魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~ Another


 

プロローグ

 
前書き
 前に書いていたものをsts編まで過ごしたショウに合わせて書き直してみました。 

 
 何か……頭の中に浮かんでくる。



 崩壊の中。プレシアはそっとアリシアの入ったカプセルに寄り添う。彼女の視線は、アリシアではなくテスタロッサの方へと向いている。

『私は行くわ……アリシアと一緒に』

 それはあくまで俺の主観になるが、拒絶の言葉ではなくて別れの言葉のように感じた。

『母さん……』
『言ったでしょ……私はあなたが大嫌いだって』

 大嫌いだと言いながらも、プレシアの声色はこれまでのものと違って優しいものであり、顔も見方によっては微笑んでいるようにも見えた。それと同時に、ふと嫌な予感がした。
 次の瞬間、プレシアとアリシアのいる付近が崩壊し始め、テスタロッサはふたりの名前を呼びながら駆け寄ろうとする。しかし、それは落下してきた巨大な岩石によって阻まれた。

『……いつもそうね……私は気づくのが遅すぎる』

 テスタロッサよりも先に動き出していたこともあって、俺はプレシアの腕を掴むことができていた。彼女は走馬灯でも見ているのか、独り言を呟いている。

『気づけたのなら……変わればいい』
『――っ!? ……あなた……何をしているの?』
『聞かなくても……分かるはずだ』

 重い……プレシアの身体には全く力が入っていない。
 アリシアと共に死ぬつもりでいるから……という理由だけじゃないだろう。ロストロギアを用いた不確定なやり方や先ほどの吐血からしてプレシアは病を患っている可能性が高い。身体に力が入らない状態でも不思議ではない。

『……放しなさい。このままだとあなたも死ぬわよ……』
『死ぬつもりはない。だからあんたも生きろ』
『……ふふ、勝手に助けようとしているくせに身勝手なことを言うわね。……いまさら生きてどうなるというの? もう遅いのよ』
『遅くなんてない!』

 声を荒げてしまったからか、床が少し崩れた。
 もうあまり時間が残されていない。さっさとプレシアを引き上げて脱出しなければ、俺もあの世行きだ。そうなってはファラを道連れにしてしまうだけでなく、叔母やあの子を悲しませることになる。

『あの子はあんたのことを母親だって思ってる。それにあんただって気づいたんだろ! だったらやり直せるはずだ!』
『……やり直す時間なんて私には残されていないわ』
『だとしても……あの子と話せる時間があるのなら、できる限り話すべきだ! ……親と話すことは、子供にとって必要なことなんだから』

 俺は今にも泣きそうな顔を浮かべているのか、プレシアの目が大きく見開かれている。彼女は一度俯いた後、再びこちらに顔を向けた。それは母親の笑みと呼べそうな顔だった。

『あの子のこと……お願いね』

 プレシアは最後の力を振り絞って俺の手を払った。声にもならない声を上げて手を伸ばしたが、彼女の手を握り直すことはできない。
 落ちていくプレシアに自分の母さんの影が重なり、悲しみや寂しさ、喪失感が一気に湧き上がる。

『アリシア! 母さん!』
『フェイト!』

 落ちていくプレシアやアリシアに手を伸ばすテスタロッサをアルフが止める。
 テスタロッサがふたりの名前を叫ばなかったなら、俺が「母さん!」と叫んでいたかもしれない。そんなことを考えているうちに、ふたりの姿は見えなくなってしまった。テスタロッサの目からは涙が溢れている。
 ――何で……何でもっとしっかりと握っていなかったんだ!
 自分がしっかりと握っていたならば、プレシアだけでも助けられたかもしれない。助けられなかったとしても、テスタロッサに会話させてやれたはずだ。親を失う悲しみを知っているのに……俺は……。

『あんたも何じっとしてるんだい! 脱出しないとくたばるよ!』

 アルフに腕を引かれた俺は、思考の渦から抜け出せない状態だったが脱出を開始した。脱出する中、俺の口の中は血の味がしていた。



 これは……そうだ。
 プレシアを……フェイトの母親を助けることができなかったときの記憶。



『リインフォース! リインフォース、みんな!』

 はやては押し殺していた感情を爆発させるように声を上げた。この声にリインフォース達も気が付いたようで、全員の視線がこちらに向いている。

『はやて!』
『動くな! 動かないでくれ。儀式が止まる』

 こちらに駆けようとしたヴィータをリインフォースが制した。動いてしまうと儀式が止まってしまうのだろう。
 俺は車椅子を押し続け、リインフォースの前で止めた。それと同時にはやては再び口を開く。

『あかん! やめてリインフォース、やめて!』
『…………』
『破壊なんてせんでええ。わたしがちゃんと抑える! 大丈夫や。やからこんなんせんでええ!』
『……主はやて、よいのですよ』
『良いことない! 良いことなんて……何もあらへん』

 はやての目に涙が浮かんだ。それを見てもリインフォースは穏やかな笑みを浮かべたまま、彼女を見ている。
 一瞬リインフォースと視線が重なった。はやてを連れてきたことで何か言われるかと思ったが、俺に対しても穏やかな顔を向けるだけだった。彼女は視線をはやてに戻すと話し始める。

『ずいぶんと長い時を生きてきましたが、最後の最後であなたに綺麗な名前と心を頂きました。ほんのわずかな時間でしたが、あなたと共に空を駆け、あなたの力になることができました』
『ぅ…………』
『騎士達もあなたの傍に残すことができました。心残りはありません』
『心残りとかそんなん……』
『ですから、私は笑って逝けます』

 リインフォースの表情は穏やかなものだが、そこには強い決意を感じる。彼女ははやてに何を言われようとも、儀式をやめるつもりはないようだ。

『あかん! わたしがきっと何とかする。暴走なんかさせへんて約束したやんか!』
『その約束はもう立派に守っていただきました』
『リインフォース!』
『主の危険を払い、主の身を守るのが魔導の器の務め。あなたを守るための、最も優れたやり方を私に選ばせてください』
『……そやけど』

 弱々しい声と共にはやての目から涙が溢れた。
 その姿を見た俺の胸の内に、自分がやったことは正しかったのかという疑問が湧き上がってくる。自分が正しいと思ったことが、他人にも正しいことだとは限らない。俺が行ったことは、はやてを苦しめているだけなのではないか。

『ずっと悲しい思いしてきて……やっと! ……やっと救われたんやないか』
『私の魂は、あなたの魔導と騎士達の意思の中に残ります。私はいつもあなたの傍にいます』
『そんなんちゃう、そんなんちゃうやろ!』
『駄々っ子はご友人に嫌われます。あなたの大切な彼も困っていますよ』

 ゆっくりとはやてが俺の方を振り返る。
 涙を流している彼女の顔に思わず顔を背けたくなったが、ぐっと堪えて視線を重ねた。俺は自分で思っている以上にひどい顔をしているのか、はやては何も言わない。溢れる涙で何も言えないのかもしれないが。

『ですから聞きわけを我が主』
『……リインフォース!』

 一度俯いた後、はやてはリインフォースの元へ向かい始めた。しかし、雪で隠れていた石に車輪がぶつかり横転してしまう。
 反射的に駆け寄りそうになるが、リインフォースに視線を向けられ足を止める。
 ――はやての思いは分かる……俺もリインフォースを救いたい。だけどリインフォースの思いも理解できるし、はやてのことを考えるならば彼女の意思を尊重することが正しいのだろう。

『なんでや……これからやっと始まるのに。これからずっと……幸せにしてあげなあかんのに』

 倒れた状態のまま泣くはやてを見て、リインフォースは魔法陣のぎりぎりまで歩み寄り片膝を着く。俯いていたはやてもそれに気づき視線を上げた。

『大丈夫です。私はすでに世界で一番幸福な魔導書ですから』
『リイン……フォース』

 リインフォースは優しげな笑みを浮かべるとはやての顔に付いていた雪を払い、彼女の頬に優しく手を添える。

『我が主、ひとつお願いが……私は消えて小さく無力な欠片へと変わります。もしよろしければ、私の名はその欠片ではなく、いずれあなたが手にするであろう新たな魔導の器に与えてもらえますか?』

 はやては返事を返せずにいたが、リインフォースは彼女から手を放すとさらに続ける。

『祝福の風リインフォース。私の願いは、きっとその子に継がれます』
『……リインフォース』
『はい、我が主』

 はやては一際大きな涙を流し始め、リインフォースは立ち上がった。魔法陣の中央に戻るかと思ったのだが、視線を俺のほうへと向けてきたため彼女へと歩み寄る。

『君は主のため、騎士達のために色々と頑張ってくれたのにひどい真似をしてすまなかった』
『……謝るのは俺のほうだ。助けるって言ったのに……何もできずに見送るしかないんだから』

 口から出た声は震えていた。はやてのように胸の内が感情で溢れつつあるのか涙も出そうになる。
 リインフォースは優しい笑みを浮かべながら、俺を落ち着かせるかのように頬に触れてきた。その状態のまま話し始める。

『そう自分を責めないでくれ。君やあの子達は、私の悲しみの連鎖を断ち切ってくれた。それだけで充分に助けられているよ』
『だけど……』
『ふふ、意外と君も聞き分けがないのだな』

 そういうところ我が主に似ている、と続けるリインフォースの顔は幸せそうに見える。
 今迎えようとしている結末は、彼女が本当に望んでいることなのだろう。高町達も1歩たりとも動こうとはしていない。儀式はもう止まらないと分かる。ならば俺がすべきことは笑って彼女を見送ることなのかもしれない。

『俺は……はやてよりも駄々っ子じゃないさ』
『ふふ、そのようだ。……終焉の時も近い。最後に君にもお願いがあるのだが』
『構わないよ』
『では……これから先もどうか主――いや、主だけじゃない。主がいつか手にするであろう魔導の器も騎士達と共に見守ってほしい』
『……ああ、約束するよ』

 震えそうになる声を押さえ込み、どうにか力強く返事をすることができた。リインフォースは礼を言うかのように微笑むと魔法陣の中央へと戻る。
 穏やかな笑みを浮かべるリインフォースの身体が青色に発光し始めたかと思うと、彼女の身体は徐々に青い光と共に空へと消えて行った。
 誰もが無言で空を見詰めていると、何かに気が付いたはやてが身体を引きずりながらリインフォースが立っていた場所まで進んだ。彼女が身体を起こして座りこんですぐに空から発光する物体が降りてくる。
 はやての手の平に落ちたそれは、金色の十字架のようなアクセサリーだった。リインフォースが言っていた欠片なのだろう。

『う……ぅ……』

 欠片を大事そうに胸に当てながら再びはやては泣き始める。何を言えばいいのか分からない状態だったが、俺は彼女へと近づいて片膝を着いた。
 潤んだ瞳がこちらに向けられたかと思った次の瞬間には、俺の胸ではやては出来る限り声を殺して泣いていた。高町達も静かに駆け寄ってくるが、誰もはやてに声をかけない。俺と同じように何を言っていいものか分からないのだろう。
 何も言えないのなら抱き締めてやるだけでも、と思って手をはやての背中に回したがやめた。今の俺にそんな資格があるとは思えなかったからだ。
 ――どうして……こんな結末にしかならないのだろう。本当にこんな結末しか迎えられなかったのだろうか。
 俺は静かに視線を上げて、リインフォースが消えて行った空を見た。そこにあるのは舞い散る雪だけであり、何か答えがあるわけではない。そう分かっていても見上げずにはいられなかった。
 ……リインフォース。
 俺は今日の出来事を絶対に忘れない。
 お前との約束を果たすために強くなるよ。もう今日のような結末を迎えないために。お前の大切な主や騎士達を守れるように……。



 これも覚えている。
 初代リインフォース……はやての大切な人を救うことができなかった日の出来事だ。



『何で……何でいつも守れないんだ。……父さん達の時も……プレシアの時も……リインフォースの時も。…………今回は……あのときちゃんとあいつの気持ちを考えていたなら止められたはずなんだ。どうしていつも俺は……』



 忘れるはずもない……なのはが墜ちてすぐの頃、俺がはやてに漏らした言葉。
 一度弱音を吐き出すとなかなか止めることができなくて。だけどあいつは何も言わずにずっと優しく抱きしめてくれた。



 これらの記憶と想いは今の俺を作るうえで欠かすことができない出来事。そう断言できる。
 だが……どうして今こんなことを思い出しているのだろうか。
 今脳裏に過ぎった日のことを忘れたことはない。忘れられるはずがない。
 でも俺は押し潰されることなく、前を向いて……未来に向かって進んでいたはずだ。
 ……どうしてこんなにも胸が苦しいのだろう。
 もちろん笑ったりできない記憶だということは分かっている。
 けれど、悲しみや苦しみを味わってもあいつらは強く気高く前を向いて……笑いながら毎日を過ごしていた。楽しそうに過ごしていた。
 なのに……どうして俺はこんなにも苦しんでいるんだ。最も苦しい想いをしたのはあいつらのはずなのに。



「それはね……あなたが心の底では常に助けたかった、救いたかったって思ってたからだよ」

 どこか聞き覚えのある声が耳に届いた直後、暗い海の底に沈んでいくような不快な感覚が消える。まぶたを上げてみると、何とも表現しがたいが温かな光に満ちた世界が飛び込んできた。周囲を見渡すとひとつ小さな影が見える。

「……フェイト?」

 いや……明るく長い金髪や顔立ちはよく似ているが、俺の知る最も古いフェイトよりも目の前にいる少女は幼く見える。
 ただ彼女とは以前にもどこかで会っているような気がする。
 それもごく最近……そうだ。先ほど蘇ってきた記憶の中にほんのわずかばかりだがこの子の姿があった。彼女は……

「……アリシア?」
「うん、そうだよ」

 アリシアはにこりと微笑む。
 フェイトのオリジナルとは知っているが、こうして見ると見た目は似ていても別人だと感じた。
 何故ならこの子の笑みは、明るく活発な印象を受ける。対してフェイトは穏やかで優しげな笑みを浮かべていた。プレシアがふたりが同一の存在ではないと思ったのも頷ける。

「ふふ、そう思えるのはあなたがフェイトのことをきちんと見ていたからだろうけどね」
「……君は人の心が読めるのか?」
「あはは、わたしにはそんな力はないよ。魔導師としての才能もあまりなかったしね。あなたの考えが分かるのは、ここはそういう特殊な空間だからだよ」

 あなたにもわたしの心の声聞こえるでしょ?
 と、アリシアは口を開いていないのに俺の中に声が届いた。信じがたい現象ではあるが、こうして現実に起きてしまっている以上、信じないわけにはいかない。
 そもそも、俺は《魔法》という存在を知っているし、《ロストロギア》といった時として奇跡的な力を秘めた存在も知っている。心が通じ合うくらいの現象でパニックを起こしたりしない。

「思考が読める理由は分かった……ついでにいくつか質問したいんだが」
「どうぞどうぞ」
「まず最初に……どうして俺はこんな場所に居るんだ?」

 少し記憶が曖昧になっているが、俺ははやてに誘われて機動六課に出頭し……それでヴィヴィオに出会って、最終的にはジェイル・スカリエッティが起こした事件を解決。それで機動六課が解散された……そのあとは技術者の仕事をベースに生活を送っていたはずだ。
 ロストロギアに関わる仕事はしていなかったのに、どうして今居るような不思議な空間にいるのだろうか。ここに来る直前のことも分からないので見当がつかない。

「それはね……うーん、ちょっと説明しにくいんだけど……神様って存在信じる?」
「神様? ……基本信じてはいないが、いないとも言い切れないな。無数の次元世界が存在している以上、神様みたいな存在がいる世界もあるかもしれない」

 俺の言葉にアリシアは、肯定的な返事をありがとうといったニュアンスの言葉を口にし、続きを話し始める。

「ここはね、神様が作り出してる空間なんだ。だからあなたの中では死んでいるはずのわたしが存在しているし、言葉を発しなくても会話することが出来る。あなたがここに居るのは、神様に呼ばれたというか選ばれたからかな」

 にわかには信じがたいことではあるが、目の前には俺の記憶ではすでに死んでいるはずのアリシアの姿がある。
 それにこの空間は魔法で作られているようには見えない。魔法とは別の力が働いているような気がする。
またアリシアが嘘を言っているようにも見えないため、心から納得はできなくても割り切ることはできる。ただ……

「……どうして俺が選ばれたんだ?」

 俺はそれほど特別な人間ではない。
 魔導師としての才能は身近な人間に比べれば平凡なものだったし、身体能力や知能的な面も天才と呼ばれるものでもなかった。
 自分なりに努力して周囲から認められる強さや技術は身に付けはしたが、それでも俺よりも優れた人間は数多く居るだろう。俺の生きた時間軸だけが対象になっているように思えない。にも関わらず、何故俺が選ばれたのだろうか……。

「それはね、あなたの中にわたしのお母さんやリインフォース……アインスを助けたい。なのはに辛い想いをしてほしくないって強い想いがあったからだよ。……あなたはパラレルワールドって分かるかな?」

 唐突に何を言っているのだろうか……まあ今は気にせずに話を進めるしかないんだろうけど。

「まあ何となく……俺の世界を基準にすれば、君が生きていた世界みたいなことだろ?」
「そうそう。えっとね……信じられないかもしれないけど、あなたが過ごした世界。ジュエルシードや闇の書を巡る事件が起きる世界は無数に存在しているの」

 確かに……聞いてすぐに「はいそうですか」と鵜呑みにできる話ではない。が、心が通じ合う状態のせいかアリシアが嘘を吐こうとしていない気持ちは理解できる。
 正直……伝わってくる感覚からしてどうやらアリシアも俺と同様にここに呼ばれた存在のようだ。なので完全には状況を理解していないらしい。まあ単純に年齢が問題してるかもしれないが。

「あ、今わたしのこと子供だってバカにしたでしょ。そりゃあわたしはこんな見た目だけど、あなたより色々と知ってるんだからね。そういうこと考えると教えてあげない」

 といっても、ある程度のことは伝わってくるのだが……今伝わってくるのは子供染みた悪口ばかりなので、このままでは話を進めることはできない。ここは素直に謝るべきだろう。

「悪かったよ。それで……神様は俺に何をさせようって言うんだ? できれば元の世界に帰りたいんだが」
「あぁーそれは無理だね。ここにいるあなたは、あなたの世界に居たあなたと同一の記憶を持ってはいるけど別の存在だから」

 あなたあなたと少し分かりにくかったが、つまりは

「……一種のクローンってことか?」
「うーん……わたしやフェイトみたいな関係とは違うけど、まあそんな感じかな。いきなりこんな場所に連れて来られたのにこんなことを言うのもなんだけど、あなたには帰る場所はないよ」

 可愛い顔でさらりと残酷な現実を告げてくれるものだ。
 帰る場所がないのだとすれば、俺はいったいどこで何をすればいい。ここでずっとこの少女の相手をして過ごすことになるのだろうか。

「あはは、まあそれもひとつの選択肢ではあるね。けど、一応あなたにはここに留まる以外にも選択肢はあるんだよ」
「選択肢?」
「そう。それはね……無数に存在している並行世界のひとつ。あなたが存在してなくて、わたしが死んでて、なのはが魔法に出会って、ジュエルシードや闇の書を巡る事件が起きる。正史とでも呼べる無数の世界の基準となっている世界にわたしと一緒に行くって選択肢とかね」

 正史ということは、それが本来というか基準となっている世界ということか。
 確かにアリシアの今言った流れと、俺が体験してきた流れは大筋似ている。流れに大きな差がないのは、俺の能力が存在していようと存在していなくても変わらない微々たるものだったからか。そのように考えると納得できる……が、納得できない部分もある。

「行ってどうするんだ? あの頃のなのは達よりは強いだろうし、起こる出来事が大きく変わらないのなら先回りして変えることが出来るかもしれない。だがそれは……」

 人生は言動を選択することで成り立っている。常にルート分岐があるようなものだ。些細な違いであれば大本の筋書き通りに進むだろう。だが小さな変化でも積もれば別のルートに移る可能性はある。
 そうなれば先回りすることはできなくなるし、それが元で従来よりも重い未来が訪れることになるかもしれない。

「うん……確かにそうだね。あなたが思ったようなことになる可能性はある。あなたは魔導師として1人前の力量を持っているし、向かう世界の時間軸によっては未来の技術の知識も有しているから。わたしよりも大きな変化をやろうと思えば起こせると思うし」
「なら……俺は」
「ううん……行かない方がいいなんてことはないんだよ。だってどうなるかなんて分からないし、良い方向に変わることだってあるんだから」

 アリシアは迷子に向けるような優しい笑みを浮かべる。生きた時間は俺の方が長いのだろうが、それでも彼女が先に生まれたのだと理解させられるような大人っぽさがあった。

「それに……全てを変える必要なんてないし、大きく変える必要もない。本来別れないといけない人とほんの少しでも長く一緒に居られること。将来を左右しかねない怪我を少しでも軽くすること。それだけでも……あの子達にとってはプラスになるんじゃないかな。だから……」

 アリシアが小さな両手を前に出すと、そこに光の奔流が生じ一点に向かって集まり始める。まるで魂のような根源的な存在を思わせる光は、集束されていくに連れて黒曜石のような漆黒色の十字架へと変わる。

「わたしと……この子、《レイディアントノワール》と一緒に行こう。ほんの少しだけかもしれないけど、流れを変えて……あの子達にとっての幸せな時間を増やせるかもしれない」

 流れを変える。
 それはプレシアやアインスを救うことができるかもしれない、ということか。
 アリシアは基準となる世界ではジュエルシードや闇の書を巡る事件が起きると言った。つまり、プレシアの死や初代リインフォースとの別れは必然的に起こる出来事ということになる。なのはのあの一件もそれに含まれているのかもしれない。
 あの出来事は全て関わる人間に悲しみや寂しさ、痛みのを残した。
 そうならないようにした方が良いのかもしれない。でもそれがあったからこそ、ここに来る直前までの……俺の知る彼女達が居たのではないのか。世界の流れを変えてしまえば、彼女達の存在そのものを変えることになるのでは?
 だが……それでもやる価値はあるように思える。
 何故なら行く時間軸にもよるが、おそらく全てを変えることは不可能に近い。だけど


