妖精の守護者 ~the Guardian of fairy~


 

ゴーレム

 岩の巨兵。戦闘に特化した、優れた身体能力を持つ。
 今、俺の目の前ある敵はゴーレムと呼ばれている。
 ゴーレム。“妖精”と呼ばれる種族により作られた村の防衛装置。
 何の感情も持たない冷たい瞳が、まっすぐに俺を射抜き、圧倒的物理差を以って葬らんと襲い掛かる。

「ゼス! 負けんじゃないわよ! 負けたら、今日の夕ご飯抜きだから!」

 それは困る。なぜなら、食う寝る、釣りをすることが俺の生活サイクルだからだ。そのどれかが欠けてしまってはもう、それは俺ではなく、俺の皮を被った誰かなのだ。

「そんなこといって、別にお前が作るわけじゃないだろ」

「うるさい! いいから勝ちなさい! いい加減私に恥をかかせるな!」

 先ほどから外野で女が騒ぎ立てている。あいつは、鬼だ。あの岩石の塊を、俺の素手でどうにかしろと言っている。鬼以外の何者でもない。妖精の皮を被った鬼に違いないのだ。

「うぉっ、てめっ、ちょ、まっ…………」

 余所見をした僅かな時間、ゴーレムは待ってくれるはずもなく、その俊敏な足で一気に間合いを縮め、俺の顔面へ容赦なく拳を叩き付けた。さようなら、俺の人生。






「ほっっっっっっっっっっっっっっっっっと使えないわね、お前って!」

 目覚めるとそこは天国、ではなく、村の広場だった。どうやら気絶していたらしい。生きていることが不思議なほどの打撃を食らったはずなのだが、どうにか生きている。

「無理に決まってんだろ? あいつ岩だぜ? どうやって倒ってんだよ。というか、俺が生きていることが奇跡なんだけど」

「当たり前でしょ! お前もゴーレムなんだから! 私が死ななきゃお前は永久に生き続けるの! 何回も説明したでしょ! 馬鹿なの!? アホなの!?」

 そう。俺も先ほど戦っていたあの岩男(あだ名)も同じゴーレムだ。村を守るために、妖精により生み出された生命。主人である妖精のためにその命を捧げ、忠誠を尽くす使い魔、のような存在らしい。

「はぁ……なんで私ばっかり……」

「おい、そんなに自分を責めるなよ。努力していればいい事あるって。あきらめんなよ」

 俺は主人に励ましのエールを送ってやった。こいつは小さいわりに頑張っているから俺としてもほんのちょっぴり、心が痛いのだ。

「誰のせいよ!! お前とリンクしてからいいことなんて何一つなかったわよ! この疫病神!」

 ひどい言われようである。こちらとしても日々精進を続けているわけで、この前だって湖で主を釣り上げて帰ってきたのだ。着実に力をつけていると自負している。もっとも、家に持ち帰ったらすぐに燃えカスにされたのだが。せめておいしくいただいて欲しいのだが、愛釣家からのお願いだ。

「リーゼロッテ、そんなにカリカリすんな。負けたものはしょうがねぇ。次があるだろ」

「昨日も聞いたわよそのセリフ! ねぇ、何かないの? 獣人みたいに変身するとか目から光線出せるとか腕が取れて飛んでいくとか」

「あいにく、健康的な体が取り柄だな」

  主人は俺に侮蔑と蔑みの目を投げつけ、やがて諦観したように無言で去っていった。背中には一緒に来るなとでもいいたげな殺気を放ちながら。どのみち、帰る家は同じなんだがな。というか、無茶振りが過ぎる。人間じゃあるまいし、そんな兵器みたいな機能、あるわけないだろ。

「しゃーねー……釣り道具は家だし、散歩でもすっか」


 俺の主人、リーゼロッテは妖精である。妖精っていうのは、御伽話に出てくる可愛らしい、小さな生き物……ではなく、そういう種族の名称だ。
 人間、獣人、ミゼット、エルフィン、そして妖精(フェアリー)っていうのがこの大陸で生活している。その中でも、大陸の北側、森で覆われた“ラー・ラガリア”と呼ばれる地域が妖精たちの国になっている。どの種族とも関わらず、自らの持つ魔法と知恵によって築き上げた妖精王率いる謎の多い生命体。
 その妖精にとって、作られた戦士。それが俺たち機動兵、通称ゴーレムと呼ばれる自立型魔法生命体という妖精魔法によって作られた人形だ。
 妖精は強力な魔法を扱うが、その反面、肉体的にはどの種族にも劣る。それを補うために、壁としての役目を果たすのが俺たちの仕事。
 感情を持たない、人形。主のために命を捧げる戦士。優れた身体能力を誇る守り手。
 え? 俺? 俺もゴーレムだよ。その割には色々違うって? はっ! 俺はあんな脳筋たちとは違って、頭で勝負するタイプだからな。
知能タイプのゴーレム、なんとも使えない響きだった。

