非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜


 

キャラ紹介 第1弾(および初期設定)

 
前書き
ども、波羅月です!
今回からオリジナル小説を書いてみます!
初めてですが頑張ります!

このページだけは更新式です。
変更点、足りない情報、新しい情報はすぐに補充されていきます。こまめにチェックすると、何かが変わってるかもしれません(* ॑꒳ ॑*  ) 

 
キャラ
 
三浦(みうら) 晴登(はると) 1ー1ー30
 性別 男
 年齢 12歳
 容姿 黒髪のショート、平凡な顔立ち
 性格 明るくもなければ暗くもない
    軽度のコミュ障

 補足 一軒家で両親と妹と4人暮らし。
    自分の部屋がある。
    家庭的な一面もある。
    THE 普通。



春風(はるかぜ) 莉奈(りな) 1ー1ー26
 性別 女
 年齢 12歳
 容姿 茶髪のふわっとしたショート、笑顔が似合う可愛い顔
 性格 元気
    ちょっと気が強い

 補足 晴登の家の隣に住む。
    幼い頃から晴登と仲良し。
    昔から水泳を習っている。



鳴守(なるかみ) 大地(だいち) 1ー1ー22
 性別 男
 年齢 12歳
 容姿 ボサボサの茶髪、モテそうな顔ではある
 性格 明るい
    フレンドリー
    どこか抜けてる

 補足 学校の勉強はできる。
    運動神経抜群。
    だが方向音痴。
    晴登と莉奈とは小学校からの付き合いで仲が良い。



戸辺(とべ) 優菜(ゆうな) 1ー2ー18
 性別 女
 年齢 12歳
 容姿 茶髪のロング、学年でも指折りの美少女
 性格 とにかく優等生

 補足 誰とでも仲が良い。
    頭が良く、運動神経も良い。
    それら以外についても結構万能。
    特に美術を得意とする。
    中学校で晴登たちと知り合う。
    梨奈と一番仲が良い。



三浦 智乃(ちの)
 性別 女
 年齢 10歳
 容姿 黒髪のポニーテール、可愛い顔
 性格 面倒見がよい
    ブラコン

 補足 晴登の妹。
    家と同じ地区の小学校に通う。
    晴登が大好きすぎるブラコン。
    家庭的な一面もある





舞台 
 日城(ひじょう)中学校
・広大な敷地を持つ学校。
・中々歴史がある(らしい)
・奇妙な行事が多い割には、不思議なことに無名。
・3階建ての校舎が主に3つ。その他あり。
 (それぞれの名称は、北校舎、中央校舎、南校舎)
・3学年4クラスずつある。1クラス大体30人。



時期
 20××年4月~


 
 

 
後書き
 注意
※中学生らしくない大人びた言葉などもあると思いますが、そこら辺は流して見てください。

※モブキャラを多用します(クラスメート等)。

※非日常かつ非現実的です(重要)。


注意書きはこれくらいです。この注意書きも更新式でいきましょうかね。

キャラはあと数名欲しいですね。

更新が早いか遅いかは気分次第ですが、是非とも読んで下さい! 

 

プロローグ

 
前書き
今回は序章として書いていきます。
短く書くつもりです。 

 
日城中学校。

それはごく普通の地域にある、何の変哲もないごく普通の学校。

まだ幼い中学生が、義務教育がために来る場所。

だがこの学校では、普通の中学生が送ることのできる「日常」は送れない。

送ることができるのは『非日常』なのだ。



今日、この学校では入学式が行われる。新しい中学一年生が入学してくる日だ。

ついこの前まで背負っていたランドセルはどこにいったのやら、慣れない手提げ鞄を持ってやって来る中1。

未だに小学生気分でいるのだろう。期待の念が手にとる様にわかる。

しかしここは他の学校、いや、校門を出たすぐそことも、違う次元にあるのだ。

この学校は入学するまで、その奇怪さには気づけない。

そして入学すれば、その奇怪さはやがて普通となる。

なんとも矛盾が多いこの学校に、何の疑いも無く入学する新入生。

あぁ今日から新たな生活、人生が始まる、とでも思っているのだろう。

だがきっと、この学校に入学した者は、今まで過ごしてきた世界と別の世界に移った気分となるのだ。



さぁ、新たな物語が幕を開ける。


 
 

 
後書き
なんか自分の書き方自体に矛盾がありそうだ…。
まぁ、それは気にせず書いていきましょうか!

次回からよろしくお願いします! 

 

第1話『始まりの朝』

 
前書き
今回から始動です! 

 
ここはどこだろう? 見たことのない景色だ。
見渡す限り広がる草原、そして雲一つ無い晴天の下、俺は立っていた。そよ風が優しく頬を撫でる。
なぜかはわからない。気がついたら立っていたのだ。


『お兄ちゃん!』

『…!』


後ろから声が聞こえた。俺のことをこう呼ぶのは一人だけだ。


『智乃…』

『えヘヘっ』


智乃の無邪気に笑う姿はまだまだ幼い。しかし、それよりも気になることがある。


『なぁ智乃、ここはどこだ?』

『さぁどこでしょう?』


質問したのに、し返されてしまう。だが知っているような口調だから、少し問い詰めてみよう。


『もったいぶらずに教えてくれよ?』

『そうだなぁ・・・私を鬼ごっこで捕まえたら、教えてあげるよ』


何でそうなるんだろう。
けど仕方ない。訳のわからないまま、俺はその鬼ごっこに興じることにした。


『それじゃあ逃げるよ。鬼さん、捕まえてね』

『おう』


小学生の妹に負けるほど、足は遅くないつもりだ。すぐに捕まえて、ここがどこか教えてもらおう。



『…え?』



さぁ走りだそうとしたその時、俺の視界には奇妙な光景が映った。なんと智乃が数十人、数百人という規模で草原中に居るのだ。これではどれを捕まえればいいのかわからない。

いや待て、それよりもまずなぜ智乃がこんなにも居るのだ? それこそおかしいだろう。
俺は夢か幻でも見ているのだろうか?


『『『鬼さんこちら、手の鳴る方へ』』』


智乃の声が何重にも重なって聴こえてくる。この事態に、さすがに俺は恐怖を感じた。


『お兄ちゃん』『お兄ちゃん』『お兄ちゃん』・・・・。


俺は耳を塞いだ。が、それでも聴こえてくる。


『お兄ちゃん』『お兄ちゃん』『お兄ちゃん』・・・・。


待て、やめてくれ。これは俺の知ってる智乃じゃない。智乃の姿をした"何か"だ。


『や、やめてくれ…』


こうなると、もはや鬼ごっこどころではない。俺は怯えきって、追いかけるどころか動くこともできなかった。


『やめろ!』


俺は必死に叫んだ。だがその声は彼女たちの幾重もの声にかき消されていく。


『お兄ちゃん』

『う、うぁ、うぁぁぁぁ!!』


もう我慢の限界だった。妹に向かって兄は発狂した。


『お兄ちゃん』

『う、あぅ…』


智乃が名前を読んでくる。俺はうめくことしかできない。


『お兄ちゃん』

『ごめんなさい…』


もう俺は必死に謝っていた。こんなのもう悪夢としか言いようがない。夢なら早く醒めてくれ。智乃を返してくれ・・・!


すると次の瞬間・・・



「お兄ちゃん!!!」

「はいっ!・・・ってあれ?」


急に智乃の声が大きくなったことにびっくりした俺は飛び起き、周りを確認した。
するとすぐ隣に、心配そうにこちらを見る智乃の姿があった。
…ん?『飛び起きた』? そう、俺の体はベッドに横たわっていたのだ。




















――――――――――――――――――――

「もうホントにびっくりしたよ、お兄ちゃん」

「わ、悪かったって」


朝食を食べ終えた二人は会話をしていた。俺は中学校へ行く準備をしている。


「仕方ないだろ、変な夢見てたんだから」

「どんな夢?」

「お前がたくさん出てくる夢だよ」


夢の内容について聞かれた俺は正直に答えた。
すると、智乃は頬を膨らませる。


「それのどこが悪夢なのよ!」

「いや、普通に怖かったんだって!」


だが智乃の言い分はごもっともだ。怖かったとはいえ、悪夢は言いすぎたかもしれない。怖かったけど。


「もう。今日中学の入学式でしょ? その夢見た後に事故でも遭ったら怒るからね」

「はは、そりゃ縁起が悪いな」

「そうよ!」


変なことを気にするな、こいつは。もっと普通の心配をしてくれればいいのに。過保護というか何というか。俺の方が兄なのに。


そうこうしている内に時間は過ぎ・・・



ピンポーン



玄関のチャイムが鳴った。インターホンで相手を確認した智乃は俺を呼ぶ。


「お兄ちゃーん、莉奈ちゃん来たよ!」


莉奈、とは俺の幼馴染みのことだ。彼女は俺の家の隣に住んでいて、小学生の頃はこうして一緒に登下校していたものだ。中学生になっても、それは踏襲されそうである。
おっと、それよりもうそんな時間か。


「おはよう」

「おはよー」


玄関の扉を開け挨拶した俺に、彼女は気の抜けた挨拶を返してきた。
彼女とは保育園からの付き合いである。昔からよく遊んでいたし、今でもそれは変わらない。元気な性格で、一緒に居て飽きない良き友達だ。


「すまん、ちょっと待ってくれないか? まだ準備が終わってないんだ」

「じゃあここで待ってるねー」

「悪いな」


俺は部屋に戻り、急いで準備を進めた。










「おまたせ」

「じゃあ智乃ちゃん、行ってくるね」


俺が準備を終えたらすぐ出発だ。少し大きめの慣れない制服を着て、新品の靴を履いていると、莉奈は智乃に手を振りながら言った。


「行ってらっしゃーい!」


智乃も莉奈に負けないくらい大きく手を振り返す。
全く、この二人は朝から元気だな。

それにしても中学生ともなると、家を出るのが小学生の頃に比べて少し早くなったな。まだ智乃は制服さえ着てないし。


「行ってきまーす!」

「行ってきます」


少し恥ずかしいが、俺も行ってきますとは言っておいた。

さて、いつもと違う新しい通学路を歩くのは新鮮な気分だ。
いよいよ新しい生活のスタートだな。




















――――――――――――――――――――
「ひょっとして晴登ってさ、『急に目の前の曲がり角から少女が飛び出してきてぶつかった』っていうシチュエーション好き?」

「いきなり何だよ。マンガの読みすぎだぞ」


不意にかけられた莉奈の言葉を、俺は一蹴する。第一、何でそんなことを聞くんだよ。


「いや〜、実はそこにうってつけの曲がり角があるんだよね〜」

「え? まぁ確かに…」


莉奈は楽しそうに言った。確かに目の前には『うってつけの曲がり角』がある。見通しが悪く、少女じゃなくて車が出てきてもおかしくない。


「はぁ…もしそんなシチュエーションになったら、何か奢ってやるよ」

「お、言ったね?」


俺は莉奈をからかうつもりで賭けをした。マンガみたいな展開が現実(リアル)で起こる訳がない。そう思っていたから。

だが、偶然とは起こるもので・・・


「「ぐはっ!!」」


その曲がり角を曲がった瞬間、晴登は誰かとぶつかった。
背は俺より少し高く、見たことのある顔・・・あれ、大地!?


「いってーな…」


頭を擦りながら起き上がろうとする大地に、先に立ち上がった俺が声を掛ける。


「大丈夫か? 大地」

「すいません…って晴登? それに莉奈ちゃんも」

「おっは〜」


ようやく大地は俺たちに気づいたようだ。そして安心した表情を浮かべる。


「良かった〜、道に迷ってたんだよ」

「あぁ、いつも通りね」


なるほど、そういうことか。俺は納得した。
実はこいつはかなりの方向音痴で、初めて通る道ならまず間違いなく迷うのだ。だから新しい通学路も当然迷う。
成績は良いのに、なぜだろうか?


「じゃあ大地も一緒に行こうよ?」

「そうさせてもらうわ…」

「最初から誘えばよかったな」


莉奈の提案に大地は間髪入れずに答えた。道に迷うんだから、さすがに仕方ないよな。俺も配慮するべきだった。

ちなみに大地とは小学校からの付き合いで、親友みたいなもんだ。遊ぶ時は、基本この3人だ。つまり、とても仲がいい。


「あ、晴登、あそこの自販でお茶買ってきて」

「は!? 大地は男だから、ノーカンだろ!」


またも不意に、莉奈が賭けの話を掘り返す。でも、莉奈が言った通りのシチュエーションにはなってないから数えられないはずだ。


「なになに、何の話?」


大地が話に割り込んでくる。頼むから話をややこしくするのだけはやめてくれよ。


「私は別に女子だけとは言ってないよ。同性愛だって今時あるんだから」

「アホか!!」


莉奈が言ってることは、もはや屁理屈である。
まだ12歳なんだぞ、俺らは。異性をすっ飛ばして同性愛だなんて…話が飛躍しすぎだよ。


「ったく晴登、そういうのは勘弁してくれ」フッ

「お前もノらなくていい!」

「冗談だよ」


全く、思ったそばから話をややこしくしやがって。話の呑み込みが早いのも考えものだな。


「晴登〜、何でもいいから早く買ってきて〜」


莉奈が子供のように駄々をこねる。いや、実際まだ子供だけども。


「はいはい、わかったよ」


俺は結局根負けして、買いに行くことにした。これ以上争ってもめんどくさい。
でも、決して同性愛を認めた訳ではないぞ。










「プハーッ、旨いわー!」

「お茶一杯で大袈裟だろ」


まだ入学式までは時間があるが、さすがにほっこりし過ぎだろ。


「なな晴登、俺にも何か奢ってよ?」

「え、やだよ」


本気なのか、からかってなのか、大地がそう言ってきた。
もちろん答えはNOだけど。


「いーじゃんケチ」

「これはケチなのか?」


最終的にケチ扱いされてしまう。俺は何も悪くないんだけどな…。










「ねぇ晴登。また曲がり角あるけど」


俺たちが歩みを再開させると、莉奈がそう言った。この辺はまだ住宅街で、同じような地形が続いてるから当たり前だな。


「もう賭けはしないでおくよ」

「えーつまんなーい」


莉奈の魂胆を読み、俺はそう言った。俺だって学習する。
頬を膨らませて不平をこちらに訴えかけてくる莉奈。でも次も誰か友達とぶつかるかもしれないし、それでまた奢るなんてたまったもんじゃない。

・・・でも賭けが無くともぶつかるのは嫌なので、俺は曲がり角の先を事前に見ることにした。
二人より小走りで先に行き、曲がり角から顔を出して覗くと・・・


「きゃっ!?」

「えっ!? うわ、ごめんなさい!」


なんとまた人が居たのだ。しかも女子で同い年ぐらいの。知り合いではない。
ギリギリ寸止めくらいで向かい合う状態となったが、俺が驚いて急いで後ろに下がったために尻餅をついてしまう。


「どうしたの!?」


俺が急に大声をあげて尻餅をついたのに驚いて、後ろから莉奈と大地が駆け寄ってくる。


「いや、この人とぶつかりそうになって…」


俺はそう説明する。今のはたぶん俺が悪いな。


「すみません、怪我は無かったですか?!」


ぶつかりそうになった少女が焦るように声を掛けてくる。
俺は「大丈夫」と答えようとしたがその時、初めてよく少女を見て、息を呑んだ。


「可愛い…」


今のは後ろの大地の呟きだ。そして、まさに今俺が思ったことと同じである。
茶色の艶やかな長い髪に、つぶらな瞳。可憐という概念を具現化したような美少女が目の前にはいた。


「…? あの…?」

「あ、あぁ大丈夫です! お気になさらず!」


俺は思わず見とれていたことに気づき、慌てて返事をする。
それにしても、こんな可愛い子が現実に存在するとは思わなかった。マンガのヒロインとして申し分ないくらいのルックスである。


「全く、気をつけなよ晴登」

「元はと言えば、お前が変な賭けを始めるからだ!」

「はて、何のことやら」


しらばっくれる莉奈にイラッとするが、人前なのでそれは堪える。後で覚えておけよ。


「えっと、それじゃ私行きますね」

「あ、はい」


そうこうしていると、美少女はそう言って足早に去っていった。
曲がり角で美少女と出会うという黄金パターンだとはいえ、いざ実際に遭遇すると案外呆気ないものであった。
俺は肩を落とすこともなく、すぐに立ち上がる。


「あの子も同じ学校なのかな?」

「制服は一緒に見えたけど、進行方向は逆だったね」

「俺はもう一度会いたいなぁ!」


俺、莉奈、大地と口々に今しがたの美少女について語る。あまり誰かが可愛いだとかは言わない俺だが、さすがに今の美少女は可愛いと認めざるを得ない。


「まぁ、また会えた時はラッキーってことで」


俺はそう結論づけると、また2人と先へ進んだ。










なんだかんだで、あと横断歩道を渡れば、学校に着く距離となっていた。


「なんか長い道のりだった…」

「1km位でへばんなよ」

「そうよ。だらしないね」


愚痴を吐く俺に、大地と莉奈が当然のように言ってきた。
いや、この散々な道中で疲れるのは仕方ないと思うんだが? ほとんどこいつらのせいだ。
もう入学式サボって、家に帰りたい…。


「お、着いたな」


あれこれ俺が考えてる内に、もう校門の前まで着いてしまった。
もう行くっきゃないよな…。


「意外と普通ね」


莉奈が言った。
この学校のことはこの地域以外の人は全然知らないけど、逆に言えばこの地域の人には何かと噂が伝わってくる。不思議な学校、だとか、怪談が多い、とか。…でも、見た感じは思ったより普通だな。


「でも小学校とは大違いだ」


今度は大地が言った。確かに、 校舎の大きさとか、規模は小学校とはかなりの差がある。ここが新しい学び舎となるのだ。やっぱりワクワクしてきたかも。


「おはようございます」

「「「!?」」」


不意に後ろから挨拶が聞こえてきた。それに驚いた俺たちは、反射的に後ろを振り向く。
そこには、にこやかな笑顔を浮かべるおじさんが立っていた。


「ああ、驚かせてすまない」

「いや、すいません。俺らも驚きすぎました」


謝られたので、俺が代表して謝り返す。
その際、男の人の顔をよく見てみると、とても優しそうな顔つきをしていた。


「あの、あなたは…?」

「私はここの先生だ。山本という」


山本の自己紹介に、会釈で返す。なるほど、先生だったのか。ならここに居ても何ら不思議ではない。


「それより君たちどうしたの?」

「えっ?」


山本が意味深なことを訊いてきたので、俺たちは疑問符を浮かべる。何か間違ったことでもしたかな?
入学式の日が違うのか、とも思ったが日付は今日で間違いないはずだ。


「君たち、1時間以上来るのが早いよ?」

「「「えっ!!?」」」


俺たち3人は揃って驚いた。

時間が違う!? 遅れるよりは早い方が良いけど、それでもなぜだ? しかも3人共なんて・・・


「大方、通常の登校時間に合わせて来たんだろう?」

「はい…」


その通りだ。まさか通常と入学式の集合時間が違うのか。道理で周りに人1人いない訳だ。しっかりと配布されたプリントを見ておくべきだった。


「どうするよ?」
「一度帰って出直すか? 往復30分位だから大丈夫だろ」
「あと1時間もあるしね。」


「あぁその必要はないよ」

「「「えっ?」」」


俺たちが帰ろうかという案を出している途中、山本がそれを止めてきた。その言葉に俺らは疑問を持つ。


「せっかく早く来たんだから、学校中を巡ってみるのはどうだい? 私が案内するよ」


山本がそう提案してきた。なるほど、それは良い案だ。
この理由には俺ら3人共納得した。なんかラッキーだな。


「「「ありがとうございます!」」」

「気にしないでいいよ。これくらいは当然だとも」


これは好都合。周りの人たちより早く学校に入れるなんて、なんか特別な気分だ。
俺は期待の目で山本を見た。


「改めて、よろしくお願いします!」

「「よろしくお願いします!!」」


俺に合わせ、二人ももう一度山本に礼をする。


「さぁ行こうか」

「「「はい!!」」」


ようやく俺たちは、日城中学校へと足を踏み入れた。


 
 

 
後書き
あまりにも長くなりそうだったので、分けてしまいました。てか、まだまだ日常ですね~。次回も…まだ変わらないですかね、はい。

という訳で今回はここまでです。次回もよろしくお願いします! 

 

第2話『学校案内』

 
前書き
まだ入学式に行けそうにない…。 

 
俺たちはこの学校の先生と名乗る山本に、学校の案内をしてもらうことになった。今はまだ校門から入ってすぐそこにいる。


「うわぁー、楽しみだー!」


大地が子供みたいにはしゃいで言う。実際子供だけど。


「ねぇねぇ晴登、グラウンドめっちゃ広いよ!」


ここにもはしゃいでいる奴がいた。
この二人はもう少し中学生という自覚を持たないと。心が小学生のまま変わっちゃいない。


「君たちはまだまだ子供だね」


山本も微笑みながら、俺の考えと同じようなことを言った。
ったく、コイツらには進歩が必要なんだよ。


「いーじゃないですか。ちょっとくらいはしゃいじゃっても」
「お前、一応案内されてる身だからな」


頭は良いのに脳みそがてんで餓鬼なんだよな、大地は。そして莉奈はわがままお嬢様、ってとこか。
何でまともなのが俺だけなんだよ。


「ねぇ……えっと君たちの名前は? まだ聞いていなかったね」


山本が、名前を呼ぼうとしたが名前がわからない、といった様な感じでそう言ってきた。初対面あるあるかな。
ということで、俺、大地、莉奈の順で自己紹介をした。


「うん覚えた。宜しくね、晴登君、大地君、莉奈ちゃん」


山本が名前を確認するように復唱した。

そういえば、初対面の人の名前って一回じゃ覚えられない時ってあるよね。この人はちゃんと覚えるタイプみたいだが、俺はあんまり覚えられないな…。


「さて、どこから見る?」

「グラウンド!」


話が変わり、山本が発した問いに大地が即答する。


「そこに見えるまんまだけど…」


その答えにはさすがに山本も困っていた。何せ今右側を見るとグラウンドが広がっている。
実物が既に見えてるので、山本の中で説明することが少なくなったのだろう。


「まぁいいか、簡単な説明をしよう。このグラウンドは学校の手前に位置しているんだ。広さは…通常の中学校のグラウンドの4倍はあるかな」

「そんなに!?」


グラウンドの広さを聞いた俺は、声を出して驚いた。普通の中学校の4倍って…。敷地の広さはどうなってんだよ、この学校。
改めて見回せば、確かに小学校のグラウンドとは比べ物にならない。


「…とまぁ、広さ位しか説明できないけど?」

「いや、十分です!」


山本が困ったように言ったが、大地はそれでも喜んだようだ。
こいつは多分、ただただグラウンドの広さに驚いただけだろうな…。










「晴登君は行きたい所はないかな?」

場面がグラウンドの近くから校門の近くへと戻ってきた頃、山本が俺に対して訊いてきた。


「俺は特に・・・あ、秘密基地的なとこはありますか?」


俺は思ったことを言ってみたのだが、その直後、しまった!と思った。
後ろから視線を感じ、恐る恐る振り向くと・・・大地と莉奈にすごく睨まれていた。その眼は「散々人を子供扱いしといて何言ってんだ」と言わんばかりだ。
はい、俺も子供でした…。


「ふむ。よし、じゃあこっちに来てくれたまえ」

「?」


山本は俺たちをよく見て、少し考える仕草をしたかと思うと、俺たちをどこかへと率い始めた。
俺たちはただ山本に連れられ、校舎の裏の方角へ向かう。もしかして、本当に秘密基地があるのだろうか?




















山本について歩いていくと、小さな森に入った。
木々は手入れをされていないのか、青々と生い茂っており、木陰を作って太陽光を遮っていた。お陰で春だというのに、暗くて肌寒い。


「ここなんかどうだい?」

「え?」
「これは…」
「なんか凄い…」


そんな感想を持っていた俺らの目の前に、かまくらのような土の塊が映った。大きさもちょうどかまくら位だ。恐らくこれが山本の紹介したい物なんだろうと、一目で察しがついた。
そしてそれを見た俺たちは、驚きの混じった声で口々に言った。


「中に入るかい?」

「入れるんですか!?」

「こっちにおいで」



案内された先には錆びた鉄の扉が、土の塊にポツリと張り付いていた。
中に入るかと誘われた俺たちは、話し合い、興味本意で行ってみることにした。さすがに危ない場所では無いだろう。


「あ、でも、この扉は閉めると中からは開かないんだったか?」

「やっぱやめときます!」


山本が今思い出したかのようにあっさりと言った。

つか、無茶苦茶危険じゃねぇか!
俗に言う『開かずの扉』か?
これは諦めて、入るのは止めた方がいいと思う。


「え? いいじゃん、晴登。入ろうぜ!」
「嫌だよ! 閉まったらどうすんだ?!」


大地が何を聞いていたのか、そう言った。勿論、俺はそれを否定する。

扉が閉まったら中から出られないんだよ?
偶然にも閉まったら、俺らは一生この中で暮らすんだぞ?
マジ勘弁だよ…。


「結局どうするんだい?」

「入る!」
「入らない!」


山本の問いに対し、大地がYES、俺がNOで答える。だがそのまま一向に、決まる気配は無い。
そこで俺たちは莉奈にも決めてもらい、多数決で決めることにした。


「「莉奈! どうしたい?!!」」

「入りたい!」


莉奈はあっさりと答えた。
こいつを信じた俺が馬鹿だった…。

結局俺たちはこのドームに入ることになった。










「山本さん。どうしてこの扉は外からしか開かないんですか?」
「昔の人が設計したものだから、その意図はわからないな。でも心配することじゃない。開けっぱにしとけばいいんだ」


さすがに山本も扉の構造は知らないようだ。というか昔の人…ってことは、この学校の創立はかなり昔と考えられる。

てか開けっぱって風とかで閉まりそうな気がするな…。まぁ、鉄製だから平気か。


「それじゃあ行くよ」


山本の声と共に、俺たちは中に足を踏み入れた。




















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「はぁー、ホントについてないよ…」


私、戸部 優菜は今、ため息をつきながら家へと帰っている。
どうしてそんなことになったかというと、答えは一つ。学校に早く来すぎてしまったからだ。今日は入学式なので、それに合った集合時間があったようだが、知らずに家を出てきてしまった。おかげで学校に残る訳にもいかず、渋々帰路についたのだ。

しかも、帰る途中に人にぶつかりそうになるし、もう今日は厄日か何かかな…。

とりあえず30分後位にもう一回家を出て、学校に行こう。

あ、もしかしたらさっきの人たちも勘違いで日城中学校に行ってる途中だったのかな? たぶん方角的にそうだろう。それならご愁傷様です。



















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「不思議な構造ですね」


俺がドームに入っての第一声はそれだった。なぜなら扉を開けた瞬間、目の前に地下に続くと思われる階段が続いていたからだ。イメージはエスカレーターといったところだろうか。
それにしても今その階段を降りているが、とてもじゃないが終わりが見えない。どこまで続いているのだろうか?


「山本さん、この先に何かあるんですか?」
「もちろん」


俺の問いには当たり前だと言わんばかりに答える山本。だがその態度に、俺は不安を感じてきた。


「すっげぇ~!」
「雰囲気あるね~」


そんな俺の気を知るはずも無い餓鬼2人が、見慣れない光景にはしゃいでいる。この不穏な胸騒ぎが無ければ、俺もあんな風に楽しめるのに…。


「ま、まだですか…?」
「もう少し」


俺は怯えた声でそう訊いた。が、返ってくる答えは先程と似て変わらない。
次第に太陽の光が入らなくなり、何も見えないほど暗くなってきた。


「おお、暗い!」


だが、俺の気持ちとは正反対に大地は喜んでいた。全く、なんて気楽な奴だ。
そう思った直後、足が平面の地面を捉えた。


「待たせたね。この廊下を進もうか」


山本が言った。
なるほど、階段が終わると廊下が続いているのか。
勝手な納得をした俺は、そのまま山本の後ろをついて行った。










「じゃあ、頑張ってね」
「え?」


不意に山本が呟いた。恐らく俺たちに言ったのだと思うが、意味深過ぎて全然わからない。

どういうことですか、と俺が尋ねようとしたその刹那、急に足元がふらついた。大地も莉奈も俺と同じようになっている。

何が起こったのだろう。
貧血かと思ったが、その正体はすぐにわかった。

とてつもなく眠い…。
逆らうことのできないその眠気は俺をどんどん蝕み、遂に俺は膝を折った。


薄れゆく意識の中で、暗くて何も見えないはずなのに、俺の目は小さく笑みを浮かべた山本の姿を捉えていた。



 
 

 
後書き
普通に優菜side入れちゃったけど、紹介もしたから別にいいか。
そして展開が早いように見えるのはどうしようか…。困ったな…。今度からは字数稼ぎもしようかな(笑)。

少数ですが見てくださっている方、ありがとうございます!
次回も頑張って書いていきます! 

 

第3話『入学試験』

 
前書き
前回の終わりに変な伏線を張ったせいで、話を作るのが難しくなった(笑)。 

 
何事もなく、ただ不意に目が覚めた。

その時、ヒンヤリとした感じを俺の触覚が感じとる。
これは…床か。どうやら、今まで寝ていたらしい。

俺は急いで起き上がり、周りを確認する。


「教…室…?」


そこは小学校にもあるような普通の広さの教室だった。黒板、タイルの床・・・大して変わった所の無い、普通の。強いて違うことを言うなら、机、椅子が無いことか。まぁでも正直、そういう教室だと思えばどうだっていいのだが。


さて、一体何が起こったのか。
ちなみに、俺の隣には大地と莉奈は居ない。完全に一人である。

あの時…山本に連れられ、ドームの中に入った後だ。何かで眠らされて…。
あれは山本が悪いという解釈でいいのか?
状況が全く掴めない。


『あ、あ、聞こえるかな? 晴登君』

「!?」


いきなりチャイムから声がしてきた。あまりに驚いた俺は反射的に、黒板の右上に取り付けられたチャイムを見た。
俺の名前を知っていて、この声は・・・山本か。


『君の予想通り、僕は山本だ。手荒な真似をしてすまなかった』


手荒な真似、とは俺たちを眠らせたことだろう。
それよりもなぜ俺の考えている事がわかった? どこからか監視カメラ的な何かで、俺の姿を監視しているのだろうか?


『ゴホン。では、状況を説明しよう。』


そんな混乱する俺をそっちのけに、一つ咳払いをした山本は話し始めた。


『まずここは日城中学校のとある一教室だ』


良かった。場所は移されていないようだ。
安堵した俺に、山本が信じ難い言葉を放つ。



『そして君にはあるゲームをしてもらう』


「へ!?」


ん!? どういう事だ!?
焦った俺は、マヌケな声を出して驚いた。
意味が全然わからん…。なぜこの状況でゲームが始まるのだろうか?


『ルールは単純。時計を見てくれたまえ』


悩む俺を余所に、山本は淡々とした慣れたような口調で話していく。
俺は山本の言う通り、壁に掛かる時計を凝視した。
そしてある事に気づかされた。


『そう。御察しの通り、入学式まであと15分だ』


入学式の開始予定は8時30分だったはずだ。
そして俺が学校に来たのが7時だったから…。


「俺は1時間以上寝てたのか…」


そう俺は納得する。にしても、よくこの時間に目覚められたな。少しでも起きるのが遅かったら、入学式に間に合わなかったぞ。
……いやいや、そんな事はどうでもいい。今は山本の話を最後まで聞こう。


『話を戻そう。君には残り15分の間に、入学式会場である体育館に来てもらいたい』


え…? 俺は拍子抜けした。
なぜなら難題を繰り出されると思っていたのに、随分と簡単なお題が示されたからだ。


『簡単だと思ったろう? だが、よく考えてみるんだ。君はこの学校の体育館はまだ見ていないし、場所も知らない。さらにこの敷地の広さだ。単純だが中々難しいぞ』


そういうことか…。
ようやく山本の意図が読めた。確かに俺はこの学校の地形は全然わかんない。だから建物探しでも一苦労、って訳だな。


『君がもし15分以内に体育館に来れず、入学式に間に合わなくなったら、君の入学は許可しない』

「は!?」


その言葉には、俺はたまらず声をあげて驚いた。
待て待て、いくらなんでも横暴過ぎやしないか!? 義務教育って何だっけ!?


『もちろん、間に合えば普通に入学式に参加だ』

「質問をいいですか?」


俺は落ち着くことも兼ねて、ここでいくつか質問をしようと試みた。もし山本がこちらを監視しているなら、質問を聞いているだろう。


『いいよ』


ほら、案の定こちらの様子は向こうに丸分かりの様だ。許可したのがその証拠だ。

そして俺は質問を口にした。


「なぜこんな事を?」

『入学試験、と言ったらいいかな。君がこの学校への入学を賭けた試験(ゲーム)さ』

「何で俺一人だけ?」

『選ばれたんだよ。皆の中から』


ダメだ。理解できない。
入学試験なら平等にするべきだろうし、そもそも“選ばれた”って…?


『とにもかくにも、君には時間が無い。このゲームの意味は、君が体育館に着けばわかることさ。では健闘を祈るよ』プツッ


山本の声が途絶えた。つまり試験(ゲーム)開始というところなんだろうが…。

いや、考えるのはよそう。今は体育館に向かうのが最優先だ。




















ガラッ



取り敢えず俺は教室のドアを開け、まずは廊下に出た。が、俺の足は即座に止まった。


「嘘だろ…」


そこで俺が見たのは…全長100m程だろうか、何に使うのかもよくわからない位の長い長い廊下だった。

そして俺は、今自分が廊下の端に居る事を察した。


「しかも向こうまで行くしか無いのか…」


なんと不便な事だろう。
俺の周りには階段などは無く、ただ幅3m程の廊下が続くだけだったのだ。


「…行くか。もう1分くらい経っただろうし」


恐らく体育館は外にある。だからまずはこの校舎を出る必要があるのだ。ここで足踏みをしてはいられない。

俺は一歩を踏み出した。というか全速力で走った。
他の教室には目もくれず、ただ黙々と廊下の反対側へと向かった。

きっとそこには階段がある…そう信じて。





・・・だが、結果は残酷なものだった。


「何で階段が無いんだよ!!?」


まさかの廊下のどこにも階段が見当たらないということに、俺はキレて叫んだ。
せっかくここまで階段があると信じて走ったのに、結果がこれとは…。きっつ…。


「まさか、教室の中か?」


にわかに信じ難いが、もしかするとどこかの教室の中に階段やら梯子やらがあるのかもしれない。というか、それしか可能性がない。
となると、また今の道のりを遡って、その上教室を一つ一つ調べ上げなければならないのか。そんなことしてたら、すぐに時間なんて経ってしまう。


『困っている様だね、晴登君』

「うぉっ!?」


思考を巡らせていると、またもや急に山本の声が廊下のチャイムから大音量で聴こえ、俺は飛び上がる程に驚く。
あぁ、廊下って音が響くんだなと、どうでもいいことを考えてしまった。


『このままだと時間が無いから、君にヒントを与えよう』


ヒント? めちゃくちゃ欲しい。早く下さい。


『君はこの階に階段があると思っているだろ?』


図星だ。よく見ていらっしゃる。


『実はこの階、というかこの校舎だけ階段ではなく、エレベーターを使って階を移動するんだ』


学校にエレベーターだと? これは予想外だった。
しかし、そうだとしても、俺には疑問が残る。


「だったらどこにエレベーターがあるんですか? 少なくとも、俺は見ていませんが…」

『廊下の電気のスイッチはわかるかい? まずはそこに行ってみよう』



「ここですね」

『うん。では、上に行きたいなら上の、下に行きたいなら下のボタンを長押ししてごらん』


なんだそのゲームみたいな押し方。
えっと…まずは外に出るから下だな。
そう思って俺は、下のボタンを長く押した。すると・・・


「うわっ!?」

『ふふっ、驚いたかな』


俺が驚くのも無理はない。なぜなら、電気のスイッチの隣、何も無いただの壁だと思っていた場所から、突然エレベーターの扉らしきものが浮かび出て、しかも開いたからだ。というかエレベーターだ。一体どんな原理なのだろう。


『その扉は常に保護色を使うんだ』


たった今50%解決された。

多分、普段は保護色で隠れて見えないが、スイッチを押した時だけ浮かび上がり、仕事をする…といった所か。
どう考えても不便だろ、これ。


『さて、ヒントはここまでだ。後は大丈夫だね? ではまた』プツッ


そして山本からの放送が切られた。
少なくとも“移動”に関しては問題は無くなったと思う。
だが“地形”に関しては全くわからないので、大丈夫な訳が無い。


不安を抱いたまま、俺はエレベーターに乗り込んだ。

この学校は奇怪過ぎる、と思いながら。










中身が何ら普通と変わりないエレベーターを降りた俺は、一階なのであろう校舎の中の景色を見渡す。廊下も一緒にエレベーターで降りてきたのかと思う程、一階の廊下も長かった。
だが今度は二階と違い、外に繋がるドアを見つけた。
恐らく玄関だろう。見た目からして職員玄関か…?
まぁいい。早く外に出よう。

俺はドアを開け、外に逃げるように飛び出た。


「……わかんねぇな」


やはり知らない校舎に隔離されていたようだ。地形が全然記憶に無い。
先程、山本に案内された所であれば少しはわかったのだが…。これでは“学校案内”の意味が無いじゃないか。

俺はそう思いながら、歩みを進めた。


「どこかに地図とか無いのかよ…」


言ったところで変わらない、とわかっていながらも、つい口走ってしまう。だいたい、地図探す時間なんて無いな。

しらみつぶしに行ってみるのも有りなのだが、何せ敷地が広大過ぎる。そこら辺の学校とは比べ物にならない。
この規模で日本どころか、県ですら有名じゃないというのは不可思議な話だ。

お陰様で、体育館なんて影も見えない。


「あと何分だ?」


多分10分前後。まだ探す時間はある。
俺は思考を張り巡らせ、体育館への道筋を考えた。

まず、体育館は大きい。これは揺るがない事実のはずだ。
そして、外にある。これもわかる。
・・・で、何だ?!

まずい、これでは俺はこの学校に入学できない!
どうしたものか…。






俺は過去を思い返した。



『なぁ晴登、お前どこの中学校に行くんだ?』

『え?あぁ・・・近いから日城中学校かな』

『お! 俺も同じだよ! 仲良くやろうぜ!』

『あぁ、そうだな』

『2人共、何話してるの?』

『よう莉奈ちゃん。今、晴登とどこの中学校行くか話してたんだよ』

『へー。で、2人共どこに行くの?』

『俺も大地も日城中学校。お前は?』

『偶然だね。私もだよ。家から近いし』

『あ、でもよく考えたら、他の中学校が遠いだけかもしれない』

『でもウチの学校からの殆どは、その他の中学校に行くみたいだぞ』

『は!? あいつらだって日城の方が近いだろ?』

『晴登晴登、違うんだよ。日城中学校には変な噂が多いから、皆が寄り付かないんだよ。だから行くのは私達だけかもしれないよ』

『へぇ~』

『「へぇ~」って、納得すんのかよ』

『中学校なんて新しい友達作る場だろ? 問題ないよ』

『ポジティブなのは良いけどさ、晴登ってコミュ障じゃなかったっけ?』

『それを言うなよ……』

『あ~。そういや友達を作るのが一足遅れてぼっちになりかけてたもんな。俺が話し掛けてやらなきゃ、今頃どうなっていたことか…』

『忘れたい黒歴史かも…』

『大丈夫って。そういう人は沢山いるから。私達が協力して晴登に友達を作ってあげるよ』

『それなんか悲しいから止めろ』

『じゃあ、中学校でも3人で居るか!』

『『『うん!!』』』





『三人で一緒に過ごす』

俺が小6の頃、三人で約束した事だ。
些細な事だが、守るのが当たり前の約束だ。

だから俺に“リタイア”なんて文字は無い! 
さぁ考えろ! この状況を脱する為に!


「…はっ!?」


その時、俺は記憶の片隅にあったある事を思い出す。
ついさっき、エレベーターに乗ったときのボタンに・・・“屋上”があったことを!!

高い所から見渡せば、恐らく体育館くらいなら見える!!


「よし!」ダッ


俺はさっきの校舎に戻ることにした。
近くには別の校舎が在るが、山本の言い方的に移動が階段だと思われる。第一、絶対迷う。
だったら一度居た場所の方が、安心できるってもんだ。

俺は願いを込めて、さっきの校舎の玄関に入った。










バタン



「着いた…」


俺は屋上の真ん中に、一人ポツンと立っていた。
そこらの陸では感じられない風が顔を撫でる。心地よい風だ。


あ、でも気になる事が一つ。
『屋上は行ってもいいのか』?
小学生の頃は「危険だから」という理由で、屋上には入れなかった。なので、今回“屋上”に来るというのは初めてだし、嬉しいのだが…。
何だろう。もしダメだった時が怖い…。

いやだが待て。山本が何も言ってこないから別に良いんじゃね? うん、きっとそうだ。大丈夫なんだよ。


「大丈夫大丈夫!」


俺は気合いを入れながら、屋上の片っ端から外を眺めていった。
この方法がダメだったら、次の作戦を考えよう。
俺はそんな気持ちだった。

だが神は俺を見放さなかったようだ。


「アレは…!!」


校舎の影に隠れて一部しか見えないが、体育館らしきものの姿を俺の目は捉えた。
それが本物だろうと偽物だろうと、『今すぐ行く』という選択肢しか残されてないだろう。

そんな考えが巡る中、既に俺は無我夢中で駆け出していた。









「ハァッ…ハァッ…ハァ…」


着いた。体育館らしき…いや、体育館の玄関に。
先程の校舎からどれだけ走っただろうか。
高校にあるような体育館よりも一回り大きい体育館が、今、俺の目の前にそびえ立っている。
俺と同じ新入生であろう大勢の人影を、ガラスの扉の向こうに見る。


正解だな。


「ふっ」


あまりにもあっさりした結果に、ついつい鼻で笑ってしまう。
随分簡単な試験(ゲーム)だったな、と思い返してみる。それほど内容が濃い訳では無いからすぐ思い返せるけど。


さて、早く行こうかな。
あいつらとの約束もある訳だし。


俺は勝ち誇った笑顔で扉に手を掛け、力一杯、扉を開いた。

 
 

 
後書き
オリジナルって結構難しいですね。
『自分が創造している世界を他人も共有できる小説の書き方』なんて、自分のスキルには存在してませんでした(笑)。

それでも一応頑張っていきます! 

 

第4話『スタート』

 
前書き
はー、随分楽になった 

 
時刻は午前9時30分。

俺は教室の一番後ろの窓際の席に座り、窓からの風を顔で感じていた。いわゆる、特等席である。

俺のクラス『1ー1』は、新入生30人の教室であり、今は友達作りかなんかで、何かと盛り上がっているようだ。

……主に、俺の周辺で。


「ねぇねぇ、三浦君ってどこ小から来たの?」

「というか何であんなことになっちゃったの?」

「何かしたの?」


クラスの大半の女子に質問攻めに遭う。もちろん好意からではなく、ただの興味本意ということは俺にもわかる。
傍から見れば、たくさんの女子が一人の男子を取り囲んでいるという、男子は羨ましがるような光景なんだろうが、俺からすれば地獄みたいなものだ。

なんせ、俺のようなコミュ障にとって、そもそも人に話しかけるのはまず無理。なら、話しかけられるのは良いのか?と言うと、それは状況に寄る。ちなみに、今の俺の状況は“無理”の方だ。

よって俺は、恥ずかしいというよりも、ただただ挙動不審になっていた。


「まぁ色々ね…」


結局、俺の口から出てくるのは適当な誤魔化しと愛想笑い。

なぜこんな目に遭うハメになったかと言うと、話は1時間前に遡る・・・



















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
バン


勢い良く体育館の扉を開けた俺だったが、得意気だった気持ちが一変、たくさんの視線を感じて羞恥が込み上げてくる。

そうだった。ここは入学式の会場だ。そりゃ当然新入生たちも保護者たちもたくさんいる。そんな中、いきなり扉をバンと開けたならば、気になって皆振り返るに決まってるのだ。

あまりの恥ずかしさに顔をうつむかせながらその場に立ち尽くす俺。
すると目の前に手が伸びてきた。

反射的に顔を上げると、最初会った時の様な穏やかな顔をする、山本の姿があった。


「よく頑張ったね。おかえり」


その山本の声と同時に新入生達の盛大な拍手が、俺に向けられた。


「へっ? どういうことですか?」


相も変わらず状況が読めない俺は、マヌケな声を出して問う。


「フフフ」


山本が穏やかに笑う。しかし、その声は俺に恐怖を煽らせるだけだった。

なぜ?
ツッコミどころが多過ぎて、俺の思考は早くも停止した。


「説明が必要かな?」

「はい…」


山本の問いに、俺は声を絞り出して答える。

そしてこの後に聞いた山本の話は、とても突飛な話だった。





まず、俺は監視をされていた。山本に、ではなく、ここにいる人全員から。体育館前方にスクリーンが用意されていて、それで俺はモニタリングされていたようだ。一体どこから撮っていたのだろうか。

そしてそれまでの経緯。
なんとこの学校では毎年新入生を、俺の様にどこかの教室に配置し、今みたいな試験(ゲーム)をさせるそうだ。
深い理由は無いらしい。強いて言えば、新入生への学校案内と余興だろう。しかも、間に合わなくても入学取り消しはしないらしい。もうなんか虚しい気分になってくる。

選ばれた人は全員、こんなナーバスな気持ちになっていくのか…。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
・・・と、こういう事だ。

だから普通に考えて、クラスの女子は興味本意で俺に寄っているとわかるのだ。

てかどうしよ。やっぱ最初が肝心とか言うから、この機会に話しかけてみようか。でも、なんか恥ずかしいというか…。


ここまで考えた俺に救世主が現れる。


「皆さん、席に着いて下さい」


聞き慣れた優しい声が、教室のドアから入ってくる。
クラス発表で聞いた時は偶然で驚いたが、これは俺の運命(さだめ)というやつかもしれない。


俺のクラス『1ー1』の担任は、あの山本先生だ。










「ではホームルームを始めます。あぁまだ起立しなくていいですよ。挨拶は明日からします。取り敢えず連絡事項を伝えますね」


最初のホームルーム・・・てことはやっぱりアレが有るのか…。


「まぁその前に、皆でそれぞれ自己紹介をしましょうか」


山本が優しく笑う。俺はその笑顔に優しさなんて感じない。あれだ、悪魔の笑みだ。

やっぱり有るんだよ自己紹介。幸い、俺の出席番号は後ろの方なので時間はある・・・いや待て。俺の出席番号って30番じゃん。最後じゃん。ヤバい、今絶対俺の顔引きつってる。

コミュ障にとって、自己紹介は酷でしかない。まして最後だなんて、一番注目が集まる。
さらに俺は今、既に注目されている身である。半端な自己紹介をすれば、余計に目立って恥をかくだけだ。そんなの耐えられない。

と、とりあえず、普通の自己紹介だ、普通の。うん。


「じゃあ次は三浦君」

「はい・・・え!?」


突然の指名に俺は驚きを隠せない。
だが周りの様子を見て、納得した。


「自己紹介だよ」

「ですよね~」


早い早い早い早い! 早すぎる!
俺が考えてる間にもう順番が廻ってきたと言うのか!?

なんか、何か考えねぇと! えっとえっと・・・。


「み、三浦…晴登です。えっと、その…よろしくお願いシマシュ…」ペコ



シーーーーン・・・・



つっかえまくった~!! そして噛んだ〜!!
止めてこの沈黙! 穴があったら潜りたい!

マジで皆引いてないよな?


不安気に辺りを見回した俺に向けられたのは、他の人の自己紹介の時にも送られた、拍手。
失…敗では無いな。成功とも呼べないが。

何で自己紹介でこんなに疲れなきゃならないんだよ…。


「はは。三浦君、緊張し過ぎだよ」


山本が笑いながらそう言った。
やっぱ悪魔だろこの人。人の恥態を抉りやがって。

だが次の山本の言葉で、俺の偏見は脆くも崩れ去った。




「もうちょい気を楽にしてごらんよ。君のことを誰も『変な奴』だなんて思っていないのだから。君は『クラスメート』。自信を持っていましょう」




その言葉に、俺は身震いした。恐怖では無く、感動に近い感覚と共に。

俺の目線は山本に釘付けとなった。先程まで悪魔と思っていた人から聴こえてきた天使の囁き。

山本の『格言』が俺の心へと突き刺さった。
そうか、そうだったのか…。


恥ずかしいだなんて、ただ俺が思っていただけなんだ。他の人は俺を『クラスメート』と思っていただけなのに。俺はそれがわからなかったんだ。
俺は何を恥じたんだ? 恥ずかしい事でもしたか?
違うな。俺は自分の勝手な妄想に閉じ籠っていただけなんだ。現実から目を逸らして・・・。


「何だこの人・・・」


俺は山本という人がより一層わからなくなった。
ある時は憎まれ、ある時は敬われ、一言で人を変える。
何だか不思議な力を持っているかのようだ。


「私は山本。このクラスの担任で、この学年の主任でもある。よろしくね」

「「「よろしくお願いします!!」」」


クラス全員の声が被る。もう慣れたという証拠だな。
シンクロとかいう感じで。


「さて、自己紹介も終わったので連絡を始めますよ。1つ目は・・・明日のテストについてです」ニコッ

「明日!!!?」


自己紹介が終わりホッとしたのも束の間、山本による連絡は俺たちを奈落へと突き落とした。

 
 

 
後書き
コミュ障コミュ障書いてますが、このコミュ障講座のだいだいは自分の経験です。あ、女子に囲まれた事は無いですよ。そこ以外です(キリッ
まぁなのでこの話は自分のコミュ障を改善しようと思って作成しました。まぁこれを読んだからどうしろって話なんですけど。
でも何なら、この話を読んでコミュ障を脱出できる人が居たら嬉しいですね。居ないでしょうね(笑)。


てか話が無理矢理過ぎですかね…。強引にまとめました。戦闘シーンとかならまだ書けるんですけど、この物語だとまだまだまだ先の話でしょう。

完全に駄文になってますが、これからも温かい目で読んでください。 

 

第5話『最初のテスト』

 
前書き
端折りたがりです。ご了承下さい。

今回の文章はちょっとグダグだが目立つかもしれません。場面に的確な台詞などが思い付かなかったので…。

あ、テストは100点満点として見て下さい。 

 
時刻は午前11時。
入学式も終わり、無事にロングホームルームも終わり、俺たちは皆帰路についた。
俺は今、莉奈と大地と帰っている。

あの時のテスト宣告。入学早々テストがあるのは当たり前なんだろうが、明日という厳しい状況に置かれた俺は悩み所であった。
テストの話以外は普通の連絡だった。なのに、『テスト』の三文字だけ、小学校の頃とは別物のオーラを感じとれた。


「テストか~」

「大変だな~」

「気楽にいこうぜ」


俺と莉奈がぼやく中、一人悠々としている奴が隣に居た。


「お前だけだよ。そんなに余裕なの」

「そうか?」

「そうよ」


全然大地は小学校の頃から変わっていない。

こいつは昔から、テストや何や言われても怯えず、100点を取り続けていた。しかも今みたいに結構余裕そうに。羨ましい限りだ。


「中学校のテストって順位が出るそうだから、お前のこの学校での実力がわかんじゃねぇか?」

「上位くらいはいけるだろ」

「やめてその余裕発言。自分が惨めに思えてくる」


大地のあまりの余裕ぶりに、俺は少しばかり恐ろしさを覚えた。
そして同時に「下位に落ちて痛い目をみやがれ」とも思った。……叶うことは無いだろう。

かくなる上は・・・、


「なぁ大地。勉強教えてくれないか?」

「あ、私も」


頼み込んで、自分の得点を上げるよう努めてもらうしかない!


「いいよ」

「「よし!!」」


やはりこいつは話が分かる奴だ。
え、話をややこしくするって? 気にしない!

という訳で、一度家に帰宅して昼食をとった後、俺の家に集まることになった。





「ただいま」

「あ、おかえりお兄ちゃん」


俺が家に帰り着くと、玄関に智乃が立っていた。
ランドセルを置きながら言ってくる辺り、小学生も今日は今時が帰宅時間なんだろう。

おっと。忘れない内に・・・、


「今から莉奈達と集まってテスト勉強するから」

「へぇ。中学ってもうテストがあるんだ」

「ああ。全く大変だよ」


とりあえず俺は、智乃にリビングを空けとくよう伝え、二階にある自分の部屋に入った。





ピンポーン


「!!?」


いきなりのチャイムに対し、俺はベッドから跳ね起きる。
いけない。今完全に、ベッドの上でウトウトと昼寝を始めそうになっていた。
時計を見ると、午後1時を示している。


「お兄ちゃ~ん」

「おう!」


1階から智乃の声が聞こえてくる。やっぱり莉奈か大地のどちらかが来たのだろう。

俺は返事をしながら、急いで階段をかけ降りた。


「はいはい・・・」ガチャッ

「よっ!」
「どーもー!」

「うわっ!?・・・って何だ、2人で来たのか」


俺が玄関のドアを開けた瞬間、大地と莉奈が雪崩込むように入ってきた。あまりの勢いに尻餅をつきそうになったが、何とか持ちこたえた。


「今ビックリする要素あった?」
「無いよな」

「いや待ておかしい」


人ん家に入るならマナーってものがあるだろ。なぜそれに気づかないんだ? 普通はドアを開けた瞬間に飛び込んでは来ないよ。


「まぁ早く勉強やろうよ!」

「そうだぞ。お前が言い出したんだからな」

「はいはい。こっちだ…」


莉奈がいつにも増してノリノリなのは気になるが、大地の言い分が最もなので、まずは2人を連れてリビングに向かった。


「お! 整理されてるね~」

「あ、あぁ…」


莉奈がリビングに入って早々言った。

というか、さっきまでもう少し散らかってた気がするんだが? 智乃が掃除してくれたのかな。


「このお菓子食っていいか?」

「えっと…いいぞ」


今度は大地が、リビングの真ん中にあるテーブルの上の菓子類を指差しながら言った。

このお菓子・・・いやテーブル自体さっきは無かった。
やっぱ智乃のお陰か。あいつは面倒見が良かったり、気が利く所があったりと本当に出来の良い妹だ。

…と俺は涙を流しそうになる。いや本当にありがたい。


「さて、始めるぞ!」


俺の一声で、3人のテスト勉強が始まった。





「ふぅ、終わった~!」


大地の声がリビングに響いた。
そう彼は、今回のテスト勉強の主であるワークをやりきったのだ。


「え、嘘!?」

「早すぎない!?」


もちろん、その超人じみたスピードに、俺たちは感嘆の声をあげる。


「え? 1時間以上はかかったよ」


しかし「え?遅い方だよ?」みたいな反応をする大地に、俺は少々妬みの感情を覚える。


「いや、俺まだ半分なんだけど…」

「同じく…」


俺たちの学力はいたって平凡。このスピードが当たり前なんだが、やはり早い奴がいると自分らが遅いと錯覚してしまうのだ。


「ん~? 何でだ? これって結構簡単だけど」

「お前にとってはな! そりゃ確かにこのワークは学校から貰った『小学校のまとめ』だけどさ! 俺らこの前まで小6だったからね!?」


そうだよ! 俺らはこの前まで小6。つまり、さほど復習はできていないのだ。
問題が基本問題ならまだ解けるが、意外と発展問題が多いので、俺と莉奈は苦戦している。

まぁ、それらを悠々と解いた奴が目の前に居るんだが…。


「お前春休みとか勉強してたのか?」


俺は大地に疑問をぶつけてみた。
これだけ小学校のまとめができるんだ。きっと復習をしっかりやったんだよ、こいつは!

俺はそうだと信じ、大地の返答を待った。


「いや全く」


よし、排除しよう。
最近マンガで見た“ドロップキック”とかいうヤツでもお見舞いしてやるか。


「わー待て待て、落ち着けって! 何か目が怖いって!」

「これが落ち着いていられるか!」


俺の怒りの形相に焦ったのであろう、大地は即座に俺を宥めようとしてくる。


「いや、小学校の復習はしたよ、うん!……2時間ぐらい」

「お前、絶対そこ動くな──」


そこまで言いかけた俺の言葉は、ドアが開く音で遮断された。
何かと思い、俺と大地は同じタイミングでその方角を見る。


「お兄ちゃんたち、近所迷惑だよ」

「「……はい」」


そこには「迷惑だ」と言わんばかりの…というか既にそう言った智乃の姿があった。
そしてそう注意した直後、リビングから姿を消した。

もちろん、この言葉を言われてもなお喧嘩を続けられる程、俺たちはヤンキー染みてない。ひとまずは喧嘩を止めてくれたことに感謝しておこう。


「2人とも情けないねぇ。智乃ちゃんに言われただけで喧嘩止めるとか、ビビり?」


ふと、ドアとは正反対の方角から声が聞こえてきた。無論、このリビングに俺と大地以外は1人しか居ない。

そう思って俺は振り向いたのだが、そこに見えた光景にさすがに口を開かざるを得なかった。


「人の許可も得ずにマンガを勝手に読む奴は、一度ビビりを経験してこい」

「え、何のことかな~?」


俺の目の前に現れたのは、ソファに横たわりながら本棚に置いてあったマンガを勝手に読んでいる、莉奈の姿だった。
あまりの状況についつい変な言い方をしてしまった。


「昔はよく読ませてもらったよ?」

「いや、勉強会なのに漫画を読むのはどうかと思う」

「だってコレ新巻だよ? 晴登買ったんでしょ?」

「まぁそうだが」

「晴登の家って色んなジャンルの漫画が揃ってるから、読み飽きないんだよ」

「俺ん家は図書館じゃねぇ!!」


なるほど、わかったぞ。
なぜこいつがワクワクしていたのかが。こいつは…俺ん家に“マンガ”を読みに来やがったんだ!

そりゃそうだよ。“勉強よりスポーツ派”の莉奈が、勉強を楽しみにする訳がない。
だがしかし、早くマンガを読むのを止めさせなければ、莉奈どころか俺のテスト勉強も捗らない!

どうしたものか・・・ん? 待てよ?
確かこいつは“勉強よりスポーツ派”の前に“花より団子派”じゃなかったか? そしてこいつにとっての『団子』とはすなわち・・・


「じゃあお前は休憩がてら漫画を読むということで、俺と大地はプリンでも食って休憩するわ」

「…! なるほど、良いな!」

「……!」


よし食いついた! 見よ、あのキラキラとした目!
莉奈は昔からスイーツ、その中でもプリンが大好きなのだ。つまり莉奈にとっての団子とはすなわち『プリン』なのだ!
なので今回はそのプリンで釣って、勉強を捗らせようという作戦を実行する。我ながら良い作戦だ!
大地も俺の意図に気づいたようで、話を合わせてくれている。都合が良い。


「お~? 冷蔵庫に丁度良い頃合いのプリンが3つあるな~? でも莉奈は漫画に夢中だから、俺が2つ食べようかな~?」

「な! 俺が2つ食べるっつーの!」

「……っ!」


良い感じだな。
この調子で最後に月並みのあの発言をすれば、こいつもやる気になるだろう。


「じゃあ大地、半分に分けようぜ? 1人1.5個分な?」

「…まぁ良いだろう。その前に俺たちの1個分を先に食おうぜ?」

「それもそうだな」

「……」


うっ…! ちょっと涙目になりやがった…!
だが、ここで止めてはこいつは成長しない!
……あれ、趣旨変わってね?


「…………」

「「!!」」


何か不思議とウルウルが増加してる!?
まずい、このままでは俺たちが負ける!


「(おい大地、どうするよ?)」

「(やっぱ食べさせてやるか?)」

「(いや、あいつにとってプリンは動力源だ。だったらそれで釣って勉強させないと!)」

「…………………」


だーっ!! ウルウルの量がおかしいだろ!? もうほぼ泣いてんじゃん!
くそっ、もう少し粘りたかったんだが…。


「じゃ、じゃあワークを最後までやったら、えー、その…プリンを1つ、譲ってもいいぞ?」

「わかった!!」


はぁ…。
何だこの晴れやかな目は。やる気に満ち溢れていやがる。マジでやる気だよこいつ。


「(俺はあまりやる気がしないんだがな…)」

「よし! せっかく莉奈ちゃんがやる気になった所だし、晴登も一緒に頑張れよ!」

「な!? 俺を巻き込むなよ!」


大地よ、いきなり何を言い出すんだ!?
俺は別にやらなくても……。


「お前だって終わらせないと、明日のテストはヤバいぞ?」

「くっ…裏切ったな!」

「俺はとっくに終わってるんでな」


…ダメだ。俺が何を言おうと、正しいのは大地だ。
結局、俺もワークを終わらせろってことか…。


「さぁ晴登、ちゃちゃっと終わらせるよ!!」

「お、おう…」

「プリンはちゃんと残しといてやるよ~」


現時刻は午後2時30分。
俺と莉奈の長いテスト勉強(後半)が始まった。







翌日・・・・・

「それでは、最初のテストを始めます。まずは国語です。昨日渡したワークをある程度やっていれば、少なからず解けるはずです。では、開始して下さい!」

「……この漢字、何だっけ?」







午後の授業・・・・・

「皆さん、テストお疲れ様でした。テストの結果が全て出ましたので、解答用紙諸々配りたいと思います。それでは出席番号順に取りに来てください」


……早いな。どう考えても早いな。早すぎるな!?
何で午前中4時間でやったテストが午後でもう返ってくるんだよ!?
早すぎるよ! 採点スピードどうなってるの!?

そんな俺をよそに、山本は次々とテストを返していく。


「鳴守君」

「はい」

「頑張ったね」

「ありがとうございます」


大地の結果はどうだったんだろう。席が離れているため、確認ができない。でもやっぱり良いんだろうな。


「春風さん」

「…! はい!」

「頑張ってね」

「はい!」


少しテンションが高いようにも見える莉奈。
自信があったのか?
確かにテスト勉強はしっかりやってたしな。ご褒美としてあげたプリンの為に、だけど。


「三浦君」

「は、はい」


名前を呼ばれた俺は机を離れ、山本のもとへと向かう。
やっぱり緊張するな~。


「はい、頑張ったね」

「ありがとうございます」


よし。ちゃんと国語、算数、理科、社会の4教科分貰ったな。ちょっと見るの怖いな…。
でもこういうのは『お楽しみ』とか言うし、とりあえず席に戻るか。

そう思いながら席に俺が座ったと同時に、山本が話し出した。


「えー、今回は小学校のまとめというところであり、少々簡単だったかと思います。しかし、中には復習ができておらず、納得のいかない点数を取った人もいるのではないでしょうか。なので、、今ここで皆さんの合計点だけ、それぞれ発表します」

「「「「えーー!!??」」」」


教室中が騒がしくなる。一体誰得のシステムだ。
マジで勘弁してくれよ…。まだ結果は見てないけど勘弁してくれよ…。


「それじゃあ出席番号1番から発表します」


1番の人からか。じゃあ俺は最後だということになるな。
1番目の人、ご愁傷様です。あと俺も…。


「暁君、400点」

「ん?」


へ? 先生今何て言った?
えっと確か…テストは4教科。1つ100点満点。つまり、パーフェクトは100×4で400点。え・・・


「「「「えぇぇぇ!!!?」」」」


先程と同じくらい皆が叫ぶ。無理もない。
テストの合計点を発表すると言われ、「あぁ1番の人可哀想だな」と思っていたら、まさかのパーフェクトを叩き出しているのだから。

暁君って一体どんな人だろうと思って1番の席を見るも、彼は外を眺めていて顔が見えなかった。く、余裕ってことか…。


「最初からパーフェクトだなんて、このクラスはやりますね。では次は2番の・・・」


ははは。これは2番以降の人が可哀想なんだ。
その証拠に、10番以内の人は他の人よりさらに険しい顔をしている。


「・・・次に鳴守君、396点」

「「「「おぉーーー!!!」」」」


そして大地の番が来たと思えばこの点数。
もうヤダ、何アイツ。計算すれば、1教科ごとにマイナス1点ってことじゃん。
秀才ってこういう場面で悠々とできるから良いな…。


「・・・春風さん、240点」


莉奈か。えっと・・・1教科平均60点ってことか。
……平均点以下じゃね? でもアイツにしては取れてる方か。
やっぱテスト勉強した甲斐はあったんだな。


「・・・じゃあ最後に三浦君、284点」


……1教科平均71点。
キリが悪い上に平凡だな。何か虚しい。


「さて、皆の合計点を言いましたが、どうですか? 自分の実力が分かりましたか? ここで止めるのも何なので、学年での順位まで発表しちゃいましょうか?」


それだけはやめてください、お願いします。


「・・・なんて冗談です。さすがにそれは酷ですよね。でもこれだけは言っておきましょうか。うちのクラスの中では暁君が学年1位、鳴守君が学年3位です」


さっきの人と大地がトップクラス。当然と言えば当然か。けど、大地の上にもう1人いるってとんでもないな。


「じゃあこれで今日の授業は終わりです。皆さん、下校の準備をして下さい」


ようやく、俺の記念すべき中学校生活最初の、長い長いテストの時間が終わった。

 
 

 
後書き
この話を書いている途中に、熊本で起こったという地震の影響を受けました。家が崩れなかっただけ良かったです。
なんでも、阪神・淡路大震災と同じ規模だとか。東北の大震災から数年経って今、九州にも起きてしまいましたね。残念です。
被害に遭った人々のご冥福をお祈りします。


さて、今回はテストのお話でした。
皆さんテストは好きですか? これで好きと答えたあなたは、きっと上位だったのでしょう。畜生です。
一度で良いから1位を取ってみたいものです。まだチャンスは存分にあるんですけどね(含み笑い)。 

 

キャラ紹介 第2弾

 
前書き
早くも第2弾です。
つまりはネタバレ注意です。

「順番に読みたい!」という人はここから先を読まず、ブラウザバックをして下さい。
ちなみに順番というのは『第5話』の次になります。 

 
1ー1 クラスメイト

(あかつき) 伸太郎(しんたろう) 1ー1ー1
 性別 男
 年齢 12歳~
 容姿 黒髪ストレートで眉毛にかかっている
    かなり目付きが悪い
 性格 面倒臭がり屋
    ぶっきらぼう
    コミュ障
    
 補足 学年一の秀才
    運動はできない
    ボッチ
    ビビり 
 

 
後書き
キラキラネームだって?
気にしないで下さい。誰かと名前が被るのが嫌なので、完全に世界に一人の名前にしてるんですよ(ニッコリ

今回は天才、暁君の紹介でした。
今度からもこのように1人1人紹介すると思いますので悪しからず。 

 

第6話『邂逅』

 
前書き
邂逅とは、すなわち出会いのこと。さて誰が出るのでしょうか? 

 
 莉奈side

「もう~」

「どうした莉奈?」


私が溜め息をつくと、晴登が心配そうに訊いてくる。
私をここまで落ち込ませる存在は1つしかない。


「テストよテスト」

「あ、あぁ~」


そう。今日だけで起こった『テスト』と『テスト返し』。私はその結果に対して、とてもブルーな気持ちになっている。
だってクラス23位、学年94位だよ!? ほぼ下位じゃん…。私頑張った方なんだよ!……いつもよりはだけど。それでもこの順位ってことは、きっとこの学校は賢い人が多いんだ! 私は悪くない!


「俺はクラス15位、全体61位だったよ」

「うわ、ど真ん中じゃん」

「言うな。気にしてるんだから」


相変わらずと言うか、晴登は普通な点数と順位を取っていた。もはや狙っているのではないかと思うけど、ピタリと平均である。


「それにしても、あの暁って人すごいな」

「パーフェクトってね…」


クラスの出席番号1番の暁君。彼は今回のテストでオール満点を取ったのだ。そんなことはマンガの中でしか起こらないと思ってたけど、ホントすごいと思う。


「そいつや大地と比べたら俺たちって…」

「もう言わないで」


晴登が口走ろうとしたところを私がすぐさま止める。
既に大地と私たちで天と地ほどの差があるのはわかる。それでも言ってしまうと、自分が惨めに思えてしまうというものだ。


「それより、大地は何で居ないの?」

「家の用事で早く帰らなきゃだとさ」


もうテストの話をしたくない私は、大地の話題にシフトさせる。
私たちは今下校中。だが、いつもなら横にいるはずの大地が居ないのだ。それを疑問に思って晴登に問うと、そう返された。


「2人で帰るのって久しぶりだね」

「あ…嫌なこと思い出した」

「え、何それ?」


私と帰る時に嫌な事でもあったと言わんばかりの晴登に、私は語気を強めて訊いた。何も変な事とかしたこと無い筈だけど…。


「ほら入学式の朝の……お前との賭けみたいなやつ」

「あーあれね。楽しいから良いじゃん」


あの時の賭けのことね。私が嫌とか、そんなのじゃなかったから、ちょっぴり安心したかな。
確か1回目では大地が出てきて、2回目は知らない女の子が出てきたんだっけ?


「楽しくねぇよ。災難だったよ」

「知らない女子にぶつかりそうになったから?」

「え!? あ、いや、そうだからだけど…」

「ホントは何か期待したのかな~? コミュ障のくせに」

「は!? お前ちょっと黙ってろ!」


私が茶化すように言うと、頬を赤らめながら反論してくる晴登。いじり甲斐がありますな~。


「あの女の子誰だったんだろ。多分うちの学校だよね?」

「歳も近そうだったしな」


話題はいつの間にか『入学式の朝に晴登にぶつかりそうになった女の子について』に切り替わっていた。

・・・あれ?


「何であの子、あの時間帯に居たんだろ」


私はあのシーンで疑問に思うことを呟いた。

まず、あの子は私たちと同い年…たぶん。
普通だったらあの場所を通るのは日城中の生徒。よってあの子は日城中の生徒……きっと。
だが入学式の為、あの時間帯に生徒は居ないはず。

これらをまとめると、1つの結論が導かれる。


「え…? あぁ…確かに。てことはもしかしてさ・・・」

「「あの子も時間を間違えたのか」」


私と同じ考えになったのだろう晴登と口に出して導き出された結論を言ってみると、失礼ながらも笑いが込み上げてきた。


「ま、まさか俺たちと同じ人が居たなんて…」

「じゃあ、あの時のあの子は帰り道だったんだよね?」

「まぁそうだろうな。向こうから来てたし」

「私たちよりも先に学校に着いて・・・ふふっ」


ダメだ。笑いが止まらない。
これをもしあの子に見られ、「何で笑っているの?」と訊かれたら、何と答えれば良いのだろうか。


「ふぅ…疲れた」

「さすがに不謹慎すぎたかな」


名前も知らない少女を嘲笑うというのは、不謹慎かつ可哀想と思った私たちは笑いを止める。


「明日学校で探してみるか?」

「お、コミュ障のくせに勇気がありますね~? やっぱり何か期待してらっしゃいますか~?」

「な、馬鹿! 違ぇよ!」

「怪しいですね~?」


…私って何時からこんな性格になったのだろうか。
これではただのオバサンではないか。少し自重せねば。


「ほら、家まであと少しだから余計なこと言うなよ」

「はいはーい」

「…ん?」


ドガッ!


「ぐはっ!?」
「きゃっ!?」

「えっ!?」





さて。今の一瞬で何が起こったのか少し説明しよう。
まず、晴登が曲がり角を曲がろうとした。すると、女の子とぶつかった。その女の子をよく見れば、何ということでしょう。入学式の朝にぶつかった美少女だったのです。

まぁあの時は寸止めで済んだけど、今回はぶつかっちゃいましたとさ。


「いって~・・・って、あ! あの時の…」
「うぅ・・・!?……あっ!」

「「大丈夫ですか!?」」


わぁ見事にハモった。初対面で(正確には2回目)でここまで息が合うとは、何か疑ってしまいそうだ。


「あ、えっと、すいません! では・・・!」

「ちょっと待って! ねぇ、あなた同じ学年だよね? そこで少し話さない?」

「え…?」


「(え? 莉奈、お前…)」

「(しーっ! 折角だから仲良くなっとこうよ? 晴登もその方が嬉しいでしょ?)」

「(な…!)」


「どう…かな?」

「…わかりました。良いですよ」


あの時のように足早で去ろうとした彼女を私は引き留めた。その行動には、その子どころか晴登まで驚いていたけど…。
でもそんな晴登を無理矢理納得させたし、彼女からも了解を得たので、近くの公園に寄って、3人で話すことにした。





「戸部 優菜ちゃん、12歳。通うのは日城中学校」

「綺麗に予想通りだったな」

「え、予想…?」


私たちが今話している女の子の名前は戸部 優菜ちゃん。私たちと同年代である。
名前以外が的中したので晴登がそう口走ると、自分のことが予想されてるということで優菜ちゃんは驚いていた。


「晴登ったら、最初に会った時から『誰だ?誰だ?』ってずっと言ってたのよ」

「は!? 俺そんなこと言ったか!?」

「似たようなこと言ってたじゃん」

「それでも盛ってないか!?」

「2人は仲が良いんですね」

「え? まぁ幼馴染みだしな」

「そうね。昔からだもんね」


優菜ちゃんが言ったことは間違っていない。「喧嘩するほど仲が良い」とはよく言ったものだし、私と晴登はこれくらいの軽口は日常茶飯事だ。仲が良いからこそである。


「優菜ちゃんは何組なの? 1組以外だよね? これからも話したいし、知っておきたいな」


私がそう言って訊くと、優菜ちゃんは快く答えてくれた。


「2組ですよ。私もお話したいです」

「だったらもう敬語は止めようよ? 私たちは同級生なんだし」

「!」


私がそう提案すると、優菜ちゃんがちょっと驚いたような顔をする。敬語以外話せないとか? …さすがにないか。
でもさっきから優菜ちゃんの話し方はやけに丁寧だった。だからやっぱり私たちだけにでも気軽に話し掛けて欲しいかな…なんて。


「…いえ、私はこの方が慣れているので。今すぐにはちょっと…」

「ならしょうがないかな!」


優菜ちゃんの答えに私は満面の笑みで返す。
今は無理でも、今後慣れていけば大丈夫だろう。

……全然人に慣れない人は隣に居るけど。


「晴登もちょっと話せば?」


晴登だ。さっきから私とは話しているが、優菜ちゃんとは関わりを持とうとしてない気がする。
初対面の人が苦手、いわゆる人見知りだけど、なかなかどうして克服できない。
せっかく女子と話せる機会は多いんだから話せば良いのにね。思春期とかいうやつ?


「え!? えっと、今回のテストはどうだったんですか…?」

「うわ…」


晴登の“デリカシーが無い”とまでは言わないが、そんな感じな質問に私は苦笑いが漏れる。その質問はズケズケ訊くもんじゃないよ…。
私だったら「まぁまぁでした」と言って誤魔化すだろう。なんと惨めだろうか…。


「テスト、ですか…」


あぁ、この反応は悪かったということだろうか。だったら私の仲間だね。これからもよろしくね・・・


「学年で2位、ですけど…」

「「へ!?」」


莉奈ちゃんは渋るように言った。まぁ確かに渋りたくなる内容だけれども、まさかの全体2位!? つまり大地の上にいるもう1人だ。そんなに頭良かったんだこの子…。


「でも1位は取れませんでした。こんなことは初めてです」

「う、うん…」


これはきっとアレだ。強者なりの悩みというやつだ。弱者では到底理解ができないというあの・・・。
しかもこの子の言葉から察するに、恐らく小学校では1位が当たり前だったのだろう。羨ましいけど少し怖いかも。


「莉奈ちゃん達のクラスの男子が1位らしいですね。噂だと満点だとか。私はあと2点だったのに…」

「2点!? じゃあ満点の教科もあるってこと!?」

「はい。算数と理科です」


この回答を聞けば、誰もが「じゃああなたは理系なんですね」と思うだろう。だがしかし、この子は国語と社会も99点ということでとても良いのだ。こういうのオールマイティーとか言うのかな。


「お2人は?」

「え!? あ、いや……」

「その…普通かな」


ほら。私も晴登もこんな回答だ。人に胸を張って言えるような点数じゃないから…。
まぁこの人がそういう人を蔑む人じゃなくて、本当に良かった。うん、助かった。


「普通か…なんか良いですよね」

「良いって、何が?」


急に優菜ちゃんが真面目な顔になって言うものだから、私は気になって聞き返す。


「こんなこと言うとアレですけど、私って昔から何でもできたんです」


ぐっ、何か自慢に聞こえてくる…。でも何かを話そうとしてくれてるから、ちゃんと聞こう。


「おかげで周りから敬遠され、友達と呼べる人が少なかったんです。中学校に入れば変わると思っていましたけど、テストのせいでもう既に、皆の私を見る目が変わってしまいました。もし私が普通だったら皆と関わりやすいかなって…。だから・・・」


「それは違う」


優菜ちゃんの言葉を遮り、急に晴登が口を挟む。ど、どうしたんだいきなり。


「違う。皆はきっと君のことを敬遠してはいなかった。君と話すのが恥ずかしかったんだ」

「恥ずかしい、って…?」


恥ずかしいってアンタのことじゃん、とツッコみたくなったが、何か真面目なので私は口を開かず黙っておく。


「君を例えると『高嶺の花』だ。だから誰だろうと、君に話し掛けるのに勇気が必要だったんだ」

「そんなことって…」

「あるんだ。わからないかもしれないけど。でも確かに、皆が君を特別視していたと言っても間違いではないかもしれない。だけど嫌われてた訳じゃないと思うんだ」


晴登が自分なりの言葉で、優菜ちゃんに伝え続ける。でも筋は通っていた。


「だって俺は、君のことを嫌いとは思わない。むしろ凄いなって思う。皆そんな感じだと思うよ、俺は」

「……」


晴登の言葉を真剣に聞き、黙って考え込む優菜ちゃん。何か感じることがあるのかな…。


「俺はそういう“見る側”しか経験したことのない普通の人間だからさ。何て言うか、君の見えないものが見えるんだ」

「……」


少し晴登が困惑してきたように見える。たぶん言葉が思い付かない上に、まずこんな言葉を人に伝えるという羞恥が今になって込み上げてきたのだろう。

少しフォローしてあげるか。


「つまりさ、私たちが友達になるよ! どうかな…?」

「……!」


途端に希望が見えたと言わんばかりの表情をこちらに向ける優菜ちゃん。
やっぱり、この子はホントに友達が欲しかったんだ。


「……ひ」

「え?」


優菜ちゃんは急に頭を下げ何かを呟いたようだが、小さくて聞き取れず、たまらず聞き返す。


「ぜひ・・・ぜひ、お願いします!!」ズイッ

「わっ!?」


しかしその刹那、優菜ちゃんの顔は私の目の前に飛んできた。キラキラとした表情を浮かべ懇願してくるその姿は、友達に作るということに必死なんだと分かる。
だけど急に近づいてくるもんだから、私は驚いてベンチの上から落ちそうになったけどね…。

でもこれで私たちは友達だ。だが嫌な気持ちは1つもない。だって日城中学校で作った初めての友達なんだもん!
だからこれからずっとずっと、仲良くしていきたい!

そんな意味を込めて、私は手を差し出しながら彼女に言った。


「これからよろしくね、優菜ちゃん!」

「こちらこそ、莉奈ちゃん!」


彼女は澄みきった満面の笑顔で私の手を握り返した。

 
 

 
後書き
今回は優菜ちゃんのお話でした。
そろそろ登場させとかないと、と思っていたので。

所々は自分で「お、ここの文良いな!」とか「このシーンはこんな感じか?」と思いながら書いていますが、分かったことが1つ。難しい(苦笑い)。
状況を文章だけで伝えるというのは難しいです。思いの外簡単じゃないんです。自分の場合は語彙力も文才も欠けてるので必死ですが…。

まぁそんなこんなで完成したこの話。次くらいにでも進展が欲しいところですが……行事が思い付かない(泣)。 

 

第7話『部活動紹介』

 
前書き
4月といったら皆さんは何の行事がありますか?
自分の中学校では部活動紹介がありました。
なので、今回は部活動紹介をやっていきます!

そして、この話が5月に入れば体育祭をしたいですね!(ネタバレ)
 

 

「なぁ晴登」

「どうした大地?」


4月のある日の午後1時。昼休みをただボーッと過ごす俺に大地が声を掛けてきた。正直面倒だから無視しようかと思ったが、さすがにと思い、俺は大地の方を向かないままで返事をした。


「部活動だよ。お前何に入るんだ?」

「部活動…」


何の用かと思ったらそれか。
今日は先輩たちによる部活動紹介が5、6時間目にある。そこでの部のアピールを元に、俺らは入る部活動を決めなければならなかった。


「小学校では帰宅部だっただろ? 中学ではさすがに何かやった方が良いんじゃないか?」

「えぇ~」


大地の言う通り、俺は小学生の頃は帰宅部で活動していた。活動内容は主に無し。自主練というものだ。うん。
だってやりたいスポーツとか無いし。

だが部活をやっていないにも拘わらず、運動能力は平均をキープしていた。『普通』という才能が、ここではプラスに生きている。正直誇れることではない。


「俺はもちろんサッカー部だ!」

「知ってる」


まぁそうだろう。
大地は小学生の頃からサッカー部に所属し、好成績を修めていたそうだ。サッカーが好きで、よく俺も誘われる。
そのおかげでサッカーの実力も『平均』なんだが。


「何の部活動があるんだ?」


俺は最もな質問を大地に告げた。選択肢があった方が決めやすいし、何より先に知っておきたい。

と思っていると、大地が自身のポケットを漁り始めた。


「ちょっと待ってろ。パンフレット持ってるから!」


パンフレット? 学校のやつか?
何で今持ってるんだと気になるところだが、それなら都合は良い。パンフレットなら部活動は掲載されているだろうし、絵とか付いていてわかりやすいだろう。


「お、これこれ」


大地が差し出してきたパンフレットを、俺は受け取り開いた。そして部活動のページを見つけると、そこを注視した。



『日城中学校パンフレット』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
《部活動一覧》
・野球部
・サッカー部
・テニス部
・バスケ部
・バレー部
・水泳部
・陸上部
・水球部
・卓球部
・ラグビー部
・剣道部
・弓道部
・柔道部
・空手部
・相撲部
・射的部
・吹奏楽部
・合唱部
・美術部
・料理部
・演劇部
・コンピュータ部
・科学部
・読書部
・茶道部
・華道部
・写真部
・チアガール部
・ボランティア部
・インドア部
・アウトドア部
・英語部
・魔術部
・帰宅部          裏へ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「待て待て待て!!」

「どうした?」


俺が大声で驚いたことに、多少引き気味に大地が問うてくる。
でも理由なんてただ1つだし、それくらいわかってくれるだろう。


「どうしたもこうしたも多すぎるだろ!!?」

「他にもあるみたいだが…」


『裏へ』という言葉が何かしらの恐怖感を煽らせてくる。表だけで知っている部活動は網羅されている気がするのだが、まだあるというのか。

でも既に表に・・・!!


「魔術部って何だよ!!?」

「さぁ」


いやそんな軽めに答えないで!
俺は結構真剣だから!
ガチで気になるから!

もう裏に書いてあるのは読む気にならないが、唯一表にある『魔術部』だけは気になる!
てか何で『帰宅部』書いてあんの!? アレって部活に入っていない人の名称でしょ!?


「何なんだこれらは…!」

「それを説明するための部活動紹介が今からあるんだろうが。そろそろ行くぞ。集合の時間だ」

「お、おぅ…」


大地に飽きられたような反応をされるが、仕方ないことだろう。ホントに気になるんだから。

体育館へと足を進め始める大地の後に、俺は続いた。






 体育館にて・・・


「それでは部活動紹介を開始します。各部活動は整列し、待機をお願いします」


真面目な司会により、部活動紹介が始まろうとしていた。正直入りたい部活が無いんだが、しっかり聞こうと思う。
紹介は全てステージの上で行うそうだ。


「ではまずは1つ目。王道、野球部です!!」





「・・・はい、ありがとうございました! では次が最後の部活動となります。魔術部です!」


うぅ…かれこれ100分。映画と同じくらいの時間を体育座りで聞いていたら疲れるな…。
だがやっと気になる魔術部の謎が解ける!



「皆様、ご機嫌はいかがでしょうか?」ザッ



3年生で部長と思われる男子がステージに出てきた。黒のマントを身に纏い、いかにも『魔術師』といった風体だ。まさか本当に魔術なんてものが存在するのか…?


「今回は我々の活動内容を説明する。準備しろ!」


眼前の彼は作ったような凛々しい声で指示を出す。
すると、部員と思われる方々がゾロゾロと出てくる。いや、4人しか居ないな。意外と人が少ない…。


「展開!!」

「「はっ!」」


『展開』? どういう意味だ?
俺がそう思った瞬間、彼らは人の何倍もの大きさの紙をステージの床に広げ始めた。
真っ白な紙の中に何か黒色で模様が描かれている。

目を凝らしてよくみると…、


「魔法陣…?」


俺の目にあの模様はそう映った。
マンガの魔法モノにお馴染みの魔法陣。アレは少なからず、それに似ている気がする。
俺はそのことから、魔術部に少し興味を覚えた。

だが、問題はそこではない。問題は、彼らがなぜ魔法陣を展開させたかだ。
これで何も無かったでは部のアピールには繋がらない。恐らく何かトリックでも仕掛けてくるのだろう。


「さぁ皆さん、陣の中心にご注目」


部長らしき彼が部員を率いり、先程の魔法陣をぐるっと囲んだ。まるで何かの儀式が始まるかのような進行である。
と、不意にステージ…いや体育館全体の照明が落とされる。少々びっくりしながらも、「てことは発光するのか?」と俺は勝手に予想を立てていた。
魔術部って、つまりはマジック部だったりするのかな?


「では始めますよ。今から5秒数えます。数え終わると変化が起こります。皆さんはその変化を見てどう思うでしょうね?」


部長らしき人はそう言った。自信に満ち溢れているのが伝わってくる。ちょっとワクワクしてきた。


「5…4…3…2…」


カウントダウンが始まった。それに合わせて俺の鼓動は早くなっていく。


「1……、ゼロ」


ドォォォォン


「なっ!!!?」

「「「「うわぁぁぁ!!!」」」」





体育館は突如ステージから放たれる黒い煙と衝撃波に席巻された。強風のような勢いにたまらず飛ばされそうになるが、なんとか耐える。
元々暗かったこともあってか、周りの様子が一切確認できない。原因は間違いなく魔術部。原理は…不明。


「・・・皆さん、落ち着いてください」


断末魔がいまだに響く中、司会の声が聞こえたと同時に目の前が明るく開けてきた。
どうやら窓を開け換気して煙を外に出し、更には照明をつけたようだ。
でも、この状況で落ち着くのは無理がないか?

でも良かった、と思い前を見直した俺に目を疑うような光景が映った。


「……は?」


俺が呟いたと同時に部長らしき人が話し始めた。


「ふふふ。皆さん、何が起こったのかわかりましたか?」


嘘だろ? 何で…?
状況だけは理解できる。だが、原理が非現実的すぎる…。


「少し貸してもらったよ」


途端、部長らしき人が不思議な発言をする。
だが皆は意味がわかるはずだ。もちろん俺も。
だってこの言葉は"俺に向けられている"のだから。

この場に居る誰もが声を発さず、ただ呆然とステージを注視する。


ステージの魔法陣の中心に現れたものは・・・俺だった。

 
 

 
後書き
部活動多いですね~(真顔)。誰がこんなに用意したのでしょう(真顔)。しかも他にも何かあるなんて…(真顔)。
そうです。俺が用意しました。

部活動って何が有るかな~って思って書いた結果、こうなりました(笑)。まだまだ思い付きそうです…。

非日常な部活って何かな?と考えると、やっぱ『魔法』に行き着くんですね。他にも候補は有りますけど。その候補達は後々明らかにさせましょうか(遠い目)。あ、でもやっぱ面倒。

今回の話は完結してませんねぇ~。このラストに続く文章が思い付きませんでした(笑)。無念です。
ちなみに後編として続ける気はありません。
ただ、次回はもう既に部活動に入ったとこから始めます。

こんな駄文にお付き合いいただき、毎度毎度感謝しております!
ですが駄文とわかっていても、次回も読んで下さい! お願いします!(必死) 

 

第8話『初めての部活動』

 
前書き
文才が欲しい文才が欲しい文才が欲しい文才が欲しい・・・はっ!!取り乱してしまった… 

 
キーンコーンカーンコーン


「よっしゃ終わりだ! 晴登、部活行くぞ!」

「俺とお前は違う部活だろうが」

「まぁまぁ、それでもだよ」


下校のチャイムが鳴り響き、皆が急にソワソワとし始める。なぜなら、ついに今日から1年生の部活動が始まるからだ。
そのせいか、大地が異様に元気が良い。


「サッカー部ってどんなのだろう…!」

「結局サッカー部なんだな」

「当たり前だ! 俺はサッカー一筋だ!」

「はいはい」


恍惚とした表情でウキウキしている大地に口出ししてみるも、軽く弾かれてしまう。こいつそんなにサッカー好きだったのか、と思い直してしまう。


「ちょっと2人だけで行かないでよ?」


不意に横から聞き慣れた声が聞こえてくる。無論、俺たちに向けて。ふと横を見ると、少し寂しげな顔をする莉奈が居た。


「まず2人で行こうともしてねぇよ」


慰めようとした訳ではないが事実を莉奈に伝える。
するとまたいつもの笑顔に戻った。


「裏切ったのか晴登!?」

「知るか!」


だが今度は大地が訳のわからないことを言い始める。
おいおい、俺は一緒に行くとは一言も言ってないぞ?

そんな俺の想いは届かず、大地が一人芝居を続ける。


「はぁ…」


既に毎日が色々あって手一杯なのに、こんな茶番に付き合わされてたら俺の体は持たねぇぞ。無視してさっさと行こう。


「あ! ちょっと晴登待てよ!」

「置いてかないで~」


後ろから大地と莉奈の声が聞こえるが無視無視!





「ふぅ…行ったか」


ようやく撒けた。
いや正確には、あいつらは部活に向かったってだけか。
大地はサッカー部だからグラウンド、莉奈は水泳部だからプールサイドか。

でもって俺が・・・


『魔術室』


別の校舎の1階にある、黒幕の掛かった怪しい教室の前に立っていた。
今となっては少し後悔してる。あの時つい興味が湧いてしまって、魔術部に勢いで入部申請してしまったのだ。






あの時──魔術部の紹介の時、俺は突然魔法陣の上に召喚され、困惑していた。


「え……!?」

「驚いたかね?」


驚いた、なんてレベルでは無い。究極に驚いている。
ツッコみどころが多すぎて困惑して、何も喋れなくなっている俺だが、状況だけは理解した。

この部がさっき使った魔法陣。あれは本物の魔術だ。


「これが我ら魔術部だ!」

「「「「………」」」」


あまりの出来事に生徒たちは全員声を失う。
そりゃそうだ。いきなりの衝撃が襲い、ようやく無くなったと思えば近くに居た奴がステージの上へと瞬間移動してるんだからな。

こちとら目を開けたら生徒が見渡せたから、心底ビビったつーの。しかも体育座りのまま移動してたから、今もその状態でなんか恥ずかしいし…。

でも、この部は…凄い!







「失礼しま~す…」ガラッ


回想を終えた俺はドアを開き、弱々しい声で部屋の中に呼びかける。
だが、返事が返ってこない。教室も電気が点いておらず暗いし、まだ誰も来てないのだろうか。

とりあえず待つことにした。





「「失礼しまーす」」

「!!」


10分ほど待ち、少々退屈していた頃にようやく部員らしき人たちの声が響いた。
少し驚いた俺はテンパりながらも挨拶をした。


「こ…こんにちは!」

「ん? あ、新入生か! よろしく!」


会話…とまでは言わないが、一応挨拶をすることはできた。優しそうな男の先輩たちだ。


「今年は新入生が来て良かったよ~」

「え、それって…?」


先輩がそう口走るのを、俺は聞き逃さなかった。それはつまり・・・


「ウチは毎年部員が少ないんだよな」

「不気味、だとか、怖い、とかいう理由でな」


…確かにその通りだ。
もしこんな部活が大人気だったら、さすがに生徒たちの精神を疑いたい。俺の精神状況は知らんが…。


「でも今年だって少ないよ」

「部長のおかげで多少は増えるかと思うが…」


後から知った話だが、ステージに立って話していたあの人がやっぱり魔術部の部長だったそうだ。でもって才能があったんだとか。何の才能かは知らないけど…。


「新入生で他に入ってくれた人はわかる?」


俺以外にってことか? 誰がどの部活に入った、とか把握はしてないからな…。


「すいません。わからないです…」


お役に立てず申し訳ありません…。

それよりもこんな雑談で過ごしちゃってて良いの? 部活動という部活動を何もしていない訳だが…。


「この部は主に何をするんですか?」


俺は内容について訊いてみた。部活動紹介の時は言わなかったし、まずそれどころじゃなかったもん。普段の活動ってどんなことしてるのかな?


「魔術の研究…とかか?」

「あるいは魔法…?」


ヤバかった。この部活はホントにヤバいよ。
ここの教室だけ世界観と言うか、何かが違う!
普通に『魔』を口走る時点でもう違う!


「えっと、部員は何人ですか?」


ヤバいヤバいと言っても、入ってしまったものは仕方ない。とりあえずは情報を貰おう。


「俺たち2年生が4人、3年生が2人だ。後は新入生で+αだが…」


予想よりも全然少ないじゃん。これじゃ部の存続が危うくないか? この先輩たちからは全く危機感を感じないが。





ガラッ


「やぁこんにちは、新入生たち! 歓迎するぜ!」

「わっ!?」


俺は不意を突かれ倒れそうになるも、何とか堪える。
元気に魔術室に入ってきたのは、部活動紹介の時に前で話していた部長だった。

それにしても、部活動紹介の時とは比べ物にならないくらい、テンションが高くないか?
クールな人かと思ったけど、もしかしたらユーモアの方が強い人なのかな。


「…ってあれ? 1人だけ? マジで?」

「みたいです」


部員の答えを聞いて、部長が心底悲しそうな顔を見せる。そんなに欲しかったんだ、新入生。


「5人は欲しかったんだけどな…」

「今日はたまたま来れなかったんじゃないですかね?」

「そうだといいけど」


ものすごく新入生が気になる様子の部長。
この場に俺さえ居なかったら、この人は悲しすぎて発狂しそうな雰囲気だ。
断言できる。この人は絶対面倒くさい人だ。


「そ、それより今日は何をするんですか?」


俺は今日の活動について訊く。まぁ最初だからということで予想は大体つくけど、少しくらいなら魔術部っぽいことはするんじゃないだろうか。


「うーん…」


随分悩んでいるな。まさか決めてないのか? 予定を。
まぁ真剣に考えてるご様子だから、待つとするか。


「じゃあ、あの時の魔法陣の説明なんてどうかな!」


あれ~? どうしてそうなるの~?
もしかして常識ってものがないのかこの人は!? いや、それとも俺が無かったのか!?


「先輩、普通は最初なら自己紹介をするもんですよ。このままじゃ俺たちは、この新入生の名前も知らずに過ごしていくことになりますよ?」


ナイスフォローです2年生の先輩!
その通りですよ! まぁ俺の場合は自己紹介を済ませないと気が楽にならないし、そもそも先輩の区別ができない!ってことですけど。


「あ、そっか。んじゃ自己紹介してもらえる? 新入り君」


あぁ、この立派な部長は常識が無かったんだぁ…。良かった…俺が普通で。
・・・と思っている暇は無いようだ。もう自己紹介の時間に移ってしまった。
この人は切り替えが早いタイプだ。


「三浦晴登です。よろしくお願いします」


やった! 普通に自己紹介ができたぞ! 相手が先輩だからということがあってか、良い感じに緊張が抜けたのかもしれない。


「三浦か、よろしく! 俺は部長の黒木終夜だ! これから頑張っていこうぜ!」


堂々とした態度で自己紹介を終えた部長。これからは「部長」か「黒木先輩」と呼ぼうかな。


「じゃ話戻すぞ。あの魔法陣だが・・・」


え!? 自己紹介終わり!? やっぱ切り替え早い!
そこの2年生の名前知らないんだけど…。もう後で訊くか…。


「あの魔法陣が本物だというのはわかったね?」

「はい、もちろん」


だって俺が体験したんだからな。未だに信じられない出来事だった。確かにその原理は気になるところだが…。


「実は俺は──魔術が使えるんだ」

「はい」

「あれ!? 思ったより反応薄い!?」


キメ顔の部長に、俺は真顔で返事をする。
すみません部長、思った通りのリアクションできなくて。だってそうだとしか思えなくて…。
だが改めて聞いてみるとおかしな話だ。魔術を使える人が目の前に居ることを含め、色々非現実的だと思う。正直まだ完全に信じている訳ではない。


「その顔はまだ信じ切ってはないってことか。なら、他にも見せてやろう」


部長はそう言うと手の平を上にして開き、その上に魔法陣の描かれた紙を置いた。そして先程の表情から一変、険しい顔つきをする。
俺はその様子を黙って見ていた。


「はっ!」ブワッ


部長が一言放って力むと、手の平の上の魔法陣から赤い小さな炎が浮かんだ。その炎はユラユラと意思を持ったように動く。
部長はそれを俺の目の前へと持ってくる。その時にはもう、さっきのお茶らけた顔に戻っていた。


「どうよ!」


ドヤ顔で俺の返答を待つ部長。
「凄い」の一言で尽きるのだが、俺には別の言葉があった。


「お、俺もそれ覚えたいです!」


部長はそれを聞き、ニッと笑みを浮かべたかと思うとこう言った。


「ようこそ、魔術部へ!」

 
 

 
後書き
展開が早すぎですね。もう少し引き伸ばせそうな気がするんですけど……どうしても出来ません…。
『地の文』の書き方をもう少し学ばないといけませんね。

今回の話は少し短かったと思いますが、読んでくださりありがとうございました!
次は何しよう…? 

 

第9話『素質』

 
前書き
一応前回の続きです。 

 
魔術部に入部し、活動を始めてて早3日。
…と言っても、真面目に活動していたのは俺だけ。
先輩方のほとんどは部室にすら顔を出していなかった。
今日だって部室には俺と黒木部長しか居ない。

ちなみに俺の活動とは黒木部長に魔術を教わることで、それを初日からずっと続けている訳だが・・・。


「部長、ホントにできるんですか?」

「魔術の基本は信ずること。信じない者には何もできないよ」


俺は毎日毎日不思議な特訓をさせられている。
精神統一としての座禅や正座はまだわかる。集中力というのは魔術に欠かせなさそうだし。

だが、掛け声やポーズの練習は必要なくないか!? どう考えても無駄な気がする! あと恥ずかしい!

・・・と以前部長に伝えたら、
「こういうのは形から入るんだよ!」
と言われた。でもやっぱ。必要ないと思う。たぶん部長の趣味だろう。


「ま、俺は習得に1年かかったがな」

「えっ!?」


ここに来て初耳である。何でそれを先に言ってくれないの!?
いや確かに時間がかかるっていうのはわかるけど、それでも1年もかかるのか…。


「正確には、“魔力の源作り”にだな」

「魔力の…源…?」


俺はたまらず聞き返す。
“魔力の源”とは何だろうか? そしてそれを作るって…?


「説明しよう。人が魔術を使うには、そのエネルギーとなる『魔力』が必要になる。えっと…RPGで言うところの“MP”かな?」

「なるほど」


頷く俺に、部長は話を続ける。


「けど魔力は使えば当然無くなる。だからその魔力を補給できる『源』がいる訳だ。すなわち湧水地点だ」

「へぇ」


一つわかったのだが、この人は説明が上手だな。具体例だってしっかりしてるし、想像しやすい。

『魔力の源』か…。つまり、俺はそれを身体に作らないと、魔術を使えても一時的でしかないという訳か。まぁ逆に言えば、それさえ作れば魔術は使えるってことか?


「察せたかな? それが君のこれからの目標だ」

「どうやったら作れるんですか?」


俺は最もな質問をぶつけた。
この人は魔力の源を持っているのだから、作り方はわかるだろう。部長が1年かけて、ようやく手に入れた魔力の源の作り方って…?


「残念ながら作る方法は見つかってない」

「はぁ?」


あまりの回答につい生意気な声が漏れる。
慌てて口を塞いだが、それを部長は読んでいたかのように笑って流してくれた。


「そりゃ驚くよな。でも、作る方法が無いだけで"宿す"方法は有るんだよ」

「え、それって…?」


作らずに宿す? 一体何が違うんだ?


「では、具体例として『橋を架ける』で説明しよう!」

「は、はぁ…」


また部長ワールドが始まった。
それでも説明が上手なんだから侮れないんだよな。


「橋を架けるにはまず材料として木材が要る。あ、作るのは木の橋ということで。そして橋の材料の木材を『魔力』としようか。そして『魔力の源』をどこかの森としよう。ならそれの宿し方は?」

「へ? えっと…つまりは魔術が橋ってことだから? それを作るために、元と言うことで材料が必要になって? さらにそれから…?」

「はいストップそこまで。ここで森の元を考えるのは難しかったか。なら視点を変えよう!」


いよいよ頭がこんがらがってきた。
さすがにここまで凝った話だと、俺の頭じゃついていけない…。


「“森を宿すもの”って言ったらわかるかな?」


森を宿す? 宿すってことは・・・含む。森を含む・・・いや違うな。
なら、宿す=生えるとして…えっと・・・あ!


「"自然"、ってことですか?」

「う~ん、まぁ正解。じゃあ次だ。森を宿すには自然が要る。もちろん橋を架けるのにも自然が必要だ。もうわかるだろ?」


自然とはどこにでも存在するもの。元々そこにあるもの。
これらの意味を照らし合わせて導き出される答え・・・


「自然…すなわち、素質」

「大正解~!」


つまり、魔術の習得には素質が必要だと。それが無ければ魔術は習得できないと。そういうことか…。
俺はがっかりし、地に膝をつく。


「まぁまぁそんなにへこむな。君に素質があるかもしれないだろ」

「どうせ無いですよ。俺は昔から“ザ・フツー”なんですから」


俺は脳は完全にネガティブ思考へと変換された。
もう立ち直ることなど無いだろう。
だって今まで俺は、普通の能力で平凡な人生を歩んできたんだ。今さら非凡なことが起こる訳がない。そう断言できる。


「じゃあ仮に君に素質があると言ったら?」

「そりゃ喜びますけど…」


喜ぶけど無いものは無いんだ。俺には魔術なんて無理なんだよ。


「でもこの部にいる奴で魔術を使えるの、俺と副部長だけなんだよな。他の奴らは魔力の源なんて欠片も持ってないし、“暇潰し”にここに来てるだけだしよ」

「えっ」


途方に暮れていた俺に、部長が追い討ちをしてくる。
アレか…? この人も人の傷を抉るタイプなのか…?

てかそれよりも今の部長の話が本当なら、もし俺に魔力が無かったら、部活動なんてやってないも同じ…!? また帰宅部に…!?


「まぁそう慌てなさんな。そんな君に面白い物を見せよう!」

「?」


俺がアタフタする中、部長は不敵な笑みを浮かべると、部室の隅においやられていた物を抱えるように取り出し、持ってきた。
放置されていたのか、随分と埃を被っている。


「何ですか、これは?」

「魔力測定器だ! 正確にはその人に眠る、魔術の素質を計る物だ!」

「……」


シュール過ぎるよ。いきなり目の前に出された物が魔力を計るって…やっぱシュール過ぎる!

驚く俺をそっちのけにし、床にドンと測定器を置く部長。それは地球儀のような形をしており、中央には黒い水晶の様な物が付いていた。


「これってどう使うんですか?」


俺は安直な質問をする。
正直胡散臭いが、もしかしたら俺には魔力があるってわかるのでは、と期待もしている。


「ここに手をかざすだけでいい」

「はい」


部長に言われた通り、測定器の丁度真上の位置に手を配置する。それだけでは、まだ何の変化もない。


「目を瞑って集中して」

「え…はい」


集中…か。
さっきまで散々部長が言っていたことだ。
集中…集中…。

何が起こるのだろうか。どうやって測定するのか。色々な疑問が俺の頭を飛び交う中、俺の手が何かを感じた。


「部長…この測定器、何か動いてません?」

「あぁ動いてるよ。測定中だ。まだ集中していてくれ」

「はい…」


どんな感じに動いているんだろう。なんか手に僅かだが風を感じる。
すると音も鳴りだした。キュイィィィンという機械音だ。


「……」

「……」


無言の時間が続く。
俺が喋れば集中が途切れるし、部長が喋っても集中は途切れる。こんな状況なんだろうが、正直気まずいな何か。早く終わってくれ…。


「あと10秒くらいな…」

「はい…」


閉じた目の隙間からふと光が見えた。発光でもしているのだろうか? だが確認する訳にはいかないので、瞑ったまんまにしとこう。

あと5…4…3…2…1…0。

音が止んだ。


「よし目を開けて良いぞ」


俺はゆっくりと目を開け、測定器を注視する。
するとさっきまで黒かった水晶が、青く輝いていた。まるで小さな星の様に。


「部長、これどうなんですか?」

「……」


光ってることに意味があるのか、光の色に意味があるのか、何も知らない俺はとりあえず部長に訊く。
だが、部長は答えず、何かを考えてるようだった。
待つのも面倒なのでもう一度声を掛けようかなと思っていると、部長が口を開いた。


「残念だが・・・」

「え…?」


「残念」。部長は今そう言った。
てことは俺に魔力は無かった…?
じゃあ俺はこれからこの部活で何をすれば・・・?



「・・・ってのは嘘で」

「へっ!?」


俺は今までの人生の中でもダントツにマヌケな声を出して驚いた。『嘘』ってことは・・・。


「いや~すごいね君。まさか俺よりも数値が高いなんて!」

「マジですか!?」


どうやらやったみたいだ! 俺には素質が有るらしい! つまり俺は魔術を使える!

人生の中でここまで喜んだことはあっただろうか。それほどまでに嬉しかった。


「部長、早く魔術使いたいです!」

「まぁ焦るな。言ったろ? 今計ったのはあくまで素質。これから先は、君自身が頑張って魔力の源を身に付けるんだ」


そうか。これはまだ最初の段階。これから努力しなきゃいけないんだ。

俺の心に火が点いた。


「部長、俺って部長より素質の値が高いんですよね」

「あぁそうだが?」

「だったら俺、部長を超える魔術師になりますよ!」


夢、ができた。
まだ部長のことなんか全く知らないし、どんな魔術を使うのかも知らない。
でも同じ場所に立てた以上、俺は精一杯努力して部長を超えたい!
こんなに熱くなったのも一生の中で初めてだ。だからこれが、俺の夢なんだ!


「部長…いや師匠、指導お願いします!」

「そこまで言われると何か新鮮だな。けど、俺のことは部長でいいよ。こちらこそよろしく!」


俺と部長は固い握手をした。

 
 

 
後書き
はて。何かがイメージと違います。
やはり、自分の文才のせいでしょうか?

まぁどうでもいいか。
次は授業を1つやっていきます。何をするかはお楽しみで。

今回も読んでくださった方、ありがとうございます! 

 

キャラ紹介 第3弾

 
前書き
第3弾。黒木部長です。 

 
魔術部部長

黒木(くろき) 終夜(しゅうや)
 性別 男
 年齢 14歳~
 容姿 ツンツンに立った黒髪
    爽やかな顔つき
 性格 非常にフレンドリー
    メリハリしっかり(切り替えが早い)
    熱血

 補足 謎のカリスマ性があるらしい
    勉強が苦手
    だが魔術は得意
    ロマンチスト(カッコつけとも言う) 
 

 
後書き
今のところ他の部員はモブです。変更するかもしれませんが。 

 

第10話『体育の時間』

 
前書き
そろそろ体育祭編をしたいので、その下準備を進めていきます(多分)。
今回は一口に体育と言ってますが、色々やる予定です。 

 
タッタッタッタ・・・

ダン!!


「「おぉ~!」」


周りから感嘆の声が漏れる。
理由は単純。あるものを凄いと思ったからだ。


「凄いな、大地」

「そうか?」


駆け寄ってきた俺に、汗を拭きながら大地は答える。
だが謙遜こそしているものの、実はこいつはさっき12段の跳び箱を跳んだのだ。素人の俺たちから見れば、凄いと思う。まぁこいつも素人なんだが。


「運動はできるよな、お前」

「悪いが勉強もできるぞ」

「コノヤロー…」


正直に誉めたのだが、言い方が悪かったせいかそう返される。
何でこいつは何でもできる奴なんだ。
馬鹿なこととかたまにするし、子供っぽいし、天然なところあるし、方向音痴なのに、何で基本の能力(スペック)が高いんだよ!


「まさか僻んでるんですか、晴登君?」


しかもちょっとウザい要素あるし。
何だよこいつのキャラ…。天然なのに天才って何? どこのマンガのキャラですか? もうやだ…。


「まぁ冗談だけど」

「冗談じゃなかったらぶっ飛ばしてたよ」

「怒るな怒るな」


俺が怒った口調で言うと、大地はヘラヘラとしながらも謝ってきた。
それでも少し怒りが収まらず、次なる言葉を放とうとした俺に声が飛んできた。


「三浦君、君の番だよ」

「えっ!?」


そう言ったのは俺のクラスの担任である山本先生。
ちなみに『俺の番』というのも、今俺たちは体育の授業を受けており、それで跳び箱をやっているのだ。ただそれは男子だけであり、女子は別の所で何かをしてるらしい。
この体育の目的は、先生曰く「生徒の基礎体力を見たい」ということなので、女子も運動関係の何かしらをしているんだろうけど。

ということで、俺は急いで跳び箱を見据えるように正面に立つ。


「じゃあ行くよ」


先生のホイッスルの音を合図に走り始める。
俺は大地ほど運動が出来る訳でもないので、跳ぶのは7段にしている。これが平凡なのかそうではないのかは知らないけど、これは跳べないといけない気がする。

遂に跳び箱の真正面まで来た俺は少し跳ね、踏切板を両足で強く踏みつけた。もちろんそれで終わる訳でもないので、跳び箱に手をつき、跳ぶ準備を終えた俺は、勢いよく跳び上がり、跳び箱を・・・跳んだ。


「よし!・・・ってわっ!?」


だが勢いをつけすぎた俺の体は、跳び箱を跳んだ直後にバランスを取ることができなくなっていた。
まずい。このままでは頭から落ちる!

跳び終わって着地するまでのコンマ数秒、俺は出来る限り安全な体勢になった。


「くっ…!」


俺は必死の思いで脚を伸ばした。すると・・・


ズザザザァ


マットから響く不格好な着地の音。
そして・・・


ゴチン


「痛っ!!」


マットからはみ出て軽く床に頭をぶつけ、悲痛な声を洩らす俺。

骨折等の怪我は免れたが、クラスの男子に変な痴態を晒してしまった。


「ん~。晴登君は8段はいけるんじゃないか?」

「そんな気がします…」


相変わらず寝転がったまま天を仰ぐ俺に、先生は言った。
確かに勢いが良かったってことは、もう少し上はいけるってことだもんね。とりあえず生きてて良かった。


「じゃあ三浦君も終わったし、皆さん次に行きましょうか」

「「??」」


ふと放たれた山本の言葉は俺たちの動きを止めた。
当たり前だ。誰もが「今日は跳び箱の授業だ」と思っていたのだから。


「次ってどこですか?」


皆を代表して俺が訊く。すると山本は穏やかな顔で返した。


「言ったじゃないですか、君たちの基礎体力を知りたいって。跳び箱だけじゃ分かんないでしょう?」

「それはそうですけど…」

「大丈夫。もういっそ、体力テストとでも思えば楽になるかもね」


体力テスト…か。先生はやることが大きいな。たかが基礎体力確認なのに…。
俺の運動能力の無さを改めて知るのはごめんだよ…。


「四の五の言っても変わりませんよ? とりあえずついてきてください」


無理だ。この人には逆らえない…。





「着いたよ」

「先生・・・」


俺は目の前の光景に戦慄した。
言ってやれ。このおかしな先生に!


「これ、どう見ても“ロッククライム”ですよね!?」


俺らクラスの男子の前に現れたのは、テレビでよく見る“壁に色とりどりの石が組み込まれているやつ”だった。つまり登るやつ。


「まさか登れとか言いませんよね…」

「言わないと話が進まないんですけどね」


もうヤダ! 勘弁してくれ!
何で中学生がロッククライムなんかしなきゃいけないの!? おかしいよ!!
これで何の能力がわかるって言うんだ!


「では大地君、やってもらえるかな?」

「良いですよ」


大地が引き受けた以上、俺たちはやらなければならなくなった。裏切り者め…。
もうダメだ。諦めよう。腹を括るとはこのことだろう。


「じゃあ行きますよ」


いつの間にか命綱を取り付けた大地。
先生に確認をとり、今にも登れそうな状況だった。


「はい。気をつけて」

「よしっ!」

「……」


大地、お前本当はやったことあるだろ。どうしてそんなにヒョイヒョイ登れるの? 運動ができるって言っても限度はあるよね?!

そんな俺の気を知る訳もなく、大地は10m程あった壁を難なく登ってしまった。素人なのに。非常におかしい。


「それでは皆も順番にやりましょう」


悪魔の一声が掛かった。





「はい。では次に行きましょう」

「ぜぇ…ぜぇ…」


きつい。3mも行けなかった…。てか、そもそも次の石に手が届かないし。
しかもこれで終わりではなく、まだ何かをやるようだ。いやもうダメ、やられる。


「大丈夫か晴登?」

「無理…」


大地の優しさにも対応できない。
どんだけ疲れてんだよ俺。普段運動はしないからな…。


「着きました」


無駄に広大な学校を歩き回り、今度着いた場所は・・・、


「普通にグラウンドですね」

「はい。今度は50m走です。簡単でしょう?」


難易度は下がったが、既にモチベが下がっているため、やる気を駆り立てられない。皆も同じ気分だろう。1人を除いて。


「では出席番号順に4人ずつやります。出席番号が早い順に並んで下さい」


出席番号が早い4人がスタートにつく。全員疲れきった表情をしている。


「始めますよ。よーい・・・ドン!」パァン


先生がピストルを鳴らすと4人は走り出した。
全員走り方が何だかぎこちないが、それでもゴールへと走っている。


ピッピッピッ


先生が持っているストップウォッチを3回鳴らす。3人がゴールしたようだ。大体8秒はかかったかな・・・って、


「ぜぇ…ぜぇ…」

「「えぇ!!?」」


えっとあれは…暁君だっけ!?
何でまだ30m地点にいるの!?
つか今にも倒れそうなんだけど!?

・・・はっ!そういえば…



『暁君、4段失敗…』

『暁君、結果1m…』



・・・って先生が今までの競技で呟いていた!!

てことは・・・


「(暁君ってさ、絶対運動苦手だよね)」

「(苦手って次元じゃないだろ)」


大地と話してその結論に至った。
彼は頭は良いが、運動がてんでダメなのか。
だったら、大地は勉強も運動もできるし、その点万能だな。
完璧そうな暁君にもそんな弱点があったとは…。


「暁君、13秒53…」


何か先生が呟いているけど、よく聞こえなかったな。
でもたぶん、クラスで最下位のタイムであることは間違いない。可哀想に、暁君。


「じゃあドンドン行くよ」


先生が言った。
もう次の4人はスタートの構えをしていた。


「よーい・・・ドン!」


スタートの合図が響いた。





「・・・てことがあったんだ」

「へぇ~。大変だったね、男子」

「大変ってレベルじゃねぇよ。死にそうになったんだから」

「家にずっと引き籠っているからだよ」

「ぐうの音も出ねぇ…」


俺は今帰路についている。そして今日の体育の出来事を莉奈に話しているところだ。
ちなみに女子は別の先生の指導の元、体育を行っていたそうだが、なんと体操をずっとやっていたそうだ。しかも俺らの体育よりも数倍楽そうなのを。


「晴登ったらすぐ疲れてよ~」

「お前が特別なんだよ。最後まで涼しい顔しやがって」

「だって簡単だったもん」


あの50m走が終わっても、いくつか競技があった。鉄棒だったり幅跳びだったり、終いには砲丸投げをさせられた。骨が折れるかと思ったけどね…。
クラス男子は大地以外、早く終わらないかと強く願っていたはずだ。
しかし大地だけはやはり、全てを完璧と言えるほどに達成していた。おかげで先生から数々の称賛の言葉を貰っていた。


「にしても暁君がね~」


俺が今日発見した事実だ。
『暁君は運動ができない』
非常に失礼な物言いであるかもしれないが、アレはどう見ても驚く。
だってあんなクールな人が、汗水垂らして不格好な走りを見せていたのだ。……ちょっと面白かった。


「で、晴登はどうだったの?」

「え?」

「すぐ疲れたってのはわかったけど、結果はどうだったの?」

「えぇ…」


結果というのは、今回クラス男子が行った競技の結果を元に先生が作成した体力データのことだ。
一人一人ランク付けがされており、最低のEランクから最高のAランクまである。
もちろん大地はAであった。


「ねぇ~、晴登は?」

「……C」


恥ずかしい。もう埋まりたい。
ちなみにCというのは平均の値である。つまり、俺はまたも“平均”だったのだ…。


「晴登ってホント普通だよね~」

「わざと言ってるかは知らないけど、傷つくから止めて…」

「晴登ってホント普通だよな~」

「お前はわざとだろ!」


莉奈と大地が交互に俺をいじってくる。
関わってもらえることに悪い気はしないのだが、せめて題材を変えてほしい。ホントにヘコんでるから…。


「まぁでも・・・」

「?」

「それが晴登だよね」

「だな」

「お前ら…」


不意な言葉に俺は感動し涙を出しそうになる。こんな俺でも、彼らは受け入れてくれるのだ。
あぁ、やっぱりこいつらが友達で良かった。


「・・・とか言ったら晴登泣いちゃうかな?」

「どうだろうな?」


だけど・・・やっぱりウザい!!

 
 

 
後書き
今回はグダグダですね。自分で言います。
途中から何を書いているのか分からなくなりました。
行き当たりばったりで書くと痛い目を見ますね。

だがしかし、次の話はしっかり書けそうな気がします! あくまで、気がするだけです!


今回の話も読んで下さった方、ありがとうございます!
次回以降も頑張ります!!(*´∀`*) 

 

第11話『空白の一席』

 
前書き
前回の後書きに『次回はちゃんと書ける』と言いました。
あれは嘘でございます(笑)。
というか勝手に嘘になりました(困惑)。
意外と書くのが難しい内容だったんで…。

話の繋がりがアヤフヤですが、我慢して読んで、自分の言いたい事を察して下さい(ニッコリ 

 
入学からもう1ヶ月が経とうとしていた。
一応クラスの皆とは馴染むこともでき、学校生活は順調である。
学校の構図はまだ全ては覚えきれてないが、それでも最初よりはわかってきた。

だが、そんな俺には1つ気になることがあった。


「柊君・・・は今日も欠席か」


健康観察の点呼で、先生のため息混じりの寂しそうな声が聴こえる。これを聞いた時、皆の顔は少しだけ暗くなる。

そう、これが俺の悩み。出席番号27番の“柊”という人が、学校に来ないということだ。

いわゆる不登校。理由は恐らく『過去にイジメられ、学校が怖い』、『病気を他人に見られたくない』などというような、身体的、精神的、心理的なことが多いと聞く。
確かにこんなことなら、俺も学校には行きたくない。
ずっと家に居た方がマシである。

だがどうしても、柊君には学校に来てもらいたい。
でないと、俺の気が晴れないのだ。

ただの自己満かもしれない。
でも俺は彼と一度も顔を合わせたことがないのだ。
彼は中学生になってから一度として学校には来ていないと思うし、入学式でも部活動紹介でも、1ー1の27番に誰かがいることは無かった。

なので俺は、彼の身の上話も何も知らない。

だからこそ、彼とは話がしたい。
俺の『まだクラスメートと馴染めてない感』を無くすために。コミュ障を治すために中学では頑張ってんだから!





俺は山本先生に話を訊くことにした。
プライバシーだとか言われればそれまでだが、それでもクラスメートは気になるというものだ。ましてや1ヶ月もいないし。

俺は健康観察が終わり、更には朝の会が終わったのを見計らい、山本先生の元へ向かった。


「先生!」


教室から出ようとしてた先生を、大きな声で引き留める。先生は振り返り、こちらを見た。


「何ですか、三浦君?」

「あの…先生に訊きたいことがあります」


内容が内容なだけに俺の声のトーンは落ちる。
先生も重要な話だと思ったのか、向こうに行こうとする姿勢を止め、俺を見据えてきた。


「柊君のことなんですが…」


濁しても無駄だと思った俺は、内容はストレートに伝える。だから先生にも言いたいことは伝わっただろう。


「『どうして学校に来ないのか』かね?」

「はい」


先生は穏やかな顔を崩さずに言った。
それを見ると、あまり深刻過ぎる理由ではないのだろうかと考えてしまった。
だが先生は衝撃の一言を俺に告げた。


「柊君はね…病気なんだ」

「……」


病気…。そっちの線で来たか。
イジメの方であれば精神的な問題だから、解決できないことも無い。
だが病気ともなると、例えどんなに学校に行きたかろうと行くことはできない。
しかもこの線となると、大半が“大きな”病気を持っているのだろう。そうなると全員が困る。特別学級に・・・という話も出てくることだろう。それで事が済むのなら良いのだが、現状は甘くないようだ。


「実を言うと、私も柊君を見たことはないんだ」

「えっ!? どうしてですか?」

「彼は人と会うのを拒んでいるんだ」


俺が察しがついた。
病気は表面上に出てるんだ、と。恐らく、顔、手、脚・・・皆の目につく部位にだろう。
どこの時代でも、そういう人が学校でイジメられるのは明白である。そしてまた学校には来なくなる。一度学校に来てしまえば、彼にはそんな悪循環が起こってしまうのだろう。


「家には何度か行ってみたが誰も出てくれなかったよ」

「え、親は…?」

「今は外国に住んでいるそうだ。柊君を置いて」

「一人暮らし!?」


これは驚く以外他ない。
何せ中学生に入ったばっかの同級生の子が、一人暮らしをしていると言われたのだから。


「えぇ…大丈夫なんですか、それ?」

「両親が色々手を打っているらしく、問題ないみたいだね」


色々…というのが気になるが、一番の問題はそこではない。
柊君の学校嫌い…いや、人嫌いをどうにかしなくてはならない。
話を聞く限りでは柊君の精神問題が原因だと思う。彼に「学校に行きたい」、もしくは「行ってみたい」などと思わせれば解決するはずだ。


「策は無いんですか…?」

「彼が自分で決めない限りは…」


どうやら先生も辛い立場のようだ。
本来なら自分で何とかしないといけないのに、方法が一切ないのだから。


「先生。俺が柊君の家に行ってみても良いですか?」

「えっ?」


先生が意外そうな顔をする。なぜか俺も。
どうしてそんな言葉が口から出たのだろうか。人と関わることが苦手な俺から…。
けど、今さら引き下がれない。


「住所わかりますよね? お願いします。今日の放課後に行ってきます」

「……」


俺は口から次々と出てくる言葉を止めることはできなかった。けどそれは、俺の意志だったということだろう。
一方、先生は個人情報を教えていいものかと悩んでいる様に見えた。


「…わかった。この際仕方ない。ただし私も一緒に行かせてもらう。それで良いね?」

「はい!」


何だかんだで約束してしまった。
だが不思議と後悔の念はない。早く行きたいとウズウズするくらいだ。
こうなった以上、何としても説得してやる!







「…まだかな」

俺は独りでに呟く。
今は放課後で皆は下校中。その中でただ一人俺は校門に立っていた。理由としては、先生が待っているからである。だが先生も仕事を途中で切り上げなければならない以上、少し遅れるそうだ。
待っている間、大地たちから「何してんだ?」と声を掛けられたが、適当にはぐらかしておいた。本当のことを言うと、何か面倒そうだったし。


「おーい!」

「先生!」


誰かが俺を呼んだ。
声のした方を見ると、山本先生が職員玄関から手を振りながらこちらに向かってきているところだった。
服装はスーツのままだが、どことなく表情が和らいでいる。


「いやー、待たせたね」

「大丈夫です」


端から見ればデートの待ち合わせの時の会話に聴こえるかもしれないが、そんなことは決してない。

…ということはさておき、俺は先生の車の助手席に乗せてもらった。
柊君の家はそこまで遠くはないらしいのだが、歩いていくには時間が掛かるそうだ。


「晴登君、今回の目的は・・・」

「柊君の説得、ですよね」


先生の言葉を先取りして俺が言う。
何か任務みたいでワクワクしてきたな。もちろん、目指すは“任務完了(ミッションコンプリート)”だけどね。


「それじゃあ行くよ。シートベルトはしたかな?」

「もちろんです!」


任務開始(ミッションスタート)だ!







「着いたよ」

「はい」


俺と先生は車を降りた。
目の前に見えたのはマンションだった。ぱっと見、5階以上はある。
先生は迷わず中に入っていった。
オートロックとか何やらがあると思うのだが・・・まぁ良いか。

その後は階段を上がることもなく、着いたのは1階廊下の一番奥、『107』と書かれた扉の前で先生は止まった。


「ここだよ」

「…はい」


俺はゆっくりインターホンに指を伸ばす。
…正直何を話そうかとかまとまってないし、そもそも出てくれるかわからない。だけどその時は外からでも言ってやろう。「学校は楽しい」と。


ピンポーン


静かに音が響いた。家の中に居るのなら聴こえるはずだ。
さぁどう出るのか…?


「…何も聴こえないですね」

「…物音一つしませんね」


うん、まぁ予想通りだ。
物音がしない辺り、きっと宅急便だろうと郵便だろうと出ないな、柊君は。
ドアスコープからこちらを見ることさえしないようだ。


「もう一回押しますか?」

「やむを得ませんね」


ピンポーン


「…やっぱりダメでしたか」

「俺がやってやります」


あまり玄関前に長居はしたくない。
伝えることだけ伝えてとっとと帰らねば。

俺は大きく息を吸った。
そして思ってることをこの口から・・・・


「何の用ですか?」

「うわぉっ!?」


俺はたまらず尻餅をつく。
当たり前だ。ドアのすぐ向こうから声が聴こえてきたのだから。音なんて全くなかったのに。
たぶん、柊君だ。その声は弱々しく、どこか幼かった。


「何の用ですか、先生? しかも生徒まで連れて」


柊君は話を続けた。
察するに、先生の存在は認知してるようだ。


「丁度良かった、柊君。今日こそ話をしたい」

「断ります。僕は他人と関わりたくありません」


先生は柊君と話せたことにはノータッチで話そうとし始めた。
ただ気になるのがどうして話し掛けたんだ? 先生の話だと声も聴かせてくれなかったらしいし。もしや俺のおかげ…? いや、期待しないでおこう。


「先生は君を放っとけない」

「騙されません。もう二度と酷い目には遭いたくない」


騙された? 二度と?
もしかしなくても昔に何かあったのか?

よく考えよう。
まず、彼は一人で自宅に居る。つまりは命に関わる病気では無い…?
そして、声を掛けた。体調は普通。
それで『酷い目』。イジメ・・・ってことは見た目に異常?

…まぁここまでは既に考えが行っている。
後は・・・どうするか。
先生に堂々と俺が行くとか何とか言ったしな~。良い方向に進展してほしいが…。

とりあえず今は先生に任せよう。大抵のことなら山本先生はできる。会話できる以上、何とかなりそうだが…。


「…君が過去に何があったか教えてくれるかい?」

「そうやって僕の同情を買うつもりですか? 言っておきますが、僕は学校には行かない。義務教育なんて知りませんよ」


うわぁ…。完全に嫌っちゃってるよ。何とかなるの、これ?


「ではどうしてそんなに学校が嫌いなんだ?」

「……イジメですよ。僕の見た目をネタに」


ふむ。やっぱりか。
病気で見た目に異常・・・蕁麻疹とかか? いや、そんな軽い感じじゃなさそうだ。


「先生たちだって僕を見れば、絶対に変な扱いをする。僕はこの見た目のせいで、存在を貶された。人から避けられた。守ってくれる人も居なかった!」


あれ? 意外と語り出したぞ?
やっぱ話してみるものなのか?

・・・てか、あれ? 『守ってくれる人が居ない』? それって・・・


「君の両親は君の病気を治すために海外にいると聞いているが…」

「そんなの嘘ですよ。あの人たちは突然僕の前からいなくなったんです。逃げたんですよ!」


…マジかよ。
いくら病気の治療のためとはいえ、子供と別居しているというのは確かにおかしい。逃げたと考えるのが妥当だ。
異常な姿をする子供の親と思われたくない…ってか。もう近くで関わりたくない、だから海外に。でも罪悪感があり、支給をする。
これが全てか。なんて親だ。


「僕は外にも出れない。この見た目のせいで気味悪がられるのは明白なんだ。そして・・・」

「そんなことはない」


柊君の言葉を先生が遮った。


「私のクラスは君を変に扱うことはない。絶対に君をクラスメートとして迎えてくれる」


先生は『絶対に』を特に強調して言った。
うん。どんな見た目だろうと俺は差別はしないぞ!


「だから一度来てみないか? 一度で良いんだ」

「……」


迷ってる…のか?
だが良いチャンスだ。このままいけば柊君が復帰できるんじゃないか!?


「……やっぱり無理です。僕は他人と関わりたくない」

「そこまでだ、柊君!」

「え?」


先生が急に大きな声で・・・ん? 俺の声じゃん。まさか、また口が勝手に…!?


「君は一人じゃない。俺がいる!」

「は…?」


何言ってんだ俺!?
そりゃ、見ず知らずの人に仲間だなんて言われたら挙動不審になっちゃうだろうが!

だが俺の口は止まらない。


「俺は君と仲良くなりたい! 例え君が病気だとしても! 俺は友達が欲しいんだ!」


自分で言ってるのに、すごい恥ずかしいんだけど。
でも、この際洗いざらい言ってやろう。


「学校は楽しいよ。俺は君の味方だ。明日から学校に来てくれないか?」

「……」


柊君は答えなかった。

俺は先生に告げた。


「先生、行きましょう」

「え、いいのかい?」

「言うことは言いましたから。後は彼自身です…」


俺は振り返ることもなくマンションを出た。先生は何か言いたげだったが、何も言ってくることはなかった。


そのまま俺は先生に送って貰い、自宅に帰った。


そして翌日を迎えた。







「えっと…では出てきて下さい」


まるで転校生が来たかのような状況だが、決してそうではない。
なんと俺の説得の甲斐あってか、柊君が学校に来たのだ!
もちろん、皆は俺の奮闘を知らないのだが。

先生に促された柊君は、教室の前のドアから入ってきた。
だが、その姿には違和感があった。なんと茶色のパーカーを着ており、フードを被っていたのだ。
しかも他にも驚くことがあり、なんと柊君は美少年と呼べる…いや、下手すれば美少女と呼ばれそうなほど幼く整った顔立ちをしていた。見た限りその顔に異常はない。
体は制服とパーカーで隠れているため、肌は見えない。つまりは、今の柊君はどう見ても“普通”なのだ。


「自己紹介は自分でできるよね?」

「…柊…狐太郎です」


小さい声で話す柊君。
そして直後、恥ずかしいからか、着ているパーカーのフードを深く被り直す。
おかしい。では彼は何に異常があり、学校を拒んでいたのだろうか? 見た目というのは間違いないはずなのだが…。


…ふと、開けていた窓から風が吹いてきた。草木がざわめく。
まぁまぁ強い風だなと思い、改めて前を見た俺は目を疑った。

そこに見えたのは、風でフードが脱げた柊君とざわめき出すクラスの皆の姿だった。

いや、問題はそこじゃない。


柊君の“頭に"耳があった。茶色くピンと立っていて・・・まるで狐の様な。

直後その耳がピクンと動いたかと思うと、柊君は涙を流し始めた。

誰一人現状が理解できない1ー1で、ただただ幼い泣き声が響いた。
 
 

 
後書き
折角のGWなのに、何故か時間が掛かった今回の話。
楽しみにしてた方(え、居るの?)は申し訳ありません。
何せ遊び呆けてましたから(本音)。

こんなことなら、期限は1週間にしときましょうかね。破る気しかしませんけど。

そして更に思ったこと。
今回の話ってベタですね。
なんか、とある探偵みたいにペチャクチャ言えれば良いんですが、そうもいかなくて手短になりました。
文才が欲しいです(ニッコリ

さて、次回は後編です。ではでは 

 

第12話『独りじゃない』

 
前書き
さてさて。新キャラ編の後編をやるつもりですが、どうもネタが少ないです。という訳で少し短いんじゃないかと書く前から不安になっておりますが、どうかお気になさらず。

…じゃあ書きますか。 

 
騒然とする1ー1のクラス。誰もが目の前の者の姿に驚きを隠せない。
そしてその前に立つ者はメソメソと涙を流していた。


「え、えっと…」


先生が困惑した表情を見せる。それを見る限り、先生も病気の詳細は知らなかったようだ。
声を掛けようにも、目の前に起こった出来事が突飛過ぎて誰もが考えを張り巡らせた。


「うっ…ぐすっ…」


いまだに泣き止む様子はない柊君。彼には一体どういう秘密があるのだろうか。
というか秘密と言っても、もう既に一部は頭の上で露になっているのだが。


「柊…君…」


俺が小さいながらも声を絞りだして彼を呼ぶ。
するとその声に気づいたのか、彼はこちらをじっくりと見据えてきた。
その目は怒りと悲しみが混ざったように見えた。


「やっぱり…僕は…」


柊君はうつむき、そう呟いた。
彼の頭上ではションボリとする耳が姿を見せていた。

そうか。彼の引き籠りの根元はアレだったのか。
アレのせいで、イジメられるなどとその身に余る哀しみを受けたんだ。
学校に来たのは、アレを何とか隠し通すのが条件と考えるべきだ。でないと彼が自宅から出ることはないと言い切れる。

俺と先生は、誰も君を変に扱わないと柊君に言った。
俺はそれは事実だと信じてるし、クラスの皆も信じてる。
だけど、アレが晒された以上、この後に彼がどうなるか、どんな扱いを受けるかなんて俺にはわからない。
でもやらなきゃいけないことは、彼をこのクラスに引き留めること。クラスの皆と仲良くさせること。

だから彼をどうにかフォローせねばいけない。
大方、彼の説明をクラスの皆に…といった所か。
よし。俺が柊君を守らないと!


「ひいら──」


「可愛い…!」


俺が一言言おうとした瞬間に、誰かの唐突な声で遮断される。
驚いた俺がその言葉の真意を探ろうとすると、次々と言葉が1ー1で飛び交った。


「可愛い!」
「何あれヤバい!」
「あれってケモ耳とか言うやつじゃない?!」
「ホントに小動物みたい!」
「柊君、可愛い!!!」


「「は??」」


俺や男子の誰もが開いた口が塞がらなかった。
何が起こったのかと察する前にクラスは賑やかになり、もはやお祭り状態となった。

時間を掛け、ようやく理解した俺は何とも言えない表情を表に出す。
今教室で起こったのは、女子たちの柊君に対する称賛の嵐だった。主にプラスの方向で…。

その後も女子たちは収まることなく、むしろヒートアップしていった。


「ねぇねぇその耳触って良い?」
「モフモフしてそう!」
「ピクッってして可愛い~!」
「てか柊君が可愛い!」
「家で飼いたいくらいかも!」


いつの間にか、クラスの大半の女子は席を立ち、前へと出てきて柊君の周辺に集まっていた。
いつしか柊君の涙は止まり、なんだか照れてるように見えてきた。
今まで経験したことのない、新鮮な気分なのだろう。

状況に納得した。やっぱり、クラスの皆は優しい人なのだ。
このクラスではイジメなんて起こり得ない。
救われたね、柊君。

俺は柊君に近づきこう言った。


「言ったでしょ? 君を変に扱う人はいないって」

「…うん」


彼はくすりと笑いながらそう返した。
・・・うん、確かに可愛らしい。







お祭り騒ぎの開始から30分。未だに止む気配はない。
そろそろ授業の時間に差し支えが出そうなんだが…まぁ良いんじゃないかな。先生も止めることはしなかった。

だが今は、先程よりも盛り上がっている気がする。


「うっ…」

「「キャアー!!」」


クラスの女子たちが黄色い声を上げる。
なぜなら柊君には“尻尾”も生えていたことが判明したのだ。
彼女らはそれを見て、さっきより一層可愛いだの何だの興奮しているようだ。


事は5分前に遡る。


なんやかんや騒いでいたクラスの女子たちが、柊君に「パーカーを脱いで」と頼んだのが始まりだ。もちろん本人は「これ以上何かあったら今度こそ嫌われる」と思ってか、頑なに拒否していた。
だが女子たちが強制的に脱衣を行ったため、彼の尻尾が眼前へと晒されたのだ。
ちなみに尻尾も狐のようであった。


彼の今の状況を説明するなら・・・『ハーレム』だろうか。クラスの大半の女子が柊君に群がっているのだから。
何か周囲の男子の目が冷たくなっている気がするが、まぁイジメに発展することはないだろう。……たぶん。


「あの…そろそろ離して貰えると…嬉しいのですが…」


女子にもみくちゃにされながら柊君がそう言った。さすがに彼にもこの状況がキツいのだろうか。その気持ちよくわかる。入学式の俺もそうだったから。


「皆さん、続きは後にしましょうか。そろそろ1限が始まります」


先生が柊君に助け船を出した。
まぁ“後に”と言ったので、休み時間がどうなることやら・・・。







案の定、どの休み時間も女子の騒ぎが落ち着くことはなかった。むしろ、ひどくなったと言うべきだろう。
そして、安定して柊君が可愛がられる。俺は憎たらしいとは思わないけど、やはり他の男子の目が……。

だが、昼休みは違った。柊君が逃げたのだ。
無論、女子は逃げるとは思っていなかったらしく、柊君が教室から飛び出た後もずっとあたふたとしていた。

しかし俺はいち早く、彼を追いかけた。





「柊君!」


俺は彼を呼び止めた。
すると彼はこちらを驚いた表情で振り向いたかと思うと、またも逃げ出そうとした。が、すぐさまその足は止まる。
何せここは屋上。たった1つの出入り口の扉の前には、俺が立ち塞がっているのだから。


「君はあの時の・・・。何の用ですか?」


あの時ほどムスッとした声ではなかったが、柔和な様子でもなかった。


「どうして逃げたの? 楽しそうだったじゃん」

「確かに楽しかったし、変な扱いも受けてないけど…、“特別扱い”みたいな感じが少し・・・」


そうか。彼は俺らの横に立ちたいんだ。外れた特別な所に居るのではなくて。
そう思うと、彼の望みがわかったような気がした。


「柊君、言ったろ? 俺は君の味方だって」

「それがどうし・・・」

「だったら俺らは友達じゃないか」

「!!」


この表情。やはりか。
彼は守ってくれる人が欲しかったのと同時に、自分の横に居てくれる人、つまりは『友達』が欲しかったんだ。


「アレは少し大袈裟だったかも知れないけど、皆は君を歓迎してるんだ」

「うん…」

「だからね・・・君は独りじゃないんだよ」

「…!」


俺がそう告げると、柊君は戸惑った表情をした。けどそれは次第に、安心したような表情へと変わる。


「だからさ、戻ろう?」

「…そうだね」


俺の呼び掛けに、柊君は笑顔でそう返した。

まぁこの後に、また女子がお祭り騒ぎとなったのは言うまでもないが。

 
 

 
後書き
…やっぱり短かった。
でも気にしないでいましょう。

今回は“柊君がクラスに慣れる”というのが主題でした。
いやー自分で書いといて思うのが……羨ましいです。
女子と戯れるなんて経験が無い自分ですからね。もしかすると理想をぶつけたのかもしれません(真顔)

さて。次回の話が何も・・・あぁ次はキャラ紹介ですね。柊君の。
では続きはそこで話すとしましょう。ではでは 

 

キャラ紹介 第4弾

 
前書き
キャラ紹介を一括でしたいという気も山々ありますが…。 

 
クラスメート

(ひいらぎ) 狐太郎(こたろう)
 性別 男
 年齢 12歳~
 容姿 茶髪で少し長い髪
    小柄で整った顔
    真っ白で綺麗な肌
    犬か狐の様な耳と尻尾がある
 性格 嘘はつかない
    真面目
    優しくて温厚
 
 補足 人間不信だった。
    美少年……あれ、美少女?
    可愛い。
    女子によく可愛がられる。
    同年代にも敬語。
    とりあえず友達が欲しい。
    健全な青少年。
    獣(意味深)。 
 

 
後書き
あー柊君の設定作ってて思ったことが、マンションでの出来事が邪魔だということですね。
あのシーンを書いてしまうと、柊君が感傷的で強い子になってしまいます…。
まぁ面倒なんで、できるだけ埋め合わせしたら無視しましょうかね(笑)
面倒臭がり屋なんて言わないで下さい(泣)

さて、随分と設定が多いですねこのキャラは。
自分で作っといて扱いが難しいと思います。
まぁ良いでしょう。

次回の話ですが……何も考えてません。申し訳ないです(懺悔)
もう体育祭編に入るべきか、もう数話寄り道をするか・・・。
まぁ考えときますんで、心配しなくても大丈夫です!
え、心配してくれる人が居ない?…アァソウダヨ
(´・ω・`)ショボン 

 

第13話『加入』

 
前書き
委員会決めをやろうと思ったけど、それよりやりたい事が見つかったので、それを先にやることにします。 

 
柊君がクラスに来てから3日が経った。
未だに女子にチヤホヤされているが、彼はそれにも慣れたようで、接し方を学んだようだった。
その一方で、相変わらず男子が羨ましそうにその様子を眺めているが、今のところ何かが起きそうな雰囲気はない。


「狐太郎くーん、一緒に帰ろう!」

「あ、ずるい! 私もー!」

「は、はい。良いですよ」


こんな様子ももう日常茶飯事だ。
まだ少し怯えているようにも見えるが、この調子なら大丈夫だろう。これで柊君の問題は片づいた。



だが、俺にはまだ課題があった。暁君のことだ。

俺はまだ彼と話したことがないし、彼もまた誰かと話している様子もない。いつも窓の外を眺めていたり、教科書を読んだりしているのだ。
真面目、という言葉で表現しようにも、あまりに人との関わりが少なすぎる。

俺は柊君と友達になった以来、コミュ障が治ってきたのでは、と感じていた。たぶんそれは妄想ではない。もう俺は気軽に人と話せるんだ。だからこそ、暁君とも友達になりたい。

彼は近寄りがたい雰囲気を出しているが、今の俺ならきっと話し掛けれる!



「・・・ということを考えているんだけど」

「大丈夫だろ、普通に」

「そうだよなそうだよな!」


大地の反応に思わず嬉しくなる。
ちなみに今は下校中である。もちろん莉奈も居るので3人で帰っている。


「遂に晴登がコミュ障脱出か~!」

「お前の魅力が1つ減ったな」

「え!? アレ魅力だったの!?」


他愛もない…はずの会話をする。


「でも難易度高いんじゃない? すごく堅物そうじゃん」

「話してみないとわかんないだろ」

「うんうん」

「てかさ、昨日のテレビドラマ見た?」

「え、見てないけど・・・」


話はいつの間にか、暁君のことから昨日のドラマに変わってしまった。







翌日になり、昼休みを迎えた。


「さて。昨日…どころか今まで忘れていたが、今日は暁君に話しかけよう! 大地だって大丈夫と言ってくれたし!」


俺は危うくだが、目的を思い出していた。
暁君との交流。そうすれば、このクラスとは全員馴染んだことになる。よし、やるぞ!

──でもどこだ? 昼休みなのに教室にいないな…。ちょっと周りに訊くか。


「暁? さっき教室から出てったのは見たぜ」

「先生に連れて行かれなかった?」

「何かやらかしたんじゃねーの?」


…さて。情報は集まった。感謝する皆よ。

先生に連れて行かれた、ということは職員室だろう。にしても、どうして連れて行かれたんだ? 暁君は悪いことをしなそうだけど…。
とりあえず行ってみるか。







職員室に着いた。


「いないな…」


暁君の姿は職員室前の廊下にはなかった。
てことは中なんだろうけど・・・いきなり入る訳にはいかないよな…。待つしかない。





「失礼しました」

「!」


お! 暁君が職員室から出てきた! やっぱ職員室にいたか。

よし話し掛けよう!


「ねぇ暁君!」

「あぇっ!?」

「へ?」


…何だ今のは。そしてビビりまくった暁君の顔。
明らかに驚きすぎだろ。もしかして…ビビり?
できてる人間ほど変な弱点があったりするって訳?

まぁ良い。とりあえず話そう。


「な…何か今の面白いね」

「そ、そっすか…」


俺がそう言うと、暁君は照れたような表情で答えた。けど、どこか面倒臭そうに見える。

ちょっと待って。なんかわからんけど話しにくいこれ。しかも話すこと考えてなかったし! アホか俺は!


「な、何か用っすか…?」

「えっと…今職員室で何話してたの?」

「…アンタには関係ないっすよ。用がそれだけなら失礼するっす」


暁君が踵を返し、向こうに行こうとする。話したには話したが、これではまだ友達とは言えない。せめてもうちょっとだけ・・・!


「待ってよ! 良いじゃん、聞かせてよ?」

「何すか。野次馬っすか? アンタ」


野次馬・・・確かにその通りだな。けどここで退く訳にはいかない。嫌われるのだけは勘弁なんだけども…。


「はぁ…部活の話っすよ」

「部活?」


暁君はめんどくさそうにしていたが、これ以上絡まれる方が面倒だと思ったのかそう言った。暁君が入っている部活で何か遇ったのかな?


「俺がまだ何の部活にも入っていないって」

「あ、そっち…」


この学校では、生徒は絶対何かしらの部活に所属しなければいけないという規則がある。だから彼は呼び出されたのだろう。
ちなみに帰宅部も部活ということになるらしい。不思議だ。


「別に入りたい部活はないんすけどね」


その気持ちはよくわかる。俺も前までそうだったから。
・・・ん? ちょっと良いこと思いついたかも!


「じゃあさ、魔術部に来ない?」


俺の部活に入らせる!
そうすれば交流も多くなり、例え気難しかろうと何とかなるはずだ!
さぁ反応は・・・?


「……」


無言で睨まれてる!? しかも若干引いてない? 何で!?

・・・あ。よくよく考えたらこの部活は変な部活だったわ! そりゃその反応も当たり前じゃん!

うわ、失敗した…。



「別に良いっすよ」

「え?」


彼の返答に、うつむかせていた顔をすぐさま上げる俺。
てか良いの!? OK!? てっきりNOだと思ったんだけど…!


「だから、良いって言ってるんすよ」

「ホントに!?」


ついつい俺は暁君に思いっきり近づいてしまった。その距離、10cm。


「う…。ホントっす…」

「そっかそっか~!」


あまりの嬉しさに変な喜び方をしてしまうが、あくまで普通に喜んでいる。
相手も少々どころかかなり引いてるけど・・・気にしない!


「じゃあ放課後に部室に来てよ!」

「部室ってどこっすか?」

「え? あぁ・・・じゃあ案内するから教室で待ってて!」

「う、うっす…」


そう言って、何ともテンションの噛み合わない会話を終えた俺は、すぐさま教室に帰った。無論、色々変なセリフを言って恥ずかしかったからである。
いくら必死だったとはいえ、さすがに当たりが強かっただろうか。だって人との距離感なんてわからないし…。
返事はしてくれたけど、放課後待っててくれるかなぁ…?







「ったく、何だったんださっきのは…」


俺は職員室から教室に帰るまで、ブツブツと独り言を言っていた。
さっきの三浦…だったか、アイツの行動が気にかかる。何で俺に話し掛けようと思ったんだ? 気になる。しかも部活の勧誘までしやがって・・・いや、それが目的だったのかもしれない。
どうせ暇だから行ってやるけど、魔術部って何だ? 部活動紹介の時は寝てたから、覚えてねぇんだよなぁ…。


「はぁ…」


とにかく、めんどくさい部活じゃなけりゃいいんだが。







「暁君!」

「な、何すか…」


放課後になり、俺が暁君と約束した事を果たそうと彼に声を掛けると、彼は非常に驚いた顔を見せた。


「何って…とぼけなくても良いじゃん」

「部活のことっすね。はいはい覚えてます」

「じゃあ行こうか!」


かなり面倒臭がっているが、これは俺のためでも彼のためでも部活のためでもある。何としても連れて行かなければならない。


「わかったっす…」


一応ついては来てくれた。








暁君を連れた俺は、魔術室の前までやって来た。


「はい、着いたよ」

「……」


部室の前に立つや否や、暁君は困惑した表情を浮かべる。その気持ちはわかるよ。どう見ても怪しいもんね。でも怖いのは最初だけだから。


「じゃあ入るよ?」

「う、うっす…」


確認をとった俺はドアを開け、彼と共に足を踏み入れた。


「よう三浦!・・・ってあれ?」


俺らが部室の中に入ると、ある人物は驚いた表情で固まっていた。


「お、おい三浦…誰だそいつ…?」


少々震え声だが何かを期待しているような声が響く。もちろん部長の声だ。
ではさてさて、その期待に応えますか。


「はい! 彼は新入部員の暁君です!」

「・・・よっしゃあぁぁぁ!!!」


喜びのあまり、部長が雄叫びを上げた。オーバーリアクションな気もするが、ここは気にしないでおこう。


「え、嘘、マジで!? 良いの!?」

「べ、別に嘘にしてもいいんすよ」

「あぁ! それは勘弁してくれ!」


あれ、意外と暁君が馴染んでる気がする。
相手が先輩だからかな? まぁ俺も歳が違う人とは話し易いんだけども。


「冗談っす」

「いや~面白い子だな~。そうだ! 早速測定しようか!」

「測定…? 身体測定でもするんすか?」

「いや~違う違う。じゃあ少し説明するね」


やっぱり暁君にも魔術の説明をするんだな部長は。
しかも測定もするって言うから少し気になるな~。


「・・・大体わかったっす。いいっすよ、測定」

「話が早くて助かるよ~。じゃちょっと待っててね」


うわ。さすが学年一の頭脳。俺の時の半分以下の時間で理解しやがった。
何か負けた気しかしない…。ここで俺だけ素質持ち、みたいなことになったら嬉しいんだが…。


「よいしょっ。よし、ここに手を」

「はい」


あの時と同じような光景が目に広がる。
つまり、俺があの時気になった測定器の動きが見れる…!


「それじゃあ目を瞑って集中・・・」

「はい…」


暁君がすんなり従っているのを見る限り、意外と楽しんでる気がする。気がするだけかもしれんが…。


「……」

「……」


出た。あの無言タイム。
この時は喋ってはいけないからかなり苦だった。

と思っていた頃、測定器に動きが起きた。


「おぉ…!」


俺は離れた所でその動きに感動する。
どんな種か仕掛けかわからないけど、水晶が色々な光を発しながら、その周りの輪っかみたいなのが回っているのだ。光は赤、青、黄・・・と様々に変えている。


「よし、終わりだよ」


暁君が目を開ける。そして目の前の機器の変化に驚いたのか、口を開いたままだった。

そして気になる結果は──


「青く光っている…」


俺の結果と同じだった。

てことは・・・!?


「おぉ、まさかの素質持ちか! こりゃすげぇ!!」


部長が驚きまくる。
確か最初に言ってたな。「この部活には魔力持ちはほとんど居ない」みたいなこと。


「いや~新入生が2人とも魔術を使えるようになれるとは嬉しいね~」

「よろしくね、暁君!」

「う…うっす…」


俺はこの結果を喜ぶべきか悔しがるべきか判断はつかないが、とりあえず暁君と仲良くなれたのが嬉しかった。

 
 

 
後書き
意外と暁君に話させてしまった。これじゃあコミュ障設定意味無いじゃん!……まぁでも“話し掛けられたら話せる”ってよくあるし、大丈夫かな、うん。

そしてここで見えた設定の1つ。
『晴登の友達作り』
今後もやって行こうかな~(笑)

今回の話は少し急いだせいか荒れてる気がします。
そして間が多い気がします。
今度直しておきましょうか、気が向いたら(よそ見)

じゃあ次回こそ委員会決めをやります!……と思ったけど、またやりたい事を見つけましたのでそっちやります。
体育祭は20話くらいかな~。 

 

第14話『能力』

 
前書き
今回は自分の中二病が発揮できる(かもしれない)話です。書く前からちょっとワクワクしてます。 

 
暁君が魔術部に正式に入部した。といっても、俺や部長が逃がさなかったというのが正しい。俺にとっては友達、部長にとっては部員、逃す理由はないのだ。

それから放課後は大体、俺と暁君と部長の3人で魔術室にいた。

特に話題もなくただただ駄弁り、俺が暁君とまともに話せるようになった頃、不意に部長が魔術部らしいことを訊いてきた。


「なぁ二人とも、どんな魔術を覚えたい?」

「「え?」」


不意な質問に、俺と暁君は部長の方を向く。


「だから魔術。何が良い?」

「えっと、話の意図が…」


とんとん拍子に話を進めようとする部長に、俺がストップを掛ける。ホントに意図が読めない。


「ん? あぁ、いや普通に」

「いや普通って…」


魔術の時点で普通ではないのだが、どうやら深い意味はない質問のようだ。
魔術か…。素質があると言われたから使えるんだろうけども、結局練習も何もしてなかったな…。


「魔術って例えば何ができるんすか?」


暁君がそんな質問を部長にする。すると部長はこう答えた。


「何ができるかは人次第だが、とりあえず何でもできるぞ」


部長ならそう言うと思ったが、ホントに言うとは…。
人次第っていうのが残念だが、俺でも色々できるようになるのかな?


「そんなアバウトじゃなくて具体的に…」


暁君がそう言った。
まぁ確かに“何でも”じゃわかんないよな。


「えっと…部活動紹介でやった空間移動(テレポート)があるだろ。あと他には身体増強(ステータスアップ)、それに軽い属性魔法だって使えるぞ。魔法陣さえ有ればだけどな。それから──」

「ちょっと待ってください。属性って何ですか?」


淡々と語られていく言葉の中に俺は気になった点があり、訊き返した。
それを聞いた部長は語りを止め、説明を始めた。


「属性についてか?」

「はい」


属性、って聞くとやっぱ火とか水とか、そんなの想像しちゃうんだけどそうなのかな?


「火とか水とか、そんなやつ」

「おぉ…!」


思った通りの答えが返ってきて、俺は目をキラキラと輝かせる。まるでマンガの世界じゃないか!


「そうだ! この際君たちの属性を調べておくか!」

「調べる?」


部長が急に思い出したかのように唐突に言った。“属性を調べる”ってどういうことだろう?


「じゃあ説明してやろう!」

「例え話は無しでお願いします」

「え~」


部長が説明すると言った途端、俺はそう忠告する。すると部長は不満そうな声を上げた。
もし例え話をされたら、俺の場合わかりやすくても時間が掛かってしまうのだ。だから申し訳ないが、部長には普通に説明してもらおう。


「う~ん・・・じゃあ“個性”って言葉はわかるよな?」

「そりゃもちろん」

「属性とは、個々で違う個性の様なモノなんだ」

「へぇ〜」


属性が個性・・・ってことは火とか水とか言うのは個性なのか? つまりはこれも素質なのか?


「人に宿る属性は多種多様で十人十色。自分と属性が同じ人は世界に1人としていない。そういうもんだ」

「世界で1つの属性…ってことですか?」

「そういうこと。日々新しい属性が発見されてるぞ。俺たち魔術師はそれを“能力(アビリティ)”と括っている。能力(アビリティ)の属性だけは、魔法陣無しで使うことができるんだぜ」


自分だけが持つ特別な力、か。何かカッコいいな!


「てことは、今からそれを調べようってことっすか?」

「そういうこと! どっちからでも良いぞ」


部長は気楽な様子で言った。
俺と暁君は顔を見合わせる。


「じゃあ俺から行きます」

「OK。じゃ始めるぞ三浦!」

「あれ!?」


俺は驚いた。
なぜなら部長が用意した測定器が魔力測定器と形状が全く一緒だったからである。まさか使い回し…?


「じゃあここに手を・・・」

「計り方まで一緒ですか…」


前に行った動作をもう一度繰り返す。手を置き、目を瞑って集中するのだ。
すると機械はまたも音を鳴らしながら駆動し、光を発していた。





「はい終わり。ちょっと待ってろ」


前回と比べると意外と終わるのが早かった。こんな短時間でわかるものなのか?

そう思って目を開けると、部長が何やらメモのような紙切れを持っていた。その正体を訊こうとした俺よりも先に部長は言う。


「ふむ…。三浦、お前の能力(アビリティ)は“晴風(はれかぜ)”だ」

「ん?」


あまりにも唐突過ぎてつい聞き流してしまう。
そりゃあんなポンと言われたら当然だ。こういう時はせめて、もうちょっとタメるってもんでしょ…。


「だから“晴風”。風属性だ」

「風…ですか」


部長が二度言って、ようやくピンと来た。
どうやら俺の属性は“風”ということらしい。
何か嘘臭い気もするが、ここで部長が嘘をつく理由もないので本当の話だろう。
風って…強いのかな?


「ちなみにレベルは3だ」

「いやわかんないですよ…」


また新たな概念が出てきた。いや、レベルって言葉の意味はわかるのだが、それの基準がわからない。


「レベルってのは、全ての能力(アビリティ)に付けられる強さの階級のことだ。レベル1が一番弱くてレベル5が一番強い。あくまで能力(アビリティ)の強さを表すから、例えレベル1でもレベル3くらいの力なら練習すれば出せるぞ」

「なるほど」


部長の説明で俺は納得した。
てことはアレか? レベル3ってのは普通なのか? またも俺は普通なのか!?


「部長、次は俺をお願いします」

「はいよ!」


そんな俺をよそに、暁君が部長に頼む。
もう部長にも慣れたのか、あんまりオドオドした様子は無かった。


「じゃあさっきと同じように──」





「──ほい終わり。ちょっと待ってて」


部長はそう言って、測定器の下から紙切れを取り出した。あれがメモか。


「おまたせ。えっと…暁の能力(アビリティ)は“暁光(ぎょうこう)”。お!珍しいな、属性は光と火だ。ちなみにレベルは4」

「え!?」


部長が「珍しい」やら「レベルは4」やら言った瞬間、俺は自分が暁君に能力的に負けたことを察した。
もしかしたら俺の数少ない特徴かもと思った『魔術』だったが、どうやら上がいたようだ…。とても虚しい。


「それって…すごいんすか?」

「もちろんだ! 2属性持ちなんて学校に1人いるかいないかの割合なんだぜ!」


しかもかなりレアらしかった。くっ、とても羨ましい。


「ちなみに部長の能力(アビリティ)は何すか?」

「俺か? 俺は“夜雷(やらい)”だ」

「夜雷?」


俺の晴風と言い、暁君の暁光と言い、随分と凝った名前をしてるな。能力(アビリティ)ってそういう仕組みなのか? カッコイイからいいけど。


「そう夜雷。黒い雷だ」

「え、ちょっと出してください」


俺は黒い雷というのが気になり、部長にそう頼む。
すると部長は快く引き受け、右手をつき出す構えをとった。


「さて。じゃああの木に撃とうかな」


部長は開いた窓から見えた、どこにでもありそうな木を指さした。
てか今サラッと『撃つ』って言ったな、この人。ツッコみたい所だが、部長が真剣な顔になったので俺は黙っておくことにした。
部長はその後、指鉄砲を構える。


「弾けろ」


ドガァァン


部長が呟き、黒い何かが指から放たれたと思うと、ものすごい衝撃波、というか風圧が俺たちを襲った。その勢いは目を開けることができないほどであり、俺と暁君はしゃがんで落ち着くのを待った。

そしてようやく風が収まったと思い目を開けると、信じられない光景が広がっていた。


「木が黒焦げに…!?」

「え、ヤバ…!?」


なんと、さっきまで何事もなかった木の幹が、燃えたように黒焦げになっていたのだ。


「部長、これは…?!」

「これでも一応軽気だぜ? ちなみに俺の夜雷はレベル3だ」


レベル3の軽気でこの威力!? 俺は開いた口が塞がらなかった。

すると部長は俺ら2人を指差しながら言う。


「お前らにもこれくらいはできる。体育祭までに頑張って仕上げようぜ。明日からバリバリ練習だ!」

「「へ??」」


俺と暁君は顔を見合わせ、首を傾げた。

あんなのが、俺にできるの?

 
 

 
後書き
少し荒いですが完成しました。
次回には続きません(笑)

やっぱ魔術、魔法を使うなら、属性が欲しいですよね、はい。
これはFT小説の名残でしょう。

この設定が入ると、いよいよ『非日常』ですね!
あ~先が楽しみだ!! 

 

設定資料~魔術について~

 
前書き
説明が物足りないと思ったそこのアナタ。アナタの為に説明回を入れようと思います!

此処では前回の話では語られなかった詳細について、書いていきます。
要するに──タイトル通りですね。はい。

ではどうぞ! 

 
魔術について  編:黒木 終夜

今からここに魔術について記そうと思う。
無論、魔術を知らない人のためだ。
わかりやすく書いてやらねばな。

目次
1、魔術について
・魔術とは?
・魔力とは?
・魔力の源とは?
・魔術の素質とは?

2、属性について
・属性とは?
・属性の種類
co)一般属性、変化属性、物理属性、特殊属性

3、能力(アビリティ)について
能力(アビリティ)とは?
能力(アビリティ)の仕組みとは?
能力(アビリティ)のレベルとは?

4、まとめ





1、魔術について

・魔術とは?
魔法、超能力とも言い換えれるが、一般には魔術と呼ぶ。
魔術とは選ばれた人が使うことのできる、並の人は持たない異能力のことだ。それを使用する人々を魔術師と呼ぶ。
使い方、学び方、発動の仕方・・・。言い出したらキリがないほど、個性とも言える特別なモノである。
魔術の発動方法には能力(アビリティ)による発動と、魔法陣による発動の2種類が存在する。前者については後述するが、後者は魔術師なら誰でも利用でき、様々な魔術を基礎レベルだが使用できるようになる。ただし一々魔法陣を描かなければならないのがネックで、正直めんどい。

・魔力とは?
魔術を使う際に必要となるエネルギーのこと。
人の体の中に宿り、限界のある有限なモノである。
減少すると、体力が減少するかのように疲れが出る。
魔力の源によって回復する。

・魔力の源とは?
魔力を生み出すモノのこと。云わば湧水地点である。
これは魔術の素質が有るものにしか、宿すことはできない。
宿すためには時間がかかるが、一度宿してしまえば無くなることはない。永遠に魔力を作り続ける。

・魔術の素質とは?
魔術を覚えるために必要な、そもそもな素質のこと。
これが無ければ、そもそも魔術を覚えることは不可能だ。
魔力測定器で計ることができ、数値として算出される。この値が高いほど、より魔術に向いていることになる。



2、属性について

・属性とは?
魔術の中でも分類が存在する。そして魔術を大まかに分けたものを属性と括られる。それらは火であったり水であったりする。
属性には多くの種類があるが、世界中のどの人とも被ることはないと云われている。完全に自分だけのモノということだ。

・属性の種類
属性は主に3種類に分類される。
魔法らしい『一般属性』。
身体を変化させる『変化属性』。
物理的な『物理属性』。
それ以外の『特殊属性』。
多種多様で十人十色。これが属性である。

『一般属性』
火や水、雷や氷といった、実にファンタジーらしい属性を一般属性と呼ぶ。
大抵は攻撃向けだが、サポートとして使えない訳ではない。
イメージが一番つきやすい属性といえる。

『変化属性』
身体の一部、もしくは全身を人間以外のものへと変化させる魔術を指す。鳥の翼が生えたり、虎の腕になったり、その種類は豊富。一般属性の次に多い属性である。

『物理属性』
剣、刀、銃、弓・・・人々が武器として使う物を、属性として使う属性を物理属性と呼ぶ。
効果としては、何もない所からその武器を出現させたり、硬度や切れ味を上げる等がある。また、拳や脚を強化するということもある。
一般属性や変化属性に比べると、この属性を持つ人は少ない。

『特殊属性』
上記の属性に当てはまらない属性を総じて特殊属性と呼ぶ。いわゆるその他だ。
主に毒、麻痺、眠り等の状態異常効果。または重力、瞬間移動等の分類しにくいモノが当てはまる。
しかし、レアなものが多く意外と人口は少ない。



3、能力(アビリティ)について

能力(アビリティ)とは?
一人一人の個性の魔術のこと。
魔術師は基本、1人1つの能力(アビリティ)を持つ。
この能力(アビリティ)による魔術は、魔法陣無しで使用できる。

能力(アビリティ)の仕組みとは?
能力(アビリティ)は主属性と副属性の2つで命名される。
主属性=属性。副属性はその付加効果を表す。

例えば俺の“夜雷”であれば、
主属性:雷
副属性:夜
ということになる。
副属性の効果としては『黒い攻撃』となっている。ちなみに他にも効果はあるが、ここでは割愛する。

能力(アビリティ)のレベルとは?
能力(アビリティ)にはレベルが存在する。
レベルの分け方は『属性の強さ』と『レア度』によって決まる。
数字が大きいほど、有能な能力(アビリティ)である。
風属性を例にとると、レベル1だとそよ風を吹かせる程度だが、レベル5だと天変地異クラスの暴風を起こせる。この通り、レベル1とレベル5の差は月とすっぽんだ。
一般的な魔術師の能力(アビリティ)のレベルは2か3であり、レベル5の魔術師は国に数名しかいないとされる。
また、能力(アビリティ)を持たない者はレベル0と表される。



4、まとめ

魔術は奥が深い。その使い道は無限大に広がっている。

世界に一つだけの、自分だけの魔術を使ってみたくはないか?

君な魔術を使うことができるかもしれない。もしそうだと思うなら、俺たちの魔術部に来てみないか?

魔術の素質は、日常生活で少しだけ姿を見せることがある。霊感だって、もしかしたらソレかもしれない。

さぁ今こそ、
魔術という未知の領域へ来ないか?



魔術部パンフレットより 
 

 
後書き
部長「こんなの書いたんだが」

部員「厨二病って疑われて気味悪がられるだけですよ」

部長「えっ」 

 

第15話『休日』

 
前書き
さて今回は学校から離れて自宅編です。もちろん、晴登君の。
皆さんも暇なら、家でのんびり過ごしましょう。ちなみに自分は最近、めちゃ忙しいです。 

 
4月がもう終わりを迎えようとしていた。
この一月中に、友達がたくさんできたのは嬉しい。
けど反面、魔術だったり、不登校で色々問題を持つ美少年だったりと、色々変なことがよく起こった。

だからこうして、自宅の部屋のベッドでただ天井を仰ぐのは気楽で良い。


「魔術か…」


掌を上へと伸ばし、それを見る俺。
部長みたいに、この手から魔術を使えるのだろうか。

俺はあの日のことを思い出す。







「えっ部長、ホントに俺らにもそれできるんですか?」

「まぁ確かにお前の風じゃ難しいかもな、あの威力は。暁のは攻撃用だからいけると思うけど」


俺のはあまり攻撃向けではないということか。
どうせならズバーッとやったり、ドガァンってしたかったけどな…。


「そう落ち込むな三浦。こんな攻撃はできないかもしれないが、風には風のやり方ってもんがあるだろ?」

「それって何ですか?」

「さぁ?」

「えぇ…」


つまり、自分で考えるしかないということか。火とか雷ならイメージはつくけど、風って何ができるんだ? 相手を吹き飛ばしたり、後は飛んだりとか? ・・・考えてみると、結構実用性が高そうだ。でもちょっと地味かな…。


「とにかく魔術を会得しさえすれば、後は自分で模索するといい。そのために、魔力の源作りを急がなきゃな」

「「はい!」」


俺と暁君は揃って返事をする。体育祭までってことは…大体1ヶ月か。頑張ろう!







トントン


不意と鳴ったノックの音に、俺の回想は途絶える。


「何だ智乃?」

「お兄ちゃん、ご飯だよ!」

「わかった」


時計を見ると、既に12時を示していた。窓から空を見ると、太陽が真上で燦々と照っている。
朝からずっと魔術のことを考えていたが、ここまで時間が経つのは早いものなのか。







1階に降りてくると、智乃が食卓に昼飯を並べている最中だった。見たところインスタントのスパゲッティのようである。

それよりも休日であれば、普段母さんが昼飯を作るのだが、なぜ今日は智乃なのだろうか?


「母さんは?」

「さっき父さんと出かけたよ。気づかなかったの?」

「え? まぁ…」


予想外の智乃の返答に少々戸惑う俺。てか父さんもいないのか、今。

俺の両親は非常に仲が良い。そのせいか、よく2人で買い物やら何やら行くことが多い。主に休日は。今日も例外ではない。


「お兄ちゃん、あと卵焼きでも作ろうか?」

「いや、別にいいよ」


智乃の問いに俺はNOで答える。
スパゲッティに卵焼きはミスマッチな気がするからな…。


「え、良いじゃん。食べてよ」

「何でねばるんだ。わかった、食べるよ」

「ちょっと待っててね」


別に智乃の卵焼きが不味い訳じゃないから、食べても何も問題無いのだが、ただミスマッチだと思う。







「できたよ~」

「お、綺麗だな」


目の前に出されたのは、綺麗に整えられた卵焼きだった。黄色く輝くその姿は、中々の貫禄を醸し出していた。


「フォークよし、お茶よし。いただきます!」

「いただきます」


智乃は俺の隣に座った。
そういや智乃の卵焼きって懐かしいな。最後に食べたのは結構前になるのかな…。


「どれどれ?」


俺は一口卵焼きを食べる。
その瞬間頭に何かがビビッと来た。


「どう?」


智乃が期待の表情でこちらを見てくる。俺は率直な感想を返した。


「メチャクチャ美味しいじゃん」


そう言った途端、急に体が重くなった。
体調が悪いからではない。ただ、智乃が俺に抱きついてきたのだった。


「…ってて。危ないだろ智乃」

「へへっ」


あまりの勢いに椅子から転げ落ち、少々痛い目に遭う俺。
だが智乃は、そんな俺の注意も笑顔で弾き飛ばした。


「早く飯食わせてくれよ」

「ごめんごめん」


ようやく智乃が俺から離れ、自分の席に戻った。

何か今日は、休日なのに疲れそうだ。







「あれ?」


俺は目の前の光景に目を疑った。
次第に、草木の独特な匂いが鼻をつく。


「草原?」


俺はいつの間にか、草原の真ん中に立っていた。
終わりなんか到底見えない。地平線の彼方まで続いている。
見上げると空は雲に覆われており、太陽は隠されて見えなかった。


「何でこんなとこに…。誰か、いないのか…?」


俺は問いかける。だが周りに人の姿は無く、返ってくるのはそよ風の感触のみ。花と草が一面に広がり、俺だけが異端な存在だった。


「マジかよ…」


どうしてこうなったのだろうか。
先程まで智乃と昼食を食べて、そして自分の部屋に戻ってから・・・どうしたっけ。

しかし、この風景だけは不思議と覚えている気がした。以前どこかで──


ガサッ


──!?
不意に後ろから足音がした。背筋に嫌な汗が流れる。
少なくともさっきまでは人どころか、植物以外の生き物自体いなかった。それなのに、誰かが俺の後ろに急に現れた。これほど怖いことがあるだろうか。


『やぁ』

「っ!?」


その存在は声を掛けてきた。若い男の人の声だ。まるで優しく語りかけるかのような、穏やかな口調である。
だが、俺は振り返ることができない。あまりの恐怖で、首が回ろうとしてくれないのだ。金縛りを受けているみたいに。


『ようやくか。待ちくたびれたよ』


待ちくたびれた? 俺は誰とも会う約束なんてしていないはずだ。一体何を待っている? そもそもこいつは誰なのだ。


『今日は曇りみたいだね』


曇り、確かにそうだ。空一帯は雲で席巻されている。
でも、それがどうした。天気なんて関係ない。俺が気になることはただ1つ・・・


「誰、ですか…?」

『……』


俺が声を振り絞って出した質問に、謎の人物は何も答えない。その瞬間、俺の中で恐怖心よりも好奇心が打ち克った。


「このっ…!」


その瞬間金縛りが解け、俺は勢いで身体ごと振り返る。そしてその存在を視界に捉えた・・・はずだった。刹那、目の前の景色がぐにゃりと歪む。徐々に意識が遠のいていくのを感じた。


『明日は、晴れるといいね』

「待て…!」


目が眩む中、歪んで原型を留めていないその影へと俺は手を伸ばす。しかし、その手が何かを掴むことはなかった。







「はぁ……」


俺はベッドの上でボンヤリしていた。

先程のは“夢”。それも入学式の日の朝に見たものと同じ景色の。そこまで思い出した。
ただ1つ、違っていた。あの人は一体・・・。

どうやら俺は昼食を食べた後、部屋で昼寝をしたようだった。その証拠に、窓の外は青空ではなく夕焼けが目立っている。


「もう夜なのか」


時が経つのは早いものだ。どうせまた・・・


「お兄ちゃん、晩ご飯の時間だよ!」


智乃がドアをこじ開け入ってきた。
予想通り。全く、完全に見たことのある光景だ。こういうのを『デジャブ』と言うのだろうか?
いや、どうでもいいや。


「今行くよ」


俺はそう返し、すぐさま夕食を食べに1階に向かった。







夕食を終えた俺と智乃は、ソファに座ってテレビを見ていた。今日は久しぶりに智乃と2人きりで過ごしたな。そのせいか彼女は一日中元気で、おかげでこっちは何もしてないのにクタクタだ。


「母さん達はまだなの?」

「帰りが遅くなる、って電話ならあったよ」


子供2人を家に置いてどこまで行ってるんだよ。ホントに仲が良いな。良すぎるくらいだ。


「ねぇお兄ちゃん、一緒にお風呂入らない?」

「ぶっ!!」


智乃の唐突な発言に思わず噴き出してしまう。
こんなことを言われるのは、ここ1年はなかったのだが…。


「お母さん達がいないから、ね?」

「い、いやいいよ。そんな歳じゃないし」


可愛く訴えてくるも、俺にはそんな気もないので軽くあしらう。今さら妹と一緒にお風呂に入るなんて、恥ずかしいことこの上ない。


「お兄ちゃんのケチ」

「いやケチじゃないだろ」

「いいじゃんいいじゃん」

「いや、ダメだ」


中々引き下がらない智乃。
好かれているというのはとても嬉しいのだが、これでは…な。


「一緒には入らない。先に入るか後に入るか、どっちか選んでくれ」

「ぶぅ・・・じゃあ後で」

「了解」


智乃は不満顔だが、これでいいのだ。うん。







「やっぱり風呂は落ち着くな~」


湯船に浸かりながら、陽気にも鼻唄を歌う俺。日本人は入浴が好きというが、その気持ちはよくわかる。一日の疲れが一気に取れていく気分だ──


「お兄ちゃん!」

「うわぁお!?」


突然、タオルを身にまとった智乃が乱入してくる。これは予想していなかった。なるほど。先に俺を入れたのはそういうためか。
どうしたものか。追い出す・・・は、さすがに可哀想だろうか。かといってこのまま一緒に入るのも──


「では失礼」


考えている間に入りやがった。俺の膝の間に入り込み、背中を預けてくる。妹とはいえ、やっぱり恥ずかしい。早くここから脱出しないと。


「あー逆上せたかも。そろそろあが──」

「どこ行くのお兄ちゃん?」


手を…掴まれた。
なぜだ。なぜそこまでして俺と風呂に入りたがる? なぜそんな寂しそうな目で俺を見る?
もうダメだ。諦めろという神のお告げが聴こえた気がした。俺の敗けだ。


その後、普通に2人で入った。







時刻は午後9時。
こんな時間になっても帰ってこないウチの親。どうなっていやがる。帰りを待とうと、テレビを見て時間を潰しているというのに。


「ふわぁ。そろそろ寝るねお兄ちゃん」

「あぁ、おやすみ」


欠伸をしながらそう言う智乃。そして二階へ上がっていった。
さっきの風呂といい、また何か仕掛けてくると踏んでいたが、杞憂だったようだ。


「俺も寝るか」


テレビの前から立ち上がり、自分の部屋へと戻ることにした。もう母さん達は今日帰ってこないだろう。実際、そういうことは今までにもあった。だから言い切れる。

階段を上がり、ドアノブに手を掛ける俺。
油断は…しまくっていた。


「……」

「ぐぅ」


コイツ…やりおった。まさかの俺のベッドに…。

どうせまた選択肢はないんだろう。わかっている。
ったく、一緒に寝てやるか。兄妹だしな。


「もうちょい端っこで寝ろよな…」


智乃を奥の方へ軽く追いやりながらベッドに入る俺。…温かいな。当たり前か。

全く、最後まで手間をかけさせてくれる。これじゃ休めるものも休めない。

はぁ…もう寝よ。どうせ今日限りだし。ふわぁ…。





この後、智乃が抱きついてきたのは言うまでもない。

 
 

 
後書き
近々、現実(リアル)で体育祭がありした。お陰で投稿も遅れていたという訳です。
練習がマジでダルいです。自分、水泳部なんで『水泳』を競技として取り入れて頂きたいものです。ホント。

話を変えて、今回の話について。
目的は殆どありません。強いて言うならサービスです(ニッコリ
ただ、智乃との関わりも欲しいなと、自分的に思っただけです。

まだ忙しいので投稿が遅れるかもですが悪しからず。 

 

第16話『まとめ役』

 
前書き
今まで忘れていた委員会決めをします。 

 
「さて、君達の入学から1ヶ月が経ちました。そろそろ学校にも馴れてきたと思います。なので、少し遅れましたが委員会決めをしたいと思います」


5月1日の朝の時間。山本先生の快活の声が朝一で響いた。前触れなどなく、唐突に。


「ですが委員会を決める前に、まず"学級委員"を決めたいと思います。1クラス、男子1人、女子1人です」


先生はそう続けた。

学級委員。それは、クラスのリーダーに当たる存在。
そういやまだ決まってなかったな。今まで先生がまとめてくれてたけど、やっぱり自分たちでやれってことか。


「さて、まずは立候補で決めたいと思います。誰かやりたい人はいませんか?」


先生がクラスの皆に問い掛ける。
だが案の定、誰も手を挙げる者はいなかった。俺だって挙げない。挙げたくもない。
何せ学級委員といえば、先生からの頼み事やクラスの面倒事などを一番初めに引き受けなければならない。"雑用係"といっても過言ではないだろう。
だからこういう仕事は、大体どのクラスにも1人は居るであろう真面目な人に押しつければ問題ないのだ。これは決して酷いことじゃない。適材適所というやつだ。うん。


「誰も居ませんか? では、推薦で決めましょうか。意見のある人は手を挙げてください」


全員を見回しながらそう言う先生。
これは少しマズイな。推薦といえば、いくら推薦された人が否定しようと、大人数の意見で押し返されかねない、危ない手段だ。しかも一旦推薦されてしまえば、みんなそれに便乗して推薦するからその事態は免れない。
頼むから、俺にだけは推薦してくれるなよ…!


「はい」

「柊君、どうぞ」

「三浦君が良いと思います」

「んふっ」


最初に登校してきた時のように、フードを被った柊君が言った。
てか待て、どうして俺なんだよ!? 少し変な声出ちゃったじゃん!


「理由を聞かせて下さい」

「三浦君は誰とでも話せるし、何より人徳があると思うからです」

「ごはっ」


いやいやないから! そんなのないから! しかも話せてるように見えてるかもだけど、まだまだコミュ障だから!

マズい。このままだと学級委員をやる羽目になる。何とかしないと…。


「三浦君、どうですか?」


先生が訊いてくる。
ここは一か八か。みんなが推薦を募る前に「やらない」と言えば、それで事が済む可能性がない訳ではない。
よし、いける!


「いや、俺には少し荷が…」

「そうですか? 私は向いてると思うのですが」


ちょっと待って!? 先生がそれを言ったらダメだ! 発言力考えて!

こうなったら・・・


「いやいや、とんでもないです! もっと他に向いてる人が・・・鳴守君とか?!」

「え、俺!?」


大地が驚いた声を上げる。たぶん、自分に振られるなんて思ってもなかっただろう。
だが今回は、俺の盾になってもらう!


「鳴守君ですか」

「良いと思いますよ! 頭も良いし運動もできるし・・・まぁそれだけじゃなくても向いてると思います!」

「おい、晴登!?」


ふと大地を見ると、こちらを困惑と微妙に怒った顔で見ていた。悪いな大地…。今度何か奢ってやるから・・・。


「……! 先生! 頭が良いってことなら、暁君はどうですか?!」

「はっ!?」


今度は大地が暁君に振った。
明らかに俺と同じことを繰り返そうとしてるな、大地め。
無論、我関せずとよそ見していた暁君は「どうしてそうなった」という顔をしていた。


「頭が良い、とかの理由で決めたくはないですが、確かに一理・・・」

「せ、先生、待って下さい! 俺より柊の方が良いっすよ、絶対! こういう場で手を挙げて意見を言うというとか、そんな度胸のある人が向いてるんじゃないんすか?!」


暁君が必死に、だが真っ当な理由と共に柊君に振った。
いや、推薦が挙げた人に返ってくるって、どういう状況だよ? ある意味すげぇ。


「え…僕?」


柊君がキョトンとした表情で周りを見渡す。何せ、彼の最初の発言からまだ1分と経っていない。事態の急展開についていけてないようだ。
しかも、彼は誰かに“押しつける”という行動はできないだろうから、学級委員推薦騒動はこれで終わるはず。

・・・と、思っていたのだが。


「先生!私学級委員やります!」
「ズルい! 私よ!」
「じゃあ間をとって私!」


今度は女子たちが学級委員の座を巡り、争い始めた。
この争いに勝ち、学級委員になった暁には、柊君と一緒に活動できる時間が増えると考えたのだろう。

・・・柊君、罪な男だなぁ。


「でも僕は…」


さっきの堂々とした推薦はどこに行ったのか、急にひ弱な様子を見せる柊君。彼は元々アレな事情があるから、人前に出て目立つようなことはしたくないだろう。
それを知る俺からすれば心は痛むが、まぁ人生経験って大事だと思うからね、うん。


「中々決まりませんね…。それでは、くじ引きで決めますか?」

「「「え~!?」」」


男子も女子も先生の意見に不満の声を上げる。

おっとそう来たか。だが確かにこの状況で、推薦で決まるとは到底思えない。となると、先生の意見が妥当と言えよう。


「ちょっと待って下さいね、今準備しますから」


そう言って先生は、皆の了承を得ぬままくじ引きの準備を始めた。
ふむ、俺が男子の学級委員として当たる確率は1/15。つまり、さっきの推薦よりも免れる確率は高い。いける! 学級委員をやらなくて済む!







「・・・と、思っていた時期が俺にもありました…」

「まぁそう落ち込むな晴登。運が悪かっただけだよ」


くじを引くために全員が席を立ってわいわい騒ぐ中、大地の励ましは俺の頭に虚しく響くだけだった。
もはや、「自業自得」と言っても差し支えないかもしれない。

結局、俺が男子学級委員になった。

周りの反応は別に悪くはなかった。まぁ柊君を推す数名の女子はちょっと不満そうにしていたが、許容範囲だろう。“嫌われている”という雰囲気は感じ取れなかったので良しとする。


「何かすみません、三浦君…」

「良いよ柊君。これも運命だったんだ…」


黒木部長のカッコつけがうつったのか、変な感じの言葉が出てしまった。
でも事実だ。運命なんだよ、これ。吹っ切って、やるしかねぇよな。


「それで女子は?」


俺が決まったってのはわかったが、女子学級委員は誰になったんだ。一緒に仕事する訳だし、仲良くやっていかないと・・・


「晴登ー! 私になったよ!」


その声を聞き、声の主を察した俺は既にドッと疲れが来た気がした。

よりにもよって、莉奈かよ…。


「あれ、晴登元気ない??」


肩を落とす俺を見て、莉奈はそう訊いてきた。


「まぁな。相方が全然仕事しなさそうな奴だな、とか3回位思ったな」


俺は皮肉を込めたセリフで返した。こいつ絶対仕事押しつけてきそう。


「なんだとコノヤロー!」

「痛っ!」


案の定、俺の言葉に怒った莉奈が殴ってきた。しかもみぞおちだ。加減ってものを知らないのか。
仮に殴るとしても、もう少し女子らしいパンチにしてくれ。危うく膝をつくとこだった。


「やったな! 殴ったってことはやり返してもいいんだな!」


かなり痛がりながらそう警告する俺。傍から見たら正直ダサい。


「ふん、じゃあかかってきなさいよ!」


莉奈がそう言い始めた。
こいつ…明らかに宣戦布告した!?


「ふっ、良いだろう」


その瞬間俺は、右手を動かした。







先程からどれだけの時間が経っただろうか。

委員会決めなんて忘れた俺と莉奈は、未だに格闘を続けていた。騒がしかった教室も、いつしかその様子を見守っている。


「ほーれ、こちょこちょこちょこちょ」

「うわ、晴登…ふふっ、ギブギブ! あははは!」


床に転げながら莉奈の笑い声が響く。
これぞ、秘技"くすぐり"。昔から横腹やら脇やら弱い莉奈には効果抜群だ。


「「………」」

「はははははっ!!」


皆が唖然とした表情でこちらを見る中、俺は一切手を緩めなかった。
そりゃあんだけ言われたら、例え女子相手でも意地でも勝ちたくなる。男らしくないとか言わないで欲しい。


「ちょっ…ひっ、晴登ギブ! ギブってば!」


笑い泣きしながらギブアップを懇願してくる莉奈。気づけば、制服が若干はだけてきている。
・・・さすがにやりすぎたか? 人前でここまでするのは可哀想だから、そろそろやめるとするか。


「おい晴登、もう良いんじゃないか?」


そう思った直後、ようやく大地が止めに入ってきた。その顔は笑いを堪えている。絶対楽しんでたな。
だが俺も気は済んだ。そろそろ莉奈が泣きそうだし、これ以上するといじめとか言われそうだ。


「そうだな。もういいか」

「私が何したって言うのよ…」

「いや先に殴ったのそっちだからな」


両手で顔を覆って、肩を震わせる莉奈。
すまん、お前は殴っただけだもんな。うん、悪いと思う。
まぁ今度何か奢ってやるから。大地にも払わせる。


「……えっと、一悶着有りましたが、一応学級委員は決まりましたね。次は委員会を決めましょうか」


結局、山本先生がそう締めた。
困惑の表情は見せているものの、冷静さは保っていた。
ご迷惑掛けて申し訳ないです。


・・とまぁ朝っぱらから色々あったが、騒動から数時間、莉奈は口を利いてくれなかった。

 
 

 
後書き
今回は学級委員を決めるだけの話でした。
相変わらず文が雑ですけども…。作文苦手なタイプかな、こりゃ。

──さてそれよりも、次回から『GW編』に入りたいと思います! 何をするかはお楽しみです。
え、体育祭編は? それはまた次の話ですよ。
5月と言ったらまずはGWですよ。

何やかんやで話を引き延ばしていってますが、一応ストーリー考えてるんで、見捨てずに読んで下さい!(←必死)

次回も宜しくお願いします!!
 

 

第17話『合宿』

 
前書き
現実では既に過ぎ去ったGW。皆さんはいかがお過ごしでしたか?
自分は熊本震災の影響を受け、学校が休校してました(笑)。つまり暇でした。
だったら勉強してろ、って話なんですけど生憎勉強が嫌いなんで、こうして小説を書いている日々です。
読んで下さる方には、毎度頭が上がりません。

…とまぁ長過ぎる前置きは置いといて、今回の話はまた魔術部シリーズをやります。新キャラが出てきます。そろそろ「多い!」とか言われそうですね。杞憂でしょうか。 

 
5月に入って数日。いよいよ明日からGWに入る。
人々は連休とあって、遊びだとか旅行だとかで盛り上がっているが、生憎俺は去年までと変わらずどこにも行くことはないだろう。それでも、割と楽しい日々は送れていた。

きっと今年もそんな連休になるだろうと、俺はそう思っていた。だが・・・


「着いたぞ!」

「「……」」


黒木部長の快活な声と共に、俺たちの沈黙が積もる。

ここはどこだ。今俺は見知らぬどこかの山に来ている。
周りには魔術部のメンバーが全員居た。

なんでも、今回のGWの一部は、ここで皆と過ごすということらしい。つまり“強化合宿”を行うというのだ。


「なぁ黒木。どうして私たちまでついて来なきゃいけない訳? この新入り2人とあんたで行きなさいよ」


不意に毒舌な言葉が部長を襲った。
それを言ったのは、俺よりも背が小さくて声も子供らしい、まるで小学生の様な少女だった。

だがその正体は・・・


「そう言うなよ。お前は魔術部副部長の身なんだから、部活の合宿は全員参加ってわかるだろ?」

「いや関係ない」


なんとこの人こそが、魔術部の中で魔術を使える数少ない人、副部長こと3年生の(つじ) 緋翼(ひよく)さんなのである。
さっき道中のバスの中で、初めて知ったんだけど…。


・・・と、それよりもこんな事態になったのは、2日前に遡る──







「合宿…ですか?」

「おう! お前らが魔術をいち早く使えるようにするためにな!」


部長が軽々しく言う。そんな部長を俺は怪訝な顔で見つめる。
俺らのため、という主旨はわかったが、そんな易々と合宿なんかして色々大丈夫なのかな? 予算とか…。


「それにお前らともっと仲良くなりたいし。部員全員で行くから、他の奴ともスキンシップが取れるって寸法よ」


そう補足の説明をする部長。
まぁ確かにまだ会って1ヶ月も経ってないし、そういう機会は必要だけど。
ただ、今この場には俺と暁君、部長以外の人はいない。なので、勝手に決めちゃってないかと少し心配である。


「決まったものは決まったんだ! 明後日からだから準備しとけよ!」

「え、GWじゃないっすか!?」

「だからだよ。こんな休暇は使わなきゃ損だろ。2泊3日だから楽なもんだって」


部長の“自己中”とも呼べる計画に、俺たちは唖然とする他なかった。







──とまぁ、そんなこんなで学校からバスで2時間ほどもかかる距離にある山に来ていた。
ちなみに今の時刻は8時だ。いや、出発早すぎ…。


「大体あんたは勝手に決めすぎなの」

「じゃあ部活に出ろよ」

「そういう問題?」

「そういう問題」


未だに部長と副部長の言い争いが続く。
これに関してはたぶん、部長が正しいと思う。これを聞く限り、今までも副部長はあまり部室に顔も見せなかったようだ。部活動紹介の時ですら、その姿は見ていない訳だし。


「先輩。争ってても時間の無駄ですよ。今日泊まる所とか決まってるんですよね?」


さすがに長引くと思ったのか、2年生の先輩が間に入った。

泊まる場所、か。全然考えてなかった。こんな山だけど、ちゃんとあるよね? まさか野宿とか言わない? 大丈夫?


「もちろん! そこまでバカじゃねぇからな」

「逆にそこまでバカだったら、もう私帰るわよ」


はは…副部長さん、言葉にかなり毒があるなぁ…。


「とりあえずそこまで歩くぞ」

「はーい・・・え?」


え、歩くの!? この山道を!?
もうちょいバスで行けなかったの?! まだバスが通れる位の幅の道だよ?!


「今回の合宿は体力を付ける目的もある。だから運動はできるだけやっていくぞ!」

「えぇ…」


体力をつけるため…。
もしかしてこの理由は、俺たち以外の部員を納得させるためのものだろうか。だって部員さん達はこの強化合宿には全く関係ないもん。魔術使えないから。


「つべこべ言わずに歩くぞ! 大体30分で着く!」

「絶対言うわよ!」


部長と副部長の言い争いはまだまだ続いた。







「着いたぞ~」

「「はぁ…はぁ…」」

「ちょっと、全員バテ過ぎじゃない?」

「ホントホント。運動しないからだぞ」


部長と副部長らの言葉に反応も出来ないほど、疲れ切って地面に座り込んでいる俺ら。そりゃあんだけ山の中歩いてきたんだから疲れるのも当然である。しかも休息無しで。ここ大事。
てか、逆に部長たちがすごい。運動してるとこ見たことないけど、意外と体力あるんだな…。全くバテてない…。


「とりあえず宿に着いたから、早く入るぞ」


部長の言葉に顔を上げると、なんと温泉宿のようなものが目の前にあった。こんな山奥に、旅行雑誌に載りそうなほどの立派な宿が。


「マジっすかこれ…」

「マジマジ」


暁君の感想にも軽く答える部長。あの暁君も目の前の光景には目を疑っていたようだった。


「んじゃ入るぞ」

「早く来なよ」

「「……」」


宿に入っていく部長たちを、座り込みながら見据える俺たち。なんだあのハイペースかつマイペースぶりは。あの2人について行くのは、さぞ大変なことだろう。

宿についてようやく一段落・・・と思いたいところだが、それでもまだまだ変なことが起きるのでは、と勝手に想像する俺だった。







「ったく、何でこの部活は男ばっかなのよ。女子は私だけじゃん」

「そう思ってお前1人のためだけに、わざわざ2部屋とってるんだ。ありがたく思え」

「はいはいありがとうごさいます〜」


宿の中の廊下で俺らの前を歩きながら、言葉の応酬を続ける部長と副部長。よく飽きないなぁ。


「俺らはこっち。お前はそっちな」

「廊下挟んでるだけじゃん。絶対来ないでよ」

「言われなくても行かねぇよ」


副部長はその後、自分の部屋へと入っていった。

それにしても、部長の意外な一面が見れた。普段は優しそうな部長だったが、副部長相手だと口が悪い、ということ。もしかしたらこっちが素なのかな? なんか秘密が知れて得した気分。

と、思いながら部屋の襖を開けた俺は刹那、感嘆の声を上げた。


「「うわっ! すげぇ!」」


俺と暁君は同時に叫んだ。
なんと目の前には、和室ながらも清廉とした雰囲気が漂う、高級感溢れる部屋が現れたからだ。普通の和室とは比べ物にならない。


「凄いだろ? この宿は隠れスポットみたいなもんなんだ」


部長が簡潔に説明する。
街中にあったら、絶対に有名になるだろうと思われるこの宿。でも山奥にあるからこそ、この凄さがある!という訳か。

てか『一般人が知らないことを知っている』って、何か魔術部っぽい!
俺はそんなことも考え、一人ワクワクしていた。


「これ、畳の上で直に寝ても良さそう」

「この綺麗さだったら確かに・・・」

「何甘いこと言ってんだ。荷物置いたら部活開始するぞ。まだ9時だからな? 特に三浦と暁、お前らは特にしっかりみっちりやるぞ」

「「あ、はい……」」


高揚していた気分が一転、不安がそれとなく募る俺たち。部長、もうちょい楽しくしましょうよ~。







「はぁっ!」

「おらっ!」


唐突だが、俺は何をしているんだ。
右腕を後ろに引きつけ、左足を前に踏み込むのと同時に右の掌を突き出す。いわゆる正拳突きみたいな動きだ。
これを左右交互に繰り返す。もうかれこれ1時間はやっただろう。

・・・いや、空手か。

おかしくない? 俺らって魔術部じゃないの? 何で空手部みたいなことやってるの?
もしかして、魔術部という名の空手部だったということか。魔術も使えて空手もできるなんて、それは結構強そうだな。

いや、やっぱりおかしい。


・・・と思ってさっき部長に抗議した訳だが、

『こういうのは形から入るんだよ!』

と、強く言われてしまった。否定はできないので、大人しく従うしかなかったのが悔しい。


まぁ並の練習で会得できるとは考えてないし、それなりに練習を積まなきゃならないってのはわかる。部長が1年かかった『魔力の源宿し』という段階は。

部長曰く、『大事な所だけをかいつまんで行い、1秒でも早くお前らが魔術を使えるようにするための練習だ』ということらしい。
部長は一度会得の道を歩んでいるから、その言葉を疑っている訳ではない。しかし、もし仮にこの練習が関係ないものであったならば、その時は今しがた鍛えた渾身の掌底で部長の顔面をぶん殴ることにしよう。うん、決めた。


「もうちょいコツとかないんですか、部長?」

「言ってしまえば、勘と運だな」

「つまりないんですね…」


俺の希望の質問を見事に打ち砕いてくる部長。あまりの雑さに暁君が苦い顔をしているよ。


「まぁ今のは冗談だ。三浦には前も言ったが、魔術には“信じる心”が大切なんだ。宇宙人や幽霊なんて信じてたら見えるとかあるだろ。つまりその心さえ有れば、会得にグッと近づけるんだ」

「あー…よくわかりましたけど、幽霊は見たくないです…」


部長の返答に率直な言葉を返す俺。そう言えば、最初にそんなことを言われた気がする。
でも"信じる心"ってよくわかんないなぁ。


「よし、そろそろ昼食の時間だから一旦休憩! 宿に戻るぞ~」

「「はい…」」


もうあの畳の上で寝たい…。







「で、2人ともまだ何も変化の兆しはないと」

「そうなんだよ。やっぱ時間かかるかな~」

「あんたが教えるからダメなんじゃないの? 次は私が教えようかな~?」

「断る」


広間でご飯や味噌汁といった和食の昼食を食べる中、隣から部長と副部長の対談が聞こえてきた。やっぱり喧嘩腰な気がするけど、真面目に俺らについて考えてくれてはいるようだ。


「先輩、また次もランニングですか~?」

「ん、あぁ。お前らは引き続き体力作りをやってくれ」

「「うぇ~…」」


怠そうに声を上げる2年生方を見て、俺は申し訳ない気持ちになる。自分はたまたま魔術の素質があったからいいけど、先輩方にはそれがないので、この合宿はほぼ無意味なものなのだ。

・・てか、俺達の練習の間ずっとランニングしてたのか。つくづく可哀想だな。


「とりあえず飯食ったなら一度部屋に戻れ。今の内に休んでおいた方が良いぞ~」

「「へぇ~い」」


部長が一声掛けた途端、猛スピードで先輩方が部屋に戻っていった。そんなに休みたかったのかな。まぁ俺もあの畳が恋しいけど。





「部長、ちょっといいすか?」

「何だ、暁?」


今広間に残っているのは、俺と暁君と部長と副部長。
その中で暁君が部長に声を掛けた。


「魔術って別のやり方で会得はできるんすか?」

「そりゃもちろん。教え方も覚え方も人それぞれ。魔力の源を得てから練習する者や、源と魔術を同時に得る者も居る。それが魔術さ」


今度は暁君が質問していた。でもそれにも部長は淡々と答える。そして部長の答えはつまり、あの練習は部長なりのやり方、ということらしい。もうちょい練習っぽいことしてほしいとは思うが…。


「だったら俺は“イメトレ”してていいですか?」

「「えっ?」」


すると不意に放たれた暁君の言葉に俺と部長は驚く。
“イメトレ”とはすなわち『イメージトレーニング』のことで、つまり“想像で行うトレーニング”である。


「それまたどうして?」

「部長のやり方が俺に合ってないと思ったからっす。それに自分でやった方が何か掴めそうな気がするんで…」


部長は首をかしげ、少し悩んだ様子を見せた後、言った。


「わかった、そういうことなら仕方ない。今日はもう部屋に戻れ。成果を期待してるぞ」

「ありがとうございます」


暁君はそれを聞いた後すぐさま立ち上がり、部屋へと帰っていった。
暁君は頭が良いから、そこら辺の見極めをキチンと行うのだろう。マイペースというか何というか、掴みにくい人だな。


そして暁君が完全に見えなくなった時、部長は机に突っ伏した。


「うぅっ…俺の教え方が悪かったのか…」

「えっ…!?」


なんとさっきの言動とは裏腹に、今はすごく悲しそうな顔をしていた。そんなに暁君から言われたことがショックだったのかな…?


「ぶ、部長。そんな悲しまなくても・・・」


俺は悲しみに暮れる部長を励まそうとした。
すると、その様子を隣から黙って見ていた副部長が口を挟んだ。


「三浦、それ放っといて大丈夫。ただの『構ってアピール』だから」

「え、そうなんですか!?」


その言葉にはたまらず驚く。
だって凄く悲しそうなんだよ! あと10秒後には泣きそうだよ!


「副部長、いくら何でも・・・」

「いやホント。こいつは構ってほしいだけなの。だから放っとけばいずれ戻ってくる。よし、午後は私が稽古をつけよう!」

「それはさせねぇ!」


「「………」」


「ほらね」

「ホントだ…」


部長の(悪気はないと思うが)構ってアピールに騙された俺は、何とも言えない悲しさを感じた。本気で心配したのに…。


「おい(つじ)! 三浦の特訓は俺が手伝うんだ! お前の出番はねぇ!」

「私が教えた方が100倍は早く会得できるよ。どっかのダメ部長とは違って・・・」


あれ? 何か一気に険悪ムードになったぞ? 原因って俺になるの、これ?


「聞き捨てならねぇな! こうなったら勝負(バトル)だ!」

「良いよ、あんたなんかボッコボコにしてやるから!」


宣戦布告!?
ちょっと待って、これってガチでヤバくね!?


「俺が勝ったら、俺の方針でやらせてもらう」

「じゃあ私が勝ったら、私の方針でやっていいってことね」

「負けねぇよ?」

「こっちのセリフよ」


あぁ…何か止められそうにない…。
この場に俺以外の誰かが居れば止められたかもしれないのに、運の悪いことに誰もいない。無念…。







──という訳で、俺が原因であろう戦闘が今始まろうとしていた。
場所は、宿の近くの森の中にある少々開けた所。観客は俺以外にも、さっき部屋で休もうとした先輩方や、イメトレをすると言った暁君までもが集まった。
ちなみに、事の発端については説明済みである。


「覚悟は良いな?」

「そっちこそ」


指を鳴らしながら訊く部長と、伸びをしながら余裕の様子で答える副部長。2人の実力は知らないから、勝敗の予想が全く立たない。


「軽く捻り潰してやるよ、チビ副部長」

「二度とそんな口叩かせないわよ、低脳部長」


完全にスイッチが入ってしまっている2人。
互いを見据え合い、互いを倒そうと熱意を滾らせている。


そしてその戦いの火蓋が今──落とされた。

 
 

 
後書き
今回は『入れたいことをとりあえず詰め込んで書いた』というような話になりました。
よって理解に苦しむでしょうが、読者の方々は自分の言いたい事を察しながら読んで頂けると幸いです。

さて、GWに何するかという事で始めた合宿編。思いつきで書いているので、かなり行き当たりばったりです。
ですが、目的は一貫していますので、そこは大丈夫です!!(そこ以外は…?)

次回はようやくの戦闘です。腕がなります。
皆さんに臨場感を持って楽しめるよう、全力を尽くして書きますのでお楽しみに!! 

 

第18話『部長VS.副部長』

 
前書き
この物語初の戦闘シーン。
FT小説の経験を生かし、分かりやすいながらも、臨場感のあるものを書いていきたいです。
上手に仕上がるかは分かりません。

あと、投稿遅れて申し訳ありません。 

 
「どっちが勝つかな?」

「やっぱ部長じゃね?」

「いやでも副部長も強いし」

「わかんねぇな…」


非常にマズい。俺のせいで引き起こされた事態だ。俺が収拾をつけなければならない。
なぜか先輩方が楽しんでいるのだが、当然そんな状況ではない。


「チビはすっこんでろよ!」

「あんたは威張り過ぎなのよ!」


ただ、この部長と副部長をどうやって止めればいいと言うのだ。
恐らくこの2人の言う戦闘(バトル)は魔術。よってまだ使うことのできない俺に、この喧嘩を止める術はない。どうしたら・・・。


「実力でわからせてやんよ!」


部長はそう言うと、手から黒い電気を発した。今はまだ静電気の様に見えるが、アレには木をなぎ倒す程の威力はあるのは知っている。アレが部長の能力(アビリティ)、“夜雷”なのか。


「その言葉、そのまま返すわ!」


対する副部長は、なんとどこからともなく太刀を取り出した。大きさは普通くらいなんだろうが、副部長が小さいせいで相対的に大きく見えてしまう。こんなこと、絶対に口には出せないが。

……あっ!
そういえば能力(アビリティ)の属性にも種類がある、って部長が言ってたな!
え~と・・・物理属性、だったか? 武器を強化したり何やらしたりする属性は。副部長のはそれなのかもしれない。


「お前と闘うのは久しぶりだな」

「そうね。半年ぶりくらいかしら」


戦闘を始めるかと思いきや、語り始める2人。
どうやら、以前にも互いに手合わせをしたことがあるようだ。


「あん時にお前が負けて以来、部室に来なくなったもんな。いい加減、拗ねるのも飽きただろ?」


ん!? 副部長が部室に来ない理由ってそれ!? 部長に負けて拗ねてただけ!?


「なっ…! いきなり何言うのよ?!」

「事実じゃん」


うわぁ、部長が完全に悪い顔してるよ。戦闘の前に、精神的にダメージを与えているようだ。


「はぁ~。そんなお前が、ずっと部活をやっている俺に勝てると? 笑わせんなよ。まぁお前があれ以来、ずっと特訓してたとかなら話は別だが──」


ガキィン!


甲高い音が響く。まさに一瞬の出来事だった。
見ると、副部長が太刀を部長に降り下ろし、それを部長は雷の拳で受け止めていた。
・・・それ、受け止められるんだ。


「それ以上言うと、あんたの頭叩き斬るわよ」

「話を途中で止めんな…よ!」


ドゴォォォォォン!!


「「うわっ!!?」」


急な爆音と衝撃に、俺らはたまらず耳を塞ぎ縮こまる。砂煙が空を舞った。
今のは部長の魔術だろうか。一瞬、黒い閃光が見えた気がした。

・・・! てことは副部長が危ない?!


「…ふぅ。やっぱ一発じゃ無理か」

「その位読めるわよ」


・・・良かった。どうやら部長と距離を置き、回避したようだ。危ない危ない…。
にしても、この2人はガチだ。手加減している様子が一切感じられない。まさか、死んだりしないよな?


「じゃあこいつは避けれるか?!」

「っ!」


すると部長が今度は黒い雷を小さく凝縮し、マシンガンの様に撃ち始めた。狙いは雑だが、逆に言えばどこに逃げても当たってしまう。砂塵を散らしながら、それらは副部長へと襲いかかる。

いや、さすがに避けれないでしょコレは!? しかも威力も高そうだし!


「甘いわ!」

「「あ!」」


副部長の行動に、俺たちは驚いた。
なんと表情一つ変えないまま、太刀を持っていない左手から焔を放って、部長の攻撃を凪ぎ払ったのだ。


能力(アビリティ)、“灼刃(しゃくじん)”か。懐かしいな」


未だに攻撃を続けながら、そう呟く部長。
“灼”ってことは火ってことか? つまり副部長の能力(アビリティ)は火の剣、といった感じか。


「チキンプレイも大概にしなさい! こっちから行くわよ!」


なんと部長の無数の攻撃の中、副部長が駆け出した。全ての攻撃を、体に纏った焔で防ぎながら。


「もらった!」

「ちっ!」


ドォォン!!


鈍い音が響いた。
見ると、振り下ろされた副部長の刀は地面に突き刺さっている。間一髪で部長が避けたようだ。つまり、


「隙あり!」


その隙は副部長にとって致命的。刀が地面に固定された彼女に、部長は雷の拳を向ける。だが・・・


「やらせないよ!!」


副部長は避けることをせず、太刀を手放すと同時に焔の拳を部長へと勢いよく放った。


ガシィィ!!


拳と拳がぶつかり合った。
しかしただの拳ではなく、“魔術のぶつかり合い”だったので、衝撃波がこちらまで伝わってきた。
たまらず腕で顔を覆いながら、風圧を肌でひしひしと感じる。


「暁君」

「?」


そんな中、俺は暁君に声を掛けた。
それはある共感を得るために・・・


「こういうのって、カッコいいよね!」


俺は率直に思ったことを口にした。
普段はアニメだのマンガだのでしか見られなかった、こういう戦闘シーン。昔はよくカッコいいと思って憧れていた気がする。
でも今こうして目の前で見ることができ、さらに自分もできるとわかった。非現実的ながらも、こうして舞台の上に立てている。
そう思うと、俺の顔は自然と満ち足りた表情になった。


「・・・あぁ」


彼は少し遅れてそう言った。たぶん、肯定的な意味で。


「ひひっ」

「な、何だよ、気持ち悪い」

「え、酷くない!?」







戦闘開始から10分は経ったが、未だに戦況は変わらない。
そんな一幕、互いに距離をとって睨み合っている。


「そんなに離れてちゃ不利だぜ?」


部長がそんな挑発をした。
確かに副部長との距離は5mほど離れている。
部長の主属性が雷なのに対し、副部長は刀。つまり部長は遠距離、副部長は近距離が得意といえる。
ということは、今の状況は副部長が完全に不利なのである。


「甘く見ないで」


そう副部長は微かに笑みを浮かべながら言った。その堂々とした態度は、自信に満ち溢れているようにしか見えない。

ゆっくりと、副部長は刀を上に振り上げた。まるで、今から"その場所で"斬りかかると言わんばかりに。


「何をする気だろう?」

「さぁな」


その様子を見た俺は暁君に問いかけるも、彼にも副部長の行動はよくわからないようだった。


「さて、何が来るんだ?」

「私のとっておきよ!」


副部長はそう言うと刀に焔を纏わせ始めた。そんなこともできるのか。しかし、それだけじゃ部長との距離を埋めるには至らない。
だが、副部長の狙いは違うところにあった。


「喰らえ、"紅蓮斬(ぐれんざん)"!」

「何っ!?」


副部長の刀が空を斬る。その瞬間、なんとそこから焔の衝撃波が発生し、部長に襲いかかる。
さっきまでと打って変わった遠距離攻撃に、部長は不意をつかれて為す術なくそれを喰らってしまった。


「熱っ!」


焔の中に閉じ込められた部長。悲鳴に似た絶叫が聴こえるけども、焔が消えることはなかった。いやいや、普通にヤバくないか?!


「ほらほら。さっき私に言ったこと謝れば、止めてあげないこともないわよ?」

「誰が謝るか、暴力女!」

「…燃え尽きろ!」


副部長はさらに焔を加える。
相変わらず副部長と部長の口喧嘩が酷いのだが、言ってることが現実になりそうだから恐ろしい。


「どうなってんだろ…」


俺はそう零した。
副部長が続けて刀を降り払い、その先で部長が燃え盛る。だから部長の周りは焔で包まれ、よく様子がわからないのだ。

雷じゃ炎は消せない。このままだと部長が黒焦げになって、本当にマズイのではと思った次の瞬間、突如として舞い上がった砂塵にその焔は鎮火される。


「ふぅ、危ねぇ危ねぇ」


砂煙の中から首を鳴らしながら出てきた部長。
副部長はその様子を見て、驚きの表情を隠せない。


「…何で抜け出せたのよ」


副部長は語気を強くして訊いた。悔しさが顔に滲み出ている。


「俺の雷で地面を抉って砂煙を起こした。それだけだ」


当たり前だ、と言わんばかりの様子の部長。
あの危機的状況下において、よくそんな方法を思いついたなと、俺は感心した。


「じゃあ今度はこっちの番だ。さっきの分をやり返さねぇとな!」

「あの構えは!」


部長がとったその構えに俺は思わず声を上げる。
あの構えは、以前俺に初めて“夜雷”を見せたあの時の、つまりは指鉄砲の構えだ。
しかしあの技は対人では威力が高すぎると思う。まともに喰らえば焦げてしまうのではないか? 非常に危険だ。


「出たわね。でも対策はバッチリ用意してるわ」

「じゃあ見せてみろ! 弾けろ、冥雷砲《めいらいほう》!」


撃った! 黒い閃光が一直線に副部長を狙う。
てか躊躇う様子も見せなかったけど、まさか本気の威力!?
副部長は一切動かないんだけど、大丈夫なのか…?


ドゴォォォン


とうとう部長の攻撃が副部長に命中してしまった。
結局、対策だとか言ってた副部長が何かをした様子は見えなかった。


「なんだ、呆気ねぇな」


つまらなそうに呟く部長。
見据える先はまたしても砂煙に覆われていて、副部長の安否はわからない。

だけどその瞬間、明らかに部長は油断していた。


「──もらった!」

「がはぁっ!?」


いつの間にか副部長は部長の後ろに回り込んでいた。
そしてそこからの不意打ちには、さすがに部長も反応できない。

部長よりも一回りも二回りも小さい身体の、どこにそんな力があるのか。副部長の焔を纏った斬撃によって、部長は勢い良く吹っ飛ばされ、為す術なく地面に転がる。
ここにきて強烈な一撃だ。だが今の一撃は、刀で"斬った"というよりは"殴った"に近い。その証拠に、吹っ飛ばされた後の部長には火傷こそあったが、切り傷がなかった。副部長の配慮と言うべきか。

とりあえず俺は一安心した。
魔術の戦闘(バトル)ってこんなに苛烈なの? ヒヤヒヤするなぁ…。


「お前…今の当たってただろ…?」

「アンタっていっつもその技使うじゃん。弾道くらいもう見切れるっての。寸前で避けるのなんて楽勝よ」


部長の問いに副部長はさも当然のように答えた。
当たったように見せかけて、砂煙を目くらましに即座に接近したという訳か。随分と人間離れした動きだが、魔術ならそれも可能になるのだろうか?
それにしても対策って、ただ避けるだけだったんだ。こう言っちゃなんだが…しょぼいな。


「この野郎っ!」

「ふっ!」


すると部長が脚に雷を纏わせ、副部長に蹴りかかった。真正面から放たれたそれを、副部長は避けることなく刀を使ってそれを受け止める。
だが、部長の攻撃は終わらない。


「おらおらおらおら!」

「うっ…!」


今度は雷の拳での連打。手を抜いていないように見えるのが恐ろしい。
だがそれでも、副部長は何とか捌き切っている。



その後も部長と副部長の格闘が続いたが、お互いに一進一退の攻防が続き・・・



そしてついに、この決闘に終止符が打たれようとしていた。


「はぁ…じゃあそろそろ終わらせっか」

「あら、ようやく負けを認めるの?」


息を切らしながらそう言う部長に、副部長は皮肉を込めて返す。
さっきから攻撃に徹していた部長は、防御に徹していた副部長よりも大幅に疲れている。確かに早く終わらせないと、副部長にボコボコにされるのがオチだろう。


「お前の見たことのない技…見せてやるよ」

「わざわざ教えてくれるなんて、随分と自信があるのね。でもアンタの技は、私の動体視力と反射神経の前では無力なのよ。諦めなさい」

「そいつはどうかな」


部長は不敵な笑みを浮かべた。しかしピクリとも動こうとはしない。

だがそれも当然だ。

なぜなら、"その状態で"決着をつけたのだから。


「…っ!」


突然副部長が膝から崩れ落ちる。
その顔は苦痛で歪んでいたが、それよりも驚きを隠せないようだった。

正直、俺も今の一瞬で何が起こったかは理解できない。だって部長は一歩も動いていないのだから。

それでも、部長の仕業というのだけはわかった。


「あんた…何を…」


副部長が言葉をつまらせながらそう部長に訊く。どことなく苦しそうだ。
すると部長は快く答える。


「痺れただろ? ちょいと地面に電流を流したんだよ」


ここで俺は全ての合点がいった。
つまりあの一瞬に部長は電流を地面に流した。それを足から受けた副部長は、電流を体内に流してしまい、痺れてしまったといったところか。
それにしても、地面に電気を流すなんて無茶苦茶だ。魔術だから可能なのだろうか。なんでもありだな。


「嘘でしょ…」

「嘘じゃねぇさ。ただ次はもう少し大きな電流を流してやるけど」


部長の顔は笑顔から真顔へと変化した。威圧が凄く、俺は恐怖すら覚えた。
まず言ってることが恐ろしい。ただでさえさっきの電流が身体が痺れて動けないほどの強さなのに、それ以上の電流を体内に流すとなると、身体の色んな機能が痺れて停止してしまうだろう。
普段の部長ならそんな酷いことはしないはずだが、今の様子ならやりかねない気がした。

それを察した副部長は両手を上げる。


「…降参。私の負けよ」


副部長は若干涙目になって訴えていた。
しかし部長の表情は変わらず、淡々と副部長を見据えていた。

そして一歩、一歩と副部長へと歩み寄り始める。まだ痺れがとれないのか、それとも怯えているのか、副部長はその場から逃げることができない。


「……」

「ひっ!」


遂に部長が副部長の目の前に立つ。普段の態度と一変して、見た目相応にビビってる副部長は見てて小気味よいものがあるが、今はそれよりも何をしでかすのかわからない部長を止める方が先決だろう。


「ぶちょ──」


しかし俺の言葉が発される前に、部長は動いた。


「お前はまだ俺には勝てねぇんだよ」

「あぅ!」


そう言って、部長は副部長にデコピンをかました。
俺らは拍子抜けする。あんなに怖い表情をしていた部長が、いつの間にか太陽の様に明るい笑みを浮かべていたのだ。
それを見ながら、おでこを押さえ、涙目になっている副部長。

対照的なこの2人を見てわかること・・・それは部長が勝利したということだ。







決着がついたあの決闘から数時間。魔術部メンバーは揃って広間で夕食を食べていた。

あの後、部長と副部長が疲れ果ててそれぞれ寝込んでしまったので、練習も何もなくなってしまった。先輩方は喜んでいたけど。

つか結局、あの戦闘は意味がなかったじゃん。


「部長たち、大丈夫かな?」

「さぁな」


俺の問いに暁君は素っ気なく返した。最近ようやく暁君の俺に対しての敬語が抜けたのだが、相変わらずクールだなと思う。


「あんま心配すんなよ三浦」
「そうそう。あの人たちは昔は結構闘いまくってたから」
「俺らも慣れっこだな」
「うんうん」


先輩方もそんなに深くは考えてはいないようだった。でも心配くらいはした方が良いんじゃないかな?


「んじゃ俺らもう寝っから」
「銭湯は自由に使って良いらしいぞ」
「また明日な」
「頑張れよ、新入り達」


そう口々に言った先輩方は部屋へと戻っていった。終始ニコニコしてたなぁ。


「俺は寝るぞ、三浦」

「え、風呂は?」

「1日くらい平気だろ。明日入るし」


いやそれはちょっと不潔じゃないか? まぁ本人がそれで良いなら・・・。

俺は入るとしよう。







皆が寝静まっている頃、俺は風呂を済ませ部屋へと戻ってきた。こっそりと襖を開けて見ると、先輩方や暁君は普通に寝ている。
あ、俺の分の布団敷いてある。ありがとうございます。

抜き足差し足忍び足で自分の布団の所に行くと、横目で隅っこで寝ている部長を確認できた。
部長のおかげで、今日はとても面白いものを見れた。俺は心の中で「お疲れ様でした」と言い、いよいよ寝ようとする。が、


「あ…」


急に喉が渇いてきてしまった。かなりタイミングが悪い。
仕方ない、自販で何か買ってこよう。


「よいしょ」


周りを起こさぬようコッソリと部屋を出る俺。
確か自販って銭湯の前にあったっけか。よし。


俺は廊下を歩み出した。ただ1つ問題がある。

『怖い』

俺は怪談などには弱くはないが強くもない。
だから、寂れた灯りしかないこの廊下はかなりの不気味さがあって、普通に怖い。山の中の旅館ってのもポイントである。

あれ、俺さっきこの廊下を気にせず通ったよな。よく通ったな、俺。

気づけば、曲がり角に行き着いた。


「うわ…不気味…」


こういう時の曲がり角は非常に怖い。
もし、何がとは言わないが出たらどうしよう。俺はそういうの信じないタイプじゃないから・・・。

ビビってるせいか、そろりそろりと歩く俺。傍から見たら、きっと滑稽な歩き方をしていることだろう。

さぁ、ついにその曲がり角を曲がって・・・


「きゃっ!!?」


「うわあぁぁぁ!!?」


俺は絶叫した。当たり前だ。あんな中で誰かが出てくるなんて、予想できたはずがない。

だが、すぐに落ち着くことができた。なぜなら・・・


「あれ、戸部さん!?」

「…! 三浦君!?」


なんと戸部さんがそこには居たのだ。


 
 

 
後書き
砂煙って便利ですね(真顔)
そして結局そこそこグダってました(泣)

まぁ愚痴ってても仕方ないですよね。

今回から、技に名前を付けるようにしました。ただカッコいい言葉の寄せ集めです。この名前も募集したいです! 次の戦闘はいつになるか分かりませんが…ハハ…。

急いで書いたのでちょいとグダグダな結果になりました。ので、脳内補正をして頂けると幸いです。
俺の作品はアレです。見る人の創造力を活性化させるような物です(←後付け理由)。頑張って下さい。

そして、最後に忘れていたかのように優菜ちゃん登場。あ、忘れてはいません、覚えてます。ただ出すタイミングが無かっただけです(言い訳)。

ではまた次回で。 

 

キャラ紹介 第5弾

 
前書き
前回の後書きで「また次回で」とか言いましたが、もう次回が来ました(笑)。

今回は副部長です。 

 
*魔術部副部長*

(つじ) 緋翼(ひよく)
 年齢 14歳
 性別 女
 容姿 茶髪で、肩以上に長いロング
    小学生低学年くらいの身長
    可愛い
 性格 クール
    毒舌(特に黒木に)
 能力(アビリティ) 【灼刃(しゃくじん)】・・・焔の刀を創り出す
 
 補足 半年前から部活には来ていない。
    身体能力は高い(動体視力と反射神経は特に)。
    学力は普通。
    あだ名は「チビ」。
    成長期がまだ来てない(本人談)。
    だから色々小さい(本人談)。
    でもって子供扱いするな(本人談)。 
 

 
後書き
こんな名前いるのかよ、と思って付けた名前。
なんか文字的にカッコいいからしました。

こういうキャラが居ると場面が映えそうです。でも優菜ちゃんで十分かな?
いやいや、ロリっ娘が居てこそ盛り上がr・・・いや、止めよう…。俺の社会的立場が無くなってしまう…。

次回でGW編はラストですかね。お楽しみに・・・する人居るのでしょうか(泣)。 

 

第19話『会得』

 
前書き
文章が上手い人の小説を読むと、自分が惨めに感じてくる…。 

 

「えっと…」


俺は恐怖を通り越した困惑によって、コミュ障が再発した。
聞きたいことが多すぎて、頭がパンクしそうだった。

なぜ戸部さんがここに居るのか。ここはあまり人には知られてない宿ではなかったのか? あ、いや別に知られていても問題はないな。それでもどうして? 一般客としてだよな? んん?

さっぱりわからん。


「あの~…」

「はい?!」


急に呼ばれたので、つい堅苦しく返事をしてしまう。
話したことあるって言っても1回だけだし、その時は莉奈も居たし…。ダメだ、1対1でこの子と上手く話せる自信がねぇ!


「どうしてここに居るんですか?」


お、俺の言いたいことを言ってくれた!
このまま質問に答えていくようにすれば、何とか会話になるかもしれない!


「あー…部活の合宿です」

「何の部活ですか?」


あっ、マズいぞ、この場合何て答えたらいいの!?
「魔術部です」とストレートに言っても大丈夫かな!?  引かれないかな!?

う~ん・・・でも部活動紹介やってたから知ってるだろうし、どうせマジック部程度に見られてるだろうから・・・大丈夫かな…。


「ま、魔術部って言うんだけど…」


俺は顔を下げて言った。何か凄く恥ずかしい気分になった。

すると、戸部さんはそれに答えるよう口を開く。


「あの部活ですか。私も少し気にはなったんですけど、ちょっと怪しかったので入りませんでした。あ、ちなみに私は美術部に入ってます」


え!? まさかの興味があった!? この人不思議な人だな・・・。
でもって、美術部に入っていたのか。運動部って感じには見えないから、如何にもだな。きっと絵が上手いんだろうなぁ。俺は絵も普通なんだよなぁ…。


「へぇ~そうなんだ」

「あ、そうだ! 私明日も居るんですけど、もし良ければ昼からこの辺のどこか遊びに行きません?」

「あ~そうだね・・・ん!?」


俺はかなりの度合いで驚いた。
そりゃそうだろう。

だって今まで女子と遊びに行くなんて、莉奈くらいしか相手がいなかったのだから。しかもこんな可愛い子となんて、ちょっと恥ずかしい気分だ。
とはいえ、ここで断るのはさすがに気まずい。行けるなら行ってあげたいけど、何より部活がな…。


「部活次第かな…」

「わかりました、ありがとうございます。それでは、おやすみなさい」

「あ、おやすみなさい・・・」





その言葉を最後に彼女は去っていった。

そして水を飲みながら自分の部屋へ帰る途中、どっと息を吐いた。
女子(しかも知り合い)と話すのってなんか緊張して疲れる。精神的に色々と…。

明日の昼、空いてるかな・・・?







「ほら起きろー!」

「「「うがぁ!!?」」」


早朝から幾つもの叫び声が部屋に響く。
それは、部長の『ビリビリ目覚まし』によって引き起こされたものだ。

俺もその被害に遭い、少々髪の毛が逆立った状態のまま勢い良く目覚めた。


「ちょっ、何事ですか!?」


あまりの衝撃だったし、わざわざ能力(アビリティ)を使って起こしたということは、何か起こったのだろうか。俺は直感的にそう思った。


「え? いや、ただ起こそうと・・・」


…だがどうやら深い意味はなく、本当にただの目覚まし時計代わりだったようだ。だったら普通に揺らすなりして起こして下さいよ。

俺はふと部屋の壁に掛かっている時計を見た。


時計『5時30分』


時計は正直にそう示していた。
部長、さすがに早過ぎる…。まぁでも、昨日の疲れを引きずらず、元気になってくれたから安心した…。
でも早いよ、老人か何かですか部長は?


「ちょっと煩いよアンタ達! 何時だと思ってんの?!」


ふと、大きく高い声が部屋中に響く。
見ると、目を擦りながらこちらを見ている副部長の姿があった。


「お、来てくれたのなら丁度良い。もう起きろ」

「はぁ何言ってんの? まだ大丈夫でしょ。あと2時間待って」


部長が俺らに言うときと同じように副部長に言った。だが副部長はまだ寝たいのか、それに対抗する。


「早起きは三文の徳って言うだろ。いいから起きろ」

「うるっさいね。ぶった斬るよ?」


部長の(少なくとも)優しい気遣いを、副部長は暴言で返す。
つか何で部長と副部長が会話すると、毎度毎度危ない雰囲気が出るの?
『喧嘩するほど仲がいい』ってこと? いやでも仲悪いよこの二人。


「2人とも、落ち着いて下さい。早朝から喧嘩したって何も良いこと無いですよ?」


俺は穏やかに言った。
まずは気持ちを伝えて落ち着かせる、と。反応は…?


「三浦、静かにしてろ。今からコイツを目が冴えすぎて眠れなくなるくらい痺れさせる」

「じゃあ私はアンタを永遠の眠りにつかせた後、寝ることにするわ」


何なのこの険悪ムード…!?
また手に負えないパターン!?

誰か!見てないで助けてよ!
そんな「ドンマイ」みたいな顔で見ないで!ねぇ暁君!!

俺がそう思いながら暁君を見つめると、暁君は両手を上げ、お手上げのポーズをしてきた。
己の無力さが情けない…。


「早く起きろって言ってるだけだろ! 何が不満なんだ!」

「アンタの体内時計に不満を持ってるよ! もう少し寝かせてくれたって良いじゃない!」


いっこうに終わらない部長と副部長の口喧嘩。もう一触即発だ。


「あぁ面倒くせ。もう一回やっか?」

「良いじゃない。リベンジマッチってことで」


ちょっとここで戦闘(バトル)始めようとしてない!?
ダメだよ!? 宿崩れちゃうから!!


「弾けろ、冥雷砲」


ついに部長が指鉄砲を構えた。
すると副部長はどこから持ち出したのか、あの太刀を構える。


「ち、ちょっと部長! さすがにここでそれは・・・」


俺の声に部長は反応しない。
そして互いに一歩を踏み出した。


「「はぁっ!!」」

「ちょっと待って!!」


二人が今にも技を発動させようとした瞬間、俺は何とかして仲裁しようと思いきり右手を伸ばした。

すると・・・



ビュオオォォォ!!!



突如、部屋の中を強風が吹き荒れた。
布団や枕が宙に渦巻き、襖がガタガタと悲鳴を上げる。

その突然の事態に部長と副部長、そして部員全員が驚愕する。
二人は喧嘩を止め、辺りを見回したかと思うと、こちらを見た。


「今の・・・お前か…?」


部長の驚き混じりの声が聞こえた。


「え、えっと…」


急な進展に頭が追い付かず、ただ混乱する俺。

今のは・・・風? もしかして俺が起こしたのか?
つまり俺は今、魔術を使ったってことか?


「私もコイツも風属性は使えないし、当然他の奴にも使うことはできない」

「その中で、風属性の能力(アビリティ)、"晴風"を使えるのはお前だけだろ?」


部長らが事細かに説明してくれる。
意味はわかったが、やはり実感がない。
確かに今のは自然の風とは思えない。あっても台風レベルの強風だった。


「俺…かもしれません…」


俺は申し訳ない気持ちで呟いた。
そりゃ部屋をこんな風にしたってのもあるし、何より危険だと思ったからだ。
本来なら喜ぶべきことだが、こんな有様では・・・。


だが、周りの反応は違った。



「おー!! ようやくか!」
「アンタの練習でできるなんて…」
「俺も早く会得しねぇと」
「すげぇな三浦!」
「風がビューって!」
「俺も使いたいな~」
「おめでとう!」


魔術部全員が俺に称賛の言葉を浴びせる。
俺はそれを呆然と見る他なかった。


「どうした三浦、もっと喜べ!」

「いや喜べって言われても実感が…」


俺は部長の言葉に素直に返した。
今のはホントに俺が使ったみたいたが、実感が無くて無意識で発動させた、みたいな感じだった。
てか誰もこの部屋の惨状は気にしないのね…。

でもどうせなら、もう一回発動のチャンスが欲しい。
そう考えた俺はこう提案した。


「部長、だったらもう一度やるので見ててもらえません?」

「よし。良いぞ!」


部長は快く引き受けてくれた。







場所が変わって、昨日の部長らの戦闘場所。
この辺で開けた場所といえばここしかない。

早速俺はその場所のほぼ中央に立った。


「いきますよ?」

「おう!」


俺は集中する。
一度発動させたということは、もう魔術を使える身体になったということだろう。であれば、2回目だって発動できるはず。
あの時の情景、心情、全てを思い出し、先程の様に右手を思い切り伸ばして・・・!!


「はぁっ!!」


・・・・・


静寂が訪れた。
風が起こるどころか、元々から吹く気配さえない。


「え、部長、これって・・・?」


俺は困惑の表情で部長に訊く。
すると部長は迷わず口を開いた。


「未完成だな」


あっさりと言われた。いや、言われずともわかっていた。
しかし、俺にはなぜ発動しなかったのかはわからなかった。


「落ち込む必要はない。お前は俺よりも圧倒的に早く覚えたんだ。それは誇っていい」


頷く部長のその言葉を聞いて、俺は考え直した。

そうだよ。暁君よりも、部長よりも早く会得ができたんだ。これ自体が嬉しいことじゃないか。使えるのは、また後で良い。


「惜しかったな。三浦」

「はは、せっかく暁君に勝ったと思ったのに・・・」

「そんなこと考えてたのか」

「まぁね」


すると暁君は少し口角を上げ、苦笑いを見せた。


「俺だって会得したらお前に負けねぇよ」

「じゃあ会得したら、部長達みたいに戦闘(バトル)できるのかな?」

「──もちろんだ」


俺が暁君にそう訊いていると、部長が答えた。そしてニッと、眩しいスマイルを浮かべる。

そうか、いつかできるのか・・・!! 楽しみだ!!







昼食を摂り終えた俺は、宿の玄関に居た。
今日の部活は運良く午前中で終わり、午後は自由時間となったのでどうにか戸部さんとの約束は守れそうだ。

にしても、どこで待てばいいのだろうか? そう思って、今ここで待っているのだが…。


「あ、三浦君!」


廊下の奥から戸部さんの声がした。どうやら正解だったようだ。俺は声のした方を見る。


「今日、大丈夫だったんですね」

「うん」


少し大きめな手提げ鞄を持つ戸部さんが、そこには居た。私服姿がとても可愛らしい。
そして最初に会った時とは比にならないほど、馴れ馴れしく会話ができた。俺にそんなことができるのも、戸部さんが馴染みやすい人だからこそだろう。


「で、どこに行くつもりなの?」


俺は本題を訊く。
昨日彼女は「どこかへ行く」と言った。その“どこか”が気になるのだ。こんな森の中に何かあるのだろうか。


「それは後々話します。とりあえず、目的地までのお散歩に付き合って欲しいかなって」

「それは全然いいけど…」


どこに行くのかわからないことに不安はあるけど、戸部さんが変な所に連れていくはずはないだろう。


「そういえば、戸部さんはどうしてここに?」

「温泉旅行です。私の両親は旅行が好きなので、近い所ならいつも付き合わされるんですよ」


彼女は苦笑いしながら説明して、やれやれと肩を竦めた。連れ回されるのは、さぞかし大変だろう。
逆に、俺の親は自分たちだけでどこか行ってしまう。やっぱり家庭って違うものなんだな。


「それじゃあ行きますか」

「うん」





その後、俺と戸部さんは宿から離れて適当に散歩しながら会話していた。初めはまだ緊張していたが、次第に気軽に話せるようになった。
山の中ということもあって、溢れる自然に囲まれて話題が尽きなかったのが幸運だったのかもしれない。


「うーん、風が気持ちいいー!」

「山の空気は新鮮ですからね」


二人で感想を言う。山って意外と悪くない場所だな。田舎ってこんな感じなのかな。田や畑が一面に広がり、川や森が近くにあって・・・やべぇ、ちょっと憧れるかも。


「学校の合宿もこんな所が良いんですけどね」

「そうだね・・・あ、そういえば、前に話した時から何か変わった? その、友達とか…」


「学校」と聞き、俺はある事を思い出し質問してみる。
それは彼女の悩みであった『友達』についてだ。

以前に俺と莉奈が彼女と話した時、彼女はそれについて悩んでいたのだ。そしてそこで俺が全力でアドバイスを送った。

だから、そこからの学校生活の様子を俺は聞きたかった。隣のクラスとは言えど、廊下ですれ違う時に挨拶するくらいで、話す機会は特になかったからだ。


「はい。無事にクラスの皆とは仲良くなれましたし、学級委員になりました。あの時、三浦君にアドバイスを貰ったおかげです。ありがとうございました」

「いやいや、そんな気にしないで!」


俺は何だか恥ずかしくなって顔をそらす。感謝されるほどのことをしたつもりはないのだから。

ただ、心の中では安堵していた。
俺の言葉が人を良い方向へ進めた、と思うととても気分が良い。

そうか、学級委員か…。
俺みたいにクジじゃなくて、きっと皆からの信頼があったからだろうな…。

とにかく、馴染んだなら良かった良かった。


「あの、森の中とか行ってみませんか?」


不意に言ってきた彼女の言葉で、俺の思考は遮断される。


「え? 危ないんじゃないかな…」


俺は思ったことを口にする。
だって何か危険な動物とか出たら困るし、もし遭難でもしたらそれこそ皆に迷惑掛かるし…。


「でもこの先に綺麗な川があるんです。だからちょっと、ちょっとだけ行ってみません?」


戸部さんは値切るかのように俺を説得し始めた。
ここで粘るのも面倒だし、ちょっとって言ってるから・・・


「あんまり遠くに行かないならいいけど…」

「ありがとうございます!」


戸部さんは満面の笑みを浮かべて喜んだ。あまりにも輝く笑顔に、俺の心臓は少し反応してしまう。

にしても、どうしてこんなに喜ぶのだろうか?







ザーーーーーー


川の流れる音が森中に響き渡る。

森に入って数分で、彼女の言う川には着いた。底が透き通って見えるほど、透明度の高い清流だ。なるほど、確かにこれは綺麗である。


「水が透き通っている…」

「さすが大自然です!」


俺と比べて、異様に彼女のテンションが高い。
マジで何で? 川に来ただけだよ?


「さて、始めましょう」

「ん?」


そう言った戸部さんは、鞄からスケッチブックと鉛筆を取り出した。これって・・・


「もしかして…スケッチ?」

「はい、せっかく山に行くなら、大自然を描こうかと思って持ってきたんです。そして親に訊いてみたら、この川のことを教えられたんですよ」


ふむ、確かにこの風景はかなり絵になりそうである。透き通った清流の中に、荒々しく存在する大きな岩。うん、あの上に立ってみたい。

まぁその欲望は置いといて、たった今 1つの疑問が生まれた。


「そういえば、俺が来た意味ある?」


そう、俺の存在意義だ。
ただスケッチしたかったのであれば1人ですればいい。なのになぜ俺を誘ったのか?


「単純に1人だとつまらないからです。本当は親についてきてもらうつもりでしたが、偶然三浦君と会ったので、ついでにお話したいなと。後は…危ない時には助けて貰おうかなって」

「え、何その最後の理由」


つまらないとか、お話したいという理由はわかるが、助けて貰おうってどういうことだ? あ、川に流されたとか、遭難した時とかってことかな? いやでもその場合、俺は役に立てない気がする…。


「まぁ、一番はもっと仲良くなりたいなって」


また、戸部さんはにっこりと微笑んだ。そう言って貰えると、照れるけど嬉しいな。
人から嫌われず、むしろ良い印象を持たれてるって感じる時ほど、コミュ障にとって喜ばしいことはない。
あ、やべ、涙出そう。





その後、彼女はスケッチを描き始めた。
同伴者兼話し相手兼ボディーガードの俺は横で見させてもらっていたのだが、あることに驚愕する。

絵が上手すぎる…と。

描かれる一線一線がオーラを持っていた。
これはもう『才能』と呼べるレベルで上手い。


「絵、上手だね」

「昔から絵を描くことが大好きだったから」


『好きこそ物の上手なれ』とは、まさにこのことだろう。
羨ましいな才能って。俺も欲しいな~。生涯で普通以外経験無いしな…はは…。


「練習すれば誰でも描けますよ」

「そういうもんなの?」

「あ、じゃあ見てて下さい。この川の場合はこうやって──」



ガサッ



不意に後ろで小さく草木が揺れる音が鳴った。

ホントに微かな音だったので、本来なら気にするほどでもなかったのだが、しかしこの時振り返っていなかったらどうなっていたのだろうか。


「ん?」


俺は無意識の内に振り返った。
そして、その目の前の光景を見て、サーッと血の気が引いたのがわかった。

嘘だ…何で…。


「ちょ、戸部さん!」

「そしてあそこの木は・・・って、ん? どうしたんですか?」


未だにスケッチに没頭しながら、迫る危険に気づかない戸部さんに、非常事態を伝えようとする俺。


「大変だ。今すぐここを離れよう!」

「どうしてです?」


俺の顔を見ながらそう訊いてくる戸部さん。
クソ、この状況をどう伝えれば良いのか。彼女にはあまりショックを与えたくない。


「いいからこっちに!」

「あ、ちょっと待ってください、まだ片付けが・・・」


俺は彼女の手を無理矢理引っ張り、この場所から離れようとする。だが遅かった。

──アレは、俺たちに気づいてしまった。


「だからどうして…」


片付けが終わった戸部さんも後ろを向いてしまう。そして俺と同様、青ざめた顔をした。


「え、嘘、何で…?!」

「俺にもわかんないよ…!」


俺たちの見つめる先──そこには、口に血を纏い、獲物を狙う眼をした大型の熊がいた。

 
 

 
後書き
思いの外長くなったんで、もう1話します!
嘘ついてスミマセン!!
自分、長々するのは嫌いなもんで…。
ちょっと前半が長すぎたのかな?
まぁ気にしない事にしましょう!

次回は実に予測しやすいありきたりな展開にしようかと考えています(←ほぼネタバレ)。あくまで予定ですので勿論変更ありです。

毎度お馴染みグダグダ文章。そろそろ慣れた頃でしょう(笑)
毎回頑張って書いてますけど、やっぱ場面に適した言葉がうまく出てこないんですね…。
そして書き終わって思った事『熊じゃインパクト足りねぇ…』
ま、実際に会ったら俺はビビり切りますけど。

──何はともあれ次回はGW編ラストです!(←絶対)
お楽しみに!! 

 

第20話『吹き渡る風』

 
前書き
ひぇ~一応終わったけど、思ったより長いですね、今回。
ま、どうでもいいか。 

 
この状況を生涯で経験できるのは、恐らく1回きりだろう。そう思えるほど、現状は馬鹿げているものだった。


「と、戸部さん…これって…」

「ははは…夢か何かですかね…」


俺らを未だに見ている大熊。
どう考えても、俺らは生きて帰れないと思う。

アレが子供だったらまだマシだっただろう。
だがアレはどう見ても、さっきまで動物を喰い散らかしていた奴だ。口元の血痕がそれを物語る。


「こういう時って死んだフリだっけ?」


我ながら子供っぽい質問をしたとは思うが、今の事態に置いてこのことはとても大事な突破口だ。


「い、いえ、それはダメだったと思います。確か目を逸らさずに、ゆっくりと離れるとかが正解だったと・・・」


俺の問いに慌てながらも答える戸部さん。

いやいや、ゆっくり逃げてたら追いつかれない?!
大丈夫なのその案!?


「とにかく…やってみましょう」

「う、うん…」


しかし四の五の言ってはいられない。俺と戸部さんはその作戦を実行した。
熊は依然としてこちらを見ている。
だからなるべく、動いているかどうかもわかりにくいくらいのスピードで後ろに下がる・・・



「ひゃっ!!」ドテッ



・・ものの見事に、戸部さんがコケたことによって作戦が瓦解した。

尻餅をついてしまった戸部さんを「弱っている」と見たのか、熊がこちらにゆっくりと向かってきた。


「戸部さん! 捕まって!」


俺は戸部さんに手を差し伸べる。
ホントは無理矢理引っ張って行きたいのだが、熊の生態上それは無理だとわかった。
だからと言って、モタモタしてる暇はないのだが。


「ごめんなさい…」


俺を手を掴み、立ち上がった戸部さん。
怪我はしていないみたいなので一安心だ。ここで捻挫でもされてたら、本当に危なかった。
再び、俺たちは後ろに下がり始める。


だが既に奴は俺らの方に向かってきている。
奴とこちらでは、歩幅が圧倒的に俺らが不利。つまりはいずれ追いつかれる。そうなるとゲームオーバーだ。



もう俺は察していた。
あんな奴に立ち向かうには、銃などの武器、もしくは・・・


「俺の魔術・・・」


…しかないということを。

『銃』と考えると、部長の技を思い出した。
あれを使えば、もしかしたらアイツを倒せるかもしれない。
しかし、俺の魔術は不完全。使えるようにはなったみたいだが、発動条件は不明。完璧に“運ゲー”となっているのだ。

それでも俺は、戸部さんの前に立ち塞がるように立ち、大熊を見据えた。


「三浦君!?」


戸部さんは驚いた声を上げていた。自分でもこの行動は驚いた。
そりゃ、こんな大きな獣を前にして、自分より前に立ってくれるなんて普通は有り得ない。
だって俺の脚なんか、勝手にガクガク震えてるもん。


でも、今の俺は“普通”じゃないんだ。


「戸部さん、さっき言ったよね、俺を誘った理由。どうやらホントにそうなってしまいそうだよ」

「え…?」



「俺が、君を守ります」



…自分でも恥ずかしくなってくる台詞だ。
だがきっとこの言葉は、俺にも戸部さんにも勇気を与えたはずだ。

できるかできないか。そんなもの関係ない。『やるしかない』んだよ。
絶対に、魔術を使わなきゃならない。


「かかってきやがれ!」


俺は必死の思いで叫んだ。
獣は大声に対して敏感? そんなの知らん。
俺は無我夢中で熊に立ち向かう。


「三浦君!」


後ろから戸部さんの声が聞こえてくる。
だが俺には、戦闘態勢に入った大熊の攻撃を見切ることしか考えてなかった。


「グアァァァ!!!」


大熊の雄叫びが森中に響き渡る。と同時に、右腕を俺に向かって振り下ろしてきた。


「ふっ!」


だが俺はそれを見切り、体を捻らせ横に回避した。たぶん今ので一日分の体力と精神力を使った気がする。
だがこれで、奴の標的(ターゲット)は俺になったはずだ。


「戸部さん、今の内に逃げて!!」


俺は戸部さんに叫んだ。
戸部さんは急展開に混乱していたようだが、賢い頭脳である答えを導き出したようだった。それは・・・



「何か秘策があるんですよね? 私が囮をやって時間を稼ぎますから、その準備を!」



彼女の目からは本気の意思が読み取れた。
『覚悟はできている』
彼女はそう言ってるように見えた。

だが易々とそれをやらせるほど、俺は甘くはなれない。


「ダメだ、俺が引きつけている間に早く!」

「嫌です! 三浦君を一人危険な目には遭わせられません!」


俺は納得した。
彼女は正義感が強いのだ。だから身を挺してでも人を守ろうと・・・。
でも、彼女と俺では決定的違いがある。彼女にコイツを倒す術はないのだから。


「グルルル…」


大熊が俺ら二人を見渡し、どちらを狙うかを迷っているようだった。
ここで戸部さんの方へは絶対に行かせられない。
こうなったら一か八か!


「集中…」


俺は精神を統一し始める。

俺は魔術を使える。俺は魔術を使える。俺は魔術を使える。

そう暗示を掛けた俺は、一気に熊へと飛び出した。


「喰らえ!!」


俺はあの時のように右手を伸ばした。

できるだけあの状況に近づけて・・・

力を…込める!!!


「ハァ!!」



俺の掛け声と共に訪れたのは・・・またしても静寂だった。


“失敗”。そう気づいた時には、大熊の攻撃が寸前に迫っていた。見切る暇はない。
コンマ数秒後にでもやられるであろう俺の体。その様子に口に手を当てながら驚愕している戸部さんの姿が、視界の端に映った。

もはや選択肢は2つ。『直感で避ける』か『無抵抗で受けるか』。
もちろん俺は前者を選択する。ただ直感と言っても、この腕の大きさなら避ける箇所も限られる。
せめて軌道さえわかれば、一瞬の時間で判断し、避けれる自信があるのだが。
まぁ、無理な話だけどね…。


「右だ!」


俺は必死の思いで右へと避けようとした。
だが大熊の爪は、そんな俺の左肩を捉えた。


「あぁぁぁぁ!!!」


生涯で味わったことの無い激痛が脳に伝わる。
切り傷なんてレベルじゃない。なんか常に脳に電気が走る感じだ。痛い。


「ぐっ…」


ふと、気の緩んだ俺は倒れ込んでしまう。
川によって湿った小石が、俺の体を冷やした。

ヤバい、正直起き上がれない…。
呼吸する度に痛い。肩が焼ける。そんな痛みが俺を蝕んでいった。


「三浦君!」


熊なんかそっちのけで放たれた声が聞こえた。
声の方向を見ることも正直ままならないが、俺はその方向を見た。

そこには、心配そうにこちらを見る戸部さんの姿があった。
良かった。まだ無事だ。
この熊は未だに俺を狙っている。何とか彼女だけでも逃がさなければ。



そういや、何でこんな事態になってしまったのだろうか?
始まりはただのスケッチだったはずだ。そこから説明不能な急展開が起こり、今に至ったんだよな?

はは…そう考えると、呆れて物も言えねぇや。

面白いな、人生って。
中学生になってから、生活が見違えるように変わってしまった。
一体何でだろうな。
俺は普通な生活を送っていたのに・・・


──んなこと今はどうでも良いか。
俺は今やるべきことをやる。

戸部さんはあの時「助けて貰えないかな」と言った。
その言葉通りの役目を、俺は果たさなきゃならない。
今ちょっと諦めてたけど、肩を怪我したくらいでへばっちゃかっこ悪いよな。


この熊ぶっ倒して、彼女を守ってやるんだ!


「っらぁ!!」


俺は一気に立ち上がった。今までの迷いを吹っ切るが如く。
もう迷わない。俺は魔術を使うんだ。やっと見つけた俺の『非日常』なんだから!


「へへっ」


怪我の無い右腕で汗を拭い、俺は表情を変えて熊を見据えた。
そして右手の拳を強く握り締めると、俺は一直線に熊を目指した。

その拳の周囲は、波の様に揺らいでいるように見えた。



「見せてやるよ、このデカブツが! これが俺の魔術だ!!!」



ドゴ!



俺の拳は熊の大きな腹を捉えた。
しかしそれを受けた大熊は微動だにしなかった。

無論、当たった瞬間だけだが・・・。



ビュオオォォォォ!!!



天気が一変、台風の様な強風が吹き荒れた。
その風は主に俺の拳へ集中し、そしてその風圧は薙ぎ払うように大熊を吹っ飛ばした。



ドッシャアァァ!



軽い物の様に宙をクルクルと舞い、放物線を描いて熊が吹っ飛ぶ。
そして川原に叩き落とされ、小石が散らばる音が響いた。
そこに横たわった獣は死んだのか気絶したのか、動き出すことはなかった。


「・・・倒した、のか?」


一瞬の出来事であったため、俺はまたしても実感が湧かなかった。

だが唖然としてボーッとしている俺を、とある声が目覚めさせた。


「三浦君、大丈夫!?」


心配そうな顔でこちらに駆け寄って来る戸部さん。
そこで、俺は彼女が心配している事に気づいた。


「あ…」


傷を負った左肩を見てみる。
すると傷口から今も鮮血が溢れ出ていた。あぁ、さっきまで痛みを感じてなかったのに、痛くなってきた…!
てか、出血多量でどうにかなったりしないよな?
いやそれよりも、痺れる様な何とも言い難い痛みに襲われて、凄く痛い。とりあえず痛い。


「早く治療しないと!」


戸部さんがそう言い準備に取りかかろうとするも、道具は一切ないため戸惑っていた。
第一、この怪我は救急箱程度じゃダメだと思う…。


あ、やべ、何か意識が朦朧としだした。
し…視界が、揺れる…。


俺は疲労と負傷のためか、静かに気を失った。







「……い」


何だ? 何かが聞こえた気が…?


「…おーい」


俺を…呼んでるのか? 一体誰が?


「ちっ面倒くせっ。ちょっとビリってやっていいよな? 心臓マッサージ的な」
「いやいや。コイツ怪我人だから、アンタみたいに加減ができない奴はそういうのしなくていいって」


今度はハッキリと聞こえた。
てか、この言い合いの雰囲気、どこかで聞いた事あるぞ!?


