山嵐


 

第一章

                山嵐
 谷九明子は大学の女子柔道部の選手である、オリンピック金メダル候補でもありその強さは折り紙付きだ。
 段は四段でとにかく強い、得意技は大外刈りや肩車といった大技が多く特に祖父から教えられた山嵐は有名だ。
 しかしその山嵐についてだ、後輩の娘達にいつも言われていた。
「あの、先輩の言われる通りにしたんですが」
「そうしてやってみたんですが」
「何か違うんです」
「やってみてもです」
「先輩みたいにならないです」
「相手が能店から落ちません」
 明子が出した山嵐の様にだ。
「普通の投げ技みたいな感じで」
「下手したら奥襟取られますし」
「難しい割に威力出せなくて」
「どうしたら先輩みたいな山嵐になるんですか?」
「それがわからないんですが」
「それはあれよ」
 明子は後輩達に冷静な顔と声で答えた。
「身体に特徴がないと出来ないの」
「特徴?」
「特徴っていいますと」
「元々この技は西郷四郎さんの技ね」
 この柔道家の名前も出して話す明子だった。
「そうだったわね」
「明治初期の柔道家ですね」
「会津藩由縁の」
「小柄だけれど凄く強かったんですよね」
「そう、あの人が山嵐を使った人で一番有名だけれど」
 それでもというのだ。
「この人が何故山嵐を使えたか」
「それはどうしてなんですか?」
「どうして西郷四郎さん山嵐使えたんですか?」
「あの人は」
「あの人の足の裏に特徴があったの」 
 そこにというのだ。
「あの人タコ足っていって結構何でもひっつく人だったの」
「足の裏にですか」
「そういえばそうした人いますね」
「足の裏に踏んだものがどんどんくっつく人」
「そうした人いますね」
「西郷四郎さんは極端なタコ足で」
 そのタコ足体質の中でもというのだ。
「それ相手の足も自分の足の裏で付けることが出来て」
「だからですか」
「山嵐を使えたんですか」
「じゃあ先輩もですか」
「タコ足なんですか」
「実はそうなの、それでね」 
 そのタコ足故にとだ、明子は今度は自分の足のことを話した。
「私も使えるの、だから山嵐は普通の技と違うの」
「本当の山嵐を使おうと思えばですか」
「かなりのタコ足じゃないと駄目ですか」
「西郷四郎さんか先輩みたいな」
「そうした足じゃないと駄目なんですね」
「そうなの、普通の山嵐ならいいけれど」
 柔道でも正式な技の一つと定められてはいる。
「オリジナルの。西郷四郎さんや私みたいな山嵐はね」
「極端なタコ足ですか」
「そうした足じゃないとですか」
「駄目なんですね」
「使えないんですね」
「そうなの、だから私みたいな山嵐はね」
 どうしてもというのだ。
「タコ足じゃないと諦めてね」
「普通の山嵐で我慢するしかないんですね」
「それならですね」
「そう言われると残念ですが」
「仕方ないですね」
「そう言われますと」
 オリジナルの、明子ひいては西郷四郎の様な山嵐をというのだ。 

 

第二章

「使いたいです」
「私タコ足になりたいです」
「私もです」
「是非共」
「そうした山嵐使いたいです」
 後輩達は明子に言われるとよくこう思った、明子はいつもわらってその話を聞いていたが大学の柔道部の寮では。
 よく歩いていて素足の時は足の裏にちょっとしたゴミでも何でも付いてだ、困った顔で言うのだった。
「もうお風呂からあがってちょっと脱衣場歩いただけでね」
「明子ちゃんの足の裏ゴミ付くのよね」
「タコ足だからね」
「それも相当な」
「皆は付かなくても」
 明子の場合はと自分で言う。
「付いちゃうのよね」
「もう何でも付いちゃうからね」
「ゴミでも何でも」
「それですぐに汚くなるから」
「だからよね」
「夏でもね」
 例え暑くてもだ。
「すぐに靴下履かないといけないのよね」
「それちょっと難儀よね」
「夏でもいつも靴下ってね」
「むれるしね」
「下手したら水虫になりかねないし」
「水虫になんてなったら」
 明子はその場合を考えてこうも言った。
「どれだけ嫌か」
「凄い痒いらしいわね」
「もう我慢出来ない位に」
「自衛隊の人とか多いらしいわね」
「あそこの人達ブーツとか履くこと多いから」
 通気性の悪い靴ばかり履くからだ、自衛官やそうした靴を履く職業にはどうしても水虫が多いという。
「それでもね」
「女の子で水虫はね」
「やっぱり嫌よね」
「ましてや柔道っていつも足出すのにね」
「それで水虫なんてね」
「それが嫌だから」
 それでとまた言った明子だった。
「私も夏でも靴下はね」
「あまり履きたくないわね」
「そうしたことを考えたら」
「どうしても」
「けれど付くから」
 素足だとそのタコ足のせいでだ。
「履いてるけれど」
「難しい悩みよね、明子ちゃんにとって」
「ゴミが付くから靴下履くけれど」
「それでも水虫は怖い」
「難しいところよね」
「この悩みがわからない娘って幸せよ」
 後輩の娘達に言われたことを苦笑いと共に思い出した、そのうえでの言葉だ。今寮は同級生達ばかりなので気楽に話せているが実はそう思っているのだ。 

 

第三章

「本物の山嵐は使えても」
「それでもね」
「いいことばかりじゃないわよね」
「山嵐は使えても」
「そうしたデメリットもあるのよね」
「タコ足のことがわかってないのよ」
 オリジナルの山嵐を使いたいという後輩達はというのだ。
「全く、こうしたこともあるのに」
「知らぬが仏?」
「タコ足って何でもひっつくのにね」
「それも人の足がひっつく位だとね」
「ちょっと歩いただけで何でもひっつくのにね」
「それがわからないってどれだけ幸せなのよ」
 自分の靴下に覆われた足を見て言う明子だった。
「若し本当に水虫になったらどうするのよ」
「それは勘弁よね」
「どうしてもね」
「女の子としては特に」
「なったら洒落になってないから」
「そうよ、じゃあ今日は私が食事当番だし」
 木を取りなおして笑って言った明子だった。
「今から作るわね」
「今日は何作るの?」
「明子ちゃんのお料理ってワイルド系だけれど」
「漢の料理だけれど」
「今日はちゃんこ鍋よ」
 同級生達に笑って答えた。
「それ作るから」
「得意料理の一つね」
「お野菜とお魚とかお肉とかどっさり入れた」
「それにするのね」
「栄養があるし身体あったまるし美味しいし」
 ちゃんこの利点を笑って話した明子だった。
「今から作るわね」
「楽しみにしてるわね」
「じゃあ出来るの待ってるからね」
「宜しくね」
 笑顔で応えた同級生達だった、明子はその彼女達の言葉を背に受けて厨房に向かった。そうしてその包丁を存分に振るって漢の料理を作った。


山嵐   完


                   2017・11・26