傾奇


 

1部分:第一章


第一章

                             傾奇
 前田利家には甥がいる。甥といっても年齢は殆ど変わらない。
 その甥である慶次、大柄な彼よりもさらに大柄でしかも彼よりも派手な傾奇者の格好の彼にだ。眉を顰めさせて言うのだった。
「では引かぬのだな」
「はい」
 実に屈託のない笑顔でだ。甥は叔父に答えてきた。
「いや、それがしも考えがありまして」
「だからだと申すのか」
「左様です。それ位はいいではありませんか」
「よくはない。何故そこでそうする」
 前田は咎める声で慶次に告げる。
「それは間違っておるぞ」
「間違っておりますか」
「そうじゃ。あの時はああするものではない」
「ではどうせよと」
「無礼者ならば斬って捨てよ」
 厳しい口調でだ。前田は慶次に告げた。その右手を拳にして振りかざしてだ。
「そうしてよいのだ。さもなければ武士としての面目は立たん」
「しかしです。それはです」
「いかんというのじゃな」
「小者を斬っても何にもなりますまい」
 慶次は笑って叔父にこう返す。
「その様なことをしても刀の穢れです」
「穢れなぞ何だ」
 そんなものはどうでもよい。前田は確かに言った。
「そんなものはどうでもいいのだ。拭えば終わりだ」
「では無礼者はですか」
「左様、斬る」
 また言い切る前田だった。
「許してはおけぬわ」
「しかし叔父御はそれで以前殿から城への出入りを禁じられたではありませぬか」
 慶次は引かない叔父に彼の過去のことを話した。見ればどちらも端整な顔だ。しかし前田の方がいささか細長い感じでだ。そこが違っていた。
 慶次はその端整な、如何にも男らしい顔でだ。こう叔父に言ったのである。
「そうなっては下りませぬぞ」
「いや、それでもだ」
 前田も引かない。そのやや細長い精悍な顔で言うのだった。
「無礼者なぞ斬っても構わぬ」
「いやいや、無闇に刀を抜いては軽率です」
「軽率だと!?」
 前田は慶次の今の言葉にだ。忽ち眉を顰めさせた。
 そのうえでだ。こう彼に言い返した。
「御主には言われたくないわっ」
「心外な。何故そう仰るのですか」
「御主この前決闘をしたな」
「はい、それが何か」
「その相手を真っ二つにしたそうではないか」
 慶次は強い。その武芸は織田家でもよく知られている。
「しかもそれは何度目だ」
「さて。決闘はしょっちゅうですから」
「覚えておらぬのか」
「決闘をせぬのは武士の名折れでござる」
 慶次は笑ってこう述べた。
「何時でも誰であろうとも」
「決闘を申し込んできたならばか」
「受けて立ちます」
「だからこそ真っ二つにしたというのか」
「左様でござる」
 慶次は屈託のない笑顔で叔父に答える。
「そうしたのです」
「その方が軽率であろう」
 前田は目を怒らせて慶次に言い返した。
「無礼者を斬り捨てるよりも遥かに」
「そうでござろうか」
「そうじゃ。少なくとも御主には言われたくはないわ」
 軽率というのはだ。とてもだというのだ。
「全く。何を言うのだ」
「叔父御が先に言われましたが」
「だからだというのか」
「左様でござる」 
 またこう返す慶次だった。悪びれた様子は全くない。
 

 