「部長…!?」


俺はバッと起き上がりながら叫んだ。
すると、その人は気づいたのか、こちらに向かって声を発した。


「お、三浦起きたのか。調子はどうだ?」


そう訊かれても、答えるより前に周りが気になってしまう。
ここは、宿の俺たちの部屋。そして俺は布団に寝かされていた。俺の周囲には魔術部の部員が全員揃っている。
窓の外には夕焼けが輝いており、それは「もうこんなに時間が過ぎた」のだと、俺に教えてくれた。
俺に声を掛けた部長は、俺の枕元に胡座をかいて座っている。


「え…? これってどういう…何でここに?」


気を失っていて記憶が飛んでいるため、この状況までの過程が思い出せない。
え~と、あそこで気を失ってから、それから・・・



「! 部長、戸部さんは?!」



俺は重大な事を思い出し、部長に彼女の存在を問う。
部長はその質問に首をかしげて悩んだ後、「あっ」と独りでに納得して言った。


「戸部…っていうのはお前と一緒にいた可愛い女子か? 彼女ならもう家に帰ったぞ」

「じゃあ無事なんですね?!」

「あ、ああ」


それを聞いた俺は安堵した。
良かった、ちゃんと守れるという役目は果たせたみたいだ。俺と彼女が無事なら、何の問題もない。
それでも、いきなり目の前でぶっ倒れたし、やっぱり心配掛けちゃったよな。学校で謝らないといけない。


「なぁ三浦。目が覚めてすぐで悪いが、少し話をいいか?」

「はい、大丈夫です」


俺は部長の問いに快く答えた。
すると部長は話を始めた。


「話は全てその子から聞いた。始め、俺たちを呼びに来た時なんか酷い慌てっぷりでな。『熊が! 三浦君が!』なんて言われて、お前が熊にでもなったのかと思ったよ」

「何でそうなるんですか…」


部長はまず軽口から入る。いつも通りだ。
なるほど、どうやら俺が気を失った後、戸部さんは宿に戻って助けを呼んでくれていたみたいだ。確かに、女手で男子を連れて帰るのは厳しいだろうから、それは賢明な判断だろう。


「でもって彼女はお前が熊を倒したことにとても驚いてたから、仕方なくこの部の実態を教えた。そうしたら、半信半疑で納得してくれたよ」

「う、すいません…」

「なに、謝ることじゃないさ」


仕方ないと部長は笑ってくれたが、俺の気持ちは晴れなかった。
魔術だなんて、ここでは部活こそあれど、本来なら人にホイホイと話すものじゃない。典型的な例だと、悪い奴らに利用されるかもしれないからだ。
戸部さんはそんな人じゃないと思うけど、今後はもっと用心するべきだろう。


「俺はお前がまた魔術を使えたことを嬉しく思うし、それ以上に、それで人を守ったお前のことを、尊敬する」


今度はストレートに言われる。
部長からそう言われるなんて、とても照れくさい気分だ。


「お前を連れ帰る時に様子を見てきた。全く、初陣であんな獣をよく倒せたな。すげぇよ、ホント」


部長はしみじみと、独り言のように呟く。
そして急に立ち上がると、堂々と言った。


「自分を守るため、誰かを守るため、強敵に立ち向かったお前の勇気を、その精神を、俺は部長として誇らしく思う。お前は心の優しい奴だ。これからもその心を忘れるなよ。以上」


部長は言い切ると、足早に部屋を去った。

俺はそのあっさりとした行動に疑問を感じたが、そんな様子の俺をみて副部長が声を掛けてきた。


「やれやれ、相変わらず素直になれないんだから、アイツは」

「え?」

「『凄い!』、『偉い!』って普通に褒めればいいのに、わざわざあんな堅苦しい言い方しかできないのよ。めんどくさいでしょ」

「は、はぁ…」


そう言われると反応に困る。めんどくさいと思わないとは言わないが、それも部長の個性だと思うし。


「それに、羨ましいのよ。アンタが」

「俺が、ですか…?」

「仲間を必死に助けようとする勇気、まるでヒーローじゃない。アイツ、そういうのに憧れてるからさ」

「なるほど…?」


いきなりそんな話されて正直理解が追いついていないが、要は俺が嫉妬されてるということだろうか?


「まぁ、アイツのことだから心配はしないけどね」


ヤレヤレといった様子の副部長。
あれ、俺が部長に悪いことした感じになってない!? 無実だよ俺!

…それにしても、さすがは副部長。部長と長い付き合いがあるだけのことはあって、部長の行動をよく理解している。それはまるで、


「副部長は、部長のことよく見てるんですね」


俺は思ったことを口に出した。当然、何の他意もない。

それなのに、その質問を受けて副部長が顔を真っ赤にして焦り出した。


「ち、違うわよ! あんなビリビリ馬鹿なんて興味ないし! 見てたのは・・・そう、観察よ! アイツを出し抜くために観察してたの! うん!」


なんだなんだ、突然雰囲気が変わったぞ。俺、なんかマズいこと言ったのか?


「さて、もうアンタも起きたことだし、私は部屋に戻るわよ! じゃあ!」


そして、凄い勢いで襖を閉めて出ていった副部長。
もしかして怒らせちゃったかな…?


「(あの反応…これはもしやアレなのでは?)」
「(マジか、考えてもなかった)」
「(なるほどあの二人が…面白そうだな)」
「(今後に期待か。とにかく三浦、ナイスプレー)」


何かコソコソ先輩方の会話が聞こえるが、何を言っているのかイマイチ聞き取れない。
やっぱりマズかったのかな。後でもまだ怒ってたら、その時は謝ろう。


「それじゃあ俺らも一旦部屋出るわ。安静にしてろよ!」


すると、部長と同じように先輩方は俺に言葉を送って、そして部屋から出ていった。
何で皆居なくなっちゃう訳? この部屋病室みたいな感じ?

まぁ良いや。まだ話し相手は一人居るし。


「暁君」

「何だ?」


俺は部屋の隅に座っていた暁君に声を掛けた。
暁君はゆっくりと立ち上がって俺の所まで歩み寄り、また座った。


「驚いた? 俺が熊と闘ったって話」

「正直、それだけじゃなく色々驚いている。えっと・・・」


暁君は言葉に迷っているようだった。
無理もない。俺が魔術を使えるようになったり、なんか熊と戦う羽目になったり、そして倒してしまったり。俺自身もまだ実感がない。


「とりあえず…お疲れ様。 怪我の具合はどうだ?」


怪我? そういえばあったなそんなの。
俺は左肩を見てみる。するとそこには包帯が巻かれていた。


「実は部長が魔術を使って応急処置してたんだ。完全には治せないから、とりあえず痛み止めだけでも…って」

「部長が?」


俺は驚いた。道理であまり痛まなかった訳だ。
魔術って、治療とかもできるんだな。万能かよ。
…だからこそ、良いことにも悪いことにも使える。あ、何か面白い展開来そうかも?

俺は肩を見つめながら、ボンヤリと思った。


「ったく、魔術が使えなかったら、今頃その怪我だけじゃ済まなかったぞ」

「それは考えたくないかな。結果的に良かったんだからいいんじゃない?」


暁君の言葉に俺はそう返した。
過去をグダグダ言うより、ポジティブに今を生きる方が大切、ってよく言うしね。


「お気楽だな、全く。…俺も早く会得しねぇと」

「ふふふ、一足先で待ってるよ」

「今に吠え面かかせてやるからな」


暁君の決意に満ちた呟きに、俺は笑顔で応える。
彼が魔術を使えるようになったら、その時は勝負(バトル)するんだ!


「じゃあ安静にな」

「え、暁君も行くの!?」


何で皆毎回居なくなるの!?
居てくれた方が安心できて良いんだけど!

…ってあぁ、そんなこと思ってる間に出ていっちゃったよ…。

・・・暇だし寝るか。





翌日の3日目、特に変わったことも無く、部員は全員家へと帰宅した。
俺も当然帰ったのだが、智乃に怪我がバレないように振る舞うのがとても大変だった。
抱きつかれたら痛いわ、肩叩きするとか言ってくるから全力で拒否するわ・・・とりあえずなんやかんやあったが、その日は何とか乗りきった。

そして更に翌日。今度は学校という関門が立ちはだかった。まぁ制服で隠されているため、大地や莉奈にも怪我に気づかれることはなかった。
ただ、俺の左側を 人が歩く度にビクビクしなきゃいけないのは自分でも悲しくなった。

部長の力で自然治癒能力も一時的に高まっているらしいので、3日もすれば完治するそうだ。
いやはやご迷惑をおかけしました、部長。すいません。

それと、戸部さんにもしっかりと謝った。彼女は笑顔で「良かった」と言ってくれた。俺は「すいません」と返し、頭を下げた。


──このように、俺が普通に魔術を使えるようになってからも、日常が見違えるように変わるということはなかった。皆は俺の変化に気づくこともなく、ただただ“平凡”な毎日を共に過ごし続ける。

だから俺も、この先もそんな生活が続くのだと思い込んでいた。

これが、俺の"非日常"の幕開けとも知らず。

 
 

 
後書き
はい。やりたい事を無理矢理くっつけました。変ですが気にしないようにしましょう。

そして、晴登はもう魔術を使えるようになりました(ということにしました)。
後は暁君ですね。何か大変そう…。

…ですが、GW編は終わりました。
次はいよいよ体育祭編です。夏休みまでにどこまで進むか・・・。心配だ…。

──と、今回も長い後書きになってしまいました。
今度からはもう少し短くしましょうかね…(←多分無理) 

 

第21話『準備』

 
前書き
今回はざっくり言うと、暁君の魔術会得編です。
ありきたりな展開しか書きませんが、どうか楽しんで読んで頂けたらと思います。 

 
GWが明けて学校が始まって早1週間。
学校全体が徐々に体育祭ムードへと変わり始める。
俺が負った怪我も日に日に良くなっており、肩の動きは大分取り戻した。

こういう状況の中、体育の時間で行進やら応援やらの練習を行う俺であったが、ようやくそれらも終わった日の放課後、いつものように魔術室に寄っていた。


「あの部長、質問が有るんですが…」

「何だ?」


大して生活は変わらないと感じていたが、唯一変化を感じたことがある。それは・・・


「三浦、そんな奴より私に訊きなよ。そんな奴より」

「お前何で2回言いやがった」


長い間部室に姿を見せなかったという副部長が、合宿を境に来始めたのだ。他の部員達も、以前よりは集まりが良くなった気がする。


「大事な事だからに決まってるじゃない」

「それでも三浦は俺に頼んだんだ。邪魔者はすっ込んでろ」

「むぅ…」


部長が最もらしい理由で副部長を強制的に退けた。
てか、どこだろうと毎回毎回この喧嘩をできるのか、この二人。


「…で、何だ三浦?」


一仕事終えたかのように清々しく訊いてくる部長。
そして何なんだこの身代わりの早さは。


「えっと…以前部長は俺らに、体育祭までに魔術を覚えろって言いましたよね? それってなぜですか?」


俺は以前疑問に思ったことを問う。

いつだったか、部長は俺らに「体育祭までに魔術を覚えろ」というようなことを言った。その話を聞いた時は、体育祭はただの目安なんだなと考えていた。が、今となってはそれはおかしいんじゃないかと思う。
そもそも、体育祭“までに”というのが引っかかる。この学校のことだから、もしかすると魔術が必要になる競技が有るのかもしれない。


「そういやまだ説明してなかったな」


部長はそう一言言うと、次の言葉をタメるかの様に大きく息を吸うと、勢いのある声で言った。


「実は体育祭のプログラムの中に、毎年恒例であることをやる! その名も“部活動対抗部費争奪戦”、通称『部活戦争(ぶかつせんそう)』だ!!」


部長は言い切ったと言わんばかりにふんぞり返る。
だが、内容が俺の思考を突破していたため、理解するのに時間がかかった。


「えっと…部費、ですか?」


俺は首を傾げつつそう訊く。
だって普通、部活動対抗といったらリレーでしょ? 何でそれがわざわざ“戦争”と表現され、しかも部費まで決定されなきゃいけなくなる訳だ?


「簡単な話で言うと、それが一番盛り上がるんだ」

「は、はぁ…」


部長は「盛り上がる」を強調して言った。
要するに、この学校の人たちは盛り上がりが欲しい訳なんですね、ハイ。


「ちなみにルールは…?」


俺は単純にもう一つ気になった事を訊く。
そりゃ『戦争』と言うくらいだから、きっと騎馬戦みたいな派手な感じなのかな…なんて。


「えっと…かいつまんで言うと、“まず部活動ごと数名を1チームとして学校中に散らばらせ、そして争う”という感じだな。詳しく言うと、学校中に宝箱のように置かれている部費・・・というかいわゆる“部費チケット”を集め、時間切れまでに持っていた部費チケット分を換金し、それが部費となるんだ」

「何ですかそれは…」


あまりにも現実味のない争い方と部費の決め方に、俺は唖然とする。
何だよ部費チケットって。もはや宝探しじゃん。


「まぁさらに詳しいルールはその内プリントで貰えるだろうから言わないでおく。あ、ちなみにさっきの説明は去年のルールだ。一昨年とも違うルールだから、今年も違うルールになるだろうな」

「じゃあ、さっきの得意気な説明は何だったんですか!」

「と!に!か!く! お前の次は、早く暁に魔術を会得させるぞ!!」

「お~い、主旨変わってるよ~」


部長のあまりの話の変わり様に、副部長がツッコミを入れる。もっとも、部長本人は全く気づいてないが。

そうか、俺の次は暁君が魔術を覚える番か。俺が会得するのも時間がかかったし、きっとこれも時間がかかるのだろう。
あ、そうだ、熊でも呼んで無理やり会得させるのはどうだろうか。命がけの状況なら何とかなるんじゃないかな。うん、俺のトラウマが刺激されるだけだからやめよう。


「よし! 三浦、今暁はどこに居る?! 俺が徹底的に教えてやるんだ!」


魔術室の扉を開けつつもコチラを見ながら言ってくる部長。なんという行動力だろうか。


「そんなこと訊かれても…」


しかし、彼がどこにいるのかなんて俺には知りえない。気がつけばふらっと教室からいなくなって、いつの間にか帰ってくる。そんなことが彼にはよくあるのだ。


「んだよ。アイツを選手に使おうと思ってるから練習させたいのに・・・」

「え?」


部長がサラッと愚痴ったその言葉に俺は違和感を覚える。


「暁君を出場させるんですか?」

「ああ。もちろんお前もな」

「えぇ!?」


マジかよ!? ルール知らないけど大丈夫なの!?
てか何で先輩方じゃないの?!

・・・あ、もしかして魔術が関係してるのか? 先輩方には使えないから…。


「わかったならお前は特訓! だがその前に暁を連れてこい!!」

「は、はい!!」


俺は部長の大声に対して反射的に行動に移った。
暁君どこに居んの~? 何か部長のキャラ変わり始めたよ~!
つか何で俺が探しに行くことになってんの!?







「あ、暁君! ようやく見つけた!」


俺は廊下の端でようやく暁君を見つけた。全く、この学校は広いから骨が折れる…。


「ん? 三浦か。どうした、そんなに息を荒くして?」


小走りで移動していたから、俺は息が上がっていた。だから、手短に要件を伝えることにする。


「実は、カクカクシカジカ・・・」





「──なるほど。で、俺が魔術を早く会得しろと部長が」

「うん」


俺の拙い説明でよく理解できたな暁君。さすが天才、一を聞いて十を知るとはまさにこのこと。


「じゃあ早く行こ!」

「お、おう」


俺は暁君と共に魔術室へと引き返した。






暁君を魔術室に連れてきた後のこと。


「あれ、今何か光が見えなかったっすか?」

「おぉ良いぞ、その調子だ!!」


・・・なぜだ。なぜ暁君はそんなスムーズに会得しようとしてるんだ?! やめろ、俺の努力が虚しくなる!


「部長、俺の“暁光”っていうのは光メインの魔術なんすよね?」

「え? まぁそうだが…。でも火属性も持ってるぞ?」

「いえ。ただ“魔術で何ができるのかな”と思って」


しかも俺とは違って、後のこと見据えてるし!
もうヤダ…俺って惨め…。


「よし、暁もいい具合に仕上がってきたことだし、ここらで実戦といくか! 三浦、準備しろ!」

「どうせ暁君より俺は・・・ってはい! 何ですか?!」

「実戦だ。暁とな」

「えっ、いいんですか!?」

「マジすか…」


暁君はまだ未完成なのにと不安そうにしている。確かに、まだ実戦には早いんじゃないだろうか。
でもきっと、部長には何か考えがあるのだろう。俺は素直に従うことにする。







俺と暁君、そして部長が学校内の裏庭に集まった。
部長曰く、ここはあまり目立たない所で、人目を避けて魔術を使うにはもってこいの場所なんだそうだ。
さすが、色んな場所があるなこの学校は。


「審判は俺がする。二人ともこっちだ」


部長に言われた通り動く。
そして、俺と暁君が向かい合うように立つ形になった。


「随分と早く叶ったな」

「そうだね」


以前俺はこう口にした。いつか暁君と魔術を使って戦いたいと。
なんとあれから数日でもう現実に起こったのだ。驚く他ない。


「俺はもう魔術を使えるんだ。負けないよ、暁君!」

「俺だって負ける気はねぇさ。この戦いの中でチャチャッと使いこなせるようになってやるぜ」


部長が離れた所に立ち、いよいよ始まろうとしている。


「いくぞ二人とも。よーい始め!」


手を振って開始を合図した部長。
そしてその瞬間、俺は一直線に駆け出した。


「はぁっ!」


俺は走りの勢いに合わせて右の拳を構える。
すると、その拳の周りの大気が歪み、拳を纏うように風が生まれた。


「それがお前の能力(アビリティ)か」


暁君は向かってくる俺を恐れずにそう言った。
だが彼の魔術は未完成。これを防ぐことなんて出来る訳が・・・


「おっと」

「へ!?」


避けた!?
しまった。その行動は予想してなかった。
魔術同士の戦い、ということで魔術で防ぐかなと思ってたし。

いくら運動の苦手な暁君でも、俺の動きを読み、避けることは容易いだろう。そして俺は無様にコケると。


「ほら、どうした三浦」


無表情でそう言う暁君。
クッソ~、これ俺が優位に立つ場面じゃねぇのかよ!


「まだまだ!」


俺は座り込んでいた状態から一気に立ち上がり、もう一度拳を構えた。
避けるなんて行動は大体1回しか通用しないんだよ!


「ほらよ」

「眩しっ!?」


…とか思ってたら、暁君の手から不意に光が放たれた。まるで懐中電灯を照らすかの様に。もちろん、直視したため目が眩む。
俺は両目を手で塞ぎ、大いに焦っていた。


「光は…出せるのかよ…」


苦し紛れに俺はそう洩らす。
そういやさっき光ったとかどうとか言ってたな。まさか光はもう出せるとは。なんたる不注意・・・


「隙あり!」

「がっ!」


俺は目を塞いでいて無防備だった為、暁君の拳が腹にヒットする。威勢が良い割りには威力が弱い気がしたけど、それでもちょっと苦しい。


「もう一発!」

「二度も喰らうか!」


俺は目を瞑ったまま、両手を勢いよく扇ぐように広げた。
すると、(よく見えないのだが)風が前方を吹き飛ばす。
いや~練習してると応用が効くなぁ。さっき思いついたんだけど。


「くっ、やるな」


暁君の声が聞こえた。よし、効いてる効いてる。
それにしても、目がチカチカして全然前が見えない。


「よし…!」


が、もうそろそろいいだろうと思い、俺は目を開けた。少々ボンヤリしていたが、慣れるのはすぐだろう。


「ホイ」


「目がっ! 目がァーー!!!」


あぁぁぁ!!! ヤバい、目がヤバい!!
失明とかしないだろうな!!? 大丈夫だよな?!!


「クソっ、一度ならず二度までも…。こうなったら一か八か…」


俺は周囲が見えないが、ある技に賭けることにした。それは・・・


「全てを吹き飛ばす…!」


周囲が見えないのであれば、全方位を攻撃すれば良い話。できるかかどうかはわからないが、この技は汎用性が高そうだから是非とも使えるようになりたい…!


「うぉぉ!!」


俺は両足を踏ん張り、力を溜める。
ちなみに“力を溜める”という表現は、今となっては見に染みて感じることが出来る。
ホントに力が溢れてくる感じだもん…!


「チャンス!」


暁君が叫んだ。
フフフ、気づいていないな、俺の大技に。
為す術なく、吹き飛ばされるがいい!


「うおぉぉぉ・・・って、おぁ!?」


?? 何だ今の声は?
暁君…だよな。随分焦ってる…? というか驚いてる??
あぁ! 周りが見えなくて状況がわからん!!

・・・まぁ、とりあえず吹き飛ばす。


「!? ちょ、三浦、ストップ! ストーップ!!」


急に部長からストップがかけられる。
何だ? 暁君が焦ってるのに関係あるのかな?
でも大丈夫ですよ部長、手加減はするので。
まだ使ったことない技ですけど。


「いくぜ!!」


力を波の様に、円状に広げる感じで・・・解き放つ!!!


「ぶっ飛べ!!」


ブォォォォォオ!!!


轟音と共に暴風が吹き荒れた。目を瞑っていた俺でも分かるほど、凄い勢いだった。その轟音に混じって、部長と暁君の声が聞こえた気がするのだが…怪我はしてないよな…?
まぁでも、やろうと思えばぶっつけ本番でできるじゃねぇか! グッジョブ俺!

はは! やっぱり俺って凄いんじゃないの?!
ちょっと目を開けて見てみるか!


「──は??」


俺の目の前には、焼け野原となった裏庭がポツンと残っていた。







「ったく…だからストップって…」

「すいません…」


後で部長と暁君から状況を聞いた。

何でも、あの暁君の驚いた声は、暁君があの一瞬で炎が右手に出たからだそうだ。
そして当の本人は、「何で熱くないんだ?」などと呑気なことを考えていたせいで、俺の大技には気がつかなかったらしい。
そして俺が風放出、暁君の炎が風に乗る、後はその風が全方位に…。

ザッとこんな感じだ。


ちなみに今の裏庭の現状としては、戦闘時に俺が立っていた場所を中心に半径5mほどが黒焦げになっていた。そして、その範囲を出たところは無害。


よって後日、偶然通りかかった生徒にそれが見つかって、『体育祭前にUFO来日!?』などという、アホらしい新聞が貼り出されることになった。人が来にくいって言っても、絶対に来ない訳じゃないんだね、あの裏庭は。気をつけよう。

つか、まずミステリーサークルじゃねぇっつの!!





──とにもかくにも、暁君もようやく魔術を会得したようだった。
言うなれば、あのミステリーサークルは暁君の炎で作ったんだし、威力も中々なのだと思う。

あの勝負は一応俺の勝ちとはなったが、以後、彼の光には気をつけたい。


体育祭まであと一週間。
部活戦争・・・なんか楽しみだ!!

 
 

 
後書き
暁君の魔術会得はある程度簡単にさせて頂きました。
その方が話を繋げやすかったんで。

何かバトルシーンって難しいですね(今頃)
得意とほざいていた自分がアホらしいです…。

まぁ良いですよ!
次回は更に端折って体育祭始めますよ、ハイ!
あ、やべ、夏期講習が…。
まぁ頑張ります!! 

 

第22話『開幕』

 
前書き
そろそろ初期設定が破壊しそうになってきました。
そして2週間期限ぶっ飛ばしました。
更には夏休み入りました。

皆さん、熱中症にはお気をつけて(←関係無い) 

 
暁君が魔術を会得してから幾日か経った。
いよいよ明日にまで体育祭の日が近づいている。
初めての中学校での体育祭。しかもあの学校でとなると面白いことになりそうだ。


・・・ちなみに今は、その明日のことを智乃と話している。
時刻は午後9時。そろそろ寝たいのだが、どうやらそうもいかないらしい。


「お兄ちゃん頑張ってね! 応援行くから!」


その言葉に俺は愛想笑いを返す。
だって『部活戦争』に俺が出場するなら、家族の前で俺が魔術部所属ってことがバレるんでしょ? 家族とはいえ、それはちょっとなぁ…。


「あぁ、わかったから寝させてくれ。明日は大変なんだから」

「ぷぅ~」


智乃は構ってもらえなかったことに不満を持ったようだったが、納得したのか「頑張ってね」と一言残し、自分の部屋へと帰っていった。

『大変』というのは間違いではない。
部活戦争も原因の一つだが、そもそも他の競技にも出なければならない。


「考えても仕方ないか…」


俺はベッドに寝転んだ。
明日になれば全て始まる・・・。







「おいおい、またかよ…」


俺は独りでに呟く。
周りには、今までに二度見たことのある草原が広がっていた。
今度は記憶もハッキリしていたし、これが夢だということもわかっていた。
でもやはり、今回も前回と違うことがある。


身も凍る程の冷たい雨が降っていた。


夢の中なのに冷たいと感じるのはこれ如何に、とは思うが、それはこの夢が普通のものとは異なるからだろう。
黒く曇った空を見上げ、顔を雨粒で濡らしながら物思いに(ふけ)る俺。
何度もこのような経験をしながら、この夢の意図が全く分からない。
特に二回目に出てきたあの人。あの人は結局誰だったのだ? 顔が最後まで見えなかった。


「雨…か」


一回目は晴れ。二回目は曇り。三回目…今回は雨。
まるで、ドンドンと天気が悪くなっているようではないか。
これが何を指し示すのか、いや、そもそも何かを指し示しているのか。
たとえば、何かの前兆を知らせていたりとか・・・







最悪の目覚めだ。
そんな俺の気分とは対照的に、空は雲が一片も見当たらず、今日は快晴であるとわかる。だがまだ早朝なのか、少し暗い。
窓を開けて外をみると、誰も居ないかの様に静かで、5月にしては涼しかった。

さて、昨日から今日に架けて見た夢。内容は完璧に覚えている。あれが何に関係するのか…。


「ん…、さすがに早く起きすぎたか…」


伸びをしながら呟く俺。
時刻はまだ午前5時。
体育祭の準備で親が忙しくなる時間帯といったところか。
選手である俺はもう一時間は寝てても良いのだが…。いや、起きるか。



やけに家が静かだ。
俺が一階へ行こうと階段を降りているとき、その音が家中に響いたため、俺はそう思った。
もしかすると、母さんらはまだ起きていないんじゃないか?

・・・起きていない方が好都合か。俺の魔術部所属はあまり明かしたくない。あの部活の雰囲気はとてもじゃないが不思議すぎる。だから、そんな部活に入っているから、と心配されるのは心外なのだ。


「暇だし、もう行くか」


俺は朝食の準備を始め、まだ早いのだが学校へ行くことにした。
別に生徒が早く来ても何の問題もないだろうし、向こうにいれば家族と余計な会話をしなくて済む。
それに、時間を気にしなくてもよくなるから楽だ。





「いただきます」


朝食を軽く作った俺は、すぐに食べ始める。
ちなみにメニューはご飯、味噌汁、牛乳、そしてデザートにバナナといった所だ。和食の中にバナナのチョイスはどうかと思うが、バナナは体育祭の必需品とも呼べる代物だ。これは外せない。





「ごちそうさま」


早々に食べ終わった俺は、いよいよ学校へ行く準備を始める。
必要なものは水筒とタオルと後は・・・まぁそれくらいしかないか。


「行ってきます」


そして誰も起こすことなく、俺は静かに家を出た。







「やっぱ誰も居ないよな」


学校に着いたが、周りに見えるのは学校の建造物と数名の誰かの親と先生方。生徒の姿なんて一つも見当たらなかった。


「さて、どこへ行こうか」


だがその言葉を言うよりも早く、俺の足はある場所へ向かっていた。


『魔術室』


──と、書かれている看板がある教室の前に、俺は立っていた。
やっぱりここが俺の居場所である。しばらくはここで過ごすとしよう。

俺は扉に手を掛け、いつもの様に開いた。


「よう、三浦」


こちらを振り返りながら、クールな声で呼びかけてくるクラスメートが、部室には居た。
しかもよく見ると、部室に居たのはその一人だけではない。


「ホントにこのメンバーで大丈夫なんでしょうね?」

「俺の頭脳に狂いはない!」

「じゃあ俺の頭脳と勝負しますか?」

「おっと暁、それはまた今度な」


暁君に部長に副部長。俺以外に魔術を使うことのできる三人が、既に部室に揃っていた。
相も変わらず口論をしていたようだが、今回は暁君も混ざっている。


「何でこんなに早く…?」


俺はたまらず思ったことを口にする。
すると部長はあっさりと答えた。


「偶然偶然。暁やお前も早く来たのは驚きだわ」

「ちょっと、何で私は予想通りなのよ!」

「お前はいつも学校に来るのは早いだろうが」


あーあー、これじゃ焼け石に水だ。俺は何も喋らない方がいいかな?


「あ、それはそうと、三浦。部活戦争の説明はわかったか?」

「貰ったプリントですね。ちゃんと読みました。やっぱり、部長が言ってた説明とは違いましたね」


俺は部長にそう告げた。
最初の部活戦争のことを聞いたあの日、タイミングよく説明のプリントを学校から配られたのだ。
にしても、変なルールだったな…。


「じゃあ確認の意味で、ここにあるプリントをもう一回見るんだ」



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 通称:部活戦争について


参加人数…1つの部活につき1チーム
     メンバーは入部している4名

戦場…校舎全体と体育館と中庭
   グラウンドは観客席以外の箇所で

競技時間…17:00~19:00 (2時間)

単純なルール…1人倒す毎に部費獲得


*詳細*
○メンバー
・それぞれの部活の部員より4人選出
・そのメンバーの内、1人をリーダーとする(部長かどうかは問わない)
・チームのリーダーを知っているのは、そのチームのメンバーのみ(他のチームは他のチームのリーダーを知らないまま競技開始)

○スタート
・スタート地点は部活ごとに異なり、それぞれの指定場所から開始する

○戦争中
・敵を1人倒すごとに10万円の部費を入手。なお、リーダーを倒せば50万円入手できる
・倒されたら、それまでに得ていた部費は半減
・倒された者の復活はない
・『〇〇が△△を倒した』等、判断するのは運営側(審判、監視カメラ、ドローンカメラ等により)
・敵を倒す手段は肉弾戦かチーム(部活)が所有する道具だけである。それ以外の関係ない物は使用禁止とする
・チーム全員が倒れた場合は失格となり、得た部費はさらに半減される
・校舎の破壊は構わないが、修理代は部費から払われるので注意
・部費は他チームから奪われることはなく、チーム全員の部費の累計がその部活の得た部費となる

○終了
・スタートから2時間経過すると終了の合図が出される。その瞬間競技は終了とし、集めた部費は後日与えられる
・チームごとに敵を倒した数を総計し、その数の多い方から順位をつける。その順位によっても部費が与えられる(1位は1億円、最下位で10万円)


*順位について*
敵を倒した数が多いチームから1位、2位…とつけられる。ちなみに失格したチームは最下位で統一である。もし倒した数が同じで順位が同じになるチームらが有るならば、残ったメンバーの数やら集めた部費やらで順位を決める。


*失格の条件*
・チーム全員が倒れる
・運営が失格だと判断した時(過度の暴行など)→その選手のみ強制失格


作戦は自由。あくまで人を傷つけるために行う競技ではないことを自覚して、競技に参加すること。
なお、この競技に団色は一切関係ない。

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「まぁちゃんと読んだとはいっても、わかりにくいんですけどね…」


俺はため息をつく。
こんな競技を生涯でやることになるとは思わなかった。てっきり漫画の中であるような話だとばかり思っていた。
しかも非現実過ぎる内容なのに、よくここまでルールを決めたな。ある意味凄い。


「その内慣れるだろ、たぶん」

「まぁ無傷で終わるとは思えないわ」

「そうなりますよね…」


何か絶対“罪悪感”的なやつに襲われる気がする…。
つか、人を傷つけるためには魔術は使いたくないよ?


「三浦、その顔を見ればお前が何を考えてるかなんてバレバレだ。安心しろ、秘策がある」

「え?」


俺の心が読まれたということも有るが、部長が秘策があると言った事に、俺は驚きの声を上げる。
つまりは、魔術を使わずに相手を戦闘不能にする方法ってことか?
暴力…もダメだよ?



「てってれー♪ 魔術製拘束テープ!」



急な聞き慣れた音楽に続いて、部長が取り出した白いセロハンテープの様な物を見た俺ら三人は真顔になる。てか引いた。


「部長、一応訊きますが真面目にやってます?」

「おう!」


俺の質問に部長は即答する。
なぜか誇らしげにしているのが気になる。


「実はこのテープは結んだモノの行動を制限するんだ! よって、これを敵の体のどこかに結べば、ソイツは拘束され戦闘不能…という算段だ」

「おぉ!」


それを聞いた俺は納得した。それなら安全に勝てる!と。
だが現状は甘くないようだった。


「結べばいいって…それなら結ぶまではどうするんすか?」

「「あっ…」」


俺と部長の声が見事に被る。
そうだよそうだよ。結局テープ結ぶには、相手にそれなりの隙を与えなくちゃいけないじゃん!


「そ、そいつは魔術で何とか…」


そして部長は魔術に頼り出した。
今の部長は正直言って情けない。


「それにアンタの発明品でしょ? ちゃんと効くのかしら?」
「それに関しては問題ない! 二年生に協力してもらって確かめた!」


いやいや! ダメでしょ実験台に自分の後輩使ったら!?
まぁ効果がホントに有るなら良いんだけど…。


「どうだかね~」


まだ疑う副部長。随分と疑り深いんだな。
てかこれ、部長を馬鹿にしているってことか?

そんな考えを張り巡らせていると、部長が衝撃の一言を放った。


「まだ疑うか。じゃあお前で試してやるよ」

「へっ!?」


あまりの発言に副部長が驚く。
そして部長は続けた。


「さっきからグチグチ言ってるけど、要するに体験しないとわかんないって事だろ? お望み通り、身を持って味わえ」

「え、いや、ちょっ──」



有無を言わせず、部長は副部長の手首を手錠の様にテープで縛った。
すると、何ということでしょう。
副部長が急に大人しくなりました。体だけは。



「放してよ!」

「やなこった。ちなみにこのテープは、俺の能力(アビリティ)の一部である“麻痺”の力を埋め込んで作ったもので、動きは封じるけど口は封じない設計なんだよね~。だから精々足掻いてな♪」


部長はノリノリでテープの説明をする。
だが副部長が黙っている訳がなかった。


「はいはい、アンタの発明品の凄さは分かりましたから・・・放しなさいよ!!」


結局は「放せ」の一点張りな副部長。
すると部長は煩わしいと言わんばかりの勢いで、こう言った。



「うるせぇな。襲うぞ?」



途端、副部長が顔を赤らめて黙る。何かに困惑しているといった様子だった。

まぁ「襲う」という危険なワードに反応するのも分かるよ。俺も熊に襲われた訳だし。
あ、でもそれに顔を赤らめるような要素が有るか? 不思議だ。


それ以降、体育祭が始まるまで副部長は、何かをブツブツと恥ずかしそうに小声で言っていた。





「体育祭開催まであと1時間ってとこか。よし、暁、三浦、最終調整するぞ」


部長が時計を見ながら呟く。
確かに時間が結構経ったから、今では登校してくる子も何人か確認できる。


「暁も三浦も“魔術の調整”を頼む。拘束に行き着くまでには結局魔術が必要みたいだし。何かしらで敵に隙を与えるような使い方を考えててくれ。プログラムの中では最後の競技だから、何とか体力と魔力を残しとけよ」


部長が二言三言俺らに言う。
しかし、その言葉のある部分に俺は引っ掛かり、部長に質問した。


「え、通常競技で魔術を使うんですか?」


部長が言った「魔力を残しておけ」というワードが、俺は気になった。体力ならまだしも、魔力は関係ないのではなかろうか。


「ん? 考えてなかったのか? 競技で魔術を使うってこと」


部長は堂々と言った。
つまり、徒競走やら綱引きやらを魔術を使って勝負するということだろう。でもそれって・・・


「ズルじゃないんですか?」


魔術を使って勝負に勝つっていうのは、正直反則ではないかと俺は思う。皆は魔術を使えないのに俺だけ使うなんて、不公平というものだ。


「ズル? 何言ってんだ。魔術だって実力の内だ。足の速い奴、頭の良い奴、才能のある奴・・・コイツらと何が違う?」


屁理屈に聞こえるけど、一理ある気がする。
部長のロマンチック理論には敵わないな…。


「とりあえず、今日は魔術部の晴れ舞台だ。スマートにやってくれよ!」

「「はい!」」


俺と暁君の返事が揃う。やるっきゃねぇな!!

…えっと、“スマート”ってどういう意味だっけ…?







パンパパン!!


いよいよプログラムが開始する、という合図の爆竹が鳴り響く。だだっ広いグラウンドには全校生徒300人以上が揃っていた。そして各々、赤、青、黄、緑のいずれかのハチマキをしている。
ただ、規模は普通の中学校とさほど変わらないのであろうから、ただただ広いグラウンドが目立った。


「晴登、目指すは優勝!だよな?」

「おう!」


大地が鼓舞するためか声を掛けてきた。
ちなみに俺のクラスの1組は赤団だったりする。


「無駄に意気込んじゃって~。負けた時の後悔が大きくなるだけだよ?」

「出鼻を挫くようなこと言うんじゃねぇよ…」


すかさず莉奈が何気に酷いことを言う。
うん、絶対コイツは学級委員に向いてない。


「1組集合!」


すると、今度は山本先生から召集が掛かる。
何か今日は既に忙しいな…。


「えー、皆は中学校初めての体育祭だ。是非優勝をとって、今後の生活を有意義にしよう! 全力で頑張ってくれ!」

「「「はい!!」」」


1組の全員の声が重なる。
それにしても、こういう短い話は好きだな。さっきの開会式の校長の長々とした話よりは圧倒的に良い。
校長の話が長いってどこも共通なんだね…。


「ちなみに最初のプログラムは君たちの『100m走』だ。最初が肝心だぞ!」

「「はい!」」


100m走か。インドア派の俺にとっては100mですら長距離なんだよな…。
まぁでも、今回は秘策が有るんだ!


「頑張りなよ、三浦」

「副部長」


不意に後ろから声を掛けられたため、俺は振り返る。
するとそこには、赤いハチマキに赤い大きな旗を持つ、副部長の姿があった。

何を隠そう、副部長は赤団団長である。

仕切るのとか上手そうだし、うってつけではないだろうか。


「アンタの作戦はバッチリよ! 自信持っていきな!」

「はい!」


熱い応援を掛けられ、力が入る俺。やっぱ焔使いの言葉は違うな~。
ちなみに、作戦というのは次の100m走においての魔術についてだ。我ながら良い作戦だと思う。しかもシンプルだし。


「行ってきます、副部長!」


俺が元気にそう言うと、副部長は安心したような笑みを見せた。


「晴登、もう行くぞ」

「最下位だけは勘弁ね」


俺の横を通り過ぎながら、大地と莉奈は言った。
やるからには全力でやらなきゃな!


「おう!」


二人に返事をした俺は入場するべく、門へと走った。

 
 

 
後書き
部活戦争のルールをザッと書きましたが、きっとどこかで矛盾が生じる、又はもうちょい詳しく、という事が有ると思います。なので、その場合は指摘頂けると嬉しいです。
部費の基準が自分には分からないんで、10万円とか50万円とかは「こんくらいか?」などと適当に決めました。1位が1億円はやり過ぎかなと思いますが、ここは二次創作だと割り切ります。

さて、題名で『開幕』としたのは良いが、何一つ競技に入んなかった(笑)
次回入りますんで…。

部活戦争は次の次くらいだと予想していますが、大抵俺の予想は外れます。
夏休み中に何話書けるか不安ですが、是非読み続けて頂けたらと思います! 

 

第23話『正々堂々』

 
前書き
体育祭とかもう二ヶ月前の話です。
時が過ぎるのは早いですね~。
このまま受験が終わってくれないでしょうか。勿論、受かったことにして。 

 
いよいよ体育祭が開幕した。
いつの間にか俺の家族も応援に来ていたが、今のところは気づいていないフリをしておくことにする。

最初のプログラムは、俺たち1年生の『100m走』である。ルールは単純で、100mを走り切るだけである。
しかし人類はこの距離に真剣に立ち向かい、そして勝利を取ろうとしてきた。
昔の俺には、そんな情熱はなかっただろう。

だが、今の俺には“勝利”という二文字が目前に見えている。この秘策なら絶対勝てる…!


「三浦、ホントにやんのか?」

「部長だって言ってただろ? 別に卑怯なことじゃないよ」


入場直前の整列中、暁君が俺に声を掛けてきた。内容は俺の秘策についてである。
それに俺は、あの時に部長から言われた事をそのまま返答に使った。


「でもよ…」


イマイチ“卑怯”という言葉が引っ掛かる様子の暁君。
首をかしげながら、俺の秘策について考え込んでいた。


「暁君が心配することはないよ。それより自分の事を心配したら? 走るの苦手なんでしょ?」

「うっ…」


俺は「心配」というワードを器用に使い、話を変えた。
実際、暁君の走りについては心配なのだ。

でもその言葉は地雷だったらしく、一瞬で暁君の目からは光が消えてしまった。


「どうせ俺は負けるんだ……無様に最下位で…」

「…は、走り切ることに意味があるんだ! ほら、最下位でも拍手が貰えたりするじゃん!」

「アレは哀れみの拍手だよ…」


急に随分とネガティブな思考へ移り変わった暁君。
俺が何を言っても、全て後ろ向きな意味になってしまう。俺の言葉が悪いのか?


「えっと…」

「…よしわかった。俺にとって体育祭は恥晒しの場だ。だから俺は、お前と同じ方法を取ることにした」


何かを決意したというような様子でそう言う暁君。
そして“俺と同じ方法”というのはアレしかない。


「てことは『魔術』?」

「おう」


そう、俺は今日の競技で魔術を使うことにしていたのだ。部室での会話に影響されて。
暁君は話を続けた。


「俺の属性なら多分、偶然を装って最下位が目立たなくなるすることができるはずだ」

「え、何でそこ1位じゃないの?!」


俺は真面目にツッコむ。
そりゃそうだよ。俺の魔術の使い方は1位を取るためのもので、決して最下位を目立たなくする訳じゃないよ!


「暁君は、自分は最下位確定と思ってるの…?」

「今までの体育祭の徒競走で最下位以外を取ったことは無い。だが今回はそれを目立たなくすることができる!」


今の衝撃告白から察せたが、きっと暁君は今までの徒競走は極端にビリだったのだろう。そして今回は、魔術を駆使して敵を遅らせる方法を取るという訳か。
それでも、1位を狙う方がずっと良いと思うのだが…。


「まぁ好きなようにすれば良いよ…」


結局俺は返す言葉が見つからず、会話を諦める。
暁君はなぜか満足そうな表情を浮かべながら、定位置に戻っていった。


「よし、やっか!」


俺は気持ちを引き締め、入場の合図と共にグラウンドへ一歩を踏み出した。







『よーい、ドン!』


ダッ!!


第一走者らが走り始めた。
皆が皆、真剣な表情で走っている。
負けるものかと気迫が伝わってきた。


『1位は赤団です』

「「よっし!」」


俺と大地は顔を見合わせ喜ぶ。
いつの間にか俺は競技に対して真剣になっていたのだ。
やっぱり自分の団が勝つのを見ると嬉しくなる。


「にしても速いな柊君。よくあの格好のまま走り切れるね」

「本人は隠すことに必死なだけだと思うけどな」


俺と大地は、赤団の第一走者である柊君を見ながら言った。
彼は帽子を顔が隠れるほど深々と被って耳を隠し、ズボンで何とか尻尾を隠している。
本人は人前に出ることは拒否し続けていたが、俺らの必死な説得により、何とかこれらの条件で参加を認めてくれた。

顔が隠れているため、女子が気づいてキャーキャー言うことはないが、もし顔が見えて、なおかつあの足の速さを知られたならば、きっと女子たちは黙っていないだろう。


「次は俺だな。行ってくるぜ、晴登」


そう言って大地は立ち上がった。第二走でもう大地の出番のようだ。
意気揚々といったその様子は、勝つのを予言しているようにも見えた。無論、学年でもトップクラスの足の速さを持つ大地に勝てる・・・いや張り合える人ですら、指で数えれる位しか居ないんだけど。


『位置について』


スタートの係員が言った。
大地を含めた各団の4名はスタート位置につく。
見た感じ、大地より速い人はいないようだった。


『よーい…』


係員はピストルを自身の真上に掲げる。
その動作と声に合わせ、四人は腰を浮かせクラウチング・スタートの姿勢をとる。


『ドン!』


「よーい」と言われてから不規則に放たれるその合図は、4人のスタートダッシュを誘発する。
だがその中でも一際目立つ者がいた。


「良いぞ、大地!」


大地はスタート直後から他の3人と圧倒的な差をつけた。
距離はたったの100m。彼のスピードであればすぐにたどり着くのではなかろうか。
全くブレないフォームと足の回転。もはや機械ではないかというほど洗練されたその走りは、俺だけでなく様々な人の目を釘付けにした。

速い。そう思った矢先に、大地はもうゴールテープを切っていた。


『1位は赤団です』


そうアナウンスが流れた。
よし、二連続の1位だ!これは良い出だし!
次は誰だ?!


「じゃあな三浦」


そう儚げに声を掛けてきたのは暁君だった。
見ると、顔を青ざめさせて今にも帰りたいオーラを出す暁君が居た。


「何でそんなに悲しそうなのさ。さっき自分で何とかするって言ってたじゃん?」

「言ってねぇよ。つかそうじゃなくてだな、さっき隣のレーンの奴から『正々堂々頑張ろうな!』って言われちまったんだよ。これってもうオチはアレしかないよな?」


暁君の言っていることはつまり、「予想外のハプニングが起きた」ということみたいだ。
そりゃ、魔術を使うのは卑怯なのではないかとほんの少しだけ思っているが隠している俺らにとって、『正々堂々』というのは非常に危険な言葉だ。
場合によっては作戦を実行できなくなる。

しかしそれは暁君の良心次第なのだ。


「やるのは暁君なんだから、どうするかは自分で決めないと」


自分でも少々無責任なことを言ったと思う。
ただ、これは事実なのだ。暁君がどうしたいか、が重要なのだ。要するに「自分のことは自分で何とかしろ」だ。


「ったく、わかったよ…」


暁君もその意図を汲み取れたらしく、諦めたようにスタート位置へ向かった。
そしてそこに屈み、クラウチング・スタートの姿勢ををとる。
そして今まで通り「用意」の一声が掛けられ、スタートラインにいる4人は腰を浮かせた。


『よーい・・・ドン!』


その瞬間、一斉に走り出した4人の中で差が──





・・・つくことはなかった。


何と暁君が懸命に前の人に喰らいつくような勢いで走っているのだ。魔術を使っている様子はない。
最下位ではあるが、決して諦めずに接戦を続けていた。
決して周りが遅いという訳ではなさそうだ。とすると、これは本当に暁君の実力なのだろう。

俺は感動した。
“やればできる”ということを、彼はその身をもって教えてくれたのだ。


残り20m。未だに差はほとんどない。
もしかすると暁君が勝てるのではないか?!
俺はそんな期待を胸に抱いた。


しかし、どうしたことだろうか。

走っている人たちが急に腕で目を覆い始めた。
別に風が強いだとか、砂煙が立っているとか、そういうことは一切ない。それなのに、彼らは何から目を守っているのだろうか。


「まさか、逆光?」


これは体感だが、太陽の光が眩しくなった気がする。もうそんな時間だっただろうか。

目が眩み、足がふらつき始める走者。

ただその中で1名だけが一直線に走り続けた。


「暁君!」


汗を垂れ流し、ゴールへと向かう暁君。いつの間にか3人を抜き、トップに立っていた。


「「「いけー!!」」」


1組…いや、赤団全員の応援が重なった。
その声に背中を押されたのか、暁君は流れるようにゴールした。

俺たちだけが知っている暁君の運動能力。
それを乗り越えた彼を見て、驚くしかなかった。


『1位は赤団です』


「「っしゃぁー!!」」


もはやお祭り騒ぎと言えるほどの喜びが、1組に生まれた。
他から見れば「喜び過ぎではないか?」と思われるだろうが、そんなのお構いなしに俺らは喜ぶ。


だが暁君が俺らの所に戻ってくることはなく、彼はゴールしてから数歩歩いた所で倒れていた。


「暁君!」


その容態にいち早く気付いた俺は、すぐさま彼に駆け寄る。
彼は異常なほどの汗を垂れ流し、苦しそうにしている。
その後の俺の問いかけにも反応せず、ただ荒い呼吸を続けるだけだった。


あまりの非常事態に、騒がしかった人たちはピタリと静まる。誰もが担架で運ばれていく彼を見ていた。

今日は暑いから、それで熱中症になったのかもしれない。俺はそう考えることにした。
ひどい病気だとか、そんなのではないはずだ。
きっと・・・大丈夫・・・。





『競技を再開します』


暁君を運び終えたのか、アナウンスはそう言った。
仕方ない。心配だが、暁君のことは一旦頭から離そう。彼はただの熱中症、休めば治る。
クヨクヨ考えるより、彼が勝ち取った1位を大事にしなければならない。

でも・・・男子の最終走者ってのは緊張するな…。






でもその時はすぐに訪れた。


『次は、男子最後の組です』


それを聞いて、俺の心臓は拍数を上げていく。
やべぇよ、遂に来ちまったよ。
今までの男子だけの成績であれば、今のところは赤団が1位。つまり、それを俺は守り抜かねばならない。


だが今、俺の中である決意が揺らいでいた。


俺が考えていた秘策のことだ。
最初は使う気満々だった。しかし、先程の暁君の話を聞いて考え直したのだ。

“魔術を使うこと”は正々堂々と戦っていることになるのか、と。

部長の言うことは確かに一理ある。でも卑怯ではないかという考え方もまた1つだ。


『位置について』


考えのまとまらぬまま、スタートラインに立った俺。
振り向かずとも1組の盛大な応援が俺にきているというのが分かった。


『よーい』


人生の内でここまで緊張した徒競走はあっただろうか。
暁君の意思を背負って走るという責任感を感じられた。

構えをとり、最終決断を迫られる俺。
だが、スタート直前の今の一瞬でようやく割り切った。



──風と、走る。



『ドン!』


その合図と共に、俺は一歩を踏み出した。
迷いなんてない、無我夢中の一歩を。


「うぉぉぉ!!」


俺は全速力で駆け出した。
そして魔術を使った。追い風になるように。

俺だけでなく、周りのレーンも含め。


「うわっ!?」

「ちょ、やべぇ!」


隣からは焦ったのか、慌てた声が聞こえた。

ルールは“追い風の中、100mを走り切る”。

ハンデなんか一切無く、全員が同じルールで戦う。
ただ、俺が風に慣れてるってだけで。


「良いぞ、晴登!」


大地の声が聞こえた。
走る4人の中で、唯一風に乗って走っている俺。
ゴールまではもう少しだった。


最初は俺のレーンだけに魔術を使って、俺だけが速くなるようにしようと考えていた。
でもそれは正々堂々では無いのではないか。
そして最終的に俺の中で導かれた答えは『全員同じ条件下で戦う』ということだった。


「あと少し…」


とはいえ、一応全力では走っている。
そのため、魔術の使用を合わせると体力の浪費が激しい。

あれ、じゃあ暁君ってまさか・・・?
あの不自然な太陽の輝き。暁君の魔術の属性は光を持つ。そして走りながら魔術を使ったとしたら・・・体力が・・・。


「なんだ…」


物事を大きく考え過ぎていたようだ。
彼はきっと疲れただけなのだ。熱中症ですらもなかった。
多分、休めば治る。良かった…。


「晴登、気ぃ抜くなよ!!」


その大地の声が俺を現実に引き戻した。
危ない危ない、俺はまだ競技の途中だったんだ。
よそ見してちゃダメだよな!


「よっしゃ!」


ラストスパートを始める俺。
風に乗り、比較的楽に走ってきたので、体力はまだ有るには有る。あと少し!!


「うぉぉぉぉ!!」


叫びといえるほどの大声を上げながら駆ける俺。
そしてそのままの勢いでゴールテープを切った。


「どうだ…」


後ろを振り向くと、残りの3人がゴールするところだった。
その様子を眺めていると、横から声が掛かった。


「やったな晴登!!」

「あぁ!」


満面の笑みを浮かべ、右手を上げた大地。
その意図を察した俺は、返事をしつつ右手を上げ・・・


パシッ!


周りに響き渡るほどの、大きいハイタッチをした。







「暁君!」


保健室の扉を開け、中に駆け込む俺。
なぜここまで急いでいるかと言うと、今さっき保健室に搬送された暁君の容態が気になったからだ。


「よ、三浦。徒競走どうだった?」

「ずこーっ!」


何事も無かったかのような口調で話しかけてきた暁君。
それでも、体はベッドの上だった。


「もう起きたの!?」

「あぁ心配かけたみたいだな、悪い。先生からは『ただの疲労だ』って言われたから、たぶん大丈夫だろ」

「もしかして、途中で魔術使った?」

「う…」


やっぱ俺の予想通りだった。
暁君の反応を見る限り、あの逆光は暁君の仕業だったようだ。
元々体力のない暁君が全速力で走って、その途中で魔術を使って魔力を消費したら、そりゃぶっ倒れるぐらい疲れるわな。


「はは、バレたみたいだな。あんだけ“正々堂々”言っといて…な」

「違うよ暁君」


後ろ向きな発言を始める暁君に、俺は言葉を掛ける。


「暁君は自分だけが有利にならないようにしたでしょ? それだけで十分じゃないか」

「三浦…」


暁君が俺を見つめ、しばし考える様子を見せた。
そして開かれた口からは・・・


「つまりお前も俺と同じことしたんだろ」

「ぶっ!」


睨み付けるように暁君は俺に言った。
でも、ちょっと待って暁君。今そういうのを言う場面じゃないでしょ!? てか何でわかったの!?
いやいや確かに真似したよ! したけどそんな睨まなくていいじゃん!
アレなの?! 天才って自分の考えを人と共有したがらない的な!?


「まぁ冗談だ。結果はどうだったんだ?」

「冗談きついよ…」 


暁君はそっぽを向き直し、そう言った。
冗談で良かった…。


「俺が1位を取って、しかも今のところ赤団も1位だ。好調の出だしだよ」

「そうか」


暁君は素っ気ないが安堵したようだった。
そしてもう一度俺を向いて言った。


「次の競技には間に合う。だからもう少し休ませてくれねぇか?」

「もちろん」


俺は笑顔でそう言い、保健室を出た。







「大地、今どんな状況だ?」


俺は待機テントに戻り、大地に聞いた。


「あぁ晴登。今三年生の『背渡り』って競技なんだけどよ、見ろよ俺らの赤団。上で走ってる団長めっちゃ速いんだよ」


俺は納得し、実際の様子を見ようと前を向いた。
すると驚きの光景があった。


「おらおらおらぁぁ!!」


「へ?」


何か…副部長のキャラが変わってた。
背中の上であそこまで全力で走って良いのかってほど、副部長は勢いよく走っていた。

ちなみに背渡りという競技は、名前の通り、列を成している人々の背中の上を走ってゴールを目指すというものだ。だが、ゴールまでの距離は長く、1クラス分の人数だとどうしても長さが足りない。だから馬跳びの要領で、上を走られた後ろの人の方からドンドン前に並び直すのだ。

よって、連携が大事になる競技なのだが・・・


「アンタたち遅いわよ!」


あまりの副部長の速さに列を作るのがギリギリのようだった。それでも、明らかに他クラスを圧倒した速さを誇っている。
背渡りはその性質上、上を走る人はできるだけ軽い方がいい。その点、小柄で身体能力の高い副部長はうってつけな訳だ。


「なぁ、うちの団長ってホント小さいよな?」
「うんうん。まるで小学生みたいな…」
「子供っぽくて可愛いな~」
「でも結構気が強そうだぞ?」
「それがまた良いってもんだろ」
「あぁ…俺も背中踏まれてぇな…」
「うわ、お前そんな趣味が?!」
「良いんじゃねぇか? どうせ軽くて踏まれてることにも気づかねぇよ」
「そういう問題か?」
「おうよ」
「でもやっぱ・・・

「「「可愛いなぁ♪♪」」」


何か怪しい会話が後ろから聞こえた。
どうやら俺のクラスメートのようだ。
副部長って・・・モテるのか?


『ゴーール!!』


…なんやかんやで1位でゴールしたのは赤団だった。小さいって強いな。







「赤団はまだ1位か。順調順調」

「晴登、そんな呑気な事言ってられないよ。次は全学年参加の団対抗綱引き。点数大きいから、負けたらすぐに追いつかれるよ?」


俺が1位の余韻に浸っていると、莉奈が呆れたように言ってきた。わざわざそんな急かす言い方しなくていいのに。

にしても綱引きか。しかも全員参加となると魔術も影響が小さいだろうから使ったところでって感じだ。これは完全実力勝負になりそう。


「できれば使いたかったな…」

「何を使うの?」

「へ!?」


やべ、考えてることが口に出てしまったようだ。
早く弁解しないと、いくら馬鹿な・・・もとい、頭の回転が遅い莉奈でも怪しまれる!


「あ、いや~その・・・秘密兵器?」

「何それ?」


あー俺の馬鹿!!
そんな意味深なこと言ったら、逆に気になるだろうが!


「そ、それは秘密かな…」


マズい、怪しい冷や汗が出てきた。
くそぅ、『魔術』というワードを守るだけでここまで気が滅入るのか…。ま、どうせ部活戦争の時バレるだろうけど。


「秘密ねぇ…。晴登のことだから、どうせ普通のこと考えていただけでしょ? 隠すこともないのに…」


どうやら危機を免れる方向に莉奈は解釈してくれたようだ。
危ない危ない…。友達が魔法使いとかなんて知れたら、いくら莉奈だろうと引く気がする。それで離れられるっていうのはホントに勘弁だ。
てか、『どうせ普通のこと』とは失敬な。


「悪い悪い。あ、もう皆が並んでるから、行くぞ莉奈」

「はいはい」


俺が白々しく話を逸らすと、莉奈は乗ってくれた。
その切ない優しさはありがたく受け取っておこう。


「晴登」

「ん?」


莉奈から呼び止められ、振り向く俺。
そして彼女は元気に言った。


「頑張ろ!」


その一言に、俺はたまらず笑みが溢れる。
コイツの明るさには、昔から癒されたり、元気にされたりした。
意外と俺は助けてもらってたのかな。


「ああ!!」


それに報いるべく、俺は莉奈よりも大きい声で返事をした。
 
 

 
後書き
100m走がここまで長引くとは・・・(唖然)。
お陰で他の競技が全然できなかったやんけ! 誰だよ、こんな文章書いたの!!←

・・・なので、部活戦争は次回の後半にちょびっとやることにせざるを得なくなりました。申し訳ありません。
はぁぁ…何か良い展開無いかな~。
読者様の想像の北北東を行くような・・・って無理だよそれ。

次回も読んで下さい!! 

 

第24話『競争』

 
前書き
先に言います。グダグダしてます。
お気をつけてお読み下さい。 

 
いよいよ午前中の目玉の競技、綱引きが始まろうとしていた。
やり方に特別なルールはなく、誰もが知る“引くだけ”の普遍的なもので、それらをトーナメント形式で行われるそうだ。

ちなみに一回戦は、赤団vs.青団である。


『よーい』


俺らは腰を低く構え、最も綱を引きやすいであろう格好をとる。別に綱引きに慣れているとかではなく、ただそうするのが良いと知っているだけだ。

沈黙が続く。
この緊張感が有ってこその全校生徒で綱引きってものだ。
全員が物音一つ立てずジッとする。観客の親御さんたちもそれを黙って眺めていた。



『始め!』


「「「おーー!!」」」
「「「オーー!!」」」



沈黙が破られたと同時に、勢いのある大声…もとい掛け声が響いた。
引っ張って、引っ張られて・・・それが繰り返される。
縄の粗さが手にダメージを与えてくるが、そんなことも気にせず、俺は精一杯縄を引き続けた。

だが尚も互角の状態が続く。
どちらにも寄っている様子はないため、このままではサドンデスになる。
それを察した俺は、どうにか魔術を使おうかと右手を見てみるが、よくよく考えるとそれ以前に、縄から手を離すとバランスを崩して周りへ迷惑を掛けるだろう。それは一番してはならない。

とすると、やはりこの状況を打開するのは“諦めない心”といったところか。
ただ、引く体勢がドンドン不安定になり、正直キツい。下手すると滑る。

何とかこの状況を脱せないだろうか…?



「何…考えてんだ、晴登…? そ…んな暇は、ないと思うが…」

「えっ?」



不意に話し掛けられたことに驚き、声がした横を見る。すると、大地がこちらを向いていた。


「何か…考えてる暇があるなら…引けっての…!」


力一杯引いているのだろうか、大地の言葉は途切れ途切れだった。
だがそれらの語は俺を動かした。

そうだ、そうだよな。考えたところで、勝つためには引くしかない。何があっても無我夢中に…!!



「おぉぉぉ!!」
「しゃぁぁぁ!!」



俺と大地の雄叫びが重なる。
するとそれにつられたのか、赤団全体が大声で包まれた。


「「「うぉぉぉぉぉ!!!」」」


青団の驚く顔が目に浮かぶ。
もう俺らは叫ぶことを楽しむかのように綱を引いた。
すると、今まで張り合っていたのが嘘のように、赤団の引きがいきなり強くなった。
青団はその勢いにされるがままとなり、ものの数秒で決着がついた。


『勝者、赤団』


「「「わーー!!!」」」


そのアナウンスと同時に赤団は歓喜の声を上げる。

だがまだ終わりではない。
次に勝ってくる団との決勝戦が残っているのだ・・・





「アンタら準備は良いね?!!」

「「「おう!!!」」」


「お前ら、絶対勝つぞ!!」

「「「しゃあ!!!」」」


どうやら決勝で戦うのは黄団のようだ。
そして今気付いたのだが、なんと黄団の団長は部長だったのだ。
今は副部長もだが、盛大な掛け声で見方を鼓舞している。


「まさかこんな形で戦えるとはな!」

「絶対負けないけど!」

「じゃあ負けたら何でも1つ言うこと聞くってことで」

「随分な余裕じゃない……負けないけど!!」


何やら話しているようだが、この位置ではよく聞こえなかった。また喧嘩してるのかな?


『よーい』


…と思ったけど、合図で一瞬で静かになったところを見るに、きっと喧嘩はしていないだろう。

にしても、部長と争う形になるのは今回が初めてかな。魔術が関わらないのが少し残念だが、まぁ別に良いか。

さて、さっきと同じような体勢になってと。


『始め!!』

「「「うおぉぉぉ!!!」」」


よし、後は一気に引っ張るだけ・・・


「…あれ?」


だが、俺らは上手く縄を引っ張ることができなかった。
赤団全員が全員、動作を止めたのだ。
やられるがままに黄団に縄を引かれ始める。


「ふっ」


この感じ…何か痺れる…。何でだ? 手に力が入らない。
まるで麻痺してる・・・ってことはまさか?!


「部長か?!」


俺は、赤団を急激に弱らせたこの現象の元凶であろう人物の名を叫ぶ。
クソ、油断してた。部長の電流は地面に流せるほどなんだ。綱一本なんて造作もないだろう。おかげでこちらの団は全員痺れさせられた。
まさかこんな使い方をするなんて…! これじゃあ負ける…!


「「「熱っ!!?」」」


しかし今度は敵陣からそんな悲痛な叫び声が聞こえた。
すると、縄の引きがピタッと止まった。

“熱い”。間違いない、副部長だ。

もうどういう理屈かわからないけど、恐らく副部長は綱に熱を伝導させたのだろう。てか、綱が熱いってどういう状況?
大体、綱って金属じゃないんだから、そんな電流とか熱とかポンポン流さないでくださいよ。ホント魔術って不思議…。


「あんたって奴は!!」

「勝てばいいんだよ、勝てば!!」


すると数秒後、ようやく本気の綱引きが開始する。
もう部長らは魔術を使わなくなったのか、何も異変は起きなくなった。


「ぬぬぬ…!!!」


微量ながらも団に貢献しようとする俺。
精一杯の力で縄を引く。


ザザ…ザザ…


だが、どんどんと引き摺られていくのは…赤団。
二つの団の力はつり合うことなく、黄団の力が一方的に俺らに作用したのだ。


「「「おぉぉおぉ!!」」」


引っ張られながらも懸命に声を上げて自らに喝を入れる。が、しかし、黄団の力が弱まることはなかった。


『そこまで。勝者、黄団!』


それを聞いた俺らはガクリと肩を落とす。
初めて負けた。
たかが一回の負けが、ここまで心に響くなんて…。

でも考えたら当たり前だ。言うなら、俺らが今まで勝ってたのは必然ではなく偶然だった。だから、負けることだってもちろんある。
負けて悔しいのは当然。だけどそれを引き摺らないのが一番賢いかもしれない。


「まだまだこれから・・・!」


空を見上げ、笑顔を溢す俺。
今朝の空と同じように、空は蒼く澄み渡っていた。

気持ち切り替えて行くか!!







『次は1年男子代表の“二人三脚障害物競走”です』


「行くぞ晴登」

「あ、あぁ…」


午前の競技が終わりに近づいていく中、「混ぜちゃいました♪」と言わんばかりのおかしなネーミングの競技が始まろうとしていた。
その名の通り、二人三脚をしながら障害物競走をするということだ。


「大体何で俺が…」


こう俺が嘆いてしまうのは無理もないだろう。
この競技は時間の都合上、各団1年の代表1組で行うものなのだが、なぜか俺は運動神経抜群の大地と組んでしまっているのだ。

さらにに『代表』という言葉が俺の首を絞める。
今までそんなものを経験したことがない俺にとっては、“クラスを背負って戦う義務感”にとても耐えられそうになかった。

ちなみにどうして俺かというのは、単純に大地と仲が良いからとのことだそうだ…。安直すぎない?


「なに緊張してんだ?」

「べべ、別にしてねぇし!」


嘘だ。足なんかガクガクである。
こんな姿を人前に晒すのは、恥ずかしい以外の何の感情も湧かなかった。誰もこっち見ないで…。


『位置について』


そう思っていても未来が変わる訳もなく、競技開始まで刻々と迫っていた。
仕方ないと腹を括った俺は、大地の左足と自分の右足をハチマキで結ぶ。


「全部乗り越えようぜ!」

「あ、あぁ!」


大地の問い掛けに答える俺。だが自信はない。
なぜなら、練習は二人三脚の分しかしておらず、そもそも障害の説明は一切されなかった。それに仕切りがされているせいで、今もその正体はわからない。ぶっつけ本番ということだろう。


でも、やるっきゃない!と俺は吹っ切った。


『よーい・・・ドン!』


「いくぞ!」
「おぉっ!」


俺と大地は打ち合わせ通り足を踏み出し、前へと走り始める。ただやはり大地のペースは少し早いので、合わせるのは一苦労だ。だがそこは何とか食らいついていく。

最初の障害物は・・・?


「パン?」

「パンだな」


俺らの前に最初に姿を見せたのは、紐でぶら下がっている4つのパン。つまりは『パン食い競走』の風景だった。
それを見た4ペアはたまらず立ち止まる。


パン食い競走自体は…まぁそれなりに難しいけど、あれは一人用の競技だから何とかなる。
でも今回はこんな不自由な状態の中。ジャンプすることさえままならないだろう。


「おい大地どうするよ?」


俺は大地に意見を求めた。
同時に飛ぶにしてもタイミングが重要だ。ここは一度作戦会議をしなくては。

だが、大地から放たれた言葉は見当外れなものだった。


「なぁ晴登。お前この競技のルール覚えてるか?」

「は? パン食い競走の?」


俺は訝げに大地を見る。
コイツともあろう奴が、まさかパン食い競走のルールを知らないんじゃあるまいな?


「バカ、そっちじゃない。この障害物競走についてだ」

「あぁそっちか。えっと・・・
“二人三脚で障害物を乗り越えてゴールを目指すこと”
“途中で足に結んでいたハチマキ(紐)が取れた場合は、その場で結び直すこと”
“障害物において、それぞれの定義を達成しない限り、突破とは認めない。無視した場合は即失格”
こんなもんだったかな?」


大地はそれを聞き、何かを考えたかと思うと俺に耳打ちしてきた。

そしてそれを聞いた俺は騒然とする。


「それはさすがに・・・!?」

「大丈夫だ、行くぞ!」


俺らは足を揃えて再び走り出した。
紐に吊られてユラユラと空中を舞うパン相手に奮闘していた3ペア。
その間にスッと入った俺らは、互いに頷き、パンを見上げた。

そして大地は──



──それを手で掴んだ。


「「「はぁ!!?」」」


隣からそんな声が聞こえる中、大地は何事も無かったかのようにパンをモグモグと食べ終えた。
これが、さっきコイツが言った作戦『パン食い競走の定義は“パンを食って走る”だろ?』だったのだ。
パン食い競走は本来、口だけを使って行うもの。しかし今回のルールは“定義を達成すればよい”。つまりは、パンさえ食べればここの障害は突破したことになるのだ。
わざわざこんな表現にされていたのは、こういう攻略法があるからなのだろう。

そしてその作戦は成功と言うべきか、審判は何も言ってこなかった。


「お先~!」


二人三脚だと言うのにかなりの速さで走る大地。確かにここはリードを広げるチャンスだが、少しは俺のことも気にしてくれ。


『赤団がトップです』

「次は何だ~?」


もはやこの競技を楽しんでいる大地。
こちとらいつコケるかヒヤヒヤしてるっていうのに…。


「ん?」


俺は次なる障害ポイントを見つけた。


「今度は網潜りか…」
「は? 何だそれ?」


大地が一人で納得している中、『網潜り』という競技を知らない俺は大地に訊いた。


「これもその名の通り、今目の前にある網を潜って進む競技だ」


そう言われてイメージしてみると、自衛隊の人たちとかがやってる様な感じがした。
今目の前には緑色の、面積は教室の大きさくらいのネットがあった。グラウンドの端に張り巡らされているアレだ。

…待てよ。この中を二人三脚のままで潜れってか!? 無茶ぶりだろ!!


「大地、さっきみたいに何か攻略法ないのか?」
「さすがにねぇな。この競技は“網を潜る”ってのが本質だからな」
「そんな…」


大地に策を練って貰おうとするも、それは叶わなかった。
ふと後ろを見ると、他クラスの3ペアがパンを片手にこちらに走ってきていた。やっぱパクられるわな。

…あーもう!行くしかねぇ!!


「行くぞ大地!」
「おう!」







『1位は赤団です』

「「はあはあ」」


何とか競技をやり終え、肩で息をする俺ら。
まさか最後の障害に、ロッククライムをするとは思わなかった。
ほとんど大地に引っ張られてる感じだったけど、一応ついていけたし、俺にしては良かったと思う。
まぁ他の3ペアがリタイアしたから、必然的に1位って結果になってるんだけど…。


『次は“各学年代表キャタピラレースリレー”です』


ロッククライムを登った結果校舎の屋上にいる俺は、その放送を聞いて心配な気分になる。
だって次のキャタピラレースとかいうやつ・・・

俺のクラス代表は、スタートラインで世界の終わりを迎えたかのような顔をしている、柊君だもん…。


「おぉこれはよく見えるぜ」


屋上からグラウンドを見渡しながら呟く大地。
だが俺は観戦を素直にできる気持ちにはならなかった。
キャタピラレースって段ボールの中に入ってコロコロやる競技だろ? 柊君の正体がバレる可能性が高い。
じゃあ何でそんな競技出てるんだって言われたら、それには込み入った事情があるからとしか答えられないのだが、とにかく彼にとってはマズい状況だ。


「大丈夫かな柊君…」







どうしてこうなった。
何で僕がこんな目立つような競技に出場しなきゃならないんだ。

皆は僕のことをどう思っているんだろうか…。



──昨日


「えっと、キャタピラレースに出場する人についてですが…何か推薦等ありますか?」

「はーい。柊君が良いと思います!」
「私も私も!」

「えっと…柊君、どうですか?」

「え、いや僕はちょっと…」

「いやいや良いじゃん!」
「柊君可愛いし!」

「静かに。本人が拒否している以上、無理強いは良くありません。誰か別の人は・・・」

「えーつまんない!」
「柊君、良いよね?」
「格好いいところ見せてよ!」

「・・・わかりました」



・・・・・



あの時、肯定をしてしまった自分を責めたい。なんて向こう見ずな奴なんだと。
もしここにいる観客達に僕の秘密がバレて、僕の生態に対して変な研究が始まったりしたら・・・

もう誰とも近づけなくなる。

誰とも話せなくなる。

仲良くすることも・・・。

あの時の先生は驚いた顔してたな。
僕がやると言うなんて思ってなかったんだろう。
多分、やらせないよう庇ってくれてたんだよね。

それは三浦君も同じだったろうね。
彼には色々お世話になった。僕の秘密を隠してくれたり、学校に連れてきてくれたり、友達になってくれたり…。
ホントに感謝してもしきれない。

クラスの女子が悪気があって僕を推薦した訳じゃないっていうのはわかる。皆も秘密を守ってくれてる優しい人達だから。
でも今回ばかりはさすがに・・・



「「「柊君、ファイトー!!!」」」

「!」



声援? 僕に?
声のする方向を見た僕は、ついつい感動しそうになる。
偽りじゃなくて、ただ必死にクラスメートを応援している、そんな“1ー1の彼ら”を見た僕は、今までの考えを捨て去るように首を振った。

何後ろ向きになってるんだ。
三浦君だけじゃない。皆とだって僕は友達なはずだ。
もしこの姿がバレた時、皆はきっと助けてくれる。
だって僕の味方って言ってくれたから。


「ふふっ」


たまらず笑みが溢れる。嬉し涙と共に。
1ー1の皆で赤団を優勝させたい。僕は心からそう願った。
生憎、キャタピラレースとかいう不格好な競技だけど、僕は全力でやる!!







「あれ?」


俺はある違和感に気づいた。
数十秒前までは青ざめていた柊君の顔が、いつの間にか凛々しい堂々とした態度の顔になっていたのだ。
先程の、ここまで聞こえる程盛大な1ー1の応援が、彼の心に響いたのだろうか。
何にせよ、やる気になってくれたみたいでよかった。


「頑張れー柊君!」


ここから届くかはわからないけど、とりあえず全力で応援しよう。
柊君の…赤団の勝利を願って。


『よーい・・・ドン!』


スタートと同時に一つの段ボールが飛び出した。
さながらハムスターの様な回転・・・柊君だ。
彼はグングンとスピードを上げ、次の走者へバトンパスを目指していた。
てか正直言って速すぎる。俺が普通に走ったスピードと同じくらいだよアレ!?
本物の獣のような勢いは、遠くから見る俺でさえ圧倒した。何かすげぇ…。


そして何のトラブルも起きることなく、彼はバトンパスを終え、その競技は赤団が一位となったのだった。







家族の起床があまりにも遅かったため、実は俺は自分で弁当を作っていた。そしてそれを食べる場所は家族の元ではなく、毎度お馴染みの魔術室だった。


「やっぱここが落ち着くな~」


そうやってホッと息をつく俺。
でもやっぱり静かに食べれるとはいかない訳で・・・


「お前さっき負けたんだから、約束守れよ」

「え、何か約束したかしら~?」

「とぼけても無駄だ。さて、どんなことをしてやろうか…」

「ひ、酷いのは止めてよね!」


やっぱり部長と副部長が部室で弁当を食べていた。
しかも何やら謎な話をしている。約束って何だろう?

まぁそんなことはいいか。とりあえずあとちょっと頑張って、部活戦争を好調子で挑まないと・・・



「大変っす!!」



そう言って豪快に扉を開けて部室に来たのは、暁君だった。
ゼェゼェと息をしている辺り、そこそこなスピードで廊下を走ってきたのだろうか。
暁君が走る程の大変な事態って・・・?


「どうしたよ暁?」

「何が大変なのよ?」


部長と副部長が訊くと、彼は驚くべき答えを返した。


「部活戦争の開始時刻が昼食後に変更したんすよ…!」

「「「は??」」」


状況がよくわからない俺らは、ただ首をかしげるだけだった。

 
 

 
後書き
ハイ、柊君を悲しいキャラに仕上げようとした波羅月です。最初はキャタピラレースで柊君を活躍するのを書きたいだけだったんですけど、書いている途中に成り行きでなっちゃったんですね。
お陰で文章が微量ながら長くなってしまいました。申し訳ありません。

しかも前回予告した以上、文章が長くなっていく中、部活戦争に触れないってのも可哀想なんで、急な変更を最後にぶち込みました。お許しください。何かこうでもしないと変化が感じられず、ワンパターンになりそうでしたからね。
理由はちゃんと簡潔ですが考えてますんで、「どうして?」という疑問は次回まで考えなくて結構です。

まぁお陰でそこまでがちょいとグダってます…。
でもでも結局の所、「最後にちょびっとやる」という予告も崩れ去った訳ですね。すいません。
俺はもう予告というのをしない方が良いんじゃないかな…??

さて、ストーリーどうこう以上に、自分の文才の無さを嘆きます。もっと、少しの範囲を細かく書いた方が良いのかな?・・・まぁ素人だから良いや!!
てか、俺こそ約束を守れっての!!

次回から部活戦争入ります(←学習してない) 

 

第25話『乱戦』

 
前書き
最近の俺の話は、最後が掛け声で終わることが多いと気づいた。
習慣化すると飽きられそうなんで、何かしらの対処をしないと…(←自分が気をつければいい話)
あれ、今回も・・・? 

 
部活戦争のスタート地点は魔術室ということもあり、大した移動もすることなく、昼食を終えた流れのまま準備を始める俺ら。
ちなみに参加メンバーは、魔術部の中で魔術を使える数少ない四人の・・・


俺こと、三浦晴登。風使い。

クラスメートの、暁伸太郎。光と火を放つ。

ロマンチストな魔術部部長、黒木終夜。黒い雷を使いこなす。

男子の人気を総取りの魔術部副部長、辻緋翼。焔を自在に操る。


・・・で挑む。
正直、常人が持たない力を持っているから、そうそう負けるってことはないだろう。
ただ、他の部活だってそれは同じ。全員が個性の固まりなのだ。

よって、大差なんて無い。
全ては技術と作戦で決まる!!


「にしてもな~」


部長が気怠そうに呟く。
無理もない。この部活戦争に対しての調整が、今に至るまでほとんどできなかったのだから。


かなり唐突で、あくまで噂の様な話だったが、あの暁君の言葉は本当だったのだ。





──昼食

魔術室に現れるなり、俺と部長と副部長に驚愕の事実を伝える暁君。その内容は『部活戦争開始時刻が繰り上がった』というものだった。


「どういうことだ、暁?」


部長が理由を問う。その顔には焦りの色が見えた。


「理由には天気が関係してるみたいです」


それを聞いた俺は拍子抜けする。
てっきり大きな理由と思ってたのに。


「それって、午後に雨が降るってこと?」

「そういうこと…だな」


俺の発言に暁君が頷きながら納得する。
にしても、どうしてそれだけで部活戦争の時間を繰り上げるんだ?
別に『これからの競技を続行で、部活戦争を中止』とかいう策が有ったり・・・とにかく、普通に体育祭の競技をやればいいんじゃないのか?


「もしかして、体育祭の競技より部活戦争の方が優先…!?」


俺はその答えに行き着く。
いやでも流石にそれはないだろう。体育祭といえば、一年間でトップクラスに大きな行事だぞ? それを(ないがし)ろにしていいほど、部活戦争は大事じゃないだろう。
まぁ部費が懸かってはいるが…。


「…三浦、実はそういうことなんだ」

「まさかな・・って、うそーん!!?」


部長は首を振りながらそう言った。俺はあまりの驚きで、つい変な反応をしてしまう。


「な、何で…ですか?」

「ただの競技と違って、これには顧問の先生の意地とかプライドが懸かってるからね。部活動同士で戦う、すなわち部員だけでなく顧問の先生たちの争いでもあるのよ。ここで勝てば校長にアピールできる…みたいな」


副部長の意見を聞き、「なるほど」と納得する俺。
つまりは先生たちの裏の顔のせいということらしい。
大人の世界って複雑だな…。


「だから体育祭より部活戦争が優先。校長もそこは理解して、部活戦争開始を許可してんだ」


生徒だけじゃなくて、先生方も大変だな…。
でもこれで理由がわかった。

となると、この後の競技はどうなるんだろう?
もしこのまま天気が悪くなったら、どこの団が優勝とか決められなくなるよ? う~ん・・・。


「でも、何だって急に天気が変わるんだ? まして、体育祭の競技を中断させるほどの…」

「今日の天気予報は『一日中快晴』だったのにね…」


一日中快晴か。そういや今朝は新聞もテレビも見なかったから知らなかったな。でも外を見てそれがわかるくらい、今朝の空は確かに綺麗だった・・・


──!!


その瞬間、ある事が頭の中をフラッシュバックする。“今朝”というワードで思い出した。

俺が最近たまに見るようになった夢。確か今日は『雨』が降っていたはずだ。
…でも、あくまでアレはただの夢であって、これを予知していたとは考えにくい。そんな天気予報みたいな便利な代物じゃないだろう。
だがしかし、突然快晴が雨に変わるというのも不思議な話だ。関係がないとは断言できないのではないか。


「どうした三浦? 暗い顔して」


俺が考え込んでいると、暁君が声を掛けてきた。
おっとマズいマズい、と俺は顔を笑顔に戻し、


「いやいや、このあとどうやって敵を倒そうかな~なんて」


…と、考えてもいないことを口走った。
だが彼はそれで納得したらしく、「何とかなるだろ」と言って、会話を終えてくれた。


「何だよ三浦。考え事してる暇が有ったら、さっさと飯を食ってくれ。食べるのが遅くなって満腹で戦っても調子出ないだろ?」


おっといけない。
弁当を広げたまま、ほったらかしにしてしまっていた。
『腹が減っては戦はできぬ』だ。とりあえず早く食べとかないと。


「あ、そうだそうだ。罰ゲーム何にしよっかな~?」

「ちょっと、いい加減忘れなさい!」


今日も賑やかだな、魔術部は。







──となって、今に至る。
部長が調整する時間が無かったっていうのは、副部長と口喧嘩していた部長自身のせいだったりするよな。
俺はそう思いながら、腕を伸ばしたりと必要なのかもわからないストレッチをする。

昼食の時間後、放送で部活戦争についての知らせがあった。
暁君が言ったことは本当だったのであり、でもって開始は各々の部室から、ってことになった。


「どこからやる?」


部長が腕を組みながら訊く。
『どこから』というのも、今回は部費を集めるのを第一としているため、戦闘向きでない部活を狙うのが最も効率が良いといえるからだ。


「やっぱ文化系の部活がやりやすそうね」

「決まりだな」


副部長が狙おうと決めたのは文化系の部活、すなわち運動をあまり必要としない部活だ。確かにそれなら勝てそうである。


「そういえば部長、ウチの部活は何に部費を使うんですか?」


俺は気になったことを部長に問う。文化系の部活を狙って荒稼ぎしようとするなんて、そこまでお金に困っているのだろうか。部費は多いに越したことはないけども…。


「んなもん…ちょっとしたアレだよ、アレ」

「何ですかアレって…」


部長の意味深な答えに、俺は困惑する。"アレ"って何だよ、めっちゃ気になる!


「そんなことより、あと1分で始まるっすよ」

「「「!!」」」


話が脱線していた俺らは、暁君の一言で引き戻される。
確かに、変更した開始時間は1分後に迫っていた。


「競技時間は2時間でいいのよね?」

「ああ。各自テープで全員を縛り上げてやれ!」

「「了解!」」


部長から渡された、手からはみ出す程の量の拘束テープ。
それを見つめながら俺は、「ついに始まる!」と心踊らせていた。


『ピンポンパンポーン。皆さん、時間になりました。それでは部活戦争スタートです!』


「行くぞお前ら!!」

「「おー!」」


放送が終わると同時に俺らは部室を出て、それぞれが別の方向へと駆けた。







「意外と出会わないもんなんだな」


無駄に広い校舎の廊下を、隠れることもせず歩く伸太郎。
彼は、そうやって歩いているのに拘らず、敵との遭遇が無いということに疑問を持っていた。


「教室も使用可だから…奇襲も有り得るな」


彼は横にある教室を見ながら言った。
その窓から中を見る限り、誰も居る気配は無い。


「考えすぎか?」


そう言うと、彼は歩調を緩めることなく歩き続けた。







「罰ゲーム何にしよっかな~?」


魔術室のある階で魔術部部長である終夜は、壁に寄り掛かり先程までずっと考えていたことをまたも考え始めた。


「いや~アイツはノリノリで俺との賭けを承諾したんだし、何しても文句は言わんだろう」


そう呟いて独りでに納得する終夜。


しかし、その彼に忍び寄る影があった。


「あーでも部活戦争に集中しないと…いやでも…」


奇妙な選択肢に惑う彼。目を瞑り、ウンウンと唸っていた。

それを隙と見たのか、影はゆっくりと迫った。


「いやでも、やっぱり部費が大事だな!」バリッ

「い!?」


バタッ


「ん、まずは一人だな。素人が、気配で丸わかりなんだよ。さて、ハシゴ…ってことは演劇部ってとこか? てか俺今これで殴られそうになったの? 怖っ」


終夜は、自身の雷によって気絶した彼をそう解析した。


「よし、今ので10万ゲットだな。部活動はたくさんあるから…上手くいけば1000万は稼げる訳か」


計算がかなり大雑把であるが、そんなことを気にも留めない彼は「やってやる!」と意気込んだ。







「私ってどこかに隠れた方が良いのかしら…」


そう言いながら、緋翼はとある教室の教卓の下に入り込む。ずばり、己の小柄な体型を利用した奇襲作戦である。


「いやいや、どうして自分で自分のコンプレックス刺激しなきゃいけないのよ。やっぱり嫌、こんなとこ早く出よ──」


ガラッ


「!?」


突如として鳴ったのはドアが開かれた音。そして教室に響く足音。
緋翼は誰かが入ってきたと察して、出ようとしていたのを止める。


「誰も…いないよね?」


声からして、入ってきたのは女子のようだ。しかも少し怯えている。
今からこんなか弱そうな子を奇襲すると考えると少々気が咎めるが、これは勝負。緋翼は思い切り教卓の下から飛び出した。


「覚悟!!」

「ひぃっ!?」







「誰もいないのはちょっと怖いな…。てか、ホントに人に向かって魔術使っていいのか?」


見渡す限り、周りには誰も居ない。
自問自答をしていた晴登は安堵の息を溢す。

自身が1年生であるにも拘らず、魔術部代表という立場で出てしまっているのが、嬉しいような恥ずかしいような…。
しかし、他の部活は恐らく3年生ばかり。肉弾戦で勝つことはまず有り得ない。よって部活の道具とも言える魔術に頼らざるを得ないのだ。


「バレないように使うんだぞ、俺」


自分自身にそう言い聞かせているその様子は、不安を隠し切れていない。
晴登は再度周りを見渡し、「案外出会わないな」と考えつつ、歩みを進めた。







「やっと見つけたぞ、終夜」

「はっ、バットごときで俺に勝てるとでも?」


その頃、終夜はまたも敵と交戦していた。
相手は同じクラスの野球部の男子。ヘルメットにユニフォームにバットにボール・・・どこからどう見ても野球部の格好であり、さすがの重装備であった。


「バットで殴れば一発ってことよ」

「おっかねぇな。でも、マジックナメんなよ?」

「いや無理無理」


ここで終夜が“マジック”と言ったのには訳がある。
実は晴登だけでなく、魔術部の誰一人として魔術のことを周りの人に話すことはしていない。だから周りは魔術なんぞ露知らず、ただのマジック部と思っているし、公共の場では終夜たちもそう活動している。

そのため、野球部の彼はバカにするように手を振っている。「マジックごときに負ける訳がない」と。


「言ったな。じゃあ今からその金属バットに面白いことしてやるぜ」

「んな暇ねぇよ!」


終夜がお遊び感覚でそう言うと、野球部の彼は痺れを切らして殴り掛かってきた。


「ったく、少しはショータイムにさせろっての」ガシ

「がっ!? 痺れっ…る!?」


終夜はそのバットを掴み、瞬時に電流を流す。その電流は金属を伝って彼の体へ潜り込み、そして麻痺させた。
その後彼は倒れ、気絶しているかのようにピクリとも動かない。


「ってか、このテープ俺には必要ないな」


自分の力に麻痺の要素が有るため、テープを持つ必要性がないことにようやく気づく終夜。
いっそ捨てていこうかと考えたが、他の部活に盗られたらマズいのでポケットに入れておくことにした。。


「開始5分で2人…まぁまぁだな」


時間は残り115分有るということで、「これなら、あと46人行けるな」と思い、余裕ぶる終夜だった。







「この状況はマズいな…」


そう困ったように呟く伸太郎。
なんと彼は現在、それぞれ部活の違う男子4人に囲まれてしまっているのだ。
壁へと追い込まれ退路を塞がれているため、絶体絶命である。


「コイツは俺がやる!」
「1年生みたいだし楽勝だな!」
「お前らに部費はやらねぇぞ!」
「やんのか? おい!」


だが幸いにも、全員が違う部活所属なようで、狙われたり狙われなかったりしている。
それにしても、1年生相手に4人がかりとはどうなのだろうか?
でも・・・

今の内に逃げるか、4人を倒すか。

伸太郎はその決断をしなければならなかった。


「(野球部、サッカー部、テニス部、バスケ部・・・全部運動系の部活か。だったらここで倒しておいた方が後が楽だろうな)」


伸太郎は言い争いをしている4人を見てそう思った。
ここで運動系の部活を倒すということはとても重要なことだ。運動系といえば、戦闘にももちろん向いている。つまり後々人数が減ってきた時、運動系が残るというのは明白だ。
だから伸太郎は即座に決断をした。


「お、おいアンタら。俺を1年生だって馬鹿にしてるみたいだけどな、そんなの勝ってもないのに言えるのか?」


彼らを倒す。
伸太郎はそんな感じのことを仄めかすように堂々と言った・・・つもりだった。


「あぁん? 何て喋ってんだお前?」

「ボソボソ呪文唱えてんじゃねぇぞ、気持ち悪い」


なんと伸太郎の中では意気揚々と放たれた言葉は、彼らには届いていなかったのだ。
つまり今この時、伸太郎の重度なコミュ障が発動していたのである。


「え? だ、だから…」

「ゴチャゴチャうっせーな!」


そんなことに気づかない伸太郎に、遂に1人の拳が襲い掛かった。
咄嗟に避けようとするも後ろは壁。逃げ場なんてない。屈むにしても、上から殴ってきているので無意味。伸太郎は万事休すだと悟った。


アレの存在を思い出すまでは。


「あ、そうだ」

「「眩しっ!?」」


伸太郎は魔術を使って、自分を光源として目映い光を放ち、相手の目を眩ませた。すると、彼らは目を必死に抑え、悶絶する。

実は先程まで、脱出の糸口を探すことに夢中になっており、伸太郎は魔術の存在をすっかり忘れてしまっていたのだ。


「「うわ!目が!目がぁ~!!」」


光を直視したため、叫びながら悶える4人。
それを見て伸太郎は「哀れだな」と一言思い、彼が目覚めるまでに全員の手首に拘束テープを結んだ。


「こ、これで良いんだよな?」


全員が地べたに這いつくばっている様子を見た伸太郎は、とりあえず離れようと考え、その場から立ち去った。







「馬鹿な連中ね」


一方緋翼は、先程から自分に襲い掛かってくる男子たちを蹴散らしている所だった。
見下ろすと、ボコボコにされて気絶している無様な男子5名が転がっていた。


「数で挑んだって私には勝てないわよ。女子だからってナメないでね」


緋翼は手をヒラヒラとさせながら、独りでに言った。だがそれを聞いている者はいない。


「はぁ〜思ったより退屈ね。まぁ去年よりはマシだけど」


彼女は小さい背丈で目一杯伸びをして、再び廊下を進み始めた。







「こんなことって有るんだな…」


その頃晴登は、ある廊下で偶然出会った人物に驚愕していた。
きっと、余程の実力が有ったから彼はここに居るのだろう。


「驚いたか?」


晴登の目の前に立つ彼は、晴登に訊いた。
その表情には笑顔と期待が混じっている。


「もちろん。まさかここで会うなんてな」


晴登はそう返す。
その表情からもまた、今からの戦闘に興奮しているという感じが滲み出ていた。


「互いに全力で・・・」
「正々堂々闘おうぜ!」


青いユニフォームを身に纏い、サッカーボールを片手に持つ彼こと『鳴守大地』は、晴登に向かって「キックオフだ」と一言放ち、ボールを地面に置いた。

 
 

 
後書き
次回もその次回もこんな感じで進めていきます。
多分読みにくいと思うでしょうが、そこは勘弁ください。
あと急に下の名前で書き始めると、なんか新鮮ですね。

今の所は、
終夜……20万
緋翼……60万
伸太郎…40万
晴登……0  ですね。
もう12人も倒してますが、簡単に言うと3つの部活が魔術部にやられたということです。
これストーリー的に大丈夫か?・・・気にしないでいきましょう(逃避)

書いていて意外と楽しいです。
今の所は、なんか話が小さいですが、これからドンドン大きくしたいと思います!
では、また次回会いましょう!! 

 

第26話『魔術VS.蹴球』

 
前書き
視点がコロコロ変わります。
誰が誰だかはわかると思います。 

 

「シュート!!」

「うわっ!?」


大地が晴登に向かって、サッカーボールを蹴り放った。風を切り、音をたてながら進むそのボールを、晴登はギリギリながらも体を横にずらして避ける。


「惜しいな」


笑みを浮かべながら悔しがる大地。晴登はただ唖然とするしかなかった。

そもそも、1年生である彼がこの場に居るのは「すごい」と言えよう。
サッカー部は人数もそれなりに多い。それなのに上級生を差しおいて、その中から選手に選ばれたのだ。
コイツの実力は元々知ってるが、入学してからさらに力を伸ばしたに違いない。今のシュートだってその表れだろう。


「ま、ボールはまだ有るけどな」


大地はそう言って、袋の中からストックしていたボールを取り出す。
晴登はすぐさま避ける準備をした。


「遅ぇよ!!」

「!!」


しかし大地は晴登のその行動を読んでか、ボールを地面に置くことをせず、ボレーシュートで攻撃してきた。
一方、晴登はその行動を読むことができず、目の前に迫ってくるボールを見続けるしかなかった。

どうしよう…どうやって防げば…。

これを受ければ一発でノックアウトだろう。
ならば確実に防がねばならない。

そう思った晴登の右手は、ボールの軌道と同じように真っ直ぐ伸びた。


ブワァァァォ!!


大地の蹴ったボールが晴登の右手に触れた。
すると、そのボールは威力を無くし、宙を舞った。

風が止んだ。

静寂に包まれる。


「お前…」


大地が驚きを隠せなかった。
何せ、自分のシュートを素人の片手で止められたのだから。
サッカーをやる者にとって、この敗北感ほど辛いものは無いだろう。


「やべっ、使っちまった…」


晴登が誰にも聞こえない程の小声で呟く。
咄嗟だったとはいえ、人前で堂々と魔術を使ってしまった。
「これは気づかれてしまうのでは?」と、晴登の心は焦りと不安に支配された。


「(俺のシュートがあんな容易く…? 一体どんなトリックが…?)」


そんな晴登の様子に気づくことが無い大地は、さっきのは自身の失敗ではなく、晴登が何かトリックを使ったのだと思い始めた。
しかし思い当たる節が無い。晴登に何か特別な能力が有る訳でもないし、そもそもの運動能力は自分の方が上である。
一体どうやって・・・?

二人共考え込んでしまい、闘いが一旦中断されてしまった。







「な、何か不気味な奴ね…」


そう呟くのは、魔術部副部長の緋翼。
彼女の前には、世にも奇妙な人物が立っていた。

全身を覆う程の真っ黒なマント。フードを深く被って顔を隠していると思いきや、白色の中に黒でつり目とニヤけ口だけを塗られた、シンプルで不気味な仮面を被っていた。


「な、何か喋ったらどうなのよ?!」


緋翼の言うことを無視しているのか、仮面の人物は喋ろうとしなかった。
この行動も不気味さを際立たせている。緋翼は完全に焦っていた。
無理もない。この外見は誰が見ても怖いと思えるものなのだ。


「逃げるが勝ち!」


緋翼は振り返って逃げ始めた。正体がわからない相手と闘うなんて愚策中の愚策。当然の決断だ。

だが追いかけてくる仮面の速さは並ではなかった。
なんと運動神経のいい緋翼のスピードとほぼ同等、気を抜けばすぐに追いつかれてしまうだろう。
後ろをちらりと見やれば、にんまりとした仮面が追いかけてきている。もはやホラー映画のワンシーンだ。


「コイツ何部?!」


緋翼は疑問を叫びにして出した。
何せ足の速さには自信があり、陸上部にも引けを取らないほどだと自負はしている。だからこそ、こんな訳のわからない格好をしている奴にスピードで負けるはずがないと思っていた。
それなのに、ピッチリと追いかけてくる仮面の正体とは一体誰なのだ。怖すぎる。


「こっち来んなー!!」


緋翼の叫びは虚しく廊下に木霊し、そのまま2人の恐怖の追いかけっこはしばらく続いたのだった。







「お前は同じクラスの・・・」

「莉奈で~す! よろしく~」


一方伸太郎は、晴登VS.大地と同じような状況になっていた。
相手は同じクラスにいて、確か水泳部ということは覚えている。右腕に抱えているビート板、頭に被っている水泳帽とゴーグルが、何よりもそれを示す。


「水着にジャージだけかよ、無用心な…」

「えー何? 何か言った?」


伸太郎は莉奈の格好に向かって小さく呟いた。
何せ今の彼女の格好は、競技用と思われるどこぞの有名な会社の印が書かれているシンプルな水着に、部活のジャージを羽織っているだけなのだから。
薄着で怪我をしやすいというのも有るが、とりあえず色んな意味で危ない格好だ。


「(こいつは確か三浦とよく絡んでたな…? あんま怪我させると悪いよな…)」

「フッフッフ、どうしたどうした? 来ないのならこっちから行くよ!」

「はぁ、メンド…」


こちらが手加減しようとしているのに、相手はやる気満々だ。ため息をつきながら、伸太郎は向かってくる莉奈を待ち構えた。








「はっくしょい!」

「…!? だ、大丈夫か?」


晴登が急にくしゃみを放つ。
ずっと考え事をしていた大地はそれに驚かされ、無意識の内に晴登を心配した。


「あ、あぁ大丈夫だ。噂でもされてんのかな?」

「随分普通な発想だな」

「普通って言うな!」


二人とも先程まで考えていた事を忘れ、軽口を叩く。


「ったく、何考えていたか忘れちまったよ」

「考えるより行動しろってことだな」


二人はそれぞれ自分の考えに答えを出し、戦闘を再開することにした。


「お前がどういう理屈で俺のシュートを止めたか知らないけどよ、今度は絶対に当ててやる」

「臨むところだ」


大地は己の力を信じ、そう宣言した。
晴登はそれをしっかりと受け止め、やる気に満ちた表情で言葉を返す。
二人は「仕切り直しだ」と呟き、再び戦闘を始めた。







「何で誰も居ねぇんだよ~?」


そう気怠そうに呟くのは、魔術部部長の終夜。
彼は他のメンバーとは違い、今は誰とも出会わず校舎を徘徊してるとこであった。
ビシバシと部費を稼ぎたいのに、相手がいないのではどうしようもない。


「そういえば、この戦争には“アイツ”も参加してるんだろうな…。絶対会いたくないわ…」


敵を探しているというのに、会いたくない敵が居ると言う終夜。彼の頭の中には、自分が苦手に思う人物の姿が映っていた。


「絶対“理科室”には近付かねぇようにしねぇと」


終夜は「怖い怖い」と言わんばかりの様子で、廊下を歩いていった。







「おらよっ!!」


大地に思い切り蹴られたボールは、寄り道などせずに真っ直ぐ晴登へと向かっていった。
だが晴登は腰を低くして右手を構えると、またも魔術でそれを止める。


「…おいおい、どうなってんだお前の右手?」


大地は困った様子でそう言う。先程とは違い、「やれやれ」といった感じだった。
しかし晴登は答える訳にもいかないので、「いや~」などと目を泳がせて誤魔化す。


「しょうがねぇ。晴登、“下手な鉄砲も数打ちゃ当たる”って知ってるか?」


何を考えたのか、「数が勝る」といった意味の(ことわざ)を言った大地は、自身の目の前にボールをいくつも並べ始める。
それを連続で蹴ってくるというのは、晴登にも予想ができた。


「(風を広範囲に放っても良いが、それは絶対に不審がられる。今俺にできるのは、目の前に迫ったボールを受け流すくらい…)」


晴登は変わらない戦況を変えようと、必死に打開策を考える。尤も、大地がそれを待つことはなかった。


「いくぞ! 1!2!3!」


助走をほとんどせずに、両足を使って器用にボールを3本連続で蹴ってくる大地。しかしそれでも、威力は先程までとほとんど変わってはいなかった。


「ちょっと厳しいかな!」


晴登は両手を広げ、何とか自然を装って魔術を使い、ボールを流そうと試みた。だが異変はその直後・・・


ピカーッ!!


「眩しっ!!?」


突然ボールが破裂し、光を放ったのだ。いわゆる“閃光弾”である。
光を直視した晴登は慌てて目を塞いだ。


「これで何度目だよ!!」

「それはご愁傷さまだな!」


晴登はある出来事を思い出しながらそう叫ぶ中、大地は新たな一発を彼に放っていた。







「絶体絶命…」


壁へともたれ掛かり、絶望を感じながら緋翼は呟く。
目の前には仮面さんが近づいてきていた。


「(魔術使っちゃう? いやそれでも、コイツには勝てないかも…)」


まだ一切闘ってもいないのに、緋翼は弱気になって考えていた。あまりの恐怖に思考回路がショートしたという感じである。


「……」

「ひっ!?」


仮面さんが徐に細い鉄パイプをマントから取り出してきたため、緋翼の驚きがピークに達する。
しかし「ここで気絶しては負け」だと、彼女は自分に言い聞かせて姿勢を崩さなかった。


「だったら…」

「……!?」


そこで緋翼は自身の魔術の一部である“刀”を生成する。
まさか武器が出てくるとは思わなかったのか、仮面さんは少し驚いた素振りを見せた。


「(焔を出さなきゃ大丈夫。ただこれ真剣なのよね…)」


緋翼は自分の造り出した刀を見てそう言った。真剣、ということは下手すればスパッと斬れてしまうのである。
彼女は「安全第一」と心で呟いた。







「えいっ!やぁっ!とぅ!」


ビート板をブンブンと振り回す莉奈と対照的に、伸太郎はそれを全て見切って避けている。
かれこれ5分程この状況が続いているのだが、一向に終わる気配が無かった。


「ほらほら? 避けてばっかじゃ終わらないよ?」

「元気な奴だな」

「元気なのが私の取り柄だもん」


なんて生き生きしてるんだと心の中で思いながら、魔術を放つタイミングを計る伸太郎。なるべく目立たないようにしたい。

だが数秒後、思わぬ出来事が起きた。


「はぁ…タイム。ちょっと疲れた」

「…馬鹿め」


戦闘中にも関わらず、莉奈はタイムをかけて休もうとしたのだ。
無論それを逃がすはずもなく、伸太郎は莉奈を追い詰めるように攻撃を仕掛けた。


「喰らえっ!!」

「うわっ眩し!!」


まずはお馴染みの目くらまし。莉奈は両目を抑え、うずくまった。


「今だ!」


それをチャンスと考え、伸太郎はポケットから拘束テープを取り出す。そしてそれで、莉奈の腕を結ぼうとした。

すると・・・


「な~んて、隙あり!」

「がっ…!?」


強烈な一撃が腹にめり込み、思わず膝をつく。
これが女子の攻撃なのか?と思わせる程、その一撃は重いものであった。
「目の眩みは?」と疑問を持った伸太郎だったが、莉奈の顔を見上げてそれは解決された。


「ゴーグルか…」

「ピンポーン♪」


目くらましを使ったあの一瞬。あの一瞬に彼女はゴーグルをかけていたのだ。
その反射神経と行動力には驚く他ない。

お腹を抑えて立ち上がることもままならない伸太郎は、苦痛で歪んだ表情で、不敵な笑みを浮かべる莉奈を見上げることしかできなかった。







「そらっ!!」

「はぁっ!!」


大地が蹴ったボールを晴登が止める・・・それはさっきまでの様子。
先程の閃光弾…、実はそれはサッカー部が部活戦争用に製作した特別なアイテムだった。
それによって目を眩まされた晴登だったが、風を無闇に放ち、大地の攻撃を何とか凌いでいた。

そして現在彼らは、まるでキャッチボールをするかのように互いに1つのボールを放っていた。
大地が必死になってシュートを放ち、晴登がそれをコッソリ魔術で打ち返す。
その行動は、もはや卓球やテニスといった違う部活の様子であった。


「そろそろ手を動かすのを止めてくんねぇかな?」

「そっちこそ足を」


二人は睨み合いを続ける。まるで火花が出るかのように。しかも彼らはジリジリと自分らの距離を詰めていった。


そして遂にボールが大地の足に止まった時、晴登と大地は互いに残り1mまで近づいていた。


「これだけ近けりゃ逃げれねぇぞ?」

「お互い様にな」


二人は覚悟を決め、自分らの最高の技を放った。

 
 

 
後書き
さて、視点がバラバラで読みにくかった事でしょう。申し訳有りません。次回はもう少し読みやすくなるよう努めます。

でもって、今回は題名の通り晴登VS.大地をやったのですが・・・完結しませんでした(笑)
つか色々混ぜ込み過ぎて、何か文章がメチャクチャな気がします。これも次回気を付けます。

晴登VS.大地
伸太郎VS.莉奈
緋翼VS.仮面さん(仮)
終夜 フリー

お盆休みももう終わり。
大変な学校生活(現実)がそろそろやって来る頃です。
・・・次回も頑張って書いていこう! 

 

第27話『素顔』

 
前書き
タイトル通り、今回は緋翼と仮面さんをメインにしようと思います。
念入りにストーリー組まないとバグりそうですね…。(←意味不) 

 
相手が鉄パイプを構え、私が刀を構えてどれだけの時間睨み合っているだろうか。お互いに出方を窺っているといったところだ。
私が持っているのが真剣ということもあり、仮面は少し躊躇っているのだろう。だが、いつ飛び込んでくるかわからないから油断はできない。

そもそも、私はコイツの正体を知らない。同級生か後輩か。その選択肢しか無いのだが、やっぱ相手次第で出方は変わるというものだろう。
せめて、あの仮面を外せたら・・・


「!!」

「ちょっ!?」


仮面野郎がいきなり鉄パイプを振ってくる。
突然すぎる行動ではあったが、辛うじて避けることは出来た。
ていうか、何でいきなり振ってきたのかしら? 私が「仮面を取りたい」と思ったから?
・・・テレパシーが使える訳じゃあるまいし、それはないか。でも今のは危なかった…。


「…!」

「随分容赦無いわね!」


鉄パイプだって相当な凶器だというのに、仮面野郎はそれをブンブンと振り回す。どう見ても正気の沙汰とは言えない。
一体何考えてんのコイツ!?


「…! …!」

「くっ!」


仕方なく私は刀で防ぐ。金属音が辺りに響く。
防ぐだけなら大丈夫だ。きっと怪我もしない…たぶん。

ていうか、ホント無口で不気味な奴だわコイツ。何部なんだろう? オカルト部とか?

魔術を使って喋らせるか・・・。


「!!」


私が右手にマッチでつけた位の焔をちらつかせると、瞬時に仮面野郎は後ろに後退するように避けた。危機察知が早いこと。

でもいい。これで一旦距離は取れた。
後はあの仮面を如何にやって外すか・・・


「だったら攻めが一番よね!」

「!!」


そう思うよりも早く、私は刀と焔を脅迫するかの様に構え、仮面野郎に特攻する。無論、奴は人間。ここまでされればビビるのが普通だ。
そしてその隙に仮面を斬るなり焼くなり・・・



「──って、え?」



そこまで考えていたところで、私の思考は急に停止する。なんと今まで目の前に居た標的が、忽然と姿を消したのだ。
どこに行ったかと思い、辺りを見回してみるも、視界に入るのは延々と続く廊下と教室のみ。奴の姿はどこにも無かった。


瞬間移動(テレポート)!?」


こんな時にこういう発想に辿り着いてしまう自分が少し情けない。日々魔術に触れるせいか、思考までそっちに持ってかれているのだろう。

単純に考えろ。きっと、少し離れてはいるがあの教室の中だろう。そこ以外隠れられる場所は無い。
私の足はその教室へと向かった。


カタッ


「!!」


不意に鳴ったその音に私は反応する。
音源は…真上。完全に死角である。
見上げると、蛍光灯に器用にしがみつく奴の姿があった。


「っ!!」


ガキィン


降り下ろすように奴が振った鉄パイプを、私はすぐさま刀を構えて受け止める。またも甲高い音が響いた。
その後仮面野郎は地面に下り、またしても私と距離を取った。

さて、ますますコイツの存在がわからなくなってきた。
身のこなし、スピード、次元を無視したフットワーク・・・まるで“獣”の様ではないか。

けど、そんな話はまず有り得ないし、コイツだって所詮は人間である。たまたま運動神経が常人の域を越えているだけだろう。ただ、剣術で闘うのだから、当然剣士として負ける訳にはいかない。
絶対に負かして正体を暴いてやる!







「いってーな晴登…」

「はぁはぁ…」


肩で息をして疲れきっている俺の前で、仰向けに倒れている大地が言った。コイツはもう戦闘不能ということでいいだろう。


「防ぐならまだしも、返してくるとはな…」


随分軽そうに話してはいるが、先程のダメージは尋常では無かったはずである。
何と言っても、さっきコイツが放ったシュートを俺は風を使って反射し、そのボールが腹に直撃したのだ。

そう考えると、先程の自分の行動をかなり申し訳なく思う。


「わ、悪かったな大地…」

「良いさ、勝負なんだし。にしても、そのトリックはどうなってんだよ?」


俺は今のところ、大地や莉奈らに部活の事は話していない。というか隠している。だからコイツらは、俺が魔術部に入っていることさえ知らないのだ。
当然、魔術のことを伝える訳にもいかない。それは今後も変わらないだろう。俺はまだ隠し通さなきゃならないのだ。彼らと“友達”で居られるために。


「秘密。知りたいなら暴いてみな」


俺は余裕の表情で言った。
大地はそれを聞くと苦笑いを溢し、「面倒くせ」と一言呟く。深く詮索してくる様子は無さそうだ。

その後二人で笑い合い、俺の『勝利』でこの戦闘は幕を閉じた。







右、左、右、上、下、右・・・。
さっきから攻撃を避けることに徹しているが、どうやらコイツの剣術にパターンは無い。というか闇雲に振っているように感じる。
つまり、コイツは剣術については素人。剣道部だとか…その辺ではない。


「ふっ!!」

「!!」


だからと言って、私が不意打ちとしてたまに刀を振るってやるのだが、これも当たらない。奴の反射神経が高いということだ。
仮面だけを斬るように加減はしているが、それでもこの反応速度は並ではない。一体何のスポーツをしているのか…。


──というように私は今までの間、仮面野郎の情報を探っていた。しかし出てくるのは的外れなモノばかり。真相には一向に近づかない。
ホントにコイツは誰なんだ。そもそも性別もわからないし。声を発してくれれば良いのだが、それも無理そうだ。


「いっそ全部灰にしてやろうか…」


私は相手に聞こえないように小さく呟く。
実際、そうやった方が全て丸く収まるのだ。
ホントにやってやりたい。


「ねぇアンタ」

「?」


声を掛けると、仮面野郎は無言で反応する。
全く、徹底して声を出さないわね。


「あーもうメンドっ!!」

「!?」


私は身体から、自分を覆いつくす程の大きな焔を出した。
辺りは熱気に包まれ、火花が漂う。もはや火事であった。
仮面野郎はその惨状を見ると、身の危険を感じてか後退りをする。

こうなったら…強制的に吐かせる。

私はその状態で奴に近づいた。もう考えることは放棄している。
奴はさらに後ろに下がった。仮面に隠れて表情は見えないが、きっと怯えていることだろう。そう思うと気分が良い。

まぁ実は、これにはさっき追い掛けられたお返しの意味もあるんだけどね。同じ恐怖を味わって貰わないと。
私は刀を振り上げ、狙いを定めると・・・一気に降り下ろした。





目の前に残ったのは黒焦げになっているマント。そしてそこには、不気味な笑みを浮かべた仮面もあった。
だがどう見ても、人間の姿は無い。
服の残骸が残る以上、人間が灰になっている訳がない。
よって・・・


「随分可愛い奴ね、あんた」

「……」


私が向いた方向には、制服にパーカーを着るという珍しい格好をしている男子が居た。
焔に包まれたあの一瞬で、マントらを犠牲に逃げ出す。凄い身体能力と判断力だ。

整った中性的な顔。私よりは幼そうだが、でもどこか凛々しさもある男子。
何より驚いたのが、頭についている犬のような耳だった。趣味の飾り物かと思ったが、彼が動くに合わせ動くそれを見て、耳は本物なのだと気がつく。


「……」


しかも先程から彼はこの状態。ガクガクと震え、まるで何かに怯えているようだった。
まぁ、理由には察しがつくけど。どんな過去かは知らないが、大変だったろうな…。


「ねぇあんた」

「……!!」


仮面を付けていないので、驚いた表情が丸わかりだった。もしかしなくても人が苦手なのかな、この子。だから仮面で隠してた・・・。

とりあえず私は、聞きたかった事を訊いてみる。


「あんたって何部なの?」


まずは所属。こればかりが気になって仕方なかった。


「帰宅部…ですけど」


は~帰宅部ね。はいはい、なるほど〜・・・


「帰宅部!?」


私は驚いて声を上げる。
無理もないだろう。なぜ部費を必要としない帰宅部が部活戦争に参加しているのか。


「な…何であんたは出てんの?!」


予想外の事態に焦る私。演劇部か何かと思っていた相手が、意味も無く参加する帰宅部だったのだ。誰だって“?”は浮かぶだろう。
問い詰めると、彼は怯えたまま口を開いた。


「そういうルール…なんです。『帰宅部は部活戦争で選手の邪魔をする』っていう…」


ルール? そんな話は聞いていない。私たちに公開されたルールにも、そんな事は書かれていなかったはずだ。私たちの部活だけ知らなかった…なんて事は無いだろうが・・・。


「この事は…全部活には秘密なんです…。あくまで選手のフリをしないといけないんで…。でも、僕らは正式な参加者じゃないので、倒したところで何も無いです…」


拙いがそこまで説明をされた所で、私は話をある程度理解した。
つまり、彼らは完全に“邪魔者”なのだ。彼らを倒しても部費は貰えないが、彼らに倒されたらそこで終了。出会ったとしたらデメリットしか存在しない、そんな役なのだ。


「じゃあ、今までアンタと闘っていたのは、私には無意味だったってことで良いのよね?」

「はい…そうですね。あ、でも一応僕らも倒されたら失格なので、今倒しても無駄骨ってことは無いですよ…?」


まさかの帰宅部参戦とは、運営も変なことを考える。
要は、倒しても部費が貰えない奴が居るって事にガッカリさせたかったのかしら。

・・・まぁ良いわ。
後はコイツの処遇だけど…答えは決まったようなものよね。


「アンタの事は放っとくわ。別の部活を好きに邪魔しなさい」


私はそう言い放つと踵を返して、別の場所に向かおうとした。
彼には他の部活を邪魔してもらおう。私をここまで追い詰めるし、きっと十分な力は持ってるもの。

だがそこである重大な事に気がつく。


「あんた…服どうする?」


苦笑いを浮かべてそう言いながら彼の方を向くと、彼はその状態に気付き慌てふためいた。


「ホントだ…これじゃ・・・」


ついつい仮面やマントを燃やしてしまったが、この状況だと彼のコンプレックスは露わになってしまっているので、彼にとってとてもマズい状況である。
あのパーカーにはフードが付いてはいるようだが、激しい動けばすぐに外れるだろう。

仕方ない・・・。


「もう面倒だから、やっぱ私がアンタを倒したことにしとくわ。早くこの場から去りたいでしょう?」


私の言葉に、彼ではなく彼の耳が反応する。何よ、仮面の中身は小動物みたいで可愛いじゃない。
しかし、このことは黙っておくべきだろう。


「手荒くはしないから大人しくしときなさいね。・・・あ、そうだ。あんた名前は?」


私は何かの縁だと思い、彼の名前を訊く。
すると彼はすんなりと答えてくれた。


「柊 狐太郎です」

「私は辻 緋翼。また会えたら良いわね」

「は、はい」


ここに来て、彼はようやく笑顔を見せた今時珍しいんじゃないの? こういう素直な子。
この子はこのコンプレックスを除けば、とても良い子だ。クラスの皆と仲良く出来てるのかしら? いじめられたりしてるのかな…? ちょっと心配だな…。
でも、今日はもうお別れ。早いとこテープを結んで、帰してあげないと。


「気をつけてね」

「はい」


ここまで穏やかな気持ちでテープを結べたのは初めてだろう。これで誰にも見つからずに帰れれば・・・あれ?


「あの…体が動かないんですけど…」

「あ、ごめん…」


失敗した。これは間違いなく失敗した。
私は、テープの効果に『麻痺』が有ることをすっかり忘れていたのだ。これでは彼が退場できない。
仕方ない、抱えていってあげるか・・・まだ時間あるし。

私は彼を抱え、安全と思える場所まで運ぶことにした。

 
 

 
後書き
多大の時間を持っていたにも関わらず、こんな急ぎな文章を書いているということは、自分はホントに文才が無いのですね…。

さて。そろそろ勉強が本格的になってきたので、これの更新が遅くなり始めると思います。
せめて部活戦争までは9月中に終わらせられたらなと思いますが、きっと一ヶ月に3話くらいしか書けない状況でしょうから・・・やっぱ無理かも…。

皆さんが興味を持つような文章を書こうとは思っていても、語彙力が無いと適切な表現が出来なくて困ります。
難しい表現って何か憧れますよね。それを頑張ってやって題材がずれたら元も子も無いけど。

ハイ。
1日1回はページを開いてますが、その時に書く量は雀の涙も驚きの超少量なんですよね。だから全く進みません。困った困った。

・・・今こうやって後書き書いているのも時間の無駄かもしれないので、この辺で終わりますかね。では。 

 

第28話『漁夫の利』

 
前書き
急いで書いたんで雑です。 

 


「うわ〜これスカッとするねぇ」

「がはっ…」

「え? あぁごめんごめん。痛かった? でもしょうがないよね。これは戦争なんだし」


俺が腹を押さえながら痛みを堪えているのに対し、この女はそれを喜ぶかの様に気持ちの悪いくらいの笑みを浮かべていた。さすがにここまでされて黙っている程、俺は寛容な人間じゃない。彼女の拳は、俺の闘志に火をつけた。


「なら…こっちだって加減はしねぇぞ」

「いいよ、コテンパンに負かしてあげる」


俺の宣戦布告に、彼女は余裕の態度だ。
クソ、いくら女子相手といえど、こいつは俺より強い。それは今の拳でわかる。何か手はないのか・・・


「そっちが来ないならこっちから行くよ!」

「うぉっ!?」


俺が策を講じていると、彼女はそうはさせまいと飛び蹴りをかましてくる。正面からの攻撃なので、俺は身をひねって辛うじて避けた。


「もう一発!」

「ぐはっ!」


しかし、彼女は着地と同時に振り返りざまの蹴りを放つ。これにはさすがに反応できず、俺はまたもクリーンヒットしてしまった。無様に地面を転がり、冷たいコンクリートの床に這いつくばる。


「さて、こんなところかな。頭は良くても、運動ができないんじゃしょうがないよね」

「言って…くれるじゃねぇか…」


彼女は腰に手を当ててこちらを見つめてくる。だが、俺にだってプライドがあるのだ。女子にボコられて負かされるなど、黒歴史でしかない。せめて相打ちに・・・


「…へぇ〜まだ立つんだ。まぁ、これでへばってちゃつまらないもんね」

「はぁ…はぁ…」

「バテバテみたいだけど、こっちも手加減はできないよ。…次で決める」

「そりゃ…お互い様だぜ」


彼女が構えをとると同時に、俺は右手に炎を灯す。ここで魔術解禁だ。
彼女は突然の発火に驚く様子を見せたが、すぐに平静を取り戻す。適応力が高いのは厄介だな。


「どういうタネか知らないけど、見かけだましの炎じゃ私には勝てないよ」

「見かけだましかどうかは、その身で確かめるんだな!」


さぁ、ここからが本番だ。







「うわぁぁぁ!!!」


目の前に倒れたのは白い柔道着を着た男子。
中学生にしては立派な体躯ではあるが、それでも俺の電撃には無力だ。体格なんて関係なしに俺の電撃は対象の体を駆け巡り、麻痺させることができる。
つまりゴム人間でもない限り、俺には勝てねぇんだよ。


「ざっと2チーム分はやったかな。時間は30分しか経ってないし・・・良い調子か?」


さっきまでは色々計算しながらやってたが、そろそろ面倒になってくる。
そもそも倒した数に関しては運営がカウントしてるから、数える必要は無いんだけど。

でもって、味方が倒れているかどうかは、俺にはわからない。そこら辺の伝達はされないらしいからな。まだ失格してないだろうな?


「?」


そんな事を考えてると、不意に後ろから視線を感じる。振り向いて見てみたが、誰もそこには居らず、ただただ長ったらしい廊下が続いていた。


「おいおい…怪談とか勘弁してくれよ?」


頬を冷や汗がつたり、声が震えた。
別にそういうジャンルが苦手という訳ではないのだが、得意でもない。怖いものは怖いのだ。
俺は嫌な予感がするのを胸を奥で感じながら、違う場所へと歩を進めた。







「おらっ!!」

「ふっ!」


俺の炎の拳を、彼女はビート板を盾にして受け止める。まだまだ余裕の表情だ。


「男子にしては力弱いね。晴登でももう少し強いと思うけど」

「弱くて悪かったな」


彼女はビート板をヒラヒラとさせながら言う。
くそ、どんだけ俺の拳は弱いんだ…。別に手加減とかはしてねぇんだけど…。


「これじゃ、ホントに見かけだましになっちゃうよ?」

「慌てんなよ。まだまだこれからだ」


俺はすぐさま、右手の炎の火力を上げた。少し目眩がしてきたが、ここで退く訳にもいかない。もってくれ、俺の魔力…!







大地とも別れ、新たに敵を探し始める俺。
だが一向に人の気配を感じることができず、時間だけが刻々と過ぎていた。

そんな時、俺の足はある所で止まる。


「理科室…」


俺が立ち止まった場所は、校舎の2階にある理科室の扉の真ん前だった。窓は全て黒いカーテンによって遮られているから、外から中の様子を確認することはできない。
しかし、なぜかよく分からないが、とてもここが気になる。なんか変な感じ・・・

いや待て。よく考えたら、ここはどこかの部活の部室のはずだ。もしかすると、誰かが潜んでいるかもしれない。
危なかった。さすがに敵地に飛び込むような真似はしたくない。すぐにここから離れないと・・・。


そう思った俺が理科室を離れようとした矢先、後ろから何かが俺の腕を掴んだ。


「誰っ!?」


反射的に振り向いたが、時すでに遅し。口元にハンカチらしき物が当てられ、その後俺の意識は途絶えた。







どうして私がこんな競技に参加しているのだろうか。まぁ先輩方のほとんどが参加を拒否したから、1年である私に白羽の矢が立った訳なんだけど…。


「あんまり闘いとかしたくないな…」


私は平和主義である。戦争なんてモノはこの世には必要ない。喧嘩だって同じだ。あんなモノは必要ない。
平和な世界だったら、誰もが安心して暮らせるのだから。
え~と…「正当防衛」という言葉は…まぁ見逃しておこう。私は今そんな状況だし。

それにしても、この競技に参加するということなら、もう少し画期的な道具は無かったのだろうか。確かに美術部に戦闘向きの道具が有るかと言えばそうでは無いし、もし有ったとしてもきっと使うのを拒みたくなるような物ばかりだろう。危ない物だけは勘弁してほしい。


「魔術部・・・」


私はふと、過去を思い出す。
両親に連れられ行った温泉旅館。そしてそこで不思議な体験をしたことを。
あの時、偶然にも出会った彼が身を挺して私を守ってくれたから、私は今ここに居る。感謝してもし切れないくらいだ。
そもそも私が原因で起きた事態だったのに、彼はさも自分が悪いかの様に私に謝った。謝罪したかったのはこっちの方なのに。いつか彼には何か恩返しないとな・・・。


「ん?」


過去をゆっくりと振り返っていた私の目に、何やら険悪な景色が移る。男子と女子の格闘。遠目ではそれしか確認できなかった。


「喧嘩…」


私はそう感じると、すぐさまその場所へと向かった。







炎を拳に纏わせ、俺は眼前の女に殴りかかる。
女を殴ることを批判してくる奴がいようと関係ない。今はこの拳に、俺の全てを乗せる。


「うぉらぁっ!!」

「弱い弱い! 隙あり!」

「んぐ…!」


しかし最大火力で放たれた炎のパンチは、いとも容易くビート板に防がれ、さらに俺の横腹にカウンターの回し蹴りが入る。咄嗟に身をひねったものの、間に合わずほとんど威力を殺せていない。おかげで、変なうめき声を上げてしまった。


「くっ…まだまだぁ!!」

「懲りないねぇ。それじゃ、もう一発お見舞いしてあげる──」


「2人ともストップ!!」


「「へ??」」


不意に横から放たれたその声に、2人の動作はピタリと止まる。一体誰だ? どこかで聴いたような声だが・・・


「2人とも喧嘩はダメ。もっと穏便にしないと」


そう言葉を続けていたのは、『清楚』という肩書きがよく似合いそうな美少女だった。
しかし俺はその顔を見て、何かを思い出す。この女は確か・・・


「どうしたの? 優菜ちゃん」


そうだ、戸部 優菜だ。この前のテストで、学年2位の成績の持ち主。でもって、俺らの合宿の時に偶然出会った人だ。

しかし、何の用なんだ? “穏便に”って・・・?


「戦争反対。平和主義じゃないと」


平和主義だ? どこぞの憲法みたいなこと言いやがって。
そんなに言うなら、そもそも参加しなければいいのに。


「『平和』って言っても優菜ちゃん、これは勝負なんだよ? 避けられない事態だと思うんだけど…」


この意見には賛成である。喧嘩の様に見えるけど、この競技はそういうものなんだから、仕方のないことなのだ。穏便に、だなんて生ぬるいことを言っている場合ではない。


「それはわかってる。だからこそ、できるだけ穏便に済ますの」

「穏便つったって、どうする気だよ?」


俺は彼女にそう問う。穏便な戦闘なんて、思い当たる節が無い。


「わかりませんか? 簡単ですよ・・・そう、ジャンケンです」

「「……」」


それを聞いた俺らは唖然とする。
勝手に乱入してきといて、ジャンケンをしろ、だ? 随分と甘ったれた言い分だ。
ったく、誰がそんなルールに乗るか・・・


「よし乗った。これならすぐに終わるね」

「はぁ?!」


俺は驚きの声を上げる。
こいつのことだから、もっと戦闘を楽しんでくるかと思ったのだが・・・


「あなたは?」

「……」


戸部に聞かれ、俺は戸惑う。
しかし、彼女がこのルールを承諾した以上、俺も承諾しないと話が進まないだろう。ええいままよ!


「1回勝負だ」

「望むところ」


彼女はニッコリとそう言うと、ジャンケンの構えに入る。俺も同じような構えをとった。


「「最初はグー、ジャンケン・・・」」


引き受けてやった以上、この勝負は負けられん。
パンチの欠けた勝負ではあるが、これで勝てば多少は気分も晴れるだろう。
幸いにも、ジャンケンは運ゲーだ。これなら俺にも勝機がある。行くぞ!


「「「ポン!!」」」


3人の声が揃い、3つの手が前に出される。
俺がグーで、彼女もグー。そしてもう一つの手が…パー。

・・・ちょっと待て、3人!?


「優菜ちゃん!?」

「何でお前もやってんだよ!?」


俺がそう言った相手は戸部。なぜかこいつもジャンケンに参加していたのだ。
本来の目的である、俺と彼女の勝負を蔑ろにしやがった。一体どういうつもりで?


「ふふ、すぐにわかりますよ」


彼女は不敵に笑った。
すぐにわかるっつっても、お前がジャンケンに参加して何が変わるんだ・・・よ・・・


「おい、ちょっと待てよ」


俺は血の気が引いた。それはある事に気づいたからだ。
ジャンケンの敗北。それはもしかして・・・


『暁 伸太郎、春風 莉奈。共に失格!』


そんな審判の声がどこからか聞こえた。たぶん放送だろう。
そうだよ。確かルールには『勝敗は審判が判断する』って書かれてた。つまり、“ジャンケンの負け”だって、審判が失格を宣言するには十分な材料なんだよ。


「嘘だろそんなの…」

「え、え、何で私たちの出す手がわかったの?!」


落胆する俺とは違い、彼女は驚きを露わにする。でも確かに、じゃんけんで1人が2人に勝つ確率は1/9、偶然にしてはできすぎである。


「簡単です。熱くなっている人はグーを出し易いんですよ」


彼女は舌を出して、「してやった」と言わんばかりの表情で、そう言った。

漁夫の利とはこのことだ。

 
 

 
後書き
暁君がちょっと熱血キャラ染みてた今回の話。
ダメだ。お前はそうではない。

それでは次回も宜しくお願いします! 

 

第29話『新たな標的』

 
前書き
今回は魔術部部長、終夜の回。つまり、部活戦争の最後のパートになります。
まぁ、1話で終わるとは言ってないですけどね。 

 
残り時間は1時間位。人数もだいぶ減り始めた。
そんな中で出会うのは、当然柔道部や剣道部といった猛者ばかり。俺は別に問題ないのだが、魔術部の他の連中が気になる。
もしあいつらがやられて、俺もやられたら部費は半減。そうなると、俺の目的が達成できなくなる。

そこで、俺にはある決断が課せられた。


『理科室に行く』
『理科室に行かない』


こういう選択肢になる経緯だが、とある部活の影響である。あの部活はかなり厄介だ。まだ生き残っているに違いない。
そこで、あの部活の殲滅に向かいたい。
しかし、俺1人ではそれは難しいだろう。それだけの手練が居るのだ。成功するかは五分五分といったところ。
だからこそ、あいつらにはまだ生き残って貰いたい。俺がある程度そこで部費を手に入れてやられた時、あいつらの誰かが生きてくれていれば、俺の分が半減するだけで済む。


『俺が一人で“捨て駒”として攻める』


これが今この状況で一番の策だろう。
潮時ってやつか。相討ちでも何でも良いから、あの部活を討ってこよう。







「…ん」


眠りから覚め、目を開ける俺。
まず目に入ったのは、誰も居ない無機質な教室の中の景色。そして遅れて、そこが理科室だということに気がつく。


「何でここに…って!」


椅子に座っていたので立ち上がろうとした瞬間、体が強制的に引っ張られ、思い切り椅子の背に背中をぶつけてしまう。理由は両手を見てわかった。


「何で手錠なんか…」


俺は今背もたれのある椅子に座っており、そして背もたれの後ろで両手が不自由になってるという状況だ。
もちろん、自分で手錠をはめるなんて器用なマネもできないので、誰かがやったのは明白。
たぶん、やったのは俺をあの時眠らせた・・・


「起きたようね」


不意にそんな声が聞こえた。
声のした方を向くと、ニッコリと笑みを浮かべる女子が居た。名札を見てみると、3年生だとわかる。


「『どうしてこんなマネを?』とでも言いたそうな顔ね」


続けて彼女が言った言葉…全くその通りだ。
俺は今、絶対にそんな表情をしている。この状況をいち早く解説してもらわないと気が済まない。


「ええ何も言わなくて結構。それよりも、まずは自己紹介をしておくわ。私は科学部部長、“茜原(あかねはら) (ひかり)”。以後お見知りおきを」


科学部? そういえばそんな部活が有った気がする。
お、そう聞いたらこの人の容姿ってピッタリな雰囲気だ。
メガネをかけ、腰まで掛かる程の長さであろう黒髪を頭の後ろで束ね、白衣を着て・・・って、完璧だろう。

──いや、今は関係ないことか。
とりあえずこの状況など諸々含め、話を聞くことにする。


「う~ん…まずは貴方を捕まえた経緯について説明しましょう。あ、その前に確認なのだけど、貴方って魔術部よね?」

「え? あ、はい」

「そう。じゃああいつとは関わりがあるのね」


茜原さんは不敵に笑うと、俺を見てそう言った。

『あいつ』というのは誰だろうか? この人が3年生という限り、きっと部長か副部長の事だ。それ以外は考えにくい。


「貴方への要件は1つ。部活戦争の間、人質になってもらうわ」

「・・・へ?」


さらっと言われた一言。だが、その中身に重大な単語が含まれている事に俺は気づいた。


「“人質”ってどういう事ですか?!」

「そのまんまの意味よ。貴方は魔術部に対しての人質になってもらうの。私達が奴らを負かすための」


人質…。これはえらい役になってしまった。これで魔術部が負けたら、完全に俺のせいじゃん。
話を聞こうだとか思っていられないな。早いとこ脱出しないと。


「逃げ出そうなんて、馬鹿なことはしない方が良いわよ。今は黙っているけど、本気を出せば貴方なんて簡単に殺れるんだから」


茜原さんの眼がメガネと共にキラッと光る。思わず、ビクッと反応してしまった。
『部長』だけでなく、『学級委員』とかいう肩書きも持ってそうだ、この人。でもってちょいと物騒…。


「わ、わかりました。大人しくしてます…」

「う~ん。その言葉が本音かは測りかねるけど…まぁ良いわ。・・・そうだ。あいつがここに来るのはまだだろうし、ちょっと質問をいいかしら?」


茜原さんがそう俺に訊く。変に抵抗するのも危険そうなので、俺は頷いて応じた。


「あいつ・・・じゃない、黒木が使う『黒い電気』が有るじゃない? 貴方、その原理ってわかるかしら?」


突発的な質問に、俺の頭は数秒間停止する。どうしてそのことを知ってるんだ。

茜原さんが訊いてきたあいつとは黒木・・・つまり部長だ。そして部長の黒い電気というと、魔術である『夜雷』の事に他ならない。

…で、その原理? 何でそんなの訊くんだ?
「魔術」と答えれば早いだろうけど・・・さすがにダメだよな。


「使っているのは見たことが有ります。でも原理とか…そういうのはイマイチ──」

「そうわかったわ。・・・部員にも秘密にしてるってことね…」


俺の言葉を最後まで聞くこと無く、茜原さんはそう言う。そしてブツブツと、何かを呟きながら考えていた。

…掴みどころがない。この人と対話してわかったことだ。
自分のことをほとんど明かさず、情報だけを訊いてくる。何かの捜査か、と疑いたくもなってしまう程だ。

…俺も、質問して良いかな。


「あの、俺からも1つ良いですか?」

「ん?…そうね。貴方が私に1つ情報をくれたのだし、私も貴方に1つ情報を与えることにしましょう。して、内容は?」


スルスルと進む会話に戸惑いながらも、俺は質問をした。


「茜原先輩はうちの部長を…その、どうしてそんなに気にしてるんですか?」


適した表現が思い付かず、随分とストレートな言葉になってしまう。違う答えが返って来ないと良いけど…。


「・・・ああ、そういうこと。まぁ確かに、端から見れば執念深い女に見えなくはないですね。良いわ、話しましょう。簡単に言うと、私とアイツは『幼馴染み』。昔からとても面識が有るから、気にせずにはいられないし…“ライバル”って言うとわかりやすいかしら。今回の部活戦争もそう。私にとっては、部費よりもあいつと戦うことを楽しみにしてるの。ライバルとしてね」


長々とした答えが返って来たため、理解に時間を有した。が、言っていることは一貫している。


『茜原先輩は部長と戦いたがっている』


物騒だというイメージを更に掻き立てるかの様な考えだが、きっとそうだ。
しかし、またも疑問が生じた。


「でも俺を人質にした意味は有るんですか? 正々堂々と戦わないと・・・」

「勝手に2つ目の質問は反則だと思うけど・・・まぁその考えは理解できるわ。簡単なことよ、あいつが私との戦闘を避けられないようにするため。せっかくの機会なのに、戦えないのは残念だもの」


茜原さんは堂々とそう言った。
あれ、この人って思ってたより何か危ない気がする…!? 異常なまでに好戦的だし・・・。
か、考え過ぎだよな…。





「・・・さて、と。もう準備は万端。いつでも来なさいよ」


その茜原さんの声につられ、周りを見渡すと、そこにはいつの間にか3人の見慣れない人らが揃っていた。
全員が白衣を着てることからして、科学部。
しかも4人居るとなると、それは科学部が誰一人として脱落してない事を示している。ずっと隠れていたのか、はたまた──


ガラッ


急に開いた扉の音によって、俺の考えは遮断される。扉が自動ドアな訳も無ければ、風に吹かれて開いた訳でもない。
つまり、開けた張本人であろう人物が、扉の向こうには立っていた。


「面倒くせぇ状況だな、おい」


最初に放たれたのはその言葉。
その一声も、全てを飲み込んだ。


「ったく、ウチの部員に手ぇ出すんじゃねぇよ、光」

「あんたが来たのなら、もう用済みかしらね?」

「なるほどな…安心しろ。そいつを解放さえすれば、俺はお前らと戦ってやる」


部長は余裕だと言わんばかりの発言をする。
しかしその中に一瞬、安堵の表情が見られた。


「あんたの覚悟は相当なモノね。良いわ、離しましょう」

「ふぇ?!」


茜原さんの言葉と同時に、俺の足元の床が開く。そう、開いたのだ。
重力に従い落ちる俺。それを見て叫ぶ部長の声までは聞き取れた。





だがそれは短い時間。
俺の体は椅子ごと1階に落とされてしまう。上を見上げると、天井は既に閉まっていた。


「どういう仕掛けだよ…」


カラクリ屋敷。そんな単語が当てはまる事態に、困惑を隠せない。
しかも部長を置いてきてしまった。これも申し訳なく思う。

科学部は4人。対して部長は1人。
いくら部長が魔術を使えるといっても、茜原さんはその電気の事を知ってたし、もしかすると対策だってされてるのかもしれない。
早く手錠を外して上に行かないと。

周りを見ると、場所は倉庫とわかった。少し埃っぽいし、使い古された椅子や机が多く置かれている。


「皆を探しに行こう」


俺はそんな結論を立てた。
俺が部長側に加わった所で『4対2』。不利な状況は変わらない。
だったら、今生き残っている魔術部部員を集めて向かうしかない。

いや・・・誰がどこに居るかなんて分からないし、そもそも時間は限られている。この際、集めるのは1人が限度だろう。
後は、それまで部長が保つかどうか・・・って、答えは決まってるか。



──部長を、信じよう。



その決意と同時に、俺は突風を起こし力ずくで手錠を破壊する。
「案外いけるものなんだな」と驚きながら、俺はすぐさま倉庫を飛び出した。

 
 

 
後書き
特に引き伸ばす要素が無いため、今回は短くしました。
え? じゃあどうして更新が遅くなったのかって?

実は、最近『リゼロ』にハマったものですから…。
つい先日までアニメを一気に見ておりました。
お陰で、時間が取れなかったという訳です。
異世界って良いですねぇ~(微笑)

さてさて、次回は部長同士が争う回です。
“奇想天外”を目標に、やれるとこまでやりたいです。 

 

第30話『部長』

 
前書き
いつの間にか30話。とは言え、全体的には30話を普通に越えております。
しかも、まだ『祝!』とか言うには早いですね。100話とか行けたら祝うことにしますか。

取り敢えず、部長同士の闘いをご覧あれ!! 

 

「腕が鳴るぜ」


指をポキポキと鳴らしながら、終夜は威嚇する。
しかしその威力は皆無、科学部の4人は怯まずにその様子をじっと見ていた。


「さっさと始めましょうかね」


そう言ったのは、科学部部長の茜原。彼女は余裕の笑みを浮かべると、白衣のポケットから何かを取り出す。
試験管。一目見て分かるのはそれ。でもって二目見て分かったことは・・・


「おいおい。何だよその液体はよ」


終夜はつい弱気な声を出す。それは、彼女の持つ試験管の中に入っている透明な液体を見たからであった。
赤色でも、青色でも、はたまた黄色でもない。水と言われても疑えないような液体がそこにはあったのだ。


「塩酸、と言えば分かるかしら」

「おっかねぇな…」


茜原は試験管を左右に揺らし、液体を吟味するかのようにウットリと眺める。
塩酸といえば、終夜にもわかる。触れれば皮膚を侵すという強酸だ。そんなものに感じ入る様子は、かなり不気味に思えた。


「それはそうと。終夜、あんたの使う雷の原理、教えてくれたりしないかしら。あの子に訊いても無駄だったし」

「それは都合が良いことだ。悪いが、お前には言えないよ」

「幼馴染みでも?」

「幼馴染みでもだ」


心を見透かすくらいの睨み合いが続き、互いにニヤッと口角を上げる。
笑えるようなことがあった訳でもなく、無意識に。


「そう。じゃあ力ずくで聞き出すことにするわ」

「お前の科学脳は物騒なもんだな。大体、何で俺の魔じ・・・雷が気になるんだよ」

「そりゃ、大気から急に雷を生み出すだなんて、そんな科学者の心を(くすぐ)るような物、知りたくない訳が無いじゃない」


茜原が自分の思惑を説明する中、一瞬の間違いに気づかれなかった事に安堵する終夜。
今は何かの科学だと彼女は考えているが、これが魔術とバレた時、何が起こるかなんて想像がつかない。
きっと、マイナス方向に話が進むのがオチだろうが。

そんな事から終夜もまた、魔術を茜原に話すのを拒んでいた。


「4対1。現実的に考えて、私達の勝利は明白だけど。アンタはどうするの?」


そう訊かれ、割と真剣に悩む終夜。

一気に放電したりして一掃するのは?と考えるが、さすがにそれは怪我が発生すると判断し、却下。
強行突破で一気に感電!も良いかと思うが、そもそもあの塩酸がそれを防ぐ盾の役割を担っており、時間的に猶予を与えてはくれそうにない。却下・・・


「あれ、もしかしてこの場面は他力本願??」


一人でに呟く終夜。彼はこの状況では、自分が集団相手には意外に向かないという事を察した。
手加減しなくて良いのならその逆なのだが、相手は生徒で場所は学校。無理だという条件は揃いまくっていた。


「あら、随分と弱気じゃない。諦めた?」

「んな訳あるかよ。ちょっと状況把握しただけだ。別に俺だけで勝てる」


強がりにも聞こえてしまう発言をしてしまったが、茜原に特に言及される事はなかった。そんな中、終夜は科学部の部員を1人ずつ見定める。
茜原以外は男が2人で女が1人。男女1:1で都合が良さそうな組み合わせだが、比較的非力な女子が突破口である事は確実。

直後、終夜はゆっくりと一歩を踏み出した。


「…向かってくるのね」


さっきの落とし穴みたいな仕掛けが無いとは限らない。相手から目をそらさず、かつ一歩一歩床を踏みしめながら進む。
『石橋を叩いて渡る』。まさにそれを具現化したのが、今の終夜だ。


「……」


終夜が向かってくるのに対して、茜原は身構える。距離にして、残り3m。
しかしその頭には何か考えが有るのか、彼女は焦った様子は見せなかった。

だが、終夜にも考えはある。
科学部の4人の位置関係だが、まず茜原が終夜がいる入り口から最も距離が離れた所に立っており、男子2人が茜原の傍、残りの女子がさらにその隣に立っている。

つまり狙いは必然、その女子からだ。

──刹那。終夜が跳んだ。


「おらぁっ!!」


立ち幅跳びの要領だ。ゆっくり歩いていた状態から、急に飛びかかる。当然、いきなりのその挙動に彼女らは反応できない。

4人の眼前に着地した終夜は、右手に夜雷を纏わせ、瞬時にターゲットの女子の肩を軽く叩く。すると、それだけで女子は力を失って倒れた。
次は男子2人。手を伸ばして捕まえようとしてくるので、手が触れた瞬間に電流を流す。これで彼らもダウンした。
やはり、対人にはこれしかない。麻痺なら安全に片がつく。

「さて、上手くいった」と、最後に茜原の方を向く終夜。すると彼女もまた、終夜に手を伸ばしている。
呆気ない。その手が触れた瞬間に電流を流せば、きっとミッションクリアとなるだろう。終夜は勝ちを確信した。


──直後、頬に鋭い衝撃が走る。


「いった……おい、ゴム手袋はずるいだろ」

「あら、これくらいの常備は普通だけど」


茜原に殴り飛ばされ、2m程先に倒れた終夜。
そして自身の電撃が効かなかった理由…ゴム手袋を睨み付ける。


「やっぱ一筋縄じゃいかねぇか。でもお前の部下は大したことなかったな。一瞬で片づいたぜ?」

「最初から期待はしてないわよ。だって彼らはただの科学者。戦闘なんてできっこないもの」


「当たり前じゃない」と最後に付け加える茜原。確かに彼女の言うことに間違いはなく、さっきの部員は数合せに過ぎないのだろう。


「始めから敵はお前だけだった訳だ」

「いや、彼らには『準備』を色々と手伝って貰ったし、アンタの敵じゃないと言えばそれは間違いかしら」

「『準備』?」

「そう『準備』。このゴム手袋もその一部だけど、もっと大きい『準備』を、ね」


もったいぶるように茜原は言う。終夜は、それが示すのは自分を苦しめる道具だと判断し、探りを入れ始める。


「その準備とやらは、もう終わってる訳か?」

「ええ。ポチッとすればすぐにでも」


その表現を聞いた終夜は1つの仮説をたてる。
それは、彼女が用意したのは『機械』だということだ。
完全に推測なのだが、「ポチッと」と言った辺り、何らかの装置の起動を意味しているはず。そして、それで撃沈させる算段なのだろう。


「面白ぇ。だったらさっさとやってみやがれ」

「すぐに切り札を切るのはもったいないじゃない。まずはじっくり楽しみましょ」


横目で時計を確認。残り時間は40分余りだ。
それを知った終夜は指をポキポキと鳴らし、拳を突き出して高らかに叫んだ。


「手加減してっと、後悔すんぜ!」







「はぁ…はぁ…」


廊下の壁に手をついて休むのは、初めてではない。
もうかれこれ10分は走っているのだが、仲間どころか敵さえ見当たらない始末だ。
だからこんな無防備に呼吸していても、狙われる事なんて無かった。


「暁君、副部長、どこ…?!」


探し相手の名前を呟きながら、また走りを再開する。
廊下の端から端、階段の上から下・・・普段運動をしない俺にとっては、過酷を極めた。


「やばっ、そろそろ横腹が…」


長距離走るとよく起こる横腹の痛み。それが起こった俺は、涙目になりながらも走りを続行する。

だがついに、その努力は報われた──



「はぁ。さっきの子の耳ってホントどうなってんだろ…?」

「……副部長!」


階段の踊り場。上から降りてきた俺に対し、下から上ってきたのは副部長だった。
ブツブツと何かを言っているようだが、そんな事はお構い無し。俺はすぐさま本題を切り出した。


「…三浦? どうしたの、そんなに息を切らして・・・」

「部長が大変なんです! 一緒に来てくれませんか?!」


部長の名前を出した途端、副部長のキョトンとしていた顔が真顔になる。


「え、あいつが? それってどういう状況なの??」

「科学部です。4人全員で部長の相手をしてるんです!」

「!!」


副部長は驚いた様子を見せ、直後「マズい…」と一言。
きっと茜原さんの存在を知っていて、何らかの思い当たる節が有ったのだろう。
副部長は少しだけ考えた様子を見せると、俺に言った。


「場所は理科室?」

「はい、そうで──」


俺が言い終わるよりも早く、副部長は階段を駆け上がって行く。
一瞬俺の思考が停止するが、「俺も行こう」とすぐさま副部長の後を追った。







ドガァン


「もう終わり、というのはつまらないのだけれど?」


ドアに体をぶつけ、不格好な音を響かせてしまったのは俺。
それに対し、そう皮肉を言うのは俺の幼馴染みである光。今しがた、こいつが俺を蹴り飛ばした所だ。


「おうおう悪うござんした。生憎、肉弾戦でお前には敵わないんでな」


俺はそう吐き捨てると、再び立ち上がる。
彼女が装備しているゴム手袋。アレのせいで、先程攻撃の選択肢から“魔術”を消された。
おかげで、勝ち目の無い肉弾戦を強いられている。

というのも、光は空手や柔道といった、武道を完璧に体得している。その手の部活から勧誘が来るほどだ。男子相手だろうと、負けた様子は今まで見たことがない。
まぁ、まさか俺がその餌食になる日が来るなんて…。


「つーか、どうやったら白衣でそんなに動けんだ。何か色々無視してねぇか?」

「私の白衣を甘く見ないで頂戴。そりゃもちろん、いつでも格闘できるように重量や材質は計算され尽くして──」

「聞いた俺が馬鹿だったよ!」


気になる事を問うてみるとこのザマだ。余りにも面倒なんで拳を振るってみる。
幼馴染みということで付き合いも長い訳だから、手加減は一切なし!


「はいそうですか」

「がっ!?」


だが見事に俺の攻撃は躱され、お返しに鳩尾(みぞおち)を拳で捉えられる。その痛みにはたまらず床に伏せ、悶絶してしまう。


「がはっ……お前加減しろっつの」

「加減しないで殴ってきたのはどっちよ」


前言撤回。というか条約改正を求める。
俺は加減不要で、こいつは絶対加減。これさえ成り立ってしまえば、勝機が有るはずだ。成り立てば・・・って、あれ?


「お前、塩酸どうした?」


いつの間にか、彼女の手から塩酸の入った試験管が消えていた。まさかもう使ったのか。俺の身体のどこかに・・・


「あら今頃? もうとっくに片づけたわよ」

「片づけた? なぜだ?」

「貴方の行動を封じるための脅しだったのに、普通に飛びかかってきたもの」

「つまり、俺に塩酸を浴びせる気は元からなかったと? お前にも優しいとこあるんだな」

「…そのうるさい口は溶かしてあげたいわね」


光の声のトーンが一段下がった。今のは癇に障ったか。
これ以上軽口を叩くと、ホントに塩酸が飛んで来そうだ。シャワーとか使われて。


「そろそろトドメを刺してあげようかしら」

「ようやく真打登場ってか。何が出てきても、全部ぶっ壊してやるよ」


俺は快活に言う。光はそれに不敵な笑みで応えた。


「元気なこと。けど、これを見てまだそんな事言えるのかしら」

「何度でも言ってやんよ。お前の科学なんて全部俺が打ち砕いてやる!」


静寂。俺はそれにいち早く気づく。
今のは少し言い過ぎただろうか。でも、それを訂正できる雰囲気ではとうに無くなっていた。



「そう。わかったわ」



理科室に響いた声。それは光によって(つむ)がれたものだった。
どこか儚げで、それでいて不気味な声。
その中で、彼女がスイッチらしき物を押す動作がよく目立った。

──スイッチが、押された。

彼女が用意した最高の仕掛け。
俺を潰す為に用意した最大の武器。
その解放が今、行われた。


「出でよ!!」


光は叫んだ。その声に呼応して、光の目の前の約1m四方の床が開く。
そしてその穴から何かが出てくるのを、俺は見た。


「ロボット、か…?」

「ただのロボットじゃないわ。──“戦闘用”のロボットよ」


なるほど、そう来たか。
目の前に出てきた体長2m程のロボット。スタイルが良い人間、といった形状だろうか。
黒と白のシンプルなカラーで統一されており、頭部はバイクのヘルメットみたいな具合だった。


「随分とかっこいいな」

「そりゃデザインは大事だからね。結構苦労したのよ」


誉めて、と言わんばかりの光の態度。だが、俺はそれに反応することができない。
率直に言った感想もそうだ。何かしら言葉を発さないと危険だったのだ。

殺意。俺はそれに近いモノを感じた。

ロボットではなく、光からだ。

彼女は薄く笑い、静かに言った。


「痛くしないから、大人しくしててね」

 
 

 
後書き
祝とか何とかほざいてたら、文章が急に細々し始めて自分で自分が恐ろしくなったこの頃。
次回からちゃんと元に戻しますよ。今回は調子乗ってただけだろうし。

・・・とか思っていても、グダグダなのは変わらない。特に後半。
クライマックスまでの盛り上がりが欠けるなぁ…。
修正…できるかなぁ…?

ハイ、悲しい俺の話は置いといて、気になった事が1つ。
『光』って名前凄く遣いづらい。
え、絶対思いましたよね? 「この“光”は何を意味するんじゃ~!」って。流石に気付けば分かるけど、俺は一瞬間違いました。
「光によって紡がれた」とか超幻想的じゃん!と、こんな具合で。

うーん…自分の痴態を晒しても悲しくなるだけだ…。
・・・また次回に会いましょう!(←無理やり) 

 

第31話『守る者』

 
前書き
科学部部長ブチ切れから入ります。 

 
光が持っているのはリモコンだろうか。
家庭用テレビゲームのコントローラーみたいなヤツだ。
操作対象は…間違いなくこのロボット。何の感情も顕わにしない、随分と有能な“殺人者”だ。

──そう、殺人者。
そんな形容が一番ピンと来た。盛っていないといえば嘘になるが、少なくとも半端な気持ちでそうは例えない。
戦闘用ロボットって名前の時点でロクなことにならないのはわかり切っているが、それ以上の危険なオーラを光を通してヒシヒシと伝わってくるのだ。

正直、超ビビってる。

光1人なら、まだ余裕があった。肉弾戦じゃ勝ち目はないが、隙を見てどうにかこうにかできる。
でもロボットが揃うとさすがにキツいし、何より怖い。


「大人しくしていれば痛くしない…って、いつの時代の脅し文句だよ? 正直、この状況じゃ笑う気も起きねぇけど」

「科学者の前で『科学を打ち砕く』だなんて言うからよ。怒らないとでも思ったのかしら?」

「そんなに敵意を向けないでくれよ。ほんのジョークじゃないか」


こんな言い訳しても許して貰えないのは明白。今にもあのロボットが襲い掛かってくるやもしれん。
本当にそれだけは恐怖を感じた。


「あんたを倒すことが私の目的。そしてあんたの目的は…科学部の殲滅かしら。お互いその意思で戦おうじゃない」

「学校行事で命賭けるとかたまったもんじゃねぇよ」

「あんたの雷はその程度なの? まぁ、このロボットに電気は効かないんだけど」


最後に言われた一言。それを聞いて、更に勝機が薄くなったのを察した。まぁそうだろうとは思っていたが。
電気が効かないのであれば・・・俺の手でロボットを倒すことはほぼ不可能である。殴って壊れてくれるほど、ヤワな造りじゃないだろうし。
つまり、必然的にロボットでない標的、すなわち光を狙わなければならない。


「いやいや、ロボット無視して攻撃してもどうせ防がれるオチなんだよなぁ」

「そう思うのなら大人しくしてて頂戴。ただ、楽しませてくれないのには反対かしら」

「物騒過ぎて余計に恐いんだが」


身を震わせ恐さをアピール。
それを見ても光の表情は揺るがなかった。


「もう…始めようかしら」


彼女の指がリモコンの上で動く。
それに呼応して、ロボットの足が動いた。一歩、一歩・・・さながら人間の様な滑らかさで。

俺に向かって歩いてくるロボット。その様子を背後から見ている光。そして、その兵器に少なからず怯える俺。
とてもじゃないが、俺がピンチな構図だ。そもそも、ロボットが助太刀したイコール、2対1の状況が出来上がってしまう。今隣に“仲間”のいない俺は不利まっしぐらだ。

先程三浦が1階に落ちたが…無事だろうか。
辻と暁はまだ平気なのか。
部長だってのに何も知らない。無様な話だ。でも、俺のやることは決まっている。
部活も大事だが、今は光と決着をつけねばなるまい。


「弾けろ」


俺は指鉄砲を構える。これが今俺にできる手段。あわよくば、全てを成功に導ける。

指に魔力を纏わせ、凝縮させ、そして一気に・・・放つ。



風を切って鳴る轟音。
地震でも起きたのかというほど、理科室が震える。
辺りには閃光が散り、風圧が部屋全体を席巻した。
その現象の中心、黒光りした軌跡を描く魔力の凝縮された弾が、一直線にロボットをつき抜けようとする。



──しかし、それは鎮火した。別に炎が、という意味ではない。
ロボットが右手を前に構え、その掌を弾に向けただけで・・・電撃は力を失ったのだ。



「・・・どうなってやがる」

「あんたのそれほどじゃないわよ。まぁ、それがただの電気と性質は変わらないとわかっただけ収穫だわ」

「何かすげぇ馬鹿にされた気分だぜ…」


確かに、俺の電気は普通の電気と何ら変わりはない。
だから、普通の電気への対策ができれば、必然的に俺の電撃も防げることになる。

まとめると、彼女が先程言った言葉・・・「ロボットに電気は効かない」は事実だった。


「俺の格闘術は光には敵わない、そして電撃無効のロボット・・・無理ゲーだわ」

「諦めるなんてらしくないじゃない。さっきまでの大口はどうしたの?」

「それ言われると退くに退けなくなっちゃうんだが…」


でも策は無い。打開可能性はほぼ0パーセント。
そもそもロボットと戦うことが予想外。これじゃ犬死にもいいとこだ。
残り時間にも余裕があるから、時間切れを狙うのは無理がある。
ゆえに・・・


「勝ち目が無いって辛いもんだな」

「素手で挑む、って選択肢ぐらいないのかしら?」

「生憎、持ち合わせちゃいねぇわ。3秒で土下座するのが目に見える」


恥ずかしい。これが俺の今の感情だ。
大口を叩いていたのにも拘わらず、やれることをなくして一方的にやられる。これを恥と言わずして何と言う。

やっぱここはアレしかない。
『ロボットを何らかの方法で突破して、光を痺れさせる』、これだ。
『何らか』の部分は・・・どうしようか。
フェイント…陽動…強行突破…、って、どれもロボットには通用しねぇじゃねぇか、クソ。


「今にも泣きそうな面して何を考えてるの?」

「誰が泣いてるかアホ。全然泣いてねぇから、1ミリも泣いてねぇから」

「じゃあその瞳の潤いは何を示しているの…」


これは泣き目ではない。
己の無力さと状況の害悪さに、目も現実逃避を始めただけだ。そうなのだ。
決して「何すればいいの~ママ~」とか言う、幼児の様な状態になっている訳ではない。うん。うん・・・


「諦められると、こっちの気が削がれちゃうってものだわ。早く楽しませて頂戴よ」

「サディスト発言止めろや。今の俺の心は煎餅といい勝負なんだよ。それ以上言うと快音立てて割れるぞ」

「あら、それは楽しそうかしら」

「墓穴掘ったわこんちきしょう!」


いつの間にか、端から見れば談話に見えなくもない会話になり始めた。
光の敵意も感じられなくなり、初期状態にリセットされたと言うべきだろうか。
その現状に俺は安堵し、目から涙が消え・・・もとい、目も現実逃避を終えていた。


「元気が戻ったみたいね。私も少し気分が晴れたわ。今ならあんたのさっきの発言も許せるかも」

「許して、マジ許して、超謝罪するから、ロボットの刑だけは許して」

「何その謝罪…」


本心からの謝罪をして光を呆れさせる。
だがこれで良い。状況ひっくり返した俺、マジGJ。

そして俺は眼前のロボットを見据える。
それは、先程歩き始めてから俺の攻撃を防いだ場所で、今にも歩き出しそうな格好をして静止していた。


「でもって、そろそろロボット片付けてくれない? これじゃあ一対一の勝負が出来ねぇぜ」

「え、ロボットと一対一じゃないの?」

「人外とは戦えねぇよ!」

「…残念だけど、コレは私たちの努力の結晶。雨の日も風の日も雪の日も雷の日も、ずっと作ってきたの。だから、もう人として扱ってあげてもいいんじゃないかしら?」

「いや、そんなに大事な物ならこんな場で使うのはどうかと。つーか、理科室で作ってんなら天気関係ないだろ!」


さらっと「このロボットを壊すような事が有れば…どうなるかわかるよね?」と、言外に言われた気がするのは俺だけだろうか。
また冷や汗がタラリと頬を伝う。そんな中、ユーモラスな発言で感情を誤魔化そうとする俺。

マズい、マズいぞ。状況が悪化した。
『ロボットの破壊』という手段が使えなくなったのだ。
もし破壊したら・・・命は無いだろう。光の手によってリンチ確定だ。 厳しすぎる──





「黒木!」

「「!?」」


突然に開いたドアと響き渡る声。
その声には聞き覚えがあり・・・


「辻!? 何で!?」


俺は相手の名を呼びながら、何故ここに来たのかを問う。


「三浦に呼ばれたの! アンタがピンチだからって!」

「三浦が…? 今どこに居る?」

「私の後ろを・・・って、三浦早く!」

「いや副部長速すぎ…」


辻は理科室の外に呼び掛ける。すると、ヘトヘトというのが見て取れる三浦が姿を現した。


「大丈夫か、三浦?!」

「えぇ。怪我も特には。強いて言えば疲れました…」

「この様子じゃ、ずっとアンタを助ける為に奔走してたみたいよ。良かったわね、部長」

「あぁ助かった…」


希望の光が差した瞬間だった。
俺1人では何もできないが、3人も揃えば文殊のなんたらである。
これなら作戦の幅が広がる…!


「おい辻、聞け! 実はだな──」

「やっぱりあんたね、茜原。理科室の真ん中にデカい像なんか用意して・・・何のつもり?」

「像とは心外。これはロボットよ。戦闘用のね」

「戦闘用? 随分物騒ね。こんなもん斬ってやる!」

「ちょ──」


俺の言葉を無視してそう言った辻は、剣を構える。
・・・っておい、ちょっと待て。流石にその展開はダメだ。それを壊したら…


「はぁっ!」

「「っ!!」」


斜めに切断されたロボットは、音を立てて崩れ落ちる。俺が静止の声を出すよりも早く、辻は入口から一瞬のスピードでロボットに這い寄り、斬ったのだ。
そのロボットの惨状を見て驚くのは俺と光。

光の表情が、消えたのを感じた。


「ん? 戦闘用の割には、簡単に斬れるのね。欠陥品じゃない」

「辻、もう止めろ!」

「……」


図らずも光を刺激する発言をした辻。
俺は慌てて制すも、“時すでに遅し”だろう。

辻は俺の言葉の意味がわからないのか、俺を振り返る。

その背後から、辻の首もとに伸びる2本の腕を、俺は見た。


「ぐっ…」


腕は辻の首を捉え、絞め上げ始めた。
元々体格が屈強とは程遠い辻だ、逃れられる訳がない。
俺は助けるべく、一歩を踏み出した。


「辻!」

「邪魔」

「がっ!」


が、しかし、光の回し蹴りによってそれは阻まれる。
壁へと容赦なくぶつかり、僅かに口から空気が吐き出された。

その様子を見た光は、自分よりも小柄な辻の首を軽々持ち上げ、不敵に笑った。


「残念ね。あとちょっと」

「お、おい光。そんな事言わずに勘弁してくれよ? そいつだって悪気はなかったんだから」

「悪気がない、か。でも私が侮辱されたのは事実。あんただってこの女とはよく喧嘩してるし、この辺で痛い目に遭ってもらうのは好都合でしょ? 大丈夫よ、殺しはしないから、さ!」

「──っ!!」


光はさらに辻の首を絞める。声にならない叫びを上げ、苦しむ辻。
必死にもがき、首を絞める手を放そうとしている。
遠慮のない絞首は、このままでは危険。

だから、その光景を黙って見てるほど俺の趣味は悪くないし、好都合だとも思わないのだ。


辻は・・・仲間。


大した関係ではない。魔術部の部長と副部長。それだけだ。
でも、仲間とは呼べる存在ではある。
未だに入口につっ立って、状況に思考が追い付いていない三浦だって仲間だ。
今どこに居るかわからないけど、超天才の暁だって仲間。
魔術は使えないけど、魔術部を盛り上げてくれる2年生のあいつらも・・・仲間なのだ。

じゃあ仲間を守るのは誰だ?



──部長だろ?



「おおぉぉ!!」



俺は駆けた。仲間を守る為に。

俺は近付いた。凶悪な科学者に。

俺は蹴られた。でも堪えた。

俺は手を伸ばした。辻の元へ。

俺は奪った。光の元から。

俺は抱えた。辻の小柄な躯を。

俺は見据えた。光の姿を。

そして・・・俺は無我夢中で叫んだ。



「俺は黒木終夜!! 魔術部部長にして、仲間を守る者だ!!」

 
 

 
後書き
部長活躍回。といっても、まだ碌に戦闘出来てない…。なんたる不覚。
ドゴーンってやって、バヒューンってして、バシッと決めてやるつもりだったのに…()

そして読み返して解ること。
『素晴らしいくらい展開の早いご都合主義な文』
文章の評価としては底辺かと思われます。
「もうちょい言葉を練れねぇのか!」というツッコみは無しでお願いします。

さて。次回で終わるだろう、部長VS.部長ですけども、物足りないと考えるが俺の思想。
もっとこう、一回転する展開無いかな~と、ひねもす考えております。
だがしかし! これ以上続けてしまっては、次のストーリーの前に『受験勉強まっしぐらシーズン』に入ってしまう!!
それだけは避けたい始末です。何としても、次のストーリーまでは今年中に書きたいので。
・・・特に意味は無いけど(ボソッ

という訳で、後書きは早めに切り上げて、ちゃちゃっと次の話を書かねば! ではまた! 

 

第32話『凶気の科学者』


副部長を優しく抱きかかえ、今しがた高らかに叫んだ部長。
その双眸は目の前の人物を見据え続けている。

一方見据えられている人物は、露骨に嫌悪感丸出しの表情をしていた。


「何で邪魔するの?」


静かに、それでいて重みのある声。
俺が少しの間で聞いた彼女の声の中では、最も低い。背筋を冷や汗が垂れる。


「こいつは仲間、そして守るのが俺、ってだけだ」


部長はそう答えながらチラリと副部長を見て、再び前を向き直す。
その顔にはいつもの笑顔が浮かんでおらず、ただただ鋭い視線を相手に向けていた。


「友情、みたいなものかしら? 生憎私の“仲間”とやらは全員やられたけど」


その声の主はぐるっと周りを見渡すと、ため息をつく。
俺も同じ景色を見たのだが、驚きを隠せなかった。


俺が先程理科室から消えて、今に至るまで10分は過ぎている。
部長が4人倒すのには十分な時間だと思っていた反面、科学部は他の部活とは違って易々とは突破できないのではと、後ろ向きな考えが俺には有った。
そしてその解答は、半分正解、半分不正解といったところか。

俺が再び理科室へ来た時、科学部は部長を除き全てが倒れていた。その時点で既に少しビックリしたが、何よりも部屋の中央に、戦闘用ロボットが立っていたのが驚きだった。
副部長はそれを容赦なく斬り捨てたが、きっと彼女──茜原さんが怒っているのはそれが理由だろう。
戦闘用ロボットを作るのにどれだけの時間と労力と費用が掛かるかは、俺には想像つかない。
だからこそ、それを破壊された茜原さんは、激昂して副部長の首を絞めたのだ。これはお互いに非があるように思える。


・・・と、俺がここまで理解したのは冒頭と同時である。
そして、これを知った俺の考えは一つに固まった。


「部長、俺も戦います」


入口から部長の隣へと歩み寄る俺。部長が驚いた顔をしてこっちを見てたが、納得したのか声を掛けてきた。


「ようやく行動か。正直助かるぜ。アイツと一対一じゃ勝ち目がないんでな」

「え?」


衝撃の発言をした部長に、俺は拍子抜けした表情を見せる。
それを見た部長は「ははっ」と軽く笑った。そして俺に茜原さんについて軽く教えてきた。

もちろん、その内容には唖然とする以外ないだろう。部長が敵わないのも納得がいってしまう。俺なんか足元にも及ばないだろう。
これを聞いて少し戦うのを後悔したのは、ここだけの話だ。


「そ、それ勝機あるんですか…?」

「2人でも厳しいってのが現状だ」

「えぇ…」


思わず情けない声を洩らしたのは俺。
だが部長はその気持ちが理解できるのか、俺を咎めることはしなかった。


「まぁ何だ…お前は俺が守ってやるからよ、心配すんな」


部長がこちらを見て笑いかけてくる。その表情には曇りなど無く、清々しいくらいだった。
今までに見たことが無いくらい爽やかな・・・それでいて安心できる笑顔。これを見てしまったら、「あぁ、やっぱり部長なんだ」と思わざるを得ない。カッコいいな──



「にしても、こいつ邪魔だ。ちょっとそこに投げていいかな?」

「俺の感動返して下さい! ぶった斬りますよ!」

「え、お前が斬んの!?」


“こいつ”というのは、部長が抱える副部長の事。顔色は悪く、危険そうな状態であるのは目に見える。
つまり、そんな人を邪険に扱うような今の部長の発言は、俺の感動を一瞬で霧散させ、逆にイラつかせたのは言うまでもない。
そして、さっきまでの部長の評価の全てがドン底になった瞬間でもあった。


「あ~そう怒んな。どこかで休ませたいって意味だから…」

「素だと思いました」

「俺を何だと思ってんだ」


口で辛辣な言葉を放つ中、俺は心の中では安堵していた。
俺は魔術部。そんな思想が頭をよぎったのだ。
今こうして部長と話していると、どうもそれを感じてしまう。
やっぱりここが、俺の居場所なんだなって…。



「…お楽しみ中悪いけど、いない者扱いされると余計に腹立つわ」

「おいおい、別に忘れちゃいねぇぜ? 俺はただ、後輩の緊張をほぐしていただけだ」


俺が思い耽る中、茜原さんは唐突に呟いた。
それに反応したのは部長。彼はしっかりと相手に言い返す。
それで茜原さんの機嫌が更に悪くなったのは、見て取れてしまったのだが。


「その後輩も、今にその女みたいにしてもいいのよ?」

「まだ首を絞め足りないってか? サディストも大概にしろよ」


そして始まる言葉の戦い。
だが、これをただの口喧嘩と見ることは、俺にはできなかった。

部長は静かに、副部長を理科室の隅に寝かせた。被害が届かないようにする為だろう。

部長の隣に立った時点でわかっていた。
彼が静かに怒りを感じており、俺にはその気持ちを誤魔化そうとしているのを。
この口論の終わりが来るのは、そう遠くない。


「つくづくイラつかせてくれるわね。昔はもうちょっと善人だったと思うけど?」

「過去は過去だ。まぁ俺からしても、お前はもうちょい大人しかった気がするけどよ」


この言葉が、戦いの火蓋が落とされる引き金となったのは、俺にも伝わった。
二人の足が、同時に、強く踏み出される。

部長の拳が茜原さんへと向かう。躊躇は感じられない。性別なんてお構いなしに・・・本気だ。


「遅い」


だがその拳を茜原さんは容易く避ける。
そして仕返しとばかりに、拳が部長の脇腹を捉えた。


「がっ…」


部長の悲痛な声が洩れる。
しかしその体を倒すことはしなかった。
今しがた殴り掛かったバランスの悪い体勢でありながら、両足でしっかりと踏み留まる。

・・・本当ならば、今の一撃で部長は勝てていた。相手が触れた瞬間に電気を流せばいいのだから。
でもそれは、茜原さんの拳を纏うゴム手袋によって、叶わないのであった。


「落ち着く暇はないのよ」


そう呟き、二度目の拳を放つ茜原さん。
これには流石に部長も反応、腕で防いだ。

まぁ、攻撃を受けた部長が少し退けぞったのは、彼女の力 故にだろう。なんてパワーだ。
攻撃を防いだ腕は役目を切り替え、退けぞる部長のバランス取りに専念する。


「残念」


だが、その隙を見逃さなかった茜原さんのストレートな腹蹴り。
防ぐことを放棄していた部長にとって、それは大ダメージを負う一撃となった。


「がはっ…!」


サッカーボールの様に軽く蹴飛ばされる部長。その躯は俺の横を通り抜け、壁へと激突する。
さっき聞いた音よりも、更に重い音が響いた。


「部長!」

「……大丈夫、まだやれる」


俺が声を掛けるも、部長は何事も無かったかのように立ち上がる。

…いや、腹を抑えていた。やはり深刻なダメージになってしまったらしい。額に汗を浮かべ、かなり辛そうである。
だが彼は、口角を下げることはしていなかった。


「三浦、お前は切り札だ。まだ手を出すな」


部長は俺に笑いかける。尤も、“笑う”というより“苦笑”に見えたが。

彼は前へ向き直り、再び一歩を踏み出す。先程と何ら変わりない光景だ。
部長が殴りかかり、茜原さんが避け、そして返り討ち。
ビデオを繰り返し再生するかの様に、それは淡々と行われていた。


──俺が切り札。
いや違う、そんなんじゃない。そもそも、俺で茜原さんに太刀打ちできるとは思えない。

…部長は必死に俺を守っている。

それ以外の理由では、俺は自分を納得させることができない。
現にこうして傍観していることが、理由の裏付けとなった。

先程示した「部長と共に戦う」という意志。
なのに、こうして後ろで出番を待つ。どう考えてもおかしい。
部長は俺に手を出させようとしてないのだ。少なくとも、自分が倒れるまでは。
いくら「一緒に戦いたい」と言っても、彼は口で了承するだけで、心からそれを肯定する事は無いだろう。

せっかく隣に立てたのに。

俺の決断はどこへ行ってしまったのか。
俺は部長と“一緒に”戦いたい。

仲間を守るのが部長の役目。

なら、それをサポートするのが『仲間』なはずだ。
部長が俺の参戦の隙を与えないなら、俺はそれを自分で作る。
守られるだけじゃダメなんだ。

俺も、戦うんだ・・・!



「もう終わり、かしら」



不意に響いた寂しげな声。
そして、床に人影が倒れるのが見えた。

俺が考えている間に、事態は進展していたのだ。


「部長!」


悲鳴にも似た叫び声を俺は上げた。
俺の眼前、いつの間にかコンクリート製の床にうつ伏せに倒れる部長。まだ微かに動きは見せているが、起き上がれるとは到底思えなかった。

再決意の矢先でこんな事態…。

俺の中の何かが、プツリと切れた。


「……っ!!」


拳に風を纏わせ、必死の形相で標的を見る。
その形相の中、瞳には涙が浮かんでいた。


「次は貴方ね」


茜原さんはあくまで冷静に、俺を見て静かに言った。
その声とほぼ同時…俺の拳は茜原さんへと向かう。
それは強風の如き音を立て、風圧もかなりのものだったはずだ。


「いっ…!」


けれども、容易くその手首を掴まれて風の威力は死滅する。
しかも女子とは思えない握力で絞められ、俺は悲痛な声を洩らした。


「貴方も面白い物を魅せてくれるわね。雷の次は・・・空気の流れを操る、風ってとこかしら」


余裕…というか、好奇の目で物を言う茜原さん。
その目には、俺の風は実験材料としか見られていないようだ。


「くそっ…!」


このままやられてたまるかと、突き出した拳とは反対側の足で蹴りを試みる。


「おっと」


俺は女子だろうが、躊躇なく顔を狙った。
それなのにその足首も、強力な握力を前に為す術を無くす。


「がぁ…っ!」

「貴方も大したことないのね。残念だわ」


俺が未だに苦痛に顔を歪める中、茜原さんは切り捨てるように言う。
その言葉は即ち・・・俺の終わりを意味していた。


俺の足を持っていた手が離れる。
急に足を離されたことでバランスを崩しそうになるも、その心配は一瞬で消え去った。

急に無重力の中に浮く感覚を得る。
視界が回転し、あらゆる向きが見えた。
直感で、背負い投げをされたのだと察した。

俺が今浮いているのだとするならば、この後に起こるのは・・・衝撃。

そう思った時には、俺の体はコンクリートの床へと思い切り叩き付けられていた。

背中から落ちたとはいえ、並の衝撃では無い。肺の空気が全て口から出ていき、骨ごと臓器が圧迫された。
声にならない苦痛な悲鳴。身体中が痺れ、あらゆる器官が脳からの指令を拒んでいる。
視界が眩み、意識も朦朧とし始めた。


「ぶ…ちょ…」


薄れゆく意識の中、最期に洩らしたのはそんな掠れた言葉だった。
茜原さんの反応は…わからない。
視覚だけでなく、聴覚もボンヤリとしてきたらしい。次第に何も聴こえなくなっていった。ただ・・・



──俺の意識が途切れる瞬間、ある人物の叫び声だけはしっかりと聴こえた。







「あぁぁぁ!!!」


無我夢中で走った。後先も何も考えず、本能で。その本能はあることによって突き動かされていた。

誰かが俺を呼んだ。

それだけだ。
大したことでもないのに、いつでも起こるようなことなのに・・・聞き逃せなかった。

いつも俺を慕っていた声。その声と先程の声は酷似していた。
でも、先程の声に俺の知っていた元気は残っていなかった。

それを悟った瞬間、俺は使命感と焦燥感に駆られ、起き上がる動作と走る動作を同時に行うほど、必死に声の元へ走った。

その先に見えたもの…倒れている人物と立っている人物。
俺の視線は迷うことなく、倒れた者を見て直立する、片方の者へ向いた。

『逆襲』

その言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、或いは立っている人物が振り向いた瞬間、


俺の手は・・・その人物の首を捕らえていた。

 
 

 
後書き
いつの間にか『部活戦争』が、ただの『戦争』へと移り変わった気がします。
だって考えてみて下さい。たかが競技で、こんなにやる気になりますかねぇ…?? 気にしたら負けですか…?

…まぁ良いでしょう。細かい事は「二次創作だから」と吹っ切るのが、ベストな対応ですし。
部活戦争もほぼ終わったんで、気に病む必要は無いでしょう!ね!(共感求む)

なので、次回からは気楽にストーリーを書いていきます。更新間隔は2週間以内が目標です。
これからも宜しくお願いします!! 

 

第33話『心配』

──目が覚めた。

今まで寝ていたというのが、直感的にわかった。
深夜にふと目が覚めるように、スッと意識が戻る。


「ここは…」


起き上がることもせず、ただ天井を見上げる。
天井・・・室内ということか。
コンクリートで作られたであろうその天井は、少なくとも俺の記憶にはインプットされていない。

でもって、俺の身体は柔らかい感触の上にある。
それがベッドの上だと気づくのには、さほど時間を要さなかった。

手を杖に身体を起こしてみる。まずは場所の確認だ。ベッドの上ってことは、安全な場所だと思うんだけど…。

だがその行動は、突如として背中を中心に襲った激痛によって中断される。力を失った腕は俺の身体を支えることを止め、俺と共にベッドに巻き戻った。
ここにきてようやく、俺は自らの状態を身に染みて感じた。

そもそも、俺がこのベッドに居る理由。
それには、部活戦争が大いに関わっている。
一番新しい記憶・・・思い出すだけで痛々しいあの衝撃。背負い投げってこんなに痛いのか。受け身の仕方とか知っとくべきだった。
ともあれ、それが原因で部活戦争を失格したというのは目に見える。現にこうしてベッドで寝ているのが裏付けだ。


さて、状況は読めた。
首だけで周りを見渡すも、見たことの無い部屋。だが、身長計やら救急箱が目に入るとこから察するに・・・“保健室”か。
まぁ入ったことも無いから、わからなくて当然だろう。
広さは普通の教室くらい・・・意外と広い。小学校と比べると比にならないな。
そう考えると、ベッドも中々の高級感が有る気がした。長時間寝ていても楽でいられそうだ。
やべ、二度寝しちゃおっかな・・・。


…と、甘い考えをしていた俺の視界に、1つの人影が映った。


「あれ?」


見覚えのある人物。
小柄で毒舌で頼りになる人物…副部長だ。
俺のベッドの傍ら、椅子に座って眠りこけている。
「もしかして看病してくれたのかな?」などという考えが頭をよぎる。

しかし違和感があった。

俺のベッドとは逆向きを向いているのだ。
もし看病をしてくれているのであれば、俺の方向を向くはずだ。
副部長の向きには何が・・・


「…あぁ、そういうことね」


1人で呟き、目の前の光景に納得する。
副部長が向く先…そこにはもう一つベッドがあった。
俺の隣に位置しているベッド、そこで寝ていたのは・・・部長だった。目を瞑り、静かに呼吸を繰り返している。眠っている副部長と合わせれば、いい感じの絵になりそうだ。

部長も副部長も無事だったんですね…。
ふぁぁ…やっぱ二度寝しよ・・・。







2度目の目覚めは、そう遠くない未来だった。
耳元にガンガンと響く声。そのあまりの煩さに、俺は目を開き状況を確認する。


「俺が看てるからいいんだよ。お前はさっさと教室に帰れ」

「言っとくけど、晴登との付き合いは私の方が長いの。邪魔者は引っ込んでなさいよ」


喧騒、といったところか。
俺のベッドの上を飛び交う2つの声は、どちらも聞き覚えがある。


「莉奈…暁君…どしたの?」

「「!!」」


声を掛けてみると、思いの外大きい反応をされる。
しかしそれは刹那。俺が起きたと気づいた2人は声を掛けてきた。


「晴登、身体は大丈夫? 凄い怪我だったらしいけど…」

「超痛いけど、何とかなるよ。それよりどうして二人が?」


心配にも軽く答え、そこで俺は疑問を問うた。
今俺の目の前にベッドを挟むようにして立つのは、莉奈と暁君。
異色の組み合わせであり、俺の知る限り、彼らが交流したことはないはず。今ここに2人揃って立っているのは、些か違和感があるのだ。


「簡単だ。俺がお前を看に行こうとしたら、こいつがついてきただけだ」

「あ、人聞きの悪い。ついてきたのはそっちでしょ?」

「何だと?」

「何よ」

「ちょ、ちょっとストップ…」


険悪ムードになる前に軽く制止。
揃っているにはいるけど、仲は良くないのかな? でも人見知りの暁君がここまで話すなんて、一体どこで交流を持ったのだろうか。


「あ、そうだ。部活戦争ってどうなったの? 時間的にもう終わってると思うんだけど…」


横目で時計を見ながら、俺は訊いた。
時間は部活戦争終了から2時間は経っている。これだけ時間が経っていれば、皆結果は知っているだろう。
するとその問いには、暁君が答えてくれた。


「1位は俺らだ。というか、残ってた人は指で数えられるくらいしかいないけど」

「へぇ…」


事態の展開を知り、感嘆の声を上げてしまう。
俺も部長も副部長もあんな状態だったし…暁君が生き残ったのだろうか。


「…悪いが、残ったのは俺じゃないぞ」

「え、違うの?」

「聞いただけだけど…うちは部長が残ったらしい」


俺はそれを聞き、あることを思い出す。

部活戦争でのあの時、俺が意識が途絶える瞬間、確か声が聞こえてきた。
何と言っていたかはわからなかったけど、もしかすると部長の声だったのだろうか。

そして茜原さんを倒した。こう考えると辻褄が合う。

俺は横のベッドを見てみる。
すると、そこには先程と何ら変わりない光景があった。
・・・って、今までちょっと煩かっただろうに起きなかったのか、この人達…。好都合だけども。


「この人が晴登の部活の部長さんなんだね」

「あぁ」

「……冴えない顔」

「そうかもしれないけど言っちゃダメだ、それ」

「おい待て、そこじゃないだろ」


莉奈と俺のやり取りに、暁君が口を挟む。
何だかんだで、暁君は莉奈と話すことはできてるみたいだ。何かそれだけで嬉しい気分。


「ところで、今学校はどんな感じ?」

「体育祭は予定通りっつうか、予想通り雨で中止。でもって雨があまりにも強いから、皆で教室で待機中だ。保護者はもう帰ったみたいだけどな」

「待機って…そんなに雨が強いの?」

「あぁメチャクチャ。保健室は防音がしっかりされてるみたいだから聞こえないだろうけど、廊下に出たらマジですげぇよ」


暁君が凄いって言うとは、余程の雨なのだろう。
午前中はあんなに晴れていたというのに、それでは異常気象とかそんなレベルだぞ?
廊下に出て確認したいのも山々だが、生憎身体が…。


「外に出たいって顔だね、晴登」

「はぁっ!? ち、違うし!」

「そう言う割には、随分と寂しそうな顔してる気がするけど?」

「別に気にならないし! 俺今動けないし!」


餓鬼みたいな言い訳を放つ俺。それを聞いて、2人が黙る訳がない。
いつの間にか、水を得た魚の様な表情にシフトしていた。


「“満身創痍”ってか。まるで主人公みたいだな」

「でも、こんな普通キャラが主人公じゃ映えないよ~」

「それはそうかもな」

「すっごい皮肉られてんだけど! 俺が何をした?!」


つい、周りを考えずに叫んでしまう。図書館とかだったら追い出しを喰らうくらいだ。危ない。
でもって隣をチラッと見ると…まだ2人は起きない。…セーフだ。


「まぁ冗談は置いとこう。とりあえず、元気なら良かった」

「この調子なら、すぐにでも復活できそうね」

「心配かけたみたいでゴメンね…」


優しい笑顔に戻った2人。
そんな彼らに、俺は本心からの謝罪をする。
言ってしまえば、わざわざ保健室に来てまで看病してくれているので、内心はとても嬉しかった。

そんな俺を見て、暁君は一言、


「じゃあ教室戻るぞ、三浦」

「え、おかしくない!? 満身創痍で動けないって言ったじゃん!」

「大丈夫、背負っていってやるから・・・こいつが」

「ダサっ。さらっと私に振らないでよ。まぁそのつもりだったけど」

「そこは納得すんの!?」


再び声を荒げる俺。ダメだ、この2人と話すと、どうも口が制御できない。無念だ。

…結局、莉奈と暁君の二人の肩を借りて、俺を運ぶことになった。

ベッドから起き上がるだけに、かなりの時間と体力を費やしたのは、ここだけの話だ。







「これホントに雨なの? 隕石とか落ちてきてんじゃない?」

「あ、何か言ったか?」

「何でもない…」


2人の肩を借りて、不格好な歩きを始めて早数秒。
廊下に出た途端に耳に入ってきた轟音は、俺のまた眠りそうな意識を覚醒させるには、十分過ぎる目覚ましだった。
ちなみにその轟音のお陰で、多少の小声は隣に居る二人にすら届かない。

俺は続けて窓の外を見る。
先程保健室で見た時計によると、まだ時間は夕方前。
なのに、空は深夜の様に真っ暗だった。廊下はその暗さとは対照的に蛍光灯が輝いて明るいので、つい「学校にお泊まりなのでは」と、内心ドキドキしてきた。


「三浦、階段だ。行けるか?」

「ちょっと辛いってのが本音だけど…」


廊下の先を曲がると、階段が目の前に立ちはだかる。
普段はただの斜面だが、怪我人の今となっては絶壁に見えた。


「じゃあここは私が背負うわ。どうせあんたは力無いし」

「おい、見くびって貰っちゃ困るぞ。俺にだってそれくらいの力はあるさ」

「あ、そう」


ふと、重心が移動するのを感じた。
どうやら、莉奈が俺に肩を貸すのを止めたようだ。
つまり、暁君だけで俺を支えてることになるんだけど…。


「ほら、早く階段上ってよ」

「うるせぇな、今やってんだろ・・・あ、でも、うぉ……やば、潰れる」

「…俺ってそんな体重あったっけ?」

「これがこいつなのよ、晴登」


俺の重さが、暁君の肩一点に集中する。
すると予想通りと言えば予想通りだけど、暁君の身体がみるみる沈み始めた。
一瞬、俺は自分の体重が常人よりあったかと疑うが、生憎筋肉すらもあまり付いていないため、どう考えても常人より軽い。
つまり、暁君は本当に非力なのだ。


「やっぱ私がやるわ。行くよ、晴登」

「あ、そんな引っ張られたら痛いって!」

「もう、ダメだ…」


半ば強制的に暁君から引き剥がされた俺は、莉奈に引っ張られて階段を上る。その乱暴さにあちこち痛むが、贅沢は言えない。
その一方で、階段の下で疲れ果てて倒れている暁君が心配だ。俺のせいではないはずなのに、なぜか心が痛い。


「暁君、何かゴメン…」


小さく、小さく呟いた。
俺は無罪だ、と心の中で思いながら。







「し、失礼しまーす…」


目立たないようにそっとクラスのドアを開ける。
見えたのは、いつもの教室の風景。雰囲気的には休み時間を連想する。
椅子に座って駄弁る皆の様子は、外の様子を微塵も気にしてないといった感じだった。

まぁ俺が教室に入った瞬間、空気が変わったけど。


「ど、どうも」


皆の視線が集まる。
静寂の中、まるでステージに立つアイドルの様なポジショニングの俺。
ついつい、冗談めかして軽く礼をしてしまう。

皆の沈黙と視線の痛さに、一旦教室を出ようとしたその時・・・



「三浦君、大丈夫?!」

「へ?」


静寂を貫いたのは一つの声。
透き通るようなその声の主は、俺を見て心配そうな表情をしていた。


「柊君」


俺は、その人物の名を呟く。
彼はその呟きに頷くと、こちらに歩み寄って来た。


「怪我、大丈夫なの?」

「あ、あぁ…大丈夫だよ」


一瞬返答に迷ったが、心配を掛けないよう無難な言葉を選択した。
すると、クラスの皆の表情が安堵へと変わり、張りつめていた空気が氷解する。


「ったく…。お前って、意外に皆から心配されてたりすんだぞ?」


続いて聞こえた声。
その声のした方向を向くと、意地悪く笑う大地の姿があった。


「一応、学級委員って立場でもあるし」

「それ抜けたら、俺は心配されなくなるのかよ!」

「ははっ、冗談冗談」


外の雨音にも負けない位の大地の笑い声。
その平和な光景にたまらず笑みを溢す。


「ホントに大丈夫だったの?」
「超ヤバいって聞いたけど…」
「俺も肩貸すぞ?」
「心配させんなよ、学級委員長」
「無事で何より」


そんな俺に続々と掛けられたのは、クラスの皆からの心配の声。何かのドッキリかと疑ってしまいそうになるほど、その心配は大袈裟な感じがした。
だけど皆の顔を見ると、それが本心からの言葉だと気づく。


「皆…ありがとう」


普段なら恥ずかしくて言えない言葉。
だが今の俺の口からは、その言葉も易々と出てくる。
心配してくれるなんて…嬉しい限りだ。自然と眼に涙が浮かんでくる。



「ところでさ・・・」



しかしそんな俺の感情を遮ったのは、どこからか上がった暗くも明るくもない口調の声。
ただただ、気になる事を質問するような…そんな感じだった。
そして、その口は続きを話す。


「魔術部って、何なの?」

「…!?」


余りにもストレートな内容で、俺はビクッと反応する。隣の暁君も似た反応をした。

いやでも待て、焦る必要はない。
こういう時用の魔術部共用の文句が有るではないか。



「何って…秘密だよ」


「え、秘密…?」

「そう。全てが謎に包まれた部活動、それが魔術部なんだ」


俺は躊躇いもせずに言った。口は自然と笑みを浮かべ、表情はきっと清々しいものとなっているだろう。
だからこそなのか、相手のポカンとした顔を見るとつい、笑いが込み上げてしまった。


「…なんてね」


お気楽な様子で言った俺だったが、内心は「セーフ!」を連呼していた。
暁君もホッと胸を撫で下ろしている。

・・・助かった。


「ま、まぁ何にせよ、元気なら良いよ」


俺に質問してきた人も、大して気になっている訳ではなさそうだ。ニッコリ笑ってそう言うと、それ以上の言及はせずに皆の中に下がっていった。


そしてその後、外の天気と対照的にワイワイと盛り上がる教室。
いつの間にか皆は俺の怪我のことなんか忘れて、ただの談話になっていた。
俺も俺で怪我を忘れて皆の話を聞き、そして笑う。
こんなにも心の底から笑ったのって何時ぶりだろうか。

学校って・・・楽しい!



──その後、1時間ほど経って雨は止んだ。

 
 

 
後書き
……失敗した。
今回で完全完璧に部活戦争編(←体育祭編)を終わらせるつもりが、まさかの引き延ばしになりました(悲)
部長が目覚めなかったのが主な原因です。くそっ、何で起きないんだよォ!←

ハイ。でも心配はありません。
次回の半分くらいまでコレで引っ張った後は、しっかりと次ストーリー進めるんで!
内容が行き当たりばったりな予感ですが、何とか雰囲気を考えて合わせていきたいです。

では次回より新ストーリー。お楽しみに(してね)! 

 

第34話『切符』

 
前書き
さてさて、新ストーリーを始めましょう!
とは言え、前半は部活戦争の振り返りですけども。 

 
体育祭の日から休日を挟んだ平日。
既に授業を終えた俺は、魔術室に来ていた。
そこに揃うは魔術部全員。車座になって座っている。

そして、難しそうな顔をしていた部長が徐に口を開いた。
満面の…笑みと共に。




「部活戦争、優勝だぁー!!」

「「「おおぉぉっ!!」」」


急に魔術室を包む大声。
全員が全員歓喜の声を上げ、自分の部活の功績に喜ぶ。


「あんたらテンションおかしいわよ…」


しかしその最中、呆れた様な表情で横槍を入れたのは副部長。ため息をついて、憐れむ目でこちらを見渡す。


「何言ってんだ! 優勝だぞ? 超大金ゲットだ!!」


部長がハイテンションで吠える。
俺も少なからず、そのテンションには共感できた。

詳しい額はよくわからないが・・・体育祭が終わると部費という名の大金が魔術部にもたらされた。
あくまで部費であり、私用で使うのは厳禁だが、お金が貰えたという状況だけで、俺はつい頬を綻ばせてしまう。


「それにしても部長、そんなにはしゃいで身体は大丈夫なんですか?」


歓喜の声から一転、俺はそんな話題を振る。
金銭面で喜ぶのは結構だが、健康面が心配なのだ。
まぁ、人を心配できるほど俺の怪我が軽い訳では無いのだけども。


「問題ナッシングだぜ! もうピンピンだよ!」


肩を振り回して元気をアピールする部長。
「やっぱ痛い」などという様子も見せないため、ホントに平気なのだろう。

すると元気アピールを止めて、部長が一言言った。


「にしても、起きたら辻が横に居てビックリしたぜ。まさか看病してくれてたり? 普通に寝てたけど」

「……!!」


部長の唐突な発言を聞いて、誰もがその言葉の中心人物を注視した。それはもちろん、副部長のことである。
俺や暁君は知っていたけども、二年生の先輩方の反応はやけに初々しい。
もしや、と俺が思った瞬間、先輩方が一斉に口を開いた。


「え、それ『看病してた』で間違いないっすよ!?」
「看病とか、優しいとこあるじゃないですか、副部長!」
「しかも寝てたって…進展ですか?!」
「うわ、やべぇ!!」


その声を聞くや否や、超スピードでスッと目を逸らした副部長。
知らないフリのつもりかわからないが、どう考えても無理がある。
先輩方はその様子を見て、無言を肯定と判断し・・・


「「マジかよ」」


全員で驚きの声を上げていた。
一方部長は、どういう意図で話が進んでいるのかわからないのか首を傾げており、それと対照的に副部長は、二年生の話を聞いてから、横顔からでもわかるくらい頬が真っ赤になっていた。

なんか可哀想だから、話逸らそうかな。


「そういえば、部長と茜原さんの勝負ってあの後どうなったんですか?」


俺はもう1つ気になっていた事を訊く。
それは部活戦争の結末であり、部長が勝ったということ以外は未だに微塵も知らないのだ。

だが、部長は頭を掻くとスパッと言った。


「俺もあまり覚えちゃいねぇんだ。何つーか…最後に、奴の首を掴んで電流を流したってことだけは覚えてんだけど」

「あ、なるほど…」


部長は申し訳ないといった感じだったが、俺はその解答で充分だった。

確か茜原さんは、ゴム手袋やら白衣やらで全身を装備していた。それは部長の電撃対策であり、効果もバッチリである。
だが、そんなフル装備には弱点が有った。即ち…首元。そこだけはオープンになっていた気がする。
そして部長は本能的にそこを狙った。何も覚えてない以上、確証がないけども。

なるほど、そういう流れだったのか・・・



「そんな話どうでもいいっすよ。それより部長、“体育祭の日の雨”って不思議じゃなかったっすか?」



話題が急にガラッと変わる。
それを行なった張本人、暁君は、部活戦争の話に興味を微塵も示さず、ただただ自分の疑問をぶつけていた。

その不意な疑問に、部長は素早く反応する。


「あぁ、俺もそう思う。確かにあの雨は急に降ったからな」

「ですよね」


部長が頷くと、暁君が頷き返す。
2人で共感したようだ。

・・・話の変化が早くて頭が追いつかないんだが。
えっと…体育祭の雨ってことは、あの大雨のことか。体育祭を中止にさせる程の。

う~ん…言われてみれば確かにおかしい。
あの日の天気予報を見た訳ではないから断定はできないが、少なくとも午前中は雲一つ無い快晴だったはずだ。
遠い所に巨大な雨雲があった訳でもない。

だったら、あの雨はどこから来たのだろうか。


「なんでも、低気圧が急に発生したとか。それで雨雲が急速に発達して…だとよ」

「でもそれだと、気圧が急に変化したってことっすよね? そんな事態がどうしてあの日に・・・」

「気流やら風やら操れれば、それは可能なんだろうよ・・・って、あれ?」


「「風を操る?」」


部長と暁君が議論する中、最後の問いには俺の声も被っていた。
おい、だったらあの雨って・・・



「つまりあの雨は、三浦が引き起こしたってことなのかしら?」



いつの間にか復活した副部長が、簡潔にまとめた。
全員がその言葉を聞いて、唖然とする。
ゴクリと唾を飲み込む音。それと同時に、俺の方を向く皆の目線。

そして俺自身、口を開けて固まっていた。


「この仮説が正しかったら、三浦って天気を操れることになるぞ」

「それって、『天変地異も思いのまま!』って感じかしら」

「もはや兵器じゃないっすか、その力」


様々な意見が飛び交う中、俺の思考はある所に飛んでいた。


俺のせいで体育祭が中止になったのか、と。


部長の仮説はきっと正しい。でないと、急に低気圧やらが現れるなんておかしいのだ。
つまり俺のせいで、生徒全員の思い出になるであろう体育祭が・・・無くなったのだ。


「あ、あぁ…」


そう考え始めると、俺はいよいよ自己嫌悪に陥る。

俺のせいで俺のせいで俺のせいで──


「おい三浦、そんな暗い顔すんな。別にお前が悪い訳じゃない。不可抗力ってやつだよ」


俺の心が一瞬戻った気がした。
なおも言葉は続く。


「そうよ。魔術を使ってこその魔術部なんだから、そんな異常気象なんかドーンと受け止めなさい」

「ったく、俺より先に妙に凄い力手に入れやがって。俺も何か会得してやる…!」


俺は目を見開き、困惑する。
本来であれば、責められても何も言えない立場だというのに、なぜ、彼らは俺を庇おうとするんだ?
彼らの表情に陰りはない。本心から言っているようだった。

何で?

そんな俺の疑問は、部長の言葉によって打ち砕かれた。


「お前は仲間だ。どんな行いだって正当化してやるよ」


その言葉は、俺を安心させるには十分だった。
感謝してもしきれない寛大さ。俺はそれに救われたのだ。


「迷惑かけて、すいません」


俺の口から出たのは、そんな謝罪。
もっとも、悲しんだ表情ではなく、笑みと共にだ。







「ところで部長、何に使うんですか?!」


脈絡を考えない俺の質問。この質問もまた、話題を急変化させていた。
しかし今回に至っては、その変化先が全くもって明快でない。それは皆が『?』を浮かべていることから、容易に想像できる。
俺はそれに気づき、訂正するように二の句を継いだ。


「あ、部費のことです」


その言葉で誰もが理解した。
そして部費の主である部長を、全員が見据える。

すると注目された人物は、軽口を叩く様に言った。


「俺が欲しいって言ってたヤツの話だろ?」


誰もがその言葉に頷き、続きを聞きたいと言わんばかりに部長を見つめる。
部長はその様子を一通り眺めると、表情を変えずに言った。



「実はそれ、もう手に入れちゃった」

「「へ??」」


全員のマヌケな声が重なる。
間違い無い。この人は今言外に「部費を使った」と言った。
…ほぼ私用で。


「部長、一体何に使ったんですか?!」

「そうよあんた、相談もなしに!」


俺と副部長の糾弾。さすがにその剣幕には、部長もタジタジだった。


「いやいやいや、心配することじゃねぇよ。ちゃんと魔術関係だからさ」

「だから、それは何ですか?」

「お前もうちょっとタメさせろよ…。──まぁいい、実物が有るから直接見せてやる」


部長は制服のズボンのポケットをまさぐる。
俺たちは、それを待ちきれないといった様子で注視した。

そして部長がついに取り出す──



「石ですね、はい」



部長が取り出した物の存在を知るや否や、誰の言葉よりも早く俺の言葉が部長を射抜く。
しかし部長はそれに怯まず、言葉を返した。


「残念、違うんだな~。これは、見た目はただの石っころだけども、実際はちゃんとした“魔石(ませき)”なんだぜ?」

「ん?」


不意に出てきた新出単語。俺はそれが理解できなかった。さながら、初めて聞いた英単語を理解できないかのように。


部長が取り出したのは、石と形容して差し支えない一品であり、特別凄い物には見えなかった。
部長の右手にスッポリ収まるサイズのそれと、ただの石との違いを言えば、“青く発光していたこと”と、“細い正八面体を象っていたこと”だろう。
だがそれ以外は特に変わり無し。「綺麗な石」といえば誤魔化せるレベルだ。

そんな物体を不思議そうに見る、俺を含む部員全員を見渡し、部長は“魔石”の説明を始めた。


「この魔石は『夢渡石(ユメワタリイシ)』という名でな。簡単に言えば、"夢から異世界にワープできる"んだ」

「「んん??」」


部長の説明に、さすがに全員が首をかしげる。
一方部長はその反応が面白いのか、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「え、じゃあそれを使えば夢の世界に行けるってこと?!」

「ちっちっち、夢の世界じゃなくて異世界。完全に別の次元に行けるんだ」


そのことを聞いた途端、皆の目の色が変わる。部長のドヤ顔を見て、誰もが「これはヤバい」を思ったのだ。


「詳しい説明は後でするけども・・・驚いたか?」

「いやいや、驚かない訳がないでしょ!」
「どうやったらそんなモン手に入るんすか!?」
「あんた一体何者よ?!」

「魔術部の部長様ですぜ」


ギャーギャーと喚く魔術部部員一同。
それを制止する者など居らず、逆に全員で騒音を掻き立てていた。

そして様々な言葉が渦巻く中、1人の質問が場を治めた。



「いくら貢いだんですか?」



騒音が、打って変わって静寂に。
誰もがその質問に賛同し、石を買った張本人を見る。
その人物は「あ」と思い出したように一言洩らし、今までの満悦顔を消すと、バツが悪そうに顔を伏せた。
俺はその行動に疑問を抱き、先輩方も「部長?」などと声を掛ける。

部長は、そんな皆の反応を見て決心したように言った。



「実は…貰った部費の半分以上使った・・・」

「「え?!」」


部長以外の全員の驚きの声が重なる。
俺は魔石と部長を交互に見て、また口をあんぐり開けて固まった。

確か優勝賞金は1億円だから・・・つまり、この石っころに、数千万円の値があるということになる。


「どういう理屈ですかそれ?!」

「そもそもどこで買ったのよ?!」

「すまん…それは内緒だ」


唇を噛み、悔しそうに言った部長。だがどう見ても、それは演技だった。
「…策士かよ」とボソッと呟く暁君が横目に見える。

すると、部長は「それはさておき」と前置きすると、真剣な顔で言った。いや、さておいていいほど軽い話題じゃなかったのだけども。


「この際だから単刀直入に言う。この魔石を、俺じゃない誰かに保管して欲しい」

「「……」」


沈黙が流れる。
たぶん全員、今の言葉の“裏”を探っているからだろう。
あまりに直球な発言。引っ掛け問題では、と必死に頭を働かせる数学の時間の感覚だ。

だがその言葉に大した裏が無いことは、直後の副部長の発言によって証明された。


「あんたって物持ちが悪いもんね」

「恥ずかしながら、な」

「「……」」


再度沈黙。今度は呆れの表情が、全員から見て取れた。
「誰かに保管して欲しい」といった意味。つまり、「自分じゃ保管できない」と遠回しに言っていたのだ。

そして部長は一息つくと、全員に聞こえるようハッキリと言った。


「三浦、任されてくれないか?」

「え?」


部長は、俺の目を真っ直ぐ見据えていた。






時刻は午後9時。
ベッドに胡座をかいて座る俺は、目の前の不思議な石に対して唸っていた。


「これで…異世界に…」


常人では理解に苦しむ説明・・・いや、「アニメの観すぎだ」と切り捨てられるような説明を、あの後部長に散々受けた俺。
だが、元々魔術という不可思議な物を持つ俺からすれば、その説明は「魔術」の一言で方が付くものだった。


『これを枕の下に入れて寝る。そうすればやることはおしまい。後は異世界を堪能するだけだ。お前に所持を頼む以上、使うのはお前の意思でいい。早速、今日から使ってみたらどうだ?』


頭の中を流れるのは部長の言葉。
彼は魔石を俺に託した。要するに、それを俺は自由に使って良い。
まぁ、実験台という可能性も否めないけど・・・


「ええい、ままよ!」


勢いで、枕の下に魔石をぶち込む。
そのまま俺は寝転がり、電気を消して眠りにつこうとする。



──眠れないけどね。

気分は遠足前の子供。
「危険かも」という考えも有るが、それに勝る程の期待が頭を埋め尽くす。

よし、こうなったらお決まりパターン・・・


「羊が1匹…羊が2匹…羊が3匹…羊が・・・」


俺は寝れない時のお決まり文句をブツブツと呟き始める。
すると、次第に数がわからなくなっていくのがわかった。



そしてある瞬間、目を瞑っていて真っ暗なはずの視界が、



──突如として眩い光に包まれた。

 
 

 
後書き
前半の端折った感は、目を瞑って戴けると嬉しいです。

さてさてさーて! 次回より新ストーリー『異世界転移編』をやって行きます!!
わぁ楽しみだ!・・・って、え? 何で急にそんなのをって?
・・・べ、別に異世界アニメに影響を受けた訳じゃ無いんだからね!()

──さて、ツンデレ発言は置いといて。
皆さんの中には、もしかしたら気付いた方も居るかと思いますので、先に言っときます。

今回のストーリー・・・晴登以外の現実世界キャラがほとんど出ません。

ファーーー!!!(泣)


…ま、まぁ良いさ。異世界とか何でも有りだし? 何でもできちゃうし? 現実無視できちゃうし?
取り敢えず突飛な物語にしたいです! はっちゃけて頑張るぜ!!


*追伸
何とか今日に更新できて良かった~。
実は今日は自分の誕生日なんです。ハッピーバースデェイ!イェー!!・・・・寂しい(泣) 

 

第35話『異世界』

 
前書き
楽しみですね楽しみですね楽しみですね・・・って、ほぼ俺が楽しんどるだけやないか。

さて。今回から書き方を変えます。安定すればこの先も続けます。

では、書いていきましょう! 

 
暗闇の部屋で目を瞑っていたはずだというのに、突然の外界の発光を感じる。
それは、恐らく異世界に着いたという証拠でもあり、瞳を開けたいという好奇心を煽るものだった。

晴登は、瞳孔が急な明るさに反応し切っていなかったが・・・目を開いてみる。







「…マジかよ」


開口一番、驚愕の声を洩らした晴登。
目の前に広がった光景は、どう考えても自分の部屋ではない。それどころか空が見え、風が頬を撫でるのを感じる。


「知らない…場所だよな」


寝転んでいた身体を起こして呟きながら、辺りを見回す。
まずは自分の居場所。大きいとも小さいとも言えない木の下である。木陰の涼しさが心地よい。

そして周り。
住宅街、マンション、学校・・・そんな物は一切ない。家はチラホラと確認できるが、どれも現代で見慣れたものとは一風変わっている。まるで田舎のど真ん中にでも来た気分だった。


「のどかな景色だな」


と言いつつも、晴登は自分の思う田舎のイメージともまた違う雰囲気を感じていた。

田舎といえば、やっぱり広大さや雄大さが有ると思う。田が見渡す限りに広がり、近くに山が在るといった感じだろう。
でも目の前の景色に広さはなかった。晴登の持つマンガの知識でいえば「冒険物語の序盤の町」といった雰囲気だ。
アスファルトの道路すら見当たらず、あるのは往来があったためか草がすり減った、あまり整備もされていなそうな道だけで、家も全て木造やら何やらで造られているようだった。


「どうしたもんか…」


晴登は頭の中で部長の説明を再生する。


『異世界に居られるのは、一度の転移で3日間。それを過ぎない内は現実世界に帰っては来れない。逆に、3日間経ってしまえば強制的に引き戻しだ。そこんとこ気をつけてな』


最後に部長は『まるで修学旅行だな!』と言っていた。うん、気分はそうだ。
だが、向こう見ずでこっちに来てしまったのは少し後悔している。


──3日間、ここで過ごせるのか。


部長は『もし異世界で死んだら、現実でもお陀仏だぜ』とも言っていた。
つまり、この異世界で餓死でもしたら、晴登は現実で故人になってしまう。なんて鬼畜な修学旅行だろうか。


「この村に誰も居ない…とかだったらゲームオーバーだけど…」


とりあえず、晴登は道を歩くことにした。もしかしたら誰かに会えるかもしれない。

周りの家々を、道を歩きながら見渡す。
洗濯物が干されていたりする家もあるので、人が住んでいないということはまずなさそうだ。畑も目に入るが、手つかずという様子もない。

では、どうするか。家に押し掛けて泊まらせて貰うか?
いや、それは警察を呼ばれかねない。・・・そもそも警察って、この世界にあるのかも疑問だ。

様々な疑問が頭に次々に浮かぶ。


お陰で、目の前に迫っていた人物に気づかなかった。


ドン


「あ、すいません」

「いえいえ、こちらこそ」


肩がぶつかり、即座に晴登は謝罪する。相手も謝罪を返してきた。
そして2人はそれぞれ逆の方向へと歩を進める。

背丈は同じくらいの子だった。もしかしたら同い年かも。

晴登は今の人物に、そんな解析をした。
やっぱ人が居たんだな、この村・・・



──って、何で俺は今スルーした?



「ちょ、ちょっと待って下さい!」


後ろを振り返って叫びながら、晴登は今しがた邂逅した人物の背中を追って走る。
異世界で出会った初めての人だ。まして歳も近そうである。そんなチャンスを逃す訳にはいかない。


「?」


呼びかけが届き、その人は振り返った。
晴登はその人物に追い付くと、肩で息をしながら前を見る。
そこで、晴登はようやく相手の顔をハッキリ見た。


「な…!」


今のは感嘆の声。それは、目の前の人物の容姿を見たからである。

輝くような銀色の髪に、満天の青空を映したような蒼い瞳。可憐さの権化のような中性的で整った童顔。そして、雪の様に白く綺麗な肌。

現実世界では絶対に見られないであろう容姿を今こうして目前にして、晴登はようやく「異世界に来た感」を得る。

よし、コミュニケーションを取ろう。

そう思って言葉を放とうとした矢先、晴登は重大なことに気づく。


『この異世界で日本語は通じるのか』


この疑問の答えは、部長の説明には含まれていなかった。でも簡単に考えてみると、こんな地で日本語が使われる訳がない。晴登が少しだけ喋れる英語だって、この世界では何の役にも立たない筈 はずだ。
最悪である。コミュニケーションが取れなければ、結局生活も何もできない。つまり、この異世界を生き抜くことが困難になるのだ。

晴登は再度、自らの無鉄砲さを悔やんだ。部長にもう少し詳しく聞き出すべきだったと。

しかし、その後悔は杞憂に終わる。



「どうしたの?」



不意なその発言は、疑問を解決するのには充分だった。
尤も、その言葉を聞いた晴登は、疑問なんぞすぐに忘れてしまったが。

言葉が通じる。

そう直感的にわかっただけでも、晴登は喜びを得た。


「え、いや、その…」


だが事態の好転は、逆に晴登を苦しめた。

『コミュ障』

忘れかけていたその単語が頭をよぎる。
初対面の人との対話。それだけで、彼の中に眠っていたそれは頭角を現した。


「ボクに何か用かい?」


穏やかな、中性的な声でその人は訊いてきた。
声色で判断できるのは、声変わりをしていない歳だということ。そして、優しくて透き通る声・・・あれ、

柊君に似てる。

晴登は思った。
『女子っぽい男子』という所が主な理由だ。中性的な顔とか1人称が“ボク”な辺り、かなり似ている。
さすがに同一人物ではないだろうが、それでも特徴がある程度同じだった。獣の耳まではなかったけど…。

知り合いに似てると思った瞬間、少しばかり親近感が湧いた。


「用って言えば、まぁその…あるんですけど…」


しかし、その親近感を覆す程の『言葉を濁す』というコミュ障特有の技が、今しがた発揮する。

何を言おうか。

そういえば、そんなことも考えていなかった。
つくづく無計画だなと、自分に呆れる。
考えてみるも、思い浮かぶ項目が多すぎて何から話せばいいか分からない。
ここはどこ? あなたは誰? なぜここに?
絞ろうとしても中々絞れない。頭がフル回転し、質問を探り出そうとする。


・・・そうだ。これだけは訊かなきゃ。


晴登は頭の中で見つけたその言葉を推敲し、直後決心して言った。


「えっと…この辺の家で、俺を泊めてくれるような人は居ますか?」






「ホントに良いんですか? 泊めてもらっても」

「困った時は助け合わないとね。尤も、あんな言われ方されると断りにくいよ」

「そんなつもりじゃなかったんです…」


晴登はとある家に来ていた。その家は先程知り合った彼の家である。
裕福とは言えないが、貧乏とも言い切れない。造りはしっかりしていて、イメージは『ログハウス』だが、そこまでいくほど頑丈でもない。
一言でまとめると『木造の小さな一軒家』である。


「まぁいいよ。それにしても珍しいね、この村に来る人がいるなんて」

「え、ここって人口少ないんですか?」

「王都が近くに在るんだけど、この村には特に何もないから。そんなことも知らないのにここへ?」

「あ、はい…」


先程より幾分話せるようになったが、まだ敬語が抜けない。
それは相手も気づいたようで、ニッコリ笑うと一言、


「そんなに固くならなくてもいいよ。見たところ歳も近そうだし。…あっと、そういえば自己紹介がまだだったかな。ボクは“ユヅキ”。よろしくね」


早々と自己紹介を終えた、ユヅキと名乗る少年。苗字とかがないのが、とてもファンタジーっぽい。
しかしそうも簡単にやられると、かえって自己紹介にプレッシャーがかかるというものだ。
晴登はしどろもどろになりながら自己紹介を始める。


「えっと…俺は三浦 晴登、歳は12。その、よろしく…お願いします」

「え、ボクも12歳だよ? なんだ同い年か~。改めてよろしく、ハルト!」


右手を差し出しながらそう言うユヅキ。晴登はその右手に右手で応える。
握手なんて今時しないな、と頭で考えながら、晴登とユヅキは笑みを浮かべ合う。

友達が…できた。

嬉しくてガッツポーズしたい衝動に駆られるが、ギリギリ堪える。
さて、まずは泊まり場を確保した。これから3日間は困らなさそうだ。

では次は・・・食べ物。
異世界の食べ物が口に合うかは別として、食費等をユヅキに負担してもらうのはさすがに申し訳ない。
自分で調達するのがベストだが・・・上手く行くものか。


「3日間泊めれば良いんだよね? ボクってそういうことするの初めてだから、どんな風にすればいいかわからないよ?」

「う~ん…とりあえず、場所だけ提供してくれるだけで、俺はかなり助かるよ」


まぁ食べ物どうこう言っても、何よりの楽しみは異世界を探検。この地に立った以上、それは必然的に行わなければならない、もはや使命なのだ。
敵を倒して、謎を解き明かして、迷宮(ダンジョン)を突破して・・・ヤバい、胸が躍る。

──でもせっかくだし、もう少しユヅキと話してみるか。


「この村について訊いてもいい?」

「いいけど…ホントに何もないよ? 住人だって数えれる位だし」

「へ、へぇ…そうなんだ」


話題を失敗したか。やっぱ人とのコンタクトって難しい。
晴登は己を失敗を悔やみ、別の話題を振ろうとした。

すると、それより先にユヅキが口を開く。


「そうだ! この村には何もないけど、王都なら色々凄い物が在るよ! 行ってみる?」

「いいけど…簡単に行けるの?」

「大丈夫。ちゃんとした道で行けるから」


「任せて!」と言わんばかりの表情で、ユヅキは晴登を説得する。
王都といえば、ファンタジーの筆頭格。ならば行かなくして何をするというのだ。


「じゃあ、行きたい!」


晴登のその発言はまるで、「遊園地に行きたい」とおねだりする子供の様であった。







「予想以上のデカさだな…。てか、どうしたらあの村の近くにこんなデカい都市が存在するの?」


晴登は目の前の光景を見て、ただただ嘆息する。
それもそのはず、この王都とやらはとてつもなく巨大な規模なのだからだ。
1つの山をそのまま王都にしたような…って雰囲気。

見た目は中世ヨーロッパ。イタリアとかに有りそうな街並みだ。海外旅行するならこういう所が良い、と少なからず思う。
先程まで居た村からは想像もできないような景色。目に入る家々はどれも石造りであり、決して木造ではない。

加えて環状で、街の中心に近付くほど高度が高いという、よくありそうな設定付きだ。
現に、中心に聳える巨大な城は、今入り口を通ったばかりの晴登達からは少し見上げた位置にあった。あの城からの景色は、きっと絶景だろうと思う。

しかも驚くのはそれだけでない。
ここは王都。即ち、全ての中枢を担う都市なのだ。
人口だって馬鹿にならない。見えるものは、人、人、建物、人、人・・・だ。
ショッピングモールだとか、スタジアムだとか…そんな物では比にならないほど、人々でごった返している。

だが、そんな状況を気にせずに・・・


「じゃあ早速行こ! 連れて行きたい場所があるんだ!」


ユヅキは意気揚々に言うと、晴登の手を引っ張り走り始めた。
人と人の間をすり抜け、たまに路地裏を活用。王都には慣れているのだと、彼の行動から察せる。

ちなみに、この王都はホントにあの村との距離は遠くなかった。簡単な話、乗り物が必要でない距離だ。
道中、鬱蒼とした森に入った時は少しヒヤヒヤしたが、森を抜けるととてつもなくデカい関所が見え、そこから容易に王都に入った。
警備が緩くないかと、その時は一瞬考えたが、入れたなら万事オッケーである。



・・・と、そろそろ目的地が近付いてきたのか、ユヅキの走りが遅くなった。
されるがままに手をずっと引っ張られてたから、かなり身体がキツい。そういえぱ少し前まで怪我人だったのだった。


「まるで迷路だな…。ユヅキは結構行き慣れてるの?」


横に高々と聳える家々の壁を見上げながら、晴登はユヅキに問う。
だがユヅキは、その問いに反応すら見せなかった。

「あれ?」と思い、晴登は視点を横の壁からユヅキへ移す。

そこでようやく、ユヅキが遅くなった理由など諸々含む“事態”に気付いた。


「え、ちょっと…これって…」


ユヅキが見据える路地裏の先・・・そこには『チンピラ』という言葉がよく似合いそうな3人組が、こちらの通り道を塞ぐように立っていた。

 
 

 
後書き
最近、更新スピードが異様に早いな~と自分で感じております。理由はきっとテンションが高いからでしょう(笑)
やっぱ異世界って良いね。ロマンだね。
そして銀髪碧眼もロマンだね。俺の趣味全開です。

さて。今回はその銀髪碧眼の、まさに「異世界!」な新キャラを出しました。
柊君と色々似てるというのが第一印象としています。でもケモ耳までパクると、なんやかんやの関係やらが出そうなんで、それは省きます(←面倒くさがり)。

でもって、今回のラストはお決まりのピンチパターン。実はこの先の展開が曖昧だったり…(泣)

いやでも頑張るよ! このストーリーは何としても完成させてやる!!
という事でまた次回! では! 

 

第36話『一致と相違』

日の光は壁によって遮られ、薄暗さを呈する裏路地。
そこは通りの裏ではあるのだが、余程のことがない限り人は通らないだろう。
だから、今の状況を他力本願で切り抜けるには無理がある。


「下がって」


晴登は無意識の内に、ユヅキにそう言った。
彼の身体を手で制した後、一歩前に出る。

直感的だが・・・わかる。

今目の前に居る『いかにも』な佇まいの奴ら。もしかしたら、見た目だけの善人かも知れない。
けど、彼らの目。あの目に汚れが無いようには感じられなかった。


「ハルト…」


不安そうな声を出すユヅキ。やはり彼は彼らに怯えていた。
でなきゃ、急に止まる訳がないし、現時点で晴登の服の裾を掴んでいる理由もない。
晴登も背後でそれを感じ、いよいよ退けなくなったというのだが。


「んだよ、テメェ」

「……っ!」


威圧。晴登はそれに気圧される。
目の前の3人組はあくまで大人。ガキ大将だとか、そんな生ぬるいものではなかった。


「おい。このガキ、女連れて路地裏来てやがんぜ」
「マジかよ、この後そういう展開か?」
「けっ、良い御身分だな。ガキの癖に」


そういう展開? いや、どういう展開だ。でもとりあえず、貶されているというのは分かる。
そして、ユヅキを女子として見たのも気に入らない。見えなくもないけど。

結論、こいつらに関わると碌なことにならない。


「ユヅキ、一旦通りに戻ろ・・・」


晴登は逃げようとユヅキに提示する。でも、ユヅキは目の前に居なかった。

さっきまで服の裾を掴んでいたはずだ。

どこに、と辺りを見回すと、その姿はすぐに見つかった。


「なっ…!?」


晴登の後方。そこには新たな3人組がおり、その内の1人がユヅキを捕まえていた。
最初の3人組と同様、道に立ち塞がっている。


「6人組…!?」

「せいかーい」


晴登が見たままの状況を口に出すと、新たな3人組の方からそんな声が上がった。
見ると、その主はユヅキを捕まえている奴であり、口角を不気味に上げると次なる言葉を放った。


「大人しくしろよ? でなきゃ、お前の連れがどうなるか分かんねぇぜ」
「へへっ、コイツは高く売れそうだな」


月並みな脅し。それでも、晴登の行動を封じるには充分だった。

動けば…ユヅキと自分の安全の保障はない。

一応、晴登は常人とは違って魔術を使える。だが、この場合はどう使うべきだろうか。
相手はユヅキの首を腕で絞め、刃物を首元にあてがっている。つまりユヅキの身体が、奴らよりも前にあるのだ。下手に攻撃すると、ユヅキを巻き込むことになる。


「俺だけ逃げる、ってのは選択肢にねぇよな」


決意したように呟く晴登。その右手には風が纏っていた。

できるかわからないが・・・『相手を脅す』というのはどうだろうか。
奴らの戦意を喪失させれば、後は容易に方がつく。
少々…いや、かなりの博打だけども、これ以外に助ける方法を晴登は思いつかなかった。

敵との距離は約5m。一瞬で間を詰めるには、厳しい距離だ。

・・・だったら、そもそもなぜユヅキは捕まったのだ?
音も立てずに奴らが後ろから迫ったということなら、奴らはかなりの手練といえる。
もしかしたら、意外に手強いかも・・・


「ちっ、ガキのくせに魔法は使えんのかよ。つくづく腹立たしいぜ」

「…は?」


ユヅキを捕まえている男が、吐き捨てるように言った。だがその言葉の中に、晴登は聞き逃せない単語を発見する。

『魔法』

単語こそ知っているのとは違えど、男の口ぶりはまさに“魔術”を知っているそれだ。

そうだ。よくよく考えればここは異世界。現実世界の道理と違うことなんて日常茶飯事ではないのか。
もし、目の前の男達が全員魔術を使えるとしたら・・・それこそ晴登に勝機はない。
「マズい」の3文字が晴登の頭を埋め尽くす。魔術に関しては初心者といってもいいくらいの練度の自分が、大人に敵う訳がない。
これでは、ユヅキを救うどころではない。


「一体どうすりゃ・・・」



「「ギャッ!!」」


「…へ?」


不意に響いた叫び声。
そのマヌケな声を上げた張本人である、目の前の3人組・・・いや、後ろの3人組も合わせてバタバタと地面に倒れる。


──何が起こった。


晴登は右手の風を解き、状況の整理を試みた。
先程まで一生懸命考えていたせいで、彼らの不可解な行動の理由が掴めない。


ただ、彼らの近くに転がっているいくつもの氷塊の存在を除いては。


この怪奇現象の実態は、アレと見て間違いはなさそうだ。
大きさは、晴登の拳を2回りは超えている。アレが頭から降ってきたとしよう。

・・・気絶どころか、死に至りそうだ。

では、その発生源。
…といっても、もう答えは目の前に居る。
倒れた彼らを静かに見つめ、申し訳なさそうな表情をしている──ユヅキ。まさかでなくても、彼の仕業だろう。


「これはユヅキがやったの?」


迷いのない直球な質問。尤も、答えの予測はついている。


「…うん。ちょっと加減し切れなかったけど」


一瞬の間を空け、淡々と答えるユヅキ。よく見ると彼の両手からは、冷気と思われる白い煙が漏れていた。


「氷の魔術…?」

「魔術……魔法のこと? 確かにボクの魔法は物を凍らせたり、氷を創り出したりするものだね」

「へぇ〜」


氷魔法はマンガでよく見かける、割と定番の魔法だ。技が派手で、しかも綺麗ということもあり、晴登も結構好みである。言わばロマン。


「それにしても、ハルトも魔法を使えるんだね! ボク以外で、この歳で魔法を使っている人を見たのは初めてだよ!」

「え、そんなに珍しい?」

「もちろん! よほど素質がないと、この歳じゃ身につかないよ!」

「てことは、ユヅキは素質があるってことか」

「ま、まぁそうなるのかな」


頬をかいて照れながら、目をキラキラと輝かせ、同志を喜ぶユヅキ。
なるほど、「素質がある」か。そういえば晴登自身も、終夜からそう言われていたのだった。

・・・と、それよりも、まずはこの場をすぐに離れるべきだろう。倒れている彼らの仲間がいないとも限らない。


「ユヅキ、とりあえず通りに出よう」

「うん、そうだね」


2人は駆け出した。







「いや~ヒドい目に遭った」

「ゴメンね、ボクがあんな裏道通ったから…」

「いやいや、ユヅキのせいじゃないよ! それに、もう解決したから!ね!」

「うん…」


人の通りが少ない道の端まで逃げ、肩で息をする二人。
そして、先の喜びはどこへ行ったのか、自分のせいで晴登を危険な目に遭わせてしまったと、涙目で自己嫌悪に陥るユヅキ。
だが晴登は危険だなんてことはどうでも良く、ただただユヅキの無事を安堵していた。


「ところでさ、ユヅキってどこに向かってたの?」


ユヅキの慰めに努めていた晴登は話題を変える。
元々、ユヅキが行きたい場所があるということで来たのだ。とりあえずはそこに行って、さっきの事態を忘れよう。


「あぁ、そうだったね。えっと・・・うん、すぐ近くだよ!」


周りを見渡して一通り場所を確認したユヅキは、目的地への道順を把握する。
そして「行こ!」と一言、また晴登の手を掴んで走り出した。





「着いたよ」

「ホントに近かったな」


さっきの場所から100mといったところか。もはや走るまでもなかった距離だが、とにかく目的地にはたどり着いたようだ。


「ここが目的地…」


目の前に建つのは、特に周りと大きく違うという訳でもない、普通の二階建ての建物だ。だが日本じゃまず、お目にかかれないだろう。


「中に入るよ」

「あ…うん」


ユヅキはゆっくりとドアを開ける。外に負けない明るさが目に入ってきた。


「…時計屋?」

「うん」


明るさと共に見えたのは、晴登もよく知る『規則的に針を動かし、時を刻む道具』、すなわち時計だった。
学校の教室よりは面積の小さい室内を、壁一面に飾られた時計が更に狭める。
全ての時計が針で同じ時を刻み、同じ動きをしていた。じっと見ていると、催眠術に掛かりそうである。

もし、この時計らが趣味で集められているだけとすれば、そこそこな変態がオーナーであろう。そして、そのオーナーとユヅキが友達だという事実があると少し引いてしまう。

よって、晴登はここを時計屋と判断したが大正解だった。


「あ、やっぱり…」


室内をズンズン進み、奥に向かいながらユヅキは呟く。
何がやっぱりなのかと見てみると、彼の向かう先にはレジが有り、そこに無精髭の似合う40歳位の1人の男性が椅子に座って熟睡していた。
ユヅキはその男性に近づくと、目一杯息を吸い込んで・・・


「ラグナさーん!! 起きて下さーい!!!」


レジの台を叩く音も合わされ、騒音とも呼べる声が店中に響く。晴登は慌てて耳を塞ぐも、時既に遅し。
鼓膜がガンガンと振動し、大音量な声が頭に木霊した。
お陰で声が消えた後も、晴登は耳を塞ぎ続けることになった。


「・・・うっせーな。もうちょい優しく起こせよ…ユヅキ」

「開店してるのに寝てるからですよ! 来て正解でした」

「へ? あぁ…今日お前は休暇か。・・・大体、こんな店いつ潰れてもおかしくねぇよ」

「ちょっと、それは困りますよ!」


騒音の後は喧騒。晴登は目でそれを感じる。あぁ、まだ耳がキンキンしている。

晴登は目視だけで状況の分析を始めた。
ユヅキの叫び声の中、何とか聞き取った「ラグナさん」という単語。つまり、この言葉があの男性の代名詞という事になるのだろう。
親しげに会話する二人を見て、図らずも先の仮説が頭を過る。だが、さすがにあの男性が変人ということはあるまい。イカツい顔はしてるけども。

晴登は頭の中が落ち着いたのを確認し、ゆっくりと両手を耳から外す。


「ところで、お前さんは誰だ?」


耳が開放されたと同時に、ぶっきらぼうな声が聞こえる。
その声の主であるラグナと呼ばれる男性は、鋭い目つきで晴登をじっと見ていた。


「えっと…三浦 晴登です」


視線に威圧を感じ、早くやってしまおうという意が溢れる自己紹介。
しかし男はそれを素直に聞き入れると、頷きながら言った。


「ハルト…か、良い名前だな。俺はラグナ・アルソム。この時計屋の店長だ」


そう言った後、凶悪な顔から想像も出来ないような笑みを浮かべたラグナ。
晴登は直感で『優しい人』だと判断した。


「ユヅキ、ハルトとはどういう関係だ?」

「どういうって・・・恩人かな?」

「恩人? そりゃ一体…?」

「実は・・・」


ユヅキはラグナの問いに、先程の事態を全て説明する。晴登は、その話で自分が随分と買い被られていたことにむず痒さを覚えるも、嬉しさも感じたので黙っていた。


「・・・ほう。魔法を使えるのか。こりゃ面白ぇ」

「そうそう」

「だったらお前ら、一度手合わせしてみたらどうだ?」

「もう、そんな話のためにここに来た訳じゃないからね」


頬を膨らませ、拗ねた態度をとるユヅキ。
一方、そんな態度は慣れっこのようで、ラグナは笑って誤魔化すと話を始めた。


「つまり、ハルトに店を紹介してくれたんだな? そいつぁありがてぇ」

「俺お金持ってないけど…」

「お、じゃあここでユヅキと一緒に働くんだな」


気分が良いのか、先程からずっと笑っているラグナ。
晴登もその発言に愛想笑いを返す。

・・・ん? ユヅキと?


「ユヅキはここで働いているんですか?」

「おうよ。一人暮らしってんなら、断る理由もねぇしよ」

「ラグナさんもボクにとって恩人に当たる人だね。お金がなくて困ってた時に、この店で働かないかって誘われたんだ」

「へぇ~」


ユヅキの思い出話に頷きながら納得。
確かに、一人暮らしならお金は自分で稼がなければならない。見たところ、誰かから支給があるって訳でもなさそうなユヅキにとって、それは千載一遇のチャンスだったのだろう。


「まぁ、その当時と今とじゃ売り上げは全然違うけどよ。今時、時計なんてどの家庭にもあるからな」


突然寂しそうな口調になるラグナ。
時代の流れを感じたのか、その表情からは諦めの念が読み取れた。

このままでは、ユヅキもラグナも居場所を失う。
そう悟った晴登の行動は…早かった。


「じゃあ俺が呼び込みをしますよ!」

「「え?」」

「だから、呼び込み! そうしたら、また店に人が寄ってくれるんじゃないですかね?」


晴登は、自分の思う最高の案を述べる。
それを聞いた2人は少し考え込むと、口を開いた。


「呼び込みつっても、そんなに甘くねぇぞ?」

「さっきラグナさんが言った通り、寄ったとしても買っていく人は少ないんじゃ…」


否定。
猛烈、とは言わないが、晴登はそのくらいの威力を感じた。そして自分の出した稚拙な案を後悔する。


「そ、そうですよね…」

「んん…その、あれだ。呼び込みはいいから、店を手伝っちゃくれねぇか? 客が来なくても、時計の整備だけは忙しいからな」

「あ、わかりました」


今日合わせても3日間。
そのくらいの短期間なら良いだろうと、晴登はその誘いを承諾した。
ユヅキも一緒ならば、大して不安はない。


「んじゃ、明日からよろしく頼むわ」


でもって、もう職業体験1日目が幕を閉じたのだった。







「どうだった? ラグナさん」

「行きたい場所ってよりも、会いたかった人みたいな主旨に変わってるけど…。優しい人だなって思ったよ。見た目は怖いけど」

「こう言っちゃ悪いけど、店の評判はそれが関係しなくもないんだよ。昔はもう少し優しい顔だったんだ」

「時の流れって怖いね」


今の場所はユヅキの家。外も暗くなってきて、いよいよ異世界での最初の夜を迎えようとしていた。
と言っても大層な事をする訳もなく、今はこうして駄弁っている。


「じゃあ夕飯を作るから、ハルトは風呂に入ってきなよ。沸かしてあるから」

「え、風呂とか借りていいの?」

「泊まるんだから、それは当たり前じゃないの?」


ユヅキの提案に対して疑問を返すと、疑問で返される。
確かに、泊まると言ったのは自分だし、風呂に入らないと気が済まないのも事実。

──って、あ・・・


「服どうしよ…」

「何か言った?」

「いや、何も! それじゃあ入ってくるね!」


半ば強引に会話を終了する晴登。
それは、自分の過ちに気づき、バレない内に済まそうという意思からだ。

──替えの服が無い。

それは異世界生活、というか旅行においても慢性的な問題である。とはいえ、わざわざ服を持って異世界に来るのもおかしな話だろう。
ではどうしたものか。ユヅキの服を借りるというのも、流石に図々しい気がする。
今日はまだ、汗とかはかいていなくて服も汚れていないからいいが、明日以降それが続くとも限らない。

・・・とりあえず、風呂に入ってから考えよう。







「いやー凄かったよ、風呂場」

「風呂場が凄いってどういうこと? ハルトの知ってるものとは違ったの?」

「うん、全然違う」


時は夕食。
出された料理は見慣れない食材ばかりであり、少し恐怖を覚えた晴登であったが、有害なものをユヅキが出すはずはないし、今は恐怖を忘れてユヅキと雑談をしている。

結局、服は同じ物を2回着ている。
さほど目立った汚れもなく、ユヅキからのツッコミもなかったのでその話題は放置しているが、いつ指摘されるとも限らない。

だから、その話題を出される前に、違う話題で誤魔化す…!


「この料理美味しいね」

「え、そう!? 人に食べて貰うって初めてだから、ちょっと心配だったんだ~」

「いやいや、普通に美味しいって」


率直な感想を述べる晴登。
その傍ら、今の言葉が嬉しかったのか、ユヅキは頬をかきながら照れていた。


「ご馳走さま」

「お粗末様です。んっと…ボクも風呂に入って来ようかな」


晴登が皿を重ね、ユヅキに手渡す。そんな日常の行動さえ、今は新鮮味を感じる。
ルームシェアってこんな感じなのかと、何だか楽しく思えてきた。

ユヅキの伸びをする仕草を見て、晴登は初めての感覚に頬を綻ばせる。


「そういや、風呂場の石鹸が少なかったけど」

「え、そうなの? どこに置いといたかな…」

「じゃあ俺が捜すから、風呂に入ってていいよ」

「あ、うん。ありがとう」


この家の風呂場は、一言で言うと『清潔』だった。木造だっていうのに、新品のような輝きを持っていたのだ。きっと毎日きちんと掃除されているのだろう。とても好感が持てる。

ちなみに石鹸についてだが、そもそもこの世界にはシャンプーやら何やらは、存在しないようだ。よって石鹸1つで全てを賄わなきゃいけないのだが・・・

さっき、晴登が極限まで使ってしまった。次にユヅキが使えば無くなってしまうほどに。

決して悪意があったのではない。ただ、加減ができなかった、と言うべきだろう。
だって人の家の風呂を使ったのなんて、莉奈の家ぐらいだし…。


「お、あった」


ユヅキが風呂に向かってから、およそ10分。ようやく対象を台所付近の引き出しで見つける。やはり知らない場所での物探しは時間がかかった。
とりあえず同じ模様が描かれている5個の内、晴登は全て手に取った。

台所は風呂場から近い。だがしかし、この石鹸を風呂場に片づけた方が楽だろう、という粋な計らいである。

晴登は両手に石鹸を持ち、風呂場へ向かった。


「ユヅキ~、少し遅くなったけど石鹸持ってきたよ」

「え!? あ、ハルト、ちょっと待っ・・・」


急な制止。
しかし、もうドアを開けるモーションに入っていた晴登に、それは届かなかった。

互いに沈黙。
その中で、石鹸がドサドサと落ちる音が響く。晴登は目の前の光景にただただ驚愕した。



目の前にはユヅキの姿があったのだが、その体躯は“少女”のものと変わりなかったのだ。

 
 

 
後書き
新キャラ登場&衝撃カミングアウトで大混乱ですこんにちは。

さて、今回はカミングアウト以外、特に大事な事もありません。ユヅキは・・・そういう事だったんですよ。

次回でそこんとこは多く触れるので、この場では控えます。
では、また次回で! 

 

第37話『恩人』

 
前書き
年齢制限で規制とかは・・・大丈夫…? 

 
目の前にあるのは女子の裸体。弱々しい体躯に真っ白な肌が光る。その一部、女性の象徴も僅かながらに主張されていた。

しかし、晴登にとってそれを喜ぶ事はできない。
それは晴登自身、この状況に“悦”よりも“罪悪感”を覚えていたからだ。


「あ…」


今にも泣きそうな表情の中、ユヅキは大きい厚手のバスタオルを手に取ると、身体に巻き付ける。
晴登はその様子を呆然と眺めていた。
頭の中には何も入ってこない。この後、自分がどんな行動をすれば正解なのか、それさえも考えられなかった。

その中で、ただ1つわかったこと。
それは、自分は今とんでもないことをしてしまったのだということだ。

男女においてこんな行動が許されるのは、親密な関係にある男女のみ。しかし、晴登とユヅキの間には圧倒的に欠けている物があるのだ。

『信頼』

こればっかりは、時間を掛けないと作れない。
たかだか、今日出会ったばかりの人物相手にそれは生まれるだろうか?

否。不可能だ。
であれば今の事態は、晴登に対してユヅキが築こうとした『信頼』が崩れたのを意味する。一度崩れてしまえば、修復は困難。
例えあと2日の付き合いでも、それは残酷である。


「あ、いや…その…」


下を向きながら、晴登はしどろもどろな弁明を行う。
何も思いつかず、ただ自分の無実を証明しようとする者の末路だ。
冷や汗がまだ綺麗だった服に滲む。
罵倒されるか、軽蔑されるか。何を言われても言い訳はできない。ただひたすらに、謝罪の気持ちだけが浮かんだ。


すると、二の句を継げずにいた晴登に、ユヅキが一言放った。



「ハルトのエッチ」

「うぐ…」

「でも…悪気があった訳じゃないんだろうし、いいよ」

「え…?」


晴登はその言葉を聞いて、即座に顔を上げてユヅキの表情を窺う。頬を紅く染め、涙目のままではあるが、彼女は確かにそう言った。

許された…のか?

今しがたの発言はそういう解釈にしかとれない。ということは、絶交しなくても済むのだろうか。あまり怒ってもいなそうだし・・・良かった。晴登は大きな息をつく。

しかし、ここで話は終わらなかった。


「でももしかしたら、石鹸を持ってくるというのは口実で、ボクの身体目当てで来たのかもしれないし…。確かに、ハルトも男の子だから、そういう気持ちを持つのも仕方ないと思う。でも、そういうのはまだ早いんじゃ・・・」

「いや違う! 違うから! ホントに石鹸を持ってきただけなんだって!」


突飛なユヅキの推測を、晴登はたまらず否定する。
勘弁して欲しい。晴登にはそんな下心は微塵もなかった。そもそもユヅキを男と認識していたから、あるはずもない。


「ホントに〜?」

「ホントだって!」


ユヅキに猜疑の目を向けられるが、晴登は全力で否定する。確かに、そう思われても仕方のない行動をとってしまったのは事実だが、しかし真実をねじ曲げられるのは耐えられない。ここはなんとか、その意思だけでも伝えないと・・・


「ま、冗談だよ。ハルトはそんな人じゃないもんね」

「はぁ、なんだ…心臓に悪いからやめてよ…」


いつの間にか涙は引っ込んだのか、ユヅキはくすくすと笑った。またも、晴登は大きく息をつく。

と、そこで、ようやく思考がやるべきことを見出した。


「あ、ごめん、今出て行くから──」


遅ばせながら、晴登はすぐさま振り向いてドアを開けようとすると・・・ユヅキに袖を掴まれた。昼間の様にしっかりとだ。


「な、なに、ユヅキ…?」

「ねぇ、ハルトはボクの身体に興味ないの…?」

「は…?」


突然のユヅキの言葉に、晴登の思考はまたも停止する。
一体どういう意図で、その質問をしたのだろうか。全くわからない。


「その…もしハルトが望むならだけど…見せてもいいよ…?」

「いや待って待って! 俺らって今日会ったばっかだよ!? そんないきなり…」


後ろを振り向かぬまま、晴登は言葉を返す。尤も、語尾には力が無かった。
ユヅキの言葉の意味を理解すればするほど、心拍数が急激に上昇する。下手すると、袖を通して伝わってしまうのではないかというほど。


「でも今日、ハルトにボクは救われた。その恩返しだよ」

「救う? 昼間の話なら、ユヅキが自分で解決したじゃん…?」

「違う。その話じゃないの」


「え?」と疑問符を浮かべた晴登。
そして、反射的に振り向いてしまう。しまったと思ったが、時すでに遅し。

眼前にアップで映る、身体にバスタオルを巻いた銀髪の美少女。濡れて艶やかになっている髪の毛に、紅く火照っている頬がその可憐さをさらに際立たせていた。当然、その姿に晴登は惚けてしまう。
恥じらっている様子が、これまたいじらしい感じを醸し出す。

しかし、その格好の危険度を理解すればするほど、晴登の心臓はより一層激しく動く。
無防備。もし、今の誘惑に頷いたら・・・


「ど、どの話…なの?」


喉に詰まる声を絞り出して、晴登は訊く。
目の前の人物が少年ではなく少女と気づいた時から、晴登のユヅキへの見方が変わっていた。意識しない方が無理だ。

今、晴登は無防備な女の子と一つ屋根の下にいる。

ユヅキの言葉の真意を聞くより先に、その事実が晴登の心を大きく揺らす。
そして、そのことから連想される数々の言葉が、晴登の思考を埋め尽くした。


「それはね──って、ハルト!?」


ついに、脳が要領オーバーした晴登は遂に、バタリと倒れてしまった。







「ん…」


目が覚めた。夢を見ていた気はしない。
ただただ、何も無い意識を揺蕩っていたと思う。


「ハルト、起きた?!」

「うわっ!?」


そんな曖昧でボーッとしていた頭を覚醒させたのは、ユヅキの一声だった。寝ている晴登の眼前、これでもかと顔を近づけている。
もちろん晴登はその不意打ちには対応できず、すぐさま体を起こして距離を取ろうとした。

──起き上がれない。

理由は単純。ユヅキが晴登の額を押さえていたからだ。
すると、その額からヒンヤリと冷たい感覚が伝わる。


「ハルトはきっと逆上せたんだよ。今冷やしてるから、もうちょっと待ってね」


ユヅキが述べた理由に疑問を覚えるも、直後「そうか」と納得。
彼女は、晴登の倒れた理由をそう解釈したのだ。
晴登は思い出すのも恥ずかしいので、わざわざその解釈を覆すことはしない。


「ごめん」


その代わり、口から出たのは謝罪の言葉。
それでも、ユヅキは晴登を優しく見下ろすと、


「気にしないでよ。さっきはボクも…その…ね」


ユヅキは顔を真っ赤にして、後半蛇尾になりながら言った。よく見ると、耳まで赤々としている。
それに関しては、晴登も全く同じ気持ちだ。とても恥ずかしい。
お互いに忘れたい一件である。


それはそうと、晴登には気がかりがあった。


「さっき言ってた、俺に『救われた』って…どういうこと?」


記憶の最後、その言葉が頭に残った。
昼間の出来事ではないというのなら、晴登には思い当たる節がない。

ユヅキはそんな晴登を見据え、ポツリと言った。


「…簡単な話だよ。ボクの孤独を、晴登が救ってくれたんだ」

「え…?」


言葉の意味がわからず、またもや困惑。
晴登にとって今の答えは、疑問の断片も解決していない。
『ユヅキが孤独』。それは完全に初耳なのである。

ユヅキは言葉を続けた。


「ボクには元々、同年代の友達がいない。昼間に、魔法が使える同年代に会ったのは初めて、とか言ったけどさ、そもそも他の同年代との交流なんてこれっぽっちもなかったんだよ」


ユヅキが淡々と語った内容。それは決して、流して聞けるものではなかった。
彼女には友達と呼べる者がいない。その悲しさや寂しさを、どうして軽んじることができようか。

となると、そこに現れた自分。それが意味することは・・・



「だからハルトは、ボクの初めての友達。だから、"恩人"なんだよ」



照れ臭い気持ちが胸の奥に宿る。こうも堂々と言われてしまうのだから、無理もないだろう。

『恩人』だなんて、かつて言われたことがあっただろうか。少なくとも、現存する記憶の中には入っていない。

晴登は静かに口角を上げ、その事実に苦笑。自分はホントに普通の人生を送ってきたのだなと、痛感する。

するとユヅキは、極めつけの一言を呟いた。



「ハルト、ありがとう」



嬉し泣きだろうか。彼女の溢した涙が、顔に降ってくる。
それを真に受けながら、晴登もまた口を開いた。


「こっちも同じ気持ちだよ。当ても無くさまよっていた俺に、ユヅキは場所を与えてくれた。それこそ、感謝の気持ちで一杯だ。・・・ありがとう」


最後の単語を言うのも、少し恥ずかしい。でも、感謝を伝えることに恥じていてはダメだ。

上を向き下を向き、互いに互いの目を見据えて感謝を伝え合う。



──刹那、ユヅキが晴登に顔を近づけてきた。目を瞑り、口先に意識を集中している。
そして・・・



「ちょ、顔近い」

「あぅ」


赤面した晴登の右手によって、その行為は阻まれた。
晴登は眼前に迫るユヅキの顔から目を逸らし、申し訳なさそうにそう言う。彼女の行為の意図は掴めなかったが、女の子が近くにいるだけでも照れるというのが男の子なのだ。

ユヅキは自分を阻害した右手を忌々しそうに見つめるが、すぐにホッとした表情をする。そして、両手で涙を拭った。
晴登はその様子を見ると、笑みを溢す。

やっぱり、泣いているより、笑っている方が断然良い。

ただ晴登は内心、何か良いチャンスを逃した気がする、とだけは思っていた。


「あ、そうだハルト。もしよかったら・・・明日、一緒に入る…?」

「いや、遠慮しておきます…!」


その後、思いついたように危険な発言をするユヅキに、晴登は更に顔を真っ赤にしながら返答した。
 
 

 
後書き
今回は比較的短く書いております。
内容はタイトル通りなんで、あんまり先には進みません。
次回くらいに、何かストーリー的に変化を起こせられれば、と思います。

さて。今回はサービスが強く出ていた事かと思います。年齢制限に掛かりそうでヒヤヒヤしていたのは事実。これだけは書きたかったものでして(´∀`)ニヤリ
こんな事を十二歳の餓鬼共がリアルにやっていたら、撲滅に向かいます。

次回は、何かストーリー的に変化をもたらしたいです!(←あれ、さっき言った気が…)
そりゃ、これだけで異世界終わったらつまんねぇですもん!
とびっきりのを用意出来るかは、自分のヒラメキとヒラメキに懸かっています(←ほぼ運である)。
ただ、月並みまっしぐらだけは勘弁です…。

ーーですので、期待は微妙にして待って貰えればと思います! では!! 

 

第38話『イベント』

 
前書き
映画観て感動したり、曲聴いて感激したりしてたこの頃。
何かもう・・・凄い(呆然) 

 
異世界に来て、1日が明けた。
寝ることによって来た世界で寝るという不思議な体験だったが、起きた時に目の前に見えたのが見慣れた自分の部屋ではなく、隣に少女が寝ている木造の部屋だったということが、その不思議さを一層掻き立てる。

つまるところ、この異世界ではホントに3日過ごさなければならない。


「思ったより長いよな、3日って」


晴登は伸びをしながらポツリと呟く。
その際隣の少女が横目に見えたのだが・・・


「ユヅキって…女の子だったんだよな」


昨日の出来事を思い返すと、そういう結論に至る。
無論、思い出しただけで恥ずかしくなった。


「今、何時だろ?」


気分を変えるつもりで周りを見渡すも、時刻を知らせる時計はない。それは昨日の内にわかっていた。

窓に近付きカーテンを開けると、眩しい光が目に入る──と思っていた。
見えた景色は曇り空。それとなく不穏な気配がする。


「2日目からもうイベントって…もうちょっと楽しませてくれてもいいんじゃないの?」


誰に伝える訳でもなく、ただただため息をつく晴登。
こういう怪しい天気で、しかも異世界ならば、イベントが起こるというのはもはや摂理。だが、どうせならもう1日くらい楽しみたかったというものだ。
ちなみに、1日目の不良騒動はイベントには入らない。なんか呆気なかったから。


「さて、と。何をしようか」


だが、イベントがなくては正直やることがないのも事実。ここでは学校に行く必要もなく、宿題をやる必要もない。本当に暇なのだ。


「とりあえずユヅキを起こして・・・いや、その前に朝食を…?」


部屋の真ん中、布団の上に乱れることなく綺麗に寝ているユヅキ。彼女を見て思い出すのは、やはり昨日の出来事。今から起こしたとして、まともに会話できる自信がまずなかった。
ならば、朝食の場を既に設けることで会話のチャンスを増やす方が賢い。


「よし、やるか!」


自分の力を発揮する場面の到来に、晴登は意気込んだ。





しかし、現実世界とは訳の違うこの異世界で、そんな場面は存在しなかった。


「この食材、何…?」


台所の食料庫。そこには見たこともない食料が揃っていた。赤くて歪な形状の実や、黒々とした細長い植物。現実世界と比較すると、それはもう“異常”と言わざるを得ない。
といっても、味に関しては問題ないということは、昨日の夕食で確認済みである。

だがしかし、いざ自分が料理するとなると話が変わってくる。
触ったこともない食材に、果たして立ち向かえるのか?


