オーバーロード ~もう一人の超越者~


 

序章〜強くてNew Game?〜

 
前書き
とりあえず、導入部分だけ投稿します。
キャラ名を変更しました。
 

 
DMMORPG(Dive Massively Multiplayer Online Role Playing Game)。
フルダイブ技術の革新は、人々をゲームの世界に駆り立てた。
五感で感じるまま、ヴァーチャルの世界を闊歩できるそのゲームは革新的としか言いようが無かった。
その技術が最初に生まれたのは2079年。
最初は医療分野のみで試験的に行われていたものだったが、開発コストや設備の規模等問題は山のようにあった。それが10年の歳月を経て、設備の簡素化・コストの低減が行われて一般家庭でも所有する事が可能になったのだ。
しかし、システムそのものに難があり、最初のDMMORPGが発売されるまでさらに15年の月日が流れる事になる。

 数あるDMMORPGの中でも【YGGDRASIL】が人気を博していたのは膨大なデータ量によるものだ。
 作成できるキャラクターは大まかに分けて3種類。
人間やエルフをはじめとした【人間種】。
外見は醜悪だが高い性能を持つ【亜人種】。
モンスター能力を持つが様々なペナルティを受ける【異形種】。
 種族だけをカウントするならば約420種類も存在する。

 さらに職業の数は基本や上級職を合わせると合計880になる。条件が合致する必要がある為実際になれるのはその半分にも満たないが、それでも膨大である。
 職業のレベルは最大15。プレイヤーのレベルは100でカンストするので、100レベルのプレイヤーは単純計算でも7つ以上は職を持っていることになる。

 意図的でなければ、同じキャラを作ることはほぼ不可能なほど、膨大なデータ量。
 また、やり込み要素もクリエイターツールを用いれば武器・防具の外見や自分の外装、自分の住居でさえ詳細に書き換えることが出来る。
 当然、日本のクリエイターが黙っているはずもない。
 ネットの掲示板や公式ホームページではプレイヤーたちが自作したデータが無料・有料を問わず配布され、神職人と呼ばれる存在やイラストレーターとのコラボ外装のプレゼント、果ては人工AIによる戦闘AIやペットAIが出現した。
 後に外装人気と呼ばれるブームである。

 ゲームフィールドも広大である。
 アースガルズ、アルフヘルム、ヴィナヘルム、ニダヴェリール、ミズガルズ、ヨトゥンヘイム、ニヴルヘルム、ムスペルヘイム、ヘルヘイム―――。
 神話に代表されるこれらの世界はそれぞれ東京23区の約3倍の面積を誇る。
 それぞれの世界でしか手に入れられない素材を求めて冒険するプレイヤーが、辺境で自分以外のプレイヤーと遭遇しなかった、という事例も珍しく無かった。

 このゲームの開発メーカーは「強さがすべてではない」と言っていた。
 これまでのように戦闘を行うだけではない。無限にやり込む要素を持ったこのゲームはまさにその言葉を体現していた。
 気付けば、DMMORPG = YGGDRASILとさえ呼ばれるほど、日本では人気を博していた。

―――――だがそれも、一昔前の話である。

 【ナザリック地下大墳墓】
 かつてYGGDRASILが最も栄えていた時期に、1500人からなる討伐部隊を全滅させるという伝説を残したダンジョンだ。
そしてYGGDRASIL最高峰のギルド【アインズ・ウール・ゴウン】の居城だった。

 ナザリック9階層には大理石でできた空間が広がっている。
 その通路を抜けた先にはマホガニーでできた巨大な両開きの扉がある。
 その中には黒曜石でできた巨大な円卓と41席の豪華な椅子が据え付けられている。
 しかし、2席を除いて空席だ。
 ギルド長を務めている骸骨姿の魔導士【モモンガ】と黒色のスライム【ヘロヘロ】の二人だけだった。
「お久しぶりです、ヘロヘロさん」
「おひさです、ギルド長」
「いつぶりでしたっけ?」
「うーん、転職して以来―――だったかな?絶賛デスマなうです」
「え、大丈夫ですか!?」
「全然大丈夫じゃないけど、今のご時世休み貰えませんからね。身体に鞭打ってやってます」
 二人の間に声が聞こえるが、お互いの口は動いていない。
 ゲームのチャット機能を使っているので当然だろう。
 どれだけデータ量の多いYGGDRASILでも口まで生きているように動かす事はサービス終了日になっても不可能だった。
「―――それなのに来ていただいて申し訳ないです」
「何を仰いますか。こっちも久しぶりに皆と会えて嬉しかったですよ」
「そう言っていただけると幸いです」
「本当は最後まで付き合いたいんですけれど、ちょっと眠くて」
「あー……ですよね。ログアウトしていただいて構いませんよ」
「ギルド長はどうされるんですか?」
「私は一応最後まで残ります」
「そうですか―――モモンガさん、今までありがとうございました。またどこかで」
「ええ。お疲れ様でした」

 最終日に呼びかけ、来てくれた団員は6人。その最後の一人の姿が消えた。
 ギルドであるアインズ・ウール・ゴウンには緩いが加入条件がある。
 1つ、社会人である事。
 2つ、外見が【異形種】であること。
 ヘロヘロとモモンガの二人が話していた内容はどれも仕事の愚痴だった。
 何かを振り払うようなしぐさをして、モモンガはゆっくり立ち上がる。
 座っていた部屋―――大広間には一本のスタッフが飾られていた。

 7匹の蛇が絡み合い、それぞれ異なった宝玉を咥えた黄金の杖。
 素人が見ても一級品であるそれこそ、ギルドに一つしか認められないギルド武器であり、アインズ・ウール・ゴウンの象徴ともいえる代物だった。
 本来ならば、ギルド長が持つべきそれがこの部屋に飾られているのはギルドの象徴である故だ。
 ―――【スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン】。
 ギルド武器であるこれを作り上げる為に、皆で協力して冒険を繰り返した日々があった。
 チーム分けをして競うように素材を集め、持ち寄ったアイテムと意見を纏めて少しずつ作り上げた。
 仕事で疲れた身体に鞭を打って来てくれた人がいた。
 家族サービスを切り捨てて奥さんと大喧嘩した人がいた。
 有休をとったと笑っていた人がいた。
 1日駄弁って終わった日があった。
 馬鹿話で盛り上がった日もあった。
 冒険を計画し、宝を漁った日があった。
 敵対ギルドを攻め落とした日があった。
 最強クラスのボスに全滅しかけた時があった。
 未発見の資源を見つけた時がった。
 モンスターを配属させ、突入してきたプレイヤーを倒した日々があった。
 どれもアインズ・ウール・ゴウンが一番輝いていた時代の話だ。
 武器を見て、それを思い出したモモンガは、スタッフに手を伸ばしていた事に気が付いた。
 この輝きの象徴は、ここに置いておくべきだという理性とギルド長として最後くらい勝手をしたいという欲望が交錯する。
 41人のギルドメンバーの内37人が辞めていった。後の4人が最後にやって来たのはいつだったかモモンガでさえ思い出せない。
 ギルメンとは別に1人招待しているがやって来た面々の中には居なかった。必ず向かうとメールは来ていたが時間的にはもう来ないだろう。後で謝罪のメールが届くのだろうなと少し溜息を洩らす。
 こんな残骸の時代に、栄光の時代の結晶を引きずり下ろしたくはない。
 だが、ギルド長という立場でありながら、モモンガが今まで行ってきたのは雑務と調整、連絡くらいで、最後くらいギルド長の権力と言うものを使ってみたいと初めて思っていた。
 逡巡し―――スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを掴む。
「作り込み、拘り過ぎだろ」
 手に収めるとドス黒いオーラが立ち上がり、人の苦悶に似た表情を浮かべて、消えてゆく。
 その様に苦笑したモモンガは、杖を持って大広間を出た。


 タイミング的には、モモンガが大広間を出た数分後だった。
「あれ?モモンガさんがいない……?」
 空間にジッパー状の裂け目......【クラック】が出現し、中から異形の怪物の姿が降り立った。
「遅すぎた―――よな」
 画面に映る時間は23時57分。
 ほぼギリギリになるとは思っていたが、本当にギリギリのログインだった。
 後でメールを送ればいいかとも思ったが、どうしてもゲーム内で挨拶をしておきたかった気持ちがあり、ログインした。
 だが、入ってみれば大広間だけでなく、NPCも見当たらない。
「他に行きそうな場所と言えば……【玉座の間】くらいか?」
 少し急ぎ足で彼―――【ナバナ】は大理石の床を進む。
 【大広間】の扉にナバナが触れた瞬間―――視界が暗転した。

 何も見えない漆黒の闇が広がる。
 最初に爆発のような奔流を引き起したのは色彩だった。あらゆる色彩がナバナを呑み込んだ。
 あらゆる感覚が。音が。ニオイが。皮膚感覚―――否、すべて。あらゆるすべてが押し寄せた。
 例えるならば、嵐だろうか。
 およそ人間が感じることのできるすべてが嵐の如き荒々しさでナバナに襲いかかる。
 それは永遠に等しい時間にも―――あるいは一瞬・刹那にもナバナは感じた。
 無限の極彩色が、徐々に形を得てゆく。色彩の爆発に感じたそれは、無数の風景だった。
 フォトモザイク、という言葉が脳裏に浮かんだ。
 フォトモザイクとは無数の写真を組み合わせてモザイク状の絵画を作る芸術作品の事だ。
 まさに、それだった。無数の現在進行形で変化を続ける風景によって構成されたそれは、1秒後には別の絵画に変化していたりする。
 まるで万華鏡のようだと感じた瞬間―――ナバナは知った。
 知って、理解してしまうと、荒れ狂う嵐の如き感覚が意味を成す。
 ナバナはすべてを悟った。
 この万華鏡のようなフォトモザイクは【世界】だ。あらゆる時間のあらゆる空間が目の前に広がっているのだ。
 平行世界、という言葉がある。もし○○を行っていたら、もし○○をしなかったら―――という歴史の転換点にて別の選択を行って歴史が異なった世界のことだ。Ifの世界―――とでも呼べば分かりやすいだろうか?
 そのすべてを閲覧している。それはつまり全知に近い存在になった事を指していた。
 肉体の束縛から解放され、精神は飛翔し、魂は三千世界と融和してゆく。
 生死という概念すら超越した高次元の存在―――彼はまさに超越者(オーバーロード)だった。
 再び爆発する色彩。荒れ狂う感覚。そして静寂―――。


 気付けば、ナバナはナザリック地下大墳墓の大広間の扉に手をかけていた。
「今のは、一体......」
 大広間の扉を開き、ナバナは玉座の間に向かった。

 ナバナは奇妙な違和感を感じていた。
 地面を踏み締める感触、歩く度に肩や腕に感じる僅かな空気、画面から消失したHP等のステータス表示......どれもYGGDRASILLでは表現できなかったリアルな質感だった。
 サーバーダウンの延期はあり得ない。
 ナバナーーー木場七海はYGGDRASILLのサーバー管理者であり、12時にサーバーダウンしてログイン中のプレイヤーが強制ログアウトするようロックしていた。
 それに、YGGDRASILLのサーバーは今時珍しいクラウドを経由しない物理サーバーであり、サーバー室に入れるのは木場七海一人だけである。
 外部からのクラッキングといった要素も可能性は低い。
 だが、火の無いところに煙は立たない。
 ゲームと現実が一体化しているこの状況には何かしらの原因があるはずである。
 おそらくそこには同じ状況に陥っているモモンガさんがいる為、合流して相談する必要がある。

 玉座の間に向かう道中、ナザリック地下大墳墓に存在した戦闘メイドNPC【プレアデス】の面々と初老の執事のNPC【セバス・チャン】と対峙した。
「......」
 セバス・チャンとプレアデスの面々は瞬時に戦闘態勢に入った。
「(なるほど。ギルドメンバーでは無い俺は今現在、ナザリックの敵になるのか)」
「(NPC相手に話すのもどうかと思ったが、敢えて言わせてもらおう)モモンガに用がある。そこを退け」
 しかし、NPC達は戦闘態勢を崩さず、殺意の視線がこちらに向かう。
「敵と交わす言葉は不要か......あるいは拒否か。どちらにせよ邪魔をするなら押し通る」


ーーーNow Loading......ーーー


 玉座の間の扉を開けて入ったナバナが見たのは女性NPCーーー【アルベド】の胸を揉みしだくモモンガの姿だった
「......モモンガさん!?」
「えっ!?その声はナバナさん!?」
 骸骨の顎がカタカタと動いたのを彼は見逃さなかった。
「モモンガさん......何をやっているんですか」
 すると、怒りの形相を浮かべながらアルベドは戦斧と鎧を身に纏わせて戦闘態勢を取った。

「またか......」
「(また......?)待て、アルベド。彼は私が招いた客人だぞ」
 ハッと落ち着きを取り戻したアルベドは戦闘態勢を解除して装備を解除した。
「ナバナさん、申し訳ありません。配慮が足らなくて......」
「いえ、こちらも挨拶が遅れて申し訳ないです。それよりこの状況を相談したいのですが......大丈夫ですか?」
「勿論です」