「あー……俺、本当にゴーレムなんだよな? 感情あるし、あいつに命を捧げるなんて嫌だし、弱いけど、ゴーレムなんだよな? なぁ?」

 誰に問いかけるでもなく、俺はつぶやいた。住人が不思議そうに俺を見つめている。変人に思われただろうか。気にすることはない。もともと、俺は村人にとって奇異な目で見られている。
 ゴーレムなのに、感情を持っていること。
 連中にはそれが不気味で仕方ないらしい。

「おい」

「…………」

「おい、そこのハゲ」

「……ゼス、家はゴーレムに売るもんは何もないよ」

 店屋のハゲはいつも俺に冷たい。こいつは俺の主人、リーゼロッテのファンであいつのゴーレムである俺のことが嫌いなのだ。マジでロリコンくそハゲ頭である。

「聞いたぞ。また負けたんだってな? お前は村の中でも一番のゴーレム使いであるリーゼロッテちゃんのゴーレムなんだぞ? 少しは自覚を持たんか」
「リンゴ一つくれ。代金はリーゼロッテにツケな」

「大体、お前は何者だ? いきなり彼女の前に現れたと思ったら、住み着くようになって。もし彼女を泣かすようなことがあれば、許さんぞ。あと、ツケはできんし、ゴーレムに商売をするつもりはない。帰れ」

「心の狭い親父だ。だからその年で独り身なんだ。若い女の尻を追っかけている暇があったら、少しはそのハゲを隠す努力をしろよ」

「……てめぇ、人が大人しくしてりゃ、つけあがりおって……」

 店屋のハゲは指を鳴らすと裏口から巨大なゴーレムを送り込んできた。親父のゴーレムも巨大で屈強な体を持っている。岩で出来た肉体はどんな武器も貫通することはできないだろう。

「……じゃ、忙しいみたいですので。私はこのへんで」

「逃がすと思うかこの糞ガキが!」

「暴力反対!」

 素早く店先を抜け出し、俺はハゲのゴーレムから間合いを取った。どうやら、村で暴れるつもりはなく逃げ出した俺を悔しそうに見つめていた。ざまぁみろ。
 それにしても、今日は同じゴーレムに襲われてばかりだ。ゴーレムには体のでかい奴や小さくてすばしっこい奴。人間型のもあれば獣の姿をしていたり、鳥みたいな空を飛べるものいるが、一般的なのは、ハゲみたいな体のでかい奴が守り手にふさわしいのだ。

「……げっ、言ってるそばから、嫌な奴に出くわしてしまった」

「人を化け物みたいに言わないでくれる?」

 ずーん、と高く聳え立つ壁、ではなく岩の巨兵。先ほど俺をいじめにいじめた、鬼畜ゴーレムは相変わらず生きているのかわからない灰色の瞳で俺を見ている。
 戦いにのみ、唯一行動を許された戦士は静かに主の前へ歩み寄った。

「……ジェノス、大丈夫よ。そいつ、無害だから。下がってよし」

「はい、主様」

 厳かな響きでゴーレムは引き下がる。そして、そいつの主である妖精の女は面白い玩具でも見つけたように俺の目の前に現れた。
 羽根は、四枚。妖精は、その羽根の数で魔力の強さが決まる。
 ちなみに、妖精王は八枚羽根。その魔力の高さは、大陸を滅ぼすほどの力を秘めていると言われている。恐ろしい話だ、できれば一生関わりたくないのであった、まる!

「リーゼの雑魚ゴーレムが、村に何の用? さっさと家に帰って、反省会でもやってなさいよ」

「よう、ジェノス。相変わらず、いいパンチしてるな。死ぬかと思ったぜ」

「ゼスこそ、いつも本気のつもりなのですが、その生命力は驚嘆に値します」

 ジェノスとは、仲が良い。隣のお嬢とリーゼが幼馴染ということもあり、いつも練習に付き合ってもらっている。もっとも、俺が勝てた試しなど、皆無なのだが。

「ちょっと、無視すんじゃないわよ! ゴーレムの分際で!」

「うっせぇな、ルーチェ。俺とジェノスは常日頃から拳を交えている相棒なんだ。お前の取り入る隙はねぇんだよ」

 俺はジェノスの分厚い拳に、コツンと己の小さな拳を当てて見せた。そんなことをしても、こいつには意味など分からないとは思うが、これは気持ちの問題なのだ。

「……ふん、相変わらずヘンテコなゴーレムね。そんなことをしても、ジェノスには伝わらないわよ」

「いちいち、わかったことを口に出すんじゃねぇよ。こういうのは、気持ちの問題なんだよ。女のお前にはわからねぇだろうがな!」

「さっきからお前お前ってねぇ! ゴーレムのくせに頭が高いのよあなたは! リーゼに教育してもらってないのかしら!」

「あいにく、うるさい女と頭のいい女には従わないことにしている」

「あ、あらそう。それでは、仕方ないわね」

 どう考えても前者なのだが、何を勘違いしたのか、頭の良いルーチェさんは大人しく引き下がった。これ以上、からかうのも可愛そうなので、俺が突っ込むこともあるまい。

「……私には別にいいけどね。他の妖精たちには気をつけなさいよ。妖精は皆プライドが高い。自分の名誉を傷つけられたと知ったら、決闘を申し込まれることだってあるんだから」

