NARUTO日向ネジ短篇


 

【ネジおじさんへ】

 
前書き
 正直な話、原作読んでません。ほとんどアニメからの知識ですが、アニメもそんなに見れてないので至らない部分が多々あると思います。

 ネジ生存ルートで、ナルトとヒナタは結ばれてボルトとヒマワリは居ますが年齢設定がちょっと曖昧なのでご想像にお任せします。

 ほとんど無理矢理な妄想話のへたっぴなので、それでもいいと思ってくれる方はお進み下さい。生暖かな目で見て頂けると幸いです(^ω^;) 

 
 ────初夏を思わせる日差しが降り注ぐ日中、ヒナタはネジの家を訪れていた。

「ネジ兄さん、今ちょっといいかしら」

「…ヒナタ、どうした?」

「ヒマワリを連れて来ると話がややこしくなりそうだから、日向家の屋敷に預けて私だけ来たんだけど……今日、ボルトはお友達の家にお泊まりで居なくて、ナルト君も影分身ですら帰れそうにないし、ヒマワリが寂しがっているの。だから今夜、ネジ兄さんに家に泊まりに来てほしくて」

「日向家の方に、ヒマワリと一緒にヒナタも泊まりに行ったらどうだ? その方が、ヒアシ様もハナビも喜ぶだろう」

「でもヒマワリは、ネジおじさんに泊まりに来てほしいって言ってるの」

「…ナルトも居ない中で、俺が泊まりに行くというのもどうかと思うが」

「ネジ兄さんったら、遠慮する必要ないでしょう? 私達はもうとっくに家族なんだから。それに、ずっと一人で暮らしていないで、うずまき家で一緒に暮らそうってナルト君も私も何度も言ってるのに、ネジ兄さん一向に聴き入れてくれないんだもの。ヒマワリとボルトも、一緒に居てくれた方が嬉しいって言ってるのよ?」

「お前達はあくまで、"うずまき一家"としてあるべきだ。…そこに俺が居候する形は好ましくない」

「後遺症の事も、あるでしょう。何かあってもすぐ対応できるように、傍に居てほしいのに……」

「その事に関してはお前達に、余計な世話をかけるつもりはないと言ったろう。───後遺症の方も、最近は大分落ち着いているから大丈夫だ」

「じゃあせめて今日は、こっちに泊まりに来て? ヒマワリを、喜ばせてあげたいの。あの子が幼かった頃より、来てくれる頻度も少なくなっているでしょう。…分かっているんだからね、自分の方ばかりに懐かないように、ナルト君に遠慮しているのは。『そういう気遣わないで、オレの代わりにヒマワリにどんどん会ってやってくれってばよ!』って、ナルト君言ってるのよ? ね、ヒマワリのお勉強見てあげたり、遊んだりしてあげて?」

「───判った、そうしよう。夕方頃には、行く事にするよ」

「良かった…! 約束よネジ兄さん、ヒマワリと一緒に待っているからねっ」

 さっきまでの心配そうな表情をにっこりと笑顔にさせ、ヒナタはネジの家をあとにした。
…ネジはそれを見送って、やれやれといった様子で笑みをこぼすのだった。

 ───あの大戦で、ナルトとヒナタを守ったネジは一度死したが、奇跡的に一命をとりとめた。…とはいえ、半年ほど意識不明だった上に後遺症で体質が虚弱化してしまい、忍としてはやっていけなくなった。

 その後、カカシからの引き継ぎ後にナルトが火影になる事が決まり、ネジ自身一度死して額の呪印が消えた事も相まって日向一族の若き御意見番的存在になり、その勢いで呪印制度を廃し、一族間の枠を越え大戦後恋人同士となったナルトとヒナタを結ばせる事も叶った。

「オレが火影になるのは決まってたっつっても、その前にネジ自身で日向変えちまうんだもんなー? けど、これはこれで良かったってばよ!」

 義兄となったネジに、ナルトは誇らしげにそう言った。

 ───三十代半ば過ぎとはいえ、ネジには見合いの話が里中はもちろん里外からも後を断たなかった。…だがネジはどれも丁重に断り、誰とも付き合う事なく父の遺した家で一人暮らす事を続けていた。

 大戦の後遺症で体調を崩しがちではあったが、病院関係以外誰の世話にもなるまいと決めていたのだった。




 うずまき一家に夕刻訪れると、ヒマワリが満面の笑みで出迎え飛び付いてきたので、ネジは思わず表情を緩め身を低くして抱きとめた。

お風呂に一緒に入ってとヒマワリに言われたがそれはさすがに断り、ヒナタを手伝った上で三人で夕食を共にし、その後ネジはヒマワリの勉強を見てあげたり、ボードゲームをしたりして楽しんだり、長い髪を色々弄ばれたりするのだった。

「おじさん、ヒマが大人になるまで誰ともケッコンしないでね?」

「心配しなくとも、俺は誰とも結ばれるつもりはないよ」

「えっ、ヒマともダメなの?」

「その通りだ」

「ヒマ、大人になったらおじさんとケッコンしたいのになぁ」

「ヒマワリにはいつか、相応しい相手が見つかるだろう。父親としてのナルトの反応が、楽しみではあるが……。さぁヒマワリ、そろそろ寝た方がいい。夜更かしは良くないぞ」

「まだ眠くない! おじさんが一緒に寝てくれるんなら寝ようかな~」

「…もう幼い子ではないのだから、一人でお休み」

「む~、じゃあまだ寝ないもんっ」

「おじさんを困らせないでくれ、ヒマワリ」

「添い寝してあげるくらい、いいじゃない。久し振りに今夜は一緒に寝てあげて、ネジ兄さん」

「しょうがないな…。幼い頃のように、あまり引っ付いて来ないでくれよ?」

「やった! じゃあお母さんも一緒に寝る?」

「うん、そうしようかな」

「ヒナタ……?!」

「でも私、まだやる事があるから先に寝ててね」

「わかった~。行こ、おじさん!」

 寝室に手を引かれて行くネジは、心中穏やかではなかった。



 小一時間後────

「はぁ、やっと寝てくれた……」

「あらネジ兄さん、起きて来ちゃったの? もう少ししたら、私も一緒に寝に行こうとしてたのに」

「冗談はよしてくれヒナタ、急にナルトが帰って来でもしたらどうするんだ」

「大丈夫よ、何ならナルト君も一緒に寝るだろうし。家族みんなで寝るのって、素敵よ」

「…そこに俺が入る必要はないにしても、火影が多忙なのは仕方ないとはいえナルトは、今度いつまともに休めるのやら」

「そうね…、ボルトは父ちゃんなんていない方がいいなんて強がってるけど、本当は寂しいでしょうし」

「父親と一緒に、修行に励みたいだろうにな。ハナビから柔拳の基礎は教わっているが、俺は修行に付き合ってやれる身体ではないし……歯がゆいものだ」

「あの子は筋がいいから、ネジ兄さんの血もちゃんと受け継いでいるのよ」

「そんな事はない、ヒナタの血をしっかり受け継いでいるからだ」

「ボルトの名前は、ネジ兄さんからきてるんだから、きっと強い子になるわ」

「…ナルトが考えた末に思い付いた名が、たまたまそのような意味合いにもなっていただけだろう」

「ナルト君、その意味を調べて知ったから決断したのよ。自分の名前にも似て、ネジ兄さんの名前の意味にもなっていて、これだ!って思ったそうよ」

「ボルトが強い子になるなら、それはやはりナルトの子だからだろう。───さて、俺も寝るとしよう。お休みヒナタ、お前も早く寝るんだぞ」

 ネジは客人用の部屋に入り、静かに戸を閉めた。




 ───曇り空の翌朝、ヒマワリが寝惚けまなこで起きて来た。

「おはよ~、お母さん」

「おはよう、ヒマワリ」

「目が覚めたら、ネジおじさんいなかったけど……先に起きてるの?」

「ううん、ヒマワリが眠ってから別の部屋で、まだ起きて来てないわ」

「え~っ、何で別の部屋に行っちゃったの? 目が覚めた時もおじさんにそばにいてほしかったのに…」

「わがまま言わないの。さぁ、顔洗ってらっしゃい。朝ごはんの支度、手伝ってね」

「は~い」

 そうこうしている内に朝食の準備は出来たが、ネジはまだ起床して来なかった。いつも早起きなのを知っていたヒナタは、昨日少し疲れさせちゃったかなと思い、もう少し寝かせておいて先に朝食を済ませようとヒマワリに言ったが……

「おじさんと一緒に朝ごはん食べたい! ヒマが起こしてくるねっ」と、ネジの居る部屋に直行した。

「…おじさ~ん、もう朝だよ! ヒマと朝ごはん一緒に食べようよ~!」

 ヒマワリは容赦なく寝ている上に乗っかって揺すぶった。───しかし、反応がない。

ネジは横向いて寝ているらしかったが、掛け布団が顔まで覆われていて表情は窺えない。

「おじ、さん……?」

 不自然に感じたヒマワリは、顔を覆っている掛け布団に手をかけ、引こうとした。

「───待って、ヒマワリ!」

 そこへ何かを察したヒナタがやって来て、制止をかけた。

「…ヒマワリ、今すぐネジ兄さんの上から降りて部屋を出ていなさい」

「え? でも…」

「早くしなさい!」

 さっきまで穏やかだった母親の様子が切迫しており、まるで叱られた気になって言われた通りにした。

…ヒマワリが部屋を出ると、ヒナタは視界を遮るように戸を閉めた。

不安になったヒマワリは、戸に耳をそばだて中の様子を知ろうとし、微かに母親の声と、それに伴って苦しげな息づかいが聞こえてくる。

「───さん、しっかり…! やっぱり、───症が…っ。すぐ、───院に連れて……!」

 戸に迫る気配を感じてヒマワリは身を引き、その瞬間戸が開いて中から、ぐったりした様子のネジを背負ったヒナタが出て来た。

───ネジの顔は長い髪に紛れ、やはり窺い知る事ができない。

「おじさん、どうしたのっ? 具合わるいの…!?」

「私、ネジ兄さんを連れて今から病院に行ってくるから」

「ヒマも…、ヒマも行く!」

「いいえ、ヒマワリは家に居て。ボルト、お昼頃帰って来ると思うから、そしたらお兄ちゃんと一緒に日向のお屋敷に行って待ってなさい。場合によっては今夜、泊まらせてもらいなさいね」

 ヒナタはネジを背負ったまま家から素早く出てゆき、あっという間に姿が見えなくなった。

……ヒマワリはぼう然としながら、すっかり冷めてしまった朝食を前に何もする気が起きなかった。



 ───昼前に兄のボルトが帰って来た時、ヒマワリは思わず泣き出してしまった。

「おぉい、どうしたってばさヒマワリ…! 兄ちゃんが一晩いなくて、そんなに淋しかったか? …あれ、母ちゃんは??」

「ヒマの…、ヒマのせい、かな…? どうしよう、お兄ちゃん……おじさんがっ、ネジおじさんがぁ…!」

「へ? おじさんが、どうしたってヒマワリ。落ち着いて話聞かせてくれってばさ…!」

 動揺しているヒマワリを何とか落ち着かせて話を聞いたボルトは、大方事情を察した。

「おれ、ヒマワリを日向んとこに送ったら、もう一回出かけてくる!」

「でも、お母さんは、日向のお屋敷で待ってるようにって……」

「ヒマワリはヒアシのじぃちゃんやハナビのおば…っ、ねーちゃんに相手してもらえばいいってばさ」

「…ヒマ、お兄ちゃんと一緒に行きたい。病院、行くつもりなんでしょ? ヒマだけ置いてけぼりなんてやだよ…! おじさんのこと、心配だし…っ」

「わ、分かったから泣くなって。…よし、じゃあ兄ちゃんの背におぶされ! すぐ連れてってやるってばさっ!」

 ボルトはヒマワリを背負い、病院へと急いだ。




「───すいません! ここに何時間か前にネジおじさ……じゃないや、日向ネジって人運ばれて来ましたよね? 今、どこにいますか!?」

 病院に着いて早々、受け付けのお姉さんにボルトは尋ねた。

「あぁ、はい、そうですね。えぇっと……」

「あら? ボルトにヒマワリちゃんじゃない」

 ちょうどそこへ、医療忍者のサクラが通りかかった。

「あ、サラダの母ちゃん! あのさ、ネジのおじさん運ばれて来たの知ってる?」

「…えぇ、もちろん。影分身じゃない火影様、ナルトも来てるわよ」

「へ? 父ちゃんも…? まぁいいや、今どこにいんの?」

「ネジおじさん、大丈夫なの…!?」

「処置が早かったから、症状も落ち着いてるし大丈夫よ。…今、107号室でナルトとヒナタが付き添ってるわ」

「107号室だな、分かった! 行こうヒマワリ!」

「うん…!」

「あ、ちょっと待って! お薬が効いて眠っているから、静かにするのよ? あと、廊下は走らないようにね」

「分かったってばさ…! ありがとな、サラダの母ちゃん」

 二人はなるべく早歩きで、107号室へ向かった。



「───あ、ボルト、ヒマワリ……やっぱり、来ちゃったのね」

「よぉ二人共、何日か振りだな。元気にしてたか?」

 個室のベッドには、意識なく横たわっているネジの姿があり、その両脇にナルトとヒナタが佇んでいた。

「…なんだ父ちゃん、ほんとに影分身じゃないのかよ?」

「あぁ、家族に何かあった時は、影分身じゃなく本体で来るって決めてんだってばよ」

「ねぇ、お父さん……おじさんが具合わるくしたの、ヒマのせいかもしれないの」

「ん…? 何言ってんだヒマワリ」

「だって…、お兄ちゃんがお友だちのお家に泊まりに行っちゃって、お父さんもいなくてさみしいから、おじさんに泊まりに来てもらったんだけど……ヒマ、うれしくていっぱいわがまま言っちゃったから…っ」

「それとこれとは違うってばさヒマワリ、おじさんは……前に起きた戦争の後遺症のせいで、時たま急に具合悪くなっちまうんだよ。今回は、それがたまたま重なっただけだと思うんだ」

「え……?」

「ボルト、お前……オレとヒナタからは言ってねぇはずだよな。その事、知ってたのか?」

 ナルトとヒナタは、少し驚いた様子で目を見張った。

「あ…、うん。おれ、夜に家出したことあったじゃん。父ちゃんの影分身にキレて……。友達んとこいきなり押しかけんのも気が引けたし、日向の屋敷に行くのもなんだし……ダメ元でネジのおじさんとこ行ったんだ。そしたらおじさん、何も聞かずに黙って迎え入れてくれてさ…。寝床借りて寝たんだけど、夜中に目が覚めた時───微かに呻き声が聞こえてきたんだ。おれは父ちゃんみたいにユーレイなんて怖かねぇから、その声たどってったら……おじさんが、台所に背もたれてうずくまってて、苦しそうにしてたんだ。そん時、鼻にツンとくるニオイがしたから、吐いちまったんじゃないかって……。おじさん、大丈夫か?っておれが駆け寄って聞いたら、おじさんちょっと顔上げて消え入りそうな声で『すまん……起こしてしまったか』って、逆に気遣われてさ」

 ボルトは、その時の事を鮮明に覚えていた。あまり表情を変えない沈着冷静な伯父の、弱り果てた姿を見るのは初めてだった。

……時間が経てば落ち着くから、自分の事は気にせず寝ていろと言われたが放っておくわけにもいかず、ボルトは何とかネジを部屋まで運んで布団に寝かせた。

手間を掛けさせたな…と、まだつらそうな表情をして言う伯父にボルトは、具合が悪かったら病院行かなきゃダメだってばさと言ってやったが、ネジに言わせると通院してはいるものの、もらった薬ではすぐには効かない事もあり、症状が落ち着くのを待つしかないとの事だった。

どこが悪いのかと聞くと、ネジは始め黙っていたが観念したように、大戦の後遺症だと言い、時おり強弱の異なる発作的な身体的影響を及ぼすらしい。

ナルトとヒナタは無論知っていたが、その子供であるボルトとヒマワリには、あえて言う事ではないと口止めしていたようだった。

「───ヒマワリとおれには変に気を遣わせたくなかったらしくて、けどおれは知っちゃったから、ヒマワリには言わないでくれっておじさんに言われてたんだってばさ」

「そんなの、ずるいよ。ヒマだけ、知らなかったなんて……っ」

 ぽろぽろと涙する娘を、ヒナタは優しく抱きとめた。

「ヒマワリ、ネジ兄さんの気持ちも分かってあげて。ボルトとヒマワリには、自分が弱っている所を見せたくなかったのよ。こんな風に…、心配させちゃうから」

「……後遺症って、治らないの?」

「兄さんの場合、根本的な治療法がないの。せめて、強く出た症状を医療忍術で和らげるくらいしか……」

「───オレがあの時、もっとしっかりしてりゃネジをこんな風にはさせなかったんだけどよ……いや、こんな事言ってもしょうがねぇな。とにかく必要以上に心配しちまうと、ネジの方が余計気ぃ遣って自分から離れてこうとするから、こっちはなるべくさりげなくしといた方がいいんだってばよ」

 ナルトはそう言って聞かせるが、ヒマワリは何か思い立って口を開く。

「わたし、おじさんを癒してあげたい」

「ヒマワリ……?」

「後遺症の症状を、少しでも和らげてあげられるようになりたい。───医療忍術、使えればいいんだよね? わたし、サラダちゃんのお母さんに教わってくるっ」

「ちょ、ちょっと待ってヒマワリ…! サクラさん、お仕事忙しいはずだから……!」

 母親の腕の中から離れたヒマワリは病室を出てゆき、ヒナタもその後を追って行った。

「おっ? この分だとヒマワリ、医療忍者になるかもしれないってばさ」

「ヒマワリの将来はヒマワリのもんだから、どんな道を選んでもオレは父親として応援するだけだってばよ」

「…おれは火影にはぜってーならないからなっ」

「ははッ、それでいいんだボルト」




 ───夜中にふと、ネジがおぼろげに意識を戻し、傍らに居たナルトがそれに気づいて小さく声をかけた。

「よぉ……身体、どうだ? まだ夜中だから、朝までは寝てろよ」

「ナル、ト……? お前、仕事はどうした」

「あぁ、事情汲んでくれたシカマルが代行してくれてっから問題ねぇよ。ちょうど、一段落つきそうでもあったんでな」

「そう、なのか……。ここは、病室……か? 何故───」

「覚えてねぇか? まぁ、無理もねぇってばよ。オレとボルトは居なかったが、ヒマワリの為に家に泊まりに来てくれてたんだろ? その翌朝に、お前……」

 ナルトの話から、ネジはようやく意識がハッキリとしてきた。

「───! ヒマワリに、知られてしまった…のか」

「そういうこった。…ボルトはそこの簡易ベッドで寝てるし、ヒマワリとヒナタも何時間か前にはここに居たんだが、ヒマワリが急にサクラちゃんに医療忍術教わって来るっつったまま、戻って来ねぇんだ」

「……何故、そんな必要がある」

「分からねぇか? ───お前の為だってばよ。後遺症の症状を、少しでも和らげてあげたいってな」

 ナルトからそう聴いたネジは、小さく溜め息をつき片手で自分の顔を覆った。

「────。やはり、駄目だな俺は……。ヒマワリにそこまで気を遣わせたくはなかったというのに」

「自分の意思じゃどうにもならねぇ事だろ? それによ…、いずれ知られちまうのは時間の問題だったんだ。ボルトだって、本当は知ってたそうじゃねぇか」

「………。いっその事、あの時に潔く死ねていれば、こんな────」

「おいネジ、───二度と言うな、そんな事」

 片手首をぐっと強く握ったナルトは鋭い眼差しを向け視線を逸らす事を許さず、その気迫に思わず気圧されるネジ。

「すまな、かった……謝る。だから、手を放してくれ……痛い」

「あ、わりぃ…、痛かったよな。オレはお前に何度、痛ぇ思いさせちまってんだろうな」

 握っていた手を放し、今度は摩ってやるナルト。

「ネジには……生きててもらわなきゃ困る。あの時死なれてたらオレは─── 一生自分を許せねぇよ」

「……ナルト、お前の傍にはヒナタが居る。きっと、乗り越えられたはずだ」

 うつむいたナルトに、穏やかに述べるネジ。

「そうかもしれねぇけど、考えたくねぇんだ。ネジの居なくなった世界なんて……。そんな身体にしちまったのは元はと言えばオレだけど、後遺症が残っちまっても、生きててさえくれりゃあいい。籠の鳥は死ななきゃ自由になれなかったなんて、シャレになんねぇからな」

「─────」

「迷惑かけるとか考えんな。お前の世話くらい、大いにさせてくれよ。オレ達は、家族なんだ。すぐ傍でオレ達を見守って、この先も生きていてほしいんだってばよ、ネジ」

 ……何か言おうとしたが言葉にならず、代わりにネジは、微笑んだ。



 翌朝───ヒマワリとヒナタが、病室に戻って来た。

「ネジおじさん! 目を覚ましたんだね、よかったぁ…! もう大丈夫? 苦しいところ、ない?」

「あぁ……実はナルトに手首を強く掴まれて、まだちょっと痛いんだ」

「えっ? …ちょっとお父さん! おじさんになんてことしてるの!?」

 白眼になりそうな勢いのヒマワリに、ナルトは焦った。

「いやいや、父ちゃんはネジおじさんをイジメたりしてねぇってばよ…?!」

「じゃあおじさん、わたしが今から痛いの治してあげるねっ」

 ヒマワリが両手をかざして集中すると、じんわりと温かな癒しの気が右手首を包んだ。

「すごいな、ヒマワリ……いつの間に医療忍術を扱えるようになったんだ?」

「昨日の夜遅くまで、サクラさんに手解きをしてもらったのよ。たった一晩で初歩的な術を覚えちゃったから、才能あるかもしれないって」

 ヒナタが笑顔でそう話し、ボルトはビシッと親指を立てた。

「さっすがおれの妹だってばさ! 医療忍者も夢じゃないな、ヒマワリっ!」

「うん! わたし、もっとお勉強して、おじさんの後遺症を治してあげるのっ」

 その言葉に、ネジは思わずヒマワリを抱きとめた。

「ありがとう、ヒマワリ……だが、ヒマワリの将来はヒマワリのものだ。俺の為に時間を使う必要はないんだよ。自由な夢を、見つけてくれ」

「うん……でもねおじさん、まっすぐ自分の言葉は曲げないよ。それがわたしの、決めた道だから」


《終》
 

 

【兄さまと姉さまと時々ナルト】

 
前書き
二部で、ハナビがネジ兄に色々やらかす話です。 

 
ある日の日向家にて────

「ヒナタ姉さま! わたし……ネジ兄さまのことが好きになっちゃったの。いいよね、わたしがもらっても。姉さまは、ナルトのことが好きなんだもんねっ?」

「えっ、え…? ハナビ、どうしたの急に……」

「ちょっと昔は───ほら、あんなにツンケンしてたから近寄りがたかったけど、あれから雰囲気変わったでしょ? その頃から、何だか気になり出しちゃって……目で追うようになったの。上忍になって、ますますカッコよくなって…! 何ならわたし、宗主の座をネジ兄さまに譲って結婚したいくらいなのっ」

「ちょ、ちょっと気が早いんじゃない、かな? ハナビはまだ、11歳だし……」

「姉さま知ってる? 17才のネジ兄さまは、日向家でいうと結婚適齢期なんだよ。最近見合いの話がすごい来てるらしいの……。中には勘違いしてる男もいるくらいだよ? そんな中で次期宗主の期待をかけられてるわたしが兄さまと婚約関係になれば……見合いの話も全て、はたき落とすができるのっ。実際にはまだ結婚できなくても、手元に置いておくことはできるのよ!」

「ハナビ、そこまでネジ兄さんの事を───」

「父上に、近日中に進言しようと思うの。じゃないと、誰かに取られかねないし!」

「ネジ兄さんは、そう簡単にお見合いの話は受けてないはずだから、そんなに焦らなくても……」

「なあに、姉さま。わたしと兄さま応援してくれないのっ?」

「そういうつもりじゃ、なくて…!」

「───あ、向こうからちょうど兄さまが…!! ネジ兄さま~!」

 普段と変わらず涼しげな表情で、ハナビとヒナタの元にやって来るネジ。

「……ハナビ様、俺の事を様付けするのはよして頂けませんか」

「わたしがそう呼びたいんだからいいの! 何なら兄さま、わたしにタメ口きいてもいいんだからねっ?」

 上目遣いでかわいく言ったつもりのハナビだが、ネジは軽くあしらった。

「遠慮します。───ヒナタ様、顔色が優れぬようですが、どうしました?」

「…あ、いえ! 私は平気だから、気にしないでネジ兄さん」

 すぐ姉の方を気遣ったのでハナビはムッとしたが、ある事を思い付いた。

「ねぇ兄さま、これからわたしとお出かけしない? 父上は今日会合だから稽古ないし、付き合って!」

「……自主的に修業でもなさっては如何ですか」

「気分転換くらい、いいでしょ?」

「でしたら、姉上であるヒナタ様と行かれてはどうです」

「姉さまとじゃ意味ないのっ!」

「……ケンカでもなさいましたか?」

 少し怪訝な表情をヒナタに向けるネジ。

「ち、違うの、そういうわけじゃないから…!」

「む~、いいよもう、わたし1人で行くからっ」

「…付き人としてなら、お供します」

「あのねぇ、そういうカタいこと言わないで、"兄さま"として付き合ってよ!」

「───判りましたよ」

 ネジは、やれやれといった様子で了承した。

「やった! じゃあ一緒に行こ、ネジ兄さまっ」

 嬉々としてハナビは、ネジの片腕にまとわり付いた。

「くっ付きすぎです、離れて下さい。…ではヒナタ様、行って来ますね」

「あ、はい…。行ってらっしゃい……」

 ヒナタは、親子のようにも見えてしまう二人の後ろ姿を、どこか切なそうに見送った。




 ───商店街散策、小物売り場にて。ハナビはピンクの花柄の髪飾りを手に取り、髪に付けて見せた。

「この髪飾り、どうかなネジ兄さまっ?」

「……似合いますよ」

 ネジは、特に何とも思っていないような無表情をしている。

「ほんとにそう思ってるぅ?」

「買いましょうか?」

「う~ん…、やっぱりいい。兄さま素っ気なさすぎだし、ただの付き人すぎるっ」

 つまらなそうにピンクの花柄の髪飾りを元に戻すハナビ。

「───これの方が、ハナビ様に似合うと思います」

 向日葵を象った髪飾りを手に、ネジはさりげなくハナビの髪の片側に付けてやった。

「…ふふっ、兄さまがそう言ってくれるならこれにする!」

「では、俺が買ってあげますね」

「うん、ありがとうネジ兄さまっ!」

 ハナビが嬉しそうにしているのを見て、ネジは微かに優しげな笑みを浮かべた。



 ───甘味処では、横長の座る場所で隣り合って団子のみたらし、あん、ごまなどを一緒に食した。

「……ハナビ様、口の周りにタレが付きすぎですよ。少しは工夫して食べなければ」

「そういう兄さまだって、ほっぺに付いてるよ?」

「え、そうですか…?」

 手拭いで片方ずつ丁寧に頬を拭くネジを見て、ハナビは可笑しくなった。

「あははっ、うそうそ、付いてない! 兄さま食べるの上手だよねぇ」

「───しょうがないですね」

 ハナビの口周りを手拭いで半ば強引に拭き取るネジ。

「わっぷ?! もごもご……っぷは! もう少し優しく扱ってよぉ」

「あぁ、すみません。……ヒナタ様も、以前までよく口の周りにタレなどが付いたりしていましたが、最近ではそれも無くなってきましたね。とはいえたまに、頬に付いてますが」

 ネジはそれを思い出して、僅かに笑みをこぼした。

「───ちょっと兄さま、わたしの前で今姉さまの話をするのは反則だよっ?」

「…やはり、ケンカでもしたんですか?」

 首を少し傾げて、ネジは心配そうにハナビの顔色を窺い、当のハナビは何だか恥ずかくなって顔を逸らした。

「そうじゃない、けど……まあいいや、次行こ! てゆうか兄さま、おんぶして?」

「ハナビ様、疲れているようには見えませんが……」

「ネジ兄さまに背負われたいの!」

「次期宗主としての自覚を持って下さい」

「それはわたしが宗家の生まれで、姉さまより才能があるとか言われてるだけでしょ? 兄さまの方がよっぽど宗主にふさわしいのに……分家って理由だけでなれないなんて、おかしい」

「…………」

「───えいっ!」

 不意に後ろからジャンプして、ネジの背中に飛び付き首周りに両腕を絡めるハナビ。

「あ、こら、ハナビ様」

「わたしまだヒナタ姉さまより重くないでしょ? …でも、姉さまよりおっきくなってみせるよっ」

「まぁ、背が高ければ宗主として威厳があるでしょうが……」

「そっちじゃないよ! ムネの話っ」

「────は??」

 ネジの思考が、一瞬止まった。

「ヒナタ姉さまと一緒にお風呂入ったりするともう、スゴいんだから…! でも、まだおっきくなったりするのかな? わたしじゃ姉さまに追いつけないかも……」

「─────・・・」

 背に飛び付いているので、ハナビからは滑らかな髪ばかり目についてネジの表情はよく見てとれないが、沈黙したままになっている。

「あー、兄さま今やらしいこと考えてたでしょ!」

「違いますよ。大体、あまりに大きいと柔拳に支障が出るのでは────」

「ほらぁ、考えてるじゃない! 兄さまもやっぱり、オトコだねぇ?」

「……からかわないで下さい」




「───お? ネジじゃねーか、何やってんだ?」

 前方から、両手を頭の後ろに組んだうずまきナルトがやって来た。

「あれ、背負ってるその子、ダレだっけ?? なんかそうしてっとお前、その子のカーチャンみてぇだなッ」

「バカを言うな。…ヒナタ様の妹君の、ハナビ様だ」

「あぁ、そういやそーだったな!」

「失礼しちゃうわねナルト、しばらく会う機会なかったからって、ヒナタ姉さまの妹でネジ兄さまの従妹のわたしを忘れるなんて」

「ん~、ハナビってどっちかっつうと、ネジの方に似てると思うんだよなぁ。何かその、上から目線的な感じとか、見た目の雰囲気とかな!」

「え、ほんとっ? ナルトってば、少しは見る目あるじゃない…!」

 恥じらったハナビは、ネジの首周りに絡めている両腕に力を込めた。

「は、ハナビ様、ちょっと苦しいのですが……それよりナルト、余計な事は言わないでもらいたいものだな。実の姉のヒナタ様より、従兄でしかない俺がハナビ様に似ているなどと───ぐッ」

「ちょっと兄さま、そこは否定しなくてもいいでしょ…!?」

「───ハナビ、後ろから両腕で首絞めんの、やめてやれってばよ。ネジの顔、青ざめてきたぞ?」

「あっ、ごめんね兄さま。つい、力が入っちゃって…!」

「いえ、大丈夫、ですよ。……コホコホッ」

 と言いつつ軽く咳き込んだため、ハナビはようやくネジの背中から離れ降りた。

「なぁ、ヒマだったらオレと一楽のラーメン食べに行かねぇ?」

「いや、ハナビ様とはついさっき甘味処で───」

「いいじゃない兄さま、ナルトのおごりで食べに行こ!」

「へ? オレが奢んの…!? 上忍で1つ上の年なんだし、ネジが奢ってくれってばよぉ」

「誘ったのはあんたなんだから、ナルトがおごりなさいよねっ」

「ハナビ様、先ほど団子を何本か……ましてその前にも他に頂いたでしょうに」

「え? あれくらい別腹に決まってるじゃない! ラーメンくらい軽く食べれるよ?」

「……やはり、ヒナタ様の妹君ですね」

 呆れるよりも感心したように、ネジは少し目を見開いた。

「ねっ、姉さまよりは食べれないから!」

「遠慮せずに、ハナビ様の思う通りに頼んで下さい。どうせ、ナルトの奢りですから」

「どーせって何だよネジ! あーぁ、マジでオレが奢んのかよ。今持ってんので足りっかな…??」



 ─── 一楽で、ハナビは結局の所一杯しか頼まなかったので、さすがに姉のヒナタの様にはいかなかったのか、一杯だけで我慢したのかは定かではなかった。

「ねぇナルト、あんたってヒナタ姉さまのこと、どう思ってるわけ?」

 一楽を出た後、ハナビは突如ナルトに問いかけた。

「ヒナタ? オレにとって同期の仲間の1人だぜ!」

「……まさかそれだけじゃないよね」

「ん~、意外とよく食べるよな? それによくオレのこと心配してくれるし…、いい奴だってばよ!」

「いい奴ってあんた、女の子としてすら見てないのっ?」

「───ハナビ様、こいつにまともな答えを求めても無駄というものですよ」

「何だよ、オレは正直に言ってるんだぜ? じゃあネジ、お前はヒナタのこと、どう思ってんだ?」

「分家の立場としてだけではない俺の意志で、ヒナタ様やハナビ様を守りたいと思っている」

 その淀みない毅然とした答えに、ハナビはネジに釘付けになった。

「ネジ兄、さま………」

「どうしたハナビ、顔赤くなってんぞ? 熱でもあんのか??」

 ナルトがハナビの顔を覗き込み、片手を横にして額に宛がった。

「ちょ…!? 何であんたがそれをするわけっ? 余計なお世話よ!」

 ナルトの手を払いのけたハナビを見て、ネジはハッとした。

「───しまった、今のはナルトの魔の手からハナビ様を守れていなかった。申し訳ありません、ハナビ様」

「全くだよ兄さま、自分の意志でわたしの事も守りたいって言ってくれた矢先これだもん…!」

「オレの魔の手ってどーゆう意味だってばよ! つーか、オレのことはどう思ってんだネジ?」

「ヒナタ様の心を乱す厄介者ではあるが……同じ里の仲間として、守ってやらない事もない」 

「そうか! オレにとってもヒナタもネジもハナビだって、他の奴らもそうだから、みんなオレの仲間だってばよッ!」

「…そういうこと言ってるから姉さまの気持ちに気づけないんじゃないの、ナルトってば。───あれ? 向こうにいるのってヒナタ姉さまと……だれ、あの男」




 ふとハナビが視線を向けた先に、通りの端の辺りでヒナタと見覚えのない背の高い男が向かい合っており、何か話しているようだった。

…不意に男がヒナタの手首を強引に掴み、その瞬間ネジが素早く動き瞬時に男との間合いを詰め、片腕をへし折らんばかりに引っ掴んで、ヒナタの手首から男の手を離れさせた。

「い゛ってェ?! 何だ、テメェ……ひッ」


「───失せろ」


 動脈がみしりと浮き出た白眼で鋭く睨み、普段よりさらに低い声で凄みをきかせ、それでいて腕を掴んでいた手を緩めてやった途端、相手の男は観念したように一目散に走り去った。

「……大丈夫ですか、ヒナタ様」

 白眼を解いて、ネジはヒナタに向き直る。

「はっ、はい。ありがとうネジ兄さん、助かりました……」


「ハナビ、オレ達もヒナタとネジんとこに───」

「待ってバカナルト…! ここは兄さまに任せましょ」

 ハナビはナルトを制して、少し遠目から二人の様子を見守った。


「───買い出しに、来ていたら、声を掛けられて……行商人の方らしくて、道を聞かれて教えていたら、急に手首を掴まれてしまって」

「その者は、行商人を装っていた可能性のある不届き者です。…気安く声を掛けて来た見知らぬ者に対しては警戒するよう、ずっと以前から言われているでしょうに。せめて、世話役を伴っていれば良いものを───」

「誰にも声を掛けずに、1人で出て来てしまった私が悪いんです。ごめんなさい……」

「先ほどのように、すぐ駆けつけられるとは限りません。自分の身は、自分で守って頂かないと」

 ネジの声音はあくまで落ち着いていたが、内心気が気ではなかった。

───出来る事なら常に傍に居てお守りしたいとはいえ、そういうわけにもいかない。

ネジは上忍故に、長期任務も多く里を離れがちで、まして同じ白眼使いが共に任務につく事は例外的にほとんどない為、ヒナタと離れている間は任務に支障をきたさない程度に心の内で案ずるしか出来なかった。

「…姉さま、ほんとはわたしと兄さまが気になって1人で出て来ちゃったんじゃないの?」

「ん? そうなのかヒナタ、だったら一緒に出かけりゃよかったのによ!」

「は、ハナビ、ナルト君」

 少し遠目に様子を見守っていた二人がヒナタとネジの元にやって来て、この時ヒナタは以前と違いナルトを前にしてもまごつかなくなっていた。

ハナビはそれを見て、やはり姉の気持ちがナルトではない方向に行きつつあるのを察してライバル心を燃やしかけたが、口をついて出たのは自分でも意外なものだった。

「ヒナタ姉さま! ネジ兄さまの件は保留にするから、わたしに気をつかわなくていいよ? 兄さまは、姉さまの買い出しに付き合ってあげて! わたしはナルトに家まで送ってもらうからっ」

「へ? 何でオレがハナビを───」

「か弱い女の子を1人で帰らせるつもり? …ほら、連れてけナルト!」

 ハナビは強引にナルトの背に飛び付いた。

「しゃあねぇなぁ…。んじゃネジ、ヒナタ、またなッ!」

 ナルトはハナビを背負って跳躍し、すぐに姿が見えなくなった。

…残された二人は顔を見合わせ、ヒナタの方が紅くなって下向き、ネジの方はナルトにハナビ様を任せて良かったものかと思案しつつ、ヒナタの用事に付き合うのだった。

───ハナビはナルトに背負われながら、姉と従兄を思いやった。

(わたしは兄さまも姉さまも大好きだ、それはこれからも変わらない。そんな二人が結ばれることになったら、とても素敵なことだと思う。でもやっぱり、姉さまがナルトと一緒になったりしたら……その時は全力で、ネジ兄さまをもらうからねっ)



《終》

 

 

【向日葵畑に還る】

 
前書き
 ゲームのナルティメットストーム4はやってないんですが、動画でネジの死んでしまうシーンを見た時、こう言ってはなんですがアニメより綺麗に、微笑んだまま死んでいったように感じました。流血の描写や、挿し木に貫かれてないように見えたからでしょうけど。
この話のネジが亡くなったシーンは私的に、ゲームの方のイメージが強いのでご了承下さい。

震える手をナルトの肩に置き、それからずり落ちていった手が、全てをナルトに託したようでした。ネジにとっては、ヒナタとナルトを守れた事で満足だったのかもしれませんが、やはり亡くなってほしくなかったです(;_;) 

 
「ナルト君、今ちょうど見頃だから、向日葵畑に行ってみない?」

 晴れて恋人同士となったヒナタから、ナルトは誘われた。


──── 一面に、見事な向日葵畑が広がっていた。


「ヒマワリの漢字ってたしか、日向入ってたよな。…あれ、逆だっけ? どっちにしてもヒナタにぴったりの花だな!」

「ふふ、ありがとう。……でも私にとっては、ネジ兄さんのイメージが強いの」

「へ? ネジの……?? オレにはあんまイメージわかねぇってばよ」

「ナルト君は、知らなかったでしょうけど……ネジ兄さん、向日葵の花が好きだったんだよ」

「そうだったのか…! どうりで夏は、ネジの墓によく向日葵の花をヒナタが供えてたわけだってばよ。単に、季節の花だからだと思ってた」

「ほんとはね、口止めされてたの。自分のイメージには合わないだろうからって……。でも、今さらにはなっちゃうけど、ナルト君には知っておいてほしいと思って」

「そっか…、教えてくれてありがとなヒナタ。オレもネジに向日葵の花、供えてやらないとな! …ヒナタにだけは、前から打ち明けてたんだな、その事」

「うん……兄さんが上忍になって、長期任務も多くなって、一緒にいられる時間も減った中で、珍しくネジ兄さんから誘ってくれた事があったの。『───今、ちょうど見頃ですから、向日葵畑を見に行きませんか』って……」

 あの日もこんな風に、一面すごく綺麗に咲き誇ってた。向日葵畑を眺めるネジ兄さん、とても穏やかな表情をしていて、私は思わず見とれてしまった。

……私の視線に気づいてネジ兄さんは、微笑みながら打ち明けてくれたの。

『父様…父上と、一度だけ向日葵畑を見に訪れた事があったんです。幼心にも、とても綺麗だと感じました。───何より、父上が向日葵畑に連れて来てくれた事が、嬉しかったんです。その時から…、俺は向日葵の花が好きなんですよ』

 今まで見た事ないくらいの優しい表情で、ネジ兄さんはにっこりした。……それがまるで、私には向日葵の花がほころぶように見えたの。

『今までの、自分のイメージには合わないでしょう』って苦笑もしてたけど、ちっともそんな事なかった。

ネジ兄さん、普段はそう見えないようにしているだけで、向日葵のように明るく笑う事が出来るんだもの。


『───向日葵のイメージは、ナルトの方が近いですよね。笑顔が眩しくて、いつだって周りを明るく照らす……。そんなあいつが、羨ましくもありますよ。ナルトのお陰で、俺は闇の中から光を見出だせた。

───運命がどうとか、変われないとか、そんなつまらない事をメソメソ言ってんじゃねぇよ。と…、俺を引っ張り上げてくれたんです。うずまきナルトには……本当に感謝していますよ。本人の前ではどうも、素直に礼を言えませんけどね。

…あ、ヒナタ様。この事はどうか、ナルトには言わないでおいて下さいね。あいつはすぐ、調子に乗りますから。何よりあいつ自身、忘れているかもしれませんしね』


「───忘れるわけ、ねぇってばよ。あの時のお前の、胸がつぶれるような怒りと悲しみを向けてきたその瞳の中に、小さな子供が独りぼっちで泣いてる姿が見えたんだ。……ほっとけなかった。オレもずっと、独りだったから」

 だから無理矢理、約束したんだ。オレが火影になって、日向を変えてやるって。

なのに……約束果たす前に、ヒナタとオレを守って、オレの腕の中で、死んじまいやがった。最期、微かに笑ってた。満足そうな、穏やかな顔して────ふざけんなよ、オレはまだ、火影にもなってねぇのに。

どうして、オレの為にそこまで…って聞いた時、『お前に……天才だと、言われたからだ』って、言ってたけど……それってオレがネジに、"天才だ"と言ったから、死んじまったみたいじゃねぇか。


 …あのね、ナルト君。ネジ兄さんは、こんな事も言ってた。


『俺は───日向としては才があったかもしれない。けれどそれ以外、とるに足らない凡小に過ぎないんです。それでも……あいつは無邪気に、俺を"天才だ"と言ってくれる。俺より天才的な存在など、幾らでも居るというのに。
 
だからせめて俺は、ナルトが認めてくれた"天才"でいようと思うんです。その力が、いつの時も、大切な存在を守れるように』



 愛おしげに一輪の向日葵に触れながら、ネジ兄さんはそう言っていた。───だからこそ、命をなげうってまでナルト君を守ったんだよ。

 
 ……違う。ネジは本当はオレじゃなくて、先にオレを守ろうとした、ヒナタを守りたかったんだ。


 ナルト君と私は、ネジ兄さんに大切に想われていた。その事実は、変わらないよ。

いつだってネジ兄さんは、私達の中に居てくれる。そんな兄さんを心配させるより、安心させてあげよう。ネジ兄さんが私達を繋げてくれた、これからの未来のために。


 そう…だよな。オレはこの向日葵畑に……ネジに誓う。ぜってぇお前の分も、オレ達は幸せになるからな。見ててくれよ、ネジ。



《終》


 

 

【ネジおじさんの休日】

 
前書き
 前に書いた『ネジおじさんへ』の続きというわけではないですが、従甥と従姪が居る中で、ネジおじさんには幸せでいてほしいお話(´v`)

イトコの子供は、従甥(じゅうせい) 従姪(じゅうてつ)と言うそうですが、甥っ子と姪っ子の方が響きがかわいい(*´-`) 

 
「ボルト、ヒマワリ、二人に言っておかないといけない事があるの。三日後に私とお父さん、夫婦そろって出向かなきゃいけない所があって一晩留守にするから、ネジ兄さん…おじさんに来てもらおうと思うの。その日は、休日でもあるからね」

「ネジおじさん来てくれるのっ? やった! お勉強見てもらったり、一緒にお菓子とか作りたいな!」

「おれはおじさんに修行つけてもらいたいってばさ! あと、最近新しく出たソフトで一緒にゲームするんだっ!」

 母親のヒナタの話で、ヒマワリとボルトは喜んだ。

ネジはそれなりに忙しい身ではあったが、うずまき一家に何か頼まれ呼ばれると、素直に応じていた。とはいえ、自分からはあまり寄りつこうとはしていなかった。

 
 そして、三日後の朝────


「んじゃ、ボルトとヒマワリの事頼むってばよ、ネジ!」

「行ってきます、ネジ兄さん。…ボルト、ヒマワリ、あんまりおじさんを困らせちゃだめよ?」

「分かってるってばさ、母ちゃん!」

「お父さんも、行ってらっしゃい!」

「…二人共、気をつけてな」

 ナルトとヒナタを家の前で見送ったあと、ボルトとヒマワリがネジに向かって同時に声を上げた。

「おじさん、修行つけてくれってばさっ!」
「おじさん、ヒマにお勉強教えてっ!」

「……どちらか一方を先にしてくれると有り難いんだが」

「じゃあお兄ちゃん、じゃんけん!」

「おう、望むところだってばさ! じゃ~んけ~ん…」

「パーっ!」
「チョキー! いぇ~い、兄ちゃんの勝ち~! じゃあおじさん、おれとこの前の修行の続き───」

「・・・・・」

 負けてしまったヒマワリはちょっと寂しそうな顔で、自分が出したパーの手のひらを見つめている。

「あー、おれやっぱあとでいい! ヒマワリ、先におじさんに勉強教えてもらえってばさ?」

「え、いいの? ありがとう、お兄ちゃん! じゃあ、算数と漢字のお勉強しよ、おじさんっ!」

「あぁ、判った」

「…何なら、おれも教えてやろうかヒマワリ?」

 妹には何かと甘く、ネジの前で見栄を張りたがるボルト。

「え~、お兄ちゃんだといっつも間違いの方教えてもらってるみたいになるもん」

「そ、そんなことないってばさ」

「………、ボルトも一緒に勉強するか?」

「あ、いや、ヒマワリの勉強終わっておじさんと外で修行するまで、ゲームでもしてるってばさ!」


 ヒマワリとの勉強が一通り終わると、近くの外の開けた場所でネジはボルトの修行に付き合った。

白眼を持っていないとはいえ、ボルトは柔拳の基本の型を祖父のヒアシ、今や宗主で叔母のハナビ、そしてネジに時々自主的に教わっていて、筋の良さは折り紙つきだった。

 ヒマワリは兄にエールを送りつつ、見ていて自分もやってみたいと言い出し軽くやらせてみると、テンションが上がってきて普段の薄蒼い眼から一時的に白眼になり、一発だけ強力な柔拳が繰り出された。

ネジは直前変わり身の術で避けた為事なきを得たが、ヒマワリの白眼から繰り出される柔拳をまともに食らえば、父親のナルトが一日中動けなくなる程の威力を秘めていた。

…その事に内心ネジはちょっとした喜びを感じており、このまま教えていけば白眼使いとして目覚ましく成長しそうだとは思ったが、強制は一切せず本人のやりたいようにやらせる事にしていた。




 ───昼時になり、家に戻って昼食を作ったネジは元々ヒナタと同様に料理が上手く、身体を思いきり動かした事も相まってお昼ごはんがとても美味しく感じられたボルトとヒマワリだった。

 ネジが後片付けを終えてふと二人の方を見ると、居間のソファでボルトとヒマワリが肩と頭を寄せ合い、小さな寝息を立てていた。

昼前によく身体を動かしたのと、昼ごはんをいっぱい食べたから眠くなったのだろう。ネジは微笑みを浮かべ、二人にそっとタオルケットを掛けてあげた。

……あどけない寝顔のボルトとヒマワリを見ていると、何ともいえない愛おしさが胸の内に広がる。

それと共に、ふわふわした眠気を覚えたネジは、ボルトの横の空いているスペースに腕と頭を乗せ床に座った姿勢で、ボルトとヒマワリと一緒に心安らかな眠りに落ちるのだった。



「───おじさん…、ネジおじさん、起きるってばさ!」

「ん…? ナルトか、どうした? また随分背が縮んだな……」

 ネジは微笑しながら、間近の金髪の少年の頭に手を置いて優しくぽんぽんした。

「な、なに寝ぼけてるんだよ。ナルトは父ちゃんだろっ? おれはボルト! それより、ハナビのおばさんが家に来てくれたってばさ……あ」

「ボルト~、誰が"オバサン"だって?」

 床に座ってソファに寄りかかっていたネジが寝ぼけ眼で見上げると、いつの間にか従妹の日向ハナビが家の中で仁王立ちしていた。

「ハナビのお姉ちゃんがね、お夕飯の材料買って来てくれて、今から作ってくれるんだって!」

「何だと? ハナビが、夕飯を───」

 ヒマワリの話から、ネジは嫌な予感がして目が冴えた。

「兄様、お昼寝にしては長いわね? 窓の外を見なさいよ、もう夕方よ? 姉様とナルトが夫婦そろって一晩居ないのは聞いてたし、夕食何にしようとしてたか知らないけど、色々買って来てあげたから私が作るわね~」

「ちょ、ちょっと待てハナビ。お前が料理をするとロクな事には…!」

「大丈夫だいじょうぶ、任せなさいって!」

 止めようとするネジをよそに、意気揚々とハナビは単独で夕食作りを始めたが────


「…痛っ!」

「あ、おばさ…じゃない、ハナビ姉ちゃん大丈夫か?」

 食材を切っていたハナビからちょっとした声が上がり、居間で妹とおじさんとトランプしていたボルトが心配して声をかけた。

「平気よへーき! ちょっと指切っちゃっただけ…」

「ほら、見せてみろ。───絆創膏を貼ろう」

 こうなる事は分かっていたらしいネジがすぐ救急箱から取り出して、ハナビの指に手際よく絆創膏を巻いた。

「あ、ありがとう兄様」

「…食材を切るのは俺に任せて、ハナビは火にかけた材料を焦がさないように混ぜていてくれないか」

「ヒマとお兄ちゃんもお手伝いする~!」

「いや、気持ちは嬉しいが安全の為に、二人は台所に近づかない方がいい」

「何よそれ! まるで私が台所の危険物みたいじゃないの───あ゛っつう?!」

 言ってる傍から火にかけた材料を混ぜるヘラを持つ手に力が入り過ぎ、熱せられた中身が少し飛び散ってしまう。

「……ハナビ、やはり夕食の支度は俺に任せてくれ。このままだと惨事になりかねない」

「もう、大げさよ兄様ってば! じゃあせめて食器を出して───あぁ!?」

 棚から大きめの皿を取り出そうとして手がすべり、床に落ちる寸前ネジがキャッチして事なきを得た。

「ハナビ様、ボルトとヒマワリと一緒に居間でゲームでもして大人しくしていて下さいね?」

 昔のように敬語に戻ったネジの口調は穏やかそうでいて怖さを含んでいたので、ハナビはすごすごと言われた通りにした。




「…ねぇねぇハナビお姉ちゃん、スキな人できた?」

「う~ん、それがねぇヒマワリ、なかなかいい人見つからないのよ。私ったらいつまで婚期逃せばいいのかしら」

 結局ネジが作った美味しい夕食後に、居間でまったりしながらハナビはヒマワリの問いに遠くを見るような目をした。

女として強さと美しさを兼ね備えたハナビだが、致命的に料理が出来ず、それがネックになっている訳ではないがなかなか良縁に恵まれていなかった。

「───でも私がこのまま結婚しないで子供が出来なくても、日向の仕来たりは昔に比べてずっと楽になってるし、日向の中で優秀な者を次期宗主に決めればいいからそんなに焦る必要ないのよ。まぁ、父上にはそこの所心配されてはいるけど」

「じゃあハナビ姉ちゃん、おじさんとケッコンすれば? イトコ同士はケッコン出来るって聞いたことあるってばさ」

「そうねぇ、私もネジ兄様もいい歳だし……結婚しちゃう?」

「ダメだよお姉ちゃん、おじさんは将来ヒマとケッコンするのっ!」

 ヒマワリはひしっとネジの片腕にしがみついた。…その場で断ってもヒマワリがムキになるので、ネジは一応何も返さない事にしていた。

「あら、予約済み? 残念ねぇ…」

「……誰かと付き合いはしても、ほとんどハナビの方から振っているそうじゃないか」

「だって、私の眼にかなう男じゃないんだもの、しょうがないでしょ? 兄様だったら無条件なんだけどねぇ、料理も出来るし」

「…ハナビお姉ちゃんがおじさんのこと、兄さまって呼んでるのいいなぁ。ヒマは、"ネジおじさま"って呼ぼうかな!」

「お、おじさま……?」

 その響きに、ネジは少しばかり悦に入ってしまった。

「それならヒマワリ! おれのこと、"お兄さま"って呼んでみてくれってばさ…!」

「え~? お兄ちゃんはお兄ちゃんでいいじゃない。もっと大人になってカッコよくなったら、呼んであげてもいいよ」

「よっしゃ! ヒマワリに"お兄さま"って呼んでもらうために、カッコいい大人になってみせるってばさ!!」

「ボルト、俺も協力を惜しまないぞ」

「おぉ、さすがネジおじさま…!」

「…何かおかしな方向行ってるわよあんた達。まぁ、"お兄さん"としては似たような立場だものねぇ。───さぁて、ヒマワリとボルトはそろそろ寝なさいよ~。ここからは、"大人の時間"だから」

「あれ、ハナビ姉ちゃん日向の家帰んないの?」

「あ~大丈夫、もしかしたら泊まってくかもって言ってあるから」

「宗主がそんな事でいいのか? 何なら俺が送って行くが」

「私だって家柄とかから解放されたい時くらいあるの! お互い、いい歳なんだし大人の時間楽しもうよ。(お酒、買ってあるし)」

 最後の方はネジの耳元でささやくハナビ。

「……悪いが俺は飲まないぞ」

「何よ、飲めないわけじゃないくせに相っ変わらず付き合い悪いわねぇ」

「いいなぁ、ヒマも大人の時間してみたい……」

「とか言ってすごい眠そうだってばさヒマワリ。ふわぁ……おれも眠いけど。んじゃ、おやすみーネジおじさん、ハナビおば…姉ちゃんっ」 

「おじさん、お姉ちゃん、おやすみなさ~い」

「はい、お休み~」

「お休みボルト、ヒマワリ」

 甥っ子と姪っ子が二階へ上がるのを見送るハナビとネジ。

───すっかり、夜も更けてきた。




「私達も歳とるわけだよねぇ、あんな可愛い甥っ子と姪っ子が居るんだもの」

「…そうだな」

 ハナビは缶から直接お酒を口にし、ネジの方はあくまでお茶だった。ハナビは酒豪ではないが、お酒はそこそこ嗜める。

ネジといえば、宴席などでは付き合いとして飲む事にしているが、それ以外好んで酒を口にする事はしなかった。

「ボルトはちょっと生意気になってきたけど……いいな~、私も子供ほしいかも。なぁんて、ね。…兄様は、自分の子供ほしいとか思わない?」

「ボルトとヒマワリが居れば、俺は充分だ」

「ふ~ん…。ネジ兄様は未だにモテるのに、告白されても全て断ってるそうじゃない。少しは付き合ってみようとか、思わないの?」

「俺は誰とも結ばれるつもりはないんだ」

「───ナルトに姉様を取られたから?」

「そういう事じゃない。…あの二人が結ばれた事は、むしろ俺にとって望ましかったんだ」

「兄様は愛のキューピッドだねぇ。自分の幸せ投げうってまで、姉様とナルトの幸せ優先しちゃうんだから」

「そんな事はない。今の俺は、充分幸せだ」

「そう? ならいいけど。……表立って言われてるわけじゃないけどさ、日向家では望まれているのよ。私と兄様が結ばれる事」

「─────」

 ネジは、ハナビの話に答えない代わりに茶をすすった。

「まぁそりゃそうよね、日向の天才と現宗主の私が結ばれたら……それこそ日向の才を色濃く受け継いだ子が生まれそうだもの」

「…………」

「でもそういうのは、もういいのよ。確かに私はネジ兄様があくまで拒んだ宗主になったけど、日向にこだわる必要はないの。───ヒナタ姉様とナルトが結ばれて、火影になったナルトのお陰で日向は変わったから」

 ネジは黙ったままだが、目線は下向き加減にしつつ僅かに口元は微笑んでいるようだった。

「兄様の気持ちも、意志も、自由なんだもの。だから私も自由に……この先も良縁に恵まれなくても、私は今ある大切な家族の為に生きようと思うの。ネジ兄様もきっと、そういう気持ちなんだよね」

「───もちろん」

 先程まで下向き加減だったネジが、そこでようやく目線をハナビに合わせて顔をほころばせた。

「……!! 兄様、それ反則…っ」

「どうしたハナビ、顔が真っ赤だぞ。酔いが回り過ぎたんじゃないか?」

「そ、そうね~。私もう寝ようかな~? お客さん用の部屋借りるね! あっ、けどそうなると兄様が…」

「俺はソファで充分だから、気にするな」

「そっか。…じゃあ、お休みなさい、ネジ兄様」

「あぁ。お休み、ハナビ」



 ────翌朝、ちょっとした二日酔いでハナビは少し頭が痛かったが大した事ではなく、ボルトとヒマワリが手伝ったネジの作った朝食をしっかり頂いた後、ネジが家まで送ると言ってくれたが、ハナビは昨晩の事を思い出し気恥ずかしくなって断り、日向家へ1人帰って行った。

……昼前になってナルトとヒナタ夫妻が揃って帰って来たので、ネジはうずまき一家をおいとまする事にした。

その際、ヒマワリから近い内に今度はお兄ちゃんと一緒におじさんの家に遊びに行くからね!と言われて抱きつかれ、ボルトからはまた修行の続き頼むってばさ!と言われ、互いの片手のひらをパチッと合わせた。

ナルトとヒナタからも、いつでも家に来てほしいと笑顔で言われ、ネジの方も笑みを返し、こうしておじさんの休日はつつがなく過ぎていったのだった。




《終》

 

 

【ネジおじさんと露天風呂】

 
前書き
 名前的に渦巻いてる三人がこんな風だったら面白いかなぁ、なんて(๑¯ω¯๑)
 

 
「ひゃっほ~い、貸し切り露天風呂~♪」

 バッシャアァンと、ボルトはいきなり風呂に直行した。

「…こらボルト、体を洗わずに入るとは何事だ」

「貸し切りなんだからカタイ事言いっこなしだってばよネジ、オレも風呂に直行…!」

「おい待てナルト、お前までそれをやったらマナー違反というか、父親の示しがつかないだろう」

「へいへい分かったってばよ……と見せ掛けてからのッ!」

「な、何を…?!」

 不意にひょいと軽く持ち上げ、ネジを風呂に投げ込むナルト。

「───へっへ~ん、ダメだってばさおじさん、ちゃんと体洗ってから入らなきゃ!」

 ネジが風呂に投げ込まれると同時に風呂から飛び出て父親のナルトと隣り合い、共に仁王立ちポーズでからかうボルト。


「………お ま え ら………」


 投げ込まれた露天風呂の縁に手を掛け覗かせた顔は、濡れそぼった長い髪に覆われており、とあるホラー映画を彷彿とさせた。

「あ゛ーっ! 露天風呂からサドコが出て来たー?! 父ちゃん、何とかしてくれってばさ…!?」

「むむむムリだってばよ、オレ未だにあぁいうの苦手ッ…」


「皮膚が剥がれる程……全身洗われたいのか………?」


 露天風呂から這い上がり、顔は長い髪に覆われたまま両手をだらりと前にしてヒタヒタとボルトとナルトに迫るネジおじ。

「わ、悪かったってばさ!」
「わ、悪かったってばよ!」

「「ちゃんと体洗うからジョーブツしてくれぇ?!」」




「───なぁボルト、オレの背中洗ってくんねぇ?」

「はぁ? ヤだね、自分で洗えってばさ」

 ボルトのすげない返答にナルトはがっかりする。

「何だよ、小せぇ頃は喜んでやってくれたのに……父ちゃん淋しいってばよッ。んじゃネジ、代わりにやってくんね?」

「…何故俺がお前の背中を流さなければいけないんだ」

「あ、じゃあおれ、おじさんの背中流してやるってばさ! …つか、長い髪ジャマだからよけてくんない?」

「あぁ、はいはい……」

 後ろに流れている髪を、片手で横に流す動作と共に現れたうなじに、一瞬ドキリとしてしまうボルト。

「お、おじさん、ちょいえろ───な、何でもないってばさっ。ん~と……」

 ボルトは、風呂イスに座って隣り合う父親のナルトとネジおじの背中を見比べた。

「父ちゃんより色白めで、背中細めな気がするってばさ、おじさん」

「まぁそうだな……いつの間にか背を抜かれて、体格に差がついてしまった」

 溜め息混じりに言うネジに、ナルトはニンマリした。

「へへ、オレの方がアニキっぽくね?」

「調子に乗るな。お前のような兄を持ったら気苦労が絶えないだろう。…いや、実際義弟にしても同じか」

「にしてもおじさん髪長いよなぁ。ヒアシのじぃちゃんもだけど……いつから長かったんだってばさ?」

 ボルトの疑問に、先にナルトが答えた。

「下忍の頃から長かったよな、ネジ?」

「……アカデミーに入る以前からだぞ」

「───まさかネジ、お前生まれた時からサラッサラのロン毛だったのか!?」

 ナルトが想像するに、生まれたてで顔面を覆うほどの長髪が、サドコ並みの恐怖感を覚えて思わず身震いした。

「そんなわけあるか。…ただ、生まれてこのかた伸びた髪を短くバッサリ切った事がないだけだと思うが」

「う~ん、おれも髪伸ばしてみよっかな…?」

「ボルト、どうせならオレみてぇに短く刈り込んでみたらどうだッ?」

「はぁ? 坊主頭に近くなるだけじゃん! おれハゲる気ねーもん」

「父ちゃんはハゲてきてるわけじゃねーってばよ! 必要最小限にしてるだけだッ。あ~、けど最近伸びが悪ぃんだよな……。ヒアシのじぃさんは未だにサラサラ伸びてんのに、オレってばこの先自信無くなってきた」

 ガックリ肩を落とすナルトを励ますように、ネジは背中をパシパシ軽く叩いてやった。

「まぁそう気を落とすな。来るべき時が来たら、頭髪だけ変化させ続けたらどうだ」

「オマエそれ慰めになってねーだろッ! ───まさかネジもヒアシのじぃさんもそうしてんのか? だからいつだって髪サラッサラなのか…! 納得だってばよッ」

「おいナルト、勝手に納得するな。地毛に決まっているだろう…!」



 ───体と頭を洗ってサッパリした上で、三人は改めて露天風呂に浸かった。

「白眼の透視能力って…、色々見えちゃうんだろっ? だからおじさんってやっぱ、オンナ風呂のぞいたことあ」

「るわけないだろう」

 ボルトの露骨な問いに、ネジはしかめ面で返すが、ナルトがある指摘をする。

「いや、けどアレじゃね? お前…、オレとヒナタが結婚するずっと前から日向家にヒナタと居た時間あったわけだし、ヒナタが風呂ってようが修行中だろうがチャンスはいくらでも───」

「だよな~、見てるよな~? 透視能力持ってるオトコが見ないわけないってばさっ。あ~ぁ、おれも白眼だったらよかったのになぁ…」

 女湯のある方向を透視も出来ないのに目を凝らしてみるボルト。

「───白眼をそのように使うものだと思っているなら俺が許さんぞボルト」

「ひぇっ、おれを白眼で見てどーすんだってばさおじさん…?!」

 カチンときたネジは動脈を露にして睨み、ボルトは思わず大事な部分を隠した。

「…いや、オマエ既にまっぱだし、それに隠しても意味ねぇってばよ」

「あ、そうだったってばさ」

「つーか、もしかしたらボルトもこれから白眼開眼する可能性もあるだろ。ヒマワリは半分白眼みてぇなもんだしな?」

「くッ、そうなってはもはや止めようがないのか……」

 ナルトの言葉でネジは眉間にシワを寄せたまま顔を逸らした。

「実際は、ら…裸体が視えるのではなくて、チャクラの流れや点穴が視えるわけであってだな……」

「おじさん、悪いけど言いわけにしか聞こえないってばさっ?」

「───あぁもう、勝手にしてくれ」

 ネジおじはそれ以上ボルトに言って聴かすのを諦めた。

「あ、そーいやおれ、木ノ葉丸先生に教わってる術あるんだけどさ……」

 ボルトはそう言って一旦風呂から上がり、印を結んでボンッと白煙と共にスクール水着のツインテール少女になった。

『せんせーは、もっとすんごいのやったりするんだけど、おれはどっちかっていうとこっち系の方がいいかな~なんて?』

「それってば、お色気の術っつーより、ろりこん…? そこはやっぱ、コレだろッ!」

 ナルトも風呂から一旦上がってボルト少女の横に立ち、物本のお色気の術を披露し、メリハリのあるビキニ姿の美女になった。

『───ボンッ・キュッ・ボ~ンでいかないとダメだってばよ♪』

「何をやってるんだお前達は……」

 二人に呆れ、頭が痛くなるネジ。

『あれ、おじさんはやらないの? …あ、でもアレかぁ。術使わなくてもおじさん、まだ女装とかいけそうだもんなっ?』

『あぁ、ネジはそのままでもそれっぽかったりするからな~』

「───ボルト、ナルト、俺をからかってそんなに楽しいか」

 再びネジの白眼の動脈がぴききっとなる。

『やだな~おじさん、ほめてんだってばさ~。それより…、母ちゃん見てると思うんだけどさ、ヒマワリも将来……あんなに胸デカくなっちまうのかな』

『まぁ、そりゃヒナタの娘だしよ……』

 互いの顔を近づけて声のトーンを低くするボルトとナルト。

『そうなっちまったら、兄ちゃんが全力で変なオトコ共から守ってやるってばさ…!!』

『あぁ、それが妹守る兄ちゃんの役目ってもんだってばよ…!!』

「……その姿で言っても説得力無いぞ、二人共」

 スクール水着少女とビキニ美女に冷たい視線を送るネジ。

「はぁ…、付き合ってられん。俺はもう上が───」

 露天風呂からネジが上がった時、足元がふらついて前のめった所を左右からナルトとボルトが支えた。

『おい、大丈夫かネジ…! もしかして、オレとボルトの姿でのぼせちまったのかッ?』

『そうなのかおじさん、おれのロリっぽい術もいけるってばさっ』

「そんなわけあるか…! 単に湯にのぼせただけであって、お前達の術のせいでは───」

『ほらムリしないでぇ? ワタシ達が休める所まで連れて行ってあげるからぁ…!』

『そうだよ、ムリしちゃダメなんだよおじさんっ』

「う……うっとうしいッ………!」

 払いのけたい所だが妙な脱力感で力が入らず、お色気とロリっぽい術を身に纏ったままのナルトとボルトに挟まれながら露天風呂を後にするしかないネジおじだった。




「───もう、二人しておじさんを疲れさせちゃダメでしょ~?」

「ネジおじさん、だいじょおぶ……?」

 湯でのぼせたらしいおじさんを旅館の和室で横たわらせ、ハナビとヒマワリがうちわで扇いであげている。

「疲れさしてねぇってばよ? いきなり風呂に投げ込んでサドコにしてやったり、白眼の透視能力についてちょっとばかし突っ込んだ話したり、ボルトと一緒にロリ&お色気かましてやっただけだ。なぁ?」

「その通りだってばさ! それで勝手におじさんがのぼせて───」

「ナルト君、ボルト……二人のお夕食抜きでいいかな。代わりに私が全部、食べてあげるから」

 ヒナタは二人に笑顔を向けているが、妙な怖さを感じさせた。

「「ごめんなさい謝りますから晩飯食わしてください」」

 ナルトとボルトは揃って土下座する。

「ヒナタ……俺なら大丈夫だから、二人をあまり責めないでやってくれ」

「兄様は優しいわねぇ。ナルトとボルトと違って、やらしい事考えて無さげだものねっ」

「ハナビお姉ちゃん、やらしいことってなあに?」

「は、ハナビ、ヒマワリの前で余計な事を言わないでくれ」

「はいはい、ヒマちゃんの前ではカッコイイおじさんでいたいものねぇ?」



 ───その後、のぼせから回復したネジおじと共に貸切旅館の懐石料理を6人でワイワイ頂き、次いで並べられたお布団の上でボルトとヒマワリがはしゃぎ回り、ナルトとハナビも加わって枕投げをし出し、ヒナタとネジはそれを止めるでもなく苦笑しながらも楽しげに眺めた。

……ようやくボルトとヒマワリが寝静まった所で、大人達は夜更けのお酒でまったりほろ酔い気分に浸り始めた。


「ねじ兄さぁん……、わたしのアタマ、ナデてほしいのぉ...!」

 ヒナタは頬を赤らめながら、従兄の胴回りに纏わり付いておねだりした。

「こ、こらヒナタ、離れなさい。───甘えるなら、夫であるナルトにしてくれないか」

「やぁだ、今は兄さんがいいの...!」

「しょうがない子だな……」

 そう言いつつ、ヒナタの頭を優しく撫でやる。

「ふふ~、ねじ兄さんだいすき……♪」

 うれしくなったヒナタは、放すまいとぎゅうっと力を込めて抱き締めた。

「ズルいぞぉヒナタぁ...! オレも甘えたいってばよぉ、ねじぃ~......!」

 不意に背後からガバッと抱き付くナルト。

「あ、暑苦しいだろう、やめろ馬鹿...!」

「ねぇさまもナルトもず~る~い~っ。あたしはにぃさまに、きっすしてやるんだからぁ...! む~~っ」

 ハナビはくちびるを突き出し迫って来る。

「お、お前達……悪酔いし過ぎだ...! いい加減にしろぉッ」


 ───終いにヒナタ、ナルト、ハナビの三人はネジにべったりくっ付いたまま眠りこけてしまったので、ネジは身動きがとれず困ったが、まぁいいかと諦めたように苦笑してそのまま一緒に眠りにつくのだった。




《終》
 

 

【あなたのいない墓の前で】

 
前書き
 ハナビ視点の、大戦後のネジへの想い。 

 
 戦死、した? ネジ兄、さまが? 

そんなわけない、そんなはずない。あの強い兄さまが……日向の天才といわれたネジ兄さまが、死ぬなんて。

 ヒナタ姉さまと、ナルトを守って死んだ……? 分家の役目を果たして、ナルトに借りを返したとでもいうの?

───違う。そういうんじゃない事くらい、分かる。

 仲間、だから。大切な……守るべき存在。

その為に、姉さまとナルトの為に、死ねたんだ。

尊敬、すべきなんだ。大切な存在を守ったネジ兄さまを。

 ───でも、死ぬ必要ないじゃない。多少の怪我を負ったって、戻って来てくれれば……生きてさえいてくれたら…っ。

なんで、どうしてネジ兄さまだけ────違う、兄さまだけじゃない。大戦で、多くの人が亡くなった。

それは分かってる、だけど……。


 兄さまの、遺体の欠片すら埋まっていない形だけの、墓。


あの大戦は苛烈を極めたそうだから、例えネジ兄さまの遺体でも回収している余裕なんてない。多くの遺体と一緒に、影も形も失くなってしまったんだ。

 ヒナタ姉さまは、時間さえあればネジ兄さまの墓を訪れていた。わたしはまだ、姉さまと二人きりでは来たことがない。……そうするのを、避けていた。

その墓には、ネジ兄さまは眠っていない。もしかしたら、ほんとはどこかで生きていてくれて、記憶を失くしちゃって帰る場所を忘れてるだけかもしれない。

だから、いつかは帰って来てくれるかも。いつもの涼しい顔をして────なんなら、こっちから捜しに行こうか。


 そんな考えが気休めだってことを分かっているから、わたしは姉さまと一緒に墓を訪れたくないのかもしれない。

ヒナタ姉さまは、ネジ兄さまの死を、間近で見届けているから。

わたしは……その場にいなかったから、"知らない"。

姉さまと墓参りなんてしたら、認めなきゃいけなくなるから恐いんだ、兄さまの死を。



 ────その日は、ほとんど無意識の内に足が墓のある場所へと向いた。

小雨が降っていた。一応、誰もいない。

ここにはいない……いないはずなのに、名前が彫ってある。


 日向、ネジ ─────


昔は、キライだった。ヒナタ姉さまを傷つける存在だったから。

でも、ある時から変わった。うずまきナルトのおかげってやつかな。

 姉さまとの修行に親身に向き合って……わたしにも、色々教えてくれるようになった。

兄さまが上忍になって、なかなか会う機会が減っても、時間さえあれば修行やちょっとしたお出かけにも付き合ってくれた。

 基本的にネジ兄さまは、厳しくも優しい人だから。

いつの間にかキライじゃなくなってたし、むしろ好き……だったと思う。

これからもっと、好きになれたはずなのに……ズルいよ、わたしの知らない所で、勝手にどこかへ行ったまま戻って来ないなんて────


 兄さま、お願い、帰って来てよ。


いつものクールな顔して、それともめったに見せない笑顔で、

『どうしました、ハナビ様』って……今のわたしを、気遣ってみせてよ…っ。


「───どうしたハナビ、傘も持たずに。カゼ、引いちまうぞ」

 うずまきナルトが、いつの間にかわたしの傍に立っていた。

ナルトだって、傘なんて持ってないじゃない。……雨は小雨から、少し強くなっていた。

ネジ兄さまだったらきっと、傘を持って来てくれたんだろうな。

 兄さまにとって、大切な存在の1人であるナルト───

そう思ったら、急に怒りが込み上げてきた。


「あんたの……あんたのせいよ、うずまきナルト! あの大戦はあんたを守るための闘いで、ネジ兄さまはそれを忠実に遂行してあんたを守って死んだ!!」

「─────」

 ナルトはいきなりわたしに責められて、言葉を失っていた。蒼い眼は逸らさずに、悲しげな表情でわたしを見ている。

わたしは今、どんな顔に見えてるだろう。ただ、怒りに満ちているのかな。

雨粒のせいで、頬を伝うものが涙かどうかさえ、自分でも分からない。


「……あんたを責めたって、兄さまが喜ぶはずないって分かってる。何より、ネジ兄さまが貫いた信念を否定することになるから。

でもやっぱり、悔しいよ…っ。わたしはまだ年端もいかないからって大戦に参戦できずに安全圏にいて、何も出来なかった……。守れもせずに、兄さまの死を、防げなかった…っ!

どうしてくれるのよ、あんたがもっとしっかりしてたら、ネジ兄さまは死なずにすんだんじゃないの!? ねぇ…なんとか言いなさいよ!!」


 わたしは両手を握りこぶしにして、ナルトの上半身を何度も叩いた。

ナルトはされるがまま、ほとんど聞き取れないような言葉を発した。


「謝るわけには、いかねぇんだ。あいつが……ネジがそれを望んでねぇのは分かるから。だからせめて、ありがとうって、一方的に礼しか言えねぇんだよ」

「わたし、は……わたしの気持ちは、どうすればいいの。大戦前に、姉さまと一緒にちゃんと戻って来てよってネジ兄さまに言ったら、『必ず戻って来ますよ』って……約束してくれたのにっ…!」


「────ハナビ」


「! ヒナタ、姉さま……」

 いつの間にか傍にいて、大きめの傘でわたしとナルトの頭上を降り注ぐ雨から遮ってくれていた。

自分が濡れるのも、構わずに。


「これ……大戦前に置いていった、ネジ兄さんが生前ずっと身に付けていた額当て。忍連合としての額当ては持って帰れなかったけど、兄さんの形見のひとつだよ」

 姉さまが、右手に持っていたものを、わたしに差し出した。

ネジ兄さまの、額当て────

 そうだ、この額当ての下にはいつも、籠の鳥を意味する呪印が隠れていた。

兄さまは、死んでしまったから、額の呪印は消えたはずだ。

自分の運命を全うしたから、籠から解放されて自由になれた…?

だからこれで良かったなんてそんなの違う、そうじゃない。

運命とかじゃない。ヒナタ姉さまとナルトを守ったのは、ネジ兄さまの自由な意志なんだ。

守るべき仲間のために闘った、兄さまの────


「これは、ハナビが持っていて。ネジ兄さんの想いが宿った形見だから」

 姉さまから、兄さまの額当てを受け取った。

……これを額に着けたら、ネジ兄さまの想いが直接伝わってくるのかな。

ううん、もう分かってる。ちゃんと、伝わってるよ。


「───あ、鳥のさえずりが聴こえてきたよ。もうそろそろ、晴れる合図かな」

 ヒナタ姉さまがそう言うと、間もなく雨は上がってきた。

「……お? 向こうの空見ろよ! 虹が出てるってばよ」

 ナルトが声を上げた先に目を向けたら、雲間から差し込んだ日差しで、虹が現れていた。

これって、ネジ兄さまからの"おくりもの"かな。いつまでも自分のために、悲しまないでほしいって……


「ねぇナルト、もしあんたがヒナタ姉さまと結ばれてわたしの義兄になっても、"兄さま"なんて呼んでやらないからねっ」

「ん? あぁ、よく分かんねぇけど、分かったってばよ!」

「は、ハナビったら、もう…!」

 
 ネジ兄さまが命を懸けてまで守ってくれた二人だもん、今度はわたしが守っていくよ。


虹に向かって、心の内でそう誓い、わたしは兄さまの額当てをぎゅっと握りしめた。





《終》


 

 

【生きてよ、ネジおじさん】

 
前書き
 おじさんになる前の、二部ネジと遭遇するボルト視点のお話。 

 
 ────あ、れ? どこだ、ここ。

目が覚めたら、明るめの森の中にいた。

こんなとこで1人、倒れる前に何してたか、思い出せない……。

おれは、うずまきボルトで……火影の息子 ───いや違う、ナルトってクソ親父がいて、ヒナタって優しい母ちゃん(怒ると怖いけど)、かわいい妹のヒマワリもいて……...

おれと同じ班の仲間に、ミツキとサラダってのがいて───そういやサラダのやつ、おれと違って火影目指してるからって、無茶しやがってさ……。大丈夫だったかな、あいつ。

───大丈夫だったかって、何がだ??

思い、出せないってばさ…っ


「……...おい、お前」

「ひぇっ...!?」

 いきなり目の前に、白装束姿で黒髪の長い……お、男??

声は男っぽくて低いから、そうだよな。

黒い前掛けっぽいのもしてるけど、とにかくそんなやつが現れて、おれを冷たい表情で見下ろしてくる。

───あれ、もしかしておれの母ちゃんと同じ、白眼?

それに、何か見覚えがあるっつーか、この人知ってる気がするってばさ……??


「ここで、なにをしている」


 母ちゃんみたいに、怒ると動脈をあらわにはしてないけど、おれってば不審がられてるよな。

「どこの者だ? 木ノ葉の里では、見掛けないな」

「へ...? 何言ってるってばさ、おれ木ノ葉出身だけど」


 この人、額当てはおれと同じ木ノ葉マークなのに───

ん? そういやおれ、いつの間にか額当てしてない。

どっかに落っことして来ちまったかな??


「……………」


 白装束の人は身を低くして片膝を地面について、おれの顔を間近で……しかも真顔でじっと見つめてくる。

ちょっと怖ぇけど、おれも負けじと見返してやった。


「お前・・・────似ているな」


 つぶやくように言った白装束の人の目元が少し、優しくなった気がした。

おれを褒めてくれる時の、母ちゃんみたいだ……


「おれが...、誰に似てるってばさっ?」

「いや、こちらの話だ。気にするな」


 てっきり火影に似てるって言われると思ったのに……この人、木ノ葉の人なのに火影の息子のおれのこと、知らないのか? ...別にいいけどさ、火影の息子だからって変に気遣われんの嫌だからなっ。

「───お前、疲労していて動けないようだな。ここから里までそう遠くはないから、病院まで連れて行こう」

「へっ、病院?! おれ、どこも悪くないってばさ...っ!」


 急に立ち上がったら、足元がフラついて前のめりに倒れかかった。

...そんなおれを、白装束の人が片腕で支えてくれた。


「悪いようにはしない。...だが一度、病院で診てもらった方がいい」

 そう言って小脇に抱えられたおれは、素早く木ノ葉まで戻らされて病院に連れて行かれちまった。

───病院に運ばれたって聞いたら、親父は、影分身じゃない本体で来てくれんのかな……?





「特に、怪我はしていないようですが、疲労が見受けられるのでしばらく身体を休めた方がいいでしょう」

「……だそうだ、ではな」

「ちょっ、ちょっと待ってくれってばさ...!?」


 おれは内心、すごく焦っていた。何ていうか、木ノ葉の町並みが、全体的に古くさい。何より、火影岩に親父がいなかった。どういう、ことだってばさ……まるで、火影の親父が存在してない、みたいな────ある意味、その方がおれとしてはいいんだけど……

おれのことを知っている人も、全然いないみたいだし……病院で診てもらったはいいけど、あとは自分の家でゆっくり休めったって……帰る家がどこだかも分かんないってばさっ。


「どうした、家に帰れない事情でもあるのか?」


 白装束の人は、特に心配した風もない無表情でそう言って、おれは今出てきたばかりの病院前で焦って次の言葉を探していると────


「ネジ兄さん」


 誰かが、白装束の人に声をかけて来た。


「ヒナタ様...? 何故こちらに」

「ネジ兄さんが、誰かを抱えて病院に連れて行くのを見掛けたから、ちょっと気になって来てみたの」

「そうでしたか。...その子は、大した事はないようですが、暫く身体を休めた方がいいそうです」

「そうなんだね......。あれ? 何だかその子、ナルト君に似て───」

「母ちゃんっ?!」


 おれはつい、大声を上げちまった。

よく見たら、写真で見たことある若い頃の母ちゃんだけど、おれの母ちゃんであることには変わりないってばさ...!


「お、お前……今ヒナタ様の前で、何とッ───」


 さっきまで無表情だった白装束の人が、面食らった様子で顔を引きつらせている。

ってかこの人、さっき母ちゃんに"ネジ兄さん"って呼ばれてたよな……?

あっ、そうだ、思い出した...! おれん家の居間に飾られてる写真立ての中に、白装束で黒の前掛けっぽいのしてる髪の長い男の人写ってたのあったよな...!?

他の写真では、無表情な感じが多かった気がするけど、その写真では優しそうに微笑んでた────

おれ最初それ見せられた時、母ちゃんに似てキレイな女の人だな~なんて、ヒマワリと一緒になって思ったけど、母ちゃんとハナビおばさんのイトコの兄ちゃんだって知った時はビックリしたな……


 そっか、この人が、おれとヒマワリの────


「ネジおじさん!!」


「……...ッ!?」

「えっ、え...?! 私が、母ちゃんで……兄さんが、ネジおじさん...!?」

 おれが上げた二回の大声で、周りにいた人達から注目を浴びちまうおれと母ちゃんとおじさん。

「お前、とりあえず場所を変えて話すとしようか。───俺の家に来いッ」

「あ、ネジおじさ...じゃなくてネジ兄さん、私もっ」

 ちょっと引きつった笑顔を見せて、おれをまた小脇に抱えたおじさんは急いで自分ん家に帰り、母ちゃんも付いて来てくれた。




……居間の畳に座らされると、ネジのおじさんは開口一番こう言った。

「おじさんなどと言われる程、まだそんなに歳は取っていないんだがな。ましてヒナタ様相手に、"母ちゃん"などと……お前、どういうつもりか聴かせてもらおうか」

 仁王立ちして腕組み、しかめっ面で見下ろしてくるおじさん……、怒った時のヒアシのじぃちゃんみたいで怖いってばさっ。

母ちゃんの話では、おじさんは強くて優しい人だって言うし、父ちゃ...親父もよく、ネジは天才ですげぇ奴なんだって、おれとヒマワリに言ってるんだけどな...?


「ネジ兄さんったら、怖がらせちゃダメだよ。...ねぇ君、まずは名前教えてくれるかな? ちなみに私はヒナタで、この人はネジっていう私のイトコのお兄さんだよ」

「うん、知ってる。おれは、うずまきボルトだってばさ」


 ───つい正直に名乗って、少し後悔した。

何でか知らないけど、おれはもしかしなくても、過去みたいな所に居るのかもしれない。

だって今目の前にいるネジおじさんは……おれの世界では昔あった戦争で、母ちゃんと父ちゃんを命懸けで守って死んじまっているから。

ほんとにここが過去みたいな世界だったら、"うずまきボルト"って名乗ること自体、危険なんじゃないか……?

漫画とかSF映画でよく、過去に行って未来を変えるみたいな話あるけど、ひとつ間違えば"自分"や大切な存在が無くなっちまう可能性があるとか何とか────

おれの見てる、ただの夢とかだったら大丈夫なはずなんだけどな……。そうだとしたら、おれの想像上のおじさんが喋ってるってことになるのか?

