読者に見放され


 

第一章

               読者に見放され
 嫌割悪乗は漫画家である。
 元はギャグ漫画を描いていたが今は思想ものを描いている。このことについて嫌割はインタヴューで語った。
「日本のことを知ったんだ」
「だからですか」
「そうだ、だからわしは思想ものを描く様になったんだ」
 眼鏡をかけた細面の顔で語った。
「そうなったんだ」
「随分作風が変わりましたね」
「ギャグ漫画とか」
「はい、随分」
「いや、わしは変わっていない」
 嫌割は自分ではこう言った。
「わし自身はな」
「そうなんですか?」
「そうだ、変わっていない」
 はっきりと言い切るのだった。
「その証拠にギャグも入れてるな」
「だからですか」
「わしは世に伝えるものを伝えているんだ」
 これが嫌割の持論だった。
「それだけだ、歴史も描けばな」
「政治もですね」
「描く、日本の為にな」
 まさにというのだ。
「描いているんだ、これからもだ」
「日本の為にですか」
「描いていく」
 これが嫌割のインタヴューでのコメントだった、とにかく今の彼がぎゃぐではなく思想を描いていた。
 その彼の漫画を読んでだ、ファン達は話した。
「やっぱり変わったな」
「変わったのは事実だな」
「昔と比べてな」
「ギャグマンガ描いていた頃を思い出すと」
 彼自身は変わっていないと言ってもだ。
「それでもな」
「随分と変わったな」
「テンションは変わらないけれどな」
 漫画に出て来る嫌割のそれはというのだ。
「それはな」
「そのテンションで描いてるけれどな」
「テンションが高過ぎるせいか主張が極端だしな」
「ギャグもハイテンションだったけれどな」
 それが嫌割のギャグの特徴だった、下品なギャグも多かったがそのどれもが極めてテンションの高いものだった。
「それが出てな」
「随分と主張が極端だな」
「どうかという位にな」
「右に偏ってるぞ」
「偏り過ぎだろ」
「他の国や民族への偏見も出ている」
「元々偏見が強かったのか?」
 こうした疑問もだ、ファン達から出た。
「前は左だったんだろ?」
「それがここまで右になるか?」
「心の中庸がないな」
「どうなんだろうな、この極論」
「危なくないか?」
「さらに極端にいかないか?」
 ファン達は危惧を感じていた、そしてその危惧は当たった。
 政治や歴史を語る嫌割は次第にこう言いだした。
「アメリカが悪い!」
「アメリカがですか」
「そうだ、あの戦争はアメリカが悪い!」
 あるインタヴューでこう言いだしたのだ。
「アメリカの謀略だった、そしてそれに乗ってだ」
「乗ってですか」
「謝罪ばかり言っている左翼も問題だが」
 嫌割がこれまで何かあると徹底的に攻撃していた者達だ。
「保守も問題だ!」
「保守もですか」
「そうだ、保守は親米が多い」
 そうだというのだ。
「それが問題だ」
「あの、嫌割さんは」
 インタヴューをする者は彼にどうかという顔で問うた。 

 

第二章

「保守派では」
「よく言われるがな」
「違いますか」
「わしはわしだ」
 こう言うのだった。
「保守でも革新でもない」
「そうなんですか」
「あくまでわしはわしだ」
 その眼鏡の顔で言うのだった。
「どっちでもない」
「だから保守もですか」
「ここで言う」
 彼が思うに批判しているというのだ。
「徹底的にな」
「そうですか」
「アメリカに諂ってばかりだ」
 嫌割が言う保守はだ。
「それが正しい保守か」
「違うんですか」
「アメリカと戦争をして多くの人が殺されたんだ」
 だからだというのだ。
「そしてその前にも散々人種差別を受けてきた」
「排日移民法とかですね」
「そうだ、そうした歴史があるしだ」
 嫌割はさらに言った。
「アメリカは今も世界を支配している」
「世界のリーダーとは言っていますね」
「経済もな、そして世界経済はな」
 それはというと。
「格差社会になっている」
「日本みたいに」
「一部の人間だけが豊かになって他の人間は貧しい」
「資本主義社会の悪い特徴が出ていますか」
「そうなっている、そのアメリカを打倒することを目指さないで何が保守だ」
 こう言うのだった。
「違うか」
「だから嫌割さんはアメリカについては批判されるのですね」
「今の日本の保守もだ!」
 嫌割はこの時のインタヴューからすぐに所属していたある歴史学会を退会した、このことにファン達の中で眉を顰めさせる者達がいた。
「反米が強くなってきたな」
「しかも保守派批判はじめたぞ」
「歴史学会も退会したしな」
「おかしくないか?」
「ああ、おかしいな」
 その主張や行動がというのだ。
「どうもな」
「一体何やってるんだ?」
「何考えてるんだ?」
「おかしなことになってるな」
「ある程度の違いはいいだろ」
「人それぞれの主張や考えがあるんだ」
「親米は親米で考えだろ」
 その人のというのだ。
「それで何であそこまで攻撃するんだ」
「媚びてるとかな」
「あと資本主義批判もはじめたな」
「前は資本主義いいって言ってただろ」
「社会主義、共産主義を徹底批判してな」
「何でそうなるんだ?」
「反米からでも極端過ぎるだろ」
 経済の話についても疑問が出ていた。
「最近おかしいな」
「テロ賛美したりするしな」
「ああ、過激派のアメリカへのテロな」
「あれで沢山の民間人死んだけれどな」
「民間人殺したら駄目だろ」
「それじゃあ自分が言うアメリカと一緒じゃないのか?」 
 多くの民間人を戦争で殺したと嫌割はアメリカを批判している、原爆投下にしてもそのうちの一環だと言っている。 

