戦闘員である桃子などを守るため、ここにはいない。
 たった二人で、那美達を守りつつ、襲ってきた敵を全滅させたのだ。

「くぅ……疲、れた……」

 戦闘が終わったからか、久遠が狐形態に戻りながらその場にへたり込む。
 事実、海鳴市にいた敵は全滅させた。
 他の敵は京都や東京など、戦力が集中している所に集まっている。
 そのため、休む事はできるだろう。

「じゃあ、私達は他の地域に行ってくるよ」

「わかった。後の事は私達に任せて」

 だが、那美と久遠、そしてアリシア達は他の街へと向かう。
 残る恭也達も、海鳴市を守るように戦うつもりだ。
 ……戦いは、まだまだ始まったばかりなのだから。















 
 

 
後書き
百花文…第5章キャラ紹介参照。容姿は式姫大全で検索。抑止力の後押しでの顕現なため、本来あった病弱さは一切ない。適格な転移でとこよを支援する。

三善八重…鈴の知己。詳しい事は式姫大全にて。刀を使った戦闘が得意で、単身でも安定して戦える戦闘スタイルをしている。

アリシア達に起きた事…他平行世界のアリシア達の力の上乗せ。魔法が使える世界線だけでなく、Innocentな世界線も関わっている。ちなみに、平行世界とはいうが、本編に近い世界線は存在しない模様。

火竜一閃…炎の斬撃を放つ技。シグナムの飛竜一閃を参考にしている。

閃刃・連…発動の早い一撃。その連撃。他にも威力重視や遠距離用などがある。

陰陽対滅…炎と氷の対極となる属性同士を無理やり混ぜ合わせ、その矛盾によって発生するエネルギーによって敵を消滅させる霊術。今回は三人で合わせたが、時間さえかければ一人でも発動可能。ただし、威力は激減する。

“水の性質”…文字通り。水に関するモノに干渉できる。相手の体内の液体すら干渉できるが、現状は物理的な干渉で死なないため、無効化できる。

Niflheimr(ニヴルヘイム)…北欧神話より。氷の波動を広げ、周囲を空間ごと凍てつかせる魔法と霊術の合わせ技。イメージはInnocent一巻にあるアイスバインドをさらに派手にした感じ。

八束神社の神…名前等は決めていない。権能としては、名前の通り八つを束ねる事ができる。他にも“八”や“束”に関する事に干渉できるが、今後出番はない。

八束之雷…那美、久遠、八束神社の祭神による合わせ技。久遠が放った雷を祭神が束ね、神力で強化し、那美が砲台の役目を負う。三人分の“意志”も乗るため、かなりの威力を誇る。


描写していませんが、澄姫の方位師である柴乃もいます。澄姫のパートナーなので。
平行世界の力を手に入れたため、すずかは吸血鬼として覚醒し、アリサとアリシアはInnocentの戦闘スタイルを手に入れています。 

 

第262話「ミッドチルダの戦い」

 
前書き
次はなのは達に焦点を当てた戦いです。
 

 











 ミッドチルダ首都クラナガン。
 そこは先の襲撃の事もあり、ほぼ壊滅していた。
 管理局の地上本部も、既に機能していない。
 それでも、管理局員は戦っていた。
 死ぬことがない。それはつまり、死ぬことで逃げる事も出来ないという事だ。
 だからこそ、絶望しながらも局員は戦い続けていた。

「ぐぉっ!?」

 地上本部の総司令、レジアス・ゲイズもその一人だ。
 本人に魔力資質がないために、指揮を執る事しか出来ないが、それでも上手く部隊を動かして戦っていたのだ。
 ……だが、既に部隊も全滅し、レジアスも戦闘の余波に吹き飛ばされてしまった。

「う、ぐ……!」

 傍らには娘であるオーリスも倒れている。
 勝ち目は既にない。それでも、レジアスは意地で倒れようとしなかった。
 しかし、だからと言って現状は変わらない。
 理力の閃光がレジアスへと迫り……

「ぉおおっ!!」

 割り込んだ者によって、弾かれた。

「ッ……!?ゼスト……!?」

 割り込んだのはゼスト・グランガイツだ。
 見れば、攻撃を仕掛けてきた“天使”に同じゼスト隊の者が反撃していた。

「……生きて、いたのか……?」

「……こちらも、聞きたい事があるんだがな……」

 会話は続かない。
 それよりも優先すべき事があると言わんばかりに、ゼストは前を睨む。

「お前の裏との繋がり、管理局の闇について……あいつらを退けてから、聞かせてもらうぞ。レジアス」

「ゼスト……」

「指揮は頼むぞ」

 そう言って、ゼストは戦場へと飛び出す。
 有象無象を蹴散らすように……とはいかない。
 物理的な力は、敵の方が格上だ。だが、それを“意志”で覆し、拮抗させる。
 建物を崩壊させていた“天使”を何とか引き剥がし、体勢を立て直す。

「『ジェイル!そちらは任せるぞ!』」

『くくく、任せたまえ。理論だけでは説明しきれない“意志”の力。私もとくと見せてもらうとしよう!』

 ゼスト隊の他に、ジェイル率いるナンバーズとガジェットも戦っていた。
 本来次元犯罪者で追われる身であるジェイルすら、管理局に協力するかのように“天使”と戦いを繰り広げていたのだ。

「ッ……!!」

 槍型アームドデバイスを構え、ゼストは突撃してきた“天使”を弾き飛ばす。
 そのまま、果敢に攻め立てる。

「………っ」

 その背を見ていたレジアスは、ハッと気づいたように周囲を見る。
 倒れ伏す局員達がそこかしこにいるが、決して死んでいる訳ではない。
 それどころか、気絶すらしていない。
 実力差に絶望して呻いているだけだ。

「なにをしている!!すぐに陣形を立て直すのだ!!見ろ!敵は決して敵わない相手ではない!!」

 それを見て、レジアスは一喝するように指示を出す。
 ゼスト達の戦いは倒れていた局員も見ていた。
 そこへの一喝で、発破になったのだろう。
 次々と、諦めないとばかりに立ち上がっていった。















「この力は………」

 一方で、ミッドチルダ上空でなのは達は湧き出る力に驚いていた。
 アリシア達と同じく、平行世界の自分達の力が上乗せされているのだ。

「……なのはとフェイトだけ?」

「奏ちゃんは感じないの?」

「ええ」

 ただ、かつての神界の戦いの余波で運命が歪んでいた奏は違った。
 平行世界の自分達から独立したため、力が得られなかったのだ。

「気にすることはないわ。質の分は―――」

「―――数で補うから」

 代わりに、奏は分身魔法で数を増やす。
 鍔迫り合いを繰り広げていた“天使”を死角から斬り捨てる。

「それなら、心配ないね……!」

 すかさずなのはとフェイトの魔力弾で追撃する。
 さらにフェイトと奏が一太刀入れ、トドメになのはの砲撃魔法で消し去った。

「凄い……さっきまでと段違い……」

「油断はダメよフェイト。多分、そろそろ……」

「ッ、避けて!!」

 なのはの声と同時に、奏とフェイトは飛び退く。
 直後、寸前までいた場所を極光が貫く。

「あれは……!」

 攻撃してきた神に、奏は見覚えがあった。
 神界に突入した時、奏が敗北する際にトドメを刺した神だ。

「(確か、“集束”に関する神……!)」

 分身を逆手に取られた事で、分身全員のダメージが“集束”した際の記憶を掘り起こし、即座に次の手を予測する。

「ッ!!」

「奏ちゃん!」

 移動魔法で飛び退く。
 すると、空間が“集束”し、炸裂した。

「避けましたか」

「一度、“性質”を使う所は見たから。……尤も、避けられたのは偶然だけど」

「……なるほど」

 “パチン”と、“集束の性質”を持つ女神が指を鳴らす。
 すると、なのはとフェイトが集束させていた魔力が霧散した。

「(やっぱり……!)」

 奏達は相手が“集束の性質”だとはわかっていない。
 だが、特徴から奏はそう言った“性質”なのは見抜いていた。

「『気を付けて。相手は多分“集束”に関する“性質”。集束が関わる行動は全て干渉されると考えるべきよ』」

「『……という事は……』」

「『集束砲撃も、魔力刃も使えない……』」

 どちらも魔力を集束させて形成している。
 そのため、集束に干渉されれば今のように霧散させられるだろう。
 故に、攻撃手段は限られる。

「シッ!!」

「ッ……!」

 奏が肉薄し、分身と合わせて二人掛かりで斬りかかる。
 しかし、振るったハンドソニックの刃は敵の理力の剣によって切断された。

「(集束の密度で、拮抗すら出来ない……!)」

「無駄ですよ……ッ!?」

「……なら、別の手でやるまで」

 だが、即座に奏は戦法を切り替える。
 分身魔法を解除し、直後に砲撃魔法を放った。
 魔力の集束という過程を飛ばし、砲撃が理力の障壁を揺らす。

「はぁっ!!」

「そこ……!」

 さらに、なのはとフェイトが魔力刃を使わずに小太刀と斧に変えたレイジングハートとバルディッシュで斬りかかる。

「ぐっ……!」

 防がれはしたものの、意表は突けたようで、女神は驚愕していた。
 間髪入れずに奏が再度分身。三方向から一斉に斬りかかる。

「『なのは、フェイト。“トゥインクルシフト”!』」

「「『了解!』」」

 防がれた瞬間に分身を戻し、再び砲撃魔法を即座に発動させる。
 その隙を利用し、三人で一斉に動き出す。

「はぁっ!」

 先手はフェイトが取る。
 速度を生かし、理力の守りを切り裂く。
 間髪入れずに奏が斬りつけ、最後になのはが斬る。

「っづ……!?」

 速度特化の連携攻撃に、女神は理力の障壁を破られダメージを受けた。
 だが、倒し切れる訳ではない。

「なるほど、少しはやりますね……!」

 “集束の性質”を利用した攻撃は、僅かに攻撃の出が遅い。
 そのため、速度を生かした戦法は理にかなっている。
 しかし、それだけで倒せる程甘くはない。

「ですが―――」

「ッ……!」

 咄嗟に奏が分身魔法でなのはとフェイトの死角に回り込ませる。
 そして、刃を振るい攻撃を相殺した。

「(“天使”……!)」

 そう、女神が従える“天使”が攻撃してきたのだ。
 ほとんどの神は眷属として“天使”がいる。
 一人の神を相手取るならば、その眷属の“天使”も相手にしなければならない。

「私が引き受ける……!二人で神をお願い……!」

 そこで、奏が“天使”を全員引き受けた。
 人数分の分身を作り、なのは達から“天使”を引き離す。

「無駄だ!」

 戦闘を分断した。
 そう思った瞬間、“天使”によって分身が“集束”させられる。
 神界での戦いでもあった、強制的な分身の送還だ。

「そうかしら?」

 だが、前回と違いダメージは蓄積していない。
 分身を戻されても痛手にはならず、再度分身を出す手間がかかるだけだ。

「何度でも、分身を出して相手してあげる」

 前回のような絶望感も一切ない。
 そのため、奏が負ける要素は今の所ない。
 しかし、分身とその送還の千日手となり、倒すにも時間がかかるだろう。







「ッ……!!」

 一方で、なのはとフェイトも攻めあぐねていた。
 奏が欠けた分、ダメージを与えるに絶妙に足りない状態となっていた。

「もう一人いたならともかく、二人だけで倒せるとでも?」

「っ、倒す!」

 なのはの“意志”を込められた一撃が理力の障壁を切り裂く。
 しかし、もう一手が足りない。
 即座に障壁を再展開され、フェイトの追撃が防がれる。

「どう足掻いても、彼女が戻ってくる事はありませんよ」

 周囲では、多数に分身した奏が出現したり消えたりしている。
 分身の展開と送還が繰り返され、千日手となっている状態なのがよくわかる。

「……だから、どうしたの?」

「奏は、絶対に勝つ」

「そして、私達も!」

 最早決意はとうに固まった。
 軽い揺さぶりの言葉は、二人には効かない。
 むしろ、さらに“意志”を強くした。

「ッ……!」

 速度を上げ、何度も斬りつける。
 有効打を入れるため……ではなく、有効打が入るまで二人は斬りつける。
 対し、女神はそれを阻止するために理力を放出する。

「くっ……!」

「無駄です!」

 二人は吹き飛ばされ、なのははそんな中で砲撃魔法を放とうとする。
 しかし、“集束の性質”で砲撃魔法の魔力が霧散する。

「だったら!」

「ッ、その術式は……!?」

 ならばと、なのはは別の術式を展開した。
 魔力の集束が出来ないのであれば、その必要がない魔法を使えばいい。
 そう判断して、霧散した魔力のみで発動できる魔法を放った。

「“ディバインウィンド”!!」

 風が砲弾となり、理力の障壁を打つ。
 威力自体は砲撃魔法に劣るが、その分を“意志”でカバーする。

「ッッ!!」

「ぐっ……!」

 すかさず、フェイトが仕掛ける。
 しかし、寸での所で届かず、理力の剣に阻まれた。

「速攻魔法……!まさか、この場で……!?」

「人は常に進化し続ける……私に宿っていたルフィナさんの知識が、そう教えてくれた!だったら、私もフェイトちゃんも、奏ちゃんも、限界を超えて見せる!!」

「なっ……!?」

 なのはの言葉と共に、大量の魔法陣が展開された。
 驚くべきことに、そこには集束の必要がない程に、魔力が装填されていた。

「くっ……!」

「させない」

 すかさず装填された魔力を霧散させようと、“性質”を使う。
 だが、その前にフェイトが肉薄し、阻止する。

「それでも……!」

 その上でなお、“性質”を使おうとする。

「ッッ!!」

 しかし、それすらフェイトは想定していた。

「ぇ―――?」

 体が雷光によって斬り刻まれた時にはもう遅かった。
 “性質”はそれを阻止する“意志”によって完全に止められ、なのはの魔法が放たれ、女神はそれに呑み込まれた。

「―――“雷光連閃(らいこうれんせん)”」

 最早、光の速さとも言える速度だった。
 ただ速さを求め、それを“意志”で再現した結果、女神にすら見えない速度でフェイトは斬り刻んでいたのだった。

「……耐えられた!」

 しかし、相手の防御や“性質”を破る事に“意志”を割きすぎたためか、二人の攻撃が直撃してなお耐えられてしまった。

「ッ、っ……!?」

「悪いけど、ここで終わりよ」

   ―――“Angel Beats(エンジェルビーツ)

 だが、反撃は来ない。
 背後を取っていた奏が、その前に砲撃魔法を至近距離で繰り出したからだ。

「奏ちゃん!」

「これで全員倒したはずよ」

「まさか、他の“天使”を全員……?」

「ええ。数には数よ。弱点を突いてくる“性質”ではあったけど、対策がある今ならむしろ格好の的よ」

 見れば、つい先ほどまでいたはずの“天使”が消えていた。
 奏の言う通り、既に殲滅してきたのだ。

「さすがだね……」

「二人も、大して苦戦していなかったでしょう?」

 もし、奏が手を出さなかったとしても、二人ならばあのまま押し切れただろう。
 それほどまでに、以前と違って対等に戦えていた。

「ッ!」

 だが、戦後の会話は続かない。
 敵はまだミッドチルダ中に散らばっているからだ。
 すぐさま別の“天使”が三人に襲い掛かり、それをなのはが弾き飛ばした。

「油断もしていないわね」

「当然だよ」

 弾き飛ばしたのは砲撃魔法だ。
 平行世界の力を手にした今、魔法陣を設置してそこから砲撃魔法も放てる。
 それを利用し、迎撃として“天使”を吹き飛ばしたのだ。

「平行世界の私達のおかげで、普通の“天使”ぐらいなら地力すら上回れる」

「その点はかなり大きいよね」

 多くの“天使”が襲い掛かってくるが、その悉くをなのはとフェイトが速さで翻弄して斬り捨てていく。
 一部の“天使”は“性質”を使おうとするが、それは奏が分身魔法と“意志”を込めた攻撃を用いて阻止していた。

「は―――?」

 それは、正しく神界の者にとっても想定外だった。
 本来、よほど力を極めた者でない限り、他世界の、それも人間が神を力で上回る事は到底あり得る話ではない。
 しかも、例え神を上回ってもそれは戦闘特化ではないごく一部の神だけだ。
 概念や因果そのものに干渉できる以上、どうしてもその分野では神に敵わない。
 だが、今は世界そのものの“格”が昇華され、さらに司と祈梨の祈りによって“意志”による“性質”との相殺が可能になっている。

「今なら、神の速さすら凌駕できる……!」

 そして、何よりも平行世界の同一人物の力が上乗せされている。
 イリスの勢力に抵抗しているのは、なのは達のいる世界だけではない。
 その周辺の平行世界、全てが抵抗している。
 この世界は神界に対して他の世界の“盾”となっている。
 そのため、他の世界が最大限の支援を行っているのだ。
 結果、集まった力は神すらも凌駕する程になっていた。

「(……だとしても、二人の場合は強くなり過ぎてるような……)」

 その上でなお、二人は強くなりすぎていると奏は思う。
 しかし、その理由もミエラの知識によってすぐに思い当たった。

「(―――二人が、物語における重要人物だから、ね)」

 “リリカルなのは”という物語において、なのはとフェイトは必要不可欠と言っても過言ではない存在だ。
 主人公と、そのライバルまたは親友。
 そんな二人が普通の因果を持っている訳がない。
 物語のキーパーソンだからこそ、あらゆる平行世界において二人は“ただの一般人”にはならない。

「(どの平行世界でも、二人は大きな力を持つ。直接的にしろ、そうでないにしろ……ね。……そんな存在が一点に集約されれば……)」

 強靭な因果を持つ存在だからこそ、集約された力は凄まじかった。
 加え、なのはは不屈の心を持つ。
 諦めが悪く、その“意志”は絶対に貫く。
 今この戦いにおいて、その心意気は途轍もなく相性が良かった。
 フェイトも、そんななのはにつられるように、強靭な“意志”を持っていた。

「……私も、負けてられないわね」

 そんな二人に負けないように、奏も敵を翻弄する。
 分身魔法と移動魔法を併用して翻弄し、確実に意識の隙を突く。
 平行世界から独立した転生者故に、なのはとフェイトのように平行世界の自身から力を得る事は出来ず、地力は二人に大きく劣る。
 それでも、“意志”だけで二人に負けないように戦いを繰り広げていた。

「はぁっ!!」

 分身魔法による同時攻撃や連携攻撃は、奏以外に真似できないモノだ。
 だからこそ、その唯一性を生かし、“天使”に攻撃を与えていく。

「ぐっ……!」

「そこよ!」

 一人の分身がやられれば、その直後の隙を突く。
 または、一人が攻撃を受け止め、その間に他の分身が攻撃する。
 それぞれが同じ“自分”だからこそ、完全な連携が取れていた。

「ッ……!」

 一方で、なのはも一人で複数の“天使”を相手取っていた。
 本来、遠距離には弱い小太刀だが、今のなのはは違う。
 平行世界の力を生かし、小太刀から魔力の刀身を伸ばす。
 それは、さながら砲撃魔法を放ちながら振り回すようなものだ。
 射程の短さが完全に補われ、敵を薙ぎ払う。

「遅いよ」

「くっ……!?」

 フェイトも平行世界の力を生かしていた。
 こちらは単純に速さに磨きを掛け、“天使”を率いる神を相手取る。

「ふっ……!」

 高速で攻撃を加え続け、障壁を切り裂く。
 そして、切り裂いたその隙間から蹴りを叩き込み、なのはの方へ飛ばす。

「そこっ!!」

 蹴り飛ばされた神は、転移する間もなく“天使”ごとなのはに叩き切られる。
 瞬時に、他の“天使”が一斉に襲い掛かるが……

「っ、バインド……!?」

「掛かったね……!」

 二人で設置しておいたバインドに引っ掛かり、一瞬動きを止めた。
 そして、バインドの発動を起点に砲撃魔法の魔法陣が多数展開される。

「回避はさせないわよ」

 転移で避けようとする“天使”を、今度は奏が分身魔法で止める。
 そして、砲撃魔法が一気に“天使”を一掃した。

「これで……トドメ!」

 最後に、分身魔法を戻した奏とフェイトによる一閃が飛び、“天使”の体が一気に切り裂かれた。

「そん、な……“性質”が、効かない、なんて……!?」

「生憎、“性質”はこの世界の“意志”によって差し押さえられてるわ」

 ギリギリ耐えた残党を、奏が念入りに倒し、周囲の敵を殲滅し終わる。

「そうだったの?」

「そうだよ。私も、ルフィナさんの知識がないと知らなかった事だけど」

 神界の存在を厄介たらしめる“性質”だが、この世界でのここまでの戦いにおいて致命的な程に苦しめられる事はなかった。
 イリスが襲撃した時はギリギリで足掻けていた程だったのに、今では“それなりに厄介”程度の脅威でしかない。
 それらは全て、この世界そのものの“意志”によって相殺されていたからだ。

「だから、私達は対等に戦える」

「そういう事。……次、来るわよ……!」

 再び別の神とその“天使”が襲い掛かる。
 攻撃を捌き、冷静に対処していく。

『少しいいか!?』

「『クロノ君!?』」

 そこへ、クロノからの念話が入る。

『戦闘中すまない。自由に動ける君たちに頼みたい事がある!』

「『手短にお願い!』」

『カバーしきれない避難場所がある!そこへの救援を頼む!』

 向こう側でも戦闘中なのか、クロノの声の所々に力が籠っている。
 なのは達も戦闘をこなしつつ、その話をしっかりと聞いていた。

「『了解!』」

「なのは、フェイト!ここは私が引き受けるわ。二人は先行して!」

 念話が終わり、早速行動に移す。
 分身魔法で時間を稼ぎやすい奏が残り、なのはとフェイトが件の場所へ向かう。
 当然、敵も追いかけようとするが……

「悪いけど、ここから先は行かせないわ。どうしてもというのなら、私を……いいえ、私“達”が相手よ!!」

 分身魔法を使い、複数に増えた奏が、それを阻んだ。











「座標は……この辺だよ!」

「なのはが先に行って!私がスピードで攪乱する……!」

 一方で、なのは達も件の場所についた。
 前回の襲撃で避難していたその場所は、今回の戦闘で避難場所として機能していない程にボロボロになっていた。
 すかさず、フェイトが瞬時に襲撃中の“天使”に斬りかかる。

「わかった!」

 なのはもそれに合わせ、建物内に突入する。
 建物は既に崩壊寸前な上、火災に見舞われている。
 いくら生死の概念が崩れて死なないとはいえ、一般人には苦しい環境だ。

「……こっち!」

 理力特有の独特な気配を頼りに、なのはは炎の中を突っ切っていく。
 辿り着くと、そこには避難民に襲い掛かろうとする“天使”がいた。
 辺りには既に倒れている人がおり、戦闘があった事が見て取れた。

「させない!!」

「っ!人間が、何人来た所で!」

 レイジングハートで理力の剣を受け止め、その場に割り込む。

「“ディバイン、バスター”!!」

「ッ!?」

 その“天使”は、今まで普通の人間を相手にしてきた。
 そのため、なのはも同じだと考えたのだろう。
 だからこそ生じる油断を、なのはは見逃さなかった。
 突き出された理力の一撃を避け、カウンターばりに掌底を叩き込んだ。
 さらに、そこから砲撃魔法を放ち、上空へと吹き飛ばす。

「少し、じっとしててください」

 その隙に大きな魔法陣を展開し、避難民を守る障壁を張る。
 直後、転移で先ほどの“天使”が戻ってくる。

「貴様ぁっ!!」

「っ……!“ハイペリオンスマッシャー”!!」

 激昂した“天使”が砲撃を放つ。
 対し、なのはも同じく砲撃魔法で対抗し、攻撃を拮抗させる。

「(ッ……余波だけで、障壁が持たない……!)」

 相殺ないし、押し切る事は可能だ。
 だが、余波だけで張っておいた障壁が破られてしまう。
 なのは自身は無事で済んでも、背後の避難民は無事では済まない。

「それ、でも!」

 それでも、なのはは砲撃魔法を続けた。
 込める魔力を増やし、“意志”と共に押し切る。

「こいつ……!?」

「人は、無限の可能性を持ってる。……だったら、これぐらい凌駕して見せる!!」

 魔力が増大し、極光が“天使”を呑み込んだ。
 そのまま建物を貫通し、穴から空が見えた。

「―――隙を見せたな」

 砲撃直後、それを二人の別の“天使”が狙っていた。
 一人は、余波で体勢を崩した避難民の一人を。
 もう一人は、直接なのはに奇襲を仕掛ける。

「ッッ!!」

   ―――御神流奥義之歩法“神速”

 刹那、なのはは極限まで集中力を高めた。
 避難民を襲う“天使”へ、レイジングハートの小太刀を片方投げつけ、もう片方で自身への不意打ちを受け止める。
 そして、その反動を生かして跳躍。
 壁を、天井を蹴って投げた後弾かれた小太刀を掴み、二刀による斬撃を放つ。

「な、に―――!?」

「―――大丈夫、私が守るよ」

 襲われた青髪の少女に、なのはは優しく言う。
 同時に、砲撃魔法で二人の“天使”を無理矢理外へと押し出した。

「『フェイトちゃん!敵を一纏めにできる?』」

『こっちも人がいるから難しいけど……やってみる!』

 念話でフェイトに頼み、その間になのはは周囲の魔力と理力を集束させる。
 ルフィナの依り代になっていた影響で、理力を集束して放つ程度ならなのはにもできるようになっていた。

「星よ集え、神すら撃ち貫く光となれ!」

 空にて雷光が煌めき、複数の“天使”と一人の神が集まる。
 フェイトが攪乱し、上手く集まるように誘導したようだ。
 直後、仕掛けておいたバインドで動きを止め、タイミングを合わせた。

「貫け、極光!!“スターライトブレイカー”!!」

 まさにベストタイミング。
 示し合わせていたとしか思えないタイミングでなのはが極光を放つ。
 僅かにでも意識の外側に追いやっていた“天使”達は、避ける事もできずに極光に呑み込まれ、そしてそのまま“領域”が砕けた。





「フェイトちゃん!」

「よかった。そっちも無事だったんだね」

 敵を一掃した後、なのはとフェイトはそれぞれ避難民を連れて合流した。

「ギン姉!」

「スバル!」

 お互い離れ離れになっていたため、合流できた事に喜ぶ避難民もいた。
 だが、まだ気は抜けない。

「ここから、クロノ君達の場所まで移動しないと……」

「転移魔法……は難しいよね」

「できなくはないけど、時間がかかるよ」

 ルフィナの知識のおかげで、普段は使えない大規模転移魔法もなのはは使える。
 しかし、時間がかかるようで、このままではまた別の“天使”に襲われる。

「その間は、私が露払いするわ」

「奏ちゃん!追いついてきたんだ」

「ええ」

 そこへ、奏が合流してきた。

「じゃあ、お願いできる?」

「任せなさい」

 一人で複数人分の動きができる奏ならば、露払いに適している。
 おかげで、避難民の移動をつつがなく行う事ができた。





「……じゃあ、もうひと踏ん張り、行こう!」

「うん……!」

 人を助けながら、イリスの勢力を退ける。
 三人のミッドチルダにおける戦いは、まだまだ続く。













 
 

 
後書き
トゥインクルシフト…技名ではなく、所謂戦法の名前。遠距離攻撃をほとんど捨て、身体強化特化で斬りつける連携を取る。

ディバインウィンド…文字通りなのはが放つ風の魔法。魔力の集束の過程を省くため、砲撃魔法に威力は劣るものの、即時放つ事が可能。

雷光連閃…その身を雷へと変えるかのような速度で斬り刻む近接魔法。武器に込めた魔力で一発当たりの威力が変わるが、今回はそれを“意志”で底上げしていた。なお、レヴィも使える。


奏が敵の“性質”を無視して砲撃魔法を即座に使えているのにはちゃんと理由があります。尤も、それが明かされるのは奏の弱点を突いてきた神との戦いでなので、まだ不明なままです。
また、現在のなのはやフェイトのような“リリカルなのは”におけるメインキャラは、総じて司や奏よりも物理的な強さは上回っています。

ちゃっかり空港火災の代わりにイベントを起こしています。神界勢の蹂躙で空港火災のイベントに繋がらないので……。 

 

第263話「湧き続ける闘志」

 
前書き
久しぶりに優輝達Side。なお、優輝の出番は次回に回されます。
 

 










「次、来るよ!!」

「死に物狂いで防げ!!」

「分散せず、けど密集し過ぎずに戦え!」

 いくつもの世界で指示が飛び、魔法が、霊術が、攻撃が放たれる。
 戦える者は、誰もが足掻いていた。そうでない者も、祈っていた。
 それらの“意志”が、祈りが、戦う者達を強くする。
 ただ神に蹂躙される訳にはいかないと、“世界そのもの”が足掻く。

「なんだ……なんなんだ、これは……!?」

 攻撃が通らない訳ではない。
 物理的であれば、最早蹂躙すら烏滸がましい程に圧倒している。
 しかし、人々は足掻き続ける。
 世界の記憶に刻まれた神や英雄が先導し、決して終わりはしないと魂で吼える。

「これが、ただの人間だと言うのか……!?」

 狼狽える一人の“天使”の背後から、名も無き英雄の一人が斬りかかる。

「ッ―――!?」

「人間を、舐めるなぁああああああっ!!」

 “意志”と共に放たれる気迫に、“天使”が僅かに圧倒される。
 その瞬間、障壁と拮抗していたその一撃が“天使”を一刀両断にした。

「がぁっ!?」

 だが、直後のその名も無き英雄は理力の槍に貫かれる。

「まだだッ!!」

 それを、“意志”で覆す。
 本来であれば致命傷。それを無視して、“天使”に食らいつく。

「ぐぅうううう……ッ!!」

 体が貫かれ、引き裂かれる。
 負けじと武器を突き刺し、“天使”を引き裂く。
 直後、理力の衝撃波で吹き飛ばされ、距離を離されてしまう。

「もう一度だ!!」

 攻撃を掻い潜り、食らいつく。
 それを繰り返し、何とか人々はイリスの勢力に抗う。
 ルビアやサフィアの牽制もあり、ギリギリ拮抗出来ていた。















「ぉおおおおおおっ!!」

「やぁああああっ!!」

 一方、ルビアとサフィアがいる無人世界。
 そこで、緋雪と帝が己の力のみで障壁ごと“天使”を殴り飛ばす。
 身体能力においては、トップを張る二人だ。
 単純な戦闘力でもイリスの勢力と張り合えていた。

「帝もだけど、緋雪もかなり強くなったわね……」

「どっちも、予想以上だったな」

「そう、ね!」

 いくら張り合えると言っても、牽制を続けるルビアとサフィアを守り切るには圧倒的に手が足りない。
 そこを補うように、優奈とつい先ほど合流した優輝が攻撃を捌く。

「ふっ!」

「ぐっ!?」

「そこっ!!」

 否、それだけじゃなく、隙を見ては反撃で数を減らしていた。
 元々、優輝が合流する前から戦闘は同じ流れだったのだ。
 そこへ優輝が加われば、こうして反撃に転じる事もできる。

「……そろそろお出ましだろう」

「そうね」

 頃合いだと、二人は呟く。
 直後、敵陣で暴れまわっていた緋雪と帝が吹き飛ばされてくる。

「ッ、強いのが来たよ!」

「想定通りだ。相手も、余程この牽制が邪魔と見える」

 そう。牽制を止めるため、追加の戦力を送ってきたのだ。
 それも、ただ洗脳した有象無象の神々ではなく、きっちり実力がある神を。

「ッッ!!」

 優輝と優奈で理力を展開し、“性質”による干渉からルビア達を守る。
 だが、二人は理力の出力では別段強い訳ではない。
 一時凌ぎは出来ても、長くは持たないだろう。

「はぁっ!!」

 そこで、緋雪が殴り掛かる。
 規格外の身体能力を生かし、一瞬で敵に肉薄する。

「甘い!」

 だが、それを受け止められた上で叩き落された。
 ガードは出来ていたが、間違いなく緋雪を上回る力を持っていた。

「ぉおっ!!」

「無駄だ!」

 すかさず帝も殴り掛かるが、巨大な障壁に阻まれた。
 直後、“天使”に囲まれ、すぐには身動きできなくなる。

「貴様らの悉くを“蹂躙”してやろう」

「ここで“絶望”に落ちてもらう」

 その“天使”らを率いる神であろう、二人の男が言う。
 片方は、緋雪を肉弾戦で叩き落す程だ。
 もう片方も同等の実力と見るべきだろう。

「……なるほど、それぞれ“蹂躙”と“絶望”の“性質”か。……わざわざ教えるという事は……ちっ、厄介な」

 言葉の節々に感じる力に、どういった“性質”なのか優輝は見抜く。
 同時に、わざわざそれを教えたという事実に、舌打ちした。

「どういう事?“性質”がわかっているなら、対処法も……」

「逆だ。今回の場合は、敢えて相手に教える事で、“性質”の効果を高めるんだ。……少しでも“性質”に沿った状況に陥れば、それだけで効いてしまうからな」

 体勢を立て直した緋雪が尋ね、優輝がそれに答える。
 状況そのものに干渉する“性質”故に、意識するだけで“性質”が働く。
 だからこそ、敵は敢えて“性質”を口にしたのだ。

「単純な実力も強いと見たが……」

「どうします?どうしてもというのなら、牽制を中断しても―――」

「いいや、予定通りに行く。緋雪!帝!」

「任せて!」

「おうよ!」

 サフィアの言葉を遮るように、優輝は二人の名前を呼ぶ。
 呼ばれた二人はすぐさまそれぞれ神へと挑みかかる。

「……でしょーね」

「二人がそれぞれの神を相手して、僕らで護衛を続ける。いいな?」

「まぁ、予想していましたし、いいですよー」

 ルビアは優輝の返答を予想していたのか、すんなりと牽制を続けた。
 直後、ルビアとサフィアの傍で攻撃と障壁がぶつかり合う火花が散るが、最早二人はその事を気にせずにいる。

「「ッッ!!」」

 一方で、緋雪が“絶望の性質”の神に。
 帝が“蹂躙の性質”の神に攻撃を仕掛ける。

「はっ!やぁっ!!」

「ぉおっ!!っ、らぁっ!!」

 拳を打ち、蹴りを放つ。
 一撃一撃を全力で放ち、攻め立てる。
 だが、今回の敵は洗脳されておらず、尚且つ実力の高い神だ。
 全ての攻撃を障壁で受け止められるか躱されて対処される。

「ッ、合わせて!」

「おうっ!」

 攻撃を受け止めさせ、帝が追撃を叩き込む。
 帝が相手していた神がフリーになるが、受け止められた反動を利用した緋雪が、即座にそちら側に魔力の斬撃と砲撃魔法を飛ばす。

「ぐぅっ……!!」

 相手二人もそれに対処し、回避と障壁で攻撃が凌がれる。
 直後、反撃が二人に迫るが、帝が挟み撃ちされるような形で請け負う。
 両腕を左右に突き出し、何とか攻撃を受け止める。

「ッッ!!」

 それを読んでいた緋雪が、“絶望の性質”の神の懐へ入る。
 そして、渾身の一撃を放った。

「ぐ、ぁっ!?」

「今!!」

「ッ、っらぁっ!!」

 障壁を破り、神を吹き飛ばす。
 即座に帝も体勢を変え、回し蹴りでもう一人を飛び退かせた。

「“ツェアシュテールング”!!」

 直後、緋雪は手をそれぞれの神に向けて“瞳”を握り潰す。
 直接内部を攻撃する破壊の瞳すら理力で防がれるが、目晦ましにはなった。

「波ぁあああああっ!!」

「甘い!」

「がっ!?」

 そこへ、帝が気による砲撃を放つ。
 しかし、転移で躱され、頭上から攻撃を食らってしまう。

「ッ!」

「余所見していていいのか?」

「ぐっ……はぁあっ!!」

 叩き落された帝を気にする間もなく、次は緋雪が狙われる。
 もう一人の神からの理力の砲撃を砲撃魔法で相殺し、“蹂躙の性質”の神からの直接攻撃を腕を犠牲にして受け止める。
 同時に、魔力を放出して間合いを離したが……

「無駄だ」

「っ……!?」

 空を塗り潰すかの如き理力の鉄槌に、叩き落された。

「ぐっ……!」

 すぐさま体勢を立て直し、地面に着地して転移で場所を変える。
 その際、優輝達の方を見たが、ルビア達の護衛をしていて余裕はなさそうだった。

「(ううん、違う。私達だけでやれる……!)」

 戦闘の流れとしては、相手の方が実力が上だと緋雪は確信していた。
 だが、それでも倒せると、そう思考を断じた。

「だりゃぁあああああっ!!」

 帝も同じ考えなのだろう。
 叩き落されてから、復帰と同時に再び殴り掛かっていった。
 速度も力もさらに上昇し、緋雪すら上回る身体能力だ。

「ずぁっ!!」

 気合を込めた二撃が、それぞれの神に受け止められる。
 まだ、威力が足りないのだ。

「こんなもんじゃ、ねぇえええええええええっ!!」

 しかし、そこからさらに帝はパワーアップする。
 帝が再現するその力への想いと憧れが、帝の力を底上げする。

「ぉおおおおおおおおおっ!!」

 拳を打つ、打つ、打つ。
 最初は回避されていたが、徐々に受け止めるようになってくる。

「っ……!」

「殴り掛かるだけが、能じゃないんだよ……!」

 さらに、緋雪がバインドで動きを阻害する。
 僅かな阻害であっても、帝の攻撃に対しては十分だったようで、拳が当たる。

「……それがどうした?」

 だが、“絶望の性質”の神はまるで効いていないように嗤う。
 “性質”が“絶望”なだけあり、心を挫きに来ていた。

「―――それこそどうした」

 しかし、帝には効かない。
 この程度ではないと、さらに力が上昇する。

「はぁあああああああああ………!!」

 気が膨れ上がる。
 壁を一つ、二つ超えていくかのように、威圧感も増していく。
 尤も、そんな隙だらけな状態を敵は見逃さないだろう。

「切り裂け、焔閃!!」

   ―――“Lævateinn(レーヴァテイン)

 故に、その間の時間を緋雪が稼ぐ。

「……なに?」

 攻撃自体は障壁で防がれた。
 しかし、神二人は目の前の現象に疑問の声を漏らす。

「(力が落ちない……だと?)」

 “絶望”と“蹂躙”の“性質”は、二つが合わさる事でさらに効果を増す。
 相手の力を“蹂躙”し、“絶望”を植え付ける事で、自身に有利な状況を作り出す。
 その上でさらに“蹂躙”を繰り返し、決死の反撃すらも無効化する事で“絶望”させ、相手を弱体化させる事ができるのだ。
 ……だというのに、緋雪と帝の力は一切衰えていない。
 むしろ、さらに力強くなっていた。

「はぁああああっ!!!」

 直後、帝が気を開放する。
 体中から稲妻のようなものが迸る。

「片方は任せたぞ」

 緋雪にそういうや否や、瞬時に“蹂躙の性質”の神に肉薄した。
 即座に神も防御態勢を取るが、帝はお構いなしに吹き飛ばす。

「任されたよ……!」

 一方で、緋雪も残った神を相手に果敢に斬りかかった。
 一撃一撃を放つ度に業火を撒き散らし、理力の障壁を打つ。

「ッ、りゃりゃりゃりゃりゃぁっ!!」

 拳で、爪で、魔力で操ったシャルラッハロートで、連撃を繰り返す。
 その悉くを容易く防がれ、躱される。

「もっと!」

 そこへ、魔晶石による援護射撃も加わる。

「もっと!!」

 一つ、二つ、三つ、四つ……

「もっと!!!」

 五つ、六つ、七つ、八つと援護射撃を繰り出す魔晶石が増える。

「もっと多く!!」

 計14個の魔晶石による弾幕が放たれる。
 そうなれば、回避は最早不可能に近い。
 転移以外に回避方法はなく、転移しても即座に捕捉するだろう。

「無駄だ!!」

 故に、全てを受け止める。
 障壁で弾幕を阻み、直接攻撃をその手で受け止める。
 決してダメージには繋がらず、無効化される……ように見えた。

「ッッ!!!」

「ぐっ……!?」

 相変わらず全ての攻撃は防がれている。
 攻防による衝撃波が迸るが、緋雪の攻撃は軽々受け止められていた。
 ……だというのに、神の表情が徐々に歪んでいく。

「そこぉっ!!」

「がぁっ!?」

 それを、緋雪は見逃さなかった。
 転移で背後に回り、一撃……と見せかけ、連続転移で側方からフェイントを放つ。
 爪を生かした手刀で薙ぎ、目を潰す。

「ぬぅっ!」

「っづ……!」

 反撃の一撃を食らい、攻撃に使った腕が吹き飛ぶ。
 だが、緋雪はそれに構わず追撃の蹴りで地面に叩き落す。

「はぁあああああああああっ!!!」

 自由落下を利用しつつ、そこへさらに追撃を放つ。
 魔晶石で身体強化及び結界による神の転移を封印し逃げ場を潰し、腕を再生させつつ魔力を纏わせた拳の連打を叩き込む。

「舐める、なっ!!」

 相手もタダではやられなかった。
 理力の弾幕が神の周囲から発生するように放たれ、魔晶石の弾幕を相殺していく。
 それどころか弾幕を圧倒して緋雪を傷つけていく。

「その程度!!」

 しかし、緋雪は止まらない。
 攻撃が掠り、直撃し、体が削られていこうと、攻撃は止めない。
 それどころか、ますます勢いが増していく。

「ぁあああっ!!」

「ッ……!?」

 一際強い一撃が、振りかぶられた。
 さすがにまずいと思った神は、その場から飛び退き、結界を破って躱した。
 直後、地面が穿たれ、爆発を引き起こした。

「ッ、ぐっ……!?」

 無傷で緋雪の上を取った神が、理力による圧力で緋雪を地面に縫い付ける。

「潰れろ!」

「ぁ、ぐ、ぐぅ……!?」

 立ち上がる事すら出来ない程の圧力に、緋雪は身動きが取れない。
 しかし、その代わりに動くモノがあった。

「邪魔だ!」

 緋雪の魔晶石だ。
 魔晶石から魔力弾や砲撃魔法を繰り出し牽制し、残りの魔晶石が魔力の刃を形成して神に斬りかかっていた。
 だが、それすらも理力の開放で弾き飛ばされる。

「なっ……!?」

「私達の意志を、舐めないで!」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

 その僅かな時間を、緋雪は無駄にはしなかった。
 圧力で立てずとも、視線は神から外さず、瞳を手の中に顕現させる。
 そして、握り潰す事で理力を一気に削り取った。

「なぜだ!?なぜ絶望しない!?それどころか、この増す力……人の“意志”が、ここまで強靭なはずがない!!」

「……ふふ、そういう反応しちゃうんだ?」

「―――はっ!?」

 動揺した神を見て、緋雪は笑みを浮かべる。
 その事に神が気づいた時には、もう遅かった。

「理屈なんて知らないよ。……ただ、私は勝つ。それだけ!」

「ッ……かはっ……!?」

 肉薄と同時に放たれた拳が、神の胴を突き破る。

「お兄ちゃんの言う通り、厄介な“性質”ではあるけど……動揺したら、こっちのものだよ。さぁ、そっちこそ絶望しなよ!!」

 状況や思考が“絶望”に寄れば、それだけ効果を発揮する“絶望の性質”。
 圧倒的な力を見せる事で、どんどん有利に持っていく“性質”だ。
 ……だが、もしも立場が逆になれば?

「(っ、み、見え……!?)」

「斬り刻め、焔爪(えんそう)!!」

   ―――“紅蓮閃刃(ぐれんせんじん)

 最早、神には緋雪の動きが見えなかった。
 緋雪は爪を連続で振るい、炎を纏った斬撃をいくつも飛ばす。
 その斬撃を回避する事も防ぐ事もできずに神は直撃をもらうしか出来なかった。

「一度嵌まってしまえば、自分ですらその“性質”から逃れられないなんてね」

「ぁ……ぐ……!ま、まだだ……!」

「さすがに耐えはするけど……いつまで持つかな?」

 耐える神だったが、形勢は完全に逆転していた。
 圧倒されても逆転した緋雪と違い、神は自ら“倒し切れない”と思ってしまった。
 そうなれば、後は“絶望”まで自分の“性質”そのものが引っ張って行く。
 ……既に、この神に勝ち目はなくなった。











「ぉおおおっ!!!」

 一方、帝の方は、視認すら難しい程の速度で殴り合っていた。
 拳と拳がぶつかる度に衝撃波が迸り、地上を揺らす。

「ッッ!!」

 その動きは決して止まらず、むしろますます速くなっていく。
 残像をその場に残し、拳と蹴りの応酬を繰り広げる。

「ぐっ……!!」

 一際強い衝突の後、少し間合いを離して改めて対峙する。

「……“蹂躙の性質”……なるほど、常に相手を蹂躙出来る力量であれば、直接戦闘で俺とも戦えるのは納得だ……」

「………」

「だが、当の本人であるお前は納得してなさそうだな?」

 “性質”を使っている間、常に相手の力量を上回る。
 そのため、物理的戦闘で最強なはずの帝とも互角に戦えていた。
 だが、“蹂躙”であるならば、圧倒できる程の差があるはずなのだ。
 そのことで、神は納得いってなかった。

「確かに、俺を蹂躙できる程度には強くなっているんだろう。……でも、それがどうした?俺程度を超えた所で、俺の憧れた存在には、到底及ばねぇんだよ!!」

「ッ―――!?」

 瞬時に肉薄した帝の拳が、神の顔を打つ。
 そう。帝自身の力はいくら“固有領域”によって引き上げられていると言っても、今行使している力には大きく劣る。
 それが原因で、帝を蹂躙できる力を持とうと、帝が行使する力を超えられない。
 そして、帝が想い、憧れる力は“固有領域”によって帝に上乗せされている。
 “固有領域”は、例え神の“性質”であろうと、干渉は至難の業だ。
 ……故に、“蹂躙の性質”は帝には通用しない。

「ずぁっ!!」

 掌底を叩き込み、吹き飛ばす。
 直後、投影魔術及び王の財宝の再現による、武器群が神を襲った。
 理力の放出でそれらは砕かれたが、その破片が圧縮され、鉄塊となる。

「はぁああああっ!!」

 突撃し、拳を打つ。
 防御し、反撃が飛んでくるが、それを逸らすように弾く。
 そのまま顎へとアッパーを入れ、上に体を浮かす。

「ッ!」

 直後、超能力を使って鉄塊を連続でぶつけ、最後に挟んで押しつぶそうとした。
 さすがに無抵抗なはずもなく、鉄塊はすぐさま理力で消し飛ばされた。

「シッッ!!」

 再び、拳と蹴りの応酬が繰り広げられる。
 しかし、ついに拮抗が崩れ始めていた。
 優勢なのは、帝の方だ。

「がぁっ!?」

「だだだだだだっ!!だりゃぁっ!!」

 一撃をもらった瞬間、神は帝の拳をいくつも食らい、吹き飛ばされた。
 吹き飛んだ体は一つの山を貫通し、地面に叩きつけられる。

「ッ、はぁああああああっ!!」

 そこへ、さらに気を纏わせた拳を叩きつけた。
 大地を揺らし、クレーターを作り出し、神をめり込ませる。

「ぐっ……がっ……!?」

「事象や状況に作用する“性質”は、時に自身に返る時がある。……残念だったな、もうお前は俺には勝てない」

 首を掴み、体を持ち上げながら帝は言う。
 神界で多くの神を倒してきた経験から、目の前の神は自身の“性質”によって逆に追い詰められている事はわかっていた。
 “性質”によって逆に追い詰められる。それはすなわち、実質的に“性質”を完全に封じたも同然だ。

「“性質”を使わずに勝てるものなら、勝ってみやがれ!!」

 気を纏った拳が神の顔面を殴りぬく。
 それにより、再び吹き飛んだ神はその先にあった岩盤に叩きつけられる。
 間髪入れず、帝はそこに突撃し、追撃の拳を叩き込んだ。

「がはっ……!?」

「お、らぁっ!!」

 岩盤すら突き抜けた所で、地面に叩き落す。
 そして、連続で気弾を放ち、“領域”を砕こうと打ちのめす。

「ぁあああああああっ!?」

「せぁっ!!」

 すると、そこへもう一人の神が飛んできた。
 帝が対処するまでもなく、転移してきた緋雪によって叩き落される。
 それも、ちょうど帝が気弾を撃ち込んでいた場所へ。

「私も、やらせてもらうよ!」

 魔法陣を複数展開し、そこから魔力弾を。
 そして、両手を突き出し、砲撃魔法も放つ。

「……やべっ、このままだとこの星が壊れる!」

「それもそう……だね!」

 気が付けば神を中心にかなりクレーターが広がっていた。
 穴もかなり深くなり、このままだと星そのものを破壊してしまう。
 そう考え、すかさず緋雪が地上に降りて魔法陣を展開する。

「吹き飛ばせ、“呪黒剣”!!」

 その魔法陣から、霊力と魔力を混ぜた黒交じりの深紅の剣を上に突き出す。
 それによって、神二人の体を上空に吹き飛ばした。

「ッ……!」

「このまま、終われるか……!!」

 その時、神二人が最後の足掻きに出た。
 二人して理力を集め、この星ごと緋雪と帝を仕留めるつもりだ。

「いい度胸だ……!」

「正面から、打ち砕く!」

 無論、二人はそれを避けようとも防ごうとも思わない。
 真っ向から、競り勝つつもりだ。

「これが、私の全力!緋き輝きよ、貫け!!“其は、緋き雪の輝きなり(シャルラッハシュネー・シュトラール)”!!!」

「俺の憧れた存在なら、この程度……!憧憬を描け!“力を示せ、我が憧憬よ(トゥインクル・ロンギング)”!!!」

 理力の極光に対し、“意志”の極光が放たれる。
 二筋の極光同士がぶつかり合い、衝撃波を撒き散らす。
 周囲の岩が浮き上がる程の力場が発生し、極光の威力が見て取れる。

「っ、ぁ……!やっぱり、地力は凄まじいね……!」

「けどなぁ、俺たちだって、負けてねぇ!!」

 拮抗していた極光の内、緋雪と帝の極光が一回り太くなる。
 直後、拮抗が崩れ、一気に敵の攻撃を押し切る。

「ぅ、ぁあああああああああああああっ!!?」

 そして、極光に呑まれた神二人は、そのまま消え去っていった。
 “領域”が砕かれたのだ。















 
 

 
後書き
“蹂躙の性質”…事象や状況の流れに干渉するタイプ。そんな状態になっていると思えば思うほど、この“性質”は強く働く。

“絶望の性質”…上記の絶望バージョン。この二つが合わさるとかなり厄介。

紅蓮閃刃…魔力を纏わせた斬撃を飛ばす技。一発から何十発もの回数を一気に放つ。中距離程度までならば斬撃を飛ばす事もできる。

力を示せ、我が憧憬よ(トゥインクル・ロンギング)…構えは某かめはめ波に近い。帝の思い描く憧れたキャラクターの力を集束させ、一つの極光として放つ。“固有領域”と同じく、帝のその力に対する絶対的信頼と威力が比例する。


帝の戦闘はZ以降のDB、緋雪はFate(Apoや劇場版HF)のような激しさをイメージしていたりします。(描写出来ているとは言っていない) 

 

第264話「形勢逆転」

 
前書き
既に形勢逆転しているように見えますが、一応優輝達とか以外のモブ達の所は結構ギリギリ拮抗している感じです。
ただ、優輝達の牽制というなの“餌”に釣られた神を倒していっている事で、今回(と前回)でようやく形勢が変わっていく事になります。
 

 










「ッ、せぇいっ!!」

 防御魔法が破られるのと引き換えに、その攻撃を何とか防ぎきる。
 同時に、ユーノは魔力を纏った掌底を顎に当てる。

「よくやった!」

「僕を前衛に出すなんてどうかしてる、よっ!!」

 すかさずクロノがデバイスを突き刺し、そのまま魔法を発動させる。
 “ブレイクインパルス”を直撃させ、さらにダメージを与える。
 それだけでなく、ユーノの二撃目が頬を殴りぬいた。

「仕方ないだろう。切り込める人員が足りてないんだ!」

「まぁ、仕方ないとは思っているけど……!」

 本来、ユーノは前衛を務めるタイプではない。
 結界やバインドなどによるサポートが主で、そもそも攻撃魔法に適性がない。
 しかし、“意志”と魔力を応用することで、徒手で戦っていた。

「軽い!」

「ッ……!」

 別の場所では、魔力弾と砲撃魔法を突破され、“天使”に肉薄されるリニスがいた。
 だが、“天使”の突撃は途中で止まった。

「なっ……!?」

「当然ですよ。ただの、目晦ましですから」

 先に放った魔法はただのフェイク。
 本命は、突撃してきた所をバインドで拘束し、集中砲火する事だ。

「はぁぁあああああああっ!!」

 さらに、アルフが頭上から拳を振りぬく。
 魔力を込めた全力の一撃が“領域”を削る。

「狼を、舐めんじゃないよ!」

 既にアルフは別の“天使”と戦っており、ボロボロだ。
 だが、闘志は一切衰えておらず、別の“天使”に片腕を吹き飛ばされようと、リニスが拘束した“天使”の喉笛を食いちぎった。

「私達が倒れない限り、一人、また一人と数を減らせばいいだけです」

 どれだけボロボロになろうと、戦う“意志”は負けない。
 ましてや、今の状況ならば部位欠損も“意志”次第で治せる。
 だからこそ、その“意志”を絶やさない。
 そんな決意の下、彼ら彼女らは戦い続けた。

















「……なるほど」

 緋雪と帝が神二人に挑みかかった頃、優輝達も神二人の“天使”に囲まれていた。
 未だに他世界に援護射撃を放ち続けるルビアとサフィアを守りつつ、優輝と優奈による創造魔法の武器群をぶつけるが、効果がなかった。

「なるほどなるほど……」

 肉薄してきた“天使”に対し、カウンターを放つ。
 それも受け止められ、無効化されてしまう。
 しかし、当の優輝は納得するかのように呟くだけだ。

「ッ!?」

 直後、先ほど攻撃を受け止めた“天使”を、あっさりと掌底で吹き飛ばした。
 カウンターを無効化していたというのに、その掌底は普通に通じていた。

「どうした?“絶望”と“蹂躙”。その二つが合わさっても自身に攻撃が通じるのが、そんなに不思議か?」

「ぐっ……!」

 図星を突かれながらも、“天使”達は囲んで理力の攻撃を降らせる。
 包囲された状態でのその攻撃は、本来であれば避け場のない攻撃だろう。
 だが、転移で全員が移動すれば、回避は容易だ。

「ふっ!」

「くっ……!」

 回避直後を狙った攻撃が迫る。
 それを、優輝が一息で創造した複数の剣で阻む。

「シッ!!」

   ―――“一心閃・薙”

 間髪入れずに優奈による一閃が優輝達の周囲を薙ぐ。
 理力の守りにすら切れ込みを刻み、僅かながら“天使”達の“領域”を削ぐ。

「無駄だ!」

「はぁああああっ!!」

 そんなダメージをものともしないように、“天使”は包囲攻撃を続ける。
 こちら側の攻撃は効果が見られず、相手の攻撃は圧倒的。
 そういった状況を“性質”によって作り出していく。

「シッ!!」

「ッ!?」

 しかし、一筋の閃光が一人の“天使”を撃ち抜いた。
 “天使”達の攻撃を防ぎながらも、一瞬の隙を突いて反撃を繰り出しているのだ。

「悪いけど、どれだけ“絶望”させようと、圧倒的力で“蹂躙”しようと、私達は決して諦めないわよ。たった一つの、可能性の彼方であろうと、勝利を掴むわ」

「な、にっ……!?」

 さらに、転移で優奈に肉薄され、また一人の“天使”が斬り刻まれた。

「僕らの“性質”を、侮るなよ」

「イリスは、もっと用意周到だったわよ……!」

 例え事象や状況に働く“性質”であろうと、“可能性”は残る。
 どの“性質”にも有利という訳でもないが、一縷の希望はある。
 それが“可能性の性質”たる所以だ。

「単に“性質”で追い詰めようと、“可能性”はあるのよ!」

 攻撃の嵐を突き抜け、傷つきながらも優奈は突貫する。
 渾身の反撃は理力の障壁を容易く突き破り、また別の“天使”の喉元を貫いた。

「だが、これだけの攻撃……!防ぎきれないはずだ!」

「どうかしら?」

 現在、優奈が反撃のために攻撃の嵐を突っ切っているため、ルビアとサフィアを実際に守っているのは優輝一人だ。
 理力や魔力などの障壁だけでは、到底防ぎきれない。
 だが、優奈はそれに対し不敵な笑みを返す。

「なっ……!?」

 各次元世界に向けられた理力の攻撃が、攻撃の嵐の中から飛んでいく。
 それはつまり、ルビアとサフィアは未だに援護射撃をしているという事。
 同時に、優輝一人で全ての攻撃を捌ききっている証明だ。

「本来ならば、牽制を止めるだけでも上出来だったのでしょうけど……残念だったわね。この程度、対した障害にもならないわ」

 元々、護衛を止めれば負ける事はなかったのだ。
 ならば、“護衛したまま勝ち切る”ぐらいの可能性は引き当てられる。
 単なる障壁だけでは防ぎきれないのであれば、その方法を変えればいい。

「この程度の攻撃の嵐、導王流に捌けない道理はないわ!」

「実際に捌いているのは、僕なんだけどな……!」

 そう。全体を守ろうとするから防御力が足りなくなる。
 一点、それも拳だけならば全ての攻撃を防ぎきる事ができる。
 であれば、後はその拳で全ての攻撃を捌けばいいだけだ。
 つまり、優輝は障壁ではなく、導王流を用いて全ての攻撃を受け流していたのだ。

「そんな、馬鹿な……!?」

「動揺したわね?」

「しまっ……!?」

 人の業に、“天使”達は少なからず動揺する。
 動揺は“領域”の守りに揺らぎを生じさせる。
 今回の場合、“性質”自体も動揺で弱まっていた。
 その隙を優奈は一切見落とさなかった。

「いくわよ!」

「シッ!」

 創造魔法による剣で、まず全員を串刺しにする。
 直後、連続転移で回り込み、一人ずつ優輝の方へ吹き飛ばす。
 そして、優輝がカウンターの要領でそれらの“天使”を再度吹き飛ばした。

「ッ……!」

 だが、相手も弱くはない。
 即座に体勢を立て直し、同時に転移で優輝達に仕掛ける。
 複数人による同時攻撃で、カウンター直後を狙った。

「ふっ……!!」

 尤も、それは導王流にとって格好の的だった。
 繰り出される掌底を躱すと同時に受け流し、別の攻撃に当てる。 
 さらに別の“天使”を体ごと受け流し、盾にした。
 後は、躱しつつカウンターをごく自然の流れかのように叩き込み、最後は真上に転移した巨大な理力の剣で串刺しにした。

「……我ながら、極致に至った武術は凄まじいわね……」

 一方で、優奈も直撃を食らわずに全て対処していた。
 連続転移とカウンターを併用し、躱し切れない僅かなダメージだけで全ての攻撃を対処し、多数の武器を創造して後退させていた。

「くそ……!」

「あ、そうそう。そこ足元危険よ?」

「ッ!?くっ……!」

 設置型バインドを仕掛けておいた事で、優奈を襲った“天使”は動きが止まる。
 即座にバインドを破壊されるにしても、その一瞬は命取りだ。

「がっ!?」

 刹那、頭に創造された槍が突き刺さる。
 その勢いで“天使”達は仰け反り、さらに隙を晒す。

「ッッ……!?」

 さらに、優輝に襲い掛かっていた方の“天使”も、優輝が間髪入れずに発動させた魔法陣からの魔力の奔流で上空に打ち上げられていた。

「そういえば、そこにも斬撃を置いてあったな」

 理力を使えば、創造魔法の創造できるモノはさらに幅広くなる。
 武器ではなく、斬撃そのものを創造する事で、動く事なく上空に飛ばした“天使”を斬り刻んだのだ。
 優奈も同じで、衝撃そのものを創造し、優輝が吹き飛ばした“天使”の所へ一纏めになるように吹き飛ばしていた。

「ッの……!」

 ここで、再び“天使”が反撃に出る。
 圧倒的な理力による“壁”が、上から迫ってきた。
 理力の物量で押しつぶしに来たのだ。

「(“性質”の影響で、これだけの事をやっても消耗はなしか。となると、躱すだけでは鼬ごっこになるな……)」

 二度、三度とルビアとサフィアごと、優輝達は転移で躱す。
 しかし、その度に同じ攻撃が放たれてくる。

「ならば……!」

 回避するだけでは、状況は変わらない。
 ルビアとサフィアを残していけば、転移と同時に反撃が可能だろう。
 相手の狙い通りから外れるためにはその方法が取れないので、防ぐしかなかった。

「ッッ……!!」

 全力の理力放出で、ギリギリ拮抗できる程だった。
 優奈も支援しているのだが、焼け石に水だ。
 腐っても神界の存在であり、同時に厄介な“性質”の持ち主だった。
 物量だけであれば、今の優輝と優奈でさえ、対等になれない程なのだ。

「ぉおおおおおっ……!!」

 ドーム状の障壁で、ルビア達ごと守る優輝。
 だが、徐々にその拮抗は崩れていき、障壁にも罅が入っていく。
 このままでは押し切られるのも時間の問題だろう。

「ッ!」

 そこで、創造魔法による遠隔攻撃を繰り出す。
 単に武器を射出するタイプと、斬撃や衝撃そのものを創造する二種類の方法で、障壁を維持しながらも攻撃する。

「ふん!」

 しかし、それらの攻撃はたった一回の理力の放出で吹き飛ばされた。
 ここに来て、正しく“絶望”と“蹂躙”の“性質”が働き始めていた。

「優奈!」

「わかってるわよ!!」

 転移魔法を応用し、優奈が砲撃魔法を飛ばす。
 砲撃が転移する事で、複数の角度から攻撃できるが……

「(これも、無効される……!)」

 先ほどの創造魔法と同じく、あっさりと打ち消された。
 間髪入れずに優奈が転移魔法で単身突撃する。
 ただでさえギリギリだった障壁が、さらに押されてしまうが、このままでも押し切られるので、勝負に出たのだ。

「はぁっ!!」

 転移と同時の攻撃。
 それすら、自動防御の理力に阻まれる。
 一対一であれば、まだそこから倒せたかもしれないが、相手は多数だ。

「かふっ!?」

 理力の棘が放たれ、転移も間に合わずにいくつか被弾する。
 串刺しにされながらも転移したが、その先に即座に追いつかれてしまった。

「ッ、はっ!!」

 それでも、直接的な物理戦闘では遅れを取らない。
 導王流と戦闘経験から、多数相手でも互角に戦えていた。

「ぐっ……!?」

 その上で、“蹂躙”と“絶望”を与えてくる。
 導王流でも捌き切れないような因果で、理力の槍が優奈を串刺しにする。
 そして、その間にも優輝は限界近くなっていた。

「こ、これ以上は……!」

 それを見て、サフィアも牽制を止めてでも参戦するべきか逡巡する。
 だが、優輝とルビアが視線で制した。

「“絶望”や“蹂躙”ってのは、一筋の希望で打ち破るモノでも、あるんだよ!!」

 直後、優輝は障壁を片手で支えつつ、もう片方の手に理力を集束させる。
 “性質”を込めて圧縮されたその理力が、一筋の光として放たれる。

   ―――“可能性の一筋(アナストロフィ・ディニティコス)

「なっ……!?」

 その光によって、優輝達を押し潰そうとしていた理力が破られる。
 割れたガラスのように霧散する理力を見て、敵は驚愕していた。

「はぁっ!」

「しまっ……!?」

 さらに、優輝の放った光はそのまま優奈の掌に収まる。
 そして、その光が鞭のように周囲を薙ぎ払った。

「形勢逆転よ」

 一転攻勢。優奈の姿が掻き消え、全ての“天使”が斬られる。
 転移魔法と移動魔法の併用で、爆発的な速度を繰り出したのだ。

「行け」

「シッ!!」

 そこへ、優輝からの理力の槍が“天使”に突き刺さる。
 同時に優奈の斬撃が体を斬り刻み、一部の“天使”は四肢や首が飛んだ。

「これで詰みだ」

 最後に、先ほど優輝達がやられたような上空からの理力の振り下ろしを、今度は優輝が“天使”に向けて放たれた。

「ぐ、がっ……!?」

 地面に叩き落された“天使”達は、その場から抜け出そうとする。
 だが、それよりも先に優輝と優奈による拘束に雁字搦めにされた。
 丁寧に“性質”も込めて転移すら無効にしているため、抜け出す事は出来ない。

「がぁああああああっ!?」

 さらに、理力の槍で剣山のように串刺しにされた。
 世界の法則が違う今であれば、痛覚などは無視できるはずだ。
 神界の者であるならば、それこそ四肢欠損程度なら微動だにしない程に。
 だが、“領域”を削られ、自らの“性質”が原因で“天使”達は絶叫を上げた。

「結局、厄介な“性質”であればあるほど、反転した時に自滅する。そう考えれば、イリスはよく自分の“性質”を使いこなしている方だな」

「貴方がそれを言う?“可能性の性質”も同じようなモノじゃない」

 “性質”は、一見その“性質”を司っているとうに思えるが、そうではない。
 確かに対策や耐性は持っているが、どうあっても“性質”に関するモノが効かないという訳ではない。
 むしろ、今回のような“絶望の性質”の場合、いざ自分に返ってきた場合、マイナスに“性質”が働き、自滅してしまう程だ。
 だからこそ、優輝と優奈はそれを狙っていた。

「ぁ、ぁ………」

「自分達の“性質”で圧倒しておきながら、一瞬で形成が逆転し、今度は自分達がその“性質”に苛まれる。……本当、極端なものだ」

 “絶望の性質”の“天使”達は、既に瀕死だ。
 一時はあれほど圧倒したというのに、今はこうして地べたに這い蹲っている。
 その事実がまさに“絶望”となり、自ら“領域”を削っていた。

「そっちは、これで終わりだな」

 トドメに、優輝が理力の極光を放つ。
 既に回避も防御も出来ない“天使”達はそれに呑まれ、“領域”が砕けた。
 残ったのは、“蹂躙の性質”の“天使”達だけだ。
 そちらも、今の攻撃で瀕死になっていた。

「た、例え我々が負けた所で、主さえいれば……!」

「神は“天使”より強い。……確かにそうだな。だけど、人間を嘗めるなよ?人は、お前たちが思っている程弱くはない」

 “見ろ”と、優輝は緋雪と帝が戦闘している方へと視線を促す。
 どちらも激しい戦闘を繰り広げているが、優勢なのは緋雪と帝だ。

「ば、馬鹿、な……!?」

「“絶望”や“蹂躙”の“性質”を持っているならば、確かに人の心の弱さはよく知っているだろう。でもな、そんな人の中にも、強靭な意志を持った存在がいる」

 緋雪と帝は、その“意志”を以って相手の“性質”を跳ね除けていた。
 だが、それは本来あり得ない事態なのだ。
 故に、それを見た“天使”達は、自分達の主が押されている事よりも、“性質”を跳ね除けている事そのものに驚愕していた。

「如何なる才能を持っていたとしても、そんな事が……!!」

「“可能性”はある。……なら、僕らがそれを手繰り寄せればいい」

「ッ……!“可能性の性質”……!!」

 いくら強い力を手に入れた緋雪と帝でも、負ける時は負ける。
 “意志”で決まる現状であるならば、猶更だ。
 しかし、その“意志”が折れる“可能性”を、優輝と優奈で排除していたのだ。

「まさか……!この世界の者が諦めないのは……!」

「人は可能性を秘めている。僕らはそれを後押ししただけだ」

 そう、優輝と優奈は、事前に世界全体に“性質”を使っていた。
 “可能性”を導く事によって、世界中の生命に強靭な“意志”を授けたのだ。
 そのため、どこの世界でも戦う者達は決して諦めずに戦えていた。

「さて、一足先にこっちは終わらそうか………ッ!」

 トドメを刺そうと、優輝は術式を展開する。
 その直前、飛んできた極光を導王流で受け流した。
 放ったのは、“絶望の性質”と“蹂躙の性質”の神と“天使”が現れる前まで戦っていた“天使”や神々だ。
 二人の“性質”の邪魔をしないようにしていたが、その二人がやられている事で、今こうして介入してきたという訳だ。
 
「これ以上はさせんぞ!」

「変に“性質”に影響を与えないように傍観してたのは間違っていないが、まさか本当に見ているだけだったとはな」

「ええ。経験の浅さには、何度も助けられるわ」

 包囲を再開する“天使”達。
 だが、それを見ても優輝と優奈の余裕は崩れない。

「術式、展開!」

「全て、穿ちなさい!!」

 なぜなら、既に仕込みは終わっていたからだ。
 夥しい程の魔法陣が、地面や空中に展開される。
 それらは全て、先ほどの戦いの最中用意していたモノだ。

「―――は?」

「高みの見物をしていたのは、失敗だったな!!」

 本来であれば、この仕込みがなくとも護衛は可能だった。
 故に、もしこの仕込みを妨害されても問題はなかったのだ。
 だというのに、傍観していた敵はそれを見逃した。
 “負ける事はないだろう”と、そんな勝手な思い込みから、警戒を怠ったのだ。
 そのツケが、ここに回ってきた。

「一人残らず、殲滅だ!!」

 魔法陣から、魔力、霊力、神力、そして理力による極光が放たれる。
 空間を埋め尽くさんばかりの極光に、敵は一斉に防御態勢に入った。

「それこそ、愚策だ」

 防御していれば、回避は出来ない。
 それを見越して、一人ずつ優輝と優奈が理力の弓矢で仕留めていく。
 “領域”を削り切れなくとも、これでかなりのダメージを蓄積させていた。

「悪いが、ここまで想定通りなんでな。援護射撃を止めるため、ここに敵が寄ってくるのは簡単に予測できた。元々、僕らはそれを止め、同時に襲ってきたお前たちを纏めて倒す算段だったんだ」

「な……!?」

 掌の上で踊らされていたと知り、何人かの“天使”は“意志”が折れた。
 他の“天使”も大体が瀕死になっており、完全に優輝達の勝利だった。

「本当の“神”なら、これぐらいは予期して当然だろう」

 神の如き力を持っているだけで、“神”ではない。
 それ故、普通の人間らしい所もある。
 その人間らしさこそ、強さであり弱さでもあった。
 優輝達は、その弱さを突いていただけに過ぎない。

「所詮は、他世界から見れば規格外の力を持つだけの、その世界の一生命に過ぎない。他世界でいう“神”とは、成り立ちそのものが違うからな」

「……!」

「“神の性質”とかであれば、確かに“神”になるだろうが……まぁ、今は関係ないな。とにかく、これで大局そのものの形勢が変わる」

 巨大な魔法陣が展開され、発動直前に優輝は優奈達を連れて転移する。
 そして、残された神達は魔法陣から放たれた極光に呑まれ、消えていった。











「終わったか。ちょうどいいタイミングだったな」

「お兄ちゃん!そっちも終わったの?」

「ああ。残っていた別の神々も倒しておいた」

 転移先は、緋雪と帝がいる場所だった。

「それで、まだ続けるのか?」

 未だに支援を続けるルビアとサフィアを見て、帝はそういう。

「いや、そろそろこっちも攻勢に移る。移動までは僕含めて支援を続けるが、その後は各自でその世界の神々を倒していく」

 優輝も支援を再開しつつ、帝に答える。
 既に大局の状況は変わりつつある。
 押されている状況から、徐々に逆転している。

「そろそろ天廻様達も復帰するだろうからな」

「と言っても、どの世界から?」

「地球、ミッドチルダ、ベルカ辺りが優先だな。特に、地球では司達が突入前の最後の準備を進めている。その援護があった方がいい」

 知っている世界且つ、住んでいる住人が多い世界を優先する。
 襲ってきている神の数も多いため、妥当な判断だろう。

「なら、私が地球に行くわ」

「任せた」

 作戦を大体把握している優奈が、一足先に地球へと向かうと宣言する。

「帝はミッドチルダに行ってくれ。なのは達と合流して、殲滅して回るだけでいい」

「ああ。わかった」

「送りは私達がしますね」

「頼んだ」

 次に、帝はミッドチルダへと向かう事にする。
 転移はルビアとサフィアが行うようだ。

「緋雪は僕と一緒にベルカだ」

「ベルカ……うん、わかったよ」

 ベルカと言えば、緋雪にとって因縁のある世界だ。
 優輝も敢えてここを選んでいた。

「今行けば、きっと面白い展開が待っているぞ」

「それってどういう……?」

「今、この世界には歴史に刻まれた英雄が蘇っている。……当然、ベルカ戦乱時代の英雄も含めて、な」

「もしかして……!」

 そこまで言えば、緋雪にも思い当たる節があった。

「でも、お、お姉ちゃん……は?」

「まだ言い慣れないのね……。私はいいわ。確かに、導王時代のムートの記憶も持っているけど、やっぱり別存在だもの」

 優奈は飽くまで優輝が“女性だった可能性”として生まれた存在だ。
 記憶を持っていても、それに対する考えまで同じとは限らない。
 だからこそ、ベルカで会えるだろう人物に、優奈は会おうとしなかった。

「というか、向こうも勘違いするわよ」

「そ、それもそうだね……」

「さて、そうと決まれば、行くぞ!」

 最後の支援攻撃を放ち、優輝達は移動を開始する。
 優奈は地球へ、帝とルビア、サフィアはミッドチルダへ。
 そして、優輝と緋雪はベルカへと向かった。
 ……人類の反撃はここからだと、そんな決意を胸に抱いて。















 
 

 
後書き
一心閃・薙…203話に登場した一心閃を薙ぎ払うように放つ。他にもバリエーションはあるが、ここでは省く。

可能性の一筋(アナストロフィ・ディニティコス)…“逆転の可能性”。圧縮した“性質”と理力で敵の圧倒的優勢を打ち砕く。まさに逆転の一手となる一撃。


今まで一切描写していませんでしたが、緋雪は優奈の事を“お姉ちゃん”と呼ぶように決めました。まだ慣れていませんが、そのうち慣れるので大して重要な事ではないです() 

 

第265話「天巫女の本領」

 
前書き
地球に戻って司Sideです。
時系列は前回からの続きなので、優奈も来ます。
 

 










「はっ!」

「そこです!」

 地球の遥か上空で、司と祈梨の天巫女二人は戦っていた。
 世界の抑止力を後押しした後、二人に対して多くの神々が襲い掛かってきていた。
 何せ、梃子摺らせる程大量の英雄達を出現させたのだ。
 厄介な相手だと思われたのだろう。

「ッ!!」

 だが、それは見当違いだった。
 司達は飽くまできっかけを与えただけなため、例え負けたとしても召喚された英雄達はいなくなる事はない。
 そして、大勢が相手でも司達は負けていなかった。

「貫いて!」

 魔法陣とジュエルシードが煌めく。
 司や祈梨の祈りに呼応して、圧縮されたレーザーのような砲撃魔法が飛ぶ。
 祈りが込められているためか、理力の障壁すら貫く威力だ。

「世界中の心が一つになっている今、天巫女の本気を甘く見ないでください!」

 世界中の、襲われている命達が心を一つにしていた。
 そして、それは天巫女である司達に“祈り”として届く。
 即ち、“敵を倒してくれ”と。

「(これが、天巫女……その、本領……!)」

 祈りを込めた攻撃を放ちながら、司は感心する。
 今まで、天巫女の力を使いこなしていると思っていた。
 否、実際に使いこなしてはいた。
 だが、世界中の生命の祈りを束ねるという事はした事がなかった。

「はっ!」

「ッ……!堅い……!?」

 一息の下、祈りによる障壁が展開される。
 直後に何人もの“天使”が突撃してきたが、その悉くを阻んでいた。

「一人一人の祈りでは届かなくても、それを束ねれば……!」

 極光が“天使”達を呑み込む。
 一撃一撃が、ジュエルシードをフル活用した時以上の威力だった。
 それほどまでに、世界中の祈りを束ねた力が凄まじいのだ。

「これは、私だけの力じゃない。……この世界の、皆の祈りの力だよ!」

 天巫女の魔力による、淡い光の力場が展開される。
 その領域に敵が踏み込んだ瞬間、“性質”だけでなく動きも鈍くなっていた。
 外部からの攻撃も減衰させ、完全に二人の“領域”と化していた。

「せぇいっ!!」

 槍を振るえば、“天使”を貫く。
 魔法を放てば、理力の壁を打ち砕く。
 神界に突入した時は大苦戦した相手が、今では“多少厄介”程度だ。
 相手の“性質”も、抑止力と祈りの力で相殺していた。
 司一人であれば、もっと苦戦していただろうが、祈梨がそれを補っていた。

「くそっ!これ以上()()()()()な!」

 “天使”のその言葉と共に、さらに数と質が増す。
 そう。二人は戦いながらも祈りを集束させ続けていた。
 さながら、なのはのSLBのように。

「っ……さすがに、数が多いよ……!」

 それを阻止しようと、さらに敵の数が増える。
 さすがに、司もその数相手では苦戦を覚悟する程だ。

「ッ!このっ……!」

 極光の嵐を駆け抜けるように避け、反撃に同じような極光を嵐を放つ。
 即座に障壁を多数展開し、遠距離近距離関係なく攻撃を阻む。
 間髪入れずに転移し、膨大な魔力で周囲を薙ぎ払う。

「ぐっ……!」

 もう一度障壁を展開し、転移で逃げる。
 だが、そこへさらに襲い掛かってくるため、ジリ貧になってくる。

「司さん!」

 祈梨はまだ上手く立ち回れているが、ついに司が直撃を食らった。
 空中戦なため、何とか地面に叩きつけられる前に転移で復帰する。

「本当に、次から次へと……!」

 直接攻撃をシュラインで逸らし、至近距離で魔力を叩き込む。
 体を傾けたり、自由落下を利用しつつ、次々繰り出される遠距離攻撃を躱す。
 避け切れない攻撃のみ障壁で防ぎ、回避を重視する立ち回りに切り替える。

「(このままだと、押されっぱなしになる。だったら、多少遅れてでも……!)」

 極光を放って牽制しつつ、司は次の手を考えた。
 このままでは、どの道追い詰められる。
 負ける事はなくても、相応のロスが起きる。
 それを回避するため、決断した。

「『祈梨さん!』」

「『構いません!むしろ、今までが想定以上だったので、丁度いい塩梅です!』」

 念話で祈梨に確認を取る。
 祈梨も想定していた事だったので、即座に許可が下りる。
 直後、集束する祈りの一部が、司へと流れ込む。

「すぅ……はっ!!」

 気合一閃。
 それだけで、迫りくる“天使”達を一気に弾き飛ばした。
 先ほどまでと、数段違う存在感を司は放つ。

「ぅ、ぐっ……!」

 しかし、それは司にとっても想定外だった。
 流れ込む力があまりにも大きく、コントロールが効かないのだ。

「(まずい!慣れるまで何とか凌がないと……!)」

 転移も攻撃も、精密な操作が難しくなる。
 大雑把になればなるほど、それを掻い潜る敵は多くなる。
 そのため、何とかしないと司は思考するが、一瞬遅かった。

「しまっ―――!?」

 目の前に、理力の凶刃が迫る。
 祈りの力を開放する事で、吹き飛ばす事が出来たのだが、制御が覚束ない事が災いし、僅かに間に合わない。
 無論、その時点で防御も回避も間に合わないため、ダメージを覚悟した。

「がっ!?」

 だが、吹き飛んだのは攻撃してきた“天使”の方だった。
 何かに弾き飛ばされたかのように後方に飛ばされ、下手人を探していた。
 司も誰が助けたのか、周囲を見ようとして……その人物が目の前に降りてきた。

「私がフォローするわ。その間に、さっさと制御出来るようにしなさい」

「優奈ちゃん!?」

 そう。戦いを終え、援軍にやってきた優奈だった。
 衝撃を直接創造し、“天使”を弾き飛ばしたのだ。

「そちらはもういいのですか?」

「ええ。大方終わらせてきたわ。優輝達も、各自別の場所に向かったわよ」

 肉薄してきた“天使”の攻撃を全て捌きつつ、優奈は祈梨の問いに答える。
 祈梨も周囲の“天使”を極光で薙ぎ払いつつ、司の露払いをしていた。

「……ありがとう、優奈ちゃん」

 そして、司が周囲一帯を祈りの力で叩き潰す、
 それは、まさに“理不尽な暴力”とも言うべき圧倒的な力だった。
 回避もままならず、周囲の神々は上空から叩き落される。

「おっと、させないわよ?」

「くっ……!」

 すぐさま転移で復帰し、同時に仕掛けてきた“天使”を優奈が止める。
 集束する祈りの力を、一部とはいえど扱う司を厄介と見ている事は丸わかりだったため、優奈もどう動けばいいのかよくわかっていた。

「近づけない……!」

「近づかさせませんよ。私達の“祈り”の“領域”に、そう易々と踏み込めると思わない事ですね。……尤も、そちらの“性質”が抑えられている時点で、出来ると思えないですが」

 近接攻撃は優奈が、他は司と祈梨の祈りで防がれる。
 展開されていた淡い力場はさらに広がり、より強く敵の“性質”を抑え込む。
 世界そのものの“領域”で既に“性質”が相殺されているため、思うように戦えない“天使”が続出していた。

「シッ!」

「そこ!」

 そして、当然ながらそんな“天使”を優奈達は見逃さない。
 弱った敵からどんどん数を減らしていく。
 特に、集束させた祈りの極光は、ほぼ一撃で“領域”を砕く程だ。
 それほどまでに、世界中の祈りを集束させた力は凄まじかった。









「ッ―――!?」

 ……それ故に、その力を阻止するための悪神も現れた。

「せ、制御、が……!?」

 多くの神々を屠り、膨大な力の制御にも慣れたタイミングだった。
 途端に、集束する“祈り”が乱れた。

「上よ!」

 優奈の声に、司は上を向く。
 そこには、複数の“天使”と、その主である神がいた。

「くっ!」

 すぐさま司が極光を放つ。
 同時に、優奈が転移で仕掛け、祈梨はその二人を守るように残りの敵を相手にする。

「なっ……!?」

 咄嗟の行動としては、あながち間違ってはいなかった。
 しかし、その上で優奈は驚愕する。
 神に向けて放たれた司の一撃が、転移した優奈に向かってきたのだ。

「『司!今のどうなっていたの!?』」

「『せ、制御権が奪われたんだよ!』」

「……なるほどね……」

 連続転移で何とか躱した優奈は、目の前にいる神がどういった“性質”か見抜く。
 イリスの理力を感じられない事から、正気の状態でイリスに加担する悪神の一人だという事はすぐに分かっていた。

「祈りと攻撃、その二つの制御を奪った……なら、その“性質”は“制御”か“支配”。またはその二つに関連するモノ、ね」

 考察を口にした瞬間、嫌な予感を感じ取り、飛行魔法を破棄する。

「(今のは……飛行魔法の制御すら干渉するのね……!)」

 破棄の直前、飛行魔法の制御が狂った。
 間違いなく“性質”が原因だとすぐに理解し、創造魔法で剣を飛ばす。

「(やっぱり、操っているものは奪われると見ていいわね。だけど、かなり抵抗できる。いえ、“奪われる”というより、“上書きされる”感じね)」

 創造した剣の内半分は操り、もう半分は射出して飛ばしていた。
 すると、操っていた剣の制御が奪われ、もう半分を弾き飛ばしていた。
 無論、本来ならば創造したモノを消せるはずが、奪われた剣は消せなくなっていた。

「(なら、“支配の性質”の方……!)」

 制御を失う時の感覚から、制御に干渉するのではなく、“支配”するのだと優奈は結論付けて“性質”を断定した。

「(遠距離攻撃はなるべく自然な動きに任せた方が無難ね……!)」

 魔力などで軌道を操作しようとすれば、たちまちその制御は奪われる。
 だが、物理法則に伴った動きまでは支配されていない。
 そのため、優奈は弓矢を創造して牽制する。

「『誘導系の攻撃はほとんど効かないと思いなさい!』」

「『了解!』」

 すぐに念話で特徴を司に伝える。
 祈梨の方も、自身で相手の“性質”を見抜いて行動に移っていた。

「あれだけなら、まだ何とかなる。でも……!」

 “支配の性質”の神と“天使”だけなら、まだ簡単だ。
 しかし、この場には他の神々がまだ残っている。
 連携を取られれば厄介なのは目に見えていた。

「ぬ、ぐっ!?」

「司!!そっちは任せるわよ!!」

 判断は一瞬。
 即座に優奈は他の神々を相手にする。
 転移と加速を利用し、理力の障壁ごと一人の“天使”を貫いた。
 そんな優奈の言葉を聞いて、司は“支配の性質”の神達に集中する。

「私も露払いに努めましょう。あの“性質”の影響下で連携を取られるのは厄介ですからね。プリエール・グレーヌも下手に使えません」

 優奈の隣に祈梨も転移し、背後に迫っていた別の“天使”を弾き飛ばす。
 先ほどまで使っていたジュエルシードは、今は強制停止させられていた。
 “支配の性質”によって、ジュエルシードの制御まで奪われてしまっては、さすがに不利になると判断したからだ。

「ええ、頼らせてもらうわ」

 背中合わせになり、二人は白兵戦に切り替える。
 その時、優奈は司に視線を送った。
 それを受けた司は、どういった考えでこの分担にしたのか理解した。

「(私だけで十分。……そう言いたいんだね)」

 優奈でも祈梨でも“支配の性質”は相手にできる。
 その上で司に任せたのは、この程度乗り越えなければ、勝てないと言うのだろう。
 この後待ち受けるのは、司の弱点を突く神だ。
 単に“支配”する程度の神は、一人で倒せと優奈は言いたいのだ。

「(……いわば、予行練習。……うん、やるよ!)」

 周囲で繰り広げられる優奈達の戦闘をBGMに、戦闘の火蓋が再度落とされる。
 初手は愚直な砲撃魔法だ。
 誘導は一切しない、直線にのみ進む砲撃魔法。
 威力は高いが、避けるのはそう難しくない。
 だからこそ、“支配の性質”の神達はあっさりと避ける。

「っ……!」

「(まずは、転移以外の回避を許さない!)」

 その砲撃魔法に隠れるように、追撃を放っていた。
 回避した所へ分裂する極光を放ち、さらに回避を許さないように魔力弾を弾幕のように放った。

「無駄だ!」

「……!!」

 だが、それらの魔法は全て誘導性がある。
 そのため、制御を奪われて司へと返っていく。

「(ここまでは読み通り。なら、これはどう?)」

   ―――“Virage Lame(ヴィラージュラム)

 予測していた司は転移でそれを躱し、用意していた術式を起動させた。
 展開されるのは数こそ多いが、魔力弾だ。
 だが、その魔力弾はブーメランのように湾曲していた。

「行って!」

 放たれた魔力弾は、弧を描くような軌道で神へと迫る。
 しかし、それらの魔力弾に誘導性はない。
 飽くまでブーメランなどと同じように、形を利用して軌道を変えているのだ。

「ちぃっ……!」

 魔力弾一つ一つがバラバラな軌道を描いているため、回避は困難だ。
 そして、誘導性もないため動きを“支配”される事もなかった。
 もし、神界で本来の力を発揮していたのならば、誘導性がない攻撃でも動きを“支配”されていただろう。
 その事に司は気づいていなかったが、誘導性の有無で相手の“性質”に対抗出来るのならばいくらでもやりようはあった。

「(“支配”される前に、発動させる!)」

 祈りを利用した転移魔法で、“天使”の背後を取る。
 同時にシュラインを振りぬき、理力の障壁を切り裂いた。

「はぁっ!!」

 懐に入り込み、掌底と共に極光を放つ。
 制御が乱れるとはいえ、集束させた祈りの一撃は凄まじいままだ。
 そのため、一撃で“天使”を戦闘不能寸前まで追い込んだ。

「(完全に“支配”された訳じゃない。……当然だよ。今ここにあるのは、この世界にいる全ての存在の祈りなんだから……!)」

 “祈り”。それは、言い換えれば“意志”でもある。
 だからこそ、集束された“祈り”の制御を、“支配”しきれていないのだ。
 例え世界の“領域”で“性質”を相殺されていなくとも、束ねられた“祈り”は決して“支配”されない程に強固なモノとなっている。

「(さっきよりも制御は難しくなっているけど……これなら……!)」

 “支配の性質”で束ねた“祈り”の制御は“支配”されずとも乱れている。
 だが、今の相手の数は先ほどまでより断然少ない。
 先ほどまでは一度に十人前後の数が一斉に襲い掛かっていた。
 対し、今相手している“支配の性質”の神は眷属の“天使”と合わせてもたったの六人しかおらず、他は優奈達が引き受けている。
 そして、何よりも相性が悪くなかった。

「シュライン!行けるよね!」

〈当然です!〉

 シュラインを構え直し、そこへ“祈り”を流し込む。
 直後、一人の“天使”が肉薄し、理力の剣で斬りかかってきた。

「ッ!」

 それを司はシュラインの柄で受け止め、受け流す。
 さらに、その反動を利用してシュラインの穂先で“天使”の喉を切り裂いた。

「はぁっ!」

 直後に転移魔法を発動。頭上に移動し、シュラインで脳天から突き刺す。

「っ、と……はぁああっ!!」

 突き刺した“天使”を投げ飛ばし、別の“天使”に当てる。
 同時に極光を放ち、反動を利用して背後に迫っていた“天使”を蹴り飛ばした。

「ッ……!」

 障壁を展開し、また別の“天使”の挟撃を防ぐ。
 さらに、障壁の術式を“支配”される前に破棄し、爆発させる。
 一部の魔導師も使う、“バリアバースト”だ。

「っ、くっ……!」

 下からの攻撃を防ぐも、上空へ吹き飛ばされる司。
 だが、タダではやられずに複数の魔法陣を展開。
 そこから極光を放ち、追撃を牽制する。

「はぁあああっ!!」

 さらに、魔法陣を上に展開。
 それを蹴ると同時に、上から迫る神に向けて極光を放つ。
 反動を利用しつつ下へと跳び、下から襲い来る“天使”を弾き飛ばす。

「(包囲を抜けた。これで……!)」

 今の位置関係は、司より上に神と“天使”達がいる状態だ。
 地面までの距離もかなりあるため、自由落下でも時間はかかる。
 包囲されておらず、一方向に神達が固まっている状態ならば、司の圧倒的殲滅力のある攻撃を存分に発揮できる。

「煌めけ、人々の祈りよ!」

   ―――“Pluie de météorites(プリュイ・デ・メテオリーツ)

 巨大な魔法陣を展開。
 術式を“支配”する暇も与えず、祈りを極光として放つ。
 それも一つではない。
 生命の祈りは一つの極光に収まらず、正しく流星群のようにいくつにも分かれる。
 雨霰と神達へ極光が襲い掛かる。

「ぐっ、ぉおおおおっ!!」

「甘いよ!」

 その魔法は長時間行使できない。“支配”されてしまうからだ。
 早々に術式を破棄し……そこを、敵を突いてきた。
 転移と共に肉薄し、理力の武器を振るう。
 だが、司をそれを読んでおり、シュラインで弾き飛ばし、返しの一撃で切り裂いて弾き飛ばした。

「(全部、捌く!)」

   ―――“Virage Lame(ヴィラージュラム)

 さらに次々と“天使”が襲い掛かり、司はそれを迎え撃つ。
 自分の周りを大きく旋回させるように、魔力弾を放ち、それを抜けてきた“天使”を先ほどと同じように撃退する。

「こいつはどうする?」

「ッ―――!?」

 直後、司を囲うように極光が出現する。
 司からすれば、あまりにも唐突過ぎた。

「(展開が速過ぎる!?何が……!?)」

 辛うじて転移で躱すが、またもや攻撃に囲まれる。
 その時点で、完全に転移で逃げ回る羽目になる。
 それも時間の問題……否、()()()()

「っづ、ぁ……!?」

 ついに転移が間に合わず、攻撃が直撃した。
 幸い、祈りの力を防御に変えていたため、致命傷にはなっていない。
 しかし、状況を打破しなければこのまま負ける。

「(展開が速いどころの話じゃない!元々理力が万能な事を差し引いても、私が気づいた時には、既に攻撃が目の前に来ている!)」

 そう。展開が一瞬なまでならばまだわかる。
 だが、司が気づいた時点で既に()()()()()()()()

「(まるで、時間を飛ばしたような……ッ、そういう事……!)」

 思考の途中で、何をしたのか理解する。
 つまり、時間を“支配”したのだ。
 尤も、今の状況では自分以外の全ての時間を“支配”とまではいかない。
 それでも、司の時間を止める程度には“支配”できたのだ。

「……むしろ、今までそれをしてくる神がいなかった事が驚きだね」

 守りを固め、攻撃を防ぎつつ司は呟く。
 最早、回避は不可能に近い状態だ。
 衝撃等も守りを貫いて司を傷つけている。
 このままでは敗北する……そのはずなのに、司は落ち着いていた。

「地に瞬く、生命の祈りよ……」

 司を守る障壁が破られ、その度に張りなおす。
 その間にも、何度も司の時を止められ、猛攻を受けていた。
 だが、そこに変化が訪れる。

「星に願いを……!“星天を照らせ天の祈りよ(プリエール・ソレイユ)”!!」

 司に“祈り”が集束し、眩い光に包まれた。
 それに神が気づいた時にはもう遅かった。

「ぅ、ぁああああああああああああああっ!!?」

 光が膨れ上がり、それを前に神は何も出来なかった。
 集束した“祈り”が、逃がすまいと神達をその場に縫い付けたのだ。
 加え、“支配”していたモノ全てが“祈り”によって解き放たれた。
 回避もできず、司の行動も阻止出来なくなった神達は、そのまま光に呑まれる。









「………」

 光が収まった時には、周囲に誰もいなかった。
 だが、司は下を睨むように見た直後、転移で移動した。

「はぁっ!!」

 シュラインの一突きと共に、極光を上空へ向けて放つ。
 その先には、瀕死になっていた“支配の性質”の神がいた。

「―――――」

 司の攻撃を耐えたとはいえ、既に瀕死。
 追撃を耐える事も出来ないまま、今度こそ確実に倒し切る事に成功した。

「……ふぅ……これが、悪神の力……」

 勝利したとはいえ、洗脳されただけの神との違いに司は戦慄していた。
 世界そのものの“領域”によるバックアップがなければ、勝てるかわからない戦いになっていたと思える程だった。

「……大丈夫。感覚は掴んだ」

 それでも、大丈夫だと司は自身を奮い立たせる。
 この戦いは、飽くまで前座。
 本当の戦いは神界に突入してからなのだ。
 そのためにも、今恐れ戦く訳にはいかなかった。

「(それに、これなら上手くいく)」

 もう一つ、司にとって大丈夫だと思える理由があった。
 先日の間に考えておいた、弱点を突く敵への対策だ。
 その対策の一端を、司は今回の戦いで使っていた。
 結果、これならば行けると、自信の後押しにできたのだ。

「……あっ、そうだ。優奈ちゃんと祈梨さんは……」

 ふと、二人はまだ戦っているはずだと、視線を向ける。
 “支配の性質”の神達以外を請け負っているため、多勢に無勢かもしれない。
 そう考えての心配だったが……

「……そりゃあ、違う存在になっても元は優輝君だもんね……。祈梨さんも、天巫女としては私よりも上だし、心配する程じゃなかったね……」

 そこには、完全に優勢になっている優奈と祈梨の姿があった。
 一度ほとんど全滅させたのだろう。今いる敵は、見覚えのない者ばかりだった。

「『終わったわね?だったら、こっちに戻ってきなさい』」

「『了解。優奈ちゃんはこのまま私達の護衛?』」

 肩透かしを食らっていた司に、優奈の念話が届く。

「『ええ。後は貴女達が神界に突入する最終段階を終わらせるまで護衛よ』」

「『ありがとう』」

 例え、今回の“支配の性質”のような神がまた来ても大丈夫。
 そんな思いの下、司は二人と合流しに向かった。















 
 

 
後書き
“支配の性質”…文字通り、様々なモノを支配できる。洗脳のような事も出来るが、現在は世界そのものの“領域”で相殺され、割と弱体化している。

Virage Lame(ヴィラージュラム)…“旋回する刃”。所謂、ブーメランのように飛ばす魔力弾。カーブを描くが、誘導性はない。

バリアバースト…原作にも出てくる魔法。防御魔法を爆発させる事で、ダメージを与えつつ距離を取る事を目的とした魔法。

Pluie de météorites(プリュイ・デ・メテオリーツ)…“流星群”。極光を流星群のように大量に放つ技。イメージはDB超の映画に出たスターダストフォール。

星天を照らせ天の祈りよ(プリエール・ソレイユ)…FGOにおける美遊のオマージュ。ただし、効果は祈りによる広範囲殲滅魔法。集束させた祈りを利用しているため、威力は計り知れない。加え、様々な祈りを集束させている影響か、攻撃対象は金縛りに遭う。回避不可の広域攻撃となっている。


現在の司と祈梨はDBに例えると元気玉が形を成して戦っているようなものです。 

 

第266話「再会の王達」

 
前書き
ベルカに行った優輝&緋雪Sideです。
はやて達も出てきます。
 

 










「“ジャガーノート”!!」

「“デアボリック・エミッション”!!」

 魔法が炸裂し、何人かの“天使”がダメージを受ける。
 だが、敵の数が多く、多勢に無勢だ。

「ええい、キリがない!」

「他に手が回らんのは歯がゆいなぁ……」

 魔法を放ったディアーチェとはやてが、まだまだいる敵を見て歯噛みする。
 まさに多勢に無勢だ。
 既に何度もはやて達は攻撃を食らっており、本来であればとっくに死んでいる程、戦い続けていた。

「しゃあない。他は他で何とかしてもらうしかないなぁ」

「歯がゆいが……仕方あるまい。なに、過去の英雄共が召喚されたとなれば、この程度の劣勢なら覆す事すら可能だろう」

 ディアーチェの言う通り、ベルカにも過去の英雄は召喚されている。
 特に、ベルカは戦乱の時代があったために、ミッドチルダよりも戦力は上だ。
 ……尤も、比例して襲ってくる敵の数も増えているが。

「……あれ、私の見間違いやないんやったら、間違いなく……」

「うむ。我も詳しくはないが間違いないだろう」

 はやて達とはまた違う場所で、理力の爆発が起きる。
 だが、それをものともせずに突破して“天使”に攻撃を叩き込む者達がいた。
 方や金髪の女性。方や碧銀髪の男性だ。
 見るものが見れば、女性の方の魔力を見て即座に何者か気づけた。

「……聖王、オリヴィエ……やな」

「であれば、同じく格闘スタイルで戦う片割れは覇王イングヴァルトであろうな」

 圧倒的な力を持つ神界の者相手では、過去の英雄とてまともに勝つ事は出来ない。
 しかし、件の二人は的確に敵の数を減らすように戦っていた。

「私には絶対できひん戦い方やなぁ……」

「貴様は殲滅に重きを置いた魔法適性だからな。あのような、的確に仕留めるような戦法は合わんだろう」

 オリヴィエもクラウスも、決して大規模な魔法は使っていない。
 飽くまで格闘を中心とし、遠距離技は牽制や間合いの調整に使う程度だ。
 一見すれば派手さはないが、だからこそ確実に敵を減らしていた。

「くっ……!」

「ッ……!」

 そこへ、シグナムとシュテルが押しやられたように後退してくる。
 他のメンバーも目の前の相手に手一杯となっており、一度仕切り直しにしなければ競り負けるとはやて達が判断した直後……

「がっ……!?」

 敵に対して大量の剣と魔力の矢が降り注いだ。

「剣と……この魔力は……!」

「間違いなく、あの兄妹であろう」

 広範囲に放った分、その攻撃は牽制にしかならずにほとんど防がれた。
 だが、そのおかげではやて達は仕切り直す事ができ、体勢を立て直した。

「我が主!」

「わかってる!もうひと踏ん張りやで、皆!」

 アインスの呼びかけを聞いて、はやてはすぐさま指示を出す。
 驚きはしたが、起きた事自体は“援軍が来た”だけだ。
 ならば、すぐに切り替える事は可能だ。
 自分に出来る事、それだけを意識して、はやて達は戦闘を再開した。













「クラウス、まだ行けますか!?」

「当然!」

 一方、オリヴィエとクラウスは、僅かとは言え疲労が蓄積していた。
 英雄として召喚され、神界の“天使”と戦える程の後押しも受けている。
 実際に“天使”を何人も仕留めているが……それでも、苦戦は必至だった。
 それでも、まだまだやれると奮い立ち、襲い来る敵を迎え撃つ。

「ッ!?」

 その時、迎撃しようとした敵が二筋の緋い極光に呑まれる。
 さらに周囲の“天使”には剣が飛んで行っていた。

「久しぶりだな。オリヴィエ、クラウス」

「っ、その声は……!?」

「まさか……ムート……!?」

 オリヴィエとクラウスの目の前に、優輝が降り立つ。
 遅れて、緋雪が砲撃魔法を弓矢として放ちつつ降り立った。

「私もいるよ」

「シュネーまで……」

「あは、さすがに驚くよね」

 姿は若干変わっている。
 それでも、オリヴィエとクラウスにはわかった。
 目の前の優輝と緋雪が、かつてのムートとシュネーである事に。

「……そうですか。再会、出来たのですね」

「えっ!?そんなに泣くほど!?」

 もう悲しみを持たない緋雪の目と、優輝と普通に並び立っているその様子を見て、オリヴィエが感極まったように涙を流す。
 自分達では成し得なかった光景を見たかのように。