確かに、おじさんには会ってみたかったし、修行だって一緒にしたかったし、生きててほしかったし……色んなこと、おじさんから教えてもらいたかった。それは、ヒマワリだって同じ気持ちだ。


 うずまきボルトっておれの名前を聞いて、若い頃の母ちゃんとおじさんは、少し驚いた顔をしていた。

そういえば、若い頃の親父は……? 居るとしたら、今どこに────

「うずまき、ボルト君……。どうりで、ナルト君に似ていると思ったよ。ね、兄さん?」

「確かに、似ているとは思いますが……ナルトに兄弟が居るとは聴いていませんよ」

「オヤジ...じゃないっ、そのナルトって人は、今どうしてるんだってばさ?」

 おれは、そう聞かずにはいられなかった。


「...ナルト君は、長い修行の旅に出ているの。もう少しで三年になるから、帰って来るのもそう遠くないはずだよ」

 母ちゃんはそう言って笑顔になり、少し顔を赤くした。あぁ...、やっぱ親父のこと、好きなんだな。


「───ちょっと待て。お前さっき、ナルトを"親父"と言いかけたろう。そしてヒナタ様を、"母ちゃん"と呼んだ…。その上で、俺を"おじさん"だと……? そういう、事なのか...ッ」

 おじさんは1人で勝手にショックを受けた様子で、片手で顔を覆ってる。

「え、えっ? ちょっと待ってネジ兄さん、どうして私がナルト君と結ばれる前提になってるの...!?」

 とか言って、まんざらでもなさげに顔を真っ赤にしてちょっと嬉しそうな母ちゃん。

「信じて、くれなくてもいいってばさ。おれも、何で過去みたいな世界にいるのか見当もつかないし……。ウソは、言ってないつもりだから」


 もうひとつ、気になることがあったからこの際聞いてみることにした。

「───おじさんは、母ちゃんのイトコの兄ちゃんだろ? 何で、敬語使ったり様付けしたりするんだ? 何かそれ、違和感あるってばさ」

「……ヒナタ様が日向宗家で、俺が分家だからだ」

「でもね、私としてはもう敬語も様付けも必要ないよって言ってるんだけど、ネジ兄さんったらなかなか聴き入れてくれなくて」

 母ちゃんはちょっと困った顔でおじさんを横目に見るけど、当のおじさんは素知らぬ顔してる。

そういうとこクソ真面目っつーか、頑固だなおじさん……

母ちゃんが必要ないって言ってんだから、普通に従兄妹らしくしゃべりゃいいのに。

それこそ兄妹のおれとヒマワリみたいになっ。

って…、おれとヒマワリのこと知らないからしょうがないか……


 そういや、おれのとこではとっくに廃止されてるけど、日向の家では昔、『呪印制度』ってのがあったって……教わったっけ。

ネジおじさんが生きてる上で呪印制度が廃止されたら、おじさんは母ちゃんに対して様付けや敬語使うの、やめられたのかな。


「…ねぇ、ボルト君には兄弟、いるの?」

「うん、ヒマワリっていうかわいい妹がいるってばさ! 写真で見たことある、髪短かった頃の母ちゃんにそっくりなんだぜっ」

「ほう...? 可愛い妹……、ヒナタ様にそっくり……ふむ」

 つぶやくように言うおじさんの方を見ると、何となく顔がニヤけてた。

「おじさんってば、うれしいんだろ? おれの妹が母ちゃんにそっくりでさっ」

「べ...別にそんなつもりは……あ、いや、嬉しくないわけではないが……」

 おじさんは、照れ隠しするみたいにそっぽ向いた。

ツンデレかよ、ネジおじさん……

 やっぱ母ちゃんのこと、イトコの妹として大切に思ってるんだな。

おれだって、妹のヒマワリを大切に思う気持ちは負けないってばさっ。


「──────」

「わっ、ちょ、何すんだってばさ……?!」

 おじさんはおれの目の前で身を屈めて片膝をつき、おれの頭に片手を置いて急にワシャワシャかき乱してきた。

親父も時たまそうしてくるから、ちょっと強引でも撫でてるつもりなのかもしれない。そうされると迷惑っていうよりかは、うれしいかな……


そのあとおじさんは、間近でおれに微笑んで見せてこう言った。

「お前の世界での皆は、息災か? …息災というのは、元気でいるか、という事だが」

「あ……うん、元気...だってばさ、みんな」

 おれはつい、おじさんから目を逸らしてしまった。


「───お前は、ウソが下手だな」

「え……?」

 おれがおじさんに目を戻すと、おじさんは何ていうか……ほんの少し、哀しそうな笑みを浮かべていた。


───やばい、勘づかれちまったのか? でもまさか、自分が死んじまってるなんてこと……

 おれのボルトって名前が、ネジおじさんに由来してるってのは、さすがに言えないよな……。

どうしてだって、絶対聞かれると思うし、未来でおじさんが死んじまってること話したら、今の母ちゃんには相当ショックだろうし、おじさん自身だって──

ネジおじさんが命懸けで繋いでくれた命だから、おれの名前はボルトなんだって……ネジおじさんに由来して父ちゃんと母ちゃんが名付けてくれた、大切な名前───

 もしかして、話した方が、おじさんの死を避けられるんじゃないのか……?

けど、そうしてネジおじさんが生存したら、おれは『ボルト』じゃなくなるのかな。

そもそも、おれ自体が生まれてないのか……??

いや、おじさんが生きてたっておれはボルトのはずだ。

ネジおじさんが死んじまわないとおれがボルトとして存在できないなんて、なんかおかしいってばさ。

そんなんじゃおれとヒマワリは、ネジおじさんに絶対直接会っちゃいけないってことになっちまう。

そんなのは、イヤだ。

ネジおじさんには……生きてほしい。

おれとヒマワリと……未来で直接、会ってほしい。

だから、おれはっ・・・───!

 あ、れ? なんか、変な感じが、する……


「ボルト、君...? あなたの身体、透けてきてるよ...!?」

 母ちゃんは、そんなおれを心配して間近に近寄って片手を握ってくれた。

……足先からだんだんと、おれの存在が、薄れていく……?

それと一緒に、おれの意識も、もうろうとしてきた……...


「このまま……おれ、消えて無くなっちまうの、かな……?」

「ボルト、大丈夫だ。お前はきっと、元の居場所に戻るだけだ。消えたりはしないさ」


 おじさんは力強くおれを励ますようにそう言って、母ちゃんと同じように片手を握ってくれた。

───そのおれの手も、もう消えかかってる。

しゃべれなく、なる前に……ネジおじさんに、どうしても言っておきたいことが、あった……

それで例え、未来がどう変わったって、今度はおれが繋ぎとめるんだ……っ


「ネジ、おじさん……生きてよ、何があっても。待ってる、から……未来で、ヒマワリと……一緒に─────」


 そこでおれの意識は、完全に途切れた。






「───ボルト...?! やっと、目を覚ました...っ! もう、何よ、私のこと庇って大怪我するなんて……。あんたが死んじゃったら、私のせいになっちゃうでしょ、バカっ...!」

 次に目が覚めたら、病室だった。

サラダの……メガネ外して泣き腫らした顔が、おれの目に映った。

だってさ……お前あの時、無茶しやがるから────


「お兄ちゃあんっ、よかったよぉ...っ!!」

「本当……意識を戻してくれて、本当に良かった、ボルトっ...!」

 ヒマワリと母ちゃんも、泣かしちまってたんだな……


「ボルトッ、お前...、寝坊にも程があるってばよッ。心配させやがって……なぁ、ネジ...!」


 ────え、おじさ……...?


「お帰り、ボルト。皆…、待ってたんだぞ。勿論、俺もな」


 父ちゃんが、呼びかけたら……そこには、ネジおじさんの姿が……!!

白装束着てた頃より、さすがに少し老けてるけど、おれとヒマワリの、おじさんだ...!

生きていて、くれた...っ


「お前が言ってくれたんだ、俺に……何があっても生きてくれと。大戦で瀕死の重傷は負ったが...、一命を取り留めてみせたぞ。お前の言葉のおかげだ、ボルト。だからお前も…、何があっても生き抜いて見せてくれ。これからもずっと……ヒナタやナルト、ヒマワリとお前をすぐ傍で、見守ってゆくから」


 その時のネジおじさんの優しい笑顔が、おれには一生、忘れられなかった。



《終》
 

 

【いたずらなお月様】

 
前書き
 二部の日向家から、ヒナタとネジの入れ替わりなお話。 

 
「───あ、ハナビ…! ど、どうしよう、私っ…!?」

「おはよう姉さま、どうしたの? ……てゆうか、何で朝からネジ兄さまの姿に変化してるわけ? 声と姿がチグハグで、ちょっと笑えてくるんだけどっ」

「違うの、変化じゃないの…! 朝起きたら、何故か私、ネジ兄さんの姿になっちゃってて…! まさか寝ぼけて自分で変化しちゃったのかなって思って、変化を解こうとしたんだけど、元に戻れないの…っ!」

「はぁ…?! 何それっ、確かに声そのものは姉さまだけど、姿が兄さまのままって……??」


「───ハナビ様…と、俺の姿をしたヒナタ様……とでも呼べばいいのでしょうか」

「あ、ネジ兄さま───じゃない?! ヒナタ姉さまの姿してるのに、声が兄さまだっ!」

「ね、ネジ兄さん……もしかしてその姿、変化してるわけじゃないんです、か?」

「…そうおっしゃるという事は、ヒナタ様もただの変化ではないのですね」

「それじゃあ兄さまも、姉さまと同じく朝起きたら姿だけ変わっちゃってたのっ?」

「えぇ……何やら胸苦しさを感じて目が覚めたら、何故だかヒナタ様の姿に───。無意識の内に変化するという馬鹿な事をやらかしてしまったのかと思い、解こうとしたのですが……何度試しても元に戻れず、ならば自分の姿に変化してみようとしても、駄目でしたよ」

「わ、私と同じです…。どうなってるの、かな……??」

 中身がネジのヒナタは、クールな表情で組み辛そうに腕組みをし(胸のせい)、中身がヒナタのネジは首を傾げて胸板の前に握った片手を置き、女の子のように困った表情をしているのを見てハナビは、可笑しさを堪えつつ質問する。

「姉さま、兄さま……昨日何かあった? 変化じゃなくて、姿が入れ替わっちゃうなんてどういうこと??」

「何かって…、特別な事はなかったと思う、けど……ねぇ、兄さん?」

「───えぇ、特に何も」

「ほんとにぃ? てゆうか、その状態どうするの? 声と姿がチグハグじゃ、ごまかしきれないよね。病院行って、診てもらったら?」

「自然に戻るかどうかも判りませんし、ここは恥を忍んででも医療忍術のエキスパートに診てもらうべきでは───」

 と、ヒナタ姿の声はネジが話している所へ、日向家の塀を軽く飛び越えて来たナルトが唐突に現る。

「おーいネジ、昨日オレと修行の約束しただろ? 今すぐ外の修行場所行こうぜッ!」

 キラキラしたナルトスマイルを向けられたネジ姿の中身ヒナタは、顔を真っ赤にしてヒナタ姿の中身ネジの後ろに慌てて隠れた。

「あ? どうしたってばよ、ネジ??」

(───しまった、昨日半ば強引に修行の約束をさせられていたのを失念していたッ)

 ヒナタ姿の中身ネジはつい、少々無理のある裏声を駆使してナルトに愛想笑いをしながら答える。

「ヒナタさ…じゃなくて、ネジ兄、さんはちょっと調子が悪いみたいだから、修行はまた今度にしてくれるかな、ナルト…君?」

「へ? どっか具合悪ぃのかネジ。…てかヒナタ、なんか声おかしくね? いつもより低いっつーか……」

 怪訝そうに顔をのぞき込んでくるナルト。

「あ、あのね、今朝からちょっと喉の調子が悪くて……ネジ兄さんも、そうみたいなの」

「だからさっきから何もしゃべらねーのか? ヒナタの背中に隠れることねぇのによ。...大丈夫か、お前ッ?」

 ナルトはサッとネジの背後に回り込み、肩に片手を置いてこちらを向かせようとしたが、当のネジ姿の中身ヒナタは体をビクッとさせあからさまに動揺する。

「わたっ……お、お俺は?! だいじょぶ、だよ...! 気にしないで、ナルトく...ナルトっ」

「ん、確かにネジの声も変だな? いつもより高ぇっつーか...。まぁ二人して声の調子悪ぃなら仕方ねぇか!」

(ちょっと無理あるよ兄さま、姉さま……。なのにそれを真に受けとくナルトって、やっぱりバカっ?)

 内心呆れ返るハナビ。

「声の調子悪ぃだけなら、修行できるよなッ? ネジだってさっき大丈夫だっつってたしよ!」

「いや、だからナルト君、それはまた今度と───」

「ネジ兄さ...じゃなくて?! ヒナタ、さま……お、俺なら平気ですっ。ナルトく...ナルトと、修行します...!」

 顔を赤らめたままのネジ姿のヒナタは、恥ずかしがりながらもナルトと修行したいらしい。

「し、仕方ないですね……。私も付き合います」

 自分の姿ではあれど、ヒナタの気持ちを汲んでおくネジ。

「はぁ...もう、こうなったらわたしも付き合うよ姉さま、兄さま、ナルトっ」

 ハナビも加わり、こうして四人は屋外の修行場所に向かう。




 ヒナタ姿の中身ネジとハナビは少し離れた所から二人を見守り、ナルトは早速ネジと修行を開始するが、ネジ姿の中身ヒナタはあたふたしっぱなしで、ナルトからの攻めを受け流すばかりだった。

「おいネジ! 避けてばっかいねーで、そっちからも攻めてくんねぇと修行になんねーだろ? 遠慮なく柔拳かまして来いっつのッ」

「えっ? あ、はい…!?」


「───あ~ぁ、ネジ兄さまってばナルト相手に戸惑い過ぎ…ってごめ~ん、中身ヒナタ姉さまだから仕方ないよねっ」

「…………」

 からかい気味なハナビにヒナタ姿の中身ネジは、本来のヒナタならしなそうな若干不機嫌な顔をしている。


「あっ...!」

 ネジ姿のヒナタが、しりもちをついた。

「お、おい、大丈夫かネジ?」

「へ、平気だよ……あはは」

 ちょっと笑ってごまかしたつもりが、ナルトには奇妙に見えたらしく、心配した様子で身を低めて顔を鼻先がくっつきそうなほど近づけ、そうされた当のネジ姿の中身ヒナタはしりもちをついた姿勢のまま身を引ききれず、間近のナルトを前に顔がまた熱くなるのを感じた。

「どうしたんだお前、いつもより動き鈍いし簡単にしりもちなんかついて……やっぱ調子悪ぃのか? 顔も赤ぇけど、熱でもあるんじゃねぇの?」

 ナルトはネジの額当てに片手を横向きにしてあてがってくるが、中身のヒナタは辛抱たまらん様子で顔を赤くし目をぎゅっとつむっている。

「───額当てからも伝わるくれぇ、熱がある気がするってばよ。調子悪かったのに、無理させちまったオレが悪ぃよな...」

 近づけていた顔を引き、つと後ろを向いたかと思えばそのまましゃがむナルト。

「ほら、家までおぶってやるってばよッ」

「えっ、あの、そんな、わるいよ…?」

 本当は嬉しいが、ネジの姿で戸惑うヒナタ。

「遠慮すんなって! 修行はまた今度にしようぜ、本調子のお前との方がやりやすいからよッ」

「あ...、ありがとう、ナルトく───」

 恥じらいながらもナルトの背におぶさろうとした途端、

「八卦空掌ッ!」が放たれ、ナルトだけ軽く吹っ飛んだ。

「どわぁッ……?!」

「ね、ネジ兄さ……ヒナタ、さま、いきなり何を...っ」

 驚いたネジ姿のヒナタが目を向けた先には、ヒナタの姿で八卦空掌を放ったネジが───

「……ナルト君、ネジ兄さんは後で私が家まで送るけど、その前に私と手合わせしてみない?」

 ヒナタにしては珍しいというより、今まで見た事のないような不敵顔で柔拳を構えている。


(ネジ兄さま怒らせちゃったわねぇナルト。ご愁傷様っ)

 内心面白くなってくるハナビ。

「ひ、ヒナタ……修行じゃなくて、ホントに手合わせでいいのかよ?」

 面食らった様子で立ち上がるナルト。

「遠慮はいらないよ? 私、ナルト君を本気で倒すつもりでやるから」

 真顔で冷たい視線のヒナタ姿のネジ。

「あ、あの、ヒナタさま……修行の方がよくないですか? 手合わせだと、勝ち負けになっちゃうし……」

「ほら兄さま、危ないから離れとこう? 本気の姉さまは怖いからっ」

 ハナビがネジ姿のヒナタの手をとり、離れた場所から二人の手合わせを見守る事にする。


「分かったってばよ……ヒナタがそのつもりなら、オレも本気で行くぜ! ───多重影分身の術ッ!!」

 多数のナルトが一斉に現れヒナタへと攻め込み、ヒナタは影分身のナルトからの攻撃を蝶が舞う如く両手のひらを駆使し、ひらひらと躱しつつ反撃を与えてゆき、次々と影分身を消失させていく。

(さ、さすがネジ兄さん……私の身体を、何の抵抗もなく扱ってる...! 私なんて、自分の身体じゃないってだけで勝手が分からなかったのに───あ、でも私だっていつも修行の時兄さんの動きを見てるから、その動きをそのまま真似てみれば良かったのかな)

 感心しつつ、自身を顧みるネジ姿のヒナタ。

影分身のナルトらは、中空から多勢でヒナタに覆いかぶさり動きを封じようとしてきたがその時、ヒナタの身体でネジは回天を繰り出し、綺麗な円を描くチャクラ放出で影分身のナルトらを一気に弾き飛ばしてゆく。

「わっ、すごい! 姉さまが回天使ってる...!? 中身は兄さまだから使えてもおかしくないけど、わたしも早くちゃんと扱えるようにならなきゃ...!」

 ヒナタ姿のネジの回天を、眼に焼き付けんばかりに見入るハナビだが、ヒナタ本人の内心は複雑だった。

(私の身体で回天が出来るって事は、私ほんとは、使えるって事? 私の、やる気が足りないだけ……?)

「───すげぇなヒナタ、いつの間にネジみてぇに回天使えるようになったんだッ?」

「私だって、やれば出来るんだよ。...何なら、八卦64掌も使ってあげようか。───128掌でもいいよね」

(うおッ、何かヒナタじゃねぇみてぇな殺気を感じるってばよ...?!)

 何をそんなに怒っているのか、ヒナタ姿のネジは腰を低く落として大輪の花を咲かせるかの如く両腕を広げ八卦の構えをとり、いつでも放てるようにしている。

「あなたは私の、八卦の領域内にいる……」


「───あれってきっと、中身が姉さまの自分の身体に変に近づき過ぎたナルトが気に食わないんじゃないかな。あのままだとナルト、64掌以上くらってただじゃ済まないかもねぇ」

 ハナビの言う事に、ヒナタは黙っていられなくなりネジの身体ですぐ様ナルトと自分の身体の間に割って入った。

「ナルトく...ナルト! 一楽のラーメン、食べ行こうっ!」

「へ...? 急に、どうしたってばよネジ」

「お、お腹、空いてきちゃって……だめ、かな?」

 ネジの中のヒナタがちらりと自分の方を見ると、納得いかなそうな表情をしていたが、とりあえず八卦の構えを解いてくれたのでほっとした。

「何だよ、だから調子悪かったのか? んじゃあヒナタとの手合わせは中断して、一楽にみんなしてラーメン食いに行こうってばよッ!」




 客席のカウンター前から見て左端から、ヒナタ姿の中身ネジ、ネジ姿の中身ヒナタ、ナルト、ハナビと並び、ふとナルトが隣を見ると、ネジ姿のヒナタが顔横を流れる長い片髪を掻き上げつつ一楽のラーメンを上品に啜っていて、その仕草に思わず見入っしまう。

───そして見る間に1杯目、2杯目、3杯目とクリアし、上品に食べている割にペースが早い。

「…ちょっとナルト、姉さ...じゃなくてネジ兄さまの食べっぷりに見とれてると、自分のラーメン伸びちゃうよっ?」

 ハナビの言葉で、我に返るナルト。

「うおッ、ネジに負けてらんねぇってばよ...!」

 急にペースを上げて2杯3杯4杯と食べ進めるが、ネジ姿の中身ヒナタは更にその上を行き、9杯目に達している。

ナルトは5杯目を頼んだはいいが動きが鈍り、一方のハナビは2杯、ヒナタ姿の中身ネジは1杯のみで食べ終えていた。


「ナルトく...ナルト、そのラーメン食べてあげようか?」

 十杯目の苦もなく隣のナルトに屈託のない笑顔を向けるネジ姿のヒナタ。

「ま、負けた……。じゃあ、頼むってばよ。...つか、腹減ってたからっていくら何でも食いすぎじゃね? ネジってそんなに大食らいだったか?? ヒナタの方が食うイメージだったけどよ...?」

 二人の姿が何故だか入れ替わっていると未だに気づいていないナルトがヒナタの方に目を向けると、その中身のネジは黙ったまま不機嫌そうに視線を逸らす。

「あ、えっと……これ食べ終えたらもうやめておくから、気にしなくていいよ」

 上品な仕草はそのままに、十杯目を軽々平らげるネジ姿のヒナタ。



……一楽を出る際、ヒナタ姿のネジは自分の姿をした中身のヒナタに密やかに話し掛ける。

「(ヒナタ様……幾ら何でも俺の姿で食べ過ぎです)」

「(ご、ごめんなさいネジ兄さん……ほんとにお腹、空いちゃって)」

 普段ならそう簡単に笑顔にならないはずの自分が、中身がヒナタ故に照れ笑いをしているのが、我ながら奇妙に感じてしまうネジだった。


「───あ、ハナビ様! 見つけましたよ...!」

 ハナビの世話役の1人の女性が、こちらへやって来る。

「今日は午後から、宗主様との稽古ですよっ?」

「あ、いけない、忘れてた...! ごめん姉さま、兄さま、ナルト、そういうことだからわたし抜けるね! あとは三人でよろしくしててっ!」

 ハナビは世話役の女性と共に、日向家へ急いで戻って行った。

「よろしくしてろっつわれてもなぁ、あ”ーちょっと気持ち悪ぃ...ッ。腹ごなしにもういっぺん体動かしてぇ気分だってばよ」

「じゃあ……ナルト、今度はちゃんと私───じゃなくて俺と、手合わせしてみる...か?」

 ネジ姿のヒナタがそう持ちかけた。

「お? 飯食って調子よくなったんなら相手になるってばよ! そういう事ならもっかい修行場所に行こうぜッ!」

 嬉々として先に行くナルト。

「……ヒナタ様、いいのですか? 無理しなくとも、ナルトとの手合わせの続きなら俺が───」

「大丈夫。...私、ネジ兄さんの身体で回天や八卦64掌をちゃんと試してみたいの」

 自分の顔ではあれど、真剣な表情を向けてくる中身のヒナタにネジは応じる事にする。

「...判りました。俺の身体なら多少の無理は利くでしょうから、思う存分ナルト相手にやってみて下さい」

 ヒナタの顔で、ネジは不敵な笑みを浮かべた。



────そうして修行場で手合わせを始めて間もなく、その場に異変が起きた。

それをいち早く察知したヒナタ姿のネジは、広範囲の地面に気を付けろとナルトとネジ姿のヒナタに警戒を促し、その直後幾つも鋭利に隆起した地面が突き上がって三人を襲い、それらを避けつつヒナタ姿のネジは白眼で木立向こうに三人の術者を発見すると同時に、更にその三人とは距離を置いた場所に二人潜んでいるのを見つける。

 白眼を狙って来た者達───? その可能性もあるとすれば、今ネジはヒナタの姿であって、その自分が無闇に敵方に向かって行けばヒナタの白眼が狙われる……。本来の自分の姿であれば、万一の事があっても日向の呪印により白眼の能力は封じられるが───ヒナタは今、"ネジの中"に居る。


「ネジ、敵の居場所教えてくれッ。オレらで蹴散らしちまおーぜ!」

「え、えっと……」

「ナルト、無闇に突っ込むな、まずは応援を呼ぶべきだ。ヒナタ様、俺の傍から離れないで下さ───」

 突如、周囲に黒煙のようなものが生じ、それに巻かれたナルトは視界を奪われ、ネジとヒナタの白眼までその透視能力を失う。

「けほっ、けほ…っ(何なの、これ……急に、白眼が利かなくなった...?! ナルト君と、ネジ兄さんはどこ───あっ)」

 ネジ姿のヒナタは、右肩に鋭い痛みを感じた。背後から何者かに、細い突起のようなもので刺されたらしい。

───急激に、意識が遠のいてゆく。


(これは、ただの目眩しではない…! 白眼の透視能力すら封じるとは───とにかくこの黒煙を晴らさなければ)

 近くに居るはずのナルトとネジ姿のヒナタを巻き込まない程度に、ヒナタ姿のネジは回天を繰り出し黒煙を晴らすのを試みた。

…すると思惑通りに黒煙は晴れたが、少し離れた所で咽せているナルトは居ても、ネジ姿の中身ヒナタが見当たらない。

まさかと思いヒナタ姿のネジが白眼を凝らして周囲を探ると、先程の黒煙で透視能力を封じられたのは一時的だったらしく、すぐにまた視野を広げた先にぐったりした自分の姿をしたヒナタを抱え連れ去る1人と他二人を捉えた。


「ヒナタ、ネジ、無事か…ッ!? って、ネジいねぇ?!」

「───攫われた」

「はッ? マジかよ!? ヒナタなら分かっけど、何でネジが……」

「姿は俺でも中身はヒナタ様なんだ、説明している時間は無い…!」

「あ、おいヒナタ...?! つか何でネジの声になってんだ? ネジの姿で中身はヒナタって……変化してたのか?? じゃあヒナタの姿してんのにネジの声って事は────あぁッ、よく分かんねぇってばよ!? とにかくオレも追いかけねぇとッ」

 誤魔化す必要の無くなったヒナタ姿のネジは、高めに発していた声を地声に戻して先を行き、ナルトは混乱しつつもネジ姿のヒナタを取り返すため、攫った敵を追う。





────・・・ヒナタは夢を見る。

  とても苦しく、辛い夢を。


 大きく翼を開いた鳥のように両腕を広げ、従兄のネジが敵の攻撃からヒナタを庇い、身体のあらゆる箇所を鋭利な物で貫かれ、その場にくずおれてうつ伏せに倒れ、死んでしまった。

ヒナタは眼を疑った。


そんなはずない。ネジ兄さんは、とても強い人だ。

こんな、簡単に死んでしまうはずがない。

私が、弱いから、死んでしまったの?

兄さんを守る事も出来ずに、守られて、死なせてしまうなんて。


医療班の助けを呼ぼうとしても、声が出せない。

地面にへたり込んだまま、立ち上がる事も出来ない。

ネジ兄さんを抱き起こして、死んだりしてないって、確認したいのに、身体が動かない。

とめどなく流れる涙だけが、頬を伝う。

いくら泣いても、ネジ兄さんはうつ伏せに倒れたままだった。

もう二度と、言葉を交わす事も、微笑みを向けてくれる事もないんだ。



────胸が張り裂けそうになって、目が覚めた。

頬が、涙に濡れている。

身体が、小刻みに震える。

自分の身体が自分のものでないかのように重く、身を裂かれたような痛みすら覚えた。


夢……、ただの、夢だったんだ。

落ち着こう、落ち着かなきゃ────


ヒナタは上半身を起こして胸に両手を当て、浅くなっていた呼吸を落ち着かせる。

それからつと思い立ち、白眼を使用してネジが居るはずの家の部屋を透視した。

ネジは昨日、任務を終えたばかりで里に戻っているからこの夜分にはきっと自分の部屋で眠っているはず……なのに、

その姿が無い。

ヒナタは耐え難い不安に襲われ、更に視野を広げる。


───すると、里からほど近い川辺に1人佇んでいるネジを見つけ、居ても立ってもいられなくなり急いでその場へと向かう。




「……ヒナタ様、こんな夜更けにどうしました?」


 雲一つない、白く煌々とした満月の元、ネジはヒナタの気配に気づいてこちらを向き少し驚いた表情をしたが、特に変わった様子は見られなかった。

目の前で、ちゃんと生きていてくれていると感じたヒナタは安堵と共に、堪えきれずすすり泣いて顔を覆う。


「───何か、あったのですか?」


 案じてくれるネジに対し、申し訳ない気持ちとほっとしたのとでヒナタは言葉をうまく紡げない。

「ご、ごめんなさっ……ネジ兄さん、私...の、為に…っ。でも、生きてくれていて、よかった……」

「謝られても、困るのですが……。それに俺なら、何ともありませんよ。月を、眺めていただけですし」

「う、うん……そうだ、よね。ごめんなさい、困らせてしまって…。邪魔、しちゃったよね」


 勝手に泣いた自分が情けなくなったヒナタは涙を拭い、ネジの顔をまともに見れずに下向く。

「ヒナタ様、下を向いていては勿体無い。───今宵は、月がとても綺麗ですよ」

 その優しい声音に誘われるように見上げると、満月の月明かりが雲一つない夜空を煌々と照らし出す静寂の中、月は普段より大きく美しく思えた。


……ふと横に居るネジに目を向けると、満月を見上げて月明かりに目を細め、微笑を浮かべている姿に美しさすら覚え、ヒナタは従兄を恍惚と見つめる。

その視線に気づいたネジは、少し困ったような微笑を浮かべたままヒナタに静かな口調で話しかける。

「もしや……、俺に関しておかしな夢でも見ましたか? 満月の夜は、妙な夢を見やすいようですからね」

「え……? あ、もしかして、ネジ兄さんも怖い夢を見たから眠れなくなって、こんな夜更けに外の川辺に……?」

「いえ…、単純に寝つけなくて気晴らしに月夜を眺めに来ただけです。───ヒナタ様は、怖い夢を見たのですね。俺が夢であなたに怖い思いをさせたのなら、謝ります」

 そう述べてネジは頭を下げてきたので、ヒナタは慌てて本当の事を話した。


「違うの、そういう事じゃなくて...! ネジ兄、さんが……夢の中で、私を守る為に……亡くなって、しまって」

「そうでしたか。……あなたを守って死ねるなら、分家として本望ですよ」

 微笑んだままで言うネジが、ヒナタにとっては堪らなく哀しかった。

「やめて、そんな事言わないでネジ兄さん。分家とか宗家とか、どうでもいいの。兄さんが私の為に、死んでしまう必要なんてない...っ」


「───そうかもしれません。だが俺は、そう簡単に死ぬつもりは無い。あなただけでなく、生きている上で守り続けたいものが多くある。死んでしまったら、直に守れなくなりますし、他の者に任せるしかなくなりますからね」

(ネジ兄さん……)

 月明かりの元の真摯な眼差しのネジに、ヒナタは安心感を覚えて微笑み返した。


「……そろそろ戻りましょうヒナタ様、身体が冷えてしまいますよ」

「あ...うん、そうだね……ふわぁ」

 ヒナタは急な眠気を覚え、思わず小さくあくびをする。

「はっ、ごめんなさい...! 兄さんの前で、はしたない事を───あれ、どうしたのネジ兄さん?」

 ヒナタが目を向けると、ネジは片手を口元に宛がっていた。


「───・・・いや、あの、ヒナタ様の欠伸が、移ってしまったようで」

「あ、じゃあ兄さんもあくびをしたのね? ふふっ、どうりでちょっと涙目になってるよ」

「それは、あなたもでしょうに……」

 互いにフフっと笑い合うヒナタとネジ。

「眠気がある内に、お互い寝床に戻った方がいいよね」

「そうですね、では屋敷前まで送ります」

「1人で戻れるし、私なら大丈夫だよ」

「いえ、それでは俺の気が済みません。───では、戻りましょうか」



 ヒナタとネジは、日向邸の前で別れる前に一言交わした。

「それじゃあネジ兄さん、おやすみなさい」

「えぇ、お休みなさい……ヒナタ様」





─────「…………ぁ」

「あっ、ヒナタ姉さまが目を覚ました!って...、今は中身ネジ兄さまなんだっけ」

 ヒナタが意識を戻すと、妹のハナビとナルトが心配そうにこちらを上からのぞき込むように見つめていた。

どうやら、病室のベッドに寝かされているらしい。


「あ、れ……私、どうして────」

「お...? ヒナタの姿で、ヒナタの声になってるってばよ! 作り声じゃねぇよな、元に戻ったのかッ?」

「ナルト、君...? 何を言って……」

「ヒナタ姉さま、忘れちゃったの? 昨日の朝、ネジ兄さまの姿でヒナタ姉さまの声になってたでしょ! 兄さまはその逆で────ああっ、言っててややこしくなってきた!」

 1人混乱し出すハナビ。

「あ……そういえば私、ネジ兄さんの姿から戻れなくて、その上誰かに襲われて────あれ、ちょっと待って、ネジ兄さんは...!?」

 どんな状況だったか思い出してきたヒナタは、上半身を起こしてネジの姿を目で探したが見当たらない。

「兄さまは、別室だよ。さっき様子見て来たけど、まだ眠ってる。───わたしはその場にいなかったけど、姉さま達を襲った奴らが兄さま姿の姉さまに何かの毒を与えたみたいで意識なくて、医療忍者の人が毒を抜いてくれたからもうすぐ目を覚ますんじゃないかな。...てゆうか、姉さまの中身が元に戻ったってことは、兄さまの方も中身戻ってるかもよっ?」

「オレとヒナタ姿のネジで力合わして黒ずくめヤロー共から、ネジ姿のヒナタを助け出したんだけどよ……、ヒナタの姿したネジが、急に胸に手ぇ当てて苦しみ出して、意識失ったままのネジ姿のヒナタに折り重なるみてぇに倒れちまったんだ。オレは意識の無ぇ二人担いで、急いで病院に連れてったんだってばよ」

 ハナビとナルトがそう話し、ヒナタとしては元に戻れた事よりネジの身体を守れていなかった事を悔やんだ。

自分が意識を失っていた間になぜ元に戻れたのか、それ以前にどうして姿が入れ替わってしまったのか疑問も残る。


(私が目を覚ます前に見ていたのは夢……じゃなくて、姿が入れ替わる前の夜にあったほんとの事……。あの時、確かに私はネジ兄さんと、夜更けの雲一つない綺麗な満月の元に一緒に居て、お話して、小さくあくびをし合って────)


「...ヒナタ様、無事でしたか?」

 ネジが、ヒナタの病室へとやって来た。

「ネジ兄さん...! 身体、大丈夫?」

「問題ありませんよ。ヒナタ様の方は、身体に違和感などないですか? 妙な連中との戦闘で、あなたの身体を傷つかせまいと戦いましたが……敵を退けた後、身体に異変が起きて意識が途絶えてしまい、先程目を覚ました時に自分の身体に戻っていたのでもしやと思い様子を伺いに来ましたが…、どうやらあなたも、ちゃんと元に戻っているようで安心しました」

 ほっとした様子でネジはヒナタに微笑を向けた。

「でもネジ兄さん…、私は、兄さんの身体を守れてなかった。ごめんなさい、傷を負わせてしまって……それに、簡単に敵の手に落ちてしまって」

「気になさらないで下さい。...大体、何故ヒナタ様ではなく俺の身体が持って行かれようとしたのか疑問ですが、結果的にあなたが無事で良かったです」

「良くないでしょ! 身体が入れ替わった原因が分からないんじゃ、またなっちゃうかもしれないよっ?」

「だよなぁ。けどオレってば、二人が入れ替わってたのマジで気づかなかったんだけどよッ。...つーかネジ、ヒナタ、入れ替わっちまった原因思い当たらねぇのか?」

 ハナビとナルトの言葉を受けて、目を見合わせるヒナタとネジ。

「うーん...、もしかしたら、いつもより大きかったお月様のいたずら……だったのかな」

「───そうかもしれませんね」

「何それっ、ちゃんと説明してよ姉さま、兄さま~」

「そうだぜ、二人だけで分かった気になってんじゃねぇっばよぉ!」

「まぁ、要するに……秘密だ」

「うん、私とネジ兄さんの……ちょっとした秘密だよ」

 真相を知りたがるハナビとナルトをよそに、もしやと思う節はあれど、ネジとヒナタにもよく分かっていなかったとはいえ、顔を見合わせ互いに小さく笑った。



《終》
 

 

【お前は生きろ】

 
前書き
 大戦で死んでしまったはずのネジが目覚めた場所は──── 

 
「おーいアンタ、大丈夫かぁ?」


「─────・・・」


 聞き覚えのある声に導かれ、ネジは意識を戻した。

うつ伏せに倒れていたらしく、声を掛けられた方に顔を向けると、何故だか3,4年程前の姿のうずまきナルトがしゃがんだ姿勢で心配そうにこちらを窺っていた。


「おいナルト、無闇に近寄るな。...何かの罠だったらどうする」

「で、でもネジ兄さん……その人、病院に連れて行ってあげた方がよくないかな...?」

 他に二人、3,4年前の姿の"自分"と、ショートヘアの頃のヒナタが少し間を空けた所にいて、こちらを慎重に窺っている。


「───お? アンタもしかして、白眼か? ネジとヒナタと同じだってばよ」

 ナルトは、相手の若干乱れた長い髪の間から覗く瞳に気づいてそう言った。


「……白眼使いか? 日向家の者───ではなさそうだが」

「そう、かな…。わたしは何だか、知っている気がするんだけど……」

 訝しむ過去の自分と、何かを感じ取ったようにこちらを見つめてくるヒナタ。


ネジがおもむろに上半身を起こすと、過去の自分は片手を水平に上げてヒナタを守る姿勢をとった。

しかしナルトの方は特に警戒しておらず、こちらに問いかけてくる。


「オレは、外でこの二人の修行に勝手に付き合ってたんだけどよ、あいつ……ネジが妙な気配するっつーからちょっと林の先まで来てみたら、あんたがうつ伏せで倒れてたんだってばよ。何か、あったのか? 見たとこ、ケガしてるようには見えねぇけど」

 そう言われて、ネジは思わず胸の辺りに片手を当てた。

……自分は確か、挿し木の術で上半身を刺し貫かれたはずだった。しかし、今は何ともない。

まして忍ベストではない、普段着用していた白装束の格好をしている。

額当てをしておらず、後ろの髪はほどけているようだった。

自分は、ヒナタとナルトを庇って死んだはず……というのは覚えていたが、何故もう1人の自分が存在している過去のような場所に居るのかはよく判らなかった。


「なぁアンタ、胸に手ぇ当てて難しい顔してっけど、そこ痛むのか?」

「───いや、大丈夫だ。気にしなくていい」

「...んッ? アンタ、今の声からして───オトコだったんだな。見た感じ、オンナかと思っちまったってばよ。つーか……アンタの声、ネジに似てんな??」

 ナルトに怪訝そうに指摘され、ネジは心中しゃべらなければ良かったかと感じた。


「あの……、もしかしてあなたは、わたし達が知っている人なんじゃ、ないですか……?」

「ヒナタ様、何を言い出すんだ。そいつは白眼持ちで得体が知れない……話をするだけ無駄だ」

 白眼でこちらを油断なく窺う過去の自分と違い、ヒナタは恐れる事なく前へ出てこちらへ歩み寄ろうとしてくる。

「そんなことないよ、ネジ兄さん。...わたしにはどうしても、この人が知らない人には思えないの」


「──── ヒナタ」


 思わずつぶやくように、ネジは静かにその名を口にした。


「へ...? アンタ、ヒナタのこと知ってんのか?? 名前はついさっき、ネジがヒナタ様っつったけどよ……アンタは普通に、呼び捨てだな。オレもだけどよッ?」

「変化はしていないようだが……貴様、何が狙いだ」

 ナルトの言う事には構わず、過去の自分が柔拳の構えをとる。

「やめて、ネジ兄さん。この人と……話だけでもさせてください」

「─────、どうなっても知りませんよ」

 過去の自分はヒナタの願いを聴き入れるが、警戒は解かない。


「あなたは……わたしのことを、知っているんですね。きっと、ナルトくんのことも……ネジ兄さんのことも」

「…………...」

 ヒナタは、地面に座り込んだままの白装束の相手にできるだけ近寄り、目線を合わせるように両膝を付いた。


「だとしたらお前は……俺が何者だと思う」

 
 僅かに憂えた表情で、ネジは過去のヒナタを前にそう問わずにはいられなかった。


「声が...、そっくりだね。きっとあなたは、未来のネジ兄さんなんだ」

 何ひとつ疑っていない様子で、ヒナタは微笑んだ。

───過去の自分は何も言わない代わりに眉をひそめ、ナルトの方はヒナタの言葉に素直に驚いて"二人のネジ"を交互に何度も見やった。

そしてヒナタは、額当てのされていないネジの額に眼をとめる。

「呪印……消えてるんですね。未来に、日向の呪印を消す方法が、見つかったんですか?」


「─────・・・」


 ふと、ヒナタから視線を逸らすネジ。


「そんな……じゃあ、あなたは」

 何かを察したヒナタは、驚いた表情で片手を口に宛がった。


「ん…? 何のこと言ってんだってばよ、ネジ?」

 ナルトが馴染みのある方に問うと、過去のネジは眉をひそめたまま無感情に答える。


「お前には一度、中忍試験試合のあの場で話したはずだが……まぁ、忘れても構わない事だが、日向の呪印は受けた本人が死んでしまわない限り消えはしない。つまりそいつは───既に死んでいるという事だ。どうりで、チャクラの流れがちっとも感じられないわけだ。...未来の死人が何故、この場に存在しているかは俺にも見当が付かないがな」

「あッ? し、死人?? ソレってつまり、ゆーれいッ……いや! そんなはずねぇってばよッ! ネジは天才なんだ、そう簡単にくたばるわけねーだろ! なあッ?」


「・・・─────」


 ナルトの言葉に、ネジは沈黙する他なかった。

「お、おい……何とか言ってくれってばよネジ...ッ! よっしゃ、ならオレがお前は死んでねぇって証明してやるッ。行くぜ、よけんなよ……いっせーのー、せッ!!」


 ナルトは何を思ってか、座った姿勢のままのネジの頭部をいきなりバシッと片手のひらで思い切り叩いた。

「───おッ? ほら、すり抜けずに叩けるってことはユーレイなんかじゃねぇってばよ! ネジは生きてる証拠だッ。なぁ、痛かったろ?」


「───・・・いや、特に」

 ナルトからすれば叩いた感触はあったが、ネジにしてみれば、痛みや叩かれた衝撃は一切感じられなかった。

「お、おかしいな……、確かにさわれるんだけどよ…ッ??」

 ナルトは何度もネジを叩いたり、体のそこかしこに触れてみたりしたが、当のネジは怒りもせず無表情でされるがままになっている。

「ナルト……、ベタベタそいつに触れるな」

 過去のネジからすると、未来の自分かもしれない存在を執拗に触られて少々不愉快だった。

実の所、ヒナタもナルトと一緒になってネジに触れたそうにしていたが、恥ずかしくて一歩踏み出せずにいる。


「……俺は、ここに在るべきではないようだ。還り方など知らないが、お前達の前からは去るべきだろう」

 ネジはそう言って立ち上がりかけたが、足元がフラついて前のめった拍子にヒナタが上体を咄嗟に抱き支えた。


「行かないで……、行っちゃだめだよ」


 耳元のヒナタの声は、微かに震えていた。


「心配、しなくていい……。俺が居なくなっても、この先の未来は────きっと守られる。ヒナタは……ナルト達と共に、その先の未来を生きてくれ」

 ネジは、そう述べるのがもう精一杯で、今にも意識がどこかへと強制的に追いやられそうだった。


「ふざけんなよ、ネジ」

 ナルトがつと、怒った表情を向けてくる。

「オマエのいない未来なんて、オレが認めねぇ。───生きろよ、死んでも生きろッ」


「おいナルト、...未来の俺が何で死ぬかはともかく、俺自身が納得しているなら潔く逝かせてやれ」

 過去の自分は肯定するが、ナルトは納得しない。


「気合いで生き返れ! オマエはまだ、死んでねぇッ。触れることが出来るってことは、生きてんだよぜってぇッ!」

「無茶を、言うな……。死んだあとに逝くはずの場所を、何故だか間違えただけだろう……。それに、触れられるといっても……感覚が、もう無いんだ」


「────ネジ兄さん」

 ネジの身体の輪郭が薄れていくのを感じながら、ヒナタはネジの両頬に手を添え、瞳に涙を溜めつつも真剣な眼差しを向ける。

「どうか、生きて。みんなと一緒に……あなたともっと先の未来を見たいから」


( ヒナ...タ…… )


 ───霞んできたネジの眼が最後に捉えたのは、過去の自分だった。

「俺は、未来の自分がどんな死に様をしようが知った事じゃない。……だが、満足して死んだつもりで未練がましくこんな所に戻って来る暇があったら、さっさと元の自分に還れ。───まだ間に合うなら、生きろ。自分自身の未来を。ヒナタ様や、ナルト達と共に」


 その言葉を聴き届けたように瞳を閉ざし、微笑みを浮かべたネジは、幾つかの小さな光の粒となって上空へと運ばれて行った。



「ネジ……、大丈夫だよな、あいつ」

 ああは言ったものの、ナルトは心配してネジに同意を求める。


「俺は父上に……父様に、言われているんだ。『お前は生きろ』と。───だから、まだあいつに死なれては困る。俺には、生きて見届けたい未来がある。そう簡単には、死ねないさ」

 どこまでも続く蒼い空を仰ぎ見、微笑するネジ。


(きっと……、生きていてくれる。ネジ兄さんなら────)


 今しがたまで触れていた未来の存在を愛おしむように両手を胸の前に添え、ヒナタは祈りを込めて瞳を閉ざし、微笑んだ。





「────さん...兄さん……ネジ兄さん!」


「────・・・・・・!」


 自分を何度も呼ぶ声を辿ってゆくと、そこにはヒナタが、瞳に涙を浮かべこちらをのぞき込むように見つめていた。

もう1人……憔悴した様子のナルトも居る。

「やっと……やっと、目ぇ覚ましたなネジ。お前、どんだけ寝過ごしてんだ…ッ!」

 今にも泣き出しそうに、ナルトは笑った。


「目を覚ましそうな気配だったから、さっきから何度も呼び掛けていたの。良かった……本当に、良かった...! お帰り、ネジ兄さん」

「ヒナタとオレを庇って、意識だけどっか行っちまったままになりやがって……。お前の居場所は、ここなんだ。ネジ...、もう勝手にどっか行ったりすんなってばよッ」


 かなりの間、病室のベッドで意識が無かったらしく声をうまく出せなかったが、その代わりネジはヒナタとナルトを安心させるように微笑んで見せた。

(そうだ……、俺にはまだ、役目がある。この二人や、仲間達の未来を……俺は生きている上で、見届けなければ)




《終》
 

 

【手負いのバースデー】

 
前書き
 誕生日のお話。 

 
「ネジ兄さん」

 6月下旬の梅雨時期の最中、日向邸でヒナタは従兄を呼び止めた。

「あの…、7月の上旬って、何か予定入ってたりします?」

「───任務の予定があるくらいでしょうか」

「そう、ですか……」

「どうかしましたか?」

「い、いえ、何でもないんです」

「そうですか。…では、失礼します」



「───姉さま、どうだった?」

 従兄が去った後に、妹のハナビがヒナタの元にやってきた。

「う~ん…、やっぱり任務の予定が入っちゃってるみたい」

「もう、火影も少しは気を使ってくれたらどうなのよ! 誕生日の日が近かったら任務入れないとかさっ」

「しょうがないよ、兄さんは上忍だもの…」

「まぁ日にちがズレちゃっても、お祝いしてあげるのは変わらないけど。姉さまは、何するつもり? 去年確か、湯飲みあげてたよね」

「うん、そうだよ。───ハナビは、手作りケーキの中に入れちゃってたね、汁無しのニシン蕎麦」

「そうそう、兄さま何でかしかめっ面してたけど、全部食べてくれたよね! 今年も作ってあげよっかな~?」

 ハナビにしてみれば、よかれと思った上で悪気はなかったらしい。

「今回は私と一緒に、ミサンガ編んでみない?」

「…え、何それ??」

「意味合いのある色の糸を、願いを込めながら編んでいって、それを手首や足に付けてそれがいつか自然に編み目が切れた時に、願い事が叶うそうなの。左右の手首と足、どれかに付けるにも意味があるそうだよ」

「ふ~ん、どんな?」

「利き手が恋愛、反対の手が勉強、利き足が勝利と友情、反対の足が金運なんだって」

「へぇ、何かおもしろそうだけど……それで姉さま、恋愛にするつもりっ?」

「え? ち、違うよ。私は、その…いつも任務が無事に終えられますようにって願いを込めて、利き足用のミサンガを編もうかなぁって……」

「じゃあ、わたしが利き手の方編んじゃおっかな~?」

「うん、いいんじゃない、かな」

「心配しないでよ姉さま、わたし兄さまと姉さまの仲がうまく行きますようにって願って編むから!」

「わ、私の事はいいから、ハナビはハナビの願いを込めて、ね?」





 7月の始めから任務に入ったネジは、自身の誕生日に帰ってくる事はなかった。

「───2日過ぎちゃったね、姉さま」

「うん…、任務だから仕方ないよ」

「でも兄さま、上忍だからってさすがに休み少なくない? 長期任務も多いし、ちゃんと休んでるとこなんてほとんど見たことないよね。せっかく連日休み取れても、瞑想とか自主トレばっかりしてるし、姉さまとわたしの修行の相手もしてくれるしさ…ってそれは嬉しいけど」

「ネジ兄さんは、自分に厳しい人だから……」

「このままじゃ頼れる忍として火影に仕事押し付けられまくって体壊しちゃうかもよっ? いくら強い兄さまでも、疲れ溜まったままで任務中何かあったりしたら大変じゃない!」

「それは、私も心配しているの。疲れた所なんて見せようとしないから……それこそ倒れるまで働きかねないもの」

「だったら姉さま、今すぐ火影に申請しに行きましょ! しばらくの間兄さまに高ランク任務与えるの禁止して、自主トレとかもさせないようにしてもらうの! 火影命令なら、ちゃんと休んでくれるんじゃない?」

「そうだと、いいけど…」

「とりあえず火影室に行ってみよ、姉さま!」





「───おや、ちょうどいい所に来ちまったねあんた達」

 ヒナタとハナビが火影室に来てみると、先客が居た。

「あ、綱手様……と、ナルト君にサクラさん、サイ君も」

「何かみんなして浮かない顔してるけど、任務失敗でもしたわけ?」

「してないよ、僕らはね。…彼も、任務自体は失敗したわけではないらしいけど」

 サイだけ笑顔になって答え、言葉に引っ掛かりを感じるヒナタ。

「え? 彼って───」

「オレ達は任務の帰りだったんだけどよ、その途中で……毒受けた怪我して動けなくなってたネジを見つけたんだ」

「は?? に、兄さまが…!? 何でっ」

「ネジ兄さんは今、どうしてるの…?!」

 ナルトの話から動揺を隠せないハナビとヒナタに、サクラが説明を加える。

「落ち着いて二人共。…任務から帰還際にナルトが、近くに知ってる気配がするって言い出して探ってみたら、茂みの影に倒れてる人を見つけて……それがネジさんだったの」

 サクラによると、左上腕に大きく裂傷を負い、他にもあちこち傷付いており、それに伴って強毒も受けていたらしくその場でサクラが医療忍術を施したが、既に身体中に回った毒が抜ききれず、木ノ葉の里まではそう離れていなかった為、ナルトがネジを背負い急いで帰還し病院へ運び然るべき治療をシズネに頼んで、火影に報告していた所らしい。

「───え、どういうこと? 兄さま、単独任務だったのっ? 姉さま、聞いてた?」

「ううん、そこまでは……」

「今回は、どうしても優秀な白眼使いで単独行動でなけりゃならない任務だったのさ」

 綱手がそう付け加えた。

「それって……ネジ兄さまじゃないといけない任務だったってこと? 分家の、上忍だからっ? 最悪、任務を失敗しても兄さまが死ねば呪印の効果が発動して白眼が使い物にならなくなるから、都合よかったんじゃないの…!?」

「その通りだろうね。彼なら、万いち生け捕りにされて白眼を抜かれるより、自害を選択するだろうから。…今回は何とか敵を撒いたはいいけど、茂みの影でそのまま動けなくなったんだろうな、毒を受けた傷を負っていたせいもあってね」

 感情的になるハナビに、あくまで冷静に述べるサイに次いで再び綱手が付け加えた。

「都合が良かった、ねぇ…。まぁ、そう受け取られても否定はしないさ。とはいえ、ネジの実力を買ってる上でやってもらったんだ。それに、結果はどうあれ任務自体は失敗ではなかったようだからね…。悪いけどこれは極秘任務にあたる、これ以上は話せないよ。ネジに直接聴いても無駄だからね」

「────っ!」

「あっ、ヒナタ姉さま、わたしも兄さまの所に行く…!」

 出て行く姉妹に続いてナルト、サクラ、サイも火影室を後にした。





「身体中に回った毒はほとんど取り除きましたが、毒性が強かったせいもあって三日程度は体に痺れが残ると思われますし、左上腕の深い裂傷は傷口は塞いだとはいえ、まだ無理をすると傷が開きかねないので数日間入院させますね。意識はありますから、少しくらいの面会ならOKですよ」

 5人が急ぎ病院へ来ると、受付の者から待つように言われてしばらくすると、治療を終えたらしいシズネがやって来てネジの状態を説明してくれた。



「───兄さま、生きてる!?」

 ハナビが真っ先に病室へ声を上げて入って行った時、ネジは身体を動かし辛そうにおもむろにベッドから上半身を起こした。

「あ、ネジ兄さん、無理に身体起こさなくていいから…!」

「ヒナタ様、ハナビ様まで……。大した事はないのに、わざわざ見舞いなど不要ですよ」

「つれない事言うよね君は。僕らがたまたま見付けたからいいけど、別の忍か何かに見付かってたりしたら白眼使いとはまた別の意味で、連れ去られてたんじゃないのかな」

「サイ、余計な事言わない…!」

 若干意味深な発言をたしなめるサクラ。

「ネジ、これからはオマエの単独任務には影分身のオレが付いていくってばよ」

「……いきなり何を言い出すんだお前は」

 ナルトに怪訝な表情を向けるネジ。

「極秘任務だか何だか知んねーけど、影分身のオレがいればいつだって守ってやれるだろ?」

「要らぬ世話だ。…ましてお前を連れて行けば確実に極秘ではなくなる」

「けどよ、1人だったからピンチになって死にかけたんだろ? 仲間と一緒に行動すんのがフツーなのによ」

「単独でなくてはならない任務だったんだ。遂行した後、数人との交戦でしくじったのは俺の不始末だ。それに……死の覚悟など、忍になる前からとうに出来ている」

「────ネジ兄、さんが……日向の呪印を受けた時から、その覚悟を持ったのは、分かっています」

 俯いているヒナタの声は、微かに震えていた。

「あの事件があって、宗家に憎しみを抱いた事があっても、今はまた、私達を守ってくれている……。私は、そんなネジ兄さんを逆に守りたいのに、なかなか傍に居られなくて……悔しいんです。いつまた、サスケ君を奪還しに行った時のような重傷を負ってしまうか───私の知らない所で、どうにかなってしまうんじゃないかって考えると、怖いの」

「……そうならないよう善処はします。あなたを泣かせるのは、不本意ですから」

「その通りだよ兄さま、勝手にどうにかなったりしたら、わたしが許さないんだからねっ。……あ、兄さまおととい誕生日だったでしょ! 遅れちゃったけど、プレゼント───」

 ハナビの言葉で、ナルトは妙な思い付きをした。

「お? ネジ誕生日だったんだな! よっしゃ、オレが特別に祝ってやるってばよッ! わりぃけどみんな、ベッドの周りからちょっと離れてくんねぇ? んじゃ、行くぜぇ……お色気・ハーレムの術!!」

 病室内に、突如白煙と共に多数のビキニ姿の美女達が現れた。


『『ネジく~~ん、お誕生日、おっめでとぉ~~♪』』


 ベッド周りを囲んで皆それぞれ挑発的なポージングと甘ったるい声音をかますが、当のネジはしかめっ面をするばかりでちっとも嬉しそうではない。

「・・・・・」

『───あ、やべ、ネジには効かねーんだっけ??』

「それなら、アレはどうだいナルト。僕も手伝うよ」

 そこでサイも加わり、何かやらかそうとしだす。

『おっしゃ! 密かに修行してるやつ見せてやるってばよッ、行くぞサイ! お色気・逆ハーレムの術!!』

 ……先程とは逆に、ハダカ同然のイケメン達が誘い込むような手を差し伸べ現れた。その中には、ハダカになっている以外特に変化もしていない笑顔のサイが混じっている。


『『誕生日、おめでとうネジ…! ボクらと一緒に、お祝いしよう……!!』』


「わ~、なにこれ~」

「だっ、ダメだよハナビ! あなたにはまだ早いから、見ちゃダメ……?!」

 慌てて妹の目元を手で隠し、自分も目のやり場に困って目をぎゅっとつむるヒナタ。

───ネジの方は、さっきよりも眉間にシワを深めている。

「アレ、おっかしいな? この術、強い奴に結構効くハズなんだけどよ。じゃあ、アレか? 女の子同士の術で、サクラちゃんとヒナタに変化───」

「今度は何やらかそうとしてんのよ、アンタはっ!!」

 いったん術を解き、次の術を出そうとしたナルトをドついてやめさせるサクラ。

「……残念、出来れば僕はナルトと一緒に男の子同士の術を」

「アンタもおかしな事シレッと言ってんじゃないわよ! てゆうかそれ、術じゃなくても出来───ってそういう問題じゃないっての!?」

 思わず言ってしまった事を誤魔化すように、サクラはサイのこともドついた。

……ネジはその時、起こしていた上半身をパタリとベッドに横たわらせ、顔までかけ布団を引き上げ隠してくぐもった弱々しい声を発した。


「何やら……とても疲れてしまった気がする……暫く、休む」


 逆ハーレムの術で精神的ダメージを喰らったせいなのか、ネジはその後三日間、意識を戻さなかった。

ヒナタとハナビが願いを込めて編んだミサンガのプレゼントは、退院する際に遅ればせながらしっかり受け取ったのだった。



《終》
 

 

【ネジおじさんに伝えたいこと】

 
前書き
 大戦の後遺症を患っているネジが、自身の過去について触れるお話。以前書いた『ネジおじさんへ』では、呪印は消えている事になっていますが、この話では消えてません。あの大戦では確かに、ヒナタとナルトを庇い瀕死の重症を負いましたが、一度死したりはしてない設定で奇跡的に一命を取り留めた事にしています。 

 
 物心ついた時に気づいたのは、おじさんの額にはいつも、包帯が巻かれている事だった。

その疑問を、本人ではなく母親に聞いたのは、無意識の内に聞きづらい事だと察していたからかもしれない。

前に起きた大きな戦いの時の傷痕が残っていて、それを見られたくないから、覆っているんだとその時は聞かされた。


 ───どんなキズあとだろう。


子供心にも気になったボルトはある日、おじさんの額の包帯をするりと解いてしまった事がある。

その日は、風邪を引いたらしい娘のヒマワリを病院に連れて行く為、母のヒナタが従兄のネジを呼んで息子の相手を頼んだ。父親のナルトは、任務があって留守だった。

 外は雨だったので、家の中でボルトの相手をしていたネジはその時ちょうど座った姿勢でいた為、ボルトは悪ふざけのつもりでじゃれつき、不意を突いて額の包帯に指を掛け引いてみたら、割と簡単に解けてしまった。

────包帯の下から現れたのは、緑色の、ボルトにはよく分からない模様をしていた。


「それ、キズあと?? なんで、ミドリ色してるってばさ?」


ボルトが聞くと、おじさんは少し困ったような表情をして、やがて重い口を開いた。


「………呪印、だ」


 じ ゅ い ん ?? 言葉だけで聞くと、ボルトには妙な響きに感じられた。

「俺がちょうどお前くらいの時に、付けられた印なんだ」

「え、なんで?」


「───お前の母を守る為のものでもあり、傷付けてしまった印でもあった」


「?? 守るためなのに、キズつける……? よく、わかんないってばさ」

「やはり、まだ話すには早いかもしれないな。ボルトがもう少し大きくなったら……ちゃんと話そう」

「うん…、じゃあヤクソクな、おじさん!」



 それから二年近く経ってボルトはアカデミーに入学し、ナルトもようやく七代目火影に就任した。

……その頃、ネジの体調は思わしくなく、うずまき家に来る事もあまりなくなっていた。

ネジは、前に起きた大戦で瀕死の状態に陥り、奇跡的に助かったものの後遺症が残ってしまい、忍は引退していて体調を崩す事もしばしばあり、この頃は特に悪化しているらしく、入退院を繰り返している。

その事はボルトもヒマワリもとうに知らされていたが、具合の悪い所を見せたくないとネジ本人の意向もあり会うのは極力避け、一時は疎遠状態にもなっていた。



 ボルトがアカデミーに入って暫く経ったある日、日向邸でボルトはハナビから柔拳の手解きを受けていた。ヒマワリは母のヒナタと祖父のヒアシと外出している。

一通り修行を終えると、ボルトはここしばらく疑問に感じていた事をふと、ハナビに聞いてみる事にした。

「なぁ、おばさ……じゃなくて姉ちゃん。ネジのおじさんって、母ちゃんを守るだけじゃなくて、キズつけたこともあるって……ほんとか?」

「────その事、誰から聴いたの?」

 ボルトの言葉に、ハナビの表情が曇る。

「おじさんが、言ってたんだってばさ。おれがアカデミーにまだ入ってない頃、おじさんの額の包帯ほどいちゃって、よく分かんない模様みたいなの見てさ。その時はまだ話すの早いかもしれないって言われて、いつかちゃんと話すって言ってたんだけどさ……おじさんとは最近、まともに会えてないし」

「ボルトはおじさんから話してくれるのを待たないで、私から聴いてみたいわけ?」

「そりゃあその……母ちゃんからはなんか聞きづらいし、ヒアシのじぃちゃんからだとコエぇ気がしてさ」

「そう。…いいわ、話したげる。今のボルトに判る範囲で、ね」


 ハナビは呪印制度、日向事件、中忍試験の出来事などをかいつまんでボルトに話してやった。


「───おじさんの、父ちゃんが……ヒアシのじぃちゃんの代わりに、死んじゃったのか?」

「えぇ……そして兄様は、宗家を憎んでいた時期があった。でもそれをあんたの父さん……ナルトが、憎しみから解放するきっかけをくれたのよ」

「父ちゃん、が…?」

「そう。自分が火影になって、日向を変えてやるってね。実際、そうなった訳だけど」

 ハナビはその時の中忍試験試合会場に響いたナルトの言葉を、鮮明に覚えていた。


『日向の憎しみの運命だかなんだか知んねぇがな、オマエが無理だっつーなら、もう何もしなくていい! オレが火影になってから、日向を変えてやるよッ!!』


「……けど、おじさんの額の呪印、消えてないってばさ」

「そうね……分家が宗家を守る為の呪印制度は確かに廃止されたけど、日向の呪印は特殊で───受けた本人が死んでしまわない限り、解ける事は無いの。白眼の能力を封じた上で、ね」

「そう、なんだ……。じゃあ、おじさんが母ちゃんをキズつけたことあるってのは────」

「姉様なら、こう言うわね。『ネジ兄さんが私を傷つけたんじゃない、私が兄さんを傷つけたの』って。……私からの話だけじゃ物足りなければ、やっぱりおじさんから直接聴いてみなさい。姉様からだと、自分のせいだからってばかり言うだろうし、父上だと、かなり話が重くなりそうだし……どうしたいかは、ボルトが決めなさいね」


 ちょうどヒナタとヒマワリ、ヒアシが出掛けから戻って来た事もあって話はそこで途切れ、ボルトはまだ理解しきれない頭と気持ちをモヤモヤさせたまま、母と妹と共に日向邸を後にして家路についた。





 ────数日後の夕刻、ボルトがアカデミーから家に帰ると、ネジが久々にうずまき家を訪れており、ヒマワリは大いに喜んでいるらしくネジにじゃれついていた。

「お、おじさん、久しぶりだってばさ…! 体の方、大丈夫なのか?」

「…あぁ、大分調子が良くなったから、会いに来た。アカデミーの方はどうだ、ボルト」

「あ、うん、ちゃんとやってるよ。これならもうすぐ、下忍になれそうだってばさ」

 どこかネジに対し、ぎこちない態度をとってしまうボルト。

「そうか……ナルトもきっと、お前の成長を喜んでいるだろうな」

「……父ちゃんは、関係ないよ。おれは火影なんかとは違う意味で強くなるんだ」

「───そうか」


「おじさんは、体悪くしちゃう前はとっても強かったんでしょ? ヒマ、強かった頃のおじさん見たかったなぁ。きっとすっごくカッコよく術とか出して……あ、今は体弱くなっちゃってても、おじさんはカッコよくて優しいんだからねっ」

「気を遣わなくてもいいよ。……ヒマワリが思ってくれているほど、俺は優しいおじさんではないから」

 ネジはどこか、儚げに微笑んだ。

「そんなことないもん! ネジおじさんは、ヒマにとって優しくてカッコイイおじさんだよっ!」

「───ありがとう、ヒマワリ」


「ネジ兄さん、今夜は泊まっていってね。ナルト君は、今日も帰れそうにないかもしれないけど……」

 台所で夕食の支度をしているヒナタがそう言った。


「母ちゃん、おれ……晩飯いらないや」

「え? どうしたの、ボルト」

「あ、ごめん、何か……食欲ない。おじさんは、ゆっくりしてってくれってばさ。おれは……もう自分の部屋行くから」

 ボルトは、心配そうに見つめてくる母と妹、おじさんの視線から逃れるように居間を後にし、二階へと上がって行った。


(何やってんだってばさ、おれ……。おじさんは悪くない、何も悪くない、のに────)

 部屋のドアを閉めてボルトはベッドにつっ伏し、思わず自分がとってしまった素っ気ない態度に嫌気がさした。

頭の中で色々ぐるぐるしている内に日はすっかり暮れ、窓の外は暗くなっていた。





……コツコツと、何かを叩くような音が微かに聞こえてくる。

いつの間にか眠っていたらしく、気がつくと部屋の中は暗かったが、月明かりがあるせいか薄明るい。

ふと窓の方に目をやると、何故かネジおじが二階に位置する窓辺の外に居て、軽く窓を叩いている。

───おじさんは、前に起きた大戦の後遺症のせいもあって忍はとっくに引退してるのに、どうしてわざわざ外から二階に上がってまで自分の部屋の窓辺に佇んでいるのか、ボルトにはよく分からなかったが、とりあえず窓を開けた。


「何してんだってばさ、おじさん」

「───まだ夜もそう遅くはない。ボルト......近くの開けた場所で、俺が今から修行をつけてやろうと思う」

「はぁ...!? 何言ってんだよ。おれとおじさん、今まで修行なんて一度もしたことないだろ? ハナビのおばさんとヒアシのじぃちゃんからは修行つけてもらってるけどさ……」

「だからこそ、今のお前の実力を確かめてみたい」

「おじさんは、無理しちゃいけない体なんだろ。ハッキリ言って、相手になんないじゃん」

 ボルトとしては、嫌味のつもりで言った訳ではなかった。

「心配するな。...今はとても調子が良くて、体を動かしたい気分なんだ。実の所、玄関から出て来たのではなくて、俺にあてがわれている部屋の窓から出た。ヒナタとヒマワリには、もう休むと言ってある。……本当の事を言ったら、止められ兼ねないからな」

「いや、そりゃそうだろうけどさ……」

「俺のわがままに付き合ってくれないか、ボルト」


 微笑を向けてくるネジに、ボルトは仕方なく付き合う事にして共に音も無く二階の窓から道路沿いに降り立ち、街灯の明かりが辛うじて入る開けた場所まで行き距離をとって向き合った。


「……俺は、お前に一切攻撃しないし反撃もしない。ただ、見切る事に徹する」

「は? 何だよそれ、つまんない修行だってばさ。忍引退してずいぶん経つおじさんが、もうすぐ下忍になる予定のおれの攻撃よけきれると思ってんの?」

「つべこべ言っている暇があったら、掛かって来い」

 ...祖父と叔母の構えは見知っていたが、ネジに関しては初めて目にする柔拳の構えに、ボルトは緊張感を覚えた。

「上等だってばさっ。...つーか、1発でも当たっておじさんダウンしたら、修行やめにするからな!」


 ───ボルトなりの気遣いでそう言ったものの、数十分経過しても1発も当てられず、ネジは白眼を使わずとも滑らかな動きでボルトの攻撃を難なくかわしている。

「……どうした、もう終いか?」

「(くっそ、かすりもしないってばさ...っ)おじさん、ホントは忍引退してないんじゃないのかっ?」

「その言葉自体、攻撃を当てられない言い訳になるぞ」

 表情豊かな方ではないが普段はヒマワリやボルトに対して穏やかな微笑を浮かべている為、ボルトからしてみれば、今のネジはほとんど見た事がない冷ややかな表情をしているように見え、怯みそうになったがボルトは、今だからこそ直接聞いてみないといけない気持ちに駆られた。


「おじさん……、母ちゃんをキズつけたことあるって、言ってたよな」

「あぁ……そうだ。傷付けた事は元より、激情に駆られ……殺しかけてしまった事がある。実際、先生方に止められなければ、本当に殺していたかもしれない。そうしていたら、分家の役目に反した俺の命も無かったろうが。────俺が……恐いか、ボルト」

 静かに述べるネジの表情は、僅かに憂いを帯びている。


「コワくない。…って言ったら、ウソかもしれないってばさ。けどおれ、おじさんを───」


「お~い...! こんな時間に何してんだってばよボルト、ネジ!」

 そこへ、火影の多忙な仕事でなかなか家に帰れていないナルトが二人の元へやって来る。

「父ちゃ……オヤジこそ、何してんだってばさ。また影分身かよっ?」

「違うってばよ、本体だ。ひと区切りついて家に帰る途中、近くにボルトとネジの気配がしたから来てみたんだ」


「ナルト、邪魔しないでもらいたい。俺はボルトと修行を───う...ッ」

 苦しげに片手で胸元を押さえ、前のめりに倒れかかったネジをナルトが支える。

「おい、大丈夫かネジ? おじさん年なんだから無理すんなってばよ。つーか修行ってお前……その体でやる事じゃねぇだろ」

「年寄り扱いするな。……いいんだ、続けさせてくれ」

 ナルトの腕から離れようとするが、うまく力が入らないらしい。


「───もういいって。おれ、おじさんに攻撃当てる気ないから。弱ってるおじさんにそんなことして、おれの気が晴れると思ってんの?」

「ん...? 何の事言ってんだ、ボルト」

 ナルトは怪訝な表情を向け、ボルトはそれに構わず言葉を続ける。


「おじさんが……母ちゃんを傷つけたことあるって聞いて、おじさんのことちょっと疑っちまったけど、だからっておれがおじさんを変に恨んだって、意味ないじゃん。...おれが生まれてない時に何があって、おじさんと母ちゃんがどんな思いしてたかなんて、分からないけど───母ちゃんは、おれとヒマワリによく言うんだ。『大きな戦争があった時に、ネジ兄さんが私とナルト君を体を張って守ってくれたから、今こうして私達は、家族でいられるのよ』って……」

「─────」

「おじさんのおかげで、今のおれがあってヒマワリもいるんだ。だから……ありがとう、おじさん。母ちゃんと父ちゃんを、命がけで守ってくれて」

 どこか吹っ切れた様子で笑みを見せるボルトに、ネジは少し安堵したように微笑み返した。

「礼を言うのは、俺の方だ。……俺を、お前達の"おじさん"にしてくれて、ありがとうな」

「へへっ、おじさんはおれ達の家族だもんな! ヒマワリにもいつか話しても、きっとおれみたいに、分かってくれるってばさ」


 ────ぐうぅ


「……...あっ」

 しまった、という顔でボルトは自分の腹に両手を当て、恥ずかしくなって赤くなり下向いた。

「フフ……そういえば夕飯まだだったろう、ボルト」

 
 ────ぐおぉ

 今度はナルトの腹が威勢よく鳴り、ネジとボルトも揃って一緒に笑った。

「ははッ、オレもつられて腹の虫鳴っちまったじゃねぇか! ...んじゃ、オレ達家族の家に帰るかッ!」

 ナルトは一方的にネジとボルトを両脇に抱えて走り飛び、ヒナタとヒマワリの待つうずまき家への帰途につくのだった。




《終》
 

 

【籠から開放されし忘却の鳥】

 
前書き
 ベタな記憶喪失の妄想話で色々解釈間違っているかもしれませんが、生暖かい目で見て頂けると有り難いですm(_ _)m 

 
 ───ナルトは、火影岩のある場所で一人ぼうっとする時間が増えていた。

半年以上前に、一つ上といってもほぼ同期といえる仲間が一人、死にかけた。

正確には、額の呪印が消えている事もあって一度死んだが、奇跡的に一命を取り留めた。

……とはいえ、半年近く昏睡状態に陥った上にそこからようやく意識が戻った時、日向ネジはほとんど記憶を失っていた。

意識不明の状態が半年続いたせいなのか、日向の呪印が消えたせいなのか────

どちらにせよネジは自分の事も、仲間達の事も、これまで経験してきた事ほとんどを、忘れてしまった。


 それでいてネジは、以前より格段に笑顔が増えた。

無意識の内に常に微笑みを浮かべ、そう簡単には笑顔にならなかった以前の厳格そうなイメージから一変し、とても穏やかで優しい印象になり、親しかった仲間やそれなりに交流のあった者、あまり話した事がないような者など全てが初対面になったにも関わらず、自分の身の回りを世話してくれる者や見舞いに訪れてくれる者に対し、屈託のない笑顔を向けていた。

英雄を命懸けで守った者として里中や里外でも広く知られており、大戦後の昏睡状態から半年後に意識を回復した事も知れ渡って見舞い客が後を絶たず、病院側が制限をかけるほどだった。


 ───従妹のヒナタはほぼずっとネジの傍に居て身の回りの世話をしており、ナルトも時間さえあればネジを見舞っていたが、ネジが意識を戻してからというもの記憶をほとんど失い、きょとんとした表情でこちらの事を全く覚えていない様子にショックを受けたナルトは、それからあまり病室を訪れなくなっていた。

ヒナタの方も、半年近く経って目覚めてくれた喜びと記憶を失くしてしまった事に対してのショックで涙したが、それを目にしたネジは不思議そうにヒナタを見つめ、何故泣いているのかも理解できていないようだった。

ヒナタは、ネジ兄さんが生きていて意識を戻してくれただけでも良かったと思う事にし頭を切り替え、従兄を献身的に世話する事に努めた。


 ……ナルトとしては自分のせいでああなったと責任を感じ、少し距離を置こうとしたもののやはり気になって病室を訪れてみると、見舞い客の制限がかけられているとはいえ何人かが既にネジの元にやって来ており、馴染みの無い、面識すら無いはずの者まで訪れていて、それに対しネジは無意識の内に嬉しそうに、皆平等に穏やかで優しい表情を向けていた。

ナルトは連日のようにそれを見ていてついに黙っていられなくなり、馴染みの無い見舞い客を追い出してネジに詰め寄った。


「誰かれ構わず笑顔振りまくのやめろってばよッ。オレのせいなのは分かってっけど、自分の事……仲間みんなの事、忘れたままでいいのかよ! なぁネジ、思い出してくれよオレ達の事ッ。オレは、お前にちゃんと礼が言いてぇし謝りてぇんだ。───けど今のオマエに言ったって、何の事だか分かんねぇだろ? オマエそんな普段からニコニコしてる奴じゃねぇし、オレの知ってる“天才”に戻ってくれってばよッ!」

「────・・・??」

 ナルトに両肩を掴まれて揺さぶられ、哀しみと怒りの入り交じった表情でまくし立てられても、ネジは困った顔をするばかりで何も答えられなかった。

「落ち着いて、ナルト君...! 無理に思い出させようとするのは良くないって、医療忍者の人に言われて────」


「…………ッ!」

 ヒナタがナルトを止めようとした所、ネジは胸を抑えて呻き苦しみ出す。

「あっ、ネジ兄さん...!?」

「わ、悪い、大丈夫かネジ...?! オレ、医療忍者呼んで来るってばよッ」


 自分が詰め寄ったせいで苦しめたと責任を感じたナルトは、医療忍者をネジの病室に呼んだあと病院を出て、茜色に染まり始めていた空の元、火影岩のある場所に自然に足が向いた。

(───仲間を死なせかけたのに、何が英雄だ。……いや、実際ネジの額の呪印が消えて、一度死なせちまったんだ。記憶まで、奪っちまったようなもんだ。“仲間は殺させねぇ”って言っといて、オレってば最低だな)

 ナルトは周囲から英雄扱いされている事に、嫌悪感すら抱いていた。



「おセンチみたいだね、ナルト。...彼が記憶を失ったままじゃ、無理もないけれど」

「メンドくせぇな、そっとしときゃいいのによ」

「こんな時こそ、友達が力になってあげないとね」

 サイとシカマルが、いつの間にかナルトの居る場所に現れていた。


「オレの……オレの、せいだから。アイツが、半年以上意識戻さなかったのも、記憶失ったのも、身体に後遺症残っちまったのも────。ヒナタは、ずっとネジの傍に居る。オレは……傍に居てやる資格ねぇんだ」

「まぁ、あのまま意識戻らずに植物状態の可能性もあったわけだしな。忍としてやっていけねぇ身体になって、記憶をキレイさっぱり忘れちまっても、生きているだけマシだぜ。……俺の親父は、あの大戦で完全に死んじまってるからな」

「────・・・」

 シカマルの言葉で沈黙するナルトに、サイはある事を話して聴かせる。

「知ってるかい? 彼の誕生花の花言葉…。本で知ったんだけど、“タツナミソウ”って花らしくて……『私の命を捧げます』って意味があるそうだよ。彼は、ヒナタとナルトの為なら、自分の誕生花の言葉通りに出来る人なんだね」

「……死ぬつもりはなかったにしても死の覚悟なんてのは、大戦中のあの場の全員が持っていた。元々ナルトを守る為の戦争で、お前とヒナタを守ってそのまま死ねたらネジにとっては本望だったんだろうが……。一命取り留めたっつっても額の呪印は消えてんだから、ネジはホントに一度死んじまってんだ。記憶を失ったのは呪印が消えたからっつうのは、あながち無関係じゃないのかもしれねぇが……、視力自体失ってなくても、白眼の力は封じられちまったわけだから白眼使いとしては二度とやっていけない。記憶だっていつ戻るか……、下手すりゃ戻らないかもしれねぇからな」

「ズリぃんだぜアイツ、記憶無ぇからってオレに笑顔ばっか向けてきて…。ヒナタの言い方真似してオレの事、『ナルトくん』なんて呼びやがるし……」

「記憶を失った事で、自分を取り繕う必要が無くなったからね。仕来りの厳しい旧家に生まれてなければ、普段から笑顔でいられた人なのかもしれないけど」

「...そんなに嫌か? 今のあいつの笑顔。俺はキライじゃねぇけどな。記憶失ってからよく笑うようになったっつーのは確かに笑えねぇ話ではあるが、あいつ“らしく”はなくても色んなシガラミから開放された今のネジは寧ろ、清々しいくらいだぜ」


 シカマルに次いで、サイが付け加える。

「彼って何ていうか、笑顔がちょっと不器用で笑った時“したり顔”になり易いみたいだったけど、今の彼は誰かれ構わず優しい微笑みを振りまいてるから、そんな心を許しっぱなしな彼が別の意味で心配なんじゃないのかい?」

「あぁ……まぁ、実はそうなんだってばよ。親しい仲間とかはともかく、他に色んな見舞い客が後を絶たねぇし、なに勘違いしてんだかいきなし告るヤツもいれば、勝手に病室から連れ出そうとするヤツまでいるんだぜッ?」

「近寄り難いイメージから一気に、“病弱美人”扱いみてぇなもんだな。会う奴みんなにキラースマイルかましてその気にさせるわ、後遺症の発作で面会謝絶の時は同情誘って儚いイメージが独り歩きしてるみてぇだぜ。...実際、後遺症の症状が重いとほとんど寝たきり状態だからな」

「そーなんだってばよ! 親しい仲間以外面会謝絶にしようとしてもアイツ自身、割と体調良いと“前にお見舞い物持って来てくれた人達にお礼言いたい”とか言い出すし、そういう事すっと相手付け上がるからダメだっつったら寂しそうな顔するんだぜ?! 今のアイツにとっちゃ、記憶失くす前の仲間と失くした後の初対面のヤツらとの区別がついてねーんだってばよッ」

「籠から開放されたはずなのに、いざ籠を出たら飛べなくなっていた鳥さんを守るのは、君の役目だと思うよ。元はナルトのお陰で彼は闇の中から救われたそうだし、自分から籠の扉を開けて最終的に従妹と君を守って撃ち落とされたんだから、介護してあげなくてどうするんだいって話だよ。病弱な鳥さんは自分の美しさを自覚してないんだ…、また誰かの“籠の鳥”にされてしまう前に、守ってあげるべきだね」

「メンドくせぇサイの言い回しはともかく、ネジの記憶がいつ戻るか判ったもんじゃねぇが……今度はお前とヒナタで、ネジを守ってやりゃあいい。だがまぁ、二人だけに任すつもりはねぇから、俺ら“仲間”で支えてきゃいいんだ」


「───あぁ、そうだよな。二人共、ありがとよッ」

 サイとシカマルの言葉を受けナルトは、夜のとばりが迫る中ネジの居る病院へと引き返して行った。





「あ、ナルト君」

 ネジの病室に通じる廊下で、小さめの花瓶を持ったヒナタと鉢合わすナルト。

「ヒナタ、ちょうど良かったってばよ。...ネジは?」

「兄さんなら、症状は軽かったからもう落ち着いているよ。私は、花瓶のお花の水を取り替えてきたの」

「そっか……。ごめんな、ヒナタ。オレってば、つい焦っちまってよ」

「気持ちは分かるよ。私も、ネジ兄さんの記憶が早く戻ればいいなって……。でももし、このまま戻らなかったとしても、これから新しい想い出を一緒に作っていけたらいいなとも思っているの。ネジ兄さんは、命懸けでナルト君と私を守ってくれたから……今度は私が、ネジ兄さんを守って行きたいから」

 ひたむきな眼差しをナルトに向けるヒナタ。

「───元はと言えばオレの責任だし、そんな資格ねぇかもしれねーけど……オレも一緒に、ネジを守って行きてぇってばよ」

「ありがとう、ナルト君。そう言ってくれて嬉しいよ。一緒に、ネジ兄さんの病室に戻ろう?」

「あぁ…、困らせて苦しませちまったから、ネジには謝っとかねぇと」


 ……ナルトとヒナタがネジの病室に戻ると、窓が開け放たれており、白いカーテンがふわりと風に揺れていて、ネジが横たわっているはずのベッドは既にもぬけの殻だった。

「ネジ兄さんっ? あれ...、私が病室を少し離れていた間に、どこかへ行って……?」

「いや、ちょっと待てってばよヒナタ。病室の窓がほとんど全開って事はまさか、誰かに攫われちまったんじゃねぇのか…ッ?!」

「えっ、そんな...! だとしたら、すぐに見つけないと! ───白眼っ!」

 花瓶をサイドテーブルに置いてヒナタは視野を広げ、ネジの姿を急いで捜す。


「……あ、居た...! まだそんなに遠くへは行ってないみたい……、一人で外を歩いてるって事は、誰かに攫われたわけじゃ───」

「一人で窓から出てったってのか、後遺症持ちの身体で...! ここ三階だぜッ? 記憶も無ぇのに、どこ行こうと───あッ、もしかして記憶戻ったんじゃねぇか!?」

「そうなの、かな……。とにかく、もう辺りも暗いし今のネジ兄さんを一人にすると心配だよ。ナルト君、私に付いて来て...!」

「おう、変なヤツに絡まれる前にネジを保護してやらねーとなッ」

 ヒナタとナルトはネジが出て行ったであろう同じ窓から飛び降り、ネジの居る場所まで急行する。



「ネジ兄さん...!」

「────? ヒナタ……ナルトくん、どうしたんだ?」

 後ろからのヒナタの呼び掛けに、ゆるりと振り向いてきょとんとした様子のネジ。

「どうしたって……こっちのセリフだってばよ! オレの事ヒナタの真似して君付けしてるって事は、記憶戻ってねぇんだな……。いや、それより誰にも何も言わねーで病室抜け出すなってばよッ。しかも三階の窓から───本来のお前ならどって事ねぇだろうけど、今のお前じゃ相当危険だろ! 身体、大丈夫かッ?」

「あぁ…、降り立った時ちょっとふらついたが、大丈夫だったよ」

 ナルトとヒナタの心配をよそに、ネジはふわりと微笑んで見せた。

「ネジ兄さん…、一人でどこへ行くつもりだったの?」


「────わからない」


「え?」

「わからないけど……、行きたい場所があるような気がして」

「何だそれ……っておいネジ、待てってばよ...?!」

 ナルトの制止を聞かず、ネジは長い髪をさらりと揺らし、前に向き直って一人歩き出す。

「ねぇ、ナルト君……ネジ兄さんの好きなように、行かせてみよう? 私達は後ろから見守って、付いて行けばいいから」

 ヒナタはそう言ってナルトと共に、ネジの後に付き従った。



────・・・そこは、日向本家の離れにある、ネジの家だった。

「ここに……来たかったんだね、ネジ兄さん」

「よくわからないが……、そうかもしれない」

 ヒナタに言われ、満月の煌々とした光が覗く夜空の元ぼんやりと、明かりの灯っていない自分の家を見上げて呟くネジ。

「自分とこの家に、帰りたかったって事か? そりゃあもう半年以上、帰れてねぇもんな……」

「ネジ兄さんの家の鍵なら、私持ってるよ。家のお掃除なんかは他の人に頼んでるけど、時々必要な物とか取りに来たり、病室で溢れ返りそうなくらいになるお見舞い物を持って来たりしてるから」

 ヒナタはナルトにそう言ってポケットから鍵を取り出し、家の玄関の扉を開けたその途端、ネジはスッ...とヒナタを横切って先に入って行き、灯りも点けずに茶の間へと向かったようだった。

「ネジ...、やっぱ記憶戻しかけてんじゃねぇかなッ?」

「無意識の内に、微かに残る記憶を辿って……ここへ来たんだと思う。だってここは、ネジ兄さんにとってお父上との、想い出が残る場所だから」

「ん? ヒナタ、それっつうのは────」

「ナルト君...、ネジ兄さんの様子を見に行こう」

 ヒナタは期待を込めるナルトを伴い、暗がりの家の中へと入る。



「……なぁネジ、何か、思い出したんじゃねぇのか?」

「────・・・」

 ネジは黙ったまま茶の間の隅の、仏壇の傍に立ち尽くしていた。縁側のふすまから僅かに、月明かりが差し込でいる。

「ネジ兄、さん……」

「──────」

 二人が呼び掛けても、ネジは背を向けたまま下向いている。

「なぁおい...、何とか言ってくれってばよ...ッ!」

 じれったくなったナルトは、ネジに近寄って肩に手を置き振り向かせる。


「……?! お前、泣いて・・・───」


「…………ッ」

 ネジは、頬に涙を伝わせ、悲痛な面持ちで声もなく泣いていた。

「ネジ兄さん...、ここへ来て、何か思い出せたの……?」


「わか...らない……。やはり、思い出せない…ッ。けど“この人”は、俺にとって……大切、な・・・───」


 後は言葉にならず、ネジは顔を覆い静かに啜り泣く。

そんなネジを、ヒナタは優しく抱き包んだ。

ナルトは、どうすればいいか迷ったが、とりあえず頭を軽く撫でてやった。



────それから、どれくらいの時が経ったろう。

ネジは横になった姿勢でヒナタに膝枕され、泣き疲れたのか、すうすう眠っていた。

「お仏壇に……、小さめの遺影があるでしょう。ネジ兄さんの……お父上のヒザシ様。ネジ兄さんは、お父上が大好きだったから───ううん、今でも大切に想ってる。その遺影を...、病室に持って行ってあげようかとも思ったけど、私が...ネジ兄さんのお父上の遺影をこの家から安易に持ち出すのは良くないって、思って……」

 ネジとヒナタがまだ互いに幼い頃、“日向事件”の起こる前、父親が稽古の後に少しでも一緒に遊んでくれたりした事をネジがとても嬉しそうに話すのを、ヒナタは今でもよく覚えていてそれを懐かしむと同時に、胸がぎゅっと締め付けられる思いだった。


