赤き巨星のタイタノア


 

第1話 救世主、来たれり

 
前書き
〜主な登場人物〜

日向威流(ひゅうがたける)
 主人公。地球守備軍に所属する、宇宙戦闘機「コスモビートル」のパイロットであり、過去の戦争で活躍した三大英雄の筆頭格。パイロットスーツは赤。終戦直後に出現した「大怪獣」の調査のため、再び宇宙へと飛び出すのだが……。年齢は22歳。

獅乃咲葵(しのざきあおい)
 ヒロインの1人。軍の名門・獅乃咲家当主の娘であり、威流の許婚。自分に辛い顔を見せず、過酷な任務に臨み続ける威流を日々案じている。身長や年齢に反して、豊満な肢体と色香を持つトランジスタグラマー。年齢は16歳。

志波円華(しばまどか)
 ヒロインの1人。地球守備軍に所属する、宇宙戦闘機「コスモビートル」のパイロットであり、過去の戦争で活躍した三大英雄の1人。パイロットスーツは青。獅乃咲家に仕える侍女でもあり、葵のことを妹のように想っている。年齢は22歳。

・ルクレイテ
 ヒロインの1人。かつて怪獣軍団の襲撃を受けた惑星の姫君であり、星の守り神として祀られる主神タイタノアの娘。自分達と大差ない体躯でありながら、怪獣軍団を撃滅した地球守備軍のパイロットを尊敬しており、その筆頭格である威流に憧れを抱いている。年齢は不詳。

武灯竜也(むとうたつや)
 地球守備軍に所属する、宇宙戦闘機「コスモビートル」のパイロットであり、過去の戦争で活躍した三大英雄の1人。パイロットスーツは黄。威流や円華とは同期であり、旧い友人でもある。年齢は25歳。

・タイタノア
 とある惑星で守り神として祀られている、機械仕掛けの巨人。だが、その実態は……。
 

 
 ――地球から遠く離れた、暗黒の海原。ひとたび青い母星を見失えば、自分の居場所など一瞬で分からなくなるような――永遠の闇。
 その無の空間を、3機の宇宙戦闘機「コスモビートル」が駆け抜けていた。赤、青、黄。その三色に分けられた鋼鉄の翼が、巨大な「何か」から逃れるように……この宇宙に、己の軌跡を描いている。

 ――そして。大きく揺らめき、蠢く「何か」の影は。殿(しんがり)を務めていた赤い機体を、執拗に狙っていた。

「くそッ……まさか、こんなッ……!」

 その機体を駆る、若き青年。彼は自分の頭上から、覆い被さるようにこちらを見据える赤い眼光を――「焦燥」に満ちた瞳で見上げていた。
 青い機体と黄色の機体を操る、男女のパイロット達も。殿に迫る死の脅威を前に、悲痛な声を上げる。

『ダメだ! もう持たん、逃げろ威流(たける)ッ!』
『お願い、逃げて威流ッ! 私達のことは、もういいから……!』
「大丈夫、だッ! 絶対助けて見せるから……オレを信じろッ! ――円華(まどか)! 竜也(たつや)ッ!」

 だが、そんな彼らの言葉に耳を貸さず。赤いコスモビートルのパイロットは、操縦桿を切り機体を反転させる。
 眼前に迫る、視界を埋め尽くすほどの影。その脇下をすり抜けるように、赤い機体が流星の軌跡を描く。

(しかし、こんなのさすがに想定外過ぎるぞ……!)

 そして、鮮やかに背後を取り――機体に搭載された、レーザー砲を放つ。灼熱の閃光が一条の輝きとなり、巨大な影に突き刺さった。
 確かな手ごたえを感じさせる、「何か」の呻き声。それを耳にしても、若きパイロットは慢心する暇もなく操縦桿を握り締める。
 その表情は、レーザー砲を命中させた今でも、緊迫感に満ちていた。

 ――その一方で。青い機体と黄色い機体が、巨大な影から逃れるようにバーニアを噴かせていた。仲間達が脱出していく姿を見送り、青年の表情が微かに緩む。

(よし……もう一息で、2人とも離脱できるな! あとはオレがッ……!?)

 ――それが、命取りだったのだろう。遙か彼方へと飛び去る二つの流星を、青年が見送った時。
 ふと彼が顔を上げた先で――巨大な影が、その大顎を開き。

「ま、ずった」

 刹那。宇宙を染め上げんと唸る火炎の嵐が、一瞬にして青年の視界を覆い尽くした。

 彼は反射的に操縦桿を握ると、再び機体の向きを急速に切り替え、回避を試みる。
 ……が、人類の叡智を結集して開発された、最新鋭宇宙戦闘機のポテンシャルを以てしても。

 全てを穿つ火炎放射を、かわし切ることは出来なかった。

「……! あ、あぁあ……!」
「ちっ……ち、くしょうッ……!」

 大破、炎上し。錐揉み飛行で闇の彼方へ消え去っていく、赤いコスモビートル。その光景を目の当たりにした仲間達が、悲痛な声を漏らした。
 黄色い機体に乗る男性パイロットは、口惜しげに歯を食いしばり。青い機体に乗る女性パイロットは、瞼を閉じ現実に目を伏せる。

「そ、んな……! こんな、こんなこと……! お嬢様に、お嬢様になんて報告すればッ……!」

 通信も途絶え、ノイズばかりが響く中。一際強い悲しみの中にいた、女性パイロットの慟哭が――この宇宙に轟いた。

「……威流ゥウゥウッ!」

 だが、その叫びが届くことはなく。
 ――地球守備軍所属、コスモビートル隊パイロットの日向威流(ひゅうがたける)は、この日。

 最後まで、仲間達と共に帰投することはなかった。

 ◇

 ――その頃、時を同じくして。

「……!」

 蒼い長髪を靡かせる、ある1人の少女が。深き森に包まれた祭壇の上で、ハッと顔を上げていた。
 豊かな森と清らかな水で満たされた、この惑星の中で――彼女は天を仰ぎ、翡翠色の瞳を細める。

 やがて、彼女の周囲に控えていた「侍女」達が、どよめきと共に駆け寄って来た。この星の平和と安寧を司る「巫女」の異変に、不穏なものを感じ取ったのである。

「ルクレイテ様!? いかがなされましたか!?」
「まさか、あの大怪獣がついに……!?」

 彼女達は皆、不安げな表情で「巫女」の少女の様子を伺う。もしや、かつてこの星を襲った「災厄」が、再び迫っているのでは――と。

 しかし、その一方。
 ルクレイテと呼ばれた当の「巫女」は……身体の芯から噴き上がるような昂りを、その表情に滲ませていた。

「――来ます、来ますわ。まさか、このような日が来るだなんて……」
「来る……? それは、一体……?」

 互いに顔を見合わせ、困惑の表情を浮かべる「侍女」達。そんな彼女らを一瞥するルクレイテは、期待に満ちた笑みを浮かべ、薄い唇を震わせていた。

「我が星の救世主。そして――我が父の運命を変えし者」
「まさか……!」

 やがて、「巫女」の口から出た言葉に、「侍女」達が目の色を変える。不安から期待へと、感情を塗り替えるように。
 そんな僕達の様子に、満足げに頷きながら。ルクレイテは、満点の星空を見上げ――この星に迫る赤き流星を、仰ぐのだった。

「えぇ。あの蒼き星の戦士――ヒュウガ・タケル様ですわ」

 ――不時着寸前の、大破したコスモビートルを。
 

 

第2話 調査の代償

 ――西暦20XX年。
 外宇宙から襲来した巨大怪獣の軍勢により、地球は滅亡の危機に瀕していた。
 国連はこの未曾有の窮地に対処すべく、世界各国の軍事組織を統合した「地球守備軍」を組織。怪獣軍団から祖国を守るべく集った勇士達が、地球防衛に立ち上がった。

 既存の兵器を容易く跳ね返す宇宙怪獣。その生態を研究し、さらなる強力な兵器を生み出していく守備軍。
 双方は、血を吐きながら戦の道を走り続ける。例えそれが、悲しみの中であるとしても。

 ――そして、本格的な開戦から30年。膠着状態が続いていた戦場に、新風が吹き抜ける。

 日向威流(ひゅうがたける)志波円華(しばまどか)武灯竜也(むとうたつや)。他の追随を許さない3人の天才パイロットが、同時に台頭したのだ。
 パイロット養成機関の同期である彼らは、互いに切磋琢磨して超一流のエースパイロットへと成長。怪獣軍団から地球を救う切り札として、あらゆる戦場を駆け抜けた。

 やがて彼らは、地上から怪獣軍団を駆逐し――地球を救った英雄として讃えられる。侵略者達を宇宙へ追い返した、救世主として。

 だが、1ヶ月前。地球からそう遠くない、ある宙域に――滅びたはずの宇宙怪獣の「影」が確認された。束の間の平和を乱すかのように……再び、未知の生命体が人類の前に現れたのである。
 しかも、シルエットから推定された、その体長は――全長50メートルにも迫る大怪獣だったのだ。15メートル前後のサイズしかなかった、かつての怪獣軍団とは、まるで比較にならない。
 もしこの「影」が、本当に50メートル級の大怪獣であるとして。それが他の怪獣と同様に、地球を侵略する可能性があるのなら。平和を取り戻したはずの地球に、さらに凶悪な侵略者が現れる可能性がある。

 事態を重く見た守備軍上層部は、この件を公表せず――2週間前、「地球近辺のパトロール」という名目でコスモビートル隊を派遣。地球を救った実績のある威流達に、威力偵察を命じた。

 ――しかし。そこで彼らは、自分達の動きを察知していた「大怪獣」の襲撃を受けてしまう。
 そして、偵察に出たコスモビートル隊3名の内、リーダーである威流が撃墜され行方不明となる事態が発生。残る2名は辛うじて離脱に成功したが――守備軍を代表する3大パイロットの筆頭格を欠いた事実は、真相を知るパイロット達や上層部に重くのしかかっている。

 とりわけ――最も近くにいながら、自分達のリーダーを救えなかった円華と竜也は、この結果を深く悔いていた。
 威流の捜索はまだ続いてはいるが、未だ手掛かりすら掴めていない。すでに上層部は彼の生存を絶望視しており、「パトロール中のエンジントラブル」というカバーストーリーによる、事実の隠蔽を図っている。そのため、捜索規模の拡大を熱望している円華と竜也に、圧力を掛けていた。

 ようやく怪獣軍団との戦いが終わり、終戦を宣言し。全世界が復興に向けて動き始めている中で、「大怪獣」の存在が公になれば……守備軍が怪獣軍団を撃滅したことで得た名声に、傷がついてしまうからだ。

 ――上層部にとって地球守備軍は、「宇宙の侵略者から地球を救った英雄」であらねばならないのだから。

 ◇

 ――そして、威流の撃墜から2週間。
 人類が宇宙に進出した、この新時代の東京においても、古風な景観を保ち続けている屋敷の中で。

「……そう、ですか」

 守備軍の名門「獅乃咲家(しのざきけ)」当主・獅乃咲雅(しのざきみやび)は、娘の許嫁である威流の最期を、耳にしていた。
 艶やかな黒髪を纏め上げた、色白の和風美女。端的に彼女の容姿を表現するなら、そのような言葉になる。淡い山吹色の和服に袖を通す彼女は、齢40とは思えぬほどの若々しさであり――美しくも儚げなその貌は、20代後半のようにも伺える。

 一方。その隣に控える彼女の娘・獅乃咲葵(しのざきあおい)は、目を伏せたまま報告を聞いている。
 亜麻色の髪をショートボブに切り揃えている彼女は、16歳という年齢には不相応なほど発育した肢体を、母と同じ山吹色の和服に隠している。母譲りの色白の肌と、侵し難い美貌を持つ彼女は――報告に馳せ参じた侍女と目を合わせず、ただ黙していた。

 そして。この獅乃咲家に仕える侍女にして、守備軍所属のエースパイロットである――志波円華は。頭を床に擦り付け、両手をついたまま、2人に対して頭を垂れていた。
 肩まで伸ばしたセミロングの黒髪と、小麦色に焼けた肌。全体的に筋肉質でありながらも、女性らしいラインを描いたプロポーション。その溌剌とした風貌と男勝りな人柄で、男所帯の守備軍において「エース」の座に登りつめていた彼女も――今となっては、見る影もない。

 ――日向威流は一般家庭の出でありながら、確かな実績と信頼により、獅乃咲の婿としてこの家に招かれていた。次代を継ぐ獅乃咲葵の、許嫁として。
 そんな彼を、獅乃咲に仕える身であり、共に戦うパイロットでありながら。彼を守るどころか、自分達が生還するための犠牲にしてしまった。侍女としてこれほど重大な、主人への裏切りは類を見ない。

「申し訳ございません……! 全ての責任は、彼のそばにいながら何もできず、あまつさえ此度の原因を作ったこの私にあります! 御命令さえあれば、今すぐにでもこの首を――!」
「もう、よい。彼を悼む思いは、皆同じです。これ以上、自分を責めてはなりません」
「しかしっ……当主様……!」

 守備軍の白い軍服に袖を通している円華は、顔を上げるとしきりに「裁き」を乞う。だが、雅は落ち着いた物腰で、穏やかに彼女を諭していた。

「……彼はいずれ、獅乃咲(しのざき)流を継承する武人でした。武人ならば、戦場で果てるのはこの上なき誉れ。何も、悲しむことはないのですよ。あなたも、それは分かっているはずでしょう?」
「……っ……」
「さぁ、行きなさい。あなたは今、後進を育てる教官職であるはず」

 威流に同行していながら、彼を守れなかった円華を、ただの一度も責めることなく。雅はただ、労わるように。

「……死なせたくない、と願うのなら。死なせぬ術を、後世に伝えて差し上げなさい」
「……!」

 長きに渡る侵略者との戦争から、ただ1人生き延びてきた教え子を、旅立たせようとしていた。

「……失礼、します……!」

 もはや円華には、その意を汲む以外に道はない。――自らの想い人(・・・)を見殺しにした、自分には。

(威流……ごめんなさい……! 私、最後まで何も……出来なかった……!)

 立ち上がり、踵を返し。彼女は肩を震わせながらも、涙だけは見せまいと立ち去っていく。婚約者である葵の前で、自分が泣く資格など、ないのだと。

「……よく、頑張りましたね。葵」
「……」

 やがて、円華がこの一室から立ち去った後。雅は隣で目を伏せ続けていた娘に、円華と同じような――優しげな視線を送る。
 母の言葉に堪え切れず、顔を上げた葵は――整っているはずの顔をくしゃくしゃに歪め、押し殺していた悲しみを溢れさせていた。

「……お、母、様ぁっ……!」
「立派よ。あなたは、立派に耐えた。獅乃咲の家に相応しい、子女になりましたね」

 由緒正しき武家である獅乃咲。その一族に名を連ねる者として、いかなる時でも気丈でいなければならない。
 その重圧と、愛する青年を喪った悲しみに耐え忍び、「獅乃咲の娘」であり続けてきた彼女は。ここが「公の場」でなくなった瞬間、ただの少女としての自分をさらけ出していた。

「あ、あぁあ……あぁぅあんっ! 威流、様……威流様ぁああ……!」
「……」

 母の胸に飛び込み、咽び泣く葵。そんな娘を、労わるように抱きしめながら――雅は宇宙に消えた威流を探すように、天を仰いだ。

(戦争が終わり、ようやく世に平和が戻りかけたというのに……。天はまだ、試練を課すと言うのですか)

 長きに渡る宇宙怪獣との戦争は、この地球からあらゆる命を奪い去った。戦える男の過半数は戦場に散り、女子供まで戦いに出向かねばならない暗黒の時代。
 それがようやく終わりを迎え、この星が平和な未来に歩み出そうとした――矢先。人類の勝利の立役者であり、英雄である彼が、このような結末を迎えるなど。

 彼の義母であり、師である雅は。容易く、受け入れることができずにいた。
 ――もしかしたら。今も彼はどこかで、生きているのではないか……と。

 ◇

 発足から30年を経た地球守備軍は、宇宙怪獣との激戦により戦力の過半数を失った。その穴を埋めるべく、現在では新兵の育成に力が注がれている。

「どうした、お前ら。そんなもんで、本当に前線に行けるとでも思うのか?」

 ――だが。三大エースの1人、武灯竜也の訓練は日に日に苛烈さを増し。あまりの厳しさに膝を折る若手パイロットが後を絶たない状況となっていた。
 軍の教科書に名を残すほどの英雄。その人物が自ら教鞭を執ると聞き、当初は大勢の若獅子が詰め掛けたのだが……今となっては、彼の指導について行っている新兵は、当初の2割しかいない。

 訓練を終えた竜也の前には、死人のような表情の新兵達が、死屍累々と倒れ伏している。そんな彼らを見渡す竜也の眼は、怪獣の牙さえ穿つ鋭さを持っていた。
 黄色いパイロットスーツを内側から押し上げる、筋骨逞しい肉体。荒々しく逆立った黒髪。肉食獣の如き、獰猛な顔付き。
 そんな外見に違わず――否、それ以上(・・・・)に苛烈なシゴキを目の当たりにして、隣に控える副官は完全に萎縮していた。

「む、武灯教官……さすがに新兵相手にこれは……」
「あぁ?」
「い、いえ、その……」
「……こんなの、序の口ですらねぇんだぞ。本当の戦場ってのはな……!」

 副官や、他の教官達が思うように。竜也の指導は新兵に対するものとしては余りに厳しく、鍛える前に壊してしまうような内容であった。

 ――だが、竜也自身もそれを自覚していながら。自らの不甲斐なさゆえに、かけがえのない「戦友」を失ったことへの自責をぬぐい切れずにいた。
 そしてそれゆえに、訓練の手を緩められずにいるのだ。もう2度と、誰も死なせないように。

「……?」
「……ちっ、もういい。さっさとあいつら叩き起こして、明日に備えさせろ。明日のシゴきは、こんな優しいもんじゃねぇからな!」
「は、はひぃっ!」

 自らの非力さへの怒り。自分が認めた、唯一無二の親友への想い。それら全てを胸の内に抱え込みながら、竜也は副官を怒鳴り散らしていた。
 救世の英雄に怒号を浴びせられた副官は、顔面蒼白になりながら新兵達に駆け寄っていく。

「くそったれっ……」

 ――自分はそんな彼のように、傷付いた仲間を助けることが出来なかった。副官の背を見送る竜也は、そんな自分の非力さを呪うように舌打ちすると――満天の星空を仰いだ。

(……威流。あの世から、恨んでくれてかまわねぇぜ。お前の弔い合戦すら、上は許しちゃくれねぇんだから
な)

 まるで、天へ召された親友の無念を悼むように。

 ……だが、彼はまだ知らなかった。

 日向威流が辿っていた、数奇な運命を。
 

 

第3話 神代の巫女

『――お目覚めください。どうか、お目覚めください』

 ――目の前を覆い尽くした灼熱の炎。骨まで焼き尽くすような、その熱気に煽られ気を失った、あの瞬間から……どれほどの時が過ぎたのか。
 夢か現か。天国か地獄か。今いる場所も時間も自分自身さえも、何もかも見失い掛けるほどの深いまどろみ。

(……誰、だ……なんで、オレは……)

 その闇の中から、誘い出すような「声」に。「大怪獣」に撃墜されたはずの日向威流は、己の意識を引き戻されようとしていた。

『我が救世主よ。どうか、お目覚めください。この星の……宇宙の未来の為にも……』
(救世主……? 何の話だ、オレはそんなんじゃ……)
『……そして。貴方を愛する、あの少女の為にも』
(……ッ!?)