2部分:第二章


第二章

「とにかくそれがしは小者は相手にはしませぬ」
「だが決闘は受けるか」
「そういうことでございます」
「ではわしが決闘を挑めばどうする」
「無論、受けまする」
 慶次はここでも屈託のない笑顔で前田に答える。
「では今からですな」
「おうよ、表に出るのじゃ」
 まさに売り言葉に買い言葉だった。前田も言う。
「そしてそこでじゃ」
「何で決闘をされますか」
「拳じゃ」
 刀や槍でなくだ。それだというのだ。
「今回もそれじゃ。今回も負けぬぞ」
「おやおや。叔父御も血気盛んですな」
「血気ではない。怒っておるのじゃ」
「それがしにですか」
「そうじゃ。だから表に出よ」
「畏まりました。それでは」
 前田も慶次も共に立ちだ。そうしてだった。
 二人は庭に出て殴り合いをはじめた。互いに拳を繰り出し合う。その度に鈍く痛そうな音が庭に響く。家臣達はそんな彼等を見てやれやれといった様子だった。
 喧嘩は暫く続いたがやがて終わった。それからだ。
 前田は奥に下がって傷の手当てを受けていた。それは彼の女房であるまつが行っていた。見れば勝気そうな顔立ちであるが目鼻立ちがしっかりしていて整っている。
 その彼女がだ。夫の顔を水で濡らした手拭で冷やしながらこう言った。
「またですか」
「またとは何じゃ」
 前田はむっとした顔で妻に返す。彼女にその目を向けながら。
「男はこうしなければならぬ時があるのじゃ」
「七日程前もそう仰いましたが」
「そういえばそうだったか」
「そうです。いつもいつも」
「慶次が頑固だからじゃ」
 だからだとだ。前田は言うのだった。
「だからわしも言って聞かせるだけでなくじゃ」
「やがては拳にですか」
「いつもなるだけじゃ。しかしじゃ」
「負けはしなかったというのですね」
「わしの勝ちじゃ」
 前田は妻の前にその大柄な身体を屈ませて手当てを受けながら答えた。
「今回もな」
「おそらく慶次殿もそう仰ってますよ」
「言いたいのなら言わせておくわ」
 それは構わないという前田だった。
「存分にのう。しかしじゃ」
「それでもですか」
「勝ったのはわしじゃ」
 まだ言う前田だった。
「間違いなくじゃ」
「全く。そうやってもう何年ですか」
 まつは前田が子供の頃から知っていた。幼い頃に戦で父をなくした彼女は前田家に引き取られて育てられたのだ。だから前田のことはお互いに子供の頃から知っているのだ。
 だからこそだ。前田のことも慶次のことも知っていてだ。こう言ったのである。
「何かとあれば喧嘩をされて」
「喧嘩ではないぞ」
「決闘だと仰るのですね」
「左様。そしてじゃ」
「慶次殿に叔父としてですね」
「拳で教えてやっているのじゃ」
 こう言って引かない。あくまでだ。
「あ奴の勘違いをな。そうしておるのじゃ」
「慶次殿もそう仰っていますよ」
 慶次の女房もまつの知り合いだ。友と言っていい。
「あなたの過ちを拳を以てお諌めしていると」
「間違っておるのはあいつじゃ」
 前田はまつの今の言葉にすぐにこう返した。
「わしではないわ」
「そう仰るのですね」
「左様、わしではない」
「ではまた何かあれば」
「拳で教えてやるわ」
 右の拳を振りかざしてだ。前田が言うとだ。
 そこで右腕、そこも殴られていたのでその痛みを感じてだ。前田は一旦収まった。
 

 