「親父さんの写真見ても、ハッキリとは思い出せねぇみたいだな……。けどやっぱ、完全に忘れちまってるわけじゃねぇ。“大切な想い出”っつーのは、心の奥に刻まれてるもんなんだ」

「ネジ兄さんにとって辛い思い出も……、刻まれてるんだよね。───私はどこかで、このまま記憶を戻さなくてもいいんじゃないかって思ってたりするの。だって私は……ネジ兄さんにとって大切なお父上を、奪ってしまったから。……でも兄さんは、『───父は自らの“自由な意志”で、里の仲間や家族を守る為に命を賭した。だから……あなたのせいじゃない』って、言ってくれた事があったけれど」

「いい思い出も辛い思い出も全部含めて、“大切”なんだってばよ。このまま思い出せなくても、ネジにとって“大切な想い出”は、忘れてたって心の奥で消えやしねぇんだ、きっと。それに……、オレ達が覚えていてやれるだろ? ネジとの過ごした時間を全部、な」

「うん……そうだね。色んな事、乗り越えてきたんだもの。この先だって…、きっと越えて行けるよね」


 ナルトの言葉を受けてヒナタは柔らかに微笑み、膝の上に寝かせているネジの滑らかな髪に触れ、そっと撫でやった。




《終》
 

 

【ネジおじさんに向日葵の花を】

 
前書き
 ヒマワリとネジおじさん中心のお話です。
ネジが向日葵の花を好んでいたという理由は、『向日葵畑に還る』というタイトルで以前自分なりの解釈で書きましたが、特にそれを見ていなくても構いません。 

 
「ねぇ…… 起きて…… 大丈夫……?」


( ────・・・? お母さんの、声がする。う~ん、もう朝なの...? もっと、寝ていたいよ)

「どうしよう、目を覚ましてくれない……。病院に連れて行った方がいいかな…?」

(えっ、病院…? わたし、どこも悪くないよ。お母さんったら、大げさだよ……。今、起きるからっ)


「────ん~、ん……?」

「あっ、良かった、起きてくれた...! 大丈夫? どこか、痛い所とか無い?」

「だいじょおぶだよ、お母さん……わたし、何ともないよ」

「えっ? お、お母さん?? えっと、私……あなたのお母さんじゃないんだけど、もしかして、寝ぼけちゃってる?」

「なんで、そんなこと言うの...? ヒドイよお母さんっ」

「あ、え、そんな悲しそうな顔しないで...! こ、困っちゃったな……」


(あれ...? お母さん、だけど、ちょっと違う……?? 今のお母さんの髪の長さって、肩くらいまでなのに……このお姉さんは、もっと長いみたい)


「……私、そんなにあなたのお母さんに似ているの?」

「うん...、目元も声も、そっくりなんだけど……」

「そっか...、でもごめんね。私は、あなたのお母さんじゃないし……。私はね、ヒナタって言うの」

「───あ、やっぱりお母さんだ。名前同じだもん!」

「そ、そうなの...!? 偶然、なのかな……?? と、とにかくね、私は近くの森に傷薬になる薬草を取りに来てたの。そしたら、倒れてるあなたの事を見つけたんだよ。何が…あったの?」

「んっと、確か、お花……お花をあげたい人がいて、その人の所へ行こうとしてたはずなんだけど───」


(でも、わたしの手元にも、周りにも、その花は見当たらない。どこかに、落としてきちゃったのかな……? それに、どうしてこんな所で眠っちゃってたんだろう)


「どんな、お花かな?」

「ひまわり……向日葵の、花だよ。わたしと、同じ名前のお花なの」

「ヒマワリちゃん……、素敵な名前だね。きっと、あなたのお母さんかお父さんが好きなお花だからなんだろうね」


「────おじさん」

「……え?」

「わたしのおじさんが、好きな花だったって……お母さんが言ってたから」

「そうなんだ……。私のお友達にね、お花屋さんのお家の子が居るんだけど、そこに行けば───・・・あ、でも、もう季節過ぎちゃってるから無いかもしれない……」

「え、どうして? 今って、まだ7月だよね」

「ううん、もう十月の半ば過ぎだよ」


(あれ...? どうなってるのかな。そういえば、結構肌寒いかも……)


「───私のイトコのお兄さんもね、向日葵の花、好きなんだって教えてくれたの。ちょうど、二ヶ月くらい前に……一緒に向日葵畑を見に行ったから」

「お母さんのお兄さんって……おじさんでしょ?」

「えっ、おじさ...?! 違うよ、おじさんなんて呼ぶにはまだ早過ぎるよ...!」

「でも、わたしとお兄ちゃんにとっては、おじさんなんだよ」

「う~ん、な、何だか話が噛み合わないね……。とりあえず、お家がどの辺りか教えてくれるかな。私が送って行ってあげるから」

「だけどわたし、おじさんに向日葵を───」

「ヒナタ様」


 男声の呼び掛けに振り向くと、白装束姿で長髪の青年がいつの間にか現れていた。

「あ、ネジ兄さん」

「...供も連れずに一人で出掛けるのは控えて頂きたいのですが」

「あ...、ごめんなさい。でもそんなに遠くない場所だし、誰かの手を煩わすのも───」


「ねぇ、ヒナタ...お姉ちゃん。この人が、お姉ちゃんのお兄ちゃん?」

「………?」

「うん、そうだよ。私のイトコの一つ上のお兄さんだから、ネジ兄さん」

「───ヒナタ様、その子は?」

「えっとね、この子は───」


「おじさん」


「?」

「やっぱり、おじさんだ……写真で見てるから、知ってるもん」

 ヒマワリはネジに駆け寄った。

家の写真立ての中のおじさんにはいつも、おはようやただいまなどの挨拶をしていたのだった。


「会いたかったんだよ、ネジおじさんっ...!」

「───・・・!?」

 ヒマワリは、ひしっとネジの胴回りに抱きついた。

「ひッ...ヒナタ、様…この子は、いったい……??」

 女の子を振り払うわけにもいかず、ネジは固まって少し驚いた表情のままヒナタに助けを求めるように尋ねた。

「ヒマワリっていう、名前の子なんだけど……ネジ兄さん、もしかして知ってる子なの? そんなに懐いちゃってるし...」

「し、知りませんよ。───何を、勘違いしているのか判らないが……俺は、君を知らないんだ。離れてくれないか?」

「せっかく会えたのに…、おじさん冷たいよっ」

 今にも泣き出しそうな顔で見上げてくる女の子に、たじたじになるネジ。

「ま、参ったな……」

「ごめんね、おじさん。今年咲いた向日葵の花をあげに行こうとしてたのに、どこかに失くしちゃったみたいなの」

「向日葵の花を、俺に……? だが、十月も半ばを過ぎているし、元気に咲いている向日葵の花はもう、無いんじゃないか?」

「そんなことないよ! まだ7月だし、元気な向日葵いっぱい咲いてるもんっ」

「いや、そう言われても、だな……」

 ネジは再び助けを求めるようにヒナタを見やった。

「ヒマワリちゃんは、まだ7月だと思ってるみたいなの。私の事は、"お母さん"と見間違っちゃうし───」

「お、お母さん...?! あいつとそんな仲になるのはまだ早過ぎますヒナタ様ッ」

「な、何を言ってるのネジ兄さんっ。私とナルト君はまだ、全然そんな仲じゃ...っ」

 "お母さん"という言葉でネジはすっとんきょうな声を上げてしまい、ヒナタは恥ずかしさのあまり顔を両手で覆い耳を真っ赤にした。


「───っくしゅん!」


 ヒマワリは夏の装いだったので、十月半ばの肌寒い空気に思わずくしゃみをする。

「か、風邪を引いてしまっては大変だ、自分の家に早く帰った方がいい。君の家は、どこなんだ? すぐに送って行ってあげたいが……」

「イヤだよ…、向日葵の花、見つけなきゃ。毎年、おじさんにあげてるんだもん...っ」

 ネジの胴回りにしがみついたまま、つぶやくように言うヒマワリ。

「...私、いのちゃんの所のお花屋さんに行って向日葵の花がまだあるかどうか聞いてみるから、ネジ兄さんはひとまずヒマワリちゃんを兄さんの家に連れて行って、身体を冷やさないようにしてあげて? じゃあ、先行くね!」

「あ、ヒナタ様...!」

 ネジはヒマワリという女の子と二人きりになり、一瞬どうしていいか判らなくなったがすぐに頭を切り替え、ヒマワリに目線を合わせるように身を低め、できるだけ優しく話し掛けた。

「風邪を引かれては困るから、一旦俺の家に連れて行くが……いいか? 向日葵の花の事はヒナタ様...、さっきのお姉さんに任せてみよう」

「うん……」

「よし、じゃあ……俺の背中におぶさってくれ。...髪が邪魔になるから、横に流しておこう」

 ネジはそう言って自分の長い後ろの髪を前の方の横に流して背中を向け、しゃがんだ。

ヒマワリは素直にネジの背中におぶさり、ネジは跳躍して素早く自分の家に向かった。





「ん...、とにかく羽織る物を───。俺の物ですまんが、とりあえず使ってくれ。今、温かいお茶を用意するから」

 ヒマワリを茶の間に座らせてすぐ羽織る物を持ってきてやり、それからネジは台所でお茶の用意をし、湯のみに注いでヒマワリに差し出した。

「ありがとう、おじさん...」

 ネジが淹れてくれたあったかいお茶をすすって、ほっとひと息つくヒマワリ。


「君の、おじさんというのは……そんなに俺と似ているのか?」

「...会ったことはなかったけど、知ってるの。写真で」

「写真……?」

「うん、間違いないよ。だってお母さんと同じキレイな目だし、髪は女の人みたいに長くて白い格好で黒のスカートみたいなのしてるの」

「───いや、すまんがちょっと違う。これはスカートではなくて前掛けのようなもので……」

「その前の頃は、半そで短パン姿だったでしょ? 頭の両脇から何だかピロピロしたのしてて」

「あぁ、まあ確かにそうだが、会った事はないのに写真で俺の事を知っていて、君は俺を"おじさん"と言う……。その上君の母親と同じ眼をしているという事は、その人は────」


「ヒマワリちゃん、ネジ兄さん...!」

 ヒナタがネジの家に上がり込み、茶の間へやってくる。

「ヒナタ...お母、さん?」

 ネジはつい、座ったままの姿勢でヒナタを怪訝そうな表情で見上げ、つぶやくように言った。

「はい?? えっ、ちょっ……ネジ兄さんまで私の事、お母さんだなんて...!?」

「───あッ、いや、何でもないです。気にしないで下さい...! ひ、向日葵の花は、どうでしたか?」

 焦りつつも、平静を装うネジ。

「あ、うん、えっと……やっぱり、向日葵の花はもう無いらしくて...。ごめんね、ヒマワリちゃん」

「…いいの、お店のじゃなくて……今年わたしの家のお庭に咲いた向日葵の花を、おじさんにあげたいから。お母さんと一緒に...、ちゃんとお世話して育てた向日葵」

 どこかぼんやりした様子で、ヒマワリはそう答えた。

「じゃあやっぱり、ヒマワリちゃんのお家に送ってあげないと───」


「この子の家は、こちらにはまだ存在していないのかも知れません。探した所で、見つからないと思います」

「え……?」

 ヒナタには、ネジの言っている意味がよく分からなかった。

...ふと立ち上がったネジは、近くの棚から何かを取り出し、ヒマワリの前で片膝をつき片手をスッと優しくとり、その手の平に幾つかの種を持たせた。

「この向日葵の種は……今年取れたものなんだ。君の居るべき場所に帰って植えれば...、まだ花開くのに間に合うかもしれない」

「そう、なの...? ありがとう、おじさん」

 受け取ったヒマワリは、大切にポケットにしまった。

「ネジ兄さん、その種って……二ヶ月くらい前に行った、向日葵畑から取れたもの?」

「えぇ...、そうです」

 ヒナタの問いに、ネジが答えた。


「───ヒマワリ、自分の本当の居場所に帰った方がいい。もうここに居てはいけないよ」

 ネジはヒマワリに優しく諭すように言った。

「おじさんは……わたしと一緒に、帰ってくれないの?」

「俺は...、まだそちらには行けない。というより……行く事が出来ないのかもしれないな。だから君は毎年、直接ではないにしろ俺に向日葵の花をあげてくれているんだろう?」

「おじさんが...本当に居てくれたら、一緒に向日葵の花、育てられるよ。直接、おじさんにあげられるよ。だから……一緒に帰ろ、ネジおじさん」

 ヒマワリはネジに手を差し伸べるが、ネジは瞳を閉ざして僅かに口元に笑みを浮かべ、首を横に小さく振る。


「さぁ...、もうお帰り。───ヒマワリを待っている、家族みんなの元へ」


 ささやくようにネジに言われたヒマワリの視界は次第に霞んでゆき、意識が遠のいていく中でヒマワリは必死になって言葉を紡ぐ。

「おじさんだって...、わたしとお兄ちゃんと、お母さんとお父さんの家族、なんだよ...! だから、お願い……帰ってきてよ。ネジおじ、さ・・・─────


[newpage]
「ヒマワリ……、ヒマワリ...!」


「────っ! ぁ…、お母、さん……?」


 呼び掛けに目覚めると、母のヒナタが心配そうにヒマワリを見つめていた。

「大丈夫? うなされていたけど...、怖い夢を見たの?」

 ヒマワリはどうやら、ソファの上で母親に膝枕されて眠っていたらしい。

「お母さん……、おじさん、おじさんが───」

「おじさん...? ネジ兄さんが、どうかしたの?」


「「たっだいま~~!!」」


 父親のナルトと、兄のボルトの威勢よく重なった声が玄関から聞こえてくる。

「いや~、久々にいい汗かいたってばよ! 火影室に籠りっきりじゃ身体鈍っちまうからなー! にしてもボルト、また腕を上げたなッ!」

「そりゃそーだってばさ、オヤジが火影なんかやってる間におれは、おじさんとよく修行してるからなっ!」

「...里に戻っている間はサスケが修行相手になってくれているから、そのお陰もあるだろう。それに、ボルトに実力があってこそだ」

「さっすがおじさんってば分かってくれてんな~! 火影で忙しくてあんま相手してくんないオヤジとは大違いだってばさっ」

「それを言わないでくれってばよ、ボルトぉ…」


「お帰りなさいナルト君、ボルト、ネジ兄さん」

「────・・・」

 ヒマワリは、居間に現れた三人の中で金髪ではない長い黒髪の人物に目を留めたまま、驚いた表情で固まっている。

「ん? どうしたってばさヒマワリ。何か、あったのか??」

「お兄、ちゃん……おじさん」

「はっ? 兄ちゃんはおじさんじゃないってばさ! おじさんは、ネジおじさんのことだろっ?」

「うん...、そうだよね……。ネジおじさん、だよね...?」


「───ヒマワリ、どうした? そんなに見つめられると、困るんだが……。俺の顔に、何か付いてるか?」

「おじさん……ほんとに、帰ってきてくれたんだっ...!!」

 ヒマワリはネジに思い切りぎゅっと抱きついた。

「いや、それはまぁ、近くの広場でナルトとボルトの修行に付き合っていて、たった今共に帰って来た所だが……」

 大げさな態度を少し疑問に思いつつ、ヒマワリの頭に片手をぽんと置いて宥めるネジ。


「ヒマワリはオレよりネジに懐いてんなぁ、父ちゃんとしては寂しいってばよ...」

「だったらオヤジ、火影なんか辞めて影分身じゃない本体で家に居る時間増やせってばさ。じゃないとヒマワリ、ネジおじさんのこと"お父さん"って呼ぶようになっちまうかもだぜっ?」

「そ、そりゃ困るってばよ...?! けどまだ火影辞めるわけにゃいかねぇし、こうなりゃ何とかシカマルに頼んで、休み増やしてもらうかッ」


「───ヒマワリは、ヒナタと一緒に家の庭で向日葵の花の世話をしていたんだろう?」

「えぇ。その後ヒマワリ、眠くなっちゃったみたいでソファに寝かせていたの」

 ネジにそう話すヒナタ。


「...そうだ! おじさん、あのね」

 ヒマワリは、確信を持ってポケットの中から向日葵の種を幾つか取り出した。

「お家の庭にはもう向日葵の花咲いてるけど、このタネ、今から植えてもまだ咲くのに間に合うよね? 一緒に、この向日葵のタネ植えようよ!」

「...あぁ、そうしよう」


 ネジはヒマワリと一緒になって、夏の日差しが燦々と降り注ぐ庭の空いているスペースに種を植えた。

「このタネ…、誰がくれたんだと思う?」

「ん...? 誰かに貰った種なのか?」

「ふふ……、ヒミツっ」

 ヒマワリはにっこり無邪気な笑顔になり、ネジはそれにつられて目を細め、柔らかに微笑んだ。



《終》
 

 

【ネジおじさんとヒアシ伯父さん】

 
前書き
 甥のネジと、伯父のヒアシのお話。 

 
「───ネジよ、邪魔するぞ」

「はい? ...あぁ、伯父さん。いらっしゃい」

 元日向宗主ヒアシ、離れのネジの家に何やら分厚い書類を小脇に抱えてやって来た。


「……また、持って来たんですか」

「うむ、今度こそお前に相応しいであろう見合い話を、な。見合いを申し入れてくる者の中に男が混じっていたのは排斥しておいてあるから、そこは心配要らん」

「はぁ...、まぁ、せっかく持って来てくれたので見るだけ見ますけど」

 ヒナタとナルトが結ばれ、ボルトとヒマワリが生まれて数年経った頃合いで日向当主の座をハナビに譲り、その後は何かと甥のネジに見合いの話を持ち掛けて来る為、正直な所ネジはうんざり気味だったがいつものように茶を出して、話は聴いてやる事にしていた。


「───ネジよ、お前には里中や里外からも見合いの話は尽きないのだ。いい加減良縁を見つけ、身を固めて欲しいものだが……。お前の親しい仲間達は、既に子供が居るというのに」

「余計なお節介……とは言いませんけど、そっとしておいてくれませんか、伯父さん」

「いや、しかし……見合いが嫌なら、やはり意中の者が居るのか? もしや…、既婚者か? 諦めきれぬ者がおるのか」

「いえ...、特に居ませんけど」


「……まぁ、確かに私が余計な口出しをしてお前の“自由な意思”を阻害するような真似は良くないとは判っているが、どうにも心配でな。ハナビの方もなかなか良縁に恵まれず、見合いの話を受けてもなかなか上手く行かぬようだし……」

 ネジの伯父としてもハナビの父としても、そこの所案じずにおれぬヒアシ。


「だからといって、従妹のハナビと俺を結ばせるような真似はしないで下さいね。俺は、その気は無いですし」

「む、そうか……。我が弟なら、あまり余計な事は言わずに息子のお前の好きなようにさせたのだろうな。───とはいえ、お前にもヒナタとナルトのように自分の家族を持ち、幸せになってもらいたいものだ。ヒザシも...、喜ぶだろうに」

 ヒアシは、茶の間の隅の仏壇にふと目を向ける。


「確かに、自分の子孫を残す上では結婚すべきなんでしょうが……、俺はあまり拘っていない。それに、血の繋がりで言えば既にボルトとヒマワリとは繋がっているし、俺としてはそれだけでも充分なんだ。“自分の”というわけではなくても、今ある家族が俺にとって何より大切で、今を幸せだと言えるよ。父様だって……きっと判ってくれているから」

 ネジも仏壇に目を向け、父親のヒザシの遺影に微笑み掛けた。

「お前は...、自分の幸せより相手の幸せを想えるのだな。ヒザシは本当に、いい息子を持った」

「買い被り過ぎだよ、伯父さん。さっきも言ったように、俺は俺なりに“幸せ”だ」





 それは、まだ日向の次期当主が正式に決まっていない頃の事だった。ネジは、ヒアシの自室に呼び出されていた。


「───だが本当に良いのか。大戦後に呪印制度は廃止され、宗家と分家の隔たりを無くしていこうとする上で、周囲の者も日向の次期当主にはネジ、お前が相応しいとしている。それは我が弟……、お前の父ヒザシの願いでもあったろう」

「...私には、今さら日向当主に拘わる理由はありません。父上なら、判ってくれるでしょう。───次期当主としての責任をハナビに押し付けるような形にとられるかもしれませんが、私なりの自由な立場で可能な限り力を貸し、日向の新しい未来を担って行きたいと思っています」


「そうか……。ハナビは、出来れば次期当主は従兄のネジに譲りたいと常々言っていたが、『自分が日向当主になるにしても、その心構えはとうに出来ているし、兄様が当主になっても全力で支えていくから、父上は安心して見守っていて』と...、言ってくれてもいる。お前達に日向の未来を託す事が出来るとはいえ、責任を押し付けているのは寧ろ、私なのだろう」

「そんな事はありません。これは……、自分達にとって自由な意思の選択の一つです。“大切な家族”を守って行きたいと思うのは、自然な事ですよ」

 ネジは微笑を浮かべ、ヒアシはそれを見て在りし頃の弟のヒザシの家族に対する優しさを、改めて身に染みて感じた。


「ならば、良いのだが。───それでネジよ、お前に一つ頼みがある」

「何でしょうか」


「次期当主をハナビに譲るにあたって、私の事は“伯父さん”と……、呼んでくれて構わぬ」


「え...? ヒアシ様を、“伯父さん”と……ですか」


「実際お前の伯父なわけだから……丁寧語も、そんなに必要あるまい。大戦時は身分を関係なくしていたわけだし、ヒナタやハナビにはとうに敬語はやめているだろう。私にもそうしてくれて良い。これを期に、“対等な家族”として在りたいのだ。今更、都合の良い話に聴こえるだろうが」


「いや、そんな事は……。では、その……、ヒアシ、伯父───さ、ま。...ぁ」

 妙な気恥ずかしさで口がもつれ、下向いてしまうネジ。


「フフ……まぁ、すぐには無理でも、少しずつ慣れてくれれば良い。───ヒナタとうずまきナルトが一族間の枠を越えて結ばれ、子も授かってお前ももうすぐ“従兄妹伯父”となるのだ。私は“祖父”になるのであって……、弟のヒザシは“大叔父”になるわけだな」

「あ…、確かに、そうですね。私の……俺の父様も、大叔父さんに────。そして俺は、ナルトの義兄になりその子供の、おじさん……ですか。はは、何だかおかしな話というか、感慨深いものですね」

 照れたように思わず笑みをこぼす甥のネジに、ヒアシは優しい眼差しを向ける。


「まだ正式に火影にはなっていないが...、うずまきナルトは確かに、日向を変えてくれたな、ネジ」

「───えぇ、あいつには本当に感謝している。鈍感なあいつがようやくヒナタの気持ちに気づいて、ヒナタを介して俺達とも繋がってくれて……。ナルトは俺にとって、“陽だまり”のような存在だ。いや……それは俺が言うべきではなくて、ヒナタにとってだろうけど。...落ちこぼれだったあいつが今や里の英雄で、火影になる事も決まっている。───なぁ父様、ナルトは俺の自慢の友であり、自慢の義弟だよ。きっと父様も、気に入ってくれているよな」

 ネジはその時、迷いなく伯父のヒアシを真っ直ぐ見つめて微笑みを浮かべた。


「───・・・ネジよ、言うまでもないとは思うが私は、兄の方のヒアシだ。いくら双子とはいえ、お前に見分けられぬわけではあるまい」

「あ……、いや、ついその……、伯父、さんが、父様に見えてしまって。さっきから、父様のように優しい顔をしているから……」

 ネジは気恥ずかしさで口ごもり、再び下向いた。

「はは…、良いのだ。ヒザシには悪いかもしれぬが、そう言ってもらえてお前の伯父としては嬉しい。───ヒザシもきっと、息子の自慢の友であり義弟を大いに気に入っているだろうさ」

「あぁ...、ありがとう、ヒアシ伯父さん」

 ネジとヒアシは、互いに穏やかな笑みを交わした。





 その日は新雪が降り積もり、日向家に遊びに来ていたボルトとヒマワリ相手に祖父のヒアシは少々手を焼かされていた。

後からすぐネジも呼ばれて離れからやって来ていたが、ヒアシが祖父として孫のボルトとヒマワリを見つめる眼差しは優しく穏やかで、ネジにしてみると自分の父親を想い起こさせる。

……父様が生きていたら、きっとこんな風にボルトやヒマワリと戯れていたんだろう。双子で似ているから、どっちがどっちか混乱しただろうか。そんな事を考え、ネジは顔をほころばせた。


「ネジおじさーん、おれ達のこと見てばっかいないで、おじさんもこっち来て雪合戦しようってばさ~!」

「あ、じゃあヒマはおじさんと組む~!」

「ヒマワリ...、そこは“おじいちゃん”とじゃないのか……」

 さっきまでボルトとヒマワリが組み、ヒアシは一人相手をしていたが、ヒマワリが自分とは組んでくれないようなのでつい寂しそうな声になった。


「ヒアシおじぃちゃんとは、あとで組んであげるよ!」

「ヒアシのじぃちゃんってば、おれよりヒマワリと組みたいのかよ~。まあ、気持ちわかるけどさ? おれの妹はカワイイもんな! おじさんもそう思うだろっ?」

「あぁ、もちろん。幼い頃のヒナタに似て、とても可愛い」

「えへへ~、お兄ちゃんにカワイイって言われるよりおじさんに言われた方がヒマはうれしいなぁ...!」

 ヒマワリは照れながらネジの胴回りにぎゅっと抱きつく。

「そ、それって何か、おれとしてはショックだってばさ……」

「ボルトよ、そう気を落とすな。私もネジよりはヒマワリに懐かれないからな……」

「じぃちゃん...、いつかネジおじさん越えてヒマワリを振り向かせてやろうってばさっ」

 ボルトとヒアシは妙な密約を交わすが、直後のヒマワリの言葉にそれも脆く崩れる。


「ヒマは将来、ネジおじさんとケッコンするんだもん! だからおじさんは、誰ともケッコンしちゃダメなんだよっ!」

「───何!? ネジよ、お前が見合い話を受けないのはその為か……?!」

「マジかよおじさんっ! おれは兄ちゃんとして、ヒマワリをそう簡単に渡さないってばさ!!」

「ちょ...ッ、誤解するな伯父さん、ボルト。俺はそんなつもり───ふぉッ...?!」

 ボルトとヒアシはネジだけに向けて雪玉を投げつけ、ネジは思わず身を縮めてされるがままになる。


「……ちょっとお兄ちゃん、おじぃちゃん……、ネジおじさんイジめるの、ヒマが許さないんだからねっ!!」

 見ていられなくなったヒマワリはいつもの薄蒼い瞳から白眼に切り替わり、素早くボルトとヒアシとの間合いを詰め強烈な柔拳を一発ずつ食らわせた。

……二人は後方に吹き飛び、仰向けに雪の上に倒れ込んだ。


「ひッ、ヒマワリ、いくら俺の為とはいえやり過ぎだ。……ボルト、伯父さん、大丈夫か?」

「うあぁ、やっべぇ、動けねーっ。やっぱヒマワリ怒らしちゃダメだってばさ……っ」

「はは...、そのようだな。元気な孫には敵わんよ。私も歳を取るわけだ……」

 苦笑気味に、雪のちらつく空を見上げたままのヒアシに、ネジがふと微笑を浮かべ労るような優しい声音で言葉を掛ける。


「───あなたにはまだ、この子達の“おじいちゃん”でいてもらわないと困る。父様の分も…、まだまだ元気に生きてくれ、ヒアシ伯父さん」

「フフ...、心配するな。弟のヒザシの分まで、大いに長生きしてやるとも」

「ふ、その意気だ、伯父さ───くしゅッ」

「...あっ、ネジおじさんクシャミしたぁ! カゼ引いちゃったのかもしれないよ、お家に入ろっ?」

「あ、いや、俺なら平気だヒマワリ。それより二人を動けるようにしてやらないと……」

「お兄ちゃんもおじぃちゃんも丈夫だから平気だよ~、ヒマとおじさんは先に帰って“おこた”であったまろ♪」

 ネジはヒマワリに背中を押されて家に向かわされ、ボルトとヒアシは降り積もる雪の上に取り残された。


「なぁじぃちゃん……、いくら何でもカゼ引くの、おれ達だよなっ?」

「これも修行の一環だと思えば何て事はないぞ、ボルト」

「さ、さすがヒアシのじぃちゃんだってばさ……。よっしゃ! ネジおじさんに負けねぇくらいカッケー男になって、ヒマワリを見直さしてやるってばさっ!」




《終》

 

 

【その先へ】

 
前書き
 一部のネジと、未来のボルトの入れ替わりのお話。 

 
「お兄ちゃ~ん!……お兄ちゃん、まだ起きてないのっ? ねぇってばぁ!」


(───ん……お兄、ちゃん...? 誰の、事だ。ヒナタ様は俺の事を“兄さん”と呼ぶし、ハナビ様は“ネジ兄”と呼んでいる……。二人の声とも、違うな。いったい誰が────)

「んもぅ、おフトン引っぺがしちゃうんだからね!?」

「のわっ……?!」

 いきなり掛け布団を引きはがされたネジは思わず声を上げたが、その声は普段の自分の声とは異なって聞こえた。


「な、何をす...っ、ヒナタ……様??」

「え? 何言ってるのお兄ちゃん、ヒナタってお母さんの名前でしょっ? わたしは“ヒマワリ”! 寝ぼけてるでしょ~」

 顔を遠慮なく近づけてくる相手は、従妹のヒナタに似てはいたがよく見ると、白眼ではない薄蒼い目で両頬には何故か二本線がある。

(ヒマ、ワリ……? ヒナタ様が、お母さん...!? 何の夢を見ているんだ、俺はッ。しかも声が、自分のものではないようにトーンが高く……。ん、髪が───短くなっている?!)

 朝起きた時には顔横を流れているはずの自分の長い髪が無い事に気付き、思わず頭に手をやり前髪に触れて目線を上にして見ると、自分の黒めの髪色とは異なる黄色になっている事に驚く。そして周りに目を向けると、明らかに自分の部屋ではない雑多な空間だった。


「...ちょっとお兄ちゃん、ビックリした顔してどうしちゃったのっ? 今日お父さん久しぶりのお休みで、家族でピクニックに行く約束でしょ! お父さんはまだ起きて来てないけど、お兄ちゃんは早く支度してよっ」

(お父さん……? 俺の父様は、この世でただ1人だ。おかしな夢を見ているんだとしたら、頬でも強くつねれば目覚めるのでは───)

 ネジは見知らぬ女の子の前で、強めに頬をつねってみた。
……しかし、ただ痛みを感じただけで夢から覚める気配は無い。

「───何やってるの、お兄ちゃん。だいじょうぶっ?」


「大丈夫……では、ないかもしれない。ここはどこで、おれは誰になってるんだ……??」

 ネジは正直に答え、そう喋っている最中にも自分の声ではない高めのトーンに戸惑いを覚える。

「えっ、ど、どうしよう、お兄ちゃん何か変...? とりあえず、お母さんとこ行こうっ!」

「あ、ちょ...っ?!」

 ネジは寝巻き姿のままヒマワリという女の子に強引に手を引かれ、二階の階段を下りて居間らしき場所に連れて行かれた。


「あらボルト、おはよう。...って、まだ着替えてないのね。ヒマワリ、寝巻きから着替えてないお兄ちゃんの手を引いて来たりして、どうしたの?」

「なんかね、お兄ちゃん変なの。起きた時にわたしのこと、お母さんの名前で呼んだし、ここがどこだか、自分が誰だか分からなくなっちゃってるみたい...!」

「え...!? ちょっとボルト、顔色よく見せて」

 ヒマワリの母親はネジと目線を合わせるように身を低め、心配そうに間近で顔色を見つめてくる。


(ヒマワリという子と違って白眼ではあるし、ヒナタ様の面影は確かにあるが……。あの内気なヒナタ様とは思えないほど、俺より大分成長していて大人に……いや、既に子持ち...!? あ、相手はいったい───)

 ネジは内心ひどく焦り、それが顔に出てしまったのかヒナタらしき母親は怪訝そうな表情になりつつも、ボルトという少年になっている顔に両手を添えて額に額を当ててきたので、ネジは思わず顔が熱くなるのを感じた。

「熱は……、少しあるように感じるわね。ボルト、ちょっと身体を見せてもらうわ」

 そう言って母親は、白眼特有の動脈を露わにして息子の身体を注意深くチェックした。

「……特に、おかしなチャクラの流れにはなってないみたいだけれど……ボルト、具合が悪かったら今日のピクニックは───」

「おはよーってばよぉ……」

 居間に眠たげに頭を掻きながらもう一人現れたのは、見覚えのある顔の両頬に三本線のある、短めの金髪で見上げるほど背が高く体格の良い男で、ネジにしてみればある人物の大分成長した姿を彷彿とさせた。


(ナル、ト……? うずまきナルト、なのか...!? いつの間にヒナタ様と結ばれて子供をもうけて───いや、ヒナタ様が望んでいた事が叶ったなら俺がどうこう言う事ではないが……。しかし何故俺がその子供の一人、ボルトという少年になっているんだ)


「あなた、ボルトが……」

「ん...? ボルトがどうしたってばよ、ヒナタ。...何だお前、妙な顔してオレの事見つめて。今日は久々に父ちゃんとの修行も兼ねての家族でピクニックだろ? 急に行かねぇとか言い出すなよ、オレってば楽しみにしてたんだからなッ」

 ナルトらしき男はそう言って、中身はネジだとは知らない息子の頭を包帯の巻かれた大きな手でワシャワシャ掻き乱してくる。

「あなた、ボルトは何だか調子が悪いみたいで……」

「お、おれなら、大丈夫だよ。母...さん、父...さん。行くよ、修行も兼ねての、ピクニック」

 ネジは、出来るだけ子供らしい口調にして慣れない笑顔を作って言ってみたが、それがかえって無理しているように見えたらしく、家族の三人を心配させた。


「お兄ちゃん、やっぱり具合悪いんでしょ? いつもの口調と違うよっ。なんだか笑った顔も引きつってるし」

「そうね...、残念だけど今日のピクニックはやめておきましょうか」

「マジか……、まぁ調子悪いんじゃしょうがねぇってばよ。つか念のため、病院行っとくか?」

「だ、大丈夫だってば。楽しみにしてたん、だろ? おれ部屋に戻って、着替えて来るから」

 ボルトという少年姿のネジはいたたまれなくなり、自分の部屋らしき場所に戻って考えを巡らす。


(ついピクニックに行くと言ってしまったが、いいのか...? どう控えめに見ても、不審がられているような……。しかしヒナタ様の白眼でも、術で変化しているわけではないと見られたなら、俺の本当の身体自体どうなってしまったんだ。───そうだ白眼...! 俺の今の姿の眼は、白眼ではないのかッ?)

 ネジは思い立って白眼を試みたが、どうやら使えないようだった。

(ボルトという息子は、受け継がなかったのか...。ヒマワリという子も白眼ではなかったな。ここは俺の知らない、未来だとでもいうのだろうか……?)

 うまく頭を整理できずに混乱しつつも、とりあえず部屋の手近にあったジャケットの上下を着て行く事にする。


……二階から下りて鏡のある洗面台を見つけ、今の姿の自分をまじまじと見てみると、ナルトの息子らしく金髪の蒼眼で顔の両頬には二本線がある。

(こいつが、ナルトの息子なのか……。今の俺より、少し年下くらいか...?)

「───お兄ちゃん、いつまで鏡の前にいるつもり? 朝ごはんみんなで食べようよっ」

 ボルトの妹らしいヒマワリが呼びに来た為、ネジは自分より年上のナルト、ヒナタ、年下のヒマワリと共にどこかぎこちない朝食をとり、母のヒナタがこしらえた弁当を持って見晴らしの良い自然豊かな場所まで、ナルトとボルト姿のネジの修行も兼ねたピクニックに家族四人で出掛けた。





「───・・・ネジ兄、ネジ兄ってば! もう、まだ寝てるのー? 今日修行に姉さまと一緒に付き合ってくれる約束でしょ~、いい加減起きなさいよっ」

「は...ハナビ、ネジ兄さんもしかしたらまだ疲れてるのかもしれないし、このまま寝かせておいてあげた方が……」


「うーん、何だよぉ…。休みの日だし、もうちょい寝かしといてくれってばさぁ」


「はぁ? ネジ兄、しゃべり方ヘンだよ。寝ぼけてんでしょ! らしくないじゃん、今まで寝坊したことないくせに。あんまり遅いから、直接家まで来てあげたのよ? ...こうなったら、布団引きはがしてやるんだからっ」

「おわッ、ちょ、寒いだろー? てか俺“ネジ兄”じゃないし、ヒマワリの方こそ寝ぼけてんじゃ・・・───あ??」

 ボルトが寝ぼけまなこで目覚めると、そこは自分の部屋ではない畳み上で整然としており、見覚えのあるような白眼持ちの少女二人が怪訝そうにこちらを見つめていた。

「ね、ネジ兄さん、どうしたの? ほんとに寝ぼけちゃってる、の?」

「ヒマワリ……白眼になってる!? 俺、何かしちまったっけ...ッ」

「なんで姉さま見てネジ兄が怯えるわけっ? てゆうか、ヒマワリって何のこと?」

「な、何って、ヒマワリは俺のかわいい妹……ん? そっちのもう一人、誰だっけ?? つーか俺の声、低くなってるってばさ……。もしかしてコレが声変わり!? それに俺...、こんなに髪長かったっけ? しかも黒いし、サラッサラだってばさ」


 ようやく意識がハッキリしてきたボルトは、自分が自分ではないような存在になっている事に気づく。

「俺ってば、寝ぼけて誰かに変化しちまったのか?? だったら術解けば───・・・あれ、戻んないってばさ」

「...姉さま、やっぱりネジ兄おかしいよ。あたしのこと誰だかわかんなくて、姉さまのことはヒマワリって知らない子の名前で呼んでかわいい妹とか言って……! ダレこいつ?! ネジ兄の姿してるけどネジ兄じゃないっ!」

「そ、そうなのかも…。口調も態度も何かおかしいけど、ナルトくんの口調にちょっと似てるような……?」

「このぉ...、正体見破ってやるんだからっ。白眼!! ───あれ、特に術で変化してるとかじゃないみたいだけど……??」


 小さい方の子が、白眼で注意深くこちらを見つめ、ヒマワリに似たショートヘアの少女は控え目に質問してくる。

「あ、あの、ネジ兄さん……何か、あったんですか?」

「いや、あのさぁ、さっきから俺をネジ兄さんとかって……その人って、俺の母ちゃんのイトコの兄ちゃんの事じゃん。───てか妹に似てるけど、よく見たら顔に俺と同じ二本線無いからヒマワリじゃないってばさ...?」

「ねねっ、ネジ兄さん、近いです...っ」

 よく見ようと顔を近づけると、藍色の髪の少女は恥ずかしげに目をぱちくりさせて頬を赤らめ、もう一方の少し髪は長めの気の強そうな少女は警戒感を露わにしている。


「さっきから何言ってるわけっ? あんたがネジ兄じゃないならいったいダレなのよ!」

「俺? 俺は……ボルトってんだけど」

「は? ボルト?? やっぱり中身違うじゃない! 白眼でも見破れないヤツが、ネジ兄に取り憑いてんじゃないのっ?」

「ハナビ、落ち着いて...!」

「ハナビ……? 奇遇だってばさ、俺んとこの“おばさん”もハナビって言うんだぜッ」

 悪気ない笑顔で言ったはずなのに、ハナビという少女はみるみるうちに顔を赤くした。

「はぁ?! あたしまだ八歳よっ、“おばさん”なんてあんたに言われる筋合いないんだから!! ヒナタ姉さまぁ、なんとか言ってやってよこいつに...っ」

「ヒナタ姉様? おばさんの姉貴って俺の母ちゃんだから、ヒナタって名前も奇遇だなぁ……(っていうより、写真で見せてもらった覚えのある、小さい頃のおばさんと下忍の頃の母ちゃんにそっくりだってばさ??)」

 どうも不思議で首を傾げたボルトは、整えられていない長い髪がいちいち顔や首に触れるので少し煩わしく感じた。


「ね、ネジ兄さんの姿と声で、“あなた”はいったいどういうつもり、なんですか...?」

「そう言われても俺にもよく・・・───そうだ、鏡! 鏡、どっかにない?」

「それなら、洗面台のとこにでも行けばっ?」

 ハナビという少女がぶっきらぼうに言った。

「洗面台……あぁそっか、ここよく見たらおじさん家じゃん。何度か来た事あるし、場所知ってるってばさ。ちょっと、行ってくる」


「ね、姉さま…、あいつ絶対ネジ兄じゃないよ...! どうする? 何かしでかすつもりだったら───」

 浴衣の寝巻き姿のまま鏡のある洗面台へ向かった相手を訝しんだまま、ヒナタに耳打ちするハナビ。

「うーん、“中の人”は悪い人じゃないとは思うけど、もう少し様子を───」


「うおぉッ?! 俺ってば白眼になってる!?」


 洗面台らしき場所から従兄らしからぬ大きな声が上がり、思わずビクッとしてしまう姉妹。

「って事は、使えちまうんだよな...! よっしゃあッ、びゃ く が ん!!」





 ─────「ボルト、お前さっきから柔拳の型ばっかり使ってくるんだな。ヒナタとハナビ、ヒアシのじぃさんに教わってんのは分かっけど...、ずいぶん様になってんなッ!」

 ボルトの中のネジは、好天のピクニック先の見晴らしのいい場所でナルトに修行相手になってもらっており、ヒナタとヒマワリは自然の中の草花で花飾りを作ったりしている。


「やっぱヒナタと...、ネジの血もしっかり受け継いでるからなんだな」

 一旦修行の手を止め、ナルトは誇らしげにそう言った。

(俺の血も受け継いでいる...? 確かにヒナタ様の従兄ではあるが、大した事など───。そういえば、“俺”は……? ここが本当に、俺の知らない未来だとしたら、俺自身は……どうしているんだ)


「...ボルト、お前朝から何か妙だぞ。さっきの動きは良かったけどよ、あんま喋ってくんねぇし...。かと言って反抗してくるわけでもねーし……。やっぱどっか調子悪いのか?」

 考えにふけって眉間にシワを寄せているのを、ナルトが怪訝そうに顔間近で見つめてくるので、このままではいずれ“中身”が違うと知られてしまうのは時間の問題だと腹を括り、ネジは核心に迫ろうとする。

「父...さん、あのさ、ネジって人は……最近、どうしてる?」

「───どうしてるも何も、何度もお前とヒマワリには話してるだろ。お前達の“おじさん”は……、大戦中ヒナタとオレを守って、死んじまったんだってよ」


(……なるほど、そういう事...か)


 ボルト姿のネジは、憂えた表情のナルトからふと視線を逸らした。

「ヒナタ! 白眼で視て、ボルトは───」

「少なくとも私の眼で視る限り、本物のボルトよ。でも...、あなたが感じている“違和感”は、私にも分かる」

 白眼で息子を注視しながら、少し離れていた距離からヒマワリを伴いこちらへやって来るヒナタ。

「お兄ちゃん、なのに……お兄ちゃんじゃ、ないの?」

 妹のヒマワリは心配そうにこちらを見ている。


「お前……、正直に話してくんねぇか。それともやっぱ、言えねーか? うちの息子に、得体の知れない術でも使って取り憑いてるってんなら────」

「正直に言って、信じてくれるとでも? おれの今の中身が……、おまえの息子ではなく、ここでは死んでいるとされる“日向ネジ”だと言ったら・・・───」

 声は確かに息子のものだが、表情は冷たいながらも憂えているのを目にしたナルトは、懐かしい面影を見いだした。

「ネジ……? ネジが、ボルトに取り憑いてるってのかッ?」

「取り憑いている……つもりはないんだが、何故かこうなってしまっている」


「───ネジぃ! よく帰って来てくれたなッ!! けどどうせならお前の姿で出て来いってばよ、わざわざボルトに取り憑かなくても……あぁそうか、お前ユーレイなわけだし、しょうがねぇのか!?」

 突如ナルトは息子姿のネジをぎゅうっと抱き締めた。

「はっ、離せナルト、くるし...っ!」

「あなた、落ち着いて。ボルトが……ネジ兄さんが、苦しがっているでしょう?」

 ナルトをそっと窘めるヒナタ。

「あ、悪ぃネジ、力加減間違えたってばよッ」


「……本当に、“俺”が取り憑いているとでも? 何故、そう信じられる」

 ボルトの中のネジが訝しげに問う。

「だってよ、ボルトの口癖が全然出てこねーし、ボルトは最近オレの事もっぱらオヤジって……まぁ、クソ親父とも呼ばれっけど。前は父ちゃんって呼んでくれてたからなぁ、お前に今朝から“父さん”って呼ばれんの、おかしいとは思ってたんだってばよ」

「...口癖というのは、やはりおまえと同じか?」

「いや、似てっけどちょい違う。───てばさ、っつうんだよ」

「あぁ...、なるほどな」

 顎に片手を当て、無表情で思案する仕草をとるネジ。


「しっかしアレだな、ボルトの姿と声なのに、喋り方と雰囲気が本当にネジだってばよ...! なぁ、ヒナタ?」

「えぇ...、私にも分かる。ボルトの中に、確かにネジ兄さんが“居る”って事。───夢の中では時々会えていたけど、どんな形でも会いに来てくれて嬉しいよ、ネジ兄さん…っ!」

 ヒナタも嬉しさの余り胸の中にぎゅむっと抱き締め、顔面がそこに埋まってしまったボルト姿のネジは大きく柔らかいものに覆われたまま、うまく息ができずにもがく。


「ひ、ヒナタも落ち着けってばよッ。ボルトが...、ネジが窒息しちまうぜ?」

「あっ、ご...ごめんなさいネジ兄さん、大丈夫...?!」

「へ...、平気、です……」

 とは言うものの、息が上がってしまっているボルト姿のネジ。

「……ねぇお父さん、お母さん。わたしにも分かるように教えてくれない?」

 ヒマワリは一人、置いてけぼりにされたような気になっている。

「おう、ごめんなヒマワリ。なんつーか、つまり……ボルトにネジおじさんが取り憑いて、会いに来てくれたんだってばよッ! ───けど会いに来るならもーちょい別の方法ねぇのか? これじゃボルトの方がネジに会えねーだろ」

「別に会いに来たつもりはない。おれ自身はまだ、死んではいないんだが……。“こちら”では既に、死んでいるらしいな」

 特に表情を変えずにそう述べたボルト姿のネジに、ナルトとヒナタは驚きを隠せなかった。


「え...? もしかして、私とナルト君を守って亡くなったネジ兄さんじゃ、ない……?」

「じゃあお前…、いつの時代のネジなんだッ?」


「“今”のおれは、下忍だ。...中忍試験の試合では、おまえに負けている」

「マジ、か...? ならお前は、オレ達の知っている“死んじまった”ネジじゃなくて、上忍になる前の……中忍試験ではオレがギリギリ勝った、下忍当時のネジなのか!? 何で、“まだ生きてる”ネジが、ボルトの中に取り憑いてんだってばよ……??」

「───もしかしたら、サスケ君を奪還しに向かったネジ兄さんで、重傷を負って何日か意識不明だった時の兄さんなんじゃ……」

 ヒナタがそう思い当たってみるも、ネジはボルトの姿で首を小さく横に振る。

「いや、その時からは既に完治しています。……通常の任務を終えた後で、おれは普通に昨晩自宅で寝ていたはずなんですが。今朝起きたら、何故か見知らぬ者に姿が変わっていた。───それがまさか、あなたとナルトの息子だったとはさすがに驚きましたが。ただの、夢ではないようですし……元に戻ろうにも、どうすればいいか見当がつきません」

「ネジ兄さん……」


「ねぇ、お兄ちゃんの中のおじさん。どうして、お母さんに敬語使ってるの? イトコのお兄さんって、聞いてるけど...」

 ヒマワリが質問したが、ネジは直接答えずヒナタに問いかける。

「そこの所は、子供達に話していないんですか?」

「大まかには話しているけど、それほど詳細には話してないの。私達の時代では、もう呪印制度は廃止されて、分家や宗家の隔たりは無くなっているから───」

「そう、でしたか。……ナルト、おまえは本当に火影になって、日向を変えてくれたんだな」

「おう...。けど、お前は……」

「いいんだ。───ナルト、おまえはおれを闇の中から救い出してくれた。ヒナタ様とおまえを、未来のおれが守って死んだなら本望だ。それにおれは……ヒナタ様を傷つけたことがある。贖罪の意味にもなるだろう」

「??」

 ヒマワリにとっては、知らない事のようだった。


「そんな事、言わないでネジ兄さん。私は、そんなの望んでなんていないよ...!」

「───おれが死ぬことで、二人が結ばれ子が生まれるならそれでいい。おれは...、未来にいるべきではないんでしょう」

「お前が生きてても、ボルトとヒマワリは生まれて来てくれたってばよきっとッ」

「その時の状況は知らないが……、おれが死ななければむしろ、ヒナタ様の方が死んでしまっていたかもしれない。...そうじゃないのか?」

「それは...、けどよ……!」


 あの時、確かにピンポイントの挿し木の術から真っ先にナルトの盾になろうとしたのはヒナタだった。

───直後、二人の前に飛び出したネジがその身を盾に、枝分かれした挿し木に上体を無残に貫かれ致命傷を負い、手の施しようもなくナルトとヒナタのすぐ傍で息絶え、冷たくなって横たわり、もう何も映す事はない虚ろに開いたままの瞳をナルトは今でも鮮明に覚えていて、時折夢に見てはひどく心を痛めていた。


「この話は、もう終いにしよう。この身体を元の所有者に返してやりたいが、どうしたものか」

「……お兄ちゃんの中のおじさん、そんなのおかしいよ。どうしておじさんが犠牲にならないと、お兄ちゃんとわたしが生まれないみたいなことになるの?」

 ヒマワリは真っ直ぐボルト姿のネジを見つめている。

「それはさっきも言ったように、“おれ”でなければヒナタ様が……君の母親が死んでしまったかもしれないからだ。ヒナタ様は、ナルトの為なら死すらいとわないだろうというのは、容易に想像できる」

「それならおじさんだって、お母さんとお父さんのためなら……死んじゃえるってことだよね。今お兄ちゃんの中にいるネジおじさんは、未来に自分がいなくなっちゃってることが、怖くないの? 寂しく、ないの?」


「寂しくも...、怖くもないさ。受け継がれるべきものが未来にちゃんと継がれているなら、そこにおれが居なくとも何も問題は───」

「あるだろ、オレ達が寂しいに決まってんじゃねーかッ! お前が生きてる上でオレの義兄貴で居てほしかったし、ボルトとヒマワリのおじさんとしてすぐ傍で成長見守ってほしかったし……。ネジが居なくていい未来なんて、オレ達は望んじゃいねぇのにッ...!!」

 ギュッと両拳を握り、歯を食いしばるナルト。

「ならおれが“その時”を迎えたら、ヒナタ様とおまえを庇いに出なければいいのか? 死ぬかもしれないのを、黙って見過ごせと? ───今ここにあるおまえ達の未来を失くしてしまうくらいなら、おれはむしろ喜んでこの命を捧げてやるさ」

「ネジ兄、さん……っ」

 ボルトの顔で、強気な笑みすら浮かべるネジにそれ以上なんと言ってあげればいいか分からなくなり、ヒナタは俯いて頬に涙を伝わせる。

「ヒナタ様...、おれの為に泣く必要はない。この先、おれは自分の思う通りにするだけですから」

 ボルト姿のネジは、ふと微笑して見せた。


「ねぇおじさん……一つだけ、わたしのお願い聞いて。ちょっと先の未来の自分より、強くなってみせてよ。誰にも負けないくらい。そうすればきっと...、お母さんとお父さんと一緒に生き抜けるよ。お兄ちゃんとわたしとだって、会えるよきっと」

 ヒマワリはそう言って、ボルトの中のネジに屈託のない笑顔を向けた。

「ふ、そうかも...しれないな。もっと、強くなってみせるさ。少し先の未来の自分を、超えられる……よう、に・・・────」

 ふっと意識が失せ、前に倒れかかるボルトの身体をとっさにナルトとヒナタが両脇から支える。

「おいネジ、どうしたッ?」

「兄さん? ネジ兄さん...!」

 ボルトの中に居たはずの存在に二人が呼びかけるも、瞳を閉ざし意識の無いボルトはぴくりともしない。

「ネジ…、ボルト……」


「大丈夫だよお父さん、お母さん。お兄ちゃんは帰ってくるし、おじさんだってきっと……会いに来てくれるから」





「びゃ く が ん!!────・・・」


 洗面台の場所から上がった大きな声は何度か繰り返されたが急に静まり返り、少し間を置いてネジ姿で中身は別人らしき者は長い黒髪の頭を片手て掻き乱しながら、どうも納得いかない様子でヒナタとハナビの居る場所に戻って来た。

「おっかしいなぁ、せっかく白眼なってんのに使えねぇなんてさぁ...。ほんとに自分の身体じゃねーみたいだから、チャクラもうまく扱えないってばさッ。色々透視してみたかったのになぁ……?」

「あ、あんた、やっぱりソレが目的なわけ!? 姉さま、こいつヘンタイ...っ」

「ねぇ、ボルト…さん。本当のネジ兄さんの方は、あなたに封じられちゃってるの? それとも...、どこかへ追いやってしまったの?」

「へ? そんな事言われてもわけ判んないってばさ。俺次の日普通に休みで、親父も久々に休み取れたからって、家族で出掛けて親父とは修行する約束してたんだけど……昨日の夜、あんま寝付けなかった気がすっけど自分のベッドで寝たはずなのにさっき起こされたら、別人なってたっつーか……。でも俺、“この人”知ってるってばさ。あんた達が“ネジ兄さん”とか言ってるって事は、この人俺のおじさんにあたるんだよ。下忍当時とか、上忍の時とかの写真、母ちゃんに見せてもらって外見は知ってるからさ。……会った事は、無いけど」

 自分の事を指差してそう述べるネジ姿のボルトという相手に対し、ヒナタとハナビはうまく話を呑み込めずに困惑している。

「あ、あのネジ兄が“おじさん”って……なんか想像できないっ。姉さま、どう思う?」

「あなたは...、ネジ兄さんを自分のおじさんだと言うのに、会った事はないのは……どうして?」

「へ...? あ、それは───(言っていいのか、これって)」

 ボルトはためらい、つい目線を下に逸らす。


「まさか、居ない...の? あなたの、所には」

「あたしにはよくわかんないよ姉さま、説明してっ?」

「────・・・・・」

 話を促す妹のハナビだが、ヒナタは何か悟ったように、悲しげに俯いている。


「あぁもう、とにかくネジ兄の中に取り憑いてるボルトってやつ! ネジ兄の中身を返しなさいよっ、どこへやったの? 人質にでもしてるつもりっ?」

「いや、だから俺は───」


『ボルト……、もう時間だ。これ以上、二人を混乱させるのはよくない』

 不意に頭の中に声が響く。ハナビとヒナタには、聞こえてないらしい。


(あんたは……?)

『今のお前の...、身体の持ち主だ』


(じゃあ、あんたが、おれの───)

『良くも悪くも夢からは、覚めないといけない。お前も...、元の身体に戻るといい。家族が……心配している』


(ネジのおじさん、おれはっ……!)


『───言わなくていい。分かっているから。未来で、待っていろ。きっとお前達に……直に、逢いに行ってみせるから』


「へへ、じゃあ約束……だってば、さ・・・───」

「え? ボルト...くん、どうしたのっ?」

 急に前へ倒れかかるのを、とっさに抱き支えるヒナタ。

「ちょっ、どさくさ紛れに姉さまに抱きつかれたかったとかじゃ...!」

「────・・・」

「ボルト……くん?」


「いや...、俺はネジです、ヒナタ様」


 おもむろにヒナタから身体を離すネジ。

「えっ、ネジ兄さん...!」

「───ちょっとネジ兄、今までの全部演技だったとかなら許さないよっ?」

「あぁ...、別にいいですよ。さっきまでのは演技でも寝言でも、どうとってもらっても構いません」

 ネジは普段の無表情でハナビに述べる。

「何それ! 少しはマシになったと思ってたけど、やっぱりイヤミなネジ兄っ」


「ネジ兄さん、さっきのはほんとに……」

「気にしないで下さい。...夢でも、見ていたのかもしれない」

「でも“あの子”は、確かにネジ兄さんのことを───」

「おじさん、ですか? 失礼な奴ですよね、そう呼ばれるにはまだ早すぎる。だが...、そうなる予定ならあります」

 心配そうに見つめてくるヒナタを安心させるように、少しぎこちないながらも微笑むネジ。


(今よりもっと...、少し先の未来の自分より、強くならなければいけない。その時が来るまでに……その時が来ても、ヒナタ様とナルトを守り抜き、そこから生まれい出る未来の存在と共に……もっとその先を、生きて行く為に)




《終》

 

 

【ネジおじさん、風邪を引く】

 
前書き
 寒い時期は、風邪やインフルエンザに気を付けたいものです_(:3」∠)_ 

 
「ゴホ、ゴホッ……」


(───参ったな、風邪気味になったかもしれない。昨日、ボルトとヒマワリと一緒になって、雪の中をはしゃぎ過ぎてしまったか……)


 その年初めて降り積もった真っ白な雪景色に大はしゃぎのボルトとヒマワリを相手に昨日ネジは、雪合戦や雪だるま、かまくら作りなどで二人と思い切り楽しく遊んだ。

ネジにとって雪は想い出深く、幼い頃冬の季節は雪が降り積もると父親のヒザシが雪合戦をしてくれたり、一緒に雪だるまや雪うさぎを作ったりしてくれたので、一面真っ白になる冬が大好きだった。


……しかし、父を失った季節でもある悲しい記憶が重なり、一時期は冬が来る度にとてもつらい思いをしていた。

それでもその悲しみを乗り越え、ボルトとヒマワリのおじさんとして、父親がそうしてくれたように子供達と雪遊びを満喫し、冬の季節を再び愛でていられる。


───とはいえ今朝起きたら身体がだるく、喉が痛み咳が出てしまう。

(久し振りに楽しく雪遊びをしたというのに、風邪気味になってしまうとは……、去年は大丈夫だったんだが。俺も歳かな...。いやとにかく、今日は大事な用があるわけでもないし、これ以上悪くしないように大人しく寝ているか……)


 それから午後になり────


「ネジおじさ~ん、お母さんとクッキー焼いてきたよ~! 一緒に食べよ~?」


 ヒマワリの元気な声が玄関から上がった。...が、ネジの身体は鉛のように重く、思うように布団から起き上がれない。


「……あれぇ、おじさんいないのかなぁ」

「ネジ兄さんはちゃんと鍵を閉めて出かけるから、鍵が掛かってないなら居るとは思うんだけど……、確認の為にお家の中に入ろっか」

 従妹のヒナタは娘のヒマワリを伴い茶の間に来てみたがネジの姿はなく、その代わり、咳き込むような音が隣の部屋のふすま向こうから聞こえてくる。

「あら...? ネジ兄さん?」


「あ……すまん、出迎えられなかった……」


 ヒナタとヒマワリがふすま向こうの部屋を開けると、布団から身体半分が出た状態でネジが長い髪を若干乱してうつ伏せになっており、おもむろにこちらに向けた顔色は良くなく、気だるそうな半眼をしている。

「お、おじさん、どうしたのっ?」

「ネジ兄さん、大丈夫?」


 心配した二人はすぐネジに近寄り、ヒナタはしゃがんだ姿勢で、布団からはみ出てうつ伏せの従兄の上体をゆっくりと起こしてから布団に寝直させた。

「今日体調が悪くて、ずっと寝ていたの?」

「いや、大した事はない……。ちょっとした風邪気味で、寝ていれば良くなるだろうと思って───ゴホ、ゴホッ」

「兄さんったら、ちょっとしたじゃなくてもう風邪引いてるじゃないの」

「えっ、おじさんカゼ引いちゃったの? じゃあヒマがお熱測ってあげるね!」


 ネジの額に、片手を横にしてあてがうヒマワリ。

「───あ、やっぱりお熱あるみたいだよ! おじさん、安静にしなきゃっ。ヒマが看病してあげるね!」

「いや、気持ちは嬉しいが……風邪を引いたとは認めたくないとはいえ、ヒマワリに移してしまったら大変だ。俺からはなるべく、離れていた方がいい……」

 ネジはそう言いつつ、口元を手で抑えて再び咳き込んだ。


「でも、おじさんのこと心配だよ」

「俺としては...、ヒマワリに移してしまう方が心配なんだ」


「...ヒマワリは日向のお屋敷に預かってもらって、私はその後すぐ医療忍者の人を呼んで来るから」

 ヒナタはすっくと立ち上がり、少しつらそうなネジを心配そうに見つめているヒマワリの手を引いて一旦家を出ようとする。


「休んでいれば、そのうち治る。医療忍者を呼ばなくとも───」

「ただの風邪って侮ったらいけないわ、ネジ兄さん。風邪は万病の元とも言うし、この寒い時期だもの……インフルエンザかもしれないわ」

「お、大げさな……。それなら俺と一緒に遊んだ二人の事も心配になるだろう。...ヒマワリは元気なようだが、ボルトの方は平気か?」

「ボルトは今朝、元気にアカデミーに行ったわ。子供は風の子ね。……兄さんは昨日、童心に返ってボルトとヒマワリとはしゃぎ過ぎた反動で風邪引いちゃったのよ、きっと」

「やはり俺も歳なのか…、子供の頃のようにはいかないな……」

「兄さんったら、自分を年寄り扱いしてどうするの。風邪を引くと気分も落ち込んじゃうものだし……、とにかく医療忍者の人を呼んで来るわね。───さぁヒマワリ、あなたは日向のお屋敷で待ってるのよ」

「うん…。ネジおじさん、早く元気になってね?」

「あぁ...、ヒマワリも風邪を引かないようにな」




 ────ヒナタが呼んで来てくれた医療忍者が言うには、ネジはインフルエンザの可能性が高いらしく、とにかく安静にしている事と十分な睡眠と水分補給、栄養価のある消化の良い食べ物を口にするようにとの事だった。

一旦素早く病院に戻った医療忍者は、適切なお薬を持って来て処方してくれ、朝昼晩と食後に飲むようにと言って、もし数日経っても改善しないようなら直接病院に来てもらい、場合によっては入院させますとも述べ終えると、医療忍者は再び病院へ戻って行った。

ヒナタはその後すぐ消化の良いお粥を作り、ネジに食べさせ薬を飲ませてやった。


「───ヒナタ、今日はもういい。ボルトも帰っている頃合いだろう」

「大丈夫よ、医療忍者の人を呼ぶ前に家に書置きしてきたから。今晩は日向家の方でお世話になる事にしたから、帰ったらすぐこっちに来てって」

「いや、しかし……、いつまともに帰れるか判らないナルトが帰って来た時、家が暗かったら寂しいだろうし……」

「ナルト君が帰って来た場合も、書置きしてあるわ。ネジ兄さんがインフルエンザの可能性あるから、看病の為になるべく家に近い日向家に家族で待機してるから、あなたも来てって」

「俺の事で、そこまでする必要は───・・・とにかくヒナタにまで移すと大変だし、付きっきりでいる必要はないから。インフルエンザともなると...、感染力は普通の風邪より高いしな」

「それは、そうだけれど……。じゃあ、ひとまず日向家の方に行くけど、明日の朝早めに様子見に来るからね」





 ────自分の咳き込みでふと目が覚めると、夜中だった。

しん、と静まり返った冬のひんやりした空気が、火照った顔には心地よく感じた。

……不意に、誰かがふすまをおもむろに開けて入って来る音がした。

薬で少し落ち着いているとはいえ、ネジはまだ熱で頭がぼんやりする中、従妹のヒナタが心配して夜中に来たのかと思い、目線をそちらに向けると────

そこには、人の輪郭を成した淡く蒼白い何かが居て、警戒したネジはすぐ上体を起こしたが急に動いたせいか激しく頭痛がし、思わず片手を頭にあてがう。


『───・・・大丈夫か、ネジ』


 その優しい声音は、聴き覚えがあった。

いや、忘れるはずもない。


「父...、様……?」


 人の輪郭を成している淡く蒼白い存在をよく眼を凝らして見ると、ネジにとって見間違えようのない、幼い頃目にしていた父の変わらぬ姿がそこにあった。

全く変わっていないというより、額当てはされておらず、呪印の無い額だった。

とても優しげに、穏やかな表情をしている。


『フフ……、何をそんなに驚いた顔をしているんだ』


 こちらの顔色をよく見ようと近寄って来て両膝をつき、父のヒザシはネジの額に優しく片手を横にあてがう。

『───・・・やはり熱はまだ下がってはいないようだな。ほら……、身体を起こしていたら冷えてしまうだろう。布団にちゃんと入りなさい、ネジ』

「は、はい……父、上」


 ネジは父に眼を向けたまま言われた通り布団の中に寝直し、ヒザシは息子の肩が冷えないようにとちゃんと掛布団を掛け直してくれる。

───熱に浮かされて、夢でも見ているのかとネジは思ったが、自分にとって都合の良い夢でも父に会えた事が……会いに来てくれた事がとても嬉しくて、布団の中から父のヒザシをじっと見つめ、涙が滲んできて瞳の横を一筋の滴が伝った。

そんな息子を見てヒザシは優しく目を細め、ネジの頭に片手を置いて撫でてくれる。


『どうしたネジ、私はいつだってお前の傍に居る。泣く事はないんだぞ』

 涙を指先でスッ...と拭ってくれる父。

『お前が幼い頃、何度かこうして風邪を引いて、私が看病したものだ。懐かしいものだな……』

「父...、様...ッ!」


 ネジは胸がいっぱいになり、重苦しい身体を再び起こし、幼い頃に戻ったかのようにヒザシの胴回りにぎゅっと抱きつく。

『はは……こらこら、もう小さい子ではないのだから。いや、しかしあれからずっと甘えさせてやれなかったからな……。私と歳も近くなったか。...立派になったな、ネジ。それでも私にとっては、いつまでも可愛い子供で、自慢の息子だよ』

 父の方もぎゅっと、抱き返してくれる。

「自由な心で...、里の仲間や家族の為に命を賭した父様は俺にとって、何よりの誇りだよ。今までも……そしてこれからも、大好きな父様だから」

 ネジは父の胸元に頭をすり寄せる。


『ネジ……、私よりもお前はまだまだ、これからを生きるんだぞ。自分の思う通りに……、どこまでも自由な心でな』

「うん...、約束するよ父様……。ずっと後に、そっちに行く事になったら……沢山の土産話を、してあげる...から……」

『あぁ、楽しみにしているよ。だから今は、ゆっくりお休み、ネジ・・・────』





 小鳥達のさえずりが、外から聞こえてくる。

障子向こうから、朝日が差している。

今朝はよく晴れたようで、屋根に積もっている雪が雨だれのように滴る音が聞こえていて、外は明るいのに雨が降っているようだった。


そんな中、ネジがおもむろに目覚めると、何故だろう……

あぐらをかいて座ったまま“こうべ”を垂れて寝ているナルトが間近に居た。


どうやらネジは、うつ伏せにナルトの胴回りにしがみついたまま眠っていたようで、身体には掛布団が掛けられていたが驚いたネジはそれを跳ね除け、パッとナルトから上体を離した。


「んおッ? ふあぁ……、よぉネジ、起きたかぁ?」

「なッ、何故...ナルト、お前……??」

 頭が混乱して顔を引きつらせるネジだが、ナルトは特に気にした風もなく寝ぼけ眼で答える。


「いやオレさぁ...、昨日仕事一段落ついて夜家帰ったら誰もいなくてよぉ...、したら書置きでネジがインフルエンザに掛かったっぽいから何かあっても近くに居られるようにって、ヒナタもボルトもヒマワリも日向家の方に居るっつーからオレもそっち行ったわけだけど……、お前の事心配でちょい様子見に来たんだってばよ。そしたらお前……、半眼開けてんのに熱に浮かされて夢見たまんまだったのか、やたらオレの事を“父様”呼ばわりして抱きついて来たっつーか甘えてきてよぉ……、すげぇ子供っぽくて意外な一面見ちまったってばよ」


「・・・・・・─────」

 その事を何とはなしに覚えているネジは、父様だと思い込んでいた相手はナルトだったと知り、急に恥ずかしくなってきてみるみる顔を紅くし、掛布団を頭まですっぽり被って布団の上に丸くなり固まってしまった。

「あ、おい、大丈夫かネジ? 熱また上がったんじゃ───」

「う、うるさい、放っておいてくれッ」

 布団の中でくぐもって聞こえるが、声は裏返っているようだった。


「いやほら、心配すんなってばよ! ヒナタにもボルトにも、ヒマワリにも言わねーから。男の約束だッ」

「そういう問題では……、いや、それは助かるが───」


「つーかよぉネジ、お前って結構ファザコン……?」

「言うなそれをッ...!!」


「───ナルト君、ちょっと様子を見に行ったんじゃなくて結局、夜通しネジ兄さんの傍に居てくれたのね」

 ヒナタも再びネジの元にやって来た。

「おう、聞いてくれよヒナタ。ネジってばオレの事、自分の親父さんと勘違いして───」

「お、おいナルト、ついさっき“それ”は言わないと約束したはずだろッ」


「あー、おじさん、おフトンのカメさんになってる~! つんつんっ」

「おじさーん、早く元気なってまたおれ達と雪遊びしようってばさ~! 今度はおじさんがカゼ引かない程度に遊んでやるからさっ」

 ヒマワリとボルトも来てくれたようで、布団の中に全身くるまって出て来ないネジの丸まった部分をつつき回す。


「あぁ、もう……心配してくれるのはいいが、今はそっとしておいてくれ……」

 ネジはおフトンの中で、弱々しい声を出した。



 ───数日後に回復したネジは、これで懲りるわけもなくボルトとヒマワリとまた今度雪遊びしようという事にしたが、ヒナタに「ネジ兄さん、ほどほどにね」と、クギをさされてしまうのだった。



《終》

 

 

【止まり木にまどろむ二羽の小鳥】

 
前書き
 二部のネジとヒナタの話。 

 
 長期任務から数日空けて、今日は従妹のヒナタとの、久し振りの修行の約束の日だった。

 ……しかしネジは、朝から頭痛が酷い。

長期任務明けの数日間、身体はそれなりに休めたはずで、前日まで大した事はなかったのに、今朝から重苦しい頭痛に見舞われる。

とはいえ、久し振りのヒナタとの修行の約束を断るのも申し訳なく、いそいそと身支度をしたが頭痛のせいかいつもより少し行動が遅れてしまい、ヒナタの待つ日向本宅の敷地内広場へと急いだ。


「───あ、ネジ兄さん」

「すみません、ヒナタ様……5分ほど、遅れてしまいました」

「いいんです、それくらい…。でも、珍しいですね、兄さんが遅れるなんて。必ずといっていいほど、約束の時間前には来るのに……。何か、あったんですか?」

「いえ、何もありませんよ。───では、早速修行を始めましょうか」

「ちょっと待って、ネジ兄さん。...寝癖、ついてるよ?」

「は、えッ、寝癖……?!」


 ヒナタに言われてネジは、左側の長い横髪の外側がぴょんと跳ねている事に今しがた気づく。

「す、すみません、すぐ整え直して来ます」

「兄さん、待って? 私のヘアオイル、貸してあげるからそれを使って下さい。今すぐ、部屋から持って来ますねっ」


 そう言ってヒナタは、素早く自分の部屋からヘアオイルの入った小瓶を手に戻って来た。


「はい、持って来ました...! 私が、整えてあげますね」

「いえ、自分でやりますから...」

「ううん、私にやらせて下さい。一旦、縁側に座りましょう」

 ヒナタはネジの左側に座り、小瓶からヘアオイルを適量片手に出し、両手になじませてからネジの片側の長い横髪の寝癖を優しく丁寧に整えてゆく。

(ヒナタ様の…、髪の香りと、同じ───)


 優しいフローラルな香りに包まれ、重苦しい頭痛の事など一時忘れてネジは夢心地に浸る。

「はい、ちゃんと整いましたよ。...ネジ兄さん?」

「え...? あぁ、ありがとうございます、ヒナタ様」


「そういえば私が戻って来る時、頭に片手を宛ててるように見えたけど…頭痛が、するんですか?」

「何でもないです、額当てを...整えていただけですから。───では気を取り直して、修行を始めましょうか、ヒナタ様」

「はい、ネジ兄さん...よろしくお願いします!」




 修行を開始して中程、ヒナタの繰り出した技がネジの懐にヒットしてしまい、ネジは勢いよく後方に横倒れた。

(あっ、当たっちゃった...!? おかしいな……いつもならネジ兄さん、技の受け流しは完璧なのに───)

「大丈夫ですか、ネジ兄さん...!」

「大丈夫、ですよ…。ヒナタ様、腕を上げましたね...」

 ネジは上体を起こし、後ろに結っている長い髪が前の方に横流しになってしまったのを、さり気なく後ろへ払いのけた。

「ネジ兄さん、いつもより反応が遅かった気がするけど、身体の調子……良くないんじゃありませんか?」

「俺は平気です。反応が遅れたのは、それだけヒナタ様の方が成長して・・・──ッ」


 立ち上がったネジが目眩を起こしたようにフラついた為、ヒナタは咄嗟に従兄を抱き支えた。

「ね、ネジ兄さん、やっぱり具合が悪いみたいじゃないですか...!」

「い、いや、大した事は……」

 そう言いつつも、抱き支えてくれたヒナタからすぐに離れられないネジ。ヒナタの片側の肩に頭を乗せる形になっているネジの声は、ヒナタの耳元で弱々しく感じた。

「兄さんったら、強がらないで...! ちょっと、失礼しますねっ」

「え...? あ、ちょッ、ヒナタ様……!?」

 ネジの後頭部に両手を差し入れたヒナタは、額当ての結ばれている布部分を解いて額当てを外し、露わになったネジの“日向の呪印”のある額に、何の躊躇もなく片手を横にして宛てがった。

「やっぱりちょっと熱っぽいかな……?」

(そ、それはあなたが、急にそんな事をするからで…ッ)

 熱くなった顔を悟られまいとネジは反論しようとしたが、声にならなかった。


「身体の調子が悪いなら、先に言って下さい。修行は中止にしたのに───」

「長期任務明けから久し振りの、ヒナタ様との修行だったので……、頭痛程度で断るのが、申し訳なくて」

 ネジは間近のヒナタを前に呪印を晒してしまっている事に気後れしつつ、うつむき加減に述べた。

「頭痛程度って…、目眩を起こすほどだと休まなきゃダメだよ。私だって、ネジ兄さんとの修行をとても楽しみにしてたけど、無理したら本当に身体壊しちゃうよ。...とにかく、今日の修行はここまでですっ。ネジ兄さん、今すぐ休んで下さい。自宅には戻らずに、日向本宅に宛てがわれてるネジ兄さんの部屋で安静にして下さいね?」

「いえ...、離れの方の自宅に戻ります」

「いいえ、こっちで休んでいって下さい」

 ヒナタが若干凄んできたように見えて、ネジは一瞬怯む。


「わ、判り...ました」

「じゃあ、部屋まで一緒に行きましょう」

 ヒナタはネジの腰に片手を添え、歩き支える姿勢をとる。


「あの...ヒナタ様、そんなに寄り添わなくとも───」

「頭痛で目眩がするんじゃ足元おぼつかないでしょう? 私がネジ兄さんを休める部屋まで誘導します。それとも横抱きして部屋まですぐ運びます?」

「いや、このままで結構です……」


 心配してくれていると同時にどこか嬉しそうなヒナタを横目に、ネジは日向敷地内で従妹にお姫様抱っこされる耐え難い恥ずかしみを覚え、しかしどこかでされてもみたい気にもなって余計頭痛が激しくなってきてしまう。




「───はい、ネジ兄さん。お布団の準備出来ました、今すぐ横になって下さい。...あ、後ろの髪解いておかないと」

 自分でやりますと言ったが、ヒナタが率先して布団を敷いてくれて、更には手際良く後ろ髪の紐を解かれるネジ。

「やっぱり、ネジ兄さんの髪はいつだってサラサラで綺麗だね……」

「そ、それは……あなたの方でしょうに」

「ふふ、お世辞でも嬉しい。──私、兄さんみたいな髪にしたかったから、伸ばすようになったんだよ」

 言いながらヒナタは、ネジの指通り滑らかな髪をうっとりと何度も撫ぜやった。

ネジにはそれがくすぐったくて、しかしやめて下さいともいえず、黙ってされるがままになる。


「……あ、ごめんなさい、こんな事してる場合じゃないよねっ。休んで下さい、ネジ兄さん」

「え、あ、はい……」

 ヒナタに促されネジは遠慮がちに布団に入って横になり、掛け布団を口元まで引き上げ、どこか恥ずかしげだった。

「風邪かな...、それとも疲れが抜けきってない事から来る頭痛……? ネジ兄さん、長期任務明けのこの数日間、ちゃんと休みました?」

「休み...ましたよ。瞑想に耽ったり、ちょっとした所用で出掛けたり……、軽く自主トレーニングしたりしてました」

「───普段通りに過ごしただけで、しっかり休んでるようには思えないけど」

 ヒナタは布団の横に正座してネジを見下ろしたまま、呆れたように溜め息をつく。


「任務の無い普段なら修行に励みますから、これでも休んだ方ですよ」

「ネジ兄さんはストイック過ぎるよ……。もう少し自分を甘やかしてあげたら? それこそ一日中、寝て過ごすとか」

「そういう訳にはいきません、甘えから油断が生じるんです。常日頃から自身に厳しくあらなければ───」

「上忍でただでさえ長期任務が多いのに、それじゃあ気が休まらないじゃない...! ちゃんと身体を休めるのも仕事の内だって、教わったはずだよ?」

「それは……そうですが、一日中寝て過ごすなど、大怪我して入院でもしない限り、性に合わないんですよ...」

 きまりが悪そうに、ヒナタから少し顔を逸らすネジ。

「疲れが蓄積して任務を続けたらいつかは身体壊しちゃうのに、それが原因で大怪我して入院でもしないとちゃんと休めないって事? ネジ兄さん、それ本末転倒だと思うよ……。死んじゃったりしたら、それこそ取り返しがつかないんですからね! とにかく今日は……ううん、数日間しっかり身体を休めてもらいます。おフトンから出るの、ほとんど許しませんからそのつもりでっ」

「え…ッ」

「お話は終わりです。さぁ……眠って下さい、ネジ兄さん。私が傍に付いてますから」

「ヒ、ヒナタ様に見られていると落ち着きませんから、付いていなくとも───」

「じゃあ、こうしましょうか」

「!」


 ヒナタはネジの額の中心を人差し指で軽く触れ、脳神経の極一部を眠らせる刺激をほんの少し与えると、ネジの目は眠たげにとろんとして、おもむろに瞼を閉じ深い眠りに落ちてゆく。

(普段のネジ兄さんには効かないだろうけど、具合が悪くて弱ってるせいか、私でも眠らせられたみたい……。お休みなさい、ネジ兄さん。ゆっくり寝てね)




 ───どれくらい時が経ったろう。ヒナタはネジの穏やかで美しい寝顔を独り占めしていた。

……しかしふと、前髪に紛れた額の呪印に目が止まる。

(いつも、包帯か額当てに隠れてる、日向の呪印)


 ヒナタはそっと、中指と人差し指でその額に触れる。

(これさえ、無ければ……私の方が分家だったなら、ネジ兄さんのお父上は───)


「とう…さま……」


「!?」

 その微かに開かれた口元から漏れ出た声は、いつもの従兄の声より上擦って聴こえた。


「とうさま、いかないで……。おいて、いかないで……」


(ネジ、兄さ───)


「ひとりは、いやだ……さみしい、よ。とう、さま・・・──」


 瞳をぎゅっと閉ざして苦悶の表情をうかべ、ネジの震える片手が虚空へと伸ばされ、ヒナタはその手を両の手で掴まずにはいられなかった。


(ごめんなさい……ごめんなさい、ネジ兄さん...! 私はあなたから、大切なお父上を───)

『父は……自らの自由な心で、里の仲間や家族の為に命を賭した。だから、あなたのせいじゃない。──もう謝らないで下さい』

 ヒナタは、ハッとして思い出す。

(これまであなたに数々の無礼を働いてしまったと、ネジ兄さんが謝罪して来た時私は……兄さんは何も悪くありません、ネジ兄さんを苦しめたのは全部私のせいだからと……私は何度も、何度も頭を下げた。その時に…、ネジ兄さんが言ってくれたのが、さっきの言葉だった。

“もう謝らないで下さい”と言った時、本当は私に笑いかけようとしてくれていた。

でもうまく表情に出来なかったみたいで、すぐ恥ずかしそうに顔を背けてしまったけれど)


 ヒナタに片手を両の手で包まれたネジは、先ほどの苦悶の表情は和らいで、静かに穏やかな寝息に戻っていた。

(───そしてネジ兄さん、あなたはあの事件が起こる前、弱音を吐いていた私にこう言ってくれたよね)

『大丈夫です、ヒナタ様。私があなたを強くします。そして、命をかけてあなたを守りますから』


(あの時向けてくれた優しい笑顔を、私は今でもはっきりと覚えてる。──ありがとうネジ兄さん、でも守られてばかりじゃいけないの。私が、兄さんを守れるくらい強くならなきゃ。安心して背中を預けてもらえるように……私はあなたと共に強くなるよ)

 ヒナタはそう心に誓い、ネジの額に自分の額をそっと合わせた。





 ……ネジがぼんやりと目を覚まし、ふと横に目を向けると、ヒナタが正座したままうとうととまどろんでいて、その膝の上ではネジの片手を両手で優しく包んでいた。

(───・・・!? ヒナタ様に、いつの間にか手を握られていたというのか……??)

 どぎまぎしたネジは、布団から身体を起こし両手に包まれたヒナタから片手を離そうとしたが、気持ち良さげにまどろんでいるヒナタを起こしてしまうのは気が引けたので、ヒナタが不意打ちでしてきたように額を人差し指で軽く触れ、深く眠らせればいいのではと思い立ち、気付かれないようにそっと人差し指で額に触れ、脳神経の極一部を眠らせる刺激を与えてみる。

──するとヒナタは力を失って深い眠りに入り、ネジの上にパタリと寝落ちしてきた。

(……俺の寝ていた布団で悪い気はするが、ヒナタ様を寝かせるか)

 ネジはそっとヒナタを低く抱き上げ、布団の上に寝かせて掛け布団を首元まで掛けてやった。

……ヒナタのすやすやと眠っている寝顔が、余りにも可愛いと感じ、このまま独り占めしようかとも思ったネジだが、魔が差してはいけないと、そっと部屋を出ようと立ち上がりかける。


「ねじ兄さぁん……、行っちゃヤダ…っ」


 寝ぼけているとはいえ、従兄がどこかへ行ってしまうと無意識の内に感じたヒナタは、ネジの服の裾を片手で掴んで離さない。

(仕方、ないな……。ヒナタ様も傍に居てくれたんだ、俺も……傍に居てあげよう)

 ネジは、フ...っと優しい微笑みを浮かべ、ヒナタの傍に座り直した。





 ───ヒナタは、夢を見ていた。

ヒナタ自身が、その額に“日向の呪印”を施されている。


(そう……、私が分家でいいの)

(宗主のヒザシ様と、宗家生まれのネジ兄さん)

(そうしたらきっと、大切なお父上の傍に居るネジ兄さんの笑顔を、遠目からでも見ていられたはずなのに)

(私は……分家生まれの役立たず。宗家に呪印の力を使われて、苦しめばいいの)


『───ヒナタ? どうしてそんなに、悲しそうな顔をしてるんだ』

 額に呪印の無いネジが、ヒナタに呼び掛ける。

(そう、私に敬語なんて必要ない。ネジ兄さんに、呼び捨てにされたいの)


『──・・・なぁヒナタ、君にそんなものは必要ないだろう?』

(え……?)


 ヒナタに近寄り、ネジが額にそっと片手の二本指で触れると、ヒナタは額の呪印がすぅ...っと消えてゆくのを感じた。

『ヒナタは、籠の鳥なんかじゃない。父様も、俺だってそうさ。──心までは決して、自由は奪えない。俺達は……どこまでも“自由な心”であればいいのさ』

(ネジ兄...さん……)

 ネジの優しい微笑みに、ヒナタは心が暖かくなり、一筋の涙を流す。


『さぁ……もう行こうヒナタ。自分から籠の鳥になってはいけないよ』

(うん……ありがとう、ネジ兄さん)

 ヒナタは差し伸べられた手をとって、ネジと共に蒼空へ向けて飛び立ってゆく。




 ……ヒナタがふと目覚めると、何故か布団の中にいて、ネジの方がヒナタの寝ている布団の横で正座してまどろんでいた。

(え...? あれ、私ったらネジ兄さんの代わりにおフトンで寝ちゃっててどうするの……!?)

