ハヤシライス


 

第一章

                 ハヤシライス
 小窪綾香はカレーライスが大好きです、それで給食でも晩御飯でもカレーライスが出ればそれだけで大喜びです。
 それで、です。いつもお父さんとお母さんにこう言っています。
「私カレー大好きよ」
「そうよね、綾香ちゃんはカレー好きよね」
「こんなに好きなものないから」
 そのあどけないお顔を笑顔にさせて言います。
「どれだけでも食べられるわ」
「どんなカレーでも好きよね」
「うん」
 そのふっくらとしたほっぺたで応えます。
「牛肉も鶏肉もね」
「豚肉もね」
「ハンバーグもソーセージもカツもね」
 そうしたものを入れたりしているカレーもというのです。
「私大好きよ、この前の海老やお魚や貝や烏賊が入ったカレーもね」
「シーフードカレーね」
「あのカレーも大好き、ゆで卵を入れたカレーもお野菜のカレーも」
 本当にカレーラシスならというのです。
「何でも大好きよ」
「そうよね、カレーライスならね」
 お母さんは黒髪がとても奇麗な、自分が小さい頃の写真そのままの我が娘を見ながら笑顔で言うのでした。
「綾香ちゃん何でも食べるわね」
「だってカレー大好きだから」
 この時もこう答える綾香でした。
「私カレーなら何でも食べるよ」
「そうよね」
「だから学校の給食でも晩御飯でもお外に行った時も」
 どんな時でもというのです。
「私カレーならね」
「いいのね」
「うん、本当にカレーライスなら」 
 それこそというのです。
「私何でも食べるよ」
「じゃあ明日は茸のカレーにするわね」
「うん、そのカレーも楽しみにしてるね」
 綾香は笑顔で応えるのでした、そして実際に小学校でもお外に家族で出た時も晩御飯の時もです。カレーライスなら。
 にこにことしてとても美味しそうに食べるのでした、そんなある日のこと。
 綾香は学校から帰ってです、お母さんに尋ねました。
「お母さん、今日の晩御飯何?」
「内緒よ」 
 これがお母さんの返事でした。
「それはね」
「内緒って」
「そう、晩御飯の時にね」
 その時にというのです。
「わかるから」
「そうなの」
「ええ、けれどね」
「けれど?」
「絶対に美味しいから」
 だからだというのです。
「安心してね」
「カレーライスなの?」
 綾香はここで大好物を出しました。
「今日は」
「内緒よ」
「カレーライスじゃないの?」
「だから晩御飯になればね」
「わかるの」
「そうよ」
 こう綾香に答えるお姉さんでした。 

 

第二章

「それじゃあね」
「そう、じゃあ今は」
「宿題をしてね」
「それでよね」
「それから遊ぶのよ」
 まずは宿題をしてからというのです。
「明日の時間割や予習復習もしてね」
「ちゃんとお勉強をして遊ぶ」
「そうしたらね」
 それでというのです。
「晩御飯も美味しくなるから」
「だからなのね」
「そう、まずは宿題と予習復習をして」
 そしてというのです。
「時間割もしてね」
「それで遊ぶのね」
「いつも通りね」
「私もそうするわ」
「それじゃあね」
 こうしてでした、綾香はお母さんの言った通りにです、すぐにです。
 自分のお部屋で宿題と予習復習をしてです、ちゃんとピンクのランドセルに明日の教科書とノート、持って行くものを入れてでした。
 そのうえで遊びに行ってです、五時にはお家に帰って漫画や本を読みました。
 そして七時になるとです、お母さんが行ってきました。
「御飯よ」
「うん」
 綾香はお母さんの言葉に笑顔で応えました。
 そして晩御飯のテーブルのところに来ました、お父さんはまだお仕事から帰っていません。
 それでお母さんの前の自分の席に座るとです、その前にあったのは。
 薄いお肉と玉葱、マッシュルームがたっぷり入った濃い赤がかった茶色のルーがかけられた白い御飯がカレーのお皿の上にありました。
 カレーライスに似ています、ですが明らかに違っていて。
 綾香は目を瞬かせてです、お母さんに尋ねました。
「カレーライスじゃないわよね」
「ハヤシライスよ」
「何それ」
「そうした食べものもあるの」
 これがお母さんの返事でした。
「カレーライスとは別にね」
「そうなの」
「ええ、綾香ちゃんははじめて見るわよね」
「うん、カレーライスは知ってるけれど」
 大好物であるだけにです。
「けれどね」
「ハヤシライスははじめてね」
「うん、本当にね」
「そうよね、お母さんも久しぶりに作ったわ」
「そうなの」
「絢香ちゃんが子供の時にね」
「私食べてないよ」
 絢香はこうお母さんに答えました。
「ハヤシライスは」
「絢香ちゃんが赤ちゃんでね」
「まだ食べられなかったの」
「お父さんとお母さんで食べたの」
 その時はというのです。
「そうしたの」
「そうだったの」
「それでずっと作ってなかったの」
「どうしてなの?」
「だって絢香ちゃんカレーライスが大好きでしょ」
 本当にいつも食べていても平気な位大好きです。
「だからなの」
「カレーライスばかりになったの」
「そうよ、もっとも結婚するまでもカレーライスの方をよく作ってたわね」 
 お母さんは絢香にくすりと笑ってこうもお話しました。
「お父さんもカレーライス好きだしね」
「うん、そうよね」
 絢香はお父さんがカレーライスが大好きなことも知っていて頷きます。 

