兄妹の巨人への思い


 

第一章

               兄妹の巨人への思い
 広島東洋カープは二〇一六年に続いて二〇一七年もセリーグを制した、カープをひたすら愛している根室千佳がこのことに狂喜したのは言うまでもない。
 まず家でだ、甲子園での胴上げを観て帰ってきて夕食を食べつつ家族に言った。
「私この日のこと絶対に忘れないから」
「そうか、精々覚えてろ」
 兄の寿は自分の向かい側の席ではしゃぐ妹に憮然とした顔で返した。
「来年は阪神の胴上げを目の前で見せてやるからな」
「あら、言うわね」
「悪いか、しかしな」
「実際にっていうのね」
「来年は兄貴の超変革が実を結ぶ」
 金本監督の若手育成が本領を発揮してというのだ。
「そしてな」
「カープを破ってっていうの」
「阪神が優勝するからな」
「ふうん、じゃあその阪神をね」
 優勝を目指す阪神をとだ、千佳は兄に完全に優勝した直後の喜びと余裕から言った。
「全力で叩き潰してやるから」
「いつもそう言うな、御前」
「お兄ちゃんがいつもそう言うからよ」
「だからか」
「そうよ、阪神が相手でもね」
 それでもと言うのだった。
「負けないわよ」
「そしてクライマックスもな」
「勝つっていうのね」
「そこで雪辱を晴らしてやるからな」
 寿は妹を睨み据えて夕食を貪りながら宣言していた、妹はその兄に悠然とした態度を崩してはいなかった。
 そして学校でもだ、自分の席でこんなことを言っていた。
「いやあ、今年もやったわ」
「ああ、カープな」
「優勝したな」
「見事リーグ制覇したな」
「それはよかったな」
「いや、黒田さんいなくなったけれど」
 それでもと言う千佳だった。
「それでもね」
「やったっていうんだな」
「それも圧倒的な勢いで」
「だから嬉しい」
「そう言うのね」
「二十五年間優勝出来なかったけれど」
 言うまでもなく小学生の千佳が生まれる遥か前からだ。
「それがだからね」
「優勝してな」
「しかも連覇」
「こんな嬉しいことはない」
「そう言うのね」
「思えば長い冬の時代だったわ」
 その生まれる前の頃さえも言う千佳だった。
「やれ長嶋監督だのやれFAだのやれ史上最強打線だのやれ原監督復帰だのやれリーグ三連覇だのね」
「全部巨人絡みじゃない」
 女の子の一人が千佳に突っ込みを入れた。
「そんなに嫌だったの」
「嫌よ、巨人にどれだけ選手を獲られたか」
 そのことを思い出すと、というのだ。生まれる前の話でも。
「その選手で巨人が優勝してきたと思うと」
「じゃあ阪神は?」 
 女の子は千佳にこのチームのことも聞いた。
「いいの?」
「兄貴さんと新井さんね」
「阪神にも獲られてるのに」
「阪神はいいのよ、うちのお兄ちゃんその都度騒ぐけれど」
 FAでいい選手を獲得してその都度来年は阪神が優勝すると騒いでもだ。
「まだいいのよ」
「阪神なら」
「阪神はまだね」
 選手を獲られることは不快でもだ。
「いいのよ、ただね」
「巨人に獲られたら」
「もうね」
 その時はというのだ。 

 

第二章

「いや、自分でもね」
「腹が立って仕方なくて」
「後で呆れる位怒るわ」
「その時は?」
「もう怒りで我を忘れて」
 そうなってというのだ。
「それどころじゃないわ」
「そうよね」
「巨人が優勝したら」
 もっと言えば広島から獲った選手が活躍してだ。
「もうね」
「御前その時怒り過ぎだろ」
「三日間ずっと不機嫌でな」
「話し掛けても何っ!?だしな」
 凄まじく不機嫌で普段は親切な千佳もその時はまさに動物園に入れられたばかりのオランウータンになっているのだ。
「ものを貸してくれるけれどな」
「そこは普段通りにな」
「すげえ剣幕であんた巨人ファンじゃないわよね、だしな」
「何処まで巨人嫌いなんだよ」
「嫌い過ぎでしょ」
「だって巨人嫌いだから」
 そうなる理由は千佳自身が答えた。
「もうね」
「多分だけれど」
 先程とは別の女の子が千佳に聞いた。
「お兄さんも巨人嫌いよね」
「わかるでしょ」
「ああ、やっぱり」
「だって自分には阪神液が流れてるって言ってるのよ」
「阪神液?」
「血とは別に流れてるそうなのよ」
 寿が言うにはだ。
「身体の中にね」
「そうなの」
「黒黄色の縦縞のね」
「それ本当の話?」
「そうじゃないの?お兄ちゃんの頭の中阪神ばっかりだから」
 この言葉に周りの誰もがじゃああんたは?と思ったが千佳本人には今はあえて言うことはしなかった。
「ひょっとしたらね」
「その液が流れてるの」
「そこまで阪神が好きならね」
「巨人は」
「大嫌いよ、若し阪神が巨人に負けたら」
 その時はというと。
「大荒れだから」
「御前と一緒だな」
 男子のクラスメイトの一人が即座に突っ込みを入れた。
「それだと」
「私と?」
「御前もカープ巨人に負けたら荒れるしな」
「だって腹立つから」 
 否定せず居直りで返す千佳だった。
「それはね」
「荒れるのは当然か?」
「巨人に負けることは」
 それはというのだ。
「考えるだけで頭にくるわ」
「お兄さんと一緒だな」
「あそこまでじゃないわよ」
 自分ではこう思っているのだ。
「お兄ちゃん阪神が巨人に負けたら甲子園で観てもお家でテレビで観てもね」
「怒るんだよな」
「それで大荒れになる」
「千佳ちゃんと一緒ね」
「本当に兄妹ね」
「だから私はあそこまでじゃないから」
 やはり自分ではこう思っているのだ。
「お兄ちゃんは勝利祈願であちこちの神社やお寺でお願いして家でも真言とか何か唱えて十字架にお祈りして神様にお願いしてだから」
「宗教滅茶苦茶だな」
「そうよね」
「私そこまでしないから」
 やはり自己認識は変わらない。 