 もしも……あのとき俺がプレシアを助けられていたのなら。
 もしも……アインスが空へと還らなければならないと事前に知っていたのなら。
 もしも……なのはを特別扱いせず、抱えていたものに目を向けていたなら。


 アリシアの言うように少しだけでもあいつらにとって幸せな時間を増やせるのかもしれない。
 それによって俺の知るあいつらとは別の道を歩むことになる可能性はある。だが……大切なのは

「うん……そうだよ。これから行くことになる世界からすれば、わたしやあなたは異物。見知った人間は存在していても、わたし達のことを知っている人間はいないの。どんなに姿・形は似ていても、そこにいる人達はあなたの知っている人達とは別人。過去を変えれば未来が変わるように……流れを変えればその後どうなるか誰にも予想できなくなる。あなたの知っている彼女達じゃなくなるかもしれない」

 でもね……

「あなたの知っているように世界が進むとも限らないし、もしも……の可能性に溢れてる。それでも……その世界のあの子達が自分で満足できる答えになったのなら、違った道に進んでいいとわたしは思うんだ。人にとっての幸せはひとつじゃないんだから」
「そうだな……」
「答えは決まってる気がするけど、あえて聞くよ……あなたはどうする?」

 そんなの決まっている。
 アリシアの言うように俺の知っている彼女達ではないだろう。根っこは同じであっても、俺という存在がない世界に行く以上、俺のことを知る者はいない。ならば俺の知る彼女達とは異なっている点があって当然だ。
 でも俺はその世界で何が起きるかを知っている。
 全てを変えるなんて言えないけども、少しでも幸せな時間を過ごしてほしいという想いがある。
 それはもしかすると彼女達の人生を歪めてしまうことになるかもしれない。しかし、俺の知るものに似た流れで世界が進むのだとしたら……悲しい出来事が多すぎる。
 それを少しでも無くし、俺にとって大切だった人々をわずかにでも笑顔にすることができるのならば、やってみる価値はある。

「俺は……もしもほんの少しでも流れを変えることができるのなら……悲しみを減らすことができるのなら――」

 行く世界の人間からすれば余計なことかもしれないし、俺の自分勝手なことなのかもしれない。けど……

「――少しでも幸せな未来が切り開けるのなら、たとえ嫌われることになろうと挑戦してみたい」
「そっか。じゃあ、一緒に頑張ろう。たとえこれから行く世界でどんなに苦しいことや辛いことがあっても、わたしはあなたの味方でいるから」

 そう言ってアリシアは黒に輝く十字架を俺に渡し、それにも負けない輝かしい笑みを浮かべる。
 やっぱり……アリシアとフェイトは別人だ。同じような外見をしていても、本質の部分は異なっている。例えるなら太陽と月のようなものだ。同じ光を放つ存在でも照らし方が異なる。

「話もまとまったことだし、さっそく出発しよう!」
「ああ……どうやって出発するんだ?」
「そ・れ・は……」

 アリシアが指を鳴らすと、突然浮遊感に襲われる。
 視線を落とすと、そこには真っ暗な穴が存在しており、留まることを許さない力が働いている。そのため俺の体が必然的に落下し始めていた。

「テンプレどおりというやつですよ♪」
「そんなの知るか!?」

 というか、先に一言言っておけ!
 そのように言う暇はなく、俺はアリシアと共に暗い奈落の底に落ちて行った。終始彼女の顔が笑顔だったのは言うまでもない。


 

 

第1話 「異なる世界」

 延々と続いた闇の世界を抜け光のある世界に出たかと思うと、体の前面にそれなりの痛みが走った。どうやら地面に激突したようだ。
 とはいえ、これ以上の痛みを経験したことはある。
 涙を流すような真似はしない。このような手段を取ったアリシアには文句があるが……。

「――っ!?」

 上体を起こした矢先、何か硬いものが頭に激突した。予想していなかった事態に俺は後頭部を押さえ込みながらその場に蹲る。

「いつつ……あなたって思った以上に石頭だね」

 近くから聞こえたその声によって状況を理解する。十中八九、俺の上にアリシアが落下してきたのだろう。
 石頭って……アリシアのほうが石頭だろ。あぁくそ……涙出てきた。
 何かに頭をぶつけてで涙を流すなんていつ以来だろうか。少なくとも小学生に上がってからは記憶にない。もしかすると人生初かもしれない。

「あのな……普通は先に謝るだろ」

 後頭部を擦りながら起き上がる。
 目の前にはでこあたりを擦っているアリシア、周囲は森の中なのではないかと思うほど自然に溢れていた。
 いったいどこに出たんだ?
 見知らない世界に来たんじゃないだろうか……、と思った直後、かすかに見覚えのあるのある建物が見える。
 俺の記憶が正しければ、海鳴市でも標高の高い場所にある神社のはず。あそこならば街とは違って自然も多かったので、周囲が森のようなのも納得がいく。
 ……それにしても。
 何やら妙に違和感がある。まず目の前に見えるアリシアだが、こんなにも大きかっただろうか。先ほどまでは頭ふたつ分ほど小さかったように思えるのだが、今はひとつ分あるかどうか……。
 もしかして巨大化したのか……いや待て、俺の手はこんなに小さかったか? それに地面との距離が近くなっているような……。

「まさか……!?」

 体のあちこちを見たり触ったりしながら自分の体について確認する。
 正直に言って信じたくはないが……どうやら俺の体は縮んでしまったらしい。
 おいおい……嘘だろ。体が縮むだなんてどこのアニメだよ……俺は変身魔法なんて使った覚えはないし、現在も使っていない。着ていた服まで子供サイズのものに変わっているし、いったい何が起こったんだ?

「どうかしたの?」
「どうもこうも……体が縮んでたら困惑するだろ」
「あぁーそのこと」

 アリシアは大した問題ではないと言わんばかりの表情を浮かべ、さらりと話し始める。

「何で体が小さくなったかっていうとね、この世界のあの子達と同い年になるように力が働いたからだよ。さっきのままだと関わりづらいでしょ?」

 確かにそのとおりではあるが……事前に伝えておいてもよかったんじゃないのか。そうすれば困惑せずに済んだがな。
 現在地までの落下やその後の衝突、今の件で苛立ちを覚えた俺は、そのことを言葉にしながらアリシアの両頬を引っ張る。彼女はすぐさま謝りながらやめてほしいと言ってきたが、すぐにやめては今後舐められる恐れがあるし、また反省しないかもしれない。そのため5秒ほどは継続した。

「うぅ……ひどいよ。もうわたしお嫁に行けない」
「これくらいで行けなくなるわけないだろ」

 まったく、フェイトと違って茶目っ気のある奴だな。
 とはいえ、まあアリシアのおかげで体についての疑問は解消した。大人から一気に小学生……具体的に言えば、小学3年生くらいの背丈になったせいで違和感は拭えないが。
 まあそれでも人間には適応能力があるし、一度は経験したことがある感覚だ。時期に慣れるだろう。
 ……問題はこれからだな。
 俺の背丈やこの世界に送り込まれることになった経緯から考えて、今の時期はジュエルシード事件が始まる前だろう。
 数年後に起こる出来事を考えると、あの子を魔法に関わらせないという選択肢もあるが、それではジュエルシードや闇の書を巡る事件が俺の知る流れとは大きく異なることになる。
 そうなると介入は難しくなるし、フェイトの交流関係に支障が出る可能性も大きい。
 フェイトがジュエルシード事件を乗り越え、笑えるようになったのはなのはの存在が大きい。どれくらい流れを変えられるか分からない以上、下手に流れを変えるのは危険か……。

「難しい顔してるね。もしかしてまだ痛いの? 痛いの痛いの飛んでいけ! ってしてあげようか?」
「いい。君からされても惨めになるだけだ」
「む……そういう言い方しなくてもいいじゃん。そっちだって子供なんだから」
「君よりは大人だ」
「そんなの見た目と実際に生きた時間だけだよ。わたしのほうが早く生まれてるもん!」

 生まれてるもんって……こういうところにムキになってる時点で年上のようには思えないんだが。見た目も俺よりも小さいし、アリシアのほうが大人だと思うのは無理があるだろう。

「そんなことよりこれからどうするんだ?」

 この世界からすれば、俺やアリシアは本来存在しなかった異物。
 俺の体を小さくしたように不思議な力が働いている可能性はあるが、戸籍があっても住居がないといった可能性は充分に在り得る。
 正直……住む場所とかなかったらかなり困るぞ。ここは地球みたいだし、平日の昼間に子供が出歩いていたらおかしい。
 アリシアあたりは見た目が外国人だから旅行で来ているなどと思われるかもしれない。が、黒髪黒目の俺は完全にアウトだろう。両親のことを考えるとハーフなのだが……アリシアと一緒に居ても兄妹に思われるかは怪しい。
 そもそも……ジュエルシード事件のことを考えると、アリシアの姿をあの子達に見られたりするのは不味いだろう。
 ここに居るアリシアは、この世界のプレシアが蘇らせようとしているアリシアではない。見た目や記憶は同じでも異なる存在だ。
 アリシアがプレシアに会えば……事件にならずに終わる可能性もあるかもしれない。
 だが、この時期のプレシアは精神を病んでいる節もある。下手をすればこの世界のフェイトの扱いが悪化しかねない。この時代の過ごし方は今後のフェイトに大きく影響するところだ。迂闊な真似はできない。たとえ今このとき辛い想いをしているとしても……。

「そんなこと……結構重要だと思うけど、まあいいや。わたしのほうがお姉さんなんだし、ムキになっちゃダメだよね」
「何をブツブツ言ってるんだ? 行く宛てとかなかったらかなり困ると思うんだが?」
「ノープロブレム! そのへんはきちんと用意されているのですよ。神様も送り込んで終わり、みたいな冷たいことはしないんだから」

 俺があの空間で出会ったのはアリシアだけだ。神様がどうのと言われても反応のしようがない。
 まあ、今の口ぶりと流れを変えれるかどうかは俺達自身ということからして、神様が手伝ってくれるのは俺達がこの世界で過ごすための準備だけなんだろうな。
 そんなことを考えながらアリシアの後を付いて行って街へと繰り出す。
 景色を見た限り、俺の知る町並みと大した差はない。故にここに自分を知る人間がいないという現実が辛くもある。
 自分から望んだこととはいえ、ここには両親はおろか義母さんもいない。それはつまりファラ達も存在していないということだ。
 今の俺は、俺という存在が居た世界の俺のコピーのようなもの。
 俺の記憶の中にいる人々は悲しんでいたりはしていないだろうし、騒がしくも楽しい日々を今も過ごしている気がする。
 俺は……いったい何なんだろうな。
 この問いに答えを出せるのは俺と……目の前にいる少女だけだろう。
 しかし、彼女との関わりは現状ではないに等しい。そもそも、俺が俺のコピーといった発言をしたのは彼女だ。彼女の中で俺という存在はそれなのだろう。

「えーと……ここを右? それともひとつ先なのかな?」

 考えてしまっても仕方がないと思い視線を前に戻すと、何やらアリシアが地図と睨めっこしていた。彼女の表情からして上手く地図を読めないらしい。
 まあ無理もないか。
 アリシアは地球で過ごしたことなんてないわけだし、俺の知る世界では5歳頃に亡くなっていた。見知らない土地の地図を上手く読めというのは難しい注文だろう。

「ちょっと見せて」
「え……わぁッ!?」

 アリシアの肩付近から覗き込んだ直後、彼女は慌てた様子で俺から距離を取る。何やら顔が異常なまでに真っ赤になっているが、いったいどうしたのだろうか。

「い、いきなり近づかないでよ。びっくりするじゃん!」
「あぁ……悪かったよ。けど過剰に反応しすぎじゃないか?」
「…………」
「なぜ黙る?」
「……あんまり男の子に慣れてないの!」

 アリシアの心からの叫びは、俺だけでなく周囲にも聞こえたようで、複数の視線がこちらに向けられた。ただ会話の流れは聞こえなかったようで、周囲の人々はケンカでもしているのか? といった顔をしている。
 感覚の違いから不便に思ってたけど、今だけは背が縮んでて良かった。
 前のままだったら、完全に小さな子供をいじめてる構図に見えただろうし。もしくは娘に駄々をこねられる父親か……まあ気にしないでおこう。

「慣れてないって……普通に話してたじゃないか」
「話すのは大丈夫だけど、心の準備が出来てないときに近づかれるのはダメなの。大人の男の人は大丈夫だけど」
「ふーん……」

 見た目に反してずいぶんとマセてるんだな。
 というか、今更だけどこのアリシアはどの世界から来たアリシアなんだろうか。
 基準となる流れではジュエルシードを巡る事件が起きるらしいから、大抵のアリシアは命を落としているはず。
 このようなことを考えるのはどうかとも思うが、5歳ほどで亡くなっているのならば異性を意識したりはしないだろう。
 なら……この子はあの空間でずっと過ごしていたのだろうか。
 もしそうなら俺よりも年上だという話にも一応納得ができるし、異性を意識しているのも理解できる。

「ふーん……って、その反応はひどくないかな」
「俺がもしこの体くらいの年代だったら、多分まともに会話とかしてなかったと思うけど」
「……それでよくあなたの世界のあの子達と仲良く出来てたね」
「あの子達のおかげだよ」

 あまり心を開こうとしない俺に何度も話しかけてくれて、心の強さっていうものを教えてくれたんだから。あの子達が居たから俺は少なからず変わることが出来たんだと思う。
 俺の知る彼女達にはもう恩返しをすることはできないけど、まあその役目はあの世界の俺がするはずだ。
 俺がすべきことは、少しでもこの世界の彼女達を幸せに……笑顔にすること。そのために今は目の前のことをひとつひとつ片付けていくしかない。

「それより地図を見せてくれ。見た限り俺の知る街並みと大差ないようだから」
「そうやってコロコロと話題切り替えてると女の子にモテないよ」
「あいにくモテたいと思ったことはない」
「ふーん……それって身近に女の子が居たからかもね」

 そう言いながらアリシアは地図を渡してくれたが、こちらを見る目が少し冷たいように思えた。
 確かに身近に異性は居たが、それとこれとは話が別ではないだろうか。……まあ男子から可愛い幼馴染が居てずるい! といった発言をされたことはあるが。
 ちなみに幼馴染というのは、はやてのことだ。付き合いが1番長いのでそのように思われていたらしい。
 可愛いって……まあ可愛いと思ったことはあるが、あいつの相手をするのは結構きついんだけどな。ある程度親しくならないと面倒臭いところを見せないから知らない男子は多いだろうけど。
 ……これ以上考えるのはやめよう。俺の知るあいつはここにはいないんだから。

「……ん?」
「分かった? それとも分かんないのかな?」
「確実に当たってるとは言えないな。だから地図は返すから君は独りで行くといい」

 にやけ面がイラッときたので、俺はアリシアに地図を返して歩き始める。
 するとアリシアは慌てて後を追いかけてきた。本当に置いて行く勢いがあっただけに、ほんの少しだが泣きそうになっている。そうなってはこちらが謝るしかない。このへんが女子の厄介なところだ。

「悪かったよ。だから泣かないでくれ」
「別に泣いてないもん」
「そうか。じゃあ行くぞ、ちゃんと付いて来いよ」
「また子ども扱いする……」
「俺も君もここでは子供だろ。少なくとも見た目は」


 

 

第2話 「これからの居場所」

 住所を見たときから何となく分かっていたのだが、地図どおりに進んだ先にあったのは俺のよく知った家だった。玄関の近くの標識には『夜月』と書いてある。
 分かりやすいようにしてくれたのか、それとも一種の嫌がらせなのか……まあ深く考えても仕方がない。そう思って、玄関を開けよう手を伸ばす。
 ――ちょっと待てよ。
 本当にここで合っているのだろうか。夜月なんて苗字がそうそうあるとは思えないが、可能性はゼロではない。もしかすると場所を間違っている可能性も……。

「……アリシア」
「なに?」
「もう1回地図を見せてくれ。念のためここで合ってるか確認しておきたい」

 またからかってくるか、とも思ったが、アリシアは素直に地図を渡してきた。
 もしかすると、先ほど置いて行かれそうになったので懲りたのかもしれない。一時的なものかもしれないが。

「……うん、ここで合ってるな」
「そっか。じゃあ、さっそく入ろう。なかなか立派なお家だよね」

 立派と言われて悪い気はしない……が、ここは俺の知る家に外観がそっくりというだけであって、中身まで同じとは限らない。そもそも、ここには俺の家族がいないのだから中身が同じであるはずはないだろう。

「……あれ?」
「どうした?」
「鍵が掛かってる。ねぇ、鍵持ってる?」
「持ってるわけないだろ」

 俺は突然あの空間に呼び出されて、身ひとつでここに来たんだから……って、玄関周りに鍵がないか探すんじゃない。活発なのは一般的に良いことだけど、そういう活発さは今すぐ捨てろ。
 というか、スカートを履いているのに無防備になるなよ。この街の治安は良いけど、世の中には小さな女の子が好きだって連中もいるんだから。

「あれ? あなた方は……」

 耳に届いた第三者の声に振り返ってみると、薄茶色の髪を短めに切り揃えている女性が買い物袋を片手に立っていた。
 アリシアは今しがたまで取っていた行動に罪悪感を感じ、彼女に怒られるとでも思ったのか俺の背中に隠れる。隠れるくらいならば最初からするなと言いたい。

「もしかして……ショウさんとアリシアさんですか?」
「え、はいそうですけど」

 俺はこの女性に前の世界で会ったことはない。
 ただ……俺やアリシアの名前を知っていることから判断すると、神が用意した協力者だろうか。ここに行くように指示されていたことを考えると、その可能性が大だろうが……。

「それはすみませんでした。今日来るとは聞いていたのですがタイムセールがあったもので……すぐに開けますね」

 女性は一度笑顔を浮かべると駆け足で玄関に近づいて鍵を開ける。
 先に入ってもらったほうが入りやすかったのだが、俺達が子供ということで気を遣ってくれたのか、彼女は扉を開けたまま中に入るように促してくれた。好意を無駄にするのも悪いので、俺はアリシアと一緒に中に入る。
 ……装飾は違うけど、やっぱり俺の知る間取りと同じだな。
 と、しみじみとした感想を抱いた直後、女性に奥に進むように指示される。
 指示通りに進むと、リビングへと到着。置いてある家具が俺の知るものより可愛いものになっているせいか、凄まじい違和感があった。

「ソファーに座って待っててください。すぐにお茶を出しますから」

 思わずお気遣いなくと言いそうになったが、女性はそれよりも早くキッチンへと向かってしまった。追いかけてまで言うのもあれなので、言われたとおりソファーに腰掛けて待つことにする。
 アリシアは女性が優しそうな人だと分かって安心したのか、俺の隣に座ると室内を見渡している。大したものは置いてないように見えるが、魔法世界出身の彼女には珍しいのかもしれない。
 ……分かってはいたけど、やっぱり別の世界なんだな。
 両親やはやて、義母さん達の写真が飾ってあった場所には何も置かれていない。
 自分の存在していない世界に行くという話を聞いていたはずだが、やはり俺にとってあの人達との思い出は大きなものだったようで、喪失感や孤独感が混じった感情が芽生える。
 そのとき――。
 不意に小さな手が俺の手を握った。
 室内にいる人物や距離感からしてこのような真似ができるのはひとりしかいない。
 意識を向けてみると、予想通りアリシアが俺の手を握っていた。彼女の顔を見る限り、どうやら心配されるほど暗い顔をしていたらしい。

「大丈夫?」
「あぁ……少し思っただけだよ。本当に別の世界に来たんだなって」
「そっか」

 アリシアは簡潔な返事しかしなかった。けれど彼女はとても優しげに笑って、俺を励ますように、慰めるように頭で撫でてくる。
 恥ずかしさもあったが、アリシアの顔や手から伝わってくる温もりは心地良いものだった。
 胸の中にあった負の感情も少なからず和らいだ気がする。それと……ほんの少しだけお姉さんっぽいと思った。

「お待たせしまし……」

 テーブルにお茶を並べていたリニスさんの顔は固まる。直後――

「ど、どうされたんですか。もしかして頭でもぶつけましたか!?」
「ああいや、大丈夫です。この子がお姉さんぶりたいだけなので」
「ちょっ、それはひどくない。暗い顔してたから……!」
「その話はあとで聞いてやるから」

 アリシアの頭を軽く叩いて黙らせ、女性に話を進めてほしいと目で訴える。こちらの意思を理解してくれた彼女は、向かい側のソファーに座りながら口を開いた。

「そうですね……今後のことを話す前にまずは私の紹介から。はじめまして、私はリニスと言います」
「あ……お姉さん、わたしが飼ってた山猫と一緒の名前なんだ」
「ふふ、同じ名前というか同じ存在なんですけどね」

 リニスという女性は、アリシアを見ながらにこりと笑う。しかし、アリシアは今の言葉の意味が理解できていないようで首を傾げている。無論、ふたりの過去に詳しくない俺も理解できてはいない。

「本来……基準通りの流れで進んでいる世界では、私は人間でなく使い魔として存在はしています。いや、この時期にはすでにいなくなっているので存在していたというほうが正しいでしょうね」
「ということは、お姉さんは元々わたしが飼ってた山猫だったってこと?」
「はい。もう少し詳しく説明しますと、私という存在を生み出したのはプレシア。アリシアさんが亡くなった後、フェイトが生まれた頃に使い魔になりました。与えられた役割はフェイトの魔導師としての教育とお世話でしたね」

 ということは、リニスという存在はフェイトの魔法の師匠ということか。
 プレシアは大魔導師としての力量を持っていただけに、彼女の資質を受け継いだ彼女も相当な力量があったと考えられる。
 ジュエルシード事件の頃からフェイトが高い力量を持っていたのも頷ける。同時にド素人から彼女と同じ力量にまで成長したなのはがこれまでより余計に異常に思えるが。