 ――やがて、頭の中に響く「声」に導かれるまま。威流は脳裏に、葵の貌を思い浮かべ。

「はっ……!?」

 覚醒と共に、その身を起こすのだった。
 ――薄暗く、あちこちに蔦が張っている怪しげな祭壇。その中央にある壇上の上にいた彼は……辺りを見渡し、見知らぬ景色に困惑している。蔦や苔が無数に生えた石造りの建造物であるらしく、さながら神殿のような景観だ。

「こ、ここは……!?」

 だが、彼が動揺している理由はそれだけではない。宇宙戦闘機を駆り、獰猛な宇宙怪獣達と渡り合ってきた威流が、柄にもなくたじろいでいる理由は――壇上を囲うように跪き、こちらを凝視している大勢の女性達にあった。
 古代ローマのような袈裟懸けの布だけを纏う、扇情的な姿の彼女達は……まず明らかに、威流とは違う文明に生きている。

「あぁ、あ……お、お目覚めになられましたわ!」
「すごい……あの凛々しき眼差し、やはり本物……!」
「天の使徒が、本当にこの星に舞い降りるなんて……!」

 その数、およそ500人。髪や肌、目の色など、様々な点で異なる女性達が、目覚めたばかりの威流を見上げながら大きくざわついていた。――中には、おおよそ地球人類からは懸け離れた容姿の女性もいる。

(……この人達は、一体……!? オレは確か、あの怪獣に撃ち落とされたはずじゃあ……!)

 そんな異様な光景に、息を呑み。威流は、自分を包囲している女性達を見下ろす。彼と視線を交わした彼女達もまた、緊張した面持ちとなっていた。

「あ、あの……救世主様……! もしや、まだどこかお怪我を……!?」
「傷は完治したという話ではなかったのですか?」
「ル、ルクレイテ様のお力で、救世主様の傷は癒えているはずです!」
「もしや墜落のショックで、脳に何らかの障害が……!?」

 なかなか威流が立ち上がらないことに、狼狽する女性達。一方威流は、彼女達の言葉を耳にして、目覚める直前に聞こえた「声」のことを思い返していた。

(救世主……さっきの声も、オレを救世主と呼んでいたな。それに、彼女達が言っている墜落ってのは……やはり、オレが墜ちたことに間違いはないのか。じゃあ、この人達は……?)

 自分の頭の中に入り込んできた「声」。その実態を探るように、威流は女性達に声を掛ける。そんな彼に女性達は、まるで天上の存在に話し掛けられたかのように惚けていた。

「……あなた達が、オレを助けてくれたのか? ここは一体……」
「――! きゅ、救世主様がお声を……!」
「想像よりずっと凛々しい声……! はぁ、まさか生きているうちに救世主様のお声を聴けるだなんて……!」
「……」

 だが、自分を「救世主」と崇める女性達の目を見て、威流は口を噤んでしまった。身に覚えのない称賛を浴びせられているようで、なんとも気味が悪い。
 そんな理解不能な状況に、彼が頭を悩ませていた――その時だった。

『お目覚めになられたのですね。――我が救世主よ』

 あの「声」が直接、脳内に響いてきたのである。先ほどまでのようなまどろみの中とは違い、意識がはっきりとしている今の状態で。

「――!」

 それを認識した瞬間、威流は咄嗟に立ち上がり腰のホルスターに手を伸ばす。赤を基調とする彼のパイロットスーツには、光線銃(レイガン)が備え付けられているのだ。
 ――だが、その得物を引き抜く寸前。彼は居合の構えのように静止し、武器の使用を踏み留めた。

 彼の周囲にいる女性達は全員丸腰であり、言動こそ奇妙であるものの敵対する気配は全く感じられない。そんな民間人同然の彼女達の前で、物騒なモノを持ち出すわけにはいかないと、彼の良心が異議を唱えたのである。
 ――例え常識はずれの異世界にいようと、自分は弱きを助け強きを挫く守備軍の兵士。状況を問わず、そう在らんとする威流自身の意思が、その手を止めたのである。

「さっきからずっとオレを呼んでいた声……! 誰だ!? 一体どこから……!」
「……ルクレイテ様のテレパシーですわ、救世主様。私達はここでずっと、貴方様のお目覚めを待ち侘びておりました」
「テレパシーだって……!?」
「救世主様がお目覚めになり次第、ルクレイテ様の元まで御案内することが我々の務め。――さぁ、こちらへ。身体に、何か不自由はありますか?」
「あ、いや……大丈夫だ、ありがとう」

 ――だが、光線銃までは出さないものの、警戒心を露わにし続けている威流に対して。先頭に踏み出し、彼に声を掛ける1人の女性は、実に落ち着いた物腰であった。
 どうやら彼女達の筆頭格であるらしく、騒ぎ立っている他の女性達とは雰囲気が大きく異なっている。深緑の長髪をポニーテールに纏め、眼鏡をかけた怜悧な容姿を持つ彼女は、威流を案内するように歩み出した。

「し、神官長……もう行かれるのですか? 救世主様はお目覚めになられたばかりですのに……」
「……ルクレイテ様の元へお連れするのが、至上命令です。何か不都合でもあるのですか?」
「い、いえ全く! その通りです、失礼しました!」

 そんな彼女が「ルクレイテ」と呼ばれる者のところへ威流を案内しようとする中。周囲の女性達が騒ぎ立てるが――「神官長」と称される彼女のひと睨みにより、一瞬で萎縮してしまう。

「……さぁ、どうぞこちらへ」
「あ、あぁ……」

 そんな彼女の眼力に、妹分の許嫁が持っていた気迫を重ねて。威流は彼女の後ろに続くように、この「祭壇」を後にするのだった。

 ◇

 ――石畳が敷かれた神殿の廊下。その道を歩みながら、神官長は背を向けたまま静かに口を開く。彼女は道中、威流にこの星の文明を語っていた。

「……先ほどは、神官達が大変失礼しました。後できつく灸を据えて置きますゆえ、何卒ご容赦を」
「いや……いいよ、別に。事情は全くわからないが……助けてくれたのは間違いないみたいだしな」
「寛大な御心に、感謝致します」

 どうやらあの女性達は、この神殿に仕える「神官」であるらしい。通りがかった庭にも、数人の同じ格好の女性達の姿が伺える。
 ――これらの状況から威流は、自分が見知らぬ惑星に不時着している事実に辿り着いていた。それだけに、地球に近しい文明を持っている彼女達に驚嘆しているのである。

(光線銃もそのまま……か。それだけ信頼されてるのか、歯牙にも掛けられていないのか、そもそも銃というものを知らないのか……)

 だが、まだこの星のことについてはわからないことばかりであり。場合によっては、地球に帰れないことも覚悟せねばならない。
 その可能性に、冷や汗をかきつつ。威流は一つでも多くの情報を得るべく、神官長に問い掛ける。

「……でも、君達のことも出来ればちゃんと知りたいんだ。そのルクレイテっていう人に会ったら、聞かせてもらえるんだろう?」
「えぇ、もちろんです。――こちらが、ルクレイテ様のおわす部屋ですわ」

 そんな彼の意を汲むように、頷きつつ。神官長は突き当たりにある大きな扉へ彼を導いた。
 蔦に絡まれ、苔に塗れながらも、荘厳な装飾を保ち続けているその扉を前に――威流は息を飲む。これまでもそうだったが、この先はそれ以上に「未知の領域」なのだから。

(……この星を司る神の娘にして、その審判を代行する巫女……か。事実上、この星の最高権力者ってことだよな)
「ルクレイテ様。我らの救世主様がお目覚めになりました。今、こちらにおわします」

 やがて。その扉を叩き、神官長が声を掛ける瞬間。

「――わかりました。お通しなさい」
「畏まりました」

 頭の中――ではなく、扉の向こうから、あの「声」が響いてきた。つまり、この先に「声」の主がいることになる。

「……!」

 その現象に威流が目を見張る瞬間。ひとりでに扉が開かれ――彼はようやく、「声」の主との対面を果たすのだった。

「ようこそ、我が星へ。私が主神タイタノアの代行にして、その娘――ルクレイテです」

 他の神官達と近しくも、何処と無く高貴さを漂わせる衣装。それを見に包む、蒼い髪の美少女が――その翡翠色の瞳で、威流の眼を見据えていた。

「どうぞ、お見知り置きを。……ヒュウガ・タケル様」
「……あぁ」

 整然とした一室に佇む、その少女と対面し――威流はスゥッと眼を細める。この先に待ち受けるであろう「真実」に、身構えるように。

 ――そんな彼の胸中には。母星に残してきた許嫁との思い出が過っていた。帰らなければならない、あの場所での。
 

 

第4話 残された思い出

 ――3週間前。

 獅乃咲家の敷地内である道場の中で……日向威流は、獅乃咲流空手の鍛錬に励んでいた。艶やかな黒髪を短く切り揃えた、精悍な顔立ちの青年が、白い道着に袖を通し拳を振るっている。
 戦場を制する精強な魂は、精強な肉体に宿る――という獅乃咲の教えの下。彼はパイロットでありながら、こうして空手の稽古に精を出しているのだ。

「ハッ、トァッ!」

 覇気の籠もった叫びと共に、拳が空を切る。その貌は戦場にいる時と変わらない、毅然とした色を湛えていた。

「……ハァアァアッ!」

 やがて。彼は高く跳び上がると――目前の瓦を狙い。鋭い手刀を振り下ろした。

獅乃咲流(しのざきりゅう)――『兜両断閃(かぶとりょうだんせん)』ッ!」

 決着を告げるその叫びと共に――50段に積み上げられた瓦の塔が、一瞬にして両断された。激しい衝撃音と共に離散していく破片が、その威力を物語っている。

「……フゥッ」

 獅乃咲流に伝わる奥義。その一つを放った彼は、額の汗を拭うと踵を返す。
 ――既に外は夕暮れ時を迎えている。今日の鍛錬は、ここまでだ。

「威流様!」

 すると。道場を去ろうとしていた威流の前に、和服姿の少女が慌ただしく駆け込んできた。
 妹のように可愛がっている許嫁の登場に、威流の表情が柔らかいものに変わっていく。

「んっ? ――あぁ、お帰り葵。今日はえらく早かったんだな。友達と一緒じゃなかったのか?」
「威流様、本当なのですか!? 来週、新たな怪獣が目撃されたと言う宙域の調査隊に加わるというのは……!」
「え……もうそれ聞いたのか? ……さては雅先生だな。お喋りな人なんだから、全く」

 だが、公にされていないはずの任務について言及されたことで、再び仏頂面に戻ってしまう。そんな彼に、許嫁は縋り付くように駆け寄ると、汗で手が汚れることも厭わずに道着を握り締めた。
 戦争が終わりかけた矢先に、愛する男が再び死地に赴こうというのだ。しかも、自分には内緒で。そんなことを知った以上、許嫁は――葵は、居ても立っても居られなかったのである。

「ど、どうかお辞めになってください! せっかくこの地球上から怪獣が殲滅され、平和が戻ったばかりだというのに! 守備軍は一体、何をお考えでっ……!」
「……戻ったばかり、だからかな。戦勝ムードで盛り上がってるって時に水を差されるわけにもいかないし……何より、勝利宣言した後にこの件が明らかになったら、軍部のメンツに関わる」
「しかし……! だからと言って、威流様が行かなくてはならない理由にはっ!」
「上は、この件がバレる前に早々に処理したいんだろうよ。だから見つけ次第、すぐ撃破するためにオレ達を選んだんだ」

 威流はそんな彼女を宥めるように、優しく肩を撫でる。普段なら、彼に触れられたことで気を良くして、言うことを聞いてしまうところであるが……今回ばかりは、引き下がるわけにはいかなかった。
 今回の任務には「未知の大怪獣」という、かつてない危険が伴うのだから。

「……地球に襲来してきた奴らより、遥かに巨大な宇宙大怪獣。もし本当にそんな奴がいるのなら、いずれにせよ人類の脅威になる。オレ達が行かないと、この星のみんなが危ないんだ」
「でもっ……でも!」
「心配ないさ。今までだって、危険な任務はいくらでもあった。……それを乗り越えてきたオレ達だからこそ、この任務に選ばれたんだ」
「……威流様」
「だから安心して、いつも通りにここで待っててくれよ。ちゃんと帰ってくるからさ」
「……」

 ――そんな彼女の思案をよそに。威流は葵を不安にさせまいと、「なんてことない」ように明るく振舞っていた。此の期に及んで、自分を子供扱いする威流の対応に――葵は苛立ちを募らせる。

(……威流様は、いつもそうやって、何でもないことのように振舞われて……! いつだって、過酷な戦いばかりだったのに! 私の前では、辛い顔一つお見せにならない……! そんなにも私は、子供だと言うのですか!)

 それが暴発するまでに、そう時間は掛からなかった。かつてないほどに危険な任務であるはずなのに、決してあるはずの不安を口にしない彼に。絶対に自分に寄りかからない彼に。
 ――葵は「妻になる者」としての憤りを、噴き出した。

「……しは……では……せんっ……」
「葵……?」
「……私はっ! もう、子供ではありませんっ!」

 道着の襟を掴み、自らの体を寄せる。衣服越しに密着し、豊かな胸が逞しい胸板に押し潰されていく。
 自分の和服が威流の汗で汚れることなど、気にもとめず。彼女は決して逃がさないと言わんばかりに、彼に迫り出した。

「どうしても行かれると仰るのであれば……さ、先に! 世継ぎを残して頂かなくてはなりません!」
「ど、どうしたんだ急に。世継ぎって……んな大袈裟な」

 その鬼気迫る貌と、歳不相応な色香に圧倒されつつ。威流は取り繕うように笑い、再び宥めようとする。
 だが――彼の瞳を射抜く葵は、その誤魔化しを許さない。

「……大袈裟なものですか。私は、知っているのですよ。今まで、貴方が参加されてきた作戦全てが……決死隊にも等しい修羅場だったことくらい」
「……!」
「今度も大丈夫、いつものこと。――威流様はいつだって、私の前ではそんな悠長なことばかり仰る! 何もできず、ただ座して結果を待つしかない私のことなど、気にも留めずっ!」

 ――いつしか。彼女の頬には、雫が伝っていた。
 愛する男を、幾度となく失いかける不安と恐怖。自分がその只中で苦しむ中、当の本人は胸中にあるはずの恐れなど微塵も見せず、気遣うように微笑み続ける。
 そんな日々が、彼女に突きつけた無力感が……今こうして、彼女の涙を誘っているのだ。

「私は……私は、好きでこの家の娘に生まれたのではありません! 私だって、本当は……戦いたかった! 大切な人と、苦楽を分かち合って生きて行きたかった! こんな、こんな大変な時に、何もできない体なんてっ……!」
「葵……」
「……私も、もう16です。そうやっていつまでも、幼子のように可愛がられるような歳ではありません! どうしても、戦地に赴かれるのであれば……私も許婚として、伴侶として……その務めを、今果たしますっ!」

 止めどなく溢れる、激情の濁流。その勢いにさらわれるように、彼女は威流の手を掴むと、その掌を自分の胸に押し付けた。

「んっ……!」
「お、おい葵!」

 着物の中を通し、直に触れる葵の肌。その柔らかさと、雄の本能を刺激する彼女の色香にたじろぎつつも――威流は理性を以て、彼女を止めようとする。
 だが、葵の強い眼差しが「止めないで」と訴えているようだった。

「な、何を慌てることがありましょう。私は、貴方の許婚。これくらい当然……んぅっ!」
「ちょっ……」
「あぁ、はぁっ……!」

 そうこうしているうちに、胸元を肌蹴た葵は、円を描くように威流の掌を誘導する。
 ――柔肌の先に伝わる、力強い男の掌。それを直に感じて、未だに男を知らない葵は甘い息を漏らしていた。

(甘くて、温かくて、切なくて……これが、これが……)

 気づけば彼女の肢体は、鍛錬を終えたばかりの威流より汗ばんでいる。このまま、感情の赴くままに流されてしまえば……自分はどうなってしまうのだろう。
 そこから先への不安と期待が、彼女の胸中を席巻した――その時。

「――何をしているのですか?」

 冷や水を掛けるような声とともに。道場の空気が、一瞬で凍りつく。

「――っ!?」

 我に帰った2人が、声の方向へ振り返った先では――当主である獅乃咲雅が、冷ややかな眼差しでこちらを見据えていた。

「あ、あぁ……お、母様……」
「……全く。いくら不安だからといって、それは無謀にも程がありますよ。獅乃咲の娘として、慎みが足りません」
「し、失礼、しましたっ!」

 花も恥じらう年頃の乙女が、実の母に最も見られたくない瞬間を見られた。その衝撃は、武家の娘として気丈に育てられてきた葵ですらも、一瞬で赤面させてしまう。
 彼女は耳まで真っ赤に染め上げながら、慌てて乱れた和服を直すと、そそくさと道場から逃げ出してしまった。威流は咄嗟に呼び止めようと手を伸ばすが――雅の視線が持つ強制力に、阻まれてしまう。