「僕たちと同じように召喚された……という訳じゃないみたいだね」

「ああ。二人の知るムートとシュネーは確かに死んだ。……でも、世界や時代を経て、生まれ変わったんだよ」

「なるほど……」

 詳細を説明する暇はなく、簡潔に伝える。
 クラウスも詳しく聞こうとせず、今の状況に向き直る。

「再会の喜びを分かち合いたい所だが……」

「……どうやら、そうはいかないようですね」

 涙を流していたオリヴィエも、上空にいる神々を見て気持ちを切り替えていた。
 優輝と緋雪が来た影響からか、このベルカを襲撃する数も増えていた。
 それだけ、二人……特に優輝を敵も警戒しているのだ。

「……一人で十人ぐらい倒せればいけるか?」

「……やるしかないでしょう」

 一対一でさえ、負けるかもしれない強さなのだ。
 それが、三桁近い数いる。

「大丈夫。私達なら勝てるよ」

 だが、それでも勝てると、緋雪が断言する。

「その通りだ。聖王、覇王、そして導王に狂王がここにいるんだ。……これぐらい、乗り越えて見せようじゃないか!」

 そして、優輝の激励がオリヴィエとクラウスをさらに奮い立たせる。
 同時に、敵も動き出し、開戦となった。

「ッ!」

「ふっ!」

 肉薄してきた“天使”を、オリヴィエとクラウスがそれぞれカウンターを決める。
 さらに優輝が創造魔法で牽制を繰り出しつつ、真っ向からの極光は緋雪が魔晶石を利用した砲撃魔法を束ねる事で相殺した。

「行くぞ!活路は僕と緋雪……シュネーで適宜開く!敵は各個撃破だ!」

 直後、四人は散開する。
 白兵戦に持ち込めば四人の方が有利だ。
 だからこそ、その状況を優輝か緋雪が作り出し、確実に敵を仕留める。

「ふっ!」
 
「はぁっ!!」

 オリヴィエが肉薄してきた“天使”の攻撃を受け流す。
 同時にクラウスが掌底を放ち、理力の障壁を穿つ。
 すかさず、優輝の創造魔法による剣が飛び、“天使”を貫いた。

「容赦は」

「しません!」

 優輝の攻撃で僅かに怯んだ。
 それだけで二人にとっては格好の的となる。
 受け流しの勢いを生かしてオリヴィエは“天使”の背後を取る。
 そして、クラウスと挟み撃ちする形で、拳を叩き込んだ。

「ッ……!?」

 一方で、上空から極光で焼き払おうとする“天使”達に、先手の閃光が迫る。
 障壁で防がれはしたが、牽制となって攻撃は阻止できた。

「させないよ」

 閃光を放ったのは緋雪の魔晶石だ。
 さらに、緋雪による弾幕も放たれ、遠距離からの蹂躙をさせない。

「せぇりゃっ!!」

「ぐっ……!?」

「そこだ!!」

 緋雪も加わり、三人で攻め立てる。
 魔晶石による牽制は、分身魔法による分身に制御を任せ、緋雪自身も数を減らすために攻撃に加わった。

「ごはっ……!?」

「“性質”を相殺された“天使”なんて、恐れるに値しないよ!」

 オリヴィエが受け、クラウスが崩し、緋雪が倒す。
 シンプルな連携だが、全員が同じ格闘スタイルを使えるために、これ以上ない程に“天使”の“領域”を砕いていた。

「一対一でも負けはしないんだ。三対一なら、これぐらい当然だな」

 一方で、優輝はその三対一の状況を崩さないように、三人が相手にしている以外の敵を近づけさせないように立ち回っていた。
 創造魔法や理力によって動きを阻害しつつ、妨害を排除しようと肉薄してきた敵は即座に導王流でカウンターを決め、吹き飛ばす。
 さらに地面に大量の術式を仕込み、それもまた妨害として利用していた。

 優輝を倒さなければ確実に妨害され、その優輝を倒そうとも肉薄して近接戦が出来る技量が必要となり、まとめて焼き払う攻撃は緋雪の分身と魔晶石で阻止している。
 完全に優輝達のペースに引き込んでいた。

「(元々、二人だけでも数を減らせていたようだしな。今更負ける道理はない)」

 世界そのものの後押しに加え、優輝が理力を広げて“性質”を相殺している。
 今の状況ならば、敵も素の力で戦うしかない。
 そして、素の実力が高いのは戦闘に関する“性質”の神がほとんどだ。
 他は戦闘経験が浅いため、そこを上回る優輝達四人に翻弄されていた。

「ちぃっ……!」

「(遠距離主体に変えてきた。……当然だな)」

 近づけば緋雪達に確実にやられる。
 そうなると、立ち回りを変えてくるのが定石だ。
 緋雪達に近づかないようにし、遠距離から仕留めるつもりだ。

「さすがに相殺しきれないよ!」

「最低限でいい!」

 緋雪だけでは遠距離攻撃を相殺できず、極光が降り注ぐ。
 即座に四人は散らばるようにその極光を避け、上空へと跳躍する。

「強力な一撃のみ回避!全ての経験、技術を生かして肉薄だ!」

 その言葉と共に、優輝は迫る弾幕を全て捌く。
 導王流を用いれば、弾幕であろうと受け流す事が可能だ。
 そして、この場にいる四人は全員が導王流を扱える。
 緋雪はこの中で最も練度が低いものの、地力で攻撃を弾く事が出来る。

「っ、せいっ!」

「はぁっ!」

 優輝が攻撃を捌き、緋雪が突貫。
 緋雪に注目が集まった隙にオリヴィエとクラウスが一人の“天使”に肉薄する。
 さらに緋雪が一人の“天使”を捕まえ、掌底で二人の方へ吹き飛ばす。
 肉薄された“天使”は緋雪が吹き飛ばした“天使”に当たり、体勢を崩された。
 その隙を逃さず、クラウスが渾身の拳を放つ。

「ふっ!」

 さらに、優輝の創造魔法による剣が突き刺さり、バインドによって拘束もされる。
 すかさずオリヴィエが追撃を繰り出し、そこまで来て全員が飛び退いた。

「(だが、対処が遅い!)」

 飛び退いたのは他の敵の攻撃を躱すため。
 しかし、その攻撃までが優輝にとっては遅かった。
 創造魔法によって衝撃と斬撃を生み出し、それを周囲に放つ。
 さらに転移魔法を並列展開し、四人ともその場から移動する。

「ぁ……!?」

 直後、一人の“天使”が二度吹き飛ばされ、紅刃に切り裂かれ、極光に呑まれた。
 転移と同時に、四人で連携攻撃を叩き込んだのだ。

「まず、一人」

「ッ……やれ!!」

 極光が放たれる。
 優輝達の位置は包囲されているとは言い難い微妙な位置となっている。
 そのため、敵から放たれた極光はでたらめに飛び交い、回避が難しい。
 だが、その上で隙間を縫うように極光の側面を滑り、敵に肉薄する。
 規模の大きい攻撃を誘った上で、それらの攻撃を目晦ましに使っているのだ。

「ぐっ……!?」

「はぁっ!」

 優輝が掌底を当て、“天使”を怯ませる。
 そして変装魔法と転移魔法をその“天使”に使い、極光の嵐に突っ込む。

「ぁああああああああああああっ!?」

「……二人目!」

 理力を使った変装魔法のためか、その“天使”は優輝に見間違えられた。
 あっという間に集中砲火を受け、あっさりとその“領域”が破壊される。
 
「(すぐ気づかれたとしても、その時点で攻撃を放っていればこっちのものだ。乱戦状態を生かして、同士討ちをさせる……!そして……!)」

 敢えて乱戦のような状況にする事で、同士討ちを狙う。
 単純な流れ弾では大したダメージにならないが、優輝の変身魔法で騙すことで、“流れ弾”ではなくれっきとした“攻撃”となり、ダメージを蓄積させていた。

「がはっ……!?」

「(攻撃の嵐を駆け抜けるのは、僕らの得意分野だ……!)」

 飛び交う極光を滑るように避けながら、一人、また一人とカウンターを決める。
 それはオリヴィエやクラウスも同じで、余波でダメージを負いつつも肉薄していた。

「せぇえいっ!!」

「はぁっ!」

 さらに、四人が反撃する相手は全て同じ相手だ。
 “領域”を砕くために、集中攻撃をしていたのだ。

「邪魔だ!」

「く、ぁっ!?」

「はぁっ!」

「ふっ!」

「シッ!」

 優輝が他の“天使”を変身魔法を掛けつつ投げ飛ばし、緋雪が強烈な一撃を狙った“天使”に叩き込む。
 そんな緋雪の隙を埋めるように、オリヴィエとクラウスが連撃を浴びせる。
 乱戦になってもなお、確実に仕留めていくスタイルに、敵も数を減らしていく。

「ッッ……嘗めるな!!」

 その時、痺れを切らした神々が、無理矢理理力で優輝達を叩き落す。

「ぐっ……!?」

「これは……!」

 オリヴィエとクラウスが苦悶の声を漏らしつつ、叩きつけられた地面に膝をつく。

「ぬぎぎぎぎ………!一人だけじゃなくて、複数の神で押さえつけてるよこれ!」

 さしもの優輝と緋雪も、神一人ならともかく、複数の神に押さえつけられるのには抗えず、その場に縫い付けられていた。

「く、はは……手間取らせてくれましたね……!」

「これで、終わりだ!」

 “天使”達が一斉に極光を放ってくる。
 先程までと違い、躱す事も出来ない状態だ。
 そして、防御できるほと低い威力でもない。

「“意志”があれば、耐え抜く事も可能だ」

「ムート……?」

「何か、策が……?」

 そんな中、優輝は落ち着いていた。
 緋雪も、そんな優輝を見て慌てる事なく、“意志”を固めていた。

生命(いのち)の底力、見せてやる!!」

   ―――“可能性の一筋(アナストロフィ・ディニティコス)

 掌に“性質”と共に理力が集束する。
 そして、その理力が大剣のように伸び、迫る極光を穿った。

「(……やはり、神界の存在は集団戦に弱い)」

 理力の量で見れば、敵の圧勝だっただろう。
 だが、その理力の極光には“性質”がない。
 その“性質”の有無による差だけで、優輝は攻撃を凌ぎ切った。

「ッ……!」

 そして、それに動揺した神々の隙を、他の三人は見逃さなかった。
 オリヴィエとクラウスはそのまま跳躍して突貫し、緋雪は転移で肉薄する。

「なっ……!?」

「本命は私じゃないよ!」

 死角への転移且つ、一撃が強力な緋雪。
 それは敵もよく理解していたため、緋雪の攻撃は防がれた。
 だが、その攻撃は一撃だけではなく、威力が減った代わりに連撃だった。
 明らかな、緋雪の攻撃への意識の誘導だ。

「本命は……」

「こいつらか!」

「はぁっ!!」

「せぃっ!!」

 緋雪が“破壊の瞳”で理力の障壁を破壊する。
 そして、間髪入れずにオリヴィエとクラウスが渾身の一撃を放つ。

「だがっ!」

「ッ……!」

 しかし、それすら新たに展開された理力の障壁に阻まれた。

「動きを―――ッ!?」

 “止めたな?”と言葉が続く前に、その神は仰け反る程の衝撃を受けた。
 やったのは、優輝だ。

「……防いだと思った直後の攻撃だよ」

 そう。本当の本命は、オリヴィエとクラウスの攻撃を防ぎ、油断した直後。
 優輝がさらに体勢を崩した事で、二人の第二撃が完全に入る。

「本当に、集団戦が苦手だな」

「しまッ―――がぁっ!?」

 さらに、そちらへ意識が向かった隙を、優輝が転移と同時に突く。
 体を捻った強烈な蹴りによって、叩き落す。

「同じ“性質”同士や、眷属と共に戦うならいざ知らず、ただ洗脳された者同士で、互いに“性質”で干渉しないように純粋な理力で戦う……さすがに人間嘗めすぎだ」

 迫る攻撃を全て受け流し、転移でさらに一人捕まえつつ、優輝は言う。
 “性質”が世界そのものの“領域”で相殺されているとはいえ、“性質”を使わない純粋な理力で戦うのは優輝からすれば愚の骨頂だ。
 純粋な理力はそれこそただのエネルギーの塊だ。
 導王流でなくとも、その攻撃は受け流そうと思えば受け流せてしまう。
 そして、優輝の“性質”による攻撃の相殺も容易となっていた。

「……捉えた」

「こちらには、確実に“領域”を削る技があるんだぞ?」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

 戦いながらも、緋雪は“瞳”を見ていた。
 ここに来て、近くにいる敵全ての“瞳”を捉え、握り潰す。
 最早“破壊の瞳”は“破壊の性質”と同等の力を持つ。
 その攻撃が直撃すれば、確実に“領域”は削れるだろう。

「“覇王断空拳”!!」

「導王流奥義……“刹那”!!」

 周囲の敵全てが怯んだその瞬間、さらに優輝の理力の棘が貫いた。
 そして、その内二人に対し、オリヴィエとクラウスが仕掛ける。
 クラウスは、自らの一族が紡いだ武術の奥義を。
 オリヴィエは反撃を誘い、ムートに習った導王流の奥義をそれぞれ叩き込んだ。

「これでまた二人、数が減ったな」

「くっ……!」

 痺れを切らしたのか、一人の神が“性質”を使いつつ優輝に肉薄した。
 理力による身体強化と“性質”の合わせ技で、確かに優輝よりも早かった。
 ……だが、それだけで導王流は破れない。

「かはっ……!?」

「ここらで、神も一人ぐらい退場してもらおうか」

「はぁああっ!!」

 カウンターが神の胸を穿つ。
 さらに、緋雪が背後から一刀両断し、さらに“瞳”を握り潰した。
 ダメ押しに優輝が理力の光球で包み込み、完全に“領域”を破壊する。

「僕らの“意志”は、より鋭く、強固になる。()()()()()

「シッ!」

「はぁっ!!」

 優輝がそう発言してからは、ほとんど一方的だった。
 優輝達の攻撃が、徐々に“領域”をより多く削るようになっていく。
 特に、捨て身のカウンターによる渾身の一撃は“意志”も強く込められているためか、一撃で決定打になる程だ。

「41」

「ッ……!」

 敵がいくら理力で攻撃しようとも、四人はそれを掻い潜る。
 一人、また一人と数を減らしていき、敵の表情は焦りを通り越して恐怖が出ていた。

「がっ……!?」

「33」

 気が付けば、最初に四人を襲った時から半分以下に数が減っていた。
 神が倒れれば、その眷属も道連れになる。
 その事も相まって、相当な速度で数が減っていく。

「25」

 優輝のカウントダウンは止まらない。
 例えカウンターを避けるため遠距離から攻撃しても、転移で肉薄されてしまう。
 そして、“可能性の性質”によって定められた“意志”により、一撃で“領域”を一気に砕かれるのだ。

「……6」

 緋雪達三人も、同じように数を減らしていた。
 そして、ついに一グループの神と“天使”だけとなった。

「追い詰めたも同然。……と言いたいけど」

「どうやら、倒れないように“性質”で逃げていたか」

 優輝は同じ“性質”が残らないように、満遍なく数を減らしていたつもりだった。
 だが、実際に残ったのは同じ“性質”の神と“天使”だけだ。
 攻撃ではなく回避や防御だけなら、あの数でも“性質”を使えたのだろう。

「来るか」

 干渉しあわないように純粋な理力で戦っていたが、今はその制限がなくなる。
 いくら世界そのものの“領域”に相殺されているとはいえ、強力には変わりない。

「ッ……!」

「あ、がっ……!?」

 理力の動きを感知した瞬間、オリヴィエとクラウスが潰された。
 空間そのものを圧縮し、それで二人も一緒に圧縮したのだ。

「さっきまでと同じと思うな!」

「くっ……!」

「これは……!」

 優輝と緋雪も無事ではなかった。
 理力の防御と生物兵器としての回復力で耐えたが、物理的ダメージは深刻だ。

「空間ごと圧縮か……なるほど、だから僕らの攻撃から逃れていたのか」

 優輝達を中心に、半径数百メートルに渡る大地が半球状に抉れていた。
 これは、優輝達を中心に球状に空間を圧縮した事による影響だろう。
 そして、そんな空間に関する“性質”なため、優輝達の攻撃から逃れられたのだ。

「“空間の性質”。転移で逃げなくて正解だったな」

「……そっか、遠い方が一方的だもんね」

 先ほどの攻撃は、優輝だけなら範囲外まで転移で逃れる事は出来た。
 しかし、そうしていれば遠距離から一方的に空間圧縮を連打されてしまう。
 どの道、肉薄しなければ倒す事が出来ないのだ。

「僕が引き付ける。緋雪はオリヴィエとクラウスを頼む」

「うん!」

 会話している時間は惜しいため、すぐに行動に移す。
 優輝は転移し、敵陣の中へ。
 敢えて相手の懐に入る事で、大規模な技を使えなくさせるつもりだ。

「なっ!?」

 それだけではない。
 空間を切り離す事で、一切の干渉を受け付けなくする“性質”による障壁。
 それが、まるで存在しないかのように破られたのだ。

「理力を用い、“性質”を使う。もしくは、相応の“意志”を込める。……いかなる“性質”だろうと、そうすれば突破できる“可能性”は、ゼロじゃない」

「ッ……無茶苦茶な!」

 一人の“天使”が理力に呑まれ、別の“天使”が思わずそう叫ぶ。
 つまり、優輝は“意志”を込め、障壁を破れる“可能性”を生み出し、その“可能性”を“性質”を使う事で引き当てたのだ。

「貴様ッ……!」

「今のこの世界に攻めてきた時点で、お前たちにも敗北する“可能性”はある。……後は、その“可能性”を引き寄せればいい」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

 優輝の言葉と共に、数人が爆ぜる。
 地上を見れば、緋雪が“破壊の瞳”を握り潰していた。
 さらに、間髪入れずに魔晶石による砲撃と弾幕が展開された。
 優輝もそれに便乗し、一人の“天使”の“領域”を砕いた。

「つまり、“チェックメイト”だ」

 理力の剣が振るわれ、神が斬り刻まれる。
 同時に、復帰していたオリヴィエとクラウス、そして緋雪が残りの“天使”に仕掛け、渾身の一撃で障壁ごと“領域”を砕いていた。

「“性質”を用いた防御……確かに強力だけど、それが破られるとダイレクトに“領域”にダメージがいくからな」

「だから、あんなにあっさり倒せたんだね」

 終わりは呆気なく、クレーターになった地面に四人は降り立った。

「……もう行くのかい?」

「ああ。僕らはこれからが本番だからな」

「……例え、仮初でも再会できて嬉しかったです」

「私達もだよ。オリヴィエ」

 語りたい事、伝えたい事は沢山あっただろう。
 だが、四人で交える言葉はごく僅かだった。
 ……それだけで、想いは伝わったのだから。

「ご武運を」

「ああ」

 その言葉を最後に、優輝と緋雪は転移してその場を去った。













 
 

 
後書き
“空間の性質”…文字通り空間に干渉できる“性質”。空間と空間を切り離す事で防御できる上、空間断裂で攻撃も出来る、攻防一体の“性質”。


オリヴィエとクラウスはFateにおける近代英霊のように、生前よりもかなり強化されています。特にオリヴィエはベルカにおける信仰のせいで半ば現人神化しています。

“可能性の性質”による“可能性”の操作。TASさんの乱数調整みたいなものです。なお、フレーム単位で待つ必要はない模様(チート)。さすがに無理矢理引き当てる場合は時間がかかりますが。 

 

第267話「神界を穿つ」

 
前書き
所々巻きで行きます。
前哨戦ラストといった所です。
ちなみにですが、司達がいる場所は海鳴市に面する海の上空なため、一応アリシア達の戦場からは離れています。

 

 














『こちらミッドチルダ。サフィアさんとルビアさんが来てからだいぶ安定したよ』

『ベルカも、優輝さん達が一掃したからかなり楽になっとるよ』

「『了解。そっちはもう大丈夫と見ていいかな』」

 各世界からの念話を受け取り、司はそう返事を返す。
 周囲には相変わらず神界の神々がいるが、優奈達に押し留められている。

「くっ……!こんな、格下の相手に……!」

「神界の存在は、確かに規格外よ。それこそ、各神話の主神による権能で、ようやく張り合えるくらいにはね。でも、さすがに慣れたわ」

 司を守っているのは、優奈と祈梨だけではなくなった。
 別の場所で戦っていた椿や葵も戻ってきており、共に司を守っていた。

「概念、空間、事象、状況。“性質”はその“性質”に関するあらゆるものに干渉できる。……つまり、“性質”は“法則を上書きする”という事と同義」

「がはっ!?」

 椿は淡々と分析した事を口にしながら、神力で拘束した“天使”を射抜く。

「本来であれば、自分にとっての“法則”なのだから、ほぼ全ての面で自身に有利になるのでしょうね。でも、理屈がわかれば対処は可能よ」

 神力がうねる。
 すると、“性質”が上手く働かずに、迸った神力に一人の“天使”が貫かれる。

「私達も神の端くれ。自分本位の“法則”だって敷けるわ。……神界の神は“神”であって“神”ではない。正しくその通りね」

 優輝に聞いていた情報は正確だったと、椿は噛み締めるように呟く。
 その背後を一人の神が転移で不意を突く。

「あたし達にとっての神も、似たようなモノとはいえ“法則”の上書きが出来る。……だから、神界の神は“神”と呼ばれているんだよね」

「ッ、ちぃっ……ッ―――!?」

「その通り」

 それを、葵が阻止した。
 防がれた神は舌打ちをして転移しようとするが、その前に首が落とされる。
 神力を用いた鎌鼬で斬り飛ばしたのだ。

「“領域”の削り合い、望む所よ。理解してしまえば、そう簡単に負けないわよ」

 神速の矢が次々と“天使”を射抜く。
 理力の障壁も容易く突き破り、その矢が致命傷となる位置に当たる程、大きく“領域”が削られていく。

「単純な強さで勝てなくても、“意志”は負けないよ?」

 そんな椿を葵は守るように立ち回る。
 肉薄してきた“天使”を弾き、霊術と魔法を伴って弾き飛ばす。
 力や速さでは葵は勝てていないが、それらを“意志”で覆していた。

「……ここに来て、神界の法則を理解するなんてね……さすが椿」

 大規模な攻撃は、優奈と祈梨が阻止していた。
 また、椿の射撃も敵の攻撃を阻止する要因として成り立っている。
 今の状況は、完全に椿達のペースに乗せられていた。

「さぁ、私達の土俵に降りてきなさい。わかりやすく、白兵戦で決着をつけようじゃない。概念や事象の操作なんて、無粋よ」

 不敵に笑う椿に、敵は苦虫を噛み潰したような表情で攻め込む。
 本来なら、“性質”に伴った理不尽な攻撃が椿達を襲うはずだったのだ。
 それが、この世界の法則に引きずり込まれ、こうして物理的な戦闘で決着をつける事しか出来ないようになっていた。

「(……こっちも、余程じゃない限りもう大丈夫だね)」

 そんな様子を見て、司は安心したように目の前の事に意識を向ける。
 そこには、途轍もない程圧縮された、世界全ての“祈り”があった。

「……ジュエルシード……ううん、プリエール・グレーヌがなかったら、制御出来ないねこれは……。アンラ・マンユもそうだけど、世界全ての感情や意志を集束させたモノって、ここまでやばいんだ……」

 現在、司は全てのプリエール・グレーヌと共に淡い光に包まれている。
 天巫女としての力を最大限使いつつ、目の前の“祈り”を制御しているのだ。

「(祈梨さんの方が確実。……でも、人間である私がやるべき……か)」

 世界中の“祈り”を集束させるのは、祈梨にも可能だ。
 むしろ、天巫女として最強である祈梨の方が確実と言える。
 しかし、それではダメだと、優奈と祈梨が却下した。

「(理力を使う祈梨さんだと、神界で待ち構えている神に気づかれるから……だと思ったけど、既にこっちで感づかれている時点で、向こうにも知られるよね)」

 その理由を、司は知らされていない。
 いくつか仮説を考えたが、どれもピンと来なかった。

「(私と祈梨さんの違い。それは、人と神界の神に成り上がった元人間。理力の有無が関係している?それとも―――)」

『司!一人抜けたわ!』

「ッ!」

 優奈の念話に、司は目の前に意識を戻す。
 同時に、肉薄してきた“天使”をノーモーションで吹き飛ばした。
 “祈り”の一端を開放し、理力の障壁ごと弾き飛ばしたのだ。
 それだけで、司は深追いしない。
 後は優奈達が倒してくれるからだ。

「(……そっか、“領域”が違うからだ。祈梨さんは、元人間とはいえもう神界の神。その“性質”を根本から変える事は出来ない。元人間だから例外かもしれないけど、今も人間である私と比べると……)」

 “領域”の違い。それが司が選ばれた理由だった。
 人間の“領域”は不定形であり、だからこそ神界の存在に打ち勝てる。
 そんな人々の“祈り”なのだから、制御するのも人間である司がやるべきだったのだと、司は確信した。

『半分正解よ、司』

「『優奈ちゃん?もしかして今の……』」

『表情を見ていれば、大体何を考えているかわかるわよ。祈梨じゃなく、貴女が選ばれた理由を考えていたのでしょ?』

「『うん』」

『で、答えは“祈り”の“領域”と司……同じ生命の“領域”は相性がいいから、貴女が選ばれた。多分、貴女の推測と同じはずよ』

 その通りだった。
 一部の言葉や内容は違うものの、言っている事の意味合いは司が推測したものと全くと言っていい程同じだった。

「『でも、半分……?』」

『ええ。貴女が選ばれた理由はもう一つあるの。尤も、司自身が拒否するなら、この話はなかった事になるのだけどね』

「『……どういう事?』」

 戦闘を続けながらも、二人の念話による会話は続く。

『祈梨は、貴女を眷属……“天使”へと昇華させるつもりよ。同じ天巫女であり、ここまで神界に深く関わってきたのなら、不可能ではないのよ』

「『“天使”、に……?』」

 今まで、敵としてしか戦ってこなかった“天使”。
 その存在に自分がなれると聞いても、司にはいまいちピンと来なかった。

『まぁ、無理にとは言わない話よ。飽くまで昇華する条件を揃えるというだけだから、さっきも言った通り貴女が嫌なら“天使”になる事はないわ』

「『“天使”になる事の、メリットとデメリットは?』」

『メリットは神界の存在になる事で、今まで以上に戦いやすくなるわ。デメリットは、当然ながら人間ではなくなる事と、“天使”になると言っても馴染ませる必要があるから、半人半“天使”といった状態でこの後戦い続ける事になる、と言った所かしら?』

 後者はともかく、前者の“人間ではなくなる”は、簡単にはスルー出来ない事だ。
 寿命、肉体、精神、魂。あらゆる分野に変化が起こる。
 それが司にとって重大な事になるかどうか、それすらわからない。
 だからこそ、安易に選ぶ事は出来なかった。

『……優輝と、人間のまま添い遂げるかどうかで考えなさい』

「『優輝君と……?』」

『優輝は、どんな結末であれ人間を止めるわ。いえ、もう既に人間を止めていると言っても過言じゃないわね』

「『………』」

 優輝を引き合いに出され、司はさらに悩まされる。

「『……それ、先送りに出来ないかな……?』」

『いいわよ。一度、落ち着いてから考えるべきだもの。今は、目の前の事に集中しなさい。……話を振った私が言うのもなんだけどね』

 一旦、考えるのを止めて司は目の前の事に集中する。
 そうしなければ、悩み過ぎて“祈り”の制御が疎かになるからだ。

「………」

 だが、一度考えてしまえば、思考にちらついてしまう。
 人を止めるかどうか、それに伴う優輝との関係。
 その二つが何度も何度も司の思考に現れる。

『……“何”に悩んでいるのか、一度明らかにした方が目の前の事に集中できるわよ。司、貴女は何に悩んでいるの?』

「(私が、悩んでいる事……)」

 人を止める事……否。
 今は敵として戦っている“天使”になる事……否。
 優輝との関係の変化……否。
 それらの、どれもが違う。
 無関係とまではいかないが、肝心な部分そのものではないと、心が断じる。

「(……そうだ。優輝君と、一緒にいられるか……)」

 人を止める事も、優輝との関係の変化も、それに帰結する。
 前世と違い、女性になってから司は優輝を異性として好きになった。
 だからこそ、一緒にいたいと、そう心から思っていた。
 だが、これからの未来、ずっと一緒にいられるのかと、疑問に思ったのだ。

「(人を止める事も、そんなのおまけでしかなかった)」

 転生や神界での戦いを経験したからこそ、肉体だけが全てではないと理解している。
 その上で、ずっと大好きな優輝と共にいられるのかと、不安になったのだ。
 そこに、人を止めるかどうかなど、関係なかった。
 単に、未来も自分は彼の傍にいられるのかと、漠然とした不安に駆られただけだ。

「(……悩む必要なんてなかったんだ。そんなの、私の“意志”次第なんだから)」

 優輝が好きだからこその不安だった。
 彼が好きだから、こうして悩んでいたのだ。
 司が乗り越えたとはいえ、まだ心の弱い部分があっただけなのだ。
 ……だから、後はそれを克服すればいいだけの話。

『……いい表情になったわね。もう、心配はいらないかしら?』

「『うん。ありがとう優奈ちゃん。気づかせてくれて』」

『さぁ、どうかしら?気づけたのは貴女自身の力よ』

 念話でおどけて見せる優奈だが、司は確信していた。
 わざと、自分がこの心に気づけるように誘導していたのだと。

「……よし」

 “祈り”の制御はそのままに、司は気合を入れ直す。
 同時に、司自身の“祈り”が棘となって周囲の“天使”を貫く。

「天巫女は、祈りを現実にする。……その感情が、正であろうと、負であろうと。だから、自分の感情がコントロールできるなら……!」

 司の制御する“祈り”が厄介なのだろう。
 捨て身で司を倒そうと、“天使”達が突貫してきた。

「ッ!?なっ……!?」

「私への妨害を、拒絶するッ!!」

 その“天使”達を、障壁で完全に阻む。
 単なる祈りの障壁ではなく、拒絶の“意志”を込めた障壁だ。
 負の感情をを利用したその障壁は、攻撃を受け止めるのではなく、弾いた。

「ふっ!」

 さらに、その障壁が攻撃へと転じる。
 まさに圧殺と言わんばかりに、障壁は“天使”を押し出し、潰した。

「無駄だよ」

 別の“天使”が、司に向けて極光を放つ。
 本来であれば優奈辺りが逸らすのだが、今回は敢えて司に任せたらしい。
 そして、司は極光へ手をかざし、空間を歪ませた。

「(……行ける。感情の切り離しが出来れば、さらに戦術の幅が増える……!)」

 不安な感情を利用した事で発生させた空間の歪みは、極光を受け止める。
 そして、その理力を霧散させるように、勢いを削いでしまった。

「……ふふ……」

 ここに来て、司はさらに天巫女として強くなった。
 その喜びを、さらに攻撃へと転じさせる。
 “バチバチ”と、稲妻が走るように“祈り”の力が発現し、“天使”を焦がす。
 司からではなく、優輝達の創造魔法と同じく、突如その場所に発生する類の攻撃なため、“天使”達は軒並み躱す事が出来ずに直撃していた。









「今まででも十分だったけど、さらに一皮むけたわね。……さすがに、羽目を外し過ぎたらフォローしないといけないけど」

「それでも、後輩が成長するのは良いものです」

「まだ“天使”になると決まった訳じゃないわよ。それと、どちらかと言うと子孫と言うべきだと思うけど」

 それを見て、優奈は祈梨とそんな会話をする。
 もちろん、その最中も敵との戦闘は続く。
 数は増減を繰り返しているが、確かに倒してはいる。
 未だに増援は止まらないが、それも時間の問題だ。

『こちらミッドチルダ!敵の数が目に見えて減ってきたよ!』

『ベルカも同じや!多分、優輝さんがゆうてたように、地球……いや、司さん達が集めた“祈り”に戦力を集中させてる!』

 そこへ、なのはとはやてによる通信が入った。
 それ聞き、作戦が次の段階へ移ろうとしているのだと、優奈は確信する。
 目で合図を送り、祈梨もそれに応える。
 まだしばらくは現状維持ではあるが、もう一つ変化が起きれば行動は変わる予定だ。









「ッ!ちぃっ……!」

「剣と魔力の矢……優輝と緋雪ね!」

「理力の奴もあるよ!」

 戦闘を続ける“天使”達に、攻撃が降り注ぐ。
 意識外だったのもあってか、一部の“天使”は直撃していた。

「ルフィナとミエラも来た……という事は、次の段階へ移るのね」

 優輝と緋雪、そしてルフィナとミエラ。
 各自の戦闘を終え、様々な世界で敵を倒してきた四人が地球へと帰還してきた。
 傍らには、消耗しているものの戦える程度には回復した天廻やズィズィミ姉妹もおり、スフェラ姉妹以外の神界勢+αは集合したという事になる。

「『アリシア、聞こえる?こっちの戦闘は見えていたかしら?』」

『見えていたよ。私達もそっちに行く感じ?』

「『そっちの敵がこっちに来ているならね』」

『了解。アリサとすずかにも伝えておくね』

 椿が伝心でアリシアに連絡を取りつつ、目線で葵に合図を送る。
 葵はその合図に頷く事で答え、自身の周囲にレイピアを生成する。

『反撃開始だ!』

 優輝の号令が念話によって響き渡る。
 直後、全員の動きが変わる。
 即ち、“現状維持”から“殲滅”へと。

「なっ……!?こいつら、急に動きが……!?」

 その動きの変化に、敵も驚愕していた。
 何せ、司の護衛をかなぐり捨てたかのような攻勢だったからだ。

「厄介な……だが!」

 そうなれば、是が非でも司へと攻め入る者が現れる。

「無駄だよ!」

 だが、司もそれを読んでおり、“祈り”の制御をしつつ、自身の“祈り”で肉薄してきた“天使”を漏らさず叩き落していた。

『集まった敵は全滅させろ!出来るだけ逃がさないつもりだが、無暗に追う必要もない。とにかく、この周囲一帯を安全にするまで倒し尽くせ!』

 各々が、敵に攻撃を与えていく。
 ここで敵との戦闘経験による“差”が生まれた。
 元々想定したいたのもあるが、優輝達は苛烈且つ、連携を取って動いている。
 だが、“天使”達はどう動くのが正解なのか戸惑い、陣形を保てていなかった。

「がっ!?」

「俺以上に上手く戦えないとはな……!」

 空中にいる“天使”の一人が、背後から頭を蹴り飛ばされる。

「本来、“性質”で関わっていない限り神界では戦いと無縁ですからね……。かつての戦いから、戦闘技術を磨く神もいましたが、どの道洗脳されていれば……」

「その力も十全に発揮できないって訳だね……なるほど」

 見れば、敵の数が増えていたが帝やスフェラ姉妹、なのは達も来ていた。
 はやて達やアリシア達も集合しており、優輝達のほぼ全ての勢力が終結していた。

「前哨戦ラスト……!張り切っていくよ!」

「あんた達が洗脳されていようと、関係ないわ。全員、ぶった切る!」

 各々の世界の英雄や神々、現地人に後を任せ、ここに集まっていた。
 全ては想定していた戦略通り。
 地の利を生かし、一気に殲滅していく。
 尤も、敵も一人一人が強敵なため、倒すにも時間はかかる。
 だからこそ、戦力を集中させたのだ。

「最初に力尽きた分、挽回させてもらおうかの」

「私達も、姉妹としての強さを見せてやろうじゃないか」

「はいっ!」

 天廻達も参戦し、戸惑う者から倒されていく。
 まさに一転攻勢。その様は、“流れ”となって敵の“意志”を挫く。

「なぜ……なぜ、ここまで足掻ける!?」

 優輝達が“意志”を挫けるその“可能性”を排除しているとは知らない神々は、その勢いにさらに気圧され、さらに優輝達が優勢となる。







「が、ぁ……!」

「これで……安全は確保できたかな」

 しばらくすれば、大量にいた敵は一掃されていた。
 途中から、とこよや紫陽なども参戦した事で、さらに殲滅に拍車がかかっていた。
 あれほど苦戦した神界の神が、いくら完全有利な状況に持ち込んだとはいえ、ここまで優勢なまま倒し切れたのは司達にとっても驚きだ。

「これで司が用意したアレが……っ!?」

「す、凄い……あれが、この世界全ての“祈り”なの……!?」

 アリシアやなのはが、改めて司が制御する“祈り”を見る。
 そこには、眩いとすら思える程の輝きを持つ巨大な光球があった。
 七色に常に色を変える光球は、確かに巨大だが、その状態の上でかなり圧縮されていると、一目でわかってしまうほどだ。

「皆、お願い!」

 司が大声で周囲に呼びかける。
 ここまでで、集めた“祈り”は飽くまで戦っていない者の“祈り”だ。
 実際は、召喚された英雄達や、一部の現地人の“祈り”もあったが、優輝達主要メンバーだけはまだ“祈り”を捧げていなかった。

「ッ……!」

 そして、彼ら彼女らの“祈り”は、一人一人がかなりの強さを持つ。
 これまで、何度も神界の神達と戦ってきた。
 その“意志”から放たれる“祈り”は、当然並大抵の人とは比べ物にならない。

「これで……後は……!」

 さらに一際大きくなった光球が、脈動を繰り返す。
 その様は、なのはが放つ前のSLBのようだ。

「装、填………!」

 重いものを持ち上げるかのような司の声と共に、魔法陣が展開される。
 その位置はちょうど光球の真下だ。
 司もその魔法陣のさらに下に転移し、シュラインを魔法陣にかざす。

「―――誓いをここに。我が祈りは無限に続き、夢幻に届く……!」

 光球の周囲に、プリエール・グレーヌが囲うように展開される。
 直後、司の詠唱が始まる。

(あまね)く全ての祈りを束ね、今こそ世界を穿つ!」

 詠唱と共に、光球はさらに圧縮され、小さくなっていく。
 敵が見れば、いち早く止めなければならない程の“祈り”だ。
 だからこそ、神界の神々は司を狙っていた。
 だが、今この周囲に敵はいない。
 司の詠唱を止める者など、誰もいなかった。

「束ねられた想いよ、(うつつ)となれ!!“この世全ての祈り(ラ・プリエール・デ・エスポワール)”!!」

 極限まで圧縮された“祈り”が、解き放たれる。
 それは、一筋の極光となって、天へと伸びていく。
 標的は空……ではない。

「行っけぇええええええええええっ!!!」

 虚空に浮かぶ、神界への入り口。
 そこへ、極光は吸い込まれるように命中した。

「“祈り”。それはつまり“意志”の一種だ。僕らによって昇華されたその“祈り”は、確実に神界にも届く。今までの戦闘からわかるように、“領域”すら砕く事も可能だ」

「その“祈り”を以って、神界を穿つ。これが、作戦の第一段階の要だ」

 極光は入り口から突き進み、待機していたイリスの軍勢を呑み込んでいた。
 司一人の“祈り”では、その軍勢も倒せて数人だっただろう。
 だが、叩き込まれたのは全世界の“祈り”。
 まともに食らえば、イリスすら倒す事が可能な一撃だ。

「誘いこみ、数をある程度減らした直後に、一気にカウンターの一撃を叩き込む。これで、僕らが突入するための前準備は完了だ」

「後は、突入するだけよ。……準備はいい?」

 優奈の呼びかけに、突入する全員が頷く。
 疲労なども今はない。あれほどの戦闘をしておきながら、既に回復していた。

「行くぞ!」

 優輝の号令と共に、突入組は上空にある虚空へと飛び込んでいく。
 それを見送る居残り組は、ひと段落ついたように肩の力を抜く。

「―――さぁ、向こうもこっちも、ここからが本番よ」

 そして、代表するように椿がそう言って、矢を射る。
 向かう先には、優輝達を追おうとしていた“天使”の一人がいた。

「私達は、この世界に来た敵を一人たりとも通させない。その役目を全うするわよ!構え直しなさい、こちらの土俵に踏み込んだ敵を、一人残らず倒すのよ!」

 霊力や魔力が迸る。
 残った者は、その土地や世界由来の力を存分に発揮するため。
 そして、突入した者達の帰る場所を守るため、この世界に残った。
 その覚悟は、イリスを倒そうと突入した者達の“意志”に決して劣らない。

「私達で守るのよ。この世界を!!」

 イリス攻略作戦。その第一段階、最終事項。
 神界から来た敵を、神界に帰さないように押し留める。
 それが、決行された。

















 
 

 
後書き
この世全ての祈り(ラ・プリエール・デ・エスポワール)…文字通り、この世全ての祈りを束ねて発動する天巫女の魔法(を超えた代物)。フランス語で“希望の祈り”。今回は神界を穿つ極光だったが、祈りの内容によっては、世界全てを癒すといった、可変型の技。


イリスが待ち構える場所までは届かないとはいえ、司が放った一撃はガチで本体のイリスを倒せます。最低でも大ダメージを与える程強力でした。
ちなみに、この一撃でイリスの軍勢だけでなく、イリスの分霊や“天使”もほとんど殲滅してしまいました。 

 

第268話「本番開始」

 
前書き
神界突入組Sideです。
 

 












「っ………!」

 神界に突入した者の内、ほとんどが神妙な表情をしていた。
 何せ、神界に来るのは二回目だ。
 そして、一回目は無残な敗退を余儀なくされた。
 それで何も思わない訳がない。

「ほぼ短期決戦だ。後続の敵が来る前に、一気に突っ走る」

 優輝がそう言って、神界の奥……イリスがいるであろう方角を睨む。

「では、我らはここに留まる」

「アインス、皆を頼んだで」

 ここまでついてきたディアーチェ達マテリアル三人と、はやてとリインを除いた八神家がそこで立ち止まる。
 他にも、光輝や優香など、元々ここに留まる者は立ち止まっていた。

「父さん、母さん」

「ここは頼んだよ」

「任せろ」

「貴方達が戻ってくるまで、私達がここを守るわ」

 優輝と緋雪の言葉に両親の二人は頷く。

「皆に託す。勝って、無事に帰ってくるんだ」

「僕らは僕らで守り抜いて見せるよ」

 クロノとユーノがそう宣言し、なのは達も信頼して頷き返した。

「行こう」

 元々決めていた人選だ。
 会話も短く切り上げ、優輝達は先へと足を進めた。











「行ったな」

「ああ。後は作戦通り、私達がここを守るだけだ」

 優輝達を見送り、残った者はそれぞれ束の間の休息を取る。
 司の一撃でしばらく敵は来ない。
 加え、優輝達が進行方向にいる敵を倒すか足止めする手筈だ。
 そもそも神界側の出入り口は敵にとってそこまで重要ではない。
 そのため、敵が来るまで確実に時間があった。

「とは言っても、ここからが本番だよ」

「ああ。さっきまでは、こちらが圧倒的に有利だった。けど、ここからは相手も“性質”をふんだんに使ってくる。……最初にここに来た時のように、一筋縄じゃいかない」

 ユーノとクロノが精神的疲労を解消しながら呟く。

「なんだ、怖気づいたか?執務官」

「いいや、再確認しただけだ。あの時はまだ神界は未知ばかりだった。でも、今はある程度理解が出来る。……人は未知を恐れるからな。そうでないのならば、何とかなる」

「何もわかっていなかった一度目ですら、その気になれば戦えた。なら、あの時より戦える僕らなら、負けないよ」

 ディアーチェの軽口に、二人は“否”と答える。
 当然だ。既に、ここにいる全員は覚悟を決めている。

「あーあ、ボクもオリジナルについて行きたかったのになぁ」

「ダメですよレヴィ。今は我が侭を言う時ではありません」

「わかってるよシュテるん。ボクだって、どうするべきかは良くわかってる」

 シュテルとレヴィがそんな会話をしているのを余所に、ディアーチェがアインスとシャマル、ユーノに話しかける。

「今の内に我らの陣地を作っておくぞ」

「陣地……そうか、“領域”ともなれば、私達にとって有利な場所にするだけでも、効果が見られる訳だな?」

「でも、生半可な強度だとあっさり壊されるんじゃ……?」

 ここまで戦ってきただけあって、神界に対する言外の意図も汲み取れる。
 だが、それでも強度が足りないとシャマルが言う。

「たわけ。普通に陣地を作った所で壊される事ぐらい、我とて想定しておる」

「……僕らの世界と同じ事をするんだね?」

「その通り」

 理解した様子で言うユーノに、ディアーチェは不敵に笑う。

「ズィズィミ姉妹や、天巫女はその精神を世界そのものに同調させる事で防御や強化を行っていた。……さすがの我も、世界そのものと同調などは出来ぬ。だが、この場に作る結界……陣地程度ならば、貴様らでも可能であろう?」

「なるほど……それならば術者の“意志”が折れない限り、私達に有利な状況に持ち込めると言う訳か。……して、その魔法は?」

「む?そんなのある訳なかろう?」

 “何を言っておるのだ?”と言わんばかりに返すディアーチェに、尋ねたアインスはしばし言葉を失った。

「そんなお誂え向きな魔法などない。そも、貴様もそんな魔法を知らないのであろう?であれば、予め専用の術式を組み立て、新たな魔法として創るしかあるまい」

「そ、それはそうだが……では、どうするのだ?」

 当然ながら、そのための魔法などディアーチェは創っていない。

「今まで、敵は散々理論や理屈を無視してきたであろう。なればこそ、我らもその理屈を無視し、今この場で“領域”を創り出せばよい事よ」

「……無茶苦茶な」

「でも、その方が効果はあると推測できるんだよね……」

 理屈、理論を無視した魔法の創造。
 机上の空論どころか、妄想として一蹴されるような案だ。
 しかし、この場においては、不可能とは言えない。

「基礎の結界はそのままに、そこに“意志”を上乗せする。それによる仮の“領域”展開で……敵を迎え撃つ。覚悟はよいか?我は出来ておる」

「僕も行けるよ。ここまで来たなら、とことんやってやる」

「……無粋な問いだな。無論、出来ている」

「はやてちゃんに任されたのだもの。これぐらいはやって見せないとね」

 そういうや否や、四人で結界魔法を展開する。
 本来であれば、四人がかりの結界なため、十分な強度だと言える。
 しかし、神界では物足りない。
 そこで、四人で“意志”を上乗せする。

「我らの“意志”を束ね、“領域”と成せ!」

「神すら通さない結界をここに!」

「「顕現せよ!!」」

   ―――“καταφύγιο(カタフィギオ)

 詠唱の必要はない。これは、四人の意志表示だ。
 その“意志”が結界に同調し、仮の“領域”と化す。
 そこに理屈や理論はなく、ただ“意志”のみでその効果を発現させた。
 それは、最早事象の創造だ。

「我や黒羽共が個々で展開した所で、さすがに複数の神に勝てるなど到底思っておらぬ。だが、我らの“意志”を束ねれば、その限りではないであろう」

「……それなら、あたしらも一緒にやった方がいいんじゃねーのか?」

 四人の様子を、戦闘準備しながらも見ていたヴィータがついそう呟く。

「たわけ。四人に絞ったのは我らが飽くまで後方支援だからだ。前衛で直接戦う者にさらに負担は課せぬ。貴様らは、ただ目の前の敵を倒す事に集中すればよい」

「要は役割分担よヴィータちゃん」

「……わかった。最後の砦を任せるって訳だな。攻撃はあたしらが中心って事か」

 ヴィータもベルカの騎士だ。
 何が重要で、何をすべきかなどはすぐに理解できた。
 周りも、それぞれどう立ち回るかを改めて考え、戦闘準備を終わらせる。

「さて、出来る限りの術式は仕込んだが……これの内、どれくらいがまともに機能してくれるやら……」

「半分機能すれば上場だろうな。奴らの殲滅力を前に、ただの魔法術式程度では気休めにしかならないだろう」

「……だろうね。ディアーチェ達の結界と違って、全部に“意志”は乗せられない。シグナムの言う通り、半分残れば良い方……か」

 仮の“領域”と化した空間内には、夥しい程の魔法術式が刻まれていた。
 しかし、そのどれもが普通の魔法によるものだ。
 いざ戦闘が始まれば、ほとんどの術式が発動する前に消し飛ぶだろう。
 クロノもそれをわかってはいたが、ないよりはマシだと判断し、仕込んでいた。

「なまじ、術式ばかり仕込むよりも“意志”の再確認の方がいいかもな」

「……そうね。私達の場合、それもいいかも」

 光輝と優香も、それぞれ自身の“意志”を再度固める。
 割り振られた役割を全うするため。
 そして、自分達の子供が、ちゃんと帰ってこられるようにするために。

「結局は、そこに集約されるな」

「変に複雑に準備するよりわかりやすいよ」

「……そうだな」

 時間は緩やかに過ぎていく。
 しかし、神界では単純な時間は度外視される。

 ―――つまり







「ッ、ザフィーラ!!」

「承知!!」

 神界の奥から、極光が迸る。
 遠距離からの理力の攻撃だ。
 それを防ぎに出たのは、盾の守護獣たるザフィーラだ。
 
「ぉおおおおおっ!!」

 障壁を展開しつつ、全力の身体強化と共に極光を殴りつける。
 “意志”で強さが左右される今、“盾の守護獣”を自負するザフィーラは、それこそ全ての戦闘行動が“盾”として作用する。

「ッッ……むんッ!!」

 その作用により、殴りつけるだけで防御と相殺を兼ねる事が出来る。
 “意志”と相まって、単純な出力差を埋めるが―――足りない。
 故に、さらに一歩踏み込み、第二撃を叩き込んだ。

「ふぅぅぅぅぅ………!!」

 極光は打ち払われ、ザフィーラは残心と共に息を吐く。
 そんなザフィーラに襲い掛かる影、その数三つ。

()った……ッ!?」

「読み通りだ」

「させないよ」

 転移と共に、“天使”が“性質”を振るって攻撃しようとしていた。
 しかし、すかさずシグナムとレヴィが割り込んだ。
 その“天使”は“切断の性質”を持ち、あらゆる防御すら切断してしまう。
 だが、側面からの攻撃にはその“性質”が作用されず、攻撃は弾かれた。

「疾うに、五体満足で攻撃を防げるなど、毛頭思ってないッ……!」

「ぎ、貴様……!?」

 残りの一人は、ザフィーラが左肩から先を犠牲に右手で首を掴んでいた。
 さらに、“鋼の軛”で全身を串刺しにし、少しでも拘束していた。

「がっ!?」

「ご……!?」

 直後、敵に攻撃をされる前に、“意志”の籠った攻撃が“天使”を襲う。
 シグナムが割り込んだ方の“天使”には、光輝と優香の魔力の一撃が。
 レヴィの方には、シュテルとクロノによる魔力弾が。
 そして、ザフィーラの方は―――

「吹ッ飛べ!!!」

 ヴィータがグラーフアイゼンによって頭を遥か遠くへと吹き飛ばしていた。

「術式起動!」

「まさか、早速使えるとはね!」

 間髪は入れない。
 すぐさま用意していた術式の三割を起動。
 残っている“天使”二名を滅多打ちにする。

「はぁあああっ!!」

「せぇいっ!!」

 そこへ、追撃。
 “意志”を込め、確実に“領域”を削る。
 ここまでの戦いで神界の者との戦闘にも慣れていた。
 反撃を許さず滅多打ちにすれば―――この通り。

「消えた……倒したぞ!」

「こちらもだ!」

 絵面としては、誘い込んでのリンチだろう。
 だが、そのおかげであっさりと“天使”二名を撃破した。
 残った一名も、戻ってきた時には体勢を立て直していたため……

「ば、馬鹿な……!?」

 二人の二の舞となり、倒された。

「ッ、来る!!」

 しかし、それだけで終わりではない。
 遠くから極光を放った者、或いは先ほどの“天使”の主が残っている。

「ぉおおおおおおっ!!」

 再び迫る極光を、ザフィーラがまたもや防ぐ。
 だが、今は片腕を失っている。“意志”で生やすにも、初手は先ほどよりも弱くなるのは当然だった。

「っ、助かる!」

 そこで、ユーノとアインスが援護する。
 障壁及び支援魔法がザフィーラに掛けられ、片腕分の時間を稼ぐ。

「見えたか、シャマル」

「ええ!捉えたわ!」

 その間に、シャマルが敵を捉えた。
 クラールヴィントを使った“旅の鏡”によって、遠くの神を見つけていた。

「ならば、仔細なし」

   ―――“Sturmfalken(シュツルムファルケン)

 そんな“旅の鏡”へ、シグナムが矢を叩き込んだ。
 本来、“旅の鏡”は空間同士を繋げる訳ではない。
 飽くまで、転移魔法の一種だ。
 対象の場所へ送り出すモノと違い、取り寄せるための転移魔法。
 それが“旅の鏡”で、こちらからは小規模……それこそ、シャマルの手や魔力弾数個ぐらいしか飛ばせないはずだ。

「(しかし、それを可能にするのが神界(ここ)だ)」

 シャマルはここに来て“旅の鏡”をアレンジしていた。
 それこそ、神界限定だが空間同士を繋げていたのだ。
 だからこそ、シグナムはそのまま矢を放ったのだ。

「来るぞ。シュテル!」

「わかっていますよ」

 空間同士を繋げたのならば、向こうも気づいている。
 さらに、シグナムの攻撃が叩き込まれたため、確実に反撃が来る。
 ……それがどこから来るのか、ディアーチェは予測していた。

「なッ―――!?」

「読み通りだ。蛮神!!」

「奔れ赤星、全てを焼き消す焔と変われ……!」

   ―――“Luciferion Breaker(ルシフェリオンブレイカー)

 現れる場所。それは即ち、シャマルが“旅の鏡”を使った場所だ。
 既に術式を破棄していようと、空間を繋げた事実は残る。
 その名残から敵は転移していたが……そこへ、シュテルの集束砲撃が決まった。

「っづ……!くっ!」

「でぇりゃああああああっ!!」

 シュテルの攻撃を耐え抜いた所へ、レヴィが斬りかかる。
 それを障壁で防がれ……ヴィータが、それごと叩き潰した。

「邪魔だ!」

「がっ……!?」

 直後、ヴィータが微塵に斬り刻まれた。
 “切断の性質”によって斬られたのだ。

「なに……!?」

「へ、へ……逃がさねぇってな……!」

 本来ならば即死……だが、それでは終わらない。
 ヴィータが“意志”により、手から頭までのみを再生させた。
 そして、そのまま神を羽交い絞めにする。

「ごっ!?」

「ヴォルケンリッターを……嘗めるなよ……!」

 間髪入れずにザフィーラが渾身の拳を顔面に叩き込む。
 さらにシグナムが斬り、アインスの魔法が神を打ちのめす。

「あたしだって、伊達に騎士やってねぇよ!!」

 体術でヴィータはその神を地面に倒し、喉を全力で踏み込んだ。
 斬り刻まれた体も、“意志”で既に復元していた。

「縛れ……“鋼の軛”!!」

「戒めの鎖よ!」

 そして、ザフィーラが拘束魔法で神を串刺しにし、ヴィータが飛び退いた。
 加え、ユーノも拘束に参戦し、より身動きを取れなくしていた。

「お、のれ……!」

「滅せよ!!」

 刹那、待機していた全員が砲撃魔法を放ち、神を呑み込んだ。
 以前なら、これでも倒し切れなかっただろう。
 だが、神界の神との戦いに慣れ、限定的とはいえ有利な“領域”を作り出している今ならば、それで倒し切る事も可能だった。

「まだだ!!」

「ぬぅ……!」

 しかし、神は耐えた……否、切り裂いた。
 “切断の性質”を利用し、攻撃を凌いだのだ。

「断ち切れ!!」

「ッッ!!」

 “性質”を伴った理力が迸り、全員が斬り飛ばされた。
 防御も無意味で、誰もが攻撃を食らった。

「っ……!」

「足掻くな!」

 唯一、片腕だけに被害を抑え、回避したレヴィが斬りかかる。
 だが、障壁にあっさりと防がれ、バルフィニカスごと再度斬り飛ばされた。

「ッ!?」

「足元注意だ……!」

 その隙を生かし、いち早く復帰したシグナムがシュランゲフォルムに変えたレヴァンテインを神の足に巻き付け、体勢を崩させる。

「ぉおおおッ!!」

 間髪入れず光輝がデバイスを胸に突き刺し、地面に縫い付ける。
 さらに、優香が追いすがるように杖を神の顔面に突きつけ……

「打ち上げよ!」

   ―――“Atomic Explosion(アトミックエクスプロージョン)

 魔法陣を展開。強力な魔法で仕留めようと掛かる。

「無駄だ!」

 だが、デバイスに魔力を集束させた瞬間、斬り飛ばされた。

「……掛かったわね」

「ッ……ぁ……!?」

 ……尤も、優香もそれは想定していた。
 デバイスに魔力を集束させたのはブラフ。
 魔法の発動起点は、デバイスではなく神の背後……地面だ。
 対処を間違い反応が遅れた神は、魔力の爆発をまともに食らった。

「行け、“スティンガースナイプ”!!」

 攻撃で打ち上げられた所を、クロノが狙い撃つ。
 一発で複数の対象を倒す誘導弾、それを五つ。
 本来ならば出来ない程のコントロールで、巧みにそれを操る。
 さらには、一発一発に圧縮した魔力はクロノの全魔力分だ。
 貫通力、威力共に並外れている。

「(砲撃魔法だと容易く切り裂かれる。だからこそ、誘導弾で射貫く!!)」

 四肢を、頭を、体を、次々と貫通させる。
 神も何度か“切断の性質”で魔力弾を打ち消そうとするが、他の者による牽制や、クロノの操作でそれは叶わずにいた。

「……ミッドチルダでは、ここまで身体欠損はなかったんだけどね……!」

「“性質”の相殺が減っているためか。……“意志”で再生できるとはいえ、こうも容易くやられるとはな……」

 斬り刻まれた体は、既に再生している。
 尤も、斬られた部分は“意志”による光に包まれており、まだ再生途中だ。
 五体満足な力は発揮できない。

「けど、だからって負ける訳じゃねぇ」

「ヴィータちゃんの言う通りよ」

 それでも、“意志”は健在だ。
 そう言わんばかりに、未だ倒せずにいる神に攻撃を仕向ける。
 射撃魔法、砲撃魔法、広範囲殲滅魔法、拘束魔法に結界魔法。
 あらゆる魔法が飛び、神を打ちのめす。
 例えあらゆるものが“切断”されようと、その度に攻撃を放つ。
 防御は元より無意味と断じ、回避が最小限のダメージに抑え、ただただ攻撃する。
 全ては、相手の“領域”を削るために。







「……終わったか」

 かくして、ようやく神は倒された。
 一度仕留め損なったものの、“領域”は削れていた。
 ならば、反撃に出られても倒すのにそこまで時間はかからなかった。

「思いの外、苦戦せずに済んだか」

「戦闘中は苦戦どころではなかったけどねー」

 あっけらかんと感想を述べるレヴィ。
 しかし、勝ってしまえば疲労含め回復できるのが神界だ。
 勝てるのならば、それだけで十分と言える。

「……思ったより数が少なかったな」

「大半は司によって殲滅されている。残りも先に進んだ者達が請け負うから、必然的にこちらに来るのはそれらから漏れた者になる。……少ないのも当然だ」

 ヴィータの呟きに、アインスが答える。
 敵の数は、確かに今までに比べて僅かだ。
 先ほどのも、一人の神とその眷属しかいなかった。
 イリスの軍勢が攻めてきた入り口の割には、確かに数が少ない。

「尤も、それも最初だけであろう。戦っている内に、敵の数も増える」

「そうですね。このインターバルも、いつまであるやら」

 時間の概念も曖昧な神界だと、その内絶え間なく敵が来る事になる。
 それも、確実にディアーチェ達の“意志”を折るために。

「つまる所―――」

「第二陣!!来るぞ!!」

「ぉおおおおおおおっ!!」

 ディアーチェの言葉を遮るように、クロノの声が響く。
 同時に、ザフィーラが再び攻撃を防いでいた。

「―――本番は、ここからという訳だ」

 多数の魔法陣を展開させながら、ディアーチェは不敵に笑い、敵を睨んだ。
 釣られるようにシュテルとレヴィも笑い、各々の武器を握り直した。

「来い!イリスの尖兵どもよ!我らの世界へは、何人たりとも通さぬ!」

 刹那、転移してきた“天使”の一人が、ディアーチェに肉薄する。
 首元への理力の一閃。不意打ちに近いその一撃は、回避できず……

「遅いぞ、塵芥」

「ッ……!?」

「加え、周りも見えておらぬ」

 命中する前に、バインドによって止められていた。
 さらに、それを予期していたのか、レヴィが“天使”を切り裂く。
 加え、シュテルとディアーチェが展開した魔力弾が命中する。

「人間に負けるはずがないという驕り。それが貴様の敗因よ」

「ぁ、ぐ……!?」

 悲鳴すら上げさせないとばかりに、魔力弾とレヴィの斬撃が“天使”を襲う。
 “性質”も、僅かばかりにディアーチェ達の結界によって相殺されているからか、発動前に潰されていた。

「はぁっ!!」

「ぶっ潰れろ!!」

 ディアーチェ達以外も、各々“天使”や神を相手に戦っていた。
 どれもが一歩間違えれば敗北必至な相手だが、それと互角に戦い、追い詰める。
 間違いなく、ディアーチェ達の“意志”が敵を上回っていた。

「通らない……!?」

「通さないよ……!」

 本来ならば防ぎようのない攻撃。
 それを、“意志”によって相殺に持ち込む。
 不退転の覚悟を決めたその“意志”ならば、圧倒的地力の差を覆せる。
 意識せずとも、そんな“意志”を、全員が発揮していた。

「ぐ、ぉおっ!!」

「ただの、人間に……!」

 そうなれば、最早負ける道理はなかった。
 慢心は元からなく、油断もしない。
 どんなに勝ち目が薄くとも、その“意志”が負ける事を許さない。
 故に、どれほど苦戦しても、最後には敵を倒す事が出来る。

「……次!!」

 ボロボロになりながらも、クロノが次の相手を探す。
 イリス攻略作戦における戦闘。その本番は、ここからだと言わんばかりに。
 後を、優輝達に託すために、戦い続ける。













 
 

 
後書き
καταφύγιο(カタフィギオ)…“聖域”。四人による結界に“意志”を上乗せし、仮の“領域”として成り立たせる結界魔法。四人の“意志”が強靭な程、その結界の硬度も増す。

“切断の性質”…文字通り、様々なものを切断できる。空間や概念なども切断できるが、戦闘において切断が関わらない行動は不得手となっている。

Luciferion Breaker(ルシフェリオンブレイカー)…なのはBoA参照。GODでは頭に“真”が付くが、本編でBoAがなかったのでそのまま。なお、威力等はなのはに影響されてか原作より強い。

Atomic Explosion(アトミックエクスプロージョン)…指向性を持たせる事の出来る広範囲殲滅魔法。指向性があれば、砲撃魔法のようにも扱える。


イリスへと向かうのは優輝、優奈、緋雪、司、奏、帝、神夜、葵、ユーリ、サーラ、なのは、フェイト、はやて、アリシア、アリサ、すずか、ミエラ、ルフィナ、天廻、スフェラ姉妹、ズィズィミ姉妹の計23人です。
神界の入り口に残ったのは本編の地の文に書いたメンツで、他は居残り組です。
実は、神界の入り口に残った組は、居残りや突撃組に比べて敵の数が少なく済んだりします。元の世界に残っている神は居残り組が止めますし、神界も司の一撃と突撃組がある程度請け負うため、必然的に数が少なくなります。
なので、振り分けた人数もここが一番少ないです。 

 

第269話「ただ突き進む」

 
前書き
優輝side。
時系列的には終盤も終盤です。
なお、話数的にはキャラ事に分割するので、最終話には程遠いですが。
 

 










「邪魔だ!!」

 目の前に迫る神とその“天使”に対し、優輝達が極光で薙ぎ払う。
 倒すとまではいかないが、突破するには十分だ。

「シッ!」

 撃ち漏らした者も、導王流を叩き込み、後方へと吹き飛ばす。
 決して足を止めずに、ただただ突き進んでいた。

「さすがに数が多いねぇ……!優ちゃん、どうするの!?」

「どこかでまとめて足止めする!ただ、その役目を担うのは……」

「儂らじゃな」

 ただ突貫するだけで、倒した訳じゃない。
 そのため、追手はますます増えていく。
 どこかでその追手をどうにかしない限り、イリスと正面切って戦えない。
 そのため、天廻達神界の神達がそれを請け負う事に決めていた。

「最低でも僕を、余裕があれば複数人でイリスと戦うつもりだ。……それ以外は、全員足止めの役を担う。わかってるな?」

「当然だよお兄ちゃん」

「うん。それに、私達の相手は……」

「もう、決まっている」

 優輝の言葉に、緋雪、司、奏が返事する。
 そして、その間にも追手は増え、そろそろ無視しきれなくなってくる。

「ソレラ!」

「はい!」

 それを見計らったように、ズィズィミ姉妹が集団から離脱する。
 まずは、二人で追手を阻むつもりだ。

「振り返る必要はない!行くぞ!」

 元々、囮にする作戦だ。
 予定通りだとばかりに、優輝達は振り返る事もなく突き進む。
 ただし、信頼の証とばかりに掲げるようにサムズアップをしながら。







「ッ!優輝さん……!」

「……堅いな」

 しばらく進むと、巨大な障壁に進行を阻まれた。
 一撃では破壊できなかった事に優輝は冷静に対処する。

「尤も、これだけ巨大なら、一点突破に弱い」

 二撃目が放たれ、障壁に穴が開く。
 そこから進めばいいのだが、そこで奏が立ち止まった。

「奏、勝ってこい」

「ええ……!」

 立ち塞がった神と“天使”に対し、分身で増えた奏が斬りかかる。
 これにより、優輝達は妨害されずに先に進む事が出来た。

「貴方の相手は、私よ」

「性懲りもなく、俺と戦うか」

「今度は、負けない……!」

 その神は“防ぐ性質”を持つ。
 以前神界に来た際に、奏が敗北した神だ。
 しかも、今度は眷属の“天使”もいる。
 間違いなく、以前よりも攻撃が通じにくくなっているだろう。

「なるほど、確かに以前よりも強くなっている。……だが」

「ッ……!」

 攻撃が止められ、奏は飛び退く。
 分身も一度戻し、改めて対峙する。

「どうあっても、お前の攻撃は通じない」

「……それでも、私の役割は果たしたわ」

 奏の目的はリベンジだ。
 だが、役割自体は飽くまで足止め。
 それさえこなしていれば、後は野となれ山となれだ。
 ……故に、奏に一切の焦りはない。

「後は、私が勝つだけよ……!」

「思い上がるなよ、人間……!」

 そして、再び奏は刃を障壁へと叩きつけた。









「……!」

 飛び退き、飛び退き、攻撃を躱す。
 即座に足場を展開し、それを蹴って突き進む。
 奏を囮にした後、再び優輝達は立ち塞がる神を無視して進んでいた。

「また数が溜まってきた……!」

「それだけじゃありません!」

「ッ!!」

 祈梨の声と共に、葵が前に出てレイピアを振るう。
 直後、レイピアを犠牲に理力の斬撃を相殺した。

「(“早い”……!)」

「逃さんぞ」

 追いついてきたその神は、あまりにも“早すぎた”。
 神だけではない。その眷属の“天使”も、また“早い”。

「ちっ……!」

「遅い」

 優輝と優奈が創造魔法を使おうとするが、先手を打たれる。
 創造魔法の発生箇所に理力を置かれ、相殺されてしまう。

「甘いっ!」

 しかし、二人も負けてはいない。
 相殺後に肉薄してきた“天使”を、後の先……カウンターで吹き飛ばす。

「足止めを食らう……司!!」

「わかってる!……でも、引き離せない!」

 動きが“早い”ため、司が引き付けようにもそうはいかないのだ。
 そして、悠長にそんな事をしていれば、他の敵に追いつかれる。

「天廻様!」

「わかっておる!」

 そこで、祈梨が動いた。
 天廻に声を掛け、空間を“廻す”。
 先手を取られようと、空間そのものを“廻す”事で、僅かに一手遅らせる。

「対象指定……ご武運を、司さん!」

 そして、祈梨が間髪入れずに“祈り”で司とその神達を転移させた。

「でも、追いつかれたよ!」

 緋雪が“破壊の瞳”で追手の攻撃を相殺しつつ、そう叫ぶ。
 結局、間に合わずに追いつかれてしまった。
 しかし、祈梨がそのまま追手に向かっていく。

「ここは私が受け持ちます!」

「……わかった。行くぞ、皆!」

 一つ一つの判断が命取りだ。
 決して間違わず、即座に決めなくてはならない。
 この場合の間違いは、下手に足踏みをする事。
 足止めする仲間を信じて、優輝達はさらに前へと突き進んだ。





「さて、ここから先には通しませんよ」

 残った祈梨がそう宣言し、同時に障壁が彼女の背後に出現する。
 それは、“この先へは通さない”という“意志”の顕れだ。
 最初に優輝達が神界に来た時と同じく、戦場を完全に分断させた。
 如何なる“性質”の持ち主といえ、これで祈梨を無視して進む事は出来なくなる。

「ほざけ!」

 一人の神が、理力の槍を手に纏い、突貫してくる。
 それを、祈梨は落ち着いて障壁で防ぐ……が、

「容易く破りますか……!」

 その障壁は紙切れのように貫かれてしまった。
 即座にその手を蹴り上げ、理力で吹き飛ばす。

「……私は、神としてはそこまで強くありませんからね……。久しぶりに、人間らしく戦ってみましょうか……!」

 理力の槍を形成し、シュラインと同じ要領でそれを握る。
 “領域”の削り合いではなく、白兵戦で戦うつもりだ。

「ぉおおおおっ!!」

「ッ……!」

 再び“貫く性質”の神が仕掛けてくる。
 先ほどと同じように、障壁を展開する。

「“貫く”に特化しているようですが……止められない訳ではありませんよ」

 多重に展開した障壁は、その悉くが貫かれていた。
 だが、多重に展開した事で勢いを削ぎ、止めていた。
 理力は祈梨に届かず、障壁によってむしろ拘束される結果になっていた。

「はぁっ!!」

 一突き。しかし、それはただの一突きに非ず。
 “祈り”と共に放ったその刺突は、幾重もの槍となって敵を貫く。
 さながら、ショットガンを放ったかのように、神に穴が開く。

「あらゆる“世界”が、貴方達の侵略に抵抗しています。……その“祈り”を、私も背負っているんですから、負けるはずがないでしょう」

 そして、その刺突を起点に、既に用意していた“祈り”が発現する。
 横殴りの流星群のように、極光が次々と神々へと放たれる。
 さらに、祈梨を中心に極光が立ち上り、肉薄してきていた“天使”を纏めて呑み込み、最後に祈梨を中心に衝撃波を放って吹き飛ばした。

「さぁ……覚悟なさい!」









「ッッ……!!」

 一方、祈梨によって転移させられた司は、“早い性質”の神と戦っていた。
 “祈り”による行動はほとんど行わず、魔力による身体強化と“意志”のみで、“早い”攻撃を的確に捌いている。

「なるほど、無暗に隙を晒さないのは賢明な判断だ。だが……」

「っ……ぐ、ぁあっ!?」

 放たれた極光を防ぎきれずに、司は吹き飛ばされる。
 どの攻撃も“早い”ため、躱すのが間に合わないのだ。

「だからと言って、勝てる訳ではないぞ」

「それぐらい、わかってる……!」

 ()()()()、劣勢だと司は確信する。
 このままでは、ここからの勝ち筋は見えないだろう。
 やはり、天巫女の力とは切っても切れないのだと、司は心の中で嘆息した。

「本当、早いんだから……!」

 飛び退いた司に、“天使”が一斉に襲い掛かる。
 “祈り”なしでは、その一斉攻撃は防げないだろう。
 それをわかっていて、“天使”達は襲い掛かっていた。

「なんの対策もしてない訳、ないよねっ!!」

 ……故に、司は“祈り”を開放する。
 シュラインの柄で地面を突き、瞬時に魔力を爆発させる。
 そこに、“祈り”によるタイムラグなど存在しなかった。
 事前に“祈り”の魔法をストックしておく事で、“性質”に関係なく発動できる。
 そのおかげで、先手を打たれても司は対等に戦えるようにしていたのだった。

「……ほう」

「今度こそ倒して見せるって、決めたんだから」

「事前に仕込んでいたか。だが、それで勝てるとでも?」

「やってみなくちゃ、わかんないよ!!」

 再び魔力のみの身体強化で、今度は司から仕掛ける。
 奏に続き、二人目のリベンジ戦が始まった。












「では、次は儂が行こう」

 優輝達の方では、再び数が増してきた神々を天廻が引き受けていた。

「さて、これまでまともに戦ってはなかったからの。……手加減は出来んぞ?」

 天廻を無視して進もうとする敵の座標を“廻し”、通さない。
 仙人のような出で立ちである天廻は、とても戦闘に長けているようには見えない。
 ……だが、その身から発せられる威圧感が、決して弱くないと断言させる。

「人の子が決死の覚悟で戦っておる。なればこそ、儂も老体に鞭打ってでもひと踏ん張りせんとな。覚悟せい、イリスの手先に堕ちた者共!」

 洗練された体術と共に、理力が迸る。
 その力の出し方には、一切の無駄がない。
 一撃一撃が、しっかりと敵を捉え、確実に“領域”を削っていく。

「ほれ、儂とて戦いの心得はある。……主らのような手合いは、以前も相手にした事があるんじゃよ。かつての、大戦でなぁっ!」

 “喝”と、理力が迸り、一斉に飛び掛かった“天使”を悉く吹き飛ばす。
 天廻はかつての神界での大戦を経験している。
 イリスと直接戦った訳ではないが、洗脳された神々をかなりの数相手取っていた。
 その経験がここでも生きており、安定した立ち回りで敵を捌いていく。

「魂を循環させ、世界の安定を計る。それが儂の神としての在り様。じゃが、それを脅かす事態となれば、儂も武器を手に取り、戦う」

 理力の杖が斬撃や刺突を払い、返しの一撃で“天使”の胸に穴を開ける。

「“性質”などと、役目ばかりに囚われていては決して先は見えぬ。それを儂はかつての戦いで知った。儂らは確かに“神”と呼ぶにふさわしい力は持っておる」

 放たれる極光を“廻し”、そのまま術者に返す。
 その間にも、天廻の独白は続いていく。

「じゃが、この世界からすれば、儂らも人間と変わりない。……与えられた役割のみを享受するなど、ただの停滞に過ぎぬ!」

 そういった“性質”もある。
 だが、だからと言ってそのままなのは、ただの“現象”に成り下がる。

「故に、儂らも殻を破らねばならん。人が限界を超えるように、儂らも“性質”を超克せねば先へは進めぬ。それを、彼奴はイリスを封印する事で示した」

 彼奴……それは、神であった時の優輝の事だ。
 “可能性の性質”は確かに一縷の希望すら掴み取る。
 だが、本来イリスとの戦いではその一縷の希望すらなかった。
 しかし、当時の優輝はその限界を超えた。
 “可能性の性質”としての神の限界を超え、イリスを封印して見せたのだ。

「……長々と述べたが……なに、言いたい事は単純じゃ」

 理力で薙ぎ払い、一度間合いを取って天廻は子供のような笑みを浮かべる。

「燃えておるのじゃよ。儂は、この戦いにな」

 世界を守るため、自身の限界を超えるため、天廻はその戦いに身を投じる。











「……では、私達もこの辺りで」

「ああ。頼んだ」

 さらにスフェラ姉妹も離脱し、再び増えていた追手を食い止める。

「さて、どこまで戦えるかですが……」

「やれる所まで、やらしてもらいましょうかねー」

 出来るだけ引き付けたためか、追手はかなりの数だ。
 しかし、その追手全てを、紅と蒼の二重結界で包み込む。
 二人の“紅玉の性質”と“蒼玉の性質”による結界だ。
 “性質”を利用しているため、そう容易く破壊する事は出来ない。

「動きが……!?」

「隙だらけですよー」

 それだけではない。
 “性質”を使った結界は、つまり仮の“領域”を展開している事になる。
 敵の“性質”を問答無用で相殺し、相手の有利を許さずに戦えるのだ。

「私達には貴方達を正気に戻す術はありません。……お覚悟を」

 加え、結界内の法則はスフェラ姉妹が基準となっている。
 ありとあらゆる優位性を以って、二人は大群を相手にする。

「……さーて、後は人間の方達に任せましょうか」

「心苦しいですが……それに賭けましょう」

 先に進んだ優輝達には、もう神界の神はついていない。
 残ったルフィナとミエラも、途中で離脱予定となっている。
 優輝と優奈は理力を扱えるものの、半分以上は人間のままだ。
 神界の神と人間には大きな差がある。
 その上でイリスに勝利する事を託すのは、不安があった。

「そうですねー。元々、相手を倒せば駆けつけていいとの話ですから」

「できる限り、早めに倒してしまいたいですね……!」

 それでも、二人は彼らに託した。
 きっと勝てると信じ、また彼女らも自身の戦いに身を投じていった。











「……あれで、雑兵とも言える軍勢は終わりみたいだな」

「イリスの手先がもう終わりって事?」

「いや……」

 突き進みながら呟いた言葉に、葵が反応する。
 しかし、優輝はそれを否定する。

「まだ僅かばかりだが、残っているだろう。……少数精鋭で突入する事は読まれている。となれば、それぞれに適した戦力を残しているはずだ」

「私の場合、“狂気の性質”の神だよね」

 奏に対する“防ぐ性質”、司に対する“早い性質”。
 そして、緋雪にも“狂気の性質”という弱点がある。
 以前に敗北した事もあり、相手にも確実に弱点だと思われているだろう。

「なのは達魔導師や、アリシア達陰陽師にも弱点はある。……そもそも、理力以外の力であれば弱点になり得るが……」

「……それって……」

「どんな魔法、霊術も、強力であれば力を集束させる必要がある。それに干渉されてしまえば、確実に高威力を封じられてしまうからな」

「……“集束の性質”」

「そうだ」

 それは、既になのはとフェイト、そして奏で倒した神だ。
 同じ“性質”の神もいるのだろうが、明確な弱点とは言い難い。

「尤も、今のは例えだ。実際その神はなのは達が倒したみたいだからな」

「弱点……あたしの場合だと、銀や聖属性の……」

「そういう事だ。種族や扱う属性の特徴による弱点を敵は突いてくる。遠距離近距離の得手不得手は何とかなるだろうが、それ以外は苦戦するだろうな」

「以前神界で私があっさりとイリスに洗脳された事も、その一端ですね……」

 アリサだと水や氷、すずかであれば炎や闇、フェイトであれば純水や絶縁体と言った電気を通さない“性質”だ。
 そういった“性質”相手では、直接的な戦闘では勝てないだろう。

「それでも、勝てない訳じゃない」

 弱点を突かれるのは確かに危険だ。
 だが、その上で勝つことも可能だと、緋雪は言った。

「はぁっ!!」

 そして、その直後に、前に出てシャルを振るった。
 そこに理力の爪が激突し、お互いの攻撃が相殺し合う。

「だから、私は勝ってくるよ!」

 攻撃してきたのは“狂気の性質”の神。
 以前緋雪が敗北した相手だ。
 その神はまさに狂気的な笑みを浮かべており、啖呵を切った緋雪を嗤っていた。

「転移!!」

 今回、神には眷属の“天使”もついており、緋雪はそれごと転移する。
 そして、優輝はそれを見送った直後、再び進軍を始めた。

「……次は、私達が止めます」

「わかった」

 そんな優輝と並走しつつ、サーラが言う。
 次は、サーラとユーリで足止めを担当するつもりだ。

「……いや、前言撤回だ。……まだ、眷属を残していたか……!」

 立ち塞がったのは、優輝と同じ姿をした人型の“闇”。
 そして、イリスの眷属たる“天使”達だ。

「あれって……あの時の……!」

 優輝の姿をした人型に、なのは達には見覚えがあった。
 それは、以前に戦った事のある優輝の偽物。
 当時は対策しようがなかった理力によって全滅させられた、イリスの尖兵だ。
 それが、今度は大勢となって立ち塞がっていた。

「……予想以上の数だな。ルフィナ、ミエラ、行けるか?」

「負けないようにするのは可能です。しかし……」

「多勢に無勢、ですね。確実に一人は抜けられます」

 元々、イリスの“天使”はルフィナとミエラで請け負うつもりだった。
 だが、ここに来てその数が予想以上に残っていたのだ。
 加えて、“闇”を用いた尖兵もいる。
 これだけの数を抑えるのは、二人では厳しいと言える。

「……優輝さん」

「……わかった」

 これまで足止めを請け負った天廻達と違い、足止め出来る“性質”でもない。
 そのため、ユーリが前に出た。
 即ち、自分達も足止めに加わる……と。

「頼んだぞ!」

「お任せを……!」

 ユーリが魄翼を展開し、ミエラとルフィナが理力を開放する。
 同時に、“闇”の尖兵が創造魔法で大量の剣を展開、射出を始めた。

「行ってください!!」

 それをユーリが魄翼で薙ぎ払い、サーラが砲撃魔法で穴を開ける。
 そこを優輝達は通っていき、阻もうとするイリスの“天使”をミエラとルフィナで妨害し、分断させた。

「“天使”は私達が」

「人形はお任せします」

「わかりました」

「お任せください」

 簡潔に言葉を交わし、四人は襲い来る敵を迎え撃った。











「……来たわね」

「……お前は……」

 一方、優輝達は再び別の敵に立ち塞がられていた。
 今度の敵は、二人の神とその“天使”。
 数こそ少ないが、だからこそ油断は出来なかった。

「貴方を待っていたわ。ユウキ・デュナミス」

「……知り合い?」

「いや……だが、何者かはわかる」

 洗脳されている様子ではないその女神は、優輝を敵視していた。
 その事で、葵が知り合いなのか尋ねるが、優輝は否定する。

「僕以外の、“可能性の性質”の神だ」

「その通りよ、ご同輩。私はレイアー・ディニティコス」

 まるで優奈を白銀の髪にして大人にしたような容姿の女神。
 彼女は、優輝以外で“可能性の性質”を持つ神だ。
 優輝と対になるかのように、“天使”もたった二人となっている。

「一応聞いておこう。……なぜイリスに加勢している」

「貴方を超えるためよ」

 優輝の問いに、レイアーは“ギリ”と奥歯を噛んで答える。
 その視線には、憎しみのような強い“妬み”があった。

「め、滅茶苦茶敵視されてるよ?」

「……ある意味、かなり人間らしいな、お前は」

「貴方に何を言われた所で、ちっとも嬉しくないわ」

 嫉妬の感情を抱えている事に、優輝達も気づいている。
 神界の神が、一感情でここまで敵視しているのだ。
 確かに、ある意味“人間らしい”と言える

「……優ちゃん。あたしが……」

「葵だけじゃ厳しい。……それどころか、これは……」

 女神だけでなく、もう一人の神と“天使”もいる。
 何より、目の前のレイアーは、他の神と違う強さを感じた。
 それこそ、優輝と同じような、一縷の希望を掴み取るような……

「……僕と同じ“性質”だ。戦うには、もっと戦力が……」

「……なら、行きなさい」

「っ……優奈?」

「ここから先は貴方だけで行くのよ」

 優奈が一歩前に出て、そう言う。

「最低でも貴方をイリスへと辿り着かせる。そのためには、これ以上足止めはしない方がいいわ。……行って!」

「―――わかった!」

 全員、覚悟済みだ。
 優輝はそう確信し、一気に突き進む。

「行かせ―――」

「させないわ!」

 レイアーが何かする前に、優奈が仕掛ける。
 同時に、全員が一斉に動き出した。

「ぉおおおっ!!」

「ッ、ほう……!」

 優奈を攻撃しようとしたもう一人の神に、帝が攻撃する。
 それを受け止めた神は、笑みを浮かべながら敢えてそのまま押されていった。

「シュート!!」

「はぁっ!」

 なのはの魔力弾とフェイトの斬撃。
 さらには葵のレイピアの連撃に、アリシア達の霊術が繰り出される。
 その攻撃を以って、完全に優輝とこちらを分断させた。

「その神はなのは達でやりなさい!私と葵、それと神夜でそれ以外を対処する!帝は見た通り、もう一人の神を相手するわ!」

「人数的に逆やあらへんの!?」

「いいえ、これが()()()()よ!」

 思わず叫んだはやてに、優奈は冷静にそう返す。

「私達で、“天使”を足止めする。……その間に、何とか神を倒すのよ」

 人数で見れば、“天使”を担当する優奈達の方がかなり不利だ。
 しかし、なのは達六人をぶつけなければいかない程、レイアーは強敵なのだと優奈の勘が警鐘を鳴らし続けていた。

「っ……!」

「余所見とは、余裕ね!!」

「はやてちゃん!」

 レイアーの攻撃を、何とかなのはが凌いだ。
 そこまで来ると、もう会話の余裕もない。
 優奈の言う通りの采配で、なのは達はレイアーと対峙する。

「人を見る目すらなくしたのね……。それとも、彼女らで十分とでも?今更人に負ける程、私は弱くないわ!!」

「……言ってなさい」

 レイアーに苛立たし気な声を余所に、優奈は自身の相手を睨む。
 “可能性の性質”の“天使”二名に、もう一人の神の“天使”三名。
 計五名の“天使”が、そこにいた。

「……という訳だから、何とかして足止めするわよ」

「そういうって事は……かなり厳しい戦いなんだね」

「ええ」

「そうか……」

 優奈と葵はともかく、神夜は“意志”以外で火力が出せない。
 明らかに苦戦する戦いに、三人は身を投じた。















「―――来ましたか」

「………」

 そして、神界における、イリスの領域。
 そこに優輝は辿り着いていた。

「わかっていた事だろう」

「ええ、ええ。貴方なら、ここに辿り着く事は出来る。そう確信していましたよ」

 そこにいるイリスから感じられるプレッシャーは、今までの比ではない。
 間違いなく、本体のイリスなのだと確信が持てた。

「本来であれば、分霊もぶつける所でしたが……」

「司の攻撃で消し飛ばされた、だろう?」

「……ええ。非常に、忌々しい事ですが」

 地球に進行してきていたりもした、イリスの分霊。
 それがここにも複数用意していたのだとイリスは言う。
 だが、それらは司が放った“祈り”によって、全て倒されていた。

「正真正銘の一対一だ」

「そのようですね」

 その言葉を皮切りに、イリスは静かに優輝を睨んだ。
 空気が変わり、戦いの予兆として理力が迸る。

「問答はいいだろう。……今度こそ、お前を倒す」

「始めましょう。……今度こそ、貴方を手中に収めますよ」

 先に動いたのは、優輝だ。
 数瞬遅れて、イリスが自然体になる。
 そして、歩を進め……優輝は、突貫した。

「お前の“闇”を止める!!イリス・エラトマ!!」

「貴方の“可能性”を潰して見せます!愛しき(憎き)ユウキ・デュナミス!!」

 “可能性”と“闇”がぶつかり合う。





   ―――最後の戦いが、始まった。













 
 

 
後書き
“貫く性質”…文字通り。今回の場合は物理的な意味合いに特化しているため、概念や意志などの“貫く”には比較的適していない。

“闇”の尖兵…117、118話で登場した優輝の偽物。その量産型。基本的に優輝と似た性能をしており、かなり強い。(以後“人形”と表記する)

レイアー・ディニティコス…“可能性の性質”を持つ、別個体の神。イリスを封印して見せたユウキを嫉妬するあまり、敵に回った。名前は勇気のギリシャ語から抜粋。姓は可能性のギリシャ語。


駆け足気味でイリスへと辿り着き、ついに最終決戦が始まりました。
なお、ここからしばらくは、各視点の戦いになるので、最終決戦の続きはかなり先になります。 

 

第270話「遍く世界の盾となれ」

 
前書き
地球に残った者sideです。
なお、基本的に椿を中心とした視点になります。
 

 












「かっ……!?」

 神力の籠った矢が、“天使”の眉間を射抜く。
 一人、また敵の数を減らす……が、一向に減った気がしない。

「……本当、多いわね」

 椿は、未だ眼前に集まる敵を見てぼやく。

「作戦上、周辺の敵が集まり切る前に突入だったからね……。あの時、周囲の敵を一掃出来た事の方が偶然だったんだろうね」

 隣まで飛び退いてきたとこよが、椿の呟きに返す。

「司の力で、この世界に来ている全ての神と“天使”が、私達の動きに気づいたって事ね。……生憎、次元世界なんて分類でいくつもの世界があるから、そこら中の神が集まってしまった……と」

「ここまで来ると、“八百万”も形無しだ」

 再び敵に斬りかかったとこよと入れ替わるように、紫陽が椿の傍に着地してため息を吐くように呟いた。

「はぁああああっ!!」

「ッ……!」

「吹き飛びなぁっ!!」

 視界の端では、プレシアの魔法の援護を受けながら、リニスとアルフが敵陣に突っ込むように攻撃を繰り出していた。
 他にも、アミタとキリエが自身の武器を巧みに扱い、肉薄されれば斬撃を、間合いを離せば銃撃を叩き込み、応戦している。

「く、ぅぅ……!」

 吹き飛ばされてきた蓮が、地面に叩きつけられる。
 刀を地面に突き立て、何とか着地するも、片腕が使い物にならなくなっている。

「ッッ……いくら傷を治しても、地力で負ける事に変わりありませんか……!」

 これまで、ずっと五体満足で戦い続けられている者はいない。
 誰もが一度は体の一部を欠損させ、その度に“意志”で再生させていた。

「回復も結界も支援も追いつかない……!」

 後方支援に努めている那美も、処理が追い付かなくなっている。
 彼女を守る久遠も、かなりボロボロだ。

「(まだ戦える。……けれど、物量差で押され続けている。これって……)」

 後衛且つ、全体を俯瞰するように戦場を見ていた椿だからこそ気づけた。
 実際は多くの“天使”達を相手取るとこよや紫陽でも、余裕さえあれば気づけたかもしれないが、今この場では椿のみが気づけていた。

「(……なるほど。“性質”を相殺されても、その力は権能並ね)」

 数えるのも億劫になる程の数の敵。
 そんな敵の群れに埋もれるように、一人の神がいた。
 その神は、何も一際目立つような存在感は出していないし、容姿も敵の群れに埋もれるようなものだ。

「(さしずめ、“物量の性質”かしら……)」

 だが、その神こそ、椿達を物量で苦戦させている原因だった。

「ッ!」

 神力の矢をその神に向けて放つ。
 当然だが、妨害されて矢は届かない。

「(まずいわね……。ここに来て、集団戦が出来る敵が現れた。……いえ、元々いたけど、ずっと用意していたって訳……!)」

 気が付けば、“天使”の数がさらに増えていた。
 それだけでなく、上空に無数の理力の弾があった。
 ……完全なる物量の暴力が、椿達を襲う。

「ッッ……!!」

 椿やとこよ、紫陽を含めた八百万の神々が、障壁を展開する。
 しかし、それでも物量の差に押される。

「(防ぎきれない……どころか、躱す事も……っ!?)」

 “ギリッ”と奥歯を噛み、食いしばる。
 “意志”を以って障壁を破られまいと維持し続ける。

「第、二撃……!?」

 弾幕の、僅かな隙間からそれは見えた。
 一度目が点による殲滅ならば、今度は線による串刺しだ。
 こうなると、余程“防ぐ”という事に強靭な“意志”を込めないと防げない。
 障壁を破られても耐える事は出来るだろうが、物理的ダメージすらこの場ではあまり受けるべきではない。

「っ……!」

 加え、第三撃がないとも限らない。
 ともなれば、誰かが相手を妨害するために突貫しないといけない。
 しかし、椿達は障壁の維持に精一杯になっており、それが出来る人員もほとんどが神界に突入しているためにこの場にはいない。

「(“出来そう”なのは……!)」

 周囲を見て、三人見つける。
 直後、考えるよりも先に同じ事を考えていた紫陽が叫ぶ。

「小烏丸!それとリニス、アルフ!……切り込めぇっ!!」

「ッ……!」

 “あれに突っ込めと言うのか”という思いよりも先に、三人は突貫する。
 簡単に言うが、当然ながら不可能に近い事だ。
 八百万の神々ですら防ぎきれない物量を抜けるなど、出来るはずがない。

「私が出来る限り捌きます!」

「リニス!詰めは頼んだよ!」

「はい!」

 そんな物量に、三人は躊躇なく突っ込む。
 蓮が前に出て、出来る限り且つ、最低限の弾幕を切り払う。
 そこへリニスが砲撃魔法で活路を開き、アルフがその身を盾に道を確保する。
 その上で、未だ先が見えない。だが、リニスがその先へ突っ込む。

「祈りの力、借り受けます……!」

 無論、無策ではない。リニスにも策はある。
 その手札を、今使った。

「祈りを現に……“意志”を以って貫かん!」

   ―――“Penetrate Prayer(ペネトレイトプレイヤー)

 司の使い魔だからこそ出来る、天巫女の力……その一端の行使。
 祈りと共に放たれた砲撃魔法が、弾幕に穴を穿とうと突き進む。

「ッッ!!」

 それだけに終わらない。
 リニスはその砲撃魔法に、後ろから突っ込んだ。
 まるで、砲撃魔法をその身に纏うかのように自身も突貫した。

「抜けてきただと……!?」

「“三雷必殺”!!」

 “物量の性質”を持つ“天使”が驚愕に目を剥く。
 そんな“天使”に向け、リニスは渾身の魔法を間髪入れずに三発叩き込む。

「バースト!!」

 さらに、魔力を一気に流し込み、敢えて魔法を暴発させる。
 それによって、三発の魔法は膨張し、疑似的な広範囲殲滅魔法と成す。

「ッ……!」

 しかし、その攻撃はさほどダメージにならない。
 “領域”を砕くには程遠く、ほとんど無意味に終わるだろう。
 加え、今のリニス達は孤立している。
 このままでは、三人とも圧倒的物量に押し潰されてしまう。

「―――ッ!」

 だが、その前に椿達が動いていた。
 リニス達に指示を出した直後には、椿やとこよを含めた弓矢を扱う神々や式姫、陰陽師が弓を構えていた。

「狙い澄ました一撃よ。……確実に射貫く!!」

   ―――“一矢神滅(いっししんめつ)

 それぞれが放った矢が、閃光となって駆け抜ける。
 圧倒的な物量を相手に、穴を縫うかのようにその矢はすり抜けていく。
 そして、標的のみを射抜く。

「か、ぁ……!?」

「ここだ!」

 その矢が中った事を認識した瞬間、紫陽が叫ぶ。
 そして、見計らったかのように、プレシアを筆頭に大魔法及び霊術が放たれた。

「くっ……!」

「はぁっ!!」

 それを妨害しようと、射抜いた相手以外の敵が立ち塞がる。
 しかし、同時にキリエやアミタ、突貫した蓮やアルフなど、近接戦や遊撃に優れた面々が肉薄して、反撃を繰り出す。

「ッ、っ……!」

 だが、椿達も無傷ではない。
 放たれていた圧倒的物量の弾幕は、そのまま着弾する。
 防御を捨てて反撃に出た結果、防御に力を割いていた面々は避ける事さえ出来ずに、悉くが蹂躙されてしまった。

「ぐ、っ、っの……!」

 歯を食いしばり、椿は立ち上がる。
 体中がボロボロになり、血もかなり出ていた。
 それは近くにいたとこよも同じだ。
 二人に至っては、防御と反撃を兼任していたのだ。
 辛うじて避ける……それすらできずに直撃していた。

「相変わらず、ふざけた力……!」

 敵の勢いを崩すために払った代償は大きい。
 それだけでなく、()()()()()()()()()()()()()()

「……もう、防ぐ余裕なんてないわね」

 眼前に広がるのは、交戦を続ける味方と敵の姿。
 そして、そこへ未だに降り注ぐ敵の弾幕だった。
 椿達の渾身の反撃は、敵を倒すとまではいかなかったのだ。

「死に物狂いで戦い続けてやるわよ……!」

 傷を“意志”で治し、椿は神力を迸らせる。
 四肢がもげようと、体を失おうと、全てを“意志”で覆らせる。
 そんな覚悟の下、体に力を籠め―――









   ―――同時に、神界の神々に対して重圧がかかった。







「なん、だ……!?」

「……!今よ!」

 敵の動きが鈍った。
 その隙を逃さずに、交戦している者は敵に渾身の一撃を叩き込んだ。

「……今のは……」

 明らかに動きが鈍った事に、椿達は気づいていた。
 そして、その原因が何か探ろうとしたが……

「ッ―――!?」

 上空に広がる巨大な光球が現れ、それどころではなくなった。

「纏めて消し飛ばすつもり!?」

 その光球を放ったのは、“殲滅の性質”を持つ神とその“天使”だ。
 発生から発射までの時間が明らかに短く、さらにはその範囲も海鳴市とその周辺の街を完全に消滅させられる程だ。

「(回避……間に合わない……!)」

 気づいた時には転移でもなければ躱せない所まで迫っていた。

「―――え?」

 しかし、その焦りは消え失せた。

「なっ……!?」

 味方からは呆気にとられた声が。
 敵からは驚愕の声が漏れる。
 だが、そうなるのも無理はないだろう。

「“何か”に、打ち消されてる……?」

 なぜなら、椿達を押し潰さんとしていた光球は、何かに止められたかのように、その場で停止していたからだ。

「何が、起きて……?」

『絶好のチャンスだよ!諸君!!』

 椿の呟きに答えるように、彼女の目の前にホログラムが出現する。
 地球以外のどこかにいるはずの、ジェイルからの通信だ。
 隣にはグランツもおり、二人の表情は違えど、どちらも歓喜に満ちていた。

「何が起きたんだい?手短に頼むよ!」

『説明しようではないか!』

『うむ、ジェイル君にやらせると長引く。では端的に言うと……敵の攻撃を止めたのは世界そのものの“意志”だ』

「……なるほど、ね」

 ジェイルを遮るように簡潔に言ったグランツ。
 それを聞いて、紫陽は納得したように頷いた。

「ようやく、一緒に戦ってくれるって事かい?なぁ!」

 空に、虚空に向かって紫陽は言う。
 それを聞いていたとこよと椿も、どういう事なのかは理解していた。
 元より、世界そのものの“意志”によって敵の“性質”は相殺されている。
 今度は、それに加えて戦闘の支援もしてくれているのだ。

『―――我が世に生ける者達よ―――』

 声が響く。
 男性のようにも、女性のようにも、子供にも、老人のようにも聞こえる声が。
 文字通りの“世界の意志”が、世界中に生きる者へと語りかけてきた。

「(この声、神々や英雄達を召喚した時にも聞いた……)」

 歴史に刻まれた英傑達を呼び出した声にも似ている。
 だが、今回は世界の“意志”のみの声だ。
 前回の鼓舞するような威厳ある声とは少し違う。
 全てを見守り、包み込む父や母に近い、そんな声だった。

『―――数多の世界より、助力を受けた。あらゆる世界が、今この状況を打破せんとしている。……故に―――』

 一拍置き、声は宣言する。

『―――此れより我が世は、遍く全ての世界の盾となる。我が世に生ける者達よ、汝らは敵を屠る矛となれ―――』

 その言葉と共に、静止していた光球は収縮し、大爆発を起こして消え去った。
 味方に被害はなく、それどころか爆発に巻き込まれた敵はダメージを負っていた。

「っ……!」

 世界の声に、敵の神々は狼狽えていた。
 世界そのものの“領域”は、神界に生きる神よりも強靭だ。
 イリスクラスであれば、さらにその上を行く事もあるが、基本的に世界そのものには勝てないようになっている。

「ッ―――!」

 そんな動揺の隙を突いて、一気に椿達は攻勢に出る。
 慌てて反撃する神々だが、その攻撃は風船の空気が抜けるかのように消えていく。
 今までは世界を保つだけに留まっていた世界そのものの“領域”が直接牙を剥いてきたために、あらゆる攻撃が阻害されているのだ。

「これなら……!」

 ただでさえ、平行世界の自身の力を上乗せされ、力が上がっている。
 その上で世界そのものから支援を得た事で、椿達はさらに力が高まるのを感じた。

「くっ……負けてなるものかぁっ!!」

 だが、敵もタダではやられない。
 全戦力を投入して、椿達を倒そうと襲い掛かってきた。
 最早なりふり構わないその姿勢に、だからこそ油断せずに、八百万の神々が真正面から迎え撃った。

「はぁっ!!」

「っ!」

「こいつら……!」

「さっきの攻撃をしてきた神だよ!」

 リニスやプレシア、蓮など魔導師と陰陽師、式姫もそれに参戦していく。
 椿ととこよ、紫陽も同じように向かおうとして……別の神が襲ってきた。
 “天使”と共に襲ってきたのは先ほど光球を放った“殲滅の性質”の神だ。

「“天使”共はあたし達が請け負う!」

「椿ちゃん!行けるね?」

「優輝達だって頑張ってるのよ。当然じゃない……!」

 後衛であるはずの椿が、一対一でその神と対峙する。
 他の“天使”は即座にとこよと紫陽が分断してくれたようだ。

「ぉおおっ!!」

「ッ……!」

 刹那、神が理力の剣で間合いを詰めると同時に薙ぎ払ってくる。
 椿はそれを神力で受け流しつつ、上を取る。

「ちっ……!」

 そのまま神力の矢を放つが、神がもう一振りの剣を作って切り払われる。
 至近距離で神力と理力が炸裂し、目を晦ませる。

「(今の私は、平行世界の私の力もある。弓矢だけじゃない。体術だって……!)」

 なのはやフェイトと違い、椿は平行世界からの恩恵はそこまで大きくない。
 しかし、それでも戦闘スタイルの不得手がなくなる程度には強くなっている。
 草の神としての権能を使いつつ戦えば、肉弾戦でも十分戦える。
 そう判断して、椿は神力を体全体に巡らせる。