 ヒナタは慌てて身体を起こし、ネジが頭を垂れている顔をそっと覗き見た。

(やっぱり……ネジ兄さんの寝顔、綺麗……)


 ヒナタが見とれていると、ネジが不意に瞳を開いて目覚める。

「ん...? あぁ、ヒナタ様。起きましたか?」

「ひゃっ、ご、ごめんなさいネジ兄さん...! おフトンから出るのほとんど許しませんとか言っといて、私がお布団で寝てしまって───」

「構いませんよ、大分頭痛も良くなりましたから」

 微笑むネジにドキリとしながらも、しかしヒナタは納得しない。

「う、ウソですっ。まだ一日も経ってませんよ! おフトンに戻って下さいっ」

「あなたも結局、俺の傍で寝てしまうのでしょう?」

 ネジは少しイジワルな笑みを見せる。

「それは...! ネジ兄さんの綺麗な寝顔、ずっと見てられるけど、私もつい眠くなってきちゃって……。ネジ兄さんも、寝てる私を見ていて眠くなったんでしょうっ?」

「違い、ますよ。瞑想していたんです」

 不機嫌そうにそっぽを向くネジ。


「とにかく布団に寝直して下さい! 言う事聴いてくれないと“おデコつん”して、また強制的に眠らせちゃいますよっ」

「そうはいきません、これ以上あなたに無防備な寝顔を見せる訳には……!」


「えいっ!」

「はッ!」


「「 あ、」」


 互いの額を同時に人差し指で小突いたヒナタとネジは、脳神経の極一部を刺激して眠りを誘発させ、一緒になって布団の上に寝落ちしてしまう。

「もう……こうなったら、一緒にとことん眠りましょう、ネジ兄さん・・・───」

「そう…ですね……。お休みなさい、ヒナタ、様…。お互い今度こそ、最初から最後まで、いい夢を───」

 二人は寄り添って、深い深い眠りに落ちてゆくのだった。



《終》

 

 

【面影の先に見えたもの】

 
前書き
 まだ恋人期間中からのナルヒナの、ナルト視点。 

 
 ───ヒナタに、ネジの面影を見るんだ。


長くてサラサラな髪に、宝石みてぇにキレイな目。

色白の肌に、どこか憂いのある表情。


 従兄妹にしちゃ、似過ぎな気もする。それはハナビにも言えたりする。そりゃまぁ、親が双子の兄弟だしな。

よく見りゃ確かに違うのは分かる。けど……ネジが居なくなってからオレは無意識の内に、ヒナタにネジの面影を見るようになった。


 こうして恋人になれた後も、ヒナタを見ていると無性にネジに会いたくなる時がある。

あの世って場所から、連れ戻したくなる。


 オレとヒナタが恋人になって……結婚とかまで行ったら、ネジは素直に喜んでくれんのかな。

あの仏頂面が───破顔してくれんのかな。

それともやっぱ、『お前にヒナタ様はやらんッ!』とか言って、柔拳食らわしてくんのかな……。


 お前が生きてくれてたら、オレはそれでもヒナタと恋人同士になってたのかな。

それとも、ネジがヒナタと───


 お前は自分の命と引き換えに、オレに譲ったのか。

ネジはオレとヒナタの為に未来を託してくれたのか、自分を犠牲にしてでも。


 なぁネジ……オレはそれでもヒナタに、お前の面影を見ちまうんだ。

お前からしたら、迷惑かな。いつまでも未練がましいオレは。

つか、ヒナタに対して悪いよな、やっぱ……


「───ナルト君、私は知ってたよ。時々、ナルト君の目が私じゃない人を見ているのを」


 二人きりの時、ヒナタは不意にそう言ってきた。


「ネジ兄さん……なんだよね」


 気づかれて、たんだな。そりゃそう…か。


「ごめんな、ヒナタ。お前にネジの面影追っても、しょうがねぇのに……」

「そんな事ない。私の中にネジ兄さんを見てくれて……うれしいの」


 ヒナタはふんわり笑って見せた。

ネジだって……ほんとはこんな風に笑えたんじゃねぇのかな。

あの仏頂面……、こんな風に笑わしてやりたかったな。

───あ、ヤベ、オレってばまた……


「ふふ、いいんだよナルト君。ネジ兄さんが……私とナルト君を繋げてくれた。だから今度は、私がナルト君とネジ兄さんを繋げたいの」

「オレと、ネジを……?」


 ヒナタが真っ直ぐ、優しい瞳でオレを見つめてくる。

その瞳の中にも、ネジを見た気がした。


「ナルト君と私が本当の意味で繋がると……つまり、結婚すると必然的にナルト君は、ネジ兄さんの義弟になるんだよ」


「へ……? オレがネジの、おとうと……?? ってこたぁ、ネジはオレの、アニキになるってのかッ?!」

 ヒナタの言葉に、思わずオレは声を大きくした。


「そう……、私達は確かな繋がりを持った“家族”になれるの。まだ、先の話になるかもしれないけど……私とナルト君が子供を授かれば、ネジ兄さんの血だって受け継いだ子が生まれるんだよ」


 オレとヒナタが結婚すれば、ネジはオレのアニキになって、ネジがオレの家族になって、ネジの血を受け継いだ子供が生まれる……!?

オレはちょっとした興奮を覚えながら、ヒナタの言葉を自分の中で反芻した。

そうか……ネジはヒナタとオレの為に死んじまったけど、だからこそオレとヒナタで受け継いでやれるんだ。ネジの生きた証を───




 そうしてオレとヒナタは結婚して、二人の子宝に恵まれた。

ネジの名に由来したボルトは、見た感じは確かにオレに似てっけど、性格はどっちかっつうと下忍の頃のぶっきらぼうなネジみてぇな気がする。


ネジが好きだった花の名に因んだヒマワリは、ヒナタによく似てすげぇ可愛い。

但し怒らすと、白眼になって強烈な柔拳放ってくるとこは、ネジみてぇに天才としか言いようがねぇってばよ……


 ボルトとヒマワリの中に、確かにネジの血も受け継がれてる。

オレはそう思うだけで、ネジをとても近くに感じられる。

目に見えなくても、きっといつだって、近くで見守ってくれてるよな。


……ネジはずっと若いままで、オレの方が年齢的にかなり上になっても、ネジの義弟である事に変わりねぇから。

オレはお前と“家族”として繋がれて、誇りに思うってばよ。本当にありがとう、ネジ───



《終》

 

 

【ネジおじさん家にお泊まり】

 
前書き
 ネジおじさん、ヒマワリ、ボルト中心のお話。 

 
「おじさ〜ん、ネジおじさんいる〜?」

 まだ少し寒さの残る午後の晴れの日、ヒマワリはおじさんの家の玄関前で大きく声を掛け、ネジがいそいそと奥から出て来る。

「ん…? ヒマワリ、どうしたんだ」


「お兄ちゃん最近新しいゲーム機でお友達とゲームばっかりして、わたしに構ってくれないんだもん……。つまんないからおじさんちに1人で来たのっ」

「お母さんに……ヒナタにはちゃんと言って来たのか?」

「おじさんの家まで一緒に行こうかって言われたけど、もう1人で行けるよって言ってきた。ほら、ちゃんと1人で来れたでしょっ?」

「あぁ、そうだな……偉いぞ」

「えへへ〜」

 ネジは目を細めてヒマワリの頭を片手で優しくぽんぽんして、家の中に招き入れた。


「ネジおじさん、最近ウチに来てくれないよね…?」

「いや、まぁ……今日はたまたま家に居たが、おじさんも色々忙しくてな。とりあえず今手は空いているから、ヒマワリの相手はしてあげられるよ」

「そっかぁ、よかったぁ…! あっ、そうだ! ──ネジおじさんのお父さま、お母さま、おじゃましてますっ」


 ヒマワリは居間の隅の仏壇の前で手を合わせた。ネジの家に来た時は、いつもそうしている。

ネジはまだ、自分の父についてボルトとヒマワリには詳細には語っていない。

母については、元々病弱で、父が亡くなってから後を追うように亡くなってしまった事は、おおよそ伝えてある。

ネジにとっては父との思い出の方が多く、母に関しては床に伏せていたのがほとんどで、なかなか話せる状態に無かった。

しかし、比較的体調の良い時は少ない時間でも母は甘えさせてくれた記憶がある。

──儚く、美しい母だったとネジは想う。


病弱と知りつつも父は母と愛し合い結ばれて子を授かり、母はネジを産んだ後病状が悪化したらしかった。

自分を命懸けで産んでくれた母……


 いくら父自身が決めた事とはいえ、あのような亡くなり方をされ、母はやはり胸を痛めたのだろう。

父が亡くなって程なく、母も亡くなった。


母まで早く失わなければ、自分はもう少し、憎しみを和らげていられただろうかと、ネジはふと思う事がある。

今となっては、二人の存在があってこそ今の自分がある事に感謝し、日々を大切に生きる事にしている。



「…ネジおじさん! ぼーっとして、どうしたのっ?」

「ん、あぁ……何でもないよ、ヒマワリ。それで、ヒマワリは何をしたいんだ?」

「んっとね、おじさんとお菓子作りたい! あとね、漢字のお勉強教えてほしいのっ」

「お安い御用だ。…では早速、取り掛かるとしよう」


 ネジはヒマワリに笑顔で応じ、まずは一緒にチョコクッキーを作り、出来たお菓子を美味しくつまんだ後、読み方や書き方の分かりにくい漢字を分かりやすく教えてあげた。

──その最中、ヒマワリは急にネジの顔横を流れる長い前髪をキュッとつかんで引っ張った。

「んぉッ…、ヒマワリ、何をするんだい」

 ネジは怒ったわけでもなく、少し面食らった様子だった。

「あ、ごめんねっ。ネジおじさんの長い前髪見てると、つい引っ張りたくなっちゃうの」

「そういえば、ボルトとヒマワリが幼い頃は、俺が抱っこしている最中によく引っ張られたな……。幼いと言っても案外力が強くて、痛い思いをしたもんだ」

「そっかぁ、ごめんねおじさん。……でもこうしてると、何だか安心するの」

 ヒマワリはネジの長い前髪の片側をつかんだままでいる。


「ねぇおじさん……、このままお家に泊まってっていいっ?」

「それはまぁ、構わないが……。ヒナタには連絡しておかないとな。──ところでヒマワリ、すまないがそろそろ前髪から手を離してくれないかな」

 言われてヒマワリは名残惜しそうにネジの前髪から手を離した。

ネジは受話器を取って、ヒマワリが今夜こっちに泊まる事をヒナタに連絡を入れて了解を得た後、和食メインの夕食に取り掛かり、ヒマワリもそれを手伝った。


「───お母さんの作るご飯いつもとってもおいしいけど、やっぱりネジおじさんの作るご飯もすっごくおいしいっ♪」

「はは、それは何よりだ」


「おじさん、今夜は一緒に寝ようねっ」

「え、いや、小さい頃ならともかく、もう1人で寝れるだろう? 部屋なら別にあるし……」

「やだ、久しぶりにおじさんと一緒に寝たいのっ」

「う〜ん、しかしなぁ……」


「ネジおじさーん、勝手におジャマするってばさ!」


 ネジがヒマワリの発言に困っている所へ、まるで助け舟のようにボルトが家にやって来る。

「あぁボルト、よく来たな。こんな時間に、どうした?」


「いや、何かおれが心配でさ。ヒマワリを1人でおじさんちに泊めんの」

「ボルト…、お前は俺を何だと思ってるんだ。大体母親のヒナタを家に1人に……あ、ナルトが帰って来たのか?」

「いんや、まだ火影室にこもりきりじゃねーの? 母ちゃんとこにはおれの影分身置いて来たから大丈夫だってばさ」

「そ、そうか……ならいいんだが」


「も〜お兄ちゃん、ジャマしに来ないでよっ。せっかくネジおじさんと二人きりで寝ようとしてたのに……」

「おじさんにヒマワリを独り占めさせるわけにはいかねぇってばさ!!」

「いや、ボルト、そんなつもりはないから……」

 ヒマワリは口を尖らせ、ボルトはおじさんに妹をとられた気になっており、ネジは二人に挟まれて困り果てた顔をしている。

「お兄ちゃんはわたしよりお友達とゲームしてる方が楽しいんでしょ〜っ?」

「そ、そんな事ないってばさっ。──とにかく! おれもネジおじさんち泊まるからな、問答無用だってばさ!」

「あぁ、まぁ……おじさんとしてはその方が助かるよ、ボルト」

 そうしてヒマワリとボルトは一緒になって、ネジおじさんちに今夜泊まる運びとなった。

結局一つの部屋に三人一緒に寝る事になり、三つの布団を横一列にしてネジが真ん中、左右にボルトとヒマワリが挟んだ形となった。


「──ネジおじさん、ちょい耳かして」

「ん、何だボルト……?」

「ていっ」

 カクン、とネジの頭が片側に傾く。

「ぬぉッ!? …おいボルト、お前まで幼い頃のように俺の前髪を引っ張らないでくれないか……。痛いんだぞ結構」

「あ、ごめん。久々に引っ張りたくなった。……なんかこうしておじさんの髪つかんでると、安心するってばさ」

「あ〜、それわたしも分かる〜! …そうだネジおじさん、三つ編みにしてあげるね! ハナビお姉ちゃんの髪で、練習したんだよっ」

「なぁヒマワリ、それよりツインテールにしてみねぇ? きっとおじさんに似合うってばさ…!」

 ボルトは面白がって忍び笑いをしている。

「あのなぁ二人共、俺の髪を遊び道具にしないでくれ……」


 寝る前に一通り髪を弄ばれた後、三人並んで布団の中に入った。

──ネジはこの時、自然と口から出た言葉を二人に述べ、優しい笑顔を向ける。


「ボルト、ヒマワリ……、ナルトとヒナタの元に生まれて来てくれて、ありがとうな」


「おじさん、何だってばさ急に……」

「えへへっ、ネジおじさん、お兄ちゃんとわたしの“おじさん”になってくれて、ありがとね! …ほら、お兄ちゃんもっ」

「あ……ありがとだってばさっ」

 ボルトは恥ずかしくなったらしく、掛け布団を頭の上まで引き上げた。

「フフ……、さぁもう寝ようか。おやすみヒマワリ、ボルト」


 ───ネジおじさんはこの後、熟睡した両脇の二人から無意識の内に、顔横を流れる長い前髪を引っ張られて掴まれたまま、痛い思いをしながらも幸せな眠りにつくのだった。



《終》

 

 

【共にある幸せを願って】

 
前書き
 ハナビ視点の、ネジが生存しているナルヒナ結婚間近のお話。 

 
『ヒナタ姉様〜、ナルト義兄さ〜ん、結婚おめでとー! あのナルトが、私の義兄さんになるなんて……まぁ予想はしてたけどねぇ? ヒナタ姉様、長年の想いが実って良かったね! 二人共、お幸せに〜! ──ほら、次はネジ兄様だよっ』

『あ、あぁ、判ってる……』

 私に急かされて、兄様は若干緊張した面持ちで、日向家敷地内にて木ノ葉丸の持つ小型のビデオカメラの前に立つ。


『ナルト、ヒナタ様……じゃない、…ヒナタ、結婚おめでとう。その、なんだ……二人共、幸せに、な?』

「ネジ兄ちゃん、表情カタいぞコレ〜! ここはやっぱ笑ってくれなきゃさあ」

 木ノ葉丸にダメ出しをくらって、困った顔になるネジ兄様。……仏頂面ではないんだけど、無表情も良くないわよねぇ。

「特にネジ兄ちゃんは、ナルト兄ちゃんの“義兄ちゃん”になるんだから、ここはバッチリ笑顔キメてくんないと困るぞコレ!」

 “ナルトの義兄ちゃん”と言われ、ネジ兄様はちょっと気恥ずかしげにビデオカメラから顔を逸らした。……きっと照れてるのねぇ、可愛いとこあるじゃない。


「笑顔キメろと、言われてもな…。笑うのは得意じゃない……」

「ほら兄様、がんばって? 自然に笑えばいいのよ、自然にっ」

「んじゃ撮り直すぞコレ〜?」

(自然な笑顔、自然な───)


 私の助言を受けて、ネジ兄様は自然な笑顔を念頭にビデオレターの撮り直しに挑んだ。

『な、ナルト! ヒナタ! おめでとう、結婚! はははッ』

「……だーもう、違う違う! 作り笑い過ぎて顔引きつってるし、笑顔ヘタかコレ!? ネジ兄ちゃん後回しだなぁ、自然な笑顔練習してきてもらうぞコレ!」

 木ノ葉丸は少し呆れた様子で、ビデオカメラを手にしたまま次に撮るべき人の所へ忙しそうに向かって行った。……確かに今のは不自然だわ。片手振りながら“ははは”って何よ、兄様らしくないわねぇ。


「ま、参ったな。これでも頑張ってるんだが……」

「ドンマ〜イ、ネジ兄様。…それにしても兄様って、笑い方ヘタだよねぇ。ドヤ顔なら得意なのにっ?」

 私の指摘に、ちょっとばかりムッとするネジ兄様。

「そんなつもりは無いんだがな…。笑えと言われて、笑おうとするとどうも──」

「まぁ慣れないカメラ真正面から向けられて、緊張もしちゃうんでしょうね。いっそドヤ顔で祝っちゃえば? こんな感じでっ」

 私はネジ兄様の真似をするつもりで、片方の口角をクッとあげて目を細め、腕を組んで上から目線的なドヤ顔をして見せながら低い声を意識して言う。

『ふん、めでたいものだな二人共。幸せになるといい』


「結婚祝いのビデオレターで、俺がドヤ顔してどうするんだハナビ……」

 呆れた表情を私に向けるネジ兄様。これはこれで、兄様らしい気がするんだけど皮肉っぽいかしらね。


「でもあれよ? ヒナタ姉様とナルトの結婚が決まった時、自然と笑顔になってたけど。優しい顔してたよ、ネジ兄様」

「そう、だったか? 自分ではよく判らないが……。まぁ、嬉しかったのは事実だしな」

「じゃあその時の嬉しさを想い出しながら、お祝いメッセージ送ればいいのよ!」

「あぁ……なるほど。次に木ノ葉丸が来た時、実践してみるとしよう」

 兄様は少しやる気を出したみたいだった。


───前にネジ兄様は、私がヒナタ姉様の恋って実ると思う?なんて、冗談交じりに聞いたら、否定する所かこんな事を言っていた。

俺は以前、ヒナタ様に酷い事をしてしまったし、ナルトは人柱力として俺よりとても辛い思いをしてきた。いつかその時が訪れるなら、二人には幸せになってほしい……って。

私としてはこう思ったの。兄様、罪悪感持ち過ぎだしナルトに同情し過ぎだって。あとネジ兄様は、ナルトに闇から救ってもらった事に対して感謝してるのは判るけど、色々譲っちゃってるのもどうかと思うのよ。

ネジ兄様だって苦しい思いをしてきたんだし、辛い思いというのは、人と比べるような事じゃないはずよ。

兄様自身の幸せは蔑ろにしていいわけっ?




 ───ナルトとヒナタ姉様の結婚式が迫る中、ネジ兄様は再び木ノ葉丸からビデオカメラを向けられつつ、メッセージの撮り直しを始めた。

「じゃあ行くぞコレ〜。今度こそ頼むな、ネジ兄ちゃん!」

 ネジ兄様は少しの間瞳を閉ざし、二人が幸せそうにしている姿を想い浮かべているみたいだった。今の兄様、とてもいい顔してる。


『……ナルト、ヒナタ、結婚おめでとう。思えば本当に色々あったが、二人が結ばれて俺はとても嬉しく想っている。二人のこれからの幸せを、俺は心から願っているよ』


 口から自然と放たれた言葉は、優しい笑顔を伴っていた。

──でも次の瞬間にはその笑顔が失せ、木ノ葉丸の持つビデオカメラに近寄って顔をドアップにし、凄みを利かした。何してるの、ネジ兄様っ。

「ね、ネジ兄ちゃん、近ッ…」

『ところでいいかナルト……、ヒナタを悲しませようものなら、地獄の果てまで追い詰めてやるからな……。肝に銘じておけよ』

 あぁ……そういう事ね。いつもより低い声で述べた後、つとカメラから身を引いて、凄んでいた表情から優しい微笑に戻ってネジ兄様は言葉を和らげ、続きを述べる。


『──ヒナタ、何かあればいつでも俺を頼るといい。必ず力になるから。ヒナタがナルトの妻になろうとも……、俺がヒナタの“兄さん”である事に変わりないからな。

そういえば、ナルトは俺の義弟になるんだな……。ナルト、俺はお前が家族になってくれる事を誇りに思うよ。鈍感なお前がようやくヒナタの気持ちに気づいて……ヒナタを幸せにしてくれて、本当にありがとう。

俺は…、ナルトとヒナタの“兄”として、これからも二人を見守ってゆくから』


「──・・・と、長くなってしまったな。こんな感じでいいんだろうか??」

「お、オッケーだぞコレ! 他のみんなの分もあるから、ちょいちょいカットしちまうかもだけど、ちゃんと編集しとくぞコレー!」

 木ノ葉丸は若干どぎまぎした様子で、兄様と私の前から去って行った。


「やれば出来るじゃない、ネジ兄様っ」

「ん、まぁ二人の幸せを想えば……それだけで俺も幸せだと気づいたからな」

 ビデオレターの撮り直しを見守っていた私に、微笑みを向けてくるネジ兄様。

何よもう……、自分の幸せを二人に見いだしちゃって。

何なら兄様も姉様と一緒になって、ナルトの嫁になっちゃえばっ?

ネジ兄様にも似合いそうよ、白無垢姿。

って……、何考えてんのかしら私。


「私達日向一族が加わる事で、ナルトに一気に家族が増えるのねぇ。私にももう一人“兄”が出来るわけで……ナルトからしたら私、義妹なのよね! ヒナタ姉様とナルト義兄さんに子供生まれたら……私おばさんになっちゃうのよ?! う、嬉しい事だけど、ちょっと複雑だわ……。“お姉さん”って、呼ばせてあげなきゃねっ」

「ハナビおばさん、か……フフッ」

「な、何笑ってるのよっ、“ハナビお姉さん”とお呼び! ネジ兄様だって“おじさん”になるんだからね! ──そういえばヒナタ姉様とナルトへの贈り物、兄様と私と父上の合作で【日向は木ノ葉にて最強】掛け軸にしたのよね」

「そうだな……【日向は】の出だしはヒアシ伯父上で、【木ノ葉にて】はハナビ、【最強】と書いたのは俺だからな」

「自分達で言うのも何だけど、父上は元より達筆だよねぇ私達! 特にネジ兄様の【最強】文字がサイキョーだわねっ」

 ……語彙力ない事言ってどうするのよ、私。


「何というか…、うずまき家にそれを飾らせるのもどうかと思うが、ナルトは俺達日向と家族になるわけだから、その証という事で問題ないだろう」

「そうね、今までも……そしてこれからも、【日向は木ノ葉にて最強】だものね!! ──って、ほんとはこれ父上が言い出した事だし、私としてはちょっと恥ずかしいんだけど……。次元の違う強さで言ったらもう、ナルトとサスケだわよね」

「何を恥じる必要があるんだハナビ、誇りを持て。ナルトが家族として加わる事で、真に【日向は木ノ葉にて最強】になるのだと……!」

「えっ? えぇ……そうよね、兄様。【日向は木ノ葉にて最強】伝説は、寧ろこれからよねっ!?」

「あぁ、もちろんだとも」

 兄様はしたり顔で頷いた。…あぁもう、この話はここまでにしなきゃ。兄様にはこの際、ちゃんと言っておかないといけない事が別にあるから───


「ネジ兄様は、ナルトとヒナタ姉様の幸せを想えば自分も幸せだって言ってたけど、本当にそれだけでいいの?」

「……どういう意味だ?」

「他に、自分が幸せにしたい相手とか……一緒に幸せになりたい相手とか……居ないわけ?」

「特に居ないな。他の仲間達が他里を含めいつの間にやら恋人関係になっているのを見るのは微笑ましいと思うが、自分に対しては……そういった事は全く想像出来ない」

「だから兄様にしょっちゅう来る見合い話とか、直接告白されても全部断ってるわけなの?」

「あぁ、まぁ……俺にはどうも、人を幸せに出来る自信がなくてな」

 兄様は俯き加減で、小さく呟くようにそう言った。

その様子が私には儚く見えて、消えてしまいそうで、今すぐ抱き留めてあげたい衝動に駆られた。

……けどその代わり、自然と出た言葉を口にする。


「じゃあ、私がネジ兄様を幸せにしてあげる」

「は…? 何の冗談だ、ハナビ」


 私はこれでも真面目に言ったつもりなのに、兄様ってばきょとん顔して冗談ってのはないでしょうにっ。

「ナルトも鈍感だったけど、兄様も鈍いわよね! 私はネジ兄様が好きよ、幸せにする自信ならあるんだから!」

「いや、もう間に合っている。ナルトとヒナタが結ばれただけでも幸せな気分なのに、それ以上望むつもりは───」

「人の幸せは自分の幸せのように想えるのに、人から直に幸せにしてもらうのは、怖い?」

「それは……、よく、判らない」


 ネジ兄様は困った様子で私から顔を逸らす。

やっぱり……怖がってる。

自分は人から幸せにしてもらうような人間じゃないって、どこかで恐れてるんだ。

それはきっと、個人として自分から人を幸せにする事も恐れてる。

“人を傷つけた痛み”を知っているから、自分自身が幸せになる事に負い目を感じているんだ。


「兄様……、今すぐじゃなくていい。少しずつでもいいの。人の幸せだけじゃなく、自分の幸せの事も考えてあげて。私が、手伝ってあげるから。ネジ兄様が誰かと幸せになれるなら、その相手は……別に私じゃなくてもいいから」

「────」


 私は黙ってしまった兄様の片手をとり、ぎゅっと握った。…出来る事なら、この手の優しい温もりを離したくない。

「ほら、まずは二人の結婚式の準備を手伝わなきゃ! いつか……一緒でも別々でも、幸せになろうね、私達っ!」

「あ、あぁ……そう、だな」

 笑顔を向けた私に、ネジ兄様は微笑み返してくれた。


……木ノ葉の里の桜の木々も、ほころび始めている。

暖かな陽射しが、開花を後押ししてるみたい。

満開になるのも、そう遠くない。

結婚式は、もうすぐだ。



《終》

 

 

【写真の中の久遠】

 
前書き
 二部です。こんな日向従兄妹三人だったらいいな、と思いました。

後半、ボルトとヒマワリ出てきます。 

 
 桜の季節が過ぎた、ある晴天の日の日向家敷地内にて。

「──ねぇヒナタ姉さま、ネジ兄さま、わたし達ってほとんど一緒に写真撮ったことないよね?」


「そういえば……そうだね」

「それはそうでしょう、ヒナタ様とハナビ様は日向宗家であって俺は分家なのですから、共に写真に収まるなど──」

「はいはい、宗家と分家の話はそこまで。……従兄妹同士として写真撮ろうよ、カメラ借りてきたしっ」

「そうしましょう、ネジ兄さん」

「いや、しかし……」

「じゃあまずは、わたしがネジ兄さまとヒナタ姉さまのツーショット撮ってあげるね! …ほら兄さま、もっと姉さまに近寄って!」

「──・・・」

 しかしネジは、ヒナタから微妙に距離をとる。

「ね、ネジ兄さん……、もう少し近寄ってくれてもいいんだよ…?」

「遠慮しておきます」

「なにテレてるのネジ兄さま、ヒナタ姉さまの肩に手を回すくらいしてみたらっ?」

「しませんよ」

「…………」

 ハナビから促されようと乗らないネジに、むしろヒナタからそっとネジに肩が触れ合うほど寄り添う。

「!」

「そうそう姉さま、いい感じ〜! そのまま兄さまの肩に頭寄せちゃえばっ?」

「ふふ、そうしようかな」

「!?」

 ヒナタは妹に言われた通りにし、そうされたネジは固まったがハナビはお構い無しにそのまま何枚か連写する。

「…ネジ兄さま表情カタいよ、ほら笑って笑って!」


「────」

 半ばヤケになって得意げな表情をして見せるネジ。

「兄さまそれドヤ顔すぎぃ! 普通に笑って見せてよ、フツーにっ!」

 ハナビの指摘にネジは仏頂面になってカメラから視線を逸らす。


「ネジ兄さん」

 ヒナタは一旦従兄の肩に寄せていた頭部を離し、ネジに呼びかけ自分の方に顔を向けさせると、にこやかな笑顔をして見せた。

── 一瞬きょとんとしたネジだが、ヒナタの笑顔につられるように、優しく微笑み返す。

互いに向き合って微笑み合う二人を、すかさずシャッターチャンスとばかりにパシャパシャ連写するハナビ。


「ふっふ〜ん、いいの撮れたよ! じゃあ次はわたしとネジ兄さまねっ。ヒナタ姉さま、撮るの代わって〜!」

「うん、いいよ」

「……ハナビ様、そんなに引っ付いてこなくとも良いでしょうに」

 ハナビはネジの片腕に両腕を絡めてぎゅっと抱き付いている。

「だってこうしとかないと兄さま離れようとするでしょ〜? ……あ、そうだ。ねぇ兄さま、わたしをお姫様抱っこしてよ!」

「嫌です」


 ネジの即答に、ハナビは駄々をこねるフリをする。

「ヒナタ姉さまぁ、ネジ兄さまがイジワルするぅ〜っ」

「ネジ兄さん、ちょっとの間だけだから、ハナビをお姫様抱っこしてあげて? …ねっ」

 ヒナタが向けてくる屈託のない笑みに負けたネジは、仕方なしにハナビを横に抱き上げる。

「いぇ〜い、姉さまこのまま撮ってー……」

「…………」

 ピースサインして満面の笑みをカメラに向けるハナビだが、ネジは無表情を顔に貼り付けているので姉が撮りづらそうにしているのに気づいたハナビは、従兄の片頬をつねる。

「ちょっとぉ、兄さまも笑ってよおっ。さっきは姉さまと一緒に笑ってたじゃない!」

「──そうでしたか?」

 素知らぬ顔で目線を逸らすネジ。

「ネジ兄さん、私……兄さんがたまに見せてくれる笑顔、大好きだよ」

「・・・───」

 ヒナタに微笑まれながらそう言われたネジは、僅かに恥じ入った表情になりつつも、姫抱っこされて弾けた笑顔のハナビと共に微笑みを浮かべてカメラに収まった。

「二人共、とってもいい表情が撮れたよ」

「……ハナビ様、降ろしますね」

「兄さま、無表情に戻るの早すぎぃっ。──それじゃ今度はカメラの三脚使って三人で撮るよ〜! わたしとヒナタ姉さまで、ネジ兄さまを挟んじゃおっ♪」



「えっと、カメラにセルフタイマーをセットして……」

「姉さま、早く早くぅ!」

「うん、OK…! わっ?!」

 ネジとハナビの元に戻る際、躓いてしまったヒナタをネジが咄嗟に抱き支える。


「──大丈夫ですか、ヒナタ様」

「ご、ごめんなさい、ちょっと躓いちゃって・・・──」

 ヒナタはこの時、眉目秀麗な間近のネジに思わず見惚れてしまって固まり、その間にセルフタイマーのシャッターが切れる。

「……どうしました?」

「なっ、何でも、ないです…! と、撮り直し、だねっ」

「では、俺がセットし直しますね」

「ネジ兄さまぁ、こっちに戻って来る時わざと躓いてヒナタ姉さまに向かって胸に手が触れて、ラッキースケベとかしちゃダメだからね〜!」

「妙な妄想はやめて下さい、ハナビ様……」

 ヒナタとハナビに間近に挟まれながらネジは、従兄妹三人でカメラに収まった。


「…兄さま、ちゃんと笑った?」

「多分笑いましたよ」

「多分ってなに! もう何枚か三人で撮ろうよ。…そうだネジ兄さま、ダブルピースして見せてっ?」

「ダブルピース……、これですか」

「ネジ兄さん、それ……点穴突く時の二本指の構えだよ」

 そっと突っ込みを入れるヒナタ。


「姉さまも、兄さまにお姫様抱っこしてもらえばっ?」

「えっ、え……?!」

「それとも逆に、ヒナタ姉さまがネジ兄さまを姫抱っこ──」

「却下します」


 ……日向は木ノ葉にて最強ポーズを決めたりして、従兄妹三人の写真撮影はとりあえず終了し、ハナビが先に駆け出して行った。

「現像楽しみ〜! ネジ兄さまがちゃんと笑ってるか確認しなきゃっ」


「───ネジ兄さん」

「はい?」


 パシャッと、振り向きざまのネジに不意打ちでシャッターを切るヒナタ。……その際のネジは、自然に微笑んでいた。

「今……撮りましたよね」

 不覚だと言わんばかりに恥じ入った表情をするネジ。

「ふふ……、今度また一緒に、写真撮りましょうねっ」

「──そうですね」

 ヒナタとネジは、互いに優しく微笑み合った。



───────・・・・・・・・・



「これが、その時のおじさんの写真か? 従兄妹っていうより、三姉妹みてぇだってばさ……」

「ネジおじさん、かっこいいなぁ、キレイだなぁ…!」

「でしょ〜ヒマワリ、私と姉様の自慢の兄様よっ」


 久し振りに夫婦二人でのんびりしてきたら?と、ハナビの計らいでナルトとヒナタは出掛けており、まだアカデミーに入学していないボルトとヒマワリの面倒を見に来ていたハナビは、うずまき家にある昔のアルバムを引っ張り出してボルトとヒマワリに見せていた。

「母ちゃんこの時、おじさんと一緒で髪長かったんだな…。てかハナビおばさん、一番子供っぽいなっ!」

「おばさんじゃなくて、お姉さんと呼びなさいって言ってるでしょボルト! …まぁこの写真撮った当時、私11そこらで、ヒナタ姉様とは五つ、ネジ兄様とは六つ離れてたからねぇ。いつの間にか兄様より年上になっちゃったわ。……兄様はずっと、写真の中で若いままなのよね」

「ハナビお姉ちゃん……」

 微笑んでいる従兄の写っている写真に、寂しげな視線を向けているハナビを、ヒマワリが心配そうに見つめる。

「──あ、ごめん、湿っぽくなっちゃダメねっ。…そうだ、ねぇヒマワリ、ボルト。私がネジ兄様に変化して、三人で一緒にデジカメで写真撮ってみない?」

「ハナビお姉ちゃん、ネジおじさんになれるの!?」

「そういや、母ちゃんと父ちゃんはネジおじさんに変化して見せてくれたことまだないってばさ」

「そう……。あの二人にとっては、やりづらいのかもしれないわね。だから私が代わりに、ネジ兄様になってみせてあげるっ。──それ!」

 ハナビは従兄を鮮明に想い出しながら、上忍当時のネジの白装束姿に変化する。

『ボルト、ヒマワリ、俺がお前達のおじさんである日向ネジだ』

「うおっ、見た目より思った以上に声低いってばさ…! ほんとにオトコだったんだ……」

「わあ、ネジおじさんだぁ! …でも、おじさんっていうよりお兄さんだねっ!」

 ボルトはまじまじとネジを見つめ、ヒマワリは頬を紅潮させてすぐさまネジに抱きついた。

(兄様……ちょっと不謹慎かもしれないけど、許してね。変化という形でも、ボルトとヒマワリに逢わせてあげたかったから──。きっとネジ兄様も、うちの父上みたいにこの二人をとても可愛がったでしょうに。特にヒマワリには、デレデレだったんじゃないかしら。そんな兄様も、写真に収めてみたかったな……。ヒナタ姉様も言っていたように私も、ネジ兄様が時折見せてくれた笑顔、大好きだったよ)


 ハナビはそんな事を想いつつ、ネジの姿に変化したままデジカメでボルトとヒマワリと一緒になって何枚も写真を撮った。

後になってナルトとヒナタにそれを見せると、とても羨ましがった二人はハナビにお願いしてネジに変化してもらい、ナルトとヒナタともデジカメで写真を何枚も撮影して、ネジとのかけがえのない想い出に耽るのだった。



《終》

 

 

【繋がる心の軌跡】

 
前書き
 ネジ中心の、日向家短編の詰め合わせのお話。

終わり頃、新生うずまき一家成り立ての追加文。 

 
※ネジ9~10、ヒナタ8~9、ハナビ3~4歳くらいの頃。

 日向家の道場にて。


「───父上、やめてくださいっ、ネジ兄さんは何も悪くない…!!」

 ヒナタは、父である日向宗主のヒアシの着物の腕の裾を握り締め涙を浮かべながら懇願した。

……宗主とヒナタの付き人のコウが見守る中、従兄のネジとの組手中にヒナタはネジから強い憎しみを向けられ、傷つけんばかりに攻め込まれた時、宗主ヒアシがネジの額の日向の呪印の力を行使し、突如頭が割れそうなほどのあまりの激痛に襲われたネジは絶叫を上げて仰け反り、呪印の刻まれた頭を抱えて悶え苦しむその様子にヒナタは背筋が凍る思いがした。

「このままじゃ、ネジ兄さんが死んでしまうっ、やめてください…!!」

 娘からの懇願に日向の呪印の行使をヒアシは止め、ネジはまるで糸の切れた人形のようにバタりと仰向けに意識を失って倒れ込む。

(また、わたしのせいで……今度は、ネジ兄さんが──)

 ヒナタは以前にも、自分のせいでネジの父ヒザシが日向の呪印で苦しむのを目にしたため、強く自責の念にかられた。


「コウよ、後の事は任せる」

「は、はい、ヒアシ様……」

 宗主はヒナタの付き人に命じて、その場を後にした。

「ヒナタ様、後は自分に任せてお部屋へお戻り下さい」

「いやです……わたし、ネジ兄さんのそばにいたい」

「しかし、目を覚ました時にあなたが傍に居ては、何を仕出かすか──」

「いいの……悪いのは全部、わたしだから……」

「とにかく、休ませる部屋へ移りましょう」

 コウはネジをそっと背負って、ヒナタと共に休める部屋へ移動し、布団を敷いて意識の無いネジを寝かせた。


「コウさん…、ネジ兄さんのことは、わたしに任せて下さい……」

「いえ、ですが」

「お願いします。……何があっても、わたしの責任だから」

「──判りました、部屋の近くに控えておりますので、何かあればすぐお呼び下さい」



 ……ヒナタ一人が見守る中、暫くしてネジが微かに身じろいだ。

「ん……ッ」

「──あ」

「………? ───ッ!」

 顔をのぞき込んできたヒナタと眼が合った瞬間、ネジは驚きの表情を浮かべて弾かれたように上体を起こす。

「うッ……!」

 その直後、ネジは片手で痛む頭を押さえる。

「ね、ネジ兄さん、急に起き上がったらダメです…。まだ、横になってないと……」

「何故、お前が──・・・あなたが、俺の傍に居るんです」

 キッ、とネジに鋭い視線を向けられ、怯えたヒナタはつい目線を下向かせる。

「わたしの……わたしの、せいだから……」

「出て行ってくれますか。あなたが傍に居ては、俺は何を仕出かすか分からない」

「構いません…。悪いのは全部、わたしだから……」

「──あなたの付き人が近くに控えているならば、俺があなたに何をしようとした所で、すぐに飛んで来るのでしょうね」

 ネジは眼を閉じて自嘲するように口元に笑みを浮かべる。

「あなたが出て行かないのなら、俺が出て行きます」

 布団から立ち上がったネジは部屋を出て行こうと歩き出したが、目眩を起こして前のめりに倒れかかった所を咄嗟にヒナタに抱き支えられる。

「ネジ兄さん、大丈夫──」

「……ッ、触るな!」

「っ!」

 嫌悪感を覚え、すぐヒナタの両腕を払い除けたネジは、憎しみの一瞥を向けて足早に部屋を後にする。


「……ネジ、お前ヒナタ様のお気持ちを──」

 部屋を出てすぐ、ヒナタの付き人のコウと出くわすが、ネジはそれを無視して顔をしかめたまま通り過ぎる。

(あんな小娘など、知った事では───)


「……あ」

 注意力が散漫になっていた為か、気配を察する前に廊下の突き当たりで小さな女の子と鉢合わせる。

「ハナビ……様…?」

「ね、ネジ、兄……だいじょうぶ、なの?」

「──何が、ですか」

「だって、その……すごく、痛そうだったから」

 ヒナタの実の妹のハナビは、6歳上の従兄を心配そうな表情で見上げている。

「盗み見ていたのですか。姉妹揃って、余計な──」

「なんで、父上に呪印、使われたの? 日向の、呪印は……分家の人をしたがわせるためって、聞いてるけど…」

「あなたにはまだ、憎しみという感情は分からないでしょうね」

「にくしみ……?」

 ネジは冷たい表情で、もう一人の従妹のハナビを見下ろす。

「俺は…、あなたの姉君に憎しみを向けたんですよ。簡単に言えば、組手以上に傷つけようとした」

「なん、で?」

「先程から言っているでしょう。憎いからですよ、あなたの姉君が。…今のハナビ様に分かりやすく言えば、嫌いなんです」

「どうして…? なんで姉さまのこと、キライなのっ?」

「聴かされていないのなら、話す気はありません。それとハナビ様……、分家の俺などに気安く声を掛けるべきではない。姉君があの調子では……あなたが次期日向宗主に相応しくなるでしょう。──ハナビ様に、日向の才がおありなら」

「ヒナタ姉さまは、つよいもん…っ!」

「フ……そう見えているなら、あなたの眼は曇っている」

「なんなの、ネジ兄っ。ヒナタ姉さまキラってるあんたなんか、あたしもキライっ!」

「ヒナタ様の妹君に好かれようなどとは思いませんよ。…先に失礼させて頂きます」

 ハナビに恨みがましい眼で見られようと、ネジは微塵も気にせずその場を後にした。


※一部、中忍試験予選試合の数日後、供を連れていないハナビに一人呼び出されるネジ。


「───ヒナタ姉さまが分家のあんたなんかに殺されそうになったのに、中忍試験にはあくまで口出すつもりはないって日向の呪印の力を使わないなんて、父上はどうかしてる……。あたしがその術を知っていたら、今この場であんたを死ぬほど苦しめてやるのにっ」

「まだ、伝授されていないのですか? 今すぐにでも教わり、宗家としてのお力を存分に行使すると良いでしょう。それによって俺が死んでも、誰も不思議には思いませんよ」

「教えてくれないのよ父上が……! 姉さまだって教わるつもりも使うつもりもないって…っ」

「───。それなら、あなたのお父上自身が呪印を使うよう仕向けましょうか。俺がハナビ様まで殺しかけたなら、さすがにヒアシ様も黙ってはいられないでしょう」

「………。それ、いい考えだわ。ひと思いにやったら?」

「フン……怯えている子供相手にやる趣味は無い。ヒナタ様の時は、あくまで試験に沿ってやりましたから」

「…! あたしは怯えてなんかないっ!」

「どうでしょうね、身体が震えていますよ、ハナビ様」

「これは…怒りで震えてるのよ……。あんたなんか、あんたなんかいつか犬死にしてしまえばいい!!」

 この直後ネジに柔拳を向けるハナビだが、ネジは躱すばかりで相手にせず、その内ハナビは疲れ果て、ネジはその場を後にするだけだった。



※サスケ奪還作戦後のネジの病室にて


「───俺の意識が戻るまで、ヒナタ様はずっと付き添っていたというんですか? 一度も、帰らずに」

「うん、着替えとかはハナビがコウさんと一緒に持って来てくれたりしてたの。父上も、許して下さったし」

「……何故、です」

「え?」

「何故、俺などにそこまで……。俺は、あなたに理不尽な憎しみを向けて、あなたを……殺そうとまでしたのに」

「わたしなら、大丈夫です。ネジ兄さんもこうして意識を戻してくれたから」

 ヒナタは心底安堵した表情で微笑みを向けてくる。

「いや、そういう事では───」


「あーっ、ネジ兄起きてる!?」

「あ、ハナビ、父上も」

「ちょっとネジ兄、ヒナタ姉さまをどれだけ悲しませれば気がすむのよ、この死に損ない! これでも一応あたしも心配してやったんだからっ!」

 ハナビはネジの病室に入って来るなり声を上げた。

「──ハナビ、鎮まれ。ここは病院だ、場をわきまえなさい」

「す、すみません、父上……」

「ネジよ、重傷からの意識が戻って何よりだ。…とはいえ、今しばらく入院の必要がある。とにかく今は、身体を治す事だけを考えよ」

「はい……ヒアシ様」

「退院の際には、体力が回復するまで本家に居ると良い。離れのお前の家は、他の者に管理させよう」

「……お心遣い、痛み入ります」

「では、私はこれで失礼する。…行くぞ、ハナビ」

「えっ、もう…!? 父上、わたしはもう少し、ここにいたいです」

「そうか…、好きにしなさい」

 ヒアシは病室を出る際、ネジに一瞥を向けたその眼差しは、一瞬ネジの父ヒザシのように優しげだった。

「──・・・」


「……ヒナタ姉さま、ちょっとの間ネジ兄と二人きりにさせてくれない?」

「うん、いいけど……。じゃあネジ兄さん、ちょっとの間わたしも失礼しますね」

「あぁ、はい……。それでハナビ様、俺に何か御用──」

 ハナビはヒナタが病室を出て行ったのを見計らって、急にネジの横たわるベッドの上に身軽に乗っかった。

「……!? 何のつも──」

 少し驚いた様子のネジに構わず、ハナビはほとんど馬乗りの状態からネジの左肩に右手を押し当てた。

「──・・・ッ」

「痛い? そうだよね、左胸近くに大穴空けられたんだもの。…そんなに強く押してないけど」

「………」

「日向の天才が聞いて呆れるよねぇ、まぁ特別上忍クラスが相手じゃ仕方ないかな」

 痛みで少し顔を歪めているネジに、ハナビは冷たい無表情でネジの左肩を軽く掴んだまま続けて述べる。

「ネジ兄が里の仲間のために命かけるとは思わなかったけど・・・──どうせなら、死んで帰って来てもよかったんじゃないの? ネジ兄にあんな事情があったにしても、あたしはまだヒナタ姉さまにしたこと許したわけじゃないから」

「そう思うなら……、今この場であなたが俺を殺せばいい。簡単なものですよ、今の俺を殺すのは……」

「見くびらないでよね。弱ってるあんたをこれ以上どうにかする趣味なんてない」

 不敵な笑みを口元に浮かべたネジに、ハナビは眼を逸らさないまま左肩から右手をふと離す。

「……ごめんなさい、言い過ぎた。ちょっとイジワルしたかっただけ。大体、ネジ兄をどうにかしたって姉さまが喜ぶわけないし。これ以上……ヒナタ姉さまを悲しませてどうするのよ。ネジ兄が瀕死で運ばれて来てからずっと涙流して、助かるように祈ってたんだから」

「────」

「そう簡単に死ぬのは許さない。生きて姉さまとあたしのこと守り続けてみせてよね」

「……言われるまでもありません。それはそうと……そろそろ俺の上から降りてくれませんか。右の腹部が圧迫されて、少々痛むんですが」

「あ、ご、ごめんっ。……とにかくそういうことだから! じゃあネジ兄、またお見舞いに来てあげるねっ」

 ハナビはネジの上から素早く降りると、それまでの無表情から子供らしい笑顔を見せて病室から出て行った。



※ナルトがジライヤと共に修行の旅に出てから、ヒナタがネジに頼み修行をつけてもらうようになってからの話。

 日向家敷地内にて。

「───ヒナタ様、今日はここまでにしましょう」

「はい、ありがとうございましたネジ兄さん。また、よろしくお願いします…!」


「……ネジ兄、ちょっといい?」

「何でしょうか、ハナビ様」

「あたしにも、修行つけてくれないかな。時間、ある時でいいから」

「……良いのですか、俺で」

「ヒナタ姉さまに、ちゃんと修行つけてあげてるじゃない。あたしも日向の天才のご指南、受けようかなって」

「妙な姉妹ですね、あなた方をあれだけ遠ざけた俺に修行を請うとは」

 ネジはふと眼を閉じて微笑する。

「少なくとも、前よりは話しかけやすくなったと思う。やっぱりあの、うずまきナルトのおかげなんでしょう?」

「──実際、それだけではないですけどね」

 ナルトとの試合後、日向宗主のヒアシから父ヒザシは影武者として殺されたのではなく、父自身の意思で家族や里を想い自ら死を選んだという真相を知り、日向宗主とはいえ伯父であるヒアシから床に擦り付けるほど頭を下げられた事を、ネジは顔色一つ変えず無表情のままふと思い出す。


「ふぅん……まぁ姉さまが自主的にネジ兄と修行するようになったのは、いいことだと思うけど」

「ナルトが修行の旅に出た事で、自分も厳しい修行を重ねて強くなりたいと述べて来られたんです。……俺が相手でなくとも良いのではと言ったのですが、俺との修行の方が強くなれると思うからと───」

「へぇ…? じゃあ、あたしは日向の天才ネジ兄を超えるために強くなろうかなぁ?」

「フ、言ってくれますねハナビ様。そう簡単には日向の天才の座は、譲れませんよ」

 ハナビとネジは、互いに不敵な笑みを浮かべた。



※二部、ネジ下忍から飛び級上忍昇格時


「ネジ兄さまぁ〜、下忍から上忍に飛び級昇格、おめでと〜っ!」

「はぁ…、ありがとうございます」

「さっすがネジ兄さまだよね! 下忍の頃からもう中忍扱いだったもんねっ」

「ハナビ様……、何故俺を様付けするんです? “ネジ兄”と、呼んでいたはずでは」

「いいじゃない、上忍祝いも兼ねて、これからは“ネジ兄さま”って呼ぶから!」

「いや…、困りますよ。それでは俺の立場が──」

「立場が何? 宗家とか分家とか関係ないよ。わたしがネジ兄さまをそう呼びたいのっ」

「………」

「てゆうか兄さまもこれを期に、わたしに敬語使うのやめてくれていいんだよ? その方が堅苦しくないし、従兄妹同士らしくていいでしょ!」

「お断りします。…ハナビ様はもう少し、宗家としての自覚を持って下さい」

「そんなの、どうせいつかナルトが変えてくれるんでしょ? ……わたしハッキリ覚えてるんだからね、あの試合会場の客席に居たから。ナルトの声、会場いっぱいに響いてた」


『日向の憎しみの運命だかなんだか知んねーがな、オマエが無理だっつーならもう何もしなくていい!!』


「───『オレが火影になって、日向を変えてやるよ』……ですか」

「そうそう、でもナルトに任せっきりにするのも不安じゃない? ほんとに火影になれるかも分かんないし。…だからわたし達で、内側から少しづつでも日向を変えて行くの。ね、兄さまっ」

「あいつなら……ナルトなら、きっと火影になりますよ。ですが、そうですね……、あいつばかりに期待するのは良くない。身内の問題くらい、自分達で変えてゆく努力はしなければいけませんね」

 ネジは穏やかな表情で述べた。

「ふふ、そういうこと! ──わたしはネジ兄さまが日向当主になるべきだって、確信してるから」

 ハナビは屈託のない笑顔を向け、ネジはそれに対し困ったような微笑を浮かべるにとどめた。


※大戦後のネジの生存

 病室にて。

「──・・・ヒナタ姉さま、少しネジ兄さまと二人きりにしてくれないかな」

「うん、分かった。…じゃあネジ兄さんの事お願いね、ハナビ」

「ハナビ様……、あの時のようにまた俺の上に乗っからないで下さいね?」

 病室のベッドに上体を少しだけ起こして横たわるネジは、苦笑気味に言った。

「しないよそんなこと…! てゆうか兄さま、敬語はもう必要ないでしょ? 分家も宗家も関係ない、あんな大きな戦争が終わって……ネジ兄さまの額の呪印も消えたんだから」

「──ヒナタにも、そう言われた。ハナビ……これからは、敬語をやめにするよ」

「うん、それでいいよ。この際だからウチの父上のこともヒアシ伯父さんって呼んじゃえばっ?」

「いや、まぁ…、伯父上ならありうるが……。ハナビは、俺を“兄さま”と呼ぶのは変えないのか?」

「そこは変えるつもりないよ。ヒナタ姉さまがネジ兄さんってずっと呼んでるように、わたしにとってネジ兄さまは兄さまだから。──・・・ネジ兄さまの呪印が消えたのはある意味良かったけど、でも一度死んじゃったようなもので、白眼も使えなくなっちゃったし……大戦の後遺症のこともあって、もう忍としてはやっていけない身体になったんだよね」

「…………」

「修行、つけてもらえなくなっちゃったな。それは姉さまも同じだけど。これじゃあ……わたしとヒナタ姉さまがネジ兄さまを守れちゃうね。それに…、わたしの方が日向当主になっちゃうよっ?」

 困ったような笑みを浮かべるハナビに、僅かに寂しげな表情でネジは視線を逸らす。

「我ながら、情けないものさ。使いものにならない身体になって戻って来るくらいなら……、いっそ戦死した方が良かったのかもしれない」

「……っ!」

 ハナビはネジのベッドに乗っかりはしないものの、ネジに出来るだけ顔を近づけた。……その瞳には、今にもこぼれ落ちそうな涙を浮かべている。

「ネジ兄さまのバカっ、冗談でもそんなこと言わないで」

「俺の為に……泣く必要はないよ、ハナビ。ヒナタとハナビを守れなくなる方が……俺にとってはつらいから」

 儚い微笑をハナビに向けるネジ。

「いいの、そんなこと…! 今度はヒナタ姉さまとわたしが、ネジ兄さまを守っていくから。わたし……強くなる。ネジ兄さまを、守り続けるために」

「ハナビ……」


「───そうだよ、ネジ兄さん」

 ヒナタが音もなく病室に戻って来ていた。

「私達は、日向一族の家族なの。家族を守る為なら、どんな事だって厭わない。ネジ兄さんのお父上……私とハナビにとっては叔父上のヒザシ様がそうしてくれたように、自由な心で家族を守って行くの」

 ひたむきな眼差しをネジに向けるヒナタ。

「姉さまの言う通りだよネジ兄さま。ヒザシ叔父上が守ってくれた家族と……これからも生きて行こう。ずっと一緒に、ねっ」

 ハナビとヒナタはネジと離れまいとするように、ベッドの両脇に寄り添う。


「ヒナタ、ハナビ……二人共、ありがとう」




※ナルトとヒナタが結ばれ、子供が生まれた時の話。


「第1子の男の子誕生、おめでとうナルト、ヒナタ。これでうずまき家の家族が増えたな。……どちらかというと、お前によく似ているな、ナルト」

「おう、ありがとなネジ。……この子はな、ボルトって名付けようって、ヒナタと決めたんだ。なぁ?」

「うん、そうなんだよネジ兄さん」

「ボルト……?」

「あぁ、ボルトの名前にはな……ネジ、お前の名前に繋がってるんだってばよ」

「俺の……? 何故だ。ナルトとヒナタの子なのに、俺は特に関係はないだろう。ヒナタと、従兄妹という以外は」

「お前が、オレとヒナタの命を繋いでくれたんだぜ。あの大戦で……命懸けでオレとヒナタを守って、死にかけちまっただろ。いや、実際一度死んじまってから奇跡的に助かって───。ボルトの名には、繋ぎとめるって意味がある。お前が……ネジが生きてくれてる上で、ボルトに命を繋いでくれた。だからこの子は、ネジの名に由来したボルトなんだってばよ」

「そんな、大袈裟な……。ナルトとヒナタの子に、俺に由来した名を背負わせるのはどうかと思うんだが」

「さっきも言ったでしょう? ネジ兄さんが命懸けで私とナルト君を守って命を繋いでくれたから、この子も生まれて来てくれたって。ほら……抱いてあげて、ボルトを」

 すやすやと眠っているボルトをヒナタから受け渡され、緊張した面持ちで恐る恐るそっと抱き上げるネジ。……仄かに、甘い香りがする。


「ボルト……、うずまきボルト、か。──ナルトとヒナタの元に生まれて来てくれて、ありがとう」

 ネジがそっと抱いている赤ん坊のボルトに微笑んで囁くように言うと、眠ったままとはいえ小さな手がネジの長い前髪に触れて、ほんの少し軽く掴んだようだった。

「……ネジ、オレ達と一緒にこれからボルトの成長をすぐ傍で、ずっと見守っていってくれってばよ。ネジおじさんとして、なッ」

「フフ……、もちろんだ」



《終》

 

 

【花火のように】

 
前書き
 二部の従兄妹のハナビとネジの、夏祭りなお話。 

 
「ネジ兄さま、タイミングよく任務から戻れてよかったねぇ。明日ちょうど、夏祭りだよ?」

 長期任務から戻ったばかりで、その事を日向家に報告し終わった従兄の元にハナビがやって来て話しかけた。

「...そうでしたか。わざわざそれに合わせて戻って来た訳ではないですけどね」

「それでね、ヒナタ姉さまがナルトを誘って二人きりで夏祭り行くの……知ってた?」

「───知りませんよ、任務から戻ったばかりなんですから」

「そうだよねぇ、知らないよねぇ。姉さまったら今、明日着て行く浴衣選ぶのに迷っててなかなか部屋から出て来ないんだよ? てゆうか、あの姉さまが1人でよく誘えたと思わない? やれば出来るんだねぇ」

「…………」

 ネジはそれを聞いても特に顔色を変えずにいたので、ハナビは若干けしかけるように言った。

「兄さま、いいの? このままで」

「俺には関係ありません」

「じゃあ兄さま、明日の夏祭りわたしと一緒に行かない? 打ち上げ花火も見たいし! どうせ誰とも行く予定ないんでしょっ?」

「─────」

 ネジが答えずにいる所へ、ヒナタが小走りでやって来た。

「あ、ネジ兄さん、お帰りなさい…! ごめんなさい、出迎えるのが遅れちゃって」

「そんな事は構いませんよ。…ナルトと、明日の夏祭りに二人で行くそうですね。良かったじゃないですか。…では、俺はこれで失礼します」

 心なしか棒読みのネジは、その場を離れようとする。

「えっ、あの、待ってネジ兄さん…! 兄さんも、よかったら……一緒に行かない? ハナビも、どうかな」

「ちょっと、どういうこと姉さま。わたしと兄さまを"ついで"みたいに言わないでよねっ」

 怪訝そうな表情でヒナタを見るハナビとネジ。

「何を言い出すかと思えば……せっかくの機会を、自ら手放してどうするんです」

「その通りだよ姉さま、1人で一生懸命誘ったんでしょ?」

「そ、それが……実は、サクラさんにも手伝ってもらっちゃって……な、ナルト君はやっぱり、サクラさんと行きたいみたいだったし、その───」

「…サクラに、ナルトとは行かないという事をハッキリ告げてもらい、ヒナタ様と二人きりで行くよう促してもらったんですね」

 ネジはそのように察した。

「う、うん、そんな感じなんだけど……や、やっぱり私、ナルト君と二人きりになる自信なくて、だからこの際、ネジ兄さんとハナビにも一緒に来てほしいな、なんて……」

「姉さま、ざんね~ん。たった今ネジ兄さまは、わたしと二人で夏祭りの花火見ることにしたの! ねっ、兄さま?」

「───えぇ、まぁ、そうですね」

 了承した訳ではなかったが、ハナビに話を合わせておくネジ。

「え、そ、そうなんだ…?」

「だから姉さまは、ナルトと二人きりで行かなきゃダメだよ~。…ってことで兄さま、わたしが着て行く浴衣選ぶの手伝って!」

「それくらい、自分で選んでください。…それでは、失礼します」

「夏祭りの時くらい、兄さまも浴衣着て来てよね~っ!」

 歩き去る背中にそう呼びかけられても、ネジは反応を示さずに自宅へ帰って行った。

「───そういうことだから姉さま、ナルトと二人きりの夏祭りデート、がんばってねぇ」

 ハナビは楽しげに自分の部屋へ戻り、取り残されたヒナタは観念した様子で再び浴衣選びに取りかかった。




 ……翌日の夏祭り当日の夕刻、日向家で待っていたが痺れを切らしたハナビは従兄の家に迎えに来ていた。

「ちょっとネジ兄さま~、昨日一緒に行くって言った夏祭りの約束、忘れたんじゃないでしょうね~?」

「───ハナビ様、あの場限りの口約束ではなかったんですか?」

 玄関先に現れたネジは、普段通りの格好をしている。

「えっ、そんな風に思ってたの? ヒドいよぉ、わたしは本気で兄さまと夏祭り行くつもりで言ったんだから! 今さら行かないとか、言わないでよ? せっかく浴衣着て来たのに……」

 寂しそうに語調を弱めるハナビの姿は、色とりどりの花火柄をあしらった浴衣を着ていた。

「……浴衣にしては、丈が少々短いと思われるんですが」

「この方が動きやすいからいいの! ヒナタ姉さまは無難に朝顔柄の浴衣着て、ナルトと待ち合わせの場所に恥ずかしがりながら先に行ったけど......兄さま、今からでも浴衣に着替えられないの?」

「俺はハナビ様と行く前提なんですか。まぁ、構いませんが...。このままで十分でしょう、祭りに乗じた不届き者が居ないとも限りませんし、いつもの格好の方が動き易いですから」

「警備班じゃないんだから楽しまなきゃダメでしょ~? ...まぁその格好のままでもいいや、とにかく一緒に行こ! 屋台で色々食べたり遊びたいしっ!」

 ハナビに強引に手を引かれつつ、ネジはそれほど気乗りしないながらも付き合う事にした。



───ハナビはまず食べ物系屋台から巡り、チョコバナナ・焼き鳥・ベビーカステラ・焼きとうもろこし・りんご飴・たこ焼きなどを食べ歩き、

一方のネジはあまり一緒になって食べようとしなかったが、ハナビが熱々のたこ焼きをフーフーして食べさせてあげると言って勧めてくるので、仕方なく身を低めて少しためらいがちに開けた口の中にたこ焼きを放り込まれると、

やはりまだ中が熱々で眉根を寄せてしばらく片手で口を覆いモゴモゴしているので、それを見たハナビは堪えきれずに笑ってしまった。


 遊べる屋台も一通り巡り、知り合いとも会ったりしたがヒナタとナルトには会わなかった。

ハナビは、二人の事を探して声は掛けないで尾行しようなどと持ちかけたがネジは、放っておきましょうと述べるに留めた。


───そうこうしている内に花火が打ち上がり始めたので、ハナビは眺めがいい場所があると言って従兄と共にそこへ向かい、他に人の居ない高台から、大きく鳴り響く音と共に色鮮やかな大輪を咲かせて夜空を彩る花火を二人で見入った。


「ねぇ兄さま……花火、好き? ───って、わたしのことじゃないからね!?」

 ふとネジに聞いてみたものの、急に慌てて自分の事ではないと否定するハナビ。

「嫌いではないですよ。ただ……初めて見た時は、身体にまで響く音の大きさに驚くばかりで、よく見れなかった事は覚えています」

「初めて見た時って...、小さい頃の兄さまだよね?」

「それはまぁ、そうですね。父さ...父上に、連れられて───抱き上げられていたと思うんですが、花火の音が怖くてしがみついてばかりいた気が……いえ、今のは忘れて下さい」

 ネジは幼い頃の記憶を辿って話すが、その当時の情景を見られた気になって少しばかり恥じ入り、話を途切らせた。

「へぇ~、やっぱり兄さまにもカワイイ時期があったんだねぇ...!」

「さぁ、どうでしょうね」

 からかわれた気になって、ハナビから顔を逸らしはぐらかそうとするネジ。


「わたしも初めのうちは、おっきな音とまぶしい光が怖かったなぁ。母さまの着物の裾に顔うずめて、まともに見れなかったもん。

───父上は、どうしてこんなおっかない花火の名前をわたしに付けたんだろうって思ったこともあったけど……いつの頃からか音がそんなに怖くなくなって、ちゃんと見れるようになってからは、すっごくキレイに感じて見とれちゃったな。

あぁ...…父上はもしかして、本当にこんなキレイな花火のように立派になってほしくて、名前付けてくれたのかなぁなんて考えたら、うれしい反面プレッシャーになったりもしてるけどね」


「そんな風に感じる必要はない。───あなたは、あなたでいいんですよ」


 隣り合っているすぐ傍で、花火の輝く明かりに照らされた従兄のこちらを向いた表情は、至極優しそうにハナビには見えた。

「……...ネジ兄さま、耳かして?」

「は...? 何故です」

「ヒミツの内容だから、耳元で話したいのっ」

「俺に秘密など打ち明けて、どうするんですか」

「もちろん、誰にもバラさないでもらうよ? 兄さまは口堅いだろうから、安心できるもの」

「……まぁ、内容によりますね」

「イジワル言わないでよ! いいから耳かしてっ。...てゆうかそのままだと届かないから、身を低くしてってば」

「判りましたよ」

 ネジは言われた通り身を低めてハナビが耳打ちし易いようにした。

───するとハナビは、ネジの片耳の横を流れる長い髪をサッと手でよけ、露わになった頬に軽く口付けた。


「……! それが、秘密の内容、だと……?」

 ネジは一瞬驚いた表情をしたものの、少し困った様子で怪訝そうに間近のハナビを見た。

……当のハナビは、横向いて自分の片方の髪を掻き分け、頬を露わにしてネジに向けている。


「何のつもりです」

「...あれ、やり返してくれないのっ?」

「────する訳ないでしょう」

 ハナビの頭を片手で優しめにぽんぽんして軽くあしらい、ネジは低めていた姿勢を正した。

「あー、子ども扱いー!」

「秘密めいた事などしている内に、花火が終わってしまいましたよ。…帰りましょうか、ハナビ様」

 むくれるハナビだが、ネジは気にした風もなく呼びかけた。


「兄さま、来年も……再来年も、一緒に花火、見てくれる?」

「───任務と重ならなければ、構いませんよ」

 ハナビへと柔らかな口調で答えるネジ。

「ふふっ、約束だよ、ネジ兄さま...!」



《終》

 

 

【じいちゃんと姉ちゃんと時々おじさん】

 
前書き
 アニボルの8〜9話にネジおじさんが居たら、という妄想です。 

 
 ボルトの眼の事で事前に連絡を入れておき、ナルト、ヒナタ、ボルト、ヒマワリは日向家へと向かった。

──待ちわびていたとばかりに早速出迎えてくれたのは、ナルトにとっては義父、ボルトとヒマワリにとっては祖父のヒアシだった。

「ボルト〜、ヒマワリ〜、おじいちゃんじゃよ〜!」

 デレデレと二人の孫を抱きしめ、頬ずりするヒアシ。ボルトは若干迷惑そうだが、ヒマワリは楽しそうに祖父を抱き返している。

「父様ったら、私の甥っ子と姪っ子を独り占めしないでよねっ。…ボルト〜、ヒマワリ〜、ハナビお姉ちゃんよ〜!」

 叔母であるハナビも二人をぎゅっと抱きしめる。

「──ほら、次はネジ兄様の番よ!」

「えッ、お、俺もか……!?」

 従妹のハナビに促されたネジは躊躇したものの、伯父のヒアシとハナビを真似て、少し恥じ入りながらも笑顔でボルトとヒマワリを両腕に抱き寄せた。

「ね、ネジおじさんだよ〜…!」

「わ〜い、ネジおじさ〜んっ!」

 ヒマワリはとても嬉しそうにぎゅうっと抱き返すが、ボルトは嫌がってはいないものの面倒そうな顔をしている。


「…白眼について話を聴きに来たのだったな。道場の方で話すとしよう」

 ヒアシは先程の孫に対するデレ顔から普段の威厳のある顔つきに切り替え、ボルト、ナルトとヒナタを伴って日向道場へと向かい、ネジとハナビはヒマワリの相手をする。

「──お兄ちゃんね、今朝起きたら厨二病になってたんだよ? ヒマ、びっくりしちゃった」

「ん? ボルトが、ちゅうにびょう……??」

 その聞き慣れない言葉に、困惑するネジ。

「な、何か悪い病気にでもかかったのか、お兄ちゃんは」

「あー、まぁ厨二病は厄介よねぇ。拗らせると大人になっても治らないみたいだし」

 ハナビの言葉に、ますますネジは困惑する。

「な、なんだと…?! 日向家に来るより、病院に行った方が良いんじゃないか…!?」

「落ち着いて、兄様。思春期なら誰でもなる可能性あるし、拗らせなければ大人になるにつれて自然消滅するわよ。ほら、今人気の映画……あれの影響受けてるんじゃない? 兄様は流行りものに疎いからほとんど知らないでしょうけど」

「と、とにかくボルトには“ちゅうにびょう”とやらを克服してほしいものだ……」

 真面目に心配している従兄の様子が、ハナビには妙に可笑しく見えた。

「お兄ちゃん、魔眼……じゃなくて、白眼開眼したって言ってたけど、おじいちゃんに見てもらえばほんとかどうか分かるかな?」

「白眼は先天的なものからヒマワリみたいに突然開眼したりするから……、まぁヒマワリの場合は普段蒼目だし、今の所すごく怒った時しか白眼に切り替わらないものね」

「ボルトも、感情の昂りか何かでしか白眼にならないんだろうか」

「どうかしらねぇ…、でも白眼に関してはヒマワリの方が先に開眼してるし、火影になる前のナルト義兄さんをロックオンの柔拳一撃で動けなくしちゃう威力だものね。天才よ、この子っ」

「あぁ、ヒマワリはきっと日向の才に愛されて──いや、この先ヒマワリがどうするかはヒマワリ自身が決める事だから、俺達がどうこう言える立場にはないな」

 微笑してヒマワリの頭を片手で優しくぽんぽんするネジ。

「そうよね、ヒマワリの将来は自由だもの。…じゃあヒマワリ、おじさんとお姉さんとで“けんけんぱ”して遊んでよっか!」

「うんっ!」



 ──白眼について道場で話し終えたヒアシ、ボルト、ナルトとヒナタが日向敷地内の開けた屋外へ出、祖父ヒアシが直々に孫ボルトと手合わせする事になったようだが、父上が本気になってぎっくり腰でも起こしたら困るからと、ハナビがボルトと手合わせする運びとなった。

……ボルトはハナビと手合わせ中に白眼になる事はなく、何度立ち向かっても軽々躱されては組み伏せられ、影分身を使っても完璧な回天を駆使するハナビに勝てるはずもなく、手合わせは終了。

この際ネジおじさんとも手合わせをしてみたが、ネジは回天を繰り出すまでもなくハナビのように何度も軽くボルトを負かし、やはり白眼になる事はなく日も暮れてきた為一旦ボルトの白眼の事は保留になり、風呂に入ってサッパリした後ナルト、ヒナタ、ヒマワリ、ネジ、ヒアシ、ハナビ、ボルトの7人は夕食の席に着いた。

綺麗に盛られて並べられた和食メインの食卓にナルト、ボルト、ヒナタ、ヒマワリにとっては目にも美味しく食べて満足の夕食だった。

作ったのはハナビとネジで、ヒナタも手伝うと言ったがいつも家族の為に作っているんだからたまには休んでと二人に言われ、代わりにヒマワリが手伝いたがったのでそうさせた。

ハナビとネジは料理上手だが、話によればネジがハナビに料理を教えたようで、始めのうちハナビは失敗の連続だったらしいがネジが根気よく教えていったらようやくまともに作れるようになったそうだ。


 食事中、隣に座って食べていたボルトにふとハナビが食べさせたのを見たヒマワリは、隣のネジおじさんに食べさせてあげたくなって、

「はい、ネジおじさん、あーんしてっ?」

と、箸で挟んだ食べ物をニコニコとネジの口元に向ける。…当のネジは、恥ずかしい気持ちになりながらも屈託のない笑顔を向けてくるヒマワリの好意を無下にするわけにもいかず、控えめに口を開けてパクッと頂いた。

「おいしい?」とヒマワリに聞かれ、「うん、美味しいよ」と返すと、ヒマワリは頬を赤くしてにっこりしたのでネジも微笑むが……その直後視線を感じた先にナルトが羨ましげにこちらを見つめていた。

ネジは何やら申し訳なくなって「ほらヒマワリ……パパにも食べさせてあげたらどうかな?」と言うと、ヒマワリは素直に応じ、ナルトパパにも笑顔で食べさせてあげる。

──すると今度はヒアシが羨ましそうにしているのをハナビが気づき、何故かヒマワリではなくボルトの方に振る。


「ほらボルト〜、おじいちゃんに食べさせてあげたらっ?」

「は? 何でおれが!?」

「ボルトよ…、そんなにワシが嫌か……?」

 落ち込んだ素振りを見せ、しゅんとする祖父のヒアシ。

「…ボルト、おじいさんに食べさせてやってくれないか?」

「ね、ネジおじさんまで言うかよ。しょうがないなぁ……」

と言いつつ、ボルトが食べさせてあげるとヒアシおじいちゃんは満面の笑顔になった。

そんな家族の団らんのひと時をナルトとヒナタ、ネジとハナビは心から楽しんだ。



 ───その日はそのまま日向家に泊まる事になり、ボルトは一人眠れず縁側に座って白く輝く綺麗な満月を見上げていた。

「どうしたボルト、眠れないのか?」

「あ…、ネジおじさん」

 ネジは普段離れに一人住んでいるが、今晩は日向家に一緒に泊まっている。

「おじさん……がっかりしただろ。おれ、結局白眼開眼してなくてさ」

「がっかりしてはいないよ、それなりの理由があって白眼を開眼したと思ったんだろう?」

「…そう思い込みたかっただけかもしんないってばさ。夢を…見てさ、特別な力もらったみたいで、それが白眼だと思ったんだけど」

「夢……か」

「バカにしてくれたっていいよ、どうせ夢の話だしさ」

「バカになどしない。──白眼ではないかもしれないが、その特別な力をいつか使いこなせるようになる可能性だって十分あるだろうさ」

「うん……それが何なのかハッキリしたら、おじさんにもちゃんと話すってばさ」

「父親であるナルトに話す方が先じゃないか? まだハッキリしていない事でも、きっと相談に乗ってくれるだろう」

「父ちゃんはただでさえ火影で忙しくて疲れてんのに、そんな余裕ないってばさ」

「それこそ今日はちゃんと付き合ってくれたんじゃないのか? 日向家まで一緒に来てくれたわけだしな」

「そりゃあ……けど父ちゃんにもがっかりさせちまったよ、きっと。ネジおじさんとハナビ姉ちゃんみたいに、白眼カッコよく決めたかったんだけどなぁ」

「フフ……ボルト、そう簡単には俺とハナビのようにはなれないぞ」

 ボルトの頭にポンと片手を置くネジ。

「強くなりたいなら、特別な力だけに頼らず日々の修行の積み重ねが大切だからな」

「わ、分かってるよっ。つか頭に手置くの禁止だってばさ、もう小さい子供じゃないんだぞっ」

 ボルトは煩わしそうに、しかしどこか恥ずかしげにネジの片手を頭から払いのけた。

「あぁ、すまん。つい、な……」

 ネジはそんなボルトの様子が可愛らしくて仕方なかったが、決してそんな事は口に出来なかった。

ヒマワリならばともかく、もう幼くはないボルトを可愛いなどと言ったら男子のプライドを傷つけ兼ねない。


「まぁ、何かあればいつでもおじさんに相談しに来い。力になるから」

「うん、ありがとなネジおじさん。──つかおじさんっていい年なのに、結婚しないの?」

「なんだ、急に……」

「いやさ、ちょい気になって」

「俺は、お前達うずまき一家と家族でいられるだけで幸せだ。それ以上は……望まないよ」

 ネジは心からそう言って、ボルトに微笑んだ。

「そっか……でもネジおじさんの子供ってのも、見てみたい気がするってばさ?」

「あのなぁボルト…、お前にそれを言われても困るだろう、俺が」

 思わず苦笑するネジ。

「へへ、ごめん。──ふあぁっ、眠くなってきたってばさ」

「眠気があるうちに、布団に入って寝た方がいいぞ。俺は……もう少しここで月を眺めているから」

「うん、分かったってばさ……。じゃあ、おやすみネジおじさん」

 ボルトは眠たげに目を擦りながら縁側を後にする。そんなボルトに、ネジはそっと優しい声を掛ける。

「……ゆっくりおやすみ、ボルト」



《終》


 

 

【夢幻に彷徨う蒼き蝶】

 
前書き
 まだアカデミーには入学していない男の子と女の子が、ある人と遭遇する不思議なお話。 

 
 ───白い霧の立ち込める深い森の中、うつ伏せに倒れていた一人の少年がおぼろげに目覚める。

紺色で男物の無地の着物を身に纏っており、背中まで滑らかに流れる長髪、それに長い前髪に紛れた額には妙な文様が刻まれている。

立ち上がってみると、少しふらつく。周囲は白い霧に包まれていてどこなのかも分からない。

そもそも自分が何者なのか、何故このような場所に居るのかが分からなかった。


「人の気配がするってばさ…! いいヤツとは限らないから、兄ちゃんの後ろから離れちゃダメだぞっ」

「う…うん、お兄ちゃん……」


 一人放心状態で佇んでいると、男の子と女の子と思しき声が微かに聞こえてくる。

段々と近づいて来る黒っぽい影に、どうすれば良いか分からない彼は立ち尽くす。


「……あれ、あんたは──」

「お兄ちゃん、その人“びゃくがん”だよ…! きっと、日向の人だよっ」

 霧が立ち込める中、よく見える距離まで相手は近寄って来た。黄色い髪の男の子と、黒髪の女の子のようだった。

日向の人、と呼ばれた彼にとっては、何故だか見覚えのある二人の子供だったが、思い出す事は出来ない。

「あんたって、ほんとに日向の人か? 会ったことあるような、ないような……。てかあんた、オトコ?オンナ??どっちだってばさ」

 黄色い髪の男の子が、まじまじと見つめてくる。オトコか、オンナか……? 果たして自分はどちらなのだろう、と彼は不思議そうに首を傾げる。

「おいあんた、質問してんだから答えろよ! しゃべれないのかっ?」

「ねぇお兄ちゃん、その人のおでこの模様って……」

「え? あぁ…、ほら、母ちゃんから教わっただろ。日向の家では昔、呪印制度ってのがあって、分家だった人たちが“日向の呪印”を額に刻まれたって──」

 女の子に、男の子がそう話しているのを聞いて彼は、胸の辺りがざわついた。


じゅいんせいど……ぶんけ……ひゅうがの、じゅいん──


知っている気がするのに、何かに阻まれているかのように思い出せない。

「なぁあんた…、大丈夫か? むずかしい顔してるけど、どっか具合わるいのかよ」

 男の子が心配そうに顔を覗き込んでくるが、どう反応していいか分からない。

「ねぇ、日向のお姉さんかお兄さん……お名前は?」

 女の子に質問された彼はしかし、何も答えられない。自分の名を知らないのもそうだが、二人の子が発しているような声を出す事すら、出来ないようだった。

「……ヘンなヤツだなーあんた、けどなんかやっぱ見覚えあるんだよなぁ? 母ちゃんもそうだし、日向の人たちってみんな同じ目してるから、似てるように見えるだけかな…?? おれよりは年上みたいだけど、そんなに大人って感じでもないし……。ほんとに日向の人なら、会ったことあるかもしれないよな。おれたちのことは、知ってんの?」

 当の彼は、言われている意味がよく分からないというように少し間を置いてから、小さく首を横に振る。


「じゃあ、自己紹介してあげるね! ヒマは、ヒマワリっていうんだよ。うずまきヒマワリ! こっちはヒマのお兄ちゃんで、うずまきボルトっていうの!」

「ヒマワリ、そんな気安く名乗っちゃダメだってばさ…! まだこいつの正体よくわかんないだろっ」

「だいじょうぶだよ、日向の人にわるい人いないもん!」

「いや、だってしゃべんないし、髪長いけどオトコかオンナかもわかんないし……? まぁいいや、日向の人ってことにしとくってばさ。──妹のヒマワリがさ、おれと外で遊んでる最中にキレイなチョウチョ見つけたー!とか急に声上げて森の方に走ってくもんだから、追いかけてったらいつの間にか霧が出てきて、帰る方向わかんなくなっちまったんだ」

「ごめんね、お兄ちゃん……でもすっごくキレイなチョウチョさんだったんだよ! 青くて、透き通ってて…!」

「んー、おれには見えなかったけどなぁ…? そうだっ、あんた日向の人なら白眼使えるだろ? 透視能力とかいうやつ! この霧の中から帰れる道、見つけてくれってばさ!」

 ボルトという男の子に言われても、彼にとっては“びゃくがん”というのが何を意味するのかすら理解が及ばない。

「なに困った顔してんだよ、あんたやっぱり日向の人のフリしてる悪いヤツなのかっ…!?」

「お兄ちゃん、そんなこと言ったらダメだよ…! この人もいっしょに、連れて帰ってあげよ?」

 ヒマワリという女の子が、なんの迷いもなく彼の片手をとる。

「手…、冷たいね。さむいの?」

 間近の女の子が心配そうに見上げてくるが、彼はどんな顔をしていいかも分からない。


「──あっ、お兄ちゃん、ヒマわかったよ」

「は? 何がだってばさ、ヒマワリ」

「この人……、ネジおじさんに似てる」

「へ…? ネジ、おじさん?」

「うん、ほら、お母さんに写真見せてもらったでしょ? お部屋にだって、写真立て飾ってあるし」

「あぁ…、なんつーか、よく見りゃそんな気もするけど……今の格好、忍服じゃないし額当てもしてないしなぁ。上忍と下忍、どっちの頃だろ…?? 写真でしか見たことないから、よくわかんねーってばさ」


「ねぇ……もしかしてほんとに、ネジおじさんなの?」

 女の子が、蒼い目でじっと見つめてくる。

ねじ、おじさん……。

その響きが、彼には妙に可笑しく思えてくるが表情には表れない。

「なに言ってんだってばさヒマワリ、ネジのおじさんは……前にあった戦争で父ちゃんと母ちゃんを守って死んじまってるんだぞ。おれの名前……そのおじさんからきてるの、父ちゃんから聞いてるだろ」

 ボルトという男の子は、うつむき加減でそう言った。

ねじ、というおじさんは、もうしんでいるらしい。

ぼると、という男の子の名は、そのおじさんからきている……?