 ナバナとモモンガが状況の相談をする為、アルベドは通路の端にて待機していた。
 また、遅れて登場したセバス・チャンとプレアデスのメンバー達もアルベド同様、通路の端で待機していた。
 しかし、視線だけでナバナを殺そうと必死なのかNPC達の殺意宿る熱い視線は止む気配がない。
 NPCの挙動とこれまでの感覚やモモンガの雰囲気をナバナは冷静に分析していく。

 モモンガとナバナはお互いが分かっている状況を確認しながら話を進めた。
 ログアウト及びGMコールが出来ない事、ステータスが表示されなくなっている事や地面を踏み締める感覚や話す際に口が動くような動作、先程のNPCから受けた攻撃による痛みからここがYGGDRASILLのゲームであるとは考えられない。
 YGGDRASILLとよく似た別の世界に飛ばされた、と考えるのが妥当だった。
 その結論にナバナが至ったのは、【フォトモザイクの空間】を見たことによる影響が大きかったが、その事はモモンガには秘密にしていた。
 また、自分の内側に意識を向ければ体力や魔力量といったステータスも理解出来るようだった。
 異世界に異形の怪物として転移した為か、身体の構造も変わったようである。
 モモンガは睡眠欲と食欲が無くなり、ナバナも性欲や食欲はほとんど感じられなくなった。
 使える魔法やスキル、武器や装備はYGGDRASILLの時と変わらないようで、課金アイテムなども問題なく使用できるようだった。

 これはナバナがセバス・チャン及びプレアデスのメンバーと戦闘を行った際に意識を内側に向けた事でスキルを使用できた事とダメージを受けて流血した時、緑色の血が流れた事から分かった事だった。
 ちなみにナバナはNPC達からの攻撃を何度か受けはしたが、スキルを使用してNPC達から逃げただけでNPC達やナザリック地下大墳墓に危害を加える事はしていない。
 襲われたとはいえ、こちらとしてはNPC達を攻撃するつもりは最初からない。
 だが、正当防衛は必要だ。
 だからナバナは襲われた事もモモンガには話さなかった。

 だが、モモンガは勘付いていた。
 ナバナのスキル発動に関する問答と時間や状況から考えて、おそらく外の様子を探るようNPC達に命じて玉座の間からセバス達を出した際にエンカウントしたのだろう。
 ナバナが武器を装備していない事や玉座の間の通路で控えているセバス・チャンやプレアデスのメンバーに目立った外傷が無いことからナバナは戦闘でNPC達を傷付けないよう手加減していたのだろう。
 向こうが言う必要がないと判断して黙っている以上、こちらから伺うのも無粋だろう。

「(......なんでこの状況で笑っていられるのだろうか)」
 一人でこの状況に陥っていれば、きっとアタフタしていたに違いない。
 誰だってそうだろう。
 それにも関わらず、NPC達から敵と見なされて攻撃を受け、慣れない戦闘でも手加減し、それを無かったことにして笑っていられるのが、モモンガには理解ができなかった。

 モモンガーーー【鈴木悟】はあまり人付き合いが得意なタイプではない。周りにもっと気を遣う事を意識しても空回りして失敗する事も少なくない。
 だから同年代の友人もおらず、一人でゲームをする事が幼少期から多かった。
 そんな彼も、YGGDRASILLの中で最高のギルメンに出逢い、一緒にゲームをしていく中で友情を感じていた。
 だが、蓋を開けてみればどうだろうか。
 仮想現実の世界では仲良く話しても、現実のお互いの顔も本名も知らない。
 リアルで会うメリットは少ない。
 仕事が忙しくて予定が合わない事もある。
 顔も名前も知らないからこそ気兼ねなく話せている事もあるだろう。

 たかがゲーム。
 しかし、鈴木悟にとってはすべてだった。
 他に趣味が無かった事もあるが、仮想現実でもギルメンとの日々が楽しかった。
 だからどんな些細な事にも気を遣った。どんな面倒事でもやってきた。

 でもギルメン達がゲームに戻ってくる事はなかった。
 遺品とでも呼ぶように、武器や防具だけをモモンガに渡して去っていったメンバーを見て、友情が消えていくような感覚は確かにあった。

 そんな中でナバナーーー木場七海と知り合い、現実で出会って仲良くなれたのが一年前。
 再びゲームの楽しさを思い出させてくれたのも彼だった。
 嘘偽りのない、確かな友情に何度も救われた。
 そんな彼がこんな異常事態でも傍に居てくれるというのはとても心強くを感じていた。

「もう、ここは僕たちの知っているYGGDRASILLのゲームじゃない」
「ええ......そうみたいですね」
「悲観して考えるよりもっと楽観的に考えましょうよ。強くてNew Gameみたいな感じですよ」
「どこまで私たちの力が通じるか分からない現状で、ですか?」
「むしろ難易度ハードモードの方がやりごたえありませんか?」
 そんな会話をしていると、不思議とモモンガの緊張や不安は和らいでいた。
 同じように考える事はできないが、正反対な考え方だからこそなのかモモンガとナバナの関係は良好だった。

「それに、今度は知らない場所を二人だけで探検できるわけですよ?ワクワクしませんか?」
「......そう考えれば確かに。世界征服なんて楽しいかもしれませんね」
「そんな感じですよ!もっと気楽に楽しく冒険しましょうよ。一人じゃないんですから」
 ナバナの陽気な口調とモモンガの砕けた声が玉座の間に響いていた。

 二人の超越者の会話を聞いていたアルベド達は驚いた表情を浮かべながら二人の話を聞いていたのだった。 
 

 
後書き
感想お待ちしてます。 

 

第一話 カルネ村(前編)

 
前書き
お久しぶりです。 

 
 無数の世界の無数の歴史。
 その中で無数の物語が光り輝いている。
 そして無数の悪意と絶望もまた......。

 殺戮を遊戯と称する邪悪な怪人達。
 様々な生物の異形の天使達。
 願望・欲望の為に殺し合う13人の戦士達。
 死を超越した種族。
 不死なる生物の真祖。
 人を喰らう魑魅魍魎。
 人間に擬態する地球外生命体。
 過去改変を目論む魔人。
 吸血鬼の如き存在。
 星の記憶を内包した魅惑の小箱。
 欲望の化身。
 宇宙の力を宿したスイッチ。
 絶望を引き金に生まれる幻魔。
 108体の機械生命体。
 物体の思念を纏う異界の怨霊。
 人の肉を欲する人工生命体。
 人を怪物に変貌させる水溶性の微細胞。
 実体化する未知なる病原菌。
 星を喰らう地球外の侵略者達。
 時の彼方より現れる犯罪者。

 そして......【ヘルヘイム】もまた。

 無数の怪物達が蠢く悪夢の中にナバナは立っていた。
 しかし襲われる気配はない。
 元人間であっても今のナバナの姿は怪物であった。
 怪物達が人間を襲い、殺戮を繰り返している。
 誰かに「気に病む必要はない」と言われた気がした。

 異形の姿に成り果て、人々から忌み嫌われる存在となった今、確かに人間の時に感じていた不安や苦しみは感じなくなったかもしれない。
 目の前で恐怖と絶望で震える人達の悲鳴が響いている。

「誰か......助けて」
 幼い少女が絶望の中、そう呟いて祈った。
 逃げ惑う人々の中で確かにそう聞こえた。
「気に止む必要はない......か。ふざけるな!」
 ナバナの拳が、逃げる人々に迫る怪物達を吹き飛ばした。
「たとえ僕が怪物に成り果てたとしても、それが誰かを傷付ける理由にはならない!」
 ナバナの拳が、蹴りが、怪物達に叩き込まれる。
 自分達と同じ異形の怪物が逃げ惑う人々に背を向け、襲い掛かる怪物達と対峙する。
 怪物達は躊躇うように身動きを止める。
 逃げる人々はナバナの姿を見て足を止める。
「どんなに辛くても、苦しくても......僕は!僕の信じた正義の為に、この命を使う!」

 瞬間、怪物達は逃げ足を止めた人間を放置して一斉にナバナだけに襲い掛かる。
 ナバナは持てるすべての技術と力で押し留めようとする。
「早く逃げろ!」
 逃げる人々との間に巨大な蔓の壁を作り、逃げ遅れた人々を蔓の壁の中に放り込みながら、怪物達を蹂躙する。
 物量で敵うハズはない。
 しかし、ナバナの一撃で怪物達は水風船のように弾け飛んで爆散する。
 また、ナバナだけにヘイトが溜まっている事が幸いして逃げ遅れた人々の救助も容易に行えていた。
 だが、知能の無い獣ならば、どれだけ良かっただろう。
 幼い命だけを人質に取った化け物がいた。
 死への絶望に歪む面を見るのが好きで、遅効性の毒等を打ち込んでいた怪物がいた。
 願望や怒りから生まれた怪物の中には救われる事を望んでいなかった人々もいたのか、ナバナのダメージがまったく通らない怪物もいた。
 ナバナのように特殊な能力を用いる怪物もいた。

 人々もナバナの予想に反した行動ばかりだ。
 ナバナを他の怪物と同じように見て信用していない人や殺される事を望んでいた人はナバナの救いの手を振り払う。
 勇気と蛮勇を履き違えた愚か者は武器も無いのに怪物に挑むように突撃しだす。
 
 予想外の事態ばかりが起きて、ナバナの戦いは泥沼化していた。
「怪物に助けられるくらいなら死んだ方がマシだ」
「どうせお前もアイツらと同じだ」
「最後には私達を嬲り殺すんでしょう!」

 散々な言われ様だった。
 こんな事を言われ、救おうとした者に憎悪と嫌悪の目を向けられ、救っても石を投げられて拒絶される。
 助けた場合、礼を言われることが当たり前だと思っていれば、この仕打ちは堪えるだろう。

 助ける、と一言で言っても、命を救う・守る事が必ずしも救いとは限らない。
 家族を失い、自暴自棄になった者。
 難病や奇病で苦しい闘病生活を余儀なくされて安楽死を選ぶ者達の命を救っても、それは救いとは言えない。
 辛く苦しい現実から逃げたくて死ぬ者もいる。
 ーーー本当に助ける必要があるのか?
 ーーー命を救っても賞賛される事はない。
 ーーー何も得られず、誰にも認められない。

「だからどうした!」
 ナバナは聞こえてきた幻聴に叫んで答えた。
「助けを求める声が聞こえて僕が助けたいと思った......それだけで戦う理由は十分だ。それがどんな結果になろうと後悔はないし、見返りも評価もどうでもいい!僕の心が正しいと思う方に僕は従う!」

 ーーー瞬間、周囲の景色がその姿を変えた。
 無数の悪意と絶望の中、煌めく星々が映る。

 皆の笑顔を守る為に自分の笑顔を犠牲に戦い続けた冒険家がいた。
 人々の正しき運命と居場所を守る為に戦った記憶喪失の料理人がいた。
 戦いを止める為に戦いに身を投じた雑誌記者がいた。
 人の夢を守る為に戦った狼男がいた。
 親友と人々を守る為に運命と戦う事を選んだ青年がいた。
 鍛え抜かれた鬼の戦士達がいた。
 超高速の世界で戦う天の道を征く男がいた。
 時を駆け抜ける不運な青年がいた。
 人と魔の間で苦悩するバイオリニストがいた。
 通りすがりの写真家がいた。
 2人で1人の探偵がいた。
 どこまでも届く手を求めた旅人がいた。
 数多の友人と青春を謳歌する学生がいた。
 希望の魔法使いがいた。
 お人好しのダンサーがいた。
 スーパービークルを駆る刑事がいた。
 死んで尚、命を燃やし続ける少年がいた。
 目の前のものを守ろうと必死な怪物がいた。
 ゲーム好きな小児科医がいた。
 自意識過剰な自称天才物理学者がいた。
 最高最善の王を目指す少年がいた。


 無数の世界の無数の物語、その中に光る星々が、ナバナの目の前で光となって輝き、怪物達を倒していく。
「ここは任せろ」
 誰も見捨てずに戦い続けたお人好しなダンサーはナバナに声をかけた。
「僕と同じ......?ーーーそれより貴方達は一体」
「ここにいる皆、助けを求める人達を必ず助けたいと動き出した人たちだ。お前もそうだろ?」
「......ああ!」
「ならお前も......仮面ライダーだ!」
「仮面......ライダー?」
「ああ!だからさ、その心を忘れんなよ」


 気付けば、怪物達の姿はなくなっていた。
 そして、助けを求めた少女も居なくなっていた。
 世界に、朝日が登っていた。


ーーーNow Loading......ーーー


 疲れて眠ってしまっていたのか、ナバナはモモンガから貸し与えられた【ナザリック地下大墳墓】の一室で目を覚ました。
 椅子に座ったまま寝ていたのか、腰や首に多少の痛みがある。
 その痛みに懐かしさを覚えていると、部屋の扉の前から視線を感じた。

「あまりじっと見つめられるのは困るなーーーエントマ」
 彼女......【エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ】はモモンガからナバナの御付きをするよう命令を受けたNPCだ。
 彼女も他のNPCの例に漏れず、殺意の篭った視線で見つめてくる為、良い気分はしない。

