艦隊これくしょん~男艦娘 木曾~


 

第一話

 
前書き
どうも。ゆっくりしていって下さい。 

 

「はぁ~。」

俺はため息をつきながら、同時にベッドに腰を下ろした。

俺のためだけにあるこの部屋。

自分の部屋だから当たり前なのだが、この部屋は今まで俺が生活してきた部屋ではない。今日きたばっかりだ。
…他の娘達は二人一部屋なのだけど、男である俺はそういう訳にも行かない。たまたま空いてた一人部屋で今日は寝る事になった。

そう、この建物には、俺とテートクとかいう奴以外、全員女なのだ。

…言ってる意味が分かんねぇよな。そりゃそうだ。俺にも分からん。昼間あった出来事からあれやこれやと言う間にここに連れてこられた。

ただ、ここが一体どういう所なのかは知っている。

鎮守府。

そう、ここは鎮守府。深海棲艦達と戦うためにある施設。かく言う俺の親父やお袋もその関係の仕事だったから、それなりには知っている。

…ただ、深海棲艦と戦う奴らが女ばっかりってのは初めて聞いた。初耳も初耳、本気で驚いた。なんでそうなのかは知らないが、どうやら戦える奴ってのは艦娘っつって、女しか居ないらしい。
 
ちょっと詳しく話すと、深海棲艦に攻撃する為には、艤装と言われるものを使わなければならないらしい。それを使って初めて深海棲艦にダメージが入るらしい。んで、その艤装を付けられるのが女しか居なかったらしい。

…ただ俺が居る。
 
そう、俺がここに連れてこられたのは他でもない。男である俺が艤装を使う事が出来たから。
 
俺が『木曾』の艤装を使うことができたから。
 
俺が『木曾』だから。
 
俺はスマホのミラーモードを使って、自分の顔を見た。
 
元々中性的だった顔立ちで、昔はそれこそ女の子に間違われたが、前とは明らかに違う点が。
 
右目が、金色だ。
 
生まれつきではない。何時頃こうなったかと言われても、確証は無い。ただ、恐らくあそこであろうという場面はある。

…いや、さらっと言ったけども、かなり大変な事になってるよな俺。どう考えたって色々と有り得ない事が起きまくってる。
 
それもこれも、今日の十一時。きっかけは、友達と浜辺を歩いていた時だった…。
 
 ―八時間前―
 
 
俺は暑い日差しの中、海岸を歩いていた。ミンミンとセミがうるさく鳴いていて、余計な暑さを感じてしまう。
 
「いやー暑いなー。」
 
そう話しかけて来たのは俺の右隣の男だ。名前は橘 悠人。俺の数少ない友人その一だ。
 
「仕方ないよ。夏なんだし。」
 
と、俺の左隣の奴が答えた。こいつの名は長谷川 拓海。俺の数少ない友人その二だ。
 
「それならもうちょい涼しい日に来りゃ良かったろ。何もこんな快晴じゃなくてもさ。」
 
俺はそう答えた。実際あちぃ。
 
「何言ってんだよー。暑いからこその海だろ?」
 
と答えたのは悠人だ。確かに一理あるが…。
 
「急に海に行こうって言ったのは悠人だよ?何の準備も無しで。」
 
そうなのだ。俺達は今日は俺の部屋でゲームでもしようかと話していたが、急に悠人が『海に行こう!』と行ってきて、仕方なく出かけた訳だ。
 
「いやいやー、今回お前らを連れてきたのは他でもない!昨日ここに来た時、すげえモン見つけたんだよ!」
 
と、若干目をキラキラさせながら悠人は言った。
 
「凄いもの?」
 
と、こちらも若干目をキラキラさせている拓海。いや、お前ら純粋かよ。
 
「あちぃから早くしてくんねぇかな。俺はインドア派なんだよ。」
 
と、だるそうに俺は言った。
 
「うし!そいじゃ来い!」
 
と言うと、悠人は砂浜を歩き始めた。この炎天下の中、砂浜の上を歩くというだけでもはや拷問に近いものがあった。実際、拷問だったしな。
 
「おーい、まだかぁ?」
 
いい加減暑くてグロッキーになってきた。
 
「ここだここ!」
 
と、言いながら手を降る悠人。その隣には、拓海が奇妙なものを見たかのような顔をしていた。
 
「なんだ?」
 
俺はあいつらが立っている所まで移動した。そこは岩場だった。
 
「ほらこれ!これってさ、なんだと思う?」
 
と悠人が指さしたものは、銀色に輝く、機械の様なものだった。かなりサビが来ていて、かなり古そうだ。
 
「うーん、分かんない。でもなんでこんな所に?」
 
拓海が答えた。そう、問題はそこだ。
 
「そりゃ、海から流れて来たんだろ。」
 
俺は当たり前のことを言った。なんだ?カラスがこれ担いで持ってくるか?ンなわけねぇだろ?そーゆーこった。
 
「あ、ここなんか書いてある。」
 
悠人がそう言ったので、俺と拓海も覗き込む。確かに、その機械のようなものには、何か文字が書いていた。
 
「木曾…?木曾って、木曾川の?」
 
そこには、『木曾』と、たった二文字だけ書いてあった。
 
「木曾…ねぇ…。」

 
「何のことだか。」
 
俺達にはこれが何で、どういうものなのか全く分からなかった。
 
「うっしゃ、運ぶか!」
 
悠人はそう言って腕まくりを始めた。いやちょっと待てやコラ。
 
「こんないかにも重いでっせみたいなもん運んでたまるか。しかも足場クソわりぃし。」
 
そりゃそうだ。岩場だもん。
 
「いやでも、こr」
 
そこまでしか、聞き取れなかった。
 

轟音。
 

「「「!?」」」
 
俺達は一斉にしゃがんだ。音のした方を見ると、その方向は海だった。
 
「なっ……なんだよあれ……!」
 
そこには、明らかにこの世のものとは思えない、何かが居た。そしてそれを俺達は知っている。これのせいで、俺達人類は凄まじい被害者を被ってるんだ。
 

深海棲艦。
 

数年前に突如として現れた、謎の生命体。その存在は世界中の海を危険にしている。
 
「なんで、こんなと」
 
また、そこまでしか聞こえなかった。
 
目の前が、真っ白になった。深海棲艦の砲撃が近くに着弾したんだ、と気付いた時には、既に遅かった。
 
三人まとめて砂浜まで飛ばせれる俺達。そしてそのまま地面に叩きつけられる。
 
「がはぁ!」
 
こんな声が出るんだと思いつつ、悠人と拓海を見る。どうやら生きてはいるらしい。一安心、と行きたかったが、どうもそういう訳には行かないらしい。ゆっくりとこちらに近づいて来る深海棲艦。オタマジャクシみたいだな、と思った。実際、かなり小さかった。
 
こんなのに俺達は苦しめられてるのか、と思うと、何だか虚しくなってくる。
 
そいつは止まると、再び攻撃しようとした。
 
あぁ、ここまでか。俺はそう思った。
 
その時、手に何かが触れた。見ると、それは『木曾』と書かれた、あの機械だった。あの砲撃で一緒に飛ばされたのだろうか。
 
次の瞬間、再び目の前が真っ白になった。砲撃ではない。
 
目の前の機械が、光輝いていた。
 
「なんだっ…これ…!?」
 
すると、光は収まり、その機械は目の前から無くなっていた。しかし、背中に何かがある。と言うか、付いてる?
 
見ると、そこにはさっきの機械が、サビなんかない、ピッカピカの状態であった。
 
「な……!?」
 
俺は何が何だか分からなかった。しかし、いくつか頭の中で理解した事があった。
 
一つは、これが俺を選んだということ。
 
そして、もう一つは…これを使えば、アイツと戦えると言う事だった。
 
俺の頭の中には、昔から知っていたかのように、この機械の使い方が流れている。いける、と。
 
「さぁて、なんでテメェがこっちに攻撃してきたかは知らねぇが…。」
 
俺は背中にある砲門の一つを伸ばした。どうやら手足のような感覚で動かせるらしい。
 
「良くも俺のダチを傷つけやがったなコンチクショウが!」
 
そう言って、俺は海の中に…いや、海の上入って行った。すると、やはり俺の体は海の上に浮いた。そのままスケートの要領で滑っていく。波に足を取られないように進んでいくと、深海棲艦も前に進んできた。
 
「グギャアアアアア!」
 
深海棲艦はさっきと同じように砲撃してきた。
 
「甘ぇよ!」
 
俺はそれをギリギリで躱す。砲弾は海に落ちた。そしてそこから、背中の砲門を前に突き出す。
 
「食らいやがれ!」
 
俺はそのまま深海棲艦に向かって砲撃した。閃光を放ちながら飛んでいく砲撃。それは、見事に深海棲艦に当たった。
 
「グギャアアアアアアアアアア!」
 
しかし、相手は沈むにまでは至らなかったのか、そのまま今度は何かを海の中で発射した。それは海の中を通って来た。
 
「魚雷か…なら!」
 
俺も同様に魚雷を発射した。背中からでたから、正直当たるんじゃと焦った。そして、俺の魚雷と相手の魚雷が正面衝突した。海に柱ができた。
 
俺はその柱の中を突っ切って、深海棲艦の目の前に出る。
 
「死に晒せええええええええええええええええええええええええええ!!」
 
そして、目の前で全門斉射。
 
激しい閃光と轟音が終わったあと、深海棲艦の姿は何処にも無かった。どうやら沈んだらしい。
 
「………………はあぁ~。」
 
俺はそのまま海面の上に座った。思いっきり力が抜けた。
 
砂浜を見ると、そこには異変を感じたのか、近隣住民の方が来ていた。救急車が来ているところから、どうやらあいつらは病院に運ばれるたらしい。
 
すると、誰かに肩を叩かれた。
 
「大丈夫か?」
 
振り向くと、海軍のセーラー服の様なものを来ている女の子がこちらを見下ろしていた。何故か右目には眼帯を付けている。そして、背中には俺と似た機械が。
 
「あぁ、何とか。」
 
「そうか。すまなかった!」
 
と言うと、女の子は俺に頭を下げた。
 
「一匹逃がしてしまってな。陸の方に行ったからもしかしてと思って来てみたら、まさか俺と同じ木曾が居るとはな。幸運にも程があるな。」
 
「…は?俺と同じ木曾?」
 
何やら意味の分からないことを言って来た。
 
「ん?そりゃそうだろう。木曾の艤装を付けてるんだし。所で、どこの鎮守府の艦娘だ?」
 
…えっと、さっきから何を行ってるんだこの子は。
 
「えっと…鎮守府?艦娘?」
 
「…お前もしかして、艦娘になったばっかりか?」
 
女の子はそう聞いてきた。
 
「えっと、海岸にあったこの機械を触ったら、なんか背中にくっついて…。あと、かんむすってなんだ?」
 
そう聞くと、女の子は説明してくれた。
 
「艦娘ってのは、さっきの深海棲艦と戦える奴らのことだよ。俺らが身に付けているこの艤装を付けて戦うんだ。漢字は艦隊の娘、だから女しか居ねぇんだ。」
 
……………………ん?
 
「あのー、一つ宜しいか?」
 
「ん?なんだ?」
 


「俺……男なんだけど……。」
 


 「はあぁ!?」
 
 
その声は、海の上に響き渡った。
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。出来たら一、二週間以内に次をあげたいです。
追記 5月16日 誤字脱字修正
更に追記 五月二十日 投稿作品全体に修正を加えました。 

 

第二話

 
前書き
どうも、一週間位と言ったな。どうやら嘘だったらしい。 

 

「いや、だから俺は男なんだって。ついてるもんはついてるし、ねぇもんはねぇし。そりゃまぁ、こんな顔だから女っぽいとは言われるが、生物学上確かに男だ。」
 
俺は目を白黒させている目の前の女の子に再びそう言った。……まあ、生物学上で言うと人間が海の上に浮くなんて有り得ない訳だが。もっと言ってしまうと手足のように砲門を動かすなんてもっともだが。
 
「は?いや、ちょっとまて、え?男?」
 
かなり焦っている様子の女の子。女の子からしてみれば、有り得ない事が起こった様なもんだろうな。そりゃ焦る。
 
ここで、何やらケータイの着信音の様なものが鳴った。
 
「あ、わりぃ。こちら木曾。逃がした一隻だが……たまたま艦……娘でいいのかな……になったばかりの奴が撃沈させた。んで……あー……詳しい話は帰って話す。んじゃ。」
 
と言って、女の子は通信?を切った。
 
「おおそうだ。忘れてた。俺の名前は木曾だ。よろしくな。」
 
と言うと、手を差し出してきた。まぁ、ここで掴まないという訳にもいかないだろう。ただでさえ座ってる訳だし。
 
「おう。どうよろしくされるか知らねぇがよろしく。」
 
俺は差し出された手を掴み、立ち上がろうとした。しかし、立ち上がった瞬間に、足から力が抜けた。当然、俺を立ち上がらせようとしていた木曾も俺と一緒に転んでしまった。
 
「「おわぁ!?」」
 
二人の声が重なり、俺達の体も重なった……けしからん意味は無い。むしろ木曾の着けている機械が当たって痛いくらいだ。身体中の感覚という感覚を研ぎ澄ませば柔らかい『何か』を感じることはできるかも知れないが、そんなことしてたら多分なんか刺さる。
 
「いてててて……。」
 
「大丈夫か?」
 
木曾がそう聞いてきた。心配してくれるのはありがたいけど、そうなら早く退いてほしい。俺のせいとはいえ。
 
「大丈夫だけど、なんか、身体中に力が入らねぇ。」
 
どっかに体のなんか打ち付けたかな?とも思ったが、どうにもそんな感じはしない。近いものを言うとすれば……疲労か?
 
「あー、ちょいと失礼。」
 
木曾はそう言うとむくりと起き上がって、俺の背中の機械を何やらゴソゴソし始めた。
 
「あー、やっぱり燃料切れか。ついでに弾薬もスッカラカンと。」
 
「燃料?」
 
燃料って言いますと、あのガソリンとかのか?
 
「この機械……艤装って言うんだけど、これには俺達が戦うために必要な燃料や弾薬ってのを入れててな?それを使って海の上を走ったり、砲弾撃ったりするわけだが……艤装ってのは使う当人と一心同体でな?燃料が無くなると動けなくなるし、弾薬が無いと攻撃出来ない。」
 
うん、色々と突っ込みたい所満載だが、それも今更、スルーしていく。
 
「えーっとそれってさ、ガソリンスタンドとかで補充できる?」
 
「いや、残念ながら。」
 
どうやら俺の考えていたことを理解したのか、手を広げて答える木曾。
 
「取り敢えず、うちのアジトみてぇな所に連れてってやる。そこで色々話そうじゃねえか。」
 
と言う木曾は俺の艤装にガチャガチャと何か付け始めた。
 
「んじゃ、出発!」
 
そう言うと、木曾は海の上を走り始めた。少し後で、体に衝撃。そして、俺の体も動き始めた。成る程、艤装にロープでもくくりつけたか。
 
俺は起き上がって抵抗するとこもできないので、そのまま引っ張られていった。
 
少しして、もう遠くになって殆ど見えない砂浜を見ようとした。しかし、もう何も見えない。
 
「……お前、砂浜の奴らの容態を知りたいんだろ。」
 
……やっぱりバレてた。
 
「その様子じゃ察してるんだろうが……俺達は表立って人前に姿を表せないんだ。」
 
国家機密、とでも言うやつか。
 
「まぁ、艦娘になった奴らの親族には事情が伝わるし、心配すんな。」
 
「ちげぇよ。」
 
「…?」
 
確かに俺としてはそこも心配だが、それより……。
 
 
「俺は多分、マトモな生活は送れねぇんだろうなって……何となく思っただけだよ。」
 
 
木曾が急に立ち止まった。俺は立ち止まれる訳も無く、そのまま木曾の足に当たる。
 
「確かに俺達は兵器だ。人間じゃない。あいつらと戦わないといけない。そういう宿命だ。」
 
木曾は悲しそうにそう言った。
 
だが、こう続けた。
 
「だけど、俺達はいつか安心して海と暮らせるようになる日を目指して戦ってる。」
 
 
「それが、俺達艦娘の宿命だ。」
 
 
どうやら、木曾が抱いている覚悟は並外れているのだろう。人類のため。世界のため。いつか来るかもしれないその瞬間のために戦っている。
 
……その覚悟はビシビシ伝わって来たのだが……。
 
「クマちゃんパンツを見せびらかしながら言っても若干説得力に欠けるけどな。」
 
俺は今、海の上に寝転がっていて、そのまま木曾の足に当たって止まったんだよね?そのまま動かなかったらさ、見るなって方が無理でしょ。ただまぁ、本人は全くそんなこと思ってなかった訳で。
 
「ぎゃあああああああああああああああ!!」
 
そう叫びながら、足を後ろに振り上げた。当然俺の頭にクリーンヒット。
 
よく小説とかで『目の前の星が~』とか言うけど、本当に星が見えた。俺の体はその衝撃で宙に浮いた。これこそ一種の人間の夢ではとか思った。
 
しかし、そんな夢も俺の背中の艤装、というかロープが邪魔した。ピンと張ったロープ。俺が海面に落ちるのも容易に想像できる。バシャン、と音を立てて着水する俺。うん、これ、さっきの砲撃より痛い。
 
しかし、流石艤装と言うべきか、今のこのもうすぐ切れそうな意識でもやはり海には沈まない。
 
「くっそ……球磨姉の仕業か……。後でぶっ殺す……。」
 
と言う木曾の物騒な台詞を吐いた所で、俺の意識は完全にブラックアウトした。
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。前回少し量を張り切りすぎたので、今回はこのくらい、というか今後多分これくらいに落ち着くはず。
少なくとも前回より多い文字数にはならない……はず。
ではまた次回。
五月二十日 投稿作品全体に修正を加えました 

 

第三話

 
前書き
どうも、流石にこのペースはもう二度とできないと思う。 

 
次に俺が目を覚ました時には、太陽が半分くらい沈んでいた。大体二、三時間と言った所だろうか。俺は起き上がろうとして、体が動かないことを思い出した。
 
あー、そーだった。俺って、なんか変なことなってたんだっけ。
 
そんなアホみてぇな考えをしていたら、少し前から声が聞こえた。

「お、起きたか。大丈夫か?」

すこし前にも似たようなシチュエーションがあった気がしないでもないと言ったら嘘になるような感じが無いと言ったら過言にならなくは無いこともない。
 
そんなことは置いといて。

「おう、ついでに頭も冷えた。」

俺は寝転んでそう言った。しっかし、一応男なのに女の子にロープで引っ張られて連れてかれるとか、これ以上無いくらいの辱しめな気がしないでも(以下略)。

さてさて、勝手に脳内で天丼をお代わりしたところで、木曾が止まった。木曾はスカートの中―具体的にはクマちゃんパンツ―を見られないために、今回は早めに俺をとめた。しかも足で。……これ、人によってはご褒美だな。

「ほら、着いたぞ。これが鎮守府だ。」

そう言って、今度は俺に肩を貸してくれた木曾。やっぱりこの子いい娘だ。

そして、木曾の支えで何とか立つと、目の前には、赤レンガを中心にして建てられたかなりでかい建物が。

「これが俺達の拠点、呉鎮守府だ。」

呉と言うと、確か広島だったかな?そこそこ近くにあったんだな。

そんなことを考えていると、赤レンガの建物のそばから一人出てきた。背中には俺達と同じように……いや、俺達よりかなりでかい艤装――恐らくクレーン――を着けた女の人だった。

「お帰りなさい、木曾。その人が話していた艦娘ね?」

「あぁ、小破すらしてねぇから入渠は必要ねぇ。ただ、燃料と弾薬が空っぽだ。補給頼む。」

そう言って、木曾は俺と一緒に海から陸地に上がった。
久しぶりの陸地の感覚に少し戸惑ったが、普通に歩けた。

「それじゃ、こっち来て。」

クレーンの女の人は、そう言って先を歩いた。俺と木曾もそれに着いていく。しばらくすると、赤レンガの建物のそばにある建物に入っていった。俺と木曾も当然それに付いていく。

中は、まるでどこかの工場みたいな感じだった。

「それじゃ、二人とも艤装を外すね?」

そう言って、クレーンの人は俺達の後ろに回った。そして、二、三分で俺と木曾の艤装を外した。すると、さっきまでの疲労感は何処へやら。すっかり楽になった。

「そうそう木曾?提督が呼んでたわよ?」

艤装を運びながらクレーンの人は言った。

「はいはい。んじゃ、お前もこい。」

ここで断る理由もなく、と言うかその為にここに来た様なもんだ。異論は無い。
 
「それじゃ明石さん、頼むな?」

「はいはーい。」

そう言って、その建物を後にした。成る程、明石と言うのか。
 
さて、そこから俺と木曾は赤レンガの建前の中に入っていった。全四階建て。その間、誰とすれ違うでもなく、木曾に連れられるまま歩いて行った。
 
そして、建物の最上階。一番奥の部屋。そこには『室務執』と書いてあった。
 
「………なんで右読みかなー。」
 
「始めっからそうだったし、最早気にしてねぇな。」
 
しかし、あれだな。
 
「執務室、左読みでも室務執(しつむしつ)だな。」
 

 
「お前…………天才か………?」
 
と、かなり驚いた様子の木曾……いやちょっと待て。
 
「いや、このくらい思いつけよ!漢字が読めないとかならまだしもさぁ!」
 
流石にこれには突っ込んでしまった。神さまも許してくれるかな(仏教徒)。
 
「だってだって……そんなことを考えたことすらなかったからさ!それを考えてる位ならどうやったら強くなれるか考えてたし!」
 
「クソマジメか!」
 
そんな感じで言い合いをしていると、ガチャリと扉が開いた。
 
「…………早く入って下さい。」
 
そこには、眼鏡をかけた、いかにも秘書と言わんばかりの女の人がいた。ただし、この人もセーラー服。
 
「「あ、はい。」」
 
そう返事するしかなく、俺と木曾は部屋の中に入った。
 
部屋の中は青い絨毯が引かれていて、真ん中に校長室のような机とソファ。
 
そして、奥には仕事に使うのか、なかなかな大きさの机。 そこには、一人の男が座っていた――後ろの壁に『!すでのな』と書かれた掛け軸を見上げて。
 
「第二船隊所属、木曾、只今帰投しました!」
 
と言って、敬礼する木曾。
 
すると、その男はゆっくり椅子ごと回転した。
 
「お疲れ様。そして、そっちのが新しい艦娘かい?」
 
そう言ってそいつは俺達に顔を向けた。
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。どうやら俺のリア友も小説投稿してたらしくて……類は友を呼ぶと言うのでしょうか(既に友達)。
また次回。
追記 誤字脱字直しました
更に追記 五月二十日 投稿作品全体に修正を加えました 

 

第四話

 
前書き
どうも。流石に今回はダメだと思った。バックアップって大事ですね。
それでは本編どうぞ。 

 

あ、こいつ変態だ。
 
俺はコイツを見た時まずそう思った。
 
…………決して後ろの壁に『!すでのな』って書いてる掛け軸があるからでは無い。いや、それも理由の四割位は占めているが。
 
残りの六割はその目だった。見る人が見たら『優しそうな目』と言いそうだが、俺から言わせれば、『生暖かい垂れ目』だ。そんな目の奴が変態じゃ無くって誰が変態なのか。そんな奴居ない。
 
という訳で、俺の完全なる独断と偏見でこいつは変態だ。
 
「さてと、木曾。少し席を外してくれないか。大淀と食事でも行って来たらいいよ。」
 
この変態提督(決めつけ)はそう木曾と眼鏡の女の人に勧めた。なるほど、この人は大淀と言うのか。
 
「おう、そんじゃ大淀さん、行くか。」
 
「分かりました。それでは提督、また後で。」
 
そう言い残して、木曾と大淀さんは部屋を出ていった。
 
さて、そうなると当然この部屋には俺と変態提督(決めつけ)しかいないわけだ。どんなことされるのやら。
 
「さて、まずは君の名前を教えてもらおうか。その前に僕からさせて貰おう。僕はこの鎮守府の提督である、神谷 大輝だ。なんとでも呼んでくれ。」
 
そう名乗った。まあ、提督でいいだろう。さて、俺も名乗るか。
 
 
「俺の名前は 七宮 千尋。岡山の高校に通ってる十六歳だ。」
 
 
「七宮………?」
 
そう言った提督(略)の顔からは、完全に笑顔が消えていた。
 
「ちなみにお父さんとお母さんの名前は?」
 
俺からしたらなんでそんな事聞くのか全く分からないが、まぁ親父とお袋は元々海自の人間だった訳だし、知り合い位居てもおかしくないだろう。
 
 
「俺の親父の名前は七宮 亮太。お袋の名前は七宮 雫だ。」
 
 
「あぁ……やっぱりか……。」
 
俺の予想が当たったようだ。どうやら知り合いらしい。それでも一応聞くのが礼儀みたいなもんだろう。
 
「親父達を知ってるんですか?」
 
 
「知ってるも何も、亮太さんはここの前任だよ?」
 
 
「は?」
 
 
「しかも、雫さんはここで艦娘として働いてたよ。」
 
 
「木曾として。」
 
 
 
「え……は?」
 
今日既にかなり衝撃的な事が起きまくってるような気がするが、これもなかなか響く様な話だった。
 
俺の親父がここの提督だった?
 
しかも、俺のお袋が、艦娘だった?
 
「少し、昔話をしようか。」
 
そう言って、提督(今はシリアス)は話してくれた。
 
 
「君のお父さん……亮太さんは、ここの前任、と言うか、世界で初めて艦娘の居る施設の提督になった人間なんだ。」
 
 
「亮太さんは前例の無いこの仕事を何とか続けていた。そりゃあ大変だったらしい。艦娘達のケアから資材に施設。深海棲艦達との戦い方から逃げ方。全て手探りだった。そしてそこで確立された考え方は今でも使われてるんだ。ある意味英雄だね。」
 
 
「そんな中で、亮太さんは雫さんと出会ったんだ。」
 
 
「彼はその時は木曾として働いていた雫さんを秘書にして、一緒に働いてた。その内、彼女に惹かれたんだろうね。」
 
 
「彼は悩み抜いた。雫さんとはいつまでも一緒に居たい。そう考えたが、自分が居なくなった後の後任がまだ誰も居なかった。」
 
 
「そこで彼は僕を後任として育て始めた。それなりにキツかったけど、そのお陰でちゃんと後任が育ったわけだ。」
 
 
「そして、今から十六年前。彼は雫さんにプロポーズした。彼女は確か艦娘だけど、基本は人だ。そのまま二人は海自を辞めてったという訳だ。」
 
 
「そして、その子供が君と………なかなか運命を感じるじゃあないか!」
 
……それは同感だった。こんな話、そんな因果でも無い限り有り得る話じゃない。逆に、そんな話があったのなら十分有り得る話だ。
 
「ん…………でも待てよ………?」
 
そこでこの提督(変態)は首を傾げた。
 
「確か彼らの子供って一人息子が一人のはず。ってことは………。」
 
提督(変態)はこちらの顔を見た。
 
「あぁそうだよ。俺は男だ。」
 
俺はそれに応えるように答えた。
 
「……聞いたこと無いな。男の艦娘なんて。道理で木曾が報告を曖昧にする訳だよ。」
 
納得したように手を広げる提督(略)。いや、納得されても……。
 
「これ、どーしよーかなー……。上には報告しなきゃだけど……何されるか分からないよねぇ……。」
 
「あれか?超能力者みたいに解剖されるとかか?変な実験されるとかか?」
 
俺は不安になって聞いた。
 
「前例が無いから分からないね。」
 
ごもっともな答えだった。
 
「仕方ない……君のお父さんのコネを使わせて貰おう……多少はマシなはず…………はぁ。」
 
かなり落ち込んだ様子の提督(略)。しかし、こちらとしては色々聞きたいこととかもある。
 
「なぁ、一つ聞いていいか?」
 
「ん?何かな?」
 
俺はここまで考えてた中で、一番気になっていたことを話した。
 
「俺は多分ここで働くんだろう。そこはもう受け入れるけど、俺のダチ、俺と一緒に砲撃を受けた奴らが無事かだけ知りたい。」
 

「あぁ、それならもう知ってる。二人共命に別状は無いそうだ。」


 
提督(略)は、そう言った。よし、これでもう大丈夫。踏ん切り付いた。
 
「これで何の心配も無いや。」
 
俺は決心したようにそう言った。
 
「なかなか早いね。そう思えるのにかなりかかる子も居るのに。」
 
提督(略)は不思議そうに言った。
 
「親父達の昔話を聞いてたら、何かこれ、必然だったんだろうなって。それに、多分親父なら『そんぐらいどうってこたぁねぇ。』って言うでしょうし。」
 
「成程。確かにそうだな。」
 
提督(略)は頷いてくれた。
 
「それじゃ、今日の所はもう休んでくれ。取り敢えず三階の一番奥の部屋を使ってくれ。詳しい話はまた明日だ。」
 
お疲れ様と、提督(略)の言葉を聞いて、俺は部屋から出た。
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。今更ですが、この小説の設定にはそこそこの自己判断に基くオリジナル要素があります。いつかその説明を出来たらと思っています。
また次回。
追記 早速誤字見つけた。死にたい。
更に追記 五月二十日 投稿作品全体に修正を加えました 

 

第五話

 
前書き
どうも。今更ですが木曾大好きです。 

 

――と言う訳で今に至る。
 
俺は今日あった出来事を思い出しつつ、部屋の天井を見ていた。小さい頃、寝れない時は天井の木目をよく数えてたっけ。まぁ、そんなことはどうでもいいか。
 
……あいつらが無事ってのは安心したけど、正直に言うとかなり心細い。提督や木曾の前ではかなり強がってたけど、もう不安しかねぇ。
 
だって、あれだぞ?今から一つずつ挙げてくぞ?
 

 その一 男艦娘になっちった。
 その二 ここには女の子しか居ない。
 その三 やる仕事は命懸け。
 その四 高校どうしよ。
 その五 提督変態。
 

これだけの不安要素があるんだ。そりゃ心細くもなる。
 
「………………正直一番は人間関係だけどな。」
 
俺はボソッと口に出した。そりゃそうだろう。ここには提督や木曾の話によればここには女しかいない訳だ。仲良くなれるか、と言うか何が起きるか不安で仕方ない。
頼むからどこぞの恋愛ゲームみたいな事にならないでくれよ…………。
 
そして、もう一つ。
 
「早速脚とか筋肉痛の予感が……。」
 
そう、どうやら海の上を移動する事は、普段使わない筋肉を使うのだろうか、脚がプルプルする。さっきの提督の話とか気を抜いたら直ぐに倒れてしまうんじゃないかと思ってた。耐えれて良かった。
 
……しかし、これでは確実に明日キツイ。
 
今からでも遅くない。しっかりストレッチしとこうかな。俺はこう見えても中学、高校とバスケ部に入っていたからな。ストレッチは一通り習ってる。
 
「おーい、入っていーかー?」
 
と、扉をノックしながら誰かが尋ねてきた。この声は、おそらく木曾だろう。
 
「いいよー。」
 
俺は寝転がっていた状態からベットに座った。そして、扉が開いた。
 
「おーっす。提督の話はどうだった?」
 
かなり気さくな感じで木曾は入って来た。初めて会った時はセーラー服に帽子、目には眼帯をしていたが、その時から変わっていないのは眼帯だけだ。上は黒のタンクトップ。下はショートパンツと、ナニコイツサソッテンノカという感じの格好だった。
 
しかし、今更だがよく見てみると、なかなか整った顔をしているな。スタイルもなかなかだし。ただ、どっちかって言うとカワイイと言うかカッコいいだなと思った。
 
「あぁ、なかなかに長くて面倒くさかったよ。何で目上の人の話ってのはあんなに長いもんなのかね。」
 
「ははっ。ちげぇねぇ。」
 
俺と木曾は二人とも笑った。
 
「しっかし、お前が男だって知った時はビビったよ。お前みたいな中性的な顔をしてるやってそこそこ居るしさ。」
 
木曾は俺の隣に座った。何となくだけど、懐かしいなと感じた。
 
「それは木曾の事かな?」
 
「どうしてだ?」
 
木曾は首を傾げて聞いてきた。何だこの娘。可愛いとこあんじゃねぇかよ。
 
「だって一人称俺だし、口調も男っぽかったからさ。スカート履いてなきゃ勘違いしたかもな。」
 
「何だよ、女がこんな口調で話しちゃ悪いってのか?」
 
木曾はかなり声色を低くして、凄みながら話してきた。しまった、これ地雷か。
 
「いやいや、全くそんなことは思わないね。むしろそんな人が増えてもいいんじゃねぇかな。」
 
俺は御世辞四割、本気六割でそう言った。それがどう伝わったかは分からないが、木曾は
 
「そうか、ありがとな。」
 
そう言って引き下がってくれた。いい娘だ。
 
「そうだ。お前に聞きたいことがあったんだ。」
 
「俺に?」
 
「そりゃ、お前以外だったら逆におかしいだろ。」
 
それもそうだが、そう以外どう返せというんだ。そんな俺に構わずに、木曾は続ける。
 
「お前、大淀さんから聞いたけど、もうここで働くって決めたらしいな。」
 
「まぁ、そうだけど。」
 
「なんでだ?」
 
「?」
 

「何でお前はそんなに早く結論を出せたんだ?」
 

あぁ、そういう事。と、俺は一人で納得した。確かに、木曾の疑問ももっともだ。
 
提督によれば、そこでかなり悩みまくる艦娘も居るらしい。結局、そこで悩んだ艦娘達がどのような判断をしたかは分からないが、それでも俺はそれなりには、と言うかかなり早いらしい。
 
「んで、提督にした誤魔化しは無しな。」
 
「え、」
 
「当たり前だ。お前みたいに宗教とかに無頓着そうな奴が必然とかなんとか言ったところで信じるかよ。」
 
酷い言われようだが、確かにそうだった。
 
俺はあの時、『本当の理由』が恥ずかしくって言えなかったのだ。
 
そう、言えるはずもない。
 

 この目の前の女の子の覚悟に惚れたからだなんて。
 

『確かに俺達は兵器だ。人間じゃない。あいつらと戦わないといけない。そういう宿命だ。だけど、俺達はいつか安心して海と暮らせるようになる日を目指して戦ってる。それも、俺達艦娘の宿命だ。』
 
この時の木曾の目。
 
目指している物を叶えようと言う覚悟の見えた目。
 
それに―――惚れたのだ。
 
だがそれを他人に、しかも張本人に言えるはずもない。
従って少しの間、それっぽいことを考えてた。
 
「そうだな……正直、俺はこう思った訳だ。」
 
「ほう、どう言う風に?」
 
「こんな命懸けの戦い、女の子だけにさせてなるものかってね。」
  

「………………………………………………………………………………………。」
 
 
ヤバイ、めちゃくちゃ疑ってる。
 
ジーッとこちらの目を見て視線を逸らさない木曾。俺は、逸らしたら負けな気がして、必死で木曾。目をじっと見た。……片目眼帯だけど。
 
「仕方ねぇ。そーゆー事にしとくか。」
 
木曾はおそらくまだ疑ってる様だが、一応引いてくれた。ふぅ。やな汗かいたぜ。
 
「んじゃ、そろそろ部屋に戻るわ。」
 
そう言って立ち上がる木曾。
 
「ん、そうか。」
 
「あーそうそう、明日は朝八時に執務室に来いって提督が。」
 
あの提督は……さっきついでに言っとけよ……。
 
「おう、ありがとう。」
 
まぁ、そんな愚痴を木曾にする訳も行かない訳で。俺はその言葉を飲み込んだ。
 
「ういじゃ、これから宜しくな。おやすみ。」
 
「おやすみ。」
 
そう言って、木曾は部屋を出て行った。
 
「ふぅ……絶対嘘ってバレてるよなぁ…………。」
 
俺はさっきの木曾とのやり取りを振り返ってそう呟いた。…………まぁ、俺からも木曾からもお互いに信頼し合える仲にでもなったら話すかね。
 
そう考えながら、俺は再びベッドに寝転んだ。頭ん中では色々考えたい事だらけなのだが、体の方はどうやらクタクタの様だ。ここまで疲れたのは部活の合宿以来だ。
 

あの頃の努力が水の泡になるのは少し寂しいな、と最後に思って、俺は目を閉じた。
 


 …………………翌朝、あんな起こされ方をされるとは知らずに。
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。
少し設定の話を。
この小説の感覚では、艦娘と言うのは元々その素質のある人がその艦の艤装に触れることで艦娘になれる、みたいな解釈で書いています。
つまり、ゲームでの『建造』で出来上がるものはここでは『艤装』という事になります。人は別の所から来る、と言う訳です。
それでは、また次回。
追記 誤字を修正しました。
更に追記 五月二十日 投稿作品全体に修正を加えました 

 

第六話

 
前書き
どうも、やっと着任しました。 

 
 
今は一体何時位だろうか。
 
 
俺は目を覚まして、体を起こした。窓の外はカーテン越しでも分かるが、朝日が差し込んでいる。
 
 
俺は壁に掛かっている時計を見た。
 
朝 五時半。
 
……うん、普通に朝練の時間だ。俺の体内時計かなり正確だな。それに伴って俺の脳味噌も直ぐに働き始めた。いや、働き始めても何ができるでも無いんですけど。
しかし、俺は二度寝をしない主義なので、そのままベッドから立ち上がった。「うーーんっ。」と背伸びをして、欠伸を一つ。
 
……………いや、だからこんなに早く起きても意味無いんだって。いつもなら「しゃーねぇ、走りに行くか。」つってジャージに着替えて走りに行くが、多分迷子になる。
 俺は脳内の選択肢からランニングを消して、他に何をしようかと考える。
 
…………取り敢えず、着替えるか。
 
俺は取り敢えずタンスの中を開けてみた。そこには、木曾が着ているのとかなり似ているセーラー服があった。スカートだったら嫌だな、とか思ってたが、ちゃんと半ズボンと長ズボンが両方あった。よかったよかった。
 
…………いや待て、なんでここにちゃんとした、それこそ俺に合わせたかのようにセーラー服があるんだ。こんなこと想定しているはずもないし。
 
すると、俺はタンスの中に紙切れが落ちていることに気付いた。拾ってみるとそこには、
 
「取り敢えず球磨型のセーラー服を用意しといた。ズボンは取り敢えずは僕らの制服の余りを使うといい。私服はその内実家から届くよ。
 
bye 提督」
 
と書いてあった。
 
……何処から突っ込んだら良いのか分からない様な文章だった。取り敢えず一個だけ。
 
「byeじゃなくてbyだ、アホ。」
 
俺はそう一言言って、紙を丸めてゴミ箱に投げ入れた。
 
しかし、服があると言うのは有り難い。遠慮なく着させて貰おう。そう考えて、俺はセーラー服と、すこし迷ったが半ズボンの方を手に取った。どうやら俺は同年代の男子と比べた時、そんなに毛深く無いらしい。その為こんなのが普通に履ける。
 
………つまりは男っぽくないってことになるのかも知れないが、知ったことじゃねぇ。
 
俺は慣れないセーラー服を何とか着て、ズボンを履いた。部屋に姿見があったので、少し見てみる。
 
「…………スカートだったら完全に女子だな俺。」
 
と言えるくらい、自分で言うのもあれだが、セーラー服が似合っていた。……まぁ、セーラー服って元々は軍服だった訳だし、昔は男が着てたんだ、何の問題も無い。
 
俺はそう自分に言い聞かせて、タンスを閉じようとした。しかし、そこには、もう一個身に付けるものがあった。そう、眼帯だ。
 
「これは……どーするかな……。」
 
俺はそれを手に取ってみた。どうやら木曾が使っているの同じ物の様だ。
 
いや、なんでこんなことで女の子とペアルックになるんですか。 しかも眼帯。どう考えてもただの中二病だ。
 
「…………………取り敢えずトイレ行こう。」
 
そう言って、俺はタンスに眼帯を置いて、扉を開けようとした。しかし、ドアノブが、俺が触る前に動いた。
 
あ、これはヤバい。
 
「おっはよーー!!元気してるかーーー!!」
 
勢いよく開かれた扉、ここの扉は内開きなので、当然扉をモロに食らってしまう。どうやら本当に勢いが凄かったらしく、吹っ飛ばされる俺。そして、更なる悲劇が。
 
 ゴンッ。
 
それは、俺の頭が机に直撃する音だった。このわずかな期間に二度目となる星を見ることになった俺。二度寝をしない主義と言ったが、俺の意識は闇の中に沈んで行った。

 
 ―――――――――――――――――
 
 
「ほんっとーにすまない!」
 
俺が目を覚ましたら、そこはどうやら医務室のような所だった。そして、そこにはあんなハイテンションで扉を開けた張本人である木曾と明石さん、更には提督まで来ていた。
 
「いや、まさかそんなに早く起きているとは知らずに………。」
 
「本当だよ。全く………。」
 
「ですね。」
 
そう言うのは明石さんと提督だ。確かに、今回のことに関して言えば俺は全く悪くないしな。新天地での目覚めの朝としては最悪だが。
 
「いや、まぁ次しなかったらいいよ。ケガしてる訳じゃ無いし。」
 
「動けるか?」
 
「おう。」
 
そう言うと木曾は、「良かったー…………。」と言った。まぁ、うん。あのテンションについては何も言わないでおこう。それにしても、木曾はあんなハイテンションで俺を起こそうとしてたのか。……末恐ろしい。
 
「そうそう、ついでに言っとくけどね。」
 
と、提督が切り出してきた。
 
「君はこれからこの呉鎮守府で軽巡洋艦 木曾として所属することになった。と言う訳で今日この後、君の着任を他の艦娘に知らせることになる。」
 
提督は更に続けた。
 
「そして、その場で君が男であることも伝える。」
 
そうか、やっぱり伝えるのか。

俺の率直な感想はそうだった。
 
しかし、ここで働くことになるだろうとは思ってた訳だし、別に驚く事でもない。
 
「分かった、なんか自己紹介でも考えとくよ。」
 
 
 
 ~一時間後~
 
 
 
朝九時。
 
どうやらここの決まりで、毎朝九時にその日の伝達事項を伝える場があるらしい。そして、それが行われるのが、赤レンガの建物の二階にある、この大会議室だ。
 
「それじゃ、俺と一緒に入って、自己紹介をすると良い。男であるとか、詳しいプロフィールは僕が………。」
 
「いや、俺から伝える。」
 
それだけで、俺の考えてる事を察したのか、「そうか、ならそうしなさい。」と言った。
 
「それじゃ、行こうか。」
 
そう言って、提督は扉を開けて入って行った。俺もその後に続く。
 
中には三十から四十人位の人がいた。無論、全員女の人だった。
 
「敬礼!」
 
提督が部屋の前にある立ち机の前に立ったとき、恐らく一番年長であろう人がそう言うと、その場の全員が敬礼した。俺は、さっき一応練習したから、一応してみた。ちゃんとできてるから別として。
 
そして、みんなは座り始めた。みんなが座り切った所で、提督は口を開いた。
 
「えー、今日はまず始めに、新しくこの鎮守府に着任した者の紹介を始める。」
 
そう言って、提督は俺に目配せをした。そうして、提督はすこし横に移動する。俺はそこの空いたスペースに立って、再び敬礼した。
 
「球磨型軽巡洋艦 木曾 本日付で呉鎮守府に着任いたしました!至らない所があると思うが、精一杯頑張ろうと思う!」
 
少し、部屋全体がざわついた。それもそうだ。だって、球磨型軽巡洋艦の木曾は、すでに一人居るから。
 
「提督ー、一個しつもーん。」
 
真ん中位の所で、手が挙がった。緑の髪の毛をした、学校で着るブレザーに良く似た服を着た娘だ。
 
「確か同じ艦娘って同じ鎮守府に着任できないんじゃなかったっけ?」
 
成る程、そう言う訳か。そりゃざわつくわな。
 
「それに関して、この木曾から連絡がある。」
 
そう言って、再び目配せをしてくる提督。
 
さあ、言ってしまおうか。
 
「普通どうやら深海棲艦と戦う力を持てるのは、女性だけらしい。しかし……………。」
 
俺はここで息を吸って、堂々と言った。
 
 
 
 
 
「俺は男にして深海棲艦と戦う事ができる者だ。」
 
 
 
 
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。ここから男艦娘 木曾の戦いが始まると言っても過言ではない気がする。
では、また次回。
追記 五月二十日 投稿作品全体に修正を加えました 

 

第七話

 
前書き
どうも、久びさに韓国土産の「のりチョコ」なるものを食べて腹壊しました。それでも僕は生きてる。 

 
部屋全体がざわついた。
 
当たり前だ。彼女らの目の前に居る奴の言ってることが本当なら、それこそ今までの常識が全て崩れる訳だからな。しかし、その目の前の奴が俺である以上、言った内容は残念ながら本当だ。
 
「そいつの言ってることは本当だぜ。」
 
そう言ったのは、後ろの方に座っている木曾だった。
 
「昨日俺達の艦隊が逃した一体をコイツが仕留めたんだ。それからここに連れてきた。」
 
ざわつきが更に大きくなる。彼女らはそれぞれ様々な表情をしていた。驚きに染まった顔。面白がる様に見る顔。全く動じてなさそうな顔。
 
「うるせぇよ。」
 
そんな中、木曾はそんな言葉を発した。回りの女の人達はそれにも驚いてた。
 
「なんだと?」
 
最年長であろう人が木曾の方を見た。こちらからは顔は見えないが、恐らく相当な鬼の形相なのだろう。しかし、木曾は全く動じずに続ける。
 
「今更それがどうしたってんだ。この二十年で深海棲艦が現れて、艦娘が現れて、常識何かとっくに壊れてるっつーの。なのに今更男が来たくらいでギャーギャー喚くなっての。むしろ男だぜ?俺らじゃ出来なかった事ができるかもしんねーじゃん。なんでそんな見せ物を見るような目で見るかねぇ。」
 
確かに、木曾は、俺が男だと知ったときには、驚きはしたものの、そのあとは敬遠するでもなく、普通に話をしたり、案内してくれた。
 
ただ、それは木曾が凄かっただけで、普通にできる人なんてそう居ない。
 
「かははっ!ちげぇねえ!」
 
そう笑ったのは、その木曾の隣りに座っている、これまた眼帯をしている人だった。しかし、着ている服が違うから、恐らく別の型の艦娘なのだろう。
 
「遠征とか、もしかしたら俺達の倍位運べるかも知れねぇしな!そう考えたらむしろウェルカムだな!」
 
こちらも木曾に負けず劣らずな男っぽさだった。
 
しかし、
 
「まぁ、その分しっかり頑張って貰わねぇとなぁ?」
 
がっつりこちらに凄んできた。なかなか迫力があるな。感覚的には木曾と同じくらい怖い。しかし、それに怯む俺でもない。
 
「何を今更。」
 
俺は笑いながらそう言った。さぁ、これで逃げ道は無くなったな。全力でやらねぇといけなくなった。…おおこわ。
 
「それじゃ、暫く木曾…二号は第二船隊所属ってことで。」
 
提督がそう言った。この木曾二号と言うのは、さっき提督が決めた俺を呼ぶときの名前だ。
 
しかし、第二船隊と言うと確か、木曾が所属してるんじゃなかったっけ?わざわざそうしてくれたのなら有り難い。他の艦娘と話もしやすくなるしな。
 
「あと、こっちの木曾の呼び方は基本何でもいい。元から居た木曾と区別できたらいい。それじゃ、二号の紹介は終わりだ。後ろの空いてる所に座ってくれ。」
 
俺は言われるがまま、部屋の後ろの方に移動する。さて空いてる席は……。
 
「(おーい、こっちこいよ!)」
 
みたいな感じで見てくる奴が二人。木曾ともう一人の眼帯の人だった。俺はその二人の後ろに座る。
 
「さてそれでは今週の活動だが、少し全体的に資源が少くなっている。ただ、遠征しようにも近くの製作所がストックが無いとのこと。一週間後になら来ても大丈夫らしいので、この一週間は基本訓練、指示があった時には演習ということだ、以上。何か質問は。」
 
俺がこの話を聞いていて思ったことは、提督って本当にここのリーダーだったんだったことだ。いや、凄くどうでもいいけどさ。
 
「はーい。」
 
と、一人手を挙げた人が。
 
「提督ー、夜戦はー?」
 
うん、こっから姿見えないけど、コイツバカだな。確信した。
 
「お前な……出撃しないのに夜戦何か有るわけねーだろ。演習の時もなしだ。」
 
他に質問は、と提督は言ったが、他に手は上がらなかった。
 
「それでは解散。各々で行動すること。」
 
そう言って、提督と大淀さんは部屋から出ていった。
 
「さて。」
 
と、さっき木曾を睨んでた人が前に立った。凛としたその立ち姿は圧倒的な自信に裏付けされた物なのだろう。そして、他の艦娘はその人が前に立ったら、さっきと同じようにそちらを見た。
 
「それでは、木曾二号の着任祝いの場を設置する。場所は遊技場。時間は二〇〇〇より。以上。」
 
はい?
 
呆気に取られる俺を他所に、艦娘達は立ち上がって各々で集まり始めた。
 
「いやー、なかなか堂々としてたじゃねーか。」
 
と、話しかけてきたのは木曾だった。いや、俺からすれば木曾の度胸の方が圧倒的に凄いと思う。恐らく年上もそれなりに居るなかで、よくもまぁあんな台詞を言えたもんだ。
 
「おう、これから宜しくな。」
 
と言ってきたのは、もう一人の眼帯の人だった。
 
「俺は軽巡 天龍だ。」
 
 自己紹介をする天龍。いや、名前、格好良すぎやしませんか?天の竜って。……このとき既に俺の頭の中から着任祝いとやらを忘れていた。
 
そんなことを考えていたら、天龍が手を出してきた。
 
「おう、宜しく。」
 
俺はその手を握った。すると、途端に天龍が手に力を入れた。
 
「お!?」
 
なかなか握力強い。俺も負けじと握り返す。バスケ部で鍛えて良かった。お互いの膠着状態は暫く続いた。コイツ……持続力もなかなか有るわけか……。つーか女子にしては強すぎないか?
 
「へぇ、なかなかやるじゃん。握力なんぼくらいよ?」
 
天龍は余裕そうに聞いてきた。
 
「たしか……前に測ったときは六十キロ位だったな?」
 
流石に女子に負けるのはあれなので、そう言いつつ踏ん張る俺。しかし、次の天龍の発言で、今の俺の握力がそんなもんじゃないって事が分かった。
 
「へぇ、んじゃ今は百二十って所か?俺が百三十位だし。いい勝負にもなるか。」
 
「へ、」
 
と、思わず力が抜けた。嘘だろ?百三じ「って痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
 
俺の力が抜けた所で、天龍は残しておいた力を出してきた様だ。ものごっついてぇ。つーか手に百なんキロの力が掛かってるんだよな……。普通ならヤバい事になってるな。
 
現に、めちゃくちゃ痛い。
 
「ギブギブギブギブムリムリムリ!」
 
「いやー、なかなか強かったぜ?」
 
そう言って、手を離してくれた。手を振って、痛みを和らげようとする俺。
 
「これが訓練の賜物なんだけどなぁ………。艦娘……でいいのかな……になったばかり奴にいい勝負たぁ情けねぇな。」
 
天龍はかなりテキトーにそう呟いた。そして、机の下で隠れて手を振る。あ、そっちもなかなか痛かったんすか。少し一安心。
 
「ま、これから毎日訓練して、お互いに強くなってこうか!」
 
そう言って、ニカッと笑う天龍。やべ、イケメンだ。女を惚れさす女だコイツ。
 
そんなしょーもない事を考えていたら、
 
「そいじゃ、第二船隊の奴ら!今から小会議室に集合!今日の予定を話す。」
 
と、木曾が言った。小会議室っつーと………ここの二つ隣にそんな部屋があったな。
 
「うーい。」「はーい。」「了解。」「クマー。」
 
様々な返事が帰ってきた。何か一個変なのあったけど気にしないでおこう。
 
「んじゃ、移動するか。」
 
と、立ち上がる木曾と天龍。俺もそれに次いで立ち上がって、部屋から出た。

 ―――――――――――――――――
 
そして今、小会議室にて。
 
「ういじゃ、まず自己紹介を簡単にしていってくれ。」
 
小会議室でも前に立たされた俺は、その前に居る同い年位の艦娘達と対面していた。
 
ここから十なん人の自己紹介があったんだが…………。文字にすると長いから割愛させて貰う。
 
「そいじゃ、第二船隊仲間として仲良くやっていこう。そいじゃ木曾、どっか座れ。」
 
「うーい。」
 
俺は再び後ろの方に移動し、座った。今回隣に居るは、俺と同じ型の、北上という奴らしい。こちらを見て悪そーな笑顔を向けてくる……殴りてぇ。
 
「そんで、今日のことだが、午後二時から練習スペース使えるから、そこでは実践訓練。それまでは各々訓練するなり自由だ。いつもどうり、最低でも二時間はすること、以上。」
 
木曾はそう言うと、前にある立ち机から移動した。来たのは俺の方。後の艦娘は皆どこかに行った。
 
「どうだ?なかなかユニークな奴らだろ?」
 
「ユニークすぎゃしませんかねぇ?」
 
俺はかなりグダッとして答えた。なんだが直射日光を浴び続けた感じの疲労感だ。
 
「まー、俺も最初はそうだった。その内慣れる。」
 
んで、と木曾は話を変える。
 
「これから俺は訓練しに行くが………お前はどうする?」
 
さて、どうしようか。ぶっちゃけ、一人ではまだこの鎮守府を回れないし……。まぁ、一択しかねぇか。
 
「んじゃ、俺も付いてくわ。何か迷子になりそうだし。」
 
 
 
こうして俺、七宮 千尋改め、軽巡洋艦 木曾は鎮守府に着任した。
 
 
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。これから木曾二号の鎮守府暮らしが始まります。いや、話数掛けすぎた。テンポ良くと思っても、この駄文使いは駄文を長々と書くので、無理でしょうね。
では、また次回。 

 

第八話

 
前書き
どうも。基本的に軽巡洋艦と駆逐艦大好きです。 

 
あー、コイツ化け物だ。
 
俺は木曾今、木曾と一緒にこの建物の一階、トレーニング施設に来ている訳なんだが……ぶっちゃけ木曾にドン引きだ。
 
木曾はだいたい俺より十二、三センチ位低い身長だから、百五十後半って所だろう。……そんな体でベンチプレス百五十キロを軽々持ち上げるんだ。そりゃあドン引くわ。
 
因みに俺がやってみたら、上げれて精々百キロ位だった。いや、それでもなかなか強いけどさ。
 
「一体俺らの体ってどんな構造になってんだか………。」
 
俺は自分の腕とか脚とか触りながらそう言った。さっき天龍と握力勝負したときも感じたが、明らかに身体能力が向上している。
 
部活でここまでの訓練……もはやトレーニングと言おうか、をしようものなら、恐らく疲れきって動けない……以前にこのトレーニングをそもそもきちんとこなせないだろう。こなせるような奴はアメリカ軍人位のものだろうな。
 
「まーそれでも俺のトレーニングに付いてこれるってだけでなかなかすげぇよ。他の奴ならもう倒れてる頃だな。」
 
そんなことを木曾は言った。今はセーラー服から着替えて、スポーツ用のタンクトップにハーフパンツだった。年頃の女の子が脚やら腕やら露出するのは些かけしからん気がするが……それは気にしたら負けなのだろう。
 
「んで、そんなのに付いてこれる奴って居るのか?」

俺は単純な興味からそう聞いてみた。男である俺の身体能力が大幅に強化された俺ですら正直付いていくだけでやっとだ。……流石に「五十メートルシャトルランしよう。」って言ったときは頭おかしいんじゃないかと。
 
「一応居るぜ。まずお前。」
 
と言って、俺を指差す木曾。
 
「やっぱり元が男であるってのは大きいんだろうな。俺も最初はここまでできなかったしな。」
 
……いやいや、女の子がこんなにトレーニングしようって考えが既におかしいだろ、と言う台詞は飲み込んだ。
 
「後は天龍だな。あいつは俺より後に着任してきてな。似た者同士仲良くなって、一緒にトレーニングするようにするようになってな。だんだん俺と同じメニューができるようになったんだ。」
 
と、懐かしむ様にしゃべる木曾。やはり努力の力というのは大きいのだろう。
 
「んで、後一人が―」
 
「すまない、遅くなった。」
 
そう言って入ってきたのは、黒髪を長く伸ばしたなかなか美人な人だった。いや、つーかこの人身長たかっ。俺よりでかそうだ。
 
「この人がそのもう一人―長門さんだ。」
 
木曾はニヤリと笑って言った。
 
「む、二号のほうも居たのか。なら、自己紹介しよう。私は戦艦 長門。第一船隊の旗艦を勤めている。宜しくな。」
 
かなり丁寧な挨拶をしてくれた長門さん。
 
「あー、さっきも言いましたけど、軽巡 木曾です。何か知らねぇけど男なのに艦娘なりました。それでも頑張ろうとは思うので、宜しくお願いします。」
 
なんと言うか、この長門と言う人は………なんと言うか、きっちりしておかないといけない雰囲気を醸し出してる人だ。
 
しっかし、長門ってゆーと……。
 
「やっぱり、あの戦艦長門ですか。」
 
戦艦長門と言えば、第二次世界大戦で日本軍が運用していた中でもトップクラスに有名な戦艦だ。史実に疎い俺ですらそのくらいは知っている。
 
俺がそう言うと、長門さんは少し笑みを浮かべた。
 
「あぁそうだ。私の元になっている艦は、当時ビックセブンの内の一つである、あの長門だ。」
 
さて、知らない単語が出てきた。ビックセブン?スロットの当たりか何か……では無いんだろうな。後で調べておこうか。
 
「しかし、この鎮守府もだんだん艦娘が増えてきたな。一時期少なくなっていたのだがな。」
 
「え、そうなんすか?」
 
予想外だった。確かに親父が現役の頃からあった鎮守府だから、もっと人が居てもおかしくないとは思っていたが……。
 
「あぁ。実は前任の提督が退職してから、ここに所属していた艦娘が様々な鎮守府に移動してったのだ。それほどあの提督のカリスマ性が強かったのだろう。聞いた話によれば、その時は後任、つまり今の提督はかなり落ち込んだらしい。」
 
「…………その提督ってのに一度会ってみたいっすね。」
 
まぁ、うちの親父なんだけどさ。家じゃ酒とお袋位にしか興味の無い奴だったのにな…………。多分この人達そんなこと知らないんだろうなぁ…………。
 
「あぁ、そうだな。さてと、私も始めるとするかな。木曾はどうする?」
 
と言いながら、近くに合ったサンドバッグの前に立つ長門さん。いや、そのサンドバッグでかくないすか?通常の三倍位はあるな。
 
「あー、俺はこれからコイツを案内して来る。まだこの鎮守府の事を何も知らないからな。」
 
それはさっきトレーニング中に決めていた事だった。俺が木曾に迷子になりそうだからと言ったら、快く引き受けてくれた。
 
「ふむ、そうか。ならばしっかり案内して来るといい。」
 
ではな、と言うと長門さんは、目の前のサンドバッグを一発殴った。
 
ドゴォッ。ドンッ。
 
何故か音が二回したが、すぐに理由は分かった。
 
一発目は長門さんがサンドバッグを殴った音。もう一発は、その衝撃でサンドバッグが天井に振り子のようにぶつかった音だった。
 
サンドバッグは当然下に勢い良く振られ、長門さんに向かっていく。長門さんはそれを同じ様になぐり始めた。
 
「………………………。」
 
「気にすんな。戦艦と軽巡のそもそもの差だ。」
 
いや、何かもう次元が違いすぎて気にするどうこうの話ですら無いんですけど………。
 
「取り敢えず、お互いに着替えて来るか。十五分後にまたここの前に。」
 
そう言って、木曾はスタスタとその場を去ってしまった。
 
…………正直、キツいとか言うことではなく、ここに来たことを後悔しそうだ。なんだこのビックリ人間の集まりみたいな所は。
 
まぁ、どんなことが起きようとも屈せずに頑張ろうとは思っていたが、人間と言うのはギャグ漫画みたいなことが身近で何回も起きると逆にテンションが下がるらしい。そう考えるとギャグ漫画のツッコミ役と言うのはかなり凄いんだなと思った。
 
しかし、ここにはツッコミ役と言うか、そもそもこれが普通な訳だ。慣れるしかあるまい。
 
「さてと、一回部屋に戻るか。流石にシャワーでも浴びないと失礼だろうしな。」
 
と言う訳で、俺はトレーニング施設を後にした。
 
―――――――――――――――――――――――――――――――――
 
さて、俺は今、猛ダッシュで階段を降りている。以下、回想
 
「クマー。さっきの奴だクマー。」
 
「そうだにゃ。おい、ちょっと待つにゃ。」
 
「あ?確か球磨と多摩だっけ?何か様か?」
 
「そうだクマ。お前は、球磨型軽巡洋艦五番艦 木曾であるクマ。」
 
「まぁ、確かにそうだが。」
 
「つまり、私たちの弟ということだにゃ。」
 
「は?」
 
「これから私のことはお姉ちゃんと呼ぶクマ。」
 
「私のこともお姉ちゃんと呼ぶにゃ。」
 
「(イラァ)あーはいはい、分かりましたよ、球磨多摩ネーチャン。」
 
「む、ひとまとめにされたクマ。」
 
「しかもネーチャン呼ばわりだにゃ。」
 
「これはお仕置きが必要だクマ。」
 
「そうだにゃ。」
 
「は?」
 
「砲雷撃戦用意にゃ。」
 
「え、」
 
「かかるクマー!」
 
「いや、単純に追っかけて来るだけじゃねぇかよ!ふざけんじゃねぇ!」
 
以上。ぶっちゃけ、あいつらに捕まったら、お姉ちゃんと呼ばされるだけでなく、もっととんでもないことになりそうだ。例えば、語尾に「キソー」とか付けられたり。
 
因みにあの二人は摩耶と言う人に捕まってたが。ザマァ。
 
さて、それでは何故俺が走っているかと言うと、単純に待ち合わせに遅れそうだからだ。
 
そりゃあんな姉妹に追いかけられたら遅れもする。……木曾が怒りそうで怖い。
 
結局俺は待ち合わせに五分遅れてしまった。
 
「遅かったな。何があった?」
 
木曾はとっくに来ていたらしく、若干待ちぼうけていた。服装もセーラー服に戻っている。
 
「いや、球磨と多摩ってのに追いかけらて。」
 
「あー、ならしゃあねぇ。この先も絶対あるから気ィ抜くなよ?」
 
どうやらあの姉妹はデフォルトであれらしい。木曾も被害者みたいだし。
 
「えーっと、今十一時か……。ういじゃ、行くかね。」
 
と言う訳で、俺と木曾は歩き始めた。
 
…………そういえば、全く筋肉痛無いな、と今更ながら思った。
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。この話を投稿する前に累計PVが四桁に乗りました。……まさかこんな駄文をお気に入りして下さる方までいらっしゃるとは、本当に驚きです。これからも誠心誠意投稿に励みたいと思っております。
それでは、また次回。
追記 五月二十三日 誤字修正しました。 

 

第九話

 
前書き
どうも、今二日に一回にして文字数増やそうか少し減らして毎日投稿しようか悩み中。
あと、白露型クッソ可愛い(確信。) 

 
「さて、ここは昨日も来たけど一応紹介しとこう。」
 
俺と木曾はまず始めに建物(本館と言うらしい)から出て、昨日訪れた建物の前まで来た。
 
「ここが工廠だ。ここでは艤装の点検に補給、装備品の開発に艤装の改造をしたりする所だ。」
 
そう言いながら木曾は建物の中に入っていった。俺もそれに付いていく。
 
「うーい、明石さんいるかー?」
 
「あー、ちょっと待ってー。」
 
そんな声が聞こえてから暫くしたとき、昨日と今日の朝もお世話になった明石さんがやって来た。何か機械でも弄ってたのか、全身が煤だらけだ。
 
「お待たせ。今日はどうしたの?」
 
「いやな、朝のおわびにこの鎮守府ん中を案内しようとな。最初にここに来た訳だ。」
 
あ、木曾にとってはそんな考えもあったんだ。まぁ確かにあれは結構参ったけど―頭の形が若干変わったことを除いては―そんなに気にして無いのに。
 
「相変わらず義理とか借りとか作らないのねぇ。ま、別に良いけどね。」
 
と言うと明石さんは、「あっ、そうだ。」と手を叩いた。
 
「ねぇ木曾くん、ちょっと開発のボタン押してみてくれない?」
 
と、なかなか突拍子な事を言った。開発のボタン?
 
「あぁ、説明が要るよね。新しい装備を開発するには、燃料、鋼材、弾薬、ボーキサイトの四種類の資源を使うの。この釜の中に入れてスイッチを押したら、何かできるかも知れないしできないかも知れないし爆発するかも知れないし。」
 
「おいまて最後。」
 
なかなか不安要素の強い説明だった。もしかして明石さんが煤だらけなのってそれが原因なのか?
 
「ま、運試しだと思ってやってみたらどうだ?」
 
木曾はそう勧めてきた。多分爆発はそんなにしないのだろう。多分恐らく願わくば。
 
「んじゃ、やってみるかな。」
 
うし、とガッツポーズすら明石さん。
 
「いやー、流石だな。今ちょっと機械の調子悪いけど男に二言は無いよね?」
 
「オイコラテメェ!ハメやがったな!」
 
もうこれ絶対おかしなことになるフラグだよね!?爆発も視野に入ってきたんだけど!?

……仕方ねぇ、覚悟決めっか。
 
「おう!男に二言はねぇ!開発したらぁ!」
 
「お前……半分ヤケになってんだろ。」
 
痛いところをつかれた。しかし、今回はその言葉を無視してその釜の前に立つ。
 
「さて、入れる資材はどれくらい?」
 
「取り敢えず様子見で全部十個ずつ。」
 
よしきた、と明石さんはそれぞれの資材を釜の中に入れた。すると、何やらテコテコ歩く音が聞こえた。
 
なんだ?と思って下を見たら、何やらものごっつちっさい人みたいなのが歩いてきていた。
 
「ちょ!?なんだコイツ!?」
 
「あぁ、妖精さんだよ。艦娘の艤装だったりに憑いてるんだよ。」
 
そんなもんが居てたまるか。と思ったが深海棲艦が居る時点でそんなものは戯言に過ぎないか。
 
妖精はそのまま釜の前に行き、釜の中身を見た。そして、早く押せとも言わんばかりにこちらを見てくる。
 
「うん、もう押して良いよ。」
 
おし、ういじゃ男七宮 千尋。いっちょ行きますか。
 
「そぉいっと。」
 
俺がボタンを押すと、妖精が釜の中に入って行った。そして、中でドンカン鳴ってた。
 
いやまて、何かできるかも知れないしできないかも知れないし爆発するかも知れないしってそう言うことか。そりゃあ何ができるか分からんわ。
 
少しの期待と大きな不安を抱えながら待つこと一分。
 
よっこらせという感じで妖精が出てきた。
 
「さーて、何ができたかなーっと。」
 
明石さんは、釜の中を覗いた。
 
「…………また中途半端に運いいな…。」
 
明石さんはそう呟いて中身を出した。
 
「…………えっと、これってドラム缶?」

それはどう考えてもあの良くあるドラム缶だった。
 
「このドラム缶高性能でねー。遠征とかに持ってくと通常よりたくさんの資材を運べるんだよ。」
 
「ドラム缶に高性能もへったくれもねぇだろ。」
 
ドラム缶はドラム缶だ。何か入れるための物だし。
 
「くっくっ……いやいや、初めての開発でできたのがドラム缶って!お前持ってんな!」
 
と、爆笑する木曾。うるせぇよ。俺だって正直今微妙な気持ちなんだからさ。
 
「も、もう一回!もう一回させてくれ!」
 
流石にこんな結果ではなんとも後味が悪い、と思って明石さんにお願いする俺。
 
「ま、別に良いけどね。ただ、本当にあと一回だけだからね?」
 
OKが出た。
 
今回は燃料と弾薬とボーキサイトを十個、鋼材のみを三十個にしてみた。
 
「うしこい!」
 
俺はボタンを押した。
 
―――――――――――――――――
 
「いやー、良かったなー。できた装備貰えて!」
 
「おう。」
 
「俺もこの装備は自分で作ったもんだしな、お前も大切にしやがれよコンチクショウ。」
 
「おう。」
 
「このドラム缶ふたつ。」
 
「………おう。」
 
今俺は自分の部屋に居るのだが、部屋のまん中にはふたつのドラム缶が置いてあった。
 
……要するにさっきの開発でもう一個ドラム缶ができたというわけだ。どうしてこうなった。
 
「全く!こんな重いもん部屋まで運ばせやがって!」
 
「いやだってもう一個ドラム缶ができるとか思わないじゃんか!もっと言えば明石さんが持って帰っていいとか言うと思わねぇだろ!」
 
もはやガキのケンカレベルのしょーもない言い合いだった。今俺達は俺の部屋から外にでて、次の目的地……と言うかもういつの間にか十二時を過ぎていたので、昼飯を食いに行く所だ。
 
「全く…。今度ジュース一本な!」
 
どうやらそれでチャラにしてくれるらしい。安くね?とも思ったが木曾がそう言うなら甘えとこう。
 
「あいあい、んで、ここが食堂か?」
 
「ん?あぁ、そうだ。ここでメシ食ったり休憩したりするんだ。」
 
そこの鴨居にはプレートが掛かっていて、そこには『堂食』と書かれていた。最早右読みなのは気にしないでおこう。
 
「うーい間宮さん、ぶっかけうどん二杯ちょうだーい。」
 
と言うと、「はーい。」と言う声が聞こえてきた。
 
「ちょっと待っといて下さいね。」
 
そうカウンターの向こうに居る割烹着のお姉さんが声を掛けてくれた。この人が間宮さんか。お世話になりそうだ。
 
「お待たせしました。」
 
と、ふたつのお盆の上にそれぞれうどんが一杯づつ乗っていた。うむ、旨そうだ。
 
「ういじゃ、その辺座るかね。」
 
「うーい。」
 
俺と木曾は部屋のまん中位の机に向かい合って座った。
 
「「頂きます。」」
 
俺と木曾はうどんを口に運ぶ。流石に本場香川が近いだけあってか、コシのあるいい麺だ。旨い。
 
「あのー、木曾さん、一緒に食べて良いですか?」
 
と、声を描けてきた人が居た。女の子の三人組の様だ。服装から見ると、同型艦の様だな。
 
「おう、いいぜ。ついでにコイツに挨拶しとけ。」
 
はーい、と言う三人。それぞれ椅子に座った。
 
「それじゃ僕から。僕は白露型駆逐艦二番艦 時雨だよ。これからよろしく。」
 
ふむ、まさか僕っ子をこの目で見ることになるとはな。
 
「んじゃ次私!白露型駆逐艦 四番艦の夕立です。よろしくっぽい?」
 
いや、疑問形にされても知らん。
 
「それじゃ最後に、白露型駆逐艦 五番艦の春雨です。よろしくお願いします。」
 
いい子だ(確信)。
 
という感じに一通り自己紹介が終わった所で夕立が話しかけてきた。
 
「ねーねー、本当に二号さんって男なの?」
 
まぁ、そりゃそうだろうな。普通はそこが一番の疑問だよな。
 
「そんなことで嘘言ったって仕方ねぇだろ。」
 
「えー、でも最近男の人になる女の人もいるっぽいし、二号さんは女の子になった男の人かって思ったっぽい。」
 
ほほぅ、このガキなかなか失礼な事を平気で聞きますなぁ。一回締めたろかな。
 
「ってさっき提督が言ってたっぽい!」
 
それを聞くやいなや、時雨が箸を置いて立ち上がった。
 
「あ、みんなごめん。ちょっと提督の所行ってくるね?」
 
ヤバイ、目が座ってる。顔は満面の笑みなのだが、大人でもビビってしまいそうな笑顔だった。
 
「ちょっと時雨姉さん!?落ち着いて下さい!」
 
慌てて止めようとする春雨。なんだろうかこのほのぼの四コマのワンシーンみたいな風景は。癒される。
 
「取り敢えずメシを食い終わってからにしとけ。行儀悪りぃぞ。」
 
これ程お前が言うなと言う台詞が似合うパターンってあるのだろうか、と疑問にもなるが本人は全く気にして無いの様子だ。
 
「うぅ………分かったよ……。」
 
と、大人しく座った時雨。どうやらこの子は木曾に弱い様だ。
 
「ま、アイツは俺が後で締めとくから。」
 
と、こちらもなかなかどす黒い顔の木曾。思わず目を背けてしまった。
 
「ほら、さっさと食え。午後からもすることあるんだからさ。」
 
と、今度はいつもの顔に戻った木曾。女って怖い。
 
俺は何となく早く食べなきゃいけない気がして、箸を進める。ただ、駆逐艦の三人組達との話がそこそこに弾んでしまった。麺類に二十分も掛けてしまった。
 
「うい、ごちそうさん。」
 
「ごっそさん。」
 
「「「ごちそうさまでした。」」っぽい!」
 
でもまぁ、色々な事がしっかり分かったし、なかなか有意義な時間だった。
 
「んで、お前らはこれからどうするんだ?俺はコイツの案内をもうちょいしようかなって思ってるんだけど。」
 
「それじゃ私もついてくっぽい!二時までひまっぽいし!時雨と春雨はどうさるっぽい?」
 
「それじゃあ僕も付いていこうかな。夕立だけじゃ不安だし。」
 
「それじゃ私もお邪魔させて頂きますね。」
 
どうやら三人とも付いてくるらしい。ま、この大人数も悪くないな。
 
「ういじゃ、行きますかね。」
 
と席を立つ木曾。それに釣られて俺達も立つ。そしてお盆を持って返却口まで持っていく。
 
「ごちそうさまー。」
 
と、おのおの言いながらお盆を置いていく。
 
「どういたしましてー。」
 
しかし間宮さん、一人でこれだけのメシを準備するのだろうか。大変そうだな、と思って俺達は食堂を後にした。 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。ドラム缶二連発は僕が実際にやらかした実話です。流石に艦これ辞めようかと思った。今でも続けてますけどね。
それでは、また次回。
追記 五月二十三日 誤字修正しました。 

 

第十話

 
前書き
どうも。十話です。 

 
さてさて、それからは五人でいろんなところを回った訳であるが…………ぶっちゃけ特筆すべきような事が何一つとして無かった訳だ。強いて言えば球磨多摩コンビが大井と言う姉妹艦に正座させられてた位の事だった。……悪いことしたかなとか思ってねぇから。
 
さて、そんで今俺は艤装を着けて海の上に立っている。これから海上訓練とのことで、本来であれば陣形の連携確認したりするはずなのだが、初日の俺はまず基本動作の練習と言うことになっているらしい。まぁ、むしろありがたい話だ。
 
んで、今回俺に基本動作を教えてくれるってのが
 
「それじゃ、自己紹介からさせて頂きますね。私は川内型軽巡洋艦二番艦 神通。よろしくお願いしますね?」
 
何とも優しそうな人だった。
 


 
―約六時間後―


 
「おーい、木曾ー?大丈夫かー?」
 
現在、夜七時五十分。
 
現在、自分の部屋で木曾と天龍に看病されている所だ。
 
……理由を説明するならば、神通さんの訓練が半端なくハードだったからだ。無論、木曾のトレーニングに付いていけたのだから、それなりにはできていたのだが、慣れない海の上に重たい艤装を着けての訓練だったため、現在グロッキー。
 
しかし、最後に神通さんから、「これで陣形さえ頭に入れればいつでも実戦に向かえますよ。」と満面の笑みで言われた。うん、そんなに急がなくてもいいと思うのだが。
 
「しっかし神通もよくやるよなぁ。終わったのって二十分前だろ?」
 
そうだ。ここで更に問題になってくるのはその時間だ。なにせ、午後二時に始めた訓練が夜の七時半まで続いたのだ。そりゃあ死ぬ。
 
「まぁ、あれに耐えれたら大丈夫だ。あれ以上の苦痛はそー無いからな。」
 
あったほうが困る。この五時間半が生き地獄だったのに、それ以上の地獄なんてあってたまるか。
 
「あー、やっと落ち着いてきたな……悪いな、わざわざ来てもらって。」
 
「いやいや。それで、ひとつ質問があるんだけどさ。」
 
と、天龍が切り出してきた。
 
「このドラム缶なに?しかも二個あるし。」
 
と、天龍は壁際にまで移動させたドラム缶ふたつを指差した。
 
「あー、つまりだな……………と言うこと。」
 
すると天龍は。
 
「ぶわっはっはっはっはっは!んなことって有り得んのかよ!ドラム缶ふたつ連発!?くっそ、ハラいてぇ!」
 
爆笑した。解せる。俺だってそんな話を聞いたら爆笑するだろう。しかし、そんなことを自分でやっちゃったから笑えない。
 
「でも良かったじゃんか!体のいい在庫処分にしても装備貰えるって羨ましい限りだしな!」
 
……やっぱり在庫処分の意味合いもあったのかよ。つーか多分そっちの方が強いんだろうな。そりゃドラム缶だもん。工廠に転がる程有ったもん。ざっと三、四十個は有ったもん。
 
すると、誰かが部屋の扉をノックしてきた。
 
「はーい、どーぞー。」
 
と言うと、扉が開いて、見たことある顔が入ってきた。
 
「お、木曾に天龍もか。ちょうどいいや。」
 
さっき球磨多摩コンビを捕まえてくれた摩耶さんだった。
 
「あ、摩耶さん、朝はありがとうございます。」
 
「いやいや、どうってこたぁねぇよ。」
 
そんな感じで会話していると、木曾が不思議そうな顔をした。
 
「あれ?お前姉貴と知り合い?」
 
姉貴て……と突っ込みたかったが、何となく返り討ちに合いそうだから自重しておく。
 
「あぁ、朝に球磨と多摩を取っ捕まえてくれてな。」
 
「へぇー、んじゃ話は早いな。姉貴は重巡洋艦って言われる分類の艦娘なんだよ。」
 
うん、今までノータッチで来たけどいい加減触れておこう。俺、艦の種類なんてわかんねぇよ。精々空母と戦艦位だ。なんだよ駆逐艦って。どう考えても一番強そうじゃねーか。なのになんだあの驚異のガキ率は。もっと言うと自分の艦種も良く知らねぇよ。なんだよ軽巡洋艦って。一気に弱そうになったなおい。
 
…………後で調べておこう。
 
「あーそんじゃ、本題に入ろうか。」
 
と、摩耶さんが切り出してきた。
 
「お前ら、今何時か分かるか?」
 
そう言うと、天龍が時計を見て答えた。
 
「えっと、一九五〇だけど………あ。」
 
天龍は何かに気付いた様だが、俺はこの滅茶苦茶濃い一日を早く終わらせて眠りに入りたいと考えていた。
 
「そうか!今日二〇〇〇から着任祝いがあったな!」
 
 
え。
 
 
俺は記憶の引き出しを開くように今日の内容を思い出そうとした。
 
『提督ー、夜戦はー?』
 
違う。もうちょい後。確か長門さんが……。
 
『それでは、木曾二号の着任祝いの場を設置する。場所は遊技場。時間は二〇〇〇より。以上。』
 
「んなこと言ってたな……。」
 
思い出した。天龍に気を取られて完全に忘れてた。
 
「ういじゃ、伝えること伝えたし、アタシは先に行ってるなー。」
 
と、摩耶さんは部屋を出ていってしまった。
 
「………行かなきゃ駄目?」
 
「「おう。」」
 
デスヨネー。
 
「ういじゃ、行きますかね。」
 
と、天龍は椅子から立ち上がり、ドアノブに手を掛けた。
 
「木曾?早くしねぇと置いてくぞ?」
 
と、木曾が木曾(俺)に向かって言った……なんだこの言葉遊びは、ややこし過ぎる。
 
いつかちゃんと呼び方考えて貰わねぇとな。
 
「分かった、今行く。」
 
俺はベッドから立ち上がった。
 
 
―遊技場―
 
「それではこれより木曾二号の着任祝いの場を開催する。」
 
何かもうちょっと名前捻れなかったのか、と思った。流石に直球すぎる。
 
ここは二階にある遊技場。施設が施設ならリクリエーション室とか言われそうな感じの広い部屋だ。今は十個位の机に取り敢えず酒とつまみ置いときましたみたいな状況だ。
 
これ、ただの飲み会じゃね?
 
「それでは、着任した木曾二号に乾杯の音頭を取って貰う。」
 
と、長門さんが俺にマイクを渡してきた。いや、そんなことやったことすらない、どころかまだ未成年なんすけど……。
 
もう今更な感じがしすぎてるので、大人しくマイクを受けとる。
 
「えー、どうも。二号です。」
 
会場から笑いが起こる。いやいや、今のは笑う所か?何かおかしなテンションになってる感じがする。
 
「今日は何か俺のためっつったら変な感じがするけど、この様な場を設置してくれてありがとうと言っておこう。これから精進していこうと思うので、どうぞよろしく、と言う訳で。」
 
と、俺は手に持っていたグラスを掲げた。
 
「乾杯!」
 
『カンパーイ!』
 
―二時間後―
 
うん、もう帰りたい。ただでさえ疲れてるのにこの馬鹿騒ぎはけっこう堪える。
 
「おーい、二号ー?飲んでるかー?」
 
と、そんな俺の考えも知らないで話し掛けてきたのは天龍だった。天龍は既に出来上がってるいらしく、飲んでもいるし呑まれてるらしい。
 
「おう、一応な。しっかし、未成年なのに飲んでも良いのか?」
 
「だいじょーぶ!俺達働いて金稼いでる訳だし、立派な大人よ!」
 
因みに後から提督に聞いたら、『乾杯はいつ死んでしまうか分からない。それなのに酒の味の一つも知らないで死んでしまうのは忍びないから。』と言うれっきとした理由があった。
 
(※一応言っておくが、この物語はフィクションであり、実際は未成年の飲酒は法律で禁止されている。決して未成年者に飲酒を進める意図はねえからよいこのみんなは二十歳になってからな。破ったら……わかってんよな?by 木曾)
 
……何か今、変な注意が頭をよぎった気がするが気のせいだろう。
 
それはさておき、まさか自分がこうも酒に強いとは思いもしなかった。今ワイン一本にビール二杯、チューハイ三本開けたがまだまだ余裕だ。今は日本酒に手を伸ばしてる所だ。
 
「しっかし……この人達はただ単に馬鹿騒ぎがしてぇだけなんじゃねぇの?」
 
すると、天龍は、
 
「バッカヤロウ!馬鹿騒ぎしてぇにきまってんだろ!」
 
やっぱりそうだった。考えてみたら当たり前だ。あんな命懸けた戦いをしてるんだ。たまには息抜きも必要なのだろう。
 
「ういじゃま、楽しんでけよー。」
 
と、天龍はどこかに行ってしまった。
 
やれやれ……こりゃ明日二日酔いで大変だろうな、と考えていた矢先だった。
 
「おい貴様、もう一度言ってみろ。」
 
なかなかどす黒い声が聞こえた。どうやら長門さんらしい。
 
すると、話していたであろう女の人がこう答えた。
 
「いやー、実際第二次世界大戦で活躍したのは長門より金剛デース!」
 
なんでここには一癖も二癖もある奴しか居ないのだろうか。しかし金剛とやら、それは火に油を注ぐような行為だぞ?
 
「あ?」
 
すると長門さんは、酒が入っているせいか案の定ぶちギレた。
 
「ぶっとばす!!」
 
その後は阿鼻叫喚だった。

「おい、長門さんと金剛さんが喧嘩始めたぞ!総員撤退!駆逐艦は急げ!巻き込まれたら死ぬぞ!」
 
「巻き込まれて那珂が気を失いました!」
 
「遊技場壊滅状態!」
 
「ちくしょう、木曾はまだか!」
 
「ちくわ大明神!」
 
「誰だ今の!」
 
もうてんやわんや。

「おいおい…これどうすんだよ……。」

と、途方にくれていたとき、
 
「おいおい…俺が居ない間に面白そうなことしてんじゃねえか…。」
 
背中に悪寒が走った。
 
振り替えるとそこには、こめかみに青筋立てた木曾が立っていた。
 
「木曾?どこ行ってたんだ?」
 
「なぁに、ちょっと提督に用事があってな。おーい、どーゆー状況よ?」
 
木曾は近くにいた恐らく駆逐艦の子に声を掛けた。
 
「は、はい!先程から長門さんと金剛さんとの間で喧嘩発生!巻き込まれて那珂さんが気を失いましたのです!遊技場は壊滅状態なのです!」
 
「そっかー……ありがとうなー……。」
 
「ひっ。」
 
その女の子は、この世の鬼でも見たかのような恐怖に染まった顔をして走って行った。
 
「さーて、ちょっくら行ってくるわ…。」
 
そう言うと木曾はゆっくり二人に向かって歩いて行った。
 
「この外人かぶれが!一発ぶっ飛ばす!」
 
「なんだとゴルァ!返り討ちデース!」
 
二人がお互いに右ストレートを打とうとしたときだった。
 

「おーいてめぇら……喧嘩か……?」
 
 
長門さんと金剛さんは、その場でお互いにピタリと止まった。そして、カクついた動きで声のした方を見た。
 
 
「喧嘩ねぇ……俺も混ぜてくんねぇかなぁ!?」
 

長門さんと金剛さんも、さっきの駆逐艦の子と似たような顔をしていた。
 
 
 えっと……取り敢えず、南無阿彌陀仏。

 
「「ギャアアアアアアアアアアアアア!!」」
 
 
かくして、俺はこのとき始めて知った。
 
この鎮守府最強と言われている、『魔神木曾』を。
 
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。第十話です。良くここまで続いたな……。これからも頑張って行こうと思っております。
それでは、また次回。
追記 誤字修正しました。 

 

第十一話

 
前書き
どうも、今回はほとんど艦これ要素ありません。 

 
「成る程、では長門と金剛には謹慎三日の懲罰を課す。全く、なんでアイツらは酒が入るとすぐに喧嘩始めるかな……。」
 
と、提督は遠い目でそう言った。
 
あれから、木曾があの二人をフルボッコにし、現在その後片づけ。俺は提督の所に今回の一連の流れを報告しに来ていた。
 
しかし、始めての上司への報告が喧嘩って……。
 
「いやー報告ご苦労様。それで、今日一日どうだった?」
 
提督は何やら書類を書きながらそう聞いてきた。いや、なんで手元を見ずに書けるんだ?
 
「なかなかキツかったな。ぶっちゃけ神通さんの訓練はもう二度と受けたくない。」
 
「ま、それでも初日に神通の訓練受けたら大体の艦娘は直ぐに実戦参加できるからね。いい教官だよ。」
 
それは訓練を受けながら思った。確かにキツくはあるのだが、教え方が上手なのか、それなりには上達したと思う。
 
「ま、その内出撃して貰うことになると思うから、しっかり準備しとくこと。あーそうそう。」
 
と、提督は話題をかえた。
 
「君の親族から荷物が届いてるよ。多分私服とかくじゃないかな?部屋に置いてあるから、帰ったら見てくれ。それじゃ、もう行っていいよ。」
 
ほほぅ、親父達からの荷物か。それはありがたいな。
 
んじゃ、片付けの手伝いにでも戻りますかね。
 
「んじゃ、失礼した。」
 
そう言って部屋から出た。
 
―遊技場―
 
俺が遊技場に戻ってきたときにはもう既にほとんどの片付けが終わっていた。机はしまわれて、散らばった酒ビンも食堂に移動させられていた。
 
「お疲れー。提督はなんて?」
 
俺が部屋に入ってきたことに気づいて、木曾が話し掛けてきた。
 
「あー、長門さんと金剛さんは謹慎三日だってさ。」
 
「俺には?」
 
と、少し心配そうな顔をして聞いてきた。
 
「何も聞いてないよ。良かったな。」
 
すると、木曾はホッとした顔をした。
 
「あー良かった。たまに俺も謹慎食らうからな。」
 
まてぃ。前にもこんなことあったのかよ。おっそろし過ぎるわ。次からこんな場が設置されたら主役の人に挨拶だけしてさっさと自分の部屋にでも戻ろうかね。
 
「んじゃ、もう仕事も無いっぽいし、部屋に戻るか。」
 
「あー、待て。」
 
俺が自分の部屋に戻ろうとこの部屋を出ようとすると、木曾に呼び止められた。
 
「ほれ、これ。部屋ででも飲みな。」
 
木曾が渡してきたのは、一本の日本酒だった。ラベルには、『海色』と書かれていた。
 
「え、いいのか?」
 
そう聞くと、木曾はニヤリと笑って言った。
 
「俺の親父がな?日本酒は静かに飲むのが一番旨いらしいんだ。だからほれ、持ってけ。」
 
と、木曾は半ば強引に俺に日本酒を渡した。
 
「んじゃ、俺も自分の部屋に戻るわ。そいじゃ、また明日な。」
 
そう言うと、木曾は遊技場から出て行った。
 
「…………まぁ、たまにちびちび飲むかな。」
 
俺は酒ビンを持ったまま、遊技場を出た。早いとこ自分の部屋に戻って荷物の整理でもするかね。
 
「しっかし、本当にここは深海棲艦と交戦中なのかね……。緊張感の欠片もねぇな。」
 
今日一日ここの連中の動向を見ていたが…………どーも連帯感がないと言うか……寄せ集めな感じが拭いきれない。
 
まー年頃の女の子達が集まってる訳だし、ある程度は仕方ない……のか?
 
「考えても無断だよな……。」
 
俺はそこで考える個とを止めて、自分の部屋に急いだ。
 
―自室―
 
俺はなんとか自分の部屋にたどり着けた。……うん、道に迷った。遊技場を出てからここまで二十分は掛かった。
 
「今度誰かに地図でも描いて貰おうかねぇ。」
 
俺はそう呟いて部屋に入った。すると、部屋の真ん中にあるドラム缶の前に段ボール箱が三つ、デカイの、中くらいの、少しちっせぇのとあった。
 
……なんで一つに纏めなかったのか。
 
俺はそこに疑問を感じたが、一番大きいのを開ける事にした。
 
中には、俺が家で着ていた私服だったりといった、日用品が入っていた。……いや、ということは残りの二箱はなんだよ。もう既に欲しいもの揃ったんだけど?
 