「そうだな。覚えておく」

「変に素直よね、あんたって。リーゼも苦労するわ――――いくわよ、ジェノス」

「はい、主様」


 ルーチェの命令を待っていたかのように、ジェノスは大きな手のひらで主をすくい上げ、英雄のような足取りで去っていく。ルーチェはアホの子だが、その実力はかなりのものだ。四枚羽根といえば、もう立派な戦士の証だろう。あの若さでたいしたものだ。さぞ、血のにじむような努力をしたのだろう。
 それは、リーゼも同じだ。あいつは誰よりも戦士になりたがっている。

「……そういえば、今年もやってくるわね、アスタリア祭」

 アスタリア祭。そういえば、もうそんな時期だったか。
 女神アスタリアはこの大陸の全ての民が信仰する共通の神様だ。どの種族も、その日は光の女神アスタリアの寵愛を受けることができる。それを祝う祭りということだ。つまり、屋台で食い放題ということだな。
 だが、この村ではクソむかつく変わった風習があるのだ。

「あのゴーレムを競わせる鬼畜大会かよ。去年はジェノスが準優勝だったな」

「私と! ジェノスが、ね! とにかく、今年は妖精王もわざわざ見に来るらしいわよ。これはチャンスだわ! 妖精王の目に留まることができれば、王宮勤めを夢じゃない!」

「すがすがしいほど、欲望むき出しだな。ジェノスよ、頑張れよ」

「……はい、ゼスも」

 俺は頑張っても意味なんかない。そうジェノスに言う気にもなれず、黙ったまま気合を入れる二人の姿が消えるまで見送った。
 しかし、そうか。このところ、リーゼの扱きが厳しいのは、そのせいだったのか。
 これは、ますますやる気になるわけにはいかなくなったな。
 何てったって、あの大会で万一にも優勝すれば、戦時下で戦うことだってあるかもしれない。
 まぁ、俺が万一にも優勝などできるわけないのだが。


「っていうことがあるんですよ、仙人」

 俺は、自分の心を清めるために、いつもの場所に座った。今日は釣り道具を置いてきたため、隣のお客さんの実力を見定めながら湖の心地よい空気を感じている。
 ここは、俺にとって唯一安らげる場所なのだ。家に帰ればリーゼにどやされる運命が決まっている。そのため、なんとも帰りずらくなった時、ここに立ち止まって夜空になるまでぼけっと立っているのが俺の日課だった。そのあと、更に怒られるという負の連鎖が待っているのだが、どの道怒られるなら、一緒のことだな。

「そうかぁ~ゼス君は毎日大変だねぇ」

「そうなんすよ。俺ってば何でゴーレムなんてやってるんすかねぇ? もっとこう、大事なこと、あると思うわけですよ」

「なんか、転職を考えている人みたいだねぇ」

「実際、そのほうが楽かもしんないっす。俺、根性ないから、ゴーレムとか言う職業、向いてないっていうか」

「とりあえず~ゴーレムは転職できないから、ね?」

 仙人は、俺に厳しい現実を突きつけた。俺の隣で竿を握る男は、釣仙人と呼ばれている(俺がそう呼んでいる)ここでボケッとしている俺を見かねて、竿を握らせてくれた、つまり俺に釣りの喜びを教えてくれた人生の師匠と呼んでも差し支えない。いつもニコニコと好々爺のように笑っている。俺がここに行くと、たいてい釣りをしているのだ。かなり暇人でやることがないに違いない。働けと一言言ってやろうかと、今度考えている。

「しかし、君も同じ愚痴ばかりだねぇ。そんなに嫌なら逃げちゃえばいいのにさぁ」

 それは、確かにそうだ。俺は常々そう思っていた。思ってはいたのだが、なかなか行動に起こせなかった。それは、なぜだろうか? 何か大切なことを忘れているような気がしないでもないくもない、が。

「あれだね、明日やろうって引き延ばしにして、結局やらないっていう」

「そうか……俺は怠け者だったのか……! くそ、今更わかっちまったよ!」

「……ほんとに、今更だよ~」

 俺は拳を握り締めて、決心した。やっぱり仙人は尊敬できる。ここにくれば自分を見つめ直すことができる。更に新しい自分を見つけ出し、自分がどうすればいいのかという答えを見つけ出してくれた。

