戦姫絶唱シンフォギア~響き交わる伴装者~


 

風鳴姉弟のサプライズ(天羽奏誕生祭2019)

 
前書き
遡ること7月の初め頃。シンフォギアにどハマりし、それからYouTubeの公式配信をマラソンし、適合率が一気に高まった結果、このフォニックゲインをどうにか解放しなくてはという事で書き始めました。
自分でも言ってる事、全然分かりません!

そして遡ること3時間ほど前。ハーメルンから引っ越した私は、ここで再スタートする事にしました。
最初に投稿するのが、本来は奏さんの誕生日当日に更新したエピソードだとは……。私は悲しい。

それでは心機一転、新天地での最初の作品としてよろしくお願いします! 

 
「もしもし、姉さん?こっちは準備終わったところだけど」

 翔はスマホを片手に、テーブルの上に最後のひと皿を並べた。

 会場の飾り付けは既に完了。料理もクロッシュを被せ、いつでも主役が来ていいように準備出来ている。

 7月28日、今日は特別な日だ。翔は姉の翼と2人で、サプライズパーティーを企画していた。
 翔が部屋を飾り付け、腕によりを掛けて料理を用意する。一方、翼の役割はプレゼントの購入。そして、主役を迎えに行くことだった。
 
 しかし、やはりというかテンプレというか、翼はプレゼント選びで悩み続けていた。

「うーん……あれがいいかしら? いや、こっちもいいわね……」
『常在戦場を口癖にしてるトップアーティストが、そんな優柔不断でどうするの?』
「そっ、それとこれとは話が別よッ!」

 現在、翼は都内のアクセサリーショップにいた。
 プレゼントには何がいいか。考えた結果、お揃いのアクセサリーを贈る事に決めた翼だったのだが、どれを贈ればいいのかで迷うこと2時間近く。一向に決まらないのだった。

 ペンダント?いや、常に首から下げてるな……。

 ブレスレット?確かに良さそうだが、調べてみたところ贈り物としては意味が重い……。

「どうしたものかしら……ん?」

 迷い続けた末、店の片隅まで来ていた翼の目にあるものが飛び込んで来る。

 それは、左右ワンセットのイヤリングだった。

 銀色の羽の形をした枠を持つイヤリングには、それぞれオレンジと青の石が嵌め込まれている。一目見た瞬間に、翼は「これだ!」と確信した。

 レジへと向かい、イヤリングを包装してもらった翼はそのまま店の外へと出る。
 晩夏の日差しが青空から降り注ぎ、街をギラギラと照らす。夏空を見上げながら、翼は翔に連絡した。

「翔、決まったわよ!」
『おお、それじゃあ後は……』
「ええ。奏を迎えに行くだけねッ!」
 
 ∮
 
「おいおい、いきなり呼び出したかと思ったら目隠しだなんて、一体どういう事なんだ?」
「いいからいいから。あ、段差あるから足元気を付けてね?」

 姉さんが奏さんを連れて、玄関からやって来る。
 パーティークラッカーを手に待機していると、間もなく二人がやって来た。

 アイマスクで目隠しされた奏さんをエスコートして来た姉さんに、そっとクラッカーを渡す。
 姉さんとアイコンタクトを取ると、足音を忍ばせて距離を置き、クラッカーを構えて……

「奏、もう外していいよ」
「わかった。それで、これは何の……」

 奏さんがアイマスクを外した瞬間、パーティークラッカーの栓を引き抜く。
 軽い破裂音と共に紙テープが宙を舞った。

「奏、お誕生日おめでとう!」
「奏さん、ハッピーバースデー!」

 姉さんと僕にそう言われ、奏さんは目を丸くした。

「へ?……あ、そっか!今日、あたしの誕生日だ!何ですっかり忘れてたんだろ……」
「いいから、ほら座って!」

 姉さんに促され、奏さんが席に着く。

 多分、最近任務と訓練、それにツヴァイウイングのライブもあったし、自分の誕生日にまで気が回らなかったんだろう。
 祝ってくれる家族がもう居ないのも、要因の一つなのかもしれない……。