「あ…、霧がだんだん晴れてきた気がする…!」

「お、ほんとだ。…ん? 向こうが明るく見えるってばさ、森から出れるんじゃねえかな! 行ってみようぜっ」

 女の子と男の子に手を引かれるが、彼の足は地面に張り付いたかのように動かない。

「何してんだよ、おれたちと一緒に行こうってばさネジ!」

 ボルトに迷いなくそう呼ばれた時───彼の足は、ヒマワリとボルトに手を引かれるままに歩き、そして走り出し、光差す方へ向かってゆく。


……あぁそうか、俺は確か、音忍の一人と刺し違えたも同然になったはずで───その後、どうなったのだろう。あのまま、死んだというのだろうか。まだ、死ぬわけにはいかないんだが……

死んでいようといまいと、何故この少年少女と出逢ったのだろう。

ネジおじさん、と呼ばれた気がするが、ひどく他人事のように思える。

ただひとつ、はっきりと分かるのは……俺はこの子達と“この先”へは行くべきではないという事。

ヒマワリと……ボルト、だったか。

……二人共、すまない。

せっかく俺を見つけてくれたのに───さよならだ。


 声にならない言葉を残し、彼は不意に自分の体が宙に浮くのを感じた。

「うわあっ、なんだ!? 急にすげぇ風…っ」

「お、お兄ちゃん、おじさん、どこ……?!」

 一陣の風が、ごうっと音を立て吹きすさび、木の葉が幾つも舞ってボルトとヒマワリは目を開けていられず、掴んでいたはずの手さえ離してしまった。

──風が止み、二人が目を開けた時には立ち込めていた霧が嘘のように晴れ、森の中ではない木ノ葉の里に近い開けた場所に立って居た。

ふと、すっきりと晴れ渡る青空を見上げると、蒼くきらめく綺麗な蝶が一匹、音もなくひらひらと舞っている。

「あ……待って、ネジおじさ──」

 ヒマワリが声を掛けた途端、すぅ…っと青空に溶け込むようにその姿を消した。


「お兄ちゃん、ネジおじさんが会いにきてくれたのかな…?」

「……違うと思う、たぶんヒマワリの方が見つけたんだってばさ」

「もう……会えないのかな」

「そんなことない、きっとまた会えるよ。そん時は……消えちまわないように、今度はちゃんとおれが捕まえてやるってばさっ」



《終》

 

 

【ネジおじさんの誕生日】

 
前書き
 新生うずまき一家に祝われるネジおじさんです。

諸事情で遅れてしまい短いですが……誕生日おめでとう、ネジさん。2017/7/3

後半おまけ短篇、ネジおじさんとニシン蕎麦。 

 
 ───今年も無事に、その日を迎えた。


ナルトにとっては義兄、ヒナタにとって大切な従兄、ボルトとヒマワリにとってはネジおじさんの誕生日。

新生うずまき一家と家族になってから、日向家かうずまき家で毎年祝っている。

 ヒナタとヒマワリ、ボルトも手伝って豪華な料理とケーキを準備。

ナルトは火影として忙しかったが、本体は火影室に缶詰め状態でも影分身でプレゼントを用意し定時には帰宅。


「……また影分身かよっ!」とボルトは呆れるが、ネジはちっとも気にならなかった。

 ただでさえ火影として多忙なのに、わざわざ影分身でも祝ってくれる義弟に感謝している。


「ネジ、誕生日おめでとうってばよ!」

「おめでとう、ネジ兄さん…!」

「ネジおじさん、お誕生日おめでとーっ!」

「おめでとうってばさ、ネジおじさん!」

「──ナルト、ヒナタ、ヒマワリ、ボルト……ありがとう」


 4人のうずまき一家に笑顔で祝われ、ネジはとても幸せな気持ちで微笑み返す。

……ナルトからは、高級ニシン蕎麦セット。

ヒナタからは夏場の冷え対策にと、手編みの夏用腹巻き。

ヒマワリからは、蒼い小鳥を象った髪留めを誕生日プレゼントにそれぞれもらい、ボルトはといえば何故か毎年、手のひらに収まるサイズの“本物のボルト”をネジに渡している。


 ──何故なのか理由を尋ねても、「いや、何となく…」と、はにかんだ笑顔で曖昧な事を言う。

ボルトにとって悪気があるわけでも冗談のつもりでもないらしく、毎年ピカピカの新品の“ボルト”をくれる。

ネジはそれを専用の小箱に大切にしまっており、毎年増えてゆくその“ボルト”が、何より嬉しかった。

家族としての繋がりが増えていく事をとても愛おしく想い、ボルトからもらった“ボルト”を手に取ってながめ、ネジはそっと微笑んだ。



《終》


 ネジおじさんとニシン蕎麦


「ネジおじさん、お母さんに少し手伝ってもらったけど、お兄ちゃんとわたしでおじさんの好きなニシン蕎麦作ったよっ!」

 ヒマワリとボルトがお盆に載せたニシン蕎麦を一緒になってネジの元に持って来てくれる。

「おぉ、ありがとうヒマワリ、ボルト…!」

 ネジは思わずにっこりと笑顔になり、ニシン蕎麦を啜って美味しそうに頂いた。


「──ありがとう、とても美味かったよ」

「えへへ、よかったぁ! …そういえば、どうしておじさんはニシン蕎麦が好きなの??」

「おれはどーも好きになれねーけど……別々の方がよくね?って感じするってばさ」

 ヒマワリとボルトが、怪訝そうにネジに聞く。

「ん? あぁ、俺の父様……ボルトとヒマワリにとってはもう一人のおじいさんが、好きだったんだよ。俺が幼い頃、外食時に父様に連れられて……俺は別な物を食べたが、ほんの少しだけ父様のを食べさせてもらった時は正直、美味しくはなかったかな。父様は、とても美味しそうに食べていたが…。俺にとっては、始めは苦手だったよ。だが……父様が亡くなってから、何年かしばらく経ってふと懐かしくなって、ニシン蕎麦を食べに行ってみたら……幼い頃に思った時より美味しく感じてな。その時から好んで食べるようになったんだ。初めから自分で作ったりもするしな」

 ネジは父との思い出を懐かしんで目を細める。

「初めからって……、お店で売ってる蕎麦とニシンの甘露煮じゃなくて?」

「あぁ、もちろん。蕎麦は手打ち、ニシンの甘露煮も自分で作るんだ」

「すげー、さすがネジおじさんだってばさ……」

 ヒマワリとボルトは、感心した様子で目を見開く。


「この味が判るようになるのはまだ早いと思って、ボルトとヒマワリには作ってあげた事はないが、一緒に外食しに行った時、俺が頼んだニシン蕎麦をほんの少し食べてみた事があるだろう? その時の二人の微妙な顔はきっと、幼い頃父様のを食べさせてもらった時の俺と同じだったろうな……フフ」

 ネジはいつか、二人がニシン蕎麦の美味しさを分かってくれるようになったら、ニシン蕎麦を最初から一緒に作ってボルトとヒマワリと美味しく食べたいという思いを持っていた。

──父ヒザシと、ネジ自身がそうしたかったように。



《終》


 

 

【守り続けたいもの】

 
前書き
 アニボル18話にネジおじさんが居たら……という妄想です。 

 
「──ヒマワリの様子はどうだ、ボルト」

「あ……ネジおじさん、来てくれたのか」

 ヒマワリが風邪を引いたと聴いて、ボルトが看病を手伝っているヒマワリの部屋にそっとやって来るネジ。…ヒナタの方はヒマワリの為に色々と買い出しに行っているらしい。

「先週プールでめっちゃはしゃいでたもんなヒマワリ……。おじさんと久し振りに遊べてうれしかったんだよ。その反動でカゼ引いちまったんだと思うってばさ」

「そうだな……ヒマワリはとても楽しそうにしていたとはいえ、責任を感じてしまう」

 額に濡れタオルを置かれ、熱が出ているせいで頬が赤く息が苦しそうにベッドに寝ているヒマワリに、ネジは申し訳なさそうな表情を向ける。

「別におじさんのせいじゃないって、しょうがないってばさこればっかりは」


「ネジ……おじ、さん……?」

 眠っていたヒマワリが、ふと目を覚ます。

「あぁ……ごめんよヒマワリ、起こしてしまったか?」

「おじさん……ヒマのために、来てくれたんだ……。うれしい」

 掛け布団から少し顔をのぞかせたまま、ネジに笑みを向けるヒマワリ。

「……おじさんは来てくれても、父ちゃんは帰って来ないけどな」

「ボルト……それは言わないでやってくれ」

 火影で多忙な父親に対して不満げなボルト。

「ネジおじさん……ヒマ、ハンバーグ食べたい……」

「ヒマワリが元気になったら、俺がとびきり美味しいハンバーグを作ってあげるから、ちゃんと風邪を治そうな。……今はとにかく、ゆっくりお休み」

「うん……」

 ネジの優しい言葉を受けて、ヒマワリは再び眠りについた。


「──ヒマワリがこうしてカゼで弱っちゃってるとこ見ると、あの時のことがウソみたいに思うってばさ」

「ん? あの時の事……?」

 ボルトがふと呟いた言葉に、ネジは首を傾げる。

「ほら……父ちゃんの火影就任式の日の──」

「あぁ……ヒマワリが一時的に白眼を開眼させた日でもあったな」

 ボルトは思い出すだけで身震いし、その様子を見てネジはつい笑ってしまいそうになるのを堪えた。

「あの時は……マジで死ぬかと思ったってばさ……。ある意味、母ちゃんより怖かったからさ」

「俺はその場には居なかったとはいえ、話に聴いたヒマワリの柔拳ロックオンは、あのナルトですら一撃で動けなくなる程の威力だからな……」

「あの時からおれ、二度とヒマワリを怒らせたりしないって心に決めたんだ……」

「あぁ、賢明な判断だよそれは」

 ボルトとネジが小声で話している所へ、ヒマワリの部屋のドアが勢いよく開く。

「ヒマワリ、大丈夫かってばよ…!?」

「と、父ちゃんっ?」

「ナルト……?」


 七代目火影のナルトが心配そうな面持ちでヒマワリの部屋に入って来る。

「ヒマワリが熱出したって聴いてよ、居ても立ってもいられなくて──」

「どーせまた影分身なんだろっ?」

「違うってばよボルト、影分身の方を火影室に置いて来た。後の事はシカマルに任せて来たんだってばよ。……ネジもヒマワリを心配して来てくれてたんだな、ありがとよッ」

「あぁ、ナルト……よほど慌てて来たんだろうが、火影の羽織りを逆に着ているぞ?」

「げッ、マジか…!? 気付かなかったってばよ」

「はん、ダッセー火影だってばさっ」

 ボルトはそう言いつつも、本体で父親のナルトが帰って来た事が内心嬉しいようだった。




「──まだ治ってねーけど、ヒマワリがハンバーグ食べたいって言ってんだからハンバーグ作るんだってばさ!!」

「駄目だボルト、風邪の時は消化の良いお粥だってばよ!!」

「お、落ち着けボルト、ナルト。余り騒いでいると…!」

 台所で二人の仲裁に入ろうとするネジだがその時、ただならぬオーラを発したヒナタが───

「ちょっとあなた達……ネジ兄さんはともかく、騒ぐなら外に出ててちょうだいっ!」

 ネジはお咎めを喰らわなかったようだが、ボルトとナルトは晩ご飯抜きで外に追い出された。

「ひ、ヒナタ……何も二人を家から追い出さなくとも──」

「大丈夫よ、きっとナルト君が一楽のラーメンにでもボルトを連れて行ってくれるだろうから。……それに、たまには二人きりにさせるのもいいと思うの」

「まぁ……そうだな。ナルトが火影になってから、なかなかそういった時間も取れていないからな」

「えぇ、いい機会だもの。……その代わりと言っては何だけど、ネジ兄さんは私と一緒にヒマワリの看病をお願いしますね」

「あぁ、もちろん」




「──ヒマワリ、ハンバーグはまだ駄目だけど、お粥を作って来たわよ。食べられそう?」

「うん……食べる……」

「じゃあ……お母さんとネジおじさん、どっちに食べさせてもらいたい?」

「え、いや、それはもちろんお母さんであるヒナタが──」

「ネジおじさんが、いいなぁ……」

「え…? いいのか、俺で」

「ヒマワリがいいって言ってるんだもの、食べさせてあげて、ネジ兄さん」

「あ、あぁ……それじゃあ──」

 ネジがスプーンに掬ったお粥をフーフーして冷ましてから、ヒマワリの口にそっと運んであげる。

「……どうかな、ヒマワリ?」

「うん……あんまり味わからないけど、もう少し食べれるよ……」

「そうか…、風邪を引くと味覚が鈍くなったりするからな……。じゃあがんばってもう少し食べような、ヒマワリ。そのあと、お薬も飲まないとな……」



「──ヒマね、将来ネジおじさんのお嫁さんになりたいの……」

 お粥を食べ終え、お薬を飲んでベッドの中で安静にしている最中、ヒマワリは熱で火照ったぼんやりとした表情でネジを見つめ、ふとそう言った。

「な…、何を言い出すんだい、ヒマワリ」

「ふふ……いいじゃないネジ兄さん、私は許しちゃうよ」

「あ…あのなぁ、ヒナタまで──」

 ネジは少し顔を赤くして困った表情になる。

「大体、ヒマワリが大人になる頃には俺も大分歳を取ってだな……」

「大丈夫……ヒマ、おじさんの介護してあげるから……」

「い、いや、そこまで老人というわけでも……」

「ネジおじさん……ヒマのこと、キライなの……?」

 今にも泣きそうに瞳を潤ませるヒマワリに、ネジは慌てて首を振る。

「そんなわけはない。す、好き……だとも」

「えへへ、よかったぁ……。──すぅ」

 若干戸惑い気味とはいえ、ネジの笑顔と言葉に安心したように瞳を閉じて眠るヒマワリ。


「……さっきのは、うわごとのようなもの、だよな」

「そうかしら、女の子って案外本気だったりするから侮ってはいけないわ、ネジ兄さん」

 どこか楽しそうに微笑むヒナタ。

「そ、それはともかく、あれだな……ヒマワリが一時的にも白眼になって強烈な柔拳を使って見せたのはやはり、ヒナタ譲りだな」

 ネジは話を逸らそうと努める。

「私にっていうより……ネジ兄さん譲りだと思うわ。きっと修行を積めば、ネジ兄さんのように強くなる。けれど……日向の術を受け継ぐ事や忍の道だけじゃなく、色んな将来の道が開かれているから、ヒマワリには何も縛られず自由に自分の道を見つけてほしいわ」

「あぁ……そうだな、俺もそう思うよ。今はまだ難しくともボルトもきっと、父親としてのナルトも火影としてのナルトも理解出来るようになる日が来るだろうな」

「えぇ、そうね……。ナルト君にとって里のみんなも家族。その大きな家族を大切に守って行きたいというのが、ナルト君の想いだから」

「──ナルトには及ばないだろうが、俺も今ある目の前の家族を守って行きたいと想っているよ」

 ネジはふと写真立ての方に目をやり、自分も共に写っている新生うずまき一家との笑顔の写真に、愛おしそうに目を細めて微笑みを向ける。

「ふふ……ありがとうネジ兄さん。私だって、日向の家族やネジ兄さんを守って行くからね」

「フフ、ありがとう……ヒナタ」


「──・・・ネジおじさぁん、ヒマが、介護してあげるねぇ……むにゃむにゃ」

「あら、ヒマワリったら夢の中でネジ兄さん……ネジおじさんを介護してあげているみたいね」

「いや、まぁ……ヒマワリに介護されるのは嬉しくないわけはないが……、ははっ」

 ネジは照れたように、小さく笑った。



《終》



 

 

【継がれゆくもの】

 
前書き
 THELASTの、ハナビの心情。 

 
(───どうしよう、何も見えない……。白眼も、使えないし……。ここは、どこなの? 私、死んじゃったのかな……)

 真っ暗闇の中、ハナビはただ独り蹲っている。

(父上は、供を何人か連れて行き先も告げず何日も戻らなくて、捜索隊が組まれたけど見つかったのかな……。ヒナタ姉様は、どうしてるんだろう……。父上が居なくなったのも、私が妙な連中に攫われたみたいになったのも、日向の白眼が関係してるんだとしたら、姉様も危ないかもしれない……。誰か、誰か助けに来てくれるよね……。───情けないな、私……。次期日向当主になるはずの私が、こんな事じゃ……兄様に、ネジ兄様に呆れられちゃうよ……っ)


 ────ハナビ────


(え……? 今、誰かに呼ばれて……気のせい、かな)


 …………ハナビ様…………


(……! 気のせいじゃない、微かに聞こえる……! この声、まさか……ネジ兄、様……?)

 ハナビは真っ暗闇の中思わず顔を上げ、立ち上がる。

(やっぱり、何も見えない……。ネジ兄様、どこ…? どこに、居るの…!? 私、怖いの……何も、見えないの…! 助けて、ネジ兄様…っ)


『───ハナビ様』


 今度はハッキリと、間近で声がして肩に手を置かれた感覚があった。

「!? やっぱり兄様……ネジ兄様なのっ? 私、気がついたら何も見えなくなってて、白眼も使えないしどうしたらいいか分からなくて…っ。兄様の姿、見たいよ…! 迎えに、来てくれたの? 私、死んじゃったって事なのかな……」

『落ち着いて下さい、ハナビ様。……あなたは、亡くなってなどいませんよ。少し、待って下さい』

 間近の従兄のネジらしき声が優しい口調でそう述べたかと思うと、そっと目元に横にした手の平を宛てがわれたように感じ、そこからじんわりと温かさが伝わってくると少ししてその手を離される。

『──ゆっくり、目を開けてみて下さい』

「あ……」


 言われた通りにすると、目の前に在りし頃の従兄の姿がハナビの目に映った。

上忍当時の白装束姿で、額当てはしておらず、日向の呪印は刻まれていない。

『久しいですね、ハナビ様。…二年振りくらいでしょうか』


 ハナビにとっては従兄のネジは普段無愛想なイメージだが、今目の前に居るネジは従妹のハナビに優しい微笑を向けている。

「な…、何よネジ兄様ってば…っ。私の知らない所で勝手に居なくなったくせに、今さら出て来たって嬉しくなんかないんだからね、バカぁ…!」

 ハナビは目が見えるようになった事よりも、言葉と裏腹に大戦で亡くなった従兄に逢えた事が嬉しくて目に涙を浮かべながらネジに抱き付く。

『すみません、ハナビ様……。こういう状況でもなければ、逢いに来るつもりは無かったのですが』

 ネジは宥めるようにハナビの両肩に手を置く。

「こういう状況って、何……? あれ、ここ……異空間みたいな場所?」


 ハナビがふと周囲を見やると、上下左右蒼空を思わせる空間に白く瞬く無数の星々が時折流れ星となって白い軌跡を描いている。

「私、さっきまで何も見えなかったのに……ネジ兄様、何かしてくれたの?」

『大した事はしていません。──ここは、一種の精神世界のような場所ですよ』

「夢……とは違うの?」

『そうかもしれませんね』

「私は死んでないって、言ったよね。…私がどうなってるか、知っているの兄様?」

 問いに対し、ネジはハナビを案じるような表情になり、多くは語れずとも少し話して聴かせる。


『意識を失わされているようです。命までは、今の所取る気はないようですが……それ以上の事は、俺から言える事は余りありません。──ですが、ヒナタ様やナルト達があなたを助けに向かっているのは事実です。ヒアシ様は……無事とは言えませんが、そちらにもきっと助けが及びますよ』

 そう言い終える前に、従妹のハナビを安心させるようにネジは微笑する。

「そっか……よく分からないけど、ネジ兄様も付いてくれているし、そんなに心配しなくても大丈夫って事ね!」

『えぇ、少なくとも確実に助けが来るまでは、俺が傍に付いています。……それくらいしか、今の俺には出来ませんから』

「ネジ兄様が傍に居てくれるなら、心強いよ。……というか兄様、敬語やめてくれないかな。日向の呪印だって、消えているでしょう。亡くなってまで、分家のように振る舞う必要ないよ」

『ハナビ、様……』

「様付けもナシ!」

『わ、判りま──いや、……判ったよ、ハナビ』

 ネジは少し困った表情になりながらも微笑んだ。


「ねぇ兄様、私にとっては叔父上のヒザシ様……父上には、逢えたの?」

『あぁ……逢えたよ。何も言わず、迎え入れてくれた。その後は、色んな事を話しているよ』

「そうなんだ……。叔父上も、ここに呼んでみてくれないかな。私、逢ってみたいの」

『すまない、ハナビ……そう都合よくはいかないんだ。今この空間には、俺しか居てやれない』

「それなら、仕方ないけど……。あのね、兄様……、ヒナタ姉様とナルトの事、なんだけど」

『──・・・』

 ネジは何とも読み取れない表情をしている。

「あの二人、敢えてあまり逢わないようにしてるみたいなの。あの大戦後から、ずっと……。二年くらいもだよ。戦没者慰霊の時に会っても、私から見ても明らかによそよそしくて……。ネジ兄様が亡くなった時の事、どうしても思い出してしまうみたいなの。私は……大戦の場には居なかったからその時の事は分からないけど、話には聴いているから……」


『──フ、俺の事などさっさと忘れ好きなようにすればいいものを……。いつまでも責任を感じていられては迷惑だ』

 ネジは瞳を閉ざし、皮肉るように笑みを浮かべる。

「兄様ってば、そんな言い方はないでしょ…! あの二人がそう簡単にネジ兄様を忘れられるわけ──」

『ヒナタ様……いや、ヒナタとナルトには、いい加減前を見据えてもらわねば困る』

「姉様だって、前を向こうとはしてるよ。兄様が命を懸けて守ってくれたから、大切な人達を今度はちゃんと自分で守れるように強くなろうとしてるし、ナルトだって次期火影になる事は決まっているようなものでその為に頑張ってるし……。私、だって……ネジ兄様に恥じないように次期日向当主として日々鍛えてるけど、まだまだ兄様には遠く及ばないよ」

『……俺はもう日向として高みを目指しようがないから、ハナビならすぐに俺を越えられるだろう』

「そう言われたって、嬉しくない。兄様が生きてくれていたら、私は次期当主の座をネジ兄様に譲ろうと思っていた。あの大戦前にも、父上に進言していたの。分家や宗家は関係ない……次期当主として最も相応しいのは、日向の才に愛されたネジ兄様だって───」

『…………』

「これまでも話し合いはされてきたとはいえなかなか進展せずにいたけど、大戦後は日向の改革を推し進め、長年の宗家と分家の確執を取り払い、ネジ兄様を次期日向当主として皆に認めさせてみせると、父上は約束してくれていたの。……でも兄様は大戦でヒナタ姉様とナルトを二人一緒に守って命を落としてしまって……結局私が次期当主になる事は変わらない。──呪印制度に関しては、その執行は大戦後に停止されているの。完全な廃止まで持っていくにはまだ時間が掛かりそうだけど、私が当主になる頃にはきっと廃止されると思う。……それともナルトが先に火影になって、日向の呪印制度を直接廃止してくれるっていうのもアリかもね」


『あぁ、そうなってくれればいい。──俺が居なくとも、何も問題はない』

「そんな事言わないでっ! みんな、どれだけ寂しがってるか分かってないでしょ! ……ずっと悲しんでたって、ネジ兄様や亡くなった人達が戻って来るわけじゃないし、いつまでも悲しんでいられないのは分かっててみんな前向きに頑張ってるけど……ふとした拍子に、やっぱり“居ない”って感じるのは、とても寂しいんだから…っ」

 ハナビは堪えきれず下向いて涙を零し、ネジは僅かに憂えた表情で黙ったままハナビを見つめている。

───それから急に、二人の居る空間がぐらりと揺らいだ。


「な、何が起きてるの……?!」

『どうやらハナビに助けが来たようだ。……ヒナタにもな』

「え、姉様にもって……?」

 異空間にある一点に亀裂が走り、人一人入り込める程の穴が開きそこから眩い光が溢れた。

『ハナビ、そこへ飛び込め。元のお前に戻れるだろう』

「兄様……ネジ兄様は…!?」

『俺は一緒には行けない。……判っているだろう?』

 少し寂しげな笑みを見せるネジ。


『前を見ていろ。──決して、振り向くな』


「あっ……」

 不意に背中を押され、大きく亀裂の裂けた穴へと押しやられるハナビ。


『遠くから……俺はいつでもお前達を見守っている。だから───』


(ネジ兄…様……っ)

 ハナビは振り返りかけたがぐっと堪え、光溢れる前方を見据える。

(私、兄様のように……ううん、兄様よりももっと強くなってみせる。ネジ兄様の意志は、私が継ぐから。大切な人達を……今度は私が守って行けるように)



《終》

 

 

【ネジおじさんとハッピーハロウィン】

 
前書き
 ネジおじさんとうずまき一家のハロウィン模様。 

 
「トリックオアトリートだってばさネジおじさん、お菓子くれなきゃイタズラするぞっ!」

「ヒマもイタズラしちゃうよ〜!」

 ボルトはカボチャの被り物に黒マント、フォーク型のスティックを持ち、妹のヒマワリはとんがり帽子を被った可愛らしい魔女っ子に仮装してネジおじさんの家に押しかけた。

「あぁ…、はいはい、今お菓子あげるから」

 ネジはあまり乗り気ではないらしく、早々にお菓子の詰め合わせを二人にあげてしまおうとする。

「おじさん、そんな簡単にお菓子くれちゃツマんないってばさ、イタズラくらいさせろよなっ。…てい!」

 ボルトは不意にミニサイズのカボチャを投げつけるが、ネジはそれを軽くキャッチした。

「あのなボルト…、俺がカボチャが苦手なのは知っているだろう」

 ネジは溜め息と共に、僅かにしかめ面になる。…別にカボチャは口に出来ないほど嫌いというわけではないが、ネジにとっては幼い頃から何となく苦手で、食べるペースが他の食べ物より明らかに落ちてしまう傾向にあった。

加えてハロウィンなどというカボチャがそこかしこで主役級になるような、遠い異国の風習が木ノ葉にいつの間にか浸透している状況があまり好ましくはなかった。


「…ごめんねおじさん、ヒマがお兄ちゃんの代わりに謝るから、許して?」

 ヒマワリがそう言って可愛く上目遣いをしてくる為、ネジは少し申し訳ない気持ちになる。

「あ、いや、ヒマワリ……おじさんは別に怒っているわけではなくてな」

「スキありっ!」

「…あいたッ」

 ボルトはネジの背後に回り、ミニカボチャを投げつけおじさんの頭にスコンとぶつける。

「結構痛いぞ、ボルト……」

 後頭部をさすっていると、今度はヒマワリが両手をわちゃわちゃと動かしておじさんの胴回りをくすぐってくる。

「こちょこちょこちょ〜!」

「あはは…、こらこら、くすぐったいなぁもう……お菓子ならちゃんとあげるから」

 実際はそんなにくすぐったくはなくとも、ヒマワリからの可愛らしいイタズラを微笑ましく思うネジ。

「甘いってばさヒマワリ! イタズラってのはもっとこう、盛大に───木ノ葉隠れ秘伝体術奥義・千年ごろc…!!」

「“それ”はやめろボルト…!?」

 背後をとられて間近にやられる直前、ネジはサッと身を躱す。

「なんだよぉ、父ちゃんから直に食らって覚えた奥義なのにっ」

「──余りイタズラが過ぎるとヒマワリが怒った時のような柔拳ロックオンを味わう事になるぞボルト……?」

 冷たい笑みを浮かべながら白眼の動脈をピキッとさせるネジに、ボルトは焦って身を引く。

「ひえっ、それはカンベンしてくれってばさおじさん…!」


「ねぇねぇ、おじさんは仮装しないの?」

「ん? あぁ…俺もいい歳だし、仮装する気にはならないよ」

 ヒマワリの問いにそう述べるネジ。

「ネジおじさん、真っ白な着物着て三角頭巾すればカンペキなユーレイになれるってばさ! 長い前髪をこう…、サドコみたいにすれば余計コワそうだしさっ?」

「いや…、そう言われてもやらないからな」

 以前そのような格好をさせられた事はあるが、周囲から女幽霊か雪女のように見られて困った覚えしかないのを、ネジはボルトとヒマワリに話す気にはなれない。

「とにかく二人にはハッピーハロウィンという事で……お菓子の詰め合わせをあげておこう」

「わぁ、ありがとうネジおじさん!」

「へへ、サンキューおじさん! …このまま家に来てくれってばさ、ハロウィンパーティーしようぜ! 父ちゃんはどうせ火影で忙しくて帰って来ないし……母ちゃんがハロウィン用のごちそう作って待ってくれてっからさ!」

「そうだよ、ネジおじさんも来て来て!」

「あぁ、それじゃあお言葉に甘えるとしようかな」


 ネジがボルト、ヒマワリと共にうずまき家に到着すると───

「Trick or Treat! ネジ兄さん、お菓子をくれないとイタズラしちゃいますよ♪」

「ひ、ヒナタ、お前……」

 出迎えてくれたヒナタは、顔の頬に黒ペンで三本線を入れており、頭にはネコ耳……より大きめのキツネ耳のカチューシャを付けていて、家に来たネジに子供っぽいおねだりポーズをしながらニコニコしている。

「え、え〜と、すまんヒナタ……お菓子は全部うずまき家に来る途中に他の子供達にもあげてしまったから、もう無いよ」

「えっ、私には無いの…? じゃあ、ネジ兄さんにイタズラしないとですね!」

「なッ、ヒナタからイタズラだと…!?」

「黒ペンで私と同じ三本線を頬に書いてあげます、ジッとしていてね?」

(な、何だ、それだけか……)

 何を期待していたのか自分でもよく判らないが、従妹のヒナタにされるがままネジは黒ペンで頬に三本線を入れられる。


「──はい、これで完璧にネジ兄さんもうずまき家の仲間入りだよ」

「あぁ、うん……」

「ついでにキツネ耳のカチューシャも付ける? ネジ兄さんの分もちゃんとありますよ」

「いや、そこまでは遠慮しておくよ」

「わーい、これでネジおじさんはヒマとお兄ちゃんとも同じだねっ!」

「同じっつーか、おれとヒマワリは1本線足りないってばさ?」

「だったら一本付け足せばいい。…ヒナタ、さっきの黒ペンを貸してくれないか」

「はい、ネジ兄さん」

「ほらボルト、ヒマワリ……」

 ネジは二人の頬に一本線を付け足してあげた。

「…はん、父ちゃんと同じ三本線なんてうれしかねーけどなっ!」

「えへへ、これでみんな一緒だね〜! パパはお仕事で帰って来れないけど──」


「ただいまだってばよッ!」

「あれ、父ちゃん…?」

 ナルトが不意に家に帰って来たので、ポカンと口が開いたままになるボルト、ヒマワリ、ヒナタ、ネジ。

「お、何だみんなして顔に同じ三本線付けて……オレと同じだってばよ! ネジも似合ってるぜッ」

「そ、そうか? ありがとう。…ナルト、仕事の方は大丈夫なのか?」

「おぉ、ひと段落したからな。疲れてっから一直線で家に帰って来たんだけどよ……そういやハロウィンだったんだな? わりぃ、菓子用意すんの忘れ───」


「木ノ葉隠れ秘伝体術奥義・千年殺しぃぃ!!!」


「うぎゃほあぁッ!!?」


 ボルトがここぞとばかりに父親の背後をとって“それ”を食らわせ、ナルトは一瞬天井近くまで飛び上がって痛そうに尻をさする。

「や、やるなボルト……だが威力としてはまだまだだってばよ…!」

「フフ……そう言う割にはナルト、お前涙目になっているぞ」

「何だよネジ、オマエにも食らわせてやっか!?」

「お、おいよせ! させてなるものかッ…!」

「ちょ、ちょっとナルト君、ネジ兄さんったら、家の中で走り回らないで…!」

「おれもさっきよりキョーレツなの食らわしてやるってばさっ!」

「あははっ、ヒマも追いかけっこ〜!」


 こうしてうずまき一家とネジおじさんのハロウィンパーティーは、ドタバタながらも楽しく過ぎてゆくのだった。



《終》


 

 

【その微笑みが意味するのは】

 
前書き
 ヒナタのネジ兄さんへの想い。 

 
 ───ネジ兄さんはあの時確かに、私に微笑みを向けた。

死の間際……ネジ兄さんはナルト君に身体を支えられ、ナルト君の右肩に頭部を預け、私は立っていられなくなって両膝を地面に付いた時、ちょうどネジ兄さんと向かい合うように目線の合う位置になった。

 私の眼は、溢れてくる涙で霞んでいたけれど、確かにネジ兄さんの微笑んだ優しい表情が、私の眼に焼き付いた。

滅多に私に向けて笑みを見せてくれた事なんて、なかったのに。

あの優しい微笑みは……何を意味していたんだろう。


 私が無事だった事に、安堵して……?

それとも、私に泣かなくていいと……?


『ナルト……ヒナタ様は、お前の為なら……死ぬ』


 ネジ兄さんは……私はナルト君の為なら死ぬと言った。

でもそれは……、ネジ兄さんの方だった。


確かにナルト君を先に庇おうとしたのはその時すぐ近くにいた私で、死んだって構わなかった。寧ろナルト君の為に死ねるなら私は───

でもネジ兄さんは、その私とナルト君も庇って……枝分かれした挿し木の術に上半身を無惨に貫かれて致命傷を───


 どうして、私じゃなかったんだろう。


本当はあの時……私が死ぬべきだったはずなのに。

ネジ兄さんは……死ぬ必要なんて───


 あの大戦では一緒の部隊にいて、ほとんどすぐ近くで共に戦っていた。

ネジ兄さんは、常に私を護るように戦ってくれていて、私は護られてばかりじゃいけないと思って逆にネジ兄さんを護れるように戦っていたつもりだった。

ネジ兄さんが大戦中、眼の調子を崩した時……ネジ兄さんの背中は絶対に私が護ってみせるって───

なのに結局背中を護られたのは、私の方だった。


 ネジ兄さんはまるで、大きく翼を広げた鳥のように……私とナルト君を身体を張って護ってくれて───

次の瞬間には、ピンポイントの挿し木の術に貫かれ撃ち落とされてしまった。

医療忍術でも、助けられる状態になかった。

私は……次第に命の灯火を失ってゆくネジ兄さんを、見ているしか出来なかった。


 どうしてネジ兄さんは、最期に私の名を、呼び捨てにしてくれなかったんだろう。

日向宗家や分家は関係ない、忍び連合の仲間として共に戦っていたから、敬語や様付けなんて不要だったはずなのに。

ヒナタって、呼んでほしかった。最期の時まで分家として、跡目でもない宗家の私を様付けして居なくなってほしくなかった。


日向の呪印が、ネジ兄さんの額からほどけるように消えてゆく───


 ネジ兄さんの死を間近で見届けたのは確かに私とナルト君だったけれど……

最期にネジ兄さんと言葉を交わしたのはナルト君で、私じゃなかった。

ナルト君の腕の中で、ネジ兄さんは息を引き取った。

私は最期に、ネジ兄さんに微笑んでもらっただけだった。


 ……最期に優しい笑みを私に向けるなんて、ずるいよネジ兄さん。

その時の微笑みを言葉にしたとしたら、何て言ってくれたの?

『ヒナタが無事で良かった』

『俺の為に泣く必要はない』

『後の事は頼む。だが決して、ヒナタは死なないでくれ』

 そう言って……くれたのかな。


 ネジ兄さんを失って、私は絶望の淵に立たされた。

それはナルト君も同じだった。

でもこのままじゃいけないって……ネジ兄さんが命懸けで護ってくれた想いを決して無駄にしてはいけないって……だからナルト君と一緒に立って───



 そして私は夢を見た。

とても都合の良い夢を。

後から知ったそれは、無限月読だったそうだけれど。

 私はナルト君と結ばれて、二人の子供が居て、ネジ兄さんはその子供達のおじさんになっていて、とても穏やかな、優しい表情をしていた。

ネジ兄さん、と私が呼ぶと、ネジ兄さんは私に気づいて微笑みを向けてくれた。


『───ヒナタ、お前が望んでくれるなら、俺はずっとヒナタの兄さんとして傍に居るよ』


 うん、ずっと傍に居てほしい。

私の大好きな兄さんとして、ナルト君の義兄として、子供達のおじさんとして、家族として、ずっと幸せに───


『あぁ……だが、都合の良い夢からは、覚めなければいけない』


 え……?


『出来る事なら、未来のお前達家族とずっと一緒にいたかったが……都合の良い夢ばかり見てはいられない。──けど傍には居るから、眼には見えなくなるだけで。ヒナタや仲間達が俺を想ってくれた時、その心の中に俺は居る。ずっと……お前達を見守っていくから』


 ネジ兄さんは優しく微笑んだままでいる……でもどこか、寂しそうに私には見えた。


『さよならは……言わないよ。また逢おうな、ヒナタ』


 時が、逆流していく。

私はその流れに逆らえない。

微笑んでいるネジ兄さんが、遠のいていく。


私は必死で声を上げようとした。

ネジ兄さん、待って……いかないで……!!



 次に目を覚ました時には、ネジ兄さんの姿を眼で捜しても、どこにも居ない世界が広がっているだけだった。

……けれど、心に想えばいつだって傍に居てくれる。

だから、寂しくなんて───



「──・・・オレが守らねぇと、ネジみてぇにヒナタまで死んじまうかもしれねぇから」

 大戦から一年経って、ネジ兄さんの墓前で私にナルト君はそう言った。

「ネジのようには、させたくねぇ。ネジの想いに報いてぇんだ。ヒナタの傍に居て、この先オレが守って行きたい。ヒナタ……オレはネジを守れなかった。仲間は殺させねぇと言っといて、死なせちまった。だからこそ、ヒナタを守らせてくれ。あの時……オレはネジからヒナタを託されたと思ってる。ネジがオレと一緒に守ってくれたヒナタを、今度はオレが守ってくから」

 真摯な眼差しと共に紡いでくれたその言葉は、素直に嬉しかった。けれど私は───

「ありがとう、ナルト君。……でも私は、日向を変えて行く努力をしていきたい。私は日向の跡目ではないけれど……命懸けで守ってくれたネジ兄さんに報いたいの。宗家と分家の垣根を取り払って、呪印制度が無くても日向の家族を守って行けるように」

 そう……今の私のままじゃダメだから。ネジ兄さんに、ちゃんと認めてもらえたと私自身が思えるまでは───

「そうか……ヒナタなら、きっと出来るってばよ。オレが火影になって、日向を変えてやるってネジに言ってた手前、何だけどよ……オレが火影になる前に、日向は変われそうだな」

 ナルト君はそう言って、眩しい笑顔を見せてくれた。

……私はまだ、そんなナルト君の隣に居る資格はない。

無限月読で見た家族のようには、まだまだなれそうにない。

でももし、それが許される時が来たら、ネジ兄さんの想いと共に生きていきたいと心から想える。

ナルト君、ネジ兄さん、時間は掛かるだろうけれど見守っていて下さい。

いつか私が自信を持って、この命を大切な人と繋げていけるように───

ネジ兄さんの想いを、未来へ繋いでいけるように。



《終》


 

 

【ただひたすらに偲ぶ】

 
前書き
 ヒナタとヒマワリのネジを偲ぶ気持ち。 

 
 ──ヒナタはほぼ毎日欠かさず、従兄のネジの遺影の前に熱いお茶を供えている。

お茶が冷めた頃合には、ヒナタ自身がそのお茶を飲んでいた。

普段仏頂面のネジにしては珍しく微笑している、上忍時の遺影──

……生前のネジは、夏の暑い時期でも熱い茶を好んでいて、ヒナタは修行の後や長期任務からの帰還したネジに美味しいお茶を飲んでもらおうと試行錯誤し、「あなたの淹れてくれるお茶はいつも美味しい」と微笑して言われるまでになった時はとても嬉しかったのを、今でもはっきりと覚えている。

ネジの誕生日やその他の祝い事の日には、ネジが好物だったニシン蕎麦を遺影の前に供えていて、冷めた頃合にはやはりヒナタ自身が頂く。

──母親が毎日、ボルトやヒマワリにとっては“おじさん”のネジの遺影に熱いお茶を供え手を合わせているのを見ていた二人の子供は自然とそれを真似、ヒナタがお茶を供えると一緒になって手を合わせるようになり、ナルトも家に居る時くらいは同じようにしている。


「お母さん、ネジおじさんのお墓参り行こ!」

 ボルトはアカデミーに入り、ナルトは火影になってからというものその機会は減りつつあるが、ヒナタは娘のヒマワリと共に定期的にネジの墓参りに訪れており、夏場は専ら向日葵の花を供えていた。

「……ボルトはアカデミーでお友達と楽しく学んでいるみたい。火影のお父さんがなかなか家に居ないのは、やっぱり寂しいみたいだけど……。ヒマワリはよく私のお手伝いをしてくれるのよ、とても助かっているの」

「えへへ、おじさんほめてくれてるかな?」

「ええ、きっと『偉いな、ヒマワリ』って、頭を撫でてくれるわ」

 ヒナタは身を屈め、“日向ネジ”と刻まれた墓にそっと片手で触れる。──その感触はやはり、ひんやりとしていて、ヒナタは心が締めつけられる思いだった。


「ねえ、ヒマワリ……聴いてくれるかしら。今のあなたになら、全部じゃなくても判ると思うの」

「なあに、お母さん?」

「私ね……、ボルトとヒマワリにとってはおじさん……私にとっては、ネジ兄さんを……傷つけてしまった事があるの」

「え……?」

「あなた達には、もう一人のおじい様が居るのは……知っているでしょう」

「うん、家族を命がけで守って、早くに死んじゃったっていう……ヒザシおじいちゃんのことだよね、ネジおじさんのお父さんの」

「それ以上の事は……まだ、話してなかったわね」

「うん……」

「ネジ兄さんのお父上は──私のせいで、亡くなったの。……本当はネジ兄さんの事だってそう、私が──死なせてしまった」

「お母、さん……?」

「ヒザシ様の死をきっかけに……ネジ兄さんとの仲が、悪くなってしまって──。ある時、中忍選抜試験の予選試合というのがあって、私はネジ兄さんと闘う事になったの。ネジ兄さんはその時、弱い私に気を使ってくれて何度も棄権……自分から負けを認める事を勧めてくれたのに、私は……ネジ兄さんに敵うはずないと判ってて、気になる男の子の見てる前でかっこ悪い所を見せたくないって自分勝手になって、ネジ兄さんを怒らせるような無神経な事を言ってしまって──結局、私は予選敗退したの」

「そのあと、どうしたの……? おじさんと仲直り、できた?」

「そうね……ある時から和解……つまり、仲直り……出来て、ネジ兄さんは──私の父からお父上の死の真相を知らされたらしくて、『父の死はあなたのせいじゃない』って言ってくれたんだけど……私はずっと、責任を感じているの」

「どうして? ネジおじさんは、許してくれたんでしょ?」

「そのネジ兄さんも私が……死なせてしまったから」

 ヒナタはネジの墓に手を添えたまま、涙をぐっと堪える。

「でもネジおじさんは、お母さんとお父さんを命をかけて守ってくれたって──」

「そう言えば聴こえはいいかもしれない……けど、綺麗事では済まされないの」

 ほとんど自分に言い聴かせるように述べるヒナタ。


「ねぇお母さん……そんなに自分を責めないで? おじさんだって、きっとそう思ってると思う……」

 ヒマワリが涙声になっているのに気づき、ヒナタはハッとなって振り返り、自分の代わりにはらはらと涙を流している娘をぎゅっと抱きしめる。

「ごめんなさいヒマワリ……結局うまく、伝えられてないね……。でもボルトとヒマワリにはちゃんと知っておいてもらいたいの。ボルトにはね……日向家に昔あった“呪印制度”の事はもう伝えてあるの。それによってネジ兄さんが苦しんできた事実も……。また今度、話すわね。あなたの心の準備もなしに急に話し始めてしまって、ごめんね」

「ううん……大丈夫だよ。わたし、おじさんのこと、もっと知りたいもん。とっても強くて優しい、ネジおじさんのこと」

「ヒマワリ……」

「──お母さん、“じゅうけん”……教えて。わたし、半分“びゃくがん”みたいなんでしょ?」

「ええ、そうみたいだけど……今の所とても怒った時にしか白眼にならないわね」

「お父さん言ってたよ、わたしネジおじさんみたいにきっと天才だって。だから……使いこなせるようになってみたいの。ネジおじさんみたいに、強くなりたい!」

 ヒマワリはひたむきな眼差しを母親のヒナタに向ける。

「──判った、私のネジ兄さん持込みの柔拳を、ヒマワリに教えてあげる。きっとヒマワリなら私を軽く超えて……ネジ兄さんみたいに日向の才に愛された子になるわ」

「うん! ……おじさん、見ててね。わたし、ネジおじさんの分まで強くなってみせるよ」

 ヒマワリはネジの墓に向け、無邪気な笑顔を見せた。



《終》

 

 

【本当は、どうしたい】

(──ネジ……ネジ)


 誰かが……呼んでいる……俺を───


(そろそろ、起きなさい……ネジ)


 この優しい声は……そうか、父上……

迎えに、来てくれたのか……


「雪が積もったら、雪遊びをする約束だったろう? 昨日までは積もっていなかったが、今朝になっていっぱい雪が積もっているぞ。これなら大きな雪だるまも作れるだろうなぁ」


 え、雪……? 父上と、雪遊び……懐かしいな……


「ほら、ちゃんと起きなさいネジ」

「!? あ、あの、父上……迎えに、来てくれたのでは──」


 目を覚ますと父上が、目の前に居た。

俺の知っている生前と変わらぬ姿で。

──いや、変わっているとすれば額当てをしておらず、日向の分家の象徴たる呪印が、額に刻まれていない……

それも、そうか……父上は亡くなっているのだし、俺の額の呪印も消えている事だろう。


……それはそうと、自分の出した声に違和感を覚えた。

いつもよりとても高い声に感じる……まるで幼い頃に戻ったかのような……


「どうしたんだネジ、気難しい顔をして。まだ幼いお前にそんな顔は似合わないぞ?」

 父上はそう言いながら、布団から体を起こした俺の頭に大きな片手のひらを軽く置いた。

──その温かな懐かしい感覚に、俺は思わず瞳を閉ざし頬が緩む。

「フフ……可愛らしい顔に戻ったな、ネジ。──しかしさっきは何故驚いたような顔で、“迎えに来てくれたのでは”と、私に聞いたんだ? おかしな夢でも見たのか?」


 父上は、心配そうな面持ちで俺の顔を見つめてくる。

おかしな、夢……

夢じゃ、ない……確かに俺は、死んだはず──?


死んだ? 何の為に? ……思い、出せない。

それに俺は、父上が亡くなる前の幼い頃に戻っているかのようだ。

今のこの状況こそ、夢を見ているのでは──


「熱を出しているんじゃないだろうな……」

 父上が俺の頭に置いていた手を、今度は額に宛がってくる。

そうだ……幼い頃風邪を引いた時、何度かこんなふうにされた事も覚えている。

俺の、好きな……大好きな、強くて優しい父上──


「熱は出ていないようだが……、大事をとって今日は雪遊びはやめておこうか」

「だ、大丈夫、です。父上と、雪遊びがしたい……!」

 俺は気持ちが高揚するのを抑えきれず、そんな俺を見て父上は微笑んだ。

「フフ、そうか。じゃあまずは着替えて、朝ご飯をしっかり済ませてからだな」



 ── 一面真っ白に雪が積もった広い庭先で、俺は父上と雪遊びを楽しんだ。

本当に久し振りだった。とても懐かしい感覚だ。

幼い頃に戻った身体の違和感などすぐになくなって、思い切り雪遊びをした。

父上は俺の投げる柔らかい雪玉にわざわざ当たってくれるし、俺には避けやすいように雪玉を投げてきて、一緒になって笑ってくれる。

童心に帰るとは、この事だろうか。今の俺は幼い頃の姿なわけだし、童心も何も父上が遊び相手になってくれているのだから至極子供らしく振る舞える。──それが何より、嬉しくてたまらない。

雪まみれになりながら一緒に雪だるまも作った。

大きめの雪だるまは父上、それに寄り添うような小さめの雪だるまは俺に見立てて作った。


 ……俺はずっと、悪い夢を見ていただけかもしれない。

父上も、俺も死んでなんていないんだ。

日向の呪印も最初から刻まれてなんかいない。

自由……そう、父上と俺は自由なんだ、どこまでも。

こうしてずっと一緒に居られればいい、ただ、それだけで───


「……本当にそれでいいのか、ネジ」

「父上……?」

 それまで楽しそうだった父上の表情が、曇った。

どこか、哀しそうだ。それでいて、微笑している。

──どうして、そんな顔するの。

まるで、あの時みたいな──


『ネジ、お前は生きろ。お前は一族の誰よりも日向の才に愛された男だ』


 ──・・・!


「ネジ……お前は、本当はどうしたい」


 雪が音も無くひらひらと舞い降る中、父上は“おれ”と目線を合わせるように身を低めた。

「本当はどうしたいんだ、ネジ」

 その声は、酷く優しかった。

やめてよ父上……思い出させないでよ……

おれは……俺は、本当は───


「自分自身に囚われるな。お前の心は、自由だ。決めるのは、自分だ。……だからこそ判っているだろう、“此処”にいるべきではないと」

 ・・・・・・────


「まだ……まだ、生きていたい…よ。みんなと……大切な仲間達と、一緒に。もっと……もっと、強くなりたいから」


 熱いものが、頬に伝う。後から、後から、とめどなく溢れてくる。

「──それでいいんだ。今なら、まだ間に合う」

 父上はまた、俺の頭にその大きく優しい手を置いた。

……その手が離れてゆく時に、確信した。

俺は……そう簡単には、死ねないのだと。

父上に、“お前は生きろ”と、言われているのだから。


『さあ、戻りなさいネジ。──お前の在るべき場所へ』


 そう、まだまだ先があるはずだ。

それが、見えるまで……



《終》

 

 

【あなたに贈る一筋の風】

 
前書き
 二部ネジヒナ、日向一族。 

 
「ネジ兄さん、お帰りなさい…! 長期任務、お疲れ様です」

 ヒナタは日向邸で従兄のネジを出迎える。


「あぁ、ヒナタ様、たった今戻りま──クシュンッ」

「(あっ、ネジ兄さんが今、くしゃみを…!)」

「あ…、急にすみませ──クシュッ」

 ネジは口元を片手で覆ったままヒナタから顔を背け、再び小さくクシャミをした。

「こ、ここの所急に寒くなりましたし、任務先でも寒かったんじゃありませんか、ネジ兄さん?」

「えぇ、まぁ……」

 ヒナタに向き直ったネジの鼻が少々赤くなっている。……それがヒナタには可愛く思えた。

「すぐ、温かいお茶を用意しますねっ」

「あ、お構いなく……。ヒアシ様に任務の帰還をご報告したら、自宅に戻りますので……」

 ネジは日向当主のヒアシの元に向かい、ヒナタはいそいそと温かいお茶を淹れ従兄と父の元に運ぶ。



「──ふむ、ご苦労だったなネジよ。して……、先程からクシャミをしているようだが、風邪を引いているのではないか?」

「クシュッ……も、申し訳ありませんヒアシ様、お聞き苦しいと思われ──クシュンッ」

 ネジは手ぬぐいで口元を覆ったまま、申し訳なさそうな顔をしている。


「……自宅には戻らず、このまま日向邸で療養するといい。お前に宛がっている部屋は、いつでも使えるようにしているからな」

「あ、いえ、そこまで世話になるつもりは……」

「父上、ネジ兄さんの看病は私にお任せ下さい…!」

 そこで自信を持って名乗りを上げるヒナタに、ネジは若干の驚きを隠せない。

「え、ヒナタさ…クシュッ」

「うむ、では任せたぞヒナタよ」

 一礼をしてヒアシの部屋を後にするネジとヒナタ。


「あの、ヒナタ様、お気遣いなく……」

「大丈夫ですネジ兄さん、私が付いてますから…! さ、部屋で休まないとっ」

 ヒナタはネジの背中を軽く押しつつ部屋へ誘導する。

「──あ、ネジ兄さま。長期任務から帰ってたんだ、おかえり!」

「あぁ、ハナビさ…クシュンッ」

「えっ、なに、ネジ兄さまがくしゃみしてる!? しかも鼻赤くなってるし! だいじょぶ?」

 ネジのもう一人の従妹のハナビが心配そうに従兄の顔を窺う。

「ハナビ、ネジ兄さん風邪引いちゃったみたいだから私が看病する事になったんだよ」

 ヒナタはどこか嬉しそうに妹に報告する。

「ふーん、そうなの? ……ネジ兄さまちょうどヒナタ姉さまの誕生日に帰って来たから、一緒に誕生日会できると思ったんだけど無理そうだねぇ」

「!? そ、そういえば今日はヒナタ様の誕生日、でしたね……。ならなおの事、俺には気を遣わないで下さ──クシュッ」

「今日が何の日だろうと、そんな事より今はネジ兄さんの身体の方が心配なんです…!」

「(ヒナタ、様……)」

「姉さまもそう言ってることだし、素直に看病されておきなよネジ兄さまっ」

 姉を後押しするように従兄に言い聞かせようとするハナビ。

「判り…ましたよ、お言葉に甘えさせて頂き──クシュンッ」

「(ネジ兄さんのくしゃみ……何度見ても聞いてもかわいい……)」

 心の内でこっそりと、ヒナタはそう感じた。



「すみません、ヒナタ様……誕生日だというのに、何も用意していなかったばかりか世話を掛けてしまって」

 ネジは額当てを取り、後ろに結っている髪を解き、寝巻き浴衣に着替え床に入る。


「私の事は気にしないで下さい、ネジ兄さんの看病を出来る方が私にとっては嬉しいですし」

「そういう、ものですか……? しかし、俺の誕生日には……好物のニシン蕎麦を作って頂いたのに。あと……手編みの髪紐」

「そう簡単に切れたり解けたりしないように、しっかり編み込みましたから」

「ええ、重宝しています……。あとで、俺からあなたに何か──クシュンッ」

「今はそんな事より、風邪をこじらせないようにちゃんと休んでいて下さいね、ネジ兄さん」

「は、はい……」



 そして二日後。


「──本当にもう大丈夫なんですか、ネジ兄さん?」

「ええ、クシャミも出なくなりましたし……熱も大したことは無かったので軽い風邪だったのだと思います。あと、ヒナタ様の手厚い看病のお陰かと。……すみませんヒナタ様、付きっきりでいさせてしまって」

「私がそうしたかったから、そうしたんです。治ったみたいならいいんですけど、無理しないで下さいね?」

「はい。──それでヒナタ様、遅れてしまいましたがあなたの誕生日の……」


「くしゅんっ」


「あ……ヒナタ様、今クシャミを──」

「あっ、大丈夫です! ごめんなさい、今のはほんとにただのくしゃみ──くしゅんっ」

「軽かったとはいえ、俺の風邪が移ったのでは……」

 ネジは不意にヒナタの額にそっと片手を横に宛てがう。
……ヒナタは別の意味で顔が熱くなるのを感じた。


「熱があるように感じます。ヒナタ様、今すぐお休みになって下さい。風邪をこじらせたら大変だ」

「は、はい……分かり、ました。あの、ネジ兄さん……」

「何でしょうか」

「今度は、その……ネジ兄さんが、私の傍に……いて、くれますか」

 俯いてもじもじと消え入りそうな声で言うヒナタ。


「──言われずとも、そのつもりでしたよ」

 ネジにふっと微笑され、ヒナタは更に顔を紅く染める。

「熱が上がったのではないですか、ヒナタ様。……俺があなたの部屋まで運びましょう」

「えっ、あ……」

 あまりに自然な動作で横抱きされ、一瞬何が起きたか分からなかったが、ネジの間近の端正な顔立ちに思わず見とれるヒナタ。

「不本意であなたに風邪をプレゼントしてしまった事は、どうか許して下さいね」

「い、いいんです……! むしろ、ネジ兄さんからならいくらでも風邪を移されたって構わないし」

「フ…、何を仰ってるんです。来年の初日の出、共に見れなくなりますよ」

「ネジ兄さんが傍にいてくれたら、どこに居たって初日の出は見れるよ、きっと」

「強引な事をいいますね……。いいでしょう、俺自身があなたの初日の出になってあげますよ。──っと、我ながら妙な台詞だ」

「ふふ……ありがとう、ネジ兄さん」

 二人は互いにそっと見つめ合い、微笑んだ。


 ──ヒナタはネジとのこのささやかなひと時を、隣を歩む者が異なろうともこの先一生、忘れる事はなかった。



《終》



 

 

【繋ぐ意味を求めて】

 
前書き
 ボルト視点。 

 
 ──・・・母ちゃんのオレを見る目が、時々違う人を見てるんじゃないかって思う時がある。


「……ボルト」


 名前を呼んでくれる時も、オレじゃない人を呼んでいるような気がする時もある。

それが、母ちゃんの従兄の、オレにとっては“いとこ伯父”のネジおじさんだって気づいたのは、オレの名前が……そのおじさんから由来するって、火影になるちょっと前の父ちゃんから聞かされてたからかな。


『──ボルト、お前の名前はな……母ちゃんのイトコの兄ちゃんから来てるんだぜ。ボルトにとってはおじさんで、俺にとってネジは義兄(にい)ちゃんなんだ』

『オレの名前がネジのおじさんから“きてる”って、何でだってばさ?』

『ネジには、二つのものを繋ぐって意味がある。ネジが命懸けで守ってくれた俺とヒナタの命を未来に繋いでくれたから、ボルトは生まれたんだ。そしてヒマワリもな』


 ネジのおじさんといえば、小さい頃からオレにとっては灰色の墓のイメージだった。いつの間にか分かるようになったおじさんの命日や誕生日……。その日じゃなくても、母ちゃんと父ちゃんはオレと妹のヒマワリを連れて度々おじさんの墓を訪れてたし、どうして死んじゃったかも小さい頃から聞かされてた。

はじめのうちはよく分かってなかった。でも今なら大体理解できる。……納得しきれないことも、あるけど。


 ネジのおじさんは父ちゃんと母ちゃんの一期上で、下忍から飛び級で上忍になったらしくて、とても強くて優秀な忍だったそうだけど、じゃあ何で母ちゃんと父ちゃんを守った時死ぬ必要あったんだろう。

相手の攻撃が速すぎて、術で守ろうにも間に合わず身体を張って守るしかなくて、その時父ちゃんの傍に居た母ちゃんが咄嗟にそうしたらしいけど、そこをネジのおじさんが母ちゃんと父ちゃんを庇いに出て致命傷負ったって──それでも何か、納得いかない。

しかもおじさんが二人を守って死んだからって、どうして母ちゃんと父ちゃんが繋がったって言えるんだってばさ。オレの名前にも繋がるって言われても……何か、疑問が尽きない。


 ──父ちゃんが火影になって家に居る時間が減る一方で、母ちゃんは寧ろおじさんの墓に向かう回数が増えたと思う。アカデミーに入学したってのもあって、オレは逆に付き合う回数は減ったけど。


「ネジ兄さん」


 日向ネジ、と刻まれた灰色の墓石に向けて呼びかけ、語りかけている母ちゃんは何ていうか……すごく、他人に見えた。

それもそうだ、オレの知らない時代の人に話しかけてるんだもんな。


『ボルトには、色んな人達と繋がっていってほしいの』


 母ちゃんにいつもそう言われるんだ、オレを見ているようで見ていない優しそうな眼をしながら。

……それってさ、オレっていうよりか、オレを通してネジのおじさんに繋げてほしいってことじゃねぇの?

オレは、母ちゃんの兄ちゃんの代わりじゃないってばさ。




「──・・・母ちゃんは本当に、父ちゃんのことが好きで結婚したのかよ」

「……え?」

 夜中に目が覚めて、その時母ちゃんがまだリビングで起きてたみたいだから淡い明かりが灯る中、疑問に思っていたことを口にした。

「もちろんよ、何を言い出すのボルト」

 母ちゃんの月白の眼が、オレを真っ直ぐ見ていないのが分かる。笑顔を見せようとして、失敗して困ったような顔になってる。

「オレの名前……ネジのおじさんに由来して“繋ぐ”って意味なんだよな。母ちゃんは、ほんとにおじさんが繋いでくれたから父ちゃんと一緒になったのか?」

「・・・───」

 母ちゃんは、ふとオレから視線を逸らして、少し間を置いたあと呟くように言った。

「ネジ兄さんが、私とナルト君を命懸けで守って命を繋いでくれたから、一緒になったわけではないの。本当は、私が……私自身が、繋ぎ留めたかったから。私の中の、ネジ兄さんの存在を」

 母ちゃんは、リビングに飾ってある写真立てに目を向けた。……そこには、上忍だったおじさんとツーショットではにかんでいる笑顔の母ちゃんが写ってる。ネジのおじさんの写ってる写真は大体仏頂面が多いけど、母ちゃんと二人で写ってる数少ない写真では、微かに優しそうに笑ってるように見える。

「母ちゃん……やっぱほんとは、父ちゃんよりイトコの兄ちゃんの方が───」

「ボルト、私はね……火影になるナルト君と繋がる事で、亡くなったネジ兄さんに報いたくて、私の中にも確かに流れているネジ兄さんの血を、次世代に繋ぎたかったのよ」

「それが……オレとヒマワリだって言いてえの? ──それってさ、母ちゃんがネジの兄ちゃんのために父ちゃんを利用したってことにならねえ?」

「ナルト君も、承知の上なの。私の気持ちを、汲んでくれたのよ。ネジ兄さんが私とナルト君を仲間として命懸けで守ってくれたのなら……私とナルト君がネジ兄さんを介して繋がる事で、ネジ兄さんの生きた証も伴って未来に残していけるものがあるって──」

「それで……オレの名前がネジのおじさんに由来してボルトだってのか。だから母ちゃん、オレっていうか……やっぱオレの名前に、ネジのおじさんのこと見てるんだよな」


「それは……」

「──オレってば、母ちゃんの兄ちゃんの代わりにはなれねえよ」

「分かっているわ、ボルトとネジ兄さんは違う」

「分かってないってばさ。オレを呼ぶ度に、ほんとはネジのおじさんのこと思い出してるんだろ。オレの方は、見てないんだ。おじさんが生きてたら、オレなんて……ッ」

「ボルト…!」

 母ちゃんが強く抱きしめてくる。……それが今は、たまらなくうっとおしくて、オレは両手で突き放した。

その拍子に、母ちゃんはテーブルの角に片手を強くぶつけたらしくて、少し痛そうに顔を歪めた。

「あ、ご……ごめん、母ちゃん」

「ううん、いいのよ。私の方こそ……ごめんなさいボルト」

 その哀しそうに微笑を浮かべてオレを見つめる表情は……ほんとにオレのことを見てくれてるんだろうか。


「──どおしたのぉ、お兄ちゃん、お母ちゃん……」

 ヒマワリがオレと母ちゃんの話し声やさっきのぶつかるような音を聞きつけたのか、眠たそうに片目を擦りながら、二階から降りて来た。

「あ……ごめんなヒマワリ、起こしちゃったか?」

「ボルト……、ヒマワリを寝かしつけてあげて。私は、もう少しだけ起きてるから」

 母ちゃんにそう言われて、オレはそれ以上何も言えずヒマワリを連れて二階に上がるしかなかった。



「なぁヒマワリ……オレの名前、どう思う?」

「お兄ちゃんの名前……? かっこいいよ、ボルトお兄ちゃん」

「そっか……ありがとな、ヒマワリ。──おじさんもオレも、部品なんかじゃないよな」

「え? なぁにお兄ちゃん、よく聞こえなかった」

「あ、いや、何でもないってばさ。……ヒマワリのことは、兄ちゃんが絶対守るから、安心して眠れってばさ」

「うん、ありがと……。ヒマだって、お兄ちゃんのこと守れるようになるからね……」

 ヒマワリはかわいくにこっとしてそう言ってくれたあと、すやすやと眠りに落ちた。


守る、か……。オレはこの先、何を守っていけるんだろう。──いや、さっきヒマワリを守るって言ったばっかだし……

命を、懸けて……ネジの、おじさんみたいに……?

それがいつか、出来るんだろうかオレに。


──出来れば生きて、守り続けていきたい。


死んじまったら、それ以上守れなくなるから。

 ネジのおじさんだってほんとは──・・・生きて、守り続けたかったことがたくさんあったはずだ。

オレはおじさんの代わりじゃないけど、ネジおじさんが繋いでくれたこの命と名前、もっと先に繋げて行くくらいなら出来るはずだから……

オレにとって大切なものを守り続けていけるように、強くなるってばさ。



《終》


 

 

【螺旋と虹】

『ほら、ネジ……あっちを見てごらん』


 ヒザシは、まだ幼い息子のネジを肩車して太陽とは反対の方角を向いて空を見せた。


『わぁ……父上、あれは何ですか?』


『虹、と言うんだよ。いつも見えるわけではないが、さっきのように雨が降った後に太陽が出て、その太陽とは反対の方を見るとあんなふうに七色の虹が出る事があるんだ』

『父上、虹のところに行ってみたいです。さわってみたいっ』

『あぁ……実は虹というのは近づこうとすればするほど逆に見えなくなってしまうもので、実際に触れる事は出来ないんだよ』

『そうなんですか……』

 残念そうな息子の声に、ヒザシはある事を思いつく。


『あのように大きな虹は無理だが……、小さな虹くらいなら作れるぞ?』

『ほんと……!?』


 肩車から息子を降ろし、ヒザシは家の庭にあるホースを使い、太陽を背にしてホースの口をすぼめ、水しぶきを出すと小さな虹が現れ、幼いネジはそれを見て目をキラキラさせる。

『父上、すごいです……! ──あ、でも、さわれないんだ……』

 ホースの水しぶきで出来た小さな虹に触れてみようにも、触れようとした端から消えていってしまい、手が濡れてしまうだけだった。


『ねぇ父上、虹……にじって、自分の名前に似てますね』

 縁側に父と二人で座り、庭にやってきていた小鳥に餌を撒きながら幼いネジはふと思った事を口にした。

『どうして自分は、ネジって名前なんですか?』


『──架け橋なってほしくてな』

『……え?』


『日向一族の……宗家と分家の、な』

『……?? 自分たち分家は、宗家を、命をかけて守るんでしょう?』


『いつか……出来る事なら、お前に繋ぎ合わせてほしい。宗家と分家の垣根を越え──日向の家族として』

『………?』


『今はまだ、はっきりとは判らなくていい。──ネジ、お前の名には、虹の意味も込めているんだ。呼び訛りのような感じになっているが……。そしてもう一つ、螺旋(らせん)……ネジとも読めるんだが、お前には宗家だけではない大切にすべきものと繋がっていき、繋ぎとめていってほしい。……そんな願いも込めている』


『自分にとって、いちばん大切なのは……父上ですっ』

『はは……嬉しい事を言ってくれるな、ネジ。……だが私の事はいいんだ、お前は……お前の思う通りに生きなさい。宗家から自由になる道も、探そうと思えば出来るかもしれない』

『どうして、そんなことを言うんですか、父上……?』

 ネジはどこか不安を覚え、泣きそうな顔をする。


『ネジ、お前は私の一人息子で……愛すべき存在だからだ』

 愛おしそうに目を細め、ネジの頭を優しく撫でるヒザシ。

『これだけは覚えておいてくれ、ネジ。──日向の呪印によって籠の中の鳥にされようとも、心までは決して、縛れはしないと』



─────────



「ネジ兄さん、向こうを見て下さい。虹が出ています」

 屋外の開けた場所で修業中、突然の雨が降って来ようと構わずに続け、通り雨が去った後に「あ、」っとヒナタが何かに気づいて小さく声を出した為、修業の手を止めネジはふと空を見上げると、太陽が顔を出している反対方向に半円形の大きな虹が現れていた。


「綺麗な虹ですね……」

「そう……ですね」

「そう言えば虹って……ネジ兄さんの名前と似てますね」

「一文字違いで、読みが似ているだけですよ」

「にじ……、ニジ兄さん」

「いや、無理に当てはめなくとも……。そもそも呼びにくいでしょう」

「そんな事ないです、ニジ兄さん」

 ヒナタはどうやら、からかっているつもりではないらしくネジに向け微笑んでいる。


「ネジでいいですよ。聞きようによっては、どちらで呼んでいるか判りにくいですし」

「虹って……太陽の光がないと現れないんですよね。だけどごく希に、夜でも月の光があれば見える事があるんだそうです。──月の光も、太陽によって輝いてますから、虹はやっぱり太陽の光がないと現れてくれないんですね。それも、いつだって見えるわけじゃない……そんな儚いところが、私は好きだったりします」

「そう、ですか。俺にはよく判りませんが」


 ヒナタは空に架かる虹を見つめ、微笑んだままでいる。……ネジにとっては、複雑な心境だった。

(太陽の光──、日差しを……父上を失った俺は果たして、虹と成り得るんだろうか。日向宗家と分家の架け橋に……なれるんだろうか。繋ぎとめて、いけるのだろうか)

「……ネジ兄さん?」

(闇の中から救い出してくれたあいつが……ナルトが、太陽だとするなら──まだ、俺は……)


「ネジ兄さん…!」

「あ……はい、何でしょうヒナタ様」

「虹……、消えてしまいました」

「あぁ……そのようですね」

 下向いていたせいか、ネジは虹が消えた事にヒナタに言われるまで気づかなかった。


「ヒナタ様、俺は──・・・」

「どうかしたの、ネジ兄さん。さっきから何だか……」


「いえ、何でもありません。……今日の修業はここまでにしておきましょう」

「あ……はい、分かりました」

 ネジは虹の消えた方向を仰ぎ見据えたまま、しばらく立ち尽くす。


(あいつは……ナルトは、『火影になって日向を変えてやる』と言っていた。それを間に受けるつもりはないし、あいつもあの場の勢いで言っただけで忘れているもしれない。あいつを信用していない訳じゃない……ただ、待っているだけでは駄目なのだ。やはり、日向を内側から変えてゆくには──)


「ネジ兄さん……、何か悩み事があるなら、一人で抱え込まないで下さい。私じゃ、頼りにならないかもしれないけど……少しでも、ネジ兄さんの力になりたいから」

 先に日向邸に戻ったと思われたヒナタが、ネジのすぐ傍まで来て気遣うように述べ、ネジは若干申し訳なくなったがヒナタに微笑を向ける。

「……ありがとう、ございます。今は……その気持ちだけで十分です」


 もし、いつの日か呪印制度が廃止され、分家も宗家も関係なく、対等になれたなら──心から笑い合える未来を、ネジはそっと願わずにはいられなかった。




《終》


 

 

【誰が為、何の為に】

「──おじさんはさ、何で忍になったんだ?」


 ネジの家を一人訪ねたボルトは、唐突にそう聞いた。茶の間に通されて向き合うように座り、もうすぐアカデミーを卒業する上で、ボルトにとって“従兄おじ”のネジに改めて聞いてみておきたかったのだ。


「守るべきものの為に、強くあらなければいけなかった。里の為……というより当時は、必然的に日向一族の為にな」

「前にも聞いたことあるけど……、呪印制度のことだよな。おじさんは分家で、宗家を守らなきゃいけない立場だったって」

「そうだ。──今では呪印制度は廃止され、新たに日向の呪印を額に刻まれる者は居ない」

「呪印制度ってのが廃止されても、おじさんの額の呪印って、消えてないんだよな」


 ボルトはちらっとネジの額に目をやった。……額を覆うようにして白のヘアバンドがされていて、その両端からはサラッとした長い黒髪が流れている。

「あぁ……、日向の呪印は特殊で、刻まれた者が死に至る事によってしか消えはしない。白眼の能力を封じた上でな」

「……おじさんが分家の立場で守らなきゃいけなかったのって、オレの母ちゃんやハナビ姉ちゃんだったんだよな」

「今は立場に関係なく、家族として守りたいと思っている。……ボルトやヒマワリの事もな」

 ふっと微笑まれ、ボルトは少し気恥しくなってネジから目を逸らす。


「母ちゃんはさ、昔と違って忍者になる必要性はないし色んな道が開かれてるから、自由に自分の道決めていいって言ってるけど……、オヤジのダッセー時代とは違うクールでスマートな忍者になって、オヤジの鼻あかしてやろうっつーかさ……オレはぜってー火影にはなるつもりねーけどなッ」

「ボルトの言うそのダサい時代の忍に、俺も含まれているんだな……」

 ネジは別段、不快に感じた訳でもないらしいが苦笑を浮かべている。

「い、いや、おじさんのことダセーとは思ってねぇってば。現役の上忍だし、柔拳すげぇし……」


「──ボルト、お前は忍には向いていないかもしれないな」

「な、何だよ急に。落ちこぼれだったっつーオヤジとは違うってばさ! 成績だってそれなりに──」

「お前の言う落ちこぼれに、俺は負けた事があるんだがな」

「けどそれってアレだろ、おじさんの柔拳でチャクラ使えなくなったオヤジが九尾のチャクラもらって逆転したとかいう……、チートじゃね? それが無けりゃぜってーおじさんの方が勝ってたろ」

「ナルトがその時、俺を負かしてくれなければ……俺は闇の中で、救われないままだったかもしれない」

 遠くを見つめるような表情のネジ。

「……? よく分かんねぇけど、オレが忍に向いてないってどういうことだってばさ」

「全く向いていないとは思っていない。……ただ、俺達の時代とはやはり“覚悟”が違うとは思う。この平穏な時代に覚悟というのを強要するのは酷なんだろうが……」

「忍になるカクゴってやつ? とりあえず任務ってのをこなしてきゃいいんじゃねーかな」

「ただ与えられた任務をこなすだけというのもな……。一見平穏そうでもいつ何が迫り来てもおかしくはないし、その為に備え自身を鍛えておくというのも大事だろうと思うが……。ボルト、お前は筋が良いのに努力が足りていないように見える。そのままだといざという時、大切なものを守りきれないんじゃないか」

「平気だってばさ、そんなに努力しなくてもオレとっくに影分身使えるし、他の忍術もそれなりだし日向仕込みの掌底だって軽く使えんだからさ!」

 ボルトは強気な表情をネジに見せる。

「いや、だから……まぁ、あまり俺が口を出すべきではないんだろうが」

 ネジは小さく溜め息をつく。


「つかおじさんはカクゴっての、いつから持ったんだってばさ?」

「──日向の呪印を刻まれた時から、分家として宗家を命を懸けて守るという覚悟を持たざるを得なかった、と言うべきか……。父が亡くなってからは、“諦め”の方が強かったかもしれない」

 ネジはふと、目を伏せた。

「ネジのおじさんの父ちゃん……、オレとヒマワリにとってはもう一人のじぃちゃんだよな」

「そうだ。里や仲間、家族の為に自らの自由な意志によって、宗家の兄に代わって亡くなった俺の──。その事実を知らず、宗家に逆らえるはずもなく父はあくまで分家の立場で殺されたと思い込んでいた時期があって……俺は日向宗家の為、この籠の中の鳥の象徴ともいえる呪印と共に消える……死ぬしかない運命だと思って、諦めていたんだ」

 片手をそっと額に添えるネジ。

「そんなに、深刻に考える必要ないじゃんか。その気になれば、逃げれたんじゃねぇの?」

「そんな単純な話じゃない。宗家に呪印を使われれば頭部に激痛を与えられ、その気になれば脳の神経細胞を破壊する事も可能だからな」

「⋯⋯───」

 淡々と述べるネジの表情は読めず、ボルトは少しの間言葉が出なかった。


「おじさん……使われたことあんの?」

「さぁ……どうだろうな」

 ネジは瞳を閉ざし、ボルトの問いに対しては答えなかった。


「俺が諦めるのをやめられたのは、お前の父親……ナルトのお陰なんだ。『運命がどうとか、変われないとか、そんなつまんないことメソメソ言ってんじゃねぇよ。お前はオレと違って、落ちこぼれじゃねーんだから』──と、言ってくれてな」

「ふーん……、そりゃおじさんはオヤジと違って天才だもんな」

 何の気なしに言ったボルトに、ネジは少し困った微笑を浮かべる。

「……凡小にすぎないよ、俺は」

「ぼんしょう……?」

 ボルトは聞き慣れない言葉に首を傾げるが、ネジは意味を教えてやるでもなく話題を変える。


「──ボルト、俺は正直、この先のお前が心配だ」

「は…? 何言い出すんだってばさ」

 ネジの表情は、微かに憂いを帯びている。

「お前はどこへ向かおうとしているのか……お前に秘められた力は何なのか、お前が守るべきものは何か──俺には、ボルトを見守るくらいしか出来ないからな」

「変な心配すんなよおじさん、オレなら大丈夫だって! とりあえず下忍になって、おじさんみてぇに飛び級で上忍にでもなってみせるってばさ」

「そんな簡単に捉えられても困るんだが……。まぁ、ダサい時代の人間が新しい世代にとやかく言った所でぼやきにしかならないな。──自分を見失わない程度には、お前の好きなようにやっていけばいい」


『……お兄ちゃーんっ?』


「あ、ヒマワリの声だ」

「ボルト……そろそろ時間だ、ヒマワリと一緒にお帰り。お前と色々話せて、良かったよ」

「あぁ、オレも──⋯あれ、ネジおじさん?」




「──ボルトお兄ちゃんってば!!」

「うわッ、何だってばさヒマワリ…!? 近くでいきなり大きな声出さないでくれよ。……なぁヒマワリ、ネジのおじさんどこ行ったか知らね? 急に居なくなっちまって──」

「え? ネジおじさんの夢見てたの? いいなぁ、ヒマもおじさんの夢見たいなっ!」

「何言ってんだってばさ、ついさっきまでオレの目の前に……」

「お兄ちゃん、離れのおじさんのお家に来て寝ちゃってたんでしょ? ヒマも一緒に行くって言ったのに、お兄ちゃん今回は一人で行くとか言うから……。ヒマはハナビお姉ちゃんと日向のお家で待ってたんだけど、戻って来るの遅いからヒマが迎えに来てあげたの! そしたらお兄ちゃん、おじさんのお家の中で眠っちゃってて何だか寝ごと言ってたよ?」

「へ…? 夢……??(──そっか、ネジおじさん、居ないんだった……。けどオレ、何か一人でおじさんの家に行きたくなって───)」


「お兄ちゃん、首飾り外れてるよ?」

 妹のヒマワリに言われて、いつも身につけているはずの捩れた形状のペンダントがいつの間にか外れ卓上に置かれているのに気づいたボルトは、不思議に思いつつも自分の首元にそっと掛け直す。

(ネジのおじさんの夢見てたのは覚えてるけど、何言われたかはヒマワリに起こされた時に忘れちまったな……。何か、心配されてた気がするけど……オレってば、大丈夫だよな)



《終》


 

 

【暮れなずむ淡き想い】

 
前書き
 二部ネジ、ハナビ。 

 
 日向家にて。

「──えっ、兄さま明後日から長期任務なの?」

「ええ。……何か、問題でも?」

「別に、何もないけど……」

 上忍の従兄のネジが長期任務になるのは何も珍しい事ではないが、その時のハナビはつい、残念そうな表情と口調になってしまう。

(わたしの、誕生日……去年も確か兄さまは任務だったよね……。仕方ないけど、今年もかぁ)


「ハナビ様、今から修行をつけて差し上げましょうか?」

 小さく溜め息をついたところに、従兄が何の気なしな表情で聞いてくる。

「え、いいの? 長期任務前で忙しいんじゃ──」

「前日の明日に準備を整えるので問題ありません。……ハナビ様にその気がないなら、修行はやめておきましょう」

「ううん、ネジ兄さまと修行する。…じゃあ、お願いします!」

「判りました。では、始めましょう」

 日向家敷地内の開けた場所で、ネジとハナビは修行を開始した。


「──八卦掌、回て…わっ!?」

 ある程度組手を行ってから、ハナビはネジから指導を受けつつ回天を繰り返すが、まだ安定には程遠く何度もバランスを崩しては尻もちをついてしまう。

「……ここまでにしておきましょう、ハナビ様」

 ネジが手を差し伸べ、ハナビを引き起こす。

「はぁ、はぁ……。まだまだだね、わたし……。早く父上やネジ兄さまみたいに、回天を使いこなせるようにならなきゃ……!」

「焦らずとも、ハナビ様ならそう遠くないうちにきっと使いこなせるようになりますよ」

 ネジは微笑しつつそっと、ハナビの頭部に片手を添えた。

「え…、兄さま、今わたしの頭撫でた……?」


「いえ、糸くずのようなものが付いていたので」


 ハナビは顔が熱くなるのを感じたが、直後の従兄の言葉で一気に気持ちが萎えてしまう。

(糸くずって、つまりゴミが頭に付いてたってことでしょ……。もう、勘違いさせないでよっ)


「ハナビ様、少し早いですが今のうちに言っておきますね。──誕生日、おめでとうございます」


「え? ……えっ? 急に、なに…!?」

 不意打ちを食らって思わず声がうわずるハナビ。

「明日は長期任務前の準備をしなければいけませんし、当日は早朝に出てゆかねばならないので今のうちに……。それとも、俺の勘違いでしたか? ハナビ様の誕生日が近いのは……」

「そ、そうなの! わたしの誕生日、もうすぐ…! お、覚えててくれたんだ、ありがとう……」

「いえ、去年は任務で普通に忘れていましたし、その前までは気にも留めていなかったので、今年くらいは──」

 僅かに恥じ入った様子でネジは顔を逸らす。


「ではハナビ様、俺はこれで失礼します」

「あ、うん……。ネジ兄さま、長期任務がんばってね。兄さまなら心配いらないと思うけど……気を付けてねっ」

「ええ、──それでは」


(? あれ、頭に何か……)

 ネジが去ったあと、ハナビがふと気づいて片側の頭に手をやると、何か硬いものが当たっので取ってみる。

(三日月の、髪飾り……!)

 優しい黄色味の三日月形の髪飾りを、ネジはそっとハナビに付けてくれていたらしい。

(糸くずのようなものが付いてた、なんて嘘ついちゃって……。粋なことしてくれるじゃない、ネジ兄さま)

 ハナビは自分が思ってる以上に嬉しく感じているのを抑えきれず、顔をほころばせた。



───────



「ハナビお姉ちゃん、その髪飾りキレイだね!」

「ふふ、そうでしょう? 私の大切な人から貰った物なのよ」

 三日月の宵に、日向家の縁側で姪っ子のヒマワリに自慢げに見せるハナビ。

「あー、もしかして……ハナビお姉ちゃんの好きな人からもらったんでしょ!」

「ふふ……、まぁね~」

「ねぇねぇ、どんなひとー?」

「秘密よ、ひ・み・つ」

「えー、ハナビお姉ちゃんずるーいっ!」

「ヒマワリがもう少し大きくなったら、教えてあげようかな~?」

「ほんと!? やくそくだからね、ハナビお姉ちゃん!」

「ええ、約束──⋯」



(ネジ兄さま、ヒナタ姉さまと一緒に必ず帰って来てよね! 約束だよ?)

(判っています、ハナビ様。必ず帰って───)



「……お姉ちゃん? ハナビお姉ちゃん!」

「──え?」

 ヒマワリの声で我に返るハナビ。

「泣いてるよ……だいじょうぶ? ハナビお姉ちゃん」

「あ……だ、大丈夫よヒマワリ。心配させちゃってごめんね……」

 知らぬ間に頬を流れ落ちていた涙を、ハナビはそっと拭う。


(ネジ兄様……私、本当は───)


「ハナビお姉ちゃん……ヒマがついてるから、さみしくなんかないからね?」

 ヒマワリがぎゅっと抱きしめてきてくれる。

「そう……ね。ヒマワリ、ありがとう……」

 ハナビもぎゅっと抱き返す。


(この子の血にも……、あの子の……ボルトの血にも、ネジ兄様の血が受け継がれてる……。ヒナタ姉様とナルト義兄さんを身を挺して守った兄様の分まで、私がこの子達を守っていくから……。どうか、見守っていて、ネジ兄様───)



《終》


 

 

【義理チョコと蕎麦打ち返し】

 
前書き
 二部ネジとハナビの、バレンタインとホワイトデーの短篇。 

 
「ネジ兄さま、これ……あげる。義理だけど」

 従兄のネジを日向家の裏庭に呼び出して、特に何とも思ってない風を装い、つと四角いシンプルな小箱を差し出すハナビ。


「要りません」


 無表情で余りにもきっぱりとネジに断わられ、ハナビは唖然とする。

「えっ、ちょっと、いきなりそれないでしょ! 一応手作り……」

「今朝、何故か俺宛てに大量のチョコやらクッキーが届きまして……、迷惑なのでこれ以上要りません」

 しかめっ面でハナビから顔を逸らすネジ。


「あ、そゆこと……。よかったじゃないモテモテで。ネジ兄さま上忍で優秀だし美形だもんねー」

「下らない……。そんな事はどうでもいいんです」

 ネジは仏頂面のまま目を閉じて溜め息をつく。


「で? どうするの、その大量のチョコやクッキー……、一人じゃ食べきれないよねぇ」

「他の奴らにくれてやりますよ、俺は食べる気ないので」

 至極どうでもよさげなネジに、段々と腹が立ってくるハナビ。

「うわっ、ヒドいことするよねぇ。くれた子達のこと少しは考えなよ! 送られて来た中に、ヒナタ姉さまの手作りとか入ってたらどうするわけっ?」

「……有り得ませんよ」

 従兄の素っ気ない態度がどうもハナビは気に食わない。


「ふーん、まぁいいけど。……えいっ」

「───⋯」

 四角い小箱から手作りの丸いチョコをひとつ取り出し、ハナビが投げて寄越してきたのでネジは片手でキャッチした。


「はい、ナイスキャッチー! ……せっかく作ったんだし、1個くらい食べてよ」

「仕方ないですね……」

 一口大の丸いチョコを半ばヤケになって口の中に放り込むネジ。

「⋯───」

 少しの間仏頂面でもぐもぐしていたが、急にサッと背を向けて微かに震え出す。


「あー、ひょっとして美味しすぎて震えちゃってるっ? もっと食べる~? ネジ兄さまってあんまり甘いの得意じゃなさそうだから、辛い調味料とか色々入れてみたんだけど!」

 ハナビに悪気があったわけではないらしいが、ネジは背を向けたまま何も言葉を返さない。

「あれ、おかしいなぁ……もしかして辛すぎたっ? わたしが味見した時は大丈夫だったと思うんだけど……。ご、ごめんね、ネジ兄さまっ」

「──いえ……これはこれで、癖になる味のような気もしますが……」

「ほ、ほんと? 無理しなくていいんだからね……って、大丈夫っ?」

 背を向けている従兄の顔色を伺おうとハナビが近寄って覗き見ると、口元を覆ったまま眉根を寄せてネジは涙目になっていた。……ハナビは一瞬それを見て吹き出しそうになったが我慢した。

「あー、ほんとにごめんね兄さま……。残りは責任持って自分で食べるから……」

「いえ……、残りはあとで頂きますので、貰っておきます」

 ネジは口元を覆ったままで、ハナビの持つ残りの激辛チョコ入りの小箱を受け取った。

「ほんとにいいの? 何なら捨てちゃってもいいんだからね」

「そんな事はしません、一気に食べるのはさすがに無理がありますが……あとできちんと頂きます。──では、これで失礼します、ハナビ様」

 ネジは涙目のまま、サッとその場をあとにした。

(水……早く飲みたかったんじゃないかな……。ちょっと悪いことしちゃったけど、まあいっか。手作りチョコ渡せたし……。お返しっていうの、してくれるかなぁ、ネジ兄さま)



─────────




「──ねぇ兄さま、お返しは~っ?」

「は…? 何の事です」

 ハナビの唐突な言葉に、キョトンとするネジ。


「バレンタインの……お返しってやつ」

「……そんなものありましたっけ」

 従兄が素知らぬ顔をするので、ハナビは機嫌を損ねたふくれっ面でそっぽを向く。


「ふーんだ、いいよ別にっ」

「──何か、欲しい物でもあるんですか?」

 ネジは仕方ないと言わんばかりに小さく溜め息をついてハナビの要望を聞く。


「そりゃそうでしょ、わたし手作りチョコ兄さまに作ったんだし、何かネジ兄さまの手作りが欲しいってゆうか……」

「それは、あなたの宗家としての命令ですか」

 無表情に述べるネジが、ハナビには一瞬酷く他人に思えたのが嫌で、その言葉を否定するように声を高める。


「そんなんじゃない! 兄さまの、従妹として言ってるの」

「フ……そうですか。では……俺の手打ち蕎麦でも食べますか?」

 ネジはハナビに、ふと微笑した。


「えっ、渋っ! 手作りお菓子とかじゃないの?」

「……嫌なら作りません」

 従兄に微笑まれて顔が熱くなったのを誤魔化すように、ハナビが嬉しい気持ちとは裏腹に不満げな事を言ったのに対し、ネジは途端に仏頂面になって顔を背ける。


「た、食べる! 食べたいっ、ネジ兄さまの手打ち蕎麦!」

「──ならば離れの俺の家へどうぞ。作る所を始めからお見せしますよ」

 ドヤ顔ともとれるネジに、ハナビは期待が高まるのを感じた。



「わぁ……本格的だねぇ。蕎麦打ちなんてどうやって覚えたのっ?」

 ネジの家に招かれたハナビは、蕎麦打ち専用の道具とネジの手際の良さに目を見張る。

「ニシン蕎麦が好きなのが高じて……、自分で一から作ってみたいと思うようになり、贔屓にしている蕎麦屋の店主に直々に教わったんですよ」

「ネジ兄さまって、凝り性だねぇ……」

「蕎麦打ちは時間との勝負です。打ちたて、茹でたてが一番美味しいんですよ」

 ハナビが見たこともないように生き生きと話すネジ。


──そうこうしてるうちに蕎麦が出来上がり、ハナビは早速出来たてを頂いた。

「う~ん……すっごく美味しい……! ネジ兄さま、これならお店くらい簡単に出せちゃうんじゃないっ?」

「いえ……俺などまだまだですよ。もっと高みを目指さなければ──」

「忍者と蕎麦打ちの二足のわらじ……ネジ兄さまなら極められそうだよきっと!」

「そう……ですかね」

 ハナビに言われて、まんざらでもなさげなネジ。


「いずれ、ニシン蕎麦も作ってあげますね。……楽しみにしていて下さい、ハナビ様」

「うん! ふふ、期待してるよネジ兄さま!」



《終》


 

 

【夢酔(ゆめよい)】

 
前書き
 BORUTO版ハナビと二部ネジの話。 

 
「──⋯おい、おいお前……大丈夫か」

 肩を軽く揺さぶられ、朧気に目を覚ます。

(あら……? 私ったら、お酒の席でつい飲み過ぎていつの間にか寝ちゃったのかしら)

 少し痛む頭に片手を添えながら、横たえていた身体をゆっくりと起こす。

「頭痛がするのか? 立てないようなら、病院に連れて行くが」

 その落ち着いた懐かしい声音に、朧気な意識がどんどん覚醒していき、すぐ近くで片膝を付いて怪訝そうに見つめてくる存在に、ハナビは目を見開いた。

「えっ、ネ…っ」

「?」

「ネジ兄様!?」

 目の前に居るのは、上忍当時の白装束姿の従兄、日向ネジだった。

「何者だ、お前……。白眼であるという事は、日向の者か? だが見覚えが──」

「あぁ……私ったら、酔いが回ってきっと幻を見ているのね……」

 ハナビはじわっと眼に涙が滲むのを感じた。

「上忍当時そのままの姿で……私より歳下になっているなんて。私、どんどん兄様より歳上になっているのよ……? それでも私にとって従兄は、ネジ兄様だけだから──」

「先程から何を言っている。幻術にでも掛かっているのか?」


「……兄さま、どうしたの? 何かあった?」

 修行着姿の少女が二人の元にやって来る。

「え、誰その女の人……わたし達と同じ白眼だけど、日向家に居たっけ?」


(あら……? 髪が短い頃の、昔の私……??)