「ハルト、何やってんの?」


突然の背後からの声に肩をビクつかせる。振り向くと、至近距離にユヅキが立っており、またもビビる。


「うわぉユヅキ…お、おはよう…」


差し障りのない挨拶で、まずは気まずい雰囲気に入るのを阻止。
すると彼女は目を擦りながら、


「あ、うん、おはよ……ふぁぁ」


最後に可愛らしい欠伸を残して、弱々しい挨拶を返す。普段の半分も開いていない目は、まだ眠いという気持ちを隠しきれていない。

そして彼女は目一杯に伸びをした後、


「んんー!・・・おはよ、ハルト!」

「え、何で2回!?」


今度は元気に2度目の挨拶をするユヅキに、堪らずツッコみ。
ユヅキはその反応が予想通りだったらしく、ニッコリと笑った。

気にすることはない。

晴登は心の中でそう思った。
自然と表情には安堵が洩れ、彼女もまた笑顔を溢している。
心配なんて杞憂だった。

こうしてユヅキが、笑ってくれるのだから。


「あれ、ハルト。もしかして、朝ごはん作ってくれようとしてたり?」

「え、あぁ…うん」


ユヅキが状況を見て判断したのか、訝しげに訊いてきたのを、一応肯定で返す。決して悪いことではないのだから、隠す必要はないだろう。

だが、あくまで“一応”。作り出すまでは、もう少し時間を要しただろう。
ユヅキは、晴登のそんな気持ちを知ってか否か、


「じゃあ一緒に作ろ! いいよね?」


まさに妥協案といった提案が出される。
もちろん、その提案は願ったり叶ったりだ。断る理由はない。


「うん、いいよ」


晴登は快く、提案を承諾した。







「ハルトって、料理が上手なんだね」

「ユヅキも上手だと思うよ?」

「いやいや、ハルトの方こそ」


朝食を食べ終わり、2人で食器を洗い終わると、突然謎の褒めちぎり合いが起こる。褒められるのは慣れてないから、とても照れくさい。


「そうだ、この後はラグナさんの時計屋に?」

「まだ早いけど・・・そうだね。もう行っちゃおうか!」

「あ、いや、早いなら別に──」


遠慮しようとした瞬間、手を引かれて身体が急に前のめりになる……って、またこのパターンか。この姿勢って何かと疲れるんだよなぁ〜。






家を出て、道を駆け、森を抜けると、関所に着いた。


「…すっごい端折ったな!」

「何言ってんの…? それより早く早く!」

「あ、うん」


関所を抜けると、目の前に広がるのは昨日の光景。
大通りは人々でごった返し、相変わらず歩くのが困難そうだった。


「こんな朝から人がいるんだ…」


驚きの意味を込めて一言。
時計がないから正確な時間はわからないが、まだ感覚的には朝っぱらだと思う。なのに、こうして昼間と変わりない光景を見ると、ここが王都なんだと改めて実感した。
元の世界でも、ここまで人がいるのは都会くらいだろう。


「おっと…早く行かないと」


ユヅキの手から解放されて自由になったからか、ついボーッとしてしまう己に喝。
目的地がどこかはわかっているが、まだ場所を明確に把握していない。だから、まだユヅキを目視できる内についていく必要がある。
向かってくる人の壁を避けながら、晴登はユヅキの後を追った。



するとすぐに、見たことのある建物の目の前に着いた。
ユヅキが何の躊躇いもなく入っていくのを見て、真似するように入る。
狭い室内の奥、ラグナはレジ台に頬杖をついて──寝ていた。


「また……」


ユヅキがポツリと呟いて、肩を竦めてレジまで歩いていく。
さて、この後の展開が何となく予想できてしまった。予め準備をすることにしよう。晴登は静かに耳を塞いだ。


「ラグナさーーん!!!!」


だが早朝からのこの大声でさえ、王都の賑わいには敵わなかった。







「あぁくそっ、耳が痛ぇ。いっつも言ってるだろ、もうちょい優しく起こせって」

「寝てる方が悪いっていうのも、いつも言ってますけど」


ラグナがユヅキを睨みつけながら、彼女の行動に対して不満を口にするも、正論によって一蹴される。お陰でムスッとした表情をせざるを得ないラグナだったが、ユヅキの隣に立つ晴登を見た瞬間に表情が変わった。


「お、ハルトじゃねぇか。今日はよろしくな」

「え!? あ、はい、よろしくお願いします!」


ラグナの表情の一転に多少戸惑い、慌てて返答をしてしまう。
それでもラグナは気にせず、先程の不満を忘れているかのように清々しい笑顔を見せた。


「んじゃ、ちっと早いけど準備すっか。どうせ客来ないけど」

「そんな不吉なこと言わないで下さい!」


ラグナが仕掛けた意地悪に、ユヅキがまんまと引っ掛かる。そろそろ、恒例となるのではなかろうか。
ラグナは愉快そうに笑うと、ようやく腰を上げた。


「じゃあ、ユヅキはいつも通りの仕事をハルトに教えてくれ。ハルトはそれに従ってくれたらいい」

「「わかりました……ん?」」


晴登とユヅキの返事がシンクロし、互いに顔を見合わす。
それを見たラグナは更に笑いの調子を上げ、


「はっはっは! 仲が良いこったな!」


豪快に一言。
なんだか少し照れ臭いが、別に悪いことでもないので素直に受け取っておく。ユヅキもまた同じ考えのようで、笑みを浮かべていた。


「それじゃあハルト、行こうか」

「うん」


ユヅキはその表情のまま晴登に一声かけると、店の奥へと入っていく。それに晴登も笑顔で応えると、彼女の後へついて行った。







「何だろう、これを眺めてると懐かしい気分になる」

「時計のこと? おかしな反応だね、ハルト」


腕で抱えられる程の大きさの時計を見て、ふと思ったことを呟く。それは時計の見た目についてだ。
現実離れ・・・とまでは言わないが、日本離れしている光景が続くこの異世界の中、目の前の時計やその周りの時計を見ていると、やけに懐かしさを覚える。

止まることなく動き続ける秒針に、時々動きを見せる長針と短針。それらを眺めていると、ふと元の世界を偲ぶのだ。
1日いなかっただけで寂しく感じる。いわゆる、修学旅行中のホームシックだ。そんな経験ないけども。


「どうしたの? そんな悩むような顔して」

「うわぉ!」


急に晴登と時計の間に入り込んで、顔を覗いてくるユヅキ。その不意討ちに驚き、足がもつれて尻餅をついた。


「うわ、ごめん! 大丈夫?」

「いやいや、こっちこそ驚いてごめん。……ちょっと、故郷を思い出して」

「故郷?」


ハルトがポツリと洩らした単語にユヅキが反応する。
晴登はその反応を見ると、言っていいものかと一瞬迷ったが、続きを話した。


「別に隠すこともないから話すけど…俺は遠い所からきた人間なんだ」

「遠いって、どのくらい?」

「あーそれはわかんないけど…」


思い切ったカミングアウトをしてみるも、ユヅキの質問にあっさり撃沈。
簡単な話、この世界の知識については出発前に部長から聞いた限りであり、それ以上のものは持ち合わせていないのだ。
一頻り唸ってみて、出た答えはただ一つ。


「この世界には俺は存在しない…ってぐらい?」

「何それ、よくわかんない。現にハルトは目の前にいるのに」

「だよね…」


少し哲学っぽい答えを出すと、ユヅキは意味がわからず膨れっ面。
だが決して嘘ではない。この世界が地球の中にあるのなら話は別だが、“異世界”という名を地球人から付けられているならば、その名の通り異世界なのだろう。
ここは恐らく、地球ではない。


「ちなみにユヅキの出身はどこ?」

「え、ボク?」


自分の身の上話をしたら、相手のも聞きたくなるのが人間だ。
昨日のラグナの話だと、普通の人生を送ってはいないだろうと判断できるから、なお気になる。
・・・う〜ん、この理由だと少し不謹慎だな。


「気になるから聞かせてよ」

「そうだな~」


自然な建前を使って探ると、ユヅキは首をかしげながら考える。どうやら話してはくれそうだ。


「…ボクも遠い所で生まれたかな。この王都から見て、だけど。でも、そこで少しいざこざがあってね。ボクは流れでこの街に辿り着いたんだ」

「で、お金とか全く無くて、流れでラグナさんの世話に」

「そんなとこ。ここで働いてお金が貯まった頃に、今住んでる家に住み始めたんだよ」

「へぇ~」


思ったよりスムーズに、ユヅキは身の上話を語った。晴登は相槌を打ちながら、それを聞いていく。
しかし、今ですら幼いユヅキが、さらにその昔に1人で王都に辿り着くなんて、余程のことじゃないのか? まさか・・・


「少し訊きにくいんだけど、その…親は?」

「え? あぁ、気にしなくていいよ。ボクが勝手に一人暮らししてるだけだから。親はまだ健在だよ」

「あ、そうなの!? そうか…」


自分の持っていた解釈と違う答えを返され、晴登はしばし困惑。頭を掻きながら、次の質問を考える。
と、ユヅキが先に口を開いた。


「晴登ばっかり質問はズルいよ。ボクも気になることは色々有るんだから」

「あぁ…じゃあどうぞ」


ユヅキがまたも膨れっ面をするので、ここは素直に引き下がる。
すると彼女はコホンと咳払いをし、質問をぶつけてきた。


「ハルトは魔法が使えるよね? あれは何で?」

「何で? 何でって・・・教えられたから?」

「誰に?」

「部長からかな」

「ブチョウ?」

「…あ」


次々と繰り出される質問に続々と答えていると、つい異世界では通じない発言をしてしまう。
どう取り繕うか考えると、別に必要はないという結論に至った。


「う~ん、まぁ師匠みたいなもんかな」

「へぇ~。じゃあその人もボクらの歳の頃には魔法を使えてたのかな?」

「え? あ~どうだろ」

「ふーん」


意外や意外、部長に興味を持つユヅキ。
晴登はその事実に驚きを感じるも、それほど彼女は魔法を幼くして使えることに驚いているとわかれば、自然と納得がいった。


「おーい、時計の整備はどうだ?」

「あ、ラグナさん」


ふと、晴登らの輪にラグナが乱入する。
彼は店番を一旦離れ、店の奥の部屋であるこの時計の保管部屋での晴登らの様子を確認しに来たようだった。


「店番してなくていいんですか?」

「だって客が来ねぇんじゃ意味ねぇだろ。ま、いつも通りだけどよ」

「そうですか…」


晴登が問い掛けると、ラグナは首を振って返した。
その答えを聞いたユヅキは、シュンと寂しそうな表情になる。この感じだと、給料よりも店の繁盛自体がユヅキの望みだろう。
やっぱ呼び込みをしようか。その考えが頭に浮かんだ瞬間、



「すいませーん」

「「!!」」

「おっと・・・いらっしゃい!」


店の扉に付いているベルが鳴った。
ラグナは急いで店内に戻りながら、大きな声で挨拶する。晴登とユヅキも、奥からこっそり店内を覗き見た。


「お客さん…だよね?」

「そうみたいだね」


2人の間に小声のやり取りが起こる。
目の前、ラグナが普段の顔に似合わない営業スマイルを貼り付けて、接客している様子が見えた。


「今日はどのようなご用件で?」

「時計の修理を頼みたいです。無理そうでしたら、新しいのを買いますが」


お客さんは凛々しい男性だった。一言でいえばイケメンである。しかも、優しそうな雰囲気をしていた。


「時計は持ち合わせてますか?」

「はい。これです」


一瞬、ラグナの顔が強張る。
男性が出したのは腕時計だった。これもまた、晴登の持つイメージそのまま。針がどれ一つ動いていなかったのが、唯一の違いだろう。
ラグナの店では、柱時計や掛け時計しか見ていないので、この世界に腕時計がないのではと密かに思い込んでいたのだが、そうではなかったようだ。
うーん、腕時計の修理は細かくて難しそうだから、大変そうだな。

……と、そこまで疑問が浮かんだ所で、あることに気がつく。


「ねぇユヅキ、この店ってあんな時計置いてないよね?」

「うん、取り扱ってないよ」


ユヅキは“腕時計の修理”ということに、全く違和感を持っていない様子だ。
しかしこのままではマズいんじゃなかろうか。店に腕時計がないということはつまり、ラグナは腕時計を取り扱ったことがないと考えられる。

そうか、だから顔が強張って──


「わかりました。では、まずは修理をやってみます」

「お願いします」

「!!」


ラグナは修理をすると言い切った。
自信満々…とまでは言わないが、少なからず自信の含まれた言い方である。


「明後日までに直しますので──」

「その日にまたここに、ですか。わかりました」


ラグナは尚も営業スマイルを崩さない。
きっと大丈夫なんだ、直し方を知っているんだと考えてみるも、彼の頬を伝う汗がそれの証明を阻む。
チラリとユヅキを見ても、彼女は特に何の反応もしていない。疑問に思わないのだろうか。


「それではまたのお越しを」

「はい。修理お願いします」


そうこうしている内に、客は外に出ていった。

晴登はすぐさまラグナに駆け寄る。


「ラグナさん!」

「お、どうしたハルト?」

「修理、ホントにできるんですか?」

「……っ!」


またもラグナの顔が強張る。
スマイルは見事に崩れ、焦った様子を見せた。


「あ!? 楽勝だよ楽勝! いっつも時計触ってんだし? できねぇ訳ねぇだろ?!」

「でもこの店、この時計は扱ってないですよね?」

「う……」


痛いところを突かれた、というようにラグナは表情を歪ませる。
そしてもう言い逃れをできないと悟ったらしく、大人しく口を開いた。


「…何でわかった?」

「だってラグナさん、すごく顔に出てましたよ。見当くらいつきます」

「…正直なところ修理はできねぇってのが答えだが、客の頼みとありゃ、是が非でもやらなきゃいけねぇのが職人よ。──ってことで、手伝ってくれねぇか? 2人とも」

「もちろんです」


ラグナが諦めたように応援を頼む。晴登はそれに快く応じた。
ただ、次に後ろで頭を抱えているユヅキをどうにかしなければいけない。


「ユヅキ。そういうことだけど、どうする?」

「う、うん…。でも、ラグナさんが直せない時計が有るなんて・・・」

「はっはっは。こりゃ随分と過大評価されちまったな。俺はただのしがない時計屋、直せない時計の1つや2つくらいあるに決まってんだろ?」


先程まで何の理解も持ってなかったため、事態の急展開にユヅキは頭が追いついていないようだった。
少しの間、「あ…」だとか「えっと…」とか口から洩らしながら、困ったように悩んでいる。
しかし最後の「よし」をキッカケに、彼女は真面目な表情になった。


「わかったよラグナさん。ボクもやる!」


その言葉に、晴登もラグナも笑みを浮かべる。

こうして異世界初のイベント、『仲間と協力し、時計を直せ!』が始まったのだった。

 
 

 
後書き
タイトルを見て、今回から何か始まると思った画面の向こうのアナタ。残念ながら、大した事は何も始まりません。
いや、アレです。まだストーリー思考中です(泣)
今回は…ただの話稼ぎです。
そして異世界編の大イベントを、この後にぶち込めたらと。

期待をしてほしいですが、あまりし過ぎると興ざめするのでご注意を。
では、また次回! 

 

第39話『視える』

 
前書き
ようやくストーリーを掴めてきました。
今回から始動致します! 

 
 
「あ、動いた」


そのラグナの言葉を皮切りに、晴登の異世界初イベントは終わりを告げた。少々名残惜しい気持ちになり、もう少しやりたいという衝動に駆られるのは、恐らく、小1時間で作業が終わったことが原因だろう。
誰1人腕時計の直し方を知らなかったというのに、ラグナが自分の経験からそれを編み出してしまった。
よって、難航するはずだった作業が順調に進んだのだ。


「直ったってことでいいんですか?」

「たぶん大丈夫だろ」


晴登の問いに対してラグナは、腕時計を回転させながら舐め回すように眺め、結論を出した。
その言葉を聞き、晴登とユヅキは揃って安堵の表情をする。
いくらイベントをもう少し楽しみたかったとはいえ、腕時計が直らなかったら元も子もない。まずは直ったことを、素直に喜ぶべきなのだ。


「にしても、これじゃあ明後日までって期間が無駄じゃないですか? もうちょっと改造とか…」

「下手に弄ると、それこそおじゃんだ。…そうだ。だったら、お前たちで届けてきたらどうよ?」


手を叩き、良い考えだろとでも言うように、ラグナは案を出す。
その考えに二人は賛成した。だが、


「確かに1時間くらいしか経ってないから捜せば・・・って、王都じゃ無理がありませんか?」

「それに顔は覚えてても、名前は知りませんよ?」


様々な問題が立ち塞がる。デパートで人を探すよりもきっと大変だろう。
その問題を羅列すると、ラグナは髭を触りながら考えて、そして言った。


「そうか、よく考えたらそうなるわな。じゃあさっきの提案無しで。あと、お前たちはもう帰っていいぞ」

「「え!?」」


突然の展開に、たまらず2人は声を荒げる。
チラリと横目で商品の時計を見ると、針は偽ることをせずにしっかりと9時を示していた。


「まだ早くないですか?! ホワイト企業もいいとこですよ!?」

「ほわいと企業が何かは知らんが、元々この腕時計が直ったらお前らを帰そうと思ってたんだ。だから仕方ねぇ」

「だからって…。それに、この時間はまだボクのいつもの出勤時間ですよ?」

「いいじゃねぇか、早く帰れて。後は2人で仲良くしてな」


そう言われても、仕事を早々に切り上げるなんて2人はできなかった。
だが、どうにか続けられないか反論を掲げてみるも、全てラグナにへし折られてしまう。


「店長命令だ。諦めるんだな」

「「う…」」


その言葉を最後に、2人は渋々店を出た。







「いくらなんでも、あの物言いは酷いんじゃない? ラグナさんにとっても、俺たちがいる方がプラスだと思うんだけど」

「何か考えがあるようには見えなかったから・・・気まぐれって感じかな?」


学校から早く帰れると喜ぶのが現代の子供。
しかし、初めての職業体験で早く帰されるのは気にくわないのが晴登だった。

場所は、時間に比例していっそう賑やかさを増す大通り。
ラグナの店から出た2人は、先程のラグナの物言いについて考えていた。
晴登は、何かしら裏があるのかとユヅキに訊いてみたが、長く付き合いのあるユヅキでも特に感じるものはないと言われ、疑問は謎を深める一方である。

すると彼女は「あ」と一言洩らすと晴登を見て、


「もしかしたら、さっきお客が来たから今日はもう来ないと思ったのかも──」

「店の評価酷くない!?」


その言葉が戯言と分かった瞬間、晴登は鋭いツッコミを入れる。
ユヅキはそれを受けると、わざとらしく舌を出して「ごめんごめん」と軽い謝罪をした。


「でさ、これからどうする?」

「…上手く誤魔化された気がするけど・・・そうだね。仕事が終わっちゃうと、正直やることなくなっちゃうな」


2人は首をかしげ、新たな議題について考える。
『ラグナの店で働く』というアクションが終わった以上、この後に残るは『暇』という怠惰のみ。せっかくの異世界非日常イベントのチャンスを、棒に振るのだけは勘弁だ。


「となると、自分でイベント起こすしかやることないな」

「いべんと? ハルト、何の話?」

「いやいやこっちの話。そうだな・・・じゃあ王都探険でもしない?」

「探険?」


晴登の提案に、ユヅキは更に首をかしげて応対。彼女の頭には疑問符が浮かんでいる。


「そう探険。こんなに広いんだから、やりがいがあると思うよ」

「ボクにとっては今さらって感じだけど・・・でも確かに行ったことがない所もあるしなぁ」

「じゃあいいじゃん。行こうよ!」


身を乗り出してユヅキに迫る晴登。その目はいつにもなくキラキラとしている。そう、晴登も男の子だ。探検と聞くだけで、心が躍るお年頃なのだ。
そんなうきうきな様子の彼を見て、ユヅキは断る訳にもいかない。


「まぁハルトが行きたいっていうなら、付き合わなくはないかな、うん」

「ありがとう、ユヅキ!」


ユヅキの優しさもだが、自分の意外な幼稚さに改めて気づかされた瞬間だった。







「と言っても、結局はユヅキの買い物に付き合わされただけという」

「そんな人聞きの悪いこと言わないでよ! ハルトが探険だって言うから、わざわざ色んな店に・・・」

「いやまず、店を回ることが確定事項の時点でおかしい!」

「だって夕食の食材がないもん」

「そりゃ仕方ない。ごめん」


さっきの決断から早2時間。『王都横断店巡り』は、ようやく終わりを見せていた。
公園らしき所のベンチに2人で腰掛け、だらしなく腕や脚を投げやっている晴登は、疲れを隠すことなく晒す。

晴登自身はこの探険に満足はしていない。せっかくの探険チャンスなのに、店巡りという退屈な行事に付き合わされたのだから。
尤も、夕食の食材がないと言われればそれまでだ。居候という身でワガママは言えない。

だが、まずは1つ言うことがある。


「そろそろ昼食だけど…どうする?」

「う〜ん、ここは王都なんだし、久しぶりに外食にしようかな。お金だって残ってるから…いいよね? ハルト」

「もちろん。家に戻ったとしてもやることないからね。どうせなら、今日1日は王都に居ようよ」

「うん!」


晴登の提案をユヅキは快く承諾。
その素直さに笑みで返し、2人は立ち上がり歩き始めた。行き先はユヅキがもう決めているようで、歩みに迷いは感じられなかった。





「──着いたよハルト」

「ファミレスだと…? 異世界にもこんな物が…?」

「何言ってるのかわかんないけど…行くよ?」

「あ、うん」


ユヅキに案内されて着いた場所──そこは、現実世界でも外食といえばよくお世話になる、ファミレスが在った。
見た目だって、知ってる物とさほど違いを感じられない。こんな異世界の風景にすっかり溶け込めるとは、ファミレスの外装恐るべし。

ユヅキについて中に入ると、それはもう見慣れた光景が広がっていた。
内装はもしかしたら違うのではと思ったのだが、外も中も晴登の知るファミレスまんまだった。


「ここまで似てると、かえって怖いな…」

「さっきから何に驚いてるの? そんなにハルトの故郷じゃ見られない物がある?」

「いや、むしろその真逆なんだけど…」


晴登の感情がイマイチ読めないユヅキは、首を傾げる。
だがそんなことを気にも留めない晴登は、店員に案内されて空いている席に座った。


「昼時なのに空いてるとは…これはラッキー」

「ねぇ、注文はどうする?」


ユヅキの問いに、晴登は唸りで返す。
目の前のメニュー表のパラリと捲って見てみると、なんとそこにも現実世界で見慣れた料理の写真がズラリ・・・



──という訳にはいかなかった。


「おぉ良かった。さすがにここまで一緒じゃなかったか」

「何か決めた?」

「あーちょっと待って」


ユヅキの催促に制止をかけ、すぐにメニューを決めに取り掛かる。
巡りめぐってこれもまた絶好のチャンス。異世界の料理はまだユヅキの作ったものしか食べたことがないから、こんな店で出される物がとても気になる。


「じゃあこれにしようかな」

「え、それでいいの? 遠慮しなくていいよ」

「いや、これでいいよ」


晴登が選んだのは、ハンバーグに似た何か。値段が他に比べて安いというのもあり、迷わず選んだ。
ちなみに・・・


「まぁ、文字が一切読めないってのは内緒事項だな」

「何か言った?」

「いや、何も!」


晴登はまた1つ、異世界での深刻な問題に気づく。
それは、言語は日本語で通じるという奇跡は起きたが、文字はそうはいかないということだ。メニュー表なんて、もはや絵のついた暗号文でしかない。
ただ偶然にも、数字だけは見慣れたものと似ていたので、値段らしき部分は辛うじて読み取れた…はず。


「まぁ文字なんて読めなくても、会話ができりゃ何とかなるか」


その結論に至り、ひとまず安心。コミュ障? そんなの知らん。

さて、ユヅキはもうメニューを決めているようで、いよいよ頼もうとした、その時だった。



「あれ、君たちはさっきの・・・」

「「え?」」


不意に投げかけられた声。それはどう考えても、こちらに向けられたものだった。反射的に振り向くと、そこには容姿端麗の男性が立っている。
そしてその顔には見覚えが──


「時計屋に来た人・・・ですよね?」

「そうだよ。良かった、やっぱりさっきの子達か」


晴登が確認の意で問うと、彼はそれに肯定で答える。
その表情には安堵が見え、綺麗な顔立ちをより一層引き立てていた。

しかし、その反応には些か疑問も・・・


「あれ。何で俺たちを知ってるんですか?」


晴登らはこの男性と話した訳ではない。ずっと店の奥から、覗くようにラグナとの会話を聞いていただけだ。
それにも拘らず、彼は自分らを知ったように話した。どういうことだろう。


「おっと、これは失礼。僕には君達の姿が視えていたものでね。この眼のお陰で」

「眼?」


男性はいつの間にか、晴登たちが座るテーブルに一緒に座っていた。
それにしても、彼の話はおかしなものだ。隠れていたのに見えたとは、一体どんな原理だろうか。
晴登がそこを追及しようとすると、それより先にユヅキが口を開く。


「もしかして…魔眼ですか?」

「その通り。僕の魔眼は『相手の魔力を視る』というものだ。自分以外の人間の、体内の魔力の流れを見ることができる」

「ま、魔眼? 視る? えぇ??」


新出単語の出現で、早くも頭が混乱する晴登。
その様子を見たユヅキが、すかさず説明をくれた。


「えっと魔眼っていうのは、その…魔力を持った眼のことだよ。色々な種類があって、それぞれ便利な力を持ってるの」

「付け加えると、その種類は生まれた時からもつ先天的な型と、自分の力で眼に魔法を付与する後天的な型の2つに大別される。ちなみに僕のは前者だよ」

「丁寧にすいません…」


男性も加わったその説明は、素人でも十分理解できるほとわわかりやすかった。
尤も、それ以前に魔術やら魔法やらの存在を知らなければ、理解は苦しむだろうが。
あ、そう思えば、この場合の素人って何だろう。


「さて。君達に話しかけたのは他でもない。少しばかり、気になったものでね。君たちは普通に魔法を使えるだろう?」

「は、はい」

「君たちのような歳で魔法が使えるのは極めて珍しい。そのことについて、色々と聞かせてはくれないか?」

「はぁ…」


男性は興味津々といった様子で、晴登らにそう訊く。
なるほど。話を聞く限り、子供で魔法を使えるのは本当に珍しいようだ。
ちなみにここで、「どうして魔法を使えることを知ってるのか」という質問が頭に浮かんだが、彼の魔眼は魔力を視ることができるようなので、それで知ったのだと結論づけた。

それにしてもこの訊かれ方では、正直何を答えればいいのかわからない。もう少し、質問の内容を絞って貰わないと。


「…質問が難しかったようだね。だったら、どうやって魔法を身に付けたのかだけ、教えてくれないか?」

「あ、はい」


難しい、という感情を露骨に表情に出していたら、男性が察してくれる。
これなら答えることはできそうだ。


「じゃあ俺から。俺が魔法を使えるようになったのは──」







時間は30分ほど過ぎ、男性を交えたランチタイムはいよいよ終わりを迎える。
彼は自分が何か話す訳ではなく、ただただ晴登達の話を一心に聞いているだけだった。


「うん、中々興味深い話だったよ。ありがとう」

「いえいえそんな」


そろそろ帰ろうかな、という意図が言外で伝わってくる発言。
本当に興味深いものだったかと思うとしばし疑問だが、喜んでいるようなのでそこはスルーする。


「話を聞かせてくれたお礼といってはなんだが、この昼食は僕が奢るよ?」

「いやいや! 気持ちだけで充分です!」


月並みなパターンに入られたので急いで断る。
話を聞かせてくれたお礼だなんて、奢るに値しない軽さだ。それなのに奢るというのは、人が良すぎるというものである。


「そうかい? 僕としてはそこまで負担じゃないけど・・・でもまぁ、無理強いする必要はないかもね。じゃあ、今日はありがとう」

「はい…」


一方的な感謝に言葉が詰まる。
それはユヅキも同感なようで、男性が店から姿を消した瞬間に晴登に話し掛けた。


「変な人だったね」

「そう…だね」

「そういえば、ハルトの話を横から聞いてたけどさ・・・凄いね」

「え、何が?」

「だって、ハルトの周りの人もみーんな魔法を使えるんでしょ? それってかなり凄いよ?」

「んん…よくわかんないな」


ユヅキの言葉に首をかしげながら応答。
元の世界とこの世界での価値観の違いは、こういう所からよくわかる。
だから、晴登もユヅキに同じような感想を持っていた。


「ユヅキだってさ、もうずっと前から魔法を使えるって言ってたよね? それこそ凄いと思うけど」

「うん、まぁ周りよりかは…」

「それにこの王都から北にある大きな街に住んでたんだって? どんな所?」

「あんまり覚えてないかな…。けど、帰ろうとは思わないな」


ユヅキの故郷が話題に上がると、晴登はそこに焦点を当てて話を続ける。以前も少し聞いたことはあるが、まだ詳しくは知らないのだ。


「帰らないって…親は心配しないの?」

「未だに連絡1つない時点で、そこまでの心配はしてないと思うよ」

「え、それって…」


今の発言に晴登は絶句。
ユヅキは楽観的に言っているが、今のはもしかすると別の意味を含んでいるのではないだろうか。
「心配していない」。それはユヅキの強さを思ってのことなのか、それとも気にも留めていないということなのか。
後者の場合、かなり残酷だと思うが…。


「大丈夫だよ。今はハルトも居るから」

「え…?」

「昨日言った通り、ボクには友達がいないからね。ハルトが居てくれてとても嬉しいよ」

「あ、いや…」


真っ向からこうやって感謝をされると、照れてしまうのが晴登。それを堂々と素直に言ってのけるユヅキだから、晴登は目をそらして、


「…ありがとう」

「こちらこそ」


照れ隠しに一言。
その言葉に、ユヅキが笑顔で答えてくれたのは見なくともわかった。
晴登は赤く染まった頬を掻きながら、「じゃあ出ようか」とユヅキに告げる。彼女はそれに応じて会計を手早く済ませると、ニッコリと晴登に微笑みかけながら一緒に店を出た。


異世界生活2日目にして、晴登とユヅキの仲は深まっていった。







「氷の魔法に風の魔法か…。あんな子供がそんな有能な魔法を使えるとは、興味深い」


そう独り言を呟くのは1人の男性。
というのも、彼は先程昼食をとろうと店に寄った結果、見たことのある2人の子供に出会った。彼らからは魔力を視ることができ、まさかと思って話し掛けたら予想通り。あんなに幼い子でも魔法を使えるのかと、その時はとても驚いた。
しかも少年の方は、周りの人物もそんな境遇だという。


「こんな話ってあるんだなぁ」


思い起こせば、何が興味深いのかなんて元より考えてはいないと気付く。ただ、不思議な話を聞いて面白がる自分がいるだけ。
自己満足とはまさにこのことだ。


「少女の方も中々興味深いね。あの歳よりずっと前から魔法を使えるなんて。しかも・・・」


男性はそこで言葉を一度止めた。
さっきの自分と彼女との会話に出てきた言葉を、頭の中で反芻してみる。
そして、恐らくの段階だがわかった事実に苦笑した。



「北の街出身で白髪で氷の魔法を操る──まさか、ね」



彼の呟きは小さく、すぐに大通りの賑やかさに掻き消された。

 
 

 
後書き
まずまずのスタートでしょうか。後はあーしてこーすれば何とか話が繋がりそうです。
…とすると、次回は捨て回な予感?・・・おっと、それは避けねば。

次回も頑張って書いていきます! では! 

 

第40話『暗雲』

 
前書き
二日目から始めれば、良い感じに後に続くと判断。
しかもよくよく考えると、滞在期間の三日間って意外に長い(←これ大事) 

 

「思い返すと、さっきの人の名前聞いてないじゃん」

「それを言うなら、ボク達の名前だって言ってないよ?」

「あ、そういえば。てか、腕時計直ったのも言えば良かった!」

「もう遅いね」


異世界版ファミレスで昼食を済ませた2人は予定通り、1日中王都を楽しむという計画を実行していた。
そしてその途中、ファミレスで出会った男性の話題を掘り返し、色々と後悔が出てくるという有り様である。


「まぁ、いいか」

「うん」


彼の存在が気になるが追及はしない。どうせ少し世間話を交わした程度の薄い関係だ。
そう思うと、ユヅキとの関係はどうなるのだろうか。話だっていくらもしたし、それ以上の・・・あぁ思い出したくない。


「じゃあ気を取り直して・・・これからどうする?」


危ない記憶を封じ、表情を切り換えてユヅキに訊く。
意外や意外、王都に残るのはいいが…やることが思い付かないのだ。


「ハルトが探険したいって言うなら付き合うけど…」

「んん…それもアリだな・・・あ、そういやあそこの城って観光とかできたりする?」


晴登が指差しながら示したのは、王都の中心にて頂点に佇む城だ。気にも留めていなかったが、あの巨大な存在感が今は気になる。
ファンタジー世界の王道であるお城を探険できるとなれば、それはそれは楽しいことに・・・


「いや、無理だよ」

「ですよね~…」


ユヅキの指摘に流れるように反応。
王都の中の唯一の城…それは即ち、“王城”に他ならない。晴登の身分は平民、というかよそ者。そんな立場で王城に入ろうなど、不届き千万、身の程を知れというものだ。
よって、このユヅキの答えは予想済みである。


「じゃあさ、少し近くまで行ってみない? それくらいなら大丈夫でしょ?」

「何とも言えないけど…それくらいなら」

「よし、決まりだな」


晴登は口元を緩め、ユヅキに手招き。今から王城の近くに向かうことにする。
ユヅキは渋々だかそれに応じてくれた。






明るかった空が、少しばかり暗くなり始める。そろそろ夕方、といったところだろうか。
王城に行こうと歩き始めてから10分。目指していた建造物は、近付けば近付くほどその巨大な存在感をアピールしてくる。

しかし、問題にも気づいた。


「何かやけに人が多くない?」


上手く言えないが・・・王城の手前、20人ばかりの人だかりが出来ていた。その人たちの姿は、大通りで見る人たちと何ら変わりはない。
つまり・・・


「直談判とか、そんなやつ…!?」


稚拙な想像が晴登の頭に浮かぶ。
あの人たちが大通りの・・・言い方は悪いが、一般人であるというのは変わらない事実。
そしてそんな身分の人たちが、しかも大勢で王城に行くなんてそうそう起こることではない。


「だから、何かを訴えに王城へ…?」

「そんな大事じゃないと思うよ」


1人で仮説を建てる晴登に、まずはユヅキが一蹴。
彼女は晴登を見るとニコリと微笑み、


「早とちりするのは良くないと思うよ。ちょっと待ってて、ボクが訊いてくる」

「あ、ちょ…」


ユヅキはそう言い残し、人だかりに向かって駆ける。
晴登は少し物申そうとするも、もうユヅキの姿は人だかりの中だった。そして誰かと何やら会話を始めたのを、遠目で理解した。



数分後、状況を聞き終えたのか彼女は戻ってくる。


「何て言われ・・・」



「──参ったね」


ユヅキは晴登の言葉を遮り、淡々と言った。
その表情には焦りが生まれており、ただならぬ事態を予測した晴登はもう一度彼女に内容を問う。


「何が、あったの?」

「なんでも、王都の北方に魔獣の群れを確認したみたい。そこであの人たちが、その駆除を依頼しようとここに」

「え~っと…つまり?」


言葉を反芻してもいまいち要領を得ない晴登は、ユヅキに説明を促す。
すると彼女は少し戸惑うも、すぐに言葉を続けた。


「ハルトの言った通り、大事だよ。何せ現れた魔獣が、“人喰いのウォルエナ”だからね」

「ウォル、エナ?・・・って、何?」


ユヅキが首を振って語るのを見ながら、晴登は疑問をぶつける。
それを聞いた彼女は少し驚くと、


「それも知らないんだね。“人喰いのウォルエナ”っていうのは名前の通り、人をも喰らう肉食の魔獣だよ」

「魔獣って何だ? ただの獣とは何が違うの?」

「体内に魔力を宿す、それが魔獣。下級のやつでも魔法を使えるね」

「おっかねぇな…」


その懇切丁寧な説明に対し、体はブルブルと震え上がる。本当におっかない話だ。
それが王都の北方に居るというのは、何か意味が有るのか。イベントの予感…?


「いやでも、さすがに人喰いとは戦いたくないな…」

「そりゃそうでしょ」


ポツリと口に出した言葉を、ユヅキは当たり前だと言わんばかりに肯定。事実、当たり前だ。
頭に浮かんだイベント予想図が砕ける。いかに心擽られる展開でも、死ぬ可能性のあることはしたくない。


「仕方ないか…」


せっかくのイベントかと思ったが、今回はそれを見逃す。もったいないという思いが頭を過るが、命あってこそのイベントだ。割り切らなくてはならない。


「…例えば、その魔獣に会ったらどうしたらいい?」

「ボク達は魔法を使えるから対抗はできるけど、如何せん、奴らの恐さは"数"なんだ」

「群れで行動してるって言ったな。どれくらいの数?」

「100頭は下らないそうだよ」

「マジでおっかねぇ…」


諦めるとは決めたが、何となく気になるので情報収集。しかし、集まる情報は冷や汗が止まらなくなるような内容ばかりだった。


「けど、そんな奴らを兵士やら騎士やらで何とかなるの? それに無視するって選択肢も有るだろうし…」

「無視は無理だと思うね。北方ってことは行商人の出入りも多い。だから、そんな所に人喰いの魔獣が現れたとなると大問題な訳だよ。騎士だったら討伐もできないことはないし、それに頼るのは妥当かな」

「お、おう…」


饒舌なユヅキの意見に、晴登も納得せざるを得ない。
だがそれ以上にあることが気になった。


「ユヅキの家の方角は?」

「安心していいよ。正反対の南だから」


晴登の心配が読めたのか、ユヅキは安心させるように言った。東西南北を把握できていなかったから一瞬焦ったが、杞憂だったようだ。


「じゃあとりあえず心配事はないな。あんまり関わりたくもないから・・・今日はもう帰る?」

「ボク達がどうこうできる訳でもないしね。騎士に任せるのが一番だよ。・・・帰ろうか」


こうして2人は南に向かって歩き出した。






「なんか残念だなぁ…」

「何を期待してたの…?」


頭の後ろで手を組んで、文句のようにブツブツと呟く晴登。
その様子をユヅキは怪訝そうに見る。


「いや、そのウォルエナとかいうのと戦えること。“人喰い”って要素さえ無ければ、俺たちも討伐に参加できたのかなって」

「何でそんなこと考えるの? 危ないじゃん」

「男子ってそういうもんだよ」


晴登は頷きながら語る。
ユヅキはいまいちピンと来ないようで、首をかしげていた。


「ちなみに、騎士ってどんな人がいるの?」

「唐突だね。・・・ボクも詳しくは知らないし、興味もないかな。でも有名っていうと、やっぱり団長だね」


既に王都を出て、ユヅキの家への帰り道。
晴登は沈黙を避けようと何か話題を振ろうとして、騎士の話題を出した。
騎士、という存在は中々に心をくすぐる。それだけで異世界感というのがあるからだろう。


「団長?」

「そう。王国騎士団団長アランヒルデ。別名"サイキョウでサイキョウの騎士"」

「何で"サイキョウ"って2回言ったの?」


そういう訳で有名な騎士を訊いた訳だが、ユヅキによるとそれは騎士団の団長だという。
別名に色々と言いたいことがあるが、その説明はユヅキが直後にしてくれた。


「1つ目は"最も強い"の“最強”で、2つ目は"最も恐い"の“最恐”。これには少し危ない話があってね、『慈悲は要らない。悪には必ず裁きを与える』ってな具合で、団長さんは悪人をドンドンと裁いて行っちゃったの。それで皆が恐がるようになった、ということだよ」

「団長さん可哀想だな…」


晴登は目を瞑り、姿も知らない団長さんを労う。悪いことをしている訳でもないのに恐がられるとは、なんと不憫なことだろう。
だがしかし、その最強である団長さんが魔獣討伐に参加したら、きっと良い結果で終わるに違いない。だって最強と言われるくらいなのだから。

晴登がアランヒルデがどんな人物なのか想像していると、突然ユヅキは一言、


「ハルトって明後日ぐらいに帰るんだよね」

「ん? あぁ…」


ユヅキの問いに肯定で返す。
すると彼女は空を見上げ、寂しそうな表情を見せた。


「どうして帰るの? そもそもここに来た理由は?」

「うわ、今訊くかそれ」


晴登はユヅキの疑問に頭を悩ます。
今まで訊かれてなかったから、その回答は何も用意していないのだ。
大体、現実世界の話から始めなければ、晴登がここに居る理由は理解不能。かと言って、そんな所から話し始めると、恐らく夜が明けるのは確実だ。


「な、何でだろうね…」

「むぅ、誤魔化さないで」

「でも説明した所で理解できないと思うよ?」

「それでもいいから」


ユヅキの怒濤の押しに、晴登は言葉を詰まらせる。

…別に話してダメという訳ではないだろう。


「しょうがないか。実はね──」






「この世界に存在しないって、そういうことなんだね」


夕食の食卓。
帰宅時からずっと話していた晴登の過去話にようやく区切りがつく。
突飛な話ばかりだったはずだが、相槌を打ちながら話を聞き入るユヅキは、予想外の理解力を見せた。


「意外とすんなり受け入れるんだね」

「ハルトが言うことならボクは信じるよ? あ、冗談は除いて」

「それは嬉しいけど、でもそこまで信頼されるようなことしたか、俺?」


ユヅキが向ける無償の信頼に、晴登は心当たりがない。死地を潜り抜けるとかならまだしも、まだ会って2日目だ。
…まぁ確かにハプニングやら何やらあって、互いの距離はただの2日のそれではないと思うが、それでもこの信頼は早熟過ぎる。

もしや、なにか裏がある…?


「ハルト、そんなに見つめられると照れるんだけど…」

「え!? あぁ、ごめん!」

「ううん。見たいっていうなら別に…」

「ちょ、こっちまで照れるからそれ以上言わないで!」


恥ずかしがるユヅキの言葉を聞き、自分が無意識に彼女の顔を窺っていたことに気づく。でもって、その後の彼女の反応に制止をかけた。
これじゃ、どっちが恥ずかしいかわかりゃしない。


「さて。今日もお風呂に入るよね、ハルト? だからさ、その・・・一緒に入る?」

「唐突だな!  昨日も言ったけど、遠慮しておくよ。まだそういう関係じゃないしさ」


頬を紅く染めながら希望を紡ぐユヅキを、さらに紅くなる晴登は否定で返す。
彼女は不服そうな顔をしたが、晴登の意思を汲めたのか何も言及はしてこなかった。


「じゃあまた別の機会だね。・・・って、明日しかないか」

「明日でも早いことに変わりはないけど。…でも、そう思うと寂しくなるな」


場面と感情が一転、ブルーな雰囲気になる。2人は自然と無言になり、自分の未来を考えた。
3日の期間が経て別れを迎えた時、どんな顔をしてれば良いだろうか。例え現実世界の話をしたところで、彼女には干渉できない。それが何よりも寂しかった。


「お風呂、入ってくるね」

「うん」


晴登はそんな雰囲気から抜け出したく、立ち上がる。
そして風呂場に真っ直ぐ向かった。

明日、全てが決まる。2人の思い出も、互いを割り切るキッカケも。
異世界だろうとユヅキは1人の人間だ。つまらない別れなどできるはずがない。


「せめて、泣くよりは笑顔が良いよな」


風呂場の脱衣所で衣服を脱ぎながら、晴登は独り呟く。

彼女に未練を残す訳にはいかない。各々がそれぞれの世界で生きていく為に。だから最後は、泣き顔なんて見せられない。

笑顔、笑顔で・・・






晴登はそのことを入浴中もずっと考えていた。
風呂から上がってからも、それは途切れない。
ユヅキが入浴を終えて、就寝の準備を終えても、思考は曖昧なままだ。

そんな中、ユヅキは声をかけてきた。


「ハルト、何を悩んでるの? もしかして、ハルトの世界の話?」

「うん。帰ってからユヅキと会えなくなるのか…って。そう思うと、すごく寂しいかな…」

「ふふっ。それじゃあさ・・・」

「うわっ!?」


ユヅキの含み笑いを聞いた後、晴登は急に身体を引っ張られる。
為す術なく倒れ込むのは、フカフカな布団の上だ。


「な、何…?」

「よいしょっ!」

「え、ユヅキ!?」


小さくない衝撃に顔を歪めていると、横に更なる衝撃が伝わる。
見ると、息がかかるのではというほど近い距離に、ユヅキも横になっていた。
もちろん、晴登は驚いて距離を空けようとする。が、


「ダメ」

「うっ…」


腕を掴まれ、思うように離れられない。
するとユヅキはじっと晴登の目を見て、口を開いた。


「一緒に寝よう? そしたら、寂しくないよ」

「……」


ユヅキの言葉が心に温もりをもたらす。

さっきみたいに断ることもできただろう。なのにこの時だけは、身体は素直にユヅキに従った。

晴登と同じように、ユヅキも別れのことを考えたはずだ。それなのにどうして、わざわざ未練を残すようなことをするのか。

晴登は彼女がいる方と逆の方向を向く。何だか顔を見る気になれない。


「やっぱり男の子だね。大きい背中」


ふと、晴登は背中に温かさを感じた。布団ではなく、隣の存在に。
囁くようなユヅキの声が身体に染み渡る。

自然と口元が綻ぶ。自分にそんな背中はないのだと、自嘲気味に。

今日はもう、考えるのは止そう。今は、この温かさを感じていればいい。
そして、いざって時は守ってあげよう。
それが、今背中に感じる信頼に応えられる最大限の恩返しだから。

晴登は目を閉じ、温かさに縋るように眠りについた。








「おいっ…どこだよ、ユヅキ!?」


息を荒げながら駆ける晴登。
綺麗で美しかった王都の街並みには所々ヒビが刻まれ、あちこちに紅い斑点が見える。そして、その模様の中心には人間や魔獣の屍があった。
それを見ても、もはや嘔吐感は催されなくなったが、代わりに焦燥感が掻き立てられてしまう。


「…ガウッ!!」

「…またか! はぁっ!!」


唐突に横の路地裏から飛び出してくる狼の様な魔獣。晴登はそれを、風を使って吹き飛ばす。風を真っ向から受けた魔獣は背中から地面に激突し、そこからピクリとも動かなかった。

これで何体目だろう。
その獣の末路を見届けることもせずに、整わない呼吸のまま、晴登は再び走り出す。
魔力と体力は……もう尽きようとしていた。


「ちっ…痛ぇ…」


左腕を右手で抑える。抑えた所からは未だに少しずつ血が流れ出ており、ズキズキと常に痛みを感じるため、自然と足取りがふらつく。
しかも、左脚を引きずるような走りも体力を削る1つの原因だ。見ると、ふくらはぎの辺りに紅く歯形が残っている。

この2つの箇所は、どちらも魔獣によって負わされた負傷であった。
まだ完全な魔術師ではない晴登には、怪我をしない戦い方も怪我を治すこともできない。
今は、それがひどく情けないと思う。


「どこなんだよ、ユヅキ!」


それでも、晴登は銀髪の少女の行方を捜す。
一緒に過ごして2日しか経ってないが、信頼し合う程の仲にはなったつもりだ。
だからこそ、『逃げる』なんて見殺しにするような行為はしたくない。見捨てられない。自分だけ逃げるなんてダメなのだ。
この惨状の中で、ユヅキが生き残ってる可能性は高くはないけど・・・見つけなくてはいけないのだ。


「どこ…だよ…」


なのに本心とは裏腹に、諦めたように叫びが嘆きへと変わっていった。

自分を保て。力は残っている。

まだ彼女は・・・生きている。

そんな励ましで、いつ倒れてもおかしくない晴登は意識を保っていた。止まりそうになる足にも鞭打ち、必死で走りを継続する。

ユヅキさえ救えば、こんな地獄からはとっとと逃げてやるのだ。

だから、早く────



「残念だよ」



突如として背後から聞こえた声。晴登は反射的に振り返る。


その晴登の身体を、鋭い氷の柱が勢いよく穿った。

 
 

 
後書き
感動回かと思いきや、ラストでそれを裏切っていくスタイル。誰にもストーリーの予想はさせませんよ?
もっとも、ようやくストーリーの終わりを組めてきた訳ですけども(今頃)

次回じゃまだ全然クライマックスでは無いですが、それなりに盛り上がっていくでしょう。
お楽しみに! では! 

 

第41話『予兆』

 
前書き
最近投稿速度が遅くなっていますが、気にしないで頂けると助かります。 

 
 
「ん…」


珍しく、一瞬で意識が覚醒した。
目の前に見えるのは、一応見慣れたユヅキの家の天井。懐かしの我が家の天井も良いが、2日間過ごしたせいかこの天井にもよくわからない愛着があった。


「よいしょっ…」

「むぅ」

「んん…!?」


流れで倦怠感と共に身体を起こすと、伴ってきたのは唸り声。
驚きつつ見ると、晴登の腰に手を回すようにしがみついたまま眠るユヅキの姿があった。
「なぜこんなことに?」と頭で考えると、そういえば昨日寝る間際に抱きつかれてた気がする、という記憶が掘り起こされる。しかもこの状況ということは、一夜の間ずっと抱きつかれてたということだろうか。


「さ、さすがに二度寝はできないな…」


この事実に気づいてしまった今、もう一度この温かさに包まれようなどという腑抜けたことはできない。嫌という訳ではないのだが・・・。
…ユヅキが起きてしまって互いに気まずくなる前に、この腕を離さなければ。


「し、失礼…」


口では言いながら、中々手が動かない。
散々手を握られたりしてたというのに、こういう場面ではユヅキが女の子であることを意識してしまうのだ。
しかも、こうもしっかりと抱きつかれてしまっては、離そうと思うと不思議な罪悪感が湧いてくる。


「信頼されてる、ってことなのかな」


自意識過剰ではないのかと疑うが、彼女自身がそう口にする以上は否定できない。
無償の信頼。それがこんなに、彼女を安心させた眠りにつかせているのだろうか。


「…あれ、よく考えたらこの状況ってマズくないか?」


一通り彼女へ意識を向けていた所で、そんな疑問が口を飛び出す。
昨日はまだ離れて寝ていたが、今日は同じ布団の上だ。晴登だって思春期男子。昨日のハプニングといい、目の前にあるユヅキの可憐な寝顔を見て、ドキドキしない訳がない。

寝起きの朗らかだった気持ちも、急に冷静になっていく。


「っ!」


羞恥に頬を紅くしながら、あんなに苦労していた腕外しを一瞬でやってのける。そして、立ち上がることもせずに急いで壁まで後退した。
肩で息をしながら、一旦呼吸を整えようとする。


「ヤバいヤバいヤバい…!」


しかし呼吸は乱れる一方だ。
晴登はとり憑かれたように早口で呟きながら、顔を洗って頭を冷やそうと、洗面台へ向かう。



冷たい水を顔に浴びると、いくらか火照っていた気持ちが収まった。


「あ、危ねぇ…」


濡れた顔を拭いながらため息を一つ。
そして1分もかからないであろう今の出来事を振り返る。

何が自分を焦らせているのか。
その答えはただ1つ。


「恥ずかしいって以外に何があんの…」


友達として意識していれば良かったものを、男女という風に意識したから起こったことだ。
・・・友達とはいえ男女が同じ屋根の下で寝るのはどうなのか、という疑問はこの際忘れよう。

とりあえずユヅキと顔を合わせる前に、平常心に戻らなければならない。さもなくば、今日1日に支障をきたしてしまう。


「ふぅ…」


晴登は一喝とばかりに頬を叩く。
冷たい水での洗顔も合わさり、随分と気持ちが落ち着いた。
余計なことは考えずに、今まで通りを心掛ける。
残り1日と少し。その間、彼女との別れに未練を残さないようにした方がいい。

晴登は独りでに口角を上げ、


「朝ごはん、作ってやるか」


清々しい笑みを浮かべた。







「おはようハルト・・・っておぉ!?」


目覚めてからテーブルに目を向けたユヅキが驚愕の声を洩らす。寝起きだというのに目は見開かれており、その反応に晴登は小気味好いものを感じた。


「おはようユヅキ。見ての通り、朝食を準備したよ」

「う、うん…ありがとう。にしても、見たことない料理だね」

「俺の地元料理・・・って言いたいところだけど、全部創作料理なんだ」


昨日とは違い、異世界での料理の勝手はわかっていた。それでも変わらなかったのは、この世界独特の食材である。
お陰で晴登は現実世界の料理を真似できず、試行錯誤しながらの料理となった。
しかし、我ながら良い出来だと思う。


「う…ボクのより美味しそう…」

「え!? そんなことないって! ユヅキのだって美味しいと思うよ」


ユヅキが悔しそうな表情をするので慌ててフォロー。もちろん、本心からの言葉である。
ユヅキは少しだけ恨めしそうにこちらを見たが、すぐに破顔して席についた。
晴登もその向かいに座る。


「「いただきます」」


2人の声が重なり、朝食をゆったりと食べ始める。
途端、ユヅキが舌鼓を打った。


「美味しっ! え、何これ!?」

「そ、そんなに美味しい?」

「うん! ハルトって料理の才能あるね!」

「う、うん。ありがとう」


あまりにも真っ向からの感想だったので、照れながら応える。正直、料理で誉められた事はあまりないから、いざ言われると嬉しい。
頭を掻きながら喜びを噛みしめていると、


「・・・何だかハルトってお嫁さんみたいだね」

「ぶほっ! ちょ、何をいきなり!?」


ユヅキの発言にたまらず噴き出す。何とか努めて被害を最小限に減らしたが、心には中々のダメージが入った。


「え? だって料理上手だし」

「それだけで!?」

「ハルトに婿入りするのも悪くないかな〜」

「いや普通逆でしょ!?」

「ボクがハルトに嫁ぐ?」

「え、あ、待って、そういう意味じゃなくて…!」

「ふふ、冗談だよ」


穏やかだった食卓が一気に騒がしくなった。ユヅキの言葉に晴登が清々しいくらいに翻弄される。
その様子を見てユヅキは笑うが、晴登にとっては顔を真っ赤にされる威力の爆弾発言だ。


「俺のさっきの覚悟が無駄になるだろ…」

「覚悟って?」

「こっちの話」


馬鹿みたいに焦った約1時間前。
それから気持ちを切り替えたはずだが、まだすぐに揺らぐ程度のようだ。

晴登はヤケクソになって、朝食を頬張る。


「……ごくっ。よし! ラグナさんとこ行こう!」

「唐突だね。でももうちょっと待って」

「あーはい…」


自分だけ食べ終わったが周りが食べ終わってないという、一種の仲間外れ感。それを感じつつ、晴登はユヅキの食べ終わりを待った。
何かを準備する訳でもないので、本当にただ待っていた。







「相変わらず天気が悪いな」

「雨が降るようには見えないけどね」

「それが唯一の救いか」


頃合いの時間になり、王都へ向かっていた道中。晴登がふと空を見上げて放った言葉だ。
見ただけで厚いとわかる白い雲に覆われ、太陽の光は完全に遮られている。
ユヅキの言う通り、雨が降るとは考えにくい天気だが、晴れになるとも思えない。

気になるが気にしない。そう決めた頃、王都までの道のりの間に存在する森に入った。


「そういや何も気にせずにここ歩いてたけど、この森って迷ったらヤバいよね?」

「まぁ王都を囲む感じで広がってるから、そうかもしれないね」

「マジか」


晴登は身震いし、その後足元を見てそれなりに整備された道を見て一息。
森で迷った経験などないが、もし脇道に逸れでもしたら帰ってこれないのは明白。そこまでにこの森は鬱蒼としていた。
つまり、この通路様々である。


「にしても──何か変だよ」

「え?」


唐突に放たれたユヅキの言葉を聞き、晴登は辺りに意識を向ける。…いつもと同じ、暗く青々とした風景が広がるだけだった。


「何かおかしい所がある?」

「ハルトは2日しか通ってないからわからないだろうけど・・・ボクにはわかる。いつもと森の様子が違うんだ」

「え…?」


晴登は眉間にシワを寄せ、また辺りに見回してみる。しかし一昨日や昨日と比べて、何の変化も感じられない。
ユヅキの言う“森の様子”は、外観ということではないようだ。
だとすれば・・・


ガサッ


「「っ!?」」


不意に背後から響いた、草がざわめく微かな音。二人は反射的に振り返る。その時見えたのは、今まで歩いてきた道のりだけだ。
では、今の音は何なのか。風の仕業だと言うこともできるが、今回は2人ともそれは違うとわかった。
森に流れる不穏な気配。そして怪しげに動いた草木。
これらを照らし合わせると、あの音の正体は想像に難くない。


「何か、いる…」


そう口にすると、緊張感が体を支配する。
少なくとも、あの草むらの向こうには動物がいるのだ。無害な奴か、あるいは…危険な奴か。
もちろん、前者で済むのに越したことはない。猫とか狸とかが出てきて和むのもアリだ。
だが今この森は、ユヅキ曰くであるが『おかしい』らしい。
であれば、レアな動物との邂逅を満喫するなんてことは起こり得ないだろう。


ガサッ


さっきよりも音が大きくなる。…それの存在が近付いている証拠だ。
2人は身構え、それの登場を待つ。



ガササッ!


「「っ!」」


それが姿を現した途端、2人は冷や汗を垂らす。
目の前に出現したのは、一言で言って『獣』だった。

見た目は端的に言うと狼に近い。が、何でも切り裂けるであろう鋭く尖った犬歯や爪は、晴登の知るそれより遥かに危険だと思われる。
その獣は口の端から涎を垂らしながら、紅く輝く敵意に染まった瞳をこちらに向けていた。

…間違いない。ハズレである。


「ゆ、ユヅキ、あれは…?」

「…ウォルエナだよ。昨日話した」


いきなりの危機に晴登は怯えるが、ユヅキは意外にも冷静だった。もしかしたら、森が変だと勘ぐった時点でこれくらいの予想ができてたのかもしれない。
だが、それは今気にすべき事柄ではない。

明らかな敵意・・・もとい、殺意。
それを向けられるのが初体験でないというのを、晴登は頭の奥で理解していた。


「あの時以来…だぜ」


目の前の存在の実態を知って、さらに足がすくむ。絶対的な恐怖。それをひしひしと感じつつ、過去を思い起こす。

正直、あの時の『熊』の殺意は忘れられない。
それなりに怪我だってして、言ってしまえばトラウマもんだ。
だから、その経験だけで恐怖に慣れるなんてことはまずない。

目の前にいるのは…あの『熊』と同類だ。


「グルル…!」


ウォルエナが唸る。素人目でも、その行動は威嚇なのだとわかった。
加えて溢れんばかりの殺意。危険…過ぎるだろ。


「ユヅキ…どうする?」


晴登は打開策を見つけるため、自分よりは土地勘が良いユヅキの知恵を借りることにする。
こいつと戦うのは最悪の最終手段。まずは逃げる算段を整えなければ。


「簡単な話、王都まで走っていくのが最善かな。単純に足の速さじゃ負けるだろうけど」

「それは俺の魔術でカバーできるよ。だから…いつ走り出す?」

「そうだね・・・」


晴登の提案に、ユヅキは納得したような表情を見せて考え始める。
晴登自身、この案は中々の物だと思った。

『何らかの方法』でウォルエナの注意を引き、その隙に“追い風”を使って王都に走って逃げる。
幸い、ウォルエナの位置は王都側の反対、今通ってきた道上だ。『立ち塞がれているから、避けて通らなければならない』だなんて面倒な条件は存在しない。

しかし問題は『何らかの方法』だ。
奴に背を向けて走る以上、襲い掛かってくるのは必然。
だから数秒間でも奴の気を、できれば奴の後ろに引き付けて時間を稼ぎたい。


「だったら、この場合『気を引く』のが鉄板だな。とりあえず石でも投げて・・・」

「でもそれって相手に見られてたら意味ないんじゃ…」

「うわ、ホントだ」


自分の持つ知識を生かそうとするも、それが無意味だと気づかされる。
あのウォルエナの標的は、どう考えても自分ら2人。
下手に石っころを放ると、気を引くどころか反感を買って襲ってくるかもしれない。


「ボクが氷を放つ…っていうのも同じだよね」

「だったらいっそのこと、石投げてみるか」


晴登は身近に落ちてた小石を手に取る。さすがにサイズが小さいかと思ったが、充分だろう。
ウォルエナとの距離は約5m。目標はその向こう側。難しくはない距離だ。


「じゃあ…いくよ」

「うん」


ユヅキの返事と共に、晴登は腕を振るった。さすがは小石、あまりに軽くて加減ができない。
とはいえ、空中に放物線を描き、予定の地点よりも遥か遠くに落下・・・



「ガウッ!?」

「「あ」」


・・・すると思っていた。

晴登とユヅキは同時に声を上げ、顔を見合わす。
晴登は申し訳なさそうに苦笑し、ユヅキはその顔をジト目で見返す。

そう、その怒りはごもっとも。
晴登自身も「やっちまった」と感じていた。


──着弾地点が“ウォルエナの額”だなんて、運命様は非情すぎる。
 
 

 
後書き
何とかストーリーに繋げられました。いや~良かった良かった。
「前回の終わりからどう繋がるんだよ!」と自分で吠えていたのが懐かしい。

・・・懐かしい?
はいそうです。前回の更新から10日ほど経ってます(悲)
前書きに書いておきましたが、最近忙しいので更新が遅れています。
少なくとも今年度はこの調子だと思われます。
予定で二週間とはしていますが、一週間で書きたいんですよ…勉強しないといけないけど(←切ないジレンマ)

12月に入ってかなり寒くなってきました。
家を暖かくして過ごしましょう。では。 

 

第42話『違和感の正体』

 
前書き
今更だけど、晴登の口調が定まらない…。 

 
誰が予想できただろうか。
少なくとも向こうに飛ぶであろう。そんな慢心で放った結果、見事石はウォルエナに直撃する。
もちろん、先制攻撃を仕掛けられたことでウォルエナは激昂し、臨戦態勢をとる。


「ハルトのバカっ!」

「いや、ホントにごめんっ!」


ユヅキに怒られながら、晴登は作戦が瓦解したのを理解する。原因はほぼ自分と言って間違いない。
しかしそんな反省は程々に、2人はウォルエナに背を向け全速力で走り出した。


「よし、じゃあ早速“追い風”を・・・ってうわっ!?」

「ハルト、下がって!」


1秒でも速く奴から離れるため、晴登は急いで魔術を使おうとするも、ユヅキに突き飛ばされて頓挫。

実は、背後からウォルエナが跳びかかってくるのを目敏く見つけたユヅキが、晴登を押し退けたのだ。でもって、見上げるほど大きい氷の壁を造り出していた。

勢いのあるウォルエナはそれに為す術なく頭からぶつかり、少しの間ふらふらとしていた。
一方で、ぶつかられた氷の壁は役目を終えたのだと言わんばかりに一瞬で霧散する。
ちなみにその時、まるでダイヤモンドダストの様な光景になっていたため、晴登はちょっと見入っていたりする。


「ちょっとハルト! 見惚れてないで“風”! “風”お願い!」

「…お、ごめんユヅキ! けど今の、かっこ良かったよ!」

「う、うん、ありがとう……?」


急かされた晴登はユヅキをそう賛美し、今度こそ追い風の展開を図った。
呆れるユヅキと自分の周囲の空気の流れが変わり、全てが晴登の都合の良いように操られる。


「おおっ、ハルトすごい!」

「ちょっと俺自身も驚いてるよ!」


再び走り出した2人の身体は風と共に流れ、逆にウォルエナの体は引っ張られるように後退していく。
そう、今は晴登らに向ける風の他に、ウォルエナに向ける風までつくり出しているのだ。
その器用さに、ユヅキだけでなく晴登も驚きを隠せない。


「よし、このまま逃げ切って・・・うわぃっ!?」

「大丈夫、ハルト?!」

「いや大丈夫、当たってない。つかあいつめ…何かしてきやがった」


しかし快調に逃げてたのも束の間、晴登の傍の地面がいきなり爆ぜる。衝撃波が起こり、それに軽く吹き飛ばされた晴登は尻餅をついた。
見た限り、今の攻撃はウォルエナのものだろう。
そしてクレーターとなった地面を見て、直撃してたらどうなっただろうかと、身を震わせる。


「魔法を使ってくるから、逃げるのも一筋縄じゃいかないね」

「あいつのはどういう魔法?」


晴登はウォルエナを指差しながら質問。
どう見ても、あいつの姿はここから10mは離れている。今はただ、こちらを見て唸っているばかりだ。
つまり、今の攻撃は遠距離攻撃。ならば、対処のためにその原理は知っておきたい。


「“光線とか何か放つ系”なのか、それとも“見える範囲を攻撃する系”か。後者が圧倒的に面倒だが、そのどっちかか?」

「ウォルエナの魔法は“練魔砲”、つまり前者だよ。体の中の魔力を練り上げ、それを光線として放つ。これの厄介なのが、個体によって属性から威力まで色々変わるっていうこと。…にしてもよくわかったね? 初見なのに」

「…地元の知識ってやつだよ」


毎日毎日マンガを読むという日課が、ここにきて生きる。現実では絶対に不必要だった雑学が、この異世界には通用するのだ。
とりあえず、予想が的中したことを素直に喜びたい。


「じゃあ少しは勝算も見えてくるな」

「え、戦う気!? ダメだよ、アレでも人喰いなんだから!」

「思ったけど、このまま逃げてもあいつを王都に連れていくだけだ。だったら、ここで仕留めておいた方が良くない?」

「それは、そうだけど…」


晴登は今をもって思いついた正論を放ち、ユヅキを押し黙らせる。
何をするのが最善なのか。それは逃げることなのか。

・・・違う。
今を考えるんじゃなくて、未来を考えろ。
その場しのぎがどこまで持つかはわからないのだ。


「俺ら2人なら…できるんじゃないか?」

「でも…」

「恐がる必要はない。俺があいつを絶対に近づけないから。だからその間に、撃退でもいい、奴を王都から遠ざけるんだ」


晴登の提案にユヅキは口ごもる。
確かにこれは危険な案だ。ウォルエナはあくまで人喰い魔獣。どんな安全策だろうと、拭えない恐怖がある。晴登だって、熊を撃退した経験が無ければ、尻尾を巻いて逃げていただろう。
だからユヅキが拒否するなら、その時は逃げる。ウォルエナを相手に、1人では勝算は薄い。動きを止めるのが関の山だろう。だからこそ、2人で力を合わせる必要があるのだ。


ユヅキの選択に、全て委ねる。


「うーん…」

「時間がない。早く決めて」


その意図を汲んでかどうか、ユヅキは逡巡を見せた。
言ってしまえば、晴登の言った言葉は「命を預けろ」みたいなものだ。迷うのも無理はない。

でも事実、時間もない。
この距離なら、ウォルエナはすぐに詰めてくるだろう。
それまでに・・・



「…わかった。ハルト、やろう」

「いいのか…?」

「ハルトが言い出したじゃん。ボクも付き合うよ」


苦笑しながら、ユヅキは言う。
晴登は、それが彼女の選択なのだと理解した。


「あ、危ないんだよ…?」

「ボクは恐いよ、こんなこと。でも、ハルトが守ってくれるんでしょ?」

「あ…」


無垢な笑顔を見せてくるユヅキに、場違いながら晴登は照れる。
先の言葉もそうだが、どうにも晴登は詰めが甘い。人を焚き付けておくだけおいて、結局は尻込みしてしまう。
でもだからこそ、今のユヅキの言葉は晴登の迷いを断てた。

晴登は一瞬黙り込んだが、


「頼んだよ、ユヅキ」

「お互い様だね、ハルト」


2人はウォルエナを向く。いつしか震えは止まっていた。

標的を見据えるその表情──それからは、互いへの信頼が見て取れた。





肌にしみる冷気。それは隣の少女から伝わってくる。

頬を撫でる風。それは隣の少年から伝わってくる。


「それじゃ、いくぞ!」

「グルッ…!?」


晴登によって巻き起こる強風が、ウォルエナの身体を包み込む。
あらゆる向きから吹く風に、ウォルエナは行動を封じられ、為す術なく停滞した。


「ユヅキ!」

「うん!」


その隙にユヅキが造り出すのは、拳サイズの氷塊。
必殺には物足りないが、脅すくらいならば充分な大きさだ。
それを見たウォルエナの瞳が、若干揺らぐ。


「いっくよー!」


氷塊が無抵抗な魔獣へ一直線に射出される。
その間も氷に触れる空気は凍みていき、白い軌跡を描いていた。


「ガウッ!!」


ウォルエナは最後の足掻きとして、練魔砲を放つ。黄色い光の光線だった。
だが威力はユヅキに劣っており、氷塊は練魔砲を打ち破りながら直進する。


刹那、ウォルエナの眼前で氷塊が弾けた。
しかしウォルエナの仕業ではない。ユヅキの意図だ。
晴登が起こしていた風に弾けた氷片が触れることで、ウォルエナの周囲を渦巻いていた風がたちまち凍りつく。
つまり、ウォルエナを氷に閉じ込めたのだ。


「一丁上がり…か?」

「さすがに動けないと思うけど…」


恐る恐る近づいてみたが、ウォルエナに動きはなし。どうやら完全に氷漬けになっていて、拘束できているらしい。

その事実を悟った2人は盛大に息をつく。
緊張の糸が切れ、晴登は勢いでその場に座り込んだ。


「もうダメだ、疲れた~!」

「ちょっとハルト、緩みすぎ」


服の汚れを気にせず寝転ぶ晴登。眼前に人喰い魔獣の氷像がいるにも拘らず、かなりの緩みっぷりだ。
だが仕方ない。それだけの緊張感だったのだから。

そんな晴登を見て、ユヅキは密かに笑みを浮かべていた。







「すごい慌てようだな」

「いや、ハルトが楽観しすぎなの。最初はビビってたくせに」

「あれ、記憶にないな〜」


気楽なやり取りをしながら、晴登たちはラグナの店へ向かう。

ちなみに“慌てよう”というのは、ずばり関所の門兵のことだ。
先程王都へ入る際、晴登は門兵にウォルエナについて伝えた。門兵は「確かめてくる」と一言残し、森へ入っていった。
初めは冗談かと疑われたが、きっと真剣に話したから信じてくれたのだろう。
証拠の氷像だってちゃんと有る。これで王都への危険は無くなったはずだ。一件落着である。


「…と、着いた」


ユヅキがそう洩らし、ラグナの時計屋の扉を開ける。
よく考えると、これが最後のラグナとの対面。思い残すことがないように別れなければ。


「いらっしゃい!・・・って、何だお前らか」

「あれ、珍しい」

「珍しいとは失礼な。俺だっていっつも寝てる訳じゃねぇよ」


頭を掻きながら、バツの悪そうな顔をするラグナ。
最初のかけ声から察するに、今日はやる気が有るといったところだろうか。


「何せ今日は大行事、『大討伐』があるからな!」

「討伐…ですか?」

「あぁ。北方で大量発生したウォルエナを駆除する祭りだ。だから今日は人がガッポガッポ・・・」

「何ですかその祭りは!? そんなので客が来る訳ないじゃないですか・・・あれ? それってどこかで…」


晴登はラグナの言葉の中に聞き覚えがあり、途端に口を閉じる。晴登が確認の為にユヅキの方を振り向くと、彼女は頷いて応えた。
もしかしなくても『大討伐』は、昨日の“ウォルエナ騒ぎ”が成就した結果らしい。

晴登が急に黙り込んだから、ラグナは心配そうに訊いてきた。


「なんだ、知ってるのか?」

「昨日の内にそれっぽい話を聞いたんですよ。騎士がどうたらこうたら…」

「うーん…確か王都の騎士の半分は討伐に向かったって話だ」

「ホントに大掛かりなんですね」


王都の騎士団の規模はよくわからないが、それでもこの広さだ。数百人は行ったのではなかろうか。


「大掛かりなのも仕方ない。“人喰い”って言われてるからな。捕まったら一発でガブリだ」

「表現がかわいくても言ってることはすごい恐いですよ。さっき襲われたとき喰われなくて良かった・・・て、やべ!」

「襲われた…?」


ラグナには心配を掛けまいと黙っていたつもりの事柄が、不意に口から飛び出てしまう。
口を塞ぐも時すでに遅し。ラグナの目は見開かれ、今の発言に興味津々といったところだ。


「どういうことだ? ハルト」

「う…」


さすがに逃げられないと思い、晴登はユヅキに応援を求めるも、「諦めて」というジェスチャーを返される。


「じ、実はカクカクシカジカで・・・」





「・・・で、襲われたってか? 無事だったから何も言わねぇけど、まず出会う時点で災厄以外の何でもねぇぞ」

「はは…」


ラグナは呆れた表情を見せたが、その奥は安堵しているように見えた。
ラグナの言う通り、逃げ切れたのは万々歳だ。ユヅキとだったから上手くいったけど、他の人とだったらどうなっただろうか。
喰われるバッドエンドは想像もしたくない。


「…けどよ」

「はい?」


すると、ラグナが急に声の調子を落とす。
そして徐ろに口を開き、


「それだとおかしい点が1つある。お前らが出会ったのがウォルエナ1匹だけだなんて…ありえるのか?」


謎めいた発言。晴登は聞いた瞬間、理解ができなかった。
だがしばし反芻してようやく、王都でのユヅキの発言を思い出す。

晴登はそれを悟った刹那、質問をぶつけた。


「つまり、100匹以上のウォルエナが潜んでいた…?」

「…あぁ、その可能性が高い」


ラグナはハッキリと言った。それを聞いて、晴登は青ざめる。


それと同時に、王都の南門から数多の雄叫びが響き渡るのを聴いた。

 
 

 
後書き
お膳立ては完璧。戦闘シーンはゴミ。…何これぇ??
戦闘を書くのに、未だに自信がございません。
もうこれアレですわ。一回体験しなきゃ分からないやつですわ。
てな訳で、取りあえず魔術覚えてきます(無理)

さて、今月はあと一話は投稿できそうです。
勉強の合間を縫って書くのだけは慣れてきました。
この調子で受験を頑張ります(笑)

フラグが簡単過ぎますけども、文句は止めてくだせぇ! では、また次回! 

 

第43話『災厄』

 
前書き
メリークリスマス!! 今回はそういう回じゃないけど!!
とりあえず予定としては、

・午前…受験勉強
・午後…友人呼んでクリスマスパーティー(ゲームするだけ)

ーーーてな感じです!(ほぼニート)
ゲーム大好きですから仕方ないですよ、全く。

ではでは、こんな流れで申し訳ないですが今回の話をどうぞ! 

 
門から離れているにも拘らず、ハッキリとした音で耳に入ってくる雄叫び。それは恐怖を揺り起こし、命の危険を掻き立ててくる。

間違いない。魔獣だ。


「うっせぇな・・・つか、どうなってんだよ」


まだ耳にある残響を振り払い、ラグナは困惑を乗せて言った。彼だって雄叫びを上げた魔獣の正体は掴んだはずだ。

『人喰いのウォルエナ』。それが、今王都を襲った犯人であろう。
先程、晴登とユヅキが倒したウォルエナは、実は群れがバックに潜んでいたということだ。
では、なぜ奴は単体で現れたのか。……よくわかんないけど、たぶんたまたまはぐれたとかではなかろうか。


「あいつ…一匹じゃなかったのか」

「とすると、最初から周りを囲まれていたのかな。それなら嫌な気分だね」


店から外を見て一言。
ちなみに窓から見える景色はあくまで大通り。門付近の様子は確認できない。

だが、ウォルエナが王都に来たというのが判明した以上、不毛な解析は後回しだ。
まずは奴らの魔の手から逃れなければならない。


「今大通りに出ると奴らと鉢合わせる。裏口を使うぞ」

「「はい」」


ラグナの意見に返事し、裏口へ向かう。

幸い、裏口から出た路地裏には特に異変はなさそうだった。
出待ちを予想して構えていたが、杞憂に終わる。


「ここからどうやって?」

「まだウォルエナの様子を見てないから何とも言えねぇが・・・やっぱ西か東を目指すしかないだろう」


晴登の質問にラグナは答える。
西か東しか選択肢がないのは、薄々気づいていた。何せ北は大討伐の真っ最中。そこに逃げ込むなんて、まさに『飛んで火に入る夏の虫』だ。

ただ面倒なことに、西や東に行くのに少々問題がある。
というのも、王都で大通りを使わないとなると、後は網の目のような裏路地を進まないといけなくなるのだが、如何せん複雑なのだ。いかに王都に慣れたユヅキやラグナでも、この迷宮を迷わずに進めるかは賭けだと思う。
加えて、王都全体が森だけでなく高い壁で囲まれているのだ。おかげで路地裏を行こうが、結局は誰しもが門へと辿り着いてしまう。端的に言えば、王都の出入り口が東西南北の四ヶ所しかないということ。
もし全てを敵に塞がれていれば・・・チェックメイトだ。王都の中で地獄の鬼ごっこのスタートである。
ウォルエナが北だけでなく南にもいるなら、東西にいないとも限らない。よって移動には細心の注意が必要なのだ。


「にしても意外だぜ、お前ら。ウォルエナが街中入ってきてるってのにそんなに冷静でよ」

「さっき経験したから慣れたんでしょうね。嬉しくないですけど」

「そう言うラグナさんは恐くないの?」


晴登が考え込むと、ラグナが口を挟んでくる。
晴登は普通に応対するが、子供扱いが滲み出ている発言に、ユヅキは少しムッとしていた。最後の言葉も仕返しの意だろう。


「はっ、恐くねぇよ。大人をナメんなよ?」


鼻を鳴らしながら、親指を立てて余裕を宣言するラグナ。そのあまりに堂々とした態度に、少なからず感心してしまう。
ユヅキも納得したのか二の句は継がなかった。


「じゃあここからの動きだが・・・まず大通りの様子だけでも確認してぇ。ウォルエナがどれくらい来てるのかも把握しねぇとだし」

「なら何で裏口を使ったんですか」

「成り行きだよ。でもって、今さら店に戻んのもあぶねぇし、そもそもここに留まるのも危ない。別の場所から確認してぇな」


ラグナの意外ともいえる作戦に、2人は納得の表情をする。
となると、まず監視に適した場所に向かわなければならない。土地勘のない晴登は、この場合戦力外だ。


「ウォルエナの被害を受けないためなら、高い所が良いんじゃない?」

「それだ。だが俺の店の屋上じゃ高さが足りねぇから・・・」

「だったらあそこしかないね」

「みたいだな」

「え、どこ?」

「ハルトはついてきて」


戦力外も戦力外。完全に蚊帳の外で話が決まる。しかし晴登はそれに納得するしかない。
3人は決まった目的地へ向けて走り出した。






目的地は、店から数分の距離にある高台だった。元々高低差のある王都ではあったが、ここは周囲と比べると特別に高い。近くに公園もあり、普段ならば穏やかな雰囲気の観光スポットだと思われる。
そんな高台から見える景色なので、それはそれはさぞかし絶景で──


「…こりゃやべぇな」

「うっ…」

「ウォルエナが、あんなに…」


予想とは裏腹な惨状を前に、3人は戦慄を隠せない。
ここから見える範囲、恐らく王都の南側だけだが、その視界の全てにウォルエナの姿が映ったのだ。
しかも所々には人間の姿も。ウォルエナに襲われる人々が大勢見えた。


「酷い…」

「人喰いがこんな大都市に来ちまったんだ。仕方ねぇ」


ユヅキが洩らした言葉に、ラグナは投げやりに言う。
しかし、その発言を晴登は聞き逃せなかった。


「仕方ないって…いくらなんでもその言い方は・・・」

「そのまんまの意味だろうが。早く逃げねぇとここも危なそうだぞ」

「う……はい」


ラグナが正論だと判断した晴登は、渋々承諾する。

しかし、王都に被害を出さないため奮闘した、さっきの時間は何だったのだろうか。
現時点で、既に被害者も出ている。助けに行きたいのが本音だが、心のどこかでは逃げたいと少なからず思っていた。


「とりあえず状況は分かった。後は西か東かに逃げるだけだが・・・」

「どっちに行っても変わんないんだよね」

「そこが地味に厄介だな…」


流れでユヅキとラグナの話を聞いていると、どうやら東西のどちらに逃げるか迷っているらしい。確かに、どっちにも可も不可もないのなら決め難いというもの。
けれども、ここは一点突破で行くしかない。


「じゃあ東に行きましょう!」

「ん? 何でだ、ハルト?」

「迷ってても仕方ないじゃないですか! どっちに行っても変わらないんですよね?」

「あぁ…まぁ。でも何で東だ?」

「適当ですよ、そんなの」


晴登の最後の発言に、ラグナは苦い顔をする。
「勘」という理由は、それほどまでに頼りにならないだろうか。晴登がどう言葉を繋げるか迷っていると、


「いいじゃんラグナさん。どうせ決め手はないんだし」

「ぐ……そうだな、迷う時間はねぇんだったよな。わかった、ハルト。東に行こう」

「はい!」


自分の意見が通ったことよりも、ラグナの表情が綻んだことが、晴登は嬉しかった。ユヅキのフォローに感謝しないと。

晴登はユヅキを向き、礼を言おうとすると、


「グルル…」

「「「なっ!?」」」


突然に背後から聞こえた唸り声。それには聞き覚えがある。
振り返って見ると、案の定1頭のウォルエナがこちらに近づいてきていた。
距離は約5m。いつの間に接近されていたのか。
目を血走らせて睨みつけてくるウォルエナは、先程見たサイズより若干デカい気がした。

・・・ということは、危険度が大分上がっている。
ユヅキとまた共闘するか? けど、さっきみたいに上手くはいかないかもしれない。
ラグナは、戦えるのかもよくわからないし・・・


「お前ら、下がれ」

「え?」


そう考えていた矢先、誰かの腕が晴登の行く手を阻んだ。
見ると、指をポキポキと鳴らしながら準備運動を始めているラグナの腕だ。


「ラグナさん!?」

「大丈夫、心配すんな。大人をナメんなよ?」


晴登の心配を振り払い、彼は構える。
驚くことに、その構えからは寸分の隙も感じられない。素人目の晴登でも、「ラグナは戦える」とわかった。


「お前らは先に行け」

「え、いや…」

「いいから行け。ここは俺が死守する」


典型的な死亡フラグに、晴登は一瞬困惑する。
が、実際にそんなことを言われてノコノコ逃げる訳にはいかない。


「3人で戦った方が楽に勝てますよ!」

「それじゃダメなんだ。お前らは先に逃げろ。これは店長命令だぞ」

「そんなの、今は意味なんて…」

「あぁもう、たまにはカッコつけさせろよ。大人の甲斐性ってやつを見せとかねぇと、お前らは俺をバカにし続けるだろ?」

「けど・・・っ」


そこまで言いかけたところで、晴登の袖が引っ張られる。
見ると、ユヅキがこちらを真剣に見ていた。


「ユヅキは…3人で戦った方が良いって思うよね?」

「思う……けど、ボクは少しでも生き残る人数が多い方を選ぶ」

「どうして…!」

「ハルトもだけど、ラグナさんもボクの恩人だ。恩人の頼みは聞かないとね」


期待を込めて晴登は訊いたが、ユヅキにキッパリと切り捨てられる。彼女はラグナを置いていく選択をしたのだ。


「ユヅキ……」

「行こう、ハルト」


ただただ情けない声を洩らすと、今度は手を掴まれる。そして手を引かれながら、晴登は最後にラグナを見た。

彼は無言で頷く。それが答えだった。


「…すいません、ラグナさん」

「お前が謝る必要はねぇよ。無事に逃げ切ってくれれば、それでいいんだ」

「…はい。必ず!」


その言葉を皮切りに、2人は駆け始める。
向かうは高台を降りる階段・・・ではなく、高台から落ちないよう仕切られている柵。


「飛び降りるよ、ハルト、着地お願いできる?」

「任せろ!」


何の躊躇いもなく柵を越えて跳んだ2人。その高さもまた5mはある。しかしその高さに怯えることなく、晴登は下に掌を構え、風を放った。
すると巻き起こった風がクッションとなり、2人の足がゆっくりと地面につく。

そして、後ろ髪を引かれる思いを断ち切りながら、東へ向けて駆けていった。



「頑張れよ、2人とも」


ラグナは見えなくなった2人を案じ、そう溢したのだった。







「やっぱり大通りは人が多いね」

「別の道はないの?」

「ボクはラグナさんの店以外は特に行かないから・・・正直わかんない」

「マジか…」


路地裏から顔を出して大通りの様子を見ながら、2人は話し合う。
ウォルエナが侵入してきたことで、避難する人でごった返す大通り。遊園地のアトラクションの行列でも比較にならないくらいの人の多さだ。東で既にこの量なのだから、西にもこれくらいはいるのだろう。となると、外に出るのは容易ではない。


「この人数を4つの門だけで出入りさせるのは無理がないか?」

「こういう事態に陥ることを想像してなかったのかな」


ユヅキの言う通り、恐らくこの王都では避難訓練など行われていなかっただろう。そりゃ人口が多すぎるからできないのも無理はないが。
つまり、大勢の人々がパニックになって一目散に逃げ出すのは、そういう裏があったのだ。
であれば、ここからスピーディーに避難ができるとは思えない。


「大通りは無理だな。大通りに沿う感じで裏を行こう」

「それしかないね」


2人は再び、大通りを外れて路地を進む。

しかし、晴登たちと同じ考えで路地を進む人々も多くいた。そのため、さらに奥に奥にと進む羽目になる。
右に左に、複雑に入り組んでいて思うように前に行けない。

次第に焦りが募り始めたため、一旦止まって様子を窺ってみる。

──そして気づいた。


「…迷ったな」

「…迷ったね」


知らない道を走ると、結果は大概こうなるだろう。
2人は肩を落とし、頭を抱える。


「どっかの建物に入れないか?」

「無理そうだね。裏口があったとしても、大体鍵がかかってるはずだよ」

「うわぁ…」


大通りから外れれば外れるほど、路地はドンドン狭くなる。おかげで日光が遮られ、辺りはさらに薄暗い。
正直言って、右も左も同じ景色に見える。気分的には、いわゆる無限回廊を歩いている感じだ。


「風を使って屋上に登ってみる?」

「あまり魔力は使いたくないな。いざって時に戦えなくなっちゃうし」

「…ホントに手が無いな。せっかくラグナさんが逃がしてくれたのに」

「だから、ボクらは走り続けなきゃいけないんだ。絶対に生き延びないと」

「そう…だな」


ユヅキの言葉に納得し、晴登は重い脚に鞭打つ。2人はまた走りを再開した。

どんな迷路にも出口はある。そう信じて。







「ん?」


走り始めてすぐのことだった。ふと晴登の足が止まる。
進行方向とは別の右の通路。その視界の先には延々と通路が続いていた。


「どうしたのハルト? 止まっている暇はないんだけど・・・って、ハルト!?」

「……っ!」


ユヅキの声を無視し、晴登は右の道に入って走り始めた。
実は、今しがた見ていたのはただの長ったらしい道ではない。見ていたのは、その数瞬前に視界を横切ったものだ。


「智乃……?」


親愛なる妹の名を呟きながら、晴登は道を突き進む。
間違いなく、さっきの瞬間に少女が見えた。その顔が……智乃と酷似していたのだ。
この世界にいるはずのない存在。真実かどうかを確かめなくてはならない。


「たぶん…こっち」


少女が見えたのは一瞬だけ。今は勘を頼りに後を追っている状態だ。
自分が今どこを走っているのかなんてとうにわからないけど、もはや関係ない。
晴登は智乃らしき少女を必死に捜す。





「見つけた…!」


そしてついに、少し開けた路地でその少女を視認した。
数頭のウォルエナが車座になって囲んでいたという状況たが。


「…智乃、じゃない」


そんな危険な事態でも、晴登は確認を優先する。
目の前にいたのは、金髪の少女だった。顔こそ智乃と瓜二つだが全くの別人である。
しかし晴登はその事実を察してもなお、その少女の元へ飛び込んだ。

少女が・・・恐怖で涙を流していたから。


「グルッ…?」


突然の獲物の増加に、戸惑いを見せるウォルエナ。
それもそうだ。わざわざ輪の中に飛び込むなど、バカ以外ありえない。


「絶対に…見捨てない」


智乃ではない。それがわかれば一段落。
だったらその後は、この少女を守ることに決めた。自分の妹と似た顔をした人物が喰われるなんて、想像するだけでも気分が悪いのだ。

少女を庇うように立ち、努めて全てのウォルエナに隙を見せないようにする。
全部で4頭。輪に入るのは容易だったが、出るのは困難だろう。
であれば、必然的に戦わなければならない。が、1人で4頭を相手など、無謀にも程がある。勝率・・・もとい、生存率は絶望的。

けど、後悔はしていない。


「…やってやるよ」


この娘がどんな経緯でここに逃げ込み、襲われたのは知らない。
でも、囲まれて今にも喰われそう。それが見てとれた時点で、見捨てるなんてできる訳がない。

晴登の戦う気を察したのか、ウォルエナは唸りを上げ始める。完全に臨戦体制だ。


「おにぃちゃん…」


刹那、足元から声が聞こえた。幼く、可愛い声だ。声質まで智乃とそっくりとか、反則だろこの世界。

…こんな弱々しい少女を放っておける訳がない。
晴登は大きく深呼吸し、そして・・・


「この娘には、指一本触れさせねぇよ!!」


最後に上げた晴登の怒号を合図に、晴登を殺さんとウォルエナが動いた。


そして、ある人物も動いた。


「いい啖呵だ。気に入ったぜ、ガキ」


突如として降ってきた衝撃。
それはウォルエナは愚か、晴登たちも吹き飛ばす。

壁に背中を打ちつけ、晴登は悲痛な声を洩らした。だが、腕に抱いていた少女は無傷。ただ、今の衝撃で気を失ったようだ。
そして晴登は、何事かと前を見る。砂やら埃やらが舞い、視界が悪い。誰かの声が聞こえて、何かが降ってきたというところまでは分かったが・・・


「無事か? ガキ共」

「へ!?」


突然に耳元から聞こえた声。晴登は驚いて飛び退き、尻餅をつく。
目の前にいたのは男性。屈んでいるからよく分からないが、かなり長身だと思われる。また、燃えるような赤い髪色をしていた。


「あなたは…?」


異世界感丸出しな容姿の彼に、晴登は名前を問う。
すると彼はその質問が面白かったのか、豪快に笑い出した。
そんな男性を晴登は怪訝そうに見ると、男性は笑いを止め、


「俺を知らないってことはお前よそもんだな? 不幸だな、こんな事態に遭遇して」

「え?」


質問とは違う答えが帰ってきて、晴登は眉をひそめる。ヘラヘラとしていて、なんともいけ好かない奴だ。
そんな不機嫌な晴登の様子を見た男性は「あぁ悪い悪い」と手を振りながら、答えを訂正した。


「俺は王都騎士団団長、アランヒルデ・ストフレア。最強で最恐の男だよ」


そう言って男は、アランヒルデはニカッと笑った。

 
 

 
後書き
ようやく出てきたアランヒルデ。あまりにも遅いのでヘンテコな名前付けてやりましたよ、グヘへ。

そんなアランヒルデですが、次回にどんな活躍をしてくれるのでしょうか。
少しは盛り上がりそうな気配・・・?

では、また次回に会いましょう! 

 

第44話『最強と最恐』

 
前書き
晴登とユヅキで、交互に激しく視点変更します。

※新年と同時に公開するつもりが、ミスって29日に一度公開を押した模様(笑)
お騒がせしたら、申し訳ありません。 

 
目の前でニカッと笑う男性を、晴登は唖然として眺めるしかない。
風に赤髪をたなびかせながら、男性は口を開き言葉を続けた。


「おいおい、聞こえなかったとかいうのは無しだぜ? さすがに2回は名乗らねぇよ」


軽快な調子を崩さない男性・・・もとい、アランヒルデ。
彼は王都騎士団団長の肩書きを持っており、尚かつ『最強で最恐の騎士』の二つ名を持っている。

…そう聞いていたからこそ、この登場やら言動やらに驚きを隠せない。


「何か訊きたそうな顔してるが、どうやら悠長に話をしてる暇は無いらしい。悪いが有名人とのご対面はここまでだ、ガキ。精々その嬢ちゃんを護れよ」

「え、ちょっと……」


晴登は呼びかけるも、アランヒルデは既にこちらに背を向けており、返答をしなかった。
彼の向く先、牙を噛み鳴らしながら威嚇を続けるウォルエナがいる。急に吹き飛ばされた上に、今まで無視されていたのだ。相当ご立腹の様子である。
涎まで垂らしており、喰う気満々といったところか。

対するアランヒルデの服装は、軍服なのか疑わしいぐらいに随分と軽装である。記憶している限りでは、彼は北方の大討伐に参加していたはずだが。
そんなアランヒルデの唯一の武器は、腰に携えている剣だ。長さは至って普通で、どこにでもありそうな感じ。
しかし、鞘に収められているそれからは、何か違う雰囲気を感じた。


「お前らみたいな奴に剣はもったいねぇ。素手で相手してやるよ」

「え!?」


しかしその剣を見ることは叶わず、しかもてっきり剣で戦うのだとばかり思っていた晴登は、突然の肉弾戦宣言に驚きの声を上げる。
騎士が素手だなんて……聞いたことがない。


「さっさと逃げろ、ガキ。だが、避難するなら王城だ。臨時の避難所を設けてある」

「え…? わ、わかりました」


てっきり外に逃げるしか道がないと思っていたが、ここにきて新たな生存ルートが生まれる。
確かに王城なら騎士もいるし、外よりも安全だろう。向かう価値はある。

にしても正直、アランヒルデが来なかったら晴登と少女は怪我を免れなかったはずだ。
そこはしっかりと感謝しておこう。


「ありがとうございました、アランヒルデさん!」

「達者でな、ガキ!」


快活な声で見送ったアランヒルデ。
その後、彼を襲うであろうウォルエナとの戦いは、曲がり角を曲がったことで見えなくなった。

そして晴登は、少しでもその場から離れようと、少女を抱えたまま走り始める。
所詮は小学生サイズの少女だ。いくら非力な晴登でも、抱えて走るくらいは余裕である。

もっとも、そんな余裕が生まれたくれたため、ようやく晴登はあることに気づくのだが。


「・・・あ、ユヅキはどこ行った?」







「ハルト?! ハルト?!」


ひとしきり叫んだが、応答はない。もしかしたら、この辺にはいないのかもしれない。
荒い呼吸を繰り返しながら、ユヅキは駆ける足を止めた。


「どこに行ったの…?」


所在や安否が気になるが、それよりも理由だ。

先程、何かを見つけたのか、違う道に走り去った晴登。
あの必死そうな表情を見て、追いかけるのを一瞬躊躇してしまった。それが、ユヅキが晴登を見失った原因だ。
それにしても、晴登は何を見たのだろうか。ユヅキが横目に見たときは何もなかったはずなのに。


「うぅ…わかんない…」


謎に包まれてよくわからない。
こんな気分は、以前に晴登から身の上話を聞いたときに味わった。
自分の知らない領域。それは難しく、理解し難いものだ。
今まで2日を一緒に過ごしたが、晴登はこの世界の人間じゃないと思い知らされる時が何度かあった。
そして、その瞬間から悟っていた。晴登が故郷へ帰れば、また自分は1人なのだと。
いくら嫌だと願っても、それは叶わないとわかっている。だからせめて、いい思い出を作りたい。

あと1日なのだ・・・それなのに・・・


「ハルト…」


ユヅキは途方に暮れ、路地裏をさ迷い続けた。







「くそっ、ユヅキ…」


ユヅキの探索を始めて10分は経った。
なのに、目的を達することも、裏路地から出ることさえも叶わない。避難が遅れれば遅れるほど、それに比例して生存率も下がるというのに。これではラグナの意思も、アランヒルデの防護も無駄になってしまう。


「それだけは、勘弁だ…!」


晴登は路地裏の出口を探して奔走する。
少女はまだ目覚めない。好都合だ。

──魔術は節約。

ユヅキから言われているが、先程のように襲われてしまえば使わざるを得ないし、やはりここからの脱出も不可能なのだ。


「やってやるさ!」


晴登は頃合いの壁を見つけて立ち止まる。これなら届くだろう。
軽く膝を曲げ、足の裏に力を集中させた。自分を押し出すようにと、イメージに合わせて魔力を練り上げ・・・


「よいっ、しょぉぉ!!」


目一杯の力で地面を蹴り上げ、それに合わせて力を解き放つ。すると、身体はロケットのような勢いで空に跳んだ。
乗る予定だった屋上を遥かに越え、王都を囲む壁までも見渡せるくらいの高さに。


「やべ、飛びすぎ!?」


慌てて体勢を立て直そうとするも、空中で身動きなどとれない。まして少女を抱えたままではなおさらだ。
しかしなんとか晴登は、魔力を使って風のクッションを展開し、屋上に着地する。


「あぁ…キツい…! ヒヤッとしたぜ…」


体力もだが精神的にもキツい。さすがに、ホイホイといつでも使える代物ではないようだ。


「けど、これで見えるな」


晴登は服を払って砂や埃を落とし、姿勢を正してから改めて前を見た。
ここからなら、東側の大通りが見えるはずである。


「──えっ?」


しかし見えた光景は、普段とは一転して、至るところが紅く染まっている街並み、そして、ウォルエナで溢れる大通りだった。







「嘘……」


晴登がその光景を発見したのとほぼ同時刻。ユヅキもまた、一変した街並みを眺めていた。
……ここまで「一変した」という言葉が相応しい光景があろうか。


「って、やばっ!」


突如、視界にウォルエナが入り、ユヅキはすぐさま身を隠す。
というのも、ユヅキはようやく路地裏を脱出したところであり、実は現在大通りにいるのだ。


「そんな、まさかここまで…!」


悲鳴と怒号と喧騒と、あらゆる音が飛び交う大通りの様子を見て、ユヅキは絶句せざるを得なかった。
眼前、数多のウォルエナが人を追いかけ、飛びつき、喰らっていた。
そのあまりに衝撃的な光景に青ざめると同時に、急な吐き気を覚えるユヅキ。
確か路地裏に入る前は人々で大通りが埋めつくされていて、外を目指していたはずだが、今はもうその流れは逆転し、その上 目に見える人数はその半分にも満たない。
そんな残酷な現状を前にしたら、誰だって気持ち悪さを覚えるだろう。


「東門からもウォルエナが入ってきた…だったら辻褄が合うけど」


前から後ろから。そんな挟み撃ちを喰らえば、あの人数がこうなるのも頷けるには頷ける。絶対に頷きたくはないが。
となると、ウォルエナは西門からも入ってきていると考えられる。
もしこの仮説が事実なら、王都内のウォルエナの数は膨大。そして外への逃げ道が絶たれたのと同義。


「どこに逃げればいいの…?」


王城が避難所として解放されてるなどつゆ知らず、ユヅキは四面楚歌の状況にお手上げだった。
隠れてその場を凌ぐのは、ジリ貧なので得策ではない。一刻も早く王都から脱出しないと、辿る道は死のみ。
当然、晴登にだって同じことが言える。


「早く見つけないと…!」


ユヅキは再び路地裏に戻ってウォルエナの目をかい潜りながら、晴登の探索を再開した。







「どうしたものか…」


屋上の上から景色を眺め、絶望に暮れる晴登。この状況を、1人でどう脱しろというのだ。
ウォルエナの数は、ハッキリ言って無限。倒し切るとすれば、一体何日かかるだろうか。


「てか、ヤバすぎだろ…」


先程から転じて、今の大通りは人ではなくウォルエナが席巻し、人々を続々と喰らっていた。悲痛の叫びが晴登の耳に深々と突き刺さる。
もはや「ヤバい」としか形容できない。たまらず晴登は目を背ける。


「このウォルエナの多さだと、確かに王都の外は無理があるな。アランヒルデさんの言う通り、王城に向かおう」


晴登はなるべく下を見ないように辺りを見回し、王城の位置を確認。中心にある上に大きいから、よく目立って助かる。
距離は1kmはあるだろうか。だが躊躇っている時間はない。


「ここも魔術の出番だ!」


思い立ったらすぐ行動。別に流儀でも何でもないが、時間が惜しいのだ。
晴登は少女をなるたけ大事に抱え、追い風を使って文字通り風の如く屋上や屋根を駆けた。
大通りに沿うように連なる建物。高さはバラバラだが、晴登は遠慮なしに跳び回った。



そして、走り始めて3分くらいだろうか。ようやく王城の近くまで辿り着く。幸運なことに、この辺りにはまだウォルエナは到達していないらしい。
見回してみると、避難所と思われる巨大な体育館のような建物に、騎士が人々を誘導していた。
晴登はそこに近づき、騎士の1人に声をかける。


「すいません、この娘をお願いします」

「あぁわかった。君も早く中に」

「いえ、俺はまだやることがあるので」

「え?」


晴登の予想外の返答に、少女を手渡された騎士は疑問符を浮かべている。
理由は言った通りだ。まだ晴登は避難できない。


「おにぃちゃん?」

「……っ」


そのとき、騎士に抱えられていた少女がうっすらと目を覚ましてそう言った。……その声でそう呼ばれると、思わず智乃と錯覚しそうになる。
晴登はその頭を優しく撫でて、微笑んだ。


「お兄ちゃんの心配はしなくていい。君は生きることだけを考えて」


晴登はそれだけ言い残し、背中を向けて走り去る。騎士が呼び止める声が聴こえたが、構わずに走った。

晴登にはユヅキを探すという使命が残っている。
そのために、晴登は再び絶望に足を踏み入れた。







「大丈夫ですか?!」

「あぁ…すまないね」



「大丈夫ですか?!」

「…何とか」



「大丈夫ですか?!」

「ぜぇ……ぜぇ……」



「大丈夫で──」


このやり取りを何度繰り返したことだろう。
早く晴登を見つけたいが、時々見かける人々を放っておけないというジレンマ。といっても、できることは励ますことだけなのだが。
逃げ惑う人々、隠れる人々、抗う人々。色々な人たちを見た。


「ハルト…」


しかし、そんな少数の生存者を見つける中、多数の死体を見た。それらを見る度に、最悪の絵面が頭に浮かぶ。
何度諦めて、何度それを振り払ったのかは数え切れない。


「行かなきゃ」


彼がいなくなったのは路地裏。
まだそこを脱していない可能性もあるが、脱していたとなればそれこそ危険だ。
ウォルエナは大通りに集っているし、いくら晴登でも数には太刀打ちできまい。

ユヅキの目的は、晴登を見つけて一緒に王都を脱出すること。当然、ラグナも一緒にだ。
だから言ってしまえば、入れ違いが最も避けたい事態。
せめて王都にいるのか、外にいるのかがわかれば気が楽なのに。


「下手に動けないから、それは厳しそう…」


ただでさえ広大な王都。その状態での人探し自体にも無理があるが、更に障害が立ち塞がるとなると手の施しようがない。
何か、手がかりはないだろうか。


「・・・こうなったら」


そう考えて、ユヅキはあることを思いつく。
少し離れているが、あそこならもしかしたら・・・


決意したユヅキの行動は早かった。
ただ必死に、希望だけを目指して走る。


走って、


走って、


走り続けて・・・



そして、ラグナの店の前に立っていた。


幸運なことに、道中はウォルエナに襲われずに済み、ノンストップでここまで駆けてこられた。
乱れた息が整うのを待たずに、ユヅキは扉を開けて中に入る。



──もちろん、誰もいなかった。

ユヅキは肩を落として、その場で立ち尽くす。

晴登とラグナ。2人との関わりが最も深いこの場所。ここなら何か、ヒントがあると祈ってしまった。
当然、そんなものがある訳がなく、自分は藁に縋っているのだと思い知る。

一刻も早く晴登とラグナを見つけたい。
全包囲という状況になった今、2人は簡単には逃げ出せないでいるはず。きっと王都のどこかにいるのだ。


「でも、もう手がない…」


自分だけの脱出なら、まだ可能性はある。しかし、それを選択することはできない。
かと言って、晴登やラグナは見つからないし、何より安否もわからないのだ。

数多の時計がカチカチと、規則的に音を立てて絶望をカウントしているのを、ユヅキは耳に残しながら考え込む。
静寂とも呼べない静寂が、場を席巻した。


──しかし、ある存在がそれを打ち壊す。


「すいません」

「!?」


不意に後ろから聞こえた声に、ユヅキは反射的に振り返る。
そして視界に入った人物には、見覚えがあった。


「何で…?!」

「いやいや、忘れ物を取りにね」


ユヅキが発した疑問に、その男性は笑顔で答える。
寸分の醜さもない整った顔立ち・・・間違いなく、昨日に時計の修理を頼んだあの男性だ。

知り合いということもあり、騒いだユヅキの心はすぐに落ち着く。


「忘れ物…って腕時計ですか?」

「うん。王都を出る前に回収したいから。もしかして、直ってたりするかな?」

「はい…。ラグナさんは直ったって言ってました」


彼の問いに正直に答えていく。
その一方で、どことなく彼に怪しさを感じた。


「それは良かった。それじゃそれを後で回収するとして・・・さて、少し君に訊きたいことがある」

「ボクに…? 何ですか…?」


そう感じて間もなく、怪しさを掻き立てる言われ方をされた。
なるほど、腕時計は建前で、それが本当の狙いか。
ユヅキは解いた警戒心を再び呼び起こし、彼の次の言葉に備える。

しかし、彼から聞いたのは突拍子もない発言だった。


「君が、この惨状の黒幕なのかい?」

「……は?」


思わず間の抜けた声を出し、ユヅキは奇怪な質問をした男性を見据えた。

 
 

 
後書き
明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。波羅です。

いや~もう2017年ですね~。
2016年も濃かったと思いますけど、2017年もきっと濃い一年になると思います。
ね、だってね、受験があるからね!(泣) 
…あ、でも卒業して新しい学校に入学するから、あながち悪くないかもしれない(笑)

今回のストーリーは去年中に完結しませんでしたが、少なくとも1月中には終わらない見込みです。
ストーリーが長いのか、自分の仕事が遅いのか・・・。

きっと前者も後者もどっちもですね。
これは先を書くのが楽しみです! では、また次回で会いましょう! 

 

第45話『絶望への誘い』

 
前書き
前半は晴登パート、気になるユヅキパートは後半です。 

 
頬を撫でる不穏な空気。
晴登はそれを感じながら、己の失策を悔やんだ。


「無理してでも上を行くべきだったか…」


いくら言い訳しても後の祭り。
目の前には唸りを上げる、10頭を超えるウォルエナの小さな群れがあった。ちなみに、その全ての標的は晴登である。

こんな事態に陥った背景としては、大通りを移動していたからである。魔力の温存を兼ね、屋根の移動を避けた結果だ。
頑張って避けてたつもりだったが、こうもあっさりと襲われるとは思わなかった。正直、切り抜けられるかは微妙なところ。


「そんなこと言って、死んじまったらどうしようもねぇだろ。どうすれば・・・」


辺りを見回すも、特にヒントは見当たらない。選択肢は、戦うか、上手くかわすか、だ。


「結局、魔力を使うことに変わりはないんだな!」


晴登は前者を選択し、先手として強風を展開。ウォルエナがその勢いに怯んだ瞬間を見計らって、


「初めてだけど、やってみるか!」


晴登は手刀を構えて魔力を込め、横に大きく振るう。
すると、空気が歪み、三日月型の風の刃が現れる。それは次の瞬間、多勢のウォルエナに襲いかかった。

直撃──そして貫通。
一見、奴らに被害はない。


「と見せかけて・・・」


しかし晴登が不敵に笑うと、ウォルエナはバタバタと倒れ伏せた。
血の一滴も出すことなく、静かに相手の息の根を止める。それが、晴登が編み出した技、


「その名も、“鎌鼬(かまいたち)”だな」


マンガからインスピレーションを得て完成させた、少々残酷な技。対人には憚られるが、対獣なら遠慮はしない。生き残るためだ。


「ユヅキ! どこだ!」


晴登はウォルエナを飛び越えながら、大通りを駆ける。
視界に広がる街の景観はさっきよりも更に悪化しており、紅い血の色が目立った。
とにかく死体には目を向けず、晴登は前進し続ける。


「そういえば、アランヒルデさんはどうなったんだろう」


ふと、恩人の姿が頭をよぎる。最強と呼ばれる彼ならば、あの状況を脱するのも、ウォルエナを殲滅するのも容易いだろう。なんだ、思ったより状況は悪くない。
北方の大討伐を行ってる騎士だって、いずれは王都に戻ってくるはずだ。


「希望・・・見えてきたぜ」


晴登は薄ら笑いを浮かべ、尚もユヅキを捜した。







「手間が掛かるぜ、全く。他の騎士が弱すぎるんだよ」


愚痴を吐きながら、路地裏から大通りに出てくる1人の男性。
赤い髪を乱暴に掻きながら、彼は街の惨状に顔をしかめる。


「あーあーこんなんになっちまって。結構気に入ってるのによ」


歩を進めながら、男性は大通りを見渡す。
その姿は無防備そのものであり、今ウォルエナの狩り場となっているこの大通りでは格好の獲物だった。

もちろん、そんな獲物を逃がすはずもなく、数頭のウォルエナは彼に集う。


「おいおい、群がってくんなよ。何も持っちゃいないぞ?」


両手をヒラヒラとさせ、危険はないと表明する男性。
しかし魔獣にとっては、その行為は本来の意味を持たず、威嚇としか捉えられない。
男性はそれを察しると、手を下ろしてため息をついた。


「ったく、後悔すんのはお前らだってのによ」


男性は臆することなく、群れの中へ足を踏み入れた。

殺意と、黒笑と共に。







「さて、ユヅキはどこだろう…?」


物陰に潜みながら、大通りを彷徨くウォルエナの様子を窺う晴登。その間も、ユヅキを捜す算段を模索中だ。


「大通りだけだったら単純で捜しやすいけど、路地裏にいるとなると・・・マジで厳しい」


この王都の土地面積の内、路地裏は約7割を占めるという。
もしそんな所にいられては、捜す行為自体が億劫だ。いざとなったら行くけども。


「ユヅキのことだから、きっと心配してるんだろうな・・・ん? 心配、してくれてるよな…? え、してくれてるよね?!」


思いがけない疑心暗鬼。それに釣られて、無意識の内に声が大きくなってしまう。
今まで2日間を過ごした仲だ。心配くらいはしてくれるだろうと、何とか自分で納得してみる。

だが一瞬洩らしてしまった大声は、とある災厄を引き寄せた。


「グルッ…」

「あ、やべ!」


晴登はその災厄に気づくや否や、猛ダッシュで逃げた。だが魔術は一切使っていないため、すぐに追いつかれる。


「ガウッ!!」

「うお! …鎌鼬っ!!」


跳びかかってくるウォルエナを、新技で何とか撃退。
だが、状況は一向に好転していなかった。


「また囲まれた…!」

「「「グルル……」」」


逃げる際に大通りに飛び出したせいで、全包囲をウォルエナに囲まれてしまう。
まさに自業自得。自分に甘え、声を張るのを許してしまったのだから。

しかしこうなった以上、突破するしか道はない。晴登は再び手刀を構え、新技の準備をした。

──だが、


「ガウッ」

「痛っ!!」


魔力を溜めようと気を逸らした刹那、1頭のウォルエナに左脚の太股を食らい付かれる。牙が深々と突き刺さり、脳天に痺れるように痛みが伝わった。
晴登は表情を歪めつつも、自分の脚に喰らい付くウォルエナを睨むと、


「こ、のぉ!」


痛みを堪え、必死な思いで魔力を振るう。
何とか齧っている奴は引き剥がせたが、晴登は絶えず襲う激痛に絶叫した。膝をついて蹲り、ひたすらに耐える。
そんな隙だらけの晴登を、ウォルエナが逃す訳もなく、残りのウォルエナ全てが晴登に襲いかかった。


「く…ああぁぁぁ!!」


まさに火事場の馬鹿力。過去一の勢いで巻き上がる暴風がウォルエナを四方八方に吹き飛ばす。
吹き飛ばされたウォルエナは、地面や壁に思いきりぶつかり、鈍い音を立てて動かなくなった。

荒い呼吸を繰り返して、晴登は己の生存を確認。
なんとか九死に一生を得た晴登は、左脚を引きずりながらウォルエナから離れるように走った。


「あ、あぁ…」


もはや歩くのと同等のスピードになってしまったが、晴登は全力だった。

今まで味わったことのない痛み。それが一歩を踏み出す度に電撃となって頭に伝わる。
ついさっきまで状況を楽観していた自分が馬鹿らしい。油断すれば一瞬で痛みを味わうのが、この理不尽な世の中の理だというのに。


「ゆ、ユヅキは…?」


だが、痛みによって頭が冷やされた。
この惨状がどれほどまでに危険なものか。それを改めて思い知らされたのだ。
未だにどこに居るのか不明だが、早くユヅキと逃げなければならない。


しかし、運命は非情であった。


晴登の真横の路地裏から、1頭のウォルエナが槍の如く飛び出してくる。突然の事態に、咄嗟に左腕で攻撃を防ぐのがやっとだった。


「あぁぁぁぁ!!!」


人間の腕1本、奴らには木の枝と変わりない物だろう。牙が二の腕辺りに突き立てられ、2度目となる激痛が頭に伝わった。グリグリと、牙で抉られる感覚を味わう。


「は、放せぇ!」


腕をもがれる前にと、後先考えない渾身の"鎌鼬"。
それはウォルエナの身体を両断し、胴体だけが地面に虚しく墜ちた。
逆に、変わらず意識の消えた頭部が、晴登の二の腕に喰らい付き続けている。


「はな、れろ…!」


右手を使って何とか引き剥がす。牙が抜けた瞬間にも、痛みが走った。左脚の痛みも合わさり、晴登は再び膝をつく。
その際、屍と化したウォルエナの残骸が目に入った。


「うぇ…」


右手で口を覆いながら、何とか嘔吐を堪える。
今まで意識しないようにしていたが、ここまで様々と見せつけられれば、さすがに気持ち悪さを感じた。
マンガとかで散々こんなシーンを眺めてはいるが、いざ実際に見ると変な想像が頭に働くのだ。自分が死ぬ瞬間とか・・・


「やめろ、考えるな…」


晴登は大きく深呼吸し、何とか意識を保つ。
だが依然と荒い呼吸は収まらず、何度も深呼吸をする羽目になったが。


「行かなきゃ…」


朦朧とする意識の中、晴登は立ち上がる。
無論、捜索を再開するためだ。

ユヅキが王都の外か避難所かどうかは、この際知らない。
こんな地獄に独りで閉じ込められている可能性、それがあるだけで『自分だけ逃げる』なんて選択肢は消えていく。絶対に、置いてはいけないから。

痛みを堪え、右脚だけで身体を支えるのは至難の業。
だが、やらなければならない。そしてこのまま、進まなければいけないのだ。


「おいっ…どこだよ、ユヅキ?!」


そして晴登は、絶望へと一歩を踏み出した。


「残念だよ」


その背後から、氷柱が飛来してきたことにも気づかずに。







「何を…言ってるんですか?」


数秒前にされた質問の内容を反芻しながら、ユヅキは言った。反芻といっても、一切の理解はできていない。


「おっと、直球過ぎたかな。でも、そのままの意味だよ」


仮に質問を受けるなら、答えは否。
しかしそれ以前に、彼の発言の意図をユヅキは一切掴めないままだった。

そんな無反応なユヅキがつまらないのか、青年は困ったように頭を掻く。


「無言、か…。僕だって、こんなことを冗談で訊いている訳じゃないんだよ?」

「じゃあ、どうして…?」


ユヅキが問うと、彼は肩をすくめて語り始めた。


「──僕はここに来る間に、たくさんのウォルエナを見た。まさか王都に大量のウォルエナが出現するなんて、悪夢にも思わなかったね。さて、そこでだが・・・」


青年はそこで言葉を切る。どうやら、ユヅキの反応を窺っているようだった。
もちろん、ユヅキは無理解ゆえに無表情だが。


「…僕は察したんだ。このウォルエナの群れは、人為によるものだとね」

「え!?」


ようやく見せたユヅキの驚きに、青年は初めて薄く笑みを浮かべる。そして、すぐに話を続けた。


「自然にウォルエナが王都に出没するなんてありえない。確かに餌である人間が集まってはいるが・・・所詮は小心の獣だ。好んで入ろうとは思わないはず。だったら話は簡単さ。誰かが裏で奴らを操作してるとすると、この惨状は辻褄があうだろう?」

「・・・で、その操作している黒幕がボクだと…?」

「察しがよくて助かるよ。まだ推測の段階ではあるけどね。けど、証拠はあるよ」

「!?」


彼の発言に、再びユヅキは驚愕の色を隠せない。
証拠? そんなものが自分にあるはずがない。身に覚えはないし、そもそも自分だって被害者なのだから。

しかし余程の自信があるのか、彼は余裕の表情を崩さなかった。


「…何せ君の魔力と、ウォルエナの『首輪』の魔力は、全く同じものだからね」

「首輪…?」

「『首輪』というのは、魔獣に対して付ける主従の証だ。普遍的な魔法じゃないから、知らなくても当然だろう。簡潔に言えば、『人間が魔獣を従えさせるための魔法』だよ」

「そ、それがボクと一緒っていうのは…?」

「『首輪』といっても、所詮は魔法。魔力の造形さ。だったら、『首輪』の魔力とそれをかけた人物の魔力は等しい、そうだろう?」


『首輪』の話は理解できた。だが青年の問いに、ユヅキは素直に頷けない。
もし頷けば、それは自分が元凶だと認めることなのだから。


「僕は魔力が視れる、というのは言っただろ? だから、君のもウォルエナのも僕には見えたんだ。そして、両者も全く同じ質なんだよ。・・・あぁ言い忘れていたけど、人によって魔力の質は変わるものなんだよ。個性、といえるくらいにね。だからこそなんだろうけど、時間じゃ質は変わらない。魔力の質というのは、いわゆる『永久的な一点物』なんだ」


ここまで話を聞いたユヅキは、自分の疑いを否定しきれなくなった。
もし、この人がデタラメを言っているのならばそれでいいが、これが本当の話だとしたら、自分とウォルエナに何らかの主従関係があったということになるのだ。
けれども、ウォルエナと何か契約をした記憶はないし、身に覚えもない。


──強いて言って、魔獣との関連性は1つだけ有るのだが。


「・・・ここまで説明すれば君ならわかるよね? 僕が君のどこを疑っているのかを。別に僕は君をどうこうしようというつもりはない。けどね、街をこんなにさせられて黙っていられる訳もないんだよ」


彼は所々に怒りを込めて話していた。
その敵意は、全部自分に向けられたものだろうか。


「じゃあ、もう一度訊くよ」


ユヅキは、次の言葉でトドメを刺される気がした。

多分、彼は知っている。自分と魔獣の関係を。
ラグナにも、もちろん晴登にもそれは伝えてはいない。そして、日常生活でもそれに感付かれないよう振る舞った。


だけど……この人はわかっているんだ。


「君はこの惨状に心当たりはないかい? 白鬼(びゃっき)よ」

 
 

 
後書き
晴登パートは前半、ユヅキパートは後半に入れると言ったな。だが、アランヒルデパートを途中に入れないなんて、誰も言ってないぜ?(←ゲス顔)
…正直な話、晴登パートが長続きしなかったから、字稼ぎで入れたまでです(笑)

さてさて、やりたかったことの大半を終えました。
後は終局に向かうだけです。
え? どうやって終わらせるのかって?
・・・そりゃ、何か起こすに決まってんじゃん(黒笑)

お気づきかと思いますが、今回で晴登はあのシーンに追いつくことになります。この後にわざわざあのシーンを書くかどうかは、迷っている段階ですけども…。

…まぁ、上手くやるとしますか。
ユヅキのカミングアウトも合わさり、次回は楽しくなりそうです。
また会いましょう。では! 

 

第46話『白鬼』

──鬼族。

それは、額に凛々しく生える角を特徴とする、竜族などの様に魔獣の上位に位置する種族。
単なる戦であれば、鬼族に勝る者はほとんどいない。肉体においても魔法においても、鬼族は優秀だからだ。

きょうび、純血の鬼族は存在しないと考えられているが、たとえ少しでも鬼の血を引くのであれば、ベースが人間だろうと驚異的な力を得る。

そして古来より、鬼族は様々な属性の魔法を使用している。
だから昔の人々は、属性を“色”に準えることで鬼族を分類した。
火の属性であれば『赤』、水の属性であれば『青』・・・というように。

『白』もその1つで、氷属性を意味した。
鬼族の造り出す氷は、ただの氷と比較すると強度や品質など、あらゆる面で秀でている。
戦闘においても生活においても、鬼の氷は重宝していた。

鬼族の特徴は他にもある。
それは『髪色』だ。これは、昔の人々が鬼を色で準えた理由にもなっている。
原理は不明だが、鬼族の髪色は使う魔法の属性によって異なり、しかもそれは準えた色と同色。いや、同色だからこそ準えられたのだ。



「・・・だから、白鬼(びゃっき)の話が有名である北の街出身で、氷属性の魔法を操り、銀・・・もとい、白髪の君は白鬼だと、僕は推測したんだ」

「……悔しいけど、全くその通りです」


観念したように項垂れるユヅキ。今まで、自分の正体に気づいたのは彼が初めてだ。

そもそも、北の街で白鬼が有名だなんて情報、普通に生活していては知り得ないはず。
彼の情報網、そして魔眼ゆえの観察力が、事実を見抜いたといったところか。


「さて、自白も得られたことだけど・・・別に僕は探偵ごっこがしたかった訳じゃないよ。君が白鬼であること、それをまずは確認したかった。そしてそれが判明した後に君に問うのは、『なぜ王都を襲撃したのか』だ」


饒舌に言葉を並べていく青年。
彼はさも当然の事を言うように語っているが、ユヅキにしてみれば不本意な点が1つある。


「すみませんが、何度も言う通りボクはそんなことはしていません。ボクが白鬼であることは認めますが、襲撃に関しては全く身に覚えがありません」

「魔力の質が一緒だという証拠があってもかい?」


そう言われると、中々反論がしにくい。
ユヅキはしばし逡巡を見せたが、すぐさま取り繕った。


「・・・気になったんですが、それってホントにボクと同じですか? 誰か似た人って可能性も…?」

「視た感じは全く一緒だよ。・・・でも、強いて言えば、親族なら君と魔力の質が似ているかもしれないな。……君が否認するというなら、誰か家族にこんなことをしそうな人はいないかい?」


青年の質問の急な変化に、ユヅキはまたも困惑する。
確かに自分は違う、やっていない。でも、家族を疑われるというのも心外だ。
昔の話だが、お父さんもお母さんもそんな人じゃなかったはず。親戚はあまり知らないから何とも言えないけど・・・


「たぶん…いないです」

「…困った答えだな。素直に言ってもらわないと、僕は誰に復讐すればいいのかわからないよ」

「え、復讐…?」

「当たり前さ。故郷をこんなにされたんだ、復讐しないと気が済まないね」


そうか。先々から感じていた、彼の怒りの原因はそこだったのか。……イメージ的には、そんな物騒なことをする人とは思えないけど。


「…ボクか、その周りが犯人だと言うんですね」

「ああ、そうさ。百歩譲っても、犯人は君の親族だ」


ユヅキはその説に対して、落胆の色を隠せない。
自分が犯人ではないのは確実だが、自分の身内がこんな惨状を招いたのかと思うと、とても悔やみきれないものがある。

一体、誰がこんなことを・・・


「…時に、以前君と一緒にいた少年はどうしたんだい? 彼は無事なのか?」

「ハルトですか? いえ、実は今はぐれてて・・・それで手掛かりがないか、ここに来たんです」

「なるほど…。いくら魔法が使えても、彼1人は危険だね。街の人々は外には出られないようだし、彼も王都内にいるだろう。僕も捜すのを協力するよ」

「いいんですか!?」


まさに願ったり叶ったりな提案。
ユヅキは表情を輝かせながら、その申し出を受け入れる。

しかし青年は、「ただ1つ」と前置きを入れ、


「僕が君に協力するのは、真犯人を探すためだ。証拠が有ると言っても、君が10割犯人だと示せるものじゃなかったからね。君と一緒に行動していると、何か掴めそうな気がするよ」


青年はバツが悪そうにそう言った。
どうやら、ユヅキにキツい当たり方をしたのを反省しているようだ。
だが当の本人はそれを気にせず、増援に歓喜し続けるだけだが。


「それじゃあ、よろしくお願いします!」

「…あぁこちらこそ」


状況は変わらないが、晴れて和解した二人だった。







「残念だよ」


「がぁっ…!?」


予期せぬ一発を喰らい、石造りの通路に頭から突っ込んでしまう。
横腹で何かが肉を抉る衝撃を、痛覚を通して電撃となって身体中に伝わった。


「な……にが…?!」


口から溢れてくる血を拭いながら、晴登は横腹の様子を窺う。
・・・現状は、見ただけでも気持ち悪くなるくらいの大怪我だった。擦り傷を通り越して、皮膚が剥ぎ取られている。ドンドンと服に血が染みてきた。

晴登は何とか首だけを動かし、怪我の要因を探した。飛来物、それだけはわかっている。
すると、自分の進行方向に、先端が血に塗れた1本の氷柱が落ちているのが見えた。


「氷…? ユヅキ…か…?」


その氷を見て、図らずもユヅキの姿が思い起こされる。が、ユヅキがこんなことをするとは思えない。

犯人は、ユヅキとは違う、氷の魔法使いだ。


「誰だ…?!」


声を絞り出しながら、後ろを振り向く。


──するとそこには、肩にかかるくらいの銀髪をした、少年が立っていた。


「おや? まだ生きているのか。狙いが甘かったかな」


まだ声変わりのしていない、高い声が耳に入る。だがそれも彼の身長を鑑みれば、妥当といえよう。恐らく晴登よりは歳下である。
小学生ぐらいとあってか、顔の造りに可愛げがある。蒼い眼に白い肌という点を合わせると、もはや西洋の人形が擬人化したのではないかと疑うほどだ。


「誰だ、お前は…?」

「おいおい、無理に喋ると傷が痛むだろ? 大人しくしてた方がいいと思うよ」


だが、彼の大人びている言い方や嘲笑に、その評価は崩れ去っていく。というか、むしろ「いけ好かない」という評価を贈りたいくらい。
それだけ『嫌な奴オーラ』を出している彼だが、自分を傷つけた犯人は彼で間違いなさそうだ。
とすると、人を傷つけておいて、なぜここまでのうのうとしていられるのか。そこは疑問でならない。

それにしても、なぜ彼はこの地獄にまだ身を置いているのだろうか。彼だって、逃げなきゃいけない状況には変わりないはずなのに・・・


「でも、細かい…ことはいい。悪いが、邪魔…しないでくれるか? 行かなきゃ…いけないんだ」

「へぇ。避難する訳でもないのに?」

「っ…」


何とか関わり合いを避けようとしてみるも、どうにも逃がしてくれなそうな雰囲気。
かといって強行突破しようにも、傷のせいで上手く身体を動かせない。それに息を整える時間も要る。

晴登は寝転がったままはマズいと思い、とりあえず座る体勢に移行しようとした、その刹那、


「まぁいいよ。どうせ君はここで死ぬんだし。あぁ残念だね」

「は…? 何言って・・・」


晴登はそこで言動を止める。否、止めるしかなかった。

──頬に冷たい刺激と温かい液体が流れるのを感じる。そしてそれは、かすり傷の様にヒリヒリと痛みを伴い始めた。


「何の…つもりだ?」

「強さを誇示してるのさ。獲物が抵抗しないようにね」

「何で、俺を狙う…?」

「別に標的は君と決まっている訳じゃないよ。けど、君みたいな奴は標的だ」

「何言ってるのかわかんねぇよ…」


晴登は未だに痛みの信号を送り続ける脳で、必死に思考を巡らしてみる。
まず、奴の正体。怪しい、というのはもっともだが、どうも危険な感じがする。王都から逃げているようには見えないし、もしかしてウォルエナの襲撃と何か関係があるのか?


「うん? ヒントがあれば、何もかも理解できそうだと言わんばかりの表情だね。ヒント、あげようか?」

「わかってんなら、答えを教えろ…」

「はぁ、せっかちだねぇ。でも、特別に教えてあげよう。そうしたら素直に死んでくれるかな?」

「物騒だな…。そこで、『はい』って言う奴は普通いないだろ…」


周りの惨状とはギャップしかない少年の態度。それなのに、さっきから何1つ、彼についての理解が進まない。
それでも眩む視界を気力で保ち、晴登は言葉を紡ぐ。


「大体…お前は何で逃げない? 危ないのは、お前も一緒じゃないのか?」


そう言うと、彼はニッコリと微笑んだ。
普通なら可愛いはずのその表情も、晴登には焦燥感を煽ってくるものでしかない。場違いすぎるのだ。

その後の彼の言葉も、驚愕に尽きるが。


「ボクが危ない訳がない。だって、ウォルエナはボクの飼い犬だもの」

「は…!?」

「ボクが主人で、アイツらは下僕。この街への襲撃も、全部ボクが仕組んだんだよ?」

「おい、待てよ……嘘だろ」


晴登は告げられた事実に絶句する。
このウォルエナの襲撃が誰かによるものだなんて、想像すらしていなかった。

だが思い起こせば、おかしい点ばかりだ。
ウォルエナが王都に襲撃した時点で既に違和感だが、時間差で攻めてくるなんて、いくらなんでも獣にしては賢すぎる。
これが人為的だというのなら・・・辻褄が合う。

この少年が、諸悪の根源なのだ。


「お前のせいで…王都が大変なことに、なってるんだぞ…!」

「それはわかってるよ。まぁこの街は無駄に広いから、皆殺しにするのにはもう少し時間がかかりそうだね」

「お前…!」


彼の言葉を聞いていると、腹立たしさが幾分にも増していく。絶対に許してなるものか。
こんなのに関わってる時間は無いが、その鼻っ柱をぶん殴らないと気が済まない。


「ユヅキを、探さなきゃいけないってのに…」

「…! 今、何て言った?」

「あ? だから、ユヅキを探さなきゃって…」


『ユヅキ』というワードに、少年が驚いたような反応を見せる。
ユヅキを知っているということだろうか? こんな殺戮者とユヅキにどんな関わりが・・・


「お前、ユヅキを…知ってるのか?」


有力かは分からないが、ユヅキについて知っているなら何でもいい。
晴登は、若干焦り気味に問い詰めた。

すると・・・


「・・・あぁ、もちろん知ってるさ。何せボクのただ1人の“姉”だからね」

「は…?」


少々の間を置いて放たれた予想外の答えに、開いた口が塞がらない。
今アイツは“姉”といっただろうか、ユヅキのことを。


「あ、そうだ、君の言うユヅキという娘は白髪かい?」

「そう…だが…」

「だったら間違いないな。ボクの姉のユヅキだ」


あり得ない、とは言い切れない。彼の容姿との共通点も多いからだ。
そもそも、ユヅキの両親については一度訊いたが、兄弟については触れてなかった。
隠したつもりはないだろうが、これは予想外の展開である。


「…でも、弟が…ユヅキに何の用なんだ? 捜すにしても、たくさんのウォルエナ連れて襲撃は大掛かり過ぎるだろ…?」

「いやいや、この広さだ。あれくらいの数は当然。命令は『ボクの姉以外を喰らえ』だから、人がドンドン減ってすぐに見つかる予定だったんだけど・・・」

「…おい、待てよ。それもお前の命令だった…のか?」

「あぁ」


王都を襲撃する。てっきり、命令はそれだけだと思っていたのだが、まさか殺戮命令まで出していたとは。

・・・ユヅキ以外を殺すということは、ユヅキのみを王都に残すこと。もしかしなくても、あいつの目的はユヅキを見つけることだろう。
とすると、王都の人々はそんなことのために、今も逃げ回っているというのか? 喰われた人だっているのに……。

・・・何にせよ、皆殺しをしようって奴にユヅキは渡さない。あいつは・・・敵だ。


「よーくわかった…。つまり俺は、ここでへばってちゃ…いけない訳だ」


口元の血を拭いながら、晴登は立ち上がる。傷の痛みにはもう慣れた。まだ体力は戻ってきていないが、時間が惜しい。今は付け焼き刃で闘うしかないだろう。
ユヅキは救わなきゃいけないし、あいつは倒さなきゃならない。やることが多すぎてぶっ倒れそうだ。


「へぇ、まだ立てたのか」

「お前を野放しにはできねぇよ…」


自分がやる必要がある訳ではない。それこそアランヒルデやらに任せれば、この場を上手く切り抜けられるだろう。

でも、今は晴登しかいない。晴登しか、あいつを止められないのだ。あいつを止めれば、きっと全部が終わるはず。だから、


「ユヅキはお前には渡さねぇ。俺がここで、片付けてやる!!」


再び拳を握り、晴登は高らかに叫んだ。

 
 

 
後書き
おい、これって中学生の話だよな!?(焦)

ファンタジー突っ走りすぎて、何がしたいのか解らなくなってきました(笑)
あれ、俺はこんなことをしようとか考えてたっけな…?

………まぁ、細かいことはいいでしょう。
取り敢えず、ラスボス戦ということで次回からよろしくです。
戦闘シーンには自信があったりなかったりしますので、期待はしない方が吉。
それでは、また次回で会いましょう! 

 

第47話『ボス戦』

「本当にやるのかい? そんなにボロボロな身体で」

「怪我は諦める理由にならないよ。大体、無抵抗なら殺すんだろ? だったら、生ある限り足掻かせてもらう」


息を整えながら、晴登は覚悟を決める。
あいつからは逃げられない。それが直感でわかったからだ。
というかそもそも、晴登は走ることがままならない。逃げられなくて当然だ。
だったらどうする? 『倒して逃げる』しか、方法はないだろ。


「でも、怖ぇな…」


晴登は負傷した横腹をチラリと見やった。
あいつは晴登を殺す気である。つまり、そうできる力を持ち合わせているのだ。
自分が負ければ、それは死を意味する。なのに、戦いからは逃げられない。
言い知れない恐怖が、晴登の心臓を強く拍動させた。


「キミがその気なら、ボクも手加減はしないよ。死をすんなりと受け入れられると、確かに面白くないからね」

「ユーモアなんか求めるなよ。こちとら殺されそうなんだから」


さて、相手もやる気になった。
よって、ここからが正念場となる。結果は勝つか負けるかだけ。一瞬の油断も許されない。
晴登は拳に風を纏わせ、臨戦態勢をとった。


「──じゃあ、始めようか」


彼の冷たく響いた声。刹那、晴登の背筋に悪寒が走る。
・・・いや、怯むな。一分の隙も見せてはいけない。堂々と構え、相手に攻撃を叩き込むことだけを考えればいい。
晴登は前を見据えたまま深呼吸、焦りを鎮めた。


「その身体でどこまで持つのか、楽しみだよ」


彼は楽観的な姿勢を崩さない。
何とかしてあの鼻を折ってやりたいが、まだ2人の間に距離がある。約5mか。
しかし、今の晴登の脚では到底埋められない。1歩を踏み出したら、痛みで倒れ込むのがオチ。
正直な話、今の晴登は直立がやっとなのだ。


「動かないのかい? …まぁ無理もないか。いたぶる趣味はないから、早く終わらせるよ」


──来る!

晴登は一瞬の判断で上半身を右へとずらす。するとその真横を拳サイズの氷塊が飛来していった。


「おぉ、よく避けたね」

「…いや、避けたはいいけど……くっそ痛ぇ…」


咄嗟とはいえ、今のを避けたのは何気に嬉しい。
その代わり、避けたことで脚や横腹にかなりの負荷がかかった訳だが。


「動けない上に避けれないとか・・・絶望的だろ」

「じゃあ次いくよ」

「…っ! くそっ!」


晴登の内心を露知らず、少年は次の氷塊を放つ。
先程と大きさも速さも変わらないが、回避を封じた晴登には、風を使うしか防御手段はない。
軌道を無理矢理に逸らし、氷塊はそこらの壁に衝突していく。


「といっても、この防ぎ方もマズいな…」


枯渇しかけている魔力をさらに削るのは、あまり良い選択とはいえない。
もし魔力が尽きれば、決め手に欠けるし、何より体力と比例しているから、いつかの伸太郎みたいに倒れてしまうだろう。
体術も、魔力もダメ。…てことは道がない。


「マジでヤバいじゃん…」


戦いに意気込むのはいいが、さすがに状況が悪すぎた。もっとも、逃げる選択肢はないのだが。


「随分と顔色が悪いじゃないか。どうかしたのかい?」

「人の顔色見れるぐらい余裕ってか。こっちの気も知らないで…」

「余裕に決まっているだろ。相手は満身創痍なんだし」

「そりゃそうか……」


相手からしてみれば、こんなボロボロな身体の奴に負ける方がおかしいのである。
攻撃もしてこないし、防御もしない。良いサンドバッグだ。
だからあいつが本気でやれば、晴登を倒すのは他愛もないはず。


「…つまり、結局は手加減してるんだろ。手数も少なすぎる」

「違うよ。ボクはまだ様子見のつもりなんだ。むしろ今の攻撃をそう思ってくれないと、さすがに弱りすぎでしょ」

「あぁそうですか」


少年の「当たり前」と言わんばかりの言い方に、晴登は吐き捨てるように返す。
正直、対等に渡り合える武器が“言葉”しかない。無論、諭して止めさせるとかは不可能なのは目に見えている。


「どうすりゃ切り抜けられる? 考えろ…!」


晴登は窮地を脱そうと、周りに気を配る。
偶然というべきか、ウォルエナの姿は1頭も見当たらない。恐らく、主人であるアイツがここにいるからだろう。
となると、不意討ちを喰らうことはないはず。だから、あいつとの1対1さえ制すれば、こっちのもんだ。


「こういう時は周りの地形を使ったりとか、何かしらのハッタリを仕掛けるとかすれば良かったっけな?」


こういう場面までマンガ知識に頼ろうとする自分が怖い。
しかし自分の記憶の中に、こんな状況に陥ったビジョンはない。だったら、何度もピンチになるマンガの主人公を真似するのが妥当なはずだ。


「でもこの場合は……? 『攻撃も防御もできない時の対処法』って……?」


しかし考えれば考えるほど、光が遠のいていく。
こんな絶望的な状況、さすがに見たことがない。自分の知能で打破するのは、どうも無理がある。


「いい加減、考えはまとまったかい? ボクだって、早く姉を探しに行きたいんだ」

「ユヅキをお前と逢わせる訳にはいかない。どんな関係だったか知らないけど、ダメな気がするからな」

「酷い言われようだ。所詮キミは余所者だろう? ボクらの問題に口を挟むなよ」

「関係あるさ。俺とユヅキは友達なんだから」

「はぁ…くだらない」


短気というべきか何というか、とりあえず無茶苦茶な奴だ。人1人捜すのに、街を壊滅させる必要があるのだろうか。本当に、ユヅキを捜しに来ただけなのだろうか…?


「お前、ユヅキを見つけてどうするんだ?」

「あ、それを訊く? そうだな・・・まぁ、教えてやってもいいか」


考える仕草を少し見せたあと、彼は勿体ぶるように言う。
そんな高圧的な態度に苛つきを覚えてしまうが、ここは一旦落ち着くことにした。
あいつの話は、きっと聞く価値があるはず──


「ボクはね、この街を征服しに来た。ボクの国のことを、大陸全土に知らしめたいんだ」


「……は?」







「少年は見つかったかい?」


青年の問いに耳を傾けながら、ユヅキは辺りを捜し続ける。しかし、一向に晴登の姿は見つからない。
青年が加入してくれたとはいえ、状況はあまり好転してくれてないようだ。


「いえ、どこにも見当たらないです。それよりも・・・えっと…」

「…そうだ、まだ名乗っていなかったね。僕はミライだ。君の名も聞いておこうか」

「ユヅキです」

「捜してる少年は・・・ハルトだっけ? うん、覚えたよ」


ユヅキの逡巡を察し、青年は『ミライ』と名乗った。
でも、名を聞くのが目的だった訳でなく・・・


「それで…何の話だったっかな?」

「あ、えっと、ミライさんは何か手掛かりはと」

「ううん、全然見当もつかない。本当に君は何もわからないのかい?」

「はい……」


やれやれ、と首を振るミライに、ユヅキは申し訳なさそうに言う。
先程までとは違い、ミライはユヅキを疑うことをしなくなった。ただ、手掛かりが一切掴めないため、ユヅキが無実という証明ができないのだ。


「黒幕は必ずいる。見つけ出して、復讐してやるんだ」


ユヅキはその言葉に反応する。
さっきも聞いた『復讐』とは、彼にとってどんな意味なのだろうか。


「あの、1ついいですか?」

「ん、何だい?」

「ミライさんは、この街をどう思ってるんですか?」


恐らく脈絡のない質問だ。ミライさんもキョトンとした顔でこちらを見ている。
しかし、彼は質問の意図を悟ったのか、微笑みを浮かべて、


「僕はこの街が大好きなんだ。生まれも育ちもこの場所さ。だから護りたい。せっかく持ってる力だ、僕の大好きなものを護るために使いたい」

「力・・・それって魔眼のことですか?」

「いや、魔眼はあくまで体質として持ってるだけだ。僕には持つべくして持った魔法が、他にちゃんとあるんだよ」


ユヅキに笑いかけ、己を語るミライ。その姿を見て、ユヅキは感動を覚えた。


「街を護るって…かなり大きいことですよね」

「少なくとも、凡人1人が呟く言葉じゃないだろうね」

「でも、ミライさんはやるんですよね?」

「ああ、黒幕を見つけ出して、必ず。まぁ君が黒幕じゃないことを祈ってるよ」

「だから、違うって言ってるじゃないですか!」


ユヅキは膨れっ面でミライに言うと、彼は冗談だと誤魔化した。
現在進行形で“頼れる存在”ではあるはずなんだけど・・・こうして見ると、本当にただの青年だ。

ユヅキは図らずも、口角を上げていた。
今までいなかった存在。友人だったり、家族だったり。でもラグナやハルトに続いて、ミライも自分と親身に接してくれている。それがたまらなく嬉しいのだ。


「良かった、ようやく笑ってくれた」

「い、今のは違うんです!」

「いいよ、隠さなくたって。それより、早くハルトに会いに行きたいんだろ?」

「う……はい」

「素直で何より。それじゃあ行こうか」


再び2人は、2つの捜索を続けた。







「征服って・・・どういうことだ?」

「そのまんまさ。ボクの国が、この広い王都を征服する。そうすれば、ボクの国の評価は上がるのさ」

「何のために…?」

「自己満足…だと言葉が悪いな。ボクはただ、『大陸の王』になりたいんだ」


ボクの国? 大陸の王? 言っている意味がよくわからない。
そもそもこんな少年が、国を持っているということなのか? それってどういう状況?


「…理解していない顔だね。簡単だよ。ボクの国もこの王都も、全ては同じ大陸上にあるだろ? そこで1番を目指すと言っているだけさ」

「そんなこと、できるのかよ…?」

「できるさ。人間風情がボクに勝てる訳がない。何せ、『鬼』の血を引いているからね」

「鬼…?」


鬼、というのは、頭に角の生えたアレのことだろうか。だが、目の前の少年がそんな大層な血を引いているようには、とても見えない。


「それも知らないのかい? どれだけ世間知らずなんだ、キミは。──鬼族というのは、最強に値する種族だよ。だから、人間という種族がボクらに敵う訳がないの。これでいい?」

「わざわざご丁寧に。それじゃあ、俺みたいな奴を倒すのは造作もないと?」

「その通りさ。ボクに勝負を挑んだのがキミの運の尽き。まぁいずれはウォルエナに喰われる運命だったと思うけど」


さて、情報収集のつもりが、とんでもないものを引き当ててしまった。あいつの言っていることが事実かどうかは不明だが、もし本当なら危険過ぎる。
『魔法が過剰に扱える少年』ならまだしも、『鬼の血を受け継ぐ、人から逸脱した少年』に勝てる訳がない。

マズい、マズすぎる。
まだハッキリしていないが、晴登と少年の間には、明確な力の差があるはずだ。
自分より強い相手に喧嘩を挑むのは、どこの世界においても自殺行為。この場合、そのまんまの意味で。

もう、助かる道がないのか……。


「…お前、人を殺して何も思わなかったのか?」


晴登は無意識の内に喋っていた。
明確な意図はない。強いて言えば、死ぬまでの時間稼ぎだ。
ただ、思った疑問を口にしただけ・・・


「当たり前だろ。この王都さえ征服できればいいんだから。人なんて余計な存在は消して当然だ」

「それ、本気で言ってるのか…?」

「ああ」


それを聞いた晴登の中の、何かが弾けた。


「お前、命を何だと思ってるんだよ」

「命は大切なものだよ。ただ、不必要な命だってこの世には有るんだけど」

「不必要な命なんかある訳ないだろ! お前が今殺そうとしている人たちの命は、不必要なんかじゃない!」

「どうしてさ。ボクの計画に、その人々は不必要だろう?」

「世界はお前中心に回ってるんじゃないんだよ! 不必要とか、お前が勝手に決めていい訳が──」



「いいんだよ」



突如、空気が凍りつく。晴登はそれに気圧され、言葉をつまらせた。

あいつの目の色が……変わった。


「御託はここまでだ。もうキミとはお別れしよう」

「…っ!」


淡い青の光が渦巻く掌を向けられ、晴登は金縛りにあったかのように動きが止まる。明瞭な殺意が全身を縛っているのだ。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい…!!!


「じゃあね」


青い光が輝きを増していく。
そしてそれは、次第に晴登の視界を埋め尽くしていった。

遅れて感じたのは、そのまんまの意味で身も凍るような寒さ。触覚が機能を失っていく。

そして更に、鳴り響く轟音。鼓膜が張り裂けそうだった。
その音に伴う、風のような衝撃も平衡感覚を狂わせてくる。

何も見えない。何も感じない。何も聴こえない。
それなのに、光と音と寒さに身体中が蝕まれていくだけはわかった。


意識が遠くなっていく。



酸素が足りなくなり、まるで海の底へと溺れていく感覚だった。




呼吸がままならない。吸ったところで、吹雪を取り込むだけだった。





もはや無重力空間。上も下も、何もわからない。






眩しい。怖い。


寒い。怖い。


痛い。怖い。


辛い。怖い。


苦しい。怖い。


切ない。怖い。


恐い。怖い。


怖い。怖い。怖い。怖い。


怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い・・・・



死ぬのが──怖い。



誰か、誰か助けて。



死にたく、ない。



死にたくないよ……。



ー。


───。


─────。





──そして全てが途切れる瞬間、温かい光が晴登の手を包んだ。

 
 

 
後書き
戦闘シーンがほとんど無くて、タイトルと内容が一致しなかったのは反省してます。すいません。
そして文字を濫発させたのもすみません、謝ります。1回やってみたかったんですこれ()

でも、後悔はしていない!←

どうも。もちろんのことですが、一話じゃ終わりませんでした。次回とそのまた次回にまでいくかもしれません。
今回みたいに、下手くそな言葉を並べるだけのものになるかもしれませんが、文句を言わずに読んでいただければ幸いです。

それでは、また次回で! 

 

第48話『深雪』

 
前書き
急いで書いたので、地の文が少なくて台詞で誤魔化してます。というか、地の文が思い付かない。というか、期限ギリギリだから急いだといえない。 

 
身体に刻まれた、恐怖の感覚。それに苛まれ、絶望の感情に身体が席巻される。
様々な感覚が錯乱し、許容範囲を超えた脳は考えることを放棄した。


──これが、『死』か。


次第に周りの音が静まっていき、いよいよ独りになった気がした。でも、それを「寂しい」と感じる機能はとうに消えている。
眩しかったはずなのに、寒かったはずなのに、煩かったはずなのに、怖かったはずなのに、その感覚も遠い彼方へ消えていった。

まだ、思い残すことはたくさんある。
それなのに逆らえないのが、運命の強制力だ。


・・・そうだな。せめて最期に、無事だけでも確認したかったな。



ユヅキ────






目を開けた途端、五感が一気に呼び戻される。
今、外で寝ているのだろうか。固い感触を背中に感じつつも、視界に広がる曇天を仰ぐ。
次第に意識が覚醒していき、ふと右手の違和感に気づいた。


──仄かに温かい。


ちらりと右手の様子を窺うと、誰かが両手で握っている。


──誰だろう。


視点を上にずらし、両手の主を確認しようとする。

そしてその顔を見た瞬間、例えようのない安堵感を得た。


「ユヅキ…?」

「…ハルト! 起きたの?!」


銀髪を揺らし、必死の表情でこちらを見つめるユヅキ。その蒼色の瞳は涙で潤んでおり、晴登の目覚めを心底喜んでいるようだった。


「ハルト……良かった、ハルト…!」

「ちょっ!?」


涙腺が耐えきれなくなったのか、大粒の涙と共にユヅキが抱きついてくる。
慌てて外そうとするも、遠慮なしに強く抱きつかれているため、中々引き剥がせない。

……仕方ない。照れくさいが、こちらとしてもユヅキの無事は喜ばしい訳だし、甘んじて抱きつかれることにしよう。


しかし、その様子を穏やかに見つめる人物が・・・


「いやぁ良かったねぇー」

「うぉっ!!……って、何であなたが?!」

「“あなた”じゃなくて“ミライ”だよ。いやぁ、たまたまユヅキと会ったものだから、行動を共にしていたんだよ。それにしても……ふふ、眼福眼福」

「あ、これは違うんです!!」


ミライが言っている意味がわかり、またユヅキを外そうとする。が、ユヅキはミライの発言すら聞いていなかったのか、泣き声を上げながら晴登から一切離れようとしないので、結局は不可能だった。


「う……」

「いいじゃないか、そんなに嫌がらなくたって。彼女だって必死だったんだよ。大体男なんだから、それくらい嬉しいものだろ? 羨ましいくらいだ」

「いや、普通に恥ずかしいですけど……」


晴登は俯き、頬を掻きながら答える。
それを見て、ミライは再びニコリと微笑んだ。晴登も苦笑いで返す。


「…ところで、体調はどうだい? 傷の調子とか」

「傷?・・・って、治ってる!?」


突然の話題転換に戸惑いつつも、晴登は自分の現状に気づき驚愕。
なんと大怪我を負っていた左腕と左脚が、綺麗サッパリ傷を消していたのだ。もちろん、痛みだってない。


「どうして…?」

「僕の魔法で治したんだよ。あのままだったら、ユヅキが卒倒しそうだったからね」

「え、あ、ありがとうございます!」

「いいよ、気にしないで。その代わりといってはなんだが、1つ訊いていいかい?」

「…? どうぞ」


急な真面目な顔つきになるミライ。
晴登はその表情に疑問を抱き、とりあえずという気持ちで聞いてみる。


「君の傷痕はウォルエナにつけられたみたいだけど・・・それ以外に、ウォルエナが原因じゃないと思われる怪我があったんだ。それについて、詳しく聞かせてくれないか?」


それを聞いて、晴登はハッとする。そして、脳裏に銀髪の少年が浮かんだ。
ユヅキとの再会の喜びで忘れかけていたが、あいつが全ての元凶である。姉であるユヅキを捜し、そして世界征服を企んでいるのだ。

確か、最後に攻撃を喰らって・・・


「──っ!!」

「ハルト!?」


突如、恐怖の感覚が再び甦る。
何も見えなくて、何も聞こえなくて、何も分からない。五感を全て消し去られて、世界に孤立したような感覚。
それを思い出すと同時に、晴登は激しく震えた。


「そうだ、あの時…俺は、死んだはずじゃ…」


死んだ経験なんてないが、あの時に自分は確実に死んだと思っていた。それなのに、なぜ今こうして生きているのだろうか。


「・・・いや、君はユヅキに助けられたんだよ」

「え…?」







「中々進展しないね」


ミライはポツリと呟き、やれやれと首を振った。
晴登の安否が未だに分からないため、ユヅキの様子も芳しくない。


「一度大通りに出てみようか」

「はい」


ユヅキはミライの提案に素直に従い、後ろをついていく。
ちなみに、今の場所は大通りのすぐ横にある道。路地裏ほどひっそりはしていないが、大通りほど賑やかでもない。
まあ、人どころかウォルエナも見当たらないから、不気味な話だ。


「……ん?」

「どうしました?」

「何か…巨大な魔力が近づいてくる…! 大通りには出るな!」


大通りに出る間際、彼は叫んだ。
腕の制止を受け、ユヅキはその動きを止める。


──その正面、轟音と共に激浪の様な吹雪が流れていった。


「え、何、今の!?」

「まだ来るぞ、下がれ!」


吹雪は依然止まず、大通りは白く覆われていた。
大地を揺らすほどの勢いと肌にしみるような寒さを感じながら、ユヅキはその吹雪をじっと見つめる。

これは間違いなく人為的なものだ。
しかし、こんな猛吹雪を魔法で放とうものなら、並の人間ではすぐに魔力が枯渇するだろう。というか、そもそも放てないはずだ。


「まさか…黒幕…!?」

「ウォルエナを防ぐためだけなら、ここまではしない。この街に敵意を持つ奴の仕業……ありえる話だ」


ミライの表情が変わるのを、ユヅキは見た。
憎しみを、怒りを、殺意を。それらを抱く彼の顔は、本来の綺麗さを失っていた。

ユヅキはもう一度吹雪を見た。
ごうごうと音を立てながら、断続的に流れている。
こんなのに巻き込まれたらひとたまりもないだろう。


「……あれ?」


その時、ユヅキの眼は何かを捉えた。
白く濁る雪の中、微かに影が見える。それには顔があり四肢があり、つまるところ人間の形をしていた。


「ミライさん、あそこに人が!」

「何!? どこだ?!」

「…ボク、行ってきます!」

「あ、ユヅキ!」


ユヅキは無我夢中で吹雪に飛び込んだ。その瞬間、全てから隔絶された気がした。視界は一面白色で塞がれ、当然鼓膜は役に立たず周りの音が一切聴こえない。
自分と、そして目の前の人影が唯一の存在。ユヅキは流れながらも、必死にうっすらと見える人影に手を伸ばした。


「よし…」


そして、しっかりと手を掴んだ。
冷たく冷えきっていたが、僅かに温もりはあった。





「・・・ユヅキ!」

「……っはぁ! はぁ…大丈夫…です」

「何て無茶を…。君が氷属性に耐性があるからまだ良かったが……」


吹雪から脱出し、その後ミライとどうにか合流する。
彼の言う通り、自分には氷属性の耐性がある。それを踏まえて飛び込んだはずなのだが……かなりキツい。

しかし、今はそんなことを気には留めていられない。
ユヅキは自分が手を握っている人物を一瞥すると、静かにミライに伝えた。


「…それよりもミライさん、これ」

「な…!?」

「やっと、会えたのに……こんなの酷いよ…」


ユヅキが握っていたのは、満身創痍で死体の様にピクリとも動かない晴登の右手だった。
しかも吹雪に流されていたせいか、服や肌が一部凍り付いている。
その悲惨な姿を見て、さすがにミライも絶句していた。


「どうしよう……」

「…ユヅキ、ハルトをこっちに。僕が治す」

「治すって…?」

「僕が使う魔法は治癒の効果があるんだ。それで何とか傷を塞いでみる」


その言葉に、ユヅキは希望を取り戻した。顔を輝かせてミライに頼み込む。


「ぜひ、お願いします!」

「言われなくとも」


ミライは自信満々に言い、己の力を最大限費やして晴登の治療に掛かった。







「・・・という訳だ。君の傷を治したのは僕だが、そもそも君を助けたのはユヅキなんだ」

「そうだったのか…。ユヅキ、ありがとう」

「気にしないでよ。無事で本当に良かった」

「…う、うん。ごめん、心配かけて」


晴登が礼を言うと、ユヅキは笑顔で応える。
そのあまりの眩しさに、晴登はたまらず目を逸らした。


「ところでハルト、さっきの話の続きだが、君が戦った人物のことについて聞かせてほしい。いたんだろ? 君に敵対したのが」

「……はい」


晴登は落ち着いて返事をする。
不思議と、もう心は騒がなくなっていた。思い出しても平気そうだ。


「そうか。僕の見解では、その人物がこの王都の一件の黒幕だと思うんだが……そこのところは分かるかい?」

「ある程度は。俺が会ったのは銀髪の少年でした。ただの避難民と思って接していたんですけど、どうもそうとは思えない発言ばっかで…」

「例えば?」

「『大陸の王になる』とか、『ウォルエナの主人』とか、『ユヅキを捜す』とか・・・」

「え、ボクを捜してるの!?」


自分の名前が突然出てきたことに、驚きを隠せないユヅキ。それはミライも同じであり、冷静な表情が崩れていた。


「その少年とユヅキとの関係は…?」

「…ユヅキの、弟だって言ってました」

「「え!?」」


2人の驚きが重なる。そして2人は顔を見合わせ、何やら目でやり取りをしていた。


「……もう少し、詳しく聞かせてくれるかい?」

「詳しくといっても、俺が聞けたのはこのくらいです…」

「そうか…」


ミライは腕を組み、思考に身を投じる。
その彼の表情は困惑の色が多く、口を開くまでに少々時間を要した。


「…ユヅキ」

「はい…」

「君に弟はいるのか…?」

「え…?」


晴登はミライの質問に驚きを示す。
それもそのはず、「本当はユヅキに弟はいない」という線は疑ってもいなかったからだ。
しかしミライの真剣な表情を見て、水を差す気にはならなかった。


「……いません」


そしてその答えを聞いた時、晴登の思考は混濁していった。


「嘘…だろ!?」

「嘘じゃないよ、ハルト。ボクの家族は母さんと父さんだけ。弟なんて見たことも聞いたこともないよ」

「どういうことだ…? ハルト、そいつは間違いなく『ユヅキの弟』と言ったのか?」

「はい。……あ、でも、少し引っ掛かることが」

「ん?」


晴登は記憶を掘り起こし、疑問になっていたことを思い出す。


「あいつ……自分のことを『鬼族』って言ってました。もしユヅキがあいつの姉なら、ユヅキも鬼ってことですよね? でもユヅキは鬼なんかじゃないから・・・」


「止めて、ハルト」


「……え?」


ミライの突然の制止に、晴登は戸惑う。
しかしそれ以上に、ミライは更に困惑しているようで、頭を抱えていた。


「これは、本当にどうなってるんだ…?」

「え、何がですか?」

「いや、何というかだな…」


1人だけ話についていけない、一種の孤独感。
それを感じながらも、晴登はユヅキとミライに問う。
しかし、2人の表情は決して明るいものではなく、2人とも理解が追いついていないのだとわかった。

しかし、その静寂を貫く言葉が1つ。


「・・・ハルト、驚かないで聞いてほしいんだけど…」


晴登は視線をユヅキに向け、次の言葉を待つ。
彼女は微かに逡巡を見せたが、決心したように言った。


「ハルトが言ったことは事実だよ。ボクは鬼の血を引いている」

「……は?」

「だから多分ハルトが見た人物は、ボクと直接関係があるかは別として、ボクの故郷の人だと思う」


衝撃の告白に、目を見開く晴登。驚かずにこれを聞くなんて、正直無理がある。もう何が何だか、正誤が渾然していて理解が不可能だ。

ユヅキが鬼? そんな素振りは一度も見せていない。ただの人間の少女なはずだ。
それに鬼は、アイツの言う通りなら最強の種族なのだ。でもこの3日間で何度かピンチがあったが、ユヅキが鬼の様に強かったから切り抜けられた場面は、正直一度もなかったと思う。


「ユヅキが鬼…? 何の冗談だ?」

「ううん、ハルト。冗談じゃない。ただボクが、鬼であることを隠しているだけ。別にハルトが嫌いとか、そんな理由じゃないんだよ。鬼族は珍しいから、ボクの身を守るためなんだ」


詳しく説明されたところで、晴登の気は晴れない。
ユヅキもこうなることは分かっていたのか、特に二の句は継がなかった。

でもその真剣な眼差しに、晴登は信じざるを得なかった。


「ハルト、ユヅキが鬼という事実はひとまず、呑み込んでくれさえすれば良い。それより、僕に1つ考えがあるんだが・・・できれば、君たちの協力を煽りたい」

「何ですか?」


晴登はミライの言う通り、ユヅキのことはとりあえず、という気持ちで理解した。
それよりも、ミライの提案に奇妙な雰囲気を感じる。

晴登が聞き返すと、彼は突飛なことを語った。


「さっきからの話でわかると思うが、僕たちには情報が足りない。黒幕に目処はついたが、そいつがユヅキとどういう関係なのかも不明瞭だ。だから僕は情報を得るために、あることをしたい」

「あること…?」

「そう。それは・・・」







「全く、余計な時間を過ごしてしまった」


ウォルエナを意に介さず、大通りを歩く1人の少年。
彼は銀髪を掻きながら、苛立ちを露わにしている。


「好き放題言って・・・人の命なんて、ボクと比べれば小さいものだよ。それなのに小動物の分際で、ボクに楯突くなんて……」


彼が言っているのは、数十分前に出会った、自分よりも少し年上の少年のことである。
大怪我を負っても、立ち向かってくるその姿は“果敢”そのものであったが、結局はどこかに飛ばしてやった。
まぁそこそこに威力を込めたから、死んでいるかもしれない。


「いいよいいよ、あんな奴は死んで。王に逆らうとどうなるか、思い知らせただけだし」


人の死が関わるのに、彼はあくまで冷静だった。
全ては自分が中心。そう考える少年にとっては、人間の死はちっぽけなものである。


「……ん?」


突然、嗅覚が何かを捉える。
というのも、鬼族は嗅覚が人よりも断然に優れており、敵の察知も早いというもの。今回もそれであった。


「敵意を感じる…。誰だ…?」


歩きを止め、辺りを見回してみる。
しかし、前後は消失点が見えるほどの大通りが伸びるだけで、大した変化はない。


「…所詮、隠れているだけか」


少年はそう結論づけると、再び歩み始めた。
するとその瞬間、背後に影が現れる。


「…っ!」

妖精散弾(フェアリーレイン)!!」


目の前が眩い光に包まれる。
少年はそれから逃れようと目を閉じようとしたが、危険を感じて本能的に先に吹雪を放った。
白い光が眩い光を侵食し、やがて相手に到達する。しかし相手は臆することなく、それを回避して事なきを得た。

その時ようやく、少年は相手の顔を見る。


「…誰だ、キミは?」

「僕はミライ。君に訊きたいことがあるんだけど、時間を頂けるかな?」


青年はニッと笑いながら、そう言った。

 
 

 
後書き
下手くそな文章だから、お詫びにほんのちょっぴり長く書いてみました(800文字くらい)。・・・え? 下手なら長く書いたら逆効果? そ、そんなことある訳ないじゃないですか…!(;д; )
いやまぁ実際、かなり書きにくかったですね…。

さて、そんなことはさておき。
二月に入って、受験まであと僅かとなりました。なのでここから1ヶ月くらい、更新が今回ぐらいのスピードになるかと思います。
忘れた頃に更新、みたいなスタンスになりますが、どうかよろしくお願いします読んでください。

記念すべき“本編50話”が目前に迫っています。
きっと何も無いのが目に見えますが、いつもより少しだけ気合いを入れて書くと思います。

それでは、また次回で会いましょう! 

 

第49話『戦士』

不穏な風が流れる大通り。その中で、2人の人物が対峙していた。
一方は銀髪を掻きながら不満を露骨に顔に出し、もう一方は整った顔を崩すことなく笑みを浮かべている。


「生憎ボクに時間はないし、キミとつるむ気もない。いますぐここから消えてくれれば、ボクは何もしないよ」

「街を壊滅寸前まで追い詰めといて、その言い分は苦しいんじゃないかな?」

「何? キミも一緒に滅びたいの? ボクは別に構わないけどね。そもそも先に仕掛けたのはそっちだし、許そうとしてくれている寛容なボクに甘えるべきだと思うんだけど?」


鋭い言葉がミライに突き刺さるが、ミライは穏やかな表情を崩さない。
少年はそれが不愉快なのだが、今はその気持ちを抑えた。


「わざわざご親切にすまないね。見たところ僕より年下みたいだが、中々しっかりしてるじゃないか」

「子供扱いは嫌いだよ。人間風情が、勝手にボクを見下すんじゃない」


埒が明かない。
こんなので時間をとられるくらいなら、いっそ殺した方がマシである。

少年は静かに力を溜め、さっきのような吹雪をミライに放とうとした。


「・・・おっと、攻撃は待ってくれないか?」

「!?」


しかしミライに感付かれ、溜め動作が一旦止まる。
それにしても、何故魔力を溜めたのがわかったのだろうか?


「さて、このままだと君は教えてくれそうにない。だったら僕から1つ条件を出そう」

「……何だ?」

「君が僕に情報をくれるのなら、ユヅキの居場所を教えよう」

「なっ…!? 何でそれを…!?」


自分の目的の1つを暴かれ、若干焦る少年。
彼と面識はないはずなのに……まさか、こいつは心が読めるのか?


「…ま、待て。キミが嘘を言っている可能性がある。その条件には応じられない」

「おや、そうかい? 君にとってかなり良い条件だと思うんだけど…」

「ウォルエナを街中に放っている。じきに見つかるさ。キミの助けは要らない」

「本当にそうかい?」

「……っ!」


舐め回すように核心に近づこうとするミライ。
どうしてここまで自分の情報に拘るのだろうか? 訳がわからない。

少年は舌打ちを堪え、落ち着けと自分に言い聞かせながら平静を保とうとした。


「……とりあえず、キミの要望には応じられない。早くここから去ってくれ」

「そうか、君がそう言うんなら・・・」


ミライが寂しげに言うのを見て、少年はようやく解放されると思った。だがしかし・・・


「力ずくで聞き出すしかないね」

「っ!」

妖精散弾(フェアリーレイン)!!」


再び閃光が少年を襲う。
けれども、人並み外れた反射神経というべきか、少年は刹那のスピードで氷の壁を造形して身を守った。


「この近距離でも当たらないなんて、やっぱり一筋縄じゃいかないか」

「…それよりもさ、ボクが待っていてあげてるのにキミが先に攻撃するって、理不尽じゃない?」

「はは、ごめんごめん。待っててくれたんだね、ありがとう」

「礼なんか要らないし。というか、今のは宣戦布告と捉えていいよね? ボクが待つ筋合いはもう無いだろ?」

「あーあ、交渉失敗か」

「キミが短気なせいでね!」


少年の回りに冷気が漂い始める。臨戦態勢だ。
だがそれを見て、動揺の色を一切見せないミライ。それどころか彼はやれやれと首を振り、指を口にくわえ、


「ピィーー!!」

「!?」


高らかに口笛を吹いた。
その異様な行動に度肝を抜かれた少年は、一瞬怯む。

──そう、怯んだ。


「頼んだよ、2人とも!」

「「はいっ!!」」


「な!?」


ミライの掛け声と共に放たれた3方向からの攻撃を、少年は察した。
1つは正面のミライからだが、残り2つは後方から・・・風属性と氷属性か。


「ぐっ!!」


怯んだ上に、3方向から攻撃が来たから、少年は焦って防御を忘れ、全ての攻撃を喰らってしまう。
光と風と氷が混ざり合い、軽く爆発を起こした。


「──っ! …大丈夫か、2人とも?!」

「大丈夫です、ミライさん!」

「こっちも平気です!」


未だに周囲が煙に包まれる中、3人の戦士が合流した。






これは作戦開始の数十分前の出来事。ミライが晴登とユヅキに作戦を伝えているところだ。


「僕が囮になって、できるだけ情報を聞き出す。そのタイミングで事態が解決できれば最も良いが、たぶんそれは厳しい。だから、訊いた上で僕ら3人で共闘するのが良いと思うんだ」

「それで、勝って万々歳と?」

「うん」


ミライの作戦を聞いて、晴登は相槌を打つ。
情報を得て、そしてあわよくば撃退をすると。確かに理想的だが、実現の可能性は・・・


「ただハルトが巻き込まれた吹雪。アレを視る限り、僕だけの魔力じゃ到底及ばない。僕の魔法は“妖精魔法”といって、かなり万能な使い方ができるんだけど、結局は魔力の量が全てさ」

「そんな相手に俺ら3人で勝てるんですか?」

「相手が“鬼族”である以上、本気を出されたらどうなるかわからない。君たちが戦い慣れしていないというのもあるから、負ける確率の方が高いだろう」


ミライの言う通り、勝ち目はかなり薄い。
鬼族の実力がどれくらいかは知らないが、さっき喰らった吹雪を鑑みると、その強さは本物だ。


「だったら応援を依頼した方が・・・」

「時間がないんだ。だから、覚悟を決めてほしい。僕と行くか、行かないか。それがこの街の運命の分かれ道にもなる」


多勢に無勢とはよく言ったもの。相手が1人なら、アランヒルデといった王国騎士団などに応援を要請して、数で押すのがセオリーだ。
しかし、今彼らは大討伐の真っ最中。王都の中にはあまり残っていないだろう。恐らく、少年はそこまで見越して仕掛けているのだ。子供とはいえ、力業だけという訳でもないらしい。

つまり、彼を止められるのはここにいる3人のみ。この3人に、王都の行方が懸かっている。
それがわかっていて逃げ出すなんて真似は・・・晴登にもユヅキにもできない。


「「・・・行きます」」

「…ありがとう。恩に着るよ」


ミライは、心から感謝しているように見えた。







「やったか?!」

「いや、まだ魔力が視える。そう易々とは勝たせてくれないな」


晴登のぬか喜びを、ミライがピシャリと制する。彼は煙の奥をじっと見据え、敵の出方を窺っていた。

するとあるところを中心にして、煙が弾けるようにそれは霧散する。


「何人で来ようが、ボクには勝てないよ。大人しく降参して、街が征服されるのをウォルエナの腹の中で見ていれば・・・ん?」


余裕の態度で語ろうとしたのだろうが、彼にとって意外な人物が目の前にはいたのだ。


「キミはもしかして・・・ユヅキか?」

「う、うん…」


戸惑いながらも、ユヅキは正直に返事をした。もっとも、髪色のせいで誤魔化すことなどできないのだが。

その答えを聞き、少年の目の色が変わる。


「ようやく見つけたよ。さあ、一緒に帰ろう?」


先程とは打って変わって、優しい声で語りかける少年。その変わり身の早さがあまりにも不自然で、少し気持ち悪い。

そして「帰ろう」というのは彼の故郷のことなのだろう。ユヅキと同郷というのは間違いなさそうだ。

…何はともあれ、ユヅキが戦場に出る以上、この事態は想定済みである。
ミライからは『断ることは前提にしなくていい。正直僕たちにはわからない話だから、情報を得た上で君の判断に任せるよ』と言われている。
王都をこんなにして良い奴とは思えないが、かといって事情も知らないまま彼を否定し続けるのはダメだということだ。
……ファーストコンタクトの際の、こいつへの自分の対応はノーカンにして欲しい。あの時はユヅキを捜すのに必死だったのだから。


「…その前に、キミの名前を教えてくれない? ボクはキミのことを覚えてないみたい」

「いや、気にすることはない。ボクだってキミに会ったのは、これが初めてだ。ちなみにボクの名前は“ヒョウ”だよ」

「おい、ちょっと待て!?」


口を挟むつもりはなかったが、つい横槍を入れてしまう。だが、それも仕方ないだろう。
間違いなく、こいつは今『ユヅキと初対面』と言った。むしろ驚かなくてどうする。


「……何だ、まだ生きてたのか。よくボクの前にノコノコ現れたね」

「それは後だ。お前、ユヅキと初めて会ったってどういうことだ? 姉弟なんだろ?」


露骨に態度を変えて接してくる点は置いといて、晴登は疑問点の追究に掛かる。


「姉弟…そうだね。確かにボク達はちゃんとした血縁関係にある。ただ、会ったことがなかっただけで。生き別れ、と考えるとわかるんじゃないかな?」

「生き別れ? そんなことあるのか?」

「ボクが物心付く前に、ユヅキは故郷を出ていったからね。姉という存在を、ボクは両親から聞いたことしかなかったよ」

「じゃあ何で、今頃になってボクを捜しに来た訳?」


ユヅキがその質問をした途端、ヒョウの表情が曇る。
何か聞いてはならないことを訊いた、そんな緊張感が漂った。


「…父さんと母さんが死んだ。もちろん、キミとボクの」

「え…?」

「病死だよ。いくら鬼でも病気には敵わない」

「嘘……え?」


突然の言葉にユヅキは絶句。自然と晴登も言葉を失った。

確か時計屋でユヅキの両親について訊いたとき、彼女は「健在だ」と答えた。
つまり、ユヅキは両親の死を知らないことになる。


「それで国の統治権を、王である父さんの息子のボクが譲り受けたんだ。だから国はボクのものだし、ボク自身は『大陸の王』を目指そうと思ったんだよ。けどそれには、大陸全てを統治する必要がある。それでボクは、昔居たという姉を捜して、戦力にしようと考えたのさ。同じ鬼族だし、それなりに戦えるだろう、ってね」


しかしお通夜ムードになることはなく、ヒョウは嬉しそうにそう語っていた。まるで、ようやく自分の時代がきたと、はしゃいでるように。


「父さんと母さんが……嘘……」

「そう落ち込まないでほしいね。大体、ユヅキが故郷を放れたのって、親子喧嘩が原因なんだろ? だったら、死んで良かったと喜ぶかとも思ったけど…」

「そんな訳ない、ボクの親だもん。それより、何でキミはそんなに平然としていられるの?」

「最初は驚いたよ。でも、ボクの国ができたと思うと嬉しくてね」


哀しみに震えるユヅキとは対照的に、喜びを露にするヒョウ。どう見ても、ヒョウの反応の方が異常である。

それにしても、ユヅキは家出していたという事実が気にかかった。訳ありなのは以前から聞いていたが、まさか家出とは。
つまり、ヒョウと顔を合わす前にユヅキは家出したことになる。となると、年齢的にまだ小学校に入る前くらいだろう。それで、王都に流れで辿り着いたんだから、ある意味すごい。

…そんな分析してる暇はないな。


「…君のことはよくわかったよ。そして尚更、君の邪魔をしなければいけなくなったね」

「どうしてさ?」

「ここは僕の住む街だ。どこの王様だろうと、好き勝手にはさせない」

「…はぁ、これだから人間は。弱肉強食って知らないの? 負けるとわかっている相手に挑むとか、頭おかしいんじゃない?」


口戦を繰り広げる二人。一触即発な雰囲気だ。
ヒョウに至っては苛立ちが目に見えてわかる。何も言わない方が利口だろう。


──しかしその時、火に油が降り注ぐ。


「ボクはキミとは一緒に行けない」

「…は?」

「キミがやっていることに賛成できない。ボクの力は貸さないよ」


強烈なユヅキの一言だった。
ヒョウは打ちのめされたような顔になり、絶句する。自分の言い分が通ると、固く信じていたからだろう。

だが直後、大きな舌打ちが響く。


「どいつもこいつもボクの邪魔をしやがって・・・一体何が気に入らないっていうんだぁ!」


ヒョウを中心に巻き起こった吹雪。それは晴登たちを含め、周囲全てを蝕んでいく。家々は凍りつき、地面も氷柱に覆われた。

間違いなく、あの時のと同じやつだ。

何も見えない、何も聞こえない、何も感じない。
その地獄がまたやってくるのだろうか。
死んだのかも不鮮明で、どこか別の次元に弾き出されたような、あの孤独な地獄が。

吹き飛ばされないよう必死に耐えながら、晴登は沸き上がる恐怖も堪えていた。肌がざわつき、悪寒が背筋を駆け巡る。荒い呼吸を繰り返しつつも、何とか身体を保った。

…いや、ダメだ。怖い。五感がもう鈍ってきた。嫌だ、死にたくない…! 帰りたい…! 誰か助けて…!


「ハルト!」

「!!」


轟音の中、その声はハッキリと耳に届いた。
ガッシリと手首を掴まれ、無理矢理に引っ張られる。その手は迷うことなく晴登を導いた。


「ぶはぁっ!」


ヒョウから距離をとり、水面から出る様に吹雪から脱出する。
右手にある温かさを感じながら、晴登は正面を向いた。


「…ありがとう、ユヅキ。また助けられたよ」

「気にしないで。もう晴登にはあんな目に遭ってもらいたくない」


そう言って、ユヅキは微笑んだ。

…もう感謝しても、し切れないな。それほど、自分はユヅキに助けられた。

最初は居場所を与えてもらい、そして友達になった。色々あったけど、どんどん仲良くなって、ラグナやアランヒルデ、ミライと知り合えた。
たかが3日間、されど3日間だ。普通じゃ芽生えないような深い絆があるのを、晴登は感じていた。

ユヅキの笑顔を、守りたい。


「2人とも、いけるか?!」

「「大丈夫です!」」

「この魔力…正体を見せたぞ」


ミライは苦笑しながら、呟いた。
正体……それが示すものは、アレしかないだろう。


「あァァァァァァァ!!!!」


人間とは思えない雄叫びが辺りに響く。その勢いに、ビリビリと空気が震えた。


──そして、奴が姿を現す。


「もう許さない。皆殺しだ」


ヒョウは目に見えてわかるほど、激昂していた。鬼の象徴といえる、煌々とした1本の角を頭に生やして。
少年の姿のままではあるけれど、最強の魔獣として彼は戦場に立った。


「馬鹿げた魔力だな。これが鬼族か…」


感嘆しながら、若干口元が引きつっているミライ。さすがの彼でも、驚異を前に驚きを隠しきれていない。晴登に至っては、ヒョウからの鬼気に当てられて、鳥肌が止まらないくらいだ。
ちらとユヅキの様子を窺うと、彼女も怯えているように見えた。


「…やってやるよ」


晴登は拳を強く握りしめる。
ミライの問いに「やる」と答えたんだ。今更逃げたりはしない。妙なプライドだけど、やるしかないんだ。

晴登の右手に、風が衣の様に集う。


「かかってこい、人間」


その言葉を幕開けとし、街を賭けた決戦が始まった。

 
 

 
後書き
ようやく書けましたバレンタインデーこと、14日に。
チョコなんぞ貰える訳もなく……べ、別に、チョコとかそんな好きじゃないし!

さて(特に言うことがない)。
………異世界転移編が落ち着けば、日常編でゆったりしたいものです。暁君とか部長らへんが、今空気ですもんね。ごめんなさい。
だから、何か楽しくできたらと思います。

次回は記念すべき50話。
最終戦に合わせたというのはありますが、特別なことは何もございません。いつも通り読んでいただければ嬉しいです。
それじゃあ次回で会いましょう、では! 

 

第50話『VS.鬼』

 
前書き
今頃だけど、気がついたら連載一年経過してました。 

 
本物の鬼を見たのは、これが初めてである。…まぁ、見たことあったら逆に凄いのだけれども。
とにもかくにも、そんな非現実な事態に晴登達は巻き込まれていた。


「別に震えてない…これは武者震いだ…」


自分に言い聞かせるも、無理がありそうだと考え直す。ヒョウから溢れ出ている鬼気が、この震えの元凶だ。
威圧、なんて生易しいものじゃない。圧倒的な力の差を素人目でも感じられる。


「あァァァァァ!!」

「やばっ!?」


突如、ヒョウを中心に吹雪の大爆発。一瞬で視界が白くなり、極寒に襲われる。それだけでなく、瞬く間に辺り一面が雪景色に変わってしまった。
いわゆる、天気があられの状態。真冬の寒さが体力を奪う。


「そうはさせるか! 妖精の光(フェアリーシャイン)!!」


しかしミライの温かな妖精魔法によって、気温諸々が一気に中和される。そして辺りの景色は、何事もなかったかのように元に戻った。


「す、すげぇ…」

「ハルト、驚いている暇はないぞ!」

「…わかってます! "鎌鼬"!!」

「ふん!」

「弾かれた!?」


かなりの力を込めて放ったはずだが、ヒョウが右手を振るっただけで、"鎌鼬"は砕かれて原型を失う。
晴登はそれに動揺するが、相手が待ってくれる訳でもない。

刹那、ヒョウは1歩で晴登に接近した。まさに閃光の如きスピードである。さらに、文字通り“鬼の形相”のヒョウを見て、晴登は臆して隙を見せてしまった。
そして彼の右手は、晴登の顔を的確に捉えて・・・


「ハルト!」


その時、ユヅキが助け船を出した。
拳ほどはあろう大きな氷塊をヒョウに放ったのだ。

しかし、予想の範疇だったと言わんばかりに、彼はヒラリと身をかわしてそれを避け、またも一瞬で最初の位置に戻る。


「なんて機動力だ…」

「ど、どうします? ミライさん」


敵の動きに感嘆するミライを見ながら、晴登は彼に作戦を仰ぐ。さすがにこの相手を前に、無策は危険だ。
“剛”を制すには、“柔”しかない。


「数秒でいい、奴を足止めできないか?」

「どうしてですか?」

「僕の魔力をありったけに込めた一撃をぶつけたい。その為に奴の隙が欲しいんだ」

「でも、それで終わるとは・・・」

「わかっている。ありったけと言っても、全てを注ぐ訳じゃない。君たちを残して、魔力切れで倒れるなんて真似はできないからね。ただ、確実なダメージを一発は与えてはおきたい」


ミライは既に覚悟を決めていた。
今のところ、その案が最善策だろう。ならば、やる価値はある。


「ただ、足止めと言ったって、俺は何もできないですよ?」

「ボクなら相手を氷漬けにはできるけど、今回は相手が悪いし…」

「だったら、奴の注意が僕から離れるようにしてくれるか? そうしたら、隙を見て撃つ」


かなりリスクは大きいが、晴登とユヅキは頷いた。2人でやれば何とかなるだろう。


「頼んだぞ、2人とも!」

「いくぞぉ!」


ミライの声を聞きながら、晴登は最前線に飛び出た。強風を身体に纏いながら。
この役目をユヅキには負わせられない。負ったとしても、最前線では自分が戦ってやる。


「はぁぁぁぁ!!」


纏った強風を全て、"鎌鼬"の形成に注ぎ込む。
すると三日月型の刃は巨大化し、その大きさは晴登の身長にまで及んだ。


「喰らえっ!!」

「……」


晴登は渾身の力で"鎌鼬"を放つ。もはや、足止めという言葉は頭になかった。
ヒョウは向かってくるそれを、ただただ見つめている。恐れも、余裕も、何一つ感じられない。

唯一感じたのは・・・


「…ふッ」


天と地ほどの、力の差だった。

ヒョウはまたも、右手を振るって"鎌鼬"を破壊する。
しかも今回に至っては、力を込めていないようにも見えた。


「嘘…だろ…」


全力を防がれて、情けない声を出す晴登。気づけば、膝から崩れ落ちていた。
自分の力が通用しないとわかったときほど、絶望するときはないだろう。

…だが、まだ彼女が諦めていなかった。


「はあっ!」


地面を凍てつかせ、大きな氷柱を連ねていくユヅキ。
その光景は、まさにマンガでしか見たことないものであり、いつの間にか晴登は見入っていた。


「……その程度か」


しかし、ヒョウにはやはり通じなかった。彼は腕を一振りするだけで、全ての氷柱を破壊したのだ。
淡々と、まるで作業するかの様に、彼は悉くこちらを制してくる。


「くっ、ミライさ…! …ん?」


晴登は自分の役立たずっぷりに、たまらずミライに作戦の変更を依頼しようとする。
しかし晴登が振り向いて見ると、彼は姿を消していた。


「いない…」

「え?! どこ行ったの?!」


唐突な事態に、晴登とユヅキは困惑する。
焦りが生まれ、敵をそっちのけにミライを捜し始めた。

一方ヒョウも、これには警戒をしているようだった。

すると、


「──妖精の鉄槌(メテオフェアリー)!!」

「っ!」


突如として聞こえた声は真上から。続いて、巨大な光と衝撃がヒョウを射抜いた。コンクリートの地面が捲り上がり、土煙が勢いよく舞う。光は辺りを照らし、そして炎の様に焦がしていった。
これにはヒョウも即座に避けられず、両腕でガードしようとしていたのが最後に晴登には見えた。
その爆風を身体に感じながら、2人は唖然として様子を眺める。余りに、高すぎる魔力だった。


「…お勤めご苦労、2人とも」


そんな中、1つだけ落ち着いた声があった。今しがた大技を放ったミライだ。彼は土煙の中から颯爽と歩いてくる。


「いや、え…?」


驚きで言葉がつまってしまう。
あの技の威力にかもしれないし、ミライの隠れた強さにかもしれない。
さっきのは、晴登が喰らえば間違いなく即死ものだ。多分跡形も残らない。それだからこそ、反応に困ってしまう。


「うーん…手応えはあったけど、やっぱり足りないかな。まだ余裕そうなのが視える」

「嘘!?」

「ただ、ダメージはきちんと与えているはずだ。そこは大丈夫」


彼は乾いた笑いを見せる。

…いや、待て。あれ喰らってピンピンしてるって、化け物すぎやしないか? …いや、元々鬼って化け物みたいなものか。


「…あのさァ、こんなのじゃボクはたおせないよ?」

「!!」


煙の中から、一閃の光が見える。その正体は言わずもがな、ヒョウの角だ。
彼の角は一層輝きを増しており、不穏な気配を醸し出していた。


「…ここまで元気だと、僕の努力は無駄に見えるね」

「それってヤバいんじゃ…」

「諦めちゃダメだよ、ハルト。奴に勝たなきゃ、僕らの未来だってないんだ」

「そうだよハルト、まだやれるよ」

「ミライさん…ユヅキ…」


2人の言葉に励まされ、晴登は再び覚悟を決める。こちとら、死ぬ気なんて更々ないんだ。
必ずハッピーエンドを掴み取ってやる。


「……ッ」

「あの構え…!」


晴登はヒョウの動きを見て、そう洩らした。
右の掌を前に突き出す構え。しかしそれには見覚えがあり、そしてこの後に氷塊が飛んでくることも予測できた。


「2人とも、避けて!」


晴登が叫び、3人はそれぞれに回避行動を行う。打ち合わせがなかったせいか、各々が違う方向に避けたのだが。

しかしヒョウは、ある人物に的を絞り氷塊を放った。


「……俺か!!」


自分が狙われたと判明した途端、晴登は本格的に逃げの姿勢に入る。ヒョウはそんな晴登に向けて、氷の弾丸の一発一発を的確に放ってきた。
速度はさっき見たときよりも大幅に速くなっていて、油断してると当たって肉をゴッソリ持っていかれそうなレベルだ。当然、目で追うことは不可能なので、勘で避けている。


「おっと…って、危な!……はっ、とぅ!」


追い風のおかげで並以上の回避能力を得ているので、何とか避けることはできるようだ。
ただ、体力と魔力はかなりの勢いで消耗してしまう。


「はぁ…これじゃあ、ジリ貧じゃねぇか…」


一応いつでも懐に飛び込めるよう、ヒョウの回りをぐるぐると回るように逃げているのだが、やはり危険かもしれない。
少しキツいが、屋根の上とか使ってみるか…?


「…ッ!」

「…ユヅキ!?」


逃げる思考を練ってた間、横目にユヅキがヒョウに突撃するのが見えた。右手には短剣…らしき、氷の尖った物体。
晴登が狙われている隙に、という策なんだろうが軽薄だ。鋭利な武器を持っていても、奴は侮れない。


「ユヅキ、ダメだ!」


晴登は走りながら、精一杯叫んだ。が、ユヅキは聞かず、ヒョウの背後から特攻を継続する。
その距離はもう1mもなかった。


「もらったぁ!」

「…気づかないとでも?」

「うっ!」


しかし、ユヅキの攻撃は失敗に終わり、それどころか腹に蹴りという反撃を喰らってしまう。
ユヅキは吹き飛び、数回転地面を転がってようやく止まる。


「ユヅキ! 大丈夫か?!」

「うぅ…」


晴登はすぐさま駆け寄り、ユヅキの容態を診る。
お腹を押さえて苦しそうにしてはいるが、命に別状は無さそうだ。


「良かった、ユヅキ・・・」

「──ハルト、安心してる暇はないぞ!」

「え、ミライさん……うわっ!?」


突然のミライの声に慌てて顔を上げると、そこには氷塊をシールドの様な光の壁を張って防ぐ、ミライの姿があった。その衝撃音に思わず声を上げて驚いてしまう。
しまった、まだ戦闘中なのだ。ユヅキを心配する余り、周りを見ていなかった。


「す、すいません…」

「ユヅキは動けそうか?」

「まだ、大丈夫ですよ…」


途切れ途切れではあるが、ユヅキは答えた。だが、晴登は納得できない。


「ユヅキ、無理しないで」

「ごめんね、ハルト。迷惑…かけちゃって」

「それはお互い様だよ。俺だって散々かけたし」

「ボクのことは一旦放っておいて構わない。それよりも、ヒョウを何とかして」


ユヅキは眼差しは本気だった。暴走している身内を止めて欲しいと。
その意を汲まずして、どうしろというのだ。


「…わかった。ホントなら逃げろって言いたいけど、場合が場合だもんな。あいつは俺とミライさんで何とかする。ユヅキはとりあえず休んでてくれ」

「ありがとう…ハルト」


ミライが攻撃を防いでくれている間に、晴登はユヅキを路地裏に運ぶ。ここなら攻撃の被害を受けることもない。
壁にもたれかからせるようにユヅキを寝かせ、晴登は再び戦場に戻る。





「ハルト、一度防御を止める。回避の準備はできてるか?」

「バッチリです!」


光が霧散し、シールドが形を失う。
その瞬間、防がれていた氷塊の嵐が2人を襲った。


「吹き飛べっ!」


右腕を扇ぐように大きく振るい、風を起こして無理やりに氷塊の軌道を逸らす。
この防ぎ方なら、体力はいくらか温存できるだろう。


妖精散弾(フェアリーレイン)!!」


隙を作ろうと、ミライが奮闘するのは変わらない。しかしヒョウは見向きもせずに、その光たちを霜へと変えていく。
あくまで、狙いは晴登のようだ。


「何で俺ばっかり狙うんだよ?!」

「さっき殺り損ねたから」

「おっかねぇ!」


淡々としたヒョウの物言いに身震い。そして明白な殺人予告に、一層晴登は身を引き締めた。
やはり真っ向から防ぐだけでは、一瞬の油断でやられそうだ。

晴登は再び走り始め、移動の回避を行う。
逃げの姿勢であるのが辛いところだが、ユヅキの戦線復帰のためにも、時間を稼がねば。


「せめて弱点とかないのかよ、あの鬼…」


弱点といえば、一発逆転の可能性を持つ、素晴らしい設定の1つだ。マンガであれ、そんなシーンを何度も見たことがある。
この異世界ならきっと、そんな2次元設定が存在するはずだが…。


「どうやって探せって言うんだよ…。第一、逃げるのに必死だっての…!」


思考を繰り返す。だが焦ってしまい、思うように考えがまとまらない。
ユヅキにカッコつけた矢先でこれとか・・・


その時、あるものに目が惹き付けられた。


「角……?」


鬼の角。それは彼らの象徴であり、強さの証。
しかし観点はそこではなく、それが彼らの弱点ではないかと晴登が疑問に思ったのだ。
根拠は、またもやマンガの知識である。そんなのがあったようななかったような・・・まぁこの際どうでもいい。


「やってみる価値は、あるよな…」


物は試し。上手くいけば儲けもの。
そんな無責任な策が浮かんだ。失敗すれば、死に繋がる危険性があるというのに。


「馬鹿なこと考えてんぞ…俺。アレに突っ込むとか無謀すぎるだろ」


口では否定の言葉を吐いても、身体は納得しなかった。
希望的観測だろうと、危険だろうと……それで放棄したら、勝利の望みは薄くなるだけ。

だったら、やることは1つだ。


「あいつの角に、一発かましてやらねぇとな」


ミライの最初の一撃も両腕でガードされていたから、角が弱点かは確認できなかった。口惜しいが、隙を狙ってもう一度上から攻撃するしかあるまい。

となると、ミライにも作戦の協力を仰がないといけないのだが、生憎今の晴登にその余裕はない上、そもミライと作戦会議する時間をヒョウが許すはずがない。
強いてできることが、ユヅキと同様で相手に特攻することだ。


「・・・ってことは、結局厳しいじゃんかよ。ここにきて最悪の事態じゃねぇか…?」


さっきの言葉を思い返して嘆息。
相手は最強クラスの魔獣の鬼なのだ。そう易々と勝てる訳がない。


「人間じゃ勝てない、か……あながち、間違いじゃないかもな」


ポツリと呟いた言葉には、一切の希望が含まれていないだろう。しかし、希望を捨てた訳ではない。
どんな努力も最後は実を結ぶと、どこぞの偉人たちはよく言うのだ。


「…だから簡単には諦めない。俺は決めたんだ」


場違いな笑みを晴登は浮かべた。攻撃に集中するヒョウには気づかれてもいないだろう。


──自分の求める結果を掴みとる。


俺が求めるのは、皆が笑って暮らせること。だから、まずは俺が笑って皆を誘導するのだ。

こんなファンタジーの主人公みたいなこと、俺がやっていいのかな・・・否、やってやるさ。


「こんな逆境、覆してやるよ!!」

「ハルト!?」

「ッ!?」


晴登は回避の進路を急変更。ヒョウに向かうように走った。
それまで“線”に動いていたのを“点”にすることで、相手が攻撃に戸惑い、隙を生む作戦だ。“攻撃は最大の防御”の良い例である。

そして見事に成功し、まさか突っ込んでくるとは思わなかったのだろう、ヒョウの慌て顔を拝める。これにはミライもビックリだ。


「喰らえ、"烈風拳(れっぷうけん)"!!」


これは拳に風を乗せたパンチ。威力としては大熊を吹き飛ばすくらいあるのだが、鬼相手には関係ないだろう。だが無いよりはマシである。

狙いはもちろん、ヒョウの額の角。


「チッ!」

「マジか…!?」


余裕のないヒョウの舌打ちが聞こえた。
すると彼は攻撃を当てさせないどころか、近づかせまいという勢いで吹雪を展開した。
この行動は予想外ではないが、かといって対策はしていない。晴登は為す術なく弾き飛ばされた。

さすがに力任せの魔獣相手には、厳しい策だったのだろうか。


「いや、終わらせねぇ…!」


相手から遠ざかっていく中で、晴登は"鎌鼬"を放った。今回のは、大きさよりも鋭さを重視している。吹雪ごと断ち斬ってやるのだ。


「アァッ!」


だが周りの警戒を怠っていないヒョウは、"鎌鼬"に気づき一瞬で砕く。
そしてそのまま吹き飛び中の晴登の、寸前にまで距離を詰めて、


「お返しだよ」

「がっ!」


小さく呟き、冷気を纏わせた小さな右手で晴登の頭を掴む。
ヒンヤリと…なんて優しいものではなく、肌にしみて突き刺さるような痛みを感じた。


「あ、あぁぁ…!」


脳を直接抉られるような不快感。それを感じながらも、吹き飛ばされていた晴登はようやく壁へと叩きつけられて静止する。
だがその痛みを嘆くことはできず、代わりに冷たさに苛まれた。

ヒョウに近づいてからものの数秒、見事に返り討ちだ。
作戦だけは良かったかも知れないが、戦闘において晴登は如何せん素人である。強さの最上位に君臨する鬼族相手では、足元にも及ばないのだ。


「…っ!?」


ふと、視界が回転して地上が見えた。

・・・今、晴登の身体は空中に在る。
どうやら、ヒョウに空中へ放り投げられたようだ。


「これで終わりだよ」


体勢がままならないが、目だけはヒョウを捉えた。
同時に、彼の手元に生成されている、大きな氷柱も見えた。直径10cmはあるだろう。
彼の最初の一手、晴登の横腹を穿ったアレである。


──空中にいる以上、避けることは不可能。


将棋でいえば“王手”、チェスなら“チェックメイト”の状態。"絶体絶命"という言葉が、脳裏をよぎった。


「逝け」


短い言葉と共に、氷柱は射出された。悔しいが、完璧に晴登の身体貫通コースである。

魔術を使って防ぐ、ということはしなかった。できたとは思うが、たぶん心のどこかで諦めていたのだろう。

氷柱が目前に迫る。
不思議とこの時、冷静でいられた。
余りに刹那の出来事だからなのか、死を受け入れていたのか・・・。

何にせよ、防ぐ手段はない。どう望もうが、未来は変わらないのだ。


「ごめん、ユヅキ……」


不思議とその言葉だけは素直に出てきてくれた。
こんな時まで悠長でいられるなんて、呆れて物も言えない。

あぁ、もう一度瞬きをすれば、その間に死ぬのではないか。いや、視界が霞んで、もう遠近感なんて掴めやしない。


「ハルト!」


ミライの声が聞こえた。
しかし今更、彼が何かできる訳ではないだろう。
自分の死に様を晒すなんてしたくないけど、彼にならいいかもしれない。

すいません、ミライさん。

俺も、この街を守りたかったです・・・



「ハルトっ!!」

「…!!」


その時、身体が大きく揺れた。そして、視界から氷柱の存在が消える。


何が…?


その問いの答えは、考えるよりも簡単に解った。


「嘘だろ、ミライさん…!!」


眼前、氷柱に身体を射抜かれ、鮮血と共に力なく地面に落ちていくミライの姿があった。

 
 

 
後書き
俺は何度絶望シーンを書けば気が済むんだ?
他に書くことないのかよ?
自分で書いといて、そう愚痴りたい。

次回くらいで決着がつくかもです。早いです。やっぱり戦闘シーンは難しいんだよ、うん。
50話記念でせめて長く書こうともしたけど、結局は急ぎ足になっちゃったし……まぁ、良いや(投げやり)

多分、次回の更新をする日には受験が終わっていることでしょう。そうすれば、パラダイスが待っているのだ…!
え、予習? 知らない子ですねぇ…。

とにもかくにも、また次回で会いましょう。では! 

 

第51話『ユヅキ』

 
前書き
今回は名前回ですね。 

 
1人の少女がいた。



彼女は希少の鬼族の血を受け継ぎ、とある北国の王の娘という、大変立派な身分で産まれた。

だが言葉が話せるようになった頃、鬼という存在を、また、己の血は望まないものだと、彼女はハッキリと口にして、自分の一族を拒んだ。

両親との喧嘩の始まりは、それだったかもしれない。



少女は家を飛び出した。

もう、この街で過ごしたくないと。

当てなんてなく、無我夢中で逃げるように走った。



そして、王都に辿り着いた。

人の多さに驚き、品物の種類に驚き、何より1人の男性の優しさに驚いた。

少女が独りで王都をさ迷っていると、彼が声を掛けてきたのだ。

中々の悪人面だったので、初めは警戒していたのだが。

しかし、彼にたくさんの世話をしてもらうようになり、彼が恩人だと感じるようになった。

そのおかげで、幼かった少女は生き残れたのかもしれない。



そして、故郷より王都で暮らした時間の方が長くなった頃、少女は1人の少年に出逢った。

友達が欲しかったということもあり、少女は彼の言うことを素直に受け入れた。

すると、そこから2人が仲良くなるのに、時間はそう掛からなかった。

そして彼の優しさに触れ、少女はいつの間にか、彼と“友達”では物足りないと感じ始めていた。

彼となら、どんな困難にも立ち向かえるし、

彼となら、どんな喜びも共有できる。

彼となら……どんなことでもできる。



だから、ずっと一緒にいたいと、そう思い始めたのだ。







「いたた…無茶し過ぎたな…」


お腹を押さえながら、痛みに堪えるユヅキ。
彼女は今、とある建物の裏に身を置いている。
建物を挟んだ向こう側では、熾烈な争いが起きていることだろう。

ちなみに、こんな目に遭ったのは、自分の浅はかさが原因である。晴登を集中的に狙うヒョウを、“隙”だと判断してしまったのだ。
そして、覚悟を決めて飛び込んだ結果、返り討ち。骨は折れてないと思うけど、内蔵をいくらか揺らされていて苦しい。


「早く戻らなきゃいけないのに…」


晴登には、しっかり休めと言われている。
しかし、自分が休息しているこの間も、晴登とミライの2人は戦い続けているのだ。
1人だけのんびりしているなんて、自分で許せない。

だけど、身体の痛みは思うように退かず、苦しくも待たざるを得ない状況だった。


「ハルト…」


ユヅキは見えない彼を想う。

初めて会ったときは、何とも一瞬だった。よそ見をしていたら、急に彼とぶつかったのだ。
何とか平静を保ってその場を逃れたが、心底ビックリした。それにしても、まさか話しかけてくるとは・・・。


「思い返すと、色々あったな…」


走馬灯…ではないが、晴登との思い出が蘇ってくる。
その中でもやっぱり一番嬉しかったのは、最初に握手したときだった。
あの時にようやく、初めての友達ができたのだ。
そして、初めて・・・。


「…だから、ボクだって晴登の力になりたい」


ユヅキは力強く呟くと、治療に専念した。







ドシャッ


肉が地面に叩きつけられる、生々しい音を聞いた。
思わず耳を塞ぎたくなるが、それ以上に心配の念が強まっていく。

今しがた地面に落ちたのは、空中に放たれ無防備になった晴登の身代わりとなったミライである。彼はその際氷柱を身体に受け、大きな怪我を負った。
晴登も、空中でミライに無理やりに押されたこともあり、不安定な体勢で地面に落ちかけたが、自分だけは風で何とか着地している。


「ミライさんっ…!」


ミライは四肢を投げ出し、仰向けで地面に転がっていた。晴登はすぐさま駆け寄り、容態を診る。
だが、彼の怪我は思わず目を逸らしたくなる程のものだった。


「ハル…ト、平気…か?」

「はい。でも何で俺を・・・」

「君が死んだら…ユヅキが、哀しむ…だろ?」

「うっ……」


ミライの言葉が、晴登の胸を衝く。そこだけは晴登も最も気にしていたから、言って欲しくなかった。
守る、なんて誓っておきながら、これではユヅキに合わせる顔がない。


「それに…僕は、治癒魔法が使える…から、君と違って、生き残り…易いんだ」


力無い笑みを浮かべたミライに、晴登は笑い返すことができない。逆に、どうしてそこまで平静としていられるのだと、問いかけたいくらいだ。


「だからって俺を・・・」


晴登はもう生を諦めていた。
だから今さら助けられても、どうすればいいのかわからない。

その時、ミライは徐に口を開いた。



「諦めるな…ハルト。諦めない限り…未来は、消えない」


「…っ!」


弱々しい口調ではあったが、その言葉はハッキリと聞き取れた。


──諦めない限り、未来は消えない。


晴登は何度もその言葉を反芻し、深く噛み締めた。

自分は何て薄情な真似をしていたのだろうか。無責任で傲慢、自分勝手なバカ野郎だ。
自分1人が楽になったとして、その後はどうする?
ミライとユヅキの2人で戦わせたとしたら、勝率は3人の時よりもっと低くなる。そんな状況下に、彼らを送ろうとしたのか? 今思うと、とても呆れる。


「…すいません、ミライさん。お陰で目が覚めました。後は俺がやります」

「ぐっ……いや、僕もまだやるさ・・・」

「ミライさんも、ユヅキみたいに治療に専念してください。俺が時間を稼ぎますから。そしたらまた、戻ってきてください」


ミライは何か言いたげだったが、結局は動くことすら叶わなかった。





晴登はミライから離れ、再び戦場に足を踏み入れる。


「…待っててくれたんだな」

「その男の行動が気になっただけさ。自分を犠牲にしてまで他人を庇って、一体何のつもりなのって」


ヒョウは信じられないと言わんばかりの表情だった。
晴登はそれを見て、自分と彼との種族の差を改めて知る。


「…他人を助けたいっていうのが、そんなにおかしいことか?」

「この世は弱肉強食さ。弱い者を助けていたら、いつ足元を掬われるかわからない」

「だから見捨てるのか? “人”ってのは、人と人が支え合って生きていくから、“人”って言うんだぜ」

「何言ってんのさ?」

「所詮、鬼には解らねぇよ」


最後の言葉がヒョウを刺激したのは明白だった。
彼は額に青筋を立て、ギリッと歯を鳴らしてこちらを見据える。


「人間ごときが、ボクを見下すのかい?」

「お前みたいな心がない奴に、俺は負けない」

「……あぁ、そう」


晴登は身構える。
ヒョウが再び、右手をつき出した構えをしたのだ。

彼の掌の先、冷気が凝結していくつも氷が生成されていく。
しかし今回は、先程のような丸い氷塊と打って変わり、先端の尖った打製石器の様な氷を造り出していた。


「喰らえ」

「当たるかよ!」


槍のように射出されたそれらを、晴登は風を使って防ごうとした。しかし、


「なっ……が!?」


氷の刃は風を容易く切り裂き、そのまま晴登の身体も切り刻んだ。
皮膚や肉が抉られ、所々から鮮血が吹き出ていく。


「そういう、ことかよ…!」


晴登は、ヒョウの攻撃が変化した理由を遅れて理解する。彼はやはり、力任せの知能の無い獣とは違った。
こうなってしまえば、風で防ぐことは不可能。晴登は移動の回避を行い始める。


「さっきよりも緊張感がヤバい…」


『逃げる+風』で避けていたのが、『逃げる』だけになってしまうのは、大きな痛手。
しかし、文句は言ってられない。体力を絞り出して、足を動かさねば。


「さっきの威勢はどうしたの? 逃げてるだけじゃ勝てないけど?」

「わかってるっての…!」


飛来してくる尖った氷塊を横目に、晴登は隙を狙っていた。

その時、晴登はあることを閃く。


「これなら…!」


足に風を纏わせ、一時的に超人の脚力へと早変わり。
もはや、『走る』ではなく『低空飛行』に近い。
機動力が上昇し、いくらか避けやすくなる。魔力を多く使うのが難点だが、ここから一瞬で決着をつければそれも構わない。


「無駄だァ!!」

「な!?」


悠長に考えていたのも束の間、晴登が変化したのに合わせて、ヒョウも“あること”をした。


「寒っ…!?」


それは戦闘の始まりにも見た、周囲を極寒に変える吹雪だった。吐く息が白くなり、自然と震えが込み上げる。


「こんな中で風でも使った日には、凍え死ぬんじゃないか?」

「それが狙いか…!」


見事に相手の術中に嵌まり、苦い顔をする晴登。
もうこの場には、この天気を中和できるミライがいない。つまり、完全に奴の領土(テリトリー)に入ってしまった訳だ。


「さて、どうしてやろうか…」

「…っ、"鎌鼬"!」

「効かないって」

「くそっ!」


万事休す。
ヒョウは攻撃を止め、ジリジリとこちらに近づいてくる。その足を止めるにしても、晴登では力不足だった。


「さぁ、おしまいだよ」


ヒョウの両手で魔力が高まっていく。もしかしなくても、大技の予感だ。

このまま為す術なく受けるしかないのか。

それとも・・・


「いや、全力で抗う!!」

「…!?」


晴登は風を使って走り、ヒョウに特攻する。
身体の芯をつき抜けるような寒さを感じたが、しのごの言ってられない。彼は晴登の風を封じたつもりでいる。つまりこれは、ある意味好機なのだ。


「"鎌鼬"!」

「…ちィ!」


舌打ちと共に、風の刃が砕かれる。しかし、これでヒョウの技の溜めを解除できた。

──もっとも、狙いはそれだけではない。


「…とった!!」


猛スピードで滑り込むようにして、ヒョウの背後に回る。
彼は慌てて振り向いてくるが、さすがに遅い。


「喰らえ、烈風拳!!」


盛大な掛け声と共に、拳を放つ。
今までで一番良い場面だ。角だって余裕で狙える。


──勝った。晴登はそう確信した。


だが・・・



「素手じゃあ、無理だね」

「マジ、かよ……このタイミング、で…」


ヒョウが薄ら笑いを浮かべる意味。それを直に感じる晴登は、悔やみの声しか上げられない。


──風が止んだ。


「はッ」

「うっ……」


魔力切れによる倦怠感を味わい、足元がふらつく。それを防ぐかのように、ヒョウの右手が晴登の首を捕らえる。
苦しい。かなりの力で絞められている。
吐くつもりの息が首で抑えられ、外に出ていくことができない。


「苦、しっ…!」


魔術を使って抵抗できない以上、この苦しみからは解放されない。
薄目で見ると、ヒョウはニタリと不気味な笑みを浮かべていた。

これが鬼の本性なのだろうか。下衆め。


「今度こそ、終わりだね」

「あ、ぐ……!」


その言葉を皮切りに、徐々に意識が遠のいていく。ここまで明確な殺意をもって首を絞められるなんて、生涯で経験するとは思わなかった。
何度死にかければ気が済むのかと、自分に問いたい。もう手札は残っていないんだぞ。
さすがに、今回はヤバい・・・!



「ハルト!」


その時、懐かしい声が耳に響いた。刹那、晴登の身体が解放される。
どうやら、ユヅキの攻撃を避けるため、ヒョウが晴登を手放したらしい。


「いたっ!」

「ハルト、大丈夫?!」

「あ、あぁ……って、ゴホッ!」


乱暴に投げられたせいで、尻を強く地面に打つ。同時に、閉じ込められていた空気が一気に飛び出し、咳き込んでしまう。
おかげで、立つ気力すら大分削がれた。


「ユヅキ、どうして…?」

「いきなり周りが寒くなるんだもん。それで怪しいと思って出ていったら、ハルトが捕まってて・・・」

「なるほど…」


寒くなった、というのはヒョウのせいだろう。幸いにも、それに助けられたのかもしれない。

それより、ユヅキは大丈夫だろうか。
見た感じ、痛みを我慢している訳ではなさそうだ。
とりあえず、時間稼ぎはできたっぽい。


「けど、俺もう動けねぇよ…」

「え、嘘!?」


ユヅキの驚いた表情に、申し訳なさが募る。だが、言葉通り一切身動きが取れないのだ。
強いて言うなら、口と目だけは動く。


「魔力が切れたんだ・・・って、あれ? ミライさんは?」

「……っ」

「うん? どうしたの、ハル──」


直後、ユヅキが絶句する。晴登も、できるならば教えたくないと思っていた。
さっきまで隣で話していた人が血まみれで倒れているのだ。とても正気ではいられない。

視線の先、ミライは依然として仰向けに倒れている。が、光を灯す右手が傷痕をしっかりと押さえていた。治癒の最中なのだろう。
周囲の影響か、少し霜が降りているが、生きてはいるはず。


「あの怪我…大丈夫なの?」

「それはわからない。死んでもおかしくない攻撃だったし…」


本来ならば自分が受けていた攻撃。それを身代わりとして受けた彼には感謝してもし切れないし、同時にとても申し訳ない気持ちでいっぱいである。
晴登はそのことをユヅキには告げようか迷ったが、心に押しとどめた。

ユヅキはミライの様子に不安な表情を見せていたが、すぐに晴登に向き直り、


「心配かけてごめんね、ハルト。今度はハルトが休んでていいよ」

「な…!? 1人じゃ無茶だ!」

「ハルトだってそうだったじゃん。休んでた分、ボクも戦うよ」


ユヅキの実力を侮っている訳ではない。いや、そもそも実力をそこまで知らないのだけれども。
しかし、1人で戦わせるなんてできない。


「くそっ…この脚が動けば…」

「無理しなくていいよ、ハルト。向こうまで運んであげるから、休んでて」


ユヅキの右手が伸びてくる。晴登はそれを掴むべきか迷った。
それを掴めば、ユヅキは1人で死地に向かうことになる。それはあまりにも危険だ。かといって、晴登がここに残ったところで、何の役にも立たず邪魔な上に、とばっちりを受けるだろう。

・・・決断せざるを得なかった。

したくないけど、それを選ばなければ死ぬ人数が増えてしまう。


「何か、策はあるのか…?」

「1つだけね。あんまり使いたくないけど」

「…それで、勝てるのか?」

「勝算は……ある」


本気である。
そのユヅキの言葉で、晴登はケジメがついた。


──信じよう。


ユヅキが自分を信じたように、自分もユヅキを信じてあげよう。それが、“持ちつ持たれつ”という人間の関係だ。


「頼んだ、ユヅキ」

「ハルトの分も頑張るよ」


晴登は、ユヅキのその手に望みを託した。







「ようやく、1対1でキミと話せるね。それにしても、待っててくれたの?」

「それはさっき聞いたよ。ボクは、キミが言う『ボクに勝つ秘策』について、詳しく聞きたいね」

「ボクとしては、使いたくない手なんだよ。今のままで方がつくならありがたいけど、キミは一筋縄じゃいかないでしょ?」

「いくら実姉とはいえ、ボクはもう決めたんだ。手加減はしない」


姉弟の対立は深まる。
今のユヅキでは、間違いなくヒョウに勝てない。それはさっきの不意討ちを防がれたことからも理解できる。
かといって、策で挑もうとしても力でねじ伏せられるのがオチ。


「仕方ないか…」


ユヅキはそう洩らす。ようやく、決心がついた。

力には力でしか対抗できない。


だから、鬼には──鬼で。


「ハルトのためにも、負けられない!!」


盛大な鬼気が、ユヅキを覆った。
空気がざわめき、気温が一層下がっていく。

その様子には、さすがのヒョウも驚いていた。


「この力はボクの望んだものじゃない。これのせいで、ボクは友達が作れない・・・いや、自分が怖くて作りきれなかったんだ。けど、ハルトをあんな目に遭わせたキミを、ボクは許せない。ハルトのためにも、この力を使うよ」

「……なぜ、そこまであの人間に肩入れするんだ?」


あまりのチグハグさ。それがヒョウには謎でしかなかった。

どうして、1人の人間のために、自分の呪う力を使うのか。

どうして、鬼が人間に固執するのか。


全く、答えがわからない。


ユヅキはその問いを聞くと、一瞬の迷いを見せた。しかし、その答えはさっき既に、自分で出している。

ユヅキは大きく息を吸い込むと、ハッキリと言った。



「ハルトが…好きだから。ハルトの力になりたいの」



──少女は、初めて人を好きになった。

 
 

 
後書き
ギリギリ二週間かな?(笑) 遅れてすみません。
いや~、受験どころか卒業式まで終わりましたよ。

さて、今回の話ですが……実は途中で切ってます。
前回みたいに7000文字くらい書こうとしたんですけどね、やっぱ時間が・・・。
でもまぁ、良い感じにまとまってるんで、別に良いでしょう。

受験が終わってようやく暇になるかと思いきや、別段そんなことは有りませんでした。元々、受験を大事に見ていなかったのが原因でしょう。
よって、これからも大して更新速度変わりません! すいません!
次回もよろしくお願いします! では!(←無理やり締めてくスタイル) 

 

第52話『2匹の鬼』

 
前書き
前回に続けたかった分ですので、若干短いです。 

 
 
「好き…だから?」

「そう、ボクはハルトが好き。一緒に過ごして気づいたんだ、ハルトの優しさに。ハルトのためなら、ボクは何だってやってやるさ」


ユヅキの言葉を聞き、ヒョウが頭を抱えて狼狽える。
無理もない。彼にとっては異例の事態なのだから。


「鬼が人間を好きに…? どうかしている。ボクたちと奴らは異なる種族なんだぞ?」

「それが何? キミには関係のないことだよ。キミにハルトの、何がわかるの?」


ユヅキは語気を低くして睨みつける。ヒョウの唖然とした表情は一時収まらなかった。
その間も、ユヅキを纏う鬼気は熾烈さを増し、魔力は着々と高まっていく。


「忌々しい鬼の力・・・それでも、これがキミに太刀打ちできる唯一の手段なんだ」


人間と異なってしまった理由。それに頼るなんて絶対嫌だと考えていた。
でも、今はその"絶対"を覆す存在がある。


「必ず、勝つ!!」


ユヅキの額に光が宿り、1本の角となって顕現する。それは妖しく輝き、鬼の象徴に相応しい風貌だった。
加えて、牙が伸び爪も鋭くなって、少しずつ人間の面影が減っていく。


「はぁっ!!」

「ちぃっ!!」


ユヅキの鬼気に当てられ、ようやくヒョウも調子を取り戻す。
双つの吹雪が荒れ狂い、辺りを凍てつかせていった。


「まだまだァ!」


ユヅキはヒョウに向かって駆ける。
その両手には氷剣が握られており、瞳はヒョウの角を捉えていた。


「確か鬼族の角は、象徴の意味合いだけじゃなく、魔力を増幅するためのものでもあったはず。だからそれを破壊してしまえば、人間と同じぐらいに弱る。そうだったよね?」

「よくもまぁ覚えているね。家出したのは何年前の話だったっけ?」

「どうだっていいよ、そんなの!」


ユヅキは氷剣を振るう。が、やはりヒョウの動体視力には敵わず、全くと言っていいほど当たらない。
それでも、常人ではとても対応できない速さだが。


「そもそもキミは戦闘に慣れていないだろう? それなのにボクに勝とうだなんて、さすがに笑っちゃうね」

「何とでも言うといい。ボクはキミに勝つ。それだけだよ」


ユヅキの乱舞は止まらない。
しかし、右から左から上から下から、あらゆる方向からくる斬撃をヒョウは全て避けていく。


「…っ、当たれェ!!」

「雑すぎる。それじゃあ、当たるものも当たらないよ」


空気を切り裂く渾身の一降りも、ヒョウには届かない。

やはり、力の差は埋まらないのか。ユヅキはふと思う。
しかし、諦めては何にもならない。晴登のためにも、ミライのためにも、勝たなければならないのだ。


「吹き荒れろッ!」


ユヅキは氷剣を空気中に還すと、即座に近距離のままヒョウに向けて吹雪を放った。
滝を真正面から受けるような迫力と威力。いくら氷属性に耐性がある白鬼だろうと、圧されざるを得ないだろう。


「格の差を教えてあげようかなァ!」

「ッ!?」


しかし実力の差か、ユヅキの吹雪はあっさりと打ち破られる。白かった視界が開け、代わりにヒョウが眼前にいた。
驚くユヅキを尻目に、ヒョウの指は彼女の角へと伸びた。


「うらァ!」


だがユヅキは近づいてくるヒョウに、逆に鉄拳を放つ。
いつまでも逃げていられない。どんな時もチャンスに変えてやらねば。


「ちッ!」


さすがのヒョウも、その攻撃を防がざるを得ない。伸ばしていた手でユヅキの拳を掴み取る。


「はぁッ!」

「ッ!?」


すかさず、左脚で蹴りを放つ。しかし、ヒョウは驚く様子こそ見せるものの、しっかりと腕で防御していた。


「くッ…!」


一旦、ユヅキは体勢を立て直すために、バックステップして距離を置く。


「中々決まらないなぁ…」


思わず嘆息するユヅキ。
今は鬼化し、身体中から力が湧いてきている。だがそれでも、ヒョウの力の方が上回っているのだ。
果敢に挑んではいるが、反撃をされると正直危うい。


「ハルト……」


ユヅキは後ろをチラリと見やる。
そこには、倒れて治療中のミライと共に、グッタリとしている晴登の姿があった。
自分と同様に路地裏に運ぼうとしたが、ミライと一緒にいた方が良いと考え直した結果である。


「よそ見してる暇、ないと思うけど?」

「忠告ありがとう。別に攻撃して来てもいいんだよ?」

「そんな姑息な手は取らないよ。正々堂々戦って負かしてこそ、ボクは王となれる」


その言葉を聞き、ようやくユヅキはヒョウが攻撃を中断する理由を知った。それと同時に、初めて弟についてあることを知った。

……意外と、誠実なのか。

そう考え直したところで、今さら姉弟の溝は埋まらないことはわかってる。
人間と鬼族。それらの対立を生んだヒョウは、もう人間と、そして姉とはわかり合えないはずだ。


「残念…だよ」


初めて弟の存在を知った時は、驚きがあって、若干の嬉しさがあった。もう1人、自分を理解してくれる人がいるのかと。
でも、弟は決して良い立場にはいなかった。どう取り繕っても、王都を絶望に陥れた事実は変わらない。それは、歴史に残るほどの大犯罪である。

もう、彼とは“姉弟”でいられない。


お別れ…しないと。



「…いくよ!」

「学習能力がないのかい? そんなんじゃいつまで経ってもボクに攻撃は──ん?」







──違う。さっきと大違いだ。


「ふッ!」

「うッ!?」


その違いは感覚的で説明しにくいが、


「そりゃ!」

「がッ!!」


1つだけ言えるのが、攻撃が──見えない。


「なん、で…いきなり…?!」


顔、腹を殴打され、若干頭がクラクラする。
口から血が垂れるほどの、容赦ないパンチだった。

…なぜだ。なぜ、さっきまで見えていた攻撃が急に見えなくなったのだ?


「…そうだね。強いて言えば、吹っ切れたから、かな」

「吹っ切れた…?」

「ボクにはやるべきことがある。ただそれだけだよ」


何を言っているのか、いまいち要領を得ない。彼女は何を悩んでいたというのだ。


「……でも、ここまで殴られて黙っちゃいられないね」


しかし、きっと自分には関係のない話だ。
自分にだってやるべきことがある。大陸の王になれば、鬼族というだけで周囲から蔑まれずに済むのだ。

先程ユヅキが言っていたことは間違いではない。鬼族であるだけで、自分たちは人から敬遠されていた。
だから人間の上に立てば、そんなことは無くなると信じている。


「この想いだけは譲れない!」

「うッ…!」


ヒョウの猛吹雪を真っ向から喰らい、ユヅキの怒涛のラッシュが中断する。いや、それだけに留まらず、ヒョウの反撃が始まった。


「貫けッ! "氷槍一閃(ひょうそういっせん)"!」

「…ッ!」


1mにもなるであろう長い氷槍。
しかし、もはや殺す勢いで放たれたそれだったが、ユヅキに破壊されてしまう。
連続で生成して放ってみるも、結果は変わらない。

やはり、人間を相手取っていた時よりも、攻撃が通りにくい。


「焦れったいなァ、もう!」


遠距離では決着がつかない。
そう察したヒョウは先程のユヅキみたいに、距離を詰めようと図る。

双方の鬼が互いに互いを見据え、拳を構える。


「「はァッ!!」」


拳がぶつかり合って魔力が迸り、辺りで氷柱が猛烈な勢いで地面からつき出てくる。おかげで、綺麗に整備されてる石造りの道路もめくれ上がり、足の踏み場もないくらいに礫が散乱した。
それだけではなく、強大な魔力がぶつかった影響による衝撃波で、周囲の家々の窓ガラスが割れ、壁が吹き飛び、原型を留めないくらいに全壊していく。


しかし──



「…やっぱ、一筋縄じゃいかないね」

「…はた迷惑な話だ」



2匹の鬼だけは、立ち続けていた。

瓦礫を踏みしめ、再び彼らは対峙する。


「これ以上街を自分の手で壊したくはない。そろそろ決めさせてもらうよ」


そう言ったユヅキの両手に、膨大な魔力が集まっていくのをヒョウは見た。
すかさずヒョウは構える。これを凌げば、きっと隙が生まれるだろう。


「はァァァァッ!!」

「ッ!!」


・・・と、達観していたのも束の間、ユヅキの魔力が際限なく上昇し続けるのを見て、ヒョウはすぐさま氷の壁を幾層にも張った。

まさかアレは、全魔力ではないだろうか?
そんなものを体外へ放ったら、魔力切れでぶっ倒れるのがオチだ。もし防がれれば、ユヅキの勝機は完全に潰えるだろう。
それなのにそれを放とうとするということは、やはりあの少年が原因だろうか。


──そこまでして守りたいのか。


ヒョウには、守りたいなどと思える人はいないし、そもそも作ろうとも思わない。その存在が足枷になる可能性があるからだ。


──ならなぜ、目の前のユヅキを「カッコいい」と思う自分がいるのだろうか。


「穿てッ! “激浪霜(げきろうそう)”!!」


ユヅキの周囲に無数の鋭い氷の礫が浮かび上がったのが、氷壁ごしに見えた。来る、とヒョウは身構える。

しかしそれらが放たれた刹那、氷壁が跡形もなく砕け散っていった。
それだけではない。集中砲火の形で、礫たちがヒョウを狙い撃つ。

急いで新しく氷壁を造ろうとするも、礫がヒョウを襲う方が早かった。
皮膚を抉られ、血は飛び散り、白かった髪や肌が斑だが紅に染まっていく。いつの間にか角も折られ、力が急激に抜けていくのを感じた。


「う、あぁぁ……!!」







静寂が訪れたのは、それからすぐのことだった。小鳥のさえずり1つさえ聴こえない、まるで真空にいるかの様な静けさである。

顔を上げると、山のように積み重なった氷の礫が見えた。それは、ガラクタの様に変貌した街の風景の中で、一際目立つ淡い輝きを放っている。


「これで……」


直立できていたのも束の間、ユヅキは地面に正面から倒れ込んだ。その額にもう角はない。指先すら動かす気にならないほど、今の彼女は疲弊していた。
あの技を使うのに、自分の持つ全ての魔力を使ったのだ。しばらく、動けるようにはならないだろう。


「勝ったよ…ハルト…」


ユヅキは独り言のように呟いた。
そういえば、晴登とミライは大丈夫だろうか。
戦闘中は一切考えないようにしていたから、正直巻き込まれていても不思議じゃない。
しかし捜そうにも、もう立つ力はない。今できることは、地面に伏せながら無事を願うことぐらいしか・・・


──ガラッ


不意に静寂を切り裂いた甲高く固い音。ユヅキには、それは不幸の知らせに思えた。
この辺りでその音を鳴らせるのは、目の前の氷の山だけなのだ。つまり・・・


「まだボクは……負けて、ない……」

「嘘……!?」


ユヅキは首をもたげ、何とか前方が見える状態にする。すると眼前には、傷だらけで 立っているのもやっとなぐらい疲弊しているであろう、ヒョウの姿があった。


「キミはもう、動けないだろう…? これで、ボクの勝ちだ…!」


その声は弱々しく、押せば倒れそうなぐらいに弱っているのが判る。だが、今はその動作さえユヅキにはできない。

マズい。恐らく、ヒョウにはまだ魔力が残っているはずだ。このままユヅキにトドメを刺すことも可能なのである。


「おやすみ、ユヅキ…!」


気温が下がる。ヒョウが魔力を収束してる証拠だ。

勝利まであと1歩、あと1歩だったのに・・・


「嫌だ、死にたくないよ…!」


ユヅキは、ヒョウに劣らない弱い叫びを上げた。

しかしその叫びも空しく、ヒョウの氷槍は彼女めがけて射出される。サイズは小さいが、命を刈り取るには充分な鋭さだ。

ユヅキは死を覚悟して、目を瞑る。



──その刹那、ユヅキの前に降り立った影がその氷槍を真っ二つに破壊した。

 
 

 
後書き
卒業して遊びまくってたら、ものの見事にギリギリです。いや、前半結構端折ってます。
暇があったら修正しときます。はい、暇があれば。

さて、ようやく異世界転移編が終わりを見せようとしている気がするけどやっぱ気のせいかな、みたいな状況になってきました。
なるべく小説書く時間も取って、次回は少しでも早く更新できたらと思います。では! 

 

第53話『合縁奇縁』

 
「大丈夫か、嬢ちゃん?」


颯爽と現れたその影は言った。
その右手には、粉々になった氷柱の欠片が掴まれている。
目の前に立っているのが男性というのはわかったが、うつ伏せの体勢上、顔までは視認できない。


「だ…誰だよ、キミは…?」

「お前か、この街を荒らしたのは。随分お疲れの様子だけどよ、ちょいと面貸しちゃくれねぇか?」


男性の声には、多分の怒りが含まれていた。きっとこの人も、ミライさんの様にこの街が好きなのだろう。
何にせよ、一応は助かったようだ。


「…人の質問に、答えてくれないかな?」

「おっと、そりゃ悪いな、順序間違えちまった。…俺の名はアランヒルデ、最強で最恐の男だ。でもって、王都騎士団団長さんだ」

「え…!?」


ユヅキはうつ伏せのまま息を飲む。
今、目の前に立っているのは、かの有名なアランヒルデなのだ。驚かない方がおかしい。


「…で、その団長さんが…何の用な訳?」

「言ったろ、街をこんなにした大罪で、ちっとばかしお前を連行したい。拒否権はねぇぞ?」

「そのくらいで、ボクを脅せるとでも…?」

「だったら少ーしくらい、乱暴に扱っちまうがいいか? 今、虫の居所が悪いんでな」

「ボクに敵うとでも・・・うっ!?」


アランヒルデがそう言うや否や、ヒョウが膝から崩れ落ちる。どうやら、アランヒルデがヒョウの腹に高速で拳をぶち込んだようだ。・・・全く、アランヒルデの動きが見えなかったけども。
そしてようやく、アランヒルデの姿を見た。特徴を挙げろと言われれば、迷わず"炎の様に赤い髪"と答えるぐらい、彼の赤髪は際立っている。


「この…!」


さすがに1発ではヒョウも倒れない。腹を殴られた反撃とばかりに吹雪を放つ。しかし、


「悪いが、そんな弱々しい吹雪じゃ、俺はもちろん、木の葉だって飛ばないぜ?」

「がっ!?」


アランヒルデに吹雪は通じず、またもヒョウは殴られてしまう。
それにしても、疲れてるとはいえ、ヒョウがここまで圧倒されるのは驚きである。戦ったから、拳を交えたからわかるのだ。彼は本当に強かった。なのに、


「おらよ!」

「うっ…!」


なす術なくやられる様子を見ると、苦戦していた自分が情けなく思えてしまう。


「観念するか?」

「ボクは王になるんだ…。こんな所で諦める訳には、いかない…!」


ヒョウが言い切ると、アランヒルデが感心したように頷く。そして言った。


「志があるってのは立派なことだ。でもよ、お前みたいな帝国主義者に誰がついていくと思う? 民の率いる器がない奴は、王とは呼べねぇな」

「…!!」


辛辣な一言だった。
ヒョウは唖然とした表情の後、静かに膝をついた。


「ボクのやってきたことは、無意味だったのか…?」

「さぁな。けど、少なくとも周囲に影響を与えていただろうな。お前のしたことは罪だ、しっかりと償って貰うぜ。だからよ・・・」


アランヒルデは一旦言葉を切った。そして、ユヅキの前から姿を消す。
急な事態に困惑していると、後方から声が聞こえてきた。


「だからよ、このウォルエナども、早く片付けてくんねぇかな?」


声音と共に、耳を塞ぎたくなるような肉音が響く。
振り返ることはできないが、複数の唸り声からも状況は何となく察せた。


・・・ウォルエナに、囲まれている。


「ったく、全く減らねぇなこいつら。早く撤退命令出せよ、ガキ」

「…ウォルエナは、ボクのことを見限ったようだ。わかるんだよ、ウォルエナは賢い。キミの言う通りさ。器が無いと判明し、剰え大陸の王になる夢を諦めた。そんな奴の命令なんか、彼らは聞かないだろうね」

「はっ、つくづく面倒いな、クソッタレ」


ガックリと項垂れて、戦意喪失しているヒョウ。
それに比べ、アランヒルデは臨戦態勢だろう、剣を抜く音が聞こえた。

無防備で、しかも周囲の様子が見れずに地面に突っ伏すのは、恐怖でしかない。
彼が全て倒してくれればいいのだが、もし逃げられでもしたらユヅキと、今はヒョウの命さえ危ぶまれる。
王都騎士団団長とはいえ、信じて任せ切ることは正直無理だ。


「けど、ボクは何もできないんだ…」


想うだけなら誰でもできる。
けど、身体が動かないんじゃ仕方ないというものだ。

きっと、何とかしてくれる。

目覚めた所かウォルエナの胃袋じゃないことを祈り、ユヅキは力尽きて目を閉じた。







「ヤバい、この状況はさすがにヤバい…!」


頭を抱えたいが、そんな気力もなし。
ミライの隣で壁にもたれ掛かりながら、晴登はただ自分の運命を呪った。

場所は大通りから少し離れた裏通り。
店もいくつか点在し、普段なら大通りまでとは言わないが賑わってることだろう。

しかし今回、そこで賑わうのは人ではない。


──今、晴登たちは、前方180°が多数のウォルエナによって埋め尽くされている。要は、囲まれているのだ。


「何でいきなり…!?」


先程までは、ウォルエナの足音1つ聞こえなかったというのに、どうして彼らは今になって集ったというのか?
ウォルエナは賢いらしいから、きっと考えがあるのだろう。理解したくはないが。


「ハルト…」

「…! ミライさん!」


途方に暮れていると、ミライから声をかけられた。
その声は弱々しいものだが、喋られるようになっただけマシだ。見ると、傷がかなり癒えてきている。


「厄介な状況だね…」

「俺はまだ、魔力が少ししか回復してないですし、これだけ多いとさすがに無理です」

「僕も動くのはちょっと無理だな。はは…」

「笑えないです!」


いや、満身創痍な自分たちに多数のウォルエナが群がるという絶望的な状況なのだ。むしろ笑うしかない。


「ユヅキは大丈夫なのか…?」

「他人の心配できるくらい余裕なの?」

「それは余裕じゃないですけど・・・てか、そのニヤけ顔止めてください!」


ウォルエナの前でコントを晒す晴登たち。無論、故意ではない。心配する気持ちは本物だ。
この場所からユヅキが戦っている場所まではそう遠くない。ウォルエナの別の群れが行かないとも限らないのだ。
尤も、そこにはヒョウがいるわけだが・・・。


「全く…晴登はユヅキのことしか考えていないのか?」

「違いますよ! ユヅキのことが心配なだけで・・・大体、ミライさんは何でそんな余裕なんですか?!」

「何でって・・・そりゃ、策があるからね」

「策…? それって一体・・・」


聞くよりも早く、ミライの指が鳴る。そして快音と共に、前方が眩い光に包まれて──爆ぜた。


「な!?」

妖精の罠(フェアリートラップ)。こんなこともあろうかと、予め仕掛けておいたのさ」

「おぉ…」


手際が良いというか何というか、どちらにせよ助かった。ミライの心配性に感謝しないと・・・


「ガルル…」


「やっぱ残ってた! 展開的にあると思ったけど! どういうことです、ミライさん?!」

「あれ、おかしいな。もしかして新しく来たのかな…?」

「だったら、さっきのもう1発!」

「言ったろ? あれは罠だ。もちろん使い切りの」


おい嘘だろ?
こちとら何回絶望味わったと思ってるんだ。神様不条理過ぎない? 理不尽過ぎない? 世知辛いのにも程があるよ?


「数は減ってますけど、勝てる気がしない…」

「うん。さっきの罠で、僕はせっかく回復した魔力を使い切っちゃったからね」

「あぁダメだ、俺はそれを責められる立場じゃねぇ…」


今のを含めれば、ミライには2度命を救って貰ったことになる。そんな恩人を相手に、これ以上何を押し付けられるだろうか。


「って言っても、俺がどうかできる訳じゃないしな…。せめて、もう少し魔力が回復すれば・・・」


悠長に構えていれば、ウォルエナたちはすぐにでも襲ってくるだろう。
だかさっきの罠もあってか、今は警戒しているようだ。この間に突破口を見つけないと。


「となると、弱ったところ見せたら襲ってくるって訳か。気を抜く暇もないな…。と言っても、策は尽きてるからジリ貧状態…」


猶予が有ろうと危機的状況に変わりはない。
ミライももう策はなさそうだし、これは本格的にマズいだろう。


「ここで誰かが助けに来るお約束展開ないのか!?」


助けに来る候補の1人、アランヒルデがユヅキの助けに入ったなど知る由もなし。
ありもしない話で、何とか現実を遠ざけたい晴登だった。


「ハルト、現実逃避は良くないよ。まだ諦めてはいけない」

「ですけども・・・」


今感じているのは、もちろん絶望。だからとても怖いし、泣きそうなくらいだ。それなのに涙が出ることはない。しないのではなく、できないのである。

積み重なった絶望で、もう涙は枯れ切っていた。


「諦めては、いけない・・・」

「そうだ、ハルト。君はヒョウとも戦った。今更あんな獣に怯むのかい?」

「…それ言われたらおしまいですね」


思わずふふっと、笑みをこぼしてしまう。
そうだ。自分は強大な鬼族と戦ったのだ。ウォルエナなんて、言ってしまえば雑魚同然である。


「でも、今の力じゃ敵わないと思いますけど?」

「だったら、数を増やせばいい。1人で立ち向かえないなら2人で、それでもダメなら3人で。協力することは弱さじゃない」

「俺たちは2人止まりですよ?」

「本当にそうかな?」


ミライが不敵に笑う。
その様子に疑問を抱く晴登だが、それはすぐに氷解した。


──目の前に、黒い影が降り立つ。


「……!!」


晴登は唖然とする。それは、目の前の人物があまりにも意外過ぎたからだ。


「何で気づいた?」

「僕には魔力が視えますからね。にしても、どうしてわざわざ助けに来たんですか?」

「はっ、当たり前なことを聞くんじゃねぇよ」


未だに後ろ姿を見せる影・・・もとい、男。
彼はぶっきらぼうな言い草で、ミライの問いに答えている。

そして、彼は言った。



「──俺は、うちの部下と客に手ぇ出して欲しくねぇだけだよ」



無精髭がよく似合う、時計屋主人ラグナ・アルソムが、そこには居た。







~数時間前~


「…頑張れよ、2人とも」

「ガルル…」

「おっと、お前のことは忘れちゃいねぇって。そう急かしなさんな」


あくまで楽観的な態度で、ラグナはウォルエナと対峙した。しかし、本心は決して穏やかではない。

ウォルエナが人喰いであるというのは周知の事実。つまり、ヒトとウォルエナを比べた時に、食物連鎖の関係でどちらが上かなど決めることができないのだ。故に、大人であろうとウォルエナにはビビるのは条理である。
では立場が対等な時に、一方が恐怖の感情に囚われてしまえばどうなるだろうか? 答えはシンプル、もう一方の勝利は確実であり、弱肉強食の強者に君臨できる。


「つまり、ビビってたらお前の胃袋行きなんだよ。そんなとこ、死んでも行きたくねぇな」

「ガル…」

「うちの部下には手を出させねぇ。大人の甲斐性見せてやるよ」


その言葉をキッカケに、彼我は1歩を踏み出した。
ウォルエナは相手を噛み殺さんと、ラグナは部下を守ろうと、互いに走る。


「ガウッ!」


ウォルエナは跳躍し、上方からラグナに飛びかかる。
勢いがあり、牙に刺さりでもしたら大怪我は免れない。


「けど、空中は無防備だって知ってるか?!」

「ガッ…!?」


ラグナの拳が牙のギリギリ上、ウォルエナの鼻にクリティカルヒットする。固いものが砕けるような音がし、吹っ飛ばされたウォルエナはそのまま動かなくなった。


「昔はやんちゃしてたからな、喧嘩にゃ自信があんだよ」


自嘲気味に笑い、ラグナは呟く。

結局、ものの数分でウォルエナを討伐してしまった。2人を逃がした意味も、あまりなかったと思われる。


「あーあ、面倒くせぇ。さっさと追いかけねぇと」


ラグナは2人が向かったであろう方向へ走り出した。







「・・・てな訳で、今までずっと捜してたんだよ。見つかって良かったぜ、ハルト」

「え、でも、途中でウォルエナには…?」

「遭ったぜ、何度も。全部ぶん殴って撃退したがな」


驚いた。ラグナにそこまでの戦闘力があったとは。確かに拳が血塗れである。
どんな魔法を使うのかは聞いてないが、そこまで素の力があるということは、ひょっとするとラグナはかなり強いのかもしれない。


「それにしても、やっぱり逃げてなかったんだな」

「え?」

「お人好しのお前らのことだ、すぐ逃げずに困っている人を助けていたと思ってたぜ」


図星とまでは言わないが、外れてもいない。

晴登の脳裏に妹に似た金髪の少女が浮かぶ。
元はと言えば、彼女を助けようとして、ユヅキとはぐれたことが始まりだった。そう思うと、人生って何が起こるかわからないと、改めて思わされる。


「ところで、ユヅキはどこだ? 無事なのか?」

「…確証はありません。けど、無事だとは思います」

「……色々あったんだな。わかった。急いでこいつら片付けて、ユヅキを捜そう」


苦い顔をして、ラグナは応える。
ほとんど娘のように感じているユヅキの安否が不明なのだ。仕方ないことだろう。

だが、ラグナの言葉には些か無茶が含まれていた。


「ちょっと待ってください、この量を1人で倒すんですか?!」

「あ? お前は今動けるのか?」

「いや、動けませんけど・・・」

「だったらそういうことだ。お前は休んでろ、ユヅキを捜すために」


晴登は何も言えなかった。ラグナの言う通りである。
自分には何もできない。ラグナを信じて任せるしか、手段がないのだ。


「…お願いします、ラグナさん。俺を、ユヅキを助けてください!」

「言われなくても!」


それからの事の顛末は早かった。

何十匹もいたウォルエナが、1人の男に続々と倒されていく。素手であるにも拘らず、ラグナは容易くウォルエナの脚を、頭を、胴体を破壊していった。
さすがに晴登も、その様子には唖然とするしかなかった。


「強い……」


その呟きは、自然と洩れていた。ラグナの強さを尊重し、或いはラグナへの尊敬の念を抱いて。


数分後には、血に塗れた拳を掲げるラグナの周りに立つウォルエナは、1頭もいなかった。







頭が痛い。身体が怠い。力が出ない。

だけど、思考だけは無駄に働く。

自分が意識を失ってから、どれだけの時間が経ったのだろうか。

思考ができるということは、死んではないみたいだ。

耳だって正常に働いていた。
誰かの声が、絶えず耳元で聴こえてくる。


その声に誘われるように、ユヅキはゆっくりと目を開いた。


「起きたか、ユヅキ?」

「ハルト……」


目を開けると、そこには晴登がいた。

同時に、薄暗い空も同時に見える。

自分は外で寝ていたのか。



「・・・で、何でボクはハルトに膝枕されてるの?」

「いや、ミライさんに言われたの! その方がいいって! 別に俺がしたいとかじゃない!」

「嫌々やってるの…?」

「あ、いや、そんな泣きそうな顔しないでくれ! 全然嫌じゃないから!」


晴登は焦るように弁明しているが、もちろん少しからかっただけである。
にしても、自分もだが晴登が無事で良かった。アランヒルデがしっかりと戦ってくれたからだろう。お礼を言わないと。


「ハルト、アランヒルデさんは?」

「アランヒルデさんなら、ヒョウを連れて城に戻ったよ」

「そっか…」


いないと言われても仕方のないことだ。何せ彼は王都騎士団団長。忙しいのは知っている。
きっと、ヒョウは逮捕という扱いだろう。もう会うことはないと思う。


「……全部、終わったの?」

「…うん。犠牲が多く出すぎたけど、ウォルエナは全て討伐されたよ。もう、終わったんだ」


それを聞いて、ユヅキは緊張の糸が切れた。大きく安堵の息をつく。


「ユヅキ! 起きたのか!」

「えっ!? ラグナさん、生きてたんですか!」

「バーカ、そう簡単に死んでたまるか。お前も無事そうだな。良かった良かった」


ホッとしたのも束の間、また驚かされてしまう。
いつの間にかラグナが合流しているのだ。でもって、安心したのか、いつもの調子で笑っている。


「ラグナさんはいつ合流したんですか?」

「そりゃあカクカクシカジカでな・・・」



「……ん!? ウォルエナを1人で!? そんな強かったんですか、ラグナさん!?」

「俺は目の前で見たけど、開いた口が塞がらなかったよ」


ラグナの武勇伝とも言える話を聞き、またも驚く。そろそろ驚きすぎでどうにかなりそうだ。


「ユヅキ、調子はどうだい?」

「ミライさん! はい、大丈夫ですけど・・・ミライさんこそ大丈夫だったんですか、あの怪我?」

「見られていたのか、面目ない。治療は済んでいるから大丈夫だ」

「そうですか…!」


晴登もラグナもミライも、そして自分も無事。
その事実だけで、ユヅキは泣きそうなくらい嬉しかった。


──ふと、その顔に眩しい光が降り注ぐ。


違和感だったのは、ヒョウと戦っていた時の日の方角と、今の日の方角が正反対だということだ。


「あれ、もしかして、これは朝日なのかな…?」


ユヅキは自分の仮説に冷や汗をかく。
もしこれが正解なら、自分は一晩中寝ていたことになる。
少なくとも、ヒョウと会った時刻頃には、日が真上に昇っていたから。


「そうだね。ユヅキはハルトの膝枕で一晩中寝てた訳だ」

「やっぱり・・・って、え? 今何て言いました?」

「街の復興にも、兵士が取り掛かっている。ユヅキが起きたのなら、とっとと避難場所に行かねぇと」

「無視しないで下さい・・・というか、何で先に行かないんですか!」


ミライもラグナも本調子。ユヅキを翻弄している。
おかげで安堵の息の次に、嘆息してしまうユヅキ。


「んじゃ、行くぞ」

「それじゃハルト、ユヅキを運んできてね」

「えっ、俺ですか!? ラグナさんの方が適任でしょ・・・ってあぁ、行っちゃったよ…。仕方ない、行くよユヅキ。背負って行くから」

「え?」


まだ身動きの取れない身体が、晴登によって、動かされる。そして気づいた時には、晴登の背中に乗っていた。

そのまま晴登は、ゆっくりと歩き出す。







「……ねぇ、ハルト」

「ん?」


歩き始めて数分、ユヅキから声がかかった。
背負っているため顔は見えないが、どことなく寂しさを醸し出している。


「ハルトとは……そろそろお別れなんだよね」

「…っ!!」


そしてユヅキの言葉を聞き、重大な事を思い出す。

そういえば、この世界に居られるのは3日間。即ち、時間にして72時間だ。でもって、今日は4日目。1日目の昼ぐらいにこの世界に来たのだから、帰りもきっとその辺りの時間帯。

つまり、あと数時間で皆と別れなければならない。


「ハルトの話を聞いて、どうしようもできないのはわかってる。でも、ボクはハルトと一緒にいたい!」


その言葉で、胸が締め付けられる。
そして、半端な気持ちでこの世界に足を踏み入れたのを後悔した。

友達が引っ越す、だなんてレベルではない。ユヅキとは親友と呼べるくらいの仲になってしまったのだ。
別れたくない気持ちは晴登にも存在する。


「……避難所に行ったら、俺は帰るよ」


それでも、悲しみを噛み殺しながらそう言うしかなかった。







「ハルト、調子はどうだ?」

「だいぶ動けるようにもなりましたし、心配しなくて大丈夫ですよ」

「そう言われても、ハルトは何度も死にかけてるし、心配だよ」

「ははっ、本当にミライさんには感謝してます。ありがとうございました」


避難所は学校の体育館の様な所だった。
床が一面に広がり、各々が好きなように座ったり、寝てたりしている。

晴登もその1人。今はラグナとミライと話している。
ユヅキもその場に居るのだが、一向に口を開こうとしない。仕方ないか…。


「そうだハルト、お前に渡したいもんがある」

「…? 何ですか?」

「ほらコレ」


そう言われ、ラグナから手渡されたのは1枚の封筒。
何かが入っているようだが、検討もつかない。


「ラグナさん、これは…?」

「給料だよ。お前は昨日の時点で雇用期間を過ぎてるし」

「あ、ありがとうございます…」


給料、ということはこの世界のお金が入っているのだろう。
申し訳ないが、貰ったところで元の世界に帰るから使い道はない。ただ、返すのはそれはそれで気が引けたから、素直に受け取っておく。


「……それじゃあ、これで帰ります」

「寂しくなっちまうな。でも、会いたくなったらいつでも来いよ」

「僕も、また君と会えるのを楽しみにしてるよ」

「はい、本当にお世話になりました」


思いの外、2人はすんなりと送り出してくれる。引き留められると困るから、逆に良かった。

立ち上がる瞬間にふとユヅキを一瞥すると、彼女は黙って俯いている。


「じゃあね、ユヅキ」

「……」


返事はない。

だが時間が迫っているため、待つことはできない。
どんな風に帰るのかはわからないが、急に消えたりしたら周りの人々が驚いてしまう。だから晴登は、タイムリミットまでに人目のつかない場所に行こうと考えたのだ。


「あと、1時間も無いだろうな」


そう呟きながら、晴登は避難所を出て、歩いた。

とりあえず、王都を出よう。そしたら辺りは森だし、人目にはつかないはずだ。


・・・いや、最後にあそこに寄っていこう。







「着いた…」


晴登の目の前にあるのは1つの一軒家。
それは見慣れたものであり、今までユヅキと過ごした家でもある。
晴登は1人で異世界の余韻に浸りながら、現実世界への回帰を待ち望んだ。

しかしその時、土を踏む音が耳に入る。


「──ハルト!!」

「っ…!? 何で、ここに…?」


晴登を呼んだのは、紛れもないユヅキだった。走って追いかけてきたのだろう、息が上がっている。彼女は膝に手をつきながら、呼吸が整うのを待たずに言った。


「まだ…お別れを、言ってないから」

「そ、そうか…」


どうせなら、このままさっさと帰りたかった。ユヅキの顔を見てしまうと、帰ろうという気が削がれてしまう。


「あのね・・・ボクと友達になってくれて、ありがとう」

「……っ!」


なぜこのタイミングでそんなことを。ダメだ、それ以上言うな。


「ボクと一緒に居てくれて、ありがとう」


そんなの卑怯だ。今、それ以上言われたら・・・


「ボクを守ってくれて、ありがとう」


守ったことなんて、果たしてあっただろうか。間違いなく、俺の方が守られてばっかだった・・・


「ボクと出逢ってくれて、ありがとう」


その時、晴登の頬を涙が伝った。

今まで、これほど正面から感謝の気持ちを伝えられたことはなかった。
胸が苦しい。何か、身体の奥から何かが昇ってくる感じがした。でも、言葉で言い表せない。


「だからね、ハルト・・・」

「……?」

「ボクに構わず、行って。待ってる人たちが…いるんでしょ?」


ユヅキの声も震えていた。見ると、涙を流しながら、必死に笑顔を作ろうとしている。

そうだ。決めたじゃないか。別れる時は笑顔でいようって。自分も、目一杯の笑顔を返さないと。


「…それじゃ改めて。じゃあね、ユヅキ」

「うん。さよなら…ハルト」


その瞬間、晴登の身体がだんだんと光に包まれていった。

なるほど。そういう帰り方なのか。

1人納得して、晴登は光に身を預けた。



「……っ!」

「…ユヅキ?!」


意識が飛んでいくかと思った刹那、ユヅキに抱擁される。
すると彼女は涙目のまま上目遣いに、


「……最後に、これだけは言わせて」

「え?……っ!?」


その時、ユヅキの唇と晴登の唇が重なる。柔らかい感触が印象的だった。

互いの涙が交わり、互いに笑みで心が満たされる。



「大好きだよ、ハルト」



ユヅキの最後の言葉が、強く胸に刻まれる。

そしてそのまま、晴登の意識は遠い彼方に消えた。





* * * * * * * * * *

「ん……」


目を擦りながら、晴登は身体を起こした。
その身体は懐かしの我がベッドの上にあり、視界に映るのも自室の風景である。


「帰ってきたのか…」


長い長い3日間が、ようやく幕を閉じた。
ベッドの上で朝日を浴びながら、晴登は大きくため息をつく。


「さすがに、キツすぎるだろ…」


身体の奥底に渦巻くやるせなさ。例え夏休みだろうと、遊ばずにずっと寝ていたいぐらいだ。


「……起きるか」


ウダウダ言っていても、戻ってきたのだ。今日は平日だったと思うし、学校もあるはず。
さすがに体感時間で3日間も異世界で過ごしたから、人との会話に齟齬が生まれそうだが・・・


「……ん? 何かやけにベッドが狭いな」


ベッドで伸びをしてると、ふとそう思った。
3日間違う寝具で寝ていたから、勝手が変わるのは当たり前だが──違う。


「一体、何が…?」


晴登は自分の隣の、やけに布団が膨れている所を見る。恐らく、狭いと感じた原因はこれだろう。


「……ごくり」


息を呑む晴登。異世界から帰ってきて早々、嫌な予感しかしない。しかし、事態は目の前で起こっているのだ。確かめずして……どうする。


「ええい、ままよ!」


晴登は恐る恐る且つ大胆に、布団を捲りあげる。そして、謎の物体の正体に目を疑った。



「ユヅキ…!?」



静かに吐息を立てて眠る、銀髪美少女ユヅキの姿がそこにはあった。
 
 

 
後書き
人と人とはあらゆる『縁』で繋がっている。それが今回のタイトルの意味です。

体育祭編を超える話数は無理だと言っていたいつか。まさか、本当に超えるというのは予想外でした。
今回をもって、異世界転移編は終わり(仮)となります。ようやく次回から、日常に戻れそうですね。
……え? 最後に不思議な描写があるって? ははっ、知りませんね(よそ見)。

異世界編終わって残念ですが、元々この作品はそういうものではないんでね。学校系だからね。どうして異世界行ったのかな…?(謎)
まぁ、余裕ができれば、別に異世界中心小説も書きたいところです。

さてさて、50話も超え、長く苦しい戦いだった異世界転移編。このくらいの大ストーリーは今後現れるのか!
ぜひ、お楽しみに。では! 