「ありがとう仙人。俺、わかりました」

「いやぁ、冗談だって、本気にしな」

「俺、ゴーレムやめます」

「いや、あの」

「それで、仙人のような釣りで生きていきます」

「いや」

「もう、自分から逃げたくないです」

「い」

「この、思い、冷めないうちに伝えに行きます」

「…………行ってらっしゃい」


 仙人は、何かを諦めたように優しい眼で、俺を見送ってくれた。仙人はやっぱり仙人だったんだなぁ。俺も早くああなりたいものだ。

「君は、リーゼとシャルを見捨てるのかい?」

「……俺はそういう奴ですよ」


 突き刺さるような強い言葉が、俺の背中を襲った。
 見捨てる? そういう関係ではなかった。
 俺は、きっと駄目なゴーレムなのさ。





「どこを…………ほっつき歩いてたのよ、このボケ!!!!!!!」

「よし、決めた。ゴーレムやめる」

 家に帰るとそこには鬼が立っていた。玄関越しで寂しそうに俯くリーゼを見ていると、なんとなーく申し訳ない気持ちに、ならなくもなかったが、やっぱり気のせいでした。

「リーゼ、ご近所さんに聞こえちゃうよ。ゼス、お帰りなさい。晩御飯出来てるよ」

 それとは正反対にやさしげな声が奥から聞こえてきた。リーゼとそっくりの顔だが、体は成熟しており、大人の妖精という感じの女。シャルロッテは、リーゼロッテの姉だ。声は幾分かおっとりしており、リーゼとは正反対の性格だった。

「待て、お前ら、今日はお別れを言いに来たんだ。俺は旅に出る。自分を見つめ直すことにした」

「えええ!? 嫌だよ、ゼスとお別れなんて~!」

「姉さん、落ち着いて。クソゴーレム、意味わかんないこと言うな。お前は私たちとリンクが切れた瞬間、死ぬのよ」

「そういって、今まで騙されてきたが、今日という今日は騙されんぞ」

 俺は堂々とリーゼに啖呵を切ってやった。リーゼは冷たい表情のまま、なにやら呪文を唱えた。やばい、攻撃されると、反射的に身をかばおうとするが体が動かない。自然に倒れこむように地面にキスをした。大地の女神、愛している。

「……ぐぉぉぉぉぉ体が、うごかねぇ!」

「……これでわかった? お前は人形なの。分かったら、謝りなさい。そうしたら、今日のことは許してあげる」

「シャル、俺とリンクしてくれ。今日からお前が、俺の主人だ」

「えっ? えっ? わ、わかった! えい!」

 死んでもリーゼになんか謝るか、という俺の捻じ曲がった根性は、シャルへ媚びるという結果に至った。みるみるうちに俺の体は生気が漲り、顔面の泥を拭い去ることができた。
 今、俺の体はシャルからの魔力を受け、動いている。つまり、俺はゴーレムをやめることができないということだ。人生に絶望した瞬間だった。

「ちょっと、姉さん!? 何でこいつのいいなりになってんのよ!」

「だ、だって、かわいそうだったんだもの……」

「全部ゼスが悪いのよ! ゴーレムの癖に勝手に行動したりするから」

「……でも、ゼスは戦闘用のゴーレムじゃないわ。リーゼ、またゼスを戦わせたでしょ?」
「うっ…………だ、だって」

「だって、じゃありません。ゼスに謝りなさい」

「うぅぅ…………」

 最高に気分の良い瞬間だった。リーゼは姉に逆らうことができないのだ。普段おっとりしてはいるが、怒るとかなりおっかないのだ、この姉は。リーゼの泣きっ面を拝みながら食う飯はさぞうまかろうなぁ!

「何を笑っているの、ゼス? こんな時間まで遊びまわって……どれだけ心配させたと思っているの? ゴーレムの自覚を持ちなさい。そしてリーゼに謝りなさい」

「……くっ、なぜ俺まで」

「……バーカ」

「あっ? ざけんなバーカ」

「うんこゴーレム!」

「おねしょ女!」

「お、おねしょなんてしてないわよ!」

「してましたー! あれはそう、お前がまだちんまかった時のこと……」

「小さい頃の話なんて卑怯よ! 馬鹿ゼス!」

「なにおう! ぺったん妖精!」

「ぺっ……もう怒った! 絶対許してあげない! 謝っても絶対にリンクしてあげないから! 一生姉さんと契約してろ!」

 リーゼは俺の顔面に思い切りのいい張り手を繰り出すと、そのまま自室へどすどすと地響きを上げながら入っていった。がしゃりと鍵のかかる音がすると、一瞬のうちに静寂が我が家を包み込む。

「……はぁ、どーしてケンカするのかなぁ」

「それはだな、あいつが突っかかってくるからだ」

「じっとしてて、鼻血、出てるから」


 俺は冷めてしまった夕飯を食べながら、シャルの手当てを受けた。なんともみっともない姿だ。誰かに寄生しながら生きて、ご飯を作ってもらい、手当てまでしてもらう。あげく、怒鳴り声を上げ、近所迷惑極まりないときた。

「……すまん」

「どーして、それが、リーゼに言えないのかなぁ」

 それは、なぜだろうな。自分でも不思議なのだが、あいつに謝ったり許しを請うのは絶対にしたくない。シャル相手ならいくらでも言えるのに。やっぱり、俺があいつを主人と認めないからだろうか。きっとそうなのだろう。

