雪の進軍


 

第一章

                 雪の進軍
 陸上自衛隊の仕事は何か、戦争と言うとアウトだ。
 訓練と教育、整備に災害救助、そしてレセプション等の市民との交流。PKOもあるがこうした仕事が圧倒的だ。このことは航空自衛隊も海上自衛隊も同じだ。
 そして陸上自衛隊はとりわけだ。
「うわっ、地震起こったか」
「これは大変だぞ」
「出動用意だ」
「すぐに出られる様にしておけ」
 災害救助が多い、実際の有事といえばこちらだ。
 それはこの時もだった。
 北海道の十勝で地震が起こった、そのニュースを聞いてすぐにだった。
 丁度十勝に駐屯している師団にだ、救助命令が下った。
「わかりました」
 師団司令の山中十三陸将は電話からの連絡にすぐに応えた、こうして師団の災害救助への出動となったが。
 山中は司令室の窓の外を見てだ、師団の幕僚達に険しい顔で言った。
「厄介だな」
「はい、雪ですね」
「昨日から降っていますが」
「止みませんね」
「どうにも」
「冬の震災は厄介だ」
 山中はこうも言った。
「被災者の人達が寒さに参る」
「阪神大震災でもそうでしたし」
「寒さで死ぬ人も出かねないです」
「だからこそ厄介です」
「そのことだけでも」
「そしてこれだ」
 雪を見ての言葉だった、またしても。
「雪だ」
「移動も困難ですし」
「被災地が余計に冷えます」
「全く、こんな時に降らなくても」
「そう思いますが」
「全くだ、しかし急がなくてはならない」
 山中は強い声で言った。
「君達にも行ってもらうかも知れない、私もだ」
「司令もですね」
「ご自身で」
「必要とあらば行く」
 被災地まで、というのだ。
「除雪車も必要か」
「滑走路用のですね」
「空自さんが持ってる」
「あれも借りますか」
「そのことも考えるか、とにかくヘリもトラックも出してだ」
 そしてと言うのだった。
「出動だ、いいな」
「はい、わかりました」
「出動出来るだけ出動しましょう」
「地震は大きかったですし」
「被災地も広いですから」 
 幕僚達も口々に言う、そしてだった。
 師団の自衛官達はまさに出られるだけ出た、トラックやヘリに物資を満載して自分達も乗ってだ、そのうえでだった。
 彼等は被災地に向かった、自衛官達はトラックの中で携帯やスマホにネットをつないで被災地の状況の確認もしていた。
「まだよくわかっていないな」
「被災地の役場も被災したのかもな」
「マグニチュード七か」
「やっぱりでかいな」
「死んだ人いないよな」
「今はそんな情報は伝わってないな」 
 あくまで今は、というのだ。
「今のところはな」
「それはいいんだけれどな」
「けれどな」
「これからどんな情報が伝わるか」
「それが怖いな」
「誰も死んでいなかったらな」
「いいんだがな」
 心から思うことだった。 

 