 

第54話『リザルト』

「何で…!?」


晴登は目の前の光景に唖然とするしかない。もしかすると、ここはまだ異世界なのかも。そうでなければ、どうして異世界の住人であるユヅキが、晴登の部屋に居るのだろうか。


「いや、わかってる。これは夢オチだ。お約束だもんな、こういうの。ほら見ろ、ユヅキのほっぺただってこんなに柔らかくて・・・え?」プニプニ


夢の中では、色覚や感覚が働かないと聞いたことがある。
だから痛覚なんて感じる訳もなく、頬をつねって夢かどうか確かめる行為は理にかなっていると言えよう。
で、この場合は、柔らかいという触覚が反応しているため、夢とは言い難い。


「じゃあこれ現実!?」


つまり、晴登はその事実に気づく。
ユヅキは夢の中の存在ではなく、今この現実に実体を置いているのだ。理解はできるが、どうにも実感がわかない。


「どうする? 起こすべきか…?」


そこは実に悩みどころ。現実世界に引っ張られてきた際に何かしらのハンデを背負う──能力とか人格とか記憶を失うのは、マンガでは割とあったりなかったりする。特に最後を失われてしまうと、正直精神的にキツいものがある。


「お…おい、ユヅキ。起きろ」ユサユサ


しかし、結局は起こさざるを得ない状況である。今日は学校なので、時間が無いといえば無いし。


「う、んん……ん? あれ、ここどこ…?」

「起きたか、ユヅキ!」

「ん、ハルト…? おはよ・・・う!? え、何で!?」


起きたかと思えば、ユヅキはすぐに眠気から覚醒し、状況を訊いてきた。晴登自身も全く同じことを問いたい。

だが、まずは落ち着かせることが優先である。


「いいか、ユヅキ。落ち着いて聞けよ。実はな・・・」










「・・・不思議な話だね」

「不思議ってレベルじゃない気がするが…」


状況を把握できたのか、納得したように頷くユヅキ。こうも易々と理解されたのも、事前にこの現実世界の事を話しておいたからだろう。ありがとう、あの時の俺。


「それで、ここがハルトの部屋ってこと?」

「そうだね」

「へー見たことない物ばっか…」


キョロキョロと部屋を見渡し、ユヅキは驚きの声を上げる。これも予想通りといえば予想通りだ。
異世界にも似た物は有ると思うのだが、ユヅキの目には新しかったらしい。


「それで、ハルトにはボクがこっちの世界に来た理由はわからないの?」

「明確にはわからないけど、強いて言うなら『近くに居たから』かもしれない…」

「そっか……」


晴登の答えを聞いて、ユヅキは難しい表情を見せる。今のやり取りで何を考えているのだろうか。もしかしたら、無理やり連れてこられたことが不満なのかもしれない。


「悪いなユヅキ、こんな目に遭わせて……」

「…! いや、ハルトのせいじゃないよ! それにボクとしては、ハルトにまた会えて嬉しい…かな」

「…っ!!」


ユヅキの言葉に頬を赤らめてしまう晴登。さすがにそこまで直球だと、照れるというか恥ずかしい。
良く想われてることに不満は無いのだが、意識するとどうにも口が回らなくなってしまう。だからいつも、あまり意識しないようにしていた。


「でも今回のは、かなり意味がデカいぞ…」


ユヅキは住んでいた異世界を離れ、何も知らないこっちの世界に足を踏み入れてしまったのだ。晴登以外、知り合いがいない。もはやそれは、異世界行きたての晴登そのまんまだ。心細い気持ちは痛いほど理解できる。
だからこそ、ユヅキにお世話になった分、面倒を見て、そして異世界へ戻す方法を探さなければならない。


「そうだ、夢渡石!」ゴソゴソ


晴登は枕の下を漁ってみる。すると、この前見たときと寸分も違わない、夢渡石が出てきた。


「……使いきりじゃなかったのか」


てっきり一回きりしか異世界ツアーできないと考えていたから、あれほど辛い別れをしたというのに何て日だ。
でもよくよく考えると、使いきりなら部長が晴登に渡すはずがない。第一、多額の部費を貢いで買っているのだ。これで使いきりだなんて言えば、副部長の鉄槌が部長に下りそうである。


「じゃあ、これでユヅキともう一度寝れば、異世界に一緒に行けるはずだ。さすがにあんなに濃い三日間はもう勘弁だけど…。でも、アレだな。それができるのは早くて今日の夜だ。学校サボる訳にもいかないし。とすると、ユヅキを一日家で放置することになるのか。まぁ何処にも行かなきゃ、危ない目には遭わないだろうし、大丈夫とは思うけど・・・」

「おーい、ハルトー」


ユヅキをそっちのけに晴登は考え込む。しかし、大事な事ではあるのだ。学校に行くのは、部長の意見を仰ぎたいという理由もある。

しかし、本当にこの案で良いのだろうか。家から出ないということにしても、別の世界で独りはさすがに酷かもしれない。
そうだ、例えば宅急便とか来たらこうした方が良いとか先に教えておいた方がいいか?
いや、そもそもにご飯とかが問題だろう。口に合うかわからないし、そもそもどれが食べられるのかが判断できないはずだ。これも今の内に教えておいた方が・・・



「とりゃ」

「痛っ!? 何でデコピン、ユヅキ!?」

「さっきから何考えてるか知らないけど、ボクなら大丈夫だよ? それより、ハルトはやることがあるんじゃないの?」

「!!」


そうだ。そういえば、まだベッドから出てすらいない。これでは、さっきの考え事は全て机上の空論に過ぎないではないか。

まずは、学校に行く準備から始めなければ。


「いや、その前に朝食だけどさ・・・って、ユヅキのはどうしようか。母さんに何て言ったら良いんだ?」


息子の部屋に同い年の知らない少女が居ると知ったら、親はどう思うだろうか。……うん、普通にマズい展開だ。
よって、説明はもちろん、存在さえ話すのは危険。というかマズい。体裁的に。


「……ユヅキ、俺が朝食を取ってくるから部屋で待っててくれ」

「え? うん、わかった」


よし、と晴登は部屋を出る。

ユヅキと違い、こちとら一人暮らしではないのだ。異世界でのユヅキの寛容な対応と、差が出るのは必然である。


「悪いなユヅキ。俺が不甲斐なくて・・・」ボソッ


晴登はいつも通りを装って、階段を降りた。





* * * * * * * * * *

「なぁユヅキ?」

「ふぁーに?」モグモグ

「その、食べられるか…?」

「……ゴクンッ。うん、すっごく美味しいよ! "おにぎり"って言うんでしょ、これ? これが主食なら、そりゃハルトの料理も美味しい訳だよ」

「そ、そういうもの…?」


ユヅキの返答に疑問を持つが、とにもかくにも口に合ったのなら何よりだ。これで食事には困らない。
やはり、この世界と異世界は似通っているようだ。

さて、そろそろ学校に行かなくてはならないが・・・


「ユヅキ、俺は今から出掛ける。絶対に部屋から出ないでほしい」

「ボクはついて行っちゃダメなの?」

「うん」


そう言うと、少ししょぼくれた顔をした。
寂しいのはわかるが、学校にユヅキを連れては行けない。学校の説明すらユヅキにはしてないが、来るなと言えば来ないはずだ。


「それじゃ、行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」ニコッ


ユヅキの屈託ない笑顔に、晴登は曇った笑顔で返した。





* * * * * * * * * *

「楽しい感想を期待してたのに、そんな悲惨な事あったのか。お前よく生きてたな、マジで驚き」

「運が良いのかどうか、わからないとこです…」


給食が終わった昼休み。大していつもと変わらない日常を送っていた晴登は、魔術室に来ていた。

晴登に部長に副部長。魔術部の精鋭を呼んで話し合う事は、まさに晴登が悩んでいること。
一人で考え込むより、多数の意見を聞く方が良い。三人寄れば何たらの知恵、だ。


「とりあえず、そのユヅキって娘を、お前は異世界に返したい訳だな?」

「はい」

「…とすると、お前の言う通り、一緒に寝て一緒に異世界へ行く方法は有りだ。…ただ、お前は本当にそれで良いのか?」

「どういう事ですか…?」


部長の真剣な眼差しに、思わず狼狽える。
一体何が気になるのだろうか。ここまで部長が本気な様子は珍しい気がする。


「お前がユヅキと離れたいのかどうか、って話だ」

「……正直、離れたくはないです。でも、ユヅキにはこれが一番かなって・・・」

「―――そこも気になるな。お前、一度でもユヅキに意見を仰いだか? よもや、一人で決めようなんてことはしてないだろうな?」

「っ…!!」


そういえば、部長に意見を訊こうとはしたが、ユヅキには訊いてなかった。一人で話を進めて、当の本人を置いてけぼり。
本人がやりたいようにさせる。その心が足りなかった。


「訊いて……ないですね」

「ほれ見ろ。もしかすると、ユヅキは残りたいかもしれんぞ?」

「何でですか?」



「……おい、辻。お前コイツの話聞いてわかるよな?」コソコソ

「そりゃあアンタみたいに鈍感じゃないからね。でも、この場合は三浦が鈍感だわ」コソコソ



「…??」


急に部長と副部長がコソコソし出す。何か変なことでも言っただろうか?
……いや、全く見当もつかない。


「……ゴホン。とりあえずだ、三浦! お前はまず本人の意見を尊重しろ! 話はそれからだ!」

「は、はい!」


なんか無理やり締められちゃった感あるけど・・・部長が正しいな。

ひとまず、話が終わったから教室に戻るとしよう。





* * * * * * * * * *

「はぁー…」

「どうした三浦? ため息なんか吐いて」

「あぁ暁君。いやさ、中々大変な状況でさ……」

「俺で良かったら聞くぞ?」

「ありがとう。カクカクシカジカでね・・・」











「そんなファンタジーみたいな事が有り得んのかよ。にわかに信じ難いな」

「でもあったんだよ」

「別に疑いはしねぇよ。でも確かに、異世界に帰すかどうかは賛否両論だな」


肩をすくめて、お手上げとでも言いたげな伸太郎。無理もないだろう。
やはり、本人に訊くのが最善のようだ。


「あ、でも、もし残るって言われたらどうすんだ?」

「え、あぁ……考えてなかった」

「もし残るってなると、住む場所は勿論だし、戸籍とかもどうにかしなきゃいけないぞ」

「うわぁ……」


よく考えたら、帰らないってなった時はユヅキをこの世界に合わせる必要がある。晴登が異世界の言葉が読めなかったように、ユヅキもきっと日本語がわからないはずだから言語を教える必要もあるし、法律とかの教養も教えなくてはいけない。大変極まりない事だ。


「でも、面倒くさいとか言ってられないよな」

「ああ。お前が責任を持たないといけねぇし」

「あれ、若干冷たい!?」

「いや気のせい」


話が終わり、スタスタと去る伸太郎。

何だろう。だいぶ仲良くなったと思ってたけど、イマイチ掴めない所が有るな。今後の課題だ。







「結局は部長も暁君も信じてくれたな。アドバイスまで貰えたし・・・ありがたい限りだ」


クラスをそそくさと抜け、一人で帰路についている晴登。
無論、ユヅキの様子を確認するために早く帰っているに過ぎない。

どうしようかと、何だかんだと考えながら帰ってきた結果、実はもう我が家に着いていたりする。


「何かややこしい事になってませんように。ただいま」ガチャッ


ドアを開けると、目に映るのはいつもの玄関。異常はない。靴が異様に増えているとかは無いようだ。

靴を脱ぎ、晴登は二階の自室に向かう。
学校に居た8時間余りは放置していたことになるが、さすがに言いつけは守ってくれているだろうと信じるぞ。


「ユヅキ、ただいま」


「…あ、おかえりハルト」
「おかえり、お兄ちゃん」


よし、ちゃんと部屋に居てくれていた。良かった良かった・・・





「いや良くねぇよ!? 何で智乃がここに居るの?!」



ユヅキの選択が終わるまで、彼女を誰とも会わせないようにしようと考えていたのだが、呆気なく頓挫してしまった。
相手はまさかの、妹の智乃。そりゃ小学生が中学生より帰りが早いというのは当たり前だ。それを計算に入れなかった晴登が悪い。


「どう弁明すれば……?」


兄の部屋に謎の少女。例え小学生の知能でも、疑いたくはなる事象だ。


「チノはハルトの妹なんでしょ? 全然平気だよ」

「そういう問題じゃなくて・・・というか、自己紹介済んでるのかよ…」


晴登は事態の深刻さに嘆息。

・・・いや待て。自己紹介で、ユヅキは自分のことを何と言ったのだろうか?


「おい、ユヅキ!」テマネキ

「なーに?」スタスタ


部屋の端っこにユヅキを呼び出す。そして二人はコソコソと、傍から見れば怪しい会話を始めた。
問うのはもちろん、先ほどの疑問。


「そこのところはどうなんだ?」

「心配しなくても、異世界から来た、だなんて言ってないよ」

「そ、そうか・・・って、ん? じゃあ、何て紹介したの?」


ユヅキが本当の事を話していないというのは理解した。
しかし、何と言って智乃を騙しているのだろうか?



「え、そりゃあ、ハルトの許嫁(いいなづけ)・・・」

「待て待て待て待て!!! 何故にそんな無理のある嘘を!?」

「ボクはハルトのお嫁さんなら、なっても良いかなって…」

「そういう問題じゃなくて! というか恥ずかしいから止めて!」


コソコソ話は何処へ行ったのか。晴登のパニックは、もはやお祭り状態。

と同時に、今日の部長の発言の意図が理解できた。
要は、ユヅキが晴登を好いていて、離れたくないがために異世界に帰らない、ということだろう。
今の会話で、その可能性は有り得ると裏付けできる。


「うぅ、本題に入らせてくれ…。智乃、ちょっと部屋出てくれない?」

「大事な話?」

「そうだ」

「大事な…話…」ゴクリ

「お前の反応に違和感しか感じないけど、無視しといてやるから早く出てくれ」

「はーい」ガチャッ


智乃が部屋を出たのを確認し、晴登は本題である重大な選択をユヅキに課すことにする。

ずばり、『異世界に帰る』か、『この世界に留まる』かだ。





「――もちろん後者」

「即決!?」


その選択を話すや否や、ユヅキは答えを決めた。用意していたのでは、と疑うぐらいの早さで。


「結構重大な事だよ!?」

「ハルトと一緒に居れればそれで良いし、それにラグナさん達にはお別れ言ったからね」

「え…?」


・・・今、何と?

寝耳に水だ。ユヅキはこんな事態になるなんて予想していなかったはず。それなのに何故・・・?


「今回の王都の事件はボクが原因だからね。そのせめてもの償いのつもりだったんだ」

「俺と一緒にこの世界に来なかったとしたら、一人で何処かへ行く気だったってことか…?」

「…うん」


衝撃の告白に、開いた口が塞がらない。この場合、奇跡に感謝、とでも言うべきなのか。


「だからボクは、ハルトとまた居られるようになって本当に嬉しい。これからはずっと一緒だよ!」


ユヅキは晴れやかな笑顔を見せた。晴登は照れ臭くて、つい目を逸らす。

自分は本心で、この状況をどう思っているのだろうか。・・・いや、きっと『嬉しい』と思っているのだろう。甘い考えだ。



「――あ、そうだハルト。ハルトがいない間に本を読んでたけどさ、全く字が読めないの。教えてくれる?」

「…え? あぁ、そりゃもちろん」


部屋にある本といえば、マンガしかない。とはいえ、マンガも日本語が理解できなければ読むことはできない。早急に教える必要がある。


「あっとそうだ。暁君が、戸籍がどうたらとか言ってたな…。どうしたものか・・・」


ユヅキの滞在が決定した。新しい家を見つけるのかは不明だが、少なくともしばらくはこの家に居候するだろう。
となると、家族への説明などは避けては通れないルートだ。


「これって、完璧に騙せる嘘を作るしかないだろ……」


異世界から来たという非科学的な事を信じる人は、限りなく少ない。つまり、その説明を用いることはできないのだ。
であれば、ユヅキの外見などもひっくるめて納得させられるあの裏技を・・・



「ずばり、外国人のホームステイだ」





* * * * * * * * * *

「こう言ってはなんだが・・・チョロイな」


ただいま晴登は自室でガッツポーズを取り、訝しげな目線をユヅキから向けられている。
というのも、晴登の策がいとも容易く通り、ユヅキの居候がすんなりと認められたからである。
自分の親ながら、チョロいと思ってしまうのも仕方ないだろう。


「けど言われたのが、やっぱり戸籍についてだったな…」


気分一転、晴登は頭を抱える。ちなみに、最も言われたのが名前だった。

いくら外国でも、さすがに"ユヅキ"という名前はいない。どちらかと言えば日本寄りの名前だ。だから晴登は『日本人の親を持っているが、幼少の頃から外国に住んでいて、今回ホームステイにやってきた』と、無理やりな設定をユヅキに作っている。

しかし、こうなるとユヅキには日本人らしい名前が必要となる。


「けど、本人はわからないしな…」


ユヅキは漢字を理解できない。自分で日本人らしい名前を考えるだなんて、以ての外だ。

つまり、晴登がユヅキの名付けをしなくてはならない。ちなみに、本人の許可は得ている。


「うーん・・・」


晴登はユヅキを横目に、机に向かってノートを開く。シャーペンを右手に持ち、頭を働かせた。


「できるだけ違和感が無いようにしないと…」スラスラ


その一心で、晴登はシャーペンを動かした。
正直、意味とかどうでもいいから、それっぽくなってれば良いと思ってる。



「・・・よし、これで良いだろ」



晴登は立ち上がり、ユヅキを振り向く。
彼女はキラキラとした熱視線を、晴登に向けていた。

また顔を逸らして照れながら、晴登はノートをユヅキに見せる。










『三浦 結月』



 
 

 
後書き
新たな生活が始まり、まず困惑に支配された波羅です。時間が取れないと唸りながら、「とりあえず何か書いとこう」という一心で書いた今回の話。そこそこ急ぎ気味であるのは自覚しております。

さて、ようやく異世界転移編完結しました。ユヅキ・・・もとい、結月がこっちの世界に来るのをゴールとして、初めから書いていたので、自分は満足しています。ただ正直、この後は考えていません(ニッコリ

そんな物語ですが、次回も読んでくださると嬉しいです。では! 

 

キャラ紹介 第6弾

 
前書き
久しぶりのキャラ紹介。前回の話があまりにも短いため、埋め合わせです。 

 
*科学部部長*

茜原(あかねはら) (ひかり)


 年齢 14歳~
 性別 女
 容姿 長い長い黒髪ロング
    時折キラリと光るメガネ
    白衣がデフォ

 性格 普段は温厚
    何もしなけりゃ清楚なイメージ
    ただドSな一面あり

 補足 黒木の幼馴染み。
    いつも怪しい発明をしている。
    理科に関しては王者。
    マッドサイエンティスト。





*異世界の謎の少女*

三浦 結月(ゆづき)(旧名:ユヅキ)


 年齢 12歳~
 性別 女
 容姿 銀髪蒼眼美少女
    中性的な顔立ちと声

 性格 真面目で温厚
    やると決めたらやるタイプ
    非常に一途

 魔法 【白鬼(びゃっき)】氷属性を司る鬼族

 補足 異世界で一人暮らしをしていた。
    その実、家出なう。
    鬼族の血を引き、一国のお嬢様(だった)。
    ある時、晴登の優しさに一目惚れ。
    現在は三浦家で同棲・・・もとい居候中。





*鬼族の少年*

ヒョウ


 年齢 8歳
 性別 男
 容姿 銀髪碧眼
    幼い顔立ちと声

 性格 自己中
    誠実(結月曰く)

 魔法 【白鬼】略

 補足 結月の実の弟。
    幼い頃から二人は面識が無い。
    『大陸の王』を目指すも失敗。
    現在は大罪によって牢屋暮らし。





*異世界の時計屋主人*

ラグナ・アルソム


 年齢 40歳は超えている
 性別 男
 容姿 無精髭が似合うおっさん
    白髪がチラホラ

 性格 陽気で明るい
    商店街に一人は居るおっちゃん
    ゴッツイ身体

 補足 売れない時計屋主人。
    結月の世話をしていた。
    元ヤンチャであり肉弾戦は強い。
    頼れるおっちゃん認定。





*異世界の謎の青年*

ミライ


 年齢 20歳前後
 性別 男
 容姿 色白のイケメン。

 性格 優しく、時に厳しい

 魔法 【妖精魔法】とにかく万能
    【魔眼“視”】相手の魔力を可視化

 補足 並々ならぬ母国愛を持つ。
    結月や晴登と王都の危機を救った。





*王都騎士団団長*

アランヒルデ・ストフレア


 年齢 30代
 性別 男
 容姿 赤髪
    イケメン
    ガッシリした身体

 性格 大雑把

 補足 『最強で最恐の男』
    作中トップクラスの強さ。
    頼れるおっちゃん認定。
 
 

 
後書き
数十分で書いたんで、修正入るかも。 

 

第55話『予習』

 
前書き
今回から新章入ります。だけど、今回は日常寄りです。
次回から本気出す() 

 
「雨、止まないね」

「そうだな…」


窓から外を眺めつつも、ため息を溢す結月。その背中を見ながら、晴登も同じくため息をつく。
今朝から天気はこの調子だ。故に、外へ出かけることもできない。尤も、外に出たがるのは、晴登ではなく結月なのだが。


「こんな日がずっと続くなんて、"梅雨"って凄いね」

「凄いと言えば、確かに凄いな。考えたことなかった」


実は昨日から6月に入り、この地域は既に梅雨を迎えている。雨が一向に止まないということで、嫌う人も多いだろう。インドア派の晴登でさえ、それは例外ではない。
学校に行ければ多少は紛れるのだが・・・



「じゃあハルト、暇なら遊ぼうよ!」

「結月は勉強しろよ。道具は渡したろ?」

「むぅ…」


膨れる結月だが、仕方ない。まずは一刻も早く、この世界に馴染んでほしいのだ。
そのために、小学生レベルの日本語のテキストを与えているのだから。


「急に違う言語を使うのが難しいのはわかるが、住むって決めた以上頼むよ」

「他でもない、ハルトの頼みなら断る義理はないね。ボク頑張る!」

「おぅ…そ、そうか」


そう言って結月は、晴登の机を借りて勉強を始める。その顔は、先ほどと打って変わってやる気に満ちていた。

今の会話で少なくとも理解できるのは、己が彼女のトリガーだという事だ。複雑な気持ちである。


「じゃあ俺は何しよっかなー・・・って、よく見たら6月はテストあるじゃん!?」


何をしようかと口にしながら、徐に手をマンガに伸ばしていた晴登は、6月の日程表を見て戦慄する。

テストというのも、もちろん4月にやった小学生用ではなく、4月からの学習が物を言う中学生用のテストだ。もちろん、4教科ではなく、英語も含まれ5教科である。
それなりに勉強はしているが、いざテストを前にすると自信が無い。


「結月に勉強させてる場合じゃないかも…。とりあえず、大地たちともう一度勉強会開くか?」


前回の勉強会がどれだけ役に立ったのかは不明だが、やらないよりはマシだろう。とすると、実行は次の休日辺りか。


「けど.、この雨なら大地が来れないかも…」


莉奈の家は窓ごしで会話できるほど近いから問題は無いが、大地の家は近いとは言い切れない。雨の中来てもらうのはさすがに申し訳ないから、そうなるのは避けたいところ。
となると、勉強会の開催は困難かも・・・



「…っとそうだ、暁君の力が借りられるんじゃ…!?」


前回では全く面識すら無い状態だったが、今なら「勉強教えて」って言うぐらいはできるだろう。
学年一の秀才である彼の力を借りれば、学力アップも夢ではない。


「……と思ってるけど、別に大地をバカにしてる訳じゃないぞ。アイツもすごい奴だし。運動面を加味して考えると暁君より凄いし・・・」

「ハルト、さっきから何ブツブツ言ってるの? 勉強しないの?」

「あ、する。ごめん」


結局晴登も、潔く勉強を開始した。





* * * * * * * * * *

〜数時間後〜

「ハルトハルト、"ひらがな"が読めるようになったよ!」

「いや、展開速すぎだろ!?」


結月の歓喜の声で、勉強が一時中断。
タイミングが良いのか、時計は正午である12時を示している。


「そろそろ昼飯の時間だな」


結月の成長ぶりに驚きつつも、晴登は昼食の準備を始めることにした。


「あ、ボクも手伝うよハルト」

「そうか? じゃあ頼む」

「えへへっ、頑張るよ!」


「頼む」と言うだけでこの有様。迂闊なことは口に出せないと、晴登が感じた瞬間だった。


「ハルトとの共同作業楽しみー!」

「他に言い方なかったの?」





* * * * * * * * * *

「あー、やっぱハルトの作る料理は最高だよ!」

「俺より料理上手い人はたくさん居るよ?」

「それでも、ハルトの料理が一番!」

「そうか…」


さっき、結月にこの世界の食材を紹介がてら、一緒に昼食を作った。
彼女の目には新しい食材ばかりだったろう。それらを見て驚いていた様子は、異世界での晴登とよく似ていた。


「じゃあ午後も勉強やるか・・・と思ったけど、雨が止んでるな。どうする結月?」


ふと外を見ると、偶然にも雨が止んでいて、青空が見えていた。恐らく、もう一度降るとは思うが、少しくらいは外に出れるのではないだろうか。
ようやく、結月に街の案内ができそうだ。



「…え? 勉強したい」

「あれ、意外とハマってる!?」

「早くこの世界に慣れたいし、ハルトと同じ言葉を扱えるようになるって考えると、手が止まらないんだ」

「ね、熱心で何よりだ…」


この場合はどうするべきなのだろうか。せっかく意欲を持ってくれてるから、このまま勉強させてた方が良いのだろうか。
しかし、この世界に慣れるというのであれば、外に出てみる事も必要であるとは感じる。


「…ま、本人にお任せするか」


しかし外野がとやかく言って邪魔するのが、最もいけない事。本人の意思を尊重しろと部長にも言われてる訳だし、勧めすぎるのは止そう。


「じゃあ俺も勉強再開だな」


結月が机に向かったのを見て、晴登も再び勉強を始めた。





* * * * * * * * * *

〜1時間後〜

「ハルトハルト、カタカナも覚えたよ!」

「やっぱ展開速すぎるだろ!?」


結月の目覚しい成長に、さすがに晴登も驚愕を(あらわ)にする。いくら何でも早すぎやしないだろうか。

もしかして、結月の物覚えは超が付くほど良かったり…?


「その才能俺に分け与えてくれよ…」

「ハルト、力になれなくてゴメン・・・」

「いや、そんな話の流れじゃないよ今!?」


冗談を言ったつもりが、真に受けられるというあるある事態。しかも結構深刻そうな顔をするから、より申し訳なく感じる。


「しかし、ひらがなもカタカナも終わったとなると、次はもう漢字か。数時間で園児卒業って飛び級し過ぎだろ」

「何言ってるのかあまりわからないけど、凄いなら嬉しいな」


結月は一転して、屈託ない笑顔を見せる。嬉しさが滲み出ているその笑顔に、晴登は安心感を覚えた。


「じゃあ、あと一押しだな」

「そうだね」


小学生レベルだろうと、漢字を覚えるとグッと日本に馴染める。そうなれば、一人で自由に外を出歩けるようになるだろう。そしていつかは居候を卒業して、一人で暮らせるように・・・


「これでようやくハルトのお嫁さんになれるね」


「ぶふぉっ!? どうしてそうなるの!?」

「ボクとしては許嫁のままで良いんだよー?」

「別に許嫁って決まってないから!」


いつどのタイミングで好かれたのか、正直今でもわからない。思い返すと、助けられてばっかりの情景が浮かぶ。女子の気持ちは男子にはわからない、というものだが、これでは迷宮入りもいい所だ。


「けど、こういうのは詮索しない方が賢明だろうな」


人の心を根掘り葉掘り聞き出すのは、デリカシーに欠ける行為だ。そもそも、訊くのが恥ずかしい。




「あんまり意識させないでくれよ…」


最後にポツリと、晴登は本音を零した。





* * * * * * * * * *

〜夕食〜

「結局昼食と同じか」


両親が外出し、自分と結月と智乃の三人で夕食をとることになる。作るのはもちろん晴登だが、手伝いとして残り二人も参加するそうだ。


「簡単なやつで良いよな?」

「良いよ、お兄ちゃん!」

「ボクも構わないよ、お兄ちゃん!」

「おい、妹を二人持った覚えは無いぞ」


うだうだとツッコミながらも、結局は料理。
三人でやれば時間も短縮され、なんとものの数分でシンプルの極み、『野菜炒め』が出来上がってしまう。


「さすが、シンプルなものは速い」

「「そして美味しい!」」

「つまみ食いして良いとは誰も言ってないぞ」

「「ケチ」」


見事なくらい息ピッタリの二人。
ケチ呼ばわりされる筋合いは無いのだが、そんなにお腹が空いているのだろうか?


「母さん達は今日は帰って来なそうだな。残す必要は無いみたいだ」

「じゃあ全部食べていいの?!」

「そうなるが・・・何でそんなに嬉しそうなの?」

「そりゃお兄ちゃんの料理が美味しいからだね」モグモグ

「そんなに美味しいのか…?」


自分では普通レベルだと思っているが、これだけ評価が高いと、「自分は料理が得意なのでは?」と錯覚してしまいそうになる。
別に嬉しくない訳ではないのだが。


「じゃあ、お風呂入れておくか」

「「」」ゴクリ

「な、何だよ…? 一緒には入らないぞ」

「「ケチ」」

「その理屈はおかしいだろぉ!!」


あまりの理不尽さに、たまらず声を上げる晴登。
しかしそれを無視するかのように、二人は黙々と夕食を食べる。


「俺が何か悪いのか……?」


女心が全く掴めない晴登だった。





* * * * * * * * * *

「・・・なぁ」

「なに、ハルト?」

「いや『なに?』じゃないよ! 何で俺の布団に入ってるの?!」

「え~いっつもこうやって寝てたじゃん」

「あれ、否定できない!?」


ただいまの時刻は午後9時。就寝時だ。
智乃はもう自室でグッスリ寝ていることだろう。本来であれば、その部屋にはもう一人居るのだが・・・


「何で今日はこっちに…?」

「ハルトが恋しくなったから」

「うっ……!」


正直な返答を聞き、頬が紅潮する。そのため晴登は、結月に見られないようにすぐさま顔を背けた。



「今日は…特別だからな」

「ハルトは優しいね。ありがと」ダキッ

「止めろ、抱きつくな!」


ギャーギャーと騒ぎ立てる二人。
しかし結局は、何事もなく眠りについていた。





* * * * * * * * * *

~翌日~

「じゃあ今日は転校生を紹介します」

「転校生の三浦 結月です。よろしくお願いします!」








「・・・知ってた」

 
 

 
後書き
時間軸が目まぐるしく変わって、自分でもクソ文章だなと思いましたが、目を瞑って頂けると幸いです。アレです、四コマ漫画的なノリと考えて下さい(懇願)。

まだ先の展開がアヤフヤな訳ですよ。下手すると、テストの前に恋愛編がぶち込まれそうで怖い。
でもまぁそれは最終手段なんで、きっと大丈夫でしょう。

それではまた次回! 

 

第56話『適応』

ただいまは朝のホームルームの時間。普段通りであれば幾分かは賑やかなのだが、今日に至っては教室が静寂に席巻されている。

全員の視線は、教卓の横に立つ一人の少女に集まっていた。


「三浦 結月です。よろしくお願いします!」


元気よくそう自己紹介するのは、銀髪をたなびかせ、蒼い目を輝かせる、三浦家居候こと結月だった。

もちろん、その容姿を見て驚かない人は誰一人居らず・・・


「え、ヤバくね!?」
「髪染めてるの?!」
「可愛い!」
「当たりじゃねぇか!!」
「ちょっと待って、三浦って苗字なの?」
「それって学級委員と同じじゃ……」



騒ぎ立てるクラス一同。あちこちから、結月への賞賛の嵐が飛んでくる。当の結月は、さすがに照れた様子を見せていた。


「はい、皆静かに。話すのは後からにして下さい。彼女は今、三浦君の家にホームステイという形で住んでいます。日本語の書き取りを勉強中とのことですので、是非教えてあげては如何でしょうか」

「「「はーい!」」」

「いい返事です。それでは三浦さんは三浦君の後ろの席に・・・と、ややこしいですね」ハハハ


山本の笑いにクラスも笑いに包まれる。
結月も一緒に笑っているのを見て、安心した晴登だった。

その後、結月は教卓の横から、晴登の後ろに用意された机に移動する。


「呼び方はおいおい考えていきましょうか。さて、今日の一日の予定ですが──」


山本が話を始めても、興奮冷めやらぬ、まだクラスは結月を見てソワソワしている。これには山本も、やれやれと微笑んでいた。





* * * * * * * * * *

「ちょっと晴登、私聞いてないんだけど!」


休み時間に入って早々、晴登の後ろが騒がしくなる中、一人の女子が晴登に声を掛けた。幼なじみである莉奈だ。


「いや、言ってないからな…」

「普通言うでしょ。しかもこんな可愛い娘」

「色々あってな……」


確かに色々あった。人生で九死に一生を得たランキングトップ3には入るくらいには色々なことがあった。
言えなかったのは、言いたくないという都合に過ぎないのだが。


「それにしても、ホームステイって割には日本語上手だな、あの娘」


続いて声を掛けてきたのは大地。彼は素直に驚いているようだ。無理もないだろう。
そもそも、設定が無理やりすぎたのだ。元より結月は、日本語しか話せないのだから。


「それにしても、苗字が被るって不思議ね」

「しかも同居とか。偶然にも程があるぜ」

「そ、そうだな…」


・・・言えない。晴登が身勝手に詐称したものだなんて言えない。わざわざ苗字を考えるくらいなら、と思って軽く付けてしまったのだ。
正直、問われると答えに困る。

そんな晴登の様子を見て、二人はやれやれと言及を諦めて、後ろの野次馬に混ざった。



「・・・あれさ、柊と互角の容姿だよな」

「あぁ暁君。んん…まぁそうかも」


更に、伸太郎にも声を掛けられる。彼もまた、結月の容姿に驚きを隠せない一人だった。
確かに、狐太郎も目立つ。けれども、結月も目立つ。


「波乱の予感しかしないぜ…」


彼は面倒くさがるように呟いていた。
同調するように、晴登も苦笑い。



「ねぇハルト!」

「何だ?」


最後に声を掛けてきたのは、話題の中心である結月。
彼女の表情は生き生きとしており、一体何を言うのかと晴登は問う。



「学校ってさ、楽しいね!」



満面の笑みで彼女は言った。晴登は思わず笑みを零す。

なんだ、そんな事か。それは当たり前だ。友達と一緒に話したり、遊んだりするのは楽しい。
慣れさせるため、と急遽転入させた訳だが、失敗では無かったらしい。まさに御の字。



「──気になったけどさ、二人は一緒に住んでるんでしょ? もしかして、そういう関係だったりするの?」

「っ!!」


結月の発言で気を許した直後、避けては通れないと考えていた関門が立ちはだかる。
そういう関係とは言わずもがな、恋人同士という意味だろう。晴登自身はそうではないと否定するが、生憎結月は・・・


「結月ちゃんは三浦君の事どう思ってるの?」

「え、大好きだけど?」



「……あ」


この後、クラスが騒然となったのは言うまでもない。





* * * * * * * * * *

「なぁ結月、もう少し自重してくれてもいいんじゃないか?」

「どうして? ボクは事実を言っただけなのに」

「その気持ちは嬉しいけどさ、その・・・もう少し控えていこう」


廊下を一緒に歩きながら、晴登は結月に告げた。

現在は昼休み真っ只中。結月に学校案内をしようということで教室を出て・・・というのは建前であり、クラスから一刻も早く逃げ出したかったというのが本音である。
実は、先ほどの騒動は依然終わりを見せておらず、皆が結月や晴登を質問攻めにしていたのだ。とてもだが、対応はできない。


「今ごろ捜されてそうで怖いんだけど。明日から学校行きにくいじゃん…」


好奇心は人間の(さが)。だから、彼らがクラスメートの情事を追い求めるのも仕方のないことだ。
しかし、追われる方にとっては迷惑な事であるということを忘れてはいけない。

せめて、昼休みいっぱいは逃げ切らなければ・・・!



「よう三浦」

「フラグの力って凄い」


前方から声を掛けてきたのは、魔術部部長こと黒木 終夜。狙われていた訳でもなく、ただのエンカウントだろう。運が悪い。


「ん? 三浦、隣の娘って・・・」

「はい。この前話した結月です」

「あーなるほど。生で見ると予想以上にファンタジーな見た目してるな」


結月は銀髪蒼眼という、外人顔負けの容姿。言わずもがな、廊下を歩いているだけで人の目を引いていた。
事前に知らせていた部長でさえ、驚きの表情を隠せずにいる。


「ハルト、この人は…?」

「確か話したよな? この人が部長だ」

「え!? じゃあアナタが、ハルトに魔法を教えた人ですか?!」ズイッ

「ん!? ま、まぁそうだな…!」


結月が興味津々な様子で、終夜に詰め寄る。
予想外の出来事に、晴登は驚くしかない。


「ぜひ、ボクにも魔法を教えてください!」

「わかった! わかったから静かにしてくれ!」


(はばか)らなくてはいけない内容なのに、周りに聞こえるほどの大きな声で話す結月を、たまらず終夜は制止する。
何だ何だといった様子の聴衆(オーディエンス)だが、詳しくは聞こえてないようだった。


「よし。だったら放課後、三浦と一緒に魔術室に来い」

「ボクもミウラですk──」

「すいません部長。詳しい事は後で話します」

「お、おう、わかった」


話がややこしくなりそうだから、晴登はひとまず退散を図る。

どうやら、今日は忙しい一日になりそうだ。





* * * * * * * * * *

「「こんにちは」」ガラッ

「よし、来たな」


放課後、魔術室を訪れた晴登と結月を、終夜は出迎えた。部室にはもう全員が揃っている。

とりあえず、晴登は粗方の話を済ませた。


「…見れば見るほど不思議な娘ね。そして可愛い」


今発言したのは、魔術部副部長である辻 緋翼。
未だに目を疑っているのか、時折目を擦る仕草を見せる。


「んじゃま、早速測定といきますか」


部長はそう言って、魔術測定器を用意し始める。見るのは三度目だろうか。相も変わらず地球儀の様なフォルムだ。

魔術を教えるなら、まずは素質があるかを確かめるのが鉄則。


「ほいじゃ、ここに手を・・・」


慣れた口調で終夜は説明していく。使う機会は少ないはずなのになぜだろうかと思うが、黙っておくことにした。



数十秒の静寂。機械音が虚しく響いていく。



──突如、青い光が放たれた。魔術の素質を感知した証拠だ。結月には当然有ると思っていたから、驚くことはない。



「・・・よし。それじゃあドキドキの結果発表と参りますか」


結月の魔法の事は既に皆に知らせてある。後はそれがどのようなモノかを調べるだけなのだ。


「はーい結果は如何に・・・って、は!?」


突如、部長が叫ぶ。どうやら、結月の結果に驚いているようだ。やはり、魔法の本場である異世界産だから、何かしら凄いのだろうか。


「三浦 結月、スキル名【白鬼】、レベル5…!?」

「「「えぇっ!?」」」


結月以外の全ての部員が、驚きの声を上げた。
それもそのはず、レベル5の魔術師というのは日本中でも数えられるほどしかいないからだ。

当の結月はその凄さがわかっておらず、ただただ首を傾げていた。


「魔術教えてどころか、教えて欲しいくらいだ…」

「三浦、アンタ凄い娘連れてきたわね」

「は、はい……」


レベル5というのは、正直予想外。普通に考えて、晴登よりも数倍強い能力(アビリティ)だ。
とはいえ、異世界であまり凄さを感じなかったのは、結月の求める通り、練度が足りないからなのだろう。



「・・・あ、そうだ。せっかくのレベル5なんだ。どうだ、魔術部に入らないか?」

「え?」


ここぞとばかりの唐突な部長の勧誘に、結月は目を丸くする。何を言っているのか理解できていない表情だ。
尤も、部活についての説明を微塵も結月にしていない訳なのだが。

少し説明をしないと・・・


「結月、部活っていうのはな──」

「ハルトは入ってるの?」

「…え?」

「マジュツブっていうのに」

「う、うん」

「ならボクも入る」

「即決!?」


自覚したくはないが、またも晴登の影響力だろう。
余りの早さに、部長らも驚きを隠しきれていない。

魔術部は『怪しい部活ランキング』で、間違いなくトップ3には入る。そんな部活に即決で入るのは、命知らずと言っても過言ではない。


「晴登と一緒なら、ボクはどこでも良いよ」

「だから、そういうのを自重しろって……」



「・・・結構重症ね」ボソッ

「三浦のどこに惹かれたのか詳しく訊きたい」ボソッ


なんやかんやで謎が深まる魔術部に、新たに一人の部員が加わった。





* * * * * * * * * *

「さて・・・困った」

「何が?」


帰路の途中、晴登はため息をついた。
心配になった結月は理由を問う。


「呑気で良いな。入学した以上、結月もテストを受けなきゃいけないんだぞ?」

「そもそもテストって何?」

「あ、そこからか……」


晴登は結月に軽く説明を行う。彼女は頷いて話を聞いていたが、ある事が引っ掛かったようで・・・


「ボク、言葉を覚えたのは良いけど、それ以外は何もわからないよ?」

「あ…確かに」


ここに来て重大な事実が発覚。要は、国語は覚えたけど、数学とか理科はわかんないって話だ。


「テスト受けさせない、っていうのは無理な気がするな。結月の事情を知ってるのは魔術部だけだし」

「ううん、ボク頑張って勉強するよ!」

「え?」

「書き取りだってすぐ覚えたんだ。きっと大丈夫!」


結月の早期習得には目を見張るものがあったが、さすがに勉強を一から始めるのは無理があるのではないだろうか。

・・・という事を晴登は危惧したが、口には出さなかった。彼女がやる気でいるのに、わざわざその気を削ぐつもりはない。絶対無理、とは言い切れない訳だし。


「わかった。じゃあまた勉強しないとな」

「うん!」


いつものように、結月は爽やかな笑顔を浮かべる。それを見て、晴登はまたも安心した。
結月の笑顔には、どうしても逆らえない。


「よし、家帰っても勉強頑張るぞ!」

「おー!」

「じゃあ家まで競走だ!」ダッ

「負けないよー!」ダッ


和気あいあいと二人は帰る。
忙しかったけど、今日も楽しかった。

明日も楽しく過ごせたら良いな。





「ゴール!」

「足速いなオイ!」

 
 

 
後書き
最近5000文字に達しなくなってきた。不安でしかねぇ。

でもって、次回から何をしようか悩みどころ。勉強会やっても良いし、テスト入っちゃっても良い訳だし・・・どうしましょ。

ま、細かい事は良いです。ノリで何とかなるでしょう。では、また次回で! 

 

第57話『雨中の集い』

 
前書き
最近忙しいです(´;ω;`) 

 
「やっぱ雨降っちゃったか……」


自室の窓から曇天を見上げ、そこから振り続ける滴を晴登は残念そうに見ていた。


「これじゃ勉強会は無理だな……」


嘆息しながら、晴登は昨日を思い出す。





『――勉強会?』

『そうだ大地。この前と同じように頼めないか?』

『まぁ別に暇だから良いけどよ』

『一応メンツとしては、莉奈だけじゃなくて結月も参加させたいんだが・・・どうだ?』

『それも構わねぇよ。美少女と話せる良い機会だ』ニッ

『あはは…。あ、ただよ、降水確率が高いそうなんだ』

『そりゃ梅雨だし』

『だからよ、雨降ってたら無理して来なくていいからな』

『あー了解』





ピンポーン


「ん?」


不意なチャイムに、回想がかき消される。
時計を見ると、丁度勉強会の予定時刻だった。


「雨降ってるし、莉奈かな」


家が隣だから、雨が降っていようといまいと関係ない。

晴登は一階に下り、玄関のドアを開ける。



「よぉ」

「大地!?」



意外な人物の登場に驚く晴登。その反応が面白かったのか、彼はニヤついている。


「雨降ってたら無理して来なくていいって言っただろ?」

「俺抜きでどうやったら勉強会が進むんだ?」

「う、そりゃそうだけど…」

「別に気にしなくていいよ。傘さして歩いてきたから」

「お前って奴は…!」


大地の言葉に、晴登は思わず感動を覚える。というのも、大地の家は決して三浦家に近くないのだ。少なくとも、歩いて行こうとは思わない。
だからこそ、歩いてまで来てくれた大地を、晴登は嬉しく思った。



「まぁ勉強道具忘れたんだけど」テヘペロ

「俺の感動返せよ!!」


時々ボケる辺りが、やっぱり大地だった。







「さて、始めるか」


正方形のテーブルを四人で囲み、勉強会が始まろうとしていた。ちなみに、晴登と莉奈、結月と大地が向かい合うようになっている。


「とりあえず大地にもテキスト渡したから、大丈夫。さて、始めるぞ・・・」

「ねぇ結月ちゃん結月ちゃん、晴登とはどういう経緯で知り合ったの?」

「出鼻をくじくな!」


さっそく莉奈が結月に質問する。それも全く勉強関係無しの。


「普通に道で会ったかな。けどその後に、不良に絡まれた時に助けてもらって、とても嬉しかった」

「うお、やるじゃん晴登」

「否定できない……」


偽っている訳でも盛っている訳でもないから、素直に晴登は恥ずかしく思った。というか照れた。


「普通の晴登でも、そんな勇気が有ったなんて・・・私知らなかった」

「俺もだ。平凡な晴登がな・・・」

「それ結構ダイレクトにディスってるよな」


鋭い晴登のツッコミに満足するかのように二人は笑う。結月もクスクスと微笑んでいた。


「無駄話はこの課題が終わってからだ。にしても、大地は課題はどうすんだ?」


テストはただの筆記試験ではない。事前に用意される課題を仕上げる事から、既にテストは始まっている。


「いや、俺はもう終わってるから良いんだけどさ」

「嫌味か、嫌味なのか? 勉強道具を忘れたんじゃなくて、元より無かったってか?!」

「ぶっちゃけそうだわ」

「否定しろよぉ!」


大地の天才ぶりにたまらず頭を抱える。
これでは、ただ暇人が遊びに来ただけではないか。


「大地、覚悟しとけよ。バンバン訊くからな」

「他力本願なとこは変わらないのな」


大地の指摘に堪えつつ、ようやくテスト勉強会が始まった。





* * * * * * * * * *

「ハルト、算数って難しいね。なんかゴチャゴチャする」

「俺もそう思う」

「いやいや、慣れれば楽しいぞ?」

「そう思えるほど余裕じゃないんだよ…」


結月と晴登の嘆きを、大地は無慈悲に否定する。
同情して欲しかったのだが、彼にその期待を抱くのは誤りだったようだ。

ちなみに、結月に渡してあるのは課題ではなく、算数のテキストである。まずは数学を攻略しようと考えたのだ。


「たぶん、次のテストに五教科は間に合わないだろうから」

「ハルト、何言ってるの?」

「こっちの話だ」


見たところ、結月は算数が苦手という訳ではない。意欲的に取り組んではいるし、恐らく苦労するのは最初だけだろう。
ただ、その最初が長い。何せ、小学生の内容を総ざらいするのだから。


「特に、かけ算って難しい…」

「日常は、足し算と引き算で事足りるからなぁ…」

「ハルト、この"九九"ってやつ教えて」

「いや、それ覚えるものだし・・・ってあぁ、理屈を教えなきゃか」


晴登にとっては九九は常識。しかし、結月にとってはいわば未知の領域なのだ。一から教える必要がある。


「"倍"ってわかるか?」

「あーボンヤリとしか…」

「やっぱ日常で使わないからか。とりあえず、倍っていうのは、かけ算と同じ意味だ」

「うん」


首を傾げながら、結月は何となくという様子で話を聞いている。



晴登はこの後も説明を続けるが、結月は要領を得ないらしく、表情が晴れなかった。


「さすがに教師みたいには説明できないな…」

「わかった晴登、俺が代わる」

「お、大地。こっちからも頼むわ」


痺れを切らした大地が、晴登に交代を申し出る。無論、大地の方が賢いので、晴登が説明するよりはいくらか良いだろう。


「さてと、まずは自己紹介をしようか。俺は鳴守 大地。晴登の親友だ。よろしく!」

「ボクは三浦 結月。ハルトの許嫁です。よろし──」

「おい待てストップ!?」


いきなり自己紹介を始めた所は許容するとして、明らかに怪しい点を発見した晴登は、直ちに会話を遮る。
会話する機会を邪魔されたのが不服なのか、大地は晴登をじっと見据えた。


「どうした晴登?」

「いや『どうした?』じゃないよ! おかしかっただろ、今の自己紹介!」

「俺はちゃんとしたつもりなんだがな…」

「お前の事じゃねぇよ!?」

「別に疑いはしねぇよ。むしろ納得した。そうか、許嫁だったのか…」

「やめろォ!!?」


必死に弁明するも、聞く耳持たず。
大地は晴登を無視し、強引に結月との会話を再開した。


「さて、早速かけ算について教えていこう。準備はいいか?」

「うん、いつでも」

「よし。じゃあ、まずは2倍とか3倍の概念からだ。例としてはそうだな・・・晴登でいいや」

「──待て待て待てぃ!」


真面目に教えそうだったから黙っておこうと思ったが、そうや問屋が卸さない。
大地は「今度は何だ?」と言わんばかりの顔だが、むしろツッコまれないとでも思ったのか。


「何で俺が例えなの?! 他に有るだろ?!」

「いや〜結月ちゃんにはこれが良いかなって」

「ボクは気にしないから大丈夫だよ、ハルト」

「そ、そうか……」


少しどころかかなり腑に落ちないのだが、結月が気にしないと言うので、大人しくしておく事にする。
それでも、自分で例えられるのはあまり良い気分ではない。


「話を続けるぞ。まず晴登が1人居るとしよう」

「そもそもハルトは1人だけど?」

「そこはスルーしてくれ。例えばここで晴登を2倍するとする」

「すると・・・?」


結月は興味津々といった様子の面持ちだ。
それを見て大地はニヤリと笑ったかと思うと・・・



「晴登が2人になる」


「へ?」


今しがた素っ頓狂な声を上げたのは晴登だ。大地のことだから、何かしら凄いオチがあると思ってたのだが、まさかのそのまんま。タメの意味がない。


「ちょっと大地、それって──」

「なにそれ凄い!!!」ズイッ

「うおっ、結月!?」


結月が身を乗り出し、驚きをアピール。その瞳はキラキラと輝いており、至高の表情だ。

晴登は察する。そして、苦笑いするしかなかった。
自分を例えにすれば、結月のやる気は想像以上に上昇するのだ。


「これが3倍だと晴登は3人、4倍だと・・・」

「4人!」

「その通り! どうだ、少しはわかったんじゃないか?」

「うん、かけ算って凄いんだね! ありがとうダイチ!」

「うっし、これを待ってたぁ!」


結月のお礼を受けて、大地はガッツポーズ。その様子を見て晴登は、「そういや結月は美少女だったな」と思い直す。そんな娘に感謝されたのだ、男子には嬉しいことだろう。晴登は慣れてしまったが。

とはいえ、自分以外の人物と触れ合う結月に、晴登は安心感を覚えた。


「その例えの勢いだと、九の段とかは大変だろうなぁ…」


話をずっと横から見ていた莉奈は、そう冷静に呟いた。







「今日はもうお開きだな」

「「賛成ー!」」

「なんだかんだずっとやってたからな。疲れたー!」


グッと伸びをして、晴登は今日の勉強会を振り返る。

まず、大地はもちろん、晴登と莉奈は課題を終えることができた。しかし、結月はずっと算数をやっていたため、終わっていない。


「一日じゃ全部はできなかったか」

「それが普通だけどな。でもビックリしたぜ、結月ちゃん覚えが早いから」


大地はニカッと笑って言った。

確かに、今日だけで結月は算数をマスターできているはずだ。
並外れた記憶力、というよりは吸収力だろうか。異世界からこちらに来ても、馴染むのが早かったし。


「今日は悪かったな、大地。雨の中来てもらったのもあるし、結月に教えてくれたのもあるし、感謝してる」

「気にすんなって。結月ちゃんとも話せたから、俺はそれで満足だ」

「そうか。今日はホントにありがとうな。じゃあまた」

「おう」


大地はそう返事すると、三浦家を後にした。



玄関のドアが閉まった途端、一瞬で室内が静まり返ったが、まだ家には一人居る。


「…なぁ莉奈、お前今日はやけに静かだな・・・って、何してんの?」

「見ての通り、プリンを戴いております」


部屋を振り返ると、ソファに横たわりながら、勝手に冷蔵庫から取ったのであろうプリンを、幸せそうに頬張る莉奈の姿があった。

もちろん、晴登は理由を問う。


「なぜ?」

「気を利かせて、静かにしててあげたんでしょう。お礼ぐらい貰っていいでしょ」

「お前気遣いとかできたんだ」

「だいぶ失礼だよ晴登」


静かにしててあげた、というのは結月の為だろう。軽口を叩きはしたが、莉奈の行動には感謝する。


「じゃあハルト、ちゃんと結月ちゃんの課題を手伝ってあげてよ?」

「はいはい…」


結月が課題を終わらせるには、必然的に晴登の手助けが要る。本来なら大地とかの方が適任なのだが、生憎時間がない。明日くらいには終わらせたいから、今日は夜遅くまでやることになるだろう。



そう考えてる内に、いつの間にか莉奈も帰宅したようだ。
これで部屋に残っているのは晴登と、床に仰向けで寝ている結月だけに・・・ん?


「おい結月、もしかして寝たのか? 課題やらなきゃなのに?」


晴登が疑問を投げかけてみたが、応答はない。どうやら、寝たフリとかではないようだ。それはそれで困るのだが。


「・・・でもまぁ、一日中頑張った訳だし、少しは寝かせてていいかな」


一日中知らない知識を詰め込まれ、彼女の脳は休息を欲しているはずだ。だったら、休ませてあげる方がこの後の課題に対しても、効率が良くなるだろう。

そんなお母さん目線で晴登は結論づけると、結月にタオルを掛ける。


「一応外は雨だし、風邪引くなよ?」


返事が来ないとわかっていても、晴登は無意識に呟いていた。無論、結月は起きるどころか、寝返りも打たないほど熟睡してる。


「・・・さて、夕食の準備をするか」


晴登は立ち上がり、キッチンに向かった。








「──ハルト、ありがと」


寝言か否か、タオルを抱きしめながら結月が微笑んでいたのを、晴登が気づくことはなかった。
 
 

 
後書き
大して長くもないのに、更新が遅れて申し訳ありませんでした。これからは2週間に1話ではなく、1ヶ月に2話を目標にしたいと思います。悪しからず。

やっぱり新生活は大変です。しかし、圧迫されないよう頑張ります! では、また次回で会いましょう! 

 

第58話『逸脱』

境界すらも見えない広大な草原に、晴登は立っていた。空は雲一つない快晴であり、照りつける日光が眩しい。
風に吹かれてたなびく草は鮮やかな緑色であり、空もしっかりと青みがある。
普段ならば、この清々しさを満喫するのだが・・・


『俺はまた来ちまったのか』


吹き抜ける風に揺られながら、驚くというか、むしろ呆然として晴登は呟いた。

この不思議な体験をするのも、もう四度目になる。原因や周期は解らない。ただ一つ言えることが、ここは『夢』の中であるということ。


『今回は"晴れ"ってことか』


もう晴登の着眼点は違う所にある。
というのも、毎度天気が違うのがこの夢の特徴なのだ。意味が有るのか無いのか、そこすらも曖昧である。


『変な事が起こる前に、早く出たいな…』


最初と二度目の夢を思い出して、晴登は身震い。もう誰かが奇怪に出てくるのだけは勘弁してほしい。

しかし、晴登はここから出る術を知らない。知らずとも、勝手に出てしまうのだ。


『誰も居ないよな…』


辺りを注意深く見渡すが、晴登以外の人物は見つからない。草丈は低いから、隠れていたとしても見落とす可能性は無いに等しいだろう。


『少し探索してみるか』


戸惑うことがなかったせいか、今回はヤケに滞在時間が長い気がする。だから、今までできなかった取り組みをしようと考えたのだ。


『・・・といっても、歩いたところで景色が変わらないんだよな…』


広がる草原はもはや無限。地平線の先でも景色が変化する兆しはない。体感で数分程度歩いてみると、不思議と疲れは全く出ないが、どうしてもマンネリ化してくる。


『ん…?』


ある変化に晴登は気づいた。自分の影が消えているのだ。
空を見上げると、さっきまで燦々と輝いていた太陽は厚い雲に姿を隠している。


『急に天気が…?』


山の天気は変わりやすいというが、多分その領域を超えている。瞬きをした瞬間に、と言っても過言ではない。


『妙に不吉だな──』


ガサッ


『っ!?』


背後から人の気配がした。


──さっきまで誰も居なかったのに。


一体誰だ…?!





* * * * * * * * * *

「──あれ?」


意識が現実へと強制的に引き戻され、晴登は目覚める。

確か今しがた、背後の謎の存在の正体を確かめようと振り返ろうとしたはずだ。
どうやら、今回もまた惜しいタイミングで起きてしまったらしい。


「オチが引っ張られるだけ引っ張られて、こっちとしては不愉快だけどな」


頭を掻きながら、晴登はボヤく。
窓の外を見ると、当然の如く雨が降っていた。これもまた、気分を下げる原因となる。

しかし、四の五の言ってられない。なぜなら、今日はテスト当日なのだ。妙な倦怠感が身体に残っているが、気を引き締めなくてはならない。


「ハルトー朝だよー」ガチャ

「あ、結月。おはよう」

「うん、おはよう!」


朝から元気な結月の挨拶に、たまらず笑みが溢れる。

そういえば、この日常も当たり前になってきた。初めは、智乃以外の誰かに挨拶されたということで新鮮さを感じたが、今はもう生活のピースとして定着している。
そう思うと、少し寂しい気がしてきた。


「ハルト、今日は頑張ろうね!」グッ

「そうだな」


結月が言っているのはテストの事だろう。実はここ数日での努力で、彼女はメキメキ学力を付けている。
確か今は、テスト範囲にはギリギリ及ばないが、中学の勉強に入っていた。ちなみに、心配の種であった課題も終わらせてある。


「こうして並べてみると、結月って凄いな」

「え、惚れちゃう?! 止めてハルト、恥ずかしいよ…!」

「…病院行くか?」





* * * * * * * * * *

雨の中を傘を差して歩き、二人は登校する。
教室に入った時には、もう大半の人が席に座って自習していた。

とりあえずという気持ちで、晴登は一人に近づく。


「ん、おはよう晴登」


手を上げて挨拶してきたのは大地。彼は自習している様子でもなく、というか特に何もしていない。


「おはよう大地。余裕そうな顔だな」

「出会い頭でその言葉ってどうよ。別に余裕って程もないけどな」

「ふーん」


大地の事だから嘘だと疑いたくなるが、そうも言ってられない。人に余裕を問うている余裕こそ、今の晴登は持ち得ないのだ。

つまり、今の会話はただの気の紛らわしだ。


「大丈夫、ハルト?」

「…何が?」

「隠す必要なんかないよ。ハルトってば、朝からずっとソワソワしてるもん。どうしてか知らないけど…何とかなるって!」

「結月…」


自分の方が厳しい状況にあるにも拘らず、励ましてくれる結月。その優しさに触れて、元気を出せない奴がどこに居ようか。


「…頑張ろう、結月!」

「うん!」


「」ニヤァ


「うおっ、莉奈!?」

「いや〜お熱いね。見てる私たちがお恥ずかしいよ」


晴登はその言葉を聞き、慌てて辺りを見渡す。

すると、クラス中の視線が晴登と結月の絡みに集まっていたことがわかった。要は、今までのやり取りを全て見られていたのだ。
決して目立ちたい訳ではない晴登が羞恥を感じるには、十分過ぎる攻撃である。


「晴登、一応お前らはそういう目で見られてるんだから、少しは時と場合を考えろよ?」

「……お、おう」


大地の言葉に、思わずしどろもどろ。
そういう関係になったつもりはないが、そうとして見られているとなると、やはり周囲の目も気にしなければならないようだ。


「え、何の話?」

「いやさ、俺たちが──」


「皆さん、席についてください」ガラッ


天然を顕にする結月に説明を試みようとした瞬間、山本が教室に入ってくる。時間を見ると、もう朝のホームルームの時間だ。

仕方なく、話の締まらないまま晴登も結月も席につく。


「それでは予告していた通り、今日はテストを実施します」


その一言でクラスは静まり返る。果たして、それが緊張によるものなのか絶望によるものなのか、原因は定かではない。


「5分後に始めます。各自、準備をして下さい」


そう言うと、山本はテスト用紙の整理を始めた。


──しばしの静寂。


各々は一体何を考えているのだろうか。



「ねぇ晴登」コソッ

「ん?」

「やっぱりボクも緊張しちゃうな…」


そもそものテストのルール自体、異世界人の結月は知りえなかった。晴登は一応教えているが、実際に結月がテストを受けるのはこれが初めて。
言ってしまえば、テストでルールを気にする必要はない。しかし、初体験というのは何だかんだで緊張するのだ。晴登が人に話しかけることができないことも然り。

だけど、晴登は笑顔で言った。


「大丈夫だって。結月もそう励ましただろ?」

「……そうだったね。うん、頑張る!」


晴登の言葉に安心したのか、結月も笑顔を返した。



ちょうど緊張が解けたところで、テスト用紙の配布が始まる。晴登は問題用紙と解答用紙を前から受け取り、背後の結月に回した。


「ふー……」


いざ解答用紙を目の前にすると、どうしても鼓動が早まってしまうだから晴登は深呼吸をして、リラックスを図った。


「皆さん、しっかり行き渡りましたか? それでは、テスト開始!」


──長いテストの時間が、幕を開けた。





* * * * * * * * * *

キーンコーンカーンコーン


「解答を止めてください。では、後ろから回収をお願いします」


終了のチャイムを起点とし、クラス全員が機械の様に用紙を回していく。

そして、回された用紙を山本が受け取ると、彼は時限の終わりを告げた。


「・・・終わったー!」


晴登は両腕を伸ばし、張り詰めていた気持ちを緩める。やはり、テスト後の開放感はとても心地良い。


「結月、出来はどうだった・・・って、おい!?」

「ふぇぇ……」グタッ


後ろを振り向いて見えたのは、無気力に机に突っ伏す結月の姿だった。今にも溶けたり、蒸発したりしそうなくらいに。


「大丈夫か?!」

「うん、大丈夫大丈夫……ただ、ちょっと疲れた……」

「ちょっとじゃないだろ!?」


ちょっとどころか、かなり消耗してる様子の結月。初めてのテストでここまで疲れるものなのだろうか。
昔の自分がどうだったかは思い出せない。


「さて、皆さん疲労が溜まっていることと思います。しかし、まだ一日は終わっていません。今から採点した分のテストを返却します」


「「「えぇっ!!?」」」


クラス全体の驚きの声が重なる。無論、晴登もその一人。
未だかつて、今日やったテストを今日受け取るなんて経験はない。


「静かに。今のところ、さっきやった数学のテスト以外は採点を終えています。これの見直しをしてる間に、数学の採点も終わることでしょう」

「どういう仕組みだよ…」


指摘せずにはいられないので、ボソッとツッコむ。
一体どんな採点システムが有るのだ、この学校には。


「では、まずは1時限目の国語から返します。名前を呼ばれたら受け取りに来てください。まず、暁君」

「はい」


気だるそうに席を立ち、解答用紙を受け取る伸太郎。その表情は終始揺るがず、どんな点数を取ったかなんて予想はできなかった。

尤も、そんな反応は伸太郎だけのようで、他の人たちは嬉し顔も苦い顔もオープンでわかる。
ちなみに、大地も反応は少し薄かったが、莉奈に至っては点数が低かったということが丸分かりな態度だった。

そしていよいよ・・・


「三浦君」

「は、はい」


晴登は緊張の面持ちで、山本のいる教卓に向かう。席が教室の後ろということもあり、教室の前にある教卓に向かう際は視線がよく集まって落ち着けない。

そしてやっとの想いで辿り着き、解答用紙を受け取った晴登は、点数を見て絶句する。


「は……89点…?」


決して、この点数が低いから驚いている訳ではない。むしろ逆だ。自分にしてはとても高い。


「夢か何かか…?」


しばらく点数を眺めてボーッとしてると、山本に席に戻るよう言われ、慌てて戻る。


「最後に、結月さん」


山本の結月への呼び方が変わったことはさておき、いよいよ結月が呼ばれる。彼女にとって、初めてのテスト返却だ。
少々動きのぎこちない結月が教卓に向かう。


「よく頑張りましたね」

「あ、ありがとうございます」


震える手で解答用紙を受け取った彼女は、真っ先に席に戻った。

その後、山本によって見直しの時間が設けられた。


「ねぇハルト、何点だったら良いの?」

「それは毎度異なるけど・・・80点取ってれば充分じゃないかな。ただ、結月の場合は難しいと思うけど……」


何せ彼女は、日本語を学び始めてから間もない。
それで国語で良い点数を取ることは、さすがに困難を極める。


「えーっと……ボクの点数は73点みたいだね」

「あーそっか・・・って、だいぶ凄くね?」

「間違ってる所は・・・記述問題ってやつみたいだけど」

「なら、漢字とか基礎はできてる訳か」


結月の理解力には本気で脱帽。まだ短期記憶が凄いって可能性も捨て切れないが、彼女は間違いなく逸材である。
約一週間で一つの言語を憶えるとか、とりあえずヤバい。


「これは他の教科も期待できそうだな。俺負けんじゃね?」

「え、ハルトを負かしたくない!」

「いや別に良いんだよ?」


本気でアタフタし出す結月を軽く(いさ)め、晴登は次のテスト返却に備える。
国語だけが良くて、その他がダメダメ、だなんてことには成りたくないが・・・どうだろうか。





* * * * * * * * * *

「それでは、最後に数学のテストを返却します」


国語のテスト返却から1時間が経った。言い換えれば、この間に数学の採点が終了したようだ。早い。

ちなみに、今まで貰った他教科の点数についてだが・・・凄かった。本当かと疑うレベルで。

晴登は机の中から、社会と英語と理科の解答用紙を取り出す。その紙にはそれぞれ、

社会『86』
英語『83』
理科『80』

と点数が示されていた。


「……やっぱおかしくないかな、これ」


普段平均点の常連である晴登が、こんな平均点らしからぬ点数を取っても良いのであろうか。もちろん採点ミスも疑ったが、全然そんなことも無い。


──自分の実力で取った。


そう結論づけるしかないのか。だとしたら…超嬉しい。


「三浦君」

「はい」


自分の名前が呼ばれたので、返事をして解答用紙を取りに行く。不思議と足取りが軽く感じられた。


「お疲れ様でした」

「ありがとうございます」


晴登はその場で点数を見ることはせず、席に戻った。


「結月さん」

「はい」


今度は結月が解答用紙を貰いに行く。

ちなみに、彼女の他教科の点数も決して悪くはなかった。例えるなら、従来の晴登が取るような点数ばかり。

尤も、今回の晴登は今までとはひと味違う。


「この流れなら、きっと数学も良い点数なんだろうな・・・」ピラッ


その瞬間、晴登の指が止まった。


「なんってことだ……」


「ねぇねぇハルト、どうだった?」


解答用紙を持ち帰った結月が、驚きを隠せていない晴登に問う。晴登はギギギと機械の様に結月を振り向くと、震える声で伝えた。



「ヤバい、92点って・・・」



自分で言ってて、身体が熱くなるのを感じた。
90点と云えば、勉強できる奴の類だ。その中にようやく自分が入ったことが、とても嬉しい。いわば、有頂天状態──



「あれ、ボク95点だけど・・・」


「……え?」



晴れた気分は何処へやら、一瞬で晴登の表情は曇った。





* * * * * * * * * *

「それでは、テストの合計点、クラストップ3を発表します。今回は5教科ですので、満点は500点となります」


山本がそう告げたのは、テスト返却が終わってすぐのことである。結月に数学の点数で負けたことを引きずりながら、晴登はその話を聞いていた。


「それでは1位から・・・って、皆さんの予想通りです。暁君で500点!」

「「「おぉー!!」」」


クラス中でどよめきが起こる。確かにこれは予想通りだ。
それにしても、ずっと満点を取っていたのに表情を崩さなかったとか、慣れてるとしか思えない。恐ろしや。


「2位もこれまた妥当、鳴守君で486点!」


やはり大地か。特に勉強している素振りは見せないのに、この高得点。凄いの一言に尽きる。



「そして、今回はよく頑張りました。3位、三浦君で430点!」

「あー凄いな……って、へ!?」ガタッ



あまりの衝撃な出来事に、思わず席を立ってしまう。

……しまった、周りの視線が痛い。

晴登は一瞬で何事も無かったかの様に座り直す。


「俺が、3位…?」


万年平均点のこの自分が。例えクラスだろうと学年だろうと、中間の順位を取っていたこの自分が。


──まさかの、クラス3位?


そう察した晴登は、机の下で小さく──かつ、力を込めてガッツポーズをする。数学の件など、もうどうでも良い。とにかく"脱平凡"ができたことが、とてつもなく嬉しいのだ。


「凄いじゃん、ハルト!」

「そうだな・・・って近い」

「むっ…」


後ろから結月が机を乗り出して、どアップで近づいてくるもんだから、少し手で押さえる。彼女はムッとした顔をするが、如何せん仕方のないことだ。

ま、賞賛は素直に受け取っておこう。



「成績表は後で個別に配布します。今日はお疲れ様でした。では、来週(、、)も頑張ってくださいね



こうして、今日のテストは幕を閉じた。





「ん、来週…?」


そう、『今日の』は。
 
 

 
後書き
半月経ってようやく更新。テスト週間入って、忙しいったら有りゃしない。波羅月です。

・・・特に書くことありません。強いて言えば、テストは筆記試験だけじゃない、ということですよ。

ではでは早速、次回を書き始めますか。それじゃあ、また今度お会いしましよう! 

 

第59話『第二のテスト』

「それにしても結月ちゃん、数学が95点って凄いじゃない!」

「いやいや、ハルトが教えてくれたからだよー!」

「え、じゃあ何で俺の方が低いの?!」


学校からの帰路の途中、そんな話が起こっていた。
莉奈が結月を褒め、結月が晴登を褒め、晴登が莉奈を──ど、そこまではならないが。

結局、結月の数学の件は、彼女の最も集中した教科だからという結論に至った。
晴登の点数が良かったのも、大地曰く「人に教えたりすると、より定着するから」とのことだった。つまり、結月にずっと教えていたから、必然的に高くなったといえる。
というか、この理屈でいけば、大地の賢さも納得がいく。


「じゃあ、家庭教師とかやったら伸びるってことか」

「もう晴登は伸びなくていいよ」

「冷たいな!?」

「だって3位とか取ったら十分でしょ? もう死にたいでしょ?」

「そこまでないから!! どんだけ妬んでんの?!」


成績発表以降、莉奈の晴登への態度が冷たくなった。納得ができない訳ではないが・・・


「莉奈も同じようにすれば、きっと伸びるって」

「私みたいなバカに誰が教えられるのよ。むしろ、教えられる側だよ」

「それ言っちゃおしまいじゃん」


未だに少し温度差を感じながらも、晴登は「ところで」と違う話題を振った。


「最後に、先生が『来週も頑張ってください』って言ってたの覚えてるか?」

「あー言ったような言ってないような・・・」

「いや言ったけどさ。てことはさ、来週もテスト有るってことだよな?」

「そういうことになるだろうけど、どんなテストが来ると思う?」


莉奈は首を傾げて訊いてくる。正直、それこそ今から晴登が振ろうとしていた議題だ。

筆記試験が終わったことを鑑みるに、体育などの"実技試験"などが候補に上がる。しかし、最近は実技という実技はしてない訳であって、何が項目になるのかは皆目検討もつかない。


「・・・来週のお楽しみ、だな」


結局はそういう結論に至った。これで筆記試験とか来たら、正直泣ける。もう、やる気は起きない。尤も、実技試験が来たとしても無理なのだが。

だから今日は今日で、自分の成果を喜ぶことにする。






時はあっという間に流れるもので、既に1週間が経過した。つまり、山本が予告した第二テストの実施日だ。
しかし実は、未だに説明がされていない。
当日のお楽しみ、みたいなお約束なのかもしれないが、準備させてくれない辺り、タチが悪いものがある。

ちなみに、今はもう朝のホームルームの時間だ。


「さて、皆さんがお待ちかねの、今日のテストについてお知らせします」


ようやくテストの全貌が明らかになる。一体どんな難題を突き付けられるのか──



「今日のテストは、あなた達の所属する部活で行います」


「・・・へ?」


山本の言葉に、誰しもが疑問符を浮かべたことだろう。部活でのテストとは、何を意味するのか?


「このテストは実技試験という名目で行っており、個性をより発揮できるよう、個々の所属する部活でそれぞれ違った試験を受けてもらうというものです」


補足説明で概要は把握した。なるほど、よく考えられてる・・・と思う。

要は、晴登と結月と伸太郎は、魔術部の用意したテストを受けなければならないということだ。


「楽しそうだな…!」


筆記試験とは違い、モチベも湧いてくる。そして、実技試験ではあるものの、魔術に関しては異世界での経験有ってか、自信はある。

──これで勝つる!


「それでは、各自部活動に向かって下さい」


その言葉を皮切りに、クラスは一斉に動き始める。
晴登は結月と伸太郎を連れて、魔術室へと向かった。







「お、来たな」


魔術室に入ると、部長である終夜が出迎えてくれた。見ると、部員全員が揃っている。


「えっと、部長。俺たち今から・・・」

「皆まで言うな、わかってる。──テスト、受けに来たんだろ?」


ニタッと笑みを浮かべるその姿に、晴登は一抹の不安を覚えた。
しかし、それは一瞬。終夜はすぐにいつもの表情に戻ると、話を続ける。


「他の部活はそれなりに凝ったお題作ってるみたいだけど、魔術部のテストはシンプルだ。ずばり──"魔術バトル"」

「…っし!!」グッ


その言葉を聞くだけで、晴登のテンションはマックスだった。思わず、強く拳を握り締める。


「オイオイ、話は最後まで聞けって。魔術バトルって言ってもルールが有るからな」


そんなこと百も承知。魔術は人を傷つけることも容易な訳で、全力で攻撃すると下手すれば即死に至る。晴登の"鎌鼬"然り。
つまり、そこら辺は何かしらのルールが必須なのである。


「と言っても、大したルールじゃない。大怪我させなければ何でもOKだ」

「大怪我かどうかの判定はどうなるんすか…?」

「そこは・・・何とかなるだろ」

「そこ一番大事なとこですけど!?」



「──擦り傷切り傷は許容。これで良いでしょ?」

「お、そうだな。そうしよう」


終夜の雑さに、さすがに緋翼が場を収める。さすが、魔術部副部長だ。それには終夜も抵抗せずに、すんなり従った。


「んじゃ次は、対戦相手について説明するぞ。実はこの魔術バトルはタイマンじゃなくて、団体戦なんだ。学年対抗の」

「…え?」

「まずお前らは3人で組む。そして初めに2年生、その次俺と辻の3年生と戦う。その結果で、テストの点数は出させてもらうぞ」

「は、はぁ……」


一通り説明を聞いた晴登は、内容を反芻する。

タイマンならまだしも、チームバトルの経験は少ない。一応異世界ではやったが、相手が強すぎたからよくわからなかった。
けれども、組むのが結月と伸太郎な辺り、心配する必要性は小さい。


「頑張ろう、結月! 暁君!」

「うん、頑張ろハルト!!」

「あぁ」







「さて、じゃあ初めは1年生VS.2年生だ。準備しろ」


場所は変わって、人気のほとんど無い学校の裏庭。そこは日光すらもあまり入らないからいつでも暗く、怪しい空気で席巻されている。

しかし、こんな場でなければ魔術バトルは行えない。


「準備オッケーです」

「こっちも」


各自ストレッチをしたり、作戦を練ったりして準備を終えた。もう準備万端である。

ちなみに人数は2年生の方が多いのだが、魔術が使えないということもあり、彼らは鉄パイプを武器として所持していた。


「鉄パイプとか、本気のケンカになっちまうだろ」

「近づかれたら危険だね」

「加減してくれるかな…?」


いくら魔術というアドバンテージがあるとはいえ、鉄パイプという武器は中々脅威。相手を近づけない戦法をとる必要がありそうだ。
幸い、3人の魔術は全て遠距離型だから、それは可能だろう。


「んじゃ、始めるぞ」スッ


部長が手を挙げる。あれが振り降ろされれば、戦闘開始だ。晴登は気持ちを引き締める。



「よーい──始めっ!」


「先手必勝!」ピカーッ


辺りが白い光に包まれ、視界が阻まれた。しかし晴登と結月は事前に目を塞いでいるため、影響はない。

これは、伸太郎の"暁光"で相手の足止めするという作戦だ。
そうすれば、相手の動きを封じることができ、後は煮るなり焼くなりが容易に・・・



「──って、あれ!?」


光が薄くなっていって辺りが見えるようになると、前方から駆けてくる4つの影に気づいた。


「甘いぜ1年!」

「チッ、またゴーグルか!!」


伸太郎が2年生の姿を見て、ある事を思い出し舌打ちするが、それは晴登の知ることではない。

要は、彼らは既に"暁光"に対策していたということだ。


「さすがに見え見えな策だったか…」

「暁君、どうする?」


晴登は、1年生チームの軍師ともいえる伸太郎に意見を仰ぐ。彼は少し考えるが、迫ってくる2年生を見て一息に言った。


「全員、吹き飛ばせ!」

「了解!」ブワァ


「「うおっ!?」」ズザザ


晴登が腕を振るうと、まさに人を飛ばせる勢いで強風が吹く。さすがにその対策はされていないのか、2年生らは後退を余儀なくされた。


「少し距離を取った方が良い。近づかれたら危険だ」

「他に作戦は?」

「俺の炎は危ないし、お前ら2人に懸かりそうだな」


伸太郎は残念そうに言う。
彼もまた、晴登と同様に魔術バトルを期待していたはずだ。役に立たないのは、辛いものがあるだろう。


「じゃ、暁君の分まで頑張るぞ、結月!」

「うん!」


相手を見据え、2人は一気に魔力を高めた。
このあと3年生とも戦うのであれば、なるべく力は残しておきたい。だから、長期戦は避けなければならないのだ。この一発で、決める!


「吹き荒れろっ!」ビュオォォ

「凍てつけっ!」ビキビキ


「これは…!?」


晴登の放った風が、結月の放った冷気を纏う。その風に触れた草や地面は凍てついて──というか、風自体が凍っていった。

・・・いわゆる、合体魔術。

合体魔術というのは、互いにチームワークの取れる関係でなければできない、高難度の魔術だ。威力は難度相応に高い。
だから成功としか言えないその様子には、終夜も唖然としていた。

そしてもちろん、その風が向かう先は2年生。


「あれ、これヤバくねぇか!?」
「ガードだガード!」
「鉄パイプに無茶言うな!」
「つか、避けろよ!……って!?」ガチィン


ついに氷の風が2年生を捉えた。全身を凍らせてしまうのはさすがに危険だから、首より上は空気に触れるように仕組んで凍らせる。
つまりは四肢を塞いでいるため、身動きが取れないはずだ。



「そ、そこまでだ! 勝者、1年グループ!」


「よっし!」グッ

「お疲れ、ハルト!」

「いや、結月もありがとう」


2年生方が戦闘不能になったので、1年生の勝利が決まった。まずは第一関門突破という所だろう。

問題は・・・


「次は3年生か……」


伸太郎の発言に頷きながら納得。

2年生方は魔術を使えなかったから幾分楽だったが、3年生は魔術部部長と副部長というコンビ。簡単には勝たせてくれないだろう。


「面白くなってきたぜ」


晴登は似合わない笑みを浮かべた。今はもう、心から楽しんでいるのがわかる。結月に変な目で見られている気がするが気にしない。


「やっぱ2年生じゃ相手にならないみたいだな。それじゃ、お待ちかねの真打登場だ」ニッ

「…そんなカッコつけて、負けた時の言い訳どうすんのよ?」

「いい所なんだから水差すなよ」


相変わらずの様子で、3年生の2人が登場した。連戦にはなるが、特に異常はない。


「次こそは俺も戦いに…!」

「ボクも頑張るぞー!」

「行くよ、2人とも!」


3人のやる気も十分。


──さぁ、ここからが本当の魔術バトルだ!
 
 

 
後書き
波羅月です、どうも。

読み返すとわかりますが、冒頭と末尾で世界観ごと変わってます。これはこの物語のメリットであり、デメリットでもありますね、ハイ。

さて、どうでもいい事は置いといて。
そろそろ「新しい言い訳は無いのか」とか言われそうですが、とりあえず言っときます。忙しいです。そして眠いです(←夜ふかしマン)
お陰で学校で寝る始末ですよ。ハハハ!──いや、笑えねぇわ(´・ω・`)

とにもかくにも、次回は今月中に間に合うように頑張ります。では! 

 

第60話『一年生VS.三年生』

「腕が鳴るぜ」バチバチ


そう自信ありげに言う終夜の両手からは、文字通り黒い火花が散っていた。今にも落雷を落とされそうな恐怖を感じる。


「一応手加減はしなきゃダメよ?」

「わかってるよ」

「ホントに? アンタってすぐ熱くな──」

「それじゃ、早速始めだ!」


緋翼の言葉を無視して、終夜自ら開始の合図が出す。

──と同時に、終夜が特攻してくる。


「一瞬で終わらせてやるよ!」バチッ


低い姿勢で駆けてくる終夜の右手が、黒い電気が纏い始める。彼の能力(アビリティ)である"夜雷"だ。アレは攻撃だけでなく、麻痺の効果も持ち合わせているから、被弾は避けたいところ。


「結月!」

「うん!」ジャキン


晴登は咄嗟に結月に氷壁を張らせる。一応防御のつもりだが、どう出るか──


「甘いぜ!」バリン

「…やっぱ無理か!」


やはり終夜の"夜雷"は侮れなかった。黒い電撃は結月の氷をいとも容易く破壊する。


「喰らいな!」バリバリ

「……! 下がれっ!」


直後、終夜が自分を中心として周囲に放電したので、急いで距離を取る。たぶん、当たれば即麻痺だっただろう。


「厄介だな──」

「どこ見てんの?!」ザシュッ

「なっ……がぁっ!?」


放電を避けたと思っていた矢先、先回りしていた緋翼によって晴登は吹き飛ばされる。何とか倒れずには耐えた。
"斬撃"・・・というよりは、"衝撃"だった。刀による攻撃のはずだったのに、鈍器で殴られた様な威力。逸脱した剣術だ。


「ハルト! …この!」ズガァ

「ふっ!」バリン


晴登が吹き飛ぶ様子を見た結月は、緋翼に向かって地面から氷柱を幾つも突き出した。

しかし、それは終夜によって破壊される。


「ちょっと、邪魔しないでよ」

「良いだろ。俺はレベル5の力を見てみたいんだ」

「はぁ…もう勝手にして」


そう言って、緋翼は結月から離れる。代わりに終夜が相手になった。
晴登はその様子を見て、急いで援護に向かおうとしたが・・・


「良いわよ、私は男2人を相手しててあげる」

「…っ!」


目の前に緋翼が立ち塞がった。右手に鋭く光る刀を持ち、こちらを見据えている。


「三浦、お前はあっちに向かえ」

「え?」

「こっちは引き付けてやる。その間に向こうを片付けてこい」


突如、隣に居た伸太郎からそう言われる。向こうをすぐに片付けて、3対1に持ち込もうという策だろう。
きっと彼は真っ向からではなく頭脳で戦うから、緋翼相手でも時間は稼いでくれるはず。


「……わかった」


「よし、決まりだ!」ピカーッ

「!!」


晴登が肯定するや否や、伸太郎は目眩しで隙を作る。唐突だったため緋翼はそれには対応できず、目を塞いでやり過ごしていた。

晴登も目を塞ぎつつ、結月に加勢しようと駆けた。





「・・・どうして、行かせたのかしら」

「アイツらは2人で組んだ方が、絶対に強いっすから」

「その代わり、私は1人で充分と?」

「別に。3人メンバーなら必然的にそうなるっすよ」


自分を軽く見られたと思って、少し苛立ちを見せる緋翼。確かに終夜の方を重視してはいるが、緋翼が決して弱くないというのは、さっきの晴登への一撃で確認済み。
実力で言えば断然向こうが上だから、気を引き締めなくてはならない。


「あらそう。じゃあ私もさっさと終わらせようかしら」ボワァ

「!?」


緋翼が呟いた途端、彼女の周囲を焔が覆っていく。"焔の鎧"とでも言うべきか。


「なに驚いてるの? まだまだ本気じゃないからね?」

「……当たり前っすよ。俺だって…!」ボッ


まだ少し使い慣れない炎を、伸太郎は右手に纏う。


──炎と焔の一騎打ちが始まった。







「弾けろ! 冥雷砲!」バシュン

「ぐっ…!」バリン


終夜の指から放たれた雷は、結月の張った氷壁によって相殺されて、消失する。結月の氷壁も、貫通こそ避けられたものの、破壊されて霧散した。


「レベル5とはいえまだまだ未熟だな。力が込められてねぇ。ま、それでも俺の攻撃が届いてないけど」

「力が込められてない…?」

「気持ちだよ気持ち。防御する時も、ただ防げれば良い、じゃダメなんだよ」


独りでに語り出す終夜。それはご最もであり、結月も納得する。

そして彼は、とある方向を見て呟いた。


「…ったく、ちゃんと足止めしとけよ、辻」


言い草の割には薄らと笑みを浮かべている。

結月も終夜の視線に合わせて見てみると、一人の少年が走ってこちらに向かって来ていた。


「結月!」

「ハルト!」


結月は晴登を見るだけで、表情を和らげた。嬉しさが見て取れる。
終夜はその様子をじっと眺め、「やれやれ」としていた。


「逢瀬の途中悪いけどよ、2人でも容赦しねぇぜ。覚悟はできてるな?」


終夜の言葉に2人は身構える。遠距離で来るのか、はたまた特攻で来るのか。どちらにせよ、行動は即決で決めなければならない。


「…じゃあ行くぜ! おらぁっ!!」バリバリ

「「っ!!」」ヒュ


終夜は両手に黒雷を纏ったかと思うと、一気に振り下ろす。すると、その黒雷は大地を穿ちながら2人を襲った。

辛うじて避けたが、高威力であったことは容易にわかる。


「まだまだぁ!!」バリバリ

「結月!」

「うん!」ジャキン


間髪入れずに終夜は黒雷で薙ぎ払う。リーチが広く、結月の氷壁で何とか防いだ。


「このまま防戦一方じゃダメだ。結月、攻めるぞ!」ビュオ

「わかった!」


晴登は足に風を纏わせ、いつぞやの素早さバフを付ける。その速さは疾風の如し。風に紛れて、敵に迫ることができる。


「ふっ!」ヒュン

「っ…!?」


晴登は地面を思い切り蹴り出す。その瞬間、身体が弾丸の様な速さで飛んだ。
終夜が驚いているようだが、実は速すぎて晴登自身その表情は見えない。

つまるところ、ブレーキは結構大変なのだ。ヒョウとの戦闘の際は、逆風を起こして止まっていたりする。逆に言えば、ブレーキさえできれば機動力がグッと上がるのだ。


「おらぁ!」バキ

「がっ…!」


まぁ、今回に至っては勢いで殴ったが。

弾丸に殴られた終夜の身体は、浮きながら後方に吹き飛ぶ。晴登もまた、着地に失敗してゴロゴロと無様に転がった。


「痛てて……今の攻撃は中々──って」バリッ

「力づくで破られた…!?」

「タイミングは良かったが、まだヤワだ。もっと気持ちを込めろ」

「うっ…」


倒れている終夜を凍らそうと、結月は地面からの氷結を狙ったが、放電によって無理やり防がれてしまう。
気持ちを込めろと言われて試しているのだが、いまいちピンとこない。


「吹っ飛べ!」ブワァ

「お前は隙だらけだ」ドガッ

「うっ…!」


晴登の起こした突風を終夜は掻い潜り、彼の腹に一発をかます。あくまで晴登は遠距離型。内に攻め込んでしまえば、対処に遅れるのだ。


「おいおい、二人がかりでその程度か? もっと楽しませてくれよ」


晴登と結月はそれぞれ、煽ってくる終夜を見据える。もちろん、本心から言っている訳では無いということはわかる。あくまで彼は、自分たちの力を引き出そうとしているのだろう。


「けど、全然策が浮かばねぇ…」

「……ハルト、ボクがやろうか?」

「え?」

「ハルトの為だったら、ボクは"力"を使うよ」

「力って・・・」


そのまで言いかけて、晴登は結月のある言葉を思い出す。


『ボクは、鬼の血を引いている』


結局その時は詳しく聞かずじまいだったが、きっと彼女の言った力とはそれではないだろうか。

──見たい反面、恐怖があった。


「どうする、ハルト?」

「その…副作用とかはないのか?」

「そうだね・・・制御できるかわからない」

「……っ」


この答えでは使わせようとは思えない。
大体、晴登に言わせてもらえば、鬼だとか隠された力はボス相手に使ってほしいと思う。例えばヒョウだとか。
増して、遊びとまでは言わないが、この戦闘はテスト。全力でやって大怪我でもしたら、ひとたまりもない。


「だ、大丈夫だよ! たぶん・・・」

「そこで『たぶん』はダメだろ」

「きっと・・・」

「変わってない」

「だと良いと思う・・・」

「ただの願望じゃねぇか!」


テスト中だというのに、図らずもノリが生まれてしまう。

晴登は気を取り直し、もう一度結月に問う。


「俺はその力についてよくわかんないけど──任せて良いんだよな?」

「もちろんだよ、ハルト」

「……正直、打開策は思いつかない。結月、頼めるか?」

「ありがと。任せて」ヒュオ


その瞬間、結月が禍々しいオーラを包まれるのを、晴登は見た。







「紅蓮斬!」ボゥ

「っ…!」ヒュ

「まだ避けるのね。中々しぶといじゃない」

「そりゃどうも…」ハァハァ


一方その頃、伸太郎は緋翼と一進一退の攻防をしていた。

・・・と言っても、明らかに緋翼が優勢である。

ちなみに『紅蓮斬』というのは、いわゆる"焔の衝撃波"だ。焔の塊なので、触れると火傷する。


「おらぁっ!」ボワァ

「無駄よ!」ジャキン

「くっ…!」


炎を放ってみるも、ついに刀ですら両断されてしまう。しかも、よくよく見ると緋翼は未だに焔の鎧の中。炎が効かないのは当然だ。


「三浦にはカッコつけちまったけど、こりゃ勝機がねぇぞ……」


相性的には五分五分。それは即ち、実力で差がつくことを示す。そして、伸太郎と緋翼の実力の差は一目瞭然。つまり伸太郎の発言が、現実味を帯びていく。


「……バカ、諦めちゃダメだ。こんなに楽しいんだから、すぐに終わらせちゃつまんねぇだろ」


勉強だと敵無し。運動だと全員敵。──ただ、魔術だけは平凡。伸太郎はその事実にを、実は密かに嬉しく思っていたりする。やっと対等に、人と渡り合えるのだと。


「考えろ。姑息な事なんて、幾つでも思いつくだろ?」


さっきから・・・いや、以前から見てきた緋翼の動きを洗いざらい思い出す。言葉、動き、癖・・・全てが策の糧となるのだ。
そして、それに対する自分の魔術の使い方を熟考しろ。


「つまり、炎の攻撃は愚策。てことは──光で攻めるか」


伸太郎はそう思いつくや否や、周囲に光の粒子を出現させる。それらは燦々と輝きながら、伸太郎を包み込んだ。


「眩しい…!」


この技の利点といえば、相手から視認されないこと。最大限活用できれば、ノーダメも夢ではない。


「けど、結構キツい……」


ただ、継続的に魔術を使い続けるということは、体力のない伸太郎にとっては苦そのもの。常に集中し、全身を気張らせ続けなければならないのだ。


「まぁ楽じゃねぇことはわかってるよ。だから俺はやるんだ」


伸太郎は右手で指鉄砲を構える。そしてその指先に光を凝縮させた。


「部長の受け売りだけど・・・弾けろ!」パシュン


刹那、弾丸が放たれた。光速で進むそれは、緋翼の焔の鎧を貫き、


「きゃあっ!?」


──命中する。

威力はまだ弱いが、緋翼の纏う焔は消せた。放った衝撃で、伸太郎の纏う光も消えていたが。


「中々…面白いじゃないの」スクッ

「やっぱ、決定打には程遠いか…」


"光の弾丸"というのは、終夜の"冥雷砲"を見てからずっと考えていた技だ。練習する機会が無く、お蔵入りしかけてたのが事実だけども。ただ初めて使った割には、形も良くできていたのではなかろうか。


「練習あるのみ、ってか。まさか俺がこんな台詞吐くなんてな」


部活なんて、生まれてこの方入ったことがない。即ち、練習ということすらあまりしなかった人生。

だけど、今ならわかる。

もっと魔術を使えるようになりたいと。もっと強くなりたいと。もっと──楽しみたいと。


「っしゃあ!」ポワァ


伸太郎は両手に光を纏わす。今回は身体には使わない。
ゆっくりと深呼吸し、集中力を高めていく。


「『攻撃こそ最大の防御』。その言葉の真実、確かめさせて貰うぜ!」ニッ


今までで一番大きな声で、そして笑顔で伸太郎は叫んだ。
 
 

 
後書き
あれ、夏休みってこんなに忙しかったっけ? 進学すると、こんなにも変わるんですねぇ…。お久しぶりです、波羅です。
1ヶ月に2話とか楽勝だろとか思ってたいつかの自分を殴りたいです。正直こんな有様です。もう読者消えちゃいますよ(´・ω・`)

・・・とまぁ、辛い話は置いといて。

せっかくの魔術バトルなんで、次回に持ち越します。伸太郎君が何の脈絡も無しに魔術大好き人間になってしまったのは自分の文才不足です。なんかそう捉えといて下さい(投げやり)

でもって再び実現、晴登&結月。やっぱりこれがしたかった。相手は終夜ですんで、もしかしたら勝機が・・・ってとこですけど、別に終夜は弱い設定じゃないですから、白熱した戦いを繰り広げていくことでしょう。もうね、俺が大変(´;ω;`)

さて、今回も雑に後書きして終わります。また次回会いましょう、では! 

 

第61話『領域』

魔術バトル真っ最中で騒ぎに騒いでいる裏庭。しかし、未だに誰一人として近づく者・・・いや、気づく者さえいなかった。

そんな怪しい空間で、一人の少年が右手に光を宿したまま、ぶつぶつと呟いている。


「集中集中・・・はぁっ!」パシュン

「遅いっ!」ヒュ

「くっ…」


発射時間が遅いため、弾速が速いとはいえ当たらない。緋翼の反射神経が勝ってしまうのだ。やはり、まだ使いこなせているとは言い切れない。

伸太郎は嘆息しながら、正面で様子見とばかりに佇む緋翼を見据える。威勢の良い啖呵を切っておきながら、この有様だ。辛いものがある。


「さすがに無策で突進はマズいのだけども、こうして遠距離でやっても勝ち目はない。なんかこう…もうちょいクリエイティブに技を発想しないと・・・」

「…いやアンタ、技が全てじゃないからね?」


独り言が緋翼に届き、軽く呆れられる。だが、それ以外に方法が無いのが現実。素手で相手の懐に飛び込んだ所で、刀相手に敵う訳がないのだ。


「それにさアンタ──もう魔力尽きるでしょ?」

「っ…!?」

「なに驚いてんの? アンタが体育祭の時にぶっ倒れたの忘れてないからね?」

「あ…」


図星だった。体力は魔力と比例して、もう残り少ない。隠していたつもりだが、緋翼には見抜かれていたようだ。

さて、どうするか。特攻でもされたら勝ち目はない。


「…だったら、ぶっ倒れる前に悪あがきさせて貰うぜ!」


伸太郎は再び指に光を凝縮させる。残り全ての魔力で。集められた光は、先程と比べて一回りほど小さいが、一層眩しく輝いている。


「今さら無駄なことよ。溜め切る前に片付けてやるわ!」ダッ


緋翼が刀を構え、忍者の様な速さで迫ってくる。


──しかし、これは予想の範疇。


伸太郎は照準を真下に定めた。


「っ!?」

「道連れだ!」


光が伸太郎の指から放たれる。


──その瞬間、轟音と共に閃光と衝撃が訪れた。要は爆発が起きたのだ。緋翼はもちろん、伸太郎にすら爆風が直撃し、双方に吹き飛ぶ。



爆音の余韻が消えた頃だろうか。緋翼が口を開いた。


「一体…何が…?」

「元から、熱のある光を…俺の炎で、増幅させたんすよ。凝縮させたのも…衝撃を与えることで、一気に光が拡散し、爆発するのを…狙ったんす」

「……完全に、油断してたわ。やるじゃない」


緋翼に褒められたようだが、今は喜ぶ気力もない。言わずもがな魔力が切れて、立ち上がれそうにないのだ。緋翼もダメージを負い、戦闘不能。結果、二人して地面に突っ伏していた。


この勝負──引き分け。







「結月、なのか…?」


恐る恐る、晴登は目の前の"鬼"に訊く。すると、それはゆっくりと振り返り、


「そうだよ。これがボクの本来の姿」


寂しげにそう言った。

目つきが鋭くなり、牙があり、何より角が生えている。いつもの穏やかな結月の表情とは、似ても似つかない。
そして、一度の呼吸で一度気温が下がっているのでは、と錯覚するくらい、彼女からは絶えず冷気が洩れていた。近づくだけで、肌が凍みて痛い。


「今のところは意識はハッキリしてるから、心配していることにはならないと思う。ただ、時間が限られるね。短期決戦だよ」

「そうか…」


『勝負が長引けば、鬼の力に蝕まれるかもしれない』という、いかにもマンガでありそうな展開を危惧しての発言だろう。しかし、気にする必要性はない。だって・・・結月を信じているから。


「それが鬼の力か。それじゃ見せてみろよ、その実力を──」


終夜は途中で言葉を区切る。──否、区切らざるを得なかった。


「ふんッ!」ブン

「うおっ!?」ヒュ


終夜が驚いているが、晴登も驚いた。なぜなら、今の今まで隣にいた結月が、いつの間にか終夜を攻撃を加えていたからだ。速い──というレベルじゃない。もはや瞬間移動の領域だ。
ただそんな結月の一撃を、間一髪で避けた終夜も流石である。


「はあッ!」ズガガガガ

「……っ、弾けろ!」ドゴォン


地面から勢いよく突出してくる氷柱にも、終夜は対応し、破壊していく。ただ、走り続ける終夜に対して、結月はその場から動いていない。体力の消費には大きく差があった。


「黒雷鳴!」ズガァン


逃げるばかりではダメだと判断したのか、終夜が攻撃に転じる。今しがた使った技は、簡潔に言うと"巨大な落雷"だった。それは結月を的確に狙って落ち、大きな砂煙を上げる。
その威力と迫力に、晴登は思わず後ずさってしまう。


「結月っ!!」

「……平気だよ、ハルト」


急いで声を掛けると、結月は何事も無かったかの様に返事を返した。無傷で右手を掲げたまま、砂煙から姿を現す。


「オイオイ嘘だろ…? アレを防いだってか…?」

「ヒョウに比べれば、まだマシです」

「…はっ、面白くなってきたぜ!」バチバチィ


終夜から洩れる電撃が増したように感じた。しかし結月は、それを見ても動じることはなかった。

二人が互いを見据えながら対峙する。晴登は二人の中に入り込むことができずに、ただただ眺めていた。


「鬼の力って凄いな。感動したぜ」

「御託は良いので、早く仕掛けてきたらどうですか?」

「態度も鬼みたいにデカくなったじゃねぇか。ま、気にしねぇけどよ!」バチィ


瞬間、黒い閃光が空を駆け巡る。あまりの速さに晴登の目は追いつかないが、結月は右手で軽く往なした。


「ちょっと、いい加減にしないと部長怒っちゃうよ?」

「それは筋違いです。防がれるブチョウが悪いんです」

「言ってくれるな。じゃあ、とっておき魅せちゃおっかなー?」


勿体ぶる終夜を他所に、結月は掌を突き出す。そして、冷気を収縮させた。


「ノーリアクションかよ。…んじゃ、いくぞ大技」


わざわざ予告までして、終夜は魔力を溜め始めた。無論、結月はそれを待たずに、創り出した氷柱を放った。

・・・氷柱? 危なくね!?

横腹を抉られた記憶がフラッシュバック。傷は癒えているが、無意識に晴登は横腹に手を添えていた。

それにしても、氷柱は危ない。さっきまで地面からポンポン突き出てた気がするけど、やっぱり危ない。まして今の終夜は無防備。先程みたいに防げないだろう。


「おい結月、スト──」

「その必要はないぜ」ズドン


晴登の声を遮り、氷柱を破壊しながら轟音が落ちる。それはまさしく・・・


「"黒雷鳴"…?」

「──と思うだろ? けど違うんだなぁこれが」

「何が・・・、ッ!?」


終夜が不敵に微笑んだ途端、結月の身体はピタリと止まる。正確には、小刻みに痙攣していた。

──この光景には、見覚えがあった。


「合宿の時の…!!」

「正解。地面に電気を流したんだよ」ニッ


合宿の時というのは、GWの頃の終夜と緋翼の戦闘の時だ。その時も終夜は地面に電気を流し、緋翼を麻痺させていた。

やってやったと言わんばかりの終夜。それを見て、結月は悔しそうに唇を噛み締める。


「さてさて、じゃあトドメと参りますか──」

「まだです!」

「……来ると思ったぜ、三浦。ほら、彼女がピンチだ。もちろん、助けるよな?」

「彼女かどうかはさておき──助けるに決まってます」

「ハルト…!」


鬼化した結月ですらも無力化した終夜に恐怖心を抱いたが、それが結月を助けない理由にはならない。
晴登は立ったまま動けない結月の前に立ち、終夜を見据える。


「俺らの領域に入って来れるのか?」

「確かに…さっきまで俺は動けませんでした。二人とも動きが全く見えなかったし、俺が混ざれるとは思いません。でも、例え相手が強大でも、俺は結月を守るんです」

「はっ、頼もしいじゃねぇか。じゃあ、見せてもらうぜ!」バチィ


終夜の右手に纏う黒雷の電圧が上がった、その時だった。





ドゴォォォォォン!!!


「「!!?」」


耳を(つんざ)くような爆音が響く。音のした方を見ると、黒煙が入道雲の様に立ち上っていた。


「何だ、今の音…?」

「──っ、暁君!?」

「な……辻っ!」


音のした方で何が行われていたか。それを察した晴登は、急いで爆発地点に向かう。
終夜も後に続いた。結月はまだ動けない。

目的地に辿り着くと、まずその光景に目を疑った。


「なに…これ…」

「隕石でも落ちたのか…?」


目の前に広がるのは、直径5mほどのクレーター。その表面は所々赤く、まだ熱を持っているのだとわかる。
そしてそのクレーターの外側に、伸太郎と緋翼は倒れていた。


「暁君、大丈夫?!」ユサユサ

「…あ、あぁ三浦か…。大丈──」

「部長、暁君ボロボロです!!」

「あれ、無視…?!」


伸太郎が何やら言っているが、ボソボソしてて聞こえない。晴登は終夜に指示を仰いだ。


「辻もやられてんな。試験は一旦中止だ。とりあえず保健室に運ぶぞ!」

「はい!」


快活に返事をして走り出したのも束の間。晴登は痺れて動けない結月を遠目に見て、終夜に告げた。


「結月はどうします?」

「そうだな・・・じゃあ、お前が運んで来い」

「え、二人も持てないですよ!」

「暁は2年生に持って貰えば良いだろ。それとも何か? お前は2年生に結月を持たせたいのか?」

「いや、それは・・・」

「正直で何よりだ。ほら、急げ」

「は、はい!」


何か、まんまと罠に嵌められた気分だった。






保健室に着いて、怪我人の二人を空いているベッドに寝かす。幸い、先生は見当たらなかったので、怪我についての説明はしなくて済んだ。

ちなみに二人はとある理由で、もう目覚めていたりする。晴登は伸太郎に事の次第を尋ねていた。


「──という訳なんだ…」

「暁君ってバカなの?」

「いや、発想は良かったはずだ…!」

「けど、もしお前らに火耐性が無かったら大事故に繋がってたぜ? 今度からは自重しな」

「う、はい……」


所持する能力(アビリティ)の属性と同じ属性の耐性を持つというのが、魔術ではお約束らしい。だから二人とも軽傷で済んだし、意識が戻るのも早かった。
しかし、だからと言って、今回の伸太郎の技は聞く限りかなり危険だ。魔力が残り少ない状況下でもあの威力となると・・・この先は考えたくない。


「さてと・・・問題はこっちだな」


終夜が、二人の寝るベッドとは違うベッドの前に行って呟く。彼の眼前、ベッドの上で苦しそうにしている結月の姿があった。


「三浦、これをどう見るよ」

「…たぶん、鬼化の副作用とかじゃないですかね」

「俺もそう思う。きっと本人の自覚している通り、練度の問題なんだろうな」


腕を組み、そう語った終夜。晴登はそれに賛同し、頷く。

ちなみに、今の結月の症状は風邪に近い。いつもはヒンヤリとしている手が熱いのだ。


「・・・え、なにお前、いつも手とか触ってんの?」

「正確には向こうから触ってくる・・・って、違うんです!」

「はいはい、わかったわかった」


軽くあしらわれ、肩を落とす晴登。何を言っても墓穴を掘る気しかしない。


「さてと、試験の結果については考えとくとして・・・とりあえず、今日は解散だ。三浦は結月をどう連れ帰るよ?」

「おんぶしてでも連れ帰りますよ」

「うわ、大胆……」

「そろそろ怒りますよ部長」


少し語調を強めると、終夜は「怖い怖い」と言って離れていった。とはいえ、きっと緋翼と伸太郎をどうにかしてくれることだろう。


「俺は結月の面倒を見てやらないと…」


晴登は結月を背負い、先輩に別れを告げて帰路についた。






家へ帰り、晴登は自室のベッドに結月を寝かせる。彼女の頬は少し赤みを帯びていて、常に呼吸を乱していた。


「結月、調子はどうだ?」

「まだ怠い、かな……」

「やっぱ普通の風邪だな。体温は33.2℃で・・・まぁ、結月からすれば平熱より高いんだよなぁ…」


風邪の度合いをいまいち把握できず、困惑する晴登。病院に連れて行ったとして、まともに検診してくれるだろうか。


「病院に連れて行かないとなると・・・看病する必要が出てくるな。でもそれだと明日の学校が・・・」


学校には出たいが、結月は助けたい。そんな葛藤が晴登を悩ました。しかし、その選択肢だと答えは自然と一つに絞られる。


「もちろん、結月を助けないと」


忘れかけていたが、この世界は彼女にとっての異世界。慣れたとはいえ、まだ不安要素はいくつもある。独りにしておくなど、誰ができようか。


「智乃の風邪だってよく看てたし、大丈夫だ」


自信を胸に、晴登は結月の看病を始めた。
 
 

 
後書き
最近地の文が上手く書けないんですよねぇ……どうしたものか。波羅月です。

さてさて、次回は看病回。正直、長く書ける気がしません。こうなったら、あんなことやこんなことして伸ばすしかないかー(黒笑)

『短いなら内容を濃く』をモットーで頑張ります。では! 

 

第62話『看病』

 
前書き
※グダグダ注意 

 
夜が明けた。

晴登は一階のソファで目を覚ます。
というのも、風邪の伝染を極力避けるため、結月を晴登の部屋で寝かせたからだ。尤も、晴登自身は結月の看病役なので、あまり意味が無い。しかし智乃と一緒には寝かせられないので、これで良いのだ。


「さて、何をしようか」


どこぞのゲームの待機画面でありそうな台詞を吐いて、晴登は考える。結月の看病の仕方だったり、薬の調達だったり、やることは多い。
でも、まず優先すべきことは・・・


「腹が減っては戦はできぬ。朝食は母さんに任せるとして、結月用にお(かゆ)を用意しとこう」


思い立ったら即行動。晴登はすぐさまキッチンに向かい、まだ完全に開いていない目を擦りながら、調理を開始した。
栄養をたくさん摂って、ウイルスに打ち勝たなければならない。

・・・あれ、そういや結月の風邪ってどういう原理なんだろう。鬼化で副作用で体温が上がったとか、身体の免疫力が低下してウイルスに侵されたとか……ダメだ、考えるだけ無駄な気がする。


「さて、お粥ってどう作るっけ。お米煮とけば良かったかな」


気分改め、調理再開。ちなみにお粥を作った経験はあまりないので、若干創作料理になるかもしれない。けど、不味くなければきっと何とかなると信じる。


「卵入れるとかどっかで聞いた気が・・・ま、入れるか。卵かけご飯美味しいしな。とすると、醤油とか要るかな…?」


晴登は頭を捻らせながら、何とか美味しくしようと奮闘する。風邪の時でも食べたくなるような、食欲をそそるやつにしないと。


「・・・ま、こんな感じか」


"ザ・お粥"が出来上がった所で、朝食より一足先に結月の元へと運ぶ。零れないように慎重に階段を上り、変な感じだが自室のドアをノックした。


「結月、起きてる? 少し早いけど朝食にしよう」


──返事はない。さすがに寝ているのだろうか。晴登はドアを開け、中に入る。良からぬ展開を一瞬危惧したが、結月はベッドですやすやと寝ていたので一安心。


「結月」ユサユサ


晴登は結月を揺すって起こそうとするも、中々起きない。
顔色を見る限り、まだ風邪が完全に回復していないようだから、すぐには起きられないのかもしれない。


「早く起きないと──イタズラするよ?」

「いつでも歓迎だよ!・・・って、ゴホッ」

「ちょ、無理するな!?」


試しに言ってみただけでこの展開。テンプレの力は凄いのだと、改めて思い知らされた。

ちなみに咳こそしたものの、起き上がることはできるようだ。


「しまった、黙っておけば良かった……」

「どうしてそうなる・・・ってまぁ、話せるなら良かった」

「心配してくれたんだね、ありがと。それはそうとハルト、手に持ってるそれは?」


結月の体調が酷くなくて安心していた晴登に、結月は首を傾げながら問う。手に持ってるのはお粥なのだが、結月の目には新しいのだろう。


「これはお粥って言ってな、消化の良い食べ物なんだ」

「へぇー」


結月は興味深そうにお粥を眺める。そんな人はきょうび珍しいのだが、結月なら仕方ない。


「じゃあ一口ずつスプーンで掬うから。ほら、あーん・・・」

「ハルトがいつにも増して優しい…。嬉しすぎて死にそう」

「何でだよ!?」


いつも優しくしていたつもりだが、もしかして時々冷たかったりしたのだろうか・・・ああ、そういう時もあった気がする。
しかし風邪を引いているならば、さすがに優しく接するのが当たり前だ。


「はむっ・・・んー美味しいっ!」

「もしかして、意外と元気なんじゃ…?」

「そんなことないよゴホッゴホッ」

「わざとらしっ!?」


結月の行動がかなり演技染みているが、風邪なのは事実なので強くは言えない。晴登はやれやれと、結月に朝食をスプーンで与えた。


「・・・これで最後だな」

「うーん名残惜しいね……ぱくっ」

「別にスプーンであげるくらいなら何回だって──」

「言質頂きましたぁ!」

「……ミスった」


うっかり口を滑らしただけで、この結月の喜びよう。嬉しい反面、恥ずかしさもある。


「んーでもまだ足りないなぁ」

「食欲はあるの?」

「そういうことじゃなくて。ハルト、こっちこっち」

「なに?・・・って、うわ!?」

「やっぱりハルトを補給しないとねー」ギューッ


またも結月の策略に引っかかってしまう。晴登はなす術なく、結月に抱きつかれたのだ。スリスリと頬ずりされてくすぐったいのと同時に、ほんのり温かい結月の温度を感じた。


「待って待って、放して?!」

「あー落ち着くなぁ」スリスリ

「ちょ、恥ずかしいって!」

「一緒に寝た仲じゃん」

「事実だけど誤解を招くからやめて!?」


抱きつかれた体勢のまま、晴登は叫ぶ。しかし、結月が解放してくれる気配は一向にない。


「・・・ねぇ、どうして学校休んだの?」


突然、結月が耳元で(おもむろ)に言った。その急な声調の変化に、晴登は押し黙ってしまう。
今の問いには、なんと答えるべきだろうか・・・いや、決まっている。


「そりゃ、一人にはできないよ」

「……ハルト、大好きっ!」ギューッ

「待って!? そろそろ苦しいから──」



「結月お姉ちゃん、体調はどう・・・」ガチャ

「・・・あ」


結月を心配してだろう、智乃が部屋に入ってくる。もちろん結月目当てなので、晴登が部屋に居たことには驚いたはずだ。
しかし、状況が状況である。今の晴登の首には、結月のか細い腕がしっかりと巻き付いているのだ。


「あ、その……失礼しました」ガチャ

「待って閉めないで!?」


寂しそうに智乃は扉を閉めていくので、慌てて引き止める。智乃が残ってくれないと、この先どうなるかわからない。


「いや、私はいいから…ね」

「いや違うんだ! これには訳が──」

「ボクのハルトはチノには渡さなーい」

「…! お兄ちゃんは私だけのお兄ちゃんなの! 結月お姉ちゃんには渡さない!」

「なにこれどういう展開?!」


状況がカオスになってくる。智乃が晴登の腕を引っ張るのに対して、結月は晴登の首を引っ張る。言わずもがな、二つの方向に身体が引っ張られる訳で痛い。


「ハルトはボクの!」グイ

「お兄ちゃんは私の!」グイ



「いい加減にしろぉぉ!!!」


──晴登は、咆哮する。







「行ってきまーす!」ガチャ

「行ってらっしゃい」


あの一喝から一時間。智乃が学校へと向かう時間となる。
玄関で手を振る晴登は、いつもと違う生活ということで新鮮な気分を感じた。


「さて、戻るか」


階段を上がって、結月の元へと戻る。看病と言っても、食事以外は特にすることもないので、正直暇だ。


「結月、体調は平気か?」

「そうだね。少し怠いけど、落ち着いてるかな」

「じゃあ一日安静にしてれば大丈夫だな」

「……!」


そう晴登が言った瞬間、結月の表情が変わる。具体的には、驚きと恐怖が読み取れた。


「まだ風邪のままでいい。ハルトにチヤホヤされたい・・・」

「願望だだ漏れだな。次からは学校に行くことにしよう」

「ハルトと一緒じゃなきゃ嫌だっ!」

「留守番ぐらいしてくれるよね!?」


結月の将来性を心配して、晴登はため息をつく。ここまで依存されると、いつか独り立ちできるのだろうか。いやこの際、一生自分が面倒を見るのも・・・って、さすがに今考えることじゃないな。


「それじゃ俺は智乃の部屋で勉強するから、大人しくしておくんだぞ?」

「ここではしないの?」

「今まで居てなんだが、風邪を移されても困るからな」

「うぅ……」


どうやらその一言には結月は弱かったらしい。自分のせいで迷惑をかけることになるからだろう。随分と泣きそうな顔をしているが、これで挫ける晴登ではない。いつまでも甘やかしてはいけないのだ。


「……俺は親か」







「──っと、そろそろ昼食の時間だな。またお粥作るか」


時計を見て、晴登は伸びをする。テスト前でもないからあまり気乗りしない勉強だが、学校を休んでると思うとやらざるを得ない。


「その前に、まずは結月の様子を確認するか」


晴登は今まで勉強をしていた智乃の部屋を出て、自室へと向かう。結月が居る手前、ノックはしなければならないだろう。


「結月、そろそろ昼食にしようと思うけど良い?」コンコン


・・・応答はない。寝ているのだろうか。

だったら、少し様子を確認して・・・


「結月、入るよ──って、あれ…?」ガチャ


その時、晴登の思考は一瞬停止する。なんと結月が寝ているはずのベッドが、布団も捲れ上がって、もぬけの殻になっているのだ。


「え、え、え?!」


晴登は驚き慌てて、結月の行方を探す。とりあえず、部屋には居なかった。


「一階か…!」


「部屋から出るな」とは言っていないから、居てもおかしくはない。もしかしたら、喉でも乾いたのかもしれない。今度は水を用意しておかなければ。


「・・・おいおい」


しかし、一階に来ても結月の気配は感じない。

まさか外に…?

…いや、まだ体調は万全ではないから有り得ない。


「ハッ、トイレか!」


晴登はその答えを導いて一安心。そうだ、それなら見つからないのは仕方ない。さすがにノックは失礼だろうから、外から呼びかけるとしよう。


「結月、そろそろ昼食にするよ」


・・・・・・・・・・。


「居ないだとっ……!?」


結月が返事をしないとは到底思えない。即ち、結月はトイレに居ないのだ。
晴登は再び慌てて、家の中を(しらみ)潰しに捜す。


「和室、物置・・・居ない!」


晴登は次なるドアに向けて進撃する。そして、何の躊躇いも無しに目の前のドアを開けた。


「「あ……」」


そこでようやく、晴登は結月の姿を捉えた。具体的には、バスタオルを身体に巻き、濡れた銀髪をタオルで拭いている結月だ。


「あ、ここ脱衣所か──」

「わあぁぁぁ!」ドゴッ

「がっ!?」


状況を理解すると同時に拳サイズの氷塊を顔面に喰らった晴登は、意識を失ったのであった。







「ん、んん…」

「あ、ハルト、起きた?! ごめん、驚いちゃって・・・」

「あ、いや、俺が全面的に悪かった。ノックもせずに」

「ううん、心の準備ができてなかったボクも悪かったよ」

「さすがに準備してたら怖いよ」


目覚めて早々、結月の顔を目の前で視認した。バスタオルではなく、しっかりと自分の服を着ている。

頭がまだボーッとするが、晴登はまず、浮かんだ疑問を処理することにした。


「どうしてお風呂に?」

「ずっと寝てるせいで汗かいちゃったから。身体はいくらか楽になってたし、シャワーくらいは浴びれるかなって思ったの」

「なるほど」


これで一つの疑問が解決する。しかし、晴登にはもう一つの疑問があった。

というのも、今の晴登は床で寝ているのだが、後頭部の感触が床のそれとは違うのだ。枕の様な・・・というか枕より柔らかい感触。加えて、結月の顔が目の前にあることを考慮すると、言えることは一つ。


「あの、どうして俺は…膝枕されてるの?」

「ボクがしたかったから」

「え、あ、はい……」


それなりに大事なことのはずだが、一言で片付けられてしまう。こうなったら、もう掘り返すのは止めておく。

寄り道があったが、とりあえず本来の目的を果たそうと思う。


「結月、今から昼食にするけど良いか?」

「もちろん! 寝ているとお腹も空いてくるんだよねぇ」

「食欲がある…? もしかして・・・もう風邪が治ってるんじゃないか? 熱を計ってみよう」


晴登は起き上がって体温計を取り出し、結月に手渡す。そして彼女は、自分で熱を計り始めた。


ピピピピピ


「31.1℃・・・普通の人間なら即死レベルだけど、結月だとこれが平熱だろうな。ということは、もう風邪は治ったのか」

「そうなの? ハルトのお陰だね! ありがとう!」

「へ!? あ、あぁ、どういたしまして…」


真っ向から感謝されると、素直に照れてしまう。晴登は頬を掻きながら、昼食の準備のため、そそくさと場を離れる。結月の名残惜しそうな表情が見えたが、なんとか無視を装った。


「何が食べたい?」

「ハルトの作るものなら何でも良いよ!」

「いや、その答えが一番迷うんだけど・・・」


結月の調子が戻り、困り果てる晴登だった。







ピンポーン


窓から見える空がオレンジ色になってきた頃、家のチャイムが鳴る。この時間帯に訪ねてくるということは、宅急便とかだろうか・・・


「はーい」ガチャ

「「やっほー!!」」

「莉奈と大地!? 何で?!」

「何でって、そりゃ結月ちゃんが気になるからだろ。お前も休んでた訳だし、クラスでもかなり噂になってたぜ」

「え、どんな……?」


何だか嫌な予感がするが、聞かずにはいられない。そんな晴登を見て、大地は徐に口を開く。



「『あの二人、今頃きっと楽しんでいるんだろうなぁ…』ってな」

「……何を?」

「さぁ、それは俺にもわからん。ただ…明日は皆に気をつけろよ」

「俺が何かしたのか!?」


考えてみるも、全く見当もつかない。第一、結月が風邪だから休んでいた訳で、決して遊ぶためとかでは無いのだが・・・うぅ、わからない。


「そんなことはいいの! 結月ちゃんは大丈夫なの?!」

「落ち着け莉奈。結月の熱はもう下がってるから平気だ。今はベッドで寝てる」

「良かった〜」

「かなり心配してたみたいだな。そんなに仲良かったか?」

「そりゃ一目出会ったときから、私と彼女は友達ってものよ!」

「ごめん、ちょっと何言ってるのかよくわかんない」


ここで大地が、晴登と莉奈の漫才に耐えきれず吹き出した。・・・いや、漫才してるつもりは無いのだけれど。


「結月ちゃんが寝ているなら、無理に会わない方が良いかな。今日はしっかり休んで、明日は学校にちゃんと来いよ、お前も」

「おう、ありがとう」

「それじゃあ私達はおさらばするね。バイバーイ」

「また明日なー」


二人が去ると、一気に静寂が訪れる。しかし、晴登の心は嬉しい気持ちで満たされていた。なぜなら、結月が皆に心配されていたことがわかったからだ。ちゃんと、結月もクラスの一員になれていたみたいで良かった。



さて、そろそろ夕食にしようか。そう考え始めた時だった。


「ただいまー!!」ガチャ

「お、智乃。おかえり」

「え、お兄ちゃんに出迎えられた!?」

「そんなに驚くことか・・・?」


智乃の言葉に呆れる晴登だったが、ふと智乃の持つビニール袋に気づく。


「それ、どうしたんだ?」

「あ、これね。結月お姉ちゃんのために、晩ご飯の材料を買ってきたの!」

「おぉ助かる。なるほど、道理で帰りが遅い訳だ」

「へへっ」


智乃が頬を掻きながら、無邪気に笑う。つられて晴登も微笑みを浮かべた。


「じゃあそろそろ夕食にしよう。結月を起こして来てくれないか?」

「りょーかいっ!」

「ちなみに、何の料理の材料を買ってきたんだ?」

「え、決めてない。健康に良さそうなのを買ってきたの」

「えぇ……」


微笑みが一瞬で打ち砕かれ、困惑の表情へシフト。どうやら、材料に合わせて料理を創作しなければいけないようだ。


「頑張るか…」







「ごちそうさま! さっすがお兄ちゃん、美味しいご飯だったよ!」

「うんうん、ハルトの料理は最高!」

「過大評価し過ぎだけど、喜んで貰えて何よりだよ。じゃあ、そろそろ風呂を入れるけど・・・」


そこまで言いかけて、晴登はチラリと二人の様子を窺う。いつかの流れだと、ここで言い出すはず・・・


「ねぇお兄ちゃん、一緒にお風呂入ろう? 今日は母さん達、帰りは遅いんでしょ?」

「わ、ズルい。ボクも一緒に入りたい!」

「よく恥ずかしげも無く言えるよな。もちろん断るけど」

「「えぇー」」


二人には、もう少し相手のことを考えて欲しいというものだ。もう「一緒にお風呂」とかいう歳では無いのだから。というか、男女で風呂は普通に色々マズい。


「じゃあさじゃあさ、一緒に寝るのはダメ?」

「答えは変わらないよ」

「ケチだなぁ、お兄ちゃんは」

「もうツッコまないからな」


この流れは、もはや三浦家の定番と化している。だから、その対処法も既に作っていた。即ち、『徹底的に拒否すること』だ。少しでも気を緩めば、その瞬間ペースを奪われてしまう。


「話を戻すぞ。俺は後で入るから、二人は先に入ってね」

「そうやって後から入ってくるんでしょ? お兄ちゃん大胆ー!」

「一緒にするな」


あの時は罠に引っ掛かったが、今回は大丈夫。さすがに二度風呂をされると厄介だけど、風呂に入らないのはダメだからそこは妥協、というか天に任せる。


「もういいよ、チノ、一緒に入ろ?」

「うん。お兄ちゃんのバカ」

「俺が何かしたか…?」


そう洩らす晴登を無視して、二人はさっさと風呂へと向かう。



結局、晴登の入浴中に二人が乱入してくることは無かった。







「少し冷たくし過ぎたか? でも、アレくらい言わないと成長しないだろうし・・・」


時刻は21時。自室のベッドの上で、晴登は葛藤していた。内容はもちろん、二人のことである。言い方が強かったのは自覚しているから、二人が不機嫌になるのも仕方ない。


「どうしたら良いんだろ……」


横になり、今後について考えを巡らす。嫌われたい訳ではないが、思いつくのは突き放すことばかり。それでは誰も喜ばない。二人とは仲良くしていたいし、成長もして欲しい。だったら、もっと良い案があるはずなのだ。

頭を抱えて考え込む晴登だったが、10分過ぎた頃には、いつの間にか深い眠りについてしまっていた。





そんな晴登の部屋の前に、二つの影があった。妹の智乃と、全快したため智乃の部屋で寝ることになっていた結月だ。


「寝たかな?」コソッ

「寝たんじゃない?」コソッ


怪しげな会話をしながら、そっと智乃が部屋のドアを開ける。するとすぐに、ベッドで寝ている晴登を見つけた。


「意識無い間なら、さすがのお兄ちゃんも抵抗しないよね」

「こういうこと何て言うんだっけ。えっと・・・夜b──」

「いいから早くするよ。起きられると面倒だし」


二人は早速、晴登の布団に潜り込む。晴登の部屋に来た目的はこのためだ。起こさないように、できるだけ慎重にかつピッタリと、身体を晴登の横にくっつける。


「一緒にお風呂に入らないお兄ちゃんが悪いもんね」

「そうだね。にしても、やっぱり落ち着くなぁ」


二人は幸せな気分のまま、眠りについた。



翌朝、またも一喝されたのは言うまでもない。
 
 

 
後書き
文量を稼ごうと、普段なら端折る部分を詳細に書いていたりします。しかしながら、料理に関しては全くの素人ですので、そこは端折ってます( ̄▽ ̄;)
ちなみに、7000文字いってます。そりゃ更新が遅くなるわな(笑)

とりあえずしたいことを詰め込んでみたら、結月の積極性にさすがに「やり過ぎじゃね?」と自分でも迷いましたが、晴登大好きとか異世界的なノリとかでそこら辺は納得して下さい。

次回の更新はきっと来月でしょうが、それより遅れる可能性は無きにしも非ず。ですので、気長に待って頂けると幸いです。
ちなみに、次回から七月に入るのですが、毎度の如くノープランです。というか、六月って何したよ← ・・・という訳で、まぁお楽しみに。では!


・・・リクエストとかして貰って構いませんよ|ω・)チラッ 

 

第63話『水泳』

結月の看病を行った翌朝のことだった。
目覚めると、なんと二人の美少女が晴登の横に並んで寝ていたのだ・・・って違う。寝ていたのは妹の智乃と異世界出身の結月だ。まさか寝込みに忍び込むとは予想していなかった。今後は要注意だろう。



「──ってことがあったんだけどさ」

「……それ、聞いてる分には羨ましがられると思うぞ」

「そうなの?」

「そうなの…って、大丈夫かお前」


晴登は、呆れる伸太郎の考えを汲み取れない。尤も、脳の作りが違う人の思考を読み取ろうだなんて、考えたくもないのだが。

時は放課後、場所は魔術室。いつものメンバーで、いつもの通りグダグダしている。伸太郎の体調も回復したようで、晴登は昨日の出来事について話していた訳だが・・・どうやらウケは良くない。

ちなみに、結月はクラスメイトに捕まっていて、教室で話し込んでいるらしい。変なことを口走らないか心配である。
もちろん、晴登だって捕まりかけた。が、何とか生き延びて今に至る。


「やめとけ暁、三浦はそういうことには疎い」

「そうっすけど、このままもマズくないっすか?」

「良いんだよ。ピュアな奴ら同士なら、見ていて面白い」

「そういうもんすか…?」


終夜が話に割り込んでくるが、言っていることがピンと来ない。ピュアかは置いといて、男女が一つ屋根の下で同棲する時点でマズいというのは、さすがに理解できるのだが・・・


「まぁ何にせよ、本人がこのザマならしばらくは何も無いだろうな」

「それは同感っす」


何か納得しているみたいだが、こっちは納得しない。さっきから一体何の話をしているのか。自分についてというのはわかるが──


「大変だよ、ハルトっ!!」ガラッ

「お、結月」


部室のドアが勢いよく開けられるものだから少し驚いたが、正体は結月だった。廊下を走って来たのか、かなり息が上がっている。


「大変って何が?」

「明日の授業って"水泳"なんでしょ?!」

「あーそうだったかな」


時間割を思い出すと、確かに明日の体育は水泳だった気がする。水泳と云えばこの時期の醍醐味。晴登の実力は言わずもがな"中の中"なのだが、まぁカナヅチでないだけマシである。
もうそんな時期なのかと、少し心が躍る訳だが、しかしそのどこが大変なのだろうか。



「ボク、水泳って知らない!!」


「「「そこから!?」」」


予想の斜め上を行く答えに、晴登だけでなく部員全員が反応してしまう。つまり異世界には、水泳という概念が無かったということだろうか。そういえば、川とかすらもあまり見なかったような。


「とすると、それは大変だな」

「でしょ!!」

「でも、授業だから泳げなくても教えてくれるって」

「違うの。泳ぐってことがわかんないの!!」

「あ、それは手に負えない」


まさかの"泳ぐ"という概念すらも無かったことに、頭を抱える晴登。これでは、いくら授業だろうとカバーできない。公共プールは少し遠いから平日で行ける訳じゃ無いし、これは手詰まりだ。


「……何とかならないかな」

「……そうなって欲しい」


今回ばかりはこれといった打開策が見当たらない。潔く、明日を迎えるしかないようだ。募った不安に、二人は大きくため息をつく。


「…じゃあ今日はこの辺で解散するか。お前らは水泳頑張れよ」

「あ、ありがとうございます」

「それとな三浦・・・」


解散を命じた終夜が晴登の元にやって来る。何かと思う晴登を他所に、耳元で小さな声で、


「水泳の授業は男女一緒だから、手取り足取り教えてやりなよ」コソッ

「な、いきなり何を…!?」

「それに気になるだろ? 結月ちゃんの水着姿とか」

「いや、その、別に──」

「まぁいい。じゃあな」


手を振って帰って行く終夜に、晴登は何も返せずに立ち尽くす。自分でも頬が紅くなっているのがわかった。


「何話してたの、ハルト?」

「え!? あぁ、その・・・特に何も……」


突如結月にそう訊かれた晴登は、慌てて応える。お陰で凄く怪しい返答だ。結月が訝しげに顔を覗いてくる。
晴登は目を逸らしながら、そそくさと昇降口へと向かう。結月も詮索を諦めたのか、トテトテと後ろをついてきた。


「水着…か…」ボソッ


口に出すと恥ずかしく聞こえる。終夜の言葉が中々頭から離れない、ピュアな晴登であった。







「よっし、水泳だ!」

「元気だなぁ」

「そりゃ、夏は水泳だからな!」

「まだ6月だけど」


時は進んで、翌日の体育。空は雲一つない快晴で、水泳するにはうってつけの日だ。蒼い空と燦々とした太陽、思わず夏と錯覚してしまいそうになるほど暑い。

そして、我々男子は教室で、女子はプール近くの更衣室で着替えていた。


「ほら、プールに行くぞ、晴登!」

「着替えるの早くね!?」


早くも水着姿になった大地。やる気満々ということが見て取れる。


「先行ってていいよ」

「そうか、わかった」スタスタ


大地がプールに向かうのに合わせて、他の男子も動く。どうやら、晴登以外は全員着替え終わっていたようだ。


「マジで…?」


皆のやる気に驚きつつ、晴登はそそくさと着替えた。





「うわぁ…!!」


プールに着いて開口一番、晴登は感嘆の声を漏らした。

眼前に広がるのは、小学校のとは大違いの広大なプール。正直、遊園地とかに在りそうなレベルだ。事前に水泳部である莉奈から話を聞いていたが、予想を遥かに上回っている。


「短水路も長水路も在るとか、とりあえず凄いな」

「何それ?」

「25mプールと50mプールのことだ」

「なるほど」


伸太郎の知識に納得しつつ、晴登は再びプールを見渡した。
先程説明し損ねたが、伸太郎の言う通り、プールは二種類存在している。小学校でお世話になった短水路のプールと、テレビで見たことがある長水路だ。どちらも10コース以上はある。


「しかも、深さは俺の身長とほぼ同等…か」

「足つったら溺死するぞ」

「凄いリアルなこと言わないでよ」


口々に感想を述べた二人は、クラスで集まっている所に向かう。どうやら、長水路は高学年のクラスが使用しており、一年生は短水路で授業をするようだ。


「あ、ハルト、おーい」

「……っ!!」


晴登は、クラスの女子と集まっている結月の姿を発見する。呑気にも、彼女はフリフリと手を振ってきた。しかし、いつもなら振り返すところだが、晴登はすぐに目を逸らしてしまう。理由は至極単純、結月の水着姿を直視できないからだ。

一瞬でわかる。結月の健康的な真っ白な肌に、スク水はよく似合って……似合い過ぎているのだ。他の女子よりも明らかに目立つ。


「「うぉぉぉぉ!!」」


結月だけに留まらず、スク水姿を晒している女子達にクラスの男子は大興奮。怒る者、恥ずかしがる者、女子達には様々な反応が見られた。
無論、申し訳なさから、晴登はずっと目を逸らし続けている。

そんな晴登の気を露知らず、彼女は話しかけて来たのだが。


「ねぇハルト、どうかな…?」

「あ、あぁ、よく似合ってるよ」

「…? 何でこっち見てくれないの?」

「え、そりゃ・・・」


「『そりゃ、結月が可愛すぎて直視できない』でしょ?」


「莉奈!?」


今しがた晴登の声真似で恥ずかしい発言をしたのは、莉奈だった。彼女はニヤニヤと晴登を嘲笑う。


「そんな…恥ずかしいよハルト…!」

「いや言ってないから!?」

「ダウト。ホントは思ってるでしょ? 私だって、結月ちゃんのスク水姿は可愛いと思うもん」

「う……」


否定ができず、つい言葉に詰まってしまう。その様子を見て、さらに莉奈は不敵に笑った。


「そりゃ晴登も男の子なんだし、仕方ないよねー。もしかして、私もそういう目で見てるの?」

「どういう目だよ!・・・って──」


そこで、またも晴登は言葉に詰まった。莉奈の水着姿を直視してしまったせいだ。

競泳水着なのだろうか。スク水とは一風違い、シンプルなデザインが表面に施されている。それを身に纏う莉奈は如何にも水泳部の姿であり、活発なイメージを連想させた。


「おやおやぁ、どうしました三浦君? もしかして見とれちゃってます? ちょっと、結月ちゃんに嫉妬されるじゃない」

「なっ…違うし!」

「そんなに赤くなって・・・説得力無いね」

「ぐ……」


…ダメだ。調子が狂う。このままでは、どんどん評価を下げられて、惨めな気分になってしまう。どうにか打開せねば・・・



「──皆さん集まりましたか? では、水泳の授業を始めるに当たって、まずは準備運動をしましょうか」

「「はい!」」


「む、惜しいタイミング……」

「じゃあハルト、また後でね」

「お、おう…」


助かった。山本の助け船とも呼べる一声に、晴登は感謝する。誇張無しで、九死に一生を得た気分だった。





適当に準備運動を終えた全員は、ようやくプールに入ることが許される。あくまで授業であるから、楽しむのは本来違うのだが、やっぱりプールは楽しい。


「それでは各自、アップを兼ねて、まずは一往復してきてください」

「「「はい!」」」


全員の返事が重なり、山本はうんうんと頷く。

しかし、どうしたものか。短水路の一往復というのは、もちろん50m。正直、それは晴登にとって頑張って泳ぐ距離であり、準備運動で行くには幾分ハードである。


「鳴守 大地、行っきまーすっ!!」ドボン

「飛び込んだ!?」


・・・と、考えていた矢先、大地が先陣を切ってプールに飛び込んで行く。そのフォームは洗練されたそれであり、彼の運動神経の良さを如実に示していた。

大地につられて、クラスの男子が少しずつプールに入り始める。不格好な飛び込みのせいで、水しぶきが飛び散った。


「飛び込みとかしたことないし・・・って、ん?」


飛び込み台の前で戸惑う晴登だったが、その時、隣のコースの一人の少年に目が留まった。


「水……」

「どうしたの、柊君?」

「うわ、三浦君!? いや、その、僕って水が苦手で…」

「あーなるほど…」


大きなケモ耳を垂らし、しょぼくれてるのはクラスメイトの柊 狐太郎。水に触っては、「ひっ」などと小さく叫び、フードを深く被る動作を繰り返している。


「見学すれば良かったのに」

「それだと、授業日数が足りなくなるかもしれないんだよ」

「でもフード被ってたら泳げないでしょ?」

「うぅ…やっぱり恥ずかしいから…」


そう言って、さらに彼はフードを深く被る。
ちなみに彼の着ている水着は、他の男子達みたいにスク水ではなく、海水浴で着るようなラッシュガードと呼ばれる水着なのだ。フード付きで、彼には持ってこいである。


「別に水は怖くないって。確かに深いけど・・・それでも大丈夫だよ」

「大丈夫な要素が感じられないんだけど…」

「俺が一緒に入るから。ね?」

「うーん…」


誘っても、まだ迷いを見せる狐太郎。彼にとって、この決断は大きいことなのだろう。
次なる言葉をかけようと、口を開いた瞬間──


「ハルトー、泳ぎ教えてー!」

「結月!? おい待て、プールサイドを走るな──」


向こうから駆けてくる結月に晴登が叫ぶも、時すでに遅し。濡れた地面に滑って、彼女はバランスを崩してしまった。

しかし、問題はここから。彼女はバランスを崩した訳だが、コケることは無かった。その代わり、晴登達の方へふらつきながら、それまでの勢いまま走って来る・・・もとい、突進してくる。この後の展開は、晴登にも狐太郎にも予想がついた。


「おっとっと!」ドン

「「あっ」」


軽い衝撃だったが、それでも晴登と狐太郎の身体はプールへと投げ出された。ドボン、と音を立てながら、二人の身体は水中へと沈む。
少し経って、二人とも顔を水面から出した。


「ごめんハルト、大丈夫!?」

「俺は大丈夫。けど、柊君が・・・ん?」


そこまで言って、晴登は目の前の光景に言葉を止めた。


「はぁはぁ…」バシャバシャ


「・・・犬かき…?」


眼前、急いでプールサイドへと戻ろうとする狐太郎。ただ、その時の彼の泳ぎというのが、なんと犬にも劣らない犬かきだったのだ。
余談だが、ここでようやく晴登は、狐太郎が決して泳げない訳では無いことを知る。


「大丈夫…っぽいね」

「なんか、悪いことしちゃったな…」

「"プールサイドは走らない"大事だから覚えとけよ」


水泳について何も知らない結月には、やはり一から教える他あるまい。こうして、晴登の水泳教室(仮)が始まった。







「それでは、手始めに50mのタイム測定を行います。この結果次第で、今後のコースを分けることにしますので、皆さん頑張って下さいね」



「…あーあ、水泳教室って言っても、5分もできなかったな」

「でも、クロールだっけ? 泳げるようになったよ」バシャバシャ

「毎度の如く、お前の上達の早さはどうなってるんだ」

「えへへ」


推測だが『異世界人は元のスペックが高い』というのが挙げられる。となると、教えていく全てのものを、きっと晴登より上手くこなすようになるだろう。そう思うと、結月の屈託ない笑顔が恐ろしく見えた。


「それじゃあ、男女に分かれて出席番号順に行きましょうか。こちらのコースは1番暁君から」

「うっ…!」


小さく唸った伸太郎を、晴登は見逃さなかった。
運動が苦手な彼にとって、人前で泳ぐことは実にハードルが高い。しかし、逃れることは不可能なので、彼は覚悟を決めなくてはならないのだ。


「それではお願いします」

「うっす……」


おぼつかない足取りでスタート台に立つ伸太郎。その脚は、若干震えていた。


「よーい・・・ドン!」

「っ!」ドボン


「……あれ?」


伸太郎が勢いよく飛び込むのを見て、晴登は異変を感じた……いや、異変と言うのは失礼か。ある事に気づく。


伸太郎の飛び込みは、異様なくらい綺麗だった。


「何だ今の飛び込み!?」
「一切ブレが無かったぞ!?」
「あれホントに暁か?!」


普段の運動苦手な伸太郎からは想像もできない飛び込み。それを目の当たりにしたクラスメイトは、ガヤガヤと騒ぎ始める。晴登もその一員だった。

伸太郎は水中を真っ直ぐに進み、5mを過ぎた辺りで浮かび上がってくる。皆の視線を浴びながら、伸太郎は腕を上げて一掻き・・・


「すげぇ、超フォーム綺麗じゃん!!」
「ホントだ、やばっ!!」
「ちょっとカッコよくね?!」


男子からは賛美の嵐。それほどに、伸太郎のフォームは洗練されたものだった。

しかし誰一人として、ある事実には触れない。


「えー25mで・・・32秒」

「「……」」


伸太郎は泳ぎこそ綺麗であったが、全くスピードは無かったのだ。
結局彼は、50mを1分以上掛けて泳いでいた。







「はぁっ…もう水泳なんて懲り懲りだ…」

「お疲れ。でもフォームは綺麗だったと思うけど?」

「そりゃ、昨日調べたからな」

「あっ……」


もしかしたら伸太郎には水泳の素質が有るのかと思いきや、そういう訳では無かったらしい。きっと彼も結月と同じように、"学ぶとすぐに身に付くタイプ"なのだろう。


「てことは、結月は天才になれるってことか…!?」

「何言ってんだお前」


伸太郎の冷静なツッコミが刺さる。しかし、勉強では敵無しの伸太郎と同じような性質であるならば、今しがたの晴登の言った可能性は否めない。まぁ実現してしまうのは嬉しい反面、自分が惨めになるから嫌なのだが。


「次は鳴守君」

「よっしゃあ!」

「頑張れよ、大地」

「お互い様だ」


晴登に対して、大地はグッと親指を立てる。その(たくま)しさは、少なからず劣等感を覚えるほど立派だった。


「よーい・・・ドン!」

「……!」ドボン


その時の様子を、晴登は鮮明に憶えている。無駄の無い、もはや専門ではないかというほどのフォームとスピード。その強烈さは、晴登の目を釘付けにした。

その勢いはターンした後も衰えることなく、そのまま彼は50mを泳ぎ切った。


「えっと・・・32秒」ピッ

「「速っ!?」」

「俺の25mと一緒だと…!?」


大地の速さに驚愕の色を露わにする男子一同。
無理もないだろう。大地は小学生の頃からも、最速を誇っていた。晴登も散々驚かされたのだ。

ただ、そんな大地と並ぶ人物が居た訳で・・・


「春風さん、32秒」

「「「えぇぇ!?」」」


今度は男子だけでなく、女子の驚きも重なる。
莉奈の運動神経は小学生の頃から男子に劣らない・・・どころか、むしろ優れていた。特に、水泳に至っては最速の大地と並んでいる。昔に習い事でやっていたようだが、素質が有ったのか、グングンと伸びたらしい。


「相変わらず速いな、莉奈」

「そっちこそ、いつも通り普通だね、晴登」

「俺まだ泳いでないから!?」


真顔で貶してくる辺りが莉奈らしい。全く喜ばしくは無いが。

そして、そうこうしている内に、いつの間にか晴登の出番が回ってきた。どうやら、隣のコースでは結月も泳ぐらしい。


「前回みたいに負けそうで怖いんだけど」

「さすがに有り得ないと思うよ」


勝負には拘ろうとしない結月を見て安堵する反面、なおさら負けられないと心に誓う晴登。ついに二人はスタート台に立つ。


「それでは同時に行きましょうか。よーい・・・ドン!」

「「……っ!」」ドボン



正直な話、飛び込んだのは初めてだ。飛距離は全くと言っていいほど無く、かつ不格好であったと自分で思う。
もちろん、そんな飛び込みをした時点で、晴登は最初から息が上がっていた。

息継ぎのついでに隣を見ると、結月は真横に位置していた。置いていかれたかと心配したが、やはりまだ初心者だ。スピードは晴登と大差ない。

「なおさら負けられない」と思ったところで、晴登はターンに入る。クイックターンという回るやつはできないので、手を壁についてタッチターンを行う。

必死に腕と脚を動かし、ゴールを目指す。大地・・・いや、伸太郎と比べても雑なフォームだろう。しかし、晴登はただがむしゃらに泳いだ。

ゴールまで残り10m。もう息継ぎするのも億劫になるくらい疲れてきた。だが泳ぎは止めない。

5mを示すラインがプールの底に見えた。もう少し、あと少しだ。晴登はラストスパートとして、死にものぐるいで腕と脚を動かした。

そしてついに・・・



「……っ、はぁっ!!」バン


音が出るほどの勢いで、壁をタッチした。隣を見ると──結月も着いている。どちらが先かはわからない。

二人は静かに山本の結果発表を待った。


「晴登君は41秒、結月さんは36秒ですね」


・・・晴登は、完全に敗北した。






場面は変わって晴登の部屋。下校中の晴登の暗い様子を見て、結月が晴登を励ましに来たのが事の次第だ。


「ねぇハルト、ごめんね」

「いや、結月のせいじゃないよ。それより、凄いじゃないか。初心者なのに40秒切るなんて」

「うん……」


褒めてみるも、いつものように結月は喜ばない。晴登が心の中で落ち込んでいることがわかるから、素直に喜べないのだろう。

結月は考え込む様子を見せて・・・そして口を開いた。


「──でも、それってハルトのお陰だよ」

「俺の…?」

「うん。ハルトが教えてくれたから、ボクは泳げるようになった訳だし。今回ボクが勝ったのは・・・たぶん偶然。次からはハルトが勝つと思うよ」

「……」


結月の本心からの言葉は、晴登の心を温かく包んでいく。何と返せば良いのか、わからなかった。


「ボクはいつも、ハルトのお陰で頑張ることができてるの。テストの時も水泳の時も、ハルトが教えてくれたから結果を残すことができたの」


結月は押し黙る晴登に近づき、そっと抱きつく。


「ボクはハルトにいつも助けられてる。そして、そんな優しいハルトが、ボクは大好きなの。だから、元気出して?」





「……そう言われて、元気出ない奴とか居るのかよ」

「ハルト?──うわっ!?」


晴登もまた、静かに結月を抱き締める。結月のほんのりとした温かさが、晴登の心を満たしていった。


「ありがとう結月。元気出た」


いつも助けられてばかりだと思っていたが、違った。結月もまた、晴登に助けられていると言ってくれた。二人で支え合えていたということである。晴登はそのことがとてつもなく嬉しかった。


「これからも、俺は結月のことを頼ると思う。だから、その…結月も、俺のこと、頼って…くれて、良い……」


言いながら、晴登は恥ずかしくなる。つい、マンガに有りそうなセリフになってしまった。頬を赤らめながら、晴登は結月の様子を窺う──


「ほえぇ……///」

「え、結月!? どうしたの?!」

「ハルトがカッコ良すぎて、目眩が・・・」

「大丈夫か、しっかりしろ!!」


この時、結月がまた熱を出しかけたのは、また別の話。
 
 

 
後書き
何か無理やり感のあるラストですが、気にしないでください。書きたい衝動のまま書いただけですので(←バカ)

さて、一ヶ月ぶりの更新で、謝りたいこととか多く有りますけど、今後もこのスタイルは変わらないと思います。ご容赦下さい。

次回はストーリーの繋ぎの話をしたいと思います。夏に入って一発目のストーリー、乞うご期待下さい。では!


*追伸
もう現実は秋ですよ(´・ω・`) 

 

第64話『奇妙な行事』

 
前書き
話が早いけど、気にしない気にしない。 

 
「なぁ見たか? 今週の学校新聞」


ある日の教室での出来事だった。
半袖をさらに捲り上げ、肩まで露出している大地が嬉しそうに晴登に訊いた。


「いや、見てないけど…」

「なんでも今日から夏休みまでの間、『肝試し期間』らしい」

「何だその奇妙な期間」


若干楽しそうにしている大地に、晴登は訝しげな目線を送る。そんな期間、どう考えても普通の学校には存在しない。この学校特有の行事だろう。それにしても、謎である。


「期間中はこの学校の敷地内にある心霊スポットに、肝試しに行くことができるらしい」

「へー」

「興味無さそうだな」

「だって俺らには関係無い話だろ?」

「違うんだな・・・これは全員参加みたいだ」

「なん…だと…!?」


大きく目を見開く晴登に、大地はしたり顔。どうやら、この反応を期待していたらしい。なんと趣味の悪い。

だがしかし、全員参加となると無視する訳にはいかなくなる。どうやって参加を把握するのか疑問ではあるが、参加しなかった時がどうなるか、想像するのは気が引けた。


「まぁ、困った時は部長に相談するか・・・」







「・・・で、俺に意見を仰ぎたいと。ちなみに、肝試しについての話はそれしか聞いてないのか?」

「はい」

「そうか…。なら、全容を説明しといた方が良さそうだ」


晴登は部活が始まって早々、終夜にその話題を振った。去年もあった行事のはずだから、きっと詳しいだろうと思っていたら、当たりだ。

ちなみに部活と言っても、特に何の活動もしていない。二年生達は駄弁り、伸太郎は読書をし、結月と緋翼に至ってはトランプを始める始末だ。


「とりあえず、ざっくりと説明するとだな・・・」


そんな部員達を他所に、終夜は晴登に肝試し期間の全容を説明し始めた。それらをまとめると、次のようになる。


・全員参加
・舞台は学校の敷地内にある森
・肝試し期間中は、必ず一回以上は肝試しに行く
・肝試し期間外では、逆に行ってはいけない
・人数に制限は無し
・時間は19:00~24:00の間
・先生の許可を得てから森に入る


「・・・聞いている限り、結構真面目な行事なんですね…」

「そうだ。お遊びと思ったら大間違いだぞ。『肝試し期間外に行ってはいけない』っていうのは、実はその時だけは、"お化けの国"に連れて行かれると云われてるからなんだ」

「へぇ……って、え? どこに連れて行かれるって言いましたか?」


予想外のワードに、思わず聞き返す。晴登が難聴でなければ、間違いなく終夜は「お化けの国」と言ったはずだ。肝試しだからお化けが関係有るのは理解できるが、お化けの国に連れて行かれるというのは、さすがに子供騙しにしか聞こえない。


「お化けの国だよ。その名の通り、お化け達がいっぱいいる場所だ」

「は、はぁ…」

「信じてない顔だな。ホントにあるんだぞ?」

「見たことは有るんですか…?」

「もちろん無い」

「えぇ……」


これには、さすがの晴登も露骨にため息。根も葉もない噂話を信じている終夜が、とても憐れに思える。

しかし、そんな様子の晴登を見た終夜が、黙っている訳が無かった。


「そりゃ、期間外に行くことは禁止されてるんだから、当然見たことがある奴はいないだろうな」

「そうですよね」

「でも実際、去年は1人連れて行かれたって噂よ」

「え!?」


口を挟んできたのは緋翼だった。見ると、彼女の表情は真剣そのものであり、ホラを吹いている様にはとても見えない。


「誰かが足りない、かつていた気がするけど思い出せない、そんな人がいるって噂。まるで皆の記憶でも操られているかのように、その存在は曖昧になっているの…」ガクガク


緋翼が本気で震え始めて、晴登の背筋に悪寒が走った。終夜の方を見ると、彼は腕を組みながらうんうんと頷いている。


「いやいや、シャレになってませんって!?」

「よーし、じゃあ話を戻すが・・・いつ肝試しに行くか、だ」

「スルーしちゃダメでしょ!?」


終夜は声のトーンを少し下げ、怪談を語るかの様に喋り始めた。人の話を無視しておいて、よくここまで真面目な表情ができるとは。逆にすごい。


「普通に考えてわかると思うが、早い時間帯を勧める。うちの学校の森は広いからな。迷うことも十分考えられる。迷ってる内に24時を過ぎたりなんかしたら最悪だ」

「ていうか、このイベント必要ですか…? 噂だけど、被害が出ちゃってるんですよね…?」

「このイベントが必要な理由・・・それは知らん。たぶん何かしらの目的は有るんだろうけど、そんなの俺たちが知る由は無い。ただとりあえず、規則をしっかりと守りさえすれば、お化けに連れ去られないのは確かだ」

「…はい、わかりました」


やはり、相談したのは正解だった。実にとんでもない内容だったが、知らないよりは幾分マシである。後は、規則に従って肝試しをするだけ・・・


「──と、忠告したのは良いけれど、実は俺に考えが有ってだな。魔術部で肝試しに行くのはどうだ?」


その提案が出された途端、部員全員の目が一斉に終夜に向いた。彼はその様子を見て、話を続ける。


「ほら、俺らってあまり全員参加の行事が無いだろ? だから、こういう時くらいは部活単位で活動したいなって」

「確かに、GW以来かもしれないわね」

「俺は良いと思います。やっぱり、先輩と行く方が安心できますし」

「よく言った三浦! どうだ、全員決定で良いか?」


誰も反論することは無かった。終夜はその様子に満足し、大きく息を吸うと、高らかに叫んだ。


「じゃあ今日の20時、正門に集合! やると決めたら早速行くぞぉ!」

「「おぉー!?」」


計画の速さに驚きつつも、終夜のテンションに乗せられる部員達であった。





「よし、全員集まったな」


時刻はジャスト20時。夏ということで、辺りはようやく暗くなったというところ。魔術部部員は全員、学校の正門に集合した。
ちなみに集合場所が正門というのは、単に一年生が肝試しスポットである森の場所を知らないからである。


「んじゃ早速行くぞ。もう許可は取ってる。どうやら、俺達がトップバッターらしい」


終夜曰く、この行事を苦手とする人は多く、殆どの人は行くタイミングを合わせるらしい。しかも最終日付近に。おかげで、一日目に行く人口はいつも居ないに等しいのだと。



魔術部一行は森へ向けて歩き出した。辺りはひっそりとしており、灯りも少ないので懐中電灯が手放せない。
しかし、そんな中でも終夜はズンズンと進んで行くので、ついて行くのが大変であった。



「着いたぞ」

「おぉ…」


森に着くと、晴登は思わず声を洩らす。例えるなら、山奥に有るような森林が、目の前には広がっていたのだ。
そして異様な雰囲気を感じて確信した。これは"出る"と。


「それじゃ、早速行くぞ」


森を取り囲む柵の内、入口なのか、一箇所のみ空いている場所があった。終夜はそこから森へと入って行く。
部員も全員、終夜の後に続いた。



さすが、肝試しスポットと云われるだけはある。夏であるにも拘らず、森の中はヒンヤリとしていた。


「やっぱり、いつ来ても慣れないわ…」


緋翼がボソリと呟く。三年目の彼女でこの反応ということは、余程ここの肝試しはレベルが高いのだろう。メンバーは揃っているが、油断は禁物だ。


「何だか変だね、ハルト……」

「そうだな……」


不安げな結月を見て、なおさら気を引き締める。彼女の手前、情けない姿は見せられない。



一行は森の奥へと進む。先程聞いた話なのだが、この肝試しは『奥に有る祭壇から石を取ってくること』が目的らしい。ただし、その祭壇の在処は教えてくれないという鬼畜特典が付いてくる。
しかも、この森の風景は一年経つとガラッと変わるらしく、祭壇の場所を憶えるのが困難なのだと。なんと嫌らしい。


「……ん?」


そこまで文句を思っていた所で、晴登は足を止めた。急に止まったが故に結月が後ろからぶつかるが、それを気に留める余裕は晴登に無かった。


「何だよ…あれ…」


その物体は遠目でしか視認できなかったが、存在感はとても大きく、晴登の目を一瞬で奪った。


「どうした三浦──ん?」


止まった晴登に声を掛けると同時に、終夜も"それ"に気づいたようだ。



ゆらゆらと空中を踊る、青白い炎に。



「きゃあああぁぁ!!」



悲鳴をあげたのは緋翼だった。その声に、部員全員に緊張が走る。


「内心信じてなかったけど、マジだったのか…」

「アレって何だと思う、暁君?!」

「何ってそりゃ──"人魂"じゃねぇのか?」


少しだけ、伸太郎の声は震えていた。
人魂と云えば、読んで字のごとく"人の魂"。それが出現するということは、この地がそういうものと縁が有るということになる。


「部長、どうしたら…?!」

「落ち着け。あんなの、この肝試しじゃ日常茶飯事だ」

「え、そうなんですか…?」

「あぁ。コイツがビビり過ぎなだけだ」


そう言って、終夜は緋翼に視線を送る。彼女は頭を抱えて蹲っていたが、その視線を感じるとすぐに立ち上がり、何事も無かったかのようにすました顔をしていた。


「日常茶飯事なのか、アレ……」


晴登は釈然としないまま、歩みを再開した終夜達について行く。しかし、事はその直後だった。


『タス…ケテ…』


「…ん?」


『タス…ケテ…』


「え、えぇ??」


突如として頭に響く声。晴登は困惑し、思わず驚きを声に出す。
すると、何かあったかと終夜が振り返った。


「あの、声が頭に…」

「は、何言ってんだ? 誰かテレパシーでも使うのか?」

「いえ、知らないですけど……」


終夜は晴登の話を適当に流す。もしかすると、これも肝試しでは日常茶飯事なのかもしれない。


「じゃあ、無視していいのかな…?」


『タスケテ…』


「無視だ無視」


『タスケテータスケテー』


「…無視だ」


『タスケテタスケテタスケテー!!』


「いや、うるさっ!? 何これ!?」


SOSが大音量になった所で、我慢できずに再び叫ぶ。その様子に、さすがの終夜も気になったようで、歩みを止める。


「さっきからどうした? 呪われでもしたか?」

「縁起でもないこと言わないで下さい! 大体、呪われるって何に──」


そこまで言って、目線が背後へと戻った。そこでは、先程の人魂が未だにゆらゆらと宙を揺蕩っている。


「もしかして・・・アレのせいですか?」

「人魂が呪う・・・有り得ない話では無いな。ちょっと行ってみるか」

「え、アンタ正気?! 絶対ロクな目に遭わないって!」

「ビビリはお留守番でもしてて構わないが?」

「私も行くわ」


ささやかな茶番の後、こうして魔術部一行は進路を変更し、人魂の元へと向かう。やはり道中は草木で阻まれているので、そこは魔術でどうにかこうにか。

しかし、ようやく近づいたかと思うと、人魂はゆっくりと晴登たちから離れるように動いた。


「チッ、追いかけるぞ! 見失うな!」


目的が変わってしまったが、終夜はお構い無し。器用に道無き道を駆け、人魂を追いかける。晴登たちはついて行くのでやっとだった。



追いかけっこを始めてどれだけ経っただろうか、ようやく人魂が停止する。


「よし、あと少しだ!」


そして、人魂の姿をくっきりと視認できる程の距離まで近づいた所で、晴登たちは走るのを止めた。
近くで見ると、蒼い炎というのはとても幻想的で、見ているだけで吸い込まれそうな気分になる。


『タスケテ──!』


そして、人魂が一際大きく言葉を放つと、眩い光が晴登たちを包み込み、意識を奪っていった。






意識を失ってから経った時間は、もはやわからない。晴登たちは、目覚めた場所に困惑する他無かった。

この音、この風、この匂い・・・間違いなく、眼前に拡がるのは"海"である。つまり晴登たちは、砂浜の上で眠っていたようだった。


「何で海に?!」

「あの人魂の仕業か…?」


驚いているのは晴登だけではない。二年生も三年生も、この非常事態に焦りの色を隠せていなかった。


初めての肝試しにて、予想不可能な緊急事態発生。そしてこの先に待ち受ける壮絶な試練を、この時の晴登は知る由もなかった。
 
 

 
後書き
さて、中々に訳のわからない展開になって来ました。彼らの運命や如何に?!(←適当)

いやはや、やっぱり自分は書き始めると、どうも路線が外れるみたいで。今回は普通に──する予定だったのが~〜することになっちゃったし、今後の予定もホントに変なことになってます。
よって、ここから先の閲覧は自己責任ですよ(黒笑)

まぁ、それでも読んでやるぞという気概の方、どうかしばし新ストーリーにお付き合い下さいませ。具体的には次回をお楽しみに。では! 

 

第65話『青年と老人』

果てなど見えず、永遠と拡がる海が眼前にはある。それだけでも異常事態だが、よく見ると空にも異変があった。


「なんか空が・・・紫色じゃないですか?」

「あぁ。おまけに月も紅い。こりゃ、とんでもない所に来ちまったな…」


終夜は頭を抱えて嘆息する。その気持ちはとても理解できた。

一人も欠けていない魔術部一同が立っているのは何処かの砂浜。紫色の夜空に包まれ、紅一点とばかりに紅い月が輝いている。
普通に考えて、現実で見れる光景ではない。


「となると、ここは異世界…?!」

「『そんな訳ないだろ』って言いたい所だが・・・今回ばかりは、その可能性が否定できねぇ。少なくとも、ここは学校の敷地内ではないからな」


辺りを見回し、場所の手がかりを探す一行。しかし、景色だけをヒントにするのは無理があり、結局場所については何もわからなかった。


「たぶん、あの人魂の仕業なんだろうけど・・・ここには居ないな」

「じゃあ私たち帰れないの!?」

「そう焦るな。確かに手がかりゼロだが、少し歩けば何かあるだろう。行くぞ」


緋翼のようにパニックに陥っても仕方のない状況だが、終夜は冷静に打開策を探していた。いつものふざけた態度から一変して、真剣な表情をしている。

そして一行は、海に沿って砂浜を歩くことにした。





『ウゥ……』

「…ん?」


歩き始めてすぐのことだった。突如くぐもった声が辺りに響く。全員は足を止め、周囲を注意深く見渡した。


「何だ今の声…?」

「人魂…ではないですね」

「じゃあ何よ、お、お化けって言うの!?」

「お前ビビり過ぎな…」


声の主の姿は見当たらない。しかし、気配は何となくだが感じる。得体の知れない緊張感が、その証拠だ。


『『ウゥ…』』

「また…!」

「というか…数が増えてない?!」

『『『ウゥ…』』』


再び聞こえる不気味な声。その声は何重にも重なり、何度も何度も繰り返された。しかも、一声ごとに音量が大きくなっている気がする。つまり・・・


「近くに──居るっ!」


『ウゥ…!』ズズズ


「うわっ!?」


突如として砂が盛り上がり、中から2mを超える人型の物体が現れた。全身は砂から作られていて、まず人間には思えない。


「部長、何ですかアレ?!」

「砂の巨人・・・たぶん"ゴーレム"だ!」

「え、何でわかるんですか?!」

「勘だよ勘!」


終夜が"ゴーレム"と云った巨人達は、そんな会話の間にもみるみる増えていき、いつの間にか一行を取り囲んでしまっていた。


「…何の用だ」

『ウゥ…』

「返答は無し…か。それなら、お前らに構ってやる時間はねぇ! 魔術部、出陣だ!」

「「はいっ!」」


終夜の掛け声と共に、晴登、結月、伸太郎、緋翼は動いた。各々が戦闘態勢をとる。


「おっと、二年生は下がっていろ。俺らが守ってやる」

「「は、はい!」」

「よし。・・・数はざっと20体。蹴散らすぞ!」


戦闘においては無力な二年生を下げ、晴登達は前線へと踏み出た。
そういえば、魔術部での共闘はこれが初めてになる。晴登は内心ワクワクしていた。


「鎌鼬っ!」ビシュ

『ウゥッ…!』ズシャア


いつぞやの技で1体を倒す。しかし、ゴーレムと名付けられるだけあって、かなりの硬度だ。両断には至らない。


「はぁっ!」ブン

『ウゥッ』ガキン

「ちょっと、コイツってホントに砂!?」



「おらぁっ!」ボワァ

『ウゥ…』

「全然効いてねぇ…!」


このゴーレム達は砂から生まれているようだが、表面はもはや岩同然。緋翼の刀は弾かれ、伸太郎の炎は意味を為さない。この二人は相性的に不利なようだ。


「弾けろっ!」バシュン

「貫けっ!」ヒュ

『『ウガァ…!』』ドゴン


一方で、終夜と結月は難なくゴーレムを一掃していく。やはり、戦闘力においては、この二人は他の追随を許さない。黒雷が、氷槍が、戦場を縦横無尽に飛び回る。


「──いや部長、超危ないです!」

「…あぁ、悪い悪い」


あまりの危険度に、姿勢を低くしている二年生。そんな彼らの忠告に対して、終夜は反応が薄かった。たぶん、既に配慮済みなのだろう。何だかんだ、終夜の黒雷は敵に一直線に向かっている。


「よし、俺も頑張らなきゃ──」

「危ないっ、ハルト!!」ドン

「え?……って、うわぁ!?」ズシャア


気を引き締めた途端、結月に押されて砂浜に突っ込む。何事かと思い振り返ると、巨大な拳を地面に振り下ろしているゴーレムの姿があった。無論、そこは今まで晴登が居た場所である。もし、結月が助けてくれなかったら・・・そう思うと、背筋が凍った。


『ウゥ…』


「マジで紙一重……ナイス結月」

「ハルト、怪我はない?」

「おかげさまで」


晴登は即座に立ち上がり、ゴーレムの次の行動に備える。これ以上、結月に迷惑は掛けられない。何というか、男として。


「──って、あれ?」


ゴーレムに備えるついでに、辺りを改めて見回してみると、晴登はおかしな事に気づく。戦闘開始から時間が経っているというのに、ゴーレムの数が一向に減っていない気がするのだ。むしろ、増えてる気さえする。

同じタイミングで、そのことに終夜も気づいた。


「…おいおい、エンドレスとか聞いてねぇぞ?」

「地面の中にはまだまだ居るってことですか…」


最初の数だけだったなら突破は容易であった。しかし、これがエンドレスとなると話は別。体力と魔力が比例している魔術師にとって、消耗戦は苦手分野なのだ。


「逃げる…にしても、もう退路は塞がれてやがる。さすがに一度にこれだけは処理できねぇし、どうするか…」


大勢のゴーレム達に囲まれ、終夜が珍しく焦る様子を見せる。つまり、今の状況はそれだけ悪いということだ。
このゴーレムが実は大人しくて、戦闘には興味ないのであれば良かった。しかし、晴登は既に奴らによって死の片鱗を味わっている。少なくとも、無害な存在ではないのだ。


「全員で一点を集中的に攻めるのはどうっすか?」

「それも悪くないが、今回ばかりは二年生も居る。下手に攻めると、どうなるかわからない」


伸太郎の策も却下となると、いよいよ万事休すと言ったところか。ゴーレム達はジリジリと、円を狭めていく。

・・・もうすぐ奴らの間合いに入る。


「ちょっと黒木、どうにかできないの!?」

「できねぇこともねぇけど、全員巻き込んじまう!」


『『ウゥ…』』グワッ

「「…っ!!」」


ついに、ゴーレム達の拳が空に高々と掲げられた。勿論、それが一度に落ちてくれば無事では済まない。

一か八か、皆を巻き込んででも吹き飛ばそうか──そんな考えが晴登の頭を過ぎった瞬間のことだった。



「──おらよっ!」ドガン

『ウァァ…』ズズズ


「「え…!?」」


今しがた起こった現象を簡潔に説明しよう。

まず、どこからともなく現れた青年。彼は手にしている鋭い太刀で、瞬く間に数体のゴーレムの胴体を斬った──否、斬ったにしては余りに荒い。もはや、ゴーレムを刀で砕いているのだ。"薙ぐ"と言う方が近いだろう。


「こっちだ、お前ら!」

「「は、はい!」」ダッ


ゴーレムを数体倒したことで生まれた退路の外から、彼は手を振ってこちらに呼びかける。千載一遇の好機、一行はその元へ駆け、ついにゴーレムの群れからの脱出に成功した。


「ありがとうございます、助かりました…!」

「礼はいい。とりあえずこっから離れるぞ。まだ走れるな?」

「大丈夫です。えっと、あなたは一体・・・」


「俺はカズマ。安心しろ、お前らの味方だ」ニッ


青年は"カズマ"と名乗り、爽やかな笑みを浮かべた。






「ここまで来りゃ平気だろ」

「ホント…ありがとうございます…」ハァハァ

「いや、疲れ過ぎな」


ゴーレムの群れから逃れ、砂浜を走ること数分。全速力で走ったから、そりゃ息も切れる。
一方、カズマは全く疲れた様子を見せていない。先ほどの戦闘と云い、きっと凄い人物なのだと思われる。
いやそもそもに、キリッとした目、高身長、整った顔立ちという、美青年と言うに相応しい容姿な時点で凄い。ついでに言えば、袴を着ているところが侍っぽくて格好良い。


「さてさて。さっきは忙しかったから簡易にしたが、もう一度自己紹介しよう。俺はカズマ。歳は二十一くらいか。特技は・・・特になーし」

「さっきの剣術は…?」

「あんな力任せ、特技なんて呼べねぇよ。俺に"斬る"なんて、器用な真似はできねぇんだ」


短い茶髪を掻きながら、彼は嘆息した。
確かにさっきの剣術は単純な力技にも見える。それでも、緋翼にできないことをやってのけてはいるのだ。伊達な剣術ではないと思う。


「それにしても、何でお前らはゴーレムの群れに囲まれてたんだ?」

「それが────」


晴登はカズマに今までの経緯を話してみる。謎の人魂によって見知らぬ場所に飛ばされ、いつの間にかゴーレムの群れに襲われたのだと。自分でも突拍子もないことだと思う。

しかし彼はなんと、驚く様子を見せることもなく、むしろウンウンと頷きながら聞いていた。さすがに人を信用しすぎではないかと、逆に心配になる。


「なるほどなるほど。だったら話は早ぇな。ちょっとばかし、ついて来て貰うぞ?」

「えっ?」

「もちろん拒否権はありませーん。ほら、行くぞ」スタスタ


こちらを振り返ることもせずに、彼はズンズンと進んでいく。余りの展開の早さに拍子抜けするが、ついて行かない訳にも行かず、一行はカズマの後を追った。






「…何処ですか、ここ?」

「俺の住んでる村だ。目的地はもっと奥だ」


晴登達が辿り着いたのは、弥生時代にでも在りそうな村だった。家の造りが簡易的で、村の周囲を柵が取り囲んでいる。住人もチラホラと確認できた。

ちなみに、村の規模はあまり大きくないようで、目的地にはすぐに着いた。


「婆や、俺だ。カズマだ」コンコン


カズマは目的地である家の扉を叩く。その家は他の家と大差ない造りで、特別な感じは見受けられない。


「お入り」


扉の向こうから女性の声がした。カズマが「婆や」と呼んだ割には、声は若々しい印象である。


「「失礼します」」


カズマがドアを開けるのに合わせて、晴登達は挨拶をする。その時顔を上げた晴登は、やはり第一印象は裏切らないのだと知った。何せ、目の前で椅子に座っているのはお婆さんなどではなく、まだ二十代程のお姉さんだったのだ。


「よく来たね」

「紹介するぜ。この人が俺を育ててくれた人、呼び名は"婆や"だ」

「いや、若くないですか…?」

「はっはっは、よく言われるよ。一応歳は三桁いってるけどね」

「っ!?」


予想外の返答に驚きを隠せない。今の言葉は信じても良いのだろうか。とりあえず保留にしておくことにする。

さて、"婆や"の見た目は実に若々しい。肌も白く瑞々(みずみず)しいし、髪も綺麗な金髪ロングだ。妖艶で豊満な体つきであり、つい恥ずかしくて目を背けてしまう。


「…さて、もう少し談話を楽しみたいところだけど、早速本題に入らせて貰うよ。まずアンタらがここに、"この世界"に居る理由だ」

「「!!」」


いきなりの核心をついた本題に動揺する。彼女の微笑みが恐ろしく感じた。


「単純な話さ。儂らを──助けておくれ」


婆やは真っ直ぐで鋭い視線をこちらに向け、強い口調で言った。 
 

 
後書き
修学旅行エンジョイしてたら、いつの間にか前回の更新から一ヶ月が経とうとしていました。危ない危ない。

さて、新キャラ登場ですよ。燃えますね。萌えはしません。ホントは、婆やはロリババアにしようかとも思いましたが、それでは余りにもこの物語の年齢層が若くなるので避けました。悪しからず。

「ストーリーは作りながら生み出す」という、訳のわからないモットーの元、必死に書いてるこのストーリー。未だに終わりが見えません←
いつかインスピレーションが降って来るのでしょうか。自分はそれを願います。

それでは、次回もお楽しみに! 

 

第66話『安心』

「助けて・・・ですか?」

「そう。突然のことで申し訳ないとは思っとるが、急ぎの用なんじゃ」


婆やは真剣な様子で、嘘を吐いているようには見えなかった。緊張感が場を席巻する。
そんな中で口を開いたのは、終夜だった。


「それを解決しない限り、俺らを元の世界に帰すつもりは有りませんよね?」

「そういうことにはなる」

「はぁ…なんて勝手な…」


婆やの話を聞いていれば、何となく事情は掴めてきた。

まず、この世界で何かしら問題が起こったらしい。そして、それを解決するには人手が必要となった。だから自分たちをここに召喚した。どんな技術で召喚したのかは謎だが、カズマ然り、この世界の住人は凄い人たちだろうから、きっと魔術的な何かでどうにかしているに違いない。

ついでに言えば、元の世界にいた人魂は婆やが操っていたと見るべきだろう。さらに、カズマと婆やがグルとすると、この世界でカズマは晴登たちを"助けた"のではなく、"迎えに来た"と言う方が正しいはずだ。

全ての辻褄が・・・合った。

残りの疑問点とすれば・・・


「じゃあ、その用っていうのは何ですか?」


この世界では解決できず、わざわざ他の世界に頼むほどの用。どう考えても、簡単なものとは思えない。


「内容は単純、魔王軍の退治じゃ」

「魔王軍ですか・・・はい?」


馴染みの無い名を挙げてくるので、思わず聞き返してしまう。魔王と云えば、マンガでもよく悪役として登場するアレだろう。それを退治となると、本当に簡単ではない頼みである。


「その魔王軍はどこに?」

「いや、まだここには居らん」

「へ?」

「もうじき来るという話じゃ。目的は恐らく、"竜の復活"」

「竜…?」


またまた馴染みの無い名だ。魔王軍と竜・・・一体どこのファンタジーなストーリーだろうか。


「うむ。昔、この世界を蹂躙した一頭の竜が居った。踏みしめれば大地は揺らぎ、翼をはためかせれば竜巻が起こり、火を吹けば辺りは焦土と化す。その猛々しい姿はまさに破壊の化身。名を・・・イグニス」

「イグニス…」

「しかし世界が破滅する寸前に、一人の賢者によって封印された。こうして世界には平和が訪れたんじゃ」

「で、魔王軍がその封印を解こうとしてると?」

「理解が早くて助かるわい。アンタらにはそれを防いで貰いたい」


婆やの話を聞いて、事の重大さは理解した。つまり、晴登たちが倒さねばならない敵は、世界を滅ぼすような竜を復活させようとする極悪人である。
しかし、ここである疑問が生じた。


「それって、俺らにできるのか…?」


どんなストーリーにおいても、魔王とは大抵ラスボスであり、強大な敵である。いくら魔術を使えるとはいえ、晴登たちが敵う相手なのだろうか。


「できるかどうかはアンタら次第さ。奴らは強い」

「…それが、俺らを召喚した理由ですね?」

「そうじゃ。儂らの手には余るんでな」


"この世界では手に余るから、別の世界に頼む"とは、これまた常識を逸した考えだ。しかし、そうでもしないと竜は復活し、この世界は破滅を迎えてしまう。この世界に縁は無いが、世界が滅ぶと聞いて良い気はしない。


「…とにかく、事情は掴めました。ただ、やはり俺らが参戦するのは理不尽というか・・・釈然としません」

「じゃろうな。そこは本当に申し訳ない。──ただ、アンタらと無関係とは言い切れない」


婆やは突如、声のトーンを落としてそう言った。
しかし、一体どこが無関係ではないのか。自分たちの世界と別の世界の話なのだから、普通に考えると干渉し合わないはずだが。


「もし、イグニスが復活した時の話じゃ。儂らだけでは奴と魔王軍を食い止めることが不可能に近いのは、先の話の通り。そして、なす術なく世界ごと滅ぼされるのは目に見えとる。だが問題は、滅ぼすモノを失ったイグニスがどうするのか」

「まさか・・・」

「そう。別の世界の破壊を企てるであろう。その時の標的となるのは、儂らの世界に近い世界──即ち、アンタらの世界だよ」


その衝撃の言葉に晴登たちは絶句する。これで、晴登たちとこの世界が無関係とは言えなくなった。その上、本気で取り組まないと後がないということにも。


「引き受けるかどうかはアンタら次第。儂らも全力を尽くすが、もしかしたら──」

「わかったわかった! 引き受けるよ!」


引き下がったのは終夜だった。妖艶な笑みを浮かべる婆やが少し腹立たしいが、だからどうなるって話だ。ここは大人しく引き受けるしかないだろう。


「よしよし、良い子たちだ。それじゃカズマ、繁華街を案内してやりな」

「良いけど…そりゃどうして?」

「もうじき戦になる。休息を与えておかねば、この子たちがやっていけまい」

「ガキ扱いするなっての。ありがたく戴きますけど」


終夜が婆やを鋭い目付きで睨む。どうやら、この二人の相性は悪いらしい。とりあえず今は、早々に退場した方が良いだろう。


「じゃ、じゃあ行こうぜ!」


晴登の考えと同じなのか、カズマはそう促す。一行はカズマに続いて、婆やの家を出た。






「なんか…ゴメンな?」

「カズマさんが謝ることじゃないですよ。これが…運命ってやつですかね」

「今どきの子ってそんな考えするの…?」

「んな訳無いでしょ」


カズマは感心しているようにも見える、驚愕の表情を浮かべると、緋翼の冷静なツッコミが刺さった。

現在一行は村を出て、繁華街に向かっている。何でも近くに大規模なのが在るらしい。この感覚は、結月の家から王都に行った時と似ている。


「・・・あの、"繁華街"って何ですか?」

「簡単な話、人が集まる所だ。ウチの村って人が少ないように見えるだろ? 実は夜になると、村人の多くはそこに集まるんだ」


結月の問いにカズマは淡々と答えていく。
事実、村を訪れた時は人が少なかった。(まば)らには見られたものの、随分と過疎だと感想を抱いたものだ。


「はぁ。魔王…か」


繁華街トークをする彼らと違い、晴登は一人ため息をつく。
さっきは流れに身を任せていたが、こうして考えてみるととんでもない事になってしまった。自分たちの役目は責任重大。敗北は許されないのだ。
命を賭けるのは、もう懲り懲りだというのに。






「そら、着いたぞ」

「「うぉぉ…!!」」


これは予想を遥かに上回った。
眼前に拡がるのは、夜であるにも拘らず、派手な装飾のおかげで昼の様な明るさを保っている繁華街である。王都にも及ぶ程の人でごった返しており、さっきの閑静な村が嘘のようだ。


「さてさて、来たのは良いものの・・・何する?」


着いて早々、カズマが困ったように言う。
確かに、婆やは休息として行くように言った訳だが、どのように休息するかまでは言っていない。そもそも繁華街で休息できるものなのか。


「まぁ…適当に居酒屋でも寄るか」

「未成年ですけど」

「じゃあ何処行くよ?」

「う……」


そう言われてしまうと、言い返しようがない。繁華街についてはカズマの方が詳しいだろうし。
ここは引き下がるしかなかった。


「よし、決まりだな。安心しろ、俺のオススメの店に連れてってやるから」


グッと親指を立てるカズマには申し訳ないが、安心できる要素は無い。






「やっほー」

「よう兄ちゃん。今日は随分と多い連れだな」

「色々あってな。いつもの頼むわ」

「はいよ」


着いたのは小ぶりな居酒屋だった。晴登たちが入った時には客は誰も居らず、坊主の店主だけが椅子でくつろいでいる。彼は晴登達を見るなり、座敷に案内してくれた。
十人もの人数で座って、その窮屈さに晴登が息をついた頃、カズマは酒を頼んだ。店主とのやり取りを見るに、カズマは常連だろう。


「お前らも一杯どうだ?」

「いやだから未成年ですって」

「いいっていいって。ちょっとだけなら」

「その言い方はどうかと──」

「ヘいお待ち!」ドドン

「えぇ…」


カズマに反論している間に、酒が人数分運ばれて来てしまう。もしかしてだが、この世界は飲酒に年齢制限が無いのだろうか。店主は何の躊躇いも無しに持って来たし。


「じゃあ明日から頑張ってくぞ。乾杯っ!」

「「か、乾杯…」」


グラス一杯に注がれた酒を見て、晴登は硬直する。いくら法が無いとしても、晴登の良心が飲むのを咎めるのだ。いつものように勢いではいけない。きっと皆も同じ考えだろう──


「ごくっ」

「って、結月!?」


そう考えていたのも束の間、隣で結月が酒を一口飲んでいた。


「ぷはぁ。んー何か変な味だね」

「え、ちょ、大丈夫!?」

「心配し過ぎだって。死ぬ訳じゃねぇんだからよ」


焦る晴登を、カズマが一蹴する。確かに酒を少し飲んだ所で、普通の人ならばあまり影響は無い。見ると、終夜や緋翼も一口は飲んでいる。晴登もきっと一口くらいなら問題無いだろう。飲んでみようか・・・そう思った刹那だった。


不意に身体に何かがのしかかる。


「ふぇぇ…」

「え、結月!? どうしたの!?」

「ありゃ、もう酔ったのか?」


正体は顔を赤く火照らせている結月だった。まさかの、一口だけで酔ったらしい。そのあまりの酒の弱さに、さすがにカズマも驚いていた。


「ハルト…何か身体が熱いよ…」

「わかった! わかったから離れろって!」


トロンとした表情で見つめてくる結月を、晴登はたまらず引き剥がそうとする。だが体重をかけているようで、思うように動かせない。


「結月待って・・・って、うわぁ!?」

「ふふふ、ハルトー」ギュッ

「ちょっ、ここで抱きつくなって!」


周囲の目も気にせずに抱きついてくる結月に、晴登は頬を真っ赤にしながら抵抗する。しかし、動かないこと山の如し。
晴登は恐る恐る周囲に顔を向けた。その時、カズマと目が合う。その顔はこれ以上無いくらいにニヤけていた。


「お前らってそういう関係なのな。そっかそっかー」

「うっ……」


カズマの一言が晴登に刺さる。しかしこの状況では、否定のしようがない。誰がどう見ても、そう見えてしまうのだ。


「ま、良いんじゃねぇの。それも青春──」

「ちなみに、コイツら同棲してますよ」

「・・・夫婦だったのか」

「違いますっ!」


カズマが驚愕の表情を浮かべているので、素早く訂正。入れ知恵をした張本人である終夜は、声を上げて笑っていた。なにこれ、酒のテンションってやつ?


「んで、どうすんの? その娘、寝ちゃったみたいだけど」

「え? ホントだ…」


カズマの指摘で、結月が晴登に抱きついたままグッスリと寝ていることに気づく。いきなり抱き着いて、いきなり寝る・・・酒って恐ろしい。


「さてと、じゃあ今日はさっさと帰りますか」

「おや、もう帰んのかい兄ちゃん?」

「人数が多いからな。今度また一人で来るからよ。はいお代」

「まいど!」


元気な店主の声を背に、晴登達は居酒屋を出た。無論、結月は晴登の背中で熟睡している。
結局晴登は一口も酒を飲まなかった。


「早いけど、村に戻るか」

「別に気を遣わなくても・・・」

「嘘つけ。その娘が心配なんだろ? 慣れない所に連れて来て悪かったな」


そう言って、カズマは申し訳なさそうに笑う。そんな対応をされてしまうと、こちらも言葉を返しにくい。が、ひとまずはカズマの提案通り、村に戻ることにする。


「ところで、俺らは何処に泊まるんですか? 婆やの家じゃ狭いだろうし」

「無理やり呼び出したのはこっちだしな。そこら辺は任せとけ」


胸をドンと叩いて兄貴面のカズマ。しかし、そこに安心できる要素はやはり無い。


「何だよそのしけた面は。こう・・・もうちょい俺を頼ってだな──」

「ねぇ、ちょっと待って下さい。何か様子が変じゃないですか?」


ここで緋翼が一言。その言葉に、全員が辺りを見回す。異変にはすぐさま気づいた。


「人が・・・居ない?」

「店仕舞いにゃまだ早ぇ。どういうことだ…?」


カズマの反応を見るに、これは非常事態に相違ないだろう。今まで気づかなかったが、居酒屋に入る前とは打って変わって、人っ子一人見当たらないのだ。
さっきの居酒屋も、いつの間にか閉店している。

そして同時に、辺りが霧に包まれていくのを見た。


「嫌な予感がするな。全員、俺から離れるなよ」


人の声は愚か、虫の声や風の音すら聴こえない。霧のせいで周りの様子もわからない。この世界には自分達しか居ないのでは、と錯覚しそうになる。


一秒、また一秒と静寂が続いた。いや、体感では一分、一時間かもしれない。それだけ不気味な感覚だった。





「……三浦、後ろ!!」


「え・・・がっ!?」ドシャア


そして、まさに静寂を打ち破る一撃。晴登は突然の背後からの奇襲になす術なく吹っ飛ばされる。


「──はっ、結月?!」


衝撃は背後からだった。晴登は急いで背中を確認すると・・・そこに結月の姿は無い。


「何処だ、結月?!」


何度か名前を呼んでみるが、応答は無い。まして、この霧では上手く探すことができるはずもなかった。
晴登の頬に嫌な汗が流れる。


そして──霧は晴れていく。






晴登達は目の前の光景にただ唖然とするしかなかった。さっきまで誰も居なかった繁華街が、また人でごった返しているのだ。
余りに一瞬の出来事で、まるで白昼夢でも見ているかのような気分である。しかし、背中には確かに痛みが残っていた。

道の真ん中に立ち尽くしていた一行は、とりあえず裏路地に逃げ込む。


「…どうなってんだ。人が消えたり現れたり・・・幻でも見せられてるのか?」

「それより部長! 結月が!」

「あぁ、わかってる。あの霧の中に誰か居たんだ。そいつが結月を連れ去った」

「だったら俺、探してきます!」

「無茶だ。この人混みじゃどうしようもできない」

「そんな……」


絶望に打ちひしがれ、悲壮な表情を浮かべる晴登に、終夜は掛ける言葉を見つけられない。
今や結月はずっと晴登の隣に居た。だからそれを失った今の晴登の心には、虚無感だけが渦巻いているのだ。

だが、そんな晴登にカズマは一喝した。


「しゃんとしやがれ! それでも男か?! 好きな女をそう簡単に諦めるのかよ?!」

「な、好きって……!」

「んなもん、見てりゃわかる。で、どうなんだ。諦めるのか?」

「そんなの──助けるに決まってます!」

「よし」


カズマは、険しい表情から一転して笑顔を見せると、晴登の頭を乱暴に撫でる。この時ようやく、晴登はカズマに安心できた。


結月は俺のせいで連れ去られたんだ。だったら、絶対に取り戻さなきゃいけない。

結月のいる日常が、俺の日常なんだ。

 
 

 
後書き
ども、波羅月です。一度大幅に書き直したせいで、更新が遅れてしまいました。実に申し訳ないです。

それとキャラが多いせいで、セリフが全員に回らない! んあぁ!!(←悲痛な叫び)

とまぁ、今回も読んで頂きありがとうございました。次回もよろしくお願いします! では!(←爽やかスマイル)


※未成年の飲酒はダメ、絶対 

 

第67話『開戦』

沈んだ意識の中でも、身体を乱雑に動かされてるのがわかる。先程まで誰かに背負われてるような安心感があったが、今はその温もりを感じることができない。

そう感覚で捉えつつ、結月はゆっくりと眠りから覚醒する・・・はずだったが、目の前の光景に思わず目を見開いた。


「え、飛んでる…!?」


目を瞑りたくなるほどの明るい装飾と、豆粒みたいに見える人々。眼下には繁華街と酷似している光景が広がっている。予期せぬ事態に酒気も吹っ飛んだ。

どうしてそんな所を飛んでいるのか。

結月は視線を上げて、そして理解した。


「誰…?」


自分は今、連れ去られている。その事実だけはすぐに気づいた。目の前の人物は仮面を付けていて顔がわからないが、知り合いでないことだけはわかる。


「ハルト達をどうしたの…?」

「……」


結月は恐る恐る仮面に訊いてみる。しかし無反応だ。淡々と結月を何処かに運んでいく。


気づけば、繁華街を出て大地を駆けていた。


「教えないなら・・・力づくだよ!」ヒュオ

「……」バッ


先程から見向きもしないと思っていたが、技を繰り出そうとすると仮面はいち早く結月を手放した。素人ならそんな機転は利かない。つまり、仮面は実力者だ。


「正体が誰かもわからない奴に、連れて行かれる義理は無いよ」

「……」


仮面は何も喋らない。その時ようやく、結月は相手の姿をハッキリと見た。

三日月の様に細い目と口が描かれ、立体的な鼻が付いた仮面。全身を覆い尽くすほどの巨大な黒いマント。奴が身に付けているのは、それしか視認できない。何とも不気味である。


「倒してもいいのかな…?」


自分を拉致した訳だから、正当防衛という理由で倒すことは可能である。ただ、誰かもわからない相手にいきなり挑むのは結月の善心が許さなかった。


「だったら・・・逃げるが勝ち!」ズオッ


戦わないなら逃げるのみ。結月は相手との間に氷壁を展開し、間合いをとる。そして背中を向けて、元の道を全速力で走った。

しかし、それを不気味な仮面が黙って見過ごす訳がない。仮面の目が赤く光り、直後辺りに霧が立ち込めた。


「なに…これ…?」


酒によって倒れていたため、結月にとってこの怪しい霧を見るのは初めてである。一寸先は闇…もとい、一寸先は霧だ。だが、今の方向に真っ直ぐ進めば繁華街に戻るはずである。だから臆せずに結月は前進した・・・が、


「……嘘!?」

「……」ダッ


何が起こったのか、結月の目の前には赤い双眸の仮面がいた。慌てて結月は止まるが、仮面は一瞬で間合いを詰め、結月の背後をとる。そして、


「……」トン

「──っ」ドサッ


結月の首元に手刀を一発。その瞬間有無を言わさず、再び結月の意識は深い霧の中に沈んでいった。





「あの娘を攫った奴の正体・・・そりゃたぶん魔王軍の奴だ」

「どうして言い切れるんですか?」


作戦を練るために繁華街からの帰宅途中、カズマからそんな言葉が飛び出た。結月を攫った人物の正体がわかるならそれに越したことは無いが、理由は気になる。


「霧のこと覚えてるか? あの霧は魔力によって作られたものだ」

「それは思いましたけど、だから何です?」

「人が居なくなってたってことは、人避けの結界の一種だろう。しかも繁華街全域となると、かなり大掛かりだ」

「つまり、それができるのは魔王軍くらいだろう、ってことですね?」

「そういうこと。ま、正確には"幹部"かな」


カズマの辻褄の合う自論を聞いていると、不意に新しい単語が出てくる。尤も、晴登にとってはマンガでよく見かけるため、イメージは掴めた。要は"幹部"とは、魔王の次に偉い階級のことであろう。


「だったら、幹部はどうして結月を攫ったんですか?」

「そこはわかんねぇ。人質って訳じゃ無いだろうし。ただ幹部が直々に出てくる辺り、警戒はされてるんだろうが」


敵の行動が読めず、思考が滞る。理由が有ることは明白なのに、その理由が皆目見当もつかない。


「……考えても無駄そうだ。とりあえず、婆やに訊いてみっかな。魔王軍については、婆やの方がよく知ってるし」

「そうなんですか?」

「あぁ。何度が闘ったらしいからな」

「えぇ!?」


ここに来てまさかのカミングアウト。確かに、あの若々しい見た目で歳が三桁とかいう、マンガでしか居なそうな人物だから、何かしら秘密は有るだろうとは思っていたが。


「それに、俺だって・・・」

「?」

「……いや、何でもない。それより、急いで戻ろうか。少し走るぞ」


何かカズマが言いかけた気がしたが、誤魔化されたので言及しないでおく。晴登にとっては、結月を救うことの方が優先なのだから。






「・・・カズマの意見は合っとる。それは十中八九、"霧使いのミスト"じゃ」

「"霧使いのミスト"…?」

「魔王軍幹部の一人でな、その二つ名の通り霧を用いた魔術を使用する。アンタらが見たのは恐らく"隠密の霧(ヒドゥン・ミスト)"、対象と周囲の存在を乖離させる魔術じゃ。言わずもがな、上級魔術じゃよ」

「マジか…」ハァ


敵の能力の高さに、思わずため息をついた。二つ目の世界を作り出すだなんて、まるで"シュレディンガーの猫"を彷彿とさせる技である。


「それにしても、よく知ってますね?」

「生きてる時間が違いすぎるからのぅ。かれこれ、魔王軍と対峙するのは十回目になる」

「じゅっ…!?」


せいぜい二、三回程度かと思っていたが、ここでも婆やは予想を遥かに上回ってくる。澄ました顔の裏に、まさかそんな経験が有ったなんて。


「だったら、今まではどう立ち向かったんですか? 今回みたいに、自分勝手に異世界から人を召喚してたんですか?」


ここで、終夜は棘のある質問をした。どうやら先の一件で、婆やに対して嫌悪を示すようになってしまっている。

しかし婆やは臆することなく、その質問に丁寧に答えた。


「それは違う。今までは儂や他の村の者と闘っておった」

「じゃあ今回は何で?」

「もう…いないのじゃよ。奴らと渡り合える力を持った者が、儂以外に」


悔しそうな表情を浮かべる婆やに、さすがの終夜も何も言えなかった。
"いない"ということは、"この世にいない"ということだろう。つまり、魔王軍との戦闘は犠牲を伴う。婆やは一人、また一人と味方を失っていったのだ。その心情は到底測り知れるものではない。


「都合が良いのはわかっておる。本来なら、アンタらの世界を人質にもしたくなかった。でも・・・今回ばかりは儂らに力を貸してはくれまいか?」


今度は頭を下げて、婆やは助けを求めた。尤も、晴登は元より闘う覚悟である。それは他の者達も変わらないはずだ。ただ一人を除いて。

晴登達はその人物に視線を向ける。彼は立ち尽くしたまま何かを考えていたようだったが、徐に顔を上げると口を開いた。


「……わかりましたよ。俺も手伝います。ただし、今回で御免ですからね」


終夜のその言葉に、全員が安堵の表情を浮かべた。






「さて、あの少女を攫った理由についてじゃが、心当たりがある」

「何ですか?!」

「落ち着けよ三浦」


心当たりがあると聞いて黙っていられるものか。制止する終夜をよそに、晴登は話の続きを促す。


「奴らの目的じゃよ」

「えっと・・・イグニスの復活、でしたっけ?」

「うむ。実は復活には、"生贄"が必要なのじゃ」

「な…!?」


皆まで言わずとも、魔王軍が結月を攫った理由は理解できた。身内ならまだしも、そうではない人を巻き込むなどまさに非人道的である。魔王に人も何も無いだろうが。


「てことは時間の問題か…!」

「婆や、イグニスが封印されてるのは何処ですか?! 先回りしましょう!!」

「うむ、それが最善じゃろう。場所は・・・案内した方が早いか。儂も犠牲は出したくない。今すぐ出発するとしよう」

「「はい!」」


一行は身支度を始める。

いよいよ、魔王軍との闘いが始まるのだ。王都の時とは、また違う緊張感である。一体、魔王軍とはどんな奴らなのか──


「あの・・・」

「ん? 何だ?」

「俺達も闘うんですか? まともに戦えないのに…」


出鼻を挫いたのは二年生の一人だ。いや、彼らにとっては大問題か。何せ、武器を持たずに戦場に行こうとしているようなものだから。

しかし、その問いに対する終夜の答えは無慈悲なものだった。


「・・・もちろんだ。ついてこい」

「え、部長!?」

「ただし!」


終夜はそこで言葉を区切る。その表情は真剣そのもので、ふざけているとは到底思えない。すると不安気な二年生含む一同を彼は一瞥し、口を開いた。



「ただし、危ない時は逃げろ。俺らに構わなくていい。命を大事に、だ」



その時、晴登の心に電撃が走った。

どうして、そんなことを言い切れるのか。彼には命に関わる経験など無いはずなのに。それなのにどうして──そんなに堂々としていられるのか。


「尤も、俺らが指一本触れさせねぇけどな」ニッ


そうやって親指を立てる終夜を、晴登はただ尊敬の眼差しで見る他なかった。






一行は早々に支度を終え、イグニスの封印されている場所へと向かった。魔王軍が結月を生贄とするならば、先回りして阻止するのみ。戦闘は避けられないが、結月の救出が最優先である。


「それにしても、こんな山奥に在るなんてね…」

「へばってる暇ねぇぞ、辻」

「別にそうじゃないわよ。このくらい大したことないわ」


終夜と緋翼との会話でもわかる通り、イグニスの封印されている場所──婆や曰く"竜の祭壇"はこの山の奥に在るらしい。しかし山は鬱蒼と木が茂り、道というのも獣道のみ。登るのはそう容易くなかった。インドア派の晴登にとっては、中々苦である。


「…あれ、開けてきた」


だが、景色に変化が起こった。森が途絶え、目の前に学校のグラウンド程の草原が現れたのだ。空を見上げると、数多の星と共に紅い月が輝いている。不穏な風が晴登の頬を撫でた。


「まだまだ先じゃ。急ぐぞ!」

「はい・・・ん?」


先に進もうとした矢先、やけに辺りが静かなのに気づいた──いや、静かすぎる。晴登は嫌な予感がした。

その刹那だった。


「ふっ!」ジャキン

「カズマさん!?」

「全員構えろ! 敵襲だ!」


カズマが太刀を振るうと、両断された矢が晴登の足元に落ちる。
急いで辺りを見渡してみると、何ということだろうか。いつの間にか、前方からぞろぞろと何か大軍が押し寄せて来ていたのだ。その数にも驚かされたが、何よりも──


「骸骨…?!」


その大軍の正体に度肝を抜かれた。何と奴らは全て、鎧を身に纏った人型の骸骨だったのだ。どうやら武器は異なるようで、弓を持つ者も居れば、剣や槍を持つ者も居た。


「何だよあの数! 三桁は居るぞ!」

「奴らは魔王軍の兵士、"無魂兵"。その名と見た目の通り、死者の骸骨が兵士となっておるのじゃ!」

「じゃあ遠慮は要らないってことですね?!」

「不死身ではあるが、粉々にしてしまえば動くことはない! やっておしまい!」

「「了解っ!!」」


やはり魔王軍の強さは伊達ではない。相手の取るであろう行動を先読みして手を打っているからだ。となると、魔王軍は既にこの先に居るのかもしれない。だったら急いでこの軍勢を突破する他無いだろう。


「鎌鼬っ!」ヒュ


相手は骸骨なので、この技も遠慮なく放てる。晴登が放った風の刃は数体の骸骨の胴体を両断していった。
しかし数が数。一撃だけでは減った様子すら見られない。


「だったら何発も…!」

「三浦、力の無駄使いをするなよ。コイツらはあくまで雑魚なんだから」

「あ…はい!」


終夜の忠告を受け、晴登は敵の術中に嵌っていたことを悟る。そうだ、この後には幹部の相手もしなければならない。ここで疲れては元も子もないのだ。

どうにか突破する方法はないだろうか。そう考えていたその時、終夜が晴登の前に立った。


「だから俺が・・・道を開くぜ!」ドゴォン

「え、うわっ!?」


突如、真っ黒な閃光と轟音が地面に解き放たれる。空気がビリビリと震え、衝撃波が晴登達を襲った。


「何だ今の・・・って、道が…!?」

「突っ込むぞ!」


恐る恐る正面を見ると、なんとそこには、無魂兵の軍勢の中央を貫いて道ができていた。今の一撃でそこらの無魂兵が消し炭になったのだろう。さながらブラックカーペットである。


「けどまだ半分も倒せてないわ!」

「数が多すぎる! 俺の一発でも無理か…」


ここに時間を取られている暇はない。一刻も早く、結月を助けに行かなければならないのだ。そうなると・・・


「ここに誰か残って、引きつけるしかない…」

「「!!」」


まさに、伸太郎の言う通りである。この数の無魂兵を相手にするには時間が惜しい。であれば、この軍勢を囮の誰かが抑えつつ、結月を救出しに先に進まなければならないのだ。しかも先のことを考慮すると、実力者の終夜やカズマが囮役をするのは適切ではない。となると・・・


「俺が残り──


「「俺らが残ります!!」」


「・・・え?」


晴登が囮役を買って出ようとした時、それ以上の気迫で申し出た人達が居た。なんと二年生達である。晴登の頭上に"?"が浮かぶ。


「でも先輩達、戦えるんですか…?」

「チッチッチ。俺らを見くびってもらっちゃ困るぜ、三浦。安心しろ、秘策が有るんだ」

「ふっ、ようやく使う気になったか」

「部長、知ってるんですか?」


二年生の秘策について終夜は何か知っているようだった。。しかし、魔術を使えない人では、敵を引きつけることは難しいのではないだろうか。
だが終夜はすぐに結論を出した。


「よしわかった。ここはお前らに任せる。しっかりと引きつけておいてくれ」

「ちょっと部長!? いいんですか!?」

「さっきまで逃げ腰だった奴らがああ言ってるんだ。任せなくてどうする」

「それは……」


言い返せなくて晴登は押し黙る。本当に任せても大丈夫なのだろうか。
…いや、秘策を知る終夜が「任せる」と言ったのだ。信じるしかない。


「では、お願いします! 先輩方!」

「おうとも!」

「じゃあ俺らはまずここを突破するぞ。さっきの道は消えちまったから、もう一回いくぜ!」ドゴォン


再び黒雷が轟き、ブラックカーペットが出来上がった。一行は急いでそこを駆ける。

そして晴登達が先へと進み、二年生達は立ち止まった。


「・・・さて、ようやく俺らの出番だ」

「あんだけ部長に発破かけられてんだ。見苦しい真似なんかできるかよ」

「逃げたりはしねぇ。まっすぐぶつかってやる」


「それじゃ──始めようか」

 
 

 
後書き
バレンタインデーも過ぎ去り、何でもない時に更新していくスタイル。すいません、テストだったもんで。

未だにストーリー構成があやふやですが、とりあえずやりたいことが『二年生活躍回』。いつもはぐうたらしている二年生達は、魔術無しでどう闘うのか。そして、結月の安否は如何に。次回をお楽しみに。では! 

 

第68話『初陣』

「う、ん……」


目が覚めると、そこは知らない場所だった。目に入るのは鬱蒼と茂る木々。どうやら森かどこかに連れてこられたらしい。
身体を包むのはヒンヤリとした空気。外で寝ていればそうなるのは当然だが、石の上に寝かされているのも要因だろう。

結月はゆっくりと身体を起こして、自分の状態を確かめた。


「手足が…縛られてる」


縄でもなければ鎖でもない、黒い禍々しい何かに手足がそれぞれ縛られていた。力が上手く入らず、これでは起き上がれても立つことはできないだろう。魔術を使おうとするも、この物質のせいか使うことができない。

その時、結月は近くで草を踏む足音に気づいた。拘束された体勢のまま、すぐに身構える。


「…あっれ、もう起きてるじゃーん。お、いいねぇその目つき、堪んねぇわ」

「ふざけてる暇はありません。抵抗される前にもう一度寝かせましょう」


結月の視界に映ったのは男女の二人組だ。男はボサボサの金髪をしていて、鋭い目と口が特徴的である。女は黒髪ロングで、前髪によって目が隠れていた。率直な感想としては、この二人が横に並ぶのは違和感でしかない。


「えぇーせっかく起きてんだから、少しくらい話させても貰っても良くね? てか良いよな?」

「ダメです。そうやって逃がしてしまっては元も子もありません。この娘はイグニスの"生贄"となるのですから」

「…っ!?」


女が淡々と述べた言葉に結月は絶句する。明らかにされた拉致理由は、結月の予想の範疇を超えていた。


「ボクが…生贄…?」

「あーあ、目的がバレちまったじゃん。ま、いずれわかっちまうことだし問題ねっか。自明ってやつ?」

「口を滑らせてしまいましたが、そうですね。自明の理です」


二人は発言を否定しなかった。となると、この二人は魔王軍の一味である。イグニス復活を目論んでることから、それがわかった。
つまり、結月はよりにもよって魔王軍に攫われてしまったのだ。実に不覚である。


「あれ、あの仮面は…?」


その時、結月はあることに気づいた。自分を攫った張本人は仮面の奴である。この二人のどちらかという可能性もあるが、奴の雰囲気とはどこか異なっているため、その可能性は低いと見た。


「仮面? あぁ、ミストの奴か。アイツならここにはいねぇよ。なに、仮面の下が気になっちゃう的な? 俺も俺も~! でもアイツ見せてくんねぇんだよなぁ」

「うるさいですよブラッド。無駄話は止しなさい」

「へいへい、相変わらず真面目だなぁウィズは」


結月抜きで話を進める二人だが、何人かの名前が判明させたことに気づく様子はない。
とりあえず目の前の二人の内、金髪の方がブラッド、黒髪の方がウィズ、そして結月を攫った仮面がミストと云うらしい。

・・・いや、そんな情報は今は必要ない。第一に、ここから逃げる方法を模索せねばならないのだ。ただ、手足が封じられている以上、他力本願ではあるのだが・・・


「ハルト…」


想い人の名を呟き、結月は助けを待ち望んだ。






一騎当千とはよく言ったものだが、ここではそれに近い戦闘が行われようとしていた。数百の軍勢に対して、迎え撃つのはたったの四人。普通に考えて、まず四人に勝ち目は無い。しかし、その四人は少しばかり特別で──


「部長、ありがたく使わせて貰います!」ジャキン


四人はそれぞれ武器を取り出した。刀、槍、弓、銃と、種類は様々である。もちろんこれだけで戦うとしたら、せいぜい数体が限度だ。しかし、これらがただの武器と思ったら大間違いである。


「「魔術、起動!」」ヴン


その時、四人の足元に魔法陣が浮かび、武器は光を発した。これこそ彼らの秘密兵器、『魔道具』である。簡潔に説明すると、魔術が使えない者が魔術を使えるようにするためのものだ。


「こんな時の為に、部長に作って貰っといたんだよ!」

「こんな時が来るとは思わなかったけどな」

「おかげで使用するのも初だし」

「待って、それってヤバくない?」


自信がドンドンと下がっていく。
確かに彼らは魔道具を使うのは初めてである。何せ、魔力を埋め込むという設計だから、魔道具は有限なのだ。練習は比較的するものではない。だからしなかった。


「いやいやいや! そんな付け焼き刃でどうにかなるのかこの状況!?」

「イメトレだけはしっかりしてたからな。何とかなる」

「そういう問題!? 俺もしてたけど!」

「という訳で、自己紹介でもしてやろうぜ」


戦闘の前には自己紹介するのがルールというものだ、たぶん。そして実はこんな展開の為に、かっこいい自己紹介を各々考えていた。四人は武器を構え直し、大きく息を吸い込む。


「俺の槍はあらゆる盾を貫く! 北上(きたかみ)、参上!」

「俺の銃は百発百中! 南雲(なぐも)、見参!」

「俺の刀は全てを断ち切る! (あずま)、出陣!」

「俺の弓は狙った獲物は逃がさない! 西片(にしかた)、抜錨!」


その自己紹介が終わるやいなや、彼らの武器が光り始めた。実はこれは魔道具発動の合図である。


「っしゃあ、行くぞ!」ビュン

「速っ!?」


ストックされた魔力によって武器自体を強化するだけでなく、使用者の身体能力まで強化してしまうのがこの魔道具。即ち、筋力が上がったり、足が速くなったりもする。


「おらぁぁぁ!!」ジャキン

「せいっ!!」ドスッ


東と北上の二人が疾風の如く戦線へ飛び出し、早速獲物を駆逐していく。慣れてないとは口にしたが、いざ使ってみれば身体が勝手に動いてくれた。
戦わなきゃ死ぬ。その想いが、彼らを突き動かしているのだろう。


「俺らは援護射撃だ!」パァン

「よっしゃ!」ヒュッ


南雲と西片も初めての武器のはずなのに、一撃一撃が確実に敵を射抜いていた。センスなのか、はたまた武器の恩恵なのか・・・


「にしても、やっぱり数が多いな! 全然減らねぇ!」

「絶えず矢が飛んでくるのも心臓に悪い。とりあえずこの辺の奴を盾にしとくか」

「うわぉ、若干サイコパス!?」


どうしてか、戦場においても減らず口を叩いてしまう。楽しいから・・・だろうか。戦うのが楽しいなんて、そんなの嘘だと思っていたけれど。

斬って、撃って、貫いて、穿って・・・全ての感覚が新鮮で、そして心地よかった。

時々矢が皮膚を掠める。でも魔道具のお陰でダメージは少ないし、むしろ戦闘に身を投じている自分に興奮してきた。


「こうして思うと、中々の変態じゃねぇか俺ら」

「あんな部長の元に付いてたら、そりゃそうなるだろ」

「さらっとディスってくね…」


いつもの様に駄弁りながら、四人は戦場を駆ける。初陣とは思えないほどその身のこなしは軽く、そして鮮やかである。
なんと数十分が過ぎた頃にはもう軍団は壊滅的で、立っている無魂兵はいなかった。ただ一体、例外を除いて。


「さてさて、あのデカいのがボスってことか?」

「骸骨将軍ってか。何かかっこいいな」

「楽観してる暇はねぇぞ。あの鎧は強敵だ」

「遠距離攻撃は役に立たなそうだな…」


四人の目の前に立ちはだかったのは、軍団の長と思われる、身長が2mもある無魂兵だ。その鎧は今までの奴らとは格が違うようで、易々と攻撃が通るようには見えない。
加えて、人型の骸骨の癖に腕が四本ある。それぞれが太刀を握っており、刀身が1mはあった。


「ボスだからって詰め込みすぎだろ!?」

「全員で掛からないと倒せないな…」

「けど、今の俺らになら魔術は使えるんだ!」

「見せてやろうぜ! 魔道具、解放!」パァァ


四人の武器が新たに光を放ち始める。魔道具の真骨頂、"固有魔術"の発動の証だ。固有魔術とは、魔道具が本来持っている魔術のことであり、それはストックされている魔力に由来する。ちなみに、その魔力とは・・・


「「部長の・・・"夜雷"!」」バリバリ


黒雷が荒れ狂い、森が騒がしくなる。もはや二年生自身にも制御できないほどに。
しかしそれでも、彼らは不敵な笑みを浮かべた。


「「これで終わりだぁ!!!」」バリィ


雷の刀が、雷の弾が、雷の槍が、雷の矢が・・・巨大な骸骨の鎧を跡形もなく破壊する。そして、四つの黒雷によって骸骨は焼かれ、みるみる内に灰燼と化した。


こうして、二年生の初陣は幕を閉じた。






「魔道具・・・そんな物を作ってたんですか…」

「驚いたか? 俺がいっつも変な物ばっか作ってると思ったら大間違いだぜ」

「変な物って自覚あるのね…」


結月及び竜の祭壇に向かう道中、一行はそんな会話をしていた。終夜は二年生の秘策を既に把握していたため、あの場面を任せたのだとか。


「それでもアイツらにとっちゃ初陣だったし、正直心配だな。つか、『守ってやる』って言ったのに置いてきちゃったよ」

「そういえばそうですね」

「まぁそんな過保護じゃアイツらは成長しねぇよ。これで良かったんだ」

「…そうですかね」


後悔の色を見せる終夜にカズマが一言。力がある者が力のない者を守るのは妥当だが、それでは力のない者は力のある者にあやかるだけである。その言葉に納得したのか、終夜は安堵の表情を見せた。


「あそこは彼らに任せて、儂らは先に急ぐんじゃ。もうじき幹部も動くじゃろう」

「ミスト…でしたっけ。あの霧は厄介ですね…」

「でも逆に言えば、怖いのはそれだけだ。アレさえ無効化できれば、勝てない相手じゃねぇさ」


幹部を迎え撃つにあたって、走りながら作戦を練る。
"霧使いのミスト"。それがこの先に居るであろう魔王軍幹部が一人の異名である。彼が使う霧は世界すらも隠す恐ろしいものだ。他にもどんな手が有るかわかったものではない。


「それに、他にも幹部が居る可能性も有るんすよね?」

「もちろんじゃ。儂の見立てじゃと、"吸血鬼のブラッド"と"魔女のウィズ"も居るじゃろう」

「聞くだに面倒そうな相手っすね…」


晴登としては、吸血鬼や魔女と聞くと少し高揚するのが本音だが、さすがに楽観ばかりはしていられない。本物ならば、生身の人間で立ち向かうのは非常に危険である。


「でも、世界を救うためにはやるしかないですよね」

「あぁ。俺だって一度決めたことはねじ曲げたくはねぇ。最後までやり切ってやるよ」


その言葉に申し訳なさそうにしている婆やを横目に、晴登はある人物を脳裏に思い浮かべた。


「結月…絶対に助けてやる」


静かにそう口にして、覚悟を決める。



──その直後だった。


「霧…!!」


突然辺りを覆う白いモヤ。一寸先は霧と言うべきか、もはや自分たちと足元以外は真っ白で、何も視認できない。
言わずもがな、この霧の正体は・・・


「──後ろだっ!」ブン


気配をいち早く察知し、カズマが背後を刀で切り裂く。しかし手応えは無く、空を斬っただけであった。霧と共に。


「何て荒技…!?」

「俺にゃ力で振るしかねぇからな」


カズマの霧払いにより、視界が明瞭になっていく。
先ほどまで居た森の中。その片隅の岩に、一人の人物が立っていた。


「"霧使いのミスト"だな…?」


この前はよく見えなかったが、今はハッキリと見える。漆黒のマントに不気味な仮面。それが彼の特徴であった。


「結月をどこに攫った?」

「……」

「答えろ!!」

「……」


晴登は怒気を露わにするが、ミストの応答は無い。焦れた晴登は右手に風を纏い始めたが、そこである者が制止した。


「…暁君?」

「訊いたところで、この先に居ることに…変わりはないだろ。安否なんて気にしてる暇があったら、先に進む方が良い。ここは・・・俺が引き受ける」


登山によって息を切らしながら、彼は力強く言った。
この先に幹部が何人居るかはわからない。それに魔王もこの先に居るはずだ。だから、なるべく強者を温存する。それが彼の作戦だと、すぐにわかった。


「暁君……お願い」

「任せろ」


伸太郎にミストを託し、残りの一行は先に進んだ。
ミストが後を追おうとするが、それよりも早く伸太郎の炎が放たれる。ミストは軽やかにそれを躱した。


「行かせねぇよ。お前の相手は俺だ」

「……」


ミストは伸太郎に向き直り、仮面の奥から赤い双眸を覗かせる。すると突如、ミストの足元から霧が徐々に発生した。


「三浦……上手くやれよ」ダッ


両手に炎を灯し、伸太郎は力強く駆け出した。
 
 

 
後書き
二年生の名前が解禁! 一つの拘りを除いて適当です!
もし良ければ、俺の代わりに名前付けても良いんですよ?(←さらに溢れ出る適当感)

そして、更新が遅れたことは申し訳ありません。ほら、この時期って色々あって色々忙しかったから…ね?(上目遣い)

・・・よし、皆さんの気分を害したところで、おさらばしたいと思います。次回もよろしくお願いします。では! 

 

第69話『霧の中の光』

本当にどうかしている。勝てるはずもないのに、どうして自分はこの場を引き受けたのか。勝算の無い勝負など時間の無駄だと、以前の自分ならそう切り捨てていたはずだ。
でも、引き受けた。それはなぜか。


──たぶん、友達の為なのだろう。






目の前に立つのは、奇妙な仮面を付け漆黒のマントを羽織る、"ザ・不気味"。ちなみに通り名は"霧使いのミスト"と云うらしい。
音が伴ってはいないが、彼の足元からガスの様に吹き出る霧を見て、伸太郎は焦燥感に駆られて前へと踏み出した。


「先手必勝だ、喰らえっ!」ピカーッ


自身の得意技である目くらまし。というのも、真っ向から戦って勝てる相手などほとんど居ないので、不意を突く戦いしかできない故の戦法だ。
後は炎を使って、早々に方をつければ・・・


「…がっ!?」


腹部に衝撃が走る。まるで蹴られたかのように・・・否、蹴られた。ミストは目くらましをされたにも拘らず、伸太郎に一撃をお見舞いしたのだ。
確かに、伸太郎自身も目くらましを使った瞬間は相手を視認できない。だが自身に目くらましは効かないので、すぐに行動に移せていた訳だが・・・今のを見る限り、ミストに目くらましは通用しないようだ。現に、伸太郎の目が効かない一瞬の間に、ミストは動けたのである。


「こりゃ…手強いな…」


少し地面を転がった後、腹を押さえながら伸太郎は立った。
別に、目くらましを開幕だけに使うと決めている訳ではない。対処されようが、隙あらば使うつもりだった。しかしそれが封じられたとなると、いよいよ真っ向勝負になってしまう。それだと勝率は絶望的に低い。


「いよいよ霧も深くなってきたか…」


先手を打てず、霧の展開を許してしまう。つまり、ここら一帯がミストの領土(テリトリー)と化した。ミストの姿はだんだん見えなくなり、ついに伸太郎は霧の世界に包まれる。


「何も見えねぇ…」


辺りは真っ白だが、まるで真っ暗な洞窟に居る気分。一歩踏み出せば、そこに崖でもあるかのような恐怖。霧は視界だけでなく、ジリジリと伸太郎の精神をも削っていく。


「早くも手詰まりってか。考えろ・・・がっ!?」


突然背後から衝撃が襲い、伸太郎はなす術なく地面に打ち伏せられる。すぐさま振り向いたが、そこに姿も気配もなかった。


「一体何が・・・うっ!」


起き上がろうとした瞬間に、今度は横腹に痛みが走った。伸太郎は真横に吹き飛び、地面を無様に転がる。


「く…なるほど、これがコイツの戦法か」


予想はついていたが、彼の戦法は『奇襲』だ。霧によって相手を惑わし、四方八方から攻撃を加える。まるで"暗殺者(アサシン)"だ。とはいえ、彼は武器は使っておらず、素手で戦闘している。そこに意味があるのかどうかはわからないが、即死しないだけ良しとしたい。


「それにしても、何で霧の中で俺が見えるんだ…?」


それが彼の魔術だから、と切り捨てられるなら簡単な話。霧の中で思うように動けなければ、そもそも"霧使い"という異名は付かない。しかし、それでは伸太郎の目くらましを防げた理由にはならないのである。


「となると、可能性は二つ…」


伸太郎は二つの仮説を立てる。『仮面が光を防いだ』と『目を使っていない』というものだ。
以前、テストの折に光をゴーグルで防がれたことがあった。だから前者の可能性は十分にある。
しかし後者については、辻褄は合うが現実的に可能かが気になるところ。目を使わず、耳やら何やらで地形や気配を感知することは、並大抵の人間には不可能だ。視力を失って、聴覚が逸脱したという話は聞いたことがあるが・・・


「前者だったら仮面を取れば済む話。けど後者ならどう対応するか…」


簡単に言ったが、そもそも仮面を取ること自体厳しいものがある。何せ辺りは霧。相手がどこから来るか把握できない限り、仮面に手が届くこともない。
そして後者となると、更に攻略の難易度が上がる。目を使わないため、伸太郎の光は完全に通用しないのだ。単純な格闘なら、間違いなくミストに軍配が上がる。


「だったら、霧を出てやる…!」


そう意気込んで、伸太郎は走り始めた。何よりの元凶は霧なのだ。それさえなければ、伸太郎にもまだ勝機はある。


「…がっ!」


しかしミストがそれを見過ごすはずがない。どこからともなく現れた脚に、伸太郎は蹴飛ばされる。
しかも不運なことに、飛ばされた身体は木の幹に激突してしまった。


「痛った・・・え、木?」


ぶつかった背中を擦りながら、伸太郎はふと思い直した。
霧の中で見えなかったとはいえ、ここは森の中。闇雲に駆けていては、木にぶつかる可能性もあって危険である。


「木・・・何かに使えないか?」


伸太郎は木を用いて上手く戦えないかと思考する。
しかし、隠れたところで相手からは丸見えだし、木登りは経験がない。かと言って、切り倒したりもできないし、強いてできることは燃やすことくらい・・・


「…この際、何でもやってやるよ」ボワァ


伸太郎は右手に炎を灯し、その手でそっと木の幹に触れた。直後、炎は瞬く間に木を覆っていく。
そして無論、ここは森だ。一つの木が燃えたならば、他の木だって燃える。よって、伸太郎らが居る一帯はパチパチと音を上げながら火の海と化した。


「く、さすがに熱いな…」


いくら火耐性があるとはいえ、ここまで火が広まるとさすがに辛い。チリチリと焦がれて肌が痛む。
だがそれはミストだって同じこと。一応ここまでは想定通りである。


「後は奴がどう動くか…」


炎の勢いは増す一方で、ついに霧が晴れ始める。徐々に火の海の様子が視認できるようになり、さらにミストの姿を捉えることもできた。これでようやく正面から戦える──



「……え?」



突然、伸太郎は素っ頓狂な声を上げる。この状況下において実に不自然な反応だが、そうせざるを得ない光景が目の前にあった。


「……」アタフタ


伸太郎の目に映ったのは、挙動不審と言わんばかりに辺りを見回し、あたふたとしているミストの姿だった。あの仮面でその動きは、とてもシュールで滑稽である。


「俺を探しているのか…?」


今のミストの様子を見る限り、そうとしか思えない。
しかし、それだとおかしな話だ。何せ、伸太郎からはミストが丸見えなのだから。すなわち、ミストだってこちらが見えているはずなのだ。それなのに、こちらを視認できていないということは・・・


「見えてないのか…?」


この結論は、伸太郎が立てた後者の仮定と一致する。つまり、ミストは本当に目を使わず、それ以外の手段で周りを視ていたのだ。


「…なら、今がチャンスだ!」ダッ


伸太郎はすぐさま、無防備のミストに向かって駆け出した。攻撃技は特にないので、とりあえず殴ることにする。晴登がよくやるように右手に炎を纏い、思い切り勢いを付けて──


「おらぁっ!」バキッ


仮面などお構い無しにミストの顔面を殴打。炎の拳が相手の右頬に鋭く刺さる。すると彼は大きく後退し、殴られた衝撃でついに仮面を落とした。


「痛って…人殴るのって結構痛いな。しかも思い切り殴ったのに倒れねぇとか、俺の力弱すぎて涙出そうだわ。でも、お陰でようやくその面拝めたぜ」


薄く汚れた白い髪を目にかかるほど伸ばし、気だるそうな表情が特徴の青年。それがミストの仮面の下の素顔だった。予想通りと言うべきか、彼は盲目なのだろう、目を瞑っている。


「霧の中で俺の姿を見てたんじゃない。足音や匂い、果ては呼吸音でも聴き取って、俺の位置を把握してたんだろ。だから木を燃やせば、音や匂いで妨害できて、その感覚諸々は使い物にはならないんだ」

「……」


仮面が取れた今だから、ミストの表情がはっきりとわかる。変化は小さいが、今の顔は悔しがっている顔だ。
してやったと言わんばかりのドヤ顔の伸太郎。しかし、木を燃やしたのはあくまで気休め。実のところ、ここまで効果があったのは予想外である。


「もうお前の霧は通用しねぇ。さぁどう出るよ?」


自分が優位に立ち、柄にもなく饒舌な伸太郎。ミストには多少武術で劣るが、霧が無ければ魔術で確実に打ち負かせる。
加えて辺りは火の海。長期戦になろうとも火耐性のある伸太郎の方が有利だ。


勝った────そう確信した瞬間だった。


「……ッ!!」ブワァァァ

「はっ、無駄だ。また木を燃やせば・・・」


そこまで言いかけて伸太郎は気づいた。火の海が霧に触れた途端、瞬く間に消えたことに。伸太郎はすぐさま自分の右手に炎を灯そうとするが、点いた炎は水をかけられたように一瞬で消えてしまった。


「しまった…!」


その理屈に伸太郎が気づいた時には、濃霧が再び森を飲み込んでいた。






結月救出のため、森を進軍する一行。先程ミストに伸太郎で応戦させ、今は道無き道を登っている。


「大丈夫かな、暁君…」

「確かに不安だが、アイツのことだ。姑息な手段でも取って、時間を稼いでくれるさ」


伸太郎のことが気が気でない晴登に、終夜は声をかける。雑ではあるが、晴登が前を向くには充分な言葉だった。


「…道が開けてきた。気をつけろ!」


カズマの言葉を聞いて前を見ると、森を抜けた先に、無魂兵と戦った草原のような場所が見えた。流れでいけば、ここで幹部が居る確率が高い。



「…こんばんは。お待ちしてました」


「誰だ?!」


再び登場した草原の中央に、一人の女性が立っていた。目が隠れるほどの長い黒髪をしており、異様な雰囲気を醸し出している。


「私が誰かですか……幹部が一人、"魔女のウィズ"と名乗れば、わかりますか?」

「お前が…!」


"魔女のウィズ"、道中で婆やが話した幹部の通り名の一つだ。その通り名からは"魔女"ということしか予想できないが、恐らく魔術には長けているだろう。


「…俺が行く」

「部長!?」

「こいつから漏れ出る魔力……只者じゃねぇ」


部長がそう評価するということは、とんでもない相手だ。晴登にはまだ魔力を感じる心得は無いが、それでも得体の知れない者を前にしているという実感はある。


「カズマさん、コイツらを頼みますよ!」

「おう、任せとけ!」ダッ

「…部長、頑張ってください!」ダッ

「言われるまでもねぇ!」


後ろ髪を引かれる想いではあるが、終夜の厚意を無駄にはしたくない。親指を立てる終夜を背に、晴登たちは先へと進んだ。


「結月、もう少し待っててくれ…!」


結月の無事を祈り、晴登はひたすらに駆けた。
 
 

 
後書き
ひと月経ってこんにちは。もう桜も散って、春感が消えました。次は梅雨の季節です(恨)

さてさて、"伸太郎VS.ミスト"は次回に持ち越しです。ホントはここで終わらせても良かったんですけど、やっぱ単純過ぎるかなぁと。もうちょい書こうかなぁと(←自分で首を絞めてくスタイル)

でもって、次なる戦いは"終夜VS.ウィズ"。早くも魔術部主将出陣です。精一杯盛り上げていきますので、次回もよろしくお願いします。では! 

 

第70話『VS.魔王軍幹部』

紅い月が地上を怪しく照らし、禍々しい空気が辺りに満ちていた。木々はざわめき、逆に生き物は営みを止めてひっそりとしている。
そんな環境の中、方向感覚すらも狂わせる程の濃霧に包まれ、伸太郎は身体的にも精神的にも衰退していた。


「炎が点かない・・・つまり、さっきよりも霧の水分が多くなっているんだ」


火の海で囲むことでミストを無力化できたかと思いきや、彼が今発生させた霧はこれまでと異なり、湿度がとても高い。触れるだけで、肌に水滴が付くほどだ。やはり"霧使い"と云うだけあって、変幻自在に霧を操れるらしい。


「くそッ、振り出しかよ!」


唯一の突破口を閉ざされ、再び霧の中に閉じ込められる伸太郎。先の一発で仕留められなかったことを、ここに来て後悔した。


「光は効かない、炎は点かない・・・マズいぞこれは」


魔術を完全に封印され、伸太郎にはもう打つ手が無い。このまま為す術なく倒されるのは嫌だが、対抗策が存在しないのだ。


「どうすりゃいい──うっ!?」


不満を嘆こうとしたその瞬間だった。腹部に重い衝撃を喰らい、後方へと吹き飛ばされる。どうやらミストは本気モードらしい。先程と明らかに蹴りの威力が違った。


「がはっ…これは──ぐっ!」


内臓が思い切り揺らされ、嘔吐感が込み上げる。だがそれを許す間もなく、ミストは伸太郎に攻撃を与え続ける。縦横無尽に四方八方から攻撃を加えるその動きは、もはや人間の域を越えていた。

そしてついに、伸太郎は膝をつく。


「……っ」


身体中に打撃を浴び、痛覚が麻痺してきた。口からは血やら何やらが零れかけ、もう意識も飛びそうである。


結果は最初からわかっていた。実力差は歴然だったのだ。さっきのはたまたま上手くいっただけ。現実は甘くないのだ。


思えば、今まで楽して生きてきた。学校なんて、勉強できればそれでどうにかなる。友達なんて必要ない。居たって足枷になるだけだ。そうしてずっと、孤独だった。


「……」スタッ


ミストが側に立ったのがわかった。霧の中だというのに、実に器用なものだ。トドメを差すつもりなのか。

伸太郎にはもう立ち上がる気力は残っていない。言ってしまえば、敗北を確信したからだ。一時の有利もすぐに覆される。そんな実力差を前に、どうしろというのだ。


「こふっ…」


恨み節の一つでも言いたいところだが、口から出るのは空気だけ。こんなに苦しいのは、生まれて初めてだ。怪我をした時も、病気だった時も、孤独だった時でさえも、ここまで苦ではなかった。なのに今は・・・苦しい。


「悪い……三浦」


友達・・・と呼んでいいのだろうか。彼は自分に親身に接してくれ、その優しさは十分に理解している。今まで孤独だった自分に、手を差し伸べてくれた。初めは鬱陶しいと虐げてたけど・・・それでも、友達と呼べる存在なのだと思う。


──だから俺は、この場を引き受けたのではないか。


「……っ」


時間稼ぎだけで良い、倒すのは二の次。そう考えていたから、自分はここを引き受けた。自分なら狡猾なやり方で、きっと何とかなるのだと。ただ、結果はご覧の有様だが。

──こんな無様な姿、三浦には見せられないな。


「……」チャキッ


ミストが懐から小さいナイフを取り出す。なんだ、やっぱり持っていたじゃないか。どうやら確実に殺す時にだけ使うみたいだ。


「すぅ……」


別に死ぬことに対して何か感じる訳では無い。所詮これが人生ってもの。ふとしたことで人は死ぬ。異常って言われるかもしれないが、これが俺の考えだ。そりゃ人が近寄ってくる訳がない。
だからといって寂しい訳でもない。頭の悪い連中と絡んでいたって、良いことなんか一つも無いのだから。
魔術部だって、言ってしまえばバカの集いだ。どうして俺が居るのか謎なぐらいに──そう、謎なのだ。俺にかかっても明確な答えなんて出ない。けど、自分なりに答えを求めてみたら、そうさな・・・

伸太郎は大きく息を吸い込む。





「あの居場所が、俺は好きなんだよっ!」ポワァ


「……!?」



刹那、一瞬で眩い光が森を包み、そして──爆ぜた。






「なんだ?!」

「爆発…?!」


耳を(つんざ)く程の爆音は森中に響き渡った。晴登らもそれを聞き、何事かと来た道を振り返る。見ると、森の一部で山火事が起こっており、黒煙が揚がっていた。


「暁君…?」


デジャヴと共に、嫌な予感を抱える晴登。しかし、戻ろうとする足を咄嗟に引き止めた。


「結月…!」


あの場は伸太郎に任せると決めたのだ。自分は前を向かなくてはならない。結月を救うという、使命が有るのだから。



「…キッヒッヒ。ようやく来やがったか。待ちくたびれたぜ」

「新手か?!」


晴登らの前に再び幹部と思わしき人物が登場する。ボサボサの金髪で鋭い目と口をした悪人顔だ。


「どーも初見さん達……いや、そこの婆さんだけは違ぇか。まま、どうでもいい。俺様は魔王軍幹部、"吸血鬼のブラッド"ってんだ。かっこいいだろ?」


陽気な口調で挨拶するブラッド。婆やのリストアップした名前の一人である。長年魔王軍と戦ってるだけあってか、婆やとは顔見知りなようだ。


「ちょいとウィズが先走っちまったみたいだが、もう誰か殺しちまったかな?」

「…!」


嬉しそうに舌舐めずりをするブラッドに嫌悪感を抱きつつ、ふと晴登の脳内に終夜の姿が過ぎる。


「お生憎様だが、お前の仲間は既に俺らが片付けたよ」

「「は…?」」


そのカズマの言葉に、ブラッドだけではなく晴登も呆気に取られる。しかし緋翼の視線に気づき、それがハッタリなのだと遅れて知った。
しかし、ブラッドはその意図には気づかず、困惑しているように見える。


「確かにさっきでけぇ爆発があったが・・・そうかよ。じゃあ代わりに俺がお前らをぶっ殺さなきゃなぁ!」


ブラッドが吠えるのを見て、晴登らは一斉に構える。どうやら先に行けそうな雰囲気ではない。ここで足踏みをしている間に、結月が刻一刻と危険に近づいているというのに・・・


「…行きなよ、三浦」

「え?」

「ここは、私がやるからさ!」ボワァ

「熱っ…!?」


緋翼が一歩前に進んだかと思うと、突如その身体から焔が溢れ出る。それは、ちょうど緋翼とブラッドを囲むように円を描いた。


「焔の柵…?!」

「行って! そして結月ちゃんを助けて!」

「…は、はいっ!」

「行くぞ、晴登!」


カズマに連れられ、晴登は先へと進む。焔の柵のおかげで、ブラッドに邪魔されることもなかった。


「くそッ、邪魔だよこの火!」

「アンタの相手はこの私よ」

「あぁめんどくせぇ! てめぇぶっ殺してアイツらを追いかけてやる!」


苛立ちを露わにしているブラッドに、緋翼は余裕の表情だ。その態度が更にブラッドを焚きつける。


「死ねぇぇぇ!!!」ダッ

「焦ってるアンタに勝ち目は無いのよ」ジャキ


鋭い三白眼を見開き、無鉄砲に突っ走って来るブラッド。その顔は、子供であれば震え上がってしまいそうなほどの悪人面だった。しかし体躯は子供といえども、緋翼がそれに狼狽えるはずもない。彼女は徐に刀を構え、そして彼の身体がその射程に入った刹那──


「"居合い・焔の太刀"」ザシュッ

「がっ……!?」ブシャ


緋色の軌跡を描きながら、焔を纏った斬撃でブラッドの身体を切り裂く。その傷跡──火傷は肩から腰にまで及び、多量の血を辺りに撒き散らした。


「別に手加減する理由も無いし、本気で斬ったわよ。結月ちゃんを攫った罪は重いんだから」



「──そうかい。じゃあ俺らの邪魔するお前らの罪も重いぜ」


「え……?」ブシャ


あまりに一瞬の出来事に、緋翼は何が起こったのかを把握できない。唯一わかることは、肩から腰まで"何か"で斬りつけられたこと。激痛と共に鮮血が噴き、ものの数秒で目眩を起こしそうになる。


「一体…何が…?」

「油断大敵とはよく言ったもんだ。怠惰だねぇ、お前」

「どういう、ことよ…」

「は、俺が図ってるってことだよォ!」ブワァ

「何…!?」


大怪我を負ったにも拘らず、どこか生き生きとした様子を見せるブラッド。突如として、その背中から赤黒い"何か"が伸びてくる。手とも形容しがたいそれは、ゆらゆらと尻尾の様に揺らめいている。


「俺様が相手とは、なんて運の悪い。もうお前は生きてここから帰れねぇよ」

「ど…どうかしらね。やれるもんならやってみなさいよ」

「は、いい度胸してんなお前。気に入ったぜ。たっぷりいたぶってやらァ!」ブォン

「く…!」ヒュ


"何か"で思い切り叩きつけてくるのを寸前で躱す。避けた所は地面がひび割れていた。


「何ってパワーなの。それよりアレは一体・・・」

「おらおら、考えてる暇はねぇぞォ!!」プォン

「頭脳派なのか脳筋なのかハッキリしなさいよ!」ヒュ


"何か"は一本から四本に分かれ、それぞれが緋翼に向かってくる。緋翼は何とか全て躱すが、恐らく一本でも当たれば骨が砕かれるだろう。


「なら一か八か・・・"紅蓮斬"!!」バシュ

「お?」ブシュ

「やった…!」


苦し紛れに放った焔の衝撃波は、見事"何か"の一本を両断する。すると驚いたことに、両断された部分からドロドロと赤黒い液体が流れ出してきた。


「え、血…?」

「そろそろ気づいたか? 俺の力に」

「アンタ・・・血液を操るのね?」

「ピンポーン、大正解。賞品は"串刺しの刑"だ!」ビュッ

「嬉しくないわよそんなの!」ヒュ


"何か"の正体は、ブラッドが血を用いて創り出したモノだった。恐らく、先の緋翼の一撃をわざと受けることで流血し、そして血液を操って固形化したと言ったところか。今の地面を抉る程の串刺しを見る限り、変形どころか硬度まで自由自在らしい。流血が条件だとしても、厄介なことこの上ない。


「ははは! さっきの威勢はどうした? 逃げてばっかじゃねぇか!」

「うっさいわね。突っ込んだところで勝ち目無いのはわかってんのよ」


刀一本ではアレに真っ向から迎え撃つことは厳しい。一本ずつ斬ったとしても、どうせ再生するのがオチだ。だったら全てを一度に叩かなければならない。


「これは…骨が折れそうね…」


滴る冷や汗を拭いながら、緋翼は呟いた。






「ウィズって言ったか? 魔女なんだってな。どんな魔法使うんだ?」

「敵においそれと手の内を晒す馬鹿がどこにいますか」

「なんだよ、つれねぇなぁ」


終夜はいつもの調子で軽口を叩く。が、内心は焦っていた。ウィズが発しているオーラ・・・それは、かつてないほどの強大なものだ。重圧にも似たそれを肌でヒシヒシと感じていると、鳥肌や冷や汗が止まらなかった。軽口でも叩いていないと、気が持たない。


「ですが、今さら隠したところで意味は無いでしょう。先手は戴きますよ」ヴォン

「魔法陣・・・」

「"闇の奥深くに眠る魂へ告ぐ。我が呼びかけに答え、現界せよ"」


ウィズが詠唱を終えると、足元に出現していた紫色の魔法陣から何かが這い出てこようとしているのが見えた。その正体を知った終夜は驚愕する。


「無魂兵・・・お前が召喚してたのか」

「えぇ。あれほどの数は造作もありません」

「笑えねぇ冗談だ」


広場を埋め尽くすほどの無魂兵の大軍を思い出す。召喚魔術は一体ずつ召喚するのが普通。にも拘らず、その条理を悠々覆した眼前の魔女の魔力は、もはや無尽蔵に等しいのではないか。


「けどよ、俺にとっちゃコイツは雑魚に等しいんだよ!」バリィ

「あらあら」


召喚されたての無魂兵を黒雷で一蹴。真っ黒に焦げた骸骨は、灰となって大地へと還る。
しかしウィズは全く臆することはなく、ただ首をやれやれと振っていた。


「確かに無魂兵では貴方の相手は難しそうですね。でしたら、これは如何でしょう?」ヴォン

「…!」


ウィズが不敵に笑った瞬間、終夜の背中に悪寒が走る。殺気に当てられたのか、はたまた魔性に当てられたのか。とにかく、形容しがたい何か禍々しいモノを向けられている気がした。明らかに魔力の質が変化している。


「"獄炎を支配する悪魔に告ぐ。我が呼びかけに答え、現界せよ"」

「まさか…!」


『──ッ!!』


森中に響くほどの咆哮をしながら現れたのは、"紅蓮の獅子"と言ったところか。体長は普通の獅子よりも二倍はある。紅い眼に鋭い牙や爪、そして焔の(たてがみ)が特徴的だった。そしてウィズの詠唱から予想できたが、獅子は火の粉を体に帯びている。


「炎が相手か。生憎だが見慣れてんだよ」

「その余裕がどこまで続くか見物です。行きなさい!」

『──ッ』ゴオッ


獅子はその凶暴な口を大きく開くと、大地を焦がす程の炎の玉を放った。強烈な熱風で気温は一気に上昇し、汗が自然と噴き出る。咄嗟に終夜は横に躱したが、放たれた火の玉は地面に着弾すると火柱を上げて燃えていた。
滴る汗を拭いながら、終夜はニヤリと笑う。


「中々物騒な奴を召喚してくれたもんだな。こりゃ骨が折れそうだ」

「だったらその骨すら燃やして差し上げます。やりなさい」

『──ッ!』ダッ


咆哮を上げると、獅子は終夜に向かって真っ直ぐに突進してした。その大きな巨体に突進されればもちろんだが、爪や牙に掠ったとしても大怪我の予感がする。


「…けど、足元がお留守だせぇ!」ドゴン

『──!?』グラッ


終夜の放った雷は獅子・・・ではなく、獅子の足元の地面に落ちる。そして終夜の狙い通り、抉れて段差となった地面に獅子は躓いて体勢を崩した。


「そこだぁぁ!!」バリバリィ


終夜はよろめく獅子に全力の電撃を放つ。少なくとも、人間ならば一瞬で黒焦げになるレベルだ。このまま獅子も丸焼きに・・・と思っていたが、そうや問屋が卸さない。
獅子は一際大きな咆哮を上げると、体を振るって電撃を弾き返したのだ。


「おいおい、化け物かよ!?」

「正確には悪魔ですよ。貴方の電撃も、悪魔の前では無力同然」

「言ってくれるじゃねぇか。燃えてきたぜ!」バリッ

『──ッ!』ゴォッ


終夜が電撃を放つと同時に、獅子は火の玉を吐く。それらは互いにぶつかり、相殺して爆発を起こした。


『ガウッ!』ダッ

「うおっ、危ね!」ヒュ


爆煙を意に介さず、真っ直ぐ突進してくる獅子。煙の中からの不意な攻撃に反応は遅れたが、間一髪で終夜は横に転がって回避する。


『──ッ』ブォン

「がはっ!?」ズザザ


しかし戦闘本能と言うべきか、獅子は尻尾を鞭の様に器用に使って終夜を薙ぎ払ったのだ。何とか地面を滑りながら耐えるが、腹部に直撃したので息が苦しい。


『──ッ!』グワッ

「くっ…避けられねぇか…!」バリッ


腹を押さえながら荒い呼吸を繰り返す終夜の元に、追撃と言わんばかりに獅子は飛びかかってきた。躱すのは間に合わないと判断して電撃で応戦するも、まるで効いておらず、そのままの勢いで獅子の体重が終夜にのしかかる。その際、獅子の前足が終夜の左腕を押し潰した。


「がぁぁぁぁ!!!」バリバリィ


何か固いモノが砕ける音が聞こえ、痛みで発狂しながら放電し続ける終夜。だが獅子にはその放電さえも通用していない。


「あらあら無様なことですね。先程までの威勢はどうされたのですか?」

「く、この程度…大したこと、ねぇっての…!」

「まだ喋る余裕があるのですね。いいでしょう、燃やしてしまいなさい」


ウィズがそう指示を出すと、獅子は口を大きく開いて火の玉を吐く準備を始めた。左腕を前足で押さえられたままであり、逃げることは不可能だ。終夜は眼前で収束されようとする火を静かに見つめ、そして──



「はじ、けろッ!!」バシュン

『──!!』ブシャア


「なっ…!?」


残された右手から放たれた冥雷砲は、瞬く間に獅子の頭を吹き飛ばす。激しく肉片が弾け飛び、その凄惨な様子にウィズは声一つ上げられなかった。


「どうして…? 貴方の電撃は効かないはずじゃ…」

「そりゃ、外側は…頑丈かもしれねぇけど、内側は…そういう訳じゃないだろ…?」

「くっ…! し、しかし、貴方の左腕はもう使い物になりません!」


終夜は横目に見ると、そこには血がダラダラと垂れ流され、所々関節も正しい方向を向いていない無残な左腕の姿だった。獅子の体重が一気に乗っかれば、そりゃ人間の腕では耐えることなどできるはずがない。脳から指示を送ってみるが、もう指先一つ動きやしなかった。


「もう貴方に勝機は無いのです! 大人しく諦め──」



その瞬間だった。

遠くの方から大きな地鳴りと、轟音が聞こえてきた。森がざわめき始め、終夜は後ろを振り返り、何事かと目を見張った。



「何ですの、今の魔力は…?」

「まさか、暁…?」


困惑するウィズをよそに、終夜は考える。
今のは"爆発"と捉えて相違ない。となると、爆発の正体の可能性があるのは伸太郎ただ一人。終夜は結論に苦笑いすると、再びウィズに向き直った。


「アイツも頑張ってんだ……部長の俺が負けるなんて、できねぇよ…!」ビリッ

「ちょっと貴方、何をしているの?」


「……ふぅ。なに、ちと左腕を麻痺させただけだ。あれじゃ痛くて敵わねぇ」

「痛覚を麻痺させた…? なんて荒療治を」


ウィズの言う通り、これはもはや治療ではない。時間さえあれば治癒魔術でもかけたが、戦闘中にそんな暇もなし。まして、戦闘はまだ続いているのだ。今はこうするのが最善策である。


「か、片腕だけで挑むなど、正気じゃない!」

「かもな。でも、生ある限り足掻くのが、人間の性ってもんよ」

「……っ!」


終夜の破天荒な行動にウィズは焦りを見せる。しかし、隻腕なのも事実。ウィズは新たに魔法陣を展開すると、更なる召喚を試みた。


「"疾風を支配する悪魔に告ぐ。我が呼びかけに答え、現界せよ"」

『キエーッ!』バサッ


現れたのは、天狗に似ている悪魔だった。しかし、黒い翼と鳥の頭を見る限り、"烏天狗"なるものに近い。獅子とは打って変わって和風の白い装束を身にまとい、右手に天狗の代名詞とも呼べる団扇(うちわ)を持っていた。
烏天狗は空高く舞い上がり、終夜たちを俯瞰している。


「今度は鳥かよ…!」

「得意の雷で落としてみたら如何です?」

「言われなくても! 黒雷鳴!」ドゴン


黒雲が無くとも簡易的に雷を落とせるのが終夜の能力(アビリティ)。威力は本物に劣るが、速さはさほど変わらない。だから避けるのは困難なはずなのだが──


『クワッ』ヒュ

「マジかよ」


空中とは思えない機動力で烏天狗は雷を躱す。もう幾つか放ってみたが、結果は変わらない。烏天狗は宙を円を描くように旋回し、終夜を蔑んでいるように見えた。


「やれやれ・・・やるしかねぇか」


紫色の空と紅い月を仰ぎ、終夜は大きく深呼吸をする。
左腕が負傷して使い物にならない。加えて、ウィズの召喚魔術はほぼ永久機関。このまま戦い続ければ、終夜の敗北は明々白々。

だからこうなったら──"切り札"を切る他ない。





「"夜雷"──解放」ピリッ

 
 

 
後書き
更新が遅れて申し訳ありません。運動会があったもので、忙しいリアルを送っていました。
そのお詫びと言ってもなんですが、今回の話は7000文字超えで、かつ三つの場面という非常に読み応えがあったものと思います。ですので、きっと許して貰えますよね、ね?

さて、次回は終夜や緋翼の戦いに決着がつくものと思われます。そしてついに晴登は結月の元に・・・ハラハラドキドキな展開ですね☆

今回も読んで頂き、ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。では! 

 

第71話『昏き雷鳴』

 
前書き
PV1万突破ありがとうございます! 

