Speed Demon -Speed of madness-


 

第一話 突然の出来事

 ――鬱陶しい。
 照りつける太陽の光はどんどん強くなっていく。
 無駄に自然の多い街。山を迂回しての帰宅。
 この山がなくなれば、どれだけ移動が楽になるだろうか。
 直線距離を取れば、20分は短縮できるだろうか。
 計算しながら、歩く。
「ああ、よく分かんねぇ……」
 自宅までまだ遠い。家に帰っても、誰もいない。
 10年前、母親と妹が父親に殺された。父親は今も刑務所に服役中だ。
 おかげで俺はずっと独りだ。
 殺人者の息子な以上、もちろん周りの目も変わる。
 それから俺の性格はどんどん歪んでいった。
 学校にもほとんど行かなくなった。
 今日だってそうだ。出席日数のために学校には行ったが、直ぐに早退した。
「はあ」
 街の商店街に差し掛かると一度立ち尽くし、溜め息と同時に空を仰いだあと、
 再び歩を進めようとする。
 途端、腰の辺りに何かを ―筒状で冷たく、金属のようなものを― 突き付けられるのを感じる。
 一体それが何なのか、考える間もなく、口を押さえられ、
 俺は不意に両手を挙げた
神崎(かんざき) 大翔(はると)だな?」
 その声から、男であることは分かった。
 背後にいるせいで顔は見えない。
 神崎 大翔、確かに俺の名前だ。間違いない。
「間違いないな?」
 もう一度、問う。
「あ、ああ」
「そこ、何止まってんだよ! 退いてくれ!」
 人通りの多い商店街のど真ん中に立ち止まっていたので、
 苛立ち始めた通行人の一人が、間を強引に通った。
 二人共撥ね飛ばされ、尻餅をつく。
 一瞬隙ができた。
 今しかない。そう思った俺は、全力で走った。
「くそっ! ターゲットの特殊能力者を確保」
 銃を持った男が、耳につけたインカムのようなものに手を当て、何者かに報告する。
 男の手には拳銃が、確かに握られていた。
 商店街を抜けたあと、しばらく逃げ、人通りの少ない住宅地にきたとき、左から黒いバンが走ってきた。
 バンは目の前で止まり、武装した人間が複数、サイドドアから降りてきた。
「了解、攻撃する」
 インカムのようなものから聞こえてくる声に応答すると、こちらに銃を向けた。
 
 ――攻撃。

 乾いた音が響くと同時に、右肩に激痛が走る。

「っ!?」
 ぐわぐわと視界が揺れる。ごほごほとむせる。
 混乱した頭で必死に考える。
 なぜ攻撃されたのか。
 必死に考えるも、すぐに二発目の銃弾が放たれる。
 
 その瞬間、俺の目が青い光を放ち、周囲が突然スローモーションのようにゆっくり動き出す。
 スローモーション――この現象、昔からよく経験したことがある。
 とにかく逃げよう。今はその事だけを考え、ひたすら走る。
 スローモーションは未だに続き、自分だけがいつも通りの速さで動いている。
 しかし、何故かいまいち安定して走れず、俺は勢いよく前のめりに転んでしまった。
「うぅ……」
 それでも地面を這う。このまま死ねば、母や妹にだって会えるかもしれない。でも――。
 でも、まだ死ぬわけにはいかない。“あの人”と決着をつけるまでは―。
 俺は立ち上がり、痛む身体を無理やり連れて街を走った。
 学校に逃げよう。
 いや、ダメだ見つかる。その近くの廃ビルなら……。
 そんな思考が巡る中、何かが俺の頬を掠めた。
 振り向くと、いつの間にかスローモーションは終わり、俺がさっき転んだ場所辺りに武装した男が立っていた。
 顔はよく見えない。
 
 乾いた音が響く。
 
「う、うわぁ!」
 俺は必死の思いで地に伏せる。
 すると、銃弾は頭上スレスレを通過する。
 しかし、また後ろから銃声が鳴り響く。
 来る――!
 ところがボロボロの身体はもう言うことを聞いてくれない。
 俺はなすすべもなく背中に銃弾を受けた。
「ぐぅ……!」
 背中の皮膚に、裂けるような痛みを感じる。
 立ち上がる力はもうない。
 俺はうつ伏せのまま、顔を地面につけて気を失った――。
  

 

