外見は嘘


 

1部分:第一章


第一章

                       外見は嘘
 パンダである。動物園にいる。
 白と黒のカラーリングとぬいぐるみを思わせる体形がかなり人気である。当然この動物園でも子供達がいつもその前に集まっている。
「あっ、パンダパンダ」
「可愛いよね」
「僕パンダ大好き」
「私も」
 男の子も女の子もこう言ってパンダを見てはしゃいでいる。
「何であんなに可愛いんだろうね」
「もういつも見ていたいわ」
「本当よね」
 そしてこんな話をするのだった。パンダ達は自分達のそのコーナーで笹を食べている。座って笹を持って食べる動作がこれまた人気であった。
「パンダって笹しか食べないんだ」
「大人しいんだね」
「身体は大きいのにね」
 子供達はこのことにも好感を持っていた。しかしであった。
「また来たいなあ」
「そうよね」
 こんな話をしていた。そしてそこに。
 格闘家の前川智仁もいた。彼は自分の横にいるスキンヘッドの大柄なマネージャーに対して言うのだった。彼もまた温かい顔になっている。
 背は一八〇近い。黒い髪はさらさらとしており引き締まった身体をしている。顔は素朴な感じで頬は細い黒い眉が短めに横に描かれその下の目は一重で優しい光を放っている。一見すると格闘家の様な職業には見えない。
 しかしそれでも彼はその強さに評判があった。古武術をメインにした日本の格闘技で闘いかなりの強さを誇っているのである。本職は大学で体育を教えている。それが彼である。
 彼はマネージャーに対してだ。その優しい笑みで言うのであった。
「パンダっていいですよね」
「いいか」
「ええ。可愛いですよね」
 彼もまた子供達と同じことを言っていた。
「ふかふかしてて。のどかで」
「ははは、そう思うか」
 マネージャーはそれを聞いてまずは笑ってきた。スキンヘッドで大柄なのでかなり強面の外見だがその笑顔は随分と爽やかなものであった。
「本当に」
「あれっ、何かあるんですか?」
「テレビ局から企画があるんだよ」
「企画ですか」
「そう、企画がね」
 それが来ているというのである。
「それでなんだけれど」
「企画ってパンダ絡みですか」
「そうだよ。どうだい?」
 智仁を挑発する様にしての言葉だった。
「やってみるかい?」
「頂ける仕事は何でもやらせてもらう主義ですから」
 これが彼の返答だった。
「御願いします」
「よし、そう言うと思ったよ」
 スキンヘッドのマネージャーはそれを聞いてにやりと笑った。今度は昔いたプロレスの極悪プロデューサーの様な顔になっていた。
 その顔でだ。彼は言うのだった。
「絶対にね」
「絶対にですか」
「そう、絶対に。それじゃあテレビ局には話をしておくから」
「御願いします」
「パンダとの一緒の仕事だよ」
 実際にそのパンダとの仕事だというのだ。
「楽しみにしておくといいよ」
「ええ、そうさせてもらいます」
 彼は明るい顔でマネージャーに答えた。
「本当にどういったものか」
「そうそう、それと」
「はい、まだ何かありますか?」
「保険は全部入ってるよね」
 こう問うてきたのだった。
「保険は。どうだったかな」
「ええ、全部入っていますよ」
 智仁はこう彼に話した。
「マネージャーに言われた通り。最初にもう」
「うん、流石だ」
 マネージャーは彼のその言葉を聞いてさらに微笑んだ。
「じゃあそういうことでね」
「はい。それにしても」
 ここでまたパンダ達を見る智仁だった。パンダ達は今は吊るしてあるタイヤにぶら下がるようにして戯れたり寝たりしている。本当にのどかで可愛らしい。
 

 