俺は疑問に思いながら、中くらいの箱を開けた。
 
「……バスケットボールとバッシュ?」
 
そこには、俺がずっと使ってきた傷だらけのバスケットボールとボロボロになったバッシュ(バスケのシューズ、略してバッシュ)が入ってあった。
 
「……ここでもバスケしろってか?全く……こりゃ親父の仕業だな。」
 
この粋な計らいは絶対親父だな、と思いながら、バスケットボールはベッドの上に、バッシュは机の上に飾っておいた。
 
「んじゃ、後はこの箱……って待てやおい。」
 
俺は最後に残った箱に貼ってある紙に書かれてる住所を見て、危機感を覚えた。
 
それは俺の友人その二である長谷川 拓海の家の住所だった。
 
「……なんであいつから荷物が届いてんだよ。」
 
でもまぁ、悠斗からじゃなくて良かった。アイツなら絶対なんかおかしなモン入れるからな。
 
俺は少し気を緩めて箱を開けた。
 
 
そこには、人の生首とおぼしきものが入っていた。
 

「のわぁああああああああ!?」
 
俺は思わず後ろに後ずさって、そのまま後ろに置いてあったドラム缶に頭をぶつけた。この二日間で何回くらい頭をぶつけただろうか。
 
まぁそれはさておき、今はこの生首だ。……いやまぁ、当たりは付いてるんだけどさ。
 
「やっぱり……これ、ゴーゴンさんじゃねぇかよ……!」
 
その生首は、如何にも作り物といった感じの目や顔付きをしていた。
 
これは、拓海の実家が美容院だから、その練習に使う物だ。色々なあだ名がつけられているらしいが、俺達はこれをゴーゴンさんと名付けていた。
 
「んで、ゴーゴンさんと……こりゃ、ICレコーダー?」
 
箱の中にはゴーゴンさん以外にもうひとつ、ICレコーダーが入っていた。
 
「……ファイルは一つしかねぇな。取り敢えず聞いてみるか。」
 
俺は自前のイヤホンを挿して、そのファイルを再生した。
 
『うーい!どうだー千尋ー、元気してるかー!?』
 
『いやいや、悠斗…そんなに大声出さなくても聞こえるって。』
 
『いやー、なんかこう元気出してかねぇと俺じゃない感じだしさ!テンション上げてけ!』
 
『まぁ、それもそうだね。と言う訳で、久しぶりだね、千尋。なんか大変な事になったらしいね。』
 
『いや、大変ってレベルじゃねーだろ!あの深海棲艦と戦う事になっちまったんだぜ?そんでもしかしたら今頃怖くなってションベン漏らしてねぇか心配でこれ送ろうって事にしたんだろ?』
 
『そ、そこまで心配してないでしょ……?』
 
『おう、全く?だってあの千尋だぜー?なんやかんやでなんでもこなしちゃう千尋くんだぜ?どこ行っても大丈夫だっての!』
 
『ま、本当のこと言うと、そんな千尋に激励しようって事になったんだけどね。』
 
『これって激励できてるか?』
 
『いや、悠斗が言わないでよ……。』
 
『しっかし、名誉なことじゃねぇか!俺らのダチがあの深海棲艦と戦うってんだぜ?誇らしいだろ!』
 
『正直、僕は死んじゃわないか不安で仕方ないんだけどね……。』
 
『でもほら、な?』
 
『だね。』
 
『『千尋なら大丈夫だ、だろ?』だよね?』
 
『ま、そーゆーことだから俺達は全く心配してないからな。』
 
『むしろ千尋がそこで深海棲艦をボッコボコにしてるんだろうなってことを想像してるよ。』
 
『実際にボッコボコにしてたしな。』
 
『そうだね。』
 
『ういじゃま、頑張れよ!』
 
『もし休暇が取れたら、帰ってきて、またみんなでバスケでもしようよ!』
 
『そんじゃ、』
 
『『Good Luck!!』』
 
 
「全く……ゴーゴンさん入れてた意味全くねぇじゃねぇかよ……。」
 
俺は、ICレコーダーを机の上に置いて、そう呟いた。
 
全く……。
 
「あのバカ共が……頑張るしかねぇじゃねぇかよ……!」
 
俺は、そのまま窓辺に移動して、空を見上げた。
 
空には下弦の月が浮かんでいた。
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。次回からは時間が飛びまして、一週間後のお話になる予定です。
それでは、また次回。
追記
リア友が「バッシュは分からねぇ」とのことで直しました。バッシュって分かんないかな…。 

 

第十二話

 
前書き
どうも、あれから作中では一週間経過しております。現実では一日だけですが。 

 
俺がこの鎮守府に着任してから一週間が経った。
 
この一週間はどうやらかなり暇な日々であったらしく、俺は訓練を受けたり、戦術について学んだりした。らしく、というのも俺は普通が一体どのくらいの忙しさなのか分からないからだ。
 
余談だが、問題を起こしていた長門さんと金剛さんは無事謹慎が解かれた。
 
さて、そして今、〇九〇〇。
 
俺は朝の連絡を受けていた。
 
「さて、今日からいつも通り遠征と海域攻略を再開する。」
 
その提督の発言に、部屋中からどよめきが生まれた。という俺も「おお。」と声を漏らしていた。
 
「遠征部隊は二つ編成する。第一部隊は天龍を旗艦に龍田、暁、響、雷、電。第二部隊は那加を旗艦に球磨、多摩、望月、弥生、皐月だ。行き先は後で旗艦に伝える。」
 
ほー、天龍は遠征か。てっきり俺が遠征行くもんだと思ってた。もしくは休みか。流石に一週間で実戦なんて事は望んでないし。
 
「続いて出撃部隊だが、出撃先はカレー洋海域。作戦名カレー洋制圧作戦。名前の通りカレー洋の制圧作戦だ。」
 
ふむふむ、どこにそのカレー洋とやらがあるのかは知らないけど、まっとうな作戦だな。
 
「編成は旗艦に木曾、時雨、夕立、摩耶、神通、二号だ。」
 
へー、戦艦も空母も無しか。と言うことは潜水艦でも多いのかな…………。
 
 
「は?」
 
 
俺は思わずマヌケな声を出した。

俺だけでなく他の奴らもなかなか驚いた様子だった。そりゃそうだ。配属されて一週間で実戦とか考えられねぇしな。バスケで言ったら始めて一ヶ月の奴にセンター任せる様なもんだ……いや、もっと酷いか。
 
命懸けてる訳だし。
 
「それではこのあと遠征部隊は執務室へ。その後、出撃部隊も来ること、以上。質問はあるか?」
 
俺はこういう時は手を挙げない人なのだが、流石に挙手した。
 
「ん、二号どうした。言っとくが『なんで俺?』みたいな質問したら、『そのために訓練してたんだろ。なんでじゃない。』で済ませるから。」
 
「……………じゃあねぇよ。」
 
俺は言おうとした質問を先に言われて、渋々手を下げる。
 
それと入れ替りに他の誰かが手を挙げた。
 
「提督ー、夜戦はー?」
 
「お前は今日出撃ないってば。はい他ー。」
 
完全に余談だが、このやり取りは毎日のように行われており、最早テンプレといった感じだ。
 
すると、他のところで手が挙がった。
 
「提督、何故今回は戦艦及び空母の出撃がないのかしら?理由を伺いたいわ。」
 
この声は加賀さんだろうか。自然と背筋が伸びてしまう。
 
「理由は一つ。他の鎮守府の情報によると、敵がそこまで強く無いらしい。それなら少しでも資源の節約をしたいからね。」
 
「分かりました。」
 
と、加賀さんは納得がいったようだ。いや、俺はもっと根本的なとこが納得いってないんだけど。
 
……どうせ理由聞いても言ってくれないんだろうしな、と俺は諦めた。
 
「それでは、遠征部隊はこのあと執務室に、解散。」
 
そう言うと、提督と大淀さんは部屋から出て行った。
 
さて、俺らはというと、まず遠征部隊の連中は早速執務室へと出て行った。
 
「いやー、初陣だな。良かったじゃねぇか。」
 
そう言ってきたのは木曾だった。いやいやいやいや……。
 
「良かったけどさ……。なんだろ、まだなんというか自信ねぇっつーか、まだ早くね?っつーか……。」
 
俺の何ともハッキリしないセリフを聞いた木曾は、「そりゃそうだ。」と笑い飛ばした。
 
「つーか、そっちだって旗艦だぜ?緊張とかしねぇの?」
 
俺は少し反撃の意味も込めて、木曾にそう聞いてみた。
 
「今更だぜ。旗艦なんてもう何回もしたからな。慣れちまった。」
 
「……………。」
 
流石、という所か、全く動じてなかった。
 
「でもまぁ、俺が旗艦なんだ。誰も沈めねぇよ。」
 
「………………。」
 
なにこの娘。イケメンすぎやしませんかね?女だったら惚れてそうだ。
 
「よっ、初陣おめでとさん。」
 
そう話し掛けてきたのは摩耶さんだった。見ると、今回一緒に出撃する奴らも集まっていた。
 
「いや、神通や摩耶さんの訓練のお陰ですよ(殺されかけたけど)。」
 
「ま、お礼は今日の出撃でしてくれや。しっかし……。」
 
そう言うと、摩耶さんは頭を掻きながら、
 
「提督も鬼だよな。まさか今の最前線に新人を出撃させるとはな。」
 
いやちょっとまてコラ。
 
「え、さいぜんせん?」
 
驚きの余り思わず幼稚な発言になってしまった。
 
「はい。なんというか、突破できそうでできない、みたいなむず痒い感じで……。」

「要するにカンフル剤ってことだね。」
 
先が神通、後が時雨だ。なんというか、提督の『行き詰まってるからなんか変化を出してみるか。』みたいな魂胆が見えた。
 
「そうは言っても、提督さんは二号さんのこと信頼してるっぽい!大丈夫っぽい!」
 
夕立はそう言うと時雨に背後から飛び付いた。なんだこのハーレム物の漫画のワンシーンみたいな感じは。
 
「ま、それでも油断はすんなってことで。」
 
木曾はそうまとめた。
 
「おーい、次はお前らの番だぞー。」
 
と、声のした方を見ると、天龍がいた。どうやら遠征の行き先は聞いたらしい。
 
「あいよ。ういじゃま、行きますかね。」
 
そう言うと、木曾は立ち上がった。
 
―執務室―
 
「―以上が今回の作戦だ。」
 
提督はそう言うと、手元の資料を置いた。
 
要するに進軍して敵を殲滅しろっていう作戦だった。
 
「いつも通り大破者が出たら撤退。場合によっては中破でも撤退だ。あと、」
 
そう言うと、提督は真っ直ぐ俺を見た。いつになく真剣な面構えだった。
 
「今回は二号の初陣だ。二号は普段訓練でしてきたことを思う存分発揮すること。まわりとの連繋も忘れないこと。」
 
「お、おう。分かった。」
 
そう言うと、提督が「違う違う。」と首を横に振った。
 
「こういう時は了解、だ。」
 
「りょ、了解!」
 
俺は少し声を大きくしてそう言った。
 
「他の者は二号をサポートしようと思うな。あくまでもいつも通り、だ。」
 
「「「「「了解!」」」」」
 
他の五人は声を揃えてそう言った。
 
「それではこれよりカレー洋制圧作戦を開始する!全員出撃準備!以上!」
 
「「「「「「了解!!!」」」」」」
 
俺達は揃って敬礼し、執務室を後にした。
 

……やべぇな。俺、けっこう緊張してるな。
 
俺は歩きながらそう思った。バスケの試合で緊張には強くなってると思ったのにな……。
 
やはり、『命を懸ける』というのは生半可な覚悟じゃ無いんだな、と思った。
 
俺は他の五人の顔色を伺った。やはり緊張してるのか、と思ってたが。
 
「さーて、今回こそ木曾に撃墜数勝ってやるからな!」
 
「おう、やれるもんならやってみやがれ。」
 
「あ!じゃあ夕立も参加する!時雨も参加するっぽい?」
 
「うーん、あまり戦場にそういうの持ち込むのはとも思うけど、いいね。僕も乗るよ。」
 
「ふふふ。それでは私も参加しますね?」
 
全然そんな様子は無かった。やはり慣れているのか、笑顔すら見せていた。
 
「んで、お前はどうするんだ?」
 
木曾は俺にそう聞いてきた。
 
「全く……俺だけ仲間外れってのも寂しいしな。乗ろうじゃねぇか!」
 
自然と俺も笑顔になる。そして、木曾はニヤリと笑った。
 
その瞬間、俺は察した。こいつらが、俺の緊張を少しでもほぐすために会話をしていたことに。実際に俺の緊張はいくらか和らいだ。

あぁ、こいつらすげぇな、いつか、こういう事ができるようになりてえな。
 
そう思った。
 
―防波堤―
 
俺達は防波堤から海に降りていた。今日は風も少なく、天気もいい。砲撃がしやすくていいな。
 
今回の俺達の装備で特筆するところは、摩耶さんが弾着観測射撃のために艦載機を乗せている程度だ。
 
「まぁ、落ち着けよ?焦ったら色々台無しになるからな。」
 
そう俺に声をかけたのは木曾だ。
 
「ま、着任時点ですでに撃墜数一だし、大丈夫だろうけどな。」
 
そう言えば、俺は始めてこの艤装を装備したとき、深海棲艦―あのときのは駆逐イ級―を撃墜したな。完全に忘れてた。
 
「ま、今回もあの調子で頑張ってくれ。」
 
「……おうよ。」
 
そんなことを話していると、夕立が海に降りてきた。
 
「ごめん!少し遅れたっぽい!」
 
「いやぁ、全然。さてと……。」
 
木曾は、真っ直ぐ水平線を見た。
 
 
 
 
「これから、カレー洋制圧作戦、作戦遂行する!テメェら、暁の水平線に勝利を刻むぞ!!」
 
 
 
 
これが、俺の初出撃だった。
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。今回は次回に向けて力を抑さえてみた。正直、次回が心配で仕方ない。ちゃんと戦闘シーン書けるかどうか。もしかしたら次回は戦闘シーンのために一日休むかも……こうご期待。
それでは、また次回。
 

 

第十三話

 
前書き
どうも、戦闘シーンのことで悩んで、「次回に回せばいいじゃん!」ってことでなんか移動中の木曾達です。 

 
「……いや、暑すぎるな。」
 
俺は海の上を移動しながら思わずそう呟いた。
 
朝、食堂のテレビで天気予報を見た所、台風が通り過ぎたせいで気温が上昇するとのこと。
 
つまり、あちぃ。
 
「そうっぽい……勘弁してほしいっぽいかも……。」
 
そう言ったのは夕立だった。夕立もなかなかだるそうにしている。
 
「まー、もうすぐ八月だしな。あーあ、今年も夏休みは鎮守府暮らしかぁ……。」
 
と、摩耶さんは気だるそうに遠くを見つめた。まぁ、ある意味社会人だしな。
 
「んー、時雨は平気っぽい!なんかしてるっぽい?」
 
夕立は先程から涼しい顔をしている時雨に目を付けて、話し掛けた。
 
「いや、正直僕も暑くて参ってるんだ。少しでも考えないようにしてるんだよ。」
 
何とも時雨らしい答えだった。
 
「皆さん、塩飴舐めますか?熱中症になったら困りますし。」
 
と、神通さんが懐から塩飴の袋を出した。こういう細かい気配りのできる女性はなかなかステキだ。
 
「ん、そいじゃま貰いますかね。」
 
「いただきますっぽい!」
 
「ありがとうね、神通さん。」
 
「あざーす。」
 
「すまねぇな。」
 
俺達は神通さんに一人ずつ近づいて、一個ずつ塩飴を貰う。うむ、ウマイ。
 
「しっかし、今回の海域はなかなか遠いな。あとどれくらいで着くんだ?」
 
木曾が太陽を恨めしそうに見ながらそう言った。どうやら木曾もなかなか堪えているらしい。
 
「えーと、あと二時間位は見といた方がいいね。」
 
「にっ……!?」
 
まて、もうすでに三時間位は移動してるのに、ここから更に二時間もこの暑い海の上を移動すんのかよ。
 
暑さもそうだけど、何より何もすることがないってのがキツい。
 
この三時間も「どうやったらいっぺんに二つのアクションゲームができるか。」とか、「木曾って以外と胸あるよな。」とか、「シュールストレミングスってどうやったら吐かずに食えるか。」とか、「ちくわ大明神」とか思ってたしな。
 
……あれ?なんか一個あきらかにおかしいのが混ざってた気がするな……。まぁいいか。
 
さて、次はどんな考え事しよっかな。そう言えば、こないだ実家からバスケセットが届いてたな。帰ったら…いや、帰れたら久しぶりに練習するかな。一時期ボールなしじゃ寝れないって時期があったな。……今もあったらあったでぐっすり寝れるけどさ。
 
「ねぇねぇ二号さん。」 

俺がそんなしょーもない事を考えていたら、隣にいた夕立が話掛けてきた。
 
「ん、どうした?夕立。」
 
「いや、暇潰しにお話しでもしよっかなって思っただけっぽい。」
 
うーん、この夕立もなかなか人懐っこいから話しやすい。なんがかんだでこいつや春雨のお陰で駆逐艦の奴らとも話しやすくなったしな。
 
「おう。俺も正直暇だなとか思ってた所だ。」
 
「よかったっぽい!」
 
うーむ、なんだろうかこの犬とスキンシップを取っているような感覚は。なんだろう、愛でてる感じとでも言うのかな。なかなか楽しい。
 
すると、俺は何やら視線を感じた。その方向を見ると、時雨がこちら……というか俺を見ていた――あの目の据わった笑顔で。
 
「(二号くん?うちの夕立に変な気でも起こしたらただじゃ済まさないからね?いつかの提督みたいになって貰うから。)」
 
とでも言ってそうな感じだ。多分合ってると思う……こりゃなかなか怖い。
 
俺は時雨から目を逸らして、再び夕立の方を見る。
 
「ねぇねぇ二号さん。二号さんって彼女いるっぽい!」
 
「ファッ!?」
 
思わず変な声が出た。
 
いや、まあ確かにね?年頃の女の子だし、そういう事って気になるよね。夕立が一体何歳なのか知らないけどさ。
 
「いや、今まで居たこともないな。」
 
「へー、ちょっと意外だったっぽい。てっきり既に意中の人と一線越えてるイメージがあったっぽい。」
 
「時雨さん!あなたの妹艦が変なこと言い出しましたけど!?どうなってるんだよおい!?」
 
俺は思わず少し遠くにいた時雨に大声で話す。どうやら会話の内容は伝わってたらしくて、
 
「うん、知らない。」
 
ちゃんと意味わかんない返答をしてくれた。助けてくれ。
 
「それじゃあさ、二号さんは今好きな人とかいるっぽい?」
 
そして、マイペースな夕立は更に会話を進める。これに関して言えば、もうどうしようも無いんだろうな。
 
「好きな人ねぇ……。」
 
……正直俺は、今まで他人を好きになる所か、信頼することも殆どなかった。せいぜい家族と何人かの友人位だ。
 
うーん、これって正直「いねぇよ。」って言っても、「うそっぽい!正直に言うっぽい!(声真似)」とか言いそうだしな……。しかし、俺は嘘をつくのも苦手だしな……。
 
「うーん……正直、わかんねぇってのが正解かな。」
 
「わかんない?」
 
夕立は首をかしげてそう聞き返した。
 
「おう。ぶっちゃけ今までそういう色恋沙汰とは無縁の人生だったからな。好きとかいう感情が分からん。」
 
これは俺の本音でもあった。
 
今まで他人を見てきて何となく、学校とかにいるカップル達が軽い付き合いに見えて仕方ないんだ。
 
当人達はそんなこと無いのだろうが、少なくとも俺の目はそう見える。
 
だから、俺は心の底から好きになった奴を人生の伴侶にしたいと考えるようになっていた。
 
よく言えば硬派。悪く言えば無頓着。
 
だから、そんなことになった訳で。
 
「ふーん……なんか可哀想。」
 
この台詞もよく言われる。しかし、俺というものがそういうものなんだ。もうどうしようもない。
 
「そーゆー夕立は居るのかよ?」
 
俺は逆に夕立に質問してみた。
 
「うん。」
 
「は?」
 
「故郷に居る幼馴染でね。少しおとなしめの子なんだけど、優しくて、かっこよくて、私が艦娘になるって言ったときも、応援してくれるって言ってくれたし、今でもデートしたりするし…///」
 
「あのー?もしもしー?夕立さーん?」
 
…だめだ。全く聞こえてない。
 
しかし、夕立に彼氏がいるとは驚いた。どうしても幼い印象を受けちゃうしな。
 
……なんだろ。夕立の回りが薔薇に包まれてるように見えてきたのは気のせいだろうか。
 
「おい二号!今なら夕立のパンツ見ても気づかれないぜ!」
 
そう話し掛けてきたのは摩耶さんだ。ほんとにこの人は…。
 
「うん?どうやら大破撤退したい艦娘が居るっぽいね。」
 
と、主砲を構える時雨。妹大好きか。
 
「おーい、こっから何回か敵艦隊の目撃情報がある区域に入るからな。気ぃ引き締めて行くぞ!」
 
そんな茶番を演じていたら、木曾が俺達にそう言った。
 
「「「「「了解」」」」」
 
俺達は一旦会話を止め、周囲警戒を始めた。
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。今回は少し番外編みたいな雰囲気でした。え?そんなこと言ったらいつも番外編だって?ちょっと君後で体育館裏ね?
次回こそは戦闘したいですね。また間が開いたら察してください。
それでは、また次回。 

 

第十四話

 
前書き
どうも、戦闘シーンについてのツッコミは無しで。 

 
「こっちは異常なし。他は?」
 
俺は自分の向いている方向を見てそう言った。
 
現在、木曾が言うにはカレー洋の西側だそうで、今回の作戦海域に到着した。

そして、今は進行ルートと周囲に敵艦隊が居ないか周囲警戒をしている所だ。幸いにも、今のところは敵艦隊は発見されてない。
 
「今回の作戦は制圧作戦だからな。この辺のボスみてぇな奴をボコせばそれで終わりなんだけど…。」
 
まぁ、そんなに甘くは無いか、と木曾は呟いた。それもそうだ。わざわざこんなところまで呉鎮守府の艦娘が派遣されているんだ。なかなか強い敵艦隊が居るのだろう。
 
「一応言っとくけど、逃げてくれるならそれもアリだからな?逃げようとする奴に追い討ちすんなよ?」
 
木曾はそう釘を刺すように言った。まぁ、バスケの試合だったらやる気のないチーム相手にも手を抜いたらコーチにクソ怒られてたけどな。
 
 
「敵艦隊発見!北東方向十キロメートル!」
 

時雨がそう叫んだ。
 
全員がその方向を見ると、そこには縦一列になって進んでくる敵艦隊があった。
 
「敵艦隊の編成は!?」
 
「えっと……重巡リ級flagship一隻、雷巡チ級elite二隻、軽巡ト級elite一隻、駆逐ニ級elite二隻っぽい!」
 
夕立が敵方向を見てそう言った。夕立の口癖を知らないと「ちゃんと見ろ!」とか言って怒鳴りそうなものだ。
 
「いいか?砲撃に自信のあるやつは後方から砲撃、それ以外は突っ込め!重巡リ級と軽巡ト級は基本的に肉弾戦を好むから、そいつらには要注意!」
 
摩耶さんは俺にそう言ってくれた。その辺は一応習いはしたが、こんな感じで言ってくれるとありがたい。
 
「僕と神通さんと摩耶さんと夕立は砲撃かな?」
 
時雨は俺たちをパッと見てそう言った。まぁ確かに俺はあまり砲撃とか得意じゃないしな。
 
「ういじゃま、テメェら!戦闘突入!摩耶さん、景気付けに一発頼む!」
 
「了解っと!」
 
摩耶さんは水上機を懐から飛ばした。因みに飛ばし方を聞いてみたら、「念。」だそうだ。多分俺には無理だ。
 
さて、摩耶さんの飛ばした水上機は、敵に向かって飛んでいった。どうやらまだ見つかってないらしい。
 
「敵艦隊までの距離、九.八キロメートル……少しずつ接近中……敵艦隊砲撃用意!今です!」
 
神通さんがそう言った。
 
「総員!撃てー!!」
 
その合図とともに、俺達はそれぞれ一発撃った。そして、俺と木曾は着弾を待たずに一気に接近を始めた。
 
さて、俺達が接近している途中に、駆逐ニ級の一隻に砲撃が被弾したようで、爆発が起こる。
 
「一発命中!ニ級中破!恐らく二号の砲撃!」
 
「マジか!」
 
確かに俺はニ級を狙ったけど、まさか当たるとは。でもまぁ、これで多少は楽になったかな。
 
「次弾装填!撃てる奴は魚雷でも撃っとけ!」
 
そう言いつつ、俺と木曾は敵艦隊に向かって進んでいる。敵との距離は残り五キロほど。
 
すると、駆逐ニ級と軽巡ト級は、どうやら魚雷を発射した様で、海に航跡ができている。どうやら俺と木曾を狙った物のようだ。
 
「スピード落とすな!ジャンプでかわせ!」
 
「普通は止まって横に避けるだろ!」

と言いながらも俺達はスピードを落とすことなく前進した。接近する航跡。それがあと百メートルって所で、
 
「飛べ!」
 
木曾の合図が出た。俺は走り幅跳びの如くジャンプした。航跡は俺達の下を通り過ぎていった。一安心する間も無く、重巡リ級が近づいてきた。軽巡ト級の方は木曾の方に行った。
 
「おーおー、相変わらず派手に戦うねぇ!」
 
どうやら摩耶さん達も近づいてきたようだ。
 
「残りは任しといてよ!四対三だしね…っと!」
 
時雨はそう言いながら残っている駆逐ニ級に砲撃した。かなりの至近距離だからか、モロ直撃を食らう駆逐ニ級。どうやら他の二隻もそちらに気を取られたようだ。
 
「お前らアホじゃねぇの?新入りに一隻任せるとか……しかも敵艦隊の旗艦を。」
 
そんなことを相手を見ながら言ったが、どうやら誰にも届いてないようだ。
 
「さーて、この距離じゃあお互いに砲撃もできねぇよなぁ?」
 
俺と重巡リ級の距離はだいたい十メートル位と言った所か。お互いに砲門をしまう。
 
そして俺は拳を握り、構える。重巡リ級は相変わらずの臨戦態勢だ。
 
「さぁて……いっちょ行きますか!」
 
俺は一気に距離を詰める。そして、挨拶がわりに一発右回し蹴りを放つ。リ級はそれを腕で受け止める。リ級はそのまま右フックを俺の腹に向かって打つ。
 
俺はそのフックをスレスレの所でかわす。
 
「ちっ…やっぱり一週間じゃ動きに慣れねぇか!」
 
そう、俺はこの一週間で長門さんや天龍に格闘技の基礎を教えてもらった。しかし、基礎は基礎。やはり実践に使えるレベルでは無い。
 
しかし、今はこれでいい。今の俺の格闘技は、あくまでおまけだ……!
 
「オラァ!」
 
俺は気合いを入れ直して、今度は相手のガードの上から右ストレートを打つ。リ級は当然そのまま両手でガードする。
 
「かかったぁ!!」
 
俺はそれを見て、その両手をプロレスのキックの如く足で思いっきり押す。そのままバランスを崩すリ級。
 
「砲撃はできねぇけどなぁ……雷撃はできんだよぉ!」
 
俺は、左手で魚雷を発射する。当然相手との距離は二、三メートル程度だ。このままでは俺も巻き込まれてしまう。
 
リ級は当然なんとかダメージを防ごうと海面に倒れ込む。そこに魚雷が当たる。しかし、
 

コツン
 

魚雷は爆発しなかった。そう、その魚雷は爆発しない偽物だ。

「……!?」
 
明らかに動揺しているリ級。そりゃそうだ。魚雷が爆発しなかった訳だし。

しかしまぁ、その隙を俺が見逃す筈もなく。
 
「さらにかかったぁ!」
 
俺はそのうつ伏せの状態のリ級にのしかかる。格闘技でいうところのマウントポジション(うつ伏せだけど。)だ。
 
「肉弾戦になったとき用に明石さんに偽物用意してもらったんだけど……まさかこんなにうまく行くとはな。」
 
「……!……!!」
 
なんとか抜け出そうとするリ級。だが、この完璧なマウントポジション(うつ伏せだけど。)をひっくり返すのは海にでも沈まないと無理だ。
 
「さぁてと……何発こいつを耐えられるかなぁ!?」
 
俺はそこからリ級の後頭部?に向かって一発砲撃した。
 
「グガァアアアa。」
 
リ級の悲鳴は、途中で掻き消された。

砲撃を頭に直撃してしまったリ級の頭は、跡形もなく吹っ飛ばされてしまっていた。そして、リ級の身体……いや、死体は海に沈んで行った。
 
「けっ、一発かよ。二度と浮かんでくるな。」
 
俺はそう吐き捨てて、他の奴らの状況を見た。
 
既に木曾はト級を沈めたらしく、摩耶さん達に合流していた。
 
「これで終わりです!」
 
そして、残っていた駆逐ニ級も神通さんの砲撃の直撃を食らい、そのまま沈んで行くニ級。

「うーし!敵艦隊壊滅成功!被害無しの完全勝利だ!」
 
木曾はそう叫んだ。
 
「ふー……。」
 
息を吐く俺。少しホッとした。
 
「お疲れさん。」
 
そんな俺に木曾は声を掛けた。

「初戦闘にしちゃあかなり上々の結果だ。一隻中破に一隻轟沈だろ?まぁ、ニセ物魚雷には流石に引いたけど。」
 
木曾はそう言いながら少し肩をすくめた。
 
「うるせぇよ。沈めるのなら何をしてでも沈めろって言ったのはそっちだぞ?」
 
「そーだったかなー?」
 
ソッポを向く木曾。
 
「えーと……今回のMVPは……やっぱり木曾さんっぽいなぁ。」
 
えーと、確かMVPは敵に与えた損害で決めるんだよな。ちなみに俺は中破一隻に轟沈一隻。
 
「木曾はどんくらい沈めたの?」
 
「軽巡一隻に雷巡二隻だ。」
 
「は?」
 
えっと、さっき俺が重巡リ級と戦っている間に三隻も沈めてたのかよ……。
 
「ま、当然の結果だ。騒ぐことの程でもない。」
 
と、クールに決める木曾。ちくしょう、カッケェと思っちまった。
 
「なんで重巡のアタシより火力出せんだよ……つーか一発一発が早すぎるわ。」
 
と、摩耶さん。
 
「さぁな。さ、さっさと進むぞ!」
 
そう言うと木曾は羅針盤を取り出した。
 
「さーてと……目的地はどっちだ~っと!」
 
そして、木曾はその羅針盤の針を回した。
 
……ここに来るまでの道中で木曾がいきなり羅針盤を回した時は本当に驚いた。羅針盤の針って回すもんじゃないだろって思ったが、それも突っ込んだら負けなのだろう。
 
「…ん、あっちだな。」
 
羅針盤を見ると、今さっき敵艦隊が現れた方向だった。たまにとんでもない方向に行かせることもあるらしい……。それに出会わない事祈ろう。
 
「さて、それじゃ出発!まだまだ気を抜くんじゃねぇぞ!」
 
俺達は木曾の合図とともに進み始めた。 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。えぇ、これだけの為に凄く悩みましたさ。えぇ。こんなのがまだまだ書かなきゃいけないのかと思うとゾッとしますね……くわらばくわらば。
それでは、また次回。 

 

第十五話

 
前書き
どうも、友人の小説の投稿が糞ほど遅くて笑えますね。いや、笑えねぇな。
追記 友人に「遅くはねぇ」と言われたので訂正させて頂きます。
不定期過ぎて笑えますね。 

 
「ちょこまかうるせぇ!食らいやがれ!」
 
木曾の放った魚雷は、動き回っていた駆逐ニ級にクリーンヒットしたらしく、煙を上げながら沈んでいった。
 
「うーし、今回の艦隊も壊滅できたかな。」
 
回りを見渡しても、他の敵艦は見当たらないので、そう言い切っていいだろう。
 
しかし……。
 
「今回もMVPは木曾かぁ。」
 
ここまで三戦したけど、全てのMVPを木曾が取っている。俺がここまで沈めた艦が五隻に対して、木曾は既に二桁沈めている。
 
「それがどうした。」

木曾は誇らしげにするでもなく、常にこんな感じだ。
 
「いつも敵艦隊の半分は木曾が沈めちゃうからな。もしくは旗艦を真っ先に沈めるね。」
 
時雨に言わせるとそうらしい。いやいや、これが第二次世界大戦だったらとんでもないことになってるだろ。
 
「おまけに殆ど攻撃が当たってないっぽい。木曾が中破や大破したとこってあまり見たことないっぽい。」
 
と話すのは夕立。それに関しては俺も言いたいことがある。
 
それは第二戦で起こったことなのだが、重巡リ級が撃った砲弾を、木曾が手で薙ぎはらったのだ。深海棲艦の砲弾は基本的に当たったら爆発するのに、何故。
 
因みに、そのとき木曾はこう言った。
 
「ちっ。突き指しちまったぜ。」
 
いや、突き指で済むのかよ。
 
さて、話が脱線した。とにかく今は敵艦隊を壊滅させた。
 
「まぁ、後は敵の主力戦隊だけですし、気をつけて行きましょう。」
 
神通さんはそう言った。
 
「おうよ。しかし、敵艦隊があんまり強くねぇな。いつもなら正規空母とか戦艦とかがとっくに出ててもおかしくねぇのにな。」
 
そう言ったのは摩耶さんだ。
 
「まぁ、良いことじゃないっすか。それだけこっちの負担が減ってる訳だし。」
 
俺は摩耶さんにそう返した。
 
しかし、ここまで来たら極力無傷で海域を制圧したいな。
 
「さーて、今度はどっちだ…っと!」
 
木曾は気合いをを入れて羅針盤の針を回した。
 
羅針盤の針は今回は北西の方向を指した。
 
「ういじゃま、後は敵の主力戦隊だけだ!気を抜かずに行くぞテメェら!」
 
「おう!」
 
「了解!」
 
「おーけーっぽい!」
 
「あいよ!」
 
「はい!」
 
―三十分後―
 
俺達は今、相変わらず海の上を移動していた。まだ敵艦隊は見つかっていない。
 
しかし、さっきから岩場が回りに有り、そこに隠れての奇襲が怖い。お陰でさっきからずっと回りを見渡しながら移動している。
 
「こりゃあ今から戦闘になったら夜戦になっちまうかもな……。そうなったら全員撤退な。」
 
木曾は俺達にそう言った。

「はいはい、『帰ろう。帰ればまた来られるからな。』だろ?」
 
「そーゆーことだ。」
 
……んーっと、なんのことか全くわかんねぇなー。多分トライ&エラーの事なのかな?
 
「……!前方より敵艦隊接近中!計三隻!」
 
そう言ったのは、前を警戒していた時雨だった。
 
「後方からも接近中っぽい!こっちも三隻!」
 
「はぁ!?」
 
俺は思わずそんな声を上げてしまった。クッソ……この岩場に隠れて見つけれなかったぜ畜生!
 
「全く、深海棲艦にしちゃあ上出来だな。時雨に夕立、敵艦隊の編成は?」
 
それでも木曾はあくまで冷静だった。発見した二人にそう聞いた。
 
「こっちは戦艦ル級flagshipと、空母ヲ級flagship、重巡リ級eliteだよ!」
 
「こっちは軽巡ト級elite、駆逐ロ級elite、駆逐ロ級eliteっぽい!」
 
成る程ねぇ。移動の速い艦で後方を、ってことか。
 
しかし、ついに空母と戦艦が出てきたか。これは骨が折れそうだな。
 
「うーん、しっかし、こりゃあ夜戦確定かぁ……。囲まれてる訳だし。」
 
問題はそこだ。今日の月齢は新月という最悪の状態だ。そんな中で夜戦はかなり危険だ。
 
となるとできる限り早く片付けなきゃいけない訳だが……さっきも言ったけど空母と戦艦が居るのだ。こっちは駆逐艦と軽巡洋艦が多いから、長期戦は確実だ。
 
「あー、成る程ねぇ。そーゆー訳ねぇ……こりゃあ敵艦が可哀想だな……。」
 
すると、俺の隣で摩耶さんが腕組みをして一人で頷いていた。
 
「ん?どういうことですか?」
 
「いやー、今回の編成ってなー……まぁ、あれ見たら早いか。」
 
そう言って摩耶さんは、前の方を指差す。そこには、夕立と神通さんが立っていた。しかし、どうも様子がおかしい。
 
 
「そうですか……夜戦ですか……。」
 
 
「久びさに本気でいけるっぽい(ニヤァ)。」
 

「……!!」
 
この感覚は、一週間前に宴会で見た、『魔神木曾』と似ていた。
 
「えっと、あれは……。」
 
「あー、あれなー……要するにあいつら二人は夜戦になると性格が変わるんだよ……。恐らく神通も夕立も史実の影響だろうな。」
 
「……?」
 
史実の影響?ってなんだ?
 
そんなことを聞こうとしたら、
 
「おいテメェら!どうやら敵さんも夜戦に突入しようとしてるらしい!」
 
木曾は前方の敵艦隊を見ながら言った。

「よって、これから俺達は夜戦に突入する!前方には夕立と摩耶さんと神通!後ろには俺と二号と時雨だ!空母は半分案山子みてぇなもんだから後回し!後はドンパチやりやがれ!」
 
「「「「「了解!」」」」っぽい!」
 
俺達がそう叫ぶと、木曾は艦隊司令部に入電を入れた。
 
 
『我、夜戦に突入す!』
 
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。次回で二号の初陣編は終わりです。話的には予定通りなんだけど、日程的には予定を軽く越えてますね。まぁ、リアルはあとちょっとしたら一段落しそうですから、それまでの我慢ですね。主に僕が。
それでは、また次回。 

 

第十六話

 
前書き
どうも、明日は大切な要事があるからこれから直ぐに寝る予定です。明日は五時起きだ……。 

 
現在、二〇三〇。俺と木曾と時雨は岩陰から敵艦を確認しようとしていた。しかし、どうやら敵も隠れている様で、なかなか見つからない。
 
「いいか?こんな暗闇じゃあ目視で見つけるのはかなりキツい。敵の気配を感じろ。」
 
「いやいや、どこのニュータイプだよ。」
 
俺は思わず木曾に突っ込んだ。確かに木曾ならやりかねないが、俺達にまでそれを求めんな。
 
「木曾、準備できたよ。いつでも投げれる。」
 
すると、時雨が木曾になにかを手渡した。それは楕円形をしていて、何やらレバーの様なものが付いていた。
 
「えっと、手榴弾?」
 
「違うよ。これは時限式の閃光弾だよ。投げてからだいたい二十秒で光るんだよ。」
 
成る程な。それで相手の注意を向けて………いやまて。
 
「なぁ、二十秒で光るのか?それって先に海に落ちないか?」
 
俺はスポーツの試合を見るのが好きだから、プロ野球とかも見るのだが、ホームランの弾道ですらそんなに時間はかかってないぞ?それに砲撃ならまだ解るが、手榴弾だから、当然手投げだろう。
 
「あー、まぁそれは後でわかるとして。」
 
木曾はどうやら説明する必要も無いと思ったのか、話を無理矢理切った。
 
「俺がコイツを投げる。そんでそれで顔を出した敵艦を後ろから潰す。いいな?」
 
毎回思うが、木曾が俺らに言う作戦はどれもアバウトで、木曾の『なんか起きたらテメェらでなんとかしやがれ。』みたいな考えを感じる。
 
まぁ、だいたい木曾が全部片付けるからそれでも良いんだが。
 
「はいよ。んじゃ、俺と時雨は移動の準備か。」
 
「そうだね。」
 
そう時雨が言ったのと同時に、摩耶さん達が居る方向から、轟音が聞こえた。
 
「どうやら向こうは始まったらしいな……。あーあ、まーたボロボロになるんだろうなぁ……。」
 
木曾は遠くを見ながらそう言った。どうやら向こうはなかなかのインファイトをしているらしい。
 
 
これは後から報告で聞いた話だが、このときは夕立と戦艦ル級flagshipが殴り合いをしていたらしい。ただのバーサーカーだ。
 

「とにかく、こっちも始めよっか。木曾さん、頼みます。」
 
時雨はボーッとしていた木曾にそう話し掛けた。
 
「ん、そうだな。んじゃ………。」
 
木曾は閃光弾のレバーを引いた。
 
「そぉいやっと!!」
 
木曾は思いっきり振りかぶって、閃光弾を上に投げた。
 
………閃光弾を目で追えなかった。
 
木曾が放った閃光弾は、一瞬で真っ暗な空に消えた。推定高度、二~三百メートル。
 
「おら、ぼさっとしないでさっさと移動するぞ!」
 
「早くしないと置いてくよ?」
 
木曾と時雨は何事も無かったかのように移動を始めた。
 
……やっぱり、木曾の身体能力は他の艦娘と比べても明らかに高い。特に艤装を付けている時の身体能力はえげつない。下手したら長門さんより凄いかもしれない。
 
一体今までどれだけの訓練とトレーニングをしてきたのか……まぁ、普段のメニューを見ても頭おかしい位してるしな。
 
「……五……六……七……。」
 
さっきから時雨がカウントダウンをしながら移動している。誤差が心配だな……。
 
「十六……十七………光るよ!」
 
時雨が言った直後、上空二十メートルの所でまばゆい光りが起こった。
 
木曾の遠投も時雨のカウントダウンも完璧だったらしい。閃光弾は海に落ちなかったし、カウントのお陰で目が眩まずに済んだ。
 
「すげぇ……。」
 
俺は思わずそう呟いた。流石第二船隊隊長(木曾)と第三船隊隊長(時雨)だ。練度が半端ねぇ。

ドォン!
 
すると、光った所の岩場で爆発が起こった。どうやら敵艦がそこを砲撃したらしい。
 
「うし、あそこらへんだな。」
 
木曾はそれを見て、進行方向を右に変更した。俺と時雨もそれに従ってついていく。
 
「居たぞ。前方三十メートル。」
 
木曾がそう言ったので前を見てみると、そこにはさっき夕立が報告した通りの深海棲艦が居た。
 
「時雨、掩護射撃頼む!二号は付いてこい!」
 
木曾はそう言うと、敵艦に向かって一気に進んだ。
 
「お、おい!」
 
「全く……。」
 
俺と時雨は呆気に取られたが、時雨は直ぐに砲撃の用意をし、俺は木曾についていった。
 
さて、真っ先に進んで行った木曾は、こちらに向けて背中を向けて立っている駆逐ロ級eliteに向かって、
 
「ライ〇アアァ、キィィィックッ!!」
 
色んな意味でアウトな事を言いながら飛び蹴りを放った。
 
 
…………………。
 
 
えっと、まだ海の上で戦うようになってからまだ一週間しか経ってないけど、明らかにおかしい事が起きた。
 
単刀直入に言おう。
 

木曾の足が、ロ級の身体に刺さった。
 
 
「はぁ!?」
 
俺は数時間前に初めて深海棲艦の身体に触れたのだが、その身体は鉄みたいな……いや、鉄よりも硬い感触をしていた。
 
恐らく艦種によって装甲の厚さは違うのだろうが、恐らく硬度に大差は無いだろう。
 
 
…………頭おかしい。
 
 
「お?こりゃあ良い感じの武器になりそうだな。」
 
「グ……ギャア………アァ……。」
 
木曾は楽観的にそう言っているが、俺から見たら、流石に駆逐ロ級を可哀想と思ってしまうくらい、エグい絵面だった。
 
「グガアアアアアアアァ!」
 
すると、仲間の悲鳴に気付いたのか、前に居たもう一体の駆逐ロ級もこちらに振り向こうとしていた。
 
「遅せぇよっと!」
 
木曾はその駆逐ロ級がはまったままの右足で、そいつに向かって回し蹴りを放って………は?
 
…………その蹴りは見事に駆逐ロ級にクリーンヒットした。弾け飛ぶロ級。
 
「お、抜けた。」

するとその衝撃のおかげか、木曾の足がロ級の身体から抜け、ロ級はそのまま沈んで行った。蹴られた方のロ級の方もフラフラで、軽巡ト級eliteも呆気にとられている。
 
何故だろうか。木曾が悪者に見えて仕方ない。
 
「おい二号!そのロ級を頼む!俺はあいつを沈める!」
 
木曾はそのままト級に向かって行った。残った俺とロ級。
 
「…………すまんなぁ。お前が深海棲艦じゃ無かったらお前の味方になってたけど……。」
 
俺はロ級に向けて砲門を向けた。
 
「悪いが、沈んでくれや。」
 
俺は引き金を引いた。
 
 
―――――――――――――――――
 
 
『こちら時雨。作戦成功。敵艦隊を壊滅完了。』
 
 
『味方の状態、木曾、二号、僕、無傷。摩耶さん小破。夕立と神通さんが大破。』
 
 
『撃墜数報告。木曾十三隻。二号六隻。摩耶さん一隻、僕一隻、夕立一隻、神通さん二隻。撃墜アシスト数は、木曾三隻、他全て一隻。よって、今回のMVPは木曾となります。』
 
 
『なお、今回の作戦の遂行によって、リランカ島周辺に進撃可能と見られます。これで報告を終了します。これより、帰投します。』
 

―――――――――――――――――
 

「了解。ゆっくり帰ってきてくれ。お疲れ様。」
 
提督はそう言うと、通信機を机に置いた。
 
「お疲れ様。今回の作戦も成功だ。」
 
提督は私に話し掛けながらそう言った。まぁ、私も聞いてたから知っているが。
 
「それでも、夕立や神通は大破してたけどね。全く、あの二人は夜戦になったら暴走するからねぇ。困ったものだよ。」
 
提督はそう言って私を見た。
 
「しかし、今回の作戦はそもそも夜戦に重きを置いた作戦でしょう?そうなる事が当たり前では?」
 
私はそう質問した。すると、提督はばつが悪そうな笑みをうかべた。
 
「あー、うん。実はその事を言い忘れててね……。ここまで言う機会がなくって……。」
 
私はそれを聞いて頭を押さえた。
 
「全くあなたは……。ただでさえ今回は二号を編制に入れて不安定なのに、そんな重要事項を伝え忘れるなんて……。」
 
「唯。君は今間違った事を言った。」
 
「………?」
 
提督はそう言ったが、私には何を間違えたのか検討もつかなかった。
 
「二号はね、流石あの二人の息子だけあってねぇ、センスは抜群だよ。下手したら木曾よりもいいかもしれないね。」
 
提督は笑いながらそう言った。しかし、私にはとてもそうは思えない。
 
「しかし、それでもやはり戦闘にまだ慣れてない所があるでしょう。まぁ、その辺りはいずれどうにかなるでしょうけど。」
 
「いやいや、それでもおかしいと思わないか?」
 
提督は含み笑いと共に私に質問してきた。
 
「何がですか?」
 
「いや、だってさ。
 

今回が初陣なのに、いきなり撃墜数六隻だよ?しかも、あの木曾が居るのに。」
 
 
完全に盲点だった。そう言えばそうだ。
 
いつもなら木曾の撃墜数は多いときは二十隻位沈めるのだが、今回はそれよりかなり少ない。いつもなら木曾の調子が悪いと思う所だが、それなら他の艦の撃墜数が増えている筈だ。
 
しかし、今回は誰も撃墜数は増えていない。
 
つまり、木曾の撃墜数を二号が奪った、ということだ。
 
あの木曾から、初陣にも関わらず、だ。
 
「これは、これからなかなか面白い事になりそうじゃないか?」
 
「……しかし、提と」
 
私がそう言おうとしたら、提督が険しい顔をしてこちらを見た。
 
「唯、二人の時は提督とか呼ばなくて良いって。あと、敬語も良いからって言ってるじゃん。」
 
………………。
 
「二人の時は提督と大淀じゃなくて、大輝と唯。そう決めたろ?」
 
全くこの人は……なかなか恥ずかしい事を考えたものだ……。
 
「わかったわよ、大輝。それで、質問なのだけど、まさかそれを確かめるために今回二号を出撃させたの?」
 
「うん。この機会を逃したらなかなか第一線の戦場に出撃させれないと思ったからね。」
 
大輝は、満面の笑顔でこちらを見た。
 
「全く……。あなたって人は……。」
 
私はまた頭を押さえた。この人の秘書艦になってからもう長いけど、この人の行動の一つ一つに頭を押さえている。
 
「でも、それでこそあなただよね。」
 
しかし、私も思わず笑顔になってしまう。
 
「さて、あと二時間位で帰投するだろう。明石と間宮に指示を出しといてくれ。僕はまだ今日の分の事務作業が残ってるから、やってくるよ。」
 
そう言って、大輝は作戦指令室から出ていった。あの様子だと、このまま徹夜コースだろう。
 
「……さて、明石と間宮に知らせて来ますかね。」
 
私もそれについていくように、作戦指令室から出ていった。 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。とりあえず色んなものが一段落付きそうです。次回からも頑張っていこう。
あ、因みに大淀と提督との関係についてはいつかまた。
それでは、また次回。
 

 

第十七話

 
前書き
どうも、もうすぐ大型の旅行を控えて、その準備がかなり忙しいです。ただし、艦これとバレーとモンストだけは欠かさない。 

 
「いやー、今日も一日疲れたなー。お前も初めての出撃だったし、緊張したろ?」
 
木曾は、俺に向かって話掛けてきた。背中合わせの状態なので、お互いに顔は見えない。
 
「…………おう。」
 
「それでも初陣で撃沈数六ってのはすげぇよ。なかなかできることじゃあない。」
 
「……そりゃどうも。」
 
すると、木曾は不思議そうな顔をして(見えてないけど)言った。
 
「どうした?なんか悩み事でもあるのか?」
 
「おう。現在進行形であるさ。」
 
俺はさっきからその事しか考えてない。なんでこんな状況になってしまったのか。理由も分からない。
 
…………いや、理由といえばこの木曾に恥じらいの気持ちのかけらも無い事だということは分かりきっている。分かりきっているのだが、今この状況を他の人が見たら、間違いなく俺のせいにされる。
 
「なんだ?言ってみろよ。」
 
そして、当の本人はこれだ。本当に頭が痛くなる。
 
「いや、なんでさ…………。」
 
俺はさっきから自分に問い掛けている事を木曾に喋った。
 

 
「なんで俺は木曾とドックに入渠してんだろうか…………。」
 
 
 
―五時間前―
 
「第二艦隊、帰投した!」
 
木曾は工廠の前で提督に向かって敬礼した。俺達もそれに従って敬礼する。ただ、夕立と神通さんはケガの具合がなかなかでそれどころでは無いらしい。
 
「お疲れ様だ。とりあえず、神通と夕立はすぐに入渠してくれ。他の者は艤装を補給したりしてくれ。一応言っとくが、被弾していなくても必ず二十分は入渠すること。」
 
そう言って提督は間宮さんと一緒に夕立と神通さんを鎮守府の方向に歩いて行った。
 
「それじゃ、他の人はこっちに来てー。弾薬と燃料を補給するよー。」
 
残ったら俺達に、明石さんが話し掛けた。
 
「おう。しっかし、今回も夕立と神通はボロボロだな。あの艤装直すのにどれくらい掛かりそうだ?」
 
木曾は明石さんにそう尋ねた。明石さんは腕組みをして、少し考えてから、
 
「うーん、あのくらいだと、だいたい丸一日位かなぁ。ま、今回あなた達が夜戦に突入するって聞いたときから準備してたけどさ。」
 
お陰で私と間宮と提督と大淀は徹夜だよ、と欠伸をしながら言った。どうやらかなり眠いらしい。
 
「本当は僕がちゃんと抑えるようにしなきゃいけないけど……あの二人って毎回夜戦になったら無茶苦茶するし……。まぁ、敵艦隊を完全に潰すからいいんだけどさ。」
 
時雨は申し訳なさそうにそう言った。でもまぁ、あんな状況の二人を止めれるかと言ったら、多分木曾でも無傷では行かないだろう。
 
摩耶さん曰く、『何度かあいつらに誤射されそうになった。』とのことだ。
 
「それでも、誰も沈まなくて良かったってことで。」
 
俺はそうまとめた。
 
「それもそうだな。それじゃ明石さん、頼むな。」
 
「はいはーい。」
 
そう言うと明石さんは、持っていた工具箱を開いて、俺が始めてここに来たときと同じようにみんなの艤装を外し始めた。
 
…………いっつも思うのだが、これって一体どんな構造で体に装着しているのだろうか。前に明石さんに聞いてみたことがあるのだが、『教えてもいいけど、正直知らなくていいことって世の中に沢山あるよ?』と言うので、止めておいた。
 
明石さんは慣れた手つきで俺達の艤装をすぐに外した。
 
「ほいっ。これで終わりだよ。あなた達は食堂にでも行って休憩してきなさいな。」
 
そう言うと、明石さんは俺達の艤装を台車に乗せて工廠の中に入っていった。
 
俺達はそれぞれ明石さんにお礼を言って、鎮守府の方に歩き始めた。
 
「いやー、腹へった!今何時だ?」
 
摩耶さんが大きく伸びをしながら時雨に聞いた。
 
「えっと、今は一八〇〇だね。多分他の艦娘も居るね。」
 
「んじゃまぁ、あいつらと一緒に食うか。」
 
―食堂―
 
「あ、おかえりなさい!」
 
入ってきたとき、俺達に話掛けてきたのは、青葉だった。
 
「おう、ただいま。」
 
「それではー、二号さん!少しお時間よろしいでしょうか?」
 
すると、青葉は俺に向かって、メモ帳とペンを取り出して、俺に話掛けてきた。
 
「あ?いや、まぁ別にいいけどさ。」
 
「ありがとうございます!それでは、あっちの方の席で待っているので!」
 
そう言うと、青葉はさっきまで座っていたであろう席に戻っていった。
 
「はー、今回の一面はお前かー。」
 
摩耶さんが感心したようにそう呟いた。
 
「そりゃそうだよ。今回が初陣な訳だし。」
 
そう言ったのは時雨だ。手にはいつの間にか親子丼が乗ったお盆があった。
 
「ま、さっさと飯貰って行ってこいよ。なかなか長くなるからな。」
 
木曾もそういいながらお盆を受け取っていた。因みに、木曾にお盆を手渡していたのは羽黒さんだった。間宮さんが忙しい時は手伝いに来ているらしい。
 
「おう。そんじゃ羽黒さん、俺はカツ丼で。」
 
「分かりましたー。」
 
「……いや、カツ丼て。取り調べでも受けんのかよ。」
 
摩耶さんは俺の注文を聞いてそう言った。
 
「いやいや、受けるのは取材だから。まぁ、ある意味取り調べみたいなモンだけどな。」
 
青葉は、週二回のペースで、『広報 呉鎮守府』と言う新聞的なやつを発行している。出撃の様子や工廠の状態、艦娘のスキャンダル(これが七割)を掲載している。
 
俺もここに着任したばっかりの頃に一回取材を受けた事があったが……まぁ、思い出さないでおこう。因みに結果として俺は他の艦娘と普通に話せるようになった………主に同情を受けて。
 
「二号くん、はいこれ。」
 
そんな話をしていると、羽黒さんが俺にカツ丼の乗ったお盆を手渡してきた。うむ、旨そうだ。
 
「あざーす。んじゃま、行ってくるわ。」
 
「おう、逝ってらっしゃい。」
 
……文字に起こさないと分からないようなボケをしてきやがった……。
 
俺は突っ込むのもめんどくさくなって、お盆を持って青葉の元へ向かった。
 
 
―二時間後 自室―
 
「ふぃー、疲れたー……。」
 
俺はベッドに腰掛けて、そう呟いた。
 
あのあと、青葉の取材は一時間半にまで及んだ。よくもまぁあれだけ聞くことがあるんだと逆に感心してしまった。
 
「……そうだ。入渠しなきゃいけないんだっけ。」
 
俺は帰ってきた時の提督の言葉を思い出した。
 
入渠というのは、深海棲艦との戦いでできたケガを直すために、それ専用の風呂(ドックと言う)に入ることだ。
 
俺達は普通の生活でできたケガは長くても一晩程度で完治するのだが、何故だか分からないが、深海棲艦によってできたケガはそう簡単には治らない。
 
まぁ、何故風呂に入ったらケガが治るのかも理由は分からないが。
 
「でも、まだ夕立達が入ってるだろうし………。」
 
元々女の子しか使わないであろう物なので、艦娘専用に一ヵ所にしか作られていない。因みに普段はドックを艦娘達が使って、俺は提督の部屋の風呂を使っている。
 
ただ、提督の風呂にはそんなケガが治る様な効果は無い。つまり、ドックに入るしかない。
 
……今何時だ。
 
俺は時計を見た。現在、二〇〇五。
 
他の人も入ることを考えると……二四〇〇位に入るか。そんくらいなら誰も使ってないだろう。
 
「んー、それまで暇だな……少し寝るかな。」
 
俺は枕元にある目覚まし時計を手に取った。タイマーを二四〇〇に合わせて、ベッドに寝転がる。
 
「おっと、電気消さなきゃ。」
 
俺は電気を消し忘れていた事に気付いて、起き上がる。部屋の入口まで移動して、スイッチを押す。真っ暗になる部屋。
 
さて、今度こそ寝よう。
 
俺は再びベッドに寝転がって、目を閉じた。
 

 

 
『何も できなかった……。』
 
 
 
 
 
 
「!?」
 
俺は思わず飛び起きた。
 
「……なんだ………今の………。」
 
俺はさっきまで見ていたであろう夢の内容を思い出そうとするが、殆ど覚えていなかった。
 
ただ一言。
 
『何も できなかった。』
 
その一言が頭から離れなかった。
 
一体この夢がなんだったのか、最早推測することもできないが、まぁ、あまり良くない夢だということは分かった。
 
ここで俺は、目覚まし時計鳴っている事に気づいた。
 
「あー、もうそんな時間か……。」
 
俺は重い体を起こして、立ち上がった。
 
俺は寝間着に使っているジャージを持って、部屋を出た。
 

―入渠ドック―
 

「ふぃー。いい湯だわー。」
 
俺はドックの中に入って、湯船に浸かっていた。俺はこのドックに入るのは初めてだが、確かに疲れが取れる感じがする。
 
「…………。」
 
俺は自分の身体を改めてまじまじと見た。同年代の男子の中でも、少し細めの身体。体つきは完全に男だ。
 
…………でも、ここに来て一週間だけど、未だに俺が艦娘になった理由が分からない。
 
そもそも女の子しか艦娘になれないってこと自体、理由が分かってないのだ。俺が艦娘になった事が分かる筈もない。
 
かと言って、俺の身体が女子のそれになっているかと言えばそうではない。完全に男だ。
 
……まぁ、そこはもういくら考えても仕方ない。今はゆっくり確かに湯船に浸かっていよう。
 

ガラガラガラ
 
 
え、まって。
 
今、ドックの扉の開く音がした。
 
俺は思わずそちらの方向を見てしまった。俺がもう少し冷静だったら、そのまま壁の方向を見ていただろう。
 
 
 
「ん?誰か入ってるのか?」
 
 

そこには、一糸纏わぬ姿で立っている、木曾の姿があった。 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。恐らく今後殆どないであろうイベントですね。二号よ、強く生きろ。
それでは、また次回。 

 

第十八話

 
前書き
どうも、最近になって、青葉が気になり始めてきました。なお、一位は不動ですが。 

 
俺はすぐさま壁の方向へと向き直した。そして目を閉じて、さっき見た光景を忘れようとしていた。
 
「いやいや、別に見られても減るもんじゃねぇし。こんな不良の事故で怒らねぇから。」
 
イヤ、コッチガ目ノヤリバニ困ルノデスガ。
 
「むしろラッキーだろ?こんなに合法的に女の子の裸見れたんだからさ。」
 
オマエハソレデイイノカヨ。
 
俺は思わずカタコトになっていた思考回路をなんとか振り払う。そして、深呼吸。
 
「つーか、むしろ見るか?ホレホレ?」
 
「……お前、それ他の奴にもしてんのか?」
 
流石に自分の仲間が痴女だったら一回考え直さねぇとと思った。
 
「いや全然?むしろ見せる様なヤローも居ねぇし。」
 
気まぐれだよ、と木曾は笑った。俺は笑えなかった。
 
……気まぐれだったら、今ここで俺はぶっ飛ばされてたかも知れねぇってことじゃね?
 
そんな俺の心配を他所に、木曾は身体を洗い始めた。
 
…………トシゴロノオンナノコノシャワーシーン…………。

ってアホかボケェ!!
 
俺はそう思いながら自分の顔を両手で挟むように叩いた。なかなか痛い。そのまま悶々としていること五分。
 
「うーい、入るぜー。」
 
どうやら身体を洗い終わった木曾は湯船に入ってきた――俺の目の前に。
 
「いやお前マジかよ!なんでわざわざ男の前に入るんだよ!」
 
「あー、スマンスマン。他の奴らと同じ感覚だったわ。」
 
―と言うわけで、俺達は一緒の湯船に背中あわせで入っていると言うわけだ。たかがこれだけのことを話すのに大分時間使ったな。結論としては、俺は絶対悪くない。
 
「んー?そりゃあ偶然だろ?」

木曾は俺の質問(前回の冒頭でのもの。)に答えた。いや、そんなことは分かってるけどさ。
 
「俺はてっきりお待ちがとっくに入渠してると思ってきたからな。そのためにわざわざ時間ずらした訳だし。」
 
俺はそこで一息入れて、再び話し始めた。
 
「んで、お前はなんでこんな夜遅くに入渠してるんだ?」
 
俺がそう聞くと、木曾は間髪いれずに答えた。
 
「そりゃ、さっきまで訓練してたからな。」
 
え?
 
「まて、こんな夜遅くまでか?」
 
俺は思わず聞き返した。確か、こいつは食堂でさっさと飯を食って……あのときが一八三〇位だったから……五時間も?
 
「まぁ、毎日のようにしてるから、たいしてキツくもないけどな。」
 
「…………。」
 
そのとき、俺は納得した。
 
俺は今日……いや、もう昨日か。昨日の出撃での木曾の活躍を見て、こいつ、天才なんじゃねぇかと思ってた。
 
だけど、この話を聞いて理解した。
 
「お前…………バカだろ。」
 
こいつがただのバカだって事に。
 
「ん、よく分かったな。そうだよ、俺は大バカ野郎だよ。」
 
溜息をつきながら木曾は言った。
 
「何に駆られてだよ。理由は有るだろ?」
 
『どんな奴の行動にも理由がある。分からない時はきっちり聞いてみろ。』
 
中学校の時のバスケ部の顧問の先生が言ってた台詞だ。
 
だから俺は何か疑問があったら、必ず質問することにしている。今回もそうだ。
 
「んー………普通に教えるのも恥ずかしいな。」
 
いやいや、裸見られたんだから、これ以上恥ずかしいことなんてねぇだろ―俺はそう思った。
 
まぁ、木曾だししゃーないか。
 
「そうだな、これから一週間で調べてみろよ。人に聞くなりなんなりしてさ。」
 
木曾は俺の肩に手を置いた。そして、そのまま立ち上がった。
 
「あと、お前ももう上がっちまえ。もう多分大丈夫だから。」
 
木曾はそのまま脱衣場に向かって歩いていった。
  
「あーあとさ。」
 
木曾は立ち止まってこちらを振り返った。
 
「お前なかなか(自主規制)だな。」
 
最後にとんでもない台詞を残して上がっていった。
 
「………あいつ、本当は男なんじゃね?」
 
なんか、ここまであいつと話している感覚が、悠人や拓海と話している感覚だった。
 
……まぁ、身体は完全に女の子なんですが。
 
「…………。」
 
これからしばらく木曾を見るたびに思い出しちゃうな……。
 
うん、耐えよう。
 
「しかし、木曾の昔ばなしね……。誰に聞こうかな………。」
 
取り合えず、青葉と提督、後は明石さん辺りかな?
 
「おーい、もう出るから来ていいぞー。」
 
脱衣場から木曾が声をかけてきた。
 
「……いいか?そこから出てろよ?その中に居るなよ?」
 
俺は念を押して、風呂から上がった。

―五分後―
 
「ん、上がったか。」
 
外に出ると、木曾は律儀に待っていた。
 
「おう。しかし、木曾は毎日この時間まで起きてるのか?」
 
「ああ。最近は〇一三〇位に寝てるな。」
 
うーん、年ごろの女の子としてその睡眠時間は良いのだろうか?
 
「まぁ、よっぽどの事がない限り俺達艦娘が不健康になることはねぇからな。」
 
そう、これもどうしてか分からないのだが、艦娘と言うのは極端に言えば寝なくても良いのだ。
 
まぁ、人だった頃からの習慣みたいなものがあるから、基本的には寝る訳だけど。
 
「学生時代だったらどれだけ羨ましい事か。寝なくても良いなら夜通し遊ぶのに。」
 
ここに来てからは、睡眠というものがどれだけ有り難いものなのかよく分かったから、毎日ちゃんと寝ている。
 
毎朝〇五三〇起きだけど。
 
「んじゃ、そろそろ寝るかな。」
 
「おう、おやすみ。」
 
木曾は、そう言って自分の部屋の方向に歩き始めた。
 
「(ボソッ)。」
 
「ん?なんか言ったか?」
 
「いや?それじゃ、おやすみー。」
 
木曾は廊下の角を曲がって行った。
 
「…………。」
 
うん、今木曽と話している間、ずっと思い出しそうになってるのを堪えてた。
 
「あーあ、こりゃしばらくしんどそうだな………ま、そのとき考えればいっか。」
 
俺はそう言って、自分の部屋へ向けて歩き出した。
 
 
 
―この事件の事が吹き飛ぶようなものを見るとは知らずに。 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。そろそろ別の作業の収録を再開したいなー、と思いつつ、そんな時間がどこにもなくって辛いです。一日が四八時間位ほしい。
それでは、また次回。 

 

第十九話

 
前書き
どうも、もうすぐ旅行に行くV・Bです。今から飛行機が墜落しないかが心配です。 

 
………ここはどこだ。
 
俺は今、さっきまでいた自分の部屋ではなく、全く違うところに立っていた。
 
『ここは………。』
 
回りを見渡すと、どうやら船の上らしい。
 
ただ、どうやらこの船は遊覧船や漁船では無いらしい。
 
回りには何個もの砲門。
 
乗っている人々は詳しくない俺でも分かる、大日本帝国海軍の制服。
 
『はー、成る程な。なんかの軍艦の上か。』
 
となると、この船がなんの軍艦なのかが気になる所だ。
 
まぁ、どこかに書いている訳でもないし、誰かに聞いてみるかな。
 
『なぁ、そこの人。この船ってなんて名前の船なんだ?』
 
しかし、そいつはこちらを見ようともしなかった。
 
『オイコラテメェ、無視してんじゃねぇよ、あぁ?』
 
やはり、反応しない。つーか今のセリフに反応されてたら、船から下ろされそうだな。
 
『つーことはあれか、これは夢か。』
 
いや、本当に今さらなんだけどさ。さっきまで自分の部屋に居たのにいきなりこんなところに居たら、そりゃあ夢だ。
 
『ふむ、なかなか奇妙な夢だな。』
 
俺はそう呟きながら、腰かけていた木箱から立ち上がった。
 
『となると、これからどうするかな。』
 
ここで俺は初めて自分の服装を見た。今俺は、さっきまで着ていたジャージではなく、戦闘服だった。
 
『これもなんか意味があるのかな……まぁいいや。取り合えず歩き回ってみるか。』
 
俺は取り合えず船首の方に向かって歩き始めた。
 
すると、ちょうどその方向の空に、何かが見えた。
 
あれは…………艦載機?
 
『えーっと…………空襲?』
 
俺が気づいたすぐ後に、俺の近くの奴も叫んだ。
 
「敵艦載機見ゆ!前方多数!」
 

その後は、酷いもんだった。
 
ただただ敵の攻撃を食らい続けていた。負け戦ってのはこういうのを言うんだろうな。
 
そんな中、俺は立ち尽くしていた。
 
回りには何人もの死体。
 
ボロボロになった船。どうやら浸水も始まっているようだ。
 
『…………。』
 
俺はその地獄のような光景を見て、震えていた。
 
恐怖で。
 
戦慄で。
 
「うっ……………くそ…………。」
 
すると、俺の後ろから声が聞こえた。
 
振り返ってみると、そこにはまだまだ若そうな男が立っていた。男は、俺が座っていた木箱にもたれかかった。
 
「チクショウ…………あれだけの苦しい訓練をしてきたのに、その最後がこんなのかよ………情けねぇ。」
 
そいつはそのまま天を仰いだ。
 
俺は察した。こいつはもう長くない。
 
「せっかく海軍に入って………お国のためって頑張って来たのに………何も できなかった………。」
 
『!!』
 
この台詞、俺は聞いたことがある。今日、最初に寝たときに一言だ覚えていたやつだ。
 
俺はこの夢を見てたんだ………!
 
「これが長門だとか金剛だとかだったら後世にも胸を張れるのになぁ………。
 
乗ってた軍艦が木曾じゃあ、示しがつかねぇよなぁ………。」
 
 
『なっ………。』
 
俺は絶句した。
 
この軍艦が、木曾?
 
『おいテメェ!死ぬんじゃねぇ!お前に聞きたいことがある!』
 
しかし、俺がどれだけ叫んでも、ソイツに俺の声は届かない。
 
「あぁ……せめて、りくのうえでしにたかった ……な………。」
 
そいつは、そのまま目を閉じた。
 
『なんだよ…………なんなんだよこの夢はよ……………。』
 
俺はそいつの亡骸の前に立って、吠えた。
 
 
 
『誰か!俺に!ちゃんと説明しやがれええええええええええええええええ………、え?」
 
そこは、先程までいた船の上ではなく、自分の部屋のベットの上だった。俺は身体を起こしていた。
 
「………夢、か。」
 
俺は汗だくになっていた。
 
時計を見ると、現在、〇四三〇。
 
「いつもの時間よりかなり早いじゃねえかよ……。」
 
まだ日は昇っていないらしく、外はまだまだ暗かった。今外に出ても誰も居ないだろう。
 
「……確か今日は一日中待機、だったかな。」
 
俺は壁に描けているカレンダーを見た。俺の記憶通り、今日は一日中何も無かった。
 
「……木曾、か。」
 
俺は自分のスマホを取り出して、検索エンジンを開いた。入力スペースに『軽巡洋艦 木曾』と入れて検索。一番上に出てきたサイドに入る。
 
『木曾(きそ)は、大日本帝国海軍の球磨型軽巡洋艦の5番艦。艦名は東海地方を流れる木曽川に由来して命名された。』
 
『1921年、長崎で竣工。竣工後はシベリア撤兵や日中戦争に参加していたが、太平洋戦争開戦後は第5艦隊所属として北方作戦に従事することとなり、1942年のミッドウェー作戦に伴うアッツ島・キスカ島攻略作戦や翌年のキスカ島撤退作戦へ参加する。その後は主として輸送任務に就いた。』
 
『一九四四年、第五艦隊・第1水雷戦隊に編入され、第五艦隊司令部をブルネイに輸送する為に待機していた。12日、輸送隊はレイテ沖海戦から生還した駆逐艦時雨を編入し、木曾を残して内地へ帰投。翌日11月13日、マニラ湾に停泊中に米空母機動部隊艦載機の攻撃を受け、木曾は大破着底した。』
 
(以上、参考文献 Wikipediaより)
 
「……なるほどな、何もできなかった、か。」
 
確かにこの軽巡洋艦 木曾は、パット見た感じでは、敵とドンパチやっていないようだ。
 
「…………だからどうした。俺には何も関係ねぇ。」
 
これはあくまで軍艦の木曾の話であって、俺や木曾のことではない。
 
「…………とりあえず、この事は後で誰かに相談するとして、シャワーでも浴びるか。」
 
俺はスマホを机の上に置いて、着替えを持った。…………さすがにこんな朝っぱらから提督の部屋に行くわけにも行かないので、入渠ドッグを使うしかない。
 
……一応貼り紙でも貼っとこう。
 
俺はメモ用紙にマジックペンで『二号使用中』と大きく書いた。
 
そして、俺は部屋を出た。
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。友達に、「お前体調でも悪いのか?小説投稿してないけど。」と言われました。僕にもリアルがあります。
それでは、また次回。 

 

第二十話

 
前書き
東京からどうも、旅行中のホテルよりの投稿です。今晩は徹夜かな……。 

 
俺は自分の部屋に戻っていた。貼り紙のおかげかただ単に朝早かったからか分からないが、誰かと遭遇することはなかった。
 
これを良かったと言うか残念と言うかは知らないが。(無論だが、俺は良かったと言おう。)
 
さて、いつもならこれから走りに行くのだが……どうも身体が重い。
 
「やっぱり疲れてんだろうな……。」
 
いつもなら寝たらすぐに疲れも取れるのだが、かなり緊張してたからだろう。
 
「だからといって二度寝ができるわけでもなし……。」
 
完全に覚醒しちゃってるもん。
 
「これはどうするかな……。」
 
俺は少し考えながら、窓の外を見てみた。
 
「…………………嘘だろ。」
 
俺の部屋は海側に接していてるのだが……、そのそばの道を走っている人影がひとつ。
 
「化け物かよ…………。」
 
半袖にハーフパンツという動きやすい格好に、いつもの眼帯。
 
木曾だった。
 
木曾は、恐らく百メートル走だったら十二秒位のスピードで走っていた。あのペースに着いてくの大変なんだよな……じゃなくて。
 
「………そういえば、今日は調べ物しなきゃな。」
 
アイツの事について。
 
アイツがなんであそこまで強さにこだわるのか。それを調べてみろって言われたんだった。
 
無論だが、調べなくても良いのだろうが……それは俺のプライドが許さない。
 
取り合えず。
 
「走りますかね……。」
 
木曾が走っているのに俺が走らないのは何となくだが悔しい。
 
俺はドアノブを掴んだ。
 

―二時間半後 大会議室―
 


「んで、木曾と一緒に走り込んできた、と…………バカだろお前。」
 
机に突っ伏している俺に天龍は容赦なく言い放った。
 
「いや、だって、木曾にできるから、俺でもついて、いけるかと。」
 
「うん、やっぱりバカだろ。」
 
それでもやっぱり容赦は無かった。厳しい。
 
「出撃から帰ってきて、その翌日にトレーニング始めるとか、俺は木曾位しか知らねぇな。」
 
まぁ、今日はもう一人いたがな、と天龍は付け加えた。嬉しくねぇ。
 
「お、もう来てたんだ。早いな。」
 
噂をすればなんとやら。そう言って俺達の近くの席に座ったのは、木曾だ。
 
「お疲れさん、今日はこのあと調べもんだろ?」
 
「……まぁな。」
 
俺は木曾の顔を改めて見た。よく見てみると、なかなか整った顔立ちをしている。
 
「ま、精々頑張ってみな。探し出せたからと言って何かあるわけでもねぇけどな。」
 
何も期待してねぇよ。
 
そんなことを思ったとき、大会議室の扉が開いた。提督と大淀さんだ。
 
「敬礼!」
 
俺達は立ち上がって、提督に向かって敬礼する。
 
「えー、取り合えずもう全員知っているだろうが、前回の作戦が成功したため、リランカ島周辺に出撃できるようになった。今回はその偵察に行ってもらう。」
 
部屋にざわつきが生まれる。まぁ、殆ど駆逐艦だけど。
 
「静かに。それで、今回の編成は、鈴谷、川内、龍田、吹雪、望月、皐月だ。遠征組は昨日と同じだ。以上だが、何か質問は?」
 
「提督ー、や」
 
「夜戦なんてもってのほかだ。」
 
川内はいつまで同じことを聞くのだろうか。恐らく聞き入られる可能性はかなり低いだろうに。
 
「それでは解散。」
 
そう言い残すと、提督は大淀さんとそそくさと出ていってしまった。
 
さて、と。
 
「んじゃ、どうしますかね。」
 
俺は立ち上がって、回りを見渡した。誰かこの鎮守府に詳しい人………。
 
「おーい、青葉ー。」
 
俺は前の方に座っていた青葉の近くに歩いていった。
 
「どうしました?二号さん。珍しいですね。」
 
「いやな?実は…………。」
 
俺は青葉に調べものの事を話した。
 
「なるほどー。それで、私に聞いてきたと言うわけですね?」
 
「おう。そーゆー事だ。頼めるか?」
 
青葉は「うーん。」と、少し悩むような仕草をした。まぁ、青葉の仕草はなんか芝居がかってて、考えている事が読めない。
 
「そうですね……交換条件と行きましょうか?ただ、私もそこまで木曾さんについては詳しくないので、そんなに大それた事ではありません。」
 
「……交換条件ってのは?」
 
青葉はイタズラっぽく笑った。うーん、なかなか可愛いな。
 
「今日、図書室の方に新しい本が入りましてね?それを借りてきて欲しいんですよ。本当は私が行けばいいんでしょうけど、今日は用事が有りましてね……早くしないと他の人に借りられそうですし、ここはひとつ、お願いしたいなと。」
 
成る程。本当に大それた事ではないな。
 
「いいよ、そんくらいなら。」
 
「ありがとうございます!昼頃になったら、工廠に居ますので、そこに届けて下さいね?『暗殺少女の連人』って題名ですので!」
 
それではと、青葉は大会議室から出ていった。
 
……何となく掌の上で転がされてる感覚だ。明らかにラノベのタイトルだし。
 
「ま、早く行ってきますかね。」
 
俺はそう言い残して、図書室へ向かった。
 
―図書室―
 
図書室に来るのは初めてだったか、場所を覚えているか自信がなかったが、何とかたどり着けた。
 
「えっと、暗殺少女の連人……あった。」
 
入ってすぐのところの新刊コーナーに置いてあった。
 
「さてと、持ってくかな……ん?」
 
俺が本をカウンターに持っていこうとすると、奥の方に誰かが要ることに気付いた。
 
「なにやってるんだ?春雨。」
 
そこには、机の上に何やら本とノートを開いている春雨がいた。
 
「あ、二号さん。昨日はお疲れ様でした。」
 
多分、出撃の事だろう。
 
「おう、ありがとな。」
 
「えっと、私はちょっと用事があって……。」
 
机の上の本を見てみると、何かの参考書みたいなものが開かれて置いてあった。えっと……。
 
「コナン・ドイルはシャーロックホームズシリーズの作者である、か……ドイツ語なのにロンドンかよ。」

それは、ドイツ語の参考書だった。入門書みたいなものだが。
 
すると、春雨は驚いた顔をしてこちらを見た。
 
「え!?二号さん、ドイツ語読めるんですか!?」
 
「あー、一応人並みには。」
 
ドイツ語に人並みとか有るのだろうかは分からないが。
 
「そうなんですか……すごいですね!」
 
なかなか破壊力のある笑顔だった。
 
「それで、なんでドイツ語の勉強なんかしてたんだ?」
 
そう聞くと、春雨はばつが悪そうに笑った。
 
「えーっと……私の友達にドイツ人の人が居て、その人は日本語を話せるからいいんですけど……単純に私がドイツ語でお話がしたくて、それで……。」
 
「…………成る程な。」
 
なかなか友達思いのいい子だ。
 
「そういえば、二号さんはどんな用事でここに?」
 
俺がそんなことを思っていると、春雨が逆に質問してきた。
 
「えっと、交換条件で、青葉から情報を貰う代わりにここに本を取りに来たんだ。まぁ、これから昼頃まで暇だけどな。」
 
「へぇ、どんな情報ですか?」
 
俺は少し悩んだ。正直に話そうか……。
 
「木曾にな、アイツの昔話を調べてみろって言われてな。その事についてだ。」
 
結局、話すことにした。
 
「それは、確かに気になりますね……。」
 
すると、春雨は少し悩むような仕草をした。さっきの青葉のものとは違った、考えているという事が伝わってくる仕草だった。

「あの、私もご一緒しても宜しいでしょうか?」
 
春雨は、少し声を強めてそう言った。 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。二十話目です。飽きっぽい僕がここまで続けるとは。正直驚きです。これからもゆるりと頑張っていきたいです。
それでは、また次回。 

 

第二十一話

 
前書き
どうも、東京からの最後の投稿です。友達から隠れて執筆書くのが大変だった……。 

 
「えっと…………どうして?」
 
俺はなぜか真剣な顔付きの春雨を見ながらそう言った。
 
「私も木曾さんの事については知ってみたいと思ってましたから……じゃあダメですか?」
 
そう言いながらこちらを見上げてくる春雨。うーむ、なかなかの破壊力だ。
 
……断る理由もないし、そもそもこんな顔されたら断れる物も断れねぇな。
 
「分かった。もしかしたら他の人にも聞いて貰うかも知れないけど、そのときは頼むな。」
 
そう言うと春雨は顔を輝かせた。

「ありがとうございます!」
 
 
 
さて、流れで仲間が増えた訳だが……。
 
「昼頃になったら工廠に来てくれって言ってたんだよな……。」
 
今は〇九三〇。まだまだ時間がある。
 
これからどうするかな……青葉以外の奴に話を聞こうとしようにも変に時間が掛かるのもな……。
 
俺はどうしようかと回りを見渡した。しかし、この図書室、なかなか本の量が多いな。
 
「なあ春雨。お前ってよくここに来るのか?」
 
俺が春雨にそう尋ねると、春雨は、
 
「えっと、はい……。よくここで勉強したり調べものしたりしますから……。」
 
なぜか恥ずかしそうにそう答えた。成る程、春雨は他人に自分の努力する所を見られたくない娘か。
 
「……そう言えばさ、春雨って訓練の時、俺達とは違う訓練をしてるよな?しかも一人で。あれってなにやってるんだ?」
 
それは、だいたい三日前位の話だ。
 
俺は摩耶さんと一緒に砲撃の訓練をしていたとき、遠くの方に明石さんと一緒に向かって行っていた春雨を見たことがある。

なんだろうとは思ったが、「余所見してんじゃねえよ!」と、砲撃訓練中に魚雷を食らったせいで、その事がすっかり飛んでしまっていた。
 
「あー…………実践しないと伝わりにくいから、またいつか一緒に出撃するときにしますね?」
 
春雨はそう言って、本を片付け始めた。
 
……そうだ。
 
「なぁ春雨。手伝ってくれるお礼と言ったらなんだけどさ。俺にドイツ語の勉強をさせてくれねぇかな?」
 
そう聞いた春雨は驚いた顔をした。
 
「えっ………でもでも!私から手伝わせてくださいってお願いしたんですし……。」
 
「でも、単純に苦戦してるんだろ?」
 
「うっ………。」
 
うーん、と春雨は唸った。

それもそのはず、今回俺が読んだ文章……翻訳前はConan Doyle, der Schöpfer von Sherlock Holmes Serie.日本語訳したら、コナン・ドイルはシャーロックホームズシリーズの作者だ、である。
 
こんなのに苦戦していたら、下手したら深海棲艦に沈められる方が早いかもしれない訳だ。……沈められると言うのは冗談だが。
 
「………分かりました。教えてください。」
 
春雨は観念したように軽く頭を下げた。
 
「それじゃ、昼まで時間あるし、さっそく始めるとするか。」
 
「は、はい!」
 
俺と春雨は隣同士の席に座り、参考書を再び開いた。……春雨は、気のせいか、笑っているように見えた。
 
―二時間後―
 
「…っつー訳で、命令文は英語と同じように文の頭に動詞を持ってきて、最後にビックリマークを付けるだけだ。」
 
勉強を教え初めてそれなりに時間が経った。

あれから俺と春雨は休憩もあまり取らずに勉強していた。
 
もしかしたら学校に通ってた時より勉強してるかも、と考えたりしていた。
 
「なるほど………。」
 
春雨は俺の言ったことをノートにメモっていた。教えてもらっている方にやる気があると、教えがいがあると言うのは本当らしい。
 
…………まぁ、実際は俺が教えさせて貰っているとでも言うのだろうか。
 
「それにしても、教えるのうまいですね…………どこで習ったんですか?」
 
春雨は隣に座っている俺に質問してきた。
 
「一応友達と一緒に、独学で。」
 
つまり、悠人と拓海の事だ。
 
「凄いなぁ……それで、どうして勉強しようと思ったんですか?」
 
なんか高校のオープンスクールみたいな感じになってきた。
 
しかし……………。
 
「あー………………まぁ、興味本位だよ。なんかの役に立つかも知れないしさ。」
 
本音を言ってしまうと、単純に「ドイツ語って厨二っぽくてカッコよくね?」という馬鹿げた理由からだ。
 
そんな遊び半分な理由を、ちゃんとした理由で勉強しようとしている春雨に話せる訳もなく、そう誤魔化した。
 
春雨は、「へぇ、そうですか。」と、納得してくれたらしい。
 
……そう言えば。
 
「そうそう、春雨は木曾についてどれくらい知ってるんだ?」
 
俺は時計を見て、もうそろそろ昼飯かなという時刻になってきていた。だから、勉強を終えながらそのきっかけに春雨にそう聞いた。
 
「えっと………木曾さんが『魔神木曾』っていう二つ名が有ること、たった一人で敵艦隊を壊滅させることができること、位しか分かりません……すいません。」
 
「いや、別に謝る必要は無いよ。これからそれを調べる訳だしな。」
 
と、俺は立ち上がった。
 
「昼飯食いに行くか?時間もいい感じだし。」
 
春雨は時計を見て、「えっ?」と声を出した。
 
「もうこんな時間ですか…………分かりました。」
 
と、春雨は筆記用具やノートやらを片付け始めた。
 
「んじゃま、行くか。」
 
俺は春雨が片付け終わってから、部屋の出口に向かって歩き始めた。青葉に頼まれていた本も忘れずに。
 
春雨も後から付いてきた。
 
―工廠―
 
あのあと、俺と春雨は夕立や時雨と一緒に昼飯を食べた。夕立と時雨には、「私と勉強していたということは内緒にしてくれませんか?」と言われたので、内緒にすることにした。
 
そして、現在、工廠。
 
「いやーどもども!ありがとうございます!」
 
俺と春雨は青葉に頼まれていた本を渡した。青葉は嬉しそうにその本を鞄に閉まった。
 
余談だが、駆逐艦の奴らは、「青葉さんの鞄からはお菓子が一杯でてくる。」と言うわけで青葉を好いている。青葉もまんざらではないらしく、自分の給料の一部は必ずお菓子を買う用に使うらしい。(情報源 時雨。)
 
「それじゃ、私からお話をさせて頂きますけど……立ち話もなんですから、どこかに移動しますか。」
 
青葉は俺達を先導するように移動しようとしたとき、
 
「それじゃ、工廠の中を使いなよ。ちょうど私も休憩だし、その話、なかなか気になるしね。」
 
工廠の中から明石さんが出てきた。
 
「あ、それじゃあ使わせて頂きますね。二号さん達も良いですか?」
 
俺と春雨は頷いた。
 
明石さんは俺達を工廠の中にある作業机に俺達を座らせて、明石さん自身も座った。
 
「さて、それじゃあ始めさせて頂きますね?」
 
そう言って、青葉は話し始めた。
 
「私は他の人から聞いたのですが、四年前の話らしいのですが……。 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。次話からは文章量も増やせると思います。さらに、この作品のUAが三千、PVが四千を越えていました。これから先もより良い作品を書こうと言うと同時に、読者の皆様に感謝。
それでは、また次回。 

 

第二十二話

 
前書き
どうも、世界バレーと弟の練習試合を交互に見ています。どっちもどっちでおもろいわー。うわー、柳田すげー、うわー、とか言って世界バレーばっか見てて弟に怒られる今日この頃。 

 
木曾さんはだいたい四年前位にここに着任したらしいんですよ。
 
流石にどういう経緯でだとか、元々何処に住んでいただとかのプライバシーな話は聞けてないですけどね………残念ながら。
 
それで、最初の一年位は、遠征と出撃を繰り返してた、あまり特徴のない人だったらしいんですよ。
 
らしい、と言うのはですね。私がここに着任したのはつい二年ほど前位ですからね……この話も天龍さんや摩耶さんから聞いた話ですし。
 
話を戻しますけど、そんな木曾さんも、今から三年前から、急に訓練を物凄い量をこなすようになったらしいんですよ。
 
天龍さんや摩耶さん、更には大淀さんとかに聞いたんですけど、結局は誰も教えてくれなかったんですよね。
 
仕方ないから、個人的に提督の居ない間に、執務室やら図書室の過去の資料を調べてみたんですけど…………どうやらとある出撃での事件が関係してるのではと見てるんですよ。
 
勿論、この仮説は私の独断と偏見と妄想から生まれているものですから、合ってるとは限りませんよ?それでも良いですか?
 
…………分かりました。話しましょう。
 
三年前の、五月九日。
 
その日は、沖ノ鳥海域に出撃していたみたいです。木曾さんも当然ながら編成に入っていました。余談ですけど、この頃の木曾さんの撃沈数は、三十回の出撃で六十隻位でして、まだまだおとなしかったみたいです。

そこで、轟沈した味方艦が居たんですよ。
 
名前は五月雨と言うらしいんですけど……その辺りの資料が綺麗さっぱり無くなって居ましてね。
 
どうやらその間は、提督が本部の方に仕事に行っていて、その間に本部の方から来たお偉いさんが仕切ってたようでして………本部はそんな汚点を記録として残したく無かったんでしょうね。
 
そして、その後ですね。木曾さんが化物のようになっていったのは。
 
その後の一年間は、出撃数は百越え。撃沈数は五百とか。一回の出撃で五隻ですね。頭おかしいですよ……まぁ、今なんて一回の出撃で二桁行かない方がおかしいとか言われてますけどね。
 
まとめますと、私の予想ではその間に木曾さんの心情になにかとてつもなく大きな変化があった、と考えてます。」
 
まぁ、今でも見付けれて無いんですけどね。と、青葉は最後にそう言った。
 
「要するに、その沖ノ鳥海域への出撃のことを知っている奴を探せばいいんだな。」
 
「そうですけど………厳しいと思いますよ?」
 
青葉は肩をすくめてそう言った。
 
「ここだけの話なんですけど……当事ここにいた人の殆どが戦艦や空母の人達なんですけど……その人達の中には、木曾さんを嫌っている人達が多いんですよね。」
 
言われてみると、確かにそうだった。
 
俺がここに着任の挨拶をしたときも、なんか木曾は喧嘩腰だったし、戦艦や空母の人達の中には険しい目つきの人がいた。
 
「たぶんだけど、長門さんや加賀さんは少なくとも嫌ってそうですよね……。」
 
春雨はしょんぼりしたようにそう呟いた。
 
第一船隊と第四船隊の旗艦二人がか…………確かに厳しいな。
 
「天龍さんはこの中でも最古参クラスですし、話を聞こうかと思ったんですけど……木曾さんと仲がいいからかもしれませんけど、話してくれないんですよね……。」
 
となると……。
 
「摩耶さん、か。」
 
摩耶さんは、確かここの重巡洋艦の中でも最古参だったはずだ。なかなかオープンな性格の摩耶さんなら話してくれるかも。
 
「そう言えば、明石さんはどうなんですか?ここだったら、大淀さんの次くらいに古参ですよね?」

「「あ。」」
 
俺と青葉は同時に言った。完全に盲点だった。
 
……つーか青葉。なんでお前がそこを忘れてんだよ。
 
「そう言えばそうですよね。明石さん、なにか知りませんか?」
 
しかし、まったく恥じている様子も無く明石さんに質問する青葉。なかなかいい度胸してんなこいつ。まぁ、度胸が良くないとあんな質問できないよな……と、俺はいつぞやの取材を思い出していた。
 
「うーん、知らない事は無いんだけど……木曾に口止めされてるのよねぇ……。」
 
迷ったように頬を掻く明石さん。
 
「お、俺のドラム缶一個で手を打ってくれませんか?」
 
「「「アホですか?」」なの?」
 
三人全員に突っ込まれた。そこまでいらないのかよドラム缶。遠征とかに便利だろ。俺は遠征には行ったこと無いから使ったこと無いけどさ。
 
「うーん、そうね。木曾がどういう感情を持ってああなったか位なら教えたげるわ。」
 
「えっと、やっぱり……復讐、とかですか?」
 
仲間を沈められた敵討ち。
 
それがいろんな意味で一番納得が行く。
 
だが、明石さんが言ったものは、俺達の想像とはだいぶ違っていた。
 
 
「それはね………………自己嫌悪よ。」
 

―食堂―
 
「んで、アタシに頼ってきたと………情けねぇなぁ。」
 
俺と春雨はその後、図書室に戻って昔の資料を漁ってみたりしたが、青葉の言う通り、何も出てこなかった。
 
それで、ついさっき摩耶さんを捕まえて三人で話している、と言うわけだ。
 
理由を聞いてさっそく罵倒だけど。この辺は木曾より厳しい。
 
「情けないとは思ってますけど……他に当たるアテも無いですし…………。」
 
「ま、そりゃそうだろうな。当事ここにいた奴らってのは、アタシ含めても七人だけだしな。後は他の鎮守府に引き抜かれたしな。」
 
その話はよく聞くが、それって提督がかなりしんどそうだ。育ててきた艦娘を他のところに強制的に連れてかれてる訳だし。
 
「まぁ、いいぜ。条件付きだけどな。」
 
「…………なんですか?」
 
俺は半分諦めたようにそう呟いた。
 
「簡単な話だ。一週間以内にアタシに魚雷訓練での成績で勝てばいい。」
 
「…………へ?」
 
俺は完全に予想してなかった条件を提示されて、変な声を出した。
 
「あぁ、当然春雨もな。」
 
「え?」
 
春雨も似たような声を出す。
 
「それくらいできねぇような奴に、仲間の情報を簡単に教える訳には行かねぇなぁ。」
 
摩耶さんは、完全に楽しんでいるようだ。なかやか性格の悪そうな笑顔をしている。
 
「ま、いらねぇっつーんなら話は別だがな。」
 
「うっ…………。」
 
確かに、木曾の情報がいらないってんなら、この条件を受ける必要性は全く無い。無いんだが…………。
 
「分かりましたよ!その条件、受けてやろうじゃあ無いですか!」
 
俺は啖呵を切った。

「そうか。そんじゃ、これから一週間、いつでも受け付けてやるからよ。精々頑張ってみな。」
 
最後に摩耶さんはニヤリと笑ってから、いつの間にやら空になっていたざる蕎麦のお盆を持って立ち上がった。
 
俺は摩耶さんが居なくなった後、机に突っ伏した。
 
「に、二号さん………大丈夫なんですか?」
 
春雨が心配そうに聞いてきた。

「…………正直、自分でもかなりヤバイと思ってる。」
 
俺は机に突っ伏したまま答えた。正直、涙が出そうだ。
 
この敗北感。
 
見事に摩耶さんに乗せられた。
 
「確か………二号さんの魚雷の成績って…………。」
 
「……………おう、エグいぞ?」
 
この鎮守府では、週に一回、軽巡洋艦には近接戦、砲撃、雷撃のテストみたいな物がある。俺は砲撃は中の中、近接戦は中の上ぐらいなんだが………。
 
「雷撃の成績は、全艦娘の中でも恐らく最下位だろうな。」
 
そう、俺はだいたい一~二メートル位の距離までじゃないと魚雷を当てれない。
 
提督に言わせると、「なんで砲撃がそこそこで雷撃ができないの?」とのこと。そこまで簡単なのかよ、雷撃って。
 
余談だが、木曾はオール一位だ。砲撃は金剛さんより正確で、雷撃は北上より精密、近接戦は、あの長門さんと互角以上に戦うときた。もうあいつ一人でいい気がしてきた。まぁ、流石にそれをしたら轟沈しそうだけど。
 
「………春雨は?」
 
「全部真ん中位です………。」
 
「「……………………………。」」
 
絶望感しかねぇ。
 
なんてったって、相手はあの摩耶さんだ。
 
「わが鎮守府最強の重巡洋艦相手だぜ………?」
 
もう一度言おう。絶望感しかねぇ。
 
「仕方ねぇ…………教えて貰うか…………。」
 
これまでも訓練はしてきたのだが、どうにも上手くならなかったのだ。自分一人じゃ限界がある。
 
「えっと…………誰にですか?」
 
問題はそこだ。
 
実のところ、駆逐艦と軽巡洋艦、そして重巡洋艦の魚雷の撃ち方が違うらしい。
 
「私は時雨ちゃんに教えて貰えばいいとして………二号さんは?」
 
「……………………。」
 
北上………はなに言ってるか分からない。
 
大井………は北上が居ないと使い物にならない。
 
天龍と那加…………は遠征で殆ど居ない。
 
球磨と多摩………は論外。
 
神通さん………は一番マシだが、摩耶さんと戦う前に倒れそうだ。
 
川内………は昼間起きてない。
 
となると…………。
 
「あいつしか居ねぇか。」
 
俺は立ち上がった。
 
「春雨、暫くはお互いに練習をつけてもらもう。」
 
「えっと………誰にですか?」
 
俺は春雨に、ある軽巡洋艦の名前を言った。
 
 
―トレーニング施設―
 
 
「………と言うわけで教えてくれ……いや、下さい。」
 
俺はトレーニング施設にいたそいつに頭を下げた。
 
「お前さ…………目的の為には手段を選ばねぇのか?」
 

木曾は、呆れた顔をしてこちらを見ていた。 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。我が家で執筆するのって、なかなか落ち着いて書けますねぇ。外だとクラスメートの目を気にしないといけないのがまた………あいつらなかなか鋭いし………。
それでは、また次回。 

 

第二十三話

 
前書き
どうも、紙面上の戦いから一旦帰宅してきました。取り合えず後一週間位でペースは戻せそうです。 

 
「俺の昔話を調べる為に俺に魚雷を教えてほしいとか、理論が色々崩壊してるだろ。」
 
木曾はなかなか冷たく言い捨てた。けっこう心に来るものがある。
 
だけどな、んなことぁわかってるさ。
 
「知らねぇよんなことは。俺が雷撃がクソ程苦手なのは事実だし、それを出汁にされて摩耶さんに追い返されたのも分かる。それを元凶に助けを求めるなんてもっての他なんてこともわかってる。」
 
「……なかなか口がわりぃなぁおい?」
 
木曾は少し頭に来たようで、顎を上げて威圧してくる。眼帯と合わさってなかなか怖い。
 
だけど、怖じ気付く訳にもいかない。

「だけど、雷撃を練習しなきゃとは思ってた訳だし、そもそも俺がこんなことに巻き込まれたのは、お前が俺にこんなことを言ったからだろ?」
 
「そりゃあ……そうだけどさ。」
 
実際にあの時、今回の件を提案したのは木曾だ。さらに言えばあそこで俺が入渠しているのに入ってきた木曾が悪い。 
 
「だけど、だからといって普通俺に頼むか?他にも雷撃が得意な奴いるだろ。」
 
ほほぅ?テメェは俺にあの北上や大井に教えてもらえと?会話事態が成り立つかどうか怪しいのに。
 
俺は少し頭に来たので、俺も木曾を睨み付ける。
 
「知ったことかよ。ただ、俺はそんなことは聞いちゃいねぇよ。」
 
「あ?」
 
木曾も怪訝そうに睨み返してきた。
 
「俺はお前に雷撃を教えて貰いたい。強くなりたい。摩耶さんに勝ちたい。」
 
「…………。」
 
「まだ着任してそんなに時間が経ってないけどさ、あんな感じで試されてる感じがだいっ嫌いだ。」
 
実は、ここに来る前に一回自分の部屋に戻って、ドラム缶に八つ当たりをしてから来たところだ。かなりムシャクシャしてた。
 
…………蹴りまくってたドラム缶から悲しそうな目をした妖精さんが出てきたときは本当に申し訳なかった。
 
「だから、他の奴じゃなくてお前のところに来たんだが……まぁ、それはどうでもいい。」
 
「…………?」

俺はここでの短い鎮守府生活の中で、確信していることが何個かある。その中のひとつだが……。
 
こいつは、頼まれたことは確実にしてくれる。
 
木曾はその立場にしろ実力にしろ、なかなか頼られることの多い奴だ。それらを全部こなしていたんだ。
 
天龍とのトレーニングから、球磨多摩とのスキンシップ(最早ペットを飼っている感覚らしい。)、提督からの事務作業か駆逐艦の世話まで。なんでもだ。
 
そんな木曾が、頼みを聞いてくれない訳がないと思ってここに来たんだ。
 
まぁ、その理由が半分で、もう半分は他の奴らが正直絶望的だったから。つまり、消去法だ。
 
ま、消去法だろうがなんだろうが、
 
「頼む木曾。俺に雷撃を教えてくれ。」
 
俺はこいつを頼ると決めたんだ。
 
再び頭を下げる俺。
 
「…………………………………。」
 
黙る木曾。恐らく自分のポリシーとかを考えてるんだろう。
 
迷って迷って考えて、
 
「わかったよ。ただし、神通よりスパルタで行くからな?」
 
結局、引き受けてくれた。
 
「おう、挑むところよ。」
 

……後に、俺は大人しく神通さんに教えて貰えば良かったと後悔するのだが……それはまた後で。
 
 
―練習海域―
 

「いや、なんで当たんねぇんだよ。」
 
不思議で仕方ないといった感じの木曾。そりゃそうだ。
 
「流石にここまで教えて一発も当たらないのはおかしい。」
 
あれから四時間。
 
俺は木曾と一緒に練習海域にて、魚雷の練習を始めた。
 
それで、とりあえず基礎から始めるということで、雷撃の基礎の基礎を木曾から教えてもらった。文字におこさねぇとわかりづらいなおい。基礎の基礎を木曾からて。
 
話を戻すが、木曾に教えてもらった通りに撃ってみているのだが…………何故か当たらない。途中で曲がったり、爆発したり、当たったかと思えば不発だったり。
 
「お前、多分なんか雷撃の神様に嫌われてるんだよ……でないとおかしい。」
 
木曾は元気をなくしたようだった。さっきも話した木曾の性格上、少しでも成果が出ないと落ち込んでしまうようだ。
 
教えてくれている木曾には申し訳ないが、しょんぼりした木曾も可愛いなー。普段の木曾って基本的にクールで格好いい雰囲気を醸し出しているから、こんな感じの木曾はかなりレアだ。
 
「……よし、ムシャクシャしたから一発殴らせろ。」

こいつはエスパーか。
 
……そういや前に、「敵艦隊は目で追うな、感じろ。」とか言ってたな…………どこのニュータイプだよ。もしくはドラゴ〇ボールか。
 
「嫌だね。艤装装備してる状態では殴られてみろよ。一発大破だぜ?」
 
俺は脳裏にあのラ〇ダーキックを思い出していた。本当にシャレにならない。
 
「こうなったら仕方ねぇ。撃ち方を変えてみよう。」
 
そう言うと木曾は、左膝をついて、艤装にある魚雷発射装置を外して、右手に持つ。そして、右肘を右膝の上に置く。
 
「その撃ち方って、確か北上の……?」
 
前に訓練している時に見た。大井も余裕があるときにしてたっけな。
 
「俺はこれを固定砲台法って呼んでんだけど、必ず砲撃できるようにしておくんだ。」
 
そう言いつつ、背中の砲門を伸ばす木曾。
 
「もしかしてだけどさ、砲撃と艦載機は撃ち落として、雷撃は相討ちさせてってことか?」
 
「おう、そーゆーことだ。」
 
「………………………………………。」
 
この人おかしい。
 
「だいたいさ、お前が艦娘になったときだって魚雷で相討ちしてたじゃねぇか。なんで今できねぇんだよ。」
 
「言うな。」
 
俺だってわかんねぇんだ。ほんと、なんで当てれたんだろ?火事場の馬鹿力か?
 