「へぇ~、あのリニスがこんな綺麗なお姉さんになってフェイトに魔法をね。……ということは、わたしよりも魔法の才能あるんだ」
「落ち込むなよ。世の中には魔法が使えない人間だっているし、才能で全てが決まるわけじゃないんだから」
「それはある程度魔法を使えるから言えるんだよ」

 アリシアは拗ねたように唇を尖らせる。
 確かに俺は、全ての分野においてある程度までのレベルなら使うことができる。魔導師としての才能としては器用貧乏と思われるだろうが、鍛え上げれば万能へと変わる資質だ。実際に機動六課に配属されたころにはそう呼べる力量は身に付いていたし。
 それだけにアリシアからすれば充分な才能なのかもしれない。なのでこれ以上話すのは彼女の機嫌を損ねる危険性があるのでやめておこう。

「リニスっていう存在の経緯は分かったけど、リニスさんはどうしてこの世界に?」
「それはあなた方のサポートをするためですね。昼間出歩ける人間がいないと困ることもあるでしょうし」

 まあ休日でもないのに小学生が歩いてたら学校をサボったのかと思われるし、保護者的な存在が居たほうがいいのも確かだ。
 ただ……実際の年齢は分からないが、リニスさんの見た目は18歳ぐらいに見える。
 義務教育は終わっている年代なので私服ならば出歩いても問題ないと思うが……保護者としては問題があるのではないだろうか。

「えっと……ちなみに俺達の関係はどういう感じになってるんですか? 外には夜月って書いてありましたけど」
「それはですね、夜月という名前はショウさんだけになってます。私はリニス・ナイトルナ……ショウさんの親戚ということになっていますので」

 ナイトルナ……まさかここでそれが出てくるとは。
 まあ血の繋がりがないよりは良いが、神様は俺の記憶を参考に必要なものだけを用意したような気がする。馴染みがあるのでありがたく思えるが、ある意味では迷惑だ。

「わたしは? テスタロッサのままでいいの?」
「良いと思いますよ。アリシアさんは別の世界から来た存在ですから、次元漂流者と考えれば問題はないでしょうし。今の時期に目立つと不味いことになるかもしれませんが」

 不味いことになるかも、ではなく間違いなく不味いことになる。
 おそらくこの世界のアリシアは、今もプレシアの元に居るのだ。世の中に自分と同じ顔は3人ほど居るとは言われているが、ここまで同一の存在はいないだろう。シュテルやレヴィ、ディアーチェとなのは達のそっくりさんに会ったことはあるが完璧な同一人物ではないのだから。
 話が少しそれてしまったが、アリシアがなのは側・フェイト側のどちらに見つかってもややこしいことになる。そうなれば知っている流れから変わる可能性も出てくるだろう。
 そうなれば先回りした行動も出来なくなり、未来が俺の知るものより残酷なものへと変化してしまうこともあるだろう。極力そうなるリスクは避けるべきだ。そうなった場合は……そうなってで対応するしかないだろうが。

「そうですね……アリシアはしばらく家からあまり出ないほうがいい気がします」
「うぅ……つまんない。でも仕方ないかな……わたしが目立つと流れが変わっちゃいそうだし。……ん、リニスさんも意外とわたしと同じ立場なんじゃ?」
「そうなりますね。プレシア側に見つかると面倒なことになりそうですし、私もしばらくはアリシアさんと同じ立場ですね」

 自分と似た境遇がいることが嬉しかったのか、アリシアの顔に笑顔が弾ける。それを見たリニスさんの顔にも笑みが浮かぶ。
 アリシアが人を明るくできる笑顔の持ち主であり、その子の母親だったからこそ、プレシアはあのような状態になってしまったのかもしれない。

「……なあリニスさん、時の庭園の場所は分かったりしないか? それさえ分かれば、取れる行動の幅も出てくるんだが」
「すみません、残念ですが今の私には分かりません。私は私という存在がどのような存在だったか、ということは知らされています。その頃の多少の記憶はあるんですが……流れを変える役目の大半はショウさんが担っていますので」

 ということは、現状で時の庭園に向かうことはできないということか。
 いや、そもそもここは俺の知る世界に酷似していても別の世界だ。乗り込んだ時の場所に時の庭園があるとは限らないし、ジュエルシードを巡る事件が同じ日に起こるかどうかも分からない。

「となると……流れを変えるためには、まずジュエルシードを巡る事件に関わるところからか。……ん? 今流れを変える役目は俺が担ってるって言ったけどアリシアは?」
「気持ちとしてはやりたくもあるけど、わたしには魔導師としての才能というか力量があまりないからね。戦闘をこなせる自信もないし……あなたが鍛えてくれるなら別だけど。確か教導官の資格持ってたよね?」

 確かに持ってはいたし、実際に教えたこともあるが……メインだったのは星の隊長さんだったけど。
 ただ……アリシアを鍛える必要があるのだろうか。少なくともジュエルシード事件が終わるまで。長ければ闇の書を巡る時間が終わるまで彼女は表舞台には立てない。なら必要ないのではないか……
 しかし、多少なりとも魔力を持っているが故に標的にされるケースもある。俺が知っているとおりに進むならあの騎士達は魔力を集めて回るのだから。
 もしそうなった場合、自衛の手段や魔力操作を覚えていないと危険な目に遭うかもしれない。なら最低限のことは教えておくべきか……

「あのさ……そこまで難しく考えられると何か複雑なんだけど。資質に恵まれてないから教えるとなると大変なんだろうけどさ」
「ふふ、多分そうじゃないですよ。ショウさんはアリシアさんに危険な目に遭ってほしくないんだと思います。だから戦闘するような場所には行かせたくないし、それなら教える必要もない。だけどもしもの場合のことを考えると……とか考えてるんですよ」

 いや、まあ……そうなんですけど。
 でもその分かってますよ感のある笑顔を向けるのやめてもらっていいですか。地味に恥ずかしいので。

「それは……そうだと女の子として嬉しくはあるけど、ひとりだけ危ない目に首を突っ込むのは心配だよ。待ってることだけしかできないわけだし」
「だそうですよ。ショウさん」
「はぁ……分かった、分かりました。無理がない程度には教えます」
「言い方は何かあれだけど、ありがと!」

 おいこら、お前は異性には慣れてないんじゃなかったのか。何でここで抱き着いてくるんだよ。
 別に興奮とかはしないが、フェイトに顔立ちが似ているから恥ずかしさはあるんだぞ。身体が子供の頃に戻ってるから身長差もあまりないし。必然的に顔とか近くなるだけで……。
 精神は基本的に大人だが、もしかして身体に引っ張られているところもあるのだろうか。
 もしそうなら……まあ変に大人の思考で判断していてもなのは達と関わる時に困ることがあるかもしれない。そういう意味ではありがたいことだが。

「あのさ……こういうことは苦手じゃなかったのか?」
「自分からするのは平気なのですよ」

 あーそうですか。何かそんなこと言ってましたね。
 やれやれ……この手のことは慣れているとはいえ、ないならないに越したことはない。これからひとつ屋根の下で生活を共にすることを考えると、やはり思うところが出てくる。
 あいつらと違って下手に反撃すると別の意味で面倒なことになりそうだし。

「そういえば……リニスさんは魔法とかはどうなの?」
「私ですか? 私は元の存在とは多少変わってはいますけど、それなりの力量はあると思いますよ。さすがにショウさんには及びませんが。ただアリシアさんには負けないと思いますし、ショウさんに鍛えてもらえばそこそこ強くなると思います」
「む……そういう言い方は大人としてどうなのかな」

 まあはたから見れば大人が子供には負けないと言っているようなもの。故にアリシアの気持ちは理解できる。
 だが……別にそこまで張り合うことでもないと思うのだが。今後主に動くのは俺なのだし、アリシアとリニスは敵対する間柄でもないのだから。

「子供扱いしていないだけですよ。外では周囲の目を気にしてそのように振る舞うことはあると思いますけどね」
「そう言われると……まあいいかな」

 いいのかよ……なら最初から噛みつくなよな。

「やれやれ……」
「む、その反応は何なの?」
「別に」
「別にって……何かあるからそういう反応したんでしょ。多分だけどわたしのことバカにしたよね!」

 別にバカにはしていないのだが。見た目よりは大人ではあるけど、やっぱり子供っぽさは残ってるんだなと思っただけで。

「まあまあアリシアさん。ショウさんはそういう方なんですよ。仲良くしたいのは分かりますけど、これからは一緒に生活するんですから焦る必要はないと思います」
「な、何でそういう話になるの!?」

 うん、それは俺も思った。
 ただ……リニスさんが素で言っているのか、からかって言っているのかはよく分からん。接した時間が短いのも理由だが、俺の知る桃子さん達みたいに露骨にからかってますよ感が感じられない。

「あ……そういえば、おふたりのお洋服とか買わないといけませんね。ショウさんはもうすぐ学校に通うことになりますし、その準備も……」
「話逸らされた!?」
「重要なのはそこじゃないだろ」
「いやいや、わたしにとっては結構重要だよ!」
「リニスさん、学校っていうのは?」
「こっちも無視!?」

 別に無視はしてない。あえてスルーしただけだ。あとで相手してやるから今は黙ってなさい。

「もちろん、ショウさんの通う学校ですよ。目的を果たす上でその方が都合が良いでしょうし」
「いや、まあそうですけど……」
「場所は言うまでもなく聖祥大学附属小学校で3年生スタートです。タイミングにもよりますが、授業参観とかには行きますね」

 確かになのは達と関わる上で合理的な手段だと思うよ。
 でもさ……中学を卒業した頃ならまだしも、社会人として働いていた奴が再び小学3年生からやり直すことになるのは複雑な気分になって当然だと思う。今は耐えるしかない。そう分かってはいても……

「あ、リニスさんだけずるい。そのときはわたしも行く!」
「いや……君ら当分大人しくしとかないとダメだろ」
「むー……そうだけど」
「でも機会があれば行っていいですよね。私はショウさんの保護者みたいなものですから」
「えーあぁうん……時期が来ればね」


 

 

第3話 「朝からひと悶着」

 自分の知る世界に酷似した世界に来てから数日が経過した。
 アリシアとリニスさんとの暮らしにはまだ慣れてはいないが、昔から義母さんと一緒に暮らしていたし、一時期はシュテルやディアーチェとも生活を送っていた。男女比で言えば今と変わらないので、日に日に慣れつつはある。
 ただ……アリシアもリニスさんもあのふたりとは大違いだからな。
 アリシアは一言で言えば、実に明るく活発な少女だ。表情もころころと変わるし、身振り手振りも実にバラエティに富んでいる。
 ただ予想される流れでは、近々ジュエルシードを巡る事件が起こることもあって、アリシアは外出を控えている。そのため、有り余った元気をどうにか発散させようと何かと俺やリニスさんに絡んでくるのだ。

「お姉さんだって自分で言うならもう少し落ち着いてほしいもんだ」

 リニスさんは、よくアリシアの行動に何でも嬉しそうに付き合えるよな。
 まあリニスさんからすれば、アリシアだけでなく俺も見た目的には年下なので可愛く見える存在なのかもしれないが。
 ただ……ここ数日間どうにも落ち着かない。リニスさんは真面目で優しくて、家事も万能にこなせる……普通に考えれば凄く頼りになる存在だ。だがどうにも彼女が何かしてくれているところを見ると、地味にそわそわしてしまう。
 ……あれか、手間の掛かる年上と一緒に暮らしていたから違和感を感じてしまっているのか。
 今の外見は小学3年生ほどだが、中身は大人。中学の間はディアーチェに家事全般を任せていた時期もあるが、トータルで考えれば自分でやっていた時間の方が長い。
 それだけに……人に任せて何もしないのが落ち着かないのかもしれない。
 とはいえ、リニスさんは私がやりますからって基本的に断ってくるし。これが自分の仕事だからっていうか、家事をやっていて幸せそうだから強く言えないんだよな。

「……慣れるまで時間が掛かりそうだ」

 でも学校に行ってる間とかは何もできないし、休日とか手伝えるときは一声掛けてみよう。
 やっぱりリニスさんだけに家事をやらせるのはあれだし、家事をやってたほうがこちらの気分も落ち着くだろうから。見られて困るようなものはないけど、自分の部屋くらいは自分でしたいし。
 そんなことを思っている間に、日課であるランニングが終了する。
 ただいまと言いながら中に入ると、リビングのほうから良い匂いが漂ってきた。どうやらリニスさんはすでに起きていて朝食を作ってくれているらしい。

「……やっぱり落ち着かないな」

 ありがたいことだとは思うし、社会人になってからもディアーチェが度々してくれていたことではあるが……俺の中では自分がすることの枠に入ってしまっている。
 と言っても……するなとは言えないし、料理が不味いわけでもない。感謝はすれど文句は言えないよな。それは人として間違っているし。
 そう思いながら自分の部屋に戻って着替えを手に取る。そのあと素早く汗を流した俺は、髪の毛を拭きながらリビングへ向かった。中に入ると、テーブルに朝食を並べていたリニスさんと目が合う。

「あ、おはようございます。その年で毎日欠かさずランニングなんて感心です」
「おはようリニスさん……あのさ、今ではこうだけど俺は少し前まで大人だったんだけど」
「それでもですよ」

 そう言ってリニスさんは笑う。
 まあどうこう言ったところで、今ここに居る俺は見た目は小学生なのだ。年下に扱われても仕方がないと言えば、仕方がない。それ故にこだわっても意味はないだろう。
 それに……褒められているので悪い気分でもない。この話題はここまでにしておこう。

「って……ショウさん、ダメじゃないですか」

 何が? と思った次の瞬間には、リニスさんが俺の目の前に立っていた。
 何やら少し怒っているようにも見える。そう思っているとリニスさんは俺の首に掛けていたタオルを手に取り、半乾きだった俺の髪を拭き始めた。

「ちゃんと拭かないと風邪を引いてしまいますよ」
「えっと……自分で拭けるんだけど」
「そう言う子に限って拭かないんです。顔も何だか赤くなってますし」

 リニスさん、だから俺は見た目は小学生でも中身は大人なんだって。
 誰かに頭拭かれたりするのは普通に恥ずかしいから。それにリニスさんは美人なんだからさ、俺も意識してしまうわけで。大人の男とまでは言わないけど、最低限異性としては扱ってほしいんだけど。

「体調悪かったりしませんか?」
「それは大丈夫です……そろそろ離れてもらっていいですか?」
「ふふ、ずいぶんとマセた小学生さんですね」
「からかわないでください。俺の中身が小学生じゃないって知ってるでしょ」

 と本心を伝えたものの、リニスさんは笑顔のままだ。
 理解してくれているのかいないのか……今後はきちんと髪を拭くようにしよう。また今日のような目に遭っては精神的にきついものがある。アリシアに見られて彼女までするなんて言い出したら……心に来るものがあるし。

「ショウさん、もう少しで準備終わりますからアリシアさんを起こしてきてもらっていいですか?」
「それは……別にいいですけど」

 見た目はあんなだし、精神は見た目よりは大人だけど……子供の異性には慣れてないって言ってたからな。俺が起こしに行くと何か起きそうな気もする。
 なのでリニスさんに行ってもらいたいところだが、彼女の優しい目を見ていると俺に行かせる気満々に思えてならない。
 まあ今後一つ屋根の下で過ごす間柄であることを考えると、こういうことに慣れておくことも必要か。さすがに着替えてるときとかに入るつもりはないし、ノックもきちんとするけど。
 そう割り切ったのだが、血の繋がりもない異性の部屋に入るというのに抵抗はあるもので、アリシアの部屋に向かう俺の足取りは重めだ。すでに起きているか、ノックで起きてくれることを切実に願う。

「アリシア、起きてるか?」

 ノックしてから話しかけてみたが返事はない。なので一度目より強めにノックをし、やや大きめの声で彼女の名前を呼ぶ。だが返事はない。
 ……あぁもう、どんだけ寝ぼすけなんだよ。
 内心で舌打ちしながら再度ノックし、反応がないことを確認してから扉を開ける。
 ほんの数日前まで飾り気のない部屋だったのだが、今では実に女の子らしい部屋になっている。そこのベッドでアリシアは布団を抱きしめながら幸せそうな顔で眠っていた。

「もう……ショウは意外と甘えん坊さんだね」

 何の夢を見ているのが分からないが、今の発言と寝顔からして実にアリシアには楽しいものなのだろう。俺からすると楽しくなさそうな可能性が大だが。
 とはいえ、ここで胸の内に芽生えた苛立ちをぶつけてしまうのは大人気ない。
 相手は見た目よりは大人だがやはり子供であり眠っている。また夢くらいは誰だって自由なものを見ていいはずなのだから。
 さて……どうしたものか。
 話しかけて起きない以上、肩を揺するといった手段を取るのが無難だろう。
 しかし、触るとアリシアに怒られる可能性も……勝手に部屋に入っている時点で文句は言われるか。ならば心地よい感触がしそうな頬を突いてみるのも悪くない。
 と思いもしたが、ここは普通に揺することにした。頬を突いて起こしたりすれば、あとでからかわれるのが目に見えている。

「おいアリシア」
「んぅ……」

 何度か瞬きをしたものの、アリシアはまたまぶたを下ろしてしまう。
 寝直したのかと思った矢先……体の向きを変えながらのそりと起き上がり、手で目元をこすり始めた。

「うぅ……あれショウ……どうしたの?」
「朝食が出来るから呼びに来たんだ」
「そっか……ありが――とッ!?」

 急に目を見開いたアリシアは後ろに倒れるように下がり壁に頭をぶつけた。聞こえた音と両手で押さえている姿を見る限りかなり痛そうだ。
 しかし、ここで泣かないのが自称お姉さんのアリシアの良いところである。彼女は目元に涙を浮かべているものの、こちらに視線を戻して話しかけてきた。

「な……なんでショウがここに居るの?」
「それは今言っただろ」
「そうじゃなくて! 異性の部屋に無断で入るとか何考えてるのって言ってるの!」

 うわぁ……予想してとおりの展開だ。こんな風になりそうだから来たくなかったのに。

「文句なら起こしに行くように言ったリニスさんに言え」
「ぐぐ……リニスのバカ。でもショウもショウだよ、勝手に入らなくていいじゃん」
「勝手にって……何度呼んでも返事がないから入ったんだろうが。人を常識がないみたいに言うな。というか、お姉ちゃんぶりたいなら自分ひとりで起きろ」
「そ……そこまで言わなくてもいいじゃん」

 拗ねてしまったのか唇を尖らせるアリシアの姿は、どう見ても自分より年上のようには見えない。今後もしあまり大きくならなかったならば、きっと彼女は年下からも年下扱いされるのだろう。
 そうなった場合は同情するが、今考えても仕方がないことでもある。
 アリシアという存在は一般的な流れでは死んでしまっているだけに、彼女がどのように成長していくのか知っている者はいない。
 また俺は自分の知る流れと少しでも変えるためにこの世界に来た。
 持っている力は鍛え上げてきた魔導師としての力と積み上げた技術者としての能力のみ。神のような奇跡を起こせるものではないのだが、未来が変化させるには十分な可能性があるだろう。今はただの目の前のことに意識を向けておくのが無難のはずだ。
 そう思った俺は、ふてくされるように座っているアリシアに声を掛けながら室外へと向かう。

「先に行ってるからさっさと来いよ」
「言われなくてもすぐに行くよ~だ!」
「ベー……って、子供だな。まあアリシアは子供か」
「子ども扱いしないで。そっちだって子供のくせに!」


 

 

第4話 「知らないけれど知っている」

 かつて毎日使った通い慣れた道を使って登校しているが、やはり違和感がある。
 人に言っても信じてはもらえないだろうが、俺はごく最近まで社会人だったのだ。だが今は小学3年生である。体も縮んでしまっており、実に小学生の制服が似合っている。
 世間で言うところの春休みが明けて新学期がスタートしたわけだが、再び小学3年生を経験しているのはきっと俺だけのはずだ。
 一度経験した学年をやり直すというのは何とも言い難い気分である。まあ懐かしさもあったりもするのだが。
 だけど……昔からではあるが、同級生のテンションには付いていけない。子供はどうしてあんなにも元気に活発に行動できるものなのだろうか。全ての生徒がそうではないのだが。
 あれこれ考えながらこれから1年間通うことになっている教室に入り、クラスメイトと簡潔に挨拶を交わしながら自分の席に座る。

「……早く学校終わらないかな」
「あんた、来て早々何言ってんのよ」

 近くから声がしたので意識を向けてみると、そこには金髪の少女が呆れた顔を浮かべて立っていた。
 この少女の名前はアリサ・バニングス。俺の記憶にある小学生のときの彼女と何ひとつ変わらない容姿をしている。
 ただこの世界のアリサは俺の知る彼女よりも社交的なのか、それとも前と違って俺が話しかけやすくなっているのか、このように自分から話しかけてくる。
 まあ意外と嫉妬深いというか、素直じゃないけどやきもちを焼く奴だからな。前の世界ではすずかと繋がりがあったからツンケンしてたところもあったけど、この世界のすずかとは繋がりがない。そのへんも親しくしてくれている理由なのかもしれない。

「そういう日もあるだろ」
「まあ……ないとは言えないけど。あたしの知る限り、あんたは毎日のように思えるんだけど?」
「ん、それは毎日俺を見ているってこと?」
「なっ……ち、違うわよ! 隣の席なんだから視界に入るだけで。勘違いしないでよね!」

 大丈夫、それは分かってるから。
 何の因果か……会ったことはないが存在しているという神様のせいかもしれないが、俺は見事になのは達と同じクラスになっている。席はアリサの隣ではあるが、3人のうち誰かに関われば必然的に残りの2人とも関わるようなものだ。
 例えばすずかなんて、俺が工学系の本を読んでるだけで興味を持ってくれた。
 だが内気な性格故か……自分から話しかけてきたりもすれば、話しかけてこなかったりするわけで。構ってほしいというか、話したいような視線を向けてくるのでこちらから話しかける羽目になったりする。まあ今は時期的に距離感を図りかねているだけかもしれないが。