「っ、はぁっ!」

「ッ……甘い!」

 体勢を立て直した所へ、神が突きの一撃を放ってくる。
 半身を逸らして回避すると同時に地面に手をつき、蹴りを放つ。
 突きを放った腕に命中させるが、もう片方の手で反撃してきた。

「どっちが……!」

「くっ……!」

 体を捻り、その反撃を二撃目の蹴りで相殺する。
 同時に、地面に手をついていた事で権能を発動させる。
 地面から蔓のような草を生やし、神の足を絡めとる。

「ならば……!」

「奇遇ね……!」

 圧縮された理力が槍となって椿へと飛ぶ。
 敵の攻撃は世界の“意志”で弱まるが、圧縮した事で防いでいるようだ。
 加え、“殲滅の性質”も表に出さずに内側に留める事で戦闘力を発揮している。
 だが、椿も負けじと弓矢を構え、神力の矢を弾幕として放った。

「おおっ!!」

「くっ……!」

 攻撃を相殺した際の閃光を利用し、神が突っ込んでくる。
 一撃目、二撃目は躱す椿だったが、三撃目は躱せずに防御の上から吹き飛ばされる。
 片手と両足で踏ん張り、地面を滑りながら勢いを殺す。
 同時に地面から神力の籠った草を生やし、攻撃として神へと差し向ける。

「無駄だ!」

「白兵戦に長けた神は、これだから……!」

 理力がナイフ程度の刃となり、草を切り裂く。
 そのまま椿は肉薄され、近接戦を強いられた。
 躱し、防御は出来るものの、防戦一方となり、間合いを離す事も出来ない。
 このままでは不利だと椿もわかってはいるが、敵は仕切り直しを許してくれない。

「はぁっ!!」

「ぐっ……!?」

 だが、だからこその隙を椿は逃がさない。
 防戦一方なのをいいことに攻撃に意識を割いていた所で、カウンターを放つ。
 導王流とまではいかなくとも、その動きを散々見てきた椿ならば、的確にカウンターを当てる事ぐらいは可能だ。

「(浅い!)」

「この程度!」

「っ、きゃあっ!?」

 しかし、耐えられる。
 さらにはカウンター後の隙を利用され、強烈な攻撃を受けてしまう。
 辛うじて防御は出来たが、直撃を免れた程度で、そのまま吹き飛ばされて後方にあった岩場に叩きつけられた。

「っづ……!」

 体を起こし、即座に横にずれる。
 寸前までいた所を、神の追撃が突き刺さった。

「ぉおっ!!」

「ぐっ……!」

 そこからの、薙ぎ払いが迫る。
 組んだ両手を薙ぎ払う腕に叩きつけ、反動で上に避ける。
 それでも、薙ぎ払う際の岩が当たってしまうが、無視して弓矢を構える。

「ぁあっ!?」

 だが、それは横から殴られた事で吹き飛ばされる。
 攻撃もギリギリ間に合わず、矢は頬を掠めるに留まってしまった。

「(体格差を何とかしないと……!)」

 振るわれる攻撃を躱し、動きを見極める。
 肉体ダメージを治せるため、徐々に動きを理解した分、被弾が減っていく。
 しかし、未だに決定打となる反撃は決められず、追い詰められていった。

「しまっ……!?」

 そして、ついに致命的な一撃を食らってしまう。
 再び壁に叩きつけられ、間髪入れずに首を掴まれた。

「終わりだ」

「ぐ、くっ……!」

 持ち上げられた体勢から、何とか反撃を繰り出そうとする。
 神力を込めた手刀及び蹴り、権能を利用した拘束を放つ。
 だが、その前に叩きつけられるように投げ飛ばされた。

「おおっ!!」

「ッ……!」

 反撃に出る間もなく、神から渾身の一撃が放たれた。
 “性質”を圧縮した事で世界の“意志”に相殺される事もなく、躱し切れない程の範囲で力の奔流が椿へと放たれた。

「いつまでも……嘗めるんじゃないわよ!!」

 一念発起。椿は一歩踏み込み、その力の奔流を真正面から受け止めた。
 足りない分の力を全て“意志”で補い、まるで当然のように相殺した。

「ぐっ……!」

 だが、それだけで満身創痍級の肉体ダメージを負う。
 手はもちろん、体中が余波でボロボロになる。

「ッ―――!」

 その体に鞭を打つように、椿は横に飛び退く。
 直後、神の追撃が寸前までいた場所を貫く。

「シッ……!」

 転じるように、椿は反撃に出る。
 迎撃の一撃を“意志”の下相殺し、肉薄する。

「ふっ、はぁっ!!」

 両手を防御に使い、脚を攻撃に使う。
 体術によって僅かな間攻防を繰り広げるが、その均衡は即座に崩れた。

「ふん!!」

 暴力的なまでの、腕の薙ぎ払い。
 その一撃はあまりにも強く、椿の相殺も空しく直撃した。

「油断したわね」

   ―――“花躯吹雪(かみふぶき)

 だが、椿はそのまま花へと変わり、神の攻撃は空ぶった。
 気が付けば、神の周囲には花が大量に舞っていた。

「くっ……!」

 数撃、椿は死角に回りつつ攻撃を放つ。
 それらを全て防がれたが、それで十分だった。

「っ……!」

 頭上からの踵落とし。それを弾かれる。
 椿はその反動を利用し、大きく飛び退く。
 同時に花の量を増やし、目晦ましとする。

「―――そこ!」

   ―――“一矢神滅”

 そして、間合いを離した所で、頭から落下しつつ弓矢を展開。
 神力を込めた神殺しの矢を放った。

「ぉ、ぉおおおおおおおおっ!!」

 しかし、そこに圧縮された理力がぶつけられた。
 戦闘にも長けた神なだけあり、完全に矢の穂先を捉えられた。
 花による目晦まし状態だというのに、全く意に介していない。

「っ―――」

 渾身の一矢が相殺されたのを椿も見ていた。
 矢が弾け飛んだのを見て、表情が強張る。
 ……そして。

「残念だった、な―――?」

   ―――“一矢神滅”

 神の後頭部を、神殺しの矢が射抜いた。

「真正面から倒す訳ないでしょう。冗談じゃないわ」

 神の()()から、椿の声が響く。

「なに、が……!?」

 薄れる意識の中、神は正面にあった魔法陣に気づく。
 そこは、先ほどまで椿がいた場所……その落下地点だ。
 椿は、その魔法陣を使って転移し、神の背後に回っていたのだ。

「いつの、間に……」

「さっき、攻撃を相殺した時よ。元々、なけなしの魔力しかなかったから、気づけなかったでしょう?」

 椿の回答を聞き、神はそのまま意識を落とした。
 先ほどの矢と、今放たれた椿のトドメが効いたのだろう。
 そのまま“領域”は砕け、神の体は霧散した。

「平行世界の力を集めて、ようやく戦える領域……か。“意志”で補えるとはいえ、相変わらずとんでもない力ね」

 周囲を見渡せば、戦闘の余波で荒れ果てた木々と大地が目に入る。
 極力肉弾戦ばかりだったが、それでもここまで被害が出ているのだ。

「そっちも、終わったみたいだね」

「とこよ、それに紫陽も。そっちも終わってたのね」

 そんな椿の下へ、とこよと紫陽がやってくる。
 二人も“天使”達を倒してきたようだ。

「まぁ、貴女達なら勝っていて当然ね」

「さすがに強かったけどね」

「あたし達でも、なかなか苦戦したよ」

 二人とはいえ、相手も複数だ。
 実際、かなり苦戦したようで、ボロボロな服装になっていた。

「……気が付けば、こっちの優勢ね」

「それぞれの戦いに勝ったみたいだからね」

「世界の“意志”からの支援がなけりゃ、最低でももっと長引いていただろうね」

 見上げれば、既に敵の姿がほとんどなくなっていた。
 世界の“意志”による支援が余程効いていたのだろう。
 あれほど苦戦した相手をものの見事に駆逐していた。

「後は残党狩りってとこさね」

「まぁ、油断しないように行こうよ」

 とこよと紫陽はそういって、他の者の援護に向かう。
 椿も、それに続こうとして、ふと振り返るように見上げた。

「(貴方達も、勝って帰ってくるのよ。優輝、葵……皆も)」

 神界に突入した者達を想い、椿は微笑んだ。
 後の戦いは全て彼らに託した。
 だからこそ、椿も自分の戦いを全うしようと、改めて戦場へと向かっていった。

















 
 

 
後書き
“物量の性質”…文字通り、物量に優れた“性質”。弾幕はもちろん、集団戦などにも長けており、椿達を数の差を以って苦しめた。

Penetrate Prayer(ペネトレイトプレイヤー)…天巫女の力を借り受けた砲撃魔法。祈りの強さに比例した貫通力を持つ。

一矢神滅…“確実に射貫く”、“神界の神を倒す”と言った強い“意志”と共に放つ矢の一撃。概念的、因果的効果が付与されているため、あらゆる妨害を突破できる。

“殲滅の性質”…文字通り、殲滅に関する事に長けた“性質”。対複数戦において本領を発揮でき、殲滅系の攻撃をいとも簡単に放つことが出来る。一対一でも弱くはなく、戦闘に長けている。

花躯吹雪…花を大量に生成し、自らも花に変わる事で姿を晦ます技。そのまま攻撃に転じる事も出来る攻防一体の性質を持つ。技名は“花吹雪”と“神”に掛けてある。


居残り組の戦闘はこれで終わりです。フローリアン姉妹とかの出番がほとんどないですが、そもそもここで出来る戦闘が少ないので……。
一応、椿と同じようにそれぞれが戦闘をしていたという事にはなっています。 

 

第271話「帰る場所を守るため」

 
前書き
クロノ達神界入り口sideです。
 

 












「用意していた魔法陣は!?」

「とっくに使い切っている!」

「わかった!じゃあ、後腐れなくやってやるさ!」

 神界。その出入り口にて。
 優輝達の世界と神界を繋ぐ場所で、クロノ達は戦い続けていた。
 用意していた魔法は使い切り、今も突貫したヴィータが吹き飛ばされていた。
 地力は相手が上であり、世界そのものの“意志”による“性質”の相殺もない。
 結果、数は少ないものの、その少数の敵に苦戦していた。

「っ……!」

「くっ……!」

 シグナムとザフィーラが後退する。
 そこへ“天使”の追撃が迫るが、当たる寸前で止まる。
 止めたのはユーノのバインドだ。

「っぎ……!」

 途轍もない膂力が“天使”から発揮される。
 それを“意志”で踏ん張るユーノ。
 抑えられたのはその一瞬のみだ。
 しかし、その一瞬だけで、反撃に出る事は可能だった。

「せぇいっ!!」

 レヴィの神速の一撃が決まる。
 バインドの破壊と同時だったため、僅かに敵が怯んだ。

「ぉおおっ!!」

「はぁっ!」

 さらに、シグナムとザフィーラが“意志”で無理矢理前に踏み込む。
 そして、それぞれが渾身の一撃を叩き込んだ。

「でぇやぁっ!!」

 さらに、片方の“天使”をヴィータが遠くへと吹き飛ばす。
 敵を分断し、各個撃破するつもりだ。

「ぐっ……!」

「きゃぁっ!?」

 だが、その直後に光輝と優香が吹き飛ばされた。
 相手にしていたのは“天使”達の主である神だ。
 神を抑えつつ、他のメンバーで“天使”を倒し、最後に神も倒す。
 そんな作戦だったが……それが瓦解する。

「シッ……!」

 否、その前にシュテルが切り込んだ。
 シュテルはなのはと違い、近接戦にも長けている訳ではない。
 それでも、魔力の炎を迸らせ、杖を叩き込んだ。

「邪魔だ!」

「ッ……!」

 それを、理力の放出のみで弾かれてしまった。

「ッッ!」

「む……!?」

 間髪入れずに、支援に回っていたシャマルが仕掛ける。
 シュテルの動きに紛れるように、魔力の糸を神に絡ませていた。
 それによって、拘束と攻撃を同時に成功させる。

「ふん!」

 だが、その糸は即座に“砕けた”。
 この神は“砕く性質”を持っている。
 今までの戦闘でクロノ達も理解しており、それに合わせた立ち回りにしていた。

「っ……!」

 そのため、神の動きに即座に対応できた。
 糸を砕いたその瞬間に、クロノの魔力弾が神の体を打ちのめす。
 加え、ユーノがバインドで縛る。

「合わせろ、ザフィーラ!」

「承知!」

 直後、示し合わせたかのようにアインスとザフィーラが肉弾戦を仕掛ける。
 バインドで拘束されているのを良いことに、一気に拳を叩き込む。
 その最後に、アインスが腕に付けたパイルバンカーから砲撃魔法を放つ。

「はぁっ!」

 連撃により、理力の障壁を完全に破り、ダメージを入れる。
 さらに追撃とばかりに、シグナムが斬りかかる。
 “天使”はヴィータやディアーチェが抑え、近づけさせないようにしている。
 流れるような連携で、“天使”と神を完全に分断させていた。

「かはっ……!?」

 シグナムがレヴァンテインごと粉砕され、吹き飛ばされる。
 しかし、その最中、シグナムは僅かに笑みを浮かべた。

「ぬ、ぅっ!?」

 直後、側頭部に“シュツルムファルケン”が命中した。
 確かな“意志”も込められていたその一撃は、確かに神の体を吹き飛ばした。

「畳み掛けよ!!」

 ディアーチェの号令と共に、神はクロノとユーノの設置型バインドに引っ掛かる。
 さらにシャマルの拘束も加わり、直後に砲撃魔法が神を呑み込んだ。

「技を、転移させたのか……!」

 砲撃魔法に呑まれながら、神はシグナムが何をしたのか理解する。
 そう。シグナムは事前にシャマルに協力してもらい、魔法を転移させていたのだ。
 時間差で命中するように仕向けたおかげで、敵の意識外から攻撃出来たという訳だ。

「まだ、だ!」

 しかし、倒し切れなかった。
 耐えきった神が、形振り構わず“性質”を発動させようとする。
 止めようにも、タイミング的に誰もが間に合わない。

「かっ……!?」

「終わりだ……!」

「私達を、忘れないで……!」

 光輝と優香が、神を背後から切り裂いた。
 “粉砕”されて以降、二人は回復に努めていた。
 敗北したと思っていた二人による、土壇場での強襲だ。
 今度こそ、その神の“領域”は砕けた。

「なっ、ぁ……!?」

 続けて、その眷属の“天使”も消えていく。
 主の“領域”が砕けたのだ。
 その眷属たる“天使”は主の“領域”なしに“領域”を維持できない。
 そのため、道連れのように“天使”達も消えたのだ。

「……誰も欠けていないな」

 陣地を定め、そこを守るように戦い続ける。
 そうする事で、“意志”を定めやすくしているが、それでも厳しい戦いになる。
 そのため、神と“天使”を仕留める度に、誰かが全員いるか確かめた。
 神界の神と違い、クロノ達の“領域”が砕けた所で死にはしない。
 司達による“格”の昇華もあるため、肉体が消滅しようとも、完全な消滅とまではいかないようにはなっている。
 しかし、戦闘不能な状態で連れ去られたら、その時点で無力化されてしまう。
 それを危惧して、クロノ達は毎回人員を確かめていた。

「これで何人目か……」

「6だ。“天使”を含めれば、何倍にもなるがな」

 やってくる数が少ないとはいえ、既に6人もの神を倒している。
 “意志”次第で疲労もなくせるとはいえ、さすがに保つのも疲れてくる。

「……そら、また来るぞ」

「全員、配置につけ!!」

 迸る理力に対し、再びクロノ達は立ち向かう。
 優輝達を信じ、この場所を守るために。













「これで……9人目……!」

 あれほど、時間にしてどれほど経ったのか。
 時間すら曖昧な神界では、気にするだけ無意味な事だ。
 どの神も生半可な力ではないため、毎回死闘を繰り広げていた。
 精神的な疲労も“意志”で相殺しきれなくなってきた程だ。
 ほとんどが、各々の武器を支えに息を切らしていた。

「休む暇はないようだ……!」

「ああ……ユーノ!!」

「もう結界を展開しているよ!」

「ザフィーラ!」

「むぅん!!」

 遠くから、理力の砲撃が飛んでくる。
 最早、この攻撃は挨拶代わりになっていた。
 中には、延々と狙撃し続ける神もいたが、その時はシャマルの“旅の鏡”で無理矢理引き寄せる事で倒していた。

「えっ……!?」

 今回も、今までと同じように対処するつもりだった。
 ユーノの結界と、ザフィーラの防御。
 それによって初撃を防いだ後、様子を見る。
 そんな、テンプレートのような行動を取り……魔力が掻き消えた。

「まずっ……!?」

 そして、そのままクロノ達は理力の極光に呑まれる。
 “意志”で耐え抜きはしたものの、その胸中には困惑が広がっていた。

「(何が……!?突然、魔力が消えた……?)」

 明らかな異常だった。
 だが、それを理解する前に、追撃が始まる。

「ぉおおおおおおおっ!!」

 誰が言うまでもなく、ザフィーラが盾となる。
 魔力は未だ使えず、だが肉壁として後ろにいる者を守った。

「(最初に張った陣地としての結界はそのまま。でも、他の魔法は一切使えなくなっている。この違いは……“意志”の有無……!)」

 クロノはその間にも分析を進める。
 残っている魔法は、最初にディアーチェ達が共同で張った結界だけだ。
 仮の“領域”として展開したその結界だけが、今も残っていた。
 その結界と、それ以外の魔法。その違いをクロノは見定める。

「(そもそも、結界は最早魔法とは言えない。……だからこそ、まだ残っていると言えるのか?いや、“意志”の有無だけなら、僕らの使う魔法も……)」

 そこまで考え、クロノは気づいた。

「(―――違う。結界は魔法で実現できない部分を“意志”で補った。対し、他の魔法は、“魔法”として成り立たせた後に“意志”で強化しているんだ。同時に行うのと、直後に行うのでは大きく違う。だったら、敵の“性質”は……!)」

 魔力を手繰ろうとして、それすら失敗する。
 その時点で、クロノが……否、同じく思考していたディアーチェやシュテル、ユーノなども確信した。

「“魔力の性質”……!」

「ここに来て、我らにとって相性の悪い者が来たか……!」

 その言葉を聞いて、ほぼ全員が戦慄する。
 魔導師ならば、確実に魔力を使う。
 事実、今までも魔法を用いて戦ってきた。
 その魔力に干渉されるとなれば、戦術が大幅に狭まってしまう。

「じゃあ、魔法は……」

「それだけじゃない」

 優香の呟きに、クロノが苦虫を嚙み潰したような顔で言う。
 そして、その答えとばかりに桜色の極光が迫る。

「どんな魔法も、向こうは使えると見た方がいい……!」

 その極光を、クロノ達は見た事がある。
 今も神界の奥で戦っているであろう、なのはの切り札だ。
 SLB……それを、今度は敵が放ってきたのだ。

「全員、回避及び防御態勢―――!」

 言い終わる前に、極光に呑まれる。
 幸か不幸か、“領域”に直接ダメージを与える攻撃ではなく、その極光は飽くまで魔法として放たれていたため、耐えきる事は出来た。

「ぐっ……!」

 だが、直後にバインドで雁字搦めになる。
 普段なら気づけたかもしれない魔力の動き。
 それが、全く分からなくなっていた。

「(完全に魔力関連全てを封じられた……!)」

 どんな魔法を使ってくるのかも、事前に察知する事が出来ない。
 理力と“性質”を使ってくる神も同じようなものだったが、今まで出来ていたものが出来なくなるというのは、精神的に苦しいものがある。

「ぬ、ぅぉおおおおおおっ!!」

「ぐっ……こんな、ものっ……!!」

 ガタイの良いザフィーラと、標準よりは体格のいい光輝が根性でバインドを破る。
 魔力を使えなくとも、“意志”でバインドぐらいならば破れると行動で示す。

「ぉおおおおおおっ!!」

「はぁああああっ!!」

 他の皆も同じようにバインドを破壊しようとする。
 だが、その間にも攻撃は飛んでくる。
 そのため、ザフィーラと光輝だけでそれを防ごうとする。
 拳を、デバイスを振るい、魔力もなしに飛んできた極光に立ち向かう。

「ぐ、くっ……!」

「光輝……!」

 極光は一回だけに終わらない。
 何度も襲い来る。
 その度に二人だけで耐え抜く事になる。
 それを見て、優香が悲痛な声を上げた。

「っ……大丈夫だ。なんてこと、ない……ッ!」

「ザフィーラ!」

「俺も、平気だ……!」

 ここで、クロノやシグナムなどもバインドを破った。
 既に満身創痍な二人と入れ替わるように前に出て攻撃を受け止める。

「(ディアーチェ達が張った結界のおかげで、まだ立ち向かえる。だけど、このままだと確実に負ける……!)」

 現在は完全に防戦一方だ。
 それだけでなく、敵は遠くから攻撃し続けている。
 魔力を封じられた今、シャマルの“旅の鏡”で引き寄せる事も出来ない。
 完全に、一方的な状態になってしまっていた。

「シャマル、ダメか……!?」

「ダメ……!どうしても、“魔法”として使っちゃう……!」

 “意志”のみで魔法を使おうとするが、上手くいかない。
 否、簡単なものなら可能なのだが、神を引き寄せる程の効果は発揮できないのだ。

「(どうする……!優位性を捨ててでも、こっちへ引きずり込むか……!?)」

 出来るとすれば、仮の“領域”から出て、直接神の所へ向かう事だ。
 だが、結局魔法は使えないため、“意志”のみで戦わなければならない。

「(……これが、相性か……)」

 クロノは食い縛るように、目の前の現実を見る。
 最悪の相性を相手に、自分達は立ち向かわなければならないのだ。

「(逆に考えろ。まだ、“意志”のみで何とかなる)」

 魔法は使えない。しかし、“意志”による不死性はそのままだ。
 それどころか、仮の“領域”である結界も無事であり、簡単な魔法なら“意志”のみでも発動できる事を確認した。

「出来る事はまだある。諦めるにはあまりにも早すぎる……!」

「……その通りだ。故にレヴィ、落ち着かんか」

「だって~……!」

 魔法が使えず、いつもの速度を出せないレヴィを宥めつつ、ディアーチェはクロノの呟きに不敵な笑みを返す。

「一人の“意志”足りぬのならば、複数の“意志”を使えばよい。我らで張った結界のようにな。……尤も、さすがにこのままここに留まるのも愚策過ぎる」

「でも、だからと言って突貫する訳にもいかない。僕らは、ここを守るためにいるんだから。……皆の、帰る場所を守るために」

 突貫するにしても、今いる場所を手薄にする訳にもいかない。
 そのため、どうしても戦力を分断する必要がある。

「“意志”……」

「我らは動けん。しかし、誰かが倒しに行くか誘導するかしなければ勝てないのも確かだ。……どうする?と、聞くべきだが……」

 結界を張った四人は、“意志”を保つためにも結界から離れられない。
 それ以外の面子で、どうにか敵を倒すか連れてくるしかないのだ。
 そのための作戦をディアーチェが考えようとして、ふと優香が目に入る。

「……この神界においては、意志を始めとした抽象的な概念が強く作用する。それを利用すれば、空間置換や転移を魔法なして使えるやもしれぬぞ?」

「っ……もしかして、私と光輝の事を言っているの?」

 目が自身に向いていたために、自分に言っているのだと優香は思う。
 ディアーチェはそれに対し“さて、どうであろうな”と誤魔化す。

「抽象的な概念……まさか、夫婦だからとか、そういう……」

「驚きました。まさか王ともあろう方が、そんな事を言い出すとは……」

「さすがに我も考え方くらい変えるに決まっておろう」

 夫婦の絆。それを利用しようとディアーチェは言うのだ。
 クロノもシュテルも、いくら“意志”を使っていたとはいえ一瞬理解し難かった。

「二人の繋がりを利用して、私の“旅の鏡”を再現するって事?」

 シャマルも何となく理解し、そういう事なのかと確認する。
 返答は肯定だった。

「絆、夫婦としての繋がり……」

「出来ぬか?」

「……いえ。いいえ」

 ディアーチェの問いに、優香は静かに、力強く否定する。

「光輝も、優輝と緋雪達だって頑張っているもの。私だって、応えて見せるわ」

 光輝は未だにザフィーラ達と共に攻撃の盾となっている。
 そして、子である優輝達もこの先で戦っている。
 ともなれば、自分も奮い立つべきだと、優香は確かな“意志”を抱いた。

「さすがに単騎で、とは言わん。シュテル!レヴィ!」

「わかりました」

「出番だね!りょーかい!」

 ディアーチェの呼びかけにすぐに二人は応える。

「作戦……とは呼べぬが、想定する流れはこうだ。まず、二人を付けた貴様が肉薄する。そこで貴様ら夫婦で互いに想い合え。その“意志”が強ければ、空間置換を再現できるだろう。少なくとも、“意志”による魔法発動の助けになるはずだ」

「……わかったわ」

 全てが想定。どれもが確実に行くとは言えない。
 だが、そんな“可能性”を掴まなければ、勝利は見えない。
 故に、優香は即座に覚悟した。

「ぬ、ぐぁっ!?」

「そろそろ持たんぞ!」

「……余裕はない。すぐにでも往け!」

「ええ!」

 ザフィーラが吹き飛ばされ、前衛が限界になる。
 すぐさま、優香はシュテルとレヴィを連れて結界を飛び出していく。

「優香……!?」

「作戦通りだ!慌てるでないぞ……貴様はあやつを想え。貴様らの絆こそ、この状況を打開する一手になり得る……!」

「っ……!」

 光輝が飛び出していった優香を気にするが、ディアーチェがすぐに止める。
 クロノもディアーチェに同意するように頷き、光輝は一端気を落ち着かせた。

「……聞かせてくれ」

「よかろう」

 光輝は簡潔に説明される。
 要は、夫婦の絆を利用し、空間を繋げるないしその手助けをすると。

「優香は信じたからこそ行ったんだな?」

「当然だ」

「……なら、俺も信じない訳にはいかないな」

 ぐっと自身の剣であるデバイスを握りしめ、光輝は前を見据える。

「とにかく、今は攻撃を凌ぎ続けるだけだ」

「ああ。……さっきまでよりも、圧倒的な速度と頻度でボロボロにされる。防戦に徹しないと、あっという間に“意志”が挫ける」

 魔法が使えないため、“意志”以外で身体強化が出来ない。
 その上、防御魔法などの障壁も張れないため、結果的に出来る防御は攻撃に備えて踏ん張る事だけなのだ。
 そんな肉壁と同義な防御では、当然ダメージが防げるはずもない。
 体の丈夫なザフィーラすらとっくにボロボロの体だ。
 尤も、ザフィーラの場合は丈夫だからこそ、前に出て盾になっているとも言える。

「身体欠損の回復が間に合わなければ、踏ん張る事すら難しいな……」

「……随分、冷静な判断じゃないかクロノ……。現状って、控え目に言って地獄以上だけど……!」

 吹き飛ばされ、何度も立ち上がる。
 その度に自分達を奮い立たせるように軽口を叩き合う。

「結界があるからこそ、“負け”はない。……だから、結界の要である四人だけは確実に死守すべきだ。……故に」

「そこまで言わなくったってわかってるよ」

「要は、耐え続ければいいだけの事……!」

 決して防ぎきれる訳ではない。そのため、つい先ほどのユーノのように、結界を張った面子も同じように吹き飛ばされている。
 それでも、その身を盾にする事で僅かにでもダメージを減らしていた。

「……後は、“その時”が来るのを待つだけだ……!」

「頼んだぞ、優香……!」

 後を突貫した三人に託し、クロノ達は立ち上がり続けた。











「ッ………!」

 一方、突貫した優香達はただ走り続けていた。
 しかし、愚直に走るだけでは辿り着けない。
 そのため、敵を見つけるという“意志”の下、走っていた。

「次、来ます!」

「くっ……!」

「っとと……!」

 その途中でも、敵の攻撃はやってくる。
 むしろ、近づかせないようにより苛烈になっている程だ。
 しかし、先ほどまでと違い、自由に避け回る事が出来るため、回避は容易だった。

「(もっと、もっと早く、辿り着く……!!)」

 焦りにも近い強い“意志”で、優香は突き進む。
 直後、優香は空間を跳んだ。

「ッ……!」

「見えたッ!!」

 執念、覚悟、意志。それらが合わさり、優香を“魔力の性質”の神へと導いた。
 最早過程を飛ばしたかのような肉薄で、神も僅かに顔を強張らせる。

「ぁあああああっ!!」

 そのままの勢いで、優香はデバイスを振るう。
 杖としてだけでなく、棍としても扱えるため、近接戦も可能だ。
 だが、魔力が籠っていなければ、大した威力ではない。

「くっ……!」

 しかし、それでも優香の攻撃は理力の障壁を揺らした。
 “意志”によって、そこまで威力が昇華されていたのだ。

「はぁああああっ!!」

「せぇやぁああああっ!!」

 続くように、シュテルが杖で突貫し、レヴィが斧で斬りかかる。
 “天使”に阻まれはしたものの、これで一つ目の目的は達成した。

「私達の絆を……人の想いを、知りなさい……!!」

 そういって、優香は胸の前で手を組む。
 想うのは、神界の入り口にいる光輝の事。
 家族として、妻としての愛。それが一つの事象へと代わる。

「―――は?」

 思わず、神は間の抜けた声を漏らした。
 人間個人の想いなど、形になるほど強いはずがなかったのだ。
 どうあっても“格”が足りないため、想いそのものは強くでも神界に干渉できない。
 ……そのはずだが、目の前で空間が繋がる。

「光輝!」

「優香!」

 繋がった空間の先では、デバイスを片手に胸に手を当てる光輝の姿があった。
 その背後にはシャマルがおり、明らかに“旅の鏡”と同一の現象が起きていた。

「隙を見せましたね」

「今だー!」

 神の動揺を、シュテルとレヴィは見逃さなかった。
 “意志”で即座に肉薄し、各々の武器を叩きつける。
 そのまま繋げた空間に押しやり……

「はぁあああっ!!」

 ダメ押しに優香が吹き飛ばした。
 障壁でダメージはないとはいえ、それでも体は動く。
 それを利用し、そのまま押し込み切った。

「しまっ……!」

「では、ごきげんよう」

「じゃーねー」

 そのまま優香達も繋げた空間から合流。
 見事に神のみ引き寄せた結果になった。

「……さて、と。よくも散々やってくれたな。うん?」

「遠くからチマチマと……こっちは苛ついてんだ。覚悟出来ているよなぁ?」

 繋げた空間は閉じ、神に対しディアーチェやヴィータが詰め寄る。

「っ……嘗めるな―――」

「ふんッ!!」

 反撃に出ようとする神だが、先にザフィーラの渾身の一撃が叩き込まれた。
 “意志”によって理力の障壁すら貫通し、鳩尾へと命中した。

「がはっ……!?」

「悪いが、魔力を封じたからと言って、簡単に挫けはしない。むしろ……」

「魔力なしで攻撃する分、リンチ染みた絵面になるな……」

 寄ってたかって、物理で殴る。
 どう見てもリンチそのものだ。
 “意志”で威力を底上げしているとはいえ、見た目は酷いものになるだろう。

「………」

「まぁ、てめぇが魔力を封じているんだから、しょうがねぇよなぁ?」

「こちらとて、出し惜しみは出来んのでな。容赦なくいかせてもらうぞ」

 冷や汗を流す神。
 それは、相手の強さに苦戦するがための類ではなく、恐怖から来るものであった。













「はぁっ!!」

 トドメとなるシグナムの一太刀が決まり、“魔力の性質”の神は倒れた。
 あれから、“天使”による妨害はあったものの、それまでの神を相手にしたのと同じように、“意志”で“領域”を砕いて倒し切る事が出来た。
 
「……相性が悪くても、“意志”次第で乗り越えられる……か」

「確かに、その通りだったね……」

 クロノ達も満身創痍だ。
 だが、最悪な相性を相手にした割には破格の結果と言えるだろう。

「魔法も再び使えるようになった。これで回復も比較的容易になっただろう」

 瞬く間に物理的なダメージは消えていく。
 疲労の類も、深呼吸して息を整えればたちまち消えていった。

「……さぁ、まだ敵はやってくる。出来るだけ早く態勢を立て直そう」

 クロノの言葉に、全員若干うんざりしながらも次の戦いのために“意志”を備えた。
 優輝達の決着がつくまで、彼らの戦いは続く。

















 
 

 
後書き
“砕く性質”…文字通り。今回登場したのは物理的な“砕く”に特化している。実際に砕くだけでなく、相手の打撃系の攻撃を防ぐ際にもこの“性質”は働く。

“魔力の性質”…文字通り、魔力に関する事に長ける。強力な魔法を扱うのはもちろん、原作におけるAMF(アンチ・マギリンク・フィールド)の完全上位互換な事も出来る。魔導師にとって完全な天敵。


完全な力技による空間置換。神界はその気になれば何でもできる世界なので、こういう事も可能です。多分、高町夫婦でも同じ事が出来ます。 

 

第272話「音を重ね、奏でる」

 
前書き
奏Sideの話。
ちなみに、奏以外は二話以上に分割する予定です。
また、天廻達は描写する予定はありません。
人数が一人or二人とはいえ、やっている事はクロノ達と似たようなものですから。
イリスがいなければ、足止めに残った神だけで十分耐久戦は可能です。
 

 










「ッ……!」

 高速で動きつつ、刃を振るう。
 その度に、無慈悲にも障壁に弾かれる。

「ッッ……!」

 跳び、駆け、神から繰り出される攻撃を避ける。
 それは、“天使”に対する奏の分身も同じだ。
 タイミングは違えど、どの分身も本体と同じように膠着状態となっていた。

「(相変わらず、攻撃が通らない……!)」

 通常の攻撃では、例え全力で放っても通用しなかった。
 カウンターを当てても、理力の障壁は常時展開されており、攻撃は通らない。
 元の世界と違い、“性質”を相殺する事も出来ないため、この状態が続いていた。

「くっ……!」

 分身の一人が苦悶の声を漏らす。
 その分身は、本体に隠れるように砲撃魔法の術式を展開していた。
 決まれば、おそらく防御を貫けるであろう威力の砲撃魔法だ。
 だが、その分の溜めが長く、それが原因でこうして“防がれて”いた。

「(単純な防御だけじゃなく、行動の阻止という意味でも、“防ぐ性質”は働く。……前回は、やっぱり手を抜いていたのね)」

 より絶望感を与えるためだったのだろう。
 神は前回の戦いで奏に対し、決して全力ではなかった。
 それを伝える事で当時の奏を絶望させる事も出来、もしその必要がなくても今回の戦いで全力を出せば負ける事はないと自負していたのだろう。

「(……そもそも、ここまでの“性質”なら、イリスの洗脳も……)」

 “防ぐ性質”であれば、洗脳されるという事を防げたはず。
 それにも関わらず、こうして洗脳されている事に、奏は違和感を抱いた。

「(……まさか)」

 イリスに加担する悪神は、原則“負”のイメージを持つ“性質”ばかりだ。
 だが、絶対ではない事も確かではある。
 現に、奏は知らないが、優輝とは別の“可能性の性質”の神が嫉妬という一感情のみでイリスに加担している。

「(……間違いなく、イリスの“闇”はある。……その上で、洗脳されずに活動している、という事ね……!)」

 洗脳されれば“性質”は弱体化する。
 だが、その分を補填するようにイリスの“闇”で強化もされる。
 それを、目の前の神はいいとこどりしていた。
 “闇”を持っていながら、洗脳される事だけは“防いで”いたのだ。

「(尤も、考えた所で今は関係ないわ)」

 そう結論付け、奏は再び目の前の戦いに集中する。
 分身も全員攻撃が通らず、貫通できそうな攻撃は“性質”で阻止される。
 完全に千日手となっている状態だ。

「(分身は増やし続けられる。けれども、それだけで倒せる程、甘くないはず)」

 分身を増やす事で相手が対処できない程の数にする。
 その作戦自体は不可能ではないだろう。
 だが、それを許す程相手も考えなしではない。

「ッ……!?」

 直後、奏はそれ以上分身を増やせなくなった。
 本来ならば、魔力の制限がない神界ならば、無制限に分身出来るはずだ。
 しかし、現に分身は増やせなくなっていた。

「(まさか……!?)」

「これ以上の分身は“防がせて”もらったぞ」

「(やっぱり……!)」

 何かを未然に防ぐように、奏の分身も“防がれ”た。
 こうなっては、物量で突破する事もままならないだろう。

「(……可能なのは一回だけ、ね)」

 驚愕はしたものの、それ以上の動揺はしない。
 この程度で挫けるようでは、この場に来てはいないからだ。

「(チャンスはきっと来る。見誤ってはダメよ。私……!)」

 分身が増やせなくとも、減らされる訳ではない。
 そのため、膠着状態を続ける事は可能だ。

「っ……!ふっ!」

「対処するか……!」

 動きが止められる。攻撃の初動を“防がれ”た。
 だが、即座に体の動きを変え、反撃を避ける。
 さらに反撃を繰り出し、何とか間合いを保つ。

「(ただ攻撃を防がれるだけじゃなく、未然に防ぐ形で私の動きを阻害してくる。でも、“意志”次第で動きを変え続ければ突破できる)」

 無闇に攻撃し続けても、どの道防がれてしまう。
 そのため、奏は攻撃を最低限に留め、分析に徹していた。
 その中で分かった事は、“性質”と言えど完封出来る訳ではないという事だ。

「(次々に行動を起こせば、それだけ綻びが生じる。そのおかげで、“性質”を正面から突破する事が出来るのね)」

 刃を振るい、防御行動を取らせ、自身はきっちり攻撃を躱す。
 そうしながら、奏は思考を巡らせていた。

「(攻撃は軽くても、行動の早さなら負けない)」

 分析した結果、奏は自身が上回っているものに気づく。
 直後、神から見て奏の姿がブレた。

「くっ……!」

「シッ……!」

 途轍もない早さで連続行動を起こし、行動を“防がれ”る事を無効化する。
 さらに速度を上げ、防御の障壁を使わせる前に攻撃を放った。
 しかし、常時展開されている障壁に防がれた。

「速いな。だが、それだけでは倒せんぞ?」

「雨垂れ石を穿つって言葉を知らないの?」

 連撃を何度も叩き込む。
 分身は千日手を続けるようにし、本体である神を倒すために全力を注ぐ。

「ッ……!」

「遅い……!」

 砲撃、誘導弾、近接攻撃。
 あらゆる理力の攻撃を奏は躱し、即座に反撃を繰り出す。
 一撃を避ければ、お返しに二撃を。二撃ならば、四撃を。
 近接戦において、奏は決して神に劣っていない。
 今までならば互角だったかもしれないが、ミエラの経験を引き継いだ今ならば、正面から速さで圧倒出来るぐらいには強くなっている。

「ちっ……!」

「っ……!」

 普通の攻撃が当たらないのならばと、神は理力を放出する。
 全方位への攻撃ならば、奏も飛び退かざるを得なかった。
 だが、すぐにその動きを反転。
 転移魔法を利用し、攻撃を飛び越えて再び肉薄する。

「はぁぁっ……!」

 舞うように刃を繰り出し、回避と同時に蹴りも叩き込む。
 しかし、結局千日手に変わりはない。
 奏の攻撃は通じず、そして神の攻撃は奏に当たらない。
 不利なのは奏で、このままでは奏の気力が尽きるのが先になるだろう。
 防御にさえ注意を払えばいい神と違い、奏は常に全力で動き続けなければ“性質”によって止められてしまうからだ。

「……っ」

 まさに旋風のように、攻撃し続ける。
 反撃は空を切り、何十発もの連撃が一息の下に叩き込まれていく。

「む……!?」

 そして、変化が訪れた。
 あれほど強固だった障壁に、僅かとは言え罅が入ったのだ。

「そこ……ッ!」

 すかさず、奏がそこを突く。
 だが、刃は半ばで止まり、それ以上は進まない。

「動きを止めたな?」

「ッ―――!」

 それが“誘い”だと気づいた時には、僅かばかり遅かった。
 幸い、突き刺した刃は魔力で生成したもの。刃さえ消せばすぐに動けた。
 それでも、至近距離で放たれた理力の砲撃を躱し切れなかった。

「くっ……!」

「また、動きを止めたな!」

「しまっ……!?」

 そして、その攻撃の怯みから動けなくなる。
 理力を発揮し、全力で次の行動を“防いだ”のだ。

「ッッ……!」

「足掻くか……!」

 だが、“意志”はまだ足掻ける。
 全力で抵抗する事で、少しでも気を緩めれば動けるぐらいにまで拮抗させる。

「……私の目的は、足止め……!膠着状態になっても、それだけで私の役目は果たされる……!こうしている間にも、他の戦況は進んでいくわ……!」

「だから、どうした」

「っ……!」

 動揺を誘うために発言したが、まるで動じない。

「足止めが目的なのは、俺も同じだ」

「……そう。なら、せいぜい時間を稼ぐ事ね……!」

 相手も目的は同じ。
 ならば、後は真っ向からぶつかり合うしかない。
 奏はそう判断し、出し惜しみしていた力を開放する。
 最早、後の戦いの事は考えない。
 今この戦いに全力を注ぐつもりだ。

「なに……!?」

 神が驚きの声を上げる。
 奏の姿がブレ始めたのだ。
 それは、次の行動を“防ぐ”事が追い付かなくなってきた証だ。
 奏がこの戦いに勝つという“意志”を高めた事で、拘束が解けようとしていた。

「受けよ、天軍を束ねし聖なる剣……!」

「理力だと……!?」

 行動を“防ぎ”きれなくなると同時に、奏の両手に光が集束する。
 光は一振りの剣を形成し、拘束を完全に無効化した。

「はぁああああああっ!!」

「ッ……!ぉおおおおおおおっ!!」

 そのまま、奏は剣を振りかぶる。
 神も負けじと“性質”をふんだんに利用した障壁を多重展開。
 剣と盾がぶつかり合い、眩い光を撒き散らした。

「はぁっ、はぁっ……!これでも、倒し切れないのね……!」

「っ……!(まさか、全力で張った障壁を全部割るとは……!)」

 果たして、その剣は神の守りを全て破った。
 だが、倒すには至らない。
 ダメージはほとんど障壁で減り、直撃しても“領域”を砕くには遠かった。

「だが……これで、切り札は消えた……!」

「ッ……!」

 お互いに無事では済まなかった。
 しかし、奏の方が疲労が大きい。
 ただでさえ不利な奏が、さらに不利になった。

「(―――そう、相手は思うでしょうね)」

 “否”と、奏は神の言葉に心の中で答える。
 先ほどの理力の剣は、むしろ奏にとっても想定外の産物だ。
 ミエラが宿っていた影響、そして理力の残り滓で再現したに過ぎない。
 同じ事を奏がやろうとしても、ほぼ確実に失敗するだろう。
 例え出来たとしても、それは理力を扱える“天使”にでもなった後の話だ。

「っ、ふっ……!」

「そこだ!」

「くっ……!」

 先ほどの攻防で、奏は疲労を蓄積させた。
 その影響か、行動の阻害を跳ね除けられなくなってきた。
 躱せていた攻撃も躱し切れなくなり、理力の衝撃波に吹き飛ばされてしまった。

「しまっ……!?」

 本体の拮抗が崩れた。
 その事実は分身の奏達にも影響した。
 各々、少なからず隙を晒してしまい、最低でも防戦に陥ってしまった。
 中には、攻撃が直撃して決着が着きかけた分身もいる。

「(……まずいわね)」

 劣勢になった。これはまだいい。
 だが、分身を減らされるのは奏としても見過ごせなかった。
 しかしながら、本体の奏も他の戦闘に意識を向ける余裕はない。

「『全員、死んでも耐えきりなさい』」

 故に、ただ一言のみ、念話で告げた。
 戦闘の違いによる考え方のずれがあるものの、分身も奏そのものだ。
 どういった戦術、戦法、想定で動くかなどは、当然ながら分身も承知だ。
 そのため、その念話のみで、分身達は立ち直る。

「……ほう……」

「前回みたいに、簡単には揺らがないわよ」

「そう来なくては、潰し甲斐がないというものよ」

 面白そうに笑みを浮かべる神に、奏は顔を僅かに顰める。

「(……やっぱり、この神は“性質”にしてはおかしい。歪んでいる……!)」

 原則、神界の者はその“性質”を思わせる性格をしている。
 光の類であれば善人、闇であれば悪人と言ったように、大まかな区分もある。
 だが、目の前の“防ぐ性質”の神は、明らかに悪人染みた性格をしていた。

「(……考え方を変えるのよ。“天使奏”としての捉え方だと歪んで見えても、神界では特別おかしい訳ではないかもしれない)」

 ミエラの知識から、神の歪さをを推測する。
 しかし、その暇はなく、攻撃の回避を強いられる。

「なぜ……なぜ貴方は、イリスに味方する……!?」

「今更そんな事を聞くのか?」

「貴方は、あまりにも在り方が歪すぎる……!」

 思わず、奏は問いかけていた。
 その問いに、神は鼻で笑うようにあっさりと答える。

「俺が“性質”に沿う事を“防いで”しまったからだ」

「ッ―――!?」

 回答を聞き、奏は息を呑んだ。
 普段なら、理解はしきれなかっただろう。
 だが、ミエラの経験を引き継いでいるがために、理解出来てしまった。
 
「……一種の、アイデンティティの崩壊……」

 “性質”に沿う事を否定する。……否、否定して“しまう”。
 そうなれば、自我の改変、性格の改竄と変わらない。
 他の同じ“防ぐ性質”の神が避けていた事を、目の前の神が行ったのだ。

「だから、歪んだ……!イリスの“闇”で洗脳されずに、それを受け入れてしまう程に……!秩序を保つ側の“性質”なはずなのに、それと敵対した……!」

「その通りだ。……説得、及び洗脳の解除など、考えても無駄だ」

 歪だった。だが、それでいて奏は納得もしていた。
 明らかに“意志”の通りが悪かったのだ。
 普通の“性質”ならば、比較的“意志”を貫きやすかった。
 しかし、その在り方を“防いで”しまったがために、“領域”が歪になった。
 そのため、“意志”を貫いても“性質”による拘束から抜け出せなかったのだ。

「それと、()()()()()()

「ぇ……ッ!?」

 躱した方向に、不可視の壁が現れた。
 高速移動中故に、奏はそれを躱し切れずに激突する。

「(まずい……!)」

 動きを止めた。その上、神は“見切った”と言った。
 そこから予測できる未来。それは……

「かはっ……!?」

 ……不可避の一撃だ。
 先読みされた攻撃を奏は躱せず、理力の閃光が胴を貫いた。

「ッ……!」

 ただの閃光ではなく、それは針となって奏を地面に縫い付けた。
 そして、抜け出す前にその行動を“防がれ”る。

「どこまで耐えるか、見ものだな」

「生憎、それを見届ける事は出来ないわ。私が、倒すもの……!」

 “意志”を高め、ゆっくりながらも針から体を抜く。
 転移などによる脱出が出来ないのがもどかしく感じる程ゆっくりだ。
 当然ながら、神はそんな見え見えの隙を逃さない。

「ッッ……!?」

 まさに針地獄。奏は四方八方から理力の閃光に貫かれる。
 優輝達程ではないとはいえ、理力を圧縮した一撃だ。
 食らえば食らう程、奏の“領域”はダメージを受ける。

「くっ……!」

 “意志”でもなかなか抜け出せない。
 ならば、その時間を稼ぐ必要がある。
 そう判断して、奏は“意志”と共に魔力を圧縮させる。
 その圧縮した魔力弾を閃光にぶつけ、相殺を試みる。
 無論、全てに“意志”を込め、行動の阻害を何とか突破する。

「っ、ぁ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

「ちっ……抜け出したか……」

 ぞっとした。
 歪んだ“性質”による拘束は、ここまで強くなってしまうのかと。
 ミエラの知識に照らし合わせられるからこそ、恐ろしく思えた。

「(……今までなら、ここで絶望してた。……でも……!)」

 だからこそ、()()()()()()()だと、そう決意出来た。

「だが、ここまで打ちのめされれば―――」

「シッ……!!」

「なにッ!?」

 早く、速く一撃が繰り出される。
 その速さは、今までで一番早い。
 遅くなるどころか、さらに動きが速くなった事に、神も驚愕する。
 攻撃自体は相変わらず障壁に阻まれるものの、動きは一切衰えていない。

「いくら“意志”の通りが悪くても、私自身に作用する分には問題ないわ。……まだ、私は戦えるわ。攻撃は通らなくても、この動きについてこれるかしら?」

   ―――“Delay(ディレイ)

 原点回帰とばかりに、移動魔法を連発する。
 行動を“防がれ”れば、その分だけ魔法を連発し、無理矢理動く。
 その動きが逆に不規則性を生み出し、神を翻弄する。

「っ……無駄だ!」

「それでも、敗北を認める理由にはならない……!」

 斬撃が迸り、その悉くが障壁に阻まれる。
 攻撃は一切通らない。
 斬撃だけでなく、魔力弾や砲撃魔法も使うが、結果は同じだ。

「――――――」

 当然、そんな千日手で奏は終わらせない。
 並行して一つの魔法を組み上げていく。
 それを事前に“防がれ”ないように、同時にいくつもの攻撃魔法を使いながら。

「(これで……!)」

「見えているぞ!」

「ッッ……!」

 だが、発動直前でその魔法は“防がれ”た。
 発動するのに近づくにつれ、その魔力の動きを察知されてしまったのだ。
 “意志”を伴えば、確実にダメージを負わせられる威力だからこそ、神も決して警戒を緩めずにいた。

「唯一通じる手札は決して切らせん。……このまま千日手になるか?」

「………」

 既に千日手の自覚は奏にもある。
 そして、もうそれを打開できないと神が思っていると、確信した。

「―――お断りよ」

 大きく息を吐き、間合いを取ると同時に微笑むように奏は言った。

「ガードスキル“Absorb(アブソーブ)”」

 分身を本体に還元するスキルを使う。
 当然、それも“防がれ”るため、連打するようにゴリ押して使用した。
 そして、分身が戻ってくる。

   ―――“Angel Beats(エンジェルビーツ)-Orchestra(オーケストラ)-”

「ッ―――!?」

 直後、極光が神を呑み込んだ。
 張られていた障壁を容易く破る程の“意志”と威力の攻撃が、奏から放たれたのだ。

「……倒し切れなかったわね」

 対し、奏は当然と言った様子で結果を見ていた。
 分身を戻した際の反動も想定していたのか、大して堪えていない。
 むしろ、分身一人一人が“意志”を強く持っていたようで、回復していた程だ。

「がはっ……!?な、何、が……!?」

「オーケストラは、一つ一つの楽器の音を重ね、一つの音楽として成り立たせるわ。……音を重ね、奏でる。それを私もやっただけの事」

 分身が、それぞれ術式の一部と魔力を用意しておく。
 その分身を本体に戻す際、術式の欠片は合わさり、完成する。
 後は用意していた魔力で魔法を即座に発動という流れだ。
 当然、分身達の“意志”も戻ってくるため、その魔法が“防がれ”る事はない。

「耐えたのは、予想外だったけどね」

「っ、ぁ……!?」

 神は息を呑んだ。
 自身の守りを容易く打ち破る攻撃。
 それを、奏はこの時まで隠し通していたのだ。
 そして、その切り札は確かに神を打ちのめす威力を持つ。
 そうなれば、神も戦慄せざるを得なかった。

「ッ、だ、だが……一度耐えれば、もう……!」

「それは」

「どうかしら?」

「なッ……!?」

 再び奏が増える。
 “防がれ”る事で阻止されていた分身が、使えるようになっていたのだ。

「一度大きなダメージを受けた事で、貴方の“性質”による干渉が途切れた」

「そうなれば、分身も再度可能よ」

「このように、ね」

 増える。増える。
 鼠算式の如く、奏の数が神と“天使”と同等に増えていく。
 神も再度“防ごう”とするが、“意志”を貫く事で奏はそれを跳ね除ける。

「貴方は言ったわよね?“これで、切り札は消えた”と……」

「―――そんな訳、ないでしょう?」

 最早、奏の分身は止まらない。
 奏の言葉が突き刺さり、神の戦慄も止まらなくなった。
 “天使”が割り込もうとしていたが、分身がそれを止めていた。
 そうなれば、もう奏の独壇場だ。

「まとめて、薙ぎ払ってあげる……!」

 増えに増えた分身が、再度集束していく。
 積み上げられた術式が、大きく展開される。
 欠片のように集められた“意志”が、“性質”の干渉を跳ね除ける。

「これが、私が奏でる“音”よ!」

   ―――“Angel Beats(エンジェルビーツ)-Orchestra(オーケストラ)-”

 そして、再度極光が放たれた。
 それは先ほどよりも大きく、鮮やかで、まさしく楽団(オーケストラ)の如き魔法だった。













「………私の、勝ちよ」

 極光が消えた時には、神の姿はなかった。
 奏自身、確実に“領域”を砕いた手応えを感じていた。

「……かなり、時間を使ったわね」

〈地球換算で、戦闘だけでも21分かかりました〉

「神界ともなれば、どれだけのロスになるかわからないわね……」

 戦闘に専念するため沈黙していたエンジェルハートの言葉に、奏は少し考える。

「……進むわよ」

〈彼の下へ?〉

「当然」

 すぐに考えはまとまり、奏は神界の奥へと歩を進める。
 向かうのは、イリスのいる場所。
 優輝の力となるため、奏は突き進んでいった。















 
 

 
後書き
Angel Beats(エンジェルビーツ)-Orchestra(オーケストラ)-…奏の切り札を分身を利用して放つ最終奥義。まさにオーケストラの如く、分身一人一人が術式の欠片及び魔力を用意し、本体に還元すると同時に魔法を発動させる事で発動。即時発動なだけでなく、威力も本来の魔法よりはるかに強力になっている。


終盤になって若干短くなってきましたが、変に長くしても中身が薄くなるのでこれで行くことにします。
行動を事前に“防ぐ”。かなり強力な“性質”ですが、奏はそれをPCやゲームなどで言う更新やボタン連打のような行為で強引に突破していました。傍から見れば単純な高速戦闘ですが、中身は割とシュールな事をやっています。
 

 

第273話「その想いは、決して阻めぬ祈り・前」

 
前書き
司side。
269話直後から始まります。
 

 














「ッッ!!」

 迫る理力の極光を、円錐状の障壁で受け流す。
 同時に、お返しとして祈りによる理力の極光を放つ。
 極光は神と“天使”の群れに穴を開け、僅かに手傷を負わせる。

「呑み込め……!」

 上下から、交互に極光が放たれる。
 壁のように放たれる極光が、多くの神々を押し流す。

「まだまだ……!」

 際限なく“祈り”を起こし、極光が雨霰の如く放たれる。
 死角や弾幕を縫っての攻撃も、既に張ってある障壁で防ぎきる。

「(何とか安定させました。後は、負けないようにするだけ……!)」

 “性質”による干渉も、既に“祈り”による防御で弾いている。
 完全に相殺とまではいかないが、単純な戦闘においては決して致命的な干渉は受けないようになっていた。

「……司さんも、頑張ってくださいね……!」

 プリエール・グレーヌは司に託してある。
 天敵に対する対策のために、祈梨が所持する訳にはいかなかった。
 自身の戦力低下を顧みても、自身が持つべきではないと祈梨は判断していた。
 だからこそ、司を信じて祈梨は戦い続ける。



























「ぐっ……ッ!!」

「ッ……!」

 理力の衝撃に仰け反り、だが同時にシュラインを振るう。
 現在、“早い性質”を相手に司は相打ち前提で戦っていた。

「っ、くぅ……!」

 捨て身のカウンターで、先手を取られてもダメージを与える。
 だが、相手は神だけでなく“天使”もいる。
 複数人相手に捨て身の戦法を取っていれば、そのうち追い詰められる。

「そこ!」

「がっ!?」

 だからこそ、先手を取らせ、その防御と同時に仕込んでおいた“祈り”を使って“天使”を仕留める。

「(仕留めきれなかった!)」

 しかし、一撃で倒せる程相手も甘くはない。

「ッッ……!」

 連続で先手を取られ、その度にギリギリでカウンターを当てる。
 槍の形であるため、全部の攻撃にカウンターを返せる訳でもない。
 それでも、ただ防御するよりはマシだと、司はカウンターを返し続ける。

「(なんとなく、分かった事はある)」

 戦いが始まってまだ数分も経っていない。
 それでも、司は神と“天使”に癖のようなものがあると見抜いていた。

「(“早い性質”。行動の早さを以って、先手を取ってくるけど―――ッ!)」

 思考の合間にも戦闘は続く。
 一度、カウンターを止め、防御に徹しつつ思考を続ける。

「(ありとあらゆる行動に対し、連続で先手を取る事は)」

 障壁を張ろうとした所への攻撃を、シュラインの柄で逸らす。

「(ない……!)」

 本来ならば、その柄で逸らす行為にも先手を取られる。
 だが、そうなる事はなかった。
 複数人で来た場合はその限りではないが、今の所ほとんど一対一だ。
 波状攻撃もあるが、複数を同時に相手どる事はない。

「(……尤も、“今の所は”と注釈が着くけど、ねっ……!)」

 回避先へ回り込まれるが、その攻撃で敢えて飛ばされる事でダメージを最小限に抑え、同時に間合いを取る。

「(……それと、どう見ても複数で同時には来ない。そうしていれば―――)」

 またもや思考に割り込む理力の斬撃が迫る。
 回避した所へ先読みされ、不可避の極光が司を呑み込む。

「(―――私の動きを完封出来るはずなのに……!)」

 “意志”でそれを耐え、同時に魔力を“祈り”と共に爆発させる。
 本来ならば、これも先手を取られるはずなのだ。

「(やっぱり、同じ“性質”でも、邪魔し合うんだろうね……!)」

 再び飛んできた斬撃を受け止めつつ、司はそう結論付けた。
 “早い性質”は、同じ“性質”同士でも先手を取ろうとする。
 そのため、お互いにブッキングしてしまうのだ。
 だからこそ、司の考える通り同時にかかってくる事はないのだ。

「(……と、いう事は―――)」

 瞬時に肉薄され、顎を蹴り上げられる。
 だが、先手を取られても司は回避へと体を動かしていた。
 結果、ダメージを抑えつつ魔力を爆発させて反撃出来た。

「(例え、その分野だとしても“性質”は完全無欠じゃない……!)」

 事前に障壁を張ろうとして、その先手を取られる。
 その妨害を最低限のダメージで受け流し、カウンターを繰り出す。
 カウンター自体は先手を取られて防がれたが、そこまでの動きは一切邪魔される事なく行う事が出来ていた。

「やっぱり……!」

 ならばと、司は思考を切り替える。
 これ以上の考察は必要がないため、思いついた策を実践する事にした。

「ッッ……!」

 先手を取らせ、その攻撃をギリギリで受け止める。
 同時に術式を構築し、吹き飛ばされながらも防御魔法を展開する。

「これは……」

 さらに先手を取られるが、展開した防御魔法が攻撃を阻む。
 すぐに破られはしたが、その間に司は祈りを実現させていた。
 これにより、より強力な障壁が展開される。

「……さぁ、どうやって突破する?」

 先手を取られようと、既に張った障壁が攻撃を阻む。
 そして、そこへさらに障壁を追加する事で、完全に攻撃を遮断した。
 理力の出力によっては破られるが、それでも障壁を常時展開できるのは大きい。

「真正面から吹き飛ばせばいいだけの事……!」

 そういって、神や“天使”が一斉に理力の極光を放つ。
 まともに受ければ、障壁は紙切れのように吹き飛ぶだろう。
 ……だが、これで既に“先手”は取ってしまった。

「そこっ!」

「ッ!?しまっ……!?」

 故に、司の転移は妨害されなかった。
 そのまま“天使”の一人に肉薄し、シュラインを突き刺す。
 追撃として魔力を爆発させ、その肉体を四散させた。

「っ……!」

 そのまま、まず先手を取らせ、障壁を犠牲にする。
 即座に障壁を追加し、上に跳ぶ。
 直後、理力の極光が寸前までいた場所へと飛んできた。
 そこへ、司は干渉する。

「(“性質”が干渉しあうなら、この攻撃は所謂無属性!なら……!)」

 理力のみの極光に“祈り”を作用させる。
 と言っても、自在に操れる訳ではない。
 単に“味方に当たらない”という効果を打ち消すだけだ。

「まず、一人」

 司が寸前までいた場所には、先ほど爆発四散させた“天使”がいた。
 本来、味方の……それも、同じ“性質”の“天使”や主である神の攻撃で同士討ちする事はあり得ない。
 それを知っているからこそ、敵は司に向けて攻撃をしていた。
 司は、そんな攻撃を逆手に取り、あり得ないはずの同士討ちをさせたのだ。

「(別の“性質”を付与する事での同士討ち……上手くいった……!)」

 何度も先手を取られ、障壁が破られる。
 だが、司も負けじと障壁を展開し続け、こうして普通の戦闘が出来ていた。
 結果として、ついに戦況が動いたのだ。

「なっ……!?」

 “天使”の一人が動揺する。
 それこそ、司の狙いだ。
 まともに戦える状況に持っていく事や、実際に倒す事は過程でしかない。
 “意志”が強く関わる神界での戦いにおいて、動揺させる事こそ重要だ。

「くっ……!」

「ッ……!(間に合う……!)」

 その影響か、先手を取られても防御行動が間に合うようになっていた。
 尤も、防ぎきれる訳でもないので、結局司は回避を強いられる。

「落ち着け」

「っ……!」

 だが、神もそんなに甘くはない。
 たった一言。それだけで広がりかけていた動揺が止まった。

「障壁自体は破れる。ならば、波状攻撃で攻め続ければいい」

「(―――あぁ、もう)」

 上手くいくと思った矢先だった。
 神の言った通り、波状攻撃で攻められると障壁展開が間に合わなくなる。
 混乱に乗じてそれを誤魔化せればよかったのだが、そうはいかなかったのだ。

「(勢いのままなんて)」

 障壁が割られ、即座に追加する。
 ……が、二枚目が同時に割られた。

「(さすがに、上手くいかないか)」

 追加の展開が間に合わない頻度で攻撃が迫る。
 回避しようにも、その行動の先手を取られるため、避ける事も出来ない。
 結果的に、せっかく張った障壁は全て割られてしまった。

「(仕切り直し―――)」

 先手を取られ、避ける事も防ぐ事も出来ない一撃が司を吹き飛ばす。

「(―――それすら、難しい)」

 体を捻り、すぐに着地。
 ……だが、体勢を立て直す暇はない。

「っ、この……ッ!」

 一撃、二撃と理力の剣を逸らす。
 しかし、不定形の理力の攻撃までは逸らせず、再び吹き飛ばされた。

「だったら……!」

 着地と同時に、追撃が迫る。
 防御魔法で先手を取らせ、捨て身のカウンターを放つ。
 それを連続で行い、波状攻撃を凌ぐ。

「くっ、ぁあっ!?」

 しかし、やはり“早い”。
 防御を、カウンターを抜けて攻撃が司に直撃する。

「(動きと思考を止めちゃダメ!)」

 継続して思考を巡らし、行動する。
 先手を取られても行動しなければ、それこそ前回における敗北の二の舞だ。

「(先手を取られた際の動きは、同じ相手なら絶対に先手を取られ―――)」

 攻撃が弾かれ、咄嗟に司は体を捻る。
 “天使”の攻撃を躱すものの、別の“天使”の斬撃が司を吹き飛ばす。

「(―――ない!でも、連携を取られた!)」

 同じ相手に、連続で“先手”は取れない。
 先手を取った際の動きに先手を打つのは、完全な矛盾を引き起こす。
 “矛盾の性質”のような“性質”があれば、それも可能だっただろう。
 だが、“早い性質”単体ならば、その矛盾で追撃は放てない。
 尤も、別の“天使”などが連携を取れば、その矛盾も発生しなかった。

「(大丈夫。まだ、“意志”は挫けない……!)」

 先手を取られようと、攻撃が直撃しようと、司は耐える。
 攻撃が防げない、躱せないのは、とっくに覚悟していた。
 そのため、物理的ダメージでは司は決して挫けない。
 “意志”が折れるのは、それこそ司が絶望しない限りありえない。

「(まずは、数を減らす……!)」

 まだ一人しか倒せていない。
 数さえ減らせば、波状攻撃も緩み、それだけ反撃の目が見えるだろう。
 そのために、司はストックしていた“祈り”を開放する。

「ッ、そこ!」

 先手を取られ、極光が司を呑み込んだ。
 だが、その中から司が“祈り”で反撃を繰り出す。
 圧縮された閃光、それが“天使”の一人を貫く。

「ッ……!」

 さらに行動を起こし、その先手を取られて理力の刃に切り裂かれる。
 その反動を利用しつつ転移し、勢いのままシュラインで“天使”達を薙ぎ払う。

「もう、出し惜しみはしない!」

 ストックしておいた“祈り”をどんどん開放していく。
 神界の存在相手でも劣らない威力の極光で、一気に“天使”を薙ぎ払う。

「な、ここに来て……ッ!?」

 一人、二人と“天使”の“領域”が砕けた。
 これで数も減り、司の逆境を若干覆した。

「………」

「……弾切れのようだな?」

「っ………!」

 だが、そこでストックしていた“祈り”が尽きる。
 実際はまだ残ってはいるが、それでも今使える“祈り”はなくなった。

「でも―――」

「数が減った所で、こちらの有利は変わりない」

「っづ……!」

 理力の衝撃で司は打ち上げられる。
 直後に追撃の極光が司を襲うが、シュラインを盾のように構え、耐える。

「ぁぐっ……!?」

 何度も耐え、先手を取られた上でのカウンターも繰り出す。
 しかし、それだけでは倒し切れない。
 最早、以前の戦いの焼き増し。
 そんな劣勢に司は追い込まれていった。









「っ………!」

 既に数えるのも億劫な程吹き飛ばされた司が、ついに膝をつく。
 “祈り”を切らしてから倒せたのはたった一人だけだ。
 未だ司が圧倒的不利なのは変わらず、こうして瀕死になっていた。

「以前よりも随分としぶといな」

「けほっ……だって、絶望する必要がないからね……」

 ここまで打ちのめした事と、それまでカウンター以外成す術がないと判断した事から、神は普通に司と会話した。
 対し、司は不敵な笑みを浮かべながら神の言葉にそう返す。

「……なに……?」

 その時、神が違和感に気づく。
 “領域”または“意志”が削れていけば、それだけ回復に時間がかかる。
 その事から、瀕死状態の司を見て追い詰めたと判断したが……

「もう、十分かな」

 目の前の司が、全快して普通に立ち上がる。

「シュライン、行けるよね?」

〈当然です〉

 シュラインはそれだけ言って再び沈黙する。
 同時に、司の腰回りを周回するように、プリエール・グレーヌが浮かぶ。

「………」

 淡い光が司を包み、消えていく。
 それを受け入れ目を瞑っていた司が、改めて神達を見る。
 その瞳には、決して神に劣らない強い“意志”の力がこもっていた。

「くっ……!」

 その何とも言えない威圧感を受けながらも、“天使”が先手を取る。
 踏み込もうとした司の懐に肉薄し、掌底を―――

「はぁっ!」

 刹那、司が踏み止まるように足を振り下ろす。
 その瞬間、“祈り”が爆発する。

「なっ……!?」

 “天使”達が吹き飛ぶ。
 それを尻目に、司はシュラインを回して構え直す。

「このっ……!」

 今度は残った“天使”達が一斉に襲い掛かった。
 先手を取り、それぞれ理力による攻撃を振りかざす。

「遅いッ!」

 だが、その“早さ”を司は真正面から迎え撃つ。
 先手を取っても、それ以上の反応速度で攻撃を弾き、カウンターを叩き込んだ。

「ど、どういう―――」

「ふっ!!」

「ッ……!」

 動揺する神に、司は神速の刺突を放つ。
 一瞬で肉薄され、神は咄嗟に先手を取って槍を逸らし、掌底で吹き飛ばした。
 だが、そのカウンターは障壁を纏った司の片手に防がれていた。

「散々、その“性質”は見た。……もう、その“性質”は効かないよ。私が、そう“祈った”からね。そのために、わざわざ戦いを長引かせたんだから」

 後退し、構え直しつつ司はそう言った。

「そもそも、先手を取るだけで勝てる程、神界の神は甘くない。その“性質”が明確に通用するのは、攻撃の過程が存在する神界以外の存在だけ」

「ちっ……!」

 神と“天使”で連携を取って攻撃を放つ。
 だが、司はそれらに対し先手を取られた上で全て弾き、防ぐ。

「でもね、先手を取っただけで、確実に攻撃が阻止できる訳がないんだよ」

 そう。飽くまで“先手を取る”までしか出来ない。
 特に、本来は“早い性質”なため、先手を取るのは副産物でしかない。
 それこそ“先手の性質”ならば、もっと強い効果を見込めたかもしれないだろう。
 ……だが、例えそうだったとしても、今の司には通用しない。

「先手を取られる?なら、その上で発動すればいいだけの事だよ」

 そういって、先手を取ってきた“天使”に、“祈り”の極光を叩き込む。
 先手を取られていたため、攻撃は食らっていたが……司はその事にお構いなしに反撃を叩き込んでいたのだ。

「くそっ!」

「甘い!」

 転移と共に、三人の“天使”に襲い掛かる司。
 先手を取って“天使”も転移するが、即座に司が再度転移する。

「ッ……!」

「だからと言って、そう簡単に負ける訳ではない……ッ!」

 振るわれる司の一撃を、神が理力で防ぐ。

「戦闘技術なら、そう簡単に負けないよ……!」

「ほざけ……!所詮は理力もない存在。私に勝てるはずが……ッ!?」

「人間から神にだってなれる。……だったら、神を倒すぐらい、出来るでしょ!」

 攻撃の早さは未だに神の方が上だ。
 だが、その上で司は立ち回り、神と“天使”の攻撃を捌いている。
 防御から攻撃への流れを縮める事で、互角に渡り合う。

「ッ……!」

「はぁっ!」

 両サイドからの理力の極光を跳んで避け、即座に転移する。
 転移からの攻撃で先手を取られ、シュラインで理力の斬撃を逸らす。
 即座にシュラインを回し、柄で理力を砕く。
 直後、転移で背後に回られるが、司も転移して体の向きを反転。攻撃を防ぐ。
 背後から、神が極光を放つが、転移を一瞬で発動させる事で回避を間に合わせる。
 上を取り、“祈り”をシュラインに纏わせ、特大の斬撃を放つ。
 これらの流れを、司は数秒にも満たない間に行った。

「ただの白兵戦なら、私は負けない!」

 連続転移。その数25。
 プリエール・グレーヌが転移魔法の発動を担う事で、それを可能にする。
 先手を取られようと、連続転移について行く事は出来ない程だ。
 そして、司はその転移の合間にシュラインによる攻撃や、魔力弾を放つ。

「そこか!」

「っ……!」

 最後の転移先を神に読まれ、背面でシュラインと理力の剣が拮抗する。
 だが、それも一瞬だ。
 司が“祈り”による身体強化で一瞬だけ神を上回る。
 その一瞬だけで剣を押し切り、その勢いで蹴りを叩き込んだ。

「かはっ……!?」

「ふっ……!……ッ、シュライン!!」

 怯んだ神に対し、転移で上に回り込む。
 そのままシュラインで地面へと叩きつけようとし……即座に命令を下す。
 先手を取り、司の背後を取った“天使”に対し、“祈り”を開放した。
 極光が司を中心に広がり、神ごと“天使”を巻き込み、炸裂する。

「ッ……シッ!」

「がっ!?」

 炸裂した爆炎の中から脱した“天使”の背後へと司は転移する。
 そのままシュラインで貫こうとするが、先手を取って“天使”が背後へと転移した。
 しかし、司は即座に対応し、突き出そうとした槍を反転。柄で“天使”を突いた。

「なっ……!?」

「どんなに“早く”ても、私の方が……速い!」

 別の“天使”が理力の砲撃を司に放つ。
 だが、即座に司は障壁を張り、その砲撃を弾いた。
 “早さ”を速さで圧倒する事で、先手を取られてもそれをモノともしていないのだ。

「はぁっ!」

 先手を取られてもその妨害をものともせず、司は“祈り”の刺突を繰り出す。
 たった一発の刺突が“祈り”で強化され、幾重もの刺突と化す。

「ぁ、ぇ……」

 最早先手を取られようと関係なかった。
 “天使”は穴だらけとなり、直後に極光に呑まれる。
 ただでさえ“意志”を伴っていたため、その“天使”の“領域”は砕けた。

「(あと、“天使”は二人……!)」

 司が全力を出す前に何人か仕留められていたのは大きかった。
 残っていた“天使”も少なく、今ではもう二人しか残っていない。

「だから、遅いよ!」

 攻撃後の隙且つ、次の行動の先手を取って“天使”が肉薄してくる。
 だが、司は即座に対応し、振るわれた理力の刃を弾く。

「っ、薙ぎ払え!」

 次の行動の前に、極光が司を襲う。
 司は目の前の“天使”への追撃を止め、“祈り”を斬撃として薙ぎ払った。

「皆、お願い!」

 さらに先手を取って追撃を妨害してくる。
 しかし、司はプリエール・グレーヌを使ってそれ以上の妨害を許さなかった。
 迎撃、相殺、障壁。あらゆる魔法を“祈り”と共に展開する。

「あと、一人!」

「かはっ……!?」

 連携を崩された今、“天使”一人では司に成す術はない。
 必然的に、また一人“天使”の“領域”が砕かれた。

「ッ……!」

 そして、ここまで来れば相手の動揺も相当なものになっていた。
 既に司に苦戦する要素はなく、一切苦戦する事もなく最後の“天使”も倒された。

「……残りは……」

「くっ……!」

 残ったのは神一人のみ。
 その神も、最初の威勢はどこへ行ったのやら。
 完全に司の勝利が確定していると見える程だった。

「容赦はしないよ」

 巨大な魔法陣を中心に、いくつもの魔法陣が重ねられていく。
 同時に、“祈り”も束ねられ、巨大な魔力がそこへと集う。

「くそっ……!」

 先手を取った妨害が司を襲う。
 しかし、並列展開された極光がその攻撃を相殺した。
 同時に、魔力の充填が終わる。

「これで、終わ―――ッ!?」

 いざトドメの一撃を。
 そう司が宣言しようとした瞬間、体の全機能が一時停止する。

「な、にが……!?」

 まるで、“トドメを刺す”という行為そのものを妨害されたかのような気分。
 そう思った瞬間、司は悟った。

「……来たんだ。私の、本当の天敵が……!」

 いつの間にか、“早い性質”の神の隣に、別の神がいた。

「さしずめ、“妨害の性質”……!」

「……ご名答」

 口角を上げ、司の言葉に気味の悪い笑みを返す神。
 問答無用な行動の阻害。
 祈梨から聞いていた通り、理不尽に厄介なのを司は身をもって知った。

「(出来れば、“早い性質”の神は倒しておきたかったけど……)」

 シュラインを握り直し、司は構える。
 先ほど攻撃を妨害された事で、司は体で理解していた。
 ……ここからが、本番なのだと。



















 
 

 
後書き
“矛盾の性質”…地の文のみ登場。文字通り矛盾を扱う“性質”。矛盾を打ち消す事もできるらしく、集団戦向き。

“先手の性質”…地の文のみ登場。先手を取る事に特化している。

“妨害の性質”…ありとあらゆる行動に対し“妨害”が出来る“性質”。司や祈梨の天敵。一応、突破口は存在している。


デバイス達がほぼ喋らないのは、戦闘に集中するためだったり、敵の干渉を受けないように“意志”を固めているからだったりします。……と言うのは建前で、メタ的には書ききれないだけだったりします。 

 

第274話「その想いは、決して阻めぬ祈り・後」

 
前書き
司編後半戦です。
 

 














「かはっ!?」

 紙切れのように、司の体が吹き飛ばされる。
 体勢を立て直そうとしても、その度に“妨害”される。

「ッッ……!」

 全魔力を防御に回すも、その前に“妨害”され、上手くいかない。
 反射的な防御以外、意識している限り何もかもが“妨害”されていた。

「(ここまで厄介なんて……!)」

 “妨害の性質”を持つ神とその“天使”がやってきてから、司はこの調子だ。
 神単体ならば、もう少しマシだったかもしれない。
 しかし、“天使”と“早い性質”の神がいるため、余計に苦戦していた。

「(咄嗟の反撃すら、“妨害”される……!)」

 あらゆる行為を“妨害”されるため、ほとんど何も出来ずにいた。
 幸いと言うべきか、思考まではそこまで“妨害”されておらず、思考を巡らす事自体は継続出来ていた。

「(意識するあらゆる行動に割り込まれる。……わかってはいたけど、ここまで厄介なんて。それに、“早い性質”で先手を取られるのもかなりまずい……!)」

 ただ先手を取る訳ではなく、“妨害”をしてくる。
 “攻撃を食らっても行動する”というつもりでも、問答無用で阻まれるのだ。

「(先手を取られるせいで、“妨害”を無視できない……!)」

 対抗できるとすれば、“妨害があっても実行する”という“意志”だ。
 だが、その“意志”すらも、“早い性質”によって先手を取られてしまう。
 二つの“性質”によって、最悪なコンボを決められていた。

「(何より、洗脳されていない神の“性質”……!単純に、強い……!)」

 そして、“妨害の性質”の神はイリスの洗脳を食らっていない。
 神自身の意志でイリスの勢力に入っているのだ。
 そのため、放たれる“性質”の力は本来の強力さを持っている。
 それらが全て噛み合った結果、司はこうして蹂躙されていた。
 もし、どれか一つでも司に都合が良ければ、既に逆転できていたかもしれない。

「っ……!」

 攻撃を受けて“妨害”されるだけじゃない。
 単に体を動かせなくなったり、術式が即座に破棄されたりなど、無視できないような“妨害”ばかりなのだ。
 今もまた、回避しようとして硬直させられ、“天使”に吹き飛ばされる。

「ッ……!」

 そして、吹き飛んだ先に別の“天使”が理力の剣を振り被っていた。
 その攻撃に対し体を動かそうとして、やはり止められる。

「ッッ!」

「くっ……!」

 ……しかし、それでも司は動いた。
 無我夢中だったのか、振るわれたシュラインは理力の剣を僅かにずらすに留める。
 それでも、攻撃は直撃せずに済んだ。

「なに……?」

 その事に、“妨害の性質”の神が僅かに訝しむ。
 だが、すぐさまその思考を取りやめ、司へ追撃となる“妨害”を仕掛けた。

「ぁぐっ!?」

 さらに“早い性質”の恩恵を受けた“天使”が司を地面に叩き落す。
 叩きつけられ、バウンドした所を追撃の極光が襲う。

「っ……!」

 司はそれでも耐える。
 しかし、事態は一切好転せずに再び理力によって吹き飛ばされる。

「ぁあっ!!」

「くっ……抵抗、するな!!」

 “それでも”と、司は敵を睨みつける。
 相も変わらず、体の動きは“妨害”される。
 しかし、無造作に、そして唐突に魔力弾が敵を襲った。

「(どんなに強くても、完封出来る訳じゃ、ない!!)」

 反撃に動く事を“妨害”され、再び理力の砲撃に吹き飛ばされる。
 だが、そんな中でも、司はそう確信出来ていた。

「(どこかに突破口が―――)」

 思考に割り込まれる形で、理力の槍に貫かれる。

「(―――ううん、それはもう、見えている―――!)」

 さらにいくつもの槍に貫かれるも、司の“意志”は決して折れない。

「くっ……!」

 吹き飛ばされ、斬り刻まれ、貫かれる。
 お手玉のように体は飛び、体勢を立て直す事すら“妨害”される。
 何も出来ないまま、だが打開しようと考えながら、司はまた吹き飛ぶ。

「ッッ……ここぉっ!!」

 そして、包囲の外に吹き飛ばされた瞬間に、“意志”を爆発させる。

「しまっ……!?」

 先手を取られてもそれを無視し、“妨害”を“意志”で突破する。
 爆発させた“意志”は一筋の極光となって“妨害の性質”の神へと突き進む。

「無駄だ!!」

 だが、その極光は命中しなかった。
 司ではなく、極光そのものに“性質”を働きかけた事で、進行を“妨害”したのだ。
 結果、極光の軌道は逸れ、そのまま素通りしてしまった。

「っ………!」

 攻撃が当たらなかった事に司は歯噛みする。
 直後、“天使”による反撃を食らい、横に吹き飛ばされる。

「ぐっ……!」

 回避や防御のための一挙一動が“妨害”される。
 そうなっては、司に攻撃を凌ぐ術はない。
 渾身の反撃も空しく、司は再び攻撃の嵐に晒される事になった。

「(……信じるよ。私……!)」

 ただ一つ、自分自身を信じて。











「かふっ……!?」

 地面をバウンドし、司は体勢を立て直す事も出来ずに地面に倒れ伏す。

「ぁ……ぅ……」

 手足に力を入れても、起き上がるのに時間がかかる。
 それほどまでに、司は打ちのめされていた。

「なかなかにしぶとかったが……ここまでだな」

「全く……梃子摺らせられたな」

 結局、司は終始圧倒されたままだった。
 あらゆる回避及び防御行動は“妨害”され、さらには先手も取られる。
 理力も扱えない司では、どうしてもそれらを突破出来なかった。
 途中、何度も“意志”での突破を試みたが、攻撃の軌道などを“妨害”されるだけであっさりと反撃を凌がれてしまっていた。

「っ………!」

 ゆっくりと、司は起き上がる。
 だが、手はだらりと脱力しており、立つので精一杯だ。
 それほどまでに物理的にボロボロになっていた。

「終わりだな。トドメはお前がやれ」

「ああ」

 “早い性質”の神が瞬時に肉薄する。
 理力の剣が司の首を刎ねようと振るわれる。

「ごはっ!?」

 刹那、膨れ上がった魔力が神を吹き飛ばした。

「なっ……!?」

「………」

 司は相変わらず瀕死だ。
 だが、確かに今、司による攻撃で神は吹き飛んでいた。

「(なんだ、今のは……!?)」

 ゆらり、と緩慢な動きで司は動き出す。
 力尽きる寸前で、それでも戦おうとする。
 そんな姿勢にも見える。

「ッ―――!?」

 一瞬だった。
 一瞬で司は“天使”の一人に肉薄し、シュラインで貫いた。
 さらにそこから“祈り”を爆発させ、砲撃で薙ぎ払う。

「ごっ!?」

 突き刺さったままの“天使”を掌底で吹き飛ばす。
 一挙一動が、強い“祈り”と共に繰り出されていた。

「っ、なぜ“妨害”しない!?」

「……出来ない。“妨害”すべき“点”がわからない……!」

 そして、何よりも“早い性質”も“妨害の性質”も無視していた。
 どちらの“性質”も、司の思考や動きなどから、ある一点を抑えるように“性質”を働かせる事で、先手を取ったり“妨害”していた。
 だが、その“一点”が今の司の動きには存在していなかったのだ。

「は……?」

「来るぞ!」

 “天使”の声に、“早い性質”の神がすぐさま司に視線を向ける。
 ……が、直後に司は転移でそこから消える。

「速……ッ!?」

「(なぜ、なぜ動きが読めない!?)」

 転移は一回だけでなく、連続だった。
 加え、置き土産に“祈り”の魔力を転移ごとに設置していた。

「くっ……!」

 さすがに、その魔力の炸裂は“妨害”される。
 魔力の炸裂そのものを“妨害”されたため、魔力はその場に停滞する。

「ぁ……!?」

 しかし、その間にも司は動く。
 転移と共にシュラインで薙ぎ払い、“天使”の一人を執拗に狙う。
 一撃で障壁を切り裂き、二撃目から何度も斬り刻む。

「このっ……!」

 別の“天使”が理力を炸裂させる。
 避ける素振りを見せない司だったが、その代わりに“祈り”で薙ぎ払った。
 理力と“祈り”がぶつかり合い、相殺される。

「ごっ……!?」

 腕を、シュラインを振るう。
 その度に“祈り”が衝撃波となって“天使”を打ちのめす。
 一撃一撃が強烈で、さらに魔力弾もそこに追加されていた。
 “妨害”不可の怒涛の連撃を、その“天使”はまともに食らってしまう。

「―――討ち滅ぼせ」

   ―――“Supernova Explosion(シュペルノヴァ・エクスプロジオン)

 掠れるような声が、司から放たれる。
 直後、“天使”が極光に呑まれた。

「ッッ……!?」

 極光の爆発はその“天使”だけの被害に収まらない。
 司自身すら巻き込み、爆風が周囲の“天使”を吹き飛ばす。

「ッ、そこか!」

 転移で“早い性質”の神に肉薄する。
 神も“早く”動きに気づき、そこへ理力を振るう。

「それ以上は……させん!!」

 さらに、“妨害の性質”の神が全力で“妨害”する。
 動きの一点を抑える事で行動を阻害する“妨害”だが、今回は違う。
 司のあらゆる動きを“妨害”とする事で、動きの起点に関わらず動きを止めた。

「っ……!」

 尤も、消耗は凄まじい上に効果は今までよりも薄い。
 司の動きは完全には抑えられず、神の攻撃はシュラインで逸らされる。

「ぁあっ!!」

「ぐっ……!」

 “祈り”の一突きが繰り出される。
 “妨害”を突破しての一撃なため、追撃はない。
 だが、神の障壁を容易く突破し、左肩を貫いていた。

「はぁっ!」

 神が理力を放ち、司を吹き飛ばす。
 しかし、司にはダメージがほとんどなかった。
 瞬時に障壁を多重展開し、クッションのように受け止めたのだ。

「させるか!」

「………」

「ッ……!?」

 吹き飛んだついでに転移でさらに間合いを離した司は、魔法陣を多数展開する。
 それを、神と“天使”で“妨害”するが、追い付かない。
 起点がわからないがために、展開速度に追いつけずに、数えるのも億劫な程の魔法陣が展開、そして“祈り”が装填される。

「―――諸人の祈りよ、降り注げ」

   ―――“Prière éclairer Reflet(プリエール・エクレレ・ルフレ)

 人々の“祈り”を攻撃として敵へと放つ。
 その弾幕は全て躱すには余程の機動力がなければ不可能な程だ。
 当然、神達も躱せずに防御に入った。

「ッ―――!!」

 それが、“早い性質”の神にとって、運命の分かれ目だった。

「は、ぇ……?」

「―――討ち滅ぼせ」

   ―――“Supernova Explosion(シュペルノヴァ・エクスプロジオン)

 気が付けば、シュラインによって貫かれていた。
 弾幕に紛れるように司が転移で肉薄していたのだ。
 そして、超圧縮された“祈り”が叩き込まれ、爆発した。

「やられた……!」

 まずは連携を潰す。
 それを実行された事に、“妨害の性質”の神は歯噛みする。





「は……ふ、ぅ………」

 その時、司はその場でふらつき、倒れかける。

「ぁ、ぅ……上手く、行った……?」

〈はい。それはもう、完璧に〉

 まるで、今まで意識がなかったかのように、司はシュラインに尋ねた。
 事実、司は先ほど意識を失っていたも同然だ。
 極限までボロボロになり、全てを本能及び無意識下に置く。
 そうする事で、自らの意思を悟らせないようにしたのだ。

「……そっか」

 無論、それだけでは神界の存在は倒せない。
 “意志”がなければ、到底倒せるはずもない。
 だからこそ、もう一つ仕込みがあった。

「確信は持ってたけど、上手くいってよかった」

 漂うプリエール・グレーヌを見ながら、司はそういった。
 本能や無意識下での司は、そこまで強くはない。
 優輝のように導王流の極致に目覚める程、武術に優れている訳でもない。
 それでも動けたのは、偏に“祈り”の力によるものだ。
 司は、事前にプリエール・グレーヌに“祈り”を込めていた。
 本能だけでも、無意識下だったとしても勝てるようにと、そんな“祈り”を。
 当然、その“祈り”には“意志”も込められており、その力で倒していたのだ。

「……天巫女()は、世界中の人々の“祈り”を背負っているんだから」

 いわばドーピングと本能と無意識によるごり押し。
 それを司は行っていた。
 加えて、プリエール・グレーヌを通じてあらゆる世界の生命から“祈り”の後押しを受けていた事で、その効果は絶大なモノへと変わっていた。

「っ……」

 “妨害の性質”の神とその“天使”は、そんな司に警戒して間合いを取っていた。
 “早い性質”の神が倒れた事で、先手を確実に取れなくなっている。
 さらに、先ほどの動きをまたしてくる可能性もあるため、迂闊に動けないのだ。

「体に染み込ませた技術って、本当便利だよね。私の場合、“祈り”で無理矢理昇華させないと使い物にならなかったけど……」

 そこで言葉を区切り、司はシュラインを構え直す。

「……こと、ここに至ってはこれ以上なく役立ったみたい」

 そして、挑発するかのように笑った。
 その挑発は、本来なら神に効かなかっただろう。
 だが、先ほどまで圧倒された事、そして何より“性質”を無効化された事で、神はいとも簡単に挑発に乗ってしまった。

「ほざけ!!」

 圧力として“妨害”を掛け、司の動きを封じようとする。
 同時に、“天使”達が司に向けて理力の極光を放つ。

「反射的行動。それは本人すら意図しない行動」

 それに対し、司は杖を立て、ただ“祈った”。
 だが、その動作に反し、司は分析するかのように言葉を紡ぐ。

「だからこそ、局所的な干渉を行う“性質”すら、無視できる」

 “祈り”が放出され、“妨害”を相殺する。
 同時に、言葉を言い終わった司が転移魔法を発動し、その場から消え去る。

「あれだけ一方的にやられたのは、ただ本能に任せるだけじゃないんだよ」

「ッ……!」

 転移からの一突きを、神は躱す。
 さらに槍の動きを“妨害”するが……次の瞬間には魔法陣が展開されていた。

「ちぃっ……!」

 魔法陣からの極光は障壁で防がれる。
 だが、明らかに“性質”からの解放が早い。
 その事に神も気づく。

「“性質”、分析させてもらったよ。あそこまで何度も受ければ、さすがに対策のための“祈り”も使える」

「………くそっ!」

 そう。“祈り”の力とはいえ、司は“妨害”に対して耐性を得ていた。
 理論では測り切れない“性質”だが、実際に受け続ければ理解は出来る。
 それを利用し、司は一方的にやられつつもその感覚を分析していたのだ。
 結果、“妨害”を相殺できる“祈り”を扱えるようになった。

「っ……!」

 横合いからの“天使”の攻撃を障壁で防ぎ、司は防いだ体勢で横に滑る。
 その勢いを利用し跳躍。瞬時に大量の魔法陣を展開する。
 内、半分以上が“妨害”されるが、それを想定した量を展開していた。

「諸人の祈りよ、降り注げ!!」

   ―――“Prière éclairer Reflet(プリエール・エクレレ・ルフレ)

 展開された魔法陣から、魔力弾と砲撃が放たれる。
 当然、“祈り”も込められているため、直撃すればダメージは必至だろう。
 全方位に放たれたためか、先ほどよりも弾幕密度は薄い。
 しかし、それでも回避は難しいと言える程だった。

「ッ!!」

 全方位への攻撃。その“妨害”となる極光が司へと放たれる。
 “性質”を相殺しているとはいえ、相手が弱くなった訳ではない。
 そのため、敵も回避や防御をしながら反撃してきた。

「はぁっ!」

 それらの攻撃を、司もシュラインで迎撃し、時には障壁で防ぐ。
 大体は回避もするが、防戦一方となる。
 だが、それでも弾幕は終わらない。

「(戦っているのは、私だけじゃない……“皆”がいる……!)」

 世界中の生命。そして、歴代天巫女の“意志”。
 それらがプリエール・グレーヌを動かし、魔法陣を操っていた。

「ぉおおっ!!」

「ッ、くっ……!!」

 そこへ、弾幕を抜けてきた神が司に鋭い蹴りを放つ。
 シュラインと障壁で防いだ司だが、一気に押される。

「お前の力を増幅するモノも、あれらで最後だ!ならば、この上から押し切る!」

「ぐっ、ぅ……!」

 一点集中させたのか、その力は凄まじい。
 今の司でさえ、その一撃から逃れられず、防御態勢を解けない。

「所詮は人間!寄せ集めの“意志”だけで、全て解決すると思うてか!」

「……それが、人間だよ!!」

 一際強い“意志”で、司はシュラインを振りぬいた。
 “ギィン”と一際大きな音が響き、何とか攻撃を受け切った。

「どうしようもない事態に陥った時、人は祈る!そして、乗り越えようと意志を貫く!一人では出来なくても、皆で力を集めれば、きっと成し得る!」

「ッ……!」

 弾幕を避けながら“天使”達が援護射撃をしてくる。
 さらに、神本人も鋭い一撃を何度も放ってくる。
 それらを、司は障壁とシュラインで逸らし、または躱す。

「皆が、抗ってる。その想いは、決して阻めはしないよ!!」

「ほざけぇ!!」

「ぁぐっ!?」

 防御を掻い潜り、理力を纏った手刀が司に直撃する。
 “妨害”を相殺した際の一瞬の硬直を狙った攻撃だった。

「どれほど粘ろうと、これ以上の力は出せまい」

「………だとしても、この祈りは阻めないよ……!」

 起き上がり、シュラインを支えにしながらも司はそう言いきる。
 一度肉体的に満身創痍になった後だ。このまま押され続ければ司も危うい。

「ならば、妄想を抱いたまま倒れるがいい!」





 ……尤も、“このまま”であればの話だが。

「―――なっ!?」

 トドメとばかりに振るわれた理力が、強固な障壁に阻まれる。

「……言い忘れていたけど、いつこれが限界だって言ったかな?」

 その障壁の中心には、いくつかのプリエール・グレーヌを合わせた結晶体があった。

「ジュエルシード……ううん、プリエール・グレーヌは遥か昔の天巫女が生み出した存在。……なら、今の天巫女が生み出せてもおかしくはないよね?」

「ッ……!」

 そう。これが司のもう一つの切り札だった。
 司が、祈梨と共に生み出した新たなプリエール・グレーヌ。
 否、祈梨が協力した事で、最早(グレーヌ)とは呼べない代物だった。

「名付けて、祈りの花(プリエール・フルール)……!これが、“祈り”の究極系だよ……!」

「ぐ、ぁあっ!?」

 強い“祈り”の光が放たれ、神は思わず吹き飛ばされる。
 すぐに体勢を立て直し着地するが、既に司が肉薄していた。

「もう、貴方の“性質”は効かない……!」

 元々のプリエール・グレーヌに加え、プリエール・フルールが加わった。
 そして、何度も受けた事により感覚で理解した。
 そこまで来れば、完全な相殺は容易かった。

「お前らぁっ!」

 一人では勝てない。
 そう悟った……悟ってしまった神は、“天使”達に呼びかける。
 だが、その返事は吹き飛ばされてきた事で返ってきた。

「……は……?」

「今ここで戦っているのも、私だけじゃないよ。シュラインが、祈梨さんが、そして……遥か昔の天巫女達が戦っている……!」

 見れば、プリエール・グレーヌから放たれる“祈り”が人の形を取っていた。
 それらは全て、そのプリエール・グレーヌを作った天巫女の“祈り”と“意志”だ。
 司と祈梨による過去の英雄を呼び出した影響で、天巫女達も召喚されていた。
 本人はここにいないが、その“意志”がプリエール・グレーヌに込められた“祈り”を呼び覚ましたのだ。

「“世界よ平穏であれ”。天巫女としての力を全て賭して作られたプリエール・グレーヌ……例え時を経て本当の名を失おうと、その“祈り”は健在だよ」

 祈梨が天巫女として生まれるよりも昔。
 天巫女一族の全盛期とも言える時代にプリエール・グレーヌは生み出された。
 当時、天巫女となる存在は25人おり、全員が天巫女としての司より才能があった。
 次代の天巫女が自分達より才能がない事を悟り、後世に力を残そうとした。
 それによって生まれたのが、プリエール・グレーヌだった。

 世界が平和であるように願われたからこそ、強い力を持つ。
 その事実が、今目の前で繰り広げられていた。

「貴方は私に敗北するんじゃない。……人々が紡いできた“意志”に……積み重ねた“祈り”に敗北するんだよ!!」

「ッッ………!?」

 “天使”達が、天巫女達の“祈り”によって倒されていく。
 同時に、シュラインとプリエール・フルールが光り輝く。

「人から天へ!天から神へ!我らの祈りは無限に続き、夢幻に届く!!」

「(……あぁ―――)」

 “逃がさない”という“祈り”が鎖となり、神は串刺しのまま拘束される。
 そこまで来て、神は力を抜いた。

「想いを束ね、祈りを束ねる!撃ち貫け!!」

「(如何なる“妨害”を以ってしても乗り越える。―――それこそ、我々が見てきた生命達の“意志(輝き)”ではないか……)」

「“夢幻に届け、超克の祈り(アンフィニ・プリエール)”!!」

「(……ならば、こうなるのも道理、か―――)」

 眩いばかりの輝きが、辺り一帯を覆った。










 収まった時には、既に司しかいなかった。
 “妨害の性質”の神が、ついに倒れたのだ。

「はぁ……ふぅ……!」

 司も、さすがに疲弊を隠せずにいた。
 先ほどの技は、祈梨が神になってから習得した技だ。
 様々な補助を受けた状態とはいえ、今の司が放てば大きく消耗するのも当然だった。

「……あ……」

 そんな司の目の前で、プリエール・フルールが砕け散った。
 ガラス細工が砕けるような音で、あっさりと割れてしまった。

「……元々、一度きりだったもんね……」

 司と祈梨の共同で作ったとはいえ、急遽作ったモノだ。
 本来ならば天巫女の力を失う事を覚悟して作る代物であるため、いくら共同で作ったとしても他のプリエール・グレーヌと同じように使えるはずがなかった。

「おかげで、勝てたけどね……」

 共同だったのもあるが、祈梨は歴代最強の天巫女且つ、神界の神だ。
 その“祈り”の力は他のプリエール・グレーヌを合わせたモノにも劣らない。
 だからこそ、戦いの最後で圧倒出来た。

「……よしっ」

 両手で頬を叩き、司は気合を入れ直す。

「優輝君の援護に行くよ!」

 拳を突きあげ、司は走り出す。
 天敵を倒し、“意志”は持ち直した。
 消耗が皆無という訳ではないが、司は優輝を助けるためにその足を進めた。



















 
 

 
後書き
Supernova Explosion(シュペルノヴァ・エクスプロジオン)…“超新星爆発”。圧縮した“祈り”を叩き込み、文字通りの爆発を引き起こす。規模の調節が可能で、規模を小さくする程に威力が増す。ただし、規模次第では自身も巻き込む。

Prière éclairer Reflet(プリエール・エクレレ・ルフレ)…“輝き照らす祈り”。大量に展開した魔法陣から魔力弾や砲撃を放つ。フェイトのフォトンランサー・ファランクスシフトの上位互換のような魔法。

プリエール・フルール…司と祈梨が協力して生み出した、新たなジュエルシード(プリエール・グレーヌ)。一つしか生成出来なかったが、その力は25個のプリエール・グレーヌに匹敵する。


司がしたのはDB超における身勝手の極意に似た事を疑似的に再現した感じです。本能と無意識下の動きに任せ、事前の仕込みでそれらの動きを超絶強化した、という訳です。
本来、プリエール・グレーヌを作るのは天巫女の力を失うのと同義です。そのため、今回は一回きりに抑える事で力を失わずに済むという裏技を使っていました。
……そうでないと、司や祈梨がパワーバランスを崩してしまいます。 

 

第275話「水面に舞う緋き月・前」

 
前書き
続いて緋雪sideです。
優輝達から離脱した直後から始まります。
 

 










「っ……!」

 転移で優輝達から離れた直後、緋雪は放たれた理力を防御して吹き飛ぶ。
 隙を晒したから当然なのだが、ダメージは抑えたようだ。

「ひゃはぁっ!!」

「ッ!!」

 爪の斬撃同士がぶつかり合う。
 魔力と理力、有利なのは理力だが、それを膂力で相殺に持っていく。
 火花が散り、衝撃が辺りに散る。

「くっ……!」

 飛び退き、降ってきた理力の極光を躱す。
 さらに、体を反らし、頭を撃ち貫く軌道の閃光を躱す。
 そのままバク転の要領で地面に手をつき、後ろに跳ぶ。

「シッ……!」

 再び火花と衝撃波が散る。
 緋雪がシャルと爪を振るい、“天使”の挟撃を防いだからだ。

「っづ……!」

 “天使”の数は4。残り二人に追撃された事で、緋雪は吹き飛ばされる。
 即座に体勢を立て直し、転移する。

「ッ……!」

 シャルを弓とし、魔力を矢として放つ。
 放った矢は複数に分かれ、神速で神達へと迫る。

「ははっ!」

「………」

 だが、誰も被弾しない。それどころか、あっさりと弾いて緋雪に迫る。
 そこに連携は存在しない。まさに“狂気的”。
 獲物へ向けて、執着心すら感じるような動きで襲い来る。

「薙ぎ払え、焔閃!!」

   ―――“Lævateinn(レーヴァテイン)