「今日のことでわかった。俺はあいつとリンクしない。あいつは、今年のアスタリア祭で俺と参加しようとしてたんだ。いきなり、ジェノスと試合を組んだときから変だと思ってたんだがな」

「アスタリア祭に……? どーしてかなぁ? あっ……」

 シャルは、少し考えこんでいたが、はっと息の呑んだ。どうやら、思い当たる節があるらしい。かくゆう俺も、なんとなくだが察しはつく。

「母ちゃんだろ? お前らの母ちゃん、アスタリアの戦士だったらしいな」

「…………うん。マーテル母さんは、最強のゴーレム使いで、自分自身も優秀な魔法使いだった」
 
 英雄、マーテル。かつて、この世界は邪悪な者に支配されていた。その邪悪な者に対抗するために、女神が特別な力を与えた妖精。
 それが、アスタリアの戦士。
 マーテルは、妖精王と共に旅をして、次々に邪悪な者を倒していき、遂にその主を倒して、世界に光を取り戻したとされている。
 およそ、千年も前の話だ。マーテルと妖精王はアスタリアの加護を受け、不老不死となった。
 しかし、マーテルは、

「今年は妖精王も大会を見に来るらしい」

「そう……なら、リーゼが張り切るのも分かる気がする」

「迷惑な話だ。戦うのは俺だってのに」

 ……英雄マーテルは帰ってこなかった。妖精王のみが村に帰還すると、森の扉を深く閉ざし、妖精の国をより豊かにした。来るべき、災厄に備え、民の中からゴーレムの使い手を選出する。
 それが、アスタリア祭の真の目的なのだ。

「……ゼス、あなたが家に来てからもう十五年も経つわね」

「うあ? なんだ、突然」

「ううん……なんだかんだ言って、あなたは私たちの親代わりだったなぁと思って」

「そんなもんじゃねぇだろ。お前は小さい時からしっかりしていたが、リーゼは誰に似たんだか、まるで言うこときかねぇし」

「うふふ……本当に、誰に似たんだか」

 何がおかしいのか、シャルはしきりに喉を鳴らしながら、笑っていた。

 俺が、こいつらに出会ったのは、十五年ほど前のちょうど真冬の時期だったか。
 
 簡単に言うと、俺は野垂れ死にしそうになっていた。自分が誰なのか、なぜ妖精の森で転がっているのか。その全ての記憶を失っていた。
 一つの手掛かり、紙切れに書かれていたこと以外、俺は自分のことを何も知らない。
 ゼス、という名前。ゴーレムという存在。この姉妹が主人であること。それ以外は何も知らされていないのだ。

「あなたが来てくれたおかげで、家が明るくなったわ。ありがとう、ゼス」

「おいおい、俺はこれからゴーレムやめるって言ってるんだぜ?」

「大会に勝つと、何でも願いを叶えてくれるらしいわよ」

「剣を寄越せ。俺は獲物がないと上手く戦えねぇんだよ」

 なぜそれを先に言わなかったんだ、あいつは? それがあれば、俺はゴーレムをやめることもできる。いや、まて。釣り道具を新調することも可能だろう。ああ、夢が膨らむ。世界は美しいなぁ!

「嫌よ、私。お前とはもうリンクしないから」

 どこから聞いていたのか。いつのまにかリーゼは、自室の扉前に寄りかかり、俺たちの話を聞いていた。盗み聞きをするなと言われなかったのか。いや、言ってなかったな。

「誰もお前と出るなんて言ってねぇだろ」

「はぁ? だったら誰と」

「シャル、頑張ろうぜ。優勝すれば母ちゃんこと、何か分かるかも知れねぇぞ」

「ええ!? わ、私? もぅ、すぐそうやって勝手に決めて」

「そうと決まれば、特訓だな。明日からびしばし行くぞ」

 何てたって、願いを叶えてくれるなんていう怪しさ満点のごほうびが待っているんだ。これを狙わずして何を狙う? どんなことをしてでも、勝ってやる。どんなことをしてでもな……。

「~~~~~~! 勝手にしなさいよ! ぜ、ゼスなんて、大っ嫌い!」
「お、お前、どうして最後にビンタすんだよ……」

 リーゼは、悔しそうに捨て台詞を吐きながら再び自室の扉を強く閉めた。熱をもった頬がじんじんと痛い。

「別に出てもいいけど……ちゃんとリーゼと仲直りしてね」

「そいつぁ無理な相談」

「し て ね」

「はい……」

 やはりシャルに逆らうのは無理だ。まぁ、しばらく様子を見て、タイミングを見計らって何かあいつの喜ぶ物でも与えてやればイチコロだろう。
 こうして、俺とシャルは大会へ参加するため、血反吐を吐くような特訓を行った。
 その間、リーゼは俺たちの前に現れることはなかった。
 

 

妖精剣

「ゼスー! ちゃんと特訓するって言ってたじゃない~!」

「ほぁ?」

 あれから血の滲むような特訓(二十四時間フィッシング)をしている俺の背後から、誰かの叫び声が聞こえた。既に二日間、魚しか食べていない俺の目は、虚ろで、誰の声かも定かではない。
嘘、シャルの声だ。あいつは、普段ほわほわしているため、声だけで判断できる。