 自分の面影を持つ少女と、互いに不思議そうに見つめ合う。

「ハナビ様、離れていて下さい。……こいつは、得体が知れない」

 従兄は少女の方に警戒を促し、女を油断なく見据えたまま片膝を付いていた姿勢から立ち上がる。


「それで……お前は何者なんだ。何故俺の名を知っている」

「だ、だって私は、日向ハナビで……ネジ兄様の、従妹の──」

 ハナビは咄嗟に嘘をつく気になれず、おもむろに立ち上がって口ごもりながらも正直に言う。

「え…? 日向ハナビはわたしだよ! それにネジ兄さまの従妹もわたし! あなたほんとに何者っ? 変化はしてないみたいだけど……」

 少女の方のハナビは白眼を発動して大人ハナビをまじまじと見つめる。


「わ、私多分、ついお酒飲み過ぎて寝ちゃって、夢でも見てるんだと思うのよね。じゃなきゃ過去の私とネジ兄様に逢えるはずないもの……」

「……お前、そんなに飲むのか?」

 従兄が眉をひそめたので、若干焦るハナビ。

「それほど強いわけじゃないけど、嗜むくらいには──」

「えっ、あなたにとってわたしとネジ兄さまが、過去……? それじゃあなたは、未来の大人のわたしだっていうの…!?」

「そうなるのかしらねぇ。……昔の私も案外可愛いわね」

 ハナビは過去の驚いている自分にいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「──ハナビ様が修行をつけてほしいと言うので相手をしていた所、妙な気配を感じて竹林の奥に倒れているお前を見つけたのだ。……これがお前の夢の中だというなら、都合良く俺達を動かしてみたらどうだ」

「あ、そうよね。夢の中って判って目が覚めないなら、私の都合良く動かせるはずよね!──じゃあネジ兄さま、私と手合わせ願えないかしら」

 ハナビは強気な笑みを見せ、従兄は怪訝な表情になる。

「……そんな事でいいのか?」

「昔は到底敵わなかったけど、今の私なら互角か……それ以上に闘えると思うのよ。夢の中だからって都合良く勝とうとは思わない……純粋に、上忍当時のネジ兄様と手合わせしてみたいの」

「ほう……?」

 従兄は少し面白くなってきたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべる。


「ちょっと待って、あなたの未来のネジ兄さまはどうしてるの? 今の兄さまよりもっと強いはずだよね。やっぱりわたしが大人になっても敵わない?」

「そう、ね……。きっとそうだったと思うわ。──兄様より歳上になった私が、過去のネジ兄様相手に勝ってみせたとしても自慢にならないけど、それでも試してみたいのよ」

「兄さまより、わたしが年上になった……? それって──」

「ハナビ様、出来るだけ離れていて下さい。……どうやら、未来のあなた相手に本気を出さなければならないようだ」

 ネジは六歳下の従妹のハナビの疑問を遮り、自分より歳上のハナビを前にして柔拳の構えをとり白眼を発動する。

「未来のハナビ様とやらのお手並み……、拝見させてもらおう」


───────


「八卦掌、回天!!」

「──ほう、流石に使いこなせるようになっているらしいな」

 普通の人間には到底捉えられない動きで互いに柔拳を放ち合い、大人のハナビの繰り出す素早い回天を辛うじて躱したネジはどこか嬉しげな笑みを浮かべている。

「それはそうよ……日向の跡目として、修業は欠かさないわ。一族の子供達にだって、柔拳を教えているのよ。宗家分家関係なしに、対等に回天だって教えているんだから!」

 六歳離れていた従兄と漸く対等になれた気がして、ハナビも内心嬉しさで心が満たされる想いだった。

(そうか……、日向一族にとって──俺にとって、理想的な未来になっているようだな)

 ネジは感慨深げに瞳を閉ざす。


「ほらネジ兄様、油断してると痛い目を見るわよ! 八卦空──」


「もうっ! 大人のわたしもネジ兄さまも、ズルいよ!!」

 年下のハナビが大きく声を上げ、歳上のハナビとネジの動きを止める。

「そんなに楽しそうに手合わせして、うらやましいよ。──未来のわたしの夢だろうと何だろうと関係ない。ねぇ、教えてほしいの。どうしたら“わたしの未来”にネジ兄さまを存在させてあげられるの? あなたの世界にはもう……兄さまは居ないんでしょう」

「───⋯」

 年下のハナビはその事を察し悲しげな表情をしており、大人のハナビは俯いて目を伏せ、当のネジは無表情で黙っていたが、歳上の方のハナビが何か思い立ったように顔を上げる。


「そうだわ……これはきっと、夢なんかじゃない。醒める必要もないんだ。このまま私が過去に居れば、ネジ兄様を守れるはずよ。十代前半の当時は大戦に参戦出来なかったけれど、今の私なら───」

「寝言を言っていないで、さっさとこの夢から醒めたらどうだ」

 冷たい口調で歳上のハナビの言葉を遮る従兄。


「俺がどのような形で死ぬ運命だろうと……、過去は変えられない」

「ネジ兄、様……」

「もういいだろう。──お前は、元の居場所へ還れ」

「だけど、私はっ」


 つと、不意打ちに人差し指で従兄に額を小突かれるハナビ。

「え、あ……」

 すると急速に意識が遠のくのを感じ、身体がふらつく。


「簡単な事だったな。……そのまま、眠るといい」

「だ、駄目よ兄様……、私、きっとネジ兄様を、助ける為に……っ」

「その気持ちだけは、受け取っておく。──ありがとう、ハナビ」


 薄れゆく意識の中、最後に見たのは、従兄の儚げで優しい笑みだった。



《終》


 

 

【比べられぬもの】

 
前書き
 アニボルのボルトの誕生日をアレンジした話。アカデミーに入る前のボルトで、ネジは生存している設定。 

 
「どーせ父ちゃんは今年も火影で忙しくて帰って来れないからって、代わりみたいにわざわざ来てくれなくてもいいのにさ。…おじさんも忙しいんだろ?」


 夕刻、自分の誕生日に家に訪れた“いとこ伯父”のネジを、ふてくされた顔でボルトは出迎える。

「もう、ボルトったらそんな言い方して……。ネジ兄さんに来てくれてありがとうって言うべきでしょう?」

「いや……俺が来ようと思って勝手に来ただけだ、それこそ気を遣わなくていい」

 台所にいるヒナタが控え目に言って聞かすが、ネジは特にボルトの態度を気にしたわけでもなく手提げ袋を手に、うずまき家に上がらせてもらう。


「ネジおじさん、いらっしゃーい! …ねぇねぇ見て、ママと一緒にお兄ちゃんのためにケーキ作ったんだよ! 他のお料理もいっぱいお手伝いしたの!」

「そうか、偉いなヒマワリ」

「えへへー」

 ネジに頭を片手で優しくぽんぽんされ、ヒマワリは嬉しくなって顔をほころばせる。


「それで……ボルト、これは俺からの誕生日プレゼントだ」

「……? 巻物がいっぱい入ってる」

 大きめの手提げ袋をネジから渡され、怪訝そうに中身を見るボルト。

「ボルトももう少しでアカデミーに入るわけだし、それに見合った教材を一式──」

「おじさん分かってねーなぁ、最近新しいゲームが出たってのにさ……」

 ボルトの不満げな顔に、ネジは機嫌を損ねるでもなくすぐ謝っておく。

「そうか……すまなかった。俺はどうもそういう物には疎くてな」

「い、いいって、別に……せっかくだし、使わしてもらうってばさ。ありがとな、おじさん」

 ボルトの方が若干申し訳なくなり、一旦二階へ上がって自分の部屋に入り机の上に手提げ袋をそっと置いてまた階下のリビングに戻る。

──ヒマワリがいっぱいお手伝いしていつもより豪華な料理と手作りケーキを囲み、父親のナルトの代わりにネジおじさんの居るボルトの誕生日パーティは、ケーキひと切れだけを残してささやかに過ぎていった。


「……これさ、新しいカードゲームなんだけど、おじさんは知らないよなぁ?」

「うむ、知らん」

「しょうがねーなぁ、オレが教えてやるから勝負しようぜ、おじさん!」

「ヒマもやるー!」

「ふふ…、私も洗い物終わったらまぜてもらおうかしら」

 ボルト、ネジ、ヒマワリ、ヒナタはカードゲームに興じ、そんな中なぜかおじさんばかりが負けてしまいネジはがっくりと肩を落とす。


「……またしても俺か」

「あはは、おじさんどんまーい!」

「ネジ兄さん、昔からカードゲームは得意じゃないのよね……」

「おじさん、面白れぇくらい弱いのな……。けどこれじゃ勝負になんないってばさ、父ちゃんとならいい線行くのに──」


 ボルトの一言で、その場の空気が微妙になる。

「あ、いや、別に父ちゃんは関係ないっつーか……。ごめん、何かオレ……もう寝る」

 ボルトは居た堪れなくなり、一人立ち上がる。

「ネジおじさん、今日は来てくれてありがとうってばさ。その……、嬉しかった。じゃあ、おやすみっ」

 その言葉に嘘はなく、ボルトは若干照れた様子で二階へ駆け上がって行った。


「──ねぇおじさん、ヒマに絵本読んで!」

 ヒマワリのその屈託のない声に、ネジはふと我に返る。

「あぁ、いや……ヒマワリもそろそろお休みした方がいいんじゃないか?」

「うん、だからおやすみ前にネジおじさんに絵本読んでほしいの!」

「ネジ兄さん、そうしてあげて。ヒマワリも喜ぶから」

 従妹のヒナタもそっと促す。

「あぁ……判った」



───────



 ……ソファで絵本のお話をしばらくネジが読み聞かせていたところ、ヒマワリはいつの間にかネジの膝の上ですやすやと眠ったらしかった。

「ふふ、ネジ兄さんの読み聞かせがヒマワリには子守唄になったみたいね」

「そんな事は、ないと思うが……」

「ヒマワリを、部屋に寝かせてくるわね」

 ヒナタはそう言ってヒマワリをネジの膝からそっと抱き上げる。

「じゃあ、俺はこれで帰るとするよ」

「待って、ネジ兄さん。……少し、二人でお話しない?」

「ん……?」

「先にヒマワリをベッドに寝かせてくるから、ちょっと待ってて」

 ネジは立ち上がった姿勢から、再びソファに腰を下ろした。



「──ネジ兄さんはお酒よりお茶が好きだものね、今淹れるから」

 ヒナタは盆に二人分の湯呑みを用意し、熱い茶を淹れて従兄の元に運ぶ。

「ありがとう、ヒナタ。……それで、俺に何か話したい事があるのか?」

「あの子の……ボルトの事、なんだけど」

 ネジは茶を受け取って少し口に含み、ヒナタは顔を俯かせた。

「あぁ……、俺が来る事で逆に、気を遣わせてしまっただけかもしれないな」

「そんな事はないわ、あの子なりに楽しそうにしていたもの」

「楽しそうにしてくれていたのであって、実際はやはり父親のナルトでなければ寂しいんだろう」

「寂、しい……。そうよね、母親の私でも、ボルトの寂しさは埋められないのよね。私、なかなかあの子の事を分かってあげられなくて……。寂しいのは、私もヒマワリも同じだけれど……ナルト君にとって、里のみんなが家族だから──」

 ヒナタは手元の湯気の立つ茶を見つめたまま続ける。

「でも実際、家族を早くに亡くした人からすれば、とても恵まれていると思うの。火影の責務で家にはなかなか帰って来れなくても同じ里に居るわけだし、ボルトは全くナルト君に会えないわけじゃない。……家族が健在でも、疎遠の親子だって存在するし……」

「そうだな……ボルトは、恵まれているとは思う。だが、わざわざ他と比較する必要もないんじゃないか。そんな事をしていたら、ボルトは我が儘だと言っているようなものだ」

 感情は特に表わさず、静かな口調で述べるネジ。


「そう……よね。寧ろ我が儘なのは、私なのかもしれない……。私もヒマワリも我慢しているんだから、ボルトも我慢しなさいって、言っているようなものなのよね。あの子はあの子なりに、我慢しているのに」

「ヒナタは無意識の内に……いや、意識的にも自分やナルトとボルトを比較しているんだろう。──俺に対してもそうだ」

「……え」

「親を早くに亡くしたという意味では、ナルトも俺も似たようなもので、寂しかったというのも事実だ。……気づいた時から親が居ないのと、途中から失うのとでは、また意味合いが違ってくるだろうが」

「────」

 微かに揺れる茶の湯面にうっすらと映る自分の顔が、酷く動揺しているかのように感じるヒナタ。


「お前は、父親に妹と比較され、嫡女だが跡目から外された。……名門の家に居づらかったのは判る。今でこそ家を出た上で表向きは父と妹と仲良く出来ているように見えても、根底にある拭いきれない寂しさを、未だに抱えているんだろう」

「それは……、ネジ兄さんも、なんでしょう。今でこそ、私も兄さんもこんな風に話していられるけど、根底にある寂しさはネジ兄さんだって──」

「なら俺がボルトに直接言ってやればいいのか? ……俺の父は、俺が四つの時に亡くなって寂しい思いをしたが、ボルトには火影として立派に働いている父が居て、なかなか家に帰って来れないとはいえ俺と違って全く会えないわけじゃない。だから我が儘を言うな、我慢しろと」

 ネジはあくまで静かな口調は崩さず淡々としており、ヒナタにはネジの表情が読み取れず目を伏せる。

「⋯⋯──」

「他人だろうと身内であっても、寂しさを比較するものじゃない。……せいぜいしてやれる事があるとすれば、その寂しさを少しでも紛らわせてやるくらいだろう。それが本人にとって、余計なお世話だとしても」


「ごめんなさい……私、自分勝手な事ばかり…っ」

 母親として自分が余りにも不甲斐なく感じヒナタは、はらはらと涙を零す。

「すまん……俺も少し言い過ぎたな」

 抑えていたものを絞り出すように涙する従妹を、ネジはそっと慰めるようにヒナタの頭に優しく片手を置いた。

「俺では……このうずまき家の太陽であるナルトの代わりは到底務まらないが、俺なりに陰ながら支えて行きたいと思っているよ。俺もそんなにしょっちゅう来れるわけではないが、なるべく力になるから」

「うん……ネジ兄さん、いつも本当に、ありがとう……。いつまでも情けない従妹(いもうと)で、ごめんね」

「こらこら、自分を卑下し過ぎるのはヒナタの悪いクセだぞ。お前はお前なりによくやっているよ、自信を持て」

 ネジは微笑してヒナタの頭をぽんぽんし、目に涙を浮かべながらヒナタもネジに微笑み返した。


「さて、今日はもう流石に帰らなければ……」

 ネジはソファから立ち上がって玄関の方へ歩き出し、ヒナタもそれに続く。

「引き留めちゃってごめんなさい、ネジ兄さんも色々忙しいのに」

「大丈夫だ。俺で良ければ、いつでも頼ってくれていい」

「うん、今日は本当にありがとうネジ兄さん。それじゃ、おやすみなさい……」

「あぁ、お休みヒナタ。……またな」



《終》


 

 

【雨の向日葵】

「──⋯ネジ、今日は少し遠くまでお出かけしようか」

「はい! 父さま、どこへ行くんですか?」


「フフ、着いてからのお楽しみだ。私はお前を抱っこして行くから、お前は目をつむっているんだよ。覚えたての白眼を使ったら、駄目だからな?」


──────


「さぁネジ、もう目を開いてもいいぞ」

「わぁ……、ひまわりがいっぱい…! うちの庭よりいっぱい咲いてる!」



──そこは、背の高い向日葵が咲き乱れる向日葵畑だった。

父ヒザシは幼い息子のネジを肩車し、迷路のような向日葵畑を共に散策する。

ネジは向日葵と同じくらいに背が高くなった気分で向日葵に触れ、楽しそうにしている。

……それから、どれくらいの時間が経ったろう。

 ふと、肩車から降ろされる。


「ネジ……そろそろ私は、行かなければいけない」

「え? もう帰るんですか…?」

「違うんだ……先に、行かなければいけないんだよ」

 目線を合わせるように身を低め、どこか哀しそうにヒザシは微笑する。

「独りで……帰れるな、ネジ?」

「いやです、父さまといっしょに帰りたい……!」

「すまないな……この先へは一緒に行けないんだ」

「どうして、父さま……?」

「追いかけて来てはいけないよ、戻れなくなるかもしれないから」

 ヒザシはおもむろに立ち上がり、幼い息子に背を向けて歩き出す。

「まって父さま、行かないで…っ」

 追いかけようとするが、父親はどんどん先へ行ってしまい追いつけず、とうとう向日葵畑の中に姿が紛れて分からなくなる。覚えたての白眼を使ってみても、その姿を捉える事は出来なかった。

「父さま……どうして、いなくなっちゃったの……?」

 幼いネジは背の高い向日葵畑の中で蹲り、後から後から流れ出る涙で小さな膝を濡らした。



「──⋯ねぇ、あなたはどうして泣いてるの?」

 不意に声がして顔を上げると、自分と同じくらいの年頃の子が不思議そうな顔をして身を屈め、こちらを覗き込むように見ていた。


「わたしね、ヒマワリっていうの! あなたは?」

「ネジ……、ひゅうがネジって、いうんだ」

「へぇ…! ヒマのおじさんと、おんなじ名前だね!」

 女の子は顔を輝かせた。

「ヒマはね、おじさんと一緒にひまわり畑に来たんだよ! だけど、いつの間にかはぐれちゃったの!」

 その割に女の子は楽しそうにしている。

「ネジくんは、パパとはぐれちゃったの?」

「パパじゃない……父さまだよ」

「そっかぁ……じゃあヒマといっしょに、父さまとおじさんさがそ!」


 ヒマワリという子はネジの手を引いて立たせ、そのまま一緒に向日葵畑を駆け出す。

「あははっ、たのしいねぇ!」

「た、たのしくなんかないよ。はやく父さまを見つけなきゃ──」

「わっ」

 ヒマワリという子は何かにぶつかったみたいに、急に足を止める。


「……あ、ネジおじさん!」

 その呼びかけに幼いネジが顔を上げると、自分の父親の面影を持った人物が少し驚いた表情でこちらを見下ろしていた。

「ヒマワリ……すまない、何故だか白眼が一時的に使用出来なくなって、見つけるのに手間取ってしまった」

「ううん、だいじょおぶだよ! おともだちも見つけたもんっ」

「お友達、か……。君の、名前は?」

 幼いネジは動揺してしまい、問いかけに答えられずにいるとヒマワリが勝手に紹介する。

「ネジくんっていうんだよ! ネジおじさんとおんなじ名前なの!」

「そうなのか……それは奇遇だな」

 おじさんと呼ばれているネジは、幼いネジに目線を合わせるように姿勢を低めて優しい微笑を浮かべる。


「ネジ君……、君の親御さんは、どうしたんだ? 一緒に、この向日葵畑に来たんじゃないのかい?」

「父さまと、はぐれて……ううん、父さまは……いなくなっちゃったんだ。もう、あえないんだ…っ」

 幼いネジは心のどこかでそう確信してしまい、肩を震わせ俯き大粒の涙を流す。

「そうか……やはり君も、そうなんだな」

 労るような言葉と共に、おじさんのネジは幼いネジをぎゅっと抱きしめる。

「やめてよ、いたいよ……。あなたは、父さまと似てるけど、父さまじゃない……!」


 幼いネジは大人のネジの腕の中から離れようともがく。

「あぁ……そうだな、すまない。独りで……還れるか」

「帰れるよ。……帰らなきゃ、いけないんだ。父さまが、居なくても」

「そうか……、気をつけてな」

 大人のネジはそれ以上何も言えず、僅かに憂えた表情で幼いネジから離れて立ち上がる。


「ねぇ……、あなたは今、しあわせ……なの?」

 涙目で見上げてくる不意の幼いネジの問いに、大人のネジは一瞬言葉を詰まらせたが、柔らかな表情を見せ穏やかな口調で答える。

「幸せだと、言えるだろう。君も……きっといつか」


「──はいっ、ネジくん、ヒマのひまわりの種あげる!」

 幼いネジの手をとって、その手の平に幾つか種を手渡すヒマワリ。

「ネジくん、きっとまた、ヒマと会おうね! やくそく、だよっ!」

「うん……、わかったよ。やくそく、する。だから……まっててよ、ヒマワリ」

「うん、まってる! ネジおじさん、ヒマたちもそろそろ帰ろ? パパもママも、お兄ちゃんもまってるよっ!」

「あぁ、そうだなヒマワリ。……それじゃあ、ネジ君、また……きっと逢おうな」


 大人のネジの言葉に、幼いネジは黙って頷き、踵を返して向日葵畑の中を駆け出す。

もう決して、振り向かない───



 ハッと、そこで目が覚めた。

……何か、不可思議な夢を見ていたはずだが、目を覚ました瞬間に忘れてしまったようだ。

酷く、寝汗をかいている。連日のように降り続く雨で湿度も高くベタついている。湯浴みをしなければ……と感じた。

ネジはおもむろに、布団から身体を起こして戸を開け、縁側に出る。


──毎年のように、今日という日は雨がしとしとと降り続いている。自分の生まれた時も、そうだったのだろうか。

父様と種を蒔いて芽吹き、父様が居なくなっても花開いて再び種となって──そうやって繰り返してきた。

梅雨が明けたら、今年もまた庭先に向日葵が咲き連なるだろうか。

そんな事を想いながら、ネジは鉛色の空を暫し見上げ続けていた。



《終》


 

 

【にらめっこしましょ】

 
前書き
 二部ネジヒナ。 

 
「ネジ兄さん、にらめっこしませんか?」


 ネジの家を日中訪れたヒナタは、にこにことそう告げる。


「──⋯何です、急に」

「にーらめっこしーましょ、笑うと負けよ、あっぷっぷ!」

 ネジが怪訝そうにしていようとお構い無しに、ヒナタは勝手ににらめっこを始め、自分の両頬を両手で押し付けるようにして顔面を寄せ唇をタコのように突き出し面白い顔をして見せるが、当のネジは眉間にしわを寄せキッと凄んで睨みきかせてくる。

「あ、あの、ネジ兄さん……、そんなに、睨まなくても……。面白い顔じゃなくて、怖いです……」

 ヒナタは、ネジの機嫌を損ねてしまった気がして内心焦る。


「あぁ、すみません。──にらめっことは、その名の通り互いに睨み合うものではないのですか?」

 若干困った表情で首を傾げるネジ。

「ち、違います……! お互い面白い顔をして先に笑った方が負けなんですよ……!」

「あぁ……そうでしたっけ。忘れていました。──ところで“あっぷっぷ”って、何なんでしょうね」

「お、面白い顔をする時の、合図みたいな掛け声じゃないかな……?」

「はぁ……そうですか」

 ヒナタから説明を受けてもネジは、大して気にも留めていないようだった。


「じゃ、じゃあ気を取り直してもう一度……。にーらめっこしーましょ、笑うと負けよ、あっぷっぷ!」

 今度は口の中に空気をいっぱい溜めて両頬を膨らませたヒナタに対しネジは、眉は凛々しくキリッと口元は片側の口角だけ上げ決め顔になる。

「え……ネジ兄さん、それってドヤ顔ですか??」

「じ、自分の面白い顔というのがよく判らないので、とりあえず得意げな顔を──」

 ヒナタはつい突っ込みを入れてしまい、せっかくの決め顔が引きつった顔になるネジ。


「いや、それよりこれは何の真似ですヒナタ様。急に子供じみたにらめっこなど……」

「いえ、その……ただ、ネジ兄さんに少しでも笑ってほしくて」

「───⋯」

 その言葉に、ネジはどう反応していいか分からず目を伏せたところに不意打ちで、ヒナタはネジの両頬をむにゅっとつまむ。


「にゃ…ッ、にゃにをするんれふか、ヒナふぁさみゃ」


「ぷっ、ふふ……!」

「あにゃひゃぎゃわりゃっひぇ、ろうふりゅんれふ……(あなたが笑って、どうするんです)」

 少々強引に両頬の口角を上げられ、口は笑っているように見えてもネジの目元は困っている。

「あ……ごめんなさい、今のは私の負けかもしれませんね」

 つまんで引き伸ばしていたネジの両頬からヒナタはそっと手を放し、痛かったわけではないがネジは片頬を少しさする。

「……勝ったら何か、褒美でもあるんですか?」

「え? あ、特別決めてなかったけど……何かして欲しい事ありますか、ネジ兄さん」


「俺は……好きなんですよ、あなたが──」


 ふと微笑するネジに、ヒナタは身体中が熱くなって胸の高鳴りを感じた。

(えっ、え……!? ネジ兄さんが、急に私に、こく…っ)


「──淹れてくれる、お茶」


「あ……はい、そうですよね……ありがとう、ございます……」

 その紛らわしい言い回しにヒナタは拍子抜けてしまい、ネジには何故かヒナタが落ち込んだように見えたがその意味するところがよく分からないといった様子で首を傾げている。

(俺は何かおかしな事でも言ったのだろうか……?)


「じゃあ……美味しいお茶、ネジ兄さんの為に淹れますから、台所借りますね……」

 大きく期待が外れた反動の為か、若干ふらふらとしながらも台所へ向かうヒナタ。

「あ……団子でも買って来て、茶と共にヒナタ様も頂きませんか?」

「えっ! はい、そうしましょう!」

 ネジの言葉に分り易く反応し、ヒナタは途端に元気を取り戻して意気揚々とお茶の準備を始めた。


──そしてネジが買ってきた三色団子とヒナタが淹れたお茶と共に縁側で二人は、春の暖かな日差しの中まったりと頂いた。

「ヒナタ様が淹れて下さったお茶……やはり美味しいです。ありがとうございます」

「いえ、こちらこそお団子買って来て下さってありがとうございます……!」

「随分、嬉しそうに食べますね」

「ふふ……、だってネジ兄さんも何だか嬉しそうだし、私も嬉しいんです」

「フ……、あとになって思い返すと、にらめっこの時のヒナタ様の顔……、悪くはなかったですよ」

 目元もにこっとさせ、顔をほころばせるネジにヒナタは思わず見とれて固まる。


(その笑顔……、は、反則だよネジ兄さん…っ)


「──どうしました? ヒナタ様」

 すぐ隣のネジが顔を覗き込んできたのでヒナタはどぎまぎしてついおかしな行動をとる。

「お、お団子食べたせいか、眠くなってきちゃいました……! おやすみなさいっ」


「……そこで何故、俺の膝の上に寝るんです」

「わっ、ごめんなさい!? そんなつもりじゃなくて…っ」

 半ば吸い寄せられるようにネジの膝の上に横になって頭を乗せてしまい、瞬間弾かれたように起き上がる。


「フ、おかしな人ですね……」

「──ひゃい?」

 不意打ちにヒナタの両頬を優しめにふにゅっとつまむネジ。

「にらめっこの時のお返しですよ。……フフ、ヒナタ様のつままれた顔もなかなかですね」

「う~、ネジ兄しゃんのいじわりゅ……」

「はい、すみませんでした……笑ってしまったので今のは俺の負けですね。──お詫びに、俺の膝の上で休んでも構いませんよ」

 ネジはヒナタの両頬から手を放し、今度は膝の上に頭を乗せるよう促す。

「え、ほっ、本当に、いいんです、か……?」

「えぇ、どうぞ遠慮なく」

「じゃあ、失礼します…っ」


 横になってそっとネジの膝の上に頭を乗せたヒナタがちらっと上に顔を向けると、ネジはこちらを見下ろしとても優しげな微笑を浮かべている。

……ヒナタにとって、今この瞬間が酷く儚いものに感じ、言い知れぬ不安を覚える。

「このまま少し、眠って構いませんよ」

「ネジ兄さん……、私の傍に居て、くれますよね……?」

「心配しないで下さい。──あなたの傍に、ちゃんと居ますから」

 ヒナタはその静かで落ち着いた声音に安心し、ネジの温もりを感じる膝の上で暫しの間まどろんだ。

……この安らかなひと時が、ずっと続いてほしいと願って。



《終》


 

 

【彼が願ったのは】

「えっと……、ナルト義兄さん?」


 少し暑いくらいの日差しが降り注ぐ日中、ネジの墓前に一人来ていたらしいナルトの後ろ姿に、ハナビは少し呼びかけづらそうに声を掛けた。

「おッ!? な、何だってばよ、ハナビッ?」

「ちょっと、そんなに緊張しなくてもいいじゃない」

「いや、だってよ……、義妹になったハナビに“にいさん”って呼ばれっと何か恥ずかしいっつーか、なんつーか……まだ慣れなくてよ」

 照れ隠しのように頭を片手で軽く掻くナルト。


「私だって次期火影になる人を義兄(にい)さんって呼ぶ事になるなんて、思ってもみなかったわよ。まだ呼び慣れないし……、それにナルト義兄さんにだって“義兄さん”が出来たでしょ?」

「あぁ……、ネジの事だよな」

「そう、私にとっては従兄のネジ兄様」

「そうなんだよな……ネジは俺の、義兄ちゃんなんだよな……」

 ナルトは下向き加減で微笑しつつも、どこか悲しげな表情でネジの墓に目を向けている。

「そんな顔しないの! もうすぐヒナタ姉様との間に子供も産まれるんだし、ネジ兄様だって見守ってくれてるんだからしっかりしなさいよね、ナルト義兄さんっ!」

 ナルトの背中をパシッと叩いて励ますハナビ。

「お、おう! 任しとけってばよッ!」


「ヒナタ姉様と一緒に……ネジ兄様の分まで、幸せにね」

「あぁ……分かってる。ハナビ、お前は──」

「私は日向家の跡目として生きていく事に変わりないわ。日向の呪印制度……大戦後執行停止にはなっていて、完全に廃止するにはまだ時間が掛かりそうだけど、ナルト義兄さんが火影になる頃には呪印制度を廃止にしてみせる。──大戦で亡くなったネジ兄様へ報いる為にも。それが日向宗家としての、父上と私のけじめだから」

 ハナビはナルトがハッとするほど凛として、澄み切った蒼空を仰ぎ見る。

……一羽の鳥が、空の彼方へ大きく羽ばたいて行くのが見えた。


「ナルト義兄さんは次期火影……、私は次期日向の当主……。お互い責任重大だけど、頑張りましょうね」

「おう。里の仲間、家族みんなで支え合ってけば乗り越えていけるってばよ」

「家族、か……。──ネジ兄様だって、幸せになる権利はあったんだよね」

「…………」

 ハナビの言葉で、僅かにナルトの表情は曇る。


「あ……、ごめんなさい。こんな事言っても、仕方ないのに」

「いや、いいんだ。その通りなんだからよ。ネジには、ネジの未来があったはずで……けどネジは、俺とヒナタを命懸けで守って先へ繋いでくれた。だから今度は……俺達が、ネジの意志をこの先へ繋げて行くんだってばよ」

「ネジ兄様の、意志……」

「仲間や家族を、守り抜く事だ。……出来れば生きて守り続けねぇと、みんなに寂しい思いさせちまうからな」

「────」

 ハナビはネジの墓石に、ふと憂いの表情を向ける。


「私……ほんとは、ネジ兄様が大戦から帰って来たら、次期日向当主の座を譲ろうと思っていたの」

「そう、だったのか」


「父上には、大戦前から進言していたんだけど……父上も、了承してくれていた。──分家と宗家の垣根を越えて、呪印制度を廃止した上で次期当主には、一族の誰よりも日向の才に愛されたネジ兄様が最も相応しいと」

「…………」

「けどこうなってしまった今は、私が日向家の跡目なのは変わらない。──私はネジ兄様の分まで強くなって、日向一族を守ってゆくの」

「そうか……。きっとネジも、ハナビを誇りに思ってるってばよ」

「ふふ…、そうだといいな。……優秀な上忍になってますます忙しい中でも、その合間を縫ってネジ兄様はヒナタ姉様にも私にも修行をつけてくれていたの。もっと……色々教えてもらいたかった。回天だって、ネジ兄様の前で使いこなせるようになりたかった。一緒に、日向家を守って行きたかった……」

 ハナビは身を屈め、ネジの墓石にそっと触れた。

──日中で少し日差しが強い為か、その感触は暖かい。


「って、しんみりしてちゃダメね! ネジ兄様に叱られちゃうわ。──まだまだ先があるんだもの、ネジ兄様が見たかった“その先”を、私達が目指さなきゃね」

 姿勢を正したハナビは、自分を鼓舞するように義兄に笑顔を向け、ナルトもそれに応えるように笑顔を返す。

「あぁ…、そうだな」


「あ、いけない! そろそろ日向家に戻って、後輩の子達に柔拳を教えてあげなくちゃ! ……それじゃネジ兄様、ナルト義兄さん、またね!」

 ハナビはネジの墓石とその前に居るナルトに声をかけたあと、足早に帰って行った。


「──なぁネジ、日向はもう良い方向に向かってるみたいだぜ。俺がお前に約束してた、『俺が火影になってから日向を変えてやる』って前に、きっとハナビが変えてくれるってばよ」

 ナルトはそう言ってニカッとネジの墓石に笑いかけた。

「お前が本当は生きて守り続けたかったもの……、俺が、俺達がこの先もずっと守ってくからな、ネジ」



《終》


 

 

【籠の外の鳥】

 
前書き
 二部。 

 
 ──休日、やわらかな日差しが差し込む自宅の縁側で座禅を組み瞑想していると、暫くして小鳥達が徐々にネジに群がってくる。

チュンチュンと頭やらネジの豊かで滑らかな髪の中、肩や膝の上など所構わずぴょんぴょんと駆けずり回る小鳥達。

「……判った判った、今ごはんあげるから」

 ふう、とひと息ついてネジは瞑想を解き、小鳥達を驚かせないようにゆっくりと立ち上がって茶の間の棚の上に置いてある小鳥用の餌の袋を手に取り、縁側に戻って庭先にパラパラと撒いてやる。

すると小鳥達は待ってましたと言わんばかりにアワやヒエを忙しなくついばむ。

そのいつもの光景は見飽きる事はなく、ネジは縁側に座って膝の上で頬杖をつき、微笑を浮かべて小鳥達を眺める。


 ネジの手の平の上の餌も何の抵抗もなく小鳥達はついばみ、頭の上に乗ってじゃれるように軽くつついてくる子もいる。

……もう何年も続けている日課で、任務のない休日は欠かさずネジは庭先にやってくる小鳥達に餌をあげていた。


「──ネジよ」


 気配に気づくのが遅れ、不意に声がした方へ顔を向けると、日向宗家当主のヒアシがいつの間にか離れのネジの家の庭先を訪れていた。

「ヒアシ様、何か御用でしょうか。今すぐお茶を用意して──」

 すっくと立ち上がったネジから小鳥達がパタパタと一斉に飛び立ち、縁側の屋根の上に飛び移る。

「いや、そのままで良い。……鳥達に、餌をあげていたのだろう」

「えぇ、まぁ……。ヒアシ様が直々にこちらへいらっしゃらなくとも、使いの者をよこして下されば──」

「いや、私自身お前と少し話がしたかったのだ」

「そう、なのですか」

「私には構わず、続けて餌を鳥達にあげてやるといい」


「あ……はい。──ほら、おいで」

 ネジが囁くように呼びかけると、縁側の屋根で様子を伺っていた小鳥達が一斉に庭先に降りてきて再びネジの周りに群がった。

「フフ、随分懐かれているようだな」

「いや、その……餌をくれる人間と認識されているだけですよ」

 ネジは少し恥ずかしそうな笑みを見せる。

「あの……ヒアシ様も、餌を直にあげてみますか?」

「私が、か……?」

 僅かに怪訝そうな顔をされ、ネジはヒアシの機嫌を損ねてしまったかと一瞬たじろぐ。

「あ、いえ、申し訳ありません。ヒアシ様にそのような事をさせるなど──」

「いや、そうしてみよう。……鳥の餌を寄越してくれ」

「は、はい……」

 ネジはヒアシの片手の平に、鳥の餌を適量盛る。


「ふむ……」

 縁側に座り、小鳥達の近くで直に手のひらで餌を与えてみようとするヒアシだが、なかなか寄って来ない上にネジの方ばかりに相変わらず小鳥達はチュンチュン群がっている。

「こ、この子達がヒアシ様に慣れていないだけですよ。私に慣れているのは、それなりに長い期間餌を与えているので──」

「いや、良いのだ。……弟のヒザシもよく、小鳥達に餌を与えていて懐かれていたな。私も時折与えはしたが、そこまで懐かれはしなかった」

「…………」


 ヒアシの口から父の名を耳にし、ネジはどう反応すればいいか分からず目を伏せる。

──自分がまだ幼かった頃、父が小鳥達によく餌を与えていたのは今でも鮮明にネジは覚えていて、短い間だったが一緒に小鳥達に餌を与えたのもちゃんと覚えている。

だからこそ、父を失った後も寂しさを紛らわすように小鳥達に餌を与えてきた。

亡くなった父を想い、静かに涙しながら小鳥達に餌を与えていると、一羽の小鳥が慰めるように肩に乗ってきて耳を優しくつついてくれる事もあった。

……そうしているうちにネジはすっかり小鳥達に懐かれ、ネジ自身も小鳥達に癒されてきたのだった。


「──籠の中の鳥を意味する、日向の呪印」


 ヒアシがふと、重々しくそれを口にした為ネジはハッとして顔を上げる。

「宗家の眼を守る為の、分家の犠牲はもうやめにしなければならない。……呪印制度が無くとも、日向一族を守ってゆけるように」

 ヒアシは自らに言い聴かせるように、手のひらの減らない鳥の餌を見つめながら静かに述べた。

「今すぐには無理だとしても、旧い慣習は断ち切らねばなるまい。宗家でなければ、日向の当主になる資格がない訳は無いのだ。分家であろうとも、日向の才に最も愛された者が次期当主に相応しい」

「───・・・」


 ヒアシは真っ直ぐ甥を見つめ、ネジは複雑な面持ちで伯父を見つめ返す。

「……その表情、ヒザシに似てきたな」

「そう、でしょうか」

 ネジはヒアシからふと目を逸らす。

……ネジから見ても、今の伯父は父ヒザシの面影を強く映していた。

そして小鳥達は不意に飛び立ち、彼方の空へ見えなくなった。


「……寧ろお前を日向に縛り付けるのは、良くないのかもしれぬ。ネジよ、お前が望むならいつかあの鳥達のように生きて自由に──」


「ヒアシ様。私は……俺は、日向一族としての誇りを持っている。いつの日か、それが許されるのであれば俺は──・・・いや、当主としての立場でなくとも、俺は日向の家族や里の仲間達を、守り続けて行きたいと思っています」

 片手を胸元に当て微笑みを浮かべ、心からそう述べるネジにヒアシは感銘を受けると共に、一抹の不安も同時に覚える。

「死して自由になるような事だけは、してくれるなよネジ。お前はヒザシの分まで、生きなければならないのだから」

「それくらい、判っていますよ。……俺は、そう簡単には死ねない。父上にも生きろと言われているから。──ただ、家族や仲間の為ならば、死は厭わない。俺の父が、そうであったように」

「ネジ、お前は──」


(出来れば死なずに済むように、だからこそもっと強くならなければいけない。……俺には、生きて、守り続けたいものが沢山あるから)


 ネジは小鳥達が飛び立って行った空を仰ぎ見る。

──鳥籠の鍵は、最初から掛かってなどいない。自らの意志で、自由に飛び立てる。

籠の外の鳥として、ネジは生きると同時に誰が為に死する事をも厭わない上で、その先を見据えてゆくのを躊躇いはしなかった。



《終》


 

 

【最果ての夢】

 
前書き
 大戦でネジはヒナタとナルトを庇い瀕死の重傷を負いますが、辛うじて生きていて無限月読に掛かるという設定です。 

 
「ネジよ、今日こそは見合いの話を受けてもらうぞ!」

「いいや駄目だ兄さん、ネジにはまだ早過ぎる!」


 ──いつの間に、そういう話になっていたのだろう。

ヒアシ伯父上と父ヒザシが、日向家の一室にて顔を突き合わせ押し問答をしている。

「どこが早過ぎるというのだ、ネジの親しい仲間達は次々に婚儀を済ませているのだぞ。それにネジは日向の若き当主だ、早く良縁を見つけ──」

「私の息子はまだ誰にもやるつもりはない!」


 父は勝手にそう断言するが……まぁ俺自身もまだ結婚して身を固める気にはなれないし、以前は従妹のハナビを押し付けようとしてきた伯父上だが、丁重に断っておいた。

同じ日向の家族としては想っているが、俺はハナビに対してそれ以上の気持ちにはなれかった。

ハナビは俺をどう思っていたのかまでは判らない。ただ、複雑な顔をしていたような気もするから、いい迷惑だったんじゃないだろうか。


「ヒザシよ、お前も自分の孫くらい持ちたいだろう」

「いや、ネジが居れば充分だよ私は。それに姪のヒナタが先に、ナルトとの間に二人の子宝に恵まれているじゃないか。私にとっても孫同然だよ」


 ……そうか、ナルトとヒナタは結婚して子供も居るんだったか。その子らの名は──なんと言うんだったか。俺にとっては甥っ子と姪っ子も同然なのに名を忘れるなんて……どうかしてるな。

伯父上と父に聴こうにも、二人はまだ俺の見合い話の押し問答をしている。やれやれ……


「お前はいい加減子離れをしたらどうなんだ、ヒザシ」

「私の可愛い一人息子をそう簡単に手放せる訳ないだろう、ヒアシ兄さん」


 いい歳した息子に可愛いはやめてくれ、父上……

俺は溜め息をついたが、二人は気づかないらしい。


「むぅ……仕方ない。この話はまた折を見てするとしよう」

 伯父上はまだ諦めていないようだが、ひとまずは見合いの話は保留にして俺と父を残し部屋を後にした。


「兄さんには困ったものだ、日向当主の座を早々にネジに譲っておいてその上すぐ世継ぎの子を求めるなんて……駄目だ、ネジにはまだ早過ぎる」

 まだそれを言うか父上……、子供扱いもいい加減にしてほしいものだが。


「──さっきから黙っているが、どうしたんだネジ。具合でも悪いのか?」

 父が不意に俺の額に片手の平を宛がってくるが、その手を強く払わないようにそっと片手で退ける。

「俺は何ともないよ、父上」

「本当か? ……見合い話は嫌だとはっきり言っておかないと、私の兄さんはしつこいぞ」

「そうは言っても、いつも父上が俺の代わりに断固として拒否してくれているじゃないか」


「うむ……まぁ、な。ところでネジ……、父様と、私を呼んでくれないのか?」

 そこでふと、父ヒザシは若干顔を曇らせる。

「え…、父上では、不満なのか?」


「いや、不満というか、堅苦しいというかな……。せめて日向当主としてのお前ではなく、父子二人の時くらいは父様と……いや、父さんでもいいんだぞ?」


「父上、いつまでも俺を子供扱いしようったってそうはいきませんよ。もう少し俺の父として威厳を持って下さい」

 俺は父の広い額をペシッと軽く片手で叩いた。

「むぅ、意地悪な息子だな……一体誰に似たんだ」

 不満げに片手で自分の額をさすりながら述べた父の一言に俺は「あなたに似たんですよ」と言おうとしたがやめておいた。

……大体父上は隙あらば、人目があろうと俺の頭を撫でてこようとする。

未だに息子の俺に世話を焼きたがって、どこへ行くにも付いて来ようとする。

正直日向当主としての俺の立場からして迷惑なんだが……嬉しそうな父を見ると、あまり強くも言えなくなる。

若くして日向当主となった俺の事を誰よりも喜んでくれているのは他でもない、父ヒザシなのだから──


「そうだネジ……、そろそろあの子を放してあげられるんじゃないだろうか」

「あの子……?」

「まさか最近忙しくて忘れたんじゃないだろうな……。ほら、前に怪我をして飛べなくなっていた小鳥を保護したじゃないか」

 そう、だったか……?

よく覚えていないが、父がそう言うならそうなのだろう。

「その子は今、どこに──」

「日向当主として忙しいお前の代わりに、私が世話をしていたからな……。付いておいで、あの子のいる部屋はこっちだ」


 父に言われるままその部屋を訪れると、吊るされた籠の中に、一羽の蒼い小鳥が──

ピィピィ鳴きながら、狭い籠の中をバタバタと飛び回り、時折蒼い羽根がひらりと落ちる。

「随分元気になっただろう、あんなに衰弱していたのに……」


「───。父様、早く……早くこの子を、籠の中から解き放ってあげないと」

 籠の中の鳥を見て、俺は何故かとても胸が締め付けられる思いがした。

「そうだな……、じゃあ鳥籠を持って外へ出よう」


 二人で日向家の庭先へ出て、父ヒザシの持った鳥籠の出入口の鍵の掛かった扉を俺がそっと開けると、蒼い小鳥は一度動きを止めて籠の中から俺をじっと見つめ、一瞬の間の後勢いよく籠から蒼空へ飛び立って行った。

「元気でな、ぴぃちゃん!」

 ぴ、ぴぃちゃん……? 蒼い小鳥に名残惜しそうに呼び掛けた父様に俺はつい吹き出しかけたと同時に、現実に引き戻された。

いや、違う……。“ここ”こそが、現実ではないと、あの小鳥が教えてくれた気がする。


「どうした、ネジ。あの子は再び自由になれたのに、嬉しくないのか?」

 父様は、気難しい表情に見えたらしい俺の顔を覗き見るようにそう言った。


「違う……、俺は、俺も……還らないと」

「はは、何を言っているんだ、ネジ」

 消え入りそうな俺の声に、父ヒザシは愉快げに笑う。


「──ここに、ずっと居ればいいじゃないか。ここに居れば、私はお前の傍に居てやれるし、お前は日向の当主だ。何も案ずる事はない」

 父が優しくそう述べて肩に手を置いてくる。


「なぁネジ……お前は忘れている、というより……まだ知らないんだろう。──知りたくはないか? お前にとって、甥っ子姪っ子同然の子の二人の名を──」


「いや……俺は、自分で見つけに行くよ。だから……父様、悪いけどここで……お別れだ。俺は見届けたいんだよ、大切な仲間の一人であるナルトが火影になるのを……そして、日向を変えてくれるのを。──いや、日向を変える事に至っては、ナルトだけに任せる訳にもいかない。俺は生きて、日向一族を良い方向に変えてゆきたい。それが俺の望みだから。……ここで都合の良い夢を見続けるのは、やめにするよ。例え……父様が俺の傍で生きてくれている世界でも」

 俺は強がって笑顔を見せたつもりだったが、上手く笑えてなかったらしい。……父様の、寂しそうな微笑で判る。

「そうか……。それがお前の意志なら、もう止めはしないよ。──ネジ、お前の思う通りにしなさい」

「はい、父様。……今度、逢う時は──」


 言葉は、それ以上続かなかった。


視界が、霞んでゆく。


今度……また今度、逢えた時は──

幼い頃に戻って、いっぱい甘えさせて下さい、ヒザシ父様……



《終》


 

 

【偽らざる夜更け】

 
前書き
 大戦中、白ゼツが化けたネジではなく本物のネジが本当に医療部隊の元に行っていたら……という話。 

 
「えっ、ネジ兄さんが……!?」

 敵が鳴りを潜めた大戦初日の晩、別の離れた場所で見張りをしていたヒナタは、従兄が倒れたと聴いて気が気ではなかった。

その場の見張りは仲間のシノに代わってもらい、ヒナタはネジの元へ急いだ。


「……あーヒナタ、お前からも言ってやってくれ。医療部隊のとこ行って休んでこいってよ」

 ネジは平たい地面に敷いた一枚布の上に寝かされていて、片手の甲を目元に宛てがい疲労した様子で、その側にはキバと赤丸がいる。

「──ヒナタ様、わざわざこちらまで来なくとも大丈夫ですよ。向こうの見張りを、続けて下さい」

 ヒナタの気配に気づいたネジは目元から手の甲を退け、眼を開けるのも辛そうに薄目で従妹を見上げる。

「ネジ兄さんったら、敬語になってるよ。今は身分なんて関係ない、忍び連合の仲間なんだから」

「そう……だったな。すまない、ヒナタ」

 小さく息を吐いて、ネジは目を閉じる。

「あんた初日から飛ばし過ぎだぜ。自分からどんどん敵の軍勢に突っ込んで回天しまくるわ、やられそうな仲間を守りまくるわで……。そのお陰でうちの部隊の被害は最小限に留められたけどよ、そんなんじゃ身体持たねーだろ」

「クゥン……」

 キバと赤丸がネジを案じ、ヒナタはふと自分のせいでもあるんじゃないかと感じてしまう。

(ネジ兄さん……傍にいる私を守るように闘ってくれて、私は足でまといにならないようにネジ兄さんと連携して闘ったつもりだけど……、気を遣わせ過ぎてしまったのかな)

「ここは私達に任せて、医療部隊の元へ行って休んできて、ネジ兄さん。敵に一時拘束されて傷も負ってるだろうし……」

「いや、大した事はない……。傷なら他の者達だって多少は負っているだろう」

 ヒナタに言われても、ネジは頑なに拒もうとする。それがヒナタにとっては、悔しく思えた。


「私じゃ……そんなに頼りにならないかな」

「そんなつもりは──」

「オレらじゃ頼りねーっつってるようなもんだろが。けど今アンタが一番頼りなくなってんのを自覚しろよ。仲間ならオレらを信じて、少しは安心して休んでこいよ」

「……判った、そうしよう」

 キバの言葉の後押しで、ネジは了承する。……ヒナタはそれに対し、少し寂しい思いをした。

「おっしゃ、そうと決まりゃ赤丸、ネジを医療部隊んとこに運んでってやってくれ」

 ウォンッ、と赤丸が応じる。

「いや、ここからそう遠くはないし一人で行ける。キバは赤丸と離れるべきではないだろう」

「心配すんなよ、アンタを送り届けたらすぐ戻ってくれりゃ問題ねーんだから。……ほれ、赤丸が背を低くして待ってんだ、背中に乗れよ」

「あぁ……」

「赤丸、ネジ兄さんの事お願いね」

 ヒナタにワフッと赤丸は応じ、背にネジを乗せて医療部隊の拠点へ向かう。



「──ありがとうな、赤丸。気を付けて戻るんだぞ」

 礼を述べて背中から降り赤丸を第二部隊へ帰した後、医療部隊拠点の入り口でネジはチャクラのチェックを受け、問題なく治療用テントに通される。


「あ、ネジさん…!」

 そこにはネジとは一期下のサクラがおり、ちょうど手当てを終えた怪我人が一人席を立った所だった。

「相当激戦だったみたいですね……。今すぐ手当てをしますから、上着を脱いでそこに座って下さい」

 ネジは言われた通りにしてサクラを前にしたイスに座る。


「──⋯前の方は終わりましたから、今度は背中ですね。長い髪、横に流していいですか?」

「あぁ、それくらい自分でやる……」

 サクラに言われて背中を向け、ネジは自分で長い髪を左側に流す。

そしてサクラはネジの露になった背中の傷を手際良く手当てしていく。


「……はい、終わりました。眼の疲労が特に激しいようだし、横になって休める場所があるのでそこで少しでも休んでいって下さいね」

「判った……すまない、サク──」

「サクラ、無事…!?」

 ネジがイスから立ち上がって肌着を着ている最中、シズネが血相を変えてその場にやって来る。

「あ、ネジ君、来ていたのね」

「あぁ、はい……」

 着ている途中だった肌着と上着を急いで着て整えるネジ。

「どうしたんですか、シズネ先輩。私の手が必要な手術でも──」


「いえ、そうではなくて……。いつの間にか医療忍者が数名、殺されているの」

 シズネの言葉にその場の空気が一変し緊張が走る。

「医療部隊の拠点の厳重なセキュリティを、掻い潜られたって事ですよね……。これ以上犠牲が増える前にすぐに犯人を──ネ、ネジさん?」

 サクラがふと見ると、ネジは白眼を発動させ医療部隊の拠点内を隈無く見透し既に敵の気配を探っている。

「ダメですネジさん、侵入した敵を見つけるのは他の忍に任せて、あなたは休まないと…!」

「このような時こそ白眼を使わなくてどうする。医療部隊の拠点が夜襲を受けているのは由々しき事態だ、おちおち休んでなどいられない」


 サクラの制止も聞かず、ネジは白眼を発動したまま医療拠点内で妙な動きを捉え、その場へ急行するため救護テントを素早く出て行く。

「サクラ、私達もネジ君の後を追いましょう。今の彼に負担を掛けるのは良くないわ」

「はい…!」

 シズネとサクラもネジの後に続く。



──その相手は、白眼で視る限りチャクラの乱れはなく何者かに変化はしていないかのように思えた。

物陰に潜むようにしてその場にいたのは、負傷しているらしい片腕に包帯を巻まいたセミロングの女のようで、気配を消した上で急に現れたネジに驚いた様子で振り向いた。

……忍び連合の額当てはしているようで、着用しているものから察するに砂隠れの者らしい。


「お前……ここで、何をしている」

「医療部隊の拠点に侵入し、医療忍者が数人殺されたと聞いて犯人を見つけようとしていたのよ」

「その負傷した腕で、か?」

「えぇ、ここの医療忍者には世話になったから、少しでも恩返し出来たらと思って」

「──そうか、邪魔をしたな」

 ネジは背を向けて他を当たろうとした──刹那、女はネジの背に深々と小太刀を突き刺した──かに思われたがそれは変わり身の術で、ネジは既に女の背後を取り強力な柔拳を叩き込み女は声を上げられもせずにうつ伏せに倒れた時、姿がじわじわと変化し昼間大軍で押し寄せた白ゼツへとその正体を露にした。

「えっ、白いゼツが、チャクラを見破れないようにこちらの味方に変化していたというの……?」

 シズネとサクラがその場に駆け付けた時には既に事は終わっていて、倒れ伏している存在にシズネが目を見開く。

「こいつはただ変化していたのではなく、その人物のチャクラそのものの姿に成りすました可能性が──」


 ネジはその時ハッとした。

自分は白ゼツに背後を取られ一時拘束された上に、頭からチャクラを吸われていたではないか。

だとすれば───


「ネジさん……?」

「俺はすぐにここを離れて第二部隊に戻る!」

 サクラの呼び掛けにネジはすぐにそう答え、医療部隊の拠点から足早に出て行く。




「──何か、近づいて来る…! あれは、ネジ兄さん……!?」

「はァ? もう戻って来たのかッ?」

 月が時折雲間から覗く深夜、第二部隊の見張り区域に近づく者を白眼でヒナタが捉え、キバと赤丸も匂いで感知した。

「皆無事か…!?」

「何があったの、ネジ兄さん」

 普段冷静な従兄の緊迫した様子が気に掛かるヒナタ。

「医療部隊の拠点が夜襲を受けた。事態はすぐに収束したが、やはりどの部隊もいつ襲撃されてもおかしくはない……。だからすぐ戻って来た」

「どこ居たって気が休まらねーか……。これが戦争なんだな」

 ため息混じりに言うキバ。


「──ヒナタ、少しの間でいい。二人だけで話したい事がある」

「え…?」

「おいおい、こんな時に何だ?」

「こんな時だからだ。……頼む、ヒナタ」

 茶化し気味のキバをよそに、憂いを帯びた表情でネジはヒナタを見つめる。

「うん……いいよ、ネジ兄さん」




 他の者達から距離を置き、月明かりの元荒涼とした場所に二人きりになるネジとヒナタ。

「医療部隊の拠点で、身体を休められる時間がなかったみたいだけど……眼の調子は大丈夫なの、ネジ兄さん」

「あぁ、大した事はない。それよりも、ヒナタ」

 先程まで背を向けていた従兄がふと、ヒナタに振り向き不意に強く抱き寄せる。

「ね、ネジ兄さん…!? どうしたの、急に……」

「今、伝えておかなければならない事がある。……これが、最期になるかもしれないから」


 耳元の声が、微かに震えているようにヒナタには感じた。

「ダメだよ、ネジ兄さん……。私達は生きて、この戦争を乗り越えるの。最期かもしれないなんて、言わないで……」

 慰めるようにネジをぎゅっと抱き返すヒナタ。

「互いに、いつどうなってもおかしくはない……それが戦争だ、だから───」

「ネジ、兄さん……」



「ヒナタ⋯──死んでくれ」



「……え」

 いつの間にかかなりの力で抱き竦められ、耳元で囁かれた言葉にヒナタは背筋が凍りつく思いがした。

鋭利なもので後頭部を刺される瞬間、その刃先は宙を舞い遠くにカランと落ちる前にヒナタは強い力で後方に引っ張られるように抱き竦められていた相手から引き離され、その直後ドスッと鈍い音がして倒れ込む音も耳にした。


「えっ、ネジ兄さんが、二人…!?」

 ヒナタは強引に相手から引き離される際、思わず白眼を発動もせずに眼を瞑ってしまったが、次の瞬間に眼を開いて見た光景は、仰向けに倒れているネジとそれを見下ろすように立っているもう一人のネジだった。

(チャクラの性質は、どちらもネジ兄さんそのもので、どちらかが変化しているようには視えないのに……あっ)

 倒れている方のネジが見る見るうちに別の存在と化し、昼間大軍で押し寄せた白ゼツだと分かった時には、敵だと見破れなかった自分をヒナタは恥じた。


「──⋯大丈夫か、ヒナタ」

 その落ち着いた声音に、ヒナタは我に返って本物のネジに顔を向ける。

「こいつは、奪ったチャクラの性質すら本人に成りすます事が出来るようだ。感知タイプや白眼ですら、見抜く事は難しい」

 冷静に述べる従兄に、先程とは違って安堵感を覚えるヒナタ。

「そう、だったんだね……。様子が少し、おかしいとは思ったけど……私には、偽者だって見抜けなかった」

「無理もない。……とにかくこの事を、他の皆にも知らせなければ」

「うん……。ネジ兄さん、身体と眼の具合は──?」

「俺の事は気にするな、──行こうヒナタ。この戦争はまだ、始まったばかりだ」



《終》


 

 

【紫陽花にいざなわれて】

 
前書き
 ネジヒナ。 

 
 頬を伝う──何かが──

これは……涙?

わたし……泣いてるの?


違う、これって───

「………、雨……?」


 目覚めるとそこは、紫陽花が所々に咲いている庭先だった。

雨が、しとしとと降り続いている。

湿った土の匂い……雨の匂い。

 ぼんやりとした意識のまま、おもむろに横たえていた身体を起こす。


ここは、どこなんだろう。

空は鉛色で暗めだけれども、夜ではない事は分かっても時間がよく分からない。

多少着ている服は濡れているが、あまり寒くはなかった。生ぬるくて、空気がまとわりつくようにじめじめしている。


 誰かの家の、庭なのかな……

どうしてこんな所に、倒れていたんだろう。

わたしはいったい、何をしていたのかな───


 答えを求めるように、雨に濡れた青色の紫陽花に手を伸ばす。


「──⋯ヒナタ、様?」


 不意に聞こえた呼び声に振り向く。

そこには、紺色の着物姿で背が高く……滑らかな長い髪をしているが、声は男の人だと分かる。

「俺の家の庭先で何を……それに何故、下忍当時の姿に──」


「ネジ兄、さん?」


 何だかとても大人っぽく見えるけども、声からして従兄には違いない気がした。

「……ともかく、家の中に入って下さい。そのまま雨の外にいては、身体に良くない」

 手を差し伸べられ、その手を取って立ち上がり、いざなわれるままに縁側から家の中に通される。


「まずは身体を拭いて下さい。それと……今のあなたには大きすぎるかもしれませんが、これに着替えて下さい。俺は台所で、温かい茶を淹れてくるので」

 タオルと着替えを持って来てくれた従兄は、一旦ふすま向こうに消えた。

ヒナタはゆるゆると雨で濡れた頭と身体を拭いて、大きめの紺色の着物を身に包み、その自分のものではない何とも言えぬ香りに思わずうっとりして大きく息を吸い込んだ。



「──着替え終わりましたか?」

 ふすま向こうから声がして、「はい」と答えると従兄のネジが盆の上に湯のみを載せて部屋に入ってくる。

「どうぞ」

「ありがとう、ございます……」

 正座の姿勢で香りの良いお茶を差し出され、ヒナタはおずおずと受け取ってそれを静かに口にする。

温かく美味しいお茶が喉を通ったあと、ふう……っと自然と深いため息をもらす。──相変わらず外は、しとしとと雨が降り続いているようだった。


「それで……どういう事なのでしょうか」

 目の前の従兄の表情は読み取れないが声音は至極落ち着いていて、ヒナタは少し緊張しながらも正直に答える。

「それが、わたしにもよく分からなくて……」

「ここに来る前に、何をしていたか覚えていますか?」

「その、よく覚えてないんです……ごめんなさい」

「謝らなくとも良いです。……どうやら何者かが変化しているわけでもなく、ヒナタ様自身が三年ほど前に戻ったわけでもなさそうですし」

「さ、三年前……?? そういえば、ネジ兄さん……何だかとても、大人っぽく見えます、ね…。今までも、十分……大人びてます、けど」

 ヒナタは恥ずかしながらも、まじまじと従兄を見つめてしまう。


「今のあなたより、四つは離れているでしょうからね」

「そ、そうなんですか…??」

 頭がよく追いつかない。──わたしとネジ兄さんは、一つしか離れていないはずなのに。


「──ところであなたは、中忍選抜三次試験の予選を終えているのですか?」

「中忍、試験……?」


 心が不意に、ざわりとした。

「俺を見る眼が比較的落ち着いているので……そうなのではないかと思ったのですが、違いましたか」

「───⋯⋯」

 ヒナタは思わず下向く。


(……そうだ、わたし確か、ネジ兄さんと闘うことになって……棄権しろって何度も言われたけどしなくて……敵わないと分かってても、ネジ兄さんに少しでも認めてもらいたくて……わたしを見てもらいたくて。

でも何でだろう……わたし、ネジ兄さんに酷い事を言ってしまった気がする……。自分勝手で、無神経な──)


『わたしなんかよりずっと……宗家と分家という運命の中で迷い苦しんでるのは、あなたの方──』


(わたし……何であんなこと……。ほんとは、ネジ兄さんによく見てもらえてて、うれしかったはずなのに。わたしは逆に、ネジ兄さんを気遣ったつもりで……でも)


「──わたし……わたし、ネジ兄さんに、謝らなきゃいけないと思って……。何も分かってないくせに、無神経なこと、言って……ネジ兄さんを、怒らせてしまって……」

「やはり、そうでしたか。その後のあなただったんですね」

 従兄は一度目を閉ざし、小さくため息をつく。

ヒナタは声を詰まらせ、俯いたままはらはらと涙を零す。


「俺に謝る必要はないので……ヒナタ様、少し遅れてしまいましたが朝食でも食べますか?」

「え……?」

「今日俺は休日だったので、朝起きて縁側に出た時にあなたを見つけたんですよ。気配すら感じなかったので驚きましたが……あなたからは特に、敵意などは感じませんし、変化しているわけでもなさそうですから」

「い、いいんですか、ネジ兄さんの朝食にわたしが同席しても……?」

「あなたが嫌でなければ」

「嫌だなんて、そんな…! お言葉に、甘えさせて頂きます…!」

 先程まで流していた涙が引いて、ヒナタは嬉しくなって頬を緩めた。

「フフ、漸く笑ってくれましたね」

「え?」

「いえ、何でも。……では、支度をしてきますので待っていて下さい」

「あ…わ、わたしもお手伝いして、いいです…か?」

 立ち上がりかけて従兄は一瞬目を見開いたが、すぐに優しげな目元になって微笑を向ける。

「それでは、お願いします」


 ネジは手際良くたすき掛けを済ませるが、ヒナタは自分よりサイズの大きい着物に着替えた為かもたもたしてしまい、そこをネジがさり気なく手助けしてくれる。

── 一緒に作った和食メインの朝食を食卓に並べ、互いに向き合って座り、頂きますと手を合わせる。

……黙々と上品に食す従兄を、ヒナタはちらちらとつい見てしまう。

先程一緒に並んで朝食を作った時、精悍な顔つきは元よりすらりとした背の高さと長く豊かで滑らかな髪、しなやかさの増した体つき、本当に自分の知っているネジ兄さんより三つくらい歳上なんだとヒナタは実感した。

でもいつの間に、三年も経ってしまったんだろう……それでいて自分は変わってないのに──


「──⋯どうしました、ヒナタ様。先程の朝食の支度も手が止まりがちでしたが……、具合でも悪いのでは」

「い、いえっ、何でもないです。大丈夫です…!」

 従兄が食す手を止め、心配そうに見つめてきた為ヒナタは恥ずかしさを誤魔化すようにご飯を思い切り掻っ込んでしまう。

「ひ、ヒナタ様、そんなに急いで食べるのは──」

「っ! ごほごほっ」

 口を押さえてむせたヒナタに、ネジは近寄って背中を優しくさする。

「大丈夫ですか、ヒナタ様」

「はっ、ご、ごめんなさ…けほけほっ」

 少しして咳が落ち着いたので、差し出された水を飲んで一息つくヒナタ。


「す、すみません、急に咳き込んでしまって……」

「いえ、大した事はなくて良かったです」

 ヒナタは先程従兄にさすられた背中が、熱を持ってこそばゆい感じがして恥ずかしかったが、もう少しさすってもらいたかったと思いながら鼓動が早まる。


「ネジ兄さん、おはようございます…!」


 不意に声がした。玄関の方からのようだ。……ヒナタはもう一人の自分の声のような気がして落ち着かず、従兄は口元に人差し指を当てて静かにするよう促した。

(あなた方を逢わせるのは良くないかもしれないので、隠れていて下さい)

 ヒナタは言われた通り奥の部屋へ隠れ、ネジは玄関先へ向かう。

……しかしやはりヒナタは気になって、白眼を発動しようとしてみたが何故か出来ず、仕方なしに出来るだけ気配を消して物陰からもう一人の自分かもしれない存在を盗み見ようと試みる。


「煮物、お裾分けに持って来ました。朝食は済ませたと思いますけど、お昼にでもどうぞ食べて下さい」

「雨の中わざわざすみません、ヒナタ様」


(や、やっぱり、もう一人の……歳上の、わたっ)

 物陰からよく見ようと体を伸ばした結果、傾きすぎてドタッと派手な音を立ててしまう。

「え?…あの、もしかして、誰かいます?」

「──はい、どういうわけか、三年ほど前のあなたが」

「えっと…、私のことからかってます? ネジ兄さん」

「いえ。……何なら、逢ってみて下さい」


(え…?! さっきネジ兄さん、会わない方がいいって──)

 ヒナタは焦って部屋の奥へ戻ろうとするが、もう一人の自分らしき声が呼び掛けてくる。

「ねぇ、姿を見せてくれないかな? 白眼で透視は出来るけど、何だか気が引けるし……」

「───」

 ヒナタは意を決して、部屋の奥から玄関先へ向かうがその前に、もう一人のヒナタの方がネジの家の玄関から居間にやってきて驚きの声を上げる。

「わぁ、ほんとに髪の短い頃の私だ…! 一体どうしたの? どうやって三年くらい前から来ちゃったのかな??」


 歳下の方のヒナタは目を見開いた。……少し歳上の自分というのは、背が伸びて髪も大分伸びている。着ているパーカーも今の自分とは違うようだ。

「どうやら逢わせても大丈夫のようですね。……三年程前のヒナタ様は、中忍試験で俺との予選試合を終えているそうです」

「そうなんだ…。じゃあ、ナルト君とネジ兄さんの本戦は……観戦したの?」

「え、ナルトくんとネジ兄さんの、本戦……?」

 歳上の自分に言われて、ヒナタはおぼろげながらにその時を思い出す。

「そういえば、わたし……二人の本戦を観ていたはずだけど、途中で苦しくなってしまって……その後のこと、覚えてない……」

「そう、でしたか。……ならばやはり、俺のせいですね」

 従兄の表情が憂いを帯びる。

「違います、ネジ兄さんのせいじゃない。私が自分勝手だっただけで──」

「あの後、どうなったんですか? ナルトくんと、ネジ兄さんは……」

 歳下のヒナタが、三つ程歳上の二人に問い掛ける。


「それは……、あなた自身が元の時間軸に戻って、然るべき者から聴いて下さい」

「でもわたし、どうやって元の自分の場所に戻ればいいか……」

 静かに諭すように言う従兄にヒナタは戸惑い、そんな過去の自分を見て歳上の方のヒナタは、ある事を問う。


「──ねぇ、あなたにとってネジ兄さんは……まだ、怖い?」

「怖い……とかじゃ、ないの。悪いのは……わたしだから。自分のせいでネジ兄さんのお父上が亡くなるきっかけを作ってしまったわたし自身が、怖かったの」

「うん……そうだよね」

「ネジ兄さんはわたしに、優しすぎると言ったけど……本当に優しいのはネジ兄さんの方だから。あの事件が起こる前までは、優しく接してくれていたのを今でもよく覚えてる……。修業の時は励ましてくれて、一緒にお昼寝したり一緒に遊んでくれたり、転んだ時は背負ってくれたりして──。それは、単にわたしが宗家だったからかもしれないけど、わたしにとってネジ兄さんは一つ年上のいとこの、強くて優しいお兄さんだから……」

「───⋯⋯」

 ネジは無表情のまま、目を伏せ黙っている。


「じゃあ……、ネジ兄さんに抱きついてごらん」

「──え?」

「は……? 何を、言い出すんですヒナタ様」

 ヒナタの唐突な発言に、歳下の方のヒナタと従兄は面食らう。

「私は何もおかしな事言ってるつもりはないよ、ネジ兄さん。……ね、そうしてもらってごらん、“私”」

 ヒナタは従兄と歳下の自分自身に微笑を向ける。


「え、えっと、あの……っ」

「⋯⋯───」

 従兄が黙ったまま眼を閉ざし畳の上に正座した為、歳下のヒナタはどぎまぎしてしまったが、歳上のヒナタが促すように頷くのを見て、おずおずと従兄に近寄り思い切って胸回りに抱きつき顔をうずめる。


「──どう? あったかいでしょう」

「──⋯うん、とっても……あったかい」

 ネジに抱きついたヒナタは離すまいとするようにぎゅっと両腕に力を込め、そうされた方のネジは若干戸惑いつつも、優しく抱き返す。


(ネジ兄さんの、鼓動が伝わってくる……。トク、トク……優しい、音⋯──

そうだ……、ネジ兄さんと話したいことがいっぱいあるの……。今までずっと、言えてなかったこと……。だから、わたしはわたしに、戻らなきゃ───)



「⋯⋯──ぁ」

「私……、元の居場所に帰ったみたいだね」

 ネジがふと気がつくと、腕の中に居たはずの過去のヒナタの姿は無かった。

外からは、静かな雨音だけが聞こえ続けている。


「紫陽花、今年も庭に綺麗に咲いたね。……梅雨が明けたら、今度は向日葵が咲き出すね」

「そう、ですね。……あの、ヒナタ様」

「──ネジ兄さん、二人きりの時は、敬語も様付けもやめにするって約束でしょう?」

「あぁ……そう、だった。──ヒナタは、以前にもこんな経験があったのか?」

「ふふ、どうだったかな……。そうかもしれないね」

 いたずらっぽく笑むヒナタに、ネジはつられて微笑する。

「フ…、そうか」


「ネジ兄さん……」

 ヒナタはおもむろに、甘えるようにネジの胸回りに抱きついて顔をうずめる。

「やっぱり……こうしてると、ネジ兄さんの鼓動が聴こえて、一番落ち着くよ」

「……そう、か」

 座ったままの姿勢で、ヒナタの頭をネジは優しく撫ぜる。

庭の紫陽花を静かに濡らす雨は、まだまだ降り止みそうになかった。



《終》


 

 

【かつての面影】

 
前書き
 モモシキ襲撃時にネジが居たら、という話。ネジはヒナタとヒマワリと一緒に観戦していた設定。アニメより映画に寄せているつもりです。 

 
「ネジ兄さん、ヒマワリをお願い…! 私はナルト君を──」


 中忍試験試合会場が強大な力を持つ存在に襲撃され、ヒナタは娘のヒマワリと共に従兄のネジに守られながら避難していたが、何を思ってかヒマワリをネジに預け自分自身は襲撃真っ只中の試合会場に戻ろうとする。

その時ネジは、暁のペインが里を襲撃した時の事を思い出さずにはいられなかった。……里から離れていたネジが駆けつけた時にはヒナタは既に死にかけていた。白眼でナルトの危機を知り、周囲にそれを知らせるよりも先に体が動き、ナルトを守る為に一人ペインに立ち向かったらしいが敵うはずもなく一撃で返り討ちに遭い倒れ伏したという。

──ヒナタにはそういう危うさがある。ナルトの為なら後先を考えず盲目的に動いてしまう。それは二人の子を持つ母親となっても変わらないようだった。


「待てヒナタ、この状況下で母であるお前が娘のヒマワリの傍に居てやらなくてどうする。今ナルトの元に行ったところでお前には──」

 ネジは言葉で制止をかけるが、ヒナタの白眼を発動した決意に満ちた顔にそれ以上何も言えず、周囲の逃げ惑う人々とは逆方向に走り中忍試験試合会場に駆け戻って行くヒナタを従姪(じゅうてつ)のヒマワリと共に見送るしか出来なかった。


「ネジおじさん…、パパとお兄ちゃん、ママはどうなっちゃうの……?」

 ヒマワリはネジにすがりつき、不安で一杯の表情で涙を浮かべている。

「大丈夫だ、パパなら……ナルトなら、きっと何とかしてくれる。お兄ちゃんとママも大丈夫だよ」

 ネジはヒマワリを少しでも安心させようと微笑む。内心は気が気でならなかったが。


ナルトの事は信じている。火影であるナルトは命懸けで里と息子を守るだろう。裏の火影でもあるサスケも付いている。

……ヒナタもナルトを信じ、安全な場所まで避難し怯えている娘の傍に居る事を優先してほしかったが──

とにかくネジはヒナタの代わりにヒマワリを抱き上げ、安全な場所まで移動して事態が落ち着くまで従姪の傍に居る事にした。

本来ならネジ自身も里の者達や里外から訪れている人達を避難誘導すべき立場だが、自分までヒマワリの傍を離れてしまっては、危険の只中にいる父親と兄、それを無鉄砲に助けに向かった母を涙ながらに心配し不安に押しつぶされそうになっている幼いヒマワリにとっては酷だと感じた。

(ナルト……ボルト、ヒナタ……どうか無事でいてくれ)



 ──⋯ナルトは、襲撃者に連れ去られた。敢えて、連れ去られる事にしたのだろう。あのまま闘えば、里への被害は甚大だ。

多数の負傷者は出たものの、幸いにも死者は一人も出なかった。

負傷者の中に、ヒナタもいた。

連れ去られるナルトを助けようとして、襲撃者に返り討ちにされたらしい。

やはりペイン戦の時のように、無事では済まなかったようだ。

負傷者の溢れる中ヒナタは病室のベッドに寝かされ、サクラが医療忍術を施している。

その傍らにはヒマワリがいて、母親の片手を握り心配そうに「ママ、ママ……」と小さく呼びかけている。


 ボルトは大した怪我はなかったが、気絶から目覚めて負傷した母を見、父であるナルトが襲撃者に連れ去られたと知ってショックを隠せず、病室から逃げるように出て行った。

ネジは追うべきか迷ったが、放っておけなかった。ネジが外で追いついた時にはボルトは医療箱につまづいたらしくうつ伏せに倒れ、起き上がったと思えば右手首に付けていた科学忍具なる物を剥がして後ろへ勢いよく放った。……それがちょうどネジの足元に当たり、何も言わずに拾い上げる。

「───⋯」

「……おじさん、さぁ……、ほんとは、気づいてたんじゃないの。オレが、不正して何か使ってるってこと」

 ボルトは項垂れて背を向けたまま、掠れた声で言った。

「おじさんも母ちゃんも白眼持ちだし、バレててもおかしくないよなぁ……」

「──俺が試験官をしていたら、すぐ見抜いていたと思うし、必ず報告していただろう。だがその立場にはなかったし、白眼を使って試合を見ていたわけでもなければ気づいていたわけではないよ、俺もヒナタも。……ただ、今のボルトの実力には合わないはずのあれだけの影分身を出せば、俺でなくともナルトが気づいただろう」

「ふーん……そっか。ならいいよ、別に」


 ボルトはネジに背を向けたまま、ふらりと立ち上がる。

「どこへ…、行くつもりだ?」

「付いて来ないでくれってばさ。今は…、独りになりたいんだ。ごめん……心配してくれてありがとな、おじさん」

 重い足取りで遠ざかって行くボルトを、ネジは見ているしか出来なかった。



「──ネジ、ボルトの事は俺に任せろ。俺はアイツの師でもあるからな」

 不意にした声に振り向くと、いつの間にかサスケが立っていた。

「サスケ……、ボルトの師なら、科学忍具の使用に初めから気づいていたんじゃないのか?」

「師匠だからといって、弟子に何でも口出しすればいいものじゃない。……失敗から多くを学ばせるくらいは出来るだろう」

「───⋯」

「無事かどうかまでは判らないが、ナルトは生きている。時空間移動を使ってこれから助けに行く上で、ボルトも連れて行く」

「ボルトを……?」

「科学忍具の使用を咎めなかった俺にも非はあるからな。起死回生のチャンスくらいは、与えてやるさ」

「そうか……。ボルトの事をよろしく頼む、サスケ」

「あぁ、任せておけ」

 サスケは闇に溶け込むようにスッと消え、ボルトの後を追ったのだとネジは察した。



 ──火影室の上の階にある屋上にて、サスケの輪廻写輪眼による時空間移動によってボルトがサスケと五影達と共にナルト奪還へ向かう事を知ったヒナタは、どうしても見送りたいと言ってまだ癒えきらない体をネジに支えてもらいながらその場まで行き、サラダとミツキ、サクラも共にナルトを助けには行きたいがせめてサスケ達を見送ろうと屋上まで来る。

「ボルト……!」

 母親に呼びかけられたボルトは、サスケから借り受けた額当てを付けて見せ、心配させまいと強気な笑みを浮かべる。

……その姿は、サクラ、ヒナタ、ネジの目から見てもかつてのナルトの面影を強く映した。

そしてネジはふと、ナルトにかつて言われた言葉を思い出す。


『運命がどうとか、変われないとか、そんなつまんねーことメソメソ言ってんじゃねーよ! お前はオレと違って、落ちこぼれなんかじゃねーんだから』


「──ボルト!」

 ネジは思わず従甥のボルトに呼びかけていた。


「……行ってくるってばさ!」

 ハッとしてボルトはネジを見、それからニカッとナルトのような笑みを見せて時空間へ飛び込んで行った。


(お前なら、きっとナルトを取り戻せる。……頼んだぞ、ボルト)



《終》


 

 

【月影し日向かう一族】

 
前書き
 月影(つきかげ)し日向(ひむ)かう一族、です。ネジは生存、ヒナタの方が亡くなっている話。ネジとハナビ中心。THELASTを基にしていますが、設定など色々矛盾しているのでご了承下さい。 

 
(──私はこれから供を連れ、里を離れる。暫くは、戻れないかもしれぬ)

(ヒアシ様、私も共に……)

(いや、お前はここに残り、日向家を守ってほしいのだ。私に何かあれば日向を……ハナビを、頼む)




「──⋯ちょっとネジ兄様、聴いてる?」

「あ……何でしょうか、ハナビ様」

 日向家の縁側にて話していたネジとハナビ。


「もう、だから敬語も様付けもやめてって言ってるのに。父上はネジ兄様を日向の跡目に据えたんだよ。私だって兄様が最適だって進言したし……。いくら断ったって、次期日向当主はネジ兄様なんだからね」

「いや……何度も言っているように、ヒナタ…様を守れなかった俺に当主は勤まらない」

「そういう負い目を感じるのもいい加減やめなよ。うずまきナルトを庇って亡くなったのは、姉様の意志でしょう」

「⋯───」

「日向宗家と分家は、もう対等なの。呪印制度だって大戦後は執行されていないし、ほぼ廃止されているようなものだもの。……日向は変わったの。変わってないのは、ネジ兄様だよ。兄様がそんなんじゃ、姉様も浮かばれないよ」

「…………」

 ネジはハナビから目を逸らし俯く。


「それにしても父上、帰りが遅いね。何か大事な用事があってしばらく留守にするって、お供を連れて三日は経つけど……。私には詳しいこと話してくれなかったけど、ネジ兄様には話したんでしょう?」

「いえ……特に何も」

「本当に? ……今日帰って来なければ、さすがに火影に相談した方がいいんじゃないかな」

「そう、ですね」

「はぁ……、ちょっと出掛けてくる」

 従兄の素っ気ない態度に嫌気がさし背を向けるハナビ。


「お供します」

「付いて来ないで。……ネジ兄様は私の召使いなんかじゃない」

「…………」

「ヒナタ姉様のお墓に行くだけ。……少し兄様の愚痴を聞いてもらいにね」



 ──しかしハナビは、夕刻になっても戻っては来なかった。

(……帰りが遅い。やはり、付いて行くべきだったか。ここは、白眼を──)

 ネジが日向家の中庭で白眼を発動しようとした時、黒ずくめで仮面を付けた者達に瞬時に取り囲まれる。

(こいつら……いつの間に)

 ……その内の一人に、気絶した従妹が囚われている。

(ハナビ様…!)


『──サァ、取リ引キトイコウ』

 一人のくぐもった声が語り出す。

『オ前ノソノ純度ノ高イ白眼ト引キ換エニ、コノ娘ノ命ノ保証ハシヨウ』

「純度の高い白眼だと……? 何を訳の判らない事を」

(こいつらの目的は、俺の白眼だというのか……? ならば──)

 片手で首元にチャクラを纏った自らの手刀を宛てがおうとするネジ。


『自害ニヨッテ額ノ呪印ヲ発動サセ、白眼ノ能力ヲ封ジヨウトイウノダロウ日向ノ分家ヨ。ソウシタ所デ、代ワリニ宗家ノ娘ノ白眼ヲ抜キ取ルマデダ』

「……宗家の白眼の方が元より価値があるはず。何故、分家の俺なのだ」

『白眼ノ祖、ハムラノ血ヲ最モ色濃ク受ケ継ギシ者ダカラダ』

「フン……何の事だか知らんが下らん」

 ネジは吐き捨てるように言う。

「分家の俺の眼で良ければくれてやる。──だがハナビ様には手を出すな」

(ネジ兄……様……?)

 従兄の声にハナビは微かに意識を戻すが、すぐにまた意識は失われる。

『イイダロウ、生キタママ眼ヲ抜キ取ラセテモラウ。ダガソノ前ニ、我々ノ元ニ来テモラオウ』





(───⋯ここは、どこなの……?)