「よくお休みでしたね。そのまま眠り続けていれば良かったのに」
「まるで針のムシロだな」
「アナタは【ナザリック】を攻略した唯一の存在ですから。モモンガ様にとっては盟友でも我々にとっては倒すべき外敵である事に変わりません」
 エントマは他のNPCと異なり、ナバナに対する態度は比較的穏やかだった。
 他のNPCは言葉を交わす事すら嫌がるような素振りを見せたが、彼女は割と話をしてくれる。
「アナタを殺さないのもモモンガ様の為。だから余計な事はしないで下さい」
「......善処するよ」
 ただ、エントマとうまくやっていけるとはナバナには思えなかった。

『ナバナさん、少しいいですか?』
 そう思っていた矢先に、モモンガからコールが掛かった。
「どうかしましたか?」
『見て頂きたいものがありますので【大広間】まで来ていただけませんか?」
「......はい、わかりました」
 モモンガの口調から何かしらの問題が発生したと考えたナバナは二つ返事で答えてしまっていた。

「そういえば、アナタはどうやって【ナザリック】の【大広間】に移動するのですか?」
「そうだな......足を使って地道に移動するのもいいが......今回は【裏道】が機能するか試してみよう」
「【裏道】?」
 エントマは首を傾げながらそう問い掛けた。
「分かりやすく言えば......【トンネル】だ」
 ナバナが虚空を切るような動作をした瞬間、空間にジッパー状の空間の裂け目が出現した。
「これは......?」
「俺は【クラック】と呼んでいる。要するに空間の裂け目を可視化したものだ。これを開けた先にもう一つ作ると【クラック】の【トンネル】ができるーーーこれが【裏道】」
 二人が空間の裂け目をジャンプして通り抜けると、【クラック】は自然に閉じて消失した。

 モモンガは椅子に座り、マジックアイテムの使い方を確認しているようだった。
 側にはセバス・チャンの姿もある。

「それは......【遠隔視の鏡】ですか?」
「はい。実はさっきまで半径10Km圏内の存在を確認していたところ、人間を見かけました」
「人間......?」
 ナバナが【遠隔視の鏡】を確認した時、甲冑を身に纏った騎士達が村人達を虐殺している場面だった。
 村人達を助けに行かないのか?
 という疑問がナバナの頭に浮かんだ。
「ナバナさんが確認する前に既に8人殺されてましたよ」
 どうやらナバナの考えている事はモモンガには筒抜けだったようだ。
 【遠隔視の鏡】を机に戻し、モモンガは椅子に深く座り直した。
「この体になってから、私は人の死を見ても何とも思わなくなりました」
「でもそれは助けない理由になりますか?」
「助けに行く理由も価値もないと判断しています。何故村人を騎士達が殺しているのか理由は気になりますが、私達が動く程の事ではないと考えています」
 モモンガの発言は間違っていない。
 村人達を守る立場の騎士が村人を虐殺する場面は確かにショッキングだが、この世界に来る以前ほどの忌避感はない。
 モモンガやナバナが動く事のデメリットの方が大きいのは少し考えれば分かる事だ。

 虫が道端で死んでいても、気にするような人はいない。
 騎士達が村人を虐殺している理由はこの後の状況を【遠隔視の鏡】で確認するだけでも把握は出来る。
 わざわざ動く理由はどこにもない。

 だが......
『その心を忘れんなよ』
 お人好しのダンサーの声が頭の中に響く。

「でも......僕は......行かなきゃ」
「動く方がデメリットは多いですよ?」
「分かっています。でも......損得勘定では自分の心まで裏切れない」
 ナバナは【クラック】を2つ開いてトンネルを作り、村人達のいる場所までワープした。


「モモンガ様、申し訳ありません。勝手な行動は慎むよう伝えていたのですがーーー」
 エントマはすぐにモモンガに頭を下げていた。
「構わない。彼ならああすると思っていたよ」
 しかしモモンガの声色は楽しそうに上擦っていた。
「宜しいのですか?」
「そうだな......良いか悪いかで判断するのなら、良くはないかな」
 モモンガは顎を右手で撫でる様な仕草をして立ち上がり、【遠隔視の鏡】を仕舞う。
「まったく......変わらないな」
 エントマはこの時、モモンガが笑っていたように見えた。
 実際は表情筋の無いモモンガが笑えるわけもない。
「ナバナを連れ戻してくる。お前達は【ナザリック】の警備レベルを最大まで引き上げろ。それとこの村に隠密行動に長けた者か透明化のスキルに特化した者を数名送り込め。」
 モモンガは左手で虚空を切り、暗闇の空間の中にその姿を消した。
 その光景を、エントマとセバスは見送ることしか出来なかった。


ーーーNow Loading......ーーー


 エンリ・エモットは妹のネム・エモットと共にカルネ村から少し離れた林の中を走っていた。
 目の前で両親と村人達を惨殺された。
 殺戮を行っていたのはおそらく【バハルス帝国】の騎士達だろうか。
 【リ・エスティーゼ王国】と【バハルス帝国】との戦争はエンリの物心ついた時から続いている長いものだった。
 それ故に、何故こんな事をされるのかといった疑問は浮かばなかった。
「お、お姉ちゃん......足、痛いよぉ」
「ごめんね......もう少しの辛抱だから」

 カルネ村の近くにある【トブの大森林】には【森の賢王】を始めとする強力なモンスターが住み着く危険地帯らしい。
 少なくとも帝国軍の兵士程度では太刀打ちなど出来ないだろう。
 それは勿論、力を持たないエンリや妹のネムも同じだが、無慈悲に虐殺されるよりはマシと言える。
 しかし、エンリは元よりネムの体力は既に限界に近かった。
 普段、そこまで走る訳では無いネムは既に足が棒のように硬くなっており、肺でも上手く呼吸できていなかった。
 そんな状態で足が動くはずもなく、ネムは転んでしまい、エンリの手を離してしまう。
「ネム!」
 転んだネムに駆け寄ろうとした時、エンリの視界がブレる。
 どうやら何かが頭に当たったようで衝撃から体が思うように動かなくなる。
 当たったのは石礫のようだった。
 頭から出血し、視界の左側は赤く染まって上手く周りを見渡せない。
「ったく手間を掛けさせやがって。村人は一人残らず殺すよう言われてんだから逃げんなよ」
「てか最近雑用ばっかだったから俺、体力落ちてるわ」
 すぐ近くからバハルス帝国の騎士二人が話しながらやってきていた。
「ネム......!」
 妹に伸ばそうとした手を騎士の一人が踏みつけた。
「はいはい、妹さんはゆっくり目の前で犯してから殺してやるから安心しなよ。アイツは幼女が好きだから運が良ければ殺さないかもな」
「一度も男を知らずに死ぬのが可哀想なんだな。死ぬ前に処女を散らしてやるのが紳士なんだな」
 そう言ってもう一人の騎士がネムに馬乗りになる。
「やめて......妹には手を出さないで!」
「自分の心配をしろよ。お前も妹の目の前で犯されるんだからさ」
「やめて......助けて!誰か、助けてぇ!」
 エンリはそう叫んだが、現実は非情だ。
 逃げ込もうと思っていた【トブの大森林】までまだ離れている。強力なモンスターとこの騎士達が戦う事はまず無いだろう。
 エンリの右腕は先程踏まれた事で骨が折れてしまっているのか鈍い痛みが走っている。
 これでは何かを奪って反撃するのも難しい。
「嫌!いやぁあああ!お姉ちゃん!助けてぇ!」
「ネム......ぁぐ!」
 頭を押さえられて妹が犯されそうになる場面を辛うじて右側の視界で見せつけられる。
 不意に妹と目が合った。
 妹の目には不安や絶望が混じった何かが写っているように見えた。
「(ンフィ......ごめんね)」
 エンリとネムは恐怖から目を閉じた。

 1秒後。
 2秒後。
 3秒後。

 痛みも何もやってこない。
 恐る恐る、エンリは目を開けた。
 そこに映ったのは金色と緑色とステンドグラスの装飾を纏った異形の怪物の姿だった。

 エンリとネムを押さえつけていた騎士達の姿はどこにもなかった。
「......あれ?」
 怪物は騎士によって踏みつけられて骨折したエンリの右腕に触れた。
 右腕が消失したかと思う程の激痛を感じ、目を見開いた。
 かと思うと、エンリの右腕の骨折は完治していた。
 先程まで過呼吸気味だったネムも、今は呼吸が落ち着いていた。
「まさか......あなたが【森の賢王】な......の......」
 エンリとネモは急激に訪れた眠気に抗えず、その場に崩れ落ちた。


ーーーNow Loading......ーーー


 村から離れた所にいた二人の元に着いたナバナは瞬時に【クラック】を開いて襲い掛かっていた騎士二人を排除して、二人の治療を行った。
「間に合ってよかった.....」
「良いか悪いかで判断するなら、良くはないですよ」
 少し遅れてモモンガも到着した。
「......自分勝手で軽率な行動、だと思いますよね」
「でも、それが貴方でしょう。言って止まるような人だとは思ってませんよ」
 モモンガに責められると思っていたナバナは予想外の答えに少し戸惑っていた。
「その二人は......?」
「治療は終えました。しばらくは起きないと思います。襲っていた兵士も生捕にしてますよ」
「では呼び戻して下さい」
 モモンガの指示にナバナは従った。

 空間から【クラック】が現れて中からロープのようになった蔦に絡み取られた騎士が二人出される。
「な、なんだこの植物は!?」
「離れない......身動きができない!」
 【ヘルヘイム】の植物はあらゆる次元・あらゆる環境でも生息・繁殖できるよう凄まじい繁殖力と環境適応能力がある。
 それだけに留まらず、常に空気中の水分を吸っている為、湿気を帯びており、燃えにくく、ゴムのような伸縮性とダイヤモンドのような硬度を持つ性質があり、反魔力物資である為、魔法による攻撃にも耐性がある
 その為、北極のような極低温や溶岩地帯といった高温多湿な環境でも成長し、適応できる。

 そんな【ヘルヘイム】の植物を自在に操作できるのは、YGGDRASILL全サーバー内でもナバナだけだ。
 理由は単純明快。彼が全サーバー内で唯一の【インベス】プレイヤーだからである。
「【ヘルヘイム】の植物はいつ見ても凄いですね」
「えぇ、それだけが取り柄みたいなものですから」
 モモンガは左手を騎士に向けて魔法を発動した。
「ちょっと魔法を試します。【心臓掌握(グラスプ・ハート)】」
 心臓を握りつぶされるエフェクトが一瞬発動したように見えた次の瞬間、騎士の一人が断末魔を上げて生き絶えた。
「流石にこれが通用しなかったらすぐに撤退するつもりでしたが、効いてよかった」
 モモンガは少しホッとしたような口調でそう言った。
 それを見たもう一人の騎士は恐怖から来る声で上擦らせながら震えていた。
「煩いぞ」
 少し黙らせるつもりで植物で首を縛ると、簡単に千切れ飛んだ。
「えぇ......弱過ぎる。かなり手加減したんだが」
「【中位アンデッド創造】、デスナイト」
 モモンガがそう呟くと、どこからか現れた黒いモヤの様なものが、先程絶命した騎士に宿ってその肉体を変化させた。
「えぇ......死体に宿るの」
「ここら辺......YGGDRASILLとは違うな」
 モモンガとナバナは興味深くデスナイトが出来上がる瞬間を眺めていた。
「デスナイトよ。同じような兵士を蹂躙せよ」
 モモンガが指示を出すと、デスナイトはそのまま何処かへ走って行ってしまった。
「あれ?騎士が主人を放って先行するのか?」
 ナバナのツッコミにモモンガは心の中で同意した。



ーーーNow Loading......ーーー


 カルネ村から兵士が引いたのはそれから30分位経ってからだった。
 デスナイトが適当に近辺の騎士を蹂躙してくれるので、ナバナとモモンガは歩きながら村へと向かっていた。
 流石に見た目が見た目だったので、ナバナは人間の姿に擬態し、モモンガは仮面を被っていた。
「その仮面って、クリスマスにログインしてたら貰える【嫉妬の仮面】ですね」
 確か、クリスマスにログインしたプレイヤーに運営から強制的にプレゼントされる代物で、所持している事=非リア充確定の悲しきアイテムである。
「知ってるなら聞かないで下さいよ」
「いやぁ、だって僕はクリスマスも仕事してて貰えなかったので。12回目のクリスマスは迎えられなかったからなぁ......」
「ぼっち確定アイテム欲しがるなんて相当ですよ」
「ははは。......話は変わりますが、この世界の通貨とかってYGGDRASILLと同じなんでしょうか?」
「分かりません。同じであれば、お金に困る事はないとは思いますが......」

 村に着くと、数人の騎士がデスナイトに蹂躙されている最中だった。
 全員殺す前に、モモンガはデスナイトを静止させる。
「そこまでだ。デスナイトよ」
 村人達も騎士も全員がこちらを向いている。
「お初にお目に掛かる。我が名は......そうだな、アインズ。アインズ・ウール・ゴウンである。
君達には生きて飼い主に伝えてもらう。この辺りで騒ぎを起こすなら、次は貴様らの国にも死を告げてやる、とな」
 地面に降り立った二人を見て、騎士達は足を震わせていた。
「行け!そして確実に我が名を伝えよ!」
 モモンガがそう言うと、蜘蛛の子を散らすように騎士達は撤退していった。