 
「"夜雷"──解放」ピリッ


その瞬間、終夜の身体から大量の黒雷が(ほとばし)る。それらは縦横無尽に宙を駆け、周囲の草も木も全てあっという間に焦がし尽くした。緑豊かだった草原は更地へと変わり、残されたのはウィズと烏天狗、そして黒々とした"何か"を、使えなくなっていた左腕に纏った終夜だ。


「そ、それが貴方の真の力かしら?」

「あぁ…そうだな。久しぶりに使ってみたが、やっぱり慣れねぇな…。気抜いたら暴走しちまいそうだ…」


焦りを垣間見せるウィズの問いに、全身を震わせながら終夜は答えた。

そう、これが"夜雷"の真骨頂、『夜間に強化される』というものだ。昼間と比べ、夜間の"夜雷"の威力は何倍にも高まる。しかしそれ故に代償も大きく、夜間に使い続ければ、次第に身体が雷に侵食され、焼かれていってしまうのだ。


「……やりなさい!」

『キエーッ!』ビュオオオ


僅かな躊躇いの後、ウィズは烏天狗に攻撃を指示する。直後、空を旋回していた烏天狗は手に持った団扇を大きく振るい、竜巻を起こした。それは大地を抉る程の威力で、終夜の元へ真っ直ぐに向かってくる。


「…悪いな」バリッ

『キ、エ……!』ブシャア

「嘘…!?」


巻き込まれたら一溜りもないだろう竜巻を、なんと終夜は雷によって一瞬で霧散させ、加えて烏天狗の団扇を持つ右腕をも破裂させた。烏天狗は情けなく喘ぎながら、切断面から血をまき散らして堕ちていく。
余りの威力に、ウィズは開いた口が塞がらなかった。


「なんて威力…!?」

「お陰で制御はあんまり効かねぇぞ。死にたくなけりゃ、大人しく尻尾巻いて帰りな」

「ま、まだ召喚はいくらでもできますわ。"絶氷を支配する悪魔に告ぐ。我が呼びかけに答え、現界せよ"」ヴォン


ウィズは更なる召喚を試みた。悪魔クラスの召喚を何度も行えるなど、まさに魔女の所業ではある。が、


『グオ──』

「うるせぇよ!」バリッ

「そんな…!」


もはや瞬殺。悪魔の姿を確認する間もなかった。終夜の黒雷は今や、触れるもの全てを焦がし尽くす天変地異そのものなのだ。


「次は・・・お前の番だぜ」

「ひっ…!」

「跡形も残らねぇよう消して・・・がはっ」

「な、何ですか…?」


突然の終夜の吐血に、ウィズは動揺を隠しきれない。
しかし見ると、先程まで左腕にしか無かった黒い何かが、終夜の顔半分にまで侵食していたのだ。終夜は荒い呼吸を繰り返し、見るからに疲労を露わにしている。


「それが、"暴走"なんですね…?」

「あぁ…。完全に侵食される前に…てめぇだけはぶっ倒しとかねぇと…」


途切れ途切れに言葉を紡ぐ終夜。それを聞いて何を思ったのか、ウィズは不敵な笑みを浮かべる。


「"遍く悪魔たちに告ぐ。我が呼びかけに答え、現界せよ"」 ヴォヴォヴォン


今回の詠唱は今までと訳が違った。終夜はそれに気づき、微かに眉をひそめる。魔法陣の数が余りに多いのだ。
さっきまでは一つだけだったが、今回の召喚では十を超えている。魔女の本気、と言ったところか。


「まるで…動物園だな。いくら数が増えようが…俺には関係ないぜ…?」

「いいえ、倒すのが目的ではありません。私はただ時間稼ぎをしたいだけです。──貴方が雷に呑まれるまでの」

「ちっ、そういうことか…!」バリッ


ウィズの意図に気づき、終夜はすぐさま左腕を振るって黒雷を放つ。そのスピードはもはや光の如し。だから一瞬でウィズの元まで届く・・・はずだったが、それは魔法陣から出てきた動く岩に防がれてしまった。


「ゴーレム…それもお前の悪魔だったのか」

「おや、貴方たちだったんですか。私が放ったゴーレムが悉く倒されてしまったので驚いてたんですよ」

「ご愁傷様なことで。・・・そろそろマジでやべぇから覚悟しろよ」


終夜はそう吐き捨て、左腕に力を込める。すると黒いモノが生きているかのように蠢き、黒雷を迸らせると共に終夜の顔の残り半分を侵食していった。しかし終夜はそれに構うことなく、光の如き速さで突撃する。


「おらァァァ!!!」バリバリバリィ

「そんな…!?」


終夜の叫びに呼応するように黒雷は苛烈を極め、まるで嵐の様に悪魔らを蹂躙する。踊るように舞う電撃は、全ての悪魔を瞬く間に焼き払った。

灰だけが宙を漂う惨状に戦慄するウィズを、終夜は最後に視界に捉え、


「オワリダ」バリッ


無情にも落とされた雷は、断末魔をあげる暇も与えずにウィズをも燃やし尽くした。


辺りが焼ける臭いと虚しい静寂に包まれる。そんな呆気ない終末に満足いかなかったのか、『闇』に呑まれた終夜は進行方向に向き直ると、そのまま森の中へ跳び去ったのだった。






場所は変わって、さらに森の奥。そこでは化物と小さな戦士との戦闘が繰り広げられていた。


「死ねぇぇ!!!」ブォン

「死んで…たまるかっての!」ヒュ


ただの血と侮るなかれ。血液だって液体であり、量にはそれなりの重さが伴う。故に多量の血によって造られた尻尾の一撃は、正面から刀で受けたとしても恐らく胴体を持っていかれるだろう。
だから緋翼は正面から立ち向かうのではなく、刀を用いて受け流すように尻尾を躱していた。


「ふっ!」ブシャア

「効かねぇよんなもん!」

「しぶといわね…!」


避ける間も攻撃は欠かしていない。暇さえあれば尻尾を切断し、血液を飛び散らせている。ただ厄介なことに、尻尾は飛び散った血を吸収して何度も再生してしまうのだ。


「勝つには一撃で沈めるしかないか…」


予測だが、流血させればさせるほど彼は強くなる。だから緋翼は、一撃で息の根を止める必要があると考えた。
しかし緋翼はそこまでパワー型ではなく、どちらかといえばスピード型だ。よって今しがたの発言を実行しようにも、力が足りない。せめて終夜でも居れば話が別なのだが・・・


「ううん、私だけでもやらなきゃいけない。アイツだって一人なんだから」ジャキ


果敢に奮闘する終夜を脳裏に浮かべながら、緋翼は刀を構え直す。神経を研ぎ澄ませ、次なる一撃に力を込めた。


「あぁ? 何だよそりゃ──」

「"居合い・焔の大太刀"!」ザシュッ

「おぉ!?」


先程よりも更に火力も勢いも増した一撃。膨大な熱量がブラッド目掛けて襲いかかる。焔は彼の身体を燃やし、尻尾を形成していた血液を一瞬で沸騰させ、そして気化させた。


「…がはっ。おま…やりやがったな…!」


一撃・・・とまではいかなかったが、血液を蒸発させ、かつ大火傷を負わせることができたのは大きなアドバンテージだ。怒りを露わにしながらもふらふらとするブラッドを見て、緋翼は乱れる呼吸を整えながらほくそ笑む。


「そら、もう一発行くわよ!」ゴォッ

「させ…るか!!」ガリッ


焔の太刀がトドメと差さんと振り上げられた、その時だった。ブラッドはなんと、自身の親指のつけ根の所を自ら噛みちぎったのだ。血がとくとくと流れたかと思いきや、途端にそれらは強固な血の盾へと変貌し、緋翼の一撃を防ぐ。


「…さすがにそう来るとは思わなかったわ」

「俺だってできれば使いたくねぇ手だ…よ!」ジャキ


血は瞬時に盾から矛へと変化し、その槍先が緋翼の心臓を貫かんと繰り出される。間一髪で、緋翼は身をよじることで急所は免れたものの、槍先は横腹を掠め鋭い痛みが走った。


「いった・・・汎用性高すぎでしょアレ」

「それだけじゃないぜ。今の傷から・・・へへ、ごちそうさま」ペロリ

「っ…!?」ガクッ


その瞬間、倦怠感が襲い緋翼の膝が刀と共に崩れ落ちた。頭がクラクラとし、視界がぼやけていく。間違いない、"貧血"だ。
思い起こせば、始めに負った怪我がいつの間にか止血していたが、あの大怪我が まして戦闘中に止血するはずもない。つまり、


「ようやく気づいたか。俺は血を操れるが、お前の血だって例外じゃねぇ。殴る度にちょこちょこ吸わせて貰ったぜ」

「くっ…!」

「俺は吸血鬼なんだ、血を吸って当たり前だろ? 刺激的な味だが、お前の血は悪かねぇ。だから──もっと寄越せ」

「…ひゃっ!?」


座り込む緋翼に尻尾が襲いかかる。為す術もない緋翼はそのまま尻尾に拘束され、ブラッドの元へと引き寄せられた。彼は身動きの取れない緋翼の首に手を回し、にたりと不気味な笑みを浮かべ、


「それじゃ、いただきまーす・・・」


ブラッドは緋翼の肩を目掛け、鋭い牙の生えた口を大きく開く。身体に力が入らない緋翼に抵抗の術はない。


──ここで終わりなのか。

血を吸われて干からび、凄惨な死を遂げることを緋翼は予期した。もうダメだと、そう諦めた瞬間──



「…ぐあぁぁっ!?」

「へ!?」


刹那、眩い光と轟音が目の前を走り、ブラッドが断末魔を上げた。その時に尻尾の拘束は外れ、困惑したまま緋翼は地面に座り込む。


「今のって・・・」


一瞬だけ視界に映ったのは『黒い雷』。それを放ったであろう張本人を緋翼は首を動かして探す。

──居た。全身が禍々しい闇に包まれた人型の何かが。


「黒木……?」


草原にポツンと立っていたのは、緋翼がいつも目にしていた人物の姿とはかけ離れた存在だった。言葉を続けるのを躊躇うほどに。

そんな緋翼の逡巡をよそに、『闇』は軽く地面を蹴ると姿を消した。


「え、どこに──」


「あぁぁぁぁ!!!!」


背後から再び響いた叫び声。その苛烈さにさすがの緋翼も恐怖を感じ、背筋を凍らせた。

そしてピタリと静寂が訪れる。嫌な予感を感じながら恐る恐る振り向くと、そこには血も何もかもが焦げ果てたブラッドの姿があった。


「ひっ…!?」


その残酷な様子に、思わず悲鳴が零れる。炭だらけになったブラッドの身体は、もはや輪郭を留めていなかった。ピクリとも動かず、絶命しているのだとわかる。


「──っ」


怯える緋翼の眼前、『闇』へと変わり果てた終夜が佇んでいた。全身が黒に覆われ、目や口も判別できない。彼の身体から漏れ出す黒雷はパチパチと、緋翼の恐怖を煽っていく。


「どうして、また・・・」


しかし実は緋翼は、終夜のこの姿を過去に一度だけ見たことがある。それは彼が魔術を会得したばかりの頃まで遡り、練度が足りない故に制御し切れず、今と同じように暴走してしまったのだ。確か、その後は──


「ブ……」

「え、な、何…?」


不意に放たれた黒木の一言に、緋翼の回想が途絶える。その闇から湧き出るようなくぐもった声で何を言うのか、冷や汗が垂れた。

彼は一歩、また一歩と座り込んだままの緋翼に近づく。そして彼我の距離は、ついに手が届く距離まで至った。暴走している以上、仲間だからと油断できない。終夜はいつでも、その黒雷を緋翼に浴びせることができるのだ。


「ブ……デ……ッタ…」


何かを呟きながら、終夜の黒い手がついに緋翼の頬に触れる。不思議とその手から痛みを感じることはなく、むしろ仄かな温もりを感じた。それが彼に残されている、人間である証。『闇』に完全に呑み込まれてしまえば、それも直に無くなるだろう。


──だから、



「無事で…良かった」


「…バカ、全然無事じゃないわよ」



──彼がまだ"終夜"であったことが、とても嬉しかった。


終夜を覆っていた『闇』は瞬く間に霧散し、彼はしゃがみ込んで静かに緋翼を抱き締めた。緋翼も目を細めて、涙を零しながらそれに応じる。終夜はそんな彼女の頭を、そっと撫でた。


「…悪かったな。助けるのが遅れちまって」

「べ、別に頼んでないし!」

「意地張んなって。ビビりまくってたじゃねぇか」

「何コイツ、無性に腹立つ」


緋翼の言葉に終夜は堪え切れないように噴き出す。つられて緋翼も笑みを浮かべた。
そしてお互いに生きていることに安堵し、再び彼らは抱き合った。


・・・と、そんな時間も束の間、





「え、先輩たち…?」

「「……!!」」バッ


その瞬間、二人は抱き合っていた身体を跳ね除けるように離し、声のした方を焦りながら振り向く。そこには二年生が四人、そしてその内一人に担がれた伸太郎の姿があった。


「お、おぉお前らか! 無事で何よりだぜ!」

「ホントホント! 暁もアンタらも凄いわ!」


「……」


誤魔化そうにも、二年生らの沈黙が心苦しい。というか気のせいだろうか、彼らの目が笑っているのは。気のせいだと信じたい。


「……ご馳走様です」

「「…っ、死ねぇぇぇ!!!!」」


終夜と緋翼の叫びが森中に木霊したのであった。






「もうすぐ祭壇じゃ。気を引き締めな!」

「はい!」


緋翼とも別れた晴登、カズマ、婆やの三人は、結月救出に向けて山を駆け上がっていた。ノンストップで走り続けているため足腰が悲鳴を上げているが、結月のためならそれも厭わない。


かくして三人は山の頂上、すなわち『竜の祭壇』に到着した。そこは今までの様に開けた場所であったが、違う点を挙げるとするならば、先にもう道が無いことだろう。
紅い月が照り、夜でも視界は良好だ。そのため、囚われの結月はもちろん、その傍に立つ一人の男の姿まで良く見えた。


「…おっと、もう到着かい? 随分と早かったじゃないか」

「ハルト!」


カズマに近い年齢と思われる青年が、そう語りかけてきた。黒髪を撫でつけ、黒スーツに身を包む美青年だ。カズマや婆やの服装を見た後だと、何とも違和感がある。

一方、結月は両手を塞がれて状態で地面に横たわっていた。砂やらで汚れはしているが、怪我をしている様子はない。ひとまず、自分の名を一番に呼んでくれたことも含めて安心した。


「さて、お前は何者だ?」

「さて、誰でしょうか。まぁ彼女は知ってるけどね」

「婆や?」


青年が指差したのは婆やだった。幾度も魔王軍と戦争を繰り広げた婆やなら、確かに知っていてもおかしくない。
しかしどうしたことだろう。婆やの表情がいつにも増して不機嫌だ。何か因縁でも有るのだろうか。


「…どうしてここに居るんだい?」

「これが最後の戦争だからだよ。この場には僕が居なきゃならない」


「え? どういうこと…?」


晴登とカズマは話が見えずに、疑問符を頭に浮かべる。それを見かねた婆やは、極めつけの補足を足した。



「奴こそが魔王、そして儂の夫じゃ」
 
 

 
後書き
遅い、遅いぞ! 更新が遅い! 許して下さい!←
もう後書き書くくらいなら次の話書きます!
てことで、次回もよろしくお願いします! では!(急) 

 

第72話『表と裏』

紅の月光が差し込む中、魔王との文字通りの頂上決戦が行われようとしていた。


「幹部をもう倒してくるなんて、やるね君たち。さすがは"抑止力"ってとこかな」

「抑止力…?」

「僕ら魔王軍のような存在を倒すために呼ばれた、君たちのような存在のことだよ」


そう解説しながら、彼は優しそうに微笑んだ。だが、その微笑みを素直に受け止めることはできない。なぜなら、彼こそがこの戦争の元凶なのだから。


「ごちゃごちゃうるせぇよ。こっちの要件はわかってんだろ?」

「この娘の解放だね? 悪いけど、それは認められないな」

「あっそ・・・じゃあ力づくだ!」ダッ


カズマが刀を携え、素早く青年との間合いを詰める。鋭い目付きで敵を射抜き、恒例の如く豪快に抜刀した。空気が震え、鋭利な太刀が青年の首を捉えて──


「おっと」ヒュ

「ちっ…!」


だがさすがは魔王と言うべきか、青年はカズマの大気をも断つ一刀を寸前で躱したのだ。これにはカズマも危機感を覚え、一度後退する。


「やっぱ只者じゃねぇみたいだな」

「そうかい。そう思ってくれると嬉しいよ」

「…おかしな奴め。いくぞ、晴登!」

「は、はい!」


カズマの行動力に気後れしつつも、晴登は右手を構えて掌に魔力を込める。するとそこで大気は渦を成し、次第に勢力を強めた。このまま放つと結月を巻き込みかねないので、晴登はその渦を握りしめると、


「烈風拳っ!!」ダッ


晴登は風の如く駆け出し、一瞬で青年の正面へと現れる。そしてその勢いで、荒れた風を纏う右手を顔面目掛けて振り下ろした。が、


「未知の敵に真正面から突っ込むのは、得策とは言えないね」ヴォン

「なっ・・・うわぁ!?」ブワァ

「ハルト!?」


拳が相手に届くその瞬間、何やら不可思議な力が働き、晴登は反発する磁石の様に押し返される。その時、風ごと跳ね返されたために、身体が勢いよく後ろに吹き飛ばされてしまった。


「大丈夫か、晴登!?」

「痛て…何だ今の…? 跳ね返された…?」


地面にぶつかって痛めた尻をさすりながら、晴登は自身の右手を不思議そうに見る。いや、今のは明らかに青年の仕業だった。一体どんな仕掛けが・・・


「当たり前だろ。僕は魔王だ、魔法が通じるはずがない」

「……それ、自分でばらすのか」

「どうせ何も変わらないしね?」


嘲るように微笑む彼に、晴登もさすがに苛立ちを覚えた。一発殴ってやりたいとこだが、風を纏うとリフレクトされるのがオチだろう。かといって、中学生の素手の威力なんてたかが知れている。なんと余りにシンプルで、かつ汎用性が高い力なのか。魔術師にとって厄介でしかない。


「だったら俺が出るまでだ!」ブォン

「君は少々面倒だね。まさか、魔法を使わないとは」ヒュ

「にしては、簡単には当たってくれねぇみてぇだな?」ブォン

「魔法だけだと思わないことだ」ヒュ


カズマの荒い一振りを次々と躱す青年。晴登からすれば太刀筋はもはや軌跡でしか見えないのだが、青年は表情一つ変えずに悠々と避けている。もはや別次元の戦いだ。


「共闘しようにも力不足。結月を救おうにもアイツが邪魔。あと少しなのに…!」

「ハルト。悔いていては前には進まん。足りないのであれば補えば良い。儂が力になろう」

「でもどうやって・・・?」


決して婆やを侮っている訳ではない。しかし、一体どのような手があるというのか。


「カズマの剣術・・・ありゃ儂が叩き込んだものじゃ。アイツが強くなれるようにと」

「それってつまり…?」

「儂も剣の使い手ということじゃよ」ジャキン


婆やは胸の谷間の中から短い鞘を取り出した。隠し場所に驚く晴登をよそに、婆やは短刀を抜くと一瞬で姿を消して、


「ふんっ!」ビュン

「おっと!」ヒュ


なんと刹那の間に青年の後ろに回り込み、短刀を振り下ろした。しかしその不意打ちすらも、青年はわかっていたかのように軽々と躱す。これでは婆やでも太刀打ちできないのではなかろうか。

だが晴登には婆やの意図がわかっていた。今、青年を婆やとカズマが相手取っている。こうなれば、彼は二人の剣撃を避けることに手一杯になるだろう。すなわち、結月の警備も甘くなる。


「そこを狙うっ!!」ダッ

「…ちっ!」ドォン


足に風を纏い、力強く大地を蹴って晴登は駆けた。もちろん、青年はその動きには目敏く気づく。婆やとカズマは邪魔をしようと立ち塞がるが、青年は二人を衝撃波で押し退け、晴登の元へと向かった。


「でも俺の方が早い…!!」ダキッ

「ハルト!」


勢いをコントロールしながら、晴登は素早く結月を抱き抱えた。その時の安心した彼女の笑顔に、晴登は無意識に頬を緩めてしまう。だが、次の一歩を踏み出そうという所で魔王の手が迫る。


「…くそっ!」ブワァァ

「だから効かないって・・・うん?」


突然、青年がとぼけた声を上げる。それもそのはず、晴登が放った風は当然魔王の力で跳ね返されたのだが、幸運にもその風が晴登らを逃がすように吹き飛ばしたのだ。


「へぇ…考えたね。僕を出し抜くとはやるじゃないか」

「え、そ…そうだ!」

「ハルト…」


青年は晴登が意図的に行ったのだと解釈したが、晴登がそこまで策士なはずもない。実はがむしゃらに風を放ったら、偶然にも逃げることに成功しただけの残念な話だ。それに気づいた結月の哀れみが心に刺さるが、助けることができたので気にしないことにする。


「けど、困るんだよね。その娘が僕には必要なんだ。イグニスを復活させて、この世界を破壊しなきゃいけないんだよ」

「悪いけど、俺も結月が必要なんだ。そんな訳のわからない目的の為に利用されてたまるか!」

「訳のわからない…か。君はこの世界について何を知っている?」

「え・・・」


その質問に晴登は押し黙ってしまう。認識としては、"現実世界と比較的繋がりのある異世界"というものだが、もしかして、この世界には晴登たちが知り得ない裏事情が有るのだろうか。


「この世界は、君らの世界とかなり密接に繋がっている。それはもう、君らの世界を"表"とするならば"裏"とも呼べるくらいに。そんな世界の人々の正体って・・・何だと思う?」

「は…?」

「おかしな質問だよね。ただ僕は、"君らの世界に生まれることができなかった人間"だと思ってるんだ。この裏世界は君らの表世界の下位互換ってね」


その言葉を聞いて、晴登は婆やとカズマを見やる。婆やは肯定とも否定とも取れない苦い顔をしていた。
魔王は両手を広げて、演説でもするかのように語り続ける。


「そんな世界に生まれた人々は、果たして幸せだろうか。僕はかつて表世界にも行ったことがある。だからこそ言えるんだ!──この世界は不幸なのだと」


抑揚を頻繁に変える彼の話し方に、えも言われぬ悪寒が背中を走った。魔王はニヤリと微笑むと、最後にこう呟く。


「だから僕は決めた。この世界を滅ぼすんだ」


晴登は何も言い返せない。もはや、何が正しいのかもわからなくなっていた。もしかすると、間違っているのは自分なのではないか。そんな疑問が頭の中を過ぎる。


「お前は何度言えばわかるんじゃ! その為にどれほどの人が死ぬと思う?」

「未来の為の犠牲さ。裏世界が滅びれば、この先 表世界から外される者はいなくなる。皆が幸せになれるんだ。幹部達だって僕の意見に賛同してくれたよ」


婆やが青年にそう諭すが、青年は耳を貸さない。思うに、この意見の違いが夫婦であった二人を対立させたのではないだろうか。
晴登から見て、魔王の意見は主観的な部分を多く含んでいる。ただ、確信犯の彼にそのことを指摘しても無意味だろう。もう彼は止まらない。


「けど、イグニスの危険性はお前も知っておろう? 奴がこの世界を消したならば、次は彼らの世界を消すじゃろう」

「わかっているさ。僕には考えがある」


そう言って、青年はカズマを指さした。指された本人は予想もしなかったのか、自分で自分を指さしてキョトンとしている。


「イグニスに対する抑止力・・・それが君だよ、剣堂(けんどう) 一真(かずま)


「…っ、何で俺の名前を…!?」

「知っているさ、初めから。君は九年前、魔王軍との戦争の時に裏世界に召喚された抑止力なんだから」


その言葉に晴登は絶句する。なんとカズマ・・・いや一真も、晴登らと同様に召喚された抑止力の一人だったのだ。つまり彼もまた、現実世界の出身なのである。
それを言い当てられた一真は動揺するが、すぐに平静を取り戻した。

青年は話を続ける。


「君は恐らく、自分は魔王軍討伐の為に召喚されたと思っているだろう?」

「違うのか…?」

「あぁ間違いさ。さっき言っただろ? 『君はイグニスに対する抑止力だ』って。そもそも、抑止力は理由が無いと召喚されないからね」


自分らも一真も抑止力。ただ、自分らの使命は"魔王軍討伐"で、一真の使命は"イグニス討伐"。つまり、一真は当時ではなく、九年後の未来の為の抑止力だったということになる。なんと身勝手なシステムだろうか、抑止力というのは。


「…婆や、こりゃ本当か?」

「…否定はできん。お前をこの世界に召喚した時、全く役に立たなかったしな」

「あぁ…そういやそうだったか。軽いトラウマだな、ありゃ」


一真は思い当たる節があるようで、青年の話を信じたようだ。晴登は未だに疑わしいが、表には出さないことにする。


「てことは、お前はイグニスで裏世界をぶっ壊した後、俺に後始末をさせようと考えた訳か?」

「理解が早くて助かるよ。キミにはその力があるんだ。協力してもらうよ?」

「俺にそんな力が・・・」


一真は右手を見つめて、大きく息をついた。一真の返答次第でこの世界の命運が確定する。婆やは否定的だが、魔王の意見が正しいのであれば破壊も一つの手なのかもしれない。何が正しくて何が間違っているのかなんて、結局誰にもわからないのだから。



「──断る」



静寂を切って放たれた言葉はそれだった。その言葉に晴登は驚くことはないし、言ってしまえば青年すらも驚いてはいない。一真は青年を真っ直ぐに見据えて、言葉を続けた。


「お前が言うことも一理あるかもしれねぇ。でも俺はここで育てられて、気づいてんだ。この世界の人たちは優しくて、元気で、何より…幸せそうだなって。そんな人たちを犠牲にするなんて、俺にゃできねぇよ」


一真の脳裏に、この世界に来てからの記憶を思い出しているようだった。これが一真の心からの答えである。青年はその答えにやれやれと首を振った。
さて、魔王の企みはこれで頓挫したはずだ。どう出るか…?


「・・・そう言うと思ってたよ。あーあ、生贄も抑止力も全て取られてしまったか」

「そうじゃ。もう観念しな」

「いや、僕は諦めないよ。こうなったら強行突破さ。僕が──生贄になるんだ」


青年がそう言った途端、大地が大きく揺らいだ。不意な揺れに足を取られ、晴登は尻餅をついてしまう。一体何が起こっているのか。

──思い起こせば、ここに"竜の祭壇"らしき物は見当たらなかった。婆やが嘘をついたはずもなく、辿り着いた結論は・・・


「まさか・・・この山自体が"竜の祭壇"…!?」

「正解だよ。起動できるのは頂上からのみだけどね」


そう言って微笑む彼の足元に、紅く光る巨大な魔法陣が浮かび上がった。それは晴登たちの足元にまで及び、頂上全体まで広がっている。


「『満月が照りし深夜にて、生贄を捧げ復活を求めよ。さすれば邪炎竜、その望みに答えん』」

「やはりそれを知って・・・」

「一つ前の戦争での戦果だよ。これで僕はようやくイグニスを復活させられる」ヴォン


魔法陣が一段と眩く光り輝く。そのせいか、月光も一層怪しい輝きを増したように思えた。大地の揺れは収まる気配はなく、威力を増すばかりで立つことさえも難しい。


「やめるんじゃ!」

「僕は僕の信じた道を行く。今まで世話になったね──」


その瞬間である。

今にも割れそうだった大地から赤い鱗の生えた巨大な手が這い出て、青年の身体をがっしりと掴んだのだ。その掌は青年の身体を握るほど大きく、それに続く腕の太さも大木の比ではない。肘と思われる関節から鋭い爪の先までですら、晴登たちが見上げるほどの大きさだった。


「まさかこれが・・・」

「復活しおったか、イグニス…!」


地割れが起き、その隙間から巨大な生物がゆっくりと這い出てくる。その瞬間が絶望の幕開けであり、世界の終焉を意味した。ひしひしと感じる重圧に押し潰されそうになりながら、晴登は大きく息を吐く。
そして圧倒的な存在のその生物は、右手で掴んでいた魔王を一呑みにした。

紅い瞳をギラギラとさせる竜──イグニスは、ついにその姿を現したのだ。



「おーい、今の揺れは一体・・・って、何じゃこりゃ!?」


突如背後から聞こえた快活な声の正体は、振り返らずともわかる。危機的状況ではあるが、晴登は笑みを浮かべながら振り返って──


「・・・って部長、どうしたんですかその怪我?!」

「ちょっと猫に引っかかれただけだよ! それより、これがイグニスってんじゃないだろうな…?」


ようやく後続と合流することができたが、素直に無事を喜ぶことはできなかった。終夜の左腕は赤黒く変色し、緋翼の腹部は鋭利なもので掻っ切られ、二年生らは疲弊し切っており、何よりその背中に担がれている伸太郎がピクリとも動かない。嫌な予感が脳裏を掠めるが、大丈夫だと信じる。

終夜のその声は若干震えているように聴こえた。無理もない。目の前の生物こそが頂点と言っても過言ではないほど、それは強大なオーラを放っているのだから。


「復活しちまったのか…。じゃあ、結月は…?」

「ボクは平気です! 生贄になったのは魔王です!」

「ん、魔王…? そ、そうか。それなら良かった!」


困惑しながらも次々と状況を確認する終夜。やはり、部長とは名ばかりではない判断能力だ。

・・・と、そんなことを考える余裕はない。晴登はひとまず、結月の手首に纏う黒い何かを外そうと試みる。このままでは逃げることもままならない。


「くそっ、どうなってんだよこれ!」

「ハルト、ボクのことは後回しにして。今は魔術は使えないけど、走ることはできるから」

「こんな状態じゃまともに逃げられないよ! 待ってて、今外すから…!」


魔術によって作られたと思われる手錠は実体を持たず、掴むこともできない。しかし晴登はめげずに、小さな突風を起こして力ずくで手錠を壊すことにした。目には目を、魔術には魔術を──


「……よっし、壊れた! 立てるか、結月?」

「うん、ありがとうハルト!」

「あ、うん…!?」


この場においても結月の笑顔が眩しい。こうしてお礼をされると、いつも返し方に困ってしまう。「どういたしまして」の一言すら、小っ恥ずかしくて言えやしない。友達だったら簡単に言えるだろうに・・・


「…いい雰囲気のとこ悪いが、一旦離れるぞ! このままだと山が崩れる!」


その一真の言葉に周りを見渡すと、イグニスの出現に伴う地割れが拡大し、山頂全てを奈落に落とさんとしていたのだ。
全員は急いで山頂から下り始める。その時だった。



「…婆や?」

「…どうやら、儂の出番らしいの」


山頂と山道の境界。全員が山を下ろうとする中、そこで不意に立ち止まった婆やが堂々とした様子で言う。

すると彼女は右手を前に掲げ、一瞬空気を震わせたかと思うと、目の前に巨大な青い光の壁を作り出したのだ。その壁は見事に地割れを食い止め、晴登たちへの被害を抑える。


「この一瞬で壁を…!?」

「儂の持つ力は"魂の力"に由来するものでな。生命を削って強大な力を生み出す、いわば諸刃の剣じゃ」

「あ、じゃあ俺らを呼んだ魂も…?!」

「アレは儂が作り出した擬似的なモノじゃ。使い勝手は良いぞう」


そう言って婆やは快活に笑う。その間も地割れはしっかりと防がれており、晴登らはただただ圧倒されるしかなかった。


「…さて、少し下に降りようかね。そこでイグニスと決着を付けねばなるまい」


その言葉で全員に緊張が走る。これから、世界を揺るがす存在と戦うのだと思うと、生きた心地がしなかった。

でも──やらなきゃいけないのだ。俺らの世界を守るために。


青く透き通った壁の向こうで、イグニスは闇夜に大きく咆哮していた。
 
 

 
後書き
説明的なセリフありがとうございます。まぁ小説家初心者ですからね、細かいことは許してくださいよ(笑)

さてさて、いよいよ肝試し編がクライマックスに入ります。え、魔王の出番が少ないって? …だって喰われる予定しか立ててなかったから…ね?←
割と急ぎ足で書いてるせいで全体的には短いですが、許してください何でもしま(ry

この章が終わったら、しばらくは日常編をつらつらと書きたいです。何せリアルが忙しくなりそうでして(汗)
読んで下さっている方には申し訳ないですが、更新スピードも大幅に落ちるかと。あ、この章は何とか書き上げますので、そこは心配なさらず。

今後の話が長くなってしまいましたが、今回はこの辺で。次回も読んで頂ければ幸いです。では! 

 

第73話『顕現』

それはまるで絶望の象徴。

あらゆるものを燃やし、破壊し尽くすと呼ばれるその竜──邪炎竜イグニスの姿は、見る者全てを脅かした。

今宵、竜は復活を果たし、久しい夜空を見上げて哮っている。

その鳴き声は怒りに満ちており、生きとし生けるものを震え上がらせた。






「さて、律儀にここに来る辺り、やっぱ竜って賢いのか?」

「さぁね。ただ、私たちを逃がす気は無いみたいよ」


終夜と緋翼の会話を聞いて、気を引き締める晴登。その傍らには、同じような表情の結月がいる。

場所は、無魂兵と争った広い草原。頂上から駆け下り、イグニスとの決着をつけるために選んだ場所だ。
終夜の言う通り、律儀にもイグニスは晴登たちを追って草原に降り立とうとしている。体高は学校の屋上くらいと言ったところか。見上げるほどの大きさと圧に気圧されそうになるが、結月が晴登の手をしっかりと握って言った。


「ボクが付いてるから、大丈夫だよハルト」

「…それって男の俺が言われるセリフじゃないよね?」

「はは、じゃあハルトもボクを守ってね?」

「はぁ・・・当たり前だよ。もう誰にも奪わせない」


絶対的に強大な敵を前にしても、晴登は不思議と冷静だった。仲間を守るため──それが晴登に勇気を与える。自分にはその力があるのだ。やらずしてどうする。


「お前らは暁運んで逃げろ。さすがにコイツに付け焼き刃は効かねぇ」

「でも……!」

「部長命令が聞けないのか?」

「うっ・・・わかりました」ダッ


終夜は戦えない二年生を先に逃がす。これは仕方のない決断と言えよう。何せ相手は得体の知れない化け物なのだから。


「それにしても、一真さんが"イグニスの抑止力"というのは一体・・・?」

「俺にもわからん。この世界に来て学んだのは刀の振り方ぐらいだ」


魔王が嘘をつく理由は無い。つまり、まだ彼は"目覚めていない"ということになる。イグニスを打破するための力を、彼はまだ自覚していないのだ。


「となると、攻略は厳しくねぇか? 時間稼ぎの耐久戦?」

「満身創痍の私たちでそんなに持ち堪えられるかしら? 一発喰らえば退場だと思うけど」

「要はジリ貧ってことか。もう一真さん頼りだけど・・・」


終夜は流し目で一真を見る。その視線に気づきながらも、一真は言葉を返せない。自分の不甲斐なさを感じているのか、少し暗い表情が印象的だった。

──それでも、晴登にとっては頼れる兄貴分でいて欲しい。


「一真さんなら、きっと何とかなりますよ」

「…随分と子供っぽい慰めじゃねぇか。お兄さん、惨めで泣きそうだよ。でも・・・」


そこで一真は、頬を緩めて晴登に言った。


「ありがとな。いっちょ正面からぶつかってやるよ!」


その声に全員に勇気が宿る。これが本当の最終決戦。誰も死ぬことなく、世界を守るために戦うのだ。


「──ッ!!」


耳を塞ぎたくなる程のイグニスの大きな咆哮が轟く。戦闘態勢だ。イグニスは大気を急速に吸い込み始める。それはまるで、周りの生命をも吸い込んでいるような──


「早速ヤバそうなのが来るぞ! 避けろっ!」


全員が即座に左右に回避。するとその合間を炎のブレスが迸った。通った跡には炭すら残らず、地面が抉れている。


「うわ間一髪・・・当たったら骨まで全部溶けそう」

「怖いこと言わないで下さい…」


しかし終夜の言葉は事実だろう。ブレスが通っただけで、触れてもないのに高熱で肌がヒリヒリする。もはや炎熱というよりは溶岩の様だ。直撃すれば跡形もなく融解されるだろう。


「守ってばっかじゃいずれ死ぬぞ! 突っ込め!」ダッ

「一真さん!?」

「ボサっとすんな! 女にかっこいい所見せるチャンスだぜ!」

「……っ、あぁもう!」ビュオ


言葉で丸め込まれ、晴登は自身と一真の足に風を付与した。当たれば死ぬが、当たらなければどうということはない。つまり逃げ切る作戦である。幸いか、相手はデカくて鈍い。ヒョウの時の様に逃げ回る必要は無さそうだった。


「こりゃいいぜ! ぶった斬ってやるよォ!」ブシャア


疾風の如き速さですぐさま間合いを詰め、一真の一太刀がイグニスの右足首を捉える。長い太刀から繰り出された斬撃は、鱗をも切り裂き血の雨を降らした。だが、それだけでは大したダメージでは無いようで、イグニスは一真を踏みつけようとする。


「うぉっ、危なっ!?」ヒュ

「援護します! 鎌鼬!」ブシャア


鋭い風の刃。しかし、晴登の力では鱗を切り裂く程度であり、一真の一撃には及ばなかった。

二人は一度後退し、様子を窺う。


「…厄介ですね、あの鱗」

「あぁ。本気で斬ってあの程度だ。正直言って有効打にはならねぇ」


その言葉に、晴登はイグニスを見上げる。

本来、生き物ならば弱点は心臓だ。そこを潰して心肺機能を停止させることで、絶命に至らしめることができる。ただイグニスの場合は体躯が大きいせいで、心臓があるはずの胸部まで手が届かない。


「四つん這いの竜だったら楽だったのになぁ」

「せめて俺が飛ぶことができれば…!」


"空を飛ぶ"ということを、風を操る晴登が考えない訳が無かった。ただ、風で身体を浮かして自由に動かすには、バランスを常に意識しなければならない。しかし訓練も積まない並大抵の人間に、それだけの平衡感覚は持ち合わされるはずもなく、初めてやってみて頭から落ちそうになって以来、晴登は渋々この技を密かにお蔵入りしたのであった。


「・・・と、そんな裏話を思い出しつつ、自分の役立たずっぷりにため息が出る」

「・・・何言ってるのハルト?」

「こっちの話。・・・こうなったら試せるもの全部試してやる! 行くぞ、結月!」

「うん!」ギュッ


晴登は結月と手を握り、互いの魔力を高め合う。そして背中を合わせ、握った手を前へと向けた。今こそいつかの試験で使ったあの技を、もう一度使う時──


「「合体魔術、"氷結嵐舞"っ!!」」ビュオオオ


風が唸り、大気が凍てつき、猛吹雪となって二人の魔術はイグニスを襲う。これには、さしものイグニスの足も瞬時に凍りついた。イグニスは動いて無理やり剥がそうとするが、結月の氷は鬼由来だ。竜とて容易には引き剥がせまい。


「身動きを封じたぞ! チャンスだ!」


ここぞとばかりに、終夜と緋翼、そして婆やも動いた。各々は魔力を溜め、必殺技を放つ。


「冥雷砲!」パシュン
「紅蓮斬!」ボゥ
「霊魂波!」ブォン


三人の強力な一撃はイグニスのちょうど腹部に直撃する。足よりはダメージが通るようだが、それでもイグニスが少し怯む程度だ。致命傷には至らない。


「ちっ、これじゃ埒が明かねぇ!」ダッ

「一真さん!?」


すると一真は何を考えたのか、イグニスに真っ直ぐ突っ込んでいく。晴登の風の加護は健在であり、そのスピードはまさに疾風。すかさずイグニスが手で押し潰そうとするが、一真は巧みな身のこなしで避け、さらにその腕を登り始めた。
イグニスは腕を振って一真を振り落とそうとするが、落ちるよりも早く、一真はイグニスの胸元へと飛び立つ。


「喰らえぇぇっ!!!」グサッ

「──ッ!!」


一真は持っている太刀の先をイグニス胸の中心に向けて、思い切り突き刺した。太刀は長い刀身が見えなくなるほど深々と刺さり、イグニスはようやく苦痛の咆哮をあげる。
返り血を浴びながら、一真は太刀を残して素早く離脱。高所であったにも拘らず、風の加護もあって軽やかに着地した。


「すげぇ……」


一真の華麗な一連の動きに、晴登は思わず感嘆の声を洩らす。もはや人間の領域ではない。彼が同じ世界の人間だとは、にわかに信じがたかった。

イグニスは依然として苦しそうだ。恐らく、今の一撃が最も大きなダメージとなったのだろう。やはり、竜と言っても所詮は生き物なのだ。倒せない訳ではない。

ただ──


「一真さん、刀どうするんですか? あそこに刺さったままですけど」

「あまりに深く刺しすぎて抜けなくなっちまったんだよ。でもまぁ気にすんな。新しいの"創れる"から」ヴォン

「それなら大丈夫か・・・うん??」


さらっと放たれた一言を、晴登は聞き逃さなかった。同時に、いつの間にか一真の右手に握られている大太刀も見逃さない。


「え、どういうことですか…?」

「そういや言ってなかったな。俺がこの世界に来て手に入れた、お前の風みてぇな異能だ。一応『創剣(そうけん)』って呼んでる」

「でもそんなこと一言も・・・」

「ははっ、最近使わないもんだから忘れちまってたわ。ちなみにこの刀が一番のお気に入り」


手に持つ大太刀を見ながら一真は言った。まさか、彼も晴登達と同様に魔術が使えたとは。ここに来て、予想外のカミングアウトである。あの身体能力も相まって、イグニスとどっちが化け物か区別がつかなくなりそうだ。

その一方で、晴登達はあることに感づく。


「一真さん、率直に言わせて下さい。一真さんが抑止力の理由って、その能力と関係が有るんじゃないんですか?」


決して証拠はないが、なぜか確信は持てた。むしろ、それ以外に理由が見当たらないのだ。彼の魔術こそが、唯一の竜を打倒する術なのである。
ただ、さすがに一真もそれくらいは気づいているだろう。その上で迷っているということは・・・やはり彼は目覚めていないということか。

しかし、この仮説に対する一真の反応は何とも拍子抜けするものだった。


「あ・・・考えたことなかった」

「「えぇっ!?」」


盲点だったと言わんばかりの一真の様子に、思わず晴登達は声を上げて驚いてしまう。イグニスがいる手前だが、緊張感が吹き飛んでしまった。
晴登はため息をつきたくなる気持ちを抑え、さっきの仮説を踏まえて思いついたことを一真に話す。


「その力って、"剣"なら何でも作れるんですか?」

「そうだな。試したことがあるけど、"剣"という概念さえ有れば大体オッケーだ」

「──なら例えば、イグニスを打倒できるような剣が創れるとか」

「ほう・・・そうか、その手があるな」


そう仮説を立てる他ない。いや、もはや結論ではないのだろうか。一真も得心がいったと頷いた。

しかし、結論に至ったところで問題は残っている。


「でもどういう剣だ? 全然ピンと来ないんだが」

「それは……」


竜を打倒できるような剣。並の剣でないのはわかるが、確かに想像もつかない。ただ「大きい」、「鋭い」ではない気がする。全く、これでは雲を掴むような話だ。見えてはいるのに、手が届かない──


「ちょい待ち。どうやら作戦会議はここまでらしい」

「なっ、氷がっ…!」


終夜の言葉に前を見ると、イグニスの動きを封じていた氷がついに砕かれていた。やはり、拘束し続けるのは難しいようだ。自由になったイグニスは一つ咆哮を上げ、そのまま灼熱のブレスを繰り出す。


「霊魂壁!」ズォッ


避ける暇が無かったが、婆やによってそれは防がれた。このブレスを防ぐなんて、一真に続いて婆やも桁違いな強さだと思う。


「悪い、婆や!」

「ボーッとすんじゃないよ! アンタは自分の成すべきことをしな!」

「俺の、成すべきこと…!」


婆やは振り向き、強く言った。一真はその婆やの言葉を口に出して反芻する。自然と大太刀を握る右手に力が入った。


「一真さん、信じてますよ」

「晴登…」

「結月、もう一度凍らせるぞ!」

「うん!」


一真に一声かけ、晴登は結月と再び手を重ねる。そしてイグニスの注意が一真たちに向いている内に、別方向へと走った。
もう一度凍らせて時間を稼げば、きっと一真が何とかしてくれる。そうするだけの何かが、彼にはあると思えるから。


「──ッ」ゴゥ

「俺の後輩に手ぇ出すんじゃねぇ!」バリバリィ

「アンタの相手はこっちよ!」ボゥ

「部長! 副部長!」


晴登と結月に気づいたイグニスは、ブレスの照準を二人に向けて放ったが、負傷の身にも拘らず終夜と緋翼の果敢な攻撃によって爆発に留まる。その隙に、二人は立ち止まって構え直した。


「「はぁぁぁ!!!」」ビュオオオ


一息の後に放たれた白銀の嵐。それは再び空気と共にイグニスの足を凍てつかせていく。その規模は先程よりも大きく、イグニスの胴体にまで迫る勢いだ。

これは──二人の全力である。


「絶対逃がさねぇぞ!」


全力の合体魔術。その魔力消費量は並大抵のものでは無い。最終奥義と言っても過言ではないレベルだ。

では、なぜそれを使うのか。ヤケクソ? いや違う。信頼しているから・・・一縷の望みを、信頼しているからだ。この身を犠牲にしてでも、託す価値がある望みを。



「ガキの癖に一丁前に──これでやらなきゃ、男じゃねぇよな」ザッ



一人の青年が、口元に笑みを浮かべながらイグニスの前に立った。その右手は淡い光に包まれている。


「俺の答え・・・それがこれだ。見せてやるよ、"竜殺しの刀"を」


一真は光の中から、一本の刀身の黒い太刀を取り出す。禍々しいオーラを纏ったその刀は、まさに竜を屠らんとするようだった。


そして一真はその刀を構え、希望への一歩を踏み出した。
 
 

 
後書き
夏休みはもう終わり間近。皆さん、宿題はきちんとやっていますか? ちなみに自分は暑さで手が進みません。

さて、今回はVS.イグニスということで、少々盛り上がりには欠けますが書いてきました。何と言うか、バトルシーンは魔王軍幹部を主としていたので、ちとやる気がね…(よそ見)
というのも、自分はそろそろ忙しさが増してくると思うので、早くこの章を終わらせたい気持ちで一杯なのです。手抜きとか言わないでね…?

ではでは、次回もよろしくお願いします! 

 

第74話『カズマ』

 
前書き
前半は唐突な過去回やっていきます 

 
俺は日城中学校に通う、ただの中学生だった。
別に特技がある訳でもなく、気分で剣道部に所属していた ただの中学生。それ以外は至って平凡で、人気があった訳でもない。勉強はテストとかあってつまらないし、部活も結果を残せず飽き始めていた。

つまり、俺は人生を退屈と感じていたのだ。

自分が何を求めているのか。それが全くわからなかった。



そんなある日、俺は己の転機となる事態に遭遇した。


『なぁ一真、肝試し行かないか?』

『あ? 今開放されてるっていう?』

『そうそう。今夜行ってみないか?』

『まぁ別に構わねぇけど』

『でもただ行くのは面白くないな。…なぁ知ってるか、この肝試しって24時を過ぎたら──』


友人のその話を聞いて何を思ったのか、俺はその日の夜、24時を過ぎてから肝試しに向かった。たぶん、好奇心からだろう。久しぶりにワクワクしたのを覚えている。
そして友人にじゃんけんで負けた俺は、一人で森に入ることになった。


そこからの記憶は──無い。



気がつけば、俺は浜辺に倒れていた。やけに紅い月が不気味に感じられて、不安を覚える。


『ここはどこだ…?』


辺りを見回した所で、見えるのは浜辺と海だけ。聴こえるのも(さざなみ)の音だけだ。穏やかなはずのその音色も、今は心細さを助長するのみ。


『えっと…俺はさっきまで肝試ししてて森の中にいて・・・でも、どう考えてもここは海だよな…?』


自分がどんな経緯でここに立っているのかは不明だ。ワープしただなんて現実的ではないし、となると誰かに連れ去られたという線も否定はできない。たとえそうだとして、一体何が目的だ…?


『とりあえず、人に訊いてみっか』


恐らくここは俺の知る場所ではない。ならば、頼るのは交番と相場が決まっている。とにもかくにも、誰でもいいから道を訊いて、さっさと学校に戻った方が良い。


そう思って再び周りを見渡した時、遠目に人影がいくつか見えた。早速、俺はその人たちの元へと駆けつける。


『すいません、少し訊きたいことがあるんですけど・・・』


五人くらいだろうか、声を掛けるとその人たちはバッとこちらを振り返った。

思い返せば、この時点で気づくべきだったのだろう。夜だからあまり見えなかったのが災いしたのだが、それでもそんな中で普通灯りも無しに人が集まるかどうかくらいは判断できたはずだ。

結論を言うと、その人たちは"人"ではなく"骸骨"だった。


『うわぁぁぁ!!??』ダッ


この暗さに骸骨はさすがにビビる。お化け屋敷でもここまでの迫力は無いだろう。俺はすぐさまその場から立ち去ろうとした。

だが初めてのことで気づかなかったが、この時俺は腰が抜けていたようだ。だから、振り返って最初の一歩でまずコケた。


『ウゥゥ…』

『あぁすいませんすいません! 許して下さい! 何でもしますからぁ!』


恐怖に支配され、口から出任せに謝罪の言葉を述べる。それで引いてくれるなら良かったが、骸骨だから聞く耳は持たないようで、ずんずんと俺の元へ歩いてきた。
その時、ちらと一人の手元に刀が握られているのが見える。


──あ、死んだな。


意外にも、その未来はすんなりと受け入れられた気がする。何せ既に人生には飽き飽きしていたし、何ならどこか遠くで気ままに暮らしたいとも思った。死ぬことが怖くない訳じゃないけど、別に死んでも構わないとも思って──


『──全く、どうしてこんなガキが抑止力なんだい』


刹那、夜をも照らす程の金髪が目の前でたなびいたかと思うと、いつの間にか骸骨たちがバラバラに崩れ去っていた。一瞬の出来事に、俺は口をパクパクすることしかできない。


『来な、アンタに用が有るのは儂だ』


そう言って、金髪の美人なお姉さんは手を差し伸べてくれた。一人称に違和感は感じるが、そんな些細なことはどうでもいい。今は誰かに縋りたい気分だった。





かくして、婆やと名乗る女性に案内されたのは、造りが古風な家からなる集落だった。婆やの家は集落の一番奥にあり、他よりは幾分か豪華な様相である。

中に入れてもらうや否や、俺は早速気になる本題に入った。


『…あの、用って何ですか?』

『なに、ちょっとアンタの力を貸して欲しいのさ。かくかくしかじか──』


それから話されたことはとてつもなく突飛なことで、開いた口が塞がらなかった。かいつまんで言えば、俺が魔王を倒さなければならないということ。
…いや、魔王って何だよ。マンガじゃあるまいし。

俺の怪訝そうな顔を一瞥しながら、婆やは話を進めた。


『ただ、どうもアンタには抑止力としての力が備わってないらしい』

『そりゃ、俺はただの中学生ですし』

『別にそいつは関係ないよ。異能ってのは、気づいたら身についちゃってるものなんじゃ』

『随分と軽い言い方ですね…』


生まれてこの方、異能を持ったという人に出会ったことはない。強いて言えば、学校の魔術部とかいう奴らが不思議なことができると聞いたことがあるが、まぁマジックなんだしそれくらい当たり前だろう。
とにかく、婆やの言っていることは信用に足らなかった。ごく普通の俺が、異能など持つはずがない。……少し、憧れはするけども。


『アンタ、名前は?』

『剣堂 一真です』

『ならばカズマ、剣は振れるか?』

『まぁ、剣道はやってましたけど…』

『なら都合が良い。アンタの抑止力の力が目覚めるまで、儂が剣を教えよう。自衛もできないようであれば、この戦争は生き残れんじゃろうからな』

『はぁ…』


剣だとか死ぬだとか物騒な話だが、気にならない訳ではない。少なくとも、あの退屈な学校生活よりは刺激がありそうだと思えた。だから俺は、


『…わかりました』





承諾してからは早かった。学校に戻ることを諦めた俺は婆やから剣を教わり、そして"創剣"を身に付けて着実に強くなった。
結局、その時の戦争には行かずじまいだったが、俺はこのままこの世界に残ることにした。──次の戦いで活躍できれば良いと。


──九年間。


長いはずのその時間も、この世界では退屈することなく過ごすことができた。見るもの全てが新しく、そして何よりも飽きさせない。人々も温かく、世間話一つするだけでも楽しかった。もしかすると、俺が求めていたのはこんな世界だったのかもしれない。


だから──、






「お前に、俺の居場所は奪わせねぇ!」ジャキン

「一真さん…!」


魔力を極限まで消費して目が眩みそうな中、視界の端に漆黒の刀を握りしめた一真の姿が写った。遠目からでも、その刀が並大抵の代物ではないことはわかる。ようやく、彼は力に目覚めたのだ。


「悪いな、二人とも。もう止めてくれていい」


その一真の言葉に、晴登と結月は吹雪を止める。その瞬間、晴登はガックリとしゃがみ込んだ。ずっと力んでいた右手は痺れ、口では絶えず酸素を吸引しないと身が持たない。


「大丈夫、ハルト?!」

「はぁはぁ…さすがに、魔力を使い過ぎたかな。もう動けそうにない」

「わかった。じゃあボクの肩を使って」

「う……ありがとう、結月」


女子に肩を貸してもらうなんて不甲斐ないことこの上ないが、今は四の五の言ってられない。結月は魔力が鬼級に高いことが幸いしてふらつくこともないので、なんとか共にこの場から離れられそうだ。

後は、一真に全てを託す。


「全く、最後までイチャつきやがって。彼女いない歴=年齢の俺への当てつけかよ」

「こんな時までそんなこと言ってるんですか、一真さん」

「お前も緋翼ちゃん連れて離れてろ、終夜。巻き込んじまうぞ」

「…わかりました。任せましたよ」

「おうとも」


終夜と緋翼にも戦線離脱を命じる一真。「巻き込む」と言っていたが、一体どうやって戦うのか。刀一つでそんなことができるとは思えないが・・・


「カズマ」

「婆やも下がっててくれ。危ねぇぞ」

「は、儂に命令とは言うようになったじゃないか」

「おいおい、今さらそれは無しだろ?」

「わかっておる。…イグニスを倒して来い。それがお前の使命じゃ」

「了解。行ってくるぜ」


婆やまでも下げ、一真はイグニスとのタイマンを申し出る。無謀だ、といつもなら止めに入るだろうが、今回ばかりは一真に任せてみようと思った。

足が凍りついて身動きのとれないイグニスは、先程にも増して怒っているように見える。口からは灼熱が漏れ出しており、いつブレスが飛んできてもおかしくない。

それでも一真は前に立って、イグニスと対峙する。



「…さて、ようやく俺の使命とやらが全うできそうだ。覚悟しろよ、イグニス!!」

「──ッ!!」



一真の雄叫びに、イグニスは咆哮で返す。今、世界の命運を分ける戦いの火蓋が切って落とされた。

まず先手必勝と言わんばかりに、イグニスが燃え盛るブレスを放つ。


「遅せぇ!!」ヒュ


しかし、一真はブレスを容易く躱すと、そのまま距離を詰める。晴登の風の加護はもう切れているはずなのに、そのスピードは全く衰えていないように見えた。まるで、剣が彼に力を与えているかのように。


「喰らえぇ!!」ズシャア

「──ッ」


一真は刀を横に持ち替え、氷の上からイグニスの足を斬りつけながら駆ける。先程とは打って変わって、まるで紙を切るかのように。さすがにそれには応えたようで、イグニスは苦しそうな声をあげる。


「まだまだぁ!!」


一真の刀は衰えることなく、右足左足と交互に駆け回りながら、イグニスの足を斬りつけ続ける。すると何ということだろう、次第に足に力が入らなくなったイグニスが、氷が砕けた途端に大きな音を立ててついに突っ伏したのだ。


「自分から行くのではなく、相手を引きずり下ろしたか。──強くなったの」


感嘆の込もった婆やの呟きが耳に入った。彼女は一真の成長をゼロから見ているのだ。この一言には、大きな喜びが含まれていることだろう。


「これで、終わりだ!!」


イグニスの身体はもはや手の届く所にある。すなわち、その心臓も目の前だ。一真は素早く胸元に近づき、刀を思い切り突き刺して──


「──ッ!!」バサッ

「「うわっ!?」」


しかし、そう上手く事は進まなかった。イグニスは翼をはためかせ、空へと飛び立ったのだ。サイズがサイズであり、その時の風圧は全員を仰け反らせる。


「…ちっ、そう簡単にやられちゃくんねぇか。おもしれぇ!」


天高く舞うイグニスを見上げながら、一真は不敵に笑った。そして、徐ろに刀を上段に構える。
刀一つではあの高さには到達しえないはずだが、一体どうする気なのか。

晴登がそう思った刹那だった。


「届かないなら、届かせるまでだ!」ゴォッ


なんと突然、一真の刀は激しい黒き光を纏い、刀身が元の何倍にも伸びたのだ。光は空気を断ち、空へ雲を突き抜けるほど高々と伸びてその迫力を知らしめる。この高さなら──届く。



「喰らいやがれっ、"滅竜天衝(めつりゅうてんしょう)"っ!!」ゴォォッ



一真が刀を振り下ろした瞬間、強烈な風圧と衝撃が一行を襲う。大気が割れ、大地を揺らすほどの衝撃が今しがたの威力を物語り、飛ばされそうになる程の強風を堪えながらうっすらと目を開いて見てみれば、そこには黒い光の柱が煌々と天高く立ち上っているのが見えた。神聖さすらも感じるその光景に、晴登は唖然とする他ない。





「──ッ」ズシャア



衝撃が収まった頃、新たな振動が身体に伝わった。遅れて、大きな物が空から落ちてきたのがわかる。見ると、片翼を失ったイグニスが疲弊し切った様子で地を舐めていた。まだ意識が残っているようだが、先の一撃をまともに喰らったようで、立つことも叶わないらしい。

そんなイグニスの元に、歩み寄る影が一つ。


「グルル…」

「まだ生きてるなんて、しぶといなぁお前。ま、破壊の化身がこの程度でくたばる訳もねぇよな。・・・さて、お前のせいで散々な目に遭っちまったけど、ここでようやく終わりだ」チャキッ


刀をイグニスの眼前に向け、そう嘆く一真。イグニスは抵抗の色こそ見せるが、それが行動に伴うことはなかった。

──人が竜を打倒した瞬間。それを目の前にして、晴登は歓喜の声一つ上げることもできないほどに戦慄する。

一真は一つ呼吸を挟むと、鋭い目つきで言った。



「あばよ、邪炎竜」



黒い刀がイグニスの眉間に深く、深く突き刺さった。

 
 

 
後書き
クライマックスの割には異世界編ほど長く書くことができませんでした。そりゃ、竜と人間の戦闘とかワンパン以外に思いつきませんよ(適当)

さてさて、もうすぐ肝試し編の終わりが見えて・・・うん、肝試し…? 何だそれ…? 誰だそんなタイトル付けたのは…?(殴

ちなみに次回は、ようやく〆に入れそうです。期間で言えば長かったこの章ですが、まぁこの後もやりたいストーリーはたっぷりとあります。それは長々とやっていけたら良いと思ってるので、末永くよろしくお願いします。それではまた次回で会いましょう 

 

第75話『終戦』

静寂が訪れる。猛り狂っていた竜も、今はその息の根を止められた。訪れるはずだった世界の終焉も、もう足音も聴こえない。
紅く照り輝いていたはずの月は、いつの間にか黄金の輝きを放っていた。

戦いは──終わったのだ。



「……はぁっ!」ドサッ


大きく息をついて座り込んだのは一真。今やもう、竜殺しの黒い刀は持っていない。肩で息をしながら、彼は眼前の絶命したイグニスを眺めている。


「俺が…やったんだな」


世界を救うという快挙の成し遂げたにも拘らず、湧いてくるはずの達成感も、今は安堵と疲労に押し潰された。もう立ち上がる気力さえもない。


「長かった、な……」


思い起こすと、この時の為に一体何年掛かっただろうか。九年間という義務教育と同等の時間。この世界でその時間を過ごして、果たして自分は何かを得たのだろうか。表世界ではなく裏世界で、自分は何を──


「・・・そんなの、わかんねぇよ」


わからない。結局、未来なんて誰にも読むことはできないのだから。裏世界が表世界以上につまらない可能性だってあった。それでも、選んだことを後悔だけはしていない。



なぜなら──この上ないくらいに、楽しかったから。






「部長、副部長、大丈夫なんですかその怪我!?」

「大丈夫もクソもあるか。完全に機能停止してるんだよ入院もんだよ。死ぬかと思ったわ」

「私も油断してたわ。まさかお腹が捌かれる日が来るなんて…」

「げ、元気そうでなによりです」


晴登は愛想笑いを浮かべながら、現状を把握していく。

まず大事なことは、戦争が終結したこと。もう次の戦争も起こることはない完全な終戦だ。イグニスも、それを狙う魔王も もう存在しない。多大な犠牲を経てこの世界は、晴れて平和となったのだ。

次に、被害について。今回の戦争は山中だけという、極めて小規模と言えるだろう。だが、こちらの被害はよろしくない。何せ先の会話の通り、終夜の左腕は壊死に近い状態であり、緋翼の腹部の傷も浅くはなかった。常人であればそう有り得ない怪我を彼らは負っているのだ。加えて、伸太郎は依然として昏睡している。晴登や結月、一真の怪我はほぼ無いと言えるが、魔力の消費で疲労が溜まっていた。


「死者が出なかったのが唯一の救い、か……大したもんじゃ、アンタら。儂の目に狂いは無かったようじゃの」


豊満な胸を張って得意気な様子の婆や。怪我こそあったものの、死ななかったのは喜ばしいことである。もちろん彼女の尽力無くして、こんな結末は有り得なかっただろう。これで、彼女の仲間が浮かばれると良いのだが。


「・・・じゃあ俺たちの役目は終わりですか?」

「そうなるな。色々すまんかったの」

「もう終わったことですし、いいですよ。良い経験と思えば」


終夜がぶっきらぼうに言った。そこには、初めて婆やと話した時ほどの棘は無い。魔王軍との戦争を通して、何か感じることがあったのだろうか。尤も、それは晴登には知りえないことなのだが。


「ちなみに、どうやって帰るんですか?」

「そこは儂に任せよ。心配せずともよい。それよりも・・・」


言葉を途中で止めて、婆やは振り返る。その視線の先には一真が映っていた。


「お前は、どうするんじゃ?」

「……」


短い問いだが、一真にとっては重く苦しい決断となるだろう。すなわち、「裏世界に留まるか、表世界に帰るか」だ。
そも、彼が住む世界はここではない。そして、彼がこの世界に居る理由も もはや無い。それでも彼にそう訊くのは、彼があまりにもこの世界に留まってしまったからだ。


「お前がここに来て随分と経ってしまったが、今一度ハッキリせねばなるまい。お前の答えを聞かせておくれ」

「俺、は・・・」


浮かない表情のまま、口を動かす一真。しかし、中々その先を言い出せずにいる。晴登たちには、ただその様子を眺めることしかできない。



「俺は・・・ここに残る。どうせ、戻ったところで何もねぇんだ」



それが、一真の決断だった。これに反論を上げる者はいない。何せ彼が決めたのだ。むしろ口出しする方が野暮というもの。


「……そうか。では、彼らを元の世界に帰すとしよう」ヴン


そう言うと、婆やはすぐさま魔法陣を立ち上げる。展開が早い気もするが、長居する理由もない。晴登たちは静かにその陣に入った。

これで、長かった戦いがようやく終わりを告げる。正直、異世界はもう懲り懲りだ。日常とかけ離れすぎていて、異常に疲労が溜まってしまう。帰ったら、皆とワイワイ楽しい日常を送りたい。

──おっと、そういえば言い忘れていた。



「一真さん」

「うん?」

「結月を助けてくれたこと、感謝してます。俺は、この世界で一真さんに会えて本当に良かったです。すごく頼れる存在でした」

「……っ」


晴登が本心からの言葉を伝えると、一真は一瞬だけ驚いた表情をした後、安心したように微笑んだ。その瞳には小さな光が見える。


「あぁ、あぁ。俺もお前らに会えて良かったよ。俺の分まで、向こうの世界で頑張ってくれよ」

「…そんな寂しいことを言わないで下さいよ。一真さんも、頑張って下さい」

「けっ、最後まで言ってくれるじゃねぇか」ハハハ


一真は目元を拭うと、快活に笑った。そして満面の笑みを浮かべたまま、彼は親指を立てる。


「じゃあな。また会えた時はよろしくな」

「はい! 二人とも、ありがとうございました!」


そう言った瞬間、徐々に魔法陣の光が増し、次第に晴登たちの意識は遠い彼方へと消えた。






魔法陣が消えた途端、辺りは森らしい本来の静寂を取り戻す。だが余韻に浸る彼らにとって、むしろそれはありがたかった。


「…行っちまったか」

「アンタ、ホントにいいのかい?」

「いいんだよ。俺はこの世界が好きなんだ。これから、失ったものを取り戻さなきゃならねぇ」


長年続いた戦争による損害は決して少なくはない。それでもこの世界が好きだからこそ、それを取り戻して、また皆で笑い合う。それが一真の望みだった。


「は、あの弱っちいガキがここまで言うようになったか。人間変わるもんじゃな」

「だーかーらー、その話は無しって言ってるだろぉ!」


復興を図る二人の様子を、黄金の満月と満点の夜空が静かに見下ろしていた。






「う…ん」


まるで長い旅を終えたかのような倦怠感と共に、晴登は目を覚ました。そしてやけに固い寝心地、すなわち地面の上で寝ていたことを悟った瞬間、汚れも気にせず急いで起き上がる。


「あれ、ここって…」


まだ夜なのか辺りは暗く、鬱蒼と木が林立して似たような景色が一面に広がっているが、見覚えは一応ある。そう、ここは肝試しに入った森の中だった。つまり、


「帰ってきたのか……」


異世界からの回帰を体験するのはこれで二度目だが、やはりこの倦怠感は慣れるものではない。身体の傷や汚れも、今や地面で寝ていたが故の土埃のみ。

『異世界での事象は現実世界に干渉しない』

この不思議な感覚も調子を狂わせる要因の一つだ。


「んん…」

「っ!」バッ


ふと背後から掠れるような声が聴こえ、慌てて振り向く。
するとそこには、土の上で眠る結月の姿があった。いや、それだけではない。見渡せば、肝試しを行った魔術部部員全員の姿があった。


「う……あ、ここは…?」

「森の中です、部長。俺たち帰ってきたんです」

「帰ってきた……あぁ、なるほど。そういうことか。うぅ、何かまだ頭がクラクラする…」


終夜は頭を抑えながら呟いた。確かに、初めてでこの感覚はキツいものがある。歴戦の猛者気取りだが、晴登とて慣れた訳ではない。


「とりあえず、森の外に出ませんか?」

「…あぁ。一度整理しねぇとな」


晴登と終夜は全員を起こし、何とか森の外へと抜け出した。





「・・・あれだけ時間が経ったのに、こっちの世界ではまだ夜だなんて、不思議な感覚ね」

「あぁ全くだ。三浦の気持ちがようやく理解できた」

「あと、傷が治ってるのも不思議」

「不思議ばっかだな、異世界って」


山の頂上には及ばないが、空には綺麗な星空が浮かんでいる。近くの時計台を見ると、時刻は21時を示していた。なんと、出発からはまだ1時間しか経っていない。
そんな不思議な状況に見舞われ、緋翼と終夜が口々に感想を言い合う中、晴登はある人物の元へと向かう。


「…三浦」

「体調はどう、暁君?」

「魔力切れでぶっ倒れて、気がつきゃここに戻ってたけど、別に悪くはない」

「やっぱり、あの爆発は暁君だったんだね」

「…あぁするしかなかったんだ。勝つためには」


力なく返事を返す伸太郎。いくら怪我は無かったことになるとはいえ、体力を使い果たした倦怠感からは逃れられないようだ。それに、彼は終夜に使うなと言われた爆破を使っている。その責任を感じてもいるのだろう。


「暁君は悪くないよ。結果論に聞こえるだろうけど」

「…いや、それでもそう言ってくれるとありがてぇ。悪いな、三浦」

「別に謝らなくたって」


まだ表情に曇りが残っているように見えるが、先程よりはマシだ。晴登はこれ以上の励ましは必要ないと察し、今度は結月の元へと向かう。


「怪我は無い・・・よな、結月?」

「あ、ハルト。もちろん、平気だよ!」


月夜に向かって伸びをしていた結月は、晴登の呼びかけに振り返ると、屈託のない笑みを浮かべた。

──あぁこれだ。良かった、取り戻せて。

晴登はその喜びを胸の中に仕舞い、再び結月に話しかける。


「ごめんな、危険な目に遭わせて」

「気にしないでよ。それに、ハルトが助けに来てくれるって信じてたから」ニッ

「っ…!」


純真無垢なその笑顔に、晴登は気恥しさを感じて顔を背けてしまう。ここまで堂々と言われると、心のどこかがむず痒くなるのだ。でも、上手く言葉では表せそうにない。


「おいおい、帰って早々イチャイチャか? お熱いねー全く」

「ホント。いい加減くっついちゃえば?」

「ちょ、何言ってるんですか!」


終夜と緋翼にからかわれ、晴登は顔を紅くしながら反論する。しかしそれは彼らの思うツボらしく、笑って一蹴された。
今まで考えないようにしていたが、やはり同棲している以上、結月とは友達以上の関係であることに相違ないのだ。しかし、結月の好意は理解しているつもりだが、それにどう応えればいいのかはわからない。だからこうして、よくわからないままの関係を引きずっている。


「あ、そういえば」


ふと、その一言で晴登の思考は途切れる。声を発したのは二年生の北上だ。彼は何かを思い出したかのように、手をポンと打っている。


「くっつくと言えば、俺ら的には部長と副部長もどうかなーって。だってあの時・・・」

「「……」」キッ

「あ、いや、はい、何でもありません…」


北上が何かを言おうとすると、終夜と緋翼は鋭い目を向けて制す。一体何の話だろうか。先が気になる晴登だが、詮索すればただでは済まなそうだ。大人しく引き下がろう。


「とりあえず、今日はここで解散だ。もう夜も遅い。さっさと帰れ。今すぐ帰れ」

「「は、はい!」」


終夜が急かすようにそう促すので、晴登は結月を連れて帰路についた。見上げると、月が眩しいくらいに輝いていた。






「はぁ……」


家に戻り、両親に帰りが遅くなったことの適当な言い訳をして、晴登はベッドに倒れた。身体に残る倦怠感は未だ抜けず、横になればすぐにでも寝れそうな気がする。

そんな時、ふとドアをノックする音が聴こえた。


「…あれ、結月? どうした?」ガチャ

「……」


もう夜もふけ、電気を消していよいよ寝ようとした晴登の元に訪れたのは、どこか浮かない表情の結月だった。彼女は晴登の問いに何も答えず、そのまま部屋に入りおもむろに晴登をベッドに押し倒す。


「えっ、ちょ、結月!?」

「……ハルト」

「な、なに…?」


急展開に焦る晴登をよそに、結月は晴登の胸に頭を埋める。そしてか細い声で、縋るように晴登の名を呼んだ。
暗闇の中で、目の前のヒンヤリとしていてもどこか仄かに温かい結月の体温を全身で感じながら、晴登は何を言われるのかと心の中で身構える。


「──今日は一緒に寝て」

「え、何で…」

「お願い」

「……わかった」


その雰囲気はいつもの軽いノリとは違う。声のトーンの低さからしてそれがわかった。そう察した晴登は結月を邪険に扱うこともできず、仕方なく彼女の言いなりになる。


「──」


互いに無言の時間が続く。その間も晴登の心臓は騒がしく鳴り響いた。ただその一方で、結月の身体が僅かだが震えているのを感じる。


「……ハルト」

「なに…?」

「あのね……怖かった。すごく、怖かったよ」

「結月……」


今にも消え入りそうな結月の声。その声色からは言葉通りの恐怖を感じ取れた。みんなの前では弱った様子を見せなかった結月だが、やはり拉致されたことが怖かったのだろう。


「もしかしたら、ボクここで死ぬのかなって。そう思うと、ホントに怖かった。ハルトが助けに来てくれるって信じてたたけど、それでも怖かった。もし、もし・・・」


それ以上先を、結月が言うことはない。同時に晴登は己の弱さを悔いた。


──あの時、自分が結月を守れてさえいれば。あるいはすぐに取り戻せば、彼女をここまで悲しませることもなかった。


「……ごめん」ギュッ


「…!」

「今の俺にしてやれるのはこれくらいだけど、でもいつか、俺は結月を守れるくらいに強くなる」


晴登は左手を結月の背中に回して抱き締め、右手でサラサラの銀髪を撫でながら、そう宣言した。それは、晴登の嘘偽りのない本心のものだ。ただ、


「・・・やっぱり、言っといて恥ずかしいなこれ…」

「ううん、かっこいいよハルト」ギュ-

「ちょ、苦しい結月!?」


「──ちゃんとボクを守ってよ、ハルト」


暗闇の中でも、その笑顔だけは確かに、確かに見えた。


──当たり前だ。もう二度と、怖い目になんて遭わせない。


「あぁ。それが、俺の"日常"だからな」


強い決意と仄かな温もりを胸に、晴登と結月はそのまま眠りについた。

 
 

 
後書き
大幅に更新遅れて申し訳ありません。ただ、これにて肝試し編は完結となります。果たして、肝試し要素はどこにあったのか。それは自分でもわかりません(焦)

そしてここで少々残念なお知らせです。
今回の話を持って、今後の更新を不定期とさせて頂きます。理由は端的に言って、受験を見据えているからです。
もちろん、受験さえ終われば帰ってくる予定ですし、そもそも不定期なだけでたまーに更新はするつもりです。ただ、そういうことになるということを皆様に把握して頂きたく思います。
・・・アレです。アニメの1期が終わったーみたいな、そんな風に考えてください。2期はいずれ来ます。

という訳で、今まで読んで下さった方には大変申し訳なく思います。ですので最後くらいは晴登にカッコつけて貰おうと考えて、今回の話を書きました。惚れてまうやろ←

・・・さて、長々とすみませんでした。伝えたいことは一つです、今までありがとうございました! 次回は遠い先でしょうが、また会いましょう。では!





ち な み に

次回はキャラ紹介なので、そう遠くない内に更新します← 

 

キャラ紹介 第7弾

カズマ(剣堂 一真)

身長は平均より高く、細身の筋肉質。目はキリッとしていて、短い茶髪をした青年。
中学一年生の時、面白半分で規則を破って肝試しに森に入ったところ、"抑止力"として裏世界に召喚されてしまった。本来の年齢は晴登の一つ歳上だが、表世界と時間の流れが異なる裏世界で九年の歳月を過ごし、二十一歳となっている。
小学校から剣道をしているが、実力は中の中だった。が、裏世界に渡ってから婆やの指導を受け、ようやく逸脱した剣術を得る。
能力は"創剣"といい、剣の概念さえあれば何でも無限に創造できる。本人は自身の身長にも及ぶ大太刀がお気に入り。さらに雰囲気が良いからと、袴といった和服を好んで着用していた。



婆や

裏世界の住人であり、屈指の実力者。金髪ロングで、妖艶で豊満な美女。
『魂の力』に由来する能力を持ち、自身の生命エネルギーを使って強大な技を繰り出す、いわば諸刃の剣。しかし逆に言えば、能力を使いさえしなければ肉体が衰えることはない。そのため、彼女は何百年も生き永らえている。
九度目の魔王軍との戦争の際に一真を召喚したが、当時は使いものにならなかったため、育成して次の戦争に備えた。



魔王

婆やの夫にして、魔王軍の長にあたる人物。身長が高く、黒髪の美青年である。裏世界を消滅させるべきだという持論を婆やに否定され、二人は離別した。
魔法の適性がとても高くてどんな高等魔法でも扱うことができ、常に自身に魔法を跳ね返すリフレクターを展開している。
かつて表世界を訪れたことがあり、その際に洋装を気に入り、好んで着用している。
最期は自らイグニスの生贄となった。



イグニス

破壊の化身と恐れられる竜。あらゆるものを溶かすほどの高温の炎のブレスを吐く。鱗は硬く、刀を容易に通さない。
復活には、満月の日の"竜の祭壇"において呪文の詠唱と生贄を必要とする。魔王は裏世界を消滅させるべく、イグニスを復活させようとこの情報を九度目の戦争にて得る。
最期は、一真の「竜を殺す」という強い意志から生まれた"竜殺しの刀"によって討伐された。



ミスト

"霧使いのミスト"という異名の通り、霧を自由に発生させたり、霧中の水分を操ることができる。両目が見えず、それ以外の感覚器官で全てを把握するため、霧の中でも活動可能。
普段は無口で、顔を奇妙なマスクで隠しているが、正体は薄く汚れた白髪をした、気だるそうな表情の青年である。
最期は伸太郎の爆発に巻き込まれた。



ブラッド

金髪で、鋭い目と口が特徴の青年。異名は"吸血鬼のブラッド"であり、血液の形や硬度を自由に変えることができる。さらには、他人の血液を吸収して、自分のものにすることも可能。血を流すことを前提とした能力のため、本人は傷つくことを厭わず、その結果 戦闘狂と化した。加えて、戦闘においては頭も切れる。ちなみに、吸血鬼の弱点である日光や十字架が弱点かどうかは定かではない。
最期は"夜雷"に呑まれた終夜によって焼却。



ウィズ

長い黒髪で顔をも隠した女性。"魔女のウィズ"の異名に恥じない程の無尽蔵な魔力を持ち、それは悪魔級の召喚魔法を複数同時に行えるほど。召喚に頼る以上、本人には大した戦闘力は無い。
最期は"夜雷"に呑まれた終夜によって焼却。
 
 

 
後書き
すぐ書き終えてしまいました。さすがキャラ紹介。
気になるところがあれば気軽に言ってください。

ということで、次回から本当に不定期投稿となります。
今までありがとうございました! では! 

 

第76話『七夕』

 
前書き
なぜ77話じゃないのか… 

 
肝試し騒動から数日が経った。身体の怠さもほとんど抜け、晴登たちはようやくまた元の日常生活に戻ろうとしている。

これは、そんな時に迎えた7月7日の話──


「ねぇハルト、"七夕"って何?」


その一言が出たのは朝の食卓において。結月は新聞を手にして、興味津々に晴登にそう訊いたのだ。そんな結月を横目に、晴登は口の中の目玉焼きを呑み込んでから答える。


「毎年7月7日に行われる行事のことだよ。彦星と織姫が一年で一度だけ逢える大切な日・・・って話なんだけど」

「え? でも新聞の絵では、葉っぱに紙がたくさんぶら下がってるだけなんだけど…」

「あ〜そっちか。実際に七夕ではそういうこともするんだよ。紙に願い事を書いて笹の葉に吊るすと、叶うって云われてるんだ」

「へぇ〜、七夕って凄いんだね!」


結月は七夕の話を聞いて、目を輝かせる。結月にとって、この世界の文化に触れた機会はまだ少ないから、その分 魅力的に感じるのだろう。
そういえば、結月のいた世界にはどんな行事があったのだろうか・・・


「じゃあボクの願い事は『ハルトとずっと一緒に居られますように』かな!」

「ぶふっ!?」

「あーお兄ちゃん きたなーい」


結月の不意打ちに、晴登はたまらず口から牛乳を噴き出してしまう。同席する智乃にも変な目で見られて心が痛い。
しかし、爆弾を放った当の本人は首を傾げている。


「え〜、そんなにおかしな願いかな〜?」

「別に結月お姉ちゃんの願いは悪くはないけど、でも私の方がお兄ちゃんとずーっと一緒に居たいって思ってるよ!」

「む、ボクだって晴登と居たい気持ちは負けないよ!」

「……そういうのは、せめて本人が居ない所でやってくれ。恥ずかしい…」


晴登は朝から早々頭を抱えた。この調子では、今日一日 先が思いやられる。






家を出発してからも、その不安は中々拭えないまま、ついに学校へと到着した。到着したのだが・・・


「なんだ…これ…」

「笹の葉だよね、これ? それにしても大っきい…」


晴登と結月は、校門前に設置されている、見上げるほど大きな笹の葉を見て唖然とした。普通の学校ではここまで大きなものは用意しないだろう。
ただ、チラホラと短冊が掛かっているのが見える辺り、なるほど、これは全校生徒が使える七夕専用の笹の葉らしい。


「何かしらイベントが有るとは思ったけど、まさかこう来るとは・・・」


自由に願い事を短冊に書いて笹の葉に吊るす、それがこの学校流の七夕みたいだ。しかし、これでは願い事が他の人に丸見えである。恥ずかしいことこの上ない。


「あ、そこに机とペンと短冊があるよ! よし、ボクちょっと書いて──」

「待て待て待て待て! まさか、あの願い事を書く気じゃないだろうな?!」


結月が真っ先に机に駆け出そうとするので、慌てて晴登は手を引いて制止する。もし今朝の願いをそのまま書かれたら、恐らく晴登は学校で気まずい思いをすることになるだろう。何としても止めなくてはならない。というのに、


「え、むしろそれ以外に何書くの?!」

「あっさり認めるのかよ! ダメだ、行くぞ結月!」ガシッ


清々しいくらいに正直な結月の手をしっかりと握り、晴登はそそくさとその場を離れる。結月の容姿のせいもあって、騒ぐとやけに周りの目を引いてしまうが、今はやむを得ない。彼女を放っておく方が心臓に悪いのだ。


「あぁボクの願い事が! あ、でもこのままハルトと手を繋いでいるのも良いかも・・・」


どこまでも懲りない結月に気恥ずかしさを感じながらも、晴登はため息をついた。


「今日は、無事に帰れるかな……」


これが杞憂で済んでほしいと、心底願った。






教室の扉を開けると、いつもの騒がしさが部屋中を席巻していた。晴登は荷物を整理すると、すぐに机に突っ伏して密かにため息をつく。


「おはよう晴登。どうした、朝から元気ねぇな」

「あぁ、おはよう。ちょっとな…」


その晴登の様子を見てか、大地が話しかけてくる。今の有様じゃ言い訳はできないだろうから、晴登は静かに後ろを向いて大地に示す。
そこには登校早々、女子たちに囲まれて挨拶を交わす結月の姿があった。


「結月ちゃんがどうかしたのか?」

「実はさ・・・」


晴登は朝からの出来事をありのままに大地に伝える。ホントは口に出すのも恥ずかしいのだが、誰かに共感して欲しかった。しかし彼はそれを聞いて、うんうんと頷きながら一言、


「別に、喜んでいいんじゃないか? そんなこと言ってくれる子なんて、そうそう居ないぜ?」

「う、そうかもしれないけど…」


そう言われてしまうと反論の余地はない。事実、恥ずかしいけど嬉しくもある。
だがせめて、時と場所を弁えて欲しいものだ。ちっぽけではあるが、体裁に関わるので。


「全く、晴登は変なとこで女々しいんだから」

「いきなり出てきてその言い分はないだろ、莉奈」

「お、莉奈ちゃんおはよう」

「おはよー・・・って、それどころじゃないよ! 何で朝は私を置いて行ったの?!」


突然現れて大声を上げられると、朝は少し堪える。確かに置いて行ってしまった気は薄々していたが、別に毎日一緒に行く約束もしている訳ではないし、何よりその時は・・・


「あー悪い、結月のことで頭が一杯だったから」

「「……え?」」

「……あ」


正直に答えたはいいが、二人の反応を見て数秒後に晴登は己の不手際に気づく。今の言い方では誤解しか生まれない。


「あ、いや、違う、今のはそういう意味じゃなくて──」

「…ごめん晴登、私は邪魔者だったみたいね。今度からは別々に学校に行こう」

「いや、ホントに違うんだって!」


莉奈がシリアスそうに受け取るので、晴登は必死に弁明する。
すると彼女は小悪魔っぽい笑みを浮かべて、


「冗談冗談。晴登ったらすぐ信じちゃって~」

「全く、心臓に悪いな…」

「俺も晴登と一緒に学校行くの止めるわ」

「え、まだこの下り続けるの?!」


時間差でボケてくる大地に一喝したところで、朝のチャイムが鳴る。莉奈と大地は名残惜しそうに晴登の元を離れた。


「朝からハードすぎるだろ…」


晴登はまた静かに頭を抱えた。






時が過ぎるのは早いもので、あっという間に6時間目のHRの時間になった。山本が教室に入って来るのと同時に、晴登はあることに気づく。


「えー今日は七夕なので、皆さんには短冊に願い事を書いて貰おうと思います。もう校門で書いた人は自習してて構いません」

「結局書くのかよ…」


フリーイベントなのかと思えば、やはりそうは問屋が卸さない。結局は願い事が人目に晒される運命のようだ。
山本は手に持っていた短冊を皆に配っていく。


「でも、あの願い事だけは書かせないようにしないと。なぁ結月──」クルッ

「ん、なに?」


晴登は結月に一言言っておこうと振り向くと、結月は早くも短冊に何かを書いていた。晴登は書かれた文字を一瞥して、恐る恐る問う。


「・・・ねぇ、俺の名前が書いてあるように見えるのは気のせい?」

「うーん、事実かな」

「否定してくれよ…」


くっきりとボールペンで書かれたそれを見て、晴登は大きく嘆息した。でも名前だけだ、まだ間に合う。


「結月、俺の言いたいことはわかるよな…?」

「バカにしてもらったら困るよ。ハルトの考えてることなんてボクにはお見通しさ。とりあえずこの後は、『ずっと一緒に居られますように』って──」

「何もわかってないじゃん! それだけは書くなよ! 絶対書くなよ!」

「ふふん、ボク知ってるよ。そういうの"ふらぐ"って言うんでしょ?」

「いや回収しなくていいから!」


結月の手を止めるために、晴登は必死に説得する。彼女の願い事をあんな公の場に晒す訳にはいかない。今後の日常を守るには、今ここで止めなければならないのだ。


「む~ハルトは強情だなぁ。仕方ないからボクが折れてあげるよ」

「え、何、俺が悪いの? 悪くないよね?」

「」ツーン


結月が無反応になったので、晴登はそれ以上の言及を諦めた。折れてあげる、と言ってはくれたからには、その通りにはしてくれるだろう。このままつっかかっていては、お互いに願い事を書けないまま、この時間が終わってしまうのだ。いや、終わってくれた方が嬉しいのだけれど…。


「書いとかないといけなそうな雰囲気だしなぁ…。何て書こうかな」


自慢じゃないが、晴登にはこれと言って願いは無い。だからこの時間は苦痛でしかないのだ。
しかし、逆に嘘を書くことはプライドが許さない。お陰で一向にペンは進まなかった。


「アイツらは何書いてんだろ…」


晴登は顔を上げて、席の離れている莉奈や大地、さらに伸太郎や狐太郎も見た。彼らも遠目からは悩んでいるように見える。
やはり、みんなには夢や願いはまだ無いのか。それとも、有るがどう表現するか迷っているのか。もちろん、そんな人の考えを他人が容易に推し量れるはずもない。


「願い、かぁ……」

「困ってるみたいだね」

「うぉっ、先生!?」

「しーっ、静かに」


晴登の呟きに呼応するかのような突然の山本の登場に、思わず声を上げてしまった晴登は慌てて口を塞ぐ。すると山本は微笑みながら、「アドバイスをしよう」と言った。


「夢や願いは決して大きくなくてもいい。何かになりたい、美味しいものを食べたい、好きな人と一緒に居たい・・・そういうの全て、ささやかなことでも"願い"と言えるんだ」

「あ…」


晴登は思わず振り返りそうになりながらも、山本の話を聞き続ける。


「君は本当に願いが無いのかい? ちょっとしたことでもいい。これがしたいと、ふと思ったことをここに書いてみるんだ」


そう言って、山本は晴登の元を離れた。

相変わらず不思議な先生だ。彼の話を聞いていると、どこか別の世界に引き込まれそうな気分になる。
だが、彼の言うことは何となく理解できた。


「俺のしたいこと・・・そうだな」


晴登はシャーペンを手に取った。






HRの時間も終わり、下校を知らせるチャイムが鳴った。生徒は先生に挨拶を交わしながら教室を出ていく。晴登もその一人だ。


「俺らが書いた短冊は校門前の笹に吊るされるんだってな」

「うわぁ…ヤダなぁ…」

「ちなみに晴登は何て書いたんだ?」

「俺の口からは言いたくないよ」


廊下を歩きながら、「はぁ」と晴登はため息をついた。無論、この学校のよくわからない風習のせいである。隣を歩く大地はあまり気にしていない様子だが、違和感くらい持って欲しいところだ。


「あーいたいた! 置いてかないでよハルトー!」

「お、結月・・・と莉奈」

「私はオマケか。全く、お姫様を置いていくなんてどういう了見よ」

「いつから俺は王子様になったんだ」


ここで結月と莉奈と合流する。
ちなみに誤解のないように言っておくが、置いていった訳ではなく、教室で女子トークが展開されていたから帰ったに過ぎない。しかも待つかどうか迷いも見せたのだ。これなら無罪だろう。うん、無罪。


「いや、置いていった時点で有罪だよ」

「人の心を読むんじゃない怖い」

「ちっちっち、晴登の考えてることくらい何となくわかるもん。幼なじみをナメちゃあいけないよ」

「凄い、ボクもその力欲しい…!」

「結月ちゃんなら簡単にゲットできるよ。そもそも、晴登は単純だから」ニヤ

「聞こえてるぞ」


他愛のない会話をしながら、一行はついに件の校門へと至った。
登校時とは打って変わって、笹の葉はカラフルな短冊らで色とりどりに彩られている。その光景には思わず晴登も見入ってしまった。
その一方で、好奇心旺盛な莉奈は人の願いをガサガサと見漁っていく。


「あ、これ大地のだ。えっと・・・『サッカー選手になりたい』。何か普通だねぇ」

「おいおい、勘弁してくれよ莉奈ちゃん」


照れてはいるが、大地は願いを見られることにあまり抵抗は無いようだ。よほど自信があるということか。羨ましい…。


「そう言う莉奈ちゃんは何て書いたんだ?」

「私はねぇ、『プリンをたらふく食べること』!」

「…何となくわかってた」


莉奈の願いがプリン絡みなのは想定済み。将来の夢とかは聞いたことないが、たぶんプリン関係の職に就くだろう。そんな気がする。


「他には何があるかなぁ〜?」

「あまり物色するなって……ん、これって暁君と柊君の・・・」


莉奈の好奇心を宥めようとしていると、ふとそれらが目に入った。ダメだとわかっていても、ここまで来たら見てしまうのが人の性である。


「『強くなりたい』、『友達を増やしたい』か……」


晴登は自分にしか聞こえないくらいの声で呟いた。かなり漠然としているが、二人を知る晴登にはこの願いの重みがひしひしと伝わってくる。伸太郎は先日の裏世界での自身の不甲斐なさに向けて、狐太郎は自身のコンプレックス克服に向けてといったところか。


「うん、叶うといいなぁ」


晴登は独りでに微笑みながら、二人の願いが成就することを祈る。ついでに言えば晴登自身の願いも・・・


「あ、これ晴登のじゃない?」

「ホントだ、見せて!」

「おいやめろお前ら!?」


しみじみとしていると、そんな声が聞こえてきたので慌てて莉奈たちの方を向く。
しかし時すでに遅し。彼女らはもう晴登の短冊を手に持っていた。そして声に出してそれを読まれてしまう。



「「『平和な日常を送れますように』」」



僅かな沈黙。と、同時に彼女らから向けられる生温かい視線に気づいた。


「な、なんだよその目は!」

「いや〜なんかここまで来ると恥ずいね」

「うるさいな! いいだろ別に!」


莉奈に言われ、晴登は小っ恥ずかしくなって顔を背ける。
すると、見知った名前の付いた短冊が視界に映る。


「これ、結月の・・・」


一瞬、嫌な予感が頭の中を過ぎったが、あれほど言ったからさすがに違うことを書いているだろう。そう思い込んで、晴登は結月の願いを読んだ。



『ハルトの願いが叶いますように』



「……こっちの方が恥ずかしいだろ」


文句を言いながら、晴登の口角は自然と上がっていた。彼女の願いは晴登の願いそのもの。そう思うと照れくさくもなるが、自信も湧いてくる。


「晴登〜何してるの? 置いてくよ〜!」

「今行くよ!」


晴登の願いを見て好奇心は満足したのか、彼女たちはもう帰路につこうとしていた。莉奈の言葉に急かされ、晴登もその元へと向かう。


その時、気持ちの良い清々しい風が彼らを撫でた。
すると、一枚の短冊がそれに巻かれて(ひるがえ)る。



『ハルトとずっと一緒に居られますように』



結局それが書かれてしまっていたことを晴登が知る由もなく、一行はこの場を後にした。





新緑が青々と茂り始め、太陽も燦々と輝いている。熱気で火照る身体は、時折吹く涼しい風が冷やしてくれた。

今年もようやく、その時期が訪れようとしている。

彼らはこの時期に何を見るのか。



──夏が、来る。
 
 

 
後書き
令和初で、かつ今年最後の更新と思われます。お久しぶりです。

今回は次の章に向けての幕間と言ったところでしょうか。いよいよ夏がやって来ます。リアルと時期が被ったので、前回からどれだけ間が空いたのかがわかりますね。もう半年以上経ちましたよ笑

次回は来年になると思いますが、また読んで頂ければ嬉しいです! では! 

 

第77話『夏のはじまり』

 
前書き
タイトル通りです。 

 
夏休み。
それは誰もが心躍らせる、魅惑の休暇。そして子供にとって、最高の思い出の1ページになる期間だ。夏祭り、海水浴、スイカ割り・・・楽しみを例に挙げるとキリがない。

そしてここにも、そんな夏休みを心待ちにしている者たちがいた。


「なぁ晴登、聞いたか? 林間学校の話」

「え? いや、聞いてないけど。あるの?」


その話題が出たのは、水泳の授業の自由時間の時だ。プールに揺蕩っていた晴登に、大地が嬉々とした様子で言う。


「あるある。先輩が言ってたんだ。1年生は夏休みの間に、2泊3日で自由参加の林間学校があるって」

「これまた盛大な行事だなぁ」


またイベントかと、考えるだけで既に気疲れするが、しかし夏休みなんだから、イベントがあるのも当然といえば当然だ。よく考えると、今回は学校関係の行事だから、さすがに魔術云々が絡むことはないのではないか。
これは久々にゆっくりできそうな機会の予感。


「もちろん行くよな?」

「当たり前だ!」

「お前ならそう言うと思ったぜ」


そうとわかれば、晴登は単純だった。最近物騒なことに巻き込まれ続けて、ようやく手に入る日常だ。エンジョイせずしてどうする。
大地のニカッとした笑顔につられ、晴登も笑みを返した。


「なになに〜? 2人でニヤニヤしちゃって〜」

「何の話してるの?」


すると、その様子を見た莉奈と結月が声をかけてきた。
大地は二人にも同じ質問をする。


「林間学校の話だよ。二人は行くの?」

「あぁそれね。私はもちろん行くよ!」


予想通りだが、莉奈は行く気満々だ。
というか、逆に行きたくない人なんているのだろうか。こんなに楽しそうな行事なのに。


「結月ちゃんは?」

「リンカンガッコウ・・・が何かはわかんないけど、ハルトは行くの?」

「え、行くよ?」

「じゃあボクも行く!」

「おぉ、ブレないねぇ」


これもおおよそ予想はできていたが、それ以前に何だか気恥しい。大地も莉奈もニヤニヤとこちらを見つめてくる。
全く、結月はもう少し考えて発言して欲しい。


「それじゃこのメンツは参加決定だな。他の奴らにも訊いてみよっと」

「あ、じゃあ俺も・・・」


大地がそう言ったから、晴登も個人的に気になる人に訊いてみることにする。





「林間学校? 行く訳ねぇだろ。めんどくせぇ」


いた。林間学校に行きたがらない人がここにいた。もっとも、これに関しても予測のついたことだ。プールサイドに腰を下ろしている彼、伸太郎がこういったキラキラとした行事に参加したがるはずがないと。あ、これは別に馬鹿にしている訳ではない。そういう人もいるだろう。


「いいじゃん、暁君も行こうよ。ね?」

「何だよ、行きたい奴らで勝手に行けばいいだろ。自由参加なんだろ? だったら参加しない権利も俺にはあるはずだ」

「そうだけどさー」


無理強いは良くないとわかっているが、やっぱり友達と行事を楽しみたいと思うのだから仕方ない。特に伸太郎とはこれからも関わりが多いだろうから、もっと親睦を深めるチャンスでもある。


「行こうよ行こうよ〜」

「やめろ、プールに引きずり込もうとするな!」

「行こうって〜」

「わかった、わかったからそれ以上引っ張るな! 気持ち悪い!」

「酷い!?」


晴登が甘えるように伸太郎の腕を引っ張っていたら、彼はようやく首肯した。その代償として、罵声を浴びせられた訳なのだが。
確かに、男が男にそうしても誰得の絵面なのかわからない。ちょっぴり反省だ。


「柊君はどうするの?」

「え、僕?! えっと、行ってはみたいけど…」


伸太郎と同じくプールサイドに座っていた狐太郎にも、晴登は声をかけた。彼は相も変わらずパーカーで顔を隠している。
今の返答だと、行かない可能性の方が高そうだ。


「柊君も行こうよ。絶対楽しいって」

「うーん…」


人と関わるのを極端に避けていた彼には、少し荷が重い話だろうか。しかしこの機会を逃すのは惜しい。集団生活に慣れるチャンスなのである。それがわかっている彼は、うんうんと唸り続けていた。


「だったら一緒に行動するからさ。ね?」

「…三浦君がそう言うなら」


口から出まかせな提案だったが、何とか受け入れてくれたようだ。とはいえ、狐太郎ともっと会話する機会が欲しかったから、これはむしろ望ましい結果である。


「よっし!」


晴登は勧誘が成功して、喜びに小さくガッツポーズをとるのだった。







「林間学校? そういやあったなそんなの」

「懐かしいわね〜」


今日の授業も終わり、今は部活タイム。晴登は林間学校について、終夜たちに訊いていた。
ちなみに、伸太郎や2年生の方々はもう既に帰ってしまったので、今は晴登に結月、終夜と緋翼の4人しかいない。


「それで、林間学校ってどんな感じなんですか?」

「どんなって言われても、海で遊んだり、山でスタンプラリーしたり、夜は肝試しとか花火があった記憶しかないが・・・」

「めちゃくちゃ面白そうじゃないですか! 楽しみだな〜」

「確かに、楽しいのは本当ね。ただ、ちょっと癖が強いけど…」


晴登は、終夜の答えに目を輝かせてワクワクする。
ただ一方で、苦笑いしている緋翼の言葉も気になった。この学校の行事に癖があるのは、先日の肝試しの件を思い返すと納得するのだが、果たしてどんな風なのだろう。まさかまた異世界に行ったりしないだろうな。


「すたんぷらりー? 何それ?」


結月は見知らぬワードに疑問符を浮かべる。
少なくとも、彼女が住む地域には"水泳"が無かったぐらいなのだ。知らなくても不思議ではない。


「じゃあそれは当日のお楽しみってことで。その方が面白いでしょ?」
「うん、そうだね!」


満面の笑みを浮かべる結月に、晴登は無意識に微笑んだ。何度見てもいい笑顔である。


「けっ、いいよな〜夏休みがあるなんてよ」

「そういえば、3年生は今年は受験勉強なんですよね」

「あぁ、全く大変だぜ」


今まで意識していなかったが、もう7月ともなると3年生は部活動引退の時期だ。終夜たちとこうして団欒することが無くなるのだと思うと、寂しいものがある。


「まぁ、まだ部活は引退しないんだけどな」

「え、しないんですか!?」

「魔術部の3年生の正式な引退は夏休みが終わってからなんだよ」

「そ、そうなんですか…」


そんなに引退が遅くて、受験勉強は大丈夫なのだろうか。いや、そもそもなぜそんなに遅いんだ。もしかして、夏休み中に何か活動があるのだろうか。


「それでも、俺らは夏休み中は大体受験勉強だから、結局夏休みは無いってこった。お前らも2年後はこうなってるぞ」

「うげぇ、そんなこと言わないでくださいよ。まだ1年生なんですから」

「はっはっは。なら今のうちに学校生活をエンジョイするんだな」


終夜の快活な笑いに晴登は肩をすくめる。
しまった、引退が遅い理由は訊くタイミングを失ってしまった。でもきっとそのうちわかるだろうから、今は気にしないことにしよう。


「あ、そういえば言い忘れてたが、お前ら水着を買っておいた方がいいぞ。海まで行ってスク水なんてダサいからな」

「あぁ〜そういえば」


それは盲点だった。となると、スク水しか持ってないから買いに行く必要がある。大地にでも相談するとしようか。


「となると、結月も別の水着か…」

「何か言った? ハルト」

「あぁいや、何でもない!」


その誤魔化しに結月は首を傾げているから、本当に晴登の呟きは聞こえていなかったのだろう。危なかった。
さて、普段見るスク水の格好でも十分に魅力的な結月は、他の水着だと一体どんな風になるのだろうか。男の子的にとても気になる。


「三浦、あんまり浮かれすぎんなよ?」

「べ、別に浮かれてないですよ!」

「ホントか〜? まぁいいや。とりあえず、楽しんでくるといいさ。よし、今日は特にすることもないので、これで解散!」


終夜の言葉で部活が締めくくられ、今日の学校生活は終わりを迎えた。







「えぇ〜海で遊べるの〜? いいないいな〜!」

「智乃はまた今度な」

「ズルい〜!」


時は夕食を終えて、晴登が智乃に林間学校について話をしたところだ。彼女はぴょんぴょんとしながら嫉妬を顕わにしている。


「お兄ちゃんと海に行きたい〜! 結月お姉ちゃんだけズルい〜!」

「ごめんねチノ。でもこればっかりは仕方ないから」


駄々をこねる智乃に結月は穏やかに対応する。だが、その表情が若干ドやってるように見えるのは気のせいだろうか。気のせいだと思いたい。


「くっ、こうなったら無理やりついて行くしか…」

「ダメだ。大人しくしてろ」

「ぶー」


ぶーたれる智乃を見て、晴登はやれやれと嘆息する。
友達との旅行ならまだしも、さすがに中学生の行事である林間学校に小学生の智乃を連れて行くことは不可能だ。こればっかりは我慢してもらう他ない。


「…お土産買ってこないと許さないからね」

「いや俺悪くないだろ。そもそも、林間学校にお土産とかあるのか…?」

「ふーんだ」


代案に疑問を持つ晴登をよそに、智乃は立ち上がり、さっさとお風呂に向かってしまった。
納得はしてくれたみたいだが、これはしばらく口を聞いてもらえなさそうな雰囲気だ。


「…チノは寂しがり屋だね」


結月がポツリと呟いた。
確かにそうかもしれない。両親がいつも外出しているから、智乃は常に晴登と共に過ごし、そして頼れる兄として慕ってきた。だから晴登がいない時、彼女がとても寂しがるのは想像に難くない。


「全くだ。これじゃ、 いつまで経っても独り立ちできそうにないな」

「ん、それだと困るなぁ。ボクとハルトの2人きりの生活ができなくなっちゃう」

「な…!?」


いきなりの堂々たるプロポーズ。その不意打ちには、晴登も顔を真っ赤にして照れてしまう。
しかし結月は、その様子に気づかないまま立ち上がって、


「さて、ボクもチノと一緒にお風呂に入ってこようかな。お姉ちゃんが機嫌をとってあげなきゃ」


そう言い残すと、結月もまたお風呂へと向かっていってしまった。もうすっかり、智乃のお姉ちゃん気取りである。

そして部屋に一人取り残された晴登は、大きくため息をついた。


「どうしたんだよ俺…」


頬の熱が未だに引いてくれない。
今までなら冷静に一蹴していたはずなのに、ここ最近やけに結月の言葉に過剰に反応してしまう。一体どうなってしまっているのだ。


「これがいわゆる・・・」


そこまで呟きかけて、止める。この先を言うのは、何だかこっ恥ずかしい気がした。
晴登は首を振り、頬を叩いて心を落ち着ける。とりあえず、別のことを考えて誤魔化そう。


「…あ、結月が行ったら逆効果じゃない?」


そしてそう気づいたのは、風呂場から智乃の大声と結月の笑い声が聴こえてきた頃だった。



夏休みまで、あと1週間。

 
 

 
後書き
お久しぶりです。波羅月です。

7月のイベントは、夏休みということで"林間学校"に決まりました。山ですよ、海ですよ、ドキドキですね。ちなみに、自分はしたことありません()

さて、今回の章はプロット構築済みなので、早く書き進めたくてうずうずしています。しかし、時間を思うように取れないジレンマ。え、何してるのかって? 別に最近買ったポ〇モンとかしてないですよ?←

次回から本編が始まっちゃうかは、ちょっと書いてみないとわかりません。程々にご期待下さい。では! 

 

第78話『水着』

それは、夏休みを明後日に控えた休日のことだった。


「それじゃ、行ってくるよハルト」

「うん、行ってらっしゃい結月」


結月が玄関のドアを開けながら手を振るのに合わせて、晴登も手を振り返す。彼女は可愛らしいヒラヒラとした洋服を身にまとい、その手にはオシャレな小さなバッグが握られていた。
何でも、今から莉奈やその友人とショッピングに行くのだそうだ。結月が晴登無しで外出するのは初めてのことなので、新鮮な気分がする一方、ちょっぴり寂しい気もする。

ドアが閉まり、見送りを済ませた晴登は自分の部屋へと戻る。


「さて、俺も準備しなきゃな」


12時を示す時計を見ながら、晴登はポーチを用意する。これは晴登がいつも外出用に装備している物だ。そう、晴登もまた、この後大地と一緒にショッピングの予定がある。その目的は・・・


「水着、買いに行かなきゃな」






「いや〜外暑っついな〜」

「さすが夏、って感じだな」


夏の暑さに愚痴を吐きながら、晴登と大地の2人はデパートにやって来た。このデパートは晴登の自宅から自転車で30分、と少々距離のある所に位置している。おかげで、着いた頃には汗でびっしょりなのだった。


「早く中に入ろうぜ。冷房が無いと死んじまう」


大地が急かすように言うので、2人は急いでデパートの中へと入る。するとその瞬間、頭から冷水を被ったかの様な、鋭い冷気に包まれた。


「涼し〜」

「この感覚たまんないな〜」


自転車をひたすら漕いで火照った身体に、このヒンヤリとした涼しさは極上の褒美だ。うっとりと感じ入ってしまう。
しかし、入口で立ち止まってしまうのは迷惑というもの。先に進もう。


「水着ってどこにあるっけ?」

「2階じゃなかったか?」


晴登にとってデパートに親無しで来るのは、実は初めてのことだった。大地も同じようで、右往左往しながら2人はデパートを彷徨う。
ファストフード店や100円ショップ、メガネ屋や靴屋などその他諸々を横目に眺めながら、歩みを進めた。


「…あ、ここじゃないか?」

「そうみたいだな。よかったよかった・・・って結月?!」

「ふぇ、ハルト!?」


デパートに入って10分程度で目的地には着いたが、ここで予想外の展開が起こる。なんとそこで結月と鉢合わせたのだ。そしてその隣には・・・


「あれ、晴登と大地も水着買いに来たの?」

「お久しぶりです、三浦君」


莉奈と優菜がいた。なるほど、莉奈の友人とは優菜のことだったのか。それにショッピングの目的も、晴登たちと同じく水着だったようだ。偶然も偶然である。


「え、あの時の美少女…?!」

「そういや大地は初めてだったか。こちらは戸部さん」

「初めまして。鳴守君…ですよね?」

「どうして俺の名前を?!」

「莉奈ちゃんから聞いています」


ニコリと微笑む優菜とは対照的に、驚きを露わにする大地。その後、彼は晴登と肩を組んで後ろに振り返る。


「お前、いつの間に知り合ってたんだよ!」

「莉奈と帰ってる時にたまたま会って、その時 友達になったかな」

「コミュ障のお前がか? 運の良いやつめ」

「あはは…」


大地が何だか悔しそうにしている。これは、部活の合宿の時にも会って話してデート紛いのことをしたことは隠しておいた方が良さそうだ。面倒なことになる気がする。


「2人でコソコソ何喋ってんの?」

「いや、何でもない。…コホン。改めまして、俺は鳴守 大地。以後よろしく」

「戸部 優菜です。こちらこそよろしくお願いします」

「やべぇ、美少女と会話すると緊張するな…」

「声に出てるぞ」


晴登は冷静にツッコみつつ、話が脱線していることに気づいた。
今日ここに来たのは合コンのためじゃない。水着を買いに来たのだ。


「それじゃ、俺たちも水着を買ってくるからこの辺で・・・」

「え、この際 一緒に選ぼうよ」

「えっ!?」


晴登がその場を後にしようとすると、莉奈に引き止められる。
待て待て、さすがに水着を買う時は男子と女子は普通分かれるものじゃないか?


「いや、さすがにそれは・・・」

「結月ちゃんも晴登に水着選んで欲しいよね?」

「うん」

「ほら」

「いや、『ほら』じゃないから。ていうか即答かよ」


晴登が断る理由はただ一つ、"恥ずかしいから"であることに他ならないのだが、莉奈も結月も気にしていないように見える。というか、むしろ望まれてる。

その時、晴登の肩に手が置かれた。


「いいじゃんか、女子の水着を選ぶ機会なんてそうそうないぞ?」

「いやけどよ…」

「煮え切らない奴だな。向こうからお願いされてるんだから、素直に受け取っとけよ」

「そういうもんか…?」


半信半疑の晴登に、大地は「そういうもん」と呆気なく返す。
ここまで言われてしまうと、断る方が逆に不自然だ。流れに乗るしかない。


「わ、わかったよ」

「決まりね。それじゃ早速、結月ちゃんの水着を選んで行こう!」

「「おー!」」

「お、おー」


みんなの声に、晴登の声が小さく重なった。






結月が水着を試着することになり、更衣室に入っている間、晴登は優菜に話しかけた。


「戸部さんと結月はいつから知り合いなの?」

「いえ、今日初めて会いました」

「今日!?」


てっきり、莉奈を仲立ちとしてとっくに仲良くなっていたのだと思っていたのだが、実際は今日がファーストコンタクトだと言う。


「びっくりしましたよ。莉奈ちゃんが友達を紹介するって言って、連れてきたのがあの結月ちゃんだったんですから」

「『あの』?」

「知らないんですか? 結月ちゃんは学年でもとびきりに話題の人物ですよ」

「あぁ、なるほど…」


確かに結月が転入してすぐは、突飛な容姿のこともあり、校内がざわついていた気がする。それでももう収まったとばかり思っていたが、どうやら他のクラスでは未だに話題になっていたらしい。


「それに噂通り、すごく可愛いですよね。銀髪で蒼い眼なんて、まるでお人形さんみたい」


優菜は手を合わせてにっこりと微笑む。同意見だ。
ただ、その笑顔を見て、「戸部さんも十分可愛いよ」などと言える程の度胸は、晴登には持ち合わされてはいなかった。


「いやいや、戸部さんも十分可愛いって」

「ふふ、お世辞でもありがとうございます」


しかし、横から入ってきた大地にそんなことはなかった。平然とそういったことを言ってのける姿は、昔から晴登もよく目にしている。コミュ障として、友達として、学びたい部分だ。


「着替え終わったけど…」


そうこうしている内に、結月は着替えを済ませ、カーテンから首だけを覗かせて言った。その表情には若干の恥じらいが読み取れる。


「よし、じゃあカーテン開けるよ?」

「う、うん」

「ではご開帳〜」


莉奈が勢いよく、カーテンを開く。その瞬間、晴登は気づけば目を見開いていた。

目の前に現れたのは、青を基調とするフリルの付きのビキニ水着を着た結月の姿だった。露出された雪の様に白い肌が、水着の青色をより際立たせている。


「これは…さすがに恥ずかしいかな」


いつもは堂々としている結月も、これにはさすがに恥ずかしがっていた。もじもじとする様子は、何だか新鮮に感じる。というか、こっちまで恥ずかしくなってくる。


「どう…かな、ハルト?」

「え、あ…」


結月が頬を赤らめながら訊いてくる。
一方、晴登はしどろもどろになりながら目をそらした。こんなの、直視できる訳がない。…可愛すぎる。


「えっと…変、なのかな…」

「あ、いや、違う! その…凄く、似合ってるよ…」


晴登は顔を真っ赤にして、ボソボソと呟くようにそう言った。こんなこと言うのは柄じゃないというのに。
しかしこの言葉に、凹んでいた結月は一転して目を輝かせる。


「そう?! 似合ってる?! 良かった〜!」


安堵と共に浮かべられた満面の笑み。晴登はそれを一瞥して、また目をそらす。ダメだ、これ以上は心臓がもたない。


「おやおや、晴登君ったら顔が真っ赤だね〜」

「そんなに結月ちゃんの水着姿が気に入ったのかな〜?」

「う……」


顔を背けていた晴登を、莉奈と大地がここぞとばかりにいじってくる。しかし、それが嘘だとも言えないから反論ができない。おかげでやられ放題だ。


「晴登もいい反応だし、なら結月ちゃんはその水着にしよっか」

「うん、そうだね」


晴登が気に入ったのであれば、結月がこの水着を着ない理由はない。なんと照れくさいことか。
しかし逆に考えると、晴登は再び結月のこの水着姿を拝むことができるようになる。そう察すると同時に、密かに高揚してくる自分もいた。


「じゃあ次は晴登の水着いってみよー!」

「「おー!」」

「いや勝手に進めないで!?」


こうして、5人の水着選びが着々と進んでいくのだった。






「みんなお疲れ〜!」


夕焼けが空を彩り、これから帰路につこうという時に、莉奈が元気よく言った。これにて、水着選びは終わりである。各々新しく水着を買い、これで林間学校への憂いも無くなった。


「疲れた〜」

「散々だったな晴登」

「全くだよ…」


まさか晴登の水着選びだけあんなに時間がかかるとは。一体何着試着させられただろうか。これは主に結月と莉奈のせいなのだが。


「途中で変なの履かされてなかったか?」

「それは全部莉奈のチョイスだ。悪意しか感じなかったよ」

「む、酷いなぁ。私だって晴登に似合うと思って・・・」

「それだと余計にタチ悪いな」


カエル柄だとかドクロ柄だとか、そんな水着が本当に似合うと思っていたなら、腕の立つ脳外科をオススメしたいところだ。何度水着を放り投げようと思ったことか。


「私は可愛いと思いましたけど」

「戸部さん、その褒め言葉はあんまり嬉しくないよ…」

「ボクは面白かったよ」

「それもそれで嬉しくないな…」


優菜と結月が慰めの言葉をかけてくれるが、後世まで語り継がれるであろう今日の黒歴史の前ではあまりに無力。あの時はもう、穴があったら入りたいくらいの最悪の気分だった。それでも、莉奈と違って結月はまともな水着を選んできてくれたから、何とか穴に入らずに持ち堪えたのである。


「良かったな、最終的には決まって」

「うん、これは俺も気に入ったよ。結月、ありがとう」

「ボクの水着を選んでくれたお礼だよ。気にしないで」


結局、晴登が選んだのは柄の少ないシンプルな青色の水着だった。これくらいが気軽に着れて丁度いいと思う。結月の水着の色と被ったのはたまたまなのだが、その結月本人が選んだのだから真意は定かではない。


「それじゃ、今日はこれにて解散!・・・って、途中まではみんな一緒だね」

「あ、戸部さんの家もこっち方面なんだ」

「そうですね。莉奈ちゃんの家とそんなに離れてません」

「てことは、俺の家ともそう遠くない訳か」


莉奈の家と離れてないならば、すなわちその隣にある晴登の家とも離れてない。入学式の日に一度すれ違ったことがあるから、方面は一緒だと思っていたが、まさにその通りだったようだ。まぁ知ったところで、遊びに行く訳では無いのだが。


「そうなりますね」

「なるほど…」

「どうした、大地?」

「いや、何でもない」


優菜の返答に、やけに考え込む大地。今の話に何か難しいことがあっただろうか。でもそれなら、大地より晴登の方が先に悩むと思うのだが。


「まぁ気にするだけ無駄か」


そう晴登は結論づけて、そのまま一行は自転車で帰路についたのだった。





自転車で走り始めて20分程経っただろうか。夕日が空を紅く照らし、一方で街灯がぽつぽつと灯り始めている。住宅街には入っているものの、晴登の家まではもう少しかかるといった塩梅(あんばい)だ。


「それでは、私はこの辺で」


そう言ったのは優菜。どうやら彼女はこの曲がり角で曲がるようだ。ここは晴登の町内の隣の町内だから、確かに彼女の家は遠くないと言える。


「ばいばい優菜ちゃん」
「じゃあね戸部さん」
「またねユウナ」

「はい、それではまた」


莉奈と晴登と結月が手を振ると、優菜も手を振り返す。そして別れを済ませた彼女は、そのまま曲がり角の向こうに──


「ちょっと待った。もう辺りも暗いから、俺が戸部さんを送るよ」


そう突然言ったのは大地だ。確かに、夕日はもう沈まんとしている。優菜の家の場所は詳しく知らないが、少なくとも晴登たちが家に着く頃には夜になっていることだろう。そんな中、女子中学生が1人でいるのはあまりよろしくはない。


「けど大地の家って逆方向──」

「しーっ、静かに。・・・どうかな、戸部さん?」


だがそもそも大地の家まで行くには、晴登の家を通り過ぎる必要がある。ここで曲がってしまっては、かなりの遠回りだ。
それを晴登が指摘しようとすると、大地はその口を手で塞ぎながら、優菜に訊いた。


「…そうですね、ではお言葉に甘えて」

「オッケー」


彼女は少し悩んだ様子を見せたが、すぐに承諾した。大地はその答えを聞いて、ぐっと親指を立てる。

そして、2人はそのまま曲がり角を曲がっていった。大地も一緒なら、こちらとしても心配は無い・・・のだが、


「…結月ちゃん、今のどう思う?」

「…間違いないと思うよ」

「何を2人でコソコソ話してるの?」

「はぁ…これだから晴登は」

「え、もしかして今バカにされた?」


莉奈と結月の内緒話が気になって訊いてみると、なぜか反撃を喰らってしまった。
大地の行動が何かおかしかったのだろうか。確かに遠回りにはなるが、それでも女子を送っていく姿勢には好感が持てる。だから正しいと思うのだが・・・


「これじゃ結月ちゃんも大変ねぇ」

「そうだよ全く」

「何だよ2人して…」

「「なんでもなーい」」


晴登は2人の会話の意図がわからず、不貞腐れてしまう。それを見て、彼女たちは顔を見合わせてプッと噴き出した。


「じゃあ帰ろっか」


その莉奈の言葉で、3人は再び帰路につく。
空には微かに星が浮かんでいた。


もうすぐ、夏休みがやって来る。
 
 

 
後書き
思ったより時間がかかってしまいました。波羅月です。
いやね、ストーリーできてるとは言ってもね、細かいところは全然なんですよ(言い訳)。はい、頑張ります…。

次回は夏休みに入る…のかな? たぶん入ります。ただ、林間学校に入るかは微妙なところです。また地味に時間かかりそう…。

でもでも、張り切って書いていきます!
次回もよろしくお願いします! では! 

 

第79話『夏休み』

 
前書き
作品のタイトル及びあらすじをいじりました。 

 
今日は1学期最終日。思い返すと、色々なことがあった。GWに運動会、異世界に行ったことは学校とは無関係なのだが、実に内容の濃い学期だったように思える。
そんな余韻に浸りながら、終業式での校長の長い話を聞き流し、LHRでの山本の連絡は真面目に聞いていると、いつの間にか放課となった。

当然、晴登と結月と伸太郎は1学期最後の部活へと赴く。部室に入ると、既に2年生と3年生は揃っていた。


「「こんにちは」」

「よう、丁度良かった。それじゃ全員揃ったことだし、夏休みの予定を伝える。これを見て欲しい」


挨拶を軽く済ませた終夜は、数枚の紙を懐から取り出した。そこには、部活の今後のスケジュールが記載されている。普段特に何もしてないとはいえ、やはり魔術部にも予定はあるようだ。
全員、終夜からその紙を受け取ると、彼は話を続けた。


「夏休み中、魔術部は基本自由参加だ。部室は開放しておく。ただ、三浦と結月と暁には伝えておかないといけない行事が8月にあるんだ」

「8月・・・あ、この『全国魔導体育祭』ってやつですか?」

「そう、通称『魔導祭』。それが俺たちにとって、他の部活で言う"大会"にあたる」


大会。まさかその響きをこの部活で聞くとは思ってもいなかった。実感は無いのだが、やはり全国に魔術師はいるということか。何だかワクワクしてきた。


「そこで、魔術を使えるお前ら3人は特に調整をしておいて欲しい。この大会は結構ハードだからな」

「「わかりました」」


結構ハード・・・一体どんなことをするのだろうか。やっぱり戦闘(バトル)? それとも別の競技? でもどちらにせよ、楽しみなことに変わりはない。8月なら、林間学校の疲れとかも関係ないだろう。

そして終夜は、要件は伝えたと一息ついてから、全員を見渡しながら言った。


「詳細は追って連絡する。だから今日はもう解散だ。各々、夏休みを満喫してくれ。お前らは林間学校楽しんでな」

「「はい!」」


明日から、いよいよ夏休みが始まる。その期待に胸を高鳴らせ、晴登は自然と口角を上げた。

だがその刹那、部長が「あ」と一言だけ声を発する。


「言い忘れてたけど、夏休みの宿題が夏休み中に終わらない、なんてことがあったら罰ゲームだからな。覚えとけよ」

「「うげぇ…」」


終夜がニタリと不敵に笑う。ちなみにその忠告に音を上げたのは、主に2年生の先輩たちだった。あの表情から見るに、何だかヤバそうな雰囲気だ。去年に何かあったのだろうか。
さすがに大丈夫だとは思うけど、一応早めに終わらせておくか…。






時は流れ、いよいよ林間学校が明日に控える今日の昼。晴登と結月は2人で準備を進めていた。


「・・・よし、こんなもんか」

「こっちも準備できたよ」


パンパンになったバッグのチャックを閉めながら、2人は準備の完了を報告し合う。必要な物は何度もチェックしたので、もう心配は無い。


「でも最後に日程の確認はしとくか」

「そうだね」


そう言って2人は、林間学校のしおりを取り出す。その表紙には、漫画家が描いたのではと思うほど、躍動感に溢れた少年少女のキャラが上手に描かれていた。


「やっぱりこれ描いた人凄いよなぁ。美術部の人とかかな?」

「そうだねぇ」


2人は感嘆しながらページを捲り、スケジュール表を開く。


「一日目は海で遊び、夜は肝試し。二日目はスタンプラリーからの花火。そして三日目は掃除して帰宅、か。部長の言った通りのイベントだね」

「楽しみだなぁ」


結月は待ちきれないと言わんばかりに頬を緩ませている。その頬をつついてみたいと思いながら、晴登は次のページを開いた。そこには班の番号とそのメンバーの氏名が記載されている。


「大地とは違うけど、暁君や柊君と一緒なのは嬉しいな。ただ、他の人はあまり話したことはないな…」

「ボクもリナが一緒で良かったよ。でも他の子とも普通に話すかな」

「え、何この差…」


最近改善されてきたと思っていたが、やはりコミュ障はまだ晴登の中に根付いているらしい。誰とも気さくに話せる結月とは大違いだ。一応、学級委員長なんだけどな…。
とはいえ、このメンバーで夕飯を作り、同じテントで寝るようなので、仲良くしないといけない。


「頑張らないとな」


晴登は拳を握って、そう意気込んだ。隣を見ると、結月がニコッと笑いかけてきた。その笑顔を見てると、不思議と自信が湧いてくる。


「…あ、そうだ、ハルトは"花火の噂"って知ってる?」

「花火の噂? 何のこと?」

「林間学校の花火の話。でも知らないならいいや」

「何だよそれ」


やけに気になる言い方だが、知らないものは知らない。マンガでよくある展開だと「一緒に見たカップルが結ばれる」だとか、そういった類いなのだが、果たしてこの学校の噂はどういったものなのだろうか。まさか一緒だなんてベタな展開は・・・


「花火、一緒に見ようね」

「え?! あ、うん、いいけど?!」


たった今そんなことを考えていたせいで、結月の言葉に思わず必要以上に驚いてしまう。おかげで結月に変な目で見られてしまった。
待て待て、まだ噂の内容がそうと決まった訳ではない。勝手に勘違いしていたら、後で恥ずかしくなるのがオチだ。
だが、追及を断られたばっかりなので少し訊きにくい。どうしたものか。


「…まぁ、いずれわかるか」


とりあえず今は、"花火を結月と見る"ことだけを考えて、噂のことは意識しないでおこう。結月が一緒に見ようと言った時点で、たぶん悪い噂ではないのだから。


「お兄ちゃん!」

「うわ、どうした智乃」


突如、大きな音を立てて部屋のドアが開けられた。その音の正体──そこに立っている智乃は、なんだか焦っているように見える。何かあったのだろうか。


「明日からお兄ちゃんがいなくなるんだと思うと、いてもたってもいられなくなって!」

「たった2泊3日だぞ。それくらいで寂しがるなよ」

「無理!」

「堂々と言うな…」


どうやら智乃は、火急の用件という訳ではなく、ただ寂しいから晴登に会いに来ただけらしい。何とも人騒がせな妹だ。もう少し、我慢というものを覚えた方がいい。


「だから今からお兄ちゃんに抱きつきます。えい」

「ちょ、いきなりだな」

「あ、チノずるい。ボクも」

「え、結月まで!?」


女の子特有の柔らかさと甘い匂いが晴登の両腕を包み込む。妹ならまだしも、結月にまでそうされると、年頃の男子的には意識せざるを得ない。というか恥ずかしいのだ。


「さすがに離して欲しいんだけど…」

「「あと1時間ぐらい待って」」

「待てるか!」


無茶な要求に反抗しようとしても、両腕はガッチリとホールドされてしまい、無闇に動かすことができない。


「ちょっと、結月お姉ちゃん離してよ。今は私のお兄ちゃんタイムなんだから」

「む、それを言うならチノだって。ボクのハルトタイムを邪魔しないでよ」

「新しい言葉を作らないでくれる?!」


ここまで来ると、愉悦よりも羞恥が感情を席巻している。いい加減離して欲しいのだが、2人には当分その気は無いらしい。耳元で言い争いを続けられると、うるさいようでくすぐったいので、早く終わらせたいのだが…。


「じゃあ私はチューしちゃうもんね!」

「ならボクもする!」

「ストップストップ! どうしてそうなる?!」


話が飛躍し始めたので、慌てて大声で制止する。いくら何でもチューは待ってくれ、チューは。


「え〜昔はいっぱいしたじゃん〜。ほっぺたにさ〜」

「ちっちっち、甘いねチノ。ボクはハルトの…唇を奪ったんだよ」

「まさか、お兄ちゃんのファーストキスを…!?」

「頼むからやめてくれ!!」


結月のいた世界から帰還する瞬間のことを思い出して、顔を真っ赤にしながら暴走する2人を止める晴登。これ以上この話題を続けられると、顔から噴火しそうである。


「もうお兄ちゃんダメだよ、キスなんかで恥ずかしがってちゃ」

「そうそう、そのうちまたするんだからね」

「え、また…!?」

「あ、期待した?」

「し、してない!」


小悪魔の様な笑みを浮かべる結月。そのルックスとも相まって、実に可憐な小悪魔である。卑怯だ。


「勘弁してくれ…」


顔の火照りが冷めず、晴登は頭を抱える。その間も、この話題が途切れることは無かったのだが。






「はぁ…今日は散々だったな…」


夕食も風呂も済ませ、部屋に戻った晴登はため息をつく。明日から林間学校だと言うのに、今日はかなり気疲れしてしまった。


「もういいや、明日からのことを考えよう」


今日のことを思い出しても恥ずかしくなるだけ。ならば綺麗さっぱり忘れて、林間学校に気持ちを切り替えた方がいい。


「そう考えると、ワクワクで眠れなくなっちゃうな」


ベッドに入り、一人で苦笑する。小学生の頃は、遠足の日の前夜によくこんな風になっていた。楽しみで楽しみで寝つけないのだ。


「でも寝なきゃ明日に響くし、こういう時は羊を数えてだな・・・」


寝つけない時あるある『羊を数える』。これは試す機会は結構あるのだが、実によく効く。まぁカウントに限界が無いから、いつかは必ず寝てしまう訳なのだが。


「羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹、羊が・・・」


そうして数え続け、100匹を数えた辺りから飽きて止めたのだが、次第に晴登は眠りについていった。






夢を見た。
地平線まで続く広い広い原っぱに、俺は一人で立っていた。見上げると、透き通った青空が広がっており、雲がちらほらと点在している。太陽の光が燦々と降り注ぎ、その眩しさにたまらず目を細めた。


「この景色…」


見覚えがある。前回がいつだったかは覚えてないが、確かにあの時もこの原っぱに立っていた。
その時だけじゃない。それ以前も、この現象に何回か遭遇した。夢のはずなのに、夢らしくない何か。そよ風が頬を撫でるのが、やけに現実的に感じる。


「今は晴れか」


というのも、この現象の天気は晴れだけではない。曇り空も、雨空も確認している。恐らく、雪も雷もあるだろう。
まぁそれが何に関係するのかと言われれば、何も答えられないのだが。


「・・・あれ、雲が…」


突如として、空が厚い雲に覆われた。これほどの量の雲なんて、さっきまでは無かった。いきなり現れたように感じる。


「あ、雨…」


そしてポツポツと、雫が空から降りてきた。夢の中ではあるが、ひんやりとした冷たさを感じる。
雨の勢いは次第に増し、ついに夕立の様な土砂降りになった。しかし俺は傘を差すこともできず、ただただその水流を浴び続ける。
冷たい。寒い。髪や服が濡れて気持ち悪い。このまま夢が覚めるまで、俺は大雨に当たり続けなければいけないのか。


「お、止んだ…」


だが雨は最後まで夕立らしく、すぐに止んでしまった。灰色の雲がすっと消え去り、再び日が顔を出す。さらに、


「虹だ」


まさか虹まで再現されるとは、随分と精巧な現象である。雨上がりの空に、地平線を繋ぐ大きな七色の光。加えて濡れた草原が、日光を反射してキラキラと輝いている。その幻想的な光景に、俺は思わず息を呑んだ。


「綺麗だな──」


そう感動を抱いた瞬間、俺の意識はふっと途切れた。






沈んでいた意識が急速に浮上し、覚醒の時を迎える。目を開けると、そこには見知ったいつもの天井が見えた。


「またこの夢か…」


晴登は寝起き早々ため息をつく。相変わらず、展開の早い訳のわからない夢だった。いや、そもそも夢というもの自体、よくわからない現象を引き起こすものではあるが。


「それでも、こうして似たような夢を何度も見ると疑いたくもなるよなぁ」


腕を組み、うんうんと唸る晴登。だが、朝っぱらではやはり頭が働かない。
とりあえず、このことは朝食をとってから考えることにしよう。何せ、今日から林間学校であり、そして出発の時間は早い。準備には時間を持っておきたいのだ。


「林間学校、楽しみだなぁ」


晴登は口角を上げ、今日からの行事に想いを馳せるのだった。
 
 

 
後書き
いいぞ、いいペースだ! 一人暮らしが大変、どうも波羅月です。

いよいよ次回から林間学校始まります。最近物騒な展開続きだったので、今回こそ学校生活らしいほのぼのとしたものを書きたいですね。是非ゆっくりと見ていって下さい。

今回も読んで頂き、ありがとうございました。では! 

 

第80話『出発』

林間学校当日、朝日が顔を出したぐらいの早朝に、晴登と結月は学校に登校した。当然制服ではなく、動きやすいように体育服のジャージを上下に着ている。
これはいつもの登校時間と比べて1時間は早い時間なのだが、晴登たちが着いた頃には半分くらいの人が集合していた。


「おはよう大地」

「おはよー」

「おう、おはよう、晴登に結月ちゃん」


とりあえず、一番最初に目に入った大地と挨拶を交わす。彼もまたジャージ姿な訳だが、運動部のせいかよく似合っていた。


「あれ、莉奈はまだかな?」

「それは俺よりお前の方が知ってるだろ。家が隣なんだから」

「それもそうか」

「まぁお前が結月ちゃんにかまけてばっかりで、莉奈ちゃんと一緒に登校しないことも多くなってきてるみたいだが」

「あ、それは…」


否定しようにも、事実なので言い訳が出てこない。
別に毎日一緒に行くのだと約束をしている訳ではないから悪いことではないのだが、結月といるとつい忘れてしまうのだ。


「あーやっぱり先に来てた! 置いてかないでって言ってるじゃん!」

「ごめんごめん」

「まさに噂をすれば、だな」


ここで莉奈のご登場だ。朝っぱらから元気な声である。まだ少し眠気があるくらいの時間帯なのに、よくそこまで大声を出せるものだ。感心してしまう。


「晴登曰く、結月ちゃんと居ると時間を忘れてしまうほど夢中になってしまうから、忘れるんだと」

「いや言ってない!」

「そっか・・・それじゃあ私は邪魔者ってことね。今度からは別々に登校しよっか」

「デジャヴ!」


大地は余計なことを言うわ、莉奈は最近聞いた気がするセリフを言うわで、晴登のツッコミは忙しい。ここで結月までボケ始めると、さすがに収拾がつかなくなってしまうので、晴登の思考は話をどうそらすかにシフトした。


「…あ、ほら、もうバスに乗り込めるみたいだぞ!」

「ん、ホントだ。行こうぜ」


晴登は辺りを即座に見回し、クラスメイトが大型のバスに乗り込む様子を見つける。それを利用して、何とか場を収めることには成功した。間一髪だ。


「それじゃあ俺たちも行こう、結月・・・結月?」


晴登は結月に声をかけるのだが、彼女はバスを見つめたまま棒立ちしていた。いや、正確には"目を奪われている"という表現が正しいだろうか。


「…ねぇハルト」

「どうした?」

「ボクね──バスに乗るの初めてで、凄く楽しみ!」

「あぁ〜そういうこと」


晴登はそれを聞いてようやく納得。
確かに、いくらこちらの世界に慣れてきたとはいえ、やはり結月にはまだまだ未経験の事柄が多い。水泳然り、バス然り、こちらが当たり前だと思っていることも、あちらではそうはいかないのだ。


「というか、車自体初めてなんじゃない?」

「そういえばそうだね。馬車くらいしか乗ったことないや」

「それはあるのか…」


異世界ゆえのファンタジーっぷりに驚きつつ、晴登は結月が自転車にしか乗ったことが無いのを思い出していた。
如何せん、うちは家族で出かけることよりも両親だけで出かけることが多いので、車に乗る機会は晴登さえも割と無いのだ。


「とりあえず行こうか。学校のバスは俺もちょっとドキドキするなぁ」


遠足とか修学旅行とか、何につけても学校行事でバスに乗り込むことは一種の想い出になる。しりとりにトランプ、果てはカラオケまで行われるその空間は、子供にとっては大いに特別な憩いの場であるのだ。

そんなバスに乗り込んだ2人は、奥から詰められているのに倣い、隣同士でシートに座る。ちなみに晴登が窓際だ。
ただし、ここで問題が一つ。


「・・・えっと結月、ナチュラルに俺の隣に座っているとこ申し訳ないけど、実は今日先約があって…」

「え、ボクと座るの嫌なの…?」

「いや、そうは言ってない! ただごめん、今回はダメなんだ…」


そう言うだけでも少し心が痛むが、何より結月が悲痛な表情をするので余計にいたたまれない気持ちになる。だがこれには事情があるのだ。
彼女はそれを察すると、残念な表情でため息を一つついて、すぐに笑顔に戻った。


「しょうがない。ならボクはリナと一緒に居るね」

「うん、ありがとう」


結月は晴登の隣から立ち上がると、手を振りながらバスの後ろの方へ離れていった。それに手を振り返して応えながら、晴登は振り返ってある人物を見やる。



「えっと・・・ホントに僕なんかが隣でいいの…?」

「一緒に回るって言ったでしょ? 今回の林間学校はとことん付き合うから」


おどおどしながら晴登の隣に座ってきたのは、例のごとくフードを目深に被った狐太郎だった。彼とは、『一緒に回るから林間学校に来て』という一方的な約束を交わしているので、これは当然の結果である。


「あの三浦・・・いや、えっと、結月…ちゃんとじゃなくていいの?」

「どうせ家でも一緒だから、今くらい大丈夫だよ」

「いつも思ってたけど、ホントに一緒に住んでるんだね…」

「え!? あ、それは成り行きというか!!」


狐太郎が興味深そうな顔をするので、晴登は慌てて補足を加える。
まずい、最近結月と居ることが当たり前のように感じてしまって、つい誤解を招く言い方をしてしまう。気をつけないと…。


「とにかく、柊君が隣で大丈夫だから!」

「それならいいけど…」

「ただ、女子の目が心なしか怖いんだよなぁ…」

「あ、やっぱり僕が座ってるから──」

「いやいやそうじゃないよ! どちらかと言うと、たぶん俺の方…」


狐太郎といえば、その端正な顔立ちや愛らしいルックスで、女子から絶大な人気を誇っている。そんな彼と隣同士に座りたかった女子も少なくないだろう。そんな中、晴登がその座を横取りしているのだから、視線が多少は冷たくなるのは無理もない。許して欲しい。


「それにしても、柊君とこんな風に一緒に居るのって初めてだよね?」

「そうだね。僕と違って、三浦君はたくさん友達居るから」

「さっきから何でそんなに卑屈なの!? 柊君だってみんなに人気だよ?」

「でも・・・」


自分に自信が無いのか、やたらと狐太郎はネガティブだ。やはり、人と違う容姿に少なからず負い目を感じているのだろう。何度も説得してきたが、それで拭い去れるものではないようだ。


「大丈夫、クラスのみんなは柊君のことを変に思ったりしないよ。体育祭だって、みんなで乗り越えたじゃないか」

「う、うん」

「無責任かもしれないけど、俺たちを信じて欲しい」


言ったそばから、顔が熱くなるのを感じる。こんなかっこつけたセリフを言うなんて、柄じゃないのに。
それでも、少しは彼の力になりたかった。


「はぁ…やっぱり三浦君はすごいね。僕の悩みをあっさりと風の様にどこかに吹き飛ばしてくれるんだから」

「え、そ、そうかな」

「そうだよ。尊敬するなぁ」


狐太郎は晴登の方に向き直り、眩しいくらいの笑顔で言った。そのつぶらでまっすぐな瞳に、つい晴登は目を逸らしてしまう。
なぜだろう。狐太郎は男の子のはずなのに、なぜかドキッとしてしまった。男の子のはずなのに。


「いや、俺にそんな趣味は無い…!」

「どうしたの?」

「何でもない! こっちの話。それより、何かゲームでもしない? しりとりとか」

「いいね! 僕、友達とそうやって遊ぶの夢だったんだ」

「あっ……」


晴登が華麗に地雷を踏み抜いた頃、バスは目的地に向けて出発したのであった。






「はい、1抜け〜!」

「うお、マジか。またかよ。強いな莉奈ちゃん」

「いやいやそれほどでも〜。今日はツイてますな〜」


バスが出発して早2時間。今は晴登と狐太郎、後ろの席に座っている莉奈と結月、そして通路を挟んだ席に座っている大地の5人でババ抜きをしている。やはり、バスの中で遊ぶといったらこれだろう。
ちなみに、今しがた莉奈が3連勝したところだ。


「おやおや、晴登君はまだ上がらないのですか〜?」

「気が散るから話しかけるな。ちょっと運が良かったからって」

「はっはっは。運だけの女に君は負けたのだよ!」

「うっぜぇ…」


連勝して気分が良いようで、莉奈の煽りが主に晴登に突き刺さる。全く、迷惑なことこの上ない。だから早く負かしてやりたいところなのだが、どうも上手くいかないのが現状だ。


「あ、今結月ジョーカー引いたでしょ」

「え、何でわかったの?!」

「すごい顔に出てるよ」


一方、先程から連敗を続けているのが、表情筋ユルユルな結月だ。大体最後の一騎打ちで負けている。ルールを覚えたてではあるが、そろそろポーカーフェイスを身につけるべきだ。


「やった、上がり!」

「取られちゃったか〜。これであと3人だな」


狐太郎が上がったため、残るは晴登と大地と結月。次は晴登が大地のカードを取る番だ。ゲームももう終盤なため、お互いの手札も残り少ない。一手一手が命取りである。


「さぁ来い晴登」

「なら、これでどうだ!」


晴登は思い切りカードを引いた。そこに書かれていたのはスペードの4。残念ながら、手元にペアは見つからない。


「うげぇ…」

「残念だったな晴登。それじゃあ俺の番だな・・・お、来た、上がり!」

「嘘だろ…」


大地も上がってしまい、これで晴登と結月は一騎打ち。現在の手札は合わせて5枚。1ペアでも揃えば、あの地獄の2択が始まる。


「じゃあ引くよ・・・よし、同じ!」

「ならここからが正念場だな」


結月がペアを引き当て、残り3枚。晴登の手元にはクローバーのエースがあるので、結月がジョーカーとエースを持っていることになる。
さて、これからが本当のババ抜きというものだ。50%の確率に全てを賭ける、ハラハラドキドキの瞬間である。


「…それじゃあハルト、選んで」


結月は2つの手札を差し出してきた。どちらも裏から見れば大差のない、ただのカードである。しかしどちらかが天国で、どちらかが地獄への切符なのだ。


「どっちだ…」


右か左か、どちらを引くべきか晴登は迷う。勝つ確率が5割とはいえ、ババ抜きに至ってはその確率は正しくないように思える。不思議な話だ。


「あ」


しかし、ふと結月の顔を窺った晴登はあることに気づいた。
右のカードに手を置くと彼女は安心したような表情をするのに対し、左のカードに手を置いた時は表情が明らかに曇ったのだ。
やれやれ、まだまだポーカーフェイスが足りないな。それでは、当分ババ抜きを勝ち上がることはできまい。


「じゃあこっち引いて・・・はい、上がり!」

「えぇ、何でわかったの!?」

「やっぱり無自覚かぁ」


一瞬、わざと表情を変えて嵌めてくる可能性も頭を過ぎったが、やはり結月は単純である。これで彼女はさらに連敗記録を伸ばしたのであった。
一方、ワースト2とはいえ、晴登は勝利の余韻に浸る。やはり、ババ抜きは最後の一騎打ちに勝つのが1番気持ちいい。


「次は負けないからね!」

「何度でも受けて立つぞ」

「なら結月ちゃん、私と組んで晴登を倒そうか」

「うん!」

「それはもはやババ抜きじゃないだろ!?」


やんややんやと叫ぶ晴登たち。だがそれだけ騒いでも、テンションの高い中学生たちが乗るこのバスの中では、大して目立つこともなかった。

すると、晴登たちのやり取りに笑いながら、窓の外をちらりと一瞥した狐太郎があることに気づく。


「あ、海だ!」

「おぉ、ホントだ!」


その声につられて窓の外を見てみると、水平線が見えるほど広大な海と砂浜の光景が目に映った。太陽の光を乱反射し、海水の表面はキラキラと輝いていて美しい。
近くには、林間学校の舞台と思われる山と森林も見えた。


「ついに、着いた…!」


自然と心臓の鼓動が速くなる。この興奮を、もはや抑えられようものか。いや、抑えられない!


──いよいよ、楽しい林間学校が幕を開ける。

 
 

 
後書き
おい、話が何も進んでないじゃないか! 仕事しろよ!
どうも、たまには日常編を挟みたかった波羅月です。

今回書いてて思ったんですが、ババ抜きって意外とルールややこしくないですか? 特に、誰かが上がった時、次に誰が引くのかとか。まぁ、今回の話ではその辺適当なんですけど()

次回からいよいよ林間学校編スタートです。まずは海だ! 待ってろ大海原!(どこへ行く)
今回も読んで頂きありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第81話『エンジョイ』

時刻は午前9時、場所は海辺。先生たちに整列させられた晴登たちは、林間学校のガイダンスや注意事項を聞いていた。
といっても、概要はみんな事前に知っているので、確認程度のものだったが。


「それでは皆さん、怪我や事故には気をつけて楽しんでください」

「「「はーい!」」」


山本がそう言うや否や、生徒たちは一目散に海へと向かう。

そう、いよいよ海遊びの時間だ。バスから海が見えて早10分。とある旅館にて水着に着替えた生徒たちは、水を得た魚の様に生き生きとして、続々と海へ駆けて行った。
自由参加とは言われていたが、これはほぼ全員が参加しているのではないか? そう思わせるほどに人が多い。
だがそんな中、一般人の姿は無い。そう、本日この海は日城中学校の貸切なのだ。実に太っ腹である。

ちなみに"とある旅館"とは、教師用の旅館のことである。生徒たちは当然、山の中でキャンプだ。どっちがいいかと言われたら、正直迷ってしまう。


「まぁそんなことより、ん〜潮風が気持ちいい〜!」


海特有の清々しい風に吹かれながら、晴登は感動を噛みしめる。海に来て、この砂浜の熱さと太陽の眩しさを感じるのは何年ぶりだろう。もう思い出せないくらい昔のことだから、今日がとても楽しみだった。


「何しようか、三浦君?」

「そうだな〜。やりたいこと多くて逆に困っちゃうな」


毎度恒例、パーカー付きのラッシュガードを着て隣に立つ狐太郎が晴登に訊いた。
ふむ、確かに海で遊ぶのはいいが、どうやって遊ぶかまでは考えていなかった。メジャーなのだと、海水浴とかビーチバレーとか…かな?


「それよりもまず、準備運動だろ?」

「あ、大地。って、そりゃそうか。海の中で足つったりしたら大変だもんな」

「そうそう」


晴登の隣に立ち、準備運動を始める大地。それに倣って晴登と狐太郎も身体を動かす。
それにしても、大地の運動部ゆえのそのがっしりとした身体つきは、男として羨ましく思う。やっぱりこれくらいは無いとなぁ…。


「何だ晴登、俺の身体をジロジロ見て」

「いや、何でもない! ただ、凄い筋肉だなって」

「そりゃ鍛えてるからな。毎日筋トレしてるんだぜ?」

「へぇ〜」


毎日筋トレするとそんな筋肉が付くのか。…試してみるか。


「・・・うっし、準備運動終わり! それじゃあ行くぜぇっ!!」

「あ、大地!・・・って、行っちゃった」


準備運動が終わるや否や、大地は猛スピードで海に向かって駆け出し、人混みに紛れて行った。せっかちと言うか何と言うか。
置いてけぼりの晴登と狐太郎は顔を見合わせ、クスッと笑みをこぼす。


「じゃあ、今度こそ何しようか」

「ん〜遊ぶならもう少し人を集めたいかな」

「呼んだ?」

「お、莉奈、ちょうどいいとこ…にっ!?」


晴登が莉奈の声に反応して振り返ると、そこには莉奈だけではなく、結月もいた。当然、彼女たちも水着姿である。


「この水着、どうかなハルト? 2回目だけど」

「う、うん、凄く似合ってるよ…」


青い水着を揺らす結月から視線をゆっくりとそらしながら、晴登は率直な答えを返す。いくら見るのが2回目とはいえ、やはり直視できない。可愛すぎる。


「もう晴登ったら、ちゃんと結月ちゃんを見てあげなよ」

「いや、でも…!」

「はぁ、これだからコミュ障は。柊君はどう思う?」

「え!? あ、お二人とも、とても素敵です…!」

「おっと私も? 照れますなぁ〜」


恥ずかしがりながらの狐太郎の言葉に莉奈は上機嫌だ。
ちなみに莉奈の水着は当然競泳水着ではなく、赤色のビキニである。水泳部ゆえの日焼け跡がよく目立つが、本人は気にしていないようだ。


「と、とりあえず、もう少し人数を集めたいかな! 大地は後で連れて来るとして──あ」

「…!」


その時、晴登はある人物と目が合った。その人物は水着の上からジャージを羽織り、海辺から離れた木陰の下で休んでいる──そう、まだ海遊びは始まったばかりなのに休んでいるのだ。


「おーい暁君〜!」

「……」

「あ、目そらされた」


無愛想な態度をとるジャージ姿の男子──伸太郎は、晴登から目をそらした後、懐から本を取り出して読み始めた。あくまでこちらに来るつもりはないらしい。


「まぁ俺が無理やり誘った訳でもあるしなぁ…」


プールに引きずり込みながら、必死に林間学校に来るよう懇願したのを思い出す。良かれと思ってやったが、さすがにやりすぎたかもしれない。


「しょうがない。なら暁君はダメとして──」

「その割には、こっちをチラチラ見てるみたいだけどね」

「え?」


晴登がその莉奈の言葉に振り返ると、伸太郎がさっと目をそらしたのが見えた。つまり、今こっちを見ていたということになる。


「・・・なら、直接言ってくる」

「はーい」


晴登はそう言い残し、伸太郎のいる木陰まで走る。
彼はそれをちらりと見て再び目をそらすが、さすがにバレバレだ。全く、仲間に入れて欲しければそう言えばいいのに。






「という訳で、暁君も呼びました」

「う、うっす…」


晴登が集まったメンツにそう説明し、伸太郎が俯きながら挨拶した。


「え、えっと…柊 狐太郎、です…」

「あ、その、暁 伸太郎っす…」


特に初絡みで人見知りな2人は、ぎこちない自己紹介を交わした。
というか、林間学校に誘った時に近くにいたのに、会話はしてなかったのかこの2人。


「それじゃ後は大地を連れて来て、何をするか決めようか」

「何も決まってねぇのかよ」

「やりたいことが多いから、人集まった方が意見が出て決めやすいかな〜と」

「…なるほどな」


さて、伸太郎の納得を得たところで、本格的に考えるとしよう。思いつく限り片っ端から遊ぶのもいいのだが、それだと時間が圧倒的に足りない。


「──だったら、ケイドロなんてどうだ?」

「あ、大地。…いや、ケイドロならいつでもできるだろ。せっかく海に来たんだし、海特有の・・・」

「ちっちっち、わかってねぇな晴登。海と言えば、砂浜で女の子とキャッキャしながら追いかけっこするのが常識だろ」

「いやわかんないよ」


どこの常識だそれは。初めて聞いた。
でも確かに砂浜でケイドロというのも、逆に新鮮でいいかもしれない。


「という訳で、連れて来ちゃった」

「こんにちは、三浦君」

「え、戸部さん!?」


大地の後ろから、突然優菜が現れた。全然気づかなかったぞ。
まさか、大地がさっき駆けて行ったのは優菜を誘うためだったのだろうか。そう疑うまでに都合が良すぎる。初めから狙っていたのかもしれない。


「え、でも、クラスの人とか大丈夫…?」

「別にそんな決まり有りませんし。私がこうしたいからしているだけです」

「そ、そっか」


こういう時間は普通クラスや部活動で集まると思ったが、優菜は中々我が強いようだ。
何にせよ、人数が増えるのはありがたい。


「それじゃ早速ケイドロ始めようぜ。異論は無いか?」


大地がそう訊くと、誰も反論は言わなかった。約1名、渋い顔はしていたが。


「よし、ならまずグーとパーでケイとドロに分かれるぞ。せーの──」






「待て待て! ケイのレベル高くない!?」

「気のせいだろ。結月ちゃん、そっち行ったぞ!」

「任せて!」


たくさんの人々の間をかいくぐって砂浜を駆け抜ける晴登を追うのは、運動神経抜群の大地と結月。そう、運の悪いことに彼らがケイとなったのだ。
ちなみに伸太郎もケイだったりするが、彼は牢屋の見張りとして待機している。


「さすがに結月からは逃げ切れない…。こうなったら、こっそり魔術を使って…!」

「うわ! ハルト、ズルいよ!」

「これも実力だ!」


結月に背を向けて逃げていたところで、足元の砂を風で巻き上げる。そして即座に振り向いて、砂で視界が塞がれた彼女の横を身をひねってすり抜ける。まさに、風を操る晴登だからこそできる芸当だ。


「ほい捕獲」

「うお、見てなかった!」


だが結月を出し抜いて喜んでいたのも束の間、その後ろから来ていた大地にあっさり捕まってしまう。全く、2対1なんて卑怯じゃないか。





「お疲れ様です、三浦君」

「あ、戸部さんも捕まってたんだ。いやぁ、いくらこの人の壁があっても、やっぱりあの2人には敵わないや」

「そうですね。お二人とも、とても足が速くて」


牢屋代わりのビーチパラソルの中に入りながら、晴登はやれやれと首を振った。
優菜の言う通り、大地と結月の足の速さには目を見張るものがある。恐らく、学校で一二を争うレベルだ。そんな警察から泥棒が逃げ切れる訳がない。


「これじゃ、暁君の出番は無さそうだね」

「そうだな。その方が俺はありがたいけど」


退屈になった晴登は、同じくパラソルの下で座っている伸太郎に話しかける。
彼は他の2人とは真逆で、運動の鈍さは筋金入りだ。人を追いかけるくらいなら、待っている方が断然いい。この調子だと、牢屋に助けに来る人が現れそうもないが。


「残りは莉奈と柊君・・・まだ可能性はあるか…?」


しかし、残るドロ2人もまた運動神経は良い。もしかしたらケイ2人を突破して、助けに来てくれるかもしれない。
牢屋は360度開放している。ドロ2人が同時に前後から来れば、伸太郎1人を出し抜くことは可能だろう。


「まぁ、それを2人がわかってればって話だけど──」

「三浦君、あそこ見てください」

「え、あそこ?・・・って、莉奈が追われてるのか…」


何ということだ。優菜に示された方向を見ると、莉奈が大地と結月に追われているのが見えた。
となると当然、先の作戦は実行できなくなってしまう。さすがに莉奈でもあのケイから逃げ切れるとは思えないし、これはもう無理か──


「っ! 来たか!」

「あ、柊君!」

「助けに来たよ! 三浦君!」


伸太郎の反応で、晴登はこちらに向かってくる狐太郎の存在に気づく。
いや、というか伸太郎はよく気づいたな。死角に近い方角だと思うのだが。伊達に見張りはやってないということか。


「あんたを捕まえれば俺らの勝ちだ」

「……っ」


伸太郎の言う通り、莉奈が大地と結月に追われている以上、こちらの加勢は望めない。つまり、ここで狐太郎を捕まえればケイの勝ちはほぼ確定する。


「どっからでも来やがれ…!」

「くっ…!」


こうなれば、始まるのは当然伸太郎と狐太郎のタイマン。自信があるのか、伸太郎は笑みを浮かべている。そりゃ守る方が楽ではあるし。


「はぁぁ!」

「へっ、喰らえっ!」

「あ、ずる!?」


狐太郎が意を決して飛びこんで来たその瞬間、伸太郎が魔術による目くらましを放ったのを、晴登は見逃さなかった。自分も魔術を使っていた以上、ずるいと言える立場ではないのだが。
しかし、これはマズい。初見であの目くらましを避けることは正直不可能だ。次の瞬間には、伸太郎が狐太郎を捕らえてしまって──


「あれ?」


そんなマヌケな声を出したのは伸太郎だ。それもそのはず、光が消えると彼の目の前から狐太郎が姿形もなく消え去っていたからだ。
まさか本当に消した訳ではあるまいし、かといって周りの人々に紛れようにも、ここら一帯にそんなに人はいないから不可能である。なら、一体どこに・・・


「──よっと」

「うわ、びっくりした!」

「な、いつの間に…!?」


晴登が思考を始めた刹那、上から人影が眼前に降ってきた。そう、狐太郎だ。
──まさか、伸太郎ごとジャンプして避けたとは。それに目くらましも防ぐなんて、なんて運動神経と反射神経だ。恐れ入った。


「はい、2人とも逃げて」

「う、うん、ありがとう柊君!」

「ありがとうございます!」


狐太郎からタッチされて助けられた晴登と優菜は、すぐさま牢屋を離れる。振り返ると、膝を折って地面に座り込んでいる伸太郎の姿が見えた。仕方ない、今回は相手が悪かったようだ。






「へぇ〜柊君にそんな運動神経が。そりゃぜひとも競ってみたいな」

「え、遠慮しておきます…」


結局、ケイドロはドロの勝ちで終わり、今は次の遊びを考案中だ。あと狐太郎の予想以上の運動神経に、大地が食いついている。いや、確かに人を飛び越えるほどのジャンプ力はヤバいと思うけど。


「次はビーチバレーなんてどう? ここに丁度いいボールがあるけど」

「何で丁度いいボールが突然出てくるのか気になるけど…まぁいいか。楽しそうだな、やろう!」


莉奈の提案に晴登含む全員が賛成した。しかし、やるにはネットが必要だろう。それはどうしようか…。


「見て、あそこに丁度いいコートがあるよ」

「いや丁度良すぎだろ! ご都合展開か!」

「まぁそういう時もあるだろ」

「えぇ…」


あまりの偶然にツッコんでしまったが、大地に軽く一蹴されてしまう。海にビーチバレーコートがあるなんて予想もしてなかった。
もうこの際、遊べるなら何でもいいや。






場所はビーチバレーコート。そこでは砂浜の上にネットが設置され、ラインも引かれている。ここ以外にも近くに2つのコートがあるが、それらは既に人に使われているようだった。

新たにチーム分けを済ませ、いよいよゲームスタートだ。


「それじゃ行くよ、結月、暁君、柊君!」

「「おー!」」


こちらのチームは大地へのハンデで4人。これが果たして吉と出るか凶と出るか、それは神のみぞ知る。





「しゃあおらぁ!!」

「うわっ!?」


開幕早々、鋭いスパイクが砂浜に突き刺さる。さすが大地、ビーチバレーもお手の物だ。こんなのもはやチートである。


「ボクだって!」

「いいぞ結月!」


負けじと、次のターンで結月も力強いスパイクを見せる。やはり、この2人がお互いにエースだ。もう晴登たちの出番は、もはやボールをトスするだけである。


「おらよっ!」

「ぐっ!」

「ハルト!」


しかし、大地のスパイクを受け止めてみても、あまりの勢いの強さに身体が仰け反ってしまうため、トスを返すことも難しいのだが。


「まだまだ!」

「ナイス、柊君!」

「うん、これなら・・・ふっ!」


晴登が弾いてコートの外に出たボールを、狐太郎がダイブしてコートの中へと戻す。これはファインプレーだ。
すると丁度よくそのボールは結月の真上へと上がり、彼女はそのままネットを超えるほどジャンプして相手に一撃をお見舞いした。


「甘いよ、結月ちゃん! ほっ!」

「リナ!」

「任せます、鳴守君!」

「了解! しゃあっ!」


しかし大地の率いるチームはそう甘くはない。莉奈や優菜は運動が苦手な訳ではなく、むしろ得意な方だ。見事なコンビネーションで、結月のボールを打ち返す。


「暁君!」

「お、おう!」


そしてそのボールは真っ直ぐ伸太郎の元へと向かった。彼はそれに対して、かかとを少し上げ、膝を曲げ、両腕を揃えて構える。
なぜだろう、彼のボールを受けようとする姿勢はとても様になっていた。今の彼なら、もしかすると大地のボールでも打ち返せる…?!


「へぶっ!?」

「暁君ー!?」


だが、ボールが伸太郎の顔面に直撃したのを見て、やっぱりそんなことはなかったのだと思い直した。






「ちくしょう、もうビーチバレーなんて二度とご免だ!」

「まぁまぁ落ち着いて」


ボールが顔面に直撃し、伸太郎はビーチバレーに対してトラウマを植え付けられてしまった。


「ホント運動音痴なのね〜」

「あ? 喧嘩売ってんのか?」

「事実言っただけじゃん」


そして莉奈がその傷に塩を塗り込んでいく。
体育祭の頃から思っていたが、この2人の相性はあまり良くなさそうだ。一体何があったのだろう。


「やっぱり俺は休む。もう疲れた」

「ご、ごめん暁君…」

「別にいいさ。少しは楽しかったし」


そう言って、伸太郎はトボトボと元々座っていた木陰まで帰っていった。やはり、彼に運動を強いるのは良くないな。これから気をつけよう。
それにしてもあの場所気に入ってるのかな。





「そ、それじゃ、気を取り直して次行こうか! 俺はそろそろ海で泳ぎてぇな!」

「確かに。海に来てるんだし、やっぱり泳がなきゃだよな」

「なら競泳でもする? とりあえずあそこの島まで」

「莉奈ちゃん、さすがにあの島は遠すぎると思いますけど。それに、海で競泳は難しいんじゃ…」

「え、海ってプールと違うの? ボク初めてでわかんないや」


晴登たちはやんややんやと口々に騒ぎ合う。しかし、この浜辺の賑やかさに比べれば(さざなみ)の様なものだ。

まだ日は真上にすら昇っていない。今日はまだまだ長い一日になりそうだ。
 
 

 
後書き
こんな時間に更新するのは久しぶりですね。どうもこんにちは。

さて、日常的なことって何だか書きにくいですね。書くことが多すぎて逆に書けないというか、表現がしにくいというか・・・戦闘シーン書いてる方が楽ですね(重症)
でも今回の章はそれがメインなので、頑張って書いていきましょう!

次回は・・・どうなるんだろ。正直既にプロットの話数が崩れかけています。脆弱め。まぁ話数が増える分にはいいんですけどね。
これからどれだけ増えるのか密かに楽しみです。それでは今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第82話『キャンプ』

海の家で昼食を終えた生徒たちは、再び海へと繰り出していた。太陽が輝きを増し始め、気温がドンドンと上昇していく。やはり夏はこうでなくてはいけない。


「そらっ!」

「きゃっ! 冷たいよハルト!」


足元にひんやりとした波を感じながら、晴登と結月は水でじゃれ合っていた。火照った身体が冷えて、とても心地いい。


「このっ!」

「はは、冷た・・・待って、冷たっ!? これ氷水ぐらい冷たいんだけど?! 」

「ふふん、さっきのお返し」


そう言って、結月はいじらしく微笑んだ。
さっきのお返しとは、ケイドロで晴登が魔術を使ったことに対してもだろう。これでおあいこだ。寒い。


「なら俺だって──」

「ねぇ晴登見て見て、砂のプリン!」

「ん? どうした莉奈・・・って、それバケツひっくり返しただけじゃないのか?」

「ち、違うよ!」


砂浜の方から呼ばれて振り返ると、莉奈が砂でバケツを・・・もとい、プリンを造り上げていた。ご丁寧に上から水をかけてキャラメルっぽくしているおかげで、辛うじてそう見える。


「まだまだ改良の余地ありだな。お、柊君も何か造ってるの?」

「うん、トンネル掘ってるの」

「なるほど」


莉奈の隣で狐太郎は大きな砂の山を築き、そこにトンネルを開通させようとしていた。
…何だろう、今の彼はすごく幼い。見ていてほんわかする。


「…あれ、大地と戸部さんは?」

「あ、さっき2人揃ってどこかに行ってたよ」

「2人で? どうしたんだろう」


莉奈の答えに晴登は首を傾げる。
すると彼女は意味ありげにフッと鼻を鳴らすと、


「さぁねぇ・・・もしかしたらそういう関係なのかもね」

「え、どういう関係?」

「はぁ…これだから晴登は」

「なんだよ〜」


莉奈がため息をつく。なんだ、一体どういう意味なんだ。全然わからない。
でももうグループを解散させてしまったから、2人でどこに行こうと自由なのだ。いつの間に仲良くなったのかは知らないが、気にすることでもないと思う。


「ねぇねぇハルト、次は何して遊ぶ?」

「いや、俺はそろそろ休むかな」

「え、まだ午後は始まったばっかりだよ?」

「そうは言っても、これ以上は今後の予定に響きそうなんだよ。もう疲れちゃった」


海でやりたいことがたくさんありすぎて時間が足りないと思っていたが、どうやら体力も足りなかったらしい。走ったり泳いだり、もうヘトヘトだ。午前中で体力をあらかた使い切ってしまった。


「むぅ、それならしょうがない。ならあっちのパラソルの下で休もうよ」

「賛成」


晴登と結月は休憩のために、空いてるパラソルの元へと向かった。しばらくは座って、海や空でも眺めることにしよう。


「…みんな元気だなぁ」

「ハルトの体力が無いんじゃないの?」

「ぐうの音も出ない…」


普段外で遊ばないツケがここで回ってきた。さらにはこの日差しの強さも、余計に疲れる原因だろう。運動部ではない晴登が慣れるはずもない。
一方結月は、口では休もうとは言ったもののまだまだ余裕そうだ。さすが鬼と言うべきか。


「結月、遊び足りないなら俺を置いて行ってもいいんだよ?」

「いいよ、ボクはハルトと遊びたいから。ハルトが休むならボクも休むよ」

「そ、そうか」


頬が熱を帯びるのを感じながら、晴登は未だはしゃぎ声の止まない砂浜を眺める。
やっぱり、海で遊ぶのって特別で楽しかった。また機会があれば、今度こそは一日中遊びまくりたい。


「ふぁぁ…あれ、何だか眠くなってきたな…」

「寝ちゃってもいいんじゃない? まだ時間はあるみたいだし」

「そっか。それなら失礼して・・・」


晴登はパラソルの下に引かれたシートの上に寝転がる。疲れたから寝るなんて、いつ以来の感覚だろう。でも、今はとにかく眠い。


「時間が来たらボクが起こすから。ゆっくり休むといいよ」

「ありがとう結月・・・」


晴登は目を瞑りながらそう答えると、すぐに眠りについたのだった。






「おーい晴登、そろそろ起きろー」

「うぅ・・・ん、大地…?」

「そうだよ。全く、こんなとこで寝るなんて贅沢な奴だな」

「いや〜、あはは…」


目が覚めると、座り込んでこちらを見る大地の顔と、そして日が水平線の上に浮かんでいるのが見えた。どうやら海遊びの時間は終わりらしい。いよいよ次の日程に入るようだ。


「それより、早くどいてやれよ」

「どく…? 何のこと──って」


晴登は頭に感じる質感で全てを察した。
ばっと顔を上に向けると、そこには満面の笑みを浮かべた結月がいる。間違いない、またこの展開だ。


「結月…どうして膝枕をしてるのかな?」

「砂の上じゃ寝心地悪いかなと思って、ハルトが寝てからすぐに始めたよ」

「ちょっと訊くけど、俺は何時間くらい寝てた…?」

「ん〜3時間くらい?」

「ほんっとごめん!!」


晴登は急いで結月から離れて謝った。膝枕なんて、長時間やれば足が痺れるどころじゃないのは晴登も知っている。結月が勝手にやったこととは言え、どうして気づかなかったのか。


「いいよ、ハルトがしっかり休めたなら」

「うわ、罪な男だなぁ、晴登」

「うぐ…」


大地に横から言われても、何も言い返せない。これは後で埋め合わせをするしかないな。


「さて、いじるのはこれくらいにして。先生から、この後自分の班に分かれて夕食を作れだとよ」

「そっか、自分たちで作らなきゃいけないんだったな」


キャンプと言えば、やはり自分たちで食事を作るのが醍醐味だ。美味しい不味いも全て、みんなのさじ加減である。まぁ晴登は料理ができる方なので、苦労することはあまりないのだが。


「って、もう浜辺にほとんど人がいないじゃん! 早く行かないと!」

「そうだぞ、急げ〜!」


3人はすぐさま、キャンプの舞台である山へと駆けて行った。






「へぇ〜こんな風になってるのか」

「結構自然に囲まれてるな」

「なんかワクワクするね」


山の中で大地や結月と別れて、晴登は自分の班のテントの元へとやって来た。辺りを見回すと、木が乱立する中の所々に生徒のキャンプ用のテントが張ってあるのが見える。
ちなみに今晴登の隣にいるのは、同じ班である伸太郎と狐太郎だ。やはり知り合いがいるのは心強い。


「さて、荷物を置いて・・・調理場はどこだっけ?」

「ここからさらに登った所みたい」

「ったく、めんどくせぇ…」


山を登ることに不満を募らせる伸太郎。確かに彼の気持ちもよくわかる。だが、せっかくならもう少し自然を楽しんでもいいのではないか。


「辛抱だよ、暁君」

「はいはいわかってるよ」


不機嫌な彼を宥め、3人は山を登って行った。



山をある程度登ると、目の前に開放的な建物が現れた。どうやらここが調理場のようだ。水道やかまどなど、キャンプに必要な器具が揃っている。木の机には既に食材が置かれていた。


「カレールー・・・ってことはカレーか」

「ありきたりだな」

「でも僕はカレー好きだよ」


食材を眺めながら3人が話していると、遠くから先生の呼ぶ声が聞こえた。どうやら一度集まって、点呼を行うらしい。これは急いで行かなければ。


「お、いたいた学級委員。どこ行ってたんだ?」

「ご、ごめん。ちょっと寝てて…」

「寝てた? 呑気だねぇ。ほら、3人来たならウチの班は揃ったから、点呼して先生に報告しなよ」

「あ、うん」


同じ班員の男子にそう言われ、晴登はその通りに動いた。
そう、これこそが急いで行かなければならなかった理由、すなわち、晴登が班長なのである。恐らく、学級委員だからなのだろうが…。


「あんまりこういう役回り好きじゃないんだよなぁ…」


学級委員だって成り行きでなってしまった訳だし、決して晴登が望んだ訳ではない。むしろ望んでない。こういう仕事には、絶対適任な人がいるはずなのだ。そういう人にやらせればいい。
しかし、とやかく言っても後の祭りには変わりない。だからできるだけ頑張る。自分の仕事を放棄するような人にはなりたくない。


「・・・はい、点呼確認しました。それでは、1組は夕食の調理に取りかかりましょうか」

「「はーい!」」


その山本の指示を受けて、1組は一目散に調理場へと駆ける。
さて、カレー作りなら慣れたもんだ。ここは班長らしく、リードしてあげるとしよう。晴登は自分を除いた4名の班員を見渡し、一度深呼吸する。


「え、えっとまずは、その・・・ご飯とカレーを作るために、2組に分かれよう」

「それなら、そっちの3人とこっちの2人でいいか?」

「い、いや、カレーは4人にしよう…かな」

「そっか。なら俺が入るよ」

「あ、ありがと」


う〜ん無理。やっぱりリーダーとか向いてないし、そもそも仲良くない人と話すこと自体難しい。幸い、この人がよく話すから話が進んで助かる。
とりあえず、晴登、伸太郎、狐太郎、そしてこの男子の4人がカレー調理班となった。


「えっと…早速材料切っていこうか。えっと…お肉と人参と玉ねぎとじゃがいもと・・・」

「ならまずはその4種類を分担するか?」

「そうだね。じゃあ…俺が玉ねぎするよ」

「了解」


晴登の拙いリーダーシップでも、班員の気遣いで何とか調理が形を成す。まぁ伸太郎や狐太郎も話し下手だから、彼らは言われるがままなのだが。

そして、4人は材料を切り始める。


「・・・暁君、大丈夫? あんまり包丁って慣れてない?」

「う、まぁな…。不器用だから、料理とか苦手で…」

「ゆっくりでいいから気をつけてね」


サクサク玉ねぎのカットが進む晴登の横で、伸太郎は人参を切るのに苦戦していた。
でもここで手伝っては彼のためにならない。料理とは慣れなのだ。やればやるほど上手くなるし美味くもなる。ゆえにこういう機会は大切にしなければいけない。


「柊君は・・・あれ、もうじゃがいもの皮剥き終わったの? 早いね」

「うん。一人暮らしだから、これくらいは朝飯前だよ」

「あ、そういえばそっか」


忘れていたが、狐太郎は一人暮らしなのだった。事情は詳しくは知らないが、この様子だと料理は自分で作っているのだろう。そう思うと、何だか親近感が湧いてきた。



4人が食材を切り終わると、いよいよ鍋に投入だ。晴登はかまどの下に木材を組む。


「暁君、火をお願い」

「おう。これでいいか?」

「ありがと・・・って待って! ストップ!」

「え?・・・あぁ! 悪ぃ!」


だがここでささやかなハプニング。火をつけることを頼まれた伸太郎が、なんとつい右手に炎を灯して差し出してきたのだ。
ここは魔術部の部室ではなく、ただの調理場。当然一般人の目がある。迂闊に魔術を使ってはいけない。


「…今の見られてないよね」

「…だな」


辺りを見回し、誰もこちらを見ていなかったことにホッと一息。危ういところだった。
とりあえず何事も無かったかのように、きちんと着火器で火をつける。



そしてそのままカレー作りは順調に進み・・・


「最後にルーを加えて、後は煮込む!」


鍋の蓋を閉めて、ようやく晴登は大きく息をついた。ご飯の方ももうすぐ出来上がるようなので、これで後は待つだけである。
わかっていたことだが、人に指示するのってやっぱり大変だ。自分で作る方が余程気楽である。でも、


「お疲れ、三浦君」

「柊君こそ。いや〜完成が楽しみだな〜」


狐太郎に労いの言葉をかけられ、晴登もお返しする。
そう、これは晴登1人が作ったものではなく、皆で作ったカレーだ。だからこその、楽しみと喜びがある。

しかし、狐太郎の表情はあまり明るくない。


「どうしたの? 柊君」

「…僕、こんな風に皆とカレーを作ったりするの、初めてなんだ」

「え、そうなの?」

「小学校の頃から不登校だったから、今までキャンプとか行ったことないんだよ」

「あっ…」


俯きながら語り始める狐太郎に、晴登は何も言葉を返せない。薄々わかってはいたが、本人の口から告げられてしまうと、やはり心苦しい事実である。


「今回の林間学校も、三浦君に誘われなかったら参加してなかったと思う。行ってみたいと思ってたけど、一歩が踏み出せなかった」

「でも、来てくれた」

「…うん。三浦君が一緒なら、大丈夫だろうなって」

「そ、そっか、それなら良かった」


はにかむ狐太郎に、晴登は頬を掻きながら答えた。気恥ずかしくて、ものすごくムズムズする。こんなの柄じゃないって思うのも、もう何度目だろうか。

彼なりにいっぱい悩んだのだと思う。クラスメイトのこともその他の人のことも、信用していない訳じゃないはずだ。それでも、彼の中に根付く何かが邪魔をしていた。

だから、これだけは伝えておかないといけない。


「絶対、忘れられない想い出にしよう! 最高の林間学校にするんだ!」

「三浦君…」


月並みな言葉ではあるが、これは晴登の本心だ。今まで彼が参加できなかった分も全部、今回の林間学校で彼に想い出として届けてあげたい。


「そのためなら、俺にできることは手伝うからさ」

「うん…ありがとう!」

「ちょっ!?」


感極まったのか、涙を浮かべながら狐太郎は晴登に抱きついてきた。予想外の行動に、晴登はどうすればいいか戸惑ってしまう。
いや待ってくれ、こんなとこを誰かに見られたらシャレにならな・・・


「…何してんだお前ら? 男同士で」

「あ、はは…」


伸太郎の鋭いツッコミに、晴登は苦笑いを浮かべることしかできなかった。






「ん〜美味い!」

「インスタントなんかよりずっと美味いな」

「皆で作った甲斐があったね」


時は夕食。クラスみんなで木のテーブルにつきながら、各々の班で作ったカレーを食べている。
出来は班それぞれで差があるようだが、うちの班は大成功みたいだ。とても美味しい。


「さすが三浦君だね」

「俺だけじゃないよ。皆のおかげだって」

「またまた〜」


先の一件から、晴登と狐太郎の距離がぐっと縮まったように思える。狐太郎の当たりが随分とフランクになったのだ。


「班長、おかわり貰えるか?」

「俺も俺も」

「うん、いいよ。でも班長って呼ぶのは止めて欲しいかな…」

「はは、悪いな三浦」


狐太郎だけじゃない。班員ともかなり話せるようになった。やはり、キャンプパワーは凄まじいものだ。今なら誰とでも話せる気がする。


「なぁ晴登、一口貰っていいか?」

「お、どうしたんだよ大地? 別にいいけど」


不意に後ろから声をかけられたので振り返ると、そこには手を合わせて申し訳なさそうな大地がいた。


「いや〜うちの班は失敗しちゃって、あんまり美味しくないんだよねぇ。その点晴登がいるなら、ここのカレーは美味しいんだろ?」

「何だそりゃ。でもまぁ自慢できるくらいには美味しいぞ。一口しかあげないけどな」

「なんだよケチだなぁ」

「お前が一口って言っただろ。こういうのは自分で作ったものを食べることに意味があるの」

「へいへい」


珍しく晴登がドヤ顔をかますと、大地は不服そうにする。
彼の言いたいことはわかるが、どうせなら自分で作ったものを食べた方がいいと思うのはおかしいだろうか。


「それじゃ一口いただきま──美味っ!? も、もう一口いいか?!」

「ダメだって言ってるだろ」

「く〜、晴登と一緒の班が良かったぜ!」

「班員に失礼だろそれ」


悔しがる大地を見て、晴登は呆れるようにため息をつく。その後彼は残念そうに、自分の班の元へと戻って行った。
許して欲しい、これ以上食べられてはおかわりが無くなってしまう。



「「ごちそうさまでした」」

「それじゃ、後片付けしようか」


夕食の時間が終わり、各々は後片付けに入る。そして皿を洗いながら、晴登は期待と不安を胸に抱えていた。

日はもうほとんど沈み、蛍光灯の明かりだけが辺りを薄く照らす。

次はいよいよ、あの行事である。
 
 

 
後書き
次は何の行事だったか、覚えている人はいるのかな?
こんにちは、波羅月です。

海遊びをもう少し伸ばそうとしたんですけど、なんか間延びしそうだったのでやめました。機会があれば番外編として用意します。たぶん。

でもってカレー作り。皆さんはやりましたか? 自分はやったはずですが覚えてません。子供の頃の記憶ってすぐ消えちゃうんですね。いや〜儚いものだな〜。

今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第83話『肝試し』

 
前書き
前回の話から、班員の数を5人に修正しました。
1クラス30人男子15人の予定なのに、班員男子6人はおかしいですので。 

 
辺りはすっかり暗くなり、ひぐらしの声が森の中を木霊する。唯一懐中電灯の微かな灯りだけが、この闇夜を照らしていた。何だか不気味な雰囲気が漂っているが、今からの行事を考えると当然と言える。


「それでは皆さん、班ごとに集まってください。今から肝試しを始めます」


そう、今から始まるのは肝試し。嫌な思い出がフラッシュバックするが、今回は正真正銘普通の肝試し…のはずである。これぞ夏の風物詩。


「それではルールを説明します。今から皆さんには、班ごとにこの森を抜けて貰います。私たちが今居る場所がスタートで、この森を抜けた先がゴールということです。肝試しなので、当然道中は様々な仕掛けが施されています」

「まぁ、ありきたりなルールだな」

「そうだね」


山本の説明を聞きながら、伸太郎がポツリと呟く。確かに、これまでの内容は至って普通の肝試しのそれだ。
いや、別に特殊なものを期待している訳ではないのだが、この学校のことだからどうしても疑ってしまう。


「ただし、この森は一本道ではありません。いくつもの分かれ道が存在しています」

「…ん?」


何だろう、雲行きが怪しくなってきた。もしかして聞き間違えただろうか。分かれ道って…?


「皆さん、迷わないでゴールに辿り着いて下さいね」

「「「えぇぇぇぇ!!!???」」」


今日一番の大声が森中に響き渡る。
なんてこった、やっぱりとんでもない。道が決まってない肝試しなんて、肝だけでなく運まで試されているじゃないか。よくこんな企画が成立したな。


「どう思う? 暁君」

「まぁ迷路にホラー要素が加わったって感じだな。迷えば迷うほど、余計に驚かされる的な」


なるほど、伸太郎の要約はわかりやすい。
しかし、過去の肝試しの経験やお化け屋敷を思い出しても、迷路形式になっていたことはなかったように思われる。これは気を引き締めないといけなそうだ。


「うぅ…怖いな…」

「柊君は肝試し苦手?」

「あんまり経験無いから…」

「そ、そっか…」


やけに怯えている狐太郎にそう訊いてみると、返答に困る答えが返ってきた。ダメだ、彼には何を訊いても墓穴を掘ってしまう気がする。あまりツッコまないようにしようか。


「まぁ今回は色んな意味で怖いかもな…」


晴登は肝試しが苦手という訳ではないが、こればかりは嫌な予感しかしなかった。






いよいよ肝試しが始まった。
まずは女子が先にスタートするようで、晴登たちは不安になりながら順番を待っていたのだが、


「「きゃああああ!!!」」


先程から森の中からの黄色い叫び声が絶えない。一体どんな仕掛けがされていたのだろうか。
というか、どちらかと言うとこの叫び声の方が怖く感じる。聴こえる度に肩がビクついてしまうのだ。


「結構レベル高そうだな…」

「実は本物呼んでたりして」

「ちょっと止めてよ!」

「ごめんごめん」


伸太郎の言葉に、気を紛らわそうと冗談を言ったつもりだったが、狐太郎にビビられてしまう。
しかし晴登も内心かなりビビっているので、軽口でも叩いていないとやってられない。


「それじゃ次は、いよいよ男子の番ですね」

「「!!」」


山本の言葉に、男子たちは押し黙る。どうやら女子の班は全て出発してしまったようだ。ついに恐怖の肝試しが始まってしまう。


「これちゃんと女子はゴールしてるのかな」

「全員迷ったらシャレにならねぇぞ」


晴登と伸太郎は未だに不安が拭えない。ここは森だ、迷ったと遭難したは紙一重。しかし、もう逃げることは許されないのだ。


「それでは1組から順番にスタートしましょうか。それでは班の順番に」


やはりそう来るか。これはもう腹を括るしかない。
1組は班が3つあり、晴登たちは3班。すなわち、出発するのは一応1組の最後ということにはなる。1番目よりは些か気分は楽だが・・・


「まぁ、正直関係ないよね」

「順番通りにゴールできるとは限らなそうだし」


晴登は大きく深呼吸。スタートは前の組がスタートしてから1分後だ。もう猶予は無い。


「それじゃ、行ってくるよ晴登」

「気をつけてな、大地」


手を振りながら、大地率いる1班がスタートしていった。彼は肝試しに強いから、特に心配は必要ないだろう・・・ない…よな? 何だろう、この違和感は。気のせいだといいのだが。


「なーに辛気臭い顔してんだ三浦! まさかビビってんのか?」

「ビビってない訳じゃないけど…」

「深く考えんなよ。これは肝試しだ、所詮茶番なんだよ」


班員の男子の言うことも一理ある。確かに学校行事で人が遭難しようものなら、それは学校側の責任だ。そんなリスクを安易に負うはずはない。


「…そうだね。少し心配しすぎだったかも」

「おう! 気楽に行こうぜ!」


随分と元気な人だ。こういう人が居るとムードが暗くならないから、班長としてはとてもありがたい。それに、少し憧れちゃうな。


「そろそろだぞ、三浦」

「そうだね。柊君、大丈夫?」

「う、うん、たぶん…」


口では平静を保とうとしている狐太郎だが、既にその右手は晴登の服の裾を掴んでいる。やはり恐怖は拭えないのだろう。
これを見て、晴登まで情けなく怯えている訳にはいかない。


「それじゃ、3班スタート」

「「はい!」」


勢いよく返事をして、晴登たちは暗黒の森の中へと足を踏み入れた。






場所は森の中。もう夜も更け、普段であれば静寂の中に僅かに虫の音色が響くだけである。しかし、今宵は違った。


「「うわぁぁぁぁ!!!!!」」


絶叫しながら道を駆けるのは晴登一行。出発前の気概はどこへやら、今は一目散にゴールを目指している。
ナメていた。所詮、学校行事だと侮っていた。これは肝試しなんかじゃない。もはや地獄巡りだ。こんなに怖い肝試しは、生まれて初めてである。


「おい、三浦っ、待ってくれ…!」

「暁君、頑張って走って! 止まってる暇はない!」

「無茶言うな…!」


晴登は振り返りながら、遅れて走っている伸太郎に声をかける。
ここで止まれない理由は、彼の後ろをついてくる存在のせいだ。その数は何十にも達し、見た目はゾンビとゾンビを足して2で割った様な、いわばキメラゾンビといったところか。スタートしてから初めの分かれ道を曲がった辺りで、いつの間にか後ろから迫られていたのだ。シンプルで、それでいて純粋な恐怖。もう逃げることしか考えられない。


「くそっ、こうなったらコイツら全員燃やして・・・」

「それはダメだって暁君! 代わりにこれあげるから!」

「うおっ!? …サンキュ、助かった!」


最終手段をとろうとした伸太郎に、晴登はすかさず"風の加護"を彼に付与した。これでしばらくは彼のスピードも何とかなる。
しかし、いつになったら奴らを撒けるのか。追いつきはしないが、置いてかれもしない。絶妙なスピードでこちらについてくる。ついでに不気味な呻き声を上げているため、気色悪いことこの上ない。

隣を見やると、耳を塞いでいるのか、フードを抑える狐太郎の姿が見える。確かに、彼にはこのホラーは刺激が強すぎるかもしれない。


「三浦、また分かれ道だ! どっちに行く?!」

「え!? えっと・・・」


突如、班員の男子からそう呼びかけられた。晴登は班長なのだから、意見を仰がれるのは至極当然。だが咄嗟に言われて的確に返せるほど、晴登は有能ではない。


「右! とにかく右!」

「「了解!」」


だからとりあえず、「迷ったら右」という先人の教えを踏襲することにする。

そして、全員が分かれ道を曲がり終わった時だった。


「…あれ、ゾンビ達は?」

「いなくなったな。助かったのか…?」


呻き声が突然止んだので振り返ってみると、そこにはもう奴らはいなかった。まるで幻でも見せられていたのかと思うほど、綺麗さっぱり姿を消している。こんなに必死で走ってきたのに、肩透かしを喰らった気分だ。


「ったく、とんでもねぇなこれ…」

「死ぬかと思った…」

「もう走れねぇ…」

「あうあうあうあう…」

「だ、大丈夫? 柊君…」


伸太郎たちは口々に愚痴を零し、縮こまってガクガクと震える狐太郎を晴登は慰める。ひとまず、危機は逃れたようだ。


「何だったんだろうな、アイツら」

「分かれ道ごとにあんな仕掛けがされてるってことなのかな?」

「なんて大掛かりで、はた迷惑な仕掛けだよ」


道に立ち止まり、息を整えながら現状を整理する。もはや肝試しというよりは、脱出ゲームに近い。この謎の多い森の中から、一体どうやって脱出するのか・・・


「…なぁ三浦」

「どうしたの? 暁君」

「俺達、友達だよな…?」

「え、いきなりどうしたの? 当たり前じゃん」


突然、伸太郎が場違いなことを言ってくる。急にどうしたのだろうか。


「…だったら俺の足元を見てくれないか」

「足元? 足元に何が──」


視線を下に下ろした刹那、晴登の表情が凍りついた。それは他のメンバーも同様で、皆一様に青ざめた顔をしている。


「友達なんだから、さすがに俺を置いて行ったりは──」

「「出たぁぁぁぁ!!!!」」

「あぁぁぁ待ってくれぇぇぇぇ!!!!」


疲れも忘れて全速力でその場から逃げる晴登たちと、その場を動けずに置いていかれる伸太郎。

──それもそのはず、伸太郎の足首を、青白い手ががっしりと掴んでいたからだ。






大量のゾンビの次は、地面から手が無秩序に生えてくる。この仕掛けを考えた人は、相当性格がひん曲がっているのだろう。
もし掴まれた場合の拘束時間は短かったのだが、そもそも掴まれた時点で心臓まで握られたような気分だ。


「…もうお前らなんて大嫌いだ」

「ごめんって。謝るからさ、そんなに拗ねないで? 手はすぐ放してくれたし…」

「うるせぇ掘り返すな! もう思い出したくもねぇ!」

「う、うん、ごめん…」


涙目になりながら、3つ目の分かれ道の真ん中に体育座りで座り込む伸太郎。よほど、さっき置いていかれたことがトラウマになったようだ。いや、あれは見ている側も相当怖かったので、逃げたのは許して欲しい。不可抗力だ。


「にしても大発見だな。分岐点の所だけは仕掛けが無いなんて」

「ここまで手がボコボコ出てきたら、心臓が保たねぇよ」


班員の男子たちの言う通り、分岐点にはギミックが存在しない。すなわち、安全地帯という訳だ。ここまで二度も全力で走り抜けているので、こういうエリアはとてもありがたい。


「ただ、また次の仕掛けが待ってるんだよな…」

「もう帰りたい…」


伸太郎だけでなく、狐太郎まで絶望に打ちひしがれている様子だ。このままだと、彼らの人格が崩壊しかねない。


「…こうなったら、次はとにかく突っ切ろう。走るだけだから薄目でもいいし、また安全地帯はあるはずだよ」


これは自分でもナイスアイデアだと思う。というか、これが最善策としか思えない。要は仕掛けを認知しなければいいのだ。本来の肝試しなら邪道も邪道だが、四の五の言ってはいられない。


「みんな、走る準備はいい?」

「おうとも」

「いつでも行けるぜ」

「わかった…」

「三浦、また頼むぞ…」


2名ほど心が折れている者が居るが、反対はしないようだ。であれば、後は進むのみ。


「いくよ! せーのっ!」


その合図をきっかけに、一行は全速力で駆け出した。






荒い呼吸を繰り返しながら、森の中を突っ切る。薄目で見た限り、空中が光っているような気がするが、そんなことを気にしてはいられない。ただゴールまで、ひたすらに走り続ける。そして、


「着いた〜!」

「寿命が10年くらい縮んだぜ…」


走り始めて早1分、晴登たちの視界が突然開けた。そう、念願のゴールに辿り着いたのだ。そこには草原が広がっており、先にゴールしていた女子たちの姿が見える。

ここだけの話、実はスタートしてからまだ15分も経っていない。体感では1時間くらいに感じたのだが。


「お疲れ、ハルト〜」

「あ、結月。全く、災難だったよ…」

「だね。まさか生首が飛んでくるなんて…」

「え、何それ怖っ」

「あれ、違った?」


結月が首を傾げるのを見て、晴登は1人で納得した。そうだ、きっと分かれ道ごとに仕掛けが異なるのだろう。随分と凝ってるじゃないか…。


「あれ、大地の班は?」

「まだ着いてないみたいだね。分かれ道によって時間のかかり方が違うらしいから」

「そりゃそうか・・・って、ん? 迷うんじゃないの?」

「たぶんだけど、どの道を行ってもここには着くんだと思うよ。ほら」


晴登が結月の指さす方向を見ると、森の中から男子の班が出てきた。あれは1組2班だ。
さらに見回してみると、晴登たちが森から出てきた道以外にも、多くの道が森に繋がっている。つまり、最初から迷うことなんてなかった訳だ。道理で誰も引き返して来なかったのか。


「まぁ道中は必死すぎて、迷路ってこと忘れてたけど…」


分かれ道をどちらに進むかは、早く仕掛けから逃れたいという思いで選んできたから、正しいルートを模索する暇も無かった。ゴールした時も、ようやく終わったって感じだったし。


「でもそういうことなら、大地もすぐに着くか」

「そうだね。それじゃ向こうで待っていようよ。リナも居るから」

「オッケー」


晴登は結月に連れられ、莉奈の元へと向かう。
しかしこの時、後にあんな恐ろしい事件が起こるとは、誰も夢にも思っていなかった。






「さすがに遅すぎないか…?」

「そ、そうだね…」

「おかしいなぁ…」


結月と莉奈と待つこと20分。もう男子の最後の班がゴールに着いたというのに、未だに大地の班だけが辿り着いていないのだ。
他のクラスの先生が点呼を始めようとしているのを見ると、やはり異様に遅い気がする。


「もしかして迷ったとか…?」

「ま、まさか…」


先程結月から聞いた仮説が間違っているとは思えない。ただ、もしも本当に迷うルートがあるのだとしたら。
…いや、大地が居るのだ。もしそうなっても、すぐに引き返す選択肢を取るだろう。普段おちゃらけてはいるが、あれでも成績優秀なエリートだ。まぁ唯一の欠点が──


「あぁぁぁぁぁ!!!!!」

「うるさっ! ちょっと、いきなりどうしたの晴登?!」

「肝心なことを忘れてた! 莉奈、大地の欠点と言えば!」

「え? そりゃ──あっ」


晴登の言わんとすることに彼女も気づいたようだ。そうか、これが肝試しが始まる前に感じた違和感の正体だったのか。だとすれば、事態はかなり深刻である。


「なになに!? 2人してどうしたの?!」

「あ、そうか、結月はまだ知らないんだったな。実は大地は──方向音痴なんだ」

「……へ?」


真面目な顔で言った晴登とは対称的に、結月はマヌケな声を上げたのだった。
 
 

 
後書き
久々というか、まだ2回目な気がする大地の方向音痴設定。べ、別に忘れてた訳じゃないんだからね! …正直に言うと、普通に出番が無かっただけです。

さて、早速 いや〜な展開になってきた訳ですけれども、本当に晴登たちは肝試しに縁が無いですね。可哀想ったらありゃしない。まぁ逆に、肝試しに良い思い出があるってのも変な話ですけども。吊り橋効果とか?(適当)

次回の内容は言うまでもないですね。はてさて、彼らはどこへ行ってしまったのか。まさか異世界…!?(おい)
そんな雑な展開にはならないことを祈りつつ、書いていくとしましょう。
今回も読んで頂きありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第84話『捜索』

「実は大地は──方向音痴なんだ」

「……へ?」


晴登の言葉に、驚きと呆れを隠し切れない結月。しかしすぐに平静を取り戻し、


「いやいや、さすがに方向音痴でも道から外れはしないでしょ」

「違うんだ結月、アイツは度を超えた方向音痴で、道なんてあってないようなもの。山の中ともなればなおさらだ」

「えぇ…」


結月がここまで呆れた表情をするのは珍しい。だがそれほど、大地の方向音痴は筋金入りなのだ。目的地が学校や晴登の家以外だと、ほぼ確実に道に迷う。



「とにかく、早く探しに行かないと!」

「え、でももう点呼が始まるよ!」

「…だったら、先生に言ってから!」


晴登は急いで、点呼をかけようとする先生の元へと向かう。そして事情を話し、捜索を始めようとしたのだが・・・


「それは先生たちで対処しよう。君たちは班で集まって、点呼の後 待機だ」

「それじゃ人手が足りないはずです。俺たちも探します」

「いやしかし…」

「お願いします! 行かせて下さい!」

「「お願いします!」」


晴登は頭を下げてお願いする。ちらりと横を見やると、結月と莉奈も頭を下げていた。つい「俺"たち"」と言ってしまったが、協力してくれるようだ。ありがたい限りである。


「ふむ・・・だが3人じゃ許可できない。君たちも迷子になりかけない」

「──だったら、俺たちが加わったらいいですか?」

「あっ!」


驚く晴登の目の前に現れたのは、班員の男子の姿だった。いや、彼だけじゃなく、1組3班全員が揃っている。


「皆、どうして…?」

「お前が必死そうに先生の元へ向かっていくのが見えたから、何かあったんじゃないかと思ってな」

「皆で力を合わせればすぐに見つかるさ!」

「もう一度森に入るのは怖いけど、鳴守君たちにはお世話になってるから…」

「……っ!」


晴登は班員の優しさに胸を打たれる。この班の班長で良かったと、心から思った。
合わせて7人。これなら問題あるまい。


「……わかった。人手が足りないのは事実だから、君たちにも協力して貰おう。懐中電灯は持ってるかな?」

「「はい!」」

「よし。もう仕掛けは動かないようにしているから、後は道を辿って行くだけでいい」


先生はそう言うと、晴登たちを一番右の出口へ案内する。


「君たちはここのルートを頼む。くれぐれも別行動なんてするなよ?」

「わかってます」


晴登が代表して答えると、先生は頷いて戻っていった。今から他の先生にも呼びかけるのだろう。


「それじゃ、早速行こうか」

「「了解!」」


晴登たちは再び、森の中へと足を踏み入れる。

大地は大切な親友なんだ。絶対に見つけ出してやる。






肝試しの終わった森の中は不気味なくらいひっそりとしており、いくら仕掛けが無くなったとはいえ、恐怖心までは拭えない。今度は本物が出てくるのではないかと、そんな気がしてしまう。


「しっかし、こう手がかりが無いんじゃ、探すのは厳しくないか?」

「確かに。せめて、どのルートを通ったかでもわかればいいのに…」


分かれに分かれるこの迷路から人を探し出すなんて、無謀と言う他ない。まして、大地の班が道を外れたと仮定すると、捜索範囲はこの山全体。朝まで時間が掛かってもおかしくないのだ。


「おーい大地ー! どこにいるんだー?!」

「返事してー!」


全員で呼びかけてみるが、応答は無し。森が静かになっている今でさえ声が届かないとなると、このルートは違うのかもしれない。


「じゃあどうしようか? 一旦戻って別のルートを探す?」

「…いや、このまま分岐点まで行った方がいいだろう」

「何で?」

「鳴守がどの程度の方向音痴か知らないが、班員は別だろ。なら、わざわざ道から外れるルートを看過するとは思えない」

「なるほど…!」


伸太郎の推測は一理ある。今まで大地のことばかり考えていて、班員の存在を忘れていた。確かにまともな人たちなら、きっと大地のブレーキになってくれたはずだ。


「となると、どこで迷ったのかな?」

「それが恐らく分岐点だ。正規ルートとは別に似たような道があって、そこを通ったのかもしれない」

「ふむふむ」


つまり、大地以外のメンバーも迷ったならば、それほど紛らわしい道が存在していたということになる。はた迷惑な話だ。


「あれ? じゃあ大地が方向音痴ってのはあまり関係なくない?」

「そういうことになりそうだな」

「なーんだ、せっかくいじってやろうと思ったのに」


伸太郎の淡々とした答えに、莉奈が残念そうにする。
…いやいや、遭難していることに変わりはないのだ。そこまで楽観してはいられない。


「ねぇ、あそこが分岐点じゃない?」

「そうみたいだね」


結月の指さす方向を見てみると、確かに分岐点と思われる場所が見えた。ここが目的地であって欲しいが・・・


「…違うな。これは普通の分かれ道だ。迷う要素がない」


伸太郎の言葉に、一同はがっくりと肩を落とす。仕方ない、次の分岐点まで進むとしよう。






あれから分岐点を進んだり戻ったりを何回繰り返してきただろうか。そろそろ、どちらがスタートでどちらがゴールかもわからなくなってきた。


「まさか、分岐点が5つもあるルートがあるなんて…」

「そりゃ到着の時間が変わる訳だ」


それとこれは発見だったのだが、ルートによって分岐点の数も違ったらしい。晴登たちが肝試しで通ったルートは3つだったが、今しがた通ったルートはなんと5つもあったのだ。これは思った以上に捜索は大変そうだ。


「お、また分岐点に着いたぞ」

「ここってどのルートだったっけ…?」

「もう誰もわかんないよ」


しらみ潰しに探しているせいで、今の場所がわからない。見方によっては、晴登たちも道に迷っていることになりそうだ。


「おい、ちょっと待て、なんか変だぞ」

「ホントだ、道が3つある」


しかし、ここに来て変化が。今まで分かれ道は2つだったのだが、ここでは3つあったのだ。
といっても、2つは普通の道で、もう1つが獣道のような荒れた道だったのだが。


「明らかに怪しい…よな」

「まさか、ここ進んだのか…?」


普通の感性を持っていれば、間違いなくこのルートは通らないはず。だがこのレベルなら大地は迷わず進んでしまうだろうし、班員も辛うじてついて行きそうな気がする。間違いない。


「…行ってみよう」


晴登がそう言うと皆も同意して、先へと進むことになった。





「なぁ大地、この道ホントに合ってるのか?」

「え…あ、あぁ合ってる合ってる! 俺に任せとけって!」

「ならいいけどよ…」


大地の答えに、班員の男子が渋々だが納得する。
しかしマズいことになった。もう肝試しが始まって30分は経っているはずなのだが、未だにゴールが見えない。道もドンドン狭くなってきているし、もしかしなくても迷ったんじゃなかろうか。


「今さら方向音痴だなんて言えないしな…」

「何か言ったか?」

「い、いや何も!」


大地は班長の責任ゆえに、己が方向音痴であることを明かせずにいた。だからこそ、こんな状況に陥ってしまっている。笑えない話だ。


「それにいつまで続くんだよこの道…」


もし道が行き止まりであれば諦めもついた。しかし、こうも長々と続いてしまうと、もしかしたらゴールがあるのではと期待してしまう。人間の悪い癖である。


「どうしたもんか…」


大地は嘆きながらも、歩みを進めるしかなかった。いつかゴールに辿り着くと、そう信じて。

しかし現実とは非情なもので、唐突に"それ"は現れた。


「……ん、なんか踏んだか?」


それは卵の殻の様な、何やら固い感触だった。しかしそれは踏んだ衝撃で砕けたようである。


「何だろ──」


そう思って、大地は足元を照らした──照らしてしまった。


「うわあぁぁっ!?」


大地は驚き、後ずさる。足元には白い破片が散らばっていた。


「お、おい、いきなり叫ぶなよ!」

「いやだってこれ…」


後ずさったせいで後ろの班員にぶつかってしまったが、それどころではない。この白い破片・・・パッと見は卵か何かだと思ったが、その隣に落ちてる棒状の物を見たせいで気づいてしまった。

──これは骸骨だ。


「何でこんな所に・・・いや、山だからありえるのか…?」

「全く、どうしたんだよ大地。蛇でもいたか? いいから先に進も──うわあぁぁっ!?」

「なんだ、どうした?!」

「あ、あれ…!!」


大地が考えていると、班員の1人が唐突に叫んだ。驚いて振り返ると、彼は懐中電灯で前方を照らしたまま固まっていた。一体どうしたのか。大地が彼の灯りの照らす先を見ると・・・


「「う、うわあああぁぁぁぁ!!!!!」」


大地たちの盛大な絶叫が森の中に響いた。






怪しいルートを突き進む晴登たち。次第に道が狭くなり、今では人1人がやっとな幅しかない。果たして、本当にこの先に居るのだろうか。


「さすがにこれはおかしいって気づくだろ」

「いや、どうだろ。大地のことだから、もっと行っちゃうかもしれない」

「アイツそんなにヤバいのか…?」


伸太郎は訝しげに訊いてくるが、正直晴登にも答えられない。如何せん、常人が方向音痴の感覚なんてわかるはずがないのだ。今までの経験上、なんかそんな気がするだけである。


「うーん…」

「どうしたの? 柊君」


どこか悩ましげな様子の狐太郎に莉奈が問う。すると彼は首を傾げながら答えた。


「なんかさっきから嫌なにおいがするんです…」

「嫌なにおい…?」

「同感。ボクも少し気分が悪いや」

「結月ちゃんまで? 何だろう…? 晴登!」

「ん?」


狐太郎だけでなく結月まで何かを感じたようだ。莉奈は意見を仰ごうと、晴登を引き止め、今しがたのやり取りを説明する。


「…つまるところ、なんかヤバいのがこの先にあるってことか?」

「うん。遠くてよくわからないけど、凄く不気味な感じがする」

「それにこのにおい。煙…みたいな?」

「煙…?」


結月と狐太郎の話を聞き、晴登は考える。常人ならまだしも、他でもない彼らの感覚だ。気のせいだと安易に流すことはできない。一体この先に何が待っているというのか。それに煙とは──


「「うあああぁぁぁぁぁ!!!!!」」


「「!!??」」


突然、森の奥から絶叫が聴こえた。声質は男子のそれ・・・恐らく、大地たちだろう。


「…っ、行こう!」


2人の話を聞いた後だから少し躊躇ったが、親友を前にして逃げる訳にはいかない。晴登は細い道に構わず走り出す。他の人たちも後をついてきた。


「大地! そこに居るのか?!」


大きな声で呼びかけながら、先へ先へと駆け抜ける。足場が悪かろうが、枝が邪魔だろうが、知ったことか。行かなきゃならないのだ。

その時、視線の先で一筋の光が煌めく。


「大地!」

「え、晴登!? 何でこんなところに・・・いや、それどころじゃない! 悪いが急いで引き返してくれ!」

「え? ちょ…!」


光の正体は、大地の持つ懐中電灯のものだった。晴登は再会したことに安堵したのだが、どうも大地たちの様子がおかしい。というか、やけに焦っているように見える。


「ほら、戻った戻った!」

「おい、押すなって! どうしたんだよ?!」

「話は後だ! 今は引き下がってくれ!」


狭い道ゆえに追い越すことができない大地は、焦りながらも晴登たちを追い返す。理由がわからないのだが、こうなったら従うしかあるまい。

大地率いる1組1班と合流した一行は、怪しいルートから急いで脱し、ゴールへと向かうのだった。






正規ルートに入ってからゴールまでは早かった。もう何の仕掛けもない、ただの真っ直ぐな道なのだから当たり前ではあるが。


「は〜着いた〜!」

「死ぬかと思った〜」


大地たちはゴールに着くなり、その場に座り込む。彼らはかれこれ30分以上、森の中で気を張っていたのだ。それがようやく緩んだと言ったところか。


「無事でしたか、1班の皆さん」

「先生」


声のした方を見ると、そこには山本が立っていた。その表情からは安堵の気持ちが読み取れる。
何せ自分の担当である1組の生徒たちが森で迷い、それを1組の生徒たちが捜索に向かったのだ。心配するのも当然だろう。


「すいません先生、俺のせいで…」

「いいんです。戻ってきてくれればそれで。その代わり、何があったのか説明して貰えますか?」

「はい」


山本に促されて、大地は迷った経緯を話し始める。まぁ大方の理由は、彼が方向音痴だからということで片づけられた。班員も納得し、大地は申し訳なさそうに謝っている。

しかし晴登には、1つだけ気になることがあった。


「なぁ大地、さっき叫んだのはなぜなんだ?」


そう、彼らが絶叫した理由だ。あのお陰で見つかったと言っても相違ないが、ではなぜなのか。あの道が正しかろうと誤っていようと、肝試しの仕掛けは発動していないはずだ。それなのに、どうして彼らは揃って叫び声を上げたのか。

それが気になったから訊いてみたのだが、途端に大地は肩を抱いて震え始めた。


「お、おい、どうした大地…?」

「──墓だ。お墓があったんだ」

「え…?」


晴登はそれを聞いて絶句する。あんな外れた道の先にお墓があったというのか。
大地が言うには、道が少しだけ開けた所に、墓石がポツンと1つだけ建っていたらしい。まして、その近くには骨が散らばっていたんだと。なんと恐ろしい。
…! ということは、狐太郎の言っていた"煙"とは"線香の煙"だったのかもしれない。普段から嗅ぐ訳でもないだろうから気づかなかったのだろう。

・・・いや待て、何で線香に火が付いているんだ。


「お墓ですか…。この辺に墓地があるとは知りませんでしたね」

「へっ」


山本の言葉に、晴登は思わず変な声を漏らす。少なくとも今日の内に、学校の関係者以外が山に立ち入ることはないはずだ。そして先生は墓の存在を知らなかった。それなのに、線香の火が付いていたのはおかしい。"今日、誰かが付けたはず"なのだ。

何だか背筋がムズムズしてきた。これはいよいよ嫌な予感がする。


「それにしても、おかしな話ですね」

「何がですか…?」


山本が優しく微笑む。もう十分おかしいことだらけなのだが、これ以上何があるというのだ。頼むから、あまり嫌な予感を助長しないで欲しい。ホントにシャレにならなくなる…!


「──どの分かれ道も2本しか用意していないはずなのに、どうして3本目があるのでしょうか?」


「「うわぁぁぁぁぁ!!!!!」」


山本の強烈なカミングアウトに、今日一の絶叫が森中に木霊していった。
 
 

 
後書き
雑なホラーオチで申し訳ありません。如何せん、怪談とかあまり知らないのでネタが無いんです…。どうも、波羅月です。

さて、今回は捜索回。ただ探して叫ぶだけの回でした。おかげで言うことが特にありません。よって早速次回を書き始めたいと思います。

次回はこの章のキーとなる話です(たぶん)。お楽しみに。
今回も読んで頂きありがとうございました! では! 

 

第85話『恋バナ』

肝試し騒動も終わり、いよいよ就寝時間となった。晴登たち1組3班は1つのテントの中で、5人で顔を突き合わすようにして寝袋に入っている。しかし天井から吊るされたランプには、未だ仄かな明かりが灯っていた。


「もう寝れる気しないんだが」

「同感」


というのも、騒動の終わりに山本の唐突な怪談を聞いてしまったせいで、就寝時間を超えても全員恐怖で眠れなくなってしまっていたのだ。夏の夜で暑いはずなのに、何だかむしろ寒気がする。


「な、なんか楽しい話題にしようぜ。ほら、明日ってスタンプラリーだろ?」

「もう山の中歩きたくない…」

「あぁっ! 柊君が!」


自分の嗅いだ匂いがまさか線香の匂いとも思わず、狐太郎は先程から恐怖とショックで打ちのめされていた。可哀想だが、何もかける言葉が見当たらない。


「そういえばスタンプラリーって、メンバーは班員じゃなくてもいいんだってな?」

「そうだね。3人から10人までの間で、自由に組んでいいんだって」


ここで話がまた変わった。
会話の通り、スタンプラリーではメンバーは班員に限らない。要は自分の仲の良い人たちと自由に組めるのだ。
班のままでやった方がイベントとしては正しいと思うのだが、自由に組める方が気が楽だから、晴登的には特に申し分はない。


「ちなみにそれって・・・男女は関係ないのか?」

「ないと思うけど、それがどうかしたの?」

「え!? い、いやぁ別に…?!」


晴登が訊き返すと、その班員はやけに慌てる。別に仲の良い女子と行くことに何ら問題はないはずだが、どうしてそこまで焦る必要があるのか。


「なんだなんだ? 恋バナか? 確かにキャンプの夜っつったらそれもアリだな!」

「そういうもの?」

「知らん! 俺に訊くな!」


もう1人の班員の言葉を聞いて晴登が伸太郎に訊くと、彼は勢いよく断ってきた。何か嫌な思い出でもあるのだろうか。
それにしても恋バナか。思えばしたことがなかったかもしれない。好きな人なんて今までいなかったし。


「おいおい、誰が狙いだ? 言いふらさないから言ってみろよ」

「いや、それは…!」

「ここまで来て日和(ひよ)んなよ。言えば、明日に協力してやらんこともないぞ?」

「う…」


班員の男子2人が話を進めていく中、晴登たちは置いてけぼりだ。狐太郎は未だに震えてるし、伸太郎に至っては寝ようとしている。
そんな時、渋っていた彼はついに口を開いた。


「…その、2組の戸部 優菜さんだよ…」

「えっ」


突然知っている名が出てきたので、晴登は思わず声を出して反応してしまう。
しかし納得はできる。晴登から見ても優菜は可愛いし、人気があるからだ。


「あちゃ〜、そりゃ高望みだろ」

「うっせ、わかってるよそんなことは。でも可能性がない訳じゃないだろ」

「いや〜どうだろうな〜」


その名前を聞いて、もう1人の男子はやれやれと首を振っている。だが確かにまだ諦めるには早いだろう。


「戸部さんなら友達だけど」

「…マジで? 何で? 学級委員繋がり的な?」

「いや、普通に」

「なんだよ、三浦ってコミュ障かと思ってたけど、結構プレイボーイじゃんかよ!」

「えぇ…」


コミュ障という評価は間違ってはいないが、プレイボーイという評価はやめて欲しい。そんな大層な者じゃない。そういうのは大地みたいなタイプのことを言うんじゃないのか。


「そりゃ三浦には彼女がいるしな」

「全くだぜ。羨ましい奴め」

「え、彼女なんていないけど…」

「は!? だったらお前、結月ちゃんは何なんだよ! もう嫁ってか!? 彼女通り越してるってか!?」

「ちょ、ちょっと落ち着いて!」


事実を言ったら、なぜか怒られてしまった。確かに結月とは同じ屋根の下で共に暮らしているとはいえ、さすがに嫁でもないし、そもそも彼女でもない。友達以上家族未満の存在である。


「これが落ち着いていられるか!」

「なぁ、夜なんだからもう少し静かにしてくれよ…。それと、冗談に聞こえるがコイツの言ってることは本当だぞ」

「なん…だと…!?」


つい声を荒げた男子に、伸太郎が眠そうにしながら言った。すると彼は、信じられないといった表情で晴登を見つめる。その視線はまるで、何かを訴えかけているようだった。


「はぁ……あのな、三浦」

「な、何?」

「お前バカだろ」

「え!?」


唐突なバカ呼ばわりに、晴登もつい声を上げてしまう。だが彼は冷静に、かつ呆れたように言葉を続ける。


「結月ちゃんはどこから誰がどう見ても、お前に惚れてんの。それくらい気づいてるよな?」

「う……ま、まぁ」

「だったらさ、何で受け入れてやんねぇの? 事情があるのか知らないけど、あんな可愛い子を断る理由はないだろ? このままじゃ彼女が報われなくて可哀想だぜ」

「……っ」


彼の言う通りだ。結月の好意は嬉しいし、断る理由なんてあるはずない。それでも受け入れないのは、晴登には自信が無いからだ。

本音を言えば、結月とそういう関係になりたくない訳じゃない。彼女と居るととても楽しいし、心も踊る。
ただ、怖いのだ。今の関係からどのように変化するのかが。経験が無くてわからないからこそ、躊躇ってしまう。もしかしたら、かえって気まずくなってしまうかもしれない。それが悩みなのだ。どうすればいいのやら──


「お前だってさ、結月ちゃんのこと好きなんだろ?」

「…っ!?」

「何驚いてんだよ。隠してるつもりだったのか? それくらい見てりゃわかるわ。元から、お前に拒否権なんて無いんだよ! わかったらとっととくっつけ!」

「えぇ!?」


熱が入ったのか、再び声を大きくする男子。何とも強引な人だ。初めて会った時はこんな人だとは思わなかったのに、付き合いを深めると変わるもんだな。何だかそれが嬉しい気もする自分もいるのだが。
・・・って、そんな感慨に耽っている場合じゃない。


「ちょうどいい機会だ。この林間学校中に告っちまえよ」

「え!? そんないきなり…」

「いきなりなもんか。向こうは毎日告ってるようなもんだろ。それを見せつけられる俺たちの気持ちを考えろ」

「いやわかんないけど…」


何だか話がドンドンと進んでしまっているが、まだ晴登は心の整理ができていない。
というか、なぜいつの間にか告白をする側になっているのか。告白を受け入れるかどうかの話じゃなかったのか。


「男なら、当たって砕けろだ!」

「この場合は砕けたらダメじゃない…?」

「いいのいいの。何事も経験だからな」


まるで体験したかのように男子は言った。なるほど、言っていることは間違っていない気がする。でも告白なんてしたことないし・・・


「よし、そんなお前にいいことを教えてやる。実は林間学校の花火には──」

「おーい、まだ起きてるのか? もう就寝時間過ぎてるぞ。明かりもついてるし、周りの班に迷惑かけないよう、早く寝るんだぞ」

「うおっ、す、すみません…!」


彼が何かを言いかけた時、テントの外から先生の声が聴こえてきた。言わずもがな、見回りの先生だろう。慌てて彼は謝り、晴登は明かりを消す。


「ちぇっ、いいとこだったのに」

「しょうがないよ。もう寝ようか」

「そうだな」


先生に注意された手前、これ以上恋バナは続けられないだろう。いつまたヒートアップするかわからない。

晴登は寝袋に収まり、隣を見やる。そこでは既に、伸太郎と狐太郎は眠りについていた。割と騒いでいた気がするが、よく起きなかったな。そんなに熟睡しているのだろうか。まぁ今日だけでも色々あったし、疲れていたのだろう。晴登自身も恐怖心はだいぶ薄れてきたから、今なら眠れそうだ。

そういえば「花火」と言えば、結月も「花火の噂」とか言っていた気がする。もしかしたら彼が言いたかったことは、そのことなのだろうか。それなら気になるから、明日訊いてみるとしよう。


「俺、結局どうしたらいいんだろ…」


密かに悩みを残したまま、晴登は目を瞑った。






一方その頃、別のテントでは。


「ねぇねぇ、莉奈ちゃんって好きな人いないの?」

「え〜?」


莉奈や結月がいる班、ここでも就寝時間になったにも拘わらず、恋バナが始まっていた。ちょうど今、班員の女子が莉奈に質問したところだ。


「男子と結構仲良いけど、誰か狙ってたりするの?」

「いやいやまさか〜」

「三浦君とか幼なじみなんでしょ? 何かないの?」

「ないない。アイツは弟みたいなもんだし。私はもっと歳上の人がタイプだもん」

「へ〜」


莉奈が答えると、女子は納得しつつも少しだけ不満な顔をする。他に期待してた答えでもあったのだろう。残念ながら、そういった話は持ち合わせていない。


「それに、晴登はもう結月ちゃんのものだから、手を出したら怒られちゃう」

「べ、別に怒らないよ! ていうか、まだボクのものじゃないし…」

「"まだ"ってことは、今後そういう可能性もあるってことだよね!」

「え、あ、あくまで可能性の話だけど…」


結月が呟くように言った言葉に、班員の女子が耳ざとく反応する。それに気圧されながらも、結月は一応肯定した。


「私ちょっと結月ちゃんの話聞きたいな。この際、プライベートな所まで」

「えぇ!?」

「いいじゃん。せっかく林間学校にまで来てるんだから、いつもとは違う話しようよ」


女子はぐいぐいと結月に迫る。結月は困惑し、助けを求めようと莉奈の方に視線を送った。しかし、彼女もまたその話が気になるのか、ニヤニヤしたまま助け舟を出してくれない。


「はぁ、わかったよ…。何が訊きたいの?」

「ずばり、三浦君のどこに惚れたの?」


ついに結月が根負けすると、女子は直球の質問をしてきた。彼女らにとって晴登にはこれといった特徴が無いから、どこに好意を抱いたのか気になるところなのだ。


「うーん、優しいところかな」

「おーベタだねぇ」

「それに強くて」

「そ、そうなの?」

「いつもボクを守ってくれるんだ」

「彼って騎士か何か…?」


結月が一つ一つ答えを挙げていくと、女子たちがドンドン訝しげな表情に変わってくる。決して間違ったことは言ってないのだが。
それにしても「騎士」か。あながち、結月にとってはそうなのかもしれない。気分はさながらお姫様だ。一応本当に姫ではあったけども。


「とにかく、ボクはハルトの全部が好きだよ」

「乗り気じゃなかった割に、そこは言い切るのね。聞いてるこっちが恥ずかしくなるよ」


結月の大胆な発言に、女子たちは圧倒される。しかしこれはいつも公言している訳だし、今さら隠すようなことでもない。というか、この気持ちだけは誤魔化したくはないのだ。


「じゃあさ、三浦君とどこまでいったの?」

「え、どこまでって?」

「とぼけないでよ。ほら、手繋いだりとか、キスしたりとか・・・」

「それならどっちもしたけど」

「え!? それなのにまだ付き合ってないの!? 順番おかしくない!?」

「そう言われても…」


結月が正直に答えると、女子は呆れたように頭を振る。しかしこればっかりは、結月にはどうしようもない。晴登が受け入れてくれない限り、この中途半端な関係は続いていくだろう。


「なるほど、問題は三浦君の方か…」

「別にいいよ、そんなに焦らなくても。ボクは今のままでも十分楽しいから」

「見ている方がやきもきするのよ! 早くくっつけって!」

「えぇ…」


なんと理不尽な理由だろうか。本人たちの意思をガン無視である。
そりゃ確かに、晴登と恋人関係になれたとしたらとても嬉しいけど…。


「けどそれもこの林間学校までね。結月ちゃん、花火の噂は覚えてる?」

「あ、この前話してたことだね。一緒に見るよう約束したけど」

「相変わらずのその積極性は尊敬するよ。いい? これはチャンスなの。後は大人しく噂に踊らされなさいな!」

「わ、わかった」


結月はとりあえず納得しながら、一方で花火の噂を思い出していた。その内容は決して難しいことでも突飛なことでもないが、真偽の保証も当然ない。あくまで噂は噂という訳だ。
とはいえ、そうだとわかっていても、緊張してしまう自分がいるのだが。


「勝負は明日! 自信を持って!」

「頑張ってね、結月ちゃん」

「いい報告を期待してるよ」

「う、うん!」


応援されて、結月は戸惑いながらも返事をする。
要は明日の花火の時に、晴登に告白しろということらしい。確かに舞台が整えば、晴登もきっとはぐらかすことはせずに向き合ってくれるだろう。ここで彼が受け入れてくれるかどうかが全てだが、結果がどっちに転んでもきっと大丈夫。彼となら上手くやっていけるはずだ。


「それじゃもう寝ようか」

「そうだね」


莉奈が明かりを消し、テントの中が真っ暗になる。寝袋に入った結月は、暗闇を眺めて明日に想いを馳せながら、静かに目を閉じた。






またまたその頃、別のテントでは。


「それじゃ恋バナしようか!」

「唐突だね〜」

「だってだってキャンプなんだよ? 恋バナしないともったいなくない?」

「そんなことはないと思いますけど…」


ここでも女子たちがやんややんやと騒いでいた。
キャンプの夜というか、友達と集まって寝るとこういう展開になってしまうのは、もはや中学生の(さが)なのかもしれない。


「いいじゃん優ちゃん、しようよ恋バナ」

「私そういうの慣れてないんですけど…」

「いいっていいって」


グイグイと恋バナに誘う女子に対して、乗り気でないのは、優ちゃんこと優菜である。
学年一のルックスを誇り、クラスの学級委員も務める優等生。初めは人から距離を置かれていたが、月日が経って、あだ名で呼ばれるくらいには周りに慕われるようになっていた。


「ずばり好きな人は?」

「結構直球ですね…」

「私知ってるんだよ? 今日海で優ちゃんが他のクラスのグループに交じって遊んでたこと。あの中に狙ってる男子でもいるんじゃないの?」


女子はニヤニヤしながら優菜に訊く。学年一の美少女の恋バナとか、気にならない訳がないのだ。ここらでゴシップの1つでも掴んでおきたい。


「あの人じゃない? 運動も勉強もできるかっこいい人」

「あ〜、優ちゃんを誘ってた人か。結構イケメンだからお似合いじゃない?」

「それとも、あの可愛い男子かな?」

「ありえそう〜」


優菜を除く女子たちがドンドンと話を進めていく。当の本人は置いてけぼりだ。

しかし、女子の1人が極めつけに問うた。


「それで優ちゃん、実際のところどうなの? あの中に気になってる人がいるの?」


女子たちが期待の眼差しで優菜を見つめる。どうやら、誤魔化しは効かなそうだ。


「そうですね──いますよ、気になってる人」


そう言って優菜は、柔和な笑みを浮かべた。
 
 

 
後書き
さぁこの展開を予想した人がいただろうか! これが今回の章のキーです! 青春だネ!(夏だけど)

さてさて、物語としては1ミリも進んでいないのですが、今回の話を挟まずにはいられませんでした。いつぞやの時に書くかもしれないと言っていましたが、ついに来ました恋愛編。いよいよ、彼らは進展を見せるのでしょうか。書く側としてもとても楽しみです。
え、展開が早い? 中学生とかこんなもんでしょ(適当)

次回はちゃんとストーリー進めます。一体どんなスタンプラリーになるのでしょうか。ハラハラドキドキです。
それでは、今回も読んで頂きありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第86話『スタンプラリー』

林間学校が2日目を迎えた。今日もいい天気で、雲一つない快晴だ。逆に言うと、燦々と照りつける太陽の光を遮るものが何も無いから、夏らしい暑さが晴登たちを襲う。


「あっついな〜」

「この天気で山を歩き回るのか…」

「一苦労しそうだね…」


朝食を終え、本日のメインイベント、『スタンプラリー』の集合場所である、とある山の麓へと集まった晴登と伸太郎と狐太郎。今は班員と別れて、3人で集まっている。


「結局聞き逃しちゃったな…」


そんな中、晴登は密かにため息をつく。
何を聞き逃したかというと、ずばり昨日の恋バナの続きのことだ。今日がその花火の日だというのに、結局噂の内容も何をすればいいのかも詳しく聞けなかった。あの班員の男子とはスタンプラリーで別行動することにしたから、訊くタイミングが全然ないというのに。


「なぁ、スタンプラリーのチームってどうするんだ?」

「え? あぁ…どうしよっか。俺たち3人だけだと寂しいから、結月とか莉奈とか大地とか誘いたいかな。それでいい?」

「はいよ。お好きにどうぞ」

「僕も三浦君に任せるよ」

「ありがとう2人とも」


承諾が得られたので、晴登は辺りを見回してそのメンバーを探す。まだ誰とも組んでいなければよいが・・・


「おーいハルトー!」

「あ、結月。えっと、お、おはよう…」

「うん、おはよ〜・・・って、何で目そらすの?」

「あ、いや、何でもない!」


突然の結月の登場に、昨日の恋バナが頭を過ぎった晴登は、つい挙動不審になってしまう。ダメだ、今は昨日のことは忘れた方がいい。


「それより今日のスタンプラリーだけどさ──」

「いいよ! 組もう!」

「即答!? まだ何も言ってないのに・・・いや、合ってるけども。でも良かった。それと莉奈知らない?」

「リナならボクと組んでるから、すぐ来ると思うよ。あ、ほら」


結月はそう言って自分が来た方向を振り返ると、確かにこちらに向かって走ってくる莉奈の姿が見えた。


「もう結月ちゃんったら、いきなり走らないでよ〜」

「ごめんごめん、ハルトが見えたからつい」

「昨日あんな話しておいて、よく平然としていられるね…」

「あんな話?」

「ううん、何でもない!」


莉奈が何やら気になる言い方をするが、晴登には教えて貰えないようだ。女子トークというやつだろうか。うん、わからん。
そして、相変わらず結月の一言が気恥ずかしい。


「それで、どうせ晴登は私と結月ちゃんと組むんでしょ?」

「え、何でわかったの…?」

「いや流れ的にわかるでしょ。それで後は・・・大地を探してる感じ?」

「お前はエスパーか」

「だーかーらー、晴登の考えてることなんてお見通しなの」

「ぐっ…」


何か言い返してやりたいところだが、図星すぎてぐうの音も出ない。ふざけてるようで、時々察しが良いのが莉奈のずるい所だ。

しかし、中々大地が見つからない。組んでくれると思っていたが、自意識過剰だっただろうか。それだと少し恥ずかしいのだが・・・


「お、いたいた。晴登ー」

「あ、大地。探してたんだよ」

「そうだと思ったよ。悪いな、連れて来るのに手間取っちまって」

「連れて来る…?」


ようやく出会えた大地が、何やら意味深な一言を放つ。晴登が疑問に思っていると、大地の背後から彼女は現れた。


「どうも、またお会いしましたね」

「戸部さん!?」


にっこりと微笑む優菜がそこにはいた。






「それでは、今からスタンプラリーの説明を始めます」


集合時間が過ぎ、皆がグループに分かれて整列した前方で山本が説明を始めた。

それにしても驚いた。まさか優菜とまで組むことになるとは。昨日もそうだが、最近大地と優菜の仲がやけに良い気がする。水着を買いに行った日、2人で帰っている時に何かあったのだろうか。まぁ、考えてもわからないのだが。

…あ、そうなると班員の男子には申し訳ないことしたな。後で謝っておこう。何となく。


「ルールは簡単です。この山の中にあるスタンプを多く集めたチームの優勝です」

「……ん?」


頭を切り替えて、説明を聞こうと思った晴登は、早くも疑問符を浮かべた。なぜなら、知っているスタンプラリーのルールと大きく違っているからだ。
普通スタンプラリーでは、スタンプを全部集めるのが前提のはずだろう。それなのに、多く集めるだとか、優勝だとか、そんなルールは聞いたことがない。何だか嫌な予感がする。


「山の中には、合計100個のスタンプを用意しています。それを制限時間内に、できるだけ集めるのです」

「ひゃっ…100!?」


ほら出た。だが何かあるとわかっていても、やはり驚いてしまう。100個のスタンプラリーとか、全部集めさせる気があるのだろうか。途中で飽きてしまいそうだ。


「制限時間はこの後9時から17時までの8時間。昼食は12時からこの場所で配布しますので、各チーム取りに来てください。もちろん、昼食抜きで探すのも1つの作戦ですよ」


そしてとんでもない制限時間の長さだ。普通、昼を跨ぐだろうか。やっぱりおかしい、この学校の行事は。


「範囲はこの山の麓から頂上まで全てです。範囲外との境界は目立つようにテープで示しているので、滅多なことがなければ外に出る心配はありません」

「ホントに大丈夫だろうな…」


伸太郎が気にするのも無理はない。何せ昨日、消える通路という滅多なことが起こってしまっているのだ。ふとした拍子に範囲外に出てしまえば、それは遭難と相違ない。


「まぁ大丈夫だろ。気にすんなって」

「お前が一番の心配の種だよ…」


相変わらず楽観的な大地に、晴登は嘆息する。今日は絶対に大地を先頭にはしないでおこう。


「そしてスタンプを100個ないし、一番多く集めたチームには、優勝賞品を用意しています。皆さん、ぜひ奮って頑張ってください」

「「「おおぉぉぉぉ!!!!!」」」


優勝賞品と聞いた瞬間、生徒たちのボルテージがいきなり跳ね上がった。これは確かにテンションが上がる。
しかし今の言い方だと、100個集めれば即優勝ということになる。仮に、多くのチームがスタンプを100個集めてしまったらどうするのだろうか。それとも、"そうならないための工夫"がされているというのか。


「何だかんだ、普通に面白そうじゃん」

「そうですね。普通のスタンプラリーよりは刺激がありそうです」


莉奈と優菜がワクワクしながら言った。確かに、対戦形式というのは男子的にとても心が躍る。これは優勝目指して頑張るしかない。


「何て言ったって、このチームには成績トップ3が揃ってる!」

「だからどうした」

「あまり関係ないと思いますよ」

「俺もそう思う」

「あれぇ!?」


優勝を確信して生まれたやる気が、その3人に一瞬で削がれる。いや、あまり関係ないというのは事実だけども。それでも、少しくらいは調子に乗ってもいいじゃないか。


「これで説明は終わりです。今は8時50分ですので、10分後にスタートします。スタンプラリーの用紙を受け取ったチームから、好きな場所に移動してください。もちろんスタートするまで、見つけてもスタンプを押してはいけませんよ?」

「「「はーい!」」」


なるほど、開始場所は統一しないのか。統一してしまったら、皆が同じ所に行くから勝負にならないしね。


「じゃあ俺が用紙貰ってくるよ」

「お、ありがと大地。・・・それじゃあ、どこからスタートしようか?」

「できれば、スタンプを見つけている状態で開始したいですね」

「でも、すたんぷってどこにあるの?」

「それは探すしかないだろうよ。この学校のことだから、ただ置いてあるだけってことはないだろうな」

「隠されてたりするのかな?」

「え〜めんどくさいな〜」


各々が思ったことを口に出す。いくら制限時間が8時間もあるとはいえ、100個もスタンプがあるのだ。隠されている可能性も視野に入れておいた方がいいだろう。

おっと、周りのチームが動き始めた。とりあえず、まずはこの場所から動いた方が良さそうだ。


「それじゃあ大地が戻り次第、出発しようか」

「「了解!」」






「・・・あった」

「・・・あったな」


大地が用紙を貰って来て、いざスタート場所を探そうと山に入って早5分。今晴登たちの目の前には、地面から膝くらいまでの高さの赤い直方体が鎮座している。そしてその上にはスタンプが置かれていた。


「別に隠されてなかったな」

「だね。普通に見つかっちゃった」


伸太郎と狐太郎が言った。確かに、この赤いスタンプ台は木の下に堂々と置かれている。まして道沿いだ。見逃す方がありえない。


「他のチームはいないし、ここからスタートでいいかな」

「「「了解!」」」


皆の返事が重なり、結束力を感じた晴登は口角を上げる。何だろう、今すごくリーダーっぽいぞ。ちょっと嬉しい。


「それで、この後はどう進みますか?」

「あ、それは考えてなかった…」

「普通に山登ればいいんじゃないの?」

「それもそうか」


優越感に浸っていた晴登に、早速優菜からの質問が飛ぶが、とりあえず結月の言う通り山を登ることにする。スタンプを集めつつ、山登りもできて一石二鳥という訳だ。勝負も大事だが、せっかくなら楽しんでやりたい。


「お、そろそろ始まるぞ」


大地が腕時計を見ながら言った。いよいよ始まるのか。楽しみだ。


「5、4、3、2、1、0──」


大地のカウントが0になると同時に、森中にブザー音が鳴り響いた。なるほど、こうやって知らせるのか。でもこれで気兼ねなくスタートできる。


「よし、まず1個目のスタンプ確保!」

「14って書いてるな。全部に番号が付いてる感じか」

「なるほど。なら14番の欄に押さないとな」


晴登は手始めに、目の前のスタンプを用紙の14番の欄に押す。スタンプの模様は味気ないただの赤い丸で、特に意味は無さそうだ。
それにしても、用紙に100個の欄があるのは実に圧巻である。これは本当に途方もない。


「それじゃ、登って行こうか。目標100個だ!」

「「「おー!」」」


しかしそれでも100個を目指してしまうのは、やっぱり男子の性というものだろう。
晴登一行はスタンプラリー兼ハイキングを開始したのだった。






開始してから1時間が経った。思いの外スタンプは容易に見つかり、今のところそこまで苦労はしていない。ただ・・・


「1時間で集まったスタンプは10個・・・なるほど、こりゃ100個集めるのは厳しそうだ」


大地の言う通り、このペースだと8時間でスタンプを100個集めるのは難しい。いくら見つけやすい場所にあるとはいえ、山の中でそれを見つけるには多少の時間を要する。


「なら走って探す?」

「断る」

「暁君ならそう言うと思ってたよ」


それならばと、短絡的な考えを晴登が冗談混じりに言うと、もちろん伸太郎に拒絶された。正直晴登自身も嫌である。山の中を駆け回るのはもう懲り懲りなのだ。翌日、脚が筋肉痛になって大変だったし。


「別に全部集める必要はないんじゃない? この感じだと、どの班もコンプは無理だろうし」

「できる限り集めるしかないようです」

「やるしかない、だね!」


女子3人が口々に言った。その通りだ。一にも二にも、晴登たちができることはスタンプを集めることだけ。実際に100個集めるのが無理だろうと、目標100個を変える訳にはいかない。


「よし、とりあえず次のスタンプを探さなきゃ──」

「ねぇ、あれ見て!」


晴登が言いかけた途端、狐太郎が声を上げた。つられて彼の指差す方向を見てみると、確かにそこには赤いスタンプ台がある。


「いや待て、何の冗談だ」

「やっぱりそういうことしてくるんだな…」


伸太郎と晴登だけじゃなく、この場の全員がその光景を見て嘆息する。

──なぜならそのスタンプ台は、高く聳える断崖の中央に位置していたからだ。
 
 

 
後書き
いよいよ始まりました、スタンプラリーです。え、ラリーじゃない? 細かいことは気にしないでください(適当)

さてさて、さすがに100個のスタンプラリーは誰もしたことがないでしょう。もし、したことがあったという人は教えてください。1000個に書き直します(雑)

切り立つ崖の壁にスタンプ台。どうやって設置してるのか甚だ疑問ですが、果たしてこのスタンプを押すことができるのか。次回をお楽しみに。
今回も読んで頂き、ありがとうございました! では! 

 

第87話『高難易度』

崖の壁面の、人1人が入るくらいの小さな窪みに、その赤いスタンプ台は鎮座していた。地上からざっと5mの高さはあるだろうか。どう頑張ったって手が届くとは思えない。


「これがコンプが難しい理由か…」

「さすがというか、やっぱりというか…」


こんな性格の悪い仕掛けをするのは、この中学校以外に存在しないだろう。仕掛けるのはいいが、せめて難易度を上げるくらいに留めておいて欲しい。これでは難易度が振り切れているではないか。


「これどうする…?」

「登るしかないんじゃない?」

「登るったって、ロッククライミングとは訳が違う。俺でもさすがに無理だよ」


莉奈の提案に大地は反対する。確かに見る限り、崖の壁面に取っ手になりそうな箇所は少ない。これではいくら大地でも登りようがないだろう。


「ボクなら氷で足場を作れるけど…」

「ダメだよ結月、人前で魔術は使えない」

「だよね…」


それならばと、結月は晴登にこっそり耳打ちしてくるが、当然魔術の使用は許可できない。彼女もそれはわかっていたようだから、最初からダメ元の案だったのだろう。
皆にこの秘密を明かせれば、どれだけ楽だろうか。しかし、一般人を安易に踏み込ませられる領域でないことは、晴登も承知している。


「それじゃあ、このスタンプは諦めるしか・・・」

「──なら、僕が行ってみるよ」

「え、柊君!?」


なんとそんな状況で名乗りを上げたのは、まさかの狐太郎だった。控えめに手を挙げているが、それでも彼が自己主張するのは珍しい。


「けどいくら柊君でも、これはさすがに…」

「僕だって役に立ちたいんだ。用紙貸して」

「う、うん…」


晴登は言われるがままに、狐太郎に用紙を手渡した。彼はそれを丸めて、パーカーのポケットに突っ込む。
しかし、いくら彼の運動能力が優れてるとはいえ、大地が無理と判断したものを果たして成し遂げられるのだろうか。
だが、こんなにやる気を見せている彼を止めることはできなかった。


「ふぅ……」


彼は大きく息をつき、崖に近い背の高い1本の木を見据える。集中しているのが、傍から見ても感じられた。

すると次の瞬間、強く踏み出したかと思うと、木の幹を四足で駆け上り始める。彼は重力を物ともせずにぐんぐん上り、ついにてっぺんの枝の先に器用に渡ると、そのまま崖に向かってジャンプした。そして、スタンプ台の設置されている窪みに華麗に着地する。


「「なっ…!?」」


その流れるような一連の動作に、晴登たちは口をあんぐりと開けて驚愕した。何だあの素早くて軽い身のこなしは。フードも相まって、まるで忍者の様だ。


「よっ…と。やったよ! 96番のスタンプ押してきたよ!」

「え、あ、ありがとう。凄いね、柊君…」

「身体動かすのは得意だから。役に立てて嬉しいな」


褒められたことに、フードの下ではにかみながら狐太郎は答えた。こんな表情をされてしまうと、あの高さから難なく飛び降りて着地したことを誰もツッコめない。


「はは…こりゃ俺の負けだな」


大地が苦笑いしながら呟いた。だが仕方ない。ビーチで見せた大ジャンプといい、彼の動きはもはや"人間業"ではない。口にはできないが、彼の体質と何かしら関係があるのではないだろうか。そう思えてしまう。


「一体何者なんだ、柊君…?」


そんな僅かな疑問が晴登の頭の中に浮かんだが、次の瞬間にはもう忘れていた。






太陽が真上を過ぎた。午前中は寄り道をしすぎて結局頂上に辿り着かなかったので、一度麓に戻って昼食を終えた晴登一行は、再び頂上を目指す。もちろん、道は変えるつもりだ。


「けどまたあったな、高難易度スタンプ」

「これは…鍵がかかってるのか?」


現在集めたスタンプは29個。そして30個目というところで、またしても特別仕様のスタンプに出会ってしまった。スタンプ台は普通に木の下にあったのだが、肝心のスタンプが透明なケースに閉じ込められている。そしてそれは、チェーンの様な金属で開かないように仕組まれていた。


「鍵というか、この鎖みたいなやつが絡まってるって感じだね」

「解くのには時間がかかりそうですね…」

「ねぇハルト、ボクなら壊せそうだけど…」

「だからダメだって」


莉奈と優菜が解析している横で、結月が脳筋な意見を耳打ちしてくる。今回は氷の力というよりは鬼の力を利用するつもりなのだろうが、それも魔術に変わりはないので、もちろん却下だ。


「ふっふっふ」

「ど、どうしたの暁君?」

「どうやら俺の出番らしいな」


そんな時、伸太郎がいきなり不敵に笑い始めたかと思うと、珍しく自信に満ち満ちた様子で言った。まさか先程の狐太郎みたいに、この難題を解決できるのだろうか。


「ちょっと失礼」


そう言ってスタンプ台の前に屈んだ伸太郎は、チェーンをガチャガチャといじり始めた。晴登たちはその様子を固唾を呑んで見守る。
かなり複雑に絡み合ってたはずだが、果たして・・・


「──うし、取れた」

「すごっ!?」

「ふっ、こんなの知恵の輪と大差ねぇよ。俺がどれだけやり込んだと思ってる」

「それは知らないけど・・・でもこれでスタンプゲットだ! ありがとう暁君!」

「お、おう、どういたしまして…」


狼狽える伸太郎をよそに、晴登は入手したスタンプを押す。今回は91番だ。
ちなみに、さっき96番のスタンプ欄を見た時に気づいたのだが、用紙の90番から100番の枠のみ、他の黒い枠と違ってうっすらと赤みがかっていた。今まで理由はわからなかったが、もしかするとこれは、入手が困難なスタンプということを表しているのではないだろうか。
となると、狐太郎や伸太郎の様に特別な才能を持った人のいないチームは、コンプリートには至れないということになる。これが俗に言う、"満点防止"というやつだろう。面白いじゃないか。


「それじゃ、次に行こうか!」

「ねぇ、ちょっと待って。さっきのチェーンって元に戻さなくていいのかな?」

「あ、確かに…」


ここで狐太郎が慧眼な発言。それはまさに盲点だった。
彼の言う通り、ここでチェーンを戻さないと、次にここに来たチームは何の苦労もなく91番のスタンプを入手できることになってしまう。それは望ましくない。


「じゃあ早く戻さないと。暁君、お願い・・・って、さすが、もう戻してたんだね」

「え? 俺は何もしてないぞ…?」

「え!? じゃ、じゃあ何で閉まってるの…?!」


振り返ると、そこにはケースにチェーンが絡まった、初めの状態のスタンプ台があった。伸太郎が戻していないのであれば、当然誰も戻していないだろう。つまり、これは勝手に戻ったということに・・・


「……先行こうか」

「……そうだな」


何だか寒気を感じた晴登は、この場から早く離れようと促す。きっとそういう仕掛けなんだろう、そういうことにしておこう、うん。






さらに2時間が経過しただろうか。制限時間の半分はとっくに過ぎたが、未だに集めたスタンプは48個と、目標には遠く及ばない。


「やっぱり上に登るだけじゃダメなのかなぁ」

「もうすぐ頂上ですし、着いてから考えましょう」


辺りの木々が少なくなったきたため、直に当たる日光を手で遮りながら、晴登は目の前の頂上を見据える。あと一息という距離だ。そんな時、


「あれ、他のチームがいるな」

「皆考えることは一緒ってか」


晴登たちとは違う道から頂上に向かう、4人チームが見えた。中々出会わないから忘れかけていたが、やはりちゃんと他のチームもいる。とはいえ、スタンプの取り合いになる訳じゃないから、あまり気にする必要はないのだが。


「って、あのチームよく見ると・・・」

「…ん? おぉ、三浦じゃないか! 奇遇だな」


平らに整備された頂上に着くと、向こうのチームもこちらに気づいたようだ。しかもそのメンバーには、晴登の班の班員である男子が2人ともいた。


「どうだ、スタンプラリーの調子は?」

「まぁ普通かな」

「普通ってどのくらいだよ。でもこっちは結構集まってるぞ。優勝も夢じゃないな」

「そ、そうなの?」


他のチームの状況を初めて聞いて、ようやく晴登の中に焦りが生まれる。ペースとしては悪くないと思っていたが、やはり上には上がいるということか。


「つっても、このチームは男子ばっかだからな。お前のチームみたいに女子がいないから──」


そこまで言いかけて、男子はそれ以上の言葉を紡ぐのを止める。そして何かをじっと見つめたまま動かない。


「どうしたの…?」

「何で三浦が戸部さんと組んでるんだ…?」

「あっ」


忘れていた。そういえば彼こそが優菜と組みたがっていたのだった。どうしたものか、やはり謝るべきだろうか。


「いや、これには訳が・・・」

「皆まで言うな。最初から可能性は無いようなもんだったのさ…」


力なく答える彼に、晴登はそれ以上何も言えなかった。
すると彼はそのまま、元来た道を引き返していく。


「お、おい待てよ」


同じチームの男子が彼を追いかけ、そして彼らは頂上からいなくなった。
やっぱり、悪いことしちゃったかな。後で謝っておこう。


「何だったんだ、アイツら?」

「気にしなくていいんじゃないか? それより、あそこにスタンプがあるぞ。それも3つも」

「あの人たち、押さずに帰っちゃったけどいいのかな…」


大地の疑問に伸太郎が適当に返し、狐太郎は心配そうに呟く。確かに、これを放置して帰るのはもったいない。
とはいえ、晴登たちまで見逃す訳にはいかないので、彼らには申し訳ないが頂戴するとしよう。


「31、32、33の3つか。いくら頂上とはいえ、結構なボーナスだな」

「苦労した甲斐があったじゃん。ラッキーラッキー」


大地と莉奈の言う通り、これは予想外の収穫だ。もしかしたら、他にもこんなボーナスがあるかもしれない。まだ諦めるには早そうだ。


「この調子で行こう! 次はあの道だ!」


テンションが上がった晴登は、勢いで道を選ぶ。今ならたくさん見つけられる気がするぞ…!


「…? この匂いって…?」

「どうしたの、結月?」


晴登が意気込む背後で、結月がボソッと呟く。その様子が気になり、晴登は問うた。


「今、雨の匂いがしたような…」

「こんなに晴れてるのに? 気のせいじゃない?」

「それならいいけど…」


彼女は空を見上げながら、不思議そうに首を傾げている。だがこんなに晴れているというのに、雨が降るとは到底信じられない。いくら「山の天気が変わりやすい」ってよく言われるはいえ──






「ねぇ、ちょっと空が暗くなってない?」

「ホントですね。一雨来そうです」


マジか。結月の言う通り、本当に降りそうな雲行きになってきた。一体どこから現れたというのだ、あの雲は。

今晴登たちは、山の中でも比較的高い、見晴らしのいい場所にいる。そのため雲の様子にもいち早く気づいた訳だが・・・


「──って、言ってるそばから降ってきたぞ!」

「とりあえず、木の下に入ろう!」


ポツポツと雫が降り始めたかと思うと、次第に夕立の様な大雨になった。たまらず晴登たちは、全員で雨宿りできる場所を探す。しかし、見晴らしのいい場所が災いしてか、それが叶いそうな立派な木は中々見当たらない。どこに行っても水滴が入り込んでくる。


「もっと安全に雨宿りできそうなとこはないのか? 洞窟とか・・・」

「こんなに強い雨じゃ、見つけるのが大変そう…」


さっきまであんなに晴れていたのだから、当然誰も傘や合羽は持ち合わせていない。おかげで頭から足までずぶ濡れだ。いくら夏でも、これでは風邪を引く可能性もある。


「くそっ、足元がぬかるんできた…! 皆、気をつけ──」

「きゃっ!?」

「戸部さん!!」


雨で地面がぬかるんできたことを晴登が報告しようとした矢先、優菜が足を滑らせる。しかも運の悪いことに、バランスを崩した先は崖になっていた。
近くにいた晴登は慌てて優菜の手を掴み、引き戻そうと踏ん張る。が、


「ぐ、滑る…!」

「おい、晴登──」


人1人を不安定な地面の上で支えることは、予想以上に困難だった。大地の助けが入る前に、晴登もぬかるみに足を取られ、優菜と共に崖に吸い込まれる。


「うわあぁぁぁ!!!!」
「きゃあぁぁぁ!!!!」


「晴登ぉ!!」
「優菜ちゃん!!」


大地と莉奈が絶叫する中、晴登と優菜はそのまま崖の下の森林へと落ちていった。
 
 

 
後書き
ラストでいきなり裏切ってくスタイル、大好きですよ。今回は少し唐突すぎたかもですけど。どうも、波羅月です。

高難易度と聞くと某ソシャゲを思い出しますけども、ピッタリなタイトルだと思ってます。敵はスタンプのみに非ず、ってね(スタンプラリーとは)。

さて、崖から落ちてしまった2人の運命や如何に。ハラハラドキドキな展開ですね。次回のお楽しみです。
今回も読んで頂き、ありがとうございました! では! 