第二話 チーム・プレアデス

「うぅ…」
 目が覚めると、二つの声が聞こえてきた。飄々とした男の声と、女生徒の声。
 女生徒のほうは何かを真剣そうに話しているが、男のほうは興味がないのか、
 空返事を繰り返している。
 声のする方へと、視線を向けてみる。
 まだ温かい泥のような視界は、少しずつ目の前の二人へと、焦点を定めた。
 黄金色の長い髪、綺麗な青い瞳。知らない女の子だ。
 服装は学校の制服のようだが、見たことのない制服を着ている。
 豪華な革張りの執務椅子に座り、横柄に足を机に投げ出していた。
 俺は接客用に設けられているのか、ソファーに横たえられているようだ。
 と、飄々とした声の男と目が合ってしまった。
「あ、そいつ、もう起きてるんじゃないか?」
「え、ああ、気がついた?」
 彼女の容姿に似通う綺麗な声。
「ここは…」
 とにかく状況の把握を。何者かたちから逃げる途中、銃撃を浴びたところまでは覚えている。
 その後、俺は――
「あなた、名前は?」
 歩み寄ってきて、息の触れる距離まで顔をずいと近づけてくる。
「お前こそ誰だよ?」
 質問で返した。
 こういうのは先に名乗るのがマナー云々と言いたいわけではないが、父のこともあって名前を言いたくない。
「私は立華(たちばな) 紗香(さやか)。あなたは?」
「神崎 大翔」
 ぶっきらぼうに答える。
「神崎くん…大翔くんの方がいいか…」
「勝手にしろよ」
「じゃあ、大翔くん、唐突だけど、あなたにはこの学校に転入してもらうわ」
 少し、間があいた。
「はあ? 転入?」
「そう。特殊能力者を eDEN Corpの手から保護するのが私たちの役目よ」
「特殊能力者を? eDEN Corpから?」
「eDEN Corp って…あのeDEN Corpのことか?」
「そうよ」
 eDEN Corporation。電力会社を中心とした超巨大多国籍複合企業だ。
 そのeDENが特殊能力者と一体どんな関係があるというのか、さっぱり分からない。
「人類の中には極少数、特殊な能力を持つ者がいる。
 eDEN Corpは、エネルギー研究の過程でその存在にいち早く気付くと、
 それらを世間に隠蔽し、特殊能力者の保護をはじめたのよ。」
「でも、eDENがもたらした平和は、特殊能力者の犠牲によって成り立つものだった」
「eDENに発見された能力者は保護を名目に強制収容され、
 ことごとく人体実験のモルモットにされている」
「そういうeDENの非人道的な研究から特殊能力者を守るのが私たちの役目というわけ」
「だから、あなたにはこの学園に転校してもらう必要があるの。わかった?」
 わかるわけがなかった。
「でも、俺には能力なんてない。普通の高校生だぞ!」
 そんなことが現実にあるわけがない。こいつの妄想だ。
「はあ…まだ自分の力を自覚していないようね」
 呆れ果てたような表情で言う。
「いい? あなたがeDENの部隊 “マーセナリー”の襲撃にあっても生きているのは、あなたにはそういう力があるからなのよ。よく思い出してみなさい、心当たりがあるんじゃない?」
 ――力。
 考える。
 あの銃撃から、逃げるのに役立った力。
 すると、一つの出来事が頭に浮かんだ。
 あのとき感じた、周囲の動きが感覚的に遅くなる現象―。
「まさか…あのスローモーション…」
「ようやくわかってきたみたいね。」
 彼女―立華 紗香―は一瞬笑顔を見せたが、
 すぐ真剣な表情に戻り、話を続けた。
「eDEN Corp に目をつけられた以上、このまま一人で生活するのは困難よ。
 買い物ひとつろくにできなくなるでしょうね」
「でも、私たちの学校、“六連星(むつらぼし)学園”とその周囲の街はまだ一度もeDENの戦いによる被害を受けていない」
「能力者にとって、ここが日本で一番安全な場所なのよ」
「だから私たちはこうして能力者の保護を行っている」
 一瞬納得してしまいそうになるが、すぐにそれをかなぐり捨てるように首を振った。

「でも待て……その先にあるのはなんだ? もしeDENに見つかったら? お前らは、何をしたいんだ……?」
「私たちが何をしたいか、って?」

「それはもちろん、eDENの崩壊に決まっているじゃない」

「そんなこと……本当に可能なのか……?」
「気を失ったあなたをここまで連れてきたのもそうだし、今のところはeDENにはそれなりに対抗できてるわ」
 さっきのeDENの襲撃のことを思い出し、戦慄する。
 それがeDENによるものかどうかはともかく、俺の命が危ないのは確かか…。
「あなたは対eDENにおいて非常に強力な能力を持っている。
 それを見越して、あなたをこのチームに勧誘するわ。あたし達のチーム “チーム・プレアデス”に――」
「あなたにはこの同じ学園の生徒としてだけでなく、同じ“戦士”として戦ってほしい」
 俺が…戦士として…? 特殊能力者のために?
「まあ、まだ目が覚めて間もないから混乱するのも無理ないわ。少しずつでも、この環境に慣れていきなさい」
「そして…戦うのか……eDENと…」
「そうよ、共にね」
 女生徒が手を差し出してくる。

――俺は、その手を握った。

「じゃあ、改めて、私は立華紗香。
 このチームのリーダーをしているわ」
「ようやく仲間っつーわけだな」
 飄々とした声の主がスマホから顔を上げて言う。
 今まで一言も話さなかったが、俺と立華が話している間、こいつは熱心にスマホを弄っていたらしい。
「彼は雨宮(あまみや) (あきら)くん。遅刻ばっかりで、授業にもほとんど出てない所謂不良生徒よ。そして、何より彼はこの学園一のスーパーハッカーよ」
 俺と同じ不良学生らしいが、現時点では好青年という印象を受ける。
 それに、スーパーハッカーだなんてすごい。
「そして、神崎 大翔くん。
 ようこそ、私たちのチーム“チーム・プレアデス”へ―」