3部分:第三章


第三章

「ううむ、あ奴まことに色々なところを殴ってくれたわ」
「何発殴られたのですか?」
「数えておらんわ」
 不機嫌な顔でまつに返す。
「そんなものはな」
「そしてあなたもですね」
「何発殴ったか覚えておらんわ」
「全く。もう将だというのに」
 前田は出世していた。その才故にだ。
「それでも変わりませんか」
「悪いか」
「あなたらしいですが。そして」
「あ奴らしいか」
「全くです。何処までも傾かれるのですね」
「人間多少はそれ位でないと駄目じゃ」
 傾奇についてはだ。前田はそこに自負があった。
 その自負からだ。そのうえで言ったのである。
「そういうことじゃ」
「まあ。織田家はそういう家ですが」
「殿もそうであろう」
 前田は自然にだ。彼等の主である信長の話もした。
「いや、殿こそはじゃ」
「天下一の傾奇者ですね」
「そうじゃ。わしやあ奴が幾ら傾いてもじゃ」
「殿には負けますか」
「殿はそうした意味でも一の人よ」
 天下人という意味以外でもだというのだ。
「わしでは到底かなわぬ。しかしじゃ」
「あなたはあなたで、ですね」
「うむ、傾くわ」
 不敵に笑ってだ。前田は己の女房に答えた。
「そして慶次には絶対に負けんわ」
「おそらく慶次殿も同じことを仰っていますよ」
「ははは、そうであろうな」
 まつに言われてもだ。前田はその口を大きく開けて笑ってみせた。
「それなら受けて立とうぞ。わしも負けぬぞ・・・・・・うっ」
 しかしだ。ここでだった。
 前田は大きく開けたその口に鈍い痛みを感じて言葉を止めた。その夫にだ。まつはやれやれといった感じの呆れた顔を見せてだ。こう言ったのだった。
「全く。さっき派手にやり合ったばかりですよ」
「そういえば慶次の奴顎も殴ってきたな」
「それで口を大きく開いて笑われては痛いのも当たり前ですよ」
「痛いのう。しかしじゃ」
「傾き続けられるのですね」
「そうするぞ」
 こう言ってだ。前田はつまに手当てを受けていた。この夫婦は尾張にいた頃から変わらない。
 そして慶次もだ。それは同じでだ。
 派手な喧嘩から数日後だ。まだ痛みが残る身体で京の都で遊びながらだ。周りにいる女達にこんなことを言っていた。
 見れば女達に負けない位派手な服だ。赤に黄色に紫にとだ。悪趣味なまでに飾っている。
 その服で乱暴に整えた茶筅髷でだ。こう言ったのである。
「さて。これからじゃ」
「これから?」
「これからっていうと?」
「何かあるんですか?」
「うむ。ちょっと遊んで来るわ」
 こうだ。女達に飄々とした声で言ったのである。
「茶でな」
「茶?」
「茶で遊ぶ?」
「というと一体」
「どうやって遊ぶんですか?」
「勝負を挑まれたのじゃ」
 それで遊ぶのだとだ。慶次は煙管、やけに大きな、金や銀で造ったそれを手にして言う。
「とある茶人からのう」
「今度はお茶ですか」
「いつもの刀や槍ではなくですか」
「お茶で遊ばれるのですか」
「勝負をされるのですか」
「うむ、互いに茶を飲み合い何処の茶か言い当てていく」
 それがだ。今度の勝負だというのだ。
「わしもはじめてやる勝負じゃ」
「何か香りを当てるのと同じですね」
「それと」
「似ておるな、確かに」
 女達に言われてだ。慶次自身もこう答える。そのうえでこうも言うのだった。
 

 