 その後、ナバナとモモンガは金銭目的で村を助けたという名目で朴訥な村長夫妻と話をした。
 モモンガとナバナは僻地で研究していた世情に疎い魔法伝道師(マジックキャスター)とその弟子という事で信じてもらえた。
 僻地から出てきたばかりのタイミングで村人が襲われているのを見て、助けたと言って先程の少女二人を村長に見せると、すぐに話を聞いてくれた。

 この村はカルネ村といい、長閑な村だった。
 悪く言えば、自衛手段の無い能天気な村。
 近隣に【森の賢王】率いる多くの凶悪な魔獣が跋扈する森に近い事もあって、冒険者が寄り付かず、外敵から攻められた経験がなかった為、自衛手段がなかった......というより、自衛手段を持たなくても困らなかったといったほうが正しい。
 村長に話を聞いてわかった事は現時点で3つ。
①この大陸には大きく分けて3つの国があり、それぞれ【リ・エスティーゼ王国】【スレイン法国】【バハルス帝国】という名前らしい。
 このカルネ村は【リ・エスティーゼ王国】内で、領土範囲的にナザリックがある場所も【リ・エスティーゼ王国】にあるようだ。
 南北に広がる巨大な山脈を挟んで隣接する【バハルス帝国】と両国との国境を挟んで南方に【スレイン法国】があるらしい。
②この世界の通貨は独自で、YGGDRASILLの通貨は使えない。金としての価値はあるが、正体不明の金が出回ると不都合が多い為、金貨を溶かして延棒にすると言った手段は取るべきでは無い。
③村を攻撃していたのは【バハルス帝国】の騎士と思われる。【リ・エスティーゼ王国】と【バハルス帝国】は慢性的な戦争状態にあり、打開策を見出せずに膠着状態が続いている。
 国境近くにある城塞都市【エ・ランテル】近隣の平野で毎年のように争っているらしい。
 兵農分離が行われていない為、随時農民が徴兵されており、村には戦闘能力の乏しい女子供と老人ばかりである事。

 一通り話を聞いて、ナバナとモモンガは村長と別れて村の広場に居た。
 村人達は死者の弔いや家屋の復興作業に取り掛かり、忙しそうにしている。
「さっきの話を聞いて......どう思いますか?」
「何にも魅力がない、位ですかね。兵農分離がされてないなら国としての生産力も徴兵の度に削れているわけですし」
「国の生産力削ってまで作った軍隊が優れているかも望みは薄そうだ」

 元々農民だった者たちをある程度使える兵士として活用できるようになるには、最低でも3〜4年はじっくりと訓練と経験を積ませる必要がある。
 だが、慢性的な戦争状態であれば、そんな期間はほとんど与えられずに戦場に投入されるだろう。
 そんな素人に毛が生えた程度の兵士をいくら投入しても戦況が変わるハズも無い。あるのは無駄に死人を増やすだけの悪循環だけだ。
 つまりこの国の軍事力は素人に毛が生えた程度の兵士で人海戦術を行うだけ。それでは自衛手段が乏しいのも納得だった。

「なんか......この村は、王国の今の状態を縮小したモデルみたいな感じがする」
 ナバナの言葉にモモンガは右手を顎に当てながら納得した。
「......なるほど。労働者の少ない村人、自衛手段のない状況......王国の現状の縮小版らしい要素は確かにありますね」

「そういえば、村長達は襲っていた騎士が紋章から帝国の人間だと言ってたけど......あの時、捕まえた騎士を殺すべきじゃなかったな......」
「......そうですね。帝国を偽装して王国との内乱を図ろうと動いていた法国の仕業かもしれませんでしたし、情報を引き出すべきだった。うっかりしてました」
「まぁ、後の祭りってやつですね。それよりーーー」
 ナバナは村長達が困ったような顔で相談している様子を伺っていた。
「また面倒事でしょうか?」
「聞いてみましょう」
 ナバナとモモンガは村長達に近付いて話を聞くことにした。
「どうかしましたか?」
「ナバナ様、アインズ様。実はこの村に騎士風の者達が近付いているそうで......」
 さっき虐殺の被害に遭ったばかりだ。不安になるのもしょうがない。
「あぁ......分かりました。村長以外の方々は屋内にいて下さい。村長は私達と一緒に広場で待機しましょう」
 モモンガは軽く溜息を漏らすとそう言った。
 村長達の顔に安堵の表情が浮かんでいた。


 暫くして、村には王国の騎士団がやって来た。その中には王国戦士長【ガゼフ・ストロノーフ】の姿もあった。
 ナバナとモモンガはガゼフに挨拶すると、村長が経緯などを軽く説明してくれた。
 ガゼフは二人に礼を言ってくれたが、すぐに部下らしい者から村を囲むように騎士が集合している事を伝えられた。 
 

 
後書き
感想や意見なんか頂けると幸いです。 

 

第一話 カルネ村(後編)

 
前書き
連続して出しときます。 

 
 村全体を等間隔に魔法伝道師(マジックキャスター)が囲んでおり、その側には魔法で召喚された守護天使が佇んでいる。
 村の建物から見えるだけで数はおよそ20人はいるだろう。
「これだけの魔法伝道師(マジックキャスター)を揃えられるのは間違いなく【スレイン法国】によるものだろう。それも神官長直轄の特殊工作部隊......おそらく六色聖典のいずれかだろう」
「と言う事はさっき村を襲っていたのは......」
「【バハルス帝国】に扮した【スレイン法国】の兵士で間違いないだろう」
「やっぱり......ですがこの村にそんな価値が?」
「アインズ殿やナバナ殿に心当たりが無いとあれば、狙いはおそらく......」
「なるほど。王国戦士長は人気者ですね」
「えぇ。まさかスレイン法国にまで命を狙われるとは」
 するとガゼフはナバナとモモンガを一瞥した。
「アインズ殿、ナバナ殿......一つ雇われないか?報酬は望む額を用意すると約束しよう」
「「お断りします」」
 ナバナとモモンガはハモるように一緒に答えた。
 その回答に対してやはり、と思ったガゼフは軽く笑うと、今度は頭を下げた。
「では約束してほしい。この村の人達は必ず守って下さい。どうか、この通りだ」
「頭を上げて下さい。頭を下げる必要はないです。この村の人達は守ります。アインズ・ウール・ゴウンの名に掛けて」
「それを聞いて安心しました。私は前だけ見て戦います」
「では、こちらをお持ち下さい。御守りの様な物です」
「アインズ殿からの御品だ。有難く受け取っておこう」
「御武運を」

 そう言ってガゼフは家屋を出て兵士達と共に村を出ていった。

「YGGDRASILLの天使達......おそらく魔法もYGGDRASILLと同じなのだろうか?」
「どうかな......でも可能性は高い」
 ガゼフが村から出た後、ナバナとモモンガは外にいる天使を分析し始めていた。
「あの......ナバナ殿、アインズ殿。何故戦士長は村を出て行かれたのでしょうか?」
 そうしていると村長が不安そうに尋ねてきた。
「外に待ち構えている者達の狙いは王国戦士長です。ですからこうして囮として出ていったのでしょう」
「では、我々はこのまま村に残った方が?」
「まさか。この隙に乗じて逃げるのが得策でしょうね。その為に目立つ様に逃げているのですから」
 モモンガがそう言う様子を横目に、ナバナは村の外に目を向けていた。

ーーーNow Loading......ーーー


 村の外ではガゼフが様々な武技を使いながら天使達と交戦していた。
 敵に突進し、包囲網を崩して全ての敵を村から引き離して撤退。
 と言うのが最初の作戦だったが、兵士達は最後までガゼフと共に戦うと言って戦場に残り、一緒に天使達と交戦していた。
 だが状況は変わらない。
 魔力がある限り無尽蔵に湧き出る天使はガゼフの武技を使用した攻撃でやっと倒せるレベル。
 正直、兵士の中で天使を倒せる者は居ないだろう。
 事実、一人、また一人と兵士が倒れていく。
 ガゼフもまた、天使達の攻撃を何度も受け、致命傷も喰らって立っているのがやっとだった。
「その傷で良く立っているな」
 ニグン・グリッド・ルーインは笑っていた。
「数々の武技を使いこなす様は見事だったが、それだけだ」
「舐めるなよ。俺は王国戦士長......貴様らの様な奴等に負けるわけにはいかない」
「そんな意地を張った所で、立っているのがやっとだろう。それにお前はここで死ぬ。死に様は無様に散らせてやる。その後はあの村人も殺して焼き払う。お前がどれだけ足掻こうと無駄なんだよ」
「......あの村には俺よりも強い御人がいる。無駄になるのはお前達の方かもな」
「ハッタリにしては見え透いている。地獄で村人達に詫びるといい。守れなくて申し訳なかったとな!」
 天使の攻撃がガゼフに向かう瞬間、ガゼフと王国兵士達の姿が幻影の様に消えて、代わりに一人の姿が現れた。
 黒いローブに身を包み、摩訶不思議な模様の仮面を付けたそれは、ゆっくりと手を広げて挨拶を始めた。
「お初にお目に掛かる。我が名はアインズ。アインズ・ウール・ゴウンである」


 気が付くと、ガゼフはカルネ村の村人に囲まれていた。
 近くには息のある兵士達も横たわっている。
「......!?ここは?」
「ここは村の倉庫だ。怪我人の治療場所として仮に開けられている」
「......ナバナ殿」
「お疲れ様。後は僕たちに任せてくれ」
 ガゼフは淡く光るナバナの手に触れた瞬間、全身の痛みが消えていくのが分かった。
「そうか......感謝しま......す」
 凄まじい眠気が急に襲い掛かり、ガゼフは意識を手放した。
 全員の治療を終えたナバナはすぐに倉庫を飛び出して【クラック】を操作して【裏道】をモモンガの近くに出してワープした。


ーーーNow Loading......ーーー


 ワープした直後、ナバナの耳に聞こえたのは嘲笑だった。
「アインズ、とか言ったか?お前はこの状況の中で我々に抵抗せず命を差し出せとは大きく出たな。どう考えてもお前が命乞いをするべきだろうに」
「拒絶、と受け取って良いのだな?」
「お前には選ぶべき選択が二つある。抵抗せず大人しく命を差し出すか、無力さを呪いながら嬲り殺しにされるか......好きな方を選べ」
「そうか......残念だ」
 瞬間、モモンガは魔法を放った。
「【負の爆発(ネガティブ・バースト)】」
 一瞬で天使の軍勢はその姿を消した。残っていたのはニグンの側に立っていた大天使一体のみだった。
「な......何が起こった!?」
 ニグンの言葉の後、周囲の魔法伝道師は次々と魔法を繰り出し、後続の天使を召喚していく。
「ふむ......天使といい魔法といい、やはりYGGDRASILLと同じか。その魔法は誰に教わった?」
「ひぃいいい!」
 一人の魔法伝道師が石礫を投擲した。
 その投擲を、ナバナは足で打ち返して顔面に当てる。
 それだけで、一人の魔法伝道師の首は弾け飛んだ。
「別にあの程度の攻撃でダメージは受けないが?」
「すまない。ふざけた輩だからムカついた」
「それを言えば、奴らは全員ふざけた連中だと思うがな」
「くっ......上位天使(プリンシパリティ・オブザ・ベーション)!掛かれ!」
 大天使はそのニグンの言葉に従う様に巨大なメイスをモモンガとナバナに向かって振り落とす。
「遅いぞ」
 ナバナはメイスを蹴り上げた後、大きく跳んで大天使の顔面を蹴り飛ばすと、大天使は光の粒となって虚空に消えた。
「蹴りの一撃......だと?ありえんだろう!上位天使が人間の一撃で倒されるハズが無い!!」
「に、ニグン隊長!我々はどうすれば......」
 ニグンはすぐに我に返り、懐から何かを取り出した。
「最上位天使を召喚する!」
 ナバナとモモンガはニグンが取り出した物を見て警戒を強めた。
 超位魔法以外なら封じ込められる【魔封じの水晶】......YGGDRASILLにもあったアイテムだった。
「見よ!最高位天使の尊き姿を!最高位天使(ドミニオン・オーソリティ)!」