 それらを、緋雪は炎の大剣で薙ぎ払う。
 ……が、神と一人の“天使”は躱してしまう。
 命中した他の“天使”も大したダメージにもなっていない。

「ほらよぉっ!」

 “天使”が緋雪の胸を貫く。
 神も目から上を斬り飛ばし、返す爪で袈裟斬りした。

起動(アンファング)!!」

 直後、その緋雪の体が爆ぜた。
 実は、大剣を振るった時点でダミーの分身を置いて移動していたのだ。

「“Alter Ego・Schöpfung(アルターエゴ・シェプフング)”……!!」

 再び肉薄される前に、緋雪は分身を展開する。
 今までは喜怒哀楽を模していたが、今回は違う。
 三つの魔晶石を核とし、計4体の分身を生み出した。
 性格も本体の緋雪と同じで、強さも従来より上がっている。

「(これで、“天使”を抑える……!)」

 本来ならば、最大14体まで分身を出せた。
 それを4体に抑えたのは、“天使”の数に合わせたからだ。
 分身が多い程、その強さは弱まる。
 そのため、最低限の人数だけに済ませたのだ。

「ッッ……!!」

 そして、真正面から肉薄してきた神の一撃を、シャルをぶつけて受け止める。
 即座にシャルを待機状態に戻し、補助に専念させる。
 手に魔力を回し、神が繰り出してきた追撃の爪を、同じく爪の斬撃で相殺する。

「っ、ぁっ!!」

 獣の如き食らいつきで、神がさらに追撃してくる。
 緋雪は何とかその腕を掴み、それでも噛みついてきた所を膝で蹴り上げる。
 同時に、“天使”が攻撃してくるが、分身が飛び蹴りで吹き飛ばす。

「はぁっ!」

   ―――“Lævateinn(レーヴァテイン)

 蹴り上げられた神は、そのまま体を捻って蹴りを繰り出してくる。
 それを分身が受け止め、緋雪はその分身が相手していた“天使”を炎の大剣で薙ぎ払い、飛び退かせる。

「“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)”!!」

 一瞬。ほんの一瞬の隙を突き、緋雪は“破壊の瞳”を使った。
 空間が爆ぜ、目晦まし且つ引き離しに成功する。
 即座に分身達が“天使”に突貫し、緋雪と神から分断する。
 緋雪自身も爆炎に突っ込み、同じく突き抜けてきた神と拳をぶつけあう。

「ひゃはははははははっ!!」

「くっ……!」

 狂気を伴った連撃を、緋雪は何とか捌く。
 神自身が狂っているためか、反動を知らない力で攻めてくる。
 人間で言えばリミッターの外れた力の行使に、緋雪も押されていた。

「(ここっ!)」

 優輝であれば、既に圧倒していただろう。
 だが、緋雪も何度も導王流を見てきた。
 それを利用し、神の攻撃を捌く。そして、同時にカウンターで顎からかち上げる。

「っづ……、っの!!」

 それでも蹴りが繰り出され、僅かに緋雪は仰け反る。
 負けじと緋雪も回し蹴りを放ち、神を吹き飛ばす。

「効かねぇなぁ!!」

「せぁっ!!」

   ―――“Lævateinn(レーヴァテイン)

 吹き飛んだ直後に、神が再び突貫してくる。
 それに合わせ、緋雪が大剣を繰り出す。

「そこだぁ!」

「ッ……!」

 その大剣を、弾かれるように受け止める事で上に跳躍される。
 そのまま、理力を鞭のように振るい、緋雪に攻撃してくる。
 すぐさま横に避け、追撃もバックステップで躱す。

「ッッ……!!」

「きひっ」

   ―――“Feuerrot Pfeil(フォイアァロート・プファイル)

 さらに追撃に爪の薙ぎと突きが繰り出され、それを緋雪は紙一重で避ける。
 そして、肉薄状態から矢を叩き込んだ。

「……やりづらいなぁ……」

 以前も戦ったことがある相手とはいえ、やはり相性が悪い。
 狂気を伴ったその立ち回りは、獣とも言い難いやりにくさがある。
 加え、前回は手加減していたのか、強くなった今でも拮抗した強さだ。
 さらに“狂気の性質”なだけあって、精神的攻撃はほぼ意味がない。
 “意志”で倒し切るにも、時間がかかるというべき相手だ。

「っと……!」

 魔力弾で弾幕を張っても、切り抜けてくる。
 全て躱すという訳ではない。
 誘導弾などは何回か命中している。
 しかし、神自身が直撃以外は気にしていないようで、ダメージになっていないのだ。

「ふっ……!」

 狙い澄ました連撃で、神の爪撃を相殺する。
 さらに追撃で繰り出された理力のナイフは、炎の大剣で防いだ。

「っ、ぐっ……!」

 そのまま喉を突くように首を掴み、脚を払って倒そうとする。
 だが、同時に蹴りが繰り出され、緋雪は蹴り上げられた。

「このっ……!」

 矢と、残っていた赤と青の魔晶石から魔力弾を放つ。
 苦し紛れの反撃なため、普通なら防がれるが……

「ははははははっ!!」

「(避けない……!)」

 弾き、無視し、神は跳躍する。
 優輝の導王流とはまた違う強行突破だ。

「(なら……!)」

 ならばと、緋雪はシャルを待機状態に戻し、空中で構える。
 魔力を体中に巡らせ、特に四肢に集中させる。

「(カウンターで抉りぬく!!)はぁっ!!!」

 “意志”と共に、拳を振りぬいた。
 タイミングは、跳んできた神が攻撃を振るったその瞬間だ。
 懐に入った一撃なため、確実に命中するだろう。
 他の神が相手ならば、それでも防ぐ者もいる。
 だが、相手は“狂気の性質”。その“性質”通りに食らいついてくる。
 そこに、回避はともかく防御の概念はない。
 それを緋雪もここまでの戦いで既に理解していた。
 だからこそ、確実に命中すると確信して拳を振るったのだ。

「きひっ」

「ッ……!?ぁぐっ!?」

 しかし、それでもまだ()()()()()()
 “狂気”の通り食らいつくのは、攻撃で直撃しても()()()()()
 上半身と下半身が分かたれても、神は理力を緋雪にぶつけてきた。
 最低でも吹き飛ばせると踏んでいた緋雪は、その一撃に叩き落される。

「っづ……!」

 即座に体勢を立て直し、着地。
 さらにバク転の要領で飛び退き、追撃に降ってきた理力の棘を躱す。

「痛くも痒くもねぇなぁおい!」

「ホント、普通の物理攻撃じゃ効かないんだから……!」

 繰り出される針のような弾幕を、緋雪は防御魔法でやり過ごす。
 一撃一撃が障壁一枚を軽々貫くが、障壁が破壊される訳ではない。
 そこで、多重に張る事で勢いを削いで防いでいた。

「(今まで戦ったことのないタイプの相手。倒すには、効き目がある程の“意志”を連続で叩き込まなくちゃいけない。……となると、問題は……)」

 緋雪の思考を中断させるかのように、転移で後ろに回り込まれる。
 神だけではない、分身が相手していた“天使”も隙を突いて転移してきていた。

「ッ……!!」

   ―――“Lævateinn(レーヴァテイン)
   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

 即座に後ろを薙ぎ払うように炎の大剣を振るう。
 それにより、神の攻撃を相殺。反動で飛び退く。
 さらに“破壊の瞳”で空間を爆破させ、空間を断裂させる。
 その断裂を壁とする事で、“天使”達の攻撃を防いだ。

「そこっ!!」

「叩き込んで!」

   ―――“Lævateinn(レーヴァテイン)
   ―――“Tod Kanone(トートカノーネ)

 直後、緋雪の分身達も追いついてくる。
 同時に炎の大剣を順番に振るい、さらに砲撃魔法も叩き込んだ。
 分身一人一人が全力で放つ事で、大きな爆発を引き起こす。

「ッ……“Feuerrot Pfeil Komet(フォイアァロート・プファイル・コメート)”!!」

 そこへ、緋雪が彗星の如き矢を撃ち込んだ。
 規模と威力からしても、効き目があるはずの魔法だ。
 躱されたとしても、これで混戦及び集中狙いは回避したはずだ。

「(……そう、思い通りにはいかない、か!)」

 だが、それでも神と“天使”達は緋雪本人を狙う。
 身体が欠損していようと、それに構わずに緋雪へと食らいつく。

「させない!」

 そこへ、再び分身が手助けをする。
 “天使”の一体を、分身の一人がチェーンバインドで捕獲する。
 そのまま力任せに引き寄せ、殴り飛ばした。

「穿て!神槍!」

   ―――“Gungnir(グングニル)

「切り裂け!焔閃!」

   ―――“Lævateinn(レーヴァテイン)

「射貫け!」

   ―――“Tod Kanone(トートカノーネ)

 残り三体の内一体が投擲された槍に貫かれ、もう一体が炎の大剣で切り裂かれる。
 最後の一体も砲撃魔法によって吹き飛び、残るは神だけとなる。

「ッ……!」

 身体欠損によりボロボロだとは思えない程の膂力で神は爪とナイフを振るう。
 それを、緋雪は炎の大剣で受け止める。

「“呪黒剣”!!」

 同時に、足元に仕掛けておいた霊術を発動。
 黒い霊力の大剣で、神を貫いた。

「がぁあああああっ!!」

「っ、ああもう!」

 それでも、上半身だけとなって神は緋雪に食らいつく。
 幸い、“天使”達は既に分身達が押しやってくれた。
 そのため、冷静に攻撃に対処する事が出来た。
 振るわれた攻撃を左腕を犠牲に受け止め、残った右腕で全力で殴りぬく。

「(っ、ギロチン!?)」

 吹き飛ばした直後、緋雪を挟むように理力で構成されたギロチンの刃が迫る。
 それを跳躍して躱した直後、上半身と下半身が切断された。

「(不可視の刃……!)」

 追撃を躱すために転移で離脱する。
 同時に“意志”で即座に体を再生させる。

「(単純な戦闘じゃ埒が明かない……!)」

 緋雪のあらゆる攻撃を神は掻い潜るように突破してくる。
 優輝とはまた違う、まさに捨て身の突貫だ。
 単純な戦闘だけでも、傷は与えられる。
 だが、それだけでは“領域”を削る事は出来ない。

「(……だったら)」

 ならば、その戦法を変えるしかない。

「シャル!」

〈わかりました。ご武運を、お嬢様〉

 シャルを待機形態に戻し、完全に支援特化にさせる。
 そして、飛んできた攻撃を受け止め、四肢をついて着地する。

「(こっちも、食らいつく!!)」

 直後、弾丸のように緋雪は飛び出した。

「ぁあああああああっ!!」

「っ、くひっ……!」

 咆哮を上げ、突貫するままに魔力で生成した炎の大剣を振るう。
 神もそれに真っ向から立ち向かい、お互いに弾かれる。

「ッッ!!」

「はっはぁっ!!」

 衝撃で大剣は砕け散り、神の片腕が吹き飛ぶ。
 だが、緋雪の両手も限界を超えた力を振るったため、筋が切れ血が出る。

「まだ、まだぁっ!」

「そうこなくちゃなぁっ!」

 その上で、さらに一歩踏み込む。
 ここからは、緋雪も防御を捨てて挑みかかる。
 振るわれるナイフが、頬を切り裂く。
 それを無視し、緋雪も爪で喉を切り裂いた。

「ッ、の、はぁっ!!」

 互いに攻撃を振るう度、身体を抉り飛ばす。
 その傍から再生し、元に戻る。

「(本能のみの動きと理性を伴った動き、優れているなら……)」

 防御を捨ててはいるが、緋雪は理性も捨てた訳ではない。
 効果的な反撃。それを見極め、掌底を顎に当てる。

「ぎっ……!」

「っえぇい!!」

 それでもなお、神は反撃してくる。
 ……が、それを食らってでも、緋雪は追撃の肘鉄を鳩尾に叩き込んだ。

「ッッ!!」

 吹き飛んだ神を追うように踏み込み……同時に転移する。

「ふッ!!」

 背後に回り、魔力の斬撃を繰り出し、再び転移。
 振りぬいた腕を引き戻す形で、返しの刃を正面から叩き込む。

「ひはっ!」

「ッ、らぁっ!!」

 それを受けても、神は反撃してくる。
 その反撃が直撃し、理力の刃で緋雪は細きれになる。
 即座に転移で上を取り、再生しつつ血を媒体に魔力の槍を大量に生成する。

「ッ!?(ここで転移……!)」

 だが、それらを突き刺す前に、神が転移する。
 全く想定していなかった訳ではないが、それでも対処が間に合わない。
 防御だけは間に合わせ、そのまま地面に叩きつけられる。

「はっははははははははははははははははははははははは!!!」

「っ、っづ、ッ……!」

 乱打、乱打、乱打。
 理力による衝撃の連打が緋雪を襲う。
 転移で逃げようも、それも理力で差し押さえられ、完全にマウントを取られる。
 一撃一撃が緋雪の体を抉り飛ばし、傷つけ、陥没させる。

「(“意志”を直接折る事をこの神はしてこない。マウントを取ってもこれなら、“狂気の性質”が原因と見ていいかな。自身すら狂気を持っているから、“意志”を込めた攻撃が不得手……!)」

 そのために、心を折るために直接戦闘でマウントを取ってくる。
 そう緋雪は結論付ける。
 無論、ただ嬲られるだけでは、今更緋雪の心をは折れない。

「(……なら、唯一私を倒すには“狂気”しかない。……なるほど、根競べだね)」

 体を打ちのめされながらも、緋雪は冷静に思考する。
 要は、神は“狂気”を通して緋雪の“意志”を折ろうとしているのだ。
 この戦闘は、最早表向きなものに過ぎない。

「(……受けて立つ)」

 片腕が千切れ飛ぶ。
 同時に、もう片方の腕を神の肩に突き刺した。

「―――爆ぜろ!」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

 その状態で、突き刺した手で“破壊の瞳”を握り潰す。
 神の肩が爆散し、僅かに攻撃が緩む。

「はぁっ!!」

 気合一閃。再生させた腕で首を斬り飛ばす。
 魔力と霊力を纏わせ、直撃時に敢えて反発させる事で強烈な爆破を引き起こした。
 先ほどの“破壊の瞳”と合わせ、これで両腕が使えなくなってしまう。
 ……が、即座に神を蹴り飛ばす事でその場から抜け出す。

「心を蝕む葛藤や悲しみ、憎しみ、そして恐怖。それらが狂気となる。……なら!それらを克服し、乗り越えた今なら!決して“狂気”に囚われない!!」

 転移で間合いを取り、声を張り上げる。
 同時に、極光を放ち、近寄らせない。
 否、その前に“準備”を終える。

「さぁ、さぁ、さぁ!人を滅ぼす人の業を御覧じろ!これこそが我が身!我が心!いざ水面に映し出せ、緋色月!!」

   ―――“清澄の緋色月(Frisch Rotmonat)-フリッシュロートモーナット-”

 神の爪が目の前まで迫った瞬間、緋雪から炎が噴き出す。
 その炎は辺りを塗り替えるように広がり、同時に魔力放出で神を吹き飛ばした。

「これが、私の新しい……ううん、本当の心象風景!」

 それは、今まで緋雪が使ってきた固有結界とは違う風景だった。
 空を覆っていた紅い暗雲はなく、星々が輝く夜空が広がっている。
 赤い月はそのままだが、その明かりは大地を見守る優しさに満ちていた。
 そして、血のように赤い水面は、空を反射する程の美しき水面へと変わっている。

「っ………」

 その固有結界を見て、神は僅かに怪訝そうにする。
 以前見た光景と違っていたからだろう。

「ッッ!」

 緋雪は、その隙を見逃さない。
 転移と縮地で肉薄し、掌底を放つ。
 直後、その移動時の衝撃波で水面に波紋が広がる。

「がっ!?」

 その波紋が神の足元を通った瞬間、衝撃が神を打ちのめす。

「はぁああああああっ!!」

 反撃を許さない猛攻を、緋雪は仕掛ける。
 波紋を利用した衝撃波、上空の星を媒体にした流れ星の如き攻撃。
 そして、緋雪自身の攻撃によって、反撃すら相殺して神を打ちのめす。

「(結界によって“天使”とも分断した。これで、分身がやられようと、私さえ勝てば勝利になる……!)」

 掌底をめり込ませ、その反動で折れ曲がった上半身をかち上げる。
 間髪入れずに転移し、蹴りでその体を吹き飛ばす。

「がぁっ!!!」

 獣のように着地し、すぐさま緋雪へと襲い掛かる神。
 別段、緋雪の身体能力が上がった訳ではないが、今はその動きが良く視えた。

「シッ!!」

 カウンターばりに繰り出される手刀の一突き。
 肩が抉り取られる代わりに、緋雪も下顎と喉を抉りぬく。
 そして、追従する波紋で神を吹き飛ばした。

「っ……なぜだ、なぜだァ!」

「………」

 一方的……とまではいかないが、精神性においては、緋雪が上となっていた。
 全く揺らぐ事のない“意志”に、神が痺れを切らしたのだろう。
 何より、以前はあったはずの“狂気”が緋雪から感じられなかった。

「お前は“狂気”を持っていたはずだァ!それを……それを……どこへやったァ!?」

「……言ったはずだよ。克服したって。乗り越えたって……!」

 シャルを展開し、魔力と霊力を纏わせる。
 普段の炎の大剣とはまた違う大剣を展開する。
 霊魔相乗に応じた、白く輝く刀身に赤と青の螺旋が纏う。

「人は、命は成長する!その度に何かを乗り越える!弱さを、恐怖を!そして、乗り越える度に、強くなる!」

「ッ……!」

「もう、私は狂気に囚われない!!」

 そして、その大剣を横一閃に降りぬいた。

「討ち()て、輝閃(きせん)!!」

〈“Lævateinn Überwindung(レーヴァテイン・ユヴァヴィンド)”〉

 白き刀身が、神を切り裂いた。
 さらに、赤と青の螺旋の光が神を引き裂く。
 明確な“意志”が直撃した今、“狂気の性質”とは言え無傷ではない。
 むしろ、神によっては今ので倒せただろう。

「(っ―――生きてる)」

「………」

 倒れ伏した状態から、ゆっくりと起き上がる神。
 その表情には、確かに笑みが浮かべられていた。

「(まだ、何かある……!?)」

 相手は神界の神だ。今まで倒してきた神も、その“性質”の全てを見た訳じゃない。
 そのため、何か隠し玉があっても緋雪は驚かない。

「………くひっ」

「ッ―――!?」

 だが、“ソレ”は想定外だった。

「くひ、くひひひ、げひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

「っ、う、ぁ……!?」

 “ぐじゅる”“ぐじゅる”と、ナニカが神から展開される。
 ソレを見て、緋雪は息を呑み、冷や汗を流した。

「ひゃひゃひゃひゃ!!あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

「ッ………!」

 元々、神界の神が人型を取っているのは、その方が活動しやすいからだ。
 ……裏を返せば、()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()

「これ、は……ッ!?」

 冒涜的な見た目をした“触手”が、神の体を突き破り、展開される。
 さらに、体の周りをチロチロと形容しがたき炎や光などが瞬く。

「っ、ぅ、ぐっ……!?」

縺薙%縺九i縺ッ(ここからは)

 それを見て、緋雪は猛烈な吐き気を覚える。
 直後、それは違うと認識した。

譛ャ豌励〒陦後°縺帙※繧ゅi縺(本気で行かせてもらう)

「(こっちの“狂気”、か……!)」

 これは“狂気”だ。
 冒涜的で、形容しがたき存在を見た際、正気を削られる。
 その正気を失えば、“発狂”する。
 そういった“狂気”を、この神は実現しているのだ。

「ぁ、ぐ……!」

 相手は“狂気の性質”。
 ……その“性質”が、どうして無から狂気を生み出せないと思ったのだろうか。

「ぁ、ぁぁ……!?」

 未だ経験した事のない感覚。
 それ故に、緋雪は対処できずに立ち尽くすしかなかった。



















 
 

 
後書き
Alter Ego・Schöpfung(アルターエゴ・シェプフング)(新Ver)…今までの喜怒哀楽を模した分身も可能だが、魔晶石を核とする事で本体の性格そのままに、最大14体まで分身を出す事が可能となった。ただし、14体の場合は本体の1割の力しか持たない。分身が少ない程、本体の強さに迫る。1体だけならば、本体とほとんど変わらない。今回は四分の三程の強さとなっている。

Feuerrot Pfeil(フォイアァロート・プファイル)…“緋色の矢”。緋雪の汎用的な単発魔法。複数放つ事も出来るが、白兵戦では威力の高い単発を使う事が多い。

Tod Kanone(トートカノーネ)…“死神の大砲”。緋雪の汎用的な砲撃魔法。普通の直射型砲撃魔法だが、発射点を動かす事で薙ぎ払う事も出来る。

Feuerrot Pfeil Komet(フォイアァロート・プファイル・コメート)…上述の単発魔法を昇華させたもの。彗星(コメート)とあるように、砲撃魔法と遜色ない規模と威力を誇る。

Gungnir(グングニル)…157話以来の登場なので再掲。Lævateinn(レーヴァテイン)の槍バージョンのようなもの。速度、貫通力などに特化している。

清澄の緋色月(Frisch Rotmonat)-フリッシュロートモーナット-…狂気を克服した事で変化した緋雪の固有結界。ルビは“爽やか(Frisch)”、“赤月(Rot Monat)”から。結界内の景色も変わっており(本文参照)、効果も相手に狂気を伝播させるものから、それらのデバフを無効化するモノへと変わっている。他にも、結界内の存在を利用した追加効果も出せる。

Lævateinn Überwindung(レーヴァテイン・ユヴァヴィンド)…霊魔相乗をレーヴァテインで行う事で発動する、討ち克つための剣。ユヴァヴィンドは克服のドイツ語(くそ雑魚リスニング)。


ここに来て、クトゥルフ要素を出していくという。尤も、関わっているのはSAN値直葬してくる部分だけです。本人とかは本文には出ません。……一応、神界からの侵攻を防ぐため、外宇宙で戦ってたりしますが(余談)。 

 

第276話「水面に舞う緋き月・後」

 
前書き
緋雪side、後編です。
前回ラストでクトゥルフ要素を出しましたが、作者は触り程度しか知らないので、SAN値を削る以外の要素はほとんど出ないです。
 

 












〈お嬢様!!〉

「ッ―――!!」

 シャルの声によって、思考の空白を認識する。
 即座に現在起きている事を緋雪は再確認した。
 “吹き飛ばされている”。それを理解した瞬間、体勢を立て直して着地する。

「っ、っぷ……!」

 悍ましいモノを見た吐き気を堪えつつ、何とか前を見据える。
 そこには、形容しがたき姿へと変えた“狂気の性質”の神がいる。

「(直視、していられない……!)」

 あまりの悍ましさに、緋雪はソレを見続ける事が出来ない。
 視線を逸らすように身を翻し……振るわれた触手を辛うじて避ける。

「シャル……!」

〈エラー……ダメです!計測不能……例え計測できても、酷く不安定です……!理力によるものではなく、明らかに“性質”が原因かと!〉

「……だろうね……!」

 元々、神様謹製以外のデバイスでは、理力等は計測出来ない。
 そのため、飽くまで“膨大なエネルギー”として認識していた。
 だが、今回の場合は、そのエネルギーすら計測出来ないのだ。
 運よく計測できても、酷く不安定な数値が返ってきており、一切が無意味だった。

「(さっきよりも攻撃に積極性がなくなっている。だから逃げ回る事で攻撃自体は躱せている。……でも……!)」

 緋雪は展開した結界内を駆け回り、転移も併せる事で攻撃を躱し続ける。
 放たれるのは、極彩色の閃光だ。
 規模も速さもかなりのモノだが、密度はそこまででもなく、速度さえ維持し続ければ今の緋雪ならば躱せた。

「ッ……!」

 魔力を槍に変え、射出する。
 それらは確かに触手に命中したが、手応えがほとんどない。
 それどころか、悍ましい色合いの体液を噴き出し、余計に吐き気を誘発させた。

「なら、まとめて薙ぎ払う……!」

   ―――“Tod Kanone(トートカノーネ)

 魔力弾では埒が明かないと踏み、緋雪は砲撃魔法を放つ。
 尤も、普通に放っては足を止めてしまうため、半自立式の術式を利用する。
 魔力を流す事で、後は自動的に発動する仕組みだ。

「(弾かれた……!)」

 半自立式なため、魔法の持続性は低い。
 それでも威力は十分なはずだった。
 だが、その砲撃は理力の障壁によって阻まれ、弾かれてしまった。

「(やっぱり、完全に戦闘方法が変わってる……!)」

 見るだけで正気を削るような冒涜的な見た目。
 遠距離は極彩色の極光、近距離は形容しがたき悍ましさの触手で攻撃してくる。
 先ほどまでが獣のようだとすれば、今はまさに異形の化け物だろう。

「っ……」

 神の姿及び極彩色の極光が目に入る度に、緋雪の正気度は削られていく。
 普段であれば、意識すれば気持ち悪さを無視できるだろう。
 だが、“性質”が原因でそれを避ける事が出来ない。

「(視界に入れないように……!)」

 そこで、敢えて懐に飛び込む。
 そして目を瞑り、気配だけで挑みかかる。
 
「ッ……!」

 冒涜的な触手が振るわれる。
 だが、物理的な攻撃など、今の緋雪には無意味だ。
 超人的な聴覚と、達人にすら追随出来る身体能力。
 その二つさえあれば、空間を掻き分ける音のみでどう来るのか分かる。

「シッ!!」

 体を反らし、屈み、軽く跳躍し、躱す。
 さらには、置き土産とばかりに魔力の刃で触手を断ち切る。

逕倥>(甘い)

「がっ……!?」

 だが、途端に緋雪は動きを鈍らせ、触手が直撃する。
 さらに追撃の極光も食らい、一度倒れ伏した。

「(そんな、甘くいくわけ、ないよね……)」

 聴覚便りになるのならば、その聴覚を利用して“狂気”を流し込めばいい。
 “性質”とは、そういうモノだった。
 どの道、五感の内どれかで“狂気”を流し込んでくるのだ。

「(視覚、聴覚……と来れば、嗅覚とかでも同じ事だろうね)」

 先ほど、緋雪が動きを鈍らせたのは神が発した超音波が原因だ。
 頭を狂わせるかのような音に、緋雪は怯んでしまっていた。
 さらには、聞き続ければ正気が削られる事もすぐに理解できた。
 そのため、緋雪はすぐさま離れようと動きを止めてしまったのだ。

「(いっそ、全部コワせば……―――)」

 掌に“破壊の瞳”を出現させる。
 そこまで来て、緋雪はハッとする。

「(今、何を考えた……!?まさか……!)」

 ズキズキと頭痛が響く。
 “意志”ですらそれを振り払う事は出来ず、気持ち悪さを助長させる。
 さらには、思考にまで“狂気”が侵食してくる。
 まるで、かつて狂気を患っていた時のような、そんな思考になる。

「くっ……!」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

 出現させていた“破壊の瞳”を握り潰し、目の前の空間を爆破させる。

「(もう侵食されてる……!このままだと……!)」

 空間断裂を引き起こす事で、追撃の極光を防ぐ。
 だが、一時凌ぎだ。
 すぐにその場から転移で逃げ、先ほどと同じように駆ける。
 だが、先ほどまでの精彩さはなくなっていた。

「っづ……!?」

 極光が足に命中する。
 直撃を避けたとはいえ、それだけで足が消し飛んだ。
 すぐに再生させるが、ジリジリと正気を削られた感覚が緋雪の心を蝕む。

「(呆れた……!私だけ克服したからって、甘く見てた!もっとその先の先を想定して、いくつも対策を立てておけば……!)」

 逃げつつ牽制の魔法を放ちながら、緋雪は内心自分に呆れる。
 想定以上の強さを持っている事は予想出来ていた。
 だが、そのさらに上を行かれただけの話だ。

「(……対策は、()()()()()()()()。それが通じなければ―――)」

 そこまで考え、咄嗟に片腕を犠牲に攻撃を防ぐ。
 さらに正気度が削られ、頭痛と気持ち悪さが増す。

「(―――ううん。絶対に、徹す!)」

 それでもなお、その“意志”を強くする。

「乗り越えるって、決めたんだ……!)」

 炎が消えていたシャルに、再び魔力と霊力を通す。

「狂気は、もう克服したんだ」

 白い刀身が再び展開され、赤の魔力と青の霊力が螺旋を渦巻く。

「だから、克つ!!」

   ―――“Lævateinn Überwindung(レーヴァテイン・ユヴァヴィンド)

 その大剣を振り被り、迫る極光を切り裂いた。

「どうあっても私を狂気に堕とそうとするなら……その前に倒す!!」

 星々を映す水面が揺らめく。
 波紋は衝撃波となり、神を襲う。
 同時に、光の大剣が斬撃を飛ばす。

「はぁああっ!!」

 途轍もない膂力を利用し、その大剣を高速で振るう。
 “意志”を込め、その斬撃で触手を悉く切り裂く。

「ッ……!」

 その度に、視覚で、聴覚で、嗅覚で正気を削ってくる。
 それでも“意志”を以って攻撃を続ける。

「っ、ぐ、ァ、ああっ!!」

 意識が飛びそうな程の頭痛がし、雄叫びが途切れ途切れになる。
 対し、触手もかなり切り裂き、神の本体であろう中心部に肉薄していた。

「っぐ……ふーッ、ふーッ……!」

「………」

「まだ、まだァ……!!」

 振るった一撃は、障壁で防がれる。
 緋雪の力を以ってしても、限界以上の力を使っているのだろう。
 腕の節々から血が溢れ、目は血走っている。
 頭痛や気持ち悪さに耐えるために歯を食いしばり、その結果口からも血が出ていた。

「っづぁっ!!」

 残った触手が振るわれる。
 それを、片手で殴りつけて弾く。
 さらに大剣で切り裂き、再び障壁を破ろうとする。

「がぁあああっ!!」

 障壁に大剣を突き刺し、そこから両手で無理矢理引き裂いた。
 直後、その引き裂いた穴から極光が飛ぶ。

「ッ、ッ……!」

 大剣と共に緋雪は大きく吹き飛ばされる。
 地面に叩きつけられ、一回転してから着地。
 即座に、再度突貫した。

「ぁァああアアあアああッ!!」

 再生が追い付かない事すら無視して、多重に展開された障壁に激突する。
 ()()で拳を振るう度にその障壁を割るが、如何せん数が多い。

「ッッ!!」

 “破壊の瞳”を握り、一気に障壁を割る。
 さらに、余波で罅が入った障壁に対して砲撃魔法を至近距離で放つ。
 着弾の爆炎が晴れる間もなく再度突貫し、障壁を割っていく。

縺ッ縺ッ縺ッ縺ッ(はははは)繧ゅ≧驕?>(もう遅い)!」

「ガッ……!?」

 分裂した極光が緋雪を貫く。
 頭の一部を、肩を、脇腹を、手足を消し飛ばされる。
 “バチリ”と、何かが断たれた音と共に、緋雪は吹き飛んで倒れ伏した。

「っ………!」

 緋雪は立ち上がろうとするが、欠けた腕が折れ、また倒れ伏す。

「―――?」

 それを、緋雪は認識出来なかった。
 否、明らかに“意志”による再生速度が落ちている事に気づけていなかった。
 ……もう、それを認識する正気がなくなっていた。

「……ゥ、ルルルルル……」

 最早、獣のような唸り声が漏れる程だった。
 まだ戦えはするが、この状態では勝ち目はないだろう。
 自身の“狂気”を制御出来ないのに、“狂気の性質”の干渉を防げるはずもない。

「ァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 攻撃の苛烈さは増している。
 しかし、防御も回避もしなくなっては意味がない。
 これでは以前の形態の神と立場が逆転してしまっている。

「ガ、ゥッ!?」

 再び極彩色の閃光に貫かれ、触手で吹き飛ばされる。

「(―――赤)」

 視界に“赤”が広がる。

「(赤、朱、紅、緋、あかあかアカアカあかアカアカアカアカ)」

 血の色、思考を蝕む“狂気”の色。
 様々な“赤”を緋雪が幻視する。

「ァ……は、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 気が付けば、星々を映していたはずの水面は、かつての赤に戻っていた。
 暗雲の代わりに紅い霧が立ち込め、結界内が“狂気”に満ちていく。

 克服したはずの狂気は再燃し、緋雪はそれに呑まれた。
 それに抗う術は、この場にない。





















〈―――お嬢様!!〉

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ッ―――!」

 吹き飛ばされた際に地面に刺さっていたシャルが叫んだ。
 その言葉と共に、仕込んでおいた術式が起動する。
 それは、“狂気”に囚われた際の対策として組み込んでいたモノだった。

「……ぁ……」

 術としては、緋雪自身の思い出と、彼女にとって大切な者達を想起させるモノ。
 普段であれば、感傷に浸る程度の効果しかない。

「ッッ……!!」

 だが、“狂気”に呑まれた今ならば、()()()()()()()が発揮される。
 緋雪は、拳を自らの額に殴りつけた。

「っ、ふぅ……ッ……!」

 ギリギリ、正気を取り戻す。
 自分にとって大事なモノを想起する事で自我を取り戻す。
 そんな間接的に作用させる術式だったが、ものの見事に成功した。
 しかし、それを喜ぶ時間はない。

「(このままやれば、また“狂気”に呑まれる……!)」

 即座に術式を編み、自ら五感全てを封印する。
 平衡感覚すら勘で探り、高速で動き続ける事で出来る限り攻撃を避ける。

「(……お兄ちゃんなら、他の皆なら、どうする……?)

 既に切り札である対策は使った。
 後何度か同じ事を出来るとしても、その内完全に“狂気”に呑まれてしまうだろう。

「(……今ここで、この状況を打破する手段を……!)」

 逆転の一手を必死に考える。
 しかし、一向にそれは浮かばない。

「(……ダメ。やっぱり、私と“狂気”は切っても切れない関係―――)」

 極彩色の極光が直撃し、またもや“狂気”が思考を蝕む。
 直前まで考えていた事も、そのダメージで途切れてしまった。

「(……なら、敢えて切らずに受け入れれば……?)」

 思い出したのは、無我の境地に至った事で導王流を極めた優輝の姿。
 自らと言う訳ではないが、あれも半分気絶したがために至った。
 同じように、“狂気”を受け入れてしまえばいいと思ったのだ。

「(……そうだ。もう、私は狂気を乗り越えたんだ。その“意志”があれば……!)」

 一歩、脚を踏み出す。
 その脚が触れた場所から、水面に波紋が広がる。
 血の色に染まっていた水面は、再び鏡のような水面へと戻っていく。
 否、厳密には血のような赤色のまま、鏡のように透き通った水面へとなっていた。

縺ェ縺ォ(なに)?」

「鏡の如く、透き通れ……我が心……!」

   ―――“狂花水月(きょうかすいげつ)

 緋雪の瞳が煌々と紅く光る。
 その光は、かつて狂気に呑まれた時と同じだ。
 だが、当時のように淀んだ光ではない。
 どこまでも透き通ったような、そんな綺麗な光だ。

「………!」

 跳躍し、吹き飛ばされた後地面に刺さっていたシャルを引き抜く。
 直後、再び光の刀身と赤と青の螺旋が伸びる。

豁サ縺ォ縺槭%縺ェ縺?′(死にぞこないが)!」

「ふッ!!」

 放たれた極光と触手が、細きれになる。
 荒々しくも繊細な太刀筋で、緋雪が斬り刻んだのだ。

「ッッ!」

 さらに、超高速で緋雪は駆けだす。
 触手を、極光を躱しながらもそこかしこに魔法陣の起点を刻んでいく。
 無論、神に気取られないように、何度も肉薄して近接戦も仕掛ける。

「ぐっ……!!」

 魔法陣の起点を粗方仕掛けた直後、触手を捌き切れずに防ぐ事になる。
 上空へと弾かれ、一瞬無防備になる。
 ……が、緋雪は不敵に嗤う。

「あはっ!」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

 魔法陣が起動し、そこから血の棘が飛び出す。
 それは余りにも大きく、四方八方から神は串刺しになる。
 内、ほとんどは障壁や触手に阻まれたが、それでも動きは止めた。
 そこを、“破壊の瞳”で狙い撃った。

縺舌♂縺(ぐぉお)!?」

「あははははははは!!」

 “破壊の瞳”による爆発のため、神は怯む。
 その隙を当然ながら逃すはずもない。
 緋雪は一気に猛攻を仕掛ける。

「無駄!無駄!無駄だよ!!」

縺ェ繝??ヲ窶ヲ(なッ……)!?」

 耳障りな音と共に、音波のようなモノが結界内に響き渡る。
 それは、以前の戦いで“狂気”に呑まれた緋雪を倒した技だった。
 制御の出来ない“狂気”に堕ちた者の“領域”を強制的に砕く、所謂即死技。
 明らかに“狂気”に満ちている緋雪には、効果抜群のはずだった。

「あはは!あっははははは!!」

 そう。今の緋雪は“狂気”に満ちている。
 笑いながら神の触手を斬り刻み、攻撃を転移で躱して即座に反撃を繰り出す。
 理知的な立ち回りを取っているが、“狂気の性質”から視れば明らかに“狂気”に満ちている。……そのはずなのだ。

「もうその“性質”は効かないよ!……我が心は水面のように……如何に“狂気”に堕ちようと、今この場ではそれでも揺らがない!」

 だというのに、緋雪は狂気に堕ちていながら正気だった。

「(狂気と正気の境界。そこに落ち着く事で、狂気すらも正気として扱う。……お兄ちゃんが武の極致に至るなら、私は狂気と正気の極致へ至る!)」

 緋雪が出した“答え”がこれだ。
 かつて優輝が導王流の極致に覚醒したのを参考に、緋雪は別のアプローチをした。
 敢えて自ら“狂気”へ歩み寄り、“狂気”を理解したのだ。
 結果、狂気と正気の境界線に立ち、“狂気”に堕ちても正気でいられた。
 術式などを用いない“意志”によるモノなので、それが瓦解する時は一瞬だろう。
 だが、自らの心を映し出すこの結界内ならば、その安定性も確実なモノとなる。

「(―――楽しい)」

 大剣を振るう。
 その度に、神の放つ極光や、触手が切り裂かれる。

「(―――楽しい!)」

 緋雪の瞳が爛々と輝き、表情は口角が上がり、満面の笑みとなっていた。

「(楽しい、楽しい、楽しい!)」

 今、狂気と正気の境にいるためか、緋雪はこれ以上ない楽しさに満ちていた。
 これまで、緋雪は模擬戦以外で戦いに楽しみを見出した事はない。
 シュネーだった頃も、笑ってはいたがそれは狂気の苦しみの中での話だ。
 しかし、今は負けられない戦いではあるが、心から楽しんでいた。

「あはははははははははは!!」

縺薙?窶ヲ窶ヲ(この……)!」

 狂気と正気にの境にいるからこその楽しさ。
 それは緋雪の動きにも影響を及ぼす。
 ありとあらゆる攻撃が力強く、鋭くなり、さらには精密さすら上がっていた。

「そこっ!!」

縺励∪縺」窶ヲ窶ヲ(しまっ……)!?」

 極光を切り裂き、触手を切り裂く。
 さらに一瞬の隙を突いて“破壊の瞳”を握り潰し、さらに活路を開く。
 そこで、ようやく神の本体が見えた。

「せぇえいっ!!」

縺後=縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ▲(がぁあああああああっ)!?」

 必死にそれを守ろうと迫る触手を即座に斬り捨て、そのまま回し蹴りで蹴り抜く。
 直撃した神は、まるで重力が横に向いて引っ張られたかのように吹き飛んだ。

「“其は、緋き雪の輝きなり(シャルラッハシュネー・シュトラール)”!!」

 さらに追撃として緋雪は極光を放つ。
 固有結界という緋雪にとっての“領域”という事もあり、完全に圧倒していた。

「ぜぁっ!!」

 極光を転移で躱される。 
 それを読んでいた緋雪は、転移でさらに回り込む。
 そのまま魔力の斬撃を爪で切り裂くように放ち、叩き落す。

「討ち克て、輝閃!!」

   ―――“Lævateinn Überwindung(レーヴァテイン・ユヴァヴィンド)

 一際強く魔力と霊力をシャルへと流し込む。
 ……決着の時だ。

「はぁあああああああっ!!」

繧。繧。繧「繧「繧「繧「繧「繧「繧「繧「繧「(ァァアアアアアアアアア)!!」

 今までで一番攻撃の密度が高くなる。
 極彩色の極光が、冒涜的な触手が緋雪へ襲い掛かる。
 一つ一つの攻撃が、今の緋雪でも食らえば致命傷だ。
 それに対し、緋雪は真っ向から突き進む。

「ッッ!!」

 目の前に迫る極光を切り裂く。
 間髪入れずに迫る触手を、紙一重で躱し、側面を滑る。
 別の触手を切り裂いて迎撃し、その反動で極光を躱す。

「はぁっ!!」

 理力が衝撃波となって放たれる。
 それがわかっていたかのように緋雪は転移魔法で回避し、同時に肉薄する。
 即座に迎撃しようと触手が迫り、その悉くを斬り捨てる。

「っづ……!」

 一際大きな触手が、大剣を振り抜いた僅かな隙を突く。
 回避も防御魔法も可能だったが、緋雪はそれを両腕で受け止めた。

「ッ!」

 その触手を切り落とし、追撃を再度転移で躱す。
 攻撃はすぐに追いついてくるも、徐々に肉薄していた。

「くっ……!」

 神も転移を使い、何度も緋雪から距離を取ろうとする。
 緋雪も負けじと転移で追いつき、その応酬を繰り返す。

「掛かった!!」

縺ェ縺ォ縺」(なにっ)!?」

 だが、それも終わる。
 緋雪が仕掛けたバインドによって、一瞬とはいえ動きが止まった。
 そして、今の緋雪にはその一瞬で十分だった。

「これが私の軌跡!私の物語!全てを以って、全てを斬り裂け!!」

 緋雪の言葉と共に、結界が崩れていく。
 否、結界内の全てが緋雪とシャルに集束していく。
 結界がなくなり、外でずっと戦っていた緋雪の分身と“天使”達も現れる。
 どうやら、分身達が敗北する寸前だったようだ。
 それを見て、緋雪は一瞬安堵するが、即座に意識を戻す。

「“水面に舞え、緋色月(ミュートゥス・シャルラッハロート)”!!」

 自らの全てを込め、剣として緋雪はそれを振り下ろした。
 その輝きは、白い神界をさらに白く染め上げる程だった。

()―――――」

「“領域”、両断……!!」

 正しく極光の剣が、神を一刀両断にした。
 緋雪の全て、全身全霊が込められている一撃だ。
 それは即ち、緋雪の全ての“意志”が籠められている、
 故に、“狂気の性質”の神の“領域”は、その一撃によって両断された。

「ァァああああアア!!」

「ガァアアアアッ!!」

「………」

 残った“天使”が、死に物狂いで緋雪へ襲い掛かる。
 全身全霊の一撃を放った後のため、確かに緋雪は無防備だった。
 だが、その攻撃が届く事はない。

「一歩、遅かったね」

 主たる神の“領域”を破壊した。
 ならば、その眷属の“天使”に生きる術はなし。
 緋雪に届くその直前で、“天使”達は消え去った。

「……危なかった……」

 本音が漏れる。
 正しく紙一重の戦いだった。
 あの土壇場で、緋雪が新たな手札を思いつかなければ負けていただろう。

「司さんや奏ちゃんなら、もっと勝ちを確信してたんだろうなぁ……」

 緋雪は自分の読みの甘さに苦笑いしていた。
 油断しているつもりはなかったが、僅かな慢心でピンチになったのだから。

「……でも、だからこそ……」

 しかし、そのおかげで“負けられない”と言う強い“意志”を抱けた。
 神を倒せる程の“意志”を、発揮する事が出来たのだ。

「……お兄ちゃんを助けに行かないと」

〈お嬢様〉

 緋雪はそう言って立ち上がろうとする。
 その時、シャルが声を上げたのだが、それに返事する前に力が抜け、へたり込む。

「あ、あれ?」

〈さすがに無理をし過ぎです。休息を挟むべきかと〉

「あ、あはは……そうだね」

 想像以上に消耗が激しく、このまま行っても戦えないだろう。
 シャルにそう忠告され、緋雪も大人しく回復を待つ事にした。

「一応、敵地のど真ん中だから、油断は出来ないけどね……」

 警戒だけは緩めずに、緋雪はその場で寝転ぶ。

「(……皆は、大丈夫かな)」

 ふと、頭に思い浮かんだのは、別の場所で戦っている皆の事だ。
 優輝だけでなく、全員が勝てるか分からない戦いに挑んでいる。
 自分は勝てたが、他もそうだとは限らない。
 だからこそ、少し心配した。

「……ううん。信じなきゃ、始まらないよね。きっと大丈夫!」

 だが、すぐにその心配は振り払う。
 そのまま起き上がり、自身の両頬を叩く。

「休憩終わり!まだ回復はしてないけど……後は歩きながらで!」

 そう言って、緋雪は優輝がいる場所へ向けて歩き出した。





















 
 

 
後書き
狂花水月…名前はカービィTDXのBGMから。狂気を受け入れ、それでなお鏡のように映し出す水面の如き心を宿す。厳密には技と言うよりただの心構えに近いが、緋雪の固有結界と合わせる事で“性質”すら跳ね除ける。

水面に舞え、緋色月(ミュートゥス・シャルラッハロート)…“緋色の神話”。緋雪の全てを込めて放つ一閃。固有結界を取り込む必要があるため、使用する際は固有結界を解除しなければならない。尤も、それ相応の威力と“意志”が込められている。


前後編はここで終わりです。
次は幕間を挟んで残りの面子の話に入っていきます。 

 

閑話19「それでも神として」

 
前書き
祈梨を始めとした足止めの神達+αの話です。
本編に大きく関わる訳ではないので、閑話扱いになりました。
 

 










「ぐぅうっ……!!」

 優輝達が各々死闘を繰り広げる中、足止めに残った者も戦っていた。
 その中の一人、エルナが“守る性質”による障壁の上から押される。

「お姉ちゃん!!」

「やれ!ソレラ!!」

 押されるエルナをソレラが支える。
 “守られる性質”との相互作用で、エルナは何とか踏ん張る。
 同じく影響を受けたソレラが、理力による極光を放つ。

「っ……キリがない……!」

 “性質”のおかげで、エルナは敵の“性質”ごと防ぐ事が出来る。
 だが、如何せん敵の数が多い。
 たった二人で抑えるには、常に全力で“性質”を使い続ける必要がある。

「くぅぅううっ……!!」

 元より、ズィズィミ姉妹はあまり攻撃に優れていない。
 “性質”そのものが攻撃性の低いもののため、どうしても攻撃力に欠けるのだ。

「ッ、ぜぇえええい!!」

 それでも、エルナは肉薄してきた“天使”を確実に倒す。
 “守る性質”を応用し、ソレラを“守る”ために敵を倒すという因果を利用し、“性質”を伴わせた一撃を叩き込んだのだ。
 これならば、“性質”が伴う分、不足しがちな攻撃力を補える。
 受けた攻撃が強力な分、“天使”なら一撃で倒せる程の威力を叩き出せた。

「ッッ!!」

 直後、展開した障壁にあらゆる理力の攻撃が突き刺さる。
 “性質”を伴ったそれらの攻撃は、何度も障壁を揺らす。
 それでも障壁は割れないというのは、やはり“守る性質”の所以だろう。

「ぉぉぁああああああああっ!!」

 だが、やはり数が多い。
 いくら“守る”事が出来ても、その上から押される。
 たった二人なのに突破されていないのは、ソレラが“領域”を用いて空間的、概念的、因果的に通行止めしているからだ。
 神界の神と言えど、“領域”を用いた封鎖はそう簡単に突破出来ない。
 と言うより、ソレラの“領域”を砕かない限り突破出来ないのだ。
 そして、そんなソレラをエルナが“守る”。
 それによって、決して突破出来ない防衛線を作り上げていた。

「ぜぇ……ぜぇ……!」

 しかし、多勢に無勢。
 ほとんど防戦一方な事もあり、数を減らす速度と疲労が釣り合っていない。
 敵勢力は一割減らせたかどうかだが、エルナは限界に片足を踏み入れている。
 いくらソレラの支援があっても、数の暴力には勝てなかった。

「そこだ!!」

「ッ、甘い……!」

 疲労による隙を突かれる。
 何とか防御を間に合わせ、掌底で攻撃してきた神を吹き飛ばす。

「まだまだ……!そう簡単には負けないよ……!」

「その通りです……!」

 限界?それがどうした。
 そう言わんばかりに、二人はまだまだ理力を振るう。

「合わせな、ソレラ!」

「はい!」

 重なる敵の攻撃を、エルナがまとめて受け止める。
 そして、カウンターの一撃を、ソレラと共に放つ。

「“Divine schlag(ディバインシュラーク)”!!」

「吹き飛びなぁッ!!」

 理力の閃光が弾ける。
 直後、エルナに肉薄していた神々と“天使”はまとめて吹き飛んだ。

「ッ、やっぱりここを狙ってくるか……!」

 直後に、エルナは理力の極光に晒される。
 カウンター直後を狙い、別の神々が遠距離から攻撃してきたのだ。

「ぬっ、ぎぎぎぎぎぎぎ……!」

 それを、肉体そのものでエルナは耐える。
 全ては、敵を通さないため。何よりもソレラを守るために。
 そのためならば、エルナの“領域”は何よりも強固になる。

「……狙い撃て!」

 そして、その身を以って稼いだ時間をソレラも無駄にはしない。
 “守られる性質”とはいえ、無力ではない。
 その“性質”には、ゲームで言う前衛に“守られる”後衛という概念も含まれる。
 それを利用する事で、“守られる”程に強力な支援攻撃を行える。
 正確無比に放たれた理力の閃光が、先ほど吹き飛ばした“天使”を射抜く。

「(これで……!)」

 何も完全な防戦一方ではない。
 既に限界を超えたその力で、少しずつ数を減らしている。
 消耗と釣り合っていないため、結果的に防戦一方なままなのだが、それでも時間稼ぎとしてはこれ以上ない状態だった。

「ぁあああああっ!!」

 遠距離攻撃を耐え抜いたエルナが、理力の盾を形成する。
 その盾で極光へと繰り出し、その極光をまばらに反射する。

「ふーっ、ふーっ……それで終わり?」

 息も絶え絶えに、それでもエルナは挑発するかのように笑う。
 “守る”ためならば、敵を排除するための力を持つ。
 それが彼女の“性質”だ。
 限界を超えてのその力の行使は、例え不利な状況でも逆転の可能性を秘めていた。

「舐めるなッ!!」

「ッッ……!」

 瞬間移動からの不意打ち、遠距離からの雷撃、あらゆるモノを打ち砕く一撃。
 “性質”を伴った、様々な攻撃がエルナを襲う。
 まともに食らえば、誰であれ無事では済まないだろう。

「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 それを、耐える。
 “領域”を、何よりも“守る”べき存在のために。
 エルナはそれを“防ぐ”のではなく、“守る”ために耐えた。

「お姉ちゃん……ッ……!!」

 ソレラも、そんなエルナの想いを受け取り、行動する。
 ただ支援するだけじゃない。理力を圧縮し、集束させる。
 攻撃を耐え抜いた直後の、“一手”のために。

「……まだ……まだ……!」

 集束に集束を重ね、圧縮する。
 戦闘向きの“性質”ではないため、純粋な理力のみで威力を出すしかない。
 そのため、確実に数を減らせる威力まで、理力を溜め続ける。

「ぐ、ぅううう……!!」

「ッ……ここです!!」

 溜めに溜めた理力を一点に集中させる。
 同時に、エルナが耐えきった。
 攻撃はまだ続いているが、徐々に勢いが弱まっている。
 完全に止んでからでは遅い。そのため、ソレラはこのタイミングで解き放つ。

「“σφαγή του θεός(スファギ・トゥ・テオス)”!!」

 まさに神すらも殺す極光。
 それがエルナを襲う攻撃を突き破り、神々へと襲い掛かる。
 ここまで溜めていた甲斐もあり、防がれる事なく極光を突き進む。

「しまっ……!?」

 射線上の神々が驚愕するが、もう遅い。
 回避以外に助かる術はなく、それが間に合わない者から呑み込まれていった。

「っ……かなり、減らせたようだね……!」

「はい……ですが、まだです……!」

 ソレラのその言葉と共に、残った神が不意を突いてくる。
 狙いはソレラだ。彼女さえ倒せば足止めが瓦解するので当然だろう。

「させないよ!」

 だが、当然ながらエルナが防ぐ。
 “領域”が砕けない限り、ソレラを“守る”ためならば確実に防ぐ。
 ……限界を超えてなお、戦いはまだまだ続いていく。















「そこです!」

 一方、祈梨の方も防戦を強いられていた。
 “祈り”と合わせ、結界を張る事で足止めの環境を作り出していた。
 ソレラと同じように、自身が負けない限り突破されない状態にしたのだ。
 そうなれば、当然祈梨は集中狙いされる。

「ッ……!くっ……!」

 隙を見ては反撃を繰り返すも、数の前には無力だった。
 回避や転移を合わせる事で、致命的なダメージは避けている。
 だが、時間の問題だ。
 敵も徐々に祈梨の動きに慣れてきているため、いつかは直撃を食らう。

「ッ、ぁあああああっ!?」

 そして、その時はすぐにでも訪れた。
 転移を先読みされ、回避不可の一撃が振るわれる。
 “祈り”による障壁も切り裂かれ、出来たのは苦し紛れの反撃のみ。
 救いだったのは、障壁と反撃によって直撃は逃れた事だ。

「ふッ……!!」

 吹き飛ばされ、その先で別の神が待ち受けていた。
 視界の端にそれを捉えた祈梨は、即座に“祈り”で身体強化を重ね掛けする。
 そして、追撃に合わせて祈梨も反撃を繰り出す。

「爆ぜて!!」

 さらに、溜めた“祈り”を炸裂。大爆発を引き起こす。
 目晦ましとこれ以上の追撃の阻止を兼ねたその一撃で、何とか仕切り直す。

「これで……!」

 理力の槍を回す。
 その度に“祈り”による斬撃を飛ばし、全方位に攻撃する。
 狙いは斬撃を当てる事ではない。

「(来た……!)」

 その攻撃を抜けてきた神が狙いだ。

「祈祷顕現!“天満たす、巫女の祈り(プレイヤー・メニフェステイション)”!!」

 障壁で受け止めず、その肉体で神の一撃を受け止める。
 防御をしなかった事で、僅かとは言え攻撃した神は動揺した。
 その隙を逃さず、祈梨は転移でその神を孤立させる。
 そして、()()()()()()“祈り”を開放する。

「さすがに、一人で全員抑え続ける訳がありませんよ……!こうして、洗脳を解く手段があるのならばね……!」

 眩い光が神を包む。
 祈梨は洗脳を解くための“祈り”を戦闘中ずっと溜めていたのだ。
 それをここで開放し、神を一人とはいえ味方に引き込んだ。

「っ、ぁ、……くっ……!」

「目が覚めましたか?状況は見ての通りです。……助力をお願いします」

「……ああ……!」

 目を覚ました神は、即座に状況を理解する。
 元より、洗脳されている時の記憶は大体残っている。
 そのため、今自分が何をすべきか、何と戦うべきかはとっくに理解していた。

「幸運ですね。“奮闘の性質”である貴方を真っ先に戻せたのは」

「済まない。この借りは……ここで返させてもらう……!」

 洗脳を解いた神は、祈梨が洗脳されていた際に会っていた神の一人だった。
 “奮闘の性質”。文字通り戦闘においてどうであれ奮闘出来る神だ。
 この足止めの状況下において、その“性質”はありがたかった。

「なっ……!?」

 それを見ていた洗脳されていない悪神は大きく動揺していた。
 イリスの洗脳が解ける事を考慮していなかったのだ。
 そして、その隙を“奮闘の性質”の神は逃さない。

「ふんッ!!」

 理力を伴った掌底が、空間へ突き出される。
 洗脳によって抑圧されていた“性質”を解き放つように、その一撃は凄まじかった。
 射線上にいた神と“天使”を全員吹き飛ばしたのだ。
 耐えた者もいたが、障壁は確実に割っていた。

「かはっ!?」

 そして、無防備になった神を祈梨の“祈り”が貫く。

「(正直、かなりギリギリでしたからね……。ここで味方を増やせなければ、あのまま負けていたと見て間違いないでしょう)」

 再び“祈り”を溜めながら、祈梨は防衛に努める。
 依然数では負けたままだ。
 正気に戻した神も、単純な実力はそんなに高くない。
 “性質”のおかげで善戦しているだけなので、負けるのも時間の問題だ。

「(とにかく耐え、出来る限り味方を増やす。それが、今の私のするべき事。……皆さんも頑張っているのですから、神として私も頑張りませんと)」

 先ほどと同じように防戦一方になりながらも“祈り”を溜める。
 同じ事をさせないように敵も祈梨を狙うが、“奮闘の性質”の神がそれを阻む。
 即席のコンビだが、それぞれが役目を理解しているため、良い連携を取れていた。

「まだまだ私は、私達は足掻きますよ……!この先へは進めないと思う事です!」

 反撃の極光を放ちながら、祈梨はそう宣言した。















「ぬぉおおおおおっ!!」

 所変わり、天廻の方では危なげながらも拮抗していた。
 “廻す性質”によって、天廻を無視して進もうとする神々の位置を“廻し”、それによって足止めを成していた。

「ふんッ!!」

 戦いそのものも、天廻は優輝に近いスタイルだ。
 無駄なく、的確に力を振るい、反撃ごとに敵を吹き飛ばす。

「ふーッ……!」

 天廻の“廻す性質”は、本来輪廻転生などに関わる“性質”だ。
 だが、空間などを“廻す”事で転移や一種の隔離結界を作り出せる。
 加え、その応用で敵の攻撃が直撃しないように“廻す”事も出来る。
 そのため、白兵戦で天廻を傷つけるのは至難の業だ。

「全く……老体は労わらんか……!」

 しかし、それらに力を使い続けるが故に、消耗が大きい。
 堅実な立ち回りで消耗を減らしていても、スタミナが尽きるのは時間の問題だ。
 技術等が高い代わりにスタミナが少ないのが、老体の神の特徴だ。
 天廻もそれに漏れず、既に息切れが始まっていた。

「ぉおっ!!」

 雄叫びと共に理力の杖を一突き。
 襲い掛かった“天使”を貫き、その背後の極光をも貫く。

「巡り、巡りて、全ては正常へと廻り戻る」

 座標を“廻し”、攻撃を掻い潜る。
 ついでに杖を引っ掛け、多少のダメージを与えつつ体勢も崩させる。

「その身の業を清めよ」

 そして、一人の女神の背後へと回り込み、“性質”を叩き込む。

「“輪廻清浄(りんねせいじょう)”!!」

 ぐにゃりと、円を描くように神が歪む。
 声を上げる間もなく体は捩じ切られ、しかし()()()()()

「状況は理解できておるかの?」

「……はぁい。それはもう、身に染みてわかってますよぉ……」

 そう。洗脳含めて元に戻ったのだ。
 祈梨と同じように、天廻も正気に戻す手段を持ち合わせていた。
 それによって、一人を正気に戻したのだ。

「すまんが早速回復を頼もうかの」

「お安い御用でぇ」

 正気に戻した女神は“回復の性質”。
 文字通り、回復に長けた“性質”だ。
 その力は“領域”の消耗すらも回復させてしまう程だ。

「させるか!」

「甘いのぅ」

 即座にそれを阻止しようと、別の神が女神に襲い掛かる。
 しかし、天廻が割り込み、体勢を“廻す”。
 体勢を崩した所へ理力をぶつけ、他の神々を巻き込んで吹き飛ばした。

「全ての業は巡り巡りて自らへと還る。廻り、廻る、それこそが因果」

 膨大な理力が天廻を中心に渦巻く。
 女神の回復によって理力に余裕ができたため、反撃に出たのだ。

「ほれ、お返しじゃ」

   ―――“悪因悪果(あくいんあっか)

 渦巻いていた理力は、幾重にも分かれた極光となって神々を襲う。
 それも、特に天廻を攻撃していた神を狙って。

「ッ―――!?」

 その速さと威力は相手によってバラバラだ。
 まさに悪因悪果。天廻に対し苛烈な攻撃を仕掛けた者程、それは高かった。

「本来ならば、これ程ではありゃせんよ。今回は特別仕様じゃ」

 疲労の汗を滲ませながら、天廻は言う。
 回復した分の理力も注ぎ、効果を底上げしておいたのだ。

「因果応報、全ては廻り廻りて自身に還る。……それが儂の“性質”じゃ。覚悟せい。例え儂を倒そうとも、その因果は返ってくるぞ?」

 再び“回復”してもらいながら、天廻は不敵に笑う。
 力の消耗を気にする必要がなくなった今、危ない綱渡りの必要はなくなった。

「儂らにも神としての誇りはある。……こうして数多の世界を巻き込んでおるがな……。それでも、神として儂らは貴様らを抑えて見せよう」

 そう言って、“回復”した理力を片っ端から体中に巡らせる。
 普段保有している分の理力では到底賄い切れない身体強化だ。
 消耗した分を“回復”出来る今だからこそ出来る反則技である。

「ふんッ!!」

 杖を一振り。
 それだけで、障壁を軋ませる衝撃波を繰り出した。

「恐れを知らぬ者から、かかってくるがよい」

 片手にイリスの正気を解くための理力を集束させつつ、天廻は構えた。
 “回復の性質”さえある限り、最早天廻に負けはなかった。















「そっち行きましたよー!」

「了解です……!」

 最後に、ルビアとサフィア。
 二人は、戦場を完全に結界で覆いつくしていた。
 足止めする“意志”と二人の“性質”を合わせ、無視して進めないようにしたのだ。

「はぁっ!」

「おおっと、後方注意ですよ」

 “紅玉の性質”と“蒼玉の性質”。
 ズィズィミ姉妹と同じく姉妹である二人も、お互いの“性質”を掛け合わせられる。
 それによる結界で一種の迷宮を作り出していた。

「くっ……!」

「足元が疎かですよ?」

 それは、まさに万華鏡。
 四方八方がルビー、またはサファイアのレンズに覆われた小部屋だ。
 それが無数に隣接して展開されているのが、この結界だ。
 そして、そのレンズは別の小部屋と繋ぐ“門”となっている。
 ルビアとサフィアはその“門”を自由自在に行き来し、敵軍を翻弄していた。

「生憎、これぐらいしか貴方達を止められないんで」

「悪く思わないでください」

 時折、合わせ鏡のようにルビアとサフィアは分身する。
 その事も相まって、まさに万華鏡と表せる。
 それがこの結界、“迷宮万華鏡(カレイド・ラビリンス)”だ。

「無駄ですよー無駄無駄」

 敵も負けじと攻撃を放つ。
 しかし、その攻撃はレンズに吸い込まれ、別の小部屋へと転移する。
 単純な攻撃は直接当てない限り決して命中しないのだ。

「そこです」

 敵にとって、結界内の“門”はどこに繋がるのか分からない。
 対し、スフェラ姉妹は完全に把握している。
 そのため、ルビアが挑発し、サフィアが不意打ちで仕留めるという構図が出来上がり、それによって敵の軍勢を抑えていた。

「(ここまでやって、ようやく拮抗……ですか)」

 この結界は二人の“領域”を利用している。
 これを突破される事は、イコール二人の敗北だ。
 それだけの優位性を発揮できるのだが、それでようやく互角だ。
 僅かでも油断すれば、二人の優位性は瓦解する。

「しまっ……!?」

「(故にこそ、確実に数を減らす……!)」

 結界の性質上、敵は孤立させやすい。
 それを利用し、二人はまず“天使”を倒していく。
 確実に“領域”を破壊し、数を減らしてより優位に持っていく。

「ッ!!」

 無論、敵もそれに気づかないはずがない。
 直接的な戦闘力が高い神が、すぐに二人に追いつく。
 結界を利用した変則的な移動であっても、単純な強さで追いつかれてしまう。
 すぐに別の小部屋へ移動し、さらにでたらめに移動する。

「ッ、邪魔です……!」

 行先に別の神がおり、理力と理力がぶつかり合う。
 その衝撃波が“門”を通って別の小部屋にも届く。

「サフィアちゃん!」

「ぐっ……!」

 即座にルビアがフォローに入る。
 神を怯ませ、その隙に二手に分かれて別の場所へと移動した。

「(追いつかれるのなら……!)」

 移動しながら、サフィアは極光を壁に向けて放つ。
 万華鏡の性質を持つのがこの結界だ。
 壁に向かっていく極光は、その“門”を通じて他の小部屋に転移する。
 転移した極光はさらに転移し……結果的にほとんどの部屋に極光が届く。
 命中してもしなくとも、足止めとしては十分だ。

「ッ……!」

 反撃がない訳ではない。
 先ほど追いついてきた神の他にも、肉薄してくる者はいる。
 その攻撃を躱しながら、サフィアは結界内を逃げ回る。
 ルビアも同じように立ち回り、結界内を紅と蒼が駆け回る。

「捉えましたよ!」

「ここです!」

 そんな中でも、二人は連携を取る。
 サフィアに肉薄する“天使”に、その後ろからルビアが追い付く。
 そして、すれ違いざまに二人で攻撃と反撃を叩き込んだ。

「トドメです!」

 さらにルビアが極光を放ち、トドメを刺す。
 その極光は“門”から別の小部屋に散っていく。

「ッ!」

 敵も結界に慣れてきたのか、次々と肉薄してくる。
 それを、サフィアは理力の武器を展開して捌く。
 しかし、サフィアは特別強い力を持っている訳ではない。
 白兵戦であれば、優輝どころか緋雪や奏にも負けうるだろう。
 だからこそ、攻撃を受け流し、目の前の神を退けた直後に逃げ出した。

「こうなったら……出来る限り逃げ回りますよ!」

「はい……!」

 逃げ回り、置き土産に極光を放つ。
 どの道、結界を突破するには二人を倒すか“領域”を叩き潰す力が必要だ。
 結界として展開された“領域”を叩き潰すには、それこそイリスでも無理だ。
 そのため、残る手段として術者の二人を倒す必要がある。
 裏を返せば、倒れさえしなければそれだけで二人は足止めを果たせる。

「はぁっ!」

 理力の塊で攻撃を弾いて逸らし、空いた手で極光を放つ。
 サフィアの蒼い極光が肉薄していた神を弾き飛ばし、結界内へと散っていく。
 それに応えるように、ルビアも別の場所で極光を放つ。

「(ジリ貧……いえ、上手く立ち回れば十分勝てる見込みはあります)」

 追いつかれ、引き離し、その度に結界内を極光が飛び交う。
 一見、彼女達が追い詰められているだけに見えるが、それは違う。
 完全な優位性を持つ結界内は健在だ。
 そこから先ほどと同じように数を減らせば、そのまま勝てる可能性は十分にある。

「(……彼は、虚数の彼方にある“可能性”を掴みました。であれば、私達とて万に一つ程度の“可能性”は掴んで見せませんとね……!)」

 決意を新たに、サフィアは速度と振るう理力のギアを上げる。
 “最悪、足止めすれば十分”。そんな思考など捨てて、勝ちに行く。



















「……ッ、はぁ、はぁ、はぁ……!」

 そして、視点は戻り、ズィズィミ姉妹。
 大量の神の攻撃を受け続けていたエルナは、目の前の光景をただ見つめていた。

「……どうやら、間に合ったみたいだね」

 倒れ伏すのは、先ほどまでエルナを追い詰めていた神々。
 それを成したのは、新たに現れた神々だった。

「お待たせしました。……イリスの勢力は既に殲滅済みです」

 その神々は、イリスの対極に当たる神の勢力だ。
 今までイリスが優輝達とは別に戦い続けていた神々が、洗脳された神々や悪神を退け、ようやくここに辿り着いたのだ。

「よくもまぁ、たった二人で抑えたものだよ。……いや、他にもいるかな?」

「……私達以外の神が四人……いや、五人。“天使”が二人に……後は人間達が奥で戦っているよ。私達は、その足止めさ」

 エルナが簡潔に説明する。
 それを聞いて、神々の半分程が騒めく。

「人間が?まさか、この神界に人間が……」

「“無限の可能性”」

「ッ―――!?」

 その単語をエルナが口にした途端、今度はズィズィミ姉妹以外全員が驚愕した。

「……なる、ほど。彼が関わっているんですね……」

「道理で、ここに至るまで想定以上の被害の少なさで済んだのか……」

 イリスがそちらに執心だから、ここまで短期間で来れた。
 そう神々は納得し、だからこそすぐに奥に進む事に決めた。

「行きますよ。立てますか?」

「ああ。……その様子だと、奥に向かうんだね?」

「はい。どんな理由であれ、本来人間を関わらせてはなりません。元より、この世界で起きた事。この世界の者のみで解決するべきですから」

 かつての大戦では、一人の神とその“天使”が犠牲になった。
 それを繰り返さないためにも、神々は奥へと進む。

「止めはしないよ。だけど、無暗に割り込むのも止めといた方がいいよ」

「……それは……」

 “性質”同士のぶつかり合いであれば、割り込むのは難しい。
 それを抜きにしても、止めておいた方がいいとエルナは言う。

「私も信じたいのさ。人間達の“可能性”を」

「……私もです」

 ソレラも同意し、二人は奥の方に目を向ける。

「……そうですか」

 二人の目を見て、付き添った神はそれ以上問う事はなかった。
 どの道、このまま奥へ行くのは確定事項だ。
 その後どうするかは、その時決めるだけの事。
 そう断じて、神々は奥へと向かっていった。



















 
 

 
後書き
Divine schlag(ディバインシュラーク)…閑話3より再掲。神界の神ならば大抵使える技。単発式の極光のため、シンプル且つ強力。“性質”が伴わない純粋な理力による攻撃。

σφαγή του θεός(スファギ・トゥ・テオス)…“神の虐殺”。理力を溜めに溜め、さらにそれを圧縮して放つ一撃。この技名にする事で、神性特攻も入っていたりする。

天満たす、巫女の祈り(プレイヤー・メニフェステイション)…祈梨が神になってから会得した天巫女としての業。本来の最終奥義である天翔ける、巫女の祈り(プレイヤー・メニフェステイション)の上位互換で、イリスの洗脳も解く事が出来る。

“奮闘の性質”…文字通り。どんなに実力差があろうと、確実に“奮闘”出来る。なお、勝てるとは限らないので、負ける時は負ける。時間稼ぎしたい祈梨にとって、高相性の“性質”である。

輪廻清浄…疑似的な輪廻転生を一瞬で何度も繰り返す事で、対象を正常な状態に戻す技。神などであれば元の在り方に戻るだけだが、普通の人間などに発動すると記憶も全て抹消された真っ新な魂になってしまう。

“回復の性質”…文字通りの“性質”。あらゆるモノの回復だけでなく、理力や“領域”の消耗すら回復できるため、この“性質”の持ち主は基本的に一撃で“領域”を砕かないと倒せなかったりする。

悪因悪果…文字通り、悪い事をすれば全て返ってくるカウンター技。自身だけでなく、様々なモノを対象にして発動出来る。なお、受け身の技になるため使い勝手が良い訳ではない。

迷宮万華鏡(カレイド・ラビリンス)…スフェラ姉妹の“性質”を掛け合わせて展開する結界。空間内は万華鏡のように小部屋が隣接して存在し、各部屋の壁が別の部屋への“門”となっている。万華鏡なだけあり、合わせ鏡のように分身も出来る。


今回正気に戻った神二名の性格は、男性の方は基本真面目な好青年で、女性の方は言葉も物腰も柔らかなおっとり系みたいな感じです。
キャラで例えるなら、前者はFateシリーズにおける士郎とジークを足して2で割った感じです。後者はプリコネのミサト辺りをさらにおっとりさせた感じです。
なお、今後の出番は予定ありません。 

 

第278話「積み重ねた想い、信念」

 
前書き
ルフィナ、ミエラ、ユーリ、サーラSide。
イリスの“天使”と優輝を模した“闇”の“人形”が相手です。
 

 












「シッ!!」

 剣が振るわれ、斬撃が二閃、三閃と迸る。
 それによって囲うように振るわれた複数の攻撃を相殺する。

「はぁっ!!」

 間髪入れずに、剣を振るったサーラは魔力を練る。
 鞭のようにしならせ、襲ってきた存在を弾き飛ばす。

「……なるほど。導王流はありませんか」

 反撃される前に転移でその場から抜け出し、サーラはそう呟く。
 その視界には、転移前の場所をユーリの魔法が襲う光景が収められていた。

「であれば、直接戦闘でも勝ち目は十分にありますね」

 またもや転移し、今度はユーリの傍に移動する。
 そして、ユーリを狙った理力の剣を防いだ。

『主様を模した“人形”と言えど、模した側面は神であった時のモノに重点を置かれているようです。扱う個体はいるかもしれませんが、使いこなす個体はいないと見て良いでしょう』

「……なるほど……」

 サーラとユーリが相手にしているのは、優輝の姿を模した“闇”だ。
 かつて、地球に襲撃した“人形”と同じ存在だが、その強さは増している。
 しかし、それでも一対一であればサーラは互角に戦えた。
 導王流があれば話は別だったが、それもない今、懸念は消えた。

「ユーリ!」

「はい!」

 ユーリの魄翼がうねり、“人形”が繰り出す理力の攻撃を相殺する。
 魄翼も相殺の際に砕け、ユーリが無防備になるが、その前にサーラが仕掛ける。

「はぁっ!!」

 渾身の一閃、続けての二連撃を放つ。
 一撃目で障壁を破壊し、追撃の二連で直接攻撃するためだ。
 目論見は上手く行き、圧縮された理力で防がれたものの、吹き飛ばした。

「させません!」

 無防備となったユーリを“闇”が襲う。
 だが、ミエラが割り込み、理力の剣で“闇”を切り裂く。

「ルフィナ!後は任せますよ!」

「いいですよ。護衛は任せてください」

 ルフィナも理力の矢で他の“人形”を牽制しつつ、ユーリの傍に来る。
 ミエラはそんなルフィナに後を頼み、サーラの近くに転移する。

「お互い、力を合わせましょう。個々で戦えば、隙を突かれます」

「……そうですね。集まっていた方が、利点は大きそうです」

 そう言いながら、ミエラとサーラで背中合わせになる。
 直後、“人形”が一斉に二人に襲い掛かった。

「はっ!!」

「遅い!!」

 火花が、魔力が、理力が散る。
 一撃一撃が必殺の威力を持ち、衝撃波を迸らせる。
 だが、一太刀とて二人には届かない。

「所詮は“人形”!主には届かないと知りなさい!」

「シッ!!」

 理力を唸らせ、“人形”を退かせる。
 そして、サーラが一人に狙いを定め、包囲に穴を開けた。

「“明けの明星”!!」

「通しません!!」

 向かう先はルフィナとユーリのいる場所。
 そちらもルフィナがカウンターで、ユーリは魄翼で攻撃を対処していた。

「はぁっ!!」

「ふッ!!」

 二人が弾いた“人形”を、サーラとミエラで切り裂き、“領域”を砕く。
 “闇”で作られた“人形”だからか、神や“天使”に比べて脆い“領域”だった。

「……さて」

 そこで小休止が入る。
 サーラ達は四人で集まり、前衛後衛の陣形を組んでいる。
 対し、今まで攻撃していた“人形”達も一度飛び退き、間合いを取って並び立つ。

「戦力の逐次追加で終わるはずがありません」

「その通りです。……イリスの“天使”が動いていません」

 イリスの“天使”はイリス本人が強いだけあって、数も質も段違いだ。
 その内のほとんどが、司が地球から放った“祈り”で消滅している。
 それでも六人、“天使”は残っている。
 そして、その“天使”達は、ここまでの戦いに参加せず、静観していた。

「つまり……本番はここからですか」

「その通りです」

「ッ―――!?」

 ユーリの呟きに、“天使”の一人が背後に回り込むと同時に答える。
 まるで闇に溶けるかのように、ごく自然過ぎる転移だった。

「くっ……!」

 即座にルフィナが理力の槍で不意打ちを防ぐ。
 そのまま反撃も繰り出すが、再び転移されて避けられる。

「後方を頼みます!」

「承知!」

 ミエラが正面、サーラが後方からの攻撃に備える。
 否、それだけでは足りない。
 神界の戦いにおいては、最早前衛後衛など関係ない。
 前後左右だけじゃなく上下からも攻撃は仕掛けられる。

「イリスの“天使”の中でも、特別戦闘に優れた個体です!」

「なるほど……!だから司さんの“祈り”で倒せなかったと……!」

 同じ神の眷属であっても、個体差はある。
 今目の前にいる六体の“天使”は、イリスの眷属の中でも強い。
 生き残っていたのも、偶然もあったとはいえその強さで避けたからだ。

「ッ!?(速い!!)」

 目を離した訳じゃない。
 だが、予想以上の速度でサーラは懐に潜り込まれた。
 転移からの理力の一撃が、サーラの剣を大きく弾く。
 そして、がら空きになった胴に第二撃が叩き込まれた。

「サーラ!!」

「ッッ……!!後ろです!ユーリ!!」

 サーラの体が吹き飛ぶ。
 しかし、ここは神界。ただで吹き飛ぶ程“意志”は弱くない。
 即座に地面に剣を突き刺し、全力で踏み止まる。
 それでも吹き飛んだ際の勢いは止まらない。
 サーラもただではやられず、勢いを利用する。
 そして、背後に迫っていた“人形”を突き刺した。

 問題は、思わず声を上げたユーリの方だ。
 意識がサーラに向いた瞬間を、“天使”は逃さない。
 サーラもそれに気づいて、声を張り上げた。

「っ……!!」

 魄翼は間に合わない。
 刹那にそう確信したユーリは防御魔法を多重に展開する。
 ユーリは戦闘に対する意識はそれこそ人並み程度しかない。
 それでもそれを補って余りある才能と力がある。
 そのため、咄嗟の防御魔法でも十層の障壁を展開した。

「ぐっ……!」

 その十層の内、九層が割られる。
 残りの一層もほぼ破られた状態で、ギリギリ防いだ。
 だが、追撃が来る。
 今度は魄翼を間に合わせるが、あっさりと魄翼が砕ける。
 それでも、時間を稼ぎ、ルフィナの横槍で“天使”は弾き飛ばされた。

「まだです!!」

 ルフィナが“天使”の一人を抑えるが、代わりに“人形”がノーマークとなる。
 ミエラとサーラも他の“天使”に抑えられ、ユーリは一人で対処する事になる。
 尤も、ユーリもこれまでで戦闘経験は積んできた。
 いくら戦闘への意識が人並み程度でも、決して無力ではない。

「はぁっ!!」

   ―――“Schwarzer Granate(シュバルツェア・グラナーテ)

 魄翼と防御魔法で“人形”の攻撃を一時的に防ぐ。
 そして、破られる前に魔力を爆発させる。
 防御、ないし飛び退く事で回避させ、さらに細かい魔力弾で周囲を攻撃する。

「シッ!!」

 吹き飛んだ“人形”の内、一体が吹き飛んだ勢いを利用したサーラに切り裂かれる。
 “天使”相手に劣勢ではあるが、連携を忘れずにこなしていた。

「“人形”は私が抑えます!」

「無理はなさらぬように!!」

 役割分担で、ユーリが“人形”を担当する。
 白兵戦で“天使”相手にユーリでは少々相性が悪い。
 一撃で魄翼も障壁も貫く攻撃力は致命的だ。
 対し、“人形”は比較的物量で攻めてくる。
 同じ物量で対抗できるユーリが抑えるのは妥当だろう。

「はぁっ!!」

 無限の魔力によって、いくつもの障壁が展開される。
 それらが割られるのと引き換えに、“人形”の攻撃を阻む。
 さらに、魄翼と無数の魔力弾、砲撃魔法の魔法陣も展開される。
 ありったけの魔力を注ぎ込んだ弾幕を展開し、物量で攻める。

「ッ!」

 それでも“人形”は抜けてくる。
 それどころか、“天使”も混じっていた。

「っ、ここです!」

 しかし、ユーリも白兵戦が出来ない訳ではない。
 魄翼を爪として振るい、剣の一太刀を砲撃魔法の薙ぎ払いで代用する。
 “人形”を弾き飛ばし、魄翼を砕かれながらも“天使”の攻撃を防ぐ。
 そして、一際強い砲撃魔法を繰り出し、“天使”を押し流す。

「ふっ!」

 さらにサーラがフォローに入り、凌ぎきれない“人形”を斬り伏せる。
 倒すには全く至らないが、これでピンチを事前に回避した。

「くっ……!」

 一方、ミエラも複数の“天使”を相手に追い詰められていた。
 一対一ならば勝つ事も出来たが、それが複数となれば難しい。
 攻撃に押され、咄嗟に飛び退いて勢いを殺す。

「ッ、はぁっ!」

 その後ろから、ルフィナも同じように押されて飛んできた。
 さらにルフィナへと追撃が放たれるが、それをカウンターで跳ね返す。
 同時に、その反動を利用して反転。ミエラを援護するようにミエラの脇から弓矢を放ち、迫ってきた“天使”を迎撃した。

「はぁぁぁ……ッ!“黒き太陽、絶望の闇(フェアツヴァイフルング・ドゥンケル)”!!」

 魄翼と弾幕を使いながら、ユーリが極大の魔力弾を生成する。
 圧縮もしているため、それでも本来の大きさよりも小さい。
 それを炸裂させ、“人形”を一気に吹き飛ばす。

「ふっ!ぐっ、ぅぅ……!!」

 爆風の中、それでも“天使”は攻撃を仕掛けてくる。
 突撃と共に放たれた一撃を、サーラは受け止めるも一気に後退させられる。
 さらに、転移で背後に回られる。

「甘いッ!!」

「ッ!?」

 だが、戦闘経験においてサーラは“天使”を上回る。
 その動きを読んでおり、振り向きざまに魔力を押し当て、カウンターを決める。
 同時に“闇”の斬撃がサーラを両断するが、“意志”で耐えた。

「致命傷前提ならば、いくらでも反撃のチャンスはありますよ……!」

 相打ちを前提としたカウンター。
 それは本来の戦いでは最終手段だ。
 だが、命を落とす傷を治せる神界ならば話は別だ。
 相手が律儀に白兵戦をしてくる今では、非常に効果的な戦法となる。

「(広げて、広げて……もっと、皆を支援出来るように……!)」

 戦況は少しずつ変化していく。
 “人形”を相手取りながら、ユーリは魔法を繰り出す範囲を広めていく。
 ほぼ近接戦だった状態から、移動要塞のように広範囲をカバーする。
 味方である他三人の魔力及び理力を指定、記憶する。
 それによって、三人以外を自動追尾及び攻撃する術式を編みこんだ。
 これで自動砲台の出来上がりだ。

「っ……はぁっ!」

 広範囲の牽制に思考を割く必要がなくなる。
 そうなれば、後は肉薄してくる“人形”や“天使”に集中できる。
 思考のリソースに余裕があれば、肉薄されても即座に迎撃が可能だ。
 実際、肉薄してきた“人形”の攻撃を障壁で相殺。魔力を爆発させて吹き飛ばした。

「ふっ!」

「はぁっ!」

 ユーリの援護を受け、ミエラとルフィナも一対一ならば競り勝てるようになった。
 一瞬の隙を突き、一太刀及びカウンターを叩き込む。

「っづ……!」

「くっ……!」

 サーラも相打ち前提のカウンターを直撃させる。
 状況は徐々に優勢になってくる。
 ……その瞬間。

「―――忘れましたか?」

「ッ……!」

「私達は“闇の性質”を持っている事を」

 ユーリの背後に“天使”の一人が転移してくる。
 即座にユーリが反撃するが、再びの転移で躱された。
 否、それだけではない。

「これ、は……!?」

 魄翼を振り抜いた所には、“闇”があった。
 その“闇”はそのままユーリへと纏わりつく。

「ユーリ!?」

「余所見の余裕があるのか?」

「くっ……!」

 サーラが助けに入ろうにも、目の前の“天使”で精一杯だ。
 その間にも、“闇”はユーリを包んでいく。

「(洗脳……!ここで来るなんて……!)」

 U-Dとして在ったユーリにとって、“闇の性質”は相性が悪い。
 前回神界に突入した時も、ほぼノーモーションでイリスに洗脳された程だ。
 そして、その“天使”も洗脳の手段は持っている。
 このままでは、ユーリは洗脳されてしまうだろう。

「ッ……、っ……!!」

 だが、それを“意志”で拒む。
 ここに来て、イリスを心酔するなど、あり得ないと。
 思考を蝕む“闇”を、必死に振り払おうとする。

「あぐっ……!?」

 しかし、“人形”がさらに追い詰めにかかる。
 “闇”への抵抗で防御が疎かになった所へ、理力の極光を直撃させた。

「(焦りは禁物。ですが……)」

「(これは……本人に託すしかありませんね)」

 ミエラとサフィラも四人の“天使”を相手に身動きが取れない。
 焦った所で隙を晒すだけなので、結果的にユーリを信じるしかなかった。

「ぁぁあああああっ!!」

 魔力の……否、エグザミアの制御が出来なくなる。
 かつての暴走のように、魔力と魄翼が暴れ狂う。
 “人形”を近づけさせないための苦肉の策だが、同時に暴走もしている。
 そのため、完全に孤立状態になる。

「仕上げです」

「ッ―――!」

 そこへ、さらに“天使”が追い打ちをかける。
 単純な実力では“天使”が上なため、転移で肉薄は容易だったのだ。
 そして、さらに追加の“闇”が送り込まれた。

「っ、ぁ………」

 視界も、思考も、何もかもが“闇”に染まっていく。
 ここまで抗えているだけ、前回よりもかなり成長しているのだろう。

「(サーラ……皆さん……すみません……)」

 しかし、その上を行くのが“闇の性質”だ。
 確実に絶望へと叩き落そうと“意志”を挫きにかかる。
 加え、先ほどから“天使”や“人形”の攻撃に晒されている。
 洗脳されるのは最早秒読みだった。





「っ、――――――」

 その時、ユーリの視界にサーラが映る。
 彼女は戦いながらも、ユーリに目を向けていた。
 そして、目が合ったのだ。
 彼女は確かにユーリを助けようと奮闘している。
 だが、その目にあったのは焦りではない。
 “ユーリを信じる”と言う確固たる想いがあった。

「(ぁ―――)」

 それを見て、ユーリの心に火が灯る。
 消えかけていた“意志”が、再燃する。

「(そう、です……!)」

 かつて、彼女は魂を自らのデバイスに宿してでも、ユーリを助けようとした。
 それほどの決意と信念が彼女にはあったのだ。
 ユーリも、それに倣おうと、憧れた。
 否、憧れだけじゃない。実際そうなろうとしたのだ。

「(誰もが、仲間を信じている。何よりも、仲間が信じる自分を信じている……!ならば、ならば私も、私も信じなければ……!)」

 “闇”は未だにユーリを蝕む。
 だが、“意志”は決して侵されない。

「(そうです。“これ”は……“これ”だけは、譲れません!!)」

 “闇”に囚われ、動けないはずの体が動く。
 そして、襲い掛かる“人形”を極光が貫いた。

「積み重ねてきた、この想い……信念……!決して折れる事は、砕ける事はありません!!私がU-D()だからこそ、これだけは譲れません!!」

 サーラの信念を見た。そして、それは決して折れる事はない。
 積み重ねたその想いは、誰にも負けはしない。
 その事実がある限り、ユーリはもう、“闇”に負けない。

「なっ……!?闇の属性を持ちながら、私の“闇”に……!?」

 魔力が迸り、ユーリを蝕む“闇”が弾け飛ぶ。
 その様子を見て、“天使”が動揺した。

「ッ、しまっ……!?」

「“我が敬愛は貴女のために(エーベルヴァイン・アンベートゥング)”!!」

 その隙を、ユーリは見逃さなかった。
 魄翼で“人形”の攻撃を相殺し、肉薄。
 そして、至近距離から極光を直撃させた。

「……さすがです。ユーリ」

 極光はそれだけでは終わらない。
 射線上には、サーラとその相手をしている“天使”がいた。

「私も、応えましょう!」

 サーラは極光をその身に受け、それを吸収する。
 元々、その極光はユーリがサーラへの想いを力に変えた一撃だ。
 言い換えればサーラのための極光。彼女を傷つけるはずがない。

「“我が忠義は貴女のために(ラクレス・ロヤリティート)”!!」

 ユーリの一撃はただ強力なだけではない。
 サーラを支援し、次の一撃に繋げるための布石なのだ。
 極光を吸収したサーラから、新たに極光が放たれる。
 それは、ユーリが吹き飛ばした“天使”に直撃し、その“領域”を破壊した。

「くっ……!」

 サーラの相手をしていた“天使”が歯噛みする。
 ここで“天使”が一人脱落したからだ。
 質と量の両方でアドバンテージを取っていたのが、両方とも消失に近づいた。
 すぐさまサーラを攻撃するが、その前にサーラが次の行動を起こしていた。

「“誓いの剣をここに(シュヴェーレン・シュヴェーアト)”……!」

「ッ……!?」

 極光が剣に集束する。
 光が剣に纏い、その一太刀で“天使”の武器と障壁を切り裂いた。

「なっ……!?」

「遅い!!」

   ―――“Neun Säbelhieb(ノイン・ゼーデルヒープ)

 一太刀で防御を全て破られた事による怯みを、サーラは見逃さない。
 一瞬で九連撃を“天使”に叩き込み、瞬時に“領域”を斬り刻んだ。

「たかが“闇”程度に、私のユーリに対する想いが、負けるはずありませんよ」

 消えていく“天使”を見ながら、サーラはそう発言する。
 なお、この発言にユーリが恥ずかしそうに照れていたが、余談である。

「……そろそろ、私達も反撃しましょうか」

「そうですね」

「っ、舐めるな……!!」

 二人の活躍を、ミエラとルフィナも見ていた。
 未だに四人の“天使”に抑えられているが、その動きに変化が訪れる。

「下手に千日手に持ち込んだのは悪手でしたね」

「どこかで流れを変えれば、こちらは容易く“可能性”を掴みますよ?」

 サーラとユーリが戦っている間、二人はずっと千日手だった。
 だが、それは同じ行動パターンを繰り返す事と同義だ。
 であれば、どこかでそのリズムを崩す事で、戦況は良くも悪くも変わる。
 後は、そこから“良い結果”の“可能性”を掴むだけだ。

「ッッ……!?」

「彼女達が勝ったのならば、こう言った行動にも出れます」

 一部の攻撃を無視した、無理矢理なカウンター。
 それが、ミエラとルフィナでそれぞれ一人ずつ“天使”に叩き込む。
 無論、そうなるともう二人の攻撃が直撃するだろう。
 この程度の捨て身、本来なら二人は行わない。

「サーラ!」

「はい!!」

 ……尤も、それはミエラとルフィナ、()()()()()()()だ。
 相手が“人形”だけとなり、サーラとユーリに余裕が生まれた。
 ユーリが自動迎撃の術式で“人形”を抑えつつ、砲撃魔法で道を作る。
 サーラがそこを通り、一気に“天使”へと肉薄した。

「くっ……!!」

 ミエラとルフィナを追撃しようとした“天使”の内、片方が迎撃に動く。
 サーラの狙いはカウンターで吹き飛んだ方の“天使”だ。
 つまり、このまま行けば、迎撃に動いた“天使”を合わせて三人の“天使”を一か所に集める事に繋がる。

「(―――かかりましたね)」

 ……それこそ、サーラの狙いだった。

「(私がこちらに来た事で孤立し、“人形”のみでユーリを抑えられると思ったのでしょう。……ですが、そんなはずないでしょう?)」

 サーラの後方には、“人形”による理力の攻撃に晒されるユーリがいた。
 だが、魄翼と障壁を多重に展開している事で防いでいる。
 何よりも、その防御は並行して別の行動が出来るように、“新たに展開する”と言う事をしていなかった。

「ルフィナ!」

「わかっていますよ!」

 自分達を追撃する“天使”の攻撃を無視し、二人が理力で結界を繰り出す。
 その結界は、サーラと共に三人の“天使”を囲う。
 ……そう、逃げられないようにするために。

「ッ、まさか……!?」

 ミエラとルフィナを追撃していた“天使”が気づく。
 だが、もう遅い。

「これが、私の、私達の積み重ねてきた想い……!」

 防御の追加展開を止める。
 それが意味する事は即ち、“次の攻撃への備え”だ。
 ユーリの両手の間には、魔力が集束していた。
 砲台を意味するその構えには、魄翼の腕も添えられていた。
 それだけ、高威力なのが見て取れる。

「“決して砕かれぬ心(アンツェアブレヒリヒ・ヘルツ)”ッッ!!」

 そして、極光が放たれた。
 紺色を纏った赤黒い極光、サーラとユーリの魔力光が混じった一撃が突き進む。

「ッ……!」

 サーラごと呑み込まんとする極光を見て、“天使”達は転移で逃げようとする。
 だが、サーラの“意志”とミエラ達の結界がそれを許さなかった。

「回避の“可能性”を潰しておきました」

「人間を嘗めた結果ですよ」

 加え、ミエラとルフィナで“可能性の性質”を使っていた。
 回避するという“可能性”そのものを潰し、確実に命中するように誘導したのだ。

「ッ――――!!?」

 せめてもの防御を“天使”達は行うが、最早無意味だ。
 ユーリの一撃はその障壁を突き破り、“領域”を削る。

「終わりです」

   ―――“Wille Aufblitzen(ヴィレ・アォフブリッツェン)

 そして、ダメ押しとばかりにサーラが“意志”を込めた一閃を叩き込んだ。
 それも、ユーリの極光を吸収し、纏わせた剣で。















「っ………!」

 残るは“天使”一人と、多数の“人形”。
 まだ数はいるが、それでも戦況はサーラ達に傾いていた。
 ユーリの一撃で“天使”の三人を葬り、何体かの“人形”も消し去っていた。
 “天使”一人ではミエラかルフィナ片方だけで抑え込まれ、残りの“人形”達もサーラとユーリだけでも倒し切れる。

「これが、人間の“可能性”です」

 結果は、もう明らかだった。

「油断はしませんよ。確実に、ここで貴女達を倒します」

 それでも彼女達は油断しない。
 前に進んだ者達を助けに行くためにも、ここで確実に後顧の憂いを断つ。
 そのつもりで、残りの敵を倒しにかかった。















 
 

 
後書き
Schwarzer Granate(シュバルツェア・グラナーテ)…“黒の手榴弾”。小規模の爆発を起こし、細かい魔力弾で周囲を攻撃する魔法。多対一での接近戦を想定している。

黒き太陽、絶望の闇(フェアツヴァイフルング・ドゥンケル)…42話より再掲。無限の魔力にものを言わせた極大魔力弾を放ち、炸裂させる魔法。魔力弾という形を取っているが、効果は殲滅魔法に分類される。

我が敬愛は貴女のために(エーベルヴァイン・アンベートゥング)我が忠義は貴女のために(ラクレス・ロヤリティート)の対となる魔法。サーラに対する敬愛を力に変えた一撃。なお、その真骨頂は攻撃後におけるサーラの強化にある。

決して砕かれぬ心(アンツェアブレヒリヒ・ヘルツ)…サーラとユーリの絆、積み重ねてきた想い、信念を乗せた極光を放つ。“意志”と魔力を織り交ぜた一撃なため、神界限定の技となる。なお、サーラはこれを受ける事でその力を斬撃として繰り出せる。


伊達に千年以上生きてきた二人ではない、と言う話です。
神界の神と比べれば生きている年数は比べようがありませんが、それでも積み重ねてきた想いや信念は負けなかった、と言う訳です。 

 

第279話「死闘、勝利の可能性」

 
前書き
優奈達Side。
なお、前々回の閑話のように視点が転々とします。
 

 












「ぜぇりゃああっ!!」

 超スピードで帝が攻め立てる。
 相手は一人の男性神。ただし、“性質”は未だ不明だ。

「は―――はははっ!!」

「ッ……!!」

 拳、蹴り、一撃一撃が大地を砕く威力だ。
 今の帝ならそれが出来、同時にそれは神界でも容易く通用する。
 それほどに、帝の“憧憬”は強い。
 ……だが。

「ッッ!!」

「いい。実にいいぞ……!」

 その全てを、神は受け止めていた。

「………」

「待った甲斐があったというものだ。……これほどの猛者と戦えるとはなッ!!」

「ッ―――!!」

 意趣返しとばかりに、今度は神から仕掛ける。
 その速度に、帝は僅かに動揺する。

「くっ……!!」

 拳を払い、拳を繰り出す。
 蹴りを膝で受け、蹴りを返す。
 その度に衝撃波が迸り、空気を揺らす。
 そう。明らかに神は帝と同等の強さを見せていた。

「(さっきまでより強くなっている……その類の“性質”か……!)」

「こうも序盤から“性質”を使わされると思わなかったぞ。それも、人間相手に」

「(やっぱりか……!)」

 “性質”を使った事による身体強化。
 それによって神は帝と同等の強さになっていたのだ。
 ……否、同等ではない。

「ふッ!!」

「っ―――」

 辛うじて防御が間に合った。
 緩急をつけた動きだったのもあるが、それ以上に速くなっていた。

「ッ……!」

 “意志”で何とか吹き飛ぶ体を止める。
 しかし、その時点で背後に回られていた。

「ずぇりゃあ!!」

「ッ、いいぞ……!もっと楽しませろ……!!」

 背後からの攻撃を振り向きざまに逸らす事で防ぎ、渾身の膝蹴りを放つ。
 片腕でそれは防がれ、神は歓喜の笑みを浮かべる。

「((つえ)ぇ……!地球で戦った“蹂躙の性質”とは訳が違う……!)」

 地球で戦った“蹂躙の性質”の神は、帝に対しその“性質”を振るっていた。
 結果、帝が憧れる存在の力までは干渉出来ずに敗北していた。
 だが、目の前の神は違う。
 帝の憧れる存在の力すら対応してくる。

「(俺自身じゃなくて、この戦場そのものに働きかけているのか……!)」

 帝自身に“性質”を働きかけても、憧れる存在の力は揺るがない。
 しかし、その法則性にも穴はある。
 例えば事象、または空間などに働きかければ、力を上乗せした帝の強さにも対応する事が可能なのだ。

「(けど……負けねぇ!!)」

 気が迸る。
 既に何度も回り込まれ、その度に防御の上から吹き飛ばされていた。
 防御が出来ているだけマシな状況だった。
 だからこそ、挽回のために力を振るう。

「ぉおおおおおおおおおおっ!!!」

「来るか……!!」

 衝撃のぶつかり合いが閃光となって迸る。
 傍から見れば、帝と神の姿は見えないだろう。
 それほどまでの超スピードで動き、互いに有利な位置を取ろうとしている。

「ぜぁっ!!」

「ふんッ!!」

「はぁあっ!!」

「甘い!」

 拳を振るう。防がれる。
 手刀を弾く。反撃を繰り出す。
 蹴りが避けられる。拳を避ける。
 攻撃、防御、回避の応酬が繰り返される。
 どちらもダメージというダメージが通らない。
 それだけ拮抗した力量なのだ。

「がはっ!!?」

「まだまだ粗削りだな!」

 だが、そこで経験が差をつけた。
 帝もかなり経験を積んだが、目の前の神はそれ以上だった。
 単なる実戦経験ならば、優輝や天廻などを上回る。
 そんな相手に、真っ向からの勝負だけで勝てる訳がなかった。

「っづ……!!」

 カウンターで肘鉄を胴に叩き込まれ、帝は地面に叩きつけられた。

「(こいつは……やばいな……!)」

 視界には、遠くの方に神が映っている。
 それ以外にも、優奈や葵、神夜の姿もあった。
 先ほどの攻撃で、ここまで吹き飛ばされてきたのだ。

「(ここに来て、強敵か……!)」

 優奈達も完全に劣勢だ。
 なのは達の姿こそないが、そちらも相応に苦戦しているだろう。
 相手は優輝とは違うとはいえ“可能性の性質”だ。
 苦戦しないはずがないと、帝は心の中で断じる。

「ぉおおおおおおおっ!!」

 ともかく、この窮地を脱しなければならない。
 そう思考に結論付け、帝は再び神に挑みかかる。

「ぐっ……!」

 しばらくの攻防の後、回避と防御が間に合わずに顔に拳が命中する。
 
「ずぁっ!」

「ッ……!」

 だが、帝も負けじとその腕を掴み、殴り返す。
 回避を封じた上でのその一撃を神も食らい、仰け反った。

「―――面白い……!」

「っ……」

 戦い方が変わる。
 今までは極力ダメージを食らわないような立ち回りだった。
 それを、ダメージ前提で当てるように変えた。
 当然、帝へのダメージは蓄積するだろう。
 それでも神へのダメージは与えられる。
 どの道、先ほどの立ち回りでは帝がジリ貧だった。
 故に、捨て身の覚悟で攻撃し続けるしかないのだ。

「どこまで死闘が出来るか、試してやろう……!」

「っ、この野郎……!!」

 吹き飛び、吹き飛ばす。
 殴られれば殴り返し、その度に衝撃が迸る。
 残像すらいくつも残す程のスピードで、帝は戦い続ける。









「ッ………!」

 一方で、葵は駆けていた。
 降り注ぐ理力の弾を避け、レイピアで弾き、身を翻す。

「っ、やぁああっ!!」

「ッ、はは……!!」

 同じく理力で構成されたレイピアとぶつかり合い、火花を散らす。
 既に、葵の本来の力量を遥かに超えた力を振るっている。
 それが出来るのも、平行世界にいる葵と同一存在の力と、“意志”の力だ。
 平行世界の力を集約させる事で力を底上げし、“意志”で補強していた。
 なのはやフェイト程、平行世界に葵の同一存在はいない。
 それでも破格のパワーアップを果たしている。