「してないから安心していいよ」
「……そこまで淡々と言われるとあれね、何だか玩具にされてるような気分になってくるわ」
「まさか。確かに君の反応は面白くはあるけど、別に玩具にしているつもりは……」
「面白いって思ってるってことは、わざとやってるってことでしょうが!」

 そう言ってアリサは俺の両頬を手で引っ張る。
 怒っているからか、子供なので力加減が分かっていないのか結構痛い。
 これと同じことをつい先日アリシアにやったわけだが、今後はよほどのことがない限りやらないようにしよう。これは本気でやられると痛い。子供だったら泣いてしまうかもしれないくらいに。

「アリサちゃん、暴力はダメだよ!?」

 慌てた様子で割って入ってきたのは月村すずかである。
 大人しそうな顔をしているが、こういうときは積極的に動いてくれる心優しい少女である。ごく稀にいたずら染みた発言をしてアリサあたりを困らせることがあるが、基本的に良い子なのに変わりはない。

「失礼ね、今のは暴力じゃないわ。あたし達なりのスキンシップよ」
「痛みの伴うスキンシップはどうかと思うんだけど?」
「う……悪かったわよ」
「謝る相手は私じゃなくて夜月くんでしょ?」

 この世界でも相変わらず仲の良いことで。まあ仲が悪かったら違和感が凄いことになるんだが……。
 とはいえ、仲が良かったとしても別の感情は生まれてしまう。いくら見た目や性格が同じでも、ここにいる彼女達は俺の知っている彼女達とは別の存在だ。
 積み上げてきた思い出もなければ、関わり始めた時期も違う。きっと俺の知っている未来にはならないのだろう。分かっていたことではあるが……親しくしていた人間なだけに悲しいと思う。

「ちょっ夜月……そんなに痛かったの? わ、悪かったわよ」
「え? ……あぁうん、別にいいけど。こっちにも非があったし」
「急に何事もなかったような顔するんじゃない。罪悪感で満ちていたあたしの気持ちは、いったいどこに向ければいいのよ!」
「どこにも向けなければいいと思う」

 俺の言葉にアリサは頭を掻き毟り始める。
 お嬢様にあるまじき行為だとは思うが、暴力なしで彼女のストレスが発散されるのならそれに越したことはない。毎日のようにしていると頭皮や髪が心配になるが。

「アリサちゃん、どうかしたの?」

 さすが全力全開がモットーのような高町なのはである。
 触らぬ神に祟りなし、という言葉を無視するかのように自然に怒れるアリサに話しかけてみせた。俺の知るなのははちょくちょく人のことを意地悪だとか言って絡んできた覚えもあるが、もちろんこのなのはにはない。
 まあ……まだあまり話してないからだろうけど。正直魔法に関わらなければ前の世界でも親しくなることはなかっただろうし。

「聞きなさいよなのは、こいつが暗い顔をしていたから謝ったのに次の瞬間にはケロッとしてたのよ!」
「えっと……部分的にしか分からなかったけど、怒るのは夜月くんの話をきちんと聞いてからでもいいんじゃないかな? 暗い顔してたのなら理由だってあるだろうし」

 なのはさん、さりげなく矛先をこっちに戻すのやめてもらえませんかね。
 それに暗い顔をしてたときに考えてたことは話せるものじゃないんですけど。話したら話したで本気で心配されそうだけどさ。それはそれで嫌なものがある。

「そ、それは……そうね。ねぇ夜月、何かあるの? あるなら言ってみなさいよ」
「悩み事がないとは言わないけど、バニングスに言っても意味がない」
「な……人が心配してやってるっていうのに何であんたはそういう言い方するわけ。あたしのことが嫌いなの!」
「いや、嫌いじゃない」

 むしろ現状で言えば、このクラスの中では最も話しているのではないだろうか。
 それ以外でも人間的に好感が持てる奴だし。まあツンケンした状態で絡んでこられたら嫌だけど。ただそれがなければ割とさっぱりとしているというか、変に気を遣わないで話せるし。

「素直じゃなさそうだけど、優しい子だったのは話せば分かるし」
「なっ……」
「あ、アリサちゃん顔赤くなってる。もしかして……」
「う、うっさいわよすずか! そういうんじゃないんだから勘違いしないでよね。というか、本人も居るっていうのに何言ってんのよ!」
「うん? アリサちゃん、そういうのってどういうこと?」
「なのは、あんたにはまだ早いわ」
「え、何で真顔で言うの!?」

 ……何だか懐かしさを覚えるやりとりだ。違う存在だっていうことは分かっているけど、やはり本質は変わらないのだろう。
 これからこの子達は色んなことに関わる。特になのはは……
 魔法に関わらないようにすれば、普通の女の子として地球で過ごすのだろう。アリサやすずかも魔法を知らずに、この3人で大学まで進んでそれぞれの道を歩む。そんな未来が訪れるのかもしれない。
 だけど……ジュエルシードを巡る事件は俺が代わりを務められたとしても、そのあとはどうなるだろうか。なのはが高い魔力を持っていることは現時点で分かっている。なら主のためにあの騎士達はこの世界でも罪と分かっていても行動するだろう。
 ならば……魔法と出会い、フェイトにぶつかって戦う力を身に付けていた方が安全なのではないだろうか。何も知らずに襲われれば、恐怖を覚えてしまう可能性だってある。フェイトやはやてというあちらの世界に居た親友をふたりも失うことにもなるのだ。
 それに……順当に進めば、あのふたりはこの学校に通うことになる。そのときになのはが避けるようなことになれば、あのふたりが気まずい思いをする。すずかははやてと繋がりを持つだろうから立場的に居た堪れないことになるだろう。

「……はぁ」
「夜月くんも何でそこでため息吐くのかな!?」
「やれやれ……なのはは本当にお子様ね。ため息を吐く前の夜月の視線で気づきなさいよ。夜月がかわいそうじゃない」
「え? え? どういうこと!?」
「何でもないよ。バニングス、そういう意味で見てたわけじゃないから」

 だから疑うような面白がるような目を向けるんじゃない。
 まったく……お前は実年齢よりもマセてる奴だな。まあお嬢様故に精神年齢が高くなるのは仕方がないことなのかもしれないけども。
 でもすずかを見習えよ。微笑ましい光景を見るかのように笑ってるんだから……これはこれで実年齢に合っていない気がするが。

「ふーん……まあそういうことにしといてあげるわ。ところで夜月」
「ん?」
「何であんたって人のこと苗字で呼ぶわけ?」
「……別に深い意味はないけど。親しくもない相手を名前で呼ぶ方がおかしいと思ってるだけで」

 さすがに子供の頃の俺より社交的というか人と話はするし、こいつらのことは好きだ。
 しかし、俺が知っているこいつらと今のこいつらは見た目や中身は同じでも存在としては別。それ故に名前で呼ぶわけにもいかないだろう。
 今口にしたことが大半の理由ではあるが、俺の中でのけじめとしての理由もあるわけで……そもそも別に人のことをどう呼ぶかなんて本人次第なんだからそんなに疑問を持たなくてもいいと思うのだが。
 まあ……とある栗毛の少女は名前を呼べば友達! って人なので名前で呼んでもらいたい人なんだろうけど。
 そのへんは今近くにいる彼女も変わりないようで、ちょっとそわそわしている。

「まあ納得は出来る答えね。でも普通苗字で呼ぶにしたってさん付けとかが普通じゃない? 呼び捨てにするなら下の名前でしょ」
「俺が普通じゃないみたいな言い方しないでもらえるかな。そもそも……どう呼ぼうと俺の勝手だと思うんだけど。別に悪口みたいな呼び方しているわけじゃないんだし」
「そうね。でもあたしのことは名前で呼びなさい」

 何故に?
 肯定しておきながら命令とかどういう思考をしているんだ。もしかして苗字で呼ばれるのが嫌いだとか?
 まあこいつの親は金持ちだし、媚びてくる大人とかを見てて嫌な思いをしているのかもしれないが。だからといってこの場にそれを持ち込むのはどうなのだろうか。

「……どうして?」
「このクラスになってからあんたとは割と話してるからよ。少なくともこの1年は同じクラスなんだから親しくなっておいて損はないでしょ」
「それは否定しないけど……別に呼び方はどうでもいいと思うんだけど」
「あぁもう、どうでもいいって言うなら呼びなさいよ。あたしが呼んでいいって言ってるんだから。というか、何でこっちが歩み寄ろうとしているのにあんたは距離を保とうとするわけ? 少しはそっちからも歩み寄る努力しなさいよね!」

 正論を言っているようにも思えるが、ただ一点疑問が残る部分がある。

「言いたいことは分かったけど……何で俺だけが下の名前で呼ぶわけ? そっちも下の名前で呼ぶなら対等な条件だけど」
「そ、それは……急に呼んだらあんたが不機嫌そうになるかもって思ったからよ。別に恥ずかしいとか思ったわけじゃないんだから」

 顔を赤くしてそういうことを言っても説得力がないんだが。
 やっぱりこの世界のアリサも言葉は素直じゃないけど、態度は素直な奴だ。大学に通う頃には大分落ち着いてるというか、今ほど感情的ではなくなるんだろうけど。

「ま、まあ別に今すぐ呼べとは言わないわ。少しずつでいいから努力しなさいよね。あんただってこのクラスの一員なんだし、あたしの知り合いに入るんだから」
「はいはい、善処しますよ」
「善処って……」
「アリサちゃんだけずるい! 夜月くん、私とも名前で呼び合おう!」

 さすがは高町なのはさんだ。
 何を持ってずるいと言っているのかは分からないが、人と仲良くなりたい意欲は人一倍である。

「分かった……考えさせて」
「うん……え、考えるの!?」
「まあまあなのはちゃん。夜月くんは少しずつ距離を詰める方なんだよ。だから気長に頑張ろう。私もそうしてるし」
「え……すずかちゃんって夜月くんと仲良くなろうとしてたの?」
「え、あぁうん……夜月くんも工学に興味があるみたいだからそれで」

 だよね?
 みたいな目でこっちを見ながら恥ずかしそうにしてないでほしいんだけどな。まあこの頃のすずかはこんな感じだったけども……。
 でも男子達がな……子供の頃よりも格段に人の視線や気配を敏感に感じ取れるから少しムッとしている奴の存在には気が付いているし。まあそれはアリサやなのはと話しててもあれなんだろうけど。
 今にして思うと……こいつらってこの頃から人気あったんだな。年代的にまだ恋愛って呼べるものではないんだろうけど。
 まあ……確かに可愛いとは思うけど。

「まあね。月村とは話も合うところもあるし」
「ならすずかのことも名前で呼べばいいじゃない」
「ア、アリサちゃん!?」
「別にいいでしょ。すずかが自分から仲良くなろうとしてるって言った奴なんだし」
「それは……そうだけど。……そういうのはもう少し仲良くなってから……急には恥ずかしいし」

 この純情そうなすずかが俺の知っているすずかになるかと思うと……少し恐怖を覚える。だって俺の知るすずかはたまに小悪魔というか茶目っ気を出す奴だったし。常に絡んできたあいつらに比べたら可愛いものだけど。

「すずか、あんた顔赤くし過ぎよ。もしかして……そういうことなの?」
「え……ち、違うよそんなんじゃなくて! もう……アリサちゃんのいじわる」
「ねぇねぇすずかちゃん、そういうことってどういうこと?」
「それは……なのはちゃんにはまだ早いと思う」
「またそれ!? アリサちゃんもすずかちゃんも私のこと子供扱いし過ぎじゃないかな。私達同い年だよね?」

 なのは……まあ仕方ないよ。アリサ達がマセてるってのもあるけど、お前のそれは多分これから先、当分の間は直らないところだから。
 まあ……なのはらしいと言えばなのはらしいんだけど。
 ただそれだけについ俺の知る彼女の面影を重ねてしまうかもしれない。ここに居るなのはが知らないことをうっかり口に出してしまえば……。
 事件が始まったならばいつかはバレてしまうことなのかもしれない。管理局と接触すれば、俺の素性を説明しないといけなくなるのだから。
 だがそれでも……今はまだただの小学生として過ごしてほしい。これから先……君は多くの事に関わっていくことになるはずなのだから。


 

 

第5話 「想いはそれぞれ」

「もう飽きた!」

 と、アリシアは大声を出しながら寝転がる。
 アリシアが今まで何をやっていたかというと、レイディアントノワールを使って脳内シミュレーションでの訓練だ。
 レイディアントノワールは俺用に渡されたデバイスなのだが、アリシアにはデバイスがない。それに元になった存在が魔力資質が低く、また訓練を受けたこともないため自分だけで行うのもきつい。そのためレイディアントノワールに補助をしてもらっているというわけだ。
 丁寧にレイディアントノワールのことをレイディアントノワールと言ったわけだが、俺は略してレイと呼んでいる。

「マイマスター……飽きたと仰られていますが?」
「なら放っておけ」
「了解です」
「いやいやいや、そこは放っておくんじゃなくてわたしの話を聞くところでしょ! ショウもレイもクールというかドライ過ぎ!」

 と言われてもな……話を聞いたところで結論は変わらないと思う。どうせシミュレーションじゃなくて実際に訓練したいとか言うんだろうし。

「特にショウはせめて話は聞くべきだよ。まったく……女心が分かってないなぁ」
「実際に魔法を使って訓練したい、とかでないなら聞くが?」
「ぅ……」

 その顔からして実際に魔法を使いたいんだな。
 まあ……気持ちは分からなくもない。正直シミュレーションはどこまでやってもシミュレーション。実戦とは訳が違うし、実際に魔法を使うことで得られる経験もある。シミュレーションじゃ魔力を使い切っても仕切り直せば全快する以上、本当の意味での魔力運用は身に付かないだろうから。

「この話は終わりな」
「うぅ……勝手に終わらせないでよ。ショウって何でそう意地悪なのかな!」
「意地悪なんかしてない」

 人聞きの悪いことを言うな。
 俺だってジュエルシードを巡る事件がまだ先なら実際に魔法を使わせてやるよ。だが……あの事件が起きたのは俺が小学3年生の時の春。進級して間もない頃だった。
 つまり……前の世界と大差がなければ、もうじき事件が始まるということ。
 ジュエルシードが地球に散らばった経緯などは知ってはいるが、実際にいつ散らばったのか。フェイトがいつこの街に来たのかまでは知らない。
 それに元々俺という存在がいなかった世界なだけに大まかな流れは同じだったとしても、細かい部分で多少のズレがあるかもしれない。迂闊な行動は避けるべきだ。

「下手したらすでにフェイトがこの街に来てるかもしれないんだ。別の世界で訓練するならともかく、このへんじゃできるわけないだろ。結界を張っててもそれで俺らの存在が知られることになるわけだし」
「それは……そうだけど」

 アリシアの顔を見る限り、そのへんは理解しているようだ。それでも我が侭を言っているのは、おそらく今の生活にストレスを感じているからだろう。
 まあ……無理もない話なんだが。
 アリシアは性格的に色々とやりたいと思っているはず。だが現状では流れを乱すようなことは可能な限りしないということで、基本的に外には出ていない。出たとしてもリニスさんの手伝いで洗濯物を取り込む時くらいだろう。
 俺は学校に行っているし、リニスさんは買い出しなどで外出する。アリシアもリニスさんと一緒に行くことが出来れば多少は改善されるのだろうが……。

「ショウさん、どうにかなりませんか?」
「リニスさん……」
「アリシアさんも外に出てはいけないと分かっているとは思います。でもずっと家の中というのも窮屈だと思うんです」
「それは俺も思ってますが……」

 使い魔としての特徴がなくなっているリニスさんと違い、アリシアはアリシアのままだ。
 リニスさんなら彼女が惚ければ他人の空似で済まされる可能性はあるが、アリシアは少し幼いとはいえフェイトと瓜二つ。髪色や声に至るまで見れば誰もが姉妹と思うだろう。
 そんな彼女がフェイトと接触すれば何が起こるか分からない。
 確か……この時期のフェイトはアリシアの存在を知らない。アリシアの記憶を持ってはいるだろうが、それを自分の記憶だと思っているはず。
 もしアリシアの存在がフェイトやプレシアに知れれば……俺達の知らないところでフェイトが捨てられてもおかしくない。
 この時期ではプレシア以外に精神的な支えはなかったはずなので、そうなればフェイトは生きることも諦める可能性もある。アルフが一緒に居るとは思うが……性格的にプレシアに向かって行って消滅させられる事態も考えられる。
 魔法を使って変化していたとしても、魔力といった反応でバレるだろう。それだけに……いや待てよ。
 俺は難しく考え過ぎなのではないだろうか。別に見た目を変えることは魔法を使わなくてもできる。本人の意思次第ではあるが、その意思があるなら外を出歩くことも出来るのではないだろうか。

「アリシア」
「うん?」
「お前、外に出たいか?」
「出たいかって……それは出れるなら出たいよ。でも……出ちゃ不味いのは分かってるし」

 俺はアリシアに対して出るなと言ってる派のようなものだが、今みたいに我慢している子供みたいな顔をされると居た堪れない気持ちになる。

「確かに今のお前が出るのは不味い。魔法で変化させても調べられればバレるしな」
「だから……分かってるよ」
「なら……お前が物理的に姿を変えてもいいと思ってるなら外に出てもいいんじゃないか」
「え……物理的に?」
「髪を切るとか染めるとか、カラーコンタクトを使うとか……そういうの使えば顔立ちは似ててもフェイトとは別人に見えるだろ」

 バレる奴にはバレるかもしれないが、そのまま出歩いたり魔法を使うよりは怪しまれることはないはずだ。
 もしも……アリシアの外出が理由で流れに影響が出てしまったならそのときは

「確かにそうかもしれないけど……でも出歩いたらそのぶん影響が出る可能性は高くなるし」
「いいよ別に」
「でも……」
「でも、じゃない」

 自分から我が侭を言ってたくせに、いざ話が進むとなるとやめてしまおうとするのはやめてほしいものだ。
 確かに俺はあの子達に少しでも幸せな時間を過ごしてほしいと思っているが、この世界ではアリシアの方が身近に居る人物だ。明るい笑顔が似合うだけに暗い顔をされると嫌に思ってしまう。

「ストレス溜められて絡まれる方が面倒だし、ご近所にいつも家に居るって思われてもリニスさんに変な誤解が生まれるかもしれないからな。そういう意味で多少は外に出るべきだ」
「ショウ……本当の良いの?」
「お前が今の姿から変わればな……今後予想通りに進むかは分からないんだ。流れが変わったら変わったでどうにか出来るように努力するだけさ。だから……あんまり気にするな」

 本気であの子達の幸せな時間を願うならアリシアにも厳しくするべきなのだろう。
 だが……この世界にとって俺は異物。俺のことを最も理解できるのは同じ境遇であるアリシアやリニスさんだけだ。
 ふたりも目的は同じ。だけど……ふたりに我慢をさせて、苦しい顔を見ながら目的を果たすのは何か違う気がする。
 そもそも……俺の思う幸せがあの子達にとっての幸せとは限らない。
 俺がやろうとしていることなんて余計なお世話なのかもしれない。もしもあのときこうしていたなら、こう出来ていたなら……そんな自己満足を行うためにここに居るのだから。
 それを抜きにしてもあの子達は自分だけが幸せになりたいと思う人間じゃない。他人が苦しんでいるなら自分が苦しんでも助けたいと思う人間だ。アリシア達の存在が知られてそれまでの経緯を知られた時、きっとアリシアを閉じ込めるような生活をしていたと知れば間違いなく怒るだろう。
 ならある程度好きにさせた方がみんなが笑顔になれる気がする。流れが変わってしまったのならそのときに出来るだけ努力すればいい。
 たとえ後悔するようなことになろうとも……俺は人間であって神ではないのだから。

「ショウ……ありがと」
「別に。勝手にあれこれされるよりはマシだからな」
「む……素直じゃない。でも今日は許してあげる。それと……もうしばらくは外に出るの我慢する」
「アリシアさん……せっかくお許しが出たのにいいんですか?」
「うん。わたしだってあの子達に幸せになってほしいし……あの子達よりもお姉さんだからね。レイやリニスも居るし、大丈夫だよ」

 少し強がっているようにも見える笑顔だが……まあここでそれを指摘するのは野暮なものだろう。
 時期的に妹であるフェイトが流れの中心になる。ここでの流れは今後の彼女の人生に影響を与える可能性が高い。それだけにアリシアにとっては最も重要な時期な気がする。
 それに……自分でお姉さんだって普段から言ってるからな。
 あとあとバカにされないようにしようとしているのか、それともそうありたいという願いを込めて自分を励ましているの言葉なのか。
 まあ何にせよ……本人が強くそう言うのなら好きにさせるべきだろう。別に俺にとっては悪いことではないし、俺達の目的を基準にすればプラスのことなのだから。

「ところで……何でリニスさんは若干泣きそうになってるのかな?」
「い、いえ何でもないんです。おふたりの優しさや想いが胸に来ただけで……」

 いやまあ……確かに良い話風な流れだったといえばそうだけど。でも涙ぐむほどのことはやってないよね。
 まだあの子がこんなに成長して……、と言えるほどリニスさんと一緒に暮らしてはいないし。そもそも保護者的立場になってもらう人ではあるけど、厳密には保護者でもない。そもそも……精神年齢とかで言えば俺もそう変わらない気がする。

「私、おふたりを支えられるように頑張ります。それがきっとフェイト達のためにもなりますし……おふたりにも幸せになってほしいですから」
「リニスさん……わたしやショウだってリニスさんのこと支えるよ。一緒の目的を果たす仲間だし、一緒に暮らしてる家族なんだから。リニスさんにも幸せになってほしいしね」
「アリシアさん……」
「リニスさん……ガシ!」

 …………何をやっているんだろうかこのふたりは。
 何やら良い雰囲気を出して抱き締め合っているけど、アリシアがガシ! なんて口にしたせいか茶番にしか見えない。だがリニスさんは割と真面目にしているので……何ていうか噛み合ってない。

「…………」
「…………」
「……チラ……チラ」

 アリシア、チラチラ言いながらこっちを見るな。
 何だよそのショウもこの中に入りなよ! みたいな目は。いいよ別に俺は。茶番に付き合いたいとも思わないし、感極まっているわけでもないから。

「マイマスターはふたりの間に入らないのですか? 先ほどからアリシアさんがそのような目で見ていますよ」
「レイ、そういうことは言われなくても気づいてる。あえて無視しているんだ」
「何故です?」

 真面目というか人間性に興味を持っているというか、淡々とした口調なのにあれこれ聞いてくるなお前も。
 何故って……単純に言って恥ずかしいからだよ。
 アリシアだけならまあ割と引っ付いてくることはあるし、前の世界でもはやてやレヴィと密着する奴は居たから構わない。だがさすがにリニスさんからされるのは精神的によろしくない。見た目も中身も大人だし。

「はは~ん……ショウ、リニスさんのこと意識してるんでしょ。子供のくせにマセちゃって。もしかしてリニスさんみたいな人が好きなの?」
「え、そうなんですか? どうしましょう……私はショウさんの保護者の立場にありますし。でもショウさんが子供なのは見た目だけで」
「アリシア、面倒な方向に話を振るのはやめろ。それとリニスさん、そんなに本気で考えなくていいから」

 俺がもっと大きくなってからなら年の差カップルとして認識されるだろうけど、今すぐはリニスさんがショタコンみたいな感じになるからね。普通の人は俺を小学生としてしか見ないから。

「マイマスター、マイマスターは私のマイマスターです」
「え、あぁうん……そうだな」
「リニスさん今の返事聞いた? ショウって本当に女心分かってないよね」
「そうですね。今のはちょっとレイさんがかわいそうだと思います。……決めました。私、今日からショウさんに女心を教えていきます!」

 ……はい?