第二章

「雪だしな」
「えらく強いな」
 ヘリの窓やトラックの後ろから外を見るとだ、今もだった。雪が降っていた。
「ヘリは何とか飛ばせてるけれどな」
「慎重に進んでるしな」
「速く着かないいけないってのに」
「道は悪いし」
 その雪のせいでだ。
「全く、難儀だな」
「こんな時だけ降るな」
「被災者の人達にも迷惑だろ」
「大丈夫か?本当に」
「被災者の人達は」
 彼等のことが気になって仕方がなかった、そんなことを考えて言いながらだった。彼等は被災地に向かっていた。
 そしてだ、被災地に着いた。その時間は。
「やっとか」
「やっと着いたな」
「何とか予定時間通りに」
「着いたな」
「おい、急げ」
 すぐにだ、トラックから降りた大隊長が言った。彼も陸戦服だ。
「被災者の人達が待ってますよ」
「はい、食料出します」
「医薬品も」
「それとテントも用意します」
「どれもすぐに出します」
「各部隊指示に従ってだ」
 派遣された全ての部隊を指揮しているのは副司令の小見川悟将補だ、彼はヘリで来てそして支持を出していた。
「配置につけ」
「そして、ですね」
「すぐに救助活動開始ですね」
「そうしますね」
「そうだ、とにかく急げ」
 小見川は雪が降る中で言った。
「状況は待ってくれないからな」
「わかってます」
「すぐに食料と医薬品を持って行きます」
「そしてそのうえで」
「救助活動を開始します」
 誰もが敬礼をしてだ、すぐにだった。
 大雪の中被災者の人達のところに行ってだ、まずは乾パンや缶詰を支給した。そのうえで。
「負傷された方はご連絡下さい!」
「医薬品は十分にあります!」
「そぐにそちらに行きます!」
 こうしてだ、医務班も大急ぎで動いてだった。
 負傷者の手当をはじめた、倒壊している建物に埋もれている人がいると聞いてだ。
「小隊を派遣しろ!」
「了解です!」
 そちらの救助もはじめてだ、無事に埋もれている人達を救出した。被災者達を学校の体育館や公民館にも案内して。
 点呼も取りだ、師団司令部にも連絡をした。
 連絡を受けてだ、山中は残っている者達に言った。
「負傷者は多いが死者は出ていないとのことだ」
「そうですか」
「それはよかったですね」
「大きな地震でしたが」
「そうでしたか」
「倒壊した建物と被災者は多いが」
 しかしというのだ。
「死者は出ていない」
「では後はですね」
「被災者の方々の救援を続けますか」
「体育館や公民館に案内も終えましたし」
「そうしますか」
「食料、医療品に不足が出来ればだ」
 その場合はというと。
「すぐにだ」
「はい、送りますか」
「師団司令部から」
「そうしますか」
「そうだ、そちらもだ」
 まさにというのだ。 

 

第三章

「送る、いいな」
「わかりました」
「その用意もしておきます」
「除雪車も向かっているな」
 山中が自ら近くの航空自衛隊の基地に頼んで借りたものだ。
「そちらも」
「はい、既に出発しています」
「被災地に向かっています」
「それは何よりだ、何とか間に合ったが」
 山中はまた窓の外を見た、見ると。
「雪はな」
「はい、まだですね」
「降っていますね」
「相変わらず」
「憎たらしい位に」
「しかしだ」 
 それでもと言うのだった。
「救助は遅れる訳にはいかない」
「遅れれば、ですね」
「その分だけ被災者の人達が困る」
「だからこそですね」
「雪に負けるな」
 そして寒さにもだった。
「幾ら雪が降ってもな」
「皆をですね」
「助けますか」
「そうしないといけない」 
 山中は強い声で言った、そしてだった。現場の隊員達のさらなる健闘を願った。
 被災者達は何とか体育館や公民館に案内出来たがだ。
 彼等のペットや家畜の救出も続けていた。
「犬も猫も」
「何とか見付けられてるな」
「いや、結構いるな」
「そうだな」
「牛や豚も」
 家畜達もだった。
「何とか牧場まで戻せている」
「今回は上手くいってるな」
「そうだな」
 東日本大震災の時と違ってだ、この時は当時の首相の無意味なパフォーマンスや出鱈目な行動、そして首相の座に居座り続けたが為に原発事故等で多くのペットや家畜が死んだ。彼等を殺したのは当時の首相と言っていいだろう。
「今回は何とか」
「上手いってるぞ」
「倒壊した家からも見付けてるしな」
「オウムやハムスターも」
「ペット達も一つの場所に集めよう」
「大切な命だ」
 家族にとっては愛おしい存在であるのは言うまでもない。
「出来る限り助けるぞ」
「手を抜くな」
 こう言い合いペットや家畜達への救助も行っていた、彼等の仕事は続いていた。
 その彼等を見てだ、被災者の人達は思った。
「一体何時休んでいるんだろう」
「朝も夜も動いてくれて」
「あんなに頑張っていてくれて」
「食事はどうしているんだろうか」
 こう思うのだった。
「頑張り過ぎじゃないのか」
「よく倒れないわね」
「凄い人達だな」
「あんなに頼れるなんて」
 何とか警察や消防署、ボランティアの人達も来て頑張っている。だがやはり第一は自衛官達であった。
 彼等は必死に戦った、その結果だった。
 復興活動に移れる様になった、それを見て政府は自衛隊に基地への撤収を命じた。山中もそれを聞いてだった。
「ではだ」
「はい、それでは」
「これからですね」
「撤収ですね」
「それを進めていきますか」
「全く、雪はだ」
 見ればだ、止む時もあったがだ。 
 今も降っている、彼は窓の外のその雪を見て幕僚達に言った。
「まだだな」
「はい、降っていますね」
「相変わらず」
「結局活動の間殆どでしたね」
「雪が降っていましたね」
「今年は記録的な大雪らしいな」
 山中は歯噛みして言った。 