 

第三章

「それを賛美するか?」
「その手があったか、とかな」
「最近どんどんおかしくなってるな」
「テンション高いから余計に極端だな」
「大丈夫か?」
「本当にどうにかなっていないか?」
 嫌割への疑問が表面化している者達もいた。
 だが嫌割は止まらない、まだ言うのだった。
「格差社会は駄目だ!」
「ではどういった社会がいいんですか?」
「貧富の差がない社会だ」
 これが返事だった。
「そうした社会であるべきだ」
「共産主義社会ですか?」
「共産党の主張はかなりいい」
 実際にそうだと言うのだった。
「あれで歴史館が正しいならな」
「言うことはないですか」
「アメリカ主導の世界経済は駄目だ」
「それこそが格差社会の元凶ですか」
「その通りだ!」
 まさにと言い切った。
「だから共産主義にだ」
「なるべきですか」
「何がグローバル化だ」
 こうも言う嫌割だった。
「格差社会の元凶だ、ワーキングプアや派遣もだ」
「社会問題になっていますね」
「資本主義の歪だ」
 それに他ならないというのだ。
「若者を救う為に共産主義だ!」
「何言ってるんだ」
 思わずだ、多くのファンが言った。
「前までどれだけ共産主義批判してたんだ」
「資本主義だから自分は成功出来るみたいなこと言ってただろ」
「それで何で共産主義がいいって言えるんだ?」
「反米から突き進み過ぎだろ」
「大体格差社会とかそんなの言ってる連中の名前と顔見ろ」
 そこからだと言うのだった。
「全部自分がこれまで散々批判してきた連中だぞ」
「サヨクとか言ってな」
「そうした連中の言うこと信じるか?」
「転向したのか?」
「この前半島統一したらその費用は日本が出せとか言ってたな」
「何で日本が出すんだよ」
「自分達のことは自分達で、だろ」
 このことも言うのだった。
「どうせ日本が昔統治していたからとか言うだろうけれどな」
「それはそれだろ」
「自分達のことを自分達でしなくてどうするんだ」
「そもそもファミレスとかまんが喫茶で寝泊まりしてる奴って確かにいるけれどな」
「そんな奴そんなに多いか?」
「実際に多くないだろ」
「それを全部とか言うなよ」
「派遣の社会問題はわかるにしてもな」
 その経済への見方も言われた。
「どんどんおかしくなるな」
「全くだな」
「極右から極左になってる感じだな」
「そんな風になってきてるな」
 このことが懸念されだした、そしてその懸念は的中した。
 一時期ネットで保守的なことを言う面々との共闘を考えるふしがあったが急にだった、彼はあるテレビ局の前でそのネットで保守的なことを言う面々がある件について抗議を行ったのを見て豹変した。
「御前等は只の差別主義者だ!」
「ハァ!?」
 これには多くの面々が呆れた。
「ついさっきまで共闘言ってたよな」
「それが何だ?」
「急に罵りだしたぞ」
「あのテレビ局への抗議からな」
「そういえばあのテレビ局前あいつの作品アニメにしてたな」
「ああ、そうだったな」
 このことがすぐに思い出された。
「それでか」
「あのテレビ局への抗議に反応したんだな」
「それであっちについては」
「抗議している連中叩きだしたか」
「けれどあのテレビ局おかしいだろ」
「最近偏り過ぎだぞ」
 報道なり番組変性があまりにも偏向しているというのだ、それが表面化して抗議活動が行わたのである。 

 