「え、な、何でそういう答えになるのリニスさん?」
「一応保護者的な立場ですし、ショウさんが女の子を傷つけるような言動をするのはよろしくありません。なので私が立派な男性にしてみせます……まあ今でも十分に素敵だとは思うんですが」

 リニスさんは顔を真っ赤にしたかと思うと、両手を頬に充てて悶え始める。

「リニスさん!? 今のリニスさんって使い魔だった頃のリニスさんとは違うんだよね?」
「はい、違いますよ。使い魔だった頃のように耳や尾はありませんし」
「じゃあ……何で急に発情した猫みたいに急にショウに対してデレデレになったの?」

 アリシア、確かに俺も気になったけど……それ聞いちゃう。答えによっては俺が結構困るんだけど。

「それは……やっぱり私も女ですから。女性として意識されたら意識すると言いますか……ショウさんの中身が大人だということも知っていますし」
「いやいやいや、それだけでそこまでデレるのはおかしいと思うよ!? ショウが元の姿のままならまだ分かるけど。今は完全に見た目は子供だよ。リニスさん、ショタコン? ショタコンなの?」
「人聞きの悪いことを言わないでください。確かに小さい子を見ると微笑ましいと思ったりはしますが、ドキドキはしません」

 そこはドキドキしてほしかった。
 そうはっきり言われると俺くらいにしかそういう感情を抱かないということで、俺としても余計に意識してしまうというか。
 何だろう……リニスさんって人がよく分からなくなってきた。真面目で優しい人なのは間違いないんだけど、何か変な茶目っ気が混じってるというか。この世界に来るに当たって使い魔だった頃の要素の代わりに何か別のが混じったりしてないよな。

「そそそれって……つまり本気でショウを」
「はい、そうですね。男の子として見てる部分もありますが、中身が中身なので男性としても見てますよ。先ほどのアリシアさんとのやりとりからも分かるとおり、人として好きですし。今後アリシアさんが思うようなことに発展する可能性は否定しません」
「な……わ、わたしの目の黒いうちはそういうことにはさせないからね! 何ていうか目の前でイチャイチャされると癪だし!」

 話が凄まじくおかしな方向に進んでいるような気がするのだが……。
 リニスさんは割と本気なんだろうが、まあ今は子供としても扱っていると言っているわけだし。すぐにどうこうなるということはあるまい。
 だからアリシア……そんなにムキになるな。今のお前は凄く子供っぽいし、他の人から見たら誤解されかねない言動をしているぞ。お姉さんならもう少し落ち着きを持て。

「レイも女の子ならそう思うよね!」
「私は機械なので女の子扱いされるのはあれですが……マイマスターに構ってもらえなくなるのは嫌ですね」
「ふふ、ショウさんモテモテですね」
「あのさリニスさん……この発端を作ったのあなただよね。微笑ましいものを見るように笑うのはやめてほしいんだけど」


 

 

第6話 「今後の始まり」

 人々が寝静まった真夜中。逃げる黒い何かをひとりの少年が追っている。服装はどこかの民族のような格好だ。
 少年はボートが置かれている橋まで走る。彼の視線の先にある湖の上には、得たいの知れない存在が浮遊している。謎の存在は少年の気配に気づいたように振り返った。少年は手に持つ赤い宝石を握り締め、真っ直ぐに黒い何かを見つめる。

『お前は……こんなところにいちゃいけない』

 少年が謎の存在に向けて腕を伸ばすと、手にある宝石が発光し始める。

『帰るんだ、自分の居場所に……』

 少年の手の先に淡い緑色の魔法陣が展開する。それと同時に、黒い何かに鋭い眼が出現し、咆哮を上げて詠唱する少年に向けて突撃した。魔法陣と衝突し、凄まじい音と衝撃が発生する。
 少年が「封印!」と唱えると謎の存在は消滅し始め、核となっていると思われる青い宝石が姿を表した。だが消滅する直前、謎の存在は姿を取り戻す。それを目撃した少年は驚きの表情を浮かべた。
 少年から距離を取った謎の存在は、散弾のように身体を弾けさせた。弾丸と化した謎の存在の一部一部が少年に襲い掛かる。少年はどうにか回避するが、肉片は橋やボートに着弾し破壊していく。

『くっ……』

 避けるのが困難だと判断したのか、少年は防御魔法を発動させた。そこに複数の肉片が着弾し煙を上げる。あまりの威力に防御魔法を貫通したのか、少年は吹き飛ばされて宙を舞い、林の中に落下していった。
 謎の存在は獰猛な笑みを浮かべた跡、その場から飛び去って行った。
 地面に倒れている少年は追いかけようとするが、体力の限界が来たのか伏した。その直後、少年の身体が発光し、動物へと姿を変えて行った。

 ★

「ショウ、おっかえり~。学校は楽しかった?」
「ただいま……二度目の学校生活が楽しいと思ってるのか?」
「小学校の勉強はともかく、学校生活が楽しいかどうかはショウ次第だとわたしは思います!」

 確かにそのとおりではあるが……ない胸を張って偉そうにするな。

「はいはいそうですね」
「む、何でそういう反応するかな。ショウはわたしのことを何だと思ってるの?」
「……意外と手間のかかる同居人?」
「ひどっ!? わたしが思っていた以上に距離のある言い回しにわたしの心は傷ついた。わたしそんなに手間のかかる女の子じゃないよ!」

 いやいや、それは自分の評価を間違ってると思うぞ。
 俺の記憶が正しければ、割と毎日のように俺はお前を起こしに行っているし、風呂上がりには髪の毛を乾かすのを手伝ったりもしている。それでよく手間のかからないなんて言えるよな。

「なのでわたしは訂正を要求する。訂正するまでわたしはここを動かないから」
「あっそ……」
「待てぃ!」

 アメフトのタックルのようにアリシアがしがみついてきた。
 元の体格なら問題ないはないのだろうが、今の俺は小学生3年生。つまりアリシアとの体格差はあまりない。故に全力でしがみつかれると衝撃は凄まじく、また感じる重さもなかなかのものになる。服とかも伸びるし本当やめてほしい。

「何でわたしのことを無視して上がろうとするのかな?」
「何で自分の家なのに上がるのにお前の許可がいるのかな?」
「それはその……わたしたちなりのスキンシップだからだよ!」
「こんな無駄なスキンシップは要らん」
「ガーン!?」

 その無駄に大きなリアクションも必要ない。
 大体な本当にショックを受けた人間はそんな風に擬音語で訴えてはこないんだよ。その手のパターンは前の世界で小さな狸に散々されたから慣れてるし、俺にやっても効果は薄いからな。

「ひどい……ひどいよ。わたしが遊べる相手はショウかリニスさんだけなのに」
「だったらもっと素直に甘えてこい。まだその方が構ってほしい妹に見えるだけに可愛げがある」
「べ、別に構ってほしいとか思ってないし! というか、わたしの方がショウよりもお姉さんなんだから。妹扱いしないでよね!」

 だったらもっとお姉さんらしく振る舞ってほしいのだが。
 俺の経験上、自分でお姉さんぶる奴はあまりお姉さんと思えることがない。むしろ元気に振る舞っているが、根っこは寂しがりの甘えたがりだ。

「分かった、分かったから落ち着け」
「全然わかってない……もう、そういう言い方するから友達が増えないんだよ」
「自分を偽ってまで作る友達が友達って呼べるかは微妙だけどな」

 それに……見覚えのある顔が多いだけに親しくしていいものか迷ってしまう。
 この世界のあの子達は見た目や考え方は同じでも俺の知っているあの子達ではない。知っている顔もあれば知らない顔もある。
 それは単純に俺があの子達のことを時期的にあまり見ていなかっただけかもしれないが、それでも元の世界とこの世界とでは関係性が違うのだから異なる点はあるだろう。
 だからこそ……俺はこの世界のあの子達に俺の知るあの子達を重ねて見ることに罪悪感を覚えるのだ。
 でも俺は重ねて見るのをやめない。重ねないようにしても重ねて見てしまう。そうでなければ、己の知る流れよりもより良いものに変えるために行動しようとはしないはずだから。

「それより……今日からは一段と気を付けて過ごせよ」
「分かってるよ。あの夢はわたしも見たし、流れが変わってなければ今日はジュエルシードを巡る戦いが始まるんだよね?」
「帰り道にユーノをあいつらが見つけていたし、ほぼ間違いなく今日から始まるだろう」
「……ショウは本当にいいの?」
「何が?」
「何がってあの子を……なのはを魔法に関わらせること。ショウがなのはの代わりなれば事件は早く解決すると思うし、今後なのはが大きな怪我をする可能性は本来の流れよりも低くなる気がするし」

 確かにアリシアの言うことは一理ある。ただ……危険なことから遠ざけるだけが良いとは限らない。
 今の俺ならなのはの代わりにジュエルシードを集めることは可能だろうし、フェイトとぶつかっても負ける可能性は低いだろう。
 だがそれは同時に俺の知る流れと比べるとフェイトから大切な友人をひとり奪うことにも繋がりかねない。
 それに俺はなのはとは違う。なのはの居たポジションになったからといってなのはと同じようにフェイトに向き合い、フェイトの心を揺さぶれるとは限らない。
 加えてジュエルシードを巡る事件以降もきっと様々な事件が起こる。そこになのはがいないと考えると知っている流れよりも悪い方向になる可能性だってあるのだ。なら……

「なのははフェイトにとって大切な存在になるし、なのはにとっても魔法はあいつがあいつらしくあるために必要な要素だと思う。それに……俺達の知っているように進んでいくかは分からない。そのときなのはが居るのといないのとでは結果が変わってくるかもしれない。だから……なのはにはこのまま魔法と関わらせる」
「そっか……なら今後どうするつもりなの?」
「そこが微妙に迷いどころだ」

 今後のことを考えれば事件の絡む必要がある。
 だがこの世界での俺の境遇がはっきりしていない。元の世界ではリンディさんと繋がりがあったし、義母さんが技術者として働いていたから繋がりがあった。
 しかし、この世界ではナイトルナ家は俺の親戚として存在している。リニスさんが俺の親戚ということになっていると言っていたからこれは間違いない。
 他に分かっていることは、どうやら俺にはデバイスマイスターの資格があるということ。俺の両親は魔法世界で過ごしていた期間があり、地球に引っ越してきた後に亡くなっているこということだけだ。
 もしかすると神という存在が都合良く繋がりを作ってくれているかもしれないが……今回の事件に関わるであろうリンディさん達と繋がりがあるかは定かではない。
 それに現状ではまだ被害らしい被害は出ていないのだ。今すぐリンディさん達にコンタクトを取るのは悪手である可能性が高い。コンタクトを取るならば事件が始まってから管理局に連絡を入れ、それで駆けつけるであろうリンディさん達と取るべきだ。

「ただ今日に関しては非常事態が起きない限りは傍観するさ。今回の事件で最大の狙いはプレシアを生存させることだしな」
「そうだね……フェイトにしていたことは知らされてるけど、本当は優しい人だし。お母さんを助けたことでどう転んでいくか分からないし、フェイトが一緒に過ごせるかは分からないけど……それでも少しでいいから一緒に過ごしてほしい。フェイトにはフェイトとしてのお母さんとの思い出を作ってもらいたいから」

 この時期のフェイトは、アリシアのクローンとしての自覚がない。アリシアの思い出を自分の思い出だと思っている。
 それだけにプレシアから真実を告げられた時、あそこまで狼狽えて心が壊れそうになってしまった。
 それでもあの子はプレシアの元を訪れ、自分の考えをぶつけた。そのあとはあのような結末になってしまい……プレシアとの良い思い出はない状態で生きていくことになった。
 俺の知るフェイトが幸せでなかったとは言わない。不幸なことがあったとはいえ、あいつが浮かべていた笑顔は本物だった。
 ただそれでも……母親との思い出は大切だ。
 思い出があったからこそ、俺は両親が死んだ後も悲しみに耐えて過ごせた。義母さんが一緒に居てくれたのも大きな要因ではあるが、思い出も重要な要因なのは間違いない。
 それだけにアリシアの願いは理解できるし、それを叶えてやりたいと思う。

「……ショウ、どうかした? わたしの顔に何かついてる?」
「別に。ただ今のお前は少しだけお姉さんっぽいって思っただけだ……何だよその顔は」
「いや、その……ショウがお姉さんだって認めてくれるような発言をするとは思ってなかったから。もしかしてデレ期? わたし、ついにショウのこと攻略しちゃった?」
「……正直に言えば、お前への好感度は今の言葉でダダ下がりだ」

 ふと思ったのだが……こいつとはやてを会わせるのは危険ではないだろうか。
 この世界のはやてが俺の知るはやてと同じかは分からないが、なのは達が同じ性質である以上……この世界のはやても親しくなれば茶目っ気を出してくる可能性が高い。
 つまり……時期が来ればアリシアも表立って行動し始めるだけにはやてと絡む機会もあるだろう。性根というか行動指針に似ている部分がありそうなだけに揃うと面倒な展開になる気がしてならない。

「今回の事件が終わったらこの家から放り出してやる」
「ちょっ、それはいくら何でも言い過ぎじゃない!? ここ以外に行く当てとかないんだけど!」
「だったら人をおちょくるような言動を控えろ。それだけでお前への好感度は大分変わる」
「自分を偽って好かれてもあんまり嬉しくないかな~」

 気の抜けた顔と声に苛立ちもしたが同時に毒気を抜かれるような気分にもなった。何というか、脱力した時のアリシアは少しレヴィに似ているかもしれない。
 なのはやフェイト達のことばかり考えていたが、この世界にレヴィ達が居るのだろうか。
 可能性で居てもおかしくはないし、俺の知る世界とは異なるのだから居なくてもおかしくない。ただ居るにしても居るのは魔法世界だろう。今すぐ出会うことはないはずだ。大体出会ったとして俺にとってこの世界のあいつらは……

「何だか暗い顔してるけど……やっぱり迷ってる?」
「いや……今夜のことやプレシアのことに迷いはない」

 自分の思う幸せがあいつらにとっての幸せとは結び付かない。
 ただ少なくとも……俺の知るあいつらは苦しむことはあっても自分の目標を持って生きていたし、幸せそうに笑っていた時がある。
 なら大きく流れを変える必要はない。
 ほんの少しでも幸せな時間や思い出を増やすことが出来れば、それだけで十分なのではないか。
 俺は全知全能の神ではない。やれることには限度がある。それに悲しみや苦しみだって人を成長させることに必要な時もあるのだから。

「なら何に迷ってるの? あんまり考えてばかりだと剥げるよ」
「……俺を悩ませる原因のひとつにお前も入ってるんだけどな。つまり剥げたらお前のせいだ」
「いやいやいや、その理論はおかしいというか抗議ものだよ! あくまでわたしは要因のひとつなんだからわたしだけが原因じゃないよね。というか、わたしが剥げさせる要因ってどういうこと!?」
「それが分からないから要因なんだよ……って、だからしがみついてくるなよ。どんだけ構ってちゃんなんだお前は」
「構ってちゃんじゃないし!」

 ★

 その日の夜。
 予想していたとおりユーノからの念話が聞こえた。十中八九、なのははユーノを預けた動物病院に向かい始めてるだろう。

「さて……俺も出発するか」

 相棒であるレイディアントノワールを首に掛けて外へと向かう。
 基本的に今日は何もするつもりはないが、なのはが無事にジュエルシードを封印できない可能性はゼロではない。まあ高い魔導師としての適性と感覚で魔法を使えるセンスがあるだけに俺が介入しなければならない可能性の方が低いだろうが。

「……ん? アリシアにリニスさん、ふたり揃ってどうかしたのか?」
「どうしたのって見送りにきたんだよ。まったく……ショウはそのへん鈍いねぇ~」

 どうして質問しただけでここまで馬鹿にされなければならないのだろう。帰ってきてからのやりとりをまだ根に持っているのだろうか。だとしたら実に大人気ない。見た目は俺よりも子供に見えるが、自分の方がお姉さんだというのならもっと大人らしい振る舞いをしてほしいものだ。

「ふふ、気にしないでくださいね。こう見えてアリシアさん、ショウさんのことが心配なんですよ。さっきもちゃんとショウさんが帰ってくるよねって……」
「わあ! わあ! わあぁぁ~!? リニスさん、そういうことは言っちゃダメだよ。ショショウ、勘違いしないでよね! 別にわたしはショウのことなんて心配してないだから!」

 ならもっと平然とやれよ。
 そこまで動揺されたら本心が真逆なのは誰だって気づくと思うぞ。というか……どうして某金髪のお嬢様のような言い回しなんだ?
 世界の流れを把握しているだけに知っていてもおかしくはないが、少なくとも本人との面識はないはず。ここで彼女の口調を選択する意味が分からない。無意識に出たので大した理由はないのかもしれないが。

「あっそ……ならちゃんと留守番してろよ」
「む、何でそこで子供扱いするかな。そういう言い回しがわたしの心を傷つけてるって理解し……」
「ちゃんと帰ってくるさ」

 そう言ってアリシアの頭を軽く何度か叩く。
 ほんの少し前まで俺のことを父親のように慕う少女に似たようなことをしていたせいのか、少しばかり懐かしい気持ちになる。アリシアがあの子と同じ金髪だからなのか、それともアリシアが見た目よりも子供らしいからなのか。
 まあどちらにせよ、これは口には出さないようにするべきだろう。俺の同居人は子供扱いしたら怒るし、この世界で数少ない俺のことを理解してくれる存在なのだから。

「今日は見守るだけだし、仮に何かあっても大抵のことはどうにかしてみせる。だから大人しく待ってろ」
「……分かった。……今みたいなことを自然にしないでよ」
「ん?」
「何でもない! ちゃんと帰ってこないとただいまって言えないって言ったの!」
「そ、そうか……」

 それならいいんだが……そんなに怒鳴る必要はないと思うのは俺だけか?
 それに……リニスさんの浮かべている笑顔が意味深に思える。リニスさんはアリシアの隣に立っているし、アリシアの言ったことが聞こえたのかもしれない。
 だがそうなると今のアリシアの言葉が本当に言ったこととは別という可能性が高くなる。
 しかし、そこに突っ込んだところでアリシアが本当のことを言うとは思えないし、そこまで興味があるかといえばない。下手に機嫌を損ねた方が面倒なだけにここは気にしないことにしよう。

「じゃあ行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃい。寄り道しないで帰ってくるんだよ」

 俺は子供か。
 と言いたくなったが、見た目とこの世界での年齢は子供だ。アリシアの性格的にそこを突いているだろうし、それ以上にあまりここに時間を掛けるわけにもいかない。
 ある意味今日の出来事が今後の流れが自分の知るものと比較する大切な要因のひとつになる。それだけに早めに行って観察しなければ……

「言われなくても分かってる。補導なんかされたら面倒臭いからな……行ってきます」


 

 

第7話 「異なる流れ」

 この世界のなのはが魔法に出会ってから数日が経過した。
 俺の知る世界ではなのはが魔法と出会い、初めてジュエルシードを封印した翌日あたりにはフェイトに遭遇するという流れだった気がする。
 ずいぶんと昔のことなので確実だとは言えない。ただそれでも……ここまで次の騒動が起こるまでに時間は空いていなかったはずだ。
 この世界にとって俺は本来存在しない。その段階で俺の知る世界と流れが異なるのは当然だと言える。それは理解できているつもりだ。
 しかし、アリシア達が言うには大まかな流れは変わらない。なのはが魔法と出会えば必然的にフェイトとジュエルシードを巡って争うことになる。そういう流れのはずだ。
 まだフェイトがこの世界に来ていないのか……単純にジュエルシードが暴走して起こる事件がないだけなのか。情報が少ないだけに判断に困る。

「……いや」

 変に考え過ぎてもダメだ。
 同じ顔があってもそれは俺の知っている人物とは別人。それに俺には未来を予知できるようなレアスキルはない。今後起きる事を予想は出来ても断定することは出来ないのだから臨機応変に対応するしかない。