「シャルよ。よく聞け、お前のような優秀な魔法使いにはわからんだろうが、今更何をやろうが、勝負は四日後だ。この四日間で何ができる? 奇跡でも起こらなければ勝つことなんてできるか」

「一昨日と言っていることが全く違うじゃない……」

「臨機応変に対応できないと、この世界で生きていくことなどできないぞ。お前みたいに、時間の流れが人よりも遅い奴は、特に注意が必要だ」

「ふーんだ。失礼な人には、これ見せてあげないんだからねー」

 シャルは少しすねた様子で、何やら大きな布を後ろへ隠した。
 これといって興味もなかったので、俺はそのままシャルを無視して釣りを再開することにした。

「ちょっと……ゼスが用意しろって言ったんじゃない~!」

「痛い、痛い……顔面から押し付けるな……って、うお……これ、刃物じゃねぇか」

 それは、立派な装飾の付いた、何やら高価なそうな剣だった。ハゲの親父に売りつければ数万はくだらないと踏んだ。
 ゴーレムである俺には、金銭を持つ権利はないため、何かを買うこともできない。よくよく考えれば、幼児でもできることを俺はできないということだ。
 初めてのお使いもしたことがない。ツケも効かない。主人は恐ろしいほどの守銭奴。
 なんだか俺は自分自身が不憫に思えてきた。

「これはね、マーテル母さんのゴーレムが扱っていたとっても凄い剣なのよ? 母さんのゴーレムは」

「よし、シャル。それを俺にくれ」

 鼻くそも興味のない話を切り出す前に、俺は左手をシャルの顔面に突き出した。

「……ゼス、何か変なこと考えてない?」

「何を言っている。誰かを疑うような子に育てた覚えはないぞ」

「悪いけど、ゼスは見ていたら、誰も信じられなくなるわよ?」

 シャルは俺から距離を保ちつつ、半眼でじっと睨んできた。
 ひどい扱いだ。まさか俺がそれを売り払って、新しい釣り道具を買うとでも思っているのだろうか? そんなことをすれば、ただでは済まない。リーゼはもちろん、シャルだってキレるに決まっている。どんな恐ろしい結末が待ち受けているか……考えただけでも背筋が凍るようだ。

「ゼス、これを与える代わりに約束して欲しいの。リーゼと、リーゼロッテとずっと一緒にいてあげて? あの子は強い魔力の持ち主だし、いじっぱりで口は悪いけど、とても泣虫なの。誰かがずっと傍にいてあげなければ、簡単に折れてしまうわ」

 おまけに、暴力的で胸も身長もない。そしてゴーレムに対して容赦ないハンパない、を付け足しておこう。

「リーゼはそれを望んでないみたいだけどな」

「そんなことないわ、あの子は」

「まあいいや、わかった」

「本当に? ずーーーーーっと一緒にいるって約束してくれる?」

「あーはいはい、約束約束。指きりでもするか?」

「ううん、いらない。ゼスを、信じているから」

 シャルはそういって、素直な笑顔を俺に向けた。
 どーしてこんな、得体の知れない奴を簡単に信用するのかねぇ……妹思いなのはいいことだが、それならまず、俺のようなゴーレムを近づけないほうが一番安全なわけだが。

「はい、これ。妖精剣――――アヴェルよ」

 シャルは丁寧に包装された布から剣を取り出した。先ほどは柄の部分しか見えていなかったが、ようやく全体を見ることができる。 
 素人目に見ただけでもわかる。これは一般に普及してある代物とは別格だ。
 シャルの母親の物であることから年代物であるにも関わらず、傷一つない。刀身はむしろ、透き通るような輝きを保っている。
 俺はそれを慎重に受け取る。

 ――――ドクン。
 何かの風景が俺の頭に流れた。突然の出来事で大切な商品……贈り物を落としそうになる。
 何だ今の……建物、城? それに………この柄に描かれた紋章…………なんだか胸が焼きつくように痛い。

「ゼス? どうしたの? 凄い汗よ? 重かった?」

「俺はどんだけ貧弱なんだ。流石に剣くらい持てる」

 これを持てなかったらシャルよりも劣るってことだろ。どうやらこいつは俺の力を舐めているような気がする。
 ここは一つ、一家の大黒柱? である俺の力をみせてやらねば!
 俺は勢い良く剣を引き抜き、一閃に辺りを薙ぎ払った。

「ど……どうだ、シャル? 様になっているだろう?」

「う……うん。手、震えているけどほんとに大丈夫?」

 自慢じゃないが、釣竿より重いものは持ったことがない。
 それにしても、凄く疲れるな。
 やっぱり戦いなんてムリだな。それにこの剣……なんだか嫌な気分になる。さっさと売り払ってしまおう。
 悪いな、シャル。一応、言い出した手前参加はするが、武器はハゲ親父からでもパクッてきたものにするとしよう。