 暗闇に近くなる村の外が昼間の様に明るくなった。
 目の前に神々しい光を放つ最高位の天使が降臨していた。
 付近には天使の輝く翼が舞い散っている。
「これが......最大の切り札?」
「そうだ。お前達にはこの秘宝を使うだけの価値があると判断した」
 ニグンは声を上擦らせながらそう続ける。
「魔神をも沈める神の御業の元に消え去るがいい!」
「......身構えて損をした。モモンガさん、後始末は僕がやるよ」
 ナバナはモモンガの返答を待たずに最高位天使目掛けて跳んだ。
 最高位天使に手刀を叩き込んだ瞬間、兜割の要領で真っ二つに分断され、光の粒子が宙に舞った。
 ナバナが行ったのは空間の切れ目を可視化した【クラック】を最上位天使の身体を真っ二つにする様に重ねて開き、その【クラック】を手刀で破壊しただけだった。
 空間の裂け目を可視化した【クラック】を開くと【ヘルヘイム】の森へと繋がる入口となるが、【クラック】が開いている状態で【クラック】そのものを破壊すると、物体の強度や質量・規模に関係なく、空間ごと対象を切断できる。
 第十位階魔法に【現断(リアリティ・スラッシュ)】という魔法があるが、それの真似事の様な者である。
 当然そんな事にモモンガを含めて誰一人気付いていない。
「素手の、一撃で......最高位天使がやられた......だと!?」
 目の前の光景が信じられないニグンは嫌な汗が全身から吹き出していた。
「お前達は......何者なんだ!?」
「アインズ・ウール・ゴウンだよ。この名はかつて、知らぬ者が居ないくらい轟いていたのだがね」
「ま、待ってくれ!アインズ殿......いや、アインズ様!私達、いや私だけで構いません!命を助けていただけるならば、望む額をーーー」
 その言葉はナバナによって遮られた。
 ナバナはニグンの首を掴んで持ち上げていた
「確か......選ぶべき選択が二つあると、お前は言ったな。お前にはそんな選択肢はあり得ないかな......」
 大人でそれなりに鍛えた体格のニグンだったが、ナバナの首掴みから逃れる事は出来なかった。
「モモンガさん......少し、後ろに下がって貰えますか?」
「あっ......ハイ」
ナバナの満面の笑みを見て、モモンガは少し引きながら後ろに下がった。

「ふぅん......」
 ナバナは首を左に少し傾けて、息を吸った。
「うぉおおおおおおおおお!!」
 瞬間、ナバナは叫びながら目にも止まらぬ速度で拳をニグンの身体に叩きつけた。

 物体が音速を超えた場合、周囲には凄まじい衝撃波と音波が発生する。
 俗に言う「ソニックブーム」だ。
 コンコルドのようなジェット機が上空を飛んだ場合、ソニックブームの影響で地上のガラスが割れるような被害もあるという。
 何故このような話をしたかと言うと、ナバナの振るう拳がそのコンコルド同様に音速を超えていたのだ。
 拳の一撃一撃が音速を超えてニグンの人体に叩きつけられる。
 音より早い一撃。それが連続で打ち込まれた場合、どうなるだろうか。
 人間の体にジェット機が突っ込んだ時にどうなるのかと同じである。
 全身の筋肉が衝撃に耐えられず、人体は破裂して肉片に変わる。
 いくら鍛えられたと言ってもニグンの身体も、それは例外ではない。
 ただ、ニグンの身も心も死滅させるにはこの一瞬はあまりにも長過ぎた。

 ニグンの身体にナバナの拳が1発入った瞬間、衝撃が全身を走り、筋肉が悲鳴を上げて、耐え切れずに筋繊維が破損し、全身の骨にもヒビが入る。
 瞬間、ニグンの感じる世界は景色を変えた。
 世界は色を失い、白と黒の濃淡だけになり、無音無臭となった。
 ナバナの音速を超える動きがニグンには視認できた。
 だが、痛みだけは消えてくれない。
 およそ体験したことのある激痛を何倍、何十倍、何百倍にも鋭くしたような強烈な激痛が身体にゆっくりとやってくる。
 動きは視認できるのに、身体も指一本動かせない。
 感覚だけが鋭敏になって体感時間を引き伸ばされている事に、ニグンは気が付いた。
 2撃目の拳がニグンに触れる。
 ニグンの体感時間はどんどん加速していく。
 瞬間が1秒に。
 1秒が1分に。
 1分が1時間に。
 1時間が1日に。
 1日が1年に。
 1年が1世紀に......。

 激痛はより鋭く、より鮮烈に染み渡る。
 動けない。
 死ぬ程の激痛が引き伸ばされ、増幅されて襲い来る。
 死ぬ程の激痛を味わいながらも死ねない。
 死にたくても死ねない苦痛がニグンの心を砕く。
 3撃目はスローモーションでやってくる。
 避けられない。死ぬ。
 死ねずに痛みで気も失えず、3撃目がゆっくりと迫るのをただただ、見つめるだけ。

「ゆっくりと味わうんだな、死ぬ感覚を。たったそれ、一つだけだ。お前達が辿るべき道は」

 3撃目が触れた瞬間、ナバナの声がニグンには聞こえた気がした。
 勿論、幻聴だろう。
 ニグンはもう思考を放棄して、激痛に身を委ねる。
 鋭い激痛が増幅されて思考と意識が無限に引き戻され続ける。
 死にたくても死ねない、終わりのない終わり。

 ニグンはその感覚を永遠に近い体感時間の中で味わいながら、一瞬で全身を水風船のように弾けさせて絶命した。

 連打で弾け飛んだニグンだった肉塊を見て、兵士達はパニックに陥った。
 逃げようと必死になった兵士はナバナの操る植物に取り押さえ、情けなく地面に組み伏せられる。
「敵前逃亡とは情けないな。御自慢の騎士道精神とやらを見せてみろ」
 ナバナは人間の姿から本来の姿に戻し、両手を広げる。
 恐怖で体が震えて、身動きが取れない者は持っていた武器も構えられず、尻餅をついて小便を漏らしていた。
「我こそは戦死した指揮官の代理で部隊の指揮を取り、武勲を挙げるという気概はないのか?」
 
 兵士達は、身動きも止めて、ただ死を受け入れた。


ーーーNow Loading......ーーー


「モモンガさん。なんでアインズ・ウール・ゴウンを名乗ったのですか?」
「そうですね。もし、この世界に我々以外のプレイヤーが居れば協力したいなと思って」
「あぁ、なるほど。では当面の目的は知名度を上げていく感じになるんですかね?」
「とりあえずは。それと、ナバナさん。今回救ったカルネ村ですがーーー」
「いいよ」
「まだ何も言ってないんですが」
「カルネ村の防衛とかやってくれって事だろ?勝手に飛び出して来たのはこっちだし、友好的に接する事の出来た貴重な場所だ。村の近くの森に住んでカルネ村の様子を見守るよ」
「NPCに任せるつもりでいましたが、ナバナさんがやるのでしたら心強い」
「ああ。一緒に冒険......はしばらく無理そうだね。エントマにも謝らないと」
「守護者全員に何があったのか報告して下さいね」
「はいはい」

その後、守護者全員にモモンガを勝手に連れ回したと勘違いされて攻撃を受け、モモンガが仲裁に入り、モモンガ改め、アインズ・ウール・ゴウンに名前を変えた事を守護者達に伝えた。

「お前達に厳命する!アインズ・ウール・ゴウンを不変の伝説にせよ!」 
 

 
後書き
感想とか意見貰えると嬉しいです。 

 

第2話 模擬戦闘(前編)

 
前書き
とりあえず上げときます。 

 
 夢を見ていた。
 夢の中では、赤と黒を基調としたダンスコートに身を包んだ金髪の男性ーーー駆紋戒斗と、青い服と白のズボンに身を包んだ清潔感のある黒髪の男性ーーー葛葉絋汰が向かい合っていた。
 互いの背後には無数のインベスが所狭しと肩を並べている。
「やはり、最後まで俺の邪魔をするのはお前だったかーーー葛葉絋汰」
「戒斗......」
 迷う様な素振りの後、絋汰は口を開いた。
「お前は......何がしたいんだ?」
「今の人間では決して実現できない世界を、俺が......この手で創り上げる」
 戒斗は迷う素振りも見せず言い切った。
「なんだよ、それは」
「弱者が踏み躙られない世界だ!」
 それを聞き、絋汰はまた視線を落として唇を噛んだ。
「誰かを虐げる為だけの力を求めない。そんな新しい生命でこの地球を満たす......舞と一緒に、知恵の実を使って!」
「今の世界で、それは無理だって言うのか?」
「それが俺の生きてきた時代だ。誰もが強くなる程、優しさを忘れていった!」
「強くて優しい奴だって大勢いた!皆この世界を守ろうと必死だった!」
「そんな奴から先に死んでいった!優しさが仇となって本当の強さに至れなかった!」
 戒斗は絋汰を睨み付けながら、人差し指を差し出した。
「貴様もそうだ、葛葉絋汰!」
「いいやーーー俺はお前だけには負けない!」
 右手に戦極ドライバーを装着ながら、絋汰は口を開く。
「お前を倒し、証明して見せる。ただの力だけじゃない......本当の強さを!」
 右手にオレンジロックシードを握り締めた。
「それでいい」
 戒斗も戦極ドライバーを装着した。
「貴様こそ、俺の運命を決めるに相応しい」
 【バッナーナ!】
 【オレンジ!】
「うぉおおおおおお!」
 絋汰の咆哮と共に両者が変身して、アーマードライダーとなり、戦いの火蓋が切って落とされた。
 音速を超える剣戟と体術で繰り広げられる街中での乱戦。
 大将同士の一騎打ちに両陣営のインベスが割り込み、入り乱れる


「葛葉ァ!」
「戒斗ォ!」
 アーマードライダーからインベスの姿へと変身した戒斗は持っている巨大な剣で絋汰に襲い掛かる。
 絋汰も大鎧のアームズに変えて背中の旗で応戦する。
「戒斗!悲しみや絶望の他に、手に入れたものはなかったのか!その怒りだけがお前のすべてだったのか!?」
 凄まじい剣戟に旗が悲鳴を上げて折れる。
「そうだ!弱さに痛みしか与えない世界ーーー強くなるしか他になかった世界を俺は憎んだ!」
 二本ある旗が両方とも折れて、ただの棒になっていたが、それでも剣を受け止めて押さえ付けた。
「今そのすべてを滅ぼす力に手が届く!貴様を超えたその先に!」
 旗を叩き落とした戒斗は神速の蹴りを絋汰の胴体に打ち込む。衝撃で大きく蹴り飛ばされた絋汰に更に追い討ちをかけるよう、戒斗は距離を詰める。
「超えさせない!超えちゃならない!戒斗、それがお前にとっての俺だ!」
 絋汰は白銀の甲冑を纏う姿に変身して、その剣を受け止めた。
「葛葉ァ!」
「戒斗ォ!」

 お互いの巨大な剣が音速を超えて交錯する。
 剣が振われるだけで地面は割れ、周辺の空気にも衝撃が走る。

「俺は......お前なら禁断の果実を託しても良いと、そう思っていた!」
「......」
 無言のまま、戒斗は蹴りを放つ。その蹴りが絋汰の持つ剣を弾き飛ばし、そのまま流れる様に剣の斬撃と蹴りの連続技を絋汰に叩き込んだ。
「今のお前に、禁断の果実は渡せない!渡しちゃいけない!」
「お前はいつまで上から目線でいるつもりだ?」
「なんだと!?」
「託しても良い、渡せない......お前は俺より上に立っているつもりか?俺はそんなお前の態度も気に入らなかった!」
 絋汰は仮面の下で目を見開いた。
 怪物の姿となった戒斗の口からそんな言葉が出るとは思っていなかったからだ。
「どうした?もう後は無いぞ!」
 二人の苛烈な戦いは速度と威力を増していく。


 だが、そんな戦いにも終わりが訪れる。
 絋汰は防ぎきれず、左肩から胸に掛けてモロに斬撃を受けてしまう。
「これで......終わりだ!葛葉ァ!」
 肩から血が吹き出す絋汰に切先を突き立てて戒斗は剣を振り下ろした。
「それでも......俺は!」
 絋汰は持てる力すべてでその剣を右肩と右腕で受け止めて剣先をへし折り、戒斗の胸部に折れた剣先を突き刺した。
 突き刺してさらに、体重を乗せた拳を叩き込み、折れた剣先が戒斗の胸部を貫通した。


 戦いは絋汰の勝利に終わった。
 怪物の姿から人間の姿になった戒斗を、同じく変身を解いた絋汰が胸で抱き締める。
 お互い満身創痍で絋汰も重症だった。
「ーーー何故だ?何がお前をそこまで......」
「『守りたい』という祈り、『見捨てない』という誓いーーーそれが俺だ!俺のすべてだ」
 戒斗を抱き締めながら、絋汰は悲しみの涙を流した。
「ーーー何故泣く?」
 痛みで泣いている訳では無い事は戒斗にも分かっていた。
 絋汰の顔が悲痛に歪んでいるのを見て、何を感じているのか分かったからだ。
「泣いていいんだ......それが俺の、弱さだとしてもーーー拒まない!俺は泣きながらでも前に進む!」
 頭からも血を流し、涙と鼻水で顔を歪ませ、嗚咽を溢すその姿は、駆紋戒斗の中の勝者の姿とはとても程遠い。
 だが、こんな男に負けたのかという悔しさや恨みはない。
 勝った者が泣き、負けた者が笑っていると言うのもある意味、悪くないのかも知れない。
「ーーーお前は、本当に強い」
 その言葉と右手の拳を絋汰の胸に叩き込み、駆紋戒斗はこの世を去った。