「っ、そこ!」

「甘い!」

「シッ!!」

「っと……!」

 相手にしている“天使”は、帝が戦っている神の“天使”だ。
 その“天使”三人の内二人が、葵を狙っている。
 残り一人は神夜を相手しており、レイアーの“天使”二人は優奈が相手していた。

「ッッ!!」

 故にこそ、葵は他二人の助力を望めない。
 優奈はともかく、神夜は戦えているかすら怪しい力量差だ。
 “意志”だけでその差を埋めるにしても、支援する余力があるはずない。

「ぐっ……!?」

 レイピアを大量に生成し、遠距離からの攻撃を相殺する。
 だが、威力と量が多いために相殺しきれず、さらにはもう一人に肉薄される。
 “呪黒剣”を利用して遠近両方の攻撃を凌ぐも、蹴りが胴に入った。

「葵!」

 吹き飛んだ際に、優奈から声が響く。
 その声に応えるように葵は地面に拳を突き立て、その反動で跳躍した。
 直後、寸前までいた場所を極光が貫いた。

「させない!」

「ッッ!!」

   ―――“霊円刃(れいえんじん)

 さらに葵に対し、“可能性の性質”の“天使”が追撃する。
 その一撃を優奈が防ぎ、葵が霊力の刃を円状に放つ。

「ぐっ……!」

 それを転移で抜けられ、葵は片手ずつで“天使”二人の攻撃を防ぐ事になる。
 優奈ももう一人の“天使”に抑えられ、身動きが取れなくなる。

「っづ……!」

   ―――“呪黒剣”

 霊術の剣を繰り出し、防御ないし回避で状況を切り替える。
 同時に優奈が転移で葵ごと移動し、仕切り直す。

「がっ……!?」

 そこへ、神夜が吹き飛ばされてきた。
 奇しくも、全員追い詰められて一か所に集まってしまった。

「……どう?あの“天使”の“性質”は」

「わからないよ。あたしの実力でギリギリ拮抗出来る強さなのはわかるけど」

「俺もだ。……ん?」

 葵、神夜共に物理的戦闘でギリギリ拮抗出来た。
 その事に神夜だけでなく、三人とも違和感を覚える。

「……“性質”で力量を合わせていると見ていいね」

「となると……ッ、下がって!」

 優奈が結論を出す前に、理力で障壁を張る。
 同時に飛び退き、追撃を躱す。

「もう少し様子を見るわ。……私が相手していた“天使”はお願い!」

「了解!」

「ああ!」

 ポジションを入れ替える。
 葵と神夜は“可能性の性質”の“天使”を相手し、優奈がそれ以外を相手する。

「ッ……!」

 直後、優奈は驚愕する。
 転移を含めたスピードに、“天使”が容易く追いついてきたのだ。
 優奈は神としての優輝の半身とも言える存在だ。
 理力が体に馴染んだ今、単純な強さでもかなりの高さを誇る。
 それこそ、“性質”を使わない“天使”には負けない程の。

「(やっぱり、相手に合わせている!)」

 故に、目の前の“天使”の“性質”は相手の強さに合わせるものなのだと確信する。
 即座に導王流で攻撃を受け流し、カウンターを放った。

「(受け止められる……!加え、三対一……!)」

 カウンターは受け止められ、同時に三人に包囲される。
 理力の武器を仕舞い、代わりに体に纏う。

「ッ……!」

 三人の内一人が遠距離から弾幕を放つ。
 残りの二人が優奈へ近接戦を仕掛けてくる。
 典型的な前衛後衛の形だ。

「くっ……!」

 問題は単純な強さ。
 導王流を用いてなおギリギリ対応できるかどうかの速度だ。
 遠距離攻撃も相まって、優奈は受け流し切れずに弾き飛ばされる。

「(……やっぱり、おかしい)」

 だが、同時に気づく事が出来た。
 相手がどんな“性質”なのか。

「(相手の強さに直接対応する“性質”じゃない)」

 相手と同等、もしくはそれ以上になる“性質”ならばおかしいのだ。
 何せ、僅かな時間とはいえ先ほど一対一で戦っていた。
 その時のスピードは、今包囲されている時よりも上だったのだ。
 相手の強さに合わせて強くなれる“性質”ならば、それはおかしい。
 その場合だと、数が増えれば増える程、優奈は劣勢になるはず。
 しかし、一対一と三対一のどちらも同程度の苦戦具合だったのだ。

「(空間、事象……そういった部分から干渉するタイプね)」

 ならば、干渉しているのは戦場そのものになる。
 そして、“ギリギリ拮抗出来る”と言うのも重要だった。

「(同等でもない、圧倒する訳でもない。単に上回る訳でもない。……飽くまで、“ギリギリ対抗出来る”と言うのがミソ。現に、捨て身のカウンターならほぼ確実に決まる)」

 思考の間にも戦闘は続く。
 実際、優奈は攻撃の直撃を食らいながらも、カウンターを直撃させていた。
 片腕を吹き飛ばされた代わりに、掌底を胸に食らわせ吹き飛ばしたのだ。

「死に物狂いなら、勝ち目がある……そう、そういう事……」

 息を整えながら呟いた時、優奈は腑に落ちた。

「気づいたか」

「気づかれたな」

「ええ、気づいたわ」

 吹き飛んだ“天使”以外も、“性質”を理解された事に感づく。

「おそらく、“死闘の性質”。どんな形であれ、戦いにおいて死闘を繰り広げる“性質”。だから、誰が相手でもギリギリ戦える力量差になる」

 単純な実力では三人の中では優奈が最も強い。
 そんな優奈でもギリギリ対抗出来る状態だ。
 だが、力を失った神夜でも先ほど戦った際はギリギリ対抗出来た。
 それだけ、“天使”の強さはブレるのだ。

「その通りだ」

「だが、どう対処する?」

「………」

 タネはわかった。
 だが、その対処となれば難しい。
 何せ、三人で一斉に掛かってもその分強さが増すからだ。

「(こういった“性質”は、何とかその効果を反転させないと……)」

 今は優奈達にとって“死闘”となっている。
 それを上手く反転させれば、“天使”にとっての“死闘”となり、優奈達がかなり有利になるように“性質”が働くはずなのだ。
 その状態に持っていけば勝てる確率は高くなる……が。

「っつ……!」

「がぁっ!?」

 葵が片腕を吹き飛ばされ、神夜が地面に叩きつけられる。

「(もう二人の“天使”が厄介ね……)」

 “死闘の性質”の三人だけではない。
 “可能性の性質”の二人もいるのだ。
 計五人を相手に、“死闘の性質”を反転させるのは至難の業だ。
 しかも、“可能性の性質”で例え反転させても逆転される可能性もある。

「ふッ!!」

 理力を放出し、障壁を展開する。
 それによって、葵と神夜が体勢を立て直す時間を稼ぐ。
 さらに、転移で再び仕切り直した。

「『“死闘の性質”……状況を“死闘”という形に持っていく事で、どんな強さでもギリギリ抵抗出来る力量差になるみたいよ』」

「『っ……なるほど……』」

「『ここで重要なのは、数を揃えてもその数を加味した上での力量差になる事よ。だから、私達三人で一人を狙った所で、その力量差は埋められない』」

 再び転移で躱し、念話で情報を共有する。
 即座に極光や理力の矢が襲うが、散開してそれを躱す。

「『でも、裏を返せばギリギリ対抗出来るのならば、一瞬の隙で逆転も可能よ』」

「『問題は、それをどうやって成し遂げるか、だね?』」

「『ええ。そこがネックね』」

 狙い撃ちにしてもその優奈達の総合力に対抗してくる。
 結局は、ほんの僅かの生じるかも分からない隙を狙うしかないのだ。

「『……どうするつもりなんだ?』」

「『結局は、“意志”次第よ。“可能性”も“天使”にほとんど相殺されるから、貴方達の“意志”次第でどうなるか決まる。……絶対に勝てない訳じゃない。それだけは忘れないでね』」

「『……ああ』」

「『……了解』」

 それはつまり、“意志”以外で勝ち目はないという事。
 物理的な戦闘では、ずっと劣勢を強いられる事を意味していた。

「(勝利の“可能性”を掴むのがどちらか。……勝負と行きましょうか)」

 優奈達は覚悟を決め、再び戦いに身を投じた。













「っ、ぁあっ!?」

 一方。神界の法則で分断されたなのは達。
 そちらも善戦しているとは言い難い状況だった。
 理力の刃に翻弄されたアリサが、防御の上から吹き飛ばされる。

「ッ、フェイトちゃん!アリサちゃんを連れて離脱して!」

「うん……!」

 なのはの言葉にフェイトは前衛から抜け、アリサを抱えて移動する。
 同時に、なのはに前衛を一人で担当させる事になるが、躊躇はしない。
 躊躇すれば一瞬で打ちのめされるのがわかっていたからだ。

「ッ、くっ……!」

 だが、当然ながらなのは一人では抑えきれない。
 後方からアリシアとすずか、はやての援護があるが、それでも攻撃は抜けてくる。
 数手先で回避も防御も出来なくなると悟り、即座に退く。

「判断が上手い……それだけ、経験を積んだのね」

 攻撃が一旦止み、相手のレイアーはそう呟いた。
 対し、なのは達は既にダメージを負っていた。

「でも、その程度で私に勝てると思わないで」

「っ……!」

 明らかに優勢だからか、レイアーはなのは達を見下ろしながらそういう。
 完全に下に見られている。それがわからないはずもない。

「舐められちゃ、困るね!!」

   ―――“弓奥義・朱雀落-真髄-”

 朱雀を模した炎の矢を、アリシアが放つ。
 “意志”も込めたその一撃は、神でも直撃すればダメージは免れない。

「事実だもの。貴女達が勝つ“可能性”は既に摘んだわ」

 だが、その一撃が“外れる”。

「やっぱり……そう簡単には当たらない、か」

 アリシアとて、何も絶対に命中させる程の腕前はない。
 だが、それでもほとんどの確率で命中させる事は可能だ。
 ……つまり、それは裏を返せば外す“可能性”があるという事。
 レイアーはその“可能性”を手繰り寄せ、攻撃が命中しないようにしたのだ。

「いざ敵に回ると、嫌って程思い知らされるね」

 アリシアの呟きに、なのは達も無言で同意する。
 今の所、レイアーは本気で倒しに来ていない。
 余裕だからこそ、その余裕を保つように圧倒しているだけだ。

「でも……」

「まぁ……」

 あらゆる攻撃の“外す可能性”を引き寄せる。
 逆を言えばレイアーの攻撃は“命中する可能性”を引き寄せる。
 確かに“性質”によるこれらは厄介だろう。

「「導王流がないだけマシだね」」

 だが、それだけなら絶望には程遠い。
 優輝の場合、“性質”に加えて導王流がある。
 ただでさえ当たりにくい“性質”に加え、命中しても受け流されるのだ。
 それに比べれば、当たらないだけなのは大した事はない。

「ッ……!」

 それ故のなのはとアリシアの言葉だった。
 レイアーは、それを聞いて“ギリ”と歯を鳴らす。

「どこまでも、あの男は!!」

「来るで!」

 はやての言葉と共に、散開する。
 直後、理力の嵐が降り注ぐ。
 フェイトは速さを以ってそれを避け、なのはは防御魔法と小太刀で斬り進む。
 すずかとはやてはアリサとアリシアが守る形で対処し、障壁で防御する。

「あの男よりも!私の方が上なのよ!自らの“可能性”から外れた、ユウキ・デュナミスよりも!絶対に!」

「……見苦しいわね」

「ッ!!」

 アリサの呟きに、レイアーが目敏く反応する。
 直後、閃光がアリサを貫いていた。

「アリサちゃん!」

「……大丈夫。はやて!」

「わかってる!……ここや!!」

 はやてが魔法陣を大量に展開し、レイアーの弾幕を出来る限り相殺する。
 すずかとアリサ、アリシアも霊術で援護し、隙を作る。

「はぁっ!」

「甘い!」

 同時に、フェイトが仕掛けた。
 しかし、渾身の一閃は避けられた。
 “意志”によって外す事は避けたが、単純に回避されてしまったのだ。

「ふッ!」

「っ……!」

 間髪入れずになのはも肉薄する。
 魔力弾を至近距離で炸裂させ、同時に小太刀二刀を振るう。
 一閃躱され、二閃目も当たらない。

「……二度は通じひんな」

「………」

 だが、掠りはした。
 頬に僅かな切り傷を付け、なのはとフェイトは一度撤退する。
 
「挑発して隙を作るのは良かったけど……単純にはいかんか」

「フェイトとなのはのコンビでもギリギリ当たるかどうかだものね」

 そう。この一連の流れははやてが組み立てた作戦だった。
 レイアーが優輝に執着しているのはすぐわかったので、それを利用したのだ。
 だが、挑発しても結局攻撃自体は掠るに止まった。

「舐めた真似を!」

 当然、レイアーもタダでは済まさない。
 閃光が幾重にも分かれ、なのは達を追尾する。
 一発一発がなのはのディバインバスターと同規模だ。
 武器で切り裂くにしても、全てを凌ぎきれない。
 さらに、追尾してくるため回避し続けるのも一苦労だ。

「くっ……!」

「きゃぁあっ!?」

 そして、“確実に命中する”という“可能性”が手繰り寄せられた。
 障壁を張っても防ぎきれずに、全員が被弾する。

「っ……!?」

「一つ一つ、“可能性”を潰してあげるわ」

「はやて!」

 まずは指揮を執るはやてが狙われる。
 被弾した直後で体勢を立て直せていないため、誰もが庇いに行けない。

「ッ、負けへん!!」

 理力を叩き込み、はやての“領域”を削ろうとする。
 それに対し、はやては“意志”で受け止める。
 理力の刃に、閃光に身を傷つけられようと、決して倒れないように踏ん張る。

「こ、のっ!!」

 近くにいたすずかがそこへ割り込む。
 しかし、繰り出した槍の一撃は躱され、反撃として繰り出された理力の奔流によって、咄嗟に張った障壁の上から吹き飛ばされた。

「ッッ!!」

 間髪入れずに、アリサが仕掛ける。
 さらに後方からアリシアが弓矢で狙う。
 だが、アリシアの矢は当たらず、放った五本ともレイアーの周りに刺さるに終わる。

「くっ!」

 アリサの攻撃も躱されるが、何とか反撃を逸らす。
 しかし追撃は躱し切れずに命中するが……

「うちのバックアップを嘗めないでよね……!」

 吹き飛んだすずかが霊術を飛ばし、アリサを守る事で防いでいた。
 さらに刺さった五本の矢が五芒星を描く。

「範囲攻撃なら、命中するでしょ?」

 元々、このつもりだったのだ。
 矢を用いて五芒星を描き、そこから霊術を発動させる。
 点や線の攻撃が外れるのなら、面による攻撃をする。
 それによって、“外れる可能性”を根本から排除した。

「逃がさない……!」

「ギリ、間に合ったなぁ」

 さらに、なのはとフェイトでバインドを繰り出し、拘束する。
 ダメ押しにはやてが結界と“意志”で転移を封じた。
 これで、全ての回避は出来ないようにした。

「無駄よ!」

「ッ、ぁ……!?」

 ……だが、レイアーはその上を行った。
 攻撃回避の“可能性”はまだ残っていたのだ。
 術者を攻撃する事による、攻撃そのものの阻止という形で。
 “性質”によってそれを手繰り寄せたレイアーは、閃光でアリシアを撃ち抜いた。
 さらに、矢も焼き尽くされ、五芒星が消える。

「ッ……!」

 即座になのはとフェイトが仕掛け、フォローに入る。
 最高速度を超えて斬りかかり、展開しておいた魔力弾を繰り出す。

「ぅ、あっ!?」

 だが、攻撃は障壁で防がれ、直後にフェイトが吹き飛ばされた。
 “性質”を使ってフェイトの軌道を予測して攻撃を当てたのだ。

「っ、“明けの明星”!!」

 唯一、ルフィナの経験を引き継いだ事でなのはが単騎で渡り合う。
 小太刀二刀で攻撃を逸らし、相打ち覚悟でカウンターを放った。

「っつ……!」

 障壁でダメージがほとんど殺されたが、確かに命中した。
 しかし、なのははそれ以上にダメージを受け、吹き飛ばされていた。

「“デアボリック・エミッション”!!」

 目を離した隙を生かし、はやてが魔法を放つ。
 さらに、アリサ、すずか、アリシアが霊術で包囲する。

「っ、あ……!?」

「しまっ……!?」

 だが、転移を封じていないがために、四人とも次々と理力の奔流に吹き飛ばされた。

「僅かな“可能性”に賭けて食らいつく。良い心がけね。でも、その“可能性”は悉く潰させてもらうわ」

 レイアーも、最初の油断はしなくなっていた。
 僅かな隙を突いてくるのならば、“可能性の性質”の神として、僅かな“可能性”をも潰すつもりで攻撃するようになっていた。

「結局、人間は人間なのよ。人の身のままで、そう簡単に神に勝てると思わない事ね」

 レイアーの発言に、誰も言い返さない。
 代わりに、立ち上がって構え直す事で返答とする。

「それでも……私達は、負けない!!」

 ここが正念場。そう思ってなのはは叫ぶ。
 同時に、他の皆も立ち上がり、再びレイアーに挑みかかった。



















 
 

 
後書き
霊円刃…文字通り、霊力の刃を円のように薙ぐ技。片手で刃を放てるため、片手ずつで二重の刃を放つ事も可能。

“死闘の性質”…どんな戦いの形であれ、それが“戦い”ならば死闘になる“性質”。基本、相手にとって死闘となるが、条件が揃えばこの“性質”を持っている側も死闘になる事もある。なお、この“性質”の持ち主は基本的にバトルジャンキー。


これまで敵の“性質”をドンピシャで当ててばかりですが、何度もその“性質”を見に受けているので何となくわかってしまうのが理由です。相手を騙そうとしない限り、その内“性質”はバレてしまうようになっています。 

 

第280話「死闘の先を掴むのは」

 
前書き
なのは達を除いた二つの戦いSideです。
ほとんど優奈達に寄せていますが。
 

 














「がぁああああああっ!!?」

 叩き落され、理力の奔流に呑み込まれる。
 その痛みに帝は絶叫する。

「っづ……ぁああっ!!」

 それでも、即座に瞬間移動し、神へと反撃する。
 一撃、二撃と叩き込み、防御させ……

「ぉおおおおりゃぁあああああっ!!」

 渾身の蹴りと共に気の奔流を足から放出。
 防御ごと一気に吹き飛ばす。

「ぐ……なかなかやる……!」

 神もノーダメージではない。
 渾身の一撃ならば、多少なりとも神に通ってはいる。

「だが……!」

「ッ!」

 理力による巨大な刃が、四方八方から帝を襲う。
 それらを帝は躱すものの、背後に転移してきた神の攻撃を食らってしまう。

「がはっ……!?」

 辛うじて防御は間に合った。
 しかし、地面に叩きつけられた衝撃で肺から空気が押し出される。
 その怯みを、神は逃さない。

「ッ、あ゛っ!?」

「ふっ!」

「ぁ、がぁああああああああっ!!?」

 理力による衝撃波が帝を打ちのめす。
 さらに、飛び蹴りが入り、クレーターを作りだす。

「っづ、ぁっ!!」

 絶叫を上げた帝だが、歯を食いしばって神を蹴り飛ばす。
 即座にそこから飛び退くと、寸前までいた場所を極光が撃ち貫いた。

「このっ……!」

 気弾をばら撒き、帝は距離を取る。
 その悉くを避けられるが、それでも連続で撃ち続ける。

「(ここだ!!)」

 何とか取った距離が、転移によって一瞬で詰められる。
 しかし、帝はそれを読み、同時に転移する。
 転移先は、自分の後方。
 即ち、転移してきた神の背後だ。

「ぉおおっ!!」

「ぐっ……!?」

 渾身の回し蹴りを背後から叩き込み、神を大きく吹き飛ばした。

「っ……まだまだ、負けねぇ……!」

 既に息を切らしている帝だが、闘志は未だに燃え続けていた。
 そして、当然のように反撃しにきた神へと、再び挑みかかっていった。











「ッ……!」

 一方で、優奈達の戦いも熾烈を極めていた。
 状況に応じて強さが変わる“死闘の性質”と優輝や優奈と同じ“可能性の性質”。
 二つの“性質”を以って、物理的戦闘で苦戦を強いられる。

「くっ……!」

 神夜が魔力をフル活用して逃げ回る。
 優輝が創造魔法で作り出した剣型デバイスを手に、移動魔法を繰り返す。

「ぐぁっ!?」

 それでも、相手の“天使”はその上を行く。
 いくら加速しても、転移で回り込まれ、蹴りで吹き飛ばされた。

「こ、のっ!!」

 吹き飛ばされた先に、別の“天使”。
 このままではお手玉にされてしまうだろう。
 そこで、吹き飛んだ勢いのままデバイスを“天使”に突き出す。

「っっ……!!」

 体を捻って繰り出した一撃は、あっさりと障壁に阻まれる。
 尤も、それだけで反撃になるとは思っていない。

「ふッ!!」

 神夜に意識が向いた、その一瞬。
 別の“天使”を引き連れてまで、葵が無理矢理攻撃に入った。
 速度を生かし、霊力を集中させたレイピアの一閃。
 その一撃が障壁を割る。

「はぁあああああっ!!」

 魔力を集め、至近距離から神夜が砲撃魔法を放つ。
 直後の隙など全て度外視だ。
 障壁を割った事による一瞬の隙を突いて、攻撃を直撃させる。

「ぁぐっ!?」

「がはっ!?」

 案の定、他の“天使”に葵と神夜は撃墜される。
 だが、確かに攻撃は決まった。

「ッ、あああああああ!!」

 別の“天使”達を相手していた優奈が、防御度外視で創造魔法を繰り出す。
 理力を混ぜたその武器群を相手に、“天使”達も無視は出来ない。
 回避、または防御をさせる事で、葵と神夜が立ち直る時間を稼ぐ。

「……ありったけの魔力と“意志”を一撃のみにつぎ込んで!」

「何を……!?」

「倒すには、相応の“意志”がいる!でも、それを当てるまで戦闘の流れを整えないといけない……!あたしと優奈ちゃんがそれを担うから……!」

「俺が、トドメか……!」

「そういう事!」

 物理的戦闘力は、今では神夜が一番弱い。
 全てを“意志”で補わなければ戦えない程だ。
 だからこそ、戦闘のほとんどを優奈と葵で担う必要がある。
 ……無論、それは相手も理解している。

「させるとでも?」

「ッッ!!」

 神夜を狙った一撃を、優奈が転移して防ぐ。
 その体は既にボロボロだ。
 体の至る所が消失し、または切り裂かれている。
 それでも、“天使”達の攻撃を切り抜け、こちらにやって来たのだ。

「葵!」

「わかってる!!」

 三人固まった事で、集中砲火が始まる。
 その攻撃のどれもが、全力で対処しなければならない威力や数だ。
 “死闘の性質”で実力を上回り、“可能性の性質”で確実に当ててくる。
 回避は最早不可能と思い、優奈は“意志”を集中させる。

「ッ!」

「はぁっ!」

「ッッ!」

 葵が“死闘の性質”の“天使”の攻撃を捌く。
 そんな葵をフォローするように、優奈が理力の弾で隙を潰す。
 さらに、導王流と“意志”で他の攻撃を受け流し、凌ぐ。
 しかし、それでも二人の体に傷が刻まれていく。

「っ……!」

「『織崎神夜!!』」

 二人の奮闘によって、余波以外で神夜を傷つける事はない。
 だが、二人の死闘ぶりを見て神夜は息を呑み、茫然としていた。
 そんな神夜に、優奈が呼びかける。

「『貴方は、何のためにここに来たの!?世界を救うだとか、そんな大義名分じゃない。正真正銘、貴方だけの“意志”は、一体何なの!?』」

「俺の……“意志”……」

 手に力が籠る。
 自分にとっての正義を成すための力は失った。
 それでも、自分は正義の味方でありたいと、善人でありたいと思っていた。
 例えそれが偽善だろうと、空回りしていようと、それだけは変わっていない。

「(でも、違う。俺はそんな考えでここに立っていない)」

 思い出す。自分が何を考え、最後の戦いに赴いたのかを。
 正義のためじゃない。そんな考えを掲げられていられる程、神界は甘くない。
 だからこそ、自分なりの“意志”を抱く。

「(―――怒りだ)」

 神夜は一流のバッドエンドより三流のハッピーエンドが好きだ。
 偽善的ではあるが、善人でありたいと思っていた。
 そんな心を利用したのが、イリスだ。
 魅了の力を無自覚に与えられ、傀儡のように利用された。
 それに対する“怒り”は、未だに燃えている。

「(そうだ。俺はイリスに絶対辿り着く。俺を利用した報いを、受けさせる……!)」

 “怒り”を再認識し、それを“意志”として繰り出す。

「ッッ、ぉおおおおおお―――」

「―――ぁあああああああああああッ!?」

 だが、攻撃として放つ前に、上空から帝が落下してきた。
 神夜どころか、“天使”すら巻き込み、衝撃でクレーターを作りだす。

「ッッ……!?」

 それを追撃するように、“死闘の性質”の神が現れる。
 優奈達を素通りし、帝へ向かう神だが、同時に置き土産を放っていた。

「(引き離された!?)」

 単純な理力の弾でしかないが、その威力と速度が段違いだ。
 導王流を以ってしても大きく後退させられてしまう。
 葵に至っては、直撃して遠くへ飛んで行ってしまった。

「(まずい……!)」

 三人ともバラバラになるのはまずい。
 幸い、神夜と葵を追撃しに行った“天使”は“死闘の性質”が一人ずつだ。
 だが、優奈は残りの三人を同時に相手にしなければならない。
 合流が望めない今、一人でこの状況を切り抜ける必要がある。

「ッ!」

 理力の弾と刃が振るわれる。
 さらに優奈を上回る速度で“死闘の性質”の“天使”が肉弾戦を仕掛けてくる。

「―――、シッ!」

 導王流で物理攻撃を凌ぎ、圧縮した理力の弾で他二人を牽制する。
 一瞬のミスも許さず、的確に攻撃を捌く。
 特に、援護に徹する“可能性の性質”の“天使”は要注意だ。
 “可能性”を操る事で確実に攻撃を当てようとしてくる。
 それを、優奈も同じように“可能性”を操って相殺する。
 所謂“可能性”の食い合いだ。

「ふっ、はぁっ!」

 三人の“天使”に翻弄される。
 しかし、完全に無力という訳ではない。
 状況を切り抜ける手段を見つけるまで、優奈は攻撃を捌き続ける。
 導王流という“天使”達にはないアドバンテージで、最小限のダメージに抑える。
 さらには、攻撃を受け流すそのタイミングで、相手に反撃もしていた。
 カウンターとも呼べない微々たるものでしかないが、それでも“詰め”にならない程度には、相手の行動を阻害出来ている。

「ッッ!」

「ちぃ……!」

 導王流は、何も攻撃を導く事だけではない。
 戦闘そのものの流れをも導く事が出来る。
 それは今この場でも同じだ。
 理力の弾を攻撃の阻害に使う事で、的確に相手の流れを断つ。
 マルチタスクを使う事で、攻撃を捌きながらコントロールを成しているのだ。

「ふッ……!」

 僅かに大振りになった一撃を、導王流で受け流す。
 さらに、その一撃を別の攻撃に当てる事で、相殺と防御を同時にこなす。
 これで、優奈を追い詰める三つの攻撃の内、二つを対処した。

「(ここッ!)」

 そして、最後の一つは理力越しに直接受け止める。
 狙いは攻撃の勢いを利用した間合いの確保だ。

「シッ!!」

 創造魔法の剣、理力の弾幕で牽制し、その間に構えた理力の矢を射る。

「ッ、らぁっ!!」

 転移で即座に肉薄してきた所を、導王流で迎え撃つ。
 カウンターを再びの転移で躱されるが、転移でその反撃を回避する。
 その後も転移の応酬を繰り返し、最後に優奈のカウンターが直撃した。

「(本当、戦闘においては強すぎる……!)」

 導王流を生かし、転移先を誘導する。
 さらに、転移で僅かに位置をずらす事で惑わしていた。
 それらの要素が上手く噛み合った事で、優奈のカウンターは命中したのだ。

「ぐっ……!?」

 だが、それは他の“天使”への警戒を緩める事に繋がっていた。
 気が付けば回避不可能な位置まで極光が迫っていたのだ。
 身を捻り、直撃は避けたが、片腕を丸ごと持っていかれてしまう。

「まずっ……!?」

 さらに、“受け流せない可能性”を手繰り寄せられる。
 それを認識した時には一足遅く、“死闘の性質”の“天使”に反撃を貰っていた。
 辛うじて、防御自体は間に合ったものの、大きく吹き飛ばされる。

「っ……!」

 地面を転がりながらも、次の行動を考える。
 腕を地面に突き立てて跳躍し、連続転移で間合いを取る。

「(やっぱり、一人では無理があるわね)」

 やはり合流しなければと考えを纏め、優奈は逃げに徹する。
 転移を繰り返す事で攻撃を掻い潜り、葵と神夜を探す。
 合流さえすれば、反撃の目はある。
 そう信じて、優奈は駆け続けた。













「かはっ……!?」

 一方、帝の戦いに巻き込まれた神夜は、クレーターの中で倒れこんでいた。
 帝を追撃した神は、巻き込む形で神夜を吹き飛ばしていた。
 そのダメージが大きく、神夜は明滅する視界の中、状況を分析する。

「(分断……“天使”一人と、神本人……!こっちは、俺と帝だけか……!)」

 幸いと言うべきか、“天使”も巻き込まれた際にダメージを負っていた。
 おかげで、容赦のない追撃だけは避けられていた。

「ぉ、おおっ!!」

「まだ足掻くか!」

 帝は既に復帰して神に食らいついている。
 神も帝にしか興味ないのか、手出ししない限り神夜への攻撃は消極的だった。
 ……尤も、消極的な攻撃でも三人を分断する威力を持っているのだが。

「(速過ぎる……!)」

 帝と神の戦いは、神夜には最早残像しか見えない。
 見ようと“意志”を固めればまだ見えるだろうが、肉眼では不可能だ。
 そして、そんな戦いの中で、神夜は“天使”と対峙する。

「(“意志”のリソースは余裕がない。戦闘に割けばトドメのための“意志”が、トドメに割けば戦闘のための“意志”が足りなくなる。なら、俺が出来る事は……)」

 基礎スペックが下がっているために、神夜は常に余裕がない。
 “意志”次第でどうとでもなるが、その“意志”も無尽蔵ではない。
 むしろ、今の神夜で戦える状態に持っていく“意志”があるだけでも凄まじい。

「(より強靭な“意志”を持つか、合流まで戦い続けるか、だ!!)」

 自分を利用したイリスに一発は叩き込む。
 そんな単純な怒りと復讐心による“意志”でここまで来た。
 その“意志”をより強く燃やせば確かに通用するだろう。
 だが、それが簡単に出来るなら、もっと苦戦せずに済んだだろう。

「ッッ!!」

「遅い」

 帝と神のぶつかり合いで生じた衝撃波を合図に、神夜が駆ける。
 無論、速さは“天使”が上だ。
 そこを“意志”で食らいつく。

「っづ、ぉおおおおおおっ!!」

 振るわれた理力の刃を真剣白刃取りで受け止める。
 雄叫びを上げ、そのまま押し上げていく。

「ふっ!」

「ッッ!?……ぅ、ぐ!!」

 展開していた刃を引っ込め、“天使”は神夜を蹴り飛ばす。
 吹き飛んだ神夜だが、地面に触れた瞬間に“意志”で踏ん張る。

「がッ―――!?」

「神夜!!」

 直後、神の辻斬りが帝に入り、吹き飛んだ。

「ぐ、ッ!!」

 “天使”が追撃に掛かる。ここで帝が動いた。
 神の攻撃を防御し、敢えて吹き飛ぶ。
 その勢いを利用し、防御態勢のまま“天使”の追撃へとぶつかったのだ。

「はぁっ!!」

 “天使”を弾き飛ばし、帝の体が跳ねる。
 そこへ神が襲い掛かるが、帝は気を放出して攻撃を相殺する。
 攻撃と気がぶつかり合った事で爆発が引き起こされ、神夜は爆風に煽られる。

「(……ダメだ。帝の戦いを気にしていては)」

 あまりにも速く、あまりにも強い。
 そんな戦闘に気遣っていては、神夜は絶対に勝てない。

「(そもそも、俺が貫く“意志”は一つだけだ)」

 視線を“天使”へ向ける。
 そのまま、一歩踏み込む。

「(行きつく先はイリスだが、それを阻むのなら須らく押し通って見せる)」

 神夜のすぐ横、頭上と周囲で帝と神が何度もぶつかり合う。
 だが、先ほどと違い、その衝撃に体勢を崩す事はなかった。

「……そこを、退け」

 イリスに対する“怒り”を滾らせ、神夜は拳を握る。
 たった一言に“意志”を乗せ、“天使”へと襲い掛かった。

「っ……!」

 “天使”が目を見開く。
 単純な戦闘では神夜に勝ち目はない。
 その差を、至極当然のように“意志”で埋めてきたのだ。
 さらに、咄嗟に張った障壁に神夜の拳が食い込んでいた。
 覚悟を決め、“意志”を定めたが故に、拳がここまで強化されていた。

「ふッッ!!」

 連続転移で攪乱し、背後から“天使”が理力の剣を振るう。

「ぉおっ!!」

 それを、神夜が振り返りざまにデバイスの剣で相殺する。
 否、明らかに神夜の方が押されている。
 だが、決して押し負けはしない。

「っっ、っ……ぜぁっ!!」

 剣の連撃を直撃だけ避ける形で逸らし、正面からの一閃を上に弾く。
 “意志”を込めた攻撃で相殺し、隙を作り出したのだ。

「ちぃっ!」

「はぁああっ!!」

 上へ振り抜いたデバイスを戻し、振り下ろす。
 そして、空いた手から放とうとしていた理力の塊にぶつけ、またもや相殺する。

「ぉおおおおおっ!!」

 気合と共に何度もデバイスを振るう。
 その度に、“天使”の攻撃を相殺する。
 例え勝てなくとも、こうして攻撃を捌き続ける事は可能だ。
 それだけの“意志”を神夜は……否、人間は秘めている。

「(神夜……!)」

「余所見している暇はあるか!?」

「ぐぁっ!?」

 奮起した神夜を帝も見ていた。
 だが、そこを隙と見た神の攻撃をまともに食らい、吹き飛ばされる。

「ッッ!!」

 タダではやられず、吹き飛ばされながらも気弾をいくつも飛ばし、牽制する。
 それによって僅かに追撃のタイミングが遅れ、その間に帝が体勢を立て直す。

「シッ!!」

「ふッ!!」

 躱し、躱され、殴り、防ぐ。
 瞬間移動を繰り返し、回避と相殺の応酬を繰り広げる。
 被弾は帝の方も多いが、神も無傷ではない。

「(俺だって、やってやらぁ……!)」

 現在、帝が使っている力は、ドラゴンボール超という作品におけるスーパーサイヤ人ゴッドという形態の力だ。
 もう一段階上にスーパーサイヤ人ブルーというのがあるが、燃費と安定性に加え、どの道“性質”で上回れる事からこっちを使用している。

「(いくらこっちの力を上回ると言っても、捉えきれない訳じゃ、ないッ!!)」

 真正面から神とぶつかり合う。
 その瞬間に、帝は気を練った。

   ―――“ゴッドバインド”

「ッ……!!」

 帝が繰り出した気が、神を覆い拘束する。
 生命のエネルギーたる“気”にも種類がある。
 ほとんどの生物が持っている気は原則通常の気だ。
 だが、神という生命の持つ気は、とりわけクリアなものとなっている。
 そのため、同じ神の気を持たない限り、その気を感じ取るのは不可能に近い。
 そんな特徴を持つだけあり、神の気は通常の気より遥かに質が高い。

「ぬ、ぐっ……!?」

「捕らえた、ぞ……!」

 常人には感知出来ないだけあり、その性質は理力に近い。
 故に、神の気を利用した拘束は十全に効果を発揮した。

「ずぇりゃあっ!!」

 動きを拘束したとはいえ、そこから攻撃するには足りない。
 拘束で手一杯となっているため、投げ飛ばすぐらいしか出来なかった。
 尤も、今はそれで十分だ。
 気合と共に帝は神を遠くへと投げ飛ばした。

「神夜ぁ!!」

「ッ!」

 大声で神夜の名前を呼び、一発の巨大な気弾を放つ。
 そして、間髪入れずに瞬間移動で神を追いかけていった。

「ぐ、ぉおおっ!!」

 神夜の方は相変わらず相殺が続いていた。
 “意志”で何とか拮抗しているため、それ以上がなかなか踏み込めなかったのだ。
 だが、ここで神夜の援護射撃があった。
 鍔迫り合いからさらに一歩踏み込み、“天使”を気弾の射線上に押しやった。

「何ッ!?」

「食らっとけ……!!」

 押し込んだ直後、神夜は抱き着く形で“天使”を抑え込んだ。
 
「お、お前……!?」

「外的要因までは、“性質”の適用外みたいだなぁッ!!」

 気弾が命中し、爆発する。
 神夜も“天使”もダメージを食らうが、倒れるとまではいかない。

「隙あり、だぁッッ!!」

   ―――“Rebellion Longinus(リベリオンロンギヌス)

 だからこそ、神夜は次の攻撃を用意していた。
 外的要因である攻撃を食らった事で、“天使”は大きく体勢を崩していた。
 そこへ神夜が抑え込み、マウントを取った上で“意志”を放った。
 放たれた“意志”は槍となり、“天使”を貫く。

「こ、こんな事、が……!?」

「“死闘”っていうのなら、こっちにも僅かな勝機はある。……それだけだ……!」

 優輝を見倣うかのように、神夜はそう言い放つ。
 その言葉に、驚愕していた“天使”もどこか納得した笑みを浮かべた。

「……なるほど、満足、だ……」

 神夜の“意志”を見たからか、“天使”は満足そうに笑って消えていった。

「これで……一人減らした……!」

 数の有利不利は相手の“性質”上あまり関係ない。
 それでも、一人減らす事は出来たのだ。

「ッ……!」

 離れた所から、ぶつかり合う音と衝撃が響いてくる。
 帝と神がそこで戦っているのだ。

「……行こう。俺たちは、俺たちの相手をまず倒さないと……」

 向かう先は優奈か葵のいる場所。
 相手していた“天使”を倒した事で、神夜はマークから外れている。
 そのアドバンテージを生かさない手はない。
 だからこそ、合流を急いで駆けだした。









「ッ、シッ!」

 そして、葵はと言うと。

「くっ……!」

 速さと力に翻弄され、徐々にダメージを蓄積させていた。
 相手は転移も併用しており、葵のレイピア捌きでも捉えきれない程だ。
 直撃だけは何とか逸らして避けているが、それが結果的に足を止める原因となり、さらにダメージを蓄積させていた。

「(このままだとダメ!あたしの手札で、何か状況を変えるモノは……)」

 考えを巡らせ……“ない”と結論付ける。
 葵は吸血鬼の特性以外はサーラと同じく正道な強さしかない。
 司や緋雪のような特殊な能力はなく、故に手札は少ない。

「(なら!)」

 それでも、この神界ならば出来る事はある。

「(ここで、切り開く!!)」

 一歩踏み込み、“意志”をレイピアに込める。
 直後、何十もの斬撃を繰り出し、“天使”の攻撃を相殺する。

「これは……!」

「あたしは、ここに来れないかやちゃんの分の“意志”も背負ってるんだ。……そこを開けなよ、“呪黒閃(じゅこくせん)”!!」

 “意志”によって繰り出した斬撃はその場に残る。
 そして、“天使”の攻撃は全方位からだったため、それを相殺した斬撃も全方位に残っており、葵を囲うように存在していた。
 迎撃と防御の展開を同時に行った事で、攻撃の準備時間を稼いだのだ。
 その事に気づいた事による隙を逃さず、霊力の閃光を解き放った。

「っっ……!」

「ぁあああああっ!!」

 線のように伸びた一撃が、“天使”を貫く。
 それだけでは決して倒れはしないが、防戦一方の状況を変えた。
 間髪入れずに葵は“意志”と共に踏み込み、レイピアで追撃を放つ。

「っ……!?」

 しかし、何撃かを掠らせはしたが、他は障壁で防がれ、転移されてしまった。
 空ぶった事で、葵は体勢を崩し―――

「(読み通り……!)」

 否、それを想定していた事で、そのまま前に踏み込んだ。
 今葵が目的としているのは、“天使”の打倒ではない。
 他二人との合流だ。

「逃がすか!」

「ふッ……!」

 一直線に駆けだした葵を阻むように、“天使”が転移で追う。
 だが、さすがに転移にも見慣れたのか、即座に葵はレイピアを生成して牽制した。

「(勝つには、一歩踏み込む“意志”が必要。ただ合流を目指すような“逃げ”では、勝てない。だから……!!)」

 戦闘に関する“性質”なだけあり、“天使”も戦闘経験は豊富だ。
 それでも、転移先を予測する事ぐらいは出来る。

「ここッ!!」

 振り返り、レイピアを生成する。
 そのレイピアで牽制し、転移直後の攻撃を僅かに逸らす。
 それによって生じた隙を突き、渾身の一撃を叩き込んだ。

「ッッ……!?」

「十分な“意志”があれば、ダメージを与えられる……なら!」

 葵はそこからさらに体を蝙蝠に変える。
 その蝙蝠をレイピアを刺した箇所から無理矢理“天使”に押し込む。

「あたしと“意志”の削り合い……やろうよ……!」

「貴様……ッ!?」

 無理矢理一体化する事によって、直接“領域”を削りに行く。
 ここまで“領域”に肉薄されれば、“死闘の性質”は“天使”にも働く。
 ……つまり、ここに来て純粋な根競べとなった。

「ぐッ……!」

「一応吸血鬼だからね……!“領域”ごと血を吸ってあげる……!」

「させるか……ッ!」

 互いに一気に動きが鈍る。
 その上で、攻防を繰り広げる。

「あはは!“死闘”らしくなってきたじゃん!」

「くっ……!」

 互いに“死闘”となるため、実力は拮抗する。
 レイピアと理力の剣が何度もぶつかり合い、火花を散らす。

「っ……!」

 葵が無理矢理“天使”と同化させたため、お互いに全力が出せない。
 その状態でも戦い続け……状況が変わる。

「葵ッ!」

「ッ!!」

 剣が降り注ぎ、同時に優奈が現れる。
 直後に理力による砲撃の雨が降り注ぎ、優奈がそれを逸らして防ぎきる。

「……なかなか追い詰めてるじゃない……!」

「そっちこそ、よく三人相手に戦えるね……!」

 お互いにすぐ状況を理解し、背中合わせになる。
 一人では勝つのが難しくとも、二人以上になれば話は別だ。

「後は……」

「彼もこっちに来てるわ。……驚く事に、“天使”を倒した上でね」

「えっ……!?」

 優奈の言葉に、葵だけでなく“天使”も驚いていた。
 まさか、単純な力では最弱の神夜が“天使”を倒しているとは思わなかったのだ。

「さぁ、反撃よ……!起死回生を見せてあげるわ……!」

 合流した事で、二人の“意志”が再燃する。
 神夜も近づいてきており、戦いはこれからだと言わんばかりに力を滾らせた。

















 
 

 
後書き
ゴッドバインド…ドラゴンボール超系列のゲーム及び、劇場版ドラゴンボール超より。神の気によって対象を覆い、動きを封じる技。なお、相手の潜在能力が強すぎると気が逆流して逆に拘束される場合がある(by劇場版)。

呪黒閃…霊術の呪黒剣を改造した技。霊力を圧縮し、切れ味と貫通力を上げて繰り出す事が可能。刺突や斬撃など、汎用性も大きい。


まさかの神夜のみ“天使”撃破。
なまじっか単純な力が劣っている分、ダイレクトに“意志”でダメージを与える事ができ、帝の援護があった事で撃破出来たという訳です。
次回は帝に焦点を当てた話になります。 

 

第281話「求めていたモノ」

 
前書き
帝sideの続きです。
優奈達も若干出番あります。
 

 












「がはっ!?」

 拳が腹にめり込み、帝の体が吹き飛ぶ。
 地面に叩きつけられ、クレーターを作り出すと同時に地面をまくり上げる。
 既に、何度も地面が抉れ、捲り上がった事でまるで岩場のようになっている。

「っ……!」

 すぐに起き上がり、バク転で追撃を躱す。
 さらに気弾を連射し、牽制しつつ間合いを取り……

「ぜぇあっ!!」

 瞬間移動で回り込み、首に回し蹴りを叩き込む。
 しかし、それは腕で防がれ、脚を掴まれてしまった。

「しまっ……!?」

「おおっ!!」

 棒切れのように振り回され、何度も地面や壁に叩きつけられる。
 
「ッ、はぁっ!!」

 気を開放し、さらに至近距離から気弾をぶつけ、帝は何とかその場から脱する。
 さらに蹴りを叩き込み、間合いを取る。

「波ッ!!」

 自由落下しつつ、“かめはめ波”を叩き込む。
 さすがに防御の上からでもダメージを受けるからか、転移で躱される。

「ッ……!」

 瞬間移動を連発する。
 何度も隙を突こうと回り込み、同時に回り込まれる。
 その連続を繰り返し、ようやく捉える。

「ごはっ……!?」

 だが、食らったのは帝だ。
 放った拳を躱され、逆に腹を殴られて吹き飛ばされる。

「がぁああああああっ!!?」

 さらに、地面に叩きつけられ、蹴りがめり込む。
 ついに拮抗が崩れ始めたのだ。

「ッ……はぁああっ!!」

「っ……!」

 神の体をどかそうと、至近距離から気を放つ。
 防御の上から吹き飛ばし、即座に瞬間移動を使う。

「がッ!?」

「もう見切ったぞ」

 直後、瞬間移動に干渉されて再び地面に叩きつけられた。

「(瞬間移動にも干渉してくるのか、こいつは……!)」

 転移魔法より遥かに使い勝手の良かった瞬間移動。
 しかし、それにすら干渉されるとなれば、空間跳躍は最早使えない。
 自身の超スピードのみで立ち回る事になる。

「っ、ぁあああああっ!!」

 使用する力を“スーパーサイヤ人ゴッド”から“スーパーサイヤ人ブルー”へ変える。
 さらに“界王拳”を上乗せし、無理矢理振りほどく。

「はぁああああああっ!!」

 力を底上げした事で、再び殴り合う。
 超スピードで何度も移動しながら、攻撃と防御の応酬を繰り返す。

「所詮は他者の力。……それがお前の限界だ!」

「ッ……!?」

 その時だった。

「かはッ……!?な、何が……!?」

 体の至る所を殴られた感覚が突き抜け、捲り上がって壁となった地面をいくつも貫通して帝の体は転がった。

「確かにその力は凄まじいモノだ。……だが、それでは俺に勝てん」

「っ―――」

 そこからは、最早一方的だった。
 吹き飛ばされ、叩き落され、防御を破られる。
 どんなに力を高めようと、その上を行かれてしまう。
 拮抗は完全に崩れ、防御すら儘ならずに打ちのめされるしかなかった。

「がっ、ぐっ、っっ……!」

 地面を転がり、帝は倒れ伏す。
 立ち上がろうと力を籠めるが、上手く行かない。

「(くそっ……!)」

 “固有領域”を発揮してからの明確な敗北に、立ち上がれずにいたのだ。

「帝!?」

「っ……!」

 声の方に目を向ければ、そこには未だに戦い続ける優奈の姿があった。
 神夜も合流したのか、三人で四人の“天使”と戦っている。

「くっ……!」

「させないよ!」

 帝に気を取られた優奈が隙を晒すが、葵がフォローする。
 現在、四人の“天使”の内、一人は瀕死だ。
 葵の無理矢理な同化でかなり“領域”を削っていた。

「(一人は倒している。なら、せめて俺が足止めしないと……!)」

 目の前の神は、冗談抜きに強い。
 なぜイリスの味方をしているのかと思う程、堂々とした強さだ。
 そんな神が優奈達の戦いに乱入すれば、それこそ敗北してしまう。
 それだけは阻止するために、帝は再度奮い立つ。

「はぁあああああっ!!」

 気を開放し、再度“スーパーサイヤ人ゴッド”へとなる。
 赤い燐光を撒き散らし、神へと挑みかかった。

「(目を逸らすな。決して見失うな。見極めろ、動きを―――ッ!)」

 繰り出される拳と蹴りを、気合で防ぐ。
 防ぐ度に衝撃が痛みとして体を駆け巡る。
 だが、それすらも我慢して攻撃を受け止める。

「まだ立ち向かうか……」

「お前は、ここで止める……!」

 一方、神は先ほどまでと違い、帝をどこか冷めた目で見ていた。
 既に負けたからなのか、最早興味がない目だった。

「っ……!」

 しかし、状況はすぐに変わる。
 防ぎきれなかった一撃が顔を捉え、帝はたたらを踏む。
 間髪入れずに腹に拳がめり込み、怯みで顔が下がった所を蹴り上げられた。

「かはっ……!?」

 地面に倒れ、血反吐を吐く。

「(ダメだ……一度負けたら、勝てる気が……)」

 憧れた存在の力ですら敵わなかった。
 その事実が帝を苦しめる。

「(そりゃあ、こいつも興味を失うわな……)」

 結果、帝は先ほどまでより弱くなっていた。
 だからこそ、神は興味を失っていたのだ。

「―――トドメだ」

 目の前に来ていた神が、掌に理力を集束させる。
 優奈達はそちらの戦いで精一杯となっており、助けに来れる状況じゃない。
 それを見て、“最早これまでか”と帝は目を瞑った。











「―――……?」

 しかし、来るべきである衝撃は来なかった。

「―――まったく、私がいないと相変わらずダメなんですね。マスター」

「ッ―――!?」

 直後、聞こえてきた声に帝は耳を疑った。
 すぐさま体を起こし、声の聞こえてきた方に目を向ける。

「……エ、ア……?」

「はい。貴方の相棒、エアですよ」

 そこにいたのはエアだった。
 乖離剣エアを模した剣を持って、帝へ放たれるはずだった攻撃を受け止めていた。

「造られた命か。そんな存在が、俺に勝つつもりか?」

「私だけでは勝てないでしょう……ですが……!」

 押し込まれそうになる剣を両手で支える。
 そんなエアが纏うのは、魔力ではない。これは、理力だ。

「私とマスターの二人ならば……!」

「理力だと……!?」

「神界謹製のデバイスを嘗めないでください!」

 拮抗する理力と剣。
 だが、それでもエア単身では神に勝てない。

「帝!」

「ッ、はぁっ!!」

 だからこそ、マスターである帝がいる。
 気を開放し、横合いから神を蹴り飛ばす。

「エア……」

「再会を喜びたい所ですが、後です」

「……ああ」

 隣に並び立ち、帝は蹴り飛ばした神を睨む。

「単に二人掛かりで戦った所で私は足手纏いです。飽くまで私はデバイスですから」

 そう言って、エアは帝に手を差し伸べる。

「エア?」

「……握ってください。そして、信じていますよ。マスター、貴方が勝つ事を」

 言われるがままに帝はエアの手を握る。
 直後、エアの体が光に包まれる。

「ユニゾン・イン」

「ッ……!!」

 エアは神界の神に作られたデバイスなだけあり、途轍もなく高性能だ。
 デバイスは本来、ストレージやアームドなど、長所別に種類が分けられている。
 だが、エアは全ての種類の長所を併せ持つ。
 だからこそ、ユニゾンデバイスの機能であるユニゾンが使えた。

『私とマスターで、打ち勝ちましょう』

「……ああ!」

 光が収まる前に、神が転移と同時に仕掛けてくる。

「第二ラウンドだ……!」

「……ほう……!」

 繰り出された理力を纏った一撃を、帝が真正面から受け止める。
 拮抗した力が弾け、爆発を起こすと同時に二人は姿を消す。

「おおおおおおおおっ!!」

「はぁあああああっ!!」

 力と力がぶつかり合う。
 衝撃波を撒き散らし、何度も拳と蹴りをぶつけ合った。

「ッ……らぁっ!!」

「ぐっ……!」

 拳が顔面を捉え、帝は吹き飛ぶ。
 だが、即座に瞬間移動と併用して肉薄。顔を殴り返す。

「はぁっ!」

「ッ……!」

 吹き飛んだ神は、ここで動きを変えてきた。
 膨大な理力の弾幕で帝を撃ち落とそうしてきたのだ。
 理力の弾幕一つ一つも軌道が違い、かなり避けづらい。
 弧を描くもの、単純に速いもの、追尾してくるもの。
 様々な理力による攻撃を、帝は躱し、迎撃する。

『このままでは隙を晒します!どこかで強行突破を!』

「おう!」

 ユニゾンしたエアから声が響き、帝は即座に腰だめに気を溜める。
 目の前に迫るのは、本来なら躱した方がいい規模の極光。

「波ッ!!」

 それを、真正面から打ち破る。
 気を体に纏い、自らを打ち出す形で、極光を正面から貫いた。

「(やはり誘い込みがあったか……!)」

 もし極光を躱していれば、そのまま誘い込まれていた弾幕が視界の端に移った。
 エアの助言がなければ、今頃またもやピンチになっていただろう。

「(やっぱり、お前がいないとな……!)」

『正面、二時の方向!弾幕が薄いです!次は十時の方向……誘い込みです!』

「わかった!」

 エアの声は、ただ喋る訳ではなく思考を叩きつけるものだ。
 そのため、どれだけ高速で動き続けても指示が遅れる事はない。
 帝も指示を聞き逃さず、弾幕を切り抜けていく。

「はぁっ!」

「ッ、ふっ!!」

「ぐっ……ずぁッ!!」

 肉薄に成功し、拳を繰り出す。
 その拳は片手で受け止められ、蹴りの反撃が迫る。
 空いた腕でそれを受け止めるも、その強さに顔を歪める。
 だが、繰り出した拳から気を放出し、受け止められたその上から吹き飛ばした。

「ッッ……!」

 直後、後ろに転移され、防御の上から殴り飛ばされる。

「負け、るかぁッ!!」

 吹き飛んだ先に回り込まれる事は嫌でも理解できた。
 故に、無理矢理体を捻り、回し蹴りを放つ。
 結果、相打ちの形で双方の攻撃が命中。お互いに吹き飛ぶ。

「ッ……ぉぉおおおおおおおお!!」

「くっ……!」

 空中で静止した神が、理力を無差別に放出する。
 無差別故に、速度と威力の優れた弾幕が全方位に放たれる。

『このままでは優奈様達が!』

「(三人を巻き込む訳にはいかない……!)」

 ギリギリだからこそ、余計な横槍はすべきではないと帝は判断する。
 そして、優奈達を庇うように射線上に立つ。

「はぁあああああああああっ!!」

 捌く、弾く、逸らす。
 あらゆる手段を用いて、優奈達の戦場に向かわないように弾幕を防ぐ。

「ぐっ……!?」

「捉えたぞ」

『っ……私達の思考を利用しましたか……!』

 一発被弾した瞬間、神の声が響く。
 同時に、帝は大きく移動できないように結界で行動範囲を制限された。
 神は誘導していたのだ。帝が優奈達を庇うのを想定した上で。

「くそっ……!」

 全方位だった弾幕が帝へと集中する。
 移動が制限された範囲内全てを埋めるように、弾幕が飛ぶ。
 速さが尋常じゃないため、帝の超スピードでも避け切れない。

「がっ……!?」

 防御を抜けられる。
 一発、二発と続けば後はなし崩しだ。
 耐えは出来るが、連続で弾幕を食らい続ける事になる。

「ぁぁぁああああああああ……ッ!?」

 それでも、倒れる事だけはしない。
 身を挺してでも、優奈達の戦いを邪魔させない。
 その“意志”で、自らを盾に耐え続ける。

『マスター!』

「大、丈夫、だ……ッ!!」

 絶え間のない弾幕。
 どうにかして切り抜けない限り、倒れるまで弾幕は続くだろう。
 そんな事は、考えなくとも帝とエアにはわかっていた。

「(絶体絶命……なのに、なんでだろうな……)」

 どうしようもない状態。
 しかし、帝はどこか落ち着いていた。

「(……そうだ。俺は、英雄(ヒーロー)にばかり憧れていた訳じゃない)」

 何もない空洞に、火が灯る感覚を味わう。
 それは蝋燭のような小さな火だったが、徐々に変わっていく。

「(エアといるからか、こんな状況でも―――)」

 燃え上がる。闘志が、心が、“意志”が。
 決して消えぬ炎のように、全てを焼き尽くさんとばかりに燃え上がる。

「(―――俺は、燃えている!!)」

 無意識に笑みを浮かべる。
 そんな帝の心情を理解できたのは、ユニゾンしているエアだけだった。

「行くぞ、エア」

『……はい!』

 未だに続く弾幕を、帝は見据える。
 そして、息を大きく吸い、“ソレ”を開放した。

「いつまでも上位に立ってんじゃ、ねぇぞぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」

「ッッ―――!?」

 気が光となって爆ぜる。
 次の瞬間、帝は弾幕を突き抜け、神に肉薄していた。

「っづ……!?」

「ぉぉぉおおおおおおおおおおおッッ!!」

 腕をクロスし、神が防御する。
 その上から、帝は押し込むように突き進み続ける。
 まるで、これが限界ではないと。まだまだ行けると、吼え立てるように。







「ッ……二人、目……!!」

「……よく耐えたわ。葵」

 一方で、優奈達の戦いも進んでいた。
 葵が仕掛けた同化の効果が身を結び、二人目の“天使”を倒し切った。
 これで、数は五分五分になった。

「はぁ……はぁ……っ!」

「無理は禁物よ。……ふッ!!」

 だが、代わりに葵もかなり消耗している。
 優奈がそんな葵を庇うように立ち回り、追撃を防ぐ。

「おおおおおおおおッ!!」

 神夜も“意志”で攻撃を相殺し、何とかギリギリで拮抗を続けている。

「ッ、あれは……!」

 そんな時、離れた位置の上空で大きな力の鳴動を感じた。
 目を向ければ、そこには帝の姿があった。

「主が、互角……!?」

「隙ありだッ!!」

「しまっ……!?」

 “死闘の性質”の“天使”がそれを見て動揺する。
 その隙を逃さず、神夜が“意志”の一撃を直撃させた。

「ふッ……!」

「邪魔を……ッ!」

「“可能性”、確定。その行く先を断つ!」

   ―――“τέλος πεπρωμένο(テロス・ぺプロメノ)

 外的要因による一瞬の隙。
 それで仕留め損なう程、優奈達は油断していなかった。
 神夜の一撃で“領域”へ大ダメージを負わし、そこへ優奈が仕掛けた。
 “可能性の性質”の“天使”が妨害しようとするが、逆に葵がそれを妨害した。
 そして、優奈が“可能性”を固定し、確実に“天使”を仕留めた。

「……これで、どっちに転ぶか分からなくなったわね?」

「ッ……!」

 “死闘の性質”の“天使”はこれで全滅した。
 残るは“可能性の性質”の“天使”のみ。
 物理的戦闘での優位性は既にない。
 
「『油断だけはダメよ。……相手は、私達と同じようにどんな劣勢をも覆す事が出来る。……そういう“性質”なんだから』」

「………」

「っ……」

 それでも、油断だけはしない。
 その油断を突いて勝利してきたのが優輝、そして優奈達なのだ。
 故に、決して相手を侮らない。









「ッッ!!」

「ふッ!!」

 拳と掌がぶつかり合い、衝撃波を撒き散らす。
 即座に拳を解き、手刀で反撃を逸らす。
 すかさず蹴りを繰り出すが、それは躱された。

「ぐッ……はぁッ!!」

「っ……っづ!?」

 背後に回られての手刀を食らう。
 だが、負けじと後ろ回し蹴りを放ち、防がせる。
 同時に理力の弾を放ち、神を吹き飛ばした。

「ふーッ、ふーッ……!」

 ここに来て、帝は神と互角になっていた。
 その要因として、理力を扱えるようになったエアとユニゾンした事で帝も理力を扱えるようになっている事にあった。

「っづ……りゃぁっ!!」

「がっ……!?」

 殴られ、殴り飛ばす。
 防ぎ、躱し、防がれ、躱される。
 攻撃が当たれば当て返させ、逆もまた然り。
 決して圧倒される事はなくなったが、圧倒する事も出来ない。
 完全に拮抗した攻防となり、お互いにダメージを蓄積させていく。
 それは、まさに“死闘”だった。

「おららららららぁッ!!」

「はぁぁあああああっ!!」

 腹を殴り、顔を殴られる。
 顔を蹴り返し、腹を蹴り返される。
 攻撃の内、ほとんどが防がれるか躱される。
 だが、残りの攻撃はお互いに命中し、傷を刻んでいく。

「負けるか!!」

「ッ、おおッ!!」

 ここに来て、帝の“意志”が一際燃えていた。
 その影響で、神も“死闘の性質”の影響下に落とされたのだ。
 そのため、帝と神は互角の“死闘”を繰り広げている。

「趣向を変えようか……!」

「っ、待て!」

 お互いに吹き飛び、そこで神が動きを変える。
 帝に背を向け、優奈達のいる方へと飛んで行ったのだ。

「はぁあああっ!!」

「ちぃッ……!!」

 理力の弾幕で互いに撃ち合う。
 肉弾戦ならまだしも、この撃ち合いでは互いに命中はしないだろう。
 飽くまで、肉薄のための布石にしかならない。

「ッ―――!?」

 だが、神の狙いはそこではない。
 優奈達のすぐ傍を通り、同時に弾幕を放つ。
 戦いに巻き込む形で、優奈達を攻撃したのだ。

「させるか!!」

 それを、帝が阻止する。
 同じく理力の弾幕を放ち、弾幕を相殺する。

「掛かったな?」

「ッ―――!!ちぃッ!!」

 直後、神に背後を取られる。
 防御の上から地面に叩きつけられ、衝撃波と共にクレーターを作り出す。
 同時に、その衝撃波で優奈達と“天使”を吹き飛ばした。

「っらぁッ!!」

 即座に蹴り飛ばし、体を起こして離脱する。
 そのまま再び肉弾戦に持っていき、大勢を立て直す。

「帝……ゴッドじゃない……!?」

 そこで、優奈が気づく。
 帝が使っている力は、彼の憧れる存在の力ではないと。

「まさか、エアと自分の力だけで……!?」

 いくら“固有領域”の効果とはいえ、憧れの存在の力は、所詮借り物だ。
 帝の想像の域を出ないため、無制限のようで限界はある。
 だが、今の帝はそれらの力を一切使っていない。
 “固有領域”の力は使っているが、憧れの存在の力は使っていなかったのだ。

「だらららららら―――らぁッ!!」

「ぐっ……ふんッ!!」

「がッ……!?ッの野郎!!」

 拳と蹴りの応酬を繰り返し、その都度一撃二撃を決める。
 逆に帝も食らうが、即座にやり返す。
 そして、徐々に戦い方がノーガードになっていく。

「……“固有領域”の力を、全部自分に還元している……」

 普段使う憧れの存在の力は、全て“固有領域”の力だ。
 その“固有領域”の力を、帝は全て自身に吸収している。
 そのため、純粋な“力”として帝を強くしているのだ。
 加え、エアとのユニゾンによる、理力の取得もある。
 二つの要素が絡まり、さらに“意志”によって神を同じ土俵に引き摺り下ろした。
 これが、今互角に戦えている絡繰りだった。

「ッ!!ふッ!!」

「くっ……!」

「……こっちも、集中しないとね」

 咄嗟に、優奈が“性質”を使って障壁を張る。
 確実に命中するはずだった極光が、その障壁で逸らされた。

「帝も頑張ってる。私達も勝つわよ!!」

「うん!」

「おうッ!」

 まだ“天使”は残っている。
 いつまでも帝の方に気を取られてはいけないと、優奈達も再び戦いに身を投じた。







「ッ、ッッ!!」

「は、ははッ……!!」

 衝撃波が迸る度に、どちらかが仰け反る。
 防御も回避も捨て、ただ互いに殴り、倒れるまで続ける。

「はーッ、はーッ……!」

「はははははははッ、はははははは!!」

 傍から見れば激闘だが、やっている事自体はただただ泥臭い殴り合いだ。
 帝も、神も、防御などに割く“意志”や“領域”を既に持ち合わせていない。
 ただ相手を倒すためだけに“意志”や“領域”を費やしていた。

「はっ、はは……!!」

「いいぞ、いいぞぉ!」

 互いにダメージは蓄積していく。
 この戦いが永遠に続くはずもなく、そう時間もかからない内に決着は着くだろう。
 ……だが、二人は笑っていた。

「……そうだ。これだ……!これこそ―――」

「お前のような人間(存在)を待っていた!!お前こそ―――」

 お互いの姿が掻き消え、激突する。

「「―――俺の求めていたモノだ!!!」」

 拳と拳がぶつかり合い、一際強い衝撃波を迸らせる。
 既に戦いの舞台は優奈達のいる地上から遥か離れた上空だ。
 お互いの戦闘に干渉する事はなく、故に存分に戦えた。

「おおおおおおおおおおおおッ!!」

「はぁあああああああああッ!!」

 雄叫びと共に、拳と蹴りを何度も放つ。
 最早、周りの事など関係ない。
 この戦いに全てを賭し、お互いに戦い尽くす。
 ただそれだけを頭に、二人は殴り合う。

「ッ!!」

「ッッ!!」

 姿が掻き消える。
 帝と神の姿が現れる度に、拳か蹴りがぶつかり合い、衝撃波が迸る。

「ごはっ……!?ッ、ぜぇあっ!!」

「がふっ……!?ッ、ぉおっ!!」

 腹に拳が決まり、体がくの字に折れ曲がる。
 だが、帝はその腕を掴み、やり返す。
 神もくの字に折れ曲がり、すぐさま反撃に出た。

「ッッ!ずぇあっ!!」

「っ……!」

 紙一重でその反撃を躱し、渾身の回し蹴りを放つ。
 しかし、その攻撃は後退する事で避けられた。

「は、ははっ!」

「く、くく………!」

 間合いを取り、仕切り直しになる。
 しかし、次の瞬間には再び戦闘を始めるだろう。

「―――負けねぇ!!」

「―――勝ってみろ、人間!!」

 まさに“死闘”と呼ぶべき戦いが、そこにあった。

















 
 

 
後書き
界王拳…ドラゴンボールシリーズより。自らの力を倍加させる事が出来るが、倍率が高い程体への負担も大きい。なお、神界ではそれを無視できる模様。

τέλος πεπρωμένο(テロス・ぺプロメノ)…“運命の終わり”。“可能性の性質”を用いる事で、確実に仕留める技。相手の“領域”が破壊寸前であるほど、効果は高まる。通常に放つだけでも、因果逆転(or因果確定)によって確実に命中する。


若干ドラゴンボールZ神と神のオマージュ。ゴッドの力を吸収した悟空のように、帝は“固有領域”の力を吸収して素の状態で強くなっています。
帝も神も、物語にあるような意志のぶつかり合いによる“死闘”を求めていました。
帝の場合はそう言った展開に憧れ、神の場合はその“性質”故に。
だからこそ、お互いに“死闘”に興じる事が出来たため、テンションが上がっています。それにつれ、帝の“意志”も爆発的に強くなりました。
この戦い限定ですが、強さだけで言えば普通にイリスを倒しうる程です。 

 

第282話「決定的な差」

 
前書き
決着着かなかった帝達Sideの続きです。
 

 












 竜巻のように、力の奔流が渦巻く。
 その中心には帝と“死闘の性質”の神がいた。
 拳と蹴りを際限なく何度も繰り出し、その衝撃波が力場となって渦巻いている。

「ぜぁっ!!」

「ずぁッ!!」

 渾身の蹴りを放ち、躱される。
 その体勢から、反撃の蹴りが繰り出され、これもまた躱す。

「「ッッ!!」」

 体を捻った勢いを生かし、手刀を振る。
 腕同士がぶつかり合い、またもや衝撃波を生み出す。

「ッ……!」

「ふッ!」

「ガッ……!?」

 空いた手で殴ろうとするが、同じく空いた手で防がれる。
 直後、帝は顎に膝蹴りを食らい、仰け反った。

「ッ、おおッ!!」

「ごッ……!?」

 だが、帝もタダではやられない。
 仰け反る体を捻り、反転。
 上へと足を()()()()()、神の顎を蹴り上げる。

「ッ、らららららららららららららららららららぁッ!!」

「はぁぁあああああああああああああああッ!!」

 上下互い違いの構図で、帝と神は殴り合う。
 蹴りを拳で防ぎ、拳を蹴りで防ぐ。
 まともに受ければそれだけでダメージを受ける。
 そのために、一撃一撃を逸らし、直撃を避けて防ぐ。
 正面からではなく、斜めに防御する事で衝撃を逃がし、受け流していく。
 
「ッ、シッ、ふっ、はぁっ!!」

「甘い!」

 蹴りを絡めとるように防ぎ、同時に拳、蹴り、回し蹴りを連続で放つ。
 しかし、それは悉く防がれ、回避される。

「まだまだッ!!」

 神から反撃が繰り出されるが、こちらも全て捌く。
 互いにギリギリの所で防御ないし回避を成功させる。
 だが、そんな綱渡りが長続きするはずもない。

「がッ!?」

「そこだッ!!」

「ぐっ、が、ァああっ!?」

 直撃ではないが、蹴りを受けて仰け反る。
 直後、連撃が帝に叩き込まれ、吹き飛ばされる。

「ッッ……嘗めんな!!」

「ぐぉッ!?」

 回り込まれ、追撃される……その寸前で帝は奮起する。
 カウンターのように蹴りが神に叩き込まれ、一撃、二撃と直撃させる。

「だァあああああああッ!!」

「おおおおおおおおおッ!!」

 そこからは、先ほどの焼き増しだ。
 拳と蹴りをぶつけ合い、何度もその衝撃波を撒き散らす。

「(千日手だ!それは、向こうもわかっているはず!)」

 激闘の中、思考は常に加速する。
 そんな加速の中で、このままでは決着が着かないと察する。

「(ならッ!)」

「むッ……!?」

 反撃に拳や蹴りではなく、タックルを繰り出す。
 何撃か攻撃を貰うが、それを意に介さず一気に押し出す。

「ッ、ぁ!」

「っ……!そう来るか……!!」

 タックルによって体勢が崩れ、押し出された勢いで神は空中に投げ出される。
 同時に、静止した帝と距離が離れ、そこで神は何をするつもりなのか理解した。

「だだだだだだだだだだだだだだだだだッ!!」

「くッ……おおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 理力の弾を連打する。
 一撃一撃に強い“意志”が籠められ、食らえばひとたまりもないだろう。
 そして、その速度と密度も凄まじい。
 地力の高い神の身体能力を以てしても避け切れない程だ。
 故に、神も回避しきれないと理解した瞬間、撃ち合いに応じた。

「ッッ……!!」

 いくつもの弾がぶつかり、スパークさせる。
 爆発と稲妻を迸らせ、帝と神の間を煙幕で見えなくする。
 軌道が隠れる分、さらに避けづらくなっていく。

「っらぁッ!!」

「ふんッ!!」

 弾としてだけでなく、斬撃としても理力を飛ばす。
 “意志”と“意志”がぶつかり合い、弾幕の撃ち合いはさらに激しくなる。

「ッ……ぉおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 これでは肉弾戦と同じ千日手だ。
 尤も、帝はそうなる事を読んでおり、即座に動きを変える。
 弾幕に身を投げ、体を捻って回転を始める。
 さらに、腕に“意志”を込め、まるでコマのように回りながら弾幕を放つ。
 本来なら目を回す行為だが、神界においてそんな常識は通用しない。

「ほう……ッ!」

 凄まじい速度の回転は、何も弾幕をばら撒くためではない。
 回転の勢いを利用し、弾幕を弾くためでもある。
 これによって、神の弾幕を突破しながら、攻撃を繰り出す事を成立させた。

「ならば……むんッ!!」

「ぐッ……!?」

 このまま弾幕を撃ち続けても無意味と神も悟る。
 そして、すぐさま帝の動きに対処して見せた。
 不退転の如く構え、回転を受け止めたのだ。
 その過程で弾幕に被弾し、回転の影響でダメージもあった。
 だが、その上で止められたからこそ、帝は隙を晒した。

「しまっ……!?」

「っつぇええいッ!!」

 両腕を掴まれ、気合と共に蹴りが叩き込まれた。
 振りほどくにはあまりにも時間が足りず、蹴りの勢いで腕が引き千切られた。

「っづ……まだだッ!!」

 “意志”を以って、千切れた両腕を再生させる。
 そして、追撃に飛んできた極光を弾き、蹴りで肉薄からの拳を防ぐ。

「おおおおおおおおッ!!」

「なん……のぉッ!!」

 直後、脚を掴まれ、振り回される。
 帝も負けじと、振り回されながら至近距離で理力の極光を放つ。

「っっ……!」

「ふーっ、ふーっ……!」

 互いに体勢を立て直し、仕切り直しとばかりに対峙する。

「は、はは……!」

「くくく……!」

 改めて向き直ると、二人は笑いを漏らす。

「「(―――愉しいッ!!)」」

 それは、ギリギリの闘い故に。
 自らが望んでいたモノ/憧れていたモノであるがために、興奮を隠しきれずにいた。

「「ッッ!!」」

 理力が稲妻として迸り、同時に二人は拳をぶつけ合う。
 先に帝が追撃を仕掛け、しかしその拳を逸らされる。

「がッ……!?」

 直後、反撃の拳を顔面に食らう。

「ぐッ!?」

 だが、負けじと帝は仰け反った反動で殴り返す。
 それを皮切りに、拳と蹴りの応酬が始まる。

「どうしたァ!口元が笑っているぞ!」

「てめぇこそ、口角が上がってんぞ!!」

 何度も拳と蹴りが体に当たり、二人はボロボロだ。
 それでも、口元から血を流しながらも笑っていた。

「当然だ!愉しいからなぁッ!!」

「奇遇だな、俺もだぁッ!!」

 まさに戦闘狂と言わんばかりに殴り合う。
 衝撃波と血を撒き散らし、何度も殴り殴られる。

「俺が、俺たちが勝つ!!」

「出来るものならやってみろッ!!」

 拳を受け止められ、また逆に受け止める。
 蹴りが避けられ、こちらもまた避ける。

「ッ……さっきのお返しだ!!」

「ぐっ……!?」

 体を反らし、紙一重で拳を避ける。
 そしてその腕を掴み、体を蹴り飛ばす事で片腕を引き千切る。

「ははッ!!」

「ぐッ……!?」

 再生と同時に神は腕を振るう。
 再生時に発せられる純粋な理力が斬撃となって帝を襲った。
 咄嗟に帝はガードをするが、防げたのは“斬られる”という事象だけだった。
 威力そのものは防ぎきれず、打撃となって帝を撃ち貫いた。
 ガードした場所を中心に、潰されたような衝撃が帝の体を駆け巡った。

「ッなくそッ!!」

「ぐぅッ……!?」

 追撃の肉薄に対し、防御態勢から反撃に出る。
 カウンターばりの至近距離における極光の直撃。
 咄嗟の反撃なため、威力は出なかったがそれでもダメージは通った。

「ッらぁあああっ!!」

「おおおおおおおッ!!」

 死闘は続く。どちらかの“意志”が挫けるまで。
 それまで、二人は何度も拳と蹴りによる衝撃波を迸らせ続けた。













「シッ!」

「はぁッ!!」

 一方、優奈達もあと一歩がなかなか踏み出せずにいた。
 既に“死闘の性質”の“天使”は全滅させた。
 だが、優奈と同じ“可能性の性質”の“天使”が残っているのだ。
 その二人を倒すための一歩がかなり遠い。

「そこッ!!」

「甘い!」

「う、おッ!?」

 葵の繰り出すレイピアがギリギリで当たらない。
 そのまま反撃がきっちりと決まり、葵は吹き飛ばされる。
 神夜も攻防戦で競り勝てずに吹き飛ばされていた。

「くっ……!」

「ッ……!」

 唯一、優奈だけは反撃が直撃せずに戦えていた。
 同じ“性質”故に、何をしてくるか大体がわかるからだ。

「五人だろうと、二人だろうと関係ない……本当に、同じ“性質”ながら厄介ね」

 自由自在に変形できる理力の弾を二つ携え、“天使”二人は戦う。
 優奈も同じように理力の弾を周囲に漂わせているが、やはり手数に差がある。

「(でも、飽くまでしぶといだけ。根気よく詰めていけば……)」

 同じ“性質”だからこそ、確実に追い詰める事が出来る。
 本来ならば、如何なる状況においても“可能性”を掴む“性質”だ。
 そのため、どれだけ追い詰めても逆転される“可能性”がある。
 しかし、同じ“性質”の優奈がいる事で、相手の“性質”を中和出来る。
 そのおかげで、追い詰めれば追い詰めるだけ、相手の“詰み”に近づける。

「(だからこそ、堅実に追い詰める……!)」

 なかなか倒せなくても、堅実さを損なわなければ負ける戦いではない。
 まだ逆転される“可能性”はあるが、それも追い詰めればなくなっていく。

「ッッ!!」

 優奈への理力の斬撃や弾幕を、全て捌く。
 手数の差があれど、それを導王流で埋める事で対処していた。
 さらにカウンターの掌底を二人の“天使”に放つが、これは躱される。

「………」

 避けた“天使”達に、レイピアと砲撃魔法が飛ぶ。
 しかし、どちらの攻撃もギリギリで外れてしまう。

「『普通の攻撃は外れるわ。そういう“可能性”に定められてるもの』」

「『やっぱり……通りで当てられない訳だね』」

「『遠距離攻撃はほぼ無意味か……?』」

 葵と神夜は基本的に援護する立ち回りだ。
 神夜は元より、葵も消耗が大きいため前衛で立ち回れない。
 今は優奈がメインで戦っているが、それ故に一歩追い詰めきれない。
 そして、“可能性の性質”が相手だからこそ、“賭け”に出れない。

「(……って所かしらね……)」

 優奈はそれを理解している。
 そのため、決して焦らず、堅実な態勢を崩さない。
 
「(問題は……)」

 だが、葵と神夜は別だ。
 相手がそのつもりだという事は優奈も伝えている。
 だからと言って、焦らずにいられる保証はない。
 神の半身である優奈と、葵たちではその辺りの感性は違うからだ。

「(なるべく早く仕留めたい所だけど……ねっ!)」

 攻撃を逸らしながらも、優奈は“天使”から目を離さない。
 “性質”による無理矢理な逆転は封じているが、単純な戦術は使える。
 そこからの逆転をさせないために、優奈は警戒し続ける。

「ふッ……!!」

 葵と神夜が近接戦を請け負い、優奈がそれをサポートする。
 “意志”さえあれば、すぐには押し負ける事はない。
 尤も、請け負うのは僅かな時間のみ。それ以上は危険だ。

「はっ!」

「撃ち貫け!」

 優奈の理力が葵と神夜を庇う。
 さらに導王流で攻撃を受け流し、そこへ葵がレイピアを投擲する。
 神夜も砲撃魔法を放ち……そのどちらも外れる。

「ッ……!」

「くっ……!」

 直後、“ギィイイン”と甲高い金属音が響く。
 優奈が転移し、片方の“天使”に仕掛け、その一撃を防がれた音だ。

「白兵戦で私に勝てると思わないで……!」

 導王流を併用すれば、“天使”と一対一で負けるはずがない。
 優奈が発言した時には、既にカウンターの一撃を構えて肉薄していた。

「邪魔を……!」

 もう一人の“天使”には、葵と神夜が魔力弾で牽制していた。
 葵に至ってはレイピアも飛ばしていたが、それでも僅かな足止めにしかならない。
 優奈が反撃直前なのと同時に、もう一人の“天使”も妨害寸前だ。

「ごはっ……!?」

 優奈の掌底が直撃し、“天使”が吹き飛ぶ。
 だが、吹き飛んだのは妨害しようとした“天使”だ。
 導王流で反撃を食らいそうになっていた“天使”は無事だった。

「ちぃっ……!」

 カウンターを決める瞬間に、優奈は転移していた。
 それにより、不意打ちの形でカウンターが攻撃としてもう一人の“天使”に命中し、吹き飛ばしたのだ。

「シッ!」

 間髪入れずに、葵が残った“天使”に攻撃を仕掛ける。
 消耗していても、近接戦はこなせる。
 遠距離では当てられない攻撃も、近接戦ならば“意志”で当てられる。
 そのため、“天使”も防御か回避を迫られる。

「っ……!」

 尤も、近接戦のみならともかく、理力による弾幕もある。
 だからこそ、神夜がそれをカバーする。
 魔力弾と砲撃魔法を敢えて葵を守るように放つ事で相殺する。
 直接“天使”を狙っても外れるが、攻撃そのものなら当てられる。
 厳密には、攻撃の相殺に対しても“当たらない可能性”を引き寄せられるのだが、それを行う程の余力が“天使”達にはないのだ。

「ふッ……!!」

 創造魔法による剣と、理力による剣がいくつも飛んでくる。
 同時に葵は飛び退き、入れ替わるように優奈が突貫する。
 “性質”同士で中和させたため、剣は当たり得る。
 そのため、“天使”は剣を防ぎ……転移で回り込んだ優奈に切り裂かれた。

「ぅぐっ……!?」

「ッ……!」

 追撃を繰り出す。……その寸前で、優奈は転移で離脱する。
 直後、寸前までいた場所を吹き飛んでいた“天使”が理力で薙ぎ払った。

「深追いなんてしないわよ」

「………」

 片方を吹き飛ばし、戻ってくるまでの僅かな間。
 その短時間でもう一人を追い詰めた。
 間違いなく、その気になればさらにダメージは与えられただろう。
 だが、そうすれば相手に逆転の“可能性”を与えてしまう。
 だからこそ、確実に反撃を食らわないタイミングで離脱したのだ。

「“呪黒剣”!」

「こいつなら、どうだッ!!」

   ―――“Sharp Slash(シャープスラッシュ)

 葵の霊術が“天使”の足元から炸裂し、回避先を減らす。
 さらに、神夜が斬撃をいくつも飛ばし、絶対に外れない軌道で狙う。
 いくら“外れる可能性”を引き寄せられると言っても、棒立ちのまま外れる事は早々ないため、それ故に確実に回避行動へと誘導できる。

「ッッ……!」

 転移で躱した所へ、優奈が創造魔法と理力で攻撃する。
 さらに自らも転移して回り込み、斬撃を繰り出した。

「ふッ!」

 斬撃を防がれ、反撃が放たれる。
 即座に導王流で受け流し、その動きと共に理力を斬撃として飛ばす。
 さらに葵と神夜が援護射撃を行い、行動範囲を狭めていく。

「はッ!」

 理力の弾幕で牽制し、転移と共に斬撃を繰り出す。
 しかし、転移で躱され、もう一人の“天使”と共に挟撃を仕掛けてきた。

「くっ……!」

 それすら受け流してカウンターを放つも、またもや転移で避けられた。
 
「(……これは、かなり時間がかかるわね)」

 堅実に攻めなければ、逆転の危険性がある。
 だが、堅実な戦い方だと、倒すまでにかなりの時間を要する。
 時間が経てば、状況など良くも悪くも変化する。
 イリスの勢力圏にいる以上、基本的に優奈達の不利に変化するだろう。
 だからこそ、援軍などが来る前に倒してしまうべきなのだ。

「(前言撤回。賭けに出る必要もあるわね)」

 追い詰めているようで、逆に追い詰められているかもしれない。
 その懸念があるため、早期決着が求められる。

「『二人とも、何か切り札ないかしら?』」

 戦っているのは自分一人ではない。
 だからこそ、優奈は念話で二人に尋ねる。

「『俺は……“意志”による一撃ぐらいだ』」

「『あたしも。……ううん、一つだけあったかな』」

「『本当?』」

 葵の返答に、優奈が戦いつつも聞き返す。

「『うん。でも、この“天使”相手に命中するか……』」

「『単発の遠距離射撃なのね……そこは私が調節するわ。葵は合図と共に撃って』」

「『了解』」

「『神夜は引き続き援護を。トドメとはいかなくても“意志”の一撃は有効活用しなさい。……どちらの“可能性”が優先されるか分からないけど、賭けに勝利して見せるわ』」

「『ああ、わかった』」

 勝負の決め手となるのはほんの一瞬。
 どちらが早く、より確実に“可能性”を掴むかに懸かっている。

「ッ……!!」

 攻撃を相殺し、その反動で間合いを取る。
 同時に創造魔法で武器を大量に展開し、ほんの僅かな“間”が空間を支配する。

「―――貴方達と私達の、決定的な差を教えてあげるわ」

 “性質”だけでなく、導王流も総動員して優奈は攻撃を仕掛ける。
 ただ一つの道筋へと“導く”ように、剣の弾幕を一斉に放つ。

「ッッ!!」

 理力の弾を操り、転移してもなお躱し切れない弾幕を作り出す。
 そこに、優奈と“天使”達以外が立ち入る余地はない。

「……すぅ……よし……ッ!」

 否、“意志”さえあれば、誰でも割り込む事は可能だ。
 例え、素の力では大きく劣る神夜であろうと。

「おおッ!!」

 手数の差で優奈は余裕がない。
 そのため、葵や神夜が何かしようものなら、即座に“天使”の妨害が入る。
 故に、神夜は敢えて自ら渦中に飛び込んだ。

「ぜぁッ!!」

   ―――“Will Mistilteinn(ウィル・ミスティルテイン)

 防戦一方になりかけていた優奈を助けるように、神夜は斬りかかる。
 当然、その一撃は防がれるが、弾かれない。

「こいつ……!?」

 我武者羅に眼前のものを斬りまくる神夜。
 その攻撃は“天使”にこそ届かないが、あらゆる攻撃を切り裂いた。

「……かやちゃん、借りるよ」

 そして、最後の“一手”。
 葵は胸の内から()()を取り出し、それを一本の矢に変える。
 デバイスとしての機能を使い、弓を生成。矢をそこに番えた。
 その神力は、この場に来れなかった椿のものだ。
 ついてこれないからこそ、葵にいざという時のための神力を託していたのだ。

「させるか!」

「こっちのセリフよ!」

 その矢に籠められた“意志”を感じ、“天使”が止めようとする。
 だが、それを優奈と神夜が“意志”を以って阻止する。

「くそっ……!?」

 そこで“天使”達は判断を見誤った。
 隙を晒す一種の賭け。それは確かに逆転の“可能性”があった。
 だが、だからこそ優奈と神夜を確実に対処すべきだったのだ。
 葵を庇ってまで“意志”を発揮したその直後は、確かに無防備だったのだから。

「“詰み”よ。もう、敗北以外の“可能性”は潰したわ」

 そして、その動揺が致命的な隙となる。
 “性質”を用いた理力の拘束により、“天使”達は身動きが出来なくなる。
 ちょうど二人とも葵の射線上におり、一射で射貫ける位置になる。

「今よ!」

「これがあたしとかやちゃんの全力、だよッ!!」

   ―――“神穿(かみうがち)-草野姫(かやのひめ)-”

 咄嗟に“天使”達が障壁を張る。
 だが、トドメのために放った一撃の“意志”がそんな軟なはずがない。
 容赦なく障壁ごと“天使”達を貫通し、“領域”を砕いた。

「……“可能性”を手繰り寄せるだけでなく、自らの手で切り拓く。……それが、貴方達との決定的な差よ」

 消えゆく“天使”達を尻目に、優奈はそう言い残す。
 これにて、優奈達の戦いは終わった。











 ―――直後、轟音が響く。

「ッ……!?」

「なんだ!?」

 衝撃波が迸り、咄嗟に優奈達はその場に踏ん張った。

「この力の波動……帝よ!」

 神と“死闘”を続けていた帝が優奈達の近くに来たのだ。
 轟音は、空から落ちてきた衝撃による物だった。

「ぅ、がっ……!?」

「ッ!?」

 そして、落ちてきた際の煙幕が晴れる。
 そこには、ボロボロになった帝が仰向けに倒れており、神がそれを見下ろしていた。

「負けたのか……!?」

「相手は“死闘の性質”よ。……同じ土俵なら、どんなに強い“意志”でも上回る事は出来ないのよ……!」

 帝と神はまさに“死闘”を繰り広げていた。
 だが、“性質”の影響で帝は競り負けたのだ。

「ぐ、くッ……!」

 起き上がり、トドメの追撃を帝は躱す。
 神も無傷ではなく、かなり動きは鈍っている。
 それでも、追い詰められた帝よりは上だ。

「っづ、ぉおおッ!!」

 振るわれた手刀をダメージ覚悟で防御し、膝蹴りを放つ。
 神も防御するが、膝蹴りのダメージが通ったのか僅かに仰け反る。

「っ……楽しませてもらったぞ、人間。だが、“死闘”である限り俺の土俵だ」

「……だろうな。一人では、お前には勝てない」

 飛び退き、間合いを取る。
 直後に、神が肉薄し、両手で片手ずつ抑えられる。

「けどなぁ、まだ負けてねぇぞ……!」

「まだ足掻くか。ならば……ッ!」

 両手を組み合った状態から、徐々に帝が押されていく。
 このままでは帝は負けてしまうだろう。

「……そうさ。俺()勝てない。だが、俺()ならばッ!!」

「な、にッ……!?」

 帝が啖呵を切ると同時に、神は横に仰け反った。

「ッッ……!!」

 そこには、ユニゾンを解除したエアが蹴りを振り抜いていた。
 理力を纏い、“意志”を籠めた渾身の蹴りは、確かに神を仰け反らせた。





「ッ―――!」

「しまッ……!?」

 その隙を、帝は逃さない。

「てめぇとの決定的な違いを教えてやらぁ。それは実力じゃねぇ。……いざって時に頼れる、相棒の有無だッ!!」

   ―――“力を示せ、我が憧憬よ(トゥインクル・ロンギング)

 帝は神に肉薄し、超至近距離から“固有領域”の力を解き放った。
 “意志”を籠め、千載一遇の隙に最大火力を叩き込んだのだ。

「はぁッ、はぁッ、はぁッ……!」

 “死闘”を経て、帝も完全に満身創痍だ。
 それでも、満足がいったように笑みを浮かべていた。







「―――見事」

「ッ……!」

 しかし、神は健在だった。
 帝の最大火力を食らってなお、“領域”が砕け切っていなかったのだ。

「くっ……!」

 疲弊した体を動かし、構え直す帝。
 エアもそんな帝を支えるように並び立つ。

「いい、構える必要はない」

 だが、神は構える事なく、自然体のままだった。

「最早俺の敗北は必定だ。“領域”はほぼ砕け、“天使”も全滅だ。加え、お前たちは一人も欠けていない。……勝敗は既に決しているのだよ」

 穏やかな笑みと共に、神は言う。

「……貴方は、どうしてイリスについたの」

 優奈がかねてよりの疑問を尋ねた。
 “死闘の性質”の神は、どちらかと言えば善の神だ。
 洗脳も受けておらず、自分の意思でイリスについていた。
 レイアーのような嫉妬などもないため、なぜ敵となったのか分からなかったのだ。

「……俺にとっては、善悪など関係なかった。ただ、“死闘”をしたかった」

「それだけ、なのか……?」

「そういう“性質”故な」

 ただ戦いたい。だからイリスについた。
 いくらその方が強敵と戦えるかもしれないとはいえ、あまりに単純過ぎた。

「だが、勘違いだった」

 しかし、それは違うと神は言う。

「お前、名は?」

「……王牙帝だ」

「そうか。……王牙帝、礼を言うぞ。お前のおかげで本当の理由に気づけた」

 そう言って、神は豪快に笑みを浮かべる。

「“可能性の性質”の神、その半身よ。お前と似たようなモノだったのだ。……人の、生命の可能性(輝き)が見たかった。だから敵として立ちはだかったのだ」

「私と、同じ……」

 ただ、辿り着いた立ち位置が違っただけの話だった。
 優輝はその人間達に寄り添う形で。
 神は逆に敵として立ちはだかる形で。
 どちらも“可能性”を見たかった、ただそれだけだったのだ。

「行け。これ以上の問答は不要だろう」

「……そうね。行くわよ、皆」

 過程がどうであれ、優奈達は勝利した。
 神に対し思う所はあるだろうが、それでも四人は先へと歩みを進めた。

「なのは達はいいのか?」

「ええ。何も考えずにあの子達を割り当てた訳じゃないわ」

 なのは達はまだ戦っているが、元より足止めが目的だ。
 優輝がイリスに勝てる“可能性”を上げるため、優奈達は先へと進んでいく。

















 
 

 
後書き
Sharp Slash(シャープスラッシュ)…フェイトのアークセイバー及びハーケンセイバーと同系統の魔法。斬撃を飛ばす単純な魔法だが、それ故に威力と速度の幅は広い。19話にも登場していた。

Will Mistilteinn(ウィル・ミスティルテイン)…神を倒す“意志”を形にした剣。その“意志”が続く限り、あらゆるものを斬り裂く事が出来る決して折れない剣。

神穿-草野姫-…椿の神力を借り、それを矢に変えて射る神殺しの一撃。特筆する程の特殊効果はないが、それでも籠められた“意志”は尋常ではない。


優奈達&帝決着。最後が巻きになりましたが、勝利です。
なお、全員かなり消耗しているため、今回程の強さは発揮できません(特に帝)。 

 

第283話「消えぬ“意志”の炎」

 
前書き
なのは達Side。
ルフィナの経験と、平行世界の自分の力を上乗せしている影響で、何気になのはだけ頭一つ抜けた強さになっています。
 

 











「ッ……!」

 理力の弾がいくつも追いかけてくる。
 それらを得意の速さを以ってフェイトは避け続ける。

「くっ……!」

「ふッ……!」

 レイアーの繰り出す斬撃をアリサが受け止め、なのはが仕掛ける。

「甘い!」

 だが、理力の障壁に斬撃は阻まれた。
 反撃の衝撃波を受け、アリサとなのはも飛び退く。

「はぁあっ!」

 すずかとはやてがフェイトを狙う弾を相殺し、フェイトが仕掛ける。
 反撃後の隙を突いた連携だが、それも理力に罅を入れるに留まった。

「絶対に、当てるッ!!」

 そこへ、間髪入れずにアリシアが射る。
 “意志”を籠め、確実に当てる気概で放つ。
 それによって、“外れる可能性”を極限まで削る。

「せぇええいッ!!」

 矢は外れる事なく、命中する。
 だが、直撃はしなかったのか、罅の入った障壁でも防がれた。
 即座にフェイトは離脱し、同時にアリサが次の行動を起こす。
 レイアーを囲う形で炎を巻き起こした。

「……その程度の小細工で、どうにかなるとでも?」

 目晦ましのつもりなのだろう。
 そう思ってレイアーは理力で全方位を薙ぎ払う。
 炎に身を隠して肉薄してくるのを阻止するためだ。

「ッ……速いもんやなぁ……!」

 直後、レイアーが()()()()を氷が穿った。
 さらに魔法陣が展開され、魔力が炸裂する。

「させない……!」

 だが、そこにレイアーはもういない。
 転移ではやての後ろに回り込んでいたのだ。
 幸い、フェイトがカバーする事ではやては無傷。
 それどころか、その展開を予測していたなのはが肉薄する。

「はぁっ!!」

 “リリカルなのは”の主人公たるなのはの身に集束する因果の量は凄まじい。
 加え、ルフィナの経験も引き継いでいるため、神界での対応力もある。

「っ……!」

 故に、単騎で障壁を切り裂く所まで踏み込める。

「逃がさへんでぇ……!!」

 直後、はやてが空間固定の魔法でレイアーを拘束する。
 さらに、間髪入れずに他の五人で一斉に斬りかかる。
 平行世界の自分の力が上乗せされている今、はやても斬りかかる事は出来る。
 だが、さすがに支援もなしでは確実に躱されると見たため、そちらに回っていた。

「ッ、ッッ……!!」

 五人の一斉攻撃は、理力による放出とぶつかり合う形で終息した。
 相殺どころか、なのは以外は吹き飛ばされていた。

「くっ……!」

 何とか踏ん張ったなのはが、いくつもの魔力弾と共に何度も斬りかかる。
 しかし、その悉くが当たらず、防がれ、相殺される。

「そこよ」

「ぁぐッ……!?」

 さらにはカウンターに合わせたカウンターを食らい、吹き飛ばされた。

「……一応意見を聞きたいけど、どう思う?」

「そやな……漠然とやけど、誘導されとるな」

「私も同感だよ。アリサちゃん」

 それでもなお、食らいつく事でなのはが時間を稼ぐ。
 その間に、はやて達はお互いに違和感を共有する。

「戦局そのものを誘導されてる。多分、なのはも気づいているはず……」

「“可能性の性質”の応用……と言うより本来の使い方だろうね……。有利になる“可能性”が高い行動を選び取ってるんだと思うよ」

 平行世界の自分達の知恵も合わさり、それが“性質”の影響だとすぐに見破る。
 そう。これが“可能性の性質”の力だ。
 戦局において、有利になる“可能性”が高い行動を選び取れる。
 “可能性”を手繰り寄せるという優輝の使い方は、応用の方なのだ。
 こちらが本来の使い方であり、故にこそ破りにくい。

「ッッ!」

「フェイト、行くわよ!」

「うん……!」

 なのはが再び吹き飛ばされる。
 それを見てアリサとフェイトが再び前に出る。
 アリシアもそれに合わせて支援に回った。

「なのはちゃん」

「言わなくてもわかるよ。……“性質”で誘導されてるんだよね?」

「っ、さすがやな、なのはちゃん。それで、打開策はなんやあるんか?」

 後退したなのはは、そのまますずかとはやてに合流。
 状況を説明しようとするすずかだったが、なのはも既に理解していた。

「……ないよ。少なくとも、直接対処できる策なんて」

「じゃあ、どうやって……」

「裏を返せば、間接的には対処できるんやな?」

「そのためにも、皆で頑張らないとだけどね」

 なのはがそういうや否や、フェイトとアリサが吹き飛ばされてくる。
 それぞれ武器を支えに着地し、二人を庇うようにアリシアがフォローする。

「動きながらでええ。その策、聞かせてぇな」

「策って程、複雑じゃないよ。……強い“意志”で、相手の“可能性”を狭めていくって事だけ。後は全部実力勝負だよ」

 有利になる“可能性”が高い行動を取る。
 裏を返せば、有利になれる行動が存在するという事。
 なのはが言いたいのは、その“有利になる行動”を全て潰すという事なのだ。
 そこまで持っていくのに、当然根気と実力が必要だ。

「……結局は、戦闘に勝つだけなんやな」

「シンプルに言えばね」

「ええよ、ここに来て単純なんはむしろありがたいわ」

 そこまで会話して、意識を戦闘に戻す。
 その間、ずっとアリサとフェイトが前衛を務めていた。
 アリシアだけでなくすずかも支援に向かい、その上で圧倒されていた。

「行くよ、レイジングハート」

「リイン、フォロー頼むな」

『はいです!』

 お互い相棒に声を掛け、戦場へ向かう。
 はやてが砲撃魔法を多数展開し、それと共になのはが突貫する。

「ッ!!」

 フェイトとアリサの二人と入れ替わるように、障壁に傷を入れる。

「ッ……!」

   ―――“穿矢(うがちや)-零式(ぜろしき)-”

 レイアーの攻撃をいなし、なのはが飛び退く。
 同時に、アリシアがそのすぐ背後から矢を放つ。
 本来弓矢としては近すぎる間合いからの一射。
 故にこそ“外れる可能性”を排除し、理力の障壁を穿つ。

「はぁあああっ!!」

   ―――“氷突一閃(ひょうとついっせん)

 さらにアリシアの頭上をすずかが突貫する。
 氷を纏い、一つの氷柱となって障壁の罅を広げた。

「これで、どうや!」

 追撃にはやてが砲撃魔法を追加展開。
 ついに障壁を破壊するが……

「ぐっ……予想、通りやな……!」

「予想は出来ても、対処できないでしょう?」

 なのは達が肉薄している間に、フェイトとアリサは理力で串刺しにされていた。
 つまり、僅かな間とはいえ、はやては一人でレイアーと近接戦を強いられる。

『はやてちゃん!』

「……殲滅魔法なら、得意やでッ!」

「っ……!」

 杖を弾かれ、掌底が直撃する。
 だが、はやてはそこに魔力を集束させていた。
 はやての狙いはカウンター代わりの自爆だ。
 掌底によって集束した魔力は爆発し、はやては吹き飛ぶ。

「ぁぐ……っ……!」

 地面を一度バウンドしながらもはやては着地する。
 すかさずすずかとアリシアが守るように割り込む。
 さらになのはが追撃の魔力弾を撃ち込み、直後に砲撃魔法も叩き込んだ。

「どう?」

「当たってない……!」

 串刺しから復帰したアリサがなのはに尋ねる。
 しかし、なのはの言った通り、レイアーには命中していなかった。

「「ッ、避けて!!」」

 レイアーを注視し続けていたなのはとフェイトが叫ぶ。
 直後、砲撃魔法などの煙幕から、幾重もの極光が放たれる。
 その極光は速く、それでいて追尾してくる。

「っ……!」

 すずかが防ごうとしたが、容易く障壁を割られ、ギリギリで何とか回避する。
 それを見て、同じく防ごうとしていたアリシアとはやても回避に切り替える。
 だが、単純に追尾性能と速度もまずい。

「最早誘導弾やな、これは……!」

「この程度も出来ないなら、勝ち目なんてないわよ」

「しまっ……!?」

 一度避けても反転して追ってくる極光に全員が翻弄される。
 そんな中、最も機動性の低いはやてを狙い、レイアーが肉薄してきた。
 これを狙っていたのだと気づいた時にはもう遅い。