「優勝して、なんて言わないから……あなたが頑張っている姿をリーゼに見せてあげて」
 
「毎日頑張っているんだけどねぇ」

俺はシャルの無垢な笑顔に多少の躊躇を覚えたが、目先の欲望に抗うことができないのだった。
 




「ハゲ親父、いい品がある。買ってくれ」

「てめぇ……性懲りもなくまた……ゴーレムには売りも買いもしねぇって言ってんだろうが」


 相変わらず店のハゲ親父は俺を見つけると怒鳴り声を上げてきた。つるつるの頭が右へ左へ動く姿はいつ見ても滑稽だ。ボールが跳ねているように見える。
 俺はその頭の前に例の品を投げるように差し出した。

「…………人の話、聞いてたのか?」

「いいから開けてみろ、そして今までの非礼を俺に詫びやがれ」

「なーに威張ってんだクソガ…………おいこりゃ……」

 ハゲ親父はぐだぐたと文句を言っていたが、品を見た瞬間、人が変わったように真剣な顔になった。いつもだらしない口髭を蓄えているだけなのかと思ったが、仕事をする時はなかなか様になっている。
 一通り品定めをした後、ハゲは静かに剣を鞘に戻した。

「お前……これをどこで?」

「シャルから貰った」

「そうか……シャルロッテちゃんがな……」

 ハゲはまるでどこか遠いところを見るように目を細め、しばらく黙っていたが、ようやく決心がついたのか、剣へ目を戻した。

「オウラ、ちょっと手伝ってくれ」

「ハイ、マスター」

 感情の欠落した機械的な声が店の奥から聞こえたかと思うと、巨大なゴーレムは突然ハゲの傍へ現れた。
 通常、ゴーレムはでかすぎる為、魔力へと変換して待機させる。ゴーレムそのものは魔法媒体なので召還するだけで魔力を消費し続ける。用事のない場合は主の中で休ませるのだ――――が、俺は嫌なので魔力への変換は断っている。
 リーゼの、あいつの傍で眠るなんて絶対に嫌だからだ。


「ちょっとな――――こいつをぶん殴ってくれや」

「はっ――――」

 っとハゲの言葉に疑問を感じた瞬間、俺の体は店の外へと吹き飛んだ。くの字に曲がった体は、何かの壁に衝突した。しばらくは今起こった事実を受け入れることができずに思考の定まらない脳のせいでぼんやりとしていたが、次に体の全身が骨という骨がボロボロになるような激痛に襲われ、俺は全ての液体という液体を撒き散らした。

「うぁぁぁぁぁぁぁ! おぇ、げほっ! ぐ……な、何しやがる……」

「てめぇ……前々から屑だと屑だと思ってたが、ゴミ屑だったんだな」

「ひっ……」

 俺はハゲのゴーレムに突きつけられた戦斧に怯え、情けない声を上げた。だが、そんなことは関係ない。今、俺を縛り上げる感情は、恐怖のみ。普段とは違うハゲの激しい怒りに戸惑いと恐れを感じている。


「いいか、よく聞け小僧! その剣は、妖精石で出来たこの世界でたった一振りしか与えられない特別な代物だ。それをてめぇは売り捌こうとした。女神アスタリアの怒りを買う前に俺が罰を与えてやったんだ。ありがたく思え」

「妖精、石?」

 どこかで聞いたことがあった。
 妖精は、不思議な存在で、その生命を終えると体は宝石のように硬い結晶となる。
 その結晶は、妖精の魂そのもの。それで作られた武具は、持ち主を永遠に守ると言われている。
 俺は今一度あの気味の悪い剣を見つめた。柄の紋章が赤々と反応を示している。
 ぞっとした。妖精の命? 生きている……のか? 剣が?

 ハゲは剣を無造作に掴み上げるとそれを引き抜こうとした、がまるで何かに押さえつけられたかのように全身をだらりと下げ、剣を落とした。体中は汗でびっしょりだった。

「……わかるか? こいつはもうお前を主と認めている。なぜだか知らんがお前は、女神アスタリアに見初められたんだ」

「ふ、ふざけんじゃねぇ……俺はただのゴーレムだ!」

「ふざけてるんじゃねぇよ。本当のことだ。いいか? その剣は、聖剣、なんて物じゃねぇ。お前を薄々感じていると思うが、その気味の悪さは本物だ。妖精石は災いを呼ぶ呪いの石でもある」

「はぁ? んだよそれ…………そんなもんどうすれば!」

「落ち着け! そいつは持ち主の心に反応するんだ。心を静めろ、深呼吸だ。正しい心で剣に語りかけてみろ」

 なんというむちゃぶり! この状況でどうやって冷静になれと!? ところで俺をこんな目に合わせているのがハゲだということに気が付いているだろうか? 本当になんて野郎だ!
 まぁいい……とりあえず平常心だ。釣りをしているときみたいに……心を無にして、ただ獲物を待つ。