 おぼろげな意識がようやくはっきりしてくると、ハナビは広い部屋のベッドに寝かされている事に気づく。

そして、少し離れたもう一つのベッドには従兄のネジが寝かされていた。

……その目元には包帯がされていて、額の日向の呪印の方は露わになっている。


「ネジ兄様…!?」

「ハナビ、様……? 無事です、か……?」

「その、目元……まさか、白眼を抜き取られて…っ」

 ハナビの呼び掛けに反応したネジは、僅かに身じろいで掠れた声で話す。

「生きたまま、白眼を抜き取られれば……日向の呪印は、発動しない……。それを知った上で、その後は抜け殻同然の俺は不要なはず……。何故、生かされているのかが判らない……。チャクラを宿した手刀で……、自らの首を切り自害を図ろうとしたが……、ハナビ様の眼が抉り取られるくらいなら……自らの眼を差し出すべきだと思い……」


「やだ、ダメだよそんな…っ。私、ネジ兄様まで失いたくない…! 生きてくれていて、本当に良かった……。兄様の眼なら、私が取り戻すから…!」

「駄目だ……ハナビ、様。救出班が来てくれるまでは、大人しく──」


「日向の姫よ、お目覚めかな?」

「……何ですって?」

 そこに一人の青年がやって来た為、ハナビは白眼を発動させキッと睨みつける。

「我は大筒木トネリ。純度の高い白眼を持つ従兄妹のそなた達を月に招かせてもらった」

「あんたその眼……まさかネジ兄様の…! 今すぐ返しなさい!!」

「ハナビ、様…ッ」

 重苦しい身体を起こそうとするネジ。

「随分お転婆なお姫様だ……。そなたにはいずれ、子を為してもらわなければならないのだよ」

 柔拳を放とうとした手首を軽々と掴まれるハナビ。

「ふざけないで! 私はそんなことの為の道具になるつもりはないわ」

「我がこの白眼を転生眼へと覚醒させ、そなたの従兄に戻せば……、額に刻まれし呪印も消えるのだよ。寧ろ感謝してほしいものだ」


 それを聞いてネジは驚きとともに怒りすら覚えた。

「……!? そのような都合の良い話など、信じられるものか…!」

「ハムラのチャクラを宿す者よ……今はまだ、判らなくて良い」

「それが何だというんだ……。まさか、その事に関連してヒアシ様は──」

「あの当主とは話にならなかったな。殺しはしなかったが、それなりの罰は与えておいた。素直に二人の従兄妹を差し出せば良かったものを……」

「貴様…! くッ」

「ネジ兄様……!」

 トネリの手を振り払って従兄の元にハナビは駆け寄り、トネリの方は一旦部屋を後にするがその際に一言残して行く。

「無理はしない方がいい、そなた達二人には大いなる役目があるのだから」




 ──大きく頑丈な窓から外を白眼で見ていたハナビはハッとした。

「ネジ兄様、助けが来たよ…! うずまきナルトにサクラさん、サイさん、シカマルさん達が……!」

(やはり、来てくれたか……ナルト……)


「──⋯邪魔が入ってきたようだが、問題はない。我が大筒木のチャクラで純度の高い白眼は転生眼へと覚醒した……。後はハムラの大いなる転生眼とチャクラで地上に裁きの光を降すのみ」

 トネリが再び部屋に入って来た時にはその眼は白眼とは異なる物に変化していた。

「あんた……結局ネジ兄様の眼を返す気なんてなかったんでしょ? 日向の呪印も消えるなんて嘘…!」

「いいや? 転生眼とハムラのチャクラが合わされば確実に日向の呪印は消えるだろう。そなたの従兄に戻せば、だがね……。そして今度は眼だけでなく、身体ごと必要なのだ。判るな、ハムラのチャクラを宿す者よ」

「⋯──」

「私……私じゃ、ダメなの?」

 ハナビが懇願するように言う。


「あぁ、駄目だ。日向一族は誰もが微力ながらハムラのチャクラを要しているが、そなたの従兄のように色濃くは宿していない。クク、そうだな……従妹のそなたに出来る事といえば──」

「う゛っ…!?」

 ドッという鈍い音と共にくずおれるハナビ。

「貴様……ハナビ様に、何を」

「そなたにとって大切な従妹……また失いたくはないだろう? 私は心眼で視ていたのだよ、あの大戦を──」

(ヒナタ、様……ッ)

 ネジの脳裏によぎる、ヒナタの死。ナルトを庇って死んだヒナタは、満足そうな微笑すら浮かべていたが、ネジはその後ずっと自責の念に苛まれていた。守るべきものを守れなかった痛みに。

「さぁ、共に来たまえ……私が誘導しよう。そなたの従妹の命は常に私の手の内にある事を忘れぬように、な」

 トネリに頭を掴まれたネジの意識は、遠のいていった。




《──⋯大丈夫だよ、ネジ兄さん……。ハナビと、仲間を……自分を、信じて⋯──》




「──ぁ」

「ネジさん、意識が戻ったんですね、良かった……」

 サクラの声がした。

「俺、は……」

「私達救出班はネジさんとハナビちゃんを奪還し、なるべくトネリから離れた場所に居ます。トネリはナルトやサイにシカマルが何とか食い止めてくれてますけど、転生眼の力が強くて……」

「ハナビ、様は……?」

「ネジ兄様、私なら大丈夫。サクラさん達が助けてくれたから。……ねぇ聴いて兄様、今のあいつ……トネリはきっと兄様にしか止められない。ハムラの大いなる転生眼も……。だから、私の眼を使って」

「何を、言って」

「もちろん、兄様自身の眼を潰さないようにトネリを弱らせるんだよ。──サクラさん、お願い」

「ちょっと待て、ハナビの眼を俺に移植するなど」

「これはハナビちゃんの強い意志です。大丈夫……私がなるべく負担を掛けないように処置します。私とハナビちゃんを信じて下さい」

 サクラの言葉に押され、ネジは処置を受ける。


「──どうです、ネジさん。見えますか?」

「…………」

 ゆっくりと眼を開ける。

「あぁ……驚くほどよく馴染む」

「それはそうだよ、私とネジ兄様は従兄妹だもの」

 ネジが眼を向けると、ハナビは目元に包帯をしていた。

「ハナビ……」

「ほら、私のことはいいからナルトと一緒にトネリを無力化してきて。──私の眼もネジ兄様と一緒に、闘うから」

「……判った」




 ──⋯そしてネジは、ナルト達と共にトネリを無力化した。


「ネジの眼は返してもらうからな。……サクラちゃん、頼むってばよ」

「任せて」


 サクラはネジに移植したハナビの眼をハナビ自身に戻し、トネリに奪われていた元の眼をネジに戻す処置を行う。


「⋯──うッ」

 処置後、一瞬強い痛みに襲われおもわず目元を片手で押さえたのを見て心配するナルト。

「大丈夫か、ネジ…!?」


「あっ、兄様の……額の、呪印が──消えた。日向の呪印が消えるの、本当だったんだ…! 良かった……ネジ兄様っ!」

 従兄の額の呪印が消えたのを目にし、嬉しさのあまりハナビはネジに強く抱き付く。

「私のこと、ちゃんと見える? ネジ兄様……」

「……あぁ、見えているよハナビ。心配を掛けたな」

 間近の涙目の従妹を優しく撫ぜるネジ。


「そんじゃ、帰ろうぜオレ達の里に」

 ナルトが声を掛け、救出班とネジとハナビは月を後にする。

──その際、ネジにしか聴こえない微かな声がした。


《──⋯ネジ兄さん、ヒアシ父上は別の場所で救出されて治療を受けているし、意識もあるから安心して⋯──》


「どうしたの、ネジ兄様?」

 帰り際にふと足を止めた従兄を不思議そうに見つめるハナビ。

「ヒナタ様の……いや、──ヒナタの声がしたんだ。ヒアシ様は別の場所で救出されて治療を受け、意識もあるから安心してほしいと……」

「そっか…、良かった……。姉様も私達のこと、とても心配してたんだよきっと。帰ったらちゃんとお墓に報告しないとね、ネジ兄様」

「あぁ……そうだな、ハナビ」

 二人は互いに、微笑み合った。



《終》


 

 

【寄る辺ない気持ち】

 
前書き
【かつての面影】の続きのようなものですが、読まれていなくてもさほど問題ないと思います。ネジ生存ルートでナルトがサスケやボルト、影達によって奪還された後の、ヒマワリの心情を中心にした話。
モモシキ戦前後のアニボルについても内容的に触れています。あくまで私的見解ですのでご了承下さい。 

 
「──⋯あ、ハナビ、今大丈夫かしら」

 まだ暑い日が続く夏場の午後、ヒナタは自宅から実家に電話を掛けていた。

『えぇ大丈夫よ、どうしたの姉様』

「ヒマワリがネジおじさんの家に一人で行きたいって言ってるんだけど、一人だと道中心配で……。私も一緒に行くわって言っても、ママは一緒じゃなくていいのって言うし……。ネジ兄さんの家に行かせるのにネジ兄さん自身を呼ぶのもどうかと思って、ハナビにヒマワリをお願いしたいんだけど──」

『……判ったわ、少ししたら迎えに行くから待ってて』


 ハナビは日向家からうずまき家に向かう前に、離れの従兄の自宅に寄る。

「ネジ兄様、ちょっといいかしら」

 ハナビが玄関から呼びかけると、藍色の着物姿のネジが奥から出て来る。

「どうした、ハナビ」

「ヒマワリがネジおじさんの家に一人で行きたいって言ってるらしくて、さっきヒナタ姉様から連絡がきたの。だけど一人で行かせるのは道中心配らしくて、今私が迎えに行く所なんだけど……都合が悪かったら私から断っておくけど、兄様どうする?」

「都合は悪くないから構わないが……、ハナビが行かなくとも俺が迎えに行くか、ヒナタがヒマワリと一緒にこちらに来ればいいと思うんだが」

「ヒマワリが、ママと一緒じゃなくていいって言ってるらしくて。ヒナタ姉様からしたら、兄様の家に行かせるのにネジ兄様自身を呼ぶのもどうかと思って私の方に連絡寄こしてきたみたい」

「そうなのか……。それなら悪いがハナビ、ヒマワリを迎えに行ってくれないか。俺は和菓子でも用意しておくよ」

「えぇ、任せて」




「──ネジおじさーん、おじゃましまーす!」

 玄関から従姪の明るい声がした。

「いらっしゃい、ヒマワリ。元気にしてたか?」

 ナルトが奪還された後、しばらく会っていなかったので顔が見れて嬉しく、ネジはヒマワリの頭を優しく撫でる。

「……うん、元気にしてたよ」

 その言葉と裏腹に、ヒマワリは俯いたままネジにぎゅっと抱きつく。


「じゃあ、私は自分の家に戻るわね」

 ハナビがネジの自宅から離れようとした時、ヒマワリが呼び止めた。

「ハナビお姉ちゃんにも、いてほしいの」

「え、いいの? ネジおじさんだけに話したい事があるんじゃないのヒマワリ」

「…………」

 ヒマワリは寂しそうな表情で、黙ってしまった。

「ヒマワリがハナビにも居てほしいと言ってるんだ。……その通りにしてあげてくれないか」

「えぇ、いいわよ。ネジ兄様と一緒にお姉ちゃんもヒマワリの傍に居るからね」

「うん、ありがとうおじさん、お姉ちゃん」



「──⋯あのね、ママのこと……なんだけどね」

 ヒマワリはネジが出してくれた和菓子を少しつまんだあと、ぽつりと呟くように話し出す。

「ママは……、わたしのこと、きらいなのかな」


「何言ってるのヒマワリ、そんなわけ──」

 ネジはハナビに視線を送って言葉を遮り、ヒマワリに静かに話しかける。

「……どうして、そう思うんだ?」

「だって……、わたしのこと置いてったり、ママ怪我しちゃって病院にいた時、ずっとパパのことばっかり心配してた。お兄ちゃんがパパのこと助けに行ったあとだって──。わたしのこと……どうでもいいのかな」

 泣き出したりはしないものの、俯いて消え入りそうな声で話すヒマワリは、見ていて痛々しいものがあった。


「あの時私は別の場所に居て、避難誘導していたけど……ヒマワリの傍には、ネジ兄様がいたのよね」

「あぁ……、ヒマワリは俺に預け、ヒナタは単身ナルトを助けに向かって行ってしまったからな」

 母親として、決して褒められた行動ではないとネジもハナビも感じていた。

……ヒマワリはそんな二人の会話を気にするでもなく話し続ける。

「パパとお兄ちゃんが帰ってきた時、ママはすぐパパに抱きついたの。次はお兄ちゃんに抱きついてたけど……ケガしてるお兄ちゃんのこと、心配してあげたらよかったのに。わたしのことも、抱きしめてほしかったのに──」

 独白ともとれるヒマワリの言葉に、ネジとハナビは余計な事は言わず静かに耳を傾ける。

「……昨日ね、パパが、かげぶんしんじゃないので帰ってきてくれてね、ケーキ買ってきてくれたんだよ。お兄ちゃんとわたしの誕生日すぎちゃったけど、またお誕生会してくれたの」

 そこでヒマワリはようやく笑顔になったが、すぐまた寂しげな表情になる。

「お兄ちゃんとパパが楽しそうにしてたから、わたしも一緒に遊びたかったんだけど、ママが急に怒って『いい加減にしなさい、ケーキ片付けちゃうわよ!』って言ってきた時にね……ケーキぐしゃあって落ちちゃった時のこと、思い出しちゃったの。わたしの誕生日にケーキ、食べれずに片付けられちゃったこと。
──昨日のママは怒ったあとすぐ笑い出して、ケーキ片付けちゃうって言ったのは冗談のつもりだったのかもしれないけど、わたしは……嫌だったな。パパがまた買ってきてくれたケーキはちゃんと食べれて、おいしかったけど……」

 ナルトが疲労困憊の影分身でやらかしてしまった事はネジもハナビもヒナタから聞いていたが、子供二人の誕生日会仕切り直しの場で流石にケーキ片付けちゃう発言のヒナタは軽率だと感じた。

「ママがパパのこと大好きなのはわたしにもわかるよ、わたしだってパパのこと大好きだし……。でもママのほうがずーっと大好きなんだよね、パパのこと。ママってきっと……そういう人なんだよね」

 ヒマワリはどこか悟ったような、それでいて諦めたように話した後、それ以上何も言わずに黙ってしまった為ハナビはいたたまれなくなってヒマワリをぎゅっと抱きしめる。

「怖かったわね……寂しかったわねヒマワリ、ごめんね……」

「ううん、いいの。もう大丈夫だから……。ネジおじさんとハナビお姉ちゃんに話したら、ちょっとすっきりしたから」


 ヒマワリはその後、ネジとハナビの提案で一緒に美味しいクッキーを作る事にし、ネジの家で食べる分と自分の家に持って帰る分とを作り、焼いて冷まし出来たてのを三人で一緒に頬張っていると自然と笑顔がこぼれた。

……帰りはネジがヒマワリを自宅に送って行った。

出迎えたのはヒナタと、下忍の任務から帰っていたボルトだった。

ネジはヒナタにヒマワリの事で話したい事があったとはいえ、これからうずまき家は夕食時なのでまたの機会にしておく事にした。

夕食を共にする誘いを受けたが、今回は断っておいた。ヒマワリのあの話を聴いたばかりでは、どうにも落ち着いて話が出来そうにはなく、ネジは小さく溜め息をつき自宅へと戻った。





「──⋯よう、ネジ。今ちょっといいか?」

 夜も更けてきた頃、ナルトがネジの家にひょっこり顔を出した。

「どうしたナルト。影分身…の方なんだろう?」

 均等なチャクラの流れで形成された影分身を白眼では本体を見分ける事は出来ないが大体、本体は火影室に缶詰め状態なので影分身なのだろうと察する。

「あぁ、そうなんだけどよ……少し話してぇ事があってな。そういや色々あり過ぎて言いそびれちまってたけど、大筒木の奴らが襲撃して来た時にヒマワリの事、ヒナタの代わりに守ってくれてありがとうな、ネジ。途中までは、ヒナタの事も守ってくれてたんだろ?」

「まぁ、そうなんだが……ナルトの元へ駆け戻って行くヒナタを制止出来なかった俺にも非はある」

「んな事ねぇって。……あの場は敢えて連れて行かれる事にしたから意識はあったんだけどよ、ヒナタが単身戻って来た時は流石に驚いたっつってもヒマワリの事はどうしたんだって思ってる内に、一撃で敵に吹っ飛ばされちまって……。サスケはサラダとボルトを守ってくれてたし、その場にいきなり来たヒナタまで守る余裕なんてねぇからな。──ペイン戦の事一瞬思い出しちまったが、あの時とは違って俺はもう火影だ。感情に流されて暴走するなんて事はしねぇし、ヒナタも火影の妻としての自覚くらい持っててほしかったんだけどな……それに優先して守るべきなのは俺じゃなくて子供だろ。ヒナタのああいう所は昔っから変わってねぇのには正直呆れちまった」

「そう…だろうな。……ナルト、ヒマワリの事なんだが──」

 ネジは、ヒマワリがちょうど今日家に来て話していった事をナルトに聴かせた。



「ヒマワリが……そんな事言ってたのか……。ネジとハナビだから、話せたんだろうな……」

 ナルトは苦しげな表情になる。

「ヒナタの自分本位なとこ……、ほんとに昔っから変わってねぇんだよな。俺の事も結局信じてくれてねぇっつーか……。信じてくれてたら、あの場は俺に任せてヒマワリの事守ってるはずなんだ。流石に子供の事はちゃんと考えてほしいんだけどよ……まぁ俺だって人の事言えねぇ部分はあっけど」

「こんな事を言ってしまうのは酷かもしれないが……、ヒナタは母親にはなりきれないのだと思う。ナルトの前では、未だに一人の女としてしかいられないんだろう」

「あぁ、それな……。今一度ちゃんと話し合っとかねぇとな」

「何なら、俺から言って聴かせるか?」

「……いや、今度二人でじっくり話せる時に俺から直に言って聴かせる。影分身じゃ説得力ねぇしな……。すまねぇなネジ、いっつも心配かけて」

「それくらい構わない。……心配くらいはさせてくれ」

「おう、ありがとな義兄(にい)ちゃん。……そんじゃ、本体に戻って仕事に専念するってばよ!」

 ボンッといつもの音を立て、ネジの家からナルトの影分身は消えた。



《終》


 

 

【寄り添うという事】

 
前書き
 【寄る辺ない気持ち】の続き物です。至らない部分はご了承下さい。
 

 
 ……その日はせっかくの休みだったが、ナルトはヒナタときちんと家で話し合う事に決め、ボルトとヒマワリは叔母と祖父の居る日向家に預け、ネジにはうずまき家に来てもらう事にした。

本当は夫婦二人でじっくり話し合うべきだったが、ヒナタにとっては従兄、ナルトにとっては義兄のネジも居てくれる事で、話の至らない部分を補い軌道修正する役割を担 ってもらった。


「──それで、話って何かしらナルト君、ネジ兄さん」

「ヒナタ、改めて聴くけどよ……、大筒木の奴らが襲撃して来た時、どうしてた?」

 ナルトとヒナタはテーブルを挟んで向き合う形で座っていて、ネジはその二人を両側から据えられる位置に居る。テーブルの上には、冷たい麦茶が三人分置かれていた。


「ヒマワリとネジ兄さんと中忍試験の試合を観戦していたから……、急な事が起きてその場はヒマワリを連れて逃げるしかなくて──。ネジ兄さんが私とヒマワリを守ってくれながら安全な場所まで誘導してくれていたけど……、試合会場に残ったナルト君の事が私は心配で──もちろん、ボルトもだけど……」

 ヒナタは言葉を選ぶように話し、若干おどおどしながら麦茶の入っているガラスコップを両の手で包んでいる。

「俺とボルトの事が心配で、ヒマワリの事をネジに預けてまで試合会場に戻って来たのか。……ヒマワリがその時、怖くて不安で一杯で母親に傍に居てほしいって気持ちは分からなかったのか?」

 ナルトはなるべく声を荒げないように、冷静に話している。

「でも、私がヒマワリの傍を離れてもネジ兄さんが居てくれればヒマワリも安心でしょう? 私も安心してヒマワリをネジ兄さんに預けられたし……」

 ヒナタはネジに視線を向けるが、当のネジは複雑な表情を浮かべている。

「……俺はヒマワリのおじさんではあるが、あの場は母親であるヒナタが娘の傍に居るべきだった。襲撃真っ只中の試合会場にヒナタが戻って行ってしまった事で、置いて行かれたヒマワリは父や兄、母までも失ってしまうんじゃないかという極度の不安に陥る事になった。俺が傍に居ても、その不安を和らげてやるにも限界がある」

「…………」


「──ヒナタ、どうして火影の俺を信じてくれなかった?」

「信じていたわ、信じていたけど、私はナルト君が心配で──」

 やはりどこかヒナタの論点はズレており、ナルトは少し語調を強めて話す。

「俺を本当に信じてくれてたら、あの場は俺に任せてヒナタはヒマワリの傍に居て守る事を優先するはずだよな。……なのにヒマワリをネジに預けてあの場に特攻して来た。敵に一撃で吹っ飛ばされて気絶しただけで済んだとはいえ、殺された可能性だって十分あったんだぞ。そうなったとしても俺は火影としての責務を果たすだけだが、ボルトとヒマワリはそうはいかねぇ。子供二人に一生拭えないトラウマを植え付けるとこだったんだぞ」

「私……私は、そんなつもりなんて──」


「ヒナタにはそんなつもりはなくとも、ヒマワリは母親に置いて行かれた事で強いストレスと不信感を抱いたのは確かだ。……その上、ボルトとヒマワリの誕生日会仕切り直しの場で大した意味もなく急に怒り、ナルトが用意したケーキを片付けるような事を言ったそうだな。この前ヒマワリが俺の家に来た際話してくれたが、ヒマワリにとってはヒナタの発言が冗談のつもりだったとしても、嫌だったと言っていた」

「あの時は……、私を差し置いてナルト君と一緒にボルトとヒマワリが楽しそうに戯れていて羨ましくなったから、ついあんな事を言ってしまって」

「……子供二人にまで嫉妬してどうするんだ」

 ネジは片手で頭を抱えて呆れ、ナルトは一度大きく溜め息をつく。


「俺もボルトもあの時は冗談としてスルーしちまったけど、ヒマワリには冗談に聞こえなかったんだよな……。ヒマワリの誕生日に俺の影分身が持たなくてケーキ落下させちまって、食べれずに片付けられた事思い出しちまったんだな」

「──⋯ごめんなさい……、ヒマワリがそんな風に感じていたなんて思わなくて。ちゃんと、謝っておかないと……」


「ヒナタが……俺しか見えてないってのは正直嫌いじゃねぇんだけどよ、二人の子供を持つ親だって事を忘れちゃいけねぇんだ。──いつまでも恋人気分でいるような真似は、それこそいい加減やめてくれねぇか」

「はい……。本当に、ごめんなさいナルト君、ネジ兄さん……」

 両手を膝の上に置きヒナタは二人に頭を深く下げた際、麦茶の入ったガラスコップが目の前に置かれているのも忘れて額をぶつけ、ほとんど飲んでいなかった為か中身を全部こぼしてしまい、慌てて立ち上がった際にはコップがテーブルから落ちてしまったが床に落下する寸前ネジがキャッチして事なきを得た。

ヒナタはほとんど泣きそうな顔で謝りながらテーブルの上にこぼれた麦茶を台布巾で拭き取っていた。


 ──ヒナタは本当に判ってくれたのだろうかと、ナルトもネジも正直疑問だった。ヒナタの性格は基本、昔からあまり変わらない。その都度、言って聴かせるしかないのだろう。

ナルトとヒナタが結ばれたのだってある時を境にとんとん拍子に進んだのであって、ネジは特別介入はしていない。好き同士でなければ結婚しないはずではあるが、ナルトにとってヒナタは自分だけを見てくれる存在であってそれでいて、ひとたびナルトの事になれば周りが見えなくなる危うさがある為か、放っておけなくなったのだろうとネジは思う。

とはいえナルトは既に火影であって、妻が自分の為に危険な特攻をしようともそれは自分本位のヒナタの自己責任であってナルトの火影としての責務は揺るがない。


 ……三人での話し合いの後、日向家にヒマワリを迎えに行った際ヒナタは娘のヒマワリをぎゅっと抱きしめ何度も謝ったそうだが、ヒマワリの方は「もう気にしてないよ」と、寧ろ母親を気遣ってみせたらしい。心に受けた傷はまだ癒えてはいないだろうが、ヒマワリはヒナタの“母親らしさ”というものを期待するのはやめたのかもしれない。

ボルトはモモシキ戦前後にナルトの火影としての立場に理解を示し父親との仲は良好だが、ボルトの右手の平の印が気になる所ではあって、ネジの心配事は当分尽きそうにはなかった。



《終》


 
 

 
後書き
 ネジが亡くなっている本来の話だと、ナルトはネジに義理を立て、ヒナタをネジの代わりに守って行くという意味でもナルトはヒナタと結婚せざる得なかったんだと思います。ナルトからヒナタへの愛はあるにしてもそれはネジの死を介しての事だと思っています。

私的にTHELASTのあの展開で結ばれたというのは無しです。

 ネジが亡くなっている状態だと、ナルトのヒナタに対する叱り方も違ってくると思います。それこそネジの死について触れるだろうと思いますし。

アニメ版や小説などの派生の日向家やヒナタには色々思う所があって心配な部分は多いですが、見守れる内は見守って行きたいと勝手ながら思っています。 

 

【寂しさに抱かれて】

 
前書き
 寂しさに抱(いだ)かれて、です。二部ネジ←ヒナ。 

 
「ネジ兄さん、花火……見に行きませんか?」


 ヒナタは別段浴衣を着たわけでもなく、普段の忍服姿で従兄を誘った。

ネジも普段と変わらぬ格好でヒナタに付き添う。

河川敷には流石に人が沢山いて、ヒナタはなるべく人目を避けたいのか、打ち上げられる花火から遠ざかるようにして従兄の手を引き、河川敷から距離を置いて人がまばらな高台に向かった。


ネジの手を引く為に自分から片手を自然と握ったとはいえ、ヒナタは今さら恥ずかしくなって顔が熱くなるが、その手を離そうとはしない。

しかし当のネジは、握り返すでもなく無表情にされるがままだった。

じんわりと、自分の手が汗ばんでいるような気がして、それが変に従兄に伝わってはいないかとヒナタは内心案じる。


「私……何だかその、寂しくて……とても」

 ぽつりと呟くように言ってヒナタは俯く。

──ネジはそこで漸くヒナタの右手を軽く握り返すが、それ以上どうするわけでもなく遠目から打ち上げられる花火を何とも言えない表情で見つめている。

「ごめんさい……何のことか、分からないですよね。自分でも、よく分からなくて」


「──俺がこうして傍に居ても、寂しいままですか」


 花火が少しの間打ち上がらずに間を置き、辺りが暗い中ネジはヒナタに顔を向けずに静かに口を開く。


「あなたは俺に、どうしてほしいのですか」


「それを、言ったら……ネジ兄さんは、その通りにしてくれるんです、か?」

 ネジの左手を握る手に、ヒナタはきゅっと力を込める。


「……あなたがそれを、望むのであれば」


「宗家としては、望みません……。ネジ兄さんの、従妹として望んでいいなら──」

 ヒナタは言いかけて一度口を噤む。


「やっぱり……やめておきます。こうして一緒に花火を見に来れただけでも十分だから──おかしな事を言って、ごめんさい」

 ネジはそれに対し何も言う事はなく、ヒナタは握っていた従兄の左手をふと離す。

……二人は隣合って黙ったまま、遠目から次々に打ち上げられては散る様々な色彩の大輪の花を、思い思いに見つめていた。



「──⋯終わったようですね、戻りましょうか」

 帰り際、少し前を行くネジの袖の裾を掴んで歩みを止めるヒナタ。

……少し間を置き、後ろから両腕を胴体に回してそっと抱きつく。


「ほんの……少しの間だけで、いいんです。このままで……いさせて下さい」

 微かに震えた従妹の声にネジは何も言わず、されるがまま微動だにしなかった。

──従兄の背中を流れる滑らかな髪に顔をうずめ、得も言われぬ香りの中ヒナタは不意に、言い知れぬ寂しさと涙がこみ上げ、僅かながらネジの背中の髪を濡らす。


……それから、どれくらい経ったのか。

ネジは、ヒナタが心の内で望むようには抱き返してくれなかった。

ただじっと黙って、啜り泣くヒナタの息遣いを背中で感じていた。


「──⋯ごめんさい……もう、大丈夫です」

 自分で言っておいて何が大丈夫なのか分からなかったが、そう言うしかなかったヒナタはネジの背中からおもむろに離れた。

その時ふとネジが振り向き、ヒナタがハッとして顔を上げると、ネジの右手がヒナタの左頬を撫でるようにそっと触れ、親指で涙の跡をスっ…と拭う。


── 一瞬、時が止まったかのようだった。


 暗がりの中でも垣間見える間近の従兄の表情は、哀しみともとれる憂いを帯びている。


(ネジ兄さんも……、寂しいの……?)


 しかしその言葉は、口にする事は出来なかった。

ヒナタの心の内を知ってか知らずか、ネジはゆっくりとヒナタの左頬から右手を離し、それ以上何をどうするでもなく再び背を向ける。

「戻りましょう、……ヒナタ様」





 ──⋯あの時従兄に触れられた頬がしばらくの間熱を持っているかのうに冷めなかった事を、ヒナタは今でもよく覚えている。

大戦で自分とナルトを命懸けで庇い、死したネジの右手をとって自分の左頬に触れさせてみた時は、酷く冷たく感じたのを今でも忘れはしない。

ヒナタの言い知れぬ寂しさは、ネジを失った事で増したのは言うまでもない。

 あの時……抱き返してもらっていたら、自分の言い知れぬ寂しさを払拭出来たのだろうか。従兄が抱き返してくれなかったのは、そうしたところでヒナタ自身の寂しさを拭う事は出来ないと感じていたからだろうか。

互いの寂しさを共有出来なかったのは、やはり従兄の父の死のきっかけを作ってしまった自分自身にあるのかと、ヒナタは思う。

……自問自答を繰り返しても、答えは出なかった。



 大戦が終結して数年、ヒナタはあの時従兄のネジと共に見た場所で花火を遠目に見つめていた。


(大丈夫……、大丈夫なわけ……ないのに。本当は)


 打ち上げられる花火を目にしながら胸を締め付けられる想いで、涙が頬に伝う。

そして一際大きな花火が、ドンッと音を立て夜空を彩った。

──それでも尚、心の穴は埋まらない。


(やっぱり……寂しいよ、ネジ兄さん)



《終》


 

 

【お前の物語】

 
前書き
 ネジ生存ルートの、中忍試験とナルト奪還後の話で、ネジは中忍試験の試験官ではなかった設定です。映画とアニメの展開が混同しています。

生存していて優秀な白眼を持つネジが試験官をしていないのは寧ろおかしいくらいですが、ネジが早々にボルトの不正を見抜いていると話の筋が色々違ってくるので(生存させている時点で相当違いますが)、大戦時に身体的後遺症を負っていて既に忍を引退しているか日向当主をしているかもしれないネジ、という事にしておきます。 

 
「ボルト……、お前は本当に反省しているのか?」

 モモシキ、キンシキからナルトが奪還されて一週間近く経ち、色々落ち着いてきた頃合に従甥を家に招いたネジは、そう問わずにはいられなかった。

「してるってばさ! シンキには直接頭下げたし、同じ班のサラダとミツキには謝っといたし、もちろんシカダイにも……他の班のみんなにもさ。オレが不正して勝っちまって、二次試験と三次試験で負けたことになって早々に里に帰っちまってた霧隠れの三兄弟とか、雲隠れのユルイとかには謝罪文送っといたし……」

 その割には反省の色が余り見られず、不貞腐れているように見えるのは気のせいだろうかとネジは思う。

「科学忍具だって元々オレに勧めてきたのはカタスケのおっちゃんだし……、まぁ使うって決めたのはオレだけどさ」

 試験官の目を掻い潜って科学忍具を使用していたのは、ある意味優れた技量ともいえる。ボルトは器用な方ではあるが、如何せん自分から努力するという意識が足りていない。サスケに修業をつけてもらっていてすら中忍試験で科学忍具に頼ってしまったのだ。

「自分で強くなるよりも先に、父ちゃんにオレを見てもらいたくて焦っちまって……。二次試験から科学忍具使って不正勝ちしちまってたけど、父ちゃんからメールでおめでとうとか言われたり、直接部屋に来て応援されたりして……複雑な気持ちもあったけど、それよりも父ちゃんに気にかけてもらえてたのが嬉しくてさ……。三次試験じゃ直接見てくれてたし、かっこ悪ぃとこ見せたくなかったから──」


「……お前のそういう所は、ヒナタに似ているな」

 どこか苦笑気味の微笑を浮かべたネジに、ボルトは怪訝な表情になる。

「へ? オレが、母ちゃんに?? どういうことだってばさ、おじさん」

「ナルトに見てもらいたいという、その気持ちがだよ。……俺と対戦した中忍試験でも、ヒナタにはそういう傾向があったんだ」

「ネジおじさん、中忍試験で母ちゃんと対戦したことあんのッ?」

「本戦の前の、予選試合でな。……ナルトから激励の声を掛けられたヒナタの目付きが変わり、自信を持って攻めの姿勢で俺に立ち向かってきた。何度俺に倒されても、立ち上がってきてな」

「あぁ……やっぱ母ちゃん、ネジおじさんには敵わねぇよなぁ」

「いや、気持ちの上では負けていたかもしれない」

「え? よく分かんねぇけど……やっぱ母ちゃんとオレは違うよ。母ちゃんはオレみたいに別に不正したわけじゃないだろ?」

「それはそうだが、さっきも言ったようにナルトに見てもらいたいという一心で、後先を考えず無茶をする所がな」


「あぁ、オレ……チームメイトのサラダとミツキより自分のこと優先しちまったから……。母ちゃんはいつだって父ちゃんの味方だし、オレに味方してくれた試しなんてねぇけどさ。まぁ父ちゃんの火影の立場も忍の在り方ってのも大体分かったし、前よりは父ちゃんの味方くれぇはしてやれるかなぁ。……けどオレは火影目指すよりもサスケのおっちゃんみたいに、里や火影を裏で支えていけるようになりてぇと思ってるし、それに火影はサラダが目指してるから、サラダが火影になったら全力で守って支えてやろうと思ってるんだ」

 そこでボルトはナルトのようにニカッと笑った。

「そうか……。自分がこうしたいと思える事が明確に見つかったんなら、それでいいんじゃないか?」

「おう、これはオレの物語だからな!」

「フ……、そうか」


「そういやオレさ、父ちゃんとサスケのおっちゃんが手助けしてくれたおかげでモモシキの奴にトドメ食らわせられたんだけど……そん時父ちゃんが大きくしてくれた螺旋丸、すっごく重く感じたんだ。色んな意味でさ」

 ボルトはその時の事を鮮明に思い出すように天井を仰ぐ。

「何かこう……色んなもんが伝わってきたっつうか……、はっきりとは分からねぇんだけど、父ちゃんが今までどれだけの経験してきて螺旋丸をあんなに大きく出来るようになったのかって考えたら、胸の辺りが熱くなって泣けてきちまってさ。……オレってば父ちゃんのこと、イタズラや不正なんかで気を引こうとしてただけでちゃんと知ろうとしてこなかったんだなって」

 ネジはじっと黙って静かにボルトの言葉に耳を傾けている。


「これからは、時間ある時に少しずつでも父ちゃんが経験してきたすっげぇ長い話をちゃんと聞こうと思うんだ。母ちゃんとか、周りからは父ちゃんの話それとなく聞いてきたけど……真に受けなかったし、やっぱ直接父ちゃんから聞いて知りたいからさ」

「あぁ……、その方がいい」

「えっと、あとさ……これ言っていいのか分かんないけど──」

 ボルトは躊躇うように下向き、片手で軽く頭をかく。

「……何だ?」

「いや、その……ひとつだけ、はっきり見えちまったことがあって……それが今でも、忘れらんなくてさ」

「何をだ」

 案じるようにボルトを見つめるネジ。


「オレの小さな螺旋丸を、父ちゃんが大きくしてくれた時に……ネジおじさん、に似た人が、死んじまってる、みたいな──。身体に、二つの大きな穴が、空いちまってて……血の跡が、あって。それを、写真で見たことのある若い頃の父ちゃんと母ちゃんが、すごく悲しそうに見つめてる、ような──」

 あまり思い出したくなさそうにたどたどしく話すボルトは、首に掛けているペンダントを無意識の内にギュッと片手で握って俯いている。


「──⋯一命を取り留めはしたが、その可能性も十分有り得たかもしれない」


「ネジおじさん……」

 苦しげな表情をしている従甥に、ネジは安心させるようにヘタのような癖毛のあるボルトの頭にぽんっと優しく片手を置く。

「そんな顔をするな、ボルト。俺が生きていようと死んでいようと、お前はお前だ。……ボルトはボルトの物語を生きればいい。その先に何が待っていようとも、な」



《終》


 

 

【月白(つきしろ)の瞳】

 
前書き
 アニメでは薄紫のハイライトが入ってますが、本来は真っ白だと思ってます。自分の中では勝手に仲良し日向三従兄妹になっています。 

 
「ネジ兄さま、今夜十五夜だからわたしとヒナタ姉さまと一緒にお月見しない?」

「月見団子も……、一緒に作りませんか?」

「はい、構いませんが……」


 従妹のハナビとヒナタがネジの自宅を訪れ、台所に三人並んで月見団子を作り始め、こねこね、ころころと丸めてゆく。



「──ほとんど雲もないし、キレイに見えて良かったね」

「……そうですね」

 澄んだ中秋の名月の晩、それぞれ着物を着込んで従兄のネジを真ん中に、従妹のハナビとヒナタが左右に隣合う形で縁側に座り、秋の虫の鳴き声に耳を傾けながら月見団子をつまみつつ温かいお茶を口にする。

「…………」

「何でしょうか、ヒナタ様。……先程から、視線が気になるのですが」

「えっ、いえ、その……」

 ヒナタは一度顔を下向けてから、少し頬を染めてネジに向き直る。


「ネジ兄さんの、瞳……お月様みたいに月白(つきしろ)で、綺麗だなって……」

「────」

 何を言われたか一瞬理解が及ばなかったが、ネジはふと顔を逸らす。

「それは……俺ではなくて、あなた方のほうでは──」


「あー、ネジ兄さまが照れてる」

 にやにやして顔を覗き込んでくるハナビ。

「照れてません」


「まぁわたし達同じ眼してるから……一族みんな月白だよね。その中でもネジ兄さまが一番キレイってことでしょ、ヒナタ姉さま?」

「う、うん……!」

 ヒナタは恥ずかしげながら笑顔で頷く。


「そんな事は、ないでしょうに」

「えー? じゃあわたしとヒナタ姉さまの眼、ネジ兄さまから見てどっちがキレイ?」

 ハナビとヒナタは期待を込めてネジを見つめる。

「ど…ちらと言われても、選ぶような事では──」

 二人からの視線に耐えきれず目を逸らすネジ。


「じゃあ眼力で勝負だよ、ヒナタ姉さま!」

 そこで何故かハナビが白眼をビキッと発動させ、姉のヒナタに強気な表情を向ける。

「わ…、私だって……!」

 ヒナタも負けじと白眼を発動し、妹のハナビと睨み合う。

(何故そうなるんだ……)

 従妹二人の板挟みになり、困った表情で溜め息をつくネジ。


「さぁネジ兄さま、どっちの眼力が強い!?」

 ハナビとヒナタが白眼を発動させたままこちらをキッとした表情で見てくるので、ネジは黙っていられなくなりついには自身もビキッと白眼を発動する。

「──⋯この俺の眼力に敵うのならば」


「あぁ……さすがネジ兄さまの眼力はわたし達とは違うよね……、負けました……」

「そうだね……別格だね……」

 白眼を解いた二人の従妹は惚れ惚れと従兄を見つめ、当のネジも白眼を解き、妙な恥ずかしさを誤魔化すように話題を変える。


「そう、いえば……お二人は“月うさぎの伝説”をご存知でしたか?」

「え、そんなのあったっけ?」

 ハナビは首を傾げ、ヒナタも同様に知らない様子だったのでネジは静かな口調で語り出す。


「──昔、あるところにウサギとキツネとサルがいました。ある日、疲れ果てて食べ物を乞う老人に出会い、3匹は老人のために食べ物を集めます。サルは木の実を、キツネは魚をとってきましたが、ウサギは一生懸命頑張っても、何も持ってくることができませんでした。そこで悩んだウサギは、『私を食べてください』と言って火の中にとびこみ、自分の身を老人に捧げたのです。……実は、その老人は3匹の行いを試そうとした帝釈天(タイシャクテン)という神様で、帝釈天はウサギを哀れみ、月の中に甦らせて、皆の手本にしたのだそうです」


「へぇ……そうなんだ。ネジ兄さまは、いつそれを知ったの?」

「……父から教わったのを何となく覚えていて、後になって自分で調べて覚えました」

「そう……だったんですね」

 ヒナタはネジの話に俯き、ハナビはふと思った事を口にする。


「いざそうなったら……意味合いは違うとしてもわたしもウサギみたいに、身を捧げられるかな」

「あなたがそうする必要はないのでは? その役割を担うのは……、分家である俺でしょうから」

 月明かりの元、ネジは無表情だった。

「……やめてよそんなの。もしそうなったとしても、わたしはネジ兄さまを身代わりにするようなことなんて絶対しないから」


 その言葉に偽りのない澄んだ月白(つきしろ)の瞳で毅然と述べるハナビに、ネジは瞳を閉じて微笑を浮かべる。

「フ……次期当主として甘いですね」

「甘くて結構だよ。……それに、日向の次期当主はわたしじゃなくてネジ兄さまが相応しいから。現当主の父上だって、そう思ってるよ」

「……どうなのでしょうね」

 白く煌々と輝く月を微笑したまま仰ぎ見るネジ。


「───⋯⋯」

 ネジとハナビのやり取りを聴いているしか出来ず、独り置いてけぼりにされたように感じてしまったヒナタは、不意に堪えきれなくなって涙をはらはらと流す。

「……ヒナタ様、どうしました?」

「姉さま……大丈夫?」

「ご…めんなさい、私……私は、大丈夫だから……」

 従兄と妹に心配され、ヒナタは申し訳なくなって着物の袖で涙を拭う。


「──涙に濡れたその瞳、月明かりの元では煌めいて見えますね」

「……え?」

 ヒナタはきょとんとして従兄を上目遣いで見つめ、一瞬何を言われたか分からなかったが見る見る頬を赤らめる。

「ぷっ…、なにそのキザみたいな台詞……!」

 ネジの真面目くさった表情とその言葉に、ハナビは思わず吹き出してしまう。

「いえ、本当の事を述べたまでですが」

「ふふっ、ヒナタ姉さま、素直にネジ兄さまの言葉を受け取っておきなよ」

「う、うん……。(私も、そのうさぎのようになれたら──)」


「この話には続きがあり、『うさぎを憐れんだ老人が、その焼けた皮を剥いで月に映し、皮を剥がれたうさぎは生き返る』という説もあります。だから、月の白い部分ではなく、黒い部分がうさぎなのですよ。では、なぜ餅をついているのかというと、『うさぎが老人のために餅つきをしている』とか『うさぎが食べ物に困らないように』という説がありますが、中秋の名月が豊穣祝いであることを考えると、たくさんの米がとれたことに感謝する意が込められているようです」

 ネジが再び語ってみせ、ハナビはそれに対し素直な感想を述べる。

「じゃあわたし達の眼は、うさぎを映し出す月の白い部分ってことかな」

「まぁ、あながち間違ってはいないかもしれませんが……」


「ネジ兄さん……いざという時は、私のこと食べて下さいね」

 割と真剣な表情のヒナタに気後れするネジ。

「は……? 急に何を言い出すんですヒナタ様」

「あ、姉さまずるい! 食べるんだったらわたしにしてよネジ兄さま」

「ハナビ様まで……。二人共、冗談も大概にして下さいね」

 呆れた振りをしてネジは溜め息をついたが、それは自分に何かあった時にその自分に身を捧げるくらいの気持ちを二人の従妹は持ってくれているのだと知って、内心有難いと感じ、自分自身も分家としてだけでなく日向一族の仲間、家族として従妹の二人を守っていきたいと思い、白く煌々とした月を再び仰ぎ見、月白の瞳を細めて微笑んだ。



《終》


 

 

【いい兄さんの日の従兄妹達】

 
前書き
 二部ネジ、ハナビ、ヒナタの従兄妹中心の話。 

 
 日向家にて。

「ネジ兄さま、今日いい兄さんの日なんだって! 何かしてほしいこととかある?」

「いい、兄さんの日……?」

 ハナビの言葉に怪訝そうに首を傾げるネジに、ヒナタが付け加えて話す。

「語呂合わせで、11月23日は“いい兄さんの日”なんですよ」

「……俺は別にいい兄さんではないでしょう、あなた方は俺の実の妹というわけでもないのに」

 二人の従妹に対しネジは、軽いため息と共に目を逸らす。

「従妹でも妹は妹でしょ! わたしと姉さまにとってネジ兄さまは兄さまなの! ね、ヒナタ姉さま?」

「うん、もちろん……! それにネジ兄さんは、強くてかっこよくて優しい、とても素敵な兄さんです!」

 ヒナタに真剣な眼差しで言われ、若干気後れするネジ。


「ヒナタ様……流石にそれは、買い被りすぎなのでは。ましてや俺は、優しくなど──」

「まぁ確かに近寄りがたい時はあったけど、根は優しいのはわたしも知ってるよ。何だかんだ言って修業とか色々付き合ってくれるようになったもんね!」

「──⋯⋯」

 ネジはヒナタとハナビからふと顔を逸らす。

「あー、ネジ兄さま照れてるでしょっ?」

「からかわないで下さい」

 少し怒ったように目を閉じ下向く。

「大体、いい兄さんの日ならば何かしてもらうのではなくする側なのでは……」

「え、でも、ネジ兄さんにはいつもお世話になっていますし……」

「──あ、じゃあさ、わたしと姉さまの頭撫でてくれない?」

 ハナビの提案にネジは呆れた表情をし、ヒナタは恥ずかしそうに驚く。

「は……?」

「ハナビ……!?」

「姉さまもしてもらいたいでしょ? それともされたことあるの、わたしの知らないところでっ?」

「そ、そんなこと……?!」


「……いいんですか、それだけで」

「あ、それならほんとは昨日いいツインテの日だったらしいから兄さまにそれやってもら──」

「頭くらいならいくらでも撫でましょう、昨日何の日だったか知りませんがそれは断固拒否します」

 ネジはきっぱりと言い切る。

「えー、ざんねん。じゃあわたしから撫でて?」


 ハナビとネジは向き合い、ぽんっと1回片手で従妹の頭に手を置いてすぐサッと離す従兄。

「──はい終わりです」

「えっ、ちょっと待ってネジ兄さま! 今の頭に手を置いただけでしょ!?」

「そうでしたか?」

 何食わぬ顔で目を逸らす。

「もー、ネジ兄さまのいじわるっ」

「つ、次は私に……!」

 二人は向き合って少し間を置いてからヒナタ自ら頭を少し下げ、その頭部におもむろにネジは片手を軽く置く。

……するとヒナタは両手で顔を覆い、何故かぷるぷると小刻みに震え出す。

ネジは訳が分からずヒナタの頭部からそっと手を離し、ハナビが見解を述べる。


「うれしいのと恥ずかしいので震えてるんじゃない? ──というか、いい兄さんの日なんだし感謝する意味でもやっぱりわたし達からも何かネジ兄さまにしてあげないと……ってヒナタ姉さま、いつまで顔覆って震えてる気っ?」

「お構いなく……先程も言ったように、俺はいい兄さんなわけでは──」

「そうだ、全身マッサージしてあげよう! 兄さま上忍で多忙なんだし疲れ溜まってるんじゃない?」

「(ネジ兄さんに、全身マッサージ……!?)」

 ハナビの提案に何故かヒナタの方が赤くなる。

「疲れを取る方法くらい、身に付けていますので……」

「いいからいいから、ほら座って?」


 言われて座った従兄の片方の肩にハナビは両手を添える。

「まずは肩揉んであげよっか、ヒナタ姉さまは左側ね!」

「え? う、うん…!」

 二人の従妹に左右から肩揉みをされ、ネジは若干困った表情を浮かべるしかない。

「どお、ネジ兄さま、気持ちいい?」

「あぁ、はい……」

「じゃあ次はうつ伏せに寝そべって! 腰とか脚とかもマッサージしてあげるから!」

「いえ、流石にそこまでは……」

「(ネジ兄さんの腰……脚……!?)」

 ヒナタはまた一人で興奮してしまいそうな自分を抑えようと努める。


「後ろ髪、よけるねー」

 うつ伏せに寝そべった従兄の腰までの髪をハナビがサッとよける。

「えーっと……わたしは兄さまの腰の上に乗って足でふみふみしてあげるから、姉さまは兄さまの脚をマッサージしてあげて!」

「ふみふみ……?」

 何をされるのかと僅かながら不安なネジ。

「大丈夫、父上に時々やってあげてるしコツならつかんでるから!」

 ハナビはネジの腰の上をゆっくりふみふみし、ヒナタの方はネジのふくらはぎなど脚を優しくマッサージしてゆく。

「(ん……ハナビの重さも丁度いいし案外気持ち良い……脚のマッサージも、なかなか⋯───)」



「──あ、ネジ兄さま寝ちゃったみたい……わたし達のマッサージ気持ちよかったのかな?」

「そうかもしれないね……」

「やっぱり疲れてたんだろうなぁ……、タオルケットかけてあげよう」

「うん、そうだね」

 ハナビとヒナタはうつ伏せに静かに寝入ったネジにそっとタオルケットを掛ける。


「ふわぁ……ネジ兄さまの寝てる姿見てたら、わたしも眠くなってきちゃった」

「ふふ、私も……」

「ネジ兄さまと一緒に、寝ちゃおっかぁ……」


 ハナビとヒナタはネジを挟んでそっと寄り添うように、三人一緒にすやすやと穏やかに眠るのだった。



《終》


 

 

【対等で在れるなら】

 
前書き
 和解後の少年篇、ネジとヒナタ。 

 
「ネジ兄さん……わたしに敬称や敬語を使うのは、やめにしてくれませんか……?」

「…………」


 暖かな日差しに包まれる日向家にて、ヒナタとネジは縁側で間を置きつつ並んで座り、二人だけで話していた。


「わたしは、とっくに跡目から外されている身だし……呪印を刻まれて分家に落とされていても、おかしくない立場なのに──そんなわたしに敬称なんて、必要ないんです」

「……当主があなたに呪印を施さない以上、宗家であることに変わりはありません」

 ヒナタは俯いていて、ネジは特に表情を変えず淡々と述べる。


「父上に、どうしてわたしに呪印を刻まないのか尋ねてみても、まともに取り合ってくれなくて……」

「跡目からは外したとはいえ、実の娘に呪印を施すのを不憫に思っているのではないでしょうか」

「そんなのおかしいです、身内にこそ厳しくあらないといけないのに──」

 ヒナタは少し声のトーンを上げたが、すぐに弱々しくなってしまう。


「十分厳しいのでは? 実際あなたは宗家の身でありながら分家の俺と同じように下忍として普段任務についているのですから。……それも時に、死を伴います」

「…………」

 従兄のネジの落ち着いた声音にヒナタは黙って聴き入った。


「里に事あらば、当主とて表には出ますが普段は一族をまとめあげ、ヒナタ様に代わって跡目となったハナビ様に厳しい修業を課している。──宗家の身のあなたを忍の任務につかせ外へ出すのは白眼を守る上ではどうかと思いますが……、呪印を施さないのは当主なりの、あなたへの情けなのかもしれません」

「──いっそ呪印を刻まれて、分家になってネジ兄さんと
対等の立場になった方が、わたしは良かったとさえ思うんです……。対等でありたいと思うのは、わがままなんでしょうか……」

 項垂れたままのヒナタに、ネジは落ち着いた口調を崩さずに言葉を続ける。


「今現在、俺とあなたは対等と言えなくもないと思います。あなたが情けをかけられているのなら俺も似たようなもので、和解後は特に当主自ら分家である俺に修業をつけてくれるようになりましたから。──単に、俺の父の件に対する申し訳なさのようなもので特別扱いされているだけなのかもしれませんが」

「このまま、宗家も分家も関係なく、対等で在れたらいいのに」

「そう、ですね。いつか、本当に──」

 ヒナタは呟くように述べ、ネジはふとナルトに言われた言葉を思い出していた。『オレが火影になって日向を変えてやる』と───


「ネジ兄さんが、それこそ次期当主になることだってちっともおかしなことじゃないし、現当主の父上も本当は、ネジ兄さんが次期当主に相応しいと思っているはずです」

「いえ、それは……それではハナビ様が報われません。幼い頃より次期当主となるべく厳しい修業を課せられているのですよ。そんな軽率に、ハナビ様の努力を無下にするわけにはいかないでしょう」

「そう……ですよね、ごめんなさい……。本来なら、嫡子のわたしがその立場でないといけなかったのに、わたしが弱くて次期当主に相応しくないばかりに、五つ下の妹のハナビに負担を押し付けてしまっているのは他でもない、わたしなんですよね……」

「…………」

 ネジはヒナタの言葉を否定も肯定もするでもなく黙っている。


「ネジ兄さん、わたしに……定期的に修業をつけてくれませんか?」

「俺があなたに……ですか」

「はい。父上は、やっぱり……わたしより跡目のハナビやネジ兄さんに修業をつけることを優先しますし、わたしはネジ兄さんから修業をつけてもらいたいんです。もちろん、ネジ兄さんの負担にならないくらいでいいですから……」

「…………」

 ネジはすぐには答えないが、ヒナタは言葉を続ける。


「ネジ兄さんに、少しでも近づきたくて。あ、えっと、近づきたいというか追いつきたいというか……わ、わたしがこんなこと言うなんて、百年早いですよね。ううん、千年くらい──」

「フ、大袈裟な物言いですね。いや、まぁそうかもしれませんが。……いいですよ、都合がつけばいつでもお相手します」

 不意に笑みをこぼしたネジにヒナタはほっとしたと同時に、笑ってくれたことに嬉しさがこみ上げる。


「えっと、その……わたしとネジ兄さんが対等なら、やっぱり敬称や敬語は必要ないと思うんです」

「そう言われても……そもそもあなたも俺に対して敬語ではないですか」

「それは、わたしがネジ兄さんを尊敬しているからです…! ネジ兄さんは、わたしが宗家だからって理由だけで敬称や敬語を使っているんでしょう? 大体、和解する前は……敬称は使っても割とタメ口だったじゃないですかっ」

「いや、それは……あなたに、理不尽な憎しみを向けていたからで──」

 いつもオドオドしていたヒナタがハキハキと物を言うので、ネジは若干困惑した表情で気後れしている。


「敬称無しで……呼び捨てにして下さい」

「ひ、ヒナタ⋯─さま」


「呼び切れてないです、ネジ兄さん」

 ヒナタは少し頬を膨らませている。


「仕方、ないでしょう。初めて逢った時から、敬称で呼んでいるのですから。あなたはあなたで、俺の事はずっと“兄さん”と呼んでいるし……試しに、呼び捨てにしてみて下さい」

 ネジは顔が少し熱くなるのを感じたがそれを誤魔化すように不機嫌そうな顔をしてヒナタに言葉を切り返す。


「い、いいですよ? ネジ兄──じゃなくて、ネジ……さん」

「あなたも呼び切れてませんよ」

 少しいたずらっぽい笑みを見せるネジにヒナタは頬が熱くなって恥ずかしさでつい下向く。


「あなたが急に俺を呼び捨てにし出したら周囲が不思議がるでしょうから、いつもの呼び方でいいです。それとは逆に俺があなたを呼び捨てにしたら、日向家内で疑念を持たれ兼ねないですし……」

「そんなこと、ないと思う……。わたしは日向家の落ちこぼれだし、表向きは宗家でも下忍として任務を受けて普段外に出ているから、ネジ兄さんがわたしを敬称で呼ばなくなったからって誰も不思議に思わないよ、きっと……」

 ヒナタのその弱々しい言葉に、ネジは小さく溜め息をつく。

「あなたは⋯──ヒナタは、そうやってすぐ自分を卑下したがるのは悪い癖だ」

「え……」

「中忍試験の俺との予選試合で見せた気概はどうした? ヒナタは、ここぞという時にはヒナタなりの諦めない強さを発揮出来ていたはずだ。何度となく倒れても、立ち上がっただろう」

(それは、ネジ兄さんにわたしをもっと見てもらいたくて……それと同時にあの時、ネジ兄さんに殺されてもいいとすら、思ってたから……。ネジ兄さんが苦しんでいたのは全部、わたしのせいだから──)


 ヒナタの心の内は言葉にならなかったが、ネジはそれを察したかのように言葉を掛ける。

「ヒナタは決して弱いわけじゃない。……これから共に、強くなっていけばいい」

「うん……、うん…! ありがとう、ネジ兄さん……」

 ヒナタは申し訳なさと嬉しい気持ちで一杯になり涙が溢れ、ネジはそれを見て少し動揺する。

「な、何も泣くことは……。ほら、ハンカチ」

「あ、ありがとう……ずびっ。──あ、後でちゃんと洗って返すね」


「あぁ……思ったより普通に話せたとはいえ、これからはその……二人だけの時になるべく敬称はやめようと思う。それでいいか、ヒナタ」

「うん、いいよ。……わたしがネジ兄さんに敬語で話さなくても、尊敬してることに変わりはないからねっ」

 ヒナタはやっとネジと対等になれた気がして、気持ちはとても晴れやかだった。

この先もずっと対等で在れたらいいとヒナタは願い、ネジ自身も宗家分家は関係なく仲間として、日向一族の家族として対等で在ることを、願ってやまなかった。



《終》


 

 

【その傍らに】

 
前書き
 大戦中に穢土転生のヒザシと、ネジとヒナタが対峙したら、という話。色々矛盾していると思いますが、ご了承下さい。 

 
「父上……あなたも、穢土転生を──」


 大戦の乱戦の最中ネジとヒナタは、かつて自らの意思で日向一族の宗家分家に関係なく家族として守る為に死を選んだ日向ヒザシと対峙していた。


『本当に久しいな、ネジ……。立派になったものだ。そして──ヒナタ様も』


「ヒザシ様……、私に敬称など必要ありません……。私のせいで、あなたは……!」


『未だにご自分を責めておられるのか……。貴女は、お優しい方だ』


「優しくなんて、ありません……! 私は、私は…っ」

 ヒナタは俯き、眼をぎゅっと瞑る。


「ヒナタ……、言葉を交わすだけ無駄だ。こいつは……敵でしかない」

 ネジは穢土転生のヒザシを白眼で睨み据える。

「そんな、ネジ兄さん……。魂自体は、ヒザシ様そのもので……!」


『息子の言う通りです、ヒナタ様。──今の私は、自らの意識は持っていても操り人形でしかない。そう、このように』

 容赦なくヒナタへ向け瞬時に八卦空掌が放たれるが、ネジがヒナタを身体ごと庇うように共に避ける。


「その甘さが命取りになると……何度も言わせないでくれ、ヒナタ」

「ネジ兄さん……」


『宗家と分家の隔たりは、解消されているのか?』

 ヒナタに敬称を使わないネジに、ヒザシはそう問い掛ける。


「大戦中は、忍び連合の仲間として闘っている」

『そうか……、根本的にはやはりまだ解消されていないか……』

「そう遠くないうちに、日向はきっと変わる。変えてくれると……約束してくれた仲間が居るから」

 微かに笑みを見せる息子に、ヒザシは久方振りに胸の内が暖かくなるような感覚を覚える。


『それは頼もしいものだ。……いい仲間を持ったな、ネジ』

「あぁ……だからこそこの大戦は、仲間を守る為の闘い。──決して負けるわけにはいかないんだ」

 父ヒザシを前に、柔拳の構えをとるネジ。

『フフ……よく言った。流石は私の息子だ。お前ならきっと、私を再び浄土へと還してくれるだろう』


「ヒナタ、下がっていろ。父上は……いや、この敵は俺が──」

『……私を操る者は、優先してヒナタ様を殺しに掛かるだろう』

「ならば、死守するまで」


(違う……、それじゃ駄目……)

 ヒナタは守られてばかりいる自分が悔しくて堪らず、このままではいけないと強く思う。


『守りきれるのか、お前に』

「守ってみせるさ、それが俺の──」


 ヒナタはつと、ネジの前に出る。

「今目の前に居るのは……あくまで敵と認識し、ネジ兄さんは私が死守します」

(……ヒナタ)


『フ……それで良いのだ。さぁ、お前達の──宗家と分家を超えた仲間としての絆を、私に見せてくれ!』

 言いながら素早く間合いを詰め、範囲の大きい回天を繰り出すヒザシにネジとヒナタは間一髪で躱す。


(ヒザシ様も、ネジ兄さんと同じく回天を使えたんだ……!)

 ヒナタは内心驚いたが、ネジはその事を父が生存していた時に既に知っていた。

生前のヒザシは息子のネジにたった一度だけ回天を見せた事がある。──その回天は、実は次期当主と定められ回天の修業をしていた宗家のヒアシが、分家とはいえ双子の弟のヒザシに密かに教えていたのだった。

まだ幼い息子に一度だけしか見せられなかったのは、既に兄の代わりとなって死ぬと自ら決めていたからで、そのすぐ後にヒザシは亡くなり遺体は雲隠れに送られ戻って来る事はなかった。

ネジはその後、たった一度だけ父が見せてくれた回天を元に血の滲む修業の末、会得に至ったのだ。


 ──目にも止まらぬ動きで互いに繰り出す柔拳をいなしつつ、まだ息子が幼い頃はこれほど素早い手合わせは出来なかったが思わぬ穢土転生によって、成長した息子と敵対という形でもこうして相手が出来る事にヒザシは、操られていながらも喜びを感じずにはいられない。


「八卦掌──回天!」


 ネジはヒザシに向け回天を繰り出し、穢土転生で操られているとはいえヒザシはネジに応えるように再び回天を繰り出して地上の二つの蒼く美しい半円形のチャクラ放出が激しくぶつかり合う。

……敵同士として相見えてしまったといえど父と闘える事に確かな喜びを感じ、これまでの父との空白の時を埋めんとするかのように回天同士ぶつかり合うネジだが、穢土転生で力の増しているヒザシに及ばず耐えかねて弾き飛ばされる。

回天を止めたヒザシに向かってすかさずヒナタが柔歩双獅拳を叩き込もうとするが軽く躱され、逆にヒザシから柔拳を食らいそうになるもネジがそこへ八卦空掌を放ちヒナタからヒザシを離す。

ネジの元にヒナタはすぐに移動し、二人は片手を隣り合わせ、修業を重ねて共に放てるようになった術を渾身で放つ。


「「──八卦空壁掌!!」」


 ……この時のヒザシは本当は躱せたのかもしれない。だが、穢土転生の術者に僅かながら逆らい、敢えてネジとヒナタからの術を身に受ける事を選び、後方へ吹き飛んで仰向けに倒れ込む。

「父上!」

 ネジは思わず呼び掛けてヒザシに駆け寄り、ヒナタもそれに続いた。


『お前達のその絆……しかと、見届けた……。これで、思い残す事はない……』

「父上……?」

『私の魂は満たされた……。これにより敵の術は解けるだろう』

 ヒザシの原型が、ゆっくりと崩れてゆく。


『ヒナタ様……いや、我が姪のヒナタよ。息子と共にこの大戦をどうか生き抜いてほしい』

「はい……!」

 涙堪え応じるヒナタ。


『そしてネジ……、まだまだこちら側へ来る事は許さんからな……』

「そんな事……判っているよ、父様。俺は、そう簡単には死ねないから」

 苦しげな笑みを見せる息子に、かつての優しい微笑みを向けるヒザシ。

『私はいつだって、お前を見守っているよ。今までも……そして、これからも。どうかお前達の……日向一族の未来が、明るいものであるように───』



《終》


 

 

【ヒマワリとの休日】

 
前書き
 個人的にナルト新伝や新伝アニメの内容は苦手です。孤児のナルトが戦争孤児の多いはずの里で親子の日を容認するのは違う気がするので。普通に久し振りの休日に、ヒマワリとナルトが出掛けてネジの墓参りをする話です。 

 
 ヒマワリは父親のナルトと共に、いとこ伯父の日向ネジの墓参りに来ていた。


……ナルトは久し振りの休日で午前中はほぼ家で寝ていたが、午後には起き出して息子ボルトの修業の相手になり、その次は娘ヒマワリの要望を聞いて、お父ちゃんとお出かけしたいと言うので二人で色んな店を巡る事にした。

普段なかなか父娘だけにはなれないので、ヒナタとボルトはナルトとヒマワリに気を使って家から見送った。


 ── 一通り店を巡り、最後にいのの花屋に寄って向日葵を三本購入し、ヒマワリのもう一つの要望であるネジおじさんの墓参りに向かう。

「……よう、ネジ。最近来れなくてすまねぇな」

 日向ネジ、と刻まれた墓石に静かに語り掛け、身を屈めて向日葵をそっと供えるナルト。

「ヒマはねぇ、しょっちゅう来てるよ。何だかここに来ると、落ち着くの」

「そうか……」

「ネジおじさんに、色んなお話するんだよ。返事はないけど、聞いてくれてる気がするの。お兄ちゃんが任務からちゃんと帰って来たよーとか、お母ちゃんと一緒においしいお菓子作ったから持って来たよーとか、またお父ちゃん帰って来れなかったよーとか……」

「はは……そっか」

 ネジが生きていたら、父親の自分よりヒマワリはきっとネジに懐いただろうなとナルトは思う。


「ヒマワリ、一時的に白眼になった事あったろ? あの強烈な柔拳はネジ譲りだと思うんだよなぁ。ヒマワリにその気があれば、ネジみたいに強くなれるぞきっと」

「えへへ、そうかなぁ……! 前にハナビお姉ちゃんとお兄ちゃんが手合わせしてるの見て、ハナビお姉ちゃんの柔拳かっこいいなぁって思ってたんだ。ネジおじさんもきっとすごくかっこよかったんだろうなぁ……、今度ハナビお姉ちゃんからちゃんと教わってみようかな!」

「あぁ、そうしてみるといいってばよ。ハナビの回天見た時は、ネジの回天思い出したなぁ……。ヒマワリの言う通り、ネジの柔拳はすごくカッコいいんだぞ!」

 誇らしげに言うナルトに、ヒマワリはにっこりした。


「……そういえば、かいてんって目は回らないのかなぁ」

「うーん、目が回らないから回れるんじゃないか?」

「ん~っ、かいてん!!」

「え、おい、ヒマワリ……!?」


 ネジの墓とナルトの見ている前で、ヒマワリは急にその場でグルグルと回り出す。

「う~?? 目が回るよぉ……っ」

「いきなりやろうとして出来もんじゃないってばよ……、あの時怒ったヒマワリが白眼になって俺に柔拳食らわせた時は、無意識のうちにやってのけちまってたけどな……」

 ふらつくヒマワリの両肩に手を置き、支えてやるナルト。

「そっかぁ、やっぱりちゃんと教わらなきゃだめだね……」

「そうだぞ、いくら才能があってもちゃんと努力しないと身に付かないからな。日向の天才のネジだって、すっごく修業して強くなったんだからな。ネジみたいに強くなれとまでは言わないけど、自分の身は自分で守れるくらいにはならないとな」

 ナルトはヒマワリに目線を合わせ、優しく言った。


「うん……! あ、そうだ。あのね、何日か前にね、ネジおじさんの夢を見たんだよ!」

「おぉ、そうなのか! どんな感じだったか、覚えてるか?」

「んっとね、白い服着てて、とてもやさしくて、ヒマの頭なでてくれたの! あとね、おじさんの長い髪さわらせてもらったんだけど、すっごくさらさらしてた!」

 ヒマワリは嬉しそうに頬を染めた。

「そうか……良かったなぁ。俺の夢にも出て来ねぇかなぁ、それとも出て来てくれてるけど目が覚めたら忘れちまってるのかな……」

 実の所ナルトは、時折大戦時のネジの死を夢に見ては飛び起きるなどして胸を締め付けられる思いをしていたが、ヒマワリにはそれは言えなかった。──あの時の夢ではなく、ただ普通に会いに来てくれる夢を見たいと思うのは、勝手な願いなのだろうかとも感じる。


「ヒマがもっと小さい時はね、夢じゃなくて、ネジおじさんいつも近くにいてくれたんだよ。ミナトおじいちゃんも、クシナおばあちゃんも、お父ちゃんの師匠の人も」

「そういやまだ小さい頃、そんな感じしてたっけなぁ……ボルトも」

 幼児期に息子のボルトも、誰も居ないはずの方向を向いて一人キャッキャしている事がよくあって、今思えばあれは自分の師匠や父と母、義兄のネジが、そっとボルトやヒマワリの相手をしてくれていたんだと思うとナルトは胸が熱くなる。


「……でも、だんだん見えなくなっちゃったの。今は、時々夢に出てきてくれるんだけどね」

 少し寂しげにヒマワリがそう言うという事は、ボルトも口には出さないだけで夢ではまた会えているんだろうなと察せられる。


「──なぁネジ、俺は……火影としてちゃんとやれてっかな。里の皆は俺の家族で、里には孤児も多くて……、俺は日々激務に追われてるけど、里の家族皆の為なら苦にならないんだってばよ。それで働き過ぎだってよく言われて、
こうしてまともに休み貰わないと休む気にならねぇんだけどな。何かいくら里の為に働いても足らねぇ気がして……俺、本当に火影として上手くやれてるのかなっていつも自問自答してるんだ。師匠や父ちゃんに母ちゃん、お前に……ネジに恥じないように出来てっかな」


 墓を前に、ぽつりぽつりと呟くように話すナルトだが、応えは返って来ない。

……だが代わりに、ふわりと優しい風がナルトの顔を、そっと撫ぜるように吹いた気がした。



《終》


 

 

【日向の未来】

 大戦後に日向の呪印制度は廃止され、その後に生まれた呪印の無い分家の子らにハナビは、柔拳は元よりかつては宗家にしか伝授されなかった回天の修行をつけていた。

一昔前とは違い、分家でも実力さえあれば日向当主となれるようにもなっている。

──ヒマワリは普段は薄青眼だが、日向の血も引いている為かハナビが聞いた話では怒りをあらわにした際に白眼に切り替わった事があるらしく、実質開眼したとも言えなくもないが安定した白眼発動にはやはり修行が必要とはいえ、祖父や叔母は強要する事はせず、本人自らやる気を出したならやらせるつもりでいる。

最近では下忍になって任務につくようになった兄に感化されてかヒマワリは自分から柔拳を教わってみたいと言い出し、日向家に通っては分家の子らに混じって修行をするようになった。


「──ハナビお姉ちゃんは、どうして日向当主になろうと思ったの?」

 ヒマワリはふと疑問に思って休憩中に縁側に座りお茶をすすりながら叔母のハナビと話す。

「どうして、か……。元々日向宗家の嫡子だった姉様、ヒマワリの母様が当主になるはずだったんだけどね」

「ちゃくし……?」

「跡継ぎの事よ、姉様は長姉だけれど跡継ぎには向かなかったの」

「何で?」

「日向一族としての才能が、足りなかったんでしょうね。五つ下の私にも負けてしまうくらいだったから」

「そうなんだ」

 淡々としたハナビの話を、ヒマワリは特に不思議に感じてはいないようだった。

「それで私が姉様に代わって日向宗家当主の跡継ぎになったわけだけど、幼い頃からの修業はなかなか厳しかったわね……。けどそれは大して苦ではなかったわ、日向一族としての誇りもあるし、純粋に強くなりたいって思っていたから。父上との修行が趣味になるくらいにはね」

「すごいなぁ、ハナビお姉ちゃん」

「そうでもないわよ。……私よりよっぽど、ネジ兄様の方が凄くて、日向の才に愛されていたわ」

 ハナビは懐かしい面影を追うように目を細めて虚空を見つめる。

「──本当はね、兄様が上忍になった頃から、分家だろうと日向の次期当主に最も相応しいのはネジ兄様なんじゃないかって思うようになって、当主の父上にもそう話していたの。……第四次忍界大戦後に、本格的な話し合いをする事になっていたんだけれど」

 そこでハナビは一旦口を閉ざして俯き、小さく溜め息をつく。

「ネジおじさん、死んじゃったんだよね……わたしとお兄ちゃんの、お母さんとお父さんを守って」

「そう、ね……。私はその場に居られなかったけど、余りにも唐突だったそうよ。チャクラ切れで動けなくなったナルトさんにピンポイントで素早い術が放たれて、弾く間も無く近くに居た姉様がナルトさんを体を張って守ろうとしたその姉様を、ネジ兄様が命懸けで守ったそうだから」

「───⋯⋯」

「籠の中の鳥を意味する日向の呪印は死ぬ事でしか消えなくて、亡くなった兄様はある意味、籠から解き放たれて自由になったのかもしれない。……けどそうじゃなくて、生きて、自由になってほしかった。本人が望むなら日向の次期当主になってくれてもいいし、額に呪印が残っていても日向に縛られないで自由に外で生きる道だって、あったはずなのに」

 ハナビの声は、微かに震えていた。

ヒマワリはそれに気づいてか、悲しげな表情をしながらも再び疑問を口にする。

「わたしも呪印制度があった時に生まれてたら、呪印を付けられてたんだろうね。だってわたし、宗家生まれのお母さんがいても跡継ぎから外されてるし、本当は分家なんだろうから。……でもそういえば、どうしてお母さんは跡継ぎから外されたのに呪印を付けられなかったの?」

「身内にこそ厳しく、見限ったも同然の態度をしていたけれど、父上のせめてもの情け……なのかもしれないわね。本来なら分家に落とされて呪印を刻むべきなんだけど……。宗家の立場のまま下忍、中忍で外に任務に出ていたヒナタ姉様は、今にして思えば異例ね。任務中に捕らえられ、白眼を奪われてもおかしくない状況下なのに。だからこそ呪印を額に刻んで、死した際にその呪印で白眼の能力を封じられなければいけなかったはずなの。……姉様の担当上忍だった紅さんや班員のキバさんとシノさんがとても優秀だから、忍に向いてない姉様でも白眼を奪われずに済んだのだと思うわ」

「そういえばお母さん言ってた、キバおじさんとシノ先生にはすごく助けてもらったって。二人がいなかったら、きっとわたしは中忍にもなれなかったって。……それに、修行をつけてくれていたネジ兄さんのお陰でもあるって」

「それは、そうでしょうね……。兄様だって、常に危険と隣り合わせだったのよ。生きたまま捕らえられ白眼を抜かれてしまえば能力を封じる呪印は発動しないでしょうし……以前の分家の人達は、敵側に捕らえられそうになった際自害して白眼の能力を封じる……という手立ても強要されていたから」

「………っ」

「あ……ごめんなさいねヒマワリ。あなたにはまだ、酷な話よね」

 話を聴いているだけでも辛そうな姪を気遣うハナビだが、ヒマワリは真剣な表情で叔母に向き直る。


「うぅん、いいの。ちゃんと、日向家のこと……ネジおじさんのこと、知っておきたいから」

「そう……。私も日向の分家の子達には、日向一族の歴史は包み隠さず話しているわ。──宗家の白眼を守る為とはいえ、分家の人達の額に呪印を刻み、逆らえない状況下に置いてもし逆らおうものなら呪印を発動させ苦痛を与え、場合によっては脳神経を破壊して死なせる事すらも出来てしまう……。決して、忘れてはならない事だから。ネジ兄様の父上で、私にとっては叔父上のヒザシ様の事だってそう。日向の嫡子でまだ幼かった姉様が攫われかけ他里と戦争にもなり掛けて、要求されたのは日向宗家当主の遺体の引き渡し……。それを阻止する為影武者となり分家として──ではなく、自らの自由の意思で里や日向の家族の為に兄に代わって死を選んだそうなの。……呪印制度が無くても、宗家分家に関係なく日向一族を守っていけるようにするのに、随分掛かってしまった」

「……うん」

「宗家にしか伝授されなかった回天は、今はもう分家だろうと関係なく教えているし、自分の身は自分でしっかり守れるようになってほしいからね。ヒマワリも、修行さえきちんとしていればきっと使えるようになるわよ」

「うん……!」


「──ハナビ当主、いつまで休憩してるんだ? 早く修行を再開してくれ」

 そこへ、ハナビからするとネジの面影が垣間見える分家の少年が少し不機嫌そうに声を掛けて来た。

「あらヒネル、色々焦って習得しようとすると体が追いつかなくなるわよ?」

「そんなことない、オレは早くネジ様に追いつきたいんだ」

 ヒネルはよくハナビに日向の才に愛されたネジの話を聴きたがる子で、生真面目でネジを敬称で呼ぶほどにとても尊敬していて、日向の次世代の子である彼の額には無論、日向の呪印は刻まれておらずすっきりとした額をさらけ出している。

「そんなに焦らなくても、あなたはとても筋がいいんだからちゃんと追いつけるわよ」

「そんな呑気なこと言ってられない、オレは次期当主を目指してるんだ。ネジ様のように、強くなりたいんだ」

「ふふ……そういうストイックな所、ネジ兄様に似てるわね」

「ほ、ほんと? オレってネジ様に似てるっ?」

 ヒネルは頬を紅潮させて目を輝かせる。

「うーん、そうやってすぐ調子に乗る所は違うかしらねぇ。ネジ兄様はもっとクールだから」

「そ、そうだよな。クール、クール……」

 呟くように言いながら表情をきりっとさせるヒネルがハナビには何やら可笑しく見えたが、本人は真剣そのものなので微笑ましく見守っておく。


「ヒネルくんは、次期当主を目指してるんだね。わたしはまだ、そこまで考えられないけど強くなりたいと思ってるよ。一緒にがんばろう!」

「張り合いがないなヒマワリ……、一緒に次期当主を目指すくらいの気概は見せてくれ」

「でもわたし、親戚だけど日向の一族じゃないし……」

「日向の血は流れてるだろ、それに……ネジ様の血だって」

「そうなのかなぁ」

 ヒネルに言われてヒマワリは少し頬を赤くする。

「それはそうね、ヒナタ姉様を介して従兄のネジ兄様の血も受け継いでいるわよヒマワリは。まだ完全ではなくても白眼は開眼しているようなものだし、強烈なロックオン柔拳でナルトさんを一発で動けなくするほどだもの」

「ネジ様の血を受け継いでいるなんて……うらやましいな、ヒマワリ」

「何を言っているのよヒネル、日向一族は皆ほとんど安定した白眼を受け継いでいるのだから、あなたにもネジ兄様と同じような血は流れているわよ」

「そ、そうだよな。良かった……」

 ヒネルは少し嬉しそうに胸を撫で下ろす。

「ヒネルくん、一緒に修行して強くなろう! ネジおじさんに追いつけるように!」

「フ、言われるまでもないさ」

 ヒマワリとヒネルは真面目に楽しむように組手を始め、その二人を微笑んで眺めるハナビは、日向の未来が明るくなるように務める事を、改めて心に誓うのだった。



《終》


 
 

 
後書き
 補足、オリキャラ名は捻(ひね)るからきています。ネジの名からイメージ。捻じるとも読むから。 

 

【日に影る邂逅】

 
前書き
 (説明が分かりにくくてすみません)原作側のナルトだけを見ているヒナタではなく、もしネジヒナ側の二部のネジとヒナタがアニボル(小説などを含む)側のヒナタとハナビと出逢ったらどうなるか、というifの話です。
アニメBORUTOの現状のヒナタとハナビに批判的な内容が含まれている為、苦手な方はご注意下さい。 

 
「──⋯ヒナタ、ヒナタ……目を覚ませ」

「ん……、ネジ兄、さん……?」

 地面にうつ伏せに倒れている所に、軽く肩を揺すぶられて意識を戻す。

「良かった……、気がついたか」

「あ、れ……私達は──」

「大戦の最中だった事は、覚えているか? 俺達は……ナルトに向けられた挿し木の術を協力して八卦空壁掌で一度は弾いたが、その直後にもピンポイントの素早い挿し木の術を使われ二度弾く間も無くナルトを背後に庇ったまま、俺達は同時に挿し木に上体を貫かれた……」

 身体を起こし、真剣な表情の従兄のネジの話を聴いて段々と意識がはっきりとしてくるヒナタ。

「そう……だったね。私達、死んじゃったのかも……。ネジ兄さんの額の呪印も、消えているし……」

 言われて額当ての無い額に片手を宛てがうネジ。

「自分では見えないが、やはりそうか……」


「格好が、大戦時と違って普段の任務服に戻ってるね……どうしてだろう。それにここは、どこの林の中かな……? 天国、には流石に見えないけど……」

「──あなた達」


 薄暗く、今にも雨が降り出しそうな靄がかった湿気を帯びた林の奥から、二つの人影が現れる。

「どういうつもりかしら……昔の私の姿と、亡くなったネジ兄さんの姿をしているなんて」

 一方は肩までの髪の長さと鋭く釣り上がった目元の女性。もう一方も女性で長い髪を後ろに束ね、白眼特有の血管を浮き上がらせ注意深くこちらをうかがっている。

「姉様、この二人……変化してるわけじゃなさそうよ。白眼でも見抜けない禁術でも使ってるのかしらね?」

「お、お前達は……?」

 同じ白眼を持ち、しかもどこか見覚えのある面差しに戸惑うネジとヒナタ。

「私は担当上忍をしてる日向ハナビよ? こっちは日向の姫のヒナタ姉様」

「日向の、姫……??」

 ヒナタは思わず眉をひそめる。……跡目から外された日向の落ちこぼれの私が、日向の姫と呼ばれた事なんて一度だって無い。

「その呼び方は人前ではよしなさいって言ってるでしょ、ハナビ。……日向家に一時的に帰っていたら、妙な気配がして近くの林の奥まで来てみたの。そうしたら、昔の私の姿と亡くなったネジ兄さんが居た……。どういう事か、説明してもらえるかしら」


 もう一人のヒナタと思われる女性ではあるが、ネジからするとその“ヒナタ”は垂れ目の三重ではなく二重のつり目でハナビと酷似していて、性格は控え目ではなくどことなく高圧的に思えてならない。

「ね、ネジ兄さん……ど、どうしよう……」

「落ち着け、ヒナタ……俺にも訳が判らないが、どうやら今の俺とお前はそちら側からすると過去の存在らしいな……」

 ヒナタは不安でネジに身体を寄せ、ネジはヒナタの肩に片手を置いて落ち着かせようとする。


「何こそこそしてるのよ、まさか姉様のハムラのチャクラでも狙ってるわけっ?」

「よしなさいってば、ハナビ」

 今のネジとヒナタ側から見たハナビは自分達より十くらいは年上らしく、背の高さもネジに近くヒナタをとっくに越しているようで、柔拳の構えをとって警戒してくるが歳上のヒナタがそれを制止する。

「……敵意は感じないし、危険性はないと思うわ。あなた達の保護の目的も兼ねて……日向家に来るといいわ」

「「──⋯⋯」」

 ネジとヒナタは怪訝そうに顔を見合わせ、とりあえず歳上のヒナタの言う通りに日向家までついて行く事にした。



「ヒアシ、様は……どうしている?」

「お父様は今、溺愛してる二人の孫の為に買い物に出掛けてるの。そうなると長いから、夕方まで帰らないでしょうね。……また白眼で品物の中身を覗き見してなければいいけど」

 道中のネジの問いには歳上のヒナタが答え、年下のヒナタの方は耳を疑った。

「えっ、孫、二人……??」

「姉様と火影のナルト様の子供に決まってるじゃない! 私の可愛い甥っ子と姪っ子よ!」

「「………!?」」

 自慢げに言う歳上のハナビに驚きの表情を向けるネジとヒナタ。

「お父様とハナビには困ったものだわ……可愛がってくれるのは有り難いけど、デレデレが過ぎるのよね」

「わ、私とナルト君の、子供……?! え、そんな…っ」

 歳上のヒナタが溜め息をつく一方、年下のヒナタは困惑してうろたえ、それを見た歳上のヒナタは疑念の目を向ける。

「……何かしら、あなた昔の姿の私なのにナルト君と私が結ばれたのが嬉しくないの?」

「“私”は……ナルト君じゃなくて、ネジ兄さんを──」

「え、うそ、何それ!? うちの姉様は幼少の頃からずーっとナルト様ひとすじなのよ? あなたやっぱりおかしいわよ、昔の姉様の姿してるけど私のヒナタ姉様じゃないわ!」

「落ち着いて、ハナビ。……有り得たかもしれない、もう一人の私なのかもしれないわ。私にとっては、有り得ないけど」

 歳上のヒナタは嘲笑するかのような笑みを浮かべたが、すぐにしおらしい表情をしてネジに向き直る。


「そうだ、ネジ兄さん……あなたは私のネジ兄さんじゃないだろうけど、久し振りに顔を見たらお礼を言っておきたくなったわ。──あの時、ナルト君を命懸けで守ってくれてありがとう」

「………?」

「あの時、って……」

「大戦時に決まっているじゃない。“あなた”のネジ兄さん、額の日向の呪印が消えているし……死んでしまったんじゃないかしら? あの時……ネジ兄さんはナルト君の為に亡くなったの。本当は私が先にナルト君を庇ったんだけどね、その上さらに庇ってくれて──でもネジ兄さんはあくまで仲間としてナルト君を守ったのであって、私は関係無いの」

「どうして、そんな事が言えるの……? “あなた”のネジ兄さんは、あなたの事も庇ったのなら関係無くないでしょう…!?」

「だとしても、ネジ兄さんは分家として宗家の私を庇ってくれたんだわ」

「──え?」

「…………」

「だってネジ兄さんったら、最期に私の名を口にした時……敬称で呼んだのよ。仲間としてじゃ、無いわよね」

「そんな、どうして──」


 年下側のヒナタが問おうとするも、ネジはそれを遮る。

「そちらの“俺”の事はこの際どうでもいい。……それよりも俺が気になるのは、ハナビ様……あなたの方だ」

「え、私? 何か文句でもあるわけっ?」

「何故、担当上忍などしている? 次期当主としての立場はどうした」

「そんな事言われてもねぇ……」

 従兄からの鋭い視線にハナビは思わず目を逸らす。

「ハナビにはまだ日向当主は早いわ。未だに姉の私に負けるようじゃあ、ね?」

「それは言わないでよ姉様ってばぁ…!」

「わ、私は……ハナビに勝った事なんて、一度も──」

 年下側のヒナタは違和感を口にしたが、すぐ様歳上側のヒナタが反論する。


「何を言ってるの? 五歳離れていてまだ幼い頃の妹と手合わせをさせられた時は、ハナビを傷つけてしまうのが嫌でわざと負けてあげたのよ。次期当主の座も、“私”が妹に譲ってあげたの」

「姉様は中忍のままだけど、上忍なんて名誉職みたいなものだから実質姉様は上忍以上の実力なのよ! 担当上忍なんかやってる私なんて足元にも及ばないわよ」

 誇らしげに述べるハナビだが、何故上忍は名誉職などと言われなければならないのかネジには納得がいかなかった。

「もう、そんな事言ってるからお父様から当主を任せてもらえないのよハナビ。それに婚期だって──」

「な、何とかするわよぉ……」


「違う……こんなの、私じゃないしハナビでもない……」

「──⋯⋯」

 呟くように言うヒナタにネジは黙ったまま目配せをして同意を示す。


「それはそうでしょうね、過去の私からすれば。……言ってしまえば私達日向一族は、ネジ兄さんが死んでしまってからすっかり変わってしまったようなものなの」

「………?」

「私、ネジ兄様が死んだって聞いてから真面目に修業するのが馬鹿らしくなったのよね、だって日向の天才が呆気なく死んでしまったのよ? だから私は日向の跡目としてよりも女子らしくオシャレに目を向けるようにしたの。……父様なんて、ナルト様と姉様が結婚して二人の可愛い孫が出来た途端呪印制度をどうにかして分家の人達をほとんど解放したようなものなのよね。単に孫に呪印を付けたくなかったからだと思うけど。あとはまぁ日向の黒歴史を孫に知られたくなかったんじゃないかしら」

 真顔で述べる歳上側のヒナタとハナビに、まるで自分の死が原因で日向一族が悪い意味で変わってしまったかのように言われ、ネジは困惑するしかなかったがそれでいて自分の死を蔑ろにされているようにも感じる。


「私はネジ兄さんがナルト君を命懸けで守ってくれたお陰でナルト君と急接近出来たの。大戦後二年間は喪にふくしてナルト君とは距離をとっていたけど……。そうして二年経って、何故か私がハムラのチャクラを宿した白眼の姫だって分かって悪い人が純度の高い白眼のハナビと私を攫いナルト君が助けに来てくれてからはもう……恋人から結婚までトントン拍子。子供もすぐ二人出来たし──」

 頬を染め恥じらうように言う歳上側のヒナタ。

「あぁ、そういえば元々白眼じゃない息子が白眼を開眼したかもしれない時、私は実家に行かずにナルト君に息子と娘を連れて行ってもらったのよね。ナルト君仕事で朝帰りだったけど快く引き受けてくれたわ」

「実家に……日向家に行くのが気まずかったからあなただけ行かなかったの?」

「いいえ? 別にそんな事はないの。あなたも主婦になってみれば分かるわよ、実家に行くよりもやる事が多いの。……あ、でも羽伸ばしは定期的にさせてもらっているわ。ナルト君が過労で火影室で倒れたりしてる中、子供を家に残して羽伸ばしするのは気が引けるけれどね」

 歳上側のヒナタはいったいどういう神経をしているんだと言わんばかりに顰め面をするネジ。

「それで……息子の方は白眼を後天的に開眼した、のか?」

「それが結局してなかったみたいなのよねぇ。姪っ子の方は特殊で凄く怒ると白眼を無意識に発動するみたいなんだけど……。甥っ子は修業が足りないのよ、何せ白眼は厳しい修業を受けてこそ開眼するものだから!」

 ハナビのその言い回しにネジは引っ掛かるものを感じた。

「ナルトとヒナタの息子と娘が後天的なのは判らなくもないが、日向一族の白眼は元々安定した先天的なものだろう」

「そうだったかしら?? 日向の者全てが白眼を開眼するわけじゃなくて幼い頃から厳しい修業で開眼して分家の者は否応なしに呪印を刻まれるシステムだった気がするけど」

 しれっと述べるハナビにある意味目眩を覚えてしまうネジとヒナタ。

……それがまかり通るなら、ヒナタは厳しい修業で既に三歳で白眼を開眼していたという事になりそこまで才能があるなら跡目から外されなかった筈で、まして分家は厳しい修業の末白眼を開眼しその上日向の呪印を刻まれるという何とも酷な話になるのではないか。


「──⋯ネジ兄さん、ここ、私達の未来じゃないよ。それに、“私達”はここの過去の存在でも無い」

「…………」

「どうしてこんな所に来てしまったのか分からないけど、還るべき場所に還らないと」

「……そうだな」


「お互い、有り得たかもしれない世界なのかもね。あなた達二人は、死んだみたいだけれど」

「いや、まだ死んではいない。俺達の意思は……消えたりはしない」

「ふふ……ネジ兄さんのそういう強がる所、嫌いじゃないわよ」

 歳上側のヒナタは本当に性格も見た目も随分変わってしまったものだとネジは思う。


「もう一人の、私……私と、手合わせしてくれないかな」

「何を言い出すんだ、ヒナタ」

「このまま……何もしないわけにはいかない気がするの。自分の為にも……ネジ兄さんの為にも」

 そう言って年下側のヒナタは迷いなく白眼を発動させる。

「そっちの私に未だに勝てないあなたが姉様に敵うと思ってるの? 馬鹿みたい」

「勝てる勝てないは問題じゃない……本人の強い意志に掛かっている」


「じゃあ兄様は……私と手合わせしてよ。それとも呪印消えてるし、白眼は使えないかしらね?」

「そうだとしても、掌底くらいは使えるだろう」

 ハナビに構えをとるネジ。

「ならハンデとして私も白眼使わないであげようか?」

「いや、使ってくれて構わない。……腑抜けた次期当主に負ける気はしないのでな」

「言ってくれるじゃない……!」

 ビキッと血管を浮き上がらせるハナビ。


「──やだ、ちょっと待って。私、白眼を使いたくないのよ」

「「な……??」」

 その突然の歳上側のヒナタのひと言に、年下側のネジとヒナタは呆気にとられる。

「息子を叱る時には怖がらせる意味でも使うけどね……。それにナルト君に使ってくれって言われたら使うけど……それ以外は白眼を使う気にはなれないのよね。だって、血管浮き出るの恥ずかしいじゃない? 特に大戦から二年後のナルト君との任務中に使うのは恥ずかしかったのよね……」


「下らん……とんだ日向の姫だな」

「何ですって!? 姉様を馬鹿にするなこのっ」

 ハナビからの素早い掌底をバシッと片手で難なく受け止めるネジ。

「ハナビが担当上忍というのも聞いて呆れる、とっくに当主であってもおかしくはないんだがな。それに襟元がだらしない、次期当主なら服装と態度を改めるべきだろう」

「あ、あんたに言われる筋合いはないわ!」


 ネジは深い溜息をつく。

「随分と落ちぶれたものだ。……こちら側の日向一族には、未来は無いかもしれん」

「ちょっ、勝手に決めつけないで!」

「ナルトも……気苦労が絶えないだろうに」

「ふん、ナルト様は火影にかまけて姉様や子供達を蔑ろにするような酷い義兄よっ!」

「───」

 ハナビの言葉にネジは耳を疑った。……火影が自分の家族よりも職を優先し里に尽くすのは当然であって、その火影を陰から支え理解を向けるべき日向の一族がナルトの家族の事情に苦言を呈しその上火影にかまけて家族を蔑ろにしているなどと宣うのは余りにお門違いだ。

「ハナビ……言い過ぎよ。私は十分幸せなの……ナルト君、割としょっちゅう本体で帰って来てくれるし、親子の日を作って家族との時間を優先してくれるし……私はそれで満足よ」

 不敵にもとれる微笑を浮かべる歳上側のヒナタにネジは眉を顰め、黙ったまま歩み寄る。

「な、何かしらネジ兄さ──」


 パシッと一発、小気味よい音が鳴り響く。

歳上側のヒナタは一瞬何が起きたか分からない表情をして片頬に手を当て、ハナビは驚いて声を荒げる。

「ちょっと! 何で姉様を引っぱたくのよ!?」

「私が、そうするべきだったと思う。ごめんなさいネジ兄さん、代わりにさせてしまって」

 年下側のヒナタは目元の血管を浮き上がらせ、白眼を発動したまま歳上側のヒナタをじっと見据えている。

「私も、許せないの。こんな……他人事みたいな自分なんて」

「──仕方ないじゃない、これが、“私”なんだもの。アカデミーの頃からナルト君とは仲が良かったし子供達にもそう言い聞かせているわ。それとこう見えて私、大食いなの……。医療忍術だって、いつの間にか使えるようになっていたけどネジ兄さんには使えなかったの……だって助かりそうになかったもの。私はね……ナルト君の為なら自分の娘だって同期の女友達に任せて置き去りにするわ。ナルト君の恋人、妻、火影夫人に相応しく整形だってしたし、うじうじした控え目な性格だって変えた……。全ては、ナルト君の為なのよ」

 歪んだ笑みを見せる歳上側のヒナタは狂気じみたものすら感じる。


「ナルトの為と言いつつ……全て自分の為でしかないんだな、“お前”は」

「私は、あなたのようにはならない。……なりたくない。“私”はネジ兄さんの為に強くなるって決めたの。守られてばかりじゃいけない……自分の足で立って、ネジ兄さんを守れるようになるの」

 年下側のヒナタの言葉を受け、歳上側のヒナタは何を思ってかふと空を仰ぎ見る。


「──⋯そう、ね……そんな風にも、なってみたかったかもね、私。あなたのように、成長を許されていたなら……良かったのかもしれない」

(ヒナタ……?)