「あっ、葵……!」
「――貴方も貴方ですよ、威流。16とはいえ、葵はまだまだ子供です。正式に貴方と結ばれる日までは、こういったことは謹んで頂かなくては」
「……あはは……」

 16歳とは思えないほどの妖艶な身体に、思わず息を飲んでしまった。幼い頃から知っている、妹のような娘に。……そんな自分の節操のなさを恥じるように、威流は頭を掻く。

「……でも、雅先生も口が軽いですよ。葵には黙っとくつもりだったのに」
「そろそろあの子も、祝言の日を意識する年頃ですから。貴方の任務について、よく知っておく必要があります」
「……」

 そんな彼を見つめる雅の眼は、次第に「厳しさ」から「優しさ」へと、その色を変えていく。彼女も、1週間後に控えた特別任務の件で気を揉んでいるのだ。

「……かつてない危険な任務、となりますね」
「でかい怪獣ってことは、それだけ的も大きいということ。……やりようならあります」
「えぇ……私も、そう願います」

 そんな彼女に対し、威流は誤魔化しの笑みではなく、真剣な面持ちでそう答えてみせる。
 ――だが、雅の表情に滲む曇りは、晴れない。守備軍の高官であり、歴戦の武官でもある彼女は、威流以上に理解しているからだ。今回の任務は、これまでの戦いとは桁違いに危険なのだと。

「……必ず。無事に帰って来てくださると」
「はは、なんですか雅先生まで。……大丈夫ですよ。任務が終われば、その足ですぐにここに帰って来ます」
「えぇ……あの子と2人で、待っていますからね」

 武家の者としての「第六感」が告げる、不穏な未来。それを勇ましく笑い飛ばす威流の横顔を、彼女は物憂つげに見つめていた。

「……」

 ――そして、それから1週間後。
 威流は調査宙域に出没した「大怪獣」の火炎放射により、自機を撃破され行方不明となった。
 彼女の懸念は、予想し得る最悪の形で――実現してしまったのである。

 だが。彼女は、威流が消息を絶ってから2週間が過ぎた今も、彼の戦死を認めずにいた。
 上層部が「民衆に事態を悟られないためにも、早々に葬儀を挙げるべき」と主張する中で――彼女はただ1人、高官の身でありながら威流の死亡認定に反対し続けている。

 ――それもまた。数多の死線を潜り抜けてきた武人だけが持つ、「第六感」に基づく姿勢であった。 

 

第5話 救世の秘術

 ――その頃。威流は地球から遠く離れたこの星で、平和を司るという巫女と対面していた。

 この惑星は地球に近しい文明を持ちながらも、地球と比べて「人類」そのものの数が著しく少ないため、乱開発や環境破壊がほとんど起きなかった。そのため、森や湖のような自然に溢れる景色が地平線の彼方まで続いている。

 ――その惑星の平和を司る巫女にして、神官達を束ねる長であるルクレイテと対面し、威流は毅然とした表情を浮かべていた。

「聴きたいことは山ほどある……と、仰しゃっている顔ですね」
「心を読んだ……ってわけじゃないのか」
「救世主たる貴方に、こう申し上げるのは心苦しいことではありますが……あなたの心は、読むまでもありませんから」
「……悪かったな、顔に出やすくて」
「その裏表のない真っ直ぐさは、美徳ですわ。遅くなりましたが……ようこそ、この惑星へ」

 何処と無く訝しげに見遣る威流に対し、ルクレイテはそんな彼の胸中を見透かした上で、快く迎え入れる姿勢を見せる。そんな彼女が発した言葉に反応し、威流は眉をピクリと動かした。

「さて……ではまず、私達のことをお話ししましょう。私達は……そう、貴方達から見れば『宇宙人』に当たる人類です」
「宇宙人……ね」
「……驚かれないのですね。私達はこの星に不時着された貴方を前に、大騒ぎだったというのに」
「宇宙怪獣、なんてものがウチの星にも来てるんだ。今さら宇宙人が居たって何も驚かないさ」
「ふふっ……それもそうですね」

 地球人の理解を超えているはずの、自分達という存在を目の当たりにしても、恐れる気持ちを全く見せない威流。そんな彼の貌を見つめ、ルクレイテは穏やかな微笑を送っていた。

「……さっきの人達も君も、オレのことを『救世主』って呼んでたな。よその星の人達から、そう呼ばれるようなことをした覚えがないんだが」
「本当に、そうですか?」
「なに……?」
「宇宙怪獣の群れから、貴方が救ったのは――地球人類だけ(・・)だと、本当にお思いですか?」
「……!」

 ――やがて。ルクレイテは威流の眼を見据えて、穏やかな口調で語り始める。この惑星の歴史、そして威流を「救世主」と崇める……その理由を。

「2年前……この星は、あの怪獣軍団の侵略を受けました。我々も軍を率いて立ち向かいましたが……敗走を繰り返し、戦える男性のほとんどが戦死しました」
「……だからみんな、女性ばかりだったのか。戦争のせいで戦いができる男が少ないってのは、地球でも一緒だな」
「えぇ……。そして、残った我々も奴らの餌食になろうとしていた……その時でした。怪獣軍団はある日突然、侵略先を変えたのです」
「……!」
「この星の有用な資源を食い荒らした奴らは、より潤沢な資源に溢れる地球を見つけた。……それにより怪獣軍団はこの星を去り、次に地球を目指したのです」
「……」
「戦う力を失い、もはや座して死を待つだけとなった我々より……多くの命と自然に溢れた地球の方が、奴らの目を引いたのでしょう。結果として我々は命拾いしましたが……代わりに、今度は貴方達地球人が、奴らの脅威に晒されてしまった」

 ルクレイテは悲痛な面持ちで目を伏せると、踵を返して背を向ける。自分達には合わせる顔も、償う術もないのだと――語るように。
 自分達が負けたばかりに、大勢の地球人が犠牲になったと己を責める彼女。その背中を、威流は神妙に見つめていた。

「そんな私達にとって……怪獣達を撃滅し、この星からも地球からも奴らを追い払ってしまわれた貴方という存在は、まさに救世主だったのです。我々は貴方を天の使徒と崇め……奉りました」
「……それでここの人達はみんな、オレを慕っていたのか。だが宇宙怪獣を退治して来れたのは、オレだけの力じゃない。オレ達地球人の戦いを知ってるのなら、君にもわかっているはずだ」
「確かに、地球の軍勢――『地球守備軍』の戦士は、貴方1人ではありません。ですがその中で、先陣を切り我々の仇を討って下さったのは、紛れもなく貴方でした。それに、守備軍の中においても、貴方は英雄だった……違いますか?」

 ――どうやらルクレイテは自身の超能力により、地球で起きた戦いや地球人の文明について把握しているらしい。
 彼女は振り返ると、威流の瞳をじっと見つめる。その目を通して、彼の過去を見通すように。

「……確かに、そう言う人もたくさんいる。だけどみんな、オレを買い被ってるだけさ」
「そう思っているのはこの星から見ても、地球から見ても――きっと、貴方だけですわ」
「……仮に、仮にだ。オレが君達にとっての救世主だとしても、その期待に応えることは……できない。オレのコスモビートルはもう……」
「確かに、貴方が搭乗していた機体は大破しています。我々には傷を癒す力はあっても、あのような機械を修理する技術はありません……」

 ルクレイテは自室の窓に歩み寄ると、そこから下を見下ろし――森林の中で眠るコスモビートルの機体に、視線を落とした。赤く塗装された宇宙戦闘機は無惨に両翼をもがれ、原型をとどめぬほどにひしゃげている。
 意識が混濁している状態で不時着を敢行し、乗機にこれほどのダメージを受けても、一命を取り留めたのは奇跡と言っていい。だが、彼女達の技術ではコスモビートルの修理はできない。つまり現状のままでは、威流は地球に帰れないことになる。

「……ですが。我が一族の秘術を持ってすれば、あの大怪獣を打ち倒し――貴方を地球に帰すことも可能なのです」
「な、なに……!?」

 ――しかし。ルクレイテはその現状を打ち破る手段を、すでに考えていた。威流を地球に帰すだけでなく、彼を撃墜したあの「大怪獣」を倒す方法まであると語る彼女の言葉に、威流は思わず目を見張る。

「しかしそれは、貴方のお力添えがなくては決して成り立たない。……貴方自身のためにも、どうか……今一度、我が星に御慈悲を……」
「……」

 それを提示した上で。ルクレイテは改めてこの惑星の民を代表し、威流の助力を求めて頭を垂れる。
 そんな彼女の姿勢を前に、威流は――怪獣軍団に敗れた先にあった「IF」を垣間見るのだった。

(怪獣軍団に荒らされた星……か。もしかしたら地球も、ここみたいにされていたのかも知れないんだよな)

 やがて。彼は何も言わず、ただ静かに己の手を差し出した。友好と協力の証として、握手を求めるように。
 そんな威流が示した「意思」に、ルクレイテは感極まった表情を浮かべ、白くか細い手で、威流の逞しい手を取る。
 そして――数多の怪獣を撃ち倒し、地球と母星の危機を救った英雄に、直に触れた彼女は。今ある感触を身体の芯まで染み込ませようと、その手を擦り付けていた。

「……」
「……ありがとうございます。救世主たる貴方に、このような無理を強いてしまうのは心苦しい限りですが……あの大怪獣を倒さねば、さらに犠牲者が増えてしまいます。それは我々だけでなく、貴方にとっても……望ましくないことであるはず」
「……どの道、他にアテはないんだ。同じ苦しみを味わわされた者同士、仲良く反撃に出るとしよう」
「……この星の民を代表して。深く、感謝致します」

 ルクレイテは名残惜しげに手を離すと、凛々しい面持ちで威流と顔を突き合わせる。戦に敗れた罪を告げた上で、最大の当事者である彼からの赦しを得たことで。彼女はようやく、威流と真正面から向き合うに至ったのだ。

「それで……その秘術ってのは一体なんなんだ? オレは何をしたら……」
「難しいことではありません。ただ、会って頂きたいのです」
「誰と?」

 そんな彼女の変化に、微笑を浮かべつつ。威流はルクレイテが話していた「秘術」について問いかける。それに深く頷く彼女は、神妙な面持ちになると――

「我が父――主神タイタノアです」

 ――その「秘術」の実態を、口にするのだった。
 

 

第6話 赤き虚勢のタイタノア

 ――神代の巫女ルクレイテと、その従者である神官達が暮らす大神殿。そこから森に包まれた丘を登った先には、古くからこの星に鎮座している「巨神像」を祀る聖域があるという。

 ルクレイテにより、その聖堂に導かれた威流は――色鮮やかな野花に彩られた、小さな草原にたどり着き。その中央に座している巨人の像と対面していた。

「……これが……君の、お父さん?」
「えぇ。私の父にして、この星の平和を司る――主神タイタノア。敗戦を重ねたこの星の民にとっての、最後の拠り所です」

 ――だが、その姿は単に「巨人」と呼ぶには、あまりにも物々しい。
 赤を基調とする全身の関節各部は、金色の胸当てやプロテクターで覆われており。白銀の鉄仮面の頭頂でぎらついているトサカや、翡翠色のバイザー部分からは、「人間」とは程遠い何か――という印象を与えていた。
 巨人……というよりは。科学が発達したこの時代においても空想の産物でしかない「ロボット」を想起させる外見なのだ。

(……ロボット、にしか見えないが……。とすると、この子も本当は……?)

 この機械巨人を「父」と呼ぶルクレイテに、威流は視線を移す。「巨人」から「人間」が産まれた……とは常識的(・・・)には考えにくい。
 だが相手は、存在そのものが超常的である異星人。地球の科学では解明できない現象の一つや二つ、あって然るべきだろう。

「……貴方が想像しておられる『ロボット』とは、異なりますわ。確かに見掛けはヒトのそれとは違いますし、太古の機械技術も使われている体ですが……内部器官は私達と大差ないのですよ」
「……! じゃあ、サイボーグの巨人……と言う方が近いのかな」
「えぇ。……でなくては、私も『ロボット』になってしまいますから」
「そうだな……ところでさ。そろそろ心を読むの、やめて欲しいんだけど」
「貴方のことを、よく知りたいのです。私だって、貴方の――そう、『大ファン』なのですから」

 だが、ルクレイテは父や自身が「ロボット」ではないと明言すると。読心能力で威流の胸中を見抜き、悪戯っぽく舌を出してみせた。

「でも……全然動き出す気配がないぞ。眠ってるのか……?」
「過去の戦いに疲れ果て、今は身を休めている。――表向きは、そうなっています」
「表向き……?」

 そして――彼女が口にした言葉が意味するものを、威流が問おうとした瞬間。

『……ルクレイテ。その者が……例の、人間……か』

 地を揺るがし、天に轟く荘厳な「声」。その現象に反応し、威流はハッと顔を上げる。

「――!」
「えぇ。こちらが2年前にこの星を苦しめた、あの怪獣軍団を撃滅せし英雄――ヒュウガ・タケル様です」
『ヒュウガ・タケル……』

 すると。「声」が聞こえた方向へ威流が視線を移すと同時に、ルクレイテは「父」との対話を始めた。やはり今の「声」は――この聖域に座している巨神像のものだったのだ。

(……ほ、ほんとに喋り出した……こんなデカい異星人もいるんだな……。いや、神様って異星人なんだろうか……?)

 改めて「主神タイタノア」との対面を果たし、威流はその圧倒的な体躯に息を飲む。立ち上がればおそらく――全長50メートルはあるだろう。
 あの「大怪獣」に迫るほどの巨体だ。

『……ヒュウガ・タケルとやら。この星の為に戦い、散って行った者達の仇を討った働きは、見事であった。その功績に免じて――余に服従を誓うならば、其方を襲ったあの怪獣を滅ぼし、地球という星に帰してやってもよい。我が力を以てすれば、容易いことよ』
「ほ、本当なのか……?」

 そんな彼を見下ろす紅蓮の巨神は、高圧的な言葉遣いで地球の漂流者に「条件」を示す。神と称されるのも頷けてしまうほどの、迫力が込められた声に――威流は冷や汗をかきながら、隣で涼しげな表情を浮かべているルクレイテを見遣った。

「……まぁ、嘘は言っていないと思います。父の力は……一応、本物ですから」
「……?」

 だが、タイタノアの言葉を聞いていた彼女は、どこか冷めた様子で「父」を見つめていた。
 父であり神である彼の前でありながら、まるで「尊敬」していないその表情に、威流が首を傾げる――その瞬間。

「それってどういう――危ないッ!」

 宇宙怪獣達との死闘で培われた第六感が、彼を突き動かした。草原の裏手にある茂みの中から、禍々しい体毛を持つ猟犬のようなモンスターが、ルクレイテの背後に飛び出してきたのである。
 その殺気を感知した威流は、咄嗟に光線銃を引き抜きそのモンスターを撃つ。白い閃光を浴びた猟犬は、短い悲鳴を上げると退散し、再び森の中へと逃げてしまった。

『ヒィッ!』

 ――しかし。そのモンスターとは別の悲鳴が、この聖域に鳴り響く。

(……? なんだ、今の)

 その不審な「声」を訝しみつつも、威流はルクレイテの無事を優先すべく彼女に歩み寄る。神代の巫女でも今の急襲は予想外だったのか、頬に冷や汗を伝せていた。

「ふぅッ……怪我はないか?」
「え、えぇ、ありがとうございます。でもまさか、あの獣達まで……」
「この星にも猛獣はいるんだな……。光線銃まで壊れてたら、大変だったぜ」
「……あの獣達は、普段は大人しく滅多に人を襲わないのですが……どうやら、宇宙怪獣の気配を近くに感じ取ったせいで、殺気立ってしまっているようです」
「野生動物のカンってのは、他所の星でも強力なんだな。……ってことは、それだけあの大怪獣が、この星の近くでウロついてるってことか」

 やがてルクレイテから、今のモンスターについての話を聞いた威流は、神妙な面持ちで天を仰ぐ。
 地球と変わらない、この星の青空。その彼方では、あの「大怪獣」が今も蠢いている。その事実が生む現象を目の当たりにして、彼は自分達が置かれている状況の厳しさを、改めて実感するのだった。

「そうですね……。奴を倒せば、他の惑星を脅かしている怪獣軍団も勢力を失うでしょう。奴は、怪獣軍団を産み出した『親』ですから」
「親……つまり成体、ということか。……なるほど、道理であんなにデカいわけだ」
「奴らは星の資源を喰らい、あの成体に成長していくのです。早く首魁を討たねば、手が付けられなくなってしまいます」
「そこで、主神タイタノア様のお出まし――ってことか。それなら……」

 だが、打つ手ならある。今目の前にいる主神タイタノアの力があれば、大怪獣に勝てるかも知れないのだ。
 地球の科学力が生んだ矛――コスモビートルだけでは、恐らくあの強敵を打ち破ることは出来ない。未知の力であろうと、可能であるなら借りるしかないのである。

 その一縷の望みに賭けて、威流は巨神像の方に向き直る……のだが。

「……は?」

 その巨神像は、大怪獣を倒すと云うタイタノアは――

『お、終わった?』

 ――尻をこちらに向け、蹲って震えていた。

「……終わったけど」

 この光景の意味を今ひとつ飲み込めず、威流は困惑した表情で呟き、その後ろ姿を眺めていた。
 それからしばらくの間を置いて、タイタノアは悠然と立ち上がり――先ほどの醜態が嘘のような仁王立ちを見せつける。推定50メートルの巨体が生み出す長い影が、威流達を覆い尽くした。

『――フン。羽虫の如き儚い命しか持たぬ、地球人風情にしては……やるではないか。だが、あんな玩具で得意にならぬことだな。余の力は天を穿ち、宇宙を斬り裂き――』

 だが、その後光を浴びた荘厳な姿は――長くは持たなかった。

「タケル様。光線銃を」
「あぁ」

 威流は先ほど見た光景の真相を探るべく、ルクレイテに促されるまま光線銃を抜き。その銃口を、タイタノアの眉間に向けた。

『――やめぇえぇえ! やめぇえぇい! やめぇてえぇえ! そんなモノを余に向けるな無礼者ぉおお!』

 刹那。タイタノアは情けない声色で泣き喚きながら、再び尻を向けて蹲ってしまった。
 その動きで大地が揺れ、激しい振動が聖域に襲い掛かる。木々に留まっていた小鳥達が、蜘蛛の子を散らすように方々へ飛び去っていった。