「とにかく、試してみよう。」
 
俺は木曾と同じ格好をする。うーん、なんだろうか。言葉に表しにくいあれがあるな。ほら、あれだよ、あれ。なんだっけあのしっくり来ないやつ。
 
「違和感とかあるか?」
 
「そうそれ!」
 
「?」
 
いや…………俺、違和感が出てこなかったのはまずいだろ………しかも木曾に「そうそれ!」………アホか。
 
「いや、なんでもない。違和感だったか?えっとな……変な感じがする。」
 
取り合えず取り繕うようにそう言った。
 
「だろうなぁ。これがしっくり来る奴何てそう居ないしな。」
 
少し怪訝そうな表情をしたものの、すぐにいつもの澄まし顔に戻った。
 
「ま、取り合えず一発撃ってみろよ。反動デカイから気を付けろよ?」
 
「了解。」
 
俺は発射装置の手動用発射ボタンを押した。
 

「ぐっ!?」
 
 
右肩にとんでもない衝撃が走る。右膝に肘をおいてる理由がよくわかった。ちょっとでも力を分散しないとヤバイ。
 
正直、腕がぶっ飛んだかと思った。
 
発射された魚雷はというと、ほぼまっすぐ進んでいって、的のそばを通り過ぎていった。
 
「お、なかなかいいんじゃねえか?」
 
「…………いや、右腕が無くなったかと思ったわ。」
 
俺は若干痛めた右肩をさすりながらそう言った。
 
「まぁな。俺もあんまりやりたくないんだけどな……。」
 
「あの二人はこんなのを受けきってたのかよ……。」
 
そう言えば、よく大井と北上は肩痛いとか言ってたな。肩凝りかと思ってた。
 
「これが、ハイパーズポーズっていうんだよ。」
 
木曾はそう言って、ニヤリとした。
 
…………ん?
 
「あれ、固定砲台法じゃ無かったっけ?」
 
「…………………………………………………………………………………。」
 
間。
 
間。
 
かなり間。
 
「み、見るなぁ!こっち見んじゃねえええええええええええええ!!」
 
木曾は顔を真っ赤にしながらそっぽを向いた。
 
「あれあれぇ?木曾ちゃーん?どうしたのかなぁ?いやいいよ?ハイパーズポーズでも?特に気にしないからさぁ。」
 
俺はすっごいニマニマしながら木曾の顔を覗きこんだ。ここまで弱味を見せた木曾は見たことないから、調子に乗って更に弄る俺。
 
「う、うるせぇよ!黙りやがれ!」
 
「いやいやぁ?もとはといえばそっちがいい間違えただけだしぃ?別に気にしませんよぉ?」
 
「黙りやがれっつってんだろおぉがぁああああああああ!!」
 
木曾は俺に背を向けた状態から、右後ろ回し蹴りを打ってきた。
 
「おわっ!?」
 
俺は顔面の近くに来た木曾の脚をギリギリでかわす。
 
「ちっ。」
 
舌打ちをする木曾。
 
「…………今日はネコちゃんパンツか?」
 
さっき木曾が脚を上げたとき、偶然見えてしまった。白を基調とした布のお尻のところにネコちゃんのイラストがプリントされていた。
 
「見るんじゃねえええええええええええええ!!」
 
木曾はまた脚を振り上げた……………ところまで見えた。
 
次の瞬間、俺は頭に強い衝撃を受けて、海の上に倒れていた。さっきまでの蹴りとは大違いだった。
 
「くっそ、多摩のやつめ………絞めてやる…………。」
 
俺はその木曾の呟きを聞いて、意識が闇に落ちていった。
 
…………あれ、前にもこんなことあったな…………。
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。一体何人の人がこの作品を覚えていてくれているのかがこの一週間の不安でした。次回も同じくらい間が空きそうです頑張らなきゃなぁ。
それでは、また次回。 

 

第二十四話

 
前書き
どうも、昨日この話を書いていたらこの話のすべてのデータがぶっ飛んでしまいました。そのため、今回は五千字の話の予定が、半分です。こんちくしょう。 

 
「全く……なんで、なんで木曾はこうもやらかすんだろうか………。」
 
ていと……じゃなくて、大輝は頭を抱えていた。
 
先程、明石から報告があったのだが、どうやら訓練中に木曾が二号を蹴り飛ばして気絶させたらしい。
 
一体あの二人が何をやらかしたのかは分からないが、
 
「二号って本当によく気絶するよね。これで三回目だよね?」
 
一回目は木曾に連れて来られているとき。
 
二回目は木曾の開けた扉に吹っ飛ばされて。
 
そして今回、三回目。
 
「全部木曾じゃん。」
 
…………なんか最早コントにすら感じてしまう。

「しかもだよ?明石が木曾から聞いた理由が、『二号にパンツ見られたから。』だからね?二号のことだし、どう考えても木曾がなんかして見えちゃったんだろうね。」
 
「まぁ、貴方は毎晩私の裸見てますけどね。」
 
「そうだけどね。」
 
しかし、と大輝は言った。
 
「なんで木曾は裸を見られるのはいいのに、パンツは駄目なんだろ?」
 
………………………………………はい?
 
「わんもあぷりーず。」
 
「なんで木曾は裸を見られるのはいいのに、パンツは駄目なんだろ?」
 
この人には、デリカシーというものが無いのだろうか。
 
いや、今更か。
 
「恐らく木曾は普通なら下着だろうが胸だろうがお尻だろうが見えてもどうでもいいんですよ。」
 
「はいはい。」
 
と、頷きながらメモを取る大輝。何に使うのだろうか。
 
「ですが、恐らく今回の下着が、何やら予想外の物だったのではないのかと。それならキレる理由もわかりますし。」
 
「成る程。よく分かったよ。」
 
なにが成る程なのかはよく分からないが、大輝は納得したようだ。
 
「つまり唯にならいつ如何なる時でも手を出してみて良いと。」
 
ぎゅっ。
 
「!!?」
 
いつのまにか大輝は私の後ろに立って、そのまま私を抱きしめた。
 
「ちょっと大輝……!まだ昼間ですし、ダメです!せめて夜に……。」
 
「ちぇー。わかったよ。」
 
スッと、私から離れる大輝。
 
…………少し寂しいと感じたのは内緒だ。
 
「おっとごめん。電話だ。」
 
そう言うと大輝は、自分のスマホを取り出した。
 
……と言うことは、プライベートな話なのかな?そうでないと大輝のスマホにわざわざ掛けてくる人なんて居ない。
 
「もしもし?よぉ、たっくんか。どうした?彼女でも見たいのか?ん、あぁはいはい、成る程ね、了解了解。んで?どうせ顔は見せんだろ?はっはっはっ!将来の嫁くらいちゃんと見届けとけ!そいじゃな!」
 
この会話で誰かわかった。
 
「つー訳で明日二人、面会という名の泊まりで来るから。」
 
「毎回思うけど、よく上が認めてますよね…………。」
 
すると、大輝はキョトンとした。
 
「いや?許可がおりる訳ないじゃん。」
 
………………………はい?
 
「無断&強行だよ?バレたら良くて謹慎だね。」
 
「お願いだからバレないで頂戴。」
 
私は大輝の肩に手を置いた。
 
夫と嫁二人揃って仕事無くすとか洒落にならない。
 
「大丈夫大丈夫!亮太さんと雫さんの件があるし、そうそう上もこの鎮守府には手を出せないよ。」
 
この人は………楽観的すぎる……………。
 
「私、夫にする人間違えたかも知れない………。」
 
「そうかな?僕は最高だけどね。」
 
恥ずかしい台詞もあっさり言うし。
 
「それじゃ、そろそろ仕事に戻るかな。僕はちょっと出てくるから、ここの事は頼むよ。」
 
そう言うと大輝は、壁に掛けてある帽子をかぶった。
 
「それじゃま、行ってくる。」
 
大輝は執務室から出ていった。
 
「…………………。」
 
私は机に座って、事務作業をすることにした。
 
すると、再び扉が開いた。
 
「そうそう、唯。ひとつ聞いていいかな?」
 
その隙間から、大輝が顔を出していた。
 
「おっぱいおっきくなった?」
 
「死んでください。」
 
私は真顔のまま机の上に置いてあった文鎮を投げた。慌てて扉を閉める大輝。
 
「…………全く。」
 
私は机の上に置いてある書類に署名をし始めた。
 
一番上の書類は、木曾に二日間の謹慎処分を科せるという内容の書類だった。
 
 
―翌日―
 
 
「……………おおぅ。」
 
俺は昨日、木曾に気絶させられて、一時間後に目を覚ました。取り合えず自分の部屋に移動して、そのあとは安静にしていた。その間に木曾は数えているだけで二十回は「ごめんなさい。」と言っていた。
 
さて、そしてその翌日、いつもの時間、四〇三〇だが。
 
「なーんでここに木曾と春雨が寝てんのかね…………。」
 
俺のベッドの横で、予備の布団を敷いて二人が仲良く寝ていた。
 
そりゃあもう、すやすやと。
 
恐らく二人で心配になって夜中にこっそり侵入したらしい。それなら床で雑魚寝でいいだろう。何故布団を敷いた。
 
「………まぁいいや。走ってくるか。」
 
俺は念には念を押して、ベッドの上で布団をかぶって着替えた。
 
「…………。」
 
少し迷ってから、俺はこの部屋の鍵を机の上に置いた。
 
「そーいや木曾って今日から謹慎だったっけ………。ま、天龍にでも見てもらうかな。」
 
正直、今回の件で俺はかなり大ピンチになっている。この鎮守府一の実力者から教えてもらえなくなったんだ。最早どうしようかと。
 
「……やれるだけやろう。」
 
俺は扉を開けた。
 
ゴン。
 
「イタッ!?」
 
どうやら扉の前を歩いていた誰かにぶつかってしまったらしい。
 
「わりぃ、大丈夫か?」
 

 
「大丈夫じゃねーよ!どーすんだよ俺が更にバカになったらよぉ!あぁ!?」
 

 
「ちょっと声が大きいよ、他の人が起きちゃうでしょ?」
 
 
 
悠人と、拓海だった。
 
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。あと一週間で投稿ペース復活できます。次回こそはこまめに保存して投稿できたらと思っています。
それでは、また次回。 

 

第二十五話

 
前書き
どうも、戦いから帰還してきました。これからは通常運転で行けたら幸いです。
因みに、今回は最多文字数更新しました。 

 

―防波堤―
 

「いやー、すげぇキレーな夕焼けだな!こんなの毎日見てんのかよ!」
 
「「……………。」」
 
俺と拓海は二人して絶句した。こいつ、バカだバカだとは思っていたが、ここまでバカだとは………。
 
「悠人?今は朝だよ?」
 
「別にいいんだよ。俺が夕焼けって勝手に思っとくからよ!」
 
さっき会ったときから妙に悠人のテンションが高い。元々バカみてぇに高いとは言え、流石に高すぎる。

「なぁ拓海。もしかしてこいつ、徹夜明けか?」
 
「う、うん。何でもおやっさんに呼ばれたらしくて………。」
 
「あー………おやっさんなら仕方ねぇか。」
 
おやっさんと言うのは悠人の父親のことだ。職業が職業なので、悠人もよくそのシゴトを手伝うことになっている。因みに、俺と拓海もそれに何回も付き合っている。正直、勘弁してもらいたい。
 
「ま、お陰でそこそこのお小遣い貰える訳だしね。」
 
「勝手に人の心を読むんじゃねぇ。」
 
しかし、こいつらが相変わらずな感じでホッとした。寂しがったりしてないかなとか、俺が居ない間に暴走してたらどうしようかと。
 
「んで?なんでお前らがここにいるのか説明してくれるんだろうな?」
 
俺は少々腹を立てながら悠人と拓海を睨み付けた。
 
すると、拓海が話し始めた。
 
「僕は研修、悠人は面会。」
 
「研修?面会?」
 
なんのことやら全く分からない。いや、まだ面会は分かる。恐らく俺にこいつらが会いに来たんだろう。ちくしょう嬉しいじゃねぇかよ。
 
気になるのは研修という言葉だ。なんの、と言うか誰の?
 
「面会は悠人で、あいつは千尋への面会ってことでここに来たの。」
 
と言うことは…………。
 
「お前が研修ってか?なんのかは知らねぇけど。」
 
そう言うと、拓海は少し笑って、
 
「いやね?ここの提督になる勉強中でね?週に一回はここに来てるんだ。」
 
と言った。
 
成る程、提督なら確かに研修がいるな。
 
「つーことはなんだ?俺が艤装を見つけた時には既に知ってたってことか?」
 
「そうだね。口止めされてるから、話そうにも話せなかったからね。流石に駆逐イ級に吹き飛ばされたときはびっくりしたけど。」
 
「そうかそうか、それは大変だったな。」
 
「「ふっはっはっはっはっはっ(棒)。」」
 
そんな感じで俺と拓海は乾いた笑いを浮かべていた。
 
「いやいやいやいや!お前らちょっと待てやこら!?」
 
すると、防波堤から朝焼け――悠人に言わせれば夕焼け――をダンディ(爆)に見ていた悠人がこっちに来た。
 
「拓海はともかくなんで千尋は驚きすらしねぇんだよ!俺なんか聞いた時に腰抜かすか思ったわ!」
 
どうやらこいつは少し前に初めて聞いたらしく、かなり反応が薄かった俺にそうとう驚いている模様。
 
「だって、もうその程度の事じゃ驚かなくなってきてるし。木曾が敵の体にラ〇ダーキックかまして足ぃ貫通したりするし、そのまま回し蹴り打ち込んだり…………(ゾワァ)。」
 
思い出しただけで悪寒が走ってしまう。俺がここに来てからのトラウマランキング堂々一位だ。
 
余談だが、二位はドラム缶二連発。三位が木曾と不覚にも入浴してしまったことである。
 
「まーた木曾はやらかして…………。」
 
頭を押さえる拓海。どうやら前からやらかしてるらしい。
 
「なんだそれ、それって人の所業か?」
 
悠人は半分信じてないみたいだ。そりゃあそうだろうな。俺も信じられなかったもん。
 
「それで、拓海はいつからここに通ってるんだ?」
 
俺は頭を抱えてる拓海に聞いた。
 
「…………ハイキックで頭吹き飛ばしたり、魚雷ぶち投げたり、一人で戦艦三隻沈めたり、発勁で一発轟沈させたり………え?なんか言った?」
 
どうやら木曾はおっそろしい事を昔からやってきたらしい。
 
「いや、お前はいつからここに通ってるんだ?」
 
「あぁ、三年前からかな。」
 
三年前となると、木曾が着任した一年後か。もしもっと昔から来ていたなら聞こうと思ってたのに。
 
すると、あれ、と悠人が切り出してきた。
 
「なんでお前はここに来るようになったんだ?誰か知り合いでも居るのか?」
 
そう言えばそうだな、と俺は頷いていた。
 
俺がここに来たときには、恐らく提督は最低限の知り合いに話したのだろう。となると、拓海はどうやってここを知ったのだろうか。
 
「えっと、覚えてないかな?三年前に転校してった女の子覚えてない?」
 
拓海はそんなことを聞いてきた。
 
三年前って言うと…………中学二、三年生位か。
 
俺はその辺りで起きた色々な思い出を思い出していく。悠人の家業の手伝いでテキ屋のバイトしたり、拓海に連れられてゴーゴンさん(前に出てきた生首。)を飾ったり……ろくなことしてねぇな。
 
「えっと…………あー、いたな。誰だっけ……名前が出てこねぇ…………。」
 
俺はあまり物覚えがいい方ではないので、すぐに人の名前を忘れてしまう。まぁ、それが友達の少ない理由でもあるのだが。
 
「ほら、フユカだよ。ソノザキフユカ。」
 
悠人が焦れったくなったのか、答えを言ってくれた。
 
しかしソノザキフユカねぇ…………。
 
「あー!思い出した!拓海の元カノの!なっつかしいなー。」
 
園崎 冬華と言うのは、俺らが中学時代の時の同級生で、なかなか人懐っこい性格の女の子だった。
 
「…………あれ?冬華?」
 
俺は園崎 冬華の顔を思い出そうとして、あることに気づいた。
 
確かに、俺はそいつを見たことがあった。しかし、何故か気づかなかった。まぁ、俺って人の名前と顔を覚えるのが苦手だし、そうなるとも必然か。
 
「なぁそいつって……。」
 
俺が拓海に答え合わせをしようとしたときだった。
 
 
 
「たっっっくみくーーーーんっぽーーーーい!!」
 
 
 
俺と悠人の目の前をものすごいスピードでなにかが通った。そのなにかは、拓海にぶつかったかと思うと、拓海はそれを受け止めていた。
 
……いや、止めきれずに軽く吹き飛ばされてしまっていた。
 
「ちょ、危な」
 
そして、拓海とそいつは、三~四メートル位飛んでいた。どんな勢いだよ。
 
さて、ここは防波堤。そんなところで立ち話してた俺ら。
 

そこから三メートル吹き飛んだらどうなるでしょうか?
 
 
バッシャーン!!
 
 
物凄く大きな水飛沫が上がった。
 
案の定、拓海たちは海に落ちていった。
 
「おーい、大丈夫かー?」
 
一応声を掛けてみたが、まだ上がってきていない。

一応俺らは艦娘になってからは水泳や救助法なども練習するから、恐らく大丈夫だろう。
 
「ぷはぁ!」
 
「ぽいぃ!」
 
あ、上がってきた。
 
「取り合えず、これにつかまれ!」
 
いつの間にか悠人がどこからかロープを持ってきて、下に垂らしていた。
 
「ほら、冬華。先に上がって。」
 
「そうやってパンツ見る気なんでしょ?そうは行かないっぽい!先に上がってっぽい!」
 
「そんなの今更でしょ。こないだ大敗したときに千尋にいくらか見られてるってば。」
 
「やだ。」
 
…………なんだこの痴話喧嘩。俺達は何を聞かされてるんだ。
 
「悠人。ロープ上げろ。」
 
「あいよ。」
 
「ちょちょちょ!」
 
「待ってっぽい!」
 
慌ててロープに掴まった二人。俺と悠人はそのロープを引き上げた。
 
「全く……気を付けろよ、夕立。」
 
俺は今では完全に思い出していた。
 
「えへへ……嬉しくって。」
 
恥ずかしそうに頬を掻く夕立
 
夕立は園崎 冬華だった。
 
ほんと、なんで今まで気づかなかったんだろうか。
 
「取り合えずお前ら、シャワー浴びてこい。」
 
俺はずぶ濡れになった拓海と冬華に向けてそう言った。

―三十分後 食堂―
 

「しかし、まさか夕立が冬華だったとはなー。気づかなかった俺も俺だけどさ。」
 
現在、六〇〇〇。俺達はまだ間宮さんしか居ない食堂で朝飯を食っていた。
 
「ほんとっぽい。ここでは自分の前の生活の話をするのはタブーだから、私からは話せないから、いつ気付くからなと。」
 
夕立は少々呆れた様子でこっちを見ていた。呆れる理由も分かる。なんせ、俺達四人は小学校からの同級生だ。何回も顔を合わせているはずなのに。
 
俺って相変わらず人の顔を覚えておくことが苦手だな、と思った。
 
「でもまぁ、よく俺達の顔とか名前とか忘れてなかったよな。」
 
悠人がそんなことを呟いていた。……そこは正直、俺も信じられなかった。他の人なら恐らく忘れていただろう。
 
「そりゃあお前らってのがな。」
 
俺は若干鬱陶しそうにそう言った。
 
幼稚園からの親友の顔は流石に忘れる訳がない。
 
「おまけに俺の部屋にはゴーゴンさんがドラム缶の上に鎮座してるからな。嫌でも毎日思い出すわ。」
 
そう、俺の部屋には例のドラム缶とこいつらから送られてきたゴーゴンさんがいる。しょうがねぇからドラム缶の上にゴーゴンさんをおいたら、なかなかいい感じだったので、そのままにしてある。
 
「だから言ったでしょ?絶対忘れないって。」
 
拓海は胸を張って悠人を見ていた。そうか、俺にゴーゴンさんを送りつけるアイデアはこいつか。後で誰も居ないところでシめとこう。
 
「とう。」
 
すると冬華が、隣りで胸を張っている拓海の脇腹を突っついた。
 
「ふぁ!?」
 
拓海は脇腹を突っつかれるのが昔から苦手で、いつも優しく大人しい拓海のこの反応が見たくてたまにしていた。
 
「期待通りの反応だな。」
 
「おう、懐かしいな。」
 
たったの二週間なのに、物凄い昔に感じてしまう。それだけここでの生活が忙しいということなのだろう。
 
……正直、寂しい。
 
俺はそんなに友達が多い訳ではないから、基本的に一人でいる。それでも大丈夫なのは、なにかと理由をつけてこいつらが話しかけてくるから。
 
振り回してくれるから。
 
一緒にいてくれるから。
 
いつか、一体いつになるのかは分からないが、いつの日か必ず、こいつらといつもの日常に戻りたい………そう思った。
 
 
「なにいい話にしようとしてるの!下手くそすぎるよ!」
 
「勝手に人の心を読むんじゃねぇ!」
 
……それだけの相手だから、相手の考えてることが分かってしまう。それも、テレパシーみたいなレベルで。
 
厄介極まりなくて、極めて厄介だ。
 
「まぁ、それほど仲よしってことっぽい!」
 
冬華、お前もか。
 
さて、俺はどう反撃をしてくれようかと考えていた。間宮さんにキムチ丼でも注文しようか。拓海が辛いの苦手だからな。それでも奢りだっつったら拓海は優しいからな、絶対食ってくれるだろう。
 
「ういーっす。いつもの頼むわー…………って、拓海じゃねえか。」
 
そんなことを考えていたら、誰かが食堂に入ってきた。
 
「あら、本当じゃない。久しぶりねぇ~?拓海さん。」
 
声の主は、天龍と龍田だった。こちらに来る二人。
 
「あ、天龍に龍田。久しぶり。」
 
すると、拓海は悠人の方を見て、天龍と龍田の紹介を始めた。
 
「悠人、この二人は天龍と龍田。ここでもけっこうな古参だよ。」
 
「どうも、拓海とち…………二号の友達の橘 悠人っす。」
 
「おう、よろしくな。」
 
「よろしくねぇ~。」
 
うーん、俺の勘なんだが、悠人は天龍とは仲良くなれそうだが、龍田とは相性が悪そうだな………。俺や天龍や摩耶さんが苦手にしているのと同じ理由で。(因みに木曾はと言うと、知ったこっちゃねぇ、みたいな感じでむしろ龍田が木曾のことを苦手にしている。)
 
「あら?拓海さんじゃないの。」
 
「本当だー!拓海さんだー!」
 
「доброе утро、拓海。」
 
「お、おはようなのです!」
 
すると、今度は暁、響、雷、電の四人が入ってきて、拓海の回りに来た。
 
「おはよう、暁、響、雷、電。」
 
さらに、
 
「あ、拓海くんだ。久しぶりだね。」
 
「あ、二号さんも。おはようございます!」
 
時雨に春雨。
 
「うぉーす、拓海さーん!今度こそ夜戦しよーよー!」
 
「珍しく川内姉さんが早起きしたと思ったら……おはようございます。」
 
「おっはよー!久しぶりです!拓海さん!」
 
川内に神通さんに那加ちゃん。
 
「あら、拓海さん。お久しぶりです。」
 
「久しぶりね。」
 
赤城さんに加賀さん。
 
「む、拓海殿か。久しいな。」
 
長門さん。
 
「ヘェーイタクミー!久しぶりネー!」
 
金剛さんと。
 
「な……んじゃこりゃあ…………。」
 
気が付いたら、ここにいる殆ど全員が拓海の回りに集まっていた。
 
俺と悠人と冬華は、早めに移動するように拓海に言われていたから、春雨達が来た頃には移動していた。
 
「あの優男め………羨まs……ゲフンゲフン、けしからん!」
 
今本音が出かけてたぞ。
 
「さてと、自分の彼氏があんなことになってて、どんな気持ちですか?」
 
俺はからかうつもりで隣の冬華に聞いてみた。
 
「別に。あんなことされとも拓海くんは私だけのものだもん。他の女の子なんかには絶対あげないっぽい。」
 
おおぅ。目がマジだ……つーなハイライト消えてね?
 
そんなことをしていたら。
 
「お、おい。なんか胴上げが始まったんだけど………。」
 
「……………。」
 
見てみると、拓海が沢山の艦娘から胴上げをされていた。
 
俺、胴上げとかって、プロ野球のリーグ優勝位でしか見たこと無かったのに。

いやそもそも、なんの胴上げだよ。
 
「このお祭り騒ぎ、毎回起きてるのか?」
 
俺は冬華に聞いてみた。
 
「うん、毎回毎回来る度に。」
 
一体なにがあの子達を駆り立てるのか。
 
「これってさ、どうやって収集つけてるの?」
 
「いつもは木曾さんが適当なところで終わらしてるんだけど…………謹慎中だったっぽい………。」
 
「………………。」
 
気が付いたら、何故か悠人も胴上げに加わっていた。あのバカ、お祭り騒ぎ大好きだから。そして、何故か悠人も胴上げされていた。
 
 
 
 
その後俺達は、様子がおかしいと思ってやってきた大淀さんが止めてくれるまで、ここで胴上げの様子を横目に思い出話に花を咲かせていた。
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。いやー、今回はよりいっそう駄文駄文で申し訳ありません。忙しかったものでして、一日少しずつ書いていたので、「あれ、俺って何を思ってこんなこと書いたんだ?」って状況に陥ってしまいまして……次回から自戒させて頂きます。
それでは、また次回。 

 

第二十六話

 
前書き
どうも、世界バレーをみながら執筆してたら、圧倒的に遅れてしまいました。てへ。 

 

―練習海域―
 
 
さて、俺は今、練習海域にて雷撃の訓練を始めていた。本来であればこの場所に木曾がいるはずなのだが……アイツは今、二日間の自室謹慎を食らっている。なんとなく申し訳無い。
 
そんなわけで俺は天龍辺りに見てもらおうと思っていたのだが。
 
「いやー、本当に海の上に立ってんのな。今でも信じられねぇや。」
 
何故か知らねぇが、悠人が手漕ぎボートで俺の近くに浮かんでいた。
 
「…………なんでお前がいるんだよ。拓海はどうした。」
 
「拓海は今、提督の仕事の手伝いとかだってさ。あいつがここに来たお題目は研修だからな。多少はしとかなきゃダメなんだろ。」
 
悠人はそう言った後、他のところで訓練している艦娘を見始めた。
 
「ふむ…………なかなかいいな………………。」
 
と、方角的には軽巡洋艦や重巡洋艦の方向だった。
 
…………なんだ、女の子の見極めか?でもなんか基本的にみんなレベルは高めだしな………。
 
「なぁ千尋。」
 
と、いきなり悠人が話し掛けてきた。
 
「どうした?」
 
「お前、こんなに最高な所で生活してんのかよ。」
 
意味がわからなかった。俺的には命懸けてるだけで気分的には最低なんだけどな。
 
 
 
 
「女の子のパンツ見放題じゃねぇかよ!!」
 
 
 
 
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。」
 
 
 
 
俺は、黙って訓練用の砲門を悠人が乗っているボートに向けた。
 
「ちょま、おま」
 
ドォン!
 
なんの躊躇いもなく引き金を引いた。
 
砲撃は目視できなかったが、砲撃してから直ぐに、悠人のすぐ後ろで水柱が立った。
 
「ちっ。外したか。」
 
俺は再び砲門を向ける。
 
「ストップストップ!お前はあれか!親友を殺してもなんとも思わねぇのかよ!」

「親友?バカ言うな。」
 
俺はそう吐き捨てる。
 

 
「テメェらの命守るために訓練してる奴等を見てそんなこと言う親友なんざ、俺は一人も持ち合わせていないね。」
 
 
 
そりゃあ俺もここに来てから、そんなもの何回も見たさ。ぶっちゃけ興味ねぇけど。
 
でも、あんなにボロボロになりながら戦ってる奴を見たら、そんなことも言えなくなった。
 
確かに目の前の男は親友だ。大親友だ。
 
だが、だからこそ許せない。
 
「………………すまん。」
 
悠人は、そのまま頭を下げた。
 
「次から気をつけろ。次は外さん。」
 
俺はそう告げると、遠くの的の方に体を向けた。
 
俺は昨日木曾に習った、固定砲台法、またの名をハイパーズポーズ(いまだに思い出し笑いが止まらない。)をとる。
 
息を吸って、集中。
 
発射。
 
右肩への衝撃に耐えた後、魚雷の行くえを見守る。
 
魚雷は途中まで真っ直ぐ進んでたのだが、途中で左に大きく旋回したかと思えば、近くの岩場に激突した。
 
訓練用の魚雷だから爆発はしなかったが、それ以外は本物と同じはずだ。
 
「ちくしょう、なぜ当たらん。」
 
木曾ですらわからなかったものが俺に分かる訳もなく、この二日間位悩みっぱなしだ。
 
いっそのこと、魚雷を手に持って投げてやろうか。今の状態なら絶対その方が精度高いだろう。
 
そんな感じで悩んでいる時だった。
 
 
 
「入れようとしなきゃ入らない、だろ?」
 
 
 
いつの間にか隣に移動していた悠人がそう言った。
 
「…………それって、中学の時の顧問のセリフじゃねぇか。」
 
俺が中学生のとき、少しスランプに陥っている時期があった。何本シュートを打っても入らない、むしろゴールやボードにかすりもしない、そんな状況だった。
 
そんなとき、顧問の先生が俺にそのセリフを言ったんだ。
 
「要するによ、またあのときと似たような状況なんだろ?だったら原点回帰だ。」
 
あのときも、こうしたらどうだろう、ああしたらどうだろう、このほうがいいかな、どうしたらいいだろうと、ひたすら考えてた。
 
その時と同じだ。
 
 
 
 
「まずはあれに絶対当てると思っとけ。当たるかもなんて中途半端な気持ちじゃ、当たるもんも当たらねぇ……そうだろ?」
 
 
 
あぁ。
 
こいつは、確かに親友だ。
 
俺のことをよく知ってらぁ。
 
「サンキュー。いいこと聞いたわ。」
 
俺は再び的の方に向き直って、構える。
 
…………ぜってー当てる。これ当たんなかったら昼飯お握り一個だ。
 
俺はそんなことを思いながら、約二百十メートル先の的に狙いを定める。
 
バスケで言うなら、ラスピリ残り一分、同点で貰ったフリースローの様な気持ちで望む。
 
「…………………。」
 
俺はじっと海の様子を見ていた。
 
波は低めで左から右。少し右よりで撃とう。俺はそう思って少し右に体を向ける。
 
大きく息を吸って、止める。
 
「………………はぁ!」
 
俺は意を決して引き金を引いた。右肩に衝撃が走った後、魚雷が発射された。
 
「いっけぇえええええええええ!」
 
魚雷はほぼ真っ直ぐの軌道で進んでいた。しかし、途中で波に軌道を変えられたのか、少し左に曲がり始めた。
 
「当たれえええええええええ!」
 
願いが通じたのか、魚雷はそのまま的に向かって進んでいって…………。
 
ドォン!
 
中心に完璧に当たった。ここまで完璧に当たったのは、はじめての戦闘の時の相手の魚雷にぶち当てた時以来だった。
 
「ッシャラァ!見たか悠人オラァ!」
 
と、俺は後ろを振り返った。
 
 

「おう、見てたぜ。やっとこさスタートラインだな。」
 
 

そこには、悠人と、もう一隻のボードに乗っている木曾がいた。
 
「な!?お前、自室謹慎中じゃねぇのかよ!?」
 
俺は驚いて木曾に近づいていった。
 
木曾はなにも悪ぶれる様子はなく、いつものクールな表情だった。あいかわらず一晩寝たら切り替えてくる奴だ。
 
「だってほら、約束したからな。お前に摩耶さんに勝てる位の雷撃技術を教えるってな。部屋で大人しくしてられるかっての。」
 
やはり思った通り、木曾は約束事は本気で守ろうとしてくれる。他の奴らからの信頼が暑いわけだ。
 
流石にここまでのバカとは思わなかったが。
 
「いやー、やっと当たったな!後はその精度を上げるだけだな!」
 
悠人は満面の笑みでこちらに話し掛けてきた。裏表のない性格ってのはある意味楽なんだろうなと、こいつを見てたらよく思う。
 
でも、確かに悠人の言う通り、後はこれの精度を高めていれば良いだけだ。ホント、やっとこさスタートラインだ。
 


「いや、まだまだやることだらけだぜ?」
 

 
俺は自分の耳を疑った。木曾の顔を見ると、ものすごい悪そうな笑顔を浮かべていた。悪巧みが成功したような顔だった。
 
「どうせ摩耶さんのことだからな。点数テストでの勝負じゃなくて実戦形式での勝負だろうな。」
 
このとき、俺は自分の顔からどんどん血が引いていくのが感じた。ヤバイ、物凄く嫌な予感がする。
 
「と、言うわけでこれからは精度アップ&速打ち&雷撃回避の練習だ!あと六日あるからな!大井レベルにはしてやるぜ!」
 

 
 
 
 
「ざけんじゃねぇえええええええええええええええええええええええ!」
 
 
 
 
 
 
このあとの数日間、俺は生き地獄を見るはめになるのだが…………ご想像にお任せしておこう。
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。僕はバレーボールをずっとしているので、バスケのことはよくわかりませんが、それでも通じる所はあると思います。「入れようとしなきゃ、入らない。」は、僕の恩師の言葉です。うん、どうでもいいですね。
それでは、また次回。 

 

第二十七話

 
前書き
どうも、最近忙しくなくなった、と思ってたらじんわり忙しかったです。一週間に二回位のペースで書きたいのに………。
あ、今回は艦これ要素ほぼなしです。 

 

―自室―
 
「ただいまーっと……あー、疲れた。」
 
あれから。
 
俺はさんざん木曾に訓練をつけてもらいまして、二〇〇〇頃にやっと解放された。
 
木曾は、『あと三日で完成させてやんよ。』と、いつものクールスマイル。その後、木曾はありえねぇスピードでボートを漕いで帰っていった。
 
仕方ないから、暇になってボートで寝てしまっていた悠人を連れて帰り、晩飯を食って部屋に戻ってきた所だ。因みにだが、悠人は飯を食って直ぐに寝てしまっていた。仕方ないからおぶってきた。
 
「ん、おかえり。雷撃、ちょっとは上達した?」
 
すると、部屋では拓海がちゃぶ台を出して座っていた。ちゃぶ台の上には、宴会の時に何本か貰った酒びんが。一本は空いていた。
 
「いやー、このワインなかなかいけるね。飲む?」
 
「…………………おう、貰うわ。」
 
俺は色々言いたいことを噛み殺し、悠人をベッドに寝かした。その後、拓海の前に座る。
 
悠人は用意していたグラスに空けていたワインを注ぐ。
 
「どーぞ。」
 
「ん。」
 
俺はそのグラスを受け取った。
 
「んじゃ、久しぶりの再会を祝って……」
 
「「乾杯。」」
 
チン、と高い音を鳴らせ、俺と拓海はワインを一口飲んだ。
 
 
(※前にも言ったかもしれないが、この話はフィクションであり、実際では未成年の飲酒は法律で禁止されている。真似するんじゃねぇぞ?真似したら……分かってんな? By魔神)
 

……なぜだか知らないが、頭の中で木曾の声がした気がする。疲れているのだろうか。さんざんあいつの声は聞いた訳だし、あり得なくはないな。
 
「しかし、悠人は見事に寝てるね。」
 
拓海は一旦グラスを置いて、ベッドで爆睡している悠人を見ながらそう言った。悠人はなかなか幸せそうな寝顔で寝ていた。
 
「全く、久々に友人に会ったってのに、寝るかねフツー?」
 
「まぁ、おやっさんの仕事手伝ってた訳だし、疲れてるのも無理ないよ。」
 
んなこと言ってたなそういえば。しかし、テキ屋バイトで三徹位はしたこと会ったはずなのにな……。
 
「でも、今だって狸寝入りの可能性すら有るからね。試してみたら?」
 
ふむ、それもそうだな。
 
悠人は基本的に俺以上の寂しがりやだから、他人の目を惹くような行動をよくとる。俺が初めて学校で出会ったときも、わざわざ俺の机の上に置いてあった筆箱をぶちまけてきっかけを作ったっけな。
 
「んじゃま拓海、お前足もって。俺腕な。」
 
俺はそう言うと、ベッドの上に登って悠人の腕をなんか持ち上げた。
 
拓海は頷くと、悠人の足を持つ。俺達はいっせーのーでと掛け声をして、悠人を持ち上げる。
 
「右から振ろう。飛ばしすぎないことな。」
 
「了解。」
 
しかし、ここまでしてるのに悠人は起きる気配がない。こいつ、やっぱり寝てないんじゃねぇか?
 
ま、それはこれから分かるわけで。
 
俺と拓海は息を合わせて持ち上げた悠人の身体を左右に振る。
 
「「いーち、にーの、さーんっ!」」
 
そして、その合図で悠人をベッドの上からちゃぶ台の向う側、ドラム缶の近くにぶん投げる。
 
ライナー気味に飛んだ悠人は、ドサァ、と落ちたあと、ゴロゴロ転がって、ドラム缶にぶつかった。
 
そのまま動かない悠人。
 
「いや悠人絶対起きてるでしょ!?」
 
拓海がベッドから降りて、悠人の近くに移動する。確かに、あんな感じで投げられたら寝てたとしてら起きるはずだ。
 
つまり。
 
「オラァテメェら!何してくれとんなぁ!」
 
悠人はここまで起きてましたとさ。めでたしめでたし。
 
「さーて、今日は別の部屋で寝るかね。」
 
俺はじゃれ始めた二人を横目に部屋を出ようとする。
 
「いやいやいやいや、まだまだ夜は長ぇんだぜ?もっと話そーぜ?」
 
悠人は拓海に腕ひしぎ逆十字を掛けながらそう言ってきた。いやまて悠人、拓海の右腕がなかなかエキサイティングな方向に曲がってるぞ。
 
「ギブギブギブギブ!ムリムリ!つーか僕、今日は冬華の部屋に泊まるから!離して離して!」
 
拓海はそんなことを叫んでいた。後半は半分悲鳴に近かったけども。
 
「ほほう?冬華の部屋だぁ?」
 
それを聞いた悠人は、意地の悪そうな笑顔を浮かべた。
 
「なぁ、冬華の部屋って何人部屋?」
 
「えっと、確か一人部屋って言ってたな。ジャンケンに勝ったって。」
 
………………………………。
 
「「(ニヤァ。)」」
 
俺と悠人は顔を見合せた。その後、拓海を見る。
 
「いや、前からここに来たときはたまに冬華の部屋で寝るかね?」
 
なんともないといった感じで話す拓海。とゆうか、俺の中では拓海と冬華って別れてたと思ってたんだけどな。朝のあれを見る限り、今でもラブラブらしい。
 
「んでぇ?冬華の部屋で〇〇〇〇したり〇〇〇〇〇したり〇〇〇〇〇〇〇したりするのか?」
 
俺はそんなことを言った悠人の頭をしばいた。R-18のタグ着けなきゃいけなくなるだろうが。
 
「………………。」
 
……………うん?
 
さっきから拓海がずっと黙ってる。
 
「…………おーい、拓海ー?」
 
流石に悠人もおかしいと思ったのか、拓海に声を掛ける。しかし、拓海は依然として黙ったままだ。
 
すると、
 
「ねぇー、二号さーん、拓海くん居るっぽい?」
 
外から、件の冬華が声を掛けてきた。
 
「うん、居るよ。すぐ行くから、待っててね?」
 
拓海は、その声にそう答えた。
 
「分かったっぽい!」
 
すると、冬華はタッタッタッと走っていった。
 
「んじゃ、そーゆーことで。」
 
拓海はそう言うと、立ち上がって部屋の外に出ていった。心なしか、嬉しそうだ。
 
「お、おう。それじゃ、お休み。」
 
「うん。お休み。」
 
ギィイー、バタン。
 
拓海はそう言い残して出ていった。部屋には、俺と悠人だけ。
 
「…………千尋、俺たちも早く恋人でも作ろうぜ。なんか悔しい。」
 
「同感だ。」
 
無性にあのやさ男に腹が立ってしまう。拓海は中学生時代、一週間に一回位のペースで告白されてた。因みに俺は心の底から女の子を好きになったことがないし、悠人は恐らくあちらの世界の人とになるのだろう。
 
だから、なかなか悔しい。
 
「あーでも、千尋はこれからの半年で恋人ができそうだな。」
 
酒が入っているからか、悠人はそんなことを口走った。
 
「はは、冗談は行動だけにしとけ。んで、その根拠は?」
 
たかが一日見ていただけの奴が一体何を語ろうとするのか。でも、意外とこいつ鋭いしな………ボロ出さねぇようにしねぇとな。
 
「俺の見立てでは、春雨って娘かな。」
 
「…………ほう?」
 
確かに、今日の昼過ぎにも春雨とはドイツ語の勉強したあとに、暫く一緒に訓練してたけども。
 
僕はそこから悠人がどんな理論を展開するのか、少し楽しみにしながらワインを口に運んだ。
 
「まず間違いなくお前に惚れてるよな。」
 
「ぶっ。」
 
俺は思わずワインを盛大に吹いてしまった。悠人はワインを頭から被ってしまっていた。
 
「す、すまん。ほれ、タオル。」
 
俺はすぐそばに置いてあったタオルを悠人に渡す。お礼を言ってそこかしこに飛んでいるワインを拭く。
 
あらかた何とかなった所で、俺は悠人に聞いた。
 
「……なんでそう思うんだよ。」
 
「いや、だって春雨ちゃんのお前を見る目が完全に恋する乙女だもん。あの様子じゃあ本人も気付いてないみたいだけどさ………やっぱりお前も気付いてなかったか。」
 
はぁ、と溜息をつく悠人。悪かったな鈍くて。
 
「……他には?」
 
「木曾さんからきいたんだけどさ、お前と春雨ちゃんって、木曾さんの昔の話を探ってんだろ?それで成り行きで摩耶さんと対決するとか言うことも。」
 
どこまであの娘はバカなんだ。わざわざ言うなよそんなこと。
 
「でもさ、どうせお前のことなんだから、春雨ちゃんを誘った訳じゃないんだろ?」
 
確かに、あのときは春雨から一緒に調べさせて下さいって頼まれたんだっけな。
 
「それって、好きな男の子と一緒にいたいっていう恋心の表れじゃね?」
 
「…………知らねぇよ。」
 
俺は若干頭に来て、そのまま寝転がる。このまま寝てやろうか。

「……ま、ただの推理。確証無し。証拠もなしだ。けどな、」
 
そう言うと、悠人は一旦ベッドに移動して、寝転がった。
 
 
 
「後悔すんなよ?」
 
 
 
その言葉には、どんな意味が込められているのか。死に際での意味なのか、人間関係での意味なのか。
 
「……忠告ありがとさん。俺はもう寝る。」
 
しかし、忠告は素直に受け取っておくことにした。今までもこいつや拓海の言葉には何回か救われてきたんだ。覚えておこう。
 
「そうか、お休み。」
 
「おう、お休み。」
 
俺達はそう言うと、お互いに黙った。
 
久々に会った親友とこんな感じでいいのか、とも思ったけど、俺達はこれでいい。
 
またいつか、こんな感じで泊まり込みで遊びたいな、と思ってしまった。
 
………………一体いつになるのやら。
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。実のところ、予定ではとっくに摩耶さんとの対決も終わっている予定だったのですが……いやはや、おそろしやおそろしや。
それでは、また次回。 

 

第二十八話

 
前書き
どうも、最近は毎日2300から0100までしか執筆の時間がないです。週に二回が、週に一回に…………今週こそは週二回を目指します(目指すとは言ったが、達成させるとは言っておりません。) 

 

―自室―
 
「………あんにゃろう。」
 
俺がいつも通りの時間に目を覚ますと、ベッドで寝ていたはずの悠人の姿が無かった。
 
最初はトイレでも行ってんのかな、と思ったが、ちゃぶ台の上に置き手紙が置いてあった。
 
『走ってくる。』
 
これだけ書かれていた。恐らくだが、昨日の内に木曾辺りと約束でもしたのだろう。相変わらず人との距離を詰めるのが上手い奴だ。
 
さて、それとは裏腹に人との付き合い方が論外レベルの俺はというと、走りに行って悠人と鉢合わせになったらめんどくさいな、と思ったわけだ。
 
「つまるところ、食堂辺りにでも行って暇潰しでもしようかってことだ。」
 
誰に解説するわけでもなく、そう呟いた。
 
俺は悠人の置き手紙をごみ箱に捨てて、そのままクローゼットの前へ。
 
いつものセーラー服と半ズボン、帽子は迷ったが、今日は被って行こうかな。
 
「…………。」
 
そして、毎日のように悩むこれ。
 
眼帯だ。
 
「どーすっかなー…………木曾とのペアルックとか、木曾も嫌だろうし、第一、片目見えなくするとか、どんな苦行だよ。」
 
いや、木曾のことだから、「いいじゃねえかペアルック。オレとお前の仲だろ?」とか、「そうこなくっちゃな。こーゆーのもいいねぇ。」とか言いそうだ、というか言うな、まず間違いなく。
 
俺は眼帯をクローゼットの中に仕舞った。いつか着けることがあるのだろうか。

よし、準備完了。軽巡 木曾 二号艦 出発だ。
 
 
―食堂―
 
 
「とは言ったものの、流石に誰も居ねぇかな………。」
 
俺は二階に降りてきて、食堂に向かって歩いていた。
 
まぁ、間宮さん辺りと話でもするかな……今考えると、あの人すげぇよな。五、六十人は居ようかって数の艦娘の食事管理してるんだから。
 
そりゃあ羽黒さんも手伝いたくなるわけだ。
 
そんなことを考えていたら、目の前に食堂への入り口が。
 
「うぃーす………あれ?」
 
中に入ると、そこにはやはり間宮さんがいた。

そして、カウンター席に突っ伏している奴が一人。
 
「何やってんだ?春雨。」
 
いつものサイドテールに白い帽子。確かに春雨だ。
 
確か前に春雨と同室である時雨が、春雨はあまり朝に強くないとか言ってたのにな……珍しいこともあるもんだ。
 
「あ、二号さん……おはようございます………ふぁあ………。」
 
顔を上げてこちらを見てきたが、若干やつれていて、かなり眠そうだ。
 
「どうした、寝不足か?」
 
「はい………隣の部屋がうるさくって、一睡もしてないんですよ…………ふぁあ。」
 
どうやら一睡もしていないと言うのは本当らしい。かなり参っているようだ。
 
「全く、注意しに行ったらいいじゃねえかよ。確か、お前と時雨の隣の部屋って…………………。」
 
………………………………。
 
「夕立じゃねえか…………。」
 
あぁ、はい。さいですか。
 
ゆうべはおたのしみでしたか。
 
多分、春雨のことだろう、聞こえないように意識したら余計に耳を傾けちゃったんだろうな。純粋な娘だし。
 
「………俺はその件に関しては何も聞かないでおこう。ただ、一つだけ教えてくれ。」
 
俺は少し気になったことを聞いた。

「時雨は寝ていたのか?」
 
これに春雨は、机に再び突っ伏しながら答えた。
 
「はい……熟睡してました………。『大丈夫、雨はいつか止むさ。』って言ってました………。」
 
時雨よ。雨って文字には、何かルビがあるんじゃないかい?
 
しかも、この春雨の様子だと止んでねぇし。
 
雷付きの豪雨だよ。
 
「……………くー、くー。」
 
そんなことを考えていたら、春雨は寝てしまったらしい。流石に眠気が恥ずかしさに勝ったらしい。
 
「あーあー………今日も訓練あんのになぁ……。」
 
さて、どうしようかと春雨を見ていたら。

「あ、春雨ちゃん寝ちゃった?」
 
カウンターの向こうから間宮さんが話しかけてきた。どうやらゆで卵を大量に作っているらしい。(卵大好きな俺としては夢のような光景だ。)
 
「あ、はい。どうしようか迷ってて。」
 
「ま、そこで寝かしといてあげなさいな。机で寝るなんて、学校以来なんじゃない?」
 
確かに、俺も授業中とか爆睡してたけどさ、あんまり机で寝るのは好きじゃない。
 
「うーん、机で寝ると後々キツいですからね………身体バッキバキになりますよ?」
 
すると間宮さんは、
 
「もう、艦娘なんだから直ぐに直るわよ。二号君も経験あるでしょ?」
 
笑いながらこう言った。

「………。」
 
確かにそれもそうだ。俺たちの身体は異常なほど回復早いからな……なかなか直らないのは、深海棲艦からの攻撃でできたケガくらいだ。
 
ま、それもドッグに入りゃあ直るからな。治るんじゃない。直るんだ。
 
「それじゃ、今日これから暇なんで、それ剥くの手伝いますよ。」
 
俺は手持ちぶさたになったので、間宮さんが話ながら剥いていたゆで卵を指差す。
 
「あら、ありがとうね。」
 
そう言うと間宮さんは、でっかいボウルに入っているゆで卵を渡してきた。改めて見ると凄い量だ。百じゃ済まなさそうだ。
 
「うし、頑張るかね。」
 
俺は気合いを入れて一個目の卵を手に取った。
 
……………それなりに熱かった。
 
 

―二時間後―
 
 

「えっと…………何してるんだ?お前。」
 
だいたい〇七〇〇位だろうか、最初の客である木曾と悠人が入ってきた。やはり走る約束をしていたらしい。悠人は完全に疲れきって、引きずられながらの登場だ。
 
「いやぁ、流れでさ。」
 
俺は、帽子を三角巾に替えて、カウンターの中で間宮さんと羽黒さんとで飯の準備をしている。
 
あれから、そこそこのスピードでゆで卵を剥き終わった所で、なんか楽しくなってきてしまった。そこに羽黒さんも来ちゃったから、本当に流れで本気で手伝い始めちゃった。
 
「なんか春雨も寝てるし………。」
 
春雨はあれからずっとカウンター席で寝ていた。寝顔はしっかりこの目に焼き付けておいた。
 
「あー、隣の部屋がうるさくって寝れなかったらしい。そっとしといてやってくれ。」
 
俺は味噌汁の鍋の火加減を調節していた。うむ、なかなかいい感じだ。
 
「ふぅん、まぁいいや。とりあえず、いつもの頼むわ。こいつにもな。」
 
木曾はそう言うと、悠人を引きずって机に向かっていった。
 
さてと、木曾が毎朝食ってんのは、朝定食だったな。
 
俺はまず目の前の味噌汁をお椀に注ぐ。こんな大きな鍋から注ぐのは中学の時の給食以来だな、と思った。
 
注ぎ終ると、間宮さんが鮭の切り身と白飯、漬物を乗せたお盆を二つ俺の手もとに置いてきた。後はこれにゆで卵と海苔を付けて…………。
 
「おまたせー、朝定食二つー。」
 
「お、流石に一人増えると速いな。」
 
木曾はカウンター席で座っていて、春雨の寝顔をニヤニヤ見ながら待っていた。いつもより速いらしく、少し驚いていた。
 
「二つ持てるか?」
 
「余裕だ。ありがとな。」
 
木曾はそう言うと、お盆を二つ持って、悠人が座っている席に歩いていった。
 
さて、これを後提督込みで五十六回か。
 
…………バイトとか始めたらこんな感じなんだろうか、と思いながら、俺は再び味噌汁の鍋の蓋を開けた。


 
―図書館―
 
 
 
「お疲れ様でした。大変だったでしょう?」
 
あの後、次々と来る客に軽く翻弄されたり笑われたり感心されたりしながら、〇八〇〇頃には仕事を終えた。間宮さんからお礼に、『間宮あいす引換券』なるものと、羽黒さんから、『伊良湖最中引換券』なるものを貰った。いつかこっそり使ってみよう。
 
そんで今、俺は何とか眠気から回復した春雨と図書館でドイツ語の勉強を始めていた。あの日から、毎日のように午前中にやっている。
 
「おう、ありがとうな。本当にあの二人には頭が上がらないわ。」
 
間宮さんと羽黒さんは、「お陰でいつもよりだいぶ楽ができた。」とお礼を言われた。たまに手伝いに入ろうかな。
 
「そう言えば、結局ふ……じゃねぇや、夕立と拓海は来なかったな。」
 
そう、今日は夕立と拓海は、結局最後まで食堂に現れなかった。
 
「夕立ちゃんも拓海さんも、毎日必ず朝御飯食べないんですよね…………理由は判明しましたけど。」
 
そう言うと、春雨は顔を赤くして下を向いた。
 
これは吹雪に聞いた話なのだが、前までは拓海は今、俺が使っている部屋の隣の部屋を使っていたらしい。
 
だから、純情な春雨には分からなかったと。
 
「ま、んなことは置いといて、今日もやるぞー。」
 
「は、はい!」
 
俺はそう言うと、手もとの参考書を開いた。春雨は教えたことをすぐに吸収してくれるから、なかなか先の方まで進んでいる。
 
今日はドイツ語の前置詞だ。これがなかなか曲者なんだ。こっちも説明頑張らないとな。
 

―一時間後―
 

「んで、zwischen(ツビッシェン)つまてのは『~のあいだって』って意味でな、これを合わせた九個を覚えとけば便利がいいぞ。」
 
俺はそう言いながら、春雨の方を見た。春雨はしっかりノートに書き残していた。
 
「ういじゃ、このページのこの問題を解いてみな。十分後に答え合わせな。俺は少し、調べ物してくる。」
 
俺はそう言うと、席を立った。春雨は、「分かりました。」と言って、再びノートに向き直った。
 
俺は本棚から目当ての本を取り出して、ページをめくっていた。ふと、俺はそこから一生懸命にシャーペンを走らせている春雨を見た。
 
しかし、本当に春雨はいい娘だな。素直で真面目で優しい。
 
こんな娘を嫁に持った人は幸せだな、とか思った。
 
 
 
 
『あーでも、千尋はこれからの半年で恋人ができそうだな。』
 
『俺の見立てでは、春雨って娘かな。』
 
『まず間違いなくお前に惚れてるよな。』
 
『いや、だって春雨ちゃんのお前を見る目が完全に恋する乙女だもん。あの様子じゃあ本人も気付いてないみたいだけどさ………やっぱりお前も気付いてなかったか。』
 
『木曾さんからきいたんだけどさ、お前と春雨ちゃんって、木曾さんの昔の話を探ってんだろ?それで成り行きで摩耶さんと対決するとか言うことも。』
 
『でもさ、どうせお前のことなんだから、春雨ちゃんを誘った訳じゃないんだろ?』
 
『それって、好きな男の子と一緒にいたいっていう恋心の表れじゃね?』
 
 
 
 

「~っ!」
 
俺は昨日の悠人の台詞を思い出して、思わず棚に頭をぶつけた。
 
「に、二号さん!?大丈夫ですか!?」
 
なかなか大きな音がしたのか、驚いた様子でこちらを見る春雨。
 
「い、いや。何でもない。大丈夫だ。」
 
俺はそう言うと、落としてしまった本を拾っていく。
 
…………落ち着け、俺。どうせ悠人のからかいおちょくり、戯言だ。春雨が俺のことを好いているなんて確証はないし、俺は春雨のことが女の子として好きって訳では…………。
 

 
 

 
本当に?
 
 
 
 
 
 
俺は、春雨のことをどう思ってるんだ?
 
 
 
 
 
 
「どうしたんですか二号さん?顔赤いですよ?」
 
急に耳元で、春雨の声が聞こえた。
 
「のわぁあああああああああああああああ!?」
 
俺は思わず大声を出してしまった。
 
「え、二号さん!?どうしたんですか!?さっきからおかしいですよ!?」
 
春雨は俺を驚いた表情で見ていた。
 
「あ、あぁ。あまり調子良くないっぽいわ。悪いけど、今日はお開きでいいか?少し休んで来るわ。」
 
俺はそう言うと、立ち上がった。
 
「わ、分かりました。それじゃ、また昼からの訓練で!」
 
そう言うと、春雨は笑顔を見せてくれた。
 
「お、おう。じゃあな。」
 
俺はそう言うと、下を向きながら図書館から出ていった。
 
……………思えば、ここが一つのターニングポイントだったな。
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。最近本当に艦これ要素が艦娘の名前位しか無くて申し訳ないです。でも、今の内にほのぼのしとかないと、このあとどんどんシリアスになっていくものでして……今の状況をドラゴ〇ボールで例えると、天下〇武道会前ってところです。〇ムチャが狼牙風〇拳とか言ってた時代ですよ。どうでもいいですね。
それでは、また次回。 

 

第二十九話

 
前書き
どうも、久しぶりの平日投稿です。
なんか他の大事なことを犠牲にしかけた気がする(大量のデータの山を見ながら。) 

 

 
―五日後―
 
 
「さぁて、待ちに待った本番だぜ!」
 
摩耶さんは、俺と春雨の前で腕組みをしながら仁王立ちをしている。かなり自信満々のようだ。
 
俺と春雨と摩耶さんは艤装をフル装備で海上に立っていた。
 
摩耶さんとの雷撃勝負の日が来たのだ。
 
「一応ルール確認な!そっちの勝利条件は雷撃でアタシを大破判定させること。アタシの勝利条件はあんたら二人を大破判定させること。いいね?」
 
昨日確認したことをそのまま言ってきた。
 
どうやらこの対決の話は鎮守府中に広がっているらしく、岩陰や防波堤には何人も観客がいた。ほぼ全員じゃないかな?
 
ま、関係無いけどな。
 
「に、二号さん、勝ちましょうね!」
 
春雨は両手を胸の前で握って気合いを入れていた。
 
…………あの図書館での一件以来、何となく春雨の仕草を見てしまうようになってしまった。一体どうしたのか、俺にも分からない。
 
気にしないようにしないと…………。
 
「おう、勝って摩耶さんに洗いざらい話して貰おう。」
 
途中から雷撃の練習をすることがメインになっていたが、本来の目的は木曾の昔話を聞くことだ。今さらどうでもいいとか言えない。
 
「そいじゃ、一分後に開始だ!散りやがれ!」
 
摩耶さんはそう言うと、岩陰に消えていった。
 
「さてと、俺らも行くかな。雷撃で摩耶さんに大破判定ってことは、最低でも二、三発当てないといけないのか…………。」
 
この鎮守府でもトップクラスの実力者である摩耶さん相手に………だ。
 
「ま、作戦通りにやってみよう。」
 
 
―一分後―
 
 
「一分経ちました!」
 
春雨が小声で教えてくれた。ここから摩耶さんとの真剣勝負の始まりだ。
 
恐らく摩耶さんなら、初手に…………。
 
そう考えていると、上からなにかが落ちてくるのを見た。
 
「春雨!目を塞げ!」
 
俺はそう言いながら、自分の目を手で押さえる。
 
案の定、手で押さえていても分かる位の閃光が。前に木曾がぶん投げてた閃光弾だ。
 
「やっぱり目眩ましかよ!本気じゃねぇか!」
 
「摩耶さんですよ!?当たり前じゃないですか!」
 
春雨も何とか目を眩ますことは無かったらしい。
 
「ちくしょう、ほぼ真上から落ちてきたから、どこから投げたのか全くわかんねぇ………。」
 
俺たちが最初に動かなかった理由としては、こんな感じで摩耶さんが投げてきたり砲撃したときに、どこにいるのかの手掛かりにしたかったからだ。
 
全くわからないままだけど。
 
 
 
「いや、ここから南南東に八百メートル先の岩場です!そこからとりあえずこっちの方向に閃光弾を投げたみたいです!」
 
 
 
すると、春雨がいきなりそんなことを言った。
 
「あ?何で分かるんだよ。」
 
そうだ。今回の数少ない縛りのひとつに、『電探禁止』だ。相手の位置を半径五キロ以内である程度割り出す物だ。
 
それを持っていない筈なのに、何で分かる?
 
そう訝しく思ったけど、春雨が適当なことを云うとも思えない。

「まぁいいや。行ってみよう!」
 
俺はそう言うと、南南東の方向に移動し始めた。
 
―――そして、春雨の言っていた事が本当だと分かった。

多色移動していたものの、春雨の言っていた岩場付近に居座っている摩耶さんの姿がそこにはあった。
 
「なんでだ………………。」
 
なんでここまで正確に分かったんだ?なにか俺が見落としたか?それとも別のなにかか?
 
…………それも後だ!
 
「それじゃ、作戦通りにな。」
 
俺はそう言うと、雷撃の準備をした。
 
「了解です。後で木曾さんに怒られないかな…………。」
 
春雨はそう言いながら、砲撃と雷撃、二つの準備をした。
 
 
―岩場―
 

「おーおー、やっぱりバレてらぁ。さっすが春雨だなぁ。」
 
アタシは岩場に腰掛けながら、遠くでこちらをみている二号と春雨を眺めていた。相手に気付かれないように。

恐らく速さ的に、最初の閃光弾の位置がほぼジャストだったんだろうな。
 
「さてと、木曾はどんくらい二号を鍛えたのかねぇ。」
 
アタシはそう言いながら、岩場から腰を上げた。
 
すると、春雨がこちらに真っ直ぐ突っ込んできた。右手には砲台、左手には魚雷発車装置を持っていて…………え?
 
アタシは思わず春雨の右手を二度見した。確かに、砲台を持っている。
 
「…………なかなかやるじゃねぇか!」
 
そう、確かにアタシは勝利条件を『雷撃で大破判定させること』と言った。
 
しかし、『電探禁止』とは言ったが、『砲撃禁止』とは一言も言っていない。
 
「こりゃ、なかなかのポカじゃねぇか?アタシらしくねぇや。」
 
アタシは、自然と笑っていた。なんかおかしくなってしまった。
 
「まやさああああああああああああああああああああああああああん!!かくごおおおおおおおおおおおおお!」
 
春雨はそう叫びながら、挨拶代わりと言わんばかりに、三発砲撃してきた。恐らく威嚇射撃だろう。
 
「甘えよ!」
 
アタシはその砲撃に見向きもせず、春雨に向かって真っ直ぐ進む。アタシの後ろの方の岩場に着弾する砲弾。
 
このまま肉弾戦に持ちこんじまおう、そうしたら雷撃なんかとてもじゃないけどできやしねぇ。
 
アタシはそのまま春雨の二十メートル前まで距離を詰める。
 
「当たれええええええええええええええええ!」
 
すると、春雨がそこから雷撃してきた。恐らく、春雨は自爆覚悟で取り合えず一発当ててやろうと考えたのだろう。成る程、悪かねぇ。
 
「それも甘ぇよ!」
 
しかし、アタシはそこから海面を蹴って、宙に浮く。アタシのいた場所を通りすぎていく航影。前に木曾がやっていたことの見様見真似だが、上手くいった。
 
アタシはそのまま春雨の後ろに着地する。そのまま砲弾を取り出して、後ろの春雨に砲門を向ける。
 
しかし、そこに春雨の姿は無かった。
 
「!?どこ行きやがった!」
 
辺りを見渡すが、春雨の姿は見えない。逃げるような時間なんてなかった筈なのに…………!
 

 
すると、足元から衝撃が走った。

 
 
「ぐっ!?」
 
この感覚は、間違いなく雷撃、被弾してしまったらしい。
 
…………よし、まだギリギリ小破ですんだらしい。
 
「はぁ………はぁ………はぁ………やったぜ…………!」
 
見ると、そこにはずぶ濡れの二号と春雨が立っていた。二号はともかく、春雨はなかなか色っぽい。
 
…………………じゃなくって。

「成る程なぁ…………潜ったか!」
 
ふだん海上の敵を相手にするアタシたち艦娘には、想像もしないような方法だ。
 
春雨がアタシの前で暴れて、その間に近づいてきていた二号が海中から雷撃…………あわよくば春雨もだったのだろうけど、そんな余裕無かったのだろうな。
 
「まーさかここまで上手く行くとはな…………後で拓海にお礼言わねぇとな。」
 
二号がそう呟いた。成る程、拓海の作戦か。それならこんな突拍子もない作戦も分かる。
 
「だけど、大破判定まではまだたりないぜ?」
 
そう、まだ一発だ。おまけに全身ずぶ濡れになっているんだ。かなり動きにくいだろうし。
 
「あー、それはですね…………。」
 
すると、二号と春雨は雷撃の構えをした。
 
「「真っ向勝負だ!」ですよ!」
 
そう言うと、二号と春雨は同時に魚雷を発射した。
 
ほほう、あえて真正面からか。確かに、あんな奇襲の一発じゃあお互いに満足できねぇ。
 
「はっはっは!威勢のいいガキどもが!精々足掻いて見せなぁ!」
 
アタシは、奥の手の水上機を飛ばした。
 

久々に、戦闘が楽しいと思った。
 
 
 
―五時間後 医務室―
 
 
 
「いい戦いだったけど、後一発だったね。」
 
拓海が、ボロボロになってベッド寝ているに俺と春雨に声を掛けてきた。(こいつにしろ悠人にしろ、一体いつまで居る気だ?)
 
…………結局、本気を出してきた摩耶さんには一発も当てることができず、完膚無きまでに叩きのめされた。
 
今は、摩耶さんがドックに行っているため、医務室で待っていた。
 
「………ごめんなさい。結局、一発も当てれなくって…………。」
 
春雨は自分が囮としてしか働けなかったことを情けなく思っているらしい。さっきから殆ど元気がない。
 
「いや、こっちも結局当てれたのはあの一発だけだった訳だし。次に向けて訓練あるのみだ。」
 
俺は口ではそう言ったが、やはりなかなか悔しい。
 
悔しいのだが。
 
「うっぐ…………ひっぐ…………ごめん…………本当にごめん…………。」
 
さっきから椅子に座ってボロ泣きしている木曾を見たら、逆に冷静になってしまう。

「もっと………もっと色々してやれることあったのに…………力及ばなくて…………ホントごめん…………ぐずっ。」
 
どうやら、自分の教えが足りなかったせいで摩耶さんに勝てなかったと思っているらしい。
 
「摩耶さんに勝てるようにするって言ったのに…………約束守れなくって…………うぅ。」
 
………………本当にこれがあの『魔神木曾』なのかねぇ?と思ってしまうような弱々しい姿。
 
その姿を見て、俺は木曾についてもうひとつ確信したことがある。
 
こいつは―――すげぇ仲間思いなんだ。
 
だから約束を守ろうとするし、破ってしまったら目茶苦茶反省する。
 
いいヤツなんだ。
 
…………まぁ、このまま放っておくのも悪くはねぇけど、流石に泣いてる女の子に何も言わないのは、男としてダメな気がした。
 
「いや、結局は俺たちの爪の甘さだよ。最後まで奇襲で行ってたら分かんなかったかもしれん。」
 
俺は木曾の頭を撫でながらそう言った。
 
…………こいつ、髪サラサラだな。
 
なかなかがさつな性格だと思ってたから、ちょっと意外。
 
「う…………でも…………。」
 
「それに、お前がボロ泣きしてんのは見ててキツい。なぁ、春雨、拓海?」
 
俺は木曾の言葉を遮って、春雨と木曾に同意を求めた。
 
「そうですよ!木曾さんは『フフッ、怖いか?』って言ってる方が似合いますよ!」
 
春雨…………それは天龍や…………。
 
「だね。『死ぬぜぇ、俺の姿を見た者はみんな死んじまうぞぉ。』とか言ってる方が。」
 
「誰だ!」
 
そんな事言うような艦娘居なかったろ!
 
そんな感じで、思わず拓海に食いついてしまったら。
 
「くくっ…………ははっ。」
 
木曾が、笑った。
 
「確かにそうだな、オレは堂々としててなんぼだ!」
 
そう言うと、木曾は椅子から立ち上がって、いつものクールスマイルを浮かべた。
 
…………目は真っ赤だけど。
 
「おう、分かったら顔洗ってこい。」
 
俺は木曾にそう言った。
 
「おう!それじゃ、また後で!」
 
木曾はそのまま医務室を出ていった。
 
…………落ち込んだり元気になったり、忙しい奴だ。
 
「助かったわ。俺一人じゃ上手くまとめれ無かったしな。」
 
俺は入り口の方を見たところから、、春雨と拓海の方を向いてお礼を言った。
 
「ふふっ…………別に気にしないで下さいよ。」
 
「そうだよ……僕と二号の仲じゃないか。」
 
…………………?
 
なぜか分からないが、春雨と拓海がずっとニヤニヤしている。
 
「なんだお前ら。俺がなんかしたか?」
 
「あぁ。してたね。」
 
拓海がそう言うと、春雨が急に吹き出してしまった。春雨はそのまま爆笑している。
 
「え?ちょ、なんだよ?」
 
俺はこいつらが笑っている理由がわからない。
 
「いやだって、二号ったら木曾が立ち上がるまでずっと木曾の頭撫でてんだもん!そりゃあおかしくもなるさ!」
 
…………………………………。
 
「そうですよ!ホント木曾さんってキレイな髪の毛してるから、撫でてて楽しかったですんですよ!」
 
…………………………………………み。
 
「見るなぁああああああ!そんな目で見るんじゃねぇえええええええええええ!」
 
俺は春雨には軽く、拓海には容赦なく手元にあった枕を投げつける。そのまま、当たったかどうか確認せずに、頭から布団を被る。

ちくしょう…………完全に無意識だった!
 
確かに、『木曾の髪の毛サラサラしてんなー』とは思ったけども!
 
あーもー!俺のバカぁ!
 
春雨はいいとして、拓海に弱味握られちまったじゃねぇかよ!
 
「おーっす!ドック空いたからどっちか入れ…………って。」
 
そんなことをしていると、誰かが医務室に入ってきた。声からして摩耶さんだろう。
 
「何やってんだよ二号?なんかさっき目ぇ腫らしてた木曾とすれ違ったし…………ははーん?」
 
何やら勘違いした模様の摩耶さん。流石にここは否定しといたら方がいいよな………。
 
「いや、あれは勝手にあい「そうなんですよ!こいつが木曾を泣かしたんですよ!」「そうですそうです!私たち止めようとしたのに!」ってお前らあああああああああああああ!何言ってるんだああああああ!!」
 
俺が喋ってた所に拓海と春雨が被せてきた。まさか春雨が悪ノリしてこようとは。
 
「ほほぅ…………?いい度胸じゃねぇか…………?」
 
その冷たい声に、思わず布団から顔を出してみた。
 

 
 
般若がいた。
 
 
 
 
 
 
「テメェ…………覚悟はできてんだろうなぁ?」
 
その言葉に、俺だけでなく、拓海や春雨の顔色もどんどん悪くなっていく。
 
「二号、ごめん。きみ、ここで死ぬかも。」
 
「二号さん、さようなら…………。」
 
…………おい。
 
 
 
 
 
「お前らのせいだろうがあああああああああああああああああああああああああ!!」
 
 
 
 
 
その後、医務室に顔を出してきた提督に止められるまで、俺は摩耶さんにさらに完膚無きまでに叩きのめされたのであった。
 
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。久々に艦これ要素が出てきました。それでもなかなかにして薄いですが。最近、この前書き後書きに何を書こうか迷うようになってきたました。話題よ、降ってこい。
それでは、また次回。 

 

第三十話

 
前書き
どうも、三十話です。 

 

―遊戯場―
 

「全く、よくよく考えれば二号がそんなことするわけねぇじゃんか…………あー、バカした。」
 
あのあと、春雨、俺の順番でドックに入ってきた。終わったときにはすっかり暗くなっていたから、自分の部屋で拓海と悠人とでババ抜きをしてたら、急に春雨がやって来た。
 
「あの…………摩耶さんが遊戯場で待ってるって…………。」
 
とのこと。
 
そんで、俺と春雨は部屋に悠人と拓海を置いてきて、遊戯場にやって来た。中では摩耶さんがダーツをして遊んでた。
 
「さっき拓海は〆ておいたので。気にしないでいいですよ?」
 
俺は少し遠い目をした。あいつ、死んでねぇかな……。
 
「何したんですか…………?」
 
春雨が少し怯えながら聞いてきた。悩んだけど、話すことにした。

「いや、カフェイン二百五十ミリグラムいっぺんに摂取させただけだよ。」
 
俺は徹夜するときとかに、カフェインが入っているドリンク剤を飲むんだけど、百五十ミリグラム配合のやつと百ミリグラム配合のやつがあるから、それを一本ずつ飲ませた。
 
「ほんとに死ぬぞ!?」
 
摩耶さんが驚いたように叫んだ。春雨はガタガタ震えている。
 
 
(※カフェインは一度に大量摂取すると、カフェイン中毒を起こして最悪の場合死んじまう事がある。拓海はここでの研修でカフェインには馴れてたからある程度は大丈夫だけど、テメェらは絶対に真似するんじゃねぇぞ?自殺したいなら話はべつだがな。 By 木曾)
 

うーん、なんか危ないことをしたら木曾の声が聞こえる気がするんだよな…………ま、気にしちゃ負けか。
 
「と、取りあえず摩耶さん!私たちに何か用事があるんですよね?」
 
場の空気を変えようと、春雨が声を大にして言った。ナイスだ。
 
「お、おう。そうだったな。」
 
と言うと、摩耶さんは机の上に置いていたダーツの矢を俺と春雨に渡してきた。

「えっと、どーゆーことです?」
 
すると、摩耶さんは、呆れたような顔をして、
 
「おいおい。ダーツ磐の前に立ってて矢を渡されたら、一緒にやろうやってことだろ。」
 
と言った。確かにそれもそうだが…………と、なんとなく腑に落ちない感じでモヤモヤしてたら。
 
「…………たまには遊びましょうよ。」
 
春雨がダーツを構えた。…………そして、振りかぶった。
 
…………振りかぶった?

「えいっ!!」
 
春雨はそのまま全力投球なんじゃねぇかってぐらいの力を入れてダーツの矢を投げた。春雨が駆逐艦の平均的な体力とは言え、それでもやはり艦娘。恐らく、時速二百キロメートルは出てたのではないだろうか。
 
ダーツの矢は、的から大きく外れて、後ろの壁に当たった。ドゴンと音がした。
 
矢は回転していたらしく、壁に横向きで埋まっていた。
 
「バカ野郎!ダーツの矢を振りかぶって投げるやつがいるか!」
 
摩耶さんは春雨に一喝した後、机に置いてあった赤色ペンを持った。そのまま壁に移動し、春雨の投げた矢のところに、
 
『←春雨』
 
と書いていた。懐かしいなおい。
 
「ご、ごめんなさい…………。」
 
しょんぼりする春雨。いや、確かにダーツの投げ方って知らない人は本当に知らないもんだしな。綺麗なオーバースローだった。
 
摩耶さんは壁に埋まったダーツの矢を取って(そこそこの深さで埋まってた)、俺らの近くに戻ってきた。
 
「ほれ次、二号だぞ。」
 
そのまま俺に催促してきた。
 
…………俺、ダーツしたこと無いんだけどな。
 
俺は的の前に立って、矢を構えた。肘を固定して、肩の前に肘を持ってくる。
 
―――そのまま、スッと投げた。
 
タンッと音がして、矢が的に当たった。
 
「―――5トリプル。」
 
摩耶さんがそう言った。
 
「えっと、なんすかそれ。」
 
ダーツのルールが全く分からない俺。5トリプルなんて言われても分かる筈もない。
 
「このさ、細い二重円の内側の円のところの5の所に刺さってるだろ?ここは『刺さってるラインの数字の三倍の得点』貰えるんだよ。」
 
確かに、的の外側の『5』の所の『二重円の内側の円』に矢は刺さっている。

つまり、五かける三で、十五ポイントってことか。

…………成る程。
 
「かなり面白いですね。」
 
「だろ?」
 
ニヤリと笑う摩耶さん。
 
「さぁ!どんどんやってこーぜ!」
 
摩耶さんはそう言うと、手元の矢を持った。
 
 
―一時間後―
 
 
「いやー、流石に一週間で雷撃を形にしただけはあるわ。吸収はやいな。」
 
俺達はそのあと、遊戯場が閉まる時間までダーツをして楽しんだ。
 
「今日はありがとうございました。また誘って下さい。」
 
「とっても楽しかったです!」
 
俺と春雨は摩耶さんにお礼を言った。
 
 
 
 
「いやいや、本題はここからよ。」
 
 
 
 
摩耶さんは、真面目な顔をしてこちらを向いた。
 
「「…………?」」
 
きょとんとする俺と春雨。
 
 
 
 
「お前らにまだ木曾の昔話しをしてねぇだろ?」
 

 
 
「は?」
 
思わず間の抜けた声を出してしまった。
 
「私たちは勝負に負けたんですよ?なのに、なんで。」
 
春雨はそう言った。確かに摩耶さんは、『アタシに勝ったら教えてやる。』と言っていた。
 
「いやいや、どう考えても今日の対決は誰に聞いてもお前らの勝ちだぜ?」
 
また訳の分からない事を言い出した摩耶さん。しかし、誰に聞いても、と言うのはどういうことだ。
 
「アタシに水上機を飛ばさしたんだ。誇っていいことだ。」
 
そう言えば、俺達が真っ向勝負を挑んだとき、摩耶さんは水上機を飛ばしていた。摩耶さんが水上機を飛ばしたところを見たのは、俺も春雨も初めてだった。
 
「あれのおかげでお前らの正確な位置が分かるからな。」
 
「「あ。」」
 
俺と春雨は同時に理解した。
 
『着弾観測射撃』だ。
 
水上機を扱うことのできる艦種は、水上機から敵艦の正確な位置を計測して、それを艦娘に発信。それをあてに砲撃するものだ。水上機を扱える大多数の艦娘が使っている。
 
「流石に新入りと見習いにあそこまでやられるとは思わなかったからな。思わず飛ばしちまった。」
 
ただ、摩耶さんは今の今まで、そんなものを使っていなかった。
 
つまり――――――。
 
 
 
 
『手加減していたとはいえ、アタシに一矢報いたことは誉めてやる。だから褒美に教えてやる。』
 
 
 
 
「そーゆーことだ。」
 
摩耶さんは、俺と春雨の表情から、俺達がすべてを理解したのだと気づいたらしく、そう言った。
 
……………完敗だ。
 
「ふぅ――――…………。」
 
ため息をついて、壁にもたれ掛かる俺。春雨はその場にへなへなと座り込んでしまった。
 
なんたる屈辱。
 
手加減されて、それなのに一発当てたことに多少なりとも喜んで。
 
ちょっと本気を出されたら感じ何もできず。
 
最後には塩まで送られた。
 
もはや何も言うことはない。完全なる敗北。略して完敗。
 
俺はいつの間にか握っていた拳を開いて、深呼吸を一回。
 
吸って、はいて。
 
 

「…………いえ、大丈夫です。」
 
 

俺はそう言った。

壁から離れて。
 
摩耶さんを真っ直ぐ見て。
 
 
 
「俺は、たかが手加減された程度で最初の約束を変えるようなちんけな男じゃないと思ってる。」
 
 
 
「そんなちっせぇ理由で聞いたとしたら、俺に雷撃を教えてくれた木曾、一緒に訓練した春雨とかに、すげぇ失礼だ。」
 
 
 
「あなたに負けた時点で、俺が木曾の昔話しを手にする方法は完全にねぇんだ。テメェのプライドかメンツかは知らねぇが、んなことの出汁にされてたまるか。」
 
 
 
「いつか見てろよ。そんなプライド、ズタボロにしてやるからな。」
 
 
 
「俺は、勝者に愚弄される敗者じゃない。」

 
 
 
俺はそう言うと、摩耶さんと春雨に背を向けて歩き出した。
 
春雨は驚いた顔をしてたし、摩耶さんはこちらを睨み付けながら笑っていた。
 
…………これが俺、七宮 千尋の、人生最大の負け犬の遠吠えだった。
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。僕も昔、今回の二号君みたいな負け犬の遠吠えをしたことがあります。友達とのポケモンバトルのときでしたが。今思い出すと、死にたい位恥ずかしい。
それでは、また次回。 

 

第三十一話

 
前書き
どうも。新作の執筆と相まってヤバイ忙しさでした。 

 

―木曾の部屋―

「てめぇ…………、お人好しも大概にしやがれ。」
 
オレは、壁のそばに座り込んでしまっている摩耶を睨みながらそう言った。
 
事の次第は五分前、急に部屋にやって来た摩耶から、『二号にお前の昔話しをしてやるよっつったら断られた。』という話をしてきた。そんで、オレはそのまま摩耶に右ストレートを食らわした所だ。

「…………あぁ、余計なお世話だとは思ったさ。だけど、あそこまで必死になって頑張ってたあの二人を見てたらな…………つい。」
 
それを聞いたオレは、摩耶に近づいて、摩耶の胸倉を掴んで持ち上げた。そのまま摩耶を睨み付ける。摩耶はついさっきの一件があってか、すでに涙ぐんでいた。
 
「そのつい、情に流されて、可哀想に思ってっつってどれだけ相手のプライドを傷つけてきたと思ってんだよ!ましてや、相手は男の二号とあまり気の強くない春雨だ!どうなるかわかんねぇだろ!」
 
普段のオレは、こんなに怒鳴り散らすということはあまりしない。基本的に軽く睨んだら相手はすぐに反省するから。
 
しかし、この摩耶と天龍は、オレも容赦なければ相手も容赦ない。今回の場合は、摩耶が悪いことしてしまったという自覚があるから、そこまでボロボロにはしてないが。
 
「だぁー、もー!お前は暫くあの二人に近づくの禁止!分かったか!?」
 
オレのあまりの勢いに圧倒されてか、「お、おう。分かったよ…………。」と、元気なく答える摩耶。
 
「ったく…………もう部屋戻っとけ!オレは二人に話付けてくるから!カギは開けとけ!」
 
オレはそう言い捨てると、扉を豪快に閉めて、そのまま歩き出した。
 
…………後で摩耶はちゃんとフォローしとかないとな。
 
しかしある意味、摩耶には感謝しなければいけないかもしれない。
 
おかげであの二人の雷撃の練度は上がったし、奇襲も成功していた。おまけに話を聞く限りだと、なかなか落ち込んでたようだ。
 
ここからなんなのこれ位、となってくれたら、一気に成長できるのだが…………まぁ、春雨にしても二号にしても、まだまだ着任してからそんなに日が経ってないからな…………不安だ。
 
オレはそう考えながら、曲がり角を曲がる。しかし、殆どあてなく歩いている訳だが、二号と春雨はどこに居るんだろうか?
 
聞いた話だと、二号は摩耶に大見得切ったらしいし、春雨はその後を追ってどっか行ったらしいし…………。
 
「――それで、これからどうするんですか?」
 
不意に、そんな声が聞こえた。
 
「?」
 
辺りを見渡すと、図書館の扉が開いていることに気付いた。中を覗きこむと、窓際の席に向かい合って座っている二号と春雨がいた。
 
「(何やってんだ?)」

オレは別にすぐに飛び出しても良かったのだが、こいつらが一体なんの話をしているのかが気になったので、盗み聞きすることにした。
 
「――おう、最早木曾の昔話どうこうじゃなくて、単純に摩耶さんに負けて、おまけに塩まで送られたのが目茶苦茶腹立った。だから――」
 
そう言った二号の顔は、物凄いどす黒かった。かなり怒っているらしい。そりゃそうか。あそこまでボロクソにやられたらなぁ…………。
 
まぁ、そこまで落ち込んで無さそうで良かった。
 
「今度は一、二ヶ月かけて、確実に摩耶さんに勝つ。それで無理なら、何回でも、勝つまでやってやる。」
 
…………わお。
 
どうやら二号の怒りは半端じゃないらしい。普段はあまり感情を表に出さない分、余計に迫力がある。
 
だけど、目の前の春雨が若干涙目になっていることに、二号は気付いているのだろうか。女を泣かせることは、男がしちゃいけないことランキングの堂々一位だ。
 
ま、オレはどちらかと言うと泣かせる方だが。
 
しかし、このままだと暴走しかねねぇな。いつぞやのどこぞの馬鹿みてぇにな。
 
オレのことだけどもさ。
 
「あんまり熱くなるんじゃねぇぞ?」
 
経験者は語るということで、あいつらに警告でもしようと考えたオレは、図書館に入りながらそう言った。
 
「木曾さん!?いつの間に!?」
 
春雨がすごく驚いてた。なんだ、てっきり春雨の事だから気付いてたと思ったのに。
 
「…………さっきからそこで盗み聞きしてたよな?」
 
二号は、表情を変えないままこちらを睨んできた。おぉこわ。
 
「んー、バレてたか。ま、それにしても、けちょんけちょんだったらしいな。」
 
「…………おう。」
 
てっきり怒ってくるなりなんなりしてくると踏んで言ったのだが、思いの外反応が薄かった…………額に青筋浮かしてるけども。
 
「んで、リベンジしたいと?」
 
オレは単刀直入に聞いた。
 
「おう。」「はいっ!」
 
二人は、同時にそう言った。二号だけが五月蝿く言ってんなら止めようかとも思ったが…………春雨も乗り気とは意外だ。つーか、さっきから意外なことばっかだな。
 
まぁ、春雨が乗り気だろうがなんだろうが、
 
「お前らの勝ちだろ。むしろ明日からの摩耶が心配で仕方ないね。」
 
オレは止めるんだけどな。
 
「「…………?」」
 
二号と春雨は、鳩が豆鉄砲食らったような顔をした。前々から思ってたが、一体どんな顔に言うのが正しいんだろうか。
 
「摩耶ってさ、『新入りと見習いにここまでやられるとは~』とか言ってなかったか?」
 
まぁ、さっき聞いたから確実に分かるんだが。ここは木曾スゲーとか思わせとこう。

「は、はい。」
 
「そうだ。たかが着任三ヶ月と一、二週間の二人だ。しかもダメージ与える方法は雷撃のみ。お前らはすげぇよくやった。」
 
これは、恐らく誰に聞いたとしても同じことを言うだろう。うちの鎮守府でもトップクラスの摩耶相手に、だ。
 
「所で、摩耶はどうせオレの昔話しを話そうとかしたんだろ?」
 
これもさっき直接聞いたが、まぁどうでもいいか。

「…………だったらどうした。」
 
二号は相変わらずこちらを睨んだままだ。青筋は無くなってるが、オレが何を言わんとするのかを考えているようだ。
 
 
 
「すげぇよな。艦娘になってから四年以上の奴が、たかがそんくらいのひよっこといい勝負して、それなのに相手を立てようとしたんだからな。」
 
 
 
二号と春雨の表情がハッキリと変わった。他の艦娘がどれくらい勤務してるかなんて知る方法も無いからな。そりゃあ驚くだろうな。
 
「あの試合は提督も見てたんだけどな。下手したら摩耶の奴、出撃機会減るかもな。」
 
ま、んなわけ無いんだけどな。たかがそんなことで摩耶が遠征組にされてたまるか。
 
そんなことを知るよしもないこの二人は、目茶苦茶慌てふためいている訳で。
 
笑いを堪えるのに必死だ。
 
「「…………。」」
 
黙っちゃったよ。二号は下を向いて考えてるし、春雨に至っては涙目だ。
 
…………まぁ、摩耶にも悪いところがあったから多少なりともへこんでもらってるんだ。コイツらもへこんでもらおう。
 
「ま、別にしようってんならオレは止めねぇけどさ。精々頑張りな。」
 
オレはそう言うと、二人の近くから離れていった。
 
 
オレは後から知ったんだが、二号と春雨は摩耶の所に話を聞きに行ったらしい。 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。恐らく明日か明後日には、完全オリジナルの作品を投稿する予定です。そのせいでこの投稿時間。泣きてぇ。
それでは、また次回。 

 

第三十二話

 
前書き
どうも、最近天井裏をなにかが走ることもなく、蚊取り線香のお陰でぐっすり寝られているV・Bです。最後の敵は暑さだけですな(暑さにはめっぽう弱い。運動部の癖に。)。 

 

―一週間後 商店街―
 
「…………はぁ。」
 
俺はデカい溜め息をしながら肩を落として商店街の中を歩いていた。
 
……さて、なんで俺が商店街を歩いているのかというと、この鎮守府では一ヶ月に一回、外出の休みを取ることが出来るわけだ。

最初は、「そうかー、もうここに来て一ヶ月かー。早かったなー。」とか思ったけどさ。流石に地元の岡山に帰るには一日は短い。だから、気分転換に鎮守府近くの店とかに行こうかな、と考えていた。「夏休み一杯ここにいるぜ!」と言ってた悠人や拓海でも誘って。
 
…………なのに、あいつらと来たら部活を休んで来ていたらしく、「いい加減部活にでやがれ。」と言う先生のお怒り(と言うかヘルプ?)を受けて帰っていった。どうせまたすぐに来るんだろうけどな。
 
まぁそんなこんなで、どこか行こうかとか悩んでいた訳だ。
 
「ねぇ、二号さんに木曾さん、皆先に行ってますよ?」
 
…………そしたらだ。いつもの仲良しグループ、木曾、時雨、夕立、春雨、天龍が、「一緒に行くか?」と誘ってくれた。なかなかありがたい話だったわけで。喜んで飛びついてしまった。
 
…………まぁ、なんだ。艦娘とは言え女の子。買い物が多いわけで。当然ながら、男である俺は荷物持ちだ。艦娘になってなかったらとっくに重すぎて持てない量をすでに持たされている。
 
「ははっ。すぐに追い付くさ。久々の外出なんだから楽しんでこいよ。」
 
そして、自分の買い物が殆ど無いと言う木曾も俺と同じく荷物持ちだ。ちなみに代価は間宮アイスだ。こないだ食ったときにめちゃくちゃ旨かったから、ふたつ返事でオーケーしてしまった。そうしたらこの様。
 
…………木曾はどうやら慣れている上に、どうやら甘いものに目がないらしい。俺以上に張り切っていた。
 
「それじゃ、先に行ってますね?」
 
俺達に声をかけに来た春雨は、そのまま天龍達の元へ戻っていった。
 
「…………楽しんでるなぁ。」
 
俺はボソッと呟いた。まぁそれだけ仲間と一緒に居るのが楽しいんだろう。
 
…………あの夜、摩耶さんの所に行った俺と春雨は、木曾の過去を聞かされた。まぁ、うん、なんだ。取り合えず改めて木曾が目茶苦茶いい奴ってことはよぉく分かっただけだった。
 
…………そりゃあ一部を除いて皆から慕われてる訳だ。
 
「おうよ。オレ達って艦種的に一緒に出撃が多いからな。自然と仲良くなったわけだ。そんな奴と一緒にお出かけだ。楽しくないわけ無いだろ?」
 
そして、木曾と言う人間は裏表が殆ど無い。自分の思ったことは素直に言うから、こんな恥ずかしいセリフもポンポン言うわけで。聞いてるこっちが恥ずかしいわ。
 
「まぁな。俺もなんだかんだで楽しんでるし。」
 
なんと言ったって木曾に時雨に夕立に春雨に天龍だぜ?両手に華って所か花畑レベルだ。眺めてるだけでも幸せ気分だ。
 
「そりゃあ良かった。ほれ、早く行かないと遅れるぞ?」
 
木曾はそう言うと、少し足を速めて春雨達に追い付こうとした。
 
…………ちなみに、当然ながらこれだけ可愛い女の子が楽しんでる訳だ。
 
「おーい、天龍ー?なんかいいもんあったか…………って。」
 
当然ながらナンパしてくる不届き者も居るわけで。
 
春雨達に声を掛けているチャラそうなにーちゃんが二人。どうやらこれから一緒にカラオケでも行かないかと誘ってるらしい。下心満載だ。
 
「その声かけてる女の子達はテメェらみてぇなのを守る為に戦ってるって知ったらどうするんだろうな……。」
 
「守られてるって実感が無いから特に変わらんだろ。どーしょうもねぇ奴は死に際でも変わらんさ。」
 
俺の言葉に痛烈な言葉を返した木曾。どーしょうもねぇ奴は言い過ぎかと思うがな…………。
 
木曾は仲間を物凄く大切にする。それも過剰なほどに。
 
ただ、自分が大切と思ってない奴には残酷なほど冷たいし容赦がない。まぁ容赦が無いのは仲間にもだけどな。
 
「さてと、そいじゃま助け船でも出してきますかね。」
 
木曾はさらに歩くスピードを上げて春雨達の元へ向かった。
 
…………でも、春雨はともかく、時雨は冷静だし、夕立は拓海ラヴだし、天龍は強気だし、助け船なんていらないと思うけどなぁ…………。
 
だからと言って向かわないのは男として酷いか、と考えて俺もスピードを上げた。
 
「やーやーにーちゃん。オレの連れに何してんだ?」
 
俺より先に春雨達に追い付いていた木曾はにーちゃん達にそう言ってにーちゃん達を睨んでいた。

「お?何だよテメェ。俺は今この娘達に話し掛けてんの!テメェはあそこの男と二人でラブホでも行っとけ!」
 
どうやらにーちゃん達は木曾を男と勘違いしたらしい。そりゃあ眼帯で半分顔を隠して一人称がオレなら勘違いしてもおかしくはないか。

…………だとしても、流石に言い草が酷い。これは流石に俺もいらっときた。
 
「おい、お前らいい加減に――、」
 
俺が春雨達の元にたどり着きながらそう言おうとしたとき。
 
 
 
 
「ほぅ…………そうかいそうかい。テメェらはホテルのベッドじゃなくて病院のベッドに寝てぇらしいなぁ?」
 
 
 
 
「………っ!」
 
木曾からただならぬものが出ていた。
 
あ、これ、『魔神木曾』だ。
 
「あのー、にーちゃんたち?悪いこと言わないから喧嘩は売らないほうが…………。」
 
俺はあくまで穏便に済ませたいと考えているから、にーちゃん達の身体を心配してそう言った。
 
「あぁ?喧嘩売っといて何言っとんなぁ!?」
 
いや、だから売ったのはそっちでは…………。
 
確かにさっき木曾が言った通り、『どーしょうもねぇ奴』だった。
 
「そんじゃま、ちょっとこいや。テメェらはそこで待ってな。あー、念のの為お前はこい。」
 
木曾は俺を引き連れて商店街の路地裏に入っていった。あー、完全にキレてるわ。
 
俺は心のなかでにーちゃん達に手を合わせた。
 
 
―三分後―
 

「ただいまー。さ、次行くぞ。」
 
路地裏から戻ってきた俺らは店の前で待ってた春雨達に声を掛けた。
 
にーちゃん達は荷物を持ったままの木曾にけちょんけちょんにやられてた。ちなみに、先に相手に一発軽いのを貰ってからなので、正当防衛だと言うのが木曾の言い分。
 
遠巻きに見てた俺から言わせれば、明らかに過剰防衛だ。むしろにーちゃん達死んでんじゃね?
 
「全く、たまには俺にもさせてくれよ。いっつも木曾がやるから楽しくねーじゃん。」
 
と言ったのは天龍。私服の天龍ってのを俺は始めてみたが(他の奴らは鎮守府で何回か見た。可愛いは正義って言葉の意味が初めて分かった。)、あの角みてぇなのは付けねぇのな。
 
「うーん、僕はそこまで怖くなかったからね。むしろ必死になって誘ってるあの子達が可愛くてしかも哀れに見えたよ。」
 
時雨は時雨でとんでもないことを言ってた。どう考えてもドky…………ゲフンゲフン。
 
「っぽい?なにかあったっぽい?」
 
夕立に至ってはたい焼きに夢中になってたのか、一連の騒動に気付いてなかった模様。犬かよ。
 
「皆逞しいなぁ…………。」
 
この中の女の子の中での唯一まともな春雨は呆気に取られていた。普通はこーゆー反応だ。
 
「せっかくの楽しいお出かけを邪魔されてたまるかってんだ。ほれ、次はどこ行くんだっけか?」
 
木曾はそう言いながら歩き始めた。
 
…………あれ。
 
木曾が俺の隣を通りすぎたとき、なぜか木曾の耳が赤くなっていることに気づいた。
 
…………さっきの喧嘩で耳になんか食らってたっけ…………?
 
「おーい?置いてっちまうぞー?」
 
俺のそんな思考回路は、先に行ってた天龍の声で掻き消された。
 
「おう、すぐ行く!」
 
俺は大量の荷物を抱えながら歩き始めた。
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。今回も殆ど艦これ要素皆無ですね。まぁ、この作品はこーゆー感じで艦娘達のほのぼのしてる様子を見てもらうものですから。…………途中までは。

それでは、また次回。 

 

第三十三話

 
前書き
どうも、ゾロ目って幸せな気持ちになれますよね。特に『三』って数字が好きな僕には今回はなかなか嬉しいですね。

まぁ、今日起きたことと言えば財布に入ってた(二枚しか入れてなかった)十円玉が一枚無くなってた位ですね。ちっせぇ不幸ですわ。 

 
「はい、六本で二百六十円ね。まいどー。」
 
俺は店のオバチャンにぴったり二百六十円を渡すと、人気のアイス、『ジャリジャリ君』が六本入ったレジ袋を受け取った。
 
俺はオバチャンに礼を言って、そこで待っていた木曾達のそばに戻った。
 
「ほれ。俺の奢りだ。」
 
俺はそう言うと、自分の分のアイスを袋から出して食べ始めた。
 
「おっ、サンキュー!」
 
「ありがとう、二号。助かるよ。」
 
「ありがとうっぽい!」
 
「ありがとうございます、二号さん。」
 
「ん、あんがとさん。」
 
うーむ、お礼の言葉の言い方だけで誰が何て言ったか直ぐに分かるな。問題として出されても答えれる自信がある。
 
ちなみに、上から天龍、時雨、夕立、春雨、木曾の順番だ。木曾の素っ気なさよ。
 
「しぃかしなぁ…………これからどうするよ?予定より二時間はえーじゃん。」
 
天龍はアイスを食べながらそう言った。
 
…………しかし、この天龍と木曾の格好はある意味意外だった。
 
だって、あれだけ戦闘民族みてぇな生活してるのに、ちゃんと私服来てきてるんだもん。誘われた時なんか戦闘服で来るんじゃねぇかとも思ってた。
 
むしろこっちの白露型駆逐艦ですよ。がっかり、と言うか驚愕したのは。さっきは触れなかったけれどもさ。
 
だって、三人とも同じ格好なんだもん。全員制服なんだもん。
 
どこぞの学生じゃあないんだからさ。
 
…………いや、まぁね?別に制服が苦手とかそーゆー意味では無くてな、むしろ可愛いんだよ?だけどさ、たまにはほら、私服姿も見てみたいじゃない。素材が良いからさぁ。
 
「………二号?」
 
時雨に声をかけられて、ハッと我に帰った俺。
 
「えっ?あ、うん、わりぃ。聞いてなかったわ。」
 
「ったく、疲れてんじゃねぇよ。まだまだこれからだってのに。」
 
慌てて取り繕ったら、天龍にニヤニヤされながらどやされた。なんか悔しい。
 
「取り合えず、ボクたちの行きつけの店があるんだけと、そこに行こうかなって話になってるんだ。行ってみるかい?」
 
時雨が俺に簡潔に話してくれた。ふぅむ、コイツらの行きつけの店か。ちぃとばかし、いや、かなり気になるな。
 
白露型駆逐艦共はともかく、意外にも木曾と天龍も何やら楽しみにしている様子だ(なかなか失礼だな俺)。
 
「おう、そんじゃ、そこにでもお邪魔させて頂きますかね。」
 
俺がそう言いながら頷くと、
 
「うし、んじゃま、今晩は遅くなるって提督に連絡するわ。」
 
木曾がスマホ(持ってたことに驚いた。ここまで来ると失礼と言うより入った無礼だ。)で、提督に電話を掛けていた。
 
「もっしもーし、こちら木曾。……あぁ、楽しんでるよ。んで、今回も皆木さんとこ寄ってくから、帰り遅くなるわ。あいあい、んじゃ。」
 
…………やっぱり、テンションたけぇな。よほどお気に入りなんだろうな。
 
「さてと、行きますかね。」
 
そう言った天龍を先頭に、俺たちは再び歩き始めた。
 
…………まさかいかがわしい店とかじゃねぇよな?と、変なことで不安になっていた。
 
いや、晩飯いらねぇっつってたってことは…………食いモン屋か?
 