 

第88話『雨宿り』

「うわぁぁぁ!!!!」


重力に従い、雨と共に晴登と優菜の身体はドンドンと地に向かって落ちていく。内蔵が浮く感覚を味わい、気持ち悪さを感じた。

最悪だ。まさか崖から落ちる羽目になるなんて。見渡す限り森林で隠れていて正確には測れないが、地面まではかなりの距離がある。バンジージャンプで飛ぶのも願い下げな高さだ。このまま落ちれば、当然即死は免れない。


「させるかよ…!」


晴登は右手で掴んでいた優菜の手を引き寄せ、左腕で抱き抱える。どうやら彼女は気絶してしまったらしく、何の反応も見せない。好都合だ。その方が動きやすい。

常人ならば、この高さはどうしようもできまい。待ち受けている死を、間もなく来たる終わりを受け入れるくらいしか。だが、晴登は魔術師だ。2人とも助かる方法を、一応持ち合わせている。

──やるしか、ない。


「くそっ、まだ高い…!」


晴登は右手を地面に向かってかざし、いつでも魔術を放てるよう準備する。この高さを飛び降りたことはないが、着地の要領はいつもと変わらないはず。ただ少し、勢いが強いだけだ。


「…ここだ!」


森林が目前に迫った時、晴登は掌から怒涛の暴風を放った。着地するに当たって、この木々は邪魔でしかない。だからまず、ここに風穴を空ける。


「はぁぁぁ!!!!」


手加減はしない。本気も本気だ。全力で"鎌鼬"を叩き込む。枝の1本、葉の1枚すら残さない。完全な生存ルートをここに創り出す。

こんな理不尽な死に方、納得できるものか。運命を、この手で覆すのだ。


「あぁぁぁぁ!!!!」


地面が見えた。本来は着地に当たって風量を微調節するところだが、高空からの人間2人の自由落下だ。その勢いは並大抵なものではない。器用に調節する余裕なんてなかった。


「頼む、止まってくれぇ!!!」


猛スピードで走る車が急ブレーキをかけたとて、すぐに止まる訳ではない。それと同じだ。晴登の風は地面に直撃して、反作用の力で勢いこそ弱まっているが、まだ落下が停止してはいない。このままいけば頭から地面に落ちて、やはり即死ルートだ。


「うおぉぉぉ!!!!」


地面にぶつからない。それだけを考えて、ありったけの風を放つ。さっきから急激に魔力を消費したせいか、右腕から先がだんだんと痺れてきたが・・・構うものか。

絶対に優菜を助け、そして自分も助かってやる。


地面まで残り3m、2m、1m、そして──






「嘘…優菜ちゃん…」

「晴登…」

「そんな…」


奈落を見下ろしながら、絶望に暮れる莉奈と大地と狐太郎。何せ、不幸にも友達がかなりの高さの崖から落ちてしまったのだ。最悪の事態が頭を過ぎってしまうのも無理はない。


「ハルト! ハルト!」

「落ち着け結月! お前まで取り乱してどうする!」

「でもハルトが!」

「アイツならきっと大丈夫だ。確かにお前ならこの崖も平気かもしれないが、ここで行ってもコイツらを混乱させちまう」

「う…」


伸太郎は冷静に事態を把握し、崖を降りようと早まる結月を留まらせる。晴登は風の魔術師。なら、生きている可能性もまだ残されているというもの。


「ひとまず、先生たちに知らせる。けど、この大雨で全員が動くのはかえって危険だ。だから結月、そっちに行ってくれるか?」

「おい待てよ、結月ちゃんを1人で行かせる方が危ないだろ! 俺が・・・」

「大丈夫だよダイチ。ボクが行く」

「……っ」


伸太郎の提案に大地が食ってかかるが、結月自身がそれを止めた。その真剣な表情を見て、大地は言葉に詰まる。


「いいか結月、"全力"で麓まで戻るんだ。それか旅館でもいい。とにかく大人を三浦たちの元へ向かわせるんだ」

「うん、わかった」

「あと、くれぐれも人目には気をつけろ」

「もちろん」


「全力」を強調して、伸太郎は結月に指示を出す。そしてその意図に気づいたのか、結月は力強く頷いた。伸太郎の思いつく限り、今はこれが最善手だ。


「それじゃ、行ってくる!」

「気をつけて、結月ちゃん!」

「うん!」


莉奈に手を振り返しながら、結月は山道を駆け下りていく。



そして、誰の視界にも映らなくなったであろう瞬間、結月の足元から冷気が溢れ出した。


「待ってて、ハルト」


たちまち地面は氷結していき、結月はその氷の上を滑り始めた。山下りなら、こっちの方が走るよりも何倍も速い。これが伸太郎の意図だ。
もちろん、氷はすぐ溶けるように配慮している。雨の中ならば目立つこともない。

山道を滑り下り、時には森の中を突っ切って、結月は直線的に麓を目指す。雨に打たれようが、枝が頬を掠めようが構わない。晴登を助けるためなら、何だってやってやる。


「──絶対に助けるから」






「う、ん…?」

「あ、目覚めたんですか三浦君! 良かったぁ…」

「戸部さん…? ここは…?」

「近くにあった洞窟です。雨宿りするために入ったんです」


目を覚ますと、晴登の顔を心配そうに覗き込む優菜の顔が見えた。そして彼女の私物なのか、身体にはタオルがかけられている。いつの間に寝てしまっていたのだろうか。まだスタンプラリーの途中だというのに・・・。
石の硬い感触を背中に感じながら、晴登は身体を──起こせなかった。


「無理をしちゃダメですよ。まだ寝ていて下さい」

「えっと、何でこうなったんだっけ…?」

「覚えてないんですか? また、私が助けられたんですよ」

「あっ…!」


優菜の言葉を聞いて、晴登はようやく先程の顛末を思い出す。

確かスタンプラリーの途中で大雨が降って、崖から足を踏み外した優菜を助けようと一緒に落ち、そして地面に当たる寸前で何とか風で落下の軌道を横にずらして、転がるように着地したのだった。その後のことはよく覚えていないのだが、恐らく魔力切れで気絶したのだろう。それで先に目覚めた優菜が洞窟を探し、晴登を運び込んだ、といったところか。


「最後だせぇな俺…」

「そんなことありませんよ! 三浦君がいなかったら、そもそも私は助かってなかったでしょうし…。以前熊に襲われた時もですけど、やっぱり三浦君は私の命の恩人ですよ」

「そ、そんなこと…」


ない、とまでは言い切れない。だって実際助けたのだから。でも、面と向かって命の恩人呼ばわりされるのは、かなり恥ずかしい。まして相手が学年屈指の美少女ともなれば、なおさら意識してしまう。というか、雨に濡れたせいで服とか直視できない状況なんだが…。


「…どうしたんですか? 顔が赤いですけど…」

「い、いや何でもないよ! 雨に濡れたし、熱でもあるのかな〜なんて!」

「それなら大変です! おでこ失礼しますね」

「あっ…」


優菜の柔らかい手が晴登のおでこに当てられる。雨で冷えたとはいえ、結月と比べるとやはり温かい。なんだか新鮮な気持ちだ。


「確かに、少し熱いような気も・・・」

「たぶん休めば良くなるよ! 心配かけてごめんね!」

「いえ、ゆっくり休んで下さいね」


そこで会話は一旦途切れる。優菜は晴登の体調に配慮しているのだろうが、ごめんなさい仮病なんです。だからすごく気まずい。


「皆も心配してるよね…」

「そうですね…。あの高さから落ちて生きてるなんて、正直今でも信じられません。早く戻って、安心させないとですね」

「ごめん、俺がこんな状態なばっかりに…」

「いえいえ! 三浦君が元気になってから動きましょう」


何とか会話を続けようと晴登は話題を振るも、これはさすがに雑だった。優菜に気を遣わせてどうする。もっと別の話題をだな・・・


「あの…1つ訊いてもいいですか?」

「うん? いいけど…」


そう考えていた時、優菜の方から声をかけてくる。訊きたいことか…何だろう。


「結月ちゃんとは、本当はどこで出会ったのですか? ホームステイって話は嘘ですよね?」

「え!? な、何を言ってるのかな…?」


あまりに脈絡のない質問だが、晴登は困惑するより先に狼狽える。なぜそのことを知っているのだ。魔術部以外は知らないはずなのに。


「彼女、三浦君と一緒に魔術部に所属していると聞きました。でもいくら三浦君に懐いているとはいえ、あの部活に簡単に勧誘するとは思えないんです。何か、事情があるんじゃないんですか?」

「……っ」


鋭い。まさかそこに目をつけるなんて。
優菜には以前、魔術のことを話したと終夜から聞いた。だからこそ彼女は、もし結月が本当にホームステイしているだけの外国人だとすれば、晴登がわざわざ結月に謎だらけの魔術部のことを伝えるとは思えなかったのだろう。


「大丈夫です。言いふらしたりしませんよ」

「もう見抜かれてるってことね…。わかった、戸部さんには話すよ。実は──」


乗りかかった船だ。彼女には知る権利がある。晴登は結月と出会った経緯を一から話すことにした。

異世界に行って、氷の魔法を操る彼女に出会ったこと。そこで危険な目にあったこと。誤って彼女を現実世界に連れて来てしまったこと。念のため鬼関係のことは伏せたが、それ以外のことはありのままに伝えた。


「そんなことがあったんですね…」

「話しといて何だけど、信じてくれるの?」

「にわかに信じ難い不思議な話ですけど、でもそんな私の知らない世界があるってことは、既にこの目で見ていますから。それに、三浦君が嘘をつく理由もありません」

「そりゃそうだ」


晴登は軽く笑みを零した。何だか、肩の荷が降りた気がする。
どんなに小さなことでも、人に話せない隠し事は持っているだけで息苦しさを生むものだ。だからこんな風に魔術のことを皆に話して、そして信じて貰えたら、もっと気を張らずに生活できるようになるんだろうか。


「なら、私の方が先だったのに…」

「え、何?」

「いえ、何でもありません。話してくれてありがとうございました。ずっと気になっていたので」

「あ、うん。どういたしまして」


優菜が何かを呟いた気がしたが、声が小さくてよく聞こえなかった。何と言ったのだろう。…考えても無駄か。

それよりも、そろそろここからどうやって帰るかを考えたい。話して時間を潰すのもいいが、帰る手段が無いままなのはマズい。今どこにいるのかわからないのだから、当然帰り道もわからない。そもそも、スタンプラリーの範囲に入ってるかも疑わしい。せめて落ちてきた場所がわかればいいのだが、地図なんてものは持ち合わせておらず、持っているのは雨でずぶ濡れになったスタンプラリーの用紙・・・


「あ、濡れてる!? どうしよう戸部さんこれ?!」

「そこまで濡れてしまってはどうしようもできませんね…。スタンプラリーは諦めるしかないようです」

「そっか…。確かに、崖から落ちてる時点で続行なんてできないしね…」

「ごめんなさい、私のせいで…」

「あ、いや、責めてる訳じゃないんだ! スタンプラリーなんかより、戸部さんの無事の方が大事だよ」

「…ありがとうございます」


残念だけど、背に腹は代えられないというもの。スタンプラリーの賞品とか気になるけど、今回は諦めるしかない。


「あの…1つお願いしてもいいですか?」

「何?」

「その…晴登君って呼んでもいいですか?」

「え!? い、いいけど…」


優菜はもじもじとしながら、それでいてハッキリと言った。いきなりの提案に、晴登は驚きながらも承諾する。にしても、どうしてこのタイミングに…?


「もっと、晴登君と仲良くなりたいんです」

「そ、そっか。うん、俺も戸部さんと仲良くしていきたいかな──」

「優菜」

「え?」

「私は晴登君って呼びますから、晴登君も私のことを優菜って呼んでください」

「えぇ!?」


何てことだ。確かに仲良くなるに当たって名前呼びは効果的と言うが、相手が女子なら男子にとってそのハードルは高い。莉奈や結月は自然とそうなっていたが、こうして改まって言い直すのは照れくさいというもの。加えて晴登のことを名前で呼んでくれる人はあまりいないから、呼ばれるのも余計にくすぐったく感じてしまう。


「えっと…優菜、さん…」

「ちゃん付けの方が仲良さそうじゃないですか?」

「えぇ!? じゃあ…優菜、ちゃん…」

「はい、ありがとうございます、晴登君」


恥ずかしい。今絶対耳まで赤くなってる。女子をちゃん付けで、しかも名前で呼ぶなんて何年ぶりだろう。昔はコミュ障で、女子と話すことすらロクにしてなかった訳だし、余計に緊張してしまう。


「そういえば、身体の調子はどうですか?」

「そ、そうだね。かなり回復してきたかな」


唐突な話題変換に戸惑いつつも、晴登はもう身体を起こせることに気づいた。まだ倦怠感は残っているが、歩くこともできそうだ。


「ではそろそろ移動しましょうか。雨も止んできたようですし」

「ここで待ってたら助けが来ないかな?」

「恐らく皆が救助を呼んでくれているとは思いますが、辺りは森ですし、開けた場所に出た方が見つけて貰いやすいかもしれません」

「なるほど」


優菜の意見に納得し、晴登はタオルを彼女に返して立ち上がる。崖の上から見た感じ、ここら一帯は森林だったはずだが、それでも行くしかない。


「準備はいい? 戸部さ・・・」

「……」

「優菜、ちゃん…」

「はい、大丈夫です」


…何だろう、凄くやりにくい。

戸惑う晴登とは対照的に、優菜は満足そうに微笑んだ。

 
 

 
後書き
超ハイスピード更新とか何年ぶりでしょうか。異世界編の始めもこのくらいのペースだったように思います。やっぱり書きたいものがあると、自然と執筆も早くなってしまうようですね。

さて、崖から落ちて何とか無事だった2人ですが、察しのいい方は伏線に気づいた頃でしょうか。では、次回かその次ぐらいで回収していくとしましょう。

早く続きが書きたいので、後書きはこの辺にしておきましょう。というか、こんなに後書き書く人そうそういないと思うんですが? 今度から1文くらいにしようかな?

ともあれ、今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もよろしくお願いします! では! 

 

第89話『優菜の想い』

「ねぇ、今どこ歩いてるんだろ?」

「皆目見当もつきません。まるで樹海ですね」


雨で湿った地面を踏みしめながら、晴登と優菜は森林をかき分けながら進んでいた。目的地は知っている場所ないし開けた所だ。とにかく誰かに見つけて貰わなくてはいけない。
しかし、中々目立った場所には辿り着かず、似たような景色の中を延々と歩いている。


「そうだ、晴登君の力で崖を登ることはできないんですか?」

「残念だけど、それはちょっとできないかな。それにまだ魔力が回復しきってないから、仮にできても途中で落ちるかもしれない」

「そうですか…。さすがに虫が良すぎましたね…」


晴登の答えを聞いて、優菜はがっくりと肩を落とす。
こんな事態に陥るくらいなら、多少無理をしてでも飛ぶ練習をしておくべきだった。自分の不甲斐なさに腹が立つ。いやでも落ちたら怖いし・・・

会話が滞り、黙々と2人は前進する。何か話題はないかと晴登が考えていると、先に優菜が口を開いた。


「あの晴登君、また1つ訊いていいですか?」

「こ、今度は何かな…?」


その言葉に晴登は身構える。さっきからの彼女の質問を鑑みると、きっと普通の質問や提案には留まらない。


「今日の花火の時って、予定ありますか…?」

「え…?」


優菜が顔を覗き込みながら訊いてくる。この質問にはどういう意図があるのだろう。昨日聞いた「花火の噂」というワードが頭を過ぎるが、それと何か関係があるのだろうか。
だが何にせよ、晴登には先約がいる。それは伝えないと。


「ある、けど…」

「…やっぱりですか。相手は結月ちゃんですか?」

「何で知ってるの!?」

「むしろなぜわからないと思ったんですか…」


優菜が呆れたようにため息をつく。その後、ふと何かに気づいたような表情をして、こちらを見た。


「もしかして、晴登君は噂のことを知らないんですか?」

「う、うん。皆言ってるけど、内容は聞きそびれちゃって…」

「なるほど。だからそんなに驚いたんですね」


優菜は納得したように頷く。しかし、晴登はまだ納得していない。毎回いいタイミングで噂の内容を知らずじまいなのだ。そろそろ気になって仕方ない。


「それで、どうして本当にわかったの?」

「噂の内容を知らないのであれば、その疑問も当然ですよね。花火の噂というのはですね、『花火を2人きりで見た男女のペアは結ばれる』というものなのです」

「…へぇ」

「思ったより驚かないんですね」

「いや、なんか思ったより普通で拍子抜けしたというか…」


この学校のことだから、そんなベタな内容じゃないだろうと思っていたのだが、まさか本当に恋愛系だなんて。元々その可能性も考えていたために、リアクションなどとれる訳もなく。


「では晴登君は、そんな曰く付きの花火を結月ちゃんと一緒に見ることに何も感じないんですか?」

「え? ・・・あっ!」


ところが優菜の言葉を理解すると同時に、みるみる内に晴登の顔が真っ赤に染まる。噂の内容を知った今、これまでの皆の言動が繋がった。つまり、班員の男子が告白しろと言ったのもこういう理由で・・・


「てことは結月が誘ったのって…!」

「ようやくわかりましたか。随分と鈍感なんですね、晴登君は」


そうか。結月は初めから"そのつもり"だったのだ。噂の内容を隠した理由は・・・よくわからないけど、驚かせたかったから…とかかな…?


「どうしよ…」

「何を今更迷ってるんですか? 晴登君は結月ちゃんのことをどう想ってるんです?」

「え、それ…は…」


幾度となく聞いた質問だ。だが、答えは未だに定まらない。一体どうすれば正解なのか。そもそも正解なんてあるのか。…わからない。


「……」


悩む晴登の横顔を眺めながら、優菜の表情も険しくなる。彼女が何を考えているのかなんて、彼は知る由もないのだが。



そんな無言の時間がしばらく続いた後だった。


「ハルトー!!」

「「!?」」


突然、どこかから結月の声が聴こえてきた。しかもそれだけではない。続けて聞き覚えのある先生の声も聴こえてくる。


「結月ー!!」

「こっちでーす!!」


晴登と優菜は即座に呼びかけに応える。救助が来たのだ。こんなに早く出会えるなんて、実に幸運である。

互いに呼びかけ合い、徐々に距離を詰めていく。そしてついに・・・


「結月!」

「あ、ハルト!」


木の陰から出てきた結月と目が合うと、彼女は表情を明るく輝かせて駆け寄ってくる。そしてその勢いのまま、晴登の胸に飛び込んだ。


「良かったぁ〜生きてたよぉ〜!!」


涙をぼろぼろと零しながら、結月は晴登を強く抱き締める。本来であれば、生きていることすら奇跡な事故だったのだ。彼女の心配ももっともだろう。晴登は結月を安心させるために、優しく頭を撫でてあげる。


「心配かけてごめん」

「ううん、無事で良かった。ユウナも無事で良かったよ」

「はい、晴登君のおかげで。それに救助を呼んで下さって助かりました、結月ちゃん」

「ボクはできる限りのことをしただけだよ」


結月は涙を拭いながら、にっこりと笑いかける。晴登と優菜はそれに笑みで返した。
それにしても、もう救助が来たということは、先程の大雨が降っていた中で結月は助けを呼びに行ってくれたということになるだろうか。本当にそうならば、感謝してもしきれない。


「ね、ねぇハルト、ちょっと痛いんだけど…」

「え!? あ、ごめん!」


結月に指摘されて、晴登は慌てて彼女を抱き締めていた手を離す。感謝していたら、つい力が入ってしまっていたらしい。


「あ、でももう少し堪能したかったかも…」

「結月ちゃん、晴登君も困ってますし、その辺にしておきましょう」

「むぅ、残念だなぁ」


口ではそう言いつつも、結月はすぐに笑顔に戻る。この切り替えの早さは見習いたいものだ。


「感動の再会はもういいかい? とにかく無事で良かったよ、三浦君、戸部さん」

「「山本先生」」


結月と一緒に捜索に来ていた先生の内の1人は山本だった。彼もまたにこやかな笑みを浮かべている。


「崖から落ちたと聞いた時は肝を冷やしたよ。怪我はしてないのかい?」

「え、まぁ一応──」

「いえ、私は手首を捻挫しているようです。後は枝で引っかけた傷が何ヶ所か。晴登君も似たような感じです」

「ふむ。なら戻ったらすぐに手当をしようか」

「はい」


山本の問いに晴登が答えようとすると、それを遮るように優菜が答えた。
しかし、その内容は晴登には初耳なもので、すぐに彼女に小声で尋ねる。


「え、捻挫してたの? 知らなかったんだけど…」

「嘘に決まっているじゃないですか。崖から落ちて無傷なんて、普通に考えて怪しいですから」

「あ、確かに…」


彼女の言う通り、死人が出るレベルの事故から無傷で生還したというのはあまりに非現実的すぎる。怪我はしたものの、偶然助かったという体で話を進めた方がいいだろう。


「それじゃあ戻るよ」

「「「はい」」」


山本の指示に従い、晴登たち3人は行動を始めた。







「三浦君! 無事だったんだね!」

「本当に良かったぜ…!」

「優菜ちゃ〜ん!」


現在の時刻は17時半。先生に連れられて旅館まで戻ってきた晴登と優菜は、すぐさま狐太郎と大地と莉奈に囲まれる。本気で心配したのだろう。今にも泣きそうな雰囲気だ。


「俺は信じてたぞ」

「暁君」

「…やっぱすげぇよ、お前」

「まさか。運が良かっただけだよ」


一方伸太郎はいつも通りの態度だ。ここまで堂々とされると、逆に心配して欲しいとも思う。

──本当に、今回は運が良かっただけだ。

着地直後に魔力が尽きたとなると、魔術を使い始めたタイミングはギリギリだったということになる。少しでも早ければ、着地より先に魔力が切れて地面に直撃し、逆に遅くても風穴を空けるのが間に合わず木に直撃していた。初めての高さにぶっつけ本番で、よく上手くいったものだ。


「それにしても、何で助かったんだろうな?」

「っ…!」


そんな大地の質問が聞こえて、晴登の肩がビクッと跳ねる。その疑問はもっともだ。だが、魔術を使ったなどと言えるはずもない。


「き、木がクッションになったのかな〜?」

「それよく聞くけど、ホントにありえるんだな」


晴登の苦し紛れの答えに、大地はふむふむと頷く。もしかして納得したのか? こんな適当な理由で。でも好都合だから、そういうことにしておこう。


「それでは、三浦君と戸部さんは医務室へ向かって下さい」

「「わかりました」」


話の辻褄を合わせるため、晴登たち2人は実際に医務室に行くことにする。捻挫はしていないが、着地の衝撃で擦りむいた所はあるから、それで誤魔化せるだろう。ひとまずこの問題は解決だ。

──だが晴登はこの時、もう一つの問題を完全に失念していたのだった。







医務室で軽く手当をした晴登と優菜は、旅館のロビーにいる大地たちの元へと戻ってきた。そろそろ夕食の時間ということで、昨日と同じ調理場へと一緒に向かうために待っていて貰ったのだ。ついでに言うと、スタンプラリーの顛末も聞きたかったりする。
山を登りながら、晴登は大地の話を聞いていた。


「優勝は頂上で会ったあのチームだ。スタンプを76個集めたらしい」

「頂上の3個のスタンプが無くても優勝したんだ…」

「そうそう。で、逆に俺たちは失格。まぁこれはしょうがないけどな」


申し訳ない気持ちはあるが、緊急事態だったから致し方なし。もしあの事故がなければ優勝を狙えたかもしれないが、過ぎたことを考えても後の祭りだ。


「でもって優勝賞品なんだが、これが何とも言えないやつでな・・・」

「な、何だ…?」


大地が苦笑いしながらもったいぶるので、晴登はドキドキしながら催促する。すると大地は徐に口を開いた。


「『今日の花火を特等席で見られる券』だと」

「それは確かに…微妙だな」


大地の言う通り、これは人を選ぶ賞品だ。花火を好きな人とかなら嬉しいだろうけど、あの男子たちが喜ぶかと言われると微妙なところである。
すると大地は何かを思いついたように、ポンと手を叩いて言った。


「そうだ、"花火の噂"とか信じてるやつにはオススメかもな。ムード的な」

「あ、なるほど・・・って、あぁ!」

「うおっ!? どうした晴登、いきなり頭抱えて!?」


ここに来て、ようやく重大なことを思い出した。皆と再会した喜びで完全に忘れてしまっていたのだ。花火というイベントがあることも、結月と約束を交わしていたことも。どうしよう、まだ告白するかどうかも決めてないのに。散々色んな人に口出しされたが、それでも踏ん切りはついていないのだ。


「ハルト」

「うわっ!? な、なに結月?」

「いや、頭抱えてたからどうしたのかなって…」

「何でもないよ! 何でも、ないんだ…」


思い浮かべていた人物が突然目の前に現れて、晴登は必要以上に驚いた。頭を抱えていた原因は目の前にいるのだと、そんなことは言える訳もなく、晴登は顔を紅くしながら何とか誤魔化そうとする。
それにしても、どうして結月はこうも平然としていられるのだろうか。噂の内容を知ってから、彼女を見る度に晴登はそわそわしっぱなしだというのに。

すると、結月は晴登の耳に近づいて、小声で言った。


「今夜、花火が上がる時間になったら浜辺に来て」

「え…」


彼女はそう言い残すと、晴登から離れていった。一方晴登は、脳の処理が追いつかず、呆けた顔でその後ろ姿を眺める。


──花火の上がる時間に、浜辺に来て。


晴登は結月の言葉を反芻する。そしてようやく理解した。
もしかしなくても、これが"呼び出し"というやつではないだろうか。マンガでは、告白する時は相手を空き教室や校舎裏といった、人気のない場所に呼び出すのが常である。つまり、結月は告白する気なのではないか。元々結月から花火に誘ってきた訳だし、噂の内容がアレなら、それはもう確定事項で・・・


「いや、早まるな。まだそうと決まった訳じゃ…!」


そう口では零しつつも、もういい加減現実を見ろと、良心が頭の中で囁いているような気がした。もう、誤魔化すことはできないだろう。ついに、この曖昧な関係に決着をつけねばなるまい。


「俺は・・・」


決断の時が、刻一刻と迫るのだった。







ついにその時が来た。花火が打ち上がるまで、あと15分。生徒たちは各々好きな場所で待機し、花火を今か今かと待ちわびている。とはいえ、わざわざ山を降りて浜辺で眺めようとする物好きは誰もいなかった。そう、1人を除いて。


「どうしよう…」


浜辺で1人膝を抱えて座り込み、月光を反射して輝く水面を眺めながら、晴登は大きくため息をついた。結月に誘われてもなお、未だにどうすべきか答えは出せていない。夕食の時もそればかり考えてずっと上の空になってしまい、うんうんと悩んでいる内に今に至っている。
誰もいないのは好都合だが、逆に一層緊張感は高まってしまう。

とにかく落ち着け。結月が告白してくると仮定すると、まず晴登が告白する必要はなくなる。だから、何と答えるかに焦点を当てて考えればいい訳だ。
だがもし、結月はただ一緒に花火を見たかっただけだったとしたら、その時は晴登が告白しなければならないのだろうか。いや、した方がいいのだろう。わかんないけど。ダメだ、全然落ち着けない──


「……っ!」


その時、波の音に混じって後ろから砂を踏む音が聴こえた。どうやら早くも結月が来てしまったようだ。マズい、まだ考えがまとまっていないというのに。
とにかく、最初に何と話しかけようか。そう考えながら、晴登は振り返ると──


「こんばんは、晴登君」

「え、優菜ちゃん!? 何で…?!」

「晴登君がここにいるとの情報を聞きまして、やって来た次第です」

「は、はぁ…」


振り返ると、そこには結月ではなく優菜が立っていた。彼女はにっこりと微笑み、そのまま晴登の隣までやって来て座り込む。


「えっと、何の用…かな?」

「本当にわからないんですか? そうですね・・・色々答え方はあると思いますが、時間も無いことですし、鈍感な晴登君には はっきり言った方が良さそうですね」


優菜はそこでゆっくり深呼吸をすると、じっと晴登を見つめて言った。



「晴登君、あなたが好きです」



夜風に揺られて、漣が鳴いた。
 
 

 
後書き
ついに、ついにこの時が来てしまった! この展開を誰が予想しただろうかぁ!(白々しい)
どうも、波羅月です。

これはピンチです。晴登君ピンチですよ。彼は一体、2人の美少女のどちらを選ぶのか。見ものですね〜。え、修羅場じゃないかって? そうとも言います(真顔)

次回はついにクライマックスです。彼の決断を見届けましょう!
今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第90話『告白』

 
「え、今何て・・・」

「さすがに2回は言いませんよ。結構、恥ずかしいんですから…」


優菜は顔を逸らして、恥ずかしそうに言う。しかし、晴登の聞き間違いでなければ、今確かに彼女は「好き」と言った。つまり、これは告白ということになる。


「何で俺を…?」


好きになったのか。結月はともかく、どうして優菜が?
彼女とはあくまで友達。お互いにそういう認識だと思っていた。
だが現に彼女は、晴登のことを恋愛対象として見ている。そんな素振り、今まで見せたことも──


「私は晴登君に2回も命を救われてるんですよ? そんなヒーローに、惹かれない訳がないじゃないですか」

「なる、ほど…」


言われてみれば、惚れられる条件は揃っていたのだ。突然恋に落ちた経験は無いが、晴登もその立場だったら好きになっていたかもしれない。
優菜は膝を抱えながら顔を紅くして、


「…好きなんですよ。あなたに、『守ります』って言われた時からずっと」


懐かしい想い出を回顧するように言った。
思い返せば、熊を撃退する時にそんなことを言った気がする。あの時は無我夢中だったからよくは覚えてないけど、優菜を守ろうと必死だったことはこの身が記憶している。


「えっと…」

「そりゃ困りますよね。今から結月ちゃんと花火を見ようって時に、こんなこと言われたら。でも率直に言います。私と花火を見てくれませんか?」

「えっ」


優菜の提案に晴登は混乱する。
噂を鑑みれば、これは「付き合って欲しい」という意味になるのだろう。だが、どうしてこんな遠回しな言い方をするのだろうか。優菜の言い分はわかるが、晴登としては、結月との約束を反故にはしたくない。
そんな晴登の考えを察してか、彼女は言葉を続ける。


「私は花火の噂なんて、別に信じている訳ではありませんよ。ただ、あなたと結月ちゃんが2人で見ることは阻止したいと思ってます」

「何でそんなこと…」

「あなた達にくっついて欲しくないからです」


優菜は正直に言った。
仮に噂が真実だとすれば、彼女の行動にも一理はあるかもしれない。それでも傍から見れば、それは迷惑な行為と詰られても仕方ないものだ。それなのに彼女は、その意志を貫こうとしている。


「私、ずるい女ですから」


彼女は自嘲気味に言った。こんな一面、見たことない。これが彼女の本性なのだろうか。
自分のために、他人を蹴落としていく。言い方は悪いが、今の彼女はまさにそれだ。何だか…怖い。


「だから、私と一緒に来てくれませんか?」


そう言って優菜は立ち上がり、手を差し伸べてきた。この手を取ってしまえば、きっと結月との約束は頓挫し、それどころか彼女との関係も悪くなるかもしれない。
それがわかっていて、優菜は提案しているのだ。ずるい、というのは間違っていないかもしれない。


しかしその時、新たな足音が聞こえてくる。


「…時間切れ、ですか」

「結月…」


振り向くと、そこには困惑した表情を浮かべた結月が立っていた。それもそうだろう。約束していた相手が、別の女子といたのだ。驚かない訳がない。


「……っ!」

「あ、待って!」


結月は少しずつ後ずさったかと思うと、そのまま無言で走り去っていった。晴登は慌ててその後を追おうとするが、その手を後ろから掴まれる。


「向こうからいなくなってくれたんです。これでいいじゃないですか」

「そんな…」


優菜の言い草に、晴登は少し腹が立った。人の約束に介入しといて、その態度は身勝手すぎる。


「…晴登君は私の何が不満なんですか? 頭もいいし、運動もできる。おまけに可愛い。自分で言うのも何ですが、かなりの優良物件だと思うんですけど」


彼女はそう訴えかけてきた。晴登を留めようと必死なのだろう。
これに関しては、晴登も否定することはしない。事実、彼女の能力は優秀だし、容姿も申し分ない。そんな彼女と付き合えるとしたら、さぞかし幸せな日々を送れることだろう。


「…ごめん」


それでも晴登には、目を逸らしてそう伝えるのがやっとだった。
当然彼女は納得してくれず、掴んでいる手に力が入る。


「…どうしてですか。結月ちゃんより先に、私は晴登君のことを好きになっていたはずなのに! どうして!」

「…ごめん」

「ごめんじゃ納得できません! だったら初めから、私の付け入る隙を与えないでください! 期待させないでくださいよ!」

「……ごめん」


これ以上、何を言ったらいいのかわからない。だから彼女の悲痛な叫びに、一言だけそう返した。
すると彼女の身体がふるふると震え始める。


「どうして結月ちゃんなんですか…? 私が魔術を使えたら、結果は違ったんですか…?」

「……」

「よく考えてください晴登君。今はいいかもしれませんが、あの見た目は今後絶対に悪目立ちします。晴登君のことを思って言っているんですよ? 私みたいな"普通の女の子"を選べば──」

「……ホントに俺のことを思ってるなら、そんなこと言わないでよ」

「あ……」


晴登は優菜の手を振り払った。
そこでようやく彼女は冷静になって、今のが失言だと気づいたのだろう。気まずそうに優菜は俯いた。


「結月だって…普通の女の子だよ。髪が白くても、魔術が使えても、……人じゃなくても、それでも普通の女の子だ。だから、結月をバカにするのは誰だろうと許さない」

「……」


「人」の部分は、自分に戒めるように小声で言った。
優菜の言うことも間違っていない。彼女は本来この世界に存在しない、異端者だ。彼女と関わりを持つのは、それなりに苦労を伴うかもしれない。

それでも、結月をこの世界に留めると決めたのは晴登だし、彼女を守ると決めたのも晴登だ。彼女の笑顔を、曇らせたくはない。


──腹は決まった。


「話はもういいよね。それじゃあ」


踵を返し、結月が逃げた方向へと走り出す。これ以上、優菜にかける情けはない。


「待っ──」


何と言われようと、晴登の足は止まらない。
その後優菜が泣き崩れたのが、背中越しに感じた。それでも晴登は振り返らない。

これが正解なのかはわからない。この選択が後の自分を苦しめるかもしれないし、不幸な結果を呼ぶかもしれない。それでも、正解にする努力をやるだけやってみる。そう決めた。

だから、今やるべきことはたった1つ──







「結月!」

「ハルト!?」


海に向かって座り込んでいた結月に、晴登は後ろから声をかけた。彼女は振り返って、一瞬驚いた表情をしたが、すぐに気まずそうな顔に戻る。


「どうして…? ユウナと一緒にいればいいじゃん…」

「違うんだ、聞いてくれ結月」


やっぱり結月は勘違いをしている。いや、あの状況を見て勘違いしない方が無理があるだろうが、ここはちゃんと説明しなければいけない。


「結月との約束を破るつもりはなかったんだ。あそこで結月を待ってたら、優菜ちゃんが話しかけて来て──」

「…告白されたの?」

「……うん」


どうやら結月にはお見通しだったらしい。そりゃ噂のある花火の時に男女2人でいたら、そう結論づけるしかないだろう。
晴登の答えを聞いて、結月は暗い顔をした。


「…それでどうしたの?」

「断った」

「…っ! どう、して…? ユウナはボクよりも可愛いし、賢いのに…」

「俺はそんな理由じゃ選ばないよ」


晴登の答えを聞いても、結月はわからないといった表情を崩さない。
そのまま彼女は言葉を続ける。


「…すごく、モヤモヤするんだ。ただ仲良く話してるだけだったら何も思わないのに、ハルトがユウナに告白されたって思ったら、こう…胸の辺りがキュッてなって」

「……」

「ハルトがユウナのこと違う呼び方してたの聞いた時も、なんかモヤモヤした。もしかしたら、ハルトがボクから離れていくかもって…」


結月は今にも泣きそうな表情をする。
彼女の感情をどう説明すればいいのかは今の晴登にはわからないが、とりあえず「そんなの余計な心配だ」と伝えてあげたい。


「それ、俺も似たようなことあるよ」

「…え?」

「結月が他の男子の名前呼んだ時とか、何だかムッとしちゃうことがあるんだよね」


事実だ。些細な感情だが、確かに感じた。今までは無視してきたけど、もう受け入れなければならない。

優菜よりも誰よりも、晴登は結月のことを──


「今日はさ、結月に伝えたいことがあるんだ」

「伝えたいこと…?」

「いつも待たせてたみたいだからさ、その返事を」


その言葉を聞いて、結月は何を言うのか察したようだった。この展開は予想してなかったのか、あたふたとしている。

──晴登が意識していたのは、前にも今にもたった1人だけだ。


「これまでは色々悩んでたけど、もう今の自分に正直になることにしたよ。俺は結月のことがす──」



ドーン!



「うわ、花火だ」

「…えっ」


晴登が一世一代の言葉を告げた瞬間、それを覆い尽くすほどの大きな音と共に夜空に一輪の花が咲いた。そう、花火である。


「嘘だろ、このタイミングでかよ…」


確かにもう開始時刻を回った頃だろう。最初の花火を皮切りとして、数多の花火が打ち上げられ始めた。
水面で色とりどりの光が乱反射し、幻想的な光景を紡ぎ出す。ムードとしては申し分ないセットだ。タイミングを除いて。

告白が花火で遮られるという展開はマンガでは定番だったが、まさか本当に起こってしまうとは…。想像以上に虚しい気持ちだ。

もう1回言うのは、さすがにかなり恥ずかしいし・・・


「ハルト」

「な、何…?」


花火のせいで声が届かないからか、結月が耳元で呼んでくる。急に顔が近づいたため、晴登は顔を紅くして応える。


「ちゃんと聴こえたよ、ハルトの言葉。すっごく嬉しい。…ホントはね、ボクの気持ちは迷惑じゃないのかなって少しだけ思ってたの」

「そんなこと…!」

「うん、違った。ハルトはボクのことを見てくれていた。それが知れて安心したよ」


くすぐったくなるような言葉を耳元で言われ、余計にくすぐったい。
すると結月は、極めつけに一言、


「ボクも好きだよ、ハルト」

「結月……んっ!?」


優しく耳元で囁かれたかと思うと、唇に柔らかい感触が伝わる。ついでに首に手を回されてしまい、後ろに身体を引こうにも引けない。

波の小さなざわめきの中で、時折花火の音が響く。それはまるで、世界が彼らを祝福するように、青春の音色を奏でているようだった。

そして5秒くらいその状態を保った後、名残惜しくも感触は離れていく。


「えへへっ、またしちゃった」

「いきなりは卑怯だろ…」


結月の小悪魔のような笑みに、晴登は顔を真っ赤にして呟く。
結月とキスするのはこれが2度目だ。しかし前回の別れの時とは違って、今回はもう恋人としてのそれである。おかげで心臓の鼓動が鳴り止まない。


「ありがとうハルト、ボクを選んでくれて」

「お、おう。どういたしまして…」


花火の光に照らされる結月の眩しい笑顔に、晴登はたまらず目を背ける。ダメだ、やっぱり直視できないくらい可愛い。


「次は、ハルトからしてくれると嬉しいな」

「か、考えとくよ」


結月は意地悪く笑い、晴登は頬を掻きながら答えた。全く、彼女には勝てそうにない。


「これからもよろしくね、ハルト!」

「うん、こちらこそ」


こうして、ひと夏の甘酸っぱい時間は終わりを告げた。






夜空に咲いては散る、儚い花火を眺めながら、砂浜に座り込む少女はため息をつく。
そんな彼女の元に、背後から誰かがやって来た。


「…私を笑いに来たんですか?」

「まさか。そんなに性格の悪い奴に見えるか?」


少女は振り向くこともなく言う。しかしその言葉に物ともせずに少年は答え、彼女の隣に立った。


「笑ってくれてもいいんですよ。一緒に帰ったあの日、あなたの告白を断って、逆にその好意に付け込んで利用しておきながら、結局私はフラれたんですから。ホント、無様じゃないですか」


少女は自嘲気味に呟いた。
その言葉に少年は肩を竦める。


「確かに、せっかく協力したのにこのザマじゃ、俺が報われないってもんだよ」

「…ごめんなさい、鳴守君」

「別に謝らなくてもいいよ、戸部さん。決めたのは俺だ。君から晴登が好きって聞いた時は驚いたし、結月ちゃんがいる以上無理があるって思ったけど・・・それでも、君に協力しようって本心から思った」


少年──大地は、優菜を見つめながら答えた。それを聞いて優菜は、膝を抱える腕に力を込める。


「…私、晴登君に酷いことを言ってしまいました。最低です。嫌われたかもしれません」

「そんなことないと思うぜ。あいつは優しいから、逆に責任感じてるんじゃねぇかな」

「そう、でしょうか…」

「たぶんな。でも悪いと思ってるなら、謝っておいた方が良いんじゃないか? その時は俺も付き合うよ」

「…ありがとう、ございます」


そう言葉を絞り出した優菜の目に、再び涙が浮かぶ。

そのまま2人は、静かに花火を眺めていた。






林間学校最終日。午前中は掃除ということで、クラスで集まって掃除をしている訳だが、


「なぁ三浦、結月ちゃんと付き合い始めたんだろ? おめでとう」

「え、は!? な、何で!?」


突然班員の男子からそう告げられ、晴登は混乱する。


「何でって、昨日浜辺で告ってたろ?」

「なぜそれを知って…!?」

「俺たち上から見てたからな。正確には旅館のベランダから」

「何でそんなとこに…?」

「スタンプラリーの景品だよ。特等席ってことで案内されたのさ。確かに花火がよく見えたけど、まさか浜辺にいたお前らまで見えるとは」

「そんなバカな…!」


何という因果。あのよくわからない景品が、こんなとこで痛手になるとは。
まさかあの様子を、遠目だが見られていたというのか。え、恥ずっ、恥ずかしっ!


「でも昨日、テントでは何も言ってこなかったじゃん!」

「だってすげぇ浮かれた顔してたから、いい夢見させてやろうかと黙ってたんだよ」

「そんな…」


つまり、昨日テントに戻ってからずっとそんな風に思われてたってことか。てか浮かれた顔とかしてたっけ!? もうやだ埋まりたい…。

でもどうやら彼は、浜辺の出来事を一部始終見ていた訳ではないらしい。彼の気になっている優菜の話題が出てこないのがその証拠だ。
だから落ち着ける、という訳ではないけども。

──優菜はあの後どうなったんだろうか…。


「こりゃ面白いネタを手に入れてしまったなぁ」

「あ、あの、このことは内緒に…」

「え、何でだよ。皆気になってるから別にいいだろ。てかもう広めたし」

「えっ」


今何と? 広めた? 嘘でしょ?

嫌な予感がした晴登は、即座に後ろを振り向く。


「ねぇ結月ちゃん! 三浦君と付き合ったってホント!?」

「何で知ってるの?!」

「さっき聞いた!」

「「あ…」」


そこでは結月を中心にそんな会話が繰り広げられており、そして彼女とばっちり目が合ってしまった。
「まさかハルトが?」と言いたげな目をしていたので、ぶんぶんと首を横に振って否定する。


「ねぇねぇホントなの!?」

「2人がついに!?」

「ようやくか!」

「「ちょ…」」


クラスの男子が晴登を、女子が結月を問い詰める。
次第に2人は、背中合わせになるくらいにまで追い詰められた。そんなに皆気になってたのか!?


「あ、ちなみにこれは未開示情報なんだけど、実は告った後2人は──」

「「わあぁぁぁ!!!」」


そんな時に班員の男子が追い打ちをかけようとしてきたので、晴登と結月は慌てて彼の口を塞いだ。まだ何も言っていないが、予想はできる。さすがに公の場でそれを言われるのはマズい。羞恥心が耐えられない。


「え、なになに〜?」

「何があったの〜?」

「な、何もないから…!」

「怪しい〜!」


しかし女子たちの食いつきが思ったより強く、中々話題を逸らせない。


「いや〜あんなとこで堂々と…」

「違う! …いや違わないけど、誰かが見てるなんて思わないし! ほら、結月からも何か言って!」

「え!? う、うん! えっと、べ、別にキスとかしてないからっ!」


「「……」」


「……あ」


この結月の失言で場が荒れたのは言うまでもない。







「いや〜ついにあの晴登が彼女持ちねぇ〜」

「コミュ障のくせに大したもんだな」

「も、もういいだろ!」


ついに林間学校の全行程を終え、バスに乗って帰っている途中、後ろの座席の莉奈と大地に未だに同じ話題でいじられていた。今度は結月と隣同士で座っているせいで、皆からの注目も自然と集まってしまう。


「おめでとう、三浦君、結月さん」

「リア充爆発しろ」

「2人まで…」


そして前の座席に座る、狐太郎と伸太郎にまでそう言われてしまう。狐太郎は本心からの言葉なんだろうが、伸太郎はガチトーンだ。本当に爆発されかねない。勘弁してくれ。


「はぁ…」


晴登はため息をついた。
何だろう、予想してた苦労と全然違うんだが。何でこんな目にあってるんだ。ただ好きな子と付き合ってるってだけなのに。
…いや、恐らくそれだけじゃない。


「……」

「ねぇ結月、そろそろ離れてくれない?」

「…やだ」


晴登の肩に顔を埋め、耳まで紅くしている結月にそう言うと、小さい声で否定された。
どうもさっきの失言がよほど効いたらしい。バスに乗ってからずっとこの調子だ。抱きつかれることが嬉しくない訳じゃないのだが、おかげで野次馬の火に油を注いでいることも否めない。
普段は自信満々なくせに、こういう時はしっかり恥ずかしがるなんて。…そういう所も可愛いんだけど。


「で、どっちから告ったの?」

「晴登はヘタレだから、結月ちゃんからかな?」

「いや、ここで晴登からという可能性も…」


…この地獄、学校に着くまで続くのかな。

晴登は己の行く末を想像して、再びため息をつくのだった。

 
 

 
後書き
途中で切ろうにも切れず、いつもより少し長くなってしまいましたが、これにて林間学校編は完結です!(たぶん) やっぱりこういう結末かよ! 知ってた!
そして今回が(キャラ紹介とか諸々含めてですが)記念すべき、100回目の投稿です! こんなに書いたのか! 自分でもびっくり!
こんなめでたい時にこの話をかけたのは、何だか運命を感じます。とても嬉しい。

いや〜それにしても、今回の話は超疲れました。幼い少年少女の感情を描写するなんて、今の俺にはこれが限界でした。何度も言いますが、彼らは本当に中学生ですか? 設定ミスってない? こんなドロドロなもんなの?(←元凶)
とまぁそんなこんなで苦労しましたが、それでも過去トップ3に入るくらいの会心の出来だと自負してます(ドヤ顔)

さて、次はいよいよ新章です。内容は言うまでもなく、ご存知のことだと思います。たぶん。さぁ、日常の次は非日常と行きましょうか!
……と、意気込んでみたものの、ここで残念なお知らせです。実はまだ、プロット完成してません。いえ、作ってはいるんですよ? ただ、完成には至ってない訳でして・・・だから更新ペースが2、3週間くらいに戻ると思います。悪しからず。というか、最近が早すぎただけですけども。これが平常運転です(開き直り)

…おっと、また長々と後書きを書いてしまいました。もう癖ですねこれは。億が一にも書籍を書くようなことがあれば、後書きは苦労しなそうです。やったね。
ということで、今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では!



……あ、そういえば9月になったら1つお知らせをします。悪いお知らせではないので、身構える必要はありませんよ〜 

 

転載のお知らせ

本日9月1日16時より、本作品を小説投稿サイト『小説家になろう』様の方で転載することにしました! 毎日16時に1話ずつ更新していく予定です。

転載の理由としましては、
・『暁』では二次創作が盛んであり、オリ小説はあまり盛んでない
・もっと多くの人にこの小説を読んで頂きたい
などといった、単純なことです。初めは自己満で書いていた小説でしたが、ここまで来ると自己顕示欲が湧いてきまして。てへ。

内容としては、ストーリーは変化ないのですが、その他の部分をかなり加筆・修正していますので、今まで『暁』で読んでいる方は、混乱を防ぐためそのまま読み続けることをオススメします。更新は引き続き行なっていきますので。

ひとまずは、前回の90話までを毎日更新していきます。話数は変わるかもしれませんが、4章までということで変わりありません。
そしてその後は、『暁』で更新した分を編集して、順次『なろう』の方で更新していくつもりです。つまり『暁』優先ということですね。


…さて、こんなもんですか?
夏休みに入って暇になったので、前々から言ってた転載を始めてみました。どんな結果になるかは予想できませんが、まぁどうとでもなるでしょう。

本当はわざわざお知らせという形を取らなくてもいいのかもしれませんが、面倒なことになる方が嫌なので、大人しく丁寧な姿勢を見せることにします。とりあえず、そういうことになってるんだと把握して貰えればオッケーです。

それではこれからも、『非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜』をよろしくお願いします!
 

 

第91話『恋人』

 
前書き
前回で4章が完結したと思ってましたが、頭の中の天使と悪魔が全会一致で書けと言ってきた気がするので書きます。反省も後悔もしていません。
お詫びとして、ちゃんと5章の分も続けて更新しました。許してください。 

 
色々あった林間学校がようやく終わりを迎えた。地獄の様な肝試しや規模のおかしいスタンプラリー、そして甘酸っぱい花火の時間。どれをとっても、記憶に鮮烈に残る思い出には違いない。
特に最後の出来事については、帰りのバスの中で散々いじられたが、次第に疲れで皆が眠ってしまったので、何とか難を逃れたといったところだ。

そしてバスは学校に着き、今晴登と結月は逃げるように2人で帰路についたところだ。


「はぁ、ようやく解放された……」

「大変だったね……」


2人して大きなため息をついた。
全く、クラス内でカップルが生まれただけであの騒ぎよう。子供っぽいったらありゃしない。いやまだ子供だけども。

それにしても──


「何、ハルト?」

「い、いや、何でもない……!」


度々結月をチラ見しては目を逸らす。晴登はそれを繰り返しながら、まだ実感を得られずにいた。


──結月と恋人関係になった。


そう、今までのような曖昧な関係ではなく、晴登と結月は晴れて恋人同士なのだ。距離感や接し方もこれまでのとは当然変わっていく……はず。

なのにそんな気配を全く感じないため、晴登は「あれは花火が見せてくれた夢なのではないか」と疑い始める始末だ。

かといって何か案がある訳でもなく、むしろ今まで通りなら、それはそれで晴登の心配は消えるからありがたかったりもする。


「ねぇ、ハルト」

「ん?」

「手、繋がない……?」

「え……」


いつもなら強引なくらいに手を掴んでくる結月が、今日は珍しく事前に訊いてきた。しかも何だか照れくさそうだ。
一体どうしたんだろう、と考え始めた晴登ははたと気づく。

これ、すごく恋人っぽくないか……?

手を繋いで歩くというのは、恋人の代名詞と言っても過言ではない。だからこのタイミングで訊くということは、恋人として手を繋ぎたいという、彼女の意思表示なのではないか。うん、間違いない。

そうと決まれば、晴登は男らしく彼女の手を──


「あ、う、うん、いいよ」


引ける訳もなく、手を差し出すだけに留める。
やっぱり無理だ。意識すればするほど、手を繋ぐことにブレーキがかかってしまう。恥ずかしい。


「ありがと」


そんな晴登の手を、結月は優しく握ってくれた。
こうして繋ごうと思って繋いだことは初めてだから、すごくドキドキする。


「……っ」

「え、ちょ……!」


それだけでもかなりくすぐったい気持ちなのに、なんとその後結月は指を絡めてきたのだった。
これは俗に言う、『恋人繋ぎ』というやつではなかろうか。うわ、もっと恋人っぽい……!


「「……」」


お互いに照れて、無言の時間が生まれる。
繋いだ手から伝わる結月の体温が、いつもより高く感じるのは気のせいだろうか。


「……ハルト、この後ってどうしたらいいの?」

「え!? いや、俺もわかんない……」


恋愛経験が無いため、手を繋いだりキス以外に恋人がするようなことがわからない。
マンガでも『付き合ってハッピーエンド』という展開が多く、その先は晴登にとって未知の世界なのだ。

だから、今できることは1つ──


「と、とりあえずこのまま帰ろうか」

「そ、そうだね」


ささやかなドキドキを享受することにした。







「「ただいま」」

「あ、お帰り、お兄ちゃん、結月お姉ちゃん!」


家に着くと、智乃が出迎えてくれた。
久しぶりの再会が嬉しいのか、いつも以上に元気いっぱいな笑顔を浮かべている。


「……あれ、なんか雰囲気変わった?」

「「えっ!?」」


しかし一転、訝しげな表情になる。
まさか、付き合い始めたことに気づいたとかじゃないだろうな。ドアを開ける前に手は離したし、気づかれる要素はないはずなのだが──


「なんか2人とも、いつもより距離が近い気がする……」

「そ、そんなことないぞ!」

「うんうん、こんな感じだったよ!」

「う〜ん、なんか怪し〜」


智乃の疑いの目は消えない。女の勘、とかいうやつだろうか。侮れない。
……別に隠す必要はないのかもしれないが、今日散々いじられたのだ。そんな展開はもう勘弁なのである。


「ま、いいや。夕食になったら呼ぶから、それまで休んでていいよ」

「ありがとう、助かるよ智乃」

「えっへん。私はできる妹なんだから」


智乃が小さな胸を張ってドヤ顔した後、2階に上がっていくのを見て、晴登と結月は大きく息を吐いた。


「な、なんかドキドキするね……」

「隠れて付き合うって、こんな気分なのかな……」


よくわからない感情を共有したところで、晴登たちも2階へ上がるのだった。






夕食を終え、部屋に戻って夏休みの宿題をしている時、彼女は訪れてきた。


「ねぇハルト、一緒にお風呂入らない?」

「……は?」


ドアの所に立ったまま、恥ずかしそうに訊いてくる結月。あまりに突飛な話に、晴登は驚きを隠し切れない。


「だから、お風呂」

「いや聞こえてるけど……何で?」

「せっかく恋人同士になったんだから、風呂ぐらい一緒に入るものかなって」

「え、そうなの!?」


結月の意見に、晴登は半信半疑で問い返す。ただのカップルで、そこまでするものなのだろうか。
しかし、既に同棲している時点でただのカップルではないことは明白だった。だからいつもなら即断るところだが、もはや受け入れなければならないのかもしれない。でもやっぱり恥ずかしいし……!


「ダメ……?」

「う、いや……」


結月は上目遣いに訊いてくる。
そんな可愛い顔するのは反則だろ。断るに断れなくなってしまう。


「難しく考えないでよ。ボクはただ、ハルトと一緒にお風呂に入りたいだけなんだ」

「それが十分悩みの種なんだけど……わかったよ」

「やった!」


結月の純粋な願いに、ついに晴登は屈してしまう。思うことは色々あったが、何より断る理由が思いつかなかったのだ。
そう、これは仕方のないことである。ただ一緒にお風呂に入るだけなのだ。決して疚しいことじゃない。恋人同士のスキンシップというやつだ。


「じゃあ先に行ってて。後から行くから」

「わ、わかった」


返事をすると、結月はニッコリと微笑んで部屋から出ていく。
が、何かを思い出したように突然振り向くと、一言、


「ねぇ、タオルで隠した方がいい?」

「な……当たり前だ!」


晴登が叫ぶと、結月は意地悪く笑って部屋から出ていった。
全く、最後にとんでもない爆弾を残していきやがって。タオル無しなんてそんなの……ダメだ、想像してはいけない! 落ち着け三浦 晴登!


「夢……じゃないんだよな」


頬をつねって痛みがあることを確認すると、晴登は現状を再認識。うん、非常にヤバい。
女子と一緒にお風呂に入ったのなんて、智乃と……あと小さい頃に莉奈とだけか。いや、めちゃくちゃ緊張するんだけど……。


「でも後には引けないしな……」


承諾してしまった以上、もう腹を括るしかないのだ。恥ずかしいとか言っていられない。

覚悟を決めた晴登は、風呂場へと向かうのだった。







「ハルト、入るよ……?」

「う、うん……」


結月に言った手前、今日だけは腰にタオルを巻いて湯船に浸かっていると、ドアの向こうから彼女の声が聴こえてきた。
それに返事をした晴登は、続けて大きく深呼吸をする。
これはただのスキンシップ、これはただのスキンシップ──良し。


「お邪魔します……」

「あ……!」


控えめにドアを開けて、結月が入ってきた。
ちゃんとタオルで身体を隠してはいるが、タオル越しにわかるすっきりとした身体のラインや真っ白な素肌を見ると、やはり水着姿以上に破壊力があった。どうやらこれも直視はできそうにない。


「えっと、湯船失礼します……」

「は、はい! どうぞ!」


緊張して変な口調になりながら、晴登は姿勢を変えて、結月もお湯に浸かれるようにする。
そして彼女は一通り身体にお湯をかけると、ゆっくりと湯船に入ってきた。
直視をしないように晴登が背中を向けたため、2人は自然と背中合わせになる。


「ふふ、やっぱりハルトはこうすると思ったよ」

「し、しょうがないじゃん……」


浴槽はそこまで大きくはないので、背中が触れ合う。とはいえ、隔てるのはタオル1枚だ。そう意識すると、背中合わせの姿勢でもドキドキしてしまう。


「別にハルトにだったら見られてもいいのに」

「そ、そういう訳にはいかないだろ」


結月はからかうようにクスクスと笑った。くっ、完全に弄ばれている。
かといって何かができる訳でもないので、晴登は三角座りをキープ。

すると結月が唐突に一言、


「ねぇハルト、背中流してあげよっか?」

「え!?」


背中越しなのに、小悪魔の様な笑みを浮かべている結月が目に浮かぶ。一緒にお風呂に入るとはいえ、そこまでやるか普通。


「い、いや、自分でできるよ」

「そう言わずにさ。恋人なんだから」

「……それズルくない?」


「恋人だから」と言われてしまえば、晴登だって拒否がしにくい。
結局晴登は結月に根負けする形で、背中を流すことを許可したのだった。

2人は湯船から上がり、晴登は椅子に座って、結月はその後ろに膝立ちになる。


「じゃあ洗うよ」

「お、お願いします……」


結月がタオルに泡を立て、ゆっくりと晴登の背中に押し当てる。
人に背中を洗ってもらうなんて何年ぶりだろうか。しかも相手が恋人ともなると、余計にくすぐったい気分だ。


「ど、どうかな……?」

「あ、うん、いい感じだよ……」


ゴシゴシと、程よい強さで背中を擦られて心地よい。結月の思いやりが、タオルを通じて伝わってくる。
しかし、お互いに恥ずかしがるせいで、微妙に気まずい。


「……やっぱり、晴登の背中は大きいな」

「そ、そんなことないよ」

「ううん、ボクを守ってくれる、立派な背中だよ」

「ちょ……!」


突然結月が聞くだけでも恥ずかしいことを言ったかと思うと、背中に手を当ててきた。ヒンヤリとした体温が、火照った身体には余計にくすぐったい。


「ふふ、びっくりした?」

「するに決まってるじゃん!」

「そんなに怒んないでよ。ならお詫びに……前も洗ってあげようか?」

「それは結構です!」


晴登はその魅惑的な提案を全力で拒否し、タオルを半ば強制的に受け取る。
そしてそそくさと前側を洗うと、すぐにお湯で身体を流した。


「ふぅ……」

「それじゃハルト、ボクもお願いしていい?」

「えっ」

「背中だけでいいからさ」

「……はぁ、わかったよ」


結月に洗ってもらった手前、晴登も背中を流してやらねば不公平というもの。
ため息をつきつつも、晴登は別のタオルに泡を立てて用意する。


「そ、それじゃいくよ」

「あ、ちょっと待って」


互いの場所をチェンジし、いざ洗おうとしたその時、結月が待ったをかける。
晴登は一瞬疑問に思ったが、それはすぐに氷解した。


「……はい、これでよし」

「う、そりゃそうだよな……」


そう、結月は身体に巻いていたタオルを1度解き、身体の前に当てたのだ。
背中を洗ってもらうのだからその行動は当然なのだが、顕わになった背中が何とも扇情的である。


「いつでもどうぞ」

「そ、それでは失礼します……」


タオルをゆっくりと、その背中へ押し当てる。そして、上下に撫でるように優しく動かした。
これで……合ってるだろうか。智乃の背中をこうして流したことはあるが、あれは小さい頃の話だったし、加減がわからないな。


「うん、気持ちいいよ」

「え!? そ、それなら良かった……」


まるで心の中を読まれたかのように結月がそう言うので、つい驚いてしまった。なんか莉奈っぽくなってないか?

……それにしても、小さくて軽い背中だな。強く押せば折れるのではと思うくらいに。
この背中で、彼女は今まで多くの苦難を背負ってきたのだろう。晴登もこの背中に守られたことがある。見た目以上に、大きな安心感があった。


──だから、とても愛おしく思える。



「……ねぇ、ハルトも触ってるじゃん」

「あ、あれ!? 手が勝手に!?」

「ハルトのスケベ」

「俺だけその言われよう!?」


風呂で逆上せたかそれ以外の理由か、ボーッとしていて、つい結月の背中に触れてしまっていた。
慌てて手を離すも、結月は首だけ振り返ってジト目で睨んでくる。


「もう、触りたいならそう言えばいいのに」

「いや誤解だって!」

「なら触りたくないの……?」

「う、えっと、その……」


結月に問い詰められて、晴登はしどろもどろになる。
この場合の「触れる」というのは『スキンシップ』の意味合いであるから、本来なら触れた方が良いのかもしれないが、未だに晴登の中の理性が抵抗を止めようとしない。なんだか、凄くいけないことをしているようで……。


「ハルトが望むんだったら、ボクはそれを受け入れるよ」

「え、ちょ、待っ……!」


しかし躊躇っていた晴登の手を、身体ごと振り返った結月が自ら掴んだ。そして、自分の胸元へと徐々に近づけていく。
いや待て、それはマズい。さすがに晴登でもその危険性は理解している。いかに恋人と言えど、そう易々とその壁を突破してはいけない。


「まま待って! 結月、ストッ──」



「ハレンチ警察だ!!」



「「えっ」」


その声に振り返ると、服を着たままの智乃が浴室のドアを開けて仁王立ちしていた。






その後、智乃に現場を押さえられ、現行犯で逮捕されてしまった。
今は彼女の部屋で晴登と結月が床に正座をし、智乃はその目の前で椅子にふんぞり返っている。


「弁明は?」

「「ありません……」」


2人きりだからと思って、騒ぎすぎてしまったせいだろう。浴室の防音性能はそこまで高い訳でもないし、智乃に気づかれるのも当然である。
それでいて、2人でお風呂に入っていたことも、ちょっとヤバいことをしていたことも見つかってしまった。何と罵られようと反論はできない。


「家に帰ってきてから何か変だと思ってたけど、まさかそういう関係になってるだなんてね〜」


しかもやけに察しが良い。やはり女の勘は侮れなかったか。無念。


「それじゃ、土産話として全部聞かせてね」

「「はい……」」


今回ばかりは智乃には逆らえない。
結局その後、林間学校で起こったことを洗いざらい全て吐かされた。自分の恋愛事情を説明するとか、どんな仕打ちだよ。

しかもそれだけでなく、明日から1週間、晴登はトイレ掃除を、結月は浴槽掃除を担当することになった。何だろう、ここぞとばかりに仕事を押しつけられた気がする。

全く、今後は学校だけでなく、家でも気疲れしそうだ。やれやれ……。



「……あーあ、お兄ちゃん取られちゃったかぁ。でも結月お姉ちゃんとなら、きっと上手くやっていけると思うな。お兄ちゃんが幸せでいてくれるなら、私はそれだけで嬉しいよ」


智乃はひっそりと、その言葉を心にしまった。
 
 

 
後書き
過去一にヤバい回を書いた自覚があります。彼らは本当に中学生ですか?(定期)

今回の話を書いた理由は完全に自己満です。ストーリー無関係です。番外編です。アニメで言うとOVAです。
なので、5章を待ってた方にこの話だけを読ませるのは些か気が引けたので、ちゃんと次の分もまとめて更新しておきました。偉くないですか? 褒めてくれてもいいんですよ?(ごめんなさい)

どうせ次回の方が長い後書き書くと思うので、この辺でやめときます。今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! 

 

第92話『ミーティング』

林間学校が終わった翌日、晴登と結月は学校へ足を運び、魔術室へ向かった。
なんでも、8月に開催される魔術師たちの大会、『全国魔導体育祭』についてのミーティングがあるという。
一体どんなものなのかと期待しながら、晴登は部室の扉を開いた。


「「おはようござ──」」


「それでそれで?!」

「ついに言ったのか?!」

「そうらしいっすよ。お、噂をすれば」


部室に入るや否や、副部長と部長の大声が耳に入る。
一体どうしたのかと見てみると、2人は伸太郎に詰め寄って、何かの話を聞いているようだった。いや、3年生だけじゃない、2年生もだ。
伸太郎がそれほど面白い話題を持っていたのだろうか。そう思って、晴登も一緒に聞こうとしたところで、はたと気づく。

さっき「噂をすれば」って言ったよな……? ちょっと待て、まさかその内容って……!


「「2人とも、おめでとう!!」」

「やっぱり!!」


朗らかに笑みを浮かべ、手を叩いて祝福してくる彼らを見て、伸太郎が晴登と結月の関係を話したことを察してしまった。


「暁君、何で言ったの?!」

「え、いや、先輩がめちゃくちゃ訊いてくるからつい……。あと別に口止めされてなかったし」

「ぐ、それはそうだけど……」


伸太郎の正論を受けてしまい、何も言い返せない。
もうこの際バラしちまえと思うかもしれないが、恥ずかしいからなんか嫌なのである。


「三浦、俺たちが知らないとでも思ったのか? 花火の噂のことを」

「絶対この林間学校で進展があると思ってたわよ」

「ぐ……」


そういえば、終夜も緋翼もこの林間学校には行ったことがあるのだった。花火の噂を知っていてもおかしくない。彼らもまた、野次馬だったという訳か。
彼らはやれやれと首を振ると、


「これでようやく、見ててやきもきすることはなくなるな」

「でも目の前でイチャイチャされるのは、それはそれで鬱陶しいわね」

「やっぱり爆発しちゃっていいですか?」


穏やかじゃない発言をしていた。というか主に伸太郎の発言が怖い。ホントに爆発できるから。

……これからどうしたらいいんだろう。







「さて、いじるのはこの辺にして、そろそろ本題に入ろうか」

「最初から入ってくださいよ……」


晴登の嘆きを聞き流し、終夜は話し始める。


「今日集めたのは他でもない。1週間後に開催される、『魔導祭』についての説明をする」


全国魔導体育祭、通称『魔導祭』。野球やサッカーなどの中体連のように、1年に1度の魔術の大会だという。


「大会は予選1日、本選4日の計5日間で行なわれる。予選の内容はランダムだが、本戦は毎年一緒、トーナメント形式の戦闘(バトル)だ」

戦闘(バトル)、ですか……」


魔術師同士の戦闘(バトル)。いよいよ、この魔術部以外の魔術師と戦えるのか。ワクワクする一方、緊張もする。


「そしてメンバーは4人、補欠が2人まで認められている。予選は4種類の競技があるんだが、メンバー4人それぞれが別の競技に参加するんだ」

「つまり、予選はソロゲーってことっすか」

「そう、残念ながらチームプレーは望めない。個々の実力で挑まなきゃいけないのが、予選のキツいところだ」


なるほど、それは確かにキツい。しかも予選と言うからには、そこで好成績を残さないと本戦には進めないのだろう。たった1人での実力勝負。責任重大だな。


「それで、メンバーはどうするんですか?」

「それは予選次第だな。メンバーは当日に決めるから、予選の内容を知ってから適任を選ぶのがベストだ。が、今のところは俺と辻、W三浦が出て、暁が補欠の予定だ」

「ま、それが妥当っすよね」


終夜の言ったラインナップに、伸太郎は自分でも納得する。予選がどんなものかはわからないが、少なくとも運動系では伸太郎は活躍できないからだ。
そこで晴登はふと、補欠が1人だったことに気づく。


「あの、2年生は……?」

「……残念ながら、魔導祭に出場できる条件は『魔術師』、つまり魔術を使えない奴は出れねぇんだ」

「あ……」


終夜の言葉を聞き、晴登は察する。魔術の使えない2年生には、この大会の参加資格すらないのだ。この大会にも出れないのだったら、2年生は一体何のために魔術部に所属しているのだろうか。
晴登が肩を落としていると──


「三浦、そんなに気に病むなよ」
「そうそう、わかってたことなんだからさ」
「先輩やお前らが出場するのを見るだけでも楽しいからいいんだよ」
「だから、俺たちの分まで頑張ってくれ」


2年生の先輩方が言葉をかけてくれた。
自分たちの方が辛いはずなのに、それでも彼らは明るく振る舞う。それに応えずして、どうするというのだ。


「わかりました! 絶対優勝します!」


晴登は高らかに優勝宣言。これが、2年生の代わりに戦う意味だ──


「「えっ」」

「えっ」


唐突な静寂。
見ると、2年生と3年生が呆気にとられた顔をしている。
何だこのテンションの差は。晴登も拍子抜けしていると、


「「……ぷっ、あははは!!!」」

「え!?」


2年生と3年生に大笑いをされてしまった。そんなにおかしいことを言ったつもりはないのだが……。


「ちょ、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!」

「だって優勝って! いや、別に目指すだけならいいけどよ……でも、ぶふっ!」

「部長〜!」


どうもツボに入ったらしく、終夜の笑いが止まらない。

そして彼は腹を抱えてひとしきり笑った後、息を整えながら説明してくれた。


「まぁ知らねぇなら仕方ねぇよな。言っておくと、俺らの去年の成績は『予選落ち』なんだ。つまり、そもそも本戦にすら進んでねぇんだよ」

「そ、そうだったんですか……」


ここで衝撃の事実が発覚。終夜や緋翼はかなりの実力者だと思ってたが、世の中にはそれより上がいるということらしい。
そうなると、さっきの晴登の啖呵は無謀そのものだ。これは恥ずかしい。

晴登が再び肩を落としていると、その肩にポンと手が置かれる。


「笑って悪かったよ。まぁでも──このメンツならもしかしたら、な」


そう言って、終夜はニカッと笑みを浮かべてみせた。






こうして概要を説明するだけで、ミーティングは終わりを迎えた。
今は久々に中庭に出て、各々魔術の調整をすることになっている。


「空を……飛びたい!」

「だったら飛べばいいじゃねぇか」

「ダメなんだよ! 少しでも角度がズレると、頭から地面に落ちちゃうから危ないんだ」

「ふ〜ん」


晴登の言葉に伸太郎が相槌を返す。
今日は彼だけじゃなく、終夜たちもいるのだ。秘めた願望を叶えるにはもってこいの日だろう。林間学校の時はこれができなくて遠回りをしてしまったが、必要になる時があるということはわかった。やはり飛行は習得しておくべきだ。


「部長たちは空とか飛べたりします?」

「いや、さすがにそれは無理だな。ただ身体能力を向上させて、ジャンプ力を上げることはできるぞ」

「うーん……」


確かに"風の加護"を使ってそれっぽいことはできるが、しかしそれを「飛ぶ」とは言えない。飛びたいのだ。鳥のように自由に空を舞ってみたい。


「私は飛ぼうと思えば飛べるけど……」

「飛べるんですか!?」

「う、うん。でも、あんたの参考にはならないと思う」

「そ、そうですか……」


せっかく手がかりが近くにあると思ったのだが、緋翼にバッサリと否定されてしまった。
それにしても、緋翼が飛べたこと自体初耳である。参考にならない飛び方ってどんなだろ……?


「そう肩を落とさないの。そういうことは、同じ風属性の魔術師に訊くのが一番よ」

「そうですよね……」

「いい機会じゃない。魔導祭で探してみなさいよ。風使いの1人や2人くらいいるでしょ」

「うーん……」


魔導祭までに会得したいのに、魔導祭で教えてくれる人を探すのは本末転倒である。
しかし、それしか手がないのもまた事実。我流じゃ全く上手くいかないのだから。


「じゃあちょっと見せてみろよ。さっきから口だけで、飛ぼうともしてねぇじゃん」

「だって落ちたら怖いから……」

「そんなこと言ってたらできるもんもできねぇよ。安心しろ、骨は拾ってやる」

「死ぬ前提!?」


伸太郎の意見はもっともなのだが、やはり恐怖が拭えない。頭から地面に落ちる恐ろしさは、ついこの前体感したばかりだ。2度とあんな目には遭いたくない。


「冗談だよ。落ちてきたらキャッチしてやる。……結月が」

「任せて!」

「他力本願じゃん……」


そう呟いて伸太郎を見つめると、彼はふいっと目を逸らした。
なんかこんなこと前にもあった気がする。いくら自分より力があるとはいえ、女子にすぐ任せるのはどうなのだろうか。


「じゃあやってみるよ?」

「ああ。見といてやる」

「落ちることは気にしないでね」

「わ、わかった」


伸太郎の分析と結月のバックアップ。何だかんだ悪くない布陣だ。不思議とできそうな気がしてくる。
よし、頑張るぞ……!


「ふぅ……」


深呼吸して、足の裏に力を込める。そして姿勢を崩さないように注意しながら、風で身体を浮かして──


「うわっ!?」

「おっと! 大丈夫?」

「ご、ごめん結月!」

「いいよ、気にしないで」


さぁ飛び立とうとした瞬間、重心が前に傾いてしまい地面に倒れそうになる。が、すんでのところで結月が受け止めてくれた。危ない危ない。
やっぱりバランスをとるのが難しいな。


「ついに人前でもイチャつき始めたか」

「ち、違っ! バランスとれなかったから……!」

「はいはい、わかったわかった」


結月に抱きしめられる晴登を見て、伸太郎が冷たく一言。必死に弁明するも、彼は聞く耳持たずだ。
傍からはそう見えてしまうのか。……これ以上失敗する訳にはいかないな。


「そら、もう1回」

「うん!」


気を取り直して、もう一度集中する。次こそはせめて1mでも──


「わぶっ!?」

「よいしょ!」

「……三浦、わざとじゃないだろうな」

「違うって!」


意気込んだ矢先に、再びバランスを崩して結月のお世話になってしまった。おかげで伸太郎に変な目を向けられてしまう。
おかしいな、このやり方でいいと思うんだけど……。


「……大体思ったけどよ、たぶんそのやり方じゃ無理だろ」

「えっ!?」


疑問を感じた瞬間に、伸太郎から指摘が入る。
まさか技術云々よりやり方に問題があるとは。


「だってよ、お前の飛び方は『地面に風を当てて反作用で飛ぶ』ってことだろ? それって低空飛行こそできても、空を自由に飛ぶには厳しいんじゃないか?」

「た、確かに……」

「だから鳥みたいに飛びたいんだったら、ジェットみたいに風を使う必要がある。今までのやり方とはガラッと変わってくるぞ」

「なるほど……」


予想以上に的確なアドバイスに、少し感心してしまう。さすが天才。
彼の言う通り、風を放つにも射程(リーチ)がある。だからこのやり方だと、高さが射程(リーチ)を超えてしまえば、たちまち浮力を失ってしまうということだ。

それにしてもジェットと来たか。本来なら空気を燃やすことが前提なはずだが、果たして風のみでも可能だろうか?


「ただ闇雲に風を放つんじゃなくて、こう……絞るようにしたらどうだ?」

「うーん……やったことないけどやってみる」


再び足裏に意識を集中。しかも今度はさらに魔力を凝縮しなければならない。絞るように……つまり、できるだけ風を細くするのだ。圧縮、圧縮──


「そして放つ……うわぁぁぁ!?」

「ハルトー!?」


一瞬だった。のしかかる強い重力を一瞬感じたかと思うと、いつの間にか空中に身体が投げ出されていたのだ。
見下ろすと、結月の姿が豆粒くらいになっている。それどころか学校の屋上まで目に入った。

……どうやら飛んだはいいが、飛びすぎてしまったらしい。というか、これでは"跳んだ"の方が正しいだろう。


「こっから飛ばないと……!」


びっくりして風を放つのを止めてしまったが、ここからが本番。晴登は再び足裏に魔力を凝集する。
そして身体を横向きにして、いざヒーローみたいに空を飛んで──


「いや無理! 落ちる!」


できる訳がなかった。下を向いた拍子に、身体が既に下を向いていたのだ。ここから横向きに身体を起こすのは、素人の晴登には不可能である。


「あーもう仕方ない!」


晴登は一旦飛ぶことを諦め、着地の準備に入る。我ながら素早い判断だ。あれほど頭から落ちるのは嫌だと言っていたのに、何だか慣れてしまった気がする。いや怖いけども。


「いくぞ……」


崖から落ちた時よりは高度が低いが、それでもかなりの勢いが出る。また本気で風を放った方が良さそうだ。


「ここだ!!」


地面に風が届くくらいの高さになったところで、晴登は右手に力を込める。大丈夫、いける──


「……へ?」


地上から5mといったところか。不意に落下が停止する。おかげで、思わず間抜けな声が洩れてしまった。
一体どうしたというのだ。まだ風を使ってすらいないのだから、止まるはずがない。
晴登は原因を探ろうとキョロキョロと辺りを見回していると、ふと寒気を感じて身を震わせる。


「大丈夫、ハルト?!」

「結月……!」


なんと、落下が止まったのは結月のおかげだった。地面から氷柱を生み出し、晴登の身体を巻き込んで氷結させていたのだ。まるで巨大な腕に掴まれた気分である。だが冷たい。

その後、何やかんやで安全に着地できた。


「ありがとう結月、助かったよ」

「もういきなり落ちてきてびっくりしたんだから……」

「ごめんごめん」


結月は大きく安堵の息をついた。
うん、今のはさすがに心配させたと思う。以後気をつけよう。


「で、どうだった?」

「案自体は良かったと思うけど、空中だとやっぱりバランスをとるのが難しいかな」

「勢いが強いから、自由に飛ぶのも難しいかもな」

「それちょっと思った……」


伸太郎の意見に首肯。
ジェットはスピードとパワーに関しては申し分ないが、これでは飛べたとしても鳥というより飛行機だ。晴登の理想とは異なる。
加減ができればいいのだが、会得したてだからコツがわかるはずもなく。これは違う使い道を模索した方が良さそうだ。


「となると後は羽を生やして滑空したり、それとも気球みたいに空気を温めたり……」

「うーん、めんどくさそうだからパス」

「ん? そうか」


伸太郎が次々と出す代案に、ついに晴登は待ったをかけた。
そこまで来ると、もはや晴登1人の力ではない。強欲だが、晴登がいつでも自由に飛べる方法が欲しいのだ。
だからもう緋翼の案にあやかろうと思う。


「残念だったね、ハルト」

「大人しく魔導祭で師匠探すよ……」

「目処が立ったら、また手伝うからね」

「うん、ありがとう結月」


結月の優しさが心に沁みる。飛べるようになった暁には、何かお礼をしなきゃいけないな。

それにしても、自分で言っといて「師匠」って響き、何かいいな。実に魔術師っぽい。


「楽しみだな、魔導祭」


空を見上げて、晴登は期待を胸に呟いた。
  
 

 
後書き
こっちが本編ですと声を大きくして言います。いよいよ始まりますよ、魔導祭編です!

と言っても、毎度の如く準備から入りますよ。いきなり大会とは行かせません。まずは起承転結の「起」という訳ですね。次回から始動します。

さて、実は今回はタイトル通り『ミーティング』がメインだったのですが、あまりに文字数が足りなかったので、急遽後半のパートを入れた次第です。まぁいつかはやりたかった場面なので、ここで入れられて良かったと思います。
……ん? ということは大会で……? そこはお楽しみに。

それでは、今回も読んで頂き、ありがとうございました! 5章もお付き合いよろしくお願いします! 

 

第93話『到着、一悶着』

ミーティングから1週間が経過し、8月に入った。まだまだ日差しも強く、夏真っ盛りである。

そんな中、魔術部一行はとある場所に来ていた。


「着いたぞ。ここが魔導祭の会場だ」

「「おぉ〜!」」


終夜の声に顔を上げると、目の前にはオシャレな彫刻が施された石造りの壁が聳えていた。言わずもがな、会場の外壁である。その立派さに、思わず晴登たち1年生は感嘆の声を零した。
全体像はよくわからないが、言えることはとにかく大きい。高さは学校の屋上を上回っていると思う。


「相変わらず異様な光景よねぇ」

「山の中じゃないと、こんな派手なもん目立ちすぎるからな」


終夜たちも、以前目にしたことがあるのだろうが圧倒されている。
それもそのはず、鬱蒼とした森の中に、ポツンとこんな巨大な建物があるのだ。奇怪なことこの上ない。
というのも、当然と言えばそうなのだが、これは魔術に関連する施設であるがゆえに、人里離れた山奥に位置していたのだ。
おかげで、学校からバスに乗って2時間もかけて山の麓に行き、そこからさらに1時間の間山登りしている。既に疲労が溜まっていた。


「それじゃ、入口まで行くぞ」

「「はい」」


とはいえ、この光景を見て心が躍らない訳がなく、疲れはすぐに吹っ飛んだ。

終夜の指示に従い、入口を目指して壁を沿うように歩いていると、すぐにこの会場は円形なのだと気づく。ドームやコロシアムと似たようなものだろうか。


「こっから中に入れるからな」


そう言って終夜が示した方向にあったのは、これまた大きな門であった。イメージとしては関所に近い。
会場といい、門といい、魔術っぽさが垣間見えて、とても雰囲気が出ている。外国に旅行に来たのかと錯覚してしまいそうだ。


「それにしても、やけに出店が多いですね……」

「そりゃ魔導祭は"魔術師たちのお祭り"みたいなもんだ。出店があったって不思議じゃない」


終夜の言葉に納得しながら、晴登は門の付近に出店が林立する様子を眺めていた。
まるで夏祭りにでも来た気分だ。まだ開会式までに1時間はあるはずなのに、もう人が集まってきていて、少し騒がしい。


「……あれ?」


しかし、ここであることに気づいた。
出店に並ぶ客が大人しかいないのだ。20代くらいの若者から、60代くらいのお年寄りまで幅広くいるが、肝心の10代の少年少女の姿が全くない。
あれらの大人が保護者だとしても、選手である子供たちの姿がこの場にないのは不自然である。


「三浦、どうした?」

「その、大人ばっかりだなと……」

「……あーそういや言い忘れてたな。実はこの魔導祭って、中学生限定じゃなくて、魔術師なら誰でも参加できるんだよ」

「えぇっ!?」


ここに来て一番のカミングアウトだった。
しかし思い返せば、『全国魔導体育祭』という名前のどこにも『中学』の文字がない。加えて『全国』であり、『市』でも『県』でもないのだ。
……これは予想してたよりも、かなり大きい大会なのではなかろうか。


「ちなみに、この大会の最年少チームは俺たちだぜ」

「それ大丈夫なんですか!?」


どうして去年、日城中が予選落ちしたのかわかった気がした。
魔術とは練度が物を言う。つまり、子供のチームよりも大人のチームの方が優れていて当たり前なのだ。
しかも晴登たちは最年少チームときた。これでは優勝どころか、最下位の可能性の方が圧倒的に高い。


「心配すんなって。お前らも結構魔術には慣れてきてる。本戦に行けるかはわかんねぇけど、いいとこは狙えるはずだ」

「そ、そうですか……」


1度はこの舞台を経験している終夜の言葉だ。ここは素直に受け取っておこう。
それでも、予選は1人で戦わなければいけないから、不安を拭い去れる訳ではないが。


「……あれ? 終夜じゃん。それに緋翼ちゃんも」


唐突に、その声は背後から聞こえてきた。
口調は男っぽいが、声の高さ的に女性だと思う。


「あ! 星野先輩じゃないですか!」

「お久しぶりです!」

「やっほ〜。終夜も相変わらず元気そうだね。緋翼ちゃんは……まだ成長期は来てないかぁ」

「余計なお世話です!」


振り返ると、そこには黒髪ショートの綺麗なお姉さんが立っていた。前髪には星の飾りが付いた髪留めを付けており、上下とも黒のジャージを着ている。
それにしても、今「先輩」って……


「お、君たちはもしかしなくても新入生かな?」

「そうですよ、聞いてください。今年はなんと、入部した3人とも魔術を使えるんです!」

「ひゅ〜。それはツイてるねぇ!」


星野と呼ばれた女性と目が合ったかと思うと、終夜がそう説明した。彼女はそれを聞いて、嬉しそうに口笛を吹く。


「部長、この人は……?」

「紹介するぜ。この人は去年の日城中卒業生、でもって魔術部に所属していた星野(ほしの) (ゆえ)先輩だ」

「よろしく〜!」


終夜の紹介に合わせて、月はピースして挨拶してくる。どうやら終夜に負けず劣らず、元気な性格をしているようだ。晴登たちも慌てて挨拶を返す。
今まで考えもしなかったが、この魔術部にも先輩がいたとは。ということは、終夜たちより凄い魔術師だったりするのだろうか……。


「にしても先輩、どうしてこんな所に?」

「そりゃ答えは1つじゃない? あたしもこの大会に参加するからよ」

「え、そうなんですか!?」

「そうそう。あたしが入学した高校で、偶然魔術師がいてね〜。流れでチーム組んで出場することになったの」


終夜と緋翼の問いに、月はあっさりと答えていく。しかし、内容は全くあっさりしていない。
言い方的には、彼女の行った高校に魔術部の様な部活があった訳ではなく、ただ魔術師が見つかったというようなニュアンスだ。だが、そんな簡単にいるものだろうか。魔術師とは。


「……ん? ちょっと待ってください。てことは、もしかして櫻井(さくらい)先輩もいるんじゃ……?!」

「終夜ビンゴ。あの子も同じチームで参加するよ。今はいないけど、後で会いに行かせるね。それじゃ、頑張って〜」


月はそう言って、手を振りながら去っていった。とても快活な人だったな。
にしても、終夜が口にした「櫻井先輩」という人も気になる。たぶんその人も魔術部に所属していたのだろう。でもって、月と同じ高校に入学しているといったところか。
2人とも、一体どんな魔術を使うんだろう……!


「くぅ〜まさか先輩に会えるなんてなぁ〜!」

「でも喜んでばっかりはいられないわよ黒木。あの人たちは……今年は敵なんだから」

「わかってるよ。成長した俺らの力を見せてやろうぜ。いいな1年共!」

「「は、はい!」」


終夜に突然振られ、慌てて大きな声で返事をした。
終夜も緋翼もいつになくやる気に満ちている。先輩が相手だとそうなってしまうものなのかな。例えば来年はこの2人が相手に……


「それはちょっと勘弁かなぁ……」


想像して、晴登は身震いするのだった。






今日の日程は、今から1時間後に開会式を行なった後、さらに1時間後から予選が4つ一気に行なわれる。なんでも、この会場以外にも会場がいくつかあり、そこで予選を実施するそうだ。山の中という地の利を最大限利用している。


「ということで、まだ時間が余ってる訳だが」

「それなら、皆でこの屋台を回りましょうよ!」

「それはいいけど、この人数だとさすがに多いな……よし、お前ら2年だけ別行動な」

「うわ〜バッサリ切り捨てたよこの人」


終夜に対して北上がそう提案したが、なんとも言えない条件付きで承諾される。
2年生たちは不服そうな顔をしていたが、屋台を回れることには変わりないので、すぐに切り替えて散策を始めるのだった。


「よし、それじゃ行くか」

「えぇ……」


何事もなかったかのように話を進める終夜に、思わず嘆息してしまう。
全く、カッコイイ時とダメな時の差が如実に表れるんだから、この人は。







「よう、黒雷のボウズ、今年も来たのか」


開会式までに正午を跨ぐので、適当に屋台で昼食を済ませつつ巡っていると、ふとそんな声が聞こえてきた。
辺りを見回すと、全体的に暗い色調で整えられた店の中に、眼帯と髭がよく目立つ、ソフトモヒカンヘアのおじさんが手を挙げている。


「もうボウズはやめてくれよ、マーさん。俺も来年から高校生なんだぜ?」

「はっ、高校生だろうと俺から見ればボウズなんだよ」


それに応えたのは終夜。どうやら2人は知り合いなようだ。
とはいえ、どうやったらこんないかつい人と知り合うのだろうか。去年の魔導祭でも会ったとか?


「それより、この前売った石はどうだったよ?」

「え!? あぁ、その話ね……うん、まぁ凄かったよ、うん」

「何だぁ? そんなに慌てちまって」


突然のマーさんと呼ばれる男性の一言で、終夜が動揺し始めた。焦りながら、ちらちらとこちらの様子を窺っている。
石? 一体何のことだろう……って!


「終夜、あんたまさかあの石を買ったのは……」

「い、いや、確かに夢渡石(ユメワタリイシ)はマーさんから買ったものだけどよ! でもいいじゃねぇか! あれのおかげで、今こうして結月という素敵な仲間にも出会えた訳だし?! それならウン千万円なんて安いもんだろ?!」

「それとこれとは話が違うわよ! このアホ!!」


終夜の必死な弁明に、緋翼がこれまでの中でも一際大きい声で怒鳴る。そのあまりの勢いに、晴登たちまで思わず気圧されてしまった。

それにしてもまさか、異世界へ渡るために使ったあの石が、この人から買った物だとは。値段も値段だが、それ以上にマーさんという人物の方が気になってしまう。何者なんだこの人は。


「まぁまぁそう怒んなよ、チビの嬢ちゃん」

「チビ言うな! 思い出したわ。あんた去年も終夜に声かけてたでしょ。何してんのか気になってたけど、まさか中学生に高額な物を売りつけてたなんて……」

「はっはっは。こっちは商売やってんだ。金さえ払ってくれるなら、子供も大人も等しくお客様なんだよ。ま、さすがにあの額を払うとは思ってなかったけどな……」


マーさんが堂々とした態度で語り始めたかと思ったら、最後の方は何だかビビってる感じだった。そりゃ確かに、一介の中学生が何千万円を支払ったとなれば、驚かない訳がない。


「ところで、その結月ってのはそこの銀髪の娘かい?」

「はい、そうですが……」


「──つまり、異世界から人を連れて来たってのか?」


突然、マーさんの声色が低くなった。そして睨みつけるように結月を見つめる。彼女はその視線に表情を強ばらせた。
その急な態度の変化に気圧され、晴登たちも押し黙ってしまう。


「本来、この世界と異世界は交わらぬもの。当然、お互いに不可侵不干渉が暗黙のルールだ。けれど、夢渡石はそれを可能にしちまう。だから破格の値段にして、下手な輩に手を出させないようにしていた」


マーさんは口調も表情もそのままに語り始めた。
確かに、そう言われると値段の件は納得してしまう。


「別に黒雷のボウズが買ったことを詰ってる訳じゃねぇ。こいつなら信用できると思って俺は売ったんだからな。──だがまぁ、異世界から人を連れて来るたぁ、大層なことをしてくれたもんだな」


マーさんの圧が一層増す。何も言い返すことはできない。
結月は元は異世界の人間。それをこちらの世界に連れて来たとなると、"不干渉の鉄則"を破ったことになる。その影響は晴登には計り知れないが、もしかしたらヤバいことになるのかもしれない。

それもこれも全ての責任は──


「ごめんなさい、全部俺のせいなんです。あの石で異世界に渡ったのも、結月を連れて来てしまったのも俺の責任です」

「……」


これ以上、終夜に責任を負わされるのを見過ごせず、晴登は前に出て、頭を下げて謝罪した。マーさんはその姿をじっと見つめている。

……こんな時がいつかは来るんじゃないかと思っていた。
今まで誰にも指摘されなかったけど、晴登の心はずっとモヤついていたのだ。結月をこちらの世界に連れて来てしまった時、初めに異世界に帰そうとしたのも、この世界に留まらせてはいけないと思ったからなのである。
とはいえ、結月自身がここに残ると決めた時から、晴登だって覚悟はしていた。


「この責任は、必ず取ります」

「……そりゃ、お前さんが一生その娘の面倒を見るってことか?」

「……はい、そうです」


一生、と言われて少しだけ躊躇ったが、それでも晴登の覚悟は揺るがない。一生だろうと何だろうと、結月の存在を否定させないためなら何だってやってやる。


すると、その晴登の決死の言葉を聞いたマーさんは──ニカッと笑った。


「はっはっは! こいつは傑作だ! ちょっと脅してやるつもりが、まさかプロポーズを聞けるなんてな!」

「えぇっ!?」


マーさんは腹を抱えて大笑いする。その急な手の平返しに、晴登は唖然とするしかない。


「冗談……なんですか?」

「いいや、全部が冗談って訳じゃねぇ。異世界に干渉したことは良いこととは言えねぇからな。けど、だからといって何か罰則がある訳でもねぇんだ。そんなに怯える必要はねぇよ。むしろ、異世界人を見ることができて俺は嬉しいくらいだ」


両手を広げて、喜びを表現するマーさん。
さっきまでの威圧が嘘のようだ。


「しかも見たところ、かなりの実力者じゃないのか? 例えば──レベル5とか」

「っ!」


そのマーさんの言葉に、この場にいた全員が息を飲んだ。まさか、一目見ただけで相手の実力を見切ったということか。


「お、当たりか? ははは、商人やってると目が鍛えられるからな。そうさな……8割くらいの確率で当てられるぜ?」

「「凄っ!?」」

「にしても、これでこの大会に出場するレベル5は3人になった訳だ」

「3人? 結月以外にあと2人いるんですか?」

「おうとも」


マーさんの目利きに驚いたところで、さらに驚くべき情報が入る。
なんと、この大会には能力(アビリティ)の最高峰、レベル5が結月以外に2人いると言うのだ。確か国に数名しかいない程、超レアだと言うが……って、そういえば魔導祭は『全国』大会なのだった。ならレベル5の魔術師が集まるのは、当然っちゃ当然なのか。


「そいつらの能力(アビリティ)は"聖剣(せいけん)"と"黒龍(こくりゅう)"つってな、強さも規模もとにかく桁が違う」

「な、なるほど……」


どちらの能力(アビリティ)名も、聞くだに強そうなものだった。
"聖剣"と言えば、何とかカリバーとかいう超有名な剣を想起するし、"黒龍"と言えば、これまた伝説の存在が頭に浮かぶ。
けど後者に関しては、結月の"白鬼(びゃっき)"と似た感じがした。でも、"黒"って何だよ……。


「マーさんの言う通りだ。俺も去年一昨年と見てきたが、とんでもねぇ人たちだ。しかも、2人とも同じチームだってんだからシャレにならねぇ」

「えぇっ!?」

「優勝候補、【覇軍(コンカラー)】。それが奴らのチーム名だ。もっとも、候補というよりはほぼ確定なんだがな」

「……」


あまりに驚きすぎて、もはや言葉も出ない。そんな化け物みたいな人たちが同じチームだなんて、そんなのもはや卑怯じゃないか。
晴登は改めて、優勝することの無謀さを知った。


「だが、その嬢ちゃんの実力次第じゃ、お前さんらもいいとこ目指せるんじゃないか?」

「ふっ、結月だけじゃねぇ、他のメンツだって調整はバッチリだぜ。今年こそは本選に出てやるよ」

「そいつは楽しみだな。期待してるぜ、黒雷のボウズ」

「だから、その呼び方やめろって」


一通り軽口を交わすと、マーさんと終夜は笑い合った。
どういう関係なのかはわからないが、ただの商人と客って訳でもなさそうだ。何だかまるで友人同士である。


「ちなみに今日は何も買わねぇのか?」

「生憎金を持ち合わせてなくてな」

「んだよ。なら情報代も取れねぇじゃねぇか」

「それくらいで金取ろうとすんな」


マーさんはつまらなそうにボヤくと、終夜がツッコむ。うん、やっぱり2人は仲良しな気がするな。
……にしても、ちゃっかりしてるなぁ。


その後、マーさんに見送られながら、一行はその店を後にした。
立ち話で結構時間を使ったし、開会式のために、そろそろ会場に入った方が良さそうだ。

こうして晴登は、いよいよ魔導祭の舞台へと足を踏み入れるのだった。

 
 

 
後書き
結月「ねぇハルト、さっき言ってたことって本当?」

晴登「え? ど、どのこと……?」

結月「一生ボクの面倒見てくれるって……」

晴登「え!? あ、うん、まぁ……」

結月「そっか……嬉しい」

晴登「な、なら良かった……」

伸太郎「やっぱりお前ら爆発しろよ」

晴登「やめて!?」 

 

第94話『開会式』

会場に入ると、まずそこはロビーだった。右側に受付窓口があり、左側には階段。真っ直ぐ進むと別に入口が存在している。あの先が舞台なのだろうか。


「とりあえず初めは受付だ。こうしないと参加できないからな。メンバー表は、開会式で予選の内容が発表された後にでも提出できるから問題ない」


終夜が説明するようにそう言った。
来年以降は終夜たちがいなくなるから、その前に仕様を1年生に教えておくつもりだろう。その気遣いはとてもありがたい。


「──よし、じゃあ参加する奴はこれを付けろ」

「腕輪……ですか?」

「そうだな。これは個人の識別とか、とにかく大会中に色んな所で役に立つ。だから絶対に手放すなよ」

「「わかりました」」


受付を終えた終夜から渡されたのは、識別番号だろうか、文字列が施された表面に、小さな赤い水晶が埋め込まれた青い腕輪だった。一見何の変哲もない、綺麗な腕輪である。
しかし不思議なことに、左の手首にはめてみると、サイズが自動的にピッタリになるように変化したのだった。これはもしや、魔道具とかいうやつだろうか……?


「全員付けたな。それじゃ2年生とはここでお別れだ」

「「ういーっす」」

「あ、そっか……」


終夜の言うことは当然である。
腕輪が配られたのは、魔術師である終夜、緋翼、晴登、結月、伸太郎の5人。2年生には参加資格がないので腕輪は受け取れないし、開会式に参加することもできない。恐らく、一部始終を観客席で見ることになるのだろう。
仕方ないことだが、とても寂しく感じてしまう。


「だからそんなしょげた顔すんなって」

「でも……」

「言ったろ? 俺たちの分まで頑張ってくれ」


ウジウジする晴登に、2年生の先輩方が声をかける。
……ここまで言われて、凹んでる訳にはいかないな。


「わかりました! 必ず良い結果を出します!」

「その意気だ! 目指せ優勝!……だっけか?」

「それは忘れてください!」


晴登がツッコむと、彼らは笑った。いつも通りの展開である。
だけど、今はそれがありがたい。緊張していた身体に喝が入る気分だ。


「それでは、行ってきます!」

「「行ってらっしゃい!」」


しっかりと挨拶をし、手を振る2年生を後にして、晴登たちはもう1つの入口の先へと歩みを進めた。






「おぉ〜!」


その光景を見るや否や、晴登は歓喜の声を上げた。
というのも、入口の先には円形の地面のフィールドが広がっていたのだ。さしずめ、"闘技場"といった感じである。
ちなみにこのフィールドの広さは……体育館の半分くらいか。広すぎず狭すぎない、程よいサイズと言えよう。


「ここが開会式や閉会式、そして本戦の舞台だ」

「つまりここで戦闘(バトル)を……」


終夜の説明を聞いて、独りでに納得。このぐらいの広さなら、思うように戦えるだろう。まだ本戦に出れるかもわからないのに、独りでにワクワクしてきた。


「でもって周りは、見ての通り観客席な」

「あ、先輩方だ!」


辺りを見上げると、そこには観客席が広がっていた。ますます闘技場っぽい、というかもう闘技場と形容しようか。
晴登は観客席の2年生を見つけると、手を振ってみた。すると彼らも手を振って返してくれる。なんか嬉しい。


「あ、ようやく来たね」

「久しぶりね〜終夜君、緋翼ちゃん」

「おぉ! 星野先輩! 櫻井先輩!」


観客席を見上げていると、後ろから2人に声をかけられた。振り返ると、先程見かけた月と、終夜に「櫻井先輩」と呼ばれる女性が立っている。
その人はふわっとした茶髪のショートで、まるでドレスの様なひらひらとした服装をしていた。身長は終夜と同じぐらいの月よりは小さいが、晴登よりは大きい。


「あなた達が1年生ね〜。私は櫻井(さくらい) 花織(かおり)、月ちゃんと同じく魔術部でした〜。よろしく〜」

「「よ、よろしくお願いします!」」


気の抜けたような甘い声で挨拶してくる花織。とてもおっとりとした印象を受けた。というか、何だか癒される。不思議だ。


「さてと……うん、花織だけじゃなくて、せっかくだからうちのチームも紹介しようか。その代わり、今年の魔術部がどんな感じか教えてよ」

「わかりました。いいですよ」


月の提案に対して終夜がそう返事すると、彼女は後ろにいたチームメイトを呼び出した。
すると現れたのは、さらに2人の女性。黒髪ポニーテールの凛々しい女性と、帽子を被って茶髪をまとめている活発そうな女性だ。


「これがあたしたち4人で構成されたチーム、【花鳥風月(かちょうふうげつ)】。全員同じ高校の生徒だよ。この2人は猿飛(さるとび) 風香(ふうか)小鳥遊(たかなし) (まい)ね」

「よろしく」

「よろしくね!」

「「よろしくお願いします!」」


黒髪ポニーテールの方が風香、帽子を被っている方が舞だ。風香はクールな印象で、舞は元気いっぱいな印象である。
というか、ここで気になったことが1つ──


「そういえば部長、うちのチーム名って何ですか?」


晴登は首を傾げて終夜に問う。
【花鳥風月】といい【覇軍(コンカラー)】といい、周りのチーム名はカッコイイ。そりゃ学校名で区分されてる訳じゃないからっていうのが一番の理由なんだろうけど、だとしたら、自分たちのチーム名は何だろうかと疑問に持つのは当然と言えよう。


「うちか? うちは【日城中魔術部】だぞ?」

「え、まんまなんすか……」

「仕方ねぇだろ。こんな大会に中学生なのに出場できるんだ。大層な名前なんか名乗れないだろ」

「そ、それは……」


しかし、そんな晴登の疑問は呆気なく氷解した。
いつもの終夜ならバリバリに厨二っぽいネームを付けるかと思っていたが、こういう時はしっかりと弁えるようだ。
まぁ「魔術部」って響きは嫌いじゃないから、とやかくは言わない。伸太郎は少しがっかりしてるようだが。


「へぇ、これが月たちの後輩?」

「そうそう。こっちが雷使いの終夜で、こっちが焔使いの緋翼ちゃん」

「え、緋翼ちゃんってホントに中学生? 小学生じゃなくて?」

「失礼ですよ!」


風香が興味津々に訊くと月はそう答え、さらにその答えに舞がびっくりする。
もう慣れてしまったが、緋翼は確かにここにいる誰よりも小さい。この反応が当然だろう。


「はいはい、緋翼ちゃんはいじられるの好きじゃないからその辺にね」

「星野先輩もさっきいじってきたと思うんですけど」

「それはそれ。じゃ、そろそろ新入生たちの名前を聞かせて貰おうかな」


緋翼から逃げるように、月は話をそらす。
そして、「私たちも自己紹介したから、次はそっちの番だ」とばかりに、彼女は目配せをしてきたので、晴登、結月、伸太郎の順に自己紹介をした。
この時能力(アビリティ)名は隠したのだが、彼女らはそれよりも別のことが気になったようで……


「え、2人とも三浦ってことは双子?!」

「舞、それはどう見ても違うと思う」


舞の天然と思われるボケに、風香がしっかりツッコんだ。
髪の色や目の色からしても、晴登と結月が同じ親から産まれる可能性はほぼゼロだと思うのだが。


「あ、こいつらは夫婦です」

「ちょ、部長!? 何を言うんですか?!」

「ふ、夫婦……!」

「結月も反論して?!」

「あらあら〜」

「へぇ〜そうなのか」


しかし突然、終夜が根も葉もないことを言い出した。晴登は即座に抗議するも、結月が満更でもなさそうな反応で話を拗らせる。
一生結月の面倒を見るとは言ったが、さすがに夫婦と呼ばれるのは恥ずかしいことこの上ない。おかげで花織と月に、温かい目を向けられてしまった。
すると月は晴登に向かって一言、


「なら晴登君、結月ちゃんを泣かせちゃダメだぞ」

「な!……わ、わかってますよ」

「よしよし、それならいいんだ」


月は晴登の答えを聞いてニカッと笑った。
どうして急にそんなことを言ったのかわからないが、女子の先輩からのアドバイスと考えると無下にはできない。肝に銘じておこう。結月にはずっと笑顔でいて欲しいし。


「さて、もうすぐ開会式が始まりそうだから、私たちはこれで」

「はい、今年はよろしくお願いします!」

「うん、こちらこそ。当然、後輩だからって手加減はしないからね。1年間の成長を見せてもらうよ」

「あっと驚かせてやりますよ」

「それは楽しみだね」


月と終夜が最後にそう言葉を交わし、そして2つのチームは別れた。
先輩とはいえ、敵チームということに変わりはない。負けないよう頑張るぞ!






定刻となり、選手がチームごとに整列する。
しかし、まずその数に驚かされた。恐らく100チーム以上はいるだろう。全国とはいえ、魔術師たちがこんなにいるなんて予想外だった。まだまだ井の中の蛙だったという訳か。
ちなみに、晴登たち【日城中魔術部】は1番端っこだ。やっぱり年少だからだろうか。ちょっと悔しい。


『お待たせしました! 会場に御座します皆々様、正面をご覧ください!』


そんな快活な声がスピーカー越しに聴こえたので、言われた通り正面を見る。するとそこには、マイクを持ったピエロが台の上に立っていた。……なぜピエロ?


『昨年お会いした方はお久しぶり、お初にお目にかかる方は初めまして! ワタクシは"全国魔導体育祭"の司会兼審判を務めさせて頂きます、ジョーカーと申します』


ピエロ……もといジョーカーは、丁寧にそう挨拶した。
どうしてピエロなのかと気にはなるが、たぶんそういう演出なのだろう。ここは魔術がひしめく世界。常識で物を考えると気後れしそうだ。


『それでは早速、開会宣言かつ大会長挨拶です!』


ジョーカーがそう言うと、前の台の上に1人の男性が登った。物腰の柔らかそうなおじさんである。
彼はマイクを手に取ると、咳払いを1つして、


『これより、全国魔導体育祭を開会します。私は魔術連盟会長の山本と申します。皆さん、頑張って下さい。以上』


一息に話し終わって、礼をしてしまった。そのあまりの挨拶の早さに、晴登は拍子抜けする。
いや、でも正直に言うと、校長先生の挨拶とかもこれくらいの長さで良い。聞いてて退屈だから。

それにしても、"魔術連盟"というワードも気になるが、彼が「山本」と名乗ったことに少し反応してしまった。知り合いの名前と同じだと、気になってしまうというやつだ。
とはいえ、少し雰囲気は似てるかもしれないが、別に晴登の知る山本と彼が同一人物という訳ではないのだが。


『相変わらず無駄のない挨拶をありがとうございました! では次に、優勝杖返還と選手宣誓です。代表、【覇軍】アーサー選手!』

「はい!」


スピーディに進む開会式だなと思っていると、大きな返事が列の中央辺りから上がった。
そして列から出て、台の上に立つ会長の元へと歩み出て来た人物の容姿を見て、晴登は目を疑う。


「金髪…!」

「そしてイケメン…!」


2つ目のセリフは伸太郎のものだ。
そう、なんとその人物は高身長の金髪イケメンの青年だったのである。……あれ、外国人じゃないのか?


「あの人はアーサーさん。【覇軍】のリーダーで、"聖剣"の持ち主だ」

「あの人が…!」

「ちなみに『アーサー』ってのはニックネームで、普通に日本人だ」

「えぇ!?」


終夜の説明に声を上げて驚いてしまったので、慌てて口を塞ぐ。
まさかあの彫りの深いイケメンが、自分たちと同じ日本人だなんて。にわかには信じられない。つまり金髪は染めたということだろうか。
"聖剣"だから"アーサー"、そして"金髪"。……自分から合わせに行ってるってことなのかな。


「宣誓! 我々選手一同は、スポーツマンシップに乗っ取り、魔術師の誇りに懸けて、正々堂々戦い抜くことを誓います!」


彼は両手に持っていた杖を会長へと手渡した後、凛々しい声でそう宣言した。
ちなみにその杖は木でできた長いもので、先端に光る水晶が付いているのが見える。察するに、あの杖は優勝旗と同じようなものだろうか。旗の代わりに杖……うん、魔術っぽい!


『アーサー選手、ありがとうございました。列へ戻って下さい。………ではいよいよ、今年の予選の内容を発表したいと思います!』


ジョーカーの言葉に、「ついに来たか」と晴登は身構える。この内容が、本戦に進めるかどうかの決定的なキーなのだ。せめて、難しくないものを……!


『それではいきますよ。ドゥルルルルルルルルルル──』


ジョーカーは懐から1セットのトランプを取り出し、それをシャッフルし始める。
その際、声で太鼓の音を演出しているのが実に滑稽なのだが、次の瞬間、その中から4枚を抜き出した。


『出ました! 今年の予選は"競走(レース)"、"組み手"、"射的"、"迷宮(ラビリンス)"です!』


4枚のカードを見ながら、ジョーカーはそう宣言した。それに対して、会場が少しどよめく。
とはいえ聞く限り、内容が読めない競技は1つだけだ。競走(レース)とか射的は名前の通りだろうし、組み手もわかる。
ただ、迷宮(ラビリンス)だけは全然わからない。迷路を突破する……のかな? それは競技と呼べるのだろうか。


『予選のルールは例年通り、4つの競技の順位の和が小さい16チームが本戦に進めます』


そして予選の競技について考えている間に、さらっと大事なことが言われた。
珍しいルールだが、つまるところ4つの予選全てで上位を取らないと、本戦に上がるには厳しいということになる。例え1つの競技で1位を取ろうと、他の競技で最下位を取ってしまえば全て台無しだ。これは余計にプレッシャーがかかってしまう。


『各競技のルールは各会場にて行ないます。それでは各チーム、予選に出場するメンバーを決めて、1時間後に指定された会場へ来てください! 以上、解散!』


そう言い放った瞬間、ジョーカーがドロンと煙に巻かれて姿を消した。あれもきっと魔術による演出なのだと思う。
……普段なら手品を疑うはずなのに、こんな考え方をしてしまうなんて。結構魔術に関わってしまったと、晴登は感慨深くなる。
それにしても、消え方が忍者っぽかったな。ピエロなのに……。


「それじゃ、ロビーで予選のメンバーを決めるぞ!」

「「はい!」」


終夜の呼びかけに、1年生が大きく返事を返す。
そして周りのチームが解散していくのに合わせて、魔術部はロビーへと戻っていった。






晴登たちがロビーへ向かうのと同時刻、そんな彼らの様子を静かに見つめる人物がいた。


「どうした影丸?」

「いや、あそこのガキ……」


そんな彼の様子が気にかかったのか、金髪の青年──アーサーは声をかける。すると影丸と呼ばれた男は、晴登たちの方を指さす。
その先を見たアーサーは、納得したように頷いた。


「あぁ、日城中だね。まだ中学生なのにこの大会に参加するなんて、彼らは立派だよ」

「そんなことを言いたいんじゃない。あの銀髪のガキだ」


見当違いなことを言うアーサーに、ボサボサの黒髪を掻きながら影丸は嘆息する。【日城中魔術部】というチームは昔からの常連だ。存在は知っていて当然である。
本当に彼が気にかかっていたのは、今年のそのメンバーの1人、結月だった。


「どうしたんだい? 君が他人を気にかけるなんて珍しい」

「あいつからは並々ならない力を感じる。もしかするとレベル5の魔術師じゃないか?」

「ふむ、言われてみると確かに。去年はいなかったから、もしかして1年生なのかな? それなら凄いね」


今まで多くの魔術師を見てきたから、相手の実力は見ただけでわかると自負している。そんな自分の目によると、あの銀髪の娘の内には、中学生ながらとんでもない力が秘められているとのこと。アーサーも同意したので、これは確定だろう。
もしかすると、今大会の障害となりうる存在かもしれない。警戒をしておかなければ。


「ま、俺たちには及ばないだろうがな。くくく」

「こら、あまりそういうことを言うんじゃない」


影丸が不気味に笑うと、アーサーはそれを制した。
彼はその反応に不服そうにしていたが、気を取り直して再び【日城中魔術部】を眺め始める。

実は結月以外にも、彼には気になる少年がいた。


「なぁ、あとその隣のガキだが……」

「隣の? こう言っては何だが、特に目立った特徴のないあの子かい? 彼はさすがにレベル5ではなさそうだが……」

「あぁ、それは違う」


結月と会話をしている、晴登を見ながら影丸は呟いた。
もちろんアーサーの言う通り、彼がレベル5という訳ではないのは見ればわかる。秀でた部分も劣った部分も見当たらない、いわゆる平均的なモブだ。

ただ、そんなモブと彼には決定的な違いがあった。


「あいつの目は──絶望を知っている目だ」


黒髪の男は再び、ニタリと不敵に笑った。
  
 

 
後書き
新キャラ盛り沢山でてんやわんや。どうも、波羅月です。
これはいずれ来たるキャラ紹介が大変そうです。とほほ……。

それはそうと、予選の内容が明らかになりました。さてさて、誰がどの競技に出るのか予想はつくでしょうか? それも含めて、次回からの予選をお楽しみに。

今回も読んで頂き、ありがとうございました! では! 

 

第95話『予選①』

開会式を終え、ロビーに集まった【日城中魔術部】。彼らは今まさに、予選に選出するメンバーを決めるところだ。


「今年のダークマターは"迷宮(ラビリンス)"だけか。ならそれ以外はパッと決めるぞ。まず、"競走(レース)"は三浦で確定だな」

「「異論なし」」

「え、それでいいんですか?!」


あまりにあっさりとした決定に、晴登はたまらず抗議した。
レースというと、たぶんマラソンとかだろうか。かなりオーソドックスな競技だ。実力者が多数参加すると思われる。
予選に出場しなければならない身ではあるが、1年生なんだからもっと無難な競技に……


「これ以外、お前にうってつけの競技があるか?」

「はい、ありません……」


しかし、風を操る晴登がスピード勝負以外に何ができるというのか。むしろレースは適性と言える。ここは受け入れるしかなかった。


「んで次に、"組み手"は辻かな。どうだ?」

「任せなさい。何が出てくるかは知らないけど、全部斬っちゃえばいいんでしょ?」

「そういうことだ。頼んだぞ」

「う……あんたがそこまで言うなら、頑張ってあげるわよ」


終夜の頼みに、緋翼は頬を掻きながら答える。
"組み手"といえば、とにかく敵を倒していくイメージだ。人、動物、ロボット……どんな感じになるかはわからないが、何にせよ殺傷力の高い刀を扱う緋翼が適任なことに変わりはない。


「そして"射的"だが、これはまぁ俺が──」

「はい! ボクやります!」


終夜が言いかけたと同時に、結月が勢い良く手を挙げた。その行動は全員が予想外で、皆彼女の方を向く。
すると結月は目をキラキラと輝かせながら、


「"射的"って、この世界のお祭りの定番なんですよね?! ボクずっとやってみたかったんです!」

「えっと、さすがにお祭りのそれと競技のそれは違うと思うんだが……」

「いいじゃない黒木、やる気があるのは何よりよ」

「え〜、なら俺が迷宮(ラビリンス)かぁ……」


結月のやる気を止められず、終夜が渋々了解した。
彼の使う"冥雷砲"は射的にピッタリだとは思ったが……まぁ、結月の実力なら代わりにはなれるだろう。
その点、正体が掴めない"迷宮(ラビリンス)"こそ、魔術師としての経験が豊富な終夜が担当した方が心配はない、はずなのだが……


迷宮(ラビリンス)って、つまるところ迷路みたいなもんか? 俺そういうの苦手なんだけど……」


当の終夜は不満顔。確かに彼の性格を考えると、迷路とか細かい作業は向いていない気がする。
しかし、そうなると迷宮(ラビリンス)の順位が危うくなるのだが……


「だったら、俺がやりましょうか?」

「暁が?」

「俺は迷路とか得意っすよ」

「な、なるほど……」


伸太郎の申し出を聞き、終夜が考え込む。
実際、この案はかなり良い。下手に順位を下げるより、得意な人を割り当てる方が無難というもの。
ただ、これを受け入れてしまうと……


「俺、控えなの……?」

「そういうことになっちゃうわね」

「部長なのに……?」

「部長なのに」


その事実を確認すると、終夜がガックリと肩を落とす。
3年生で最後の大会なのに、まさか予選に出られないなんて。もしこれで予選落ちしようものなら、彼の魔導祭は呆気なく終わってしまうことになる。そんなのあまりに可哀想だ。
それなのに、1年生に出番を譲って文句も言わないなんて、ちょっと甘すぎるのではなかろうか。


「部長……」


晴登は思わずそう洩らしてしまった。結月を責めるつもりはないが、彼女の一言が無ければ彼は出場できていた。

……やっぱり、3年生が予選に出れないなんてダメだ。ここは"競走(レース)"の枠を彼に──


「変なこと考えるなよ、三浦」

「えっ」

「お前今、俺に出場枠を譲ろうと考えただろ?」

「何でわかったんですか!?」


終夜の言葉に晴登は驚く。
というかなぜだろう、最近やけに考えが読まれてしまう。そんなに顔に出ているのだろうか。


「そんな情けはいらねぇ。悔しいが、俺がいない状態の方が完璧な布陣なんだからな」

「でも……」

「まだ言うか。……ならこれだけ言わせてくれ」


割り切った終夜に食い下がろうとすると、彼は少し考えた後に言った。


「部長命令だ。予選を突破しろ」


簡潔に一言。
しかし、その一言の持つ意味は絶大である。3年生である彼に、本戦出場という花を持たせてやることが、1年生である晴登たちが絶対に成し遂げなければならないことなのだから。


「今年の魔術部は強い。中学生とはいえ、俺たちみたいに実戦経験がある魔術師は、大人にもそうそういないからな。今回は予選落ちなんかで終わらせるつもりはないぞ。必ず、本戦に行くんだ」


終夜は強く、そう宣言した。
中学生である魔術部が予選を突破する可能性は、ほとんどゼロに近い。それでも、部長である終夜がやれと言ったのだ。それに応えるのが、部員の役目というもの。


「俺は、お前らを信じてるぞ」


終夜はそう言って、いつものように元気な笑みを浮かべた。
……相変わらず、言葉を選ぶのが上手いんだから。そう言われたら、やらない訳にはいかないではないか。


「それじゃ、【日城中魔術部】出陣だ!!」

「「おう!!」」


幼き少年少女の戦いが、今幕を開ける──。







「……着いた」


仲間の元を離れ、山の中を歩くこと約30分。ようやく晴登はレース会場へと辿り着く。
そこには、木々の合間を縫った道路3本分くらいの広い道があり、スタートを示す垂れ幕が堂々と架けられていた。


「えっと、とりあえず人が集まってる所に……」


会場には着いたものの、どこに集合すればいいかがわからなかったので、とにかく他のチームの人の近くに行く。
ひとまず、初めに目についた、あの黒いフードを羽織った人について行くことにしよう。

そう考えて、ついて行こうとした瞬間だった。


「──何か用か?」


まだ距離は離れていたはずなのに、突然向こうから声をかけられてしまう。しかも振り向くことなくだ。まるで、背中に目が付いているようである。


「え、あ、いえ! ただ、どこに集合するのかなって……」


話しかけられるとは思わず、しどろもどろになりながら晴登は言葉を返す。すると目の前の男は、ゆっくりと振り返った。

フードの下の正体は、ボサボサの黒髪を目にかかるくらいに伸ばし、その隙間から鋭い三白眼を覗かせる、猫背の青年だった。しかも黒いフードも相まって、とても暗い雰囲気を醸し出している。

そんな彼は、晴登の言葉に返答するよりも先に、驚いた表情をした。


「お前、【日城中魔術部】の……」

「え、どうしてそれを……?」


予想外の切り返しに、晴登は困惑する。
まだ名乗ってもいないのに、この人はどうして晴登が【日城中魔術部】だとわかったのだろうか。最年少で目立つとはいえ、去年は予選落ちするようなチームだ。わざわざチェックしていたとは思えない。


「いや何、単純に気になってな。銀髪の娘もそうだが、俺は特にお前に興味がある」

「興味、ですか……?」


会ったばかりだというのに、何にそこまでの興味を示すのだろうか。結月はともかく、晴登は平々凡々な実力だというのに。


「あぁ。平凡を装っちゃいるが、お前の瞳は死地を潜り抜けてきた猛者のそれだ。まだ子供のくせに、一体どんな地獄を見たのか興味がある」


男は晴登に顔を近づけ、不敵な笑みを浮かべて舐め回すように問う。
が、その際、開いた口元の牙のようなギザ歯を見て、晴登はビビって思わず後ずさってしまった。


「あ、そんなに怯えんなよ。別にお前に危害を加えようって訳じゃねぇんだから」

「……」

「……どうやら、今は話してくれなそうだな。まぁいいぜ。また後で声かけるわ」


意図が読めない男の行動に警戒する晴登を見て、彼はこの場での追及を諦めたようだった。手を振りながら、猫背の姿勢のまま立ち去っていく。

しかし、何かを思い出したのか、途中で足を止めて振り返った。


「そういや、お前の名前を聞いてなかったな」

「えっと……三浦 晴登です」

「三浦……へぇ、そうか。──俺は【覇軍(コンカラー)】代表、"影丸"だ。そういやお前、集合場所探してるんだっけか? それならこっちだぜ」


影丸と名乗った青年は、こっちだと手招きをしてくれる。しかし、そんな親切よりも今は気になることがあった。


──この人は【覇軍】の人なんだ、と。


何という偶然だろうか。まさか、優勝候補のチームと知り合うことになるなんて。
全身が黒っぽい風体……もしや、この人が"黒龍"なのだろうか。確証はないが、彼のプレッシャーは本物だった。とにかく、相当な実力者には違いない。


「凄い人に目付けられちゃったな……」


晴登はボソリとそう呟いた。しかし、その理由が釈然としない。
何だ、「死地を潜り抜けてきた猛者の目」って。そんな大層な目はしてないと思うのだが。

……まぁ、心当たりがない訳ではないのだけども。2つの異世界での出来事が頭をよぎる。

とはいえ、そんな話に興味を持つなんて変な人だ。晴登だって、おいそれと人に話したい話題でもない。

……どうしたものか。






場所は変わって、森の中にポツンと存在する広場。ここは"組み手"の会場──いや、正確には集合場所と言うべきか。


「やっぱりゴツい人が多いわね……」


辺りを見回しながら、緋翼はため息をついた。
それもそのはず、"組み手"と言えば戦闘(バトル)がメイン。屈強な魔術師が集って当たり前なのだ。緋翼のように小さくてか弱い乙女は、見る限りほとんどいない。


「ううん、ビビってちゃダメよ。上位を目指さなきゃいけないんだから」


そう、周りに怯んではいけない。緋翼だって、経験をそれなりに積んだ実力者の一端。並大抵の魔術師よりは強い自信がある。

そう思って、拳を握って意気込んでいると、


「──ねぇ君、少しいいかな?」

「え? はい、何ですか?」


突然、背後から声をかけられた。
振り向くと、そこには金髪の美青年がニコニコして立っている。……この顔、間違いない。


「えっと……アーサーさん、ですよね?」

「おや、知っていたのか。でも改めて名乗るとしよう。僕は"アーサー"、【覇軍】のリーダーを務めている」


アーサーは丁寧に自己紹介して、またニッコリと微笑んだ。

常人離れした顔立ちに、輝くような金髪。そして凛々しい立ち振る舞いの割に、物腰は柔らかく気さくな性格。相変わらず、非の打ち所がないイケメンだ。
あの爽やかな笑顔を向けられたら、大抵の女子はコロッと落ちるだろう。

それにしても、そんな【覇軍】のリーダーが一体何の用だろうか。正直、何を言われるのかとかなり緊張している。


「君は【日城中魔術部】のメンバーで間違いないね?」

「はい、そうですが……」

「良かった。僕の用件はね、君のチームメイトについてなんだ」


彼は笑顔のままそう言った。
つまるところ、これは偵察ということだろうか。もはや弱小チームである【日城中魔術部】の、気になるメンバーとは……?


「君のチームに、銀髪の女の子がいるだろう? 彼女について訊きたいんだが」


銀髪の女の子──結月か。
確かに彼女は、レベル5の能力(アビリティ)"白鬼(びゃっき)"を宿していて、この大会の数少ないレベル5の魔術師だ。
どうやってその情報を嗅ぎつけたのかは知らないが、要するにアーサーは自分と同じレベル5の魔術師を警戒しているということだろう。随分と用心深いことで。しかし、


「……易々と、仲間の情報は売れません」


それが緋翼の答えだった。
魔術師の勝負において、手の内を晒すことは1番の愚策である。まして自分ではなく、チームメイトの情報など言える訳がない。

だが、アーサーはその反応が予想通りだったらしく、笑顔のまま肩を竦めた。


「そうだよね、君の言う通りだ。小さい見た目に似合わず、君はとても強かな女の子なんだね」

「……」

「おっと、何か気に障ってしまったかな? それならすまない。僕は褒めたつもりだったんだが……」

「……いえ、こちらこそすみません」


「小さい」と言われてつい睨んでしまったが、アーサーが心底申し訳なさそうな表情をしたので、怒る気が削がれてしまった。
この仏の様な素直さと礼儀正しさを、誰かさんにも見習って欲しいものだ。


「邪魔してすまなかったね。……あ、でも名前くらいは訊いちゃダメかな?」

「それくらいなら……三浦 結月ちゃんです」

「……ふむふむ。ちなみに、君の名前は?」

「私ですか? 私は辻 緋翼です」

「そっか。うん、覚えた。ありがとね」


そうにこやかにお礼を言って、アーサーは去っていった。
年齢はあちらが上なのに、最後まで丁寧な態度だったな。イケメンは性格までイケメンということか。


「ま、私はちょっと苦手だけどね……」


そう呟いて、緋翼は予選に向けて準備運動を始めるのだった。
 
 

 
後書き
随分と無理やりな流れですが、予選のメンバーは今回の通りとなります。「部長が控え」っていうくだりをやりたかっただけなので、グダグダ感は多めに見てください。結月にアホになってもらうしかなかったの…!(悲痛な叫び)

それはそうと、その後のシナリオは大体出来上がりました。ノンストップで更新できたらいいのですが、残念なことにもうすぐ夏休みが終わってしまいます。更新は1週間くらいが目標ですかね〜。頑張っていきましょう。

今回も読んで頂き、ありがとうございました。次回をお楽しみに。では! 

 

第96話『予選②』

見渡す限りの平野。まさか、森の中にこんな広い場所があるなんて。
ガヤガヤと周りで他のチームの人たちが騒ぐ中、結月は1人で突っ立っていた。

そう、ここは"射的"の会場なのである。


「なんか緊張するな……」


結月がこう零すのにも理由がある。
というのも、結月がこの世界に来てから、こうして1人でいることは初めてなのだ。今までは、どこへ行くにも誰かしらが傍にいてくれたから。
だから、今みたいに知らない場所に自分だけというのは中々に心細いものだ。緊張してしまうのも無理はない。


「でも、頑張らないと」


結月はそう呟き、大きく深呼吸をする。今さらそんなことで気落ちしてはいられない。
それに彼女自身、興味に釣られて終夜の出番を取ってしまった罪悪感があった。あの後、「やっぱりいいです」なんて言える雰囲気でもなくなっていたし、もう出場することになってしまった以上、予選を勝ち進む以外に贖罪の方法はない。


「やるしかないよね!」


終夜のためにと、結月はやる気を漲らせる。

その時、集合場所にスピーカー越しの声が響いた。


『はいは〜い、"射的"に参加される皆さん、こちらをご覧下さ〜い』

「うん?」


声の主はちょうど正面の方向にいた。奇妙な服装と化粧をした男──ジョーカーである。
しかし、その前にツッコみたい点が1つ……


「何で飛んでるの……?」


正面、正しくはその上空、ジョーカーは風船を背中に付けて浮遊していた。
どうしてわざわざそんな所に? というか、風船で人って飛ばせたっけ? 不思議だ。


『まぁ細かいことは置いといて。それより早速、ルール説明の方に参りますよ〜。まずはこちらをご覧ください!』

「わぁっ!?」


ジョーカーが手を広げたかと思うと、平野に無数の丸い物体が現れた。見た目は占いで使うような水晶の様だ。それが地面の上から空中まで、あらゆる所に存在している。結月の足元にも頭の上にもあった。
一体今から何が始まるというのだ……?


『"射的"、それすなわち"的を狙う"競技。皆さんにはこの的に魔術を命中させ、その数を競ってもらいます』


そう言って、ジョーカーは近くにあった水晶に軽く触れる。すると透明だった水晶は、みるみるうちに黒く染まってしまった。


『このように、触れて魔力を少し流すだけでも水晶は反応します。もちろん、魔術による攻撃を当てて貰っても構いません。この水晶は魔力を吸収するので、どんなに強い魔術でも割れることはありませんよ。……あ、とはいえ物理属性には弱いので、そこは加減してくださいね?』


ジョーカーは舌を出しながら、最後にそう付け加えた。まぁ、ユヅキには関係のないことだが。

さて、思っていた射的とは全然違ったが、ルールはシンプルではあった。要はこのたくさんの的に、魔術をぶつければいいだけらしい。


『当てた的のカウントは、皆さんが腕に付けている腕輪によってなされます。ですから、気兼ねなく力を発揮してくださいね』


結月は腕輪を見る。終夜が色々な用途があると言っていたが、まさか競技にまで利用されているとは。
確かに、用意された的は100や1000ではない。少なくとも、1万以上はある。自分でカウントするのはほぼ不可能だ。仕組みはわからないが、肖るしかない。


『ただし、1度当てられた的は機能しません。つまり、早い者勝ちということです。また、他のプレイヤーを攻撃した場合、ペナルティとして点数が減点されます。意図的と思われる場合は失格もありえますよ』

「なるほど……」


付け加えられたジョーカーの説明に、結月は考え込む。
どうやら、無闇やたらに的を狙うのは悪手かもしれない。的は地上から空中まで、3次元的に展開されている。当然、地上付近の的は狙いやすく、上空の的は狙いにくい。数を稼ぐなら、他チームを攻撃しないためにも、上空の的を狙う方が良いだろう。


「けど、かなり高いのもあるなぁ……」


一体地上から何mの高さにあるのだろうか。見上げる程の高さにも的がある。さすがにあれは結月でも射程外だ。あそこまで届く人はかなり有利になると思われる。


「だから"射的"ってことか」


地上にも的があるから"射的"という名前は変に感じたが、やはりこの競技は遠距離攻撃を使える人が有利になる仕様のようだ。もしくは飛べる人とか。


『では、10分後に競技を開始します。各自、好きな場所に用意してください』


最後にジョーカーからそう告げられた。
なるほど、確かにそれは道理だ。1度当てられた的が使い物にならなくなるルール上、同じ所からスタートするのは余りにも差が出てしまう。
となると、場所取りもかなり重要になってくるな。


「真ん中が良いんだろうけど、たぶん人が多いよな……」


設計されているのか、実は平野は正方形の形をしている上に、1辺が500mくらいはある。だから中央に位置すれば、開幕全方位に魔術を放出するだけでそれなりの数を期待できるだろう。
ただ、そんな考えは誰だって思いつく。目指すべきは、あまり人がいない場所。


「こういう時、ハルトならどうするかな……」


策を考えながらも、結月は頼れる恋人を偲ぶのだった。







「ホントにここで合ってるのか……?」


場面は変わり、山の奥深く。伸太郎は目の前の洞窟を見据えながら、そう呟いた。


「"迷宮(ラビリンス)"って言うくらいだから、てっきり建物があるのかと思ったけどな……」


辺りを見回してみても、この洞穴以外に目立った場所はない。
伸太郎は"迷宮(ラビリンス)"参加者宛にと配布された地図を見ながら、やっぱりここが指定された目的地だと確認する。


「中に入っていいのか……?」


伸太郎は再び辺りを見回す。
周りは木が鬱蒼と生えているだけで、人っ子1人見当たらない。本当にここが集合場所なら、もう少し人がいてもいいと思うのだが。


「皆 中にいるのかな……」


恐る恐る、伸太郎は洞窟へと近づいていく。
もし参加者が中に集まっているのだとしたら、ここで足踏みしていてはいけない。早く中に入らねば──


『はいストップ』

「うわぁお!?」


洞窟の中へ1歩を踏み出そうとしたその瞬間、真横から声をかけられた。
あまりに突然の出来事に、大声を上げて仰け反ってしまう。


「えっと、あんたはジョーカー……だったか?」

『いかにも、ジョーカーでございます』


ジョーカーは姿勢を正し、綺麗にお辞儀をする。あまりに洗練されたそれを見て、伸太郎もつい会釈を返してしまった。


『ここから先は競技会場なので、立ち入りはまだ許可されていません』

「な、なるほど。すんません……」


どうやら、中に入るのはダメだったらしい。入る前に声をかけられて助かった。

となると、この洞窟前が集合場所ということになるが……


「ほ、他の人はいないんすか……?」


伸太郎は最もな疑問をぶつける。ここが集合場所なら、誰か1人くらいいてもいいのではないか。
開会式が終わってから、予選のメンバー選出についてミーティングをしていた伸太郎が1番目に来たはずもないし、まさか自分1人だけ集合場所が違うなんてことは──


『はい、ここは"君の"集合場所ですから』

「なっ……!?」


驚くべき事実を知り、ハブられたショックで危うく膝をつきかけたが、ジョーカーがわざわざそう告げてきたことを鑑みると、少し違和感があった。


「"俺の"集合場所ってことは、他の人もそれぞれ別に集合場所があるんすか?」

『その通りでございます。それがこの"迷宮(ラビリンス)"。それでは、ルール説明を始めましょう』


そう言って、ジョーカーはコホンと咳払いをする。

なるほど、そういうことだったのか。
仮にこの競技が迷路のようなものだとしたら、参加者全員が同じ入口から始めるよりも、別々の入口から始める方が平等で面白いというもの。


『この競技は名前の通り、この洞窟の先に広がっている地下迷路を突破するものです。順位はゴールした順となります』


……うん、予想通りだ。予想通りすぎてつまらないくらい。
だが競技と言うからには、迷宮の難易度は高いだろうし、ギミックなんかもきっと仕掛けられているはずだ。かなり手応えがありそうである。


『そしてお察しの通り、迷宮には罠が多く仕掛けられています。魔術の力を駆使して、それらを突破してください。ちなみに、』

「うん?」

『その逆で、近道に続く仕掛けもあります。しかし、これは魔術だけでの突破は難しく、参加者の知力も求められます』

「知力?」


罠があることは確認できたが、まさかその逆もあるとは。知力が求められるってことは、暗号とかクイズを解かないと、その近道は進めないってことか?

──なおさら好都合じゃないか。


『最後に、途中で他の参加者に会うかもしれませんが、妨害は厳禁です。正々堂々と競ってください』

「わかりました」

『それでは、直にかかるスタートの合図をお待ちください……』


ジョーカーの言葉に、伸太郎は薄笑いを浮かべながら頷く。

するとジョーカーは、説明は終わりだと言わんばかりに、またも煙に巻かれて姿を消した。


「くっくっく……」


1人になって、つい笑みを洩らしてしまった。
どうやら、勝利の女神とやらが微笑んでくれたらしい。迷路に加えて頭脳ゲーだなんて、まさしく伸太郎の得意分野ではないか。これは負けられない。


「ちょっと本気、出しちゃいますか」


いつもならめんどくさいと一蹴していたところだが、今回は終夜の代わりとして責任もある。加えて、競技内容も得意分野ときた。
ここで本気を出さずして、いつ出すというのだ。上位だなんて甘いことは言わない。本気を出すなら、取るのは1位のみだ。


『えー参加者全員のルール説明が完了しましたので、いよいよ迷宮(ラビリンス)開始です! よーいドン!』

「よし、いくぜ!」


どこからかそんなアナウンスが聞こえたのと同時に、伸太郎は洞窟の中へと駆け出したのだった。







『はいはい皆さんご注目。ただいまより、"競走(レース)のルール説明をしていきます!』

「お、始まった」


ここはスタート地点から少し離れた広場。集合場所として指定されていた場所だ。
晴登は運よく影丸に連れて来られ、何とか不戦敗という事態は避けられた。ちなみに、今はもう彼と別れて1人である。

そしてたった今、ジョーカーによるルール説明が始まろうとしていた。


『とはいえ、ルールはシンプル。用意したコース上を進んでもらい、その順位を争うだけです。もちろん魔術の使用も自由です。ただし、過度な妨害行為やコースアウトは失格の対象となるので、気をつけて下さいね』

「やっぱそんな感じか」

『なお、順位はお手元の腕輪に付いた水晶でリアルタイムで確認できます』

「へぇ〜」


大まかなルールは予想通りだったと、晴登はひとまず安堵。もしここで捻ったルールでも出されていたら、正直焦ってたと思うし。
それにしても、この腕輪にそんな機能が付いているのか。とても参考になるし、ありがたい限りだ。


『コースは全長15km。途中には様々なギミックが仕掛けられています。それらを突破しつつ、ゴールを目指してください』

「……だと思ったけどね」


やはりと言うべきか、このレースはただのマラソンとはいかないらしい。
ギミックか……突破できる難易度ならいいのだが。というか、そもそも15km完走できるかも怪しい。そんなに走ったことないぞ。


「魔術使えば何とかなる、かなぁ……?」


魔術を行使しながらの走行は、スピードこそ出るだろうが、体力を余分に消費する。もしペース配分を誤れば、魔力切れで即リタイアだ。その事態だけは避けなくてはならない。


『それでは皆さん、スタート地点へと移動してください』


もうルール説明を終えたのか、ジョーカーがそう誘導してきたので、周りについていく感じで従う。



そして、さっき見た垂れ幕の元に選手が集った。ちなみに晴登は集団の後ろ側に位置している。
……だって、周りが大人ばっかりだから、スタートした瞬間に押し潰されそうで怖いんだもん。


「あぁ……緊張するなぁ」


ただでさえ、大会に出るという経験が皆無なのに、加えて終夜からの要求もある。背中にのしかかるプレッシャーはかなりの重さだ。

予選を突破するには好順位をとらなければならない。そして予選を突破できるのは16チーム。となると、単純に考えて目指す順位は16位以内──最低でも30位以内だろうか。

大人が100人以上いる中で30位以内……かなり絶望的な状況である。でも、成し遂げなければならない。部員として、部長を持ち上げるのは当然のことなのだから。


「──あれ、あなたは確か……三浦君?」

「え? あ、えっと、猿飛さん……でしたっけ?」

「うん、そう。猿飛 風香」


不意に横から声をかけられたので振り向くと、そこにはスポーツウェアに着替えた風香が立っていた。相変わらずクールで、今も目線だけをこちらに向けて話している。


「あまり緊張しすぎない方がいいよ。魔術の加減が効かなくなるから」

「は、はい」

「それじゃ、お互いに頑張りましょう」

「よ、よろしくお願いします!」


風香の手短な助言にそう言葉を返すと、何だか気が楽になったように感じた。アドバイスもそうだが、知り合いに会ったという安心感が大きいのだろう。
彼女はもう、集中して前方を見据えている。恐らく、彼女にとっては何気ない一言だったのかもしれない。しかし、おかげで落ち着くことができた。


『皆さん、準備はよろしいですか? そろそろ開始しますよ?』


ジョーカーが言った。いよいよ始まる……!


『では、精一杯頑張ってください! よーい──ドン!』


ピストル……ではなく、何かの魔術で音が鳴らされ、選手が一斉にスタートする。
後ろの方とはいえ、周りに押し潰されそうになるのを何とか堪え、晴登は"風の加護"を足に纏わせた。ひとまず、この集団を脱する必要がある。


『おっと! 覇軍(コンカラー)代表"黒龍"、スタート早々、翼を生やして一気に前に出た〜!』


そんなアナウンスが聴こえた。やはりと言うべきか、影丸が"黒龍"だったようだ。
さすがはレベル5の魔術師、1位は彼で決まりだろう。


「でも、翼生やすのとかずるくね?」


ルール上は決してずるくはないのだが、晴登はついそう零す。といっても、周りも意外とそんな感じだ。肉体を強化してる者、飛行する者、そして風を操る者……見てわかる限りでは、そんな魔術師ばっかりだ。

それにしても、こんなに風使いがいるなら、師匠探しは苦労しなそうだな……って、そんなこと考えてる場合じゃないか。


「いつの間にか、猿飛さんがいなくなってる……」


マラソンはペースが大切だから、1人で走るのは心許ないというもの。
ということで、せっかくなら風香について行こうと思っていたのだが、考えている間に見失ってしまった。これは失策。


「……いや、他人に頼りすぎるのは良くないな。予選は俺1人の力で突破しなきゃいけないんだから」


晴登はそう意気込み、気を引き締めようと頬を叩く。

周りの選手が徐々にバラけ始め、そろそろ自分の走りができそうだ。


「俺だって、やればできるんだ!」


中学生とはいえ、魔術の練度は並の大人よりはあるはず。この場でそれを証明してやりたい。

そんな密かな野望を抱く晴登は、少し気になって後ろを振り返ってみた。開始前はざっと20人くらいは後ろにいたと思うのだが──


「えっ……」


しかし、その光景を見て晴登は絶句した。

それもそのはず、なんと彼の背後には誰1人としていなかったのである。
  
 

 
後書き
まず謝ります。タイトル思いつきませんでした。こうするしかなかったんです……! どうも、波羅月です。

ということで、徐々に予選が始まって来ました。順番的に、次は晴登メインの話になりますかね。それでも、他のメンバーも同時進行で入れていく所存です。上手くいくだろうか……。

今回も読んでいただき、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! 

 

第97話『予選③』

 
前書き
前回指摘を受けたので、予選の競技のルールをちょちょいと変更しました。先に確認して貰えれば幸いです。 

 
 
「最下位……!?」


後ろを振り返った晴登は、そう悟って驚愕する。周りの人がいなくなったのは、晴登が速かったからではなく、むしろ遅かったからだとでも言うのか。


「そうだ、腕輪!」


晴登は競技開始前にジョーカーが、腕輪で順位が確認できると言っていたことを思い出し、すぐに確認する。すると赤い水晶の中に、白く数字が浮かんでいた。これが順位ということらしいが……


「128位……」


うん、これは恐らく最下位だ。チーム数は把握していないけど、間違いないだろう。
つまり、本当に晴登が遅れているのだ。


「くそっ、加減してる場合じゃない!」


晴登は"風の加護"の出力を増加。どこまで保つかはわからないが、四の五の言っていられない。まだ集団は見える範囲にいるのだから。
最下位なんて冗談じゃない。少なくとも30位以内と決めたではないか。


「はぁっ、はぁっ……」


何とか加速して集団に追いつくことに成功するも、既に息が上がってしまった。これでは集団を追い抜くには至らないだろう。
ひとまず、後ろについて休むことにする。


「こんな時に飛べたらなぁ……」


空を行けば、こんな集団に邪魔される心配なんかしなくていいのに。現に飛んでいる人はドンドンと先行している状態だ。
しかし、今の晴登にはその望みは叶えることができない。だができないとわかっていても、ついそう思ってしまうのだ。


「いやダメだ、現実を見ろ。まだ始まったばかりじゃないか」


晴登は頬を叩き、気持ちを切り替える。まだ諦めるには早い。諦めなければ、未来は消えないのだから。


「まずはこの位置で様子を見よう」


今晴登がいるのは集団の最後方。一見順位は悪いが、集団が風よけになって逆に走りやすくなっている。また、ペース配分も周りに合わせればそこまで苦ではない。


「ギミックに賭けるしかないか……」


自分の実力で上位を目指すのは厳しいと悟った晴登は、虎視眈々とチャンスを狙うのだった。







『それでは、"組み手"のルール説明を始めます』


アーサーに話しかけられた以外は特に何もなく、ルール説明の時間となった。準備運動を終えた緋翼は、声の主であるジョーカーの方を向く。


『ルールはシンプル。制限時間1時間の内にこの森に潜む敵を倒し、その点数を競うものです』


どうやら"組み手"とは言っても、選手同士が争う訳ではないらしい。まぁ人間相手に気軽に刀を振りたくはないから、好都合なのだが。
しかし、倒した数ではなく、"点数"とは……?


『はい、疑問に思った方もいるでしょう。この競技における敵──これは召喚魔術による魔獣なのですが、それらには強さによって1から10の点数を振り分けています。弱い魔獣は点数が低く、強い魔獣は点数が高いと思っておいて下さい』

「ふむふむ」


なるほど、そういうルールか。
つまり、ちまちま弱い魔獣を倒すよりも、少しでも強い魔獣を倒していく方が有利だということになる。問題はどれくらい強いのか、だが。


『競技中、持ち点と順位は皆さんのお手元の腕輪で確認できます。しかし、魔獣の点数は倒すまでわからない仕様となっています。倒すのに時間がかかったのに1点、だなんて不運なことにならないよう注意しましょうね』


注意しましょう、と言われても、具体的にどう注意すればいいのだろうか。そもそも強さの基準がわからない訳だし。
でもとりあえず、逃げ足の速い魔獣は無視した方が良いということだけはわかった。


『最後に、魔獣はタダでは倒されてくれません。当然皆さんに反撃します。その際、過度にダメージを受けて戦闘不能となった場合、ゲームオーバーということで失格になります。その場合は腕輪が通知しますので、素直に従って下さい』


ゲームオーバーまであるなんて、思ったよりリスキーな競技だ。きちんと身の丈に合った敵に挑まないと、失格して何もかもがおじゃんになってしまう。それだけは避けたい事態だ。


『それでは5分後に競技を開始します。各自、この森の好きな場所からスタートして下さい』


ジョーカーはそう言うと、「5:00」と表示されたタイマーと思われる画面を空中に出現させた。どうやら、作戦を考える時間もあまり与えてくれなそうだ。


「どうしようかな……」


緋翼は、続々と森に入っていく他チームの選手たちについて行きながら、そう悩むのだった。






スタートしてから5分も経たずして、競走(レース)は変化の兆しを見せた。


「……なんか森に入ってきたな」


集団の後ろをついて行きながら、晴登がその変化に気づいたのはつい先程。広かった道幅もかなり狭くなり、頭上も木の葉が覆い始めてきたのだ。道こそあるが、間違いなく森に突っ込んでいる。


「そろそろ最初のギミックか……?」


レースなのにわざわざこんなルートを進むということは、そういうことではないのだろうか。
ならばこれはチャンス。このギミックを難なくクリアすることで、ひとまずこの集団よりも前に出るのだ。


「俺の得意そうな分野でありますように……」


晴登は密かに神頼みしながら、山道を駆けていく。
すると次第に道に凸凹が増えてきて、不安定になってきた。これは気を抜くと転びそうだ。天井も低くなってきており、飛んでいる人は堅苦しそうにしている。
おかげで集団のスピードがかなり落ち、危うく渋滞となっていた。


「これじゃ全然進めないじゃん……って痛っ!?」


進まないことを愚痴った矢先、目の前の人が急に止まるので背中にぶつかってしまう。これは本格的に渋滞してしまったようだ。
晴登は額を擦りながら、止まった原因を知ろうと前方に目を凝らした。


「……いや見えないんだけど」


悲しいかな、周りは全員晴登より歳上で、身長も高い。集団の後ろに位置する晴登が、前を確認できる訳がないのだ。
仕方ない。少し緊張するが、隣の背の高い優しそうなおじさんに訊いてみよう。


「あの、今どうなってるんですか?」

「ん? あぁ、どうやらこの先が分かれ道になってるから、どの道にするかってことで迷ってるみたいだね」

「げ、分かれ道……」


分かれ道と聞いて、つい最近の嫌な思い出がフラッシュバック。もうゾンビに追いかけられたり、地面から手が出たりする展開だけは勘弁だ。


「というか、レースなのに分かれ道とか用意するのか……」


レースは一本道がセオリーじゃないのか。分かれ道なんて聞いたこともない。一体どんな道が先にあるのかは知らないが、これでは運ゲーもいいところだ。


「いや待てよ、逆にありがたいかも……?」


しかし、今の晴登にこの勝負を実力で乗り越えることはほぼ不可能。それこそ、運に任せる方が勝ち目がある。
つまり、これは願ってもないチャンスなのだ。まだ諦めるには早い。

……おっと、そういえばまだおじさんにお礼を言っていなかった。


「あの、教えてくれてありがとうございました」

「あぁ、いいんだよこれくらい。それよりも、君はもしかして日城中の選手かい?」


ふと、隣のおじさんにそう訊かれてしまう。
影丸といい、この人といい、日城中はやはり何かと目立つらしい。そりゃ最年少チームだから仕方ないとは思うけども。


「はい、そうですが……」

「やっぱり。まだ幼いのに立派だねぇ」

「いえ、それほどでも……」


何を言われるのかと心配になったが、おじさんはただ応援するかのようにそう言った。


「僕の息子が君と同じくらいの歳なんだけど、比べてしまうとどうしてもそう思ってしまうんだよ」

「そ、そうなんですか」

「まぁ、あの子は魔術の才能がないから、この道には進めないんだけどね」


そう言うと、おじさんは乾いた笑みを浮かべた。

これは以前聞いた話なのだが、基本的に魔術の才能は遺伝に由来しないらしい。例えどんなに親が優秀な魔術師だとしてもその子供が優秀とは限らないし、逆に一般的な家庭から凄腕の魔術師が生まれる可能性もある。魔術って不思議だな……。


「……あの、1つ訊いてもいいですか?」

「ん、何だい?」


この時、晴登は無意識にそう言っていた。実は密かに胸に秘めていた疑問があったのだ。訊くタイミングは今しかない。


「どうして、この大会に参加するんですか?」


ここは魔術の大会。晴登のように部活動の一環として出場するならわかる。しかし、言い方は悪いが、魔術なんてこれっぽっちも知らなそうなこのおじさんが出場するのは、正直違和感でしかない。一体、何を求めているのか……。


「う〜ん、やっぱり賞金目当てかな」

「あ〜賞金ですか〜……って、賞金!?」


ここに来て知らない情報を得て、晴登は混乱。終夜はそんな話1度もしていなかった。
しかし、考えれば妥当な話だろう。この大会には学生だけではなく、大人たちも参戦する。優勝賞品が杖1本じゃ割に合わないというものだ。


「まぁ、優勝なんてできっこないけどね」


そう言って、おじさんは肩を竦めた。言わずもがな、覇軍(コンカラー)の存在のせいだろう。それ以外にも、強豪がたくさん立ちはだかっているはずだ。そもそも、たかがレースでこんな位置にいる時点で、勝ち目なんて最初からない。
それなのに、おじさんの表情はそこまで暗くはなかった。


「この大会が"魔術師の祭典"と呼ばれているのは知ってるかい? つまりはお祭りだ。参加しないともったいないだろ?」

「なるほど……」


おじさんはニッと笑ってみせた。その表情は彼の年齢を考えればとても幼く、心からこの大会を楽しんでいるのだとわかる。
晴登にもその気持ちはよくわかる。お祭りなら勝敗よりも楽しむことを優先したい。──いつもならそう思う。


「……でも俺は、勝たなきゃいけない」


今晴登が背負っているのは自分1人ではない。終夜や2年生を筆頭に、仲間の想いを一心に託されているのだ。勝つために、ここに来ている。
そんな晴登の様子を見て、おじさんがフッと笑った。


「やっぱり君は立派だよ。頑張ってね」

「は、はい!」


おじさんにそう声をかけられ、晴登は元気よく頷く。敵対してるのに応援までしてくれるなんて、何て良い人なんだろう。これじゃ、簡単に諦めるなんてできないや。





その後、集団は徐々に進み始め、ついに晴登は分かれ道の目の前にたどり着く。
道の数は3本。どの道も森の奥へと続き、違いがあるようには見えない。


「なら俺が行くのは……右だ!」


困った時は右を選ぶといういつもの癖で、晴登は右の道を選択する。
ちなみに、さっきのおじさんは真ん中の道を選んだようで、ここでお別れとなった。


「さて、かなり人が減ったな」


分かれ道が3本なので、単純計算で1つのルートの人数は3分の1。だからさっきよりも幾分走りやすくなったのだが、代わりに集団の風避けが無くなってしまった。地味に手痛い。


「さて、ここからどうなるか……」


果たして、分かれ道によって何かが異なるのか。そして異なるならば何が異なるのか。ギミックの内容? それとも距離?
……正直どちらもありえそうだが、しかしコースは全長15kmと決まっていた。よって、後者の可能性は低い。


「なら、違うのはギミックの内容、か」


晴登はそう結論付け、先を急ぐ。この際ゾンビだろうが手だろうが、出るなら出てこい。全て蹴散らしてやる。


そう晴登が意気込んだのも束の間だった。


「……は?」


分かれ道の先、森を抜けた晴登の前に立ちはだかったのは、見上げるほどに高々と聳える断崖だった。
 
 

 
後書き
……え、前回の更新からもう1ヶ月経ったんですか? どうも、波羅月です。

遅くなって大変申し訳ありません。夏休みが終わって忙しくなったのもありますが、レースの内容をあまり考えてなかったのも遅くなった理由です。結果ばっか考えて過程をスルーしてしまったやつです。反省反省。

かといって、次回以降がスムーズに進むかと言われればノーコメントですね。これは長丁場になる予感……気長に待って貰えれば幸いです。文字数を削れば多少は早くなるので、それも検討しておきます……。

今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回をお楽しみに! 

 

第98話『予選④』

分かれ道から1つのルートを選び、森の中を駆ける晴登。ただいまの順位はほぼ最下位なので、この先のギミックを如何に素早く突破するかが今の課題と言えよう。

そう思いながら走っていると、徐々に薄暗い森に光が差し込み始め、出口と思われる場所が見えた。

もしかすると、この先にギミックがあるのかも。自然と足に力が入る。


──しかし、その先に見た光景は、


「嘘だろ……」


森を抜けると、そこは少し開けた場所だった。ただし眼前、行く手を阻むのは巨大な岩の断崖。周りも全て囲まれている。
ここに来て、最悪のギミックだった。


「10m以上あるよな……」


崖の上を見上げながら、晴登は嘆息。周りを見渡すと、同じように狼狽える人々の姿が映る。どうやら、この道は"ハズレ"だったらしい。


「今から引き返すか……? でもそれだとタイムロスが……」


ルール上、引き返してはいけないということはないはず。ただ時間の無駄になるだけで。
しかし、その無駄が今回は運命の分かれ道となる。この崖を越えるが早いか、戻って別のルートを進むが早いか……その答えは誰にもわからない。


「でもこの高さはさすがに……」


いくら体育でロッククライミングを経験したとはいえ、人口の壁と自然の壁では勝手が違う。見る限り、登りやすそうな設計になっている訳でもなさそうだし。


「へっ、これくらい楽勝!」

「あっ!」


晴登が悩んでいると、前にいた男が壁面を登り始めた。やけにすいすい登る様子を見るに、恐らく魔術を使っているのだろう。
するとその男を筆頭に、次々と参加者たちが崖を登り始めてしまった。


「このままじゃ置いてかれる……!」


焦燥感を覚える晴登だが、かといってヤケになって登り切れる高さでもない。
せめて、飛ぶことさえできれば──


「待てよ、そういえば俺この前……」


その時、晴登の頭の中にある記憶が蘇る。
それは魔導祭のミーティングを行なった日、飛ぶことを練習していた時だ。結局あの時は飛べずじまいだったが、


「"跳ぶ"ことはできたよな……」


『自由に空を飛ぶ』という望みには程遠いが、それでも高く跳ぶ"だけ"ならできない話ではない。
目の前の崖は校舎よりも高そうだが、確かあの時はそれ以上に跳べたはず。


「ぶっつけ本番だけど、やるしかない……!」


晴登は少しだけ崖に近づき、上を見上げる。障害物は無し、まっすぐ上に跳んでも問題はなさそうだ。


「ふぅ……」


やると決めたら、即やらなければ時間はない。できない可能性は考えるな。
晴登は目を閉じて集中力を高め、足の裏に風を収束させる。そして空気を圧縮して──


「一気に、解き放つ!!」


その瞬間、地面を抉るほどの力で地面を蹴ったかと思うと、晴登の身体はロケットの如く宙へと打ち上がっていった。






舞台は変わって、広大な正方形の広場。ここではそこら中に不思議な水晶が浮かび、奇妙な景色を呈している。
そう、今からここで始まる競技は──


「準備はよろしいですか? それではいきましょう。制限時間は15分! "射的"スタートです!」


ジョーカーの高らかな宣言と共に、魔導師たちは一斉に魔術を放ち始める。この魔術を的という名の水晶に命中させることで、得点が貰えるからだ。


「はぁっ!」


当然、【日城中魔術部】代表の結月も氷片を水晶に向けて放っていた。
本来なら辺り一帯に放ちたいところだが、他の選手への攻撃は減点扱いされるようなので、大人しく水晶を狙っている次第だ。


「でもこれじゃ差が出ない……!」


いくらレベル5の魔術師とはいえ、結月はまだまだ未熟者。的を一つ一つ射抜くスピードは、他の魔術師とそう大差はない。

……やはり、ここは大技でまとめて狙うしかないのだろうか。しかし、それではどうしても他の人を巻き込んでしまう。何か良い案は──


「はっ……!」


その時、結月は上空を見上げた。そこには地上と同じくらい、多くの水晶が浮かんでいる。


「ここなら人がいない!」


結月は上に掌を向ける。
今まで目の前に意識をとられていたが、この競技は2次元ではなく3次元的な仕様だ。当然上方向を狙ってもよい。
空を飛べる人がいない訳ではないようだが、今結月の真上には誰もいない。


「今のうちに……!」


結月は掌に魔力を込めた。ひとまず、真上に位置する水晶を根こそぎ戴くことにする。


「吹き荒れろっ!」


そう叫び、結月は上空へ吹雪を放つのだった。







「思ったより暗いな」


魔導祭予選"迷宮(ラビリンス)にて、開幕早々伸太郎はそう呟いた。
というのも、舞台は洞窟の中なのだが、その暗闇を照らすのは己の持つ松明の微かな光のみ。おかげで3歩先はもう真っ暗だ。
ちなみにこの松明は洞窟の入口付近に設置してあった物で、恐らく参加者に支給されていると思われる。


「ま、俺には必要ないか」


しかし、伸太郎は光と炎を操る魔術師。松明の明かりを強くすることなど造作もない。
本当はいつもの目くらましの時みたいに、懐中電灯の様な使い方をしてもいいのだが、あれは意外と魔力を使うので、一瞬ならまだしも継続して使うのは避けたいところ。


「さて、近道は……」


松明の明かりを若干強めると、伸太郎は近道を探し求める。
というのも、この"迷宮(ラビリンス)"は普通に突破するのも良いが、近道が用意されているらしい。ただし、それには知力が必要とされる試練が伴うのだと。
しかし、それは伸太郎にとって好都合でしかない。頭を使うことに関しては、非凡な才能を持っていると自負できるほどに自信があるからだ。


「げ、分かれ道か……」


しかし、ここで迷路ゆえの障害に当たってしまう。もっとも、この展開は誰だって予想できる。問題は──


「どの道を選ぶか……てか、分かれ道多くね?」


今この通路は道路の幅くらいに広がっているのだが、何ということだろう。前、右、左と3つの分かれ道があるのは良いとして、そのどの道にも上と下に向かう階段が伴っているのは如何なものなのか。
つまるところ、分かれ道が計9本あるのである。


「まぁ100人以上がこの山の中にいるんだもんな……」


ただいま、この迷宮には100人以上の選手がいる。それだけいるのだから、道が多いのも道理と言えよう。未だに誰とも会わないのもそのせいだ。まるでアリの巣に迷い込んだ気分である。


「俺、外に出れんのかな……」


近道を見つけて即脱出するという野心を抱く一方で、このまま近道が見つからずに遭難してしまう未来を想起した伸太郎であった。







「あれがモンスター……」


茂みに隠れながら、目の前で蠢く生物を監視しながら緋翼は呟く。
その生物は地面を這いずり回り、地面に落ちた葉を見つけると、吸収するように食べていた。そんな粘液状で丸い生物の正体は──そう、それはスライムである。


「実際に見てみると、あんまり可愛くないわね。スライムって」


まるでマスコットかのような扱いを受けることが多いスライムだが、実際はピチャピチャと音を立てながら這うその姿に、愛らしさよりも気味悪さが勝ってしまう。何だか背筋がゾクゾクしてきた。


「さて、観察はここまでにして、そろそろ狩りましょうか」


今、緋翼は"組み手"の真っ最中。モンスターを倒すことが目的なのだ。
念のためにと観察をしていたが、モンスターとはいえ動物と同じように考えていいだろう。それに、モンスターと名が付く分、倒すことをあまり躊躇わないで済みそうだ。


「あんたは一体何点かしら、ね!」

『!?』


茂みからの不意打ちの焔。スライムはそれに驚いて逃げようとするも、時すでに遅し。緋翼の焔はスライムを包み、そして瞬く間に溶かしていった。


「スライムに物理攻撃は効かなそうだから魔術で攻撃してみたけど、成功したみたいね」


腕輪を見ると、『+1pt』と表示された。スライムは最弱キャラとはよく聞くが、やはり最低点だったようだ。
まだ周りに数匹見当たるが、これでは狙ってもあまり得をしないだろう。が、


「ま、倒すだけなら5秒もいらないし」


そう言うと、緋翼は目につくスライム全てに焔を灯す。当然、スライム達はなす術もなく倒されていった。結果は『+4pt』。
たかが4点、されど4点だ。もしこの差で予選落ちしようものなら、きっと後悔しか残らないだろう。中学生最後の大会なのだから、悔いのないように挑みたい。だから、


「あいつのためにも、頑張らないと」


今も部員の勝利を願っているであろう、あの憎たらしい少年を頭に思い浮かべ、緋翼は前進するのだった。






上空へと射出される晴登の身体。その勢いはまさに弾丸、言わば人間ミサイルであった。
全身に重力がかかり、空気抵抗が凄まじいが、なるべく身体を一直線にして堪える。


「……よし、届いた!」


次第に勢いが収まり、ふと身体が宙に浮いたような感覚を覚えたので、晴登は目を開けてみると、自分が崖よりも高い所にいることを確認できた。
あまりに一瞬の出来事で、正直実感は伴っていない。が、すぐさま着地の準備に入る。


「もう慣れたもんだけど、な!」


崖の上の地面から2mほどの高さだろうか。これくらいであれば、風を使って着地することは造作もない。晴登は問題なく着地した。


「ふぅ、結構ギリギリだったな」


崖の下を見下ろしながら一言。
今のジャンプには結構力を込めたのだが、それでも崖上2mだったのだ。もう少し力を抜いていれば、崖を登れずに落下していたところだった。やっぱり出し惜しみはするもんじゃない。


「さて、と」


今の晴登のジャンプに驚きながら崖を登る選手たちを尻目に、晴登は順位を確認する。崖を一瞬で登ったことはかなりのアドバンテージだ。少なくとも20位は上がったに違いない。


『63位』

「あれ……?」


ここで晴登の思考が一旦止まる。
おかしい、何かの見間違いだろうか。目を擦ってもう一度見てみる。


『65位』

「これは……」


何度見ても結果はほとんど変わらなかった。少し順位が下がっていただけで、やはり60位代だ。
つまり、崖を素早く登れたことで、順位を半分以上も上げたということになる。


「だとするとおかしいよな……」


というのも、分かれ道に入ってから晴登は『崖を登った』だけであって、あまり『先に進んだ』訳ではない。他のルートにも同じく崖があるならまだしも、そうではないなら順位がそこまで上がるはずがないのだ。


「まさか、実はこのルートは近道だったとか……?」


コースの長さが決まっている、という条件を除けば、この仮説は現実味がある。
……いや、もしかすると「全長15km」という言葉には、ルートごとの距離は含まれていなかったのかもしれない。そう考える方が自然だ。ということは、


「これってかなりのアドバンテージじゃね?」


『崖を登る』という障害こそあったが、恐らくこのルートは最も距離が短いルート。どうやら今回は正解を引き当てたらしい。


「なら、立ち止まってる暇はない。早く行かなきゃ」


まさに天恵。この機を逃す訳にはいかない。

晴登はすぐさま走りを再開し、次のチャンスを狙うのだった。 
 

 
後書き
下書きは終わっていたのに、清書するまでに1週間も費やしてしまいました、どうも波羅月です。

今回は短いですが内容盛り沢山、4人の視点でございます。と言っても、晴登以外は競技時間が圧倒的に短いので、必然的に書く内容も少なくなってしまうのですが。何でこんな不平等な設定なんですかね、誰ですか考えたのは←

まだまだ終わりの見えない予選回。これ本戦入るの来年になりそうで怖いです。そしてこの章が終わるのがきっと来年の夏休みくらいになるんだろうなぁ……(遠い目)

ええい、こうなったら大人になっても、完結するまで書き続けてやる!
ということで、今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回をお楽しみに! では! 

 

第99話『予選⑤』

第1の関門を乗り越え、意気揚々に前進する晴登は、ついに分かれ道の終着点へと辿り着いた。そこでは3つの道が1つの道へと収束しており、他の選手がそれぞれの道から続々とやって来ている。
ただいまの順位はちょうど70位。といっても、若干下降気味だ。このままだと、また3桁の順位に戻ってしまう。

どうしたものかと、そう晴登が考えながら走っていると、左の道から見知った人物が合流点して来るのを発見した。


「あ、猿飛さん!」

「三浦君? へぇ、凄いじゃない、こんな順位だなんて」


その正体は、チーム【花鳥風月】の猿飛 風香だった。彼女はあまり息を切らさず、余裕の表情をしている。
しかし、その言葉通り驚いてもいた。何せ晴登は中学生。周りが大人だらけの中で、70位まで上り詰めていること自体が凄いことなのだ。


「いえ、分かれ道様々ですよ。これがなかったら今頃最下位でした……」

「……なるほど、やっぱりそういう仕掛けだったのね」

「え?」


晴登の言葉を聞いて、風香が独りでに頷く。一体何に納得したのだろうか。
するとそんな晴登の気を察してか、彼女は言葉を続けた。


「三浦君の通った道は"当たり"だったということよ。逆に、私の通ってきた道は"ハズレ"。だって順位を50位も落としたもの」

「ごじゅっ……!?」


さも当たり前かのように、風香は淡々と言った。だがこれには驚く他ない。
今の順位が大体70位だから、風香は分かれ道の前まで20位くらいだったということになる。彼女はまだ高校生で、大人という訳ではないはずなのに、そんな実力を秘めていたというのか。晴登とは大違いである。


「そういう訳だから、私は急がなくちゃいけないの。残念だけど、ここでお別れね」

「あ……!」


そう言うや否や、風香はスピードを上げる。
スタートの時は見れなかったが、その彼女の加速には目覚しいものがあった。音もなく、まるで突然追い風に吹かれたかのように一瞬で前へと進み出る。

また、引き離されてしまうのか。晴登がそう思った時だった。


「あれ、この感じ……」


ここであることに気づく。これは晴登が魔術師としての経験を多少なりとも得て、一人前に近づいているからこそ、気づけたことだ。それすなわち、


「猿飛さんの魔術って風属性……?」


風がいきなり彼女の味方をするかのような加速。ただの脚力強化という可能性もあったが、間違いなく風が操作されていたとわかった。
もし彼女が本当に風属性の魔術師ならば、晴登が黙って見逃す理由はない。その技術を、技量をこの目で見て、学びたいからだ。あわよくば、彼女を師匠にでも──


「なら、是が非でもついて行かなきゃ!」


晴登はそう心に決め、強引にスピードを上げるのだった。







「とりあえず上を目指して進んではいるが……あんまり進展はないな」


そうため息混じりに呟くのは伸太郎。彼は独りで迷宮の中をさ迷っている。
ちなみに、上を目指している、というのは、ゴールが地上にあると考えられるからだ。とはいえ、そんなことは誰だって思いつく範疇なので、もしかすると違う可能性もある。しかし、今はそれを当てにせざるを得なかった。


「近道はまだ見つからねぇのか……」


競技開始から10分は経っただろうか。
この迷路は山全体に広がっていてかなりの規模だと思うが、そろそろゴールした人が出てきてもおかしくない気がする。未だに誰とも遭遇しないし、とても不安だ。


「あ〜くそっ、同じような景色ばっかでゲシュタルト崩壊しそうだ」


右も左も前も後ろも全く同じ景色が広がり、頭の中できちんとマッピングしてなかったら、今頃同じ道をグルグルと回っていたに違いない。地下ゆえの暗さや閉塞感も、方向感覚を狂わせる要因だろう。
迷う前に、少しでも進展したいところだが──


「ん?」


そんな時、ある十字路で伸太郎は立ち止まる。
ちょうど前方、行き止まりになっているようだが、その壁に不自然にも松明が2本掲げられていたのだ。目を凝らして見れば、その下に何か台のような物が見える。


「まさか……」


行き止まりだというのに、伸太郎の足は迷うことなくそこに向かっていった。
ここに来て新たなパターン。それすなわち、


「これが近道の鍵ってことか」


眼前、土でできた四角い台の上に、立方体の石のキューブが乗っていた。パッと見は何かはわからなかったが、光にかざしてよく見てみると、キューブには一面を9つに分けるように線が引いてあり、分けられた部分のそれぞれに模様が付いている。


「これ、もしかしてルービックキューブか?」


ルール説明では、「近道を進むには知力が必要」とあった。それすなわち、近道の鍵として何かしらの問題やパズルが用意されていると考えるのが妥当だろうが、どうやらその通りだったらしい。

目の前にあるこの物体は、色の代わりに模様で区分されていることを除けば、まさしくルービックキューブだ。見たところ、どの面も揃ってはおらず、シャッフル済みである。


「つまり、これを揃えりゃ近道に進めるってことか」


そう零しながら、伸太郎は密かに口角を上げる。そしてキューブの全ての面に一通り目を通すと、早速カチャカチャと動かし始めた。

素人がルービックキューブを6面とも揃えるとなれば、難しいし時間もかかるだろう。よって、この近道を通ることは現実的ではない。しかし、


「……ま、こんなもんか」


動かし始めてから僅か15秒。ピタッと彼が手の動きを止めた時、模様が綺麗に揃ったキューブが台には置かれていた。
すると、それが鍵となったかのように目の前の壁が突然音を立てて上がり出す。そして、先へ進む通路が姿を現した。


「こちとら伊達にぼっちやってねぇんだよ」


伸太郎のパズル歴を侮るなかれ。彼は物心ついた頃から、あらゆるパズルに触れてきていたのだ。
コミュ障ゆえに現実の友達はほとんどいなかったが、もはやパズルが親友だったと言っても過言ではない。それほどまでに、彼のパズル技術は卓越したものであった。


「やっぱりワンチャンあるんじゃねぇの?」


伸太郎は上機嫌のまま、近道へと足を踏み入れる。これがどれくらいのアドバンテージになるかはわからないが、上位を取れる自信は不思議と湧いてきた。


鼻歌混じりに先へ進む伸太郎の背後で、壁が再び閉じられるのだった。







「灼き尽くせっ!」


緋翼が焔を纏った刀を振るうと、狼型のモンスターがバタリと地に伏せる。同時に、4Ptを獲得した。
これで今の所持ポイントの合計は12Pt、順位は64位だ。妥当ではあるが、当然納得はできない。


「もっと強いモンスターを狩らないと……」


この狼型のモンスターは一撃で仕留められた。ならば、まだまだ上は目指せる。10Ptのモンスターはさすがに厳しいかもしれないが、6、7Ptのモンスターまでは頑張って挑みたいところ。もっとも、一度倒すまではポイントはわからないのだが。


「でも、地道に稼ぐのも怠らないっ!」

『ギェッ!』


背後、緋翼の不意をついて襲ってきた猿型のモンスターを無慈悲に灼き払う。ポイントは3Pt。物足りない気もするが、今は良しとしたい。
強敵を倒して稼ぐのも良いが、こうして一撃で片付くモンスターばかりを狙うのも1つの作戦だろう。どちらの方が効率が良いのかわからないが、少なくとも緋翼の作戦は、


「両方狙うに決まってるじゃないの!」


強敵も倒し、弱敵も倒す。もはや強欲に、貪欲にポイントを稼ぐしか勝ち目はない。2Ptのモンスターだって、5体倒せば10Ptと同義。それならば、強弱に拘らず手当り次第に狩っていけばいいだけのこと。

……これが最後の大会なのだから、妥協はしたくないのだ。

予選を突破することは、何も終夜だけの願いではない。初めてこの大会を目にした時から、緋翼だって本戦に出てみたいとずっと思っていた。
これには想い出になるからという理由もあるが、何より一番の理由は彼女自身が負けず嫌いだからだ。予選で敗北するなんて性にあわない。


「絶対に勝ち残ってやるんだから」


──しかし、緋翼が決意を固めていた、その瞬間だった。



『ブルァッ!!』

「なにっ……きゃあっ!?」


突如として茂みから現れた猪型のモンスターに、緋翼は弾き飛ばされた。
ちなみに猪型とは言っても、その大きさは緋翼の身長を超えるほどの巨大猪だ。当然、その突進の威力は馬鹿にならない。
緋翼は咄嗟に刀でガードしていたとはいえ、衝撃までは抑えられなかった。


「あっぶな……何よこいつ……」


地面で受け身をとりながら、緋翼がそう零す。まるで車にでも轢かれた気分だが、幸い怪我には至っていない。まだ動ける。


「ようやく歯応えがありそうな奴が出てきた訳ね」


見ただけでわかる。このモンスターは今までの雑魚とは訳が違う。ポイントで言えば、恐らく7、8Ptくらいか。挑みたいギリギリライン。


「なら、やるしかないじゃない」


安全策でいくのであればここは退くのが妥当だが、今回取るのは強硬策。すなわち多少の無理は許容範囲なのだ。

緋翼は刀を構え、モンスターと対峙する。
このモンスターは、緋翼が焔を使うと知っていながら襲ってくるほどの胆力の持ち主だ。侮ることはできない。少しでも隙を晒せば、やられるのはこちら側だ。ここは慎重に──


「ってなる訳ないでしょ! "紅蓮斬"っ!」


緋翼は刀を振り払い、焔の斬撃を飛ばす。それは空気を焦がしながら、一直線にモンスターの元へと向かっていった。
ただでさえ時間が限られているのだ。慎重に戦ってなんていられるものか。そう思って放ったのだが、


『ブルゥ!』

「弾かれた!?」


どうやらこのモンスターは一筋縄ではいかないらしく、なんと緋翼の十八番を象牙のような牙で軽々と防いだのだった。

そして、今度はこちらの番だと言わんばかりに、猛スピードで緋翼へ突進してくる。


「やばっ!?」


それを見て、緋翼は咄嗟に横へと飛び込む。その直後、彼女の数cm横をモンスターは通り過ぎていった。
まさに間一髪。さすがに突然曲がることはできないらしく、モンスターは木の幹へとぶつかってようやく止まる。──木の幹はへし折れた。


「あんなのまともに喰らったら、普通に死ぬわよ……」


今の突進を見て察してしまった。奴の最初の突進は全力ではなかったのだ。恐らく、奴からすればちょっと小突いた程度ではなかろうか。でなければ、刀でガードしただけで無傷なんてありえない。


「これは、想像以上にヤバいかも……」


全身から血の気が引いていくのを感じながらも、緋翼は再び刀を構える。

ヤバいとわかっていても、ここで逃げる訳にはいかない。いや、逃げたくないのだ。負けず嫌いの血も騒ぐし、逃げたと知られたら、後で"あいつ"に何を言われるかわかったもんじゃないから。


『ブルゥ……』


木にぶつかったダメージなんて瑣末なものだと、何事もなかったかのようにゆっくりとモンスターは緋翼の方を向く。もう一度突進する気なのだろう。何度も地面を踏み鳴らしている。──好都合だ。


『ブルァ!!』

「この一撃で沈めてあげるわ」


モンスターが突進してくるのを見てから、緋翼は左足を後ろに下げ、刀を横向きに構え直す。
"紅蓮斬"が弾かれた以上、並大抵の攻撃では歯が立たないだろう。それならば、"この技"を使うしかない。突っ込んでくる相手の勢いを利用して斬るカウンター技。その名も、



「──"不知火(しらぬい)(がえ)し"」



『ブァッ……!?』


モンスターの突進を、今度は僅かな動作で右に避け、通り過ぎ様に焔の刀を素早く横に振り抜く。

直後、モンスターは先程の様に木にぶつかるよりも前に、音を立てながらその巨体を地面に倒れ伏せた。


「……ふぅ、上手くいったみたいね」


緋翼は額の汗を拭いながら、刀を下ろす。
腕輪を確認すると、『+7Pt』と表示されていた。うん、ちゃんと討伐できている。しかも予想通りの得点だ。これはおいしい。


「あ〜もうヒヤヒヤした〜!」


そうとわかった瞬間、緊張の糸が切れた緋翼は地面にへたり込んだ。

"不知火返し"とは、緋翼が唯一使えるカウンター技で、『突っ込んでくる相手限定』という、時と場合を選ぶ微妙な使い勝手をしている。
とはいえ、その威力は相手の突進の速さや勢いに比例して何倍にも膨れ上がるため、相手によっては緋翼の技の中で最高火力となりうる代物だ。

だがしかし、もしタイミングを違えれば、相手の攻撃に直撃することになるという一か八かの大技でもある。
今回は上手くいったが、いつも上手くいくとは限らない。だから正直、この猪とはもうやり合いたくな──



『ブルル……』


「えっ」


そんな緋翼の元に、新手のモンスターが現れた。それは猪の様な見た目をしており、鼻を鳴らしながら、真っ直ぐに緋翼を見据えている。──まるで、今にも突進しそうな雰囲気で。


「この、"不知火返し"ぃぃぃ!!」


こうして緋翼は、若干泣き目になりながらも、再び刀を振るうのだった。
 
 

 
後書き
今回は結月パートはありません! 許してくだせぇ! どうも、波羅月です。
いや、だって"射的"は競技時間が一番短いんですよ。そりゃ出番も少なくなりますって。
ちなみに、一番長いのは"競走"です。つまり、晴登オンリーの回もあるかもしれないという訳ですね。う〜ん、間のもたせ方が難しそうですね!(清々しい笑顔)

今回は、伸太郎も緋翼も隠れた力を発揮するという、かっこいい展開を踏襲した訳ですが、やっぱこういうのいいですよね。自分は好きです。

はい、唐突な自分語りをしている暇があるなら、次を書き始めろって話ですよね、すいません。今から書きます。是非とも今年中にもう1話は更新してやりたい所存です。
それでは今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第100話『予選⑥』

 
前書き
あけましておめでとうございます。今年もよしなによろしくお願いします。 

 
 
宙へと向かって吹雪が吹き荒れ、それに直撃した水晶は悉く色を変えていく。その発生源に位置するのは銀髪の美少女──結月だ。

彼女は今、"射的"の真っ最中。開始してから3分が経過したが、果たして一体何個の的を射抜いたであろうか。正直腕輪を確認している暇がないからわからない。しかし、


「もう全然的が残ってない……!」


競技の制限時間は15分だというのに、なんともう的が尽きようとしているのだ。選手が100人以上いる訳だから当然こんな展開になることは予想していたが、あまりに早すぎる。これでは競技が続行できないのではないか。


「あ、あそこに1つ見っけ!」


そんな中、結月は残された数少ない的を発見し、氷片を放つ。そしてそれは直撃した──その瞬間だった。


全ての水晶の色が消え失せた。


「えっ!?」


突然の出来事に、たまらず結月は声を上げて驚く。それは周りの選手も同じようで、全員困惑で攻撃の手が止まってしまった。

これはどういうことだろうか。さっきまでついていた色はどこへやら、水晶は再び透明色を取り戻したのである。──まるで、『リセット』されたかのように。


『いやはや、競技中に失礼致します』

「!?」


そんな時、突然上空にジョーカーが現れた。彼は頭を掻きながら、申し訳なさそうに頭を下げる。その横には、「PAUSE」と表示された画面が出現していた。
PAUSE、とは確か一時停止という意味だったろうか。わざわざ競技を止めるとは、やはり何かあったのかもしれない。


『1つだけ、ルールを説明し忘れていました。それは、"全ての的が射抜かれたらリセットする"というものです。もちろん、リセットされたからといって、それまでの点数は失われません』

「あ〜なるほど……」


彼の言うことに、結月は即座に納得した。どうやら事故と言う訳ではなく、仕組まれた現象だったようである。やはり、この人数にこの的数は不釣り合いすぎたのだ。てか、そんな大事なことは最初に言って欲しかった。
しかし、このルールが適用されるとなると、一つだけ問題がある。


『また、バンバン的を射抜いちゃってください』


そう、『最初からやり直す』という点だ。
この射的、実はかなりの魔力を消費する。結月は上空への吹雪を乱発していたため、特にそのきらいがあるのだ。的が少なくなれば多少は休めるが、それも束の間の休息。すぐにリセットされるに違いない。

せめて事前にこのルールを知っていれば、作戦を変えたんだが……。


『それでは、競技再開でございます。大変申し訳ございませんでした』


そう言い残して、ジョーカーはいなくなった。
その瞬間、再び選手たちは射的を再開する。


「もう、やるしかないか……!」


どうやら考える暇はないらしい。遅れを取らないよう、結月もまた競技に戻るのだった。







「はぁっ……はぁっ……!」

「へぇ。やるね、三浦君」


息を荒げながらも、晴登は必死で眼前の人物を追いかける。その人物は跳ねるような軽やかさで走るのだが、そのスピードの速いの何の。この短時間で、ざっと20人は抜いただろうか。おかげで晴登はバテバテなのだが。
それなのにその人物は、後ろを振り返りながら涼しい顔で淡々とそう零した。


「でもそのペースじゃ、すぐにバテるんじゃないの?」

「こうでもしなきゃ……勝てませんから……!」


風香の問いに、晴登は途切れ途切れ答えた。
そう、勝つためには無理をするしかないのだ。もちろん潰れてしまったら元も子もないけど、それでも限界ギリギリには頑張りたい。
そう思って答えたが、風香は特に何の興味なさそうに、「そう」と一言だけ返した。……と思いきや、


「じゃあ1つアドバイス。君の風の使い方は悪くないけど、走る時はもっと姿勢を正した方が良いよ」

「……え?」

「聞こえなかった? 背筋、伸ばしてみて」

「は、はい」


いきなりのことに戸惑ったが、晴登は言われた通りに前傾姿勢だった身体を起こす。すると不思議なことに、さっきまで辛かった呼吸が少し楽になったのだ。


「魔術も大事だけど、これはマラソン。走る姿勢も気をつけないと」

「なるほど……」


魔術を意識していたのと、風香を追いかけることに集中していたのとで、あまり姿勢を気にしていなかった。しかし、それではこのレースは乗り切れない。全力なことに変わりはないが、少しでも楽ができるなら儲けものである。


「あの、アドバイスありがとうございます!」

「いいよ、これくらい。君の覚悟が伝わったから」

「覚悟……ですか?」

「勝ちたいんでしょ? なら私について来なよ。ついて来れるなら、だけど」


そう言って、風香は薄笑いを浮かべた。初めて見せたその表情の変化に、晴登は思わず目を奪われる。
しかし次の瞬間には、風香はさらに加速を始めた。


「置いてかれて……たまるか!」


ここが踏ん張り時だと、晴登は己の身体に鞭打ち、風香の後に続くのだった。





森の中では様々な音が飛び交い、あらゆる場所で熾烈な戦闘が繰り広げられていることは容易に想像がつく。
ここにも1人、焔を纏った刀を振るう少女がいた。


「はぁっ!」


その一声で、モンスターも草木までも燃え尽きる。その焔の中心に立つ人物──緋翼は、周りに敵がいないことを確認してから、汗を拭って一息ついた。


「さて、今の順位は……33位か。ま、悪くないんじゃないの?」


腕輪を見て、緋翼は僅かに笑みを零す。
実はあれから猪型のモンスターと何度も遭遇しては倒してきたので、かなりのポイントを稼いでいたのだ。肝が冷え冷えな展開だったが、おかげでこの好順位も当然と言えよう。
残り時間も半分を切っているので、この調子でいけば本戦に残るのも夢ではない。


「でも、これ以上は難しそうなのよね」


というのも、猪型のモンスター以降、高ポイントのモンスターに遭遇できていないのだ。
よって、今はちまちまと雑魚を狩っている訳だが、ポイントの伸びはあまり芳しくない。これではふとした時に、順位はガクッと落ちてしまうだろう。この競技は実力はもちろんだが、運もかなり重要なのだと思い知った。


「かといって、本戦に残るにはもう少し順位がないと厳しいし、どうしよう……」


運というものは実に気まぐれなものなので、こればっかりはどうしようもできない。
しかし、せめて5Pt級以上のモンスターが連続で出てくるとかあったら嬉しいのだが──


ガサッ


「!!」


突然、背後の茂みが不自然に揺れた。何かの気配も感じ、即座に緋翼は距離をとって刀を構える。まさか、また猪なんじゃ……


「──よっと」

「なんだ、選手か……」


しかし、緋翼の警戒は杞憂に終わった。
草むらから出てきたのは、黒髪の30代くらいの男性だったのだ。腕輪をはめており、間違いなく選手だと断定できる。


「お? なんだ嬢ちゃん、そんな物騒なもん構えて」

「あ、すいません。モンスターだと思って……」


その男性に声をかけられた緋翼は、慌てて刀を下げた。
それに対して男性は「別にいいって」と一言返すと、辺りを見回し始める。そして一通り見回したかと思うと、緋翼の方を向いた。


「なぁ嬢ちゃん」

「は、はい……?」

「……もしかして迷子?」

「喧嘩売ってます?」


緋翼が睨みを利かせると、男は「冗談冗談」と言って快活に笑った。競技中だというのに緊張感のない人だ。


「いやぁ驚かせて悪かった。どうにもこの辺から、強そうな奴の気配がしてな」

「……それって何ポイントくらいですか?」

「……8とか9、もしくは──10だな」


緋翼の問いに、男は不敵に笑いながら答える。さっきまでの剽軽な態度と打って変わり、今の彼は狩人の目をしていた。

──すぐにわかった。この人は実力者だ。
ならば、その目と勘は確かなものではなかろうか。この近くに強敵がいるのだと思うと、自然と刀を持つ手に力が入る。


「おっと嬢ちゃん、悪いが横取りはさせねぇぜ」

「私だって、簡単には譲れません」

「言うねぇ。ならここは取り合いってことで……って、んだよ、もう1人来やがった」

「え?」


男の言葉を聞いて振り向くと、こちらに向かってくる1人の人物を見つけた。木陰でその姿はよく見えないが、真夏なのに長いコートを羽織った高身長の男性……といったところか。


「あんたも気配に釣られたクチかい?」

「……」

「おいおい、せめてなんか言ってくれよ」

「……」


男の問いかけに、その人物は何も答えない。無視するにしても、もう少し反応くらいしてあげればいいというのに。

男はなおも軽口を叩くが、その人物はその悉くを無視した。さすがにその態度が気に食わなかったのか、男はコートの人物の元へと近づいていく。


「聞こえてんのか? 口がついてんだから、返事くらいしてくれても──」


そう言いながら、男がその人物の肩に手を置こうとした、その瞬間だった。


──男が、目にも止まらぬ速さで吹き飛ばされた。


「は……?!」


いきなりの出来事に、緋翼は驚きながら男の行方を目で追う。
すると、木の幹にぶつかったのか、木の根元で彼がぐったりとしているのを見つけた。


「大丈夫ですか?!」


さすがに心配になって、駆け寄って声をかけるも応答はない。どうやら気絶しているようだった。


「何でこんなこと……!」


緋翼は怒りを込めた言葉を、コートの人物に向ける。
そう、彼こそが男性を吹き飛ばした張本人なのだ。その証拠に、その人物は未だに掌底を突き出したポーズをしているのだから。


ピピピピ


「……ん?」


その時、どこからか電子音が聴こえてきた。その音源を探してみると、男性の腕輪からだとわかる。そこには『失格』の2文字が刻まれていた。


「そういえば、モンスターは反撃するから失格もありえるとか言ってたわね。でも選手同士の場合は……」


そこまで言いかけて、緋翼は何かに引っかかった。
というのもこの腕輪、大会の規則で左腕に装着することが定められているのだが、コートの人物が突き出した掌底──もとい左腕にはその腕輪が見当たらない。


「……ちょっと待ちなさいよ。まさか──」


そこまで言いかけた瞬間、コートの人物が動いた。正確には、緋翼目がけて飛びかかってきたのだ。


「やばっ!?」


たまらず横に回避して難を逃れるが、跳んだ勢いでその人物のコートが剥がれた。その時、コートの中身を見て緋翼は絶句する。


「人型の、モンスター……!」


それは真っ黒な全身で、顔には牙の鋭い口だけがついた、人型のモンスターだったのだ。
そして、何となくだが悟ってしまった。


──こいつは、10Pt級なのだと。






暗闇の中を、松明の灯りのみを頼りに進む。怖いという気持ちは少なからずあるが、その一方でワクワクしている自分もいる。

"迷宮(ラビリンス)"に挑む伸太郎は、順調に歩みを進めていた。
なんとルービックキューブの一件以来、さらに2回も近道を通っているのだ。何せ鍵が15パズルやナンプレという、伸太郎にとっては造作もないパズル問題だったのだから。


「やべぇ、マジで順調すぎる。まさかこんなところで俺TUEEEE展開になるとは思わなかったぜ」


生まれてこの方、勉強以外でここまで自分が強者だと感じたのは初めてのことだった。自然と口角が上がり、歩く速度も早くなる。


「いける、いけるぞ!」


これだけ近道を通って未だにゴールに着かないのだから、さすがにまだ誰もゴールしてないだろう。つまり、伸太郎の予選1位通過も夢ではない。そう思うと、珍しくテンションが上がってきた。


「早く次の近道見つかんねぇかな〜……って、お? 何だこの坂道……?」


そんな時、ある曲がり角を曲がったところで、伸太郎は今までと違った景色に遭遇する。それは、先が見えないくらい地下深くまで続く下り坂だった。


「怪しいな……」


これまで見てきた地形は、「まっすぐな通路」と「階段」のみ。それなのにここにきて、新しいパターンである「坂道」が出てきたのだから、不思議に思うのも当然だろう。
加えて、階段とは違って先が全く見えない。ゴールがあると思われる地上に向かっていないのが残念だが、ここで行かないと後悔するような気もする。


「……行ってみるか」


何かあるならそれでいいし、何もなさそうであれば引き返せばいい。これは必要な寄り道だ。

そう思って、伸太郎が坂道を下ろうとした──その瞬間であった。


ガコンと、背後から音が響く。


「ん、何だ──」


振り向いてすぐに、伸太郎が事態を察し、絶句した。
同時に、近道に気を取られるあまり忘れていた、ジョーカーの言葉を思い出す。


『迷宮には罠が多く仕掛けられています』


「ちくしょぉぉぉ!!!」


伸太郎は吠えながら、すぐさま坂道を駆け下り始めた。その背後を、ゴロゴロと大岩が追いかけてきている。

──そう、さっきの音は、この丸い大岩が出現した音だったのである。

何と短絡的な罠であろうか。しかし、坂道でのその罠の効力は絶大とも言えよう。


「くそっ、逃げ切れる気がしねぇ!!」


球体の岩は、当然斜面で加速しながら伸太郎へと迫る。一方伸太郎は、いくら坂道とはいえ、それから逃れられるほど速力がある訳もなく、ジリジリとその差を狭められていた。


「どこかに抜け道……ないか! なら迎撃!」


辺りを見回して逃げ道を探しながら、伸太郎は岩に向かって1発光弾を放った。初めて使えるようになった頃から練習を重ねているため、今やエアガンくらいの威力には──


「って、そんなレベルでどうこうできる訳ねぇだろうが!!」


光弾は呆気なく岩に弾かれ、あえなく迎撃は失敗する。他の手段と言っても、"炎"は恐らく光弾よりも効果が薄いだろうし、"爆破"は天井諸共崩しかねない。つまり、今の伸太郎には手詰まりの状況なのだった。


「マズいマズいマズいマズい……!!」


この岩に潰されれば、きっと紙のようにぺしゃんこにされるだろう。ふざけるな。こんな誰も立ち入らないような迷宮の地面に、地上絵として遺るなんてたまったもんじゃない。

──もう以前とは違う。そう易々と死んでなるものか。狡猾に意地汚く生き抜いてやるのだ。


「何か?! 何か使えないか?!」


そう思って周囲を見渡すも、前は暗闇が、横は壁が永遠と続くのみ。抜け道も障害物も存在しない。
岩と壁の隙間に入り込むという手段は聞いたことあるが、見た感じそんな隙間はないし、あったとしても実行する勇気と身体能力がなかった。


「俺自身でどうにかするしかないのか……」


呟き、握りこぶしに力が入る。さっきは選択肢から消したが、この大岩を排除するにはやはり"爆破"を使う他ない。
しかし、いつもと同じ使い方ではダメだ。終夜の"冥雷砲"の様な、小規模な爆破でなくてはいけない。


「だったら凝縮率を変えて……!」


走りながら指先に意識を集中させ、光と熱を凝縮する。しかし、息が切れて思うように調整できない。自分の命運が懸かっているのだという焦りと震えも、余計に手元を狂わせる。


「あーもう焦れってぇ!!」


わざわざ指に集めるから、調整が細かくなるのだ。もっと大きい箇所に集めれば制御が楽になるはず。
伸太郎は熱量を指から手の平に移動させ、そして岩に向かって勢いよく振り返った。


「ぶっつけ本番で頼むぞ! "烈火爆砕(イグナイト・エクスプロージョン)"!」


伸太郎の右手に煌めく光が、その輝きを増しながら大岩に直撃する。
その瞬間光は爆ぜ、熱が放出すると同時に岩に亀裂を刻み、砕いていった。轟音と衝撃が空気を震わせ、迷宮を揺るがす。

しかし、崩れることはなかった。


「……あっぶな! できた! 俺にもできたぞ!」


辺りに散らばる岩の破片を見下ろしながら、伸太郎はガッツポーズをとる。まさか自分が、こんなに大きい岩を砕くことができるなんて、夢にも思わなかった。
未だに心臓がバクバク鳴っている。まさに危機一髪。ここまでヒヤヒヤしたのは人生で初めてだ。……このスリル、ちょっとクセになりそう。


「おっといけね、喜んでばかりもいられねぇよな。先に進まねぇと」


伸太郎は気持ちを切り替え、歩いて坂道を下り始める。
というのも、こんな危険な罠があるくらいなのだ。この道が近道の可能性も十分考えられる。


「お、見つけた見つけた」


そして、坂道を下り切った先にあった行き止まり。まさか本当にハズレかとも思ったが、ちゃんと照らして見てみると、壁に文字が刻まれているのがわかった。これが今回の鍵だろう。


『NLFN WKLV ZDOO (←3)』


英語の羅列と記号。暗号だというのは目に見えてわかるが、果たしてどういう意味なのか。


「はっ、これは簡単だな」


だが、その暗号を瞬時に解読した伸太郎はそう吐き捨てると、壁に向かってあることをする。
すると、壁は自動ドアの様に横に開き、先へと進む道を呈した。


「……何だよ、これ」


しかし、その先に存在した広大な空間に度肝を抜かれた。

──そこには、見上げても闇しか見えないほど天井の高い円柱型の空間と、壁に沿うように上へと伸びる螺旋階段。そしてその道中には、無数の扉があったのだった。
 
 

 
後書き
去年中に更新するとは何だったのか。盛大に遅くなりました、すいません。どうも波羅月です。とはいえ、新年一発目に100話ってのは気分が良いですね! まさかここまで来るとは思ってもいませんでした。いやはや皆様、読んで下さって本当にありがとうございます。

さてさて、今回は遅れはしましたが、その分文字数がだいぶ多くなっています。やったねと言いつつ、実は晴登のパートが全然進展してないことに気づき戦慄しております。やっべぇ。次回辺りは晴登に8割くらい占めてもらいましょうか。

緋翼と伸太郎のパートは終盤、結月と晴登のパートは中盤ってところでしょうか。ペース配分がはちゃめちゃですが、まぁどうとでもなるでしょう。

今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第101話『予選⑦』

 
前書き
〜答え合わせ〜

『NLFN WKLV ZDOO (←3)』


(←3)というのは、『アルファベットを3つ前に戻せ』という意味です。よって、


『NLFN WKLV ZDOO』
      ↓
『KICK THIS WALL (この壁を蹴ろ)』


つまり、伸太郎は壁を蹴ったのでした。
ちなみにこれはシーザー暗号というらしいです。 

 
 
「何ですか、ここ……」


余りの光景に、足を止めてそう洩らした晴登。その隣には、同じく走りを止めた風香がいる。
そして、彼らの視界の先にあるのは、


「うわぁぁぁ!?」
「危ねっ!!」
「ぎゃあぁぁぁ!!」


悲鳴だけを聴けば悲惨な状況を想起するだろうが、事態はそこまで深刻という訳でもない。
というのも彼らはただ、あちこちの地面から湧き出る水流に打ち上げられているだけなのだから。


「間欠泉……みたいなものかな」


そんな風香の冷静な解析が隣から聞こえた。
少し道幅が広がった先で、魔術によってか、穴もない地面から突如水柱が空へと伸びている。これが次のギミックということだろう。見た目は間欠泉と形容するのが一番近いとは思うが、それにしてはどうにも水柱が高すぎた。


「あれ、20mくらいありません?」

「空を飛ぶ人も注意が必要ってことかもね」

「な、なるほど……」


その理論に納得しつつ、並大抵の人が打ち上げられたら助からないだろうなとか悠長なことを考えてしまった。いけない、競技に集中しないと。


「見たところ、水柱が出るのはランダムみたいだし、慎重に行くよりも全速力で突っ切った方が良さそう」

「わかりました」


そう言うと、風香はクラウチングスタートの姿勢をとった。あまりに様になっているその構えを見て戸惑いながら、晴登は普通に構える。


「いくよ──GO!」

「うわっ!?」


彼女はそう合図したと同時に、勢いよく地面を蹴った。その力強さは地面を抉るほどであり、加速の時の風圧で晴登は危うく吹き飛ばされそうになる。


「俺も行かなきゃ……!」


スタートが少しだけ遅れたが、晴登も全速力で走り始めた。足に"風の加護"を与え、風香に言われた通りになるべく姿勢を正している。

すると、背後で晴登の足跡を辿るように次々と水柱が噴き出してきた。


「やべっ!?」


ここまで正確に晴登を狙ってくるのであれば、もしやランダムではなくて踏んだ所から噴水する仕組みなのではなかろうか。ここで足を少しでも緩めれば、その瞬間に宙へと打ち上げられてしまうだろう。追いつかれてなるものかと晴登は必死に逃げ、風香の背中を追いかけた。


「ん、背中……?」


しかしその時、晴登は違和感を覚えた。
通った場所から噴水すると言うのなら、それは風香も例外ではない。つまり、その真後ろを走る晴登の足元からは当然──


「避けなきゃ──がぼぼぼっ!!」

「三浦君!?」


急いで避けようと思ったが時すでに遅し。晴登は地面から勢いよく立ち上る水柱に巻き込まれてしまった。
その悲鳴を聞いて風香は晴登の名を呼ぶが、水中にいる彼には届くはずもなく。遠慮のない激流は次第に晴登を空へと押し上げ、そして解き放った。


「ぶはっ! また着地かよ!」


ようやく水から解放されたかと思えば、地面からは随分と離れてしまっていた。何だか最近、こんな展開が多くなっている気がする。高所からの落下なんて恐ろしいはずなのに、正直もうかなり慣れてきた自分の方が恐ろしい。
濡れた顔を腕で拭いながら、晴登は風を使って安全に着地を──


「よいしょ……ごぼぉ!?」


とはいかず、着地した瞬間、再び足元から噴水が起きたのだった。しかも着地で気が緩んだせいで、水流も相まって、今度は思い切り水を飲み込んでしまう。


「ごぼぼ……!」


為す術なく水に呑まれた晴登は、再び上へと運ばれる。水中で呼吸などできる訳もなく、酸素不足で徐々に身体の力が抜けていくのを感じた。

油断した。苦しい。溺れることがこんなに辛いなんて。
そのうち、外に打ち上げられることはわかっている。しかし、この状態で着地できる余力はなかった。


「……げほっ!」


晴登は宙へと投げ出された。だが、意識が朦朧としており、視界もままならない。未だに水中にいる気分である。

マズい、身体に力が入らない。着地をしなければいけないと頭ではわかっていても、身体が言うことを聞いてくれないのだ。

このまま地面に落ちれば大怪我は免れまい。何てことだ。まさか、こんな所でリタイアしなければいけないというのか。そんなのダメだ……!


誰か、助けて──







「これで3周目……!」


色とりどりだった水晶が透明色に戻ったのを見て、結月は汗を拭いながら呟いた。
3周目、というのは言葉の通り、これで的が2回のリセットを終えたということだ。1回目のリセットよりは時間がかかったが、それでもまだ競技時間は約半分残っている。あと1、2回はリセットされるだろう。


「でも、さすがにキツい……」


というのも、ここまでほぼ魔術を撃ちっぱなしなのだ。いくらタフな結月と言えど、これには疲労の色は隠せない。
言わずもがな、他の人ならなおさらである。その証拠に、皆の的を撃ち抜く速度が競技開始時と比べて格段に落ちていた。


「それに、あの人どうしようかな……」


そう呟きながら空を見上げる結月の視線の先には、鳥の様な翼をはためかせながら宙を舞う少女がいた。
遠くて顔はよく見えないが、被っているスポーティな帽子には見覚えがある。そう、それは開会式の時──


「マイさん……だっけ」


結月の記憶が合っているならば、あれは【花鳥風月】の一員、小鳥遊 舞に間違いない。どんな能力(アビリティ)かは知らなかったが、見た感じ『両腕を鳥の翼に変化させる』といった具合か。空を自由に飛び回っており、晴登が聞いたら羨ましがりそうな能力(アビリティ)である。とはいえ、問題はそこではなく、


「さっきからボクの上ばっかり飛ばれるから困るな……」


そう、結月の悩みの種はそこだ。
というのも、2周目も頭上に吹雪を放つ作戦を決行していたのだが、いつからか舞がその射線上を飛ぶようになったため、ペナルティ怖さで下手に吹雪を撃てなくなったのだ。一方結月が狙えなくなった分、彼女はその的を奪っていく。なんて悪循環だ。心なしか、彼女がしたり顔をしているように見える。


「むぅ……こうなったら吹雪以外の方法を模索するしかなさそう」


スピードと範囲という点で吹雪は優れていたが、邪魔されるとあってはどうしようもできない。かといって、また的を1つ1つ狙うのは非効率だ。勝ち上がるには、何か革新的な作戦が欲しいところ。


「でも、そんなの思いつかないよ……」


物覚えは良い結月だが、発想力となると話は別である。力で全てを解決する彼女にとって、策を練るのは最も苦手とすることだ。だから、そういうことは全て晴登に任せている。そのためここでも彼の力を頼りたくはなるが、


「ここにはボクしかいなくて、誰の助けも得られない。全部、自分でどうにかしなきゃいけないんだ」


この場には一人とて結月の仲間はいない。周りは全て敵で、負けることも許されない。彼女に求められるのは、上位での勝利のみ。

そんな危機的な状況だと気づくと、不思議と笑みが零れてきた。


「このままじゃ、ハルトに合わせる顔がないや」


恋人を想い、己に喝を入れる。本当は終夜のためと言いたいところだが、やはり彼女の中では晴登が一番だ。彼が諦めない限り、結月だって諦めるつもりはない。

結月は必死に思考を巡らす。他の人たちと同じではダメだ。腐っても鬼族、その力を生かす時は今ではないのか。周囲を凍てつかせ、全てを圧倒する鬼の力を──


「周囲を、凍てつかせ……?」


ふと、結月は何かに気づく。そう、鬼化すれば常に冷気を身にまとって……いや違う、そこじゃない。
少し前の記憶──異世界にて、鬼化したヒョウがやっていたこと。吹雪とは違う、周囲を攻撃……もとい、"魔力で満たす"手段。そうだ、この手があった。


「ヒョウにもできるんだから、ボクにだってできるはず。出力を抑えれば、たぶん大丈夫……!」


結月は目を閉じて集中し、身体中の魔力を額に集める。そうして生まれるのは、彼女が鬼であるという絶対不変の象徴、"角"だ。そう、鬼化である。
ただし、変化は角だけに留めた。そうすれば鬼化の負担はかなり軽減するからだ。


「少しずつ……少しずつだ……」


的を射抜こうともせず、じっと瞑想しているかのような結月の姿を傍から見れば、一体どうしたのかと疑問に思うだろう。
しかし彼女はその間にも、徐々に自分の"領土(テリトリー)"を広げていた。


「あれ、なんか涼しくなってきたな」
「クーラー? 外なのにか?」
「いや、てか寒くね?」


辺りから、そんな声が漏れ始める。それもそのはず、今の時期は太陽が燦々と照りつけ、汗が止まらないほど暑い真夏なのだ。それにもかかわらず、外にいて寒さを感じるだなんて、日陰だとしてもそんなことが起こり得るはずがない。

しかし、現に結月がその現象を起こしている。氷を司る白鬼(びゃっき)だからこそ成し得る荒業。すなわち、


「え、雪……?」
「雪が降ってきた……!?」
「どうなってんだ!?」


──"領土(テリトリー)・大雪原"。







「何だよここ……」


予想外の光景に、思わず情けない声を洩らした伸太郎。
それもそのはず、今まで暗く狭い通路を進んできたというのに、いきなりこんな明るく天井の高い広大な空間に迷い込んだのだから。山の中にこれほどの空間が入るのかという疑問もあったが、そんなことは後回しだ。まずは、


「先へ進む道を探さなきゃだな」


何事にも、冷静さを欠いては上手くはいかない。状況を素早く正確に判断したならば、即座に次の行動に移らなければならないのだ。
幸い、今までの通路と違って壁に松明の明かりが灯っているので、状況の把握は素早く行なえた。

しかし、「先へ進む道」と言ったが、これが大問題。何せ道が無いどころか、むしろ有り余っているのだから。壁を伝う螺旋階段の10段に1枚という具合で、扉が壁に設置されているのだ。


「まさか、これ全部開けていかなきゃいけないんじゃねぇだろうな……」


天井が見えないほど高い空間。もちろん、階段の先も見えない。となると、扉の数は膨大である。それらを一つ一つ開けて確かめるなんて、時間の無駄も甚だしい。


「大体、これが罠って可能性も否定できないしなぁ……」


こんな如何にも何かありそうな場所に見せかけて、実は罠でしたなんてこともありえない話ではない。伸太郎ならそうする。でも本当にそうだったらキレる。
だが、運営がそこまで性格が悪い可能性を考慮しないのであれば、地道に扉を開けていく他あるまい。


「一番上がゴール、ってオチも勘弁して欲しいところだが……」


闇に消えた天井を見上げながら、伸太郎は嘆息した。
ここはどうすべきなのか。先に一番上まで登り切る選択肢もあるが、もしとてつもない高さだとしたらどうする。恐らく、階段を登るだけでスタミナ切れだ。その先にもしゴールがなかった場合、ぶっ倒れて上位どころかリタイアになってしまう。かといって、1枚ずつ扉を開けていくのも現実的でない。


「どうする、どうする、どうする──」


「あれ〜あなたは確か〜……」


「っ!?」


頭脳をフル回転させ、最善手を導こうとしていた、その時だった。突然、間の抜けた女性の声が耳に届く。
びっくりして見ると、そこには洞窟には似合わないようなおしゃれなドレスを身にまとった少女がいた。


「あんたは【花鳥風月】の……!」

「櫻井 花織です〜。あなたは暁君でしたっけ〜? あなたも謎を解いてここまで来たんですか〜?」

「え、まぁ……」

「なるほどなるほど〜」


にっこりと柔和な笑みを浮かべながら、一人で納得しながら頷く花織。一体何がなるほどなのかと疑問に思ったが、そこではたと気づいた。


「『あなた"も"』って、まさかあんたも……!」

「そうですね〜。私も謎を解いてここまでやって来ました〜」


そう言って微笑む花織。しかし、伸太郎は全く笑えない。
なぜなら彼女の言うことが正しければ、『近道を通ってきた者がここに辿り着く』ということになる。それすなわち、この空間がゴールに繋がることは必定であり、是が非でも扉もしくは天井を調べざるを得なくなってしまったからだ。


「できればやりたくなかったけどな……」


ふと彼女が来た方向を見ると、伸太郎が入ってきた所とは別の入口があったことに気づいた。いや、間違いなくさっきまでは存在していない。突然現れている。
となると、ここへはどのルートからでも到着できるのだろう。それならここに辿り着く人も、そのうち増えてしまうに違いない。迷ってる暇はなさそうだった。


「だったら早いもん勝ちだ!」


伸太郎は花織との会話を切り上げ、階段の方へと駆ける。そして早速、一番近くの扉を開けた。


「なるほど、そういう感じか」


そう呟いて、苦笑を浮かべる。扉の向こうは小さな空間があるだけの行き止まりだった。恐らく、この空間にあるほぼ全ての扉が同じようなダミーだと考えられる。
であれば、やることは一つに絞られた。


「最上階まで登り切ってやる……!」


現時点で、これが最もゴールの可能性が高いルート。よって伸太郎は、この無限に続くかのような階段を登ることを選択した。
晴登のように、魔術で身体能力を強化できる訳じゃない。伸太郎は貧弱な肉体となけなしの体力で、この地獄のような道を進まなければならないのだ。だが少なくとも、この少女には負けたくないと心が叫んでいる。


「見た感じ運動は得意じゃなさそうだし、これなら俺にだって勝機が──」

「あらあら、魔術というものをお忘れですか〜?」

「なっ!?」


女子だから、文化系っぽいから、階段を登るだけなら負けないと、そう油断していた伸太郎に最悪の現実がつきつけられる。
なんと、彼女の足元から植物の蔦が伸び始め、彼女を上へと押し上げ始めたのだ。


「やべぇ!」

「お先失礼します〜」


伸太郎は階段を登るペースを上げるが、蔦の伸びる速度の方が圧倒的に速く、すぐに花織は伸太郎を追い越してしまった。


「嘘だろ……?!」


せっかく掴んだチャンスが、音を立てて崩れていく。無理だ、あれに敵うはずがない。階段でエレベーターに速さでどう勝てと言うのか。


「ここまでか……!」


悔しいが、少なくとも彼女には勝つことはできまい。まだ扉の先にゴールがあるという可能性を否定し切れてはいないが、望み薄だろう。天井に先に辿り着いた方が勝ちと言っていい。

伸太郎はガックリと肩を落とし、その場に立ち止まってしまう。せっかくここまで登ってきたのにと、階下を見やった──その時初めて気づいた。


「……え?」


一番下の地面、そこに『大きな瞳』が描かれていたことに。








森の中で響く金属音や破壊音。それらは全て、この"組み手"という競技によって引き起こされている訳だが、とある場所では一際大きい音が木霊していた。


「──ッ!」

「ぐっ……かはっ!」


今しがた、勢いよく吹き飛ばされて幹にぶつかったのは緋翼だった。口から空気を吐き出し、しばし咳き込む。
そんな彼女の隙を逃すまいと、一つの影が素早く迫った。


「くっ……!」


しかし間一髪、緋翼はその場を飛びのいて回避する。すると衝撃音と共に、さっきまで緋翼がもたれかかっていた幹がへし折れていく様が見えた。

そんな荒業を成し遂げたのは、牙を見せながら気持ち悪いくらい口角を上げる、人型のモンスターである。簡単のため、ここでは仮に『ゲノム』と名付けるとしよう。

ゲノムは始めに着ていたロングコートを既に脱ぎ捨て、全身黒タイツなのかと思うほどに真っ黒なボディを晒している。だがあくまで人型というだけで、髪もなければ、目も鼻も耳も見当たらない。付いているのは鋭い牙の並んだ大きな口のみ。それはまさに、化け物と呼ぶのに相応しい姿だった。


「一体どうなってんのよ。こいつのパワーもスピードも桁外れ過ぎるんだけど……」


緋翼の言うように、ゲノムは人型であるにも拘らず、身体能力は人間のそれを遥かに上回っている。やはり、このモンスターが10Pt級だというのは疑いようのない事実だろう。正直、緋翼自身も勝てるビジョンが全く見えない。むしろ、どうやって逃げるかを考えているくらいだ。


「どうにか足止めできればいいんだけど……」


その「どうにか」が簡単ではないのだが。森の中を上手く掻い潜って逃げるという方法はあるが、それくらいで撒けるとは到底思えない。他に何か手は──


「森、か……」


あくまでゲノムから視線を外さず、緋翼は辺りが森であることを再確認する。ならば、この手しかあるまい。


「"灼熱の檻"っ!!」

「ッ!」


叫ぶ緋翼の放った焔は、草木を介して瞬く間にゲノムを囲んで燃え盛る。
そう、この技は裏世界でブラッドとの戦闘の際に用いた"焔の柵"と同じ原理である。ただし、無尽蔵に燃やすものがある森の中である以上、こちらの方が火力も範囲も上位互換。そう易々と脱出は許さない。


「これで時間を稼いで──」


緋翼がしたり顔をしたその瞬間、焔の海が瞬く間に霧散した。その中心には両手を大きく広げたゲノム。まさか、腕を振るっただけでこの技を破ったというのか。緋翼の表情がみるみる青ざめていく。


「逃げ、られない……」


その事実が、緋翼を強く苦しめた。彼我の間には圧倒的な実力差。勝率はほぼゼロに等しいのだと察することくらいできる。

──それでも、逃げられないのなら立ち向かうしかない。

このまま無様にやられてリタイアする。これほど屈辱的なことはないだろう。そんな結果は誰も望んでいないし、望ませない。


「上等よ。かかってきなさい、この化け物!!」

「──ッ!!」


緋翼が吠えると、ゲノムも不気味な声で吠え返してきた。そして地面を勢いよく蹴り、一目散に緋翼の元へと迫る。
それに対して、緋翼は刀を横に構えて待った。


「ここだ! "不知火返し"!」

「ッ!?」


ここで力を発揮するのが、突進してくる相手限定のカウンター技、"不知火返し"。挑発して突っ込むよう促したのも作戦のうちである。
企みは見事成功し、緋翼はすれ違いざまにゲノムの横腹を切り裂き、さらに焔が爆ぜて爆発を生んだ。


「これはかなり効いたんじゃないの?」


上手くいったと、思わず笑みを零す緋翼。
前も説明したが、この技の威力は相手の突進の威力に依存する。そして今回は馬鹿力のゲノムが相手だ。つまり、カウンターの威力は猪の時とは桁違いになるだろう。いくら頑丈そうなゲノムでも、さすがにこの一撃には耐えられ──


「──ッ!!」

「嘘っ……がはっ!?」


油断していた緋翼の腹に、爆風から飛び出してきたゲノムの拳が突き刺さる。不意をつかれたその攻撃を防ぐこともできず、緋翼は無様に地面を転がり、木の幹に突撃した。


「うぅ……どんだけ頑丈なのよ、あいつ……!」


そう洩らしながら、緋翼は痛みに悶えて蹲る。今の一撃がかなり効いた。立ち上がろうにも、苦しくて身体を上手く動かせない。


「ッ!」

「待っ……!」


そんな無防備な緋翼に、無情にもゲノムが突っ込んでくる。マズい、この状態では攻撃は避けられない。次ダメージを喰らえば、リタイアになること必至である。


「そんな……! こんなとこで……!」


運が悪かった、としか言いようがない。10Pt級モンスターというのは、緋翼の手に余る強さだった。これと相対した時点で、この未来は必然だったとも言える。
しかし、だからと言って納得できる訳もない。モンスターと違って、緋翼には背負うものがあるのだから。彼の願いを果たすまでは、倒れられないというのに。


「ごめん、黒木……」


呟き、緋翼はリタイアを覚悟する。ゲノムの魔の手はもう、すぐそこまで来ていた。

──やられる! そう思ってぎゅっと目を瞑った瞬間だった。


「ッ!?」

「え……?」


ゲノムが悲鳴のような声を上げ、攻撃を中断したのだ。何事かとゆっくり目を開いて見てみると、緋翼の目の前に驚きの人物が立っていた。


「やぁ、無事かい? 緋翼ちゃん」

「どうしてあなたが……!?」


金髪を揺らし、輝く剣を握った青年──アーサーがそこにはいた。







「げほっ! げほっ!」

「三浦君!」

「うわ、猿飛さん……?!」

「意識が戻ったね、良かった」


水を吐き出して咳き込む晴登は、目の前に風香の顔が見えて狼狽える。しかし、寝ているのに周囲の景色が移り変わっていくことや、やけに身体が揺れることから今の状況をうっすらと察した。


「あの、俺何でお姫様抱っこされてるんですか……?」

「だって、三浦君が水柱に呑み込まれたと思ったら、溺れて落ちてくるんだもの。慌てて捕まえたよ」

「なるほど……すいません、迷惑かけて」



そう、今風香は晴登をお姫様抱っこで抱えながら疾走しているのだ。慌てて、と言った割には、随分と涼しい顔をして走っているような気もするが。

それにしても、彼女が踏んだ地面からも例外なく水柱が上がっている訳だが、晴登を抱えてもなお噴水に追いつかれないなんて、やっぱりこの人は只者じゃない。
こうして抱かれて彼女の視点になったからこそわかるが、とても速く、そして軽やかだ。同じ風でも、晴登とは大違いである。

そこまで分析して、ふと晴登は周りからの視線を感じた。


「この格好、恥ずかしいですね……」

「そうだと思うけど、この地帯を抜けるまでは我慢してね」


ただでさえ、お姫様抱っこというものは注目を集めるのに、男子が女子に持ち上げられようものならその恥ずかしさは倍以上だ。風香はあまり気にしていないようだが、当然晴登は恥ずかしくて穴に埋まりたい気分である。


「……あなたにここで脱落されるのは、本意ではないから」

「え、それって……?」


呟くような風香の言葉に晴登が聞き返すも、走ることに精一杯な彼女は答えなかった。

まだ出会ったばかりで、しかも敵チームなのに、彼女は晴登を助けようとしてくれている。それだけ、晴登の覚悟を買っているということだ。万年予選落ちの最年少チームが、何がなんでも本戦に進まんとするその覚悟を。
なら、これ以上無様な姿を晒す訳にはいかない。


「……あの、やっぱり下ろして──」

「喋らないで! 舌噛むよ!」

「は、はい!」


怒られた晴登は大人しく、激しく揺れる風香の腕の上で小動物の様に縮こまるのだった。
 
 

 
後書き
ハッピーバレンタイン。どうも、チョコが苦手な波羅月です。いやもう14日終わろうとしてるけども。

1ヶ月ぶりの更新ですね、大変お待たせしました! はいそこ待ってないとか言わない。……こほん。いやですね、実は先月大量のレポート課題に追われていたもので、執筆の時間が全く取れなかったんですよ。まぁ期末という時期ですから、仕方ないとは思いますが。

それはそれとして、どうして今回の話がこんなに長いのかということについて、自分自身にも問いたいところです。確か以前、「文量を短くすれば更新も早くなる」みたいなことを言ったと思うんですけど、完全にガン無視してますよねこれ。何ですかこのザマは。過去2番目に長いですよ。待たせた上に読むの大変でしょうが。半分に分けんかい。バカ(語彙力)

ということで、無理やり4人の視点をぶち込んだので、中々ボリューミーだったかと思います。おかげで予選の終わりがようやく見えてきました。本戦より予選の方が話が多くなるんじゃないかとヒヤヒヤしながら、これから執筆していく所存です。

今回も読んで頂き、ありがとうございました。次回もお楽しみに! 

 

第102話『予選⑧』

ゲノムに襲われたかと思ったその瞬間、緋翼の前に驚きの人物が立ち塞がった。

 
「危機一髪だったみたいだね」

「は、はい。ありがとうございます。助かりました……」


この急展開にまだ脳が追いついていないが、ひとまず助けられたのだと、緋翼は目の前の人物に感謝を述べる。するとその人物は「いいんだ」とニッコリ微笑んだ。

サラサラな金髪のストレートヘアーに、まるで外人のような碧眼、騎士を彷彿とさせる軽装と腰には洋風の剣。それがこの人物、【覇軍(コンカラー)】所属のアーサーという男である。


「ギ、ギ──」

「ふむ。どうやら思った以上に頑丈らしい。次は本気で斬らないとマズそうだ」

「え、戦うんですか!? そいつ、たぶん10Pt級ですよ!」

「そうだろうね。僕の勘もそう告げてるよ」


恐らく緋翼に襲いかかる直前、アーサーの攻撃を受けたのだろう。右腕を損傷したゲノムが、酷く不愉快な声を上げていた。
しかし、まだ油断はできない。アーサーまでもが、ゲノムを10Pt級だと認めたのだ。彼がとんでもない実力を持っていることは知っているが、ゲノムだって易々と倒れてくれるようなモブ敵ではない。何せ緋翼は手も足も出なかったのだから。


「……一つ提案なんだが、ここは僕に任せてくれないかな?」

「それって……」

「君の代わりに僕が戦うということだよ。こんなとこでリタイアしたくはないだろう?」

「う……」


アーサーは振り返り、そう訊いてきた。それはゲノムから逃れたい緋翼にとっては、願ったり叶ったりな魅力的な提案だ。
ポイントは横取りされることになってしまうが、そんな悠長なことを言っている場合ではない。悔しいが、リタイアしてしまえば全てが水の泡なのだ。


「お、お願いします……」


緋翼の答えは一つだった。元より身の丈に合わない敵だったのだ。さすがにそれくらいの分別は持ち合わせている。これは戦略的撤退だ。


「そうと決まったら、さっさと逃げ──うぐ」


緋翼が立ち上がろうとすると、身体の痛みがそれを阻害した。まだゲノムからもらったダメージが消えてないらしい。


「せっかくのチャンスなのに……!」

「君はそこでじっとしていてくれればいいよ。無理に身体を動かさない方がいい」

「わかりました……」


ほとんど面識のない相手に守られるのは不安だが、アーサーの言い分はもっともだ。無理に動くよりも、今は回復に専念すべきだろう。
彼は人格も優れていると聞く。まさか、自分から提案しておいて逃げるなんてマネはしないだろうと信じたい。


「それじゃあ──行くよ」


緋翼の返事を聞いて、アーサーの剣を握る両手に力が入った。黄金の彫刻が刻まれた鍔に、銀色の眩い刀身。どことなく、神々しいオーラを感じさせる。これが彼の"聖剣"なのか。


「ギィエアァァァァァ!!!」


耳を塞ぎたくなるような不快な咆哮を上げながら、ゲノムはアーサーへと突進する。そのスピードはさっきよりも格段に早い。緋翼ならば間違いなく、防ぐ間もなく弾き飛ばされるだろう。

しかし、そんなゲノムの動きにもアーサーは眉一つ動かさず、冷静に剣を振るった。


「"聖なる剣戟(ホーリー・ソード)"」


彼が剣で薙ぐのと同時に、白い光が辺りを埋め尽くす。そのあまりの眩しさに、たまらず緋翼は目を瞑った。
遅れて、衝撃波が骨の髄にまで響いてくる。なんだこの威力は。本当に剣を振るっただけなのだろうか。



辺りに静寂が訪れたところで、ようやく緋翼はゆっくりと目を開ける。そして目の前に見たのは、


「嘘……!?」


身体を上下に真っ二つに分断されたゲノムとその背後、扇状になぎ倒された木々がそこにはあった。そのあまりに圧倒的な光景を前に、緋翼は嘆息するしかない。これほどまでの一撃を見たのは、裏世界での一真以来だろうか。
こっちは一太刀入れるのにすらあれほど苦労したというのに、まさか一発で仕留めてしまうとは。やはり、レベル5の魔術師の称号は伊達ではないということか。


「ふむ、こんなところかな」

「す、凄い……」

「怪我は大丈夫かい? 緋翼ちゃん」

「は、はい、何とか。ありがとうございました」


あまりの驚きに、気安く名前を呼ばれてることを気にも留めずにお礼を返す。
これだけの大技に、アーサーは汗一つかく様子もない。レベルが違いすぎる。



その後、彼はちらりと腕輪を一瞥してから、「それじゃあね」と言って立ち去ってしまった。


「これが王者か……」


魔導祭優勝候補【覇軍(コンカラー)】、さらにそのリーダー格ともなるアーサーの実力を目の前にして、緋翼は重いため息をつく。
決してゲノムは弱くなかった。それでも、アーサーの足元にも及ばなかったのだ。


「はぁ、情けな……」


格の差を見せつけられ、ポイントも奪われ、結果タイムロスとなっただけのこの現状を嘆き、緋翼は三角座りのまま腕に顔を埋める。


「私がもっと強ければ……」

「ギ、ギ……」

「はっ!?」


突然、不快音が耳に響き、緋翼は弾かれたように顔を上げる。するとそこには、身体を両断されたにも拘わらず、腕だけを使って上半身を起こそうとするゲノムの姿があった。


「まだ動くの……!?」


てっきりアーサーの一撃で葬ったものと思っていたが、なんてタフさだろう。
緋翼は即座に刀を構える。立ち上がることは……できなかった。


「ギ、ガ、ガ」

「こ、来ないで……!」


腕を足代わりに、上半身がのっそのっそと向かってくる。黒い見た目も相まって、さながらホラー映画のゾンビだ。

一歩、また一歩とゲノムが近づいてくる。目を光らせ、牙を鳴らし、涎を垂れ流しているその姿は、誰が見ても不気味で恐ろしく感じることだろう。現に緋翼は、金縛りにあったかのように身体が動かなかった。


「ギ、シャアァァァ!!!」

「いやぁぁぁ!!!」


ゲノムが器用に二本腕で飛んだ瞬間、ようやく緋翼の防衛本能が働き、思い切り刀が振られる。それはちょうどゲノムの首を捉え、そして斬り落とした。


「はぁ……はぁ……!」


涙目になりながら肩で息をする緋翼。これぞ火事場の馬鹿力というものか。本当に死ぬかと思った。


「さすがに……もう動かないわよね」


これで首だけが動き出そうもんなら卒倒していただろうが、動かないようなのでひとまず安堵する。確認のために腕輪を見ると、10Ptが追加されていた。


「まぁ、そうだろうね……」


疑っていた訳ではないが、やはりゲノムが10Pt級だったようだ。他にもまだいるかもしれないと考えると、背筋が凍りつく思いだ。

それにしてもと、緋翼には疑問が一つ残る。


「アーサーさんは、どうして"わざと"ゲノムを生かしたのかしら」


そう、先程アーサーは去り際に、間違いなく腕輪を確認していた。その時にポイントの増減を見ればゲノムを倒したかどうかは一目瞭然のはずなのに、彼はゲノムにトドメを刺さないままその場を去ったのだ。

一体何のために。たまたまポイントを読み間違えるという天然っぷりが発揮された可能性もあるが、恐らくそうではない。
彼は"意図的に"ゲノムを倒さないでおいたのだ。高ポイントを横取りできるチャンスであるにも拘わらず、緋翼を助け、あまつさえわざわざ瀕死の状態に追い込むというサービス精神まで見せてくれた。


「本当に、"私の代わりに戦った"だけなのね……」


アーサーの発言を思い出して、緋翼はそう結論づける。どう視点を変えても、この行動に彼へのメリットはない。よって付け足すとすれば、彼は余程のお人好しということになる。最年少チームだからポイントを与え、本戦出場を後押ししたつもりなのだろうか。


「何それ、ふざけんじゃないわよ……」


しかし、その行動が余りに自分勝手だということを彼は自覚しているのだろうか。もはや諦めていたのだから、今さらこんなポイントを貰ったって嬉しくはない。むしろ、恐怖や屈辱を味わわされたという点で、彼への苛立ちが募っていた。


「私たちを残したことを、絶対に後悔させてやるわ」


これが、緋翼の闘志に火がついた瞬間だった。





夏の森はより木々が鬱蒼とし、緑一色に染まるはずなのだが、その一角で不自然な色を示す地帯があった。その色は夏にあまりにも似つかわしくなく、違和感と呼ばざるを得ない。


『あ〜っと、なんということでしょうか!』


ジョーカーが慌てたように叫ぶ。それもそのはず、さっきまで緑一色だった予選会場が、いつの間にか"白"で埋め尽くされたのだから。

この広場──"射的"の会場は、大雪原と化していた。


『これは一体誰の仕業でしょうか!? な、なんと、夏なのに雪が降っています! まさに異常気象です!』


ジョーカーの興奮は止まらない。それは他の選手も例外ではなかった。季節外れの降雪に、誰もが目を奪われる。

そんな中、ホッと一息をつく少女がいた。


「ふぅ、こんなもんかな。結構疲れた〜……」


肩で息をしながら、空を見上げる銀髪の少女──結月は、予想以上の疲労を嘆く。さすがに魔力を使いすぎた。
それもそのはず、"夏を冬に変える"なんて、もはや人間業ではない。並大抵の魔術師には到底成し遂げられない凄技だ。


──では、なぜ結月はそれを行なったのか。


答えは簡単。的である水晶が魔力に反応するというのであれば、大気を魔力で満たせば良いだけのこと。そうすれば領土の範囲内の的を一網打尽という算段である。


「さて、結果は……」


我ながら完璧な作戦だ。いや、ほとんど力技ではあるのだが、それはそれ。
結月は水晶を見渡し、成果を確認しようと──


「……ん?」


結月は首を傾げる。なぜなら目の前の状況が理解できないからだ。どうして、"水晶が点滅している"のだろうか。


『まさかこんな事態が起ころうとは! 会場中が魔力を満たされたせいで、全ての的がヒットとリセットを繰り返してしまっています!』

「えぇっ!?」


ジョーカーの説明を聞いて、結月は驚きながら納得する。
確かにできるだけ領土を広範囲にしようと思ってはいたが、まさか会場全体を覆ってしまったとは。自分の力でそこまでできたことが不思議でならない。鬼の力って凄いな……。
腕輪を見ると、目まぐるしいスピードで獲得ポイントが5桁、6桁と増えていた。え、怖い。


『ど、どうしましょう。これでは競技の進行に支障が……』

「あ、やば……」


やっちゃったと、結月は一人反省する。今や"射的"は結月の独壇場。的が全て結月のものとなるので、残り時間もずっとこの状態ならば、他の選手はどうすればいいのか。


「う〜ん……解除!」

『おぉっと!? 今度は雪が突然消えました! ここまで大がかりな魔術、一体誰の仕業でしょうか?!』

「うへぇ、バレたら目立つなぁ……」


さすがにやりすぎたと思い、結月は領土を解除する。すると雪が瞬く間に霧散していった。
ただ、ジョーカーは気づいていないようだが、この元凶が結月だということに気づく人は気づいただろう。目立って敵を作るようなことはチームのためにもあまりしたくないのだが、バレてしまったらもうどうしようもできない。


「まぁ、どうにかなるか!」


バレたらその時はその時だ。晴登と一緒ならきっとどうにかなる。
そして腕輪を見ながら、結月は競技の成果に一人満足するのだった。






"迷宮(ラビリンス)"もいよいよクライマックス。(おそらく)ゴールまであと僅かというとこまで来た伸太郎だったが、チーム【花鳥風月】の花織に先行を許してしまっていた。

仕方なく階段を登って対抗する伸太郎だったが、ニョキニョキと伸びる蔓に乗った彼女には全く追いつかず、敗北を覚悟したその時だった。


「大きな、目……?!」


伸太郎は、階下の地面に巨大な瞳が描かれていたことに気づいた。さっきまではなかった……いや、地面にいたから気づかなかっただけだろう。


「何だ……? やけに気になる……」


床に模様が描かれていた。たったそれだけのことなのに、どうしてこうも動揺してしまうのか。まるで、何かを見落としているかのような──


「まさか……近道か!?」


ここで伸太郎は"迷宮"のメインギミックを思い出す。すなわち、『謎を解けば近道を進める』というものだ。
もしかすると、今回もそれに当てはまるのではないだろうか。よくよく考えてみれば、やはりゴールするために階段を登るか扉を全て開けるかなんて現実的でないのだ。むしろ、そこに近道の存在がない方がおかしい。


「だったらこの謎を解いて……!」


そして花織よりも先にゴールする。それが今の伸太郎の目標だった。
しかし、その壁は中々に高い。


「くっ……ヒントがこれだけってのもな……」


目。ヒントはそれだけだ。文字も記号も、辺りには存在しない。この模様一つで、一体何をどうしろというのか。

……もしかして、本当にただの模様なのかも……いや、その可能性は考えるな。


「さすがに最後は一筋縄じゃいかないってか。燃えてきたぞ」


伸太郎は久しく忘れていた感情を思い出す。
昔こそ解けない問題は多かったのだが、今ではどんな問題でも難なく解けるまでになってしまった。だからこそ、こうして答えの見えない状況に立たされるとワクワクしてたまらない。


「あの人が天井に辿り着くのも時間の問題。そこがゴールと仮定するなら、それがタイムリミットだ」


花織の蔦の伸びるスピードはそこまで速くはなかった。とはいえ、天井が山の頂上直下にあるとしても、あの調子なら数分で天井には届くはず。考える猶予はそこまで残されていない。


「考えろ! 目……目……ひらがな、カタカナ、英語……は関係なさそうだな。なら暗号じゃあない。じゃあ迷宮を人体と考えて、この目の位置から相対的にゴールへの近道を……って何言ってんだ。深読みしすぎだバカ。ダメだダメだ、もっと単純に考えろ。目といえば……『見る』だ。じゃあこの目は何かを見てる……? 視線の先は……天井か? 天井にゴールがあるってことか? いや、そんなことはとっくにわかってる。そもそもそれじゃ近道のヒントになってねぇ。じゃあ他に何を見るか……天井以外にこの空間にあるもの……扉? はっ、扉か?! 例えば、近道に続く扉を見てるとか?! ありえるな、十分にありえる。心なしか、視線が壁に向いている気がしてきた。けど……どれだ? こんだけ扉があるんだぞ。視線の先なんて、目で追ったってわかる訳ねぇ。もっとヒントはないのか。この目の瞳孔と虹彩のズレを計算……正確に計れないんじゃ意味ないだろ。角度も無理だし、あぁくそっ! わかんねぇ!」


つらつらと論理を組み立てていく伸太郎だったが、そこで躓いてしまった。この仮説が真である可能性はかなり高いのだが、如何せん目測では何もわからない。当てずっぽうで当たるほど扉の数も少なくないし、正直手詰まりだ。


「いっそ、目からビームでも出してくれりゃいいのに……」


あの瞳が銃のレーザーサイトのように光を発してくれればわかるというのに。伸太郎はそう嘆息して──


「目から……ビーム……?」


自分で言った言葉に引っかかりを覚える。
ハッとして瞳を見やると、その瞳孔がキラリと光った気がした。


「鏡……!」


なんと瞳の瞳孔部分は鏡だったのだ。周囲が似たような色調だったから、全然気づかなかった。
つまり、ここに光を反射してみればもしかして……


「本当は降りなきゃダメだろうけど時間がねぇ。光属性の魔術で助かった!」


階段を降りる時間がもったいないので、伸太郎は今いる場所から光を照らそうと試みる。もちろん、地上に届くまでに光が分散してしまうので、凝縮しなければならない。

腰を落とし膝を立て、指鉄砲を地面に向けて構える。この距離だと、ただの光弾では途中で霧散してしまう。だからそれよりワンランク、光量を増す必要があった。


「ふぅ……」


集中して狙いを定める。光量を増す代わりに装填速度が遅くなるので、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる作戦は通用しない。できれば、この最初の一発で決めたいところ。
大丈夫、シューティングゲームは得意な方だし、こんなシチュエーションも妄想済みだ。失敗する要素なんてない。


「当たれ! "光銃(レイガン)"っ!!」


伸太郎の指先から放たれた一線の閃光が瞳に向かって迸る。そして──瞳孔の鏡に直撃した。


「よっし!!」


伸太郎がガッツポーズを取ったのと同時に、鏡によって反射された光が上へと伸びていく。その光はちょうど、伸太郎の真向かいにある扉へと当たった。


「ビンゴだな」


階段を駆け上がり、その扉の前まで向かう。
いざ開けるとなると少し緊張したが、時間もないのでさっさと進むことにする。さすがにこれで何もないなんてことは──


「……は?」


扉を開けると、なんとそこには青々と茂る林と澄み切った青空が広がっていた。






間欠泉地帯を抜け、自分の足で再び走り出した晴登。恥ずかしい思いはしたが、風香のおかげで順位を40位まで上げることに成功した。この調子なら予選突破も夢ではない。ただ、


「はぁっ……はぁっ……!」

「相当息が上がってるね。大丈夫?」

「大丈夫……です!」


嘘だ。全然大丈夫じゃない。
初めにも直面した問題だが、やはり晴登には体力が足りないのだ。抱きかかえられている間に休めたとはいえ、魔術を使って走り続ければすぐにバテてしまう。

それでも、足を止める訳にはいかない。この背中に背負ってるものの重さを考えれば、これくらいでへこたれてはいけないのだ。


「うん、やっぱり君のそういう所は嫌いじゃない」

「それは……どうも!」


風香が口角を上げるが、晴登にはそれに笑顔で応じる余裕はない。やらなければいけないとはいえ、キツいものはキツいのだ。今は彼女の背中を追いかけるだけで精一杯である。


「……さて、どうやら次の関門みたい」

「次って……道がないじゃないですか」


そうして辿り着いた次なる関門だったが、なんと行き止まりだった。正確には、森が立ち塞がっていて、道が途切れている。しかもその森というのが厄介で……


「これ、まさか全部茨ですか?」

「文字通り、茨の道ってことかしら」

「笑えないんですけど……」


なんと、森を構成する全ての植物が茨だったのだ。辛うじて人が通れそうな隙間は残されているが、それ以外は針山地獄と相違ない。迂闊に足を踏み込めば、切り傷じゃ済まないだろう。
そのギミックに恐れをなして、立ち往生する選手も目についた。しかし、それに構ってはいられない。


「いけ、"鎌鼬"!」

「へぇ、いい技使うね」

「よし、これで道を……ってあれ?」


通れないのなら通れるようにすればいい。そう思って、なけなしの魔力で茨に風穴を空けようとしたのだが、なんと切り裂いた数秒後には茨が伸びてその穴を塞いでしまった。間違いない、この茨も魔術によるものだ。


「これじゃ先に進めない……!」

「諦めるのは早いよ。再生するよりも早く通り抜ければいいだけ」

「でもそれはさすがに……」


無理だ、と思った。これが茨の壁であるならまだしも、ざっと100m以上は続く森なのだ。通る道を作ったとして、その距離を数秒で駆け抜けること自体困難である。


「やらなきゃ──負けるよ」

「え……うわっ!?」


風香がそう呟いた瞬間、彼女の身体から風が放出される。その勢いに思わず飛ばされそうになるも、晴登は何とか堪えた。
一体何事かと見ると、彼女の右脚を風が覆っている。晴登の"風の加護"と似たような感じだが、規模は"足"ではなく"脚"にまで至っていた。


「君も準備して。私が道を作るから、全力でそこを走るの。ついて来れなかったら……さすがに今回はカバーできないから、そのつもりで」

「う……わかりました」


腹を決めるしかなかった。そもそも、彼女の力を借りられる今のこの状況を保つことが、数少ない晴登の勝ち筋なのだ。文句を言ってはいられない。

この短距離を数秒で突っ切るには、"風の加護"では足りないな。またアレの出番か。


「あとは魔力が保つかどうか……」


ただでさえ、現在の晴登の魔力はもう底をつこうとしている。そこで全力を出そうものなら、魔力切れを起こしても不思議ではない。それこそ、遅くても着実に茨を掻い潜れば、魔力は温存できるだろう。でも、何度でも言うがそれは許されない。勝つために──限界を超える。


「ふぅ……いつでもいけます。猿飛さん」

「了解。それじゃあ今から道を作るよ」


手を地面につき、足先に意識と魔力を集中させて、いつでも発射できるように晴登は構える。
一方風香は右脚を上げ、次の瞬間、


「"飄槍突(ひょうそうとつ)"っ!!」

「うぉっ!?」


風香が右脚を突き出した途端、吹き荒れた風の槍が轟音と共に茨の森に大きな穴を作り出す。
そのあまりの威力に圧倒された晴登だったが、風香が走り始めたのを見て慌てて飛び出した。


「"噴射(ジェット)"!!」


足からジェットのように風を放出することから付けたこの技名。まんまなのだが、言いやすくて個人的に好きである。

さて、さっきは崖を登るために使ったが、今回は真上ではなく真横だ。少しでも角度をミスれば頭から地面に突っ込んでしまうため、本来ならば細心の注意を払いたいところだが、もう背に腹は代えられない。


「姿勢を、正す……!」


水泳で蹴伸びというものを習ったが、イメージはそんな感じ。不格好だろうと、真っ直ぐ進めるのであればそれに倣うのは至極当然。
穴を通り抜ける一瞬の間に、晴登はそれだけを意識した。



「──三浦君、止まって!」

「……はっ!」


ふと、そんな声が聞こえた気がして顔を上げると、もうそこには茨はなかった。そうか、森を抜けられたのか。良かった。なら止まらなきゃな。


「着地!……って、おわぁ!?」

「三浦君!?」


しかし、ジェットのスピードを侮っていた。これだけ速く進んでいるのに、いつも通りの着地などできるはずがない。
晴登が地面に向けて風を放った瞬間、バランスを崩して身体が弾かれたように上空へと打ち上げられてしまった。


「うぐ、気持ち悪……」


風の勢いのせいで空中でグルグルと回転する晴登。魔力が残り少ないのも相まって、めちゃくちゃ気分が悪い。でも着地しないと……あれ、地面はどこだ? あ、目の前にあるじゃん──


「よっと!」

「わぷ!?」

「大丈夫?! 三浦君」

「は、はい。助かりました……」


地面に激突するすんでのところで、またもや風香にキャッチされる。でも今のは本当に死ぬかと思った。風香様々である。


「すいません、迷惑ばっか、かけて……」


息も途切れ途切れにそう伝えると、風香は首を振る。そして微かに笑みを浮かべると、


「正直、君がここまでやれるとは思ってなかった。友達の後輩ってことでおせっかいしてたけど、きっと私の力がなくても上位を目指せてただろうね」

「そんなこと……」

「私がしたのはアドバイスとカバーだけ。実行してついて来れてるのは君の実力なの。今の順位は30位。君の歳からすれば本当に凄いよ」


怒涛の褒め言葉に晴登は何も言い返せず、恥ずかしくなって俯いた。冷静で他人に興味のないクールな人かと思っていたが、むしろ風香は人のことをよく見ているし、毎回的確なアドバイスをくれる。

──やはり、この人が適任だ。


「あの、一つ訊いても……いいですか?」

「何?」

「俺の……師匠になって、くれませんか?」


風香は驚いた顔をした。当然だろう、ボロボロになったこの状況で吐くセリフではない。
それでも、晴登は今伝えなきゃいけないと思った。すると、


「──ふふっ」

「……!」


風香が今まで見た中で一番の笑みを零した。あまりに意外だったので、思わずこっちも驚いてしまう。
それに気づいた風香は手を振って、


「いや、違うの。ごめん。まさかそんなことを訊いてくるとは思わなかったから。師匠……なるほど。悪くないね」

「それじゃあ……!」

「いいよ、なってあげようか。君の成長をもっと見てみたいと思っていたところだもの」


そう言って、再び風香は笑ったのだった。

 
 

 
後書き
9500文字……? どうして半分に分けなかったんですか……? 学習能力がないんですか……? はい、ありません。波羅月です。また1ヶ月お待たせしてしまって、本当に申し訳ございません。

それはそれとして、ようやく予選もクライマックスです。ようやくか。長かった。まさか半年もかかってしまうとは……。しかし、いよいよ本戦が書け──え? 予選落ちたら書けないだろって? いやいや、まさかそんなこと……ないとは言い切れませんね(震え声)。ちょっと晴登頑張って! 俺に続きを書かせてくれぇ!!←

という茶番を終えたところで、次を書き始めたいと思います。今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! 

 

第103話『予選⑨』

険しい崖を越え、噴き出す水流を突破し、茨の森も駆け抜けた。一筋縄ではいかなかったが、それでも乗り越えてここまでやって来たのだ。


「これで、ラストですかね……」

「うん、そうみたい」


体力も魔力も限界に近く、気を抜けば倒れ込んでしまうほど弱った晴登がそう零し、それに風香は淡々と答える。

ラストの障害──彼らが見上げるその先に、確かにゴールが見えた。しかしその障害というのが、


「ここに来て山登りって……」

「ざっと1km。ここまで過酷とは思わなかった」


なんと2人の前に立ち塞がったのは、隆々とした山そのものだったのだ。もはや雲に届くのではないかと思うほど、空高く位置する山の頂上。そこがゴールなのである。

よく見ると、その山頂付近で大きな鳥の影──いや、誰かが魔術で翼を生やして飛んでいるのが見えた。どうやらトップはもうゴール目前らしい。


「はぁ……マジか……」


呼吸も兼ねる大きなため息をつき、晴登は眉をひそめる。それもそのはず、ここまで散々疲れさせられたのに、最後に今までで一番キツそうな障害があったのだ。もはや嘆かざるを得ない。


「くよくよしても仕方ないよ。とにかく登らないと」

「ぐ……わかってます」


風香に叱咤され、晴登は重い足を頑張って動かす。もう"風の加護"もまともに機能していない。ここからは自力での登山となる。


「はぁっ……はぁっ……」


登山道があるとはいえ、疲れ切った晴登からすればまるで沼の道。一歩一歩が重く、一度地面に付いたら中々離れない。
また斜面も険しく、少しでも後ろにバランスを崩せば転がり落ちてしまうことだろう。まさに過酷と呼べる。

前方を見ると、風香が素早く登っていくのが見える。やはりここでは、魔術師というより身体能力の差が出てしまっていた。インドア派の晴登と比べれば、風香は見るからに運動神経が良さそうだし。

そう思っていると、突然風香が振り返った。


「……ごめんね三浦君。さすがに私もこれ以上ペースを落とす訳にはいかないから、頑張ってついてきて」

「は、はい……」


なんて優しい人だろうか。もうゴールが目前だというのに、まだ晴登のことを気にかけてくれている。こちらは置いて行かれても文句は言えないというのに。


──それだけ、晴登が彼女に一目置かれているということ。


それがわかっていて、どうしてへこたれていられようか。いや、そんな暇はない。


「ふ、ぐっ……!」


己の弱った精神と足に鞭打ち、ひたすら一歩を踏みしめる。荒い呼吸を繰り返し、必死に酸素を取り込んだ。筋肉を、血を、骨を動かすために。前へ、前へと進むために。晴登は己に喝を入れ続け、風香の背中を追いかけた。

滑りやすい道も、隆起した岩場も、多少の段差も、意地だけで何とか乗り越えていく。





──そして、山の中腹辺りまで来た頃だろうか。夏だというのに、少し肌寒い。そう思った瞬間だった。


「あっ……」


張っていた糸がぷつりと切れたように、バタリと晴登は倒れてしまった。何かに躓いてしまったのか? いや違う。これは──『酸素不足』だ。
これだけ高度が高くなってくると、当然酸素濃度も薄くなる。普段よりも少ない酸素量、加えて元より体力の限界が近かった晴登にとって、そこは地獄と相違なかったのだ。


「こんな、とこで……!」


まだ意識はある。が、身体を起こせない。酸素が身体を巡らず、力が入らないのだ。
何とか動かせた首をもたげてみるが、前方に風香の姿は見えない。


──あ、終わった。


ここまで幾度となく、ピンチを風香に助けられた。しかし、もうここに頼みの綱である彼女はいない。それならば、「終わり」だと結論付けるしかないだろう。


「はぁ……何してんだろ俺」


競技への熱が冷めていく。あれだけ息巻いていたのに、一度倒れただけで心が折れてしまった。何でこんな過酷なレースに参加してたんだっけ?

あぁ、このまま眠ってしまいたい。疲れているんだ。それくらい許されても良いじゃないか。ゴツゴツしてて寝心地は悪いけど、眠りにつけばどうせ気にならなくなる。


『……!』


何か、聞こえる。でも遠くて聞き取れない。


『……と!』


何だろう。もしかして救急隊とかだろうか。確かに倒れた人がいれば、彼らの出番だろうし。


『ハルト!』


「──っ!!」


その言葉がハッキリと耳に届いた瞬間、ハッとして晴登は無意識に顔を上げた。


──誰もいない。


いや、でも間違いなく今のは結月の声だった。一体どこから? この辺にいるはずだが……。


「幻聴か……」


そう思うと、笑いが込み上げてきた。
まさか幻聴まで聴こえてくるとは。やはり相当疲れているようだ。早く休んだ方が良い。それなのに、


「……諦めて、たまるかよ」


幻聴だろうと何だろうと、他でもない結月の声を聴いた。だったら、このまま地面に突っ伏している場合ではない。


──何のために走るのか。


晴登には仲間がいる。背負っている想いがある。それだけで、立ち上がる理由になる。


「一人じゃ、ないから!」


晴登は気力と根性で身体を起こし、立ち上がった。しかし限界はとっくに迎えている。気を抜けば頭から倒れそうだ。
だからこそ、それを防ぐように一歩を踏み出す。倒れる前に一歩。倒れる前に一歩。そうして、何とか前へと歩み続けた。


「ぜぇ……ぜぇ……」


身体中に充分な酸素が行き渡らず、呼吸がより苦しくなり、視界もぼやけてくる。地面に足が付いている感覚まで薄くなり、一方寒気だけはひしひしと感じとっていた。
もう誰が見ても競技をやめた方がいいと判断できる状態。


──それでも、歩みを止める訳にはいかない。


もう既に何人かに抜かれた。もう好順位とは呼べないかもしれない。でも、ゴールしさえすれば、本戦進出の可能性は残されているのだ。


「絶対に……ゴール、するんだ……!」


力を振り絞り、己を鼓舞しながら前進する。その勇姿を誰が馬鹿にできようか。中学生だからと、子供だからと、そんな言葉で済ませてはいけない。


彼も──立派な魔術師だ。





『おーっと、ここでフラフラになりながらも山頂に辿り着いた選手がいます! もう少しですよ!』


「あれ【日城中魔術部】じゃないか?!」

「嘘だろ!? 過去最高難易度と噂のこの"競走(レース)"を乗り切ったのか!?」

「あんなに小さいのに……。頑張れ!」



「「「頑張れー!!」」」



耳に響く声の正体は、ゴール付近に集う観客の声援だ。しかし、実は今の晴登にはあまり届いていない。何せ、彼はほぼ無意識の状態でここまで来たのだから。まるで何かに導かれているかのように、ゆっくりだが辛うじてまっすぐ歩いている。

そしてついに──


『たった今、【日城中魔術部】がゴール致しました!』


そのアナウンスが流れ、晴登自身も本能でここがゴールだと察した瞬間、彼はバタリと地に倒れ伏したのだった。






晴登が次に目を覚ましたのは、草原の上であった。頭上には澄み渡った青空が広がり、草木の爽やかな匂いが鼻をつく。
一瞬天国かとも思ったが、ここには見覚えがある。そうか、また来てしまったのか。この"いつもの場所"に。


「……何だか身体が楽だな。全然疲れてない。さっきまで死にかけてたと思うんだけど」


悠長にも一番最初に感じた疑問は、なぜここにいるかというよりも身体の好調についてだった。
とはいえ、ここを夢の中の世界なのだから、現実世界での疲労は関係ないのだと勝手に結論づけてみる。


「さて、今回は何が起こるんだ?」


こう何度も同じ夢を見ると、さすがに慣れるというもの。
この世界では天気がよく移り変わり、そしてたまに誰かが現れる。その理由までは定かではないけど、少なくともわかっていることは、この夢はただの夢ではないということだ。


「今は晴れてるけど、どうせここから……」


雲一つない空に浮かぶ眩い太陽。さっきまで寒さに苦しめられていた身には、その温かさがよく沁みた。
しかし、晴登がそう呟いた時には徐々に雲が集い始める。確信していた訳ではないが、経験上何となく察してしまったのだ。


「雨が、降るな」


雲は分厚く空を覆い、次第に黒ずんできた。風が止み、代わりに水の匂いが鼻をつく。予想通りだ。
雨は、好きじゃない。濡れるし、汚れるし、何だか憂鬱な気分になる。夢の中でまでそんな気分を味わうなんて、全くツイてない。


──ぽつりと、雫が晴登の元へと落ちてくる。


何てことのないただの水滴。当たれば濡れるだけの些細な露。そしてそれはあっという間に消えていく、そんな儚い滴りだと思っていた──次の瞬間だった。



その雫が、晴登の身体を脳天から貫いたのであった。







「うわぁぁぁ!!!???」

「うひゃあ!?」


予想だにしていない衝撃と感覚に驚いて身体が覚醒し、飛び起きる。そしてすぐに額に触れ、風穴が空いてないか確かめて安堵した。


「びっくりした……。いきなりどうしたのハルト?」

「え、結月……? てか、ここは……?」


目が覚めると、頭上には天井があり、横には結月がいた。どうやら倒れた後、どこかの部屋のベッドで寝かされていたらしい。


「ここは救護室だよ。ハルトってば、凄く無茶してたんだから」


そう言って、結月は腕を組んで頬を膨らませた。
辺りを見回すと、彼女の言うように、ここは保健室の様な所だとわかる。ベッドが何台か置かれており、それぞれを仕切るための白いカーテンがあった。今は晴登と結月以外は誰もいないようである。


「確かに、結構無茶したな……痛てて」

「まだ寝てなきゃダメだよ。体力も魔力もスカスカなんでしょ?」

「そうだな……」


慌てて飛び起きた反動が、今になって返ってくる。身体の節々が痛み、汗もびっしょりかいていて気持ち悪い。倦怠感も拭えないし、今は横になっておこう。


「それより、さっきの悲鳴はどうしたの? 変な夢でも見た?」

「変な夢……うん、変な夢だった。とても」

「ふ〜ん。まぁ疲れてるからだろうね。とにかく、無事で本当に良かったよ……」


そう言って、結月は晴登の手を握る力を強めた。余程心配していたんだろう。心からの安堵が見て取れる。それにしても、


「もしかして、俺が寝てる間もずっと手を繋いでたの?」

「そうだよ。だって、もう起きないかもって思ったら怖くて……!」

「わー待って待って! 起きたから! 泣かないで! ね?!」

「うん……」


まさか地雷を踏み抜くとは思わず、慌てて結月を慰める。女の子を泣かせちゃダメだと月に言われたばかりだと言うのに、不甲斐ない。


「ぐすん。今みんなを呼んでくるね」

「わ、わかった」


結月は目に浮かぶ涙を拭いてから、救護室を出て行った。晴登のことになると、情緒が激しく揺らいでしまう点が玉に瑕なのが結月だ。心配させるようなことは極力控えたい。


「もっと、強くならなきゃ」


今回の事態は己の弱さが招いたものだ。もっともっと身体を鍛え、魔術も洗練する必要がある。
その点、このレース中に師匠も見つかったことは幸先が良い。さらに強くなるにあたって、魔導祭はうってつけの舞台だ。早く復帰して、特訓しなければ──


「あれ、そういえば予選結果はどうなったんだろ」


ふと、今になって最重要事項を思い出す。
ちょっと待て、もしここで予選落ちしてようものなら、機会も何もあったもんじゃない。
ヤバい、そういえばゴールしたかどうかあんまり覚えてないぞ。まさか途中でぶっ倒れて運ばれた……? そんな、嘘だと言ってくれ……!