 ――その光景を目の当たりにして。威流はなんとも言えない表情で、ルクレイテの方を見遣る。
 そんな彼の意を汲み、娘である巫女は観念したような面持ちで、父の「本性」を語るのだった。

「……ルクレイテさん。説明して貰える?」
「……数百年前にも一度、この星は宇宙怪獣の侵略を受けたことがあるのです。当時、先住民族であった巨人族は自らの身体をサイボーグに改造し、戦いを挑みました。彼らは自らの命と引き換えに災厄を斬り払い、この星を守り抜いたのです」
「……」
「そして……最後に生き残った父上が、守り神として今も生き続けている。それが、表向きの伝説です」

 ――数百年前。この惑星に侵攻してきた怪獣軍団に抗するべく、当時の先住民族であった巨人族は、自らの身体を兵器に改造。サイボーグとなった彼らは、この星の砦として侵略者達に立ち向かった。
 そして、長きに渡る死闘の果て。怪獣軍団と機械巨人族の戦いは相討ちに終わり、この星は辛くも平和を取り戻した。今では、その機械巨人族の唯一の生き残りであるタイタノアが、この星の主として祀られている。

 ――それが、威流が聞かされたこの星の伝説である。

 だが、実際は。

「……で、真相は?」
「機械巨人族の中で……父上だけは、怪獣軍団に怯え最後まで戦わなかったのです。当時の機械巨人族は、怪獣軍団と相討ちとなり滅びましたが……この聖域に身を潜め、こうして震えていた父上だけは生き延びました」
「……」
「父は巨人族の中でも、一際強い力を持っていた……そうですが。ご覧の通り、実力とはまるで正反対な臆病神でして。戦いを嫌って萎縮するあまり、動かぬ石像を演じるようになった父は、いつしか守り神として祀られるようになってしまいました」

 目の前で情けなく蹲っている姿こそが。この星の人々に祀られる「主神タイタノア」の真実なのである。
 それを知ってしまった威流は、落胆した表情でルクレイテの目を見つめる。父譲りの翡翠色の瞳を持つ彼女は、威流の反応を予見していたのか、申し訳なさそうに目を伏せていた。
 ――過去の侵略戦争を知る人々に、生きる勇気を与えるためには。例え嘘をついてでも、タイタノアを勇敢な神として祀るしかなかったのである。

「……あのさ。娘の君の前で、こう言うのは難なんだけど。……アテになるの?」
「なります。父本人の性格はとんだチキン野郎ですが、力に関しては本物ですから。……そこで貴方の存在が鍵となるのです」
「結構酷い言葉を聞いた気がするけど……ひとまず、それは置いておくとして。オレが鍵って、どういうことなんだ?」

 やがて彼女は、気を取り直すように顔を上げると、威流に熱い眼差しを注いだ。そんな娘の様子に、ただならぬものを感じ取ったのか――父であるタイタノアはガバッと立ち上がり、威流を睨み付ける。

『おいヒュウガ・タケル! 貴様ぁ、我が娘ルクレイテに気安く話し掛けるでない! 寿命の短い地球人の分際で――』
「タケル様、光線銃をお借りします」
「え、ちょ」

 そんな父に、灸を据えるかのように。ルクレイテは威流のホルスターから光線銃を引き抜き、父に向かって乱射し始めた。
 しかし、彼女自身に銃を撃った経験はないらしい。狙いが全く定まっておらず、白い閃光があちこちに乱れ飛んでいる。だが、50メートルの巨体など外す方が難しい。案の定、タイタノアの全身に命中していた。

『ひひぃい! 痛い痛い痛い! ごめんなさい許してぇえ!』

 そんな娘のお仕置きに悲鳴を上げ、タイタノアは地響きを立ててのたうちまわる。その巨体に傷ひとつないところを見るにダメージはないようだが、「撃たれていること」への恐怖心が強過ぎるようだ。

(ひ、ひでぇ)

 そんな父の本性を知った上で、光線銃で滅多撃ちにしているルクレイテ。冷ややかな表情でお仕置きを続ける彼女の貌に、威流はかつてない悪寒を覚えていた。
 ――この事態が、愛する英雄を侮辱されたことへの怒りによるものとは、知る由もない。

 彼女にとっては、「力」を持ちながら数百年に渡り、この星で震えていた父タイタノアより――非力で寿命も短い地球人でありながら、怪獣軍団に敢然と立ち向かい勝利を掴んだ威流の方が、よほど頼もしいのだ。

 ――その思慕の情に基づく「お仕置き」が、一通り終わった後。ルクレイテは何事もなかったかのようにスッキリとした表情を浮かべ、ドン引きしている威流の方へ向き直る。

「ル、ルクレイテさん……」
「……タケル様。貴方には、父と『合体』して頂きたいのです。貴方の『勇気』で、何卒――父の『力』を、引き出してくださいませ」
「……!?」

 そして。
 威流を救い、大怪獣を斃す「秘術」の真相を、改めて告げるのだった。
 

 

第7話 円華の想い

 ――その頃、地球では。
 地球守備軍本部に有る「地球外生物監視センター」の施設に、守備軍を代表する美女……志波円華が駆け込んでいた。職員の誰もが振り返るほどの美貌を持つ彼女は、必死の形相で廊下を走り抜け――ある一室に飛び込んでいく。

「本当なの!? 威流の機体が見つかったって!」

 その一室――宇宙観測室に踏み入った彼女は、声を荒げて目の前にいる男性を見据えた。
 無数のコンピュータに囲まれた、無機質な空間。その中で佇む男性……武灯竜也は誰が来るか分かっていたらしく、落ち着いた様子でモニターを眺めている。

「正しくは粉々に砕けた主翼の破片だが……その粒を辿っていけば、あいつの行方が解るかも知れねぇんだ。ホラ、見てみろ」
「……これは……」

 そのモニターに映されている映像を、円華は食い入るように見つめる。そこに映されていたのは、彼女達も知っている惑星だった。

「人工衛星が感知した生体反応の情報から、異星人がいる可能性が浮上していた惑星……」
「……だが、惑星周辺に張り巡らされているバリアにより進入を阻まれ、当時の調査隊は退却を余儀なくされた。現在、この星の探査については保留となっている」

 ――怪獣軍団が地球に襲来してくる30年前から、存在が確認され世間でも話題にもなっていた惑星。
 異星人が存在している可能性があるとされ、多くの調査隊が向かった星だが……謎のバリアにより進入を阻まれ、調査は保留。その後間も無く怪獣軍団が出現したことで、人々からも忘れ去られていた。
 その星は――あの日、威流達が「大怪獣」と遭遇していた宙域の近くにあったのだ。現場から新たに発見された、威流のコスモビートルの破片を辿ると……この星に行き当たるのである。

「……じゃあ……威流は、操縦不能のまま、この星のバリアに衝突して……」
「俺もそう思っていた。……こいつを見るまではな」
「これは……?」

 すると、竜也はモニターの映像を切り替え、何らかのグラフを表示した。

「あのバリアのエネルギー源やその威力を調査する為に新造された特殊衛星。そのコンピュータに搭載されている、バリアの威力を数値化したものだ」
「威力の数値化……?」

 そのグラフが数値の変化が意味するものを見出せず、円華は暫し眉をひそめる。……が、その直後。
 彼女は何かに気づいたように、目を見張った。

「……! ちょっと待って! これって……!」
「そう。あの日――威流が撃墜された時。バリアの威力が、一瞬ゼロ(・・)になった。威流が星に近づいた瞬間だけ、あの惑星からはバリアが消えていたんだ」
「まさか……!」
「……あぁ。バリアが消えた理由まではわからねぇが――威流が、あの惑星に漂着している可能性は高ぇ」

 やがて竜也の口から、威流が生存している可能性が明言される。刹那――どこか暗く滲んでいた円華の瞳に、光明が宿った。
 そんな彼女の変化を見遣り、竜也は目をスゥッと細める。彼の口元が不敵に緩んだのは、その直後だった。

「……あの星の近辺を調べても、主翼部分以外の破片は見当たらなかった。バリアや隕石にぶつかったってんなら、バラバラになった機体が見つかるはずだ」
「だけど、そんな形跡はなかった。……だから、威流はあの星にいる……!」
「かも知れねぇ、だけどな。……へっ、いずれにせよ葬儀にはまだ早そうだぜ」

 一方。円華は唇を噛み締めながら、モニターを凝視している。逸る気持ちを懸命に抑えようと、その拳が震えていた。

(だけど……まだ、不確定な要素が多過ぎる。安易にお嬢様に知らせるわけには行かないわ……)

 叫び出してしまいそうな想いを、飲み込むように。彼女は暫し天を仰いだ後、竜也と真剣な眼差しを交わし合う。

「……わかったわ。直ちに、この惑星の調査に向かいましょう」
「おいおい、教え子ほっぽって宇宙に飛び出そうってのか? それに……上の連中も威流が行方不明になったことで、かなり及び腰になってる。これ以上、守備軍のアイドルに死なれちゃたまらんってのが上の意向だろうし、許可が取れるとは思えんぞ?」
「溜まってた有給、そろそろ消化しておかないと上官が書類整理に困るのよ。任務だの調査だの訓練だの、ここのところ休みなんてまるでなかったしね。貴方はどうなの?」
「……実は俺も、結構溜まってんだよなー。有給。上のオヤジ共が英雄だなんだと俺らを担いで仕事振りまくるせいで、ロクな休みもなかったぜ」

 そして彼らは、これまで積み重ねてきた自分達の「名声」を、最大限に利用する計画を企てる。
 全ては、かけがえのない仲間を取り戻すために。

「……決まりか」
「決まりね。こっちは貴重な休みを人類のために、自ら捧げている『英雄』だもの。誰にもケチは付けさせないわ」
「こえーオンナだなぁ。……んじゃ、予定空けとけよ?」
「えぇ……それじゃあ、また」

 違いに、微かに口元を緩めて。2人は有給消化と称した、威流の救出作戦を実行するべく――動き始めた。
 竜也は引き続きバリアを監視し、円華は上官を説得すべく観測室を後にする。

「……ふぅ」

 その、直後。
 無人の廊下に出て、扉を閉め――僅か数歩、歩いたところで。

「う、ううっ……あぁあ……!」

 円華は、膝から崩れ落ちるように壁に寄り懸り――溢れんばかりの歓喜の涙を、その小麦色の頬に伝せていた。

「威流……! はぁあ、威流っ……!」

 やがて彼女は、嗚咽と共に愛しい(・・・)男の名を呟く。その啜り泣く声は、観測室まで届いていたが――彼女の想いを知る竜也は、脇目も振らずモニターに集中していた。

 ◇

 ――志波家は代々、獅乃咲家に仕える従者の家系。
 その生まれである円華もまた、志波家に名を連ねる軍人の娘として、幼い頃から鍛錬に励んでいた。

 だが男勝りに育ったとは言え、単に家のためだけに命を張れるほど、彼女も聖人ではない。自分を姉のように慕う、葵への愛情が――彼女を、戦う道へと向かわせていたのである。

 そんな円華は、葵への献身ゆえに。
 一般家庭の出身でありながら、「成り上がり者」として獅乃咲家に婿入りすることとなった日向威流という男に対して、不信感を抱いていた。

 ――当時、葵に対する縁談の話が無数に集まっており、そのいずれもが獅乃咲家の地位と名声を狙ってのものだった。間近でそれを見続けてきた円華にとって、葵に近づく男は皆、大切な家族を苦しめる「敵」だったのである。
 まして成り上がり者というのは総じて、上昇志向が異常に強い。自分の力を世に知らしめんとする、自己顕示欲の強いケースがほとんどだ。そんな者達の1人である威流が、獅乃咲家を利用しようと企てないはずがない。

 そう確信していた円華は、彼をむかえ入れようとしていた雅に猛反発し、威流を排除しようと決闘まで挑んだ。――そして、完膚なきまでに敗れてしまったのである。
 その後、彼女は威流の同期として、彼と同じ戦場へ踏み出し……その人柄を見極めるべく、戦友であり続けてきた。本当に威流が、葵に相応しい男であるか、確かめるために。

 そうして、共に戦っていくうちに。いつしか円華は、気づいていた。
 威流の胸中には、名声への執着などまるでなく――ただ愚直なまでに、「皆を守る」ためだけに戦っていることに。そして、そんな彼のことを――いつも見つめている自分に、芽生えてしまった想いに。

 だが、彼女はそんな自分の恋を認めるわけには行かなかった。
 威流は葵の婚約者であり、自分は獅乃咲家の従者。そのような間柄である2人が、結ばれるなどあり得ないし、あってはならない。

 ゆえに彼女は戦後、懸命に葵の背を押し、威流との婚姻を後押しするようになった。自分の初恋を、終わらせるために。
 なのに、その矢先で……今回のような事態が起きてしまった。婚約者のことを憂う葵の前である以上、自分が涙を見せるわけには行かないと、あの日から気を張り続けていたが――ここにきて威流の生存を知り、ついに堪えていた涙腺が決壊してしまったのだ。

(もう少し……もう少しの辛抱だからね。必ず、助けに行くから……お願い! 生きていて、威流!)

 だが、どんな雨もいつかは晴れて、虹が架かる。それと同様に――いつしか円華は、涙を拭い立ち上がっていた。
 例え叶わぬ恋であろうと。大切な()のためにも、最愛の男を助け出すと――己に誓うように。
 

 

第8話 招かれざる客

「おい、コラ待て! 逃げるんじゃあないっ!」
『ぬぁあぁ! だから余にそんなモノを向けるな無礼者ぉお!』

 ――威流とタイタノアの邂逅から、数日。2人の「合体」は、大いに難航していた。地球人のパイロットは光線銃を手に、地響きを立てて逃げ回る巨人を追い回している。

 ルクレイテの云う「秘術」。それは、人間が機械巨人の中に乗り込み、巨人の肉体を「操縦」することを指していた。

 ――過去の怪獣軍団との戦争の中。戦いにより脳や神経を負傷し、五体満足でありながら戦闘不能に陥った機械巨人が大勢いた。力を持ちながら、それを満足に震えない悔しさは――彼らをさらなる改造へと駆り立てる。
 機械巨人族は戦いたくとも体が動かせない「負傷者」、もしくは「死者」の意を汲み、「他者が代わりに肉体を操縦して戦う」機構を作り上げると――そのパイロットに、人間と同じ体格の異星人を選び出した。
 機械巨人族……つまりは人型に最も近い種族に、「死後」の自分達の体を託したのである。

 体型が似ているということは、そのぶん手足の感覚を共有しやすいということ。それを利用し、彼らは当時の異星人達と連携しながら、怪獣軍団と戦っていたのである。

 無論、タイタノアにもその機構はある。ルクレイテは臆病ながら「力」がある父の体を、「勇敢さ」に溢れる威流に託すことで、双方の長所を両立させて大怪獣に挑もうと考えたのだ。

「……分かってはいましたが。これは中々、手間が掛かりそうですね」

 ――が。それを実行するには、まず威流がタイタノアと合体しなくてはならない。なのに、タイタノアは協力するどころか、威流を恐れて逃げ回る一方であった。
 機械巨人族にとって、生きながら(・・・・・)自分の体を他人に操られる、というのはこの上ない恐怖。ただでさえ臆病なタイタノアには、地獄の責め苦なのだ。

 前途多難、という地球の言葉を改めて実感し、彼女は溜息と共に目を伏せる。

(タケル様のお仲間も、この星のことには勘付いておられる様子。星の近辺に、あの大怪獣が居ることを考えると……再び戦闘が起きるのは時間の問題。それまでに、どうにか手を打たないと……)

 追いかけっこを繰り返す2人を、神妙な面持ちで眺めながら。神代の巫女は、厳かに目を細めていた。

「だーかーら! あんたがオレを自分の体内に乗り込ませれば、後はオレがその体を動かして大怪獣をやっつけてやるんだから! あんたは安心して、オレに体を預けりゃいいの!」
『直接余が戦うよりそっちの方が恐ろしいわぁあ! なぜに地球人風情に余の御神体を預けねばならんのだぁあ! 怪我でもしたらどうするのだぁあ! 保険は下りるのかぁあぁ!』

 一方。そんな彼女の思案など知る由もなく、威流とタイタノアは互いに叫びながら森の中を駆け巡る。小鳥や先ほどの猟犬など、あらゆる動物達が方々へと逃げ出して行った。

「とりあえずその上から目線やめろって! 今は協力してあいつを倒さないと、みんな殺されるんだぞ! この星のみんなだって危ないんだ!」
『……!』

 崖を飛び越し、枝から枝へ跳び移りながら、威流は懸命に叫ぶ。やがて、その声に呼応するように――タイタノアは足を止め、森を揺るがす振動が止まった。

(立ち止まった! やっぱり、この人も自分の民を守ろうっていう確かな想いが――!)

 その反応を前に、威流はようやく自分の言葉が届いたのだと頬を緩める。……のだが。

『なおさら嫌だぁあ! せっかく皆の者が、余を神と崇めてくれておるのに――もし負けたりしたら、ゲンメツされてしまうではないかぁあ!』
「……だからオレが勝たせてやるっつってんだろ! グダグダ抜かしてないで力貸せや臆病神がぁあぁ!」

 今度はさらにスピードを増して、逃げ出してしまった。筋金入りの臆病神を前に、威流は柄にもなく声を荒げてしまう。

(……んっ!?)