2部分:第二章


第二章

 そのパンダ達を相手にする仕事はだ。彼は仕事の直前にそのパンダがいる動物園において係の人からこんなことを言われたのであった。
「気をつけて下さいね」
「えっ!?」
 いきなりこんなことを言われて戸惑う彼だった。
「気をつけてとは?」
「ですからパンダに」
 気をつけろというのである。
「ジャイアントパンダですから」
「パンダの種類はわかってますけれど」
 パンダには二種類ある。ここにいる白と黒の大きなものがジャイアントパンダであり茶色で尻尾が縞模様になっている小さいものがレッサーパンダである。それぞれ種類があるのだ。
「それでもですか」
「そう、それでもです」
「気をつけて下さい」
 こう言ってくるのである。
「いいですね」
「何でですか?」
 しかし話を聞く彼はいぶかしげに返すのだった。
「パンダに餌をやって一緒に遊ぶだけですよね」
「はい、それでもです」
「いえ、だからこそです」
「だから!?」
 余計に話がわからなくなる彼だった。
「何かあるのですか?本当に」
「まああれだよ」
 それまで横に立っていたマネージャーがここで彼に話してきた。
「ここはね」
「ここは?」
「係の人の言うことをよく覚えておいてね」
 優しい声で彼に言ってきた。
「それはいいね」
「はい、じゃあ」
 そのまま頷く彼だった。
「何かよくわからないですけれど」
「まあすぐにわかるよ」
 マネージャーの言葉は今度は思わせぶりな笑みになっていた。
「それはね」
「あの、余計に」
 彼は話を聞いてであった。さらに言うのであった。
「わからなくなったんですけれど」
「もう時間だよ」
 マネージャーは自分の左手にあるその時計を見て彼に言ってきた。
「じゃあスタンバっててね」
「わかりました。それじゃあ」
 何はともあれだった。仕事に入る。そのパンダのコーナーに入る。ただしである。
 係の人達も一緒だ。テレビのスタッフ達だけではなかった。しかも彼は格闘の時の袴姿だ。上は白で下の袴は紺である。その格好で入ったのだ。
 その格好にもいぶかしみながらだ。彼は係の人に問うた。
「あの」
「何でしょうか」
「これって闘う時の格好なんですけれど」
 このことを言うのであった。
「何でなんですか?闘いの格好なのは」
「闘うからですよ」
 すると係の人は平然と答えてきたのであった。
「前川さんの試合の時の服はそれですよね」
「はい」
 それはその通りである。こくりと頷いて答えた。
「そうですけれど」
「だからです。それが前川さんにとっては一番動きやすいからです」
「話が読めないんですけれど」
 いぶかしみながら言葉を返す智仁だった。
「何か」
「ですからパンダですから」
「だからです」
「だからパンダですよね」
 話がさらにわからなくなりまた係の人達に問うた。
 

 

3部分:第三章


第三章

「パンダなんですよね」
「はい、パンダですよ」
「何度も申し上げますが」
「パンダでどうして」
 話がどうしてもわからず首を傾げさせるばかりであった。
「こんな姿に」
「気をつけて下さいね」
「くれぐれも」
 こうしてパンダの前に来てそして笹をやろうとする。しかしであった。
 パンダは智仁を見据えてきた。そのうえでだった。
「えっ、パンダって」
 智仁はパンダを近くで見てはじめて気付いた。
「でかいですね」
「そうですよ。ジャイアントパンダですから」
「大きいですよ」
「大きいししかも」
 それだけではなかった。
「身体もごついですね」
「はい、そうです」
「ですからジャイアントパンダですよ」
「熊並はあるな」
 智仁はそのパンダを見てあらためて気付いた。まさに熊と同じだけの大きさと体重はありそうだった。かなりの威圧感さえ放っている。
「これはまさか」
 そしてそのパンダがであった。
「グルルルルル・・・・・・」
 まずは一匹が唸ってきた。そしてさらにだ。
 他のパンダ達も唸ってきた。四足になりそのうえで智仁を睨んできたのである。そしてその牙や爪を見せてもきたのである。
「熊ですか?」
「はい、熊です」
「パンダは熊です」
 ここでまた言う係の人達であった。
「パンダは中国では大熊猫といいます」
「ですから」
「熊ですか」
 係の人の言葉を聞いて呟く智仁だった。
「そうだったんですか」
「では笹をあげて下さい」
 今度はテレビ局の人が言ってきた。
「お仕事ですのね」
「はい、それでは」
 テレビ局の人の言葉に素直に頷きはした。そのうえで手に持っている笹をやろうとする。しかしここでそのパンダのうちの一匹が。
「ガアッ!」
「来たっ!?」
 襲い掛かって来たのだ。その左の前足を横薙ぎにしてきたのだ。その前足には鋭い爪まであった。その爪から禍々しい光まで放っている。
「まずい!」
 咄嗟に身体を屈めさせてそれをかわした。まさに一瞬のことだった。
「今のを受けていたら」
 どうなるかは最早言うまでもなかった。
「冗談じゃないぞ、これは」
 そしてだ。彼はここで判断を下した。 
 笹を投げたのだ。するとパンダ達はその笹に群がり彼から離れた。
 これで何とか助かった。だが智仁は全身から冷や汗をかいていた。
「死ぬところでしたよ」
「これでおわかりですね」
「その姿にしてもらった理由は」
 またしても言う係の人達だった。
「パンダは猛獣なのです」
「だからだったのです」
「猛獣だったんですか」
 それをようやく思い知った智仁だった。
 