「まあ……」

 ジュエルシードの暴走やらフェイトとの遭遇なんてことがないと介入もしにくい。ジュエルシードを巡る事件は始まったのだから管理局に連絡を入れることは可能だが、今の段階で連絡すると俺の知る流れよりも遥かに早く管理局がこの事件に触れることになる。
 そうなれば俺の知る流れとは大きくずれる可能性も高くなるだろう。それに今の状況ならあのなのはでも管理局の指示に従って身を引く可能性がある。なのはにとってはある意味平和な未来が訪れるのかもしれないが、フェイトにとっては親友をひとり失うことになり……遠い先の話をすれば彼女をママと呼んで慕っていたあの子にも影響が出かねない。
 それだけに……管理局に連絡を取るタイミングは重要だ。なのはとフェイトが一度遭遇した後ならなのはも事件から引かなそうなので気楽に連絡できるのだが……
 そんなことを考えながら街中を歩いていると、不意に聞き覚えのある声が耳に届く。

「フェイト、あそこに美味しそうなもの売ってるよ」
「もうアルフ、私達遊びで来てるんじゃないんだよ」
「少しくらいいいじゃん。朝から探し回ってたんだし休憩もしないと」

 自分の耳を疑ったが……視線の先には、金色の長髪に赤い瞳の少女と橙色の長髪のすらりとした女性が確認できる。俺の中では身長差が逆転しているが間違いなく俺の知る過去のふたりと同一の姿だ。
 唯一違う点があるとすればフェイトの髪型くらいだろう。俺の知る彼女はこの頃はツインテールをしていることが多かった印象だが、今目の前に居るフェイトは髪を下ろしている。まあ特に気にすることはないのだろうが……

「……ん? ちょっとそこのガキ、何ジロジロと見てんのさ」
「あ、その……」

 まさかこのタイミングでこのふたりと遭遇するとは思っていなかっただけにすぐに言葉が出てこない。
 いやそれ以上に魔導師であることがバレるのが不味い。事件が始まってからはレイも常に身に付けているし。さすがにここで戦うなんてことはしないだろうが……そんなことになると今後の流れが大きく異なってくる可能性が高くなる。
 落ち着け……落ち着くんだ。魔力を持つ人間は魔法文化のない地球にも存在しているし、魔法文化のない世界に移る住む人間は存在しているんだ。
 現状俺はフェイト達とジュエルシードを巡る場面で出くわしたことはない。むやみに敵を作るような真似はしないだろうし、下手に刺激しなければ大丈夫なはずだ。

「ダメだよアルフ。そんな言い方したら怖がらせちゃう」
「でもあいつが……」
「アルフ」
「……分かったよ。フェイトがそう言うなら……悪かったね」

 フェイトの優しさやアルフのフェイト第一主義みたいなところはこの世界の健在のようだ。それに安心感を覚える一方で、今後なのはサイドとして敵対したときに通常よりも敵対心を覚えられそうだ。そう考えると少し憂鬱でもある。

「君……ごめんね」
「いや……こっちも見てたのは事実だから。金髪が目に入ったから友達かなと思って」
「そうなんだ……」

 フェイトの瞳からは敵意のようなものは感じない。
 ……ただ寂しい目をしてる。この子も俺の知る彼女のようにプレシアから酷い仕打ちにあってきたのだろう。それを振り向いてもらうために今も頑張って……
 事件後もプレシアを生存させる。
 それが俺の今回の事件で行うと決めたことだ。プレシアの扱いがどうなるかは分からないが、俺の知っている別れ方になるよりもずっとマシだろう。プレシアも今はまだアリシアに囚われているだろうが、フェイトへの仕打ちは重ねて見ていない証拠でもある。きっかけさえあれば……

「えっと……私の顔に何か付いてるかな?」
「え……いや別に」
「あんた……まさかフェイトに対して良からぬことを考えてるんじゃないだろうね。あたしの目が黒いうちはそんなこと許さないからね!」

 この頃のアルフがフェイトのことになるとこういう風になるのは分かっていることだが、せめて数年後に言ってほしいものだ。
 俺も含めてフェイトも同年代よりは精神年齢は高いだろうが、それでも小学3年生くらいでその手のことは考えないだろう。まあ最近の子供はそういうことも早いらしいし、一概にないとも言えないのだが。少なくとも俺やこの子には当てはまらないだろう。この子は今そんなことを意識できる時期でもないだろうから。

「ア、アルフ、だからそんなこと言ったらダメだって」
「だけどさ……」
「それ以上言うと怒るよ」

 俺の記憶にはアルフがフェイトにあれこれアドバイスするといった話が多いように思えるが、この頃はアルフよりもフェイトの方が上のようだ。まあ立場は対等でもアルフはフェイトには強く出れないといった方が正しいかもしれないが。

「ごめんフェイト。あたしが悪かったよ……これ以上は言わない」
「謝る相手は私じゃないよ」
「……あんたも悪かったね」

 視線を合わせずに謝罪をするアルフ。本来は姉御肌というか気さくな性格なのだろうが、時期的にあまり他人を信用しようとしていないのだろう。さすがに小学生相手に今の態度もどうかと思うが……。
 まあ時期的にアルフは生まれてからそれほど時間が経っていないだろうし、何より今の俺は魔力を隠したりするためにリミッターを掛けたりしていない。
 魔導師としての力量は現在のフェイト達よりも上と思われるので戦闘になっても対応はできる。だが今の段階で戦闘になるのは好ましくない展開だ。
 それに……魔力の有無やレイの存在はあちらもデバイスを持っているならば遅かれ早かれ確認されてしまう。フェイトのデバイスが俺の知るバルディッシュと同じならば並のデバイスよりも遥かに性能が良いのだから。
 それ故に警戒されるのは仕方がない。
 ただそれでも現状自分達にとって障害になるか分からない段階だからこそ、平和的に物事を収めようとしている可能性がある。
 今の俺の立場は中立だ。なのは達と接触できていないこの段階でフェイトと事を構えるのは得策だとは言えない。ここは大人しく別れる方を選択するべきだろう。

「いえ、気にしてませんから」
「本当にごめんね」
「本当気にしてないから……じゃあこれで」

 ★

「ショウおっかえり~! わたしの頼んでた漫画買って来てくれた?」

 帰宅して早々自称お姉さんの元気な声が俺の耳を貫いた。
 外出ができない時期であるため娯楽に飢えているのは分かる。外に出たい気持ちを我慢していることも知っている。だから漫画がほしいと言われたらそれくらい買ってくる。
 だがしかし……先ほど俺はこの人物の妹に当たる同一の存在と会ってしまったのだ。こちらの方が幼い見た目ではあるが似ているし、声質だって近い。胸の内に思うところがあるのも仕方がないだろう。

「買ってきてくれたよね? 買ってきたよね? ね? ね? ね?」
「えぇい鬱陶しい。近づきながら何度も尋ねてくるな」
「そこまで言わなくてもいいじゃん。確かにわたしも悪いとは思うけど、ショウがすぐに返事をくれないのも悪いのに」
「それは否定しないが時期的に考えたいことが多いのは分かるだろ。それに……前々から思ってたがお前は人との距離感が近い」

 少し前まであの子の父親代わりみたいな立場に居たというのに体の年齢に引っ張られるところがあるのか、どうもアリシアに対しても意識してしまう部分がある。
 思考の仕方や知識は大人でも性的な部分は肉体年齢に近くなるように何かされたのかもしれない。まあ距離が近いだけならアリシアよりも異性との距離を考えずに接してくる奴が居たので堪えられないということはないのだが。

「別に気にするほど近くないと思うんだけど……もしかして~ショウはわたしのこと意識しちゃってるのかな? まあ無理もないけどね。わたしはショウよりもお姉さんだし、自分で言うのもなんだけど可愛いし」

 苛立ちを覚える笑みを浮かべるアリシアは見た目はともかく性格は可愛いとは言えないだろう。こういうのが良いという奴が居るのならば俺は物好きだと思う。
 俺の知る奴にも似たような言動をするのは居たが……あいつらは表面上というか根っこは別だって分かってたからな。割とアリシアは素のところも混じっている気がするし、そのせいか耐性があるはずなのに微妙にすり抜けてくる。そのうち慣れそうでもあるが……

「お前よりフェイトの方が遥かに可愛いけどな」
「なっ……そういうこと言っちゃう。今多分わたしの方が小さいだろうけど、遺伝子的には同じなんだからわたしだってフェイトと同じように成長しそうなのに。大体この世界のフェイトはショウの知ってるフェイトと同じかどうか分からないじゃん!」
「確かに細かい部分は分からないが、外見や大まかな性格が違ってるのは思えない」
「何でそう言えるの?」
「さっき会ったからだ」

 予想外の言葉だったのか、アリシアはこちらを見たまま動きを止める。ただそれでも思考は続いているのか何度か瞬きを繰り返した。

「……何やっちゃってんの!? いやまあ外を歩けばその可能性はあるけどさ。ショウってなのは側で行動するつもりだったよね? なのは達よりも先にフェイトと遭遇しちゃうとか幸先悪すぎというか、現場で顔を合わせた時の亀裂の入り方がやばいよね!」
「それが分かってるからあれこれ考えてるんだろ……というか、気持ちは分かるが少し落ち着け。正直近くで騒がれるとうるさい。非常にうるさい」
「段階を上げて言い直さなくてもいいじゃん。大体その原因を作ったのはそっちのくせに!」
「だからどうするかを考えてるんだろ。お前はこれでも読んで大人しくしてろ」

 俺は袋の中からアリシアからお願いされていた漫画を取り出す。
 漫画のタイトルは『金の私と黒の騎士さん』。ファンタジー世界を舞台にした少女漫画であり、女子の間ではそこそこ人気のある作品らしい。まあ女子は一度は白馬の王子に憧れるものだろうし、過去に恋愛の関わる作品は数多く読んできたから気持ちは分からなくもない。
 この世界のあいつがその手のものが好きなのかは分からないが……ある意味そのへんが苦手な方が関わろうと身としては楽な部分があるかもしれない。

「何やら騒いでるみたいですがどうしてんですか?」
「あ、リニスさんちょうどいいところ。聞いてよショウがね……!」
「ちゃんと聞きますからまずは落ち着いてください。……それでどうされたんですか? ショウさんがアリシアさんの漫画でも買い忘れましたか?」
「ううん、それはちゃんと買ってきてくれた」
「なら他にケンカになる理由ってあります? 私の知る限りそれくらいしか原因が思いつかないのですが……アリシアさんはその漫画が大変お気に入りですし。あ、ちなみに私も読ませてもらっていますがお気に入りですよ。私は金髪ではありませんが、それに出てくる黒騎士さんはどことなくショウさんに似ていますしね。だからアリシアさんも新刊の発売日に読みたいほど……」
「リニスさん、リニスさん、リニスさ~ん! それ以上は言わないで。割とわたしの性癖というか弱みになる部分をバラしてるから。もう騒がないからそれ以上はやめて。お願い、どうかご容赦を~!」

 若干涙目でしがみつくアリシアをリニスさんは笑顔であやし始める。
 今の発言が天然なのかそうでないのか結論が出ないだけに……リニスさんは敵に回したくないタイプだ。腹の内が読めない人間を相手にするのが最も疲れるし。
 まあ俺の知るはやてやシュテルのように必要もないのにちょっかいを出すようなことはしないだろう。だから気に障るようなことをしなければ大丈夫だとは思うが……。

「それで何が理由で騒いでたんですか?」
「それは……さっき街でばったりフェイト達に会った」
「まあ……偶然なのかショウさんに対する試練なのか、どちらにせよ良いとは言えないことですね。現状私達は中立ですが、事件に本格的に介入すれば管理局。どちらかといえばなのはさん達の味方になるわけですし……いっそフェイト達の手伝いしちゃいます?」
「ダメ! ダメだよリニスさん。お母さんに接触するのも難しいし、仮に上手く行ってもショウまで犯罪者になっちゃう。そんなことになったらショウの今後がめちゃくちゃ……あ」

 アリシアの顔はどんどん赤くなっていく。
 先ほどまでケンカしていた相手を思って必死になっていた自分が恥ずかしかったのか、微笑ましく見守るリニスさんに思うところがあったのか。アリシアは「とにかく行動方針は変えちゃダメだからぁぁぁッ!」と叫びながら自分の部屋に走って行ってしまった。

「……ショウさん」
「ん?」
「あの子は我が侭に見えるかもしれませんけど、ショウさんのことを大切に想っているんです。もちろん私も……なのであまりひとりで抱え込まないでくださいね。色々話してもらった方が私達も安心しますから」
「……分かった。善処するよ」
「ふふ、お願いしますね。それと……出来ればもう少しアリシアさんにも優しくしてください。私としてはアリシアさんよりも優しくしてもらえるのは嬉しいんですよ。ただ……今の段階でショウさんとそのような関係になるのは世間的によろしくないと言いますか」

 確かにアリシアに対してよりもリニスさんへの言動の方が優しい。それは自覚している。
 だがそれは普段の振る舞いから来ているものであって、別にアリシアが嫌いだからやっているわけではないのだが。俺だって人間なのだから騒がしくて絡んでくる人間より家事とかを真面目にしてくれている人間に好意を持つだけであって。

「あのリニスさん……別に俺はリニスさんに勘違いされるような言動はしてないと思う。だからそんな心配しなくても……」
「でも私のこと女性として意識してますよね?」
「それは……まあ。中身が子供じゃないから多少は」
「なら可能性はあるわけじゃないですか。その可能性を少しでも減らしたいならアリシアさんのことよろしくお願いしますね」
「が、頑張ります……なんだかんだでリニスさんはアリシアに甘いですよね」
「今はまあ私が保護者みたいなものなので、大人として当然の対応をしているだけですよ。だからおふたりが悪いことしたらちゃんと怒ります」
「……実に母親って感じですね」
「む……その言葉は少し複雑です。私は保護者としては振る舞いますが母親になるつもりはありません。まだまだ女性として扱ってほしい年代ですし」
「何か……複雑というか面倒というか」
「ショウさん、女心というものは複雑で面倒なものなんです。それが分からないと良い交際は出来ませんよ」

 そう力強く断言されましても……俺は当分恋愛をするつもりはないんですが。見た目も小学3年生になってますし。
 まあこれを言うとまた何か言われそうだから言わないでおくけど。
 とりあえず……今日の内にジュエルシードの暴走が起きないことを祈りたい。今日の内にまたフェイト達に会うのと、少しでも時間が空いてから会うのとじゃ割と違ってきそうだし。

「ちなみに……私は今のショウさんを受け入れられますので優良物件ですよ」
「小学生を誘惑するのはやめてください」
「残念です……おねショタはある程度の需要があると思うのですが」
「……どこからそんな知識を仕入れてるんですか? あぁやっぱり答えなくていいです」


 

 

第8話 「懐かしき重み」

 フェイト達と予想外のタイミングで出くわしたものの、あれからすぐに顔を合わせるようなことにはならなかった。
 ジュエルシードの関わる事件は起きているのだろうが、魔法戦が行われる規模のものは起きていない。前の世界では早い段階でなのはとフェイトがぶつかったように思えたが、この世界ではまだ先のようである。
 とはいえ……今日にでもなのは達がぶつかる事件が起きてもおかしくはないんだよな。
 そう分かってはいても今日は休日。
 平日ならば学校なので夕方近くまで学生としての義務で拘束されてしまうが、今日は自由だ。家の中で待機しているのもいいのだが……家には状況的に迂闊に外に出ることが出来ない子供が居る。
 漫画とかを読んでる間は大人しいんだが……読むのがなくなるとすぐに絡んでくるからな。
 まあリニスさんは買出しや掃除とかやってるし、邪魔するわけにはいかないと分かっているから俺に絡んでくるんだろうが。
 色んな絡んでくるタイプとの経験はあるが、アリシアはそれとはまた少し違うから疲れるんだよな。あいつらの相手も疲れてたけど。
 そういうこともあって俺は今図書館に来ている。
 アリシアに絡まれないようにするため、というのは否定しないが、外に居た方が何かあったときすぐに動けるのも理由だ。

「……単純に俺の気分転換でもあるが」

 中身が中身だけに最近まで読んでいたのは機械に関するものが大半。アリシアに勧められて漫画を読んだりもするが、精神年齢の高さ故なのか本来の性なのか小説の類も読みたくなってしまう。また趣味を増やすために何か参考にしてみたいという気持ちもあった。
 俺は昔から機械弄りやお菓子作りを趣味としてやっていたわけだが、ここ最近それ以外にも趣味を作ってもいいと思ったのだ。
 事が起きなければ自由な時間はそれなりにあるし、今後のことばかり考えていても同じ流れで進んでいないのだから考え過ぎても気疲れしてしまう。何か没頭できるものを作るのは悪くない。

「まあ……」

 それ以外にも理由はあるのだが。
 それはこの世界のあいつ……八神はやてと顔を合わせることだ。
 細かな部分は変わっても大きな流れまでおそらく変わらない。そうなればこの世界のはやては間違いなく闇の書事件に関わることになる。
 前の世界では俺は事件が起きる前からはやてと知り合いだったが、この世界ではまだ繋がりがない。
 闇の書事件での目的ははやてを無事に生存させ、また少しでもあいつやあいつの騎士達から悲しみを減らすこと。
 そのためには今の段階で多少なりとも繋がりを作っておく必要がある。繋がりがない状態で主のために動き出した騎士達と戦場で出会えば協力関係になることは不可能に等しいのだから。

「……気が進まない部分のあるんだが」

 単純にこの世界のはやてと友人になりたいという気持ちはある。
 だが今やっていることは今後起きるであろう事件で立ち回りするために土台作り。打算で彼女に会おうとしているのは否定できないだけに心苦しい気持ちを捨てきれない。
 まあ……そもそも前の世界のような関係になれるとは限らないんだが。
 俺の知っているあいつらとこの世界のあいつらは違う。姿や声は同じでも同じ存在というわけじゃない。ここでは流れる時間が違うんだ。そうなれば体験することも違ってくる。だから本質は同じでも俺の知るあいつらとは間違いなく違う部分が出てくるだろう。
 俺は自分の意思でこの世界に来ること選んだ。
 そして……自分の良いようにあいつらの人生に影響を与えようとしている。それは結局善意であっても俺の自己的な考えで偽善なのかもしれない。
 なら俺は……この世界のあいつらと親しくなるべきじゃないのかもしれない。
 親しくなればなるほど、きっと俺はこの世界のあいつらに前の世界のあいつらを重ねて見てしまう。想いが強まれば強まるほど、やろうとしていることを躊躇してしまうかもしれない。なら距離を保って自分がやること決めたことを為す方がいいのではないか……

「もう……ちょい」

 運が良いのか悪いのか……何でこのタイミングで彼女を見つけてしまうのだろう。
 視線の先に居るのは必死に手を伸ばして本を取ろうしている車イスの少女。短く切り揃えられた茶髪には髪飾りがあり……その姿は俺のよく知る昔の彼女と瓜二つだ。
 あぁ……この世界に来てようやく気付いた。
 昔からあいつらは俺にとって大切な人という枠の中に居ると思っていた。だが自分で思っていた以上にあいつらは俺にとって大切な存在だったんだ。だからこんなにも切なくて悲しくて……距離を保とうと思うことに葛藤を覚えるんだろう。

「あと少し……お、取れ――ぁ」

 本が取れたことで気が緩んだのか、上体を必死に伸ばしていたはやてはバランスを崩してしまう。それによって車イスも傾いてしまい、このままでは彼女は床に打ち付けられてしまうだろう。
 そう思った俺は気が付けばはやての元に駆け寄っていた。大人の身体のままこの世界に来ていたならば、もしくは魔法を使える状況だったならばはやてが投げ出されるよりも前に助けることが出来ただろう。だがフェイト達がすでにこの世界に来ている以上、下手に魔法を使えば今後支障が出る確率が高くなる。
 そのため、俺は空中に投げ出されたはやてを助けることにした。
 前の世界のはやてと視界に映るはやての体格に差はないように思える。だが俺の体格も今はそのはやてと同じくらい。つまり……魔法を使っていない状態では華麗に助けるのは不可能と言える。昔の習慣で鍛えてはいるが、さすがに同年代を軽々と持ち上げるほど鍛えてはいない。世間からの目もあるし……

「ぐへっ……!? ……あれ? 痛みはあるけど思ってたほどやあらへん」
「あのさ……そういう感想言えるなら先に礼を言うべきだと思うんだけど?」

 普通ならば俺を下敷きにしている状態なのだからさっさと退けと言いたいところだ。だが相手は車イスに乗っている。そんな相手にさっさと退けと言えない。
 ただ……この頃のはやての体重は何となく知っているが、それでも重いと思うのは俺の中の感覚がまだ大人のままだからなのか、それともこっちのはやての体重に問題があるのだろうか。まあそんなことよりも考えるべきなことがあるんだけど。
 何故ならはやてはこっちを見た状態で何度も瞬きしている。
 つまりそれは現状を必死に理解しようとしているということだ。俺の知るはやてと根っこの部分が変わってないなら意外と乙女な面というか、少女チックな部分もあるのでこのあと狼狽えそうである。

「まさか男の子を押し倒す日が来るとは……私も大人になったものやな」

 前言撤回。このはやては俺の知っているはやてとは少し違うようだ。
 俺の知るはやてでも初対面の頃は割とまともな反応をしていた。だが今目の前にいるはやては平然とこっちを顔を覗き込んだまま今の言葉を発している。
 もしかすると状況が理解出来てなくて独り言を言っただけかもしれないが、少なくともこれだけは言えるだろう。この世界のはやても関わると面倒臭そうな一面がありそうだと。

「車イスに乗ってたから退けとは言わないけど……少なくとも退こうとする意志は見せるべきじゃないの? もしくは謝罪するとか」
「それもそうや。助けてくれてありがとう、そしてごめんなさい。ただ……今の流れやとそっちこそ大丈夫? の一言くらいあってもええんやない?」
「君がまともな反応してたならそう言ってたよ……ちょっと失礼」
「え、あっ、ちょっ!?」

 はやての身体に片腕を回した俺は上半身ともう片方の腕を使って上体を起こす。
 何やらはやてが恥ずかしそうな声を上げたが、そこは我慢してもらいたい。こっちとしても起き上がらないことには何もできないのだから。