 ――すると。どこか見覚えのある影が、群れをなして茂みから飛び出してきた。そのシルエットを目の当たりにして、威流は目を見張る。

「あの時の猛獣達……!」

 先日、大怪獣の影響により獰猛化していた猟犬達が、今度はタイタノアに群がっていたのだ。

『ひ、ひぎゃあぁあ! なぜこっちに来るのだあぁあ!?』
(そりゃ、あいつの方が肉は多いもんな……巨人なんだし)

 その殺気を前に、圧倒的な体躯がありながらタイタノアは情け無い悲鳴を上げ、再びのたうちまわる。そんな彼の様子を、威流はなんとも言えない表情で見つめていた。

『く、来るな来るな! 余を誰と心得る! お、おいヒュウガ・タケル! 何をしておる、早く、早くその銃でなんとかせいっ!』
「……はぁ」

 やがて、盛大な溜息と共に。彼は巨人の涙声に応えるように、光線銃で威嚇射撃を行い猟犬達を追い払う。
 その後、散り散りに逃げていく群れを見送り――頭を抱えて震えているタイタノアに歩み寄って行った。

「……あのさぁ。本当ならあんただって強いんだろう? なんでそんなに強い力があるのに、自力でどうにかしようって思わないんだ?」

 そんな威流の、呆れたような視線を背に受けて。タイタノアはキッと振り返り、涙声のまま訴える。

『余だって、余だって、好きで機械巨人族に生まれてきたのではないわい……! 生まれつきの体のことでアレコレ言われたって、無理なものは無理じゃ!』
「……!」

 その姿に、ルクレイテは冷ややかな眼差しを送るが――威流は、違っていた。目を見開き、胸元を握り締める彼の胸中には……「生まれ」ゆえの悲しみを叫ぶ婚約者の言葉が過っている。

『私は……私は、好きでこの家の娘に生まれたのではありません! 私だって、本当は……戦いたかった! 大切な人と、苦楽を分かち合って生きて行きたかった! こんな、こんな大変な時に、何もできない体なんてっ……!』

 大切な相手が死地に赴いているというのに、共に戦うことすら出来ない。その苦しみを知らず、いつまでもはぐらかすように笑っていた自分を――威流は、今になって見つめ直していた。

(誰も、生まれは選べない――か)

 やがて、逡巡の果てに彼は顔を上げ、神妙な面持ちでタイタノアの姿を見つめる。そこへ、父に軽蔑の眼差しを送るルクレイテが歩み寄ってきた。

「……」
「全く、情けない。父上、いい加減に腹を括ってくださいませ。これ以上駄々をこねると仰るなら、力尽くでも――」

 そしてこれ以上、威流の手を煩わせまいと「合体」を強制しようとする――のだが。

「……タケル様!?」
「いや……もういい。もう、いいよ」

 その直前、というところで。当の威流によって、制止されてしまうのだった。彼の口から出てきた言葉に、ルクレイテは瞠目する。

「タイタノア。もう、あんたには頼らないよ。出来もしないことを無理にやらせようとして、済まなかったな」
『ヒュ、ヒュウガ・タケル……!?』
「タケル様……!」
「あの大怪獣なら、自分で何とかするよ。あんたはあんたで、守り神としてこれからも頑張ってくれ。……じゃあな」

 さらにタイタノアも、驚きの声を上げて威流を見遣る。そんな彼を、地球人の戦士は物憂つげな視線で見つめた後――踵を返して、立ち去ってしまった。

(……オレは、力になりたいって真剣に思ってくれていた葵と、真面目に向き合わなかった。そんなオレに、タイタノアのことをとやかく言う資格なんて、ない……)

 ◇

「タケル様!」

 ――その後。森の中で静かに眠る真紅のコスモビートルを、あり合わせの屑鉄で補修している威流の元へ、ルクレイテが駆け寄ってきた。
 パイロットスーツの上着を脱ぎ、黒のTシャツ姿になっていた彼は、油汚れに塗れながらスパナを手に作業を続けている。

「ん……済まなかったな、ルクレイテさん。『合体』の件、せっかく色々考えてくれてたのに」
「貴方の……許嫁の方のこと……ですよね」
「あはは、やっぱそれも読まれてたか」

 超能力により内心を読まれていたことを悟り、威流は苦笑いを浮かべる。一方ルクレイテは、彼の心中を知りながら何一つ声を掛けられなかった自分を嘆き、苦々しくその貌を歪めていた。

「……お願いしている立場の私に、このようなことを申し上げる資格などない……ということは、重々承知しております。しかし!」
「いいんだ。タイタノアが戦いたくないって言うなら、それは尊重してやらなくちゃ。力があるとかないとか、そういう問題じゃないんだよ」
「本当に……それが、正しいのでしょうか」

 そんな彼女の苦しみの色を滲ませた顔を、真摯に見つめて。威流は目を細め、その本心を突く。

「……君だって心配なんだろう? タイタノア――お父さんのこと」
「……」

 ルクレイテは、すぐに答えることが出来なかった。
 戦いから逃げ出した憶病者でありながら、救世主に対して不遜な態度を取り続けていた父を――娘として、家族として案じていたと、認めてしまったら。それこそ、被害者である彼に顔向けできない。
 そう思いつつも、真っ直ぐ自分を見つめる威流の瞳に、嘘をつけるはずもなく。彼女は再び、観念したような表情を浮かべて目を伏せた。

「私は……人には生まれながらに、それぞれに課せられた役割があると思うのです。個人の都合で好きに生きるなど、許されることでは……」
「そう、かもな。……だけど、オレはずっと好きに生きてきた。だから、ここにいる」
「……」
「嫌々やってることに、本当の全力なんか出せないさ。オレが無理やりタイタノアに乗り込んだとしても、きっとあいつには勝てないって思う」

 そんな彼女の、苦悩に対し。威流は全く気にしていない、とばかりに屈託のない笑みを浮かべている。巫女はやがて、彼が呟く言葉に反応し――目を見開き顔を上げた。

「……好きに、生きる……」
「あぁ。好きに生きるから、その時に人は本当の強さを引き出せる。……そんな簡単なことにも気がつかないんだから、救世主って奴はダメダメだな?」

 好きに生きる。これほど、言うのが容易く――実践するのが難しい言葉はない。
 少なくとも……憶病者の父を神として祀り、嘘の伝説を流してきたルクレイテにとっては。

 ゆえに彼女はこれまで、長きに渡り自分を殺して「巫女」の役目に徹してきた。――そんな彼女が、敬愛する救世主に「好きに生きていい」と言われて、何も感じないはずがなく。

「……では、私も……好きに生きても、いいのでしょうか」
「そりゃあそうだろう。お父さんだって、ああやって好きに生きてるんだ。娘の君が我慢ばっかりってのも、フェアじゃないだろ」
「……そうですか。ではいつか……私も、『好き』にしようかと思います」

 ようやく、ありのままの自分を認めてくれる「ヒト」が現れたのだと――静かに、歓喜した。声を震わせ、叫びたくなるような想いを、理性で堪えながら。

「……」
「……どうされましたか?」
「いや。なんかルクレイテさん、ちょっと顔つき変わったかな……って」
「そ、そうですか?」
「あぁ。なんだか、凄く可愛かった」
「かわっ!?」

 そんな彼女の隠し切れない「変化」に、威流は小首を傾げながらも――その表情から漂う前向きさを感じ取り、屈託のない笑みで感想を告げる。
 一方、ストレートな言葉をぶつけられたルクレイテは耳まで真っ赤になり、今度は恥じらいゆえに目を伏せてしまった。

「……ろ、録音です。脳内保存です。永久保存版です……!」
「……? ルクレイテさん、何やって――!?」

 そんな彼女の様子に、威流がますます疑問を抱いた……その瞬間。

 天を衝く轟音と共に、激しい地震が発生した。木々が揺れ、葉が舞い飛び、鳥達が慌ただしく飛び去っていく。群れをなす動物達も、四方八方へ走り去っていった。

「この揺れ……地震!? いや、違う!」
「……! まさか!」

 突如この星を襲ってきた、謎の大地震。そのただらならぬ振動に、翻弄されながら――2人は、目撃する。

 爬虫類を彷彿させる、深緑の肌。甲冑の如き、鋼鉄の鱗。
 黒い背びれに長い尾、獰猛な牙に鋭く紅い眼。二足歩行を実現させる、太く強靭な両脚。

 忘れるはずもない。あのシルエットは――怪獣軍団の親玉にして、唯一の「成体」である「大怪獣」そのものであった。

「あ、れは……!」

 あの日、火炎放射で自分を撃墜した諸悪の根源。森の向こうに出現した、その悍ましくも雄々しい立ち姿に――威流は、かつてない戦慄を覚えていた。

「この星に、資源はもうないって聞いたが……!?」
「……新しい資源になる『捕食対象』を見つけたのでしょう。それが眠りから覚め、活動を再開したことで……大怪獣の嗅覚が反応した……!」
「活動を再開……? ――まさか!」

 長らくこの星は、怪獣の「捕食対象」となるような強力な生物がいなかった。だから怪獣軍団はこの星から去り、地球を目指した。
 個々の体は格段に小さい怪獣軍団ですら、そうして背を向けるほど「獲物」が少ない星なのに――大食らいであるはずの「大怪獣」がここにいる理由など。

 ――もはや、一つしかない。

「はい……! 奴の狙いは、私の父です!」
 

 

第9話 結集する戦士達

 ――遡ること、数分。

 地球を発ち、威流が消息を絶った宙域に舞い戻った竜也と円華は――件の惑星で、凄まじい光景を目の当たりにしていた。

「……!? 竜也、あれは……!」
「おいおい、嘘だろ……!」

 エースを撃墜し、自分達を恐怖に陥れた大怪獣。その獰猛な牙が、星を囲うバリアに食らいついていたのだ。
 自分を発見している2機のコスモビートルなど、まるで意に介さず。全てを穿つ「侵略」の象徴は、星の一部すらも食い破ろうとしていた。

「バリアを……喰ってる……!」
「……威流があの星にいるのかはわからねぇが……あの大怪獣がバリアを食い破ってまで欲しがる獲物が、あの先にあるらしいな!」
「もうダメ……破られる!」

 仕掛けるなら、絶好の機会。しかし大怪獣は、コスモビートルのレーザー砲を背に受けても全く反応せず――ついに、そのままバリアを喰い破り、星の中へと進入してしまった。

 その瞬間を目撃した2人は、操縦桿を握りしめ――大怪獣を追うように、星の重力下へと突入して行く。青と黄のコスモビートルが、流星となって異星の血を目指して行った。

「入っていった……! バリアが……!」
「――追うぞ円華! 威流があそこにいるとしたら、今度こそお陀仏だ!」
「えぇ……!」

 目的はただ一つ。威流の救出、ただそれのみ。彼らはかけがえのない仲間との再会を夢見て――長らくベールに包まれていた惑星の中へと、踏み込んで行くのだった。

(威流……! お嬢様……!)

 そして。円華は突入の瞬間、祈るように瞼を閉じる。
 愛する人の帰りを待つ想いが、この異星の地にも届くように――と。

 ◇

 ――同時刻、地球では。

「……」

 日本の首都、東京にて――獅乃咲家の屋敷から、青空に彼方を1人の少女が仰いでいた。その隣に寄り添う母は、そんな娘の横顔を物憂つげに見守っている。

「葵。空ばかり眺めていても、何も変わりはしませんよ」
「お母様……」
「そろそろ部屋に戻りなさい。貴方への縁談の写真が、山積みなのですから」

 ――日向威流が戻らぬ以上、周囲は彼を死んだものと見なす。そして残された葵には、ここぞとばかりに縁談の話が次々と舞い込む。
 彼が行方不明になったと聞いた時から、今の状況になることを予見していた雅は、娘の将来に備えて動き始めていた。例えそれが、娘の幸せを奪うことであるとしても。

「……私は……」
「貴方は獅乃咲の家督を継ぐ義務があります。……いずれは、覚悟を決めねばならぬことですよ」
「わかって……おります」
「……」

 そんな母の思慮を、知ってか知らずか。葵は心ここに在らず、といった表情のままゆっくりと立ち上がる。か弱く、今にも倒れてしまいそうなその背中を、母は痛ましい表情で見つめていた。

(防壁に閉ざされた惑星……。円華、貴方はその可能性に賭けたのですね)

 そして、従者である「彼女」が宇宙に発ったと聞きつけた雅は。
 自分が用意した縁談も娘の涙も、何もかも「台無し」にしてくれることを祈り――部屋に戻って行く葵に代わって、空を仰ぐのだった。

(どうか、必ず……連れ戻してください。帰りを待つあの子の背は、もう……見ていられません)

 ◇

 ――そして、地球から遠く離れたこの惑星では。予期せぬ「大怪獣」の出現に、神官達が騒然となっていた。
 数百年に渡り伝説として語り継がれてきた「災厄の化身」を前に、彼女達は悲鳴を上げている。

「キャアァアッ! か、怪獣がぁあっ!」
「なんで!? なんでまた、この星に!? どうしてよぉ!」

 だが、臆する者ばかりではない。逃げ惑う神官達を一括し、現場指揮を執る神官長が――眼鏡を光らせ高らかに叫ぶ。

「泣き言を抜かしている場合かッ! 総員、第1種戦闘配備ッ! 空戦艇部隊は直ちに離陸だッ!」
「し、神官長!」
「案ずるな、我々にはルクレイテ様と――主神タイタノアが付いておられる。急げ!」
「は、はいぃっ!」

 その一声に突き動かされ、烏合の集となっていた神官達は、次々と神殿付近の飛行場に駆け込んで行く。そこには、この星の数少ない「矛」である彼女達の飛行艇が配備されていた。
 丸みを帯びた白い円盤が、ふわりと宙を舞い――矢の如き速さで飛び去って行く。地球の科学では解明不能な挙動で飛ぶ、その姿は……地球で云うところの「UFO」のようであった。

(なぜあの大怪獣が……! 一体、何が起きている!?)

 神官長の素早い指揮が功を奏し、神官達はパニックに陥る前に臨戦態勢に入ることができた。……しかし、当の神官長自身の表情は暗い。
 この星の「災厄」を象徴とする、最強最悪の怪獣。その力は未だ、計り知れないのだから。

 ◇

 ――そして、聖域近辺での大森林では。赤き巨神が、外宇宙からの侵略者にいたぶられていた。

『ひぃぃい! 嫌だあぁあ! なぜ、なぜ余がこんな目にぃい!』

 頭を抱え蹲るタイタノアを、大怪獣は容赦無く蹴りつける。その痛みと恐怖、そして殺気に晒され、この星の守り神は恥も外聞もなく泣き喚いていた。
 対話の可能性など微塵も感じさせない冷酷にして獰猛な眼光が、その巨大な「獲物」を射抜いている。

「ち、父上……!」
「くそっ、もう始まっちまってる!」

 その光景を目の当たりにした威流は――居ても立っても居られず、ホルスターから光線銃を引き抜き走り出していた。

「タケル様!?」
「オレがあいつを引き付ける、ルクレイテさんはタイタノアを連れて逃げるんだ!」
「い、いくら貴方でも無謀過ぎます! あの大怪獣に身一つで何が――!?」

 そんな彼を、懸命に引き留めようとするルクレイテの眼に――空を駆ける円盤の群れが留まった。

「あれは……!?」
「空戦艇部隊……! まずい、あのままでは!」

 円盤を駆る神官達は、森の上を滑るように飛び木々を揺らす。彼女達もまた――眼前の光景に、瞠目していた。

『こちらファイター1! 例の怪獣を発見、これより――!?』
『あ、あれは……!?』

 ――そう。彼女達の眼にも、痛めつけられる主神タイタノアの姿が映されたのである。醜態を晒している、巨人の姿を。

『ファイター1、ファイター2! 何があった!?』
『し、信じられません……主神タイタノアが!』
『主神タイタノアが、襲われています!』
『なんだと!?』

 大怪獣との戦いに臨もうと、自らを奮い立たせていた彼女達だったが――そのような状況を見せつけられ、動揺しないはずもなく。

『わ、我らの守り神が……きゃあ!』
『ファイター2、気をつけろ! ファイター1、ファイター2の援護に向かえ!』
『りょ、了解!』

 火炎放射への反応が、遅れてしまっていた。間一髪回避には成功したが……大怪獣が放つ炎の凄まじさを目の当たりにした彼女達は、操縦桿を握る手を震わせている。

「このままでは……被害が出てしまうだけですわ!」
「くっ……! なんとかタイタノアがあそこから抜け出せれば――んっ!?」

 威流とルクレイテも、その威力を改めて実感し、戦慄を覚える。――すると。

 大怪獣を追うように、遙か彼方から飛来した2機の戦闘機が、その目に留まった。青と黄色の機体が、空を切り威流達の視界を横切って行く。

「コスモビートル!? ――って、あの機体はまさか!」

 彼らと共に戦ってきた威流が――その機影を見間違えるはずはない。機体のシルエットを目撃した瞬間、彼は瞠目と共に声を上げる。

「……竜也! 円華ッ!」
「大怪獣が食い破った穴から来ましたのね……! しかし、このままではあの方達まで!」
「くっ……!」

 ……だが、2機のコスモビートルが加勢してきた程度では、この戦局を大きく変えることはできない。
 現にレーザー砲が通じなかったこともあり、円華も竜也も攻めあぐねているようだった。

『あ、あぁあ……! た、民が余を見ている……余の醜態をぉお……も、もうダメだおしまいだぁあぁ……!』

 一方、なす術なく痛めつけられているタイタノアは、空戦艇の編隊を見上げ慟哭していた。見られてはならない本当の自分を、全て見られてしまった……と。
 そんな彼のそばへ、危険を顧みず威流が駆け込んでくる。息を切らしながらも、彼は打ちひしがれる巨人に声を掛け続けていた。

「ハァ、ハァッ……しっかりしろタイタノア! 立ち上がるんだ、そのままじゃ殺されちまうぞ!」
『そ、そんなことを言われても……足が竦んで動けんのだぁあ!』
「ああもう! じゃあオレが引き付けるからその隙に――うっ!」

 すると。大怪獣の火炎放射をかわしながら、2機のコスモビートルがこちらに滑り込んできた。木に当たるギリギリで高度を上げ、弧を描くように地球製の戦闘機が舞い上がって行く。
 ――その一瞬の中で。パイロット達は、地上にいた威流の姿を、己の目に焼き付けていた。

「おい……見たか、今の!」
「えぇ! 間違いない……威流よ!」
「――おぉっしゃあ! 賭けた甲斐があったぜ!」
「だけど……喜んでる場合でもなさそう……!」

 だが、再会の喜びも束の間。彼らは未だ、最大の危機の只中にいるのだ。
 あの大怪獣を倒さない限り――威流の生還は難しい。そう考える2人の眼が、鋭さを増して行く。

「異星人の戦闘機部隊に、大怪獣。おまけに巨大ロボットと来たもんだ。……上にどう報告したもんかねぇ、コイツは」
「そうね。わからないことばかりではあるけど……確かなことが、一つだけあるわ」
「あぁ。……あの大怪獣だけは、間違いなく敵ってことだな!」

 地球の常識から逸脱した、不確定要素。それらに埋め尽くされた、この状況の中で――円華と竜也は、毅然とした面持ちで操縦桿を握りしめた。
 どんな星だろうと、どんな相手だろうと。地球守備軍の自分達がやるべきことは、変わらない。

「借りを返してやるぜぇっ!」
「貴様を倒して、威流を助け出すッ!」

 その一心の元、2人は己の愛機を操り、大怪獣に挑みかかって行く。彼らの勇姿を視認した空戦艇部隊からは、驚嘆の声が上がっていた。

『……!? あ、あれは救世主様と同じ機体!?』
『し、神官長! 地球の空戦艇が2機、大怪獣に攻撃を仕掛けておられますッ!』
『なんだとッ!? 是非ともお招きしてサインを――って違う! そちらの方々のフォローに向かえ! 直ちに!』
『了解っ!』

 それから間も無く空戦艇部隊は、威流に並ぶ「救世主」である彼らをサポートすべく、その後ろについた。
 そんな彼らの挙動からその意図を察して、竜也は口元を吊り上げる。

「見ろよ、どうやら異星人さん達は味方になってくれるみたいだぜ?」
「現地民が協力してくれるなら、頼もしいわ。……さぁ、行くわよッ!」

 ――そして、今。
 地球と、この星の戦士達が――反撃に乗り出した。
 

 

第10話 赤き巨星のタイタノア

 ――全てを焼き払わんとするかの如き、レーザー砲の嵐。その豪雨に晒された大怪獣は、天に轟く絶叫と共に爆炎を吐き出す。
 その炎の防壁をかいくぐるように、地球人と異星人の合同編隊が駆け抜けた。

「そこッ!」
『落ちろッ!』

 そして、コスモビートルと飛行艇による一斉射撃が、大怪獣の顔面に突き刺さる。灼熱の閃光が、巨大な貌を覆い尽くし――

『やった! 全弾命……中……!?』

 ――空戦艇のパイロットが、歓喜の声を上げようとした。
 しかし、その言葉が終わるよりも早く……煙の中から、大怪獣の貌が飛び出してきたのだった。煙幕を突き破り、全貌を露わにしたその姿には――傷ひとつ付いていない。

『な、なんて外皮硬度なの……! レーザー砲でも傷一つ付かないなんて!』
『このままじゃ――きゃあ!』
『ファイター3! もう限界よ、脱出しなさい!』
『は、はいっ!』

 その現実に、動揺する瞬間。空戦艇のうちの一機が、反撃の火炎放射をかわしきれず撃墜されてしまう。翼から火を吹き、墜落していく円盤を目の当たりにして、威流は唇を噛み締めた。

(全弾を直撃させても、かすり傷ひとつ付けられない……! このままじゃ、被害が拡大する一方だ……!)