「っ!」

 否、まだだった。
 はやてへと繰り出されようとした理力の一撃が、金色の閃光で逸らされる。
 レイアーがそこに視線を向ければ、フェイトの姿があった。
 バリアジャケットの至る所がボロボロになっており、追尾する極光から逃げつつレイアーの攻撃を妨害したのだと見て取れる。

   ―――“穿矢-壱式(いちしき)-”

「この程度も……が、なんだって?」

 はやてが離脱出来るように、アリシアが矢で妨害する。
 理力の障壁すら罅を入れる矢を、追尾の術式を付加した上で連射する。
 どれも命中こそしないが、それでもレイアーに対処行動を取らせる。

「これは……!」

   ―――“Divine Buster Homing Shift(ディバインバスター・ホーミングシフト)

 さらに、意趣返しの砲撃魔法がレイアーを追尾する。
 なのはが逃げ回りながら放っていたのだ。
 それも、一発ではなく何発も。

「はやてちゃん!」

「……捕捉済みやで!」

 そして、なのは達を追尾し続けていた極光も、はやての魔法で相殺されていく。
 これで、先ほどと立場は逆転だ。

「これなら、どう!?」

   ―――“氷幻(ひょうげん)

 さらにレイアーを囲うように鏡のような氷が展開される。
 そこからなのは、フェイト、アリサの幻影が現れ攪乱する。

「……少し、侮っていたかしら」

 幻影に紛れてなのは達が肉薄し、それをアリシア達がバックアップする。
 追尾する砲撃魔法も相まって、完全に包囲していた。
 ……だが、その包囲を暴力的な理力の奔流が薙ぎ払った。

「ここで、ようやく本気で来るんだね……!」

「っ、これも抜けてくるなんてね……!」

 他の皆が薙ぎ払われる中、紙一重で攻撃を逸らしたなのはが肉薄する。
 繰り出される小太刀の斬撃を障壁で受け止めるも、僅かに冷や汗を流す。

「この距離なら!」

   ―――“Divine Buster(ディバインバスター)

 装弾している全てのカートリッジを消費し、至近距離から砲撃魔法を放つ。
 至近距離故に、“外す可能性”はない。

「させない!」

 そのため、レイアーも障壁を重ね、さらに理力の極光を放った。

「ッッ……!」

 至近距離での極光同士の拮抗。
 その余波でなのはは体勢を崩しそうになる。

「邪魔よ!」

「くっ……!」

 その隙を逃さずレイアーは追撃する。
 さらに、その追撃の阻止をしようとしたフェイト達にも理力の弾で牽制した。

「舐めんな!」

「ちっ……!」

 だが、その牽制をアリサが突破する。
 弾を炎の剣で切り裂き、肉薄してきた。
 結果、レイアーは障壁を張るために追撃を諦める。

「いい加減に……倒れなさい!!」

   ―――“απελπισία(アペルピスィア)

 痺れを切らしたレイアーは、さらに強力な理力を繰り出す。
 全方位に極光が放たれ、それらがなのは達を追う。

「っ……ぁあっ!?」

 なのはがその極光を切り裂こうと試みるが、全力で魔力を込めた斬撃が弾かれる。
 幸い、ギリギリで逸れたため直撃は避けたが、極光は再び追ってくる。
 否、一つだけではない。無数の極光が追尾してくる。

「単純な出力なら、私はユウキ・デュナミスを上回る!ただの人間が、私に勝てるはずがないわ!ちょっと抵抗できるからと、いい気にならないで!」

 一撃一撃が相殺もままならない程強力だ。
 加え、決して振り切れない速度と追尾性を持っている。
 ……そうなれば、なのは達に避ける術はない。

「ぁあああああああッ!?」

 最初に、機動性の低いはやてが食らった。

「アリサちゃん!」

「ッ、すずか!?」

 次に、アリサを庇うように突き飛ばしたすずかが極光に呑まれる。

「こんのッ……!」

 そして、アリシアがせめてもの反撃として矢を放ち、呑まれた。
 無論、その矢がレイアーに命中する事はなく、極光に阻まれてしまった。

「くっ……!」

 未だに回避できているのは、なのはとフェイト、そしてアリサだ。
 なのはは持ち前の空中における機動性で、フェイトは速さで回避できていた。
 だが、アリサはもう限界だ。すずかに庇われた所で、被弾を先延ばしにしただけだ。

「諦めなさい」

 さらに、無慈悲な追撃がレイアーから繰り出される。
 追尾をギリギリで回避した所への追撃だ。
 躱す事は至難の業。もし躱せても次に追尾して来る極光が躱せない。

「お断りよ!!」

   ―――“志焔(しえん)

 故に、迎え撃った。
 当然ながら威力は足りない。
 だが、その全てを“意志”で補い、追撃を弾く。

「足掻くんじゃないわよ!」

「ぁぐッ!?」

 しかし、さらに放たれた追撃の蹴りがアリサを吹き飛ばした。
 そして、追尾してきた極光に呑まれる。

「(……なに?今の……)」

 それでも、レイアーに動揺を与えていた。
 “意志”一つで“詰み”を打ち破ったその事実に狼狽えていた。

「ッ!」

 直後、張ってあった障壁に二つの衝撃が響く。
 刻まれる二つの斬撃に、残った金色と桃色の残光。
 なのはとフェイトが攻撃してきたのだ。

「くっ……!」

 極光から逃げ回りながらの挟撃。
 それ自体はレイアーにダメージは与えられなかった。
 だが、二人を追いかける極光がレイアーの視界を塞ぐ。

「やるわね。でも―――」

 “意志”か“性質”で相殺しない限り追い続ける極光。
 それを躱しながらも反撃してきたなのはとフェイトを、レイアーは素直に称賛した。
 その上で、さらに追撃しようとして……殲滅魔法で阻止された。

「―――私達を忘れてもろては困るで……!」

「まだ生きていたのね……!」

 “性質”を籠めた一撃だった。
 普通に食らえば“領域”が破壊され、倒れるはず。
 だというのに、はやてはボロボロながらもレイアーに反撃を繰り出していた。

「“穿矢-壱式-”!」

「この角度で……こう!」

 さらに、矢がいくつも放たれる。
 それらの矢はレイアーには当たらず、すずかの展開した氷に命中する。
 そして、反射した矢が改めてレイアーへと向かい、複数の矢が同時に着弾した。

「ちぃ……!」

「させないわ!!」

 改めてはやてをもう一度狙おうとするレイアー。
 だが、転移後の攻撃をアリサが防ぐ。
 
「(諦めないどころか……さらに強くなっている……!?)」

 アリサを蹴って吹き飛ばし、間合いを取る。
 そこで、気づいた。

「はぁッ、はぁッ、はぁッ……!」

「これで、全部相殺……!」

 なのはとフェイトを追尾していた極光が、その二人によって相殺されていた事に。

「っ……!」

 レイアーは戦慄する。
 人間の“意志”一つで、ここまで力を発揮できるのかと。
 それだけで、理力の攻撃を相殺できるのかと。
 認めたくない現実を前に、戦慄していた。

「(諦めずに強くなる……そんなの、まるで私……いえ、あいつの―――)」

 そこまで思考して、レイアーは奥歯を“ギリィッ”と鳴らす。
 寄りにもよって、憎んでいるユウキと似ていると思ったのだ。

「ふざけるなッ!!」

 力任せに理力で薙ぎ払う。
 防ごうとした、躱そうとしたその一切を無視して極光に呑みこむ。
 
「ッ……!」

 だが、健在。
 なのは達は攻撃を耐え抜き、ボロボロながらもレイアーへと攻撃を伸ばす。

「くっ……!?」

 はやての殲滅魔法が退路を断ち、アリシアの矢がレイアーに迫る。
 先ほどと同じようにすずかの氷で反射し、複数の矢を同時に炸裂させた。
 さらに、氷も氷柱となってレイアーを襲う。
 そのどれもが、“外れる可能性”を持っていない。

「はぁッ!!」

「ッ―――!?」

 アリシアとすずかの攻撃を凌ぎきった障壁に罅が入る。
 フェイトによる神速の一撃だ。
 加え、間髪入れずに放たれたアリサによる炎の一閃が障壁を破壊した。
 ……そして、なのはが懐に肉薄した。

「(躱せな―――ッ!?)」

「“ディバインスラッシュ”!!」

 回避を許さない神速の二連撃を叩き込む。

「ッッ……!」

「かふッ……!?」

 体に斬撃を刻まれつつも、レイアーはそこで反撃に出た。
 回避も防御も間に合わないと判断した故の痛み分けだ。
 その反撃はなのはに直撃し、地面に叩きつけられてクレーターを作り出した。

「ッ、ぁ……!!」

 直後、なのはの体が跳ね起き、即座に戦闘に復帰する。
 体に雷と炎を纏っている事から、フェイトとアリサが発破を掛けたのだ。
 本来ならダメージを負う行為だが、神界だからこそこの方法で体勢を立て直した。

「フェイト!遠慮なくスピードを上げなさい!あたしとなのはが合わせる!」

「うん……!」

 何度も振るわれる理力の奔流を躱しながら、フェイトはさらに速くなる。
 まさに雷光とも言うべき軌道で攻撃を躱し、レイアーに肉薄する。

「私らも合わせるって……!」

 速度では追いつけなくとも、攻撃を合わせる事は出来る。
 すずかの支援とアリシアの弓矢、そしてはやての魔法がレイアーの動きを阻害する。

「くっ!」

 レイアーが肉薄したフェイトを振り払おうと理力を振るう。
 しかし、至近距離でなおフェイトは速さを上げ、攻撃を躱した。
 そして、後ろに続くのはアリサだ。

「はぁあああああッ!!」

 まさに燃え盛る焔。
 炎を纏い、アリサは怒涛の連撃を繰り出す。
 デバイスの剣だけでなく、霊力で剣を作り、何度も障壁を斬りつけていく。

〈A.C.S Standby〉

「ッ―――!!」

 新たに障壁を追加しようと、アリサは焼き尽くし、切り裂く。
 それだけでなくフェイトも全方位から斬撃を繰り出す。
 そうなれば、レイアーの防御も薄くなる。
 ……そこへ、なのはが突貫した。

「この……ッ!」

 理力を放出し、アリサとフェイトを吹き飛ばす。
 さらに、紙一重でなのはの突貫を躱し、理力で体を拘束、投げ飛ばした。
 間髪入れずに極光を連発し、全員を呑み込む。

「まだ……ッ!」

「(こんなの、おかしいッ……!直接戦闘で“可能性”を狭めていく?そんな悠長な動きじゃない!これでは、まるで……!)」

 レイアーは、なのは達の作戦が聞こえていた。
 だからこそ、地道ではない追い詰め方に動揺していた。

「―――バッカじゃないの?そんなのブラフに決まってるじゃない」

「ブラ、フ……?」

「作戦を聞かれる。そんなの想定済みよ。だから、偽の作戦を言ったのよ」

 その動揺に、アリサが嘲笑うかのように答えた。
 なのはが言っていた作戦は、ただのブラフだったのだ。
 では、本当はどんな作戦かというと―――そんなモノはない。

「なら、本当は……!」

「自分で考えなさいよ、そんなの」

 元より、作戦なぞ存在しない。
 となれば、レイアーは決して予測出来ない。
 そんな“予測不能”だからこそレイアーを追い詰める一因となる。

「(何よりも、あたし達は絶対に諦めない)」

 作戦はない。だが、連携は必ず組んでいる。
 作戦なしではありえない程のチームワーク、それを発揮する原因は偏に“意志”だ。
 六人の“意志”が、今この状況を作り上げていた。

「私達は負けない」

「この“意志”の炎は消えない」

「貴女を倒すその時まで!」

 すずかが、アリシアが、そしてなのはが宣言する。
 決して消えない“意志”の炎。
 六人の絆が表す、永遠の炎。
 故に―――

   ―――“Eternal Blaze(エターナルブレイズ)

「ッ……!!」

 レイアーに、なのは達を倒し切る事は出来ない。

「っ、あり得ない。そんな、そんな事……!」

 その事実がレイアーにも理解でき、だからこそ狼狽える。

「認めないわ!そんなの!!」

 理力が迸る。
 避けられなかったアリサとはやてが極光に呑まれる。
 ここに来て、レイアーはさらに強力な一撃を放っていた。
 直撃すれば、確実に“領域”が削れる程の一撃を。
 なのは達のような人間が食らえば、“領域”が砕けずとも戦闘不能になるはずだ。

「っ……!」

 だが、倒れない。
 六人の絆が表す永遠の炎は、それだけでは消えない。

「(一人一人を潰しても変わらない!全員の“領域”をいっぺんに砕かない限り、こいつらは絶対に倒れない!)」

 なのは達六人は、あらゆる平行世界で関係を持つ。
 友人、ライバル、家族。その形は様々だ。
 全くの無関係と言う平行世界は、数える程しか存在しない。
 だからこその強固な因果関係。それが六人の“領域”を結び付けていた。
 誰か一人の“領域”が砕けた所で、残りの誰かがその“領域”を修復する。
 だからこそ、レイアーは六人に勝てない。

「こんな、こんな事……ッ!」

 そして、その動揺が致命的な隙となった。

「バインド!?」

「やっと、捕まえた……!!」

 なのは、フェイト、はやてによるバインドで、レイアーの動きが止まる。

「転移はさせないわよ!」

   ―――“焔蛇(えんじゃ)

 間髪入れずにアリサが炎を纏い突撃。
 炎と“意志”を以って、レイアーをその場に縫い付ける。

「射貫け……!」

「凍てついて!」

   ―――“穿矢-壱式-”
   ―――“穿氷(せんひょう)

 そこを、アリシアとすずかが撃ち貫いた。

「ぐ、ぅ……まだ……!」

「まだだよッ!!」

「ッ―――!?」

 バインドが追加される。
 そして、レイアーが見上げれば、そこには三つの魔力の高まりがあった。

「リイン!急いで!」

『はいです!』

 なのは、フェイト、はやての三人が各々切り札の魔法を準備する。
 さらに、三人の前に巨大の砲門の如き魔法陣が展開される。

「これが私の、私達の全力全開!!“スターライトブレイカー”!!」

「雷光一閃!“プラズマザンバーブレイカー”!!」

「響け、終焉の笛!!“ラグナロク”!!」

『完成です!“多砲一束術式”、展開!』

   ―――“Triple Breaker(トリプルブレイカー)

 三つの極光が絡み合い、一筋の光の奔流となる。
 肉薄していたアリサが飛び退いた事で、レイアーは直前で自由になった。
 だが、回避は間に合わず、障壁を多重展開し……

「ぁ―――」

 それごと、極光に呑まれていった。









「これで……」

「倒した……?」

「さすがに、やったと思うけど……」

 なのは達が降り立ち、六人で着弾地点を見る。
 極光による煙幕で見えないが、手応えは確かにあった。

「でもなぁ、こう来ると―――」

「ぁぁああああああああああああああああッ!!」

 虚空から、極光が迸る。
 肉体を失い、“領域”のみとなってなお、レイアーは健在だった。

「―――まだ生きてるってのが、相場やな!」

「っ……!?」

 しかし、なのは達は驚かない。
 逆に、レイアーがなのは達を見て驚愕した。

「私とはやてちゃんの読み」

「そして私が引き継いだルフィナさんの経験」

「そこから、あんたの行動は想定出来たって訳」

 煙幕で姿が見えなかった。
 それはレイアーも同じだったのだ。
 それ故、レイアーはなのは達が構える巨大な魔法陣に気づけなかった。

「受けなよ、私達の“意志”を!」

   ―――“Brave Phoenix(ブレイブフェニックス)

 “意志”の不死鳥が、極光を突き破る。
 そして、レイアーを再び呑み込んだ。















 
 

 
後書き
穿矢…貫通力を犠牲に、威力と衝撃に特化した矢。“零式”はそれを至近距離で放ち、“壱式”は離れた位置から連射する。

氷突一閃…氷を纏った槍で突貫する技。敵を押しやる時や、壁や障壁などを突き破る事に長けた一撃となっている。

Divine Buster Homing Shift(ディバインバスター・ホーミングシフト)…ディバインバスターに強力な追尾性能を付加した魔法。今回は弾幕の如き連射をしたが、本来は単発砲撃。

氷幻…氷を利用した幻惑。鏡のような氷を展開し、幻影を生み出す他、氷像で偽物を作り出したりと攪乱に特化している。

απελπισία(アペルピスィア)…“絶滅”のギリシャ語。絶滅へと“可能性”を誘導する事で、絶対的な威力と誘導性を発揮する。“意志”か“性質”で相殺しない限り、絶対に命中する。

志焔…“意志”と感情を利用した付加効果付きの炎。“意志”や感情の高ぶりに比例して炎を放出し、それらで身体能力や攻撃等を強化できる。

Eternal Blaze(エターナルブレイズ)…由来は当然なのはA'sのOP。六人の絆と“意志”が力となり、皆を後押しする。ゲームで言うイベント限定のバフ強化のようなもの。

焔蛇…炎の蛇を用いた拘束。単に身動き出来ないだけでなく、炎による持続ダメージもある。さらに、“意志”が加われば理力による転移すら無効化する。

穿氷…圧縮した氷による杭を打ち込む霊術。強力だが、躱されやすい。

多砲一束術式…文字通り、複数の砲撃を一つに束ねるために術式。複数の砲撃を当てるよりも威力を上げる効果を持つ。本来ならば、なのは達の砲撃では術式が耐えられなかったが、今回は“意志”でごり押した。

Triple Breaker(トリプルブレイカー)…通称などでの呼称ではなく、正真正銘“魔法”としてのトリプルブレイカー。上記の術式で束ねられた事で威力が跳ねあがっている。

Brave Phoenix(ブレイブフェニックス)…なのはA's挿入歌より。六人(+リイン)の“意志”を集束させ、一つの砲撃として放つ技。不屈の“意志”だからか、不死鳥の如き形で敵へと襲い掛かる。


レイアー・ディニティコス戦、終了です。
平行世界の自分という要素を取り込んでいるからこその、六人の因果関係。それを利用する事で、決して負けない“意志”の布陣を作り出しました。
レイアーにしてみれば、全員を即死させなければ即時復活と言うクソゲーギミックです。……まぁ、そこまでしなければ最後で圧倒する事が出来ないのですが。

レイアーは出力こそユウキの全盛期を上回ります。ただ、二人が戦えばどちらが勝つかはわかりません。
人間らしい嫉妬を持ったからこそ、レイアーはイリスの勢力及び“闇”に寄った神になってしまったという事になっています。 

 

第284話「集いし“意志”」

 
前書き
閑話ではないけど閑話のような回です。
 

 












 ―――“闇”。

「ッ……!!」

 “闇”と言う単語を聞いて、イメージするのはゲームなどの魔界などだろう。
 そういったおどろおどろしい空間や、それに類するモノが想像しやすい。
 だが、ここはそれ以上に“闇”に満たされている。

「ふッ……!!」

 暗闇を切り抜けるように、理力を迸らせる。
 何も見えない道を切り拓き、優輝は駆ける。

〈マスター……!〉

「リヒト!お前は防護服の維持に専念しろ!他は自分でやる!」

〈は、はい!〉

 戦闘が始まった途端、イリスは戦闘フィールドを全壊させた。
 全てを“闇”で満たし、完全に有利な状況を作り出したのだ。
 優輝にそれを止めるつもりも、術もなかった。
 元々イリスが有利な状況を作り出すのは想定済みだった。

「はぁッ!」

 飛んでくる理力の弾幕や極光を、優輝は受け流す。
 優輝にとってイリスにダメージを与える手段は限られている。
 周囲一帯が全て“闇”で包まれる以上、遠距離攻撃はほぼ全て通じない。
 故に、通じる程の遠距離攻撃か、肉薄しての攻撃しかない。
 その状況に持っていけるか否か、それが今の戦闘の本質だ。

「最初から全力です。一切手は緩めません」

「ッ―――!!」

   ―――“κομήτης σκοτάδι(コミティス・スコタディ)

 “闇”の空間に、“闇”の星が墜ちる。
 直後、“闇”の中をより深き“闇”の爆発が塗り潰した。



















「っ………!」

 その余波による力の鳴動は、遠くにいる緋雪にも届いていた。

「今のは……イリス?」

 分霊相手とはいえ、緋雪は何度もイリスの力を味わった。
 そのため、その力の鳴動がイリスによるモノだと即座に理解する。

「……お兄ちゃん」

 未だに体力は回復しきっていない。
 それでも急ぐべきだと、緋雪は歩みを早める。

「(道中、誰にも遭遇しない。皆が足止めしているから、だよね)」

 ここまでの道中で、緋雪は一切敵と遭遇していない。
 元々ほとんど敵がいない場所まで潜り込んでいるのもあるが、追いかけてくる敵すらいないという事は、皆の足止めも上手く行っているのだと考えられる。

「(でも、道が長い。それに先に進んだ皆にも出会わない)」

 物理的な距離は神界ではあまり意味をなさない。
 だとしても、イリスまでの道のりは長く感じられた。
 それだけ、イリスが自身の戦いに介入させたくないのだ。

「“意志”一つで戦場は分断出来る……なら、その分断を破れるくらいの“意志”で辿り着こうとしなきゃいけないんだろうね」

 戦場が分断された結果、誰にも遭遇しない。
 そう考えた緋雪は、一度進み方を変える事にした。











「はぁ……はぁ……はぁ……」

 一方、神界の入り口。
 クロノ達が防衛しているその場所で、全員が満身創痍になっていた。

「数こそ減ったが……あれだな、ここまで長期戦となると精神的にくるな」

「攻め込んだ皆の方に行っていると見ていいよね」

 デバイスを支えにクロノが疲れたように呟く。
 ユーノも座り込んで息を整える。

「……しかし、まずいな」

「……だね」

 いくら主力級の神が来ないとはいえ、常に苦戦する戦いだ。
 それが連続しており、クロノ達の“意志”もかなり消耗している。

「元より短期決戦狙い。長期戦では我らが不利よ。……承知していたとはいえ、ちと厳しいと思わざるをえんな」

 ディアーチェも同感なようで、苦虫を嚙み潰したように呟く。

「……次、来ますよ」

 シュテルの言葉と共に、全員が構える。
 だが、その動きは僅かに緩慢だ。
 それが敵の先制攻撃を許してしまう。

「ちぃっ、回避を―――」







「“サンダーレイジ”!」

 ディアーチェの言葉を遮るように、背後から魔法が飛ぶ。
 その魔法によって、飛んできた理力の極光が僅かに弱まる。

「シッ!!」

 僅かに弱まったその瞬間に、誰かが前に飛び出す。
 そのまま、居合斬りの要領で刀を振り抜き、極光を切り裂いて見せた。

「待たせたね。ここからはあたし達も戦うよ」

 やって来たのは、地球に残っていた者達だ。
 リニスの魔法、とこよの一撃により敵の攻撃を相殺したのだ。
 さらに、紫陽が結界を張る事で多少なりとも防御を固めた。

「アルフ!」

「ああ、わかってる……よッ!!」

 追撃を、アルフが飛び出して相殺する。
 “意志”と共に拳と防御魔法を繰り出し、極光を逸らす。
 盾などで行う“パリィ”を拳と防御魔法で再現したのだ。

「ザフィーラ!まだ行けるよなぁっ!」

「ッ……無論!」

 使い魔と守護獣。
 どちらも主を守る存在故に、アルフの言葉でザフィーラが再起する。
 盾となれる二人の“意志”がある限り、攻撃はまともに通る事はない。

「……捉えたわ」

 そして、椿が反撃の一矢を繰り出す。
 神力を込めた矢が、神界を突き進む。
 遠くから攻撃を放ち続けていた神へまっすぐ向かい、理力の障壁に突き刺さる。

「特級の神力を込めた矢よ。だから、“こっちに来なさい”」

 放った矢には、椿以外の神々の神力と“意志”が籠められている。
 その矢から“言霊”を放つ事で、強制的に神を引き寄せた。

「アミティエ!キリエ!」

「了解です!」

「了解よ~」

 神が引き寄せられた瞬間、プレシアの号令と共にフローリアン姉妹が仕掛ける。
 魔力の弾丸と舞うような二人の斬撃が障壁を削る。

「どきなさい」

「「ッッ!」」

 直後、プレシアの言葉と共に二人は飛び退く。
 さらに置き土産にバインドを仕掛け……そこに雷が落ちた。

「くっ……!」

「どんな“性質”かは知らないけど、終わりだよ」

   ―――“森羅断空斬”

 フローリアン姉妹の連携と、プレシアの魔法。
 それによって障壁は割れた。
 同時に、とこよが仕掛け……一太刀の下、“領域”を両断した。

「“天使”で数を揃えようと無駄さね。本体さえ叩けばこの通り……ってな」

 紫陽が念入りに霊術で“領域”を砕き、神を消滅させる。
 追いつき、アルフ達に足止めされていた“天使”もそれに続いて消えていった。

「態勢を立て直しな!まだ倒れる時間じゃあないよ!」

「っ……地球は、僕らの世界はいいのか……?」

「そっちが片付いたからここにいるんだよ。いいから、無理せず下がりな」

 元の世界にいたイリスの勢力は全滅した。
 つまり、この出入り口さえ押さえればもう脅かされる事はないのだ。
 だからこそ、紫陽や椿達もこちらへ来ていた。

「出来れば、突入した奴らの手助けをしたい所だがね……」

「下手の突入して、ここを手薄にする訳にもいかないからね」

 元々、地球に残ったのは神界では完全なコンディションを発揮できないからだ。
 “意志”次第で何とかなるが、裏を返せば常に“意志”を消耗する。
 入口でさえ紫陽やとこよなどは本来より若干力を落としている。
 地球との結びつきが強いからこそ、突入できずにいた。

「だからせめてここを―――」

 “守る”。
 そう言おうとした瞬間、突風のような衝撃波が全員を襲った。

「これは……!」

「……“闇”の気配。おそらく、イリスだね」

 入口にさえ“闇”の気配と共に余波が届く。
 その事に全員が戦慄する。
 そして、その余波が届くという事は……

「始まったか」

「ここからは、勝つ事を祈るしか出来ないね」

 優輝とイリスの戦いが始まった。
 そう理解した紫陽ととこよは神界の奥を見ながら呟いた。

「……ちっ、歯痒いな。我ともあろう者が、何も出来ぬとはな」

「……ダメですね。主との念話も通じません」

「こっちも同じよ。葵とも、優輝とも繋がらない」

 ディアーチェが悔しそうに舌打ちし、アインスと椿は念話を試みる。
 椿に至っては伝心も試したが、どちらも繋がる事はなかった。

「結局出来るのは皆が帰ってくる場所の確保……だね」

「……いえ、私達に出来る事は、まだあるわ」

 とこよの言葉を、椿が否定する。
 見れば、椿は何かを思いついたように神界の奥を見ていた。

「伝心も念話も通じない。でも、式姫としての契約や葵とのデバイスとしての繋がりはちゃんとある。……だから、そこを辿れば―――」

 そこまで言った瞬間、アルフとザフィーラが障壁を張る。
 次の神が“天使”と共に攻撃してきたのだ。

「ぐっ……!?」

「この重圧……重力関係の“性質”か!」

 初撃を防いだ直後、全員に途轍もない重圧がかかる。
 本来なら立ち上がれないどころか自重だけで潰れる程の重圧に拘束される。

「ふん……!のこのこと現れたのは愚策よな!」

 追撃のために神と“天使”は転移で接近してきた。
 そこへ、ディアーチェが率先して魔法を放つ。
 他の魔導師勢も同じく魔法を放ち……神が繰り出した黒い球に全て吸い込まれた。

「っ、重力を利用して攻撃を引き寄せてる……!」

「なるほど、生半可な遠距離攻撃じゃ全部吸い込まれる訳か」

 ユーノが言った通り、黒い球はブラックホールのような性質を持っていた。
 それによってあらゆる攻撃はそれに吸い込まれるが……

   ―――“森羅断空斬”

「“意志”さえあれば、文字通りなんだって斬れるよ」

 あらゆるモノを切り裂く斬撃によって、その球は霧散した。

「なっ……!?」

「さすがに慣れたぜぇッ!!」

「ふッ!!」

 その際の動揺を、誰も見逃さない。
 近くにいた者が“天使”を抑え、シグナムやヴィータなどの残りで神を叩く。
 “意志”を伴ったあらゆる攻撃を仕掛け、障壁ごと一気に“領域”を削る。

「人を、生命を嘗めるんじゃあないよ」

 紫陽の呟きと共に、神は驚愕の表情のまま消え去っていく。
 既に、入り口にやってくる神は大した強さを持たない。
 帝や緋雪が相手ならば、正面から打ち砕ける程、他の神に比べて弱いだろう。

「……それで、何か策はあるのかい?椿」

「ええ。上手く行く保証はない……いえ、私達の“意志”次第だけどね」

 改めて、紫陽が尋ねる。
 同時に、人員を整理して椿の話を聞く者以外で防衛に当たらせる。
 これで再び神が襲ってきても、話が途切れる事はない。

「聞かせな」

「優輝との契約、それと葵とのデバイスとしての繋がりから、漠然とだけど二人の位置がわかるわ。この世界において方角も曖昧だから、厳密に“位置がわかる”とは言えないのだけどね……」

「つまり、椿なら辿り着けると?」

「いえ、それだけだと意味がないわ。私だけだと無謀だし、かと言ってここを手薄にも出来ないもの」

 優輝と葵の位置が漠然とは言えわかるのはかなりのアドバンテージだ。
 だが、そこに向かうだけではさっきまでの話と同じだ。
 だから、発想を変える。

「……二人の下へ向かうのは、私達自身じゃないわ。……攻撃よ」

「っ……なるほど、ね」

 つまり、“援護射撃”だ。
 その場から動かずに戦闘の手助けをするには確かに打って付けだ。

「当然ながら、距離等を考えれば無茶だね」

「でも、この神界ならその常識を覆せる」

「……はは、よくわかってるじゃないか」

 昔であれば、椿は絶対このような発想をしなかっただろう。
 だからこそ、紫陽は椿がその提案をした事に笑みを零す。

「あんたも、主の影響を受けているね」

「優輝の……?……確かに、そうかもね」

 二人の会話を背景に、再び神は襲い掛かってきた。
 それでも、他の皆に任せて紫陽は椿に策を聞く。

「とにかく、私達に出来るのは支援攻撃ね。それも、生半可な“意志”じゃ届かない。司が“祈り”を集めた時のように、より多くの“意志”を集める必要があるわ」

「……そいつは、また……」

 椿の話を聞いて、紫陽はある一点が気にかかった。
 それは椿も理解しており、言わなくてもいいとばかりに首を振る。

「わかってる。これが机上の空論という事ぐらい。司があれほどの一撃を放てたのは、集めたのが“祈り”且つ、司が天巫女だったから。だけど、“意志”の場合は別」

「その通りだ。この場合の“意志”は目に見えない力だけじゃない。言霊も、想いも、それどころか霊力や魔力、全ての力が集束する事になる」

 要は、その攻撃を集めるための“器”がないのだ。
 “意志”という領域外の力があるため、当然普通の媒体では耐えられない。
 かと言って、司のように誰かを“器”にするとしても……

「これは、あたしやとこよ……いや、神ですら不可能に近い。出来る可能性があるとすれば、それは各神話の頂点とも言える存在達ぐらいだろう」

「それでもイチかバチかの賭け、という事ね」

 飽くまで“可能性がある”だけだ。その可能性もごく僅かしかない。
 優輝がいない今、そのごく僅かな可能性を意図的に掴む事は出来ない。

「でも、それでも私がやるわ」

「なっ……!?」

「優輝と葵の居場所を感知できるのは私だけ。なら、そこへ正確に攻撃を向けるには、私が射手になるしかないわ」

「それは、そうだけど……!」

 あまりにも無茶が過ぎる。
 別に、無理をしてまで援護射撃をする必要はないのだ。
 しかし、椿の決意した瞳に、紫陽はそれを言う事が出来なかった。

「何と言われようと、私はやるわよ」

「……わかった。なぜそこまで、とは聞かないよ」

 椿は優輝の事を好いている。
 だからこそ、傍にいたいし、傍で共に戦いたい。
 だが、発揮できるコンディションの問題で地球に待機する事になった。
 理屈ではわかってはいたが、それでも諦めきれなかったのだ。
 故に、優輝の助けになるために無茶を通してでも射手になろうとした。

「“器”が耐えれないなら、耐えれるように私も“意志”を堅めればいいだけよ」

 その決意は、その“意志”は、これ以上なく堅い。
 誰になんと言われようと曲げない覚悟。

「……わかった。そこまで言うのなら、あたしからも皆に伝える」

 だからだろう。
 渋々とだが、紫陽もそれで納得した。
 そして、直後に防衛の戦闘も一段落ついたようだった。

「それで、どうするの?」

「全員……とまではいかないけど、皆の“意志”を集めるわ」

「要は皆の力を一点に集束。それを椿が矢として放つって事だ」

「なるほどね」

 聞いてきたとこよは深くは聞かなかった。
 自身も無茶をしてきた人生だった事もあるが、話を既に聞いた紫陽が渋々ながら納得していたからだ。

「それ……大丈夫なの?」

 そのため、代わりに優香が心配して椿に尋ねていた。

「当然、無理する事になるわ。でも、出来るのは私だけなの」

「……無理をしてでも、優輝のために何かしたいのね」

「っ……よくわかってるじゃない」

 自身の想いを優香に見抜かれ、椿は僅かに狼狽える。

「わかったわ」

「……いいのか?」

「同じ立場だったら、私達もそうするでしょう?」

「……そうだな」

 隣に立っていた光輝も、優香の言葉に納得する。
 対する椿は、二人にあっさり納得された事に少し気恥ずかしさを覚えていた。

「手筈としては、我らよりも地球にいる者達に協力させる方が効率的だな」

「そうだね。でも、手が空いてるなら私達も協力しないとね」

「みなまで言わなくとも、全員理解しておろう」

 見渡せば、全員が力強い瞳をしていた。
 それを見て、ディアーチェと話していたとこよは椿に笑みを向ける。

「……まったく、皆してこんな子供みたいな策に乗っかるとはね」

 椿は、そんな皆に呆れたようにそう言う。
 しかし、言葉とは裏腹に椿も不敵な笑みを浮かべていた。

「上等よ、優輝の助けになれるよう、私達の“意志”を届けましょう」

 かくして、優輝を支援する一矢の準備が始まった。



















「ッ……三人とも、無事!?」

 神界の奥。イリスがいる場所に近い場所に、優奈達はいた。
 つい先ほど襲ってきた“闇”の余波を、優奈が理力で防いでいた。

「大丈夫!それよりも、今のは……」

「イリスの仕業よ!これは、相当近いわね……それに……」

 “闇”が迸り、それを優奈が理力の刃で弾く。

「まったく……イリスの奴、ここまで邪魔をさせたくないのね」

「これは……!?」

「この先で戦っているのよ。そして、イリスはその邪魔をさせたくないって訳」

 歩を進めた先には、見渡す限りの“闇”が広がっていた。
 先ほどの攻撃は、その“闇”から放たれたのだ。

「神界では戦う者同士の“意志”によって戦場が隔離されるわ。邪魔を入れたくない“意志”が強ければ強い程、他者は戦場に干渉できない。つまり……」

「迎撃してくる程、“意志”が強い訳か……」

「そういう事……ッ!」

 再び“闇”が迸り、今度は散り散りになって避ける。

「構えなさい!イリスが実際に操っている訳じゃないけど、自動で私達を狙ってくるわ!避けるなり、防ぐなりして対処しなさい!」

「ッ!威力はそこまでか……!」

「速さも避けられる程度だ」

「飽くまで“邪魔されたくない”って“意志”が形になってるだけだね」

 全快とまではいかないが、葵達も回復している。
 そのため、各自で“闇”を対処する。

「攻撃自体はそうでも、実際突入するのは骨が折れるわよ」

「ふッ!!」

 優奈がそういうと、帝が試しに気の一撃を飛ばす。
 しかし、あっさりと“闇”の壁に阻まれた。

「……結構力を入れて、これか」

「言ったでしょう。全力で攻撃しても、単純な威力じゃ絶対突破出来ないわ」

「でも、同威力の“意志”なら?」

「試してみる?」

 葵の言葉に優奈はそう返す。
 そこで、神夜が“意志”の剣を叩きつけた。
 圧縮した“意志”による一撃なだけあり、“闇”を切り裂く。

「なるほど、ね」

「それだけ邪魔されたくないのよ」

 だが、切り裂いた部分はすぐに塞がってしまった。
 タイミングさえ合えば、誰か一人は通れるだろう。
 しかし、自動迎撃を避けつつでは少しばかり面倒だ。

「……多分、こういう事も含めて優輝は私を私のままにしておいたのね」

「……どういう事?」

 ぼそりと呟いた優奈の言葉を、葵が拾う。
 
「ここに来てまで隠す必要はないわね。元々、私と優輝は一つの存在。私という存在を優輝に還元すれば優輝は本当の意味で全盛期を取り戻せるのよ」

「還元……って事は、優奈は―――」

「消えるわ。存在そのものがね」

「ッ―――!」

 優奈が好きな帝にとって、それは認めがたかった。
 思いのまま言葉を口にしようとして……

「でも、それをしなかった。だよね?」

 その前に、葵が遮った。
 おかげで帝は何とか冷静を取り戻す。

「ええ。同時に、私は自分で何もかも責任を取ろうとしていた事も自覚したわ」

「じゃあ……」

「私と優輝だけで……ユウキ・デュナミスだけで戦わない。貴女達と共に戦うわ。……だから、そんな悩まなくてもいいのよ、帝」

 困ったように笑みを浮かべながら、優奈は帝に言う。
 葵と神夜の視線が帝に集まり、帝は気まずそうに視線を逸らした。

「力を合わせれば、もっと“可能性”が見れる。……そのためにも、貴女達を絶対にこの先へ届けるわ」

「―――待って。話が切り替わったのはいいけど、ここに残るつもり?」

 理力を構えだした優奈を、葵が慌てて止める。

「それが最も確実だもの。最善の“可能性”に“導く”。それが出来るのはこの中では私だけだから。それに、この壁に対して相性もいいからね」

「だからって―――」

 葵の言葉を遮るように、“闇”が迸る。
 だが、帝がそれを片手で弾き、優奈に詰め寄った。

「ッ、そんな自己犠牲、認められるかよ!!そんなの、そんなのやられる側はちっとも嬉しくねぇんだよ!」

「帝……」

 好きだからこそ、帝は許せなかった。
 思い返せば、優輝と一つだった頃から、なんでも一人で背負っていた。
 それを、帝は止めたくて、優奈の肩を掴んだ。

「馬鹿ね」

 対する優奈の返答は、呆れたようなデコピンだった。

「自己犠牲になんて、ならないわよ。それに、後から他の皆も来るわ。私は自己犠牲のために残るんじゃなくて、皆の道を示すために残るの」

「………」

「犠牲を出さないための適材適所、という訳よ」

「……そうか」

 そう言って笑う優奈に、儚さなどはなかった。
 それを見て、帝も自己犠牲のつもりではないと納得できた。

「なら、ここは任せるぞ」

「ええ。任せなさい」

 自動迎撃の“闇”が理力に弾かれる。
 優奈が構えた理力ががドーム状に広がり、直後に収縮していく。

「合図を出したら飛び込みなさい」

 そう指示を出し、集束した理力が“切り替わる”。
 プラズマを迸らせ、金色を内包した白い光球となる。

「ッッ!!」

   ―――“可能性の導き(フュールング・デュナミス)

 一筋の閃光が、“闇”の壁に穴を開ける。
 さらに貫通した閃光は膨れ上がり、穴を広げた状態で固定した。

「今よ!」

 優奈が理力をコントロールする事で、開けた穴の修復を阻止し続ける。
 その間に、葵達を先に進めるつもりなのだ。

「行くよ!」

「っ、おう!」

 葵が率先して穴を通り、神夜がそれに続く。
 帝もそれに続き、一度優奈を振り返る。

「……人の“可能性”、見せてきなさい」

「―――ああ」

 短く言葉を交わし、帝も先へ進む。
 それとほぼ同時に穴は閉じ、迎撃の“闇”が優奈を襲った。

「今更、その程度で私は倒れないわよ」

 理力の閃光が迸り、“闇”を消し飛ばす。
 直後に転移し、優奈は大きく距離を取った。

「次にここに来るのは誰かしらね」

 一人残った優奈は、イリスの“闇”を警戒しつつも次の来客を待つ。
 その目は誰も負ける事なくここに来るのを確信している目だった。

「ああ言った手前、絶対に自己犠牲はしないようにしないとね」

 降り注ぐ“闇”の攻撃を、理力の剣で逸らす。
 その気になれば迎撃の範囲外まで逃げれるが、優奈はそれをしない。
 外で戦い続けるだけでも、イリスの余力を削ぐ事に繋がるからだ。

「それに、我ながらもう自己犠牲は御免被るもの」

 かつての戦いで、ユウキ・デュナミスは自己犠牲と引き換えにイリスを封印した。
 あの時は手放せない大切な存在がいなかったためにそれも良しとしていた。
 だが、今は違う。
 優輝も優奈も、大切な存在が多く出来た。
 それを守るためにも、悲しませないためにも、自己犠牲だけはしない。

「さぁ、飽きるまで踊り続けましょうか」

 “可能性”を見届ける。
 そのために、優奈はイリスの“闇”と戦い続ける。



















 
 

 
後書き
κομήτης σκοτάδι(コミティス・スコタディ)…“彗星”と“闇”のギリシャ語。彗星のように“闇”を落とし、大爆発を起こす技。シンプル且つ広範囲高威力。なお、イリスはこれを通常攻撃かの如く連発する。

可能性の導き(フュールング・デュナミス)…“導き”のドイツ語と“可能性”を意味するギリシャの言葉。攻撃技ではなく、仲間を導くための技。あらゆる敵の妨害を突破し、目的の場所及び段階まで“導く”事が出来る。導王流と“可能性の性質”の合わせ技。


神界の戦いにおける戦場の隔離は、戦っている者によっていろいろ違いがあります。
今回の場合、イリスがいるので、隔離する結界のようなものが“闇”として存在していました。他の神だと、普通に結界みたいなものだったりします。 

 

第285話「“可能性”が示すのは」

 
前書き
今回からイリス戦です。
 

 














「―――切り抜けてきますか。当然ですね」

「ッ……!!」

 圧倒的な“闇”から、優輝は僅かなダメージのみで抜け出す。

「この程度で……」

「終わるとでも?」

「お互いになぁッ!!」

 直後、“闇”の極光が連続で放たれる。
 それを、優輝は……否、ユウキ・デュナミスは導王流で捌く。
 今ここにいるのは、人間としての志導優輝ではない。
 全力を出すために神としてのユウキ・デュナミスが戦っている。

「シッ!!」

 故に、理力などの出力も優輝だった頃と桁違いだ。
 しかし、その上でギリギリイリスの攻撃を凌げる状態だった。

「(転移はほぼ不可。イリスの立ち回りも僕に近づかせないようにしている。エラトマの箱は対処出来ている)」

 エラトマの箱は相手の“領域”を侵食する凶悪な代物だ。
 “天使”や比較的弱い神には作れないが、一度使われれば非常に強力ではある。
 だが、それにも対処法はあった。
 “領域”を圧縮し、“意志”で侵食を弾く。
 そうする事で、侵食する余地をなくし、無効化できるのだ。

「(……ここまでは、前回と同じだ)」

 そして、それらはかつての神界大戦でも行っていた事。
 現在、ユウキとイリスは前回の戦いの焼き増しを行っているのだ。
 ……尤も、“ここまでは”と頭に付くが。

「(当然、全部同じはずがない)」

 同じであればイリスは敗北する。
 イリスがこの事に気づかないはずがない。

「はぁッ!」

 理力で攻撃を逸らし、駆ける。
 いくら近づかせないようにしても、導王流がある今では前回よりも肉薄しやすい。
 その場に留まり続けないため、ユウキの狙う攻撃の半分も命中しない。
 そんな状態で徐々にイリスへと近づいていく。

「避けれない、受け流せない攻撃ならどうですか?」

「これ、は……!」

 直後に、先ほどよりも小規模だが、“闇”が押し潰しに来る。
 転移がほとんど出来ない今、避けられるのは一回が限度だ。
 そして、導王流でも受け流せない程の質量が、連続で襲い来る。

「まだだッ!」

 だからこそ、理力によって“可能性”の道を穿つ。
 ノーダメージとはいかない。
 それでも一直線にイリスへと向かって突貫する。

「ッ、ッッ……!!」

 ドリルのように“闇”を切り抜け、肉薄する。
 そして、ようやく手が届きそうになった瞬間……

「ちっ……!」

 イリスは転移し、間合いを離される。
 これも前回と同じだ。
 イリスは何度も転移して間合いを取り……だが、それにすらユウキは追いついた。

「そこだ!」

 今回も同じだ。
 何度転移されようと、そこへと追いつく。
 導王流がある分、“闇”は以前よりも切り抜けるのが早い。
 そのため、前回よりも早く追いつく。

「ッ……!」

 そこで、前回との違いに気が付いた。
 転移なしに追いついた際の攻撃を躱された事……ではない。

「わざわざ分霊を使っていた理由は……これか!」

「その通りです」

 ユウキの理力の刃を防いだのは、“闇”が圧縮された球だ。
 見れば周囲の視界などを奪っていた“闇”がかなり薄くなっている。
 その分の“闇”もイリスの持つ球に凝縮されているのだ。

「ちぃッ!」

 その球は、所謂不定形の武器。
 球としての形だけでなく、剣にも、槍にも、弓にも、鞭にもなる。
 それどころか、棘として“闇”を飛ばす事もでき、ユウキは咄嗟に飛び退いた。

「ッッ!!」

 火花と衝撃波が散る。
 不定形故に、“闇”は何度もユウキを切り裂こうと迫る。
 その度にユウキは理力の剣で弾き、相殺する。
 この攻撃に対し、導王流はあまり通じない。
 極致とまでなれば、若干通じるが……そこまでだ。
 受け流した所から刃が伸び、攻撃をしてくる。
 そのため、受け流した所で防ぎきれないのだ。

「(戦闘技術が前回と段違いだ!分霊を前線に出して、その経験を全て自身に還元した……神としての強さが、ここでも現れるとはな……!)」

 イリスはこれまでの戦いで何体も分霊を繰り出していた。
 その分霊は様々な戦闘で力を振るい、戦闘経験を積んでいたのだ。
 結果、分霊が消えた今、その戦闘経験は本体のイリスへと還元され、以前とは桁違いの戦闘技術を発揮していた。

「くっ……!」

 前後に加え、上下左右から連続で“闇”の極光が迫る。
 それらを受け流し、ギリギリで避け……そこを“闇”の刃が薙ぎ払う。

「“全なる深淵の闇(スコタディ・パーンオプロ)”……これが可能性を潰す“闇”ですよ」

「っ……なるほど、な……!」

 体を反らした事で刃を避け、追撃を障壁で防ぐ。
 そして、事前に“意志”を高めておいた事で転移を発動、一度間合いを取った。

「ここで地力の差が出ましたね?」

「……それを埋めるのが、“意志”ってモノだろ……!」

 ユウキは神としての地力は高い方ではない。
 神界全体であれば、中の上辺りだろう。
 全盛期であっても、上の下に届くかどうかと言った所だ。
 対し、イリスは当然の如く上の上の力の持ち主だ。
 前回であれば上の中と大差ない程度だったが、戦闘経験を得た今では、それだけの力を持っている。

「では、その“可能性”を全て潰させてもらいます!」

   ―――“κομήτης σκοτάδι(コミティス・スコタディ)

 再び、“闇”の星が墜ちる。
 回避不可の一撃で、確実に“領域”を削ってくる算段だ。

「吹きすさべ、“神軍の(ひらめき)”!」

 だからこそ、ユウキも強固突破を試みる。
 イリスと同じように理力を圧縮した不定形の武器を手に、道を切り拓く。

「そこです!」

「ッ、世を照らせ、“未来(あす)曙光(よあけ)”!」

 イリスが武器を振るい、“闇”が牙を剥く。
 対し、ユウキも“可能性”を圧縮した理力を炸裂させ、その“闇”を相殺した。

「同じ土俵の白兵戦ならば、まだまだ僕に分があるぞ」

「ッ……さすがですね……!」

 剣や刀など、固定された武器では相性が悪い。
 だが、同じ条件の武器ならば、例え性能が劣っていてもユウキが上だ。
 いくらイリスが戦闘技術を鍛えたとはいえ、所詮は付け焼刃だ。
 神としてだけでなく、人としても経験を積んできたユウキには敵わない。
 それを叩き潰す程の性能差も、導王流で確実に潰している。

「ならば、同じ土俵で戦わなければいいだけの事です」

「……まぁ、道理だな」

 火花と衝撃波が散り、武器の攻撃同士がぶつかり合う。
 確実にユウキは近づいていたが……転移で距離を離される。
 同時に、“闇”の極光が迫ってきた。

「どれだけ満身創痍なろうと、貴方は肉薄してくるでしょう。ですが、その度に私は貴方を叩き落します。……それだけで、貴方の“可能性”は潰える」

「根競べか……!」

 “闇”の塊を避け、切り裂き、最小の被害で切り抜ける。
 “闇”以外の何もない広いフィールド故に、ユウキはジリ貧だ。
 例え“可能性の性質”で一縷の希望を掴もうにも、ジリ貧であるならばチャンスをモノにしない限り確実に負ける。

「(イリスにとって、長期戦の方が都合がいいのだろう。実際、“性質”の関係上、僕は短期決戦向けだ。それでも、長期戦が向いていない訳ではない)」

 長期戦で追い詰められる程、“可能性”は減っていく。
 それでも、ゼロにはならないのだ。
 だからこそ、ユウキも長期戦は苦手ではない。

「(だが―――)」

 圧倒的な力で叩き潰す様は、前回と同じだ。
 だが、追い詰め方が前回の比ではない。
 確実に“可能性”が削がれているのを、ユウキも実感していた。

「ッ……!」

 圧倒的な“闇”が何度もユウキを叩き潰そうと迫る。
 対し、ユウキはその“闇”を切り抜けるために、余力を残せない。
 防戦一方とまではいかないが、出力の差は歴然だ。

「っ、らぁっ!!」

 一瞬の閃き。
 それにより、目の前の“闇”を切り拓く。
 どの道、ユウキではイリスに肉薄しなければ勝ち目はない。
 遠距離攻撃では地力の差がはっきり影響するため、ほとんど届かない。
 圧縮した一撃ならば通る事もあるが、線のような攻撃は結局躱される。
 ならば、躱せない状況に持っていけば当てる事は可能だ。
 しかし、それをするぐらいならば肉薄する方が確実だった。
 故に、ユウキはただ駆け抜ける。

「くっ……!」

 最早、攻撃を掻い潜るなんてものではない。
 攻撃の中を駆け抜けていた。
 避ける事の出来ない攻撃の嵐を、道を切り拓く分だけ相殺する。
 先の見えない暗闇の中を、手探りで進むようなモノだ。
 だが、“可能性の性質”が確実にイリスへと近づけていた。

「はぁっ!!」

 “闇”を圧縮した武器による全方位からの攻撃。
 それを、同じく全方位に斬撃を放つ事で相殺する。
 その度に武器が欠けるが、随時理力を補充する事で何とか凌ぐ。

「(転移か!だが……っ!?)」

「もう、こちらも逃げませんよ」

 先ほどまでイリスは転移を間合いを取る事に使っていた。
 だが、今度はそれを反撃に使用してきた。

「くっ……!」

「ふッ!」

 転移と同時に武器が振るわれ、ユウキは咄嗟にそれを受け流す。
 直後、極光が放たれ、理力の障壁ごとユウキは押しやられた。

「っ……」

 明らかな戦闘技術の向上。その事実にユウキは思わず笑みを零す。
 それは、“死闘の性質”のようにギリギリの闘いを望むからではない。
 イリスもそれを理解しているため、その笑みが解せなかった。

「(何を―――)」

「それでも」

「ッ!」

「白兵戦ならば負けない」

 何を企んでいるのか、イリスは思考する。
 その僅かな間を狙い、ユウキは再び肉薄。
 白兵戦に持ち込む事で地力の差を無意味に帰す。

「(やはり、単純な戦闘では敵いませんか)」

 武器を振るい、回避も受け流しも許さない極光を何度も放つ。
 だが、極光を切り抜けている最中に武器を振るう事は出来ない。
 否、厳密には出来るのだが、そうすれば武器による攻撃から突破口を開いてくる。
 そのため、ユウキを倒すためには同時に振るえないのだ。

「っっ……!」

「ぐっ……!」

 確かにユウキは徐々にダメージを蓄積させている。
 それでもイリスに食らいつき、その度にイリスは転移で回避する。
 回避からの反撃を繰り出す事でさらに追い詰めるが、結果は同じだ。

「(何を企んでいる……?)」

 思い返すのは先ほどの笑み。
 ユウキのあの笑みは、見せかけなどではない。
 確かに何かに対し、笑みを浮かべるような感情を持っていた。
 しかし、イリスにはそれが何かまではわからない。

「ふっ!」

「ぐ、ぁっ!?」

 防ぎきれない衝撃がユウキを吹き飛ばす。
 間合いは離れ、さらに極光が追い打ちする。

「(追い詰めてはいる。ですが……)」

 極光をより圧縮した閃光で穿たれる。
 さらに圧倒的な“闇”で押し潰すが、それすらも抜けてくる。
 ダメージは蓄積し、確かにユウキは追い詰められている。

「(その上で、何か企んでいる……!)」

 相手は“可能性の性質”。
 どれほど絶体絶命であろうと、“可能性”がある限り油断できない。
 だからこそ、イリスは警戒を緩める事はなかった。

「ッ!」

「(ここで転移!なら、来るのは―――)」

 しかし、警戒し続けるからこそ、隙が生じる。

「なっ……!?」

「引っ掛かったな」

 背後に単発転移で回り込んだと、イリスは先読みしたつもりだった。
 だが、実際は転移しておらず、ユウキは認識阻害で一瞬姿を晦ましただけだった。
 加え、転移させたのは理力で作ったデコイだ。
 実際に気配が転移したために、イリスはそれに引っ掛かってしまった。

「まだまだ戦闘経験が浅い」

「ぐっ!?」

 ここに来て、ついにユウキの攻撃が入った。
 咄嗟の防御で威力は激減し、一部の攻撃も相殺された。
 それでもイリスに攻撃が決まり、その体が大きく吹き飛んだ。

「……いや、そうでもないか……っ」

 吹き飛ばしたユウキは、欠けた体を見てそう呟いた。
 そう。ユウキも無傷ではなかった。
 攻撃が決まった瞬間に、イリスは置き土産に圧縮した“闇”を放っていた。
 その“闇”によって、体の至る所を抉りぬかれていたのだ。

「(以前と違ってまったく一辺倒じゃない。おかげで、追い詰められるのが早い)」

 お互いにダメージを負ったため、追撃はない。
 その間にユウキは傷を癒しつつ思考を纏める。
 前回での大戦は、もっとダメージを抑えられていた。
 それと言うのも、イリスの戦闘技術が低いからだった。
 今はその戦闘技術があるため、その分ユウキに余裕がない。

「っっ……!」

 四方八方から極光が迫る。
 その合間を縫ってイリスへとユウキは駆ける。
 だが、イリスも合間を縫うように武器を振るってくる。
 不定形故に、その間合いはいくらでも伸ばせる。
 ユウキはその攻撃を自身の武器で逸らし、極光の側面を滑るように切り抜ける。

「そこだ!」

「くっ……!」

 圧縮された“闇”と、圧縮された理力の閃光がぶつかり合う。
 込められた理力は“闇”の方が圧倒的に上だ。
 それを、圧縮の差で閃光が相殺する。

「(また転移……ならば!)」

「ッ―――!?」

 再び転移を仕掛け、奇襲を繰り出すユウキ。
 だが、イリスも学習していた。
 フェイントであろうと、そうでなかろうと、タイミングを合わせて“闇”を放つ。
 全方位に放たれた“闇”は、ユウキがどこに現れようと襲い掛かる。
 結果、ユウキはその“闇”を対処せざるを得なくなり、攻撃が潰された。

「そこです!」

「(意趣返しか!なら……!)」

 放出された“闇”を凌ぎきった所へ極光が迫る。
 その時点で、ユウキも反撃の閃光を繰り出しており、先ほどと真逆の立場になる。
 
「っづ……!」

 相殺直後を狙い、四方八方から極光が迫る。
 避けるための隙間もほとんどなく、ユウキは掠りながら極光の包囲を抜ける。

「はぁっ!!」

 そこをイリスも狙ってくる。
 故にこそ、反撃のチャンスだとユウキは圧縮した理力を繰り出した。

「っ……!?」

「ぐ、ぅ……はは……!」

 それは相殺のための一撃ではない。
 イリスが追撃に放った極光とその一撃はすれ違い、お互いに命中した。
 直撃はしなかったが、イリスは左肩を貫かれ、左腕が千切れかけていた。
 対し、ユウキは左半身を丸ごと持っていかれていた。

「肉を切らせて骨を断つ……でしたか。ですが、それだけでは勝てませんよ」

「……わかっているさ」

 本来ならば、イリスにはもっとダメージを与えなければいけない。
 しかし、明らかにユウキの方がダメージを蓄積させている。
 肉体の傷は再生できても、“領域”は消耗し続けている。

「………」

 だからこそ、イリスは訝しむ。
 ユウキはそれをわかった上で戦い続けている。
 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「どうした?」

「……なるほど。どうやら貴方は既に諦めているようですね」

「へぇ……それはまたどうしてそう思う?」

 イリスの言葉に、一旦戦闘が止む。
 ユウキもなぜそう思ったのか問い返す。

「貴方は最早、自分で勝とうとしていない。どれほど不利であろうと、どれほど逆境であろうと!貴方はあの時諦めなかった!だというのに、今はその様子がない。“可能性の性質”ともあろう貴方が、自分が勝つ“可能性”を諦めているからですよ」

「……まぁ、あながち外れじゃないな」

 そう。ユウキは確かに自分だけで勝つ事はほぼ諦めていた。
 神界の神としての格が違い過ぎるからだ。
 それに、ユウキは神の力を取り戻したとはいえ、全盛期にはまだ遠い。
 優奈と一つになってようやく一縷の“可能性”が生まれるのだ。

「お前は思った以上に成長していた。そういった“性質”ではないにも関わらずに、だ。それもこれも、全て僕を倒すためだろう?」

「ええ。ええ。そうですよ。その通りですよ。この力を以って、貴方のその可能性(輝き)が見たかったのです。……その上で叩き潰そうと―――」

「いや、それだけ聞ければ十分だ」

 イリスの言葉を遮り、ユウキは戦闘を再開した。
 否、切り札を切った。

「我が領域をここに。生命の持つ“無限の可能性”をここに示そう」

「ッ、させ―――!」

「遅い」

   ―――“無限の可能性(デュナミス・トゥ・テオス)

 “闇”をユウキの“固有領域”が塗り潰す。
 鏡面の如き水面がどこまでも続き、あらゆる情景を映す水玉が至る所に浮かぶ。
 まさに無数の“可能性”を内包した世界が、そこにはあった。

「時に、イリス」

「……なんでしょう?」

「お前は、分霊のお前が言った事に、納得できたか?」

「――――――」

 ユウキの言葉に、イリスは一瞬言葉を失った。
 答えられなかったから、突拍子もない問いだったから、などではない。

「認められる訳、ないでしょう……ッ!」

 認められないから、認めたくないからこそ、一瞬言葉を詰まらせたのだ。

「……そうか」

「ッッ!!」

 裏を返せば、()()()()()()()()
 その事をユウキは読み取り、イリスはそんなユウキに“闇”をぶつける。

「頑なに認めないのなら、それもいいだろう」

   ―――“デュナミス・エクソルキィゾ”

「だからこそ、お前は敗北する」

「ッッ……!」

 “可能性”が形となり、“闇”を打ち消す。
 あらゆる“可能性”を内包するユウキの固有領域だからこその技だ。
 “可能性”を形にし、常に相手の有利な相性で戦う。
 今回のも、“闇を祓う可能性”を手繰り寄せたのだ。

「僕()()()勝つのは確かに諦めている。だが、その過程は別だ。……お前の“領域”、せいぜい削らせてもらうぞ」

「っ……“領域”を展開する事で、有利に立ったつもりですか……!ですが、こうなればエラトマの箱で―――」

「有利のつもりはないな。だが、対等だ」

「(―――見抜かれている……!?)」

 エラトマの箱は、神の“領域”ですら侵食する凶悪なモノだ。
 だが、如何に実力のある神にしか作れないとはいえ、代償がない訳ではない。
 相手の“領域”を侵食する程の代物なため、作り出すのに自らの“領域”を削る。
 だからこそ、イリスや他の悪神はエラトマの箱をばら撒く真似はしなかったのだ。
 それだけで、自身がどんどん消耗するがために。

「エラトマの箱を使わせるだけでも、お前の“領域”は消耗させられる。確実に僕の“領域”も侵食出来るだろうが……どこまで消耗するかな?」

「っ……ここまで読んでいたのですか……!」

「いいや、“可能性”を信じただけだ。僕自身の、皆の、そしてイリス、お前自身の“可能性”を」

 だからこそ、ユウキは捨て身の覚悟で“固有領域”を展開した。
 倒せなくとも、確実にイリスを消耗させられる手段として。

「ならば……!」

「(そう。そうなればお前は結果的に消耗が少ない手段を取る。僕でも同じ事をするだろう。……それでいい)」

   ―――“純粋なりし深淵の闇(ミソロギア・トゥ・スコタディ)

 ユウキの“固有領域”を侵食するように“闇”がイリスから広がっていく。
 これがイリスの“固有領域”。
 何もかもを“闇”で塗り潰す、“闇の性質”らしい“領域”だ。

「……これで、切り札を潰せる」

「ッ―――!?」

 直後呟かれたユウキの言葉に、イリスは戦慄する。
 この状況下でさらに誘導された。その事実に動揺していた。

「さぁ、根競べだ。イリス。……後に繋げるため、その“領域”を削らせてもらう!」

「この……!ユウキ・デュナミスゥゥゥゥ!!」

 飽くまでも自分で勝とうとしない。
 その上で誘導された。
 その二つの事実に、イリスは激昂する。
 二人共、その場からは動かない。
 お互いの“固有領域”から攻撃が放たれ、お互いに“領域”を削っていく。

「ッ……!」

「後に繋げる?馬鹿な事を!託す相手とは、共にいた人間達でしょう!?そんな人間達に、私が倒せると本気で思っているのですか!?」

「ああ。思っているとも……!人の“可能性”はそれこそ無限にある……!」

「愚かな……!貴方は、そんな愚かな考えをする()ではなかった!」

「いいや、前回お前と戦った時とそんな変わらないさ……!まぁ、より信じるようにはなったけどな……!」

 “闇”と“可能性”が何度もぶつかり合う。
 その度に、ユウキの“領域”が侵食されていく。
 だが、同時にイリスの“領域”も確かに消耗していた。

「私は!貴方の可能性(輝き)が見たかった!だというのに、貴方は私に勝とうとするのを諦め、あの人間達に託すというのですか!?」

「っ……そうだ。僕はそう信じた。あいつらも、僕を信じてくれた!……それだけで、託すには十分な理由さ……!」

「十分なものですか!!」

 一際大きな爆発が二人の間で起きる。
 ユウキの体が仰け反り、それでも何とか踏ん張る。
 互いに両手を突き出し、自らの“領域”を支え続ける。

「あり得ない。理解出来ません!なぜ、なぜそれだけで……!」

「本当に理解出来ないか?」

 一瞬、僅かにイリスの“領域”が乱れる。
 その隙を逃さずに、ユウキは自らの“領域”を叩き込む。

「っづ……ええ、理解できません……理解、したくありません!!」

「ぐっ……そう、か……!」

 それでも、ユウキが不利だ。
 “闇”に押され、ユウキは一度膝をついてしまった。
 すぐに立ち上がり、“領域”を支えるが、拮抗は崩れつつある。

「なら、しかと見るがいいさ。なぜ、僕が託したのかを。実際にな……ッ!!」

 それでも、ユウキは自らの“領域”を、“可能性”を注ぎ込む。
 負けるとわかっていてもなお、次に繋ぐために。



















 
 

 
後書き
全なる深淵の闇(スコタディ・パーンオプロ)…“闇”“全て”“武器”のギリシャ語。イリスの“闇”を凝縮して創り出した不定形の“闇”。不定形故に如何なる武器へと変わり、途轍もない切れ味や威力を発揮する。

神軍の閃…ミエラの天軍の剣の上位互換。理力を集束させた不定形の光であらゆるモノを斬る。不定形なので、あらゆる武器へと変化出来る。しかし、上記のイリスの武器には劣る。

未来の曙光…ルフィナの明けの明星の上位互換。“性質”を利用しつつ圧縮した理力を炸裂させ、確実に攻撃を凌ぐ。同時にカウンターする事も可能。

無限の可能性(デュナミス・トゥ・テオス)…ユウキの固有領域。景色は人であった頃の導きの可能性(メークリヒカイト・デァ・フュールング)と同じだが、導く、導かれるモノだけでなくありとあらゆる“可能性”を内包する。あらゆる因果や運命を操作可能にし、自身の有利に持っていける。ただし、因果や運命に関する“性質”には弱い。

デュナミス・エクソルキィゾ…“可能性”“祓う”のギリシャ語。文字通り、祓うための可能性を形にして引き寄せる。祓われるモノに対し、強い効果を発揮する。

純粋なりし深淵の闇(ミソロギア・トゥ・スコタディ)…“闇の神話”のギリシャ語。イリスの固有領域であり、切り札。他の何者も許さない“闇”で覆い尽くす。その様は、まさにイリスの本心を表していた。“闇”以外を知らないという、本当の想いを。


エラトマの箱を使用していた場合、普通に戦闘が続きます。
ですが、“固有領域”を展開している分、ユウキが動きやすくなるので、その分イリスにもまともなダメージが刻まれます。
最終的に、“固有領域”をぶつけた方が消耗が少ないため、本編のようになりました。
“固有領域”同士のぶつけ合いは、本編で描写したように、直接戦わずに“領域”同士をぶつけるだけになります。イメージとしては、DBの気功波同士が拮抗している感じです。 

 

第286話「“可能性”は繋がれる」

 
前書き
各戦闘でかかった時間は割とバラバラですが、神界の特性上単純な時間経過とイリスに辿り着くまでの早さは比べられません。
よって、戦闘の終わった早さとイリスに辿り着いた順番は結構違ったりします。
(……と言うご都合主義なだけ)
 

 












「準備はいい?」

「いつでも」

 神界の入り口にて、イリスに対する支援攻撃の準備が整えられていた。
 既に砲台となる椿は準備できており、いつでも力を集められる状態だ。

「思ったのだけど、タイミングは合うの?」

 防衛線を後方支援しているシャマルが椿に尋ねる。
 椿が行おうとしている支援攻撃は、遅くても早くても意味がない。
 さらには放てるのは一発が限度。
 無茶をしてまでやるのはいいとして、一発勝負もいい所だ。

「それは、“意志”次第ね」

「距離という概念があやふやになるなら、椿や集束させた“意志”によって絶好の機会を狙い撃ちする……って事さね。……上手く行くかは不明だけどね」

「結局は一発勝負。先の見えない不安はわかるけどね」

「……なるほど、ね。そういった不確定要素を踏まえた上で賭けに出たのね。なら、今のは愚問だったわね」

 “意志”を集束させるためのバックアップをしている紫陽が、椿の応答に補足する。
 そして、その答えを聞いてシャマルも納得したようだ。

「それじゃあ、始めるわよ!」

 きっと、手助けになると信じて。
 椿はそんな決意の下、“意志”を集める器となった。

















「……状況が変わったわね」

 葵達が突入して間もなく、戦場を隔離する“闇”に変化が訪れた。
 これまでは“闇”一色だったが、今は無色とのまだら模様になっている。

「“固有領域”を解放したのね……それも、お互いに」

 戦場の外であろうと、戦っているのは自身の半身だ。
 そのため、大まかに何が起きているのか優奈には理解できた。

「そういう事だから、突入は急ぎなさい。緋雪」

「詳しく聞きたいんだけど……お姉ちゃんは、何でここに?」

「貴女達を通すためよ」

   ―――“可能性の導き(フュールング・デュナミス)

 その一言と共に、“闇”に穴が開く。

「イリスは邪魔を拒んでいる。その壁に穴を開けるために、私はここにいるの。……後は、外側からも“領域”を削れない事もないしね」

「そっか……じゃあ、行ってくるよ」

「ええ。行ってらっしゃい」

 自動迎撃の“闇”を弾きながら、優奈は簡潔に説明する。
 悠長にしている余裕はない事を緋雪も悟り、すぐに突入する。

「……さて。行ったわね」

 緋雪の突入を見届け、優奈は飛び退く。
 同時に創造魔法で剣を複数創り出し、“闇”に突き刺す。
 すぐさま剣はグズグズに崩れてしまうが、優奈は気にしない。

「蚊に刺されるよりも効いていないでしょうけど、塵も積もればなんとやら、よ」

 出来る限り体力等の消耗を少なくしつつ、攻撃を続ける。
 そして、やって来た味方を突入させる手伝いも担う。
 今の優奈にとって、それが最善の行動だった。

「勝つか負けるかの瀬戸際。それも負ける“可能性”の方が大きいのに……やっぱり、“可能性の性質”だからかしら?」

 決して戦場は見えない優奈。
 中で実際に何が起きているのかは分からない。
 それでも、自然と笑みを浮かべていた。

「……負ける気がしないのよね。全然」

 その表情は、優輝を、そして仲間たちを信頼しきっていた。





















「ぁ、ぐ……はぁ、はぁ、はぁ……!」

 一方、突入した葵達は、空間に満たされた“闇”に苦しまされていた。
 それは単に体力を削るだけでなく、洗脳や思考操作の類も効果に含まれている。
 そのため、それを耐えるために動けずにいたのだ。

「“闇”が、晴れていく……」

 そして、ユウキの“固有領域”によってそれも中和された。

「……ありがと、抑えていてくれて」

「いや……正直、運が良かっただけだ」

 唯一、帝はユウキと同じように“固有領域”を扱えるため、無事だった。
 それによって正気を保ち、葵と神夜を洗脳されてもいいように抑えていた。

「くそっ、触れるだけで苦しめられるのか……!」

「……そうでもないぞ。対策はある」

 無事だったが故に、帝には考える時間があった。
 そのため、洗脳すらしてくるその“闇”への対抗策も思いついていた。

「元々、前回は一瞬で洗脳されたんだろ?だけど、今回は違った」

「……そういえば、優ちゃん曰く、あの時のイリスは分霊だから……こっちの方が効果としては強いはずなんだっけ?」

「ああ。そして、俺が無事だったのは自身の“領域”を理解していたからだ」

 自身の“領域”を理解してくるからこそ、それを侵しにくる“闇”を拒める。
 だから、帝だけは無事だったのだ。
 戦っているユウキも、同じ理論で無事なのだ。

「“意志”と“領域”は密接に関係しているが、同一ではない。だけど、“意志”だけでも抵抗は出来た。なら……」

「自身の“領域”を少しでも理解出来れば、対処できるって事だね」

「そういう事だ」

 しかし、“領域”を理解する事は簡単な事ではない。
 帝も優奈のおかげで“領域”を認識できたぐらいだ。
 自力で認識するには、そもそも方法がわかっていない。

「問題はどうやって自分の“領域”を認識するかだが……」

「それは大丈夫」

「……そうだな」

「そうなのか?」

 そんな懸念事項だったが、葵と神夜は問題ではないとばかりに返事する。
 実は、洗脳される際に“領域”は侵食されているのだ。
 そこから、“領域”を認識する事はそこまで難しくない。
 一度も洗脳されていない帝だったからこそ、分からない事だった。

「さすがに“固有領域”までは使えないけど、これなら……!」

「っ……!」

 直後、衝撃波が三人に届く。
 見れば、遠くの方でユウキとイリスが戦っていた。

「……耐えられる、な」

「そうみたいだな」

 三人がいる場所は、丁度二人の“固有領域”がせめぎ合う境目だ。
 つまり、ユウキの力だけでなく、イリスの“闇”も届く。
 先ほど散々苦しめられた“闇”を、三人は再び浴びていた。
 だが、“領域”を認識する事を意識すれば、耐えるのは容易だった。

「それよりも……」

「……ああ。負けるぞ、あいつ……!」

 帝が言った直後、ユウキは吹き飛ばされた。









「ッ、かはっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

「……終わりです。貴方を倒した後、やってくる人間も全て潰しますよ」

 ギリギリで“固有領域”を維持しているが、ユウキは限界だ。
 対し、イリスはダメージを負っているものの、まだ戦える。
 結果は明白だ。ユウキはイリスに競り負けたのだ。

「く、はは……!もう勝った気でいるなら、油断もいい所だぞ」

「何を……」

「神として振る舞うのは次で終わりだ。その先は、人間としてやらせてもらうッ!!」

 展開されていた“固有領域”が圧縮されていく。
 同時に、理力が途轍もない勢いで消耗する。

「まさか……!」

「言っただろう?“これで、切り札が潰せる”ってなぁッ!!」

   ―――“導となりし、可能性の軌跡(ミソロギア・トゥ・デュナミス)

「しまっ……!?」

 “可能性”が、力の奔流となってイリスを襲う。
 イリスは咄嗟に“固有領域”による“闇”で相殺を試みる。
 しかし、相手は圧縮された“領域”だ。いくらイリスでも簡単には凌げない。

「ここに来て、捨て身ですか……!」

「……神界での戦いは、ほとんど捨て身さ。けど、だからこそ拓かれる“可能性”も、あるんだよ……ッ!!」

 息も絶え絶えにユウキは力の全てを出し切る。
 “固有領域”を利用した一撃は、それこそ使えば満身創痍になる。
 それでも、ユウキはイリスの切り札を叩き潰しにかかった。

「くっ……ぁ……ぁあああああああああッ!?」

 そして、一際強い閃光が辺りを包み、爆発を引き起こした。





「っ、ぁ、ぐ、ぅう……!」

〈マスター!〉

 爆発が晴れた所には、全身がボロボロの煤だらけとなったユウキが、剣の形態に姿を変えたリヒトを支えに膝をついていた。

「ッ……やってくれましたね……!」

 対し、イリスもボロボロではあったが、まだ五体満足に立っていた。
 確かに“固有領域”は破壊したが、肝心の“領域”までは砕き切れなかったのだ。

「……これで、布石は打った。後は……」

「っ―――!!」

 イリスがトドメを刺す、その直前。
 極光が二人の間を突き抜ける。

「“人”による、神殺しの時間だ……!」

「おおおおおおおッ!!」

 さらに“意志”を巨大な剣とし、帝がイリスに向けて振り抜いた。

「優ちゃんの治癒よろしく!あたし達がその間抑えるから!」

「ああ!」

 先ほどの砲撃魔法を放った葵は、神夜に指示を出してからイリスに斬りかかる。
 指示を受けた神夜も、すぐさまユウキに治癒魔法を施す。

「気休めにしかならないか……!」

「……神としての力は、もう失ったからな。そう簡単には戻らん……」

 ボロボロの体は治っていくが、力は戻ってこない。
 既に、“ユウキ・デュナミス”としての力は失ったのだ。
 今は満身創痍の“志導優輝”がそこにいるだけだ。

「らららららららららぁッ!!」

「くっ……!近接戦では、彼以上ですか……!!」

 一方で、帝は障壁の上から猛攻を仕掛けていた。
 “闇”による障壁のせいで、攻撃は一切通じていないが、帝が放つ攻撃の激しさに少しばかり慄いていた。

「邪魔です!」

「そこッ!!」

 イリスにとって、目下の目的はユウキへのトドメだ。
 そのために、理力の衝撃波で帝を吹き飛ばす。
 しかし、その行動を読んでいた葵がすかさず霊術を放ち、妨害する。
 さらに“意志”と共にレイピアを繰り出し、イリスを抑える。

「今更、そのような攻撃が……!」

   ―――“全なる深淵の闇(スコタディ・パーンオプロ)

「通じるとでもっ!」

「ッ……!?」

 “闇”を圧縮した不定形な武器が、葵のレイピアを弾き飛ばす。
 それだけに収まらず、そのまま刃となって葵を斬り刻んだ。

「なんて、厄介な武器だ!」

 すぐさま帝が戻り、不定形の武器による攻撃を手刀で弾く。
 濃密な気を纏わせている事と、イリスも消耗しているために、不定形の武器はユウキと戦っていた時程の切れ味が発揮できずにいた。
 おかげで、何とか帝はその武器とやり合える。

「理力や“性質”を用いた不定形の武器だ……。圧縮した理力や“性質”に応じて、強度も変わる。……幸い、僕が戦っていた時よりは数段弱いけどな」

「不定形……って事は……」

「っ、避けろ帝!!」

 神夜がどういう事なのか口を出す前に、優輝が叫ぶ。
 見れば、イリスの武器が檻のように帝を囲んでいた。
 そのまま、収縮して斬り刻むつもりなのだろう。

「ぐっ……!!」

 気を纏い、ギリギリ隙間を縫って包囲を抜け出す帝。
 だが、避けた先にも武器の刃が迫り、左肩が貫かれる。

「まずい……!」

 葵がレイピアを生成し、壁を作る。
 それが気休めだという事は全員わかっていたため、優輝達も飛び退く。
 帝も即座に復帰し、傷の再生も終わらぬうちにイリスへと飛び掛かった。
 ……しかし、一歩遅い。

「これで、終わ―――」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

 武器によって壁が崩され、帝も弾かれる。
 そして、“闇”による極光が放たれる、その寸前。
 集束した“闇”が爆発し、僅かにイリスは怯んだ。

「させないよ」

「緋雪……!」

 駆けつけたのは緋雪だ。
 “破壊の瞳”によって、イリスの攻撃を潰したのだ。

「状況は見ていたよ。今の内にお兄ちゃんを―――」

   ―――“Lævateinn Überwindung(レーヴァテイン・ユヴァヴィンド)

「―――お願い!」

 振るわれるイリスの武器に対し、緋雪も武器を振るう。
 赤と青の霊魔相乗による螺旋を纏った白き刀身が、“闇”を打ち砕く。
 細く伸びた“闇”であれば、緋雪の剣で破壊が可能だ。

「っ……!次から、次へと……!」

「葵さん!」

 緋雪は基本大振りな攻撃ばかりだ。
 細かい動きも可能ではあるが、今の武器ではどうしても大振りになる。
 そこを、葵がフォローする。

「私と彼の戦いを……邪魔するなッ!!」

「ッ……!?」

 単純な戦闘では、少しばかり時間がかかる。 
 そう判断して、イリスは“闇”と共に拒絶の“意志”を放つ。

「堅い……!!」

「はぁっ!!」

 緋雪と帝の攻撃すら、“意志”の壁を破れない。
 攻撃し続ければ破れるだろうが、その前に優輝に辿り着かれる。

「くっ……!」

「今更貴方程度が止められるとでも……!」

「うるさい!!」

 優輝を庇うように、神夜が“意志”の剣を振り被る。

「く、ぉおおおおおおッ……!」

 障壁と拮抗はするが、破れない。
 そして、隙だらけだ。

「ぐふっ……!?」

 不定形の武器に串刺しにされ、神夜はたたらを踏む。
 しかし、瞳に灯る“意志”は消えていない。

「つぁッ!!」

「ッ!?」

 障壁を破れないのならば、その上から吹き飛ばせばいい。
 そう考えたのか、神夜は“意志”を衝撃波として放った。
 狙いは上手く行き、イリスは無傷ながらも後退させられた。

「なら……!」

「っ、緋雪!帝!横に避けろ!」

 追撃をしようと肉薄する緋雪と帝を無視してイリスは“闇”を集束させる。
 近づけないのならば、遠距離から仕留めるというつもりなのだろう。

「ッ……!」

 全員が横に避ける。
 だが、当たり前のように一発で終わりのはずがない。
 追撃の極光が放たれ、それは真っ直ぐに優輝へと向かう。

「舐める、なッ!!」

   ―――“霊魔相乗”
   ―――“Wille Aufblitzen(ヴィレ・アォフブリッツェン)

 理力が使えない今、優輝は著しく弱体化している。
 それでも、“意志”による一閃で極光を逸らし、受け流した。

「はっ、ふっ、ふぅ……!」

 “領域”にも罅が入っているため、優輝は常に疲労しているのと同義だ。
 追撃を避け、緋雪と帝が反撃に入ったのを見て、何とか息を整える。

〈マスター、あまり無理はなさらずに〉

「ああ。……けど、何もしないのは、な」

 幸い、魔力と霊力は無事だ。
 魔法や霊術による攻撃で、イリスの気を散らそうと援護する。

「合わせて!」

「ああ!」

 前衛に帝と緋雪。
 どちらもかなりの力を持っている。
 相変わらず“闇”と“意志”による障壁は破れないが、それでも真正面で戦える。
 そんな二人を、葵と優輝で支援する。
 優輝は遠距離から、葵は二人でカバーしきれない隙を補うように支える。
 
「………」

 そして、神夜はただじっと“意志”を溜めていた。
 霊力は扱えず、魔力も今では優輝と同程度だ。
 魔法による簡単な援護や障壁は使っているが、それだけしか出来ない。
 だからこそ、“意志”のみで戦闘の支援をするための前準備を行っていた。

「ぁぐッ!?」

 状況が動く。
 帝と緋雪の隙を補うべく前に出た葵が、掌底で吹き飛ばされる。
 その後、帝の攻撃を敢えて障壁で受け止めず、カウンターを直撃させた。

「ッ……!?」

「まずっ……!」

 すかさず緋雪が“破壊の瞳”で牽制しようとするが、一歩遅い。
 戦闘技術を現在進行形で積み重ねているイリスは、その動きを読んでいた。
 不定形の武器で“破壊の瞳”を握ろうとする緋雪の手を斬り飛ばしたのだ。

「(来るか……!)」

 三人を一瞬で吹き飛ばし、僅かな間優輝は無防備になる。
 そこを狙い、イリスはさらに攻撃を仕掛ける。
 途中、神夜が待ち構えているが、イリスはそれを大した障害ではないと断じる。
 ……その油断こそが、神夜の狙い目だった。

「“ぶち貫け”ッッ!!!」

 それは、単純な言霊だ。
 しかし、“意志”と共に放たれるのであれば、その効果は絶大なモノになる。

「ッ、無駄です!」

 意表を突かれた。
 それでもイリスはいくつもの障壁を一瞬で展開する。

「―――ダメか……!」

 障壁のほとんどは貫通した。
 意表を突いた事から、衝撃波までは防ぎきれなかったのだろう。
 僅かとはいえ、イリスにダメージが通った。
 だが、あまりにも浅い。

「おおッ!!」

「はぁっ!!」

 間髪入れず、葵のレイピアが飛び、優輝の魔法と霊術が飛ぶ。
 同時に帝と緋雪が近接戦を仕掛け……全てが障壁で防がれた。
 それも、威力の低い魔法等は体を覆う障壁で受け止め、帝と緋雪の攻撃は一点集中させた障壁で的確に受け止めていた。

「こいつ……!?」

「イリスは今も成長している。正面からのごり押しは通じないぞ、帝」

「みたいだ、なッ!」

 気弾をばら撒き、障壁を蹴って帝は離脱する。
 緋雪も砲撃魔法を放ちつつ、その反動で間合いを取った。

「おおッ!!」

「はぁッ!」

 そんな二人を、不定形の武器が追撃する。
 無論、ただで食らう訳にもいかない二人は、その攻撃を弾く。

「ッッ……!」

   ―――“徹貫突(てっかんとつ)

 その二人の間を駆け抜け、葵が一閃を放つ。
 踏み込みと同時に放たれた渾身の一突きが、イリスの障壁を貫通した。

「残念でしたね?」

 だが、そこまでだ。
 貫通した穂先は、イリスには当たらなかった。
 当然のように躱され、渾身故に隙を晒したその体に、極光が叩き込まれた。

「ッ!?」

 直後、イリスの背後で銀閃が煌めく。
 寸前で振り返ったイリスだったが、障壁は葵に破られ、再展開も間に合わない。
 故に片腕を犠牲にその一閃を凌いだ。

「……っ」

 追撃の連撃が放たれる。
 イリスは、それを直接防がずに転移する事で避けた。

「判断が早い……!」

「奏ちゃん!」

「片手だけじゃ、大したダメージにならないわね」

 攻撃を放ったのは奏だ。
 緋雪と同じように、優奈の協力の下ここにやってきたのだ。

「ぐっ……!」

「ちっ、こっちに来たか!」

 悠長に会話する暇はなかった。
 転移したイリスは直接優輝に肉薄してきたのだ。
 即座にリヒトで攻撃を受け流したが、追撃は防げない。
 咄嗟に神夜が攻撃を仕掛けるが、不定形の武器相手では手数が足りない。

「ッッ!!」

 それを、奏がフォローする。
 瞬間的な速さでは、この中では奏が一番だ。
 その気になれば帝も追いつけるが、それでも今この瞬間は奏しか間に合わなかった。

「くっ……!」

「それ以上は!」

「させねぇッ!」

 ガードスキルのディレイを多用し、奏はイリスの武器を捌き切る。
 それでも、力の差で奏の攻撃が弾かれる。
 そこを緋雪と帝がすかさず割り込む事でフォローした。

「また……ッ!」

「優ちゃん!!」

 直後、再びイリスは転移する。
 葵が咄嗟に優輝を庇うように動くが、それをイリスは予測していた。

「ッ……!?」

 “闇”による斬撃が葵を阻止するように飛ぶ。
 ほんの一瞬、葵の動きが遅れ、それが致命的な差となる。

「がぁッ!?」

 “意志”の剣で迎え撃った神夜も、不定形の武器による連撃で串刺しにされる。
 そのまま、返す刃で優輝へと迫り……

「一歩、遅かったな……!」

「くぅッ……!」

 創造魔法の剣とリヒトによって、防がれた。
 いくら不定形の武器と言えど、一瞬でも防がれればその間に行動は起こせる。
 即座に優輝は創造した武器を爆破させ、目晦ましを行う。

「理力は使えなくとも、霊力と魔力は万全だ。後は“意志”さえあればどうとでもなるさ。……残念だったな。トドメを刺せなくて」

 “ユウキ・デュナミス”としての“領域”は砕けたも同然だ。
 だが、その内にあった“志導優輝”の“領域”はほぼ無傷だった。
 総合的に見れば依然瀕死だが、それでも優輝は戦線復帰したのだ。

「リヒト、ここからだ」

〈……はい!〉

 これまでは理力の出力や相性の問題でリヒトを使っていなかった。
 しかし、今は理力を使い果たしている。
 理力の有無はかなりの差ではあるが、それをリヒトで埋める。
 リヒトの“意志”も加わり、突破力だけなら他の皆に引けを取らない。

「ならば、改めて倒すまでです!」

「奏!葵!」

 手数や速さが長所の二人を呼び、イリスの不定形の武器を弾く。
 今までは優輝を庇う立ち回りだったものが、ただの役割分担となったために三人とも動きは機敏になっている。

「シッ!」

「はぁッ!」

 庇う必要がないという事は、基本背後を気にせず回避も出来る。
 スピードや回避を生かせるために、細く伸びる刃を躱し、的確に凌げた。

「お、らぁッ!!」

「ふッ!!」

 細かい攻撃の対処を担当するのが三人ならば、アタッカーは帝と緋雪だ。
 帝は拳を、緋雪は大剣を用いてイリスへと攻撃を放つ。

「っ……!」

 自動で張っている障壁では、その攻撃は防ぎきれない。
 そのため、イリスが自己判断で障壁を重点的に展開し、防御していた。

「(通じないか。なら)」

 武器による攻撃を回避し、そのまま優輝は剣を引き絞るように構える。
 そのまま、“意志”と共に鋭い刺突を解き放ち、障壁を穿つ。

「そう来るのは、予想済みです!」

 直後、障壁が変異。
 割られた障壁がガラス片のように飛び散り、帝と緋雪を切り裂く。
 さらに、欠片は集束し、極光を放つための球へと変わる。
 障壁を利用したカウンター技を伏せていたのだ。

「奇遇だな。僕もだ」

「ッ……!」

 だが、優輝はそれを予想していた。
 集束した“闇”に対抗するように、優輝の背後で“意志”が集束する。
 攻撃に参加せずに“意志”を溜めていた神夜による一撃だ。

「くっ……!」

「撃ち貫け!!」

 二つの極光がぶつかり合い、衝撃波を撒き散らす。
 優輝達は即座に飛び退いたため、その衝撃波にはあまり巻き込まれずにいた。

「ッ!!」

「ここ……ッ!」

 極光同士が相殺された直後を狙い、奏と優輝が仕掛けた。
 後詰めに帝が砲撃を、緋雪が大剣を繰り出す。
 奏と優輝に意識を向けさせ、そこを帝と緋雪が叩く算段だ。
 帝と緋雪の攻撃を何とかしなければ、防御は突破され、かと言ってそちらを対処すれば薄くなった障壁を奏と優輝が突破する。
 最低でも隙を晒す。そんな状況を作り出した。

「甘いですよッ!!」

「ぐっ……!?」

「っぁ……!」

 だが、帝と緋雪の攻撃は“闇”の斬撃に相殺された。
 それだけに留まらず、奏と優輝にもカウンターを食らわし、吹き飛ばしていた。

「っ……」

 しかし、イリスも無傷ではない。
 奏と優輝の刃が僅かながらにも命中していた。

「(あの状況下で、一切の動揺もなく最低限の被害と最大限の打撃を成立させるとは……本当に、天才肌だな……!)」

 同じような状況下ならば、多少なりとも動揺などが現れる。
 なかったとしても、そこから最善の結果を掴むのは至難の業だ。
 それを、イリスは冷静に対処した。

「(……以前と見違えたな。イリス)」

 優輝は心の中でイリスを称賛する。
 かつての戦いでは、イリスはここまで戦闘技術は高くなかった。
 それが、今では複数人を相手にしてここまでの戦闘技術を見せている。
 その事実が、イリスの成長を表している。
 それを、優輝は素直に称賛したのだ。

「―――――」

「(“可能性”は繋がれる。……それは、お前も例外じゃないぞ、イリス)」

 イリスは、そんな優輝を見て目を見開く。
 敵同士だと言うのに、こちらは叩き潰そうとしているというのに。
 それでも笑みを浮かべる優輝に、戦慄していた。







 かくして、“可能性”は繋がれ、戦いも決着に近づいていく。
 勝利、敗北、いくつもの結末の“可能性”の中で、優輝はただ一つの“可能性”へと、着実に手を進めていった。















 
 

 
後書き
導となりし、可能性の軌跡(ミソロギア・トゥ・デュナミス)…“可能性の神話”のギリシャ語。緋雪が使った水面に舞え、緋色月(ミュートゥス・シャルラッハロート)と同じように、“固有領域”の全てを込めた一撃を放つ。代償として、放った直後は完全なガス欠となり、無防備を晒す事になる。

徹貫突…貫通力特化の刺突技。“意志”によってその威力は底上げされており、イリスの障壁すら貫ける威力を持つ。


イリスや他の神も“固有領域”を圧縮して放つ事は出来ますが、代償が大きいのと展開の問題(今回の場合は不意打ち)で基本使いません。と言うか、使った上で無事で済む方がおかしいと言った具合です。

戦場におけるイリスの“闇”による洗脳及び精神干渉ですが、葵達は本編の通り、緋雪は帝と同じく“固有領域”が展開できるため、奏はミエラの経験を引き継いだ事で“領域”を認識できるようになっています。 

 

第287話「佳境」

 
前書き
閑話に近い本編回。
イリスに集結した面子以外の話が中心です。

P.S.現時点で全ての話を書き終えたので、最終話までの投稿頻度を早めます。 

 
















「ッ……!!」

 神界の入り口。そこへ、膨大なエネルギーが集中していた。
 魔力、霊力、神力……そして“意志”。
 あらゆるエネルギーを一か所に集束させ、一つの“矢”へと変える。
 それを番えるのは、椿だ。

「大丈夫?」

「まだ、行けるわ……!」

 とこよの呼びかけに、椿は気丈に振る舞う。
 既に、体は張り裂けそうな程に負担がかかっている。
 それでも、椿は気合でそれを耐える。

「私がついて行けなかった分も、この一矢に籠めるんだから……!」

 世界中とまではいかないが、数えきれない程の協力によって力は集められている。
 本来なら、その力を受け止める程の強度が椿にはない。
 神界という領域外の法則があるからこその荒業だ。

「……そろそろだ。もうひと踏ん張りだよ、椿!」

 力の流れを見ていた紫陽が叫ぶ。
 あと少しで、力は完全に集束する。
 その時こそ、勝利の手助けとなる一射を放てる。

「っ……!」

 “ギリッ”と奥歯を噛み、椿は狙いを定める。
 既に体中が悲鳴を上げ、口元からは血が流れている。
 それでも、瞳は狙うべき敵を見据えていた。

「射貫け、願いを載せた帚星(ほうきぼし)よ!」

 力の集束が終わる。
 最後に籠められた椿の神力と“意志”が、矢を届ける推進力となる。

「“統志閃矢(とうしせんや)-神堕とし-”!!」

 そして、椿の体が消し飛ぶと同時に、その矢は放たれた。















「これは……」

「ちょっと、シャレにならないですね……」

 所変わり、神界の真っ只中。
 イリスの軍勢を相手にしていたスフェラ姉妹は、目の前の光景に息を呑む。
 足止めのために張った結界も、“破壊の性質”を持つ悪神に破壊されている。

「数も質も、段違いじゃないですか……」

「姉さん……」

 結界を破壊された事で、二人の消耗も大きい。
 その上、万全の状態でも敵わない程の数と質の神が集結していた。
 ……どうやら、戦線を放置して全てここに戻ってきたようだ。

「(敗北を前提にしても構わない……んですけど、さすがに足止めすら出来ないというのは看過できないんですよねぇ……)」

 優輝とイリスの決着が着くまでの時間稼ぎ。
 それが本来の目的だ。
 しかし、このままではそれすらもままならない。
 その事にルビアが歯噛みする。

「……最悪、通してしまっても構いません。出来る限り、足止めを―――」

 覚悟を決め、それでも戦おうと構える。
 その瞬間、極光が神々を襲った。

「間に合いましたか!」

 祈梨が転移と共にスフェラ姉妹の隣に現れる。
 それを皮切りに、次々と様々な神が駆け付けた。

「この方達は……」

「イリスの勢力と戦っていた者達じゃ。どうやら、全体の状況も大きく変わったようじゃな。退けた悪神共も、どうやらここに集結したようじゃ」

「……なるほど」

 その中にいた天廻が簡潔に説明する。
 つまりは、悪神とそれ以外の神との戦いの中心地がここになったのだ。

「支えましょうかぁ?」

「……いえ、大丈夫です」

 “回復の性質”を持つ神によって、スフェラ姉妹も回復する。
 ここからは、足止めのための戦いではない。

「ここで決着を着けるぞ」

 誰かがそう言うと同時に、スフェラ姉妹も決意を固める。
 戦いは佳境へと入る。
 それは優輝の方だけでなく、こちらも変わらない。



   ―――ここからは、決着を着けるための戦いだ。















「これが、最後の一体ですか?」

「……そうみたいですね」

 一方、ミエラやサーラ達の戦いにも決着が着いた。
 最後に残ったイリスの“天使”は、あそこから防戦に努めだした。
 そのため、“天使”と“人形”達を倒し切るまでかなり時間を使っていた。

「先へ進みますか?」

「……待ってください」

 先へ進もうとするサーラとユーリを、ミエラが止める。
 同時に、彼女達の“意志”によって隔離されていた戦場が開放される。

「ッ!!」

 直後、極光が飛び、それをミエラが理力の剣で切り裂いた。

「攻撃!?誰が……」

「イリスに洗脳された神……もしくは」

「戦場が変わりましたか……!」

 ミエラの言葉と共に、全員が飛び退く。
 極光が雨の如く襲い掛かり、それぞれが対処する。
 ミエラとルフィナは理力の極光で相殺。
 サーラは剣で逸らし、ユーリは魄翼と障壁で凌ぎきる。

「これ、は……!」

「中和、急いでください!」

「っ……!」

 何かを感じ取ったミエラとルフィナが、サーラとユーリを庇うように立つ。
 そして、“性質”をフル活用し、円錐状に障壁として展開する。

「っぁ……!?」

 直後、余波とも取れる衝撃波がサーラとユーリを襲う。
 それらは全て、四人に襲い掛かった“性質”の効果の余波だ。
 ミエラとルフィナが“性質”で中和したからこそ、ただの衝撃波で済んでいた。

「っづ……!」

 だが、庇った二人はボロボロだった。
 物理的ダメージはもちろん、“領域”にもダメージが入っていた。

「だ、大丈夫ですか……?」

「……まだ戦えます。問題はありません」

 ユーリの心配にミエラはそう返すが、その顔には僅かに汗が滲んでいた。
 戦闘続行ではあるが、それでも堪えたのだろう。

「私達の役目は変わりませんよ……ただ足止めする、それだけです」

「っ……!」

 裏を返せば、勝てなくとも戦わなくてはならないという事。
 元々勝てるか分からない勝負だったため、既にその覚悟は決まっている。
 サーラとユーリも即座に構え直し、追撃をまず凌いだ。

「……幸いと言うべきか、敵が多い代わりに味方も増えますけどね」

「味方……?」

 ルフィナの言葉に一瞬疑問に思うユーリ。
 直後、すぐに気づく。
 普通なら来るはずの追撃が止んでいた事に。

「随分と広範囲が戦場になったようですね」

「ッ、これは、一体……?」

 いつの間にか、そこはイリスの勢力と別の勢力が入り乱れていた。
 “性質”も飛び交い、それが逆に相殺し合っている。
 流れ弾や四人を狙った攻撃もあるが、それらは落ち着いて対処する。

「イリスは“闇の性質”を持ちます。……となれば、当然ですが対となる“性質”も存在するのは道理ですよね?」

「“光の性質”……?」

 その“性質”に二人は既に一度遭遇している。
 無論、同じ“性質”でも別の神は存在するのも理解していた。

「基本的にそういった対となる“性質”は、お互いの力量が拮抗するようになっています。あらゆる世界の均衡を保つためにも」

「私達が遭遇した“光の性質”の神は、大した力を持っていませんでしたが……」

「その場合は、対応する“闇の性質”の神も弱かったのでしょう」

 神界における“性質”は、あらゆる世界の概念や法則にも影響を及ぼす。
 謂わば世界のあらゆるものを分担して司っているのだ。
 だからこそ、均衡が崩れればあらゆる世界に悪影響が起きるため、光や闇と言ったわかりやすく対となっている“性質”は、どちらかが明確に強いという事はあり得ないのだ。

「となると、イリスに対を成す“光の性質”は……」

「イリスと同じく、かなりの力を持ちます。おそらく、味方している神々はその神を中心とした勢力なのでしょう」

 見る限り、流れ弾以外でミエラ達を狙う攻撃は洗脳された神ばかりだ。
 悪神や洗脳された神を攻撃する神々からは、攻撃は来ていない。

「ッッ……!?」

 直後、光の柱が四人を囲うように出現する。
 同時に、流れ弾や四人を狙った攻撃が須らく消し飛ばされた。

「この理力の強さ……!」

「まさか……」

 柱は四人を覆う円柱となり、そのまま光の波動として周囲を一気に薙ぎ払った。
 周囲に敵はいなくなり、代わりに一人の女性が現れた。
 長い金髪に碧眼の、まさに女神と言った容姿と服装の女性だ。

「……通りで、イリスの攻勢が甘い訳ですね」

 その女性はミエラとルフィナを見て溜息を吐く。
 二人の後ろにいるサーラとユーリは、その様子を見ても動けない。
 イリスとは違った圧倒的な力と、そもそも守ってくれた事から迂闊に動く事は出来ないと判断したからだ。

「支配下の神々からすら執念のようなモノを感じましたが……彼女は相変わらず彼に執着しているようですね」

 呆れたように女神は言う。
 それは、ただイリスに……というよりも、イリスがただただ執着している事そのものに呆れているようだった。

「……あの、彼女は……」

「先ほど言っていた、対となる女神です。私達も一度しか会った事はありませんが」

 かつての大戦では、イリスの勢力は今よりも大きかった。
 結果的に、“光の性質”の神を中心に反撃する事になり、その際にユウキと共にミエラとルフィナも彼女と会った事があった。