という俺の推理は見事に的中した。
 
歩き始めて十五分。
 
「ほれ、着いたぞ。」
 
木曾がそう言ってきた。
 
俺の目の前にあるのは、恐らく民家を改装して造ったのであろう建物。
 
看板には、『食事処 鳳翔』と書かれていた。
 
「見ての通りの定食屋っぽい。夕立たちもよく来るし、てーとくさんもよく来るっぽいよ?」
 
ほう。提督もよく来るのか…………って、それってまず間違いなく鎮守府の関係者の店でしょ。
 
「ま、取り合えず入ろうよ。」

と、いつもは木曾と同じくらい冷静で落ち着いている時雨もテンションが高そうだ。頭の触角(おいこら)が今にも動きそうだ。
 
「あのー、私もここって始めてなんですけど…………?」
 
と、消え入りそうな声で呟く春雨。かなり不安そうだ。
 
…………つーかこいつら、俺ばっかり注目してて、春雨のこと頭ン中からすっかり消えてたな?全員「あっ。」って顔してたし。
 
「ほ、ほらほら!入ろうぜ!」
 
…………誤魔化した。
 
俺と春雨がジト目で見ているのに気がついてか、天龍を先頭に先に店に入っていった。
 
「…………まぁ、なんだ。俺達も入るか。」
 
「…………はい。」
 
何となく負けた気がした俺たちは、そのあとに続くようにのれんをくぐって、店内に入った。
 
 
 
 
「あら、そちらが新しく入った人達?いらっしゃい。」
 
そう言って声をかけてきたのは、物腰の柔らかそうな女の人だった。だいたい、お袋と同い年位かな?
 
「紹介するぜ。こいつらは春雨と二号。春雨は三ヶ月前から、二号は先月から着任したんだ。」
 
初対面の人に二号って紹介するんだ。なかなかいい神経してるなこいつ。
 
「んで、この人は鳳翔さん。元々艦娘だった人で、三年前に前線を退いたんだ。」
 
ほー、元々艦娘だったんだ。そりゃあ提督も来るはずだわ。
 
「………………………………。」
 
しかし、鳳翔さんはさっきからずっと、俺の顔をじろじろ見ていた。なんだろ、男だからか?
 
 
 
 
 
「………………………お父さんとお母さんの事は知っているの?」
 
 
 
 
 
 
「!!」
 
俺は思わず息を飲んだ。いや、よく考えればわかったことだけどさ。
 
そうかそうか、世間って目茶苦茶狭いんだな。何も思ってなかった所から、ビックリするような話が出てくるんだな。
 
「……………………えぇ、一応、両親の仕事位は。こいつらは多分知りませんけど。つーか俺も着任したときに始めて知りましたし。」
 
俺は正直にそう言った。
 
天龍と時雨はなにやら慌ててるし、夕立はポカーンとしてるし、春雨はなんのことか分かってないらしい。木曾は相変わらずのクールスマイルだ。
 
「…………あのときの赤ちゃんと、まさかこんな形で再会するとはね…………悲しいものよ…………。」
 
鳳翔さんのその一言で、俺は理解した。あぁ、俺は赤ん坊の時にこの人と会ってる。つーか、親父とお袋が見せたんだろうな。
 
「それじゃあ、自己紹介した方がいいですかね?」
 
俺はひとつ息を吸って、言った。
 

 
 
 
 
 
「俺の名前は七宮 千尋。親父は元提督。お袋は元艦娘だ。」
 
 
 
 
 
 
 
『………………………。』
 
全員が、黙った。つーか、すげぇ驚いてた。
 
いや、驚いたなんて生易しいもんじゃない。驚愕していた。ま、当たり前か。
 

 
だって、あの七宮 亮太の息子だって言われたんだ。鎮守府の関係者なら誰でも驚く―――。
 

 
 
 

「いやいや、そこまで驚くこたぁねぇだろ?」
 

 
 
 
 
 
――一人を除いて。
 
「艦娘の適正ってのは、遺伝も関係してるらしいからな。論文見たけど、その遺伝ってのは女の方が強く引くらしいけどな。親父が提督、お袋が艦娘だったとかじゃねぇと男で艦娘の適正持った奴は出てこねぇはずだ。」
 
相変わらず先読みと言うか、推理が目茶苦茶早い木曾。どうやらこの様子だと、着任したときから確信してたらしい。
 
「はは、ははははは……………………アホか!んなもんに頭回せるか!」
 
そう叫んだのは天龍だ。いや、普通はそうだ。そんな無駄なことを考えるような奴がいる方がおかしい。
 
ただでさえまだまだ謎が多い『艦娘』だ。一々気にしてられない。
 
「流石に今回は木曾が変態だと思うな…………今に始まったことじゃないけどさ。」
 
明らかにドン引きしているのは時雨。木曾から一、二歩距離を取っていた。
 
「っぽい?」
 
相変わらずの夕立。お前はずっとそこで拓海の妄想でもしとけ。
 
「えっと……………………どういうことですか?」
 
何も分かってない春雨。さっきからずっと首を傾げていた。
 
「もう…………やっぱり、その血の運命かしら…………。」
 
目元を押さえているのは鳳翔さん。いや、その血の運命て。どこのジョー〇ター家ですか。
 
そんなこんなで、なんか店内はカオス状態。取り合えず、まずは皆を落ち着けるところからかなぁ…………そのあと、春雨に説明しなきゃな…………。
 

 
 
 
俺は、このとき、親父達の知り合いに会ったってことに喜んでいた。
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。鳳翔さんは俺が始めて手にいれた軽空母でしてね。なんとしても物語に出したかった。なお、今では瑞h………ウワヤメロナニヲスル。

それでは、また次回。 

 

第三十四話

 
前書き
どうも、お久しぶりです。約一ヶ月ぶりです。この一ヶ月の間にも、毎日のように見てくださる方が居ました。その人たちや、待ってくれていたかもしれない人へ。

ただいま帰りました。 

 

「…………で、なんでこんなことになってるんですかねぇ?」
 
俺は今の店の状況に呆れていた。
 
天龍は半脱ぎ、時雨は爆笑、夕立は電話で拓海に愚直、春雨は酔い潰れていた。
 
「まぁ、普段鎮守府では気軽にお酒なんて飲めない訳なんですし、大はしゃぎも当然でしょう。」
 
「宴会ならまだしもな。オレはあくまで静かに飲む酒がいいんだけどな。」
 
と、俺と二人でカウンター席に座り、グラスに入った芋焼酎をグイッと飲み干す木曾。相変わらず酒に強い奴だ。
 
「これうめぇな。後で一本くれ。無論、提督のポケットマネーで。」
 
「…………飯の代金は心配するなってのはそーゆーことか。」
 
俺はそんな木曾の様子にもかなり呆れていた。いつものようにクールに振る舞ってるし、後ろの四人とは大違いだ。
 
しかし、おかしいなと思った。
 
いつもならそろそろ木曾の声が聞こえたような気がする所なのだが…………。
 
「どうしたよ千尋。もっと飲めよ。」
 
声の主は俺に酒を勧めてきていた。ありがたく受け取っておこう。
 
一口飲み、なかなかの辛さに驚いていた。あいつこんなのぐびぐび飲んでたのかよ。
 
前に歓迎会してもらったときの日本酒もなかなかだったし、大人になってからはチューハイでいいかなと思っている。つーか今、この年齢で酒を飲んでいることが本来なら違法な訳で。
 
「つーか明らかに未成年の奴らが堂々と他の客の前で飲んでていいのか…………。」
 
当然、突然来たから貸しきりなんてことはなく、俺達以外にも客はそれなりにいる。どうやらなかなかうまい具合に商売しているらしい。
 
「それは心配すんな。どうせここに来る連中なんてのはオレ達のこと知ってんだし。」
 
またさらっととんでもないことを言いやがったなこいつ。
 
「ええ。実はこう見えても一見さんお断りでね。この辺の漁業組合の人とか、艦娘のことを知っている人しか入れないのよ。」
 
…………成る程な。
 
「よーするに黒い話をするならここはかなり好都合と。」
 
前々から思っていたことだが、鎮守府のようなデカイ敷地を海のそばに建てているんだ。昔は絶対に地元漁師の反発があったはずだ。なのに、平然と建っている。
 
にも関わらず、俺達にはそんな施設があると言うことは知られていない、どころかこの様子だと、近隣住民にも知られてないんじゃないか?
 
なぜ?
 
…………お金で解決しちまったんだろうな。
 
んで、それ以来の『大人の関係』ができたと。
 
「だろうな。女将は元鎮守府関係者だし、回りは味方しかいない。外から見ればただの居酒屋だし。」
 
木曾もそれには気づいていたようで、こちらを見てニヤリと笑った。
 
「ふふっ。あまり子供が探りを入れないことですよ?大輝さんに限ってそんなことは無いだろうけど、幸いにも海のそばだし、沈めてもバレないと思うわよ?」
 
鳳翔さんは真っ黒だった。こんなんだから子供たちは大人になんかなりたくないと言うんだ。
 
「沈められる前に、取り合えず下着姿の天龍をなんとかしてね?」
 
俺は飲みかけてた芋焼酎を吹き出した。怖くて後ろを振り向けない。
 
「いーぞーてんりゅーう、ぬげぬげー!」
 
野次を飛ばすのは時雨。いつものように澄ました様子はどこにもない。酒は飲んでも飲まれるな、って言うことばを知らない訳では無いのだろうに。見事に笑い上戸になっていた。
 
「んでねぇ~?もう拓海くんが帰って一週間経っちゃうよぉ~。寂しいし、心細いし、切ないし。切なすぎて(自主規制)だよぉ~。」
 
こちらは夕立。さっきから拓海にひたすら電話を掛けていた。こいつは酒飲むと泣き上戸になるらしい。つーか俺と同いどしの女の子が公共の場でそんなこと言うな。
 
すると、俺のスマホが、ピロリーン、と鳴った。見ると、拓海からの連絡だった。
 

 
 
 
『なぁなぁ、僕の冬華が可愛すぎて(自主規制)なんだけど。』
 
 
 
 
 
死んでしまえ。お前も冬華も。
 
俺はそういった文面を送り付けて、スマホをポケットに仕舞った。
 
さて、このとき俺は見てはいなかったが、天龍は下着姿になって、他の客の前に立っていたらしい。
 
「さぁーて、残り二枚だぜー?この先まで見てぇってやつは叫びやがれ!」
 
「いいぞー!」
 
「もっとやれー!」
 
「ちくわ大明神」
 
「よっ、色女!」
 
「たーまやー!」

おい待て、明らかにおかしいのが混ざってたぞ。
 
俺は心の中でそう呟いた。なんとなく、口に出したら殺される気がした。
 
「んー、やっぱだめー!」
 
さて、盛り上がってる天龍は焦らす焦らす。できればそのまま服を着て貰いたいものなのだが。
 
「頑張れー!」
 
「応援してるぜー!」
 
オジサンたちはそうは行かないようで。つーか鳳翔さん止めろよ。
 
そして、酔っ払いと言うのはかくも恐ろしいものであるわけで。
 
 
 
 
 
「だって…………オレの裸を見せるのは二号だけって決めてんだよ!」
 
 
 
 

とんでもない発言を平気でしてくれる。
 
 
 
 
 
俺は思わず手に持ってたグラスを落としてしまった。幸いにもグラスは割れなかっく、中身も少なかったから被害は少ないが、それどころではない。
 
「ほほぅ?てんりゅー、なかなか聞き捨てならないセリフだねぇ?ボクにも教えてくれよぉーう。」
 
酔っ払いと言うのは以下略。いつもなら止めてくれる時雨も使い物にならない。回りではオッサン達がヒューヒュー言ってる。
 
しかし、次の瞬間、俺達は静かにならざるを得なかった。
 
 
 
 
 
 
「…………どーゆーこった?なぁ、千尋ォ。」
 
 
 
 
 
 
隣の木曾さんが、それはもう恐ろしい位ドスを効かせた声を出したわけで。ほろ酔い気分も一発で消し飛んだ。
 
天龍と時雨は気にせず爆笑してたが。後で覚えとけよテメェら。
 
「なぁ、千尋。お前、天龍とそんな関係だったのか?あぁ?」
 
木曾はこちらを睨んだまま、唸るように言った。あ、こいつもすっかり酔ってたんだ。いつもなら爆笑してるところだ。気付くのが遅かった。
 
しかし、やはり以下略。
 

 
 
 
「オレの裸を見たくせに、他の女に手ェ出そうたぁいい度胸じゃねぇかよ。あぁ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
何を口走るか分かったもんじゃない。(第十七、八話参照)
 
 
 
 
 
 
 
「あぁん?テメェら、もうそんな仲なのかよ!?」
 
下着姿で驚く天龍。頼むから服を着てくれ。
 
「酷いよ二号。ボクというものがありながら………………。」
 
頼むから時雨は場を掻き回さないでくれ。余計に話がこんがらがる。
 
「もう!拓海くんは冬華と学校、どっちが大事なの!?」
 
テメェはいい加減にしやがれ。つーか拓海もいい加減諭せ。
 
「くー………………くー………………。」
 
こんなに回りが五月蠅いのに、春雨はずっと眠っていた。いやまぁ、あまり見せたい状況では無いからいいっちやぁいいけどさ。常識人がもう一人欲しかった。
 
つーかそもそも、酔ってるとはいえ、木曾がこんなことを言い出すとは思わなかった。
 
お陰でこっちの胃はズタボロだけどな!
 
…………泣きたい。つーか泣くぞ?
 
「えーっと…………取り合えず、飲む?」
 
俺は木曾を落ち着かせようと、俺がチェイサーとして飲んでた水が入ったグラスを渡した。
 
「……………………おう。」
 
グラスを受けとり、一気に飲み干した木曾。これで多少は落ち着いてくれるはず……………………。
 
少し間。
 
すると、木曾の顔がみるみるうちに赤くなっていった。え、俺水渡したよね?
 
すると、カウンターの向こうから鳳翔さんが慌てた様子で叫んだ。
 
「ちょっと、千尋くん!?それってスピリタスが入ってたグラスよ!?」
 
「なんでんなもんがここにあるんだよ!!」
 
スピリタスとは、世界で一番度数の強い酒。そのアルコール度数は驚異の九十六パーセント。味とかあるのだろうか。
 
しかし、そう考えると木曾はグラス半分のスピリタスをイッキ飲みしたのか……………………下手したら急性アル中でお陀仏だぞ?
 
(よい子の大人と未成年は絶対に真似しないようにね?今回は木曾が潰れてるから僕からお知らせさせてもらおう。 bay 提督)
 
………………………………無視しよう。何を無視するのかはわからないけども。それどころじゃねぇし。
 
取り合えず、木曾の行動に注意しねぇと……………と考えた俺は鳳翔さんに向けていた視線を木曾に戻した。
 
 
 
 
 
 
 
 
下着姿の木曾がそこにいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ぶちっ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「テメェらいい加減にしやがれええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その叫び声は、遠くの鎮守府まで聴こえたそうな。
 
 
 
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。今回はある意味リハビリみたいな感覚で書きました。なかなか忙しかったけど、内容はしっかり作って来ました(それでも相変わらずのこのクオリティ)。
それでは、また次回。 

 

第三十五話

 
前書き
どうも、データぶっ飛んだため、一日遅れてしまいました。こっちのほうは良かったのですが、『アタエルモノ』のほうは六千字オーバーでして…………今週はお休みです。 

 

―二時間後―
 

現在、二三〇〇。
 
「なんで俺と木曾しか起きてねぇんだよ…………。」
 
他、全滅。恐らく明日の朝まで起きないものと思われる。
 
…………飲み過ぎだ。
 
俺はテーブルに突っ伏したり寝転んだりしてる春雨達を見ながら呆れ返っていた。
 
「さぁて、帰るとしますかね。」
 
木曾はさっき起きた事件のことなんて忘れてしまったかのように振る舞っていた。こちとらあのときのこと思い出しちゃって大変だったのに。
 
「んじゃ鳳翔さん。リヤカー貸して。こいつら運ぶから。」
 
と、鳳翔さんに話しかける木曾。こいつらは荷物かよ。ぶっちゃけ、俺と木曾なら運べない訳ないと思うんだけど…………。
 
「はいはい。店の裏にあるからね。また明日にでも取りに行くから。」
 
…………多分、鳳翔さんに鎮守府に顔を出して貰いたいんだろうな。意外と人懐っこい奴だ。
 
「んじゃ、オレはリヤカー取ってくるから、お前はそいつらを乗っける準備してくれ。」
 
木曾はそう言うと、店の外に出てった。
 
さてと、取り合えずコイツらを店の外に運び出すかね。
 
「千尋くん、一つだけいいかな?」
 
すると、鳳翔さんが後ろから話しかけてきた。
 
「なんすか?」
 
振り向くと、心配しているような様子の鳳翔さん。どうしたんだ?

 

 
 
 
 
 
 
「あなたは『始祖の木曾』の血を引いてる…………。だから、絶対に後悔しないこと、受け入れること、そして、抗うこと。」
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
はい?
 
いきなり鳳翔さんは、意味の分からないことを言った。『始祖の木曾』?
 
「どう言うことで―」
 
「おーい、持ってきたぞー。」
 
俺が言葉の真意を聴こうとしたとき、ちょうど木曾が店に入ってきた。
 
「ほら、そいつら乗っけるぞ。ボーッとすんなよ?」
 
木曾は一番玄関の近くに寝っ転がってた天龍(かろうじて下着プラス上着姿)をお姫様抱っこした。
 
「あ、あぁ…………。」
 
俺は木曾に促されるまま、近くに座っていた時雨をお姫様抱っこした。うわ、これなかなか恥ずかしい。
 
………………軽いな、と思った。
 
 
 
―商店街―
 

 
俺達は居酒屋以外の店のシャッターが閉まった商店街をリヤカーを引きながら歩いていた。殆ど人通りは無く、この変な光景は見られていない。
 
…………時代が時代だったら、人買いみてぇな風貌だな、と思った。
 
「しかし、四人が乗ったリヤカーを軽々引けるって、どんだけだよ…………。すげぇな艦娘。」
 
俺は誰に言うでもなくそう呟いた。
 
「そーいや、明日で…………もう今日か。今日で艦娘になってから一ヶ月経ったんだっけな。どうだい?ここでの生活は?」
 
木曾は俺のすぐ隣で一緒にリヤカーを引いている。俺がちょっと手を右に動かせば、木曾の左手に俺の右手が触れそうだ。
 
「忙し過ぎてなにがなんだか分からなくなることだらけだけど、充実してるってところかな。」
 
流石に楽しいとは言えない。
 
「ただ…………なんか、余所余所しい奴等が居るかなってのを感じたかな。」
 
これは、鎮守府に来た初日から思っていたことだ。例えば木曾に対する長門さん以外の戦艦と赤城さん以外の空母。
 
時雨に対する扶桑さん。
 
摩耶さんに対する他の重巡などなど。
 
「仲良しグループとかはあるものの、基本的に他の艦種の奴とは絡まない事が多いって感じかな。」
 
「んー、一つ訂正な。」
 
木曾は俺の言葉に被せるように言った。
 
「この鎮守府では、駆逐艦の一部と軽巡洋艦の奴等がかなり嫌われてる感じだ。」
 
…………駆逐艦と軽巡洋艦が?
 
「そんなことない…………とは、言い切れねぇな。」
 
思い返すと、俺が話をする奴って、木曾、天龍、摩耶さん、神通さん、羽黒さん、間宮さん、明石さん、大淀さん、長門さんと、駆逐艦全員。
 
確かに、戦艦は長門さんだけだし、空母に至っては一人もいない。
 
「赤城さんはそんなことねぇんだけどな……。」
 
木曾はそう切り出して話してきた。
 
「うちの鎮守府は駆逐艦と軽巡洋艦がかなり強くてな?他の鎮守府なら戦艦一隻で駆逐三、四隻分くらいなんだけど、ここじゃ精々一、二隻位。それなら燃費のいい駆逐&軽巡だ。」
 
確かに、やけに俺達の出撃多いとは思ってたけども。
 
「空母の連中も弱くはねぇんだけどなぁ…………提督も気ぃ使ってんのにな。」
 
そういえば、俺の初陣の時に、加賀さんが質問してたっけな。
 
「別に仲が悪いのは良いけどさ、訓練や実戦に持ち込まないで欲しいけど…………あの頑固者どもだしなぁ。」
 
木曾は遠い目をしながらそう言った。
 
「逆にさ、ほぼ全員と仲のいいやつとか居ねぇかな?」
 
俺がそう言うと、木曾は「うーん…………そうだなぁ…………。」と、腕くみして悩み始めた。いや、リヤカーは引けよ重いだろ。
 
「あ、皐月とかは誰とでも話せるな。」
 
皐月?
 
「皐月ってーと、あの駆逐艦で僕っ子の?」
 
つーかこの鎮守府オレっ子僕っ子多いな。四、五人は居るぞ。
 
「あいつはなー、なんだろ、魔性の女とでも言おうか…………とにかく、一度話してみることをオススメするぜ。」
 
木曾がこう言う位だ。いい奴なんだろう。
 
「因みに、木曾から言わせればどんな感じなんだ?」
 
俺が興味本位で聞くと、木曾はこう答えた。
 
「初めて萌え死にそうになった。」
 
意味わからん。
 
「しっかし、コイツらよく寝てるなー。今なら何しても起きないんじゃね?」
 
木曾は話を変えるようにそう言うと、後ろを向いて寝ている時雨の頬っぺたをつついた。いやだからリヤカー持てってば。
 
「正直、俺たちも半分酔ってるからな。朝起きたら忘れてるかもしれん。」
 
実のところ、表向きはかなり冷静にしているつもりだが、もうあそこの店の名前を忘れてる。なんだったっけ?
 
「ほー、そうかー、忘れそうかー。」
 
すると、木曾はニヤリと笑った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―自室―
 

 
「…………ん、あれ?」
 
俺が目を覚ますと、そこはいつもの自分の部屋だった。
 
「あれ、確か…………木曾とリヤカー引いてて…………あれ、覚えてねぇや。」
 
でも、ここに居るってことは、帰ってこれたってことだろう。
 
「っかしーなー。あそこまでは記憶あんのに…………ま、いっか。」
 
俺は切り替えるように時計を見た。いつもの時間だった。
 
「さてと、走りに行くかな。」
 
俺はいつも通り、ベッドから立ち上がって、クローゼットの前に行こうとした。すると、机の上にメモがあることに気付いた。
 
「ん?」
 
表には、『By 木曾』と書かれていた。
 
俺はそのメモを取り、裏を見た。
 
 
 
 
 
 
『旨かったぜ』
 
 
 
 
 
 
「???」

酒のことかな、と思って、俺はそのメモを机の上に戻した。
 
 
 
 
 
その日、木曾は珍しく風邪を引いた。
 
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。なんとなんと、このサイトでは初めて感想を貰いました。やはり、『初めて』と言うものはなんでも嬉しいものです。『初めての口づけ』とか(そのまま書くのには抵抗がありました。)因みに、僕は恋人すら…………おっと、誰か来たようだ。

それでは、また次回。 

 

第三十六話

 
前書き
どうも、腰の痛みに耐えながらキノの旅第一話を何回も、それこそ覚えるほど流しながら勉強してました。あの作品、と言うかあの作品の作者様の大ファンです。いつか、その二次創作を書きたいと思いつつ、恐れ多いなとも思いつつ、艦これ書いてます。 

 

―練習海域 ―
 
 
「なんて言うかな…………おっそろしいな。」
 
俺は目の前を行っている二人を見ながらそう呟いた。
 
戦艦長門。
 
軽巡木曾。
 
この鎮守府で一、二を争う実力者の二人が同じ艦隊で出撃している…………というか、俺以外の編成が凄すぎる。
 
長門酸を旗艦に、木曾、赤城さん、摩耶さん、時雨と、各艦種のトップが出撃している。
 
なぜこんなガチメンバーが集まっているのか。と言うか、なぜこんなガチメンバーのなかに俺が居るのか。
 
話は、大体五時間前に遡る…………。
 
 
 
―五時間前―
 
 
 
「やぁ、二号くん。お早いねぇ。」
 
まだまだ暑い日が続く九月の中旬、あれから三週間後のことだった。
 
俺はいつもの時間に目覚めて、色々と準備を終わらせた所で、いつも通り木曾とトレーニングしようと廊下を歩いていた所だった。

そこで、ここでは俺以外では唯一の男の声。
 
「ん、おはようさん。提督。」
 
提督だった。何やら色々な資料を持っているようだ。
 
しかし…………。

俺は周りを軽く見回した後で、提督に尋ねた。

「そーいや大淀さんは?いつも金魚の糞みてぇにくっついて来んのに。」
 
大淀さんの姿が見当たらなかったのだ。提督と大淀さんが一緒に居ないところを見るのは歓迎会で報告に行ったとき以来かもしれない。
 
まぁ、この二人、夫婦らしいし(親父に教えて貰った)。
 
「あー……………………耳かして。」
 
と言うと、俺の方に近づく提督。俺も身体の向きを変えて耳を提督の方に向ける。

「……………………(ゴニョゴニョ)。」
 
「……………………。」
 
時雨よ。この二人と拓海&冬華のバカップルがいる限り、雨は止みそうにねぇぞ。
 
ゲリラ豪雨どころか大型台風だよ。
 
「んで、だ。最近どーにも大淀の眼が厳しいんだ。このままだと僕の秘蔵コレクションが見つかってしまうかも知れないんだ。」
 
…………ほうほう。
 
「…………さっき、君の部屋に寄って、ドラム缶の中に隠しておいた。君に譲ろう。」
 
…………。
 
無言で顔を見合わせる俺と提督。
 
「「…………………………………………(ガシッ)。」」
 
握手を交わす俺達。しょーもない友情だった。

「んで、話は変わるけど、今日演習あるんだよね。」
 
提督は俺の手を握ったままにこやかに話し始めた。こいつがこんな感じの顔をするときはろくなことが起こってない。身構える俺。
 
「今回の相手はトラック基地。僕ら呉鎮とほぼ唯一と言って良いくらい仲のいい所だね。」
 
「え、なに?呉鎮嫌われてんの?」
 
いやまぁ、他の鎮守府との演習は何回か見てきたが、うちの主力じゃない連中……普段は遠征とかを主にやってる奴らに負けてるしな。しかも割りと惨敗。
 
普段は遠征と言えども、日々の訓練を怠ることは当然しない(望月とかも何だかんだで参加してる)訳で。
 
おまけにこちらには全艦娘での撃沈数圧倒的一位の木曾が居るわけで。他の提督にしてみたら面目丸潰れだろう。
 
ちなみに、撃沈数ランキングは青葉情報。一体どこまで調べてるんだ、つーかどうやって調べた。
 
「まぁね。僕が優秀だからかな嘘ですごめんなさい何でもないです痛い痛い痛い痛い!艦娘が本気で常人の手を握らないで!潰れる!潰れる!」
 
台詞やら言い方やら顔やらにイラッときたので、握手したままの提督の手を握る俺。最近、握力が百五十を超えました。いえい。
 
俺は程々の所で提督の手を離す。なかなか痛そうだ。
 
「ふぅー、痛かったー。亮太さんに似て力強いねー。」
 
いや、ここまでじゃあねぇだろ。
 
「で、話の続きだけど。今回の編成を伝えとくね。旗艦に長門。それで、木曾、赤城、摩耶、時雨、それで君の六人だ。」
 
「おいこら待て色々言わせろ。」
 
さっきの話をぶち壊してくれるような編成だった。
 
「何でまた各艦種の最強クラスを。」
 
長門さんと言えば、我が鎮守府では提督、大淀さんに次ぐ発言力の持ち主であり、第一船隊の旗艦。
 
木曾は言わずと知れた化け物。『鬼神木曾』の二つ名を持ち、第二船隊旗艦。
 
赤城さんは第四船隊の旗艦。自身の火力もかなりの物だが、他の艦へのサポートに徹したとき、その艦隊の戦力は二倍になると言う。
 
時雨は恐ろしく正確な体内時計と運を持っている(時雨に言わせれば悪運らしいが)。第三船隊の旗艦でもある。

摩耶さんはこの鎮守府一のオールラウンダー。第一船隊の副旗艦。対空射撃に至っては、木曾を超える人。
 
相手の鎮守府そのものを潰す気かよ。
 
「いやー、トラックには全力で行かないとね。同期の腹立つ奴が居るんだよ。」
 
そして、提督の理由はかなり器の小さい解答だった。こんなのがここのトップで良いのかよ。
 
「んで、何でまた俺?」
 
こっちの方が大問題な気がする。まだ実戦五回程の新人なのに。
 

 
―どこかの空間―
 
 

「あ、どもども!青葉ですー。今回、なかなか二号さんが頭おかしいこと言ってくれたので、神様の代わりに説明しに来ました!
 
確かに、二号さんはまだ五回しか出撃していないのは事実であり、経験不足は否めません。
 
しかし!そんな人の成績をご覧下さい!」
 
青葉はあなたに一枚の紙を見せる。そこには、こう書いてあった。
 

 
『二号さん 戦績
 
総撃沈数 二十七
 
平均被弾率 小破
 
戦闘MVP 四回
 
総合MVP 一回』
 
 

「はい。着任して五回の成績では決して無い訳です。下手したら木曾さんレベルです。しかし、どうやら木曾さんを見すぎてかなり感覚が麻痺してるみたいですねぇ…………これからが怖いですねぇ…………あおばらあおばら。

え?くわばらくわばらじゃあって?知りませんよぉ!そんなこと!」

青葉は無邪気に笑った。
 
「というわけで!メタ担当の青葉より、二号さんがいかに謙遜してるかの説明でしたー!カメラお返ししまーす!」
 
 
 
 
―鎮守府 廊下―
 
 

なんだ今の時が止まった感覚は。気のせいか?
 
…………どうやら気のせいらしい。
 
「いやー、今回、お偉いさんが見に来るんだよ。戦績は伝えてるんだけど、実際に見たいらしくて。」
 
成る程、確かに世界初の男の艦娘だ。実際に見ないと分からない事もあるだろう。
 
でも…………。
 
「それって、木曾やら長門さんやらを入れちゃったら俺が目立たなくなるんじゃあ無いか?そうなったら意味なくね?」
 
「…………………………………………。」
 
提督はそれを聞いて、笑顔のまま固まった。こいつまじか。
 
「じゃ、頑張ってね。僕はこれから大淀の寝顔を撮りに行くから。」
 
「おいこら待て!これで俺が期待値以下だったらどうなるか分かんねぇだろ!そうなったら寝込んでる頭に藁人形打ち付けるからな!」
 
俺のその声は、たまたま近くの部屋を使っていた天龍の、「うるせぇクソが!キャンキャンキャンキャン喚くんじゃねぇ!」と言う声に掻き消された。
 
 
 
 
―練習海域―
 
 
 
 
「いやぁ、災難だったわね。」
 
俺に優しく声を掛けてくれたのは、すぐ前を進んでいた赤城さんだった。周りへの警戒は怠らずに、俺の方を見ずにだけども。
 
「いやぁ、あの人の奇行にはいい加減慣れて来ましたよ。今回のはなかなかキツかったですけど。」
 
だから俺も、周りへの警戒を怠らずに話す。今は戦場に立っているわけだ。真面目な長門さんに聴かれたら怒られそうだ。
 
「でも、初演習がトラック相手とは運が良いね。他の鎮守府だったら下手したら沈めちゃうかも知れないしね。」
 
是非とも経験したくないな。つーか演習で轟沈とか笑えない。
 
いや、普段の戦闘での轟沈の方がよっぽど笑えない。
 
死んじまうからな。
 
……………………ん?
 
「まって、時雨。今なんて言った?」
 
なにか今、時雨の発言と俺の思考とが噛み合わなかった気がした。
 
「初演習がトラック相手とは運が良いね。」
 
「もうちょい後。」
 
「他の鎮守府だったら下手したら沈めちゃうかも知れないしね。」
 
そこだ。沈めちゃうかも知れない?
 
「知らない?こっちはわざと外したりしてるのにそこに自分から突っ込んで行って沈んちゃった娘がいたりするんだよ。」
 
そんなの俺達にどうしろと言うんだよ。そんなので沈めちゃったら夢に出るぞ。

…………最大限気を付けよう。
 
『おーい、そろそろ始めるぞー。』
 
すると、耳元のイヤホンから提督の声がした。通信機だ。
 
「うむ、それでは始めるとするか。」
 
長門さんがそう言うと、
 
「そぉい!」
 
木曾がなにか投げて、
 
「一…………二…………三…………。」
 
時雨がカウントダウン。いつもの流れだ。
 
 
 
 

「さぁて……………………演習だからと言って手を抜くことはない!暁の水平線に勝利を掴むぞ!」
 
 
 
 
 
閃光が走った。
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。やはり、二号くんも男子高校生な訳でして。『そういう欲』が無い訳では無いです。第二十六話で悠人に怒ったのは、『命を掛けている女の子をそんな目で見たから』であり、『それが仕事』の人はセーフ、らしい(おいこら作者)。

それでは、また次回。 

 

第三十七話

 
前書き
どうも、テスト週間でして、今回もなかなかに忙しかったです。正直、今週無理かと…………。人間って諦めないとなんでもできるんですね。 

 

「こなくそっ…………!」
 
俺は自分に喝を入れながら対空射撃を繰り返していた。
 
どうやら向こうになかなかの空母が居るのか、さっきから偵察機の数がかなり多い。何機かはとりのがしてしまったらしい。
 
しかし、と俺は一言言った。
 
「これって見事にオトリ役だよな…………。」
 
そう。俺は今、完全に他の奴とは別行動をしている。
 
長門さんから伝えられた作戦は、「派手に動いていろ。」だった。何をどうこうしろと言わないのは木曾と一緒だった。
 
取り合えず俺は、目立つところで敵艦隊に突撃。全員の艦種を確認した。扶桑、霧島、瑞鶴、鳥海…………の四人しか判別出来なかったけども。
 
しかし、長門さんもなかなか腹黒いこと考えたな、と考えていた。

男とはいえ、軽巡一人に戦艦一人と空母一人を任せるのかよ。
 
正直、ちょっとでも気を抜いたらあっという間に大破させられそうだ。流石に戦艦と空母だな。
 
俺は近くの岩影に隠れて、息を整える。
 
「くっそ…………早くしてくれよ、木曾…………!」
 
『もう終わってらぁ。そっちこそ一人ぐらい大破させといてくれよ。』
 
俺がそんなことを呟いたとき、耳元で木曾の声がした。木曾からの通信だ。
 
「は?もうか?」
 
『当たり前だ。オレと長門さんの二人で重巡二隻だぜ?沈めないように手加減する方が大変だったわ。』
 
長門さんの作戦はこうだ。
 
トラック基地の提督は、二手に分けて行動することが多い。片方は陽動部隊、もう片方は主力部隊みたいな感じで。前に陽動に見事に引っ掛かったことがあったらしい(因みに、そのあと木曾がぶちギレたらしく、敵戦力を小破しながら壊滅させたらしい。相変わらず頭おかしい)。
 
だから今回は俺を主力部隊にぶち当てて、その間に他の奴らが陽動部隊を潰すらしい。頭おかしいと思ったね。
 
まぁ、なんとかしてる訳だけども。そうなると摩耶さんたちに早くなんとかしてほしい。二対三だから大丈夫だとは思うけど…………。
 
「取り合えず、木曾たちはこっちに来てくれないか?なんか瑞鶴さんが他の方向に艦載機飛ばし始めてるぞ。」
 
俺が敵艦隊の二人の方を見たとき、何やら瑞鶴さんが他の方向に弓を引いていたのを確認した。方向的には、恐らく木曾と長門さんの方向だ。
 
大破した仲間から位置を聞いたのだろうか。
 
『成る程なぁ。長門さん、そいつら気絶させといてくれ。』
 
『ん、わかった。そぉい。』
 
長門さんの声がした後、ガツン!という大きい音が二回聴こえてきた。
 
…………ご冥福をお祈りしよう。
 
『取り合えず、オレらもそっち向かうわ。あーあ、オレ対空射撃苦手なのになぁ…………。』
 
木曾はそう言いながらゴソゴソと何かを探していた。恐らく対空装備だろう。
 
実は、ほぼすべての能力が呉鎮守府最強の木曾(噂によれば水上機もらしい)だが、なんとなんと、対空射撃だけは並だ。
 
…………いやまぁ、木曾も普通の人間だ。苦手なことのひとつくらいある。
 
だけどさ、
 
「俺より成績良いくせになーに言ってんだか。」
 
こうなるとただの嫌味にしか聴こえないよな。
 
『あーはいはい。んじゃま、もうちょい持ちこたえといてー。』
 
木曾はやらかしたとでも思ったのか、早々に通信を切った。
 
たまに不用意な発言するんだよな…………色々常人離れしてるけど、一応年相応なんだな。
 
 
ドゴォン!
 
 
そんなことを思っていたら、俺が隠れていた岩に砲撃が直撃したらしい。
 
「わっとっと…………これは気合い入れてかねぇとなぁ。」
 
俺は腰に付けたあるものに手を掛けた。
 
さぁて、木曾ほどじゃないけど、暴れて来ますかね。
 

 
―数分後―
 
 
 
「なぁ、なんかおかしくないか?」
 
千尋との通信を切ってから数分後。千尋の元へと進んでいた時に、長門さんがそう切り出してきた。
 
「ん?なにがだ?」
 
「いや、二つあるのだが…………摩耶からの通信が無いんだ。」
 
そう言えば、演習開始直後に分かれてから一回も通信が来ていない。摩耶には、『作戦が終わったら通信するように』と言っておいた。
 
「でも、だとしたら時間がかかりすぎてる。いくらなんでも摩耶と時雨、おまけに赤城なら戦艦と軽巡一隻ずつなら十分も掛からないだろう。」
 
既に、演習開始から一時間は経っていた。
 
「と言うことは…………かなり、粘られてる…………?」
 
実際、オレ達が相手にした二人はかなりちょこまかと動いて、逃げ回ってるようにも見えた。
 
「何かの時間を稼いでいる…………?」
 
オレはそれに気付くと同時に、何の時間なのかを考え始めた。
 
「後さぁ…………。」
 
そんなところで、長門さんはたった今向かってきた爆撃機を指差す。
 
「あれ、赤城のではないか?」
 
 
 
―更に数分後―
 

 
 
「ふぅ…………何とかなった…………。」
 
俺は大破に持ち込んだ敵艦二人を明石さんに連れて行って貰いながら、汗を拭っていた(ルールとして、大破された艦娘は回収担当の艦娘に連れていかれることになっている)。
 
わざわざこの一ヶ月、天龍に教えてもらって良かった。
 
『おい二号!聴こえてるか!?』
 
すると、いきなり耳元から大音量で木曾の叫び声が聞こえた。

「っ!おい!そんな大声出さなくても聴こえるわ!何だよ一体!」
 
すると、木曾はかなり焦った様子でこう言った。
 
 
 
 
『ヤベェ…………あいつら、赤城さんを食い物で寝返りさせた!』
 
 
 
 
 
 
―演習開始前―
 
 
 
 
 
「あのー、赤城さん?ちょっといいかな?」
 
「あなたは確か…………瑞鶴さん?どうしたのかしら?」
 
「いえ、ちょっとですね。…………寝返って二三人ほど沈めたいから、協力してもらいたいんですよ。」
 
「なに言ってるんですか。するわけ無いじゃないですか。」
 
「ここに、そちらの提督の弱味と間宮食堂裏食券があるのですが。」
 
「やりましょうとも!!(じゅるり)」
 
 
 
 
 
―今―
 
 
 
 

「はぁ!?」
 
確かに、赤城さんは食い物に弱い、いや、かなり弱いけど、そこまでなのか!?
 
『今オレ達は、飛んでくる爆撃機とかを目安に進んでたんだが…………間違いなく赤城さんが飛ばしてる。』
 
なんて人だ…………。
 
ただのダメ人間じゃねぇかよ!
 
「っつーことは、赤城さんはこの通信も聞いてるのか…………ヤベェな。」
 
ぶっちゃけ、それってアリなのか?ってぐらいの手だけれども、戦場では騙し合いなのだ。騙された方が悪い。

…………深海棲艦と手を組む人がいるかどうかはさておき。
 
「あー、ついでに言うと、取り合えず俺が担当してた二人は大破にさせた。けど、この様子だと、時雨と摩耶は絶望的だな…………。」
 
俺が相手なら連れてきたところを間違いなく大破させてる。
 
『おまけに食い物で釣ったとなると…………今の赤城さんは間違いなく暴走してる。』
 
「暴走?」

あれか、夜戦のときの夕立みたいな感じか?
 
『あんな感じになったら、オレでも止められるかどうか…………。』
 
「嘘だろ!?」
 
『魔神木曾』に止められないものをどうやってオレらに止められるんだよ!
 
『こーなったら、まず演習を終わらせよう。そうしたら、加賀さんに来てもらおう。あの人にしか赤城さんは止められねぇ。』
 
すげぇな加賀さん。
 
「取り合えず、俺も爆撃機をたどってみる。恐らく、残りの二人もそこに居るんだろうな。」
 
『あぁ。それじゃ、着いた方から攻撃開始で。んじゃな。』
 
そう言うと、木曾は通信を切った。

「明石さん、すいません。この海域の近くに加賀さんを呼んでください。『赤城さんが暴走してる』と。」
 
俺が明石さんにそう伝えると、顔を真っ青にして頷いてくれた。どんだけ怖いんだよ。
 
「さてと、俺も行きますかね。」
 
俺は空を飛んでいる爆撃機のあとを追いかけ始めた。
 
 
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。ウチの赤城さんはよく二次創作とかで描かれる赤城さんを想像してくれれば、概ね間違いないと思います。赤城さんファンの方ごめんなさい。
それでは、また次回。 

 

第三十八話

 
前書き
どうも、台風のせいでガクブルしながら過ごしてます。正直、外に出たとき死ぬかと思った。

全く関係ないけど、砲雷撃戦お疲れ様でした。 

 

しかし、これってよくよく考えてみたら大丈夫なのか?
 
俺は海上を移動しながら首を傾げていた。
 
俺達が普段相手にするのは深海棲艦。知性すらあるかどうか分からない奴等に『相手を裏切らせる』みたいな事をしてくることはまずない。
 
しかし、今回の演習では、相手は同じ艦娘。そんな悪知恵も思い付くだろう。問題は赤城さんの方だ。
 
「演習とはいえ、裏切ってただで済むのか…………?」
 
下手したら演習終了後に謹慎処分だろう。
 
つーか、そんなリスクがあるのに裏切るって一体赤城さんにどんな餌(直球)を見せびらかしたのやら…………。
 
それに、『提督の弱味』ってのも気になる。
 
今日の朝、俺が貰ったものも『弱味』にはなるだろうが…………男と男の約束的なアレで、俺は奴が『けっこう責めてる系のピンク色の雑誌』を持ってたということはバラさない。つーかバラしたら奴が大淀さんにぶっ殺される。
 
俺は…………まぁ、暫く色んな奴から見られる目が変わるだろうな。
 
木曾や天龍、摩耶さん辺りは大丈夫だろう。理解がある人は素晴らしい。
 
むしろ、一番バレたくないのは駆逐艦の奴等。
 
アイツらに、『秘密を守る』みたいな能力は一個もない。例えば、アイツらが青葉にお菓子を貰ったとしよう。青葉はそのついでに何かの話―ここでは、鎮守府の誰かの噂話としよう―を話したとする。
 
二時間後には鎮守府にいる全員がその話を耳にする。しかも、尾ヒレ付きまくり。
 
中にはそうじゃない奴もいるけども…………まぁ、そんな感じだ。
 
俺がよく話してる白露型の三人は、基本的に話さない部類の奴らだ。
 
でもなぁ…………春雨にはバレたくないなぁ。
 
何だかんだで、木曾の次に一緒にいること多いからな。会うたびに顔を赤くされても困る。
 
…………っとと、話がそれた。
 
兎に角、今は赤城さんのところに行かなくちゃな。できたら木曾たちと先に合流したいんだけど…………。
 

 
 
―二十分後―
 
 
 
 
 
…………あのバカが待ってるはずがなかった。
 
俺が赤城さんのところに到着したときにはすでに、木曾と長門さんが仁王立ちしていた。
 
俺は取り合えず少し離れた岩場に身を隠す。
 
赤城さんは敵艦隊の霧島さんと古鷹さんと一緒に立っていて、自分の弓を座っている時雨と摩耶さんに向けていた。古鷹さんも同じように砲門を向けて、霧島さんは木曾たちに砲門を向けていた。
 
…………成る程、そりゃあ二人からの連絡が無いわけだ。これじゃなにもできない。
 
しかし、これは所謂、均衡状態というやつなのだろう。
 
お互いにアクションを取りづらい。
 
取り合えず、木曾にやって来たことを伝えたいのだが…………。
 
流石にここで通信機を使うのはナンセンス、と言うかただのバカ。
 
しかし、俺にはこれしか木曾と連絡を取る手段を持ち合わせていない。
 
暗号…………みたいなのが使えれば…………。
 
…………。
 
賭けてみるかな。
 
 
 
 
―同時刻―
 
 
 
 
 
 
さてと、どうしたものか。
 
オレは目の前の奴等を見てどうしたものかと頭を悩ませていた。
 
裏切った赤城さんに戦艦一、重巡一。
 
いくらオレと長門さんとはいえ、赤城さん(恐らく暴走状態)を止められるかどうかはかなり怪しいもんだ。
 
別にいきなりコイツらに砲撃ぶちかましてもいいが…………できたら時雨と摩耶は怪我させたくない。
 
傷物にしたら責任とらなくちゃいけないしな。
 
『もー、疲れた!やっと片付いたー。明石さん、この二人をお願いします。』
 
そんな冗談を考えていたら、通信機から大音量で千尋の声がした。
 
「あら、二号くん、あの二人を倒したんだ。なかなかやるじゃない。」
 
そう言ったのは戦艦の方だ。余裕そうな表情が腹立つ。
 
「お、おい、千尋!流れてるぞ!」
 
長門さんは焦った様子で通信機に向かって叫んだ。しかし、どうやら気づいてないようだ。
 
『ぐっ、イテテテテ。いやぁ、なかなか厳しかったですよ。このあと木曾の方に向かいますねいぞかないと…………ん?明石さん、なんですか?』
 
すこし間が空いて、再び二号が声を出した。どうやら明石さんと話してるらしい。
 
『ルートに気を付けろ?あー、確かに、真っ直ぐ向かったら見つかるかとしれませんね。ありがとうございます。さてと、木曾に連絡…………って、あれ?通信してらぁ。木曾?聞いてたか?』
 
千尋はそう言うと、オレにしっかりと話しかけてきた。
 
「おう、ばっちり聴いてたぜ。お疲れ様。やるじゃねぇかよ。取り合えず、早くこいや。」
 
『おっけ。ではではー。』
 
そう言うと、千尋は通信を切った。
 
「そう、もうすぐくるんだね。どうする?」
 
重巡の方が戦艦に話しかける。

「ふむ、それでは赤城さん、偵察機を向かわせて下さい。近づいたら撃ちましょう。」
 
赤城さんは頷くと、弓を一旦オレらの頭上に向けて、矢を放った。
 
矢は暫く飛んだあと、偵察機に変化して、そのまま飛んでいった。
 
直ぐに矢を構え直す赤城さん。隙ができたかと思ったが、やはり一筋縄では行かなかった。
 
「なぁ、どうするよ、長門さん(ピクピクピク)。」
 
オレは長門さんに話しかける。そのとき、右手の砲門の引き金にかけている指を動かす。長門さんに暗号を送っている。単純なモールス信号だ。
 
『分かったか』と。
 
「さぁな。こうも均衡状態だとな(ピクピクピク)。」
 
『もちろん』。
 
ふむ、となると…………。

「なぁ、赤城さんよ、ちょっといいか?(ピクピクピクピク)」
 
オレは赤城さんに向けても暗号を送った。
 
『裏切ったのか』
 
「何かしら、心変わりはしないわよ?」
 
「…………あぁ、そうかい。なら、話すこたぁねぇや(ピクピクピク)。」
 
「ふふ、物分かりがいいね。」
 
オレは赤城さんとの会話も終わらせる。
 
さてと………………。
 
 
 
 
チェックメイトだ。
 

 
 
「飛べ!」
 
オレが叫ぶと、時雨と摩耶は後ろに飛んだ。すかさず、二人に砲撃しようとする重巡。流石によく鍛えられていた。並の相手なら、直撃してるだろう。
 

 
もっとも、この呉じゃあ無かったらな。
 
 
 
 
ザパァン!キンッ!
 
 
 
 
水柱が立ち、そこから長いものが出てくる。それは、飛んできた砲弾を真っ二つにした。

そこには、全身ずぶ濡れで、右手に軍刀を持って立っている千尋の姿があった。
 
こないだから天龍に教えてもらっといて色々と良かったな。
 
いきなり海の中から艦娘が出てきて焦った戦艦は、千尋に向かって砲撃しようとする。
 
「遅いわっ!!」
 
しかし、長門さんの方が速かった。
 
吹き飛ばされる戦艦。
 
後に知ったのだが、長門さんは、「手だけ狙ったのに、クリーンヒットしてしまった。」と言っていた。よく相手沈まなかったな。
 
さてと、いつもならオレが重巡をぶっ飛ばして終了だが…………。
 
まぁ、絶望してもらおうか。
 
「くっ、せめてコイツだけでも…………っ!」
 
重巡は直ぐ近くにいた千尋に砲門を向けようとしたが、できなかった。
 
何故なら、赤城さんが構えている矢を重巡の後頭部にコツンと当てたからだ。
 
「前払いで報酬貰っといて良かったわ。こっちは勝てておまけに副賞たっぷり!」
 
にこやかに赤城さんは言ったが、重巡は絶望の表情を浮かべていた。
 
「さてと…………完全勝利ってことで良いよな?」
 
オレの言葉に、その重巡は頷くしか無かった。
 

 
―執務室―
 
 
「いやぁ、今回のMVPは間違いなく千尋くんだね。これなら上もなんの文句も出ないだろうね。」

満足そうに頷く大輝を見て、やれやれと思う。
 
「いや、正直赤城が裏切ったかもと聴いたときは本当にあったんですけど。それに、木曾と長門は後先考えずに突っ込んでくし…………。」
 
実際、赤城は裏切って無かったから、何とか勝てはしたろう。完全勝利は厳しい。
 
「ほんと、千尋くんのファインプレーね。」
 
「あ、やっぱり唯も気付いてた?」
 
大輝は椅子から立ち上がると、ポットのある台に移動する。コーヒーでも淹れるのだろう。
 
「まぁね。」
 
まず、千尋の通信。
 
『もー、疲れた!』
 
『ぐっ、イテテテテ』
 
『ルートに気を付けろ?』
 
頭文字を取ると、『もぐる』。水中に隠れていると言うわけだ。幸いにも、台風が通過したばっかりのため、水が濁っていた。
 
さらに、そのあとの木曾たちも上手かった。
 
木曾は基本的に自分で決定するから、他人に質問することはあまりない。
 
それで、長門に『暗号を送る』と言うことを伝えた。これは赤城に対してもそうだ。
 
そして、赤城の返答。
 
『心変わりはしないわよ?』
 
『物分かりがいいね。』
 
つまり、『裏切っていない』と、『分かった』だ。
 
分かったの前には、恐らく、『その場に応じて』とかのメッセージを送ったのだろう。

「しかし、よく千尋くんはとっさに思い付いたね。読み取った木曾や長門もだけど。」
 
「地味に暗号に気付いてた時雨と摩耶もね。」
 
話によると、実は二人とも赤城が裏切ってないことは知っていたらしい。それこそ、例の暗号だ。
 
「さてと、それじゃ、私はすこし行ってくるわね。」
 
私はそう言うと、執務室の扉に手をかけた。
 
「え、どこに?せっかくブラックとカフェオレ淹れたのに。」
 
大輝の両手には一つづつコーヒーカップがあった。何も聞かずに淹れてくれるのはありがたい(因みに、ブラックは私だ)。
 
私は扉を開けると、こうひと言言った。
 
 
 
 
 
「赤城に、貴方の弱味を見せてもらうのよ。」
 
 
 
 
 
―第五十七回 鎮守府鬼ごっこ大会開催の合図だった。
 
 
 
 
―一方そのころ―
 
 
 
 
「そう言えば赤城。提督の弱味というのはなんだ?」
 
「あぁ、大淀さんにそっくりの人を特集してるピンク雑誌。トラック基地の提督がベッドの下で見つけたらしいわよ。」
 
「(まてまて…………それ、俺が貰ったやつじゃねぇかよ!二冊買ったのかよ!!)」
 
 
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。ピンク雑誌といえば、僕がこないだコンビニで買い物してたときに、ちっちゃい子供が「お兄ちゃん、はい!」ってすっげぇ眩しい笑顔で渡されましたね。近くにいた親御さん共々真っ青になりましたよ。

それでは、また次回。 

 

第三十九話

 
前書き
どうも、みっくみっくにしてやんぜ。
はい、何を言ってるのか分からない人は、今回が何話が確認してください。そう言うことです。
なお、作者はバカです。 

 

 
―数十分前―
 
 
 
「……………………。」
 
私は食堂の席に座って、食い入るようにテレビの画面を見ていた。
 
そこには今日の演習の様子が写し出されていた。今は、なぜか敵側に立っている赤城さんと木曾さんが話してる所だ。
 
…………買収したのかな?確かに、赤城さんは食べ物にはめっぽう弱いけど…………そこまでなのかな。
 
すると、敵側にいきなり水柱が立った。
 
千尋さんが潜ってたらしい。
 
そして、急に現れたにも関わらず、そこに砲撃を撃ち込む敵さんたち。
 
……………………それを一刀両断する千尋さん。
 
「……………………格好いいなぁ。」
 
私はボソッとそう言った。
 
「いやー、ホントですよ。まさかここまでの存在になるとは、ビックリですよ。」

「わぁ!?」
 
私はいきなり話しかけられて驚いた。机に置いてたココアが零れなくて良かった。

「いやぁ、そこまで驚かれるとは心外ですよ。」
 
声の主である青葉さんは、にこやかに笑いながら私の前の席に腰を下ろした。目の前には親子丼が置かれたトレーがあった。
 
「青葉さんはこれからご飯ですか?」
 
今、時計の針は一三〇〇を指していた。恐らく他の人達は全員食べ終わっただろう。

「いやー、明日用の記事の用意をしてましてね。気がついたらこんな時間に。」
 
「あぁ、なるほど。いつもお疲れさまです。」
 
それなら納得だ。青葉さんは基本的に自分に厳しい人だから、一度決めたことは必ずやりきる。毎日発行してる『呉鎮新聞』も毎日なかなかのクオリティだ。
 
「いやぁ、どもども。ところで、一つ聞いてもいいですか?」
 
青葉さんは照れくさそうにしながら、コーヒーの入ったコップをもつ。
 
「格好いいなぁって誰のことですか?」
 
「ふぇっ!?」
 
再び机に置いてたココアをこぼしそうになった。零れなくて良かった。
 
「えっ、えっ、え?な、なんのことですか?わわっわ、私はそそそそんなことをひひひ一言も、」
 
「いやぁ、二号さんですか。いや、今では千尋さんと言った方がよろしいかな?確かに最近より一層雰囲気が良くなりましたしねぇ。」
 
「~っ!」
 
私は思わず机に突っ伏してしまう。
 
やだ、顔が熱い。多分顔真っ赤になってる。
 
そのようすを見てか、青葉さんがより一層色々言ってくる。

「んで、どうなんですか?」
 
「…………なにがですか。」
 
私はとぼけてみるが、最早隠せない気がする。

 
 
 
 
 
「好きなんですよね?千尋さん。」
 
 
 
 
 
 
「~っ!」
 
核心を突かれ、声にならない悲鳴を上げる私。
 
「いやぁ、青春ですね~。」
 
顔は見えないが、恐らくニヤニヤしてるであろう青葉さん。
 
「……………………い、言わないで下さいよ…………?」
 
自分でもビックリするぐらい小さな声で青葉さんにお願いする。
 
「ええ、そこは保証しますよ。むしろ保証しなくても大丈夫と言いますか…………。」
 
青葉さんの言い方に違和感を感じた私は、顔を上げて青葉さんの顔を見る。青葉さんは困ったような呆れたような、それでいて笑ってるような、そんな微妙な表情をしていた。
 
「えっと、どういうことですか?」
 
すると、青葉さんは少し間をあけてこう言った。
 
 
 
 
 
 
「多分、この鎮守府の殆どの人はあなたが千尋さんを好いてるって知ってますよ?」
 
 
 
 
 


「へぅっ!?」
 
変な声が出てしまった。幸い周りには間宮さんしかいない。
 
「いやだって、毎日のように図書館で一緒になにか勉強してますし、お昼ご飯もグループ内で入れ替わりがありますけど、毎日一緒ですし、こないだの摩耶さんとの対決もなかなか息ピッタリでしたし。」
 
「うぅ…………そ、そんなにですか…………?」
 
「はい。そりゃあもうラブラブだなぁと。」
 
「~っ!」
 
三度顔を伏せる私。頭がくらくらしてきた。
 
「ちょっと待ってくださいね?」
 
青葉さんがそう言ったあと、椅子が動く音。立ち上がってどこかに行ったらしい。
 
「…………ふぅー。」
 
私は体を起こしてきちんと椅子に座る。深呼吸をして、落ち着こうとする。しかし、やはり頭がボーッとしてしまっている。
 
「………………………………はぅ。」
 
テレビには演習が終わってその後処理をしている様子が写し出されていた。赤城さんがなにかを言ったあと、千尋さんが何やら険しい顔をしていた。何を言ったのだろうか。
 
 
 
 
 
「まてやゆいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
 
 
 
 
 
 
「待つわけないでしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 
 
 
 
 
轟音と共に叫び声。
 
どうやらまた大淀さんと提督さんが鬼ごっこを始めたらしい。私がここに来てから五回目だ。
 
提督が追いかけてると言うことは、またなにかやらかしたのだろうか。
 
「はい、春雨さん。これどうぞ。」
 
すると、私の前にオレンジジュースが置かれた。そして、青葉さんが再び私の前に座る。青葉さんもオレンジジュースを飲んでいた。
 
「あ、ありがとうございます……………………。」
 
だんだん涼しくなってきて、冷たいものを飲むことも少なくなってきたが、今のこの状況ではありがたい。
 
私はオレンジジュースをコップの半分まで飲み干す。
 
…………うん、だいぶ頭が冷えた気がした。
 
「それで、どの辺がですか?どの辺が好きなんですか?」
 
青葉さんは机に肘を置くと、体を若干前のめりにさせて聞いてきた。
 
私は半分観念したように話し始める。
 
「えっと…………その…………わかりません。」
 
私は一言、曖昧な感じでそう言った。
 
「……………………はい?」
 
驚きながら首を傾げる青葉さん。私はお構い無く話していく。
 
 
 
 
 

 
 
「えっと、なんて言うか…………初めて千尋さんを見たのは、千尋さんが着任した日で…………その日の午後は夕立ちゃんと時雨ちゃんと一緒に鎮守府を案内したけど、珍しいなぁ位にしか思ってなくて。」
 

「それで、暫くは通りかかったら挨拶する程度だったんです。その間は、こんな所なのによく溶け込んでるなぁって思ってました。」
 
 
「でも、あの日、いつもみたいに図書館で勉強してたら、千尋さんが来たんですよ。それこそ、青葉さんになにか頼まれて来たみたいですけど。」
 
 
「それで、ビックリしましたよ。私がやってたページをあっさり解いたんですもん。」
 

「それに、木曾さんについて調べるとか言ってましたし、私も気になったから一緒に調べるとかいったんですよ。今となっては笑えますね。積極的すぎですよ。」
 
 
「そしたら、なんか千尋さんが変わりに勉強教えてくれるって言って……………………そのあと、摩耶さんと戦って、ボロボロなのに最後の最後では折れなくて。」
 

「それから毎日、毎日ですよ?毎日同じ時間に図書館にやって来て、勉強教えてもらって、今ではかなりできるようになって。優しいと言うか、お人好しと言うか…………。」
 
 
「それでいて、絶対に負けないんですよ。何にとは言いにくいですけど、いろんなものに絶対に向かっていくんですよ。」
 
 
「それに、責任感が強いと言うか…………私の件についてもそうですし、週に二、三回は必ず食堂で手伝いますし。他人のために、あそこまで動けませんよ。」
 
 
「それで、努力するんです。朝は木曾さんと自主トレして、夜は遅くまで。勉強も、私に教えながら自分もドンドン勉強してますし。」
 
 
 
 
 
 
「なんと言うか……………………どこがす、好きとか、い、言えないと言うか……………………いつも間にか、好きになってたと言うか…………。」
 
私はそこまで言って、恥ずかしさのあまりまたまた机に突っ伏す。
 
ヤバい、色々とリミッターが外れてる。思ってること全部吐き出した気がする。
 
「……………………………………いやぁ。」
 
青葉さんは少し間をあけて、口を開いた。
 
「本当に、大好きなんですね。」
 
「……………………はい。」
 
私は伏せたまま肯定した。
 
「それで、告白する気は?」
 
「えっ……………………。」
 
私は思ってもみない台詞に飛び起きる。青葉さんはさっきまでと違う真面目な表情だった。
 
「そんなに千尋さんのことを想ってるのなら、いっそのことぶちまけてみてもいいんじゃないですか?そりゃあ、断られるかもと思ったら、簡単にできることとは思いませんけど…………。」
 
珍しく、自信のない表情を見せる青葉さん。それほど真剣に聴いてくれているのだろう。
 
「………………自信が、ないです。私が、千尋さんに好かれてるって、どうしても思えなくて…………。」
 
それに、と私は続ける。
 
 
 
 
 
「多分ですけど、千尋さん、木曾さんのこと好きですし。」
 
 
 
 
 
「ぶっ。」
 
飲んでいたオレンジジュースを吹き出す青葉さん。机に飛ばなくて良かった。
 
「え?」
 
私は青葉さんのその反応に驚く私。てっきり皆そう思ってるものだと思った。
 
「くっ…………くふふっ…………はははっ……………………はははっ!そ、それ、本気ですか!?」
 
青葉さんは笑いを堪えながら私に話し掛ける。
 
「ほ、本気ですよ!だから、その、不安で…………。」
 
木曾さんは千尋さんをみつけた張本人。千尋さんが鎮守府に溶け込めるようになったきっかけも作って、千尋さんと話が合う。
 
それこそ、千尋さんにはあんな気の強い人の方がお似合いだと思う。私みたいな気の弱い人なんかより。
 
「いやぁ……………………なら私からは何も言うことは一つだけ。」
 
青葉さんはそう言うと、いつの間にか食べ終わっていたトレーを持って立ち上がった。
 
 
 
 
 
「後悔しないように。」
 
 
 
 
 
 
その一言が、なぜか怖く感じた。
 
 
 
 
 
 
「それでは、私はこれで!そろそろ帰ってくる頃ですしね。」
 
青葉さんはそう言うと、トレーをカウンターに返して、食堂から出ていった。
 
「…………………………。」
 
『後悔しないように。』
 
その言葉が、私の頭の中でずっとグルグルしていた。なにを後悔するんだ?いつ?どこで?
 
そんなことをずっと考えていた気がする。
 
 
 
 
 
「スタミナオバケかあああああああああああああああああああああああああ!!」
 
「艦娘が言うんじゃねぇええええええええええええええええええええええええ!!」
 
 
 
 
 
そんな雑念は、再び聞こえてきた二人の叫び声で吹き飛んだ。
 
「…………出迎えに行こう。」
 
私は、今すぐに千尋さんの顔が見たくなって、食堂を後にした。
 
顔は、まだ熱かった。
 
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。手元にある恋愛小説に恋愛ゲーム、アニメ等々を見て必死に考えましたとも。僕自身が恋愛経験が無いようなものなので、かなり苦しかった。
それでは、また次回。 

 

第四十話

 
前書き
どうも、何だかんだで四十話です。正直、いつ終わるのか分からない作品ですが、これからもよろしくお願いします。 

 

―執務室―
 
 
「しっかし、これはまたなかなか攻めた特集じゃねぇか。」
 
木曾がページをぺらりとめくりながらそう言った。俺はそのはるか後ろに立ち、本そのものが見えないようにしている。
 
赤城さんは「ふむふむ。」と言いながら観察するように注視し、摩耶さんは「やらかしたなぁ、提督よ…………。」と頭を掻いていた。長門さんはお構いなしに報告を続け、時雨は「おっきいね。」と一言。
 
そして、
 
「…………………………(ダラダラダラダラ)。」
 
いつも通りに椅子に座っているものの、冷や汗の止まらない提督と、
 
「…………………………(ゴオォォォォォォ)。」
 
なにかヤバいオーラを発しながら提督の首根っこを掴んでいる大淀さんがいた。
 
なんだろ、下手したら『魔神』の木曾より怖いかもしれない。だって、提督の目が死にかけてる魚みたいになってるもん。
 
「―以上だ。今回は二号の小破のみと、ほぼ完全勝利と言っても文句なしだろう。向こうも奇策を打ってきたが、うまく対処できた。なかなかだったと思う。以上。」
 
長門さんはそう言って、一歩下がった。そして、木曾の隣に移動して、一言。
 
「それと、いくら忙しくて大淀が構ってくれないからといって、こんなものに頼るなよ?」
 
笑えねぇ。
 
「(ゴゴオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ)。」
 
あ、大淀さんのオーラが増えた。
 
「あ、う、うん。報告お疲れ様。それじゃ、ゆっくり休んできてよ。それと二号。テメェは後で話があるからムギュ。」
 
提督が俺になにか言おうとしたとき、大淀さんが首根っこを持ったまま手を上げた。当然体が浮き、首を絞められる提督。
 
「あら、奇遇ね。私もあなたにじっっくり話があるのだけど?」
 
大淀さん、目が据わってる。
 
「……………………ハイ。」
 
おとなしくするしかない提督。いやまぁ、自業自得だろう。
 
そう言えば、なんでトラック基地の人たちが提督のピンク雑誌なんか持ってたんだろ?
 
「そう言えば、トラックの人が言ってたのですけど。」
 
そんなことを考えてると、赤城さんが口を開いた。
 
 
 
 
 
 
 
「『あの人は基本的に気に入ったものはストックする。』とのこと。」
 
 
 
 
 
 
「(ゴゴゴゴゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ)。」
 
更に倍増する大淀さんのオーラ。
 
そーいや、この雑誌って、朝に俺が貰ったものとおんなじなんだよな…………。多分、大淀さん一筋の覚悟として俺に渡したのだろう、多分。
 
もう一冊をどうするかは頭に無かったようで。バカだろ。
 
「『でも、今日忍び込んだ時には一冊した見つからなかった。』…………少なくとも有るであろうもう一冊は?」
 
まって、赤城さん本当にまって。なんか俺の雲行きも怪しくなってきてないか?
 
俺は提督程では無いけれども、冷や汗を流し始めた。
 
「あ、そうそう!そのもう一冊はち」
 
 
 
 
ドゴォオオオオオオオオオオオオン!
 
 
 
 
 
気がついたら、俺は提督の顔面に拳を叩き込んでいた。ごめん、提督。お前の命より俺の評判だ。
 
「ち?」
 
「ち…………血の涙を流すような…………気持ちで…………捨てました。」
 
そう言った後で、ガクリとうなだれる提督。
 
その提督に時雨と摩耶さんがスッと近づき、首もとや手首に手を当てる。
 
「ん、流石提督。脈はあるね。」
 
「安心しろよ二号。こいつは基本的に自分に非があると分かってたら何もしないから。」
 
時雨と摩耶さんは俺にグッと親指を向けてきた。
 
……………………なんだろう。物凄い申し訳ない気持ちで一杯だ。
 
皆を騙してるという罪悪感と、そのために提督をぶっ飛ばした罪悪感と。
 
こりゃあ、後で提督に色々言われそうだな…………。後で雑誌を返そう。
 
「それでは、私はこの人を叩き起こしますから、ゆっくりしていって下さい。特にこのあと訓練に参加しようとかいう馬鹿なこと考えてる軽巡洋艦とか。」
 
ビクッ!と体を震わせる木曾。やっぱりこいつアホだ。
 
「わかったわね?木曾ちゃん?」
 
と、大淀さんは凄みを効かせてそう言った。いや、木曾にちゃん付けとかしたら殺されると思うのだが……。
 
「あ、はい。分かりました。すんません。」
 
大人しく従う木曾。木曾は大淀さんにかなり弱い。一体昔に何があったのだろうか。
 
「それでは、失礼した。」
 
長門さんがそう言うと、皆次々と部屋を出ていった。俺もそれについて部屋を出る。
 
「うむ、ご苦労様だった。」
 
長門さんはそう言うと、スタスタとどこかへ行ってしまった。相変わらず素っ気ない人だ。
 
「んじゃ、アタシはこれから天龍に用事あるから。」
 
摩耶さんはそう言うと、長門さんとは逆方向に歩いていった。
 
「ボクと赤城さんは青葉さんに呼ばれてるから。」
 
と、摩耶さんと同じ方向に歩いていった。残された俺と木曾。
 
「んで、オレたちはどうする?」
 
どうやら何も用事のないらしい木曾。俺も無いから、どうしようかと悩んでいた。
 
いつもの木曾なら、「トレーニングセンター行くぞ!」だけど、大淀さんに釘を刺された木曾はその約束をきっちり守る気だ。可愛いかよ。
 
「うーん、正直やることねぇんだよなぁ。一回部屋に帰って寝てこようかと思ってたんだけどな。」
 
疲れてはいるからな。
 
すると、木曾は腕を組み、悩んでいた。
 
…………そう言えば、俺がここに来てからコイツがこの時間帯に訓練してないところって殆ど無いな。
 
……ある意味、日常の木曾が見れるチャンスかもと思ったんだけど…………そもそも日常が訓練だったなコイツ。
 
レアかよ。
 
「お前さ、部屋とかでなんか趣味とかしてないのかよ。」
 
「え?俺は部屋に帰ったら脱いで寝るくらいだぞ?」
 
バカだ。たったそんだけの為に部屋はあるんじゃ……………………ん?。
 
「ワンモアプリーズ。」
 
「え?俺は部屋に帰ったら脱いで寝るくらいだぞ?」
 
おーけーい。違和感の正体が分かった。
 
「『脱いで』?」
 
そう、『脱いで』。普通そこには、『着替えて』のワードが入るはずだ。
 
「うん、脱いで。」
 
しかし、どうやら間違いでは無いらしい。
 
…………まさか。
 
「お前、パジャマとか寝間着とかは?」
 
「着ないね、何も。」
 
裸族だった。
 
「…………お前さぁ。女の子相手なら兎も角、男の俺に言うなよ…………。」
 
俺は頭を押さえながらそう言った。こいつ、ここに来る前とか大丈夫だったのだろうか。

「お前はオレを女と見てるのか?ちなみにオレは見てない。」
 
と、威張るように言う木曾。いや、威張るなよ。反論できない俺も俺だけどさ。
 
「まぁ、それはそれとして、もし何もないならいい案があるのだが。」
 
と、俺は木曾に言った。時計を見ると、一四〇〇。ふむ、飯までは潰せるかな。
 
「なんだよ、勿体ぶらずに言えよ。」
 
急かす木曾に、俺はこう言った。
 
「三十分後に屋上で。動ける格好でな。」
 
 
 
 
―屋上―
 
 
 
 
ふむ、提督はどうやら約束を守ってくれたらしいなと、屋上の様子を見てそう思った。
 
「うーい、来たぜー。」

その様子に納得するように頷いてると、扉を開けて木曾が入ってきた。黒のタンクトップにハーフパンツと、時期的にまだギリギリ許されるような格好でやって来た。
 
「お、時間ぴったり、流石だな。」
 
俺はそんな感じで声をかけた。しかし、木曾はその声には反応しなかった。どうやら、ここの様子に驚いてるらしい。
 
「…………なにこれ。」
 
「バスケットゴール。」
 
木曾の質問に俺は即答した。
 
覚えてる人が居るかどうか怪しいから説明するが、ここに来たときに親父達から送られてきた荷物に、バッシュとバスケットボールが入っていた。
 
どうやら提督はそれを知っていたらしくて、この際だから新しい娯楽をということで、屋上に設置したわけだ。無論、俺が頼み込んだのも理由の一つだが。
 
「…………お前、バスケ部だったのか?」
 
木曾はストレッチを始めながらそう言った。おいこら屈むな、見える見える。
 
「あぁ。更に言うと、拓海や悠人もだ。」
 
俺は視線をバスケットゴールに写しながら答えた。それを見て、不思議そうな顔をする木曾。いや、どこまで女子力ねぇんだよ。

「んで、ここで飯までバスケして遊ぼうってか?言っとくけど、俺はサッカーや野球なら大得意だが、バスケはしたことねぇぞ?」
 
木曾は腕を上に伸ばしながら言った。今度はヘソだよ。だから恥じらい持てってば。
 
まぁ、既にこいつの全裸見たことある俺が言うのもアレだけどさ。
 
「まぁ、教えながらやるよ。あと、春雨と皐月呼んだから、もうすぐ来ると思うぜ?」
 
俺は手に持ったバスケットボールをダムダムとドリブルする。うむ、懐かしい。
 
「あ?春雨は兎も角、皐月?何でまた。」
 
あ、そうか。こいつは俺が皐月と仲良いの知らないのか。
 
「いやな?最近春雨とかと絡んでると、大抵アイツがいるから、自然と仲良くなってな。今回も春雨誘おうとしたときに近くで暇そうにしてたからさ。」
 
それを聞いて、暫く考えるような顔をしたあと、ニヤリと笑う木曾。
 
「…………どうした。」
 
「いや?べっつにー?」
 
…………腹立つなぁ。
 
「おい、言いたいことあるなら―。」
 
「皐月だよー!来たよ、ニゴー!」
 
「こ、こんにちは、千尋さん、木曾さん。」
 
俺が木曾に問い詰めようとしたところで、皐月と春雨がやって来た。なんとも狙ったようなタイミングだ。
 
皐月は黒地に黄色のラインが入ったパーカーにベージュのハーフパンツ、春雨はピンクのガーディアンに黒のスカートだった。春雨、それ多分具が見える。
 
「ん、来たか。」
 
「よう、春雨に皐月。」
 
俺と木曾は手を上げて挨拶する。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「えへへ、ボク、木曾と遊ぶのって初めてかも!」
 

 
 
 
 
 
 
皐月は実に嬉しそうにそう言った。
 
「―ッ。」
 
「……?木曾、どうした?」
 
それとは裏腹に、目を見開いている木曾。心なしか、驚きというか驚愕というかといった表情を浮かべていた。
 
「…………あぁ、そうだな。」
 
しかし、すぐに笑顔を浮かべて答える木曾。気のせいか、いつもより優しさを含んだ、優しい笑顔だった。
 
…………何があったかは知らないけど、なにかこいつが成長した気がした。
 
「さてと…………チーム分けするか!」
 
 
 
 
 
 
 
その後、俺達は日が暮れるまでバスケをして楽しんだ。
 
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。この話を書いている途中で、「あ、艦これたのしい」と、一時期全くしてなかった艦これを再開しまして。クッソ楽しい。こんな面白いゲームをほったらかしてたとは。何て奴だ。正直、人生損してた。これからは怪物お弾きとかと一緒に楽しもうかなと。

それでは、また次回。 

 

第四十一話

 
前書き
どうも、艦これでの遠征の最高効率を模索が楽しくって仕方ない。正直、鋼材やバケツを集めるのが目的になってきた。 

 

……楽しかった。
 
俺はそう思いながら壁にもたれながら座った。数ヵ月前に比べて日が短くなっているので、もうすっかり夕焼けが綺麗な時間だ。
 
「お疲れ様です、千尋さん。」
 
「おっ疲れー!」
 
と、春雨と皐月が側に寄ってきた。二人とも満足そうな顔をしていた。どうやら楽しんで頂けたようだ。
 
「おう、二人ともお疲れ様。しっかし、やっぱりこの身体って便利だな。四時間ぶっ通しでやったのにそんなに疲れてないもんな。」
 
俺は両手を見つめながら、グーパーと開いたり閉じたりしてみる。途中で軽く休憩はしたが、それでもこの疲労の無さは異常だ。
 
…………どんどん人間じゃ無くなっていってる気がする。良いことなのか悪いことなのか。
 
「ま、そのお陰で深海棲艦と戦える訳だしね。結果オーライ。」
 
「いやいやいやいや…………できるなら学校でバスケしたかったぞ?俺は。」
 
正直、自分の運命を呪った。親父とお袋もちょびっと呪った。
 
「まぁねー。ボクもできたら学校でやんちゃしてたかったなー。」
 
どう見ても小学生位であろう皐月は、少し寂しそうに笑った。
 
…………まだまだ幼いレベルだよな、小学生って。そんな子供ですら駆り出されてしまうんだよな。
 
艦娘ってのの絶対数が少なすぎるからか。
 
…………終わらせれるならこの戦争を終わらせてみせたい。まぁ、十数年続いてる戦争を終わらせる方法があるなら教えてほしいけどな。
 
「あの、ちょっと聞いていいですか?」
 
と、俺が物思いに更けていると、春雨が手を上げた。
 
「あ、おい、ちょっとまて―。」
 
と、なぜか木曾が静止しようとしたが、一瞬遅かった。
 
 
 
 
 
 
 

 
 
「学校って、どんな所なんですか?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その言葉は、やけに軽かった。
 

 
 
 
 
 
「お、おい!そろそろ飯食おうぜ!」
 
すると、木曾が慌てた様子でそう言った。確かに、腹が減ったのも事実だ。
 
「お、おう。そうだな。」
 
何となく木曾にはぐらかされたような感じだが、皐月は、「ごっはーん!」と、嬉しそうにかけていった。
 
「悪いな、春雨。その質問にはまた今度な。」
 
俺は春雨に向かって謝るように手を向けた。
 
「あ、いえ。気にしないでください。私も変な質問にしましたし。」
 
と言うと、春雨はぺこりとお辞儀をして皐月の後を追いかけていった。
 
「…………木曾、どう言うことだ。」
 
俺は無理矢理話を切った木曾を軽く睨む。それくらい春雨の質問は理解できないものだった。
 
木曾は海の上に居るときと同じくらいに真剣な表情でこちらを睨み返してきた。
 
「…………アイツはな、学校に通ったことが無いんだ。」
 
「……………………。」
 
だいたい予想通りの説明が返ってきた。艦娘になる前の環境が酷かったのだろうか、と考えていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「アイツはな、人間じゃねぇんだ。」
 
 
 
 
 
 
 

 
だから、そのあとの木曾の言葉の意味が理解できなかった。
 
「…………は?ちょ、え?どう言うことだよおい!?」
 
俺は周りからみても明らかなほど動揺した。
 
人間じゃない。
 
それは俺たちも今では人間ではない。しかし、木曾の様子を見るに、今の話をしている訳では無さそうだ。
 
木曾はポツリポツリと話し始めた。
 
 
 
 
 
「アイツはな、今から半年近く前……だいたい、お前がここに来る二ヶ月前位に見つけられたんだ。」
 
「海の上で、な。」
 
「大半の艦娘は、普通の人間の中に適正を持ってる奴がなるんだがな。たまに、今まで居なかった艦種の奴が現れることがあるんだ。そいつらはたいてい海の上で寝転んでたりしてるな。春雨もそうだった。」
 
「そいつらは見た目相当の精神年齢してて、普通に言葉も話す。だけど、それより前の記憶は全くない。取り合えず、見付けた鎮守府に連れてって、そこの一員にする。」
 
 
 
 
 
「俺達はそんな新しい艦種である艦娘達を、『始祖』って呼んでる。」
 
木曾は最後にそう言って、口を閉じた。
 
「……………………。」
 
俺は頭の中で、少し前に鳳翔さんに言われてたことを思い出した。
 
 
 
『あなたは『始祖の木曾』の血を引いてる…………。だから、絶対に後悔しないこと、受け入れること、そして、抗うこと。』
 
 
 
 
あぁ、そうか。
 
俺のお袋も、人間じゃあ無かったのか。
 
……………………。
 
 
 
 
 
「だからどうした。」
 
 
 
 
 
俺はそう言った。木曾は大きく目を見開いていた。
 
「例えば春雨。お前はあれが人間に見えないのか?俺には少し内気な女子高生位にしか見えねぇな。」
 
「それに、鳳翔さんから聞いたけど、俺のお袋も『始祖』らしいしな。俺も半分は人間じゃねぇ。人のことなんて言えねぇし、言う気もねぇ。」
 
「んなこと気にしてる暇があったら、この戦争を早く終わらせて、アイツを学校に通わせる事でも考えた方がいいわ。」
 
俺はそう言うと、ポカンとしている木曾を置いて屋上から中に入った。
 
…………なぜか知らないが、木曾に少しイラッと来てしまった。
 

 
 
―食堂―
 
 
 
 
「…………はぁ。」
 
俺はそこそこ大きなため息をついた。
 
「どうしたんですか、千尋さん?」
 
目の前に座る青葉が心配そう…………ではなく、興味津々といった感じでこちらを見てくる。
 
食堂に入って、いつも通り天龍や時雨と飯を食おうかと思ったら、珍しく青葉が誘ってきた。断るのも申し訳無いから、天龍たちには悪いが今回はこっちに来た。
 
「いや、なんと言うか…………どんな人間も神様みてぇな完璧な奴にはなれねぇんだろうなぁと。」
 
俺はもう一つため息をして、唐揚げを一つ食べる。
 
「ふむ、千尋さんの尊敬してる人と言いますと、木曾さんですね?」
 
「…………あと、情報網のおかしいやつが近くにいるってのも原因の一つかもな。」

俺は青葉にそんな軽口を叩いていた。
 
「む、千尋か。どうした、神妙な顔をして。」
 
すると、俺と同じ唐揚げ定食が乗ったトレーを持った長門さんが近くを通った。
 
「あ、長門さん。まぁ、あれですよ。思春期ってやつですよ。」
 
おいこら青葉テメェ。勝手なこと口走ってんじゃねぇ。
 
「ふむ、悩みと言うのは誰にでも有るものだし、そんな時期も当然私にもあった。気にするものではない。思春期に少年から大人に変わるのだ。」
 
「どこのシンデレラですか。」
 
その理論だと、どこかで大人の階段を見つける必要があるがな。
 
「ところで、長門さんも一緒に食べませんか?」
 
俺の誤解を解く暇も与えず、青葉が長門さんを誘う。こいつ、嘘を真実にしようとしてる…………。
 
まぁ、思春期とか中二病とかは本人がノーと言ってもムダなものだ。長門さんなら広めないと信じよう。
 
「ふむ、悪くはないな。では、お邪魔させてもらおう。」
 
長門さんは青葉の隣の席に腰を下ろす。箸を手にとって、「いただきます。」と一言言ってから、味噌汁をすする。
 
…………やはり、凛々しい人だな、と思った。一つ一つの動作すべてが様になってる。
 
これが、この鎮守府で唯一木曾と同等に戦える人、戦艦 長門。
 
普段の生活ですら、雰囲気が生半可ものではない。
 
「そう言えば、今日の演習は素晴らしかったですね!特に最後千尋さんが水中から飛び出した所!一瞬で戦況がひっくり返りましたね!」
 
青葉は少し興奮したようにそう言った。確かに、最後のは上手く行き過ぎてるというか…………。
 
「あそこで千尋がうまいこと伝えてくれたからな。あとは待つだけだったさ。」
 
長門さんはあくまで俺を持ち上げてくれる。
 
「いや、それでも長門さんの存在は大きかったですよ。多少無茶してもなんとかなるかなと。」
 
だから、俺も長門さんを持ち上げる。
 
やはり、俺はこの人や木曾ほどの実力はまだまだない。早く追い付いてみせたい。
 
「……………………まーた謙遜してる(ボソッ)。」
 
「ん?青葉、なんか言ったか?」
 
「いいえ、何も?」
 
なにか青葉が呟いた気がしたが…………気のせいか。
 
「そう言えば、千尋は演習で初めてMVPを獲得したな。おめでとう。」
 
と、長門さんが言った。厳正な審査の結果、俺がMVPということになったらしい。まぁ、ありがたい話だ。
 
「ありがとうございます。」
 
「となると…………二人とも、このあと時間あるか?」
 
と、長門さんは声の大きさを少し落として聞いてきた。

「ん、あ、はい。特には。」
 
「私も今日は暇なんですよね…………。」
 
「ふむ、それでは、二二〇〇に私の部屋へ来てくれ。」
 
「「……………………?」」
 
俺と青葉はお互いに顔を見合わせた。長門さんが俺達二人に用事でも有るのだろうか。
 
「それでは、私は準備してくる。ごちそうさまでした。」
 
長門さんはそう言うと、いつの間にやら食べ終わっていたトレーを持ち、スタスタと歩いていってしまった。いやほんと、いつの間に…………。
 
「…………なんと言うか、なに考えてるか読めない人だな。」

「同感です…………彼女だけは本当に読めない…………(と言うことにしときましょう)。」
 
俺達は長門さんの後ろ姿を眺めながら、少し冷めてきている晩飯を食べ始めた。
 
…………何となく、色んなことが起こる日だな、と思った。 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。『始祖』と言うのは読んで字の如し、物事の一番始めです。二号のお母さんは『始祖の木曾』ですし、ここの春雨は、『始祖の春雨』ってことです。まぁ、そのあたりはその内。
それと、このサイトでのUAが一万を突発しました。投稿し始めたときの目標である千の十倍です。本当に感謝しかありません。これからも、『男艦娘 木曾』をよろしくお願いします(最近お願いしてばっかだな)。

それでは、また次回。 

 

第四十二話

 
前書き
どうも、イベントが始まって、胃がキリキリ痛み始めました。既に泣きたい。 

 

―長門さんの部屋の前―
 
 
「さてと…………取り合えず来てみたけどさ…………。」
 
「なかなか怖いですよね…………。」
 
俺と青葉は言われた時間に長門さんの部屋の前までやって来た。俺たちの部屋となにも変わらない入り口の扉が、逆に怖い。
 
「さすがにとって食ったりはしないでしょうけど…………。」
 
「とって食われてたまるかよ。」
 
もし扉を開けた先に長門さんがばかでかい鍋に油を入れて待ってたら、問答無用。直ぐに帰る。
 
「まぁ、ビビってても始まらないか…………。」
 
俺はそう言うと、扉を二回ノックした。
 
「長門さん、居ますか?千尋と青葉です。」
 
『ん、鍵は開いてる。入ってくれ。』
 
その言葉を聞いた俺は、ドアノブを回して、扉を開けた。
 
「よく来てくれたな。」
 
長門さんの部屋はかなり物が少な目に抑えられていた。簡素なベッドに俺の部屋のものと同じ机に箪笥。違うところと言えば少し大きめな本棚があることと、壁に東京マミルトツバメーズのユニフォームが飾られてる位だった。そうかそうか、マミルトファンか。来シーズン頑張ってくれ(因みに俺は神奈川スターズファン)。
 
そして、部屋の真ん中にはちゃぶ台が置かれ、その上には……。
 
「さてと、飲むぞ。」
 
二桁位はあるであろう数の酒瓶と、何種類ものツマミがあった。恐らく、間宮さんにつくってもらったのだろう。
 
「「……………………………………。」」
 
俺と青葉は二人して黙ってしまった。
 
いや、別にいいんだよ?こんな感じで酒盛りするのも全然嫌いじゃないよ?自分の部屋でも飲むしな?
 
…………俺と青葉の脳裏には、いつぞやの歓迎会の時の事件を思い出していた(第十話参照)。あと、こないだ行った鳳翔さんの店でのこととか(第三十四話参照)。
 
全く懲りてないと見た。

「…………えぇ、そうですね。飲みますか!」
 
おいこら青葉。なにサクッと受けとるんですかい。酒の入った長門さんを下手に刺激したら那珂みたいなことになるぞ。
 
しかしまぁ、ここで俺が乗らないと失礼だよな…………あーあ。
 
「うっしゃ、飲むか!」
 
かくして、長門さん主催の宅飲み会が決定した。
 
長門さんは俺たちが頷いたのを見ると、「座ってくれ。」と促す。俺と青葉は等間隔にちゃぶ台の周りに座ると、長門さんがグラスに酒を注いでくれた。
 
「それじゃ、乾杯。」
 
「乾杯。」
 
「乾杯です。」
 
チンッ、という音がした。
 

 
―一時間後―
 
 
 
さて、酒盛り開始から一時間後が経った。その間に俺は木曾に、『長門さんと酒盛りしてるから合図があったらすぐ来てくれ』と言う連絡をした。
 
そんな心配とは裏腹に全員穏やかな様子で酒を飲んでいた。そこそこローペースだった。
 
「しかし、私も最初は男が艦娘になったと聴いたときは素直に驚いたよ。」
 
そのなかでもかなり口調がフレンドリーになってきた長門さん。普段もこのくらいだったら話しかけやすいんだけどな。
 
「んなこと言っても、俺だってビックリしましたよ。提督以外全員女の子で。」
 
正直、ToL〇VEるみたいなことにならないでくれと願うばかりだった。皆身持ちの固くって助かった。
 
「でもでも、案外すんなり溶け込めてたじゃないですか。」
 
青葉はやはり興味津々といった感じで聞いてくる。酒のせいか、若干頬が赤い。
 
「そりゃあ、木曾とか時雨とか夕立とか春雨とか天龍とか、いつも仲良くしてくれてる奴等が話し掛けてくれたからな。」
 
「そう言えば、あいつらといっつも一緒に居るな。」
 
「ええ、お陰様でだいぶここに馴染めましたよ。」
 
いやほんと、木曾達には感謝しかない。たまーに暴走するのが困り者だが。
 
「しかし、木曾はあまり人付き合いが得意な人では無いけどな。」
 
長門さんは遠い目になりながらそう言った。なんとなく、予想はしてたけどさ。特に今日の皐月の一言への反応。
 
『えへへ、ボク、木曾と遊ぶのって初めてかも!』
 
『―ッ。』
 
いつものメンバー以外とはあまり付き合いが良くないことがよくわかる。そりゃあ、敬遠されるわけだ。
 
話してみないとただのいかついネーチャンだもん。
 
「でも、アイツなりに頑張ってるっぽいですよ?」
 
裸の付き合いまで行ったぐらいだ(自虐)。ほんと、色々あったなぁ…………。
 
「どうした千尋?遠い目をしてるぞ。」
 
と、長門さんが顔を覗き込んできた。
 
「あぁ、気にしないで下さい。木曾にやられた数々の苦行やら奇行やらを思い出してただけですから。」
 
そう言えば俺、アイツに三回位気絶させられたっけな…………全部理不尽な理由で。
 
「しかし、そうなるとそんな木曾さんと遊んだりしてる他の人達って凄いですよね。」
 
「ん、あぁ。確かにな。」
 
例えば木曾と一番中のいい天龍。奴は駆逐艦の奴等からの人気も高い。もしかしたら、意外と子供っぽい木曾とは相性良いのかもな。
 
すると、急に長門さんが口を開いた。
 
「ふむ、となるとそのなかに気になる女の子とかは居ないのか?」
 
…………酔っ払いと言うのはかくも恐ろしいものであるわけで。こんな感じでいいネタになりそうな話を振ってくる訳で。
 
「それは私も気になる所ですね!居るんですか?」
 
無論、こいつのだが。
 
さて、どうしたものか。いや、別に知られたくなければ適当なこと言えばいいのだが…………。
 
俺はチラリと長門さんの顔色をうかがってみた。
 
 
 
 
なんか変なオーラが出てた。
 
 
 
 
 
…………うん、絶対見破られる。だって、この頭おかしい奴等の集りである呉鎮守府の旗艦なのだ。なにかできるに違いない。おとなしく正直に言うか。
 
しかし…………気になる女の子ねぇ…………。
 
「………………………………うーん。」
 
俺は立ち上がってちゃぶ台の周りをウロウロ歩き始めた。
 
まず失礼な話だが、木曾、冬華は除外だよな…………。
 
木曾は昼間話した通りだし、冬華は拓海ラヴだし。
 
天龍…………は、違うかな…………いいやつであることには違いないんだけど、精々友達、かなぁ。
 
時雨…………は、なんてんだろ。怖いってのかな。もし彼女にでもなったら、なんか、ヤバイことになりそう。別に嫌いじゃないけどさ。
 
……………………うん、意識して避けてるな俺。
 
……………………春雨。
 
「……………………誰か、居るのか?」
 
どうやら、難しい顔でもしてたらしいのか、長門さんが声を掛けてきた。
 
「……………………えぇ、居ますね。誰かは伏せますけど。」
 
俺はそう言って、自分の席に座る。そのまま飲み掛けの日本酒をぐいっと一気に飲み干す。
 
「そう言えば、千尋さんって夕立さんとか拓海さんとかと昔からの知りあいでしたよね?どんな感じでした?」
 
と、俺と長門さんが変な空気になったのを察してか、青葉が話を変えてきた。
 
「んー?拓海は…………大人しい奴だったな。よく暴走する悠人止めたりしてたな。俺が艦娘になった原因の一つは悠人と拓海だったな。」
 
あとから考えて見れば、そうとう運命に呪われてんな俺。
 
「ふ…………夕立は、なんだろ、なに考えてるか分かんなかったな。多分、当時から頭ん中は拓海で埋め尽くされてたんだろうな…………。」
 
ほんと息の長いカップルで。たまに死んでくれと思うけどな。
 
「ふむ、では、ここで千尋の一発芸どうぞ。」
 
「〇はどこだ、〇を出せ(ダミ声)。…………って、いきなりなんですか!」
 
長門さんの無茶ぶりについつい反応してしまった。酔っ払いってのは話がよく飛ぶことで…………。

「〇と千尋の〇隠しですか。面白いですよね、あれ。」
 
青葉、解説しなくていい。
 
「似てなかったけどな。」
 
うるせぇ。
 
「そんなこと言うなら、長門さんも一発芸してくださいよ!」
 
さぞかし、レベルが高いのだろう。
 
「うむ、では、保育園の先生。」
 
……………………うん?
 