 一方、火炎放射を回避した円華と竜也も、険しい面持ちで墜落していく円盤を見降ろしていた。……わずか一瞬でも判断が遅れれば、彼らもこのように堕とされるのだ。まるで、羽虫のように。

「竜也、異星人の戦闘機が……!」
「火に掠っただけで翼を持って行きやがった……! やっぱデカいだけあって、火力も今までとは桁違いらしいな!」
「向こうもカバーしてあげないと! あっちの機体の方が装甲が薄いみたいよ!」
「ちっ、世話の焼けるエイリアンだなッ!」

 その威力を見せつけられ、萎縮する空戦艇部隊。彼らの戦意が大きく削がれていることを、機体の挙動から察した円華と竜也は、彼らを庇うように乗機を前方に滑らせる。
 すると、大怪獣の狙いが囮となった彼らに向けられた。仲間達の行動に焦燥を覚えた威流は、タイタノアに向かってさらに声を上げる。

「タイタノア、すぐここから逃げるんだ! 奴の狙いはお前だ、ここを離れれば少なくとも、皆が襲われる確率は下がる!」
『そ、そんなこと言われたって怖いものは怖いのだぁあ! 足が竦んで……動けんのだぁあぁ……』
「くっ……」
「父上っ……ああもう、なんて情け無いッ!」

 だが、タイタノアは恐怖に囚われるあまり、逃げ出すことすら出来ず蹲っている。そんな父の醜態に、ルクレイテは歯を食いしばっていた。

「……!?」

 ――すると。大怪獣の顎がゆっくりと開かれ……火炎放射のための「充填」が始まった。歪で荒々しい歯並びの口に赤い灼熱が滾り、収束していく。
 その狙いは――機体から脱出中の、ファイター3のパイロットに向けられていた。落下傘で森の中に降りようとしていた少女神官が、その貌を絶望に歪めている。

「――いかん! 脱出中のパイロットが!」
「竜也、援護射撃を――きゃあ!」
「円華ッ!」

 それに気づいた円華と竜也は、狙いを変えさせようと牽制射撃に移った。だが、大怪獣は火炎放射の照準を少女に合わせたまま――鋭い眼から、青白い閃光を放ってくる。
 予想だにしなかった「第2の武器」に、円華は一瞬反応が遅れ――右翼に被弾してしまった。

(不味い、生身であの火炎放射を浴びたりしたら……!)

 エースパイロットである竜也と円華ですら、近寄れない。そんな状況の中、火炎放射の瞬間は刻一刻と迫っていた。恐怖に貌を歪める少女神官を見上げ、威流は唇を噛みしめる。

「い、いやぁあぁ! 誰かぁああ! 神様ぁあ!」
『ファイター3ぃぃいっ!』

 そして、仲間達の悲痛な叫びも虚しく――火炎放射の「充填」が、完了してしまった。今にもはち切れそうなほどに唸っている真紅の灼熱が、大怪獣の大顎から溢れ出していく。

『あ、あぁああ……! し、信者……余の、余の信者がぁああ……!』

 タイタノアも、自分の信者に迫る「死」を目の当たりにして……地面を掴む手に、力を込める。それだけで大地が抉れ、木々が根ごと掘り返されていた。

(くそッ! どうすることも――ッ!?)

 怪獣軍団から地球を救った「救世主」だろうと、今はただの無力な人間。眼前の光景にそれを思い知らされ、威流までもが目を伏せた――

『うわぁあぁあぁ! やめろぉおぉおっ!』

 ――その時だった。

 威流でも円華達でも、空戦艇部隊のものでもない「叫び」が、この戦場を席巻する。

 それは……その声の、「正体」は。

「なっ……!?」
「ち……父上!?」

 これまで、怯えて逃げることすら出来ずにいたのが、嘘のように。我が身を呈して、信者の盾になる道を選んだ――この星の守り神。

 ――「主神」タイタノアだった。

『しゅ、主神タイタノアがファイター3の盾に!』
『ああ……! やはり神は、我々を見放してはいなかったんだわ!』

 その光景に、威流をはじめとする全員が驚愕していた。
 タイタノアの信者である飛行艇部隊の神官達が、恍惚の表情で主神の勇姿を崇める中――彼の実態を知る威流とルクレイテは、信じ難いものを見るような眼で、タイタノアの巨大な背中を見上げている。

(タ、タイタノアが……! 仲間を、庇った……!)
(ち、父上が……!)

 誰にも譲れない、最後の矜持。タイタノアにとっての「信者」が、それだったのだろう。自らの臆病さや弱さを知る彼にとって、そんな自分を「神」として受け入れてくれる彼らは最後の拠り所であり、居場所なのだ。

 ――信者達にとってのタイタノアが、そうであるように。

「あんた……!」
『ひ、ひぎぃいい! 熱い熱い熱い! 死んじゃう〜ッ!』
「ち、父上……!」

 ……とはいえ、恐怖を払拭したというわけではなく。少女神官が無事に着陸した途端、彼は再び泣き叫びながらのたうちまわっていた。
 だが威流の目にも、ルクレイテの目にも、その姿はもう……情けなくは映らない。

「タイタノア、あんたって人は……」
『ふぐぅうぅ! ひぐぅう! 熱い、熱いぃいぃ……が……これだけは譲れぬぅ! 余の、余の信者達に手を出すなぁぁあ!』

 そして震える脚で、己の巨体を辛うじて支えながら。赤き巨星のタイタノアは、その鉄拳を構えるのだった。
 

 

第11話 神は力を、人は勇気を

 膝を震わせ、腰が引けながらも。両の脚だけは、大地を固く踏みしめている。怯えつつも大怪獣の凶眼から目を逸らさず、タイタノアはこの戦地に踏み止まろうとしていた。

「父上が、戦いに……! まさか、このような日が来るだなんて……!」
「タイタノア……戦ってくれるのか!」

 その確かな「変化」に、威流とルクレイテは歓喜の表情を浮かべていた。特に娘のルクレイテは、父が「神」の名声に見合う姿を見せてくれたことに、感涙すら流している。

『ぬぉおぉ! もはやこうなれば破れかぶれ! 余の名誉に懸けて、必ずや貴様をギッタンギッタンに――!』

 そんな彼らと、驚嘆するパイロット達を背に。タイタノアは己を鼓舞するように雄叫びを上げ――飛びかかるのだが。

『ヒィィッ!』

 振りかぶられた豪腕。その先にある鋭い爪が、閃く瞬間。彼は今にも泣き出しそうな声を上げ、頭を抱えながらしゃがみこんでしまった。
 急速に身を屈めたことで、大怪獣の爪は空を裂くのみに留まる。

『アヒィ!』

 だが、その直後に飛んできた蹴りが、顔面に直撃してしまった。下顎から蹴り上げられた彼の巨体が、宙を舞い後方へ転倒してしまう。
 プロテクターで固められたタイタノアの巨躯が、地響きを立てて大地に墜落し、轟音が天を衝く。

「……父上……」
「くっ、やっぱり数百年も寝たきりじゃあ戦い方が……!」

 そんな父の醜態を見せ付けられ、ルクレイテの涙も引っ込んでしまった。一方威流は、たどたどしいタイタノアの挙動に苦々しく顔を歪めている。

 すると。痛みにのたうちまわりながらも、なんとか立ち上がろうとする巨人の前に――火炎放射の灼熱が収束した。

「――! まずい、タイタノア伏せろッ!」
『ぬひぃッ!?』

 それに勘付いた威流が、咄嗟に光線銃をタイタノアの頭上に撃ち放つ。その閃光に怯えた巨人が、条件反射で地面に突っ伏した瞬間――大怪獣の猛火が、彼の真上を通過して行った。
 威流の機転が間に合わなければ今頃、タイタノアは大怪獣の火炎放射を至近距離で浴びていただろう。

『あ、熱いぃい! 頭に火、火、火ぃい! ファイヤーヘッドぉおお!』
「しっかりしろタイタノア、今の程度なら掠ってもいない!」

 それでも余波の熱気は残っていたらしく、タイタノアは四つん這いになって逃げ惑いながら恐怖に震えていた。そんな彼に、威流は懸命に言葉を投げかけ続ける。

(だけど……!)

 辛うじて直撃は避けた。しかしタイタノアは再び戦意を折られてしまい、情けなく逃げ惑っている。

「見て、竜也! あのロボットの動き……!」
「……どう見てもど素人な身のこなしだな。ガキみてぇだ」
「一体、何が起きているの……!?」

 それに加え、空で膠着状態になっていた仲間達も、苛烈さを増していく大怪獣の猛攻を前に攻めあぐねているようだった。

『空戦艇部隊! なんとしても、なんとしても主神タイタノアをお守りしろ!』
『りょ、了解っ――きゃあっ!』
『ファイター2っ!』

 ――このままでは、徐々に戦力を刈り取られ、いずれは全滅してしまう。威流がそう危惧する中、後頭部を殴られ悲鳴を上げながら、タイタノアがこちらに倒れ込んでくる。
 幾度となく数万トンの衝撃を受けたためか、その周囲には痛ましい地割れが広がっていた。

『ひぐっ、うぅっ……や、やはり、やはり余にはあやつを倒すことなど……』
「タイタノア……!」
「父上……」

 もはや、タイタノアに戦える意思はない。そう判断した威流は光線銃を構え、玉砕覚悟で大怪獣を睨み上げる。ルクレイテも父を守ろうとするかのように、威流の傍らに寄り添った。

『……ぬぅ、う……これしか、やはりこれしかないというのか……!?』
「タイタノア……?」

 ――だが。泣き喚き、醜態を晒しながらも。タイタノアの心はまだ、折れ切ってはいなかった。
 彼は割れた大地に手を掛け、切り立った崖を砕きながら身を起こすと……そのバイザーで覆われた眼で、威流と視線を交わす。

『……ヒュウガ・タケル! 余と合体すれば……貴様の技なら、あやつを斃せるのだな!?』
「……!」

 そして、その口から出てきた一言に……威流は瞠目する。あれほど戦うことや、合体を拒んできたタイタノアが――

『……よいか、ヒュウガ・タケル! 余は、神だ! 例えなんと言われようと、この星の民にとって、余は最後の拠り所なのだ!』
「タイタノア……」
『だが、余の技ではあの大怪獣にはどうやっても勝てん! 知っての通り、余はチキンであるからな!』
「……」

 ――自ら、協力を求めてきたのである。

 その決断を前にして、威流は毅然とした面持ちになり……深々と頷いてみせた。
 彼の勇気をふいにはしない。その献身に応え、必ず奴を倒すと――誓うように。

『――故に、故に! 主神タイタノアの名の下、今ここに命ずる! ヒュウガ・タケルよ!』
「……あぁ!」

 やがて、タイタノアの胸当てが開き――その中から、威流を誘うような光が流れ込んでくる。
 彼の意思を察した威流は、その輝きに身を委ね――巨神の胸中へと、己の身を投じて行った。

『怖いから、さっさとあの怪獣なんとかせい! 余の……余の力を以てしてなぁ!』

 そして、威勢に溢れつつも情けなさが抜けない、巨人の叫びと共に……プロテクターが閉じられた。

「……よく言った! あとは、全部任せとけッ!」

 ――威流の、自信に満ち溢れた雄叫びが、それを飲み込んだのは。その、直後である。

 ◇

 タイタノアが威流を受け入れ、両者の「合体」が実現した瞬間。巨人の全身が眩い輝きを放ち――辺りを包み込んで行った。

「なんだ……あの光!?」
「ロボットが……!」

 そんな突然の変化に、円華や竜也が目を見開き。

『こちらファイター1! 主神タイタノアが……激しく発光しています!』
『何が起きているというのだ……!?』

 空戦艇部隊の面々が、驚嘆の声を上げていた。

「……ここは……!」

 ――その頃。開かれたプロテクターからタイタノアの内部に進入していた威流は、彼の「視界」が辺り一面に広がった部屋に辿り着いていた。
 気がつけばその手足には、機械のコードのようなものが絡み付いている。タイタノアの神経系と連結しているそれは、威流の動きとタイタノアの動きを共有させていた。

(腕が、足が、身体中が……タイタノアと繋がっている! これが、ルクレイテさんが言っていた「合体」なのか……!)

 戦死もしくは脳死により、自ら体を動かせなくなった機械巨人族の体を、代わりの「脳」が操作する。それを目的として生み出された、このシステムを使い――威流は生きながら己の身を委ねたタイタノアの身体を、自分のものとしていた。

「凄い……これなら!」

 その力を、理解した瞬間。威流は沸き立つ衝動の赴くまま――大森林の上に、雄々しく立ち上がり。

「はぁあッ!」

 後方から襲いかかってきた大怪獣の顔面に、俊速の裏拳を叩き込んだ。巨大な鉄拳が弧を描き、鋼の鱗を叩き割る。

「……!? た、竜也、今の!」
「ロボットの動きが変わった!? しかも、今の裏拳……!」

 顔面から鮮血を噴き出し、後方へ引き下がる大怪獣。その異様な光景に、上空から巨人の豹変を目の当たりにした竜也と円華が、驚愕の声を上げた。

「トアァアァッ!」
『ぬぉおぉお! 怖くなんか怖くなんか怖くなんかぁぁあ!』

 初めて見せた「怯み」。そこを突かないわけにはいかない。
 威流はタイタノアの拳と獅乃咲流空手を武器に、一気に攻め立てた。矢継ぎ早に飛び出す突きと蹴りが、大怪獣の体を打ち据え、その身を覆う鱗を砕いていく。

「せぁあッ!」
『あひィィイ! や、ヤケクソじゃああ! 特攻じゃあぁあ!』

 その怒涛の攻めに、大怪獣だけでなく当のタイタノアまでが恐怖していた。だが、もはや他に手はないと知っている以上、威流を追い出すわけにもいかず……泣きながら自棄になっている。

獅乃咲流(しのざきりゅう)――波濤精拳(はとうせいけん)ッ!」
『なんじゃこれぇえ!? なんか出たぁあぁあ!?』

 そこへ、畳み掛けるかの如く。タイタノアの両掌より出ずる真紅の「気」が、球体の波動となり――大怪獣の巨体に、炸裂した。その躰を覆う鱗が、次々と剥がされていく。

「見て……! あれは間違いなく、威流の技よ!」
「一体、何がどうなってやがんだ!?」
「わからない……でも! 放ってはおけないわ!」

 一方、円華達はタイタノアの挙動から獅乃咲流空手の技を感じ取っていた。理解を超える事態の数々に、頭を悩ませながらも……彼らは仲間と同じ技を使う巨人を救うべく、機体を下方に滑らせていく。
 ――彼を死なせてはならない。兵士としての直感が、彼らを最前線へと導いていた。

 ――やがて。大怪獣の第2の兵器である凶眼が、妖しい光を纏い始めた。

「危ないッ!」
「いつまでも良い格好させっかよ!」

 それに勘付いた瞬間。先ほど受けたダメージを思い返し――2人は同時に、両方の眼にレーザー砲を撃ち込んだ。一条の閃光が禍々しい眼を抉り、そこからさらに鮮血が噴き上がる。
 視力を奪われた大怪獣は慟哭とともに、全てを焼き払わんと大顎に灼熱を充填させていく。かつてないほどに巨大な火球が、その牙の間に収束していた。

 ――しかし、その業火は不発に終わる。

 今度は飛行艇部隊のレーザー掃射が、豪雨の如く降り注いだのだ。閃光の嵐が、大怪獣の頭上に襲い掛かっていく。
 タイタノアの鉄拳により鱗を剥がされ、その下の体表を露わにされていた大怪獣は――無防備な肉体に熱線を浴び、絶叫を上げていた。