「そちらの人間の方々は初めてですね。アリス・アレティと言います。そちらの眷属二人から聞いたかと思われますが、イリスの対となる神となります」

 丁寧な物腰に、隠しきれない力の波動。
 包み込むような優しさと共に、他を圧倒する程のカリスマが感じられる。
 まさに女神とも言うべき“光”を感じられる。

「っ……!」

「……なるほど。ここまで来るだけの力は持っているようですね」

 圧倒的な“光”に、サーラとユーリは怯む。
 が、すぐに正面からアリスを見返した。
 それを見て、アリスは威圧するかのような“光”を抑えた。

「試すような真似をしましたね。ですが、ここは本来貴女達が来るべき場所ではありません。早々に元の世界に帰ってください」

 アリスの言葉に、サーラとユーリは言い返そうと口を開く。
 だが、その前にアリスが言葉を続けた。

「……と、言いたい所ですが、予定変更です」

 再び襲い来る流れ弾や攻撃を光の壁で防ぎつつ、サーラ達に笑いかける。

「彼が来ていて、そして貴女達が突入するのを良しとした……となれば、それだけ“可能性”を感じ取ったのでしょう。ならば、私も見届ける所存です」

「………」

 イリスと同等であるならば、戦いを終わらせる事も可能だ。
 だというのに、決着が着くまで見届けるとアリスは言った。

「私も、彼程ではありませんが他世界の生命にある“可能性”を信じていますからね。それに、私が戦う前に因縁を終わらせる必要もありますから」

「……貴女が空気を読む方で助かりましたよ」

「“性質”と言った枠組みを超えた想いや意志……そういったモノは大切ですからね。……あの子も、それを自覚すればいいのに」

 困ったように笑うアリスは、まるでしょうがない娘か妹を思うような様子だった。
 対となるにしては、全く険悪な様子がなかった。

「ともかく、決着が着くまで私達はイリスに手を出しません。この事は他の神々にも伝えておきます。……尤も、露払いぐらいはさせてもらいますよ」

「話が早いですね」

「ズィズィミ姉妹や、天廻さんなどに話を聞いておきましたから」

 そう言って、アリスは転移と共に姿を消していった。
 同時に、周囲の敵と攻撃を“光”によって薙ぎ払っていた。

「状況は好転し続けているようですね」

「そのようですね」

 敵の数はまだまだいる。
 だが、こちらも数では負けていない。
 
「ここから、どうします?敵の群れは引き受けてくれるようですが……」

「……主を追いかけるという手もありますが……」

「このままだと戦場の拡大が収まりませんよ?」

 そう。双方ともに数があまりにも多い。
 そのために、どうしても戦うためのフィールドは広くなっていく。
 実際、サーラ達が巻き込まれたのもこの影響だ。

「となると……」

「私達も、露払いに参加しましょうか」

 戦場の拡大を対処するには、戦いの箇所を減らすしかない。
 その手っ取り早い手段が、敵の討伐だ。
 故に、サーラ達も敵を倒すために再び戦いに身を投じた。













「っ、な、なにが起きてるの!?」

 一方で、なのは達の方でも既に戦場となっていた。
 六人で力を合わせた“意志”によってレイアーを倒した。
 そう思った瞬間、別の戦いに巻き込まれたのだ。
 アリシアが驚いてそう叫ぶのも無理はない。

「……これ、全部神界の神だよ……」

 ルフィナの経験から、唯一なのはだけは何が起きているのか把握する。

「戦ってる……」

「仲間割れ……って感じやなさそうやな」

 そこかしこで神や“天使”同士が戦っている。
 なのは達にとっては、最早流れ弾を避けるだけでも一苦労な程だ。

「とりあえず、離れて状況把握すべきよ!」

 アリサの言葉に、全員が頷いてその場を離脱する。
 幸い、なのは達を直接狙う者がいなかったのか、もしくはその余裕がなかったのか、流れ弾以外でなのは達を襲う攻撃はなかった。

「ここまで来れば少しはマシね」

 遠距離攻撃の類であれば、まだまだ余裕で届く距離だ。
 それでも、状況を把握するには十分な距離を取った。

「私達が戦っていた間に、色々変わったのかな?」

「そうだと思うよ。ルフィナさんの記憶からの推測だけど……多分、“光の性質”の神様が率いる勢力が、イリスの勢力と戦っているんだと思う」

「あの時の戦線が、ここまで来たって事やろか?」

 以前神界に突入した際、イリスの勢力と戦っている神々がいた。
 元々、なのは達が神界との戦いに巻き込まれたのはイリスの策略によるものだ。
 本来であれば、別の神々がイリスを倒そうとするのが普通なのだ。

「……どうする?味方も敵も増えたようなものだけど……」

「足止めが終われば参戦していいって話だったわね」

 アリシアとアリサがどうするべきか軽く話す。

「ッ……!」

 直後、他五人を庇うようになのはが前に立つ。

「“ディバインバスター”!!」

 迫りくる理力の極光に、魔力の極光で対抗する。
 威力は押し負けていたが、それを“意志”の力で相殺に持ち込んだ。

「流れ弾じゃない!」

「すずか!防壁!」

「うん!」

「アリサとフェイトは警戒!すぐに動けるようにして!」

「私とアリシアちゃんで迎撃を担当や!なのはちゃん、フォローお願い!」

「わかった!」

 すずかの言葉で即座にアリサ、アリシア、はやての順で指示を飛ばす。
 レイアーとの戦いで、かなり“意志”は消耗している。
 いくら強い“意志”を抱こうと、永遠に続く訳ではない。
 そのため、全員の動きにどこか鈍りが見えた。

「破られた!アリサちゃん!」

「まっかせな、さいッ!!」

 極光を防いだ直後に、理力の矢がすずかの氷壁を突き破る。
 即座にアリサがカバーし、剣で矢を打ち返した。

「フェイト!肉薄お願い!」

「うん……!」

 アリシアが矢で援護しつつ、フェイトが超スピードで狙ってくる神へ迫る。
 攻撃も躱し、一気に間合いを詰める。

「ここッ!」

 それを見計らい、なのはが術式を編む。
 対象の座標を指定し、そこに跳ぶ転移魔法だ。
 フェイトにその座標をマークさせる事で、即座に合流する。

「はぁっ!!」

「ッ!?」

 その前に、フェイトが一閃を放つ。
 神の障壁をその一閃で切り裂き、防御を削る。
 当然、一撃で破れる程その神も弱くはない。

「“ディバインバスター”!!」

 そこへ、転移と同時になのはが砲撃魔法を放った。
 反動で間合いを離しつつ、フェイトと共に離脱する。

「“フレースヴェルグ”!!」

 フェイトの一閃、なのはの不意打ち。
 その二発によって、防御は破った。
 そして、詰めとしてはやてが長距離から砲撃魔法で撃ち貫く。

「まだ!」

「でしょうね!」

 すずかが叫ぶと同時に、アリサがなのは達と入れ替わるように肉薄。
 まだ“領域”が砕けていない神相手に、炎の連撃を叩き込む。

「ッッ!!」

 直後、アリサの体が吹き飛んだ。
 “性質”による衝撃波だ。

「っ……甘いわよ」

「なっ!?」

 だが、アリサもただではやられない。
 直前で御札を置き土産に霊術を発動。
 火柱を出現させ、それで神を呑み込む。

「トドメや!」

 はやての言葉と共に、拘束魔法及び霊術が発動する。
 それぞれはやてとすずかによるものだ。
 そして、吹き飛ばされたアリサと違い、三人の手が空いている。

「しまっ……!?」

 フェイトが後ろに回り込み、アリシアの矢が神の正面から迫る。
 その矢は目晦ましであり、意識を矢に向けるための囮だ。
 本命は、側方からのなのはとフェイトによる斬撃。
 “意志”を高め、“性質”すら突破して渾身の一撃を叩き込んだ。

「が、ぁ……!?」

 しかし、まだ倒れない。
 瀕死ではあるが、それでも“領域”は砕け切っていない。

「ッ―――――!?」

 追撃を。そう思ったなのは達だが、それは叶わずに終わる。
 瀕死となった神へ、柱のように極光が叩き込まれたからだ。
 そして、それはなのは達によるものではない。

「誰……!?」

 降りてきたのは、金髪碧眼に白い羽と光の輪を持つ、まさに天使の如き女性だ。
 なのは達は知らないが、彼女はアリスの眷属である“天使”だ。

「“天使”……」

「人間の方達で間違いないですね?」

 障壁で流れ弾を防ぎつつ、“天使”はなのは達に尋ねる。
 いきなり問われ、言葉は返さなかったものの、首肯で代わりに返答する。

「話は主に聞きました。全員を完全に、とまでは言えませんが、基本私達が抑えます。貴女達は、貴女達の成すべきことを成してください」

「主?」

「この神々を率いている神です」

 どういう事なのかと、詳しく聞こうとするなのは達。
 だが、そんな余裕はなく、“天使”は襲い掛かってきた別の“天使”達を引き付けてどこかへ行ってしまった。

「……ようわからんけど、お膳立てしてくれたみたいやな」

「みたいだね……」

 見れば、自分達に出来るだけ被害がいかないような立ち回りに、周りはなっている。
 はやての言う通り、お膳立てされていると見ていいだろう。
 そうでなくとも、味方の神々がいるのはありがたかった。

「そうと決まれば、優輝の手助けに行くよ!」

 アリシアの言葉に、皆が頷く。
 そして、移動を始めようとして……ふとフェイトが気づく。

「待って。……神夜達は?」

「そういえば……」

「……見かけてへんな」

 そう。別々で戦ったとはいえ、優奈達も近くにいたはずなのだ。
 いくら距離の概念もあやふやな神界とはいえ、いない事は気になっていた。

「……大丈夫。きっと先に行っているよ」

「なのは?」

「優輝さんは私達を信じて後を託した。だから、私達も皆を信じよう?」

 きっと大丈夫だと、ただ信じる。
 根拠などは一切ない。だけど、それでも信じるべきだと、なのはは言う。
 その“意志”こそが重要なのだと言わんばかりに。

「……そうだね」

「それよりも、早い事―――」

 “行こう”。そうアリシアが言おうとした瞬間。
 六人の上空を一筋の閃光が通り過ぎていった。
 
「……椿さん?」

 その閃光から、アリシアは確かに感じ取った。
 そこに集束していたあらゆる“意志”を。
 目指す場所へ届けるための、椿の“意志”を。

「まさか、神界の入り口から、狙撃……!?」

「アリシアちゃん、何を言って―――」

「今の、椿さんの矢だよ!それも、途轍もない“意志”と威力だった!」

 簡潔に、ただ驚愕の事実のみを伝える。
 ただ強力なだけならまだいい。
 問題は、神界にいるはずの椿がここまで攻撃を届けたという事だ。

「嘘やろ!?」

「ううん、確かに椿さんの“意志”を感じた。それに、向かう先は……」

 矢が飛んで行った方向は、まさにイリスがいる方向だった。
 優輝達と戦闘している影響か、“闇”の気配が漏れ出てる。
 その事から、なのは達もイリスのいる方向は把握できていた。

「これは、私達も負けてられないね」

「うん。早く行って、手助けを―――」

 負けじと自分達も行こうと歩を進める。
 その直後、極光が薙ぎ払ってきた。

「ッ……!?なんで……!?」

「っ……逃がさない、わよ。人間……!!」

 極光を放った場所には、レイアーがいた。
 だが、彼女は確かになのは達が倒したはずだ。

「確かに“領域”は砕いたはず。気配も消えて、元の居場所で再誕を……ッ!?」

 ルフィナの経験から、何が起きたかなのはが推測する。
 そして、行きついた答えに驚愕した。

「まさか、復活した途端にこっちに来た……!?」

「……その通りよ……!」

 見れば、レイアーは息を切らしていた。
 それだけ急いで舞い戻ってきたのだ。

「(なんて、執念……!)」

「なんちゅう負けず嫌いや……!それでも“可能性の性質”かいな!?」

 驚愕しつつも、なのは達は戦闘態勢を取る。
 しかし、消耗したなのは達に対し、レイアーは息を切らしている事以外は万全だ。
 “天使”も置いてきたとはいえ、今のなのは達を倒すには十分だった。

「“死闘”を制した相手に、見苦しいぞ」

 故に、彼は残っていた。
 こうなる事を、予期していたがために。

「は……?」

「“可能性の性質”であるならば、彼女らの“可能性”を認め、先に進めるべきだ。……でなければ、俺が相手だ」

 “死闘の性質”。その神がそこにいた。

「っ……今更、そっちにつく訳!?」

「おうとも。俺が見たかったモノは見た訳だからな。……それに、先ほど言った通り、今のお前は見苦しい」

 そう言って構える“死闘の性質”の神。
 敵だったはずの神が味方している事に、なのは達は状況を呑み込めずにいた。

「確か、帝君が相手していたはず……」

「ああ。そして負けた。……尤も、“領域”は砕かれずにいたがな」

 なのはの呟きに、神はそう返答する。

「往け。奴と戦えど、邪魔の阻止までは出来ん。チャンスは一度だ」

「っ……皆!」

 続けられた言葉に、ハッとする。
 いくら強くても、レイアーは“可能性の性質”だ。
 イリスを倒しに行こうとするなのは達の邪魔は可能だ。
 だからこそ、すぐさまなのはは皆に呼びかける。

「―――()()()()()()()!」

 全員が即座にイリスまで辿り着く事は出来ない。
 ならば、せめて一人を確実に。
 その意思が、眼と言葉のみで伝わる。

「すずか!」

「うん!」

 “死闘の性質”の神がレイアーを抑える。
 同時に、アリシアとすずかが術式を編み出した。
 すずかがカタパルト代わりの足場を、アリシアが撃ち出すための砲台を作る。

「リイン!わかってるな!」

『当然です!』

 さらに、加速のための術式をはやてとリインが共同で編む。

「フェイトちゃん!アリサちゃん!」

「二人共、しっかり掴まってて……!」

「こんな所でヘマなんて起こさないわよ!」

 乗り込むのは、フェイトとアリサとなのはの三人だ。
 安全確認、術式の確認などせず、即座に術式が起動する。

「行くよ!」

   ―――“霊魔加速術式”

 三人が流れ星となる。
 同時に、レイアーの攻撃が抑えきれずに、残ったアリシア達を襲う。
 それでも、既に三人は飛んだ。

「ッ……!!」

 加速による速度を、フェイトの速度を以って維持する。
 だが、それでもイリスまでは届かない。

「行ってきなさい、なのは!!」

   ―――“霊焔衝(れいえんしょう)

 だからこそ、アリサもここにいる。
 剣にありったけの霊力を籠め、なのはがそれに足を合わせる。

「ッ、せぇえええええええええいッ!!」

「レイジングハート!」

〈A.C.S. Standby〉

   ―――“煌めけ不屈の光よ(シューティングスター・ミソロジー)

 炎の爆炎と共に、なのはは流星となった。



















 
 

 
後書き
統志閃矢-神堕とし-…あらゆる“意志”と力を集束させ、一つの矢をして放つ技。放った瞬間射手は消し飛ぶが、それだけの威力を誇る。なお、神界以外の場合は力を集束させてる途中で五体が消し飛ぶ模様。

アリス・アレティ…アレティは“善”のギリシャ語。イリスの対となる“光の性質”を持つ女神であり、実力もイリスと同等。

フレースヴェルグ…原作Stsに登場する魔法。なお、原作と違って無詠唱速射且つ威力が増している。さらには範囲を絞る事による威力集中もしていたりする。

霊魔加速術式…そのまんま。霊術と魔法を合わせた砲台となる。撃ち出せば、フェイトの最高速度を超える速度を出せる。

霊焔衝…炎を炸裂させ、爆発を叩き込む技。霊力に比例する威力を持つが、燃費が悪いため今まで使わなかった。誰かを撃ち出すには最適な技。

煌めけ不屈の光よ(シューティングスター・ミソロジー)…撃ち出しの一連の流れを表す。技としては、六人分の“意志”と共に突貫するだけ。原作A'sでアインスに仕掛けたモノの上位互換。


アリスの見た目はもんむす・くえすとシリーズのイリアスとかが近いです。ただ、性格等は全く似てないので注意を。(そもそももんくえシリーズを知っている人が少ないかと思いますが)
何気に再登場、レイアーと“死闘の性質”の神。実は、神界ではゾンビ戦法が可能だったりします(“領域”破壊→リスポーン→再戦)。
他の悪神などが来なかったのは、アリスの勢力が制圧していたからです。
レイアーのみ、“天使”を囮に無理矢理抜けてきました。 

 

第288話「人と神」

 
前書き
イリス戦の続きからです。
ちなみに、おそらく300話に届かずに完結すると思われます。
 

 










「優奈ちゃん!」

 優輝達とイリスが戦っている中、優奈の下へ司が辿り着く。

「……よくあの中をやって来れたわね、司」

「脇目も振らずに、だったからね」

 “祈り”を利用して気配遮断をした事で、他の戦いに巻き込まれる事なく、ここまでやってくる事が出来たのだ。

「状況は?」

「戦場が隔離されるのは知っているわね?私は中へ通すためにここにいるわ。それで、中の様子だけど……今の所、劣勢ね」

「……そっか……」

 優奈も詳細までは分からない。
 それでも、大まかな状況は漏れ出てくる力の波動から察する事は出来た。

「行ってきなさい。多分、貴女が最後のピースになるわ」

「……うん!」

   ―――“可能性の導き(フュールング・デュナミス)

 穴が開けられ、司は中へと入って行った。













「ッ……!」

 一方で、優輝達は確かに劣勢を強いられていた。
 戦闘の最中で成長を続けるイリスに、全員が攻めあぐねていた。

「くっ……!」

 “闇”による不定形の武器を振るいつつ、“闇”の触手で攻撃する。
 既に、極光などを用いた力押しの殲滅はあまり使ってこなくなった。
 それをする余裕がない程度には消耗しているのだが、使い方が的確になっていた。

「おおッ!!」

「ふッ!」

「通りませんよ!」

 つまり、いざ使う時は回避も防御も難しくなっている。
 武器と触手を抜けて攻撃を仕掛けた帝と緋雪が、極光に呑まれた。

「はぁっ!!」

 防御すら射貫く遠距離攻撃も命中はしない。
 戦闘技術を得たイリスは、優輝や奏のように最小限の動きでそれを避ける。
 そもそも、帝や緋雪レベルの強い攻撃でなければ、ほとんどが防がれている。

「『このままじゃジリ貧だ!攻略法は一つ、どうにかしてイリスの“闇”を削げ!でなければ、防御は貫けない!』」

 優輝が念話を飛ばし、そう伝達する。
 戦闘をしつつも、全員がその言葉に耳を傾ける。

「『これまで防御を貫いたのも、イリスの想定通りだ!……あいつ、この最中で回避の練習すらやっていた!』」

 優輝や葵などが当てられなかった攻撃も、イリスが誘導したものだった。
 厳密には、突破してくる事を想定して、確実に避けられるようにしていたのだ。

「『“闇”を削ぐために……緋雪!頼むぞ!』」

「『了解!』」

 “闇”を削ぐ方法はいくつか存在する。
 一つは、司などが使う浄化や光によって祓う事。
 もう一つは、優輝が“固有領域”をぶつけたように、理力で無理矢理打ち消す事。
 そして、今から行う緋雪による“破壊の瞳”で破壊する事だ。

「『僕と奏、葵で武器を請け負う!帝!触手は頼んだ!』」

「任せなぁッ!!」

 そこかしこから発生する触手を、帝が片っ端から殴ってへし折る。
 未だに物理的戦闘力なら最強の帝だ。これぐらいならば一人で事足りる。

「『神夜。お前が隙を作り出せ。方法は任せる』」

「『……わかった』」

 直後、優輝、奏、葵が駆けだす。
 同時に帝が拳圧を飛ばし、触手を弾く。

「はぁっ!」

「何をするかは、読んでいますよ!」

 優輝達が不定形の武器を弾く……かと思われた。
 だが、武器の矛先は神夜と緋雪に向けられた。

「ッッ!!」

「っ……!?」

「それも、想定通りだ……!」

 “意志”と魔法と霊術を掛け合わせる事で、転移を成立させる。
 向かう先は、神夜の前。
 優輝は神夜を狙う事を想定し、いつでも庇えるように準備していた。
 そのおかげで、神夜へ向かう矛先を辛うじて逸らす事に成功した。

「ぜぁっ!!」

 そして、すかさず神夜が“意志”を極光として放った。
 帝が触手を弾き、奏と葵が極光の通り道を確保する。

「ッ―――!」

 イリスの目の前で閃光が弾ける。
 神夜の“意志”が、イリスの障壁を砕いたのだ。
 さらに、衝撃波が生じた事で、僅かにイリスは仰け反る。

「ここッ!!」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

 そして、その隙を緋雪は逃さなかった。
 神夜と違い、緋雪が打つ一手は僅かに後だ。
 だからこそ、不定形の武器が差し向けられても一撃目は避ける余裕があった。
 尤も、追撃は躱せずに、現在は武器に貫かれた状態だが。

「っづ!?」

 “闇”が弾けると共に、イリスが呻く。

「削った!!」

「今だ!」

 触手の勢いが衰え、不定形の武器も脆くなる。
 その隙を優輝達は逃さない。
 優輝が魔法と霊術で触手を牽制し、葵が大量のレイピアを生成して武器を抑える。
 そして、奏と帝が即座に仕掛けた。

「差し込め!」

「ええ!」

 イリスも負けじと障壁を再展開し、全方位に弾幕を展開する。
 帝と奏はそれを至近距離で避けながら攻撃を繰り出す。
 威力の高い帝の連撃を軸に、奏が差し込むように斬撃を叩き込む。

「おおッ!」

「ッ、ナイス!」

 一方で、神夜が“意志”を斬撃として飛ばし、触手を一気に薙ぎ払う。
 これにより、優輝の手が空く。
 そのまま優輝は跳躍し、弾幕を躱しつつ一本の槍を創造する。

「射貫け!」

   ―――“Gáe Bolg(ゲイ・ボルグ)

 槍が一筋の閃光となる。

「くっ!」

 “意志”も籠められ、見るからに貫通力に特化している。
 そのため、イリスは障壁で受け止めずに不定形の武器で対抗した。
 “闇”を圧縮した武器をさらに圧縮、集束させ、矛先同士がぶつかり合う。

「吹き飛びなさい!」

「ッ……!」

 同時に、帝の攻撃を多重障壁で受け止め、即座に障壁を変質。
 司が使う拒絶の“祈り”のように、吹き飛ばすエネルギーとなる。
 魔法でいうバリアバーストの完全上位互換のソレに、帝は吹き飛ばされる。

「くっ……!」

 奏が食らいつくも、その反撃方法を得たイリスに攻めあぐねる。
 攻撃の溜めをする余裕もないため、防御も貫けない。

「はぁあああっ!!」

 そこを、緋雪が補う。
 遠距離からの“破壊の瞳”でもいいのだが、イリスも対策していた。
 “闇”を用いて、物理的ではなく“破壊の瞳”特化の防御が展開されていた。
 これがある限り、緋雪の“破壊の瞳”は通らない。
 その分イリスも“闇”を割かなければならないが、攻撃手段が限られるのは痛い。

「っ……!(通らない!)」

 イリスは特別武闘派ではない。
 単純な斬り合いであれば、力押しの多い緋雪や帝にすら技術で劣るだろう。
 だが、障壁を用いればその限りではない。
 戦闘技術が向上した今ならば、防御を集中させる事で的確に攻撃を防ぐ。
 故に、緋雪や帝の攻撃ですら簡単には通らない。

「(埒が明かないか。なら……!)」

 膠着状態になる前に、優輝が流れを変える。
 触手を神夜に任せ、自らも切り込んだ。

「ふッ……!!」

 理力は使えなくなっても、“意志”がある。
 その“意志”によって、優輝はイリスの障壁をドリルのように削る。

「貴方らしからぬやり方ですね……!」

 またもや障壁が変質する。
 先ほど帝を吹き飛ばしたモノだろう。
 奏と緋雪も葵が抑えきれなかった武器の攻撃で退けられ、援護は望めない。

「いいや、いつも通りだ」

 だが、優輝には導王流がある。
 不可視の衝撃だろうと、方向性のある攻撃である限り、導王流は適用出来る。

「ぐっ!?」

 衝撃によって優輝の右肩が吹き飛ぶ。
 しかし、優輝はその反動を利用して体を捻り、蹴りから“意志”の斬撃を放つ。
 障壁は変質させたがために、そこに防がれるモノはない。
 イリスは辛うじて直撃を避けたものの、優輝と同じく右肩が切り裂かれる。

「ッッ!!」

「くっ……!」

 直後、イリスは“闇”を爆発させる。
 一度間合いを離し、体勢を立て直すつもりだ。

「ッ―――!」

 無論、それを黙って待っている優輝達ではない。
 間合いを取るための咄嗟の行動であれば、他の行動は意識外だ。
 つまり、触手や武器も一瞬動かない。
 そこを狙い、全員で一斉攻撃を仕掛けた。

「がっ!?」

 イリスにダメージを与えるには、強い“意志”が必須。
 そして、それをぶつけるには物理攻撃が最も効率的だ。
 そのための一斉攻撃だったが、イリスは即座に対応した。
 まず、不定形の武器で薙ぎ払い、避け切れなかった帝と葵を弾き飛ばす。

「このっ……!」

 さらに“闇”の触手を足元から振るい、対処させる事で緋雪の攻撃を封じられる。
 
「っ……!」

 これ以上攻撃は阻止出来ないのか、帝の拳は障壁の多重展開で受け止められた。

「くっ……!」

 その上での優輝と奏の挟撃だったが、それも当たらない。
 不定形の武器が変形し、二人の攻撃を受け止めたのだ。
 かなり変形させたため、その気になれば二人共突破は出来る。
 だが、一瞬受け止めただけで、イリスに反撃の隙を与えた。

「ッ、退け!!」

 真っ先に察知したのは優輝だ。
 優輝の叫びと共に、肉薄したままだった三人が飛び退く。
 同時に、イリスから“闇”の波動が生じ、衝撃波となって全員を襲った。

「ぐ、ぅ……!」

 余波が直撃した前衛三人は僅かに苦しむが、すぐに復帰する。
 直撃していれば、洗脳されないにしても精神をかき乱されていただろう。

「引き付けての洗脳……“領域”が認識出来なかったら、一発アウトだったな……!イリスの奴、搦め手まで使うか……!」

 “闇”による洗脳。それを、敢えて懐まで誘い込んで放ったのだ。
 その力は、以前神界に突入した時のそれより、かなり強力だ。
 直撃していれば、優輝以外の二人は危なかっただろう。

「だが!」

「っづ……!?」

 “闇”の波動に、“意志”の極光が三つ突き刺さる。
 先に後退していた神夜達によるものだ。

「これでさらに“闇”は削った!」

 直接攻撃を当てなくてもいい。
 まずは厄介な“闇”を消耗させる。
 その作戦はまだ続いていた。
 そもそも、一人では勝てない強さを持つのがイリスだ。
 弱体化の手段があれば、使わない手はない。

「っ……」

 徐々に優輝達が押していく。
 いくら戦闘技術を得たと言っても、イリスは白兵戦向きではない。
 そのため、何度も肉薄を許してしまう。
 そして、その度に“闇”を削られ、消耗していく。

「ッ……離れなさい!!」

 痺れを切らし、イリスは“闇”をそのまま衝撃波として放出する。
 単純な力として放出したからか、回避も防御も出来ずに全員が吹き飛ばされた。

「はぁあああっ!!」

 即座に体勢を立て直し、全員で“意志”による遠距離攻撃を放つ。
 それによって、放出した“闇”をさらに削る算段だ。

「(あり得ない。順調過ぎる)」

 だが、それはおかしいと優輝は心の中で断じる。
 見れば、ミエラの経験から奏もどこかおかしいと感じているようだ。

「っ―――!」

 直後、風が吹き荒れるように、“闇”がイリスへ集まっていく。

「どこから……いや!」

 “闇”の出所を探ろうとして、すぐにそれを見つける。

「……私も、“闇”の回復手段は持っていますよ?」

「……だろうな……!」

 それはフィールドそのものだった。
 最初に満たした“闇”や、戦場を隔絶する“意志”の結界から“闇”を得たのだ。
 それによって、戦力差は大きく開いてしまった。

「ッ、避けろ!!」

 優輝が叫ぶ。
 直後、“闇”がうねり全員を薙ぎ払った。
 素早く反応出来た優輝達は避けられたが、そうではない神夜と葵は被弾してしまう。

「がはっ!?」

「ぁぐっ……!」

「二人共!」

「余所見するな緋雪!!」

 その事に緋雪が反応してしまい、そこをイリスに狙われた。

「ッッ!!」

 振るわれる“闇”の鉄槌に、緋雪は大剣で抵抗する。
 しかし、緋雪の力を以ってしても、ギリギリ耐えられる程度だった。
 当然、“闇”は一撃だけでは終わらない。
 防いだ所を薙ぎ払われ、先の二人と同じように吹き飛ばされる。

「ちぃッ!」

「無理はするなよ!」

 咄嗟に帝が前に出る。
 帝であれば、多少はイリスの攻撃とも殴り合える。
 その間に優輝と奏で“闇”を削らなければならないが……

「(一手遅いか!)」

 戦えるとはいえ、抑えられる訳ではない。
 帝を狙ったもの以外の攻撃が二人に迫り、その対処に追われる。
 
「(このままだと帝もやられる。その前に手を……)」

 導王流とガードスキルをそれぞれ使う事で、直撃は避けている。
 それでも、時間の問題だ。
 帝が一度でも吹き飛ばされれば、戦況は変わる。
 その前に手を打つ必要があった。

「ッ、この程度では意味ないか……!」

 “意志”を圧縮し、槍として回避と同時に“闇”に突き刺す。
 しかし、それでは蚊に刺された程度でしかないだろう。

「(緋雪達は……ダメか!)」

 一度吹き飛ばされた緋雪達は、その上からさらに“闇”を叩きつけられていた。
 洗脳の効果はないようだが、それでも身動きは出来ないようだった。

「(となると……)」

 帝も防御の上からのダメージが蓄積してきた。
 もう間もなく直撃を食らうだろう。







「討ち祓え、極光!!」

   ―――“Sacré lueur de sétoiles(サクレ・リュエール・デ・ゼトワール)

 そこへ、“祈り”の極光が叩き込まれた。

「なっ……!?」

 完全な意識外からの攻撃に、イリスも驚愕する。
 直接のダメージはなかったものの、防御に使った“闇”がほとんど消し飛んだ。

「いいタイミングだ。司!」

「……全力、だったんだけどね……」

 放ったのは当然司だった。
 しかし、当の司は不意打ち且つ全力で放ったにも関わらずダメージがなかった事に少しばかり悔しさを滲ませていた。

「“闇”を削れただけ儲けものだ。まずは体勢を立て直すぞ」

「わかった!」

   ―――“Prière sanctuaire(プリエール・サンクチュエール)

 “祈り”の聖域が展開され、迫りくる“闇”を受け止める。

「この……なんて間が悪い!」

「私としては、危なかった所だけどね!」

 ここに来て、“祈り”という“闇”に対して相性の良い力を持つ司が来た。
 これによって、再び優輝達が有利になるかと思われた。

「ッ……!?」

 だが、プリエール・グレーヌがあってなお、イリスが優勢だった。
 “祈り”の聖域の上から“闇”が圧し掛かり司に圧力を掛けてくる。

「僕ら全員で出来る限りの隙を作る。……司、プリエール・グレーヌを使い倒すつもりで叩き込め。“闇”を削ればその分、こちらが有利になる」

「優輝君……わかった!」

 司を支えるように優輝が肩を掴み、どうすべきか伝える。
 プリエール・グレーヌもそうすべきだと言わんばかりに、小さく瞬いた。

「―――行くぞ!!」

 優輝の号令と共に、まず帝と奏が飛び出す。
 回避性能においては二人がこの中でトップクラスだ。
 続いて、緋雪と葵が飛び出し、最後に優輝と神夜が出る。

「っ……!」

 同時に、司が聖域を解除し、残った“祈り”で極光を放ち、牽制とする。

「おおおおおッ!!」

「呑まれなさい!」

 正面からイリスは“闇”で呑み込もうと極光を放ってくる。
 帝はその極光に真っ向から立ち向かい、“意志”の極光で凌ぐ。

「くっ……!」

 その間に奏が余波を躱しつつ肉薄を試みるが、途中で不定形の武器が迫る。
 防ぐ事が出来ない鋭さなため、回避に専念するが、躱し切れない。

「はぁああああッ!!」

 そこで、防ぐ事が可能な緋雪が割って入る。
 さらに葵がレイピアを生成し、牽制とする。

「一斉掃射!!」

「ああッ!!」

 そして、優輝と神夜がそれぞれ霊力や魔力、そして“意志”による弾幕を放つ。
 一発一発を砲撃魔法のように威力を高める事で、イリスに障壁を使わせた。

「人から天へ、天から神へ、我らの祈りは無限に続き、夢幻に届く!」

 司が詠唱し、プリエール・グレーヌが輝く。
 まさに全ての力を使い果たさんとばかりに、その輝きは強くなる。

「想いを束ね、祈りを束ねる!撃ち貫け!!」

 そして、輝きは一つに集束し、巨大な魔法陣を展開する。

「くっ……!」

「させない!!」

 イリスが転移で回避しようとする。
 だが、遅い。最初から動き続ければ、その行動を読まれる事はなかった。

「転移が……!?」

「全員の“意志”を集中させれば、転移を防ぐだけなら可能だ!」

 防御及び牽制を捨て、優輝達は一斉に“意志”による力をイリスに差し向けた。
 六人の“意志”で出来たのは、それでも回避行動の阻止だけだ。
 当然、無防備になった六人は、そのままイリスの攻撃に呑まれる。

 ……尤も、既に詰めの手は準備完了だった。

「“夢幻に届け、超克の祈り(アンフィニ・プリエール)”!!」

 “祈り”の極光が、全力を超えて司から放たれる。
 先ほどの不意打ちよりもより強力なため、イリスの“闇”を真っ向から祓う。

「ッ、ぁああああああああああああああああああああああッ!!!」

 “意志”をさらに叩き込み、司の極光がイリスの“闇”を呑み込んだ。

「ッ……まだです!!」

「煌めけ流星!!」

   ―――“étoile filante(エトワール・フィラント)

 散らばった“闇”が司を襲う。
 だが、司も負けじと最後の力を振り絞り、大量の魔力弾で相殺した。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 合計、僅か三回の攻撃。
 されど、三回の内後半二回は限界まで“祈り”を籠めていた。
 プリエール・グレーヌも力を使い果たし、輝きを失う程に。

「っ……!」

 それと引き換えに、イリスの“闇”を一気に祓った。
 そう思った瞬間に、イリスが転移と共に司に肉薄してきた。
 咄嗟の事に司は何とか防御を間に合わせるも、防ぎきれない。

「ふッ!!」

「ッ……!」

 そこへ、優輝が代わりに受けた。
 導王流で攻撃を受け流し、カウンターを叩き込む。
 そのカウンターは障壁で受け止められ、イリスも転移で逃げたが、何とか凌いだ。

「ありがとう」

「こっちこそ。司が来なければジリ貧だった」

 周囲一帯は、戦闘開始時とは全く違う状態だった。
 あれほど“闇”に満たされたフィールドは、今やそんな面影もない。
 戦場を隔絶するのは完全に“意志”のみとなり、外部からの干渉も最初よりかなり簡単になっているだろう。

「戦場の“闇”を自身に集約させた。……それだけの力を、イリスはまだ持っている。大半は司が祓ってくれたけど、今も全員で掛からなきゃ敵わないだろう」

 代わりに、イリスはどこかオーラを纏っている。
 足元には“闇”が蠢き、優輝が放った牽制攻撃を一蹴していた。

「……それと、重要な点がもう一つ」

「優輝君?」

「お兄ちゃん?」

 言葉を続ける優輝に、司と緋雪は思わず振り向いた。
 イリスを見る優輝の目が、敵を見る目とは違ったからだ。

「……イリスは、ただ倒すだけじゃダメだ」

「どういう―――」

 その言葉の意味を問おうとする司だったが、それは叶わなかった。
 鞭のように“闇”が振るわれ、散開したからだ。

「―――なぜ」

「っ……!」

 加え、イリスの様子がおかしかった。
 聞こえてきた声と、その表情を見た帝が思わず戦慄する。

「なぜ、なぜ、なぜなぜなぜ……!」

「っづ、こいつはぁ……!?」

 “闇”の触手の動きが、今までと変わる。
 まるで剣や腕を振るうかのように、的確だった。
 さらに威力も馬鹿にならず、帝ですら防御の上から若干押される程だ。

「なぜ、人間がこれほどの……!神に食らいつくと、本気で……!」

「な、なに……?」

 目の前にある現実が認められないと、イリスは喘ぐ。

「人と、神界における神。そこになんの違いがある?」

「っ……何もかもが違うでしょう!」

 寿命、力、精神性。確かにあらゆるモノが違うだろう。
 特に、神界における神は“性質”という生まれ以っての役割もある。
 イリスの言う事も決して間違いではない。

「ああ、そうだな。ほとんどが違う。……だが、共通している事もある」

 心もある。感情もある。そして、意志を持つ。
 それらは神にも共通し、尚且つ知性ある生命にとっての最大の武器だ。

「生命には“無限の可能性”がある。そこに人や神など関係ない。全身全霊で、限界を超えてなお追い求める“意志”があれば、こうして神にも届く」

「それは……!」

「“可能性”は僕ら“可能性の性質”の特権じゃない。……いや、あらゆる“性質”がその神の特権ではない。枠組みを超えてなお力を発揮する姿、お前も知らないはずがあるまい」

「ッ……!」

 イリスは否定できない。
 なぜなら、執着する相手であるユウキがその枠組みを超えた力を持つからだ。

「今一度問おう。お前はもう一人のお前が言った事に、納得したか?」

「ッッ―――!!」

 そして、同時にそれはもう一人の自分(イリス)が言った事を認めるという事だ。
 “闇”でありながら光を示した自身の欠片に、イリスは確かに魅せられた。
 以前の大戦で、ユウキに魅せられたのと同じように。

「人であろうと、神であろうと、その在り方に縛られる必要はない。イリス、お前も“闇”に縛られる必要はないんだよ」

「なに、を……!」

 自らの矛盾点を突かれる。
 アイデンティティを失うような感覚に、イリスは動揺を隠せない。

「……理解は出来ても、葛藤するか。なら、もう一度魅せるしかないな」

 優輝が構え直す。
 同時に、二人の会話を聞いていた緋雪達も構える。
 イリスも慌てたように構え直し、空気が張り詰める。

「人と神。その戦いの先にこそ、お前が求める可能性(輝き)はある!故に、刮目しろ!これが、お前を“性質”の縛りから解放する“可能性”だ!!」

 魔力が、霊力が、理力が、そして“意志”が爆ぜる。
 本当の最後の戦いが、ここに始まった。



















 
 

 
後書き
Gáe Bolg(ゲイ・ボルグ)…速度、貫通力特化の魔法。緋雪のグングニルより威力は低いが貫通力は上。なお、構えはFateの投げボルクに近いが、Fateとは一応無関係。

Prière sanctuaire(プリエール・サンクチュエール)…“祈りの聖域”。“祈り”を用いた聖域を作り出し、闇や悪と言ったモノの干渉を防ぐ。“闇”に対しての防御力は凄まじいが、単純な物理攻撃にはそこまで強くない。尤も、最低限丈夫と言える防御力はある。


イリスは“闇”の消耗に加え、精神的にかなり揺さぶられています。しかし、その上で優輝達の総合力を上回る強さを持ちます。
尤も、優輝達が……と言うより、優輝が目指す結末はただ倒すだけではありません。やり方によってはただ倒すよりも難しくも簡単にもなったりします。 

 

第289話「無限の可能性」

 
前書き
“性質”の枠組みを外れた神には、二種類います。
ユウキのように、“性質”の縛りから外れた所謂超越者のタイプと、奏が戦った“防ぐ性質”の神のように、自らの在り方を否定したがために歪んだタイプです。
後者は半ば暴走しているような状態なので、前者よりは強くありません。代わりに、“意志”の通りが悪くなっています。
 

 










「ッ!」

 最初に動いたのは、優輝と帝だ。
 優輝の創造魔法による剣が“意志”と共に放たれ、帝が並走するように肉薄する。

「くっ……!」

 精神を揺さぶられていたイリスは、僅かに反応が遅れる。
 すぐさま“闇”による触手で剣を弾き、帝を迎撃しようとする。
 だが、帝は気弾を飛ばしそれを目晦ましに背後に瞬間移動した。
 イリスはそれにも対応するが、障壁で防いだ際の威力に体を僅かに動かされる。

「“呪黒剣”!!」

 そこを、葵が狙い撃つ。
 足元から剣を生やし、イリスの体を浮かせる。
 ダメージ自体は防がれたため無傷だが、一瞬でも空中に浮いた事実があればいい。

「はぁっ!!」

 緋雪が上から追い打ちする。
 大剣を振り翳し、力の限り地面へと叩きつける。

「おおッ!!」

 障壁で大剣を防がれ、触手で帝も緋雪も退避させられた。
 そこへ、神夜が“意志”による極光を放つ。

「ふッ!!」

 さらに、優輝がその極光の中を通り、正面から掌底を放った。
 味方の攻撃だからこそ出来る荒業だ。

「……ッ!」

 しかし、通じない。
 “闇”が掌に集束し、それによって極光も掌底も防がれていた。

「っつ……!」

 背後からの奏が奇襲する。
 イリスは、それを見もせずに“闇”の柱を生やす事で阻んだ。

「(まさか!?)」

 さらに、イリスはその柱を掴み、刀を引き抜くように刃を手にする。
 その刃で奏と優輝の追撃を防ぎ、転移で離れた。

「司!この柱を打ち消せ!」

「形成、“エラトマの箱”!」

 優輝の指示とイリスの行動は同時だった。
 すぐさま司はイリスへと放つつもりだった“祈り”を柱に差し向ける。
 しかし、柱が“闇”の立方体になる方が先だった。

「ぐっ……!?(“闇”の力が、強い……!)」

 “祈り”の極光がエラトマの箱を呑み込む。
 だが、圧縮された“闇”はそこから全員の“領域”を蝕もうと“闇”を放つ。

「あぐっ!?」

「これで二人、抑えました」

 その一連の流れに動揺していた帝達の内、葵が狙われた。
 “闇”の棘で串刺しにされ、バラバラに引き裂かれる。

「ちぃッ!」

 優輝と帝がすぐさまイリスへと肉薄する。
 何かに気を取られれば、即座にイリスはその隙を突いてくる。
 司もエラトマの箱を破壊するために身動きが取れず、この時点で二人が抑えられた。

「ッッ……!」

 二人は飛び退き、振るわれた触手を避ける。
 そして、反撃に出る前に奏と神夜が挑みかかる。
 奏は持ち前の速さを生かし、神夜も“意志”の剣を手に全力で攻撃を繰り出す。

「はぁっ!!」

 しかし、転移によってそれも避けられる。
 それどころか、転移直後に触手が振るわれ、優輝と帝以外が避け切れずに薙ぎ払われ、さらには“闇”による閃光が間合いを離していた緋雪を射抜いた。

「ッ!?」

 直後、イリスは半身を逸らす。
 同時に、胸の上を僅かに切り裂かれた。

「あたしが吸血鬼なの、知らなかった?」

「蝙蝠になって隠れていましたか……!」

 先ほど切り裂かれた葵が、蝙蝠へ姿を変えて反撃に出たのだ。
 尤も、蝙蝠状態では大した攻撃が出来ないため、人型に戻る必要があった。
 それによってイリスに感づかれ、僅かに切り裂くに留まったのだ。

「っ……!」

 さらに、強力な魔力弾が連続で触手に命中する。
 見れば、エラトマの箱の対処をしていたはずの司が魔力弾を放っていた。

「私もただの人間じゃないんだよね」

 そう言ったのは緋雪だ。
 先ほど閃光に射抜かれた緋雪は分身によるデコイだったのだ。
 本物の緋雪は認識阻害魔法で気配を消しつつ、エラトマの箱に“破壊の瞳”を使用し、司の手助けをしていた。

「出し惜しみはなし。数の差を生かさせてもらうよ!」

 再び緋雪は分身魔法を使用し、三体の分身を繰り出す。
 本来なら魔力か体力を代償にしなければ大した強さがない分身だが、そこは“意志”で補う事でカバーする。

「向こうも全力だね……」

 それを援護するように、司が“祈り”による魔力弾を連発する。
 だが、その全てが触手で相殺されている。

「ッ!!」

 その時、イリスの全方位から斬撃が繰り出された。
 しかし、全て障壁で防がれてしまう。

「分身は、緋雪だけの技じゃないわ」

「っ……なんて鬱陶しい……!」

 攻撃したのは奏の分身だ。
 緋雪の分身と連携を取り、玉砕前提で物量による攻勢を見せていた。

「くっ……!」

 それでも押し切る事は出来ない。
 イリスも対応し、司の魔力弾には“闇”による弾幕を、緋雪と奏の分身には触手を割り当て、的確に対処していた。
 さらに、葵や優輝の攻撃も触手で受け止め、決して肉薄させない。

「ッ、お、おおッ!!」

 帝や神夜に対しては、引き付けた上で極光を放ち、上手く動きを誘導していた。
 
「司!」

「うん!」

   ―――“Prière sanctuaire(プリエール・サンクチュエール)

 “闇”を振りまくような立ち回りに、優輝は感づいて司に指示を出す。
 司もイリスが何をするつもりなのか察し、“闇”に対する防壁を築く。

   ―――“έκρηξη σκοτάδι(エクリクスィ・スコタディ)

「気づきますか……!」

 “闇”が粉塵爆発のように炸裂する。
 しかし、先に司が防壁を築いたため、爆発に塗れても優輝達は無傷だ。
 
「ふっ!」

 即座に優輝が反撃に出る。
 巨大な剣をいくつも創造し、“意志”と共に射出。
 触手で弾かれるが、命中した触手が(たわ)み、怯ませた。

「おおおおおッ!!」

 さらに、弾かれた剣を帝が掴み、一気に薙ぎ払う。
 これにより、怯んだ触手が一気に断ち切られる。

「射貫け!」

「そこッ!」

 薙ぎ払われた所を、神夜と葵が閃光で攻撃する。
 どちらも“意志”が伴っており、尚且つ連撃だ。
 まともに防げばイリスも動きを止めざるを得ない。

「読み通り!!」

 故に、イリスは転移で避けた。
 そこを、緋雪の本体が大剣で斬りかかる。

「まだです!」

「ッ……!?」

 しかし、イリスはさらに成長を見せる。
 緋雪の攻撃を圧縮した“闇”で捌き、さらに背後に迫っていた奏の連撃も触手によって全て受け止め、防ぎきった。

「ちぃッ!」

 おまけに、肉薄していた帝の蹴りも再び転移で躱される。

「(ここまで全体を見れているとはな……)」

 一対多の場合、相手全体を把握する事は難しい。
 どうしても目の前や目下対処している相手に意識が向いてしまう。
 その上で、隠れるように行動している存在を見逃してしまうのが普通だ。
 それを、イリスは把握していた。
 それほどまでに戦闘技術が高まっているのだ。

「(こうなると―――)」

「私も参戦すべきね」

 緋雪達の追撃を転移で翻弄するイリスの下へ、理力の斬撃が飛ぶ。

「ここに来て、まだ……!?」

「温存して、正解だったわね」

 転移で躱したイリスだが、即座に追撃として肉薄される。
 そして、肉薄した張本人たる優奈は、そのまま障壁を切り裂き理力を叩き込んだ。

「ッ……!」

「これも防ぐ、と。本当に成長したわね」

 ここに来て、万全ではないものの体力を温存していた優奈の参戦。
 それにより、ますますイリスは不利になる。

「―――まだ」

 ……だが。

「まだですッ!!」

 その上で、イリスは底力を発揮する。
 まるで、限界を超えて“勝利の可能性”を掴み取るかのように。

「シッ!!」

 振るわれる“闇”の触手に対し、優奈は理力を圧縮して対抗する。
 不定形な武器となるその理力で次々と触手を相殺した。

「(拮抗……いえ、底力で押されている!なら……!)」

 “可能性の性質”という突破力を以ってしても、相殺止まり。
 そうなれば、押し負けるのは優奈の方だ。
 故に、優奈はユウキと同じ行動を取る。

「ッ……!」

「なっ……!?」

「逃がさないわ!!」

   ―――“έκρηξη Dynamis(エクリクスィ・デュナミス)

 ダメージ覚悟で一歩踏み込み、理力をありったけ圧縮する。
 何をするか察したイリスが転移で逃げようとするが、それを“意志”で阻止する。
 そして、圧縮した理力を叩き込み、爆発を引き起こした。

「っづ………!」

「優奈!」

「まだ戦えるわ。……それと、削ったけどまだやるわよ、イリスは」

 爆発を受けながらも飛び退いた優奈を帝が心配する。
 その心配を受けながらも、優奈はまだ終わっていないと前を睨む。

「……この状況がお望みだったのかしら?優輝」

「……まあな」

「え……?」

 ここまで想定通りと言わんばかりの言葉に、聞いていた緋雪だけでなく、全員がどういう事なのか二人に注目する。

「言っただろう?“ただ倒すだけじゃダメだ”と」

「……一体、どうするつもりなの?」

 司が代表して核心を尋ねる。
 裏を返せば、倒す以外にやるべき事があるという事だ。
 それを行わない限り意味がないのであれば、聞かざるを得ない。

「イリスに受け入れさせるしかない。本当の自分を、本当の心を」

「……そのために、もう一人のイリスを残したのね」

「ああ」

 “もう一人のイリス”と聞いて思い浮かんだのは、優輝の洗脳を解く際に桃子の姿を借りて現れたイリスの“領域”の欠片だ。
 だが、彼女は消えたはずだと緋雪は思い、尋ねる。

「あの時消えたんじゃ……?」

「人格や自我となる、残り滓のようなモノがまだ残っている。元々は一つの“領域”だったんだ。それが簡単に消える訳じゃない」

 実際、今も優輝の中で眠っている。
 今起きている事も、なんとなくだが知覚しているだろう。

「欠片となったイリスを、本体のイリスへ戻す。同時に、僕らの“意志”を叩き込めば、イリスもさすがに自覚するだろう」

「最後の最後で賭けって訳ね」

「そこから先は僕らの“性質”すら与り知らない所だな。強いて言えば、イリス次第とでもいうべきか」

 まさかの大博打に、思わず全員が愕然とする。
 しかし、だからこそ勝ち取るべきだと、すぐさま気持ちを切り替えた。

「後は叩き込むまでの道筋を作るだけだ。来るぞ!」

「ッ!!」

 イリスも体勢を立て直していたのか、“闇”の触手が鋭さを取り戻し、さらには“闇”の極光を交えて全員に襲い掛かってくる。

「はぁっ!!」

 攻撃を避け、緋雪が斬りかかる。
 その攻撃は圧縮された“闇”で防がれ、さらにイリスは転移する。

「っ……!」

 転移直後に“闇”の刃を薙ぎ払い、それを神夜と奏が跳んで避ける。

「守って!」

 直後、司の“祈り”が二人を守り、二人の目の前で“闇”が炸裂する。

「まだ、負けません!!」

「こっちも」

「同じよ!!」

 飛び退く二人と入れ替わるように、優輝と優奈が斬りかかる。
 “闇”の触手で防がれるが、その後も何度も切り結ぶ。

「ッッ……!」

 その間に、帝と神夜が“意志”による遠距離攻撃を放つ。
 優輝と優奈が飛び退き、イリスも転移でそれを躱す。
 だが、それを予測していた緋雪と奏が分身を嗾ける。

「邪魔です!」

「シッ!!」

 あまり力を与えていないため、触手で分身は薙ぎ払われる。
 そこへ、分身に紛れるように肉薄していた葵がレイピアを繰り出す。

「くっ……!」

 レイピアの連撃が障壁を揺らす。
 しかし、そのまま反撃となる“闇”の奔流に葵は吹き飛ばされた。

「はぁあああああっ!!」

 その奔流を突き破り、帝が跳び蹴りを繰り出す。
 イリスは身を翻すように蹴りを躱し、踵落としで反撃する。
 帝も負けじと踵落としを受け止め、そこでイリスに転移で逃げられる。

「そこだ!」

「っ、この……!」

 転移先を予測した優輝がイリスを攻め立てる。
 イリスは触手で応戦するが、導王流でなかなか吹き飛ばせず、再び転移で離脱する。

「まだよ!」

「そこぉッ!!」

 さらに、そこへ優奈と緋雪が襲い掛かる。
 理力による連撃と、規格外の力による暴力がイリスの障壁を割る。

「ッ!!」

 即座にイリスは圧縮した“闇”で二人の攻撃を捌き、触手で飛び退かせる。
 ほんの一瞬睨み合い、二人は飛び退いた。
 そして、入れ替わるように司の魔力弾及び砲撃魔法がイリスを包囲する。

「―――まだです!!」

 その時、再びイリスの“闇”が膨れ上がる。
 負けられない、負けたくないと、イリスが心から吼える。
 それに呼応するように、“闇の性質”も強化されていく。

「全部防がれた!」

「おおおおおおッ!!」

 転移で避けずに、司の攻撃を全て再展開した障壁で受け切った。
 そこを狙い、神夜が“意志”の槍を投擲する。

「はぁッ!!」

 だが、それも弾かれる。
 底力と共に展開したその障壁は、衣のようにイリスに纏っている。
 そのため、腕を振るうだけであらゆる攻撃を弾いてしまうのだ。

「ッ……!マジか……!」

「これは……!」

 帝や緋雪、葵や奏なども次々と攻撃を命中させる。
 イリスはどの攻撃もほとんど避けずに防ぎ、そして弾いていた。
 どんな攻撃も、今のイリスの前では通じない。

「負ける、かぁああああああッ!!」

 神夜が再び“意志”を発揮する。
 槍を形作った“意志”を手に、突貫した。

「防がせない!」

 さらに司が魔力弾で攻撃。神夜の攻撃を援護する。
 魔力弾を腕で弾かせる事で、神夜の攻撃が弾かれないようにしたのだ。

「ッッ……!!」

 槍は障壁を貫けずに止まる。
 だが、神夜はさらに一歩踏み込む。

「邪魔です!!」

 しかし、イリスが蹴りを放ち、槍が弾かれた。
 直後に帝、緋雪、奏が襲い掛かるも、どれも通らずに弾かれる。

「これ、ならッ!」

 葵が差し込むように巨大なレイピアを投擲。
 帝達が攻撃しているために、弾かれずに障壁に命中する。
 ……だが、通じない。

「……どれも通らないわね」

「それほど、イリスの“意志”も強いんだ」

 援護射撃を繰り出しながら観察していた優輝と優奈が呟く。

「だけど、突破法はある」

「……そうね」

 故に、どうすればイリスに攻撃が届くのかもわかっていた。

「どうすればいいのかな?」

 その呟きを聞いていた司が尋ねる。

「通りそうになった攻撃は神夜と葵の攻撃だ」

「つまり、命中させた上で貫くまで押し通す必要があるのよ」

 いくら堅くても、それを貫く“意志”があれば攻撃は通る。
 だが、今のイリス相手に、一人や二人の“意志”を当てても通じない。
 だからこそ、イリスの“意志”の堅さを、こちらの“意志”で中和する。
 そこまでしてようやく攻撃が届く。そう二人は推測する。

「イリスがそれを許すはずがないって事だね。となると……」

「優輝が適任ね。転移の阻止は私がするわ。それ以外は他の皆で」

 途中から会話に参加した緋雪の呟きに、優奈が断言する。

「もう一人のイリスを持っているのは優輝よ。そして、イリスの転移を防げるのは理力が扱える優輝か私のみ。“意志”次第じゃ誰でも可能だけど、今のイリスの“意志”相手にそれは厳しい。……で、今の優輝は理力が使えないから必然的に私が転移を止める事になるわ」

「……それ以外なさそうだね」

 イリス含め、全員が既にかなり消耗している。
 その中で、イリスの転移を阻止出来るのは比較的消耗していない優奈だけだ。
 その上、転移阻止までの過程も重要となってくる。
 謂わば、転移しなければならない状況まで追い込む必要があるのだ。

「頼んだぞ」

「任せて」

 そう言って、司は攻撃を続ける緋雪達と合流する。
 攻撃が通じないためか、イリスは反撃で確実にダメージを与えていた。
 強力故に隙が大きい帝と神夜は、既にボロボロだ。

「っ……!」

「司さんの魔法も通じない……!」

 そこへ司が“祈り”による魔力弾を次々と命中させる。
 無論、その攻撃は通じず、緋雪は歯噛みする。

「どうやって突破するの?お兄ちゃん達に聞いてきたんでしょ?」

「……攻撃を命中させた上で、突き破るまで“意志”をぶつけ続けるだけだよ」

 緋雪に尋ねられ、司は僅かに思考を挟み、敢えて全ては伝えなかった。
 理由は単純だ。行動でイリスに作戦を悟られないためだ。

「そういう事だ」

 そして、それは優輝と優奈も賛成だった。
 転移まで追い込むその時まで、二人も攻撃に参加する。
 






「くっ……!」

 猛攻が繰り返され、ついにその時は訪れる。
 優輝と優奈、そして葵による武器がいくつも投擲され、それに紛れるように葵本人と奏が連撃を繰り出す。
 それが弾かれる瞬間を狙い、神夜が“意志”の剣で斬りかかる。
 僅かな拮抗の後、神夜が弾かれ、すぐさま司の魔力弾と砲撃魔法が炸裂する。
 加え、緋雪が斬りかかり、帝が障壁を破らんと突貫した。

「ぐ、ぉおおおおおおおおおおッ!!」

 物理的な強さであれば最も強い帝による突貫。
 理に適ってはいる。だが、ただ破るだけには猶予が足りない。
 それを示すように、イリスが転移で逃げる。

「ッ―――!?」

「掛かったわね!!」

 そこを、優奈が狙い撃った。
 “意志”による拘束で、転移を封じる。

「まさか、これを狙って……!」

「その通りよ。皆!!」

 優奈の呼びかけに、全員が思考を切り替える。
 ダメ押しとばかりに、霊術や魔法による拘束を加え、さらに身動きを封じた。

「優輝!」

「ああ……!」

   ―――“貫け、可能性の意志よ(デュナミス・ブーレーシス)

 魔力と霊力、そして“意志”が圧縮される。
 そして、その全てをリヒトが吸収し、優輝は一筋の光となる。

「ッ……ぁぁあああああああああああっ!!」

「っ、嘘!?」

 しかしその瞬間、イリスが力を振り絞る。
 優奈の“意志”を弾き、緋雪達の拘束を全て吹き飛ばしてしまった。

「(このままだと、転移で避けられる……!)」

 再度止めようにも、僅かに間に合わない。
 ここに来て“可能性”を見せたイリスに、優奈も打つ手はない。









   ―――「……優輝!」

「……かやちゃん?」

 その時、一筋の閃光が飛んできた。
 それを真っ先に感じ取ったのは、葵だった。
 その閃光に籠められた“意志”に、最も馴染み深かった故か。

「ッ………!!?」

 遥か遠く、神界と優輝達の世界を繋ぐ、その出入り口から放たれた一矢。
 椿によって届けられたその閃光が、イリスの額を射抜いた。
 世界の様々な生命が一点に籠めた“意志”だからこそ、障壁すら貫いたのだ。

「っ、今よ!」

「ッッ!!」

 そして、その怯みを優輝と優奈は逃さない。
 リヒトを構え、突貫する。
 さらに優奈が再びイリスの転移を封じる事によって、確実に命中させる。

「くっ……こ、の……!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 “意志”が、“可能性の性質”が光となってイリスを押す。
 水流に押し流されるように押され続けるイリスだが、そのままでは終わらない。

「(一手、足りない!)」

 イリスの障壁を貫くための猶予が、あと一歩で足りなかった。

「あの一撃には驚きましたが……これで終わり、です!」

 その場で踏ん張り、イリスは優輝を受け止めたまま反撃に出る。
 
「(ここまでか―――)」

 万事休す。誰もがそう思った。









「(―――否)」

 しかし、()()()()()
 人はその限界を乗り越えて見せる。
 それこそが、生命が持つ“無限の可能性”足る所以だ。

「はぁああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 上空から、桜色の流星が降ってくる。
 構えるは槍と化した相棒。携えるは不屈の心。

「なっ……!?」

 高町なのはが、イリスを倒さんと真っ直ぐにやってきた。

「なのは!?」

 帝の驚きの声と共に、なのははイリスへと突貫する。
 優輝と同じく、ただ一点を貫かんとばかりに突き進む。

「っ、ぁああああああああ!?」

 二人掛かりの“意志”による障壁の中和に、イリスは絶叫する。
 このままでは確実に破られると理解出来ていたからだ。
 加え、転移で躱す事も出来ない。
 障壁を失えば確実にトドメを刺しに来る。そうイリスは確信する。

「「ッ……!!」」

 優輝となのはは、お互いに言葉もなくどうするべきか通じ合う。
 ここまで来て二人の“意志”は同じだ。
 “イリスを倒す”。ただそのためだけに、自らのデバイスを突き立てる。

「(まだ……!)」

 それでもなお、イリスは諦めなかった。
 優輝に魅せられたからこそ、自らもそうあろうと足掻いた。

「ここまで来て、終われません!!」

 まさに刹那の見切り。
 障壁が破られると同時に、イリスは攻勢に出た。
 圧縮した“闇”を、二人の攻撃を食らう前に当てようと動いたのだ。







「―――行ってこい、神夜!!」

 その上を、優輝ではない彼らが行く。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」

 “イリスを一発殴る”。そんな執念染みた“意志”でここまで来た。
 だからこそ、この一撃は譲れなかった。
 そう言わんばかりに、帝によって打ち出された神夜は突貫する。

「ッ―――!?」

「食らいぃ、やがれッッ!!」

   ―――“我が正義はここにあり(ジャスティス・フォー・マイン)

 “意志”と共に、拳が繰り出される。
 イリスはそれを避けられずにまともに食らい、大きく仰け反った。

「ッ……今!」

「ああ!」

 レイジングハートの矛先がイリスを貫き、バインドで雁字搦めにする。
 そして、なのはが飛び退くと同時に、優輝がトドメを繰り出す。

「終わりだ、イリス。少しは自分の本心を受け入れなッ!!」

   ―――“真実の心(アリスィア・カルディア)

 優輝の掌には、光を纏った“闇”の球体があった。
 それを、イリスの胸元から叩き込んだ。

「―――――!!」

 周囲に残っていた“闇”が全て掻き消える。
 まさに決着が着いたかの如く、イリスはその場に倒れた。







 そう。ついにイリスを倒したのだ。





















 
 

 
後書き
έκρηξη σκοτάδι(エクリクスィ・スコタディ)…“爆発”“闇”のギリシャ語。振りまいた“闇”を粉塵爆発のように爆破させ、攻撃する技。広範囲故に威力は比較的高くない。

έκρηξη Dynamis(エクリクスィ・デュナミス)…“可能性の爆発”。導となりし、可能性の軌跡(ミソロギア・トゥ・デュナミス)の下位互換のような技で、理力を犠牲に爆発を叩き込む。上手く決めれば“領域”を大きく削る事が出来る。

貫け、可能性の意志よ(デュナミス・ブーレーシス)…ブーレーシスは意志の古ギリシャ語。“可能性の性質”と“意志”による突貫。どのような障害も、“意志”次第で突破出来る。

我が正義はここにあり(ジャスティス・フォー・マイン)…“己が為の正義”。神夜にとっての“正義”を“意志”によって叩き込む。自身の運命を狂わせたイリスにのみ発動可能且つ、今回限りの技。今後、同名の技が出来たとしても、別物になる。

真実の心(アリスィア・カルディア)…ただ“領域”を攻撃するのではなく、“領域”に訴えかける技。相手の核心を突く“領域”がなければ発動できず、発動出来ても何が起こるか分からない。場合によっては、“領域”が打ち消され合う事も。


終盤、イリスが展開している障壁は所謂ダメージカットのバフです。貫いてダメージを与えた所で、障壁は消えません。なので、攻撃を通した上に、その攻撃で倒すか間髪入れずに追撃を入れる必要がありました。 

 

第290話「イリスの本心」

 
前書き
―――“神だから”……そんな風に、縛られる必要なんてなかった 

 




















「(………私は……)」

 薄れゆく意識の中、イリスはふと思い出す。
 なぜ、自分はこのような事をしでかしたのか。
 最初に行動を起こそうと思った理由は何だったのか。

「(……私は、神として間違っていた……のでしょうか……?)」

 神界における神は、その“性質”に沿った生き方をする事が多い。
 戦闘に関する“性質”ならば、戦闘を好むように性格にも影響する。
 だからこそ、イリスは“闇の性質”らしく、“闇”を撒き散らしていた。

「(“性質”に縛られて……でも、それ以外の生き方を私は―――)」















「―――本当に?」

「え……?」

 その時、薄れていた意識がはっきりとする。
 否、これは目を覚ましたとは程遠い、
 言うなれば、精神世界。
 そこにイリスはいた。

「本当に、“性質”に沿った生き方以外を、知らないのですか?」

 周囲は“闇”のように真っ暗で、その中でイリスの姿が浮き上がるように在った。
 目の前には、イリスに瓜二つ……否、まさに“もう一人のイリス”がいた。

「どう、して……?」

「元々消える定めでしたが……彼のおかげで生き永らえていたんですよ」

 そのイリスは、本来なら消え去っていた“領域”の欠片のイリスだ。
 優輝によって今まで優輝の中に残っており、優輝がイリスへトドメを刺す際に、イリスの中へと送り込まれたのだ。

「………」

「……先の問いに戻りましょう。本当に“性質”に沿った生き方以外を、貴女は知らないのですか?」

「それ、は……」

 先ほどまでなら、認めないと否定していただろう。
 だが、打ち負かされた今では、否定しようとする事すら出来なかった。

「知らないはずがありません。貴女は、確かに理解していた。あの時の私の言葉も、“性質”に縛られない生き方も、全部」

「………」

 今までの行動を、イリスは振り返る。
 思えば、“性質”には関係ない行動を取っていた。

「わかるはずです。貴女は私であり、私は貴女なのだから」

「……はい」

 最初は、“性質”による行動だった。
 “闇”を振りまき、目につく神や“天使”を洗脳した。
 そうして神界を混乱に陥れ、自身の対となる神とその味方についた神々と戦った。
 そして、最後にはユウキによって封印された。

「彼に執着したのも、また“性質”から外れた行動です」

「……そうですね」

 その時に、ユウキに魅せられた。
 あらゆる“可能性”を。
 どんなに勝ち目が薄くとも、それを掴み取る“意志”を。
 イリスは、そんなユウキの姿に強く惹かれた。
 だから、封印されてからずっと執着していた。

「その時点で、貴女は“性質”に縛られない生き方が出来たんですよ」

「っ……」

 正論だ。まったくもって正論過ぎた。
 イリス自身、それを自覚していたが故に、何も言えない。

「ただ人のように恋する。誰かを愛する。……その事を貴女は“たったそれだけ”と言ったようですが……私にとっては、むしろ貴女に向けた言葉ですね」

「それは、どういう……」

「貴女は、それがどういった感情か明確に自覚する前に、彼に強く執着して今回の事を引き起こしたのでしょう?」

 そう。どちらのイリスも根本は変わらない。
 欠片のイリスは恋したが故に優輝を助ける行動を起こした。
 対し、イリスもユウキに対する感情に突き動かされ、執念のままに行動した。
 一つの“想い”で行動を起こした事に、なんら変わりはない。

「彼に対する執着が過ぎた故に、神界を巻き込んだんです。……それに比べれば、彼を手助けした私の動機程度……ねぇ?」

「ぅ……」

 封印の中でも、イリスは意識があった。
 ユウキに魅せられたが故に、どんなに絶体絶命であろうとも足掻き、そして逆転しようとする“可能性”を見ようと躍起になって行った。
 その結果が、今回の神界での戦いだ。
 それと比べれば、欠片のイリスが手助けした事ぐらい、大した事はないだろう。

「さて、ここまで話しましたが……貴女は、彼の事をどう思っているのですか?」

「……それ、は……」

 “どう思っているのだろう?”。そうイリスはふと引っ掛かった。
 ここまで、ユウキに対して異様なまでに執着していた。
 その根源たる“想い”は一体どんなモノだったのだろうかと。
 今まで考えようとも思わなかったがために、すぐに答えを出せなかった。

「(愛しい?憎い?憧れ?嫌悪?……愛憎が入り乱れ、て―――)」

 ぐちゃぐちゃと、自分で自分の感情が分からなくなる。
 しかし、だからこそ執着していたのだと、どこか納得していた。

「私は貴女で、貴女は私です。……どう思っているかなんて、答えはわかり切っているでしょう?」

「―――あ」

 ユウキについて考える度、心が締め付けられた。
 何度も悩まされた。行動を理解しようとした。もっと見ていたいと思った。
 それらをひっくるめれば……答えは自ずと出てくる。

「……そう、そうでした、ね。私も、ずっと……」

 “恋している”。
 その先を言わずとも、どちらのイリスもわかっていた。

「……だから、同じ私でも貴女の存在が許せなかった。だって、同じ“領域”と“性質”だとしても、恋敵なんですから……」

「欠片の私を別人と捉えていたから、そう思ったんですよ。私からすれば、元々は一つでしたから、あまり気にしていませんでしたが」

 欠片のイリスは、本体のイリスを“理解を拒んだ場合の自分”と捉え、それもまた自分自身だと思っていた。
 対し、本体のイリスは欠片の方を“自分ではなくなった誰か”と捉えた。
 その違いが、許す許さないの境界線だったのだ。

「貴女が自覚した所で、もう一つの悩みを解決しましょうか」

「もう一つ……あ……」

「そう。(イリス)は神として間違っているのか、です」

 イリスが吐露した最初の独白。
 イリスが神としての生き方しか知らなかったが故の悩みだ。

「そもそも、知識の前提が違ったのです。貴女は……というか、私もつい先日まで知らなかったのですが、神界における“神”は便宜上の呼称に過ぎません」

「それは……“天使”と同じように?」

「はい。“性質”を持ち、その概念などを機能させるための機構。それが“神”としての私達です。そこに人格などは加味しません」

 欠片のイリスも、優輝の中にいなければ知らなかった事だ。
 優輝の知識をいくつか知ったからこそ、欠片のイリスも“答え”を出せた。

「そして、神界における私達は、他世界での人間と立場は同じです。傍から“性質”を見れば、それは確かに“神”に思えるでしょう。ですが、神界では普通です」

「それは……確かに」

 特に呼称する言葉がなかったがために、神と名乗っていただけなのだ。
 神界に生きる生命という意味では、人間と何も変わりない。

「つまり……“神”としては、間違っていません。ですが、神界に生きる生命としては、些か自分を縛りすぎ、という事ですね」

「……ふふ、なんですか、それ」

「ぶっちゃけ、貴女は確かに“闇の性質”らしくあった。むしろ、らしくあり過ぎたんですよ。もっと自由に生きて良かったのです」

 “闇”というのは、どうしてもマイナスのイメージが付属する。
 そのため、“闇の性質”の神は支配や悪に傾倒しがちだ。
 それらを律するという役割と思って善神であり続ける神もいるが、基本は悪神だ。
 イリスもその例に漏れずに“闇”を振りまいていた。

「普通の、それこそ人間のように自由に生きて、恋して、それでも良かったんです」

「っ………」

 気が付けば、イリスは涙を流していた。
 表面上は平静でも、“性質”に縛られていた事は負担だったのだ。
 欠片のイリスも、自分を慰めるようにイリスを抱いた。

「“神だから”……そんな風に、縛られる必要なんてなかった」

「はい。……私達は、もっと自由で在れます」

 “ストン”と、腑に落ちる。
 自分と、もう一人の自分。お互いの言葉が、染み渡るように心を落ち着ける。

「……そろそろ時間ですね」

「え……?」

 その時、欠片のイリスの体が淡く光り、薄くなり始める。

「消滅光……どうして……?」

「当然です。私は貴女の“領域”の欠片。貴女の“領域”の中であるここに居続ければ、こうして一つに戻ろうとするのは決まっていた事です」

 “領域”は元々一つで、その“領域”が欠けていた状態だ。
 その破片が見つかったのなら、欠けた部分を埋めようとするのも当然だ。

「こうして貴女に気づいてもらえたなら、抵抗する理由はありません。彼らのように別の存在として分かたれたならともかく、私達は元々一つ。こう在るべきです」

「………」

 欠片のイリスは、再び一つに統合される事に抵抗はない。
 否、本体のイリスもそれは同じだ。
 優輝と優奈の二人とは違い、イリスは完全な同一存在。
 元に戻るだけなのだから、何も悔やむ事はなかった。

「ふふ、覚悟だけはしてくださいね。私と貴女で、彼への想いは膨れ上がりますよ?」

「えっ、それは……!?」

 最後に爆弾発言だけ残し、欠片のイリスは元のイリスへと還元されていった。
 そして、本体のイリスは言葉の意味を頭より早く、感情で理解した。

「ッ……!」

 噴水のように、優輝への想いが溢れかえる。
 元々本心では好いていた相手だ。
 そこに加え、欠片のイリスが抱いていた純粋な恋心が加わる。

「は、ぁ……!」

 “好き”という単語が頭の中で繰り返される。
 動物で例えるならば、まるで発情したように顔を上気させていた。

「さ、最後の最後に、なんてモノを残していくんですか……!」

 人間らしい恋とはいえ、その身は人を超越した存在だ。
 何とか溢れる感情を抑え、今はいないもう一人の自分に憤った。







「でも、嫌じゃないでしょう?」

「ッ―――!」

 ふと、自分しか存在出来ないはずの空間に声が響く。
 この空間に存在出来るのは、イリスかイリス自身が許した相手だけだ。

「……貴女は……」

「またもや、おいしい所は彼に持っていかれましたね」

 唯一、例外として対となる神は干渉出来る。
 アリス・アレティ。イリスの対となる“光の性質”の神がそこにいた。

「直接会うのはこれが初めてですね、イリス・エラトマ。前回も今回も、終ぞ直接見える事はありませんでしたし」

「……い、いつから見てたんですか」

 イリスの問いに、アリスはわざとらしく首を傾げ考えこみ……

「“領域”の欠片の方の貴女が話しかけた時から、でしょうか?」

「ほぼ最初からじゃないですかっ!」

 顔を真っ赤にしてイリスはアリスに激昂する。
 自分の本心や恥ずかしい所を全て見られていたのだ。
 
「っ………はぁ、もういいです。それで、何の用ですか?」

「おや、あっさりと流すのですね」

「掘り返さないでください!」

 恥ずかしいからこそ、さっさと本題に移りたいのだと、イリスは言外に示す。
 アリスもそれを理解して“分かりましたよ”と肩を竦めた。

「しばしの別れの挨拶を、と思いまして」

「―――――」

 アリスから放たれた言葉に、イリスは絶句する。

「……気づいていたんですか」

「封印されたのと、“領域”が一度砕かれたのでは大きく違いますからね。貴女は自らの“領域”を酷使し過ぎた。加え、最後の戦闘においては、限界を超えて力を行使し続けていた。……その代償は大きいですよ」

 イリスの“領域”は一度も砕けた事はない。
 だが、今までの戦闘で多くの罅が入っている。
 そこで限界を超えた力の行使を行ったため、“領域”に不具合が生じた。
 優輝と違い、限界突破の“可能性”は掴んでも代償を回避する“可能性”までは掴む事が出来なかったのだ。

「その結果―――」

「みなまで言わなくてもわかっています。……消える、のでしょう?」

 神界において、神が本当に“死ぬ”という事は滅多にない。
 だが、あり得ない訳ではない。
 かつてのユウキがそうだったように、“領域”が消滅する事もある。

「……私は神として狂っていた。ですから、この状態になるまで“性質”を酷使し続けられた。でなければ、“領域”の消失とまではいかなかったでしょうね」

「そうですね、愛に狂っていましたからね」

「………」

 真面目なのか、茶化しているのか、アリスの言葉にイリスはそっぽを向く。
 顔が若干赤いのは、やはり他人に言われるのは恥ずかしいのだろう。

「対となる貴女が消失するのは、少し寂しいモノがありますが……まぁ、これも人間でいう運命のようなものです」

「……そうですね」

「最後に……自分の本心に気づけて良かったですね。イリス」

 その言葉を最後に、アリスはイリスの“領域”から去って行った。

「……本当に、その通りですね……」

 アリスに言われた事を確かめるように、イリスは呟く。
 その顔は、どこか晴れやかなものになっていた。













「た、倒したの……?」

 仰向けに倒れたまま動かないイリスを見て、なのはは恐る恐る呟く。

「……“闇”は収まっている。でも、“領域”は砕け切っていない」

「じゃあ……」

「いや、もう追撃の必要はない」

 “領域”が砕けていないという事は、まだ倒し切れていないという事だ。
 しかし、優輝はもう大丈夫だと皆を制する。

「(……やはり、“領域”を酷使していたか)」

 元々神だったからこそ、優輝には視えていた。
 今のイリスがどんな状況なのか。

「それで、どうするつもりなの?」

 当然、半身とも言える優奈もそれはわかっている。
 その上でどうするつもりなのかを、優輝に問う。

「出たとこ勝負だ」

「……は?」

 はぐらかしたのか、本気なのか。
 どっちであろうと、優奈はその言葉に呆れた。

「お兄ちゃん!」

 そんな優輝達の下へ、少し離れていた緋雪達も合流する。
 見れば、フェイトやアリサも追いついてきたのか合流していた。

「イリスは……」

「まだ生きている。それに、もう目を覚ましているんだろう?」

 倒れているイリスに、優輝はそう声を掛けた。
 同時に、その言葉を聞いて優輝と優奈以外の全員が戦闘態勢を取る。

「……そんな、構えなくてもいいですよ」

「随分と憑き物が落ちたような顔つきになったな」

「少し、“領域”の内でもう一人の私と話しましたから」

 倒れたままの体勢で、イリスは優輝と会話する。

「今度はちゃんと受け入れたか」

「あそこまで打ちのめされたら、嫌でも受け入れますよ」

「それは重畳。今後は、人間らしい感情で世界を巻き込まないようにな」

 先ほどまでの戦いは何だったのかと言わんばかりに、落ち着いた会話だ。
 その様子に、緋雪達もどこか茫然としていた。

「……いつから、気づいていましたか?」

「僕に対する感情にか?」

「はい」

「……お前、あれで気づかれないと思っていたのか?」

 優輝の呆れたような言葉に、イリスは“ふいっ”と顔を逸らす。
 思い返せばかなりあからさまだったのが自分でもわかったからだ。

「まぁ、確信したのは僕を洗脳した時だ。あの時のお前は本心を少し曝け出していたからな。それまでは、別の感情が入り混じっていたから、半信半疑だった」

「……思えば、あれも少し恥ずかしいですね……」

 洗脳する際に優輝に行った事を思い出し、イリスは赤面する。
 それを見て、緋雪や司などが密かに色めき立つ。

「優輝君、一体何が……」

「あー、司、聞くのは後ね?」

 思わず尋ねる司だが、話の流れを切らないように優奈がそれを制する。

「本当に、さっきまでとはまるで別人だな……」

「……単に、神として在ろうとするのを止めただけですよ」

 帝の呟きにも、イリスは律儀に答える。
 先ほどまでの狂気的な面影はもうない。
 今のイリスは、非常に穏やかだった。

「それで、貴方達は私をどうしますか?どのような形であれ、それは私への罰であり、贖罪となります。特に被害を受けた世界の住人である貴方達には、その権利があります」

「………どうするの?お兄ちゃん」

 イリスに戦う意志はもうないとはいえ、何かしらの結末は必要だ。
 それをどうするべきか、最終的に優輝に委ねようと視線が集まる。

「どうもしない、と言うと少し語弊があるが……」

「……なるほど、気づいていましたか」

 力を抜くように目を瞑るイリス。
 その言葉がどういう意味なのか、今度はイリスに視線が集まった。

「お察しの通り、私の“領域”は既に限界を迎えています。一度も“領域”が砕けなかった事が却って仇となったのでしょう」

「お前の“領域”は消えてなくなる。砕けるのとは違う、完全な消失だ。……神界における“死”でもあるな」

 周囲がざわつく。
 トドメを刺すまでもなく消え去るというのは、最早罰を与えると言った話どころではなくなるからだ。

「……イリス、お前はどうしたい?」

「どうもしませんよ。この結果は私が招いた事です。大人しく受け入れて―――」

「そういう事を言っているんじゃない」

 それは飽くまで結果でしかないと、優輝はイリスの言葉を遮る。

「お前がどうしたいか聞いているんだ」

「どうしたい、なんて……今更、私にそんな……」

「お前の望みはなんだ!?イリス!」

 言い渋るイリスに、なおも優輝は問う。

「(……焦ってる?)」

 その時、近くにいた優奈が優輝を見て気づく。
 優輝が焦っているのだ。ここまで来て、何かに急かされるように。

「………、………」

「なんだ?」

「貴方と、ずっと一緒にいたい。そう言ったんですよ……!」

 顔を真っ赤にして、イリスは吐き出すように告白する。

「なんですか!ここに来て辱めが目的ですか……!」

 皆が見ている前で告白させられたのだ。
 イリスが羞恥に染まるのも無理はない。

「貴方への想いを自覚したのですから、貴方と共にいたいに決まってるじゃないですか……!ですけど、それはもう無理なんです……!」

「……このままであれば、な」

 優輝はそう言って、イリスに掌を向ける。

「今この場における代表として、僕が告げる。……イリス、お前への罰として、神界から追放とする。今一度人として転生し、自らの行いを顧みよ」

「ッ……!?」

 “可能性の性質”による力場が優輝とイリスを覆う。
 否、“性質”だけではない。優輝の持つ別の“ナニカ”をも消費している。

「優輝!?」

「お兄ちゃん、何を……!?」

 光のようなものが二人の下から吹き出る。
 明らかに何かしようとしているのは確実だ。
 だからこそ、優奈含め全員が驚愕する。

「貴方は……何をするつもりですか……!?」

「“領域”が消滅しようと、神が生き残る方法はある。僕がその生き証人だ」

「っ、まさか私を……!?」

 人として転生させる事で、イリスを延命させる。
 ……それだけならば、イリスも優奈も慌てはしない。

「止めなさい優輝!それ以上……!」

「おいおい、そんな止める程か……?」

「帝は一旦黙ってて!」

 驚きはしたものの、イリスと優奈以外は慌てていない。
 二人にしかまだ気づけていないのだ。

「……覚悟の上だ」

「ッ……!」

 その言葉に、イリスも優奈もそれ以上は止める事が出来なかった。
 それだけの覚悟が、たった一言に籠められていたからだ。

「緋雪。“導王”は、なぜそう呼ばれるようになったと思う?」

「え……?それは……人々を導いて国を造ったから?」

 唐突な問いに緋雪は戸惑いながらも答える。
 その答えは、二人がムートとシュネーだった時から大々的に知られていたモノだ。

「確かにその一面もある。だが、その本質は導王の持つレアスキルにあった」

 “可能性の性質”による光に、新たな力が注がれる。

「“道を示すもの(ケーニヒ・ガイダンス)”……」

「その通りだ」

 今まで、存在はわかっていたが、効果が抽象的にしか分からなかったレアスキル。
 それによる“力”が光に注がれたのだ。

「普段であれば、自身及び周囲に答えや道筋を示す抽象的な力を発揮するが……その力を極限まで高めれば、それを実体化させられる」

 まるで神話にある神の奇跡のように、優輝とイリスが光に照らされていく。
 その間にも、優輝の“力”は高まっていく。

「運命や因果すら捻じ曲げて人々を導く事が出来るレアスキル。それを持つからこそ、“導王”と呼ばれるようになったんだ」

「……今回は、それだけじゃないんでしょう?」

「当然だ」

 今更導王の所以を知った所で、そこまで重要ではない。
 “その先”こそが本命だとばかりに、優奈の問いに優輝は笑う。

「そこに“可能性の性質”を加えれば、神界の神にすら作用させられる」

「っ、まさか、その力で私を……!?」

「その通り。お前の“運命”を捻じ曲げる!」

 極限まで高まったその力が、解放された。
 光が降り注ぎ、イリスを包み込む。

「貴方は、本当にいつも……!」

「しばしの別れだ。積もる話は、その時にな……!」

   ―――“其は、可能性の道を示す導(フュールング・メロン・デュナミス)

 イリスを包み込んだ光は、そのまま飛び上がりどこかへ消えていった。















「……だから、“しばしの別れの挨拶を”と言ったんですよ。私は」

 遠く、未だに暴れる悪神達を抑える戦場で、アリスは呟く。
 まるで、こうなる事がわかっていたかのように。



















 
 

 
後書き
其は、可能性の道を示す導(フュールング・メロン・デュナミス)…“μέλλον(メロン)”は未来のギリシャ語。導王のレアスキルと“可能性の性質”を掛け合わせる事で、神界の神に対してすら、その結末を捻じ曲げる事が可能。


なんというか責任問題等を全力投球でどっかに投げ飛ばした感じの決着。
ちょっと投げやりですが、これでイリス戦は完全に終わりです。最後にアリスが再登場しましたが、あれは単に再会できるのにイリスは最期の別れのように言っていたため、ああいった言い方をしました。優輝達以外の神々は脇役でしかないため、何か企みがあっても本編には関わりません。 

 

第291話「永遠の別れじゃない」

 
前書き
―――いつかまた、再会の時が来る 

 










「……一体、何をしたの優輝君は……?」

 飛んで行った光を見届けた後、司が呟く。

「本来、イリスは消滅する定めだった。そこを、優輝は無理矢理変えたのよ。人に転生させる事で、“領域”の消滅から免れさせたという訳よ」

「“領域”の根幹には、如何なる存在も干渉が難しいって言ってたよね?それを無理矢理何とかするって、そんな……」

「そう。普通は出来ないはず。それをやったという事は……」

 優奈が司や緋雪の言葉に答えつつ、優輝を睨む。
 その目には、どこか憐憫が混じっていた。

「……そう。だから、焦っていたのね」

「優奈ちゃん?」

 イリスを倒してからの優輝の態度に、優奈はようやく合点が行った。
 そんな納得の呟きは誰にも聞こえる事はなく、隣にいた司を疑問に思わせただけだった。

「さぁ、皆戻ろう。足止めに残った皆と合流しながらな」

 優輝はそう言って帰路へと就く。
 何がどうなったのか疑問に思う面々だが、ずっと留まる訳にもいかないので、一先ず優輝の言う通り皆も帰路に就く事にした。







「それじゃあ、イリスは俺たちと同じように人として転生する訳か」

「ああ。……ただ、記憶は失っているかもな。実際、僕の時がそうだったから」

「私達みたいな転生者とはまた違うもんね。規模も手法も」

 歩を進めつつ、優輝は先ほどイリスに何をしたのか簡潔に説明していた。

「ユウキ・デュナミスッ!!」

「ッ!?」

 その時、優輝へ向かって一人の女神が襲い掛かる。
 一度“領域”が砕けようと、執念で戻ってきたレイアーだ。
 あまりの突然さに、優奈以外は咄嗟に動く事が出来なかった。

「………」

「っ……!」

 だが、その攻撃は優輝へは届かない。
 優輝もそれがわかっていたかのように、その場から動きもしなかった。

「俺を忘れるな」

「ぐっ……ぁあっ!?」

 攻撃を受け止めたのは、“死闘の性質”の神だ。
 例え瀕死であろうと、物理的戦闘力ならば帝を超える。
 その力を以って、レイアーを遠くへ投げ飛ばした。

「お前は……!」

「その様子だと、死闘を制してきたか。それでこそ、俺を乗り越えた人間達よ」

 “死闘の性質”の神は、帝との死闘だけでなく、その後もレイアーと戦い続けていたため既に満身創痍だった。
 それでもなお毅然と立っている。

「ここに残った皆は!?」

「生きているぞ。満身創痍ではあるがな」

「ッ……!」

 アリシア達の安否が気になったのか、アリサが尋ねる。
 その問いの答えを聞いた瞬間、フェイトが飛び出して一足先に合流しに行った。

「お前たちがイリスを倒した事で、洗脳も全て解けた。後は消化試合だ」

「その中でもレイアーは“可能性の性質”だから、優輝を一点狙い出来た訳ね……。何ともまぁ、彼女もイリスに負けず劣らずな執念ね」

 吹き飛んだレイアーが再び理力による攻撃を繰り出してくる。
 “死闘の性質”の神が理力の攻撃を弾くが、全てを捌き切れる訳ではない。
 そこで、優奈が余波を食らわないように障壁を展開する。

「……終わりね」

「そうだな」

 直後、光の柱がレイアーのいる場所に立ち昇る。
 それを見て、優奈は戦闘態勢を解いた。

「今のは……」

「“光の性質”による攻撃よ。それも、イリスと同等の実力者による、ね」

 先ほどの光の柱は、アリスによるものだ。
 いくら優輝と同じ“性質”のレイアーとはいえ、不意打ちを食らえば無事では済まない。

「皆ー!」

「アリシアちゃん!」

 戦闘が終わると同時に、アリシア達がフェイトと共に合流しにやって来た。
 かなりボロボロ且つ、アリシアはフェイトに支えられている程だったが、無事に戦い抜いたようだった。

「……勝ったんやな。皆」

 合流し、優輝達の様子を見てはやてが安心したように呟く。
 直後、緊張の糸が切れたように、はやて達はその場に座り込んだ。

「皆さーん!」

「主様ー!」

 戦いが終わったからか、遠くからユーリ達も合流してくる。
 ミエラとルフィナがいたからか、こちらは比較的はやて達より軽傷だ。

「後は神の六人か」

「ここにいますよ」

 優輝の呟きに答えるように、光が発生する。
 その光が収まると、そこに祈梨達がいた。
 同時に、アリスもおり、彼女が祈梨達を連れてきたようだ。

「さて、この度は私達に代わり、イリスを倒してくれた事を感謝します」

「……よく言う。前回はともかく、今回は時間さえあれば僕らがいなくとも解決は出来ただろう。準備もしていたみたいだしな」

 アリスは感謝を示すようにお辞儀する。
 しかし、優輝はどこか呆れたようにそう発言した。

「ええ。ですが、彼女の本心を受け入れさせる事は出来なかったでしょう。彼女が固執していた貴方と、共に戦った者達の正当な成果ですよ」

「それは……まぁ、そうだな」

 実際、優輝達が何もしなくとも、イリスは最終的に倒されていた。
 だが、行動を起こさなければそれまでの間に優輝達の世界は蹂躙されていただろう。
 だからこそ、こうして“可能性”に賭けて突入したのだ。

「……しかし、今回の影響は局所的に見れば以前より遥かに大きいです」

「っ……!」

 アリスのその言葉に、ユーリが僅かに反応を見せる。

「……どういう事?」

「神界からの干渉を受けた結果、貴方達の世界はあらゆる平行世界から独立した存在になってしまいました。その結果、時間においても現在以外に存在せず、例えば……」

「私のように、“現在”にあたる時間に干渉した存在でなければ、過去や未来は全て消失してしまう……と言った所でしょうか?」

 アリスの言葉にユーリが続け、その返答にアリスは感心したように微笑む。

「ご明察です」

「いえ、グランツ博士の推測から私なりに考えただけです」

 元々、祈梨から未来の可能性は全て切り捨てられた事は聞かされていた。
 そこから考えれば、アリスの言った事ぐらいならば推察できる。

「平行世界からの独立、か……」

「漠然としか理解出来ないけど、どういう事なの?」

「平行世界については全員大体は分かるだろう?普段は決して交わらない世界だが、互いに影響し合ったりはするんだ」

 優輝の言葉に、緋雪達のほとんどは疑問符を顔に浮かべる。

「例えば、ほとんど変わらない平行世界同士は所謂“隣り合っている”状態だ。互いに影響し合うと、その二つの平行世界はほとんど違いがない」

「……そこから独立したって事は、他の平行世界と全く違う道を歩むって事?」

「その通りだ」

 緋雪の呟きを優輝は肯定する。

「じゃあ、これからの未来、俺たちの知っている所謂“原作”の流れは……」

「全く辿らない可能性もある」

「そういう事か……。いや、あのジェイル・スカリエッティが味方にいる時点で辿らないのは分かっていたが……」

 転生者という介入者がいても、影響は避けられない。
 詰まる所、“世界の修正力”がその平行世界からの影響なのだ。

「まぁ、平行世界云々はそこまで気にする必要はないだろう。……問題は、神界の介入に対する影響だろう」

「まだ何かあるの?」

「むしろ、こちらが本題だろう」

 そう言って優輝はアリスを見る。
 アリスも同じ考えだったのか、優輝の言葉に頷いて言葉を続ける。

「神界の影響によって、貴方達の世界における法則が崩壊しました」

「あっ……!」

「人にあるはずの寿命も消え、死という概念も崩壊。明らかに“世界”としてのシステムが成り立たなくなっています」

 そう。その兆候はとっくに表れていた。
 現世と幽世の境界の消失に加え、肉体の死が“死”に繋がらないなど。
 神界の戦いにおいても、“領域”さえ無事なら決して倒れる事はなくなっていた。
 ……当然、その分法則も壊れていたのだ。

「どうすれば……」

「世界の法則が回復するまで、我々で代わりを務めるしかありません」

「“性質”はあらゆる世界における事象や概念、法則に通ずるからな。寿命、生死、その他様々な概念も何とか出来る」

 だからこその“性質”だ。
 一つの世界を運営する程度、その気になれば簡単に出来る。

「……結局、神界の管理下だな」

「最初からイリスに支配されるか、神界に保護されるかの二択だったわね」

「それは……」

 いくら支配とは違うとはいえ、管理される事に抵抗を覚えたのだろう。
 緋雪達はどこか納得いかなさそうな顔をしていた。

「まぁ、考え方を変えれば管理局が管理世界に認定するようなものだ」

「あー、それやったら納得……出来るんかなぁ?」

 規模は違えど管理局と管理世界の関係と同じようなもの。
 そう説明する優輝だが、はやての言う通り納得とは別物だ。

「行うのは本来のシステムの運営のみ。貴方達には本来の生活と何ら変わりません。派遣する神もその“性質”の神に限定します。安心してください」

 それを聞いて今更安心出来る程、優輝達も単純ではない。

「……まぁ、そう簡単に信じませんよね」

「僕や優奈はともかく、緋雪達は神界の神達に詳しくない。そう簡単に信用しているんじゃ、ここで戦い抜けていないさ」

 何より、最初の時点で洗脳されていた祈梨とソレラに騙されていた。
 そのため、どうしても疑ってしまうのだ。

「では、システムを運営するのは彼女達に任せましょう」

「彼女達……?」

 誰の事なのかと、視線を向ける。
 そこには祈梨や天廻など、今回の戦いにおいて全面的に協力した神々だ。

「彼女達ならば、貴方達も信用出来るでしょう。各概念に対応する“性質”でなくとも、理力があればシステムの運営は可能ですし」

 顔見知りであれば、多少は信用できるだろうというアリスの計らいだ。
 それならば、と緋雪達もある程度納得はしたようだった。

「詳しい事は貴方達に任せます。此度の戦いで疲れたでしょうから、貴方達の世界の入り口まで送りましょう」

 そういうや否や、優輝達はアリスによって転移する。
 次の瞬間には、出入り口を守るクロノ達が見える位置まで来ていた。

「皆……!」

 戦いが終わった事による歓喜と安堵が勝ったのだろう。
 緋雪達はゆっくりと駆け出して行く。

「……わかっているのですか?」

 そして優輝と優奈、祈梨達が後に続こうとした時、転移に同行していたアリスが言う。

「レイアーが執念で貴方を狙ったのは見えていました。あの時、貴方は平静を装っていましたが……既に、何も出来ない状態でしたね?」

「……さすがに、気づかれるか」

「やはり彼女達と私達では視えているモノが違いますから」

 そう。優輝は既に限界だった。
 レイアーを前に何も出来ず、ただ優奈か他の誰かが庇うのを待つしかなかった。
 それほどまでに、今の優輝は無力になっている。

「イリスとの決着を着けた時点で、限界だったものね。だから、あの時焦っていたのでしょう?幸い、私とイリス以外は気づいていなかったけど」

「ああ。既に僕の“領域”はイリスと同じでボロボロだ。限界なんて、とっくに超えているさ。ここまで来たのも、ただの気合でしかない」

 優輝の体から、淡い光の玉が浮き上がっていく。
 “消滅光”と呼ばれる、消滅時に発生する光だ。

「彼女達にとって、貴方は重要な存在です。……伝えないのですか?」

「伝えるよ。それに、永遠の別れじゃない」

 そう言って、優輝は前へと歩き出す。
 アリスもそれを見て、これ以上はなにも言わなかった。

「ゆう……ッ!?優輝、その光は……?」

 近づいてきた優輝に真っ先に駆け付けたのは、優輝の両親だ。
 そして、すぐに消滅光に優香が気が付いた。
 見た目は綺麗なモノだ。だが、嫌な予感しかしなかった。
 だからこそ、恐る恐る優香は尋ねた。

「消える前に合流出来て良かった」

 たった一言。
 その一言で、それを聞いた優奈以外の全員が戦慄した。

「なん、で……?」

「かつての大戦もだけど、“可能性の性質”はその“性質”故に限界を超えて行使する事が出来る。……その代償がこれだ」

 緋雪が絞り出すように出した言葉に、優輝は淡々と答える。
 それは、かつての大戦でも起きた事。
 限界を超えた“性質”を行使し続け、“領域”に大きな負荷が掛かっていた。
 それだけならば、単に“領域”が砕ける、もしくは砕けやすくなるに留まるだろう。
 だが、その先まで“性質”を行使すれば、こうして“領域”は消滅する。

「完全な神として在れば、砕けるだけに留まっただろうな。でも、僕は人間に戻った後も“性質”を行使し続けた。だから、とっくに限界を超えていたんだ」

「……なんで……なんで、言ってくれなかったの……!」

 司が怒りと悲しみを織り交ぜたような表情で優輝を責める。

「言った所でどうにもならないさ。それに、言っていたらその事を気にして力を出し切る事も出来なかっただろう?」

 消滅する結果を変える方法はあるにはある。
 だが、それもまた代償が必要であり、救えるに向いている“性質”が必要だ。
 そして、そのような事実を事前に知っていたら、確かに司達はそれを気にする。
 全体を見て最善の過程を優輝は選んだに過ぎないのだ。

「ッ……てめぇ、ふざけんなよ!!なんで、なんでここまで来て……!そんな結末、誰も望んじゃいねぇだろうが!!てめぇも、それは分かってるだろうが!!」

 だからこそ、帝がキレた。
 せっかく大団円で終われそうになったのに。
 ここまで来て、皆の中心であった優輝が消える。
 そんな事実が、帝は許せなかった。
 否、当然ながら帝だけでない。誰もがその事実を許せなかった。

「いう事は尤もだ。……だけど、誰もこれが“結末”とは言っていないぞ?」

「は……?」

 帝に胸倉を掴まれたまま、優輝は答える。

「僕が選んだ“最善”は僕だけが望むモノじゃない。……皆にとっての“最善”だ。おかげで、あらゆる場面で綱渡りになったが……“掴んだ”」

「何を言って……」

「僕らが迎える“結末”はここじゃない。もっと先だ。そうだろう?優奈」

 優輝の言葉によって、優奈へと視線が集中する。
 注目された優奈は溜息を吐きつつ、優輝へと返答する。

「……よく言うわ。こんな賭けの連続なんて、どんな大博打よ」

「だからこそ、成し遂げた先のモノは大きい」

「うっさい。我ながら周りを振り回して……フォローはしないわよ」

 憎まれ口を叩きながらも、優奈の顔に悲壮感はない。

「知ってたのか?この事を……」

「途中で気づいた、が正しいわね。……ただ、同じ立場なら私も考え付いただろうと思うと……やっぱり、私と優輝が元々一つだっただけあるわ」

 優奈も優輝から聞かされていた訳じゃない。
 だが、途中で優輝の状態に気づき、そこから何をする気なのかを理解したのだ。
 それを説明するために、優奈は改めて皆に向き直る。

「消滅する結果を変える方法があるわ。条件は大まかに二つ。一つは代償を支払う程の力。もう一つは“結果”に干渉出来る“性質”である事」

「それって……」

 前者はともかく、後者には心当たりがあった。
 “可能性の性質”。それならば“結果”にも干渉出来る。

「でも、変えられる本人……今回の場合は優輝ね。優輝自身が“結果”を変える事は出来ない。飽くまで他の人が行う必要があるわ」

「そこで、優奈の出番って訳だ。やり方は見ていただろう?」

 優奈もまた“可能性の性質”であり、条件を満たしている。
 ここまでの道程を、優輝は“可能性の性質”と“道を示すもの(ケーニヒ・ガイダンス)”によって無理矢理辿ってきたのだ。
 だからこその“賭けの連続”だった。

「お姉ちゃん……」

「優奈ちゃん……」

「……やってやるわよ。最高で、最善の“結末”を、掴もうじゃない」

 理力が渦巻く。
 だが、なけなしの理力では足りない。

「余った理力を貸してちょうだい!」

 故に、足りない分は天廻達が供給する。
 ここまで来てただ見ている訳もなく、天廻達は何も言わずに協力した。

「言っておくけど、これで上手く行くかは賭けよ!」

「百も承知だ」

「なら、受け取りなさい!」

   ―――“其は、可能性の道を示す導(フュールング・メロン・デュナミス)

 イリスにも使われた光が、今度は優輝を包み込む。
 
「かはっ、はぁー、はぁー……ッ!まったく、私だって代償がない訳じゃないんだから……!」

 光が収まった瞬間、優奈は血を吐いてその場に蹲った。

「成功したの……?」

「一応ね……」

 イリスの時と違い、優輝はまだそこにいる。
 その事から、司は不安がって尋ねたが、確かに成功したと優奈は断言する。

「父さん、母さん」

 消滅光はまだ収まっていない。
 今ここで一度消えるという事実は変わっていない。
 そのため、消える前に優輝は両親へと声を掛ける。

「神としての僕は残っても、父さんと母さんの息子である志導優輝はここで死ぬ。それは変えられない事実だ。……だから」

「それでも!お前は息子だ!」

「そうよ!それは、変わらないわ……!」

 遮るような二人の言葉に、優輝は笑みを浮かべる。

「その言葉を聞けて良かった。そして、ありがとう。僕も父さんと母さんの子に生まれて良かった。二人にとっては親らしく出来ないと思った時もあっただろうけど、それでも二人は僕にとって親に変わりなかったよ」

 “領域”が消えなくとも、志導優輝の命はここで終わる。
 次に目を覚ました時には、二人とは血の繋がりがなくなってしまう。
 ……だけど、それでも“家族”だと、そう確信出来た。