長門さんはそう言うと、咳払いをひとつして……………………飛びっきりの笑顔になった。
 
 
 
 
 
 
 
 
「はぁい、みなさん、おはようございまーす!きょうもげんきにおうたをきかせてくださいねー!」
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
保育士が現れた。
 
「ぶっ………………くっ…………くふぅ………………。」
 
「ぷふっ…………ふっ………………ふふっ………………。」
 
我慢してたけど、やっぱり無理だった。
 
「ぶぁっはっはっはっは!なんだよ今の!もっ、もう!完成度高すぎるわ!」
 
「はははははははははっ!ほんと、なんですか!オーラが、オーラが出てるっ!」
 
二人して盛大に吹き出してしまった。いやだって、完成度高すぎてもう。
 
「ふっ、これでも昔は保育士を目指してたからな…………子どものお世話ならお手の物よ。」
 
と、酒を煽る長門さん。保育士は保育園児の前で酒を飲まねぇよ。
 
「じゃあ、はいはい!次私が!電さんのまね!」
 
……………………はい?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「電の本気をみるのです!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そのまんまだった。
 
「え、キモッ!似すぎ!キモッ!」
 
「あぁ、千尋は初めて聴くのか。ほんと、似すぎて気持ち悪い。まぁ、面白いけどな。」
 
どうやら前にも聞いたことがあるのか、なんともないといった様子の長門さん。いや、声帯同じってレベルで似てたぞ今の。
 
「さぁて、盛り上がってきたし、じゃんじゃん飲むぞ!」
 
いや、こっちとしては謎が深まったんですけど。
 
そんな俺はお構いなしに、どんどん飲み始める長門さんと青葉。
 
……………………誰か、助けて。
 
 
 
 
―翌朝 大会議室―
 
 
 
 
 
「…………おい、千尋と青葉と長門さんは?まだ来てねぇのか?」

朝の朝礼が始まろうとしてるのに、未だにその三人が来ていない。
 
「んー、俺は知らねぇな。春雨、なんか知らねぇか?」
 
「いえ…………なにも。」
 
全く、まさか昨日のバスケの疲れが溜まった訳じゃねぇよな?しかし、それだと長門さんや青葉が来ない理由が分からない。
 
すると、大会議室の扉が開かれて、提督と大淀さんが入ってきた。

「ん、長門はどうしたんだ?」
 
いつもは提督が入ってくると必ず聞こえてきた長門さんの号令がなく、変な顔をする提督。
 
「それが、来てないんですよ。あと、青葉に二号も。」
 
と、誰かが言った。
 
「ふむ…………?まぁいい。あの三人には後で執務室に来てもらうとして、始めるぞ。」
 
と、朝礼が始まった。
 

 
 
…………余談だが、あの三人はこの三十分後に起きたそうな。 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。ほんと、よくタイトル詐欺だろっていう話を書くものでして。まぁ、たまーにシリアス入る(?)程度ですし、それはそれと言うわけで。
それでは、また次回。 

 

第四十三話

 
前書き
どうも、E2がいつまでたっても攻略できない、そんなことしてる間に紙面上の戦いがやって来てしまったぜこん畜生。泣いてやるかな。 

 

―前日 二二〇〇―
 
 
 
オレは自分の部屋のベッドに腰かけて、天井を眺めていた。
 
「……………………はぁ。」
 
ため息をつきたくなるのも当たり前で、今日あったことを色々思い出していた。
 
 
 
 
 
 
『えへへ、ボク、木曾と遊ぶのって初めてかも!』
 
『だからどうした。』
 
『んなこと気にしてる暇があったら、この戦争を早く終わらせて、アイツを学校に通わせる事でも考えた方がいいわ。』
 

 
 
 
 
 
「………………………………はぁ。」
 
さっきより大きなため息。
 
…………なんだろ、この敗北感。
 
確かに、オレは『あの日』から、『他人』との付き合いをかなり減らした。その『他人』を守るために。
 
それでも、絡んでくる奴等はいた。その中でもいつもの連中は特にだ。
 
…………正直、関わりなんて持たない方が思ってる。別れるときに邪魔になる。敵になったときに邪魔になる。
 
「…………でも、それでいいのか?」
 
口に出してみると、余計にその疑問が自分のなかで大きくなっていく。
 
『他人』との付き合いを無くすのは不可能だ。そんなことは分かりきってる。だから、できる限り少なく。だけど、そんな『他人』を守るために、最大限の努力を。今日までのオレは、そんな生活をしてきた。それが間違いだったとは思ってない。
 
…………でも。
 
「楽しい…………のか?」
 
今日、珍しく『他人』と遊んだ。千尋に春雨、皐月という面子だった。
 
千尋は、やはりバスケを長いことしてたのか、素人目に見てもかなり上手かった。春雨はどこかぎこちない感じで、それでも一生懸命だった。皐月は、ちょっと荒い所があったけど、運動神経は良さそうだった。
 
そして………………全員、楽しそうだった。
 
全員笑顔で。そんなに広くない屋上の空間のなかを思いっきり暴れまわって。オレも楽しいと思ったさ。
 
他人との付き合いを深く持てば、毎日がこんなにも楽しいのか?
 
だけど、オレ達は仲良しこよしするためにここに来ている訳ではない。
 
深海棲艦と戦うためだ。
 
それは、千尋もわかってるはずだ。
 
「はぁ……………………意味わからん。」
 
オレはさんざん考えた挙げ句、答えが最後まで出てこなかった。
 
………………あー、なんかムシャクシャする。気分転換に少し外でも歩いてこようかな。
 
オレは立ち上がると、自分の部屋から外に出る。夜遅いということもあってか、完全に静まり返っていた。
 
オレは扉を閉めると、とりあえず執務室の方に歩き始めた。恐らく、提督も唯さんも起きて仕事をしているだろう。
 
そう言えば、提督は生きてるのかな。あんな凄惨な事件があったんだ、恐らく唯さんは般若のごとく怒っていただろう。
 
怒った唯さんを止めれる奴はこの鎮守府には居ねぇからな…………吹き飛ばされて終わりだ。
 
そう考えると、この鎮守府には核弾頭みてぇなのがゴロゴロ居るな。ふとしたきっかけで鎮守府が壊れかねん。
 
例えば、
 
「ん、珍しいね、君がこんな時間にここにいるなんて。」
 
オレの目の前にいる第三船隊の旗艦とかな。
 
「いやぁ、唯さんに釘刺されてな。暇だから執務室にでも行こうかと。」
 
「ふぅん、ボクはこれからお風呂なんだけど…………入る?」
 
よくみると、時雨はタオルと着替えを手に持っていた。
 
そう言えば、まだ入ってなかったな。考え事してたら三時間位経ってた。
 
「いいねぇ。んじゃま、先いっといてくれや。色々取ってくる。」
 
オレは時雨にそう言うと、全力で自分の部屋に走った。時雨も待たせるのは悪い…………と言うのは建前で、時雨の服脱いでるシーンを見たい、ってのが本音だ。
 
考えてみろ、この鎮守府の中でも五本の指に入る美少女、時雨ちゃんの生着替え(語弊あり)が見れるんだぞ?至福以外の何物でもないだろう?
 
オレはさっきゆっくりと三分ぐらいかけて歩いてきた道を二十秒で部屋まで戻る。扉を勢いよく開けると、タンスの中から上下の下着とティシャツ、ハーフパンツとバスタオルを持ち、これまた急いでドックに走る。
 
待たせたら悪いからな!時雨ちゃんの生着替え楽しみだぜ!
 
 
 
―入渠ドック―
 
 
 
オレが入渠ドックにやって来ると、既に時雨が扉の前で待っていた。
 
「あれ、入らないのか?」
 
「ん、あぁ、君を待ってたんだよ。木曾の生着替えなんて滅多に見れないからね。」
 
考えることは一緒だった。
 
「さてと、入りますかね。」
 
「うん、そうだね。」
 
そう言うと、オレはニヤニヤ、時雨はニコニコしながら中に入っていった。
 
 
※ここからは、音声のみでお楽しみ下さい。想像力豊かな貴方達なら余裕でしょう? By大淀
 
「ん、時雨、お前おっぱいでかくなった?」
 
「んー、確かにそうかもしれないね。最近胸が苦しくなってきたんだよね。」
 
「恋?」
 
「それは春雨がしてるやつ。」
 
「ほほぅ?なかなか興味深い。後で教えてもらおうか。」
 
「いいけど、ボクか君の部屋でね。多分ここには青葉のカメラあるし。」
 
「あー、確かに。前に大井が北上の写真買ってるの見たわ。」

「ほんと、大井は北上ラヴだねぇ……。」
 
「北上はどう思ってるのやら。」
 
「さぁね?」
 
「ふーん(モミモミ)。」
 
「どうでもいいけど、ボクの胸を揉まないでくれないかな?」
 
「マシュマロみたいな感触ってホントなんだな。」
 
「聞いてないよ。」

「ほれ、オレのを揉んでいいから。」
 
「いや、いい……………………いや、それじゃ、遠慮なく(もにゅん)。」
 
「ん、どうだ?」
 
「……………………マシュマロだね。」
 
「だろ?」
 
「しかし、やっぱり木曾って意外と大きいよね。」
 
「邪魔で仕方ないけどな。」
 
「いつかの将来の伴侶に揉ませないといけないのに?」
 
「いつになるんだよ。」
 
「分からないよ。」
 
「そう言えば、千尋のアホはどうにか終わらせようとしてるな。」
 
「まぁ、当然だけどね。理由とか聞いた?」
 
「んー、なんだろ、若いっていいなぁと。」
 
「殆ど同い年でしょ。」
 
「そう言えばさ、時雨は居ないのかよ。」
 
「なにが?」
 
「恋人。」
 
「居たこともないねぇ。夕立と拓海君の見てたら胸焼けしそうになるからね、自分があんなのになるとか考えられないしね。」
 
「同感だ。」
 
「提督と唯さんも長い付き合いらしいね。」
 
「そりゃあ、幼馴染み同士だし。」
 
「え、そうなの!?」
 
「唯さんが艦娘になってしまったときは提督も泣いたらしいけどね。」
 
「そりゃあねぇ……………………。」
 
「それ以来、一度を除いてずっと秘書艦。」
 
「色々気になる話だね……。」
 
※近日公開予定、『男艦娘 木曾 番外編~提督 大輝と秘書艦 唯~』。お楽しみに。 By作者
 
「なんか今、変な声が聞こえなかった?」
 
「さぁ?」
 
「聞いたことない男の人の声だったよ?」
 
「いや、聞こえてないんだってば。」
 
「〇〇〇。」
 
「バカか。」
 
「そう言えばさ、今日のお昼はどうしてたの?どこでも見かけなかったんだけど。」
 
「ん?あぁ、千尋達と遊んでた。」
 
「なっ…………き、木曾が…………遊んだ…………だと………………!?」
 
「悪いか?オレが他人と遊んじゃ。」
 
「いや、悪くないけどさ…………明日は雪かなぁ…………。」
 
「失礼な。」
 
「それで、どうだった?楽しかった?」
 
「あぁ、楽しかったぜ。オレと千尋と春雨と皐月だったな。全員でバスケしたよ。」
 
「あー、あの屋上に新しくできてた。」
 
「そうそう。やっぱり千尋は上手いわー。流石バスケ部。」
 
「……………………ふぅん。」
 
「……………………なんだよ、言いたいことあるなら言えよ。」
 
「いや、妙に千尋と仲良いよね。天龍並じゃない?」
 
「んー、そうか?まぁ、そうかもしれないが。」
 
「なになに?気になってるの?」
 
「…………まぁな。」
 
「え。」
 
「なんで聞いてきたお前が驚いてるんだよ。」
 
「いや、だって…………ねぇ?」
 
「はぁ………………。何て言うのかな、尊敬してるってのかな?」
 
「尊敬?」
 
「あぁ。オレはほら、殆ど人付き合いをしないじゃん。」
 
「だね。そんな暇があったら訓練するもんね。」
 
「でもさ、今日皐月に言われたんだよ。オレと遊ぶの初めてかもってさ。」
 
「あー…………そりゃあ堪えるね。」
 
「まぁな。でもさ、相当訓練してるはずの千尋はかなりいろんなやつと仲良くしてるんだよな。例えば春雨、例えば間宮さんに羽黒さん、例えば青葉、例えば長門さんとかな。」
 
「確かに、駆逐艦の皆からの評判も良いからね。」
 
「オレが諦めたことを、平気でやってのけてるからさ。すげぇなって。」
 
「そんなに思うなら、やればいいじゃないか。」
 
「……………………知ってて言ってるだろ。」
 
「だよね。君には重いか。」
 
「……………………あぁ。重いね。」
 
「でも、良かったよ。君もまだまだ人間だね。」
 
「艦娘だぜ?」
 
「身体じゃないよ。心がだよ。ほら、大人は何時でも子どもの心を持てるようにさ。」
 
「オレ的には大人ってのはでっかい子供なんだけどな。」
 
「あー、提督みたいな。」
 
「そうそう。」
 
「さてと、そろそろ上がるかな。長話しちゃったし。」
 
「ん、そうだな。」
 

 
 
―木曾の部屋―
 
 
 
 
 
「いいのか?春雨、寂しがるんじゃないか?」
 
ベッドの横には、布団を敷いて寝転んでいる時雨の姿が。今日はオレの部屋で寝るらしい。オレは全然構わないけどさ。
 
「あぁ。どうやら女の子の日らしいからね。」
 
「嘘つけ。アイツは今月は二十四日だよ。」
 
そう言うと、時雨は驚愕の表情を浮かべていた。
 
「…………なんで分かるの。」
 
「そりゃあ、ここにいる全員の周期を把握してるからだよ。ちなみにお前は三日前だったよな?」
 
何でもないという感じで言ったオレ。味方のコンディションは常に把握しないとな。
 
「……………………ほんと、いいやつ過ぎ(ボソッ)。」
 
「なんか言ったか?」
 
「なにも?」
 
時雨はぷいっと顔を背けて、布団を被る。
 
「…………どうやらね、千尋が『始祖だからどうした』みたいな事を言ったらしいんだよね。」
 
すると、時雨はボソボソと言った。確かに、言ってた。
 
「泣いてたよ。」
 
「…………そうか。」
 
オレはそう言うと、部屋の灯りを消す。
 
「……………………おやすみ、木曾。」
 
「……………………おやすみ、時雨。」
 
オレはそう言うと、布団を頭から被った。
 
 
 
そうしないと、時雨に泣いているのがバレそうな気がした。
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。前書きでもちらりと触れましたが、紙面上の戦いが迫ってきました。そのため、来週はおやすみさせて頂きます。次回更新は十二月十日です。身勝手をお許しください。

それでは、また次回。 

 

第四十四話

 
前書き
どうも、二週間ぶりです。その間に艦これの弾薬が六桁に乗ったり、ボーキがヤバくなったりと、充実した提督ライフを送っていました。 

 
 
「起こしてくれよぉ!目覚まし時計ぃ!!」
 
俺はそんな悲鳴にも聞こえるような情けない声を聞いて目を覚ました。
 
…………昨日は三人でかなり飲んだなぁ。少し頭が痛い。いや、むしろあれだけ飲んで『少し』で済むのが流石艦娘といったところか。
 
俺はそんな頭を無理矢理起こして、声のした方を見る。
 
そこには、昨日と全く変わらない姿の長門さんがいた。目覚まし時計を片手に絶望の表情を浮かべていた。
 
…………え、待って、今何時だ?
 
俺は長門さんが持っている目覚まし時計を見た。
 
一〇〇五。
 
……………………か、
 
「完全な寝坊じゃねぇかよ!」
 
俺は長門さんと同じように大きな声を上げた。やべぇ、木曾とトレーニングする約束と間宮さんの手伝いと朝礼すっぽ抜かした。
 
…………えーっと、取り合えず。
 
「千尋、急いで着替えてこい!私は青葉を起こす!着替えが終わり次第執務室に行って、提督に謝るぞ!」

「了解!」
 
俺は勢いよく廊下に飛び出ると、自分の部屋に一目散に向かった。
 
…………なんだろ、頭は妙にスッキリしていた。
 
 

 
―執務室―
 
 
 
 
「…………これはまた、珍しい三人が寝坊したね。」
 
執務室に入った俺たちは、書類整理していた提督に報告と謝罪をしていた。あくまで凛々しく報告する長門さん。逆にすげぇ。青葉は青葉でカメラ使ってるし。
 
俺としては初めての寝坊でかなりテンションが下がっていた。
 
「…………それじゃあ、今から十二時間自室謹慎。ご飯は誰かに頼むといい。」
 
提督はそう言うと、俺たちに部屋を出るように言った。
 
…………これ、普通に怒ってるよなぁ。昨日のピンク雑誌擦り付けも合わせて。
 
後でこれとは別に謝っとこう…………。
 
「了解した。それでは、失礼する。」
 
長門さんがそういって提督に敬礼をしてから背を向けたので、俺たちもそれにならって外に出る。
 
ギィー、バタン。
 
「「「……………………はぁ。」」」
 
俺たちは三人揃って溜め息をした。
 
ここに来てから、初めての謹慎処分。
 
「やっぱり、意外ときっちりしてるところはきっちりしてるなぁあの提督。」
 
長門さん、それ、反省してる人のセリフじゃあ無いです。
 
「でも、寝坊で半日って、長くないですか?」
 
青葉は、若干首を傾げながらそう言った。まぁ、それもそうだよな。
 
…………そういや、前にも長門さん謹慎受けてたな。あんときは金剛さんとの喧嘩だったな…………あ。
 
「分かった。酒だ。」
 
ちなみに、これは後から大淀さんに聞いた話だ。
 
提督は昔、酒が大好きな軽空母を沈めてしまったらしい。
 
別にそれは提督のせいでもないし、酒のせいでもなかったらしい。それでも上層部の連中は、酒のせいにしたらしい。
 
それから提督は、酒絡みのミスに対して厳しくするようになったらしい。以上、閑話休題。
 
「酒かぁ。確かにそうかもな。」
 
「酒は飲んでも飲まれるなですもんね。」
 
若干青葉のセリフに棘があった気がする。

「取り合えず、自分の部屋に行くかな…………あーあ、半日どうやって過ごそうかなー。」
 
俺はそう言うと、自分の部屋に向かって歩き始めた。
 
「…………そうだな。では、失礼する。」
 
悪かった、と最後に一言言って、長門さんもその場を後にした。
 
「…………えっと、失礼しましたー。」
 
青葉はそう言うと、床を二回爪先で蹴った。
 
すると、そのすぐ横の床が開いた。
 
そのままその中に入る青葉。
 
「あ、青葉は自分の部屋から自由に外に出れるので、お構いなくー。そうでないとあなた方にこのお話をお送りできませんしね。」
 
どこからともなく、そんな声が聞こえた気がした。
 
 
 
―自室―
 
 
 
「…………いや、バカだろお前。」
 
俺は天龍にそう言われた。返す言葉もコございません。
 
あれから、青葉の口から俺たちが謹慎を受けたことを知った天龍が見舞い(?)にやって来た。
 
なぜ謹慎を受けたのかという質問に答えると、そんな厳しいお言葉を貰った。
 
「まぁ、後で木曾と間宮さんと春雨に謝っとけよ?」
 
…………ちょいまち。
 
「……お前、なんでそこで春雨の名前が出てくる?」
 
春雨とドイツ語の勉強をしていることは、アイツから口止めしてくれと言われたから誰にも言っていない。そもそも、あそこに来る奴なんて艦娘になってから見たことがない。
 
「ん?多分全員知ってるぞ?青葉が写真付きで教えてくれたからな。」
 
…………青葉、お前明日ブッ飛ばす。
 
「んで、当然ながら二人が付き合ってるのでは無いかという噂が出てるんだが。」
 
まぁ、当然だよな。年頃の女の子しか居ないわけだし。
 
「付き合っては無い。」
 
俺はそう言うと、ベッドに寝転んだ。
 
「…………ふぅん、そう言えば、今日から遠征があるんだよな。」
 
と、いきなり全く違う話題を振ってきた。
 
「俺は今回休憩なんだけどさ。メンツが、摩耶さん、愛宕さん、望月、春雨なんだよな。」
 
「…………ほう。」
 
なるほど、そこで繋がるわけか。
 
「んで、いつまでなんだ?」
 
「えっと、出発が一二〇〇で、帰投が明後日の〇四〇〇だな。」
 
「……………………うわぁ。」
 
物凄い悪いことした気分だ。
 
俺はチラッと時計を見た。
 
一一四五。
 
「……………………まぁ、あれだ。ドンマイ。」
 
どうやらかなり落ち込んでいるのがわかったらしい。励ます言葉をかけてくれる天龍。
 
「…………もしさ、謹慎処分中に外に出てるのがバレたらどうなる?」
 
「延長だな。二倍に。」
 
「…………………………。」
 
二倍か…………二倍なら全然大丈夫かな………………いや、明日までずれ込んだら他の人に申し訳無いな…………。
 
「…………あれだよな、恐らく今、遠征の準備中だよな?」
 
「おう。遠征に行くときは二、三時間前には知らされて、そこから準備だからな。お前はその間寝てたり提督にお叱りを受けてたりしたわけだ。」
 
…………傷口をどんどん広げられてそこに塩を擦り付けられてる気分だ。天龍、かなり容赦ない。
 
「……………………んで、提督は見送りに来るのか?」
 
「おう。」
 
…………詰んだ。
 
「ちなみに、木曾も同じ時間から出撃だ。木曾と時雨と島風と阿武隈で鎮守府近海の対潜哨戒だってよ。」
 
……………………トドメだよ。木曾にも謝れねぇ。
 
「まぁ、出撃となると提督と大淀さんは執務室で指示を出さなきゃいけないしな。その間は完全フリーだ。」
 
……………………まぁ、間宮さんには謝れると。
 
「……………………千尋?大丈夫か?」
 
散々傷口を痛め付けておいて、心配するような声をかけてくる天龍。これは、傷付けているという自覚の無い奴だな。
 
「……………………一気に信用を落とさないか不安で仕方ないっす。」
 
「…………んー、無いと思うけどな。寝坊なんて誰でもあるわけだし、と言うか、ここにいる殆どの奴が寝坊は経験してるし。」
 
「天龍、そう言うことじゃねぇ。」
 
俺は天龍の言葉を遮るように言った。
 
「…………約束を破るってのは、一番信用を落としやすいんだよ。」
 
俺は昔から、約束を破るってことに相当な嫌悪感を抱く。
 
そんなことを三ついっぺんにやったんだ。自分で自分が嫌になる。
 
「…………あれだな。お前ら揃いも揃ってめんどくさいな。」
 
「うるせぇ。」
 
俺はそう言うと、再びベッドに寝転んだ。
 
「…………まぁ、謹慎頑張れ。後で飯持ってくるから。」
 
天龍はそう言うと、部屋から出ていった。
 
「……………………はぁ。」
 
俺は溜め息をひとつすると、そのまま目を閉じた。
 
…………不貞寝してやる。
 
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。前回の話の中で言いましたが、本日より、この作品の前日談の方も投稿開始いたします。宜しければ是非。あと、『アタエルモノ』も再開いたします。そちらも是非。
それでは、また次回。 

 

クリスマス準備編~その一~

 
前書き
どうも、本来なら日曜に投稿しようとしていたのですが、訳あって今日になりました。すいませんでした。 

 

 
 
「クリスマスですよ!千尋さん!」 
 
夜中に突然やって来た青葉が、明らかに時期外れなことを言ってきた。
 
「は?いや、今九月なんだけど、ついに頭おかしくなったか?」
 
いやまぁ、青葉の頭がおかしいのはいつもの事だけどさ。流石に九月にクリスマスって…………。
 
「何言ってるんですか!確かにここでは九月ですけど、『あっち』ではもう十二月ですよ!師走ですよ!」
 
「『あっち』?」
 
本気で意味分からない。
 
「ふむ、信じていないようですね。では、窓の外を見てください。」
 
青葉はそう言いながら、閉まっていたカーテンを開けて外を見るように促す。
 
「あ?なんでまた……………………は?」
 
俺は外の景色を見て呆然としていた。
 
 
 
 
雪が、降ってた。
 
 
 
 
「はい!と言うわけで!」
 
「おい、ちょっと待て。」
 
「今週は、クリスマス特番!」
 
「異常気象発生してるんだけど。」
 
「更に!年末には年末特別編!元日にはお正月特別編!」
 
「まって、誰か、ちょっと、おい。」
 
「どうぞ!お楽しみ下さい!」
 
「頼むから説明してくれ。」
 

 
 
 
 
―翌日 大会議室―
 

「……………………。」
 
俺は朝礼のために大会議室にやって来ていた。
 
正直、皆の順応力とやらに驚いていた。
 
~木曾の場合~
 
「なぁ、木曾、雪積もってるんだけど。」
 
「そうだな。今日は雪合戦にするか。」
 
「」
 
~間宮さん&羽黒さんの場所~
 
「あの、今日寒くないですか?」
 
「そうねぇ。手足が冷えるから嫌ですね。」
 
「間宮さん、ケーキの材料って冷蔵庫で良いですか?」
 
「うん、置いといて。あ、羽黒さん!小麦粉は棚にお願いね!」
 
「」
 
とまぁ、こんな感じで。
 
なんか、俺だけ理解してないように感じる。
 
「千尋さん?どうしたんですか?」
 
すると、俺の隣に座っていた春雨が俺に声をかけてきた。

「いや、まだ九月なのになんでクリスマスなのかなぁと。」
 
「んー、私もここに来てから日が浅いですから、正直意味わかりません…………。」
 
良かった。仲間がいた。
 
俺がそんな感じで安心していると、扉が開いた。提督と大淀さんが来たんだろう。
 
「ぶっ。」
 
俺は大淀さんの格好を見て、思わず吹いてしまった。
 
 
 
 
 
 
サンタコスしてた。
 
 
 
 
 
 
 
似合ってた。
 
「起立!」
 
長門さんはそれをスルーして号令をかける。ちょっと、さっきから理解が追い付かない。
 
「敬礼!」
 
筒がなくいつものように敬礼する皆。おいてかれてるのは俺たちだけだ。
 
「えー、本日は出撃はなし。ノルマを達成したら全員クリスマス会の準備だ。年に一回しかないからな。しっかり楽しもうじゃないか。それと、全員着替えを各部屋に届けているから着替えること、以上。質問は。」
 
さっそく手を上げようかとしたが、もう天龍あたりに聞くことにした。
 
「提督ー、や」
 
「無い。」
 
いつものやり取りも済ませ、提督と思うさんは大会議室を去っていった。
 
「さてと、着替えるか。」
 
誰かがそう言った途端に、全員が一斉に動き始めた。
 
「お、おい天龍。どーゆこと?」
 
「あ?クリスマス会するんだよ!」
 
会話にならなかった。
 
取り残された俺と春雨。
 
「えっと、とりあえず、部屋に行って着替えてみるか。いつも通り、図書館で。」
 
「は、はい…………。」
 
仕方なく、俺と春雨も外に出た。
 
 
 
 
―図書館―
 
 
 
 
鼻血が出るかと思った。
 
「ど、どうですか…………?」
 
春雨は、真っ赤なサンタクロースの衣装に着替えていた。寒いのにミニスカートで、黒いタイツがもうヤバイ。
 
「うん、似合ってる。」
 
かくいう俺もサンタクロースになってるわけだが。
 
「さてと、正直この異常気象とかみんながすんなり受け入れてる事とかに突っ込みたくって仕方無いんだけど、もう俺達も受け入れよう。」
 
「ですよね。なぜか知らないですけど、皆理解してますし。」
 
「…………とりあえず、今日は早めに訓練を終わらせよっか?」
 
「ですね…………はぁ。」
 
俺達は、一先ず外に出て、訓練を終わらせることにした。
 
もう、この際だから楽しんでしまおう。
 

 
 
―三時間後―
 
 
 
 
 
なぜ、俺はケーキを作るはめになっているのか。俺はボウルと卵を両手に持って、遠い目をしていた。
 
あの後、訓練をさくっと終らせて中に戻ると、間宮さんが俺に話し掛けてきた。 

「ごめん、二号くん!手伝って!」

まぁ、引き受けるよな。そしたら、あれよあれよと言う間に今に至る。
 
「二号くん急いで!まだまだ足りないよ!」
 
今、厨房には間宮さん、羽黒さんに加えて、古鷹さんと由良さんまでいる。限界体制だ。
 
「ちなみに、ノルマってどれくらいですか?」
 
「ケーキは五十!それと、七面鳥がまだまだ!あと七時間だよ、ボーッとしない!」
 
間宮さんの表情が鬼気迫るものになっていた。どうやら、本当に時間が無いらしい。
 
俺は本日何度目か分からないため息をした後、卵を割り始めたのだった。
 
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。このあと、その二も投稿します。お楽しみに。

それでは、また次回。 

 

クリスマス準備編~その二~

 
前書き
どうも、連続投稿になりましたね。テヘ。 

 

 
「お疲れ様!ここまでくれば後は私一人でも大丈夫!」
 
間宮さんがその台詞を言った瞬間に、厨房にいた全員が崩れ落ちた。

現在、一九〇〇。
 
締切まで残り一時間となっていた。
 
「…………ひ、久しぶりに出撃以外で死ぬかと思った…………。」
 
とは、流石に言えない。最近なんだか深海棲艦からダメージ食らわなくなってきたんだよなぁ…………当たってもダメージ受けないことが多くなった。
 
練度とやらが上がったのだろうか。
 
まぁ、それはさておき。
 
「それじゃあ、明石さんの所にでも行ってプレゼント交換用のプレゼントでも買ってきなさいな。はい、これは今日のお礼。」
 
間宮さんはそう言うと、俺達にそれぞれ金貨のようなものを手渡してきた。

「それを使えば工廠で好きなものが買えるよ。」
 
…………それって、日本円じゃ駄目なのだろうか?
 
まぁ、ありがたく受け取っておこう。
 
「それじゃ、このあとはそれぞれで楽しみましょう!解散!!」
 
間宮さんがそう言うと、厨房にいた全員が外に出始めた。
 
さてと、それじゃあ俺もどこかに行きますかね。
 
俺は食堂から外に出ると、外は既に暗くなっていた。自由時間は後一時間少々。
 
「…………それじゃ、明石さんの所にでも行くかな。」
 
俺はそう言うと、工廠に向かって歩き始めた。
 
外の雪には既に突っ込む気力を無くしていた。
 

 
―工廠―
 
 
 
 
俺が工廠に着いたときには、明石さん以外には一人の姿しか見えなかった。

「あれ、木曾か。お前も何か買いに来たのか?」
 
そこには、商品棚のようなところの前で腕組をしている木曾が立っていた。
 
「ん、千尋か。そうだ、たまにはこーゆーのを真面目に選んでみようかなと。」
 
ふぅんと言いながら、木曾の前に置かれている商品を見てみる。
 
 
 
『男の底力 魅惑のフェロモン』
 
 
 
 
「おいこら木曾。」
 
そんなの使うのは提督と拓海位しか居ねぇだろう。

「ん、お前これが何なのか分かるのか?」
 
…………どうやら、木曾はこれがどんなことに使うのか理解してないらしい。つーか、なんでこんなのがここにあるんだと言いたい。
 
「さ、さぁな。それより、こっちのぬいぐるみとかの方がいいと思うよ?」
 
「あ?飲みもんは喉が乾いたときに使えるけど、ぬいぐるみなんて何に使うんだ?」
 
根本的に価値観が違った。
 
「そ、それじゃあさ!ここにある指輪とかどうだよ!」
 
俺は目の前に置いてあった指輪を手に取る。シンプルなデザインのなかなか良さげな指輪だった。
 
…………しかし、やけにしっかりした箱に入ってるなこれ。
 
「お、千尋くん、気になる娘が居るの?」
 
すると、奥の方からやって来た明石さんがそんな感じで声をかけてきた。
 
「…………どーゆーことです?」
 
何となく察しはしたが、流石にそれを表に出す訳にもいかないので聞き返してみる。すると、予想通りの答えが帰ってきた。
 
「ケッコン(カッコカリ)指輪だね。」
 
やっぱり。
 
「いえ、居ませんね。」
 
俺はそっと指輪をもとの位置に戻す。
 
「ちっ。」
 
誰だ今の舌打ち。
 
「プレゼント交換用のプレゼントねぇ。そう言えばさ、お前生首持ってたろ?」
 
木曾が俺にとんでもないことを聴いてきた。
 
「貰ったプレゼントボックスの中にあんなのが入ってたら泣くと思うんだ。」
 
却下だ。流石にゴーゴンさんはダメだ。
 
「ふむ、では、これなんてどうかしら。」
 
すると、明石さんは棚の中から何かを取り出して見せてきた。
 
 
 
ゴム風船だった。
 
 
 
「風邪引くわっ!」
 
いやまぁ艦娘が風邪引くとは思わないけどさ。なんでこうまともなプレゼントを選ぼうとしないのかなこの人たちは。
 
「あー、もうっ!俺はこのテディベアにするから!」
 
「あいよ、三百ポイント。」
 
結局、間宮さんから貰った分をすべて使うことになった。まぁ、このラインナップをみる限り、使う機会は無さそうだし、大丈夫か。
 
「んー、じゃあ、オレはこのドリンク剤を。」
 
「是非とも止めてくれ。」
 
なぜこんなものを置いてるのか。理解できなかった。
 
 
 
 
―三十分前―
 
 
「あの、すいません!これほしいっぽい!」
 
「……………………。」
 
夕立ちゃんの手には、『男の底力 魅惑のフェロモン』と言うアレなドリンク剤があった。
 
「…………何に使うの?」
 
「拓海くんと一晩中(自主規制)するために!」
 
「………………毎度ありー。」
 
 
―十五分前―
 
 
 
「…………ごめん、明石。これ頂戴。」
 
「…………………………。」
 
大淀の手には、ゴム風船があった。
 
「…………何に使うの?」
 
「ちょっと…………大輝と(自主規制)するために…………ね。」
 
「………………まいどー。」
 

 
 
置いてる理由?そんなの、売れるからよ。
 
By明石
 
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。次回で準備編は終了して、素敵なパーティーが始まります。お楽しみに。

それでは、また次回。 

 

クリスマス準備編~その三~

 
前書き
どうも、怪我したりデータ飛んだり散々でした。クリスマス過ぎたらしいけど、なんのことやら(すっとぼけ)。 

 

さてと、とりあえずプレゼント交換用の物を買ったわけだが(木曾は適当なぬいぐるみにさせた)、他に準備しとかなければいけないものはあっただろうか。
 
そう言えば、さっき悠人から、『後二十分で着くから』みたいな連絡受けたっけな…………まぁ、あいつらは別にいいか。このサンタコス見られるのはかなり癪だが。
 
「なぁ、木曾。なんか一発芸でも準備しといた方がいいのか?」
 
「んー、酒に酔っ払った奴等の近くによらなきゃ大丈夫。」
 
要するに、準備しといた方がいいのか…………。どうせこいつら飲みまくるだろうし。
 
まぁ…………前に長門さんに似てないって言われたのが悔しくって、ちゃんとしたのを準備してきたからな。恥はかかない…………と、思う。
 
「しかしこれってさ、クリスマス会と言う名の飲み会だよな…………長門さんと金剛さんがケンカしねぇか心配だ。」
 
俺は脳裏に俺の歓迎会で起きた事件を思い出す。
 
「まぁ、流石に大丈夫だとは思うけどな。あの人たちもいい大人なんだし。」
 
「いい大人ならあのときにケンカしねぇよ。」
 
俺達はそんなことを言いながら、会場へと向かった。
 
 
 
―遊技場―
 
 
 
会場である遊技場に来てみると、そこはこの前と同じように机が出されていたが、クリスマスらしい装飾や机の上に置いてある料理がいかにもクリスマスの雰囲気を醸し出している。
 
既に来ている人もいて、パーティーの開始を心待ちにしているようだ
 
…………暦的には秋なんだけどなぁ。
 
「お、やっとお前らも来たか。」
 
入って早々に、入り口の近くにいた天龍が話しかけてきた。サンタコスの似合わない奴だ。
 
「いやぁ、こいつが変なもん買おうとしたから止めてた所だ。」
 
俺は木曾の頭を軽くポフポフした。意外と乗せやすいところに頭の位置がある。
 
「だって、なんか元気になりそうだったし。」
 
色々とアウトな発言だなおい。
 
「あー、まぁ、ほら、『せいなる』夜だし。」
 
「漢字に直してみやがれ。」
 
どいつもこいつもギリギリの線を攻めようとしやがって。
 
「…………っぽい!拓海くん来たっぽい!行ってくるっぽい!」
 
すると、近くからそんな声が聴こえたかと思うと、目の前を恐ろしいスピードで何かが通っていった。
 
「…………夕立だよな、あれ。」
 
「…………犬だよな。完全に。」
 
すると、俺のスマホがピロリンと鳴った。拓海からだった。
 
 
 
『着いたよー。』
 
 
 
 
「…………ここまで来ると気持ち悪いよな…………。」
 
「愛の成せる業だよ。」
 
お前愛とかに一番遠い存在だろ。
 
「あ、木曾に千尋。やっと来たんだ。」
 
声のした方を見ると、時雨と春雨が居た。やべぇ、時雨もサンタコス超似合ってる。
 
「遅かったですね…………ふぁあ。」
 
春雨はそこそこ大きな欠伸をした。眠いのだろうか。
 
「あーあー、聴こえるだろうか。」
 
すると、スピーカー越しに長門さんの声が聴こえてくる。
 
「本日は聖キリストの誕生日だ。仏教徒である私が一体何を祝うのか全く分からないが、とりあえず今は楽しもうじゃあないか!」
 
長門さん、色々台無しっす。そもそも最近の若者はクリスマスって日がキリストさんの誕生日だって知ってるやつの方が少ないだろ(ド偏見)。
 
 
 
 
 
「それでは…………始め!」
 
 
 
 
 
…………柔道かよ。
 

 
そんなこんなで、パーティーが始まった。
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。遅れてしまって申し訳無い。業務連絡になりますが、残り二作品は年内にもう一回投稿できたらいいなーと。

それでは、また次回。 

 

今年の後書き


どこかの部屋で、二人の男女が炬燵に入っていた。一人は、まだ成年してないであろう男。一人は、男より少し年上であろう女。二人はこちらに気付くと、振り替えって話し始めた。
 
 
 
V・B(以下 ブ)「どうも、作者であるV・B(ブイビー)です。」
 
青葉(以下 あ)「ども!メタ担当青葉です!」
 
ブ「こんな感じで皆様の前に姿を現すのは初めてですね。」
 
あ「前書きと後書きだけでしたもんね。」
 
ブ「理由としては、今年ももうすぐ終わるので、今年の振り返りをしようかなと言うわけで。」
 
あ「そう言えば、クリスマス特別編はどうしたんですか?まだパーティー始まってませんよね?」
 
ブ「いやー、今日が三十一日ってのをすっかり忘れてて。」
 
あ「はい?」
 
ブ「更に言えば、クリスマス特別編書いてるの忘れてて。普通に本編書いてて。」
 
あ「はいぃ?」
 
ブ「だからこれも三十一日の十五時から急いで書いてたとこ。」
 
あ「ダメ人間ですね。」
 
ブ「言うなバカ、照れるだろ。」
 
あ「照れてどうするんですか。」
 
ブ「とまぁ、そんなわけで。今年の振り返りと行きましょうか。」
 
あ「今年は、初めて小説投稿を始めましたね。」
 
ブ「いやー、昔っから小説は書いてたんだけどね。幼馴染みの奴と二人で設定作って。」
 
あ「と言うと、『アタエルモノ』ですか?」
 
ブ「いや、あれは『木曾』を書き始めてから作ったやつ。個人的にはいつか書きたいとは思ってるんだけど…………ねぇ?」
 
あ「三作品ですからねぇ。」
 
ブ「まぁ、俺の友人にランキング載ったことある癖に全く更新しない奴とか居るけど。」
 
あ「止めなさい。」
 
ブ「んで、『木曾』を書き始めてからはただひたすら書いてたね。」
 
あ「今でこそ週に一回でしたけど、昔は週に三、四回でしたよね。」
 
ブ「今思うと、あれって狂気の沙汰だったなぁと。」
 
あ「今でもよく言われますよね。『投稿ペース早い』って。」
 
ブ「そりゃあ…………ねぇ?」
 
あ「あなたのマトモな趣味って、バレーとゲームとTRPGと小説投稿しかありませんもんね。」
 
ブ「しかも今やってるゲームって、それこそ『艦これ』だし。遠征出して、出撃繰り返して。時間浮きまくり。そりゃあ書くしかないでしょう。」
 
あ「暇なときは基本的にノートに書きなぐってますもんね。TRPGのシナリオも書いてますけど。」
 
ブ「お陰で書ききれるかどうか怪しくなってきた。ネタが沢山だよもう。」
 
あ「そう言えば、『アタエルモノ』を書き始めてからはペースも落ち着きましたよね。」
 
ブ「『アタエルモノ』はねぇ…………。若干フライングだったかなぁと。正直、ネタが固まって無いのに書き始めちゃった。」
 
あ「その結果が長い休載。」
 
ブ「申し訳無い。年が明けてからはきっちり書き始めます。」
 
あ「そう言えば、もう一つ書き始めましたよね。提督と大淀さんのお話し。」
 
ブ「いやぁ、『木曾』ってのが、『艦娘になった男が主人公の話』だからさ。他の作品とは決定的に違うんだよね。んで、どうしても『提督が主人公の話を書きたい』ってなったわけよ。」
 
あ「自分から忙しさを加速させてどうするんですか。」
 
ブ「いや、自分でもよく三作品で済んでるなと。ネタだけなら四つ五つあるもん。」
 
あ「え?」
 
ブ「え?」
 
あ「…………例えば?」
 
ブ「例えば、王道のファンタジーモノとか、TRPGのリプレイとか、マイクラのプレイ日記とか、日常の高校生活とか、時間を賭けたゲームとか、ほんともう色々。」
 
あ「アホですか。」
 
ブ「バカだよ。」
 
あ「Volleyball Bakaですもんね。」
 
ブ「フルネームで言うな。」
 
あ「弟さんが名付けたんでしたっけ?」
 
ブ「そうそう、昔ニコニコに動画投稿始めようってしたときに、名前どうしよっかなーってなったときに、弟……まぁ、天ぷらって名前にしとこう。そいつが名付けてくれてな。」
 
あ「そう言えば、してましたねそんなこと。」
 
ブ「小説投稿が忙しすぎてプレイできないんだけど、いつかしたいとは思ってる。」
 
あ「やりたいことだらけじゃないですか。」
 
ブ「困ったものだよ。」
 
あ「あなた自身ですよ。」
 
ブ「そうそう、実は艦これ始めたのも今年からなんだよね。初めて三、四ヶ月。」
 
あ「そうなんですか?」
 
ブ「今じゃ弾薬の数が十七万を超えたけどね。」
 
あ「やりこんだらとことんな人ですよね、相変わらず。」
 
ブ「しかし、鋼材とボーキは四万未満。」
 
あ「貯めてくださいよ早く。」
 
ブ「東京急行行けないからねまだ。」
 
あ「ちなみにですけど、一番レベル高い人は?」
 
ブ「木曾、八十七。」
 
あ「…………わぉ。」
 
ブ「ちなみに次点で赤城さんの七十一。」
 
あ「酷い差ですね。」
 
ブ「うるせぇ五十二。」
 
あ「ありがとうございます(重巡洋艦一位)!」
 
ブ「ぶっちゃけ、始めたばっかりの頃は重巡洋艦の強さが解らなかった。」
 
あ「イベントで理解して急に育て始めましたもんね。」
 
ブ「目標は次のイベントを完走したいなと。」
 
あ「無理でしょ。」
 
ブ「お前、後でキス島ループの刑な。」
 
あ「多摩さんと摩耶さんと一緒にでしょ?」
 
ブ「おう。」
 
あ「さてと、そう言えばこれからお知らせが一つあるらしいですね。」
 
ブ「そうそう。ちっちゃいことだけどな。」
 
あ「それでそれで、どんなのですか?」
 
ブ「実はね…………。ヒロイン、決めてないのよ。」
 
あ「…………へ?」
 
ブ「ヒロイン、決めてないのよ。」
 
あ「…………なんの?」
 
ブ「『木曾』の。」
 
あ「…………(絶句)。」
 
ブ「いやぁ、『アタエルモノ』と『提督 大輝』はあっさり決まってるんだけど、『木曾』だけは決まりきらなくって。」
 
あ「バカですか。どう考えても二択ですよね。」
 
ブ「え?」
 
あ「え?」
 
ブ「いや、取り合えず登場したことのある艦娘全員のルートを考えてだな。」
 
あ「バカですか!」
 
ブ「バカだよ!」
 
あ「認めてちゃった!」
 
ブ「今更だよ!」
 
あ「いや、どう考えても木曾さんか春雨さんでしょう!?なぜそこに他の人の可能性があるんですか!?」
 
ブ「いやぁ、どんなギャルゲーでも一発逆転あるじゃない。」
 
あ「どんなギャルゲーですか。」
 
ブ「とまぁ、話を戻して。誰か、俺に誰がいいか、どうにかして教えて下さい…………。」
 
あ「露骨な感想稼ぎですね。してくれるかどうかわかりませんけど。」
 
ブ「んなこと言うなよ。最悪、ツイッターでも構いませんです。『V・B』で検索したら一発です。」
 
あ「真剣に悩んでますね。」
 
ブ「今まで他人に相談とか全くしてこなかったですし、どうしたらいいのかわからなくって…………。」
 
あ「笑えばいいと思うよ!」
 
ブ「やめろこら。」
 
あ「意見をくれた個数につき、『V・Bさんの手作りドット絵』を一枚、ツイッターに乗っけていきます!」
 
ブ「俺を殺す気かよ。」
 
あ「皆さん、ドシドシ教えて下さい!」
 
ブ「ほんともう、身勝手ながら、宜しくお願いします…………。」
 
あ「さてと!そんなわけで、以上を持って『今年の後書き』とさせて頂きます!」
 
ブ「明日には『新年の前書き』を投稿予定です。」
 
あ「V・Bさん、あの作家さん大好き過ぎでしょ。」
 
ブ「目標とする作家さんです。国内有数の後書き作家ですし。」
 
あ「足元にも及んでませんよ。」
 
ブ「遅れましたが、アニメ化おめでとうございました。」
 
あ「『銃の方』も頑張ってください。」
 
ブ「とまぁ、脱線しまくりましたが。」
 
あ「これにて、『今年の後書き』を終わらせて頂きます。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ブ&あ「それでは、また次回。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ブ&あ「良い御年を。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

今年の前書き


どこかの部屋で、二人の男女が晴れ着姿で座布団の上で正座していた。その後ろには、達筆な文字で、『賀正新年』と書かれた掛け軸がぶら下がっていた。
 
 
 
V・B(以下 ブ)「えー、皆様、新年。」
 
青葉(以下 あ)「明けまして。」
 
ブ&あ「「おめでとうございます。」」
 
ブ「作者である、V・Bです。」
 
あ「メタ担当、青葉です!」
 
ブ「と言うわけで、今回は『今年の前書き』と題しまして、今年の抱負等々を語りたいと思っております。」
 
あ「ちなみにこれは二〇一七年の十二月三十一日、二十三時に書いております。」
 
ブ「さて、今年の抱負としては、『木曾をきっちり方向性を固める』ってのがまず一つ。」
 
あ「ヒロインすら決まってない作品ですもんね。」
 
ブ「現在の得票数は、ツイッターに投稿サイトを合わせて、春雨五票、木曾一票、その他四票ですね。」
 
あ「あれですかね、木曾さんはヒロインって感じがしないんですかね。」
 
ブ「ぶっちゃけ、その他の内容を深めとけば良かったなぁと。激しく後悔。」
 
あ「でも、現在の一位は春雨さんですが、どうですか?」
 
ブ「きの〇のみ最高。」
 
あ「死んでくれませんかね。」
 
ブ「まぁまぁ。んで、春雨だけど、やっぱりしっかり作ってはいる。」
 
あ「しっかりキャラが立ってますもんね。」
 
ブ「木曾もしっかりしてるんだけどね。ちなみに、今回の結果によって選ばれなかったルートはツイッターにて公開するかもしれません。」
 
あ「まぁ、それはおいおい。締め切りは約二十四時間後とさせて頂きます。ご意見お待ちしております!」
 
ブ「次の抱負としては、『アタエルモノ』を進めるだね。」
 
あ「あー、沙紀さんとか言う人。」
 
ブ「使いにくいったらありゃしない。長い休載期間中にやってたのは沙紀ちゃんのキャラをしっかり確立させることだったもん。」
 
あ「エロ漫画とかにありそうですけどね。あんな神様みたいな存在。」
 
ブ「なんなら今すぐR-18ネタにしようとすればすぐにできるけどね。」
 
あ「ほどほどにしてくださいね?」
 
ブ「そして、最後に、『提督 大輝』を書き進めるってこと。」
 
あ「全部小説投稿ですか。」
 
ブ「おう。んで、あれは他の二作品よりギスギスする。重い。暗い。」
 
あ「開幕から死にそうでしたもんね提督。」
 
ブ「このあと、千尋君のお父さんが登場するけど、ドンドンくらーくなってくんだよねぇ。胃がキリキリしてきた。」
 
あ「プレッシャー…………感じるところあるかなぁ…………?」
 
ブ「とまぁらこんな感じでメンタルこんにゃくな俺ですが。」
 
あ「弾力あるじゃあないですか。」
 
ブ「今年一年、宜しくお願いします。」
 
あ「それでは、以上を持って、『今年の前書き』とさせて頂きます。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ブ&あ「今年も、宜しくお願いします。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

第四十五話

 
前書き
どうも、小説のプロットを行方不明にしてしまい、先週休まざるを得ませんでした。大変申し訳ありませんでした。 

 

…………暇だ。
 
俺はベッドに寝転んだままそんなことを考えていた。
 
不貞寝しようとベッドに寝転んだは良いものの、寝坊するほど寝たせいか、全く眠くなかった。
 
皮肉なもんだ。
 
俺は体を起こすと、ドラム缶の上に置いてあるゴーゴンさんと目が合った。
 
…………そうだ、どうせあいつらも暇してるだろ。
 
俺はスマホを手に取ると、悠人と拓海とのグループに連絡を入れる。
 
『暇か?』
 
直ぐに返信が来た。悠人だった。
 
『全自動スリーポイントシュート機を製作中。』
 
あいつは一体何をしてるんだ。
 
すると、写真も一緒に送られてきた。
 
そこには、三角コーン二つに棒を通したものの上に、お盆が付いた幅の広い板を置いている物の隣に、悠人がピースしている写真だった。
 
投石機だろこれ。
 
恐らく、下の棒がポキッて逝くと思う。
 
すると、拓海からも連絡が来た。
 
『今、そっちに向かってるとこ。今回は四日間。』
 
ふむ、ナイスだ拓海。
 
俺はスマホを置くと、机の引き出しの中からPHP(プレイホームポータブル)を取り出す。ゲームしながら木曾達にどんな感じで謝るか考えておこう。
 
俺は電源ボタンを押した。しかし、画面は真っ暗のままだった。
 
…………充電切れのようだ。
 
俺は溜め息をひとつすると、充電ケーブルを取り出してコンセントに差す。暫くはこのままにしておこう。
 
…………まーた暇だ。
 
俺は立ち上がると、ドラム缶の前に腰を下ろす。ドラム缶に触ると、ひんやりとした感触を覚えた。
 
…………ずいぶんと長いことここに置きっぱだなこれ。この鎮守府に着任したときからずっとここにあるからな。
 
そもそも、なんであんな変な感じで運を使っちゃったんだろうか…………。今となっては懐かしい思い出だ。
 
あの頃は随分と平和だったなぁ。今じゃ週に三、四回は出撃してるからな。疲れが出たのかもしれんな…………と言うことにしておこう。
 
だって、そうじゃないとあんなに爆睡しないもん。酒が入ってたとは言えどもだ。
 
色々反省。若干無茶してたのは事実だ。
 
それでも、こんなところで生活してたら無茶するなってのが無理な話か。どうしても命を掛けてるから、精神を磨り減らしてしまう。
 
肉体的な疲れは一晩寝れば消えるけど、精神的な疲れは貯まってしまう。この鎮守府の弾薬位貯まってしまう。
 
二番目に多い燃料の二倍はあるぞあれ。
 
となると、この際だからしっかり休んだ方が良いのかもしれない。
 
…………もしかして、そこのケアのために提督は謹慎処分を…………?
 
んなわけないか。
 
まぁ、どのみちしっかり休めるんだし、休んでおこう。
 
俺はベッドに向かって思いっきりダイブした。
 
ガツン。
 
「ぐぁあ!!」
 
思いっきりベッドのそばに置いてある机に足をぶつけた。めちゃんこ痛い。
 
暫くそのままベッドの上で悶えていた。
 
……………………………………。
 
ダメだ。頭のなかでは休んだ方が良いってのは分かってるのに、木曾や春雨達がこうしている間にも戦ってると考えると、じっとしてられない。
 
俺は少し悩んだ後、筋トレをすることにした。
 

 
 
 
―一時間後―
 
 
 
 
 
 
コンコン、と、誰かが扉をノックした。
 
「はーい…………って、お前か。よく来たな。」
 
俺が扉を開けるとそこには、拓海と、その右腕に抱きついている夕だ…………冬華の姿があった。
 
「うん、久し振りだね。謹慎ご苦労様。」
 
「お疲れ様っぽい!やらかしちゃったっぽい?」
 
「っぽい。」
 
二人はそのまま部屋の中に入ってきた。
 
「いやー、一ヶ月ぶり位か?どうよ、学校の皆は。」
 
この鎮守府に着任したときには、学校に退学届を提出してきた。なかなか手続きがめんどくさかった。
 
そのときはクラスメイト達に、『何があった』だとか、『やらかしたのか』とか聞かれたけど、今ではだいぶ大人しくなった。
 
「相変わらずバカばっかりしてるよ。定期考査も終わったから羽を伸ばしまくってるよ。」
 
拓海はそう言うと、ちゃぶ台の側に腰を下ろした。冬華もそのとなりに座る。
 
しかし、当時は定期考査といえば憂鬱以外の何物でもなかったのに、暫くすると懐かしく感じてしまう。
 
やらなくて良いなら是非ともしたくないけども。
 
「いやー…………暇で暇で仕方なかった。」
 
俺はその二人の対面に座る。
 
「全く、千尋らしくないね。幼稚園から十二年連続無遅刻記録保持者だったのに。」
 
「えっ。気持ち悪いっぽい。」
 
うん、我ながら気持ち悪いとは思う。そのぶん、今回の寝坊がかなり堪えた訳で。
 
「正直、木曾や春雨や間宮さんの約束すっぽ抜かしたのがかなり申し訳無くて…………。ずっと悶々としてた。」
 
「ムラムラ?」
 
「してねぇ。」
 
相変わらずこの脳内ピンクは直ぐにそっち方面に結び付けやがる。それに付き合ってる拓海も大概だけどさ。
 
「あー、そういえば、間宮さんが『別に気にしないでください』って言ってたよ。他二人には会ってないけど。」
 
「…………そうか。」
 
申し訳無い。謹慎が終わったらすぐに謝りに行こう。恐らく、その頃には木曾も帰ってきてるだろうし。
 
「まぁほら、木曾にしろ間宮さんにしろ春雨にしろ優しいからさ。許してくれるさ。」
 
拓海はそう言って励ましてくれた。なかなかありがたい。
 
「んじゃ、僕はこれから大輝さんのところに行ってくるから。また晩御飯の時に。」
 
「行ってらっしゃいっぽい…………。」
 
こいつ、犬か?と、冬華を見て思った。
 
拓海はそのまま俺たちを置いて外に出ていった。
 
部屋には、俺と冬華の二人。
 
こいつと二人っきりってなかなか珍しいな。
 
「…………ねぇ、聞きたいことがあるっぽいんだけど。」
 
冬華はそれまでの雰囲気とは少し違った感じで話し掛けてきた。
 
「ん、なんだ?」
 
冬華は扉を少し見つめた後、こちらに向き直って聞いてきた。
 
 
 
 
 
 
 
「どうやって、この戦争を終わらせるの?」
 
 
 
 
 
 
 
 
この物語の、本題となる話だった。
 
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。クリスマス特別編は来年まで先伸ばしという形にさせて頂きます(おい)。流石にクリスマスから一ヶ月経とうかとしてるのにするのは…………ねぇ?

それでは、また次回。 

 

第四十六話

 
前書き
どうも、遅くなりましたが、龍田さんに村雨。改二おめでとう。

(因みに、この作品で改二なのは、北上に大井、時雨と夕立だけです。) 

 
私―夕立こと、園崎 冬華は鼻歌を歌いながらスキップしていた。
 
理由は明白。拓海くんが久し振りにここに来てくれるからだ。
 
「ふんふんふーん、ふんふんふーん、ふんふんふーんふふーん。ふんふんふーん、ふふっふんふーん、ふんふんふんふんふーんっぽーい!」
 
サンタさんがやってきそうだけど、そんなことはどうでもいい。
 
前に来てからだいたい一ヶ月ぶりくらいっぽい?明日が待ち遠しくて仕方ない。
 
一ヶ月も(自主規制)や(自主規制)とか、全くできなかったからもう(自主規制)が(自主規制)で(自主規制)っぽい…………。明日まで我慢しないと…………。
 
「ラーラーランランララーラーン、ラーラーランランララーラーン、ラーラーラーンランランラーンラーンラーーーンっぽい!」
 
なんか、サードインパクトが起こりそうだ。
 
さて、私は今、お風呂に入るために着替えを自分の部屋に取りに行っているところだ。
 
いつもなら春雨も一緒なんだけど…………今日は晩御飯にすら来なかった。体調でも悪いっぽい?一回声を掛けてみよう。
 
私は軽い足取りのまま角を曲がって、自分の部屋のある廊下に差し掛かった。
 
そのまま私の部屋の一個前、時雨と春雨の部屋の扉をノックする。
 
「春雨ー?大丈夫?」
 
「…………夕立かい。入ってきて。」
 
すると、若干暗いトーンの時雨の声が聞こえてきた。

不思議に思いながら扉を開ける。

そこには、若干ピリピリした雰囲気を醸し出している時雨と、ボロ泣きしている春雨がいた。
 
「…………えっと、ケンカでもしたっぽい?」
 
一番あり得そうなパターンを言ってみる。実際、この二人がケンカしたらこんな結果になりそうだ。
 
「いや―むしろ、ケンカより厄介だけどね。」
 
時雨は吐き捨てるようにそう言ったりどうやら、時雨はあくまで部外者っぽい。
 
「ひっぐ…………えっぐ…………ぐすっ…………~っ!!」
 
春雨は、なにかを話そうとしているが、とてもじゃないけどそんなことはできそうにない。
 
その代わりに、時雨が口を開いた。
 
「…………木曾がさ、千尋に春雨が『始祖』なんだって話したんだってさ。」
 
…………言ったんだ。
 
多分、木曾なりに気を使っての事なのだろう。しかし、それならなぜ春雨は泣いてるっぽい?聞かれたくなかったとか?
 
しかし、実際はそんな生易しい理由じゃなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
「そしたら、千尋はさ……『だからどうした』って言ったらしいんだよね。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
それは、私たちからは出てこなかった言葉だった。
 
私たちと同じ姿。でも、人間じゃない。限りなくあいつらと似たような、化け物とも言われる存在。

心のどこかで、『違うもの』と思ってしまう。
 
異質。異端。異常。
 
例えば、よく春雨や千尋は潜って海の中道から奇襲を仕掛ける。
 
だけど、普通は艤装を装着した状態で潜ることなんてできるはずがない。
 
なのに…………千尋は。
 
「それがさ…………嬉しかったんだってさ。解放された、みたいな?」
 
時雨は苦虫を噛み潰したような顔でそう締めた。
 
…………私は、なんで時雨がイライラしているのかわかった気がした。私も、恐らく時雨と同じ理由でイライラしているから。
 
常に一緒にいるのに、春雨にそう言って励ませなかったこと。
 
人によっては無責任にも感じる千尋のセリフ。
 
ただ―時雨がイライラしているのは、それだけじゃ無いっぽい。
 
多分―春雨に腹を立ててるっぽい。
 
ほら、春雨って正直じゃない?『何があったの?』って聞けばあっさり話しちゃう。
 
で、時雨に話した。わざわざ誰にも話さずにベッドの中に居たのに…………。
 
春雨よ。そんなこと考えて無いだろうけどさ。それじゃ私たちへの当て付けにも聞こえるよ。そこまで気を回せるなら黙っとけよ…………。
 
時雨も、そんな意味でいってる訳じゃないってわかってるとは思うけど…………まぁ、うん。
 
「…………ほ、ほら!お風呂でも行くっぽい!そしたら全部、水に流せるっぽい!」
 
あ、いけないこと言ったっぽい。
 
重くて暗い雰囲気を嫌って言ったけど…………絶対やらかした。
 
予想通り、ピリピリした雰囲気を先ほどの三倍くらいに膨らました時雨。もはやオーラが見えてきそうだ。
 
「…………ごめん、私は、後にっ、しとく…………ぐすっ。」
 
春雨は、無理矢理笑顔を作ってそう言った。痛々しい笑顔だった。
 
…………ごめん、春雨。
 
「…………僕も後にしとく。それと、今日は夏樹のところに泊まる約束してたから。それじゃ。」
 
時雨はそう言うと、そばにおいてあった着替えやらタオルやらを手にとって立ち上がる。そのまま私たちの方を見向きもせず、外に出ていった。
 
…………ヤバイっぽい。本気でイライラしてる。木曾の本名言っちゃう位だ。過去最高レベルだろう。
 
「…………そ、それじゃあ、また明日!おやすみっぽい!」
 
「…………うん、おやすみなさい。」
 
私と春雨は、どこかぎこちない感じで挨拶を交わした。
 
そのまま私は、後ろ髪を引かれるような思いで部屋を出た。
 
 
 
 
 
―自室―
 
 
 
 
 
 
「―ということがあって!時雨は部屋に戻らないし、イライラしっぱなしだし、春雨はずっと落ち込んでるし、木曾は様子が変だし!どうしてくれるっぽい!!」
 
冬華はちゃぶ台をバンバン叩きながらプンスコ怒っていた。
 
…………え、これって俺が悪い…………のかな?
 
ぶっちゃけ、木曾以外は俺、全く関与してないよ?木曾なら自分一人で抱え込むだろうと狙ったのに…………。
 
春雨は事故だし。時雨に至っては俺にどうしろと。まぁ、原因が俺なのは認めるけどさ。
 
「しかもそんなこと言った次の日に寝坊で謹慎って!なんかもう色々最悪っぽい!」
 
「…………おう。それはうん、自分でも思った。」
 
でもさ、珍しい長門さんからの誘いだったしさ。断れねぇよ。
 
「どうにか皆のフォローをしてよね!案がなかったらそこのドラム缶に入れてコンクリで固めて沈めるっぽい!それじゃあ!」
 
夕立はそう言うと、部屋から勢いよく飛び出していった。

「…………おう。」
 
俺は一回立ち上がると、窓のそばに移動して外を見る。
 
…………ほんと、俺にどうしろと。
 
そんな感じで悩んでいると、窓にコツン、となにかが当たった。
 
「…………?」
 
俺は窓の下を見渡す。
 

 
 
 
 
 
窓の外には、神妙な面持ちの木曾が腕組みしていた。
 
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。今週もなかなか忙しかったため、今回はこの一作だけです。来週には全部更新できる…………はず。

それでは、また次回。 

 

第四十七話

 
前書き
どうも、最近脚をやらかしちまいました。まぁ、手は動くから、小説は書ける。 

 

あー、今一、二を争うほど会いたくないやつだー。
 
俺は窓の外にいる木曾を眺めながらそう思った。
 
どうやら、出撃から帰ってきたらしく、艤装は既に外していた。
 
しばらく見つめ…………いや、にらみ合い俺たち。傍から見たら木曾はかなり変なやつだ。
 
俺は根負けして、窓を開けて木曾に話しかける。
 
「よぉ!今朝は悪かったな!完全に寝坊した!」
 
すると、木曾は少し笑いながら、大声で
 
「あぁ!ちょうど文句のひとつでも言おうかと考えてたとこだ!そこで待っとけ!」
 
と言い、右へ向かって走り始めた。木曾のことだから壁をかけ上がってくるのかと思った。
 
アイツはちゃんと人間だった。
 
ガチャリ。
 
待つこと十五秒。木曾は俺の部屋の扉を開けて入ってきた。
 
こいつ、ちゃんと人間か?
 
先ほどの自分の考えを頭の中で否定しつつ、座れよと木曾を促す。
 
木曾は先ほどまで冬華が座っていたところに胡座で座った。
 
「……………………。」
 
「……………………。」
 
「……………………。」
 
「……………………。」
 
……………………。
 
「「……………………。」」
 
お見合いかよ。なんか喋れよ俺にしろ木曾にしろ。
 
ここにはお互いの両親も居ないわけで、自分達で話を進めるしかない。
 
「…………朝は、寝坊して、すまんかった。」
 
俺は根負けしたように、木曾に向かって頭を下げる。まず、俺が言わなきゃいけないことを言おう。
 
「…………まぁ、それに関しても確かに怒ってるけど…………別に毎朝約束してる訳じゃねぇし、そこはいいさ。」
 
あらやだイケメン。というか、やっぱり怒ってたんですねはい。
 
「俺が怒ってるのはなぁ……まず、春雨の約束をすっぽぬかしたこと。」
 
サクッ。
 
「次に、理由やら結果やら抜かしても春雨泣かして時雨を怒らせたこと。」
 
サクサクッ。
 
「おまけにオレに対しての昨日のセリフ。あれにかなり怒ってる。」
 
サクサクサクッ。
 
色々心に刺さった。
 
まぁ、最後のはこの際だから気にしないでおいてやると、木曾は付け足した。
 
…………やっぱりこいつ、いいやつじゃねぇかよ。自分のことより他人のことで怒るんだもん。
 
そのわりにはコミュニケーション能力低すぎじゃね?とも思うけども。
 
「さて、お前はどんな風に責任を取るんだ?吐いたゲロの掃除はテメェでしろよな?」
 
と、凄みを効かせる木曾。おっかないことこの上ない。
 
「…………まぁ、春雨は俺の台詞に期待したんだろうなぁ…………。」
 
今日に至るまで、俺は基本的にここでは得意の目を向けられ続けた。
 
唯一無二の男艦娘。
 
親父が元提督とか、お袋が元艦娘ってことを除いても、俺はみんなが言うところの、『特別』な存在だ。
 
でも、春雨は違う。
 
木曾や冬華たちと同じように艦娘でありながら、人ではない、『始祖』という存在。
 
同じだけど、違う。俺とは、向けられている視線が違う。
 
そんな春雨に、俺は気にしてないと言った。
 
…………そりゃあ、泣くよなぁ。
 
となると…………。
 
 
 
 
 
 
 
「…………この戦いを終わらせる、か。」
 

 
 
 
 
 
我ながら、とんでもない台詞を吐いた。
 
「……………………は?」
 
キョトンとする木曾。
 
「この戦いを終わらせたらさ、俺たちは日常生活に戻れるし、春雨は…………わかんねぇけどさ。そこは親父や提督の力を使って、春雨も学校にも行けるだろう。」
 
万事解決じゃね?と、俺は締めくくった。
 
「いや、そこじゃねぇ。俺が驚いてんのはそこじゃねぇ。」
 
木曾は首を横に降りながら、あり得ねぇとでも云いたげな顔をしていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「お前………………どうやって終わらせる気だよ。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
深海棲艦との戦い。
 
それは、今から二十年以上前に始まった。
 
以来、奴らの勢いを止めることはできても、征服することは一回もできていない。
 
倒しても倒しても、いくらでも沸いてくる敵。
 
いつしか世界中の人々は『勝てない』、『終わらない』と思うようになったこの深海棲艦との戦い。
 
それを終らせる方法?
 
俺はフッと鼻で笑ったあと、木曾の顔を真っ直ぐ見て言った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「知るかよ。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

―医務室―
 
 
 
 
 
「……………………えっと、今回も木曾?」
 
明石さんは、ベッドの上に寝転んでいる俺と、横の椅子に座っている木曾を交互に見てそう言った。
 
「おう、俺がぶん殴った。今回に限ってはオレは絶対に謝らねぇ。」
 
「…………おう。今回に限っては俺が悪かった。」
 
あの後、木曾の右ストレートが俺の顔面に炸裂。久しぶりに医務室へ運ばれることになった。
 
明石さんは、「そ、そう……。」と言うと、何処かへ行ってしまった。
 
「お前さぁ!バカじゃねぇのか!?あんだけかっこつけといて、知るかよだぁ?ふざけんな!」
 
「知るわけねぇだろ!先人たちに分からなかったことが、なぜ俺に分かる!」
 
「開き直るんじゃねぇボケェ!!」
 
そんな感じで、二人してギャーギャー騒いでいた。
 
「ったく…………なにか案ができたら話してこい!力ならいくらでも貸してやる!じゃあな!」
 
木曾はそう言うと、勢いよく外に出ていった。
 
……………………はぁ。
 
俺はため息をつくと、ベッドに寝転んだ。
 
…………さてと、明日から調べものでもしますかね。
 
木曾じゃないけど、自分の吐いたゲロの掃除は自分でしなきゃな。
 
俺はそのまま目をつむった。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その夜は、久しぶりに、夢を見た。 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。僕のプロットでは、第十九話からここまでが『第二部』という感じで、千尋の目標が決まりました。『第三部』では、だーいぶお話が暗くなってきます。覚悟してくださいね?

それでは、また次回。 

 

第四十八話

 
前書き
どうも、ロー○ン瑞鳳が可愛すぎて生きてくのが辛くなってきました。この破壊力はヤバイでしょう。

あ、第三部、スタートです。 

 

 
まず感じたのは、冷たさと全身の痛みだった。
 
思わず目を開けると、そこは水の中。その中を逆さになって沈んでいた。
 
舌を出してみると、塩辛い味が口中に広がった。どうやら、ここは海のようだ。
 
…………沈む。
 
俺たち艦娘にとってその二文字は、「死ぬ」と同意義の言葉だ。
 
しかし、嫌な感じはしない。むしろ、実家のような安心感とでも言おうか、そんなものを感じた。
 
もしかしたら、これから俺が行くところが俺の帰るところなのかもしれない。

…………いや、ダメだろ海の底が帰るところだったら。
 
海の底は、深海棲艦どもの領域。人間である俺が帰るところではない。
 
俺はボーッとしてた頭を振ってさっきまでの考えを頭から無くす。しかし、身体はちっとも動かない。抵抗することもできずに、ただただ沈んでいくだけだった。
 
あーくそが。どうしてこうなったのか全く覚えてねぇ。全身が痛いってことは、多分、轟沈させられたのであろうとは思うのだが…………本気で何も覚えていない。
 
俺は辺りを軽く見渡してみる。たまに泳いでる魚が見えるくらいで、他には何も見えない。
 
…………なんというか、海上に比べたら平和だな、と感じた。
 
見える範囲には深海棲艦も居ないし、それでいてものすごく静か。なんで俺たちが海上で戦ってるのか忘れそうになる。
 
…………あれだな、「沈む」ってのは、すぐに死ぬって訳じゃ無いんだな。暫くこんな感じで考える時間があるのか。やな時間だ。
 
…………あいつらは、無事だろうか。
 
木曾に天龍、冬華や時雨、摩耶さんに長門さん、青葉や…………春雨。
 
…………ごめん、皆。
 
俺はそんなことを思いながら、沈んでいく。
 
沈む。
 
沈む。
 
やがて、周りから光が無くなっていった。
 
見えるのは、俺の姿だけ。
 
あぁ、俺は、死ぬのか。
 
俺は直感的にそう思った。だんだんと、痛みも冷たさも感じなくなってきていた。
 
…………最期の瞬間が、近づいているのだろうか。
 
俺は自分の両手を見た。
 
何もやりきることが出来なかった両手。なにかを成し遂げることも、誰かを救うことも、守ることも出来なかった両手。
 

 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
その両手は、青白い色になっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「うわあああああああああああああああああああ!!」
 
俺は勢いよく起き上がった。そこは、海の中なんかじゃない、俺が寝ていた医務室のベッドの上だった。
 
秋の暮れだというのに、寝汗をビッショリとかいて、息づかいも荒くなっていた。
 
「…………はぁー!夢で良かったぁー!」
 
俺はそんなことを叫びながら、再びベッドに寝転がる。時計を見ると、○三○○。確か寝た時には二一○○だったな。
 
「…………風呂入ろ。」
 
俺はそう言うと、ベッドのシーツを取ると、汚れ物入れの中にぶちこむ。
 
そして、自分の部屋に向けて歩き出した。
 
…………色々と、謎が多い夢だった。
 
なんで俺が沈んでいたのか、なんで水の中なのに苦しくなかったのか。
 
そして。
 
「なーんで俺の両手があんなことに鳴ってたのかねぇ…………。」
 
青白い色の両手。
 
あの色は間違いない、深海棲艦の肌の色。
 
確かに、深海棲艦の中にも人型のやつは腐るほど居る。でも、なんで人型なのかってのは、わかってなかったはずだ。
 
…………まさか、な。ただの夢の中の話だし、特に気にしないでおこう。
 
「さてと…………風呂入ったあと、どうするか考えとかないとな。」
 
俺はそんなことを言いながら、廊下の角を曲がる。
 
「ん、なんだ、千尋か。どうしたんだ?こんな夜遅くに。」
 
珍しい私服姿の提督が現れた!▼
 
「いやー、目が覚めちまってな。そう言う提督はどうしたんだ?」
 
「僕かい?仮眠が終わったからこれから風呂に入って業務だよ。」
 
鉄人かよこの人は。縦縞の監督もビックリだよ。
 
「んじゃあ、俺も入っていいか?嫌な夢見ちまってな。」
 
「構わないよ。それじゃあ、先にいってるね。」
 
提督はそう言うと、入渠ドックの方へと歩いていった。
 
「さてと、早いとこ着替えとか取ってくるかな。」
 
俺はそう言うと、駆け足ぎみに自分の部屋に向かった。
 
 
―ドック―
 
 
「「はぁあ~。」」
 
俺と提督は大きく息を吐きながら湯の中に浸かっていった。夢の中が冷たかったから、いつもより温かく感じる。
 
「そう言えば、千尋と二人で風呂とか珍しいねー。こんな時間に千尋が起きてるなんて無いわけだし。」
 
確かに、今まで一回も無かったのでは無いだろうか。
 
「しっかし、提督と大淀さんは、いつもどんくらい寝てるんだ?」
 
こいつらが寝てるって印象は殆どない。むしろ、寝てたら気持ち悪い。
 
「んー、二時間位かなー。それ以上寝なくても別に全然大丈夫だしね。」
 
人外だろ最早。
 
「ところでさ、千尋はどんな夢見たの?飛び起きるような夢って、漏らした?」
 
漏らしてねぇよ、と悪態をつきながら夢の内容を大雑把に話した。
 
「なぜだか知らないけど轟沈して、海の中で沈んでいって、両手が青白くなってた。艦娘が沈んだら深海棲艦にでもなるのかねぇ。」
 
俺はそう言うと、軽く笑いながら提督の顔を見た。
 
 

 
 
 
提督は真剣な面持ちでこちらを見ていた。
 
 
 
 
 
 
 
「…………お、おい?どうしたよ。」
 
あれ?なに?そこまで気にかかるような内容なのか?そりゃあ、深海棲艦になる夢とか、夢であっても縁起が悪すぎるけどさ。
 
「……………………やっぱり、見るんだ。」
 
やっぱり?
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
「今まで、うちに居た『始祖』は全員…………殆どおんなじ内容の夢を見てる。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
なにかが、動き始めた。
 
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。最近は忙しくなってきて、文字数があまり多くないんですよねぇ。沢山書きたいんですけど…………。

艦これにモンストにバレーに勉強に小説に…………あれ、趣味しかねぇや。

それでは、また次回。 

 

第四十九話

 
前書き
どうも、乾燥肌のせいでなかなか反応しなくて困ってます。いつも以上に誤字の可能性アリです。なお、僕は誤字の確認をする気は無いです(おい)。 

 

…………どこまで俺達にオプション付けりゃ気が済むんだよおい。
 
俺は頭を押さえながらそんなことを思った。
 
「当然ながら、君のお母さん…………雫さんもそんな感じの夢を見たことがあるってさ。」
 
いや、そんなどうでもいい情報はこの際置いといて、だ。
 
「…………ただの悪夢で終わらせるには引っ掛かることが多すぎる、と。」
 
「うん。ただ、確証がどこにもない。そもそも、『始祖』で沈んだ事のある艦娘が、記録上二人しか居ないんだよね…………。」
 
その二人とやらは今ごろ海の底だろうか。それとも、深海棲艦として俺達と対立しているのだろうか。
 
…………でも、たかが夢なんだよなぁ。常識的に考えて。
 
「…………気にしてても仕方ねぇ、か。」
 
「まぁ、なにか確証が得られるようなことがあれば話は変わってくるけどね。下手したら、今の均衡状態を打開する一手になるかもしれない。」
 
そんな危ない橋を渡る気は更々ないけどな。
 
「むしろさ、『始祖』以外の連中はどうなんだ?」
 
「いや、悪夢の報告は無いね。」
 
やっぱり、『始祖』ってのは特別な存在なんだなと、他人事のように思った。何となく、近寄りがたく思うのも納得がいく。
 
自分のことながら、得体が知れなさすぎる。
 
初めて海の中に潜るのを木曾に見せたときなんか、驚愕の表情を浮かべてたもんな…………。
 
こう、艤装の出力を落とすんだよと説明しても、無理だった。
 
春雨に至ってはエスパーなんじゃねぇかって位、敵の位置をスパスパ当てる。岩陰にいる敵の艦種と数まで当てれるからな…………電探より精度抜群だ。
 
まぁ、それこそだからどうした、だ。回りにできないことができる、大いに結構。それが役に立つなら万々歳だ。
 
「…………ところでさ。」
 
と、俺が考え込んでいたときに提督が切り出してきた。
 
「千尋ってさ、彼女居るの?」
 
「……………………。」
 
この質問、ここに来てから何回目だろうか。
 
いやまぁね?年頃の男の子が、女の子の中にポツンと一人。どこぞの光源氏なら皆に手を出すし、どこぞのダークネスならラッキースケベ連発だろう。
 
しかし、俺はそこまで女たらしじゃないし、ここに来てからあったラッキースケベなんて、木曾の入渠事件位だろう。
 
「…………暫く、そーゆーのは考えないようにしてる。」
 
俺は、この手の質問にはこう答えるようにしていた。何かもう、色々とめんどくさかった。
 
「なんつーかな…………まだ何も成し遂げてないような男がそんなこと考えてられねーっつーか…………そんな男が女を幸せにできるのかなって。」
 
ここは、戦場。今は、戦争の真っ最中。程度の違いはあれど、ここにいる人達は皆、ここでの戦いのことを考えている。しかも、ほぼ全員が女の子だ。
 
「なのに、男の俺が色恋沙汰に走ってられねぇよ。」
 
これが、俺の出した『結論』。
 
この『結論』が後に俺を激しく後悔させるのだが…………それはまた別の話。
 
「…………痛いねー。」
 
今は、話題を振ってかなり真剣に俺が答えたのに、そんな一言で終わらせたこのクソ提督をどうにかしねぇと。
 
「…………理由がハッキリしてなかったら俺の部屋にあるドラム缶にぶちこんでコンクリで固めて沈めるからな?」
 
…………あれ。なんか冬華とおんなじことを言ってるな。そういや、そっちの問題もあったっけな…………めんどくせー。
 
「いや、亮太さんにしろ僕にしろ、戦いの真っ最中に雫さんや大淀とレッツコンバインしたからね。」
 
「誰が分かるんだよ!?せめてパイルダーオンにしとけ!」
 
イマドキの十代や二十代、分かんないんじゃないか?コン〇トラーV。まだマジン〇ーZの方が分かる可能性たけぇよ。
 
…………いや、突っ込みどころそこじゃない。そこなんだけど、そこじゃない。
 
「僕の場合は、完全に僕が精神病んでた時に大淀が支えになってくれた。亮太さんは、心が折れかけてた雫さんの支えになった。もちろん、ここにいる女の子全員にそんなことができるわけじゃない。でも、そんな存在が一人いると、『守らなきゃ』って引き締まる事もある。」
 
…………珍しく、提督が語ってる。
 
俺は思わず湯船のなかで正座していた。
 
「無論、無理にそんな存在を作れとは言わない。でも、『心の拠り所』は絶対に必要だ。打診しといても、良いんじゃないかな?」

……………………俺はここまでの話を自分のなかで何回も噛み砕いて、提督に一つだけ聞いた。
 
「…………本音は?」
 
「恋人できたちっひーをイジり倒したい。」
 
「このクソ提督が!真面目に締めることができねぇのかよ!こう見えても俺はテメェの首を絞めることはできるからな!一回天国に行ってこい!」
 
俺は提督の首に手を掛けて前後に振りまくった。かなりガチで。
 
「うるさいよ!だってあんなことでも言わないとちっひー彼女作らないでしょ!」
 
提督、艦娘の首締めが効いていない模様。化け物かよこいつ。
 
「今ので作る気完全に失せたわ!と言うか、ちっひー言うな!悠人や拓海でも俺のことをあだ名で呼ばねぇぞ!」
 
「親睦を深めようとしてるだけじゃん!」
 
「親睦を深めようとしてるんなら余計なこと言わんで良いわ!と言うか、今全力で首絞めてるんだけど、なんで千切れねぇんだよ!それどころかなんでペラペラ喋れるんだよ!おかしいだろ!」
 
「生身の人間に全力で首締めしないでよ!僕じゃなかったらゆっくり大輝の爆誕だよ!」
 
「ニッチなネタを使うんじゃねぇ!と言うか、ホント何でだよ!おかしいだろ!おかしいだろ!!」
 
「伊達に艦娘の血を注射されて無いからね!自分でも頭おかしい身体能力だよ!そうでもしないと体弱すぎて死ぬわ!と言うかそれも半分無理矢理だよ!(番外編にて、詳細を掲載予定。)」
 
「お前も人外かぁ!!」

ニャルさまが裸足で逃げ出すレベルのカオスが場を支配していた。ニャルさまも分かる人限られてくるな。
 
しかし、この鎮守府、人外だらけかよ。
 
すると、提督がとんでもないことを言い出した。
 
「…………はぁ、兎に角、さっさとこの戦いを終わらせるように努力はするから。偵察期間も終わりだし。」
 
「え。」
 
ていさつきかん?
 
「んじゃあ、今までの出撃って、敵の様子見?」
 
「偵察だしね。」
 
「空母や戦艦の出番減らしてたのって?」
 
「プロ野球で言うところのオフシーズン。」
 
「俺達のオフシーズンは?」
 
「多分ない。」
 
ブラックだ。
 
「これからは出撃も増えてくるだろうし、もしかしたら沈んでしまう子も出てきちゃうかもしれないけど、ずっと今のままって訳には行かないからね。」
 
そう言うと、提督は立ち上がって湯船から出た。
 
「そうならないように頼むよ?多分、これからは木曾や長門とかと近接部隊を編成すると思うから。」
 
やっぱり、敵に一番ダメージを与えれるのは直接攻撃だからね、と言うと、そのままドッグから出ていった。
 
「……………………気ィ引き締めねぇとな。」
 
提督も、終わらせようとしている。
 
俺達が頑張らねぇと、何も変化が起こらない。それこそ、春雨を学校に行かせるなんて夢のまた夢だ。
 
……………また春雨、かよ。
 
……………………あぁ、やっぱり。
 
提督には強がって見せたけど、やっぱりそうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「やっぱり、春雨のこと好いてんじゃん俺。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この日、俺は産まれて初めて、自分の恋心を認めた。










―以下、オマケ―

どうも、V・Bです。今回から一話につき一人、キャラ紹介のコーナーを始めます。なぜ今更かと言うと、そろそろ本編だけで五十話も来そうですので、一回整理の意味合いで始めます。第一回の今回は、主人公である七宮 千尋くんです。

―キャラ紹介のコーナー その一―

七宮 千尋 (十六) 男

呉鎮守府第二船隊所属
艦種 木曾(二号)

身長 一七三センチ
体重 六二キログラム
練度 四十三

長所 常識人 お人好し
短所 後先考えない 口が悪い めんどくさがり

好きなもの バスケ ゲーム
嫌いなもの 曲がったこと

趣味 部屋でゴロゴロ
最近の悩み 春雨や木曾達との人間関係がめんどくさすぎること。

今作品の主人公。父親に元提督の七宮 亮太、母親に木曾の『始祖』である七宮 雫を持つ、世界で唯一の男艦娘。

めんどくさいと言いつつも約束を必ず守るなど、意外としっかりもの。曲がったことが嫌いで、木曾たちに怒ることもしばしば。

友人である悠人や拓海に振り回されてきたからか、ツッコミ役に回ることが多い。意外と頭がよく、冷静でもある。

春雨のことは最初から気にはかけていたが、最近になって自分の気持ちを認めた。

裏話としては、このキャラの元となった人物がV・Bの知人にいて、V・Bが尊敬する人物である。






 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。いきなり始まりました、キャラ紹介のコーナー。僕が飽きない限りは続く予定。して、本編では最早「どこまで読者の分からないネタを書けるか」になってきてますね。ストーリー進んでるからいいんですけどね。亀みたいに遅いですけども。

それでは、また次回。 

 

第五十話

 
前書き
どうも、イベント始まりましたね。さっそくE1の甲作戦は攻略しましたけど、この先どうなるのでしょうか。不安しかない。 

 

―海上―
 

「いやー、久しぶりに間宮さんの飯食えんぜー。」
 
摩耶さんは軽い足取りでスピードを更に上げていた。鎮守府を出発したのが一昨日。そこからトラック基地まで移動して、今度うちに着任する艦娘をお迎えすると言うのが、今回の作戦内容だった。
 
でも…………。
 
「まさか、プリンツちゃんだとは思わなかったよ。」
 
私は、隣を移動している金髪の女の子に話しかける。
 
彼女は、プリンツ・オイゲン。ドイツの重巡洋艦で、世界で初めての、『帝国海軍以外の軍艦が元となる艦娘』だ。当然、『始祖』だ。
 
元々、私とプリンツちゃんは殆ど同じ時期にこの世界に産まれて、最初の一ヶ月は呉で過ごしてたけど…………その後、プリンツちゃんはドイツに近代化改修を受けに行った。今日はその帰りだ。
 
「うん。私も、春雨たちと会うの、楽しみにしてたよ。それはそうと、ドイツ語、上手くなってたよ。文法の間違いも無かったし。」
 
「そ、そうかな…………えへへ。」
 
千尋さんを誉められた気がして、嬉しくなってしまった。
 
…………そうだ、もうちょっとで、千尋さんにも久しぶりに会えるんだ。そう思うと、摩耶さんみたいに足取りが一段と軽くなった。何て言ったって、今日からプリンツちゃんも一緒なんだ。
 
「あら、春雨ちゃん?ハートマークが出てるわよー?」
 
「お、ホントだ。どんだけ帰るの嬉しいんだよ。」
 
「んー、バカップルは見るのもやるのもめんどいしなぁー。見えないとこでおなーしゃーす。」
 
と、後ろを付いてきていた愛宕さんと摩耶さんと望月ちゃんがそんなことを言ってきた。
 
「ふぇ!?べべ、別に、千尋さんに会えるからとか、そんなこと一切思ってないんですからね!?」
 
「…………へー、千尋くんねー。その人が、噂の男の艦娘?それで、春雨の恋人と。挨拶しなくちゃね。」
 
あ、墓穴掘ったやつだねこれ。
 
「いや、待ってプリンツちゃん!まだ恋人じゃないから!」
 
「…………まだ?」
 
「~っ!!」
 
私は思わずその場にしゃがみこんでしまった。この焦る癖どうにかしたい。
 
「あらあらー、ふふふっ。」
 
「おう、アタシは何時でも応援するぜ?」
 
「…………まぁ、泣かれるのも後味悪いし、がんばー。」
 
…………さっきから、望月ちゃんの台詞にトゲを感じる。愛宕さんと摩耶さんはニコニコしてるし、もう泣きたい。
 
「うぅ…………いーもん!絶対そうなるもん!そうなってやるもん!」
 
最早やけくそになってきた私は、みんなを見上げながらそう言った。みんなの生暖かい目が突き刺さるようだ。
 
「へーへー。ま、それもこれも帰ってからだ。」
 
摩耶さんはそう言うと、私の横を通り抜けて行った。それに続いて愛宕さんと望月ちゃんも行く。
 
「…………えっと、私たちも行こ?」
 
「…………うん。」
 
私はプリンツちゃんに促されて、その場から立ち上がった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―っ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「摩耶さん!前方五十キロ地点に敵影アリ!一隻です!艦種は…………私ははじめてのだと思います!」
 
私は自分が感じたことをそのままみんなに伝える。
 
私は、『始祖』として持っている特徴として、電探よりも広い範囲の敵影を正確に読み取ることができる。前に摩耶さんと戦ったときなんかも使った。
 
今回みたいな護衛作戦には持って来いの特徴だ。
 
「あ?見たことない?」
 
摩耶さんは怪訝そうな顔をした。
 
「はい。私が見たことないだけですけど…………外見は…………。」
 
さっき感じ取った映像頭の中で再確認しながら言う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「黒のパーカーっぽいものを着た、人形に近い形でした。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
私とプリンツちゃん以外の三人の表情が、絶望へと変わった。
 
―自室―
 
さて、これからどうしたものか。
 
俺は自分の部屋のベッドの上で胡座をかき、腕を組んで悩んでいた。
 
現在、○三二○。
 
恐らく、そろそろ春雨達が帰ってくる頃であろう。
 
…………えっと、出迎えた方がいいんだろうか。いや、いつもそんなことはしないな。「あ、いつの間に帰ってたんだ?おかえり。」ってのがデフォルトだ。
 
…………朝練を装う?いや、なんか違う。
 
と言うか、なんでこんなことを考えてるんだろうか。いつも通りに接すれば全然良いじゃないか。あの日はどのみち春雨は勉強できなかったんだし。

「……………………はぁ、あのクソ提督め…………。」
 
困ったときの責任転嫁。ここにいるうちは提督のせいにしとけばだいたい大丈夫だ。
 
「…………しかし、こうも朝早すぎるとやることねぇな。」
 
…………そうだ。二度寝に挑戦してみよう。今まで一回も成功したことないけど、できるようになったら便利かもしれない。
 
俺は枕元の目覚まし時計を、○四三○にセットする。念を入れて、自分のスマホでも五分ずらしでタイマーを掛ける。
 
電気スタンドの明かりはわざと着けておき、布団を顔まで被る。アラームが鳴って起きたら眩しい、という戦法だ。
 
俺は目を閉じて、かなりベタだが羊を数え始めた。
 
羊がいっぴ―。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
『緊急!緊急!長門、金剛、赤城、加賀、羽黒、那智、北上、神通、木曾、二号、時雨、夕立は、至急工廠へ!出撃内容は準備しながら行う!また、長良、夕張の二名は工廠にて艤装装備のサポートに来てくれ!繰り返す…………。』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―やって来たのは羊じゃなくて闘牛だった。柵に向かって突進して、そのままどっかへと行ってしまった。
 
二度寝へのチャレンジはまた別の機会にするとして…………と。
 
俺はガバッと飛び起きると、ジャージ姿から一瞬でセーラー服に着替える。そして、勢いよく扉を開けると、猛ダッシュ。急いで工廠に向かった。
 
この鎮守府での放送は、最初の『緊急』の回数で重要度が変わってくる。全部で四段階。今回は二回だから、上から二番目。そーとーヤバイ。
 
…………ものすごくやな予感がする。
 
俺は一抹の不安を感じながら、工廠へと急いだ。
 

 
 
―キャラ紹介のコーナー―
 
 
 
どうも、V・Bです。急展開ですね、はい。それはともかく、キャラ紹介と行きましょう。今回は、もう一人の主人公、木曾の紹介です。
 
 
 
仙崎 夏樹 (十六) 女
 
呉鎮守府第二船隊旗艦
艦種 木曾(一号)
 
身長 一六二センチ
体重 (強制規制)
練度 八十二
 
長所 仲間思い 真面目
短所 コミュ障
 
好きなもの 戦闘 トレーニング 勝利
嫌いなもの サボり 敗北
 
趣味トレーニング
最近の悩み 自分のコミュニケーション能力の低さに涙がでてくる
 
この作品のもう一人の主人公。昔のとあることがきっかけで化け物じみたトレーニングをした結果、練度以上の実力を持った呉鎮守府のエース。
 
ものすごく仲間思いだが、それを言葉にするのが苦手なため、自分が強くなって周りを守ることで大切にしようとしている。
 
男勝りなところがあり、千尋に裸を見られてもなんとも思わない。
 
とある事情により改二への改修ができない。
 
裏話としては、このキャラの元となった人物はV・Bの幼馴染みである。
 
 
 
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。このあと、あまりに長くなったので半分にしたもう一話を投稿します。

それでは、また次回。 

 

第五十一話

 
前書き
どうも、連続投稿です。あ、来週はいつものやつなのでおやすみさせて頂きます。ご了承を。 

 

「二号、到着した!」
 
俺は工廠の入り口にやって来るなり、大声でそう言った。中では、既に木曾と明石さん、提督に大淀さんが居た。
 
「よし、背中向けて!」
 
明石さんはどうやら木曽の艤装を付けているらしく、提督もスパナ等を持っていた。
 
いつもなら「提督もできんのかよ!」とか言ってるところだが、そんな暇はどこにもないのでスルー。大人しく背中を向ける。
 
「説明はある程度人が集まったらする!」
 
提督は俺の艤装を運びながらそんなことを言った。
 
了解と一言言うと、どんどん人が集まってきた。
 
「長門、金剛両名、到着!」
 
「長良、夕張も到着しましたー!整備に入ります!」
 
「赤城、加賀、やって来ました!」
 
俺と木曾は装備が完了したので、全員分の艤装を運び始める。木曾や俺位の筋力になると、戦艦クラスの艤装も楽々運べる。
 
十分とかからず、全員分の準備が終了した。
 
「今回は、連合艦隊での出撃となる!目標地点は沖ノ鳥海域北東部!遠征部隊の保護が今回の目的だ!夕立、神通の二名は遠征部隊を率いて先に帰投!残りの十名は敵艦隊の足止め!」
 
…………おっそろしいレベルの艦隊が現れたらしい。この鎮守府の最高クラスの連中しか居ない。神通さんと夕立を護衛艦に使うとか贅沢過ぎる。
 
提督は尚も俺たちへの指示を続ける。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「敵は春雨によると、戦艦レ級一隻とのこと!恐らく、elite以上が濃厚!flagshipも有り得る!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
周りの空気ががらりと変わった。

「現在、摩耶達護衛艦隊は護衛対象の海外艦を護衛中!レ級のせいで移動不可!長門、木曾、二号の三名は近接戦!空母は赤城は彩雲を装備、他は全部戦闘機だ!死んでも制空権を譲るな!北上と時雨は魚雷を撃ちまくれ!敵のには当たるな、死ぬぞ!残りは全員極力回避&砲撃!攻撃貰ったら沈むぞ!」
 
…………いやいやいやいや。
 
俺はコイツらバカなんじゃないかと思いながら提督の話を聴いていた。

その戦艦レ級とやらがどれだけのものかは知らないが、連合艦隊を組んでまで戦うような奴なのか?しかも、撃退ではなく、足止め。こんな豪華な足止めがあるのか?
 
「…………なあ、木曾。戦艦レ級って、どんな……っ!?」
 
木曾に尋ねてみようと振り返ると、木曾は尋常じゃない雰囲気を醸し出していた。久し振りの登場、『魔神木曾』だ。木曾だけでなく、ほぼ全員が殺気にも近い何かを醸し出していた。
 
「…………千尋ぉ。今回はとんでもないのが相手だぜ?」
 
木曾は薄ら笑いを浮かべていた。いや、怖いっす。
 
「その、戦艦レ級ってのはなんなんだよ?」
 
木曾は、軽く溜め息をつきながら話し始めた。
 
「戦艦レ級。艦載機と戦艦の砲門と魚雷を積んで、近接戦もできる。装甲は推定だけど戦艦タ級の四倍、耐久は二倍、火力は当たり所が良ければ中破、悪かったら一発大破どころか、轟沈すら有り得る。報告では、戦艦武蔵が一発大破したとか。そんな化け物だよ。」
 
「……………………(絶句)。」
 
チートかよ。
 
俺は恐らく、顔を真っ青にしているだろう。
 
長門さんですら戦艦タを一発大破できねぇよ。
 
そんなのと肉薄しろと?
 
…………と言うか、春雨達、メチャクチャ危なくね?
 
俺は今の状況が(木曾の話がすべて本当だとして)ヤバイと言うことに気づいた。
 
「いいか、避けろよ?避ければまた戦えるからな?間違っても倒そうと思うなよ?死ぬぞ?」
 
…………あぁ。やっぱり、戦争してんだな俺達は。
 
なぜか、今更そんなことを自覚した。
 
「さてと、僕から言うことは…………絶対に帰ってきてくれ。腕が無いくらいなら、どうとでもできるから。」
 
提督は、泣き顔になっていた。心配そうな顔とも言える。
 
「…………いつもの口上では、出撃できないなこれは。」
 
長門さんはそう言うと、工廠から外へ出て行った。その後に全員が続く。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…………連合艦隊、抜錨する!全員、生きて帰投するぞ!!」
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
長門さんがそう言うと、連合艦隊の十二人全員が海に飛び降りていった。
 
…………春雨、無事でいてくれ…………!
 