 始まりの男となった絋汰は舞と共に、宇宙の果てにある生物のいない星で一から世界を作る選択をして、去っていった。

「祝福された世界を追われ、荒野へと去った男と女。新たな創世の神話がまた一つ......次はどんな種族が進化の試練へと向き合うのだろうな?」

 その声は割と近くから聞こえた。
「よう」
 ターバンを巻き、何処かの民族衣装を纏った男がそこには立っていた。
 手にはアタッシュケースが握られており、異質さを放っている。
「......アンタは?」
「俺が何者かーーーそんなのはどうでもいい。重要なのはそこじゃない。だが、まぁ......以前はサガラとか呼ばれてたから、そう呼んでくれて構わない」
「前?」
「さっきお前も見てただろ?知恵の実を巡る死闘。あの後、新しい知恵の実が芽吹いたのさ」
「芽吹いた?......どこに?」
「どこにってそりゃーーーまぁいい。お前がどんな選択をして、どんな未来を歩むのか、楽しみだな......木場七海」
 サガラは持っていたアタッシュケースをナバナに渡した。
「......開けても?」
「お前にやるよ。今のお前に必要なモノだ」
 アタッシュケースの中には刀のようなパーツの付いた黒い板状の何かが入っていた。
「これは......」
 さっきの決戦の中で二人が腰に装着していたモノだった。
「確か......こうだったか?」
 見様見真似でナバナは腰に装着した。
 瞬間、ナバナの頭の中に流れたのは、この装置の名前と使用方法、その用途に至るまでのすべての知識が流れ込んできた。
 まるで動画を見せられているように使い方が分かってしまった。
「戦極ドライバー......ーーーなるほど。こう使うのか」
「使い方は分かったみたいだな。だが忘れるなよ?力を持って成せるのは破壊だけだ」
「ーーーどうかな。使い方次第だと俺は思う」
 その回答に、サガラは少し驚いた表情を浮かべていた。
 ナバナの意識が段々と遠のいていく。
 夢の世界から、ナバナの意識がなくなった。

「まったくーーーアイツと同じ答えだ。なんだか似てるな、葛葉絋汰に」
 誰にも聞かれる事のないサガラの声が、夢の世界に消えていった。


ーーーNow Loading......ーーー


 ナバナが目を覚ました時、馬乗りになるようにエントマがこちらをじっと見つめていた。
「やぁエントマ。」
「呑気ですね。この状況で軽口が叩けるとは」
「眠っている間ではなく、俺の意識がある時に甚振って殺すのが目的かい?」
「そうですね。貴方が挙げる悲鳴には大変興味がありますね」
 ゆっくりとエントマはナバナの頭を昆虫のような鋭い足6本で掴んだ。
「質問に答えて下さい。何故貴方は動いたのですか?」
 鼻先が触れそうになるほどの至近距離。しかし、そこにあるのは殺意と憤怒の感情と僅かな興味。
「勝手な行動は謹んで下さいと私は言いました。二度同じ事を言うつもりは無いですし、警告の意を込めてお伝えしました。しかし、貴方は人間などという脆弱な下等生物の為に動き、アインズ様の御身を危険に晒したーーーそうなると分かっていて、貴方は何故それでも動けたのですか?」
「......ナザリックにとってモモンガさんの立ち位置は把握している。勿論、俺が勝手に動けばモモンガさんにも迷惑を掛ける事になることも分かっていたよ」
 エントマがナバナの頭を掴む力を強める。
「俺はね、エントマ。人間を下等生物だとは思わない。命に貴賎は無い。価値は等しく皆平等だと思っている。助けたいと思えば、俺はまた同じ事をするよ」
「そうですかーーーでは、貴方は人間と我々が敵対した場合、人間側に着く可能性が僅かでもある、ということですね?」
 エントマの僅かな興味が失意に変わり、そして殺意を剥き出して頭に掛ける力を込めた。
「貴方を殺せば、アインズ様や......ナザリックの脅威を一つ潰せるのでしょうか?」
「......君の思うようにすればいい」
「ーーー」
 ゆっくりとエントマはナバナの頭から手を引いていく。
「アインズ様や私の目が届かない所で、勝手をやって下さい。二度は言いません」
 馬乗りの状態から立ち上がり、エントマは静かに部屋を出た。

「(何故、私は殺す事が出来なかった?)」
 部屋の外で待機しながら、エントマはずっと考え続けていた。
 ナバナはナザリックを攻略した外敵だ。
 戦闘メイド部隊【プレアデス】はナバナと実際に戦った訳では無いが、それでも各階層守護者同様に怒りや憎しみが無い訳ではない。
 ナバナはモモンガ様とは異なり、よく眠る。
 眠っている間は無防備だ。いつでも攻撃できる。
 だが、安らかな寝顔を眺めていると不思議と殺意を抱く事はない。
 さっきもそうだ。殺すには絶好のタイミングだった。少し力を込めれば頭を潰せていたかもしれない。
 でも潰せなかった。殺せなかった。
 何故ーーー?
「ーーーそうか」
 ナザリックにおいて、死はこれ以上の苦しみを受けることの無い慈悲である。
「簡単に殺してはダメ......。慈悲を私の手で与えるわけにはいかない、ということ......なのかな」
 どちらにせよ、異業種であるナバナはその姿・能力では人間と共存はできない。助けても石を投げられて拒絶される事となるだろう。
 所詮、偽善だ。虫らしく、疲弊して弱りきった時に殺してやろう。失意や絶望の中で殺した方がきっと楽しい。そうに違いないーーーと、エントマは結論付けて、思考を整理した。

 これが、NPCが主人の命令無しに自分で考えて行動し、その結果を省みている初の事例である事にモモンガもナバナも気付いていなかった。


 エントマが部屋から出た後、ナバナはクラックを開いてヘルヘイムの森に降り立った。
 そこで夢の中で受け取った戦極ドライバーを装着する。
「......確か、ヘルヘイムの果実を掴めば良かったんだったか?」
 ヘルヘイムのそこら中に生えている果実を4つ掴んだ瞬間、ナバナの手の中でヘルヘイムの果実が巨大な錠前へとその姿形を変えていく。
 オレンジの形、パイナップルの形、イチゴの形、バナナの形をした錠前ーーーロックシードに変わった。
「これで......変身に必要な物は揃ったのか。となると後は実践する相手だな......」
 逡巡し、ナバナはモモンガに連絡を取っていた。
『どうされましたか?ナバナさん』
「モモーーーアインズさん。魔獣か精霊を用意できませんか?」
『魔獣や精霊......ですか?』
「少し、試したい事がありまして」
『......それは戦闘訓練......ということですか』
「ええ、その通りです」
『......そうですか。では私と模擬戦をやりましょう』
「模擬戦......ですか?」
『こちらも確認しておく事があるので、都合が良ければ、ですが』
「それは丁度いい。是非お願いします」
『ではナザリック第六階層のコロッセオにいらして下さい』
「分かりました。ありがとうございます」
 通話が終わり、ナバナは小さく息を吐いた。
「......エントマと仲直りしてから行くか」
 ナバナはヘルヘイムの森からナザリックの部屋に戻り、ドア外にいるエントマに話し掛けるのだった。
 
 

 
後書き
感想とか貰えると嬉しいです 

 

第2話 模擬戦闘(後編)

 
前書き
模擬戦闘回になります。 

 
 ナザリック地下大墳墓の第六階層には屋外と勘違いするレベルの広大なジャングルが広がっている。
 中央にはローマのコロッセオを模した円形闘技場が存在する。
 闘技場の中央に向かい合うように緑とステンドグラスの意匠をした黄金の怪物、ナバナと漆黒のローブを纏った骸骨の魔道士、アインズが対峙していた。

 YGGDRASILLとよく似た世界に転移して一週間が経過した。
 カルネ村の一件で、YGGDRASILLでのスキルや魔法は問題なく使える事は確認している。
 アインズ・ウール・ゴウンの名前を聞いたYGGDRASILLプレイヤーを探すためにモモンガは名前を変えたが、見つかったYGGDRASILLプレイヤーがナバナのように友好的では無い場合やナザリックに対して敵対意思がある場合は、撃滅する必要がある。
 アインズにとっては、PvPの予行練習も兼ねた冒険者モモンの模擬訓練としてこの場に立っていた。
 一方ナバナは夢の中で受け取った戦極ドライバーの性能テストでここに立っている。

 闘技場の客席にはアルベド、コキュートス、アウラ、マーレの姿があった。
「......ナーベラル、なぜアルベド達がいるのだ?」
「はい。アインズ様があの者と何かをする際には必ず連絡するようにとアルベド様から伝えられておりましたので」
「......そういうことか」
 アインズは右手で顔を抑えながら、軽い溜息を吐いた。
「(NPCのナバナさんに対する心象改善も早急に取り掛かる必要ありそうだな。ナバナさんいい人だからセバスとかコキュートスなら理解してくれそうなんだが......)」
「如何なされましたか?」
「なんでもない。ナーベラルはエントマを連れて客席で待機していろ」
「ですが、それでは万が一の場合に御身の盾になる事ができません」
「待機していろ。私の口から二度同じ命令を出させるな」
 不服そうにしながら、ナーベラルは頭を下げて引き下がった。

「客席はアインズさんが呼んだのかな」
「私が連絡しておきました。アナタがアインズ様と何がする時は今後も同様の事を致します」
「マジか......じゃあ今度からこっそりやるよ」
「精々無駄な努力を頑張って下さい」
 そう言うと、エントマはゆっくりと客席に向かっていく。
「意外だな。エントマはここに残るのかと思ったが」
「アインズ様がアナタに負けるなど、万に一つもあり得ません。無駄に足掻いて派手に散って頂ければ幸いです」
 こちらに近付いていたナーベラルにも憎悪の宿った目で睨みつけられ、エントマと共に客席へと向かっていった。
「あんなに毒舌強かったのか......」
 NPCが毒舌を吐く様は、ナバナにとってとても新鮮だった。
 ただ設定通りに動くだけのプログラムだったモノが自らの意思を持って言葉を話している。
 それはもうNPCとは呼ばない。
 一つの命、一つの魂。
 ナバナの中でエントマ達への考え方が変わっていた。


「御多忙の中、ありがとうございます。モモ......アインズさん」
「言いにくい様でしたら、ナバナさんは今までと同じ呼び方でも構いませんよ?」
「名を改めた相手を以前の名前で呼ぶのは失礼でしょう?今後は気を付けます」
「......そういえばナバナさんと手合わせするのはこれが初めてでしたね」
「そうですね。でもあまり期待しないで下さいね。僕は戦闘支援職のダンサーですから」
「そんな事言えば私もそうですよ。しがない魔法使いですからね」
「試合開始の合図はどの様にしますか?」
「では決闘(デュエル)ロールで行いましょう。条件は先にHPが3分の1になったプレイヤーの負け、というのはどうでしょうか?」

 決闘(デュエル)ロールとは、YGGDRASILLのPvPでよく行われる試合形式の一つだ。
 専用の羊皮紙に条件を決め、お互いのプレイヤーが承諾すると決闘空間が展開され、開始までのカウントダウンが開始される。
 カウントダウン中はお互いにダメージを与える魔法は使えず、武器の装備や身体強化等の戦闘補助魔法による強化で戦闘開始を待つ、というモノである。
 決闘空間は、例外なく決闘(デュエル)を行う現在地点を中心に半径20m圏内を投影された空間となる。
 その為、決闘空間内で破壊されたモノも決闘終了と同時に元の状態に戻る。
 決闘空間内は終了条件達成以外では如何なる手段でも脱出は出来ず、空間そのものに作用する魔法やスキルも無効となる。
 他のプレイヤーやNPCは展開された決闘空間に巻き込まれる事はなく、外部からの音声も遮断されるため、如何なる妨害行為も行えない。
 ただし、決闘空間内の状況は他のプレイヤーやNPCでも観ることはできる。


「承りました。では始めましょう」
 二人を起点に半径20mの決闘空間が展開される。
「それじゃあ遠慮なく」
 ナバナは刀のようなパーツの付いたバックル状のアイテム、戦極ドライバーを装着した。
 装着と同時に右手で持っていたオレンジロックシードを解錠する。
《オレンジ!》
 謎の男性のアナウンスが空間に響き渡り、ナバナの頭上に光の粒子が集まり、オレンジの形をした何かが出現した。
「......それは?」
 モモンガはナバナが使用した未知のアイテムに驚愕していた。
《ロックオン!》
 ナバナがロックシードを戦極ドライバーに装填して施錠した瞬間、また謎の男性のアナウンスが聞こえた後、ホラ貝調のビート音が決闘空間内に響き渡っていた
 ナバナは戦極ドライバーの刀の様なパーツーーーカッティングブレードを操作して、ロックシードの果実の模様の部分を文字通り切った。
「......変身!」
《ソイヤ!オレンジアームズ!花道、オンステージ!》
 音声の後、ナバナの頭上にあったオレンジの様な何かがナバナの頭部を覆い尽くし、その間に全身を紺色のライドウェアが覆っていく。
 そして、頭部のオレンジが四方に展開し、鎧のような形状に変化したのだった。
 最後に、果汁のようなエフェクトの衝撃波が発生し、変身が完了した。