 大顎に充填されていた火炎放射は、苦し紛れのように大空へ放たれるが……その頃には既に、円盤の群れは近辺から退避している。

『レーザー砲、体表に命中! 怪獣の動きが鈍っています!』
『よし、いいぞ! 勝利とサインはもうすぐだ!』
『神官長! 私情がダダ漏れです!』

 流れは確実に、こちらに来ている。戦局の変化からそれを感じ取った威流は、タイタノアの身体で獅乃咲流の「奥義」を放つべく、その巨大な拳を構えた。

「これで決めるぞ……! こうなったら、最後まで付き合えよタイタノア!」
『う、うるさい! 怖いこと言ってないでさっさと――どひぃぃいい!』

 天を衝くかの如き、跳躍。雲さえ穿つほどの高みへ舞い上がり、手刀を振り上げるタイタノアは――自分の身体で好き放題され、かつてないほどに泣き喚いていた。
 だが、その悲鳴を聞きながらなおも、威流は躊躇うことなく「奥義」の手刀を振り下ろしていく。彼に神として相応しい働きをさせるには、心を鬼にするしかないのだと。

「獅乃咲流ッ――!」
『ぬぉおぉおぉおッ! 余は、余はっ――神だぁあぁぉぁあぁぃっ!』

 その想いが、導くままに。

 赤き巨星の手刀が、天の裁きの如く。

「――兜両断閃ッ!」

 鱗を剥がされ、視力を失い、死を待つ肉塊と化した、かつての大怪獣に――引導を渡した。

 頭頂から、紙のように引き裂かれていく命が、塊となり、破片となり、四方八方へ離散していく。
 善も悪もなく、ただ己の生態圏を拡大するためだけに生きる、獰猛にして純粋な怪獣軍団は――ここに。

 完全な終焉を、迎えるのだった。

「や……やりやがったぜ、あいつ……。まさか、威流の空手で怪獣を……」
「威流……! やっぱり、あなたが……!」

 あまりの光景に、誰1人言葉を発せられずにいる中……いち早く状況を飲み込んだ2人の「救世主」が、感嘆の息を漏らす。
 やがて、そこから伝染するかのように――「大怪獣の死」と「主神の勝利」を悟り、我に帰った飛行艇部隊の面々が、爆炎の如き歓声を上げていた。

『神官長! やりました! 我らが主神タイタノアが、ついに大怪獣めを……!』
『ファイター3も無事です!』
『そうか……! 皆の者、よくやった! よくやってくれた、本当に……!』

 勝利に酔い痴れ、黄色い叫び声を上げ続ける神官達。「神に仕える淑女」にあるまじき「民」としてのその素顔を、ルクレイテは――超能力を通して見つめていた。

「父上……タケル様……」

 だが、その眼に避難の色はない。長く苦しい時を経て、ようやくこの星は怪獣という脅威から解放されたのだから。今くらいは、無礼講……というわけである。

 やがて彼女の熱い視線は――この平和を齎した父と救世主に向けられた。巨人の背を見上げる巫女の瞳には、もう引っ込むことのない感涙で溢れている。

「ふぅっ……やったな、タイタノア。これは、あんたの勇気で掴み取った勝利だ。これでもう、誰にも恥じない立派な神様だな!」
『……』
「タイタノア?」

 ――そして。災厄の根源を討ち取り、この星と地球に平和を取り戻した救世主は、共に戦った主神の顔色を伺う。
 神としての名誉を守る、という悲願は達成されたというのに、どうにも反応が薄い。そんなタイタノアの様子を気にかけ、威流が声を掛けた――途端。

『ぬほぉおぇぇえ! やったぁああ! やったぞぉぉお! 余が、この余がぁあぁ! あの宇宙怪獣をぉぉお! 討ち取ったぁあぁあい!』
「うぉわぁっ!?」

 ――今度はタイタノアが、若干遅れて狂喜乱舞し始めたのだった。感激のあまり胸のハッチが開いてしまい、威流はそこから巨体の外へと放り出されてしまう。
 幸い、すぐ真下に大きな木があったため、威流は大量の枝葉をクッション代わりにして難を逃れていた。緑葉塗れになりながら、救世主は眉を潜めて踊り回る巨人を見上げている。

「……!? 竜也、あのロボットから威流が!」
「オイオイ……何でもありかよ、この星は」
「じゃあ、大怪獣を倒したのは……!」
「……そういうこと、らしいな。やれやれ、コスモビートルのパイロットが空手の修行なんかして何になるんだ――って思ってたが。案外、バカにならねぇもんだな」

 その瞬間を目撃した円華と竜也は、全てを悟ると狐につままれたような表情を浮かべていた。
 ――人が巨大ロボットの中に乗り込み、手足を操って怪獣を倒した。そんな話をどう上に報告すればいいのか……と、竜也は頭を悩ませている。

『やったぁあ! やったぞルクレイテぇえ! 父上はやったぞぉおおん! うぉおぉおん!』
「ちょっ……おい! せっかく皆にいいとこ見せたばっかりなのに、なに泣いてんだよ! 威厳はどうしたんだ威厳は!」
『うぉぉっほぉおおん! うおぉおぉん!』
「……ったく」

 ――そんな周囲の反応や、自分を見上げる威流の呆れ顔など、おかまいなしに。タイタノアは先ほどまでの臆病さが嘘のように、喜びのまま踊り狂っていた。
 威流はやがて、そんな彼を「手のかかる兄弟」を見るような眼で見つめ、苦笑いを浮かべる。……彼がいる大木の近くまで駆け寄ってきたルクレイテも、父の姿を苦笑気味に見上げていた。
 
 

 
後書き
〜タイタノア〜

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身長:53m
体重:36000t
年齢:28000歳
走行速度:時速500km
ジャンプ力:700m
腕力:60000tまで持ち上げる
キック力:ダイナマイト1500発分に相当

 かつてある惑星に先住していた巨人族が、侵略してきた怪獣軍団に対抗すべく自らを機械化したことで誕生した「機会巨人族」の生き残り。赤を基調としたアーマーと、白銀の鉄兜を持つ。いわば巨人のサイボーグであり、体の大部分が機械でありつつも、一部に生身の部分も残っており、痛覚も存在している。
 タイタノア自身は臆病な性格であり、自身の性能も2割程度までしか自力で引き出すことができない。しかし日向威流と合体することで、100%のスペックを発揮して戦う事が出来る。必殺技は「獅乃咲流(しのざきりゅう)兜両断閃(かぶとりょうだんせん)」と「獅乃咲流(しのざきりゅう)波濤精拳(はとうせいけん)」。


〜大怪獣〜

身長:62m
体重:32000t

 宇宙怪獣軍団の首魁であり、全ての個体を一体で産んだ母体でもある。巨大な爪や牙、尻尾など、体一つでも十分なほどの武器がある上、口から火炎放射を放つこともできる。さらに両眼からは熱線を照射することも可能。 

 

最終話 「好きに生きる」

 ――翌日。
 平和を取り戻したこの星の人々は、救世主たる地球人の戦士達を見送るべく、飛行艇発着場に集まっていた。

 神官達の意向としては彼らを引き留め、英雄として讃える場を設けたかったのだが……その筆頭である威流は、故郷に「家族」を残している身。そんな彼の事情を汲んだルクレイテの采配により、直ちに地球へ帰還することになったのである。

 神官達を代表し、一歩前へと進み出る神代の巫女は――帰還の準備を終えた威流達の前で、深々と頭を下げた。その表情は、憑き物が落ちたように柔らかい。

「地球の皆様。そして……ヒュウガ・タケル様。貴方方のお力添えにより、この星の未来は救われました。民を代表し、厚く御礼申し上げます」

 救世主との別れを前に、名残惜しげな表情を浮かべる神官達。そんな彼女達の方を見遣りながら、ルクレイテは苦笑交じりに口を開く。

「出来れば……もう暫く、貴方方を歓迎したかったのですが」
「いいよ、もう。あいつを倒したことで、オレ達の地球も救われたんだしな」
「だな。それに、あんな女ばっかりのとこに囲まれっぱなしじゃあ、落ち着かなくってしょうがねぇ」
「失礼よ竜也。……でも、本当によかったです。誰1人犠牲になることなく、あの大怪獣を倒すことができて」
「えぇ。父――タイタノアの力を引き出して下さった、タケル様のおかげですわ」

 竜也と円華も、長い戦いからの解放を実感し、頬を緩めている。彼らの筆頭に立つ威流は、ルクレイテと暫し見つめ合った後……こちらを見下ろす真紅の巨神に視線を移した。

「オレじゃないって。大怪獣を倒したのは、あいつ自身の強ささ。タイタノアの『勇気』が『恐怖』に勝ったから、オレも全力で戦えたんだよ」
「けっ、相変わらずクセぇこと抜かしやがる」
「ふふ、でも威流らしいわ」
「タケル様……ありがとうございます。これで父も安心して眠りに――」

 そんな彼の言葉に、竜也は口角を吊り上げ憎まれ口を叩き、円華は穏やかな笑みを浮かべる。そして、ルクレイテは感謝の想いを伝えながら、父の巨体を見上げ――

『ふっはははー! ようやく余の素晴らしさが分かったかヒュウガ・タケルよ! ならば今こそ、崇高なる守護神であるこのタイタノアが、懺悔の機会を恵んでやろう!』

 ――相変わらずなその振る舞いに、冷ややかな眼差しを送ると。

『さぁ先日の非礼を詫び、余に跪――』
「タケル様、光線銃をお借りします」
「あ、ちょっ」
『――ひぎゃあぁ! 痛い痛い痛いごめんなさーい! もう言わぬ! もう何も言わぬから許してぇえ!』

 威流のホルスターから光線銃を引き抜き、まばらに閃光を撃ち放つのだった。全身に熱線を当てられ、タイタノアはせっかく積み上げた威厳を再び失ってしまう。
 頭を抱え蹲る、勇敢でありつつもどこか情けない主神を――信者達は、苦笑いを浮かべながら見守っていた。彼の情けなさなら、もうとっくにバレているのである。

「……全く、ちょっとはマシになったかと思えば……」
「マシにはなったさ。一度でも恐怖に打ち勝てたなら、その記憶は必ず自信に繋がる。いつかきっと、虚勢に頼らなくてもよくなるよ」
「……タケル様も、父には甘いんですから……全く」

 口ではきつく当たりながらも、ルクレイテは醜態を知られながらも神であり続けている父の人徳に、思うところがあったのだろう。光線銃を威流に返す瞬間、彼女は至福に満ちた笑みを浮かべていた。

「さて……じゃあ、オレ達はそろそろ行くよ。帰りを待ってる人達も、いることだしな」
「はい。それでは、タケル様……どうか、お元気で。許嫁の方と、お幸せに」
「ははっ、そうだな。それじゃあ……いつか、また会おうな」

 ――やがて、出発時刻が迫り。威流は竜也のコスモビートルに乗り込み、仲間と共にこの星から飛び去っていく。
 そんな彼らを、神官達が黄色い歓声で見送る中……巫女は、ただ1人。

「ええ。――いつか(・・・)、また」

 悪戯っぽく笑い、その白い口元を緩めていた。

 ◇

 ――見慣れた木造の天井。それを見上げながら目を覚ました威流は、祭壇で目覚めたあの日が嘘のような、穏やかな朝を迎えていた。
 身を起こした彼は、地球の空気を匂いで感じ取り、表情を緩める。

「ん……朝、か」

 小鳥の囀りや、葉が揺れる音ばかりが響く、静かな庭。獅乃咲家の屋敷内からそれを見つめる威流は、ようやく掴んだ「平和」を噛み締めるように天を仰ぐ。

(あれから1週間。やっと、日常が戻って来たって感じだな)

 ――地球に帰還した後、威流達は軍による身体検査や状況報告を命じられ、あるがままを話した。
 大抵の人間なら、彼らの話は絵空事だと一笑に付しただろうが……怪獣軍団から人類を救った英雄の言葉だと、説得力が違う。

 軍部はただちに件の惑星に向かい、正式な交流の場を設けようと動き出した。上手くすれば、人類の生態圏を拡大する好機である――と。
 だが、それは我欲のために星々を蹂躙してきた怪獣達と何も変わらない。それを指し示すように、惑星のバリアは地球守備軍の干渉の一切を、遮断していた。

 ――軍部はそれでも諦めきれず、今度は威流達を出汁に進入を試みるのだが。星の外にいる者の心すら見抜くルクレイテの超能力に、全てを読まれ。威流達ですら通さないほどの強固なバリアを展開してしまうのだった。
 結局、打つ手がなくなった軍部の判断により、この惑星の調査は再び保留となり。人類の新惑星への進出計画は、凍結となった。

(やっと帰ってこれたと思ったら、上層部からは質問責めだし体はイロイロ検査されるし、教官職からも外されるし。何から何まで散々なもんだが……それでもやっぱ、帰れる場所があるってのは嬉しいもんだな)

 ――それから1週間。威流は心身を休めるべく、この獅乃咲家で療養の日々を過ごしていた。
 この屋敷に帰ってきた途端、許嫁に散在泣かれたのは言うまでもない。

(……葵にも、随分心配掛けちまったみたいだしな。これからは、ちゃんとあいつのことを見てやらなきゃ――ん?)

 だからこそ、これからは彼女のために生きねば。そう決意を固めようとした、その時だった。
 ――布団の下に、何かがいる。それを感じ取った彼の眉が、何事かと吊り上がった。

「……葵?」

 寂しさゆえか、今まで会えなかったことの反動ゆえか。許嫁は度々、威流の布団に潜り込み、添い寝をせがむようになっていた。
 そんな彼女をいつも、威流は快く迎え入れていたのだが――昨夜は確か、彼女は来なかったはず。

 では、今朝になって入り込んできたのか……と、威流が判断したその時。

「――ではなくて、申し訳ございません」
「なぁっ!?」

 許嫁にはない、蒼い髪を靡かせて。あの日に別れたはずの神代の巫女が、顔を出してきたのだった。――それも、生まれたままの姿で。

 吐息が顔に掛かるほどに迫られ、威流は理解が追いつかず素っ頓狂な声を上げる。そんな彼の様子を、ルクレイテは悪戯が成功した子供のように笑っていた。

「な、なんで君がここに……!?」
「なぜも何も……以前、仰ったではありませんか。いつかまた会おう、と」
「そ、それはそうだが……!」
「それに、こうも仰った。私も、好きに生きて構わない――と」
「お、おい、ちょっとルクレイテさん!」
「ふふ、言質はすでに取ってあります。後悔しても――遅いですわ」

 彼女は威流の状況把握が追いつくよりも速く――逞しい彼の掌を、自分の胸に押し当てる。巫女ではなく、強い雄を求める女として。彼女は自身の色香を武器に、威流にその肢体を擦り付けていた。

 ――すると。喧騒を聞きつけたのか。ドタドタと荒々しい足音が、この部屋に近づいてくる。その展開に、威流が頬を引きつらせた瞬間。

「威流様! 一体どうされま……な、なんですか貴方!」
「貴方、どうして!?」
「あ、葵! 円華まで!」
「あら、こうしてお会いするのは初めてですわね。シノザキ・アオイ様。それに、お久し振りですわ。シバ・マドカ様」

 許嫁と、その従者がこの寝室に駆け込み――眼前で繰り広げられている事態に、目を剥いてしまった。円華と違い、ルクレイテとの面識がなかった葵は、彼女の暴挙に顔を赤らめ激怒する。

「な、なぜ私の名を……ま、まさか貴方が例の宇宙人!?」
「えぇ。ルクレイテ――と申します。何卒、お見知り置きを」
「あ、えぇと、こちらこそどうぞ……ではなくて! なぜ宇宙人の貴方が地球にいて! 威流様のお布団に忍び込んでいるのですか!」
「そ、そうです! 彼はお嬢様の許嫁! それを知りながら、なぜ貴方がこのようなことを!」
「なぜって……それは……」

 円華もそれに同調し、ルクレイテを非難するのだが――彼女は白々しく、困ったような声を漏らすと。

「――救世主たるタケル様の、御命令ですから」
「んなっ!?」
「御命令!?」
「ちょおっ!?」

 威流の腕に絡みつき、その唇に白い指先を当てて。全ての「責任」を、男に委ねてしまうのだった。
 その言葉を受け、全員が驚愕し――やがて、許嫁の全身から嫉妬の爆炎が噴き上がる。彼女の隣に立つ従者も、涙目になりながら威流を睨みつけていた。

「……た〜け〜る〜! さ〜ま〜!」
「威流、貴方! お嬢様という人がありながら、どういうつもりよ!」
「ちょっ……待って、葵! 円華! オレの話を聞けって!」
「ふふ……さぁ、タケル様。英雄色を好む、という言葉もあります。どうぞ3人纏めて、可愛がって下さいませ」
「さ、さんっ!?」

 そしてルクレイテの爆弾発言に、乙女2人はさらに真っ赤になると。

「……威流っ! お説教よ、そこに直りなさい!」
「威流様! 説明してくださいっ!」
「ふふ……賑やかになって参りましたわ。これから、楽しくなりそうですわね……タケル様?」
「楽しいのは多分君だけええぇ!」

 修羅の如き形相で、愛する男を追い回すのだった。顔面蒼白になりながら逃げ惑う救世主を、異星人の巫女は悪戯っぽく笑いながら見つめている。

「……あいつら朝っぱらから何はしゃいでんだ?」
「威流さんが戻られて、ようやく落ち着いて来た頃ですからね。2人とも、今まで失った時間を取り戻そうとしているのでしょう」
「そういうもんっすかね……?」

 ――そんな修羅場が繰り広げられているとも知らず。威流の様子を見にきていた竜也は、静かな茶の間で雅と共に、平和な青空を眺めていた。

 ◇

 一方。地球から遠く離れた、異星人の住まう惑星では。

『うおぉおーん! 余の可愛い可愛いルクレイテえぇぇえ! どこに行ってしまったのだあぁああ!』

 聖域である大森林の只中を、真紅の巨神が泣き叫びながら駆け回っていた。その後方を、無数の円盤が追尾している。

『我が主神タイタノア! 神殿にお戻りください!』
『どうされたのですか! 急に泣きながら飛び出されて!』
『追え! 神が動くほどの「何か」の前触れかも知れん!』
『了解!』

 自分達の主神がこれほどまでに取り乱している理由が、娘の色恋沙汰であるとは知らず。円盤を操る神官達は、真摯な面持ちで彼を追いかけていた。

 ――娘が巫女の役を後進に託し、地球に発ったという事実は、父にのみ知らされていなかったのである。知れば間違いなく、力ずくで阻止してくるだろう……という娘本人の判断によって。

 今になってそれが発覚し、主神タイタノアは――

『おのれヒュウガ・タケルぅうぅ! やっぱり貴様なんか大っ嫌いだ! バーカ!』

 ――元凶たる地球人に、呪詛の言葉を吐くように。平和な青空に、泣きながら吠えるのだった。
 
 

 
後書き
 どうも皆様、オリーブドラブです。
 本作「赤き巨星のタイタノア」の本編は、今回で完結となります! ここまで読んで頂き、誠にありがとうございました!
 次回は番外編となる「青き恒星のヘラクロア」を更新して、本作を締めくくる予定です。お楽しみに!
 では、失礼しました!
 