 
 
 
 
 
 
―海上―
 
 
 
 
 
 
 
…………さぁ、困った。
 
アタシは提督への報告を終えて、皆の方に振り返った。
 
プリンツと春雨は、顔を真っ青にして震えていた。どうやら、アタシが提督と通信している間に愛宕や望月から聴いたらしい。
 
アタシも最初は震えたな。どう考えても絶望だもん。
 
さてと、これからアタシらが出来ることと言えば…………大人しく待機が一番なんだけども…………。
 
…………ここは、プリンツの力を使おう。
 
「プリンツ、彩雲を飛ばしてくれ。アタシらのいるところとは反対側からレ級に近付ける感じで。」
 
プリンツは『始祖』の特長として、重巡洋艦の癖に艦載機を扱うことができる。これでたまたま載っけてた彩雲で偵察してしまおうという魂胆だ。こっちの位置がバレないように反対側から。
 
「り、了解!…………お願い!偵察機、発艦!」
 
プリンツはそう言いながら、彩雲を飛ばした。
 
 
 
―十分後―
 
 
 
 
「戻ってきました!」
 
プリンツが指差した方を見ると、無事に彩雲が戻ってきていた。
 
「よし!お疲れ様~!」
 
プリンツが彩雲を受け止めた。
 
「んじゃ、映像を見せてくれ。」
 
プリンツは頷くと、自分の手のひらに彩雲の横っ腹を向ける。横っ腹には小型投射機があり、そこから彩雲が録画した映像が映し出される。
 
「…………スタート!」
 
プリンツの手のひらを全員で覗きこむ。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
そこには、海上に佇むパーカー姿があった。間違いなくレ級だ。
 
レ級はレ級でも、eliteじゃない。かといって、flagshipでもない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「レ級…………改…………flagship……………………。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
考えうる、最悪だった。
 
 
 
 
 
―キャラ紹介のコーナー―
 
どうも、V・Bです。このコーナーも連発ですね。今回は、ヒロインである春雨をご紹介します。
 
春雨『始祖』(十五才相応) 女
 
呉鎮守府第二船隊所属
艦種 春雨
 
身長 一五五センチ
体重 (強制規制)
練度 四十一

長所 大人しい 優しい 可愛い
短所 慌てん坊
 
好きなもの 千尋 ぬいぐるみ
嫌いなもの 他人に迷惑掛けること
 
趣味 ぬいぐるみ集め
最近の悩み 千尋さんが格好いいこと(惚気)
 
今作のヒロイン。春雨の『始祖』で、海から産まれた本物の艦娘。自分が『始祖』なことを気にしている。
 
大人しく優しい子で、他人のことを大切に思っている。その割に少し幼い所がある。
 
『始祖』の特長として、海の上で敵の位置を正確に把握することができる。
 
千尋のことが好きで、その事でよく周りに弄られては真っ赤になってる。
 
裏話としては、このキャラは完全にV・Bの妄想プラス艦これでの設定できている。(ちなみに、すべて艦これでの設定は反映している。)
 
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。いやー、もし本当に出てきたら恐怖でしょうね。戦艦レ級改flagship。出ないことを祈ろう。

それでは、また次回。 

 

第五十二話

 
前書き
どうも、戦いの合間に書いてたらいつもより書けてしまつまっていた…………アッレレー、オッカシイナー。まぁ、どうとでもなりますよ。 

 


 
 
―海上―
 
 
 
 
 
 
摩耶達の護衛艦隊は、なんとか逃げれただろうか。
 
たった一隻の深海棲艦にぶちのめされたオレは、そんなことを考えていた。
 
オレだけじゃない。周りには、海面に倒れ込んだまま動けない奴らだらけ。
 
今、この場で立っているのは………………あの悪魔だけだった。
 
「ンー、中破一歩手前ッテトコカナ。モウ少シダメージヲ与エテタラ変ワッテキタカモネ。デモ、久シ振リニ楽シメタヨ!」
 
…………戦艦レ級は、俺たちを見下ろしながら狂気的な笑顔を浮かべていた。
 
くそが………………このままじゃオレは達は、こいつに悠々と止めを刺されちまう…………!
 
なのに…………指一本動かねぇよ…………ちくしょう…………。
 
「サァテ、生キ残ラレテモ厄介ダシ、死ンデモラオウカナ。」
 
レ級はそう言うと、砲門を此方へと向けてきた。
 
 
 
 
 
 
 
 
……………………あー、オレ、死ぬんだ。
 

 
 
 
 
 
 
 
こんなところで、惨敗して、何も出来ずに死ぬんだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
結局、オレ達は死ぬのが運命なんだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
…………………………あーあ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
死にたく、ねぇや。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「待てやこら。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
誰かが、そう言った。
 
「……………………ヘェ、起キ上ガレルンダ。」
 
レ級はそう言うと、声のした方に振り向いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そこには、さっきより明らかに被害の度合いが軽くなっている、千尋の姿があった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「なっ……………………なん、で。」
 
ありえねぇ。こんなこと、ありえねぇ!
 
オレは千尋の姿を見て目を見開いた。
 
確かに、アイツはレ級の砲撃を食らって大破したはずだ。そのまま吹き飛んだ場所で倒れてた。
 
なのに、アイツの艤装の傷は中破程度だ。それに、身体の怪我は治っていないから、間違いなく被弾している。
 
「……………………アンタ、男カイ?ソレニ、大破シタハズダロ?」
 
レ級はそんな千尋を見て怪訝そうな顔をした。まぁ、そうなるわな。おっぱい無いんだし、なんか起き上がってるし。
 
「…………あぁ。なんか色々あってな。今ここで戦ってる訳だ。」
 
千尋はなぜか回復しているとはいえ、肩で息をしていた。とてもじゃないけど、戦えるような状態じゃない。
 
「フゥン、面白イノガ出テキタモンダネェ。ソレデ?君一人デドウスンノ?」
 
レ級はさっきまで見下ろすように顎を上げてオレたちを見ていたが、今は顎を引いて千尋を睨んでいた。まるで、観察しているみたいだ。
 
…………今までは、油断してたってことかよ。舐めやがって。
 
まぁ、それでもボロクソにやられたんだけどな。何も言えねぇ。
 
「…………逆に聞く。どうしたら見逃してくれる?」
 
千尋はそんなことを言っているが、オレは千尋の話を聞いていられないものを見ていた。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
千尋の艤装が、少しずつ自然と直っていっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…………ウソ…………だろ…………。」
 
オレの近くに倒れていた長門さんは、目を見開いていた。そりゃそうだ。どう考えても有り得ねぇもんが目の前で起こってるんだからな。
 

 
 
―どこかの空間―
 
 

「どもー!シリアス中にこんにちはー!今回はこの作品での回復の仕組みを解説致します!
 
この作品でのダメージは大まかに二種類に分けられて、『艤装ダメージ』と『身体ダメージ』があります。
 
基本的に艦娘へのダメージは自分の艤装や装備(服)が肩代わりしてくれます。皆がダメージを食らう度にムフフな感じになってるのはそーゆーことですね。
 
そして、艤装では受けきれなくなったとき、初めて肉体にダメージが入ってきます。それが身体ダメージ、要するに怪我です。一般的には、中破以上のダメージを受けたら肉体にダメージが来ます。

艤装ダメージは、明石さんのとこの工廠にある専用のドッグにぶちこむことで回復します。回復したあとは明石さんが整備を行います。
 
身体ダメージは、最初に入渠ドックに入ったあとで、実際の怪我と同じように治療します。入渠する理由としては、そうしないと深海棲艦のダメージが回復しないからです。ちなみに、欠損してしまった箇所は当然ながら回復しません。
 
さて、それではカメラをお返ししましょう!お相手は、最近作者の胃薬の飲みっぷりにドン引きしながら、一緒にイベント攻略しようとしている、青葉でした!」
 
 
 
 
 
 
 
―海上―
 
 
 
「…………フゥム、確カニ、目ノ前デ面白イ物ヲ見セテ貰ッタシナァ…………ソウダ。」
 
レ級はそう言うと、今までで一番悪意のある笑顔を見せた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「君ノ片腕ヲ頂戴?ソウシタラ見逃シタゲル。」

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
こいつは、どこまでも悪魔だった。
 
オレは歯軋りをして、レ級を睨む。
 
この…………ド畜生が…………。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ザシュッ!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
千尋は、右手に握っていた軍刀で、左肘より上辺りを切り落とした。
 
 
その場に居た全員が、目を見開いていた。オレは、やっぱりというような顔をした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この場面で、こいつが躊躇するわけねぇ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ほらよ。さっさと持ってけ。」
 
 
 

 
 
 
 
 
千尋は、切り落とした腕を拾い上げると、レ級に差し出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
足元の海水は、赤く染まっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
―三十分前―
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「さてと、全員今すぐ遺書書いといてくれ。」
 
長門さんはとんでもないことを言うと、どこからか取り出した人数分の紙とペンを全員に投げて寄越した。
 
全員、さっきより表情が暗く、重くなっていた。
 
どうやら、今までは戦艦レ級はeliteクラスまでしか発見されてなかったらしいが、今回の相手はその二つ上、戦艦レ級改flagship。ランク的には最高ランク。
 
皆、ペンを走らしていた。手が震えて、上手く書けてない奴が多かった。
 
木曾は、サックリと書き終わっていた。
 
長門さんは、スラスラと書いていた。
 
時雨は、遠くを見ていた。
 
冬華は、涙目になっていた。
 
金剛さんは、頭を抱えいた。
 
赤城さんは、何度もペンを落としていた。
 
加賀さんは、相変わらず無表情だった。
 
羽黒さんは、しゃがみこんでいた。
 
那智さんは、羽黒さんを慰めようとしていた。
 
北上は、上を向いて目を閉じていた。
 
神通さんは、首を横に振るだけだった。
 
俺は…………。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「だからどうした。」
 
 
 
 
 
 
 
 
紙とペンを長門さんに投げ返した。
 
全員、こっちを見ていた。
 
皆驚いてるが、木曾と冬華だけは、納得したような顔をした。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
「誰が死ぬ準備なんかするかよ。帰れるに決まってらぁ。始まる前から負けてたまるかよ。」
 
 
 
 
 
 

 
 
俺がそう言うと、木曾はビリビリと自分の持っていた紙を破り捨てた。
 
「…………オレがやろうとしてたことを横取りするんじゃねぇよ。」
 
木曾はこのとき紙に、『死なねぇよ。』と書いていたらしい。流石だ。
 
「…………っぽい。まだ拓海くんの子供産んでないっぽい。」
 
夕立も、紙を破り捨てた。
 
「…………ッフ。私が逃げ腰じゃ勝てるわけも無いよな。」
 
長門さんも、紙を破り捨てた。
 
「…………そうだよ、勝つんだ!」
 
「負けない!絶対負けないんだ!」
 
「帰るんだ!提督からも言われたんだ!」
 
「死んでたまるか!」
 
皆、次々に破り捨てていった。
 
「…………上手く行ったじゃねぇか(ボソッ)。」
 
木曾は俺に近付いてくると、軽く小突きながらそう言った。
 
「…………やっぱり、お前にゃ隠し事は無理だな。」
 
実は、出撃準備で艤装を提督に着けて貰ってるとき、提督に頼まれていた。
 
 
 
 
 
 
『もしかしたら皆が沈んだり遺書を書き出したりするかも知れないから…………そのときは、頼むね。』
 
 
 
 
 
 
「人選バッチリじゃねぇかよ。」
 
木曾は笑っていた。俺は笑えなかった。
 
「さてと…………それじゃあ、進むぞ!そろそろ見えてくる筈だ!」
 
長門さんがそう言うと、皆がそれに付いていった。
 
皆、生きようとし始めていた。これなら、まだなんとかなるかもしれない。
 
俺はそんなことを漠然と考えていた。
 

 
 
 
 
―六分後―
 
 
 
 
 

「…………どうやら、あれで間違いないようね。」
 
加賀さんは遠くを見ながらそう言った。
 
目線の先には、海の上にたたずんでいる人影を見ていた。その先には、固まって立っている人影。あれが恐らく春雨達だろう。まだ危害は受けていないらしい。
 
んで、あれが戦艦レ級と…………。
 
人型ではあるが、尻のところから何やら尻尾のようなものが生えていた。やっぱり、深海棲艦だ。
 
レ級は、上を見上げていた。
 
「…………流石に、おかしいよな。」
 
俺はボソッとそう言った。
 
「あぁ。報告があったのがだいたい一時間位前。なのに、アイツは全く動いてない。」
 
木曾が俺の意見に賛同してくれた。
 
「何かを待ってる…………?」
 
俺がそう言った時だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ヤァ、艦娘ノキミタチ。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
突如、頭上から声がした。慌てて上を見ると、敵の艦載機が二機程居た。パッと見た感じ、攻撃機能は付いてないらしい。どうやら、これを通信機代わりにしてるらしい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ココデ後ロノ艦隊ヲ抑エテタラ、本隊ガ来ルト思ッテタンダケド…………ビンゴダネ。」
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
待ってたのは、俺達かよ…………っ!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「サァテ…………キミタチハ、アタシヲ沈メレルカナァ!?」
 

 
 
 
 
 
 
 
地獄の、始まりだった。
 
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。今回は長くなったのでキャラ紹介のコーナーはお休みです。実は、レ級はこの小説を書き始めた頃から出演が決定していました。やっと出せたって感じです。

それでは、また次回。 

 

第五十三話

 
前書き
どうも、絶不調です。戦闘シーン苦手です。前回の投稿が飛んだら理由もそれです。泣きたい 

 

 
「木曾!千尋!突っ込むぞ!夕立と神通も付いてきてくれ!」
 
長門さんのその号令で我に返った俺と木曾は、先に動き始めた長門さんに付いていった。その後ろからは夕立と神通さんも付いてきた。

レ級はその場から動かず、大量の艦載機を飛ばしてきた。ざっと見て…………えっと、二百は軽く居るなあれ。一隻が、オマケに戦艦が発艦していい数じゃねぇ。
 
その内の四分の一は春雨達の方に飛んでいった。摩耶さんが居るとはいえ、被害が出るのは覚悟した方が良いだろう。
 
俺達はスピードを緩めることなく、俺と木曾は高角砲を構える。後ろの方の奴等も、各々の対空装備を構えていた。
 
その傍らで、赤城さんと加賀さんは艦載機を飛ばしていた。だいたい百五十有るか無いか位か。
 
艦載機の数では向こう有利。だけど、こっちには対空攻撃できる奴が多い。総合的に見ればこっち有利か?
 
「…………っ、飛べ!」
 
長門さんが叫ぶのと俺達がジャンプしたのにタイムラグは殆ど無かった。
 
着地した後で後ろを見てみると、殆ど見えないが、魚雷が通った跡が残っていた。レ級と俺達との距離は、まだかなりある。
 
……レ級、あれだけの艦載機を飛ばしながら、これだけ正確な雷撃を……?スペックだけじゃなくて、技術も半端ない……?
 
「千尋!前みろ!撃たれるぞ!」
 
思考モードになってしまっていた俺に、木曾は怒鳴り付けてきた。我に返る俺。
 
考察は後だ。気を抜いたら一瞬で沈みかねない。
 
「木曾!先陣切ってくれ!千尋はバックアップ!私は後ろに回る!護衛班!付いてきてくれ!」
 
長門さんと木曾はスピードを上げると、長門さんは右に大きく曲がった。それに貼り付いたままの夕立と神通さん。二人は後ろに回った後で、春雨達を護衛する。
 
木曾は相変わらず一直線にレ級に向かっている。俺は木曾の後ろに付き、軍刀を抜く。
 
レ級が飛ばした艦載機は赤城さん達の艦載機と航空戦を始めていた。摩耶さん達の方は何とか躱しているらしい。対空攻撃得意な人達が固まってて良かった。
 
さて、俺達はそんな艦載機の下をくぐり、レ級の十メートルてまえで止まる。長門さんは既に後ろを取っていた。仕事が早い。
 
「…………ンー、囲マレチャッタ。ドーシヨッカナー。」
 
レ級は口ではそう言いながら、俺と木曾……ではなく、後ろに控えている金剛さん達を見る。しっかり砲撃の準備はできているようだ。パッとみた感じ、羽黒さんと加賀さんが小破しているらしい。これは、制空権取れてないな…………厄介だ。
 
「…………ハァッ!!」
 
長門さんは気合一発、レ級に一気に近付くと、挨拶代わりの右ハイキック。
 
「…………オラァッ!!」
 
それに息を合わせるように木曾も右ストレートを顔面に叩き込もうとする。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
「イヤァ、モウチョットデ相打チナノニナァ。惜シイ!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そして、レ級の声が後ろから聴こえてきた。
 
俺の目の前では、長門さんと木曾がお互いの顔面にそれぞれハイキックと右ストレートを叩き込もうとしていた。
 
「「!!?」」
 
二人は何とか寸止めし、そのままレ級の方に体を向ける。
 
「ホラ、ドウセアノ子達ヲ逃ガシタラ帰ルンデショ?ソンナツマンナイコト、サセナイヨ?」
 
レ級は俺たちの方に体を向けると、わざとらしく身ぶり手振りを付けながら話した。
 
その後ろに今まさに砲撃しようとする金剛さんと羽黒さんに那智さん、雷撃しようとする北上に時雨。


 
 
 
 
 
「アーソウソウ。コノ上空何千メートルニ偵察機イルカラネ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
レ級はそう言うと、振り替えること無く後ろに砲撃をした……と思う。
 
と言うのも、レ級が砲撃した瞬間を、俺は目視することができなかった。
 
時雨が被弾し、吹っ飛ばされている光景をみて、俺はそう判断した。
 
「時雨っ!?クソッ!」
 
長門さんは悪態をつくと、俺と木曾の間を抜けてレ級に近づいていった。
 
俺と木曾はそれに続く。木曾は珍しく、拳にメリケンサックをはめていた。
 
「赤城!加賀!近付いてきてくれ!私たちのことは気にするな!どんどん飛ばせぇ!」
 
長門さんが号令をかけると、二人は艦載機を飛ばしながら前進してきた。
 
 
 
 
 
 
 
 
「オソイ。」
 

 
 
 
 
 
 
 
轟音。
 
赤城さんと加賀さんの足下から突如、水柱ができた。
 
……おいこら。レ級。
 
 
 
 
お前、いつの間に雷撃したんだ?
 
 
 
 
全く、見えなかった。
 
 
 
 
一発で大破された時雨と赤城さんと加賀さんを見て、全員が目を見開いていた。
 

 
 
 
 
 
こんなの、どうすれば良いんだよ。
 
 
 
 
 
「ぬぁあ!」
 
長門さんは、よそ見していたレ級の顔面に拳を叩き込んだ。
 
ガツンッ、と鈍い音がした。
 

 
 
 
 
 
 
「…………二十点♪」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
レ級は、その拳を顔面で受けておきながら、嗤っていた。
 
次の瞬間、長門さんの体は吹き飛んでした。
 
見ると、レ級はどうやら手のひらを長門さんの腹部に押し当てたらしい。
 

 
 
 
 
 
 
…………なんなんだよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「くそがぁ!!」
 
俺は軍刀を握り直すと、レ級に向かって突撃していった。チラリと確認すると、春雨達は俺達の横ぐらいを移動していた。せめて、アイツらだけでも。
 
俺はレ級の目の前までくると、左手で砲門を抜き、そのまま砲撃する。
 
ドォン!
 
レ級に着弾。煙が上がった。
 
俺は止まること無く、レ級に向かって斬りかかる。
 
ヒュォン、スッ。
 
すると、軍刀が止まった。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
「…………オォ、悪クナカッタ。四十点!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
俺の軍刀を、レ級は親指と人差し指で挟んでいた。押しても引いても、動くことは無かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
次の瞬間、全身に衝撃が走った。
 
どうやら、砲撃をもろに食らったらしい。
 

 
 
 
 
 
 
 
……こんなの、どうすれば良いんだよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
…………春雨。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
薄れ行く意識の中、俺は最後に春雨のことを思った。
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
夢を、見た。 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。もうね。戦闘シーンを早く終わらせたいの一心でした。グダグダで、泣きたい。次の話は、うまいこと行くはず。

それでは、また次回。 

 

第五十四話

 
前書き
どうも、連日投稿です。ギアを上げていこう。 

 

 
…………えっと、また夢か?
 
俺が立っていた場所は、真っ黒な雲に覆われた海の上だった。不思議なことに、波風はひとつもなく、雲のわりには雨も降りそうにない。
 
俺はそんな中、海面に立っていたのだが、艤装は付けていなかった。
 
「…………なんだこれ。まさかと思うけど、あのとき沈んじまって、死後の世界に来ちまったか?」
 
『いやぁ、違うぜ?』
 
そんな声が、俺の後ろから聴こえてきた。
 
聞いた瞬間、ドキリとした。
 
俺は思わず振り返り、俺の後ろにいた奴を確認した。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
そこには、肌の青白い『俺』が胡座をかいていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…………おいおい。何の冗談だよそれは?」
 
俺はおどけてそう言ってみた。そうじゃないと、受け入れようとは思えない光景だった。
 
『さぁな。俺にも分かんねぇよ。なんで人の姿のテメェが居るのか考えてる所だ。』
 
お前に分からないものが俺に分かるわけ無いだろ。
 
そう言おうかと思ったが、何を言っても無駄な気がして、諦めた。
 
『しっかし、絶望的な状況だな。レ級に大破されて回りの奴等もボロクソ。相手のレ級は小破すらできない始末。唯一の救いは護衛艦隊が離脱できてるってところか?』
 
…………『俺』は、嘲笑していた。
 
「うるせぇ。お前だってどうしようもねぇだろこんなの。」
 
そう。間違いなく俺達はレ級に沈められる。まさかあそこまで圧倒的な存在だとは思わなかった。どう考えてもここから逆転する方法はない。
 
 
 
 
 
 
 
『くっくっく。お前、切り札ならとっくに持ってるんだぜ?』
 
 
 
 
 
 
 
『俺』は、遠い目をしていた俺を笑っていた。
 
「…………切り札ぁ?」
 
俺は再び『俺』を睨む。『俺』はニヤッと笑った。
 
『だって、そうじゃねぇか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
春雨、プリンツと普通じゃない特性を持ってるのに、お前ができねぇハズがねぇだろ?』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
それは、俺が人外であると言う宣言だった。
 
いや、知ってたけどさ。改めて言われると少し来るものがある。心のどこかでそれでも人間で居たいと思ってたのだろうか。
 
「…………まぁ、何ができるかはその状況にならないと分からないっぽいけどな。」
 
『フフフッ、気分はどうだ?』
 
『俺』は、あくまで嫌みっぽく笑っていた。
 
…………気分?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「もしかしたらあの状況を打開できるかも知れない、春雨と同じ立場になった…………そう思うと、最高だね。」
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
これで、完全に春雨の味方に成ることができる。
 
『…………全く、それでこそ「俺」だな。』
 
『俺』は立ち上がってこちらを向いた。さっきまでの笑顔とは違う、呆れたような笑顔だった。
 
『お前はこれから、アイツらを助けるんだな?精々、頑張るかことだな。』
 
「あぁ。そうさせて貰うよ。」
 
俺は『俺』に笑いかける。そのまま振り返ると、はるか彼方の海面に倒れている俺がいた。
 
俺はそのまま歩き始めた。アイツらを助ける為に。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『…………親父の言葉を借りるぜ?』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『俺』は背を向けた俺に、そう語りかけた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『お前の人生において、お前の身に起こる出来事で、お前に必要のないことは、何一つない。』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
それは、俺の親父が昔、俺に話した言葉だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『乗り越えて見せろや、七宮 千尋ぉ!!』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―海上―
 
 
 
 
 
 
 
 
意識が、ぼんやりする。
 
確か、俺は…………レ級に吹っ飛ばされて…………。
 
 
 
 
 
 
 
「サァテ、生キ残ラレテモ厄介ダシ、死ンデモラオウカナ。」
 
 
 
 
 
 
そのレ級の声が聞こえた。どうやら、全員が大破されたらしい。
 
…………このままじゃ、俺達全員海の藻屑か。
 

 
 
 
…………んなこと、させっかよ。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
「待てやこら。」
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
気が付いたら、俺は立ち上がっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
レ級は、驚きと笑いが混ざったような顔をしていた。
 
そりゃそうだ。恐らく全員が全員、驚いているだろう。
 
レ級はそのまま千尋に近付くと、その切り落とされた左腕を受け取った。
 
「……頭オカシイダロ?普通女ノ子ニ、切リ落トシタ腕ヲ渡スカイ?」
 
あくまで笑顔を崩さないレ級。もう戦う気は無いようだ。そんなレ級を前に、千尋は軍刀を落としてしまう。恐らく、限界が近い筈だ。
 
「……はっ。テメェがそれで逃がすっつったんだろ?俺の腕一本でそれなら、安い買い物だ。」
 
それでも、千尋はニヤリと笑う。
 
…………なんでだよ。
 
なんで、笑えんだよ。
 
痛ぇだろ?泣きたいだろ?
 
……なんなんだよ。レ級にしろ、千尋にしろ。
 
今、這いつくばってるだけのオレですら泣きたいのに……なんで、笑えんだよ。
 
「ンー、オモシロネナキミ!名前ハナンテ言ウンダイ?」
 
レ級の言葉に、千尋は笑顔のまま答えた。
 
「……千尋。七宮 千尋。」
 
「フゥン。千尋、ネ。覚エテオクヨ。後、ヤッパリモウヒトツ貰ウネ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
レ級はそう言うと、千尋の右腕をグイと引き寄せて、千尋の顔に自分の顔を近付けたかと思うと―自分の唇を千尋の唇に重ね合わせた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
まぁ、あれだ。接吻ってやつだ。英語で言ったらキス。
 
「「「!!?」」」
 
俺達全員が、更に驚愕の表情を浮かべた。今回ばかりはオレも驚いた。
 
千尋はされるがままといった感じで、抵抗もしなかった。
 
レ級は数秒の間、千尋とキスした後、ゆっくりと離れた。
 
「……ドウダイ?深海棲艦ノ唇ハ?」
 
「…………冷てぇよ。」
 
最早、あの二人のやり取りに理解が追い付かないオレ達は、ただその異様な光景を眺めているだけだった。そんな中でも、体は動かない。動けたら、とっくにあのレ級に拳を叩き込んでる所だ。
 
「フフフ、イイ経験シタヨ。ソレジャア、アタシハモウ帰ラセテモラウヨ。」
 
レ級はそう言うと、クルリと後ろを向くと、そのまま進もうとした。
 
「アー、ソウダ。」
 
不意に、レ級は首にしていた黒と白のネックウォーマー的なものを外すと、千尋に向かって薙げて寄越した。
 
「アゲル。ソレヲ付ケテタラ、アタシハキミノコトヲ識別デキルカラネ。」
 
ソレジャア、と、レ級は後ろを向くと、今度は一度も振り返らずに、真っ直ぐ進んでいった。
 
その背中は、人のそれと何ら変わらなかった。
 
「…………あー、終わっ…………た…………。報告…………しなくちゃ…………な…………。」
 
千尋はそう言うと、懐の通信機を取り出そうとした。
 
しかし、千尋の体は、限界を超えていたようだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
千尋は、そのままバタリと倒れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
その顔は、ものすごく安心しきった顔だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―医務室―
 
 
 
 
 
 
「…………おぉ、生きてる。」
 
俺は目を覚ました。何回か見たことある天上。どうやら、医務室らしい。
 
…………生きて、帰ってこれた。
 
俺はその事実を、素直に受け止めていた。
 
「…………こーゆーのは、木曾や春雨の時に起きるのが普通じゃないかい?」
 
声のした方を見ると、呆れきった顔をした時雨が居た。
 
「…………今何日だ?」
 
俺はそんな戯れ言を無視して、時雨に質問した。
 
「…………今は、九月二十日。あれから二日は経ってるよ。」
 
…………わぁお。そんなに経ってたか。
 
俺は自分の体を起こそうとして、気付いた。
 
 
 
 
 
 
 
自分の左腕が無いことに。
 
 
 
 
 
 
 
 
「…………あー、そーいや、そんなことしたっけな。」
 
あのとき、俺は自分の腕を切り落とした。何の躊躇も無かった。

あれで皆が助かるなら…………安い、と思った。
 
「…………提督が、君の義手を用意してくれるってさ。」
 
時雨は、下をうつ向きながら呟いた。
 
「ふぅん。あ、他の皆は無事か?」
 
途端―時雨が、俺の胸倉を掴んだ。
 
その目は、完全に怒りの色だった。
 
「…………皆無事だよ。君が一番重傷さ。」
 
そんな状況なのに時雨は、律儀に俺の質問に答えていた。
 
「分かったから離せ。なんで俺はお前に胸倉掴まれなきゃならねぇんだよ。」
 
時雨は、顔色を変えずに聞いてきた。
 
「春雨が……あれから、ずっと泣いてる。君の腕が無いことに泣いてる。自分のせいなんじゃ無いかと……泣いてる。」
 
時雨はそのまま続ける。
 
「木曾は……ずっと、考えてる。あそこでボクは気を失ってたけど、起こったことは全部聞いたさ。それで、君の行動について考えてる。」
 
ボクからも聞かせてくれと、時雨はこちらを見上げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
「君は、なんでレ級に対して立ち向かえたんだい?」
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
「男だからだよ。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
即答だった。
 
「俺は男だからな……後ろに誰とはいえ、女の子が居るんだ。どんな腰ぬけでも、女の子が危なかったら立ち向かうさ。」
 
時雨は目を丸くしていた。そりゃあ、時雨達には理解できない話だろう。
 
……ただまぁ、本音は違う。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
春雨を……守りたかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
これに尽きてしまう。いつぞやの覚悟とは何だったのか。これじゃあ、提督の言う通りじゃないか。
 
その方が、戦えるじゃん。
 
「…………はぁ。もういいや。」
 
時雨は諦めたのか、俺の胸倉から手を離した。
 
「…………あ、そうそう。その内、春雨が来ると思うから、考えときなよ?」
 
時雨はとんでもない爆弾を一つ残して、さっさと部屋から出ていってしまった。
 
残された俺は、ふと、レ級とのキスを思い出してしまった。
 
「…………春雨に見られてねぇよな?」
 
結局、春雨がやって来るまでの数十分間、俺は胃の痛い思いをすることになった。 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。恐らく、後一、二話で第三部完……ではなく、スタートラインに立てます。お楽しみに。
それでは、また次回。 

 

第五十五話

 
前書き
どうも、暇なので書いてたらできてた。現実逃避が酷いぞぉ…………。 

 

 
 
「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカッ!!」
 
俺は春雨にマウントポジションを取られ、何もできない状況で胸倉を掴まれ、ただひたすらバカと言われていた。
 
…………おぉ、なんだろうかこの背徳感。春雨に対して色々やらかしすぎて、どれに対する背徳感か分からねぇ。
 
春雨との勉強の約束破ったり。
 
ボロボロになったり。左腕落としたり。
 
レ級とキスしたり。
 
散々だ。
 
バカと言われても仕方ないかもしれない。
 
「…………よぉ、春雨。勉強に付き合えなくてすまんかったな。」
 
俺はとりあえず、一番謝りたかったことを口に出した。とりあえず、ここからだ。
 
「……ッ!バカッ!そんなこと…………今はいいんですよ!」
 
春雨は、そう言うと、俺の左肩を触った。
 
「あなたの…………左腕っ、がっ…………~っ!!」
 
春雨はそこまで言うと、ボロボロと泣き出してしまった。流した涙は俺の頬に落ちていった。
 
…………俺は幸せ者だなと、頭のどこかで考えていた。
 
泣いてくれる人が居るんだから。
 
「…………仕方ないと言えば、仕方ないさ。提督が義手を用意してくれるらしいし、さ。」
 
兎に角、心配してくれてありがとう。
 
そして、心配かけてごめん。
 
俺はそう呟くと、春雨の頭を撫でた。サラサラした、綺麗な髪の毛だった。
 
「…………こちら、こそ…………守ってくれてっ…………ありがとう、ございます…………。」
 
春雨はそう言うと、寝転んでいる俺に抱きついてきた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「生きて……帰ってきてくれて…………ありがとう…………ございます…………!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あぁ、俺は一生をかけて、この子を幸せにしなきゃと思った。
 
「……ひっぐ…………ぐすっ…………。」
 
俺はそのまま泣いている春雨の背中に右腕を回した。片腕しかないのが、初めてもどかしいと思った。
 
「どうってことないさ。」
 
俺は春雨が泣き止むまで、ずっとその状態でいた。
 
…………幸せと思う反面、覚悟も決まった。
 
絶対、この戦いを終わらせてやる。
 
絶対、春雨に普通の女の子になってもらうんだ。
 
か弱い少女を抱き締めながら、人知れず覚悟を決めた。
 
 
 
 
 
 
 
―医務室の外―
 
 
 
 
 
 
「…………木曾、何してるんだい?」
 
オレが医務室の前で立ち尽くしていると、提督がやって来た。何やら書類を抱えていた。
 
「…………ラブコメの邪魔をしないように待ってるとこ。」
 
あんなにイチャイチャしてる奴等の所に入ってくるのは忍びなさすぎる。
 
「あー、確かに。」
 
提督はそう言うと、オレの隣の壁に寄りかかった。
 
「…………オレは、アイツのことが理解できなかった。」
 
オレは、ぽつりぽつりと話し始めた。
 
「あのとき、なんで立てたのか。なんで艤装が回復してたのか。なんで笑えたのか…………理解できなかった。」
 
千尋だけじゃない。レ級に関しても、何がしたいのか分からない。
 
理解できないことだらけだ。
 
「んー、前二つには即答できるね。『始祖』の息子だからだよ。」
 
…………やっぱり、アイツは人外だった。
 
「明石と話したんだけどね。恐らく千尋の特徴は、『自動修復』だね。ある程度の艤装ダメージだったら勝手に回復できるらしい。」
 
それは…………反則じゃないか?
 
オレは提督の言葉を自分の中で何回も噛み砕いて、理解しようとしていた。
 
「多分、千尋は今回が初めての大破だからね…………それで発動したんだろう。」
 
「…………おう。」
 
百歩譲って、そこは認めよう。
 
「笑ってたのは、多分…………春雨と同じ存在になれたとでも、思ったんじゃないかな?」
 
…………それは、予想外の答えだった。
 
「アイツ、春雨の事を好いてるからね…………味方になれると思ったら、嬉しかったんじゃないかな。」
 
最早、ポカンとするしか無かった。
 
色恋沙汰に全く興味の無かったオレからすれば、どんな感覚なのか分からない。
 
「…………分かんねぇよ。」
 
「そうかい。まぁそれは、いつか分かるかもしれないし、分からないかもしれない。」
 
理解しようとしなくてもいいと提督は言うと、その場から立ち去って行った。
 
「…………んなもん、分かんねぇよ。」
 
オレは再びそう呟くと、その場にうずくまった。
 
どうしようも、できない気がした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―数日後―
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…………義手ってここまで性能上がってたんだな。」
 
俺は左腕に付けられた俺の新しい左腕を動かしていた。
 
明石さんはその様子を見て満足気な顔をしていた。
 
「あったり前よ!私が丹精込めて作ったんだから!」
 
義手となった左腕は、自由に動かせるのだが、感覚は全くない。慣れるのには時間がかかりそうだ。
 
「さてと、それじゃあ執務室に行って来ますね。なんか、俺と春雨と夕立が呼び出されてたんだよ。」
 
俺は明石さんにそう言うと、その場を後にした。
 
 
 
 
 
―執務室―
 
 
 
 
 
 
 
 
「さてと、君たちを呼び出したのは他でもない。本部から辞令が来たんだ。」
 
執務室に三人揃ってはいると、提督は資料を見ながらそう言った。
 
「辞令?」
 
「読み上げると……『辞令 呉鎮守府所属 夕立 春雨 木曾(二号)の三名を、九月二十五日付で佐世保鎮守府所属とする。』…………と言うことだ。」
 
佐世保ってーと…………九州辺りだっけ?よくわかんねぇや。
 
「今回なぁ…………佐世保鎮守府の前提督がアレ過ぎてな。新しい提督を配置することになったんだけど…………そいつが君達を貸してほしいって言ってきたんだ。」
 
…………おいちょっと待て。
 
「まさか、その新しい提督って…………。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「うん、僕の事だよ。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
振り返ると、そこには提督の制服を着ていた拓海が立っていた。
 
「拓海くん!カッコいいっぽい!!」
 
冬華は拓海に飛び付いていた。犬だ。ぽいぬだ。
 
「…………おいおい。お前も退学届け出してきたのかよ。悠人泣くんじゃね?」
 
俺は冬華に飛び付かれて倒れ込んでしまった拓海に笑いかけた。
 
「まぁ、最初っから途中退学の予定だったし、仕方無いよ。悠人には、一発殴られただけで済ませて貰ったよ。」
 
それで済ませる所がアイツらしいやと、俺は笑った。
 
「だいたい、二、三ヶ月位かな?そうしたら帰ってきてもよし。帰らなくてもよし。」
 
提督はそう言いながら笑いかけた。
 
「兎に角、今晩は君達の追い出し会だ。存分に楽しんでくれ。」
 

 
 
 
 
 
 
 
呉との、暫しのお別れだった。
 
 
 
 
 
―キャラ紹介のコーナー―
 
 
 
 
どうも、なんか久しぶりのこのコーナーに戸惑いを隠せないV・Bです。
 
さてと、今回は夕立ちゃんの紹介と行きましょう。
 
 
園崎 冬華(十六)女
 
呉鎮守府第二船隊所属(九月二十日現在)
艦種 夕立
 
身長 一五八センチ
体重 (強制規制)
練度 七十三
 
長所 従順
短所 夜戦バーサーク 拓海盲目
 
好きなもの 拓海くん 拓海くんとのデート 拓海くんの(自主規制) 拓海くんとの(自主規制) 甘いもの
嫌いなもの 拓海くんとのイチャコラを邪魔するもの全て ピーマン
 
趣味 拓海くん(自主規制)で(自主規制) 拓海くん抱き枕作り(十一個目)
最近の悩み 拓海くんがカッコよすぎて世界がヤバイっぽい
 
千尋や悠人との幼馴染みであり、拓海の恋人。中学生の時に夕立の適正が見つかってしまい、艦娘になった。
 
基本的に人懐っこい性格をしており、他人にはよく犬っぽいと言われる。
 
こと夜戦となるとバーサーカーとなり、その状態での近接能力は木曾に匹敵するとまで言われている。
 
拓海の事をこよなく愛しており、二週間に一回位やって来る拓海の事を尻尾を振って待っている。
 
裏設定として、このキャラは某有名アニメのヒロインが元となっている。分かった人はコメントしてみよう(おい)。 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。まさか連日投稿だけでなく、連続投稿までするとは思わなかった。いやぁ、執筆楽しいぜ!これで明日も投稿しようとしてるからな…………何してんだろうか俺。
それでは、また次回。 

 

第五十六話

 
前書き
どうも、押入れの中から三年物の未開封カルピスが発掘されました。どうしてこんなものが入ってたのか、どうして今まで発掘されなかったのか、どうして破裂しなかったのか。色々思いましたが取りあえず、親には内緒で闇に滅しました。 

 

 

―遊戯室―
 
 
 
 
「……………………。」
 
「……………………。」
 
「……。」
 
通夜かよ。
 
俺は明らかにテンションの低い皆を見てそんなことを思った。
 
現在、俺達の追い出し会と言う名目で、遊戯室に集まっていた。ただ、いつぞやの歓迎会のような雰囲気ではなかった。
 
なんと言うか、俺達三人との別れを惜しんでる……訳ではなく、普通にテンションが低い。
 
悲しんでる訳じゃなくて、落ち込んでる?
 
「…………なぁ、春雨。なんで皆こんなにテンション低いんだ?」
 
俺は隣にいた春雨に小声で尋ねてみた。
 
「さぁ…………でも、この人たちがお酒飲む気満々だってことは分かりますけど…………。」
 
テーブルの上に置かれた大量の酒ビンとつまみ。いやまぁ、これで飲み会じゃないって方がおかしいんだけどもさ。それには似合わないような雰囲気だ。
 
何人かはまだ包帯巻いたままだし(俺もだけど)。
 
「えー、それでは、これより夕立、春雨、千尋の追い出し会を開催する。では、三人に一言ずつ貰おう。夕立から。」
 
そんな中、長門さんは俺がここに来たときと同じように開始の挨拶をする。と言うか、これってなんか言うのか。なんにも考えてねぇよ。
 
「…………えー、私は艦娘になってからの四年間、この呉でやってましたっぽい。それで―」
 
冬華は、そんな俺の心境なんかお構いなしにスラスラと語り始める。やべぇ。並び順的に春雨の次か…………考えとかねぇと…………。
 
 
 
 
間。
 
 
 
 
 
「…………えーでは最後に千尋。」
 
「…………ふぇっ?」
 
変な声がでた。見ると、春雨が俺にマイクを渡そうとしていた。考えるあまり全く聞いてなかったのかよ俺。
 
俺はマイクを受けとると、さっきまで考えていたことを脳内でパズルのように組み立てていく。ええい、どうとでもなれ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「俺は…………ここに来て、不安しか無かった。女の子しか居ない中で上手くやってけるのか、戦えるのか、役に立つのか、いろんなことが不安だった。」
 
「でもふたを開けてみれば、そんなことなんてこと無かった。木曾や春雨に助けてもらったり、神通さんにおっかない訓練してもらったり、摩耶さんと勝負したり、不謹慎かもしれないけど、楽しかった。」
 
「そりゃあ、命がけで毎日過ごしてるからそんなことは全体の一割位だけど…………すげぇ、助けられた。だから、最後に一言だけ、皆に言いたい。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ありがとう。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―数時間後―
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「よぉ、千尋。こんなところでなにしてんだ?」
 
俺が屋上でボーッとして落下防止の柵に肘を置いていると、聞き慣れた声が聴こえてきた。
 
「…………木曾こそ、何しに来たんだ?ちなみに俺は酔っ払いに絡まれたくなくてやって来た。」
 
俺の挨拶のあと、長門さんの乾杯の音頭で一斉に飲み始めた。そのあとは、お察しの通りだ。
 
ただ…………皆、俺達にここでの思い出を残そうとしている感じだった。実際、楽しかった。
 
「オレか?何となくだよ。」
 
木曾は俺のとなりにやって来て、柵にもたれ掛かる。
 
「…………ありがとな。色々と構ってくれて。」
 
俺は木曾にこれまでの感謝を口にした。やっぱり、こいつには本当に世話になった。
 
それを帳消しにしてもいいくらい、こいつには医務室送りにされたけどな!
 
「どうってことないさ。それより、こっちこそ礼を言いたいね。」
 
珍しく、木曾の声のトーンが少し低い。
 
木曾はこちらに体を向けると――頭を下げた。
 

 
 
 
 
 
 
「オレ達を守ってくれて…………ありがとう。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…………仲間を守るのは、当たり前のことだろ?」
 
俺は敢えて木曾の方を見なかった。木曾はそのまま続けた。
 
「オレはあの時、何もできなかった。日本海軍最強の軽巡洋艦とか言われてるのに…………情けねぇことに、立ち上がることすら出来なかった。」
 
それでも、と、木曾は続ける。
 
「お前は立ち上がって、オレ達を助けてくれた。本当に…………ありがとう。」
 
…………俺はそれでも前を見たまま、呟いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「俺は男だからさ…………女の子を守るのは当然だろ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
うわぁ、柄にもねぇこと言ったなぁおい。
 
物凄く恥ずかしいんですけどこれ。なんで自分で罰ゲームしてんだよ。
 
「…………なら、春雨を絶対に守りきって、学校に行かせねぇとな?」
 
「…………あぁ。」
 
俺と木曾はそのまま、暫くその場に立っていた。
 
…………部屋に帰ったら、荷物の整理しねぇとな。
 

 
 
 
 
 
 
 
―執務室―
 
 
 
 
 
 
「大輝さんなら、どうしますか?」
 
拓海君は僕に神妙な面持ちで尋ねてきた。僕は目の前に置かれている資料に目を遠しながら考えていた。
 
資料には、これから拓海君が着任する鎮守府――佐世保鎮守府の情報が書かれていた。
 
「前任の提督がブラックだったとはいえ…………これはひどすぎるなぁ。」
 
僕は資料を机の上に投げると、思いっきり椅子にもたれ掛かった。
 
「…………もしかして、今回春雨と千尋を選んだのは…………そーゆーことかい?」
 
僕は目の前のまだまだ成人すらしてない少年に質問してみた。僕が提督になったのは十八の時。最年少提督記録の更新だ。
 
「はい。正直、まずは佐世保の艦娘の皆に、男は害のない生物だって分からせないといけないし、それには春雨ラヴな千尋は適任ですよ。国の力で悠人とも思いましたけど、節操なしですからね…………ある意味、千尋がいて助かりましたよ。」
 
…………鬼だ。
 
「ま、取りあえずは全員の恐怖心を取り除かないとね…………苦しいかも知れないけど、頑張ってくれ。」
 
僕は拓海君にそう言うと、ふと窓の外を見た。
 
その日の月は、上弦の半月だった。
 
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。次回より佐世保鎮守府編、華麗(笑)に優雅(爆)にスタートです。あ、今回はキャラ紹介のコーナーはお休みです。

それでは、また次回。

 

 

番外編~『最強』の悩み~

 
前書き
どうも、胃腸炎でボロクソです。それはさておき、これから暫くは番外編と題しまして、最強の艦娘、木曾のお話です。 

 

 
オレは久しぶりに、一人でいつもの朝練を始めていた。
 
最近は朝も涼しくなってきて、ランニングしやすくなってきた。その内、寒くて仕方なくなってくるんだろうが。
 
オレはいつもより少し遅めのペースで走り始める。まだ少し、レ級にやられた傷が痛い。
 
…………レ級との戦いから、十日が経った。
 
あの時の光景は、瞼の裏側に焼き付いてしまったらしく、何人かはトラウマになってしまっている。羽黒さんなんかは、あれから一度も海の上に立てていない。
 
…………自分で言うのもアレだが、オレがあそこまでボロボロになるとは思わなかった。
 
『魔神木曾』
 
『最強の軽巡洋艦にして最強の艦娘』
 
なんて呼ばれてるオレが、だ。
 
そんなオレが…………何もできなかった。
 
精々、レ級に一発蹴りを入れたぐらいだ。
 
…………夢に見るね。
 
深海棲艦に、あんな化け物じみたのが居るなんて思わなかった。今で戦ってきた中で一番強くても、三人の犠牲が出た位だったのに。
 
全員が生きて帰ってきたのが…………奇跡だ。
 
「そーいや、アイツらは今ごろ佐世保でなにしてんのかなぁ…………。」
 
誰に言うでもなく、朝日が昇ってきている海を見ながらそう呟いた。
 
アイツというのは他でもない。千尋のことだ。
 
世界初の男で艦娘になった奴。まぁ、親父さんが七宮提督でお袋さんが『始祖』の木曾なら、分からなくもないが。
 
アイツのおかげで、オレ達は全員生きて帰ってこれた。
 
でも、納得行かないと言うか、ずっとモヤモヤしたままだ。
 
アイツには、何らかの意思を感じた気がした。今までは『自動修復』なんて見たこと無かったのに、急に出てきた。あの一瞬で、アイツに何か変化があったのだろう。
 
「一体、何を思ったんだよ…………?」
 
いつのまにか、いつものペースで走っていた。
 
 
 
―大会議室―
 

 
 
「―以上、何か質問は?」
 
「提督ー、夜戦はー?」
 
「お前にやらせる夜戦は無ぇ。」
 
いつも通りのやり取りを聞き流しながら、窓の外をボーっと見ていた。
 
今日は一日出撃は無し、と言うか、今日は一日中非番だ。
 
いつもならトレーニング室に一直線だったが、今日はそんな気分じゃない。何をするか考えとかないとな。
 
「それでは、解散。」
 
提督はそう言うと、いつも通り大淀さんを連れて部屋から出ていった。
 
提督はあの日から、少しだけ雰囲気が変わった。と言うか、悩んでるような印象を受けた。
 
まぁ、あれだけ完敗したら、誰でもそうなるか。
 
「…………オレは、まだ強くならなきゃいけねぇのか?」
 
オレは、強くならなきゃとずっと思い続けてきた。
 
親友を亡くしたあの日から。
 
その結果が、『最強』の称号だ。
 
でも、それでもまだ届かない。
 
あの悪魔は、倒せなかった。
 
皆を、守れなかった。
 
あれだけツラい思いをして、友人と言えるような奴も少なくなって、むしろ嫌われるようにもなって。
 
他の艦娘がやってるような趣味とかを全くせずに、ほぼ全ての時間を『強くなること』に掛けてきて。
 
色んな代償を払ってきたのに…………まだ、ダメなのか?
 
…………もう、払うような代償もねぇよ。
 
オレは椅子にもたれ掛かったまま、溜め息をついた。
 
そんな雰囲気のオレに―いや、そもそもオレに話しかけてくるやつなんて、数人位しかいなかった。
 
「よぉ、木曾。今日は一日非番だってな。」
 
「まぁ、まだ傷も癒えてないだろうからね。ゆっくり休んだらいいよ。」
 
「おう、それもそうだぜ?」
 
天龍、時雨、それに摩耶さんだ。
 
ちょっと前までは、ここに千尋と夕立と春雨が居たんだが…………アイツらは佐世保鎮守府に異動だ。少し、寂しくなった。
 
「あぁ、そうさせて貰うさ。」
 
オレはそのまま席を立ち、部屋から出ようとした。
 
何となく、アイツらとも話しにくくなっていた。折角声を掛けてもらってるのに、失礼な話だと軽く笑った。
 
部屋を出る前ににチラリと見たアイツらは、オレを心配してるような顔をしていた。
 
チクリと、何かが刺さった気がした。
 

 
 

 
―屋上―
 
 
 
 
 
オレは何となく、屋上に向かっていた。あそこにはバスケのゴールがあるから、暇潰しにはなると思ったからだ。
 
…………そういえば、あそこで千尋に一本取られたんだっけな。
 

 
『だからどうした。』
 
 
 
『例えば春雨。お前はあれが人間に見えないのか?俺には少し内気な女子高生位にしか見えねぇな。』
 
 
 
『それに、鳳翔さんから聞いたけど、俺のお袋も『始祖』らしいしな。俺も半分は人間じゃねぇ。人のことなんて言えねぇし、言う気もねぇ。』
 
 
 
 
懐かしい話だ。精々半月前位の話なのにな。
 
オレはそんなことを思い出しながら、屋上への階段を昇っていた。すると、屋上からダムダムという音が聞こえてきた。どうやら、先客が居るらしい。
 
オレが屋上への入り口を開けるとそこには、運動しやすそうな格好をしていた皐月がいた。
 
「あれっ。木曾じゃない!どうしたのさこんな時間に!」
 
皐月はオレがやって来たのを見つけるなり、ボール片手にこっちに走ってきた。可愛い奴だ。
 
「あー、今日は非番でな。暇潰しに来てみたんだ。」
 
「へぇー。じゃあさ!久しぶりにボクと一緒にバスケしよ!」
 
…………皐月の眩しい笑顔の前には、誰も逆らうことはできないと思う。無論、今のオレでも、だ。
 
「あぁ。この格好でもいいか?」
 
「全然OKだよ!」
 
オレは本当に久しぶりにバスケットボールを手にした。この表面のぶつぶつとした感触は嫌いじゃない。
 
「そういえば、体の方は大丈夫?」
 
「あぁ。むしろ精神的に来てるところだ。」
 
オレは皐月の質問を軽く流しながらドリブルを始めた。あれ、バスケットボールってこんなに重かったっけ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ふぅん。でもさ!木曾なら絶対次はあのレ級に勝てるよ!」
 

 
 
 
 
 
 
 
 
チクリ。
 
「っ…………どうして、そう思うんだよ?」
 
オレはゴールの方に体を向けて、皐月から顔をそらした。
 
「だって、
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あんなに頑張ってる木曾が、負けるはずないもん!絶対大丈夫だよ!ボクが保証するよ!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
皐月は、嫌というほどの眩しい笑顔を浮かべた。
 
―ちげぇんだよ。
 
だったら、こないだは勝てたはずだろ?でも、実際はそうじゃなかった。
 
届かなかったんだよ。
 
オレはボールを両手で持つと、ゴールに向かって投げてみた。
 
ゴールにすら、届かなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
オレは、どうすればいいんだよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…………木曾?」
 
皐月の心配そうな声が、やたら遠くに聞こえた。
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。いやぁ、自分で書いといてアレですけど、めんどくさい性格してますね。この木曾とかいう娘。それがいいと言われたら、反論する気は皆無ですけど。

それでは、また次回。 

 

番外編~『最強』の孤独~

 
前書き
どうも、最近、投稿を始めた頃のような執筆ペースになってますが、私は元気です。いや、まだお腹いたいです。 

 

 
「はぁ…………情けねぇ。」
 
結局皐月が『体調悪いの?早く休んだ方がいいよ!』と言うので、オレはあの場からさっさと退場させてもらった。あれ以上はオレもキツかったし、ちょうど良かった。
 
…………あー、ダメだ。マジでイライラしてきた。
 
仕方ねぇ。なんか憂さ晴らしするかな…………。
 
オレは少し立ち止まって考え、目的地を決めた。
 
 
 
 
―トレーニング室―
 

 
 
「…………で、なんでオレはここに来てるんだ。」
 
いや本当はオレ、食堂でヤケ食いしようと思ってたんだけど…………習慣って怖いなおい。
 
むしろ今まで気付かなかったオレにビックリだ。
 
あー、今日はそんな気分じゃないっての。さっさと別のとこいこーっと。
 
「…………ん?」
 
オレがその場から離れようとすると、トレーニング室の中から声が聞こえてきた。
 
「さてと、それじゃあ次は白兵戦の訓練とするか。」
 
「「「「おーっ!」」」なのです!」
 
そこには、暁型駆逐艦の四人に、そいつらに囲まれて満更でもなさそうな長門さんの姿があった。はいそこ。ナガモン言わない。
 
「さてと、本来なら見本を見せれたら一番なのだが…………相手が居ない。木曾辺りでも居れば良いんだが…………。」
 
…………まぁ、いつも世話になってるし、恩を返す意味も込めて助け船を出すかな。
 
「木曾なら、ここに居るぜぇ?」
 
オレはトレーニング室の扉を開けながらそう言った。
 
「ん、木曾。ちょうど良いところに来たな。少し手合わせしていいか?」
 
長門さんは、さぞ当たり前と行った感じてオレに頼んできた。まぁ、これまでの生活から考えると、オレがここに来てもおかしくは無いけどさ。
 
「あぁ。でもよ、白兵戦の訓練だろ?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
本気で行ってもいいか?どうせケガなんてすぐに直るんだしよぉ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

待て、なんでオレは長門さんに勝負を挑んでるんだよ。
 
「…………悪くはないが…………遠慮しておこう。直るといっても、そのあと暫く動けないのは厳しいからな。」
 
長門さんはなかなか大人の対応をしてくれた。良かったぜ。これで―。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「んだよ、ビッグセブンともあろう奴が、たかが軽巡洋艦の挑戦すら受けねぇのかぁ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
待て、何やってんだよオレ。こんなことして、何の得になるんだよ。
 
憂さ晴らしって、そーゆーことじゃねぇよ。
 
「…………ほほう?そう言えば、木曾と真剣に戦ったことは無かったな。いい機会だ。やろうじゃないか。お前たち、外に出ておけ。巻き込みたくは無いからな。」
 
長門さんはそう言うと、ニヤリと笑った。
 
…………ちくしょう。さっきから頭ン中と行動が一致してねぇ。
 
オレは、これをしたいってのかよ…………仕方ねぇとは言いたくねぇけど、やるしかねぇ…………か。
 
それに…………どうやらオレも笑っているようだ。
 
どうしようもねぇ奴だ。
 
「さてと…………無意味かも知れないが、一応ルール確認だ。戦場はこのトレーニング室の中のみ。相手を殺したら負け。それ以外は自由…………いいな?」
 
「いいぜ。」
 
オレはそこに落ちてた空のペットボトルを拾い上げる。
 
「落ちた瞬間に開戦だ。それまでは動かないこと。いいな?」
 
「あぁ。」
 
オレは長門さんからの返事を聞くと、ペットボトルを上に投げた。
 
その瞬間、オレと長門さんは同時に動き出した。お互いに真っ直ぐに。
 
「なっ!?」
 
誰かの驚く声が聞こえたが、どこに驚く要素がある?
 
 
 
 
 
 
 
 
今のはルールでも何でもないし、破っても負けじゃねぇぞ?
 
 
 
 
 
 
 
 

 
オレと長門さんはお互いに拳が届くというところまで近づくと―挨拶がありと言わんばかりに右のハイキックを相手の顔面に向けて放った。
 
当然、このままだとお互いの右足は空中で激突する。単純なパワーに負けるオレは、その蹴りのパワーに吹き飛ばされるだろう。
 
そんなこと、折り込み済みだ。
 
オレは繰り出した蹴りの軌道を途中で曲げ、ミドルキックへと変化される。
 
ゴッ!ドンッ!
 
二つの激突するような音が響いた。長門さんの蹴りはオレの左腕に。オレの蹴りは長門さんの左腕にそれぞれガードされていた。しかし、流石は戦艦。ガードした手が痛てぇ。
 
オレはすかさず、自分が放てる最速のジャブを長門さんに当てる。
 
最速な分威力は弱めだが、これを躱せる奴は居ない。ここからコンビで右ストレートと左ハイキックを…………。
 
「くっ、甘い!」
 
長門さんはそう言いながら、オレの左腕を捕まえてきた。やべ、これが狙いか!
 
さっきも言った通り、長門さんのパワーは凄い。
 
それこそ、握るだけで腕の骨を潰せる位に。
 
…………しゃーねぇー。
 
腕一本くれてやる。
 
長門さんは案の定、オレの左腕を容赦なく握り締めてきた。骨の軋む音が聞こえてくるようだ。
 
「くっ!」
 
オレは痛みに顔を歪ませながら、長門さんの腹に手のひらを当てる。
 
グシャ!ズンッ!
 
長門さんがオレの左腕を潰すのと、オレが長門さんに発勁を放ったのはほぼ同時だった。
 
「があぁっ!」
 
「ぐうっ!」
 
オレは痛みを殺したながら、長門さんは血を吐きながら声を出した。
 
この発勁は、とある人から教えてもらったオレの必殺技だ。
 
威力は折り紙つき、戦艦ル級を沈めれる位だ。
 
お互いに生身で良かった。艤装着けてたら文句なしで死んでる。でも、臓物の幾つかは潰れたはずだ。
 
長門さんは、オレの左腕を握ったまま後ろへ吹き飛んだ。
 
この隙は逃さない。オレは長門さんの腹に膝を当てる。
 
臓物に追い打ちをかけよう。叩くなら折れるまでって、どこぞの漫画の大王様も言ってたし。
 
すると、長門さんはニヤリと笑った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「お前だけじゃないぞ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
着地寸前、長門さんはオレの腹に右の手のひらを当ててきた。
 
躱そうとしたが、時すでに遅し。
 
オレと長門さんは長門さんを下にして地面に落ちた。オレの膝は長門さんの腹に容赦なくのし掛かった。何かを潰した感触が伝わってきた。
 
なかなか気持ちのよくない感覚だが、それをじっくり味わってる暇は無かった。
 
視界が揺れた。
 
腹の一部分…………長門さんの手のひらが当てられてる部分だけに、とんでもない衝撃が走った。トラックにでも轢かれたかのような衝撃だった。さっきの長門さんのように吹き飛ばされるオレ。
 
ただ、どうやらまだ覚えたてのようだ。相手にバレるようじゃまだまだだ。
 
それでも、やはり戦艦。胃と小腸を持ってかれた―だけで済めば良かった。
 
当然、長門さんはオレの左腕を掴んだままだ。だからオレは一緒に飛んだんだ。
 
だが、長門さんは寝転んだ状態だから、飛ぶことなんてできない。しかし、オレは後ろに飛んでいる。
 
…………恐らく、長門さんはこの左腕を引っ張ってくるだろう。そしたら、良くて左肩脱臼。悪けりゃ千切れかねない。
 
それを防ぐには…………。
 
「っ!」
 
オレは歯を食い縛ると、潰れた左手で長門さんの腕を掴んだ。そして、長門さんが引っ張ると同時にオレも長門さんの腕を引っ張る。
 
ゴキッ!
 
左肩から嫌な音がしたが、この際気にしない。
 
その勢いのままオレは長門さんの両目に向かってピースサインを作ると、そのまま落下していった。
 
「…………フッ。」
 
すると、長門さんもオレと同じようにピースサインを作った。
 
『目を削げるなら、それが一番手っ取り早く相手を無力化することができる。』
 
こう言ったのは、提督だったかな?
 
そんなことを思いながら、長門さんの目に指を立てようとしていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
パァンパァン!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
銃声。
 
その音が聞こえるとほぼ同時に、オレの脇腹に焼き印が押し付けられたかのような感覚。
 
どうやら、誰かに撃たれたらしい。オレだけじゃない。どうやら長門さんも同じように撃たれたらしい。腕を落とす長門さん。
 
すぐに直るとはいえ、痛いものはいたい。オレは相手の目に指を入れることなく、長門さんの上に着地した。
 
そこで、意識が闇に落ちた
 
 
 
 
―二十分後 ドック―
 
 
 
 
「さてと…………あなたたち、何か言うことは?」
 
オレと長門さんは、ドックに入渠しながら大淀さんに説教を食らっていた。
 
どうやら、あまりにも怯えた暁型の奴等が、大淀さんを呼んできたらしい。んで、大淀さんは俺たちに向かって発砲と…………。
 
オレ達が艦娘だからこそ使える荒業だ。
 
「「すいませんでした…………。」」
 
オレと長門さんは二人して頭を下げた。流石に頭は冷えた。
 
「本来なら謹慎処分ですけど…………提督には伏せておきますから。さっさとケガを直して下さいね。」
 
ため息をつきながら大淀さんは言った。まぁ、オレは残り数分ぐらいだけどさ。流石は艦娘。深海棲艦以外の傷はすぐに直る。
 
「それでは。私は仕事に戻りますから。」
 
大淀さんはそう言うと、すたすたと行ってしまった。
 
残されたオレと長門さん。
 
先に口を開いたのは、長門さんだった。
 
「…………すまなかったな。」
 
「…………こちらこそ。」
 
先を越されて若干悔しい。先にケンカ吹っ掛けたのはオレなのに…………。
 
「それと、さっきの戦闘について質問だが。」
 
長門さんはそう言うと、オレの方に顔を向けてきた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「どうして、本気を出さなかった?いや、出せなかったのか?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
チクリ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「本気のお前なら、開幕の蹴りで軌道なんか変えずに、私の足もろともへし折ってた筈だ。」
 
………………。
 
「それに、あの速いジャブ。お前はいつも、『一撃で倒せるならそれが一番だ。』とか言ってるのに、出した手はコンビを狙った一撃。らしくなさすぎる。」
 
…………………………。
 
「もっと言えばあの発勁。お前は前にル級flagshipに使ったときは、顔面だった。明らかに外してきてる。」
 
何故だ?と、長門さんはオレを見てきた。
 
…………………………手加減もするだろ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
暁型の奴等に、あの長門が軽巡洋艦なんかにボロ負けするなんて、見せられるわけねぇだろ?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
オレと長門さんには、それぐらいの差がある。
 
長門さんが弱いと言うわけではない。むしろ、撃沈数ではオレの次だ。
 
でも、そこには大きな差がある。
 
見せられるわけ無いだろうが。
 
でも、そんなこと言えるはずもなく。
 
「…………レ級ン時の傷が残っててな。本調子じゃねぇんだ。」
 
オレはそう言うと、風呂から出た。さっきの傷は、すでに直っていた。
 
「………………お前が何を悩んでるか知らないが――。」
 
長門さんはオレの去り際の背中に向かって声を投げ掛けてきた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「悩みなら、幾らでも聞くぞ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ありがたい話だが、あんたにゃ話せないね。
 
失礼な話かもしれないが、オレより『弱い』奴に、『もっと強かくなれるのか』なんて聞いたところで、正しい答えなんて出てこない。
 
大抵は、自分の経験したことしか他人には教えれない。
 
『最強』がどれだけ強くなれるかなんて、誰にも分からない。
 
相談したとしても、それはただの嫌味だ。
 
誰にも相談できない悩みを抱えているのに、自力で解決策を見つけ出せない。
 
全く――。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あぁ、そうさせて貰うさ。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『最強』というのは、皮肉なもんだ。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。補足ですが、作中で『直す』という単語を使っていますが、あれはわざとです。彼女たちは意図して、『治す』ではなく、『直す』を使っています。

それでは、また次回。 

 

番外編~『最強』の気付き~

 
前書き
どうも、胃腸炎は治ったが、風邪を引いてしまいました。ぐすん。 

 

 
オレは廊下を歩いていた。
 
最早、誰かと話そうかという気すら起こらなかった。
 
今のオレは、危なすぎると自覚していた。例えるなら、自我を持った核爆弾。威力的にもあながち間違いじゃないと笑った。
 
…………なんでこんなことになってるのか。
 
んなもん、あの化け物――戦艦レ級改flagshipのせいだ。アイツがオレをボロボロにしたから、いまこんなことになってんだ。
 
「必殺の責任転嫁ってか?」
 
一人で笑った。最早笑うしかなかった。あまりにも情けなさすぎる。
 
オレが弱かったから、あんなにボロ負けしたのにな。
 
だから、強くなりたい。まだまだ強くなりたい。もっと強くなりたい。
 
…………でも。そこで最初の疑問に戻る。
 
まだ、強くなれるのか?どうやったら、強くなれるんだ?今のままでも、強くなれるのか?
 
いつまで考えても、答えは出なかった。
 
「あれ?木曾じゃないですか。」
 
すると、不意に後ろから声をかけられた。
 
「…………よぉ、プリケツ。」
 
「プリンツですっ!わざとですよね!?」
 
最早、この鎮守府でテンプレになっているやり取りをしながら振り返る。反応が面白いから、ついやってしまう。
 
「いやぁ、悪い悪い。ところで、こんなところでどうしたんだ?」
 
「えっと、提督に少し持ってくものがありまして。」
 
というプリンツの手には、日本語ではない文字で書かれた段ボール箱があった。
 
『Bier』と書かれていた。
 
「びえる?」
 
なんのことやらさっぱりだ。
 
「ええっと、ドイツからのお土産です。」
 
プリンツは誤魔化すようにそう言った。
 
――プリンツ・オイゲン。
 
基本的に大日本帝国海軍の軍艦が元の艦娘が大半を占める中での、ドイツ艦として生まれた艦娘。
 
当然、『始祖』だ。
 
半年前に、春雨と一緒に生まれてきたところをオレ達が保護した。その後、プリンツは研究やら訓練やらのためにドイツに行っていたが、この前帰ってきたところだ。
 
「そう言えば、春雨が手紙であなたのことをよく言ってましたんですよ。」
 
春雨が?と、プリンツに聞き返した。そう言えば、春雨って千尋と図書館でドイツ語の勉強してたな…………目的はそれか。
 
「えぇ。『凄い人が居る!』とか、『思ったより優しい』とか、『魔神は怖い』とか。」
 
佐々木かな?昔、オレの親父が怖かったって言ってたな。とっくに死んでるけどな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「でも、なんと言うか…………『辛そう』とも言ってましたね。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
チクリ。
 
「…………どこがだよ。」
 
オレは軽く笑いながら聞き返した。
 
「えっと、そのとき春雨は、『木曾さんが、強くなるために訓練してて怖い』みたいなこと言ってまして、『目的がずれてそう』とか『楽しくなさそう』って。」
 
……………………。
 
「…………あのー、木曾?なんで笑ってるの…………?」
 
と、オレの顔を覗き込むように見ながらプリンツが言った。そうか、オレは笑ってるのか。
 
人は怒りが頂点をはるかに過ぎると、笑ってしまうらしい。
 
そんなことを書いた春雨にも、伝えてきたプリンツにも。
 
ただ、人が怒るときは、図星を突かれたときだ。
 
春雨の言ってることは正しい。オレは最近、強くなることしか考えて無かった。
 
本来の目的を忘れていた。
 
そこに関しては、こいつらには礼を言わなきゃいけないのかもしれない、と思った。
 
「そうか…………ま、提督によろしくな。」
 
オレはそう言いながらプリンツの肩をポンッと叩くと、スタスタと歩き始めた。
 
――でも、と思う。
 
どのみち、目的を達成するには強くなるしかない。それは変わらない。
 
そして、強くなる方法が見付かってないことも、変わってない。
 
なにも、解決はしていない。
 
…………どうするか。
 
オレは少し考えようとしたが、腹が空いてきたことに気付いた。もうすぐ昼なのだろう。
 
オレは先程のリベンジと言わんばかりに、食堂に足を向けた。
 
 

―食堂―
 
 
 
「えっと、さばの味噌煮定食を頼む。」
 
オレは少し顔色が良くなってきている羽黒さんにそう言った。どうやら、明石さんのカウンセリングが少しずつ効いてきているらしい。
 
良かったと心の中で思っていると、早くもさばの味噌煮定食がやって来た。
 
オレは羽黒さんからトレーを受け取ると、どこに座ろうかと辺りを見渡した。
 
「あ!木曾さん木曾さん!一緒に食べましょうよ!」
 
すると、聞くだけで若干イラッとくる声が聞こえてきた。
 
声のした方を向くと、そこにはカメラを脇に置いた青葉が居た。
 
…………正直、目茶苦茶座りたくないが、座らなかったらあることないこと記事にされてしまいそうだ。まぁ、そうなっなら最悪ぶっ潰すけどな。
 
オレはため息をつくと、青葉の対面の席に腰を下ろした。
 
「いやー、長門さんとの一戦は激しい戦いでしたねー!」
 
オレは机の上に置いてあった七味の入れ物を青葉に投げ付けた。見事に顔面で受け止める青葉。
 
「…………どうして知ってる。」
 
オレはせっかく頭の隅の方に追いやってたものを無理矢理思い出してしまったことに怒りながら問いただした。
 
青葉は、床に落ちた七味の入れ物を拾いながら答えた。
 
「えっと、怖いって泣きついてきた暁さんから。」
 
おいこら一人前のれでー。
 
オレは怒りに拳を震わせながらそう思った。くそう、だからこいつの対面に座りたく無かったんだ。
 
「そう言えば、今日は横須賀鎮守府と演習らしいですよ。」
 
ほらと青葉が指差した先のテレビには、その演習の様子が映し出されていた。
 
「へぇ、珍しいこともあったもんだな。」
 
あそこの提督は、あんまりうちの提督を好きじゃ無かった筈だ。
 
「ほんとですよね。」
 
と、二人でその画面に再び目を向けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そこには、眼帯をしてマントを羽織っている横須賀鎮守府の艦娘が映っていた。
 
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。恐らく、後二回で番外編に区切りが付きそうです。頑張るかぁ。

それでは、また次回。 

 

番外編~『最強』の遭遇~

 
前書き
どうも、プロ野球、開幕。頑張れ横浜。 

 

 
オレは工廠に向かって走り始めていた。間宮さんたちに悪いからさばの味噌煮定食を丸飲みする勢いで口のなかに押し込んでからだが。
 
「木曾さん!?演習に混ざったらダメですからね!!」
 
大丈夫だ青葉。流石にそんなことはしねぇさ。
 
「ちょおっと、話を聞くだけさ。」
 
ニヤリと笑いながら言い返した。青葉曰く、そのときのオレは画面を見ながらこめかみに青筋を立てながら笑ってたらしい。
 
 
 
 
 
あのときの木曾さんは『魔神』より怖かったです。by青葉
 

 
 
 
走りながら、あのときの映像を頭のなかで再生していた。
 
基本的に演習では指定されている服を着ることになっている。千尋は眼帯してないけど、基本的に『木曾』は左目に眼帯に、球磨型の制服だ。
 
つまり、あれは『横須賀の木曾』だと思う。
 
『思う』ってのは、『木曾』はマントなんか着けないからだ。
 
つまり、あれは木曾だけど木曾じゃない。
 
…………時と場合によっては、提督をぶん殴ってやろうかなとか考えていた。
 

 
 
―工廠―
 
 
 
 
「明石さん!アイツはなんだ!!」
 
オレは工廠の扉をくぐるなり、明石さんの名前を呼んだ。
 
「おおー、良いとこに来てくれたー。」
 
明石さんのかすれた声が聞こえてきた。
 
「あ?どこだ?」
 
オレは辺りを見渡して明石さんを探した。というか、なぜかいつもより散らかってる気がするんだが…………って。
 
「ここだよー。引っこ抜いてくれー…………。」
 
そこには、様々なガラクタのようなものに上半身が埋もれてしまっている明石さんが居た。流石工作艦といっても艦娘は艦娘。人間なら死んでるよ。
 
「いやー、艤装を引っ張り出そうとしたらガラクタが落ちてきちゃってー。」
 
あ、ガラクタで合ってた。
 
オレはため息をつくと、明石さんの両足を掴んだ。
 
「ふぅん、白か。悪かねぇな。」
 
「…………それで助けてくれるなら…………。」
 
意味が分からなかった。ちゃんと助けるわ。
 
オレはそのまま両足を引っ張った。
 
ズポッと明石さんをガラクタの中から引っ張り出すことができた。
 
「ったく、気ぃつけろよな?何引っ張り出してたか知らないけどさ。」
 
オレがそう言うと明石さんは苦笑いしていた。
 
「えっと、まぁね。四年ぶりに出す物だから…………ね。」
 
明石さんはそう言うと、ガラクタの山に登っていった。そのままガラクタが置かれていたであろう棚の奥をゴソゴソと何かを探し始めた。
 
と言うか、四年ぶりに出す物ってなんだよ…………。
 
「よっこいしょっと!」
 
明石さんは掛け声と共に棚から木箱を引っ張り出してきた。かなり大きくて、重そうだ。
 
「どっせーい!」
 
明石さんはそう言うと、木箱をこっちに向けて投げてきた。
 
オレはその木箱を両手でキャッチした。いやホントデカイな。一メートル四方くらいだ。
 
オレはそれを床にそっと置いた。
 
「ナイスキャッチ!」
 
明石さんは棚からピョンっと跳び、木箱の横に着地した。
 
「一体何が入ってるんだよ?」
 
ここで明石さんがこれを投げてきたことに対して何も言わないオレもオレなのだろう。
 
「んー?大淀さんの艤装。」
 

 
 
 
 
 
間。
 
 
 
 
 
 
 
 
「は?」
 
確かに大淀さんは五年前までバリバリで戦ってたけど、今は提督の補佐に回るからって出撃しなくなってたのに、なんでまた。
 
「…………要するに、あの人の力が必要になるかもしれないってことよ。」
 
…………まぁ、それしかないよな。
 
「あー、だから提督のテンション低かったのか…………。」
 
あんまり大淀さんを戦わせるのよく思ってなさそうだったからな…………。
 
いや、オレとしてはあの大淀さんが戦線に戻ってくれるってだけでありがたいんだけどさ。
 
…………あ、本題忘れてた。
 
「そうだ明石さん!横須賀のあの球磨型の眼帯マント野郎!アイツなんだか分かるか!?」
 
オレは本来の目的を明石さんに聞いた。
 
「んー?あぁ、横須賀の木曾のこと?さっき整備させて貰ったけど、いい艤装だったねー。」
 
どうやら明石さんも興味津々だったらしい。
 
「やっぱり木曾なのか…………でも、なんかオレや千尋と違うよな?」
 
オレが尋ねると、明石さんは首を縦に振った。
 
「多分だけど…………ありゃあ『改二』だね。」
 
『改二』。
 
一定以上の練度に達した艦娘がすることができる更なる改造。一度改二になればその戦闘力は倍近くになるらしい。
 
うちの鎮守府じゃ大井に北上、時雨とあと夕立が改二になってた。
 
…………つまり。
 
「『木曾』には改二が実装されてたってことか…………。」
 
完全に額に青筋を立ててる実感があった。
 
「提督に一発ぶちかましてくるか…………。」
 
つまりだ、横須賀の木曾が改二になってたってことは、オレなんか余裕でできる筈だ。
 
その辺の理由も聞かなきゃならんよなぁ…………。
 
「まぁまぁ。もうすぐ演習終わるし、『横須賀の木曾』に話を聞いてみたら?」
 
…………ほう。それもアリだな。
 

 
 
―数分後―
 
 
 
 
「いやー、流石呉は強いなー。」
 
「でもさ!前よりは戦えるようになってるから、前進してるよ!」
 
「おう!今回はなかなか苦しめられたぜ!」
 
ん、どうやら終わったらしい。
 
「お疲れ様ー!艤装外すから後ろ向いてねー!」
 
明石さんは皆にそう言いながら工具箱を取り出していた。
 
「よ、お疲れさん。」
 
オレはその後ろから皆に声を掛けた。
 
会話が止んだ。
 
「…………もしかして、『魔神木曾』?」
 
「あの『魔神木曾』…………?」
 
「『魔神』だ…………!」
 
「『魔神木曾』だ!!」
 
…………おぉう?意外な反応。
 
「そりゃあ、あの『魔神木曾』を目の前にしたらこの反応は当たり前でしょ…………。」
 
…………明石さんが何やら言ったけどスルーさせてもらおう。
 
「あのっ!」
 
すると、一人の艦娘が声を上げた。
 
そいつは、右目に眼帯をしてマントを羽織り、球磨型の制服を着た軽巡洋艦…………木曾が、なにやらモジモジしながら話し掛けてきた。
 
 
 
 
 
 
 
「あの…………もしお時間があれば、お話しさせてもらっても宜しいでしょうか?」
 
 
 
 
 
 
横須賀の木曾は、物凄くいい娘だった。
 
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。さて、予想より話が長引いており、番外編はもう少しだけ続きます。てへ。

それでは、また次回。 

 

番外編~『最強』の覚悟~

 
前書き
どうも、エイプリルフールの存在を完全に忘れてました。一瞬、単語の意味すら出てこないレベルで。 

 

 
 
―食堂―
 

 
「いやー、一度話してみたいとずっと思ってたんですよ!」
 
と、横須賀の木曾…………めんどくさいから、三号としとこう。三号はオレが奢ったオレンジジュースを片手に実に嬉しそうに話していた。
 
どうやら、こいつらはもうしばらくここで休んでから帰るらしい。
 
……なんというか、今までオレが見てきた『木曾』とはだいぶかけ離れた性格をしているなと思った。
 
「そりゃどうも。オレも聞きたいことがあるしな。」
 
オレは改めて目の前の三号をまじまじと見た。
 
…………なんというか、でかい。
 
何がとは言わないけれども。
 
…………じゃなくて。
 
「お前…………『改二』なんだろ?」
 
オレはさっそく話の本題に入った。
 
「はいっ!つい一ヶ月前になったばかりでして、まだ上手く制御できないところがすこしあって…………えへへ…………。」
 
照れたように頬を掻く三号。くそう、なんだこの妹感。頭撫でてやりたくなる。
 
「ふぅん、練度は?」
 
「六十七です。早く木曾さんに追い付きたいと思ってまして…………。」
 
いや、横須賀で練度六十七ってかなり強いぞそれ。
 
「まぁ、オレもまだまだ強くなれるんだってことが分かったんだ。感謝してるぜ?」
 
オレは三号に向かってニヤリと笑った。
 
「でも…………正直、かなり大変ですよ?何てったって、軽巡洋艦から重雷装巡洋艦に艦種が変わるのが本当に大変で…………。」
 
「マジか。」
 
雷巡に変わるってことは、火力が大幅に上がるってことだ。オレにピッタリじゃないか。
 
となると…………。
 
「なあ、一個聞いていいか?」
 
「はい?」
 
「なんでオレまだ軽巡なの?」
 
「知りませんよ…………。」
 
なんで提督はオレに改二への改造をしてないんだ?三号が言うには、一ヶ月前にはできるようになってたらしい。
 
準備期間にしても、一ヶ月は長すぎる。いくらうちの鎮守府が嫌われてるとしてもだ。
 
「オレ、提督に嫌われてんのかなぁ…………。」
 
いやまぁ、心当たりは有りまくるしな…………。こないだ、提督が明石さんに胃薬頼んでたの見たときは、本当に申し訳なくなった(因みに大淀さんも頼んでた)。
 
「…………大丈夫ですよ!うちの提督と比べて、ここの艦娘の皆さんは待遇が良さそうですし…………。」
 
三号はそう言うと、小さくため息をついた。若干、遠い目をしていた。
 
「ん、そうなのか?」
 
オレは少し意表を突かれた。ほら、首都近いじゃん横須賀って(意味不明ですねby青葉)。
 
「ええ…………うちの鎮守府って、こんな感じの食堂で働く人が居なくて、自分達で作ったりとか。外出が二ヶ月に一回とか。」
 
「確かに、うちは隙あらば飲み会開くしなぁ…………。」
 
ほら、オレ達は決して大日本帝国海軍ではない。だから、そんなに厳しくしなくてもいいだろうってのがうちの提督の意見だ。
 
でも、そんなのは少数意見だ。大半の鎮守府は厳しい規律があったりする。中には艦娘を道具のように扱う鎮守府すらある。
 
「でも、どんなに規律が厳しくても、弱くっちゃ意味ないですけどね。」
 
三号は自虐するように笑った。
 
「弱くなんかないだろ。」
 
オレはすぐさま否定した。演習を少し見ただけだが、こいつの強さは中々のモンだ。恐らく純粋な勝負なら千尋より強いだろう。
 
「弱いですよ。少なくとも木曾さんよりは。」
 
三号は吐き捨てるように言った。
 
「もっと強くならなきゃいけないんですよ。」
 
…………なんかデジャブだな。
 
周りから見たら、オレもこんな感じなのだろうか。
 
「…………なんでそんなに強くなりたいんだ?」
 
オレは敢えて、聞いてみた。
 
なんか、自分に聞いてる気がした。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
「そんなの…………一つに決まってるじゃないですか!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
―執務室―
 
 
 
「うーい、提督居るかー?」
 
オレはノックもなしに執務室に入った。中では、提督が事務作業をしていた。大淀さんは席を外していた。
 
「ん、珍しいね。どうしたの?」
 
提督は机の方を見たまま返事をした。なんか、敢えてオレを見ないようにしている感じがある。
 
「いやぁ、今日な?『横須賀の木曾』と会ってな。」
 
オレの言葉に、ため息をつく提督。
 
「やっぱり…………それだよなぁ…………。」
 
どうやら予想してたらしい。なら話は早い。
 
「なんでオレを改二にしない?返答によってはどうなるか分かってんな?」
 
オレの様子を見て、提督はペンを置いた。
 
心なしか、いつもより元気がなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…………君は、人間で居たくないのか?」
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
「あ?」
 
全く予想してなかった答えに、思わず気の抜けた声を出してしまった。
 
人間で居たくないのかだぁ?
 
…………意味が分からん。
 
「…………どーゆーことか知らねぇけど、強くなる事ができるのにそれをしねぇってのは、組織の頭としてどうなんだ?」
 
提督は何かを言いかけたが、一回口を閉じると、大きく深呼吸をした。
 
「いいかい…………君たちは一人一人、改二に対しての『適正』がある。」
 
提督は、ボソボソと話し始めた。改二についての説明らしい。
 
「夕立や時雨…………うちの鎮守府の既に改二になっている娘達は、全員改二への適正が無い娘達だ。」
 
……………………はい?
 
オレ思わず聞き間違えたかと思ってしまった。適正が無いのに改二?
 
「適正が無いのに改二になると、ただ単に強くなる。それだけだ。」
 
「いや、十分だろ?」
 
オレは思わず口出ししてしまったが、提督は構わず続けた。
 
「逆に、適正のある娘が改二になると、強くなるだけじゃ済まない。」
 
提督はそこまで言うと、さらに大きく息を吸った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「簡単に言えば…………『始祖』と同じような感じになる。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「!!」
 
思わず息を飲んだ。
 
『始祖』と同じになる…………つまり…………。
 
「人外になるってことだよ。そうなったら、本当の意味で元の日常には戻れないかも知れない。」
 
……………………成る程。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「つまり、オレは改二の適正があるってことだな?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
コクリと、提督は頷いた。
 
成る程、優しい提督だから万が一でもオレ達が死ぬかもしれないことは可能な限り避けたいってことか。
 
だから、オレに改二への改造をさせなかったのか…………。
 
オレは軽く息を吸った。
 
……………………多分、アイツも同じ台詞を言うだろうな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「だからどうした。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
提督は目を見開いた。オレは構わず続ける。
 
「人外だぁ?将来死ぬかも知れないだぁ?知ったこっちゃないね。そんなことを気にするより、ちょっとでも強くなる方が――」
 
「なんでだっ!!」
 
提督はオレの言葉に被せるように叫んだ。その圧倒的な迫力に言葉を無くすオレ。
 
「なんでだっ!なんでそんなに強くなりたいんだ!?いいか?君は天才だ!間違いなく天才だ!『始祖』だぁ?『呉の英雄』だぁ?んなもん、足元にも及ばないような存在なんだよ君は!!亮太さんが提督をしていたときから!今まで見てきた中で!君は紛れもない、最高の存在なんだよ!!」
 
「なのに!なんでまだ!強くなりたいと思うんだ!!もう良いじゃないか!周りが強くなるのを待てば良いじゃないか!長門や金剛達が強くなるまで待てば良いじゃないか!五年、十年と待てば良いじゃないか!ここにいる全員が強くなれば、レ級にも勝てるさ!なのに…………なんでだよ……………………なんでなんだよぉっ!!」
 
…………オレは、幸せ者だ。
 
こんなに良い上司をもって。
 
大切に思ってくれる人がいて。
 
でも。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「五年後だとさ…………誰か、死ぬかも知れないじゃねぇか。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
オレも、皆を大切に思ってるんだ。
 
皆を…………守りたい。
 
できる限り早く、この戦いを終わらせたい。
 
それは、恐らく艦娘になった奴が、一度は思ったことがあるはずのこと。
 
でも、あまりに長い戦争の中で、皆それを忘れていた。オレもその中の一人だ。
 
…………千尋が、プリンツが、三号が、思い出させてくれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「オレは、この戦いを終わらせるために強くなりたいんだ!そのためならこの命、幾らでも掛けてやろうじゃあねぇか!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
―屋上―
 
 

 
「よぉ、千尋!元気してるか?」
 
『おう…………と言いたいけど、どうにもまだ皆が心を開いてくれないんだよなぁ…………。』
 
その後、提督はオレに、明日の夜に改二への改造をすることを言い渡した。
 
どうやら提督の中で、心境の変化があったらしい。
 
ありがたかったし、申し訳なかった。
 
オレはその足で屋上にやって来ると、バスケットボールをドリブルしながら千尋に電話をしていた。
 
久しぶりに聞く千尋の声は、若干疲れているような印象を受けた。
 
「まぁ、お前は男だからなぁ。余計にだろ。」
 
『かなぁ。ま、心は開けなくても、胃袋は掴めたけどな!』
 
…………こいつにしろ夕立にしろ春雨にしろ、出撃できてんのか?
 
前に春雨と話したときなんか、「今日は若葉ちゃんがやっと外を歩くようになったんですよ!」とか言う感じだったし。
 
…………不安だ。
 
「そうか。なぁ、千尋。」
 
『ん?どうした?』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「オレはこの戦いを終わらせるために、オレにできる全てをやって強くなる。だからお前も、自分にできることを精一杯やってくれ。」 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
オレは、将来オレの唯一無二の戦友にして相棒になる男に向けて…………いや、自分にも向けてそう宣言した。
 
『人間』である内に、どうしても千尋にそう伝えたかった。
 
『…………そうか。今度会うときまで、楽しみにしてるよ。』
 
「おう。それじゃあな。」
 
オレはそう言うと、電話を終らせた。
 
スマホをポケットのなかに戻すと、オレはバスケットボールをゴールに向かって投げた。
 
ボールは、リングに触れることなく、吸い込まれるようにゴールに入った。
 
 
 
 

 
―翌日―
 
 
 
 
 
「さてと、こっちは準備できてるよ!」
 
明石さんは、オレが一回目の改造を受けたときに使っ酸素カプセルのようなものの前でうで組をしていた。隣には、提督と大淀さんもいた。
 
「うん、それじゃあ、さっそくやってもらおうか。木曾。この中に入ってくれ。」
 
提督はそう言うと、クルリと後ろを向いた。このカプセルの中に入るときは、必ず裸にならなきゃいけないからだらろう。んなこと気にしねぇって言ってんのに…………まぁ、いいや。
 
「おう。」
 
オレはそう言うと、自分の来ていた服をポイポイと投げ捨てていった。
 
最後に眼帯を外すと、完全に生まれたままの姿になった。
 
オレはそうなると、カプセルの中に入り、寝転んだ。
 
「さてと、これから少しの間眠ってもらうからね。起きたとき、あなたはすっかり改二に生まれ変わってるわ。」
 
明石さんの説明に頷くオレ。最早、後悔も躊躇もない。
 
「それじゃあ…………行ってらっしゃい。」
 
提督は後ろを向いたまま、そう言った。
 
「おう。おやすみなさい。」
 
オレがそう言うと、カプセルの蓋がまった。すると、前の改造の時と同じように眠気に襲われ、オレはそれに逆らうことなく目を閉じた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
夢を見た。
 
 
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。次の話で番外編は終了の予定です。予想より長くなったぜ。本編の方はしっかり書けそうだからいいけどさ。

それでは、また次回。 

 

番外編~『最強』の覚醒~

 
前書き
どうも、番外編、完結です。 

 

 
 
「…………ん……………………。」
 
冷たい空気を感じたオレは、寒くて目が覚めた。
 
「……………………夢か?」
 
そこは、雲ひとつ無い青空の広がる海の上だった。海だと思ったのは、そうじゃなきゃ説明できないほど周りに何も無かったからだ。
 
ただただ広がる水平線。
 
オレはそんな中で、艤装も着けずに海の上に座っていた。脱いだはずの服は綺麗に着ていた。
 
「…………綺麗な水だな。」
 
オレは立ち上がると、足元の水を見た。普段オレ達が戦っている海なんかとは比べ物になら無いほど綺麗な水だった。
 
水面にはオレの顔が写っていた。最近少し延びてきた黒い髪を見て、切らなきゃいけないなと思った。
 
…………いや、そうじゃねぇ。
 
「なんだよここは…………。」
 
『んー、夢の中っとこじゃね?』
 
オレは急に後ろから聞こえてきた声に驚き、勢いよく振り返った。
 
…………もっとも、驚いた理由はそれだけではなく。
 

 
 
 
 
 
 
 
『そうじゃねぇと、この状況に説明ができねぇだろ?』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―聞こえてきた声が、聞き慣れていたオレの声だったからだ。
 
そいつは、オレと瓜二つの姿形をしていた。だけど、大きく違うところが二つ。
 
一つは、髪が緑色なこと。

もう一つ。
 
そいつの肌は――深海棲艦のように真っ青だった。
 
「さてと、ちょっと殺るか…………。」
 
オレはいつものように臨戦態勢に入る。なんと言うか、条件反射で。
 
『おーい。別にオレは戦う気は全くねぇぞ?』
 
『オレ』は両手を広げて戦う意思が無いことを示そうとしていた。いや、知ってるんだよお前に戦う意思が無いことは。
 
「そりゃそうだ。『オレ』なら無防備な敵が居たら容赦なくぶん殴る。これはあれだ。癖だ。」
 
オレはそう言うと、臨戦態勢を解く。
 
オレがそうしたのを見ると、『オレ』はオレに近付いてきた。
 
『んで、オレはなんでここに来たんだ?いや、なんで来れたんだ?』
 
『オレ』はわざわざ言い直してきた。
 
「まぁ、あれだ。才能があったんじゃないか?」
 
『だろうな。そうじゃねぇとここには来れねぇからな。』
 
…………あれ、『オレ』ってこんなに腹立つ奴なのか?かなりめんどくさいな『オレ』。
 
と言うか。
 
「あれか。お前はオレの中に潜んでる潜在能力的なあれじゃねぇのか?」
 
『オレ』はさっき『どうしてここに来れたんだ?』って言ってた。つまり、こいつはどっかから来たらしい。
 
いや、にわかには信じがたい話だけどさ。夢だし、なんでもありかなぁって。
 
『いや、だから知らねぇって。オレからしたら、どうして人間のお前が居るのか知らないわけだし。』
 
前言肯定。『オレ』はかなりめんどくさい奴だ。
 
こんなんだから周りから距離を取られるんだろうなぁ…………少し反省。
 
『でも、どうせ目的は一つなんだろ?』
 
『オレ』は頭を押さえているオレを無視して話し掛けてきた。
 
「…………あぁ。強くなりたい、だ。」
 
オレはそう言うとニヤリと笑った。
 
『オレ』もニヤリと笑った。
 
気が付くと、いつの間にかどんよりと黒い雲が空を半分くらい覆っていた。黒い雲は、段々とその面積を広げていた。
 
『ったく…………『最強』がこれ以上強くなってどうするんだ?そもそも、これ以上があるかすら微妙だろう?』
 
『オレ』は笑ったまま、首を傾けた。
 
「…………強くなりたい理由は知ってるだろ?」
 
『あぁ。オレだからな。』
 
だったら、それは省略だ。
 
「あと、これ以上が有るかだぁ?」
 
オレは『オレ』が後半に口にしてたことを聞き直した。
 
『おう。実際問題、『分からない』って結論が出てたじゃねぇか。』
 
「あぁ。その通りだ。」
 
オレはわざと『オレ』の言葉に被せて言った。
 
確かに他人には、オレがどれだけ強くなれるかは分からない。
 
でも。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「だがな、それはオレにも分からない。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

どこまでも強くなれるかも知れないし、なれないかもしれない。
 
「オレは、バトルジャンキーじゃねぇし、死に場所を探してる訳でもねぇ。」
 
オレが強くなりたい理由は一つ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「オレは、アイツ達を助けるために強くなりたいんだ。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
それが、オレが『人間』を捨てる理由。
 
既に人間で無い奴があれだけの覚悟をもって、人間であろうとしてるんだ。
 
人間のオレがのうのうと人間であるわけにはいかねぇ。
 
元々、何をしようともしてなかった、しょーもない人生だったんだ。今さら惜しくない。
 
『…………くっくっく…………はははっ…………いやぁ、流石だな。』
 
「どういたしまして。」
 
『オレ』は一頻り笑うと、改まってこちらを見た。
 
『さてと、これから長い付き合いになるかも知れねぇが、よろしく頼むぜ?』
 
「おう。力を貸してくれ。」
 
オレがそう答えると、『オレ』は再び笑った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『精々、抗えばいいさ。』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―執務室―
 

 
 
「…………結局、木曾は一人だったんだよ。」
 
大輝は吐き捨てるように呟いた。椅子に深く腰掛けたまま、いつもなら話しながらしている事務作業にすら手を付けてなかった。
 
そうとう、木曾の事について堪えていたようだ。
 
「…………えぇ。」
 
さっき、私たちは明石に任せて工廠を後にした。恐らく、明日の朝には改造が終わってるだろう。
 
…………その時、木曾は人間じゃなくなる。
 
「誰も追い付けなかったし、寄り添えなかった。木曾自身も、誰も近寄らせなかった。結果として、更に木曾を一人にしてしまうことになった。」
 
大輝は机の上に置いてあった書類を握り締めた。その書類は、木曾の改二への改造の報告書だった。
 
…………後で作り直さないと。
 
「もちろん僕は、誰も死なせたくない。でも、艦娘をやめたあとに普通の生活にも戻してあげたい。」
 
それは、大輝がずっと言ってきたことだ。
 
「でも、どっちも取るってのはかなり難しい。そう考えたとき、僕は『死なせない』を選んだ。」
 
「…………えぇ。」
 
それが、木曾の改造を進めた理由。
 
かなり、悩んだ筈だ。
 
その証拠に、木曾の改二への改造が実装されたとき、大輝は物凄く複雑な顔をしていた。
 
「でも、これは戦争なんだ。『死なせない』なんてできるはずがない。なんなら、木曾自身が死ぬかもしれない。それなのに、僕はそれを選んだ。」
 
大輝はそこでため息をつくと、天井を見上げた。
 
「僕は――最低だ。」
 
…………木曾が言ったことの方が正しい。組織のトップが構成員のレベルアップを図らないのは愚策だ。だから、今回の大輝の決断は、はた目から見たら正しい。
 
でも、大輝はいい上司だった。
 
部下の退社後のアフターケアまで考えていた。
 
だから、誰も大輝を責めさせない。
 
「…………大丈夫。私は知ってるから。」
 
その苦悩も、決断も、後悔も。全部知ってる。
 
「…………知ってるから。」
 
「……あぁ。」
 
私は、大輝の頭を撫でてみた。
 
大輝は、何も言わなかった。
 
お互いに、何も言わなかった。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―数ヵ月後―
 
 
 
 
 
『緊急!緊急!金剛、榛名、龍驤、木曾、神通、時雨の六名は至急工廠まで!佐世保鎮守府より救援要請!沖ノ鳥島海域より、敵艦隊に包囲!佐世保鎮守府の艦娘の保護と敵艦隊の撃退が目的!繰り返す!…………』
 
オレは海の上でその放送を聞いた。佐世保か。千尋達ん所か。アイツが居るのに救援要請ってことは、相当やべーんだろう。
 
「さてと、行くか。」
 
オレは工廠に向かおうとして、ふと海面を見た。
 
 
 
 
 
 
 
 
海面に写っているオレは、あの日から緑に染まった髪をしていた。
 

 
 
 
 
 
 
 
「…………人外の証か。」
 
オレはボソッとそう言うと、マントを翻して工廠へ向けて移動し始めた。
 

 
―工廠―
 
 
 
 
「木曾、到着した。訓練してたから艤装は装備済みだ。」
 
オレが工廠へ入ると、既に全員揃っていた。
 
「よし、それじゃあ補給だけ済ませるね!」
 
明石さんはそう言うと、オレの艤装をいじり始めた。
 
「木曾、なんか余裕そうだね。」
 
艤装を装備し終えた時雨が、話し掛けてきた。
 
「…………別に。」
 
オレは簡潔に済ませると、皆が装備を終わらせたことを確認した。
 
「それじゃあ、行ってらっしゃい。絶対、生きて帰ってきてくれ。」
 
提督は、それだけしか言わなかった。オレに任せるって事だろう。
 
「あぁ。」
 
オレはそう言うと、工廠から出て海へ飛び降りた。他の連中もオレに続く。
 
オレは軽く息を吸うと、いつもの口上を言った。
 
あの口上は旗艦が言うものだが、最近はずっとオレが言ってる。それに誰も何も言わない。
 
だから、オレも気にせず言う。
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
「お前ら、暁の水平線に勝利を刻むぞ。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。

彼女の判断は決して間違いではないと、僕は思ってます。だって、それらは全て他人のためだから。

彼女は暫く作品には表立って登場しませんが、その内また登場します。一つ言えるのは、その時まで彼女は孤独であり続けると言うことです。えぇ、『その時までは』。

次回から、本編――千尋の方のお話に戻ります。彼が新天地で何をするのか、お楽しみにしていただけると幸いです。

それでは、また次回。 

 

第五十七話

 
前書き
どうも、佐世保鎮守府編、開幕です。 

 

 
「いやぁ、長崎だねぇ。」
 
「長崎だなぁ。」
 
「長崎ですねぇ。」
 
「長崎っぽい!」
 
俺達四人―俺、拓海、春雨、夕立の四人は佐世保駅の前で回りを見渡していた。
 
いやぁ、佐世保駅の方が長崎駅より本州に近かったとは知らなかった。長崎市って意外と遠いんだな。
 
「さてと……迎えの車が来るまで、あと二時間位かな?」
 
拓海は腕時計をチラリと見た。現在、一二○五。そろそろ腹が減ってきた。
 
「…………なぁ、一つ我が間言っていいか?」
 
「あ、それじゃあ僕も。」
 
「では、私も。」
 
「じゃあじゃあ、夕立も!」
 
俺達はいっせーのーでの合図でそれぞれ口にした。
 
「「「「長崎ちゃんぽん食べたい!」」」っぽい!」
 
そりゃあね、長崎に来たんだから食べなきゃ駄目でしょう。
 
「でも、佐世保バーガーも捨てがたい…………!」
 
と頭を抱える拓海。いや、確かに気になるけどさ。
 
「幾らか買い物もしたいし、その辺で探そうか。」
 
拓海の言葉に俺たちは頷くと、駅の周りで目ぼしい食べ物屋を探し始めた

 
―数分後―
 
 
「……で、なんで俺たちは駅前のベンチでコンビニ弁当食べてんだ?」
 
結局、俺たちはそこにあったコンビニで弁当を四つ買って、駅の前に設置されているベンチで四人ならんで食べていた。
 
「いやぁ、あれもこれも美味しそうだなぁってなったら…………ね?」
 
と、拓海。
 
「別に、拓海くんと食べれるなら…………。」
 
と、冬華。
 
「迷子になりかけてて…………食べ物屋探す所じゃなくて…………。」
 
と、春雨。
 
「春雨を探してた…………。」
 
と、俺。
 
結論から言うと、拓海しか昼飯の吟味をしてなかった。ポンコツじゃねぇか。
 
しかし、そうだからコンビニ弁当に文句を言えない俺達三人。いや、せめて佐世保バーガーでいいじゃないかとも思うよ?そこにあっただろ佐世保バーガーの店。
 
「ほ、ほら!本場のコンビニ弁当って美味しそうですよね!」
 
春雨…………コンビニ弁当の本場は佐世保ではないと思うぞ?どこかは知らないけどさ。
 
「コンビニ弁当は日本中どこでも一緒っぽい…………美味しいっぽいけどさ。」
 
冬華…………お前は拓海っていうおかずがあったらなんでも旨いだろ。
 
「そうそう千尋。今日の晩御飯、頼めるかな?ざっと十六人分。」
 
…………おう?
 