 

4部分:第四章


第四章

「だから熊ですか」
「そうですよ。実は笹だけじゃなくてですね」
「肉も食べますし」
 このことも話された。
「羊の肉も食べるんですよ」
「かなり餓えた時ですが」
「草食じゃなかったんですね」
 智仁はこのことも知ったのだった。
「何とまあ」
「これでおわかりですね」
「パンダは恐いですよ」
「はい」
 また頷く彼だった。
「いや、本当に危ういところでした」
「けれどいい映像でしたよ」
 テレビ局は視聴率を考える。それから見れば確かに今の映像はいいものだった。
「よくかわしてくれましたね」
「当たっていたら死んでましたよ」
 しかし智仁は真剣だった。
「本当に紙一重でしたから」
「けれどそれでも生きていますよね」
「身のこなしが見事でしたよ」
「相手は熊なのに」
 その一撃をかわしたこと自体がいいというのである。
「それだけのことができるなんて」
「やっぱり凄いですね」
「鍛えてますからね」
 一応こう言いはする智仁だった。
「鍛えてないとこうしたことはとてもできないですよ」
「じゃあよかったじゃないですか」
「本当に」
「けれどもうパンダ相手の仕事は引き受けませんよ」
 このことはしっかりと言うのだった。
「本当に死にますから」
「何だ、面白くないですね」
「これっきりですか」
「死に掛けたんですよ」
 だが智仁も本気である。冗談抜きであと少しで死にそうになったのだからこれも当然のことだった。流石に言わずにはいられなかった。
「冗談抜きで」
「わかりましたよ。流石に一歩間違えたら」
「放送どころじゃなかったですからね」
「そうです。ですからこれっきりです」
 智仁の目は真剣なものだった。
「こうしたことは」
「わかりましたよ」
「じゃあこういうことで」
 こうして智仁はパンダが実際はどういった動物なのかをわかったのだった。パンダが猛獣ということを知ったのである。
 またその動物園にいる智仁はだ。憮然とした顔でマネージャーと話していた。彼はベンチに座りマネージャーは立っている。そのうえでの話だった。
「懲り懲りだって?」
「あの、格闘家は確かに命懸けですけれど」
 その覚悟はある。しかしだった。
「それでもですね」
「動物相手にはなのかい」
「せめて本気でそうした企画にして下さい」
 そうしてくれというのである。
「御願いしますよ、それで」
「わかったよ。だったらそれは止めるよ」
「本当に御願いしますね」
「じゃあ次の仕事は」
 だが仕事はあるのであった。
「パンダはもう嫌ですよ」
「いやいや、それはもうわかってるから」
 マネージャーも笑いながらそれは言う。
「そう、今度はね」
「それで今度は」
「アライグマだから」
 それだというのである。
「アライグマと遊ぶ企画だからね」
「あっ、それいいですね」
 智仁はアライグマと聞いてあのあまりにも有名なアニメを思い出した。それでその顔をついつい朗らかなものにさせていた。
「じゃあそれで」
「いいね。そういうことでね」
「はい、御願いします」
 その仕事は喜んで引き受けるのだった。だが彼は知らなかった。アライグマはアメリカにいるのだ。アメリカという国は実は自然の世界もかなり厳しいサバイバルの世界でありブラックバスですら普通の魚に過ぎない世界だということを。彼はその仕事でこのことを身を以て知ることになるのだった。


外見は嘘   完


                  2010・3・14