 

番外編 青き恒星のヘラクロア

 ――機械巨人族。
 今から数百年前、とある惑星で――宇宙怪獣の襲来を受けた巨人族が、並外れた武力を持つ侵略者達に対抗するため、自らを機械化して生まれた一団である。
 彼らは愛する母星を守り、未来を紡ぐため自らの命と体を投げ出し、文字通りの兵器と成り果てた。

 そんな彼らの武器は、硬度を増した鋼の身体だけではない。彼らは自らの肉体を制御する術を、小柄な異星人に授け――自分達が死した後も、戦える措置を施していたのである。
 胸のハッチを開いて心臓部のコントロールルームに導き、彼らに肉体の主導権を明け渡せば――例え屍になろうとも、その巨大な拳を振るい続けることが出来るのだ。

 安らかな眠りなど不要。平和のためとあらば、死してなおも戦い抜く。そんな鉄血の勇士達は、脳が死のうと魂を失おうと、決して戦うことに背を向けなかった。

 そう、怪獣軍団が去りゆく日まで。――戦いを嫌う1人の男を残し、全員が死に絶えるまで。

 彼らは最後まで、止まらなかった。

 ◇

 体長15m前後。その程度の体躯しかない怪獣軍団の雑兵など、50mの巨体を誇る機械巨人族の敵ではない。
 ――が、その物量は常軌を逸している。星はおろか、宇宙そのものを覆わんとするほどの群れが、濁流のように襲い掛かってくるのだ。
 圧倒的な数を武器に雪崩れ込む侵略者達に、機械巨人族の戦士達は絶えず苦戦を強いられている。

『くッ……いつもながら、なんという数だ! これ以上押し切られては、我が母星が……!』
『しかも、あんな奴までいては迂闊に攻められん……! クソッ!』

 宇宙での激戦のさなか。怪獣達を拳で叩きのめしながら、機械巨人族達は焦燥を露わにしていた。
 母星に迫ろうとしている怪獣軍団は、勇士達が張り巡らせた防衛線を抜け、次々と大気圏へ突入している。地上にも防衛に当たっている機械巨人族は大勢いるが、それでもこの戦いでどれほどの被害が出るかは……想像も付かない。

 ――しかも。異様な容姿と異常な戦闘力を持つ、怪獣軍団の「変異種」までもが、機械巨人族に牙を剥いているのだ。

 二足歩行の雑兵とは異なる、四足歩行の体型。機械巨人族達を上回る、全長70mもの体躯。灰色の体表に、飛び出した大きな両眼。ギョロギョロと蠢き、定まらない視点。しなる長い尾に、裂けそうなほどに大きく長い顎。歯並びという概念が見えない、醜い牙。
 見るからに奇妙な外見を持つ、その「変異種」は――今まで何人もの機械巨人族を食い荒らしてきた、獰猛な個体である。彼の者は次の餌を求め、防衛線で奮戦している勇士達を睨んでいた。

『……奴は、僕が引き付ける。皆は、他の雑兵共を始末してくれ』
『レッキ!? ――まさか、1人で行くつもりか!? 無茶だ!』
『すでに一度、奴に敗れた後だろう!? 犬死にするつもりか!』

 ――そんな中、レッキと呼ばれた1人の機械巨人が、勇ましく進み出る。決死の覚悟の秘めた彼の背中に、同胞達は難色を示していた。
 青く逞しい肉体に、それを保護する真紅のプロテクター。白銀の鉄仮面に、黄色いバイザー。そして、雄々しくそそり立つ側頭部の双角。

 ――そんな凛々しい姿を持ち、仲間達からも一目置かれている彼が、止められているのは。一度「変異種」に敗れている、という過去が原因であった。

『……だからこそ、だ。この骸を託されて、なおも奴を倒せなければ……僕はそれこそ、この身体をくれたヘラクロアに顔向けできない』
『レッキ……』

 この青い機械巨人族を操る、異星人のレッキ。ひと束に纏めた亜麻色の長髪と、赤い瞳を持つ美男子である彼は――かつて、この機械巨人族の戦士「ヘラクロア」と共に戦う兵士だった。

 だが、先の戦いでヘラクロアは「変異種」に敗れ、脳を損傷。事実上の死に至り、その遺体であるこの巨体を、コントロールルームにいるレッキが操り続けているのだ。
 かつて共に戦った戦友の視点を持ったまま、レッキはこの遺体を弔うため――「変異種」に再戦する決意を固めたのである。

『……わかった、もう我々は止めない。だが、約束しろ! 必ず、生きて帰ると! さもなくば、ヘラクロアは決して浮かばれん!』
『あぁ、分かってる! ――皆も必ず、生き延びてくれッ!』

 ヘラクロアの遺体を操縦するレッキは、眼前の「変異種」に狙いを絞ると――瞬時に接近して背後に回り、太い首に組みついた。

『仇は必ず取る……! 付き合ってもらうぞ、貴様の墓場までな!』

 そのまま、怪獣軍団の群れを抜け――「変異種」を抱えたまま、レッキは遙か彼方に飛び去ってしまうのだった。

 ◇

 銀河の彼方で煌めく、無数の星々。その輝きと幾度もすれ違い、流れ着いた先に広がる灰色の大地へ――ヘラクロアと「変異種」は、転ぶように着地した。
 月面と呼ばれるその地を踏みしめ、ヘラクロアは一気に立ち上がり――再び、「変異種」目掛けて飛びかかる。馬乗りになった彼は巨獣の延髄に、手刀の雨を降らせた。

(見ていてくれ、ヘラクロア! 僕は必ず、君を勝たせてみせる! 君が、思い描いた――!)

 「変異種」は奇声を上げ、長い尾を振るい、何度もヘラクロアの背中を打ち据える。激しい振動と痛みに襲われ、レッキは苦悶の声を漏らすが――それでも、攻撃の手を緩めない。

 その脳裏には、今は亡き親友の言葉が過っていた。

 ――私はね、レッキ。タイタノアを憎んでなどいないんだ。彼は誰よりも、傷付くことの怖さを知っている。ただ、それだけなんだよ。

 ――周りも君も、彼を憶病者だと言うけれど。もし彼が、君のような異星人と変わらない体躯だったなら……誰も彼を責めなかっただろう?

 ――人は誰も、生まれを選べない。だからどう生きるかだけは、その人自身が選ぶべきなんだ。それを誰かに左右される世の中に、自由はない。

 ――私はそんな自由を、君達と我が故郷に齎すために戦っている。もし君が、そんな私を笑わないでいてくれるなら――

(ヘラクロア……!)

 ――私の魂が、あの恒星に成り果てた後も。骸を使い、生き抜いて欲しい。誰もが願う、自由のために。

(そう――君が思い描いた、自由のためにッ!)

 それだけの言葉と、この屍を遺して逝った戦友のために。
 レッキは声にならない怒号と共に手刀を振り上げる――が、突如首を振り上げた「変異種」の頭部で顔面を強打し、よろけたところを後方の尾で叩き落とされてしまった。

 激しい轟音と共に転倒したヘラクロアに、「変異種」は追い打ちとばかりに尻尾を叩きつけてくる。その痛みにのたうちながら、レッキはなんとか地を転がって距離を取った。

 ――だが、それは悪手だった。なんとかヘラクロアが立ち上がった瞬間、正面に向き直った「変異種」が大顎から怪光線を放ったのである。
 怪しい閃光を胸に浴びたヘラクロアは激しく転倒し、後頭部を強打。さらに、立ち上がろうとするよりも早く――今度はのしかかられてしまう。

 圧倒的な体重差もあり、どれほど暴れても中々「変異種」の巨躯は揺るがない。やがて、ヘラクロアの全身がのしかかりに耐えきれず、歪な音と共に軋み出す。

(約束したんだ……! 自由を、取り戻すって!)

 ――だが、諦めるわけにはいかない。単純な腕力では抜け出せないと判断し、レッキは思い切り頭を振りかぶった。
 刹那、ヘラクロアの側頭部から伸びている、反り上がった角が「変異種」の喉に突き刺さり――青紫色の鮮血が噴き出してきた。

 絶叫と共に「変異種」は後ろ足で立ち上がり、さらに強力なプレスを仕掛けようとする。だが、そのために一瞬身体が浮いた隙を縫って――ヘラクロアは後方に転がり、マウントポジションからの脱出に成功した。

(体表が破れて出血している……! 傷が再生する前に、あそこに破壊光線を撃ち込めば――内部から爆殺出来るはずだ!)

 「変異種」は激しい激突音を出しながら、激しく暴れまわっている。その首に空いた穴に狙いを定め――レッキは、双角にエネルギーを集中させる。
 やがて、ヘラクロアの角に蒼い電光が宿り――その輝きが、両腕に伝導して行った。レッキは全身に迸る「力」の奔流を肌で感じつつ、ヘラクロアの体を操る。青い巨体は低い腰になり、衝撃に備えるような姿勢に入った。

 ――これは生前、ヘラクロアが封じていた技だ。凄まじい火力はあるが、全ての力を使い果たしてしまう上に、反動で遙か後方まで吹き飛ばされてしまう……というのが、その理由である。

 搭乗者であるレッキへの負担を顧みたヘラクロア自身により、長らく封じられてきたこの技。「変異種」を破り、機械巨人族を救うには、もうこれに頼るしかない。
 ――それが、この身体を預かるレッキ自身の決断だった。

(ヘラクロア……君はきっと、怒るだろうな。許さなくても、構わないよ。……それでも僕は、撃つ。この一撃は、君の願った未来に必要な光だから!)

 そして、荒れ狂う「変異種」の大顎がこちらに向かい――再びあの怪光線が放たれた瞬間。

 ヘラクロアは電光を纏う両拳を、天高く振り上げ――それを「変異種」目掛けて突き出したのだった。

「共に、この宇宙の恒星になろう。――イグナイトブラスタァアァアァアッ!」

 刹那。

 蒼い閃光が、両拳から噴火の如く飛び出し――怪光線を弾きながら、「変異種」の傷口に突き刺さった。
 喉から体内へと、破壊光線で串刺しにされた巨獣は断末魔を上げ――跡形もなく爆散する。

 ――そして、この強過ぎる輝きに押し出されたヘラクロアも。月面を飛び出し、遥か彼方の暗闇へと吹き飛ばされていた。

(……いいんだ。良かったんだよ、きっとこれで。なぁ……ヘラクロア)

 母星から、故郷から果てし無く引き離され。永遠とも呼べる年月の中を、彼らは漂い続ける。
 先ほどの破壊光線(イグナイトブラスター)により、ヘラクロアのエネルギーも底をついてしまった。もはやレッキに、帰る術はない。

 今も戦っているであろう、仲間達との約束は果たせなかったが。せめて彼らは戦乱を生き延びて、自由を掴んで欲しい。
 そんな願いを、人知れず胸に秘めて――「変異種」との相討ちに終わったレッキは、ヘラクロアと共に暗闇の向こうへと消えていく。

 ――そして、この後。
 機械巨人族は怪獣軍団と相討ちになる形で、滅亡した。

 ヘラクロアが最期まで気にかけていた親友――タイタノアを遺して。

 ◇

 ――それから、数百年。生きているのか、死んでいるのかも曖昧になるほどの、永い年月を経て。
 巨人と共に眠り続けていた男は、深い海の底で目を覚ました。彼らは宇宙を漂流してから僅か数年で、この惑星に墜落していたのである。

 誰にも知られることなく、はるか海の底で眠り続ける戦友の骸。男はこの豊かな海で、彼の骸を安らかに弔うことに決めた。
 ――巨人の骸を離れ、陸に上がり。そこで男は、「地球」というこの星の名を知る。そして、役目を果たし眠りについた戦友と共に、この星に骨を埋めるため――真空寺烈騎(しんくうじれっき)と、名を改めた。

 そうして、この星の住民……すなわち「地球人」として暮らしていく中で。彼は最近までこの星で起きていた戦乱と、その顛末を知る。
 この地球にも襲来していた、怪獣軍団。彼の者達は、「地球守備軍」というこの星の防衛組織によって撃退されたのだという。

 ――自分達より遥かに寿命の短い人類が、あの怪獣軍団を追い払った。その事実に衝撃を受けながらも、烈騎は安堵した。もう、戦友の眠りが脅かされることはないのだと。
 そして彼は、自分達と同じ苦しみを味わいながらも、それを乗り越えて生きている地球人達の力になるべく――戦災孤児院の従業員として働くようになった。

 怪獣軍団との戦争で親を失った、大勢の子供達。そんな彼らにシンパシーを抱いた烈騎は、この星に一つでも多くの「自由」を灯すために戦うと決める。
 ――かつて、亡き戦友が思い描いた未来に、僅かでも近づくために。

 ◇

 ――そんな日々が幕を開けて、しばらくの月日が経つ頃。年長の子供達を連れ、日用品の買い出しに繰り出していた烈騎は、近場のスーパーに訪れていた。

「あ! これ『1/200コスモビートル日向(ひゅうが)機』じゃん! ねー烈騎、買って買って!」
「おれ、こっちの武灯(むとう)機がいい!」
「だめだめ、今日は必要なもの買う分しか持ってきてないの」
「ちぇー……」
「……来月の給料日までいい子にしてたら、院長に内緒で買ってあげるから。我慢しなよ」
「よっしゃー!」
「さすが烈騎ー!」

 現金でわんぱくな子供達に手を焼き、苦笑いを浮かべながら。亜麻色の長髪を靡かせる赤い眼の青年は、今日も平和なひと時を過ごす。この星の安寧を願う、地球人の1人として。

 ――そんな折。食材のコーナーに向かったところで、ある一組の男女とすれ違う。サングラスやマスクで素顔を隠した、あからさまに怪しい姿だ。

「ん? ねー烈騎、あれ不審者?」
「シッ、見ちゃいけません! というか、失礼なこと言っちゃいけません!」

 つい目で追ってしまうが、あまり不躾に眺めるのも失礼だろう。そう判断し、烈騎は早々に過ぎ去ろうとする。

「しっかし、たかが買い出しくらいでいちいち変装しなきゃならなくなるなんて、入隊した頃は考えたこともなかったよな」
「シッ、声が大きいわよ威流(たける)! ――だいたい、こういうのは侍女たる私の仕事であって、次期当主のあなたが出向くような要件じゃ……!」
「んなこと言ったって、家じゃ葵とルクレイテが毎日睨み合ってて、居心地悪いっつーかさ……」
「だからって私の仕事に逃げ込まないで!」

 ――が。彼らの会話を聞き、ふと足を止めてしまう。

 ルクレイテ?

「……?」
「……」

 すると、向こうの男性も何かを感じ取ったのか――サングラスをずらし、黒く凛々しい瞳で、烈騎を見据えた。
 赤い瞳と、その眼差しが暫しの間、重なり合う。……だが、やがて2人は何事もなかったかのように、そのまますれ違ってしまった。

(……聞き違い、だろうな。僕らの巫女……ルクレイテ様の名を、地球の人が知ってるはずがないし……)
「烈騎ー、今の不審者と知り合い?」
「んー? いや、別に知り合いじゃ――っていうか、その不審者っていうのやめなさい!」
「わー! 烈騎が怒ったー!」

 そんな烈騎の背を一瞥し、サングラスの男――日向威流(ひゅうがたける)は、気を取り直すように歩み出す。彼の隣に立つ女性――志波円華(しばまどか)は、不思議そうに小首を傾げていた。

「威流、今の人と知り合い?」
「……いや、違うが。なんだろうな……他人、って気がしなかった。それだけだ」

 2人はどこか腑に落ちない様子で、カートを押して買い物に戻っていく。

 ――あの赤い瞳の青年が、自分達と深い関わりを持っていた戦士であるとは、知る由もなかった。
 
 

 
後書き
 どうも皆様、オリーブドラブです。
 本作「赤き巨星のタイタノア」は、今回で完結となります! 最後まで読んで頂き、誠にありがとうございました!
 来週この時間帯からは、宇宙刑事シリーズをモデルとしたメタルヒーローもの「星雲特警ヘイデリオン」(全10話)をお送りします。お楽しみに!
 では、失礼しました!



〜ヘラクロア〜

身長:55m
体重:34000t
年齢:30000歳
走行速度:時速600km
ジャンプ力:800m
腕力:30000tまで持ち上げる
キック力:ダイナマイト700発分に相当

 かつてある惑星に先住していた巨人族が、侵略してきた怪獣軍団に対抗すべく自らを機械化したことで誕生した「機械巨人族」の一員。一族の中でも優秀な戦士であり、臆病な親友(タイタノア)を決して責めない奥ゆかしい人物でもある。
 同郷の異星人であり、地球人と変わらない体躯を持つ青年・レッキに自らの骸を託し、死後も彼の手足となって戦い抜いた。必殺技は「イグナイトブラスター」。


〜変異種〜

身長:70m
体重:40000t

 宇宙怪獣軍団の雑兵達とは異なる成長を遂げた、突然変異種。四足歩行の体型に、異様に長い尾。飛び出した丸い両眼に歯並びの悪い牙など、奇怪な容貌を持っている。
 産みの親である「大怪獣」さえ凌ぐ巨体の持ち主であり、その体重にものを言わせて放つ尾での打撃やのしかかりなどは、機械巨人族の鎧さえ穿つ。
 さらに口からは怪光線を放つことも可能であり、優れた外皮硬度も備えている。だが一方で、体内への攻撃に対しては無防備でもある。