つまり、あれか?
 
「これからの買い物って、それの材料を買うためとか言うなよ?」
 
「流石だね千尋。それと生活用品ってところだね。」
 
こいつ…………こいつ…………!確かに俺は間宮さんの手伝いをしてきたけどさ…………!
 
「っぽい?私たち込みで十六人って少なくないっぽい?」
 
冬華は首をかしげた。確かに、呉鎮守府では六十人から七十人は居た。だから間宮さん一人じゃ厳しいから俺や羽黒さん達は手伝ってたんだ。
 
だいたい、四分の一程度か。流石に少なすぎる。
 
「…………なぁ、佐世保鎮守府って、いろんな意味で大丈夫なのか?」
 
何となく、不安になってきた。
 
十七歳の拓海がどうして提督になったのか。
 
なんで俺達が異動になったのか。
 
その少ない人数。
 
不安要素しかない。
 
「…………えっと、マトモ…………なんですよね?」
 
春雨も不安になってきたらしい。この場ではピンクの髪は目立つからか、帽子の中に隠していた。帽子の春雨も可愛い。
 
「…………先に言っておこう。あそこの鎮守府のことを、僕や大輝さんは、『ブラック鎮守府』って呼んでるんだ。」
 
…………うん、もうすでに行きたくなくなってきた。
 
「艦娘のことを道具のように扱って、ただ戦果を出すことだけを目的にした提督が運営している鎮守府のことを呼んでる。」
 
拓海は弁当を膝の上に置くと、ため息混じりに説明し始めた。
 
「えっと、道具のようにってのは?」
 
俺は拓海の話を深く掘り下げようと聞いてみた。できる限り、知っとかなければならない気がした。
 
「……佐世保鎮守府の場合、自室無しで一ヶ所で雑魚寝。食事は一週間でカロリーメイク二箱。補給はマトモに受けられず、一回の出撃で三人は沈む。入渠もさせずに、次の出撃に出される。給料は、どうせ沈むから無し…………ってとこかな。」
 
まだまだあるけどねと、拓海は肩を落とした。
 
…………うん、そりゃあ提督代わるわな。納得した。
 
ここまで死ぬまでのレールがきっちり引かれている事なんてそんなにないぞ。ブラック企業が優しく思えてきた。
 
ん?となると…………。
 
「冬華はいいとして、なんで俺と春雨を連れてきたんだ?」
 
冬華は、拓海だし仕方無いとは思う。だけど、俺と春雨が異動になる理由が何も見当たらない。
 
「まぁ…………春雨は、皆の癒し。千尋は…………ヒール?」
 
「俺を悪役にすんな。」
 
俺、あまりプロレスは観ないけど、そのくらいは分かるぞ?タイガー〇スクの敵だろ?多分だけど。
 
「冗談だよ。まぁ、最初はそんな扱い受けるだろうけど…………『間宮』の人が来るまで、頑張ってご飯作ってくれ。」
 
…………不安しかねぇ。
 
拓海のことだから、そんなブラックなことはしないだろうけど…………佐世保に最初っから居た皆さんがどれだけなのか気になる。
 
「さてと、そろそろ買い物に行こうか。ゴミ出して。捨ててくるから。」
 
拓海は立ち上がると、いつのまにやら空になっていたコンビニ弁当の入れ物をレジ袋に入れた。
 
俺達は拓海にゴミを預けた。拓海はレジ袋の口を縛ると、このコンビニ弁当を買ったコンビニのゴミ箱に捨てた。
 
「あーそうそう。これからスーパーに行くけど、今日一日乗り切ればそれからは食料や日用品は呉と同じように輸送してもらうようにして貰ってるから。それじゃ、行こう。」
 
拓海はそう言いながら、既に見つけていたスーパーの方向に向けて足を向けた。
 
「っぽい。それじゃあ行こうっぽい!」
 
「お、おー!」
 
冬華と春雨は、拓海の後に付いて歩き始めた。
 
…………しゃーねぇ。色々と不安しかねぇけど、やるしかねぇか。
 
「…………今晩はカレーにするかな。」
 
俺はそう言うと、三人の後を追った。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「だから!カレーには牛だって!」
 
「いや、鶏も捨てがたいっぽい!」
 
「……カツカレーもありですよ!」
 
「…………お前ら好き勝手言ってるけど、作るのは俺だぞ?」
 
…………ほんと、不安しかねぇ。
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。千尋くんじゃ無いですけど、佐世保鎮守府編、不安しか無いです。番外編書いてる間に、しっかり作り込めたとは思うけど…………果たして。

それでは、また次回。 

 

第五十八話

 
前書き
どうも、因幡の白うさぎ美味しかったです。弟が食ってたときは、なんだこのグロ映像とか思いましたね。 

 

 
―車内―

 
あのあと、今日の晩飯の材料や日用品やらをスーパーやドラッグストアで買った後、迎えの車に拾ってもらった。
 
「もう少しで到着しますよ。」
 
スーツを着た少し歳を取った運転手の男の人は、俺達にそう言った。
 
「あ、ありがとうございます。」
 
車に乗ってから三十分。
 
たった三十分のはずなのに、新幹線のなかでも寝てたはずなのに。
 
「なんでこいつら全員爆睡できんだよ…………。」
 
助手席の拓海。俺の右隣の春雨。左隣の冬華。全員例外無く寝てる。なぜだ。なぜそんなに寝れるんだ。
 
「まぁ、拓海くんは貧弱だし、夕立さんはなんか夕立さんですし、春雨さんはそもそも乗り物に乗らないですからね。」
 
運転手の人は(拓海にたいしてだけやけに辛辣に)丁寧に解説してくれた。
 
「…………あの、運転手さん。」
 
「相模でいいです。」
 
「…………相模さん。あなたは、俺達の組織の総本部の人間…………で、いいんですよね?」
 
俺は相模さんとなにか会話しようと話題を振る。分かりきったことを聞いてしまったかな。
 
「違いますね。私はあくまで外部の人間です。普段はタクシードライバーをしてますが、本部からの依頼で、提督さんや艦娘さんを乗せたりしております。」
 
…………あれか。社会に俺達の関係者はかなり居るってことか。
 
拓海の食料やらなんやらの話にも合点がいった。
 
「…………この仕事を初めてから、十年になりました。今まで、そこそこの人数の艦娘になった女の子を乗せました。最近は、かなり送る頻度が増えてきました。」
 
つまり、それだけの数の犠牲者が出たと言うことなのだろう。
 
「…………大丈夫です。俺達は死にませんよ。」
 
改めて理解したが、民間人のなかにも深海棲艦との戦争を終わらせてほしいと思う人は多いのだろう。
 
そりゃあ、人生の半分どころか、下手したら四分の一も終わってないような女の子が戦ってるなんて知ったら、マトモな神経してたら心が痛むはずだ。
 
…………俺達が頑張らないと。
 
「…………期待してます。さてと、そろそろ皆さんを起こしたほうが良いですよ?」
 
相模さんはそう言うと、ハンドルを左に切った。
 

 
 
 
 
―佐世保鎮守府―
 
 
 
 
 
「…………来たね。」
 
俺達はどこかで見たことのある赤レンガの建物の前にやって来た。
 
「…………ここが、佐世保鎮守府か…………。」
 
ただ、呉鎮守府よりかなりぼろっちいというか、手入れがされてない感じが凄い。
 
「…………お迎えなしか?」
 
「…………艦娘の皆は、会議室に集まってもらってる。僕たちは自分の部屋で着替えるよ。」
 
拓海は俺達三人に部屋の位置を教えてくれた。
 
「さてと、先に指示しとくけど、僕は挨拶が終わったら事務作業をしてくる。ふゆっ…………夕立と春雨は皆と親睦を深めてくれ。千尋は食堂の片付けと晩御飯の準備。だれかに手伝を頼んでもいいいよ。」
 
…………なんで俺は言い直さねぇんだよ。
 
「さてと、全員、部屋で着替え!」
 
拓海の号令と共に、俺達は鎮守府の中に入っていった。
 
 
 

 
―佐世保鎮守府 内部―
 
 
 
 
…………いやこれ、ホントに掃除しなきゃ駄目だろこれ。
 
俺は佐世保鎮守府に入り、皆と別れて自分の部屋に向かってる最中、廊下をキャスターつきの鞄を引っ張って歩きながらそんなことを思った。
 
この辺りは使われてないのか、かなり埃っぽい。
 
多分だけど、明日は大掃除だろうなぁ…………いつ以来だよ大掃除。夏休み以来か。
 
「そういや、もう艦娘になってから三ヶ月か…………。」
 
色々ありすぎて、あっという間だったなと思う。
 
艦娘になったり。
 
学校辞めたり。
 
化け物みてぇなやつに出会ったり。
 
ピンク髪に出会ったり。
 
ライダーキッ〇見たり。
 
とL〇VEったり。
 
ドイツ語教えたり。
 
摩耶さんと戦ったり。
 
提督のピンク雑誌貰ったり。
 
寝坊したり。
 
キスしたり。
 
…………網羅できる気がしねぇ。
 
「まぁ、流石に一番の出来事はこれだろうなぁ。」
 
俺は自分の左腕を見た。
 
銀色に輝く義手。
 
…………自分で切り落としたとはいえ、何度見ても見慣れない。今日もいろんな人に見られてたなぁ…………。
 
あの日から異動するまで、呉鎮の奴等にかなり気を使われたのはいい思い出だ。
 
「っと、ここか。」
 
色々と考えているうちに、目的の部屋に着いた。
 
俺は扉を開けて中に入った。
 
「…………わぉ。」

俺は部屋の中に置いてある家具を見て、思わず声が出た。
 
布団とちゃぶ台しかねぇ。
 
しかも、この部屋も埃っぽい。
 
…………掃除は夜にやるとして、取りあえず着替えるか。
 

 
―会議室前―
 
 
 
 
「…………そのネックウォーマー、やっぱり着けるんだね。」
 
俺が会議室の前にやって来ると、既に拓海は着替えてやって来ていた。
 
俺は寒くなってきて冬仕様になった制服(長ズボンにセーター)に、レ級から貰ったネックウォーマーを着けてきた。
 
「…………忘れないようにな。」
 
あの場は退けたとはいえ、ぼろ負けしたのは悔しかった。戒めの意味も込めて、日常的に着けることにした。
 
意外と暖かい。
 
「まぁ、僕は大輝さんからしかその時の話を聞いてないけどさ。災難だったよね。色々と。」
 
「最後の一言にいろんな意味を込めてるだろお前。」
 
まだ拓海で良かった。悠人だったらもっと弄ってきてた筈だ。俺、死にかけてたのに。
 
「まぁ、暫くは出撃どころじゃ無いだろうから、気を引き締めてね。」
 
出撃は無いのに、何の気を引き締めると言うんだろうか…………。
 
「お待たせしました!」
 
「っぽーい!」
 
俺達がそんな感じで立ち話をしていると、冬華と春雨がやって来た。二人ともそれぞれベージュと淡いピンクのカーディガンを着ていた。クッソ似合ってた。
 
「どうでもいい話だけどさ、夏から冬に代わりかけの頃の女の子のこーゆー少し厚着の服装って来るものがあるよね。」
 
「分かる。」
 
本人たちの前で堂々とこんな会話をする野郎二人。同意見の人間は多い筈だ。
 
「えへへ~。」
 
「そ、そんなことより、早く入りましょうよ!」
 
照れる冬華と春雨。あーもう、春雨可愛すぎじゃ無いですかね?
 
「さてと、それじゃあ入るか。」
 
拓海は俺達を一瞥すると、扉に手を掛けた。
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。最近はゲームの時間を全て創作活動に当ててるからか、一時期と比べると異常なペースでの投稿になっております。多分、明日か明後日にはまた投稿するんだろうなぁ…………。

それでは、また次回。 

 

第五十九話

 
前書き
どうも、新学期が始まりました。胃が痛くなってきた(弱い)。 

 

 
拓海、冬華、春雨、俺の順番で部屋に入っていった。
 
…………皆、やつれてるなぁ。
 
俺が会議室に入って最初にそう思った。
 
呉の大会議室と同じくらいの大きさの部屋の中には、十人くらいの女の子が座っていた。
 
…………駆逐艦四、軽巡洋艦二、重巡洋艦二、軽空母二、戦艦二…………ってとこか。確かに、かなり数が少ない。
 
俺達が部屋に入り終わり、皆の方を見ると、戦艦の一人が声を出した。
 
「けっ、敬礼!」
 
その声はかなり震えていたが、全員敬礼をする。全員の顔を見ると、かなり怯えているようだ。
 
全員が敬礼を止めると、拓海が一歩前に出た。
 
「皆、初めまして。本日より佐世保鎮守府に着任した、提督の長谷川 拓海です。今日から皆の司令塔として頑張りたいと思うから、よろしくお願いします。」
 
拓海はそう言いながらお辞儀をした。まぁ、開幕の挨拶としては、妥当なところか。
 
しかし、佐世保鎮守府の艦娘の皆さんはそうは思わなかったようだ。
 
「あっ、頭を上げて下さい!!」
 
突然、軽巡洋艦の一人が叫んだ。
 
「そうです!なんであなた様が私たちに頭を下げるのですか!?」
 
…………意味が分からなかった。
 
「挨拶の時に頭を下げるのは基本だよ。僕は君たちには挨拶をすべきだと思っている。当然の行為だよ。」
 
皆は、拓海の言葉に、絶句していた。俺と春雨と冬華は、皆に絶句していた。
 
なんでそんなことでコイツらは過剰に反応してるのかが分からない。
 
「さてと、それは一回置いといて。本日より佐世保鎮守府に着任した艦娘が三人いる。じゃ、ふ…………夕立くんから。」
 
…………これ、拓海にとっては罰ゲームなんじゃないかと思い始めた。公の場で夕立って言い直す度に顔を歪めてるもん。
 
「はいっ!呉鎮守府より異動しまして、本日、佐世保鎮守府に着任した、白露型駆逐艦の四番艦 夕立 改二です!皆、よろしくっぽい!」
 
…………拓海がそんなことを言ってるとは露知らず、元気な挨拶をする冬華。
 
「えっと、同じく呉鎮守府より異動してきた、白露型駆逐艦の五番艦 春雨ですっ!よろしくお願いしますっ!」
 
少し照れながらの紹介となった春雨。相変わらず人前で喋るのが苦手な奴だ。
 
さてと、俺の番か。
 
「同じく、呉鎮守府より異動してきた、球磨型軽巡洋艦の五番艦、木曾だ。知ってるかもしれないが、俺は男なのでそこのところよろしく。」
 
念のため、俺は自分が男であることを言った。まぁ、トラック基地の奴等が知ってたんだ。こいつらも知ってるとは思う。
 
「なっ…………!?」
 
「男なのに艦娘!?」
 
「有り得ないでしょう!?」
 
「なんでよっ!!」
 
…………阿鼻叫喚だった。
 
知らなかったなら知らなかったでいいけどさ…………この反応は傷付くなぁ…………。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「関係無いだろう?どうせすぐ死ぬんだから。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
誰かが、そう言った。
 
声の主は、一番奥に座っていた駆逐艦の奴だった。
 
「…………まぁ、関係ないってのには同意見だが、なぜ死ぬと決めつけるんだ?」
 
いつもなら睨み付けているところだが、出会って五分のやつを睨み付けるのは流石にまずい。俺は表情を崩さず聞き返した。
 
「そうじゃないか。艦娘は沈むことが仕事だ。当たり前のことじゃないか。」
 
駆逐艦もあくまで淡々と言う。それが普通であると言わんばかりに。
 
…………艦娘が沈むものだぁ?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「沈ませるもんか。」
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
俺がそう言おうとしたが、それを言ったのは拓海だった。
 
「君たちは沈むものなんかじゃない。深海棲艦と戦って、帰ってるくことが仕事だ。勝手に沈むことは僕が許さない。これは命令だ。」
 
拓海の目は、今までないほど優しかった。隣の冬華の目は物凄く鋭くなってたけど。
 
それを聞いた皆は目を見開いていた。
 
…………一体、どれだけ劣悪な環境だったんだろうか。
 
「さてと、それじゃあ挨拶も終わったところで、最初の任務を言い渡そう。」
 
拓海がそう言うと皆は、明らかに身構えた。いや、身構えなくても…………。
 
「今が一三○○。三十分後に再びここに集合。それより一九○○まで掃除!五十分掃除したら十分休憩!」
 

 
 
間。
 
 
 
「何か質問は?」
 
拓海の一言でハッと我に帰った俺。えっと、こーゆー時は…………。
 
「て、提督ー、夜戦はー?」
 
違う、これ川内。
 
「万が一、掃除が終わらなかったら寝かさないからね。」
 
いや、ネタを振った訳じゃないけどさ。せめて突っ込んでくれ。
 
すると、一人の軽巡洋艦が恐る恐る手を挙げた。
 
「ん、阿武隈。」
 
阿武隈と言われた軽巡は、ビクッと体を震わせたあと、深呼吸をした。
 
「あ、あのっ!班分けとかはあるんですか?それと、どこから掃除するんですか?」
 
阿武隈は言い切ると、ギュッと目を瞑った。少し、震えているようにも見えた。
 
…………さっきから見てると、拓海にかなり怯えているように感じる。まぁ、拓海のことだ。冬華以外は取って食ったりしないだろう。
 
「うん、いい質問だ。全部で四つの班に分ける。榛名、古鷹、弥生、春雨が一班。山城、加古、不知火、夕立が二班。瑞鳳、阿武隈、若葉、木曾が三班。祥鳳、五十鈴、文月、僕が四班だ。」
 
拓海は班分けを言った後で、それぞれの班の担当箇所を言っていった。俺達三班は一階を担当することになった。
 
「あと、三班は一六○○になったら別任務に当たってくれ。」
 
「ん、了解。」
 
だから少し楽な所を担当することになったのか。しかし、三時間で晩飯作れと…………。まぁ、人手はあるわけだし、なんとかなるか。
 
「では、一回解散!」
 
拓海はそう言うと、会議室の外に出ていった。
 
「…………あのー、取りあえず自己紹介してもらっても良いですか……?」
 
春雨は皆の方を向くと、恐る恐る尋ねてみていた。まぁ、確かにそうだ。ここに誰が居るのかはさっきの班分けで分かったが、誰が誰かは分からない。あ、阿武隈だけは分かるか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その阿武隈は、ボロボロ泣いていた。
 

 
 
 
 
 
 
驚いた表情のまま、涙をボロボロ流していた。
 
「…………初めて、褒められた…………。」
 
阿武隈がそう言うと、隣の軽巡洋艦…………恐らく、五十鈴?が、慰めていた。
 
「…………木曾さん。」
 
すると、小声で春雨が話し掛けてきた。
 
「これ、明らかに異常ですよね?」
 
「あぁ。一体何があったのやら…………。」
 
俺も小声で返す。さっきから拓海に対しての態度がおかしすぎる。
 
敬うというより、恐れてるような感じだ。
 
「…………まぁ幸い、春雨と夕立は警戒されてなさそうだから、どうにかしてもらおう…………。」
 
俺は男だから、さっきからジロジロ見られてる。それは呉でもあった。あのときは木曾や天龍が居て良かった。
 
今回は、冬華と春雨に頑張って貰おう。
 
「…………初めまして。榛名と申します。一応、艦隊の旗艦を務めてます。」
 
すると、戦艦の一人が立ち上がって俺達に挨拶してきた。ふむ、こいつが榛名か。戦艦だけど、同い年位じゃないか?
 
「…………私は祥鳳。よろしくお願いします。」
 
すると、それを皮切りに一人ずつ簡単な自己紹介が始まった。
 
「い、五十鈴よ。よろしくね。」
 
「加古ってんだ。よろしく。」
 
「…………弥生です。」
 
そんな感じで、十一人の自己紹介が終わった。残るは一人。
 
さっき、関係ないって言った奴だ。
 
「…………若葉だ。」
 
たった、それだけだった。
 
若葉はそう言うと、窓の外を見始めた。
 
…………何だろう。一人で居るときの木曾を見ているみたいだ。
 
「ん、ただいまー。」
 
すると、開けっぱなしになっていた扉から再び拓海が入ってきた。
 
拓海はいつの間に着替えたのか、ジーンズにパーカーというかなりラフな格好になっていた。
 
「…………拓海、まだこいつらを驚かすのかよ。」
 
いや、確かに提督の制服だと掃除しにくいだろうけどさ。どうせこいつらは驚くぜ?
 
「てっ、提督!?なぜそんな格好を!?」
 
ほら、さっそく榛名が食い付いた。
 
「あー、君達は知らないかもしれないけど、あの制服に着用義務は無いから。精々会議に出るとき位だね。」
 
あ、そうなんだ。じゃあ、毎日のように着てた提督(呉)って…………。
 
「でも…………。」
 
「いいじゃないか。どうせ歳的には対して変わらないんだし、特に敬わなくても僕としては構わない。」
 
まぁ、最初に上司としての尊厳は守らせてもらうけどねと、拓海は締めた。
 
…………あれだな、提督(呉)とは違った感じだな。
 
まぁ、俺は遠慮する気は皆無だけどな。
 
俺はそんな中、若葉が部屋から出ていったのを視界の端で捉えた。
 
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。佐世保鎮守府のメンバーを決めるときの話ですが、何人かは最初のころから決めていて、後は僕や友人の好みで決めました。好みがバレますね。

それでは、また次回。 

 

第六十話

 
前書き
どうも、最近あったかくなったからか、出てきましたよ。黒い悪魔が。軽いパニックでしたね。 

 

 
―一階 玄関前―
 
 
 
「…………やるか。」
 
俺は腕捲くりしながら辺りを見渡した。俺達三班はここ玄関から各部屋をまず箒で一周したあと、雑巾でもう一周することになった。
 
本腰入れてやるのはその部屋を使うときまで後回し。取りあえず、最低限使えるようにしろとのこと(食堂は別)。
 
「…………あの、なんで提督は掃除をしようって言い出したんでしょうか……?」
 
俺の隣にいた阿武隈は、かなりそこに疑問を持ってるらしい。まだ若干目元が赤い。
 
「ほら、毎日使うところが汚かったらテンション下がるだろ?ほれ、箒。」
 
俺は立て掛けておいていた箒を瑞鳳、阿武隈、若葉に渡す。
 
「あ、ありがとうございます。それで、まずはこの玄関からですか?」
 
瑞鳳は箒を受け取りながら控えめに聞いてきた。
 
「らしいな。俺もさっき聞いたばかりだから詳しくは知らん。」
 
俺はあくまで自分は艦娘側であるということをアピールしてみようとする。
 
兎に角、仲良くならないことにはどうしようもない。
 
「ふん。」
 
そんなアピールを感じたのか、若葉はさっさと一人で掃除を始め出した。会議室での事といい、なかなか癖のある奴だ。
 
俺達もそれにならって掃除を始める。玄関の筈なのに蜘蛛の巣があちこちにできていた。こりゃあ時間掛かるぞ。
 
俺は率先してそう言った蜘蛛の巣やらを取り除いていった。女の子に触らすのは少し気が引ける。
 
「…………あの、あなた達って、呉って所から来たんですよね?」
 
すると、床を掃いていた阿武隈が話し掛けてきた。
 
よしよし、阿武隈は乗っかってくれそうだ。
 
「おう。『魔神木曾』とも知りあいだったぜ?」
 
艦娘界の超有名人、『魔神木曾』の名前を出す。アイツに憧れているやつも多いとの事。
 
「『魔神木曾』…………知らないです。そもそも、ここ以外に鎮守府があるなんて聞いたこと無かったから…………。」
 
ここにいるやつらは俺の想像を遥かに超えるほど何も知らなかった。
 
いや、流石にここの前の提督が意図して情報を流してなかったってのは薄々気付いてるさ。
 
でも、何だろ。これ以上がある気がしてならない。
 
拓海の話からすると、コイツらはもっと酷いことをされていたのだろうと思う。なんなら、死んだやつも居たのだろう。
 
こりゃ、暫くはホントに出撃どころじゃねぇかもなぁ。
 
俺はそこまで考えて、自分達の事を話すのは無理だという結論に至った。
 
「…………それで、あなたって男なんですよね?」
 
さっきからずっと敬語の瑞鳳と阿武隈。見た感じからして同い年位だと思うから、タメ語でも全然良いのに…………。
 
「あぁ。なんで男なのに艦娘になれたのかは分かんねぇ。遺伝かなぁ。」
 
多分、遺伝しかありえないんだけどさ。親父が提督でお袋が艦娘(しかも『始祖』の木曾)。それ以外ありえない組み合わせだ。
 
すると、瑞鳳と阿武隈は首をかしげた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「遺伝って…………艦娘って、何から産まれるんですか?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
本日一番、意味が分からない言葉だった。
 
「……………………さぁな。ホント、よく分かんねぇ。」
 
何を言っても会話にならなさそうな予感がしたから、それ以上は突っ込まなかった。
 
もう、今日の夜に拓海に質問攻めしよう。そうじゃねぇと色々と解決しなさすぎる。
 
「…………塵取りはあるか?」
 
俺が考え込んでいると、少し離れたところにいた若葉がやって来た。
 
「ん、持ってくわ…………ってぇ!?」
 
若干得意気な若葉の横には、ちっちゃい埃の山ができていた。埃の山でこの大きさはちょっと狂気の沙汰だぞ。というか、いつの間に。
 
「この辺りはだいたい終わっただろう?次行くぞ。」
 
若葉は俺達にそう言うと、そそくさと歩き始めた。恐らく、次の目的地の食堂だろう。
 
辺りを見渡すと、確かにかなりきれいになっていた。でも、俺達初めてまだ二十分くらいなのに…………。
 
「…………若葉ちゃんは、凄いんですよ?なんでもそつなくこなせるんですよ!」
 
「出撃しても、必ず生きて帰ってきますし…………。」
 
つまり、この鎮守府でエースと言うなら若葉か……。
 
「でも、あまり私たちと話してくれないんですよね……。」
 
「でしょうねぇ……。」
 
どこぞの呉鎮守府所属の球磨型軽巡洋艦五番艦と似たような香りがする。
 
まぁ、あれ以上の逸材はそう居ねぇだろうけど。
 
「さてと、早く行きましょう。」
 
瑞鳳に促されて、俺達三班は玄関を後にした。
 
 
 
 
―一方その頃―
 
 
 
「…………あのー、春雨さん?カサカサ言ってるんですけど。」
 
「動かないで!今、弥生ちゃんがGジェット持ってきますから!」
 
…………拓海さんがなんでGジェットを買ったのか、よーく理解できた。
 
私たちは、三階を担当することになった。始めに空き部屋の一つを掃除し終えると、その足で図書館へと入っていった。
 
図書館は、呉ほど本が多くなく、空いている本棚もかなり多かった。
 
そして、古鷹さんが長いこと動かしてなくて埃を被っていた踏み台を動かしたときに、そいつは動き始めた。
 
…………ブラックデビルが。
 
「あわわわわわわわわわわわわわわわ!!?」
 
明らかに混乱してしまっている古鷹さん。踏み台をブンブン振り回していた。とてもじゃないけど近寄れない。
 
「春雨、持ってきた。」
 
すると、弥生ちゃんが私のそばまでやって来て、何やら手渡してきた。
 
「ありがとう弥生ちゃん!それでは、聞いてください!春雨で、『加賀岬』…………って、何やらせてるんですか!!」
 
私は弥生ちゃんから手渡されたマイクを振り回しながら怒った。と言うか、こんなものどこにあったんだろ?
 
「冗談です。はい、Gホイホイ。」
 
「今じゃない!絶対今じゃない!!もっと前に使ってよぉ!!」
 
地味に組み立てられているところが余計に私を苛立たせた。
 
「あのう…………。」
 
すると、後ろにいた榛名さんが私に話し掛けてきた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「G…………何処かへ飛んでいきましたよ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
G捜索大作戦、決行の合図だった。
 
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。先に言っておきます。次回、ギャグです。疑いようもなくギャグです。

それでは、また次回。 

 

第六十一話

 
前書き
どうも、今回の話の中には、実際に体験した話がいくらかあります。まさか小説のネタになろうとは…………。 

 

 
「皆さん!追いかけますよ!!」
 
私はそう叫びながら図書室から勢いよく飛び出た。
 
「私と榛名さんは左回り、古鷹さんと弥生ちゃんが右回りを!」
 
「「「了解!」」」
 
私と榛名さんは左に向かって歩き出した。奴はどこに潜んでるのか分からない。だから絶対に見逃さないようにしないといけない。
 
私は掃除に使っていた箒を構えて前に進む。
 
「いいですか?もし見つけたら容赦なく殺ってください。」
 
「…………はい。」
 
ゴクリと唾を飲む榛名さん。
 
…………前に呉でGが出てきたときは総動員で探し出したなぁ…………懐かしい。
 
「はっ…………春雨さん…………っ!?」
 
すると、榛名さんが驚いたような声を出した。振り向いて見てみると、私を見ているようだ。
 
「…………どうしたんですか?」
 
「みっ…………みっみみみ、右肩に………………っ!!」
 
右肩?
 
私は自分の右肩を見てみた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そこには、黒光りするGがいた。
 
 
 
 
 
 
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?」
 
 
 
 
 
 
 
 
今までで最高の悲鳴だった。
 
 
 
―一方その頃―
 
 
 
 
キャアアアアアアアア…………。
 
ん?
 
俺は何やら悲鳴のようなものが聞こえた気がして掃除の手を止める。
 
「…………木曾さん?どうしました?」
 
辺りを見渡している俺を怪訝そうに見る他の三人。
 
「いや、悲鳴みたいなのが聞こえた気がしたから…………。」
 
「え?私は聞こえませんでしたけど…………阿武隈ちゃんと若葉ちゃんは?」
 
「いや…………聞こえなかったです。」
 
「全く。」
 
…………うーん、聞こえた気がしたんだけどな…………。
 
「気のせいか。」
 
俺は空耳だったという結論を出すと、掃除に戻った。
 
 
 
 
 
―三階 廊下―
 
 
 
 
「取って!取って!誰か取って!!榛名さん!はるなさーーん!?たすけてっ!!待って、本当に止めて!助けて、取って!取って!!」
 
私はカーディガンの右の肩口をもって、Gを振り落とそうとする。しかし、落ちない。
 
「ちょっ、春雨さん!こっち来ないで下さい!!」
 
私が追いかけると榛名さんは逃げていく。そりゃそうだ。G付いてるもん。
 
「ちょっと、ちょっと触って取るだけじゃないですか!!良いじゃないですか、減るものではないですよ!!」
 
「嫌ですよ!!本当に来ないで下さい!!」
 
「私たち、友達ですよね!?」
 
「出会って一時間位なのに何が友達ですか!Gくっついてる女の子の友達は知りません!!」
 
わちゃめちゃだった。
 
「春雨さんっ!!」
 
すると、反対方向に行ってたはずの古鷹さんがやって来た。
 
「あ!古鷹さん!G取って!」
 
「……………………え?」
 
すると、古鷹さんの反応は意外なものだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「なんでここにも居るんですか?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
G、増殖。

 
 
 
―数分後―
 
 

 
「どこ行ったのー!?」
 
結局あの後、弥生ちゃんと私に付いてたGはどこかに飛び去っていった。
 
私と弥生ちゃんは上着を脱いだ。流石にGがくっついた服を着続けるのは嫌だ。
 
私たちは今三階の南側で、四人で一緒に探すことになった。ただし、榛名さんと古鷹さんは私と弥生ちゃんに距離をおいている。悲しい。
 
ちなみに、この建物はロの字型で、全四階建てだ。
 
「これ、下の階や上の階に行ってるかも知れませんよね…………。」
 
弥生ちゃんはなかなか恐ろしい事を言ってきた。
 
「そうなると…………取りあえず、上の階に行ってみますか。」
 
最悪、上から下に追い込み漁をしよう。
 
私たちは近くにあった階段から四階へ上がる。
 
四階の南側には、主に執務室や提督の寝室などの重要な部屋が多い。ここの掃除担当は四班だ。
 
「提督達、大丈夫かな…………。」
 
「…………最悪提督を囮に…………。」
 
「生け贄の方が…………。」
 
「全身にトリモチで…………。」
 
なんだろ、拓海さんなにもしてないのにどうしてこんなに嫌われてるんだろうか。
 
「あ、春雨さん!」
 
すると、遠目に私たちを見つけたのか、廊下の向こうから文月ちゃんがやって来た。
 
「あれ、文月ちゃん?他の皆は?」
 
「今は北側の掃除をしてます。」
 
文月ちゃんが言うには、トイレに行ってたらしい。
 
「それで、トイレの帰りに凄いもの見たんですよ!」
 
そう言いながら文月ちゃんは目をキラキラと輝かせてた。
 
「凄いもの?」
 
「はいっ!こんな時期なのにかぶと虫が北側に飛んでったんですよ!!」
 
…………十月なのに、かぶと虫?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「しかも、角がない新種だったんですよ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「キャアアアアアアアアアアアアアアッ!!?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
文月ちゃんの台詞のすぐ後に、悲鳴が聞こえてきた。
 
……………………はぁ。
 
…………私はため息を一つすると、とびっきりの笑顔を文月ちゃんに向けた。
 
「…………文月ちゃん、凄いねー!今度捕まえようね!」
 
「春雨さん!?現実逃避しないでください!今すぐに退治するの間違いですよ!?」
 
…………ふと、とある漫画に出てきた台詞を思い出した。
 
『Gを一匹見付けたら、その三倍はいる。』
 
…………六匹かぁ。
 
私は肩を落としながら、北側へ向けて走り始めた。

 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。このギャグ回、次回も続きます。話が進まない…………ま、気長にやってこう。

それでは、また次回。 

 

第六十二話

 
前書き
どうも、皆さーん、知ってるでしょう?。V・Bでぇございます。
おい、小説読まねぇかぁ?
子供達もおいでぇ。小説書くぞぉ。
辛いかい?
おにーさんはもっと辛いことを、幼馴染みのおねーちゃんにぃ、やらされてるんだよぉ。
残さず読めよぉ。

あ、艦隊これくしょん五周年、おめでとうございます。 

 

―四階 北側―
 
 
「大丈夫ですか!?」
 
私達は最後の曲がり角を勢いよく曲がりなが声を出した。
 
廊下には人影はなく、手前から数えて四番目の部屋の扉が開かれていた。
 
それを見た私たち五人はその扉の中に入っていった。扉の上には、『庫倉』のプレートがあった。
 
…………絶対出るよね。
 
確信にも似た想像をしながら鴨居をくぐる。
 
「どうしました!?」
 
部屋に入ると、電気は点いていた。
 
部屋の中では部屋の隅でガクガクと震えている五十鈴さんと祥鳳さん。中央には丸めた新聞紙を構えて辺りを見渡している拓海さんの姿があった。
 
「春雨!?入ってくるな!!」
 
拓海さんは今まで聞いたこともないような大声を出した。
 
「やっぱり、こっちにも出たんですか!?」
 
古鷹さんが私の後ろからホウキを構えて中を覗く。
 
「…………こっちにも?」
 
その言葉に首をかしげる拓海さん。暫く考えたあと、ハッとしたようにこちらを見てきた。
 
「…………そっちにも?」
 
「…………はい。」
 
私は頷いた。絶望の表情に変わった四班の人達。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そんな私たちの背後から、ブウゥゥンというような音が鳴り響いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
私は再び深呼吸すると、ジト目で回りの人を見渡した。
 
「…………誰の携帯のバイブですか?」
 
「春雨さん!?さっきから現実逃避しすぎですよ!!」
 
古鷹さんが私の肩に手を置いて叫ぶ。私は遠い目をしていたと思う。

「だって…………さっきからずっと追いかけてるのに…………どんどん増えていくんですよ?現実逃避もしたくなりますよ。」
 
「いや、追いかけましょうよ!!もう他の皆さんは出ていきましたよ!?」
 
「だいたい、ゴキ○リだって言ってしまえばただの虫じゃないですか。なんで皆そんなに邪険にするんですか?ゴ○ブリが可哀想ですよ。」
 
「あぁ、もう!!ツッコミ所しかない!!兎に角行きますよ!!このままじゃ、皆がGにやられますよ!!」
 
「いやぁ、○キブリくっつかれた身としては、もうどうでもいいかなぁって。」
 
「自棄にならないで!!」
 
古鷹さんは意気消沈している私を無理矢理引っ張って廊下に出た。
 
「早く皆を追いかけ…………ん?」
 
古鷹さんは廊下の向こうを見て固まった。疑問に思った私は古鷹さんの目線の先を見てみる。
 
そこには、なぜかUターンしてきている拓海くん達の姿が。
 
「提督?皆?どうしたん…………。」
 
「春雨!古鷹!早く逃げろ!!」
 
「急げ!!」
 
私たちが何が起こったのか聞こうとしたが、拓海くん達は私達の横を走り去っていった。
 
「「?」」
 
私達は拓海くん達がやって来た方向を見た。
 
 
 
 
 
 
 
 
そこには、軽く五十は越えているんじゃないかと言うほどのゴキブ○が飛んでいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「「キャアアアアアアアアアアアアア!?」」
 
私達は悲鳴をあげながら逃げ始めた。やばい、さすがにあの数はまずい。下手したら死にかねない。
 
「なんで!?なんであんなに居るんですか!?」
 
「知らないよっ!私だって聞きたいよぉ!今までそんなに見たことなかったのに!!」
 
ギャーギャー叫びながら走る私達。気のせいか、後ろの羽音が大きくなっている気がした。
 
私はそれを聞いて更にスピードを上げた。たまに木曾さんと一緒にスプリントの練習したかいがあった。
 
「ちょ!?春雨さん!?置いてかないで!!」
 
しかし、古鷹さんはあまり脚が速くないらしい。置いていかれそうになる。
 
「おーい!速く来い!閉めちまうぞ!!」
 
すると、階段のところで拓海くんと榛名さんが防火扉に手をかけていた。あれで閉じ込めようとしているらしい。
 
「「待ってええええええええええええええええええええええええええ!!」」
 
私達は拓海くん達の横を通過する。それと同時に、扉を勢いよく閉める二人。
 
どうやら、ぎりぎり滑り込んだGも居ないらしい。
 
「「「「…………はぁ~。」」」」
 
気の抜けた私達は、その場にへたり込んでしまった。
 
「はぁ…………はぁ…………助かった…………。」
 
肩で息をする私。正直、生きた心地がしなかった。あんなに沢山のGは生まれて始めてみた。生まれてからまだ一年も経ってないけどさ。
 
「ぜぇ…………ぜぇ…………今、二階の夕立達も避難させてる。一階の食堂に居るはずだよ。あと、二階の防火扉も閉めさせている。あとは、残りの一ヶ所から降りればいい。」
 
「…………それは安心ですね。」
 
深く頷く私と拓海くん。その様子に、古鷹さんと榛名さんは首をかしげた。
 
「なんでですか?この様子だと、一階にもGは出てそうですけど…………。」
 
榛名さんの言うことも最もだ。この様子だと、全ての階で現れていてもおかしくないだろう。
 
だが、一階にはあの人が居る。
 
「少なくとも、食堂は安心できますね。最悪、二階より上は夜にバ○サン使うかな…………食堂で雑魚寝しましょう。」
 
「だね。少なくとも、食堂は安心だ。」
 
「「??」」
 
 
 
 
 
 
 
 
その頃、千尋さんはカレーを作りながら、食堂に入り込もうとするGを木端微塵にしているのだが、それはまた別のお話し。
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。我が校の文芸部への寄稿するための作品を書くために、暫く休んでおりました。軽くリハビリしながら再開していこうと思いますので、よろしくお願いします。

それでは、また次回。 

 

第六十三話

 
前書き
どうも、なぜか弟と一緒に煮卵とチャーシュー作ってました。いやほんとなんでだ。 

 

 
―食堂―
 
 
私達は二階の最後の開けられている最後の一ヶ所の階段から一階に降りる。そのときに防火扉を閉めることを忘れない。
 
これでGは二階より上に閉じ込められた……はず。
 
またいつ、どこから現れるか分からない相手だ。私達は一階に降りた後も、食堂に向かいながら引き続き警戒を続ける。
 
「…………居ないですね。」
 
「…………居ないね。」
 
一歩一歩慎重に歩を進めるが、姿が見えず、羽音も聞こえない。まさか、本当に居ないのかな?
 
私達はそんなことを思いながら、食品の前までやって来た。
 
私達は中に入ろうとしたが、あるものを見て脚が止まる。
 
食堂の入り口、付近に何やら大量に黒いものが落ちていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
それは、先程まで私達が散々追いかけたり追いかけられたりしていた、大量のGの、真っ二つにされた死骸だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…………やっぱり、木曾は食堂のなかに侵入は許さないか。」
 
拓海さんはその光景を見て、何度も頷いていた。

私はその光景に一瞬顔をしかめたが、千尋さんならやりかねないなと自己完結した。
 
しかし、千尋さんのことをあまり詳しく知らない皆は完全にその光景を怖がっていた。
 
「…………え…………なにこれ…………!?」
 
「そんな…………軽く三十は居ますよ…………。」
 
「それが、真っ二つに…………。」
 
「誰がやったの!?」
 
そう、この人たちは知らない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あー、俺だよ。入るときは踏まないように気を付けろよ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
千尋さんが、あの『魔神木曾』以上の軍刀の使い手だと言うことを。
 
 
 
―数時間後―
 
 
 
「いやー、お前から連絡を受けたとき、一階にもかなりGが出てな。かなり焦ったよ。」
 
私達は入り口や窓を完全に封鎖した食堂の中にある、一つのテーブルを囲むように座っていた。
 
千尋さんはカウンターの向こうでいくつかの鍋の前を行ったり来たりしていた。そこから漂う暴力的な香りが、私達の空腹感を加速させていた。
 
「よく軍刀を持ってましたね…………。」
 
文月ちゃんはそんな千尋さんに向けて羨望と懐疑とが混ざった目を向けていた。それは回りの人達もそうだった。
 
「あぁ、何があってもいいように常に持ってるんだ。今回みたいな事が起こるかもしれないからな。」
 
それだけで帯刀の理由になるのだろうかな?今回のはかなりのレアケースだと思う。
 
「あ、そうだ、た…………提督。今度包丁買ってくれ。流石にこれは使えねぇや。」
 
千尋さんはこちらを向いて手にもった包丁を見せてきた。錆びたり欠けたり曲がったりしてて、確かに使えそうになかった。
 
あれ、それじゃあどうやって材料を切ったんだ?
 
「春雨ー。皿に盛るから手伝ってくれー。」
 
軽く微笑みながら私を呼ぶ千尋さん。その若干ぎこちない笑顔が、彼が意識して人付き合いを頑張ってるのだという印象を受ける。悠人さんは、「アイツは俺と拓海以外の友達らしい友達は殆ど居ないなぁ。」と言ってた。
 
女の子だらけの中に入っていったから、色々気を使わせてるのだろう。
 
「はーい。」
 
だから、私はそれを指摘しない。立ち上がると、カウンターの向こう側に移動する。
 
すると、千尋さんは私にしゃもじを渡してきた。千尋さんはお玉を持っていた。目の前にはほっかほかのご飯に、大きめに切られた具材がゴロゴロ入っているカレー。更には黄金色に揚がっているとんかつ。
 
「結局、牛と鳥と豚を全部使うことにしたよ。んじゃ、全部で十五人分入れてくぞ。」
 
「待って、サラリと僕の分を抜かないで。」
 
私は千尋さんと拓海さんのやり取りにクスリと笑った後、皿にご飯を盛り始める。
 
作業を始めて数分、私達は十六人分のカレーととんかつを皿に盛り付け、皆の前に運んだ。
 
「あの…………えっと、なんでですか?」
 
すると、一人の軽巡が手を挙げた。たしか、五十鈴さんだったはず。
 
「私達の食事はこれなのですが、なんで私達にこの様なものを?」
 
五十鈴さんはそう言いながら、懐からカロリーメイクを取り出す。どうやら、昼間に拓海さんが言ってたことは本当だったらしい。
 
「そりゃあ、権利だからだよ。」
 
拓海さんは少しだけ笑ってそう言った。その言葉に、佐世保の皆は首をかしげた。
 
「千尋、僕達に与えられる権利二つ、ちゃんと言える?」
 
拓海さんは千尋さんに話を振る。千尋さんはそれに対して顔をしかめた。少なくとも、私や夕立ちゃんは呉の提督からその話は何回かされたことがあるけど、千尋さんは知ってるのかな?
 
「あ?三つじゃねぇんだ。えっと、『旨いもんを腹一杯食う権利』と『安心できるところでぐっすり寝る権利』だろ?」
 
少し気になることも言ってたが、千尋さんは私達が聞いたものと同じことを答えた。
 
「うん、正解だ。はっきり言って、君達が置かれている環境はおかしい。ろくにご飯も食べれず、寝るときは一ヶ所で雑魚寝。まともに補給もされずに、ボロ雑巾のように捨てられる。そんなんじゃ、戦果を挙げることも無理だろう。」
 
拓海さんの言葉はかなりキツい印象を受けた。ここの前の提督を罵ってるようにも見えた。
 
「僕がここの所属を元帥から受けたとき、この劣悪な環境を改善することを言い渡された。まずは『安心して休める場所』と『美味しい食事』を整える。今日皆に与えた指令にはそんな意味があった。」
 
奴のせいで二階に行けないけどと、悪態をつく拓海さん。後で○ルサンしないとなぁ。
 
「だから、食べろ。美味しいものを倒れるほど食べろ。そして寝ろ。安心して泥のように寝ろ。これからの話は、その後だ。」
 
拓海さんの言葉に、皆は戸惑っていた。前の提督とのギャップに驚いてるのか、拓海さんが信じられないのかは分からないが、誰もカレーに手をつけようとしていなかった。
 
私は夕立ちゃんや千尋さんと目を合わせる。私達は、自分達が最初に食べようかと考えていた。そうでもしないと、この人たちは食べないだろう…………と、思っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「頂きます。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
やけにハッキリと聞こえたその声の主は、入り口からすぐのところに座っていた、若葉ちゃんだった。
 
彼女は目の前には置かれていたスプーンを手に取ると、そのままカレーを口の中に運んだ。
 
モグモグと口を動かす若葉ちゃん。唖然とする私達。興味深そうに見ている千尋さんと拓海さん。
 
「…………木曾、なかなか旨いぞ。」
 
若葉ちゃんは千尋さんを見ると、少しだけ笑った。
 
「おう、ありがとな。さ、皆も食べてくれ!」
 
千尋さんは若葉ちゃんに向けてニヤリと笑うと、私達を一望した。
 
すると、皆恐る恐るといった感じでスプーンを手に取り始める。口々に小さく「頂きます」と言うと、それぞれカレーを口に運び始める。私や夕立ちゃんもそれを見て、カレーを食べ始める。様々な香辛料から産み出された辛さと香りが口の中一杯に広がり、少し大きめに切られた具材がホロリと崩れていった。
 
要するに、美味しい。
 
私はひと口食べた後で、回りを見渡した。
 
 
 
 
 
 
 
 
佐世保の皆は、泣きながらカレーを口に運んでいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
皆、久しぶりにまともなものを食べたのだろう。誰もその涙を拭うこと無く、ただ目の前のカレーを食べていた。
 
恐らく、ここに来てから始めての『人間扱い』だったのだろう。
 
私はその光景を見て、涙が出てきてしまった。
 
この人たちが今までどんな生活をしてきたのか、想像の範囲でしかない。
 
しかし、この光景を見ると皆がどれだけ劣悪な環境で生活してたのか、伝わってきた気がした。思わず、涙が溢れた。
 
すると、誰かに頭を優しく撫でられた。
 
「ほら、お前もしっかり食え。」
 
千尋さんは私の頭から手を離すと、私の隣に座った。その顔は、さっきよりもずっと自然な笑顔だった。
 
「…………はいっ!」
 
私は元気に返事をすると、二口目を口の中に運んだ。
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。食事シーンの難しさって凄いと思うんですよ。形容詞の数だけ表現があると言いますか。いや、それはどのシーンもか。

それでは、また次回。 

 

第六十四話

 
前書き
どうも、ツイッターの物書きさんたちとクトゥルフ神話TRPGしてきました。想像の斜め下を行く行動にあっけにとられてました。フリーダムすぎだ。 

 

―二階 防火扉前―
 
 
 
「…………もうさ、今日は二階だけで良くないか?」
 
俺は、防火扉の前で袋一杯に入っているバルサ○を眺めながら呟いた。
 
「いや、四階に資料とか置きっぱなしだし、最低でも明日からは作業したいことがあるから…………。」
 
拓海は、両手に水の入っているヤカンを一個ずつ持っていた。
 
現在、二一三○。俺と拓海は二人で二階より上の階にいるGを退治するために、バ○サンを使おうとしていた。
 
「一応、軍刀も持ってきたからなんとかなるとは思うけど、せめて冬華は連れてきても良かったんじゃないか?」
 
あれはまだ俺たちが呉にいた頃の話。俺たちが廊下を歩いていると、
 
「あ!ゴ○ブリっぽい!」
 
と、廊下をカサカサしていたGを手掴みで捕まえていたことがあった。女の子がGを手掴みで捕まえるんじゃないとか、そもそもなんで捕まえれたんだとか、色々言いたいことはあったが、飲み込むことにした。
 
まさかこれほど冬華が居て欲しいシチュエーションがあるとは思わなかった。
 
「いやー、あの場に春雨一人は心許ないからなー。引っ込み思案だからね。」
 
…………ぐうの音も出ない正論だった。
 
現在、アイツ達は食堂で色々と話したり、買ってきたトランプとかで遊んでいる筈だ。
 
そんな中に人見知りな春雨を一人で居させるのはなかなか恐ろしい。下手したら会話が無くなる。
 
「それに、彼女達は少しでも話をした方がいい。まずは心を開いてもらえないとね。」
 
「…………それは自分自身じゃないのか?」
 
「千尋もだよ。」
 
俺たちは笑った。
 

 
 
 
「…………余裕だな。」
 
 
 
 
 
 
彼女は笑ってなかった。
 
「全く、指揮官さまがこんな感じで大丈夫なのやら。」
 
彼女…………若葉はポケットに手を入れて歩いてきた。
 
「よぉ若葉。さっきはありがとな。」
 
俺は少し前の光景を思い出す。
 
あれは、Gを三十匹ほど切り捨てた頃だった。そろそろカレーを作り始めないと間に合わないなーってなったときだった。
 
「…………軍刀貸して。お前達三人は提督の任務を進めるといい。」
 
そんなことを若葉が言い出した。若葉は俺が返事をする前に、俺の手の中から軍刀を奪い取り、食堂の外へ出ていった。
 
そして…………俺は驚いた。
 
彼女が、異常なスピードでGどもを切り捨てていく様子を見たから。あれは恐らく、天龍以上の腕前だった。
 
「…………他のみんなには黙っててくれ。」
 
全てのGを切り捨てた後、若葉は俺達に向けてそう言った。断る理由もなかったから、俺はあれだけのGを自分で処理したことにした。
 
なぜこいつがそんなことを考えていたのか、よくわからなかった。むしろ、自慢してもいいレベルだと思うのに。
 
「…………別に。それじゃ、私は花摘みに来ただけだから。」
 
若葉はそう言うと、俺達に背を向けて去っていった。
 
その背中は、寂しそうでも何でもない…………ただ、歩いているだけ。俺達に何も伝わってこない、無感情な背中だった。
 
「…………めんどくさいのが居るな。」
 
「…………めんどくさいのが居るね。」
 
俺達はため息をついた。
 
……いや、何も若葉だけじゃない。この鎮守府には、めんどくさいことが山積みだ。
 
「…………なぁ、拓海。ここの鎮守府の艦娘ってさ、本当に劣悪な環境にいたってだけなのか?」
 
だから、それらを一つずつ解決していこう。
 
俺がそう尋ねると、拓海は深く思案しているような顔をして黙った。
 
「…………詳しくは、立場上言えない。でも、どんなことが彼女達の身に起きているのかは言える。」
 
立場上。
 
その言葉を、拓海から聞く日が来るとは思わなかった。正直、納得行かないと言えば納得行かない。
 
でも、仕方ないことだ。
 
俺は艦娘。拓海は提督。
 
俺たちの仕事は戦うことだけだ。それ以外の全てを提督に押し付けているんだ。隠し事ぐらい許されるだろう…………と、自分に言い聞かせる。
 
拓海はそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、一部分だけは教えてくれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ここの鎮守府…………いや、今まで艦娘になってきた女の子達の半分は、無理矢理、もしくは仕方なく艦娘になった娘たちだ。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―食堂―
 
 
 
「あれ、千尋さん?拓海さんは?」
 
俺が食堂に帰ってくると、食堂の電気は既に消えていた。どうやら、全員寝てしまったらしい。
 
「執務室だよ。あそこの中のGだけは処理して、他の部屋や廊下には○ルサンしてきた。」
 
どうやら、いくらか書類整理があったらしい。それに、男である拓海がみんなと一緒の場所で寝るのは些か問題があるだろうとも言っていた。
 
俺も男だけどな。
 
「そうですか……お疲れ様でした。」
 
春雨はそう言ってニッコリ笑ってくれた。
 
…………可愛いなぁ。
 
俺はそんなことを思いながら、改めて春雨をまじまじと見た。
 
長い横で纏められたピンクの髪の毛。
 
真っ赤な瞳。
 
明らかに常人の物ではないそれを生まれつき持っている春雨は、今までどんな風に世界を見てきたのだろうか?
 
…………多分、拓海はそれを考えて、春雨をここに連れてきたのだろう。
 
「…………頑張るぞ。」
 
俺は春雨の頭を軽く撫でると、食堂の椅子を部屋の隅に移動させ、それに腰掛けた。
 
今日分かったことがあるとすれば…………敵は深海棲艦だけではないということが判明した、ということだろうか。

「…………とっ、当然ですよ!絶対、若葉ちゃんと一緒に外を散歩するんですから!!」
 
春雨は、俺が考えていたこととは全く違うことを頑張ろうとしていた。うん、春雨はそれでいい。
 
「…………フフッ、そうだな。頑張れよ。んじゃ、おやすみ。」
 
俺は春雨にスコシダケ微笑むと、目を閉じた。
 
長い、佐世保鎮守府での生活。その一日目が、ようやく終わった。
 
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。ここで拓海が千尋にした話は後々に話すとして、数日後になりますが、僕の方からご報告がございます。どんな報告なのか、楽しみにしていてくださると幸いです。

それでは、また次回。 

 

報告


V・B(以下、ブ)「どうも、最近のマイブームはドラックバント、V・Bです。」
 
 
青葉(以下、あ)「どうも、最近のマイブームはチョークスリーパー、青葉です。」
 
ブ「えー、本日は突然、このような場を用意いたしました。しかし、今回はかなり重大なことが、この『男艦娘 木曾』に発生しましたので、報告致します。」
 
あ「そのため、今回は本作品の主人公である、七宮 千尋さんにも、来ていただきました。」
 
千尋(以下、ち)「…………え、俺さっきまで食堂で寝てたよな?ここどこ?なんで青葉がいる?つーかこの得たいの知れない何かのお面つけたこいつは誰だ?」
 
ブ「本来であれば、もう少ししっかりと準備をして会見を開くべきとは重々承知しておりますが、過密なスケジュールであったため、些か準備不足であることを、先に申し上げたいと思います。」
 
ち「いや、俺の質問に答えろ。」
 
あ「それでも、今回の報告というものは今日するべきものであるため、この話を投稿することにしました。」
 
ち「あのさ、無視しないでくれないか?」
 
ブ「…………この度、『艦隊これくしょん~男艦娘 木曾~』は、
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
一周年を迎えましたぁぁぁぁぁぁぁああ!!」
 
あ「イエェェェェェェェェェェェェェェ!!」
 
ブ「オラァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
 
あ「ウニャァァァァァァァァァァァァァァ!!」
 
ち「……………………(ブチッ)。」
 
 
 
 
 
 
 
―暫くお待ちください―
 
 
 
 
 
 
 
 
ち「…………つまり、あれか?俺たちの戦いを書いている小説の作者がお面着けた奴だと?」
 
ブ「…………はい。」
 
ち「んで、その小説が投稿開始してから一年経ったからその報告をしに来たと。」
 
あ「…………その通りです。」
 
ち「それは素直におめでとう。よく一年間頑張ったな。」
 
ブ「ありがとうございます…………。」
 
ち「だがな?うるせぇ、話聞かねぇ、素顔分からん、そりゃかげんこつもするさ。」
 
あ「ごもっともです…………。」
 
ち「それじゃ、俺は帰るから。今後もしっかり頑張ってくれ。」
 
ギィィィ、バタン。
 
ブ「…………さてと、先程も申し上げた通り、僕がネットにこの作品を公開してから、ちょうど一年が経ちました。」
 
あ「まさか、こんなに続くとは……いや、続くとは思ってもいませんでしたよ。確か、当初のプロットでは五十話位で終わらせる予定だったんですよね?」
 
ブ「うん。それが気がついたらこれですよ。まだ半分も行ってないと思う。」
 
あ「佐世保鎮守府とか、影も形もありませんでしたよね。」
 
ブ「いやね?呉鎮守府以外の鎮守府との絡みを考えてなかった訳じゃないんですよ。でも、その辺をやろうかなーとか、春雨かわいいなーとか、木曾はもっと悩んでもらった方がいいかなーとか、そんなことを考えてたらレ級が爆誕した。」
 
あ「ストレス溜めすぎです。」
 
ブ「否定はせん。」
 
あ「締め切り近いからですね。確か、その報告もあるんですよね?」
 
ブ「あ、そうだった。」
 
あ「忘れてたんですか…………。」
 
ブ「えっとですね、この度、とあるライトノベルのレーベルの新人賞に応募することにしました。」
 
あ「あれですか、作家になりたいからですか?」
 
ブ「そりゃあ、なれるんならなりたいけど、なれるわけないじゃん。どちらかというと、講評をしていただきたいと考えているからかな。」
 
あ「あくまでこの作品のためですか。」
 
ブ「当然、全力で書きますけどね。」
 
あ「だからですか。番外編とか書いてないの。」
 
ブ「うん。正直、文芸部への作品提供とかもあったのに、四作品も書くのは無理だもん。」
 
あ「つまり、新人賞の原稿ができたら再開ですか?」
 
ブ「んにゃ、受験。」
 
あ「(絶句)。」
 
ブ「というわけで!本日の報告は以上です!」
 
あ「これからも色々なことがあると思いますが、どうぞ、この作品をよろしくお願いします!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ブ&あ「一周年、ありがとうございました!!」
 

 

第六十五話

 
前書き
どうも、紙面上の戦いにより、離脱しておりました。再開です。 

 

 
朝、俺は肌寒さを感じて目が覚めた。
 
…………なんか、変な夢を見た気がした。なぜか、青葉と変な得たいの知れないお面をつけた奴が出てくる夢だった。
 
前にも何回か夢は見てきたけど、断言できる。今回の夢はどうでもいい夢だ。
 
俺は前屈みになっていた体を起こし、大きく伸びをする。椅子で寝たからか、体の節々が若干傷む。こんな痛みがすぐに直るのが艦娘の特権だな、と思った。
 
「あ、起きました?」
 
声のした方を向くと、そこにはエプロン姿で鍋を持っている春雨が、笑顔で立っていた。
 
おいおいおいおい、なんだこの春雨の新妻感は。
 
「…………似合ってるな。」
 
「へっ?」
 
「あ、いや…………なんでもない。今何時だ?」
 
俺は思わず出てしまった本音を誤魔化し、春雨に時間を聞く。
 
「えっとですね…………○五○○ですね。」
 
春雨は壁に掛けられていた時計に目をやる。
 
ふむ、いつもより長く寝たわけか。まぁ、なれない場所でなれない体勢で寝たんだから、当たり前か。
 
「そうか…………さてと。朝めし作ってるんだろ?手伝うぜ?」
 
俺は椅子から立ち上がると、春雨の近くに歩み寄った。
 
「あ、ありがとうございます!えっとですね、やっぱり朝御飯にはお味噌汁かなーっと思いまして…………。」
 
成る程、だから鍋を取り出してたわけか。
 
しかし、朝メシに味噌汁か…………最早狙ってるとしか思えないな。
 
「しかし、皆爆睡してんな…………。」
 
俺はカウンターの中から食堂の中で寝ている全員を眺める。
 
皆、子猫のように一ヶ所に集まって寝ていた。寒いのだろうか。よくよく見ると、阿武隈が山城の上に完全に乗っかっているけど、大丈夫なのか?
 
「…………あれっ。」
 
俺はそれを眺めていて、あることに気付く。
 
その集団から、少し離れたところ。そこに置かれている椅子に、一人座って寝ている奴がいた。
 
「…………なんで若葉はあそこで寝てるんだ?」
 
そこには、先程までの俺の体勢に似た格好で寝ている若葉がいた。
 
「うーんと、昨日からあんな感じで寝てたんですけど…………分かりません。」
 
春雨はそんな若葉の様子を見て、寂しそうな顔をした。そう言えば、昨日の寝る前にも春雨は何やら、若葉に対して変な情熱を燃やしていたような気がする。
 
「……まぁ、なんだ。ただただ環境が酷いってだけじゃなさそうなんだよな。拓海の態度を見てると。」
 
拓海の昔からの癖なのだが、なにか隠し事をするときに、それ以外の対して重要じゃないことをばらして誤魔化す。
 
ぶっちゃけた話、昨日の夜に拓海からされた話なんか、ここで生活してたら嫌でも知ることになる話だ。
 
拓海がわざわざそれを話すということは、もっと重要な「なにか」があるということだろう。
 
「んー…………そう言えば、関係あるのか知らないんですけど……呉にいた最後の日に、木曾さんや時雨ちゃんに聞いたんですけど。」
 
春雨は心当たりがあるのか、思い出すようにポツリポツリと話し始めた。
 
「千尋さんは、『呉の英雄』って呼ばれていた艦娘が居たって知ってますか?」
 
…………『呉の英雄』?
 
「いや…………知らないな。『魔神』なら知ってるけど。」
 
そもそも、呉にいた頃に聞いた昔話なんて、木曾のものぐらいだった。あれはあれで後味最悪だったっけな。
 
「なんでも、今までの深海棲艦との長い戦争の中で、唯一戦艦レ級を沈めた事があるらしいんですよ。」
 
…………まじか。あれを倒せる艦娘が過去に居たんだ。もっとも、改flagshipなんかじゃ無いんだろうけど。
 
「それで、その艦娘が数年前に、この佐世保鎮守府へ異動したっきり、行方不明になったって…………記録上は轟沈になってますけど。」
 
「そんな強い奴が、早々沈むはずが無いから…………か。」
 
俺は木曾のことを思い出す。あれが沈むだなんて、考えても無駄な気がした。
 
陸ですら死にそうにないのに、どうやって海の上で死ぬんだよ。
 
「ところで、その艦娘ってのは?」
 
俺は春雨の顔を見た。
 
「えっと、確か…………。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
戦艦、大和。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
大和って言うと…………。
 
「俺でも聞いたことあるな。大日本帝国海軍最強の戦艦だっけ?」
 
色々な作品で名前が出てくるから、下手したら日本で一番有名な軍艦では無いだろうか。
 
「一応、その認識で間違いないです。当然のごとく『始祖』で、木曾さんの師匠らしいですよ?」
 
「…………あの化け物を誕生させた張本人ってか?」
 
想像しただけで、どんな奴か会ってみたかったものだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ちひろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
俺はその大声を聞くや否や、食堂を飛び出していた。その弾みで山城の頭を蹴ってしまったのを知ったのは、少し後の話だ。
 
「へっ?まっ、待っててください!」
 
そんなことを言う春雨を完全に無視し、声のした方に行くと、拓海が男子トイレの前で俺を待っていた。
 
「どうしたっ!?」
 
「ついてきて!」
 
「おうっ!」
 
「速くないですか!?」
 
少し遅れてやって来た春雨が大声を上げていた。
 
「春雨!君は医務室に行って準備!急げ!!」
 
拓海はその春雨にも指示を出す。どうやら、ただ事では無いらしい。
 
「っ、はいっ!!」
 
春雨は頷くと、来た道を引き返していった。
 
「千尋、この中だ!」
 
拓海はそう言いながら、男子トイレの中に入っていった。
 
俺がそれについていって中にはいると、一つの個室の扉が開いていた。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
中を覗くと、その個室の床には、かっぽりと大穴が開いていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……………………は?」
 
思わず間抜けな声を出してしまった。
 
俺の脳味噌は、目の前にある異常な状況を理解しようと必死に働いていた。
 
「速くこい!!千尋ぉ!!!ドラム缶の中にコンクリで固めて海に沈めるぞ!!!」
 
それを邪魔したのは拓海だった。どうやら、一刻を争うらしい。
 
…………あれ、前にも似たような脅し文句を食らった気がする。と言うか、言った気がする。
 
「お、おうっ!!」
 
俺はそれらの考えを頭から振り払い、その大穴の中に入っていった。
 
俺が着地すると、拓海はすぐさまスマホの懐中電灯の機能を使って、奥を照らしながら急ぐように歩いていた。天井が低いから、俺たちの背では少し屈まないと歩けなかった。
 
「…………なんだよここ…………。」
 
俺は完全に呆気に取られていたが、更に呆気に取られるものを目の当たりにした。
 
少し進んだところで、開けた場所に出た。拓海はそこで一点にライトを向けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 そこには、一糸纏わぬ姿で鎖に繋がれた女の人が居た。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「!!!?」
 
今まで何度も驚くような事には対面してきたが、今回のはぶっちぎりの一位に輝いた。
 
女の人は、俺達が来たことに気付いたのか、こちらに顔を向けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あら……………………雫?久しぶりね……………………なんでこんなところに居るのかしら?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
二位に輝いた。
 
正直、この辺りで俺の脳味噌は完全にフリーズしていた。最早、どれから片付けたら良いのやら。
 
「千尋!この鎖を切れ!!素手じゃ無理だ!軍刀使え!」
 
そんな俺を助けたのは、またも拓海だった。
 
「お、おう!!」
 
俺は帯刀していた刀を引き抜きながら振り上げ、手足の四ヶ所の鎖に降り下ろした。
 
キィン!キィン!キィン!キィン!!
 
甲高い金属音を上げ、彼女の動きを封じていた四本の鎖は断ち切られた。
 
彼女は、自らの足で立てないのか、その場に崩れ落ちそうになってしまうが、傍らにいた拓海が抱き止めた。さらに、いつの間にやら脱いでいた上着を上から被せていた。
 
俺は軍刀をしまい、その女の人を抱き上げた。春雨ほどではないが、なかなかに軽かった。
 
俺たちはその足で、その穴蔵から出ていった。
 
 
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。完全に余談ですが、僕は大和はまだ持ってません。と言うか、以前大型艦建造でかなーり痛い目にあって以来、大型艦建造をしなくなりまして。大和はねぇ……欲しいんだけどね…………。

それでは、また次回。 

 

第六十六話

 
前書き
どうも、田植えから帰ってきました。泥ってなんであんなに動きにくいんですかね泥だからですねそうですね。 

 
―医務室前―
 
 
「…………で、どーゆーことか教えてもらおうか?」
 
俺と春雨は医務室の前で拓海を囲い、半分尋問のようなことをしていた。
 
拓海は最初の方は必死に目をそらそうとしていたが、今は諦めたように俺たちの方を見ていた。
 
あのあと、俺たちは女の人を医務室に運び込んだ。そこで待っていた春雨はボロボロの女の人を見て驚いていたが、最低限の処置をして、ベッドに寝かした。
 
「…………いや、まぁ、うん。確証は持てないと言おうとしてたけど、殆ど確定してるようなものだから言うね。」
 
拓海はそう前置きを置いた。どうやら、拓海にとっても意外な出来事だったらしい。
 
「彼女は、戦艦大和。三年前にこの佐世保鎮守府に異動し、沈んだと言われていた『呉の英雄』だよ。」
 
…………うーん。
 
「大和、ねぇ…………。一つ聞くけどさ、そんな『英雄』呼ばわりされるような艦娘だったのなら、なんであんなところに囚われてたんだ?」
 
つい先程の春雨の話と、さっき起こったこと。それらについてストレートに質問する。
 
「…………春雨。ちょっと席を外してくれないか。皆の朝ごはんを頼む。」
 
すると拓海は、春雨にそんなことを言った。
 
…………この時点で想像がついたが、春雨は分かってないみたいだった。
 
「…………えっと、分かりました?」
 
なぜか疑問形になっていたが、医務室の前から立ち去っていった。
 
「…………さてと、なんで囚われていたかについてだけど。」
 
拓海は春雨が廊下のかどを曲がったところで、そう切り出した。
 
「まず前提として知ってもらいたいのは、提督のなかには艦娘をただの女の形をした兵器としてしか見てないやつがいるってこと。僕の知ってる限り、今各鎮守府で提督をしている奴らの三割はそうだ。」
 
昔は八割だったらしいけどと、軽く笑いながら言った。
 
「そして、二年前にこの佐世保鎮守府に着任してきた奴は、まさしくそんなやつ…………それどころか、こんな状態を作り上げるほど、腐りきっていた。」
 
拓海は鎮守府全体を表すように手を大きく広げた。
 
「んで、だ。ここからは少し推察が入るけど、恐らく前提督は、大和を一方的に愛でたかった。世間一般で言うストーカーだね。」
 
正直、世間一般のストーカーはそこまで過激なのかと言いかけたが、スルーすることにした。
 
「でも、相手は『呉の英雄』。人間風情が敵う相手じゃない。ならどうするか…………ヒントとしては、練度の低い艦娘は、成人男性よりほんの少しだけ、力が弱い。」
 
ヒントになってないヒントだった。最早答えを言っているようなものだ。
 
「つまり、無茶苦茶な艦隊運営をしてベテランを沈めたり、他の鎮守府なんかに飛ばしたりして、練度の低い艦娘だけにした。んで、そいつらを人質にしたと。」
 
俺は答えを言った。拓海は、正解、と言ってため息をついた。
 
「そのあとは、大和をあの場所に監禁して、今に至るってことだろうね…………歪んだ愛ってのは怖いねぇ…………。」
 
しかし、そうなると分からないことが一つ。
 
「じゃあさ、なんでその無茶苦茶な艦隊運営を今の今まで続けたんだ?大和を監禁したなら、それで十分じゃないか。」
 
「千尋はさ、手に入れた一冊のピンク雑誌を、一生使うのかい?」
 
俺の質問に、拓海はすぐに聞き返した。これも、答えを言っているようなものだった。

「……たぶん、大和を監禁して、もしその事実を知る艦娘が居なくなったら…………そう考えたんだろうね。」
 
「…………下衆がっ!」
 
俺はそう吐き捨てると、壁を思いっきり殴った。壁は、拳の形に綺麗に凹んでいた。
 
「だけど、恐らくそれは大丈夫だ。ここには、三年間生き残り続けてきた艦娘が、一人だけいる。」
 
俺はそれを聞いて、少しホッとした。と言っても、それまでの何十人の艦娘は、そんな下衆野郎のせいで、意味なく死んでしまったのかと思うと、心苦しいものがある。
 
「取り合えず、この件に関しては大輝さんと話し合おうと思う…………できれば大和は、呉に帰るのが一番いいんだけどね。」
 
拓海がそんなことを呟いたときだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…………大和を見つけたのか。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その冷たい声は、突然として廊下に響いた。
 
「…………んで、どうするんだ?お前たちも、あの狂人と同じことをするのか?」
 
「…………まさか、と言っても、君は信じないんだろう?」
 
まあな、と、若葉は笑った。俺達は笑えなかった。
 
「…………一つ覚えておけ。私の目が黒い限り、大和や皆には、手を出させないからな。木曾、お前もだ。」
 
若葉は俺達をひとしきり睨み付けると、クルリと回って去っていった。
 
「…………あれか。」
 
俺は拓海に確認してみた。
 
「…………あれだよ。」
 
拓海はそう言うと、更にため息をついた。
 
「ありゃあ、相当時間が掛かりそうだね…………正直、戦力として使えたら、かなり大きいんだけどね…………。」
 
「…………どれくらいだ?」
 
俺は拓海の呟きに対して質問してみた。若葉に関しては、昨日のG事件以来、色々と思うところがある。
 
「…………君は、『魔神木曾』を天才だと思うかい?」
 
拓海は突然、木曾のことを話し始めた。
 
「…………いや、アイツは努力の天才ではあっても、戦闘の天才ではないと思うな。軍刀の扱いなら俺や天龍の方が上だし、対空は摩耶さんに負けるしな。」
 
俺はアイツが朝走ってないところを見たことがない。出撃した翌日も、朝早くから走りはじめて、誰よりも遅く訓練を終える。
 
その姿には、敬服するしかない。
 
「…………そう、彼女は『努力の天才』だ。だけど、あの若葉は…………天才なんだ。」
 
拓海は、廊下の天井を見上げた。ボロボロの天井は、雨が降ったら雨漏りするんじゃないかと思えるほどにボロボロだった。まぁ、一階だから大丈夫だけど。
 
「昨日さ、若葉は軍刀を使ってGを撃退したんだろ?しかも、腕前的には天龍以上。」
 
「おう。」
 
「でも、そうなるとおかしいんだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この鎮守府には、千尋のそれしか、軍刀が無いんだ。しかもこの五年間、軍刀の支給はなかったんだ。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
生まれて初めて、天才を目にしたのだと、今更ながら気付いた。 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。これから僕は新人賞用の原稿を書き上げようと思います。もちろん、こちらの投稿は続けますけどね。

それでは、また次回。 

 

第六十七話

 
前書き
どうも、某四十代の病的なガンマニアで銃ばかりが出てくる作品ばかり書いてる小説家さんが書いている作品の、本人が書いているパロディ作品を久しぶりに拝見し、良い意味で狂ってるなと思いました。 

 

「…………はぁ。」
 
俺はこの鎮守府に着てから一番大きなため息をついた。
 
天才。
 
天から貰った才能。
 
常人では到達不可能な次元に最初からいる存在。
 
「…………そんな次元か。」
 
「だね……正直、現時点で木曾を越えてる可能性すらある。」
 
「……………………。」
 
そこまでの次元かよ。予想の数倍くらいはレベル高い。
 
でも。
 
「だからどうした。こっちには『自動修復』があるんだ、耐久力なら誰にも負けねぇよ。」
 
「言うと思ったよ…………事実なら包み隠さず、自信満々に言うんだから。」
 
拓海は笑った。俺は笑わなかった。
 
「さてと…………これからの一週間、忙しくなるぞぉ!昨日確認したけど、問題が山積みだぁ!」
 
拓海は狂った笑みを浮かべながら、食堂の方に歩き始めていた。
 
「…………そういや、朝メシの準備…………春雨やら夕立やら、してくれてるかな?」
 
俺は一抹の不安を感じながら、拓海を追って食堂へと向かった。
 

 
 
―食堂―
 
 
 
 
「…………わぉカオス。」
 
俺が食堂に入ると、いろんなものが混ざったなんとも言えない匂いがしてきた。
 
いやまぁ、悪い匂いではない。腹の減る匂いだ。
 
「あ!ち…………木曾さんに提督!ご飯、できてますよ!!」
 
俺達が入ってきた事に気が付いた春雨が、パァッと顔を明るくした。
 
「っぽい!」
 
冬華もパァッと顔を明るくした。恐らく、拓海に反応してだろう。
 
その他にも、何人かが手伝ってた。
 
…………うん、皆頑張ってくれたのはありがたい。すげぇありがたい。誉めたげたい。
 
…………けどな。

「味噌汁は分かる。朝メシの定番だな。カレーも分かる。二日目のカレーは旨いからな。焼き肉は……まぁ、うん、簡単だからな。料理したことないなら鉄板用意して焼くだけだからな。材料もあるしな。」
 
「あの…………木曾さん?」
 
ブツブツといろんなことを呟き始めた俺を、訝しげに見る一同。
 
「…………あー、やらかしたなこれ。」
 
拓海はそそくさと食堂から立ち去り始めた。
 
「…………だがな、栄養バランス、食べ合わせ、朝から重いもの、食材の使用量、全部が全部無茶苦茶過ぎる!!取り合えず全部食ったら、説教だゴルァア!!」
 
その後、朝からなかなか重たい物を食べ終え、一同を説教した。
 
その場に、若葉は居なかった。
 
 
 
―○八○○―
 
 
 
 
「さてと、これからの事の指示を出す。」
 
拓海は俺の説教中に朝飯を平らげ、テーブルに一同が座ったことを確認して話し始めた。
 
「まず、二階より上の階の掃除を終わらせてしまおう。もうバ○サンは効き終わってるはずたからね。」
 
そう言えば、そんなことしてたな。いろんなことがありすぎて忘れてた。
 
「午後には皆で遊びをかねた訓練をしようと思ってる。楽しみにしていてくれ。」
 
おぉ、と皆が声を出した。
 
恐らく、レクリエーションみたいな感じを想定しているんだろう。戦闘の『せ』すら知らない連中にはちょうど良いだろう。
 
俺は少し気になって、入り口に一番近い席に座っている若葉を見た。
 
若葉は、拓海の顔をじっと見ていた。
 
「それと、軽くトラブルが起きてね…………医務室に怪我人が一人いるから、勝手に入らないように。」
 
それを拓海が言った瞬間、若葉の表情が歪んだ。
 
会いに行こうとでも考えていたのだろうか。
 
拓海もそれを感じていたのか、若葉の方をちらりと見ていた。
 
拓海はその後、掃除の班分け等を連絡した。
 
「それじゃあ、各々持ち場に付いてくれ。」
 
拓海の合図と共に、俺達は席を立った。今日は、榛名さん、五十鈴、不知火の三人と四階をすることになった。
 
「ねぇ、木曾?」
 
俺が席を立ち上がると同時に、俺の左隣に座っていた五十鈴が声をかけてきた。
 
「貴方、本当に男なのよね?」
 
「…………おう。生物学上、間違いなく男だぜ?」
 
昨日から何度もされた質問に、全く同じ答え方をする。まぁ、素っ裸にでもならない限り、証明は出来ないが。
 
「ふぅん……いやね?女の子に見えなくもないなーって思ってさ。口調は完全にあれだけど。」
 
余計なお世話だ。悪かったな口が悪くて。
 
「まぁ、口の悪い人達と過ごしてきたからな…………。」
 
俺の脳内には、親父やお袋、悠人や悠人の親父さん、テキ屋のあんちゃんや学校の仲間等々が浮かんでいた。
 
…………あれだな。たぶん俺は、艦娘になってなかったとしても濃い人生を送ってたんだろうな。
 
「……木曾。こんにちは。今日はよろしくお願いします。」
 
俺が人間だった頃を思い出していると、不知火が話し掛けてきた。
 
「ん、よろしくな。」
 
しかし、不知火か。
 
火を知らず、その言葉が似合うような、落ち着いた冷静な性格の娘だなと感じた。
 
それと比べて五十鈴は強気そうなつり目にツインテール。いかにも活発そうだ。
 
「すいません、春雨さんと話していて…………お待たせしました。」
 
そして、丁寧な物腰をした榛名さん。
 
…………おおう、問題児っぽいのが一人もいない。昨日の若葉が居たときに比べると、圧倒的に楽そうだ。
 
「うし、それじゃあ行くかな。」
 
俺とその三人は、揃って食堂を後にした。
 
 
 
…………この時、他の子達と一緒にいた春雨から熱い視線を向けられていたのだが、それはまた別のお話。 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。友人たちからよく言われるのですが、僕の女の子の好みが大変分かりやすいようで、「おい、この作品にお前の好きそうなキャラな出てきたぜ」とよく言われます。当然、そんな趣味丸出しな奴の書く小説なので、メインキャラが好みに傾くのは仕方無い。うん。

それでは、また次回。 

 

第六十八話

 
前書き
どうも、遅れました。TRPGしたり寝たりサッカー見てたりしてました。 

 

 
―四階―
 

 
「…………はい、数分間だけ目を閉じといてくれー。」
 
俺は階段を上りきり、四階の廊下を見て、うわぁと口に出してしまいそうなのを抑え、三人に指示した。
 
廊下には、バルサ○との戦いの果てに破れ去ったG達が転がっていた。なかなかに地獄絵図だ。
 
こんな惨劇、女の子に見せるべきではないと判断した俺は、五十鈴たちにそう告げた。
 
「何よ、別に死んでるから大丈夫よ。」

と、五十鈴。
 
「確かにその通りです。怖がる必要はありません。」
 
と、不知火。
 
「もう閉じてます!」
 
と、榛名さん。
 
「「「……………………。」」」
 
俺達はじっと榛名さんを見つめた。両手で目を押さえていて、恐らく何も見えていないだろう。
 
俺達はお互いに示し合わせたかのように、そっと物音を立てずにその場から離れていった。
 
そして、少し離れたところから一人残っている榛名さんを観察することにした。
 
「え、なんで皆さん黙ってるんですか?何か話してくださいよ。五十鈴さん?不知火さん?木曾さん?榛名は、ちゃんと目を閉じてますよ!」
 
と、口ではそんなことを言ってるが、目を押さえたまま辺りをキョロキョロと見渡す榛名さん。見えないだろうに、何故。
 
「え?まさか……居ないんですか!?お、置いてかないでください!ええっと…………どうしよう…………。」
 
どうやら、俺達が近くに居ないことに気付いたらしい。しかし、頑なに目を開けようとはしない。
 
Gの残骸を見るのは嫌だけど、置いてかれるのも嫌だ。だけど目を開けたらGを見てしまう。でも、開けなきゃ歩けない。
 
「…………なんでだろ、負けた気がするわ。」
 
「…………右に同じく。」
 
五十鈴と不知火は悔しそうに榛名さんを見ていた。コイツらの圧勝だと俺は思ったが、スルーさせてもらうことにした。
 
「取り合えず、あのままじゃ榛名さん使い物にならないから、取り合えずコイツらだけでも片しとくか…………。」
 
俺はそう言いながら箒でGを集め始めた。
 
…………集めながら、暇なときに水回りの点検しようと固く誓った。
 
 
 
―十分後―
 
 
 
「榛名さん、もう大丈夫ですよ。」
 
取り合えず廊下をぐるっと一周して、目につくGを処理してきた。
 
俺達が最初の位置に帰ってくると、いまだに目を覆い隠していた榛名さんがいた。
 
「…………ごめんなさい。」
 
榛名さんはそう口にして、目を開けた。
 
「はい、お土産。」
 
と、不知火がなにかを見せていた。
 
「……………………。」
 
ヘニャヘニャと、その場に座り込む榛名さん。若干目元に涙が浮かんでいた。
 
「ちょ、不知火!?なんでそんなもの持ってるのよ!?」
 
五十鈴は不知火が手に持っているものを見て、愕然としていた。
 
俺は少し離れたところにいたのだが、気になったので後ろから不知火の手に持ってるものを見た。
 
「…………お前、正気か!?」
 
不知火の手には、五、六匹のGの死骸があった。
 
「不知火に何か落ち度でも?」
 
真顔で首を傾げる不知火。ちょっとかわいいと思ってしまった。
 
「落ち度しかねぇよ。なんで明らかにGが苦手な榛名さんにそんなもん見せてんだよ。と言うか、よくそんなもん触れるな。」
 
俺は半分呆れて、半分感心したように呟いた。
 
「どうせ死んでますし、動いたとしても握りつぶしますよ。それに、手袋してますし。」
 
価値観が違った。俺は勿論の事、悠人や拓海ですら触ろうとはしない。
 
俺は榛名さんに、大丈夫ですか?と声をかけた。
 
「は、はい…………軽く腰が抜けかけましたけど。不知火ちゃんっ、何てことしてくれるんですかっ!」
 
大丈夫じゃなかった。榛名さんはだいぶご立腹といった感じだ。
 
「いや…………昨日から楽しそうだったので、私も楽しませて貰おうかと。」
 
不知火は表情を殆ど崩さないまま、そんなことを言った。
 
「……確かに、昨日は美味しいものを食べましたし、男の人から殴られませんでしたし、可愛い女の子が二人も増えましたし。」
 
榛名さんはうんうんと頷いていた。
 
「…………言っとくが、もしアイツが手を出してきたら言えよ?三倍くらいで返すから。」
 
まさか、あのた……提督に限ってそんなことは無いだろうけど、と付け足した。
 
「…………提督を、殴る気?」
 
「事と場合によっては。」
 
「「駄目ですよそんなこと!!」」
 
榛名さんと不知火さんは揃って叫んだ。その迫力に、思わず仰け反りそうになってしまった。
 
「提督を殴るなんて…………なにされるか分かったもんじゃないですよ!?」
 
「仮にも上司、殴ってどうなるんですか。」
 
「私たちは良いわよ、スッキリするから。でも、せっかくの仲間がそんな形で居なくなるのは嫌よ。」
 
榛名さんは感情的に、不知火は冷静に、五十鈴は呆れながら俺を説得しようとしていた。
 
…………あれだな、コイツらは男が嫌いなんじゃなくて、『提督』と言うものが大嫌いなんだな。少なくとも、俺はそれなりには信じられてるようだ。
 
なら、多少なりとも拓海の株は上げておくのが良いだろう。
 
「…………理由も分からず酷い扱いされる方がよっぽど嫌だね。それに、俺はアイツとは十年来の付き合いだからな。もし殴られたとしたら、暫く殴りあって反省会ってところだろう。」
 
俺は三年前にあった、三人揃って教室で大暴れした喧嘩を思い出した。以来、できる限り話し合いをするようにしてる。
 
…………拓海が権力に酔わなければの話だがな。
 
「……………………。」
 
「……………………。」
 
「…………。」
 
すると、榛名さん達はポカンとした様子でこちらを見ていた。
 
「どうした?なんか変なこと言ったか?」
 
「いや、おかしいわよ。」
 
五十鈴が即答した。
 

 
 
 
 
 
 
 
「なんでついこの前産まれたのに、十年来の付き合いなの?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この鎮守府、問題が山積みすぎだった。
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。なんというか、やることなすこと多すぎて、この作品で何を書いてたかたまに忘れちゃうんですよね……間違えて覚えてるよりはましですけど。

それでは、また次回。 

 

第六十九話

 
前書き
どうも、部屋に置いてあるカポック(観葉植物)を育てはじめて早四年。最早樹になってきた。育ちすぎだお前。最初はその辺の雑草みたいな見た目だった癖に。 

 
―昨夜―
 
 
 
「…………どういう意味だこら。」
 
俺は拓海の胸倉を掴んだ。やはり、拓海を軽々と持ち上げれてしまう。
 
ここにいる艦娘の半分くらいが、無理矢理、あるいは仕方なく艦娘になっただぁ?
 
「…………普通の人が艦娘になる方法は、幾つかある。」
 
拓海は持ち上げられたまま、俺の目をじっと見ながら語りだした。
 
「一つは、『始祖』の場合。最初っから艦娘として産まれたパターン。千尋は半分例外だけど、ここに含まれる。」
 
俺はふと、春雨やお袋や鳳翔さんを思い浮かべた。所謂、人外というやつだ。
 
「さらに、最初から『適性』を持っているパターン。病院での血液検査の時に判明したら、本部のところに連絡が入って、すぐさま声が掛かる。相手が了承したら、然るべき対処の後、艦娘になる。木曾や冬華はこのパターンだね。」
 
今度は木曾の顔を思い浮かべた。あの眼帯オレっ娘は、元気にしてるだろうか。また電話しようかな。
 
拓海はそこまで言うと、先程に比べて少し神妙な面持ちになった。
 
「…………そして、『適性』はないけど艦娘に自らなるパターン。男連中は知らないだろうけど、小学校の時に女の子だけが集められるときがあったでしょ?あのときに、一通りの説明を受ける。そして、女の子が保護者だったり、責任者と一緒に艦娘になることを本部に何らかの方法で伝えればいい。」
 
俺は息を飲んだ。
 
つまり、世の中の女性は、知っていたのだ。
 
深海棲艦に対抗することができる『艦娘』の存在。
 
それは女性にしかなることができないこと。
 
俺達は、身近な人が艦娘になって、はじめてそれに気付くってのに。
 
「どうやって適性のない人を艦娘にするかは、誰のでもいい、艦娘の血を注射すれば『適性』ができる。どの艦になるかは分からないけどね。」
 
…………そこまで聞いて、気になることがあった。
 
「…………家族へはどれくらい包むんだ?」
 
「三~四千万。そして、艦娘への給与と同じ金額が毎月入る。」
 
即答だった。
 
「……………………身売り、じゃねぇかよ。」
 
俺は名瀬だか力が抜けるような感覚になって、拓海を放した。
 
「…………だね。」
 
拓海は襟元を正しながらそう呟いた。
 
しかし、ある意味良心的かもしれない。
 
戦争ってのは、なんにもなしで駆り出されるもんだ。カネが払われるだけまだましだろう。
 
もっとも、人の命をカネで動かしているという点では、どうなのかとも思うが。
 
「まぁ、あまりに小さい女の子や、家族に半分無理矢理『艦娘』にさせられた人なんかには、軽く記憶操作をするけどね。」
 
今は平成だからね、と拓海は苦笑しながら付け足した。
 
俺は、ここまでの会話を脳内で何度も何度も繰り返した。
 
艦娘になる方法。
 
血液注射。
 
カネ。
 
記憶操作。
 
俺は…………一つの結論に至った。
 
「じゃあ、この鎮守府の奴等は……!」
 
俺は目を見開いて、固まった。拓海はそんな俺を見て、コクリと頷いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「中には、本部だったり各鎮守府が『買われた』という記憶を消すべきだと判断した人の記憶を、完全に消してしまう場合もある。その人には、『艦娘は海から産まれるもの』と教え込む…………この阿武隈なんかは、まさにそうだね。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……………………。」
 
言葉もなかった。
 
俺は、呉の事を思い返す。
 
誰もそんなそぶりを見せなかった。あそこに阿武隈のようなパターンの奴が居るのかどうか、それは分からない。
 
「…………呉の提督は、すげぇ人だったんだな。」
 
俺はボソッと、そう呟いた。
 
「…………僕の数少ない、尊敬する人だよ。あの鎮守府には、そんな経緯の人は一人もいないからね。」
 
拓海は窓の外を眺めた。
 
「…………なんだよ、俺にどうこうできる問題じゃねぇじゃんか。」
 
俺は、力なく笑った。
 
俺が気にしていたものは、俺が思っていたものよりも、圧倒的に大きな問題だった。
 
正直な話、色々と信じられないことがある。記憶操作とか、なに言ってんだお前と叫びたいところだが、拓海は嘘をつけない。
 
それがたとえ、自分にとって不利になることだとしてもだ。
 
疑えない。信じるしかない。
 
だとしたら、本当に俺にはどうしようもない。
 
彼女らに俺は、どう言えばいい?
 
今までの連中は、望んで艦娘になった連中だ。だから意識も高いし、レベルが高かったのだろう。
 
じゃあ、ここの連中は?
 
なりたくてなった訳じゃない。そんな奴等に、どう接すればいい?
 
…………って、答えは一つか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「だからどうした。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
俺が気にすることじゃない。俺がやることは、海の上で戦うことだ。
 
それは、拓海の仕事だ。
 
「…………そーゆーと思ったよ。」
 
拓海は笑った。俺は笑わなかった。
 
「まぁ、もしここに艦娘が増えたとき、そいつが海から産まれたとか言い出したら、容赦なくぶん殴るからな。」
 
あと、俺が気に食わなかった時とか、と付け足した。
 
「いやだなぁ。絶対痛いじゃん。」
 
拓海はまた笑った。俺は少しだけ口角を上げた。
 
「…………さてと、バ○サンしてくか。」
 
「だね。」
 
俺と拓海はそう言うと、床に置いていた袋とヤカンを持ち上げた。
 
 
 
 
 
 
―翌日 四階廊下―
 
 
 
 
 
ぶっちゃけ、その覚悟が揺らめいていた。
 
キョトンとした三人の顔を見ると、どうしてもそう思ってしまう。
 
…………コイツらは、望んで艦娘になったわけではない。
 
どうして艦娘にさせられたのか、その経緯は全く知らないが、それは確実だ。
 
でも、コイツらはそれを知らない。そういう意味では、春雨となんら変わらない。
 
「…………まぁ、あれだ。前世の記憶だろ。よく知らねぇけどさ。」
 
俺は適当なことを言った。
 
確かに、俺にはどうしようもない問題だ。
 
だけど、海の上の話なら俺にもどうにかできる。
 
「さてと、サクッと終わらせて、昼飯作るぞー!今日は…………材料ねぇからそうめんだ!!」
 
俺は自分にできる最大限の笑顔を見せた。
 
「……ご飯…………。」
 
「…………そーめん…………。」
 
「…………よーし、やりましょう!!」
 
三人とも気合いが入ったようだった。
 
…………こうしてみると、全員歳はそんなに離れてないように見える。不知火は中学生、五十鈴は高校生、榛名さんは大学生位に見える。
 
そして、そんな女の子が昼御飯を楽しみにしている光景を見ると、俺の中の決意がさらに固くなった気がした。
 
「…………絶対、終わらせてやる。」
 
「ん?なにか言った?」
 
「いや、まずはそこの部屋からかなって。」
 
俺はそう言うと、近くの扉のドアノブに手をかけた。
 

 
 
 
 
―オマケ 今回のぽいぽい―
 
 

「ぽい~…………ぽい~…………。」
 
ぽいぽいは、弥生を抱き枕にしてぐっすり寝ていた。しかし、そのイビキは人としてどうなのか。
 
「…………拓海くーん…………えへへ…………。」
 
違う、それ、弥生。
 
残念ながら、ぽいぽいの夢の中は覗き見ることはできないが、どんな夢を見ているのかは、容易に想像がつく。
 
しかし、それは弥生である。抱き枕にされている弥生は、そんなの関係ないと言わんばかりに爆睡していた。
 
そんな感じで、ふわふわした空間がそこには広がっていた。すぐ近くで千尋と春雨がイチャラブしているが、起きる様子はない。しかし、この隻腕とピンク髪、さっさと結婚しやがれと思うのは我だけだろうか。
 
 
 
 
 
 
「ちひろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
 
 
 
 
 
ドタドタドタドタ!
 