「あ、あんた……急に何するねん!? 女の子の身体に気安く触れたらダメって教わっとるやろ!」
「先に一言断りは入れただろ。まあ触れたことは謝るけど……ごめん」

 素直に謝るとはやては顔を赤くしたままごにょごにょと何か言い始めた。表情や雰囲気から察するに恥ずかしそうではあるが、こちらへの怒りは収まったように思える。
 さっきは少し違うとも思ったが、そこまで変わらないかもな。
 むしろ……俺の知るはやてよりもまともかもしれない。まあ八神はやてという人間は自分のペースでなら何でもできるけど、予想外のことになると打たれ弱いイメージがあるのでそれだけのことかもしれないが。
 そんなことを考えながら俺は倒れていた車イスを起こす。誰かが駆け付けるかとも思ったが、他の場所でも本を大量に落とす人でも居たのか人が来る気配はない。
 
「えっと……何で私に近づいてくるんかな?」
「乗せるのを手伝うからだけど?」

 おそらく目の前に居るはやても俺の知る彼女と同様に大抵のことは自分ひとりで出来るのだろう。故に手伝おうとしても断るだろう。
 とはいえ、もしも人が来たしまうと俺は足の不自由な少女を助けようともしない奴に見えるはずだ。俺にかつての世界の記憶がなければ、そう見られても構わないと思ったかもしれない。
 だが現実は、身体に引っ張られている部分はあるとはいえ精神は大人。子供が困っているのに助けないという選択はしたくない。

「ちょっ、だから気安く女の子に触れるんは……!」
「はいはい、それは分かってるから今はちゃんとつかまってくれ」

 そうじゃないと余計に重い。
 昔の俺だったなら確実そう言っていただろう。そして、きっとはやてにそんなことを女の子に言ったらダメだと叱られたはずだ。
 でも今の俺は違う。
 そんな風に言おうとした。だけど言えなかった。
 だって今感じている重みは、この子とは違うあの子のことを思い出すものだったから。仮に事件が始まる少し前ではなく、数年前からこの世界に来ていたなら反射的に涙を流していたかもしれない。それほどまでに今の俺には懐かしくも切ない重みだったのだ。

「そ、その……ずいぶん慣れてるんやな」
「何が?」
「何がって……普通の子は車イスとか乗ってないやろ」

 そう言うはやての口調は素っ気ない。
 同年代の男子に慣れていないように思えるので照れ隠しかもしれないが、純粋に普通とは違う自分に負い目などを感じているからなのかもしれない。
 世界の辿る大きな流れは変わらない。
 ならばこのはやても闇の……壊れてしまった夜天の書の影響で後天的に車イス生活を始めたのだろう。そこは変わらないと推測できる。
 だが俺の知るはやては人前では決して弱い自分を見せようとはしない子だった。でも目の前に居るはやては俺の知るはやてではない。
 その証拠に……今見えているはやての顔は、見覚えがあるように思えてどこか違って見える。

「誰だって怪我したり、病気になれば車イスを使う。俺からすれば君は普通の女の子だよ」

 車イスにはやてを乗せながら思っていることは素直に口にすると、はやての顔に再び赤みが差した。
 その姿は俺の記憶に残るすっかり大人になってしまった彼女とは違い、素直に可愛いと思える。彼女にもこのような時期があったように思えるが、どうしてあのように育ってしまったのか。
 まあ……人の性格は環境に作用されるわけだが。
 故にこの子も俺の知る彼女のようになる可能性はある。だがこの可愛さを残したまま大人になる可能性もある。それは誰にも分からない。
 そもそも、その結果を知るためには長い時間が必要になる。その中でも大きな出来事が間近にふたつもある状況なのだからまずは目先のことに集中しなければ。ただ……これだけは言っておきたい。

「クラスにひとりくらい居そうな女の子だよ」
「ひとつええか? 何でちゃんとまとまってたんに言い直したん? 私の感覚が間違ってないならさっきとは別の意味が込められてそうなんやけど」

 だって普通という言葉が一般的という意味で使われてるなら、君の言動を考えると少しずれてるように思えるから。普通の人は初対面の人間に乗った状態でボケたりしないでしょ。
 そのように言いたくもあったが無言を貫くことにした。
 今日の目的はこの世界のはやてと面識を持つこと。嫌われるのも困るが親しくなりすぎるのも困る。
 親しくなっていた方が後々楽なことも出てくるかもしれない。が、現状でもこの世界には俺の知らない流れが存在している。先日のフェイトの一件が良い証拠だ。
 それだけに……下手に関わり過ぎると彼女の身に俺の知らない不幸が降りかかるかもしれない。
 ただでさえ、ジュエルシードを巡る事件が終われば、彼女を中心に事件が起きるのだ。避けられない不幸があるのだから余計な不幸が降りかからないようにしなければ。
 

「まあ……ええけど。……そういえば、名前何て言うんや?」
「普通名前を聞くなら先に名乗らない?」
「それはそうやな。私は八神はやて言います。えっと、その……素直に言うのが少し癪な部分もあるけど、助けてありがとう。でもあんまり女の子に触れたらあかんで。私みたいに心が広くないとすぐ痴漢やセクハラやって騒がれるんやから」

 素直に礼だけで終わらないあたりが実に八神はやてらしい。これを聞いて理解できるのは、俺と同じような境遇の人間か全てを観察出来ている存在くらいだろうが。

「次はそっちの番や」
「たまたま図書館で顔を合わせた相手の名前なんて知らなくてもいいと思うんだけど」
「自分を助けてくれた相手の名前くらいは知りたいと思ってもええやろ。私は恩を仇で返すような真似は嫌いなんや。それに……また顔を合わせるかもしれんやろ?」

 それは聞く人によって解釈が異なる問いかけだ。
 普通にまた会うかもしれないと聞いている。そう判断する者も居るだろう。
 だが八神はやてという人間の本質……歩む流れを知っているものならば、また会いたいと言っているようにも思えるのだ。
 守護騎士が目覚めるまでこの子はひとりなのだから。

「まあいいけど。俺は夜月翔」
「ショウくんか。頻繁に顔を合わせるか分からんけど、とりあえずよろしく」

 にこりと笑いながら手を差し出すはやてに俺は少し戸惑ってしまう。
 知っている者は知っていると思うが、俺は最初から下の名前で呼ぶタイプではない。相手が下の名前で呼ぶことを望むならばそうするが、基本的には苗字で呼ぶ。すっかり精神も大人になっているだけにその傾向が強い。
 故に子供の素直さに思うところがあったのだ。まあ……笑みを浮かべている彼女に対して色々と沸き上がる想いもあったのだが。
 とはいえ、ここで手を払い除ける理由もない。
 なので俺ははやての手を握り返しながら返事をした。手を握る際に一瞬彼女の手が動いた気がするが、気にすることではないだろう。この頃はまだ初心な面が表に出やすいのだから。

「じゃあ俺は本を探しに行くから。取りにくい本は素直に人に取ってもらいないなよ」
「さすがに何度も転んだら周りの人にも迷惑やしな。そのときはそうする。ええ本が見つかることを祈っとるで。私がおすすめなのを紹介してもええけど」
「それはまた今度にするよ。どんな本があるのか一通り見ときたいし」

 それを最後に俺はこの場から歩き出す。
 はやてからすればもう少し話したかったかもしれないが、何も起きなければしばらくは図書館の中に居るのだ。また顔を合わせるかもしれない。なら一度に話す必要もないだろう。
 先のことまで考えれば、これから何度顔を合わせることになるか分からないのだから。


 

 

第9話 「接触・忠告」

 この世界のはやてと出会って数日後。今日も何事もなく終わるのだろうかと思っている内に放課後を迎えた。
 いつ状況が動くのか。もしかしてこの世界ではフェイト側の状況が異なり、ジュエルシードを巡って戦うような事態にはならないのか。
 そんなことをふと考えてしまうくらい何とも言い難い緊張感が常にあるだけに精神的な疲れは日々蓄積されている。
 真っ直ぐ家に帰ってお菓子でも作るか。それとも図書館にでも寄ってはやてが居るか確認してみるか……。
 少しでも気分が変わりそうなことを考えていると、車に乗ろうとしているアリサとすずか、そのふたりを見送ろうとしているなのはの姿が見えた。お嬢様達は習い事があったりするだけに特別珍しい光景ではない。
 俺の記憶が正しければ、前回はこういう時にジュエルシードの発動してなのはがフェイトと遭遇した気がする。
 だが何度も似た光景をすでに見ているだけに、これがきっかけというわけではないようだ。なので緊張感が高まったりしない。

「じゃああたしとすずかは今日お稽古の日だから」
「行ってきます」
「うん、お稽古頑張って」

 今日も仲睦まじい3人である。
 俺の知っているような事態になれば、一時的に亀裂が入ってしまいそうだが、この世界の3人も俺の知る3人のように自力で関係を修復できるとは思う。そう素直に思えるほど、この3人の信頼は厚い。
 意識を3人の方に向けていたせいか、ふとすずかと視線が重なる。
 一見すずかはおっとりというか穏やかな性格の子に思えるが、運動神経は抜群に良く、また人よりも気配に敏感な節がある。それは前の世界でもこの世界でも変わらない。
 まあ……目が合ったところで深い意味はないだけにこのまま帰るだけなんだが。あっちとしても呼び止めてまで別れの挨拶をしようとは思わないだろうし。

「すずか、あんたどこ見て……はは~ん」
「ア、アリサちゃん、何でそんな反応するのかな!? べ、別にそういうんじゃないから。たまたま姿が見えて目が合っただけで」
「別にあたしは何も言ってないんだけど。というか、たまたま姿が見えたから目が合うって……あんた達って」
「違うから! 本当にたまたまで。もう意地悪しないでよ!」

 視線を外した直後に騒ぎ始めたが……もしかして俺のせいなのだろうか。
 アリサは面倒見が良いがいたずら好きというか人をからかう一面もあるし。主にその被害に遭うのはなのはやすずかなわけだが。
 今回のそのパターンだろうか。
 アリサやすずかとは、席や趣味的になのはよりも話す機会が多い。それだけに俺のせいですずかがからかわれている可能性もあるだけで。
 中身が肉体年齢に等しいならこんなこと考えなかったのだろうが……そこは言ったところで変わらない。つまり考えるだけ無駄なことだ。
 仕方がない。もしも仮に俺のせいですずかがからかわれているのならば、今度お菓子でも差し入れしよう。たまには作る相手を変えたくもなるし。
 というか……アリシアは今自由に動けないからあまり食べさせてると太りそうだからな。
 こんなに美味しいとつい食べ過ぎる。太ったらショウのせいだからね! とか文句言いながらよく食べてるし。じゃあ作らないってなると何で作らないんだって怒る。
 女心は変わりやすいって言うけど、あいつの場合は単純に食い気が強いだけだろうな。

「えっと……すずかちゃん、夜月くんと何かあったの?」
「何もないし大丈夫だから」
「何ならなのはに呼んできてもらえば? 少しは話す時間はあるわけだし。どうせあいつも暇でしょうから」
「アリサちゃん!」
「分かった、分かったわよ。これ以上は言わないから……それじゃなのは、また明日」
「なのはちゃん、また明日ね」
「うん、また明日」

 お嬢様達を乗せた車が発進し、俺の近くを通って行く。
 窓越しに俺に向かって手を振るふたりが見えたので、とりあえず軽く手を振っておいた。無視をすると後日アリサが絡んできそうだし、すずかがあれこれ考える可能性もあったからだ。
 これが理由で別の案件が発生することも考えられるが、それは仕方がないと割り切る。人の心なんてものは他人がどうこう出来るものではないのだから。

「夜月く~ん!」

 おっと……何やら全力全開で走って来たぞ。俺、何か話しかけられるようなことをしただろうか。
 まだ魔導師だってことは知られてない。それに関係性もクラスメイトくらいのもの。それらから推測すると深読みするだけ無駄な理由で話しかけられてるのだろうが、あれこれ考えてしまうのは中身が大人であるが故だろうか。

「何?」
「途中まで一緒に帰ろう」

 え、嫌なんだけど。
 なんて反射的に言いそうになってしまった。別になのはのことが嫌いなわけではないし、昔のように他人と関わりを持つのが怖いというわけでもない。単純にふたりで居るところを見られると周囲から何か言われそうだから嫌なのだ。
 前の世界でならこの頃の俺は周囲とそこまで親しくしてなかったから嫉妬とかもされてなかったけど、今は別に普通だしな。成績だけで見ればむしろクラスでも上位だし。
 でもこれは普段の訓練の賜物というか、大人が小学生の問題を理解出来ない方がおかしいわけで。
 まあ何が言いたいのかっていうと、今の俺は特別目立つ存在じゃないがそれなりに周囲から認められている。故になのは達のような可愛い女子と一緒に居たりすると嫉妬されるわけだ。

「まあ……別にいいけど」
「少し嫌そうに見えるのは私の気のせいかな?」
「気のせいかもしれないし、気のせいじゃないかもしれない」
「そこははっきり否定しようよ!?」

 はっきり否定しても疑いの眼差しを向けてきそうなのですが。
 そう考えてしまうのは前の世界でのやりとりに問題があるのだろうか。話すようになった頃はまだしも、どうにも俺は高町なのはという人間と一部相性が悪かったように思える。
 その証拠に意地悪だとよく言われていたし。こちらからすれば、全てを意地悪で言っていたわけではないのだが。確かに意地悪で言ったこともあるが、割と相手側の被害妄想がひどかっただけで。

「何ていうか……夜月くんって私に対してアリサちゃん達より素っ気ないというか意地悪じゃないかな?」

 異なる世界で異なる流れが存在しているとしても、根っこが同じならば発する言葉に同じなのかもしれない。

「……意地悪ね」
「え、いや、別に本気で言ってるわけじゃなくて! ただアリサちゃんとはこう本音で言い合ってるなって感じがするし、すずかちゃんと話す時は何というか優しい感じがするから。それを比べると私はどっちでもないと言いますか、扱いが雑なように思えるわけでして……!」

 慌てているせいかどんどん敬語になっているのですが。
 まあ俺のよく知るなのはにも似たようなところはあったし、世界は違えど同じような存在なのだから似た言動をするのはおかしくないのだろうが。ただ……俺の心がざわつくだけで。このざわつきが時間と共になくなることを祈りたい。この子はこの子、彼女は彼女なのだから。

「まあ別に一緒に帰ってもいいけど」
「え……本当?」
「そこで疑ってくるからあれこれ言いたくなるんだけど?」
「ううん、何でもない! 一緒に帰ろう」

 そうして一緒に歩き始めたわけだが、この時期に誰かとふたりで下校というのはあまり経験がないだけに少し新鮮に思える。中学時代だったならホームステイしていた彼女と一緒に帰ることも多かったが。
 冷静に考えてみると、なのはと一緒に帰るのはレアケースなのではなかろうか。前はフェイトやはやても一緒で集団での行動の方が多かったし。
 この世界ではこういう日が増えるのだろうか。

「……ッ!?」

 そんな他愛もないが平和な出来事を考えた矢先、何かが発動した気配を感じた。
 この気配はほぼ間違いなくジュエルシードのもの。気配のする方角を考えると、今日のジュエルシードは翼の生えた黒い虎の一件かもしれない。
 この予想が正しければ、なのはとフェイトが遭遇を果たす可能性が高い。

「ぁ……!」

 なのはも気配を感じたようで、立ち止まって振り返った。

「えっと、あの、夜月くんごめん! ちょっと急用思い出したから先に帰るね!」
「ああ」
「また学校で!」

 そう言い切るとなのはは全力疾走でジュエルシードの気配がする方角へ向かって行く。
 なのははあまり運動神経が良い方ではない印象ではあるが、こういうときの動きは実に俊敏だ。まあ大人になれば近接戦闘もある程度こなせていただけに根っこの部分は悪くないのだろう。この時期はまだそっちを訓練していないから鈍いところがあるだけで。

『マイマスター、このあとどうなさいますか?』
『ジュエルシードの方に向かってる魔力反応は?』
『高町なのは以外に複数確認できます。ひとつはユーノ・スクライア、他は……』
『それ以上は言わなくていい……』

 状況からしてなのはの後を追いかける他にないだろう。
 だが……フェイト達と顔を合わせるのは一種の賭けだ。前の世界とは異なり、この世界では一度顔を合わせてしまっている。それ故に今日顔を合わせれば確実に敵として認定されるだろう。
 そうなれば俺の知る流れとは異なる状況になる可能性も高くなる。
 しかし、ジュエルシード事件で俺が達成すべきことはプレシアを生存させること。それにはなのは側、つまり管理局側で動くことになる。遅かれ早かれ敵の立場になるのだ。なら覚悟を決めるしかない。

「……レイ、行くぞ」

 ★

 ジュエルシードの反応があった地点に到着すると、ジュエルシードの影響で変異した黒い獣が子猫達に飛び掛かるところだった。
 私は子猫の前に出て防御魔法を展開し、襲い掛かってきた黒獣を受け止め、右手に持っていたデバイスにを掛ける。

「バルディッシュ……!」

 起動した相棒を振りかざしながら魔力を集める。
 保持している魔力変換資質によって集束していた魔力は電気へと変わり、バルディッシュを振り下ろすのと同時に雷撃として放たれる。
 雷撃が直撃した黒獣は後方へと吹き飛ぶ。その隙に私はバルディッシュを掲げ、魔導師の戦闘服であるバリアジャケットを展開。

「グオォォォ……!」

 こちらを敵として認識した黒獣が突進してくる。
 おそらくこの世界の原生生物がジュエルシードに触れて暴走しているだけ。あまり傷つけたくはない。可能な限り魔法の威力は抑えないと……

「……バルディッシュ」

 相棒の名前を呼びながらデバイスの先端を黒獣に向けると、雷撃と化した魔力弾が放たれる。
 しかし、ジュエルシードによって身体だけではなく身体能力も強化されているらしく簡単には命中しない。

「なら……」

 速射性を高めて連続で放つ。
 最初の数発は回避されるが追って放たれた魔力弾は見事に命中。雷撃を柱を立てながら周囲に砂塵を巻き上げた。
 最初の雷撃にも直撃したし、今のもまとも当たった。魔力を用いた防御を張っているようにも思えない。
 雷撃への耐性が高いのか、それとも私が手加減をしているだけなのか。どちらにせよ、この後の動き次第で行動を変えなければならない。
 バルディッシュの先端を砂塵の方に向けながら観察していると、一直線に黒獣が向かってきた。
 しかし、黒獣は途中で空へと向かって跳躍。漆黒の翼を生やして逃亡を始めた。獣のとしての本能が私には勝てないと悟ったのかもしれない。

「でも……」

 私の目的はジュエルシードを手に入れること。出来るなら誰かを傷つけるような真似はしたくないけど、必要とあれば容赦はしない。
 高速移動魔法を用いて逃亡する黒獣の背後へ回り、黒獣の左翼に向けてバルディッシュを一閃。紫色の鮮血が舞い散り、バランスを崩した黒獣は回転しながら高度を下げていく。
 だが再生能力が高いらしく、失った左翼を復活させて体勢を立て直したようだ。
 一度着地した私は追撃しようとした瞬間、背後に落ちた切断した左翼が目のない蛇のように変異し襲い掛かってきた。
 冷静に前方に跳びながら回避し、体勢を立て直す。バルディッシュを構えながら雷撃を放ち、異形の生物を粉砕した。

「グオォォォオオ!」

 自分から意識が逸れていたことを好機と思ったのか、黒獣がこちらへ向かって勢い良く降下してくる。
 あの獣の再生能力からしてさっきみたいに加減してたら埒が明かない。それにあまり長引かせるのも良いとは言えない。ここは一気に仕留めよう……

「……ッ」
「でぇぇぇい!」

 気合の声と共に桃色の光が黒獣へと飛来し、一気に地面へと叩き落とした。
 今のは……魔力反応があることからしても私以外の魔導師があそこに居る。ジュエルシードを狙っているのかまでは分からないけど、あの魔導師が何かする前に黒獣のジュエルシードを回収しないと。
 空へと上がって移動していると、下半身が骨のようになった黒獣が空へと昇ってきた。先ほどの一撃が効いているのか再生する様子はない。
 バルディッシュをサイズフォームへと切り替えながら接近し、魔力を高めながら一気に振り下ろす。

「ジュエルシード……封印!」

 雷鳴に等しい一撃によって黒獣は爆ぜる。
 これでジュエルシードは問題ない。そこに居る魔導師がどう出るか……

「……っ」

 視界に映ったのは白いバリアジャケットを纏った少女だった。
 見たところ私とあまり年代は変わらず、こちらに敵意があるようには思えない。あちらももうひとりの魔導師が子供だったことに戸惑っているだけなのかもしれないが。
 いや、そんなことはどうでもいい。長居は無用、早くジュエルシードを回収して戻らないと……

「あ……あの、待って!」

 少女は私がジュエルシードに近づくと慌てて声を掛けてきた。
 どうやらこの子の狙いもジュエルシードのようだ。どういう理由なのかは不明だが、それでもこれだけは言える。ジュエルシードを奪おうとするなら私の敵だ。
 とはいえ、可能ならば荒事に発展させたくはない。必要のない戦闘を行って負傷すれば今後の活動に響くのだから。
 そのため私は威嚇かつ牽制でバルディッシュを向けながら魔力弾を生成した。
 それに少女は一瞬怯んだ様子を見せたが、飛行魔法を発動させて私の傍まで高度を上げてくる。

「あの……あなたもそれ、ジュエルシードを探してるの?」
「それ以上近づかないで」
「いや、あの…………お話ししたいだけなの。あなたも魔法使いなの? とか、何でジュエルシードを? とか……」

 魔導師になって日が浅そうな雰囲気だ。
 でも……だからといって慣れ合う理由にはならない。この子もおそらくジュエルシードを集めてる。この周辺に被害が出ないようにするため。そんな善意でやっているのかもしれないけど……
 忠告を無視して近づいてきた少女に向かって魔力弾を連続で放つ。彼女は慌てて回避するが、実戦経験は少ないのだろう。あっさりと背後を取ることが出来た。
 バルディッシュを再度サイズフォームに切り替えながら少女へと斬りかかる。