4部分:第四章


第四章

「で、賭けるものはじゃ」
「はい、慶次殿が勝たれればどうなりますか?」
「その時は」
「わしがその相手、坊さんに好きなことをさせられるのじゃ」
「好きなこと?」
「といいますと」
「ははは、それは色々と考えておる」
 悪戯っぽい笑みを浮かべてだ。こう答える慶次だった。
「面白いことをな」
「あらあら、またですか」
「また悪戯を考えておられるのですか」
「些細な悪戯じゃ」
 自分ではこう言う慶次だった。
「ほんの些細なじゃ」
「そしてその悪戯で、ですか」
「お坊さんをからかう」
「そうされるのですね」
「どうもお高く止まった者を見ておるとそうせずにはいられぬ」
 だからだとだ。慶次は子供の様な笑みで述べた。
「どうもその坊さんもじゃ。摂関家の何処かと縁者であり学があるかどうかわからんが」
「それでもですか」
「お高く止まっているのは好きではない」
「そう言われるのですか」
「うむ。わしが負ければ頭を丸めよと言われた」
 慶次はその笑みのままで煙管を持っていない左手で己の頭をさすった。
「坊さんになれとは言われなかったがのう」
「何と、その頭を丸めよとですか」
「そんなことを仰ったのですか」
「その様に」
「そうじゃ。無論わしもこの頭を丸めるつもりはない」
 慶次自身もだ。そうだというのだ。
「全くじゃ」
「では。勝負に勝たれてですか」
「その摂関家の縁者のお坊様に悪戯をされる」
「そうされますか」
「さて、何をしてやろうかのう」
 勝負の前からだ。慶次は楽しげに笑って言う。
「今から楽しみじゃ」
「はい、では頑張って下さいね」
「勝負の後の悪戯のこと、楽しみにしてますよ」
「どういったことをされるのか」
 女達も笑顔でその慶次に話す。そうしてだった。
 慶次はその僧侶と茶室で勝負に入った。そしてその頃同じ都でだ。
 前田はお忍びで、とはいってもこれでもかという派手な格好で町を歩いていた。そうしてだ。
 目の前にだ。如何にもといった感じのゴロツキ達がいてだ。若い娘に絡んでいた。
「なあ姉ちゃん、付き合えよ」
「ちょっと酒でも一緒に飲もうぜ」
 ありきたりの言葉でだ。娘の手を掴んで強引にことを進めようとしていた。娘は明らかに嫌がっている。彼等のその様子を見てだ。
 前田は彼等の前に出てだ。こう言ったのである。
「おい、止めぬか」
「んっ、何だ手前は」
「傾奇者かよ」
「そうじゃ、傾奇者じゃ」
 まさにそれだとだ。前田も答える。
「その傾奇者として言う。その手を離せ」
「何い!?俺達に言うのかよ」
「止めろっていうのかよ」
「そうじゃ。詰まらぬ真似は止めよ」
 前田はまたゴロツキ達に述べた。
「御主等の様な小者は足軽にでもなって精々華々しく死ね」
「手前、喧嘩売ってるのかよ」
「そうなのかよ」
「そうだと思わぬのなら足軽になるのも止めよ」
 前田は彼等にさらに言う。
「そうじゃな。馬の世話をしてその尿や糞にまみれておれ」
「俺達にそうまで言うかよ」
「死にてえのかよ」
「死ぬのは貴様等よ。しかしじゃ」
 それでもだとだ。前田は毅然として返す。
 

 