「あなた達は……生きて。私が生きられなかった生き方を、どうか生きてほしいの」

 高圧的な先程までと違い、表情を和らげて話す歳上側のヒナタ。

「……そうよね、私も……担当上忍なんてやっている場合じゃないわ。ネジ兄様の分も……日向当主として務められるようにならないと」

 ハナビの方は襟元を正して凛とした表情を見せる。

「私は……ナルト君の傍に居られれば、それだけで──。けどもう一人の“私”は、その対象がネジ兄さんなのね」

「うん、そうだよ。傍に居るだけじゃない……離れていても、心が通じ合う……そんな関係でいたいの」

「そう……。私も、そう考えられたら良かったんだけど」


 項垂れる歳上側のヒナタにネジは複雑な面持ちで言葉を掛ける。

「……さっきは頬をはたいてしまってすまなかった。こちらの世界のヒナタに文句を言う資格は俺には……俺達にはない。否定する権利もないだろう。それがこちら側のヒナタの、生き様なのだろうから」

「もう、手遅れかもしれない……変えられないかもしれない。それでもこれが私の、生き様……」

「“あなた”が変われなくても、私が変えて行くよ。あなたの、分まで」

「……ありがとう、もう一人の、私」


 ネジとヒナタの二人の意識は、そこで急速に遠のいてゆく。


『さあ、元の居場所へ還って。そして……あなた達の未来を、生きて───』






「──⋯ネジ君、ヒナタさん…! やっと、意識が戻りましたね、良かった……」


 意識を戻すと、医療忍者のシズネの声がした。

ネジとヒナタは奇跡的に一命を取り留め、大戦後同じ病室に長い間寝かされていたようだった。二人はおもむろに上体を起こして顔を見合わせ、互いに笑みを交わした。

──これで、良かったのだと。



《終》


 

 

【代われるのなら】

 
前書き
 二部のヒナタ視点のネジヒナ。あくまでネジ←ヒナタとしての個人的見解。 

 
『たす、けて……。たすけて、よぉ……っ』



 幼い子の、助けを求める泣きじゃくった声がする。

周囲は真っ暗で、何も見えない。白眼を発動させようとしても、何故か出来なかった。

「大丈夫……大丈夫だよ、すぐ近くに居るから。あなたをちゃんと、見つけるから」

 泣いているらしい幼子に安心させるように声を掛け、その気配を頼りに手探りで捜す。


「……あ」

 何かが急に脚回りにしがみついてきて驚いたけど、幼い子供の方からこちらを見つけたみたいだった。

『たすけて……ねぇ、たすけてよ……っ』

 周囲は余りに暗く、顔を窺う事も出来ないけれど、必死で助けを求めているのは分かる。

「こんな、真っ暗な中とても怖かったでしょう。お姉さんが付いてるから、もう大丈夫だよ。助けてあげるから、ね?」

『ほん、と……?』

 幼子が顔を上げたような気配がした。……その時だった、ぼんやりと浮かぶ緑色のその独特の紋様を目にしたのは。


(私、は……“これ”を、知ってる……。日向の分家の人達が、宗家を守る為に強制的に額に刻まれる、籠の中の鳥を意味する───)

『お姉、さんが……助けて、くれるの……?』


 顔は相変わらず暗闇で見えない。……だけどまるで、そのぼんやりと浮かぶ紋様だけが不気味な色を増し、訴え掛けてくるようだった。

『おれを……おれの、父さまを……助けて、くれるの?』


(この子、は……“この子”は、まさか)


『助けてよ……ねぇ助けて。こわいんだ、くるしいんだよ……お願い、助けて』


 光も無いのに、煌めく涙の筋が黒い頬を伝うのが見え、どうしようもなく心が痛んだ。

「ご……ごめんなさい、私……私じゃ、あなたを……助けて、あげられない」


(だって“あなた”は……私じゃ救えるはずがなくて、ナルト君に───)


『うそつき』

「……!」

『さっき、助けてあげるからって、言ったのに』


 先程まで泣いて震えていた声が冷たく、低い声に変わっていた。光る涙の筋も無くなり、顔の部分の額と思われる箇所からは鈍く卍の印だけが浮かび上がっている。


『……そうだよ。あんたじゃ、おれは救えない』

 縋り付いていた脚元からいつの間にか離れられてしまい、遠のいてゆく幼子の存在に酷く動揺し自責の念に駆られる。

「待って、行かないで。私……私だって、本当は」



 ──私はそこでハッと目覚めた。いつの間にか、片手を天井に向け手の平を伸ばしている。

……夢だと分かっていても心臓は早鐘を打ち、冷や汗が額の横を伝っていくのを感じた。

夢の中の事だから、私の自分勝手な解釈で現れ出た幼い頃の、父親を失ったネジ兄さんなんだろうと思う。

自室の布団からおもむろに体を起こし、早鐘の心臓を落ち着かせようと深呼吸をして息を整える。


 ──そうだ、今日はネジ兄さんに修行をつけてもらう約束をしている。ネジ兄さんが上忍に昇格してからは、なかなか時間が合わないから、二人で修行出来る時間を大切にしないと。

急いで身支度を整え、日向家の外の修行場に向かうと既にネジ兄さんが佇んで居た。……何だろう、その後ろ姿がとても儚く見える。まるで今にも、ふと消えてしまいそうなほどに。

思わず私は手を伸ばした。その姿を消してしまわないように、自分の手の中に留めようと。

……私の手が届く前に、ネジ兄さんは振り向いた。その端正で精悍な顔立ちは大体いつも無表情だけれど、稀に見せてくれるようになった優しい微笑が、私にはたまらなく嬉しかった。


「お早うございます、ヒナタ様。……顔色が優れないようですが、今日の修行はやめておきましょうか」

「いえ、大丈夫です……。お願いします」


 ネジ兄さんは上忍として忙しい中、私の修行に付き合ってくれているんだもの、ちゃんとしないと。

──けれど、修行に身が入らない。夢の中の事を引きずったって、しょうがないのに。


『あんたじゃ、おれは救えない』


 夢での幼子の低い声が、頭の中に木霊する。


「……ヒナタ様、ここまでにしておきましょう。無理をするのは良くない」

 ネジ兄さんが落ち着いた声音でそう言って、すぐに今日の修行は終わりになった。

……また、気を遣わせてしまった。私の悪い癖だ。



 私はこれまで、ネジ兄さんに何をしてこれたんだろう。何かをしてあげてこられたんだろうか。

迷惑ばかり、掛けている気がする。助けられてばかりいると思う。

でもネジ兄さんには、はっきりと“助けて”とは言えない。ネジ兄さんには寧ろ私が助けてと思う前に助けてもらっていると思う。

助けて、なんて……私が言うのは烏滸がましい。宗家として助けてもらうことは決して当然の事じゃない。仲間としてならまだしも、“宗家だから”なんて……


 私の付き人ともいえるコウさんだってそう。私が宗家だから何かと身の回りの世話をしてくれて守ってくれる。……けどそれが当然の事とは私は思いたくない。

和解後のネジ兄さんも、結局は私を宗家としてしか見てくれてないんだろうか。宗家だから何かと気にかけてくれるし、修行にもいつも快く応じてくれるんだろうか。


それに和解といっても、実際はネジ兄さんと当主の父が和解したのであって私はそれに便乗する形になったにすぎない。確かにネジ兄さんは以前より柔和に接してくれるようになったけれど、いくら和解したといっても、手放しで信頼してくれるわけでもないと思う。

ネジ兄さんは、そう簡単に助けを求めるような人じゃない。まして、私になんて───


 ネジ兄さんが宗家を憎んでいた時期、私に憎しみだけを向けてきたわけじゃない。寧ろ多少なりと気遣ってくれていたようにも感じる。

そうでなければ、中忍試験試合の予選で何度も棄権を勧めたりしないだろうし、私が忍に向いていない事を優しすぎるとは表現しないだろうし、何よりもあの時私が余計な意地を張って余計な事を言わなければ、上忍の先生方が数名止めに掛かるほどネジ兄さんを怒らせてしまう事もなかったはずなのに。



「ネジ兄さん、その……、助けが必要な時は、いつでも言って下さいね。私じゃ、頼りにならないかもしれないけど……なるべく、助けられるように頑張りますから」

 思い切ってそう言ってみたけれど、ネジ兄さんはいつものように特に表情を変えない。


「……宗家のあなたがそれを言うべきではないのでは」

「宗家や分家は関係ないです。私は、ネジ兄さんの助けになりたくて……」

「その気持ちだけで、十分です。今は特に、助けは必要ありませんから」

 ネジ兄さんは、少し困ったように微笑んだ。

そう……やっぱり私じゃ、助けにならないんだ。あの時は不可抗力だったとしても、自分の父の死のきっかけを作ってしまった私の助けなんて求めるはずは──




 また、夢を見た。

今度は、誰もネジ兄さんを知らない夢。

まるで、最初から存在していなかったかのように。


 私だけは知っている、覚えているはずなのに、本当のネジ兄さんを忘れたみんなと同じように私まで、忘れてしまいそうな感覚に陥る。

嫌……いやだ、わすれたくない。

助けて……、たすけて、ねじにいさん───


『ほら、あんたはそうやって助けを求めるばかりで、おれを決して救えはしないんだ』


 また、あの子の声だ。幼い頃の、あの人の───

私の勝手な、夢の中での解釈だ。ネジ兄さんが本当にそう思ってるわけじゃない、はず。

どうして、こんな夢ばかり見るんだろう。

私は、ネジ兄さんをどうしたいの。

どうして、ほしいの。




「ネジ兄さん……、居なくなったり、しませんよね」


 長期任務に赴く兄さんの片手を離したくなくて、ぎゅっと掴んだ。その手は、思った以上にひんやりとしている気がした。

「居なくなりませんよ。……俺は、そう簡単には死ねないので」

 私を安心させるように、微笑を向けてくれるネジ兄さん。

「……手を、離してくれませんか。俺はもう行かないと」


 静かな口調でそう言われて、私が掴んでいた手の力を段々と弱めると、ネジ兄さんのすらりとした長い手がするりと私の手を離れてゆくのを感じ、互いの中指の先端が離れる瞬間まで名残を惜しんだ。


──いつも傍に居られるわけじゃない、離れている時に何かあったら助けられないかもしれない。

もし、傍に居ても助けられないような状況に陥ったら。

私はどうするんだろう。

どうすべきなんだろう。


自分の命の代わりに、助けられるとしたら。

……ネジ兄さん、私は。





《終》




 

 

【願いの先へ】

 
前書き
 性格が反転しているような映画があったと思いますが自分は観ていないので想像上です。二次創作の方とアニオリでなら少し観たことはあります。主に性格の異なる方のネジとヒナタの口調などが多少おかしくとも大目に見て下さると幸いです。二部ネジヒナ。

 誕生日にそれらしい話は出せなかったけれど、おめでとうございましたネジさん。2019/7/3 

 
 ──⋯騒々しい足音と、ふすまを勢いよく開け放ったような音がする。

もう、起きる必要はないはずなのに、誰かに掛け布団を強引に引き剥がされた気がした。


「おいこらネジ兄、いつまで寝てんだよさっさと起きろ!!」

 その荒々しい大きな声に、ネジは驚いて目を覚ます。……声のした方に顔を向けると、両手を腰に当て仁王立ちして怒った様子でこちらを見下ろす髪の長い女……が居たのだが、その出で立ちは露出が多く唇には紅を塗っているようで妙に際立っている。

「ほら修行始めんぞ、とっとと支度しろ!」

「………?? 誰なんだ、お前は」

「はぁ? よくそんな口が聞けたもんだな、寝ぼけてんだろネジ兄。── 一発お見舞いしてやるよ!」

 素早い掌底が顔面に向けられたものの、ネジが瞬時に避けて立ち上がったのを見て、女の方は不敵な笑みを浮かべる。

「へぇ…? ネジ兄にしてはいい動きしてんな」

「……お前は何者だと聴いている」

 油断なく相手を見据えるネジ。

「はん、いいぜ、わざわざ名乗ってやる。……日向宗家次期当主のヒナタ様だ」

「お前が、次期当主の……ヒナタ様、だと…?」

 自信満々に答える女に、ネジは呆気にとられる。

「そーだよ、思い出したか寝ぼけヤロー!」


「──お前のような不良娘がヒナタのわけがないだろう」

 きっぱりと言い切るネジに、自分はヒナタ様だと名乗る女はキレ気味に反論する。

「あぁン? 言ってくれんじゃねーかネジ兄!? そっちこそネジ兄にしては随分上から目線じゃねーか、いつもなら真っ先にアタシに擦り寄るクセによ!」

「それは俺ではないだろう、どこのどいつの事を言ってるんだ」

「だ・か・ら、アンタだよ目の前のネジ兄……てか何だそのデコ、卍みてーなの……昨日までそんなもん付けてなかったろ」

 ネジの知っているヒナタではないヒナタが、先程までの荒ぶった態度はどこへやら、神妙な顔つきで一心に見つめてくる。


「……お前は自ら日向宗家と名乗っていながら、呪印を知らないのか。呪印制度によって分家の額に刻まれるこの印を」

「呪印制度なんてもんは無いぞ、宗家分家には分かれてるけどな」

 ネジはその言葉に一層違和感を覚えた。

「呪印制度が無い、だと? 俺の、父は──」

「ネジ兄の親父さんは、任務中に亡くなっちまったんだろ。ネジ兄が小さい頃に」

「違う、俺の父は任務中に亡くなったのでは……」

 言い掛けて、ネジはやめた。相手は自分の知っているヒナタでもなければ、呪印制度の存在しない日向家、という事になっているらしいからだ。

「⋯⋯──」

「おい何やってんだよネジ兄、寝ぼけんのもいい加減にしろよ」

 ネジは試しに自分の頬を片手で強くつねってみたが、夢から目覚めるような気配はなかった。


「ほれほれどうしたよネジ兄……、いつもなら真っ先にアタシの胸に目が行くくせに」

 大きな胸元を見せるような低い姿勢で上目遣いをしてくる別人のヒナタに対し、ネジは顰め面で顔を逸らす。

「んだよつまんねーなぁ、アタシの知ってるネジ兄はアタシの事がだぁい好きなのによ。アタシっつーか胸か? ま、どっちでもいーけど」

「お前の知っている俺ではないなら、警戒すべきだろう。……その不良じみた態度といい、宗家としての自覚が無いのか」

「んなもんどーだっていいって。次期当主だってアタシがなる必要はないけど、うちのネジ兄は柔拳の覚えが悪いしアタシの妹は病弱だし……、完璧な回天を使うアタシを上回る奴が一族の中で出て来ないんだからアタシがなるしかないじゃん。それまでは勝手にやらしてもらうし」

 ネジからそっぽを向き、両の手を頭に後ろ手に組んで片足をプラプラさせる別人ヒナタ。

「ハナビが……病弱?」

「あぁ、生まれつきな。親父は心配性だから妹の方に付きっきりなんだ。……アンタんとこのハナビはどうなんだよ」

「……病弱ではないのは確かだ」

「ふーん、ならいいけどな。……つかさぁ、アンタの知ってるヒナタってのがアタシのよーな不良娘じゃないなら、どんなヤツなワケよ?」

 別人のヒナタは振り向き、片方の口角を上げて意地悪そうにネジに聞いてくる。

「お前は……、完璧な回天が使えると言ったな」

「まぁな。……“お前は”っつーことは、アンタの方のヒナタは使えねーの?」

 ネジは答えなかった。

「なんだ、使えねーのか。才能ねーなぁそっちのアタシは。そんなんじゃアタシの正反対でウジウジもじもじしてそーじゃん」

 なかなか察しのいい別人ヒナタのようで、ネジは答える必要がなかった。


「んで、アンタは? ……うちのネジ兄は回天使えねーってか使わないから、アンタは使えるんじゃねーの?」

「あぁ、無論使える」

「へぇ、やっぱそーなのか。……うちのネジ兄、才能無いわけじゃねーのに出し惜しみしてんだよな。けしかけても使おうとしないし……。ネジ兄がアタシの胸に気を取られず真面目にしてたら、ネジ兄の方が次期当主に相応しいのによ。ったく変な気使うなっての」

 ヒナタは遠くを見るような表情でそう述べた。


「あーぁ、うちのネジ兄はどこ行きやがったんだか。代わりに理想的なネジ兄が目の前に居るってのに……。そーだアンタ、アタシと手合わせしてくれよ本気で」

「本気で……か?」

「あぁ、うちのネジ兄じゃ相手になんねんだよ。……けどアンタと本気で手合わせしてたら、そのうち戻ってくんじゃねーかなって」

「根拠の無い話だな。まぁ、俺も何故性格の異なるヒナタの元に来てしまったかは知らんが……いいだろう、相手になってやる。こちらとしても、元のヒナタの所へ還らねばならんからな」

 二人は外の開けた場所へ出て、目元の血管を浮き上がらせ白眼を発動し柔拳の構えを───





「ねっ、ね…ネジ兄さん、どうしたんですか……?! しっかりして下さい…!!」

 ネジと修行の約束をしていたヒナタは日向本家の修行場所で待っていたが、離れに住んでいる従兄がなかなか姿を現さない為に、心配になって様子を見に来た所、内側の玄関前でうつ伏せに長い髪を乱して倒れているのを発見し、ヒナタは血の気が引く思いでネジに呼び掛けた。

普段の任務服姿でぐったりとした身体を仰向けにさせて顔色を見ると、真っ先に目が向いたのは鉢金のされていない額だった。

……普段、額当てや包帯の下に隠れていた“それ”が無かった。


籠の中の鳥を意味する日向の呪印が消えている……という事は───


ヒナタは気が遠のき掛けたが、よく見ると胸部はゆっくりと上下しており呼吸をしているのが分かる。

苦しんでいるわけではなく、乱れた前髪から覗く端正な顔立ちはただ穏やかに瞳を閉ざし口元は微かに開いたまま眠っているように見える。

しかし何故呼び掛けても触れても起きてくれないのか分からず、ヒナタは不安でネジの胸部に片耳を当てその鼓動を確かめる。

……トクン、トクンと緩やかで規則正しい鼓動はヒナタを少し安心させはしたが、このままだと埒が明かないと思い病院へ連れて行こうと自分の身体を起こし掛ける。


「んー⋯⋯──あれ、ヒナタ……様? 何で俺の上で寝てるんです……??」

「えっ……?」

 そのぼんやりした口調にヒナタがふと顔を向けると、間近に寝ぼけ眼のネジのきょとんとした顔があって、見る見るうちに恥ずかしくなって頬を染めたヒナタは仰向けのネジに覆い被さるような姿勢から勢いよく起き上がる。

「わぁっ、ごご、ごめんなさいネジ兄さん……!?」

「ごめんな、さい……? 兄さんって……君、ヒナタ様じゃないのか……??」

 ネジはまだ眠たそうに目をこすりながらおもむろに立ち上がる。


「え、あの、私……ヒナタ、です……けど」

「んん…? 確かに似てなくもない、けどな……何か雰囲気全然違う。ガサツで強気でケバい感じがしない……。清楚系でかわいくなった……?」

「ねね、ネジ兄さん近いです……っ」

 怪訝そうに顔を近づけられ、恥ずかしさのあまりヒナタは目をぎゅっとつむる。


「……ヒナタ様、俺を罵って蹴飛ばしてくれません?」

「ふぇ?! そそんな事、絶対出来ません…!!」

 いきなり何を言うのかと困惑し、頭を思い切りぶんぶん振って拒否するヒナタ。

「出来ないのか……、じゃあやっぱり俺の知ってるヒナタ様じゃないな……」

「あ、あなたも私の知ってるネジ兄さんじゃない、です……。まるで、別人みたいで……どうしちゃったんですか…??」

「それはこっちの台詞だけどな……。もっとこう、ヒナタ様の服装はオープンに──いや、清楚系にそれを求めてもしょうがないか」

 小さく呟いて残念そうに溜め息をつく別人らしきネジ。


「あの、ひとつ……聞いていい、ですか?」

「ん、構わないけど何だ? (大人しそうで控え目なヒナタ様もいいもんだな……。いや、けどやっぱり気の強いヒナタ様に足蹴にされたい)」

「ど、どうしてにやけてるんですか……?」

 ヒナタは少し気味悪がって、別人らしきネジから一歩身を引く。

「(ま、まずい、引かれてる……。こっちの控え目なヒナタ様が知ってる別人の俺というのは、色目でヒナタ様を見てないって事か……生真面目な奴だなぁ)」

「えっと、聞きたいのは……あなたの知っているヒナタって、どんな人ですか?」

「どんなって……まぁ君とは性格は正反対な感じかなぁ。あっちは露出も気性も激し目だし」

「(そ、そんな私なんて……全然想像出来ない……)」

「才能も一族の中で誰よりもあって、日向の次期当主でもあるし……俺は回天うまく使えないけどヒナタ様はほぼ完璧に使いこなせてるしな」

「⋯⋯──」

 ヒナタはそれを聴いて言葉を失った。……まさに、自分とは正反対だ。ヒナタ自身が欲したとしても決して得られなかったものを、もう一人の自分はほぼ全て持っている。


「あの、もう一つ……分家の方達が額に刻まれる、呪印制度は──」

「呪印制度? 何だいそれは。俺は分家だけど、そんなもの刻まれた事ないな」

 何も刻まれていないすっきりとした額に片手を当て、首を傾げる別人側のネジ。

(このネジ……さんは、呪印が消えたんじゃなくて、始めから刻まれてないんだ。宗家の白眼を守る為の呪印制度なんて、無くたっていい。……私が願った所で、ネジ兄さんの呪印は消えてくれるわけじゃない。ネジ兄さんの呪印が消えたら、それは死を意味してしまう。日向の呪印なんてネジ兄さんの額から消えてほしいのに、死してしまう意味なら消えてほしくない、なんて──)

 自分の矛盾した思いに嫌悪して俯くヒナタ。


「(とにかく俺の方のヒナタ様は強気に見えて寂しがり屋だからなぁ……、俺が居なくて陰で泣いてるんじゃないだろうか、心配だ……)」

「──⋯っ」

「(!? 控え目なヒナタ様の方が、泣いてる……?)」

 はらはらと涙を流すヒナタに、別人側のネジはおろおろする。

「私……情けないなぁって、やっぱり……。“私”じゃ、駄目なんだって──」

「う、うまく、言えないけどな……持ってる、持ってないは別にしても君は、君でいいんだと思う。例えばほら、俺なんかしょっちゅうヒナタ様の風呂を覗いてるけど、君の方の兄さんはそんな事しないだろ絶対。って……例えになってないかな」

「ふっ、ふふ……。そうだね、私の方のネジ兄さんなら絶対そんな事しないもの」

 泣きながらも笑顔を見せたヒナタを見て別人側のネジは安堵したが、同時に思い出したのは、家柄の事なんかどうだっていい、自由になりたいと泣きながら高笑い、自暴自棄に振舞って散々罵声を浴びせてきた事のある従妹の悲痛な姿だった。


「“俺達”の願いは……違うようで似ていて、繋がっているのかもしれないなぁ」

「え……?」

「大丈夫だ、ヒナタ様。……君の兄さんはもうすぐ、君の元に還って来るから」

 ネジは片手を自分の胸部に当て、ヒナタを安心させるように微笑んだ。

……今目の前に居るのは別人の従兄のはずが、この時ばかりは確かに、ヒナタにとっての“ネジ兄さん”に想えた。





「──やるなぁネジ兄、ちっとでも油断するとやべーわ!」

「そちらこそやるじゃないか、次期当主なだけはある」

 手合わせを始めて大分経つが、二人の息は大して乱れていない。

「なぁネジ兄、そっちじゃアンタが次期当主に決まってんだろ?」

「いや、俺は──」

「んだよ、呪印を持つ分家だから当主になれないとかナシだぜ!!」

 別人側のヒナタの強力な柔拳がネジの頬を掠める。


「 ……まぁ別に、次期当主とか関係ねーよな。アタシ達は自由になる権利がある。──なぁネジ兄! アタシはアンタと一緒に居たい、アンタと生きていたい!! だから───!? おい、ネジ兄!!」

 不意に前のめりに倒れだした従兄を、ヒナタは咄嗟に抱き留める。

「ったく何だよ、人が告ってる時に寝落ちするなんざ……。ネジ兄、大丈夫かよ」

 すぅーっと大きく息を吸う音が、胸元に抱き留めた従兄から聞こえた。


「──やっぱりヒナタ様は、いい匂いがしますねぇ」

「……おい何だネジ兄、いつの間に元に戻ってやがんだよ。少しはしんぺーしてやってたんだぞこっちは」

 ヒナタはネジを離すまいとするように、力を込めてぎゅっと強く抱きしめる。……その声は、微かに震えていた。

「すいません、ヒナタ様……。けどあなたも酷いですよ、もう一人の俺の方に告白するなんて」

「は? んだよ聴いてたのか? いいじゃねーか、どっちも全然違うワケじゃねーんだから。──“アタシ達”の願いは、違うようで似てるんだ。……そうだろ」

「ハハ、そうですね……。控え目なヒナタ様も、良かったなぁ」

「んだとコラ! そこは願ってもなってやんねーからな!!」

 ヒナタはネジを突き放すと同時に、げしげしと軽く蹴り倒す。

「あーこれですこれ、やっぱり俺のヒナタ様だ」







「「───⋯⋯」」

 暖かな日差しに包まれた縁側で添い寝をしていた二人は、同時におもむろに目を覚まし、互いに顔を見合わせる。


「……お互い、随分長い夢を見ていたようだ」

「ふふ……そうだね。何だかとっても可笑しくて、切なくて、優しい夢。──お帰りなさい、ネジ兄さん」

「あぁ……ただいま、ヒナタ」



《終》


 

 

【見い出すものは】

 
前書き
 ボルトの中忍試験前の話で、映画のBORUTOを基準にしているつもりですが、そう見えなかったらすみません。アニメにも出てこないオリキャラが出てきます。前にも一度出した事のある額に呪印の刻まれていない次世代の日向一族の男子(タイトルが【日向の未来】で後半に出てきます)で、話に聴いた事しかなくても生前のネジに憧れ様付けをしていて髪型も真似ている設定。ボルトより少し年下で多分アカデミーに入学したばかりです。 

 
「何が、不満なんだよ。ボルトは恵まれてるだろ、どうしてそれ以上望もうとするんだ?」

「オレが恵まれてるって? ……オレの親父が、火影だからって言いてぇのかよ。オレより年下のくせに、分かったようなこと言うなってばさ」


 ボルトは時々、強制的ではなく気が向いた時に日向家で叔母のハナビに掌底を習いに来ていた。その際に、額に呪印の刻まれていない次世代の日向一族のヒネルと話す機会があった。

……最初の内は他愛もない話をしていたが、ボルトが火影の父親の事で不平不満を漏らし始めた為、ヒネルはボルトの態度に疑問を持ち思った事を口にする。

「火影の息子……それもあるけど、ボルトの名前はネジ様に由来してるんだろ。ネジ様の名に恥じないように出来ないのかって言ってるんだよ」

「は? オレは別に、大戦の時に父ちゃんと母ちゃんを庇って死んじまったっていうネジのおじさんの代わりに生きてるわけじゃねーよ。名前だって、父ちゃんと母ちゃんが勝手にそう名付けただけだし……オレは、オレだってばさ」

「──おれは、日向の才に愛されたネジ様の生き様を尊敬してる。逢ってみたいけど、亡くなってしまってるからそれも叶わないし」

「じゃあ勝手に尊敬してるネジのおじさんみてぇに、お前が生きればいいじゃん」

「ボルトは……火影の父親を誇りに思えないのか?」

「オレは火影の親父なんか要らねぇ。里の、みんなの火影なんて──。オレのことをちゃんと見てくれる、分かってくれる父ちゃんが、いいんだ。
母ちゃんは父ちゃんの味方ばっかするし、オレのこと分かってくれねーし……。母ちゃんに関しては、何かもう諦めた。
……つか何が言いてぇんだよヒネル、オレの親父は生きてるし会おうと思えば会えるんだからワガママ言うなってか? 母ちゃんみてーなこと言うなよな、オレが今許せねぇのはヒマワリの誕生日を影分身なんかでめちゃくちゃにしやがった親父のことなんだよ! ヒマワリにあんな悲しそうな、寂しい顔させといて……何が火影だよ」

 そう言うボルトの顔も、怒っていながら寂しい表情をしているようにヒネルには見えた。


「影分身が急に消えたっていうのは、維持できなくなった事情があるんじゃ……」

「そもそもヒマワリの誕生日に影分身でしか帰ってこれねぇなら、最初から帰って来れないって分かってたほうがまだマシだってばさ! ケーキ持ってていきなり消えて、落としたケーキぐちゃぐちゃにしやがって……トラウマにもなるだろ。
──あ、オレしばらく日向家の方には来ねぇから。掌底の修行やらしてもらってるけど、オレ白眼じゃねぇし柔拳使えるわけじゃねーしな……それにオレ、サスケのおっちゃんに修行つけてもらえることになったからさ」

「サスケのおっちゃんって……、あのうちはサスケさん?」

「あぁ。……椅子に座って偉ぶってる火影とは違ぇよなぁ、サスケのおっちゃんみてぇにカッケぇ、強くてクールな忍者になって、中忍試験で親父を認めさせてやるんだ」

「確かサスケさんは特別な任務についてるらしくて、あんまり里に帰って来れないんだろ? 修行相手なら、普通はサラダさんに遠慮すべきじゃ……」

「オレがサスケのおっちゃんに修行つけてもらうことを別にサラダは悪く思ってねぇみてーだしいいだろ? オレとは別にサスケのおっちゃんにサラダは修行つけてもらってるってばさ」

「それはそうだろうけど、何だかなぁ……」

「まぁとにかく、中忍試験楽しみにしてろよヒネル。まだアカデミー生になったばっかりのお前に、忍者がどんなもんか見せてやるってばさ!」

 ボルトはそう言って日向家から走り去って行った。


……それから少し間を置いて、娘のヒマワリを連れたうずまきヒナタが日向家にやって来る。

「こんにちは、ヒネル」

「こんにちわーヒネルくん!」

「あ……ヒナタおばさんにヒマワリ、こんにちは」


「ヒマワリ、おじい様の所へ行って顔を見せてきてあげてね」

「うん、わかった。ヒネルくん、またあとでね!」

 ボルトから先日のヒマワリの誕生日は散々だったと聞いていたが、当のヒマワリは気にしたふうもなく明るく振る舞っているとはいえ無理していないだろうかとヒネルは気に掛けた。


「──ボルト、こっちに来てたみたいね。出掛ける時どこへ行くか特に聞いてなかったけど……。あの子、何か言ってなかった? 嫌な思いをさせていたらごめんなさいね」

「別にそんなことないよ、おれもちょっと余計なこと言ったと思うし……」

 ヒネルはよく柔拳の稽古をつけてくれる日向家跡継ぎのハナビから一族きっての天才、日向ネジの話を積極的に聴いていたが、
うずまき家への嫁入りを機に日向家を出た専業主婦のヒナタからはあまり話を聞けずにいたのもあって、ふと思い立ち尋ねてみることにした。


「あの…さ、ヒナタおばさんにとってネジ様は……どんな人なの?」

「そう、ね……。私にとって、ネジ兄さんは──」

 ヒナタは何とも言えない表情で虚空を仰ぎ見る。

「ネジ兄さんは、私の柔拳の師でもあって、今までも……これから先もずっと、越えられない人。
──ネジ兄さんの死のきっかけを作ってしまったのは、私だから……ネジ兄さんには、本当に申し訳ないと思っていて……、唯一私に出来る事といったら、ネジ兄さんが繋いでくれたこの命を……未来に、繋げる事だったから」

「命を、未来に繋げる……?」

「ええ……それが、ボルトとヒマワリなの。ネジ兄さんが命懸けで繋いで守ってくれた、未来の命だから」


「うーん……ならなおさらボルトには、ネジ様の名に恥じないように振る舞ってほしいんだけどな。ボルトの名前は、ネジ様に由来してるんだよね」

「そうだけれど……あの子にとっては少し、押し付けがましく感じている部分もあるのかもしれないわ。……何も私達は、ネジ兄さんのように優秀で立派に育ってほしくて名付けたわけじゃないし、ボルトにはボルトの生き方があるんだからそれを邪魔するような事をするつもりはないわ。ただ──」

「ただ……なに?」

「ちょっと、わがままに育ってしまったかなって……。私、ボルトを強く叱ったり出来ないから……。ナルト君が火影になる前は、ボルトはお父さんっ子だったし……その事もあって私、ナルト君にボルトを任せっきりにしていた部分もあるから、ヒマワリとは違って正直……どう接していいか未だに分からなくて」

「……そういえば、さっきボルトと話してた時、母ちゃんは父ちゃんの味方ばっかりでおれのこと分かってくれないから、あきらめてるみたいなこと言ってたよ」

「そう……なのね。──火影になったお父さんが、多忙でなかなか家に帰って来れなくても、全く会えないわけじゃない。ナルト君やネジ兄さんの時と違って……ボルトには、お父さんが居てくれる。それだけでも十分に、恵まれていると思うんだけれど……」

「おれも、そう思ったけど……なんて言うか、ボルトは反抗してても今だってお父さんが大好きで、自分のこと見てもらいたいって気持ちが強いんじゃないかな。火影岩にまでイタズラをするくらいだし、気を引きたくてしょうがないんだよ多分」

「そうかも、しれないわね……。私よりもヒネルの方がボルトの事を分かっていると思うわ」

「そうでもないよ、ついさっきボルトに『オレより年下のくせに分かったようなこと言うな』って言われたし。……それはそうと、ヒマワリは大丈夫? さっき会った時は元気そうには見えたけど、誕生日のケーキの件は残念だったね。七代目の影分身が途中で消えたってことは、相当七代目は疲労してたんだと思うけど」

「ええ、まぁ……そうね。ケーキは台無しになってしまったけど、ヒマワリは我慢強い子だから。──あ、ボルトは我慢強くないって言ってるわけじゃないの。あの子だって、十分我慢してると思うし……」

 ヒナタはそこで一旦言葉を切り、顔を曇らせて深い溜め息をつく。

「駄目ね、私……こんなだから、ボルトに諦められてるのかもしれないわ」

「ダメだって思っても、ヒナタおばさんはボルトとヒマワリのお母さんなんだし、おばさんまであきらめたりしたらダメだよ」

 真っ直ぐ射抜くように見つめてくるヒネルに、ヒナタはかつての従兄の面影を見た気がした。


「なんて言うか……こんなこと言ってもしょうがないけど、おれがもしネジ様の子供で、ネジ様が日向当主として忙しくて構ってもらえなかったらって考えると……やっぱり、方法がどうであってもネジ様に自分を見てもらいたいって思うかもなぁ、おれも。そういう意味では、ボルトの気持ちも分からなくもないかな」

 そう述べて俯くヒネルの、呪印の刻まれていないすっきりとした額をヒナタは片手でそっと触れる。

(ネジ兄さんにも、きっとそんな未来があって……この子のような子供が居ても、何も不思議じゃない。──ネジ兄さんが見たかった未来は、今ここに確かにあるはず。そう、思いたい)



《終》


 

 

【その変わらなさ】

(あ、れ……私は、また……?)


 ヒナタは薄れゆく意識の中、ナルトが襲撃者に連れて行かれるのを見ているしか出来なかった。


(前にも、似たような事が……。私、何をしていたんだっけ──)

 独りよがりで飛び出したのは、これが初めてではないと、どこかでぼんやりと感じていた。

(ね、じ……ネジ、兄さん……ナルト、君を……守っ、て)

 そう思ったのも、初めてではなかった。

──ほんの少し前、そのナルト君を庇って死んでしまったネジ兄さんに何を言ってるんだろうと、訳の分からない気持ちになる。




『変わらないな、あなたは』


 その懐かしい声音にハッとなって意識を戻し顔を上げると、そこはまるで星空の中のような空間だった。そこらじゅう暗闇の中を数えきれない小さな星々が瞬いている。

間を置いた先に立っていたのは、生前着用していた白装束の任務服姿で、鉢金がされていないその額には、籠の中の鳥を意味する日向の呪印が刻まれていない従兄のネジだった。……その表情は、生前よりもとても穏やかに見えた。


「ネジ、兄さん……? ネジ兄さん、なの?」

『あぁ、そうだ。久し振りだな、……ヒナタ様。変わらず兄さんと呼ばれても、随分と歳は離れてしまったが』

 ……そうだ、ネジ兄さんが亡くなって15年ほど経っている。ネジ兄さんは大戦中の18歳から変わることはないんだとヒナタは思い、うつ伏せになっていた姿勢からゆっくりと立ち上がった。……立ち上がるというよりは、星空の中の空間はまるで浮遊感が強かった。

「私……もしかして、死んでしまったの?」

『いいや、生きている。……ただ、大分怪我を負って意識を失っているんだ。娘のヒマワリが……とても心配している』

「ヒマワリ……。──そうだ、ナルト君は」

『あいつは火影だ、あれ以上人々に危害が及ばぬよう敢えて自分から敵側に連れて行かれたんだ。……あなたはそれを推し量らずに、ナルトの為だけにあの場へ特攻し、すぐに返り討ちに遭い倒れてしまった』

「そう、だったんだ……」

『あの場には息子のボルトもいたのに、息子の事は気遣えなかったのだろうか』

「私……ナルト君の事しか、考えられなくて」


『……本当に変わらないな、あなたは。あのペイン戦の時もそうだった。そして、あの大戦中も』

 ネジは虚空を仰いだ。まるで遠のいた過去を手繰り寄せるように。

「あの時は……私の独りよがりだって分かっていても、ナルト君を守りたくて」

『死にかけのあなたを見た時は、生きた心地がしなかった。……俺の父の死が、無意味になってしまいそうで。そして大戦時は白ゼツが化けていたとはいえ、あなたが敵から強烈な一撃を受けたのを目にした時も、また……守れなかったと思った。俺はある意味、あなたの死が怖かった。父が自ら死を選んでまで守った一族の仲間……あなたも確実にその一人だったから。父の死の意味を、俺は守りたかった。──ヒナタ様に、死なれるわけにはいかないと思っていた』

「でも……ネジ兄さんはあの時、ナルト君を守ったんでしょう。ナルト君を守ろうとした、私じゃなくて」


『ナルトを守ろうとしたあなたを守った、というほうがある意味正解だ。……あなたにとって俺は、あくまで自分ではなくナルトを守ったという認識のようだったが』

「だって、ネジ兄さんはナルト君の命はひとつじゃないって……自分の命も、そのひとつに入っていたって──」


『自分で選んだ死をもって仲間を守ったというなら、聞こえはいいのだろう。父と同じように死ねた事を、誇りに思うのならば……』

 自らに言い聞かせるかのような従兄のその言葉の意味する所を、ヒナタは理解しきれていない自分にもどかしさを感じた。

「じゃあ、あの時……本当は私を、守ってくれたの、ネジ兄さんは。でも仲間なら……どうして、ネジ兄さんは最期に私の事を、様付けにしたの……? 大戦中は、仲間として闘って、宗家分家関係なく呼び捨てにしていたのに」

『あれはナルトに向けた言葉であって、ヒナタ様に直接呼び掛けたわけではないから……そうだな、最期に見栄を張ったようなものだったかもしれない』


「けど今この時だって私を様付けにしてる……。呪印だって、とっくに消えているのに」

『……あなたはあなたで、死んで間もなかった俺に助けを乞うていたじゃないか。ナルトを守ってくれ、と』

 苦笑気味の従兄にヒナタは若干申し訳なさを覚えて俯いた。

「あれは……咄嗟にネジ兄さんしか、思い浮かばなかったから──」


『あなたは覚えていないかもしれないが、俺はかつてあなたに“人は決して変わる事は出来ない”と言った。だがあなたはナルトによって多少変わる事は出来たはずだ。俺もそうだった。……ただ、あなたはそれから平行線のままで、寧ろそこから変わる事はなかった。あなたのその変わらなさは……良くも悪くも、あなたでしかないんだろうと思う』

「ネジ、兄さん……私は──」


 そこでその場の星空の空間が、一度ぐらりと揺らいだ。

「何が、起きたの……?」


『そろそろあなたの意識が戻る頃合いらしい。……娘のヒマワリを安心させてやってくれ、あなたに置いて行かれたショックはあれど、とても心配して必死で呼び掛けているから』

「うん……分かった。──ネジ兄さんは」

『俺は一緒に行ってやれないよ、判るだろう』

 僅かに困ったような微笑を浮かべるネジ。


「また……こうして、逢えるのかな」

『どうだろうな、次に逢えるとしたら──いや、やめておこう。とにかく今は、あなたが戻るべき場所に還るといい』

「うん、それじゃあ……ネジ兄さん」

『あぁ……いずれまた、その時まで……さようなら、ヒナタ』



《終》


 

 

【めぐり逢う螺旋】

 
前書き
 アニメBORUTOの132話を元にしていますが、話している内容は多少違います。まだアニメの方の今回のタイムスリップ編は終わっていないので、今後の展開次第では内容を変える可能性があります、あくまで個人的見解ですのでご了承下さい。 

 
(──あれ、ここら辺ってもしかして、日向家に近いんじゃ)

 予期せぬ出来事で木ノ葉隠れの里の過去にやって来てしまったボルトは、少年時代の父ナルトとその師匠に出会い、内に秘められた禍々しいチャクラと少年ナルトの変貌ぶりに触れた事でつい恐れを抱いてしまい、少年時代の父との修業から一旦離れ宛てもなく歩いていた所、過去とはいえ見覚えのある広い塀に囲まれた屋敷に気づく。

……近づくにつれて、誰かと誰かが修業しているらしく威勢のいい掛け声と共にパシッパシッと小気味よい音が聞こえてくる。

なるべく気配を消して門の隙間から覗き見てみると、先日会った下忍当時の母親のヒナタと、ボルトにとっては“いとこ伯父”にあたる日向ネジの二人がちょうど修業を終える所だった。


「ではヒナタ様、今日はこの辺りで失礼します」

「は、はい、修業に付き合って頂いてありがとうございましたネジ兄さん。あの……お茶でも飲んで行きませんか?」

「気持ちは有り難いのですが、また今度に」

「分かりました……また、修業の方よろしくお願いします」

 その会話が終わると同時に、ネジが出口の門へと歩いて来たのでボルトは直ぐ様その場から離れようとしたが、何故か気後れしてしまい動きが鈍る。

「……何をしているんだ、お前」

「えっ、いやその、たまたま通りかかってさぁ」

 ネジに見つかってしまい笑顔で誤魔化そうとするボルト。

「たまたま通りかかって、覗き見をしていたと?」

「何だ、バレてたのかよ……」

「……ヒナタ様は、気づいていないようだがな」

「なぁおじさ……違う、あんた何で母ちゃ……じゃなくて、ヒナタ…さんのこと様付けしてるんだよ? 敬語も何か気になるっつーか」

「跡目からは外されているとはいえ、彼女は日向宗家で俺は分家という主従関係である事には変わりない」

「跡目って──」

「旅芸人のお前に話す事ではないな、それ以上は聞かないでくれ」

(そっか、ハナビ叔母さんが日向当主の跡目なんだっけ)

 ボルトはふとその事を思い出す。


「けど、宗家分家っていう主従関係の割にはヒナタ…さんの方はあんたのこと、“兄さん”って」

「一つ違いの従兄妹ではあるが、実の兄妹ではない。……彼女が俺を兄さんと呼ぶのは、未だによく分からない。そう呼ばなくてもいいと言っているのだが」

 僅かに困った様子で下向くネジ。

「ヒナタさんがネジ…さんを慕ってるからじゃねーの?」

「……分かったような口を聞くな」

 ネジは怪訝な表情をしながらボルトを睨む。

「わ、悪かったってばさ…! ──⋯」

「何か、あったのか」

 ボルトの気落ちした表情をネジは察っする。

「あぁ、えっと、実は……」

 日向家前から茜色の夕日の見える橋の上に場所を移し、ボルトはネジと話してみる事にした。……先日に初めて逢ってはいたものの、その時は他に何人も居た為にほとんど会話が出来なかったのでボルトにとっては過去の、生存している“いとこ伯父”と話せる絶好の機会だった。とはいえ旅芸人と称している為、本当の名は明かしていない。



「──なるほど、力を暴走させたのかナルトは。それをお前は恐れるようになってしまったと」

「まぁ……うん」

「その気持ちは分からなくもない。……俺もナルトの腹の中に居る物に一瞬なりと精神を乱され、恐れを抱いた覚えがあるからな」

「え、おじさ…ネジさん、も?」

「中忍選抜三次試験の本戦で、ナルトと闘った事があってな。俺があいつのチャクラを練れなくした上でほぼ負けを確定させたはずなのに、ナルトは腹に封印された物のチャクラを借りたらしくて息を吹き返したように反撃してきてな。……結果、俺は負けたんだ」

「は? それってチートじゃねーの?」

「いや、そういう事じゃない。最終的に精神面では俺の方が負けていた。……それに、あそこで俺がナルトに負けていなければ、俺は未だに──」

 そこで一旦ネジは言葉を切る。

「そりゃあんたも流石にあんな得体の知れない力にはビビるよな……」

「俺もよくは知らないが、そのせいもあって周囲から疎まれがちではあったらしい」

「ふーん……何かちょっとかわいそうだな父ちゃ…じゃなくてナルト」

「あいつに哀れみは必要ない、寧ろ失礼だろう。──運命など、誰かが決めるものではないのだから」


「運命……? 何のことだってばさ」

「俺はかつて、自分の運命を呪っていた。籠の中の鳥という、逃れられない運命に」

「籠の中の、鳥……」

 ボルトは以前、日向宗家跡目のハナビからかつてあった呪印制度の話を聞いた事を思い出す。

 宗家の白眼を守るという名目で、分家の額に籠の中の鳥を意味する日向の秘術である呪印を刻み、逆らおうものなら呪印を発動させ苦痛を与えるのは容易で、その上脳神経を破壊し殺す事も可能だと。そしてその呪印は、刻まれた分家が死してのみしか消える事はなく、外部の人間に悪用されぬよう白眼の能力を封印する役割もあるのだと。


「父はそんな籠の中の鳥として宗家に殺されたのだと、憎しみに囚われていた時期が俺にはあった。……だが父は、最期に自らの自由の意思によって里や一族、家族を守る為に死を選んだのだと知って、宗家を怨む理由は無くなった。何よりあいつに……ナルトに、運命がどうとか変われないとかそんなつまんない事をめそめそ言ってんじゃねえよ、と……闇の中から救い出してもらった。──運命なんて誰かが決めるもんじゃないと、教わったんだ。それに、『オレが火影になってから日向を変えてやるよ』とも、言われているしな」

 茜色に染まる夕日を橋の上から眺め、静かな口調で語るネジのどこか穏やかな横顔からボルトは目を離せなかった。

「……俺とした事が、少し喋り過ぎたようだ。意味は分からなくていいから、今のは忘れてく──」

 ネジがボルトに顔を向けた時、不意にボルトは片手の指先をネジの額当てに宛てがった。

「──⋯忘れないってばさ」

 その薄蒼い真剣な眼差しはまるで、ネジの額当ての下に隠された籠の中の鳥を意味する呪印を一心に見つめているかのようだった。

「おかしな奴だな、お前は。まるであいつのような……」

 ネジは思わず微笑して自分の額当てに宛てがわれたボルトの片手をそっととってゆっくりと離した。


「お前のその、首飾りは──」

 その際にボルトの胸元の螺のような形状の飾りに目が行く。

「あぁ、これ? オレが物心ついた時には、つけてたんだよなぁ。つけてるのが当たり前過ぎて、風呂の時も寝る時もつけたままなんだ」

「風呂の時も寝る時も……? 錆びないのか? それに寝る時までつけていたら、その形状ではある意味危ないのでは」

「平気だってばさ、錆びたことないし今までだって何ともなかったし。……前に確か、オレ何でこの首飾りつけてんだっけって父ちゃんに聞いたら、それは忘れちゃいけない大切な繋がりだから、お前に身につけていてほしいんだって言われたっけな」

「そうなのか……。お前の、父というのは──いや、聞かないでおこう。⋯──」

 ネジはふと片手を伸ばし、ボルトの胸元の螺のような形状の首飾りにそっと触れる。


「……つけてみる? ネジさん」

「ん、いや……お前の大切なものなんだろう。俺がおいそれとつけるのは──」

「いいって別に、ネジさんに一回つけてほしいんだ」

 そう言ってボルトは首の後ろに両手をやり留め具を外す。

「って、ネジさんの首元……着てるもので隠れてつけられないってばさ。首元開けてくんない?」

「む、しょうがないな……」

 ネジはボルトに言われた通り首元を開けてみせた。

「んじゃちょっと失礼するってばさ」

 ボルトはネジに向き合ったまま両手を伸ばし、後ろの髪に両手を差し込む形でネジの首の後ろで首飾りの留め具を留める。

「──どうかな?」

「どう、と言われてもな……」

 螺のような形状の部分を片手で感触を確かめるように何度も触れ、ネジはその後何を想ってかぎゅっと握りしめて瞳を閉ざす。

「───⋯⋯」

「ネジ、さん?」


「……これでいい。もうお前に返すよ」

 ネジは微笑を浮かべたまま自分の髪の流れる首の後ろに両手を差し入れ首飾りの留め具を外し、今度はネジからボルトの首元に首飾りをそっと付け直す。

「ネジさん……あのさ」

「もういいだろう、ナルトと修業しているんじゃなかったか? ……戻ってやるといい、お前ならもう大丈夫だ」

「うん……そうするってばさ。ありがとう、ネジさん」

 どこか寂しげな笑顔を見せて、ボルトはナルトの元へ駆け戻って行き、その後ろ姿をネジは複雑な面持ちで見送る。

「──名を、聴いておくべきだったか。いや、今はまだ……」



《終》


 

 

【渇望】

 
前書き
 ネジの母について触れていますが、実際どうだったのかは分からないので勝手な想像でしかないです、ご了承下さい。ナルトに救われる前の話。 

 
 ──物心つき始めた頃に気になったのは、父と母の額には常に額当てか包帯で覆われている事だった。

それを外した所を見たのはせいぜい、風呂や床に入る時くらいだった。

みどりいろの、へんなもようがついてる……

幼心にも何か怖いものを感じてはいたものの、直接聞いたわけではないがつい視線を額の方に向けてしまい、それに気づいた父や母がどこか哀しげに「まだ知らなくていいんだよ」と述べるに留める為、その後はなるべく見ないようにした覚えがある。


「今日はとても大切な日。宗家嫡子のヒナタ様が三つの歳を迎えるにあって、ネジ、あなたは──」

 母はその頃体調を崩しがちで、顔色が良くなかった。

その日は晴れていたはずなのに、とても寒かった気がする。

母は玄関先で、日向本家に向かう父と幼い自分を憂えた表情で見送る。

……それが何を意味するのか不安だったが、父に無言で手を引かれ歩く他なかった。


自分とはひとつ年下の“いとこ”と聞いていた宗家嫡子のヒナタ様と日向本家前で初めて会わされた時、素直にかわいいと思った。まだ三歳になったばかりで、宗家分家の顔合わせの場に馴染めず不安そうに当主の後ろに隠れ気味にしがみついている様子は、誰に言われなくとも守ってあげたいと初めて思ったほどだ。


「──では、お前の息子を一時預かるぞヒザシ」

 冷たい声が頭上から降ってきて、それをすぐ父上が遮った。

「お言葉ですが兄さ……いえ、宗家当主ヒアシ様、我が息子はまだ四つです。幼子にあれを、刻むのは──」

「早すぎると申すか。……我が宗家嫡子の娘が三つの歳を迎えた時、分家のお前の息子に日向の秘術を刻むのはとうに決まっていた事だ。それに逆らおうというのか」

「そのような、事は……ッ! ──承知、致しました。どうぞ、お連れ下さい……」

「父上……?」

「大丈夫だ、ネジ……心配、しなくていい。すぐ戻って来れる、はずだから……宗家当主様に失礼のないように、ついてお行きなさい」

 目線を合わせて優しく言葉を掛けてくれたその時の父の表情を、今でも忘れる事は出来ない。苦しげで、哀しげな微笑だった。


──幾つか蝋燭の灯った薄暗がりの部屋に連れてこられ、冷たい台座のような上に仰向けに寝かされ、日向宗家の数人の大人に囲まれる。

……恐れと緊張で、吐き気さえ覚えた。

双子でも、顔つきの優しい父上と違って厳しい表情を崩さない宗家当主……

数人の大人が印を結び始め、それと同じくして当主の大きな片手のひらが自分の額に宛てがわれた瞬間、とてつもない激痛が脳内を走った。

その一瞬だけは覚えていたが、その後すぐ意識を失っていたらしく、朦朧とする中目覚めた時には、自分の涙が目元を濡らしていた。額を中心に、頭全体がズキズキと痛む。


「これよりお前はその額に刻まれし日向の呪印をもってして、宗家の者を命を懸けて守るのだ。……“籠の中の鳥”が逆らう事は、決して許されぬ」


 宗家当主の重々しい声が、頭の中に響いた。

……その後はぐったりした自分を父上が抱き上げ家まで運んでくれたようだった。

日向の呪印を幼くして受けたばかりの数日間は、まともに動ける状態になく高熱を出すほどに寝込んだ。父と母には、とても心配を掛けてしまった。

──三日ほどで体調は回復し、外へ出る際には額に包帯を巻くようになった。自分の額に禍々しい印が刻まれたのを鏡で見た時は、とても複雑な気持ちになった。父と母が前もって呪印の話をしなかったのは、まだ幼い自分には酷だからと思っての事だろう。

自分はこれから父と母や他の分家の人々と同じく、“籠の中の鳥”として生きなければならない。日向宗家に逆らう事は、決して許されない───



 宗家嫡子のヒナタ様が宗家当主と厳しい修業をされているのを父と共に拝見させて頂いていたある日、当主が急に父に向けて呪印を発動させ、父は苦痛の声を上げて頭を両の手で抱えもがき苦しみ、その際に額当てが外れ禍々しい額の呪印が露わになり不気味な色を増していた。

その時の自分は気づかなかったが、父は宗家嫡子に殺気を向けたらしくそれを察知した当主が父の額に刻まれた呪印を発動させたようだった。

当時父が日向宗家をよく思ってなかったのは何とはなしに察してはいたが、宗家嫡子に殺気を向けるほどだとは思わなかった。……いや、何よりも父があれだけ苦しめられた事の方が自分にとっては悔しかった。分家の父と宗家の当主は元は双子で、生まれた順が違っただけなのに。



 日向家はその頃妙に重苦しい雰囲気で慌ただしく、父も帰って来ない日もあって、何かあったんじゃないかと思いはしてもまだ幼かった自分には詳細を明かされる事はなかった。

ただ、父の様子が若干おかしい事には気づいていた。母に至っては、元々病弱だったせいもあってこの所病状が思わしくない。

 ──父はある日、いつも以上に自分に修業をつけてくれた。その後は、いつも以上に遊び相手になってくれた。それがとても嬉しいはずなのに、何故だかとても、寂しかった。


「ネジ……お前は生きろ。お前は一族の誰よりも日向の才に愛された男だ」

 大きくて優しい手を頭に置いてきて、何とも言えない表情で父はそう述べた。……そんな顔をしないで父様、何だか泣きたくなってしまう。

「お前を……宗家に産んでやりたかったなぁ」



 ───それから、どれくらい時間が経ったのか。

母はずっと泣いていた。その理由を、話してはくれない。

分かるのは、父はあの後、宗家の影武者として、殺されたという事実だけだった。そのきっかけを作ったのは他でもない、宗家の嫡子……

 あの方が……あの子が、悪いわけじゃない。

宗家の嫡子の誘拐を試みた相手国が悪い。

頭では分かっていても、心が追いつかない。


戦争を回避する為の交換条件が、日向宗家当主の遺体の引き渡し……そのせいで、父上は……父様は───


 母も、父を失くしてほどなく、あっけなく病で逝ってしまった。

余りの事が続き過ぎたせいか、上手く感情が働かない。

時が経つにつれてふつふつと、煮え滾るものを感じながらも父と母を失った俺は、分家の居住区画ではなく何故か日向宗家の本宅に住まわされる事になった。

特に扱いが悪いわけではなかったが、自分としては至極、居心地が悪かった事は覚えている。ヒナタ、様とも度々顔を合わせなければならなかったし……とはいえ、分家でまだ幼かった自分に拒否権があるはずもなく従う他なかった。


 俺が六つの頃、日向宗家に次女が生まれた。

名は、ハナビと付けられたらしい。

──果たしてハナビ様は、嫡子とはいえ才能の無いヒナタ様より日向の才に恵まれているだろうか。

ふとそう考えてみたが、途端にバカバカしくなってやめた。

自分は宗家をも凌駕する強さを身につける事にのみ意識を向けなければ──


 ヒナタ、様が何故か俺を“ネジ兄さん”と呼ぶようになった気がする。それまで特に名を呼ばれた覚えはなかったが。

何故、“兄さん”なのか。たかがひとつ違いの従兄妹同士……実の兄妹でもあるまいし。ましてや宗家分家という絶対的な主従関係でしかないというのに。

──“いとこ”は、漢字で表すと性別や生まれた順で前後はするが、俺とヒナタ様やハナビ様の関係性は従兄妹になる。宗家の姉妹に従う分家の従兄(じゅうけい)……漢字だけ見れば“従う兄”。どこか皮肉にもとれてしまう。争いを避け調和を好む彼女からしたら確かに俺は“兄さん”なのかもしれない。そう呼んでおけば、どこかしら許されると思っているのかもしれない。彼女は優しいのではなく……甘いのだ、自分に。



 歳が十を過ぎた頃には自分から、宗家の本宅を離れ元々父と母と住んでいた家に一人で暮らし始めた。

自分で食べる分の飯くらいは、多少作れるようになっていたのでそこの所は問題ない。

……仏壇の父と母の小さな遺影を前に、いつものように手を合わせる。


『ネジ……あなたの名前にはね、螺旋という意味が込められているの。螺旋の“螺”の、別の読み方の“ネジ”から来ているのよ。──「ある一点から始まり、無限に成長していくことの出来る形」……。今はまだ判らなくてもいいけれど、無限の可能性である螺旋のように生きて欲しい……それが、父と母の願いよ』

 いつだったか、母にそう言われた事をふと思い出す。

螺旋のように無限に成長していくことの出来る形──⋯“それ”に俺は、なれるだろうか。分家の、俺に。籠の中の鳥に。

いつか……自ら鍵をこじ開け、籠の中から飛び立つ事が……出来るのだろうか。

分からない。

今はただ、宗家への怨みを糧に強くなる他は───

それでもどこか、怨み続ける事に“疲れ”を感じている自分がいるのも確かだった。

出来る事なら……解放、されたい。

この、先の見えない暗闇から……誰か───



《終》


 

 

【螺旋の彼方へ】

 
前書き
「めぐり逢う螺旋」の続き物。アニメBORUTOの136話を元にしていますが、内容は大分違います。 

 
「──さん、……ネジ兄さん?」

「──⋯え、あ……何でしょうか、ヒナタ様」

「その……どうかしたんですか? 何だか、さっきから上の空みたいで」

「そう、でしたか。すみません」

「い、いえ、謝ることなんて……」

 ネジとヒナタは日向家で修業の休憩時、縁側で共にお茶を飲んでいた。


「ヒナタ様は……、あの旅芸人の少年をどう思いますか」

「え? 旅芸人の、少年……?」


「前の共同任務の際にナルトが連れ立っていた、ナルトに似た少年というか……」

「えっと、そんな人……いましたか?」

「覚えて……いないのですか?」

「ご、ごめんなさい……思い、出せないです。ナルトくんに、似た人なんて……」

 嘘をついている様子もなく、困った表情をしているヒナタ。

「──俺の、見間違いだったかもしれません。今のは忘れて下さい」

「え、でも、ネジ兄さんが見間違えるなんて……」

「お茶を淹れて下さって、ありがとうございました。……今日は、これで失礼します」

「あ、ネジ兄さん……!」

 ネジは何か思い立ったように日向本家を足早に後にし、ヒナタはそれを見送るしか出来なかった。



(見間違いな……はずはない。俺は確かに、あいつと───)

 歩きながらそう考えている間にも、旅芸人の少年がどんな容姿だったか思い出せなくなってくる。

(旅芸人……、そもそも旅芸人だったのか、その少年は。少年……、誰の、事だ?)

 人気のない道端で、ネジは顰め面のままふと歩みを止める。

(忘れては、いけないような……いや、忘れるべきなのか。だが───)


 ネジは思わず白眼を発動し、薄れゆく面影を追った。……その存在は、背の高いもう一人の存在と里の外れの森にいるようだった。向かい合わせで、ナルトとその師匠の自来也も居る事が分かる。

──脚は既にその場に向かって駆け出していた。



「お? ネジじゃねーか、お前もボルトと旅芸人のおっちゃん見送りに来たのか?」

 ナルトが真っ先にネジに声を掛けて“その名”を口にし、ボルト本人は複雑な表情をする。

「……! ネジ、さん」

「ボルト……、ボルト、というのか……お前の名は」

「そう、だよ。オレは……ボルト、っていうんだ」

「ボルト……、そうか。悪くない名だ」


「そりゃ、そうだよ。だって、オレの名は──」

「……そこまでにしておけ」

 師匠のサスケに言葉で遮られるボルト。


「何だってばよ、ネジに名前教えてなかったのかボルト?」

「……すまんのう、わしらはこやつらを覚えておくわけにはいかんのだ。お主なら……わしらの記憶を消す事くらい出来るのだろう?」

 サスケを見据える自来也。

「あぁ、俺の術なら。……だがここに来るまでに前もって、ナルトとあんた以外に俺達と関わった者達の記憶を消しておいたはずだが、ネジは……完全には忘れられなかったらしいな」

「あぁ……ヒナタ様は覚えていないようだったが、俺は微かな記憶を辿って旅芸人の少年……ボルトを追ってここまで来てしまった。もっと、強く術を掛けておいてくれ。──二度と、“旅芸人の二人”を思い出せないように」

(……ネジ、おじさん)


「おいおい何のことだってばよ! 記憶を消すって──」

「ボルト、お前と少しの間でも話す事が出来て良かったよ。……達者でな」

「オレも……、オレも、嬉しかったよネジ…さんと話せて。ありがとうだってばさ」

 ネジとボルトは互いに笑みを交わし、その直後、一部の記憶を消すサスケの術がナルトと自来也、ネジに及び、三人は糸の切れた人形のように仰向けやうつ伏せになって倒れた。

「──これでいい。俺達の元の時代に帰るぞ、ボルト」

「ちょっと、待ってくれってばさ……サスケのおっちゃん」

 ボルトは自分の首飾りを外し、仰向けに意識無く倒れているネジの手元にそっと、螺の形状の首飾りを添える。

「ボルト、お前……」

「ごめん……けど、許してほしいんだ。これしか……思い浮かばなくて」

 サスケはそれ以上何も言わず、ボルトは師匠のサスケと共に元の時代へと帰って行った。




「──さん、ネジ兄さん目を覚まして……!」

「……! ヒナタ、様……?」

 呼び声に目覚めると、従妹のヒナタが心配そうに顔を覗き込んできていた。

「お、ネジ起きたか? なぁ、オレ達なんだってこんな森の中で倒れてたんだ?? エロ仙人もここで何があったか全然覚えてねーって言うしよ……」

 ナルトと自来也は不思議そうに首を傾げている。

「ヒナタ様は、どうしてここに」

「ネジ兄さんの様子が気になったから、捜しに来たら……ナルトくんと自来也様と倒れていたのを見つけて───」

「そうでしたか、心配を掛けました。……俺なら、大丈夫です」

 ネジはぎこちない笑みをヒナタに向ける。

「よかったです……。あの、ネジ兄さん……片手に握ってる物って」

「え? ──あ」

 握りしめていた片手の平をそっと開いてみると、それは見覚えの無い、螺のような形状の首飾りだった。

「何だろう、それ……」

「さぁ……、俺にも分かりません。ですが、持っていようと思います。……何故だか、大切な物のように感じますから」








(───⋯何だよ、結局ネジのおじさん、死んじまったままじゃんか。オレってば……何期待してたんだろ)

 元の時代に帰ったボルトは、真っ先に家に戻って母親のヒナタにネジおじさんが今どうしているか聴いた。

……しかし、返ってきた言葉は、亡くなっているという変わらない事実だけだった。

螺の形状の首飾りに関しては、ネジおじさんは身につけこそしなかったがお守りとして持っていたらしく、しかし大戦時には持って行かずに自分の家に大切に保管していたそうで、ナルトとヒナタが結ばれボルトが生まれたのを機にボルト自身が譲り受ける形になったという。

(直接返して、もらいたかったのに……これじゃただ、首飾りだけ戻ってきただけじゃん)

 自分の机の上に無造作に置かれた螺の形状の首飾りを前に、ボルトは項垂れる。


「……どうしたってばよボルト、元気ねぇじゃねーか」

 父のナルトがいつの間にか部屋に来ていた。

「なんだ、父ちゃん帰ってたのかよ」

「まぁひと段落ついたんでな。……その首飾り、外しちまったのか?」

「別に、外したくて外したわけじゃないってばさ」

「そうか……、じゃあ俺がつけ直してやるってばよ、ほら」

 向かい合ったままナルトは身を屈めてボルトの首元に螺の形状の首飾りをつけ直した。

「なぁ父ちゃん……ネジの、おじさんは」

「──ネジの意思は、死んじゃいねぇ。だから、俺達が繋いで行くんだってばよ。……そうだろ、“ボルト”」




《終》



 

 

【その在り方】

 
前書き
 アニメBORUTO138話を元にしていますが、内容は大分異なります。 

 
「……ねぇねぇ、たしかもうすぐヒアシおじいちゃんの誕生日だったよね?」

 日向家の居間でヒマワリは母のヒナタと叔母のハナビと談笑していた。

「あら、覚えていたのヒマワリ?」

「うん、去年おじいちゃんのお誕生日会できなかったし、今年はできるかなぁって」

「孫娘が誕生日会しようって言ったのに、父上は去年断ったものね。今年も……多分そうなるんじゃないかしら」

「どうしてかなぁ、おじいちゃん誕生日いやなのかな」


 ヒマワリの疑問にハナビが答える。

「嫌って事ではないと思うわ。ただ……父上だけの誕生日じゃないからね。──もう亡くなっているとはいえ、双子の弟のヒザシ叔父上の誕生日でもあるから、安易にそういうのは控えてるんじゃないかしら」

「そっか……わたしとお兄ちゃんのもう一人のおじいちゃん、ヒザシおじいちゃんの誕生日でもあるんだね」


 ヒマワリの言葉にどこか申し訳なさそうに目を伏せるヒナタ。

「ええ、そうね……ボルトとヒマワリにとっては、大叔父さんね」

「それにネジおじさんの、お父さんなんだよね」

「そうよ。……私が産まれる前に亡くなられたから私はお会いした事はないけれど、里や一族の為に命を賭した立派な方だったと聴いているわ」

 そう言ってハナビは湯呑みの中の茶をじっと見つめた。


「お母さんは、ヒザシおじいちゃんに会ったことあるの?」

 ヒマワリの問いに、ヒナタは一瞬言葉に詰まる。

「お会いした事は……、あると思うわ。ただ……申し訳ない話だけど、よくは覚えていないの」

「そうなんだ……」

「仕方ないわよ、姉様はその当時三歳になったばかりだそうだし……」

 ハナビはフォローを入れたつもりだが、それ以上は言葉にならなかった。

「ネジおじさんとお母さんは、ひとつ違いなんだよね」

「えぇ……、ネジ兄さんが四つの時に、お父上のヒザシ様が、亡くなられて───」

 ヒナタもそれ以上言葉が続かずに俯く。


「えっと……おじいちゃん、今何してるんだっけ」

「父上なら、道場の方で瞑想していると思うわ」

「……わたし、おじいちゃんのとこ行ってくるね」

 ヒマワリは母のヒナタと叔母のハナビから離れ、祖父のヒアシの元へ向かった。



 ……祖父は坐禅を組んで眼を閉ざし瞑想しており、気軽に話し掛けられる様子ではなかった為、道場入り口で覗き見るような姿勢のままどうしていいか分からず祖父を見つめていたが、その視線に気づいてかヒアシの方から孫娘に声を掛ける。

「どうしたんだいヒマワリ、おじいちゃんに何か用かな?」

「あ、うん。えっとね……」

 若干気後れしつつヒマワリは祖父の元に近寄る。

「おじいちゃん、もうすぐお誕生日でしょ? 誕生日会できないかなぁって」

「はは……、気持ちは嬉しいがそこまでする歳でもないし、わしだけの誕生日ではないからなぁ」

「じゃあ、ヒザシおじいちゃんの分まで一緒にお祝いすればいいんじゃないかな」

「ふむ……、それもそうかもしれんが、既に亡くなっている弟の誕生日を祝うというのも違う気がしてな……」

 ヒアシはふと目を伏せる。


「ヒザシおじいちゃんって……どんな人だった?」

「──家族想いの優しく、強い弟だったよ。わしなどよりずっとな。わしの身代わりとなって、死なせてしまったようなものだ。その息子のネジも……大戦で死なせてしまった。弟の息子は、死なせてはならなかったのに」

 独りごちするように呟くヒアシ。

「ネジおじさん、わたしとお兄ちゃんのお父さんとお母さんを守って死んじゃったんだよね」

「うむ……大切な仲間を、その身を挺して庇った。わしは……私は、弟も甥も守れなかった。日向当主として、一族の仲間として……私が死ぬべきだったというのに。せめてネジだけは……、死なせずに大戦後に分家の出ながら次期当主に据える事で、我が弟のヒザシに報いたかったのだが」

 ヒマワリは祖父の独りごちのような話に対して何と言っていいか分からず黙って聴いている。

「宗家の白眼を守る為という名目で分家に強いた呪印制度……今でこそ廃止されているとはいえ、未だ額には死してしか消えぬ呪印の跡を残した分家の者達が居る。その者達の“生きる自由”は既に保障されているが、その中にネジも居るべきだった。ヒザシが本当に守りたかった、生きて欲しいと願った息子のネジ自身が“自由の死の選択”ではなく“生きる自由”こそ、意味があったのだ。……その意味を奪ってしまったのは他でもない、我が宗家だ。だからこそ、私は弟のヒザシや甥のネジの分まで生きねばならぬ。──過去の後暗い業を、背負いながらな」


「……ヒアシおじいちゃんは、幸せじゃいけないの?」

「いや……、孫二人に恵まれて十分幸せは分けてもらっておるよ。それ以上は、望まぬよ」

 ふと微笑したヒアシは、ヒマワリの頭を優しく撫ぜた。



《終》



 

 

【日向は木ノ葉にて】

「なぁハナビ姉ちゃん、日向って木ノ葉にて最強なのか?」

「え? 急に何を言い出すのよ、ボルト」

 日向家で叔母から体術指南を受けたついでに、ボルトは縁側で話を振る。


「ほら、この前このご時世に道場破りみたいなの来てたじゃん。そいつが大声で『木ノ葉にて最強と名高い日向宗家のご当主に腕比べを申し込む!』とか言って」

「あぁ……雲隠れから来たとかいう大柄の男ね。よりによって雲隠れから訪れるなんて……、当時の事を知っているわけないわよね……知っていたらあんな堂々と日向家に来れるはずないもの。随分時代も緩くなったものだわ」

 溜め息をつく叔母に、ボルトは疑問が湧く。


「雲隠れが、どうかしたのか?」

「いい機会だから、話しておきましょうか。あんたのお母さん……つまり私の姉様の事だけど、幼い頃雲隠れの忍びに攫われかけた事があってね」

「え、マジか? そんなの初めて聞いたってばさ」

「それはそうでしょうね……。まぁ当主直々に娘を守ったそうだから未遂で済んだけど、相手頭を問答無用で殺してしまったから……そのせいもあって戦争になりかけたらしいの。条約違反をしたのは、相手の里の方なのに」

「ハナビ姉ちゃんはその時どうしてたんだ?」

「私はまだ生まれてないわよ。姉様が攫われかけたのは三歳の時だし、私と姉様は五歳離れてるからね」

「あぁ、そうだったっけ」

 思い出したように納得するボルト。


「……里同士の争いを回避する交換条件として、当主の遺体を差し出せと言ってきたらしくてね。その身代わりとなると自ら名乗り出たのが、当主の双子の弟であるヒザシ様だったのよ。里と一族と……兄と息子を守る為に、ね」

「何で、そんな……」

「当時の雲隠れの思惑としては、白眼の秘密を手にしたかったんでしょう」

「白眼の秘密って?」

「他里に白眼を使われてしまうのは避けなければならなかった。だから……日向の呪印を刻まれている分家のヒザシ様を影武者とする事でその命を絶ち、呪印を発動させて白眼の能力を封じ、雲隠れには遺体を渡しつつも白眼の秘密を探られないようにしたの」

「日向の呪印って……昔あったっていう、分家に刻まれる呪印制度のことだよな。けど影武者ってのがバレたら……」

「奴らは当主の遺体を差し出せと言った。けれど実際は白眼が欲しかったとは後から言えない……奴らの手元に残ったのは、能力の封じられた白眼だけ。……そういう事よ」

「何だかなぁ……胸くそ悪い話だってばさ」

「そうね、今でこそ里同士の仲は良好だけど昔の話とはいえ日向家にとって雲隠れには良い印象は無いわ。父上が腕比べを断るのも無理ないのよ」

「けどあの腕比べを申し込んで来た奴、日向は名ばかりの一族だって……」

「言わせておけばいいの。実際日向は木ノ葉で本当に最強なわけじゃないし……“日向は木ノ葉にて最強”というのは、父上なりの一族としての誇りで言っていたと思うのよ。寧ろ父上は、大戦後その言葉を口にしなくなったのに、一体どこで尾ひれが付いたのかしらねぇ」


「そういや前にシカダイに、お前んとこの母ちゃん日向のお姫様だろ?って言われたことあるんだけどさ」

「え? 何それ、……姉様が日向のお姫様なら、私は何なのよ」

 自嘲気味に聞いてくるハナビに、ボルトは首を傾げながら言う。

「日向の……お姫様姉妹??」

「あははっ、やめてよ恥ずかしいわね。そういうの柄じゃないわよ姉様も私も。そもそも日向の次期当主は私なのに、全くどこでそんな身も蓋もない尾ひれ付いたのかしら。正直、くだらないわよそんなの」

 ハナビは深い溜め息をつき、ふと縁側から虚空を見つめる。


「……本当に日向が木ノ葉にて最強だったら、ネジ兄様が死ぬはずないでしょうに」

「じゃあ……ネジのおじさんが生きてたら、日向は木ノ葉にて最強だって胸張って言えたわけか?」

「一族の誇りとしてならね、成り立つと思うわよ。……分家のネジ兄様が日向一族の当主となる事に、大きな意味があっただろうから。一族の誰よりも日向の才に愛された人だもの、ネジ兄様は」

「ふーん……。おじさんとハナビ姉ちゃんは確か六歳離れてたんだよな、どんなこと話したりした?」

「うーん、そうねぇ……始めのうちは近寄り難い雰囲気だったけど、暫くしてから快く稽古をつけてくれるようになったかな。中忍試験本戦のナルトさんと戦っているのを観戦していた時から憧れていたのよね、ネジ兄様の強さに」

 その頃を懐かしむように目を細め蒼空を見上げるハナビ。

「兄様が下忍から飛び級で上忍になってからは、忙しいらしくてそんなに話せる機会はなかったんだけど……日向一族の将来については、時々話し合ってはいたかしらね」

「日向一族の、将来?」

「えぇ……、次期当主は私じゃなくて、ネジ兄様が相応しいって話したりしたんだけれど、当の兄様は宗家の跡目の私に遠慮していたわね……。幼い頃から跡目として厳しい修行を受けて来たのに、その私を差し置いて分家の自分が当主となるなど烏滸がましいって……本当に頑固なんだから。──四歳の頃に父親のヒザシ様を亡くして、それからは宗家にしか伝授されないはずの回天を自力で会得してしまうほど努力して厳しい修行をしてきたのは、ネジ兄様の方なのに」

 一旦言葉を切ったハナビは俯き、呟くように言う。


「日向は確かに変わった。──変わらなければならなかったのよ、大きな犠牲と共に」

「大きな、犠牲……。ネジおじさんは、オレの父ちゃんと母ちゃんを身体を張って守ってくれたんだってな」

「そうよ、……それがネジ兄様の意思だったにしても、余りに惜しい人を亡くしてしまったわ」

「ネジおじさんが生きてくれてたら、修行をつけてもらいたかったな……」

 独りごちのように言うボルトに、ハナビはある提案をする。

「出来なくもないわよ? 私がネジ兄様に変化すればいいの。流石に本人にはなりきれないと思うけど……上忍当時の兄様には引けを取らないはずよ。回天だってちゃんと使いこなせるからね。……どうボルト、やってみる?」

「おう、それならお願いするってばさ!」

 縁側から広い場所へ移り、ハナビは上忍当時の従兄のネジの姿を鮮明に思い浮かべて変化し、白眼を発動させ柔拳の構えをとって強気な笑みを見せる。


『──さぁ、掛かって来いボルト。俺がお前を一から鍛え直してやる』




《終》



 

 

【なりたい自分】

 
前書き
 アニメ版BORUTO154話を元にした、ネジ生存ルートの話。 

 
「ネジおじさん、あのね、わたし昨日アカデミーの忍者一日体験してきたの!」

「ほう、そうか。……それで、どうだったんだ?」


 自宅を訪問しわざわざ報告しに来てくれた従姪のヒマワリに穏やかな笑みを見せるネジ。

「うん、楽しかった! エホウくんって男の子と、ユイナちゃんって女の子と一緒に忍者体験したんだけどね、みんなで一匹の猫を探す任務の達成を目指してがんばって成功した時、とってもうれしかったの!」

「そうか、楽しかった……か。良かったじゃないか。(……俺のアカデミー時代では、考えられない事だな)」

 笑顔で話すヒマワリを、ネジは眩しそうに見つめる。


「わたし、忍者になりたくてアカデミー体験したわけじゃないけど……エホウくんとユイナちゃんは忍者を目指してるんだって。それで、エホウくんに……何も決めてないお前に負けるわけにはいかないとか、忍になると決めてもないお前と一緒に任務なんか出来ないとか言われちゃって」

「…………」

 先程まで笑顔で話していたが、段々と俯き加減になって語調も弱まるヒマワリに対しネジは、次の言葉を黙って待つ。

「わたし、何も考えてこなかったんだなって……この先どうするか決めなきゃいけないんだって思ったら、エホウくんとユイナちゃんみたいに忍になればいいのかなって考えたんだけど……イルカ校長先生がね、言ってくれたの。『自分がどの道に進めばいいか迷ったり不安になったりするのは当然のことなんだ』って。『考えるきっかけを与えるための体験会だから何も決めてなくていい』って」

「そうか……」

「それでね、わたし……諦めないで三人でちゃんと協力して任務を成功させたの。一度二人と離れちゃったんだけど、集中して二人を探してたらいつの間にかすごく目の前が広がって透けて見えて、古くて枯れてる井戸の中に落ちちゃってた二人と猫を見つけることが出来たんだよ!」

「それは、まさか───(ヒマワリは自分の意思で、白眼を使えるようになってきたという事だろうか)」

 これまでヒマワリは感情が昂ったり無意識の内に白眼を発動させていたようだったが、白眼を使用したらしい感覚が残っているという事は、そういう事なのではないかとネジは思う。


「ヒマワリはやはり、日向一族の能力をしっかり受け継いでいるようだな」

「日向一族の能力って……、ネジおじさんやハナビお姉ちゃん、お母さんにヒアシおじいちゃんの白眼のことだよね?」

「あぁ……とても広い視界、透視と望遠能力を持っている。経絡系を流れるチャクラも見る事が出来、その流れを止める事も可能なんだ」

「けいらくけい……?」

「ツボの筋道、と言うかな。とにかく───いいかいヒマワリ、まだ自在に使いこなせている訳ではないとはいえ無闇に白眼を使ってはいけないよ。ヒマワリが本当に必要と感じた時にだけ使用するんだ。……例え誰かに使ってほしいと頼まれても、それがヒマワリにとって望ましくない事なら、使用する必要はないからな」

「うん……分かった」

「柔拳の修業を重ねれば、ヒマワリも白眼を使いこなせるようになるだろうが……ヒマワリは日向一族の能力に縛られる必要は無い。俺達の時代とは違うのだから……ヒマワリの将来はヒマワリのものであって、空を舞う鳥のように自由なんだ。……だからきっと、何にだってなれるさ」

 ヒマワリに目線を合わせ、ネジは微笑みながらヒマワリの頭を優しくぽんぽんした。

「えへへ……うん! 色んなことやってみて、なりたい自分を見つけてみるねっ!」

「あぁ、そうするといい」


「ネジおじさんは……、なりたい自分になれたの?」

 ヒマワリの不意の質問に、ネジは一度考え込むように瞳を閉じる。

(なりたい自分、か……。もし俺がこの平和な時代に生まれていたら、はじめからなりたい自分を選べていただろうか。一族のしがらみに縛られず、望んだ自分に───)

「そうだなぁ……俺はかつて、変えられるはずのない自分の運命を呪っていた時期があったが……その運命は、自分自身を縛るものでも誰かが決めるものでもなく、自ら選びとり変えてゆけるものだと……教わったからな。だからこそ今の俺は、なりたかった自分になれていると思うよ。俺には今までも……そしてこれからも、守っていきたいものが多くあるからな」

 心からそう言って、ネジは柔らかな笑みを浮かべた。


「守っていきたいもの、かぁ……。わたしも、そこに入ってるの?」

「あぁ……勿論だよ」

「えへへ、そっかぁ……じゃあ、わたしもネジおじさんを守れるようになるねっ!」

「え……いや、その必要は」

「守ってもらってばかりじゃ、だめだと思うの。わたしだって大好きなネジおじさんやみんなのこと、守りたいって思うから」

 その真っ直ぐなヒマワリの眼差しが、ネジにはかつてのナルトを思い起こさせた。

「そうか……そうだな。守って守られて、互いに助け合って生きていかないとな」

「うん! そのためには……やっぱり強くならなきゃいけないよね。だからネジおじさん、わたしにちゃんとした修業をつけて下さいっ!」

 ヒマワリはネジにガバッと頭を勢いよく下げる。

「今までも軽い修業はハナビや俺でヒマワリにつけてきたが……、本格的に修業をしたいと言う事か?」

「まだ、はっきり忍になるとか決めたわけじゃないけど……わたしなりに強くなっておきたいの。簡単に諦めたりしないように……、助けたい時に助けられるように、大好きなみんなこと、守れるように!」

「───判った。ヒマワリがなりたい自分になれるように、俺が手助けしてゆくよ。ただ、一つだけ……好き嫌いに関係なく守ったり助けなければならない時もある。それを、覚えていてほしいんだ」

「そっか……そうだよね。うん、分かった。わたし誰でも守れるようにがんばるねっ」

「そんなに気負わなくていい。相手を助け守る為にはまず、自分自身もちゃんと守れるようにならなくてはな」

「はい! ネジ先生、よろしくお願いしますっ!」

(はは、先生……か。悪くない響きだ)




《終》