「っ……!?」

 紙一重のところで回避され、斬れたのはバリアジャケットの一部だけ。
 今後関わろうと思わないように多少痛い目に遭ってもらう。
 上空へと逃げた少女を追って移動し、最上段からバルディッシュを振り下ろす。だがそれはデバイスによって防がれた。簡単にやられるつもりはないと言いたいのか、少女の目には明確な意思のようなものが感じられる。

「ま、待って! 私、戦うつもりなんてない!」
「だったら……私とジュエルシードに関わらないで」
「だから……そのジュエルシードはユーノくんが!」

 敵の事情なんて聞く理由はない!
 半ば強引に少女を吹き飛ばし、バルディッシュを身体の後ろまで引きながら構える。一際魔力を込めながら大きく振り抜くと、サイズフォームの先端に発生していた光刃が回転しながら少女へと飛んでいく。
 魔力斬撃用の圧縮魔力の光刃を発射する魔法《アークセイバー》。
 少女は防御魔法を展開するがそれはこの魔法には悪手だ。
 この魔法は弾速は速くはないが、バリアを噛む性質があり、軌道も変則的なので攻撃される側にとっては防御・回避しにくい。加えて「セイバー・エクスプロード」というトリガーコードによって光刃を爆破できる。
 よってバリアに噛んだ瞬間に爆破させれば敵に有効打を与えることが可能だ。
 光刃の爆破によって負傷した少女は地面へと落ちていく。格の違いはこの1戦で感じてはくれただろうが、今後関わらせないためにも明確な経験が必要だ。
 だから私は……落下する少女に向けて雷撃を纏った魔力弾を撃ち込むことにした。

「……ごめんね」

 放たれた魔力弾は見事に命中し、勢い良く地面に叩きつけられる……はずだった。
 少女が地面にぶつかる瞬間、黒い風が駆け抜け彼女を受け止めた。現れたのは黒いコートを纏った黒髪の少年。その少年の顔に私は見覚えがあった。

「君は……」

 先日街中で顔を合わせた少年だ。それほど会話したわけではないが、アルフが絡んでしまっただけによく覚えている。

「夜……夜月くん?」
「悪い……もう少し早く来るべきだった」
「な、何で夜月くんが……」
「そのへんはあとで話す……今はあっちだ」

 少年の目がこちらを向く。
 敵意のようなものは感じない。ただ何かしらの感情はあるように思える。
 見たところあの少女とは知り合いのようだ。なら傷つけた相手……それが先日顔を合わせた人間なら何か思うところがあるのはおかしいことじゃない。
 問題になるのは……彼が少女と知り合いであるということ。それは必然的に私にとって敵ということを意味する。
 あの落ち着き用……多分あの子と違って魔法に慣れてる。
 少女と知り合いということはこの街に住んでいる可能性がある。なら普通なら魔法に慣れているのはおかしい。この世界は魔法文化のない管理外世界なのだから。
 でも稀に管理外世界の人間が魔法世界を訪れることはある。
 なら逆に魔法世界から管理外世界に移り住んだ人間が居てもおかしくはない。彼の家がそういう家系なら魔法に関する知識を有しているのも納得がいく。故に……彼は現状私にとって最大の敵だ。

「……あなたもジュエルシードを狙ってるの?」
「否定の返事をしたら君は信じてくれるのか?」

 答えはノーだ。
 私は彼と少ししか話したことがない。言葉を鵜呑みに出来るような信頼関係があるはずがない。
 だけど……彼が嘘を言っているようにも思えない。彼の目は痛いほど真っ直ぐ私を見据えていて……それでいてどこか寂しく悲しげだ。
 どうしてあんな目で私を見るのか。
 そんなことを考え始めた矢先、少年が少し動いた。足を半歩前に出す。ただそれくらいのことだったが、私は反射的に魔力弾を放ってしまう。
 彼の傍には先ほど被弾した少女も居るだけに思わず声を漏らしそうになる。だが……

「ッ……!」

 黒い閃光が走ったかと思うと、私の放った魔力弾は跡形もなく消えた。
 魔力を破壊……いや斬り裂いたのは少年だ。彼の右手には煌くように黒く輝いている長剣が握られている。
 おそらくあの剣はデバイスだろうが、子供が使うにはあの大振りだ。
 しかも魔力刃ではなくそのままの使用を想定して作られているのか、装甲もバルディッシュに比べると厚いように見える。
 普通ならまともに触れなさそうだけど……あの子は軽々と扱ってみせた。
 それも眉ひとつ動かすことなく冷静に。今のだけで戦闘力を計ることは出来ないが、少なくとも先ほどの少女よりも格段に上だ。もしかすると私よりも……

「それが君の答えか? 現状俺は君に手出しするつもりはないんだが」

 その言葉のとおり、少年がその場から動く様子はない。
 少女のことを考えての行動かもしれないが、これ以上この場に留まる理由がない私からすれば何にせよありがたいことだ。
 バルディッシュにジュエルシードを収納した私は、最後に少年に向けて告げる。

「…………私とジュエルシードには関わらないで。もしもこれ以上関わろうとするなら……次は容赦しない」


 

 

第10話 「特訓と微々たる変化」

 早朝。
 俺は人気のない周囲を木々で囲まれた空き地を訪れていた。
 この世界を訪れてから前からの習慣であるランニングなどは行っていたが、この場所はそのコースから外れている。
 だがトレーニングには代わりない。
 トレーニングするのが俺ではなく、もうじき来るであろう少女というだけだ。

「ショウく~ん!」

 朝からそんな大きな声を出さなくても。
 そう思いながら声の主の方へ視線を向けると、すぐ傍まで駆けてきていた。
 学校の体育では鈍いところがあるのに、何か決めた時の行動は何故こうまで加速させるのだろう。まあ血筋的に運動神経は悪いないのは知っているんだが。

「おはよう、今日から宜しくお願いします!」

 なのはは礼儀正しく頭を下げる。
 何故こうなっているかというと、先日のフェイトとの戦闘が理由だ。
 あのときなのはは何も出来なかった。その他にも思うところがあるのか、俺やユーノに魔法の使い方を教えて欲しいと頼んできたのだ。
 正直ユーノだけに教われば十分だとは思うのだが、俺がこの世界のユーノと接触したのはその日が初めて。なのにユーノだけで良いなんて言うのは違和感を与えるだけだろう。故に俺も協力することにしたのだ。

「あぁ……スクライア、どこまで教えた?」
「えっと、リンカーコアのこととか魔力運用については教えたよ」
「そうか。なら基礎的なところは君が教えてくれ。俺はレイジングハートと一緒に実戦向きなことを教える」

 といっても射撃や砲撃を教えるわけじゃない。
 ここで正しいというか一般的な教え方をすれば、俺の知るなのはのように偏ったスタイルにはならないだろう。
 だがあのスタイルこそがなのはに最も合っているのは間違いない。この世界のなのはも初めてジュエルシードを封印する際に砲撃を行っていたのだから。
 ちなみに元々知ってはいるが、なのは達がジュエルシードを集める理由はすでに聞いている。
 この世界にロストロギアが散らばっているということから管理局に連絡を入れることは出来る。だが今すぐ管理局が来たところでフェイト達を管理局が追うことはしないだろう。
 何故ならなのはとぶつかったとはいえ、やっていることはロストロギアの回収。何かしらに使用してはいない。善意から回収していたと言えばそれまで。なのはとぶつかったことも言い訳出来る範囲だ。
 とはいえ、魔法世界に関わる身として管理局に対し何もしないのは悪手に近い。
 そのため、ロストロギアらしきものが存在しているかもしれないという曖昧な感じで伝えておいた。
 危険性がはっきりはしていないので迅速な動きはないだろうが、少なくともこの世界に局員を向かわせはするだろう。

「高町」
「なのは」
「……高町」
「な・の・は」

 なのはは、俺とふたりで自分の名前を言いたいのではない。
 お願い! みたいな目でこっちを見ているあたり、俺に下の名前で呼べと言いたいのだろう。
 まあ俺の名前を下で呼び始めたからそろそろだとは思っていたよ。ただ俺としては、名前を呼ばなくても友達になれると言いたい。

「さっきから何が言いたい?」
「そろそろ私のことなのはって呼んでくれてもいいと思うの」
「……理由は?」
「それはほら、私とショウくん同じクラスだし。これから一緒にジュエルシードも集める仲間だもん」
「僕も出来たらユーノって呼んで欲しいな。スクライアは部族名だし」

 お前らはどんだけ他人との距離感をグイグイ詰めたいんだ。
 世の中には色んな人間が居るんだぞ。もう少し他人の距離の詰め方も考えてくれないものか。
 そのへんのことを置いておくにしても、なのはの方には他にも問題があるんだよな。本人は自覚してないだろうけど、知らないことは罪とよく言ったものだ。

「はぁ……まあユーノは良いとして高町は善処するってことで」
「え、何でユーノくんは良くて私はダメなの!? 私のことも名前で呼んでよ!」
「あのな高町、俺は男子で君は女子なんだ」
「それはそうだけど……それが何か関係あるの?」

 この鈍感小学生が。
 何故アリサやすずかといった年齢以上に精神年齢が高い友人と一緒に居るのにお前はそうなんだ。ユーノは俺の言いたいことを分かってそうな顔をしているぞ。

「それが分からないから君はバニングス達にまだ早いだとか言われるんだ」
「そうなの? じゃあ教えてよ。教えてくれないと分からないし」
「却下」
「ありが……何で!?」

 何でって……今言ったところで頭の上に疑問符が並ぶだけだから。それに

「俺は君が魔法の練習をしたいって言うから付き合ってるんだ。世間話するのが目的なら帰るぞ」
「それはそうだけど! でも……少しくらいお話ししてくれても。ショウくんの意地悪……」
「意地悪で結構。それよりさっさと始めるぞ。この前会った金髪の子……彼女は相当の腕だ。多少の努力でどうにかなる相手じゃない」

 フェイトの存在を出すと、なのはの目の色が変わる。
 常識的に考えれば最悪の出会い方をしたというのに。まあここでこういう目が出来るのが、高町なのはという存在なのかもしれない。それが理由で無理や無茶を繰り返しかねないのが問題ではあるのだが。

「ショウくん、私はどうすれば強くなれるかな」
「私達な」
「え?」
「君の持つレイジングハートはインテリジェントデバイス……簡単に言えば、所有者をサポートするAIを積んだデバイスだ。だから君とレイジングハート、ふたりで強くなるんだ」
「……うん!」

 実に良い返事だ。レイジングハートの方も物としてではなく、なのはの相棒として扱われたのが嬉しかったのか瞬いている。ふたりともやる気は十分なようだ。
 ただなのはは時として自分への負荷を気にしない。レイジングハートもマスターが望むならそれに応える性格だ。
 それ考えると色々と思うところはある。
 が、下手に戦い方を変えるのも今後の戦いでなのはの危険性を高めてしまう可能性が高い。あれこれ言いたくもなるが、俺の知る彼女よりも無理や無茶をしないように導いていくしかないだろう。

「さて、これからやっていくトレーニング方法だが」
「ショウくんと戦うの?」

 何故真っ先にそれが出てくる?
 どの世界においても高町なのはという存在の根幹が酷似しているのならば、確かに好戦的な一面があってもおかしくはない。
 フェイトや彼女のライバルである騎士の方がそういう一面は強くはあるのだが、彼女達が身近な存在になるのはまだ先の話だ。今はなのはのことだけに集中しよう。

「それはやるにしても当分先だ。高町、君は戦闘において何が重要だと思う?」
「えっと……パワーとかスピード?」
「そうだな。確かにそれらはある方が良い。だがそれ以上に大切なことがある」
「大切……負けないって気持ちとか!」

 高町なのはという存在は、不屈という言葉を信条としていそうなところがある。
 それはこの世界でもあちらの世界でも変わらない。比較してもいけないと思うが、高町もなのはも根幹はブレない『高町なのは』という人間。変わっていること変わることがある中、変わらないこともあるのだと実感できる言葉だっただけに思わず笑いがこぼれた。

「わ、笑うことじゃん!」
「別にバカにしたわけじゃない。君らしい答えだと思っただけだ」
「そ……そう言われるとそれはそれで何ていうか恥ずかしいかも。それで答えは何なの? 今の言い方からして別のが答えなんだよね?」

 それが理解出来るなら普段あんたにはまだ早いだとか言われることも理解できそうなものだが。
 身近にその手のことを学べる存在は居るはずだし。この世界でも恭弥さんと忍さんはお熱い関係で、士郎さんや桃子さんも未だに新婚みたいな雰囲気出しているんだから。
 まあ今は関係ないので口には出さないでおこう。ただでさえ、高町なのはという存在と俺はどこか噛み合わないところがある。それを抜いても今後の展開が読めないだけに少しでもなのはを鍛えておくべきだ。

「ああ。答えは知性と戦術だ」
「知性と戦術……」
「例を挙げるなら飛行や射撃、空中機動の基礎や応用さ。今までは何気なくやってたかもしれないが、そのへんをきちんと理解してるのとしてないのでは明確に違いが出てくる」
「なるほど……ショウくんって物知りなんだね」

 そりゃあ魔導師歴は10年以上ありますからね。別世界のあなたとは一緒に教導もしてましたし。
 まあ今の俺では口が裂けても言えませんが。だって今の俺は小学3年生。魔法を使い始めて10年以上経ってるなんてどう考えても計算が合わない。

「少なくとも君よりはな。さて時間も惜しいから今は始めるとしよう。レイジングハート、今言ったようなことを高町に教えて欲しいだが異論はあるか?」
『いえ、特に異論はありません』
「なら都合が良い時にイメージトレーニングで教えておいてくれ」
『了解しました』

 なのはの特訓に関わるのはこれくらいで良いだろう。
 きちんと関わった方がまともな魔導師に育つのだろうが、フェイトと戦うことを考えると中途半端に綺麗にまとめるより一点特化にした方が勝機がある。
 それに……あの集束砲撃とかを生み出してもらわなければ今後に響くだろうからな。俺が教えられなくもないが、トラウマを植え付けかねない魔法を教えた人物と称されるようになると思う何か嫌だ。出来れば自分で生み出してほしい。

「よし……そういうわけで解散」
「ありがとうございました……って、ちょっと待って!」
「ん?」
「まだ何か? みたいな顔はおかしくないかな。私まだショウくんから何も教わってないんだけど!?」
「基本的なことはユーノが教えてくれるだろうし、戦闘の基礎はレイジングハートが固めてくれる。まずはそれをしっかりやれ。その成果を見て足りないところがあれば俺が教えるし、分からないこととか疑問がば質問しに来ればいい」

 少々不満そうな顔をしているが、食って掛かって来ないあたり一応納得はしたのだろう。
 やれやれ、関わり方を考えるのも大変だ。
 高町なのはという人間は、感覚で魔法を組める天才肌。時が進んで教導官になる頃には理詰めで組むようになっているだろうが、この頃の彼女には魔法の知識が足りなすぎる。そこに理詰めで魔法を組む俺が関わり過ぎると持ち味を殺しかねない。

「というわけで俺は帰る。ただ最後に言っておくが、くれぐれも無理や無茶なトレーニングはするなよ。平日は学校もあるんだから」

 ★

 高町なのは育成計画。
 そう呼べるほど大それたものではないが、この世界のなのはが特訓を始めてそれなりに時間が経った。
 早朝はユーノとトレーニング、学校ではレイジングハートからイメージトレーニングを受けているだけに順調に成長している。それが俺にも分かるのは、毎日のように疑問に思ったことなどを質問しに来ているからだ。
 放課後はアリサ達の誘いを蹴ってジュエルシードを探している。
 1日のスケジュールを考えると小学生には酷な生活にも思えるが、ウトウトしたりはしていないので睡眠はきちんと取っているのだろう。
 俺の忠告が効いたのならば、ぜひ今後もその調子で続けてもらいたいものだ。

「……さて」

 今日も学校が終わった。これからジュエルシードの捜索が始まる。
 管理局に連絡を入れた割に到着が遅いようにも思えるが、万年人手不足なのだと考えると仕方がないことなのかもしれない。次元震などが起きたならば話は別だが、今はまだ迅速に解決すべき案件は起きていないのだから。
 ジュエルシードの捜索は一度帰って着替えてから行う。そのため自宅に帰ろうと歩いていると、校門の方へ向かう高町達の姿が目に入った。
 そう言えば……あちらの世界ではなのはとアリサの仲が悪くなった時期だった気がする。しかし、この世界では……

「なのはちゃん、今日も一緒に帰れないの?」
「うん、ごめんね」
「別に謝らなくていいわよ。大事な用なんでしょ?」
「うん、まあ……」
「じゃあ仕方ないわ……でも~」

 にや~とアリサの口角が上がった。
 あの顔はどこぞの小狸が人をからかう時に浮かべる面に非常に似ている。

「事情くらい聞かせて欲しいわよね。いつもいつも夜月と一緒に帰ってるみたいだし。いつの間にかあいつのこと名前で呼ぶようになってるし」
「え……えっと、それはその」
「アリサちゃん、あまりそういうのは言わない方が」
「じゃあすずか、あんたは気にならないわけ?」
「それは……気にならないって言ったら嘘になるけど」

 険悪な雰囲気は出ていない。
 だが……何を話しているかは聞こえていないが、これまでに培った経験があるからか別の意味で嫌な空気を感じる。
 出来れば近づきたくない。しかし、奴らは校門付近で立ち止まってる。
 下手に警戒して動きを変えれば、それがかえって怪しまれるわけで……お嬢様方はこういうとき非常に面倒な存在である。他の生徒の近くに居てやり過ごせることを祈ろう。

「というわけでなのは、あんたあいつと何やってるの? もしかして……逢引きとか?」
「逢引き?」
「なのはちゃん、デートのことだよ」
「まあぶっちゃけると、あたしとすずかはあんたがあいつと恭弥さん達みたいにイチャイチャしてるのかって聞きたいわけ」
「なるほど……え? ええぇぇぇぇぇいやいやいやそそそそんなことしてないよ!?」

 顔を真っ赤にして全力で両手を振るなのは。こんなことを思うのは失礼なのだろうが懐かしさを覚える光景だ。
 しかし、あれが10年もすれば絶対零度の笑みに変わると思うと……。子供の頃に彼女をからかうのは得策ではないのかもしれないな。今のまま大きくなってくれた方が可愛げもあるし。

「ショウくんは友達だし! た、確かに最近は一緒に居ることも多いけど、そそそれはその理由があるからであって。別になのはとショウくんはお兄ちゃん達みたいなことはしてないといいますか……」
「一人称の変化に丁寧口調……なのはが主に謙遜するときに見られる特徴ね。すずか、あんたどう思う?」
「アリサちゃんって本当なのはちゃんのこと好きだよね」
「なっ……そそそういうこと聞いてんじゃないわよ! あんたはなのは達のことどう思ってんのかって聞いてんの。そもそも、こんなこと言わなくても分かってんでしょ!」

 今度はアリサの番か。
 正直あの3人の中で1番誰がやばいかと聞かれたらすずかだ。
 一見内気で大人しいようにも見えるが、運動神経はそのへんの男子よりも高い。また時折お前は何かの達人かと言いたくなるほど気配に敏感なところがある。加えて小悪魔じみた一面があるだけに……
 考えるのはやめよう。
 今の俺は小学3年生。小学生の時期は男子よりも女子の方が早熟だ。まあ最近の子供はマセてるので今でも嫉妬染みた視線を浴びたりするが……恋愛をするにしてもまだまだ先のことだ。今はまだやるべきことがあるのだから。

「そして夜月、あんたも何さらっと通り過ぎようとしてんのよ!」
「……ちっ」
「ちょっあんた今舌打ちしたでしょ! あたしと話すのが嫌なわけ?」

 普段のアリサならともかく今のアリサと話すのは普通に嫌だ。
 だって……どう考えても面倒臭い。具体的に言うなら酔っぱらってクロノへの不満を漏らし、その後フェイトとの関係を聞いてくるエイミィくらい面倒臭い。そんな気配がプンプンする。

「まあまあアリサちゃん、夜月くんも別に悪気があったわけじゃないだろうし」
「悪気がないのに舌打ちなんかしないでしょ!」
「そんなことより何か用? 出来れば早く帰りたいんだけど」
「そういうところは平常運転ね! 用がないと話しかけちゃダメなわけ?」

 ダメではないですが、そんな睨みながら言われたらダメだと答えたくなります。だって僕も人間ですから。

「……まあいいわ。こんなことを話したいわけじゃないし。ねぇ夜月、あんたなのはと何やってんのよ? 最近ずいぶん仲良くなったみたいだけど……もしかして」
「君が思ってるようなことはしてないよ。そもそも……高町にそういうのはまだ早いだろ。君や月村とかなら別だろうけど」
「……それもそうね」
「あはは……納得しちゃうんだね。まあ私も納得してるけど」
「そこで納得するなら私が言った時に信じてくれないかな!」

 精一杯の怒気を表現するかのように全身で訴えるなのはだが、からかわれて騒いでいるようにしか見えない。
 だが今の俺は、その光景を騒がしいと思うだけでなく可愛らしいとも思えている。
 大人の精神で子供を見ているからなのか、それとも……純度の高い作り笑顔で他人を威圧する教導官様と比較しているからか。多分どちらかといえば後者だろうな。

「……じゃあ俺はこれで」
「あぁうん。ショウくん、またあとでね」
「そういうこと言うから……」
「え?」
「何でもない。またあとでな」

 アリサ達に早めに解放されることを祈ってるよ。
 ……何か一気に疲れたな。過去のように険悪になるよりはマシなんだろうが、あのテンションに絡まれるのはきつい。家にも騒がしい奴が居るし、そいつの影響で保護者代わりまでおかしな方向に進んでいる気もするし。

「……けどまあ」

 これも目的を果たせたようなものか。
 大きな流れからすれば微々たる変化なのかもしれない。だがそれでも俺の知るなのはとは違う展開だ。それがプラスになっているのならば、俺自身が苦労することは良しとしよう。

「……今夜も頑張りますか」