5部分:第五章


第五章

「御主等程度の小者。刀も槍も使う必要はないわ」
「何っ、手前言わせておけば」
「俺達を何だと思ってやがる」
「言葉はもういいわ」
 前田はゴロツキ達にこれ以上は言わせなかった。そうしてだ。
 彼等を見据えてだ。こう言ったのである。
「その娘から手を放せ。さもなくばだ」
「うるせえ!俺達を馬鹿にしたことな」
「後悔してやるぜ!」
 こう言ってだ。彼等は刃を抜いて前田に襲い掛かった。しかしだ。
 前田は織田家においてその武勇で知られた男だ。槍の又左とも言われている。
 だが今は槍は使わなかった。素手でだ。
 刃を振るってきたゴロツキを殴り蹴飛ばしぶん投げた。そうして忽ちのうちにのしてしまったのである。 
 だがここでゴロツキの一人を傍の店にぶつけて店を壊してしまった。そこに番所の足軽達が来てだ。たまたま都に来ていた信長の耳に入ってしまった。
 慶次も慶次でだ。その僧侶と茶の勝負を続けていた。その中でだ。
 僧侶はだ。茶室の中で難しい顔をしてだ。こう彼に言った。
「むう、これは」
「何処の茶ですかな」
「大和ですな」
 そこの茶だとだ。僧侶は慶次に述べたのである。
「大和の。斑鳩の辺りでしょうか」
「あそこも最近茶をはじめましたからな」
「はい、そこの茶でしょうか」
「いや、わしは違うと思いますぞ」
 その巨大な手に小さな茶碗を持ってだ。慶次はその緑の茶を飲みながら述べた。
「この茶は近江ですな」
「近江の茶だというのですか」
「そうです。近江の長浜の茶です」
「いえ、これは斑鳩でしょう」
 むっとしてだ。僧侶は慶次に言い返した。
「拙僧は斑鳩の茶も飲んでおります。ですから」
「間違えられぬというのですか」
「左様、そして長浜の茶も知っております」
 だからだ。間違える筈がないというのだ。
「これは間違いなくです」
「では。どうでござろうか」
 慶次は二人と共にいる茶人、審判役の彼に問うた。どちらなのかをだ。
「この茶はどちらでしょうか」
「はい、長浜のものです」
 茶人は微笑んでこう答えた。
「近江の長浜の茶です」
「何と、そうでござったか」
 僧侶は茶人の判定を聞きだ。目を瞠って述べた。
「これは長浜の茶でござったか」
「左様です。慶次殿の仰る通りです」
「ううむ、拙僧が誤るとは」
 僧侶はまずは己の不明を恥じた。そうしてだ。
 そのうえで慶次を見てだ。感嘆する顔でこう言うのだった。
「いや、慶次殿これはです」
「わしの勝ちですな」
「御見事です」
 深々とだ。正座で一礼して慶次に対して述べた。
「拙僧の負けでございます」
「いやいや、それではです」
「それでは?」
「茶は終わりましたし」
 茶の勝負はこれでいいとしてだ。慶次はその僧侶に対して述べた。ついでに茶人にも。
「どうでござろうか。今度は酒利きをしませぬか」
「何と、酒」
「酒でございますか」
「般若湯でございます」
 僧侶のことを考えてだ。慶次は笑って酒の寺での表現を使ってみせた。
「それの利きでもしませぬか」
「おお、今度はそれですか」
「酒、いや般若湯でございますか」
「はい、今から」
 二人が乗ってきたのを見てだ。慶次もさらに言った。こうしてだ。
 彼等は茶の次は酒利きと称してだ。店に行きどんちゃん騒ぎを行った。だが僧侶と茶人が前後不覚になり酔って暴れてだ。彼等も番所の足軽達の世話になり信長に知られた。
 

 

6部分:第六章


第六章

 信長はそれぞれ彼等を己の前に置きだ。怒った顔で言った。
「何を考えておるのじゃ」
「返す言葉はありませぬ」
「わしもです」
 前田は真面目な顔で、慶次は飄々として信長に答えた。
「わしはゴロツキ共を成敗したまでです」
「いやあ、飲み過ぎました」
「全く。御主等は以前のただの傾奇者ではないのだぞ」
 こうだ。信長は彼等に言うのだった。
「侍共を率いるのだぞ。それで軽率に暴れおって」
「ですから返す言葉はありませぬ」
「言い訳は致しません」
「それで済むか。では聞く」
 信長はその怒った顔で二人に問うた。
「御主達はゴロツキ達を他の者に任せたり酒を飲まないとは思わなかったのか」
「ああした者達を放っておいてはなりませぬ」
「勝負の後は酒で奇麗に忘れるべきですから」
 二人は信長に毅然と、飄々と答える。
「ですからああしたまでです」
「わしは飲み過ぎました」
「どちらも同じじゃ。将として軽い」
 そうだと言う信長だった。
「傾き続けるつもりか」
「そこは殿と同じです」
 二人は同時に信長にこう答えた。
「何時までも傾き続けます」
「その所存です」
「言うのう。頑固じゃのう」
 信長は彼等の言葉を受けてだ。怒った顔からだ。
 不敵な笑みになってだ。こう言ったのだった。
「そこでそう言うか。しかしじゃ」
「はい、それがしは死ぬまで傾きます」
「天下一のふべん者を目指します」
「わしの様にじゃな」
「はい、殿と同じくです」
「傾き続けます」
「言ったな。わしも確かにそうじゃ」 
 信長自身も傾奇者だ。それも幼い頃よりだ。そうした意味で彼は天下一の傾奇者でもあるのだ。
 自分でもその自負がある。その彼が言ったのである。
「しかしわしと同じくか」
「傾きますので」
「これからも」
「わかった。それも道じゃ」
 信長はにやりと笑ってだ。二人に述べた。
「御主等はその道を歩いていくがいい」
「有り難きお言葉。それでは」
「そうさせてもらいます」
「しかしじゃ。騒ぎを起こしたのは事実じゃ」
 今度は国を治める者としてだ。信長は厳しい顔になり二人に告げた。
 