「──本戦出場だよ」



「すいませんでした! 俺のせいで……今何と?」

「だから本戦出場だよ。ホントに、お前はよくやってくれたよ」


そう言って、部屋に入ってきた終夜がニカッと笑っていた。
 
 

 
後書き
……あれ、ちょっと更新遅いんじゃない? 1ヶ月は経ってないにしろ、もう1週間くらいは早く更新できたんじゃない? 
あ、いや、決して競バや狩りにハマって時間がなくなった訳じゃないんです。本当です。信じてください()

さて、今回は遅れていた晴登パートオンリーになります。そしてようやく、長い長い予選パートが終わりました。まさか半年もかかってしまうとは……。
しかし、次からはいよいよ本戦です。どうやって予選突破したかは次回に持ち越しますが、とりあえずこの章を書き進めることはできそうです。やったぜ。ありがとう晴登。

ということで、早速次回の執筆に取り掛かりたいと思います。今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! 

 

第104話『予選結果』

 
場所は救護室。晴登が寝ているベッドの傍ら、チーム【日城中魔術部】が集結していた。


「さて、三浦も起きたことだし、改めて報告しなきゃな」


そう言って、こほんと一つ咳払いをする終夜。しかし、真面目ぶっているようで、その口角が上がっているのを晴登は見逃さなかった。


「さっきも言った通り、俺たち【日城中魔術部】は予選を通過した。16位でギリギリだけどな」


16位。それは予選を通過できる最低順位だ。とはいえ、100チーム以上いる中で16位というのは、とても誇らしいことである。
だが、ここで気になることが一つ、


「あの、ちなみに俺やみんなの順位は……?」


そう、これである。
予選の順位は4つの競技の順位の総和の小ささで決まるというルールなので、自分がどれだけヘマしたのか、どれだけみんなが良い結果を残したのか気になって仕方ない。


「三浦はえっと……あれ、暁、何位だっけ?」

「45位っすよ」

「げ……」


何てことだ。確か最後の山を登る時には30位を切っていたというのに、まさかそんなに順位を落としていたとは。
でもそれなら一層、みんなの順位が気になるというもの。


「あ〜そうそう。で、辻が17位。これでも充分凄いんだが、なんと……」


伸太郎の記憶を借りながら晴登に説明していく終夜だったが、そこで一度言葉を区切った。何だか、肩透かしを喰らった気分である。早くその先を教えて欲しい。
そんな焦れた様子の晴登を見て、終夜はニヤリと笑って──


「俺と結月が1位だ」

「え、1位!?」

「あ、暁! 俺が言う流れだったろ!」


だが、終夜が言うよりも早く、伸太郎が口を挟んだ。その行動に終夜はごねるが、伸太郎は鼻で笑うと、


「俺が1位を取ったんです。ドヤってもいいじゃないすか」

「くっそ、何も言い返せん」

「でもホントに凄いや、暁君」


珍しく上機嫌な伸太郎。それもそのはず、格上の魔術師揃いの競技で彼は1位を取ったのだ。詳しくは知らないが、まぐれという訳でもあるまい。取るべくして取った1位なのだろう。


「ちょっとハルト、ボクのことは褒めてくれないの?」


伸太郎に感心していると、不意に横からムスッとした声が飛んでくる。見ると、結月が頬を膨らませてこちらを睨んでいた。可愛い。
伸太郎が1位だということに驚きすぎて、結月も1位だったということをつい忘れてしまっていた。


「え、あ、うん、もちろん凄いと思ってるよ! さすが結月!」

「ふふん、そうでしょそうでしょ。惚れ直した?」

「へっ!? いや、それは元々惚れてると言うか何と言うか……」


早口にはなったが、本心から結月を褒めると、彼女はご満悦のようだった。しかし、最後に付け足された問いの答えに戸惑ってしまう。


「おい、急に惚気け始めたぞこいつら。追い出すか?」

「賛成ね。もう三浦も元気そうだし」

「ちょ、待ってください!?」


するとその様子を見た終夜と緋翼がからかってくるので、もう収拾がつかない。

結局、騒ぎすぎて晴登以外全員救護室から追い出されてしまうのだった。







「三浦君、調子はどう?」

「あ、猿飛さん! 今はだるいですけど、明日には元気になってると思います」

「そう、良かった」


次なる来客は、ようやく見つけた師匠である風香だった。チームの他のメンバーは居らず、1人で来たようだ。


「ごめんね、あの時置いていっちゃって」

「いえいえ! 猿飛さんだって自分のチームがあったんですから、仕方ないですって! 俺なんか世話になりすぎたくらいですし……」

「それは私が好きでやったことだから気にしないで」


凄く申し訳なさそうな顔をする風香に、晴登の方がペコペコと頭を下げる。何度彼女に助けられたと思っているのだ。彼女がいたからこそ、晴登たちは予選通過したと言っても過言ではない。感謝するのはこちらの方なのだ。


「あ、そういえば猿飛さんのチームは予選どうだったんですか?」

「私たちは13位で予選通過。──だから、本戦で当たるかもね」

「……!」


風香の不敵な笑みに、無意識に背筋が伸びる。やはりと言うべきか、彼女たちも勝ち上がったようだ。
予選で垣間見えた彼女の実力を鑑みるに、今の晴登の"風"では到底及ばない。本戦の詳細は後で終夜から教えてもらう手筈だが、もし風香と戦闘(バトル)をすることになろうものなら……


「早速師弟対決ってことですかね」

「ふふ、楽しみにしてるよ」


そう微笑んで、風香は部屋を後にしようとする。しかし、最後に振り返ると、


「ねぇ、もし明日空いた時間があったら一緒に特訓しない?」

「え、いいんですか?!」

「もちろん。それじゃあ、またね」


そう言い残して、彼女は去っていった。
まさかもう特訓の約束を取り付けられてしまうとは。これは是が非でも調子を戻さなくてはならない。


「よし、寝るか」


睡眠こそ、最大の休息法。元々疲れていた晴登は、すぐに深い眠りに落ちるのだった。






その夜、何とか身体を動かせるまでには回復した晴登は、選手たちの宿泊施設、いわゆる選手村にやって来ていた。というのも、魔導祭の会場が山奥なもんだから、日帰りの手間を省くためにわざわざ作られたのだという。当然、晴登たち【日城中魔術部】も宿泊する。


「いや、結構凄いことじゃないですかこれ」

「そりゃ魔導祭は魔術師たちにとってのオリンピックみたいなもんだ。これくらいあって然るべきだろ」

「そういうもんなんですか……」


目の前に聳え立つ大きなホテル。そのあまりの立派さに、晴登は嘆息するしかない。
というかこんなに大きいのに、ここまで近づかないと存在すら認知できなかった。もしかすると、魔術で隠されていたのかもしれない。ロマンだ。

中に入ると、内装も外装と遜色ないものだった。そこらのビジネスホテルよりもよほど金がかかっている気がする。
案内された部屋も、大きなベッドが4台あり、洋風で広々としていた。


「俺たちは男子2部屋女子1部屋だ。この部屋は俺と三浦と暁で使う」

「じゃあ2年生で1部屋っすね。てか、俺たちまで泊まっていいんですか?」

「チームなんだから当たり前だろ。まぁこのホテルが小さかったら野宿だったけどな」

「「ひっ……!」」


終夜の脅しに2年生たちが悲鳴を上げる。とはいえ、実際には部屋を割り当てられているからそんなことにはならないが。


「ようやく私は女子1人から解放か〜。よろしくね、結月ちゃん!」

「はい! ……ハルトと相部屋じゃないのはちょっと残念ですけど」

「ちょっ、結月何言ってんの!?」

「「みーうーらー!!!!」」

「わぁぁ先輩待って! 待ってください! 違うんです!」


ふと零れた結月の言葉を、誰も聞き逃すことはなかった。結果、晴登は嫉妬に駆られた2年生方に追いかけられる始末だ。
そしてそれを見て、元凶である結月はクスクスと笑っている。全く、誰のせいだと思っているのか。そんな意地悪な所も彼女の魅力ではあるのだが。


「はいはい茶番はそこまでだ。明日から待ちに待った本戦なんだぞ。気を抜きすぎるな」

「「へ〜い」」

「という訳でミーティングをやるぞ。今日貰った資料によると、例年通り本戦は"戦闘(バトル)"を4日間に渡ってトーナメント形式で行なう。負ければその時点で敗退だ。あと、戦闘(バトル)の特別ルールは当日発表らしい」

「特別ルール?」

戦闘(バトル)するっつっても、特別なルールがある訳よ。そこまで奇を衒ったものじゃないが、一対一とは限らなかったりする」

「なるほど……」


終夜の説明によると、明日から行なわれる本戦の戦闘(バトル)は、方式がランダムということのようだ。一対一に限らないということは、二対二や四対四もありえるという訳か。もしかすると、バトルロワイヤルの可能性もある。しかし、やはり去年の状況を知らないために予想がつかない。


「ま、そこは各自どうにかしてくれ。俺からすれば、本戦に出れるだけで嬉しいんだからな」

「そうね。まさか私たちの代で出れるとは思わなかったわ」


そう言って、終夜と緋翼は笑った。
万年予選落ちの【日城中魔術部】。そんな弱小チームが、ようやく日の目を見る時が来たのだ。喜ぶ気持ちはもちろんわかる。
そして彼らが本戦に出場できるのも、予選で1位をもぎ取った結月と伸太郎の手柄が大きい。ただその一方で、


「でも結月や暁君と違って、俺の順位はあまり……」


晴登としては、今回の予選結果をあまり好ましく思っていない。理由は単純、自分の実力で取った順位と言えないからだ。
もちろん競技中は、本戦出場のために仕方ないと割り切ってはいたが、やはり心の奥底では納得していなかったようである。
もし、結月と伸太郎の1位がなければ、確実に今年も予選落ちの流れだったろう。間一髪とはまさにこのことだ。

しかし、そんな暗い表情をする晴登に、終夜は声をかける。


「何言ってんだ。歳上の魔術師相手によく健闘した方だろ。猿飛さんの助けがあったとはいえ、お前の実力も充分に発揮してたはずだ」

「そうですかね……って、え? どうしてそれを……?」


ありきたりな慰めだと、そう思っていたところで、ふと違和感に気づく。そして、失念していたであろうことに思い当たり、羞恥心が込み上げてきた。


「ん? 不思議な話じゃないだろ。予選の状況は逐一モニタリングされてたんだから。ちなみに、お前が抱きかかえられてたとこもバッチリ映ってたぞ」

「あ〜〜〜!!!」


各地で行なった予選の様子を観客が見るにはその方法しかあるまい。晴登が参加した競走(レース)でも、きっとドローンか魔術的な何かで中継をされていたのだろう。
そして今回の競技で、最も人に見られたくなかったシーン。それが会場中に広まっていた事実を知り、晴登はベッドに布団を被って蹲る。夏だから暑かった。


「あ、それならボクも見てたよ、ハルト」

「結月も!? いや、あれは助けてもらっただけで、決して他意は……!」


恋人に別の女性を抱えられてる所を見られるなんて、恥ずかしい以上に罪悪感が大きかった。下手をすると、浮気と疑われてもおかしくない。
そう思って必死に弁明すると、結月はうんうんと頷いて、


「そうだね、わかってるよ。だからボクも抱きかかえていいかな?」

「何でそうなるの!?」


手を広げて、晴登へとにじり寄ってくる結月。なぜだろう、笑顔なのにとても怖い。目が笑っていない気がする。さすがに捕まるのはマズそうだ。


「ったく、そこの夫婦は置いといて話進めるぞ。まず本戦に出場するに当たって、選手4人ってのは絶対条件だ。だから俺が補欠の枠から出る必要がある。つまり……暁、代わってもらっていいか?」


そう話を進めて、終夜は伸太郎を振り返る。その表情は少し申し訳なさそうだった。
せっかく予選で活躍したのに本戦に出場させないなんて、終夜としても心苦しい決断なのだろう。


「……いいっすよ。予選はたまたま噛み合っただけっすから。こと戦闘(バトル)において、俺は目眩ししかできませんし」

「悪いな、恩に着る。……よってメンツは俺と辻、W三浦の4人だ。正直予選よりハードになると思うが、頑張って欲しい」

「「はい!」」


しかし、意外と伸太郎はあっさりと終夜の話を聞き入れ、本戦のメンバーが決まったのだった。晴登もその一員というのはとても緊張するが、できる限り頑張っていきたい。今度は自分の力で。


「よし。じゃあ今日のミーティングはこれで終わりだ。解散!」


終夜のその言葉を合図に、女子や2年生は部屋を出て行った。そして、部屋には晴登と終夜、伸太郎の3人が残る。
そんな時、終夜が徐に口を開いた。


「三浦、暁」

「「はい?」」

「──ありがとな」


いつもとは比べ物にならないくらい、大人しく優しい声色だった。その表情も柔らかく、心から感謝しているように見える。

……お礼を言われたのであれば、こう返すしかないだろう。


「「どういたしまして」」


──いよいよ明日から、魔導祭本戦が始まる。
 
 

 
後書き
大体3週間ぶりでしょうか。その割には内容がうっすい気もしますが、繋ぎなのでそれはそれ。次回から本格的な本戦に入っていきます。
内容は前から練りに練ってはいますが、練りすぎて逆に無へと帰しそうなので、やっぱりいつものように練りながら書くことにします。ねるねるねるね(壊)

ということで今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第105話『いざゆけ本戦』

 
魔導祭は2日目を迎えた。
天気は雲一つない快晴だが、夏においてはとても厳しい天気と言えよう。まだ動いてもいないのに、汗がたらりと頬をつたる。

現在、晴登たちは本戦の会場である、開会式も行なった闘技場へと続く通路にいる。というのも、今から本戦出場チームのみの入場があるのだそうだ。晴登たち【日城中魔術部】は、予選16位通過ということでその先頭に並んでいる。


『それでは皆さんお待ちかね、本日より魔導祭本戦を行なっていきます!』

「「「うおおおぉぉぉ!!!」」」


そのジョーカーの宣言に、観客のボルテージは既に最高潮。それだけこの本戦が注目されているということだろう。そう思うと、嫌でも緊張で顔が強ばってしまった。


「おい三浦、そんなにガチガチに緊張してもしょうがないぞ」


そんな時、前に立つ終夜からそう指摘される。
とはいえ、緊張するのも無理はないだろう。こんなに人に注目されるような舞台に立つのは初めてなのだから。


「部長は緊張しないんですか……?」

「あったりまえだろ。俺は部長だぞ?」

「その割には声が震えてるわよ。全く、緊張しない訳がないじゃないの……」


その緋翼の言葉通り、実は2人も緊張の色を隠しきれていなかった。彼らでも、この本戦には初出場なのだ。晴登と立場はそう変わらない。
その一方で、晴登の後ろに立つ結月の表情はいつも通りだった。


「結月は緊張してないの?」

「う〜ん、ボクは楽しみたいって気持ちの方が強いかな。ハルトが活躍するところが早く見たいよ」

「う、それはどうかな……」


相変わらず、結月は晴登のことで頭がいっぱいらしい。
しかし困った。彼女にかっこいいところを見せたい気持ちはあるが、本音を言えば戦闘(バトル)で勝てる気がしない。何せ相手は一回りも二回りも歳上の魔術師だ。経験だけでは埋まり切らない差が、そこにはあるように思う。


『それでは、本戦出場選手の紹介です!』

「お、俺たちの出番みたいだぞ。準備はいいか?」

「は、はい」


満を持して、入場の時がやってきた。陽気なファンファーレが流れ出したら、それが合図だ。先頭の終夜とその後ろの緋翼が動き出したので、その後をついて行く。


『まずは予選16位通過! 早速番狂わせなチームです! 合計順位は64位、【日城中魔術部】!』

「「「わああぁぁぁ!!!」」」


晴登たちが会場に入ると、そのアナウンスと共にさらに会場が沸き立つ。しかし、その盛り上がりは予選16位突破のチームに見せるものとしてはかなり過剰だ。まるで、予選を1位通過したチームかのようである。
それだけ、このチームが異色だったということだろう。



『中学生と侮るなかれ! なんとこのチームには予選1位通過者が2人もいます! 頭角を現してきた幼い天才たち、本戦に期待です!』


そう、このチームはまだ全員が中学生。義務教育も終えていないような歳なのだ。そんな少年少女が予選を突破したとあれば、このお祭り騒ぎも当然と言えよう。応援する人も少なくない。


「うわ、プレッシャーが凄い……」


しかし、その期待が逆に晴登を苦しめる。
大体、「天才」という言葉とは縁遠い所で生きてきたのだ。伸太郎や結月ならまだしも、晴登にその資質は存在しない。故に、この声援が余計に重荷となっているのだ。


「大丈夫、ハルト?」

「大丈夫かと言われると大丈夫じゃないかも。怖くて身体の震えが止まらないや」


気圧されてる晴登の様子に気づいた結月にそう訊かれたが、武者震いだと誤魔化すことはしなかった。そう強がれるほどの実力はないし、何よりこの会場全体の雰囲気に既にビビっている。
果たして、自分がここに立っていい存在なのか、場違いなのではないかと自問しながら、晴登は静かに指定場所に整列した。





その後、続々と予選を通過したチームが呼ばれていった。その中にはもちろん、予選13位通過の【花鳥風月】がいたし、1位の枠にはやっぱり【覇軍(コンカラー)】が鎮座している。
そして初めてそのメンバー全員も目の当たりにしたが、アーサーと影丸以外に、狩人を想起させる軽装の男と、青色を基調とした大きな三角帽子を被り、まるで魔女のようなコートを羽織った女がいた。全員、見るからに実力者なのは間違いない。

もちろん、強そうなのは【覇軍】だけではない。晴登たちの隣に並ぶ人もれなく全て、少なくとも晴登よりは格上の魔術師だろう。滲み出るオーラが違う。


『──それでは予選を突破された16チームの皆様、まずはおめでとうございます。あなた方は本日より、このフィールドにてトーナメント形式で戦闘(バトル)を行なってもらいます。1回戦が今日、2回戦が明日という具合です。そして最終日に決勝戦を行ない、そこで優勝チームが決まります』


16チームが全員整列したのを確認してから、ジョーカーは話し始めた。ここまでは、昨日終夜から聞いた内容と変わらない。


戦闘(バトル)のルールは至って簡単。相手を戦闘不能にするか降参させる、もしくはフィールド外の地面に足を付かせれば勝利です。なお、戦闘中は腕輪にかけられた魔術によって選手が保護され、ダメージによる身体的な傷害を負わない代わりに、魔力が減少するようになります。つまり、相手にダメージを与え続けると、相手の魔力不足を引き起こすことができるようになります』

「ほぉ……」


難しい説明をされて頭がこんがらがったが、要するに"怪我を負わない戦闘(バトル)"といったところか。確かに勝ち上がれば毎日戦うのだから、選手が怪我を負うのは避けたいのだろう。それで代わりに魔力がHPの代わりになると……一体どういう原理なのか。とりあえずこの腕輪すごい。
それにしても、フィールドの外に出るのも禁止とは。まるで相撲のようだ。忘れそうだから、ちゃんと覚えておこう。


『ただし、戦闘(バトル)の特別ルールは毎日異なります。シンプルで簡単なものからチームワークの問われる難しいものまで、それはこのくじを引かないことにはわかりません』


そう言うジョーカーの頭上には、開会式でも見たモニターが表示されていた。またルーレットを行なうのだろう。


『それでは早速、1回戦の特別ルールを決めましょうか。いきますよ、ドゥルルルルルルルルルル──』


始まった、またあのセルフ効果音だ。さて、今日の特別ルールは一体……


『デン! 1回戦は"抜き打ちタイマン勝負"です!』

「……うん?」


今日のルールが発表されたようだが、意味がよくわからず首を傾げる。
"タイマン"ということは1対1なんだろうけど、"抜き打ち"とは……?


『説明しましょう! "抜き打ちタイマン勝負"とは、チームから1人を運営側がランダムで指定して、その人たちがタイマン勝負するというものです!』

「げ……」


その説明を聞いて、納得したのと同時に不安を覚えた。つまるところ、選出されたら嫌でも戦わないといけないということだろう。しかも1人だけだから、プレッシャーもその分大きい。絶対選ばれたくない……!


『そしてそして、こちらが本戦のトーナメント表になります!』

「えっと1回戦の相手は……【グラトニー】」

「なんか強そうな名前だね……」


続いてモニターに映し出されたトーナメント表の1回戦第1試合、そこに【日城中魔術部】のチーム名が刻まれていた。まさかのトップバッターである。そしてお相手は【グラトニー】。結月の言う通り、名前からして既に強そうだ。


『第1試合の開始は30分後とさせて頂きます! それでは健闘を祈ります!』


そう最後に言い放って、ジョーカーは立ち去っていった。
もう30分後には本戦が始まる。気の休まる暇なんてなかった。



ジョーカーが去ったことから、選手たちも解散を始める。そんな中、【日城中魔術部】は会場に残った。今さら会場を出たところで、何もやることはないからだ。
それは1回戦の相手となる【グラトニー】も同じようで、フィールドを挟んだ向かい側に待機している。


「1回戦は誰が選出されるかわからねぇ。全員準備を怠るなよ」

「「了解!」」


部長らしい終夜の言葉に、残りのメンバーで揃えて応える。今、過去一番で団結している気がした。


さて、一体誰が選ばれるのか──







『定刻になりましたので、1回戦第1試合と参りましょう!』


ジョーカーが高らかに宣言し、会場の熱がヒートアップする。魔導祭本戦第1試合とあって、その注目度は相当なものだ。

その後彼はいつものようにモニターを表示し、滑稽な演出と共に出場選手のルーレットを回し始めた。


『出場選手は──デン! 【グラトニー】からは宍倉(ししくら)選手、【日城中魔術部】からは黒木選手です!』

「お、いきなり俺か」

「良かった……」


その発表を聞いた瞬間、心の底から安堵した。いや、本当は安心するにはまだ早いのだが、プレッシャーを一身に背負う必要がなくなっただけで気は楽である。

それに、予選に出場していない終夜の出番が早く回ってきたことが何より喜ばしい。こう言ってはなんだが、これで負けたとしても悔いは残らないだろう。伸太郎の分まで頑張って欲しい。


『では、選手を紹介していきます。まず、チーム【グラトニー】は予選14位通過。そして、宍倉選手は"組み手"にて、11位という高順位を記録しています』

「11位……!」


その順位に、ごくりと生唾を飲む。しかもよりにもよって、戦闘(バトル)と最も形式の近い"組み手"の順位がそれだ。
少なくとも、17位の緋翼よりは強いという証明にはなるだろう。早速強敵とぶつかってしまったらしい。

名前を呼ばれた宍倉という男は、首を鳴らしながら前へと出てきた。いかつい顔つきと金髪のオールバック、その体格は平均的な大人の男性よりも一回り大きい。まるで一昔前のヤンキーを思わせる風体だ。つまり、喧嘩も強そうだということである。


『一方黒木選手は、チーム【日城中魔術部】のリーダーでありながら、なんと予選は不参加。その実力は未知数であります』


その紹介に、さすがに会場もざわめき始める。
そもそも、補欠を用意しているチームすらあまりいないので、本戦で補欠と入れ替えるという行動に、誰もが驚きを隠せなかった。


『それでは両者、フィールドに上がってください』


ここで再度説明をするが、フィールドの形は直径50mくらいの円形で、地面から1mほど高く造られている。素材はコンクリートのようなものでできており、土と比べると少し戦いにくそうに思えた。

終夜と宍倉は階段でフィールドに上がり、互いの距離が10mといったところで対峙する。
まだ試合が始まっていないというのに、目から火花がバチバチと飛んでいるように見えた。
しかし大男と男子中学生では、その戦力差は歴然に見える。大丈夫だろうか……。


「おいお前、予選に出てないッてな。何でか知らねェが、予選にも出れねェ奴が本戦で活躍できると思ったら大間違いだぞ。身の程ッてのを教えてやる」

「それはありがたいですね。是非ともご教授願いたい」


宍倉の挑発を、終夜はさらりと受け流す。あくまで終夜は余裕の表情だ。ああいう顔をしている時は、何かしら策を講じている時だと知っている。


『では今から、魔導祭本戦第1試合を始めます。試合──開始!』


ジョーカーの合図と共に、ゴングの音が鳴り響く。瞬間、宍倉が動いた。


「そら、歯ァ食いしばッて受けてみろやァ!」


一直線に終夜へと駆け出す宍倉。その瞳は終夜をしっかりと捉え、その右手は鉄の鉤爪のようになっていた。恐らく、あれが彼の魔術だろう。怪我をしないとはいえ、あれをまともに喰らいたいとは思わない。
それなのに、終夜はその場から一歩も動こうとしなかった。


「部長……!」


「──そう焦らないでくださいよ」


「んぐッ……!?」


その様子にたまらず声をかけたところ、流れが変わった。
なんと宍倉の爪が終夜に当たる寸前、彼の身体がピクリとも動かなくなったのだ。


「何だァ……身体が、動かねェ……?!」

「すいませんね、ちょいと小細工させてもらいましたよ」


口だけは動く宍倉がそう叫ぶと、終夜は意地悪そうに笑みを浮かべた。
この現象は何度も見たことがある。彼の得意技、"麻痺"だ。


「このガキ……!」

「いや〜ダメージを防がれるって聞いて不安でしたけど、どうやら麻痺は通じるみたいで良かったですよ」

「ぐぎぎ……」


まだ中学生である終夜にしてやられて、元々怖い宍倉の顔がさらに険しくなった。
しかし、その身体は全く言うことを聞かず、指一本動かすことも叶わない。


「さて、その状態で俺の技をよけれますか? キツいやついきますよ?」

「……はッ、やれるもんならやッてみやがれ。耐えて痺れがとれりャ、こッちのモンだ!」


麻痺しているとはいえ、これではまだ戦闘不能とは言い難い。宍倉の闘志もまだ消えておらず、降参することもなさそうだ。
よって終夜がやることはただ一つ、この間にできる限りのダメージを与えること。逆に宍倉は、攻撃を耐えて痺れがとれるのを待つことが最善手だろう。


「なら遠慮なく。動かない相手に撃つのは気が引けますが、これは勝負なんでね」

「言ッてろ。すぐにやり返してやるよ」


遅れはとったものの、中学生の攻撃など余裕で耐えれるとの判断なのか、宍倉は随分と強気だ。カウンターを虎視眈々と狙っている。

しかし、そんな様子を見ても終夜は動じなかった。いつものように指鉄砲を構える。


「弾けろ、"冥雷砲"!!」

「ぐァァッ!!」


詠唱と共に、黒い閃光が宍倉に襲いかかった。その一撃に彼は叫びを上げたようだったが、轟く雷鳴に打ち消される。

その後、ぷすぷすと黒煙を上げる彼はぐったりと倒れ伏した。


『な、な、なんと、一発でノックアウト!! し、勝者は【日城中魔術部】黒木選手!! リーダーの名は伊達ではなかったぁ!!』


「「「うおぉぉぉぉぉ!!!!!」」」


ジョーカーがそう采配し、決着がつく。
なんと終夜は、たった一撃で宍倉を戦闘不能に陥れたのだった。


「ええぇぇぇ!?」

「嘘!?」

「いくら本戦に出たかったからって、いきなりフルスロットル過ぎでしょ……!?」


その結果は味方にとっても予想外で、彼らは口々に驚きの声を洩らす。一体誰がこんな展開を想像できただろうか。いや、きっといないだろう。


『第1試合から波乱の幕開けです! 【日城中魔術部】、底が知れません!』


「「「わあぁぁぁぁぁ!!!!!」」」


観客の興奮は留まることを知らず、むしろより盛り上がってきていた。前代未聞の事態に、誰もが驚きを隠せなかったのだ。


「……は、はは、はははは」


そんな中、フィールドの中央で片手で顔を抑えながら笑っている人がいる。


──正直、彼自身も予想外だったのだ。


これほどの観客に、これほどの歓声を浴びせられる中、一撃で相手を仕留めたという高揚感。誰も彼の笑いを妨げることはできまい。

そして彼は両手を大きく広げ、大きく息を吸って勢いのままに叫んだ。



「これが俺たち、【日城中魔術部】だ!!」


 
 

 
後書き
5月半ばにてこんにちは。世間はもう梅雨らしいですね。洗濯物が干しにくくてたまりません。どうも波羅月です。

さて、1回戦第1試合が呆気なく終わってしまった訳ですが、先に言っておくと手を抜いた訳ではありませんからね? スピード感を重視しただけなのです。……ホントですよ?

ということで、次回から早速2回戦に進めそうです。嘘です、まだ1回戦終わってないですからね。次回ぐらいはまだ使っていきたいと思います。

今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第106話『師匠』

魔導祭本戦1回戦第1試合で見事白星をあげた【日城中魔術部】。そんな彼らは2回戦へ向けての休息──とはいかず、1回戦の残りの試合を観戦していた。


1回戦第3試合。今戦っているのは【花鳥風月】の風香と、予選10位通過の【Dream】の日向(ひゅうが)だ。屈強な男たちが集うこの本戦においては珍しく、女性同士の勝負である。
日向は片目が隠れるほど茶髪を伸ばし、ギャルのように派手な化粧をしている、気が強そうな人物だ。


「ほらほら、避けてばっかじゃダメだよ!」

「……くっ」


ちなみに今の戦況は風香が不利だ。というのも、日向の腕や脚が彼女の魔術によって、恐らくは彪か虎をモチーフとしたものへと変化しており、そこから繰り出される素早い連撃を風香は避けることしかできないのである。


「あんな魔術もあるんですね……」

「いわゆる"変化属性"だな。基本的に身体強化するものが多いから、対処できないとゴリ押しされる」


終夜の言葉に耳を傾けながら、晴登は試合の流れをじっくりと見守る。
日向は予選では"競走(レース)"に出場していたようで、風香よりは順位は低かったようだが、この様子を見る限り、彼女は戦闘(バトル)の方が性に合ってそうだ。
風香はよく見切ってはいるが、日向の攻撃は収まる様子がない。このままだと、ホントにゴリ押しされてジリ貧に……


「……! そこっ!」

「なっ!?」


しかし、やられっぱなしの風香ではなかった。
日向が蹴りを繰り出したその瞬間、しゃがんで避けながら相手の軸足を払い、体勢を崩したのだ。
ずっと狙っていたのだろう、その洗練された動きには思わず舌を巻いてしまう。


「"飄槍突"!!」

「ぐあぁぁぁっ!!」


そして仰け反ったその隙に、風香は予選の時にも見せてくれたあの風を纏った前蹴りで、日向を吹っ飛ばした。その威力は森に風穴を開けるほどだと、晴登は既に知っている。当然、人間ならば尋常じゃないくらい吹き飛ぶだろう。


「がはっ!」

『あ〜っと、日向選手が場外の壁に激突! 残念ながら、これは失格です!』

「ちく、しょう……!」


風香の一撃を喰らった日向は、なんと場外の壁まで飛ばされていた。壁に当たってもリタイアなのかという感想は置いといて、改めて風香の攻撃力に脱帽する。あんな細身の彼女の一体どこにそんな力が秘められているのか、不思議でならない。


「すっげぇ……!」

「三浦と比べて風圧が桁違いだったぞ。一体どんな訓練してんだ」


それは晴登の方が知りたいくらいだ。せっかく弟子になったのだから、早く彼女に教えを乞いたい。


『第3試合、勝者は【花鳥風月】猿飛選手! 若者の猛攻が止まらない!』


そのジョーカーの言葉に、会場が沸き立つ。【日城中魔術部】に続いて、またもや未成年チームが勝利しているのだ。胸踊る展開なのも頷ける。


『それでは、続く第4試合の準備を──』


「──あ〜もう、我慢できない!」

「あれ、ハルトどこ行くの?!」

「ちょっと野暮用!」


そんな盛り上がる会場の中、晴登は結月の問いにそう答えながら応援席から離れた。
このまま試合を見たい欲もあったが、それよりも今の試合を見てじっとしている方が嫌だったのだ。

ちなみに目的地はもちろん──







「いや〜さっすが風香、相変わらず隙を突くのが上手いんだから」

「褒めすぎ、月」

「でもでも、ホントに凄かったよね! ビューンって!」

「とにかく、1回戦が突破できて良かったね〜」


フィールドから退場しながら、【花鳥風月】のメンバーがそんな会話を繰り広げていた。そのまま入場の時にも通った通路を歩いていると、


「さ、猿飛さん!」

「ん? あ、君は確か──」

「どうしたの? 三浦君」


月の言葉に続くように、風香が訊く。もっとも、彼女には何の用かは察しがついていたが。


「え、えっと、猿飛さんに訊きたいことが……」

「わかった。そういうことみたいだから、みんなは先に戻ってて」

「えぇ? ポンポン話が進んでよくわかんないけど、彼女持ちだからちょっかいかけちゃダメだよ〜?」

「そんなことしない」


月の忠告に、風香は呆れたように答える。
彼女以外のメンバーは不思議そうな表情をしていたが、言われるがままに3人でそのまま行ってしまった。


「さて、思ったより来るのが早かったね」

「だってあんな凄い試合見たら、いても立ってもいられなくなって……」

「だからって、試合直後に来ることはないでしょ。私だって疲れることはあるんだよ?」

「う、すいません……」


ご最もだ。後先考えず行動して、さらに相手の都合を蔑ろにするのは全く賢くない。これは反省。


「わかればよろしい。でも、今日はまだ力が残ってるから、午後からならいいよ」

「本当ですか?!」

「うん」

「よっし!」


しかし、風香の懐の広さに救われた。あまりの嬉しさに、思わずガッツポーズまでとってしまう。これでまた強くなれるのだ。ワクワクして仕方ない。


「それじゃ、昼飯を食べたらホテルの裏庭に来て」

「裏庭……わかりました!」


風香の言葉に元気よく答え、晴登は応援席へと戻るのだった。






その後、午前の試合の観戦を終えて昼食もとった晴登は、早速ホテルの裏庭にやって来ていた。
ちなみに、1回戦は8試合行なわれるため、午前と午後に4試合ずつ行なわれることになっている。そのため、午前で試合が終わった【日城中魔術部】と【花鳥風月】は、午後は観戦しようが特訓しようがフリーなのだった。


「おまたせ」

「いえ、俺も今来たところです」

「そう。なら、早速本題に入るんだけど……何を教えて欲しいの?」


後からやって来た風香が、そこで晴登を見つめる。そうだ、そういえば目的があるのだった。彼女もそれを見抜いているのだろう。


「実は──空を飛びたいんです」

「……」


それを聞いた瞬間の、呆気に取られた風香の表情は実に見物だった。しかし、ふざけているように聞こえるかもしれないが、こちらは至って真剣である。最初からそれが目的だったのだから。

その真面目な晴登の眼差しを見て、冗談ではないのだとわかった風香は考え込む。そして一言、


「……ごめんなさい、私じゃ力になれないみたい」

「えぇっ!?」


まさかの戦力外報告に、思わず声を上げてしまった。風香ほどの実力があれば、空を飛ぶくらい訳ないと思ったのだが。


「ちなみに三浦君、君の能力(アビリティ)のレベルは?」

「えっと……確か3ですけど」

「……言いにくいんだけど、実は風属性で空を自由に飛び回るには、能力(アビリティ)レベル4以上はないと難しいの」

「そうなんですか?!」

「空を飛ぶってなると、自重を浮かせるほどの風量を継続的に生み出す必要があるじゃない? その条件だけでも、並の能力(アビリティ)じゃ満たせないの」

「なるほど……」


風香の言うことには納得できる。事実、晴登にできるのはあくまで瞬間的な"噴射(ジェット)"のみ。たとえ全力を出しても、高い崖から落ちて着地するのがやっとだ。


「じゃあ、猿飛さんの能力(アビリティ)のレベルって……?」

「私は2。空を飛ぶなんて夢のまた夢よ」

「2……!? あんな凄い技使えるのにですか?!」

「訓練次第で、レベルなんて多少は誤魔化せるよ。君のチームの部長なんか良い例じゃないの?」

「確かに……」


言われてみれば、終夜はレベル3の能力(アビリティ)であるにもかかわらず、とんでもない威力を誇っている。それを鑑みれば、風香の能力(アビリティ)がレベル2だと言われても変ではない。


「それにしても、君こそ能力(アビリティ)のレベルが3だったとは驚いたよ。てっきり4くらいだと思っていたのに」

「そうですか? 別に何も凄くないと思いますけど……」


続く風香の言葉に、晴登は首を傾げる。風香と比べても大した威力もないし、レベル4どころか、レベル2と間違われてもおかしくないくらいだと思うのだが。


「いや、風を放出したり身体に纏わせるだけならまだしも、刃として繰り出すのはさすがにびっくりしたよ。普通はそこまでできないから。よっぽど訓練したんだね」

「えっと、まだ魔術が使えるようになってから3ヶ月くらいしか経ってませんけど……」

「……え? 嘘でしょ?」


感心したように頷いていた風香に事実を伝えると、鳩が豆鉄砲を喰らったかのようなポカンとした表情になった。しかし、嘘ではない。


「……そんな、それならあまりに早すぎる。器用とか、そういう次元じゃないよ」

「そう言われても……」


できるものはできるのだと、天才じみたことを言おうとしてやめる。けどできるのは事実なのだ。"鎌鼬"も"風の加護"も、イメージすればすぐにできた。まさかこれが普通じゃなかったなんて。

そんな様子の晴登に、風香は指を立てて説明する。


「いい? 元々、能力(アビリティ)っていうのは、レベルによって扱いに制限がかかるの。例えば……私は"脚にしか"魔術を使えなかったり」

「え、そうなんですか!? ……てか、そんなこと教えちゃっていいんですか?」

「説明するためだもの、仕方ないよ。それに、バレたところで何かが変わる訳じゃないでしょ?」

「それは、まぁ……」


思い返せば、風香が脚以外で魔術を発動したところをついぞ見ていない。
能力(アビリティ)に制限があるなんて話、終夜から聞いたことはなかったが……。


「それに対して、君の魔術は汎用性が高すぎるの。レベル4以上、もしくは熟練したレベル3と言われれば納得するけど、君はまだ覚えたてのレベル3。それなのにそこまで魔術を扱えているのは、普通に考えておかしいの」

「そうだったんですか……」


風香の言い方から察するに、レベル3の能力(アビリティ)でも少しは制限があるのかもしれない。しかし、会得してから日が浅いせいで、制限されているのかどうかすらもよくわからなかった。気づかなかっただけで、実は終夜や緋翼も制限を抱えているのかも……。


「あのさ……良ければ、君の能力(アビリティ)を教えてくれないかな? 代わりに私も教えるから……」


風香はおずおずとそう申し出た。

魔術師にとって、能力(アビリティ)を教えることは手の内を晒すことに等しい。しかも彼女とは本戦で当たる可能性もある。当然、お互い不利になってしまうのは必至だ。
それにもかかわらず訊きたいというのは、同じ風属性を扱う魔術師としての好奇心ゆえだろう。

晴登は一瞬迷ったが、別に隠すことでもないし、他でもない師匠の頼みだと考え、教えることにする。


「俺の能力(アビリティ)は、"晴風(はれかぜ)"って言います」

「なるほど……あ、私は"疾脚(しっきゃく)"よ。意味は文字通り。それにしても"風"はともかく、"晴"って何かしら? それがきっと君の力のキーだと思うんだけど……」

「言われてみれば……考えたこともなかったです」


能力(アビリティ)は、基本的に主属性と副属性の2つで構成されている。晴登の場合、主属性は"風"で、副属性が"晴"という訳だが……如何せん"晴"が何を表しているのか見当もつかない。
ふと、『晴れてる時に強くなる』のかとも思ったが、今までそこまで恩恵を受けた気はしない。何なら、一番本気で魔術を使った林間学校のスタンプラリーの時は雨だったし。


「う〜ん、本人にもわからないなら、考えても仕方ないかな」


悩む晴登を見て、これ以上の言及は意味がないと思ったのか、風香はそこで話を打ち切った。


「それじゃあ話を戻すけど、空を飛びたいって言ってたよね?」

「あ、はい」

「レベル3じゃ無理……って言いたいところだけど、君の力が計り知れない以上、結論は出せなくなった。でもどちらにせよ、私自身が飛ぶことができない以上、力になることはできないの。だから──」

「だから……?」


いつか空を飛べるという希望をまだ持っててもいいのだと嬉しくなった矢先、風香が気になる言い方をする。その表情は先程までの申し訳なさそうなそれとは変わり、自慢げなものだった。


「代わりに私の技、"飄槍突"を教えようかな」

「……! いいんですか?!」

「君の力のことを知って、成長する姿をもっと見てみたいと思ったの。この技はきっとその糧になるはず」


なんと彼女が提案してきたのは、あの風による強力な突き技、"飄槍突"の伝授だった。
いつか盗みたい技とは思っていたが、まさか教えてもらえるなんて。空を飛ぶ術はわからなかったが、これはこれでラッキーである。


「今日だけで会得できるかは君次第だけど、少なくとも魔導祭期間中にはマスターできるよう頑張ろう」

「はい!」


風香の言葉に大きく返事を返す。
もし今日中に会得できれば、明日以降の本戦にも活用できるだろう。ここは気を引き締めて臨まなければ。


「よろしくお願いします、師匠!」

「ふふっ。その響き、悪くないね」


まずは形から入ろうと、とりあえず雰囲気的に師匠と呼んでみたら、風香はまた静かに笑ったのだった。
  
 

 
後書き
はぁ……はぁ……大変お待たせしました……。レポートに追われに追われ、いっそバックれてやろうかと思っていましたが、何とかさっき終わりました。波羅月です。もう執筆が遅いのは皆さん慣れっこだと思うので、これ以上は言及しないことにします。

さて、今回は見た通り「師弟のやりとり」がメインとなっていましたが、中々魔術の本質的な話が出てきて、書きながらちょっと楽しくなってました。なんかこういう細かい設定作るの好きなんですね。まぁ大抵忘れて無視しちゃうんですけど()

ということで、忘れない内に次を書いていこうと思います。次回は2回戦行く……かな……? ちょっとわかりません(適当) 期待せずに待っててください。
それでは今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第107話『次に向けて』

晴登が風香の教えの元特訓しているその頃、魔導祭会場では1人の嘆きの声が響いていた。


「ハルト〜、どこに行ったの〜!」

「昼飯食い終わるなり、用事があるって飛び出してったな。何の用事か知らないのか?」

「ボクにも教えてくれなかったの〜! 恋人なのに〜!」


昼食を終えて、いざ午後の部の試合を観戦しうとしていた時、なんと晴登が行方を眩ませてしまったのだ。一体どこに行ってしまったのかは、伸太郎にも結月にもわからない。


「結月にも教えてないってことは、相当内緒事なんじゃないか? 本人が教える気がないんなら、放っといてやろうぜ」

「ぶ〜」


伸太郎がそう宥めるも、結月は不服顔だ。
本来なら、一分一秒たりとも離れたくないのだろう。全く、鬱陶しいくらいに好かれてるな。


「それより、今は観戦に集中した方がいいんじゃないか? さっきの凄ぇ戦闘(バトル)だったぜ」

「ハルトの試合以外興味ないもん」

「清々しいくらいの贔屓だな」


何とか気を逸らそうとするも、結月は本戦自体にはまるで興味なしだ。あくまで晴登が絡む必要があるらしい。
……もうご機嫌をとるのもめんどくさいから、自分だけでも試合を観戦するとしよう。


『それでは第6試合、いよいよ注目のカードです! 【覇軍(コンカラー)】対【♠のA】!』

「お、優勝候補のお出ましか」


「覇軍」と聞いて、会場のボルテージが一層上がる。さすが優勝候補、観客の期待もひとしおだ。



『【覇軍】からは影丸選手! 【♠のA】からは三葉選手です!』

「あのガタイ、どう見ても三葉って名前じゃねぇだろ」


人の名前にツッコむのは良くないとわかってはいるが、これにはツッコまざるを得なかった。だって筋肉隆々なマッチョなおじさんがそんな可愛らしい苗字なんて、違和感しかない。


「早速"黒龍"のお出ましか」

「"黒龍"……あの影丸って人っすか?」

「そうだ。見て驚け、あの人の魔術は桁が違うぞ」


終夜にそこまで言わせるのだ、気にならない訳がない。結月以外のレベル5の実力をこの目で見るチャンスだ。伸太郎は集中して試合を眺める。


『それでは、試合開始!』


「今年の優勝は俺たちが貰う!」

「……ふわぁ、めんどくせ」


開始の合図と同時に三葉が攻めた。見た感じどんな魔術かはわからないが、少なくとも遠距離のものではなさそうだ。
一方、影丸は腰に手を当てて頭を掻きながら、欠伸を浮かべている。戦闘(バトル)をしているとは思えない緊張感のなさだ。


「ナメやがって!」


その様子を見て苛立つ三葉。まるで眼中にないと言わんばかりの態度を取られれば、そりゃ誰だって腹も立つ。
だがそんな威勢にも興味を示さない影丸。やる気なんて微塵も感じられず、呼ばれたから仕方なく出てきましたと言わんばかりだ。
すると、ようやく試合をする気になったのか、初めて三葉の目を見据えると、ぽつりと一言、


「── 一瞬だ」

「な、消えた……!?」


呟いた瞬間、彼の身体が消失する。突然の事態に、三葉も声を上げて驚いた。
ちなみに、伸太郎も全く同じ反応をしている。上から見ても、何が起こったのかわからなかったのだ。瞬きをした次の瞬間には、影丸は姿を消していたのだから。


「決まったな」

「え? それはどういう──」


『あ〜っと! 三葉選手ダウンしました!』


「っ!?」


終夜の発言の意図を訊き返そうと彼に振り向いた途端、そのアナウンスで度肝を抜かれた。再びフィールドに向き直ると、中央で三葉がうつ伏せに倒れ、その背後に影丸が立っていた。


「なっ!? い、今何したんすか?!」

「あれが"黒龍"の技の1つ、"影喰(かげくい)"。影となって姿を消し、そして相手の影に干渉してダメージを与えたんだ」

「影に干渉……!? そんなことできるんすか?!」

「"黒龍"ってのは、"黒を支配する"ことができるからな」

「黒って、無茶苦茶っすね……」

「それがレベル5の魔術師なんだよ。全てが規格外なんだ」

「……っ」


あまりの強さに、伸太郎は息を呑む。
相手だって、予選を勝ち抜いてきた猛者のはずだ。それがこうも容易く倒されるのを見ると、驚かざるを得ない。

"黒龍"と呼ばれるからには、てっきり龍のブレスとか期待していたのだが、黒を操るというのは、これはこれで化け物じみた力である。
……いや、これに加えて龍の力があると考えるべきか。もはや化け物どころではない。


「こいつにも、そのポテンシャルがあるってことか……」


そして伸太郎の視線は、隣で退屈そうにしている結月へと向く。
一見か弱そうな彼女だが、その内には鬼の力を秘めているのだ。まだその力を目の当たりにしたことはないが、恐らく同じレベル5である彼女にも、影丸のように規格外の力があるのかもしれない。


「そういや、予選1位通過だったな……」


伸太郎と同じく、予選1位を取った結月。しかし伸太郎のように知能で勝ち上がった訳ではなく、単純なパワーで勝ち上がったに違いない。どうやらポテンシャルどころか、既にその才は発揮されていたようだ。


「怖ぇなぁ……」


そんな伸太郎の嘆きは、会場の熱狂にすぐにかき消されるのだった。







「うん、それじゃ今日の特訓はこの辺にしようか」

「は、はい……」

「ちょっとハードだったかな? 大丈夫?」

「これくらいは、何とか……」


嘘だ。昨日の今日で体力は回復し切ってないので、正直しんどかった。
それでも、風属性の魔術に関する学びは多く、一気にレベルアップしたのを実感する。


「私の見込んだ通り、やっぱり君は覚えが早い。今日だけでここまでできるなんて、予想以上だよ」

「ホントですか!」


風香にそこまで言われると、さすがに嬉しいし自信もつく。思えば、魔術の会得も早かったし、もしかすると本当に覚えが良いのかもしれない。ここに来て意外な才能が見つかった。


「さて、もう試合も終わってみんなが帰ってくる頃だから、私は行くね。出番次第だけど、良ければ明日も特訓しようか」

「はい! ぜひお願いします!」


そう言って手を振りながら、風香は去っていった。しかも明日も特訓の約束も取り付けることができたので、とても幸先が良い。

これで、結月や終夜といった上のレベルの魔術師に、1歩は近づいたはず。明日も頑張って、いずれは追いつけるようになりたい。

晴登は強く、そう意気込んだのだった。







「あれ、ハルト! どこ行ってたの?!」

「あ、結月と暁君」


風香も帰ったので、ホテルに戻ろうとしていたちょうどその時、会場から帰ってきた結月と伸太郎に遭遇する。
晴登を見つけるなり、結月が表情を変えて駆け寄って来た。


「えっと……裏庭で特訓してた」

「特訓って、1人でか?」

「ううん、師匠と2人で」


彼らの問いに正直に答えると、2人とも怪訝な表情をする。
しかし直後、伸太郎は思い出したように言った。


「そういや、魔導祭で師匠を探すとか言ってたな。見つかって良かったじゃねぇか。で、誰なんだ?」

「【花鳥風月】の猿飛さん」

「あ〜確かに風使いだったな」

「……は! 予選でハルトをお姫様抱っこしてた人!」

「いや覚え方」


風香の名を出すと、2人はそれぞれ違う反応を示す。ただ結月に至ってはあまり思い出したくない覚え方をしているので、早々に忘れて欲しい。


「予選の時といい、仲良いみたいだね。ホントに特訓してたの? まさか浮気とか──」

「ないない! 違うって! ホントに特訓してただけだから!」


やけにぐいぐい結月が首を突っ込んでくるので、慌てて否定する。

もしやこれが、俗に言う「嫉妬」というやつだろうか。実際「浮気」と口にした辺り、結月はかなり嫉妬深いかもしれない。そこまで想われてることは嬉しいのだが、逆にそのうち度が過ぎるのではと不安にもなってしまう。……マンガの読みすぎだろうか。


「ふ〜ん。ボク、ハルトがいなくて寂しかったなぁ〜」

「う、ごめん……」


結月は未だに拗ねたような口調だ。確かに理由もろくに説明しないまま出てきたし、寂しい想いをさせたに違いない。
かと言って、謝る以外の選択肢が浮かばなかった。


「ん」

「え?」

「ん〜!」

「いやだから何?!」


そんな晴登に向かって、結月は両手を広げた。いきなりの行動に晴登が戸惑っていると、結月は愚図るように何かを催促する。当然、晴登には何かわかっていない。


「……寂しかったからギュッてして」

「な!? 今ここで?!」


察しの悪い晴登に、結月は直接おねだりする。しかしそれを聞いて、はいわかりましたとはならなかった。
何せここは外だし、人の目もある。というか真横に伸太郎がいるのだ。ハグなんて、恥ずかしくてできる訳がない。


「い、今はちょっと汗臭いかもだし……」

「特訓頑張ってた証拠でしょ? ボクは気にしないよ」

「ぐ……」


どうにか回避しようと理由をつけてみるも、全肯定の結月に通ずる訳もなく。どうしようかと迷っている内にも、じりじりと彼女は距離を詰めてきていた。


「う……わかったよ。ほ、ほら」

「わ〜い!」

「うぐ……!」


こうなってしまっては折れるしかない。別にハグが嫌な訳じゃないのだ。むしろ嬉しいし……。

そんなこんなで、ようやく晴登も両手を広げて受け入れる準備をすると、すぐに結月は晴登の胸に勢いよく飛び込み、力いっぱい抱擁した。その余りの衝撃に、思わず呻き声が洩れてしまう。


「ちょ、ちょっと待っ……」

「ぎゅ〜! うん、補充完了!」

「ほ、補充って……何補充したの……?」

「う〜ん、ハルト成分的な?」

「人の名前で新たな物質を作るんじゃない……」


疲れ切った身体にこの力強いハグはさすがに応えたようで、晴登は途切れ途切れに言葉を返す。こんなのを毎回喰らっていたら身体が持ちそうにないので、これからはちゃんと結月には報連相をしようと思った。


「……何見せられてんの俺」


一方で、1人置いてけぼりの伸太郎はそう零すのだった。






翌日を迎え、2回戦を今か今かと会場で待ち侘びる観客の前にジョーカーが現れる。彼は両手を広げ、大きく息を吸って挨拶した。


『ごきげんよう皆様! 本日も良いお日柄でございます! それでは早速、2回戦の特別ルール発表と参りましょう!』


逸る観客の気持ちを察し、ジョーカーは手際良く進行していく。いつものセルフドラムロールも健在だ。

さて、今日の勝負はここから始まると言っても過言ではないだろう。特別ルールとは、それだけ重い意味を持っている。1回戦は単純だったが、2回戦は果たして──


『デデン! 2回戦の特別ルールは"一心同体タッグバトル"です!』

「一心同体……?」


特別ルールの名を聞き、首を傾げた。
タッグバトルはわかる。2対2で戦闘(バトル)が行われるということだ。
では、"一心同体"とは何だろう。これがメインだとは思うが。例えば……2人でHPを同期するとか?


『細かいルールを説明します。といっても、ほぼ普通のタッグバトルです。違うとすれば、"2人が手錠で繋がっている"という点です』

「いや全然普通じゃないが?!」

『また、"一心同体"ということで、片方が戦闘不能になった時点でリタイアとなります』


予想が生ぬるかった。まさか"物理的"な一心同体とは。二人三脚とかを鑑みれば、その難易度は想像に難くない。これはかなり重い縛りと言えよう。


『ちなみに今回は"抜き打ち"ではないので、メンバーは自由に選出してください。それと、トーナメントは引き継がれていますが、試合順は1回戦とは異なります。ご了承くださいませ。それでは、30分後に第1試合を始めます! 盛り上がっていきましょう!』


「「「うおぉぉぉっっ!!!」」」


そう言って、ジョーカーは姿を消した。
モニターに映されたトーナメント表を見ると、確かに試合順だけが入れ替わっており、晴登たち【日城中魔術部】は第2試合となっていた。ちなみに相手は【タイタン】というチームだ。


「少なくとも、予選も第1試合も勝ち上がってる。並な相手じゃないぞ」

「部長」

「ちなみに俺の調べだと、あそこのチームだ」

「……ちょっと待って下さい。さすがに無理がありませんか?」


終夜が指さした方向を見ると、大柄な男性が4人でミーティングをしているようだった。
というかデカい。デカすぎる。平均身長190cmくらいではなかろうか。加えてガタイも良いから、遠目から見ても巨大に見える。なるほど、だから"巨人(タイタン)"なのか……。


「という訳でこっちも作戦会議をしていく訳だが」

「そうは言っても、決めるのって"誰が出場するか"くらいじゃない?」

「それもそうだな」


一口にミーティングと言っても、相手の情報が少ないし、作戦の建てようがない。相手が誰を選出するかも未知数なので、下手な作戦は逆に悪手となろう。
つまるところ、ぶっつけ本番である。よって、純粋に強さで選んで──


「なら、部長と副部長ですかね?」

「バッカお前、こいつの身長考えろ。手錠するんだから余計に戦いにくいだろ」

「小さくて悪かったわね!」


別にいじる機会もなく、危うく忘れかけていた緋翼の低身長がここで仇となった。確かに手錠をする以上、身長が近い者同士で組むのが丸い。


「という訳で、俺はW三浦を推薦する」

「まぁ、仕方ないわね」

「えぇ!? 何でですか……?」

「身長という点でもタッグバトルという点でも、お前ら2人が組むのがベストだろ。見せてみろよ恋人パワー」

「恋人パワーって……」


終夜が言ったのは決して出鱈目ではなく、筋が通った正論だ。とはいえ、終夜と緋翼を差し置いて出場するのは気が引けてしまう。
あと、間違ってはないけど、他人に恋人と言われるとやっぱり恥ずかしい。


「えっと……結月はそれでいい?」

「ハルトと一緒なら怖いものはないよ」

「う、調子いいんだから……」


どうやら結月はやる気満々のようで、これには腹を括るしかないようだった。
正直ビビってるし、負けた時のことが頭を過ぎるが、終夜たちに言われた以上、無様な敗北だけは許されない。

晴登は気を引き締めるように、両頬を叩く。


「決まりだな。任せたぞ」

「「はい!」」


晴登と結月は揃って元気な返事をした。
 
 

 
後書き
またまた1ヶ月後にこんにちは。波羅月です。夏休みに入れば元の更新速度に戻しますので、許してくだされ……!

ということで、今回は結構パートを細かく分けましたが、まぁ2回戦への繋ぎです。次回は丸々使って2回戦を書いていくつもりなのでお楽しみに。

最近課題に追われて疲れ切ってるので、後書きはこんなもんで軽く済ませます。
今回も読んで頂き、ありがとうございました! では! 

 

第108話『VS.巨人』

 
これから始まるのは2回戦第2試合、【日城中魔術部】対【タイタン】の試合だ。ここまで来ると、メンバー全員が中学生だというのに、予選、1回戦と順調に勝ち上がってきている【日城中魔術部】に注目する観客も増えてきていた。

そんな中、黒い龍翼をはためかせ、空から観客席に降り立つ人物が1人。


「どうしたんだ影丸。今日は部屋でゆっくりするんじゃなかったのか?」

「はっ、こんな連絡寄越しといてよく言うぜ」


白々しくそう訊いてくるアーサーに、影丸はスマホのメッセージ画面を見せながら答える。それを見て、アーサーは口角を上げた。


「はは。だって影丸がずっと気にしてた2人だからね。教えない方が良かったかな?」

「いいや、助かる。これでようやく、間近で実力を見れるんだからな」


そう言って、影丸は静かに笑みを浮かべ、席へとつく。
今日は絶対に試合には出ないと言って取った休みを、わざわざ返上して彼がここに出向いた理由。それはひとえに、ある2人を見に来たからだ。彼らのことは開会式の時から目をつけている。
予選まで突破してきたのだ。きっと価値あるものを見せてくれるに違いない。


「てか、試合どころか選手紹介もまだみてぇじゃねぇか。何であいつらが出るってわかったんだ?」

「見てればわかるよ、それくらい」


そう言ってアーサーが指さす先には、フィールドの横、選手の入場口に集う【日城中魔術部】のメンバー達の姿があった。出場するであろう黒髪の少年と白髪の少女に、リーダーの少年や小さい少女が声をかけている。なるほど、その様子を見れば、誰と誰が出場するのかなんて明白だろう。


「そうか。さて、お手並み拝見だな」


そう呟いて、影丸はまたも不敵な笑みを浮かべた。






『それでは出場選手の紹介です!』


そんなジョーカーの快活な実況とともに、魔導祭2回戦第2試合が始まろうとしていた。


『まずはこのチーム! 【日城中魔術部】より、三浦選手と三浦選手!……っと、苗字が一緒ですね! なんという偶然でしょう!』

「実は偶然じゃないんだけど……」


フィールドに上がりながら、その紹介に晴登は頬を掻いた。
学校で慣れたかと思っていたが、苗字を並べて呼ばれるとかなりこそばゆい気持ちになる。やはり同じものにするんじゃなかった。……隣にいる本人は全然気にしてないんだけど。


『そしてお次は、チーム【タイタン】より、(とどろき)選手と建宮(たてみや)選手! 2人とも身長は190cmオーバー! う〜んデカいですね!』


晴登たちの正面、フィールドの逆サイドから呼ばれた2人が登ってくる。遠目から見ても大きかったが、こうして目の前に立たれると余計に大きく見えてしまう。まさに巨人だ。
ちなみに、身長だけじゃなくてそもそもの体格が筋肉質で横にも大きい方の男が轟で、対照的に細身でメガネを掛けている方の男が建宮である。体格的にはどう見ても不釣り合いなタッグだ。


『それでは両チームに手錠を用意します。なお、手錠をどちらの手首に付けるかはお任せします。ただし、手首以外に付けたり、壊したりすることはルール違反で失格ですので、注意してください』


ジョーカーのその言葉とともに、空から手錠が降ってきた。キャッチして見てみると、それはスライムのような柔らかい素材をしており、とても伸縮性がある。


「えっと……結月が右手を使えた方が良いから、俺が左側かな?」

「別に右も左も気にならないから、ハルトが戦いやすい方でいいよ」

「ならお言葉に甘えて右側で」


相談の結果、晴登の左手首と結月の右手首を繋げることにした。実際に付けてみると、スライム手錠は吸い付くように腕にフィットし、次第に石のように固くなっていく。
なるほど、これだけフィットしているなら激しく動いても手首を痛めることはなさそうだ。とはいえ拘束されている以上、動きにくいことに変わりはないが。


「……ねぇ、今恋人繋ぎはやめない?」

「え、何で?」

「いや、恥ずかしいからだよ……」

「ちぇっ」


さりげなく指を絡ませてきた結月にそう言うと、彼女は残念そうに手を離した。
恋人とはいえ、さすがにこんな大勢の人の前で、ましてや今から戦闘(バトル)という時に手を繋ぐのはよろしくない。TPOを弁えろとはこういうことだろう。


「……やっぱりデカいな」


目の前の対戦相手を見て、ポツリと呟く。何せ身長差は30cm以上あるのだ。顔を見るのにも見上げる必要がある。


「でもイグニスと比べるとそうでもないよね」

「比較対象がおかしいよ。でも、そう思うと可愛く見えてきたかも」


そんな時、結月の小言が緊張を和らげてくれた。
そう、晴登たちは裏世界で、体長が何mにも及ぶドラゴンと遭遇し、そして戦ったのだ。その経験を鑑みると、たかが身長の高いだけの人間なんて可愛いものである。

そうして肩の力が少し抜けたところで、相手チームが話しかけてきた。


「君たちが中学生だろうと、ここまで勝ち上がってきたその力は認めざるを得ない。存分に力を発揮して戦いましょう」

「相変わらずお前は堅苦しいことしか言わねぇな。とりあえず勝ちゃいいんだろうが」


建宮と轟が見た目にそぐうセリフを言う。どうやらもう、晴登たちを中学生だからと侮る人はいないようだ。逆に言えば、油断から生まれる隙もなくなる訳だが。


『両者とも手錠は嵌めましたか? それでは第2試合、開始!』


「「はぁっ!!」」


ジョーカーの試合開始の宣言とともに、晴登と結月は遠距離からの先制攻撃を仕掛ける。今回は相手を怪我させる心配をしなくていいので、初手から"鎌鼬"を放った。


「初っ端から手加減なしだな。そう来なくっちゃ面白くねぇ! そらよ!」


「防がれた……!」

「さすがに一筋縄じゃいかないね」


しかし、轟の右手に突如として現れた大斧に、2人の攻撃はあえなく弾かれてしまう。やはり本戦をここまで勝ち上がっただけのことはあり、この程度の攻撃では動じてくれない。
というか、1m以上にも及ぶ大きさの斧を片手で振り回すなんて、相当な怪力である。


「こんなもんか? 次はこっちの番だ!」


「距離を詰めてきた!」

「退こう!」


体格こそ不釣り合いな2人だが、身長と歩幅が同じくらいとあって、それなりの速度で近づいてくる。
あの斧の一撃を喰らう訳にはいかないので、たまらず晴登たちは距離を取ろうとした。が、


「ふん!」

「くっ!」


腕も長い轟の斧のリーチは思いの外長く、危うく直撃しそうになってしまう。しかしそこは、結月が反射的に氷の壁を張ったおかげで何とか凌げた。ただ、


「これで終わりではないですよ!」

「……! ハルト、逃げよう!」

「え……うわぁっ!?」


建宮がそう言って指を鳴らした直後、目の前で爆発が起こり、壁が跡形もなく破壊される。もし結月の声掛けがなければ、壁ごと吹き飛ばされていた。間一髪である。


「大丈夫、ハルト?!」

「あぁ、ありがとう結月。それにしても爆発か……」


距離をとって体勢を立て直す2人。やはり、近距離は向こうに分があるようだ。どうにかこの距離を保たなければならない。


『開幕から強烈な攻撃を加えた【タイタン】でしたが、【日城中魔術部】は辛うじて耐えました! この勝負、1秒たりとも目が離せません!』

「「「うおぉぉぉぉ!!!!」」」


ジョーカーも観客も大盛り上がり。歓声で会場の空気が震えるのを肌で感じながら、晴登は打開策を探る。

今の交戦から、轟の能力(アビリティ)は物理属性の"斧"、建宮の能力(アビリティ)は"爆破"と推測できる。どちらも威力も範囲もありそうなので、結月の"氷"とは相性が悪そうだ。


「まだまだいくぞ!!」


「くっ……結月、飛ぶよ!」

「わかった!」


『おっと、ここで【日城中魔術部】、空へと退避! これは良い判断です!』


「ふむ」

「上手く逃げやがったな」


再び距離を詰められそうになったので、場外に追い詰められないためにも、2人は大きくジャンプして戦況のリセットを図る。高身長の彼らの頭上を軽々と飛び越えられるのは、"風の加護"様々だ。


「だが着地は隙だらけだぞ!」

「"氷槍一閃"!」

「ちっ……!」


『着地を狩ろうとしたところを、氷の槍で牽制! 上手く凌ぎました!』


「ナイス結月!」

「当然!」


結月の機転により着地は成功し、両チームの位置がちょうど開始時の正反対の位置になる。攻防は一段落と言ったところか。


「これからどうする、ハルト?」

「近距離は勝てないから遠距離一択なんだけど……離れて戦おうにも、防がれるならどうしようもできない」


開幕の攻撃を防がれたということは、ちょっとした遠距離攻撃じゃビクともしないだろう。つまり、隙を見て大技を叩き込む必要がある。


「問題はどうやって隙を作るか……」


隙を作る上で厄介なのは、"斧"ではなく"爆破"の方だ。威力も規模も未知数なので、このままでは小細工ごと吹き飛ばされかねない。


「……だったらいっそのこと、ぶっぱなしてみない?」

「それはさすがに脳筋すぎじゃ……いや、やってみる価値はあるか」


隙が作れないのであれば、上から力でねじ伏せるという結月の強引な提案。ちょっと手詰まりになっていたところなので、この作戦が状況を打開するきっかけを作ってくれれば、あるいはそのまま本当に押し切ってくれてもいい。物は試しだ。


「なら、この技だな」

「よっ、待ってました」


さっきは断ったが、今度は晴登から結月と手錠で結ばれている側の手を繋ぐ。そして背中合わせになり、2人の魔力を握った手に込めていった。

これこそ、2人が繰り出せる最大の技。


「「合体魔術! "氷結嵐舞"っ!!」」


氷と風。2つが合わさり、猛吹雪を巻き起こす。地面が割れるほどの衝撃と、大気が凍りつくほどの冷気が、轟音を鳴らしながら相手チームに襲いかかった。


「合体魔術だと!?」

「へぇ。思った以上にあの2人は手強そうだね」


観客席では、影丸とアーサーが驚きを見せていた。
つまるところ合体魔術とは、この2人にとってさえ、目新しい高難易度魔術ということだ。


『ここでまさかの合体魔術! 威力も凄そうだ! チーム【タイタン】、どう凌ぐのか?!』


「はっ、面白ぇ!!」

「ふっ!」


迫り来る猛吹雪に対して、叫びながら轟が斧を構える。続いて、それに呼応するように建宮が爆破を起こした。
避ける訳でもなく、真っ向から防ぐ姿勢。爆風が壁となり、さらに斧でも防御する。しかし、いくら何でもそれくらいでこの技を耐えられるとは思えない。

吹雪が爆風に触れ、水蒸気爆発を起こす。灰煙が巻き起こって視界が悪いが、果たして──



「……どうした、もう終わりか?」


「えぇっ!?」

「嘘だろ……」


なんと【タイタン】は無事だった。しかも、見るからに傷一つ付いていない。あの技を無傷で防がれるのは、さすがに想定外だった。

しかし、一体なぜだ。結月の氷結は並大抵の炎ならそれごと凍り尽くすほどの威力。あの爆炎で多少は威力が弱まるにしろ、完全に防がれるはずがない。まして、晴登の風も加わっているのだ。その後に構える斧のガードを突破できないなんて、果たしてありえるのだろうか。


「となると、あの"斧"に何か仕掛けが……? それとも"爆破"に……?」

「ハルトハルト、こうなったらやるしかないよ」

「やる? やるって何を?」


彼らの能力(アビリティ)のタネについて考え込んでいると、結月が何か決死の策を思いついたようで、覚悟を決めた表情でそう告げてきた。言い方的には晴登も知っていることのようだが……


「ボクが──"鬼化"する」

「……っ! けど、そんなことしたらまた熱が……」

「1日風邪引くくらい大したことないよ。この相手に出し惜しみなんてしてられない。そうでしょ?」


結月が提案したのは、彼女自身の切り札、"鬼化"だった。
確かにそれを使えば彼女の力は飛躍的に向上し、彼らを打倒できるようになるだろう。"氷結嵐舞"が防がれた以上、それに頼らざるを得ない状況だというのはわかる。
ただし代償として、彼女が熱を出して寝込んでしまった前例がある。

つまり、この試合を勝ち上がったとしても、結月はもう本戦に出場できない可能性があった。

魔導祭優勝を目指すのであれば、彼女の戦闘力は必須と言っても過言ではない。できることなら、この後の試合にも全て出場して、余裕で勝利を取ってきて欲しい。
……もっとも、本音としては頼りきりになりたくないし、無茶もして欲しくないのだが。

それでも、今の彼女は本気だ。自分がどうなろうとも、チームを勝利に導くという気概を感じる。だったらパートナーとして、それに応えない訳にはいかない。


「……わかった。けど少し待って。頑張ってついていけるようにするから」


晴登は一息つくと、意識を下半身に集中する。部位にして太ももの辺り、そこから足先にかけて風を纏わせていった。
"風の加護"とは一味違う。足先だけでなく、脚全体をカバーしている。
この技は、風香と特訓したことで会得した、"風の加護"に次ぐ自分専用の新しいサポート技──


「名付けて、"疾風(はやて)の加護"!」


この試合は一心同体がルール。鬼化した結月だろうとついて行く必要がある。そのためには、"風の加護"のスピードでは足りない。
そこでこの"疾風の加護"ならば、いつもより燃費は悪いが、桁違いの出力でスピードを底上げできる。身体がさらに軽く感じ、今にも飛べそうな気分だ。


「準備オッケーだよ、結月」

「いつもより風が強い……やっぱりハルトは凄いや。うん、ボクも負けてられない──"鬼化"!!」


その瞬間、空気の流れが変わった。そして身も凍るような冷気と、身の毛もよだつような鬼気が肌を刺す。この感覚は、2回目だろうととても慣れそうにない。

晴登の隣、鬼と化した結月が顕現する。


「……これだけ近いと、さすがに寒いな」

「ごめんねハルト。少しだけ我慢して」

「いや、夏だからちょうどいいかも」


今回もコントロールに問題はなく、きちんと理性を保っている。……いや、暴走したことはそもそもないんだけど、そこは心配しちゃうもので。

身に染みる寒さに軽口を叩いた晴登は、ひっそりと口角を上げる。前は見ているだけだったが、今回こそ鬼化した結月の隣で戦えるのだ。場違いかもしれないが、ついワクワクしてしまっている自分がいる。


「……ちょっと、あんまりこっち見ないで。こんな姿、見られたくないから……」

「え、何で? かっこいいじゃん」

「……! もう、ハルトのバカ……」

「えぇ?」


率直な感想を述べただけなのだが、結月がそっぽを向いてしまった。何かおかしなことを言ってしまっただろうか。


「もう、行くよ! ハルト!」

「お、おう!」


結月に急かされ、慌てて晴登は前を見る。

壁のように立ち塞がる巨人2人。字面だけ見れば、鬼やドラゴンにも匹敵するのではなかろうか。強大な敵だ。

それでも、この2人でなら立ち向かえる。そうやって、今まで修羅場を突破してきたのだ。もはや負ける気はしない。

そう思ってワクワクしながら、晴登と結月は地面を大きく踏み込んだ。
 
 

 
後書き
ジャスト1ヶ月で更新です。どうも波羅月です。ついに夏休みに入りました。やったぜ。

さてさて、今回は2回戦をやっていたのですが……なんか予想以上に長引いてしまったので分けました。1ヶ月待たせといてそりゃないだろ〜、とか言わないでください。分けた方も含めると絶対もう1ヶ月かかってましたからね。僕は悪くありません。悪いのは世間です(違う)。

ということで、久々の晴登と結月の共闘回でございます! う〜ん、推しカプが戦う姿はやっぱり良いですね〜。書きながらこっちも楽しくなっちゃってます。セリフばっか先走って、地の文が中々追いついてなくて困ってますけども。文章力はどっかに落っこちてないものでしょうか。諭吉で買い取ります()

最初にも言いましたが、夏休みに入りましたので、更新ペースが多少は上がってくれると信じていた時期もあったような気がします。冗談です。きっと上がってくれます。理想は1週間に1話なんですけど、これが中々上手くいかないもので。連載当初はできてたのに、一体何が変わったんでしょうね。歳? やっぱり歳かな……。そろそろ節目の歳になってしまうので、たぶんそういうのあると思います。知らんけど。

てな訳で、時間があったので長々と後書きを書いてしまいました。そろそろ次の話を書いていこうと思います。
今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第109話『隠された力』

 
時は遡り、本戦1日目の午後。晴登と風香が特訓していた時のこと。晴登の風の使い方を見て、風香が質問したのがきっかけだった。


「三浦君さ、手先や足先で風を操ることはできるみたいだけど、腕や脚でそれはできる?」

「それは……言われてみると、試したことがないです」


晴登はこれまで、風を拳に纏わせたり足に纏わせたりと、四肢の先端でしか魔術を扱ってこなかった。それは単純に扱いやすかったのもあるが、そもそも腕や脚から使うという発想がなかったからだ。
晴登の反応を見て、風香は言葉を続ける。


「だったら、それを試してみない? その方が魔力を込めやすくなるし、力を引き出しやすくもなる」

「そうなんですか?」

「手首だけでボールを投げるのと、腕を振ってボールを投げるのじゃ、後者の方がしっかりとした球を投げるよね。イメージはそんな感じかな」

「なるほど……」


例えを聞いて、ぼんやりとだが理解できた。
確かに手先だけよりかは、腕や肩からの方が力は込めやすそうである。要は、身体を大きく使おうということだろう。


「私も初めは足先だけだったんだけど、脚から使えるようになったら出力がとても上がったの。だから君の場合は腕でも同じことが言えるんじゃないかな」


実際に彼女が経験したのであれば説得力はある。手も足も使う晴登にとっては、より一層のパワーアップが望めそうだ。


「それで、具体的にどうすればいいんですか?」

「そうね……1度コツを掴みさえすれば簡単にできるようになると思う。そのためにまずは、私が教えやすい脚の方から──」






時は戻って2回戦第2試合、【日城中魔術部】対【タイタン】の試合。見事に合体魔術を防がれてしまったので、結月が切り札である"鬼化"を使ったところだ。また、晴登も特訓で身につけた"疾風の加護"によって、彼女に追随できるスピードを手に入れている。

先程は遠距離で戦うと言ったが、この状態であれば速さで相手を翻弄しながら近距離戦を行なえる。よって、2人は地面を大きく踏み込み、飛び出した。


「行くよッ!」

「オッケー!」


「「速いっ!?」」


そんな2人に追いつける魔術師はそうそういないだろう。現に、【タイタン】の2人も彼らの動きを目で追うことすらできなかった。
付け加えると、1人ならまだしも、手錠を付けた2人でこの速さなのだから、コンビネーションが抜群に良いと言える。


「右にいるぞ!」

「いや左にいる!」

「クソっ、動きが全く読めねぇ!」


フィールド上を縦横無尽に駆け抜ける晴登たち。地面を踏み込むためにスピードを緩めている時があるのだが、相手からはその瞬間しか視認されていないため、余計に翻弄されてしまうのだ。
動いてる側としては、まるで忍者になったかのような気分で気持ちがいい。


「"氷槍一閃"ッ!」
「"鎌鼬"!」

「……っ! ふっ!」


そして時折攻撃を挟み、動きを読まれないように集中を乱す。さすがに相手も手練とあって簡単には攻撃は通らないが、不意に飛んでくる攻撃を防いでいる内に疲れてくるに違いない。そこが狙い目だ。


「「そらぁっ!!」」

「「っ!!」」


ここで一度背後に回り込み、それで彼らの注意が後ろに向いた瞬間、正面から瞬時に接近して一撃をかました。
晴登の"烈風拳"と鬼化結月の拳だ。簡単には受け切れず、【タイタン】の2人は後ろへと大きく吹き飛ばされる。
そのままダウンしてくれれば御の字だが、本当の目的は──


「さ、せ、る、かぁぁぁ!!!」


『おぉっと! 恐らく、不意打ちによるリングアウト目当ての攻撃でしょうか! しかし轟選手は斧をフィールドに突き立て、ブレーキをかけることでギリギリ阻止しました! なんという判断力!』


そう、晴登たちの狙いは最初から"リングアウト"だった。というのも、轟のガードと建宮の爆風の壁は易々と突破できそうにない。大技も防がれたし、結果ダウンを狙うのは現実的ではなかった。
そうなると、残される勝ち筋は"押し出し"。素早い動きで翻弄しながら、徐々にフィールドの端へと追い詰める。惜しくもリングアウトにはならなかったが、彼らはフィールドの端まで後退していた。


──ここで仕留める。


「結月、地面を凍らせろ!」

「わかった!」


「……やられた!」

「クソっ、斧まで凍りやがった!」


建宮と轟が避けるよりも早く、結月の氷結が彼らの足元を捕らえる。ついでに地面に突き刺さった斧も、凍らせて地面と一体化させた。これでもう逃げ場はないし、防御手段も一つ減っている。


「決めるぞ! "鎌鼬"!!」

「うん! "激浪霜"ッ!!」


何らかの仕掛けがあると見られる斧を封印した以上、残った爆風のみではこの大技を防げないだろう。耐えようとしても、踏ん張るスペースも残されちゃいない。これで詰みだ。


『激しい攻撃が【タイタン】を襲う!! これは決着がついたか?!』


そういうのはフラグになるからやめて欲しいのだが、正直晴登自身も勝利を確信していた。

おびただしい量の氷槍をぶち込む結月の必殺技には驚かされたが、まともにこれを喰らって平気なはずがない。
衝撃波で煙が巻き起こって視界は悪いが、この煙が晴れれば結果は自ずと──





「は、嘘だろ……?」



立っていた。【タイタン】の2人は、ダウンすることもリングアウトすることもなく、五体満足で立っていたのだ。
これにはさすがに驚きを隠し切れない。


「あ、あれを凌いだのか!?」

「そんな!」


「……ふ〜危ねぇ危ねぇ。助かったぜ、建宮」

「全く、ヒヤヒヤしましたよ。どうやら隠し通すのはこれが限界のようですね。とはいえ、相手は切り札を切りました。今度はこちらの番ですよ、轟」

「うっし、やっと気兼ねなく振り回せるんだな!」


いつの間にか氷を砕かれ、再び斧を担ぐ轟。一方メガネをクイッと上げ、少し残念そうにしている建宮。2人とも余裕の態度である。


一体、何がどうなっているのか……。







「部長、今のって……!」

「お前にも見えたか、暁。あいつらの技が当たる寸前、あのメガネ男が"バリアを張った"」

「まさか、まだ手を隠してたなんて……」


フィールド脇、選手以外のチームメンバーが待機する場所で、そんなやり取りをする。
つまるところ、晴登たちの必殺技は未知の魔術によって防がれていたのだ。


「あれって建宮って人の能力(アビリティ)っすかね? でも"爆破"と"バリア"じゃ系統が全然違うような……」

「思い返せば簡単な話だ。爆発は必ず斧の一撃に伴って起こっていた。つまり、"爆破"はデカい男の方の能力(アビリティ)なんだよ。メガネ男はタイミング良く指を鳴らしてただけだ」

「じゃあ、あの人はずっと魔術を使ってなかったってこと?! 全然気づかなかったわ……」


伸太郎の疑問に、終夜はすぐさま答えを出す。さすがの観察眼と言うべきか、確かに建宮の指鳴らしは不自然だった。しかし、ただのカッコつけと解釈できないこともない。それこそが彼らの作戦だったのだ。
緋翼の言う通り、建宮は自分の魔術を一度たりとも発動させていない。"バリア"を最高のタイミングで、確実に成功させるために。


「問題はそれだけじゃないぞ。あのバリアは結月の必殺技を防いだんだ。相当レベルが高いに違いない」

「きっと私たちじゃ手も足も出ないでしょうね……」


レベル5の魔術師である結月の必殺技を防いだ。その功績だけで、あのバリアの優秀性は評価できる。少なくとも、レベル4は下らないはずだ。


「そしてこれが最もヤバい問題なんだが、俺たちはあいつらの背後にいたからバリアを目視できた。けど、対峙している三浦たちにとっては──」

「技で相手が隠れて見え、加えてあの煙……"バリアが見えてなかった"ってことすか」

「それって、損しかないじゃないの!」


終夜の考える最大の問題。それは、恐らく晴登たちが"バリア"を認識していないということだ。
【タイタン】は"バリア"の魔術を秘匿する戦法をとっていた。そして、満を持して発動したそれによって、必殺技を受けることに成功している。
これだけでも十分問題ではあるが、この"バリア"を知覚できなかった場合、彼らの奥の手は曝されていないことになり、切り札まで使った晴登たちが圧倒的不利に陥ってしまうのだ。


「大体、魔術師の戦闘(バトル)において、最初にやるのは相手の能力(アビリティ)を正しく知ることだ。それなのに、相手の能力(アビリティ)を誤認して必殺技を撃って、そして防がれちまうなんて悪手も悪手、大悪手だ」

「相手の能力(アビリティ)を正しく知ること……」

「要は情報戦みたいなもんだ。それがわかっているからこそ、実況も下手に選手の能力(アビリティ)をバラすような真似はしてないだろ?」

「確かに……!」


終夜が言うことは全くその通りであると、伸太郎は納得する。言われてみれば、ジョーカーはどの試合においても、選手の紹介で能力(アビリティ)に関することを言っていない。運営側である彼が、事前に選手の能力(アビリティ)を知っていてもおかしくないのに。
つまりこの本戦では、ただ戦闘能力を競うのではなく、相手の能力(アビリティ)を探る情報戦も兼ねているという訳だ。思ったより奥が深い……!


「これは対魔術師について教えてなかった俺の落ち度だ。もっとも、今回はそもそも相手が1枚上手だったが。──この試合、厳しいぞ」







「く、ぅ……」

「結月! 大丈夫?!」

「うん、何とか……。念のため、魔力を残して正解だったよ……」


膝をつきそうになる結月を支えながら、晴登は声をかける。彼女の表情は重苦しく、息遣いも荒い。明らかに大丈夫ではなかった。
魔力を残しているとは言ったが、ほとんど使い切ったのではなかろうか。それでも辛うじて倒れていないのは、"鬼化"の恩恵なのかもしれない。


「結局、なぜ防がれたのかはわからない。でも、最悪の状況になったってことだけはわかる」


【タイタン】の2人は怪我ひとつなく、逆にこちらは結月が限界に近い。トドメだと思って、晴登もかなり魔力を消費してしまっている。もう"疾風の加護"もここまでだ。
こんなことになるとわかっていれば、もっと抑えたのに……。


「……いや、過去をくよくよしても仕方ない。大事なのはここからだ」


自分にそう言い聞かせ、何とか前を向こうとする。しかし、手錠越しに結月の苦しさが伝わり、嫌な汗が頬を伝った。

どんな手段かはわからないが、少なくとも相手は結月の必殺技すら防御することができる能力(アビリティ)を有している。そしてそれは"斧"でも"爆破"でもない、3つ目の魔術だろう。なぜならあの時、"斧"は封じていたし、"爆破"はそもそもされなかったのだから。

そうなると考えられるのは、伸太郎と同じで複数の属性を含む能力(アビリティ)の可能性。例えば、"斧"と"爆破"が同じ人物の能力(アビリティ)で、防御手段がもう一人の能力(アビリティ)とか。


「そんなにふらふらしてて大丈夫かぁ? オラ、歯ぁ食いしばって受けてみろやぁ!!」

「来る……!」


轟が叫びながらその場で斧を地面に振り下ろすと、そこから火柱のような爆発が立て続けに起こり、晴登たちを襲った。
……なるほど、どうやら仮説は正しかったらしい。


「結月、避け──」


先程のように、まるで以心伝心の息の合った動きをしようとしたところで、結月の反応が鈍いことに気づく。やはり、彼女は相当疲れているようだ。
このままでは避け切れないと察し、晴登は無理やり結月の手を引き、転がるように回避した。


「ご、ごめんハルト……」

「気にしないで」


謝る結月に、彼女の身体を支えながら晴登は優しく答える。けれど、休んで欲しいとは言い切れない。もし彼女がここで"鬼化"を解いてしまうと、その瞬間に崩れ落ちてしまいそうだから。もう少し、もう少しだけ頑張って貰わないと──







「この勝負、どう見る影丸?」

「どうもこうもあるかよ。あのガキども、途中までは動きは良かったが爪が甘ぇよ」

「そうだね。切り札を切るまでが早かった。もう少し手札を増やすべきだろう」


観戦席で、アーサーと影丸が戦況について会話する。どちらも【日城中魔術部】が不利だという意見だ。

先程の晴登と結月のコンビネーションの良さとそれによる猛攻には目を見張るものがあったが、それ以外に関してはズブの素人。困ったらゴリ押しだなんて、相手との実力差が離れていないとそうそう通用するものではない。


「それにしても、"鬼"になる魔術か……」

「君の"龍"と近しいものを感じるね」

「あぁ。けど、その割にはまだまだ使いこなせてなさそうだ」


一方で、影丸は結月の"鬼化"に強い興味を示していた。レベル5の能力(アビリティ)だからというのもあるが、彼自身の能力(アビリティ)が"黒龍"ということで、伝説上の生き物繋がりで親近感を覚えたからだ。
ただ、そんな自分と比べると、彼女の能力(アビリティ)の規模はまだまだ小さいと言える。そのことを口にすると、アーサーが苦笑した。


「彼女はまだ子供だよ? 君とは経験値が違うじゃないか」

「わかってるよ。ま、伸びしろはあるってこった」


自分と彼女では、積み上げてきたものが違う。だからこそ、こうして上から物を言えるのだ。数少ないレベル5の魔術師。その成長には期待が持てる。


「ふぁぁぁ。さて、と……」

「おや、帰るのかい?」

「見たいもんは見れたしな。それに結果も見えてる。これ以上は時間の無駄だ」

「せっかく来たんだから、最後まで観ていけばいいのに」


大きな欠伸を一つしてから、影丸は再び龍翼を広げた。ここに来た目的は達成したのだから、居残る理由はない。
その奔放な態度にアーサーはやれやれと首を振りつつ、最後に質問を送る。


「……ちなみに、少女のペアの少年には何か?」

「女と相性は良いみたいだが、それだけだ。あいつ自身の実力は大したことない。……とんだ見込み違いだったな」

「ふぅん」


そう言い残すと、影丸は空へと羽ばたいていってしまった。
彼は少年の方にも目を付けていたはずだが、どうやらもう見る気は失ったらしい。確かに、アーサーが見てもこれといって目立った特徴はなかった。しかし、


「結果は見えてる、ね。──でも、君はまだ諦めてないんだろ? だったらその健闘、ここで見守るとしよう」


少年の目にはまだ光があった。勝負を諦めず、勝ち筋を必死に探している目だ。
であれば、この試合の行方はまだわからない。勝負とは、先に折れた方が負けなのだから。

アーサーは一人微笑み、試合の様子を傍観するのだった。







『なんということでしょう! 先程までと一転、形勢が逆転してしまっています! 現在は轟選手が巻き起こす火柱の猛攻を、【日城中魔術部】チームは何とかかわしている状況です!』


ジョーカーの言う通り、晴登たちの戦況は芳しくない。ようやく結月のペースに合わせられるようになったところだが、相手が攻撃の手を緩める訳もなく、苦しい逃走劇が続いている。


「オラオラ、逃げてばっかか?!」

「こ、の……!」


轟の挑発に乗り、"鎌鼬"を放とうとして──止める。どうせ防がれるし、これ以上魔力を浪費したくないからだ。
けど、このまま逃げ続けても勝ち目はない。相手の体力も魔力もまだまだ尽きそうにないし、時間をかけるだけ無駄だ。

何か、良い手は──


「さて、これで終いだ!!」

「え……あ! しまった、囲まれた!?」


決め手となる一手を考えていたせいで、辺りが完全に見えてなかった。いつの間にか両脇が爆破による残り火で囲まれており、逃げ場を失ってしまったのだ。

真正面では、大きく斧を振り上げる轟。どうやらここで勝負を決めに来るらしい。きっとド派手な爆発が起こることだろう。


「ここまでか……!」


轟の斧はもう振り下ろさんとしていた。
疲弊して魔力の少ない結月では、その後に起こる爆発は防げまい。当然、晴登だって不可能だ。かといって左右を阻む炎の壁を突破するには、これまた結月の力が必要であり、そこで魔力を消費すれば展開は悪くなる一方である。


「……っ」


情けない。これでは結局、結月の力に頼り切りではないか。こんなに疲れ切っているのに、まだ無茶をさせるというのか。それでも彼氏か。それでも男か。
たまには自分の力でこの状況を打破してみろよ。何のためにここに立ってるんだ。


──勝つためだろ。



その瞬間、一筋の風が晴登の頬を撫でる。



「……これだ」


ようやく閃いた。魔力の少ない中、この火事場を切り抜ける手段を。この戦闘(バトル)に勝つための方法を。


「ごめん結月、頼みたいことがある」

「何でも言って、ハルト」

「──」


結局、自分だけの力では足りなかった。だから彼女の力を借りることにする。
時間にして1秒、たったの一言、結月に作戦を告げた。それを聞いて、彼女はくすりと笑う。


「わかった」


何一つ、疑いを見せなかった。躊躇いもしなかった。考えもしなかった。魔力がほとんど残っておらず、疲れて苦しいはずなのに、ただ晴登の言葉を信じて、最速でそれを遂行する。


「そらよ──おぉぉ!?」

「地面が?!」


斧が地面に触れる寸前、結月が生み出した氷柱によって【タイタン】の2人は空へと投げ出された。

──爆発を防げないのであれば、最初から使わせなければ良い。


「行くよ!」

「うん!」


窮地を脱した晴登と結月は、間髪入れずに追撃に入る。この機を逃せばもう勝利はありえない。身体中の力を振り絞れ!


「攻撃がバリアで防がれるなら、もっと近づけばいい。ゼロ距離で喰らわせる!」


晴登は"疾風の加護"を再発動。結月と共に、目に見えない速度で距離を詰める。


「こ、この……!」


轟は完全に体勢を崩していたが、建宮は何とかバリアの生成を間に合わせる。だが、関係ない。
残された全ての魔力を腕に込める。もう後先は考えない。着地なんて知るか。この一撃に賭ける。

この時にはもう、結月の"鬼化"は解けていた。最後の力で、晴登をここまで導いてくれたのだ。なんと健気なことか。彼女は自分の信じる恋人に全てを託したのだ。であれば、それに応えなければ男が廃るというもの。

バリアが何だ。この想いの力は誰にも止めさせない──!


「ぶっ飛べ!! "天翔波(てんしょうは)"!!」


「「ぐわぁぁぁっ!!!」」


思い切り振りかぶられた晴登の手がバリアに触れる。その瞬間、巻き起こった暴風によって、【タイタン】の2人は弾かれたように地面へと吹き飛ばされ、墜落した。


──フィールド外の地面へと。



『【タイタン】、両者ともリングアウト!! よって勝者、【日城中魔術部】!!』



ジョーカーの叫ぶような勝利宣言が、会場中にこだました。
 
 

 
後書き
お、少し更新が早いのでは? いえいえ、実は前回に収まらなかった部分がほとんどなので、そこまで執筆速度に変わりはありません。なんてこったい。どうも波羅月です。

いやちょっと待てよと。だったらどうしてこんなに話が長いんだと。何なら前回より長いじゃないかと。すいません、言い訳をさせて下さい。すぅ……外野の掛け合いが! 想像以上に間延びしてしまった! からです!

……はい。つまるところ、会話させたいことを詰め込んだら、めちゃくちゃ長くなってしまったという訳です。だってこういうシーンってよくあるじゃないですか。だからつい書き起こしたくなってしまって……。
おかげで文量がぶわっと増えてしまい、今に至ります。元々1話で終わらせるはずだったのが、まさか2話丸々使ってしまうなんて……。うむ、完全に作者に贔屓されてますね、これは。許せませんよ、はい(よそ見)

まぁ何にせよ、晴登たち【日城中魔術部】はめでたく3回戦、すなわち準決勝に進出でございます。良かった! まだ続きが書ける! とてもワクワクしております。

ということで、今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では!



P.S. 一応付け加えておきますが、途中で違和感を感じた人は正常です。何がとは言いませんが。 

 

第110話『夢現』

 
魔導祭2回戦第2試合、【日城中魔術部】対【タイタン】は、【日城中魔術部】の勝利で終わった。しかし、


「三浦!」

「マズいぞ! 2人とも気を失ってる!」


その試合のラスト、空中に浮かんだ無防備な相手を叩き落としたところまでは良かった。だが、晴登と結月は着地のことを一切考えておらず、上空で魔力を使い切ってしまっていたのだ。
最後に僅かだが身体を空中に浮かせていた晴登の魔力も尽き、2人は意識を失ったまま頭から落下していく。


「助けねぇと!」


その様子を見て助けようと試みるが、どうやっても間に合う気がしない。運動音痴の自分は当然として、ここにいるメンバーも誰一人として、晴登たちのような高速移動の術を持ち合わせていないのだから。フィールドは目と鼻の先だと言うのに──


「よっと」

「あの人は……!」


そんな時、墜落寸前のところで誰かが2人をキャッチする。さっきまで姿もなかったのに、瞬きの間にそこに彼は立っていたのだ。そして、その優しく甘い声と輝くような金髪には覚えがある。【覇軍(コンカラー)】のアーサーだ。


「ふぅ、間に合って良かった」


アーサーは両脇に抱える2人を一瞥し、そう言って安堵していた。
チームメイトでもないのに、わざわざ観客席から飛び出して助けてくれたというのか。そのあまりの聖人ぶりに、開いた口が塞がらない。


「あの! うちのメンバーを助けてくれて、ありがとうございました!」

「いいんだよ。面白い試合を見せてもらったからね」


魔術部一行はようやくアーサーの元へとたどり着き、終夜が代表してお礼を言う。それにアーサーは笑って応えた。


「この結果を知ったら、彼はどんな反応をするかな……」

「彼?」

「あぁごめん、こっちの話。次はいよいよ準決勝だね。頑張って!」

「「はい!」」


そしてアーサーはここにはいない誰かに向けて何か呟いたかと思うと、なんと声援を送ってくれた。敵に塩を送るような行為だが、これは彼の純粋な本心だろう。どこまでもお人好しな人だ。


「それじゃ、彼らをよろしくね」


アーサーはそう言って、晴登を終夜に、結月を伸太郎に渡して──


「うぐ……!」

「どうした暁!?」

「あの、俺1人だとキツいっす……」

「マジかよ」

「えぇ……」


女子、それも友達の彼女に触れること自体にそもそも抵抗があったのだが、ここではその話は置いておこう。問題はその次だ。

アーサーから手渡された結月をお姫様抱っこの要領で持とうとした伸太郎だったが、悲しいかな、すぐに腰が曲がって嫌な音を上げ始めたのである。
以前、体育祭の折に晴登を運んだ時もそうだが、さすがに非力すぎないだろうか。決して結月が重い訳ではない。悪いのはこの貧弱な腕と足腰だ。
これには終夜も少し引いており、何より軽蔑するような緋翼の視線が痛かった。


「えっと……手伝おうか?」

「い、いえ、大丈夫です! おーい2年生! 誰か手伝ってくれ!」


見かねたアーサーに気を遣われてしまったので、たまらず終夜が観客席の2年生を呼ぶ。


なんかホント、すんません……。





「……ん」


ふと意識が覚醒し、晴登は唸りながら目を開いた。その瞳には、見たことがあるようなないような天井が映っている。


「起きたか、三浦!」

「暁君……? ここは……」

「ホテルだ。見覚えあるだろ?」


そう言われて、ようやくこの天井の既視感に合点がいく。

ベッドの上に乗せられた自分の身体と、傍らに座っている伸太郎。
さっきまで試合をしていた気がしたが、この構図から察するに、既に試合は終わっており、その後ここに運び込まれたようだ。生憎、意識を失った辺りの記憶が曖昧で、勝敗がどっちだったか──


「はっ、結月は大丈夫?!」

「二言目にはそれかよ。心配すんな。大丈夫だよ……と言いたいところだけど」

「何かあったの?! ……うぐっ」

「おいおいまだ動くなよ。お前は魔力切れを起こしてるんだ。しばらくは寝ていた方がいい」


試合のことを思い出そうとすると、ふと結月のことが頭をよぎった。
そこで伸太郎に彼女の行方を訊いたのだが、曖昧な答えが返ってきたので、つい勢いで身体を起こしてしまう。その瞬間、猛烈な倦怠感と吐き気が催され、再びベッドインとなった。

伸太郎の言う通り、この感覚は魔力切れによるものだ。体力もかなり消費しており、今は身体を起こすことすら難しい。

落ち着け、まずは深呼吸だ。一度心を鎮める。……そして、再び伸太郎に問う。


「結月に、何があったの?」

「そんなシリアスな顔するなよ。前と一緒だ。発熱を起こしてる。ただ今回は魔力切れも相まって、少し症状が重い」

「それって治るの?!」

「だから焦るなって。部長によると、ここには治癒魔術が使える医者がいるから、1日もすれば治るだろうって。ただし、その間は絶対安静。残念だが、明日の準決勝は出場できねぇ」

「そう、か……」


危惧していた通りの事態になってしまった。いや、こうなることはもはや読めていたが。
結月はまだ"鬼化"を完全には使いこなせていない訳で、長時間使うとデメリットとして負担が体調にフィードバックしてしまう。

回復期間こそ前回と一緒だが、治癒魔術があってそれなので、やはり今回の方が症状が重いということか。


「えっと、試合はどうなったの……?」

「覚えてねぇのか? お前らの勝ちだよ。すげぇ戦闘(バトル)だった。見ていて痺れたぜ」

「そっか。良かったぁ……」


恐る恐るの質問だったが、その答えを聞いて一安心した。こうして自分と結月がぶっ倒れるまで戦った甲斐があったのだから。
それに、格上相手に勝てたという時点で既に嬉しい。


「──そういや少し気になったんだが、お前あのメガネ男の"バリア"に気づいてたのか?」

「……え? どういうこと?」

「だってよ、トドメ刺す時に直接触れて吹き飛ばしただろ? あれって、予めバリアを張るってわかってねぇと無理じゃねぇのかなって。あいつが初めにバリアを使った時って見えなかったんじゃないのか?」

「え? あぁ……あ? うん? あれ、何でだろ……?」

「無自覚かよ!?」


ようやく頭が冴えて試合のことをだんだんと思い出してきたが、伸太郎の言うことに心当たりがない。"バリア"って何のことだろう。

……いや、強いて言えば、記憶の最後にそんなものを見たような気がする。あれが"バリア"だとすると、試合中に大技を防がれたのはそれが原因に違いない。なるほど、それが正体だったのか。

パズルが1欠片ずつ埋まっていくように、記憶と謎が補完されていく。そうだ、そういえばあの時、


「……終盤、周りが炎に囲まれて逃げ場がなくなって、大きい人に斧を振り下ろされようとした時。ふと頭の中をよぎったんだよ。俺が風を放ったら、バリアで防がれてる様子がさ」

「は、何だそりゃ?」

「自分でも何言ってるのかよくわかんない。でも、それで遠距離じゃダメだって思ったんだ」


ちょうど最後の作戦を思いついた時のことだ。いや、正確には"それを知ってから"作戦を建てた。
この時頭の中に浮かんだのは、『お互いが空中にいて、自分が風を放ち、それをバリアで防がれた』シーン。その後どんな風に思考回路が機能したかは覚えていないが、『相手を空中に打ち上げ、ゼロ距離攻撃で撃ち落とす』という作戦をすぐに導けたのは、自分でもよくやったと思う。


「不思議なこともあるもんだな。"未来予知"みたいなもんか?」

「言われてみると、そんな感じなのかな……?」

「だったら超強くね? 要は相手の行動が読めちまうんだろ?」

「確かにそういうことにはなるけど、でも俺にそんな力なんて──」


そこまで言いかけて、ふと思い止まる。


──そういえば、あの夢は何なんだろう。


「予知」と聞いて、「予知夢」という言葉が真っ先に脳裏に浮かんだ。
というのも、晴登は今年に入ってから、不思議な夢を何度も見ている。
草原に1人で立ち尽くしているだけの夢。
天気が代わる代わる移り変わっていく夢。
時々、誰かが話しかけてくる夢。

ずっと疑問に思っていた。意味もなくあんな夢を見続けるのも変だと。例えば、あの夢が何かを知らせるもの、それこそ「予知夢」だという可能性は否定できないのではないか。つまり、晴登は"予知能力"を持ち合わせているのでは──


「どうした? 何か心当たりがあるのか?」

「……いや、何でもない」


そこまで考えたところで冷静になる。
もしそんな力があるならば、最初に能力(アビリティ)を調べた時にとっくに明らかになっていたはずだ。今さら発現するなんておかしな話である。
それに"予知"なんてチートじみた力、素人目で見てもレベル4は下らないだろう。それに比べて、晴登の能力(アビリティ)はレベル3。そんな力を持っているはずがない。

今回の件はたまたま無意識下で建てていた予想や作戦が頭に浮かんだとかそんなんで、夢についても偶然同じものを見ただけじゃないのか……?

きっと気のせいだ。"未来予知"なんて、できる訳がない。


「そうか。まぁ、勝てたんだから何でもいいんだけどな。さて、じゃあお前が起きたことを部長たちに伝えてくるわ」

「わかった」


そう言い残して、伸太郎は部屋から去っていった。

部屋に1人残されてやることもないので、晴登はさっきまでのやり取りを思い出す。

"未来予知"云々はともかく、不思議な夢に関しては疑問が尽きない。だって夢の中だというのに、色も風も匂いも全て感じていたのだから。
だからと言って、あれが予知夢だと断定はできない。なぜなら、実際に予知をしたことがないからだ。あの夢が示すものでわかりやすいのは"天気"だが、精々天気予報くらいにしか役に立たな──


「……待てよ」


天気予報。晴れとか雨とか知らせてくれる便利なあれ。的中率100%だとすればどれだけ嬉しいだろうか。

──思い返すと、大雨が降った体育祭やキャンプの前には、雨が降る夢を見ていた。

偶然か必然か。サンプルが少なすぎて判断はできないが、まさかという可能性が生まれた。あの夢は天気を教えてくれる?
……だとしても、天気予報だけなんて興ざめもいいとこだ。そんな力、あってもなくても困るものではない。期待して損した気分だ。


「……今は忘れるか」


解決の糸口が見えないので、この件については一旦保留することにする。結論を急ぐ必要もないし、また今度考えることにしよう。

もうじき伸太郎が終夜たちを連れて来て、明日に向けてのミーティングが始まるはずだ。思考をそっちに切り替えておかないと。


「そういや、一昨日の夢も雨が降ってたなぁ……」


ふと、そんなことを思い出す。
またイベントが雨に邪魔されるのだけは勘弁だと、晴登はため息をついた。







「それじゃ、明日のミーティングを始める。あ、三浦は寝たままでいいぞ」


時刻は夜9時。夕食も入浴も何とか済ませ、いよいよミーティングが始まる。さっきと比べると多少は動けるようになっていたが、明日に備えて安静が命じられた。
ちなみに結月は医務室で休むことになっているので、このミーティングには参加していない。


「皆もわかっている通り、明日結月は出場できない。だから場合によっては、暁を補欠として出場させなきゃいけない。それはわかってるか、暁?」

「も、もちろんっす」


レギュラーが欠員となれば、当然白羽の矢が立つのは控えの伸太郎。戦闘(バトル)に関しては経験不足だが、他にメンバーもいないので仕方ない。本戦は"メンバー4人"が前提なのだから。
なお終夜の言う"場合"とは、特別ルールが1日目の時のようにランダム選出だったり、例えば4人選出だったりした場合のことだろう。その時は有無を言わさず伸太郎にも出場して貰わなければならない。


「じゃあ次の内容だが、準決勝に進むチームについてだ」


ここで、今回の本質とも言える話題が振られる。2回戦での情報不足を反省し、準決勝では事前にできるだけ相手のことを把握しておきたいという終夜の考えだろう。さすが手際が良い。


「1つ目は当然だが、優勝候補【覇軍(コンカラー)】。アーサーさんや影丸さんの存在で隠れてはいるが、チームメンバー全員が相当な実力者。今日の2回戦はアーサーさんとアローさんのコンビで突破していた」

「さすが……」


大会1位の実力を誇る【覇軍】。晴登は今のところ全く彼らの試合を見れていないのだが、予選を1位通過して、ここまで勝ち上がっていることが何よりもの証明になる。
アローさん、という人の名前は初耳だが、この人も強いのだろう。試合が見れなかったことが悔やまれる。


「……何よ、私がぶっ飛ばしてやるわ」


そんな中、意外にも1人だけ奮起している人物がいた。拳を握りしめ、文字通りメラメラと燃え上がりそうな情熱である。
彼女にしては珍しく、冷静とは呼べない発言だ。


「その自信はどこから来るんだ。てか、そんなキャラじゃないだろお前」

「だって私、予選の時にナメられて情けをかけられてるのよ! あの借りを返さないと気が済まないわ!」

「へぇ〜」


ここで驚きのカミングアウトがされるが、終夜はあまり興味を示さない。

……待てよ。ということは、魔術部が予選を突破できたのはそのおかげという可能性もある訳か? それは確かになんか悔しい。でも助かってもいるのだから複雑な気分だ。


「話を続けるぞ。2つ目も本戦上位常連、【ヴィクトリア】。もし【覇軍】がいなければ、このチームが優勝すると言われているほどの強豪だ」

「うわぁ……」

「まぁでもこの2つのチームは特別強いからな。同じ舞台に立てるだけでもラッキーと思おう」


終夜はそう言って、乾いた笑いを零した。その表情には諦めの色が見て取れる。

いくら優勝という目標を掲げているとはいえ、彼我の実力差もわからないようでは三流止まり。終夜はこの2チームには敵わないことを初めからわかっていた。
そもそも、予選を勝ち上がったこと自体が奇跡に近いのだ。そして何やかんや本戦も勝ち上がり、ベスト4にまでたどり着いた。これだけでも十分凄い快挙なのである。

彼が悔しそうな表情をしないのは、そういう理由だろう。


「……さて、遠回りをしたが、ここからが今日のミーティングの本題だ。3つ目、俺たちと準決勝で当たるチーム。まさかこのチームが上がってくるとはな。──【花鳥風月】だ」


ただ、そう言い放った終夜の瞳には、闘志が宿っていた。
 
 

 
後書き
中途半端に終わってごめんなさい! 長くなりそうだったんでまた2つに分けました! ……え? さっさと準決勝行けって? だって早く更新された方が良くない? 良いよね? 良いと思うよ(全肯定)

ということで、今回は結構ハテナな話をしましたが解説はしません。そのうちまた出てくるでしょうし。全く、フラグ回収って大変ですよホント(自業自得)

さて、後書きはこの辺にして、さっさと次を書いていくとします。9月中には更新したいですね。
今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では!


9/11 追記:ちょっと矛盾点見つけたので修正しました。 

 

第111話『情報戦』

 
「──まさかこのチームが上がってくるとはな。【花鳥風月】だ」


そう告げた終夜は、笑っていた。まるで、戦えるのをワクワクしているかのような、そんな子供のような笑みである。さっきまでの神妙な面持ちが、嘘のように消えていた。


「知っての通り、構成は女子高校生4人組。魔導祭初参加ながら、準決勝まで上り詰めたその実力は本物と言わざるを得ない」


知っている。特に【花鳥風月】の一員である風香に弟子入りしている身として、その凄さは痛いほどに理解していた。たとえ高校生といえど、立派な魔術師だということだ。とはいえ、それはこちらも同じことだが。


「それで対策についてだが、元々日城中魔術部だった櫻井先輩と星野先輩のことはわかる」

「おぉ!」


終夜曰く、「戦闘(バトル)は情報戦だ」ということで、事前に2人も能力(アビリティ)を把握できるのは当然かなりのアドバンテージ。2回戦では能力(アビリティ)を読み違えて苦労したから、とてもありがたい。

それにしても、日城中魔術部出身で終夜たちの先輩という肩書きがとても気になる。一体どんな魔術を見せてくれるのだろうか。


「まず櫻井先輩だけど、この人の能力(アビリティ)は"新緑"、植物を操るものだ」

「やっぱりそうなんすね」

「何だ、知ってたのか?」

「はい、予選の時に」


終夜の説明に伸太郎が納得する。どうやら予選で偶然見たのか戦ったのか、彼女の能力(アビリティ)を知る機会があったらしい。実際に見たのであれば、これ以上ない情報になる。


「そういや、先輩は"迷路(ラビリンス)"を2位で突破してたっけか。あの人は頭が切れるからなぁ」


おっと、植物を操る魔術に加えて、頭の回転が早いと来た。伸太郎に匹敵する頭脳を持っているとすると、相当に厄介そうだ。具体的には、こう、分析とかめちゃくちゃしてくるタイプだったり──


「ま、この人は戦闘(バトル)には出場しないんだけど」

「え、どうしてわかるんですか?!」

「櫻井先輩の能力(アビリティ)はサポートがメインなのよ。戦闘力自体はあまりないの」

「へぇ〜」


サポートがメインなんて、まるでゲームのロールみたいだ。
でも晴登の周りにいないだけで、支援が得意な魔術師がいたって何ら不思議ではない。例えば味方を強化したり回復したり、そんなところだろう。そう考えると、味方を強化するという点では、晴登もサポート寄りの魔術師かもしれない。


「という訳で、櫻井先輩は警戒しなくていい。問題は星野先輩だ。選出がフリーなら、この人は間違いなく出てくる。何せ、歴代の日城中魔術部の中でもトップクラスに強いからな」

「そんなにですか!?」

「あぁ。これまでの魔導祭の記録を見た限りな。俺なんてボコられた記憶しかねぇ」


終夜はそう零して、やれやれと首を振る。
歴代の日城中魔術部の中でもトップクラスに強い──これがどれくらい凄いのかは測りかねるが、終夜より強いというだけで相当な実力であることは明白だ。
そんな人物の能力(アビリティ)とは──


能力(アビリティ)は"星夜"。星の力を利用して戦うんだ」

「星の力……?」

「とりあえず色んなことができるし、どれもスケールがデカい。本気を出せば、隕石だって降らせることができる」

「え、ヤバっ!?」


驚いて思わず起き上がってしまうほどには衝撃的な内容だった。隕石を降らせるなんて、チートもいいところじゃないか。
あんな快活な少女がそんなえげつないことをするなんて……想像もできない。


「他のメンバー2人の実力も相当だろうが、1人を選出するとすれば星野先輩で確定だろう。レベル4の魔術師だが、限りなくレベル5に近い人だ」

「そんな凄い人だったんですね……」


隕石を降らせると言われれば、レベル5に近いというのも納得だ。能力(アビリティ)の詳細はわかっていないが、星の力を使うなんて聞くだに強そうである。むしろなぜレベル5じゃないのか。


「幼い頃から魔術を習得したらしく、その分鍛錬も積んでるからな。ずっと、俺の憧れの人だ」

「あんたいつも鬱陶しいくらいに付きまとってたものね」

「おい、それだと俺がストーカーみたいじゃねぇか」

「あながち間違ってないと思うけど」


そんな終夜と緋翼の軽口を聞きながら、晴登は考える。
終夜の言う通りであれば、彼女は鍛錬を重ねることでレベル以上の力を手にしたと考えるべきか。となると、結月と違って練度も高いはず。突く隙のない手強い相手になりそうだ。

と、そこまで考えて、はてと疑問が浮かぶ。


「そんな凄い人がいたのに、魔術部は予選止まりだったんですか?」

「おま、よくそんな簡単に痛いところ突けるな……」

「あ、いや、単純に疑問で……」

「はぁ……簡単な話だ。予選のルールを思い出してみろ。1人が強くたってどうにもならないんだ」

「あぁ〜」


どうしてそんなに強い人がいたのにもかかわらず、去年や一昨年の【日城中魔術部】が予選を突破できなかったのか。
それは単に、予選のルールがチーム全体の実力を重んじるような内容だからである。今回だって、少しでも晴登がヘマをしていれば予選突破はありえなかった。1人の力ではなく4人全員の力が合わさることで、この魔導祭は勝ち進めるのだ。本戦を通しても、その傾向はよく感じ取れる。


「じゃあ他に、【花鳥風月】について何か知ってる奴はいるか?」

「部長、一応ですが猿飛先輩の情報はあります」

「ん? あぁ、そういや弟子入りしたんだってな。早速師匠の懐を探るとは、お前はスパイの素質がありそうだ」

「嫌ですよそんな素質! 普通の弟子です!」


ここで元魔術部の2人の話は棚に上げ、他の2人の話に入る。
そこで晴登は、先日特訓の折に聞いた話を聞かせようとしたが、あらぬ誤解を受けてしまった。

「冗談冗談」と笑って誤魔化す終夜を尻目に、晴登は風香について覚えてる限り説明する。


「ほ〜ん、あれでレベル2なのか……」

「それ聞いた時は驚きました……」


風香の能力(アビリティ)である"疾脚"はレベル2だと教えられた。彼女の試合を見た後でそれを聞いたので本当かと疑いたくなったが、"制限"として脚にしか魔術を使っていなかったことは、予選から見ても明らかだ。
ただ彼女は"制限"があったからこそ、走りや蹴りなど脚に絞って訓練できたのも事実。低レベルの能力(アビリティ)だからと、油断は決してできない。


「ちなみに部長、"制限"って知ってました?」

「ん、まぁ知らない話じゃない。ただ、そういうもんだと思えば案外気にならないもんさ。工夫次第でどうとでもなるしな」


話のついでに、初耳だった"制限"について終夜に訊くと、あっさりと答えられた。
やはり考えた通り、"制限"があったらあったで、その強みをどう活かすかが重要になるということだ。


「"制限"と言えば、辻の能力(アビリティ)はわかりやすいよな」

「そうね」

「え、何かあったんですか?」

「まぁね。私の能力(アビリティ)って、実は"刀"をモチーフにしないといけないの。ただ焔を纏ったり、雑に放出するくらいならできるけど、技とかは基本的に"刀"が基盤になってるわ」

「あ、じゃああの焔の柵とかも……?」

「あれは刀を柱として設置してから、その間を焔で満たしてるの」

「そんな裏が……!」


焔の柵とは、裏世界で一度だけ見た緋翼の技なのだが、あの一瞬の生成の裏にそんな仕組みがあったなんて。なんか聞いててワクワクする。
言われてみると、緋翼は焔を刀に纏わせたり、焔の斬撃を飛ばしたりはするが、それ以外の行動を見た覚えがない。どれもこれも、彼女の能力(アビリティ)の"制限"が理由だったのだ。


「部長は何かないんですか?」

「う〜ん、俺はあんまりないかな。ただ実のところ、"麻痺"は練習の賜物だぜ? 電力を調整して、相手の神経を痺れさせる程度に留めるという高度なテクニックを使ってるんだ。俺が魔術を覚えたての頃は──」

「はいはい、その話は長くなりそうだからストップ。今は作戦会議でしょ?」


終夜が得意気に語り始めようとしたところを、緋翼がピシャリと制する。話を遮られた終夜は不満顔だったが、「悪い悪い」と頭を掻いて話を戻した。


「んで、残るは小鳥遊って人だが……飛ぶってこと以外何もわからん」


【花鳥風月】の残り1人のメンバー、小鳥遊 舞には、確か結月が予選で出会っている。その時は翼を広げて飛んでいたことしかわからなかったようなので、今はこの情報だけだ。


「空中戦なんか仕掛けられたら、たまったもんじゃないですね」

「そういう時はどうにかして引きずり下ろすんだよ。相手の得意分野で戦ってもしょうがないだろ?」

「なるほど……」


空対陸では陸が不利になると思ったが、終夜の意見に頷かされた。やっぱり彼からは色々なことを学べる。
でも引きずり下ろすってどうやるんだろ……。


「うし、【花鳥風月】に関する情報はこんなもんか。後は明日になってからだな」


事前の情報共有は済んだ。残るは戦闘(バトル)に直結する特別ルールの内容に尽きる。

さて、吉と出るか凶と出るか──







『魔導祭も残すところあと2日! 本日も気合いを入れて実況して参ります!』


魔導祭は4日目を迎え、いよいよ終わりが見えてくる。ここまで短い時間だったが、とても長く険しい道のりだった。

予選も通過できなかった弱小チームが、本戦の準決勝まで登りつめている事実。そんなマンガのような展開に感動すら覚えている自分がいた。
今日を勝ち上がればいよいよ決勝戦。そんな大舞台に是非とも立ってみたい。


『それではトーナメント表の方をご覧下さい。本日は午前と午後に1試合ずつ行なっていきます』


昨日のように、試合は午前と午後に分かれ、順番もランダムということらしい。
たった2試合に1日丸々使うのはどうかと思うかもしれないが、出場してみると連戦するのがどれだけキツいかよくわかったので、これは正当な仕様だと思う。


『午前の試合は──おぉっと、いきなり優勝候補のぶつかり合い! 【ヴィクトリア】対【覇軍】です!』

「「「わあぁぁぁぁ!!!」」」


まだ試合が始まってもいないのにこの歓声。優勝候補という名は伊達ではないとよくわかる。正直、この試合に勝った方が優勝と言っても過言ではないのだ。観客の盛り上がりも妥当だろう。


『続いて午後の試合は、実に珍しい学生同士の戦い! こちらも見ものです! 【日城中魔術部】対【花鳥風月】!』

「「「わあぁぁぁぁ!!!」」」


午前の試合と比べると見劣りするかと思ったが、思いの外観客の盛り上がりは継続している。若き戦士たちの戦いがそれだけ真新しいということか。早くも緊張で頬が強ばる。


「俺らは午後か」

「休む時間があって助かります」


ただ午後の試合と判明して、まずはホッと一息。
本音を言うと、昨日の疲れがまだ取れ切っていないのだ。だから少しでも休息できるのは嬉しかった。


『さて、それではいよいよ本日の特別ルールを発表します』


さて、これが今日の分水嶺。2回戦のように実力差を覆すチャンスとなるか、はたまたその逆となるか。

晴登はごくりと喉を鳴らしながら、ジョーカーのセルフドラムロールを聴く。


『デン! 本日の特別ルールは"ガチンコ3本勝負"! 細かいルールは無しで、純粋に3回勝負のうち2本先取したチームが勝利となります!』


特別ルールが決まった。これは……後者に当たるだろうか。つまるところ、完全な実力勝負である。


『なお、メンバーの選出は自由です。この後、第1試合が始まる前に受付にオーダーをお知らせください』


そう最後に言い残し、ジョーカーは姿を消した。







「3本ってことは、俺の出番はないってことでいいっすか?」

「そうだな。俺と辻、三浦の3人で行こう」


ジョーカーが消えてから、受付前のロビーにて準決勝に向けての最後の作戦会議が行なわれる。そんな中、伸太郎が放った一言が冒頭のものだ。

実力勝負となれば、当然選出されるメンバーも実力順。結月がいない今、1番目と2番目は終夜と緋翼だが、3番目に晴登が選ばれるのは必至である。そして4番目となる伸太郎は、幸か不幸か出場を免れることとなった。


「順番は……大将は俺として、先鋒を辻にしたい気持ちがあるな」

「私? 三浦じゃなくて?」

「先に1本取った方が勢いがつくってもんだろ。だから、大将の次に先鋒が強い方が望ましいんだ」

「なるほどね。任せなさい」

「てな訳で、お前は中堅だ。いいな?」

「はい!」


成り行きで順番が決まってしまったが、確かにこれがベストな気がする。"流れ"というのはそれだけ重要だ。問題は1本目が取られた時だが……考えても仕方ない。


「星野先輩が大将なのは確定として、後は猿飛さんと小鳥遊さんか。辻と猿飛さん、三浦と小鳥遊さんが当たるとベストだが……」

「逆だとちょっと苦しいわね」

「あぁ。でもこればっかりは運ゲーだな」


近距離が強い風香には緋翼を、空を飛ぶ舞には遠距離攻撃できる晴登が適任だということだ。花織が出ないということがわかっているからこそ、建てられる作戦……いや、確実に当たる保証はないから希望止まりだが。


「ここまで来たんだ。絶対勝つぞ!」

「「おー!!」」


終夜の掛け声に合わせ、晴登と緋翼は大きく拳を掲げて返事をした。


──結月、お前の分も頑張るからな。


ここにはいない彼女に向けて、晴登はそう想いを馳せるのだった。
 
 

 
後書き
ヤバい! もう夏休みが終わる! なんか最近これしか言ってない気がします。どうも波羅月です。

今回の話は全く進展がなかった訳で、見応えがあんまりないかもしれませんが許してください。3本勝負ということでいっぱい戦闘シーンを書いていくので。もっとも、絶対3本とは限りませんが……(含み笑い)

次の更新は……さすがに夏休み過ぎてからになりますかね。また1ヶ月1回更新を目処に頑張っていきたいと思います。
それはそうと、もうこの章が始まって1年が経ったらしいですね。……やっぱりペース早めようかな(焦)

今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では!



P.S. 完全に私事ですが、なろうの方でこの小説以外にリレー小説なるものを始めてみました。気が向いたら読んでください(宣伝) 

 

第112話『先陣』

 
『あ〜っと、アーサー選手の鋭い一撃が突き刺さる! たまらずダウンです!』


そんな驚きに満ちた実況をしているジョーカー。彼が見る先には、準決勝第1試合である、【ヴィクトリア】対【覇軍(コンカラー)】が行なわれている。
どちらも優勝候補と呼ばれるほどの実力派で、この試合に勝った方が実質優勝とまで言われるほどなのだが──


『2本目勝者、アーサー選手! よって2本先取したため、第1試合の勝者は【覇軍】です!』

「「「わあぁぁぁぁ!!!」」


あっという間だった。第1試合が開始してから、わずか30分足らずで決着がついてしまったのである。
特に2本目のアーサーは、数回剣を振るっただけで相手をダウンさせており、なんと5分も経っていない。圧倒的だ。


「【ヴィクトリア】だって決して弱いチームじゃねぇのに、やっぱりアーサーさんが相手だと霞んで見えちまうな」


共に観客席でその試合を眺めていた終夜が、ポツリとそう零した。だが彼の言う通りだ。アーサーの実力はそれだけ規格外なのである。


「というか、2本目にアーサーさんって良いんですか? リーダーだから大将じゃないんですか?」

「別にそんなルールはないぞ。大将は強いやつがやるっていうのはあくまで定番なだけで、そいつが1番目に来ようが2番目に来ようが違反じゃない。誰が戦おうと2本取れば勝ちなんだからな」

「なるほど……」


つまり相手は完全に裏をかかれた訳だ。いや、大将同士が当たったとしても【覇軍】が勝ったかも──


「よし、次は俺たちの番だ。気合い入れてくぞ!」

「はい!」


この後に昼休憩を挟んだら、いよいよ晴登たちの出番だ。自分が出場するとわかっているだけあって、今からでも緊張してしまう。


「けど、俺は結月の代わりなんだ。やるしかない」


実力で言えばNo.4の自分が3本勝負という舞台に立てるのは、結月が病欠だからに他ならない。言わば彼女の代理だ。みっともない姿は見せられない。

パシンと両手で頬を叩き、晴登は自らを奮い立たせるのであった。







「お疲れ」

「ありがとう影丸。残念ながら君の出番はなかったね」

「当たり前だろ。むしろ出たくないから大将になってるんだ。勝ってもらなきゃ困る」

「はは、そうだったね」


フィールドを下りたアーサーを出迎えたのは、ムスッとした顔で彼を労う影丸だった。
本来彼は2番手として出場するはずだったのだが、この通り駄々をこねて大将に替えてもらっている。とはいえ、大将を任せられるだけの実力を備えているだけに、誰も文句は言わなかった。


「じゃあ後は午後の試合を観戦するだけだね」

「あぁ。ったく、何で勝ち上がってんだあのガキ共は……」


影丸の言う「ガキ共」とは、言わずもがな【日城中魔術部】のことである。
昨日の試合ではもう覆すことができないくらい追い込まれていたというのに、どうして逆転して勝ち上がっているのか。甚だ疑問でならない。


「そういう言い方は良くないよ。彼らだって頑張っていたんだから」

「昨日お前から聞いた話じゃ信じられないんだよ」

「……そうだね。僕も驚いたさ」


事の顛末は全てアーサーから伝え聞いている。にわかに信じ難いが、確かに彼らは自分たちの力で強敵を突破していた。ただ一つ、不可解な点を残して。


「火事場の馬鹿力とはまた違う。むしろ、火事場の冷静さと言うべきか。追い込みの一手一手に無駄がなかった。まるで、そうなることがわかっていたかのように」


アーサー曰く、実際に見ていないのが悔やまれるくらい、鮮やかなクライマックスだったそうだ。
とはいえ、独りならともかく、疲弊した少女を連れてそんな動きが果たしてできるのだろうか。相手はまだ余裕そうだったし、遠目でもそれなりの手練だと思ったが。そんな相手に勝つにはそれこそ、


「じゃあ未来予知でもしてたってのか? 馬鹿馬鹿しい。大体、そんな能力(アビリティ)聞いたことないぞ」


考えられる要因の一つとして、何が起こるのか予測できたということ。相手の動きが読めれば、対策を建てることも可能だ。
ただ、少年の実戦経験がどれくらいのものかは知らないが、そんなことはそう易々とできることじゃない。それこそ、能力(アビリティ)に頼ったりしなければ。
しかし、彼の能力(アビリティ)は"風"にまつわるもの。"予知"とは関わりがないように思えるが……。


「聞いたことがなくても、可能性はゼロじゃない。それが魔術さ。君はそう教えてもらったんだろ?」

「……! そう、だな」


魔術において、能力(アビリティ)が他人と被ることはありえない。つまり、前例がないことは存在しないことの証明にならないのだ。

──昔、そう教えてくれた人がいた。


「あいつは、本当にあの人の……」

「また言ってるのかい? そんなに気になるなら、本人に訊けばいいのに。恥ずかしがっちゃって」

「な……タイミングがなかっただけだ!」

「はいはい、そういうことにしておくよ」


アーサーの軽口を退けながら、影丸は頭にある人物を思い浮かべる。
この疑念に気づいたのは、予選で少年と初めて話した時だ。あの時はたまたまだろうと思っていたが、


「可能性はゼロじゃない、ね──」






昼休憩が終わって日も真上から傾いた頃、ジョーカーの大きな声が会場に響き渡る。


『それでは、張り切って午後の試合も始めていきましょう!』

「「「わあぁぁぁぁ!!!!」」」


観客の盛り上がりは午前と比べて衰えてはいない。それもそのはず、


『【日城中魔術部】対【花鳥風月】! 若き戦士たちの争いをご覧あれ! 選手の入場です!』


この世紀の決戦をこの目で見ようと、誰もが期待に胸を膨らませているのだ。
午前の試合と比べると見劣りこそするが、学生同士の戦いという真新しさで言えば負けてはいまい。自分で言うのもなんだが、少年漫画なんかでよくある熱い展開だ。


『皆さんの盛り上がりも最高潮のようですし、早速1本目と参りましょう! 【日城中魔術部】辻選手VS.【花鳥風月】小鳥遊選手!』


「っ! 部長、これって……」

「やられたな。見事に当たりたくない組み合わせだ」


組み合わせの発表を聞き、晴登と終夜は顔をしかめる。昨日のミーティングで期待した通りにはいかなかった。

一方で緋翼はふん、と鼻を鳴らす。


「不利とか関係ないわよ。要は叩き落とせばいいんでしょ? やってやるわよ」


緋翼は自信満々にそう宣言する。
ちなみにこれは、昨日終夜が言っていた作戦のことだ。『空を飛ぶなら地面に落として戦う』。相手に有利な状況で戦わないということである。


「よろしくね! 緋翼ちゃん!」

「よろしくお願いします」


フィールドに上がる2人の少女。
舞は元気よく挨拶をし、緋翼もそれに笑顔で答える。……否、緋翼の目は笑っていない。


『両選手共、準備はよろしいですか? では、試合開始!』


「先手必勝! "居合い・焔の太刀"!」

「ひゃっ! 速いね〜」

「ちっ」


開始の合図と同時。飛ばれる前にと、緋翼は速攻で居合い切りを放つ。
が、舞が両腕を翼に変えて空へと逃げる方が僅かに早く、刀は空を切った。


「なら、"紅蓮斬"!」

「おっと危ない!」


それを見て緋翼は即座に刀を返し、続けて焔の斬撃を上に飛ばす。
しかし、これもまた身をひねられて避けられてしまった。緋翼の攻撃を二度もかわすなんて、楽観しているように見えてあの少女、相当に目が良いらしい。

鷹や鷲のような茶色く大きな翼を音を立てながら羽ばたかせ、彼女は上空を旋回する。当分降りて来るつもりはないようだ。


「やっぱり飛ばれるのは厄介ね。でも、それじゃああなたも攻撃できないんじゃないですか?」

「ふっふっふ、そうと見せかけて……そりゃ!」

「なっ! 羽根!?」


緋翼が舞に攻撃できないのと同じように、舞も緋翼を攻撃できないと思ったが、そうは問屋が卸さない。
彼女が己の翼を思い切りはためかせると、複数の羽根が勢いよく緋翼へと襲いかかる。
緋翼は辛うじて刀で打ち落とすが、あまりの威力に思わず後ずさった。


「羽根のくせに固くて重い……。当たるのはマズそうね」


ああやって投擲できて、しかも固い。まるでクナイのようだ。飛ぶ上に飛び道具だなんて、刀ではますます不利である。加えて、


「再生するなんてズルくない?」


舞の翼の羽根を失った部分はもう再生していた。つまり、あの武器は彼女の魔力が尽きるまでずっと存在するということだろう。


「まだまだ行くよー!」

「あーもう煩わしい!」


際限なく降ってくる羽根の雨。防げない程ではないが、このまま遠距離で戦っても埒が明かない。

痺れを切らした緋翼は、羽根の猛攻の合間を見計らって踏み込み、ジャンプして舞に接近を試みる。
早速終夜の作戦を破ったが、案外近づけばどうにかなるのではないかと思った故の特攻だ。


「いらっしゃーい」

「がふっ!?」


だがさすがにそれは淡い幻想だったようで、刀が届く前に翼で叩き落とされてしまった。
まるで巨人になぎ払われたかのような衝撃に耐えつつ、着地だけはきちんと行なう。


「やっぱりダメか……。空中じゃ小回りも利かないし」


それもあるだろうが、彼女の作戦は羽根を飛ばして相手を牽制し、向かってくるなら迎撃するというシンプルなものだ。つまり、今完全に彼女の策略に嵌ってしまっている。

であれば、突破口は別の切り口にあるはず。


「近づいても押し負けて、焔は避けられる。やっぱり私の能力(アビリティ)は相性が悪そうね」


そう現状を再確認したならば、次は攻略法を考える。
遠距離で、かつ相手に避けられないくらいの速度の攻撃。生憎そんな技は持ち合わせていないので、即興で組み合わせてみよう。名付けて、


「──"居合い・陽炎(かげろう)の太刀"」

「熱っ!?」


居合い切りの要領で刀を素早く抜くと、刀身が大きな焔へと変化し、舞に襲いかかる。
初見というのも相まって、さすがに彼女も反応できずに直撃した。ダメージがそれなりに入ったようで、よろよろと地上に降りて来る。


「何今の!? 凄い熱かった! ふーっ、ふーっ」

「落ちたわね!」


腕輪の仕様で実際に火傷などはしてないとはいえ、熱いという感覚は残る。それに舞が慌てている隙に、緋翼は一気に距離を詰めた。


「ふっ!」

「危なっ!?」

「この……!」


遠慮なく袈裟斬りにしようとしたが、それでも舞はしっかりと見切って避けてくる。
その後も上から下から横からと連続で刀を振るうも、全てかわされてしまった。

これは……飛ぶ飛ばない以前の問題かもしれない。


「ちょこまかと……!」

「隙あり!」

「がっ!?」


刀を振り上げたその一瞬、ガラ空きになった腹に舞の翼撃が突き刺さる。殴られるのや蹴られるのとはまた違う、大きく重い一撃に、口から空気が洩れた。


「もう一発!」

「くっ……!」


続くもう一方の翼撃。苦しむ身体を叱咤し、何とか刀の腹で受け止める。が、その威力までは消し切れない。あえなく後ろに吹き飛ばされ、フィールド上を無様に転がる。

そんな様子の緋翼を見ながら、体勢を立て直した舞は再び宙へと舞い上がった。


「しまった……!」


せっかく掴んだチャンスだったのに、一方的に攻撃されるだけで終わってしまった。
地上ですら彼女に敵わないならば、一体どうすればいいというのだ。


──もう一度落とすか?


いや、二度目は通用しないだろう。舞は強い。この短時間で、実力差は思い知らされた。格上の相手に同じ技を使うのは愚策だ。


──では為す術なく、空を見上げ続けるのか?


そんなの嫌だ。自分が無力だなんて思いたくない。ここまで導いてくれた後輩たちに、示しがつかないから。


──なら残された手段は、


「……いいわよ。見せてやるわ、私の奥の手」


少し早いが、ここで切り札を切ることにする。
覚悟を決め、大きく息を吸いこんだ。身体中に酸素を行き渡らせ、滾る血を、情熱を、さらに燃やすように。


「な、何……?」


舞が狼狽えながら見つめる先、緋翼の背中から双対の焔が伸びた。ゆらゆらと燃え盛るそれらは、次第に数本の緋色の刀へと変貌し、翼を象っていく。
そして握っていた太刀もまた焔に巻かれ、その後彼女の体躯に見合う長さの双剣へと姿を変えた。


「えぇっ!? 何それ?!」


「──"武装・緋連雀(ひれんじゃく)"」


地上がダメなら、空中戦だ。 
 

 
後書き
なんかもう夏休み終わってるんですけど。あの怠惰で平穏な日々はどこに行ったんだ?! どうも波羅月です。まだ暑くね?

さて、今回早速第2試合の1本目が始まった訳ですが、実のところ第1試合からちゃんと書きたかったんですよ。でも無駄に長引いてダレそうだったので、泣く泣く省略しました。許してください。

そして展開が早い気もしますが許してください。前回長引いた反省です。更新が遅いんだから、これくらいのペースが丁度いいですよね? 足りない場合は自由に妄想で補完して頂けると幸いです。その方が楽です()

はい。色々ふざけましたが、これからも真面目に書いていく所存なのでどうぞよしなに。
今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第113話『空中戦』

 
フィールドの中央で、焔の剣翼が煌々と輝く。その苛烈な光景に観客は、皆目を奪われた。そしてそれはフィールド外で待機している仲間も例外ではない。


「な、何ですかあれ!?」

「翼が生えた……!」


晴登と伸太郎は口々に驚きを露わにする。それほどまでに緋翼の技は真新しいものだった。焔の斬撃も焔の柵もインパクトは強かったが、今回はさらにその上のレベルである。


「辻のやつ、やっぱり使ってきたか」

「やっぱりって、部長知ってるんですか?」

「まぁな。あれはあいつの切り札な訳だし」

「切り札……!」

「"武装・緋連雀(ひれんじゃく)"。剣翼で空気抵抗を調整して速度を上げ、短い双剣で相手の懐に潜り込み高速で切り刻む、より近接戦に特化した超スピードアタッカーという訳だ」


切り札、それは相手を打倒する最終手段。どうやら即興ではなく、元より彼女のとっておきだったらしい。
終夜の説明によると、あれは結月が使う豪快な技とは異なり、自身を強化する類のもの。普段からスピードの速い緋翼がさらに速くなるとなれば、それは強いに違いない。


『私は飛ぼうと思えば飛べるけど……』

『飛べるんですか!?』

『う、うん。でも、あんたの参考にはならないと思う』


ふと、脳裏に魔導祭に向けた事前ミーティングをした日のことを思い出す。
これは晴登が飛びたいと願いながら、その方法がわからないと嘆いていた時に緋翼からかけられた言葉だ。あの時はどういうことかわからないまま流してしまったが、まさかここでその真意を知ることになろうとは。


「そりゃ、翼を生やすのは参考にならないよなぁ……」


彼女が翼で空を飛ぶというのであれば、それは風しか操れない晴登には到底真似できる芸当ではない。だからあの時は言葉を濁されたのか。


「じゃあこれで空中戦を……!」

「──いや、話はそう簡単じゃない」


これで舞とも対等に戦えると、緋翼の進化に浮き足立つ晴登を、終夜はピシャリと制した。疑問符を浮かべる晴登に、彼は説明を付け加える。


「確かにあの状態の辻は空を飛べる。けどあの翼は空気抵抗の調整が主目的で、あくまで地上用。空中じゃ直進や旋回といった大雑把な動きが限度だ。総合的には相手に分がある」

「……さっきから空気抵抗空気抵抗って言ってますけど、どういうことですか?」

「レーシングカーに羽が付いている理由は知ってるか? あれは前から受ける風の向きを下向きにすることで、車体を地面に押し付けて速度を伸ばしてるんだ」

「へぇ〜」

「加えて、焔がエンジン代わりになって、辻の場合はその速度はさらに上がる。だからこそ地上用なんだ。空中じゃその真価は最大限発揮できない」


終夜の事細かな解説に感心しながら、剣で翼を象った理由をようやく理解する。
剣で翼を作るなんて、そんな発想は見たことも聞いたこともない。彼女の能力(アビリティ)の"刀をモチーフにしなければいけない"という制限があったからこそ思いついたのだろうか。恐るべし。
ただ、舞台が空ということで緋翼が不利という状況には変わりない。自慢のスピードも生かし切れないという訳か。


「そしてこれが一番の問題なんだが、あの武装を維持するためには相当集中力が必要で、呼吸一つすら気を張らないといけないらしい。だから体力よりも精神にクる。つまり、持続は保って5分だ」

「5分!?」


衝撃の事実に声を上げて驚いてしまう。
5分というと、晴登の会得したての"疾風の加護"の持続時間と同じくらいである。
しかし、緋翼の場合はそれが切り札だ。その5分を凌がれたらもう勝ち目はないと言っていい。

つまり、この勝負の決着は5分後。その時にはどちらかの勝利が決まってしまう。


「ここでその選択をするなんてな──面白ぇよ」


博打も博打、大博打。緋翼の選択は空中戦を挑むという最悪手でもあり、切り札を切るという最善手でもある。
そんな当初の作戦と全く異なる展開に、終夜は怒るかとも思ったが……意外にも笑っていた。彼自身、この予想もつかない事態にワクワクしているのだろう。なんて酔狂な。


「頑張ってください……!」


とはいえ、彼女の選択をとやかくは言えない。晴登もまた、興奮しながら応援するのであった。







「はぁぁぁ!!!」

「速っ……!」


地面を踏み込んでから刹那、舞の正面には既に緋翼がいた。地上から空中まで一直線、まるでミサイルかのようなその突進。速度も迫力もさっきと段違いで、怯んだ舞はガードが一瞬遅れてしまう。


「ぐっ……!」


斬撃を翼で完全には受け止め切れず、くるくると後方へ吹き飛ばされる。
なんと危うく観客席にぶつかる寸前まで飛ばされたが、羽ばたきを駆使してなんとか空中で堪えた。


『先程までと形勢が逆転! 辻選手が小鳥遊選手を追い詰めています!』


「へへ、やるじゃん」

「まだまだいきますよ」


舞がにやりと笑みを浮かべる一方で、緋翼はあくまで冷静だった。ここで熱に呑まれると武装が解けてしまうからだ。決してペースを乱してはならない。


「それじゃ、いっくよ〜!!」


舞は大きく1回羽ばたくと、猛スピードで緋翼に向かっていく。こちらもさっきまでと比べて、ギアが変わったかのように速い。


「とりゃりゃっ!」


加えて、何十枚もの羽根を放ってくる。逃げ場もないくらいの広範囲攻撃。どうにかして防がなければいけない場面だ。しかし、


「ふっ!」


今の緋翼のパワーとスピードであれば、その羽根1枚1枚の挙動を見切り、撃ち落とすことは容易であった。双剣を巧みに操り、羽根の嵐を切り抜ける。
だが、これで終わりではない。防御で身動きが取れなかった緋翼に向かって、舞の飛び蹴りが向かってきていたのだ。


「そこだ! とりゃあ!──あれ?」


完全に隙を突いた一撃が緋翼に炸裂──することはなく、すり抜けるように彼女の身体を貫いた。直撃したと思ったのに、まるで手応えがない。

それもそのはず、それは緋翼が残した残像だったのだから。


「──"不知火返し"!」

「なんですと……!?」


呆気に取られる舞のすぐ横からすっと双剣が現れ、鋭いカウンターがお見舞いされる。勢いが大きかったせいで、その反撃が手痛く突き刺さった。

"不知火返し"もまた集中力を必要とする技のはずだが、今の緋翼では息を吸うように行なえる。これが彼女の切り札の利点の1つと言えよう。


「はあっ!」

「ぐっ……」


カウンターでよろけた舞に、緋翼は追撃を怠らない。
普段は太刀でリーチを確保していたが、今は短い双剣で手数重視。いくら目の良い舞でも多くは避けられない。


「"緋翼連斬(ひよくれんざん)"!!」

「きゃああああ!!!」


双剣だけでなく剣翼まで含めた怒涛の連撃。直撃してしまった舞はダメージで翼が解除され、地面へと落下していく。



『小鳥遊選手、フィールドに墜落しました! ピクリとも動きません! 果たして無事なのでしょうか?!』


「はぁ……はぁ……」


舞が仰向けに倒れている傍ら、緋翼は肩で息をしながら地上に降り立つ。その背中にはもう翼はない。時間切れだ。


「勝った、の……?」


遠目では全く動いていないが、僅かに手が動いている。まだジョーカーによる戦闘不能の判定は下されていないし、降参の意思も感じられない。つまり、まだ試合は続いている。


──仕方ない。倒れている相手にとどめを刺すのは気が引けるが、これは勝負。勝つためだ。


太刀を取り出して振り上げたその時、ふと目の前の視線とかち合う。それはフィールド外からこちらを見ていた終夜の瞳だった。


「……待ってて。今終わらせるから」


自分のために、そしてリーダーである彼のために勝利を捧げる。それが今の緋翼のやるべきことだ。この刀を振り下ろせばそれで終わり。ここで栄えある1勝をもぎ取り、優勝に向けて駒を進めるのだ。


──終夜から目を離し、視線を下ろした瞬間だった。


「うがあぁぁぁぁ!!!」

「なっ!?」


勢いよく起き上がった舞による両翼でのなぎ払い。反応こそ間に合ったが、肝心の身体がついてこなかった。刀で防ぐこともできずに、モロにその一撃を喰らってしまう。


「そんな……!」


両翼に薙ぎ払われた緋翼の小さな身体は、フィールドの外へと向かって飛んでいく。
もう足は地面に付かない。衝撃で刀は落とした。フィールドに居残る手段が……ない。


「がふっ……」


ついに観客席の壁まで吹き飛ばされ、苦痛の声を洩らす。


『決まったぁぁぁ!! 辻選手リングアウト! 勝者、小鳥遊選手!』


ジョーカーの勝利宣言が頭の中に虚しく響く。

負けた。たった一瞬の油断がこの結果に繋がった。

勝ちを確信していた。だからこそ、少しだけ反応が遅れていた。


全部、自分のせいだ。


「う、うわぁぁぁぁん!!!」


緋翼は己の愚かさに涙を流すしかなかった。







「副部長が負けた……!?」

「最後の詰めが甘かった……いや、相手の勝ちへの執念の方が上だったと言うべきか」


フィールド外で座り込んで泣きじゃくる緋翼を見ながら、悔しそうに呟く晴登と終夜。本当にあと一歩のところだったのだが、舞の最後の力に押し負けてしまった。どうしようもない。


「やっぱりそう簡単に突破できる相手じゃねぇよな」


これが準決勝という舞台。いくら年齢が近かろうと、これまでの相手とは実力が違う。予想通りに事が進む訳がなかった。


『続いて2本目! 【日城中魔術部】三浦晴登選手VS.【花鳥風月】猿飛選手!』

「やっぱりか……」


陰鬱な気分の中、ジョーカーによる次なる組み合わせが発表され、晴登の顔がさらに強ばる。嫌な予想ばかりは的中するのだから運の悪い。
緋翼の相手が舞だった時点でほとんどわかっていたことだが、よりによって師匠と呼ぶ相手と当たるのは、さすがに苦しいものがある。


「三浦、自信ないか?」

「正直に言うと……全然」

「だよな。相手が師匠じゃ、縮こまっちゃうよな」


表情を歪めていると、意外にも終夜が共感してくれる。不思議に思って彼の方を見ると、彼は言葉を続けた。


「でもよ、それは俺も一緒なんだ」

「え?」

「俺が当たるであろう星野先輩からは、よく魔術を教わってた。いわば俺の師匠なんだよな」


昔を懐かしむように終夜は言った。彼に魔術を教えた人が誰なのか気にはなっていたが、まさか彼女だったとは。終夜が尊敬する訳だ。


「だから、お前だけじゃない。俺だってかなりビビってるよ。あの人の強さを知ってるからこそ、不安が拭い切れない」


見ると、まだ自分の出番でもないのに、終夜の手は震えていた。あの自信満々な終夜がここまで弱気なのは珍しい。

……いや、それは晴登も同じことだ。風香の強さは、魔導祭を通して何度も見せつけられた。格の差を思い知らされ、今から試合だというのに足が竦んでしまう。

──しかし、終夜の言葉はそれで終わらなかった。


「それでも、勝たなくちゃいけない。辻の分は俺たちで取り返す。お前には負担をかけることになるが──勝ってくれ。そしたら俺も勝つ。あの人たちを乗り越えて、それで決勝に行くぞ」

「……はい!」


一見、一方的で無茶苦茶な約束。しかし、それが彼なりの覚悟を示したものだとわかり、晴登も気合いが入る。

この試合は勝たなければいけない。負けた緋翼のためにも、意気込む終夜のためにも、何より──今日に繋いでくれた結月のためにも、だ。







「まさか、こんなに早く君と当たることになるなんてね」


フィールドに上がると、向かいの風香から声をかけられる。
事実、本当に戦うことになるなんて、夢にも思っていなかった。
おかげでお互いの手の内はバレバレ。この勝負は情報戦よりも、単純な実力勝負となるだろう。


「よろしく……お願いします!」

「こちらこそ」


師匠と弟子。実力差は歴然だとしても、彼女の胸を借りるつもりで思いっきりぶつかりたい。
晴登は大きく深呼吸して……構える。


『それでは、試合開始!』


互いの手札が見えている以上、温存も小細工も時間の無駄。つまり、短期決戦だ。


「"疾風の──」


開幕からフルスロットル。速攻を仕掛けようと、脚に魔術を付与しようとしていた、その時だった。


「んぐっ」


瞬刻、衝撃が身体を貫いたかと思うと、気づけば宙に浮いていた。それだけでなく、フィールドから離れるように飛んでいる。その端からは、風香が仁王立ちしてこちらを見つめていた。


──彼女に突き飛ばされたと気づいたのは、その数瞬後だった。
 
 

 
後書き
最近寒くなって参りました。皆さん如何お過ごしでしょうか。どうも波羅月です。ただいま扇風機をしまうタイミングを見失っております。

さて、今回はまさかの空中戦ということで、緋翼には不利ながら空を飛んでもらいましたが、決着はまさかの地上という。なんという皮肉。大変自分好みの展開です。

ということで、1敗の状態で始まる2本目。ここで晴登が負ければ当然そこで試合終了です。諦めなくても結果は変わりません。果たしてどんな結果になるのか。そして彼らは無事決勝に上がれるのか。ドキドキですね。

前回の宣言通り、今月中に書き上げられて喜ばしいです。本当は少し前の自分の誕生日に更新したかったんですが、さすがにそれには間に合わず。無念。
来月も2話書けたら嬉しいな〜なんて思いつつ、次話の執筆を始めていきたいと思います。

今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では!



P.S. 最近やけにPVが多くついてビックリしております。別にランキングとか載ってないっぽいんですけどね、不思議。とはいえ、いっぱい読んでもらえて素直に嬉しいです。ありがたや。でも序盤の方はあまり読まないでね。下手くそで恥ずかしいから() 

 

第114話『師弟対決』

自分の身体がフィールドの外にあることと、さっきまで自分がいた位置に風香が立っていることから、状況はすぐに察することができた。

 
「ヤバっ……!」


速すぎる。何も見えなかった。晴登の速攻を上回る速攻だ。

……いや、今は感想はいい。まずはこの状況を打破しなければ。壁はもうすぐ背後に迫っている。ならば、ぶつかる衝撃を風で和らげれば──いや、壁に背中を向けたこの姿勢じゃ無理だ。


「だったら!」


即座に地面に思い切り風を打ち付け、軌道を無理やり真上へ逸らす。バランスが取れずにくるくると空中に浮き上がるが、これで壁にぶつからなくなり、リングアウトは免れた。
しかし、新たな問題も発生している。


「こっからどうやってフィールドに戻るか……」


ふわっとした重力感を味わいながら、復帰方法を考える。
フィールドの端には風香が立ち塞がっているので、下手な復帰は潰されかねない。


「これしかないか」


観客席の壁を見つめる。地面から大体3mの高さのそれを踏み台として、真横から素早くフィールドに戻るのだ。イメージは水泳の壁蹴りである。


「慎重にだ……」


やることは単純だが、実行に移すとなると難易度は激増する。
まず前提として、足を直接壁に触れてはいけない。触れればそれで場外判定になるからだ。なんとか風で壁を押すしかない。
そしてそこまでの過程。空中で浮いているこの姿勢から、壁を踏み台として使える地面スレスレの位置まで降下することが何よりの難関だ。今回は着地する訳でないのでブレーキは最小限に抑えつつ、姿勢はフィールドに向かって真っ直ぐにする。この2つを両立することがどれほど難しいやら。


「そして最後に……」


晴登は風香を見つめる。
そう、ゴールキーパーのように立ち塞がる彼女の存在こそが最後の難関なのだ。壁を蹴ってフィールドに戻ろうとしても、彼女に撃墜されればリングアウトの未来は変わらない。

ああもう、やることが多い。こうして考えている間にも、身体は徐々に自由落下を始めている。これ以上作戦を練る時間はなかった。


「ふっ!」


まずは降下。幾度となく高所から落下した経験がここで生きる。地面との距離を目測で測り、絶妙な威力の風を地面に放ってブレーキ。成功。


「そしてここから……」


身体が地面につく前に、すぐさま両足を壁に添える。決して触れてはいけない。そこまで来れば後は一気に、


「"噴射(ジェット)"!」


足裏から壁を抉るほどの猛烈な勢いで風を放ち、反作用の力で身体は弾丸のようにフィールドへと放たれる。

もちろんそれを許さない風香は蹴りを繰り出してくるが、なんとか身体をひねらせ、間一髪で攻撃を回避した。その後フィールドに頭から突っ込んだ訳だが、風を使った着地で器用に受け身をとる。もはや慣れたものだ。


『間一髪! 三浦選手、一度場外へと飛ばされながら何とか復帰しました!』


「……驚いた。あんなの舞くらいしか戻って来れないと思ってたのに。さすがだね」

「ど、どうも……」


風香が驚きと賞賛を露わにする一方で、晴登は冷や汗を拭いながら大きく息をついた。
それでも心の臓は未だに動悸を止めず、同様に手の震えも継続している。

危うく開始直後で散るところだったが、ギリギリで踏みとどまった。本当に寿命が縮む思いである。

しかし、これでようやくスタートラインに立ったに過ぎない。勝負はこれからだ。今度こそは先手を取らなければ。


「"疾風の加護"!」


風香の攻撃を警戒しつつ、脚全体に魔術を付与。これで一時的にだが、晴登の速度は飛躍的に底上げされる。

地面を思い切り踏み込み、疾風の如く風香に迫る。その動きを目で捉えることができる魔術師が、果たしてこの会場に何人いるのだろうか。


「"烈風拳"!」


そんな速さから放たれる風を纏った鉄拳。並の相手であれば一撃でノックダウンも夢ではないだろう。が、


「ふっ!」

「おわっ!?」


拳の軌道を即座に見切った風香によって受け流され、逆に腕を掴まれて地面へと投げられてしまう。

なんという洞察力。だがこの程度ではへこたれない。晴登と同系統かつ格上の魔術師である彼女が、晴登の動きについて来れるであろうことは織り込み済み。であれば当然二の矢も用意している。


「まだまだ!」

「っ!」


投げ飛ばされた勢いを風で緩和しつつ、すぐに姿勢を立て直し、両腕を振るう。


「"鎌鼬"!」

「"旋刃(せんじん)"!」


"鎌鼬"が腕を使った斬撃なら、風香の"旋刃"は脚を使った斬撃と言うべきか。回転するように振るわれた彼女の脚は見事風の刃を砕いた。


「そこだっ!」

「!!」


しかし晴登は、風香が足技を使ったその瞬間を見逃さない。加護の出力を上げて一気に突っ込む。

彼女の魔術は脚が主体。つまり身体を支える部位を武器にしているのだから、技と技の間隔には体勢を整えるだけの時間が必要なはず。
よって現に右脚を振るった彼女が、晴登に反撃する術はない。そこが攻撃のチャンスとなる。これが晴登が密かに建てていた作戦だった。

この隙を逃すな。無防備な横腹に全力の拳を──


「"旋刃"!」

「なっ!?」


なんと風香は晴登の動きを見てから、振るった右脚の遠心力を利用して軸足を回し、2回転目に突入したのだった。
回転したことで威力を増したその一撃を、逆に不意を突かれた晴登の方が喰らってしまう。


「ぐっ……!」


無様に地面を転がり、危うくフィールド外に出るというところで止まる。
蹴りのはずなのに、まるで刀で斬られたかのような鋭い衝撃だった。怪我をしていないはずなのに疼痛が消えない。それほどまでに痛覚を刺激されたということか。


「……は、やべっ!」

「"風槍突"!」

「ぐぎぎ……!!」


お腹を抑えながらゆっくりと立ち上がろうとしたところで、眼前に迫り来る風香の姿を視認する。
風香の前蹴りが放たれたのに対して反射的に両腕でガードするが、あまりの威力にまるで骨が軋むかのような錯覚に襲われた。


「うがぁ!」

「おっと」


これ以上押されると場外になってしまうので、すぐさま押し返すように両腕を振るって暴風を起こし、足ごと風香を吹き飛ばす。
力強い反撃に彼女は目を丸くしていたが、慌てることなく軽々と着地した。


「よく受け止めたね」

「はぁ……結構、ギリギリですけど……」


痺れる腕を抱きながら、晴登は荒い呼吸を繰り返す。

──今のは本当に危なかった。

"疾風の加護"のおかげで何とか踏ん張れたが、それがなかったら間違いなく壁まで吹き飛ばされていただろう。今度は復帰する余地もないくらいの勢いで。


「う、ぐ……」

「どうやら、そろそろ限界みたいだね」


唐突に視界がぐらつき、足元もふらつく。どうやらもう魔力切れが近いらしい。
いつもならこんなに早く魔力が枯渇することはないのだが、今回は被弾しすぎた。HP代わりの魔力が相当削られたらしい。


「本当に……短期決戦だったな……」


試合開始から、時間にして約5分といったところか。ちょうど"疾風の加護"が切れる頃だ。そんな短時間でここまで追い詰められるとは……実力差が開きすぎている。

ここから逆転することは──正直厳しい。


「どうすりゃいい……考えろ!」


だが終夜と約束したのだ。そう易々と諦めてたまるものか。
魔力は残り少ない。このまま戦っても先に魔力が切れるのはこちらの方だ。それなら、一発KOのリングアウトを狙うしかない。


「まぁ、それができたら苦労しないけどな……」


さっきまでのたった数分の応戦で、風香相手にそんな余裕も隙もないのは明白だった。彼女はすこぶる冷静で、油断もしていない。格下だからといって、晴登を侮ることは決してしていないのだ。


「結月……」


こんな時に真っ先に頼りたい結月は隣どころか、会場にすらいない。……というか、すぐに彼女に頼るのは男としてどうなのか。ダメだダメだ、自分の力でどうにかするんだ。


「また、あの力があれば……」


2回戦にて、晴登が利用した未来予知紛いの何か。それなら無理やり風香の隙を作り出すことはできよう。
もしあれが本当に晴登自身の力であるならば、それに頼るのは問題あるまい。もっとも、使えればの話だが。


「あの時は確か──」

「今が試合中ってこと、忘れてない?」

「やべっ!?」


思考に耽っていて、風香の接近に気づくのが遅れてしまった。
飛ぶように横に避け、何とか攻撃をかわすことには成功する。


「さすがに試す時間はないか……」


使い方も用途も明確でない技を扱うには、時と場合が悪すぎる。大会中ではなく、もっと早くに知ってさえいれば……。


「もう降参する?」


苦しむ晴登に向かって、風香が腰に手を当てながらそう告げる。油断していないとはいえ、余裕そうな表情だ。そして挑発するかのように口角を上げている。君の力はその程度なの、と。


──まだ期待しているというのか。


所詮、晴登は魔術初心者。多少の器用さと経験で補ってはいるが、まだまだひよっこに相違ない。
そんな晴登の弟子入りを快諾してくれた風香。彼女の瞳に落胆の色は見えなかった。誰から見ても勝ち目がないこの状況でもなお、晴登に戦えと言っているようである。


「……降参なんてしませんよ。俺はまだ、戦えます!!」


強がり、見栄、虚勢。何とでも言うがいい。ただ晴登には守りたい約束があり、それを結んだ相手がいる。負けるとしても、最後の一瞬まで抗わなければならない。自分に残された、僅かな魔力を絞り出してでも──



『──よく言った』


「……は?」


突然、頭の中に誰かの声が響いた気がした。かと思ったその瞬間、晴登を覆うように風が吹き荒れる。


「な、何……?!」


いきなりの事態に混乱する風香。しかしそれは渦の中にいる晴登も例外ではない。これは自分でやっている訳ではなく、勝手にこうなっているからだ。理由も理屈もわからない。


「どういうこと? 魔力はもう少ないはず……」


晴登に残された魔力では、ここまで風を操ることはできないはず。まさかまだ力を隠していたのかと、風香は身構える。


──渦が四散し、そこには晴登が立ち上がっていた。


あれだけの風を起こしたというのに、魔力切れの兆候はない。それどころか、不思議と身体から力が湧いてさえいる。まるで、何かに力を貸してもらっているかのように。


「これは……」


手を握ったり開いたりして、身体の具合を確認。特に異常はない。
どうやら全回復とはいかないが、もう一度風香と対峙できるくらいには力が戻っている。……それだけわかれば十分だ。


「……ん?」


意気揚々と前方を見て──まず自分の目を疑った。
目の前には風香が立っているだけ……のはずなのだが、その周りに流れる"風"まで視えるのだ。うねって捻れて渦を巻き、風はその動きを止めることはない。実際に肉眼で風を視たことがある訳ではないが、これは風で間違いないだろう。

しかも流れの一つを注視していると、脳裏に映像が浮かんできた。


「これって……!」


疑うまでもない。2回戦でも視たものと同じ感覚だ。つまりこれは──未来の景色。晴登は今、これから起こるかもしれない事象を視ているのだ。


「……っ」


風香は突然の晴登の変化に警戒し、迂闊に近寄って来ない。好都合だ。その間にこれらの風を全て視て、未来を掌握する。目まぐるしく変化する映像の数々に頭を抱えながら、晴登は風を見渡していった。
これらの未来の確証性はまだ保証されていない。それでも、今は縋るしかなかった。


「──風の導くままに」


次にこの短時間で把握した分の未来を、自分の都合のいいように、望む結果になるように繋ぎ合わせる。
そしてただ一つ導かれたこの未来を視るに、どうやら勝利の女神はまだ晴登のことを見放していないようだった。

なら後は、その通りに動くだけ──


「"噴射"!」

「っ!」


風香が動かない間に、晴登は先手を仕掛けた。"噴射"の速度は、瞬間的ならば"疾風の加護"をも上回る。そんな速度で急激に迫れば、当然風香は迎撃せざるを得ない。


「"旋刃"!」

「ふっ!」


大気を切り裂くような鋭い蹴りを、寸前でジャンプしてかわす。これはさっき確認できた未来。だから避けるのは簡単だ。

しかし、さすがは風香。晴登が避けたのを見てから、空ぶった足をその勢いのまま踏み込み、オーバーヘッドキックを繰り出してきた。その反応速度たるや──だが、


「"天翔波"!」

「なっ!?」


それすらもわかっている晴登は、先出しで技を放ち風香を叩き落とした。体勢を崩した彼女は仰向けのまま地面へと落下する。
だが角度が浅く、まだそこはフィールドの上だった。

晴登は素早く着地し、追い討ちをかけるべく拳を振りかぶる。


「"烈風拳"!」


立ち上がる暇もない風香は、左側に飛び退いて避ける──それも知っている。


「そらぁ!!」


鉄拳をそのまま放つと見せかけて、身体を逆にひねり、手の甲で彼女を捉える──そう、裏拳だ。


「くっ……!」


不安定な姿勢に加えて、予想外の一撃。いくらガードが間に合ったとはいえ、彼女は踏ん張ることもできず、場外へと吹き飛ばされた。
ここで壁まで飛ばされていれば、晴登のようにあわよくば復帰の可能性があったかもしれないが、生憎裏拳の威力は乏しく、壁から離れた地面の上に彼女は為す術なく尻もちをつく。


『じょ、場外! 開始わずか数分で鮮やかに勝利をもぎ取ったのは、【日城中魔術部】三浦選手です!』

「「「わあぁぁぁぁぁ!!!!!」」」


こうしてたった数分間の、突風のような短期決戦の決着がついたのだった。
 
 

 
後書き
執筆時間をかけすぎて、逆にストーリーが簡潔になってしまいました。どうも、波羅月です。いや試合時間数分ておま。

ということで、なんと1話で終わってしまった師弟対決。もちろん長々と書こうとも思いましたが、短期決戦の方が彼ららしい気もしてこうなりました。決して楽をした訳じゃありません。信じてください!

とはいえ、短いながらに何だかエラいことになっています。どゆこと? 晴登君なにその力? あまりに突発的すぎて作者自身も戸惑っていますが、次回以降でちゃんと触れるので許してください。フラグは建ててたから良いよね……!(雑)

緋翼が負けて晴登が勝ったということは……次は3本目という訳ですね。まぁ作者的にはこっちが本命ですから、気合いを入れていきます。ワクワクです。

てな訳で今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では!



……と見せかけて、ここで一つお話を。完全に話が脱線するのですが、最近、この物語をどう完結させるかずっと考えていました。だって見切り発車で始まってもう5年書いてますからね。そろそろ6年目ですからね。いい加減ラストを見据えないといけない気がしまして。
そこで執筆の合間にストーリーを組み上げ組み上げ、先日ついにざっとですが組み終わりました。ようやくか……。
どんな内容かはもちろん言えませんが、少なくとも数年以内には完結する予定です。うーんアバウト。今のままの執筆速度だと仕方ありませんね。
ですが、今までみたいにダラダラと思いつきのストーリーを並べるのは終わりです。次の章……いや、今の章から本格的に動き出します。
より一層励んでいきますので、応援のほどよろしくお願いします。

なお、クオリティも執筆速度も今と変わる気はしませんので、期待は程々に…… 

 

第115話『遅延』

 
『鮮やかに勝利をもぎ取ったのは、【日城中魔術部】三浦選手です!』

「「「わあぁぁぁぁ!!!!」」」


ジョーカーの驚き混じりの実況と共に、熱狂する観客の喝采が会場中を飛び交う。


「勝った……のか?」


その賞賛の中心、フィールドの上で、場外に背中を向けながら肩で息をしている晴登。まだ信じられないが、殴った衝撃で痺れる右手を握りしめて、ゆっくりと勝利を実感する。

怒涛の逆転劇。傍から見れば、そう映って然るべき決着だった。彼は風香の攻撃を全てあしらいつつ、回避を許さない会心の一撃を叩き込んだのだから。


「何なんだ、この力は……」


しかし、晴登が実際にやったことと言えば、勝利が確定した未来をなぞっただけに過ぎない。そこに晴登の実力は半分も関与していなかった。
その目にはもう、さっきみたいに未来を映す風は視えない。どうやら試合が終わったから、なりを潜めてしまったようだ。

未来予知というあまりに強力な力。これが本当に自分の力であるならば、それはとても素晴らしいことだ。
その一方で、卑怯ではないのかと罪悪感もある。相手の奮闘を嘲笑うかのように、予知は淡々と晴登を勝利に導いているのだから。


「それなら、素直に喜べないかも……」


さっきまで枯渇寸前だった魔力もなぜか回復しているし、一体晴登の身に何が起こったというのか。その真相はまだ闇の中である。


「うっ……」


そんな新たな力に葛藤していると、背後から唸り声が聞こえた。振り向くと、地面の上で尻もちをついている風香の姿があった。


「あ! ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか……?!」

「……うん大丈夫よ、怪我はないから。それにこれは勝負なんだから、別に謝らなくてもいいのに」

「いやでも……」

「私が女子だからって手加減しなかった証拠でしょ? 君は間違ってないよ」


そう言って、服についた砂を払いながら風香は笑って流してくれた。
勝負とはいえ、女子に手加減なしの裏拳を叩き込んだことは申し訳なく思っている。しかし気にしすぎてもいけないと思い、晴登はそれ以上の追及は諦めた。


「それにしても、君はやっぱり凄いね。まだ奥の手を隠してたんだ」

「え!? ま、まぁそうですね」

「動きが見違えるように変わってた。一体どういう理屈なの?」

「あー何と言うか、集中することで反応速度が上がる……みたいな?」


「未来予知」だなんて堂々と言える訳もなく、それっぽい理由で言葉を濁す。
ちょっと無理やりだった気もするが、風香は「ふーん」と一応納得はしてくれたようだった。誤魔化せたということでいいのだろうか。


「初見とはいえ、全然対応できなかった。私は師匠失格だね」

「そ、そんなことないですよ! 猿飛さんのおかげでここまで来れたんですから!」

「ありがとう。でもほとんど君の実力だと思うな。羨ましいよ」


そう言って、風香は少し寂しそうな表情をする。そこには色々な感情が渦巻いているようで、晴登には推察できなかった。

それでも、晴登がこの場に立っているのは間違いなく彼女のおかげであり、彼女に教えてもらった成果でもある。だから、この言葉だけは伝えないといけない。


「……また、特訓してもらってもいいですか?」

「いいの? 私は君に負けたのに……」

「それでも、猿飛さんが俺の師匠なんです! たった数日じゃ満足できません!」


その晴登の真っ直ぐな瞳を見て、風香の表情も明るくなる。同時に、彼女はずっと持っていた疑問を口に出した。


「どうして君はそんなに強さを求めるの?」

「──大切な人を、守るためです」

「大切な人、か。いいね、そういうの。私は好きだよ」


風香は何かを察したようにそう言った。きっと結月のことだと思ったのだろう。
それも間違いではないのだが、大切な人というのには家族や友達、魔術部のみんなも全て含まれている。守るための力を持っているのだから、使わなければ損というものだ。


「うちの大将は強いよ」

「こっちだって負けません」


最後に握手を交わしながら、お互いにそう伝え合う。
勝負は全て、3本目の勝負に持ち越された。勝っても負けても、どちらかの決勝進出が確定する。一体、どんな戦闘(バトル)が見れるのか──







「これは驚いたね……」

「どうなってやがんだあのガキ。あそこから勝つかよ普通」

「まるで主人公みたいだ」


観客席の一角、アーサーと影丸が試合の結果を見てそう零す。
誰がどう見ても形勢は晴登が不利だったというのに、突然人が変わったかのように動きを変え、あっという間に風香に勝利してしまった。それを成し遂げたのも全て──


「実際に見てみてハッキリした。あいつの能力(アビリティ)に"未来予知"があるのは間違いない」

「そうだね。それに類するものと考えていいだろう。加えて精度も中々高そうだ。まだ使いこなしてはいないようだけど」


相手が技をどう受けて、どう避けるまで知っていたかのように見切ったあの洞察力は、中学生にしては秀ですぎている。魔術によって補強されてると考えるのは自然だ。


「面白ぇ。決勝で当たるのが楽しみだな」


不気味なくらいに口角を上げ、対戦を楽しみにする影丸。前日までの態度とは打って変わって、今となっては彼は晴登の力を評価している。やはり、最初見た時に働いた勘は正しかったらしい。


「気が早いよ影丸。まだどっちのチームが勝つか決まってないだろ?」

「けど、あの黒い雷使うガキはそれなりに戦えるぞ。女相手にゃ負けねぇだろ」


1回戦にて相手を一撃で倒した終夜の活躍を知っている影丸は、次の試合は彼に分があると考えている。
しかし、アーサーはそうではないといった様子だ。影丸の発言を聞いてふっと笑うと、


「わからないよ。──彼女、"組み手"で1桁の順位だから」







「……あ」


次の試合への期待を胸に自陣に戻ろうとした晴登の目に、グッと親指を立てて満面の笑みを浮かべている終夜の姿が映る。
そんな無邪気な笑顔に釣られて、晴登も笑顔で終夜の元に駆け寄った。


「部長!」

「よくやった。本当によくやったよお前」


晴登が何かを言うよりも先に、感極まる終夜が背中をバンバンと叩いてくる。その加減のなさが、彼の喜びを何よりも如実に表していた。


「いや〜最初に吹っ飛ばされた瞬間はヒヤヒヤしたぜ」

「それは俺もですよ……」

「それでもお前は勝った。それで十分だ」


これ以上ないくらいの喜びようの終夜を見て、晴登も嬉しくなってくる。自分が誰かの役に立てたというのは、とても達成感があった。



「──後は俺に任せろ」



終夜の目の色が変わる。後輩の勝利を喜ぶ先輩の顔から、チームの命運を担う部長の顔へと変わっていた。

相手は強い。舞や風香を見て、そう思わない訳がない。その上、次は相手のリーダーが出てくる。今までで最も過酷な戦闘(バトル)になるだろう。

それなのに、今の終夜を見てると不思議と負ける気がしなかった。


「っしゃあ、行ってくるか──」


『え〜っと、ここで緊急の連絡です! 次に予定されております、【日城中魔術部】対【花鳥風月】の3本目の試合の開始時間を、19時に変更するとのことです!』


「「……え?」」


予想外の連絡に、2人の呆気にとられる声が重なった。






詳しい説明もないまま、魔導祭は一度お開きとなった。19時に再び会場に集合するまで、晴登たちはホテル待機を命じられる。

しかしホテルに戻ってきた晴登は、自室に帰るよりも先にある部屋の扉をノックしていた。


「はーい」

「結月、体調はどう──」

「ハルトー!!」

「おわっ!?」


中から返事を聞いてドアを開けた瞬間、勢いよく結月に飛びつかれた。いきなりの出来事で受け止めきれず、晴登はそのまま後ろへ尻餅をついてしまう。


「いてて……って、身体は大丈夫なの?! 安静にしてなきゃダメなんじゃ……!」

「何かよくわかんないけど平気だよ!」

「よくわかんないけどって……」


医者が余程優秀なのか、はたまた結月の自然治癒力が高いのか。どちらにせよ、回復したならば良かった。
飛びつくほど元気が有り余ってるのは考えものだけど。


「それよりテレビで観てたよ! やっぱりハルトは強いよ! 凄い! 好き!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて!?」


感情の昂るまま力いっぱい抱きしめてくる結月。晴登の勝利する姿を見て、大興奮冷めやらぬ状態だ。
でもまだ病み上がりなのだから、はしゃぐのはやめて欲しい。


「それで、何で試合が中断したの? 時間を遅くする意味って?」

「あ〜それは……」


結月は首を傾げ、頭上に疑問符を浮かべていた。それは晴登の目下の疑問でもあり、答えはこれから得るつもりである。


「俺にもわかんなくて……。後で部長に訊いてくるよ」

「じゃあボクも一緒に──」

「結月はダメ。まだ休んでないと」

「そんなぁ……」


何度も言うが、結月はまだ万全の体調ではない。万が一に備えて、今日一日は安静にしてもらおう。

……すると、露骨に寂しそうな表情をするので、恥ずかしいけど頭を撫でてみる。


「ま、また後で来るから」

「えへ、えへへへへ」

「な、何だよ」

「なんでもなーい」


隠そうともしないにやけ顔に、こちらまで照れてしまう。何だこの可愛い生き物は。無性に抱きしめたくなる。

しかし、そこは心を鬼にして結月をベッドに寝かせると、晴登は部屋を後にするのだった。






時刻は18時。今度は晴登の部屋にて、簡易的なミーティングが行なわれることになった。内容は先程結月が気にした通り、なぜ試合が遅延したのかが主だ。


「部長、いい加減教えてくださいよ。遅くなった理由わかってるんですよね?」

「まぁな。推測の域は出ないけど」


晴登が終夜を問い詰めると、彼はようやく口を開いた。会場では先送りにされたが、これでようやく理由が聞ける。
終夜はどこから話したものかと、少し悩んでから話し始めた。


「まず、俺と星野先輩の能力(アビリティ)は知ってるよな?」

「えっと……部長が"夜雷"で、星野先輩が"星夜"でしたっけ?」

「あぁ。ここで注目して欲しいのが、どちらにも"夜"という属性が含まれていること」


属性、というのは能力(アビリティ)が持つ性質のことだ。主属性と副属性の2種類があり、それらは能力(アビリティ)名の2文字で表されると、入部したての頃に教わっている。
ここでの問題は、終夜と月が同じ属性の能力(アビリティ)を持っているということだ。しかし、どんな効果かは未だに知らない。彼の雷が黒い理由ではあるはずだが……。


「あれ、教えてなかったっけか? 実はこの"夜"という属性は『夜間に強化される』という効果を持つんだ」

「へぇ……ということは、部長は夜の間の方が強くなるんですか?」

「そういうこと。いつもより2倍は強くなるぜ」

「お〜!」


ここに来て終夜の能力(アビリティ)の知らない一面を知り、少しワクワクしてきた。
思い起こせば、ずっと夜だった裏世界での彼の魔術は一味違ったような気もする。それ以外はあまり見る機会がなかったから確信はない。


「それで、その効果が今回のことと関係があるってことっすか?」

「あぁ。俺も星野先輩も夜間の方が強い。そのことを知ってるはずの運営が、試合の時間をわざわざ夜にしたってことに因果関係がないはずがない」

「実力を十分に発揮できる舞台を整えたってこと? 運営もやってくれるじゃない」

「全くだ。これじゃ無様な戦闘(バトル)は観客に見せられないな」


伸太郎の問いと緋翼の言葉に終夜はそう結論づける。つまるところ、運営側の"粋な計らい"というやつだ。


「さて、ちょっと外で身体動かしてくるわ」

「わかりました」


試合時間が近づいているため、そろそろ会場に戻らないといけない。それに合わせて終夜は準備運動をと、先に部屋を出ていった。





「"夜"かぁ」


終夜に続いて伸太郎も緋翼も部屋を出た後、晴登は1人残って考え事をしていた。

終夜の能力(アビリティ)の副属性である"夜"の効果は至ってシンプル。それに比べて、"晴風"の副属性であるはずの"晴"の効果が全くわからない。今まではなあなあにしてきたが、もしかすると"未来予知"は"晴"に由来するのではなかろうか。
でもそうなると、明らかに副属性の範疇を超えている気がする。これではもはや主属性だ。一体、どうなっているのだろうか。


「そのうち、わかるかなぁ」


疑問は尽きないが、考えてわかることじゃない。誰か詳しい人に教えてもらえたら楽なのだが、知っている人は身近にはいなそうだ。頭の片隅に入れておくくらいで、今は片付けておこう。






場所は変わって魔導祭会場。日は沈み始め、あと数分で日没といったところか。
フィールドではジョーカーが腕を大きく広げて挨拶をしていた。


『皆様、突然の時間変更、誠に申し訳ございませんでした。しかし、彼らの戦闘(バトル)は必ずや皆様の期待に応えてくれることでしょう! それでは準決勝第2試合3本目、選手の入場です!』


ジョーカーの声に合わせてフィールドの両側から終夜と月が上がってくる。それに呼応するように、観客の歓声が大きくなった。


『【日城中魔術部】黒木選手対【花鳥風月】星野選手! お互いのチームのリーダーのぶつかり合いです!』


「ったく、プレッシャーかけすぎだろ実況」

「いいじゃん。あたしたちは"全力"で戦うだけだし」

「そうですね……久々に先輩の本気が見れそうで楽しみですよ」


頭を掻きながらため息をつく終夜に、月は不敵な笑みを浮かべながらそう言った。
能力(アビリティ)を最大限生かすことのできる環境は整っている。こんな機会はそうそうない。終夜も心の中では戦闘(バトル)が始まるのを今か今かと待ちわびていた。


『それでは──試合開始!』


ついに試合が始まった。泣いても笑ってもこれで決着。一瞬たりとも目は離せない。

開幕の合図と同時、いつものように終夜が指鉄砲を構えた。その一方で、なんと月も同じ構えをしており──


「弾けろ! "冥雷砲"!」
「輝け! "キラキラ星"!」


2人の指から放たれた漆黒の雷の弾丸と眩い光の弾丸がぶつかり合い、火花を散らして相殺する。
なんということだ。あろうことか、月は終夜とほぼ同じ技を使ってきたのだった。

……いや、違う。同じ技を使っていたのは月の方ではなく──


「なに終夜? まだ私のパクリ続けてたの?」

「人聞きの悪いこと言わないでください。これはもう立派な俺の技です!」


そういえば、終夜は月のことを師匠のようなものだったと言っていた。つまり"冥雷砲"は、彼女の技を模倣して生まれた技だとしても不思議ではない。本人は全然認めてないけど。


「こっちから行きますよ! "黒雷鳴"!」

「当たんないよ〜」


黒い稲妻が空から迸る。雷ということもあって、その発生は見切れたものではないはずだが、彼女はそこに落ちてくるとわかっていたかのように軽々と避けた。


「そらっ!」

「ほっ」


続いて黒雷で薙ぐような攻撃も、月は上体を反らして避ける。その身のこなしの軽さは風香に匹敵しているだろう。
だがそれだけじゃない。そもそも月は終夜の技を知っているはず。だからこそ、こんな初見殺しの発生速度を誇る技を避けることができるのだ。


「次はあたしの番よ! "星屑マシンガン"!」

「うおっ!?」


月が両手を前に構えると、彼女の周囲にたくさんの光の粒が浮かび上がり、その全てが終夜に向かって射出される。
星の力と聞いていたが、伸太朗と同じ光属性なのだろうか。


「……なーんて、対策してますよ! "夜の帳"!」

「へぇ、やるじゃん」


しかし、終夜は黒雷で作ったマントをたなびかせると、それを纏うように被って防御した。光の粒はその帳に触れると、バチバチと音を立てながら弾かれる。
なんてスタイリッシュな防ぎ方。あんな使い方ができるなんて、終夜の能力(アビリティ)の"制限"が少ないからこその芸当だろう。とてもかっこいい。


「……よしよし、準備運動したところで、そろそろ本気出しちゃおっかな」

「いいですね。なら俺も本気でいきますよ」


と、ここで驚きの発言。どうやら2人はまだ本気を出していなかったらしい。終夜の技はド派手すぎて、いつも通りなのか強くなってるのかよくわからなかったのだ。

だがちょうどこの時、日は完全に地平線の彼方へと沈んで空が暗くなり始める。そして会場をナイターが照らし始めた。


──"夜"が、来る。


フィールドに向かって放たれたその光の中で、2人の様子が一変する。


「「"能力(アビリティ)──解放"」」


黒と白の閃光がフィールドに迸った。
 
 

 
後書き
メリークリスマス。今年もクリぼっちな波羅月です。自分もサンタさんが来そうな時間に更新するという粋な計らいをしてみました。はい、すごく眠いです()

いや〜何とか更新が今年中に間に合って安堵しています。1ヶ月に1回更新という自分ルールを早速破っている訳ですが、まぁ2日3日は誤差みたいなもんでしょう。だからヨシ!

さてさて。そんな訳で執筆時間はたっぷりあったのですが……なんか忙しない文章ですね。今回は場面転換が多かったので、ちょっと雑になってしまったかもしれません。大切な場面なのにもったいないですね……後で修正するんでとりあえずこれで更新します(せっかち)。

ということで、次回は待ちに待った3本目。終夜 対 月のリーダー勝負です。序盤だけじゃなんかよくわからないと思いますが、次回でしっかりとバトルしていくので大丈夫でしょう(たぶん)。

今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第116話『夜の魔術師』

 
『うあぁぁぁぁぁ!!!』


月夜の下で、1人の少年が奇声を上げた。膝をつき、地面に爪を食い込ませながら悶えている。夜の暗さで見にくいが、その半身は黒い靄のようなものに覆われ──いや、あわや喰われようとしていた。


『黒、木……?』


その光景を見た背の低い少女は声を震わせ、彼に向かって手を伸ばそうとして、止める。今、彼に近づくべきではないと、本能が警鐘を鳴らしていたからだ。


『終夜、気をしっかりして!』


一方、少年に向かって駆け寄る少女がいた。星型の髪留めを揺らす彼女は少年とは対照的に、夜でも眩しいくらいの輝きを身体から放っている。

しかしそんな彼女を拒むように、少年は黒雷を辺りに迸らせた。


『くっ……!』


黒雷は何もかもを燃やし尽くさんとする勢いで猛り狂う。迂闊に近寄れば無傷では済まない。少女は一旦距離をとる。


『あたしのせいだ……』


自分にもできたのだから、彼もすぐに制御できると思っていた。その慢心が彼女を今こうして苦しめている。"魔術が暴走する"なんて、思ってもみなかった。


『うがァァァァァ!!!』


少年の魔力の暴走は留まることを知らず、痛みに苦しむ彼の声は聞くに堪えない。あれを鎮めるには恐らく、気絶させるくらいしないといけないだろう。


『星野、先輩……』


隣で少女が泣きそうな表情で上目遣いに見つめてくる。同期である彼を助けて欲しいと、視線で訴えていた。
今この場で彼を諌めることができる力を持つのはただ1人だけ。その人物に助けを乞うのは当然だろう。

星飾りの少女は小さな彼女をそっと撫でると、覚悟を決めて少年の方に向き直る。


『大丈夫、あんたはあたしが助けるから!』


少女はそう彼に、そして自分にも言い聞かせ、身体に纏う光を一層増したのだった。






時は夕刻、場所は魔導祭会場のバトルフィールド。そこで対峙する2人は過去を思い返していた。


「……先輩、GWで合宿行った時、特訓中に俺が暴走したの覚えてますか?」

「覚えてるも何も、忘れる訳ないでしょ。あの時は本当に手こずらされたんだから。怪我人が出なかっただけ良かったよ」

「その節はどうも。先輩がいなかったら、今頃どうなっていたことやら……」


これは終夜が魔術を会得したばかりの頃の話。GWの合宿を使って、夜間における"夜雷"の制御を練習しようとしたら、制御し切れずに暴走を始めてしまったのだ。
その時は何とか月の力で抑え込んだが、周りへの被害は相当なものだった。

終夜は黒い文様の浮かんだ手を握りしめながら、悔しさと申し訳なさを露わにする。
一方、周囲にキラキラと輝く小さな星のような光源を散らす月は、そんな終夜を見て微笑みながら言った。


「でも、あの頃とは違う。そうでしょ?」

「はい……って言いたいところですけど、ちょっと前にまた暴走しちゃって」

「え、あんたまだ制御できてなかったの? それおねしょの癖が治らない子供と一緒よ?」

「その喩えめちゃくちゃ嫌なんですけど」


いい話風にまとまるかと思いきや、先日の裏世界の件が頭をよぎった。魔王軍幹部であるウィズと戦った時に、終夜はまたも我を忘れて暴走し、あわや緋翼に手をかける寸前まで至ったのだ。
月の比喩は嫌だが、恥ずべき失態という点には変わりはない。


「ま、今日はすこぶる冷静なんで、先輩なんてワンパンですよ」


しかし、今の終夜はとても落ち着いていた。まだ夜が更けていないということもあるが、何より月と戦えることが楽しみで仕方ないのだ。暴走なんかしてたまるものか。


「お、言うようになったじゃん。じゃあ早速デカいの行っちゃうよ!」


終夜の啖呵に不敵な笑みを浮かべると、月は指先に光を集め、空中に何かを描き始めた。なぞった軌跡が青白く輝いているが、何を描いているのか傍目には全くわからない。


「おいで! "モーさん"!」


ところが、何かを描き終わった月が誰かの名前を呼ぶとその光が弾け、徐々に形を成していく。それは角が生えた四足歩行の動物であり、誰もが名称を知っていることだろう。特徴を上げるならば、鳴き声が──


『モォォォォォ!!!!!』

『おーっと、牛です! フィールドに牛が現れました!』


突如としてフィールドに出現した、青白い光で造形された牛。その体躯は通常の個体よりも大きく、人の身長よりも一回りは体高が高い。
まるで雄叫びのような鳴き声とその余りの迫力に、晴登は驚かざるを得なかった。


「召喚魔術……!?」

「惜しい。あれは星野先輩お得意の"擬似召喚魔術"よ」

「擬似、召喚魔術……?」

「普通の召喚魔術と違って、あれは全部星野先輩が一から創り出してるのよ。でもまるで生きているかのように動くから、もはや召喚魔術みたいなものよね」

「凄っ!?」


緋翼の説明を受けて驚愕する。

晴登が知る"召喚魔術"とは、『使役している召喚獣を別の場所から呼び寄せる』というもの。しかし、月が行なったのは"召喚"と似て非なる"擬似召喚"。つまり、ほぼ"創作"に等しい。

"召喚"よりも"創作"の方が魔力消費が大きくて難易度も高いはずなのに、彼女はそれを成し得たというのだ。"生命を創った"とも呼べる御業に、驚かない方がおかしい。


「ちなみに"モーさん"ってのは……?」

「あー……それは技名聞いてわかる通り、星野先輩ってネーミングセンスがちょっと……その、アレなのよね。個性的というか何というか……」

「あはは……」


ついでに気になることを訊いてみたら、言葉を濁される。いや、もうほぼ言わんとすることは伝わったけども。なんかもったいないな、あの人。


「召喚魔術ってなんかデジャヴが……って、言ってる場合じゃねえな」

『モォォォォ!!!』


雄叫びを上げながら終夜に向かって突進してくる牛ことモーさん。この巨体に突撃されたら、人間なんて簡単に壊れそうだ。
しかも、召喚とはいえ月が創っている訳だから、言ってしまえばあの牛は全身が魔力の塊。触れるだけでダメージを負うほどの攻撃判定の強さときた。近づかれるだけでも展開は悪い。


「これしかねぇか」


ため息をついて、いつぞやの魔女を思い出しながら、終夜は冷静に指鉄砲を構える。
魔力の塊に対抗できるのは、同じく魔力の塊しかない。


「"冥雷砲"!」

『……ッ!』


雷が落ちたような轟音と共に黒雷が迸ったかと思うと、牛はうめき声を上げることすらなく、その姿を霧散させていた。終夜の"冥雷砲"が、その威力をもって牛を形作る魔力を弾き飛ばしたのだ。


「あれ?! あたしのモーさんが!?」

「おっと、なんか前より柔くないですか? もしかして手加減してます?」

「まさか。あんたがちゃんと成長してるみたいで、先輩として嬉しいくらいよ」


予想外の展開に呆気に取られる月を見て、終夜はしたり顔。余裕を感じて煽ってみると、月は面白そうに笑い、次なる召喚の準備を始めた。


「なら次は……"サジたん"と"チクチク"!」


2体。人馬と蠍である。描いた星座を見てもわからないが、出てきたものを見るに射手座とさそり座といったところか。


「近づけないなら遠距離攻撃って訳ですか──でも、遠距離なら俺も得意ですからね! "冥雷砲"!」


相手の特性を把握すると、終夜は即座に指鉄砲の照準を2体の召喚獣に向け、続けて2発の黒雷を放つ。そして召喚されたてのそれらは、出番のないまま倒されて──


「やらせないよ! "キラキラ星"!」

「ちっ!」


しかし召喚獣に黒雷が届く寸前、月が放った光弾によってそれらは打ち砕かれた。倒されるとわかっていて、彼女が対策していない訳がないのだ。
そして高速で飛来する2発の弾丸を真っ向から撃ち落としたそのコントロール。やはり魔術だけではなく、人としても月は強い。


「それじゃお返し! やっちゃって!」

「っ!」


月の掛け声に合わせ、人馬が矢を放ち、蠍は尾から針を飛ばしてくる。しかも魔術が付与されているせいで、威力も速度も想像以上のものだ。
いくら"夜雷"の力で強化を受けていようと、それらを見てから避けるのは至難の業。だから終夜は感覚で飛ぶように避けて、何とか射線から外れようとする。が、


「はい、そこぉ! "流星パンチ"!」

「ぐっ!」


避けた先には月の拳が待っており、辛うじてガードは間に合ったが、その衝撃で終夜は後ろに大きくよろけてしまう。
そんな無防備な彼に、月はもう一度拳を振り上げ──


「"黒雷鳴"!!」


だが、終夜と月の間に突如として落ちた雷によって追撃が拒まれる。
その隙に終夜は後ろへと飛び退き、体勢を整えた。


「むぅ、惜しいなぁ」

「あの〜、召喚魔術使う人が前線に出てこないで欲しいんですけど」

「え? だって別にあたしはそれが本職じゃないし」

「知ってますよ。だから先輩は手強いんです」


召喚魔術を用いて、強制的に自分と召喚獣による多対一の数的有利対面に持ち込める。それが星野 月が強い理由の1つだ。他にも理由があるって事実を受け入れたくはないが。


「やっぱり召喚されたやつから倒さないと厄介だな」


数的不利の中でまともに戦って勝てる相手ではない。正直なところ、終夜の実力ではタイマン張ってワンチャン狙いが関の山なのだ。
だから邪魔な奴らはとっとと片付けたいのだが、生憎そんな隙がない。召喚獣を狙えば月に防がれ、かといって月自身に攻撃を通すのも至難の業。どうにかして、彼女の気を召喚獣から逸らすしかない。


「だったら……"天地鳴動(てんちめいどう)暗黒雷電波(あんこくらいでんぱ)"!」

「え、何その技!?」


終夜は腰を落とし、両手を大きく広げて構える。いかにもな大技の構え。月にとっては見たこともない技であり、当然警戒の対象になる。そして彼女は来る一撃に備え、自身の守りを固めるだろう。

──そこがチャンスだ。


「……と見せかけて、ただの"冥雷砲"!」

「あ!」


月の意識が自衛に向いた瞬間、終夜は広げていた手を正面に向ける。それはまさしく指鉄砲の構えであり、器用にも両方の指から放たれた黒雷は見事、召喚獣達を撃ち抜いた。


「もう! 終夜のくせに生意気!」

「へへっ、騙される方が悪いんですよ!」

「この、だったら"ギョギョちゃん"!」

「うわぉ!?」


召喚獣達が消えても、ぷんすかと怒る月は間髪入れずに次の召喚を始める。そして現れたのは鰯のような魚の大群であり、それらは生み出されるや否や、終夜の方へと突っ込んできた。


「これ魚の群れっていうか、もはや機関銃じゃねぇか! "夜の帳"!」


十や百どころではない。数千、数万に至るほどの魚群。一体どの個体が"ギョギョちゃん"なのかとツッコみたくなるところだが、そんな余裕はなかった。いくら1匹が弱くても、そんな数に特攻されては、物量的に押し負けるに決まっている。
現に、黒雷の帳に触れた魚たちがバチバチと音を立てて弾けていくが、終夜の身体はジリジリと後ろに押されていた。


「やっぱり防ぎ切るのは厳しいか。なら……!」

「……っ! まさか!」


突然、終夜が帳を被ってうつ伏せになった。それを見て、月は何かを思い出したかのように顔色を変え、すぐさま防御姿勢を取る。


「"大放電"!」

「くっ……!」


フィールドの上にダンゴムシのように突っ伏す終夜から、際限なく黒雷が迸った。何を狙う訳でもなく、ただ無差別な放電。仲間がいる時に使えば同士討ち必至だが、タイマンや対集団戦の時にはこれ以上ない力を発揮する。
実際、飛来する魚の群れは粗方消し飛び、月も不規則に飛んでくる雷を防ぐのに集中していた。

しかし、これでは終夜が防戦一方な状況は変わらない。月ならばその内、この放電を凌ぎつつ魚群を創り出し始める。終夜のように器用な人だから、どんな状況にも順応する速度が早いのだ。そうなれば、"大放電"はただの魔力の浪費になってしまう。


「だからこれはブラフ」


月が順応するまでの時間。その時間だけは彼女の方が防戦一方であり、終夜から気が少しだけ逸れる。

──だから、その瞬間に彼女の隙だらけの背後に回り込めるのだ。


「──っ!」


突如として人の気配を感じて月が振り返ると、なんと背後から黒雷を腕に纏った終夜が飛びかかってきていた。
一体いつの間に移動したのか。この放電の元凶である帳はまだフィールドに残っているというのに。

……いや、考えるのは後。なんとか反応は間に合ったのだ。まずはこの奇襲を凌がなければならない。

そのため月は受け止めようとして──即座に思い直して横に跳ぶ。


おかげで突き出した腕が僅かに届かず空を切ったが、終夜は身をひねって華麗に着地した。


「いけないいけない。危うく麻痺するところだった」

「不意討ちに気づかれた挙句にそこまで考えが至られちゃお手上げですよ」


月が冷や汗を拭いながらそう言うと、終夜は苦笑いで肩をすくめる。

月の言う通り、もしあそこで彼女が受け止める選択をしていれば、終夜はここぞとばかりに麻痺を狙っていた。いくら実力に差があっても、身動きが取れない状況になればさすがに戦況が傾く。

だが、そんな作戦も頓挫してしまった。せっかく二の矢まで用意していたというのに、月には効果がない。彼女にとって初見である雷に紛れた高速移動も、もう通用しないだろう。


「こりゃマジで手がないぞ……」

「あんたがあたしに勝つなんて百年早いの。ここらで降参しとく?」

「は、しませんよ!」


「降参」なんて文字は終夜の辞書には載っていない。そもそも後輩が必死に繋いでくれたバトンを、どうして途中で捨てることができようか。いや、できる訳がない。だって──


「俺が魔術部の部長なんでね! "冥々雷砲(めいめいらいほう)"!」


いつものように片手ではなく、両手で組んだ指鉄砲。その指先には今まで以上の黒雷が集中していく。


──策が尽きたのなら、後は力によるゴリ押しのみ。


指先から放たれた黒雷の塊は風を切りながら直進する。今まで見たどの攻撃よりも苛烈で荒々しい。まさに力業だ。


「くっ……!」


突然の狙撃に月は避け切れず、真っ向から攻撃を受けた。光を腕に集中させて、歯を食いしばりながら防いでいる。

そして雷が爆ぜ、フィールドを破壊しながら土煙が覆い尽くした。


『なんという威力でしょう! 星野選手の安否や如何に?!』


終夜の技のあまりの威力に、会場中でどよめきが起こる。

しかし煙で隠れてはいるが、月がフィールド外に吹き飛んだ様子はない。耐えたか、それとも倒れたか。煙が晴れるまで結果はわからない。


「──いやぁ、危ない危ない」

「……やっぱり無事でしたか」


土煙が晴れると、飄々とした様子の月がいた。苦しむ様子もなく、ちゃんとフィールド上に足をつけている。あれだけの攻撃を受けて、平気だったということだ。


「いやいや全然無事じゃないよ。普通に痛かったよ」

「"星雲ベール"でしたっけ? ホントとんでもない防御力ですね、それ」

「お、よく覚えてんじゃん。私の守りはそう簡単に突破できないよ〜」

「全く、勘弁してくださいって」


月の周囲に浮かぶ小さな光。実はこれらは彼女の魔術の一部であり、魔術的な防御に一役買っていたのだ。それは終夜の大技をも防ぎ切るほど。
ヘラヘラとした口調で話しているが、終夜の内心は全く穏やかではない。今の攻撃でも倒れないとなると、本当に月を倒す手段が限られてくるからだ。


「ま、今のはちょーっと危なかったし、そろそろ終わりにするよ」


そう不敵に笑う月が新たに星座を描き始める。それは冬になると誰しもが探すあの星座。その正体だけは学がなくてもすぐにわかった。


「オリオン座……!」

「出てきて、"オリオン"!」


月が元気よく唱えると、その後ろに見上げる程に大きい光の巨人が現れたのだった。
 
 

 
後書き
よーーーやく書き終わりました。お待たせしてすいません。名前忘れられてたら嫌なので名乗っておきます、波羅月です。

1月末に更新する予定があれよあれよと2週間が経ちまして、本当にすいませんでした。いやまぁ期末試験とかレポートとか言い訳もできるんですけどね。ちょっとサボってた部分があったのも事実な訳でして……あはは。

っと、謝罪はこれくらいにして。さて、今回は遅れる分長く書こうと思ってたんですけど、まさかの展開まで伸びてしまいまして、なんと決着は次回に持ち越しです。
「おいおいそりゃないぜとっつぁん」。「いやいや待て待て、大将戦なんだからこれくらいやっても許されるんじゃないか?」。執筆中はずっとこんな風に頭の中で天使と悪魔がぶつかってましたが、折衷案として「今月中に次話の更新をして、早く決着をつける」という結論に至りました。う〜ん、どっちも悪魔!(苦笑)

決して更新を忘れている訳ではないので、自分のことも忘れないでもらえると嬉しいです。ということで、今回も読んで頂きありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第117話『夜明け』

 
『────ッ!!!』

「うるさっ!?」


熱狂していた会場に、一際大きい巨人の雄叫びが木霊する。いや、会場だけではなく、この山全体と言っても過言ではない。
2回戦の【タイタン】とは訳が違う。この全身が青白い巨人の身長は10mは下らなかった。人間なんて簡単に踏み潰すこともできるだろう。そんな漫画を読んだことがあるだけに、一層恐怖が掻き立てられる。


「で、デケぇ……」


終夜からすれば、オリオンを見るのは初めてではない。ただし、過去の記憶だとサイズは5mくらいだったはずだ。
何がどうなって身長が2倍以上も伸びているのか。


「まさか成長期か?!」

「そんな訳ないでしょ。あたしだって強くなってるの」


危険を感じるとついつい軽口を叩くのは悪い癖だが、それだけ状況が切羽詰まってるのも事実。終夜が成長しているならば、当然月だって成長する。だって人間だもの。過去の感覚で戦えば痛い目を見るのは明白だ。


「やっちゃって、オリオン!」


オリオンが右手で持っていた棍棒を振り下ろす。その棍棒の長さも、オリオンの大きさに比例してめちゃくちゃ大きい。
身をひねるだけじゃ到底避けきれないその巨大な攻撃を、終夜へ何とか走って避ける。

しかし棍棒が地面に衝突したことで魔力が弾け、予想外の第二波となって終夜を襲う。


「マジか!? "夜の帳"!」


まるで高波のように押し寄せるその衝撃波を、黒雷のバリアで辛うじて防ぐ。身体が持っていかれそうなくらいの風圧だが、耐えられないほどではない。しかし、


「このままじゃ、いつペシャンコにされてもおかしくねぇ」


腕輪のおかげで決してそうなることはないはずなのだが、冷や汗だけはドンドンと垂れてきた。体躯が大きい動物は強者に君臨し、弱者を一方的に蹂躙できる。そんな弱者の立場に立たされて穏やかな気持ちでいられるほど、肝が座っている訳ではないのだ。


「こういう時に限って後ろに引っ込むんですよね……」


オリオンを無視して月本人を狙う方が戦略的なのに、肝心の彼女はそれをさせない動きを取っている。彼女の元にたどり着くには、オリオンの討伐が必須だ。


「この召喚獣達に弱点はない。けど、生き物の形に造形されている以上、形を崩せば機能を失う」


それが終夜の知る召喚獣についての知識。だからさっきまではゴリ押しで突破できた。
だが、この巨大サイズの召喚獣を一発で消し飛ばすのは至難の業だ。人型だから、四肢や武器を無くしても行動してくる可能性もある。

魔力は残り少ない。だから少ない手数でオリオンを倒し、月にトドメの一撃を加える。作戦こそシンプルだが、実行難易度は過去最高レベル。正直なところ、月への攻撃に今の全魔力を費やしたいというのが本音だ。それほど彼女の防御力は高い。
そのためには、オリオンと彼女を同時に攻撃、あるいは、


「──いいこと思いついた」


巨人がもう一度棍棒を振り上げ、次の攻撃へと備えてるというのに、終夜は笑みを浮かべていた。

タイタンが棍棒を振り下ろす。フィールドが割れんばかりの衝撃と共に、魔力の波が押し寄せる。

しかし終夜はそれを跳んで避けると、そのまま棍棒の上を伝って登り始めた。"風の加護"の要領で足の裏には魔力でバリアを張っているため、ダメージはない。


「嘘!?」


上を見上げて驚く月を尻目に、腕、肩と、終夜はドンドンと巨人の身体を駆け上がる。棍棒を振り下ろした姿勢は登るのに丁度いい。


「オリオン! 振り落として!」

「させるかよ!」


終夜が何を狙っているのかはわからないが、その狙いを阻止すべく、月はオリオンにそう指示する。しかしこの巨体の反応速度はそこまで早くなく、既に頭に到達した終夜はさらにそこから上空へと跳んでいた。

闇夜に紛れるくらいに高く、高く跳ぶ。"夜間強化"のおかげで、普段ではありえないほど高く跳べた。地上では味わえない風の流れが心地良い。

そして巨人どころか、会場を見下ろすくらいの高さに達した終夜は、右手に魔力をありったけ込める。黒雷が上空で星の光を遮るほど迸り、その電量に充てられてナイターの光がチカチカと点滅を始めた。

──これが終夜の導き出した答え。


「"奥義・夜天(やてん)霹靂(へきれき)"!!」


刹那、巨人の雄叫びに引けを取らない程の轟音と共に、一閃の黒雷が大地に落ちた。巨人の身体は雷によって両断され、膨大な魔力が空気へと還る。そして、棍棒による一撃とは比にならないくらいの衝撃がフィールドを襲い、ついに落雷地点を中心としてひび割れて砕けてしまった。

試合続行すら困難か。そう思わされる一方で、着地した終夜の視線は月の方を向いていた。


「まだだ!」


不安定な足場の上で、終夜は踏ん張り直す。

まだ力を抜くな。この技をそのまま月にも喰らわせる。この作戦は、同時に攻撃ができなくても同じ技で攻撃をすることは可能であるという、無理を通した作戦なのだ。

力み過ぎてもう右腕が痺れてきたが、構うものか。ありったけを彼女にぶつける。


「はぁぁぁぁ!!!」

「くっ……!」


叫びながら飛び出し、右手を突き出す終夜。残る全魔力と高空からの位置エネルギーを存分に練り込んだこの一撃ならば、さすがの月の防御も貫けるに違いない。

そしてその右手が月を捉える、次の瞬間。


──大きな光が、終夜を押し潰すように降りかかった。





夜なのに、まるで昼になったと錯覚してしまいそうになるほどの発光。会場にいる誰しもが目を覆い、何が起こったのかを把握できずにいる。


『な、何が起こったのでしょう!?』


実況であるジョーカーもその例に漏れず、目を擦りながら事態の把握を図る。
そしてようやく目を開けるようになって、フィールドを見てみると──


「ぐ……」

「……ギリギリセーフってとこかな」


砕けたフィールドの隙間に、終夜はうつ伏せで倒れ込んでいた。一方、月は肩で息をしながらも立っている。どちらが勝ちで、どちらが負けなのかは明白だった。


「いつ……の間に……」

「発動時間のこと? 確かに"ドッカン彗星"は発動までに時間がかかる技だけど──事前に準備しておけば良くない?」

「……!」


──"ドッカン彗星"。それが今しがた終夜を襲った現象の名前であり、月の切り札とも呼べる技だ。超圧縮した星の光を彗星に見立てて目標へと落とす。その威力は、隕石が落ちてきたと言っても相違ないほどだ。

ただ終夜の知る限り、この技には弱点があった。それは発動時間である。強力であるが故に、発動までに時間がかかるというものだ。

しかし、今回そのラグが無かった。彼女自身がその弱点を克服していたのならば話は別だが、真相はそうではない。

──恐らく、"星夜"を解放した時には既に、技の構築が終わっていただろう。つまりその時点で終夜の敗北は確定していた。

だが彼女はその技を最後まで撃とうとはせず、"いつでも発動できる状態"で戦闘(バトル)を行なっていた。
手加減……とは少し違うが、少なくとも彼女は技を発動させないように力を調節しながら戦っていたことになる。その状態であそこまで終夜は打倒された訳だから、


「──完敗だ」


『決着です! 勝者、【花鳥風月】星野 月!』


完全な敗北を認めざるを得なかった。その後終夜は力尽き、フィールドの瓦礫の上で突っ伏したまま気を失った。


「……何が完敗よ。あんたがあたしをそこまで追い込んだってことなんだから」


そんな彼に歩み寄り、そう声をかける月。その表情は穏やかなものであり、後輩の成長を喜んでいるのだとわかる。


「この技は威力が強すぎて、下手すると会場の外にまで被害が出ちゃうかもしれなかった。だからできるだけ使いたくなくて、保険として準備だけしてたのにさ」


月はやれやれと肩を竦め、そして優しく微笑んだ。


「──強くなったね、終夜」







「あー負けた負けたー!!!」


試合が終わり、ホテルに戻ってきた魔術部一行。部屋に集まって一応ミーティングを行なうことになったのだが、帰って早々終夜がベッドの上で悔しさを露わにしていた。


「ちょ、うるさいわよ! いつまで騒いでんの!」

「何だよ、お前は悔しくないのかよ! ピーピー泣いてたくせによ!」

「はぁ〜?! 泣いてないし?! 汗だったし?!」


疲れてるにもかかわらず、いつものように2人の口論が始まる。もう慣れっこだ。


「残念だったね、ハルト。せっかく勝ったのに……」

「俺はたまたまだよ。みんな強かった」

「でも、ボクが元気だったら……」

「おっと、ダメだよ結月。それ以上言ったら」

「う……そうだね、ごめん」


そんな騒がしい2人とは対照的に、結月の表情は暗い。無茶をしたことで、出場できなくなった責任を感じているようだった。

彼女の言わんとすることはわかる。もし自分が出場していれば、何か変わったかもしれないと。実際、その可能性はある。
しかしだからこそ、その発言は終夜たちの奮闘を蔑ろにすることになる。ここで口にするべきではない。


「で、でもベスト4は確定じゃないですか!」
「そうですそうです! 歴代トップの成績ですよ!」
「だから喧嘩は程々に……」
「ね? ね?」


2年生方が終夜を説得するように褒めていく。
晴登にはまだどれくらいの凄さかは測れないが、全国ベスト4と考えるときっと凄いのだと思う。彼らの言う通り、この成績は誇っていいものだ。


「……わかってるよ。結果はめちゃくちゃ嬉しいしすげぇことだ。けどよ」


彼自身も、その成績は認めていた。
ただそこで、終夜は唇を噛み締める。その瞳にはうっすらと雫が浮かんでいた。


「──星野先輩には勝ちたかったなぁ……」


悔し涙。いつも強気な彼が珍しく、弱さを見せた瞬間だった。あまりに突然の出来事で、誰もかける言葉が思いつかない。

ずっと追い続けていた背中を越えようとしたが、できなかった。そして、ここまで死力を尽くして競えるチャンスは何度も訪れるものではない。もう二度と、ないかもしれない。

だからこそ、彼の悔しさは一層増すのだ。


「はは、俺が泣くなんて柄じゃねぇよな。悪い悪い。……うし、明日は決勝戦だ。せめて精一杯応援しないとな」


終夜は涙を拭い、そうやっていつもの笑顔を見せた。強がっているだけだとわかっていても、やっぱり彼はその表情が似合う。その笑顔につられて、みんなの表情も明るくなった。


「決勝戦のルールは何ですかね?」

「さぁな〜パン食い競走とかか?」

「んな訳ないでしょ」


そんな他愛ない会話が、就寝時刻まで続くのだった。





魔導祭最終日。いつの間にか破壊されたフィールドも元通りになっており、決勝戦が滞りなく行なわれていた。
ぶつかるのは当然、準決勝の勝者である2チーム、【覇軍(コンカラー)】と【花鳥風月】だ。どちらの実力も本物であり、さぞ白熱した試合が見れることだろう。

──誰もがそう思っていたが。


『これは圧倒的! 決勝戦の特別ルールが"ラスト・ザ・総力戦"であるにもかかわらず、【覇軍】のアーサー選手が1人で【花鳥風月】を全員ダウンさせましたぁ!!』


なんということだろうか。4対4の総力戦ということで始まった決勝戦だったが、なんと【覇軍】側はアーサー1人の力で【花鳥風月】に勝ってしまったのだ。

誰がこの結果を予想できるというのか。【花鳥風月】だって決して弱いチームではないというのに、それでもレベル5の魔術師1人に敵わなかった。そのアーサーの圧倒的強さに、もはや恐怖すら覚える。


「思ったより早かったな」

「少し本気を出したからね。手加減して勝てる相手じゃなかったし」

「その割には全然余裕そうだったけどな」

「そう見えたかい? まぁ夜だったらもう少し手こずったかもね」


声をかけてきた影丸に、アーサーは笑いながらそう返した。
確かに【花鳥風月】のリーダーである月の本領が発揮されていなかったとはいえ、それでもやはり1人であの4人を圧倒してしまうのは最強と言わざるを得ない。


「残念そうな顔だね」

「あ? 別に、俺はめんどくさかったからお前に任せた訳で……」

「【日城中魔術部】と戦えなかったことさ」

「……っ」


核心を突くようなアーサーの問いに、影丸は口ごもる。相変わらず察しは良い男だ。まるで内心を見透かされてるようで、そこだけは好きではない。

だが彼の言う通り、【日城中魔術部】──もとい、三浦 晴登と戦えることを期待していなかったと言えば嘘になる。実際に手合わせすることで初めて知ることもあるからだ。しかし、


「昨日も言ったが、別に強いこだわりがある訳じゃねぇ。ちょっと気になってただけだ」

「ちょっと?」

「……まぁ、それなりに」


口では誤魔化したが、アーサーにはやはりバレバレのようだった。
彼との因縁については、まだ確信を持ってはいない。なぜなら影丸が一方的に持っている縁だから、こちらから訊かない以上わかることもないのだ。


「まだ気になってること訊けてないんだろ? 閉会式が終わったら声かけに行きなよ」

「わーってるよ。行きゃいいんだろ、行きゃ」


冷やかされるようにアーサーに言われ、影丸は渋々行動することを決意する。
まぁ確信は持ってないと言ったが、ほぼ確定なので正直今からソワソワしていた。


「ようやく、師匠の居場所が……」


影丸はポツリと、そう口の中だけで呟くのだった。




決勝戦が終わると、そのまま閉会式が始まった。開会式のように参加チームが全員フィールドに集まり、整列する。

ううむ、これでは風香たちにお疲れ様でしたと言いに行くタイミングがないな。閉会式が終わってから行くとしよう。


『これより、閉会式を行ないます』


戦闘(バトル)中とは打って変わって、丁寧な口調で進行役を務めるジョーカー。そして淡々と式は進み、


『それでは、優勝チームの【覇軍】に優勝杖の授与を』


正面の高台に、全国魔術連盟会長の山本が再び現れる。その手には開会式でも見た優勝旗ならぬ優勝杖を持っていた。

その後、【覇軍】の4名が前へと出て、全員が手を重ねるように杖に触れる。するとピリピリと空気が震えてきたような気がした。


「あれは何してるんですか?」

「魔導祭のしきたりとして、優勝杖にチーム全員の魔力を込めてるんだ。つまり、あの杖には歴代の優勝チームの魔力がいっぱい詰まってるってことになる。もしあの杖があったら最強の魔術師になれるかもな」

「へぇ〜そんなに凄い物なんですね」


ただの優勝の証かと思いきや、とても魔術らしい仕組みがあった。しかも最強になれる杖だなんて、ゲームみたいでワクワクしてしまう。


「ハルト」

「どうした結月?」

「……何だか、雨が降りそう」


そんな興奮する晴登と違って、結月は落ち着いた表情で淡々とそう告げた。
晴登はそれを聞いて空を見上げる。確かに雲が集まって来ているような気がした。


「雨って、今日は晴れる予報じゃ……」


朝、ホテルで天気予報を見た時は晴れだった。しかも、雲一つない快晴の猛暑日になると。そんな中で雨が降るなんてとても運が悪い。
とはいえ、この会場は山の中にある。山の天気が変わりやすいというのは言うまでもなく、結月の感覚も信頼できるものだ。たぶん本当に雨が降るのだろう。


「ボクが氷で屋根を作ろうか?」

「さらっと凄いこと言うな。いや、やらなくていいよ。ちょっと濡れるぐらいだろうし」


しかし、今回は雨が降ったところで構うことはない。もう大会は終わっているし、服装だって汚れても構わないものだ。むしろ暑いから雨が降ってくれた方が嬉しいまである。

だから結月にそう答えて、この会話を切り上げようとした。けど、


「……あ」


何か、忘れているような気がする。「雨」と聞いて、頭の中で何かが引っかかった。おかしいな。最近雨が降ったことなんてないのに、なぜか雨に降られたような記憶が──


「──っ! 結月! 急いで屋根を作って!」

「ちょ、ちょっとハルト?! さっきのは冗談で……」

「早く!!」

「えぇ!? わ、わかった!」


晴登がいつになく声を荒らげて真剣な表情をしたので、結月も只事ではないと慌てて力を溜め始める。
突然のお願いなのに、結月はこっそり鬼化まで発動してくれた。病み上がりでもあるのに、彼女にそんな無茶をさせてしまう自分をぶん殴ってやりたい。

何事かと、勘のいい魔術師たちの視線がちらほらとこちらに集まるが、なりふり構っていられない。もしこれが思い過ごしだったのなら、後で謝ればきっと許してもらえる。でも、この不安が的中して後悔することだけは絶対にしたくない。


──脳裏に浮かんだのは、予選が終わった後に見たあの夢。その中で、雨が降ってきたかと思いきや、その雨粒が晴登の身体を……思い出したくもない。


「う、らァ!!!」


そんな晴登の嫌な想像を打ち消すように、結月が力強く魔術を発動した。
すると会場から覗く空を覆うように、1枚の分厚い氷が張られる。さながらドームのようだ。


「おいお前ら、何やって──」


ここまでの大規模な魔術を使えば、さすがに全員にバレる。そして看過できないと終夜に声をかけられた、次の瞬間だった。


──まるで鉛が降ってきたかのように雨粒が氷を穿ち、地鳴りのような雨音が響いた。
 
 

 
後書き
現在の時刻は2月28日26時なのでまだ2月です。なので今月中に更新するという目標は達成できました! やったね! 波羅月です。

はい、ごめんなさい。全然間に合ってないです。いや最初は3、4000文字くらいだと思ってたんですけど、なんかドンドン増えちゃって、普通に時間がかかってしまいました。ちなみに6000文字くらいあります()
まぁこれだけシーン多かったらそりゃ文量も多くなります。途中で分けると逆に中途半端になってしまうので、これが最適解なんですよね。

あ、触れてませんでしたが、なんと魔術部は準決勝で敗退となりました。まぁ主人公側が最後まで勝つとは限らないということですね。こういう展開は大好きです。
おかげでストーリーが急展開を見せてしまった訳ですが、ちゃんとついて来れてますかね? 来てなくても続けますけど(無慈悲)

魔導祭編も終わりと見せかけて、何やら不穏な気配。果たして何が起こっているのか。続きはWebで。
今回も読んで頂きありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第118話『鉛の雨』

 
雨避けのために、魔導祭の会場の天井代わりとなった結月の氷壁。だがそこに、雨粒のような"何か"が絶え間なく降り注ぐ。
そう、これは決して雨粒ではない。ただの雫ならば、結月の作った氷がこんなに重い音を立てて抉られるはずがないのだから。


「やっぱり……!」


この状況を予見していた晴登は、間一髪だったと息をつく。
しかし、安心するにはまだ早い。結月の氷壁ならば平気だと思っていたが、想像以上に氷が削られている。自然現象の雨にそんな威力があるとはとても思えない。


「なら銃撃……? でもどこから……?」


氷越しでよく見えないが、誰かが上で銃を撃っている可能性はある。が、機関銃レベルじゃないとこんな音はありえないし、そもそもどうやってあんな高い所に登ったというのか。謎は深まるばかりである。


「おい、何だよこの音!」
「何が起こってるんだ!?」
「みんな伏せろ!」
「きゃあああああ!!」


会場中に響き渡る、氷が削られる甲高い音。しかもそれがドラミングのように終始鳴り続ける。人々の恐怖を煽るには十分すぎるコーラスだ。


「結月! 壁は持つ?!」

「今張り直してる!」


とにもかくにも、まずはこの脅威を退けなければならない。晴登は再び結月にお願いし、氷壁を再構築させる。重ね重ね無理をさせて本当に申し訳ない。

だが、これからどうする? 結月が氷壁を維持し続ければしばらく持つだろうが、それはジリ貧でもある。まだこの雨のようなものの正体もわからないし、待つのは得策ではない。

せっかく最悪の事態を防ぐことはできたというのに、爪が甘かった。次にやるべきことは──


「皆さん! 早く避難してください!」

「屋内に入れば大丈夫だ!」

「!」


晴登がそこまで考えたところで、大きなかけ声が耳に届く。見ると、【覇軍】のメンバーが会場にいる人々の避難誘導を行なっていた。

そうか、それが正解だったか。耐えることだけを意識して、そこに考えが至らなかった。この雨については、皆が避難を終えて安全を確保してからじっくり考えればいい。

よし、やることが決まれば後は行動するのみだ。


「部長、俺達も行きましょう!」

「えぇ? 正直まだ状況がよくわかってねぇんだけど……それがいいみたいだな」


成り行きで終夜を説得し、続々と逃げる人たちの後ろに並んで屋内に逃げ込もうとした、その時だった。


──パァン!


その乾いた音を聴いた瞬間、全員の動きが止まった。今のはまさか……本物の銃声?


「「きゃあああ!!!」」
「「うわあああ!!!」」

「!!」


音の正体に気づいた時には、逃げていた人々が逆走していた。わざわざ屋外の危険地帯に戻って来たということは、"屋内も危険地帯"ということに他ならない。


「全員動くな。動いた奴から殺す」


そして逃げる人々の最後尾に現れたのが、肩に銃を担いだ、漆黒の重装兵だった。鎧というかアーマーというか、とにかく全身が分厚い防具で固められている。声からして、中身は男だろうか。背丈は、装備を含めると2mはある。加えて彼の後ろや、向かいにあるもう1つの出口からもぞろぞろと同じ装備の兵たちが現れた。数は合わせて50人といったところか。


「殺すって……」


そんな兵隊の先頭に立つ兵士から放たれた恐ろしい命令を、晴登は口の中だけで繰り返す。いきなりの出来事すぎてまだ理解が追いついていない。

それはここにいる誰もが同じだった。冷静であれば大人しく従っていたはずの命令だが、恐怖によりパニックを起こした人が反射的に悲鳴を上げる。


「いやあああ──がふっ」

「叫ぶのもダメだ」


そして叫んだ人が、銃声と共に静かになった。その人はその場にバタリと倒れ伏し、ドクドクと流れた血が地面に滲んでいく。

なんと一切の慈悲も躊躇もなく、重装の男は銃を撃ったのだ。

その惨状が悲劇の幕開けとなった。


「うわあああ──」
「たすけ──」
「やめ──」


怯えて声を上げた人々が、次々と銃の的になっていく。乾いた銃声とバタバタと人が倒れる音が、未だ鳴り続ける氷が穿たれる音の間隙に入り込んだ。


──突然現れて、躊躇なく発砲を行なう集団。晴登の知識では、彼らを"テロリスト"と形容するしかなかった。


「この下衆共が!」


動くと殺される。誰もがそんな恐怖と戦う中、1人の金髪の青年が雄叫びを上げながら動いた。その両手には"聖剣"が握られており、真っ先にリーダー格の男の元へと飛び込む。


「動くなって言ってんだろ!」

「ふっ!」

「なにっ!?」


男が迫り来るアーサーに向かって銃を撃つも、彼は器用に剣で弾を弾いた。恐るべき動体視力と身体能力である。
そしてそのまま彼もまた躊躇うことなく、重装の上から男の首を斬り落とさんと剣を振るった。



「──おっと、それは待ってくれないかな」


「っ!?」


しかしその目論見は叶わず、中性的な声と共に現れた小柄の人物が、なんとアーサーの振るった剣を右手だけで受け止めたのだった。

その人物は黒色のパーカーで全身を隠し、唯一見えるのは、剣を受け止めようとするも背が低いために上に伸ばすことになった右腕のみ。そんな不自然な状態なのに、まるで時が止まったかのように、アーサーの剣はピクリとも動かない。
カタカタと、アーサーが力むのに合わせて剣が音を鳴らすが、それを受け止めた片手が斬れる様子もなかった。


「……っ」


その状態で為す術がないことを察したアーサーは、剣を消して一度後退する。その横顔には、珍しく焦りの色が見えた。

まさか、彼の一撃を防ぐ者が現れるなんて。しかも身長や声の感じからして、あの布の下の正体は──"子供"だ。晴登とそう歳も変わらないくらいの。


「……何者だ」


アーサーが語気を強くして問うた。
彼もまた、目の前の人物が子供であることに気づいているはず。だからこそ、不可解だと感じているのだ。どうして子供が突然現れ、自分の攻撃を防ぐことができ、テロリストを庇うのかと。


「俺か? 俺はただの……"雨男"だよ」


その子供──雨男は、今思いついたかのようにそう名乗った。だがその瞬間、雨足が強くなり、さらに激しい音を立てて雫が氷を打ち鳴らし始めた。


「結月! 大丈夫?!」

「まだいける!」

「おいお前ら、動くなって──」

「落ち着けよ。俺が出てきたんだ。お前らは大人しくしてろ」

「はっ」


雨の勢いが増したことが心配でつい結月に声をかけ、危うく標的にされるところだったが、そこは雨男が制止した。

しかし、これでようやく彼の立場がハッキリする。なぜかはわからないが、子供の彼こそが──テロリストの親玉だ。あの荒々しかったリーダー格の男が頭を下げて、従順な態度を示したことがその証拠である。


「この集団は何なんだ? 目的は?」


物怖じすることなく、アーサーは問う。この時にはもう、誰も悲鳴を上げなくなっていた。静かに、その問いの答えに耳を傾けている。


「"スサノオ"。それが俺たちのチーム名だ。目的は……まぁ教えてもいいだろう。1つ目はその杖、そして2つ目は……ここにいる魔術師全員の駆除だ」


彼がそう言った瞬間、口を閉じていた人々がざわめき始める。当然だ、殺されるとわかって平静でいられる訳がない。
だが今度は銃声は聞こえてこなかった。雨男の制止のおかげである。そこだけは感謝した。


「駆除だと? 殺戮が目的だというのか?」

「そうだ。本当はこの雨で全員仕留めるつもりだったが、まさか防がれてしまうとは。"旧魔術師"も捨てたものじゃないのかもしれない」


スサノオの目的に眉をひそめたアーサーに、雨男は悪びれもせずに答える。
さりげなく雨を振らせた張本人だと白状したが、それよりも気になるワードがあった。


「旧魔術師……?」

「そう言ったのさ。対して俺らは"新魔術師"。お前らよりもワンランク次元が上の魔術師なんだ」


手を広げて、そう意気揚々と説明する雨男。だがそんな話、聞いたこともない。
それはアーサーも同じようで、さらに目を細めて彼を睨みつける。


「何を言っているのか全く理解できないが」

「だろうな。だが無知を恥じる必要はない。これから知っていけばいいだけのこと。冥土の土産くらいにはなるだろう」

「この僕がいて、そんな狼藉が許されるとでも?」

「なら比べてみるか? 俺とお前、古き魔術師と新しき魔術師はどちらがより優れているのか」

「受けて立とう!」


雨男が挑発し、アーサーがそれに乗っかった。危険だと警告したくなるが、アーサーならば大丈夫なのではないかと謎の安心感もある。何せ、魔導祭最強の魔術師なのだから。


「ふっ! はっ!」

「おーおー怖い怖い」


子供相手でも躊躇うことなく剣を振るうアーサー。しかし雨男は、それを小さな身体を生かしてひょいひょいと躱していく。その動きに無駄はなく、どれだけ動いてもフードが脱げず、顔を覗かせてくれない。


「"聖なる剣戟(ホーリー・ソード)"!」

「そんな子供騙しには引っかからないぞ」


アーサーが剣を高く掲げ、そして力いっぱい振り下ろす。そして視界を覆い尽くすほどの光が雨男を襲った。
しかし、雨男はその光に潜む本物の斬撃を身体を捻っただけで避ける。まるでどこに放たれたのかわかっていたかのように簡単に避けたのだ。


「ならば、"煌めきの円舞(スパークル・ワルツ)"!」


一撃でダメなら、何度でも攻撃するまで。次にアーサーが繰り出したのは、何度も回転しながら斬りつける技だった。風香の"旋刃"と似たものを感じるが、速度が桁違いだ。1秒間に一体何回転しているのか。


「当たらないぞ」

「くっ、ではこれなら──」


しかし、そんな高速攻撃すらも全て避ける雨男。彼にはあの剣筋が見切れているというのか。それなら動体視力が良いどころの話ではない。

攻撃が当たらず、さすがに焦りを見せるアーサーは次なる技を構える。すると、


「もういい。そうやってチャンバラ振るのが旧魔術師なら、新魔術師には一生届かないよ。これで終わりだ」

「何を──がはっ」


失望したようにそう言いながら、雨男がアーサーの腹部に手をかざすと、そこからいきなり鮮血が噴き出す。まるで散弾でも放ったかのように、アーサーの腹部が大きく抉られていた。


「アーサー!」


血を口から溢しながらその場に倒れ込むアーサー。それを見て、すぐさま影丸含む【覇軍】のメンバーがアーサーの元に駆け寄った。その内の烏帽子を被った女性が、急いで治癒魔術らしきものをアーサーにかけ始める。


「ほら、所詮この程度だ。旧魔術師は新魔術師には敵わないんだよ」


雨男がフードの下で嘲笑う。その発言に、影丸がキッと睨みつけた。


「さっきから新魔術師、新魔術師って……そんなにお前らが偉いのかよ」

「もちろん。何せ俺らは"神に選ばれた魔術師"だからな」


『神に選ばれた』。現実味のないそのワードに眉をひそめるが、影丸は周りを見渡してから冷静に言葉を返す。


「……なら、お前の後ろにいるレベル0の奴らも全員、"神に選ばれた魔術師"とやらなのか?」

「へぇ、よく見抜いたな。正確には、まだ"卵"の段階だがな」


銃を使う時点でおかしいと思ったが、なんと重装兵たちはレベル0の魔術師、すなわち一般人だった。魔術師の祭典である魔導祭の襲撃に一般人が加担してる時点でよろしくない事態だが、"神に選ばれた魔術師"というワードが引っかかる。
卵……ということは、"まだ目覚めていない"という意味だろう。彼らが魔術師に、新魔術師とやらに成り上がるとでもいうのか。


「しかしそれもあの杖が手に入るまでの辛抱だ。その杖があれば、俺は俺の理想を実現できる」


雨男は、遠くに見える優勝杖を指差しながらそう語った。
終夜が言うには、あの杖は凄まじい力を持っている。だからこのテロリストたちはそれを利用する気なのだ。そのことが良いことなのか悪いことなのかは晴登には測れない。

──ただ、これだけ人を傷つけている時点で晴登にとっては悪者だ。


「はっ、ロクでもねぇ理想に違いねぇな」

「低俗な旧魔術師の分際で俺を笑うなよ」


素顔が見えないが、雨男が明らかに見下すように影丸の煽りにそう返した瞬間には、影丸の手刀が首元に迫っていた。
しかし雨男は、驚くこともせずにそれを難なく右手だけで受け止める。


「仇討ちのつもりか? お前も同じ目に遭うだけだぞ?」

「悪いが、俺はアーサーよりも丈夫なのが取り柄なんだ」


ぐりぐりと手刀を押し込み、雨男を防御に専念させる影丸。だがその手はビクとも動かない。
なるほど、アーサーの剣が通用しない訳だ。見た目に似合わず、とんでもない怪力である。

そこで影丸は大きく息を吸って、会場中に聞こえるように叫んだ。


「てめぇら! 死にたくなければ戦え! こいつは俺が抑える!」

「「!!」」


背後にいる魔術師達に向けて、そう扇動したのだ。相手がテロリストだろうと、魔術師であれば自分で自分の身を守るだけの力はある。だから戦えと、そういう意味だろう。


「迎え撃て。抵抗する奴らから全員殺せ」

「「はっ!」」


一方で、雨男からは冷酷な命令が下る。その命令に一切の抵抗なく、重装兵達は一斉に銃を構えた。


「くっ……!」


1番の脅威であろう雨男を抑えても、根本的な解決にはならない。銃を先に構えられてしまうと、結局迂闊に身動きが取れないのだ。動いた瞬間、蜂の巣確定である。

──だから、ここで一番槍を投じるのは、相当な胆力が必要だっただろう。


「──行って! "モーさん"!」

「「うわあぁぁぁ!!??」」


月が、1秒にも満たない時間でモーさんを創り上げ、そのまま隊列に突進させた。そのあまりの造形の早さに敵は反応が間に合わず、突進に巻き込まれていく。重装備だろうと関係なく押し出し、壁へと押しつけた。


「撃てぇ!!」


それを見て、もう1つの出口から出てきた重装兵たちの銃口が月へと向けられ、そして発砲された。前を制圧しても、後ろがガラ空きである。このままでは──


「星野先輩! "夜の帳"!」


しかし、その脅威を防ぐべく飛び出したのは終夜だった。黒雷のマントで銃撃を真っ向から防ぎ切る。


「はーこっわ! 射線の中に突っ込むとか我ながら正気じゃねぇ!」

「でもナイス終夜! 助かった!」

「先輩が無事なら良かったですよ。はぁ、もう何が何だかわかんないですけど……とりあえずこいつらぶっ倒すしかないってことですかね」

「そうみたい。私たちはこっち側をやる。後ろは任せたよ」

「了解です」


さすがは終夜。混乱していても最善に近い手を取る能力は衰えない。彼は"敵を打倒する"選択肢を取った。

そして最初の命令を下す。


「暁!」

「うっす!」


待ってましたと言わんばかりの即返と共に、伸太郎はお得意の目くらましを発動する。
状況判断能力で言えば、彼も飛び抜けて高い。終夜が自分を最初に抜擢するとわかっていたからこその行動の早さだった。


「辻!」

「あぁもう行けばいいんでしょ! "武装・緋連雀(ひれんじゃく)"!」


続いて行動が鈍くなった重装兵たちに向けて、武装した緋翼が突撃する。敵の目が眩んでいるとはいえ、乱発される可能性もあり非常に危険な行為だ。

しかしそれよりも早く、彼らの武器を奪うにはこの手しかない。この姿の緋翼のスピードがあれば、5秒もあれば前方の重装兵たちの銃を全て切り刻むことは造作もなかった。


「晴登は結月を守れ! まだ敵がどこに潜んでいるかわからない!」

「わ、わかりました!」


最後に、晴登はこの戦場を陰で支えている結月の護衛を任された。この鉛でも降っているかのような不気味な雨について誰も気にしなくていられるのは、結月の献身的な防御のおかげに他ならない。彼女を護ることも、この戦いの勝利条件と言えるだろう。


「黒木! 全部やったわ!」

「よし! 後はあの重装まで突破できれば御の字だが……」

「さすがに無理! 私の刀じゃ斬れそうにない!」

「だろうな。銃無効化しただけ良しとするか」


終夜たちが迎え撃った重装兵たちは銃こそ失ったものの、今度は剣を構え始める。まだ終わりではないようだ。

一方、月たちの方も花織の力によって現れた蔓が敵を拘束していたが、全員ではない。動ける兵が発砲を続け、それを月が全て防いでいる。

互いに一進一退の状況。気を抜けば死ぬ可能性もあるギリギリの戦いだ。よそ見は許されない。


「へぇ、いい連携じゃないか」

「よそ見する暇はねぇぞ」

「どうせ見なくたって問題ないだろ」

「ナメやがって!」


自分の手下がやられていても俯瞰の姿勢を崩さず、とことん影丸までも見下す雨男。だがその言葉通り、見ていなくても影丸の攻撃を躱していたのだ。だからなおさら影丸には腹立たしかった。


「"黒龍爪"!」

「だから当たらない、な!」


痺れを切らした影丸が魔力を込めた貫手を繰り出すも、それも避けられる。
そして雨男は反撃にと、影丸の腹部に手をかざした。これはアーサーの時にも見た技で、身体に風穴を空けてしまいかねない危険な技だ。このままでは影丸もアーサーの二の舞に──


「……へぇ、今のを耐えるか」

「──"龍化"。龍の鱗をナメるなよ」


金属がぶつかるような硬い音がした。だが影丸の腹部に穴は空いていない。

そう、影丸は"龍化"──全身を龍に変身することで乗り切ったのだ。結月の"鬼化"と似たようなものだろう。
人型ではあるものの、鋭い牙や爪、そして龍らしい翼や尻尾まで生えている。何より目を引いたのは、彼の能力(アビリティ)"黒龍"の名に相応しい、漆黒の鱗だった。謎の攻撃をも通さないその防御力は賞賛に値する。


「彼女といい君といい、俺の攻撃を防ぐ奴が2人もいるなんてな。旧魔術師とはいえ褒めてやるよ」

「いい加減、その旧魔術師って呼び方やめてくれねぇか? 見下されてるようでイライラしてしょうがねぇんだ」

「実際に見下しているんだからその感情は正しいよ。そんなに不満なら、俺に全てぶつけてみろ」

「ガキのくせにいい度胸だ。死んだって知らねぇぞ」


──こうして、魔導祭閉会から一転、テロリストたちとの争いが始まったのだった。

 
 

 
後書き
誰がこんな物騒な展開を予想したでしょうか!(大声)
いや、いきなり血ぶしゃあ展開にしたことは謝ります。この物語は中学生が中心のくせに、やけに胸糞展開が多いんですよね。全く、誰の趣味でしょうか。ねぇ。作者は俺なので異論は認めません(確固たる意思)。

ということで、お祭り騒ぎから一転、シリアス展開のスタートです。前も言いました通り(たぶん)、5章はこの物語のキーとなる章ですので、ここに来て重要そうなワードがポンポン出てきちゃいましたね。うわー大変大変(他人事)。ついてこれてなかったらごめんなさい。

5章ももうすぐ終わりかと思いきや、あともう少しだけ続きます。お付き合いください。
今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では!


P.S. 今回は前回よりも長い7000文字オーバーです。インフレが止まりません。 

 

第119話『3つの戦場』

魔導祭が幕を閉じるかと思いきや、突然起こった"スサノオ"の襲撃。目的は"優勝杖の回収"と"魔術師の駆除"であり、どちらも到底看過できるものではない。
奇襲から免れた魔術師たちは己を命を護るべく、それぞれが戦闘を開始した。

戦場は主に3つ。
1つは正面で【花鳥風月】を筆頭に、重装兵たちを相手に戦闘するグループ。1つは後方で【日城中魔術部】を筆頭に、同じく重装兵たちを相手に戦闘するグループ。そして最後の1つは──影丸と雨男による決闘だった。


「うらァ! うらァ! うらァァァ!!!」

「動きが速くなったな。だがまだ遅い」


一際大きい雄叫びを上げながら、影丸が雨男に連撃を仕掛ける。"龍化"した彼は、変身前の気だるそうな動きからは予想もつかない程の機敏な動きを見せていた。
しかし肉を切り裂く鋭い爪の攻撃も、骨を砕く重い尻尾の攻撃も、雨男はすいすいと躱していく。


「焦れッてェなクソが! "黒龍の咆哮"!」

「ほう、ブレスまで吐けるのか。見た目だけじゃないらしい」


影丸から放たれたのは灼熱のブレス。龍の名にふさわしい攻撃だ。熱量が離れていても伝わってくる。当たれば骨まで溶かされて、跡形も残らなそうだ。


「──けど、当たらなければ何の障害にもならない」

「これも躱すか……!」


影丸の中では発生が早い方の技なのだが、それすらも雨男には通用しない。
尋常でない回避性能。それを攻略しなければ、一発喰らわせることも困難だろう。


「いいな、その表情。あれだけ息巻いておいて、この体たらくなんだ。格が違うって自覚したか?」

「けッ、今に吠え面かかせてやるからな」


自分よりも小さい子供に翻弄され、あまつさえ上から目線で煽られて、正直めちゃくちゃムカついている。
だが、その実力は認めざるを得ない。どんな手を使っているにしろ、こちらの攻撃を見切っているという事実は揺るがないのだから。


「さて、どうするかな……」


"龍化"状態の鱗ならば雨男の攻撃は防げる。しかし影丸の攻撃も当たらないので、この戦闘は長期戦となるだろう。そうなると、影丸の"龍化"のタイムリミットが先に来てしまう。だから、なるべくそれまでに決着を付けないといけない。

影丸は思案に暮れるのであった。






「"キラキラ星"!」


煌めく光線が敵軍の中心部に突き刺さる。爆発と共に閃光が放たれ、見た者の目を眩ませた。

今しがたの技を放ったのは、【花鳥風月】のリーダー、月。
彼女は"星にまつわる魔術"という強力な魔術を扱うが、それ以外にも擬似的だが召喚魔術も扱える。例えば今も、彼女の召喚した牛こと"モーさん"が、敵の重装兵数人を壁に押しつけて無力化していた。


「ひゅ〜! さっすが月!」

「気を抜かないで舞。相手は銃を持っているんだから、いつ狙われてもおかしくない」

「それはわかってるけど、ある程度は月と花織が抑えてるし、残りも全員月を狙ってるよ?」

「だったらなおさら安心できない。いくら月でも、魔術を同時に併用するのには限界がある。私たちも援護しないと!」


遠距離攻撃が行える月や花織と比べて、風香と舞は近距離攻撃を得意とするため、防御力の高い今回の相手は非常に分が悪い。とはいえ、仲間が命を狙われていると聞いて引っ込んでいられるほど、薄い関係ではない。まだ出会って間もないけど、絆は誰にも負けない。


「はぁっ!」


月を狙う重装兵の1人に果敢に突っ込む風香。相手がこちらに気づいた時には、既に懐に入り、持っていた銃を蹴り上げた。


「"旋刃"!」


そしてそのまま、武器を失った敵の顔面目掛けて鋭い蹴りを放つ。装備を突破できるとは思っていないが、倒れてくれるだけでも時間は稼げ──


「──しまった!」

「風香!」


銃を手放して焦ったところに追撃と思ったが、相手が思ったより冷静で、風香の脚を掴んで攻撃を防いでしまう。
それを見て、すぐさま舞が助けに向かった。


「その手を、離せっ!」


飛翔して高度をつけてからの踵落とし。風香を掴んでいた腕に直撃し、衝撃で敵の指が風香の脚から離れる。
風香はすぐさま距離を取り、【花鳥風月】の4人は一度合流した。


「ありがとう舞! 助かった!」

「もう無茶しないでよ! 怖かった……」

「月ちゃんどうします〜?」

「困ったなぁ。この屋根がある以上、"オリオン"も"ドッカン彗星"も出せないし……」


風香や舞の攻撃では重装に敵わず、花織の拘束にも限界がある。今のところ、有効打を持つのは月ただ一人。
しかし、そんな彼女の切り札はこの氷の天井によって制限されていた。"オリオン"はデカいから天井を下から突き破ってしまうし、"ドッカン彗星"は逆に上から突き破ってしまうからだ。
謎の雨の正体がわからない以上、この天井を無闇に壊すのは得策ではない。


「なら、もっといっぱい召喚して──」

「──私が力を貸そう」

「え……?」


どう動くべきか迷う【花鳥風月】の元に、1人の男性が現れた。
前後に尖った帽子を被り、軽装ながら腕と脚は革製の防具を身につけている。さながら、ファンタジー世界の"狩人"のようだ。


「あなたは……アローさん!?」


その名を呼んだのは風香。しかし、風香以外の誰もが彼を知っていた。
なぜなら、彼はあの【覇軍】のメンバーが1人、アローという人物なのだから。本戦の2回戦、3回戦と、アーサーや影丸の陰に隠れながらも活躍していた存在である。


「アーサーに大怪我を負わせたあの者を許しはしない。だが、今は影丸に任せる。私は私の責務を全うする」


そう言って彼は、静かな怒りを露わにしながら、空中から黄緑色に光る弓を出現させる。その弓を左手で掴み、右手は矢を番える──のではなく、さらに新たな弓を手にした。


「我が"双弓(そうきゅう)"、受けるがいい」


両手に弓を持って、一体どうやって矢を放つのか。そんなの答えは1つ。魔術を使うに決まっている。
アローが両手で構えた弓には、いつの間にか矢が伴っていた。ただの矢ではない。魔力がたっぷりと詰まった特製の矢である。


「"デュアル・ショット"」


自動的に放たれた双つの矢は真っ直ぐ敵へと飛来し、腹部に直撃した。
だが相手はアーマーでガチガチに防御を固めている。普通の矢であれば物理的に敵うことはないはずだが。


「──っ!?」


「鎧を貫いた!?」

「凄い……!」


だが魔力の矢であれば物理法則なんて関係ない。岩だろうが鎧だろうが、込められた魔力の量次第で容易く貫いてしまう。これがアローの能力(アビリティ)、"双弓"の真骨頂だ。


「1人倒しただけでは状況は変わらない。続けて行くぞ。いいか?」

「はい!」


強力な助っ人を得た【花鳥風月】は、再び多くの重装兵たちと対峙するのであった。







「どこから来る……?」


一方、【日城中魔術部】サイド。
こちらは緋翼が敵の銃を全て無効化したため、相手との近接戦闘が行なわれていた。銃を失ったとはいえ、まだ剣を持っている。気を抜けば真っ二つだ。

とはいえ、終夜や緋翼を筆頭として、多くの魔術師が敵を抑えている。よって晴登は結月の護衛に徹することができているが、問題は前方の敵ではなく、もう片方のゲートの敵。そちらからの狙撃は何としてでも防がねばならない。


「と言っても、風じゃ防げないだろうしな……」


向こう側の様子を見ると、月は能力で銃弾を防げているが、晴登の能力ではそれができない。"鎌鼬"であれば可能かもしれないが、実際に防ぐには刀で銃弾を切るような繊細な操作が必要だ。晴登にはそんな芸当はできない。


「かと言って、結月を動かす訳にもいかないし……」


結月を抱えて避けるだけなら何とかなるかもしれない。しかし、それで結月の集中が切れて天井が壊れてしまえば元も子もないのだ。彼女に触れずに、かつ銃弾から守るにはどうすればよいのか。


「とにかく、その時はその時だ。だからそのためにできること──"予知"しかない」


ここに来て確実性の低い手を取る行為ははばかられるが、逆にこれしか手がないのも事実。つまり、『弾道を予知して迎撃する』というのが晴登の結論だ。弾道さえわかれば、"鎌鼬"で防ぐこともできるかもしれない。


「だったら、集中──!」


"予知"の発動条件はわからないが、とりあえず勝つために極限まで集中していたのは確か。だから集中力を高め、ついでに目に全神経を注ぐ。あの"風の流れ"をもう一度視たいと、ただその想いで。


「──視えた!」


集中してから数秒後、晴登の胸元に向かう一筋の風が視えた。流れの元を辿ると、こちらに銃の照準を向けた重装兵を見つけた。
距離は50m程か。予知しなければ気づかなかっただろう。間一髪。
弾道も風を視てわかった。ちょうど晴登の心臓を狙って……いや、貫通して結月に当てることも狙っているらしい。


「狙われるのは怖いけど、弾道がわかれば防げる……!」


標的にされているとわかって心臓が波打つが、落ち着けと自分に言い聞かす。なに、後は"鎌鼬"を弾道上に撃つだけ。それで狙撃は防げる。


「"鎌鼬"!」


晴登は右手を振るい、風の刃を放つ。予知では、あとコンマ数秒後には発砲されていた。ならばあらかじめ"鎌鼬"を撃たないと間に合わない。

──発砲音。遠くに見える銃が火花を散らした。銃弾はすぐにこちらに届くだろう。

だが"鎌鼬"は既に放っている。途中で弾丸を斬るなり弾道を反らすなりしてくれればそれで良い。良いのだ。


「……あ」


──だが晴登の"鎌鼬"は、銃弾に当たらなかった。


「何で……」


当たらなかったのか。この短い時間で、晴登が呟けたのはこの疑問詞だけだった。
理由は明白。"鎌鼬"が弾道に沿っていなかった。それだけのことである。銃弾を刀で斬るという達人技は、弾を見切っても素人には無理だったというだけの話なのだ。

銃弾が眼前へと迫る中、まるで時が止まったかのような錯覚に陥った。何の音も聴こえず、身動き一つとることができない。

このままだと、心臓を射抜かれた晴登は間違いなく即死。晴登を貫通した弾を受けた結月は耐えるが、集中が切れて天井の氷は壊れ、この戦場そのものが謎の雨によって蹂躙されることになる。──そう、予知で視えた。


「……っ!」


晴登にはもう、何をすることもできないし、その時間も残されていない。唯一反射的にやったことと言えば、目を瞑り、身体に力を入れて銃弾の衝撃に備えたぐらい。


──ああ、ここで死ぬのか。


こんな感情になったのは2度目だが、今回こそ本当なのだと思う。だって予知までしたんだから、これで違ったらもうこの力は信用できなくなってしまう。まぁ、的中率100%の占いなんて聞いたこともないから、予知ってそういうものなのかもしれないけど。

何の役にも立てなかったことが心残りだが、せめて結月に弾丸が届かないで欲しいな……。



──。


────。


──────。


──おかしい。

いつまで経っても、来るはずの痛みと熱が来ない。

あ、もしかして即死したとか?

痛みを感じる間もなく死ぬって、こんなあっさりしたものだったのか。何だか拍子抜けだ。

もしかして、今目を開いたら三途の川とかお花畑だったりするのかな?