「……せめて、二人とは言葉を交わしたかったからね。こうして、ここまで来れて良かった。後は……緋雪」

「お兄ちゃん。永遠の別れじゃないなら、さよならは言わないよ」

「……言うまでもなくなったな。緋雪も、強くなったものだ」

 緋雪にとっては、転生など今更だ。
 だから、別れの意識は持たない。

「司、奏」

「出来るだけ、早く帰ってきてよ。私の大好きな親友」

「また救うだけ救っていなくなるのは嫌よ。……だから、いつかまた恩を返させて」

「ああ。そのためにも、僕は帰ってくる」

 覚悟は決まっている。永遠の別れではない。
 不安はない訳ではないが、その想いから二人は再会を約束する。

「葵、それと椿……いるか?」

「“領域”が無事だったから、いるわよ」

 “意志”を集めた矢を放った椿は、肉体を失っていた。
 それでも“領域”は無事なため、幽霊のような透けた姿で存在していた。

「僕の式姫として共にいてくれてありがとう。何度も助けられよ」

「式姫として当然の事よ。……それより、早く帰ってきてよね」

「かやちゃんが寂しがっちゃうからねー。もちろん、あたしも。……だから、実は助からなかった、なんて止めてよね?」

「当然だ」

 式姫として、時には家族として、共に過ごしてきた。
 そのために思う所は色々あった。
 それらを全てひっくるめて、二人は短く言葉を交わした。

「ルフィナ、ミエラ。悪いな、再会したばかりだと言うのに」

「いえ。一時と言えど再会できた。それだけで十分です」

「また会えるのを楽しみにしています。主よ」

 最後に己の眷属たる二人に声を掛け、周囲を見渡す。

「皆の“可能性”しかと魅せてもらった!!僕は満足だ!本当に、本当にありがとう!!これから僕は再び人に転生する。いつかまた、再会の時が来る!故に、その時までしばしの別れだ!」

 高らかに叫ぶ。
 同時に消滅光が一際強く溢れ、光が優輝を包み込んだ。

「さよならは言わない。いつかまた、“可能性”の先で会おう!」

 その言葉を最後に、優輝はその場から消滅した。
 最後に残った光は天へと伸び、イリスと同じように転生していった。

「………」

「………」

 永遠の別れでなくとも、一時の別れだ。
 そのため、誰もが何も言いだせず、沈黙が続く。

「……時間がないからって、後の事は私に丸投げなのね」

 ただ一人、優奈は呆れたように光が消えた上空を見ながらそういった。

「ほら、しんみりするのも分かるけど、まずは帰りましょう。いつまでも神界にいたらそこの出入り口が閉じれないでしょ」

 手を叩いて優奈は全員に催促する。

「でも……」

「でもも何もないわ。これからどうしていくか細かい部分も決めていかなくちゃならないんだから、戦い終わってはい終わりとはいかないのよ」

 何人かは名残惜しそうに渋るが、それを無理矢理押して神界から追い出していく。
 そんな優奈の態度に、いつまでもしんみりしてられないと、一部の者達も帰っていき、最後に優奈と祈梨達。そしてずっと見ていたアリスだけとなった。

「では、貴女達が出た後は私が閉じておきます」

「頼むわ。神界の事は貴女に任せたわよ」

「はい。お互い、後始末を頑張りましょう」

 アリスの言葉に、優奈は苦笑いする。
 
「しばらくは神としての力も使えないし、のんびりやっていくわ」

 先ほどの代償で、優奈は理力を完全に失っていた。
 再び戻るのは、人としての寿命を完全に終えてからだろう。

「次会う時は、もっとゆっくり話せるといいわね」

「私もです。貴女の……ユウキ・デュナミスの話には興味が尽きませんから」

 その言葉を最後に、優奈達も元の世界へ帰って行った。
 アリスはそれを見送り、約束通りに出入り口を閉じるのだった。



















 
 

 
後書き
若干短いですけどここまで。
本来ならもっとしんみりする展開にする予定でしたが、いざ進めてみるとただ優輝が周りを振り回しただけになりました。
それでも一時退場なので、緋雪達は割と悲しんでいます。 

 

第292話「英雄達の帰還」

 
前書き
戦闘は完全に終わりです。後は後始末&後日談になります。
 

 












「………」

「………」

 帰ってきた。
 眼下には八束神社の跡地があり、地球に残って戦っていた者達がそこにいた。

「……終わった、んだよね……?」

 神界での戦いに勝利した事。
 そして、無事に帰ってきた事。
 一時とはいえ優輝が消えてしまった事。
 その全てに、いまいち実感がなかった。

「そうよ。戦いは終わった。それだけは確かよ」

 だからこそ、優奈がしっかりと断言する。

「……そっか……」

 ふわりと、八束神社跡地に降り立つ。

「なのは!」

「……!お父さん、お母さん!」

 名前を呼ばれ、なのはは駆け出す。
 それを皮切りに、なのは以外の家族がいる者達も名前を呼ばれる。
 皆、戦いに行った子供が帰ってくるのを待っていたのだ。

「皆、無事に帰ってきたのね」

「リンディさん」

 遠くからリンディが他の局員を引き連れつつ合流してくる。
 皆が帰ってきた事に安堵しているようだが、すぐに優輝がいない事に気づく。

「……彼は、優輝君は……」

「それについては私が説明するわ」

 優奈が前に出て、何があったのか簡潔に説明を始めた。







「じゃあ、本当に死んでしまった訳ではないのね」

「一応はね。ただ、魂はそのままでも肉体は完全に消滅したわ」

 説明を聞いて、リンディだけでなく同席した各家族達も安堵していた。
 しかし、優奈が続ける言葉に、全員が驚愕する事になる。

「まぁ、今回の戦いで一度でも体が消し飛ばされた人も“死んだ”と言う意味では同じになるわね。“意志”で補填したとはいえ、それは本来の肉体ではないもの」

 そう。今回の戦いでは通常の死は“死”にならない。
 “意志”次第でいくらでも再生出来た。
 しかし、一部の欠損ならともかく、肉体全てを消し飛ばされた場合は物理的な再生はしておらず、ただ“意志”によって補填されているだけなのだ。

「どど、どういう事!?」

「そのままの意味よ。無意識下での“意志”で今は形を保っているけど、世界の法則が元に戻れば……まぁ、死ぬわね」

 苦笑いしながら言う優奈だが、他の者からすれば冗談で済まない。
 この中で体を消し飛ばされた者は何人もいる。
 いつ法則が戻るか分からないとはいえ、死が確定しているのだ。
 軽く流せるはずもない。

「マジか……本来の肉体じゃないって、そんな実感ねぇな」

「そもそも無我夢中だったからな」

 一方で、気にしていない者もいた。
 今の肉体は、詰まる所“テセウスの船”というパラドックスみたいなものだ。
 “意志”によって補填されているが、それは本当に自分なのか。
 そう言った不安もあって、何人かはパニックになっている。

「落ち着いて!私だって、なんの解決策もなしにこんな事あっさり言わないわよ」

「よ、よかった……」

 当然、解決策もある。
 それを説明するために、一度優奈は全員を落ち着かせた。

「まぁ、これは祈梨達にとって世界の法則を戻す前の一仕事になるわね」

「どういう事?」

「理力はあらゆる存在に対して互換性があるわ。魔力や霊力に変換する事はもちろん、その気になれば概念にすら置き換えられる。当然、物理的なモノにもね」

 理力はあらゆるモノに変わる前の“力”だ。
 そのために、如何なるモノにも変える事が出来る。
 それを利用すれば、元の肉体を創り出す事も可能だ。

「さすがに人数が人数ですから、時間はかかりますけどね」

「とりあえず、手始めにこの場の皆さんを戻しましょう」

 祈梨とソレラがそう言って、理力を行使する。
 溢れ出す理力は、肉体を消し飛ばされた者に流れ込み、肉体へと変わっていく。

「……変わったようには感じないが……」

「“意志”による補填も今だけを見れば理力で補填するのと変わらないもの。感覚としては何も変わらないわよ」

 世界の法則が戻り始めた時ならともかく、今はどちらも同じだ。
 実感のなさに困惑があったが、それでもこれで補填は完了だ。

「さて……一回落ち着いて今後について話し合いたい所だけど……」

「問題は、どこでするかだよね?」

 今回の戦いで、軒並み大きな建物は全滅だ。
 それは地球もミッドもどこも変わらない。
 となれば、大勢が集まって話す場所の確保が必要になる。

「ミッドチルダも同様に壊滅状態だから、通信もままならないのよね……」

「通信自体は司でも何とかなるけど……まずは、臨時の施設が必要ね」

 帰ってきても重労働だと、優奈は溜息を吐く。
 尤も、ある程度は分かっていた事だ。
 すぐさま行動を開始する。

「まずは街の様子を見ないとね。場所としてはやはり学校辺りがわかりやすいと思うわ。そこに、私の創造魔法と……祈梨以外の神が協力してくれるとありがたいわ。祈梨は司についてもらって、“祈り”で各世界の主要人物とかに念話を繋げるように」

「それが無難ね。こちらで手伝える事はある?」

「単純に、瓦礫の撤去とかが必要ね。幽世の大門の時と同じよ」

「わかったわ」

 優奈の指示を受け、まずは司達も通う学校へと向かう。
 そこには紫陽が繋げた幽世への門もあり、避難場所となっている。
 敷地も学校なため広く、仮拠点にはちょうどいいだろう。

「ただ、今はまだ動ける人だけでいいわ。まずは休むべきだもの。……特に、神界に突入したメンバーは、ね」

「それなら、私達が式神を貸すよ。単純作業であれば、いくらでも動かせるしね」

「助かるわ。リンディもそれでいいわね?」

「ええ。それでいきましょう」

 戦闘が終わった事による安堵で、肉体的にはともかく精神的な疲労が大きい。
 出来る事ならば、すぐにでも休みたい程だろう。
 幸い、寝床を確保するだけならばまだ何とかなる。
 とりあえず休む場所に向かうため、優奈達は全員で移動を開始した。









「とこよー!」

「あれ、鈴さん」

 ちょうど学校に着く頃に、鈴が合流してきた。
 彼女は今回の戦いではずっと日本で戦っており、神界には来ていなかった。
 そのため、結果確認も兼ねて合流しに来たのだろう。

「方位師の転移のおかげで、移動が楽でよかったわ」

「どうしたの?……って、皆……」

 とこよは駆け寄った際に、鈴と共にいる面子を見て察する。
 そこには、かつてとこよが陰陽師として活動していた頃の仲間がいたからだ。

「文ちゃん、三善先生、校長先生……それに、澄姫と柴乃さんまで……」

「他にも知り合いの妖とか、平安の人達もいたけど、とりあえずね……」

 共に戦ったとはいえ、その時は再会を喜ぶ間もなく戦い続けた。
 その後、支援にいくため神界に赴いた。
 故に、ちゃんとした再会は今回が初めてだ。

「それよりも、結末はどうなったの?」

「それについては……」

「こっちは先に仮拠点を創っておくから、そっちはそっちでやってていいわよ」

 とこよと紫陽が一度離脱し、鈴達に経緯を説明する。
 その間に、優奈達は仮拠点となる寝床を制作した。
 と言っても、比較的壊れていない建物を創造魔法と理力で補填したものだ。
 一から創造する程の余力も残っていないため、元々あるものを利用した。







「………」

 仮拠点を創り、まずは戦いが終わった事を周知する事にした。
 そのために、祈梨のサポートを受けつつ、司が“祈り”を広げていた。

「……ダメ。なかなか上手く行かないよ……」

「肝心のプリエール・グレーヌが力を使い果たしていますからね……。それに、戦いが終わったからか世界そのものによるバックアップがありません」

「回復するまで待つしかないかな……」

「そうですね」

 しかし、周知するには力が足りなかった。
 地球だけならばまだ何とか出来たが、全ての次元世界に行き渡らせるにはプリエール・グレーヌの力がなければ無理だったのだ。

「私自身消耗していますから、一先ず回復を待ちましょう」

「……うん」

 結局は回復待ちだ。
 そのために休もうと、仮拠点の寝床に向かった。
 仮拠点は基本テントで作られており、既に街中に散らばっていた住民も集まっている。

「司!」

「あ、玲菜ちゃん」

 その中に、司の学友でもある玲菜がいた。
 遠くの方には玲菜の彼氏である聡もおり、こちらに気づいていた。

「では私はこれで。積もる話もあるでしょうから」

「あ、うん」

 祈梨はそんな司達に気を利かせ、席を外した。

「よかった……帰ってきてたのね……」

「何とかね……。それよりも、皆戦ったみたいにボロボロだけど……」

 心配する玲菜だけでなく、住民のほとんどがボロボロだ。
 それも、ただ被害にあったというよりは、戦ったかのように。

「戦ったのよ」

「えっ?」

「私達も、負けたくないって思って戦ったのよ。あの時聞こえた声で奮い立って、ただ我武者羅にね。……少しでも、司達の力になりたかったから」

「……そっか……」

 世界中の英雄を召喚したあの時、“世界”からの声を玲菜達も聞いていた。
 優輝達が戦っていると知っているが故に、戦おうと決意したのだろう。

「まぁ、単純な戦いだと足手纏いでしかなかったんだけどね。私なんて、そこらにある石を投げるしか出来なかったし。……それでも通じたのには驚いたけど」

「あはは……まぁ、単純な戦闘は前提でしかないからね。バトル漫画とかにあるでしょ?意志で戦力差をひっくり返すっていうの。今回のはあれが顕著に出たようなものだから」

「だからって極端すぎない?おかげで力にはなれたけども」

 なんやかんやで久しぶりの再会に会話が弾む。
 ふと、司が視線を向ければ、別の場所ではなのはやアリシアなどもクラスメイトと再会したのか、色々会話していた。

「事情はある程度聞いたのだけど、その……」

「どうしたの?」

 言い淀む玲菜。
 代わりに聡が合流して、言葉を続けた。

「優輝は……どこにいるんだ?」

「ッ……!」

 友人と会った時点で、司も何となくわかってはいた。
 優輝についてを尋ねられる事を。そして、その返答次第でどうなるかも。

「優輝以外の見知っている顔はほとんど見た。でも、優輝だけは……!」

「それは―――」

 どう誤魔化そうか、それとも正直に答えるか。
 司は逡巡する。

「―――優輝が帰ってくるのは当分先よ」

 だが、先に答える者がいた。

「緋雪、ちゃん?」

「いや、緋雪ちゃんじゃないよ」

 似ているが故、玲菜は見間違えたが司が訂正する。
 優奈がいつの間にか近くに来ていたのだ。

「初めまして、ね。私は優奈。……そうね、優輝が帰ってくるまでの代理的存在とでも言っておこうかしら?」

「代理的……」

「存在……?」

 いまいちピンと来ないのか、聡と玲菜は首を傾げる。
 尤も、厳密な説明の方が複雑なため、こういった簡潔な説明しか出来ないのだが。

「優輝の代わりとでも思っておけばいいわ。実際、同一人物みたいなものだし」

「どういう、事なんだ?優輝は……どうなったんだ?」

「話せば長くなるから、簡単に言うわ」

 決着が着いた時点で優輝はとっくに限界を迎えていた事。
 それによる完全な消滅を避けるために、転生という手段を取った事。
 そして、転生した時点で“志導優輝”は死んだという事。
 それらを簡潔に説明した。

「例え姿形がどれだけ似ていても、それは“志導優輝”ではないわ。記憶を持っていたとしても、生まれ変わったのだからそれは別人だわ」

「……それは、飽くまで事実としての問題だよね?」

「まぁね。これは変わりようのない事実よ。もしかすると、記憶すら引き継いでいない可能性もあるわ」

「………」

 噛み砕いた説明故に、聡と玲菜も理解できた。
 そのために、何も言えずに司と優奈の会話を聞いているしかなかった。

「大丈夫だよ。優輝君が優輝君だと自覚して、私達が優輝君だと認識出来るのなら、何も問題はないよ。だって、そこに在るだけの事実なんて、人の認識次第で簡単に無視できるモノなんだから」

「……っ、そうね」

 司の言葉に、優奈は微笑む。
 その通りだ。例え“事実”として“志導優輝”でなくとも、本人が、そして周りが“志導優輝”だと認識すれば、それは真実となる。

「意地悪な言い方したけど、いつかは帰ってくるわ。それは確実。私達がそういう“結末”へと“可能性”を導いたから」

「そう、なのか……」

 “帰ってくる”。それだけは確実と知り、聡は安堵する。

「でも、結局貴女は……?」

 同じく安堵していた玲菜だが、優奈についての説明がなかったと思い、尋ねる。

「っと、説明していなかったわね。結構複雑な事だから……そうね、パラレルワールドは知っているかしら?」

「一応は。“もしも”の世界だとか、そんな感じの……」

「その認識が一番わかりやすいわね。例えば、貴方達がもっと早い段階で付き合う世界もあるだろうし、その逆もある。……極端に言えば、性別が逆転した世界もあるでしょうね」

「性別が……って、まさか」

 そこまで言って、玲菜は気づく。

「そう。私は優輝が女性として生まれた場合の“可能性”。“もしも”の存在が形になった者よ。だから、代理的存在なの」

「そういう事か……」

 平行世界を例えに出した事で、聡と玲菜にも簡単に伝わった。
 漠然とだが理解し、二人の疑問はこれで解消された。

「基本的に私は優輝と同じよ。性別が違うから、思考や性格は女性に寄っているけど、記憶とかは全て優輝と同じ。……尤も、分裂してからは別だけど」

「なるほどね……それにしても、緋雪ちゃんにそっくりね……」

「緋雪の姉にもなるもの。似ていてもおかしくないでしょ?」

 気になる疑問が解消され、そこから世間話へと変わっていく。
 重苦しい話題は出ず、どこか和やかな雰囲気へとなっていった。







「皆さん、思い思いに過ごしているようですね」

「そのようですね」

 一方で、神界の神や“天使”である祈梨達は一か所に固まっていた。
 仮拠点において彼女達を知っているのは共闘した者達だけだ。
 故に、会話に参加する事もなく、同じ立場の者同士で集まっていた。

「何をしているんですか?」

「プリエール・グレーヌに早く力が戻るようにしているんです」

 その一角で、祈梨は天廻と共にプリエール・グレーヌを弄っていた。

「どうですか?」

「ふむ……儂の“性質”を使えば、少しは早く回復するじゃろう」

「なるほど」

 祈梨が確認した所、プリエール・グレーヌはすぐに回復しなかった。
 そのため、回復を早めるために天廻に相談していたのだ。
 
「“廻す性質”は生命のサイクルだけでなく、生活におけるサイクルをも表す。それを応用すれば、自然回復を早める事が可能じゃ」

「飽くまで自然回復……であれば、プリエール・グレーヌに負担はかかりませんね」

 理力を用いればプリエール・グレーヌを無理矢理回復させる事も可能だ。
 しかし、神界での戦闘で既にかなりの負担がかかっている。
 理力での回復では大きな負担がかかるため、壊れる危険性があった。
 対し、自然回復を早める程度ならば、負担はない。

「では、お願いします」

「うむ」

 プリエール・グレーヌを天廻に預け、祈梨は別の場所へ向かう。

「例え回復するとしても、準備はしておきましょうか。手持無沙汰ですし」

 そこは、先ほど司が“祈り”を捧げていた場所。
 魔法陣を中心に、神聖な儀式染みた構造物が並んでいる。

「世界のバックアップ分は、これらで補うように……まずは魔法陣からですね」

 それらは、全て天巫女の“祈り”を増幅させるためのモノだ。
 世界からの支援がない分、プリエール・グレーヌが回復しても成功する保証はない。
 そこを補うために、祈梨は儀式による増幅を狙った。







「……今度は、行けます」

「そのようですね」

 数時間後。司達が地球に返ってきたのは昼頃だ。
 既に日は傾き、夕日が空を照らしていた。

「ッ………!」

 祈梨によって“祈り”を増幅する装置は改良されている。
 さらに時間を見て夕日を活かした術式も仕込まれている。
 そして、天廻によってプリエール・グレーヌも全快とまでいかなくとも回復した。
 これによって、全ての世界に司と祈梨の声が届く。

『……聞こえますか?私の声が、聞こえますか?』

 “祈り”が声となり、全ての次元世界を跨いで響く。

『遍く全ての世界、全ての生命よ。戦いは終わりました。皆さんの尽力によって、私達は戦いに勝利しました』

 司と、そして祈梨の声が全ての世界に浸透する。

『繰り返します。戦いは終わりました。私達の勝利です!』

 声は意思を“祈り”によって伝えたモノだ。
 そのため、言語の壁を越えて全ての生命に言葉が伝わる。
 戦いは終わったと、自分達が勝利したのだと。

『ありがとう。古今東西の英雄達。そして、全世界の皆さん。皆さんの“意志”があったからこそ、勝てました。本当に、本当にありがとう……!』

 今更になって、勝利できた事に涙が出てくる司。
 それは声にも表れ、だからこそより声が本当だと伝わった。

「………っ……!」

 “祈り”を終え、司はその場で嗚咽を漏らす。
 実際に声にして伝えたからこそ、実感した戦いの終焉。
 その事実に、安堵を抑えられなくなったのだ。

「ゆっくり、ゆっくりと落ち着いてください。貴女達は本当に頑張りましたから」

 そんな司を、祈梨は優しく後ろから抱きしめ、慰める。
 祈梨にとって司は子供のようなものだ。
 実際、遠い子孫であるからこそ、優しく接していた。







「……さて……」

「お姉ちゃん、どうしたの?」

 司の声は、当然優奈達にも聞こえていた。
 優奈は声を聞いた後、少し考え事をしていた。

「緋雪。……そうね、ちょっとお別れをしようと思ってね」

「お別れ……?」

 その言葉を聞いて、緋雪はつい嫌な予感がした。
 優輝が一時とはいえ消滅したのだ。そんな考えを持つのもおかしくはない。

「ちょっと、ベルカの方に跳ぶわよ」

「え、ちょっ……!?」

 言うや否や、優奈は緋雪を連れてベルカへと転移する。



「急にここに連れてきて、何するの?」

「司と祈梨、そして世界そのものの後押しによって英雄や神々は召喚されたわ。でも、それはいつまでも続くものではないの」

 転移した先で、優奈は飛行しながら緋雪に言葉を紡ぐ。

「それって……」

「いずれ、召喚された者は還っていくわ。神ならば人々の目につかない領域へ、過去の英雄ならば世界に刻まれた記録にね」

「……消えるんだね」

 そう。神々ならばいざ知らず、既に死んだ英雄達は消える。
 別世界において“英霊の座”とも呼ばれるような、そんな世界に刻まれた記録へと還ってしまうのだ。

「だから、その前にオリヴィエとクラウスには会っておきたいでしょ?」

「そっか。だからここに連れてきたんだね」

 戦いの最中、オリヴィエとクラウスに緋雪は再会した。
 だが、再会したとはいえ、積もる話は全く出来ていない。
 そこで、優奈が気を利かせて連れてきたのだ。

「……見つけた!」

 しばらくして、優奈はオリヴィエとクラウスを見つける。
 既にベルカの人々を従えるように復興の指示を出していた。

「オリヴィエ!クラウス!」

 そんな二人に、緋雪が上空から呼びかけつつ飛び降りる。

「シュネー!戻ってきましたか!」

「先ほどの声の通り、勝利したのは確かだったんだね」

 緋雪の姿を見て、二人も顔を綻ばせた。
 その後、少し話をするために、ある程度他の人々に指示を出して改めて向き直る。

「……ところで、そちらの……」

「私は優奈よ。……そうね、ムートの代理人とでも思ってちょうだい」

「代理……まさか、ムートに何か……?」

「察しが良いわね」

 そう言って、優奈は聡たちにしたような簡単な説明を二人にも行う。

「それと……リヒトにメッセージが残されていたわ」

「リヒトに?一体、いつの間に……」

 優奈の手にはいつの間にかリヒトが握られていた。
 優輝が消滅した際、優奈が回収しておいたのだ。

〈再生しますね〉

『―――このメッセージが流れているという事は、オリヴィエとクラウス、そして緋雪が見ているか……もしくは、優奈辺りが確認のために見ているかだな』

 映し出された映像には、確かに優輝が映っていた。
 だが、背景には何もない。神界の景色すら映っていなかった。

〈マスターは消滅する前に、私に直接この記録を残してきました。おそらく、神界だからこそ出来た手法です〉

 一度メッセージを中断し、リヒトが解説を挟む。
 リヒトに記録が書き込まれたからこそ、消滅の際にリヒトは何も言わなかったのだ。

『戦いが終わってから何も言わずに去ってしまってすまない。僕に限界が来ることは薄々わかっていた事なんだ。語りたい事は多くあったし、オリヴィエとクラウスもそうだと思う』

 その通りだと、オリヴィエとクラウスは頷く。
 ムートが、そしてシュネーが死んでからのベルカについて。
 生まれ変わり、優輝と緋雪となった二人の歩み。
 語りたい事、聞きたい事は多くある。

『悪いけど、それを語る時間は取れなかった。僕から見たモノは語れないけど、それについては緋雪……シュネーから聞いてくれ』

「そこは私に丸投げなんだね……」

『時代を、死を超えて僕らは再会した。ほんの一時であったけれど、共闘出来たのは楽しかったよ。……それと、すまなかったな。あの時、もっと早く二人に協力を求めていたら、あの結末にはならなかったかもしれない』

 優輝がムートとして唯一残していた後悔。
 それは、シュネーを止める際にオリヴィエとクラウスに協力を求めなかった事だ。
 その結果、ムートは死に、シュネーも二人によって討たれた。
 “もしこうしていれば”という後悔が、優輝にもあったのだ。

『これだけは、謝っておきたかった。でも、二人のおかげでこうしてベルカの文明は続いている。だから、ありがとう』

「……お礼を言われる程じゃないさ。僕らも、悔いはあった」

「皆まで言わないでください、クラウス。あの時の最善はあれしかなかったのです」

 各々、後悔はあった。
 それでも、後ろを向き続ける程、弱くもなかった。

『再び会えるか分からないけれど、またいつか“可能性”の先で会おう』

〈……以上です〉

 だからこそ、希望を持てるその挨拶を最後に、メッセージは終わった。

「また帰ってくるとわかっているからこそ、悲しみはありません。ですが……」

「ここで再会出来ないのは、少し寂しくはあるね」

 そう言って、二人は苦笑いする。

「じゃあ、聞かせてくれるかい?シュネー、君の……そしてムートの軌跡を」

「うん。色々あるからね。まずは―――」

 寂しくあっても、それ以上に再会の喜びがある。
 故に、オリヴィエとクラウスは緋雪による話を楽しんだ。









「……あ……」

「オリヴィエ?」

 そこからどれほど時間が経ったのか。
 ふと気づいたように、オリヴィエが声を上げる。

「……どうやら、お別れのようだね」

「そのようですね」

 見れば、オリヴィエとクラウスから燐光のようなものが漏れ出ている。
 それを見て、緋雪もすぐに察する。

「……消えちゃうの?」

「そうよ。結構持った方だけどね」

 緋雪も話自体は既に優奈から聞いている。
 遠くない内に来るのは分かっていた。だから、すんなりとその現実を受け入れる。

「さよならだね。二人共……」

「ああ。でも、良かったよ。シュネーの話は、とても幸せそうだった」

「はい。あの悲しい結末があったからこそ、今の貴女が幸せそうで良かったです」

 わかり切った別れだ。
 むしろ、再び会えた今が異常だ。
 だからこそ、別れを惜しまない。

「どうかお元気で。幸せになってください」

「僕らは、それを祈っているよ」

「うん。……ありがとう、二人共」

 その会話を最後に、二人は還って行った。

「……帰るわよ。結構長居しちゃったしね」

「……うん。わかってるよ」

 茫然と、二人が消えた事を見送っていたベルカの人達がいた。
 それを尻目に、二人は地球へと帰る。
 転移の瞬間、緋雪の足元に雫が落ちたのは気のせいではなかっただろう。







「……あ、とこよさん。それに鈴さんも」

「緋雪ちゃん?」

 帰った際、とこよと鈴に緋雪は出会う。

「二人も、別れを?」

「……うん。そうだよ」

 オリヴィエとクラウスが還ったように、とこよの友人達も同じだ。
 とこよと鈴も、緋雪と同じように別れを済ませてきたのだ。

「悲しい?」

「そうだね……でも、それだけじゃないよ」

「そっか」

 それだけ聞いて、緋雪はとこよ達と別れる。

「(出会いがあって、別れがある。当たり前で、悲しい事。……でも、それらがあるからこそ、成長したり、前へと進んでいける)」

 別れは、悲しい事ばかりじゃない。
 一時の再会とはいえ、緋雪は二人に当時の謝罪とお礼を言えた。
 心残りを解消できたからこそ、緋雪は前を向いていた。















 
 

 
後書き
ちょっと長めになりました。
今回のサブタイトルは、緋雪達(今回の英雄)とオリヴィエ達(かつての英雄)の帰還というダブルミーニングです。
オリヴィエ達の描写が少なくなりましたが、一応そのつもりのサブタイトルです。
 

 

第293話「平和に向かって」

 
前書き
組織絡みの描写が難しいので、若干ダイジェストになっています。
ちなみに、前回と今回の間に退魔士や自衛隊、警察などの各勢力の代表者は優奈達のいる場所に集まっています(転移で無理矢理招集されたとも言う)。
 

 










「……これで、各地に通信が繋がります」

「っ、はぁー……!さすがに、疲れたわよ……」

 優奈達が地球に帰還して、数日が経った。
 仮拠点は既に撤去し、学校を基盤に拠点を新設。
 他にも、地球の各地に拠点となる施設を創った。
 それだけでなく、各次元世界にも設置済みだ。
 加え、通信を繋げるために優奈や神界の神が各世界に楔を打ち込んだ。
 これによって、天巫女の“祈り”で通信を代用できるようになった。

「お疲れ様です。これで、大まかな情報共有は出来るでしょう」

「一応、各次元世界の様子は見たけど、どこも復興を始めてはいるわね。ただ、あらゆる設備が壊滅的だから、全然進んではいないけど」

 優奈や神界の神のように、便利な能力や理力が使える者が各地にはいない。
 そのため、仮拠点すら作る事が難しく、復興は難航しているようだった。
 幸いなのは、まだ世界の法則が崩れているため、死の危険性が薄いという事だ。
 ただ、それでも精神的な問題で空腹等は早急に解決すべき事でもあるが。

「ありがとうございます。……早速、通信を繋げても?」

「構いません」

「それなら、関係ない人は退出しておきましょうか」

 優奈が手を叩いて、通信による話し合いに関与しない者に退出を促す。
 結果、残るのはリンディや地球の各勢力の代表者、天廻と祈梨だけだ。
 天巫女の力があれば通信は繋がるので、司でなくとも祈梨がいれば十分なのだ。

「優奈ちゃんは残らないの?」

「まぁ、優輝の代理なら今回の騒動の中心でもあるし、残ってもおかしくないわね。でも、今回の話し合いは単に復興などをどうしていくか。それなら私が残る必要もないわ」

 重要参考人としては優奈も残るべきだっただろう。
 だが、今回は飽くまで復興のための話し合いだ。
 そう言った事に知識がない訳ではないが、基本は代表者同士で話を付けるだけでいい。

「それに、私は私でやるべき事があるしね」

「やるべき事?」

「肉体の補填は他の神々がやるとして、私は衣食……住は最悪後回しとして、前者二つを創造魔法で補わないとね」

「……そっか。どっちも今は不足しているもんね」

 電気や水道も止まり、建物も軒並み壊滅している。
 そんな状態では食料も衣服も碌にないため、それを補わないといけない。
 それが出来るのは理力か創造魔法だけだ。
 そのため、優奈は食料と衣服を創造魔法で生み出す必要があった。

「とりあえず、拠点の人に配り歩いてくるわ。ついてくる?」

「……せっかくだしついて行こうかな。“祈り”の力で手伝える事もあるだろうし」

 そう言って、二人は一般市民が集まっている区画へと向かっていった。







「話し合いが終わるまで時間がある訳だけど……」

「何もせずに待っているのもな……」

 一方で、椿と葵を含めた志導家は若干手持ち無沙汰だった。

「せっかくだし、家に戻ってみる?」

「そうね。何か役立つものもあるかもしれないし、行ってみる価値はあるわ」

 緋雪の提案に、椿が同意する。
 現在、手の空いた者で街の残骸から何かしら役立つものがないか探索している。
 優奈だけでは食料と衣服は賄えないため、そういった探索も必要だった。
 それらも兼ねて、緋雪達は一度家の方に戻る事にした。

「……まぁ、案の定壊れているよね」

「消し飛ばされていないだけまだ被害は抑えられているわ」

 目の前に広がるのは、完全に崩れた元自宅。
 どんな地震が起きてもあり得ない崩れ方をしており、家としての機能を失っていた。

「ここら辺は余波で吹き飛ばされたみたいだね。だから、比較的瓦礫とかは多く残っているんだと思うよ」

「直撃はしていなかったって訳か」

「そう見るべきだね」

 周りの家も、一定方向から吹き飛ばされたように崩壊していた。
 その事から、戦いで流れ弾が直撃したのではなく、余波で崩壊したのが分かる。

「とりあえず、無事なものを掘り出さないとね」

「優先するのは……」

「服と食料ね。後は寝る際に体を温められるものとか」

「毛布とかもあると良いって訳か」

 最終的に全てが元通りになると優奈達からは伝えられている。
 それでも、その過程においての物資は必要だ。

「確か、この辺りに……」

「あ、保存食は無事だったよ!」

 瓦礫をどかしつつ、優香と光輝は記憶を頼りに物資を探す。
 一方で同じように探していた緋雪が保存食を見つけた。

「地下……優輝か?これを作ったのは」

「そうだよ。せっかくだから創造魔法を使って地下倉庫を作っておこうってね。まさか、ここで役立つとは思わなかったけど」

 まだ優輝と緋雪が両親と再会する前。
 その時に優輝は創造魔法で地下に倉庫を作成し、そこに非常用の物資を置いていた。
 地下だったため今回の戦いでも無事であり、物資もまるまる残っていた。

「まさか、ここまで読んで……?」

「さすがにそれはないと思うよかやちゃん。単に自然災害とかに備えてただけでしょ。おかげで、今回は大助かりだけど」

 単純な保存食だけでなく、毛布や衣服などもある。
 数は足りないが、今の状況下では拠点で大きな助けになるだろう。

「後は……あったあった」

 加え、別で保存していた食料や、いくつかのお菓子も無事だった。
 一部の毛布等も無事なため、それらも回収して持っていく事にした。

「……これ……」

 その時、優香が瓦礫の中からある物を見つけた。

「写真か。………」

 それは家族で撮った写真だ。
 今はいない優輝が映っているため、優香も光輝もそれを見て思わず無言になっていた。

「……なんなら、それも持っていきましょう」

「……そうだね」

 思う所はあるが、それ以上誰も写真や優輝の事を言わなかった。
 何はともあれ、物資はいくらか確保したため、緋雪達は拠点に戻る事にした。









「並んで順番は守ってくださーい!」

「慌てなくても人数分は用意します!」

 緋雪達が戻ると、そこには炊き出しを待つ列のようなものがあった。
 辿ってみると、そこには優奈と司が食料を配っていた。
 聡や玲菜などの友人は列の整理を手伝っているようだ。

「これは……?」

「あ、緋雪ちゃん。これはね……」

 食料を配りつつ、優奈が創造魔法で食料を配っていると司が説明する。
 見れば、優奈が一つ一つ実際に創造していた。

「私達が持ってきた意味は……」

「意味ならあるわ。というか、出来ればそれも配ってちょうだい!」

 現在、緋雪達が持ってきた物資は拘束系の魔法と霊術で一纏めにしてある。
 それも出来れば配ってほしいと、優奈が食料を創造しながら言った。

「了解!」

「“意志”次第で魔力は絞り出せるけど、手間がかかるわ。これ……!」

 優奈は物資を創造するにあたって出来るだけ配る相手の要望を叶えている。
 さすがに無駄に手の込んだ料理とかは出せないが、それでもストレスを感じないように希望に沿ったものを出しているのだ。
 当然、そんな事をすれば手間は増え、優奈だけでは人手が足りない程だ。

「単純な保存食でいい人はそっちを配るようにするわ」

「なるほど。お父さん、お母さん!」

「よし、俺たちも手伝おうか」

「そうね」

 すぐに緋雪達も物資の配給に参加した。







「これで一通り終わったかしら……」

 約一時間後。優奈達の拠点にいる一般市民に全て物資を供給した。
 途中、物資調達に出かけていた者達も戻り、物資にはある程度余裕が出来た。
 ただし、やはり希望通りの食料を出してくれる優奈が人気だったため、優奈の負担は全く下がる事はなかったが。

「お疲れ様」

「負けられない戦いとかじゃないから、“意志”で補いきれないわ。この疲れは」

「途中から、私の“祈り”で疲労回復を掛けてたからね……」

 苦笑いしながら、先ほどまでの話をする優奈と司。
 そんな彼女達の下へ、ルフィナとミエラがやってきた。

「優奈様、皆さん、会議が終わったようです」

「情報共有のため、一度集まるようにとの言伝です」

「わかったわ」

 どうやら、リンディ達の話し合いが終わったようだ。
 これからの方針について優奈達にも伝えるため、一度集まるように言われる。

「今更だけど、神が消えたらその“天使”も消えるんだよね?だとしたら、どうしてミエラさんとルフィナさんは……」

「一応、私もユウキ・デュナミスだからよ。と言っても、半身を失っているから全力で戦う事は出来なくなっているけどね」

 さらに言えば、今の優奈は理力を失っているため、ミエラとルフィナも理力の回復速度が停止しているかと思う程遅くなっている。

「ついでに言うと、主は飽くまで優輝だから私の事を主とは呼ばないのよ」

「そういえば……」

 二人は優奈の事を様付けで呼ぶが、決して主とは呼ばない。
 区別するためでもあるが、飽くまで主は優輝なのだろう。

「まぁ、私自身もユウキ・デュナミスのベースは優輝だもの。当然と言えば当然よ」

「なるほどねー」

 そんな会話をしている内に招集場所に着く。

「皆、集まったわね。連絡事項を伝えるだけだから、自由に座ってちょうだい」

 リンディの言葉に、各々自由に座り、話を聞く。





「とりあえず、しばらくは各自で復興という事ね」

「ただ、神界の神達は各世界を駆けずり回る事になるんだね……」

「まぁ、責任で言えば結構割合が大きいもの。私だって、理力が扱えるままだったら同じような扱いになっていたでしょうね」

 大まかな方針としては、各世界でとりあえず復興するようになっている。
 祈梨などの神はまず支援物資を理力で創造しつつ、肉体の補填を各世界全ての人々に行う事になっており、かなり忙しくなるようだ。

「責任……かぁ」

「今回の戦いの発端はイリスの執着によるもの。……そうなると、誰に最も責任があるかと問われると……」

「……優輝になるわね」

 ここまでの被害になれば、何が原因か、誰に責任があるのかと誰かは思うだろう。
 そして、その矛先は確実に優輝に向く。
 その事が優奈だけでなく、緋雪や椿などにも簡単に理解出来た。

「でも、その優ちゃんがいないから……」

「私や、他の神界の神に向いた。まぁ、分散はしているけどね」

「理不尽……だけど、間違いとも言い切れないよね」

 ごく一部の人に今回の責任を負わせるにはあまりにも重すぎる。
 だが、間違いでもないため、どうもやるせない思いだけが司達に渦巻く。

「考えても仕方ないわ。私だって、責任は感じてるのだから」

「……そうね。それに、聞いた所だとかなり良い落としどころだったし」

「死ぬほど忙しいだけならかなり軽い方よ」

 リンディ達もそれを理解していた。
 だからこそ、理不尽な仕打ちとまではいかない責任の取らせ方にしたのだ。
 過労にはなるかもしれないが、それ以外には特にないのだから。

「とりあえず、まずは地球からね」

「私達も手伝うよ。乗り掛かった舟だしね」

「ありがとう」

 早速、優奈は物資の創造に取り掛かる。
 運搬や整理などは司達が担当し、手際良く物資を生産していった。









「よっ……と」

 行動の方針が決まってから数日後。
 復興も始まり、神々は既に肉体の補填のために各地に向かっていった。
 優奈の物資創造も安定してきたのか、緋雪達も別行動していた。
 
「さすが雪ちゃん。大きな瓦礫も軽々だねぇ」

「力には自信があるからね」

 緋雪は椿と葵を引き連れ、瓦礫の撤去を行っていた。
 いずれは理力によって元に戻るが、それでも大通りなどの瓦礫はどけておいた方がいいため、緋雪達はいくつかのグループに分かれて作業している。

「これも、これもこれも……ほいっと」

「地面も罅割れちゃってるから、車とかも走れないよね」

「そもそも、肝心の車が使い物にならないのばかりじゃない」

「それもそうだね。基本的に移動は徒歩だから、あたし達から出向かないと」

 戦いの余波は酷いもので、徒歩以外の移動手段が使えない程だ。
 緋雪達のように魔法や霊術が使えるならばともかく、一般市民は身動きが取れない。
 連絡網も地球では各国家の主要人物の場所までしか行き届かないため、どうしても一つ一つの街は孤立した状態になっている。
 そのため、緋雪達から出向いて復興の手伝いを行っている。

「とりあえずはこれだけ集めればいいんじゃない?」

「そうだね。じゃあ……」

   ―――“破綻せよ、理よ(ツェアシュテールング)

 ある程度集めた瓦礫を、緋雪が“破壊の瞳”で消し飛ばす。
 どうせ後で理力を用いて創り直すのだ。
 残骸はあるだけ邪魔なので、こうして消し飛ばしている。

「ここと、ここと、ここね」

 一方で、椿は神力を使って木々を再生させていた。
 街が壊滅したとはいえ、木々の根までは吹き飛ばされていなかった。
 そこから権能と神力を使う事で、再生させていたのだ。

「じゃ、次の区画だねー」

「オッケー」

 事が済めば、すぐに緋雪達は次の場所へ向かう。
 その街にいる人々との交流は最低限だ。
 それは緋雪達の役目ではなく、飽くまで瓦礫の撤去や自然の復元が目的だ。
 だからこそ、テキパキと次へと向かう。

「待ちなさい。先に連絡を送ってからよ」

「あっ、ごめんごめん」

「まったく……」

 椿が御札を取り出し、伝心による連絡を取る。
 相手は澄紀率いる退魔士達だ。
 街の人々との対話は専ら退魔士の人達に任せており、緋雪達は瓦礫の撤去と共に報告をする事で各街に派遣する流れになっている。

「じゃ、改めて次行こうか」

「次はさっきより規模が大きいみたいだよ」

 伝心で連絡を送り、緋雪達は改めて次の場所へ向かう。
 地道だが途方もない作業量にも決して辟易せず、ただ平和に向かって奔走していた。









   ―――そして、数年後……







「えっ?お兄ちゃんがもう転生しているの?」

 復興から年月が経ち、地球やミッドチルダなど、大体の次元世界は落ち着いていた。
 まだ辺境の地域や次元世界は傷痕が残っているが、それでもかなり復興しただろう。
 そんな中、緋雪は優奈から優輝が既に転生し終わっていると話を聞いた。

「ええ。元々一人だったから何となくわかるのよ。多分、ミエラとルフィナも存在を感知ぐらいはしているんじゃないかしら?」

「でも、どこに……?」

「そこまでは分からないわね……」

 転生したとはいえ、場所までは分からない。
 飽くまで転生した事を感知出来たというだけだ。

「それに、記憶もあるか定かではないわ」

「そうなの?」

「前回がそうだったもの。今回も多分、ね」

「そっかぁ……」

 かつての大戦で転生した際、ユウキは神としての記憶を完全に失っていた。
 志導優輝として生まれてからようやく自覚出来た程に記憶は奥底に封じられる。
 否、輪廻の環に入るために実際に記憶が抹消されているのだ。
 神界の神としての“領域”があるからこそ、記憶を思い出せたに過ぎない。

「記憶はともかく、転生したのだとしたらどこにいるのかしらね……」

「さぁね。この世界と一言に言っても、まず次元世界が多いもの」

「さすがに別の平行世界に転生した訳じゃないよね?」

「それはないわ。他の世界から独立したこの世界から離れるには、当時の優輝にはあまりにもリスクが高いもの」

 当時の優輝は明るく振る舞っていたものの、かなりギリギリだった。
 転生すると言ってもそう単純なものではなく、転生前に完全消滅の危険もあった。
 それなのに別の平行世界に流れるなど、そんな“可能性”を選ぶはずがない。

「それじゃあ、間違いなくこの世界のどこかに?」

「そうなるわ」

「……いつかは、探し出したいね」

 ぽつりと呟く緋雪に、椿と葵も無言で同意する。
 既に消滅してから数年が経っているのだ。
 どこかにいるとわかっているのなら、探したいのも当然の心理だろう。

「それは、もう少し先になりそうね」

「……そうだね」

 しかし、それが出来ないのが現実だ。
 現在、復興がだいぶ進んだとはいえ、終わってはいない。
 優奈はもちろん、緋雪達も駆り出される事があるため、暇ではないのだ。
 そんな中で個人を探しに行くなど許可はされないだろう。

「下手に探しても、責任が改めて集中するでしょうしね」

「そっか。それもあるよね……」

「世知辛いねぇ」

 そもそも、既に管理局がついでではあるが優輝の捜索を行っている。
 神界の戦いにおける中心人物のため、放置という選択肢はなかった。
 その上、下手すれば責任が集中する人物でもある。
 どこかにいると公になれば、血眼で捜索される可能性もあった。

「最悪、記憶があるなら向こうからこっちに来るでしょう。地球の座標は分かっているんだから。……まぁ、記憶がないからこうして戻っていないのでしょうけど」

「思い出すのが先か、探せるようになるのが先か……だね」

「そういう事」

 どの道、再会はすぐではない。
 そう結論付け、優輝に関する話題は切り上げた。

「話は変わるけど、なのは達がどうしてるか知ってる?」

「なのはちゃん達?」

 現在、なのは達はミッドチルダで活動している。
 地球には既に人材が豊富なので、魔導師は全員移動しているのだ。
 同級生だった事もあり、緋雪は優奈に対して比較的連絡を取っている。
 その事から、優奈は緋雪に尋ねた。

「順調に活動しているよ。一部の人から若干やっかみはあるみたいだけど」

 原作と同じように、機動六課をはやてが設立していた。
 だが、活動内容は主に復興やそれに伴う治安の維持だ。
 場所ごとに担当する他の部署と違い、機動六課は各員の機動性を生かして様々な場所へ出向いて活動している。
 自身の管轄に介入してくる事から、ごく一部からは疎まれているらしい。

「幸い、と言うべきか知らないけど、神との戦いで管理局もかなり白くなったから、そこまで心配する必要はなかったわね」

 最高評議会を始め、管理局の腐っていた部分は大体が一掃された。
 中には改心した者も多く、かなり一枚岩に近づいていた。
 そのため、裏で犯罪を犯している者が減り、結果的に以前よりも犯罪件数は減った。

「第二次神界大戦……本当、色々爪痕を残したわね」

 イリスとの戦いは、専ら“神界大戦”と呼ばれるようになっている。
 かつて起きた方の大戦も神界大戦だが、こちらは神界以外では馴染みがないため、優奈など実際に神界を知っている者以外は区別していない。
 ちなみに、区別する場合は“第一次”、“第二次”と言い分けている。

「あっ、それでなんだけど、この前要請があったんだよね」

「あら。こっちは比較的余裕があるから行けるけど……また人手不足?」

「そうみたい」

 負担は地球を拠点に活動している優奈達だが、必要に応じてミッドチルダにも行く。
 機動六課の臨時戦力として在籍しているため、要請されてば向かうのだ。
 基本的に手が足りない時に呼ばれ、今回もその一種だ。

「行き先は?」

「えっと……第何管理外世界だったかな……?」

 シャルに記録されたメモから、緋雪は向かう世界を言う。
 そこは所謂辺境の次元世界だ。
 復興の必要も薄い世界ではあるが、大戦の打撃で少しずつ衰退しているのが確認されたため、急遽優奈達を向かわせるとの事。

「なるほど。じゃあ、すぐに向かいましょう」

「了解。二人も呼んでくるね」

 会話の間に少し席を外していた椿と葵を緋雪は呼びに行く。
 すぐに二人も駆けつけ、優奈の転移魔法によってまずは機動六課へと跳んだ。





「周囲の環境は安定……特に異常はないわね」

 必要な手続きを終わらせ、現在は件の管理外世界の上空にいた。
 管理外世界なため、そこには魔法文明は存在しない。
 文明も地球と比べ、中世ヨーロッパ程度でしかない。
 そのため、余計な混乱を招かないように上空へと移動していたのだ。

「魔法の存在しない中世ファンタジーの世界、みたいな感じだね」

「そうね。地球と違って、ドラゴンみたいな生物もいるけど」

 危険度でいえば地球よりも高いだろう。
 この世界ではドラゴンのような野生生物もおり、魔導師でも危険な場所だ。
 優奈達であればどうとでもなるが、原住民では復興もままならないだろう。

「そりゃあ、衰退する訳だよ」

 いくら死ななくても、弱りはする。
 そうなれば、復興の労力も割けなくなり、結果的に衰退していく。
 だからこそ派遣が必要だったのだ。

「まぁ、いつも通り施して終わりって所ね」

「こういう世界だと、あたしみたいな存在もいるのかな?」

 前回までにも文明はともかく似たような復興支援はあった。
 今では手慣れたもので、椿と葵もかなり気楽だ。

「……あれ?」

 ふとその時、緋雪は地上にあるものを発見する。

「あそこ……あそこだけ、何かぽつんと……」

「あら、確かに建造物があるわね。しかも、見た所本来なら隠されていたみたいね」

 目の良い椿も確認し、それが建造物の残骸だと断定する。
 しかも、本来なら地下に隠されていたようだ。
 優奈と葵もそれを聞いて怪しいと思い、先にそちらをチェックした。

「……もぬけの殻……でも、何かあったのは間違いないわね」

「これは……生体ポッド?それに、間違いなく魔法文明……」

「所謂違法研究所だった訳ね。後で報告しておきましょう」

 荒れ果ててはいるが、特に手掛かりはない。
 後の捜査は管理局に任せるとして、優奈達は改めて人の集落へと向かった。







「あ」

「えっ?」

 街に着いて散策をして状況の把握をしていると、バッタリと誰かに出くわす。
 気づいたような聞き覚えのあるその声に、緋雪は思わずそちらを見る。

「……お兄ちゃん?」

「……まさか、ここにいるなんて……なんて偶然よ」

 その人物は、優輝だった。
 厳密には転生したため“志導優輝”ではないが、容姿は間違いなく優輝だ。

「他人の空似とかじゃなくて、間違いなく?」

「ええ。対面すれば分かるわ。間違いなく優輝の転生体よ。……おまけに、どうやら記憶もちゃんとあるようだしね」

 どことなく気まずそうにする優輝を余所に、優奈が断言する。

「……パパ?」

 すると、そんな優輝の服の裾を後ろに隠れていた少女が引っ張る。

「え、あ、その子……」

「……私の記憶が確かなら、その子に見覚えあるのだけど……」

 金髪に右目が翡翠、左目が紅色のオッドアイの少女だ。
 その姿に、優奈達全員が見覚えあった。
 正確には、その少女を少し成長させた姿だが。

「……オリヴィエ……ううん、ヴィヴィオ、だよね?」

「ああ。違法研究所から偶然見つけて、な」

 その少女は間違いなくヴィヴィオだった。
 違法研究所、という事は先ほど優奈達がいた研究所の事だろう。
 そこから保護したのだろうと、優奈達は結論付ける。

「パパ、この人たちは……?」

「怖がらなくていいぞ。彼女達は僕の、そしてヴィヴィオの家族だ」

「パパの、家族……」

 警戒はしているが、優輝が平然としているからかいくらか怯えは薄れていた。
 それを見て、優奈達もあまり刺激しないように一旦落ち着く。

「もしかしてだけど、その子を保護してたからそっちから会いに来なかったの?」

「……まぁ、そうなる、な」

 周りを見れば、優奈達には街の人から注目が集まっているが、優輝達は普通だ。
 つまり、保護した後しばらくここで暮らしていたのだろう。

「はぁ……まったく。とりあえず、記憶があった事とすぐ再会しようとしなかった事はこの際いいわ。そういう“可能性”だったんだし」

 そう言って、呆れながらも優奈は納得して下がる。
 同時に、緋雪の背を少し押した。

「ほら、緋雪」

「うん」

 一歩、緋雪は前に出る。
 何はともあれ、再会できたのだ。
 ならば、言う事は一つだった。

「……お帰り、お兄ちゃん」

「ああ。……ただいま、緋雪」

 平和に向かうその“可能性”の先にて、優輝は帰ってきた。
 これからもやるべき事は山積みだ。
 それでも、今はこの再会の喜びを分かち合った。



















 
 

 
後書き
たった一話跨いだだけで復活するという一時の別れ()。
一応、作中では数年(大体Sts辺り)まで経っているので……。

ちなみに、この作品のヴィヴィオは若干原作と異なります(生まれた研究所など)。
と言っても、オリヴィエのクローンであったりと大まかな部分は変わっていないので、さして気にするような事でもありません。

次回、最終回です。 

 

第294話「エピローグ」

 
前書き
最終話です。
最早何を書いても蛇足になりそうなので、ダイジェストで皆の“その後”となります。
 

 
















「―――じゃあ、私達が過去に行くのも知ってたんだ」

「ああ。確か、祈梨さんが天巫女の力で因果関係の法則を確定させた事で、ヴィヴィオとアインハルト、それと今から少し未来のトーマが絶対に過去に行くようにしたんだ。多分、トーマも帰った先で説明されているんじゃないか?」

 ミッドチルダにおける優輝達の家にて、優輝はヴィヴィオとアインハルトと話していた。

「……その因果関係から、優輝さんは自身の事を一部しか話さなかったのですか?」

「そうだな。ユーリ達のようなエルトリア在住の存在ならともかく、僕が神界の神であった事はあの時間では知っていてはいけない。だから、話さないようにしてたんだ」

「初めて緋雪お姉ちゃん達と会った時、色々ぼかしてたもんね」

 転生してからさらに数年が経ち、世界はほぼ完全に復興していた。
 世界に蔓延る法則こそ未だに神界の神達が代行しているが、建造物や自然などは全てが大戦前の状態に戻ったのだ。

「まぁ、例え知っていたとしても因果による強制力で喋れなかったみたいだけどな」

「……優奈さんや祈梨さんなどですね」

「そうだ。祈梨さんはともかく、優奈に関してはヴィヴィオにもアインハルトにも双子の妹として説明していた。……なら、過去にも存在していると思うはずだからな」

 いちいち自身の“可能性”の一つとして生まれたと説明するにしても複雑だ。
 そのため、わかりやすく優輝と優奈の関係は双子という事にしていた。
 もちろん、司やなのはなど、共に戦っていた者達ならば当然真実は知っている。
 そんな中、ヴィヴィオとアインハルトは本当に双子だと思っていた。
 それならば過去に行った際、優奈について少しでも言及するはずだった。
 しかし、それらを言及するどころか、考えにも浮かんでいなかったのだ。

「全く考えが及んでいませんでした」

「多分、因果の強制力で完全に忘れていたんだろう。過去から戻る際に記憶を封印したのと同じように、因果の強制力で忘れさせられたという訳だ」

「忘れていた自覚すらないのは怖いなぁ……」

 過去に行った際の記憶を思い返し、ヴィヴィオは項垂れる。
 なお、ヴィヴィオとアインハルトにも記憶封印の処置はあったが、現在では優輝があっさりと解除してしまっているため、全部思い出している。

「さぁ、長々と説明したから遅くなったな。アインハルトは帰った方がいいぞ」

「そうですね。ちょうど暗くなってきましたし……」

「同行は必要か?」

「いえ、大丈夫です」

 外を見れば既に夕焼け空だ。
 アインハルトは優輝の家にお邪魔している形なので、帰る支度を始めた。

「手ぶらで返すのもなんだし……ほら」

「これは……魔力の……結晶?」

「魔力結晶だ。純度が高いから、アームドデバイスのカートリッジと違って誰でもその魔力を取り込める。まぁ、外付けのリンカーコアみたいなものだ」

「……ありがとうございます」

 しばらく結晶を眺めていたアインハルトはお礼を言い、優輝の家を後にした。
 それを見計らったように、家の奥から椿と葵がやって来た。

「話は終わった?」

「ああ」

「じゃあ、夕飯を作ろっか」

 そのまま夕飯の支度に入る。
 しばらくして緋雪と優奈も帰宅し、団欒の場となった。

「……それで、私達の事全部話したのね」

「せっかくだからな。ところで、そっちはどうだった?」

「いつも通りよ。法則の綻びの補修に、その悪影響の排除」

「私はまたベルカに行ってたよ」

 今日あった事の話をしつつ、ヴィヴィオも知った事をさらっと流していく。
 ヴィヴィオにとってなかなか衝撃的な真実なのだが、気にしてもしょうがないとばかりに優輝達はいつも通りだ。

「特に変わった事もなし、か。じゃあ、次の日曜はどうだ?」

「空いてるよ」

「私も。最悪用事が出来ても許可さえ貰えれば転移ですぐ帰れるけど」

「そうか。……よし、次の日曜は地球に帰ってみるか」

 優輝達は管理局に所属している訳でなく、フリーの魔導師に近い。
 そのため、以前ほど多忙でもなく、定期的に地球に帰っている。
 アリサやすずかのように地球で活動しているメンバーや、高校に進学した聡達などと交流を続けているからだ。
 なのは達も不定期ではあるが一か月に数回は帰っている。

「そういう事だからヴィヴィオ、次の日曜は地球に行くぞ」

「うん。また久遠に会えるんだね」

 既にヴィヴィオも何度か地球に行っており、中でも久遠と仲良くなっていた。
 そんなこんなで夕食は終わり、風呂、寝支度と一日が終わっていく。

「……あまり根を詰めすぎるなよ」

「あら優輝。そういうなら手伝ってくれないかしら?」

「まぁ、代行出来るもの限定ならな」

 優奈の私室にて、優奈は今日の仕事に関する書類を纏めていた。
 法則の綻びなどに携わる仕事は、常軌を逸脱しているのもあり、報告書が複雑だ。

「お前も今は人間と変わりないからな」

「お互いにね」

「それに、仕事し過ぎるとまた帝が心配するぞ」

「……貴方もずっと似たような状態だったでしょうに」

 作業を進めつつ、二人は軽口を挟む。

「……平和になったもんだ」

「ええ。大戦の時と比べるとね」

 これまで大戦の後処理に二人は追われていた。
 優輝の場合は再会してからだが、それでも忙しさはあった。
 それも落ち着き、こうして平和を享受していた。
 だから、二人は感慨深そうにその事を語る。

「色々あったが……上手く着地点を見つけられたな」

「そうね。……ありがと、もう終わりよ」

「ああ。じゃあ、お休み」

 夜は更けていき、そしてまた朝がやってくる。
 日常を取り戻した二人の表情は、どこまでも穏やかだった。











―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





     ~それぞれのその後~





「それじゃあ、地球に行くぞ」

 ―――志導優輝及びその家族

 転生から戻った後、紆余曲折を経てミッドチルダを拠点に活動。
 フリーの魔導師として活動し、優奈や緋雪、椿達と同居している。
 ヴィヴィオを養子として迎えており、原作と同じように学院にも通わせている。
 優奈と緋雪もフリーの魔導師になっており、椿は優輝の使い魔という扱い。
 葵は椿のユニゾンデバイスなので、使い魔にはカウントしていない。
 また、定期的に地球へと帰り、地球にいる友人等との交流も続けている。
 両親はミッドチルダに定住しており、管理局に就職した。
 タッグでのコンビネーションが優れている事で一部から注目されていたりする。
 現在は安定した日常を送っている。





「はい。これで傷は治りましたよ」

 ―――聖奈司

 現在は地球を中心に天巫女として活動している。
 天巫女の力を磨くために、各地でその力を駆使して支援などをする。
 地球を拠点にしているため、管理局と地球の橋渡し役を担う事も。
 家にも度々帰っており、家族との交流も欠かしていない。
 優輝に対しての想いは変わらず、偶に自分から会いに行ったりしている。
 ヴィヴィオを連れて戻ってきた際は驚いたが、ヴィヴィオとの仲も良好。
 ちなみに、天巫女の力で助けた人達からは“現代のジャンヌ・ダルク”と呼ばれている。





「任務完了。ただいまより帰還します」

 ―――天使奏

 現在はミッドチルダを中心に管理局の武装局員として活動している。
 白兵戦における早さから、単独で一部隊以上の功績を挙げている。
 また、その強さから臨時で教導官を担う事もある。
 地球には不定期だが余裕があれば帰っており、交流は続いている。
 優輝への想いも変わらず、度々会いに行ったりしている。
 なお、冷静に敵を制圧する事から、管理局では“冷徹な天使”と呼ばれている。
 何度か優輝と会っている所を目撃されているため、仲を勘ぐられたりもしている。





「っし、今日はここまでだ。各自、しっかり体を休めておけ」

 ―――王牙帝

 現在はミッドチルダで管理局の教導官として活動している。
 主に近接戦や徒手による戦闘を教え、よく武装局員を筋肉痛にしている。
 神界大戦の時程の強さは失ったが、それでもフィジカルは人間離れしたまま。
 最近は優奈といい感じになっているが、それより先に踏み込めずにいる。
 周りの人はそのもどかしさに呆れられていたりする。
 かつて抱いていた主人公のような立ち位置ではないが、充実した日々に満足している。





「フェイト、終わったか?」
「うん。もう終わったよ」

 ―――織崎神夜及びフェイト・テスタロッサ

 フェイトは原作通り執務官となり、神夜はその補佐を務めている。
 転生特典は失ったままだが、神夜はそれをケジメとしてそのままにしている。
 そのため、魔導師としての力量がかなり落ちている。
 尤も、それでも武装局員を務められる程度には強い。
 魅了の事があっても好いてくれたフェイトと付き合い、今は同棲している。
 その内結婚するだろうと、身近な人達に思われていたりする。





「人の事言えないけど、帝君もなかなかスパルタだなぁ」

 ―――高町なのは及びその家族

 原作通り戦技教導官となって活躍している。
 ただ、ヴィヴィオを養子に取ってない分寂しいのか、地球との交流を続けている。
 ヴィヴィオが幼い時に母親代わりを務めていたため、原作通りママと呼ばれている。
 教導の際、稀に家族を呼んで魔法を使わない戦術での臨時講師をしてもらう事も。
 遠近両方に加え、空戦陸戦もこなす事から、専ら“管理局の白い魔王”と呼ばれている。
 帝と合わせ、教導してもらえればどんな無能でも一端の武装局員になれると話題。





「リイン、そっちの書類持ってきてぇな」

 ―――八神はやて及びその家族

 原作通り海上司令となり、活躍している。
 現在はベルカ地区に拠点を構えており、ヴォルケンリッターと共に日々活動している。
 階級や保有戦力の関係上、はやて自身はあまり自由に動けなかったりする。
 騎士ゼストが生存しているため、アギトとは家族になっていない。
 ただし、シグナムと相性がいい事もあり、交流はしている。
 なのは達と同様、地球との交流は原作よりも行っている。





「それじゃあ、今日の霊術講座始めるよ!」

 ―――アリシア・テスタロッサ及びその家族

 現在はミッドチルダを拠点に活動している。
 霊術を教える特別教導官として管理局に所属し、日々霊術を教えている。
 偶に椿やアリサ、すずかなどを臨時講師として呼んだりしている。
 プレシアは研究職に復職し、強力な魔導師兼研究者として活躍中。
 アルフはフェイトに、リニスは司の使い魔なのでそちらについている。
 あまり家族が家に揃う事はないが、日々は充実している。





「ふー……今週も疲れたわ」
「お疲れ様。この後お茶会でもする?」

 ―――アリサ・バニングス、月村すずか及びその家族

 現在も変わらず地球を拠点に活動。大学にも入学している。
 大戦に関わった事と、霊術を扱える事から何かと頼られたり英雄視されている。
 原作よりもなのは達と連絡を取り合っているため、日々その連絡を楽しみにしている。
 また、それぞれの家族が管理局と地球の橋渡しを担っている。
 ちなみに、サークル等には入っていないが、何かと助っ人で呼ばれたりしている。





「走り込みはここまでです。次は素振りといきましょう」

 ―――現世在住の式姫達

 元々江戸から生き残っていた式姫は、引き続き現世で暮らしている。
 山茶花(シーサー)のように定住地がある者はそこへ戻り、他は各地を転々としている。
 蓮(小烏丸)や鞍馬などの一部の式姫は退魔士の指導役になり、鍛えている。
 優輝達とは若干疎遠になったが、暑中見舞いなどハガキ程度の連絡は取っている。
 余生に飽きるまでは現世で生き続けるようだ。





「まさか、今になって現世とやり取りできるようになるなんてね」
「大戦で残ったものも、悪い事ばかりではなかったようだね」

 ―――有城とこよ、瀬笈紫陽

 現在は幽世に戻り、のんびりと暮らしている。
 幽世の大門が開き、さらに世界の法則が乱れた事に対する影響への対処を行っている。
 神界大戦の影響で現世と幽世の関係性が若干緩くなっている。
 一定の制限があるとはいえ、現世と幽世の行き来が可能となった。
 そのため優輝達や式姫達とも頻度は少ないが交流し続けている。





「……またこの手紙……掌返しもいい所だわ。本当に」
「確かに……鈴さんの話だと、これは酷いですね……」

 ―――土御門鈴、瀬笈葉月

 現在は土御門本家の支援を受けつつ、二人で活動している。
 鈴は住んでいた分家から掌返しの手紙を何度も受けているが、悉く無視している。
 葉月は成り行きで鈴と共にいるが、特に不満はないようだ。
 幽世とも連絡が取れるようになったため、とこよ達との交流も続いている。
 優輝達とは若干疎遠になったが、那美を通じて近況報告などを偶にしている。
 なお、極稀に霊術を専門に扱う人物としてアリシアに呼ばれる事がある。
 ちなみに、デバイスのマーリンは式神を応用してある程度自立活動が可能となった。





「また聖王教会に呼ばれたんですか?」
「はい。ですので、ディアーチェ達にも伝えておいてください」

 ―――ユーリ・エーベルヴァイン及びエルトリア在住組

 現在もエルトリアを拠点に活動している。
 エルトリアは未来から漂流してきた次元世界なため、管理局の保護下に置かれた。
 現在のエルトリアと区別すべく、“第1時空漂流世界”と認定された。
 戦乱以前の古代ベルカの生き証人なため、ユーリはよく聖王教会に呼ばれている。
 サーラもエルトリアに住む事になり、復興も完全に終わった。
 優輝達との交流も続いており、のんびりと暮らしている。





「ククク、さすがは理力。研究してもしつくせないとは……!」

 ―――ジェイル・スカリエッティ及びナンバーズ等

 現在はエルトリアに居候させてもらっている。
 元々次元犯罪者として指名手配されていたが、神界大戦での活躍で刑が軽くなった。
 監視付きではあるが、研究者として活動している。
 ゼスト達は既に解放しており、今は疎遠になっている。
 ナンバーズ達は一部のメンバーは原作通りの立ち位置に落ち着いている。
 ただし、ナカジマ家に入った訳ではなく、今も姓はない。
 理力について研究するようになり、今はその奥深さに夢中になっている。





「ではユーノ司書長、次はこれを頼む」
「またかい!?」

 ―――クロノ・ハラオウン、ユーノ・スクライア及び管理局

 現在は原作通りそれぞれ提督、司書長の立場に落ち着いている。
 神界大戦の折に管理局にも大きな打撃が与えられた。
 その影響か、上層部の腐った部分が露見し、管理局は大きく変わった。
 特に、最高評議会とレジアス中将の辞任が大きいとも言える。
 結果、マッチポンプのような犯罪は大きく減ったが、人材も減ってしまった。
 人手不足には変わりないが、かなりクリーンな職場になった。
 尤も、一部の役職はブラックのままだが。





「突然連絡してきてどうしたのよスバル?え、暇かって?一応、今日は休みだけど」

 ―――ティアナ・ランスター、ティーダ・ランスター及び元機動六課

 基本的に原作と変わらない立場に落ち着いている。
 ティーダはティアナに霊術を習得させた事で、式神として傍にいる。
 その事から精神的な余裕があるため、原作よりも力量がある。
 また、ティアナは管理局における霊術の試行運用第一人者だったりする。
 霊術の有用性を示した事で、管理局でも霊術を扱うようになった。
 ティアナ以外のStSメインメンバーは優輝達との関わりは薄め。
 ちなみに、フィールドを活かした戦術ではティアナが最も優れている。





「久遠、夕方には戻ってくるようにね」
「うん。わかった」

 ―――神咲那美、久遠

 現在も八束神社に在住&アルバイト。
 大きな戦闘を経験したからか、那美はかなり落ち着いた女性へとなっている。
 久遠も各方面の人と出会ったからか、人見知りがだいぶ軽減された。
 今では近所の子供と狐な事は隠しつつ遊んだりしている。
 ヴィヴィオとも仲良くなっており、地球に来た日は率先して会いに行っている。





「すまん玲菜!勉強を見てくれないか!?」
「また!?もう、仕方ないわね……」

 ―――大宮聡、小梛玲菜及び優輝達の友人

 現在は完全に日常に戻っており、二人は同じ大学に進学している。
 優輝の友人だけでなく、アリシアやなのは達の友人も一部は交流が続いている。
 しかし、大学までになると疎遠になった友人もいるようだ。
 優輝やなのは達などが地球に来た時は会いに行ったりしている模様。
 ちなみに、聡と玲菜は幼馴染カップルとして大学内で結構知られている。





「しばらくは様子見ですね」
「そうですね」

 ―――ミエラ、ルフィナ及び神界の神達

 現在は次元世界の狭間を利用して、そこを拠点としている。
 世界の法則を運営するため、あまり人目に触れない場所を選んだようだ。
 主の戻ってきたミエラとルフィナも普段は優輝達と会っていない。
 必要最低限の交流のみ取っており、あまり人々とは触れ合わない。
 しかし、最近は運営も安定したため、何度か地球やミッドチルダにも姿を現している。
 








―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





























「久遠ー?どこに行ったのー?」

 休日。定期的に地球に帰る日で、優輝達は地球に戻ってきていた。
 ヴィヴィオは八束神社へと遊びに行き、久遠を探す。

「どうして今日は付き添ったの?最近はヴィヴィオだけでも行かせてたのに」

「ん?まぁ、ちょっとな」

 普段、優輝達はヴィヴィオに付き添わない。
 最初こそ付き添っていたが、今のヴィヴィオなら不審者程度は撃退出来る。
 その事から、一人でも大丈夫だと判断していた。
 だが、今日は緋雪の言う通り優輝達は付き添いで同行していた。

「……こういう時の優輝って、絶対なにか隠しているわよね?」

「だねー」

 はぐらかす優輝に、椿と葵は呆れたように視線を向ける。

「バレバレじゃないの」

「どうせすぐに理由は分かるからいいだろ」

 優奈は理由について知っているため、からかうように優輝を小突く。
 
「今日は那美さんもいないし、山奥にでも行ってるのかな?」

「もしくは、近所の子供と遊んでいるとか?あの子、人見知りがだいぶ緩和されていたし、ここから離れていてもおかしくないもの」

「それはありそうだねー」

 何度も呼びかけながら探すヴィヴィオを見ながら、緋雪達は憶測を言う。

「……それで、本当にいるのかしらね」

「優奈だって、感じ取ったんだろう?」

「私は微かに、ってだけよ。貴方と違って、転生の気配までは分からないもの」

 小声で緋雪達に聞こえないように優輝と優奈は話す。
 すると、近くの茂みから草を掻き分ける音が聞こえてきた。

「あ、久遠!」

「久遠と……もう一人?」

 茂みから見える狐耳に、ヴィヴィオが駆け寄る。
 その時、椿が久遠以外にもう一人いる事を察知する。

「っ……!?」

「あれ?久遠、その子は?」

 息を呑む緋雪達。
 それを余所にヴィヴィオは久遠が連れている少女について尋ねた。

「さっき、見つけた」

「見つけたって……迷子?」

「多分」

 その少女は、ヴィヴィオよりも僅かに年下ぐらいの背丈だった。
 長い銀髪に加え、血のように赤い瞳。
 幼い見た目になったとはいえ、その容姿に緋雪達はあまりにも見覚えがあった。

「………!」

「え、え?どうしたの?」

 故に、緋雪達はいつでも動けるように構えていた。
 それに気づいたヴィヴィオはその突然の臨戦態勢に困惑している。

「……本当にいたわね」

「言った通りだろう?」

 そんな中、優輝と優奈は平然と件の少女へと近づく。

「……名前を聞いてもいいかい?」

 膝を曲げ、視線を合わせて優輝は少女に問う。
 優奈はその間、臨戦態勢の緋雪達を落ち着かせるために手で制していた。

「……イ…あ、えっと、アイリス……です」

 少女は優輝をじっと見つめ、何度か逡巡した後、そう名乗った。
 姓はなく、言い直した様子から明らかに普通ではないと思われる。
 それでも、優輝は優しく微笑みかける。

「うちに来るかい?」

「……!はい……!」

 親の事や、事情を聞かずに優輝はそう語りかけた。
 本来ならば事案とも取れる発言だ。
 しかし、少女……アイリスは顔を輝かせて了承した。

「お、お兄ちゃん。その子ってもしかして……」

「ああ。緋雪達の想像した通りだ」

 緋雪達もここまで来れば何となくわかる。
 彼女こそが、あのイリスの転生体なのだと。

「ほら」

 優輝が手を差し伸べ、アイリスがその手を掴む。
 かつては争った仲だが、今はそのしがらみもない。
 “性質”に囚われずに優輝と触れ合えるようになったからだろうか。
 その記憶があるのだろうか、アイリスはどこまでも穏やかな笑みを浮かべていた。











   ―――無限に連なる“可能性”の道筋。

   ―――この再会は、その一つでしかないだろう。

   ―――故にこそ、“可能性”は続いていく。

















     ~Fin~





 
 

 
後書き
という訳で、完結です。
最後のイリスの転生体(アイリス)の記憶に関しては自由に想像してください。
完全に失っているのか、一部だけ覚えているか、何も忘れていないのか、そこまでは敢えて描写せずに終わらせました。

初めて投稿を始めた小説故、途中で書き方が二転三転としましたが、ようやく完結しました。なお、別で始めた小説が既に二つも完結しているという事実……(´・ω・`)
設定の練りこみ、描写の甘さなどが多々ありましたが、本来読み専でしかなかった自分からすれば、まだやりたい事を詰め籠めた方だと思います。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!
本編はこれで終わりですが、もし気が向いたら番外編とかを投稿するかもしれません。 

 

キャラ紹介(最終章)

 
前書き
ラストのキャラ設定です。
大体はエピローグの“その後”で書いたので、一部キャラを省いて簡潔にしました。
 

 


     志導優輝(しどうゆうき)/ユウキ・デュナミス

 主人公。“領域”の消滅を転生という形で回避した。“可能性の性質”を持つ。
 第一次神界大戦の活躍で、神界では“無限の可能性”の呼び名を持っている。
 神としての力量は、全盛期でも上の下であり、決して強すぎる訳ではない。
 “性質”によって格上を倒せただけで、実力では上の神は多くいた。
 自身の限界を超えてイリスに想いを自覚させ、終戦へと導いた。
 転生後は赤ん坊からではなく、優輝のクローンを依り代にしていた。
 そのため、肉体も優輝の時から結局変わっていない。
 ちなみに、クローンを作っていた研究所は壊滅済み。
 その際にヴィヴィオを保護し、しばらくその次元世界で暮らしていた。
 再会後は帰ってきた事を周知し、復興に協力していた。後は“その後”の通りである。
 理力を失い、クローン体故に魔力と霊力の量も変わっており、若干弱体化している。
 緋雪達に好かれている事を自覚しているが、誰か一人を選ぶ程に想いを絞ってはいない。
 そのため、近い内にベルカの戸籍を取って全員を娶るつもりである。





     志導優奈(しどうゆうな)

 優輝から生まれた“可能性”。
 ユウキとしての記憶などを持っており、度々優輝を導いていた。
 大戦では矢面に出る訳ではなく、肩を並べて皆と助け合っていた。
 ユウキの半身故、優輝の事はほとんど分かっており、消滅の際も理解していた。
 優輝が帰ってくるまで優輝の代理をしており、かなりの多忙だった。
 理力を失っているが、優輝程の弱体化はしていない。
 帝に何となく惹かれており、帝が望むならくっつくつもりである。





     志導緋雪(しどうひゆき)

 優輝の妹。生物兵器としての力を限界以上に引き出せるようになった。
 かつての悲しみや苦しみは完全に克服し、今では狂気すらも糧にしている。
 神界で使っていた固有領域はもう使えないが、結界としては発動可能。
 優輝への想いは変わらず、よくアピールをしている。
 その度に優奈やヴィヴィオに呆れられていたりする。
 ちなみに、優輝をパパと呼ぶためか、ヴィヴィオに叔母と見られるのを恐れていた。
 結果、お姉ちゃんと呼ばれるようになった模様。





     草野姫椿(かやのひめつばき)

 草祖草野姫(くさのおやのかやのひめ)の式姫。ミッドチルダでは便宜上使い魔扱い。
 式姫としてのかやのひめと本体である草祖草野姫は本来は別だった。
 しかし、大戦前に本体から力を受けた事で、分霊と同等の存在となっている。
 尤も、椿含め誰もがそれを気にする事もないため、その事実は忘れられている。
 長年生きた事と、優輝と関わり、想い続けたためか、性格も落ち着いた。
 素直になれない事もあるが、基本的に世話焼きになっている。
 




     薔薇姫葵(ばらひめあおい)

 薔薇姫という吸血鬼の式姫。ミッドチルダでは便宜上ユニゾンデバイス扱い。
 式姫としての肉体とユニゾンデバイスとしての肉体が融合している。
 そのため、双方の良い所取りをしており、魔法も霊術も自在に扱う。
 椿をからかう性格は変わっておらず、しかしどこか見守るような態度も見せる。
 椿と共に、最前線は引いている模様。





     聖奈司(せいなつかさ)

 TS転生者。天巫女として周知され、現代の聖女と崇められる事も。
 前世の事もあり、なんでもかんでも自身の責任として背負う事があった。
 今はそんな事はなくなったが、それが転じて誰かを助けたいと思うようになっている。
 結果、天巫女の力も馴染み、聖女のように各地を救済して回っている。
 優しい性格はそのまま女性の体に馴染んでおり、男としての名残は残っていない。
 優輝の事は相変わらず好きだが、いざ迫られると緊張で何も出来なくなってしまう。





     天使奏(あまつかかなで)

 元病弱転生者。クールな性格だが、優輝の前だけでは若干甘える事が多い。
 前世が病弱な分、今世の元気な体を存分に生かしている。
 管理局の武装隊に入ったのもその一環。
 教導官になる事も出来るが、教える事が苦手なのか前線で戦い続けている。
 口数が少ないためか、他の武装局員には冷徹な人物に見られている。
 なお、優輝と会った際の態度から、若干管理局でも噂になっているらしい。





     王牙帝(おうがみかど)

 元踏み台転生者。今では前世よりも充実した日々に満足している。
 踏み台だった時の経験から、調子に乗らないように気を付けるようにしている。
 そのため、周囲には堅実で謙虚且つ、付き合いやすい人物に見られている。
 大戦の時に使っていた固有領域は使えないが、その経験がいくらか反映されている。
 英雄(ヒーロー)の力を使う事も出来るが、魔力消費が半端ないらしい。
 それでもフィジカルではかなり強いため、主に格闘主体の教導官をしている。
 また、ストライクアーツの非常勤講師もやっていたりする。
 優奈と徐々に仲良くなっており、告白まで後一歩踏み出せない状態らしい。





     織崎神夜(おりざきしんや)

 オリ主系転生者。優輝達とも完全に和解し、現在は落ち着いた生活を送っている。
 イリスが転生した事で、魅了の力は完全に失われた。
 そのため、もう魅了の力に悩まされる事なく、生活できるようになった。
 転生特典は戻してもらわず、素の実力だけで戦うようになった。
 フェイトの執務官補佐となっているため前線は引いたが、十分な強さは持っている。
 魅了の力関係なしに好きになってくれたフェイトのため、日々頑張っている。





     志導光輝(しどうこうき)志導優香(しどうゆうか)

 優輝と緋雪の両親。何気に地球では生きている事があまり周知されず仕舞い。
 優輝達とは別で家を構えており、管理局で働いている。
 かつて流れ着いた次元世界“プリエール”にも何度か足を運んでいる。
 十分一人立ちできる優輝達に少し寂しさを感じている。
 ただ、記念日や祝日で贈り物があったりと、しっかり親子関係は続いている。
 管理局においては、理想的なコンビとして連携の見本になっていたりする。





     ミエラ・デュナミス、ルフィナ・デュナミス

 ユウキ・デュナミスの眷属達。なんやかんや地球やミッドチルダにも足を運んでいる。
 “天使”でありながら、どんな逆境でも勝ち得る“可能性”を持つ。
 人として暮らすようになった優輝や優奈のため、必要以上の関係は避けている。
 ただ、二人も依り代の経験から人らしい生活を楽しんでいるようだ。
 普段は次元の狭間に創った家を拠点にしている。





     イリス・エラトマ

 ラスボス。“闇の性質”を持つ。
 生まれながらに強い力を持ち、“性質”に沿ってその力を振る舞っていた。
 それを実力で劣るユウキに止められ、彼に魅せられた。
 封印中もその想いは募り、結果的に拗らせて第二次神界大戦を起こした。
 純粋に想った“領域”の欠片のイリスとは、そこで道を違えたと言える。
 最終的に優輝だけでなく、多くの人間の“可能性”によって倒される。
 自身の想いなどを自覚し、最後は優輝によって転生し、人としての道を歩む。
 転生時の名前であるアイリスは、“愛”と“イリス”を掛けただけだったりする。





     聖奈祈梨(せいないのり)/リエル・セーナ

 歴代最強の天巫女兼、神界の神に成り上がった元人間。“祈りの性質”を持つ。
 プリエールから地球に流れ着いた際に名前を変え、神の名前も変更後の名前となった。
 子孫である司がいるため、何気に既婚者。
 神に成り上がった時は第一次神界大戦の後だった。
 そのため、ユウキ・デュナミスに関しては人伝にしか知らなかった模様。
 “天使”時代の主である“祈りの性質”の神がいるが、最後まで登場しなかった。
 また、成り上がりの神なため、“天使”はいない。
 時折、プリエールや地球を懐かしむ目で見る事があるが、定住する気はないらしい。





     天廻(あまね)

 緋雪を転生させた神。ちなみに、緋雪がシュネーだった事も知っていた模様。
 “廻す性質”を持ち、主に輪廻の環などを司っている。
 世界の法則を運営するため、寿命や輪廻転生などを現在は担っている。
 仙人のような老人の見た目だが、生まれた時からこの見た目だったりする。
 一応、登場した神の中では最年長。そのため、一部の神から様付けで呼ばれている。
 見た目が仙人なだけあって、世俗にあまり関わらずに暮らしている。
 ちなみに、“天使”はいるが神界に置いてきている。





     エルナ・ズィズィミ、ソレラ・ズィズィミ

 優輝、帝、神夜を転生させた神及びその姉。
 妹のソレラが“守られる性質”、姉のエルナが“守る性質”を持ち、相互作用する。
 実力としては、二人揃って真価を発揮しても各自中の上に届くかどうか。
 神としてはあまり戦闘に強くなく、支援に向いている。
 “天使”はいるが、天廻と同じく神界においてきている。
 現在は色んな人間を見て回るため、様々な世界を旅している。





     ルビア・スフェラ、サフィア・スフェラ

 奏を転生させた神及びその双子の姉。
 名前の通り、それぞれ“蒼玉の性質”と“紅玉の性質”を持つ。
 あまり戦闘向きの“性質”ではないが、実力はズィズィミ姉妹単体より上。
 二人の“性質”を掛け合わせる事で、多数相手でも足止めが可能。
 割と人を超越した人生観を持っているため、善にも悪にも傾かない性格。
 天廻とは違った見方で世俗から離れている。
 “天使”はいるが、天廻と同じく神界においてきている。





     レイアー・ディニティコス

 ユウキと同じく“可能性の性質”を持つ神。
 ユウキより先に生まれ、単純な実力も上だった。
 それ故に、かつての大戦で活躍したユウキに嫉妬している。
 本来ならば嫉妬する事もないのが神だが、彼女はそこが人間の感性そのままだった。
 なお、本人は完全敗北するまでその事を自覚していなかった模様。
 なのは達に敗北してなお、復活直後に再度襲い掛かる程執念深い。
 ユウキとはある意味対になるような“可能性”の持ち主。





     有城(ゆうき)とこよ

 かくりよの門(サ終済み)における主人公にして、幽世の大門の守護者。
 地球、それも日本由来の力を持つため、神界大戦では防衛に努めていた。
 刀、槍、斧の扱いにおいては作中トップ。我流で通常の導王流と渡り合える。
 元々幽世で暮らしていたため、あまり現世には関わらない。
 ……つもりだったのだが、何かと現世に来て楽しんでいる。
 




     瀬笈紫陽(せおいしよう)

 うつしよの帳(サ終済み)の登場人物。幽世の神を務める現人神。
 とこよと同じ理由で、大戦時は防衛に努めていた。
 槍や薙刀以外の武器はあまり扱えず、術に特化している。
 幽世に関する様々な事を管理しているため、ある程度妖も操れる。
 なお、現世にいる霊や怪異は管轄外なのでそちらは退魔士などに任せている。
 とこよ程現世には来ていないが、偶に妹の葉月に会いに行ったりしている。





     瀬笈葉月(せおいはづき)

 うつしよの帳(サ終済み)の登場人物。紫陽の妹。
 紫陽と違い、普通の人間だったため、一度天寿を全うしている。
 前世と同じ名前だった事も影響し、幽世の大門が開いた時に前世を思い出す。
 紫陽と同じく、槍や薙刀以外の武器は扱えない。霊術も支援寄り。
 家は退魔士とはあまり関係ない家庭だったりする。
 本編後は家に事情を話し、鈴の補佐として退魔士をやっている。





     土御門鈴(つちみかどすず)

 半オリキャラの前世陰陽師。前世の名は草柳鈴(くさなぎすず)
 由緒ある陰陽師(退魔士)の家計である、土御門家の分家の娘。
 現代に至るまでで変化した霊術を使わないため、分家でのみ異端扱いされていた。
 大門が開いて以降、鈴の霊術の方が正しい形だと判明し、掌返しをされる。
 今は葉月と共に活動しており、分家からの呼び戻しを完全に無視している。





     土御門澄紀(つちみかどすみき)

 オリキャラの退魔士。詳しくは5章のキャラ紹介にて。
 神界大戦では父と共に退魔士達の指揮を執っていた。
 戦闘後はすぐに復興活動へと移行し、裏方でかなり貢献していた。
 現在は式姫達や鈴などから本来の霊術を学習している。
 以前先祖である澄姫が憑依した影響か、実力が飛躍的に伸びているが、余談である。





     神咲那美(かんざきなみ)

 八束神社の巫女さん(アルバイト)。よく久遠と一緒にいる。
 相変わらず攻撃系の術は苦手だが、その分回復や支援などが上達した。
 久遠と同じく戦いは好まない性格なので、大戦後は日常生活に戻っている。
 ただ、魔法や霊術が公になった事で、いつでも使えるように鍛えてはいる。
 




     久遠(くおん)

 八束神社を中心に住んでいる狐。最近はヴィヴィオとも仲良くなった。
 大戦時で多数の人々と交流したからか、子供形態でも少し流暢になった。
 また、近所の幼い子供達と遊ぶようになり、人見知りはだいぶ改善された。
 時折、大戦時に現れた八束神社の神と神社で日向ぼっこしている事もある。
 霊術だけでなく神などの実在も知れ渡ったため、神も姿を現すようになったらしい。





     高町(たかまち)なのは

 原作主人公。ルフィナの影響を受けてか、バランスブレイカーに。
 原作における主人公なだけあり、大戦時も“意志”を貫き続けた。
 イリスを倒す一手となったのも、その因果が導いたと言える。
 戦いの後は、原作と同じように管理局で活躍している。
 なお、遠近共に原作以上なので、魔力の制限も原作以上だったりする。





     フェイト・テスタロッサ

 原作一期のヒロイン。持続的な速さにおいてはトップクラス。
 なのはと違い、“天使”の依り代ではないため劇的な強化はない。
 それでもなのはと共に戦うために原作よりも速さに磨きがかかっている。
 瞬間的な速さは奏に負けるものの、帝以外ではレヴィと並んで最も速い。
 原作通り執務官をしつつ、エリオとキャロの保護者にもなっている。
 近い内に神夜とくっつく予定。





     八神(やがみ)はやて

 原作二期のヒロイン。主要原作キャラの中であまり原作から変わっていない。
 基本的原作と変わらないが、なのはとフェイトの影響で近接戦も出来る。
 強さ自体は遥かに強化されており、原作が固定砲台ならこちらは移動要塞。
 家族達との連携も優れており、全員が集まれば簡単には負けない。
 最終的に原作と変わらない立ち位置に落ち着いた。





     アリサ・バニングス

 CV.釘宮のツンデレお嬢様。なお、ツンデレ要素はかなり薄れた模様。
 原作と同じく魔法は使えない。その代わり、霊術を習得している。
 霊術の才能は飛びぬけている訳ではなく、そこを努力と度胸で補っている。
 大戦後は戦う理由もないため、必要以上には鍛えていない。
 バニングス家の財力を以って管理局と地球の橋渡しをしている。





     月村(つきむら)すずか

 夜の一族のお嬢様。今では一族の特性を受け入れている。
 アリサと同じく霊術を習得し、その才能はアリサよりも上。
 普段の性格はあまり好戦的ではないため、アリサとの実力差は大きくない。
 しかし、夜の一族の力を解放すると、才能の高いアリシアに匹敵する力を発揮する。
 葵の指導によって魔眼も使いこなせるようになっている。
 自身の力に怯える事がなくなったからか、大人しい側面が薄れている。
 そのため、周囲からはお淑やかだが妖艶に見られている(余談)。





     アリシア・テスタロッサ

 原作では故人。フェイトの姉。
 一度死んだ身であるため、霊力が人より数段多い。
 その特性から、霊術を修めている。また、その才能も高い。
 フェイトについていき、管理局で霊術の講師をしている。
 フェイトよりもかなり背が低いからか、よく年下に見られる事も。





     クロノ・ハラオウン

 CV杉田になった元執務官(現提督)。
 大戦に関わった事で柔軟な考え方も出来るようになった。
 実力も堅実に高まっており、一般的な魔導師の最終的な到達点として見られている。
 エイミィとは既に入籍している。





     ユーノ・スクライア

 無限書庫の司書長。最近はなのはといい感じになってきた。
 結界や防御、バインドにおける魔法に優れている。
 堅い結界やバインドにおいてはザフィーラの障壁に追随する。
 原作と違い、近接戦限定で攻撃魔法(物理)も使える。





     プレシア・テスタロッサ

 原作一期のラスボス。なんやかんやあって研究職に返り咲いた。
 さすがに大魔導師として衰えてきたため、本編後は戦闘から身を引いた。
 研究職に就いてはいるが、基本家族優先となっている。
 アルフ共々、フェイトやアリシアの帰る場所を守り続けている。





     アルフ

 フェイトの使い魔。基本的に原作と何も変わらない。
 現在は原作通りフェイトの帰る場所を守るために前線を退いた。
 周囲の影響を受け、原作よりかなり強化されている。
 防御魔法を織り交ぜた徒手空拳は、近づける相手なら大体通用する程。
 同じ狼であるザフィーラとはなかなか馬が合う模様。





     リニス

 元プレシアの使い魔、現司の使い魔。器用貧乏というより器用万能。
 今でも司の使い魔として司に付き添っている。
 一応、時間があればテスタロッサ家にも顔を出している。
 原作からして、なんでもそつなくこなす実力者なので、かなり万能。
 司の影響を受けて、天巫女の力を僅かながらに使用できる。





     ユーリ・エーベルヴァイン

 遥か昔に存在した国の王女。性格等は原作とあまり変わらない。
 古代ベルカの当時を知っているため、聖王教会から重要参考人として扱われている。
 恋を知らない身であるため、初恋すらまだな模様。
 一応、優輝が気にはなっているが、それが恋愛感情かは不明らしい。
 エルトリアに定住しており、普段はのんびり暮らしている。





     サーラ・ラクレス

 ユーリの従者。ベルカ最強の騎士として伝わっている。
 今では完全に肉体を取り戻し、常にユーリの傍に控えている。
 魂をデバイスに移していたため、葵やアインスに近い存在になっている。
 ただ、現在は理力によって補填された肉体を持っており、人間と大差はない。
 基本的にユーリの護衛として傍にいるが、偶にプライベートで出かけたりする。





     マテリアルズ

 ディアーチェ、シュテル、レヴィの三人。原作と大して変わらない。
 普段はエルトリアで活動しており、あまりミッドチルダなどには来ない。
 戦闘方法などは原作とあまり変わらず、順当に強くなっている程度の変化しかない。
 ユーリの事を守りつつ、エルトリアで環境保全の活動をし続けている。





     アミティエ・フローリアン、キリエ・フローリアン

 ギアーズ姉妹。原作とほとんど変わらない。
 グランツ博士の手で原作より強化はされているが、基本変化はない。
 博士共々エルトリアの代表として活動している。





     ジェイル・スカリエッティ

 StSでのラスボス。善のマッドサイエンティストと化している。
 原作と違ってかなり白い。ナンバーズの娘達にも本当の家族愛を持っている。
 優輝とコンタクトを取るようになってから、かなり原作から乖離した。
 ナンバーズがInnocent仕様になっており、一部は原作より弱くなっている。
 次元犯罪者には変わりないが、神界大戦での活躍から罪がかなり軽くなった。
 現在は刑期を終え、理力について研究し続けている。





     志導(しどう)ヴィヴィオ

 原作四期の主人公。原作と違い、優輝の養子となった。
 神界大戦があった影響で、生まれる研究所が変わっている。
 偶然、優輝と出会った事から、志導家に引き取られる事に。
 基本は原作と変わらないが、現時点で原作よりかなり強い。
 過去に行った際は、因果関係の強制で未来の事が忘却されていた模様。
 何気に、エピローグまで神界については知らなかった。





     アインハルト・ストラトス

 原作四期のヒロイン。原作とあまり違いはない。
 神界大戦については知っていたが、優輝達が中心人物だとは知らなかった。
 また、原作の展開ではノーヴェの代わりに帝を襲っていたりする。
 ヴィヴィオと初めて会った頃は、ヴィヴィオの家系はかなり複雑だと勘違いしていた。





     ティーダ・ランスター、ティアナ・ランスター

 原作での故人とその妹。原作よりもかなり強化された。
 司と祈梨による英雄達の召喚により、妹を助けに幽世から駆け付けた。
 その後はティアナの守護霊兼式神として活動している。
 兄妹揃って霊術を習得しているため、原作よりかなり強化されている。
 また、ティアナは原作と違って才能におけるコンプレックスはない。





     高町桃子(たかまちももこ)

 なのはの母親。イリスの欠片が依り代にしていた人物。
 基本的に原作と全く変わりはないが、イリスの欠片がずっと依り代にしていた。
 その影響か、基本的に何事にも動じない精神性を持っている。
 依り代の後遺症はなく、現在も夫の士郎と良き夫婦として翠屋を経営中。





     大宮聡(おおみやさとし)小梛玲菜(こなぎれな)

 優輝の友人達。なんら特殊な力もない一般人。終盤に少しだけ出番があった。
 司と祈梨による“祈り”と、世界そのものバックアップで二人も戦っていた。
 “負けられない”という想いから、勝てなくとも防戦は出来たらしい。
 大戦後は、大戦について本当に現実だったのかと、未だに実感が薄いようだ。
 大学卒業し、収入が安定した頃に結婚する予定。





     その他原作勢

 基本的に原作と変化はない。ただし、地球組は軒並み強化されている。
 StSにおけるゼスト隊は後に管理局に復帰している。
 ゼストとレジアスは和解し、レジアスは責任を取ってその後辞任。
 また、最高評議会も今までの罪を清算するかのように辞任していた。
 他にも死亡キャラ生存による影響はあるが、ここでは割愛する。





     第259話登場の英雄達

 主にFateでの同名キャラクターの容姿を参考。
 ただし、史実よりの存在なので、能力等は結構変わっている。
 他にもミッドチルダなどでの無名の英雄が登場している。
 一人一人が原作なのはと同等以上に戦える程度には強い。





     第263、264話登場の神

 それぞれ“蹂躙の性質”、“絶望の性質”を持つ。
 前者は直接戦闘、後者は状況などに作用する“性質”となっている。
 二つが合わさる事で、お互いの“性質”を強化するようになっている。
 しかし、それすら跳ね除ける“意志”によって敗北した。





     第265話登場の神

 “支配の性質”を持つ。洗脳はもちろん、局所的な時間の“支配”も可能。
 何かしら制御するものは無条件に“性質”を作用でき、司達を苦戦させた。
 本編では世界そのものの“領域”で中和されており、これでも弱体化済み。
 最後は猛攻を凌いだ司による反撃によって敗北した。





     第266話登場の神

 “空間の性質”を持つ。結界の展開や空間断裂を利用した防御や攻撃が可能。
 他の神を巻き込む事を避けるため、空間ごと隔離して隠れる事が出来る。
 また、巻き込む事を考慮する程度には実力を持っていた。
 しかし、それすら突破する“意志”によって敗北した。





     第268話登場の神

 “切断の性質”を持つ。その名の通り、あらゆるものを切断できる。
 空間や繋がりをも切断し、単純な防御は意味をなさない。
 攻撃においてかなりの力を発揮し、相手をしていたクロノ達を苦しめた。
 だが、“意志”による粘り勝ちによって“領域”は粉砕された。





     第269話登場の神

 “貫く性質”を持つ。文字通りの“性質”だが、物理特化の神だった。
 概念的なモノへは比較的とはいえあまり力を発揮できず、物理に特化している。
 いかなる防御も一回だけでは絶対に防げない程だった。
 しかし、物理特化なために対処法は存在し、祈梨は容易く相手にしていた。





     第270話登場の神

 それぞれ“物量の性質”、“殲滅の性質”を持つ。
 前者は物量による集団戦を、後者は広範囲攻撃を得意とする“性質”となっている。
 “物量の性質”の神は、その“性質”故に“天使”の数が多く、椿達を苦しめた。
 しかし、リニス達の特攻による一瞬の隙を突かれ、敗北した。
 “殲滅の性質”の神に至っては、世界そのものの“領域”で弱体化していた。
 そのため、最後は平行世界からの支援を受けた椿によって倒された。





     第271話登場の神

 それぞれ“砕く性質”、“魔力の性質”を持つ。
 前者は文字通り砕く事に特化し、後者は魔力に関するモノに干渉出来る。
 “砕く性質”は攻撃性能は高いがシンプルな類の“性質”なため、対処しやすかった。
 対し、“魔力の性質”は相手をしていたクロノ達魔導師の天敵であった。
 魔法を全て封じられたが、優香と光輝の絆と“意志”によって形成を変えた。
 最後は魔力の代わりに物理でボコられ、敗北した。





     第273、274話登場の神

 “妨害の性質”を持つ。司や祈梨などの天敵。
 僅かにでも発動に時間が関わる攻撃及び動作に干渉してくる“性質”。
 そのため、“祈り”を挟む天巫女の力にとって天敵だった。
 そこを、意識の介入しない無意識下の動きに委ねる事で突破。
 さらにあらゆる妨害すら跳ね除ける“意志”と“祈り”によって倒された。





     閑話19話登場の神

 それぞれ“奮闘の性質”、“回復の性質”を持つ。
 前者は文字通り、どんな相手のどの分野においても奮闘出来る。
 相手を上回る力を得る訳ではないため、その弱点を突かれて洗脳されていた。
 後者は文字通り回復に特化した“性質”。
 一撃で“領域”を砕かない限り、その“性質”で回復する事が可能。
 なお、洗脳には大して効かなかったためか、洗脳されていた。





     第279~282、287、291話登場の神

 “死闘の性質”を持つ。ユウキとはまた違った視点で人の可能性を見ていた。
 あらゆる戦いにおいて相手にとっての“死闘”を演出する。
 それゆえ、どれだけ力を得ようとそれを上回る力で襲い来る。
 弱点はなく、正面から死闘を制しなければ“天使”はともかく神には勝てない。
 帝とエアによる、一瞬の隙を突いた逆転の一撃ですら倒し切れなかった。
 ただし、その後は敗北を認めてユウキ達の勢力に回った。





     

 
 

 
後書き
名無しの神が割と多く登場していました。
尤も、これでも地の文や実際に登場していた神々の1割にも及びません。……それほどの数の“性質”は考えられそうにないです(´・ω・`)

前日譚であるかつての神界大戦もそれが理由で必要以上の描写はしていません。今後も書く予定は一切ないです。
その代わり、StSやVividの一部を番外編として今後投稿するかもしれません。
飽くまで“気が向いたら”の話ですけど……。

そう言う訳で、ここまで読んでいただいた方は本当にありがとうございます。
拙い文章、話の構成でしたが、それでも楽しんでいただけたなら幸いです。
今後はハーメルンを中心に活動するつもりなので、そちらでも会えたらよろしくお願いします。