 

7部分:第七章


第七章

「その責は取ってもらうぞ。よいな」
「はい、それでは」
「慎んで」
 こうしてだ。二人は信長に騒ぎを起こした責を取らされた。それはだ。
 前田は己の屋敷にいた。その責はというと。
「謹慎ですか」
「数日の間のう」
 前田は己の部屋の中でだ。胡坐をかいてまつに答える。
「この屋敷から出るなということじゃ」
「ではお城への出仕も」
「無論ならんとのことじゃ」
 こうだ。信長に言い渡されたというのだ。
「そう殿に告げられた」
「左様ですか。しかしそれは」
「軽い処罰じゃ。殿にしてはな」
 信長の賞罰は厳しいことで知られている。悪事を犯した者には容赦がない。
 それを考えればだ。今はというのだ。
「やはり悪者を成敗したことを考慮されてくれたのじゃ」
「それは事実だからですね」
「店を壊したことがまずかった」 
 自分でもわかっている前田だった。
「弁償もさせられることになった」
「当然ですね。ただ」
「ただ。何じゃ」
「あなたも慶次殿も」 
 どうかとだ。まつは微笑んで夫に述べた。
「頑固ですね」
「ははは、頑固か」
「そうですよ。ただ傾くだけでなく」
「傾き通るからじゃな」
「まことに頑固です。何処までも意地を張られるのですね」
「傾くのなら中途半端では駄目じゃ」
 それはだ。何としてもだというのだ。
「だからじゃ。わしはわしの考えは貫く」
「意地はですね」
「そうする。それはあ奴も同じじゃな」
「そうでしょうね。では」
「うむ。これが終わればじゃ」
 謹慎がだ。それが終わればだというのだ。
「少し遠出に出るか」
「御一人とですか?」
「あのふべん者を誘うとしよう」
 そのふべん者とやらが誰かはもう言うまでもなかった。
「ではじゃ。それではのう」
「やれわれ。今度は殿を怒らせないようにして下さいね」
「そうじゃのう。今度は謹慎どころか拳が飛んできかねないからのう」
 笑ってまつに言う前田だった。そうしてだ。
 二人に謹慎を命じた信長はだ。己の座からだ。
 重臣である柴田勝家、見るからに厳しい髭だらけの顔の彼にだ。こう言うのだった。
「又左も慶次もじゃ」
「ああした風でなければですか」
「そうじゃ。つまらぬ」
 そうだというのだ。
「多少以上に頑固でじゃ」
「やんちゃでなければですか」
「あ奴等ではないわ。だからいいのじゃ」
「では殿はあの者達は」
「嫌いではないぞ」
 にやりと笑ってだ。信長は柴田に答えた。
「むしろ傾け。傾かねば面白くとも何ともないわ」
「やれやれですな。それがしにとっては」
「権六、逆に御主はじゃ」
「堅物でなければそれがしではないと」
「その通りじゃ。人それぞれじゃ」
 信長は柴田にもだ。笑みで言うのだった。
「それぞれの持っているものがありじゃ」
「そこを進むからこそですか」
「人は面白いのじゃ。ではわしもじゃ」
「殿もこれまで通りですな」
「傾いていくわ。そうしていくぞ」
「そこは幼い頃から変わりませんな」
 柴田は少し呆れた顔になった。だがそれと共にだ。
 彼もまた笑みを見せてだ。こう言うのであった。
「しかし殿らしいですな」
「だからじゃ。傾いていくぞ」
「ではわしは堅物を通します」
「それがわしの意地じゃ」
 そうなるとだ。信長は言いだ。柴田に二人が謹慎が解けたことを伝えよと命じた。そしてそれからすぐにだった。二人に拳を振るうことになった。


傾奇   完


                           2012・3・30