「できるじゃねぇか。思ったより集中力はあるみてぇだな」

 偉そうに頭をつるりと撫でるハゲ頭。剣は青色に戻り、静かな光を称えている。気味の悪さもなくなった。それと同時に森のざわめきも止んだ気がした。

「いいか? シャルロッテちゃんがこれをおめぇに与えたってことは、全幅の信頼を置いてのことだ。ここでのことは見なかったことにしてやる。だから、二度と彼女たちを裏切るようなことはするな」

「…………どいつもこいつも、裏切るだの、信頼するだの…………うぜぇんだよ」

「なんだと、てめぇ…………」

「そんな言葉に意味なんてねぇんだよ。生き残るために何が最善で、どれを選択すれば己が有利になるか……生き残った者が勝者となる弱肉強食の世界……それが真理だ」

 そうだ。弱い奴はずっと弱いまま、死ぬまで搾取され続ける。俺のように、何の才能もなく平凡で、無知な奴は簡単に騙されて奪われるんだ。
 だからこそ、考える。自分のために、自分が勝者となるためにはどうすればいいのか。
 明日、死ぬとも知れない世界を、生き残るためには……。
 …………いや、何を熱くなっている?

「確かに……お前の言っていることは間違っちゃいない。弱い奴は奪われる。強い奴は勝つ。そんなことは当たり前のことだ。だがな、ゼス、俺は悲しいよ。そいつぁ、まるで帝国人みたいじゃないか」

 帝国人、人、人間族。ここ数百年の間、世界の覇権を握ってきた種族の王。大陸の中心を都としたほぼ全土を領域にしつつある蛮族たち……それが妖精たちの見解だ。近年では、北のエルフィン族を侵食しつつあり、その最北端であるラーラ・ガリア、妖精大国を狙うのも時間の問題、とされている。

「実際、奴らは強い。だからこそ、豊かじゃないか! 日々、最低限の生きる糧だけで満足しているあんたたちは、あいつらに勝てるっていうのかよ?」

「……そいつぁやってみなけりゃわからん。人間は、確かにおかしな力を使う、危険な連中だ。光陰のごとき速さで他族を制圧し、今や奴らに逆らう連中などどこにもいないかもしれない。しかしだ……誰かの幸せを奪ってまで豊かになることに何の意味がある。血まみれの手で手に入れた幸福は、誰かを笑顔にしているとしたら? 決して許されることではない……」

 綺麗ごとばかり並べやがる。幸福の理由なんて関係ない。奪った飯で助かる命もある。奪った金で救われる奴がいる。
 ……俺の考えは、帝国人に向いているのだろうか。
 もしかしたら、俺はかつて帝国に住んでいたのだろうか。何かの間違いで、こんな奇抜な連中がいる場所に飛ばされて……何かの策力で、ゴーレムにされちまったのか?
 くそ……ならいっそ、こんな場所、出て行ってしまえたなら……!
 自由なら、どれだけよかったか……!


(アスタリア祭、大会に勝つと何でも願いを叶えてくれるらしいわよ)

 いいだろう……。
 俺は帝国に行く。
 そのためには、ゴーレムという契約が障害になってくる。
 妖精共の奴隷として一生を終えるなんて絶対に嫌だ。
 胡散臭い話ではあるが、妖精王が見に来るということは何かしらの手立てがあるのかもしれない。

「わーったよ。俺が悪かった。こいつを売るのは止めだ。今日から俺の相棒として扱き使ってやる」

「おい! 簡単に扱うんじゃねぇ! 災いを呼ぶって言ってんだろうか!」

「んなこといっても、これしか武器がねぇんだよ」

「よしみだ! こいつをやる! だから絶対に、ここぞという時以外絶対! そいつを振り回すんじゃねぇぞ!」
 ラッキーなことに、ハゲは俺でも扱える軽い片手剣を鞘ごと投げて寄越した。面白いのでもういっぺんからかっても良かったが、ハゲのゴーレムであるオウラがずっと俺を見ているためやめておいた。気づいて本当に良かった!
 ……アヴェル……とかいうこの大剣は重いし、気味が悪いので出来れば使いたくないっていうのが本音だ。
 曲がり道をしたが、当初の目的であるアスタリア祭への出場を決意した俺。
 だが、大会まであと四日しかない。今から死ぬほどの特訓をしても、流石の俺でも厳しいものがある。
 なんとしてでも今年中にゴーレム卒業を果たし、帝国で一儲けしようという野望を叶えるためには優勝しなくてはならない。
 そのためには、まず敵の情報を知らなくてはな。
 あとは道具と……面倒ではあるが、剣という物の扱い方も知らなくてはならない。
 非常に面倒ではあるが、確か釣り仙人は昔めちゃくちゃ凄い剣士で、ゴーレムでも簡単に殺せるぐらい強かったらしいし……。
 それくらいなら、アスタリア祭で通用する奥義くらい持っているだろうな。
 なら話は早い! ちょろっと話してスパーンと身に着けてやろう!

 俺はハゲの店を後にして、湖へと足を向けた。仙人は暇なのでいつもあそこで釣りをしている。仕事をしろと今度言ってやろうか悩んでいるのだが。