第四章

 だが嫌割はその抗議側を強く批判しだしたのだ。多くのファン達はそれを見て今度ばかりはと思ったのだ。
「完全に左になったな」
「作品をギャンブル業界に提供したしな」
「あそこからおかしくなったかもな」
「それで今回で完全にわかったな」
「あいつもう左だ」
「右から左になった」
「今のあいつは極左だ」
 極端から極端に走ってというのだ。
「原発反対とか言い出したしな」
「女系天皇とかも言いはじめたしな」
 その主張はともかく保守派の主張ではないことに誰もが気付いていた。
「もう完全に保守じゃないぞ」
「あんな保守が何処にいる」
「保守派の人達とどんどん袂を分ってるしな」
「皆あいつに愛想を尽かしたな」
「それで袂分ってるな」
「どう考えてもあいつ転向したからな」
「極左になったからな」
 それに他ならないというのだ。
「本当にな」
「あいつは変わった」
「もう自分が前まで批判どころか罵った連中の方にいったよ」
「とんだ変節野郎だ」
「もうあんな奴の漫画読むか」
「漫画買ってそれであいつを儲けさせてたまるか」
「単行本捨ててしまえ」
「誰が買ってやるか」
 こう言ってだ、多くの者が嫌割から離れた。だが。
 嫌割は止まらなかった、それで今度は自分が以前批判していた左と言われる女性議員を必死に擁護しだした。
「不倫が何だ!」
「何ならわしの過去の不倫話出すぞ!」
「ああした人物こそ防衛相になるべきだ!」
「国籍疑惑なんか気にするな!」
「人間ここまで落ちるか」
 かつてファンだった者達の目は完全に冷めて蔑んだものになっていた、そのうえで嫌割を見て言うのだった。
「前は極左のコメンテーター擁護してたしな」
「勝手にシリア言って捕まった奴サムライとか言ったりな」
「この前日本は半島に悪いことしたとか言ってたな」
「サヨクの政党の応援演説してたな」
「スパイ防止法に反対してたけれどな」
 それでもというのだ。
「あいつ昔破壊活動防止法に賛成してたよな」
「それをもっと確かにしたのがスパイ防止法だろ」
「それを不倫してた女の議員に賛成してか」
「それで反対って言うか?」
「本当に何もかもが変わったな」
「変わったっていうか終焉しちまったな」
「ああ、あいつは終わったよ」 
 その蔑みきって冷えきった目で言うのだった。 

 

第五章

「もう完全に」
「あいつは裏切ったよ」
「自分自身をな」
「昔の自分を裏切った」
「一番裏切ったらいけない相手を裏切った」
「あいつはそんな奴だ」
「そんな奴に成り果てちまった」
 こう言うのだった。
「もう終わったよ」
「あんな奴の言うことなんて聞く必要あるか」
「読む必要もないさ」
「そのまま何処までも腐ってろ」
「誰も御前の言うことなんか聞くか」
「自分を裏切った奴の言うことなんか聞くか」
 最も裏切ってはいけない相手を裏切った輩の言葉なぞというのだ。
「誰が読むか」
「誰が聞くものか」
「何処までも堕ちて腐ってろ」
「人間ああはなりたくないな」
 こう言ってそうしてだった、もう嫌割から目を離し彼の漫画を見向きもしなくなった。だがそれでもだった。
 嫌割はここでまだ言うのだった。
「北朝鮮に強硬手段は取るな!」
「今度はそう言うか」
「拉致はどうなるんだよ」
「というかそんなの言うか」
「核開発はスルーかよ」
「こいつ北朝鮮とつながってるだろ」
「必死に否定してるけれどな」
 自分では断じてない、と言っているがというのだ。
「それでもな」
「あいつ本当に北朝鮮と関係あるだろ」
「そうじゃないとおかしいだろ」
「強硬手段取るなとかな」
「つながってなくてもシンパじゃないと言わないぞ」
「こんなこと言う保守がいるか」
 誰もがこう言った。
「反原発、批判するのは保守系の学者ばかり」
「周りにいるのはもうサヨクばかり」
「サヨクの政治家ばかり持ち上げてな」
「格差社会とかも言ったしな」
「完全に左に行ったな」
「極左にな」
「極右から極左にいっただけか」
 それが嫌割だというのだ。
「そうした意味で変わってないな」
「最初からそんな奴なんだな」
「それだけのことか」
「もうこいつの言うことは無視していい」
「漫画読むどころじゃない」
「一切考えなくていい」
「本当にそんな奴だったんだな」
 もうかつての読者、子供の頃から嫌割の本を読んでいる者も誰も彼に見向きもしなくなった。彼の末路についても。もう誰も見向きもしなくなってしまっていた。
 それでだ、ある日嫌割が死んだと聞いても彼等はこう言うだけだった。
「ああ、死んだか」
「えっと、破産して支持していた政党も解党してか」
「北朝鮮やら怪しい市民団体との関係もばれてか」
「公安にもマークされて」
「それで逮捕もされたんだな」
「それで最後は孤独死か」
「成程な」
 その末路を棒読みして終わりだった、そこに感じるものは何もなかった。そして次の瞬間には彼等は自分達がしたいことに向かっていた。


読者に見放され   完


                2018・11・17