それはちょっと気になるかも──



「……え?」



目を開いた晴登は、ここが三途の川でもお花畑でもなく、目を瞑る前と何も変わっていない場所だと気づいた。銃撃音や爆発音が至るところで鳴り、再びけたたましい雨音が耳の中に響く。

ただ違うことを挙げるとすれば、晴登の前に黄金に輝く壁のようなものがあって、その足元に銃弾が転がっていた点だろうか。


「──間に合ったようですね」

「あ、あなたは……!」


背後から、聞いたことのある声と共にとある人物が現れる。それは2回戦の時に晴登と結月が戦った相手、【タイタン】の建宮だった。相変わらず、見上げるほどに背が高い。


「これは……バリア?」

「はい。私の能力(アビリティ)、"守護"の力です。大抵の攻撃ならば全てバリアで防ぐことができます」

「た、助かった……」


九死に一生を得るとはまさにこのこと。助けばなければ今頃死んでいたと思うと、背筋が凍る想いだ。


「助けてくれて、ありがとうございました!」

「いいんだ。この少女が戦況を土台から支えていることは誰の目から見ても明らか。それならば、攻撃も防御も彼女に集中するのは当然です」

「確かに……」


メガネをクイッと上げながら、建宮が言った。彼の言う通り、結月がこの戦場の要なのだ。敵から狙われやすいのは必然。


「しかし注意していたとはいえ、君が技を放っていなければ気づかなかったでしょう。こちらこそ助かりました」

「ど、どういたしまして……?」


謎に感謝されてしまうが、ここで違和感に気づく。

建宮が予め狙撃に気づいて防いでくれたとすれば、晴登が死ぬという予知は矛盾しているのだ。単純に未来が変わったということもありえるが、建宮が言うことを踏まえると、"晴登が未来を変えた"ということになる。

──つまり、予知は変えられるということだ。


「これは新たな発見……」

「どうかしました?」

「い、いや何でもないです!」

「そうですか。……ここで1つ提案なのですが、私が彼女の護衛を務めましょうか?」

「え、いいんですか!?」

「もちろんです」


紳士的な笑みを浮かべてそう申し出る建宮。護衛には力不足な晴登にとって、それは願ってもない話だった。彼ならば、護衛の任務を必ずややり遂げてくれるだろう。


「あなたの恋人のことは、この命に替えても守ると誓いましょう」

「ありがとうございます……って、え? どうしてそれを!?」

「見てればわかりますよ」


そう言って、ふふふと微笑む建宮。隠しているつもりはないが、いざこうしてバレると少し照れくさい。……バレた以上、もう恥ずかしがることはないな。


「結月のこと、お願いします!」

「任されました」


結月のことを建宮に託し、晴登はとりあえず終夜の元へと向かう。状況の報告と、次の指示を受けるために。


「部長!」

「三浦? ……なるほど。【日城中魔術部】集合! 作戦会議だ!」


遠距離から黒雷を放って迎撃していた終夜の元に、晴登は駆け寄る。すると彼は一瞬驚いた表情を見せたが、結月の方を一瞥してすぐに状況を理解したらしく、結月以外の魔術部を招集する。


「ちょっと、あんまり余裕ないのよ? 何話す気?」


終夜の呼び声を聞き、終夜の近くにいた伸太郎と前線から離脱した緋翼がこちらに来る。
彼女の言う通り、争う前から魔術師が多く倒されているため、戦線的にはあまり余裕がない。中学生の緋翼が離れるだけで前衛の負担が増してしまうぐらいには。


「もう一度ポジションを見直す。まず俺と辻は引き続き迎撃だ」

「わかったわ」

「三浦と暁には怪我した人たちの治療をしてもらう」

「えっと、わかりましたけど……俺治癒魔術なんて使えませんよ?」


納得の采配だが、そこには致命的な欠陥がある。晴登と伸太郎には治癒魔術が使えないということだ。専門知識のない2人に、治癒魔術なしでの治療もできる訳がない。


「そこは心配するな。この魔法陣が刻まれたカードを使え。これで治癒魔術を発動できる」


そう言って、終夜は懐から数十枚ほどで束になったカードを取り出した。大きさはトランプくらいで、両面に何かの魔法陣が刻まれている。


「ちょ……あんたこれ何枚持ってんの?!」

「いざって時のために、櫻井先輩に頼んでできるだけ作ってもらってたんだ。いっぱいあっても困りはしないからな」

「あんたねぇ……」

「何かマズいんですか?」


どうやらカードの枚数を見てか、緋翼が声を荒らげた。確かに量は多いと思うが、そんなにおかしなことなのだろうか。疑問に思って、緋翼に問いかける。


「治癒魔術自体、使い手がそう多くないから、治癒魔術のカードは凄く高価で取引されるのよ。それをこんなにいっぱい持ってたら、懐に宝くじの大当たりを忍ばせてるようなものよ」

「うわ……」


緋翼の説明に驚いて、危うく受け取ったカードを落としかける。
このカード1枚だけで数万円くらいの値があるとでもいうのか。治癒魔術って凄い。そして、それを作れる櫻井先輩って一体……。


「つべこべ言ってねぇで早く取り掛かるぞ! 使い方はカードを患部にかざして魔力を込めるだけだ! 能力(アビリティ)が扱えるなら誰でもできる! でも体内に銃弾が入ったらマズいから、あった時はどうにかして取れ! 後は流れ弾に注意! 1人でも多く生かせ! いいな!」

「は、はい!」


追及を嫌った終夜がまくし立て、作戦会議が打ち切られる。気にはなるが、戦況は一刻を争う。すぐに取り掛からなければ。


「うぅ……」

「だ、大丈夫ですよ! 今治癒しますから!」


晴登は早速、近くに倒れていた人に近づいた。銃傷が痛々しいが、まだ息はある。
声をかけながら、終夜に言われた通りにカードを傷口にかざして魔力を込める。すると、みるみるうちに血が止まって傷口が塞がっていった。


「凄い、本当に傷口が塞がった! でも、結構疲れるな……」


半信半疑だっただけに、実際に治療が成功したのを見て晴登は興奮する。しかし、その代償としてそれなりに魔力を消費したようで、一気に倦怠感が襲いかかった。

──GWで合宿を行なった時に、晴登のことを終夜が治療したと言っていたが、あの時の謎が今になって解けた。本当に、終夜には感謝しなければ。


「……キツくてもやるんだ。俺だってこれくらいは役に立つんだから!」


頬を叩いて気合いを入れ、晴登はすぐさま次の怪我人の元へと向かう。


──その時、ちらりと視界の端に映った光景に目を疑った。







「はぁ……はぁ……」

「うん? 疲れてきたか? まぁ全身変化をこれだけ使ってるんだから当然か」


"龍化"のタイムリミットが訪れてしまい、影丸は"龍化"を解く。結局、全ての技を避けられてしまい、まともにダメージを与えることさえできなかった。


「まさかここまで追い込まれちまうとはな。これじゃアーサーに顔向けできねぇ」

「随分と彼を慕っているんだな」

「あいつには世話になってるからな。この辺で借りを返しとかねぇと」

「美しい友情だな。だが──続きはあの世でやってくれ!」


"龍化"を解いた影丸には、雨男の攻撃は致命傷となるだろう。少しでも体力を回復するべく駄弁りで時間を稼ごうとするも、彼は5秒と待ってくれなかった。


「──なーんてな」

「!!」

「ようやく捕まえたぜ。雨男」


だが、その5秒さえ気をそらせれば十分。こちらに向かってきていた雨男の足がピタリと止まった。


「"影縫い"。いくら回避が得意でも、これは避けられなかったようだな」

「小癪な……!」


屋根と雨雲で日光が遮られて薄くなっているが、確かに影丸の影が伸びて、雨男の影を捕まえていた。

この瞬間を待っていた。いくら避けるのが得意だろうと、動けなければ意味がない。
5秒の時間と、"龍化"が解けたことによる相手の油断があって、ようやくこの状況を作り出せた。


「俺の勝ちだ。観念するんだな」

「何言ってるんだ。俺を殺すまでこの雨は止まないし、お前らの勝ちはありえないぜ?」

「そうかよ。ならお望み通りトドメを刺してやる。"黒龍の咆哮"!」


安い挑発だが、乗ってやる。アーサーや倒された魔術師たちの分も、たっぷりと仕返ししないと気が済まないところだった。この灼熱のブレスを喰らえば、二度とその減らず口を叩けなくなるだろう。

これで、この無益な争いに終止符が──


「──あーあ。残念だけど、その攻撃は俺と相性が悪いんだよ」

「何っ!?」


しかし、雨男は右手を振るっただけでそのブレスを相殺してしまった。腕を振った風圧なのかそれ以外の要因か、どうやったかは定かではないが、影丸に驚きという隙を与えたのは事実。


「驚いてる暇はないぜ? ほら、お返しだ」

「これは……水?」


雨男から放たれたのは、いくつものシャボン玉のような水の球。それらは影丸を囲うように宙に浮かんだ。
手品でも見せられているのか。その不可解な物理現象に眉をひそめた、その瞬間だった。


「じゃあな、"黒龍"」

「──がはっ!?」


雨男の合図と共にその水滴1粒1粒が形を変え、鋭い針のようにになって影丸を突き刺したのだ。
その数およそ数十本。全身に針が突き刺さり、抉れた皮膚下から血が溢れてきた。


「ぐ、あ……」


針状の水は空中で固定されたかのように浮かんでいるため、刺された後も影丸は倒れることができない。磔のようにその場で血を流し続ける。


「これで"聖剣"と仲良く逝けるな」


そう言って、雨男は楽しそうに笑っていた。あまりに惨い行ないをしたのに、どうしてそんなに笑っていられるのか。


「影丸さん!!」


その様子に気づいた晴登の悲痛な叫びに、影丸が応えることはなかった。

 
 

 
後書き
1ヶ月ぶりですこんにちは。どうも波羅月です。更新が遅くなった理由は文字数を見れば明らかですが、最近文字数のインフレが止まりません。これでもだいぶ文量削ったはずなんですけど、どうしてこうなってしまうんでしょうか? 書きたいことがいっぱいあって、もはや文がめちゃくちゃになってますが、内容がわかればOKの精神でよろしくお願いします。

ということで、時間的には全然進んでないんですが、雨男無双が始まってしまってえらいこっちゃという状況です。そろそろ彼の能力について少しずつ考察が進むとは思いますが、本質はまだまだ見せません。魔導祭編、あともう少しだけお付き合いください。

今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第120話『雨男』

 
謎の雨が氷の天蓋に打ちつけて不気味な不協和音を立てる中、3つの戦場のうち1つに変化が生じる。


「影丸さん!!」


晴登の叫びを聞いて、1つの戦闘が終わったことを全員が知る。

それはフィールド中央で行なわれていた、影丸と雨男の決闘。だが残念なことに、影丸は空中に浮かぶ槍のような物で全身を貫かれ、ぐったりとその身を磔にされていた。よりにもよって、敵の親玉の方が残ってしまったのだ。


「楽しかったぜ、"黒龍"」


雨男が指を鳴らすと、影丸を貫いていた針が液体へと変化して血と共に滴り落ちた。身体を支えるものがなくなり、影丸も地面へと崩れ落ちる。気絶しているのかそれとも……ピクリとも動かない。


「それじゃ、後は杖の回収を──」


邪魔者もいなくなり、当初の目的を果たさんとする雨男。
その彼の目当ての杖を持つ山本は、外に逃げることも叶わず、会場の隅っこでジョーカーや護衛の人に守られていた。

しかし、その守りがアーサーや影丸を下した雨男に通用するとはとても思えない。最悪、全員やられて為す術なく杖を奪われるだろう。


──誰かが彼を止めないと。


今すぐ影丸の治療をしたいという気持ちはあるが、このままだと先にここにいる全ての魔術師が淘汰される。だってそれがスサノオの目的なのだから。
雨男をフリーにしていれば、その時はすぐにでも訪れるだろう。彼の強さはそれほどまでに卓越している。


──止めなきゃ。


しかし頭ではわかっていても、身体が言うことを聞かない。
当然だ。実力差がありすぎる。本能的に、挑むのを拒否しているのだ。同じくらいの背丈で同じくらいの年齢のはずなのに、まるで別次元の存在に思えた。正義感だけで立ち向かえる相手ではない。


──誰かが、やらなきゃ。


治療する手が止まり、雨男から目が離せなくなった。彼は一歩、また一歩と、ゆっくりではあるが山本たちの元へと向かっている。


──アーサーさんや影丸さんの意志が、無駄になる!


雨男の眼前を、風の刃が通り過ぎる。"意図的に外された"とわかるその攻撃。彼は首をもたげて、その攻撃が飛んできた方向に目を向ける。フードの下から鋭い視線が覗いた気がした。


「……へぇ。今度はお前か?」

「そ、それ以上動くな! 次は外さない!」


恐怖を押し殺し、晴登は雨男に立ちはだかることを決意した。無謀なことだとはわかっているが、無視することはできない。


「震えながら言うセリフかよ。……なぜ当てなかった? わかるぞ。お前、まだ人を殺したことないだろ? だから躊躇するんだ」

「う……」


"鎌鼬"をわざと外したことについて、そう言及してくる雨男。最初から狙っていれば、俺を倒せただろと言わんばかりだ。

確かに、当てることはできた。けどそうしなかったのは……彼の言う通りなのかもしれない。牽制のために外したというのは建前で、"鎌鼬"を生身の人間に撃つことにビビっただけなのだ。


「人を殺すってのは──こうやるんだよ!」


刹那、雨男が姿を消したかと思うと、晴登のすぐ目の前に現れた。そしてそのまま広げた手が晴登の顔に向かって伸ばされ──


「て、"天翔波"っ!」

「ちっ! 鬱陶しい風だな」


間一髪のところで雨男を吹き飛ばすことに成功し、何とか一命を取り留める。危うく顔に穴が空くところだった。


「はぁ……はぁ……」

「もう息切れしてるのか? それじゃ俺には到底及ばないぞ」

「そうだ三浦! お前の出る幕じゃねぇ! 大人しく引き下がれ!」


焦りと疲れから息が上がる晴登。そんな晴登に忠告する雨男と、撤退を指示する終夜。
振り向いて見ると、敵の攻撃を退けながら、終夜がこちらに向かって叫んでいるのが見えた。

彼は何も間違っていない。至って冷静な判断だ。間違っているのは、勝ち筋の見えない相手に立ち向かう晴登の方なのだ。それでも、挑まなければならない壁というものは存在する。それが今だ。


「うん? 三浦? その風の魔術……あぁ、そういうことか。くく、まさかお前が……」


終夜の声を聞いて、なおさら覚悟を固めた。
その一方で、雨男は一人で何かに納得した様子を見せる。言い方からして、晴登についてのようだが……。


「よし決めた。お前は殺さない」

「……は?」

「ただし条件が1つ。俺と手合わせしろ」

「え、と……?」


予想外の提案がなされ、思わず素っ頓狂な声が洩れる。殺されないというのは喜ぶべき話なのだが、それならばなぜ戦う必要があるのだろうか。


「ルールはどちらかが降参するか戦闘不能になるまで。殺しは無しだ。それならいいだろ?」

「何、言って……」

「お前が勝てば、俺らは手を引く。悪くない話だと思わないか?」


淡々とルールを決める雨男。話に全然ついていけない。
さっきまでの殺意はどこへやら、ゲームをしようと言わんばかりの態度である。


「三浦聞くな! そいつが約束を守る保証はない!」

「うるさい」

「うおっ!?」


止めようと終夜が声を上げると、黙らせようと雨男がそっちに水弾を飛ばす。
間一髪で終夜は避けたが、その後ろにいた重装兵に弾が直撃し、なんとその装甲に穴を空けたのだった。
恐るべき威力。晴登は今からそんな相手に挑まなければならないのか。


「俺が勝てば、俺らの計画は継続。あの杖を手に入れて、お前以外の魔術師全員を殺す。だがどちらにしても、お前は生きられる」

「そんな条件……」

「飲めないか? やるだけ無駄じゃないだろう?」

「くっ……」


一体何が気に入られたのか、駆除リストから外された晴登。しかし、それ以外の人の運命が変わらないというのであれば手放しで喜ぶことはできない。

今、晴登は選択を迫られている。
要求を受けず自分以外の魔術師が殺されるのを指をくわえて眺めるか、要求を受けて全員が助かる運命を掴み取るか。

──どちらを選ぶか、考えるまでもなかった。


「……わかった」

「そう来なくちゃな」


晴登が要求を呑むと、雨男がニタリと笑った気がした。


「1つ言い忘れたが、殺しはしないといっても"殺す気で"いくからな。覚悟しろよ」

「……!」

「──それじゃ、始めようか」


空気が変わった。雨男が完全に臨戦態勢に入ったのだ。
もう身を守る腕輪はない。「殺す気で」と言われて、本当に殺されない保証もない。実質、命がけの勝負である。

──雨男が動いた。


「速っ……!」


小さな身体のどこにそんな力があるのか、地面を蹴った彼は刹那の間に晴登との距離を詰めた。そして掌が腹に押し当てられたかと思うと、そこから爆発したかのような衝撃が加わり、晴登は吹き飛ばされる。


「があっ!!」

「どうした、防ぐか避けるかしないとダメだろ? まさか見えなかったか?」


受け身を取れずに地面を転がり、疲弊した身体にさらにダメージを与えてしまう。
残念ながら雨男の言う通り、『見えなかった』が正解だ。スピードに目が追いついていない。


「俺が力を入れていたら、お前はもう死んでいるんだぞ? 手加減してないで本気でかかって来い」


思えば、さっきの攻撃はアーサーに大怪我を負わせた攻撃と類似していた。しかしあの時と違って、晴登のお腹は爆ぜていない。それは、彼が手加減していたことの何よりの証明である。

ふと腹部に触れると、服が水で湿っていた。
影丸に対して行なっていた攻撃を鑑みて、恐らくあの攻撃は『相手に触れた瞬間に水を弾けさせていた』と考えられる。水は発射する勢いを強めることで金属をも切断すると聞いたことがあるし、彼の能力(アビリティ)が"水を高圧で発射できる"みたいなものだとしたら、弾丸のような雨の説明もつく。


「……いや、早とちりはダメか」


晴登は頭を振って冷静になる。
相手の力を見誤ることは、自らを窮地に追い込んでしまう。晴登はそれを本戦で身をもって味わった。だからまだ、彼の力を看破したと考えるのは早計だろう。
慎重に見極めなければ、晴登なんか一瞬でやられてしまう。


「集中──!」


晴登は立ち上がり、とりあえず攻撃を避けるために予知を発動。度重なる予知の使用で頭と目が疲れてきたが、瞬きは最小限に、予知の内容は即座に脳で処理しろ。

──再び、雨男が動く。


「右だ!」

「避けたか。いい速さだ。さすが"風の加護"といったところか」

「っ!? 何で知って……!?」

「前に見たことがあるからだよ」


晴登の軽快な動きを見て、雨男がポツリと呟く。だが、その内容を晴登は聞き逃さなかった。

──どうして、彼が"風の加護"のことを知っているのか。

これは晴登が編み出した技で、発動する時も技名を叫ぶことはしていない。だから彼が知り得るはずがないのだが……どうやら以前に見たことがあるという。一体どこで……?


「余計なこと考えてる暇はないんじゃないか?」

「くっ、今度は左……!」


予知で何とか相手の動きを読み、紙一重で攻撃を避ける。しかし、それはあくまで彼が近距離攻撃を仕掛けているから可能なのであり、影丸を倒した技のような不規則な攻撃は読めるかはわからない。


「避けてばっかりか? お前も攻撃して来いよ。──俺を殺す気でな」

「──っ」


雨男が付け足した言葉に、晴登は難色を示す。

わかっている。わかっているのだ。それくらいの気概がないと、彼の領域には到底届かないことくらい。

それでも、この力は人を守るための力であって、人を傷つける力ではない。殺すなんて以ての外だ。だから、いくら相手が悪者だろうと殺すなんてできない。


「……はぁ。ヌルいぜ、お前」

「うあっ!!」


そんな晴登の平和的な思考を見抜き、雨男は彼の横腹に鋭い一撃を叩き込む。


「ハルト!」


派手に転がって晴登が倒れる様子が目に入り、心配で結月の集中が揺らぐ。その心境に呼応するように、氷の天井に亀裂が入った。


「……っ! ダメだ結月! 屋根に集中して!」

「でも……」

「俺は大丈夫だから!」

「……わかった!」


それを見かねた晴登は、有無を言わさずに結月を遠ざけた。ちょっと卑怯だが、彼女は晴登の頼みなら絶対聞いてくれると思っての発言だ。

本音を言えば、結月と一緒に戦いたい。彼女となら、どんな敵にだって立ち向かえる勇気を貰えるから。
でも、今回ばかりはダメなのだ。結月には雨を防ぐことだけを考えて、今だけは晴登のことを意識の隅に追いやって欲しい。


「あの娘は大したものだ。純粋な力なら、"聖剣"や"黒龍"にも引けを取らないんじゃないか? まさかレベル5か?」

「お前に教える、つもりはない……!」

「立ち上がるか。そう来なくっちゃ面白くない」


御託は結構だと、晴登は"風の加護"を再び発動。なぜか技の正体を知られているとはいえ、これがなければ彼の足元にも及ばない。できれば"疾風の加護"の方が良いのだが、今の残り魔力ではそれは厳しそうだった。

だからその分、攻撃に魔力を乗せて──!


「"烈風拳"!」

「まぁ、お前の攻撃なんて当たらな──」

「ふっ!」

「何っ!?」


拳が雨男を捉え、突風で吹き飛ばす。ガードこそ間に合っていたが、初めて彼に一撃を与えることができた。


「……ふ、はは。まさか避けた先に拳が飛んでくるとは。いい勘してるよお前」


勘、ではなく本当は予知なのだが、あえて教える理由はない。いくら彼の回避能力が高くとも、この力ならば渡り合える。


「面白くなってきた」


雨男はニヤリと笑うと、一気に距離を詰めて晴登に襲いかかった。


「そらっ!」

「ふっ!」


顔面を狙う右手を払い、晴登はお返しに拳を放つ。だがそれは見事にかわされ、逆に横腹に蹴りを入れられた。
体勢を崩されるも、それは片脚を上げた相手も同じこと。晴登は痛みを堪えて相手の脚を腕でがっちりと固定し、残った左手を雨男に向ける。


「"天翔波"!」


至近距離での烈風。避けることが許されない雨男は両腕を交差させて風を受けるが、防ぎ切れずに彼のフードがふわりと捲れそうになる。

正体不明の少年。晴登と年齢はそう変わらないであろう彼が、どうしてテロリストの親玉をやっていて、どうして旧魔術師とやらを殲滅しないといけないのか。訊きたいことは色々あるが、それには目と目を合わせて話すのが筋ってもの。
そのためには、彼の顔を覆うフードが邪魔だった。これでようやくその素顔がようやく露わになって──


「……悪いな、顔を見られる訳にはいかないんだ」


フードが目元まで捲れ上がり、一瞬だけ彼と目が合ったが、不思議なことにそれ以上フードが捲れることはなかった。
予知でもそれ以上は視えず、そして物理法則を無視した現象を目の当たりにして戸惑った瞬間、雨男が向けた掌から高圧の水弾が射出される。


「うあっ!!」


思考の整理がつかないまま、晴登はその水弾に直撃し、壁まで吹き飛ばされてしまう。


「な、んで……」

「種明かしをするつもりはないぜ。自分で考えるんだな」


そう言って、フードの下で彼は笑う。あのフード自体に仕掛けがある……とは、正直考えにくい。だってメリットがないから。

つまり、さっきの現象も彼の能力(アビリティ)のせいということになる。しかし風でフードが脱げないなんて、水の魔術で起こる現象ではない。そうなると、水属性だけじゃなくて複数の属性を持つ能力(アビリティ)で──


「くそ、頭が回らない……」


治癒魔術と戦闘による魔力の消費に、長時間の予知による集中力の低下。それらは未熟な晴登のキャパをとうに超えていた。そして今しがた壁に激突した衝撃がトドメとなり、プツリと"風の加護"が途切れる。


「何だ? 魔力切れか? せっかく面白い所だったのに」

「はぁ……はぁ……」

「まぁいい。今回は俺の勝ちだな。今度はお互い万全の状態で戦おうじゃないか」

「ま、待て……」


呼吸が苦しくなり、意識が朦朧とし出す。典型的な魔力切れの症状だ。これ以上は戦うことはおろか、立ち上がることさえままならない。

意気揚々と彼に立ちはだかったまでは良かったものの、やはり結果はこのザマだ。予知するまでもなくわかっていた。
自分は勇者でもヒーローでもない。自惚れるな三浦 晴登。お前は弱いのだ。


「くそっ……!」


勝負に負けて、みんなを救えなかったという不甲斐なさもあるが、自分が弱いという事実が何よりも悔しかった。なけなしの力で、唇を噛み締め、拳で地面を叩く。


──そのまま晴登の意識はプツリと途絶えた。







「ふぅ、俺も少し力を使いすぎたか」


壁を背にして項垂れる晴登を横目に、雨男は額を押さえる。期待していた程ではなかったが、それなりには楽しめた。自分に唯一攻撃を当てたという点は評価に値する。
だが、3連戦もするとさすがに疲れた。


「兵の数も減らされたし、どうやら作戦の完遂は無理そうだな」


周りを見渡すと、連れて来た兵士は半分以下にまで減らされ、戦況も芳しくない。このままだとやられるのはこちら側だ。残念ながら、作戦を1つに絞ることにしよう。


「という訳で、こいつはいただくぜ」


雨男はつかつかと山本たちの元へ歩み寄り、杖を無理やり奪う。抵抗はされたが、水弾で吹き飛ばしたら大人しくなった。


「今回はお前らの勝ちでいい。だが、次はどうかな」


ひとまず最優先事項である杖の奪取には成功したので、もう1つの目的の方は途中で切り上げて、雨男は撤退を始める。
向かうは、【花鳥風月】の守るゲート。


「逃がさない! "星屑マシンガン"!」

「邪魔だ」


雨男が腕を振るうと、まるでそこで水面でも打ったかのように水しぶきが舞う。それらは月からの攻撃を全て防ぎ、むしろそのまま月へと襲いかかった。


「ぐっ!!」


直撃はマズいと直感で感じ、月は自らを守る"星雲ベール"の出力を上げてガードする。それでも、水滴1粒1粒がまるで鉛玉のような重さをしていたため、苦痛の声が洩れた。


「お前らの抵抗に免じて、今回はこれくらいにしといてやるって言ってるんだ。これ以上向かってくるなら本当に殺すぜ?」


殺気を隠すこともしない雨男の物言いに、これ以上誰も手を出すことはできなかった。
アーサー、影丸、ついでに晴登を倒した相手を、残った誰が倒せようか。このままスサノオと敵対するよりも、見逃してもらう方がずっと良い。

雨男がゲートから出て行くと、ついて行くように兵士たちも出て行った。ただ、倒された兵は置き去りに。


──雨が、止んだ。






魔導祭の会場を離れ、軍隊のように兵士たちを引き連れる雨男。幸い、ここは人気の少ない森の中なので目立つことはない。このまま秘密裏に撤退する。


「"聖剣"と"黒龍"にトドメを刺せなかったが……まぁ重傷を負ったことには変わりない。俺らの障害にはならないだろう」


さっきまでの出来事を思い返しながら、雨男は歩みを進める。彼らの計画の障害となりうる、レベル5の魔術師の無力化には成功した。いくら新魔術師とはいえ、レベル5の旧魔術師はそれなりに厄介なのだ。


「誤算だったのは、俺の雨を防ぎ切ったあの白髪の少女か。あの屋根のせいで、とんだ無駄足を踏んでしまった。まぁ、そのおかげで楽しめたがな」


本来であれば、あの雨で魔術師たちを一掃する予定だったのだが、苦しくも全て防がれてしまった。だが結月のことを恨みはせず、むしろ感謝している。なぜなら強者と直接戦うことができたのだから。強いやつは好きだ。特に影丸は見どころがあった。


「あとは、三浦……"ハルト"と言ったか。これは予想外の収穫だった。くくっ」


そしてもう1人。彼の心に留まった人物がいた。それは彼にとって因縁深い名前で、思わず笑みが溢れてしまうほどだ。

脳裏にある人物を浮かべながら、雨男は雨の上がった空を見上げた。


「お前はまだそこにいたのか──"風神"」


葉を伝って落ちた雫が、水たまりに波紋を描いた。

 
 

 
後書き
世はもう6月に入ったそうですね。どうも波羅月です。

ということで、前回の更新からかなり間が空いてしまったのですが、皆さん覚えておいででしょうか。1ヶ月以内に更新しないと忘れられるという自分ルールがあるので、期限過ぎる度に毎回訊きます。生存確認(?)です。
いや、違うんですよ。ホントは先週には更新したかったんですけどね、なんか先週だけ課題の量が鬼だったんですよね。だから許してください。ほらこの通り。

エア土下座も済ませたところで、今回の話を見ていくと……えぇ何これ(困惑)。まぁまとめると、スサノオは『杖を手に入れる』という目的は達成したが、『魔術師の駆除』という目的は達成できなかったってことです。今日はこれだけ覚えて帰ってください。他の気になるところは未来の自分がきっと回収してくれます。頑張れ。

そんなこんなで、魔導祭編も残りわずか。長いなとは思ってましたが、この物語の文字数の3分の1を占めてると気づいた時は戦慄しましたよね。長すぎるわ。
しかしそれももうすぐ終わり、ようやく次の章を書き始められます。ま、実際に書き始めるのはどうせ数ヶ月後なんですけど。いつになったら終わるんですかねこの物語()

はい。更新が遅れてしまった分、次回は早めに更新したい所存です。
今回も読んでいただき、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第121話『雨は上がって』

 
眠りからの目覚めは突然なもので、ふわふわと揺蕩っていた状態から吸い込まれるように意識が深淵から浮上する。だが目を開く寸前、眠りにつく前の記憶が蘇った。


「……はっ! 雨男は?!」


その記憶の中で特に重要なことを思い出した晴登は、飛び起きるように目を覚ました。

しかし、目の前は思っていたような戦場ではなく、静かな一室の風景が目に映る。すぐに、ここがホテルで泊まっていた部屋だと気づいた。
白色の無地で統一された壁と天井に、ふかふかなベッド。窓から入ってくる日差しは日除けによって緩和され、その一方で心地よい風が頬を撫でる。

そうして外に目を向けた後、逆側を見て初めて驚き顔でこっちを見ている伸太郎の存在に気づいた。


「……あ、暁君。えっと、おはよう……なのかな?」

「……残念ながら、もうすぐこんばんはの時間だ。全く、起きて早々大声出すなよ」

「はは、ごめん」


伸太郎に言われてもう一度窓の外を見ると、確かに昼の強い日差しではなく、空はもう日が落ちかけて仄かに暗さを宿していた。
どうやら晴登は、昼間に倒れてからこんな時間まで眠りこけていたらしい。


「さて、何から聞きたい?」

「え?」

「『え?』って。お前が寝てる間に何があったか知りたくないのか?」

「い、いや知りたいけど、そんな急に言われるとは」

「しょうがねぇだろ。全部話すとややこしいからな。知りたい情報から知れば寝起きの頭でも混乱しないだろ」


どうやら伸太郎なりの配慮の末の発言だったらしい。確かに一から全て説明されるよりかはその方が頭に入りやすそうだ。


「じゃあ雨男たち……スサノオはどうなったの?」


まずは最重要懸念事項。起きてすぐに頭に浮かぶくらいには気になって仕方ない。こうして晴登と伸太郎が生きている以上、全員がやられるということはなかったみたいだが。


「お前が気を失った後、すぐに杖を回収して撤退したよ。雨男はお前との戦闘(バトル)で疲れたみたいだったし、戦況も俺たちに傾いてたから、敵ながら賢い判断だな」

「なるほど」

「だから、杖は取られたけど全滅は免れた。死傷者もゼロ。怪我の大小こそあれ、全員生きてる。俺たちの勝ちだ」


そう言って、伸太郎は拳を強く握った。
突然の事態だったとはいえ、テロリスト相手に死人を出さなかったのは不幸中の幸いだ。晴登たちの治療がどこまで効いたかはわからないが、微力ながら貢献してると思いたい。


「そっか。みんな無事で良かった……」

「ったく、それはこっちのセリフだ。正義感だけで立ち向かえる相手じゃなかっただろ。もっとよく考えて行動しろよな」

「あれ、俺今怒られてる?」


勝利宣言をして気分が良くなってるのかと思いきや、伸太郎の鋭い視線が晴登を射る。心当たりがあるだけに、目を合わせたくない。


「怒ってるっつーか呆れてんだよ。普通あそこで突っ込むかよ。……でも、結果的には助かったから、礼は言っとく。やっぱすげーよお前」

「あ、ありがとう」


説教が飛んでくるかと思いきや、そこまでには至らず、むしろ褒められてしまった。

結果的には、晴登が立ち塞がったおかげで雨男が疲弊した訳だから、確かにお手柄だったかもしれない。戦闘(バトル)には負けたからあまり釈然としないが……。


「雨男……凄く強かった」

「だな。アーサーさんも影丸さんもやられちまうなんて、新魔術師とやらの力は本物らしい」

「ただの魔術師と何が違うのかな?」

「さぁな。ただ会場から出る時に見たが、あの時あいつが降らせた雨の威力、相当なもんだぜ。そこら中ボコボコ抉れてたからな。岩でも降ってきたのかって感じだよ」


晴登は倒れていたから知らないが、どうやらあの鉛のような雨は会場とその周辺のみに降っていたらしい。あれがこの山全体ならともかく、街中まで至らなくて本当に良かった。


「──あ、結月は?! 結月は大丈夫?! また熱出してる?!」


と、安堵したところで、この雨の被害を抑えてくれた存在を思い出す。雨男のことで頭がいっぱいで、彼女のことを忘れてしまっていた。


「落ち着けよ。そしてその予想は正しい。ま、病み上がりであれだけ力使ったらそりゃそうなるわな」

「やっぱりか……。後で謝らないと」

「そうだな、だいぶ無理させちまったみたいだし」


鬼化の反動から復活したばかりの彼女に再び鬼化を強要するという、文字通り鬼の所業をしてしまった晴登は特に罪悪感が強い。
しかし、彼女のおかげで最悪の事態だけは免れた。今回の防衛戦のMVPは間違いなく結月である。


「……なぁ、そのことに関して少し訊きたいんだが」

「何?」

「あの雨が降り始める直前、お前が結月に屋根を作るよう指示してたよな? 攻撃が来るってわかってたのか?」


ここで伸太郎に最もな疑問をぶつけられる。
スサノオとの戦いに必死で忘れていたが、言われてみればそんな幕開けだった。
だがこの答えはもう晴登にはわかっている。昨日までは空論だったが、今はもう確信した。


「……うん。その未来が"予知"できたから」

「!!」


晴登の言葉を聞いて、伸太郎は驚いた表情をする。そりゃ予知能力があるなんて言われて平常心でいられる訳が──


「昨日の話は本当だったってことか。不思議なことがあるもんだな」

「え、すんなり受け入れるんだね」

「魔術とかいう胡散臭いもん使ってるのに今更だろ。お前が嘘言ってるとも思えねぇし」

「暁君……!」


あの伸太郎の信頼を得ていることに感動を覚えつつ、予想以上にあっさりとした態度に拍子抜けした。もうちょっと驚いて欲しかった気もする。


「……あれ、そういえば部長たちは?」


ここで、部屋に自分と伸太郎以外のメンバーがいないことに気づく。少なくとも、同部屋の終夜はいてもおかしくないはずだが。


「今、全チームの代表者が集められて、スサノオについて緊急会議してるんだ。部長もそこに出てる」

「会議?」

「スサノオついての情報収集とか対策とか、そんなとこだろ」


運営側から見ればテロリストに襲撃された訳だから、そういった緊急会議が開かれるのも当然と言えよう。
新魔術師云々の話も行なっているのだろうか。詳しくは後で終夜に訊いてみるとしよう。


「ま、相当イレギュラーな事態だぜ。何せ魔導祭関係者は、安全が確認されるまで全員ホテルで待機するように言われてるんだからな」

「え、それって今日は家に帰れないってこと?」

「かもしれねぇな」


これは困った事態になった。晴登は家族に魔導祭遠征のことをただ「部活の合宿」としか伝えていない。だから期間が突然1日延びてしまう状況は違和感がある。どうにか誤魔化す方法を考えないと。


「聞きたいことはこれで終わりか?」

「うーんそうかな。教えてくれてありがとう」

「気にすんな。……俺は別に何もしてねぇから」


そう零した伸太郎の表情には翳りが見られた。晴登や終夜たちと比べて、先の戦いであまり活躍できなかったことを悔いているのだろうか。


「そんなことないよ。暁君だって頑張ってたじゃん」

「お前ほどじゃねぇよ。俺には部長や副部長みたいな強さもお前みたいな勇気もねぇ。ただ後ろで言われた通りに動いてただけのヘタレだよ」

「っ……」


伸太郎の想像以上の卑屈っぷりに、フォローの言葉に詰まりそうになる。しかし彼は目眩しだったり治癒だったりと、サポートとしては充分な仕事を果たしていた。そんなに自分を卑下することはないと思う。


「……暁君がいなかったら、俺たちは本戦に出れてないよ」

「あ、あれはたまたま俺の得意分野だっただけで……。つか、今その話はしてな──」

「暁君がいて良かったって言ってるんだよ。だから、そんなに自分のことを悪く言わないで」

「……っ!」


これは晴登の本心からの言葉だ。伸太郎は役立たずやヘタレだなんてことはない。だって襲撃があった時、彼はすぐに状況を把握できていたし、自分の役目が何かもわかっていた。世の中には『適材適所』という言葉がある。それを体現できていた時点で伸太郎は凄いし、強いのだ。


「……じゃ、じゃあ俺はお前が起きたことを部長たちに知らせて来るわ」

「え、でも今は会議してるんじゃなかった?」

「あ、そうだった……」


珍しく勘違いをして、赤くなった頬をさらに赤くしながら、伸太郎は座り直す。時々おっちょこちょいな所があるから、晴登も伸太郎に気兼ねしなくて済むというものだ。

そのまま2人は終夜が戻るまで駄弁り続けるのだった。







「ただいま〜!」


すっかり日が落ちた頃、ようやく終夜が部屋に戻ってきた。元気に振舞ってはいるが、顔を見ると疲れているのがよくわかる。


「あ、部長」

「三浦! 起きたのか! 大丈夫か?!」

「もう平気です。魔力切れなんて慣れたもんですよ」

「普通はそんな状況にならないんだけどな……。まぁ無事なら良かった。結月もさっき目覚めたらしいから、動けるようになったら会いに行くといい」

「……! はい!」


駆け寄って来た終夜を安心させつつ、結月が目覚めたことを聞いて晴登も安堵する。後でちゃんと謝って、そして感謝の言葉を伝えないと。


「それにしても、今日のお前は凄かったな〜。よくあれに立ち向かおうと思ったぜ」

「部長、その話もうしたっす」

「えぇ? 俺も話したいんだけど。だって痺れたぜ。あんな度胸、一体どこで身につく──」


──ピンポン。部屋のチャイムが鳴った。

全員が入口に視線を向け、終夜が代表してドアを開ける。そこには驚くべき人物が立っていた。


「あ、アローさん?!」

「突然すまない。ここは【日城中魔術部】の部屋で合ってるか?」

「はい、そうですけど……」

「では、三浦 晴登はいるか?」

「ここにいます」


唐突に部屋を訪れたのは、【覇軍】のアロー。室内では帽子を脱いでおり、茶色の伸びた前髪が片目を隠している。
どうやら目当ては晴登らしく、「失礼」と一言断ってから部屋に上がり込んだ。


「先の戦い、其方の活躍は見事であった。あの場にいた魔術師を代表して、ここに感謝の意を示す」

「そんな! 俺なんかやられただけですし……」

「そんなことはない。其方のおかげで雨男は退いた。其方が私たちを救ったのだ」

「いや、でも、俺より結月の方が……」


急に感謝されて、晴登は戸惑う。自分でもお手柄かもとは思っているが、いざこんな凄い人に褒められるとさすがに畏れ多い。だからつい、結月の名を挙げて逃げてしまった。


「もちろん、彼女にも後で礼を伝えに行くつもりだ。しかし、今こうしてここにいるのは感謝をするためだけではない」

「え?」

「手負いのところすまないが、私たちの部屋に来てもらえないだろうか? 影丸が其方と話したがっている」

「……! 影丸さんが?! というか、無事だったんですね!」

「あぁ、辛うじてな。あいつは丈夫だから、多少のことで死にはしない」


影丸が無事だと聞いて、晴登はホッと胸を撫で下ろす。目の前でボロボロになっていく姿を見てしまっていたから、大事がなくて本当に良かった。


「まだ体調が優れないようであれば、日を改めるが」


アローが晴登がベッドに横たわっているのを見てそう提案したが、日を改めると言ってもそれがいつになるのかわからない以上、今行っておく方が良いだろう。何を話すのかはわからないが、断るのはさすがに申し訳ないし。
終夜に目で意見を仰ぐと、彼は好きにしろという風に苦笑いを零した。


「いや、大丈夫です。今から行きます」

「そうか。では部屋まで案内しよう」


晴登はよろよろと立ち上がり、アローの肩を借りて影丸の元へと向かうのだった。






アローに連れられて彼らの泊まる部屋まで来た晴登。彼が部屋のドアを開けると、まずベッドに横たわる影丸の姿が目に映った。


「影丸、戻ったぞ」

「し、失礼します」


一体何の用事かと少し緊張して、自然と背筋が伸びる。影丸が目を覚ましたことは非常に喜ばしいのだが、それはそれとしてまだ接点が少ない。勝手に目をつけられて、変な質問をされた記憶しかないのだ。上手く話せるだろうか。


「それでは私は席を外す。アーサーが寝ているから、大きな音は出さないように」

「は、はい」


晴登を椅子に座らせた後にそう言い残して、アローは部屋を出て行った。配慮のつもりなんだろうが、正直少し心細い。

部屋を見渡すと、確かに別のベッドでアーサーも眠っていた。彼はまだ目覚めていないようで、すぅすぅと吐息を立ててぐっすりと眠っている。


「……」

「えっと……」


一方、一言も口にすることもなく、こちらを睨みつける影丸。いや、元々目付きが悪かったから、きっと睨んでいる訳ではないと思う。たぶん。

──少し視線を落とすと、彼の全身に痛々しく巻かれた包帯が目に入る。
晴登も見ていたが、身体中を水でできた槍のようなもので貫かれたのだ。人によっては致命傷だというのに、こうして意識が戻るまで回復していることは本当に凄いと思う。


「……あぁ、めんどくせぇ」

「え?」


晴登が1人で感心していたところに、影丸がぶっきらぼうにそう吐き捨てた。
どうしたのかと再び彼と目を合わせると、少しだけ目付きが和らいでいた気がした。


「いきなり悪かったな。お前をここに呼んだのは、その……訊きたいことがあったからだ」

「それって、前に質問されたことですか……?」

「ん? あぁ、そういやそうだったな。いや、別件だ」


あれは魔導祭1日目で予選が始まる直前、彼との初めてのエンカウントの時だ。話はてっきりその時の続きだと思っていたのだが、実はそうではないらしい。
晴登はなおさら心の中で身構える。


「──単刀直入に訊くぞ。お前、"三浦 琉空(りゅうく)"って名前に聞き覚えはあるか?」

「……!!」


とある人物の名前を出された瞬間、晴登の肩がビクリと跳ねる。というのも、こんなところで聞くとは思っていなかった名前だからだ。


「俺の……父です」

「……! やっぱりか」


そう、"三浦 琉空"とは紛れもなく晴登の父の名前である。
だが、なぜその名前を影丸が知っているのか。以前、どこかで関わったのか……?


「何で知ってんだって面だな。俺はな、あの人の弟子だったんだ」

「えぇぇぇぇ!!??」

「しーっ! 静かにしろ! つか、そんなに驚くことか?」

「すいません! いや、だって……」


この答えを聞いて、声を上げるなという方が無理だろう。ただ知り合っただけならまだしも、父と影丸が師弟関係にあっただなんて、どう妄想しても辿り着かない。
第一、そこには1つの疑問があって。


「えっと……俺の父さんって魔術師なんですか?」

「……お前、知らなかったのか?」

「は、はい……」


影丸の師匠ということは、それすなわち魔術の師匠と考えるのが妥当だろう。父が格闘技を習っていたという話は聞いていないし、その分野の師匠はありえない。
であれば当然、父は魔術師ということになる。だが晴登はそんな話も一度も聞いたことがなかった。


「そうか、知らなかったのか……。じゃあどうしてあんなに……」


その答えを聞いて、影丸が何かを不思議に思ったのか思案に暮れる。声をかけるべきか迷ったが、話が進まないので割り込むことにする。


「あ、あの……」

「ん? あぁ悪い。まぁお前が知らないってことは意図的に師匠が隠してたのかもしれねぇな。ならまずはそこから説明しねぇと」


そう1拍置いて、影丸は思い出すように語り始めた。


「まずお前の父はすげぇ魔術師でな、昔は"風神"って呼ばれてたほどの風の使い手だったんだ」

「"風神"……!? それって能力(アビリティ)がですか!?」


初手から耳を疑う情報を喰らい、早速頭がバグりそうになる。"神"という名が付くなんて、一体どんな活躍をしたのだろうか。"風神"というのがもし能力(アビリティ)であるならば、レベル5以外ありえないと断定できる。


「いや、能力(アビリティ)は別物で、レベルもそれほど高くなかったな」

「じゃあどうして……」

「今のお前に少し似てるが、とにかく"器用"だった。制限がかかる中で、あの人は自由に魔術を組み上げていたんだ。お前が使う技に似た技も見たことがある。だから戦闘技術も優れていて、そのうち"風神"なんて呼ばれるようになったんだ」

「へぇ……」


驚きの情報の連続で、ついにリアクションすらまともに取れなくなった。まとめると、父は凄腕の魔術師だったということだろうか。
確かに影丸が師匠と呼ぶならば、それくらいの実力があって然るべきだ。


「そしてあれは忘れもしない15年前。俺と師匠が初めて会った時のことだ」


──

────

──────


今から15年前のこと。

俺は捨て子だった。

物心付いた時には既にスラム街に住んでいた。スラム街つっても、都市の近くの治安が悪い所って意味だけどな。

親も兄弟もなく、知り合いも全員ホームレス。

盗みや暴力なんて日常茶飯事だった。何せその日を生きるために必死だったからな。



するとその日は訪れた。

日課のように喧嘩をしていると、自分の右手に鱗が生え、爪が鋭く伸びていることに気づいた。

それでそのまま相手を殴ったら、血塗れで倒れちまったんだよ。

幼い俺は理屈も考えず、強くなったって喜んだっけな。

今思えば、これが俺の能力(アビリティ)の目覚めだった。

そっからは単純だ。喧嘩を吹っ掛けては相手を倒し、持ち物を奪う。

その頃には左手や両足も龍になってて、喧嘩は負けなしだった。



そうやって子供ながらにスラム街を牛耳ってたある日、師匠はやって来たんだ。

その時は確か、魔術連盟より派遣されて俺を保護しに来たとか何とか言ってたな。

まぁ当時の俺にはどうでも良かったから、すぐに噛みついたけどよ。

結果は当然返り討ち。並の相手ならともかく、魔術師相手に敵う訳がなかった。

そして俺はそのまま師匠に保護され、魔術連盟に引き取られた。



結論から言えば、保護されて良かったって思う。そりゃ衣食住が提供されるから、明日のことを心配する必要がなくなったからな。

俺はそうやってすくすくと育つ一方で、師匠に魔術を習うことになった。

正しく魔術を覚えて、人を傷つけるのではなく人を守るんだ、って散々言われたよ。

そんな師匠が凄くカッコよく見えたし、俺の魔術師の理想でもあった。



でも保護されて1年が経った頃、師匠は俺の前から姿を消した。

何も言わず、書き残すこともしてなかった。

結局それ以来、師匠と会うことはなかった。


──────

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──


「まぁ俺と師匠の出会いはこんなもんだ。スラム街の悪ガキが拾われたってだけの話だよ」

「そんなことが……」


彼があまりにも淡々と話すためリアクションを取るタイミングを失ってしまったが、彼の過去はとても暗い闇に包まれていた。そして晴登の父、琉空がそこに差し伸べた光ということか。
15年前ならばまだ晴登が産まれる前の話。父がそんな活動をしていたなんて全く知らなかった。


「こんな話をした理由だけどよ、つまり訊きたいことってのは、師匠との連絡手段が欲しいってこった。あの時なぜ俺を置いていったのか、真相が知りたい」

「連絡手段……電話番号でいいですか?」

「はっ、願ったり叶ったりだ」


残念ながら晴登はスマホを持っていないため、教えられる連絡手段はそれしかなかった。それでも、真実に辿り着きたい影丸にとっては十分な収穫だったと言えよう。

そうして電話番号を教えた後、影丸はポツリと呟いた。


「お前は、師匠によく似ている」

「え? 俺はどちらかと言えば母さんよりですけど……」

「そうじゃない。魔術師としてだ。あの人に重なる所がいくつもある」

「そうなんですか……」


過去を懐かしむようにそう言った影丸の表情を見て、晴登は父への興味が一層増していく。
今までは、家族に優しくて、でもちょっと自分勝手でよく母と出かけてしまう困った父親という認識だったが、その認識を捨て去る時が来た。すぐにでも、魔術師として父と話してみたい。


「あの、もっと父のことを教えてくれませんか?」

「お? そうだな……あ、保護されてすぐの頃に一度だけ、師匠が出場する魔導祭を観戦したことがあったな」

「!!」


もっと父のことを知りたいと思って影丸に訊いてみると、タイムリーな答えが返ってくる。なんと父も魔導祭に参加したことがあったのだ。父が魔術師であるという、裏付けにもなるエピソードである。


「驚いたよ。だって師匠より強い魔術師がゴロゴロいたんだからな。当時の俺は信じられなかったよ。……それでも、師匠は諦めなかった。自分が弱い自覚があったからこそ、誰よりも考え、そして誰よりも行動していたんだ」


影丸の言葉から察するに、どうやら父は凄腕の魔術師というよりは、晴登のように平凡で、だけど努力家の魔術師だったらしい。であれば、なぜそんな父に"風神"という異名が付いたのか。


「その時の結果は予選敗退だったけどよ、俺は感動した。だって師匠の予選順位は確か10位くらい、別のチームだったら本戦出場できるくらいの実力だったからな。まさに"風神"の名に相応しい活躍だよ」

「なるほど……」


影丸は琉空のことをこれでもかと持ち上げているが、やはり"風神"の名が付いた理由のエピソードとしては少し弱い気もする。何か他に理由があるのだろうか。


「さて、悪いが俺が知ってることはこれで全部だ。これ以上知りたいなら、直接師匠に訊くといい」


だがこれ以上の追及はできなかった。
影丸が父と一緒にいたのは幼少期の1年間のみ。忘れていたり、覚えていないことも多いだろう。どうせ父と話してみたかったし、詳しいことは全部聞き出してみよう。


「教えてくれてありがとうございました」

「なに、気にすんな。師匠の血縁とあっちゃ無下にはできねぇからよ。けどその代わり、お前が知ってる師匠のことを教えてくれねぇか? あの人は今、何してんだ?」


クールな印象はどこへやら、子供のように目を輝かせて晴登に問い詰める影丸。よっぽど、琉空のことを慕っているのだとわかる。
父のことをそんな風に想われて、悪い気はしなかった。


「そうですね。ちょっと長くなるかもしれませんが、お話しましょう。あれは──」


そのまま時間を忘れて、2人の少年は語らうのだった。
 
 

 
後書き
連日厳しい暑さが続いています。皆さんはいかがお過ごしでしょうか。私は今、新大陸にて狩りをしています。中々目当ての素材が手に入りませんが、夏の暑さに負けずに頑張っていく所存です。どうも波羅月です。暑い。

先月初めに更新して、「次は早く更新したい」などと宣って早1ヶ月。時の流れは早いものです。言い訳をすると、想像以上に文量が膨れ上がってしまったというのが5割、狩りに行っていたというのが3割、残りの2割は暑さとかにしておきましょうか。いやマジで暑い。

世間話はさておき、内容の話をしましょうか。
今回は今までの中でもとびきり大きな情報が出てきたように思います。まぁこういう展開はあるあるだと思いますけどね。詳しくは次回で書きますので、ここでは割愛します。
それにしても文量の多いこと多いこと。途中で切りたい気持ちは山々だったのですが、そうなると内容が寂しくなってしまうのでこうせざるを得ませんでした。悔しい。伸太郎も影丸も喋りすぎ。

ということで、次回でいよいよ5章完結です。長かった。どうせ次回の後書きでも言うと思いますが、本当に長かった。こんなに膨れさせるつもりなんてなかったんですよ。大体は予選のせいです。まぁ本戦パートも同じくらいあるんですけどね。もうこれ以上話数の多い章は出てこないです(断言)。

はい。それでは5章のラストに向けて、最後まで気を抜かずに執筆して行こうと思います。今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第122話『晴風』

 
前書き
先に言っておくと、過去最大の文字数です。 

 
魔導祭襲撃の翌日。大事を取って選手たちはホテルで待機していたが、ようやくそれが解除されたのだった。
よって、晴登たち魔術部一行はようやく帰るところだ。


「……ト」


晴登は昨日、影丸と歓談したことを思い出す。初対面はあまり良い印象はなかったが、いざ話してみると同年代の友達と話しているかのような気楽さがあった。父さんの知らない一面を知れて、とても満足している。


「……ハルト、どうしたの?」

「うわ!?」


その満足感に浸っていた晴登は、背中に背負った人物の一言で現実に引き戻される。見ると、心配そうな表情で結月がこちらを覗き込んでいた。


「さっきからボーッとしてるし、何かあったの?」

「いや、ちょっと考え事してただけ」

「ふぅん。あんまり寝れてないんじゃない? 目ばっか擦ってるけど」

「あ〜……ちょっと目が疲れてるだけかな」

「ならいいけど……」


自然にやっていたつもりだったが、結月にはお見通しだったらしい。
実は、寝不足という訳ではなくて、今朝からやけに視界がぼやけており、さっきから瞬きが多くなったり目を擦ったりしていたのだ。昨日色々なことがあったから、きっと疲れているんだと思う。眼精疲労ってやつだろうか。


「結月こそ、病み上がりだけど大丈夫?」

「もちろん!……と言いたいところだけど、まだちょっとダルいかな……」


そう言って、結月は引きつった笑顔を見せた。
一昨日の昨日で熱を出せば、体調は"ちょっとダルい"どころではない。本来であれば今日も安静にしていないといけないのだが、生憎今から家に帰らなければいけないので、体調が万全ではない彼女を晴登が背負って移動しているという訳だ。

ちなみに帰りが1日遅れる旨は、昨日のうちに電話で智乃に伝えてある。そこで父さんと話すことも期待したが、家に帰れば同じことだ。むしろ、電話越しじゃなくて直接話をしたい。


「おーい!」

「ん? あれは……」

「マーさん! 無事だったんですね!」


ホテルから出てすぐに声をかけてきたのは、開会式の前以来の遭遇となる商人のマーさんだった。彼もまた待機命令の対象となったのだろう。でなければ昨日のうちに撤退しているはずだ。


「何とかな。そこの白髪の嬢ちゃんが観客席まで守ってくれたおかげだ。ありがとな」

「えへへ……どういたしまして」


襲撃の折、敵はフィールドに現れたが、雨男の攻撃は観客席にまで至っていた。それすらも防いだ結月はまさにヒーローと言えるだろう。パートナーとして誇らしい気持ちだ。


「それにしても、お前らすげぇじゃねぇか!ベスト4だぜ! こんな快挙見たことねぇよ!」

「だから言ったろ。今年のメンツはバッチリだって」


マーさんの興奮ぶりに終夜は鼻高々に言った。今まで予選落ちだったチームにしては上出来も上出来だろう。


「特に風のボウズは見どころだらけだったな! あんなワクワクする戦闘(バトル)するやつは初めてだ!」

「お、俺ですか? ありがとうございます」


結月、チームと来て、次は晴登が褒められる。まさか自分の番が来るとは思っておらず、困惑しながら返事をした。


「ちゃんと覚悟があるってわかって安心したぜ」

「覚悟? 何のですか?」

「ほれ、最初に会った時だよ。お前さんが背中の嬢ちゃんの面倒を一生見るって覚悟」


マーさんの言う「覚悟」が何のことか知るや否や、晴登の顔がみるみる紅くなる。そういえば、マーさんに誘導されるがままにプロポーズ紛いのことを言わされたのだった。思い出すだけでも顔から火が噴き出そうなほど恥ずかしい。


「そ、その話はやめてください!」

「はっはっは! また来年にも同じ話してやらぁ! ……と、お? 風のボウズ、何か雰囲気変わったか?」

「え? そうですか?」


大声で一頻り笑ったマーさんは、何かに気づいたのかずいと晴登に顔を寄せる。
しかし、そう言われても晴登には心当たりがない。魔導祭中に色々なことがあったから、そのせいなのだろうか。

その後もマーさんは品定めでもするかのように晴登の顔を観察したが、結論が出せなかったのか「気のせいみたいだ」と首を振った。


「あ、もうこんな時間か。それじゃあマーさん、お元気で!」

「おう! また会おうぜ!」


そうこうしている内に帰りのスケジュールが迫ってきたので、魔術部一行はマーさんに手を振って会場を後にしたのだった。







学校へ帰り着いた晴登は、再び結月を背負って帰路についていた。さすがに真夏日に人一人を背負ったまま歩き続けるのは疲れるが、彼女のためであれば何とか頑張れる。あと結月はひんやり冷たいので、それも一助となっていた。

吐息を漏らしながらすやすやと眠る結月を背中に乗せ、晴登はようやく我が家の前までたどり着く。


「いよいよか」


ついにこの時が来た。今の時間ならば父さんは家にいるはず。話したいことも訊きたいことも山ほどあるのだ。その願いがもうすぐ叶うのだと思うと、父親相手なのに緊張してきた。


「「ただいま」」

「おかえり晴登、結月ちゃん」

「え、父さん!? 何で!?」


しかし玄関の扉を開けた晴登を待っていたのは、予想以上に早い父さんとの対面であった。

すらっとした長躯に、綺麗に整えられた黒髪。優しげな目つきで、チャームポイントはうっすらと見える髭。見た目の雰囲気は大人っぽいが、実は中身が子供っぽい。それが晴登の父親、三浦 琉空(りゅうく)だった。


「びっくりしたか? もうすぐ帰る頃だと思ってたから待ってたんだよ」

「えっと、その……」

「説明はいらないぞ。全部知ってるから」

「え?」


突然の出来事で、何から話そうと思っていたかが頭から飛んでしまったが、そんな晴登の言葉を遮って父さんはそう言い放った。


「今朝、影丸から電話があったんだ。事情は全てそこで聞いた。久々の会話だと思っていたら、まさかの内容だったよ」


疑っていた訳ではないが、父さんの口から魔導祭や影丸の名が出たことで、彼が言っていたことは事実だったと確認できた。本当にこの人は魔術に関わっているのだと。


「もっと早く知っていれば、手の打ちようもあったのに……」

「そんな、父さんが気にすることなんて──」

「気にするさ。一歩間違えたら息子ともう会えなかったんだぞ? それぐらい、お前は危険な目に遭ってたんだ。ちゃんと自覚はあるか?」

「う……」


父さんにそう指摘され、ぐうの音も出なかった。何せ銃で狙われた結月を庇おうとしたとか、無謀にも敵の親玉に突っ込んだとか、自覚がありすぎる。
一歩間違えれば二度と家族や友達に会えなくなっていたと考えると、それらの行動は後悔はせずとも反省はしなくてはいけない。


「結月ちゃんもお疲れみたいだね。彼女の活躍も聞いている。早く休ませてあげるといい」

「んあ……はっ、ボクは大丈夫ですお父様!」

「ははっ、そんなに取り繕わなくていいよ。空元気は体に毒だからね」

「う……」


ウトウト眠っていたはずの結月に父さんが声をかけると、彼女は反射的に目を覚まして背筋を正して返事をする。しかし無理をしていることはお見通しのようで、ひとまず結月を部屋で休ませることになった。







「ありがとう、ハルト」

「気にしないで。これくらい当たり前だから」


前回看病した時と同様に、晴登の部屋のベッドに結月を寝かせる。夏だからタオルケットをかけ、冷房の温度は抑えめに設定した。ひとまずこれでゆっくり休めるだろう。


「体調悪いの、お父様にはバレバレだったね」

「……あのさ、前から思ってるけど、何で父さんのこと『お父様』って呼ぶの?」

「え、恋人の両親はそんな風に呼ぶんじゃないの?」

「いやそんなことは……」


どこで仕入れたのか、結月のその偏った知識に晴登は戸惑いを隠せない。……いや、持っている漫画にそういうものがあったような気もする。
だが彼女がそう言い始めたのは、この世界に来て最初からであり、文字も読めなかった頃だ。もしかすると、異世界でそういう習慣があったのかもしれない。なら否定するのはあまり良くないか。


「それにしても、父さんが魔術師って知ってた?」


少し話が変えて、晴登は結月のその質問を投げる。これについてはどうしても彼女と情報を共有したかった。
10年以上父さんと暮らしてきたが、魔術師らしい素振りなど一度も見ていない。結月から見たら、何かおかしな様子でもあっただろうか。


「うん、知ってたよ」

「そうだよな。俺も知らなくてびっくり……え?」

「え?」


予期していない返事を貰い、一拍遅れて困惑の声を洩らす。


「い、いつから……?」

「初めて挨拶した時かな?」

「つまり最初からってこと……?!」


初めて挨拶した時と言うと、「お父様」の始まりと同様、晴登が家族に結月がホームステイだという苦しい言い訳をしながら紹介した時だろうか。あの時既に、結月は父さんの正体に気づいていたらしい。もしかすると、父さんも結月の正体に……。


「な、何で教えてくれなかったの?」

「だって知ってると思ってたから」

「う、そうなるよな……」


結月からすれば、自分も気づいているのだから、身内である晴登が知らないはずがないと考えるのも当然だ。一度も話題に出したことがなかったので、彼女が教えてくれる訳もない。責めるのは筋違いだ。


「それじゃあ、俺は父さんと話してくるから、結月はゆっくり休むんだよ」

「はーい」


結月の返事を聞いてから、晴登は部屋のドアを閉じたのだった。







「母さんと智乃は今出かけている。話をするにはちょうどいいだろう」


ダイニングで向かい合うように2人が座ってから、初めに父さんがそう言った。
つまり、これからする話は関係者以外には聞かれたくないということである。


「昨日智乃からお前の帰りが日を跨ぐと聞いた時は、遠征先ではしゃいでるのかと楽観していたが、まさか魔導祭がそんなことになっているとは知らなかったよ。お前たちが本当に無事で良かった」

「う、うん」


父さんは心底安心したように息をついていた。そこまで心配されていたと知っていたら、晴登だって無茶な行動はしなかっただろう。結果的には必要なことだったのだが。


「さて、影丸からもう俺のことは聞いているようだから、隠しはしない。俺は元魔術師だ」

「"元"?」

「引退したんだよ。とはいえ、今も魔術は使えるけどな」

「わっ」


そう言って父さんが指を動かすと、風が晴登の顔に吹いた。とても繊細で、晴登の風とは明らかに質が違う。そんな風が顔をくすぐるもんだから、思わず声を出してしまった。


「俺の能力(アビリティ)は"小風"。レベル1の風属性の魔術だ」

「え!?」


父さんの能力(アビリティ)の名とレベルを聞いて驚く。聞いていた話とあまりに噛み合わないからだ。だって、


「父さんって"風神"って呼ばれるほどの風の使い手じゃないの?!」

「そのあだ名は恥ずかしいからやめてくれ。……でも、昔は確かにそう呼ばれたこともある。レベルだけが能力(アビリティ)の強さじゃないんだ」


確かに影丸からは予め「レベルはそれほど高くない」ということは聞いていたが、レベル1は予想外だった。その能力(アビリティ)で"風神"と呼ばれるまでに至るなんて、一体何があったのか。


「俺の話は後回しだ。今日ここでお前には、1つ知ってもらいたい話がある」

「話?」

「お前の能力(アビリティ)の話だ」

「!!」


急に真剣な顔つきになると、父さんはそう告げてきた。
予知という力が晴登の能力(アビリティ)に含まれていたことを最近知り、ちょうど気になっていたところだ。とても興味がある。


「まず前提だが、お前の能力(アビリティ)は"晴風"、そうだな?」

「うん……って、え? 何で知ってるの?!」

「何でって、親だから当然だろう? お前が赤ん坊の頃にコネ使って調べさせたんだ」

「えぇ、何それ怖い……」


父親が魔術関係でどんな繋がりを持っているか非常に興味がある一方で、まだ自我も芽生えていない赤子の頃に調べられたというのは少し恐怖を覚える。
というか、その頃から調べて能力(アビリティ)ってわかるのか。なら早く教えて欲しかった気もする。


「まぁその話は置いといてだ。俺が言いたいのは、お前の能力(アビリティ)は普通じゃなくて"例外"だってことだ」

「例、外……?」

「あぁ。実はお前の能力(アビリティ)は"晴風"であって、"晴風"ではない」

「は?」


いきなり何を言い出すんだこの人は。晴登の能力(アビリティ)は"晴風"であり、それは昔も今も変わらないのではないのか。


「言い方が悪かったな。"晴風"ってのは見た目上の名前なんだ。だが中身は2つの能力(アビリティ)が混在してる」

「2つの能力(アビリティ)?」

「あぁ。それが"小風(こかぜ)"と"晴読(はれよみ)"だ」


勿体ぶることもなくさらりと事実を告げられたので、理解が少し遅れてしまう。"小風"は父さんの能力(アビリティ)と同じ名前で、"晴読"は何だろうか。聞いたことがない。
何にせよ、晴登の"晴風"はその2つの能力(アビリティ)が合体したものだということだ。だが複数の属性を持つならまだしも、そんなことがありえるのだろうか。


「疑うのも無理はない。この事実は俺と調べてくれた魔術師しか知らないからな。そこらの魔力検知器では見かけの"晴風"という名前しか出ないはずだ」


そうだ、入部時に計測した限りでは晴登の能力(アビリティ)は"晴風"だった。そこに間違いはない。だがあの測定は完全ではなかったのだ。


「だからこそ、例外なんだ。本来、1人が2つの能力(アビリティ)を持つことはありえない。しかし、何らかの原因でそれが起こることがある」

「何らかの原因って?」

「前例があまりいないから眉唾な内容ばかりだが……お前の場合は確信して言える。ずばり"遺伝"だ」

「え、遺伝?!」


自分が例外だと知ってちょっとそわそわし始めたところで、耳を疑う情報を聞いた。その情報は晴登の持つ知識と食い違うのだ。


能力(アビリティ)は遺伝することはないんじゃ……」

「普通はな。だが極めて練度の高い能力(アビリティ)は、親から子に引き継がれることがあるらしい。お前の場合は、俺の"小風"を受け継いだんだ」


そんな話は聞いたことがない。しかし、だからといって否定することはできなかった。魔術にはまだまだ晴登が知らないことが多くあるし、何より父さんが嘘をつく理由がない。


能力(アビリティ)を引き継ぐ時、同時に練度もある程度引き継ぐらしい。お前がレベル1以上の力を引き出せているのはそれが理由だ。影丸も不思議に思っていたよ。『じゃあどうしてあんなに魔術の使い方が似てるんだ』って。俺の練度を引き継いでいるんだから、そりゃ当然似るわな」

「つまり、父さんがそこまで練度を高めたってこと?」

「そうだな。レベル1だった"小風"を、レベル4くらいには引き上げたぞ。俺がお前と同じように、日城中に通っていた頃のことだ」

「えぇっ!?」

「あれ、言ってなかったっけ?」


父さんの魔術の練度の高め具合にもだが、日城中に通っていたという事実の方が何よりも驚きだった。昨日今日だけで何回驚いているのだろう。そろそろ疲れてきた。


「思えば、それが"風神"って呼ばれ始めた所以だったかもな。魔導祭で少しだけ活躍してな」

「そうなんだ……」

「正確には、俺ともう1人がな。そいつと合わせて"風神雷神"って呼ばれたりしたんだよ」

「そんなに凄かったの?」

「ん〜そんなに大層なことじゃないさ。中学生だった俺らの予選の順位が高かった、ただそれだけのことだ。それに今と昔では魔術師の質が違うから、今じゃ大して目立たないだろうな。今年の魔導祭に俺が出たとしても、お前らほどの高順位は残せないよ」


"風神雷神"と呼ばれるぐらいだから、当時の父さんとその仲間は相当強かったはずだが、それ以上に今の魔術師の方が強いというのか。ますます自分たちがベスト4なのが信じられなくなってくる。


「というか、そんなに昔から日城中って魔導祭に出てたんだね」

「そりゃ、日城中学校は魔術連盟指定の魔術師育成機構だからな」

「え、どういうこと……?」

「文字通りの意味だ。日城中って変な行事が多いだろ? あれって魔術師を育成するための特別なカリキュラムなんだ」

「そうなの!?」


ここに来て、これまた大きなカミングアウト。変な行事が多いとは最初から思っていたが、まさかそんな裏があったとは。新情報ばかりでそろそろキャパオーバーしそうだ。

その辺についてまだまだ聞きたかったが、父さんは「話が逸れたな」と言って、一つ咳払いを挟む。


「それじゃあ、"晴読"についての話だが──」

「……もしかして、それって予知とかできたりする?」


晴登は父さんがその先に言うであろう内容を先に口にする。さっきから驚かされてばかりだったから、ここらでささやかな反撃をしておきたい。


「予知? いや、能力(アビリティ)の詳しい内容は知らないが……なるほど、もう自覚はあったか。それが"遺伝"じゃない、お前本来の能力(アビリティ)なんだ」

「俺本来の……」


"小風"が父さん由来であれば、残る"晴読"が晴登の能力(アビリティ)ということになる。今まで使ってきた風の力が自分のものじゃないということは少しだけショックだが、予知の力が自分のものなのは嬉しさもあった。


「そうか、予知か。それは確かにレベル5に値する力かもな」

「え!? "晴読"ってレベル5なの?!」

「そうだ。"小風"がレベル1、"晴読"がレベル5、足して2で割った"晴風"がレベル3という訳だ」

「レベルの計算雑じゃない!?」

「そういう結果なんだから仕方ないだろ」


小学生が考えたかのようなレベルの計算に思わずツッコんでしまうが、それよりも自分がレベル5の力を持っていることにとても興奮した。


「しかし、ここで1つ問題が生じる」

「問題?」


だがここで父さんは指を立ててそう言った。何だか神妙な面持ちだ。


「今のお前の能力(アビリティ)はレベル3。だから練度を度外視しても、レベル1の"小風"の力は引き上げられている。逆に、レベル5の"晴読"は力に"代償"がかかる可能性が高い」

「"代償"? "制限"じゃなくて?」


晴登は最近覚えたての専門用語を並べて問いかける。字面から何となく意味はわかるが、今一つ違いがわからない。


「その2つの意味は全然違うぞ。"制限"は魔術の出力がレベルによって制限がかかること。そして"代償"はレベルに合わない魔術を使う時に、何らかの形で代償を払わないといけないということだ」

「"制限"はわかるけど……"代償"って具体的に?」

「"代償"が起こる例として、魔術カードが挙げられる。あれは魔術師が自身の能力(アビリティ)を魔法陣としてカードに刻むことで、カードを触媒として魔術を発動できるようになる古典的な魔術だが、そこでレベルの高い魔術師が作ったカードをレベルの低い魔術師が使う時なんかに"代償"が発生する。内容はランダムだが、身体に支障をきたすものが多いと聞く」


"代償"という文字通り、強い力を得るには何かの犠牲が必要ということか。
晴登が昨日用いた治癒の魔術カードでは、疲れた以外には特に違和感がなかったから、レベルは同程度だったと考えられる。


「お前の場合はカードではなく、使う能力(アビリティ)とレベルが見合ってないって話だ。こんなこと、能力(アビリティ)が混合している例外にしかありえないことだがな」

「じゃあもしかして……」

「あぁ。今まで使っていた"晴読"にも、何かしらの"代償"が発生してる可能性が高い。心当たりはあるか?」

「うーん、別に何とも──」


そこまで言いかけて、ある可能性が晴登の頭の中をよぎる。
身体は疲れているが、結月のように熱が出ている訳でもなく、別に異常はない。が、強いて挙げるならば、"今朝からやけに視界がぼやけている"のだ。もし、もしこれが"代償"だとしたら。

そう、例えば──視力。"晴読"は目を使う能力(アビリティ)だから、目に負担がかかるのは納得がいく。


「何か心当たりがあるみたいだな」

「う、うん。でもこれが本当に"代償"なのかはわからない……」

「そうか、まぁそうかもしれないって自覚があるならいい。これからは少しならともかく、過度な"晴読"の使用は控えるべきだ。わかったか?」

「うん……」


予知という強力な力を使うためには、視力を犠牲にしなければいけない。絶妙な均衡を保つこの天秤の存在が、晴登に"晴読"の使用を躊躇わせる。
本来の自分の能力(アビリティ)であるはずなのに、自由に使えないなんて。とても歯がゆい気分だ。

しかし、父さんの"小風"がなければ良かった、とは思えなかった。この力が晴登の魔術師としてのルーツなのだから。


「なに、落ち込むことはないさ。使いすぎなければいいだけのことだ。少しずつ少しずつ練度を上げて、身体を慣らしていく。父さんはそうやって魔術を鍛えたぞ」


父さんは晴登の心情を察して、そう慰めてくれた。他でもない、父さんの言葉なら凄く安心できる。
うん、まだ諦めちゃいけない。いつか絶対に自分のものにしてやる。


「さて、話はおしまいだ。元々お前に訊かれるまで黙っておくつもりだったが、良い機会だからつい喋りすぎてしまった」


たはは、と父さんは頭を搔く。
想像以上の収穫を得られたので、晴登としては今日の会話は非常に有意義だった。

とここで、晴登はずっと気になっていた疑問をぶつける。


「父さん、最後に訊きたいんだけど、どうして影丸さんの元からいなくなったの?」

「ん? あぁ、そのことか」


そう、影丸が話してくれた過去の話の中で、父さんは影丸を置いてどこかへ行ってしまったのだ。その理由は影丸にもわからず、彼はずっとその答えを探していた。
そしてようやく手に入れた晴登という手がかり。父さんとの連絡も可能になり、今朝の電話とやらできっと答えは聞いたのだろう。しかし晴登自身も、その話の真相が気になって仕方がなかった。

父さんはどのように伝えるか少し迷ってから、口を開いた。


「一言で言うと──母さんに惚れたからだ」

「……はい?」


一体どんな深刻な理由があったのかと身構えていた晴登は、その予想外の答えに拍子抜けする。


「俺が昔、魔術連盟に所属していたことは知ってるな? その仕事の途中で見かけた母さんに俺は一目惚れした。すぐにナンパして仲良くなったよ」

「うわ」


『ナンパ』というワードを聞いて、若い頃の父さんが晴登と違って全く人見知りではないことが窺い知れる。
というかそんなことより、どうして今父さんと母さんの馴れ初め話になっているのか。


「だが母さんは魔術に精通していなかった。だから俺は生業とする魔術を捨てることにした」

「極端すぎない!?」


あっさりとしたその結論にたまらずツッコむ。"風神"とまで呼ばれていたのに、その箔を簡単に捨てるなんて、短絡的にも程がある。


「変な話じゃないだろ。魔術というのは一般人が無用心に近づいていい代物じゃない。母さんを危険なことに巻き込みたくなかったから、俺はその日付けで魔術連盟を脱退した」

「じゃあ影丸さんの元に現れなくなったのは……」

「それが理由だ。魔術連盟を抜けた俺が面倒を見ることはできない。あいつのことは息子のように可愛がったが、新しい息子ができると考えると……ふふ」

「あっ……」


父さんが気味の悪い笑みを浮かべ始めたので、晴登はこれ以上の言及はよそうと思った。とりあえず、心の中で影丸に謝っておく。うちの父さんが自分勝手でごめんなさい。


「と、とにかく、お前のおかげでまた影丸と話ができた。ありがとな、晴登」

「ううん、いいよ。俺も父さんと魔術の話ができて楽しかった」

「そうか。なら良かった」


父さんはそう静かに笑うと、自分の部屋へと戻ろうとする。しかし、その途中で再びこちらを向くと、口に指を当てて言った。


「あ、でも母さんには内緒だぞ?」

「結局隠し通してるんだ……」


父さんの隠蔽は継続中だった。







夢を見た。と、いつもの導入の通り、晴登は例の草原に立っていた。天気は晴れ。特筆すべきことはないほど、普通の空模様だ。

この夢にも慣れたものだ。さて、今回はこれからどのように天気が変わるのかと、ボケーッと空を見上げていたくらいに。

おかげで、背後にいる人物に気づかなかったのだが。


『久しぶり』

「うわっ!?」


声をかけてきたのはアーサーや影丸と同じくらいの年齢の青年だった。まさか自分以外に人がいると思わず、後ずさるぐらい驚いてしまう。……いや、前にもいたことがあったような。

そして現れた人物の顔をまじまじと見ていると、どことなく知っている顔に見えた。


「若い、父さん……?」


そう。髭も皺もないが、その顔は間違いなく父さんのものだった。晴登が生まれた頃のアルバムで見た顔よりもさらに若い。


『少し違うな。この見た目は借り物だ。元々あいつから生まれたからな』

「ということは……"小風"?」

『そういうこと』


そもそもどうして父さんが夢の中にいるのかという疑問と彼のヒントによって、その答えは導き出された。我ながら察しが良い。つまり、


「──この夢は"晴読"の力だったんだ」

『そうだな。この世界全てが"晴読"と言える。それに比べると俺は当てのない草原に迷い込んだちっぽけな存在だよ』


"小風"は自嘲するようにそう言って肩を竦める。だが"小風"がレベル1で"晴読"がレベル5なので、その存在感の差は当然と言えよう。まさに月とすっぽんだ。


「この空が、全部俺の力……」


雄大な空を見上げて、晴登は嘆息する。夢の中とはいえ、とんでもないものを飼っていたなと自分自身が恐ろしい。


「それで、どうして父さん……いや、"小風"は出てきたの?」

『俺はずっとここにいるからその言われ方は少し傷つくが……強いて答えるとすれば、お前が全てを知ったからだな。お前が自分の力を自覚したから、俺の存在を認知できるようになったんだ』


このイレギュラーな事態は、どうやら父さんの話を聞いたことで起こっているらしい。フラグが立ったとはこのことだろう。であれば、それを逃す手はない。


「……ずっと気になってたことがあるんだけど」

『ん、何だ?』

「──俺が、入学式の朝に見た夢って何? あれも意味があるんでしょ?」


彼がこの夢のことを知っているかはわからないが、晴登はこのことをずっと誰かに問いたかった。

随分と昔のように感じるが、確かに覚えている。智乃と鬼ごっこをしていると、なぜか智乃がドンドンと増殖してしまうというものだ。入学式の朝にそんな夢を見るなんて、幸先が悪いにも程がある。
とはいえ、最近は思い出すこともしていなかったが……。


『あぁ、あれか』

「知ってるの!?」

『いや、俺は"晴読"本体じゃないから具体的にはわからないが……ただ一つだけ言えることは、智乃の身に何かが起こるかもしれないということだな』

「やっぱり……。鬼ごっこっていうのも関係ある?」

『そこまではわからない。だが彼女のイメージが強かったというなら、より一層警戒すべきだろう』


今までの経験を元に結論づけると、この夢は天気で予知を行なうという、かなり大雑把な予知方法だ。しかし、あの夢だけは智乃の主張が激しかった。それなのに何も起こらないのはどう考えても不自然である。あれから月日が経ったが、時間差という可能性も捨て切れない。
物騒な事件に遭遇したばかりだし、"小風"の言う通り、智乃の身にも気を配っておこう。


『お兄ちゃんなんだから、妹をちゃんと守るんだぞ』

「……うん、わかってる」


"小風"は自分の姿の元である父さんが言いそうなことをそのまま言った。年齢が違いすぎて、父さんとは思えないんだけど。


『それじゃあ、俺はもうここを去ることにするよ』

「え、それって……」

『何、いなくなる訳じゃないさ。ただ、あの時力を貸して疲れたから休むだけだ』

「あの時って……」


思い当たる節があった。
あれは魔導祭本戦で風香と戦った時だ。魔力が切れかけてもうダメだと思っていると、不意に力が湧いてきたのである。同時に頭に声が響いてきたが、あれは"小風"の仕業だったのか。


『その力はお前のものだ。もう俺がいなくても大丈夫だろう』

「……助けてくれてありがとう」

『気にするな』


最後に感謝の言葉を述べると、"小風"は振り返る。もうお別れなんだと、背中で語っていた。その背中の大きさは、今の父さんによく似ている気がする。


『──君の旅路が晴れやかでありますように』


そう言って、彼は空を見上げる。そこには地平線を結ぶように大きな虹が1本架かっていた。 
 

 
後書き
なっっっが。何が長いって、もう全部が長い。5章のまとめだと思って書いてたら想像以上に膨れ上がってしまいました。分けた方が良かったかな……でも前回に次で5章完結ですとか言っちゃったし……(自業自得)。

ということで、他の章と比べても圧倒的に存在感の大きい5章の話を少ししましょうか。
まぁ存在感が大きいっていうのはストーリー的にもそうですが、何より物理的にもですね。実はこの章、現時点での物語の3分の1以上の文字数を占めてるようです。話数も過去最大ですが、何より1話1話の文字数が多くて多くて……。主に予選のせいです(定期)。
ストーリーの話をすると、まぁ今回の話が一番インパクトがデカいんじゃないかと思います。過去にあったフラグや伏線を根こそぎ回収していった訳ですからね。あまりに多くて、もしかすると回収し忘れてることがあるかもしれないので、質問等は感想にて投げて貰えると幸いです。

さて、それでは今後の予定ですが、キャラ紹介を挟んだ後、夏休み編を少しだけやりたいと思います。リアル夏休みの間に頑張ってそれらを終えてから、いよいよ6章に突入します。内容は大方決まっているのですが、細部が甘々なのでリアル夏休みの間に煮詰めていきたいと思います。さすがに5章ほど長くはならんやろ……(フラグ?)。

物語も折り返し、少しずつストーリーが前に進んでいる実感があります。ここまで来れたのも皆さんのおかげです。駄文にお付き合い頂き感謝すると共に、これからも読んでいただけると嬉しいです。引き続き精進していきます。

それでは次回もお楽しみに! では! 

 

キャラ紹介 第8弾

【花鳥風月】

日城中学校がある地域の隣の地域にある高校の、同年代(終夜たちの1つ上の代)の少女4人組で作られたチーム。魔導祭では予選13位、本戦2位という好成績を残した。


星野(ほしの) (ゆえ)

【花鳥風月】のリーダー。黒髪ショートで星の飾りのついた髪留めがチャームポイントの少女。明るく元気なムードメーカー気質で、クラスでも中心的な存在である。日城中にいた頃は魔術部所属で、現在は天文部所属。趣味は星座観察である。
能力(アビリティ)は"星夜"(レベル4)であり、星の力を司る。また、夜になるにつれて力を増す副効果も持つ。かつて"神童"と呼ばれたことがあるほど、早熟の魔術師だった。現在でも実力を伸ばし続けており、予選は8位通過である。
得意技は"疑似召喚"であり、描いた星座を触媒として、自分の魔力のみで召喚獣を創り出す。加えて身一つの戦闘力も高く、対魔術師にとことん強い。終夜との戦績は全戦全勝。



櫻井(さくらい) 花織(かおり)

【花鳥風月】のメンバー。ふわっとした茶髪のショートで幼い顔立ちの少女。間延びするような口調が特徴。月と同じく日城中学校魔術部出身であり、現在は華道部に所属。性格は非常に温厚で優しい。植物を愛でることが好きで、クラスでも緑化委員を務める。
能力(アビリティ)は"新緑"(レベル3)。植物を操ることができ、具体的には、成長を促すことで種から即座に発芽させたり、限界を超えた育成も可能になる。また治癒の属性も持ち、終夜が使用している魔術カードは全て過去に花織が作成したものである。



猿飛(さるとび) 風香(ふうか)

【花鳥風月】のメンバー。黒髪ポニーテールの凛々しい少女。クールでストイックな性格だが、情には厚い。月と花織とは高校で知り合う。陸上部に所属しており、その実力はインターハイに出場できるレベル。
能力(アビリティ)は"疾脚"(レベル2)で、脚部分限定だが、風を操ることができる。元々足が速いので日常的に魔術を使用することはないが、仮に魔術込みなら全国優勝も夢ではない。ただ本人は陸上に使う脚を武器とすることに抵抗があり、月に魔導祭に誘われて以来、怪我をしにくい武術を独学で学んでいた。
魔導祭で晴登の師匠となり、魔導祭が終わってからも定期的に指導を行なっている。



小鳥遊(たかなし) (まい)

【花鳥風月】のメンバー。長い茶髪を後ろで束ねる童顔の少女。人懐っこい性格とちょっぴり天然な性格も相まって、マスコット的存在としてみんなに好かれている。勉強は苦手だが運動神経は抜群に高く、所属するバレー部では身長は低めながらもエースを務める。
能力(アビリティ)は"鷹翼"(レベル2)、腕を大きな翼に変化できる。羽ばたいて空を飛行することが可能であり、時々散歩気分で空を飛ぶ。飛んでいる様子は下から見ると大きな鳥が飛んでいるようにしか見えないので、意外とバレない。だが月にはバレて、魔導祭に誘われる。





覇軍(コンカラー)

魔術連盟直属のチーム。チーム自体は第1回魔導祭から存在しており、メンバーを更新しながら毎年出場している。魔術連盟の中でも精鋭の魔術師が集まっており、優勝候補筆頭。このチームに勝った日には大いに盛り上がるという。


アーサー

【覇軍】のリーダー。「アーサー」はあだ名であり、本名は朝代(あさしろ) 勇気(ゆうき)。年齢は22歳。高身長金髪イケメン青年と容姿から既に最強。ちなみに純日本人なので金髪は染めている。性格も温厚で優しく、正義感も強い。美点だらけだが、唯一の欠点は最強すぎるがあまり、謙遜が嫌味にしか聞こえない点。
能力(アビリティ)は"聖剣"(レベル5)。おとぎ話で有名なあの剣を模した剣を自由に召喚・収納できる。ただそれだけの力だが、剣自体が非常に強力なのでレベル5。当然アーサー本人も剣を振る努力を欠かしてはいないので、彼は魔術師最強の一角を担っている。



影丸

【覇軍】のメンバー。ボサボサの黒髪を目にかかるくらいに伸ばし、その隙間から鋭い三白眼を覗かせる、猫背の青年。年齢は21歳。スラム街出身で、三浦 琉空に保護された後、魔術連盟管轄の保護施設にて魔術師としての育成を受ける。後に魔術連盟に所属することになり、アーサーたちと出会う。人と群れることを好まず、ぶっきらぼうでめんどくさがり。そのため友達は少ない。
能力(アビリティ)は"黒龍"(レベル5)。身体の一部から全身に至るまで黒龍に変化することができる。また、黒を支配することができ、例えば影に潜り込んで奇襲を仕掛けたり、影自体に攻撃を加えることもできる。



アロー

【覇軍】のメンバー。尖った帽子と軽装をまとった狩人のような見た目をしており、帽子の下は茶色の伸びた前髪が片目を隠している。年齢は25歳。
能力(アビリティ)は"双弓"。2本の弓で魔力の矢を飛ばす。威力は然ることながら、軌道を操作することも可能。



魔法使いのような女性(名前不詳)

【覇軍】のメンバー。烏帽子を被った女性。治癒魔術を扱える。





スサノオ

魔導祭を襲撃したテロリストのグループ。雨男を筆頭に、数十の重装兵で編成されている。しかし重装兵は仮の姿であり、その実レベル0の一般人。
襲撃の目的は『優勝杖の奪取』と『旧魔術師の殲滅』。1つ目の目的は叶ったが、2つ目の目的は晴登たちの懸命な防衛によって防いだ。


雨男

スサノオのリーダー。襲撃時は黒いパーカーで顔まで隠しており、容姿の詳細は不明。体格や声からして晴登と同年代ぐらいの子供と考えられる。
能力(アビリティ)は不明。鉛のような雨を降らせたり、水を操って弾丸のように射出できたりする。また回避能力が高く、戦闘力はアーサーや影丸を凌駕するほど。
自分たちのことを"新魔術師"と呼称しているが、実態は不明。





その他


マーさん

主に魔術に関する物を取り扱う商人。眼帯と髭がよく目立つ、ソフトモヒカンヘアの男性。陽気な態度と巧みな話術で、客を自分のペースに引きずり込むのが得意。
能力(アビリティ)は持っていないが、見た人の能力(アビリティ)のレベルを何となく把握できる。



山本

魔術連盟会長。日城中の山本と関係が……?



ジョーカー

魔術連盟に所属する、ピエロのような格好をしている男。魔導祭の進行兼実況兼審判を行なう。
能力(アビリティ)は"増殖"。自身を分裂させてクローンを生み出すことができる。戦闘力は皆無。



(とどろき)

【タイタン】のメンバー。筋肉質で強面な高身長の男。粗雑な態度が目立ち、口調も荒っぽい。
能力(アビリティ)は"爆斧"(レベル3)。斧を介してのみ爆発を起こすことができる。



建宮(たてみや)

【タイタン】のメンバー。メガネをかけ、スラッとした高身長の男。轟とは対照的に、腰の低い態度で丁寧な言葉遣いをする。
能力(アビリティ)は"守護"(レベル4)。防御力の高いシールドを展開できる。レベル5の力も防ぐことができたりする。



その他参加者

割愛。 

 

第123話『夏祭り』

魔導祭が終わってから2週間が経った。

自分の力の真相を知り、入学式の日に見た不吉な夢のことを頭の片隅に置きながら日々を過ごしてきたが、あれから特に良からぬことは起こっていない。
毎日宿題をやって、宿題が終われば莉奈や大地たちと遊び、たまには結月とデートをする。晴登は至って普通な夏休みを送っていた。

──週末に風香の元に出向いて、特訓を受けていることを除けば。


「はぁ、はぁ……」

「今日もお疲れ、三浦君。先週に比べると、かなりスタミナもついてきたんじゃない?」

「そう、ですね……」


晴登は芝生の上に寝転がり、傍らに立つ風香の言葉にそう答える。

ここは隣町にある広場のような大きい公園。ここで晴登は風香に魔術……ではなく、体づくりを手伝ってもらっている。
いや、最初は魔術のことを教えてもらう気満々だったのだが、「もう教えることはない」と言われ、そこを何とかと粘った結果が、ランニングや筋トレといった彼女の普段の練習に付き合うことだった。強くなるには地道な努力が必要だということだろう。


「ハルトー! お疲れー!」

「あ、ありがと結月──冷たっ!?」

「ずっと冷やして待ってたよ〜」


寝っ転がる晴登に近寄り、やけに冷たいペットボトルを押し当ててくるのは、この夏の暑さの中でも涼しげに銀髪を揺らす結月だった。立っているだけでも汗を流してしまうほどの気温なのに、彼女はものともしていない。
しかし、実は結月は暑いのが苦手なのである。それなのに平気にしているのは、常に身体から冷気を出すことで外気と外光をシャットアウトしているかららしいのだ。人間クーラーとはまさにこのこと。


「……というか、何で結月がここにいるの?」

「朝から一緒だったじゃん。今さらすぎない?」

「まぁ今さら疑問に思った訳で……」

「そりゃハルトのいる所にボクはいるからね」

「答えになってない!」


確かに今朝から行動を共にしていたが、風香の弟子は晴登だけであり、結月がここにいる理由はない。
そう正論を唱えると、結月はムスッとする。


「……だって気になるんだもん」

「そんなに警戒しなくても三浦君を盗ったりしないよ」

「ホントですか〜??」

「本当だって」


どうやら結月がついてくる理由は、風香が晴登のことを奪うかもしれないという不安からだったようだ。
そこまで想われることは嫌ではないが、ちょっと度が過ぎていることも否めない。結月と風香の仲が悪くなるのはあまり嬉しくない事態だ。どうにかこの場を収めないと──。


「そういえば明後日、この公園で夏祭りがあるそうよ。2人で来たらどう?」

「夏祭り!!」


結月に疑惑の目を向けられた風香は、話をそらすべく夏祭りの話題を持ち出す。すると結月の目がキラリと光り、すっかり興味がそちらに向いた。

そういえば、この町では毎年それなりの規模の夏祭りが開催されている。晴登が幼い頃は遊びに行ったりもしたが、今やもう家から締めの花火を眺めるくらいしかしていない。


「やけにテンション高いね、結月」

「ボク、この世界のお祭りをずっと楽しみにしてたんだよ!」

「あ〜そういえば……」


結月にとって、異世界ならまだしもこの世界のお祭りに参加する機会はまだなかった。強いて言えば『魔導祭』はお祭りだが、そんな屁理屈は置いておこう。


「楽しみだね、ハルト!」

「そうだね」


いつもは家から花火を眺めるだけだったが、結月のために今年は行ってみることにしよう。






そうやって結月と夏祭りに行く約束を交わし、いざ当日。夏祭りデートとか定番だし、てっきり2人で行く……と思っていたのだが。


「私がいて残念って顔してる。後で大地も来るし、いつメンだよ晴登」


心の中を読んだかのようにそう言ってくるのは、晴登の部屋で漫画を読みながら寝そべっている莉奈である。相変わらず我が物顔で部屋に居座る癖はいつ治るのか。幼なじみだけどさ。


「楽しみだねリナ!」

「ねー!」


実は今日の夏祭りでは、莉奈と大地も同行することになったのだ。
というのも、結月にとって夏祭りはデートしたいというより、純粋に楽しみたいという側面が強かったらしい。だから自分から莉奈や大地を誘っていたのだ。別にそれでも良いのだが……うん、良いのだが。

加えて、今1階には智乃の友達が2人やって来ている。
これは晴登が智乃に夏祭りの話をしたところ、彼女も行きたいと駄々をこねたので、ついでに彼女の友達も含めて晴登が引率役として連れて行くことになったのだ。手がかかる妹である。


「まぁ、人数が多い方が楽しいか」


望んでいない事態だとしても、前向きに捉えることで自然と気分が良くなるというもの。切り替えていこう。


──その時、家のチャイムが鳴る。タイミング的に、大地がやって来たんだろう。


「お兄ちゃん、大地君と優菜ちゃんが来たよ」

「「──っ!!」」


その名前を聞いて、晴登と結月の動きがピタリと止まる。てっきり大地だけかと思っていたが、2人にとって因縁の相手が一緒だという。


「あ、優菜ちゃんも来たんだ!」

「お、俺出てくる。莉奈は部屋にいて」

「ボクも行くよ」

「ん? りょ〜かい〜」


この状況の深刻さを理解していない莉奈はとりあえず部屋に残し、晴登と結月が迎えることにする。できれば、大地も引き剥がしたいところだが……。



1階に降りると、智乃が言った通り大地と優菜が玄関で待っていた。


「戸部さ……いや、優菜ちゃん」

「まだそう呼んでくれるんですか。優しいですね、晴登君は」


前に見た時よりも明らかに表情が暗い。それに少しやつれただろうか。健康そうだった肌に翳りが見える。その原因に心当たりがあるために、少し申し訳ない気持ちになる。そして同時に、彼女がここに来た理由が『晴登たちと夏祭りに一緒に行くため』だけではないことはわかっていた。

予想通り、彼女は深呼吸をすると、晴登と結月の目を交互に見てから口を開いた。


「今日ここに来たのは他でもなく、この前のことを謝りに来ました。晴登君にも結月ちゃんにも、私は酷いことをしてしまいました。ごめんなさい」


優菜は深々と頭を下げる。まさか家に来て最初にやることが謝罪だとは、さすがに予想していなかった。
だが彼女がやったことを考えればそれは必然だろう。喧嘩して別れた手前、いずれはこうして話せる機会が欲しいと思っていたところだ。ちょうどいい。そう思っていると、


「俺からも謝りたい。あの計画は俺も一緒になって考えたんだ。晴登のことも結月ちゃんのことも大事だけど、俺は自分の気持ちを優先したんだ。俺にも責任はある。ごめんな」

「え、大地も?! そうだったんだ……」


なんと優菜だけではなく、続けて大地までも謝罪してきた。まさか、この騒動に大地が一枚噛んでいたというのにはさすがに驚いたが、そう考えると大地がやけに優菜をグループに引き込もうとしていた理由も納得がいく。全ては晴登と優菜をくっつけるために仕組まれていたのだ。

そういうことだったら先に教えて欲しかった……と言いたいところだが、今回の場合はそういう訳にもいかなかったのだろう。やり方は間違えたかもしれないが、彼女らにも事情があり、一概に非難することはできないのだ。

2人は友達で、これからも仲良くしていきたい。だから、


「うん、わかった。謝ってくれたし、俺は許すよ。結月は?」


晴登は優菜と大地の謝罪を受け入れた。

しかし、優菜が傷つけてしまったのは晴登だけでなく、結月もである。彼女からの許しがなければ、本当に許されたとは言い難い。


「……ボクもいいよ。ユウナとはこれからも友達でいたいもん。こんなことで離れたくない」

「……っ!」


そして結月の答えも聞き、優菜は張っていた緊張が解けて、目からボロボロと涙を零した。


「ありがとうございます……! ありがとう、ございます……!」


嗚咽しながら、そう何度も繰り返す。

彼女がやったことは褒められたことではないし、関係を切られても文句は言えない立場だっただろう。それでも意を決して謝ってくれた。その勇気に免じて、今回は許してあげようと思えたのだ。


「謝って良かっただろ?」

「はい……!」


大地の言葉に、優菜は清々しい笑顔でそう答えた。目に溜まった涙を拭って、ようやく振り出しに戻る。
ずっと心に残っていたわだかまりも解消され、これでようやく気持ち良く夏祭りに向かえそうだ。


「とりあえず上がっていってよ」

「はい!」


晴登に誘導されて、大地と優菜は一度晴登の部屋へと集まるのだった。



──その一方で、その光景を陰から覗いていた者たちがいた。


「智乃ちゃんのお兄さんのお友達、美男美女ばっかだね……!」

「どうやって仲良くなったんだろ……」

「それは私も知りたいよ」


その正体は智乃とその友達2人だ。彼女たちは玄関が騒がしさに惹かれて、リビングの扉の隙間から覗き込んでいたのである。


「というか、あの人泣いてなかった?」

「修羅場?」


とはいえ、見た光景はあまり気持ちの良いものではなく、『晴登と結月が美少女に泣きながら謝られている』と表面上は解釈できる。
ここで仮に修羅場だとすると、その背景には『優菜が晴登を奪おうとした』という設定が一番しっくり来る。しかし、


「そんな話お兄ちゃんから聞いてない……隠してたんだ」


智乃は以前に結月との関係を根掘り葉掘り訊いたことがあったが、あの時にはまだ話してもらっていない内容があったようだ。
その事実がちょっぴり悔しくて智乃は頬を膨らませるのだった。






メンバーが揃ったので、ようやく夏祭りに出発した一行。当然、智乃グループも率いている。
ちなみに今回の夏祭りは急に予定が決まったせいで、浴衣の準備は間に合わず、全員が私服での参戦だ。結月の浴衣姿を見られなかったことは残念だが、それは来年のお楽しみということにしておこう。


「わぁ……王都のお祭りとは雰囲気が違っていいね!」

「オート? そりゃ地名か?」

「あ、えっと、結月が元々いた所だよ! ね?」

「う、うん、そうそう!」


うっかり口を滑らせたが結月のフォローをしつつ、晴登は辺りを見回してみる。
場所は風香が言ったように隣町の公園。特訓していた時の静かな風景とは打って変わって、屋台などが立ち並び、日が沈みかけた空の暗さに負けない明るさがそこら中を席巻していた。人もそれなりに多いが、公園が大きいのでいい感じの密度である。迷子になることはないだろう。


「それじゃあ仕切り直して、夏祭り楽しむぞ〜!」

「「おー!!」」


大地の掛け声にみんなが乗っかる。

夏祭りの最後には花火が打ち上がるので、それまではグループに分かれて自由行動、時間になったら決めておいた集合場所に集まることになった。







「うわ〜あっちもこっちも食べたことない物ばっかりだ! ハルト、買っていい?!」

「いいけど、食べすぎないようにね」

「わかってる! おじさん、これください!」

「はいよ! お嬢ちゃん日本語上手だね! もう1つサービスだ!」

「わーい、ありがとう!」

「大丈夫かなこれ……」


図らずもデートをできるようになった晴登と結月だが、初めての夏祭りに結月の興奮が止まらなくてそれどころではない。
今は気になった食べ物を片っ端から買っているのだが、ここに来て外国人顔負けの容姿が災いして、屋台の男性たちに大人気なのだ。食べすぎないように忠告はしたが、サービスは不可抗力だからどうしようもできない。


「あ、大地たちは金魚すくいやってるな」

「金魚すくい! ボクもやりたい!」

「じゃあちょっと合流しようか」


ちらっと視界の端に映った大地と莉奈と優菜のグループが金魚すくいをやっており、そのことを口に出すと結月が食いついてきた。2人きりではなくなってしまうが、彼女の望みが優先である。せっかくだし色々遊ぼう。


「おーい」

「お、晴登。見てみろ、こんなに金魚が取れたぜ」

「1、2、3……10匹!? こんなに取れるものなの?!」

「まぁ俺にかかれば楽勝だな」


ふふんとドヤ顔な大地。運動神経が良いだけに飽き足らず、ゲームセンスもあるとは羨ましい。


「大地君のポイ捌き、凄かったですよ。あんなに取ってるのに全然破れないんです」

「ずーるーいー! 私も金魚いっぱい取りたいー!」


金魚を3匹取った優菜と0匹の莉奈が口々にそう言った。2人も楽しんでいるようで何よりだ。
莉奈に関しては、たぶん泳いで魚を取る方が得意だろう。


「そうだ。なぁ晴登、勝負しないか?」

「俺? 金魚すくいってあんまりやったことないんだよな……」

「じゃああそこにある射的でどうだ?」

「それなら、まぁ……」


金魚すくいは技術が問われるが、射的であれば素人でもどうにかなりそう感があるので、そっちで勝負を受けることにする。

金魚すくいを継続する結月と莉奈を置いて、射的の屋台に移動した。


「ルールは簡単。この3発の弾でどれだけ景品を落とせるかだ。大きい景品は得点が高いことにしよう」

「つまり、あの真ん中のぬいぐるみを落とせたらほぼ勝ちってこと?」

「そういうことだな」


そう言ってニヤリと笑った大地。負けず嫌いの彼の狙いがそのぬいぐるみであることは考えるまでもなくわかる。しかし、腕で抱えるようなサイズのぬいぐるみが射的の小さな弾で落ちるとは思えないが。


「悪いが俺が先攻でいいか?」

「いいよ」


あのぬいぐるみを先に落とした方が有利なので、先攻を取られることは本来痛手なのだが、今回は"ハンデ"として譲ってあげた。

ちなみになぜハンデをあげたかというと、晴登が"晴読"の力を使うからである。


実はこのところ、晴登は毎日"晴読"の訓練を行なっていた。その中で『"晴読"の力を使う時は30秒のクールタイムを設けて5秒のみ』という縛りを己に課しているのだが、この5秒間はペナルティなしで自由に未来を視ることができるくらいには力に慣れてきている。
そんな訳で、大地がぬいぐるみを落とせない未来もとっくに知っていた。だから余裕綽々で先攻を許したのである。


その予知通り、ぬいぐるみを落とすことができなかった大地ががっくりと肩を落として、晴登と順番を替わる。


「狙いは良かったはずなんだけどなぁ……」

「まぁ全発命中してたしね。単純に威力が足りないからでしょ」

「ちぇ、かっこいいところ見せたかったんだけとなぁ」

「はは。じゃあ次は俺の番ね」


拗ねる大地の隣で銃を構え、晴登はまたも"晴読"を発動。すると銃口から景品が陳列されている棚に向かって一筋の風が伸びていった。もちろん、これは晴登にしか見えない。


ここで説明を挟むと、"晴読"は今のところ2つの力に分けられる。名前を付けるならば、それぞれ"風見"と"風の導き"だ。
前提として、物の動きや人の行動には"風の流れ"が伴う。これを視覚化することができるのが"風見"であり、この流れを見ることで直感的な予知を行なうことができるのだ。
一方、"風の導き"は"風見"の延長線上のようなもので、風の流れに乗った場合に起こり得る未来を脳内に映し出すことができる。この未来を選別することによって、自分が行なうべき最適解な行動が自然と導き出される訳だ。これは自分以外の風の流れにも当てはまり、大地の未来も"風の導き"で視たことになる。


ちなみに、"晴読"という名前なのに、なぜか"風"にちなんだ力になっているのは、恐らく"小風"と混ざったからだろうと父さんは言っていた。不思議だが、これに関しては深く考えない方がいいだろう。


「ふぅ……」


晴登は引き金に指をかけた。その目は照準を見ていない。見ているのは"風見"によって視覚化した、銃口のコルク弾から流れる風である。その風の行き着く先を景品に合わせることで、照準よりも遥かに信頼度が高く、確実に命中し、そして景品を落とす未来に繋がるのだ。

これがズルの正体。卑怯だという自覚はあるが、この対決はあくまで遊び。"晴読"の練習も兼ねているから、これくらいは許して欲しい。


「ここ!」

「当たった!」

「ここ!」

「え、また!」

「ここっ!」

「全部当たってる!」


そして時間をかけて晴登が打った3発の弾は、3種類のお菓子の箱をそれぞれ落とすことに成功した。優菜の反応に小気味良いものを感じる。
大地はぬいぐるみ狙いで爆死したので、これだけでも晴登の勝利は確定だ。


「くぅ〜お前の勝ちだ、晴登。あんなに小さい的に3発とも当てるなんてよ。射的得意だったのか?」

「あ〜たまたまだよ」

「たまたまって……。林間学校の時といい、お前は何かと運が良いな」

「う……そ、そうかも」

「ふ、不思議ですね〜」


どれもこれも全部魔術のせいである、とは言えないまま言葉を濁す。しかし優菜は真相を知っているので、晴登と一緒に誤魔化してくれた。


「じゃあ、このお菓子は智乃たちにあげるかな。ちょうど3つあるし」

「智乃ちゃんたちなら、この通りの先にいたぞ」

「サンキュ。結月、もう行くよ……ってあれ、どうしたの?」


金魚すくいの屋台に戻ると、しょんぼりと項垂れた結月がいた。まさか運動神経も動体視力も良い結月が失敗したとは考えにくいが……。


「なんかね、結月ちゃんの所には金魚が寄ってこなかったのよ。移動してもそこから逃げるし、明確に結月ちゃんを避けてたの。そんなことある?」

「まぁ……実際にあったんならあるんじゃない?」

「でもでも! こーんなに結月ちゃんは可愛いのに、金魚からしたら怖いのかな?」

「金魚からしたら可愛いは関係ないと思うけど──」


莉奈の謎理論にツッコんでいると、晴登の脳裏にある一つの可能性がよぎる。
「金魚からしたら怖い」ってまさか。でもこの説はさすがに……いや、弱い生き物であるからこそ、より本能に従いやすいだろう。『食物連鎖の上位の生物から逃げたい』と。


「ハルト〜どうしよ〜」

「……結月、諦めよう。これはたぶん、そういう体質なんだよ」

「そんなぁ〜」


はぐらかしたが、大体同じことだ。結月の中の『鬼』に金魚が反応して逃げたとしか考えられなかった。それならば対策はもう存在しない。

結局、大地が取った分が結月に渡ったのだった。








あの後無事に智乃たちにお菓子を渡し(なぜか智乃には拒否された)、買い物も遊びも程々に終えた一行は、花火の時間になると見晴らしの良い絶好のポイントへと移動していた。
ちなみに、この場所はあらかじめ風香に聞いていたものである。ナイス師匠。


「花火だ!」

「綺麗……!」


夜空に光の軌跡を描く花火が次々と打ち上げられる。
林間学校で見たばかりだが、夏祭りで見る花火というのは雰囲気からしてまた違う美しさがあった。右隣で結月が感嘆の声を上げるのもわかる。

──そして、花火の彩光に照らされるその横顔が、たまらなく愛おしく思えた。


「結月」

「うん?」

「あっいや」


思わず口をついて出てきてしまった彼女の名前。それはもはや口の中だけで呟いたようなもので、さらにこの花火の轟音の中では声はほとんど届かないはず。それなのに、結月は聞き逃してくれなかった。

夜空の中でも青空を見ているかのような、その蒼い瞳に吸い込まれるように彼女と視線が合った。雪のように白い肌は、暑さで火照って頬が紅潮しているのがよく映える。

──頬が紅いのは、自分も同じかもしれない。きっとこれは暑さのせいだけではないだろう。


「?」


結月はきょとんとした顔でこちらをなおも見つめてくる。
そういえば、林間学校で彼女と花火を見た時、約束というかお願いを1つされていたのだった。


『次は、ハルトからしてくれると嬉しいな』


この目的語に当たる行為を行なうには、今がまさに絶好のチャンスではなかろうか。前回と同じタイミングではあるが、シチュエーションが違うのでたぶん大丈夫。拒否されることは……ないはず。


「え……あ」


晴登はこちらを向いている結月の左肩に右手を置いた。結月は一瞬驚いた声を上げたが、その行為の目的をすぐに理解して、晴登の方を向いてから瞳を閉じる。そこまで準備万端だと逆にやりにくいのだが。

喉を鳴らし、一度呼吸を挟んでから徐々に顔を近づける。顔と顔との距離が近づくほど心臓の拍動が速くなり、緊張で頭が真っ白になった。

いつもは結月からだったから知らなかったが、キスするためにはこんなに顔を近づけなければいけないのか。囁き声が聴こえる距離よりも、息がかかる距離よりもさらに近い。すなわちゼロ距離である。

彼女の白くてきめ細やかな肌を観察できるくらいには近づいたが、まだ足りない。もう少し、もう少し近づいて──


「「いてっ」」


いざ唇が触れ合うその瞬間、2人の呻き声が重なる。正面から近づいていたせいで、唇よりも先に鼻をぶつけてしまったのだ。

何という結末。最後まで締まらない。


「そんな……」

「ふふ、残念」


失敗したというのに、彼女はどこか嬉しそうである。
すると何の躊躇いもなく、お手本だと言わんばかりに晴登の唇を奪った。そのあまりに慣れた所作に呆気に取られる。


「次は期待してるよ」


そう言って、結月は小悪魔のような笑みを浮かべる。
結局は軽く触れただけのキスだったが、さっきの失敗を含めて、晴登にとっては何十秒もの濃密な時間に感じられた。


──やっぱり、彼女には敵わない。



「──もう、私の入り込む余地はありませんね」


隣で一部始終を見ていた優菜はそう静かに零して、悲しむのではなく、どこか安堵したような表情を見せるのだった。


こうして、夏は終わりを迎えたのだった。

 
 

 
後書き
夏と言ったら夏祭り。皆さんは夏祭り行きましたか。僕は行ってません。どうも波羅月です。

最初に、更新遅くなってすいませんでした。別にインクを塗って陣地を取り合うゲームをしてたとかじゃないんですよ? ただちょっと先の章とか別の小説のこととか考えてたら、いつの間にか時間が過ぎてしまっていて……。これじゃリアル夏休み明けに6章を始められないかもしれない……!

ということで皆さんにはお詫びとして、先の章で考えていたことをお話したいと思います。まずこれは予告なんですが、この物語、6章を含めてあと3章で終わります。しかも最終章は消化試合みたいなものなので、実質あと2章で終わりです。びっくりしましたか? 僕もびっくりです。
何でこんな大事なことをいきなり言ったのかって? それは自分が腹を括るためです。ここで言ってしまった手前、もう取り消すことはできませんし、するつもりはありません。読者の皆さんが見張っていると思えば、きっと未来の自分も頑張ってくれることでしょう。それだけ、この物語を完結させることに今は重きを置いています。あと数年はかかる見通しですが、絶対に完結させて一人前の小説家を名乗りたいです。
……と、熱く語りましたが如何でしたか? これで遅れた分はチャラにしてください! 今回はサービス回ですし! ね!

ということで、6章は次の次の次くらいに始まります。
皆さんに最後まで付き合って頂くためにも、頑張って執筆を続けていくのでよろしくお願いします!
それでは今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第124話『引き継ぎ』

夏休みも終わりに近づいてきたある日、晴登と結月は部室へとやって来ていた。というのも、今日はスケジュール表に書かれていた『ある会』が催されるのだ。今はその主役を除いて全員が揃っている状況である。


「うぃ〜す」


さて、主役の登場だ。終夜と緋翼が同時に部室に入ってくる。


「さて、お前らも知っている通り、今日は『引き継ぎ会』だ。魔導祭も終わり、夏休みが終われば、俺らは引退してこの部活は本格的にお前たちが主体となる」


そう、今日行われる会というのは『引き継ぎ会』、別の言い方をすれば終夜たちの『引退式』という訳だ。


「寂しくなるな。でも、これが部活ってもんだ。お前らと過ごせた日々は楽しかったよ」


これまで部長、副部長として魔術部を支えていた2人だが、3年生である彼らには高校受験が控えており、夏休みが終われば部活を引退するのは当たり前のことだ。
短い間だったが、2人にはとても感謝しているし、引退するのはとても寂しい。


「2年生は魔術が使えないのによくついてきてくれたよ。正直お前らがいなかったらこの部活はもっと寂しかったし、最悪潰れてたよ」


別れの挨拶と言わんばかりに、終夜は思い出を語り始める。

思えば、この部活は人が少ないし、魔術師の数はさらに少ない。その中で盛り上げに徹してくれたのは間違いなく2年生たちだった。最初はなぜこの部活にいるのかわからなかったが、今となってはこの居場所が好きだからだと勝手に解釈している。たぶん間違ってない。


「それで1年生はもう言うまでもなく、魔術師として十分に通用する奴らだ。お前らに関しては心配してねぇよ」


一方、晴登たち1年生は全員魔術師であり、魔導祭で結果も残した期待のルーキーズである。当然、終夜と緋翼がいなくなれば、魔術部の看板は1年生3人に重くのしかかるだろう。でも、結月と伸太郎とならきっと上手くやっていけると思う。


「ちょっと、あんたばっかり喋りすぎ。私にも喋らせなさいよ」

「あぁ悪い悪い」


終夜の横でそわそわしていた緋翼がついに口を開いた。しかし、いつものように喧嘩になるかと思いきや、今日ばかりは2人ともしんみりとした面持ちで大人しかった。


「こほん。……2年生は知ってると思うけど、私は去年、この部活にあまり顔を出してなかった。だから皆との思い出がちょっと少ないけれど、それでも今は楽しかったって思う。意地張らずに、もっと早くそれに気づけてれば良かった」

「全くだ」

「誰のせいと思ってんのよ」


緋翼が部活に来なくなったのは『終夜に負けたから』だと、確かGWの時に聞いた気がする。負けず嫌いの彼女はそこで意地を張ってしまったが、今はそれで皆との思い出が減ってしまったのを残念に思っているようだった。
だがその割には、満足したような表情をしており、彼女なりに納得のいく部活動生活を送れたのだと思う。


「ということで、別れの挨拶はこんなもんだ。それで次の部長についてだが、もう決めてある」


別れの挨拶を短めに切り上げた終夜は、ようやく『引き継ぎ会』のメインとなる話題を出した。終夜が引退するのならば、当然その枠には誰かが入らなければならない。次の魔術部部長となる、誰かが。


「まぁあんまり引き伸ばしてもしょうがないからさっさと伝えるが、次の部長は三浦 晴登、お前だ」

「……え? 俺ですか!?」

「そうだ」


そんな緊張の瞬間だったが、一瞬で解放された。いや、逆に拘束されたという方が正しいか。なんと次の部長として晴登の名前が挙げられたのだ。
これにはさすがに面食らった晴登は、あれこれと終夜に疑問をぶつける。


「いやでも俺は2年生じゃないですし……」

「関係ねぇよ。魔術部の部長として相応しいのが誰かって話だからな。第一、魔術師じゃないやつに魔術部部長させられるかよ」

「そんな理由で?!」


随分と体裁を気にしたチョイスだと思ったが、その理論は確かに間違っていない。魔導祭のように外部と交流もあるのだから、部長が魔術師でなければ格好がつかないのだ。


「2年生は異論あるか?」

「「「「ないでーす」」」」

「ほら、こいつらもこう言ってるし」


加えて、2年生たちは口を揃えて賛成する。あの感じ、部長になるのを面倒くさがってるだけじゃないだろうか。
しかしこれでもう、辞退はできなくなった。


「部長として、これから魔術部を頼むぞ」

「わ、わかりました!」


もうこうなったらやるしかない。1年生の内から部長なんて、キャリアとしては優秀じゃないだろうか。そうポジティブに捉えることにしよう。


「副部長は……まぁそれは北上とかでいいか」

「えぇ雑!?」

「やったぜ」
「頑張れよ北上」
「負けるな北上」

「お前ら……」


そして緋翼のポジションは北上に託された。
自分の番はないと思っていただけに、彼は予想外の指名にかなりびっくりしている。そして他の2年生たちは全く心のこもっていない応援だ。やっぱり面倒くさがってる気がする。


「さて、これで引き継ぎは終わりだ。そもそもうちの部活に役職らしい役職はそれくらいしかないからな」


そう言って肩を竦める終夜。
このまま『引き継ぎ会』は締めに入るのかと思った、次の瞬間だった。


「この後は場所を移してパーティ……といきたいところだが、まだ飯の時間には早い。だからよ、最後に一勝負どうだ? 試験の時は消化不良だったからよ」


そう言い放って、終夜はニカッと笑った。






場所をいつもの中庭に移し、終夜と緋翼、それ以外の魔術部メンバーが向かい合うように対峙する。


「ルールは俺たち2人とお前ら、どっちかが先に全滅するまでの勝負だ。正直今のお前ら相手にこのルールはキツいが、まぁ先輩らしいとこ見せてやらねぇとな。なぁ辻」

「えぇそうね。後輩にナメられたくないし」


終夜は拳に黒雷を纏わせ、緋翼は焔の刀を構えている。既に臨戦態勢だ。
一方こちらは、いつもの1年生メンツに加えて、晴登にとっては見慣れない武器を持った2年生たちが味方である。


「それじゃあまずは挨拶だ! 当たってくれるなよ! "冥雷砲"!」


開幕。審判役が誰もいないので、終夜が戦闘(バトル)の火蓋を切る一撃を放とうとする。しかし、


「"目眩し"!」

「うお、しまった!」


終夜の攻撃よりも早く、伸太郎の妨害が先に繰り出される。指鉄砲を構えて照準を合わせていた終夜はそれをまともに喰らってしまい、目を眩まされてしまった。


「あんたバカね! 来るって読めてたでしょ!」

「うるさい! 忘れてたんだよ!」


伸太郎と言えば開幕目眩し。よく見ていた戦い方だったが、久々になると忘れてしまうのは詮無いこと。一方、緋翼は刀を使って防いでおり、警戒心の高さが窺える。


「そりゃ!」
「そこ!」
「ふっ!」

「辻、頼む!」

「あーもう世話が焼けるわね!」


そうして無防備となってしまった終夜に対して、結月、南雲、西片が遠距離攻撃を試みる。
目が見えなければ、それらの攻撃を正確に防ぐことは不可能。よって終夜は緋翼に防御を頼んだ。


「"居合い・焔の太刀"!」


焔を纏った刀を振り払い、全ての攻撃を撃ち落とした緋翼。だが攻撃はそれだけに留まらない。


「黒木! 突っ込んでくるよ!」

「まだ見えねぇんだけど……しゃあねぇ、これしかねぇか! 辻、離れろ!」

「わかったわ!」


遠距離攻撃の後は、槍を持った北上と刀を持った東が突撃してくる。2人を相手どって緋翼が捌けるかは怪しいところ。
だから終夜はある作戦を取ることにした。緋翼に声をかけ、彼女を自分から引き離す。


「マズい! ストップ!」

「"大放電"!」

「「うぎゃあ!?」」


嫌な予感がした伸太郎が急いで制止をかけるも間に合わず。突撃していた2人は終夜の放電にあえなくダウンしてしまった。


「あっ! 北上先輩と東先輩が!」

「いきなり2人やられたか! 相手にすると厄介だな、あの放電」

「これじゃ近づけな──」


バリバリと黒雷を撒き散らされ、近づこうにも近づけない状況。このまま時間を稼がれてしまえば、せっかくのチャンスが無くなってしまう。

そう思っていると、背後に気配を感じた。


「「うわぁ!?」」

「ハルト、危ない!」

「えっ!?」

「くっそ!」


背後から現れたのは、なんと放電を撒き散らしていた本人、終夜であった。後衛にいた南雲と西片を一撃でダウンさせ、次は晴登というところで結月の氷壁が間に合う。
攻撃を防がれて、終夜は悔しそうな表情を浮かべた。


「"大放電"からの奇襲……魔導祭でやってたコンボっすね」

「さすがにバレるか。そう上手くはいかねぇな」


奇襲が失敗した割には、口角が上がっている。もう視界も元通りなようだ。

さて、今の状況は前方に緋翼、後方に終夜と挟まれた感じだ。2年生たちは全員ダウンしてしまったので、残るは1年生3人組。
数有利とはいえ、ここは慎重に動くことにする。まず、この2人を合流させない方が良いだろう。


「結月はそのまま部長の相手を頼む! 俺と暁君で副部長を相手する!」

「わかった!」

「ま、それが合理的だな」


終夜の攻撃を防いだ結月がそのまま彼を相手にし、晴登と伸太郎が緋翼の相手をすることになった。実力的にもこのチーム分けが最適解なはずだ。


「いいの暁? 誰かと一緒だとお得意の自爆が使えないんじゃない?」

「もうあの技には頼らないってことっすよ。俺だって成長してるんすから!」


伸太郎と緋翼の勝負は、テストの時に続いて2度目。何やら因縁があるようだが、今回は晴登も加わっての戦闘(バトル)。前回のように伸太郎に捨て身の行動はさせたくない。

──先に、伸太郎が動いた。


「"光銃(レイガン)"!」

「っ!」


力強く彼の指鉄砲から放たれた一筋の光。前回と比べると技に磨きがかかっている。
緋翼は刀で防ぎこそしたが、少し驚いた表情をする。


「ふぅん、少しはマシになってるようね。でも所詮、黒木の真似事ってことでしょ? それじゃ私には通用しないよ?」

「それだけなら、ですけどね」

「……三浦はどこ行ったの?」


伸太郎の含みのある笑みを見て、緋翼はすぐに状況の変化に気づく。なんとさっきまで彼の隣にいたはずの晴登が、光が瞬く間に消えていたのだ。魔導祭で見た高速移動だと、彼女はすぐに勘づく。


「──"烈風拳"!」

「くっ!」

「ここだ! "烈火爆砕(イグナイト・エクスプロージョン)"!」


そして突如として背後から現れた晴登の拳に、辛うじて刀でのガードを間に合わせる。しかし、さらにその背後からは伸太郎が攻撃を仕掛けてきていた。
さすがに前方と後方を同時にガードすることは不可能。晴登の奇襲から挟み撃ちまで含めて、伸太郎の思惑だったのだろう。頭の回る相手はこれだから嫌だ。ただ、


「遅い!」

「あれ……?」


挟み撃ちが成功するよりも先に、緋翼が晴登を弾き返し、ジャンプして避ける方が早かった。寸前で攻撃をかわされ、当てが外れた伸太郎が素っ頓狂な声を上げる。


「「うわぁ!?」」


人とはいえ、走れば急には止まれない。伸太郎はそのまま晴登の元まで突進して、ついに爆発が巻き起こってしまう。


「今のは危なかった……。あんたの足が遅くて助かったわ」


2人から離れた場所に着地し、息を整える緋翼。結果的に失敗したものの、作戦は非常に良かったと思う。失敗の原因が情けない理由だが。


「ごほ、ごほ。まだまだこれからだよ、暁君……暁君?」


爆発による砂煙を振り払い、晴登は咳き込みながら伸太郎に声をかける。だが、その声に応える者はいない。なぜなら、伸太郎は爆発に巻き込まれてダウンしているからだ。


「そんな……!」

「結局自爆してるじゃないの。まぁ三浦に当たらないようにしたってことかしらね」

「くっ……」


伸太郎が倒れている所の地面が抉れていることから、彼は咄嗟に手のひらを下に向けて爆発させたのだろう。本来であれば自爆する技ではないだろうが、彼は晴登よりも自分が犠牲になることを選んだ。その決断を無駄にはできない。


「"鎌鼬"!」

「"紅蓮斬"!」


晴登はすぐさま攻撃に移る。手刀を振るって風の刃を射出した。一方、緋翼も刀を振るって焔の斬撃を飛ばす。そして風と焔は交錯し、火柱となって燃え盛った。

だが攻撃はそこで終わらない。その火柱が消えるや否や、晴登は緋翼に向かって飛び出した。


「"噴射(ジェット)"!」


足の先から猛烈な風を噴き出すことで、まさに弾丸のような速度で接近する。この勢いで拳を振るえばノックアウトも容易だろう。


「"不知火(しらぬい)返し"!」


だがさすがは緋翼。持ち前の反射神経でカウンターを合わせに来た。この技は相手の速さが速いほど威力が上がるというものなので、今の晴登が当たればこれもまたノックアウト必至である。


「ほっ!」

「なっ……!?」


しかし残念ながら、その行動は"晴読"でカンニング済みである。カウンターで刀を横に振ってくるタイミングですかさずジャンプした。


「"天翔波"!」

「ぐっ!」


刀を振り切った姿勢の緋翼に真上からの一撃。当然防御はできずに、彼女は風で地面に押し付けられる。


「まだっ……!」

「"鎌鼬"!」


緋翼がすぐに起き上がろうとしたので、晴登は素早く着地してからすかさず彼女の首元に手刀を近づける。


「ま、参った……」


実際にこのまま手刀を振るうことはないのだが、こうでもしないと負けず嫌いの緋翼は降参してくれそうになかったので仕方ない。

こっちが片付いたので、残るは終夜ただ1人。


「結月は?!」


少しの間だが、終夜とタイマンを張っている結月の負担は大きい。早く加勢に向かわなければ。そう思って彼女の方を向くと、予想外の状況になっていた。


「──参った」


その言葉を放ったのはなんと終夜だった。
伸ばした腕を鬼化した結月に掴まれ、首から下を氷漬けにされていたのだ。恐らく麻痺でも狙ったのだろうが、運悪く返り討ちといったところか。
この状況になるまでに、一体どんな戦闘(バトル)を繰り広げていたのだろうか。最初から見てみたかった。


「ふっ。お前らなら、魔術部を任せられるな」


氷漬けにされたままそうカッコつける終夜は、少しダサかった。






模擬戦が終わると、終夜が言っていた通りパーティが始まった。場所は魔術部の部室ではなく別の教室。なんと、パーティの用意はあらかじめされていたのだった。
部屋の装飾は程々に、長机に料理が所狭しと並べられている。


「それじゃあ、乾杯!」


終夜のかけ声に合わせて、ジュースの入ったグラスがぶつかり合う音が続けざまに響いた。
一口飲むと、口の中に果物の風味と甘みが充満する。戦闘(バトル)後の一杯は格別に美味い。


「おっと、そういえば宿題チェックを忘れてた」

「「!!」」


と、そこでふと思い出したように終夜が呟く。すると2年生たちがびくりと肩を跳ねさせたのがわかった。中でも特に──


「どうした西片、身体が震えてるぞ」

「ま、まだ読書感想文が終わってなくて……あ、でも、半分は書いたんです! だから──」

「去年も終わってなかったのにまだ懲りてねぇのか。まぁいいや。今年の罰ゲームを始めるぞ」


罰ゲーム。それは夏休みに入る前に終夜が宣告していたものだ。いつチェックされるのかわからなかったから結月と一緒に早めに終わらせていたが、命拾いしたようである。


「はいこれ」

「シュークリーム、ですか?」

「今年はロシアンシュークリームといこうじゃねぇか」


そう言って、部長は不敵に笑う。

ここで一応説明すると、ロシアンシュークリームとはロシアンルーレットをシュークリームで代用したゲームであり、いくつかあるシュークリームの中に1つだけハズレを用意して、プレイヤーが順番に食べていく中で最初にハズレを引いた人が負けというのがよくあるルールだ。

しかし、今回はこのルールと決定的に違う箇所が存在している。それは、


「あの、1個しかないんですけど……」

「ん? じゃあそれがお前の分ってことだな。ほら、早く食えよ」


ロシアンルーレットには必ずハズレが存在する。そして罰ゲームと称されて西片に渡されたシュークリームは1つ。その中身が何なのかは想像に難くない。だから西片も食べるのを躊躇していたが、ついに決心して口を開ける。


「えい! はむっ」


一口。彼はシュークリームをかじる。その瞬間、彼の顔がみるみる赤くなっていくのがわかった。


「か、辛ぇぇぇ!!!」


やっぱりと言うか何と言うか。ハズレは激辛シュークリームだったようだ。定番と言えば定番だが、いざやると相当苦しいと思う。西片の絶叫が教室に木霊する。


「はっはっは! あ、お前らもやるか?」

「「遠慮します……」」


その叫びに負けないくらい終夜は大きな笑い声を上げ、そして悪魔のゲームを他の人にも勧めてくる。勧めるのはいいが、シュークリームを1つだけしか差し出さないのはやめて欲しい。当然、誰もその誘いを受けなかったのだった。



その後もパーティは団欒とした雰囲気で進み、晴登も伸太郎と他愛ない会話を交わしていた。


「それにしても、お前が部長だなんてな。これからは部長って呼んだ方がいいか?」

「急によそよそしくなるのやめてよ。いつも通りで──」


部長になったことをからかってくる伸太郎。後輩とかならまだしも、同期である彼にそう呼ばれるのはさすがに嫌だ。だからやめるように言おうとしたところで、ふと名案を思いつく。


「いや、これからは『晴登』って名前で呼んでよ、『伸太郎』」

「──何て?」


一拍遅れて彼の素っ頓狂な返事が返ってくる。頭の回転が早い彼でも、今の言葉を理解するのには時間がかかったらしい。


「いや、俺たち同じ部活の仲間なんだしさ、そろそろ名前呼びでもいいかな〜って」

「い、いきなりだな。そんな急に変える必要あるのか?」

「結月のことは既に呼んでるのに?」

「それは区別のために仕方なくであって……あぁわかったわかった、そんな目で見るな! 呼べばいいんだろ呼べば!」


言い訳をする伸太郎に残念そうな表情を向けると、彼はすぐに折れた。まだ短い付き合いだが、彼には頼み込む作戦がよく効くことは既に知っている。これからも利用してやりたいと思う。

そして伸太郎はゆっくりと深呼吸した後、晴登と目を合わせないようにしてから一言、


「その……これからもよろしく。は、は、晴登」


名前呼びに慣れていないのか、恥ずかしそうに晴登の名前を呼んだ伸太郎。普段堂々としている彼がしおらしくなっているのを見ると、何だか口元が緩んでしまう。


「……」

「な、何とか言えよ!」

「……これ、いいね」

「何だよその反応! 恥ずかしいだろ!」


顔を真っ赤にして声を大きくする伸太郎を見て、晴登もまた大きな声で笑うのだった。 
 

 
後書き
ついに夏休みが終わってしまった波羅月です。え、まだ暑くない……?

ということで、今回は終夜たちの引退のお話でした。引退ってやっぱり寂しいですよね。自分も経験があるのでわかります。でも魔術部はきっとしんみりしすぎないように、ちょうど今回の話のようになると思いました。これからも晴登を中心に頑張って欲しいです。

そして、始まってしまった引退試合。引き延ばすつもりはないので決着は早めです。う〜ん1年生のポテンシャルが高すぎる。ズルくない?

はい。そういう訳で、この物語の夏休み編もこれで終了となります。次話から2学期が始まる訳ですが、まぁ2学期といったらあのイベントしかないでしょう。ついでに夏休み明けといったらこのイベントも。6章スタートは目前です。ちなみにプロットはまだ終わってません。はよやれ。

それでは今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第125話『2学期』

2学期が始まった。夏休みエンジョイ気分はまだ抜け切れていないし、まだ気温も高くて日差しも強いが、夏が終わったという実感は徐々に感じ始めていた。


「文化祭、かぁ」


1限後の休み時間。クラスのみんなが各々好きなように過ごす中、晴登は窓の外を眺めながら呟いた。

これは今さっき聞いたこと。『文化祭』という漫画でよくある激アツイベントが、10月の初めにこの学校でも催されるらしい。今は夏休みが終わったばかりで9月だから、1ヶ月の間に準備をするのだと。


「楽しみではあるんだけど、目立つことはやりたくないなぁ……」


生まれてこの方文化祭というものを体験したことがないからよくわからないが、基本的にクラスごとに出し物もしくは出店を出す必要があることは知っている。その中でよく聞くのは劇とか喫茶店とか、コミュ障には少しハードな催しだ。そういった類はあまりやりたくない。裏方なら要相談だ。


「内容は明日決めるらしいぞ。お前は学級委員なんだから、多少勝手が効くだろ」

「それはそれでダメだろ……」


ここで、休み時間を一緒に過ごしていた大地がそう提案してくる。
彼の言う通り、明日の午後は何の授業もなく、時間が空いていた。文化祭の出し物を決める時間なら納得がいく。
それにしても、彼の提案は如何なものか。職権濫用というやつじゃなかろうか。


「ブンカサイってハルトのマンガで見たことあるよ! ボク、劇とかやってみたいなぁ」

「え、マジ……?」


次に発言したのは結月。彼女は晴登よりもさらに文化祭に馴染みがない訳だが、そんな彼女は劇に興味を示したようだ。
ついさっき晴登が嫌だと思っていた内容だったので、思わず難色を示してしまう。


「結月ちゃん、晴登にそういうのキツいと思うぜ?」

「え〜。でもハルトが王子様になってるところ見たいなぁ。それでお姫様はボクで……えへ、えへへへ」

「変な笑みが溢れてるぞ、結月ちゃん……」


妄想が口から溢れ出る結月に、大地も思わず苦笑い。漫画で得た偏った知識ゆえのロマンチックな夢を見ているところ悪いが、自分が王子様だなんてとても思えない。結月がお姫様なのはいいと思うけど。


「それで、王子様は何したいんだ?」

「その呼び方やめろよ。さっきも言った通り、目立たなければ何でもいいよ」

「普通だな。そんなんじゃ面白くないだろ。ここは定番のメイド喫茶とかいこうぜ」

「なら別に俺と関係は……待て、何だその目は。俺着る側なのか? 絶対嫌だぞ!」


メイド要素はさておいて、喫茶店なら晴登は裏方でもいいし大丈夫……かと思いきや、大地がニヤニヤとしているのを見て、さておいた要素が目的だと気づき、先に予防線を張っておく。


「メイド服ってあのヒラヒラしてるやつでしょ! ハルトが着たら面白そう!」

「何で結月はそっち側なの!?」

「ほら、2対1だ。どうする?」

「だからやらないって! てか、着るなら結月でしょ!」

「いやボクは似合わないからいいよ」

「そこは遠慮するのね!」


まさか結月まで食いついてくるとは思わず、分の悪い討論となってしまった。大地はともかく、結月は純粋な興味で言ってそうだから憎めないところがある。
だとしても、メイド服と言えば女性が着るものなので、晴登ではなく結月が着る方が道理というもの。外国人顔負けの結月の容姿なら絶対に似合うと思うのだが、本人が乗り気じゃないので実現は難しそうだ。


「でも、ハルトがどうしてもって言うなら……」

「えぇ? けどちょっと気にな──」

「──ねぇねぇ、転入生見た?!」

「うわっ、ビックリした。どうした莉奈? 転入生って何の話?」


晴登が誘惑に負けそうになったところで、どこからともなく現れた莉奈が大きな音を立てて晴登の机に両手をついた。その音に驚きつつも、聞き逃せないワードについて問い返す。


「知らないの? 2組に新しく来た女の子よ! すっごく可愛いの!」

「2組っていうと、優菜ちゃんのクラスか。可愛いと聞いちゃ黙ってられんな。ちょっと見に行くか」

「なら俺も行こうかな」


転入生、それも可愛いと言われれば、特に意図はなくても一目見てみたくなるのが人の性である。大地につられて晴登も席を立つと、


「おっと。どうしたの、結月?」

「……別に」


そんな晴登の袖を、結月の細い指がクイッと引っ張る。見ると、彼女は何か言いたげな表情をしているが、それ以上は何も言ってこなかった。


「? ほら、結月も行こう?」

「……うん」


結局、何がしたかったのかよくわからないまま、晴登は結月も連れて転入生を見に行くことにした。







「え〜っと転入生は……あ、あの子よ!」

「え、あの子!? マジで可愛いじゃん!」

「へぇ〜……って結月、痛い痛い!」


2組のクラスに着いて、窓際の方で目的の美少女を発見する。しかしここからは横顔しか見えず、しかも魔導祭の時に"晴読"で目が悪くなった影響が少し残っているせいでよく見えないのが残念だが、クラスの人たちに囲まれて笑顔を浮かべているのはわかる。
……と、そこまで見たところで、腕に抱きついている結月の力が増す。


「皆さんも天野(あまの)さんが気になりますか?」

「あの人、天野(あまの)さんって言うんだ」

「凄く元気な子ですよ。クラスにもすぐ打ち解けましたし」


教室の外から様子を眺めていた晴登たちの元に現れたのは優菜だった。微笑をたたえ、天野という名の転入生がクラスの人たちと馴染む様子を見ている。
そういえば、彼女もこのクラスの学級委員だったか。新しい仲間がきちんと輪に加われるかは気になるところだろう。


「せっかくですから皆さんとも仲良くして欲しいですけど……今はまだダメそうですね」

「ううん、また来るよ。ありがとう優菜ちゃん」


せっかくなら紹介してあげようと優菜は思い立つが、まだ転入生の回りにはクラスメイトが群がっている。今すぐには無理だろうということで、大地がそう言って、ひとまずは退散することに決めた。


「……?」


そうして2組を後にしようとしたところで、不意に転入生と目が合った気がした。ほんの一瞬、こちらを一瞥したのだ。
廊下からこちらを見る他クラスの人がただ気になった。彼女からすればそれだけのことのはずだが、何だろうこの感じ。既視感とも呼べる違和感を覚え、晴登は不思議と彼女から目が離せなくなる。


「どうしたのハルト?」

「え、いや、何でもない……」


しばらく転入生のことを見ていると、腕を組んだままムスッとした表情で結月がこちらを見てくるので、ひとまずその場は誤魔化した。


「にしても、この時期に転入って珍しくないか? まだ中学1年目だぜ?」

「親の都合とかそんなんでしょ」


自分の教室に戻る道中、大地が放った疑問に莉奈がそう返した。
確かに、親が転勤するから転校するというのはよくある話だ。決して珍しくはない。


「親の都合、か……」


ただ、「親の都合」と聞くと、晴登の頭の中に思い浮かぶ人物がいた。普通の人と見た目が少し異なる彼は両親に逃げられて、今も一人暮らしを続けている。人様の家庭事情だからあまり深く首を突っ込むのは良くないと思うが、そのままでもいいのだろうかと、ついお節介を焼きたくなってしまう気持ちもあった。

今は友達として彼の学校生活を支えているが、いずれはそのことに向き合う時が来るのかもしれない……なんて、考えすぎだろうか。






「……暇だね」

「……暇だな」


放課後になり、魔術室に集まった晴登と伸太郎は2人でため息をつく。晴登が部長になってから初めての部活動だというのに、一言目が「暇」では示しがつかない。


「まぁ部長たちがいた頃から暇ではあったけども」

「もう部長はお前だぞ? 呼び方変えねぇと」

「あ、そっか。じゃあ黒木先輩と辻先輩? なんか慣れないな……」


関係性が変われば、呼称も変わってしまうというもの。全然口に馴染まないこの呼び方も、これからはやっていかなければならない。そのうちまた間違えると思うけど。


「そういや結月はどうした? 何か用事か?」

「いや、それが……今朝なぜか結月の機嫌を損ねちゃったみたいで、部活に行かないって言われちゃって」

「お前のことなら何でも全肯定の結月がか? 非常事態だな」

「そんな大袈裟な……」


口ではそう否定してみるが、あながち間違いでもないかもしれないと晴登自身も思ってしまうほど、結月の全肯定ぶりは凄まじい。だからこそ、今回の一件は悩みどころである。


「心当たりは?」

「1限目の休み時間に、転入生を見に行こうとした時かな。何か言いたげにしてたんだけど、結局よくわかんなくて」

「あ〜そりゃお前──」


晴登が思い当たる節を述べると、伸太郎は何かに納得したような表情を浮かべる。しかしそれは決して、心当たりの意味を理解したのではなく、


「何も言われてないなら、わかんねぇな」

「でしょ? 何でだろう……」


残念ながら晴登と同様に、原因がわからないことに納得していた。
テレパシーでも使えれば結月が思っていることを理解できたのだろうが、生憎そういった魔術は持ち合わせていない。口に出してくれないのだから、わからないのも当然である。


「女心は複雑って言うけど、実際めんどくせぇな全く」

「俺はまだ結月のことを全然わかってあげられてないってことなのかな……」

「うっ、そんなに落ち込むなよ。逆にお前らでも喧嘩するんだなって俺は安心したぜ」

「安心?」

「全然特別なことなんかなくて、普通だってことだよ。まぁ、俺には普通が何かもわかんねぇけどな」


伸太郎は肩を竦めて、自嘲気味に言った。彼に恋人がいるという話は聞いたことないから、わからないとはそういう意味だろう。
しかし恋人との普通の付き合い方なんて、経験があってもなくてもよくわからないと思う。晴登自身、今までが普通だと思っていたから、喧嘩しているこの状況を異常と捉えてしまっていた。気にしすぎなのだろうか。


「じゃあ、こういう時の普通の解決法って何だろ?」

「何で俺に訊くんだよ。でもそうだな……結局、直接話し合うのが一番じゃないか?」

「そうだね……うん、そうしよう! ありがとう、伸太郎!」

「……っ、よせって。大したこと言ってねぇから」


伸太郎の提案に感謝すると、彼は頬をかいて視線を逸らした。わからないと言いながら、ちゃんと答えを考えてくれる辺り、やっぱり彼は優しい。仏頂面さえ改めれば、クラスの人気者になれると思うのに。


「それで、今日の部活はどうすんだ? 結月どころか、2年生の先輩すら来てないけど」

「う〜ん、正直魔術部って普段何してるのかよくわかんないしなぁ」

「おい、部長がそれ言ったらおしまいだろ」


そうは言われても、本当にやることがわからないのだから仕方ない。風香に教えてもらったトレーニングでもしていようか。それとも、


「何かイベントとかあると面白いんだけど──」


そう、淡い期待を口にした時だった。


「こんちは〜!!」


大きな声と共に、ドアが大きな音を立てて開け放たれた。
びっくりして見てみると、そこに立っていたのは、短い茶色の髪を後ろに結った、笑顔が眩しい少女である。うろ覚えだが、その顔には見覚えがあった。


「確か転入生の……天野さん、だっけ?」

「はい! うち、天野 (とき)って言います! この部活に入部希望です! よろしくお願いしまーす!」


少女はそう元気に言い放ったのだった。


──イベントの始まりである。 
 

 
後書き
気づけば前回の更新から1ヶ月経っていたので、急いで更新しました。ハッピーハロウィン、どうも波羅月です。え、もうハロウィン終わった? そんな……。いやでもまだこの物語のハロウィンは終わってない……!

ということで、以前6章まであと数話とか何とか言ったと思いますが、少し変更して今回から6章に入ります! 突然のことですがお許しください。理由は特にないです。強いて言えば都合が良いからです()

内容は章タイトルの通り『文化祭』! 魔術から離れてようやく学校らしいイベントになりました。加えて『転入生』! これも新学期にふさわしいイベントでしょう! うーん学校らしい! これでこの物語が学園モノであることを思い出せます。最近物騒な話が続いたので、彼らには羽を伸ばしてもらうことにしましょう。伸ばした後は……まぁその話はいずれ。

6章は5章ほどの長編にはならないと思いますが、せっかくの機会なので普段焦点が当たらないキャラに注目できたらいいなと思っています! 張り切って行きましょう!
それでは今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第126話『転入生』

こんな展開を誰が予想できただろうか。
晴登と伸太郎だけが居座ってた寂しい魔術室に、突如として嵐が巻き起こる。……と、これは比喩だが、晴登からすればそれくらい驚くべきことだったのだ。


「入部? 魔術部に?」

「はい!」


晴登がそう訊き返すと、彼女はさらに元気良く返事をした。
彼女の名は天野(あまの) (とき)。本日から2組に入ってきた転入生だ。少し短めの茶色の髪を後ろで束ね、大きな声と眩しいくらいの笑顔が印象的な女の子。莉奈に近いタイプだ。


「えっと、その申し出はありがたいんだけど……どうして?」


だからなおさら、この部活に入部を志望する理由がわからなくて。


「優ちゃんにオススメされたんです! ここならうちの特技が活かせるって!」

「特技?」


優ちゃん、というのは恐らく優菜のことだろう。彼女は2組の学級委員だし、天野にどの部活が良いか勧めるのも納得がいく。
しかし、優菜は魔術部の正体を知っている訳で、その上で勧めているというところが引っかかった。それはつまり──


「特技ってまさか──」

「マジックです!」

「「……はい?」」


予想していた回答と違う答えに、2人して思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


「マジックって、手品ってこと?」

「はい! この部活はそういった『不思議なモノ』を扱っているって聞きました!」


ここに来て、魔術部がマジックを扱っているという表向きの活動内容が仇となった。もっとも、いつかはこういう時が来ると思っていたが。
しかし、マジックと魔術は似て非なるもの。そこを混同したままこの部活に入部するのは正直オススメできない。


「どうする?」

「どうするって言われても、部長はお前なんだから好きに決めたらいいんじゃねぇのか?」

「うーん……」


晴登はどうすべきか伸太郎に意見を仰ぐが、彼はあっさりとそう返す。事態をそこまで重く見ていないらしい。
とはいえ、易々と素人を魔術の世界に立ち入らせても良いものか。父さんが母さんのために魔術から離れたように、一般人と魔術師には計り知れない壁がある。最近は魔術の界隈はなんか物騒だし、断っておいた方が彼女のためかもしれない。


「むむ、その顔、どうやらうちの実力が気になるようですね! では、実際にご覧に入れてみせましょう!」

「へ?」


どうすべきか悩んでいただけなのだが、天野には訝しむ表情に見えたらしい。あらぬ方向に話が進んでしまったが、実際彼女のマジックが気にはなるし、ここはそういうことにして様子を見ることにしよう。


「ここにありますは、水の入ったバケツにございます」


彼女は教室の隅にあったバケツに水を汲み、そう言いながらマジックショーを開始した。
マジックと言えばカードとかコインが一般的だと思うのだが、彼女はこの水の入ったバケツを用いるようだ。一体どんなマジックなのかとワクワクしてきた。


「それではこちらを振り回してみますと……」


天野はバケツを右手に持つと、勢いをつけて振り回し始めた。女子の割に意外と力持ちな所も莉奈に似て……怒られそうだから言わないでおこう。


「なんと! 水がこぼれません!」

「おぉ〜!」

「おいおい、それは遠心力が働いてるからだろ。マジックっていうにはレベルが低くないか?」

「ちょっと伸太郎……」


天野がバケツを振り回しても、中の水が飛び出して来ることはない。晴登だってその現象も理屈も知っている。だが、まるで本物のマジックショーを見ているかのような気持ちになって、つい声を上げてしまったのだ。
しかし、そんな空気に飲まれることのない伸太郎からは無慈悲にも鋭い指摘が飛ぶ。


「いえいえ、全くその通りでございます。しからば、これではどうでしょう!」


だが、その反応は予定通りと言わんばかりに、天野はマジックを続ける。
これ以上何があるのかと注視していると、次の瞬間、彼女は回していたバケツが自身の真上に来た時にその動きをピタッと止めてしまった。これでは遠心力が働かなくなり、水が彼女に降り注いでしまう。これから訪れるであろう悲惨な光景を予期して、思わず晴登は目を逸らした、が。


「このように、逆さまにして止めても水はこぼれません!」

「何、だと……!?」


彼女の言葉通り、なんとバケツがひっくり返されているにも拘わらず、一滴たりとも水が溢れてくる気配はない。あのバケツには何も入ってないのではないかと錯覚してしまうほど、その状況は驚愕的だった。これにはさすがに伸太郎も驚きを隠せない。


「そんなバカな! 一体どんな仕掛けが……」

「おっと、それ以上近づかないでくださいね。マジシャンたるもの、そう易々と種明かしは致しません」

「ぐ……」


どんなタネが潜んでいるのかと追及したい気持ちもあるが、マジシャン本人に拒否されてしまえばそれは叶わない。

その後、天野は「よっ」とバケツを床に下ろす。その中身には確かに水が入ったままだ。決して無くなった訳ではない。


「どうです? これでうちの実力は認めてもらえましたか?」

「う、うん」


はっきり言って、最初は実力を疑っていた。しかし、このマジックを見せられてしまえばぐうの音も出ない。彼女は『本物』だ。


「それじゃあ認めてもらったところで、あなたたちのマジックも見せてもらってもいいですか?」

「「え?」」


度肝を抜かれて困惑していたのも束の間、彼女の予想外の提案に2人して首を傾げてしまう。
その様子を見て天野も首を傾げ、


「え?って、そりゃ一マジシャンとして、お二人の実力が気になるのは至極当然のことじゃありませんか! 一体どんなマジックをお持ちなんですか? んん?」


ずずいっと近づいて興味を示す天野。魔術部の実態を知らない以上、彼女の言うことは最もだ。どうやら逃れることはできなそうである。


「やるしかないか──」






天野にマジックをせがまれ、魔術を使ってそれっぽいものを見せたら目を輝かせて驚いていたのは1時間前の出来事。付け焼き刃にしてはそれっぽくできたのではないかと、自分でも納得の出来だ。
ただ結局、魔術についての説明ができないまま、彼女の入部が決定してしまった。
騙しているようで気が引けるが、晴登の時もその実態を知らないまま入部した訳だし、きっと何とかなると思う。


さて、それで何とかならないのは、今晴登が目の前に対峙している問題の方であって──


「えっと……まずは謝った方がいいのかな?」


そう問いかける晴登の目の前で、結月がこちらを見て座布団に座っている。
そう、家に帰った晴登は結月が不機嫌な理由を探るべく、こうして部屋で相対したのであった。

まず、晴登は自分が悪いかもしれないと思い、謝罪から入ってみる。だが、


「……別に、ハルトは悪くないよ。ボクが勝手に拗ねてただけだから」


結月はそう言って俯く。
なんだ拗ねてたのか、という感想は置いといて、晴登のせいじゃないというのは本当にそうなのだろうか。タイミング的に晴登のアクションが引き金だった気がしなくもないし。でも詳しい理由はわからない。


「ハルトはアマノって人どう思ってるの?」

「天野さん? 元気いっぱいで、莉奈みたいに周りを盛り上げてくれる人だよ。それにマジックが得意でね、これが凄いんだよ」

「ふぅん。ボクの知らないところで随分と仲良くなったみたいだね」


晴登の説明を聞いて、結月の表情がまた一段と暗くなった気がした。
そうか、天野の存在も関係していたのか。結月はまだ彼女のことを全然知らないだろうから、関係ないと勝手に思っていた。彼女のことをそんなに話題に出さない方が良かったか。


「でも俺は結月にも天野さんと仲良くなって欲しいな。せっかく魔術部に入ってくれたんだし」

「え、そうなの……?」

「う、うん……」


これから仲良くなるチャンスはいっぱいあるんだと、両手を広げて説明すると、結月は驚いた表情を見せる。ただ、思っていた反応と違ってマイナスなリアクションだ。


「嫌、だった……?」

「ううん、そうじゃない。ただあの子、なんか変な感じがしたから、少し不安で」


珍しく結月から嫌悪感のようなものを感じたので、慌てて事情を訊いてみる。


「たぶん魔術師だよ。でも普通の魔術師じゃない。うまく説明できないけど、雰囲気がごちゃごちゃしてた」

「どういうこと? あのマジックが魔術ってこと?」

「それはわからない。でも、ボクはあんまり関わりたくないな」


結月がここまで言うなんて、相当嫌な気配を感じたんだろう。
それが事実ならば、彼女は魔術師であることを隠してる、もしくは無意識に魔術を使っている、そのどちらかの可能性が高い。もし前者なら、結月の言うように警戒した方が良いかもしれないが、


「き、気のせいじゃないかな? 2組の人ともすぐに仲良くなってたでしょ? そんな変な人じゃないって……」

「ハルトはボクの言うことを信じてくれないの……?」

「……っ、そうじゃない、けど──」


結月の感覚は頼りになるものだが、晴登にはどうしても天野が怪しい人だとは思えない。
だから結月を納得させるための方便を並べていると、本当に悲しそうな表情でこちらを見つめてくるので、つい否定の言葉が口から出てしまう。しかし、そこで絆されてはダメだとすぐに二の句を継いだ。


「それじゃ、天野さんが可哀想だ。結月はまだ話してもないし、最初からそう決めつけるのは良くないよ」

「……ごめん、そうだよね。ちょっと焦ってた」

「明日、直接会って確かめればいいよ。ね?」

「……そうだね」


何とか結月を納得させることに成功したようで、晴登はホッと胸を撫で下ろす。
結月のことを信じたい気持ちはもちろんあるが、だからといって盲信するのとは訳が違う。その辺の分別はきちんと付けているつもりだ。

とりあえず一段落。一時はどうなることかと思ったが、伸太郎の言った通り、やっぱり話し合うことが重要だった。考えていることがわからないとどうにもできないし。

と、晴登が1人で落ち着いていると、結月が意味ありげな視線をこちらに向けていることに気づいた。


「それはそうとハルト、実はボクはまだ拗ねたままなんだけど」

「え!? でも俺は悪くないって……」

「悪くはないよ? でも拗ねたままの彼女を放っておくの?」

「それは……」


原因が何にせよ、拗ねた彼女のケアをパートナーが行うのは当然の定め。そう言わんばかりの彼女の態度に、さすがに晴登も自分の役割を理解する。


「じゃあ、俺はどうしたらいい?」

「そうだな〜。……ねぇ、ハルト」

「な、何?」


結月は顔をずいっと近づけた。それこそ唇が触れ合いそうなほど。瞳の中の青空に吸い込まれそうな錯覚を味わい、少し身体を引くとそれに合わせて彼女も距離を詰めてくる。
そして彼女は、囁くように言った。


「ボクのこと好き?」

「も、もちろん!」

「じゃあ、ボクの目を見てはっきり言って欲しいな」


晴登が照れて、少し目を背けながら答えたのを彼女は見逃さない。制約がより厳しくなってから、再度愛の告白を要求される。

相槌ではなく、きちんと言葉で伝える。簡単なようで、そのハードルは高い。ただでさえその言葉を口にしないのだから、いざ言う場面でも口がうまく回ってくれないのだ。
それでもここで逃げるのはさすがにダサいと思って、一呼吸入れてから、


「す、好きだよ、結月」

「……うん、ボクも好きだよ、ハルト」


その言葉が耳元で囁かれながら、彼女の腕が優しく晴登を抱きしめる。彼女の感触を、体温を身体全体で感じ、心臓の拍動は激しさを増した。


「どう? 今日は一緒にお風呂入っちゃおうか」

「え!? それはさすがに急展開すぎ──」


「それはダメー!!」


流れで提案された悪魔のような誘いに怖気付いたところで、部屋のドアがバンと音を立てて開かれ、高くて大きい声が場を席巻した。


「智乃!? 何で!?」

「私がこの家にいる限り、節度を守ってもらうんだから! そう、節度を!」


指をビシッと指し、我が家のハレンチ警察が仁王立ちで参上した。相変わらずタイミングが良すぎる。


「むぅ〜チノったらまたいいところで……」

「結月お姉ちゃんとお兄ちゃんのお付き合いは認めるけど、あくまで健全なお付き合い。不埒な真似は私が許さないよ!」

「何で?」

「何で?! え、えっと、それは……ダメなものはダメ!」


さすがに2度目の邪魔とあって、結月もそう簡単に折れない。
智乃の言葉を追及すると、理由に困った智乃はまたも大きな音を立ててドアを閉め、出て行ってしまう。


「ありゃ、行っちゃった」

「騒がしい奴だな。というか、どっから話聞いてたんだろ……」


怪しい展開になるといつもどこからともなく現れてくる智乃だが、今日に限っては恥ずかしい会話を聞かれてしまったかもしれない。妹にそんな会話聞かれたくなかった。


「ま、ハルトから愛の告白もしてもらったし、ボクはもう満足かな」

「なら良かったよ。そういえば、結月は何で拗ねてたんだ?」


すっかり機嫌も治り、いつも通りの明るい笑顔を見せる結月。その様子を見て気が緩んでしまい、つい思ったことを口にしてしまった。
その瞬間、結月の眉がピクリと動く。同時に、空気の流れが変わったのを感じた。


「……理由、わかってないの?」

「う、うん」


さっきとは打って変わって、声のトーンが少し低い。間違いなく、言ってはいけないことを言ってしまった自覚があった。あぁ、結月って怒るとこんな感じなんだなと、場違いな感想が頭に浮かぶ。

そして結月は笑顔のまま、こちらににじり寄ってくる。


「ちょ、結月! ごめんって! 冷気が! 冷気が漏れてる!」

「ハルトはまだ女の子の扱い方がよくわかってないんだから仕方ないよね。だから──もう誰にもよそ見できないように、ボクのことを身体に刻み込んであげる」

「ま、待って! こっちに来ないで! やめ──!」


──文化祭まであと1ヶ月。
 
 

 
後書き
おい! 続きは! 続きはどこで見れるんだ!
残念ながら続きはどこにもありません。波羅月です。別にポケットに入るモンスターを育成するゲームをやっていて更新が遅くなった訳じゃないですからね。……本当ですよ?(目逸らし)

ということで、転入生 天野の正体はなんとマジシャンということで、まーた扱いが難しそうなキャラが出てきましたね。これからどういう出番がやって来るのか全く見当もつきません。誰ですかこんなキャラ作ったの。怒るので手を挙げてください。
……まぁ作ってしまったものは仕方ないので、彼女も頑張って活躍してもらいましょうか。……え? もう既に怪しいフラグが立ってる? き、気のせいじゃないかな。

結月との仲直り(?)も済んで、これで一件落着。次回からは文化祭の準備に入れそうです。晴登たちのクラスの出し物は一体何でしょうか。そして文化祭は滞りなく終わるのか(これ大事)。ドキドキワクワクですね。

それでは今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第127話『出し物』

 
「それでは、今から文化祭で行う出し物を決めていきます。この学校の文化祭は2日間にかけて行われますが、出し物は2日間を通して同じである必要があります。出し物の規定ですが、飲食物の提供や商売まで、実現可能であれば何でもあり。加えて、他クラスとの被りも容認するそうです。ただし、自分たちの教室以外の場所を借りる場合は本部に事前に申請するように、とのことでした」


教卓に手を付き、意気揚々にクラス中に呼びかけるのは学級委員である莉奈だ。というのも、文化祭の実行委員は学級委員が務めることになっている。
真面目に職務をこなす彼女の様子は、クラス代表という立場がようやく板についてきたといったところか。文化祭の企画書をガン見している点が少し惜しいが。


「あと、文化祭が終わった後の後夜祭にて、最も好評だった出し物を行ったクラスに表彰と褒賞があるそうです。ぜひ頑張りましょう! それでは、意見のある人は自由に言ってみてください!」


そして莉奈が実行委員ということは、当然晴登もその1人。今は彼女の後ろで書記として、黒板に文字を書く用意をしている。
さて、出し物に優劣が付くとなればみんな本気を出すだろう。今からどんな意見が飛び交うことやら。


「なんか屋台やりたい!」
「ライブやる!」
「お化け屋敷は?」
「やっぱ劇っしょ!」


我先にと挙げられた意見を1つずつ黒板に書き記していく。どれも文化祭といえばでよく聞く出し物ばかりだ。オーソドックスゆえに、力も入れやすい。


「ちなみに屋台って例えば?」

「射的!」
「わたあめ!」
「型抜き!」
「金魚すくい!」

「う〜ん夏祭り」


最近遊んだ経験があったせいか、共通点がすぐに見つかる。これならイメージも付きやすいし、仮に金銭のやり取りが発生しても違和感はない。だってどうせならお金稼ぎたいし。


「焼きそば!」
「たこ焼き!」
「カレー!」
「タピオカ!」
「チーズフォンデュ!」

「チーズフォンデュとか、ホントにできるの……?」

「できるかどうかは後で考えよ。あ、あとプリン追加しといて」

「さらっと自分の欲望を漏らすな」


屋台でありがちなグルメが次々と挙げられる。本当にそんなものがあるのかと耳を疑うようなものもあるが、それはそれで面白そうでもある。


「迷路とかアリじゃない?」
「ゴーカートやろう!」
「メリーゴーランドも!」
「ならジェットコースター!」

「待て待て! やりたい放題すぎるだろ!!」


そして出し物のハードルがドンドンと上昇し、ついに遊園地のアトラクションにまで手を伸ばし始めてしまった。そのあまりの飛躍に、思わずツッコミが口から出てしまう。

しかし直後、クラスが静まり返ったのを見て、今のが失言だったと気づく。


「あ、やべ……」

「じゃあ委員長は何したいんですかぁ〜?」


盛り上がっていた雰囲気を壊してしまったと、ちょっと後悔していたところに、1人のクラスメイトが晴登に質問を投げかけた。
見ると、大地がこちらを見ながらニヤニヤとしている。


「え!? いや、別にないけど……」

「だったらケチ付けるのはナシだよな! メイド喫茶!」

「うぐ……」


大地の言うことは最もで、反対するなら意見を出せという話だ。しかし晴登には裏方仕事以外に希望がなく、どんな案も受け入れざるを得なかった。渋々、今までの案を黒板に書く。


「さすがに案出すだけだと決まらないね〜」

「いやいや、どうするのこれ。収拾つかないんだけど」

「じゃあさくっとくじ引きにしちゃおうか」

「なら最初からそれで良かったじゃん……」


こういう雑なところ……もとい、思い切りの良いところがやっぱり莉奈らしい。

結局、クラス全員がそれぞれやりたい出し物を1つ紙に書き、それを抽選することになった。ちなみに晴登が書いたのは「焼きそば」である。料理なら手伝うことはできるし、商売としても成立するからだ。接客はするつもりはない。

クラス全員の紙を箱に入れ、莉奈が「どれにしようかな〜」と呟きながら目を瞑って箱の中を漁る。そしてついに、

「よしこれ! それじゃあ、私たちのクラスの出し物はこれで決まり──!」






出し物決めを終え、晴登と結月、そして伸太郎の3人は魔術室へと足を運んでいた。


「話し合いが長引いて少し遅くなっちゃったな。もうみんな集まってるよね? 早く行かないと」

「……」

「結月、大丈夫?」

「う、うん。少し緊張してるだけ」


少し急ぎめに廊下を歩きながら、晴登は物憂げな結月に声をかける。
緊張するのも無理はない。何せ今日は初めて、結月があの謎の転入生、天野と対面するのだ。というのも昨日、結月は彼女を遠目で見た時に嫌な雰囲気を感じて、実際に話すよりも早く苦手意識を持ってしまったのである。


「そんなに気になるのか? あの女が魔術師かもしれないってのは納得だが、それだけって気もするぞ」


結月の緊張を一蹴するかのように伸太郎が言い放つ。彼にはあらかじめ結月が感じたことを話しているのだが、これには晴登も同意見だ。昨日接した感じでは、天野は明るく気さくな性格で、不穏な気配は全く感じなかったのだから。


「話してみればわかるって」

「……うん、そうだね」


百聞は一見にしかず。結月の苦手意識を払拭するには、実際に会って話してみる他ない。

結月の深呼吸を見届けてから、晴登は部室のドアを開いて、


「こんにちは──」

「そーれ!!」


挨拶をするのと同時に聞こえたのは掛け声。続いて、何十枚ものカードが巻き上がる光景を目にする。
そしてそのままパラパラと地面に落ちるカード。何が起こったのかと呆気に取られていると、その中心にいた少女が最後に降ってきた1枚のカードを掴む。


「ずばり、ハートの3ですね!」

「うわ〜当てられた! すげぇ!」
「マジでどうやってんの?!」
「次俺! 俺の番!」
「おい、俺だって!」


ドヤ顔でそう宣言する天野に対して、2年生達は驚きを露わにしている。そんな彼らとは異なる驚きを抱えて入口で固まっている晴登達に北上は気づくと、


「お、部長が来たぞ。うーっす」

「こ、こんにちは……」


部長ではあるが一応後輩という身なので、挨拶は今までと変化はない。
それはそれとして、この状況には口を挟まざるを得なかった。


「な、何してるんですか?」

「見てわかるだろ。天野にマジック披露してもらってたんだ。引いたカード当てるってやつ」

「ふふん、うちはこのマジックには自信がありますからね。部長さんにもやってあげますよ」

「その前に散らばったカード片付けて……」


引いたカードを当てるという、シンプルゆえに奥が深いマジック。天野はそれに加えて、カードを空中にばら撒く演出付きだという。確かに凄いとは思うが、このマジックを披露する度に床にカードが散乱するのはどうかと思う。


「はいはい、わかっておりますとも──あーーー!!!」

「うわっ!?」


そんなことはもう言われ慣れていると言わんばかりに、そそくさとカードを集め始めた天野だったが、ふとその視界にとある人物が映って、大きな声を上げた。


「あなたがゆづちゃんですね!!」

「ゆ、ゆづちゃん? それってボクのこと?」

「それ以外に誰がいるんですか! 結月ちゃんだからゆづちゃん。ダメでしたか?!」

「ダメじゃないけど……」


トランプの片付けなんかそっちのけで、天野は結月の手を握って一方的な握手を交わす。初対面にも拘らず、早速あだ名を付けるという勢いのある距離の詰め方はさすがだ。
……ゆづちゃん。良い響きだな。今度呼んでみようか。


「それなら良かったです! それにしても、優ちゃんの言ってた通り、凄く可愛いですね! まるでお人形さんみたいです!」

「ど、どうも……」


珍しい物を見るかのようにジロジロと結月のことを見る天野。実際、初対面なら絶対に驚く容姿だとは思う。異世界という前提があったにもかかわらず、晴登も驚いたのだから。


「同性ながら惚れ惚れとしてしまう容姿です。綺麗な銀髪に蒼い瞳……一体どこの国から来たんですか?」

「え」


その一言で空気が凍る。そして誰もが「その言い訳を考えていなかった」という顔をした。異世界出身だなんて言える訳もないし、架空の国を仕立て上げる訳にもいかない。


「……あ、当ててみてよ!」

「むむ、クイズですか。残念ながらうちはクイズには疎くてですね……アメリカとか?」

「ち、違うよ」

「ならイギリス?」

「それも違う」


そこで結月は「相手に国を決めさせる」という機転を見せる。
しかし下手に国を決めて、その国の言語を喋ってみてと言われようものなら詰みも詰みだ。結月は異世界を含めても日本語しか喋れないのだから。


「それ以外の国はあんまり知らないんですよねぇ……」

「じゃ、じゃあ答えはお預けだね。何か思いついたらまた答えてよ」

「そうさせてもらいます……」


しゅんとする天野を見て、晴登も結月もほっと一息。こう言ってはなんだが、彼女が無知で助かった。
しかし、ここまで無知ならいっそ架空の国作戦も通った気がする。何か良い案を考えておかないと。


「あ、そうだ。そちらのクラスは文化祭で何の出し物をするんです? ちなみにうちらは劇をやることになったんですよ」


天野が話題を『文化祭の出し物』に切り替えたところで、晴登の肩がびくりと跳ねる。


「へ、へぇ〜劇か。いいね、楽しそう」

「何の演目かは決まってないんですけど、うちも今からワクワクですよ! で、そちらのクラスは何を?」

「俺も劇の方が良かったなぁ〜。やるなら裏方だけど、縁の下の力持ちってね」

「……なんか話そらそうとしてません?」


自然と話をそらそうとしていたが、露骨すぎたのでさすがに天野にもバレてしまった。


「晴登、諦めろ。いずれバレるんだから」

「う……」


何もかも諦めたような顔の伸太郎にまで言われ、ついに腹を括ることにした晴登。その神妙そうな顔付きを見て、天野は首を傾げている。


「実は、1組はその……『コスプレカフェ』をやることになって」

「コスプレカフェ?」


コスプレカフェ、とは文字通り店員が全員コスプレをしているカフェのことだ。その時点で、晴登が求めた安寧が訪れることはなくなった。しかも、


「なーんだ、別に楽しそうじゃねぇか」
「メイド喫茶の進化版ってとこか?」
「なんだ? コスプレすんのが恥ずかしいのか?」
「そんな経験中々ないんだから楽しんだらいいんだよ」


「……それが女装でもですか?」


「「……え?」」


その一言を付け加えた瞬間、2年生たちの余裕の色が消え失せる。


「百歩譲って、コスプレだけならまだ良かったですよ。でもなぜかその後、『男子は女装して、女子は男装したら面白くない?』とか言い始めた奴がいて、気づけばそんな結果に……」


ちなみにこれを言ったのは、出し物決めの時に晴登のすぐ隣にいた人物である。しかもクラスのみんなもなぜか乗り気だったせいで、そのまま可決されてしまった。もしあの時
"晴読"を使っていれば、防げた未来ではないか。そんなしょうもない後悔が頭を過ぎる。


「だっはっは! それは最高だな! 絶対見に行くわ!」
「黒木先輩たちにも教えとくな!」
「女装した三浦かぁ」
「……ぶっ」

「ちょ、やめてください!」


だがそんな晴登の心情なんて露知らず、2年生たちは面白がっている。こっちは死活問題だというのに。


「ボクはとても良いと思うよ」

「あのねぇ、結月だって男装することになるんだよ?」

「別にいいけど? 誰かさんは初めて会った時、ボクのことを男の子と勘違いしてたくらいだから、きっと似合うんじゃない?」

「そ、その節は大変申し訳ありませんでした……」


余裕そうな結月の皮肉が心にグサリと刺さる。「冗談冗談」と彼女は笑ったが、あの時のことを割と気にしている晴登からすれば、全く気が休まらない。


「ちょっと待て、何だその面白そうな話」
「俺らに隠してたのか? 水くさいじゃねぇか」
「ほら、ちょっとそこ座って」
「茶とマジックなら出すから」
「出します出します」


そしてそんな話題が出れば、彼らが食いつくのは当然のこと。ここまで来たらもう誤魔化すことはできない。


「た、助けて伸太郎!」

「その話は俺も知らないから気になるな」

「そんなぁ!?」


頼みの綱である伸太郎も野次馬側だったとわかり、来たばっかりだというのに、晴登は逃げるように部室を後にした。





あの後、一通り逃げ回ってから一応部室に戻ったのだが、結局洗いざらい白状させられてしまった。今日だけで二度も精神的なダメージが重なり、下校してる今この時の晴登はもう心が満身創痍であった。


「結月が余計なこと言うから……」

「えへへ、ごめんごめん。困ってるハルトが面白くて」

「もう……」


個人的にはあまり掘り返したくない異世界での事件。結月だって恥ずかしかったはずなのに、どうしてこうも平然としていられるのだろうか。

……いや、今はその疑問は置いておこう。ここからは真面目な話だ。


「それで、随分仲良さそうにしてたけど、結局何かわかった?」


何か、というのはもちろん天野についてだ。元より今日はそれが目的である。すると、


「うん、前見た時と雰囲気が変わってたんだ。変な感じが全然しなくなってた」


あっけらかんとした様子で結月は言った。昨日の深刻そうな表情はどこへやら、全く気にしていないようだ。


「え? それじゃあ気のせいだったってこと?」

「そうなのかなー。でもハルトの言ってた通り、話してみてわかることもあるね。ちょっと距離感が近いけど、トキは面白い人だよ」


そう言って、結月は怖がるどころか笑顔をこぼす。マジックも楽しんでいたし、名前呼びをするほどの関係にまで進展したようだ。


「なら良かった〜」


胸のつかえが取れたようで、すっきりした気分だ。一時はどうなることかと思ったが、何とか解決してくれて良かった。むしろ、仲良くなるのが早すぎて羨ましいくらいだ。

だがそこで、結月は「ただ」と言葉を続ける。


「やっぱり、魔術師だとは思うな。今日見せてもらったマジックの中で、所々魔力を感じたから間違いないよ」


昨日から言っていた、天野が魔術師であるという疑念は、むしろ確信に変わったようだ。


「え、嘘、全然わからなかった。そういうのよくわかるね」

「なんか勘というか、とにかくビビっと感じるんだよね。トキにはたぶん自覚がないから、はっきりとは感じ取れないけど」

「無意識に魔術を使ってるってことか。ならちゃんと魔術について説明した方がいいのかな」


もし本当に天野が魔術師であるならば、能力(アビリティ)は把握しておきたい。そういう意味でもそろそろ魔術について説明すべきなのかとも思うが、如何せん彼女の口が固そうに見えない。周りに魔術のことが知れ渡るリスクがあるのは良くないだろう。
話すのはもう少し後でもいいかもしれない。


「もう少し様子見、かな」


ひとまず、文化祭が終わるくらいまでは現状を維持することに決めた。このことは伸太郎や2年生達にも伝えておこう。お、何か部長らしい。


「明日から準備が始まるんだよね? どんな格好するんだろう〜」

「う、思い出したくなかった……」


晴登は自分の未来が平穏であることを祈るしかなかった。
 
 

 
後書き
あけましておめでとうございます。え、もうそんな時期じゃない? いやいや、まだ三が日で──え、2月……? そんな、嘘だ……。

更新が遅くなってしまい、大変申し訳ございません。どうも波羅月です。言い訳すると、リアルが忙しかったのもあるんですが、先の展開が不明瞭すぎて純粋に筆が止まってたんですよね。何度も言いますがこの物語は終わりへと向かってますので、当然伏線回収やらまとめをしないといけないんですけど、やることが多すぎてどれからやればいいかわかんなくなってました。正直、今回の話も何を書くべきか結構悩んだところもあり、それで更新が遅れてしまいました。
今回の話を更新した今でも、まだ迷ってます。スランプというほど大層なことでもないんですが、今この物語に割ける脳のリソースが少ない状況です。そもそもプロットが完成していればこんなことにはなってないんですけどね(定期)。完結は絶対にさせたいんですが、今回みたいにまた更新が遅れることがあると思います。ご理解のほどよろしくお願いします。

さて、しんみりとした話で後書きが埋まってしまったので、結月と天野が仲直り(?)できて良かったねという簡潔なまとめをして締めたいと思います。
今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第128話『コスプレ』

 
「お待たせー! みんなの分のコスプレ衣装用意したよー!」

「う……」


出し物決めから早2週間。あれから毎日、放課後に文化祭の準備をする習慣が生まれた。部活に行くのは少し遅くなるが、学校全体がそんな雰囲気なので大した問題ではない。

それで一応『カフェ』という名目なので、今までメニューをどうするか内装をどうするかなど色々話し合いが進んでいたが、今日ついに『コスプレ』の部分が完成したようだ。

大きな声で莉奈がクラス中に呼びかけると共に、服飾係の人達が長いハンガーラックを引っ張ってきた。そこには多種多様な服がぎっしりと掛けられており、思っていた以上に"本気"であることが窺える。


「こんだけの量、よく2週間で作ったな。文化祭当日に間に合うかどうかって話じゃなかったか?」

「それがね、ママの友達にコスプレ衣装いっぱい取り扱ってる人がいて、頼んだら全部くれたんだ」

「全部!? 随分気前が良いんだな」

「もう古いし子供サイズだから処分に困ってたんだって。でもでも、ほつれてたとことかもちゃんと全部私たちが直したから、実質新品みたいなものだよ」


そう言って、莉奈は1着の衣装を手に取り、見せびらかすように広げる。


「ほら、これとかすっごく可愛くない!?」

「お、おう、そうだな……」


確かに、莉奈が手に取ったヒラヒラの付いたワンピースは上品で美しいと思う。ただ、これを着るのが男子だと考えると反応に困ってしまう。


「それじゃあ早速──着てみて、晴登」

「は?」

「だから、はい。これ晴登の分」

「断る」

「何でよ! 男子は女装するってルールでしょ!」

「確かにそうかもしれないけど、俺は調理担当で裏方に入ったはずだ! コスプレする必要ないだろ!」


どちらかと言えば、ルールを守ろうとする莉奈の言い分の方が正しいのだが、女装コスプレに乗り気でない晴登の言い分も聞き入れて欲しい。


「わかってないなぁ。お客さんの見えないところでもこだわるのが大事なんじゃん」

「何その高めのプロ意識」

「いいからはい、これ持って廊下で着替えて。女子は教室で着替えるからいいよって言うまで入っちゃダメだよ」

「そんな理不尽な……」


色んな意味での理不尽を受け、肩を落としながら晴登は他の男子達と共に教室を出たのだった。






「……と、こんなもんか。すっげぇヒラヒラしてんなこれ」


渋々着替えを終え、窓を鏡代わりにして自分の姿を見ると、そこには水色を基調としたヒラヒラの多いワンピースを身にまとった、紛れもない『お嬢様』の姿が映っていた。


「これが、俺……」


女装なんて絶対似合わないと思っていたが、まだ顔付きも体付きも子供だからか意外と違和感を感じない。街中に出ても恥ずかしくないレベルだ。その時は知り合いには会いたくないけど。


「はっはっは! 傑作だなぁ晴登!」

「そう言うお前もな、大地」


晴登のコスプレを見て高らかに笑い声を上げる大地。彼のコスプレは『メイド』だ。黒色と白色を基調とした、イメージ通りのメイド服である。


「おかえりなさいませ、ご主人様……なんてな」

「何でそんなノリノリなんだよ」


晴登のコスプレが『お嬢様』ということもあって、『メイド』の大地がその月並みな言葉を言っても違和感が全く働かない。

周りを見渡すと、制服やチアコスなど、全員バラバラなコスプレをしていたがどれも完成度が高い。
そしてその一角で、一際目立つ人物を発見した。


「柊君、そのコスプレよく似合ってるね」

「三浦君!? は、恥ずかしいから見ないで……」


晴登が声をかけると、狐太郎は元々着ていたパーカーを上から羽織って小さな身体を隠そうとする。


「それって『巫女』のコスプレだよね? 別にそこまで恥ずかしがらなくていいんじゃない? 俺なんてこんなんだし」

「でもこれじゃ耳も尻尾も目立っちゃうよ〜」

「……いや、コスプレだから逆に目立たないかも」


白衣に赤い袴の、よく見るタイプの巫女服を身にまとっている狐太郎。晴登のヒラヒラワンピースと比べると、落ち着いたコスプレだとは思う。
ただ、彼の懸念はそこではなく、コンプレックスである耳や尻尾が目立つことにあった。だが、むしろそれが狙いだろう。ケモ耳や尻尾なんてコスプレではよくあるし、お客さんもまさかこれらが本物だとは思うまい。やけにクオリティの高いコスプレと認識してもらえれば御の字だ。


「だから自信持ってこう!」

「う、うん……!」


狐太郎が耳と尻尾を気にしているのはクラスでは周知の事実。確かに変かもしれないけど、受け入れることが難しい訳じゃない。もっとみんなに受け入れてもらうためにも、彼に必要なのは時間と自信だ。この文化祭で、彼が少しでも自分に自信を持てるようになって欲しい。


「あと、伸太郎はどこに──」

「男子達〜、もう入っていいよ〜」


とりあえず仲の良い友達の女装は全部見たいと思って伸太郎を探していると、教室の中からお呼びがかかる。
しかし、女子に女装を見られる羞恥心から、誰も教室に入ろうとしない。


「何で誰も入って来ないの? あ、ほら晴登、早く来なって」

「え、何で俺からぁあぁ!?」


男子が誰も教室に入って来ないことに痺れを切らした莉奈が、ドアをガラッと開けて目の前にいた晴登の手を無理やり掴んで引き込んでいく。
ちなみに莉奈のコスプレは『応援団』といったところか。この学校の制服とは少し違う学ランを羽織っており、ハチマキが男らしさを際立たせている。晴登達に女装が似合うように、莉奈達も男装がよく似合いそうだ。


「……あ、ハルト。これどうかな? 似合ってる?」

「……っ」


教室に一番最初に入った晴登の目に映ったのは、短めの髪を後ろに結び、黒の執事服と白の手袋に身を包んだ結月。誰が与えたのか、伊達眼鏡まで装備している。
どこからどう見ても『美少年執事』。やっぱり、初見で結月を男子だと見間違えたのは仕方ないと思う。だってあまりにも美形なのだから。思わず息を呑む。


「か、かっこいいよ」

「? 何で目逸らすの?」

「いや、だって……」


視線を外して冷静さを保とうとするが、心臓の音が鳴り止まない。普段の姿ならまだしも、男装を見て胸がドキッとするなんて、これではまるで男相手に恋をしているみたいではないか。


「おやおや? 晴登ったら顔が赤いよ? もしかして結月ちゃんがかっこよすぎてドキドキしてる?」

「ち、違……くないけど」

「? それならハルトだって可愛いよ! お姫様って感じで、ボク羨ましいなぁ」

「そんなことないって……!」


莉奈にいじられ、結月に女装を見られ、あまつさえ世辞ではない本心からの褒め言葉を受ける。もう色々な感情がごちゃ混ぜになって、穴があったら逃げ込みたい気分だ。

そうして顔が真っ赤になった晴登を見て、莉奈はついに禁断のアレを取り出した。


「あ、そうだ。ちょっとそこのカップル2人、写真撮るからポーズして」

「は!? ちょ、写真はダメだって!」

「いいよ〜。ほらハルト、並んで並んで!」

「無理無理無理無理! こんな姿写真に残したくない!」


写真だけは嫌だと、晴登が必死に抵抗する。だって女装なんてするだけでも黒歴史なのに、記録に残ろうものなら大人になってもいじられる未来が見えるのだ。


「強情だなぁ。結月ちゃん、やっちゃって」

「りょーかーい」

「え、何? 何すんの──うわ!?」


しかし晴登が拒否しても、パートナーである結月が容認している時点でこの抵抗は無意味と化す。現に晴登は結月にお姫様抱っこされてしまい、逃げ場が無くなってしまった。


「ちょ、恥ずかしいんだけど!」

「ボク、ずっとハルトのことこうやって持ち上げてみたかったんだよね」

「今じゃなくていいじゃん! 降ろしてって!」

「だって、フウカさんだけずるいんだもん」

「あの時は、その……仕方ないじゃん!」


自分の欲望と対抗心に忠実な結月に対して、ああだこうだと頑なに嫌がる晴登。その姿はさながらワガママお嬢様だ。そんなお嬢様の世話焼きをするのが執事の役目なのだから、執事というのは大変だと思う。


「あ〜もう──」


でも、この美少年執事はそれくらいで挫けたりはしない。
その端正な顔をお嬢様の顔にぐいっと近づけ、透き通った蒼い瞳で真っ直ぐ見つめると一言、


「この口塞いだら静かになる?」

「は、はひ……」


いつもより声色を少しだけ低くして、その辺の男子よりも男らしく振る舞う結月に、晴登は乙女の如く心臓が高鳴ってしまう。


「お、シャッターチャンス」


力が抜けて抵抗できなくなった晴登を見て、莉奈はついにシャッターを切った。

後から入って来た男子達は、その様子に憐れむような視線を向けるのだった。






クラス中で一頻り写真を撮ったりからかいあったりした後、その格好のまま文化祭の準備に戻る。異様な光景ではあるが、さすがにもう慣れてきた。


「傑作だったな晴登!」

「やめろ! 恥ずかしすぎてもうお婿に行けない……」

「じゃあもうお前が嫁でいいんじゃねぇか?」

「それは名案!……な訳あるか」


壁を背に座り込んで休んでいる晴登に声を掛けてきたのは、メイドの格好なのに全然恭しくない大地だ。むしろ、結月との写真を撮っている時、彼が横目にケラケラ笑っていたのを晴登は知っている。こんなメイドはクビだクビ。


「にしても、本当に完成度高いなこれ」

「元々の素材が良かったし、さらにファッション部の奴らが本気出したらしいからな」


晴登は自分のスカートを触りながら、そのクオリティの高さに驚きを隠せない。コスプレ用の衣装ってこんなに立派なものなのか。てっきり手作りだからもっと安っぽい見た目になると思っていた。莉奈のママの友達とファッション部とやらに感謝しないと。……って、


「え、何その部活。初めて聞いたんだけど」

「文字通り、ファッションを研究する部活だ。あと言っておくが、お前の部活の方がマイナーだぞ」

「あはは……」


これには何も言い返せない。
ファッション部なんて聞いたことはないが、活動内容が予測できるだけまだマシだろう。それに比べて魔術部って何だ。頭のおかしい奴らだと思われても仕方ないと思う。


「そういや聞いたぞ。2組の転入生の天野さん、魔術部に入ったんだって? 一体どんな手使ったんだよ、魔術部部長さん?」

「その呼び方やめてくれ。……理由は大したことないぞ。たまたまあの人の趣味がマジックだっただけだよ」

「え、あの子マジックやんの? 意外だな」


とはいえ、魔術部の表向きはいわゆるマジック部。マジックをやる人が入部するのは、ごく自然な流れと言えよう。晴登たちもそういった理由で通しているし、不思議とこの理由を疑う人は未だにいない。


「結構凄いんだよ。特に演出が」

「何それ気になる。今度見せてもらおっと」


天野のマジックは本物だ。マジックそのものも凄いが、何よりエンターテインメントを理解している。彼女はいずれ大物マジシャンになるだろう。

それにしても、今度見せてもらおうって、まだ彼は天野と仲良くなっていないはずなのに。その行動力は本当に尊敬する。


「三浦くーん、メニューについて話したいんだけどいい?」

「あ、はーい。今行きまーす。また後でな、大地」

「へいへい」


同じ調理班の人に呼ばれ、晴登はドレスで重たい腰を上げる。
教室の装飾作りなど準備は着々と進んでおり、もうすぐ文化祭が始まるのだと思うとやっぱりワクワクしてきた。初めての文化祭。どんな風になるんだろう。

あれ、そういえば誰か忘れてるような……。







「見て見てチノ、このハルトすっごく可愛くない?!」

「おぉ! 何このお宝写真!」


いつの間にか現像された例の写真を結月が持っており、それを智乃に見せびらかしている。当然、智乃の食いつきは尋常じゃない。


「莉奈め、消せって言ったのに……」

「ごめんねハルト、ボクがお願いしたの」

「ぐ……」


男装結月が女装晴登をお姫様抱っこするというツーショット写真。これを結月が絶対に欲しがることはわかり切っていたし、何なら晴登にも黒歴史である点を除けば写真を欲する理由はある。
だからこそ、こうして本当に申し訳なさそうに謝られると怒るに怒れない。
結局、「これ以上誰にも見せびらかさないこと」を条件として、所有を許可した。


「お兄ちゃん、文化祭当日もこの衣装着るの?」

「そのつもりらしい。俺裏方なのにな……」

「じゃあ見に行かせて!」

「それ目的ならお断りだ」


日城中の文化祭は招待制であり、生徒が家族や知り合いに招待状を渡すことで外部の人も文化祭を訪れることができる。
つまり裏を返せば、招待状を渡さなければ文化祭には参加できないということ。兄の女装を見たがる妹の心理なんてからかいたい以外に考えられないし、それ目的なら妹とはいえ招待状は渡せない。


「え〜じゃあ今着てよ。服あるんでしょ?」

「え、あるにはあるけど……嫌だ」

「何で! いいじゃん! 減るもんじゃないでしょ!」

「減るんだよ! 俺の中で何かが!」


ぎゃあぎゃあと兄妹喧嘩が勃発。その理由がまさかの女装とは誰も思うまい。
すかさず「まぁまぁ」と、結月が仲介に入る。


「もうハルトったら、お兄ちゃんなんだから妹のワガママくらい聞いてあげないと」

「……本音は?」

「ボクももう1回見たいかなって」

「だと思ったよ!」


智乃を擁護しつつ、自分の欲望を満たしたいという結月の思惑を看破し、晴登はため息をついて頭を搔く。


「ならもう文化祭は来ていいから。それでいいでしょ?」

「え〜それは当たり前じゃん。今着てよ」

「ダメ」

「ぶ〜」


ほぼ無理やりだが智乃を説得し、窮地を脱することに成功する。
元より招待状をあげない選択肢はないので、どうせ見られることになるのは承知の上だ。ただそれがこの場ではないというだけのこと。


「じゃあお風呂入ってくるから」


また駄々をこねられても嫌なので、半ば逃げるように晴登は風呂場へと向かった。

しかしこの後、着替えがコスプレ衣装にすり替えられており、風呂から上がった晴登の怒号が家中に響き渡ることになるのだった。
 
 

 
後書き
2ヶ月ぶりにこんにちは。どうも波羅月です。バレンタインもひな祭りもホワイトデーもエイプリルフールも終わってしまったので、冒頭の話題がありません。とりあえず、時候の挨拶でもしときましょうか。春はあけぼの。ようよう白くなりゆく山際(ry

皆さん、コスプレってしたことありますか? 自分はないです。はい、この話終わり。

……いや終わるなと。まぁまぁ、ここは好きなコスプレでも語りましょうよ。ちなみに自分は巫女服が好きですね。というか和装が好きなので、その類なら全部好きです。皆さんはどんなコスプレが好きですか?

若くして黒歴史を背負った晴登君。黒歴史と言えば、自分はこの小説自体が黒歴史なようなものです。普通に考えて、中2で思いついた物語を今の今まで続けてるのって、かなりイカれてますよ。ホントに。ちな連載7年経ちました。
でも小説家として1人前になるためには物語を"完結させる"ことが重要だと思ってますので、どんな形であれ、この物語は完成させたいです。あれ、この話何回目?

さて、今年度も新学期が始まりまして、忙しい1年になることが見込まれます。更新はまちまちになると思うので、気長にお待ちください。あと3年くらいで終わらせますんで……!(遅い)

今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第129話『開店』

時間というのはあっという間に経つもので、ついに文化祭当日となった。学校中がすっかり飾り付けられ、まさにお祭りが始まろうとしている。生徒たちは浮き足立ち、開始を今か今かと待ち望んでいた。
初めての文化祭だから、当然晴登もその1人でとてもワクワクしていた。のだが、


「やっぱり着なきゃいけないのね……」


2週間ぶりのワンピースを着て、苦笑いを浮かべる晴登。
そう、これこそが目下の悩み。我がクラスの出し物で必要な"女装"である。行為そのものが恥ずかしい上に、人に見せびらかす訳だから気が休まるはずもない。


「よく似合ってるよ。自信持ってハルト!」

「そういう問題じゃないんだけど……まぁありがと、結月」


そう嬉々として褒めてくれるのは、執事服に身を包んだ男装姿の結月だ。正直全然慰めにもなってないけど、一応感謝はしておく。というか、似合っているのはどちらかと言えば結月の方なのだが。


「いいよな、お前は露出度低くて。俺なんて……」

「確かにそのコスプレが恥ずかしいのはわかるけど、今日は逃げちゃダメだよ伸太郎」

「くそ……!」


悔しそうな表情を露わにするのは『ナース服』を着た伸太郎だ。スカートだから下半身の露出度が高めで、女装だからこそ許される領域である。
試着の時に伸太郎が見つからなかったのは、あまりにこれを着たくなさすぎてトイレに逃げていたのが理由らしい。本音を言えば、このコスプレよりは今の方で良かったと内心安堵している。


「会計の仕事なんだから、俺は着る必要ないだろ!」

「俺も同じこと言ったけど、許して貰えなかったよ……」


憤慨する伸太郎に対して、同じ裏方の晴登はもう観念している。何度抗議したところで、どうせ莉奈のプロ意識を覆すことはできまい。
その後も伸太郎は何かぶつぶつと呟いていたが、結局自分の持ち場についた。


「それじゃ俺たちのシフトは午後からだから、頑張れよ晴登」

「目指せ、最優秀賞〜!」


午後シフトの大地と莉奈は、晴登にそう声を掛ける。
簡単に言いやがって。出店系の出し物は初動が肝心だから、午前シフトの方が大変だというのに。

ちなみに最優秀賞とは、この文化祭において最も人気のあった出し物をした団体に与えられる名誉だ。何か景品があるらしいが、詳しくは知らない。まぁやるだけやってみるけど。


「ドキドキしてきた……」

「柊君なら大丈夫だよ」


一方、晴登の隣で縮こまっているのは、本当に女子かと見紛うレベルで完璧な巫女姿となった狐太郎。彼の悩みはコスプレではなく、純粋に接客に対する不安である。

というのも、彼は今回裏方ではなく、接客をしなければならないウェイター係なのだ。しかもこれは本人の希望である。まさか自分から言い出すとは思っていなかったから、この時は驚いたものだ。
でも彼は今、自分なりに成長の一歩を進もうとしている。それを止める理由は無い。


「何かあったら俺が助けるから」

「……っ! ありがとう!」


晴登がそう申し出ると、狐太郎は目を輝かせて喜んだ。

元よりこれはクラスの出し物。何も1人で頑張る必要はない。サポートし合ってこそ、良い出し物になると思う。


「そろそろ開幕だな。それじゃあ実行委員、何か一言」

「いきなりだな! えぇと……最優秀賞目指して頑張ろう!」

「「「おぉ〜!!!」」」


唐突に大地にそう振られ、何も考えてなかったからさっき莉奈が言っていたことをそのまま言ってしまった。簡単に言っているのはどっちだ。でもクラスがやる気になったっぽいからどっちでもいいか。






場所は代わって体育館。そのステージの裏で複数のクラスが劇の準備を着々と進めている。
今回の文化祭で劇を行うクラスは合計4クラス。加えてその全てのクラスが体育館のステージを利用することになっていた。よって、予めそれぞれ公演の時間が決められており、1日のシフトを4分割したものがそのまま各クラスに振り分けられている。

そして最初のシフトに当てられているのが、この1年2組であった。


「緊張してますか?」

「はぅわっ! ……って、優ちゃんでしたか。驚かさないでください。もちろん緊張してますよ? 何せうちは重要な役なので……」

「大役を押し付けてしまってごめんなさい。でも刻ちゃんならきっと大丈夫ですよ」

「うっ、そんなこと言われたらやるっきゃないですね! ドンと来いバッチ来いですよ!」

「ふふっ、頼りにしてますね」


ステージの準備を進める傍ら、優菜が刻に声をかける。

そう、刻は転入早々でありながら、劇で大役を任されているのだ。緊張しない訳がない。
しかし、優菜の応援を受けて腹を括った。マジシャンたる者、この程度で怖気付くなんて情けない。人前に出て目立つことこそが本領なのだから。

……と、自分の心配ばかりをしているが、逆に目の前にいる人物はどうしてこうも落ち着いているのか。


「優ちゃんは緊張しないんですか? 主役なんですよ? お姫様なんですよ?」


クラス投票によって満場一致で主役のお姫様へと推薦された優菜。対して刻は悪役の魔女である。マジシャンだからという推薦理由はよくわからないが、推薦された手前情けない演技はできない。

お姫様、魔女と役が揃えば、やはり題材は『白雪姫』に限る。しかし、そのままでは味気ないので少しアレンジを加えた。何が違うかは本番のお楽しみだ。


「私なんかがお姫様なんて、照れちゃいますね」

「そんなことないですよ! よく似合ってます! 自信持って下さい!」

「ふふ、ありがとうございます刻ちゃん」


謙遜する優菜を、刻は本心から褒め称える。実際、今の清楚系純白ドレス姿は、普段の制服姿と比べて何倍も可愛くなっている。男の子はもちろん、女の子目線でも見惚れてしまうくらいだ。そして、


「……今さらですけど、そんな美少女に名前で呼ばれるのってすごく嬉しいですね」

「そうですね。私も刻ちゃんにあだ名で呼んでもらえて嬉しいですよ」

「はぅ! 天使!」


頭脳明晰で眉目秀麗な美少女から仲良しの証である名前呼びまでされてしまったら、男子なら絶対に落ちていることだろう。
刻自身、彼女と友達以上の関係になるのも吝かではない。と、冗談はさておき。


「劇、絶対に成功させましょう!」

「もちろんです。お互い頑張りましょう」


こうして、2人はやる気を漲らせるのであった。







『それでは日城中文化祭、開催です!』


文化祭の幕開けを放送が告げる。
軽快なミュージックが流れ始め、まもなく生徒や招待された人々がぞろぞろと校内を回り始めた。


「1番テーブル、ホットケーキ2つ」

「了解!」


『男女逆転コスプレカフェ』という真新しさに惹かれてか、開店と同時にお客さんが入る。早速厨房での出番だが、気負う必要はない。いつも家でしているように作るだけだ。

ちなみに厨房というのは、教室の後ろに机を並べて設営しており、主にホットプレートを用いて調理を行う。
ホットケーキの他にはクレープやフレンチトーストなどのデザート、そしてランチ用にオムライスや焼きそばなんかも用意している。全部誰でもできるような簡単なものばかりだ。


「いらっしゃいませ!」


晴登が調理している一方で、元気良く声を上げるのは銀髪イケメン執事こと結月だ。
その集客力は凄まじく、日本人離れした容姿に惹かれてお店を訪れる人が続々とやって来る。
みんなが結月の魅力に気づいてくれるのは嬉しい反面、少し妬いてしまいそうになる。



そうして、1時間が過ぎた辺りだろうか。
やはり順風満帆とは行かないようで、トラブルが発生した。

晴登のいる厨房は教室の後ろだから、そこから教室全体を見渡せるようになっているのだが、3番のテーブルが何やら騒がしがった。


「ごめん、ちょっと離れる!」

「え、ちょっと!?」


調理を他の人に任せ、晴登はその事態を収拾するために動く。
文化祭期間中は先生がクラスに常駐している訳ではないので、トラブルは生徒たち自身が解決する他ない。
──例えば、お客さんが店員に過度な接触をしていたとか。


「お客様、当店はお触り禁止です!」

「三浦君……」


3番テーブルに座っていたのは、恐らく上級生と思われる男子2人組。そして、接客をしていたのがふかふかな尻尾の持ち主、狐太郎だった。
彼は嫌がってはいるが、相手が上級生ということもあり、強く言えなかったという状況。だから代わりに晴登が注意しに来た。


「あ、また可愛い子出てきた」

「いーじゃんちょっとくらい。この尻尾すっげぇふかふかでさ」

「男の子なんでしょ? ちょっとくらい許してよ。もしかして本物の女の子だったりすんの?」


しかし、2人組はコスプレ衣装の尻尾くらい良いじゃないかといった様子で、触るのをやめようとしない。狐太郎はそれを目をギュッと瞑ってなすがままにされている。

本当に装飾の尻尾であれば、まだ落ち着いていられる。が、その尻尾は本物だ。つまり、これはボディタッチ案件なのである。
せっかく狐太郎が学校に馴染めるように手を尽くしているというのに、そういった行為を看過できる訳がない。


「その手を、離してください」

「痛っ、こいつ……!」


尻尾を触っている2人組の腕を無理やり引き剥がす。晴登の握力は至って平均レベルだが、そのレベルでも強めに握ればそれなりに痛い。
へらへらしていた2人もさすがに表情を変え、1人がもう片方の手を出そうとする。穏便に済ませたかったが、どうやらそうは行かないらしい。

大丈夫、素人の攻撃なんてその軌道さえ見切ればいなせ──


「え?」

「は、なんだお前?」


予知によって被害を最小限に減らそうとしていた晴登は、その状況に戸惑いの声を上げた。一方、晴登に伸ばしていた腕の手首の辺りを何者かに掴まれた男子は、凄みながらその正体を確かめようとする。
するとそこには、黒服を着こなした銀髪の少年……もとい、結月が立っていた。彼女の表情は決して穏やかではない。


「今何しようとしたの?」

「あ?」

「ボクのお嬢様に何しようとしたのかって訊いてるんだけど」


手首を掴んだ結月の目つきは険しく、晴登ですら気圧されてしまいそうになる。
歳下の、しかも男装した女子が相手だとわかっているのに、その圧でさっきまで態度のデカかった先輩も少しずつ表情が揺らいでいく。そして極めつけは、


「え、何、冷たっ!? ちょ、ま、待ってくれ、俺が悪かったからその手を離していてててててて!」

「お、おい、大丈夫か!?」

「お客様だからって限度があるよね?」

「「ひいっ!!」」

「(ちょ、結月! 角! 角出てるって!)」


ミシミシと音が立ちそうなほどの怪力と謎の冷気を前に完全に怯えてしまった2人組。彼らには結月がまるで鬼のように見えているのだろう。だって、実際彼女の額から角が出てきてしまっているのだから。


「「し、失礼しましたぁ〜!!」」


しかしそれに言及するよりも早く、彼らはその場から立ち去っていく。
結果的に、一部始終を見ていた周りのお客さんから拍手が上がるくらいには、スカッとした一幕であった。

上級生だろうと関係なく圧倒する結月に、晴登はただただ感心する。とはいえ、


「結月、あれはやりすぎだって」

「う、だってハルトを守りたくてつい……」

「その気持ちは嬉しいけど、結月に何かあったらどうするの?」

「それは……」


結月が凄いのは当然だがそれはそれ。晴登が言いたいのは、もっと自分を大事にして欲しいということだ。
晴登にそう指摘され、結月はいつの間にか角も引っ込めてしおしおと俯いている。

そもそも、今回は晴登がもっと強ければ結月の力を借りなくて済んだ話である。彼女を守ると決めたのだから、そう何度も守られてしまうとちょっぴり歯痒い。


「大丈夫だった、柊君?」

「う、うん、ありがとう2人共。さすがだね」

「さすが? 何かあったら助けるって言ったでしょ?」

「そうそう」

「でも本当にできちゃうんだから凄いよ。僕にはとても真似できないから……」


狐太郎はそう嘆きながら肩を落とす。
どうにも彼は自分のことを過小評価しているようだが、晴登はそうは思わなかった。


「そうでもなくない?」

「え?」

「だって運動会とか林間学校とか、みんなのために頑張ってたでしょ? 柊君も十分凄いって」

「そんなことは……」

「あるよ」


世辞でも何でもなく、これは晴登の本心からの言葉だ。そして事実でもある。
他人を尊重するのも良いけど、彼はもっと自分を省みるべきだ。


「もっと自信持ちなよ。ね?」

「……うん。ありがとう、三浦君」


晴登が笑顔を見せると、狐太郎は微笑みを返した。

初めて会った時と比べると、彼の笑顔は随分増えた。晴登の影響ももちろんあるだろうが、何より彼を差別しないでくれたこのクラスのおかげでもある。
彼の過去がどんなものかは知らないが、それよりも今が楽しいって思ってもらえるようにこれからも努めていきたい。


「さて、それじゃ仕事に戻ろうか」

「うん!」


トラブルも解決したし、晴登には他の人に任せっきりにしていた仕事があったので、急いで戻ることにした。
その隣、元気良く返事をした狐太郎も自分の仕事に戻ろうとする。が、


「……え?」

「どうしたの? 柊君」


突然、狐太郎がか細い声を漏らしたので、何事かと問いかける。せっかく元気を取り戻したところなのに、今度は一体どんなトラブルが起こったのだろうか。


「この匂い……いや、まさか……」


信じられないといった面持ちで、匂いを頼りに視線をさ迷わせる狐太郎。何か変な匂いでもするだろうか。晴登にはちっともわかんない。

だがついにその匂いの元を嗅ぎつけた狐太郎は、廊下にいる2人の人物と目が合った。


「何でここに──お父さん、お母さん」

 
 

 
後書き
気づいたらまた2ヶ月経ってました。お久しぶりです、波羅月です。最近時間の流れが早くて早くて、あっという間にぼっちおじいちゃんになってそうで不安です。誰か拾ってください()

さて、ようやく文化祭が始まったと思ったら、何やらいきなり不穏な気配。まさか過去回……?
ちなみに、皆さんは柊君の登場回を覚えておいででしょうか。まぁ100話以上前なんで覚えている方が凄いです。忘れていた方はこの機会に見直して頂いて……いや、昔の文章好きじゃないんでやっぱりいいです泣

最近更新間隔が長引いてて大変申し訳なく思っているところですが、恐らく次回の更新はさらに遠いです。3ヶ月を目処に頑張りますが、どうなるかはわかりませんので気長にお待ちください。その更新さえ済ませば、また少しずつペースを上げて行けたら良いなと思っております。

ということで、今回も読んで頂きありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 

 

第130話『なりたい自分』

 
「お父さんお母さんって……」


ふと漏らした狐太郎の呟きを晴登は聞き逃さなかった。
そしてすぐに彼の向く方向を見ると、確かに教室の外からこちらを見ている男性と女性がいる。しかし気づかれたとわかるや否や、彼らはそそくさとその場を去っていった。

狐太郎の両親といえば、今は海外にいるという話だったが、いつの間に帰って来たのだろうか。それとも狐太郎の様子を見に、わざわざ文化祭に来たのだろうか。


「だったら逃げることないのに……」

「僕と顔を合わせるのが気まずいんだろうね。別に来なくていいのに」


狐太郎の反応が珍しくドライである。彼にとって両親は狐太郎の病気から逃げた薄情者だから、相当嫌っているようだ。

実のところ、晴登も狐太郎の両親は悪者だと思っていた。病気の治療のためというのは建前で、逃げるために海外に行ったという狐太郎の主張を信じていた。けど、狐太郎の両親をこの目で見て、


「本当に悪い人たちなのかな……」


遠目で見てもわかるぐらいに彼らはやつれていた。表情も暗く、元気もない。それでも、狐太郎を見る顔には驚きと安堵の色が浮かんでいた。
彼らも苦労したのだろう。そして同時に後悔もしたはずだ。理由が何にせよ、息子を置いて行ってしまったことには変わりないのだから。もしかすると、今日はそのことを謝りに来たのかもしれない。狐太郎の言う通り、今は気まずくてついこの場から離れてしまったとしても、狐太郎と話すタイミングをまた窺ってるだろう。

それなら、友達として一つお節介を焼くことにする。


「ちょっとあの人たち連れ戻して来るね」

「えっ!? いいよ、わざわざそんなこと……」

「じゃあ後で会いに行くの?」

「それは……」


予想通り晴登のお節介を断る狐太郎に、少し意地悪な返しをしてやった。彼にはそもそも両親と会う気も話す気もない。だからこそ、晴登がこうして代わりに動こうとしているのだ。


「三浦君は知ってるでしょ。あの人たちが僕に何をしたか……」

「知ってるよ。でも向こうから来てくれたんだ。これはチャンスだよ」

「チャンスなんかじゃないよ。もう会いたくない」

「──そうやって、いつまで逃げるの?」

「……は?」


いつまでもウジウジしている狐太郎を見て、ちょっと口が滑って本音が出てしまった。だが取り繕いはしない。最初から、いつものように絆して説得できるとは思っていないのだ。


「僕は別に逃げてなんか……!」

「逃げてるよ。そしてこれからも逃げようとしてる。いつになったら両親と向き合ってあげるの?」

「……っ、三浦君には関係ないだろ!」

「あるよ!」

「っ!」


痛いところを突かれ、狐太郎が柄にもなく声を荒らげたところで、張り合うように晴登も大声を上げる。
周りの目がこちらを向き始めるが、今は構っていられない。


「俺が無理言って君を外に連れ出したんだ。だったら、最後まで手を貸すのが筋じゃないの?」


これは偽善で、自己満足で、狐太郎の気持ちを度外視した晴登のエゴだ。彼が辛い過去を持っているのは知っているし、今も心のどこかで苦しんでいるのだろう。それでも、


「君は独りじゃない。ちゃんと両親に向き合ってあげて欲しい」


今回は『友達がいるから』ではなく、『両親がいるから』という意味だ。親と子が離ればなれのままなんて、そんなの良い訳がない。真っ直ぐな晴登の言葉に、狐太郎は押し黙ってしまう。


「ちょっとちょっと、どうしたの二人共?」

「ごめん、ちょっと席外すね」

「え、三浦君!?」


いつの間にか賑やかだった教室も静まり返っており、全員が晴登と狐太郎に注目していた。そんな中、ようやく話が落ち着いたのを見計らって、クラスの女子が声をかけてくる。普段口論することのない2人が騒いでいてさぞ混乱したことだろう。

空気を悪くして申し訳ないと思っている。だが、その償いはすぐにはできない。なぜなら今は、文化祭の出し物以上にやるべきことがあるから。
晴登は着の身着のまま、教室から飛び出して行った。


「柊君、何があったの?」

「……僕もちょっと休憩します」

「え? え?」


晴登に置いてけぼりにされ、残った狐太郎に事情を聞こうとするも、彼もそう言って教室から出て行ってしまう。
残された女子は状況が理解できず、ただただ困惑するのみだった。







「どこだ……」


晴登が廊下に出ると、もう狐太郎の両親の姿はどこにも見えなかった。ただでさえ人が多いのに、見失ってしまったら探し出すのは困難を極める。
顔は表情が印象的だったから何となく覚えているが、それだけの手がかりでは足りない。

──だから、この力に頼る。


「"晴読"!」


"晴読"を発動すると、目の前にいくつもの風の流れが現れた。この風一つ一つが未来を表しており、晴登はその内容まで把握できる。だから『晴登が狐太郎の両親を見つける』という未来を探すという作戦だ。


「本当は過去も視えたら楽なんだけど」


『あの2人がどこを通ったか』という"線"が視えれば、『あの2人をどこで見つけるか』という"点"で探すよりも効率が良いのは明らか。しかし、未来しか視えない晴登にそれはできない。
それにこれだけ人も多いと、その分未来の風も多い。『"晴読"の力を使う時は30秒のクールタイムを設けて5秒のみ』という自分ルールを守るためには、結局足を動かすことになりそうだ。


「すいません! 通ります!」


ドレスを揺らしながら、人混みを抜ける一人の少女。当然周りの目を引くが、誰もこの少女が少年であることに気づかない。もっとも、この時の晴登はそんなことを気にする余裕もなかったのだが。


「……視えた」


"晴読"を使って2人を探し、クールタイム中は走って探す。その繰り返しを何度かやって階段に辿り着いた辺りで、ようやく未来への導きが現れた。その風は階段を上るように進んでおり、その行き先は──


「屋上か」


一気に階段を駆け上がり、屋上へのドアを押し開ける。開けた視界の先には、2人の男女が立っていた。
ドアが開いた音に反応して2人は振り返る。そして晴登を見て驚いた表情を浮かべた。


「柊君の……狐太郎君のご両親ですか?」

「え、ええ」


まずは人違いではないことの確認。少し不安だったが合っていたようだ。
どちらも狐太郎に似て美形でスタイルも良く、年齢も晴登の両親よりも若そうだ。しかしその顔に覇気はなく、服も質素でなんかもったいないという印象だ。
ちなみに、狐太郎の親だからといって、耳や尻尾が生えている様子はない。病気は遺伝という訳ではないようだ。


「君はさっき狐太郎の隣にいた──」

「三浦 晴登といいます」

「三浦 晴登? ……そうか、君が山本先生の言っていた子だね」

「え?」

「この文化祭に来るために、山本先生に便宜を図ってもらったんだ。君のことはよく聞いているよ」


突然山本の名前が出て困惑したが、その付言を聞いて何となく察した。先生と保護者が連絡を取り合うことは不思議なことじゃないし。


「狐太郎が学校に行けるように一役買ってくれたそうだね。本当にありがとう」


やっぱり、この人たちは狐太郎のことを心配していたのだ。でなければ、こんなに柔和な笑みを浮かべるはずがない。


「それで、私たちに何の用かな?」

「えっと、さっきは狐太郎君に会いに来たんですよね? 何か伝えたいことでもあるのかと……」

「それを訊くためにわざわざここまで追ってきたのかい? 噂に違わぬお人好しだね」


噂、というのはこれまた山本によるものだろうか。どんな噂が流されているのか気にはなるが、今の目的はあくまで彼らと狐太郎の仲介。ひとまず噂の件は置いておこう。


「そうだね、今日は狐太郎に大事なことを伝えに来たんだ」

「……大事な、こと?」


含みのある言い方をされ、嫌な予感が頭をよぎる。まさか、狐太郎の病気はもう治らないとか? これから悪化するしかないとか? それとも、家族の縁を切る……とか?


「実は狐太郎の病気の原因が判明したんだ」

「ホントですか!?」


最悪の場合まで想像してしまったが、杞憂に終わって本当に良かった。
それはそれとして、そんな嬉しいニュースは早く狐太郎に伝えなければ。


「狐太郎君はあなたたちが逃げたと言っていましたが、やっぱりそんなことはなかったんですね」

「……いや、逃げたさ。それは間違いじゃない」

「え……?」

「少し、昔話をしようか」


彼らが海外に行ったのは、確かに病気を調べるためだった。しかし、『逃げた』という狐太郎の言い分は否定しない。
その詳細を晴登に伝えるべく、狐太郎の父親はそう切り出した。


「実は狐太郎のあの耳と尻尾は生まれつき生えていた訳じゃないんだ」

「え?」

「正確には6歳……小学校に入学したすぐの頃だった。朝起きたら狐太郎にあるはずのないものが生えていて、そりゃびっくりしたよ」


狐太郎の父親は苦い過去を思い返すように語り始めた。


「その異常事態に私たち大人は何とか順応できても、子供はそうはいかない。小学生のいじめの理由なんて些細なものだ。自分と見た目が違う、ただそれだけで石を投げることができる」


狐太郎がいじめられていたという話は聞いていたが、やはり見た目によるものだった。いじめなんて絶対にあってはならないというのに、そんな単純な理由で横行されてはたまったものではない。


「私たちだって、狐太郎を守ることに尽力した。それで小学校は何とか乗り切ったんだが……」

「……」

「中学校の話を出すと当然狐太郎は拒んだ。狐太郎にとって、学校はいじめられる場所でしかなかったから。でも学校に通うのは義務だ。私たちは何とか説得しようとしたが、そこでメンタルが限界を迎えてしまったんだろう。そして──」


彼らはその続きを言う代わりに、袖を捲る。そこには獣の爪で抉られたような、深い傷跡が残っていた。


「これは、その時狐太郎から受けた傷だ」

「「嘘っ!?」」


その言葉を聞いて晴登は驚きの声を上げる。しかし、その声は1つじゃなかった。
振り返ると、晴登よりも狼狽している狐太郎の姿があった。いつの間にか晴登を追いかけて来ていたようだ。


「……聞いてたのか」

「その傷、本当に僕が……?」

「その様子だと、やはり覚えていなかったようだな。本当にすまなかった。お前からすれば、訳もわからず置いていかれたと思ったことだろう」


狐太郎からそんな話を聞いたことはなかったが、彼からしても初耳だったらしい。
あんな傷跡、狐太郎が付けたとはとても思えないが、やられた側がそう言ってるのだから、きっとそれが事実なのだろう。


「だがわかってくれ。あの時は、ただただ怖かった。今でも時折この傷が疼くくらいには、まだ記憶に新しい。本当にお前は私たちの息子なのかと、疑いすら持ってしまった。親として情けない限りだよ」

「だから距離を置いた、と」

「そうだ。他にやり方もあっただろうが、何せ気が動転していてね。別居するしか選択肢が思いつかなかったんだ」

「そう、だったんだ……」


狐太郎の父親は唇を噛み締めて、後悔を露わにする。一方、狐太郎も自分が加害者でもあったという事実を知り、頭を抱えて俯いてしまった。


「では、なぜわざわざ海外に?」

「突然獣の耳や尻尾が生える病気なんて、日本で聞いたことがなかったからね。医者として、本気で取り組む必要があったんだ」

「なるほど……というか、医者だったんですか」

「一応ね」


ようやく事の真相が明らかになってきた。
まず彼らが狐太郎から逃げたのは、自分たちの身を守るためだったのだ。あの傷を見れば、そうしたくなる気持ちもわかってしまう。
そして海外に行ったのは、狐太郎の病気について本格的に調べるため。
つまり、狐太郎と狐太郎の両親の主張はどちらも正しかった訳だ。


「それで、何がわかったんですか……?」


ここで最初の質問かつ主題に戻る。
海外に渡ってようやく見つけた、長年狐太郎を苦しめていたものの正体。それは──


「狐太郎の変化は、病気によるものではなく、"魔術"によるものだと」

「「……え?」」


その答えに、思わず素っ頓狂な声が漏れてしまった。狐太郎も顔を上げて、話の続きに興味を示す。


「驚くのも無理はない。私たちだって未だに半信半疑さ。でも今日ここに来たのはその事実を確かめるためでもあるんだ」


晴登と狐太郎の反応は当然だと彼は苦笑した。だが狐太郎と違い、晴登は別の意味で驚いている。

まさか、ここで「魔術」というワードが出てくるとは。しかし、考えてみれば辻褄は合う。狐太郎の特異体質は病気の類だと思っていたせいで、その可能性に考えが至らなかった。


「……ちなみに、どうやって確かめるんですか?」

「こればっかりは、魔術に精通している人に訊く他ない。だが幸運にも、手がかりはすぐ目の前にある」

「え?」


彼らがどの程度魔術について把握しているのか、探るように訊いてみると晴登のことを真っ直ぐ見据えてそう言った。


「白々しいな、君だよ。三浦 晴登君。君は魔術部に所属しているそうじゃないか」

「!?」


どうしてそのことを。……いや、山本から聞いたのだろう。つまり、彼らの目的には晴登も入っていたということか。

と、そこで狐太郎が口を挟む。


「……お父さん、残念だけど、魔術部はマジックを研究する部活だから、お父さんたちが探してる魔術とは別のものだよ。そうだよね、三浦君?」


狐太郎は晴登たち魔術部がいつも使う誤魔化しの文句を信じてくれている。いや、そもそも魔術の存在を信じていないからこそか。
彼の言葉に頷けば、晴登はこれからもマジックが得意な一般人であり続けることができる。

──だが、本当にそれでいいのか。

彼らは魔術という未知の分野を知り、その専門家に助けを求めている。ここで晴登が逃げるということは彼らを、ひいては狐太郎を見捨てることに他ならない。なら、答えは一つだ。


「ごめん、狐太郎君。その話は嘘なんだ。──魔術部は、名前の通り魔術を研究する部活です」


晴登の真剣な表情を見て、嘘をついていないことはすぐにわかってくれたようだ。2人の顔に希望の色が見え始める。
ここからの話は実物を見せながらの方が話が早いだろう。


「場所を変えましょうか」







「ここが、魔術部の部室です」


屋上から場所を移動して、魔術室にやって来た。文化祭中とはいえ、この教室を使うような物好きはいないので、周りに人は少なく、内緒話をするにはもってこいの場所だ。


「見たことない道具がたくさん……!」

「それは前部長が置いていったやつですね。俺もよくわかりません」


教室の中を見渡して、狐太郎は無造作に置かれている魔道具に反応した。これらはほとんど終夜が作ったものであり、魔法陣の描かれた布やいつぞやの拘束テープ、変な形の剣やマジックアームのような何かと、晴登にすら使い方のわからない道具もたくさんある。それなのに、なぜか見ているだけで心が踊るのは少年の性というものか。


「でも魔術を調べるなら──あった。これしかないですね」

「これは?」

「魔力測定器です。その人に眠る、魔術の素質を計るための道具です」

「魔力測定器……! 資料にあったものだ!」


狐太郎の父親の食い気味な反応に驚きつつ、本当にちゃんと調べていたんだと感心した。そして、どうやって調べて『魔術』に辿り着いたのかはちょっと気になる。

それはそれとして、ここで一つ困ったことがある。実は晴登はこの魔道具の使い方を知らないのだ。ここまで頼れる専門家ムーブをしていただけに、そのカミングアウトをするのは非常に心苦しい。

その時だった。


「──あれ、鍵開いてる。うわ!? だ、誰!?」

「あ、副部長……じゃなかった、辻先輩! いい所に!」

「その声……三浦!? 何で女装してんのよ?!」


なんとナイスタイミングで部室に現れたのは緋翼だった。もっと頼れる先輩の登場に、晴登は内心胸を撫で下ろす。

あと緋翼の言葉で思い出したが、今晴登は女装かつコスプレ中なのだ。パッと見で誰かわからないのは当然だし、狐太郎の両親や先輩の前でこの格好をしていることにようやく羞恥心を覚える。


「い、今はその話は置いといて下さい! それより、これの使い方教えてくれませんか?」

「あ〜魔力測定器のこと? ごめん、そういうのは黒木に任せてたから私にはわかんないわ」

「そ、そうですか……」


タイミングこそ最高だったが、緋翼の力が及ばないと知り、がっくりと肩を落とす。
その様子を見かねた緋翼がすかさずフォローに入る。


「ごめんって、そんなに露骨にがっかりしないでよ。ところでこの人たちは? というか、君は確か運動会で会ったよね?」

「そ、その節はどうも……!」


緋翼を見て、狐太郎は背筋を正して頭を下げた。
ただの知り合いにしては、やけに畏まっているようだが、一体どんな交流をしたのだろうか。気になるから後で訊いてみよう。


「それで、何だって文化祭の真っ最中に魔力測定器を使おうと? 只事じゃなさそうだけど」

「それは私から説明を。実は──」


緋翼の質問に対して、狐太郎の父親がこれまでの一連の流れを緋翼に説明する。緋翼はその話を聞いて驚いていたが、最後には頷いて結論を出した。


「なるほど、話はわかりました」

「どうですか? 魔術の知見を持つ方の意見を聞かせてください」

「そうですね。その耳と尻尾は変だと思っていましたが、魔術と言われれば納得もいきます。大方、変身系の能力(アビリティ)で、制御ができずに一部が外見に現れているパターンでしょう」

「そ、それじゃあこの子は……」

「十中八九、魔術の影響ですね。魔力測定器を使わないと断言はできませんが……」


緋翼の見解は晴登の考えと概ね一致している。変身系の能力(アビリティ)は魔導祭でいくらか見てきたし、その可能性が大いに高い。
であれば、あとはこの説を裏付けるだけ。


「……俺、ちょっと黒木先輩探してきます!」

「その必要はないわよ」

「え?」

「だって、ほら」


魔力測定器を動かすために終夜を探そうとすると緋翼に止められる。
その制止に晴登が疑問符を浮かべていると、彼女は扉を指さした。するとちょうどそのタイミングで再び扉が開かれる。


「よっと。辻、いるか……って、うわ、誰だお前」

「黒木先輩!」

「その声……三浦か!? 何で女装してんだ?!」

「その件さっきやりました」

「あれ、何か冷たくない?」


今度こそ正真正銘の救世主である終夜が現れた。
そして示し合わせたかのように緋翼と同じ反応をされたが、ツッコむのも面倒なので話を進めさせてもらう。


「えっと、これはかくかくしかじかで……」

「まぁつまるところ関係者って訳か? じゃあちょっと待っててくださいねっと」


ざっと経緯を説明すると、終夜は納得して魔力測定器の準備に取り掛かる。後学のために横から覗いて見たが、何をしてるのかはさっぱりわからなかった。


「よし、それじゃあここに手をかざして」


いつものように指示を出す終夜。
今から未知の出来事が起こるのだと、狐太郎はゴクリと喉を鳴らしてから恐る恐る手を出した。

終夜は狐太郎に目を瞑って集中するように指示を出し、魔力測定器を動かす。すると中央の水晶が光り、その周りの輪っかが回転を始める。

──時間にして約20秒。駆動を終えた測定器から何やら紙切れのようなものが出てくる。恐らく、あれに能力(アビリティ)について記述されているはずだが、果たして。


「"妖狐(ようこ)"、レベル2か。うん、その狐みたいな耳と尻尾は確かに魔術のせいだ」


終夜は淡々と伝えたが、その報告は柊一家と晴登にとって待ちわびていたものだった。
狐太郎の両親は手を取り合って喜び、一方狐太郎は反応に困った様子だ。

そんな彼らに、終夜は問いかける。


「それで、これからどうするんですか?」

「魔術を使えるようになれば、この耳と尻尾を引っ込めることができるようになるんですよね? だったら魔術の扱い方を教えていただければ……」

「なら、話は早いですね。魔術部に入部しましょう。それしかありません」


最初から答えがわかっていた質問なので、営業トークのように早口でまくし立てる終夜。引退してもなお、部員が欲しいことに変わりはないらしい。


「……本当に大丈夫なんでしょうか?」

「もちろんです。俺はもう引退しましたが、今はこいつが頼もしい部長としてやってくれています」


終夜の様子に狐太郎の父親が疑念を持つが、現部長が晴登と知ると、快く首肯した。


「だったら──いや、こういうのは本人が決めないと意味ないですよね。狐太郎、お前はどうしたい?」


だが、それを親が決めたから決まりという訳ではない。決めるのは当事者である狐太郎なのだから。

みんなの視線が狐太郎に集まる。彼はまだ状況についていけてなかったが、これだけは言わなくちゃいけないと口を開いた。


「お父さん、お母さん、ごめんなさい。疑ってたのは僕の方だった。ずっと逃げられたって、捨てられたって思って……でも違ったんだ。僕は独りじゃなかった。家族も、友達も、みんな僕を助けようとしてくれていたんだ」


己の過去を悔い、両親に謝罪する狐太郎。だが誰も彼を責めることはできない。彼は言わば運命の被害者なのだから。


「この耳と尻尾が憎い。治せるなら今すぐ治したい。……でも、一つだけ気になってることがあるんだ」

「何?」

「もしこれがなくなったら、何の特徴も無い僕のことなんか誰も興味を持たなくなって、友達がいなくなるんじゃないかって不安で……」


狐太郎の一抹の不安。それは決して小さくない悩みだ。
もはやトレードマークと呼べるほど、狐のような耳と尻尾は彼に馴染んでしまっていた。最初はそれ目当てで彼に近づいた人もいるだろう。だからそれを失うことで、交友関係が崩れてしまうと思ってしまうのは仕方のないことである。しかし、


「そんなことないよ。みんな狐太郎君の外見だけで友達になってる訳じゃない。優しくてちょっと引っ込み思案だけどやる時はやる、そんな狐太郎君の中身も含めて、みんな狐太郎君のことが好きなんだ」


「何ならみんなに訊いて来ようか」とおどけてみせた。これは晴登の本心であり、みんなの本心でもあると信じている。狐太郎は人としてとても好ましい。だから自信を持って欲しいと常々伝えているのだ。


「なりたい自分になっていいんだよ」


それが、晴登が狐太郎に最も伝えたいことだった。自分を変えることに不安が伴うのは当然のことだ。でも、それを手助けするために晴登がいる。狐太郎がどんな答えを出そうと、それを尊重するつもりだ。


「僕は──自分を変えたい」

「うん」


意を決したように、狐太郎は答えを口にした。その答えを待っていたかのように、晴登は頷いて応える。


「困っている人に手を差し伸べられるような強さを持った、三浦君みたいな人になりたい」

「うん……うん?」

「魔術部に入ったら、もっと三浦君に近づけるかな?」

「え、あれ、そんな話だったっけ?」


『自分を変えたい』というのは外見の話だと思っていたのだが、いつの間にか彼の中では内面の話に変わっていたらしい。
しかし彼の瞳を見れば、決してふざけている訳ではなく、目の前にいる憧れの人を目指してやる気を漲らせていることは言うまでもなくわかる。
だったら、ここでわざわざツッコミを入れるよりかは、質問に答えてあげた方が良いだろう。


「……なれるよ。君はもっと強くなれる」

「そっか。……決めた、僕は魔術部に入るよ。これからもよろしくね、三浦君!」

「こちらこそよろしく、狐太郎君!」


途中で話がすり替わって動機がズレたとしても、狐太郎が自分を変えようとしている事実に変わりはない。だからもちろん彼の入部は大歓迎だ。天野に続いて、また仲間が増えてとても嬉しい。

彼を立派な魔術師にする。それがこれからの晴登の目標だ。


「──ところであんたたち、その格好って出し物の途中なんじゃないの? ここで油売ってていいの?」

「はっ! ヤバい、急いで戻らなきゃ! 行こう、狐太郎君!」

「う、うん! お父さん、お母さん、また後で!」

「っ! あ、あぁ」


緋翼の言葉で晴登と狐太郎は仕事をほっぽり出して出てきてしまったことを思い出し、急いで魔術室を出て行く。
その時何気なく狐太郎が言った「また後で」という言葉に、狐太郎の両親は涙を浮かべながら笑顔で応えた。






晴登や狐太郎が部室を出た後のこと。
狐太郎の両親を見送ってから、緋翼は部室を扉の鍵を閉める。


「先輩に尻拭いをさせるなんて、随分と生意気になったものね」

「全くだな」

「あんたは人のこと言えないでしょ」

「はて、何のことやら」


部室の前に残った2人は、いつもの調子でやり取りをする。クラスが異なり、魔術部を引退した今、会う機会は減ってしまったが、こうして話しているとあの頃に戻った気分になる。


「それにしても、まさかこんなドラマみたいな展開に巻き込まれるなんてね」

「誰かさんがここを待ち合わせ場所にするからだろ」

「だってわかりやすくていいじゃない。それに、人助けができたんだから気分は良いわ」

「お前何もしてないじゃん」

「うるさいわね! 細かいことはいいの!」


そもそも緋翼と終夜がなぜ魔術室にいたのかという理由についてだが、実は文化祭を一緒に回るためにちょうどこの時間にこの場所で待ち合わせをしていたからである。ちなみに誘ったのは緋翼の方からだ。


「てか、何でわざわざ俺誘ったの? お前友達いなかったっけ?」

「一言余計よ! 私が誰と文化祭回ろうが勝手でしょ!」

「だからその相手が俺なことに疑問を抱いてるんだが──はいはい、わかりましたよ。もう訊かないからそんなに睨むなって」

「わかればよろしい」


これ以上ちょっかいをかけて機嫌を損ねる方が厄介だと気づいた終夜は、大人しく緋翼の隣を歩くことにした。


「ほら行くわよ、黒木」

「へいへい」


そうして笑顔の緋翼と少し呆れ顔の終夜は魔術室を後にしたのだった。 
 

 
後書き
おっひさしぶりです。波羅月です。3ヶ月を目処と言っていたのに4ヶ月経ってしまってごめんなさい。本当は8月中には更新できるはずだったんですけど、ちょっと盛り上がりに欠けるかなって詰めに詰めた結果、ボリュームがとんでもないことになってしまいました。いや〜反省反省。

とはいえ、ようやく柊君の過去について触れることができました。胸のつかえが1本取れてホッとした気持ちです。ちなみにつかえはあと10本くらいあります()

いっぱい文字書いて少し疲れてしまいましたが、まだ文化祭は始まったばかりなので、執筆に戻りたいと思います。
今回も読んで頂きありがとうございました! 次回もお楽しみに! では!



P.S.
この話を書くにあたって、少し矛盾が生まれてしまったので、第11話『空白の一席』に加筆しました。読み返すほどではありません。 

 

第131話『来訪者』

 
前書き
あけましておめでとうございます。2024年もよろしくお願いします。 

 
狐太郎とその両親の仲直りができ、一段落を迎えた。しかし、出し物の仕事を放り出して突発的に教室を出て行ってしまったことを思い出し、晴登と狐太郎の2人は急いで戻っているところだ。


「ねぇねぇ三浦君」

「何?」

「魔術部に入るって成り行きで決めちゃったけどさ、魔術って何なの?」


早歩きで戻る道中、狐太郎は当然の疑問をぶつけた。
晴登は今まで、魔術部をマジック部のようなニュアンスで話していたが、屋上や魔術室での会話を経て、事実は異なるものだと狐太郎も理解できている。
魔術部に入部することも決まった訳だし、信頼できる彼になら話しても良いだろう。


「う〜ん、詳しくは部活の時に説明するけど、とりあえず魔法とか超能力とかそういう類の非現実的な力だよ」

「へぇ〜凄いね。その力が僕にもあるってこと? というか、この耳や尻尾の正体がそれなんでしょ? 全然気づかなかったな〜」

「うん、本当に気づきませんでした……」

「あ、ごめん、別に責めてる訳じゃないよ!」


狐太郎はそう言うが、晴登としては今回の一件は自身の不徳の致すところなので、申し訳ないという気持ちが大きい。初めて出会った時から近くにいたのに、全く気づいてあげられなかった。
そんな罪悪感に苛まれる晴登を見て、狐太郎はすぐさま話題を変える。


「そ、そういえばさっき、僕のこと『狐太郎君』って呼んでたね」

「あ、あれはご両親の前だったから……! もしかして嫌だった?」

「ううん。むしろ……これからもそう呼んで欲しいかなって」

「もちろん! じゃあ俺のことも『晴登』って呼んで!」

「うん、晴登君!」


互いの呼び方を改め、一段と仲が深まった気がした。

……彼には今まで名前呼びするような友達はいたのだろうか。ご両親の話を聞く限り、友達という存在そのものがいなかったのかもしれない。だからこそ、彼は友達という関係に固執するし、名前呼びに人一倍の喜びを見せる。
これからはクラスメイトというだけでなく、魔術部の仲間として彼を助けてあげたい。


「晴登君、ありがとう」

「え? どうしたの急に」

「僕は晴登君にずっと助けられてばっかだなって。学校に行く一歩を踏み出した時も、林間学校の時も、それにさっきだって。僕、晴登君がいなかったら今もずっと引きこもってたと思う」


ほんの半年前だ。あの時晴登が狐太郎と友達になろうとしなければ、今この瞬間は生まれなかった。言わば、晴登の存在が彼の運命を変えたということだ。そう考えると己の図々しさに少し恥ずかしくなってくる。


「晴登君は僕のヒーローだよ」


だが、とびっきりの笑顔で、狐太郎は言った。
ヒーローと言われたのはこれで二度目だろうか。晴登自身がそうは思っていなくとも、助けられた相手は決して忘れない。


「べ、別にそんなことないって。友達として当たり前だよ」

「……やっぱり晴登君はかっこいいね。結月さんが好きになるのもわかるな」

「え?」

「な、何でもない! 何でもない!」


「ヒーロー」と呼ばれて照れていると、続けて狐太郎が何かをボソッと呟く。結月がどうとかと聞こえたが、訊き返すとはぐらかされてしまった。


「いつか恩返しができると良いんだけど。あ、そうだ、僕の尻尾触ってみる? 他の人は抵抗あるけど、晴登君だったらいくらでも触っていいよ」

「え!? いや、それはさすがに……」

「遠慮しなくていいって。自分で言うのもなんだけど、結構触り心地良いと思うよ」


そう提案して、狐太郎はふさふさの尻尾を揺らす。その艶やかな毛並みを見ていると、触るどころか抱きしめたくなる衝動に駆られてしまうが、


「す、凄く魅力的な提案だけど、またの機会にしておくよ」


2人きりならまだしも、今は文化祭中で周りに人も多い。人前で狐太郎の尻尾に抱きつこうものなら、それはセクハラと相違ないのではないだろうか。ゆえに、晴登は唾を飲み込んで我慢する。

もう教室は目の前だ。早く戻ってみんなに謝らないと──


「今戻りました──」

「遅い」

「ひっ」


晴登が入口から顔を出すのと同時、鋭い視線と低い怒声を浴びる。それに気圧された狐太郎が小さく悲鳴を漏らした。


「伸太郎!? 何でそこに──」

「誰のせいだと思ってんだ。理由も言わず出て行きやがって。そのせいで突然表に駆り出された俺の気持ちを考えてみろ」


今にも人を殺しそうな険しい表情をしていたのは、会計の担当だったはずの伸太郎だった。彼は晴登と狐太郎の欠員を埋めるべく、裏から引っ張り出されていたのである。
様子を見るに、かなり怒っているのは言うまでもない。ここはちゃんと謝って穏便に済まそう。


「すいませんでした……」
「ごめんなさい……」

「ちっ。早く持ち場に戻れよ」

「あ、そうだ、聞いてよ──」

「話は今日の仕事が終わってからにしろ」

「……はい」


と、弁明がてら狐太郎について話そうと思ったが、呆気なく一蹴されてしまう。彼にとっては、今すぐ仕事を代わってもらう方が優先らしい。

当然その要求に逆らえる訳もなく、それから2人は黙々と仕事をこなすのだった。







「やっほー! やってるー?」

「思ったより人来てるな」

「あ、ダイチ、リナ、いらっしゃいませ!」

「うお、イケメン……」

「そりゃ集客もバッチリな訳ね」


午前が過ぎようとしていた頃、シフトの交代がてら大地と莉奈が顔を出してきた。


「よく似合ってますよ、結月ちゃん」

「完成度高いですね〜」

「ユウナ! トキ!」


他にも優菜と刻が一緒だった。大地と莉奈は2組の劇を観に行くと言っていたから、その後合流したのだろう。


「4名様ですか?」

「そうそう! 何なら後ろに──」


結月に応じる莉奈の後ろには、見慣れた3人組がいた。


「来たよ、結月お姉ちゃん!」

「チノまで! いらっしゃいませ!」

「「こんにちは〜」」

「3名様ですね、どうぞ!」


智乃率いる3人組は夏祭りの時と同じ3人組だ。晴登から3人分の招待状を貰ってやって来たのだった。日城中の文化祭にはこうして小学生が訪れることは珍しくないそうで、今日も既に何人も見かけている。


「三浦君、あれ莉奈ちゃん達じゃない?」

「え? あ、ホントだ。大地と優奈ちゃん、あと天野さんもいて──智乃もいる!?」


厨房では、晴登も智乃の存在に気づいた。いつか来るだろうとは思っていたが、まさか大地達と一緒にいたとは。


「智乃ってあの小さい子? どんな関係?」

「妹です」

「あ〜噂の。確かに可愛いね〜」

「噂……? 俺何か言いましたっけ?」

「いやいや、結月ちゃんからよく聞いてたのよ。可愛い義妹ができたって」

「義妹って……まぁ間違ってはないのか」

「……もしかして既に結婚してる?」

「は……? い、いや、違う! 決してそう意味では!」


知らぬ間に結月が誇張した噂を流していたせいで、晴登が被害を受けてしまう。でも誇張と言っても、いつか本当になるかもしれないことを考えると嘘という訳ではないのだからタチが悪い。


「あ、お兄ちゃんいた! おーい!」

「やべ、見つかった」

「手振り返してあげないの?」

「妹にこんな姿見られたくなかったよ……」


笑顔で手を振る智乃に、晴登は顔を背けて応える。どうせなら晴登がいない時に来て欲しかったものだ。もっとも、シフトは全て把握されているのだが。


「なんかお兄ちゃん、隣にいる女子と親しげに話してない?」

「うわ出た過保護妹。あれぐらい普通でしょ」

「お兄さんはもう彼女いるくらいなんだから、もうコミュ障じゃないんじゃないの?」

「そんな! お兄ちゃんが遠い人に……!」


一方、智乃は智乃で兄のコミュ力を目の当たりにしてショックを受けていた。ちょっと前まで莉奈以外の女子と話す時はおどおどしていたというのに、環境はこうも人を変えるのか。早く中学生になりたい。


「三浦君、もうすぐ午前は終わりだよね? だからお客さんストップさせた方がいいかな?」

「いけね、忘れてた。狐太郎君、整理券お願いできる?」

「はーい!」


整理券とは、今並んでいる人が午後からも同じ順番で並べるようにするためのものだ。
というのも、出し物は午前の部と午後の部に分かれており、その空いた少しの時間は休憩時間となっている。その間お客さんを並ばせっぱなしにする訳にはいかないので、それを解決するシステムが整理券という訳だ。
時計をしっかりと確認していた狐太郎のおかげで、お客さんに迷惑をかけずに済む。


「……三浦君って罪な男だね」

「何を悟ったの!?」


そのやり取りを見ていた隣の女子からの謎の発言に、晴登は困惑するのだった。







「ふ〜やっぱり晴登の飯はうめぇな!」

「はいはいありがとう」

「でも本当ですよ。こんなに美味しいオムライスは初めてです」

「え、優菜ちゃんまで? あ、ありがとう」

「照れてる〜」

「言わなくていいから!」


大地や莉奈には言われ慣れているが、優菜にまで言われるとさすがに嬉しさを隠せない。趣味程度ではあるが、やってて良かったと思った。


「午前の売上はどんなもん?」

「良いか悪いかわかんないけど、ずっと満席だったよ」

「ずっと!? お昼時だから並んでるのかと思ったら……」


晴登は思ったことをそのまま大地に伝えたのだが、とても驚かれてしまった。文化祭は人が多いし、どこのクラスもそういうものだと思っていたのだが、違ったのか。


「結月とか狐太郎君とか、接客してる人達のおかげかな」

「む、何言ってるの。ハルト達が作る料理が美味しいからに決まってるじゃん」

「でも客寄せしてるのは結月達でしょ?」

「評判になってるのは料理が美味しいからなの!」

「違うって!」


お互いが正論の水掛け論。傍から見ればそれはもはや、


「はいはい痴話喧嘩しないの。他のお客さんも見てるよ」

「「あっ……」」

「ふふっ」

「ホントに仲が良いんですね〜」


注目を浴びていることに気づき、恥ずかしさで俯く2人。そんな中学生らしい甘酸っぱい青春に、お客さんもみんな朗らかな笑みを浮かべている。


「そ、そういえば、優菜ちゃんはともかく、天野さんも一緒だったんだね」

「はい。私が一緒に行こうと誘ったんです」

「天野さんのマジックを見せてもらいたかったからな。でもありゃ確かに凄いわ」

「ね。本物のマジシャンって感じ」

「も〜褒めても何も出ませんよ〜。あ、優ちゃんのポケットからカードが」

「いつの間に!?」


有言実行する大地の積極性に驚かされるし、刻のマジックも絶好調。大地と莉奈もすっかり仲良くなったようだ。もはや晴登よりも馴染んでいる気すらする。この差って何だろう。


「さて、この客足を途絶えさせないよう午後も頑張らないとな」

「ハードル高いな〜」

「頼んだよ二人とも。目指せ最優秀賞、だっけ?」


大地と莉奈にそう声をかけると、二人とも苦い顔をする。初動が肝心とは言ったが、ハードルを上げすぎてしまったらしい。晴登だってプレッシャーをかけられたのだから、やり返しても文句は言えないだろう。


「じゃあ俺達は着替えて来ようかな。行こ、結月」

「はーい。じゃあまたねみんな」


午前のシフトはこれで終わりなので、窮屈な女装を脱ぐために更衣室に向かった。







「ふ〜疲れた疲れた」

「お疲れ様、晴登君」

「狐太郎君もね。大丈夫だった?」

「うん。接客にも少し慣れてきたよ。明日はもっと頑張れそう」

「それは良かった」


ようやく女装から解放され、羽を伸ばすように大きく伸びをして、晴登と狐太郎は更衣室から出る。


「ハルト〜早く行こ〜!」

「結月が呼んでるから行くね。ごめんね、一緒に回れなくて」

「ううん、僕なんかが晴登君の邪魔しちゃいけないからね。それに、お父さん達に会う時間が欲しいから」

「うん、それがいいね」


狐太郎の半年ぶりの両親との再会は中途半端に終わってしまったので、今からその続きをしに行くようだ。晴登としては、再び両親に向き合ってあげようとする彼の決意と優しさがとても好ましい。手を振って、狐太郎とは別れる。



結月と合流すると、隣には優菜と刻がいた。


「おまたせ。あれ、智乃達は?」

「智乃ちゃんは晴登君の女装姿を堪能したようで、お友達を連れてどこかへ行ってしまいましたよ」

「あんまり嬉しくない報告ありがとう。3人だけで大丈夫かな? 迷子にならなきゃいいけど」

「私達が会った時も既に3人で行動していたので、大丈夫だと思いますよ」

「そっか」


智乃は強かな性格だが、人も多くて知らない場所となると、兄として心配にもなる。だが優菜の言葉を聞いて少し安心した。


「えっとそれじゃあどうする? 今度はこの4人で回る?」

「いえ、私達は2人で回って来ますから、そちらも2人で楽しんで来てください」

「そう? じゃあお言葉に甘えて──」


そうなると、これは結月とのいわゆる文化祭デートということになる。初めての文化祭なのにそんな贅沢して良いのだろうか。


「え、ユウナとトキは一緒に来ないの? 4人で行こうよ!」

「でも……」

「うちらがいたら、お二人の邪魔になりませんかね?」


しかし夏祭りの時と同じように、結月にとっては友達と楽しみたい気持ちの方が強いようだ。結月のことだからどうせそう言うと思っていたし、晴登もどちらでも構わなかった。


「邪魔? 邪魔なんて思わないよ」

「俺も結月も気にしないから、2人さえ良ければ一緒に回らない?」

「晴登君がそう言うなら……わかりました」


2人の配慮は嬉しかったが、そうよそよそしくされると逆に寂しいというもの。結月との文化祭デートは明日にでも取っておこう。


「2組の劇って明日はいつから?」

「今日と同じく午前の1枠目からですよ」

「あ、なら明日は観に行けそう。楽しみにしてるね」


晴登はまず一番行ってみたい2組の劇の日程について訊いてみる。今日はシフトが被って行けなかったが、明日は問題なさそうだ。


「晴登君に見られるのは少し恥ずかしいですね」

「お、優ちゃんにここまで言わせるなんて……部長さんやりますね」

「え、何が?」

「もう、刻ちゃん!」


晴登の言葉に対する優菜の反応は至って普通だと思ったが、何かおかしかっただろうか。さっきもそうだが、どうも気づかない内に何かしでかしているらしい。何かがわからないので対策しようがないが。


「じゃあ他に案は……みんなは行きたいとこある?」

「はーい! それなら"シャテキ"に行きたい!」

「"射的"? それならこの前夏祭りで……あ、結月はやってなかったか」

「そうそう。それにハルトが上手ってユウナが言ってたから見てみたい!」

「そうですね。とても上手でした」

「褒めすぎだよ」


夏祭りの思い出の一つ、射的。大地と勝負して、"晴読"の力を使って勝ったのは記憶に新しい。この力については父さん以外の誰にも言っていないので、傍から見れば晴登の射撃技術が優れているように見えることだろう。あまりやりすぎると面倒なことになりそうだし、今日は普通にやることにする。


「2人は?」

「うちは"マジックショー"に行きたかったんですけど、午前にもう行っちゃいました。ついでに途中で乗っ取っちゃいました」

「の、乗っ取った?」

「はい。うちのマジックショーになってました」

「さ、さすが」


言ってることはめちゃくちゃだが、刻ならやりかねないという謎の確信があった。
ということは、大地が刻のマジックを見たのはその時だろう。もしかして、最初から乗っ取るつもりで行ったんじゃないだろうか。そんな気さえしてきた。


「私も午前に莉奈ちゃん達を案内したんですけど、お二人を美術室に招待したいです。文化祭の間は展覧会をやってるんですよ」

「そういえば美術部だったね。優菜ちゃんが描いた絵もあるの?」

「はい。とっておきのがあるので楽しみにしていてください」


とっておきがあると言われたら、それは行くしかないだろう。優菜の絵が上手いのはとうに知っているし、楽しみである。


「晴登君はどこに行きたいですか?」

「俺は"お化け屋敷"かな。憧れてたんだよね、文化祭の"お化け屋敷"」

「"オバケヤシキ"って何?」

「何と言うか……あ、林間学校の時の肝試しみたいなやつだよ」

「あ〜。でもあれってあんまり怖くなかったよね」

「「え?」」

「え?」


文化祭のお化け屋敷と言えば定番な出し物だろう。林間学校の時ほど本格的なレベルは願い下げだが、程よいレベルなら楽しめそうだ。
そう思っていたのだが、約1名、ホラーへの耐性が上振れていた。あの肝試しを怖くないと言うのはさすがに強がりにしか聞こえない。でも結月がお化けにビビる姿は想像できなかった。


「林間学校! くぅ〜羨ましい! うちも前の学校で夏休みに企画されていたんですけど、その……引っ越した都合で行けなくなっちゃって」

「うわ、それは残念だったね」

「なので、良ければ皆さんの林間学校のお話を聞かせてくれませんか?」

「もちろん。どこから話そうかな──」


林間学校に参加できなかった刻のために、晴登達の林間学校での出来事を一から話すことにした。海で遊んだことやみんなでカレーを作ったこと、肝試しやスタンプラリー、花火の話なんかも。


「さらっと話しましたけど、崖から落ちたって言いませんでした?! 大丈夫だったんですか?」

「え!? いや、正確には崖から落ちる前に引き上げたんだよ! ね、優菜ちゃん?!」

「は、はい! 晴登君が引っ張ってくれたおかげで何とか!」

「なるほど、それはお手柄でしたね部長さん」


つい話してしまったが、説明が難しい話題なので慌てて捏造して誤魔化す。優菜もすぐに乗ってくれたおかげで、刻も特に言及はして来ない。セーフ。


「それと、部長さんとゆづちゃんが付き合ったのはまだ最近の話なんですか? まるで夫婦のような距離感ですけども」

「そもそも結月と会って半年も経ってないしね。あと夫婦は恥ずかしいからやめて欲しいな……」

「良いじゃんハルト。どうせ本当のことなんだし」

「え、もう結婚してるんですか!?」

「してないよ! というかできないからね!?」


本気なのかネタなのかわからない刻の言葉に、慌てて否定する。
最近、色んな人にそう言われてる気がするのだが、そんなに距離が近いのだろうか。もう自分でも何が正しいのかよくわからない。


「ふふ、刻ちゃんは晴登君と結月ちゃんとも上手くやれてるようですね」

「もちろんですとも! 部長さんとゆづちゃんとはもう仲良しこよしですから!」

「それなら魔術部をオススメした甲斐があったというものです」


最初こそ不安だったが、優菜が仲介してくれたおかげで刻ともかなり打ち解けた。さすがにそろそろ隠し事するのも申し訳なくなってきたし、文化祭が終われば魔術について教えてあげるとしよう。


「晴登君、どうかしましたか?」

「いや、何でもない。じゃあ、一番近い美術室から行こうか」


それはそれ、これはこれ。今は文化祭を楽しもう!







「ハルト! 見てこれ! 飛び出て見える!」

「それはトリックアートというものです。目の錯覚を利用したアートなんですよ」

「すごーい!!」


初めて見るものばかりで、目をキラキラとさせている結月。美術室に着くや否や、まるで遊園地にでも来たかのようなはしゃぎようだ。芸術が文化の垣根を越える奇跡的な瞬間と言えよう。

トリックアートの他にも、もちろん油絵や彫像なんかもある。どれも美術部の力作だ。晴登はあまり美術について造詣が深い訳ではないが、少なくとも見ていて退屈はしなかった。


「アートにも色々あるんだなぁ──あれ?」


歩きながら作品を眺めていると、ある一つの作品に目が留まる。それはとりわけ目立ったところのない風景画ではあったが、晴登にとってはちょっぴり思い入れのある風景だった。


「気づきましたか? 晴登君」

「だってこれって、GWの時の」

「そうです。覚えててくれてましたか」

「懐かしいな。完成してたんだ」

「はい。晴登君に早く見せたくてうずうずしてました」


あれはGWの合宿の時。たまたま出会った優菜と絵を描くために森の奥に入ったのが始まりだった。
天然の透き通った清流の中に、荒々しく大きな岩が聳え立つ。大自然を感じるその光景はそう簡単に忘れるものじゃない。


「なになに、何の話?」

「俺と優菜ちゃんが出会ったばかりの頃の話だよ。まだ結月とは会う前かな」

「へ〜聞きたい聞きたい!」


結月にせがまれて、ついこの間のことなのだが懐かしむように話す。
といっても、絵を描いている最中に熊に遭遇した記憶が強烈すぎて、それ以外はあまり覚えていない。


「"クマ"? "クマ"ってあの"オンベア"みたいな?」

「えっと……オンベアが何かわかんないけど、たぶんそんな感じ」

「へぇ〜。あんなのと戦った経験があるなら、ウォルエナ相手にやけに肝が据わってたのも納得だよ」

「いやいや、あの時もめちゃくちゃ怖かったからね?」


久々の異世界用語に困惑しつつ、今となっては武勇伝とも呼べる異世界での戦記を思い返す。
かつての自分は未熟で役立たずだったが、成長した今ならもっと上手く立ち回ることができたかもしれない……なんて、今さらそんなこと考えてもしょうがないのだが。


「話がよく見えないんですが、さっきの話といい今といい、部長さんってもしかしてヒーローか何かですか?」

「普通の中学生、のはずなんだけどね……」


熊と戦い、鬼と戦い、ドラゴンと戦った。そんな戦歴を持っている訳だから、自分で「普通の中学生」と言っていて笑いが込み上げてくる。魔術師になってから、日常がすっかり非日常になってしまった。


「晴登君はヒーローですよ」

「ボクもそう思う」

「ちょ……!?」


でも苦労した一方で、得たものもある。

少なくともここに2人……いや、狐太郎も含めれば3人、晴登をヒーローだと呼んでくれる人がいる。照れくさいが、彼女達の期待に応えるためにも、晴登はこの非日常を強く生き抜かなくてはならない。


「……部長さん、やっぱりやりますね」

「だから何が!?」






美術室を出た後、各々の行きたい所を回ってきた。

射的では晴登が再び持ち弾全てで景品を獲得し、名誉として黒板に名前を書かれた。普通にやると決めていたのに、結月達の期待を裏切れず、つい"晴読"を使ってしまったのだ。名誉は嬉しくもあり恥ずかしくもあるが、ズルしてるとは口が裂けても言えない。

お化け屋敷では1組2人までということで、結月とペアで入ったのだが、確かに結月はリアクションこそすれ、全然叫んだりしなかった。むしろ、晴登の方がギャーギャー叫んだと思う。また負けた気分だ。

そして途中から気づいたのだが、美少女3人に囲まれてるこの状況は凄く人目を引く。むしろ女装していた方が目立たなかったかもしれない。
周りの視線を感じながら4人でぶらぶら歩いていると、


「何だろう、あの人集り」


何やら前方が騒がしいのに気づく。廊下を塞いでしまうほどの人集りができていて、まるで有名人でも来たかのような、そんな具合に女子達の黄色い声が飛び交っている。


「ごめんね、少し通してもらえるかな。人を探してるんだ」


申し訳なさそうに集団を掻き分ける男性。彼は一回り背が高く、遠くからでもよく見える金髪をしている。やっぱり有名人だろうか。晴登にはあまり心当たりはないが──


「……あれ?」


ようやく集団を突破したその男性と目が合った。その瞬間、記憶が呼び起こされる。やはり、有名人ということに違いはなかった。枕詞に『魔術界隈の』と付くが。


「あ、あなたは……!」

「やぁ、三浦 晴登君。久しぶりだね」

「アーサーさん!?」


金髪でイケメンの最強魔術師、アーサーが手を振りながら笑顔で挨拶をしてきた。 
 

 
後書き
あけおめことよろ波羅月です。気づいたら前回の更新から3ヶ月経っていましたし、何なら年を跨いでいました。本当は12月中に更新するつもりでしたが、インフルエンザに体力を全て持っていかれました。情けない限りです。

さて、今回の話ですが、いっぱい詰め込んでしまったせいで文字数がエラいことになってます定期。ダメとは言わないんですけど、もっとこう上手くまとめられないもんですかね。もうすぐ連載8年にもなるのにこういうところが未だに下手くそです。まぁ書きたいことを書く自己満小説なので良いんですけどね。次回作はプロットと文字数に気をつけます。

順番的に日常サイドの章のはずなのに、何だか怪しい展開になって来ました。次の更新を震えて待ちましょう(いつになるのやら)。
今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では!