 情報量が多過ぎてモモンガは一瞬何が起こったのか理解出来ていなかった。
 ナバナは今、まさにアーマードライダー鎧武に変身したのだった。

 ナバナは左手に握られていたオレンジの断面のような形状の片手剣、大橙丸と左腰のホルスターに装填されていた刀、無双セイバーを右手で抜刀する。
 右腰のホルスターには装着し、解錠したロックシードが他に3種類装着されている。
「(防具を纏う奇妙なアイテム......でも【インベス】の特性は確かーーー)」
「派手な演出ですね」
「自分でも驚いてますよ。でもこれで楽しくやれそうだ」
 ナバナの発言からモモンガも瞬時に鎧と武器を精製した。
「【上位魔道具精製(グレータークリエイトマジックアイテム)」
 漆黒の溝付き鎧と巨大な肉厚の大剣、モモンソード(渾身の命名)二振りを精製したモモンガもモモンソードを両手に持って剣道の二刀流のような構えを取った。
 この構えだと攻撃に対処しやすいのだと現役警察官だった【たっち・みー】は話していた。
 勿論、ゲーム時代ではただの話の小ネタとして盛り上がった程度で、システムに頼った戦闘に構えが必要になる事はなかったが、現在の状況では役に立つかもしれないと思った為、構えたまでの事だった。
 だが、構えるポーズだけでも十分ナバナに牽制できていることにアインズは気付いていなかった。
「(きっと......【たっち・みー】さんがこの場でナバナさんと対峙していたら興奮していたのかもな)」
 【たっち・みー】は無類の特撮好きだった。ナバナとも趣味が合うだろうし、なによりあのナバナの変身バンクは【たっち・みー】の琴線に触れるのだろうと思いを馳せた。

 一方でナバナはアインズの構えを見て感嘆していた。
 以前アインズと話した際、魔法使いだから剣を用いた戦闘なんてほとんど出来ないと伺っていた。
 しかし、対峙してみれば剣の構え方一つを見ても随分様になっているように見える。
「(どう見ても俺の武器だとあの大剣と張り合える気がしないな......)」

 二人の思惑が交錯する中、決闘開始のブザーが鳴り響いた。

 先に動いたのはナバナだった。
 数メートル離れた距離を一気に詰めて、無双セイバーを横薙ぎに振るう。
「(っ!......予想より動きが早い!)」
 アインズは右手の大剣を使って防ぐが、剣先の衝突でナバナの無双セイバーは刀身が折れも欠けもせず、むしろモモンソードの方が欠けて僅かに溝が出来たのか、そのまま溝を刀身が滑り、ナバナは右側の外側から跳んで大橙丸を使ってアインズの頭部に刀身を叩き付けようとする。
 だが、身体の重心を低くして身体を半回転させて左手のモモンソードをナバナに向けて振るう。
 寸前で、ナバナは大橙丸をモモンソードに叩き付けながら空中で一回転し、斬撃を躱した。

「(筋力は伯仲してるな......)」
 ナバナの予想は正確には違う。
 アインズの膨大なMPをステータス補正に割いている為、筋力が伯仲しているだけである。
 ゲーム時代、魔法の発動はコンソールをタッチするだけであり、自身のHPやMPといった値はゲージ化されて視界の左端に表示された。
 だが、現在は視界の端にそれらの表示は存在しない。
 魔法を使用する為のコンソールも出ない。
 それらがすべて、自分の感覚的に分かるようになっている。
 それは相手のHPゲージ等も見れなくなっている事から特殊なスキルや魔法で把握する以外は分からない。

「(防ぎ切れないほどの速度と連続攻撃ならどうかな)」
 立ち上がったナバナは再度距離を詰めて、斬撃を放つ。
 ナバナの攻撃は音速を超え、防ぎ辛い角度や位置からの切り込みや切り返しが多く、弾いたり受け流す事でアインズには精一杯であり、余計な事を考えられる余裕は与えない。
「(システムの恩恵無しで反応しにくい角度から攻撃しているが......効果は薄いか)」
「(質量的にはこっちが上なのに切り結んでも刃毀れすらしないなんて......これ以上速度か威力が上がると対処できないかも)」

 瞬時に判断したナバナは後方に飛んで距離を取りつつ、大橙丸を逆手に持ち変えて無双セイバーの柄部分と連結させ、無双セイバーナギナタモードに変形させようとする。
 ナギナタモードは全長と通常の二倍になる為、攻撃時のリーチが変わり、取り回しなどの扱いが難しくなる一方で、総重量も二倍になる為、一撃の威力は高くなる。

「(させるか!)」
 たかが模擬戦ではあったが、アインズは意外と熱中していた。
 故に、距離を詰めるという行動を取った。
 ナバナは無双セイバーにエネルギー弾を込めて数発発射する。
 アインズはエネルギー弾のダメージを気にせずに大剣の届くまで間合いを詰め、左手の大剣を上段から振るう。
「(ここで突撃して来てからの上段兜割!?)」
「ウォオオオオ!」
 アインズの雄叫びに似た声と共に大剣が振り下ろされた。
「南無三!!」
 ナバナは咄嗟に【戦極ドライバー】のカッティング・ブレードを三回操作した。

《ソイヤ!オレンジスパーキング!》

 展開していた鎧が頭部に再度戻り、頭を守るヘルメットのように変形させて上部からの一撃を防ぐ。
 これにはアインズも驚いたが、体重と重力による位置エネルギーと魔力を筋力に変換したステータスの恩恵による渾身の一撃で鎧もろとも砕こうとしていた。
 凄まじい衝撃が走り、地面に亀裂が走った。
 だが、しかし......鎧そのものは無傷だった。
 アインズは反対の手でもう一撃叩き込もうとすると、ナバナの頭を防御している鎧が回転し、アインズの大剣を弾いて、そのまま頭突きを与えて吹き飛ばした。
 凄まじい衝撃がアインズの胴体に入り、地面が直線状に裂ける。
 吹き飛ばされ、壁に叩き付けられたアインズの周辺に土煙が巻き起こる。
「(なんだ!?この痛みは......まさか物理ダメージ無効化スキルが無効化されているのか!?)」
 アインズは感覚を研ぎ澄ませて自身のHPを確認した。
 全体HPの4割が消失している。
 一撃でこの威力は十分致命傷と言えるレベルの攻撃だ。
 アインズは嫌な汗が流れている幻覚を見た。

 ナバナは頭上で回転していたオレンジを鎧状に再展開させ、無双セイバーの柄と大橙丸の柄を連結させてナギナタモードにし、再度アインズとの距離を詰める。
 アインズは体勢を整えて、すぐに攻撃を再開する。
 ナバナの手には腰に装着されていた展開状態のオレンジロックシードが握られていた。
《ロックオン!》
 オレンジロックシードを無双セイバーに存在するドライブランチに装填し、引き金を引いた。
《1、10、100、1000、10000ーーーオレンジチャージ!》
 オレンジロックシードからのエネルギーが無双セイバーナギナタモードの両刃に流れ、溢れ出たエネルギーが奔流となって橙色の巨大なナギナタを生成した。

「コレで決める!」
 両手を使ってナギナタを振り回し、エネルギーの刃をアインズに叩き付ける。
 その巨大なナギナタの一撃はアインズの片腕で防ぐには威力が高すぎた。
 筋力を魔力で向上させているのに全身に走る衝撃が凄まじく、気を抜けば大剣を吹き飛ばされそうになる。
「(YGGDRASILL内のイベントでも確実に上位に名を残せる程のパワーとスピード......戦闘支援が持つ火力じゃない)」
 模擬戦とはいえ、その事実を再認識することができたアインズは凄まじい衝撃に耐えながらナバナの猛攻を凌ぎ続ける。
 エネルギー波のナギナタを弾く毎に大剣が鈍い金属音を大きく響かせている。
 ナバナの横薙ぎ振り払いがアインズの大剣に触れ、右手の大剣が断末魔のような鈍い音を立てて砕け散った。
 剣は刃に対して縦の力には強いが、横の力には弱いーーーつまり剣に横から何度も殴打を繰り返せば、壊れるのは当然だった。

 だが、そのタイミングでロックシードにも限界が訪れた。
 横薙ぎの一閃がアインズの胴体に届く瞬間、無双セイバーに取り付けていたロックシードが爆発飛散し、巨大なナギナタを形成していたエネルギーが一気に霧散した。

「何っ!?」
 オレンジの展開した鎧と大橙丸が消失し、勢いよく飛んでいたナバナは地面に転がる。
 右腰のホルスターからロックシードを取り外し、すぐに解錠する。
《イチゴ!》
 転がった状態から立ち上がったナバナは、すぐに別のロックシードを戦極ドライバーに装着してカッティングブレードを操作した。
 すると、空中からイチゴが出現した。
《イチゴアームズ!シュシュっと!スパーク!》
 ナバナは空中に出現したイチゴを蹴ってアインズに叩き付け、跳ね返ってきたイチゴが頭に覆い被さり、四方に展開してイチゴアームズへと変身が完了する。

 変身完了したナバナとアインズは対峙した。
 アインズは砕け散ったモモンソードを捨て、新しく槍の武器、モモンランス(渾身の命名)を精製する。
「(鎧が変わった!?という事は武器も変わったのか!?)」

「第二ラウンド......出来ますよね?」
「ナバナさんこそ......魔法で作った剣を破壊して満足ですか?」
 売り言葉に買い言葉。
 二人の闘争心と戦闘意欲が最高に高まっていた状態で二人は再度向かい合っていた。


 模擬戦とはいえ、ナバナはロックシードを使い潰すつもりだった。
 ナバナが咄嗟に取り出したのはイチゴロックシード。これは別にパワーに優れたアームズでは無い。
 専用武器はイチゴの模様のある苦無型の武器、イチゴクナイを無尽蔵に出せるだけである。
 イチゴクナイ自体、無双セイバーよりも小型の為、一撃の威力も無双セイバーや大橙丸よりも低い。
「確かこの武器は......」
 イチゴクナイの輪っかに人差し指を通して回しながら、使い方を思い出した。
「こうだったかな」
 イチゴクナイをアインズ目掛けて投擲する。
 軌道の読みやすいイチゴクナイの投擲をアインズはモモンランスで弾き飛ばした。
 その瞬間、イチゴクナイは小型のクラッカーのように爆発する。
「成程、そういう事か」
「また厄介な武器をーーー」
 爆発そのものにそこまでの破壊力は無いが、投擲されると爆破する、というのはアインズにとっては鬱陶しいだろう。
 ナバナは無双セイバーを左腰のホルスターに格納し、イチゴクナイを両手に持った。
「シュシュっと、な!」
 イチゴクナイが放物線を描いて縦回転しながらアインズに迫る。
「ソイソイソイ」
 続けてイチゴクナイを3本投擲する。
 計5本のイチゴクナイがそれぞれ別の放物線を描きながらアインズに時間差で襲い掛かる。
「小賢しい!」
 モモンランスを振り回して迫り来るイチゴクナイを弾き飛ばすと、爆発が起こる。
 イチゴクナイが直撃しても、大したダメージにはならない。
 だが、弾き飛ばして起こった爆発でナバナの姿を見失う。
「!」
 背後に立っていたナバナはアインズに蹴りを放つ。
 魔法で精製した全身鎧が蹴りの一撃で鈍い音を立てて変形する。
「ぐっ......」
 アインズの槍の薙ぎ払いを両手に持ったイチゴクナイで受け止め、弾きながら近接格闘を叩き込む。
「小賢しさも戦略ってヤツだ」
 白兵戦に持ち込まれ、モモンガは苦虫を噛み潰す。
 モモンガは魔法使いの為、武器全般の扱いには精通していない。
 先程のように、威力を高めて一撃で倒すようなやり方しか近接戦はできない。
 その点、ナバナは元々が体術等を駆使した白兵戦スタイルの為、威力もリーチも短いイチゴクナイを持って懐に入りながら戦うというのは得意分野である。
「(この武器ーーーナバナさんの戦闘スタイルとの相性が良すぎる!)」
 大した事の無い威力の爆発は目眩しに使える。お互い大したダメージにならない為、至近距離で爆発させるといった芸当も取れる。
 イチゴクナイのリーチの短さによる取り回しの手軽さは刀や槍より体術を織り交ぜた近接戦闘と相性が良い。
「(このままでは不味い!)」
 槍を振り回して、ナバナとの距離を取ろうとするが、それも拳が届く程の距離まで詰められると意味を成さない。
 ならば、どうするか。
 アインズは精製したモモンランスをへし折る。
 ナバナはリーチを捨てて振り回し易さで同じ土俵で戦うつもりなのだろうと判断した。
「(ここまで距離を詰めているのに今更ーーー)」
 しかし、モモンランスはへし折られた瞬間に大爆発を起こし、二人を吹き飛ばした。
 魔力で精製した武器に魔力を限界まで込めた状態で破壊すると、魔力由来の爆発が発生するーーー所謂、魔具爆発である。
 この事象を利用したのだった。