 

第四章

「残念なことに」
「そうらしいですね」
「振り続けているだけあって」
「十勝ではですね」
「もう記録的な大雪だとか」
「何十年振りかの」
「そんな中でな」
 山中は瞑目してだ、こう述べた。
「皆よく頑張ってくれた」
「はい、本当にですね」
「よくやってくれました」
「寒い中誠心誠意」
「頑張ってくてました」
「幕僚長に伝えておく」 
 師団長である彼自らというのだ。
「彼等はよくやってくれた」
「雪の中進んで」
「そして頑張ってくれました」
「このことをですね」
「師団長が伝えられますか」
「そうする」
 実際にとだ、彼は言った。
 撤収命令が出た時自衛官達は丁度昼食であった、飯盒で飯を炊きカレーを食べていた。飯盒から更に御飯を入れてだ。
 そのうえでカレーをかけて食べていてだった、彼等はその話を聞いて言った。
「そうか、遂にか」
「撤収か」
「救助活動も終わりか」
「そうなるんだな」
「俺達充分やれたか?」
 ここでだ、彼等は自省した。
「被災者の人達を助けられたか」
「出来てたらいいんだけれどな」
「あの人達がどうか」
「それ次第だからな」
「いや、本当にな」
 こう言うのだった、カレーを食べつつ。
「俺達の満足じゃないからな」
「この雪だ」
「暖かく出来てるか」
「ちゃんと食べられているか」
「家族の人達と仲良く出来ているか」
 避難した体育館や市民会館の中でというのだ、ペット達も含めて。
「それならいいんだがな」
「俺達も無事に撤収出来るが」
「これも命令だ」
「撤収するか」
 彼等は被災者の人達のことを思いつつだった、そのうえで。
 撤収の用意を済ませるとすぐにヘリやトラックで順次撤収していった、雪はこの時も止むことなく降っていた。 

 

第五章

「止めよな」
「一体何時止むんだ」
「今年の十勝は大雪だな」
「こんな時だけ止んでくれよ」
「地震だっていうのに」
 彼等はその雪を忌々しげに見つつ思った、被災者の人達のことを思いつつ。
 マスコミは自衛隊の活動を殆ど報道しなかった、だがネットでは。
「あんな大雪の中頑張ってくれたんだな」
「やっぱり自衛隊の人達は凄いな」
「雪の中進んでいって活動して」
「凄いな」
「被災者の人達も感謝してるぞ」
「死んだ人がいなかったんだ」
 大きな広い範囲で起こった地震であったがだ。
「よくやってくれた」
「現代の雪の進軍だな」
「雪の中での戦いだった」
「それをやってくれたんだ」
 そして多くの人達を救ったというのだ、ネットではこの活動が讃えられていた。
 山中はそのことを聞いてだ、笑顔になって言った。
「見てくれている人は見てくれているな」
「そうですね」
「マスコミは相変わらずですが」
 相変わらず自衛隊には批判的だ、意図的に報道することもない。
「しかしです」
「国民の人達は見てくれています」
「しっかりと伝えてくれています」
「有り難いことです」
「何よりも心強いです」
「本当にそうだな、是非彼等に伝えよう」
 出動した彼等にというのだ。
「このことをな」
「雪の中でのことは無駄ではありませんでした」
「大きな勝利と言えますね」
「被災者の人達も感謝してくれていますし」
 その声も伝わっていた、ネットから。
「こんなにいいことはありません」
「我々の行動は無駄ではありませんでした」
「全くだな」
 笑顔でだ、山中は笑顔のまま話した。そしてだった。
 彼は自身の師団の出動した彼等にこのことを伝えた、すると彼等は静かに微笑んで言った。
「よかったな」
「本当にな」
「正直救助出来てる不安だったがな」
「あの人達が助かっているか」
「寒くなかったか」
「心配だったが」
 だがそれがというのだ。
「助かってくれてたんだな」
「あの雪の中でも」
「それならいいさ」
「あの人達が助かっているのなら」
 それで満足だとだ、彼等は思った。その報道を見て。そして彼等の場所でまた何か起こった時に備えるのだった。有事に。雪はもう止んでいたが彼等の戦いは終わらない。国民と日本を守る為のそれは。


雪の進軍   完


                        2016・10・26