 

第三章

「本当に」
「そうか?」
「千佳ちゃんも一緒じゃない」
「それを言ったら」
「本当に」
「違うわよ、まあカープが優勝してよかったけれどそれとね」
 千佳はここで笑ってだ、クラスメイト達に話した。
「今年は巨人があの有様でね」
「クライマックス出場も危ういな」
「果たしてどうなるか」
「わからないわね」
「十億円かけてあれはよかったわ」
 思う様に勝てていないことはというのだ。
「あのままね」
「負けていろっていうのね」
「来年もこれからも」
「そうだっていうのね」
「そうよ、巨人なんて最下位でいいのよ」
 心から言う千佳だった。
「ずっとね、選手を散々獲って優勝した分ね」
「最下位でいろ」
「負けて負けて負けまくれ」
「そうなれっていうのね」
「そうよ、そして来年もね」
 あらためて言う千佳だった。
「カープ優勝だから」
「いや、阪神だろ」
「そうよね」
「俺達阪神ファンだからな」
「それは賛成出来ないわ」
「私が賛成だからいいの、じゃあ次の授業は体育だけれど」
 授業の話もする千佳だった。
「頑張っていきましょう」
「半ズボンあれよね」
「赤よ」
 千佳の半ズボンの色はというのだ。
「決まってるでしょ」
「やっぱりね」
「私の色は赤よ」
「カープの赤ね」
「このことは変らないから」
 こう言って体育の時もカープと共にある千佳だった、そして体育の時もエルドレッドの投球フォームの真似をしてもいた。
 そのうえでだ、千佳は巨人がBクラスで終わったというニュースを聞いて思わずガッツポーズになって言った。
「やったわね」
「いいニュースだな」
 そのニュースを家で一緒に聴いていた寿はにやりと笑っていた。
「これは」
「そうよね」
 見れば千佳も同じ顔になっている、そのうえでの言葉だ。
「巨人が弱いってね」
「こんないいことはないな」
「弱い巨人、いい言葉よ」
「それは同意するぞ」
「来年もこうなって欲しいわね」
「全くだな」
「あんた達そのことでは意見が一致するわね」
 母は自分の子供達が野球のことで珍しく共同戦線であるのを見て突っ込みを入れた。 

 

第四章

「巨人のことでは」
「だって嫌いだから」
「僕もだよ」
「巨人が負けるならね」
「こんないいことはないじゃない」
「全く、変なことだけ同じなんだから」 
 二人の返事に呆れて返す母だった。
「野球のことでも」
「じゃあお母さん巨人好き?」
 異端かどうかを尋ねる目でだ、千佳は母に尋ねた。
「まさかと思うけれど」
「お母さんも阪神よ」
「じゃあいいじゃない」
「あんた達みたいに嫌いじゃないのよ」 
 巨人がというのだ。
「それで阪神もカープもね」
「私達みたいにはっていうの」
「好きじゃないわよ、どうしてそこまで好きになったのよ」
「だって好きだから」
「理由なんてないよ」
 またしても答えた二人だった。
「自然と好きになったんだよ」
「そうだからね」
「やれやれね、あんた達本当によく似てるわ」
「そう?」
「そうかな」
 千佳も寿もお互いを見て母にいぶかしく声で返した。
「僕千佳とは似てないよ」
「私もよ」
「千佳はカープだから」
「お兄ちゃんは阪神じゃない」
「全然違うよ」
「何処が似てるのよ」
「応援しているチームが違うだけよ」
 母は笑って自分の子供達に答えた。
「それこそね」
「そうかしら」
「それって全然違うと思うけれど」
「それだけが違うっていうのよ」
 母が言うことは千佳のクラスメイトと同じだったが千佳も寿もそれでも自分達はそれぞれ全く違うと思っていた。そうしてそれぞれの贔屓のチームを熱く応援し続けるのだった。まさにその人生を賭けて。


兄妹の巨人への思い   完


                  2017・10・23