「こんな力業で来るのかよ」
 大爆発の影響でナバナのHPは一気に3割持っていかれる。
 モモンガもHPを半分以上削られた。
 強引に二人の距離を取られた。
「あのままだったら確実に負けていましたからね」
 爆発の煙の中、アインズは再度モモンランスを精製し、魔力を再度込める。
 ナバナは無双セイバーを引き抜き、ドライブランチにイチゴロックシードを装填する。

《ロックオン!》
《1、10、100ーーーイチゴチャージ!》

 煙が晴れた瞬間、二人は遠距離から同時に攻撃を行った。
 アインズは魔力が籠り、黒く光った槍を槍投げの要領でナバナに向かって投げつけた。
 ナバナは無双セイバーに補充されたイチゴロックシードのエネルギーをトリガーを引いて解放した。
 目の前に巨大なイチゴのエフェクトが出現して破裂し、無数のイチゴクナイが真っ直ぐに飛んでいく。
 無数のイチゴクナイは魔力を帯びたモモンランスと衝突し、先程以上の大爆発を起こす。
 爆発に巻き込まれ、お互いのHPは全体の1/4レベルまで減少した。

《パイン!》
 土煙の中、その音声が聞こえたアインズは魔力で作った巨大な戦斧、モモンアックス(渾身の命名)を構えて、ナバナへと距離を詰める。
 土煙を割いて、お互いの姿を視認した時、ナバナの頭上にはパイナップルが出現していた。
《パインアームズ!粉砕!デストロイ!》
 その手にはパイナップル型の鎖に繋がれたハンマーが握られていた。
「またか!」
「こういうサプライズは大好きでしょう?」
 ハンマー型の武器、パインアイアンを振り回して、モモンアックスを弾く。
 ハンマーと繋がっている鎖の伸びる距離が広く、また放物線を描きながらもある程度は自由に操作できるのか、アインズとの距離が縮まらない。
 その為、戦斧を活かせずにハンマーの打撃を弾く程度しかできていなかった。
「(このハンマー、これまでの武器の中では一番威力が高いが......ナバナさんの戦闘スタイルとは地味に噛み合ってないな)」
「そろそろフィニッシュ行きますよ」
 ナバナは戦極ドライバーのカッティングブレードを操作して、エネルギーを解放する。
《ソイヤ!パインスカッシュ!》
 パインアイアンが手元に戻り、そのパインアイアンをアインズ目掛けて蹴り飛ばした。
「そんな直線的な攻撃!」
 瞬間、アインズの中で第六感が危機を感知し、モモンアックスを囮に後方へと距離を取った。
 予想通り、と言うべきか。
 パインアイアンは巨大化してモモンアックスを飲み込んだ。
 そのまま、走ってきたナバナによる地面との水平方向の強烈な飛び蹴り、無頼キックが巨大化したパインに直撃し、輪切りのパイナップルが弾けるようなエフェクトの大爆発がフィールドを包んだ。
 背後で爆発が起こり、勝ちを確信したナバナの目の前にアインズが居た事で、ナバナは瞬間的に何が起こったのかを察知し、負けを認めた。



ーーーNow Loading....ーーー


 決闘空間が解除され、二人は致命傷のままナザリック地下大墳墓6Fの闘技場内に戻った。
 戻った瞬間に、アインズはNPC達に取り囲まれ、安否を確認された。
「アインズ様!お怪我は大丈夫ですか!」
「至高の御身が致命傷など......このような事は金輪際お辞め下さい!」
 アルベドとデミウルゴスは怒りの形相でアインズに詰め寄っていた。
「やっぱりアインズ様、カッコ良かったです!」
「当然じゃない!私たちの創造主を束ねる方なんだもの」
 アウラとマーレはアインズの無事と健闘に感動しているようだった。
「流石に白兵戦になった時は肝を冷やしましたわ」
「不利な状況でも打開策を講じる......学ばせてもらいました」
 シャルティアとコキュートスも心配しているようだった。
「それで、アインズ様!あの不届き者は如何致しましょう!?御命令とあらば、即座に首を刎ねて差し上げます!」
 アルベドは怒りの形相のまま、ナバナの居る方向に顔を向けた。
 ナバナの方はというと、戦極ドライバーに装着した3つのロックシードすべてが過負荷で破損した事についてブツブツと独り言を呟いていた。
「いい加減にしろ、アルベド。ナバナは私の盟友であり、客人だ。ギルドメンバー以上に丁重に扱え。」
 ドス黒いオーラを纏ったアインズの怒声がフィールドに木霊した。
「......すまない」
 怒りが沈静化されたのか、オーラが消えていた。
「(......これで、NPC達の心象に変化があるといいんだけど......)」
 アインズは頭を抱えながら、軽く溜息を吐いた。
 
 

 
後書き
感想とか貰えると嬉しいです。 

 

第3話 森の賢王(前編)

 戦極ドライバーは、戦極凌馬という科学者の手によって生み出されたベルトだ。
 それを用いる事で、超人的な身体能力を誇るアーマードライダーへの変身を可能とする。

 しかし、本来の用途は生命維持装置である。
 ヘルヘイムに実る果実は、あらゆる種族を魅了する。
 なんだか美味しそうだ、と思って食してしまうと細胞レベルで変異を起こし、異形の生物......インベスへと変貌させる。
 インベスに変貌した時点で自我は無くなり、元に戻す方法は存在しない。
 故に、ヘルヘイムに実る果実は生命にとって極めて有害な代物であると言える。
 有害なのは果実だけではない。
 ヘルヘイムの植物は、常に湿気を放出するため燃えにくく、ゴムのような伸縮性とダイヤモンドのような硬度を持つ。
 また極低温やマグマのような高音多湿の環境でも根を伸ばして生息することができる高い環境適応能力と脅威的な生命力を有している。
 加えてヘルヘイムの植物に侵された大地から他の植物が根を下ろすことはない。
 環境に適応し、その環境を変化させる凶悪な外来種。それこそがヘルヘイムの植物だ。
 何処からやってきたのかは判っていない。
 外宇宙。並行世界。マルチバース......列挙すればキリがない。
 判っているのは人類にとって、害悪な存在であることだけ。

 そんなヘルヘイムの植物から人体に無害な養分だけを抽出するのが、戦極ドライバーの本来の用途である。
 アーマードライダーへの変身はあくまでも抽出したエネルギーを用いた副次的な効果でしかない。

 戦極ドライバーの中身はブラックボックス化されており、戦極凌馬以外は誰も作成することはできない。
 始まりの男により沢芽市からヘルヘイムの植物はすべて外宇宙へと移動させられた事で脅威が消えた為、量産された戦極ドライバーは設計図共々ほぼ全てが処分されてしまっている。


 では、ナバナの手にあるこの戦極ドライバーは一体なんだろうか?
 夢の中でサガラと名乗る男から受け取ったモノがそもそも現実世界に存在する事がおかしな話だ。
 かつてのYGGDRASILLに戦極ドライバーに該当するアイテムは存在しない。
 YGGDRASILLには確かにヘルヘイムというフィールドはある。
 当然フィールドにも森はあるが、精々エリアアイテムの為、多少頑丈という程度の強度。
 果実や花は極彩色でもないし、プレイヤーを魅了するといった性質は持ち合わせていない。
 インベスという種族もYGGDRASILLの中には元々存在している。


「......こんな色をしているのに不思議と美味そうに感じるんだよな」
 極彩色の果実を手に取り、皮を剥く。
 中の果実はどちらかと言うとライチに近い。
 頬張る。

 美味い。
 食感は種無しの巨峰のような柔らかさだ。
 咀嚼する度に果実の味が変わり、色んな味にコロコロと変化する。
 柑橘系の酸っぱさ。
 メロンのような芳醇な甘さ。
 マンゴーのような濃厚な甘さ。

 柔らかい果肉から溢れる果汁が口の中に広がり、倦怠感が嘘のように吹き飛ぶ。
 食べ続けるのにこれほど飽きないものはない。
 そう思わせるほどの魅力が果実には詰まっていた。
「コレ以外食べたいと思えないのが難点だな」
 ナバナはこの世界に転移して、何度か【トブの大森林】に足を運んでいた。
 その中で森に実る果実やモンスターを始め鹿・兎のような動物も狩った。
 その中で料理しようと試みたが、ニオイだけで不快になり、中断した。
 果実を口にしようとすると、得体の知れない気持ち悪さを感じ、とても食べられなかった。
 だがエントマはナバナが狩ってきた動物やモンスターをそのままボリボリと食べた。
 逆に、ヘルヘイムの植物には興味すら持たれなかった。
 他のナザリックの面々にしても同様で、果実を手に取ろうともしなかった。
 この感動を分かち合いたいという感情と誰にも知られたくないという優越感は、その反応で見事に消え失せてしまった。

「理解されないってのは......寂しいもんだな」
 剥かれた果実の皮を握りしめて、ナバナはアインズから貸し与えられた部屋を出た。


ーーーNow Loading......ーーー


 ナバナが【トブの大森林】に足を運んでいるのは、動植物の生態系を調べる為のフィールドワークが主目的ではない。
 勿論、そちらも重要なことなのだが、本来の目的は別にある。

「(確か......あの村娘は俺を【森の賢王】と呼んでいた。俺やアインズさんに匹敵する気配をこの森からは感じなかったが、YGGDRASILLのプレイヤー、あるいはそれに準ずる何かの可能性もある)」
 先日、カルネ村を襲った連中の召喚した天使はYGGDRASILLに存在したモンスター達だった。
 唱えられている魔法もYGGDRASILL由来の魔法だったとアインズも言っていた。

 ナバナやアインズが転移する前にYGGDRASILLのプレイヤーがその魔法や技術・アイテムをばら撒いたのではないか、と言うのがナバナとアインズが導き出した結論だった。
 その為、2人は別々に行動して情報を集める事にした。
 アインズは冒険者サイドでこの世界で使える資金調達と情報収集を。
 ナバナはそれ以外のルートでの情報収集とフィールドワークを。

「(本当に賢しい輩は闇に潜む。俺やアインズさんに気付かせない程の気配遮断が出来るとなると、カルネ村を襲った連中との一件も確認されているかもしれない......)」
 やっちまったな、と頭を抱えながらナバナは【トブの大森林】の深い場所へとやって来ていた。
「この森も大体歩き尽くしたな......本当にいるのか?【森の賢王】なんて」
『ほう?某を探していたでゴザルか?』
 その声と同時に、背後から凄まじい打撃が飛んで来た。
 初速だけなら視認できないレベルの速度。
 その威力がナバナの頭部目掛けて襲い掛かっていた。
 咄嗟に左前方向に飛び込んだ為、避けることに成功する。
 頭部に飛来していた打撃はナバナの前方にある大木を薙ぎ倒していた。
 ーーー尻尾による打撃。
『良い反応速度でゴザル。今逃げるならば追わないでゴザルが......どうするでゴザル?』
「......やるじゃないか、魔獣の分際で。でも逃げるつもりはないな。お前を探していたんだからな、【森の賢王】」
『不意打ちを偶然躱せただけで粋がるなでゴザル』
「姿も見せない恥ずかしがり屋よりマシだろう」
『ほう?言うではゴザラヌか。では某の異様に瞠目し畏怖するがよい』
 その台詞の後、木を薙ぎ倒してナバナの前に現れたのはーーー。

 ーーーでっかいハムスターだった。
「......お前、ジャンガリアンハムスターって種族か?」
『なんと!?某の同胞を知っているのでゴザルか?』
「知っている......というか、売られているのを見たことがあるだけだ」
『なんと!?某の同胞が奴隷のように売買されているとは......もし宜しければ教えて欲しいでゴザル。種族を残せないのは生物として失格でゴザルからな』
「......残念ながらサイズ的に無理だ」
『そうでゴザルか。それなら仕方ないでゴザル。では、始めるでゴザルよ。命の奪い合いを』
 【森の賢王】はやる気になっているようだが、ナバナの方は完全にやる気を失っていた。
「......これが【森の賢王】......か。外れだな。そりゃ気配も分からんわけだ」
『何をブツブツ言っているでゴザル?まさか怖気付いたでゴザルか?』
「......少し黙れ」
 瞬間、【森の賢王】を名乗るハムスターは【ヘルヘイム】の植物による拘束を受けて、一瞬で宙吊りになり、身動きを封じられる。
『な、なんでゴザルか!?この植物は!!』
 必死になってハムスターが植物を取り除こうとするが、逆に縛り付ける力が増していく。
『うぅ......こ、降伏でゴザル。助けて欲しいでござる』

「ーーーアウラさん。居るんだろ?」
「へぇ、気付いてたの?ナバナ様」
 森に来てからずっと監視してただろ、と言いかけてやめた。
「良ければこのハムスター......あげるよ」
「え?いいの?」
「そのかわり、今この瞬間から......俺が【森の賢王】だ。良いよな?」
「名乗るのは自由じゃない?アタシは魔獣貰えるなら何でもいいし」
「と言うわけだ。このお姉さんにしっかり面倒見てもらえよ」
 ナバナは【ヘルヘイム】の植物を解除し、拘束を解いた。
 アウラは魔獣使いであると、アインズから伺っていたし、コミュニケーションの取れる魔獣を無碍には扱わないだろう。
 かくして、ナバナは【森の賢王】の座を奪い取るとこに成功したのだった。
 
 

 
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