「へっ?まっ、待っててください!」
 
パタパタパタパタ!
 
そんなイチャラブしていた二人は、そんな叫び声を聞いて走り去ってしまった。
 
「…………っぽい?」
 
ぽいぽいは、パチリと目を開けた。弥生を離すと起き上がり、キョロキョロと辺りを見渡す。
 
「…………拓海くん?居ないっぽい?」
 
やはり、すぐ近くの足音ではなく、拓海の叫び声に反応したぽいぽい。もはや忠犬。
 
「…………そうだ、朝御飯作ろーっぽい!」
 
確実に寝ぼけているぽいぽい。なぜかそんな事を思い付いた。
 
しかし、ぽいぽいは料理をしたことは全くない。精々、卵かけご飯位である。
 
さぁ、どうするのかぽいぽい。
 
「えーっと、確か…………。」
 
ぽいぽい、台所の奥でゴソゴソと何かを探し始めた。何を探しているのか。
 
「あった!昨日買ったやつ!」
 
ぽいぽいの目線の先には、BBQセット。
 
このぽいぽい、朝から焼き肉をするつもりである。しかし、止めてくれる隻腕やピンク髪は居ない。
 
かくして、第一回佐世保鎮守府BBQ、開催――
 
「…………これ、どうやって組み立てるっぽい?」
 
――は、悪ノリ大好き不知火が起きてくるまで、延期となった。
 
こうして、ぽいぽいの朝は、無駄にゆっくりと流れていくのであった。
 
  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。オマケは、最近めっきり出番の減っているぽいぽいのために書きました。後悔はない。むしろ、なんかスッキリしました。

それでは、また次回。

追伸 いつのまにかUA二万、PV三万突破していました。これから人生の山場に入るため、投稿頻度は落ちていくかもしれませんが、これからも頑張っていきたいと思います。
この作品を読んでくださって、ありがとうございます。 

 

第七十話

 
前書き
どうも、紙面上の戦いより帰還しました。オリジナルの作品も作っているので、だいぶ疲れております。いぇい。 

 

―食堂―
 
 
「ふぁてと、ほぉれからのズズズっ訓練についてんぐっ、連絡しよう。」
 
拓海は素麺をすすりながらそう言った。
 
俺は右手を振り上げ、拓海の頭を容赦なく叩く。その勢いで頭を机に思いっきりぶつけるが、それでもお椀に入っているめんつゆを溢さない辺りは流石だ。
 
「口にモノを入れて喋るなアホ。行儀悪い。」
 
まわりの視線をビシビシ感じるが、華麗にスルー。
 
「えっと…………これから皆には八対八の缶けりをしてもらおうと思ってる。」
 
拓海は後頭部を擦りながらばつが悪そうな笑みを浮かべた。
 
ふむ、缶けりか。小学生の時以来だろうか。
 
…………缶けり?
 
「ルールは、逃チームは一時間以内に缶を蹴るか逃げ切れば勝ち、鬼チームは一時間以内に逃チームを全員捕まえれば勝ちだ。それ以外は、相手を殺さない限りは何をしてもいい。」
 
一瞬疑問を持ったが、拓海の説明の最後の部分で全てを察した。回りを見ると、春雨や冬華も納得したような表情をしていた。
 
呉の連中ならまず間違いなく意識不明レベルの重体が出そうだ。
 
「……ちなみに、勝ったらなにかあるのか?」
 
相変わらず机の一番端に座っている若葉は、お茶のコップを手に取りながら拓海を睨み付けていた。かなり怖い。
 
「…………勝ち負け関係なく、今晩は木曾には頑張ってもらおうと思ってたけど…………。」
 
殺す気かよ。
 
「…………明日の晩御飯のメニュー決定権を進呈しよう。」
 
もっと殺す気かよ。ただでさえ毎食作ってるのに…………。
 
「…………ふむ……………………悪くないな。」
 
納得した模様の若葉。
 
「おいこら拓海テメェ、勝手に賞品にすんじゃねぇよ。」
 
俺は拓海を肘で小突きながら小声で拓海を責めていた。
 
「さてと、早速チーム分けと行こうか。」
 
華麗なスルーを見せる拓海。後で殴ると心に決めた。
 
 
 
―艦娘抽選中―
 
 
 
結果。
 
鬼チーム……拓海、春雨、榛名さん、古鷹、加古、阿武隈、祥鳳さん、文月。
 
逃チーム……俺、冬華、山城さん、瑞鳳、若葉、不知火、五十鈴、弥生。
 
「これまた…………。」
 
悪くないかもしれない。運動神経の塊の冬華がこっちにいるのはありがたい。
 
「さてと、缶は四階の執務室前に置いとくから、逃チームはここスタートで。十分後に開始するよ。」
 
拓海はそう言うと、鬼チームの皆を引き連れて食堂を後にした。
 
「さてと……ルール的には、バラけて逃げた方が圧倒的に良いけど…………。」
 
建物の構造的に考えると、普通の缶けりなら四階への階段の四ヶ所は一人ずつ配置して万全を尽くす。
 
だけど、『暴力OK』と言ってるようなルールとなると、二人以上で攻められたら突破さねかねない。
 
むしろこのルールは、俺たちの若干の不利を和らげるルールなのだろう。
 
「二人一組で行動していこう。基本的には逃げることを優先させる感じで。」
 
そもそも、鬼の勝利条件を考えると、俺たちを必死に追いかける他ない。でも、缶を守る人を二人は置くだろうから、追っ手は減るはずだ。
 
…………と、このときの俺はどっちが本当に有利か分からないまま作戦を立てていた。
 
いや、このときの俺の予想や推理は決して間違っていなかった。最悪、一時間逃げ切れば勝てる、と。
 
しかし、俺は失念していた。
 
一人、そいつが居るだけで勝利に大きく近づくような存在を。
 
「…………ねぇ、木曾?あたしは麻婆豆腐とか言うの食べてみたいから。」
 
しかし、そんなことを知らない俺達は、食べたいものの想像を始めていた。
 
「…………私は、オムライス、とかかな…………。」

「カロリーメイク以外なら、なんでも…………。」
 
…………昨日に比べると、みんなの顔にも少しずつ笑顔が浮かぶようになっていた。
 
…………勝たせてやるか。
 
「…………さてと!そろそろ始まるっぽい!!」
 

 
 
 
ピンポンパンポーン。
 
 
 
 
 
開始時間三十秒前に、館内放送が始まった。
 
『えー、これより、缶けりバトルをスタートする!思う存分暴れてくれ!!』
 
拓海のその合図と共に、俺達は食堂を飛び出した。俺は不知火と共に、一番近くの階段へ向かった。
 
「さてと、暫くは一階と二階を中心に逃げて行こう。場合によっては、三階も視野に入れるけどな。」
 
「了解。」
 
俺達は階段の前までやって来て、二階へと上がる。
 
壁から廊下を覗いてみるが、また人影はない。
 
俺達は二階にある個室の中にでも隠れようかと一瞬考えた。しかし、もし入ってこられたら逃げ場がない。見通しのいい廊下に居よう。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
『二階南東階段付近に木曾さんと不知火ちゃんが移動してます!その他も各階段へ二人一組で移動中!総員、最初の指示通りお願いします!!』
 
 
 
 
 
 

 
 
「なっ!!?」
 
俺は自分の耳とスピーカーから聞こえてきた放送を疑った。
 
今の放送は、間違いなく春雨のものだった。その春雨が、誰がどこにいるのかを的確に言っていた。
 
しかし、よくよく考えてみると、なんら不思議はない。
 
春雨は『超高性能電探』とも言うべき特性を持っている。このお陰で、海上では半径百キロメートルの範囲はほぼ完璧に、水中にいる潜水艦すら発見してしまう。
 
…………って。
 
「これ、無理ゲーだろ…………!!」
 
俺はスピーカーを一頻り睨むと、その場から走り去っていった。
 
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。僕が最後に缶けりをしたのは、中学二年生の時でした。そのときは、友人が持ってきたBB弾銃で倒すという荒業をやってました。蹴ってないのに缶けりとはこれいかに。

それでは、また次回。 

 

第七十一話

 
前書き
どうも、暑さにやられたりしてました。こんなの、エアコンなしでどう過ごせと。 

 

 
 
「なんでバレてるんですか!!?」
 
不知火は悲鳴にも近い叫び声を上げていた。
 
俺と不知火は曲がり角に二人で立ち、二方向とすぐ近くの階段を見ていた。気休めに近いかもしれないが、どこから来ても反対方向に逃げれる…………はず。
 
「…………春雨はな、『超高性能電探』とも言うべき能力を持っててな。半径百キロメートルの範囲にいる奴等を感じることができるんだ。水中だろうが空中だろうがお構いなしだ。」
 
完全に忘れていた。最近は出撃どころじゃなかったから、すっかり抜け落ちていたようだ。
 
「そんなの…………反則では!?」
 
「…………クソが……………………だから拓海は『なんでもあり』ってルールにしたのか……!!」
 
あれは、俺たちの不利を和らげるためのものじゃない、春雨の能力を存分に生かすためのルールだったんだ。
 
「卑怯な…………!」
 
不知火はそう溢したが、そうとも限らない。
 
あのときはまだチーム分けをしていなかった。つまり、春雨が拓海の敵になる可能性だってあったんだ。
 
どのみち、狂ってることは間違いない。
 
しかし…………圧倒的不利になった。
 
むこうはこちらの位置が正確に分かって、的確な指示が出せる。
 
こちらはむこうの位置が分からず、携帯もないから指示が出せない。
 
『北西二階階段付近に瑞鳳さんと弥生ちゃんが移動してきました!総員、三階には通さないこと!!』
 
『ちょっ!?春雨、それ言っちゃダメだって言ったじゃんか!!』
 
『へっ?あっ!!そうだ!!て、敵チームの皆さん!!今の放送は嘘ですから!!信じてもらわなくて大丈夫ですよ!!』
 
『相手が信じるわけ無いでしょ!?』
 
「「……………………。」」
 
俺と不知火は自然と顔が緩んでいた。非常に和む。
 
放送室で慌てているであろう春雨…………あー、捕まえたくなる。逃チームだけど。
 
「…………と、兎に角、敵の思惑はよく分かった。恐らく、拓海と春雨が缶を守って、四人が二階から三階への階段を守ってる。そして、残った二人は…………遊撃手かな?」
 
かなり厄介なフォーメーションだ。タッチすれば確保なことを考えると、一対二なら突破される可能性も少ない。
 
缶を守りつつ、こちらの行動範囲を一階と二階に追い込んで、全員捕まえる…………追い込み漁みたいだな。
 
「しかし、そうなると…………敵はこっちが逃げるものと考えてるんだろうな…………。」
 
間違いではない。俺はさっきまで、逃げ切って勝とうと考えていた。
 
しかし、それではジリ貧だ。奴等になぶり殺しにされかねない。
 
…………仕方無い。
 
「不知火、各階段組に伝えてきてくれ。」
 
ジリ貧の反対は、ゴリ押しだ。
 
「やるしかねぇなぁ…………あー、怪我人、増えちゃうなぁ…………。」
 
とことん、やってみるかな。
 
 
 
―執務室―
 
 
 
 
「あーもー…………色々台無しだよ…………。」
 
僕は春雨に放送のスイッチを切らせて、大きな溜め息をついた。
 
大輝さんから春雨のおっちょこちょい加減は聞いてたから、半分くらいは予想してたけどさ…………まさかここまでとは…………。
 
本来、三階の階段に居る四人を少しずつ二階に降ろして、二階に降りきったら、自由行動組で捕まえきるつもりだったのに…………。
 
僕、『作戦を口走らないように気を付けてね』って、わざわざ言ったのに…………。
 
「ごっ、ごめんなさ…………ん?」
 
すると、春雨が何かを感じ取ったようだ。机の上に広げていたこの鎮守府の地図に視線を移していた。
 
「どうしたの?」
 
「逃チームは今のところ、それぞれの階段に二人ずついるんですけど……若葉ちゃんが、階段を降りてるんですよ。」
 
「……………………ふむ。」
 
若葉。本名、一之瀬 瑞希(いちのせ みずき)。自ら望んで艦娘になった稀有な例。
 
現状、この鎮守府の最古参。この三年間の全艦娘の平均寿命が半年なのに対し、既に三年以上生き延びている。
 
練度は資料によれば高くないのだが、千尋の話を聞く限り、かなりの実力を持っていそう。
 
そして、大和のことを知っている……らしい。
 
「…………えっと、医務室に入っていきました!」
 
春雨は何度も地図と何もない空中を見比べながら断言した。
 
「…………ふむ…………ちょっとマイク貸して。」
 
僕は春雨にそう言うと、放送のスイッチを押した。
 
 
 
「Wakaba ist in der Ärztliches Amt.」
 

 
「…………なんで日本語で伝えないんですか?」
 
僕が放送を終えると、春雨が首をかしげながら聞いてきた。
 
…………あぁ、そうか。春雨はドイツ語が分かるんだっけ。千尋と一緒に毎朝勉強してたとか。
 
「そんなの、決まってるじゃないか。特定の人物以外には伝えたくなかったからだよ。」
 
「…………千尋さん、ですか?」
 
無論だ。
 
「さてと…………そこまで賢くないとは思ってるけど、そこまで馬鹿でもないはずだ。察してくれよ…………?」
 
一抹の不安を覚えながら、机の上に広げていた地図に目をやった。

 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。先週は色々と不足の事態が発生してしまいました……切り替えていこう。

それでは、また次回。 

 

いつも読んでくださる皆様へ


どうも、V・Bです。毎話毎話読んでいただき、ありがとうございます。
 
この度、この『男艦娘 木曾』の更新を休止させていただきます。
 
理由としましては、まず大学入試です。
 
…………いや、大学入試のための勉強といった方が正しいでしょう。
 
この二週間、『もうひとつの理由』と勉強と食事と風呂と睡眠しかしておりませんでした。

…………その間、ほぼ完璧にこの作品のことを忘れていました。読んでくださっている方々が居るというのに、とんでもないことです。
 
誰に約束したでもないですが、僕は毎週日曜日に投稿するというのを(例外を除いて)決めており、それが習慣化されてきていました。
 
しかし、今回の『もうひとつの理由』と勉強とで、完全にその存在を忘れ、投稿を、そして執筆を忘れていた。
 
一体何人いるのか分かりませんが、こんな作品でも待ってくださる方は確かにいます。その人たちに、申し訳なくなりました。
 
これから先も、恐らく入試が終わるまで、何回も同じことをするだろうからです。
 
さらに言えば、大学入試というのは、やはり自分の人生における最大級の分かれ道。
 
『あのとき小説なんて書いてなきゃ良かった』なんて、言いたくないです。
 
自分のミスを、自分の大好きなもののせいにしたくない……。
 
だったら、休止にしてしまおう。
 
誠に勝手ですが、それが一つ目の理由です。
 
二つ目ですが……前にもお話しした通り、『新人賞への応募のため』でした。
 
過去形なのは、この四ヶ月ほどでその作品がほぼ完成されているからです。
 
しかし、応募までまだ少し時間がある。
 
ならば、毎日数十分の『木曾』の執筆時間をそれに当ててしまおうと考えました。
 
そうすれば、『一つ目の理由』にも影響がないから。
 
…………誠に身勝手な話です。待っている人がいるかもしれないのに、自分のことを優先させる。
 
でも、色々と考えた結果、出た結論は『後悔したくない』でした。
 
大学入試にしろ、新人賞にしろ。
 
ですので、待ってくださっている何人かの方々には申し訳ありませんが、『休止』という形を取らせて頂きます。
 
勿論、この作品を二度と投稿しないということは、決してありません。
 
今年最後の『木曾』の執筆作業として、昨年のクリスマススペシャルの続編と、年末年始の挨拶を先程書き上げました。
 
ですので、その時にまた近況報告などをさせていただこうと考えております。
 
だから、この『休止』が無駄にならぬよう、最大級の努力をして来ます。
 
いつかまた、皆様の前に堂々と小説を投稿したいという気持ちを抱きつつ、ご報告を終わらせて頂きます。
 
 
 
 
 
 
 
それでは、また次回。
 
 

 

予告


 
 
 
 
 
 「あーあ…………結局俺は、どれだけ抗っても、人じゃなかったってことか…………。」
 
 
 
 
 
 「私は、千尋さんと一緒に過ごせたら、それだけで幸せだけど…………どうして『始祖』の私が、人間じゃないのに、それ以上を望んじゃうのかな?」
 
 
 
 
 
 
 
 「…………今は七宮 千尋の親友じゃない、佐世保鎮守府提督として言ってるんだ…………!頼むから聞いてくれ…………!」
 
 
 
 
 
 
 「あなたには、あなたのできることがあるっぽい!難しいことは拓海くんや千尋にぽいってパスすればいいっぽい!」
 
 
 
 
 
 
 
 「…………どうして、お前たちはそんなに笑えるんだ?怖くないのか?苦しくないのか?…………だったら、私の三年間は何だったんだ?」
 
 
 
 
 
 
 「佐世保鎮守府所属、大和型戦艦一番艦 大和、戦線に復帰しました――これより、砲撃戦を開始します!!」
 
 
 
 
 
 
 「他の奴等は千尋の艦隊の保護に回れ…………たかが連合艦隊一つだろう?オレ一人で十分だ…………手ぇ出すなよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 ―籠った天才編―
 
 
 
 「…………僕を信頼しろとは言わない。ただ、そこにいる五人だけでも信用してくれないか?若葉。」
 
 「信じるのも信じないのも、信じるに足るのかそうでないかの判断も、決めるのは私自身だ。指図される筋合いはない」
 
 未だに心を開こうとしない若葉――。それでも、拓海はなんとか最低限の信用を得ようとするが…………?
 
 そんな彼等に手をさしのべたのは、千尋でも春雨でも冬華でもなく……?
 
 
 
 
 ―秋の春雨編―
 
 
 
 「千尋さんにとって、私って何なんですか…………?あなたの中で、どんな存在なんですか…………?」
 
 「…………は、るさめ?」
 
 呉では薄れて感じなかった戦いの過酷さや残酷さを目の当たりにした春雨。その事実に押し潰されそうになった彼女は、千尋にその想いをぶつける。
 
 彼女に想いを馳せている千尋は、彼女の支えになれるのだろうか――?
 
 
 
 
 ―千尋の二つ名編―
 
 
 
 
 「……雫の息子は、『魔神』と同じ土俵には立てない。だから、彼には彼なりのやり方がある。木曾にはできなかったやり方が。」
 
 「……僕の親友に人外になれって言うのかい?『呉の英雄』さん?」
 
 戦いの中、千尋のやり方に限界を感じた大和。
 
 木曾の師匠である彼女が千尋の親友である拓海に提案した、『千尋なりのやり方』とは……?
 
 
 
 
 ―『最強』VS『不屈』編―
 
 
 
 
 「来いよ、『最強』…………手加減なんて要らないぜ?」
 
 「…………ハッ。手加減しなきゃ、お前が死んじまうだろう?」
 
 久しぶりに木曾と再開した千尋。しかし、あまりの木曾の豹変の仕方に言葉を失った彼は、『最強』である木曾に演習を挑む。
 
 『改二』になって、圧倒的な力を手にし、真の意味で『最強』になった木曾に、千尋はどう挑むのか――?
 
 
 
 
 ―絶望再来編―
 
 
 
 
 「久シブリダネ…………ソノネックウォーマー、着ケ心地ハドウダイ?」
 
 「あぁ、この季節は暖かくて丁度良いぜ?」
 
 佐世保鎮守府周辺海域に突如として現れた、戦艦レ級改flagship。
 
 今、『佐世保鎮守府』対『究極の深海棲艦』の戦いの火蓋が、切って落とされる…………!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 艦隊これくしょん~男艦娘 木曾~
 
 佐世保鎮守府編予告
 
 完
 
 
 
 
 
 
 
 「…………君達ニ、賭ケテミルコトニシタヨ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 絶望は、いつか希望へと。
 
  

 

経過報告と言う名の断罪


 どこかの部屋の中、何故か設置されている十字架に、一人の男が磔にされていた。
 名はV・B。この作品の作者であり、全ての元凶。
 腰元に布が巻かれているだけで、他の部分は何も身に着けて――熊のお面を除いて――居なかった。
「……痩せ過ぎです。もっと食べてくださいよ」
 そして、その隣には槍を持った一人の少女。
 名は青葉。この作品のメタ担当であり、V・Bを磔にした張本人。額には青筋を模したシールが貼られていた。
「……いや待って、何この状況?」
 V・Bはそんな状況に付いて行けず、首を傾げていた。突然青葉に気絶させられたかと思うと、いつの間にかこんな状態になっていたのだ。
 磔にされるのは人生で初めてだったが、痛めている右肩が物凄く痛いのか、顔をしかめていた。見えないけど。
「いやぁ……それはあなたがこの半年間で様々な罪を犯したからですよ」
 青葉はいつの間にやら手にしていたメモ帳をパラパラとめくりながら、実に楽しそうに笑っていた。額の青筋シールが嘘のようである。
「……まぁ、心当たりしか無いけどさ」
 V・Bは大きく溜息をした。お面のせいで表情が分からないのが非常に面倒くさい。
「では、一つ目」
 青葉は指を一本立てた。
「機種変によるクリスマス特別編データの消失」
「いやマジでスンマセンでした」
 つい先日、V・Bは自身のスマホの機種変を行った。
 その際、当然ながらバックアップを取って移行させたのだが……。
「まーさか本編のデータしか残ってないとは思いませんでした、よっと!」
「いっづ!?」
 青葉は両手で槍を握ると、無防備なV・Bの左ふくらはぎに突き刺した。思いっ切り貫通してるが、何故か血は流れていない。
「ぐおぉ……いでぇ……」
「この件に関しては読者の方々に謝罪させて頂きます。まず間違いなく今年のクリスマスには間に合いませんが、いつか必ず書かせます」
 ……何時になるのか、そもそも何人が待ってるのかなどは全く持って不明である。
「じゃあ二つ目」
 青葉はそう言うと、amaz○nと印刷されているダンボール箱から二本目の槍を取り出す。どうやら通販で手に入れたらしい。
「あの予告はなんですかっと!!」
「ぐうっ!」
 今度は右のふくらはぎに深々と突き刺さる。やはり血は流れていない。
 しかし、このときばかりはV・Bの顔にお面が着けられてて良かったな、と青葉は内心思っていた。
 流石に苦痛に苦しんでる醜い作者の顔を晒すのは色々と可哀想だと考えていた。
「うぅ……って、それは罪なのか!?」
 痛みに身悶えながらも、青葉に異議を唱えるV・B。当人からしてみれば、こんな目に遭うような事なんかでは決して無い筈だと。
 青葉はそんなV・Bの顔(お面)を見て、フッと鼻で笑った。
「あんな予告で暁様における一日のPV記録抜くんじゃねぇって事ですよ」
「理不尽すぎね!?」
 それまでの一日のPV記録三百五十程度から倍以上の七百オーバーを突破していた。それを友人に教えられて戦々恐々としていた。
「その節はどうもありがとうございました。まだまだ続きの投稿はできそうにありませんが、心行くまでお待ち下さい」
 青葉は丁寧に頭を下げていた。V・Bは実に不満そうな表情()をしていた。
 さてと、と青葉が言うと、三本目の槍を取り出した。先程の二本に比べて、若干大きかった。
「……まだあるんすか?」
 痛みに震えながらなんとか言葉を繋ぐV・B。普段が平和な生活を送っている分、こんな痛みには縁がない。持ち前の鋼メンタル(自称)によって、泣き叫ぶ事だけは我慢していた。
「三つ目……何新作の設定つくってるんっ、だ!」
「ぐほぉおっ!?」
 青葉は勢い良く槍を振りかぶると、V・Bの脇腹に向かって思いっ切り振り降ろした。
 これまでとは比べ物にならない痛みに、より一層身を悶えさせる。恐らく、お面の下では涙すら流している筈だ。
 青葉は早々に四本目の槍を取り出すと、チアリーディングのバトンのようにクルクルと回しながら実に楽しそうに笑った。最早青筋シールは意味をなしてない。
「私が入手したのは新作プロットを作ってるって情報だけですけどね……どんな作品かはここで公表して貰いましょう」
「……」
「艦これですか?オリジナルですか?」
「……ル……公の……モンの……」
「はい?」






「ミツル君が……主人公、の……ポケモン二次、創作……で、す…………」








 世界の時間が、止まった。
「……えっ、と……返答によっては四本目を行こうと考えてたんですが……なんともまぁ反応しにくい…………」
 V・Bの『マイナーキャラに恋する病』は相変わらずである。
 あと、『ボクっ娘大好き病』も酷い。ブギ○ポップ滅茶苦茶楽しみにしている。悠○碧さん、キ○に続き、ブギー○ップありがとうございます(?)。
「っていうか、ポケモン二次創作ならご友人の吊人(てるてる)さんがやってましたよね……?色々と大丈夫ですか?」
「一応確認したけど…………『勝手にやりなさい!』って……」
 段々と痛みに慣れてきたのか、先程に比べて大分スムーズに話せていた。
 確かに、V・Bは昔からポケモン大好きであり、最近はポケスペの二次創作を休憩時間に眺めるのが生き甲斐らしい。
 今回、それが爆発したようである。稀にある良くあることだ。
「まぁ、期待せずに待たないでくださいってことで一つ」
「嘘でもいいから待ってて下さいって言ってよ……」
 投稿は恐らく四月頃になると思われます。その頃には艦これの方も再開できると思われます。
「さてと……四つ目」
「へ……」
 青葉がそう言いながら早々に四本目を振りかぶる。これまでとは違った怒りの表情に、V・Bの表情()も曇る。
「私の改二は何時ですかぁあっ!!」
「がはぁああぁああっ!!」
「あと、何なんですかこの文体はぁ!!新人賞用の原稿に引っ張られすぎですよぉおおおおお!!」
「ぐはぁああぁあぁああっ!!」
 最早八つ当たり以外の何物でもない青葉の怒りが籠もった四本目は、V・Bの腰元に深々と突き刺さり、すぐさま持ち上げられた五本目が、胸元を深々と抉った。断末魔を上げたあと、ピクピクと痙攣するV・B。次回までには治っていることを期待せずに待っておこう。
 この半年間程の鬱憤が溜まっていたのであろうが、それが晴らされたのか、青葉の表情は幾分か晴れていた。
「さてと!中々修羅場を経験しているV・Bさんですが、こうやって元気に頑張っております!」
 最早元気の欠片もないV・Bを指し示しても説得力は皆無だが、それを指摘する人間は居ない。
「これから残りの四ヶ月間も死ぬ気で頑張ってまいりますので、期待しないで待ってて下さい!そして、また戻ってきたときは、読んでくださると幸いです!!」
 そして、青葉はいつもの一言でその場を締めた。









「それでは、また次回!!」








  

 

第七十二話

 
前書き
どうも、帰ってきました。 

 


「……何考えてんだ?」

 俺はスピーカーを睨みながら首を傾げた。拓海が何を言ったのかは理解したが、何故言ったのかはまだ分からなかった。
 
「えっと……今のは、司令官の声ですよね?なんて仰ったのでしょうか?」

 不知火は俺と同じようにスピーカーに目を向けていたが、俺とは違い、拓海の声そのものに困惑しているようだった。

「あー……多分外国の言葉だよ」

 念には念を入れて、言葉を濁す。余計な疑問を持たれても今はめんどくさいだけだ。無論、俺は拓海が何を言ったのかは理解出来ている。今のは、『若葉は医務室にいる』だろう。

「……なぜ?」
「こっちが聞きたい……」

 俺と不知火は、二人して首を傾げた。

「なんで司令官はいきなり外国の言葉で放送を?」
「そこなんだよなぁ……ちょっと考えるから、周り警戒しといて」

 俺は不知火にそう告げると、壁にもたれかかって目を閉じる。微かに波の音が聞こえてくるだけの鎮守府という環境は、集中するには中々の場所だ。
 
 ……わざわざドイツ語で話してきたということは、恐らく俺以外には知られたくなかったから。

「……なぁ、ぬいぬい。この鎮守府に外国の言葉が分かる奴は居るか?」

 念の為、不知火にそれとなく聞いてみる。もしかしたら、そいつに向けての言葉かもしれない。

「いえ……そもそも、読み書きが怪しい艦も居ますし……って言うか、なんですかぬいぬいって」
「…………」

 想像を軽く飛び越えて行った。それと同時に、俺の仕事が数倍にまで膨れ上がって行ったような気がした。

 このままだと俺の肩書きが、『佐世保鎮守府所属司令官第二補佐艦兼料理長兼訓練教官兼学習指導員、球磨型軽巡洋艦五番艦木曾』とかになってしまう。
 
 それはともかくとして……どうしても拓海が敵チームに塩を送るような真似をするとは考えにくい。そもそも、若葉が消えた事なんてすぐにでも俺たちのチームで共有するだろうから、言う必要すらない。

 明らかに、明確な意図があって拓海は俺に伝えてきた。

「……」

 若葉が医務室に言った理由なら分かる。間違いなく、大和さんを見に行くためだ。

 そう考えると……俺が拓海だとしたら、それの邪魔はしたくない。久し振りに顔を見れるのだから、そっとしたい。

「……こっからは八対七だな」

 俺はすっと目を開け、軽く笑いながら呟いた。

 恐らく、拓海からの指示は『邪魔してやるな』……のはず。

 こちらとしても、久しぶりの再会に水を差す様な真似はしたくない。それに、俺や他の奴がどうこうしたところで、ぶっきらぼうというか冷たいというか、人付き合いを避けている若葉には無駄だろう。

「……なぁ、ぬいぬい。お前から見て若葉ってどんな奴?」
「え?えー……そうですね、ずっと一人で……自分からは何もしようとしない、めんどくさい艦ですね」
「容赦ねぇなおい」

 薄々気付いてはいたが、この不知火、なかなかいい性格してる。昨日の榛名さんへの一撃といい。

「ただ……実力はあると思います。他の艦が沈む中、ずっと生きていますし」
「……そこに関しては同感だ」

 昨日のゴキ○リ退治の時の刀の腕前からして、既に一線を画しているようにも思えた。

「さてと……まぁ、それは置いといて……不知火、これから作戦を伝えるから」

 俺は壁にもたれ掛かるのをやめ、不知火に話しかけた。



 ─四階 執務室─


「ライオ…………っ!千尋さんと不知火ちゃんが動き始めました!二手に別れて廊下を走ってます……って、不知火ちゃん足速っ!?千尋さんより速いですっ!」
「へぇ……いいねぇ」
「感心しないで指示出してください!」

 放送を掛けてから数分後、暇だからしりとりを始めていると、春雨が二人の動きを感知したのか、大きな声を出した。と言うか、今春雨『ライオン』って言おうとしてた気がする。大丈夫かこの娘。

「あー……多分、二人で対角の階段に行って七人全員で階段強行突破って所かな……昔っからRPGじゃ防具より武器だったなぁ」

 ちなみに僕は武器より防具、悠人は銅の剣を無視して先の街の鋼の剣を買うタイプだ。

「んじゃあ……」

 と、僕は春雨に指示を出した。まるで意味がわからないというような顔をする春雨。

「えっと……いつの間にそんなものを?」
「ほら、昨日の夜、僕と千尋とでバルサン使ったでしょ?その時に」
「……呉の提督さんに似てきましたね」
「どういたしまして」

 最高の褒め言葉を貰ったところで、足を組んで椅子に座る。
 暫くは、高みの見物と行こうじゃないか。

「……一応言っとくけど、聞こえるギリギリの音量で三階だけに流してよ?間違っても全体に放送しないでよ?」
「………………はい」
「しようとしてたの!?」

 一抹の不安を覚えながら、春雨の背中を眺める。

「…………あ」

 そこで、春雨は何かに気づいたのか、再び虚空を見つめる。

「……どうしたの?」

 僕が問い掛けると、春雨は非常に困惑した様子で答えてくれた。






「冬華ちゃん……階段降りてます」





 
 ─二階 北西階段─

「……さぁ、不知火。事情を説明してくれ」

 北西階段に着いた俺は、先にたどり着いていた不知火たちの姿を見て、若干顔を引き攣らせた。
 どこからどう見ても、不知火、山城さん、弥生の三人しかいない。

「……いやまぁ、若葉はいい、元からその予定だ。でも……あのぽいぬはどこに行った」

 不知火には若葉、冬華ペアが居るはずの南西階段を経由してもらった。
 ……いやまぁ、何となくこうなるだろうとは思ってたけども。

「えー……南西階段には、誰の姿もありませんでした、はい。」
「やっぱりなぁこんちくしょう!!」

 最初南東階段に居た時は全く考えつかなかったが、あのぽいぬがペアになった奴の姿が消えて、探しに行かないわけがない。

「あー……えー……取り敢えず、作戦を伝える。消えたあいつらは知らん。場所はアイツらにはバレてるだろうけど、夕立なら何とか逃げるだろ」

 頭痛がしてきた頭を押さえながら周りにいる奴らの顔を眺める。

「そう言えば……なんで春雨には私達の居場所が分かるの?」

 と、五十鈴が最もなことを聞いてきた。確かに、不知火以外の奴らには説明してなかった気がする。

「それはだな──あ?」

 俺が説明しようと五十鈴の方を見た時、それに気付いた。
 五十鈴が立っているのは窓際。窓の外には、上から一本のロープが垂れ下がっていた。

「何だこのロープ?」

 俺はそのロープを指差した瞬間だった。





 

 窓の外に、そのロープを伝って降りてきた阿武隈が現れたのは。









 ─オマケ 今日のぽいぽい─



「さぁて!張り切っていくっぽい!」

 ぽいぽい、出陣。食堂から勢いよく飛び出して行った……若葉の手をしっかり握り締めて。

「……おい、夕立。手を離せ」

 そんなぽいぽいの暴走にも近い猛ダッシュに、驚くことについて行けている若葉だが、若干嫌そうである。

「ぽいぽいぽいぽーーーいっ!!」

 若葉のそんな様子も露知らず。満面の笑みを浮かべたぽいぽいは、弾丸のようなスピードで持ち場に向かったのであった。


 ─二階 南西階段─


「とーちゃくっぽい!」
「…………手を離せ」

 ものの十数秒で持ち場である南西階段に辿り着いたぽいぽいと若葉。
 しかし、呉鎮守府に所属している『魔人木曾』と足の速さが互角なぽいぽいに着いて行って、全く息を切らさない若葉。地味にヤバい。

「ぽい?あ、ごめんっぽい」

 やっと気付いたぽいぽいは、すっと手を離す。

「…………嫌だったっぽい?」

 若葉が嫌そうな表情をしていることに気付いたぽいぽい。物凄く不安そうな顔をして若葉の顔を覗き込んだ。

「…………別に」

 若葉はボソッとそう言うと、ぽいぽいに背を向けた。

「そ、それなら良かったっぽい……」

 胸を撫で下ろすぽいぽい。余談だが、ぽいぽいといい春雨といい時雨といい、白露型は胸部装甲が中々である。個人的には時雨くらいのサイズ感が好み……ゲフンゲフン。

『二階南東階段付近に木曾さんと不知火ちゃんが移動してます!その他も各階段へ二人一組移動中!総員、最初の指示通りお願いします!!』

 と、ここでスピーカーから春雨の声が聞こえてくる。

「えー!?そんなのズルいっぽい!反則っぽい!」
「……なんでバレてる?」

 若葉は目を丸くしてスピーカーを見つめた。

「春雨はある程度の距離に居る周りの人を感じる事ができるっぽい!人でも艦娘でも深海棲艦でもお構い無しっぽい!」
「…………へぇ」

 若葉は感心したように頷いた。

「…………大和と似たような物か」

 そして、ぽいぽいに聴こえない位の音量で呟いた。

「あっでも、たく……てーとく、始まる前に何でもありって言ってたっぽい……むー!後で私と一晩中s(放送規制)するの刑っぽい!」

 このぽいぽい、中々とんでもない事を口走っている。ピー音が一瞬間に合わなかったでは無いか。

「ね!?若葉もそう思うよね!?」

 と、約数分間程(アウトなレベルの)文句を言っていたぽいぽいは振り返って若葉に同意を求めた……が。

「……若葉?」

 そこに、若葉の姿は無かった。

「………ぽい?」

 右を見て。

「……ぽい?」

 左を見て。

「……クンクン」

 匂いを嗅いで。

「……下に降りたっぽい?」

 ズバリ的中。やはりぽいぬである。

「……ぽい」

 ぽいぽい改めぽいぬは、てこてこと階段を降りて行くのであった。


  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。本日から再び頑張って行きたいと思いますので、よろしくお願いします。あと、この後すぐに最新作、『ポケットモンスター〜翠の少年の物語〜』を投稿致しますので、宜しければぜひ。
それでは、また次回。 

 

第七十三話

 
前書き
どうも、高校野球観ながら、新しく届いたパソコンを楽しんでます。タイピングが絶望的に遅すぎる。 

 




「きゃぁぁぁぁああ!?」

 つんざくような悲鳴の後、悲鳴の主である瑞鳳さんが勢いよく駆け出す。

「ちっ、全員逃げろ!」

 俺は舌打ちをし、叫びながら瑞鳳さんの後を追う。

「了解!」
「分かったわ!」
「えぇ!」
「うん」

 と、全員が頷いたかと思うと──四人とも俺の後ろを着いてきた。

「ちょ!?二手に別れるだろこーゆー時は!?」
「あんたそんなこと一言も言ってないでしょ!?それとも何!?今から引き返せっての!?」

 首だけ後ろに向けて文句を言うと、ド正論で言い返してきた五十鈴や他の奴らの向こう側に、ご丁寧に窓を開けて入ってきた阿武隈の姿。

「まさか!こうなったら全員で逃げるぞ!」

 俺は少しスピードを落とし、集団の殿にまで下がる。そのまま後ろを見ると、阿武隈がこちらに向かって猛然と走ってきていた……手に、何かをもって。

「待てー!待たないと撃ちますよー!!」

 俺がそれを目視するのと、彼女が手に持った銃を構えるのは同時だった。

「ちょ!?阿武隈、何でそんなの持ってるのよ!?」
「春雨ちゃんが貸してくれたの!さぁ、止まってくださいー!怪我しちゃいますよー?」
「くっ、卑劣な……!」
「止まれるわけないでしょう!走るわよ!」
「きゃぁぁぁぁああ!?」
「…………」

 阿鼻叫喚と化した廊下。阿武隈は自信満々と言った感じで銃を構えていた……が、俺はその銃──銃口の所が斜めに欠けているに見覚えがあった。
 確か、拓海が持ってたM92Fだったはず……年齢制限十歳のエアガンだけど。
 俺達が小学生の頃に拓海が買ったやつなのだが、銃口のところが斜めに欠けていた。まず間違いないだろう。
 殺傷能力はほとんど無く、この距離で当たったとしてもまず痛くない。零距離だとしても青アザ程度だ。まぁ、実弾でも精々足止めくらいだ。
 つまり……あの銃による脅威はこれっぽっちもない。
 ドヤ顔で一丁前に銃を構えながら走り寄ってくる阿武隈の姿が、俺だけには哀愁漂って見えてしまった。
 
「(……面白そうだから黙っとこ)」

 しかし、俺は有利不利以前に、この後阿武隈が発砲した時の反応が気になってしまったため、何も言わないことにした。別にBB弾を食らったら確保、と言うルールはどこにも無い。

「お前ら!蛇行しながら走れ!」

 一応、一応全員に届く声で指示を出す。銃なんか、(たとえ玩具だとしても)使ったことの無いであろう阿武隈に、マトモに扱えるとは思えない。
 
 俺は念を入れ、廊下の途中にある部屋の扉を片っ端から開けていく。

「あっ!ちょっと木曾さん!開けたらちゃんと閉めないと!」
「律儀かっ!」

 後ろから聞こえてくる阿武隈の的を得ない指摘に、少しだけ頭を抱えつつ走る。毎朝木曾のランニングやらに付き合っていたおかげで、足にはそれなりの自信がある……結局、アイツには一回も勝てなかったが。

「みんなっ!もしここで止まってくれたら、撃ちません!」
「何っ!?」
「捕まえますっ!」
「ヤダよ!!」
「(……阿武隈、普通に面白いなアイツ)」

 かなりノリノリな阿武隈に脳内で座布団を一枚渡していると、前方からガシャァンッ、という音が聞こえてきた。

「なんだ!?」

 あの音は、間違いなくガラスが割れた音だった。
 ここで、俺の脳内では、つい先程の光景──阿武隈がロープを伝って降りてきた光景が浮かび上がっていた。

「全員、こっちに逃げろ!!」

 案の定、廊下の一番向こうの角から、脚とかから血を流しながら走ってくる加古の姿。

「きゃぁぁぁぁああああああっ!!」

 再び悲鳴を上げる瑞鳳さん。まるで、遊園地に来てテンションの上がりまくっている女子高生の声みたいだと思った。ちなみに、俺は生まれてこの方遊園地に行ったことは無い。

「待てやゴルァアアアアアアアア!」

 と、アニメとかだったら間違いなく目を真っ赤にしてそうな程の形相でこちらに走ってくる加古。手には何も持ってない。
 ……草食系も肉食系も両方居るっぽいなー。あと、偏食系も。
 と、中々のピンチな筈なのにしょうもないことを考え始めていた。現実逃避だろうか。

「……すまん、阿武隈」

 俺は帯刀していた軍刀を抜くと、阿武隈に向けて構えた。練習用の刃が潰してあるものではなく、真剣だ。

「……き、木曾?なっ、なっななな、なにしてるのー?」
「え?いやー、加古に比べたらお前の方が突破しやすいかなーって」
「……な、何言ってるの!?わたっ、私は銃を持ってるのよ!?」
「玩具の、な」

 俺が指摘した途端、顔からサッと血の気が引いていった阿武隈。

「……そそそそそそんなわけ無いですよぉ」
「……声裏返ってるぞ」

 どうやら隠し事は苦手らしい。脂汗をだらだら流しながら、足を止めて俺から目を逸らす。銃を持ってる手も震えまくってた。
 ……なんか可哀想だが、勝負の場では手加減無用。

「……大丈夫、痛いのは一瞬だから」

 俺は軍刀を構え、距離を詰めようとする。

「…………い」
「……?」
「いやぁぁああああああああああああああああああああっ!!」

 しかし、俺が動いたと同時に阿武隈も動いた。自分が降りてきた窓の方向に向かって猛然と走っていった。
 ……まぁ、要するにガン逃げ。

「へ!?は!?ま、待て!!」

 思わぬ反応に一瞬度肝を抜かれた俺は、思わず阿武隈を追いかける。気のせいだと願いたいが、顔が真っ青になっていた気がした。先程俺に銃のことがバレた時とは全く違う、自分の身に危険が及びそうな時の顔色。
 明らかに異常だった阿武隈の様子にただならぬ危機感を感じた俺は、ただ一目散に阿武隈を追い掛けていた。

「きゃああああああああああああぁぁぁ!!」
「ふへへへへへへへへ、ふへへへへへへへへ!!」
「待って待って待って待って待って!怖い!加古怖いってば!」
「……私達になにか落ち度でも?」
「うーん、逃チームだからじゃない?」

 後ろでは変わらず缶蹴りが続けられているようだが、無視。
 今後の俺に大きく関わりそうな気がしたので、ただひたすらに阿武隈の後を追い掛けて行った。




 ─執務室─




「…………頭痛が痛い」

 僕は昨日買ったばかりの胃薬と頭痛薬を水で流し込んでいた。
 おっちょこちょいが過ぎる春雨。
 ふらっと抜け出す若葉を。
 そんな若葉を追いかける冬華。
 逃げチームを目の前にして逃げ出し始める阿武隈。
 それを追う千尋。
 他人は自分の思い通りにならないということを嫌という程理解し始めていた。ここまでとは思わなかったが。

「ちくしょう……千尋は後で説教、阿武隈は春雨にパス、冬華は夜中(自主規制)だ……」

 苛立ちの余り、春雨の前でとんでもない事を口走ってしまう僕。まぁ、春雨と時雨はまず間違いなく僕らの夜の事情とかを知ってるだろうから良いとして。

「たっ!?たったったたた拓海さん!?なんてこと言ってるんですか!?」

 いや本当は良くないけども、あえて完全スルー。

「……はぁ……まぁ、今回は説明しなかった僕が悪いよなぁ……一説明して五、六くらいなら理解出来るけど、十どころか、五十なんて夢のまた夢だもんなぁ……」

 それが理解できて、きっちり配慮ができる人間が、最近言われている『提督としての適性』の一つだ。これが大輝さんや僕、千尋の親父さんなんかならともかく、艦娘である千尋に理解なんて出来る訳ない。

「……拓海さん、話さないと伝わらない事って、沢山あると思うんですよ。例え、幼馴染みだとしても」

 春雨は戦況を伝えながら、そんな事を僕に提言していた。

「……いーぐざーくとりー」
「……すいません、英語じゃわかりません……」
「…… Das ist richtig.」

 僕はそう呟いて、「それじゃあ、」と続ける。

「春雨も、伝えないと伝わんないよ?誰の事とか、なんの事とか言わないけどさ」

 僕はそう言い捨てると、春雨から目線を逸らした。
 僕のセリフを聞いた春雨が、顔を真っ赤にしたのは、言うまでもなかった。
 
 僕は、自分に嫌気が差してきた。

  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。何だかんだでこの缶蹴り、かなーり長くなりそうです。プロットだけでレ級辺りの話と同じくらいのページ数……もうね、アホですよ、えぇ。
それでは、また次回。 

 

第七十四話

 
前書き
どうも、もうそろそろ引越しして、一人暮らしが始まります。怖い、怖すぎる。 

 

「待てって!別に取って食ったりしねえから!」
 
 俺は階段を下りて一階に逃げている阿武隈を追いかけてきていた。
 恐らく、自分のせいで阿武隈はあんなことになったのだと思うが、如何せん心当たりが全くない。
 
「来ないでっ!」

 だから、阿武隈にあんなに拒絶される理由も全く分からない。そこまで鈍感でもないと思うんだけどなぁ……。

「……分かった!お前は追いかけないし、近くにも寄らない!」

 俺がそう言いながら足を止めると、少しして阿武隈も足を止める。向こうを向いたままだから、彼女の表情は分からない。
 
「だから、お前が俺の何が嫌だったのか教えてくれ!そこを知らないと、俺はまたお前を傷つける!」

 呉で学んだことその一、『分からないことはきちんと聞く』。自分で考えたとしても、それが正解かどうかなんてわからないことが多い。なら、ちゃんと話し合いをするべきだ。まあ、相手が応じてくれるかは別の話だが。

「……ほ、本当に……?」
「ああ、約束する」

 俺がそう告げると、阿武隈はこちらを向いてくれた。目に涙をいっぱいにためて、なんとも情けない顔だった。俺はその顔を見て。ますます困惑するばかりだった。
 阿武隈は俺の何に傷ついてしまったのだろうか、と、先ほどまでの俺自身の行動を、脳内で何度も何度も反復していた。

「…………った…………から」
「…………へ?」








「怖かった………からっ…………!」








 何を言ってるのか、ほとんど理解できなかった……いや、正確には、理由が分からなかった。
 怖かった。
 確かに、それなら阿武隈が俺から逃げていったのも理解出来る。
 だけど、なぜ怖がられるのか、その理由は、どれだけ頭を働かしても、理解出来そうになかった。








「木曾もっ……男の人だから……なにかされるんじゃって…………っ!」








「……………………は?」

 阿武隈が言ったことは、俺が真っ先に考え、真っ先に否定した事だった。
 昨日の夜、俺は俺が最も信頼している男――拓海から否定の言葉を確かに聞いた。

『だけど、恐らくそれは大丈夫だ。ここには、三年間生き残り続けてきた艦娘が、一人だけいる』

 あの言葉は嘘だった、と考えるには、俺はあいつのことを信頼しすぎている。どうも、アイツが嘘を言ったとは考えにくい。しかし、今俺の目の前で泣いている阿武隈も、うそを言っているようには見えない。
 じゃあ、どーゆーことか?
 こんな時、考えうるのは、拓海が何か言っていないか、俺が大きな勘違いをしてる。もしくは、その両方。
 本来ならここで、長々と考察に入るのだが……。

「ひっぐ…………えっぐっ…………」

 流石に、目の前で泣いてる女の子をほっとけるほどの甲斐性なんて、持ち合わせている筈がない。
 どうにかして泣き止ませねば、と、覚悟を決める。あと、缶蹴りが終わったら拓海を問い詰める覚悟も。

「…………お前に昔、何があったのかは知らない。だから、俺が何をしたらお前に信じてもらえるのか分からない」
「へ…………?」

 俺の言葉を聞いて、怪訝そうな顔をする阿武隈。正直な話、人を説得するのは俺の得意分野ではない。だけど、これから長いこと共にいる人間の一人だ。だから、せめて警戒されない位の関係になりたい。

「だけど、お前が俺と話すことだったり、近づくことが嫌なら、俺はお前に関わらない。俺のせいで誰かが悲しむのは嫌だからな。勿論、お前も、な」

 俺は彼女にそう告げると、来た道を引き返すために後ろを向いた。

「何かあったら、そうだな……春雨にでも相談してやってくれ。喜んで力になろうとするだろうぜ?」

 俺はそう言うと、わざと肩を落として、トボトボ歩き出す……意識してしなくても、拒絶された事自体は普通に悲しかったので、残念な雰囲気は出たと思うが。

「……まっ、待って!」

 俺が歩き出して数歩、案の定、阿武隈は俺を引き留めた。
 俺はピタリと足を止めると、半身になって阿武隈を見た。相変わらず涙目で、しゃがみこんでしまっているけど、何かを伝えようとしているのか、何度か口を開いては閉じ、を繰り返していた。

「えっと……あの……その……〜っ!」

 しかし、自分でもどうしたらいいのか分からない、と言った感じで、ただただ困惑している様子だった。

「……ご、ごめんなさい……っ!」

 それでも、謝罪の言葉を口にする。俺は、どうしてもこんな態度をとっている阿武隈に、怒りが湧かなかった。

「……お前のせいじゃねぇよ。間違いなく、な」
「…………っ」

 俺は完全に阿武隈の方に向き直ると、目の前まで移動して、目線の高さまでしゃがみこむ。

「謝る必要も、俺に説明する必要も、不安になる必要も無い。俺にゃ、女の子を泣かせて悦ぶような下衆な趣味は無ぇ」

 レ級との戦いの後の春雨の涙には喜んだけどな、と、心の中で呟く。悦んだ訳でなく、喜んだのだから,セーフと思おう。

「信じてもらえなくても構わない。それこそ、信じれない様な目にあったんだろうからな」

 あいにく俺は、今までの人生は物語にありそうな奇怪なものじゃなかった。精々、悠人や拓海と大喧嘩したくらいだ。だから、阿武隈の気持ちは、想像の範囲内でしかない。
 だが、俺にできることは、話す事しかない。
 誰でもできるけど、今は、俺にしかできない。
 俺は阿武隈の瞳を覗き込んだ。

「そんな事で、俺は傷つかねぇよ。だから、もし今の自分が嫌なら、少しずつ変えていこう。その手伝いなら、いくらでもするからさ」

 慎重に言葉を選び、そして話し終える。
 いつもならまず間違いなく、『だからどうした』の一言だが、そんな訳にいかないのは、いくら俺でもわかる。
 なんとかかんとか苦労しながら話し終えた俺は、少し緊張しながら、阿武隈の様子をうかがう。









阿武隈は、先ほどまでとは違う種類の涙を流していた。









 

―執務室―


「……………………」
「……………………」

 さっきから室内の空気が重い。
 この空気を生み出している張本人である春雨は、千尋と阿武隈が二人っきりになった、と言ってから、何も話さなくなっていた。二人しかいない空間だと、どちらかが黙ると、すぐに空気が重くなる。千尋はいったい何をしてるんだ。
 春雨は、目を閉じて全神経をその二人の会話に集中させているらしい。
 
「……………………ふぅ」

 暫くすると、春雨は目を開けため息をついた。

「…………やっぱり、千尋さん、かっこいいなぁ……………………」

 うわごとのようにそう呟いた春雨は、うっとりとした様子で虚空を見つめていた。

「……………………聞こえたのか?」

 僕が春雨に声をかけても、ぼーっとした様子で反応がなかった。

 どうやら、春雨の千尋に対する好感度はカンストしてるんだなー、と、数分後に春雨が正気に戻るまで考えていた。
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。予防線を先に張ると、来週はもしかしたら投稿できない可能性が幾らかあります……絶対死ぬほど忙しいし。そうなったら、ごめんなさい。

それでは、また次回。 

 

第七十五話

 
前書き
どうも、GWをバイトで丸々潰しました。お金稼ぐってほんと大変なんだなぁと。 

 
 他人に信用されるというのは、どんな人でも苦労する。同じように強い人物でも、木曾と長門さんとでは、人望の差は一目瞭然だったりする。まぁ、あの二人の場合は、片方が絶望的にコミュニケーション能力が無い上に、自分からも動こうとしないだけなのだが。
 俺は元々、コミュニケーション能力はある方といえばある方だったが、純粋に人付き合いが疲れるから、積極的に友達を作らなかった人間だった。ポケモンで言うなら、レベル二十くらいの3ブイ、と言ったところらしい(悠人談)。
 要するに、素質はあるが経験が足りない。

「…………」

 俺は、相変わらずボロボロと泣いている阿武隈を見て、ダラダラと冷や汗をかいていた。
 どーすんべやこれ。
 例えば春雨が泣いて抱きついてきた時は、そっと抱きしめて、泣き止むまで待った。が、世の中の全ての女の人に当てはまるかといえば、当然違う。

「……ありっ、がとうっ…………!拒絶したのに………っ、嫌ったのに………っ!」

 だけど、今ここでそんな態度を見せる訳にも行かない。

「……気にすんな。それを悲しいと思えるのなら、大丈夫だ」

 一言一言、丁寧に言葉を選び出しながら、どうしたものかと、必死に考える。











「…………で、本音は?」










 明らかな悪意。
 それを感じとった俺は、バッと後ろを振り返る。
 
「……本音ってなんだよ」
「そのままだ。何を考えて優しくする?どうして優しくする?下心の一つや二つあるんだろ」

 若葉はそう言うと、普段から鋭い目付きを、より一層鋭くした。
 …………信用されていないとは思ったけど、ここまでとは思わなかった。

「俺がそんな下衆に見えるか?」
「表向きは見えない。でも、男は皆、狼なんだろ?」
「皆が皆じゃねぇよ。中には食われるのが好きな羊だっているぜ?」
「お前は羊ってタマじゃないだろ」
「……まぁな。ま、節度を持った狼ってところか」
「童話の中の狼は、基本的に節度の欠けらも無いが?」
「うるせぇよ」

 舌戦を繰り広げようとしたが、全ていいように返されてしまう。

「そーゆーお前こそ、再開の挨拶は済んだのか?」
「あぁ。一方的だったけどな。ぐっすり寝てたよ」
「そりゃあ良かった」

 何かしら反撃をしようかとも考えたが、下手な事言ったら手痛い反撃が来そうなので、控えておく。別に若葉と敵対する気は更々ないし、出来れば仲良くしたい。
 今のままじゃ間違いなく無理だが。

「さて……お前はこれからどうするんだ?缶蹴りにでも戻るか?」
「いや、夕立から逃げててな。あいつ、隠れてても見つけ出すし、足速いし、捕まったら無理矢理参加させられそうだしな」
「違いねぇ」

 あいつの足はGに追いつけるレベルだからな、と、二人で軽く笑った。阿武隈は、ただただこちらをじっと見つめているだけだった。

「……やっぱり、お前は他の男とは違うな」

 と、表情を取り繕った若葉が、俺の顔を見ながら言い放った。

「お前、ちゃんと性欲あるか?ちなみに、私はしっかりある」
「とんでもねーこと聞きやがりますねおいコラ」

 生まれてこの方、女の子から性欲の話をされたことなど一度もない。
 しかし、性欲、性欲、性欲…………。

「…………あれ、ない」

 艦娘になったばっかりの時、不慮の事故で木曾の裸姿を目撃した挙句、混浴まで果たしてしまった時は、中々込み上げてくるものがあったが、最近、女の子にそんな感情を抱いていない気がする。
 …………ただ一人を除いて。

「……なぁ、お前ってまさか、『始祖』か?」
「……いや、正確には、その息子だ」

 俺は若葉が『始祖』を知っていることに驚き、若葉は俺の『息子』という単語に眉をひそめた。

「親父は七宮 亮太。世界初の提督。お袋は七宮 雫。『始祖』の木曾だ」
「……なるほど、そりゃあ、お前みたいなのが産まれても不思議は無いな」

 すると、さっきまで身構えていた若葉が、すっと構えを解いた。

「お前が、他のみんなに無害だと認めよう。無礼を許してくれ」

 と、頭を下げる様子は無かったが、口では謝罪の言葉を口にしていた。

「別にいいが……それは『俺』だからか?」
「ああ。お前という特殊な存在だからだ」
「……そうか」

 俺だけの力で認められた訳じゃないのは、どことなく悔しく感じてしまう。しかし、話ができるようになるだけありがたいと思おう。
 





「ただし、調子に乗るなよ?もしお前が手を出そうものなら、その両腕を切り落としてやるからな」







 ――そのセリフを聞いた瞬間、俺の頭の中にはとある人物が浮かんでいた。不器用ながらに他のみんなを守ろうとするその姿は、『魔神』のそれと同じだった。

「安心しろ。俺だって、他の奴らを守るために、自分でこの腕を落としたんだ」
「……そうか。じゃあ、私は逃げる」

 俺の言葉を聞いた若葉は、廊下の窓をガラッと開けると、二階に向かって窓枠を蹴った。
 一瞬にして姿を消した若葉を見送ると、遠くから誰かが走ってくる音が聞こえてきた。

「ぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽーい!!」

 ……ついでに、こんな声も聞こえてきた。

「木曾ー!!若葉二階行った!?」

 俺の前で急ブレーキして止まった夕立は、分かりきっているかのように、俺に確認を取ってきた。
 俺は黙って頷き、開けっぱになっている窓を指さした。

「ありがとうっぽい!!」

 夕立はそう言い残すと、先程の若葉と同じように窓から二階へと登って行った。

「……そういや冬華って、昔っから運動神経バケモンだったな」

 ぼそっと、阿武隈に聞えないくらいの声で呟いた。小学生の頃、忘れ物をしたからと言って鍵の閉まった学校の三階の窓から侵入しようと、雨樋をスルスルと登って行ったことを思い出した。
 あそこまでの身体能力を持つ艦娘は、そうそう居ないだろう。

「さてと……阿武隈、これからどうする?」

 軽く物思いに耽けた後、俺は放置していた阿武隈に向き直り、声をかける。

「えっと……その……か、缶蹴り……頑張ります」

 阿武隈は、へたり込んでいた状態から、よろよろと頼りない感じだが、しっかりと立ち上がっていた。

「……んじゃ、俺は行くな」

 俺は阿武隈にそう言い残して、地面を蹴った。

 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。そろそろ缶蹴り終わると思った?終わんないんですよこれが。あと何話かかるのやら…………はぁ。

それでは、また次回。 

 

第七十六話

 
前書き
どうも、あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!弟の「ロアちゃん聞きやがれー」という言葉を聞いて「あぁ、俺もVTuberにハマったらあんな感じなのかなー」とか思いつつ、手元ではアイドル部のMAD動画を漁ってたぜ……な、何を言ってるかわからねーと思うが、アイドル部が最高だということは分かり切っている……早く見るんだ…………。

それはさておき、艦これ六周年、本当におめでとうございます。これからも、一提督として、艦これを愛していきたいと思います。 

 
 二階に戻ってきた俺は、掃除用具入れの後ろに隠れて、二階の様子を探っていた。
 如何せん、缶蹴りを放ったらかしにして阿武隈と絡んでいたから、今がどんな戦況なのか、ひとつも分からない。精々、若葉と冬華が捕まってないってことぐらいだ。
 現在、二階には目立った人影はなく、しんと静まり返っている。俺の周辺には、過去が蹴破った窓ガラスの破片が散らばっていて、中々危ない(軍刀持ってる俺が言うのもなんだが)。

「……誰が残ってんだ?」

 少なくとも、誰も捕まっていない、なんてことは考えられない。俺と冬華と若葉を抜いた五人対、実働五人と指揮官二人が対等なわけない。
 もっとも、誰かが統率力を発揮してれば話は別なのだが……どうにも、マトモな訓練を受けていないみたいだし、そこは期待しない方がいい。最悪、全員捕まっていることも考えておこう。
 
「…………」

 腰に帯刀している軍刀を右手でそっと撫でる。缶蹴りをするという事だったから、いつもの愛刀ではなく、訓練用に持ってきていた、刃を潰してある、ただの鉄の棒のような軍刀だ。
 こいつを使ったら一瞬でカタがつく。これをチラつかせて、怯えてこなかったらそのまま進み、向かってきたら切り捨てればいい。

「……なんて、あんな阿武隈見たら、使う訳にもいかねぇわな」

 俺は軍刀を腰から外し、掃除用具入れにそっと立てかけてる。
 これを身につけて向かってこられたら、どう考えても怖がられる。
 今までは癖で帯刀していたけど、これからは出来るだけ外すようにしておこうと、心に誓った。
 それはさておき、これからどうするかを考えなければならない。

「一人で特攻……するとしても、奇襲みたいに一撃で仕留めないと負けだよなぁ……」

 向こうには、トンデモレーダーの春雨がいる。どれだけ策を練っても、動いただけで看破される。
 相手の処理速度以上の速さで遂行しようとしても、俺は冬華ほどの身体能力はない。
 
「……仲間探そ」

 兎にも角にも、人が居なければ打てる手もない。誰かが生き残っていることを祈ろう。

「…………さ……………き…………さん!」

 すると、どこかで会話をしているような声が聞こえてきた。

「木曾さん!無事だったんですね!」

 見ると、不知火が部屋の一室から出てきて、こちらに小走りでやってきた。

「ああ。お前も無事で何よりだ。ところで不知火、そっちはどうだった?」

 ホッと息を吐いて安堵したところで、不知火に状況を聞く。

「えっと……私が確認した限りですと、山城さん、瑞鳳さんは捕まってしまいました……先程までは、五十鈴さんと一緒に居たのですが、はぐれてしまいまして……」
「……やっぱり、捕まってるやつも出てるよな」

 しかし、一人で戦うことを考えていた俺としては、まだ不知火と五十鈴がいるというだけで、かなり心強い。
 まぁ、不利ってことは変わりないのだが。

「こっちは、若葉と夕立は確認した……が、なんか二人で追いかけっこしてたから戦力外だ」
「……夕立さんならやりかねませんね」

 冷静に考えたら、味方同士で追いかけっこなんて馬鹿な話だが、冬華が居るってだけで説得力が倍増する。出会って一日の不知火ですらこの言い様だ。

「まぁ、それはさておき……取り敢えず、五十鈴や弥生と合流──」
『弥生ちゃん確保ー!残りは、夕立ちゃん、五十鈴ちゃん、不知火ちゃん、若葉ちゃん、そして、木曾さんの五人です!早く捕まえて、木曾さんの手料理食べましょう!!』

 これからの行動指針を話そうとしたら、そんな放送が流れてきて、思わずスピーカーを凝視した。

「……なんだ今の放送」
「え?確保された人を知らせる放送ですよ。聞きませんでしたか?」
「……ああ。一階には流れてなかった」

 どうやら、一階には放送は流されなかったらしい。拓海や春雨の配慮だろう。
 ……まぁ、俺があの場面に集中しすぎていたというのもあるだろうが。

「それはさておき……弥生が捕まったか……早いとこ五十鈴と合流して、その間に作戦考えとこ……」

 できる限り、俺じゃなくて、不知火や五十鈴が主役の作戦にしないとな……と、不知火の顔を見ながら考えていた。




─執務室─



「千尋さんも動き始めました!」
「…………お、やっとか」

 阿武隈と千尋、そして若葉が一堂に会していた状況から、若葉が窓から出ていき二階へ、そのあとを追うようにして、どこからかやってきた冬華も窓から二階へ。そして、千尋が阿武隈に背を向けるようにしてその場を離れていった。

「なんか話し込んでたみたいですけど……何話してたんでしょうか……?」
「……まぁ、僕にとってはあまりよろしくない話だろうなぁ…………」

 僕や千尋に対して敵意丸出しだった若葉だ。千尋に罵詈雑言を吐いていてもおかしくない。
「……あの、拓海さん」
「ん?どうしたの?」

 春雨が地図上の駒を動かしながら、おずおずと僕に声を掛けてきた。

「えっと…………何となくですよ?何となくですけど……若葉ちゃん、似てませんか?」
「誰に?」
「……木曾さんに」

 春雨が木曾の名前を出した時、若干だが、物悲しそうな顔をしていた。

「うん……そうだね。あれは、『魔神』と同類の人間だ。自分の全てを捨てて、他人を護れる人間だ」

 護ることのできる人間なら、腐るほどいる。ただ、その「護る」には、自分も含まれていることが大半だ。
 だが、木曾や若葉、千尋なんかは、自分を捨てきることができる。できてしまう。

「周りからしてみたら、たまったもんじゃないよ。ねぇ?」

 それこそ、大輝さんなんかは、胃の痛くなる思いだっただろう……当然、春雨も。

「……それは、確かにそうです。でも、私は、そんなあの人たちを見て、共感してしまうんです」
「…………?」

 春雨の口から思いもよらないセリフが出てきて、思わず春雨の顔を凝視する。
 そんな春雨の表情は──どこか、羨むようだった。








「あんなふうになれたらなーって、つい思っちゃうんですよ」










 そう言って微笑んだ春雨を見て、ぼくは、背筋に悪寒が走った。
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。さて、今回が平成最後の小説投稿となります。なんだかんだで、この小説もあと二週間ほどで二周年です。途中で色々なことがありましたが、完結までどうぞ、お付き合い下さい。

それでは、また令和。
 

 

第七十七話

 
前書き
どうも、節約のため、ノートPCクーラーを百均の商品で自作しました。七百円くらいで中々の冷却性能なので、真似してみてね。
ちなみに、僕はそれを人前では絶対に使いません。 

 
「……本当にやるの?」

 数分後、俺たちは二階の北側の廊下を走っていた。何とか五十鈴と合流し、後ろからの追っ手から逃げていた。

「仕方ねぇだろ。このままじゃ何もせずに終わりだからな」

 五十鈴の質問に、半ば投げやりに答える俺。正直な話、勝ち筋がほぼほぼ無い。
 相手には、広範囲高性能電探である春雨に、切れ者拓海。そして鬼が六人。こっちには、俺含めて五人だが、うち二人は戦力外。
 まともな方法で戦っていたら、まず勝てない。

「あと三十分も逃げ切れるとは考えにくい。なら、一気に缶を蹴るしかないだろ」
「そうですけど……後で提督に殺されませんかね」

 俺の言葉に、割とガチトーンで質問してくる不知火。まあ確かに、これからやろうとしていることは、自分でも頭おかしいと思っている。

「まあ、訓練中の事故ってことで押し通そう。拓海も、何でもありっつってたしな」
「…………この世界の男に、まともな奴は居ないの?」
「……それじゃあ、そろそろ決行するか」

 五十鈴からカミソリ並みに切れ味のいいツッコミを入れられたが、あえてスルーする。俺の知る世界にはまともな奴も沢山いるが、こいつらの知る世界には、まともな奴は一人もいない。

「……分かったわ。それじゃあ、手筈通りに」
「おう!頼むぜ不知火!」
「承知!」

 決行のポイントまでやってきた俺達。そこは、先程加古が飛び込んできた、割れた窓ガラスの前だった。



─執務室─



「ふえぇ!?」

 突然、驚いたような声を出す春雨。口に運びかけていたお茶を落としそうになったが、何とか取り繕った。

「どうした春雨!」
「ち、千尋さんと五十鈴さんが、加古さんが使ったロープを登ってきています!既に千尋さんは三階に侵入!今、五十鈴さんも入ってきました!」
「……あー、そら使うよね、うん」

 挟撃を成功させた時点でほぼ詰みだと思っていた僕は、それ以上の策をあまり練ってはいなかった。結果、阿武隈のイレギュラーが発生して、ここから先はノープラン、と言った所だった。
 大輝さんが見てたら説教物の大失敗だったが、まぁ、起こってしまったことは仕方ない。
 問題は、これからどうするかである。

「三階の人達を向かわせて。別方向に、ね」
「分かりまし……へうぅ!?」

 春雨が再び指示を出そうとした時、再び何かを感じたのか、とんでもない声を出した。

「し、不知火ちゃんが……」
「不知火がどうした?」

 確か、後ろから追わせていて、そろそろ前からの挟撃が成功しているはずだ。





「不知火ちゃんが、天井を走ってます!」




 だから、春雨がそんなことを言い出した時、僕は理解ができなかった。

「……は?」
「不知火ちゃんが、壁を経由して天井を走って、加古さん達の頭上を通過!三階に上がろうとしています!!」

 詳しく説明されても、根本が説明されてないから全く分からなかった。

「……もしかして、不知火もかなり天才チックなのかな……」

 人が艦娘になった時、肉体の潜在能力が向上するのだが、その幅はピンからキリまで。木曾のような化け物から、間宮さんのような人まで。
 一般的には、冬華クラスから『天才』と呼ばれたりする。

「ど、どうします!?」
「……加古と阿武隈に、ロープを使って四階まで登るよう指示。二階メンバーは急いで各階段の封鎖」
「了解!」

 そこまで指示を出したあと、僕は椅子から立ち上がる。

「ちょっと表にいるよ。来てもいいようにね」

 春雨にそう告げて、僕は扉の外に出る。

「……気合い入れるよ」
「はいっ!!」

 僕らは気合いを入れ直した所で、缶蹴りは後半戦に入った。





─数分前─



 追っ手の夕立をまいた私は、その足で医務室の前までやって来ていた。相手は寝ているとのことだが、どうにも緊張してきてしまう。

「……三年ぶり、か」

 三年前──私達の前に現れた、前提督。
 アイツが、この佐世保鎮守府をズタボロにした。
 大和を軟禁し、私達を捨て駒のように……いや、捨て駒として使い、己の私利私欲の為だけにこの鎮守府を使った男。
 今は、ほかの提督からの弾圧もあったのか、懲戒免職となったのだが、その後に残ったこのどうしようもない状況。
 そこに来たあの四人は、最初に見た時から、私達とは違うと、肌で感じていた。
 頭のネジが何本か飛んでそうな夕立。
 恐らく『始祖』であろう春雨。
 男なのに艦娘にな木曾。
 そして、新しい提督──。

「……はっ」

 どうにも、私には男二人が信用出来なかった。
 人であった頃から艦娘になってまで、男という生き物を信用せずに過ごしてきた人生だった。
 人として出会った男も、ここで出会った前提督も、どちらも外道だった。

「そこから逃げるために、ここに来たのにな……まあ、それはどうでもいいか」

 私は意を決して、扉を開ける。
 



「…………大和」





 ベッドの上に横たわる、数年前よりやつれて様子の女。
 見るもの全てを魅了するような容姿と、完璧なる肉体美。
 紛れもない。彼女は──戦艦大和。
 呉の『魔神木曾』が現れるまで、『最強』のに文字を欲しいままにしていた、私の師匠、大和だった。

「……久しぶりだな」

 穏やかな寝息を立てて眠っている大和の姿を見て、自然と口からその言葉が出ていた。
 大和がどこにいるかと言うのは、三年もあれば検討はついていた。
 しかし、昼はこき使われ、夜の時間は全員外鍵しかない部屋に閉じ込められるため、救い出すことはできなかった。
 さらに言ってしまえば、逆らえば適当な艦娘を殺すとまで宣言しているような提督だ。強硬策も取れなかった。
 その後悔が、私だけの力で助けられなかったという後悔が、私の中で渦巻いていた。

「……なぁ、大和」

 そこまで言って、言葉が出なくなってしまった。
 私は直前まで、この三年間の思いを告げようと考えていた。
 後悔も、苦痛も、苦悩も、できる限り伝えようと思っていた。
 だけど、出てこない。
 どれだけ話そうとしても、何も出てこない。

「ふっ……ぐうっ……くうぅ……」

 出てきたのは、同年代の少女と比べても、全く可愛げのない嗚咽だった。

「……すま、ないっ…………ほんとうは、泣きたくなんかっ………!」

 歯を食いしばり、腹に力を入れて、必死に涙を堪えようとする。
 ……しかし、私の涙は、留まることを知らなかった。

「いぎでで……よがっだ……っ、ほんどうにっ……よがっだ……っ!」

 その涙を拭うことなく、私は大和の手を握った。
 普通より少し低い体温が、少し前まで彼女が過酷な環境に居たということを表していた。
 
「……すまないっ……なぐのはごれでっ、ざいごだからっ……!」

 何も出来なかった私は、ただただそう謝るしかできなかった。
 大和の手は、私が握ってから、温かさが戻っていた。
 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。さて、この作品も五月十六日で二周年です。何だかんだで沢山の人に見ていただいてるこの作品も、ついに二年です。この場で多くは語りませんが、これからも突き進みたいと思います。
それでは、また次回。 

 

二周年

ブ「どうも、アイドル部は誰が見ても可愛い、夜桜オリオンズにして園芸部員にしてちえりーらんど従業員にして毛玉にして牧草にしてまたたびにしてむしさんにして米粒にして右目さんにして参拝客(ベジータ)にして神楽運輸従業員にして教授にして白組にして馬組、V・Bです」

あ「どうも、そんな作者を見てドン引きしてる、最近出番の少ない青葉です」

ブ「いやー、本当にアイドル部はいい!素晴らしい!バイトに疲れて帰ってきた時、彼女らの配信を見た時のあの全てが報われる感覚!もう堪らない!!」

あ「とまあ、このようにこの人最近壊れかけております。今度あるアイドル部の1stアニバーサリーイベント「ハンパないパッション」のチケット、即決で買いましたもんね」

ブ「いやだって!だって!!!」

あ「その件に関しては、最近バーチャルYouTuberの事しか呟かなくなったTwitterを見てもらうとして、今日は別の用事ですよね?」

ブ「おっとそうだった。えー、今日、五月十六日は、私V・Bが、暁様に『艦隊これくしょん~男艦娘 木曾~』を投稿した日であり、初投稿から丁度二年の日です!」

あ「……まさか二年も続くとはねぇ」

ブ「僕自身が一番驚いてるよ、うん」

あ「途中、受験による休載期間もあって、やっと投稿再開して、めちゃくちゃ不安がってましたよね」

ブ「そりゃあ……前見てくれてた人が、前と同じように見てくれるとは思ってなかったから。半年もしたら、忘れられるかなぁって」

あ「胃薬をがぶがぶ飲んでましたもんね」

ブ「蓋を開けてみたら、今まで通りで……全く変わんなかったのは、本当に嬉しかった。この場を借りて、読者の皆様に多大なる感謝を」

ブ&あ「本当に、ありがとうございました」

ブ「さて、ここからはご連絡を少々」

あ「あぁ、新人賞の件ですね」

ブ「えー、この九月締切の、MF文庫Jライトノベルの新人賞に、応募致します!」

あ「この場半年くらい、ずっと設定考えてはボツにしての繰り返しでしたよね」

ブ「ほんとね……何回か自分を殺したくなったけど、ある日、ふと舞い降りてきたんだよ」

あ「何がです?」

ブ「アイデアの神が!!」

あ「…………どんなお告げをなさったんですか?そのアイデアの神様とやらは」

ブ「『いままで思いついたボツ設定、全部合わせちゃいなよ』って」

あ「えー、V・B先生の次回作にご期待ください」

ブ「いやまって!確かに青葉のその反応も分かる!だけど、こう、めちゃくちゃ上手い具合に噛み合ったんだよ!!」

あ「そう言って爆誕したのが『翠の少年の物語』ですよね……一体どれだけ設定を生み出してるんですか」

V「休止期間だけで大学ノート五冊以上」

あ「キモっ」

V「うち半分はTRPGのシナリオ行き」

あ「だからあんな滅茶苦茶なシナリオが誕生するんですか……」

ブ「いやぁ、それほどでも」

あ「褒めてない褒めてない」

ブ「というわけで、新人賞、頑張ってきます!ただ、『V・B』」名義では無いですけど」

あ「え?なんでですか?」

ブ「ほら、名義変えたら新人賞取って商業作家になっても、投稿サイトで大暴れできるかなーって」

あ「まず新人賞取ること考えて下さい。話はそれからです」

ブ「だって……二週間に一回投稿だから、この作品終わるの一体何時になるやら、僕にも検討つかないもん」

あ「バイトとか初めて、忙しくなってますもんね……」

ブ「ホントだよ。ただでさえアイドル部の配信追っかけるだけでも大変なのに……」

あ「一回死んで転生して来て下さい」

ブ「もし転生するなら、異世界ス○ホみたいな、美少女ハーレム系な異世界がいいなぁ。沢山の可愛い女の子からメロメロとか羨ま…………ハッ!」

あ「どうしました?」

ブ「ばあちゃる学園に転校してきた男の子がアイドル部のメンバーとイチャラブする二次創作とk




─暫くお待ち下さい─






あ「えー、あの限界オタクは、何ヶ月か前のように磔にして槍をぶっ刺してきました」

あ「あんなどうしようもない人ですが、これからもこの作品、そしてポケモン二次創作と、これからもガンガン頑張っていきますので、どうぞお願い致します!」












あ「それでは、また次回!」










 

 

『天才』の足跡~その一~

 
前書き
どうも、少し、番外編です。読む人をかなり選ぶエピソードですが、この作品におけるヒントが散りばめられております。無論、読まなくても大丈夫なように本編は進行していきます。宜しければ、お付き合い下さい。 

 


 いつから、だったろうか。
 私が私を、顧みなくなったのは。

 いつから、だったろうか。
 生きる目的を、見失ったのは。

 いつから、だっただろうか。
 ほんの少しも、笑えなくなったのは。

 それらの記憶は、やけに鮮明で。
 一刻も早く、忘れたい記憶のはずなのに。
 私は、全て、覚えていた──。








─『天才』の足跡─










 私がこの世に「一ノ瀬 瑞希」として生を受けてから、十二年が経っていた。
 本来の十二歳といえば、もうすぐ小学校を卒業し、中学校への進学が目と鼻の先。身体の変化も始まっていて、肉体的にも精神的にも変化が現れてくる時期だ。
 当然この私にも、それらのような変化は現れていた。周りの子達と比べると、少し遅かったのかもしれない。
 だが、私は、私にとっては、それは不幸の知らせでもあった。

「このグズがァ!!何俺の許可なく大人になってんだゴラァ!やっぱりてめぇはあのクソ女のガキってかぁ!?」

 報告した途端、戸籍上の父親であるその男は、私の顔を力一杯殴りつけた。軽い私はそのまま吹き飛び、部屋の端に貯めてあったゴミ袋の山に背中を打ち付ける。

「ぐぅぅ…………うぅぅ…………」

 身体中を打ち付け、呻き声をあげる私。ゴミ袋が破れ、中のゴミが身体にまとわりつく。男はそんな私に唾を吐き捨てた。

「ケッ!まぁいい。これで次回から、オプション代が付けれる……そーだなぁ、プラス一万ってとこか?おい!いつまで倒れてんだよ!俺のクスリ代をさっさと作ってこいやぁ!!」
「………………はい」

 ゴミと唾の匂いにクラクラしながらも、よろよろと立ち上がり、部屋から出ていく。

「……あぁ…………あ、あぁ…………くそっ!クスリィ…………クスリはどこだおい!!くそっ、くそっ!!」

 焦点のあってない目で、男は部屋の中を漁る。何故か真っ先にゴミ袋を引きちぎり、中のゴミを散乱させる。生ゴミのような匂いが部屋中に散乱し、思わず私は顔をしかめた。
 しかし、男はそんな事を全く気にせず、一心不乱にゴミの山を漁る。

「……あぁ…………どこだよォ………………あった!…………んだよ、菓子のゴミか」

 ゴミの山を漁っているのだから、当然出てくるのはゴミばかり。あの男がクスリを見つけ出すのは、もう少し時間が掛かりそうだ。

「……おい!さっさと金作ってこい!!シャワーは浴びろ!今日は初めての客だからなぁ、クセェとリピートして貰えねぇだろぉ!!」
「…………はい」

 男は私に向かってカップ麺の容器を投げつけてくる。明後日の方向に飛んで行ったそれをぼんやりとした目で眺めながら、私は風呂場へはいった。
 




─歓楽街─





 あの後、何とか服装を整え、掃き溜めのような我が家から出ていき、仕事場である歓楽街へとやってきた。
 深夜の歓楽街というのは、昼間とは全く違う顔をしている。
 客引きの男が、遊び目当てでやって来ているサラリーマンを誘い、若い女が男からカネを貰い、そのまま人混みの中へ消えていく。
 こんな所へ、深夜に小学生の私がいてもいいのかと思うのが普通なのかもしれないが、私は指して何も思わず、待ち合わせ場所であるキャバクラの前で待機していた。ここのキャバクラに来る人は、厄介事に絡まれたくないからのか、私の近くには寄ろうとしなかった。
 今日の客は、四十代の男。顔は見たが、デブでメガネでハゲで油でギトギトと、いかにもな風体だった。
「普段の倍出す」と言う言葉につられたあの下衆が、さっくりと私を売った。もはや、アイツは私の事を、金儲けの道具としか思ってないのだろう。
 今思えば、何故誰にも助けを求めなかったのか、不思議でならなかった。多少なりとも児童虐待への注目度が高まっているこのご時世。ここまで酷いとなると、幾らでもやりようがあったはずだ。
 しかし、当時の私には、そんなことを考える余裕などなかった。
 ただただ、早く眠りたかった。
 布団に入り、目を閉じ、幸せな自分を想像する。
 美味しい食べ物を、お腹いっぱい食べている自分。
 ふわふわな布団で、ぐっすり眠っている自分。
 犬や猫などの動物に囲まれて、楽しそうにじゃれ合っている自分。
 そんな私を想像することだけが、私の楽しみだった。
 しかし、そんな私は、この世界には何処にもいない。
 居るのは、薬物中毒者の父親に家庭内暴力を受け、散々酷い目にあっている、惨めな自分。
 そんな私が、幸せな生活など、送れるはずがない。










「──一ノ瀬 瑞希ちゃんだね?」









 ……突然話しかけられ、私は冷ややかな目で目の前の人物を見た。
 いつもなら、話しかけられた瞬間、自分でも寒気のするような笑みを浮かべ、相手に気に入られようとする。それもこれも、相手は、下心満載の男だからだ。
 今回も、男という意味では合ってるのだが、客の男ではなく、三十代に入るか入らないかくらいの、ビシッとスーツを着た、童顔の男だったからだ。

「……悪いけど、先客が居ましてね。お引き取り──」
「まぁまぁ。話だけでも聞いてくれないかな?」

 男はそう言うと、私に封筒を差し出してきた。最初こそ怪訝そうにそれを見ていた私だが、その分厚さに目を疑った。
 恐る恐る手に取って、中を覗き込んでみると、今まで見たことないほどの万札が入っていた。暑さで言うと、二センチはあろうかという厚さだった。

「……………名前、言いな」

 警戒心は持ったまま、男に名前を聞き出す。








「僕の名前は、神谷 大輝。しがない提督だよ」










─カフェ─





「………つまり、あれか。私に深海棲艦と戦う、『艦娘』になれって?」
「端的に言うとそうだね」

 男──神谷大輝は、注文したコーヒーを飲み、私の顔色を伺っていた。
 私は、神谷に手渡された資料をパラパラとめくり、大雑把に概要を掴んでいく。
 ──世界を恐怖のどん底に叩き込んだ、海の支配者「深海棲艦」。
 それらと戦う術は、女にしかなることの出来ない、「艦娘」しかおらず、通常の兵器では、足止めにすらならない。唯一、(人間の最大の過ち)のみ、通用するとされている。
 この事は全世界での共通認識とされており、世界で一番艦娘の数が多いこの日本は、国際社会での地位を向上させている側面もある。

「……んで、いくら貰えんだ?」
「月給最低五十万が、御家族と君自身に。出撃一回に付き、特別手当が最低十万。これは全鎮守府共通。いかなる鎮守府でも、これは守られている。ただまぁ、艦娘になったら基本鎮守府住まいだし、忙しすぎて買い物する暇もそんなに無いけどね」

 私のストレートな質問にも、ほとんど何も隠さず、スラスラと答えていく目の前の男。胡散臭くはあるが、まるっきり信用出来ない、ということはなさそうだった。

「……で、なんで私なんだ?」

 ここで、私は確信をつくような質問を投げかける。
 言ってしまえば、これは私じゃなくても良かったはずだ。それこそ、私のような境遇の女の子など、世界中にゴロゴロしているはずだ。
 それなのに、私だ。
 そこだけは、どうしても不可解だった。

「それは簡単。君の艦娘への適性が、他の子より圧倒的に優れていたからだよ。」
 
 ──これまたストレートな物言いに、私は完全に呆れていた。
 この男、持ってる情報を隠す気は無いのだろうかと、完全に疑っていた。

「……まぁ、その辺はいい。正直、ツッコミどころが多すぎて、処理に困ってるからな………」
「うん?例えば?」
「この状況全て、だ。深夜一時なのに開いてて、ほぼ満席なカフェ。提督にスカウトされてるこの状況。全て訳わかんないんだよ」

 深夜にカフェが開いているというのは、夜だけバーというシチュエーションなら十分有り得るだろう。しかし、出ている商品は全てカフェのもの。そんなカフェが、深夜なのに満席。世間話をしているおばちゃんから、初々しいカップルまで。意味が分からなさすぎた。

「そりゃあ、君が少しでもいやすいようにって言う僕の気遣いだよ。ここにいる人は全員、関係者だよ外からは中の様子が見えない、マジックミラーになってるからね」
「………」

 気合いの入れどころが百八十度くらい違う気がしてならなかった。
 まだ、高層ビルの屋上にあるような応接室で、黒服を着たボディーカードに囲まれながらされた方が良かった気がする。

「んで、どうする?無論、無理強いはしない。君が今の生活の方がいいと言うのなら、それでも構わないが──」
「──随分と良い皮肉じゃないか」

 私は、随分と久しぶりに、怒りというものを覚えた……いや、私の記憶にある限りでは、私は「怒ったという」記憶が、ほとんど無かった。
 そうか。
 これが、怒りか。

「フフフ…………ハッハッハ」

 途端に可笑しくなってしまった私は、思わず吹き出した。それを不思議そうな目で見る神谷。

「いやぁ…………あんな状況にすら怒らなかったのに、そんな一言で怒るとは思わなかったからな」
「それはいい。感情ってのは神がくれた贈り物だからね。存分に味わうといい……ま、ある人の受け売りだけどね……さてと、何か他に聞きたいことは?」

 神谷はそう言うと、佇まいを直し、私をじっと見つめてきた。
 私の中では、既に選択は決まっていた。
 後は、そこまでの過程が許されるかどうか──。









「艦娘には、犯罪者でもなれるのか?」











─男の家─









 私は、深夜二時頃に、あの男の家へと戻っていた。
 いつもより幾分か早い時間だが、あの男は起きているだろうか。起きているのであれば、一時間後くらいに出直そうと考えていた。
 しかし、いつもは近所迷惑なほど辺りに響き渡っている奇声は欠片も聞こえず、あたりは静まり返ってした。
 もっとも、五月蝿いのはあの男だけではない。同じようにクスリをやっている者や、自室に男を連れ込んでいる水商売の女や、虐待による子供の悲鳴も聞こえてくる。
 この当辺りは、そんな街なのだ。

「………」

 男の住んでいる部屋に入ると、やはり真っ暗だった。クスリを探してたからか、部屋の中はより一層荒れていた。
 ──もう、片付けなくていい。
 そう思うだけで、私の心は晴れやかだった。
 私は、足音を立てないように、そっと、一歩ずつ進む。
 そして、リビングに入ると、辛うじて引かれている布団に、あの男が座っていた。
 実に、幸せそうな顔だった。
 ふと、棚に映った、私の顔も見えた。
 実に、幸せそうな顔だった。
 この男や私の、こんなに幸せそうな顔は、産まれて始めてみた。
 ──そして、この男の顔は、これで見納めだった。
 私は体裁だけは存在している台所へ向かい、一本の包丁を手に取る。
 それは、まだ私の母が生きていた頃に使っていた包丁だった。

「……済まない、母さん」

 小さく、他に人が居たとしても聞き取れないような音量で、ボソリとつぶやく。
 私はその包丁を両手で持ち、男の所まで戻ってくる。

「……グオォォォォォ…………グオォォォォォ…………」
「…………ハッ」

 これから私がしようとしていることと、目の前の光景のギャップに、思わず笑ってしまった。
 方や、呑気にイビキをかいて寝ている男。
 方や、その男を殺そうとする、実娘。

「…………子は親を選べない…………だが、親も子を選べないってか…………?」

 私は男の左胸に一度包丁の先端を当て、狙いを定める。そして、ゆっくりと振り上げる。

「『私』が産まれたこと…………後悔しな…………っ!」

 そして、その包丁を、勢いよく振り下ろした──。














 その後、私は。















 笑っていた。














 
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。さて、本編での話と、今回の話で、数多くの矛盾点が出てくると思いますが、それは本編で回収したいと思います。

それでは、また次回。 

 

天才の足跡~その二~

 
前書き
……えー、はい。新生活があまりにも忙しすぎて、新人賞用の小説を書く時間しか確保できませんでした。大変お待たせ致しました。何とか、なんとか再開します……あ、ちなみに二徹目です。 

 
 ─横須賀鎮守府─



 私は今、横須賀にやって来ていた。諸々の生体検査を、三日かけて行った後、最後に艦娘になるための作業を行った。
 作業、と一言で言っても、ただ艦娘の血液を私の体に注射するだけと、かなりお手軽なものだった。もっと他に色々やるものだと思っていたから、かなり拍子抜けだ。
 結果、私は「若葉」と言う駆逐艦になった。
 正直な感想を言えば、なんだそれ、だった。
 戦争やら軍艦やらに全く興味のない私にとって、「駆逐艦」やら、「軽巡洋艦」やらの軍艦の種類なんか、知ってるはずがなかった。精々、戦艦を知っている程度だ。
 どうやら、小回りの効く種類……なのだろう、多分。幼い私には丁度いい。
 さて、私はこれから暫く……およそ三ヶ月ほど、この横須賀鎮守府にて訓練を積んだ後、呉鎮守府に異動する事が決まっていた。
 あの神谷と言う男は、わざわざ広島から神奈川まで来ていたらしい。頭のネジが飛んだ男だ。
 
「……ふん」
 
 私は鼻を鳴らすと、目の前に広がる水平線を眺めた。穏やかな波に反射した夕焼けが、感情の薄くなった私でも、神秘的な光景であると認識させていた。
 ……実を言うと、ここでの生活は大変気に入っている。
 一つ、衣食住が完璧に揃っている。
 戦闘用の制服は毎日のように洗濯とクリーニングがされ、毎日食堂で暖かい食事ができ、二人一組だが、自室も与えられていた。今までとは雲泥の差だ。
 二つ、周りには女しかいない。
 大変気が楽だ。
 主な理由はその二つだが、私にとってはかなりな好条件だった。
 最も、私や他の艦娘を指揮する上司は男なのだが……まぁ、所詮は人間。艦娘に勝てる身体能力は無い。
 と言うわけで、今の私はかなり上機嫌だった。
 同期で入った「木曾」と「龍驤」は、中々複雑な面持ちで過ごしていた。それが普通らしいので、私はやはり異常らしい。知ったことではないが。
 話が逸れたが……だから私は、柄でもない散歩なんてものを楽しんでいた。
 人生でも五本の指に入るほど、上機嫌だった。
 羽織ったパーカーのポケットに両手を入れ、ただ歩いて景色を見ることに意識を向けていた。
 ──だから、一歩踏み出した先に、足場が無いことに気付かなかった。
 
「へっ」

 自分でも驚くほど間抜けな声を出した私は、そのまま前に倒れていく。視線の先には、冷たそうな海。
 ──しかし、私がそこに落ちることは無かった。
 私の右肘を、誰かが掴んだからだ。
 その誰かは私の右肘を思いだ切り引っ張った。その強い力は、私に尻餅をつかせるほどだった。

「……おいおい、気をつけろよな?この季節の海は凍えるくらい冷たいからな」

 本当はその相手に感謝するのが礼儀なのだろうが、私は思わず後ずさり、身構えた。









 目の前に立っていたのは、わたしとそう歳の変わりそうにない、少年だったからだ。









「おいおい、助けたってのにその態度はねーだろ?せめて礼くらいは言ってくれよー」

 小学生くらいの甲高い声は、私の神経を逆撫でしていた。

「……あぁ、すまない。助けてくれてありがとう。それじゃ」
 
 しかし、私がこの少年に助けられたというのは事実だったので、大人しく謝罪と礼の言葉を口にする。その後、すぐに立ち上がり、スタスタと立ち去ろうとする。

「おいおい!せめて自己紹介くらいしよって!」
「……悪いが、男と話す趣味はない」
「レズか?」
「死に晒せ」
「ひでぇ!?」

 あまりにも低俗な言い分に、私はとことん冷酷に突き放す。と言うか、小学生くらいの男子が知ってていい単語ではない。

「私は、お前と話す時間に価値はこれっぽっちも感じない。だから、行かせてもらおう」
「──ちょっとちょっと!待ってってば!」

 しかし、私の足はそこで止まった。
 理由は単純。目の前にその少年が両手を広げて立っていたからだ。
 それだけならなんてことは無いのだが、私は少年に向かって背を向けて話していたはずなのだ。
 それがいつの間にか、私の目の前にいた。

「……お前、何者だ?」

 少なくとも、普通の少年にできる芸当ではない。
 私は思わず、名を聞いてしまった。
 少年は勝ち誇ったかのように笑うと、口を開いた。









「俺の名前は橘 悠人!艦娘候補生の一人だ!!」









 ─休憩スペース─




「……つまり、お前とほか二人の男が、艦娘になれるかどうかの実験に参加している……ってことか?」
「ま、簡単に言えばなー」

 橘はそう言いながら、カップに入ったお茶を啜っていた。
 あの後、完全に負けを認めた私は、大人しく橘とゆっくり出来るところで自己紹介し合う事になってしまった。大変不本意だし、実に不愉快だった。
 そこで聞いた話は、この橘と、七宮、そして長谷川と言う少年たちが、この鎮守府で「艦娘候補生」として、世界初の男にの艦娘になるための実験に参加しているとのことだった。

「まぁ、ただ艦娘の血を注射するだけじゃ失敗は目に見えてるからなー。色々と実験やらなんやらしてから、になるけどなー」
「……非人道的な、か?」
「当たり前だろ?」

 私の問いかけに、当たり前のことを聞かれたかのようにポカンとしながら橘が私を見てきた。

「人体使って既存の枠の外のことをしようとしてるんだ。そんなこと当たり前だろ?最も、艦娘に近づいてるからか、怪我とかすぐに直るようになったけどな!」
「…………お前も大概終わってるな」
「まーな。その分、お前にはまだ救いはあるけどなー」

 自分がとっくに手遅れになってることを感じているのか、橘の言葉はやけに軽かった。その分、私に向けての言葉はやけに重く感じた。

「……どこがだ?」
「だって、俺と話せてるじゃないか」

 橘はそう言うと、実に腹立つ顔でニヤリと笑った。

「……別に男性恐怖症ではないからな。話すぐらいはできる」
「へぇ……じゃあ、嫌う必要なんてねぇじゃん」

 能天気な声が、私の神経を逆撫でした。

「……知らないお前に、とやかく言われる筋合いはない。私はもう行く。自己紹介も終わったしな」

 まだ半分くらい残っていたカップをゴミ箱に捨てると、私はそそくさと立ち上がった。

「……まぁ、俺はお前のことを知らないからな……それはおいおいって事で!」
「もう二度と話しかけるな」
「ひでぇ!?」

 橘にそう吐き捨てると、私はその場から立ち去った。
 ……厄介なのと知り合ってしまったと、私はかなり後悔していた。



  
 

 
後書き
読んでくれてありがとうございます。はーい、とんでもないキャラが出てきました。もう殆ど、核心みたいなもんです。ただ、本編において「ここはまだ重要ではない」ので、あくまで余談ということで。

それでは、また次回。

追記
五万PV突破しておりました。本当にありがとうございます。これからは、もう少し皆様に早く物語を届けられるよう頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。