 

第三章

「お母さんもね」
「それでずっと作ってなかったけれど」
「どうして作ったの?」
「ちょっと気が向いたの」
「気が?」
「そう、久しぶりに作ろうって思ってね」 
 それでというのです。
「作ったのよ」
「そうだったの」
「そう、本当にカレーライスと比べると滅多に食べるものじゃないけれど」 
 お母さんは銀色のスプーンを出しながら絢香にお話します、それはカレーライスを食べる時のスプーンです。
「こちらも美味しいわよ」
「そうなの」
「だから食べてね」
「うん、それじゃあね」 
 絢香はお母さんの言葉に頷きました、そしてです。
 カレーを食べる時みたいにスプーンで御飯とルーを取ってです、お口の中に入れました。そして食べるとです。
 お肉と玉葱、それにルーと御飯の味が合わさっていました。まだマッシュルームは食べていません。
 カレーとは違う、シチューに似た味がしてでした、ハヤシライスも。
「美味しい」
「そうでしょ」
「カレーに似てるけれどカレーじゃなくて」
「そう、これがハヤシライスよ」
「そうなのね」
「それでどうかしら」
「うん、美味しくて」 
 それでというのです。
「これなら幾らでも食べられそう」
「カレーライスみたいに」
「うん、ハヤシライスも美味しいわ」
「そうでしょ、本当に皆カレーライスの方をよく食べるけれど」
「ハヤシライスもよ」
「美味しいのね」
「実はお父さんも嫌いじゃないの」
 今この場にいないお父さんもというのです。
「ハヤシライスもね」
「そうなの」
「決してね」
「うん、カレーライスとは違うけれど」
「美味しいでしょ」
「とてもね、じゃあおかわりするね」
 カレーライスの時と同じ様にです。
「そうしていいよね」
「いいわよ、たっぷり食べてね」
「うん、そうするね」
 絢香はにこりと笑ってお母さんに応えました、そして実際にです。
 この日はハヤシライスをたっぷり食べました、それからです。
 学校で皆にです、笑顔で言うのでした。
「私昨日ハヤシライス食べたの」
「ハヤシライス?何それ」
「確かカレーライスみたいなのよ」
「お肉と玉葱が入った」
「御飯にかけて食べる」
 皆はハヤシライスと言われても微妙な返事でした。
 ですがその皆にです、絢香は笑顔で言うのでした。
「ハヤシライスも凄く美味しいのよ」
「カレーライスみたいに?」
「美味しいの?」
「私食べたことないけれど」
「美味しいの」
「そう、だから皆食べてみて」
 ハヤシライスを勧めるのでした。
「本当に美味しいから」
「うん、それじゃあね」
「今度お母さんにお願いしてみるわ」
「ハヤシライス作ってって」
「カレーライスだけじゃなくて」
「カレーライスもいいけれど」 
 絢香にとっては大好物です、何といっても。
「けれどハヤシライスもいいからね」
「そんなにいいのね」
「じゃあ今度ね」
「本当に食べてみるね」
 皆もこう応えます、そしてでした。 
 絢香はこの時からカレーライスだけでなくハヤシライスも大好きになりました、もう一つ素晴らしい食べものを知ることが出来て心から嬉しくも思うのでした。


ハヤシライス   完


                          2016・4・20