「本当は二課の皆で祝いたかったんだけど、忙しいらしくて……」
「はは、いいよ。翼と翔が祝ってくれるなら、それだけであたしは満足だ」

 奏さんが嬉しそうに笑う。その笑顔はとても幸せそうで、姉さんは少し照れ臭そうだった。

「来年は緒川さんと叔父さん、了子さん、藤尭さんや友里さん達も皆で祝おうって約束しました。今日は僕達姉弟だけですが、思いっきりもてなしますよ!」

 クロッシュを取ると、昨日の晩から仕込んでいた料理の数々が湯気を上げる。
 特に唐揚げはタレに使う調味料から拘り抜いて完成させた逸品だ。二人共、きっと美味しく食べてくれると思う。

 ちなみにケーキは冷蔵庫の中。奏さんはよく食べるので、サイズが大きいのを選んで買って来た。余る心配などしていない。

「それではこれより、天羽奏さんの誕生日パーティーを始めます! 乾杯!」
「「かんぱ~い!」」
 
 それから僕達は、日が暮れるまで笑い合った。
 奏さんが唐揚げをどんどん頬張り、「翔、また腕を上げたな!」って言ってくれた時は嬉しかったし、ローソクの火を吹き消した後、姉さんがケーキを寸分違わぬ大きさにキッチリとカットした時は奏さん共々驚いた。

 それから、姉さんからのプレゼントを空けた奏さんは、今日一番嬉しそうだった。
 誕生日にプレゼントを貰ったのは、おそらく久し振りだったと思う。
 小さな青い石が嵌め込まれた、片翼のイヤリング。奏さんがそれを手に取ると、姉さんはもう片方のイヤリングを見せた。

 姉さんのはオレンジ色の石が嵌め込まれた、奏さんにあげたものと左右対称のイヤリングだった。
 左右対称で片翼、その上姉さんと奏さんの色だなんて、お誂え向き過ぎるデザインだ。二人の為に用意されていたと言っても過言じゃないだろう。

「奏さん、贈り物のイヤリングがどんな意味が知ってます?」
「いや?どんな意味があるんだ?」

 奏さんが首を傾げる。まあ、予想通りの反応だ。奏さんは普段の性格から見て、その辺りに詳しいタイプではないだろう。

「いつでも自分の存在を感じてもらいたい、という意味があるそうですよ」
「なっ!?こら、翔!余計な事言わない!」
「なるほどな~。つまり、これを付けていればあたしらはいつでも一緒、って事か」
「かっ、奏まで!」
「ホンット、姉さんは奏さんの事大好きだよね」

 僕からの一言で、姉さんはあっという間に真っ赤になって縮こまった。
 まったく。そういう所が可愛いんだから……。

「ありがとな、翼。このイヤリング、大事にするよ」

 そう言うと奏さんは、貰ったばかりのイヤリングを左耳に付け、姉さんを抱き締めた。

 思えばこの二人、よく抱き合ってるイメージがある。
 微笑ましいというかなんというか……お互い、喪ってしまったものと得られなかったものがちょうど重なってるんだろうなぁ、と。

 だからこの二人はこれくらいの距離で、お互いに依存する事で心を保っている。僕の勝手な推察だけど、あながち間違っても居ないんじゃないかなぁ。

「あたしも、翼の事は大好きだぞ♪︎」
「うう……もう……」

 あ、これ邪魔しちゃいけないやつだ。
 ここは空気を読んで、暫く二人っきりにしてあげよう。

 そう思って移動しようとした時、思いっきり肩を掴まれて引っ張られた。

「おおおおおおおッ!?」
「もちろん、翔の事もなッ!」
「かっ、奏さんッ!?」
「ちょっと、奏ッ!?」

 何事かと困惑する間もなく、肩に腕を回されたかと思えば、姉さん共々揃って奏さんに抱き締められる。
 フランクで男勝りな奏さんらしい感情表現だなと思う反面、とても恥ずかしいのだが、奏さんは離してくれる気がしない。

 姉さんに至ってはキャパシティーがギリギリらしく、そろそろ顔から湯気が出てくるのではないかと思うくらい真っ赤になっている。うん、可愛い。うちの姉さん今日一番可愛い。

「翼、翔……二人に出会えて、本当によかった……。これからもよろしくな?」

 ──顔は見えなかったけど、その時、奏さんの声はとても静かで。何処か安心したような、慈しみに溢れていた。
 


 この後、仕事が終わって戻ってきた緒川さんにこの状況を見られ、そのまま写真に収められてしまったのは別の話だ。

 その写真は今でも、姉さんと俺の机の上で、それぞれ写真立てに飾られている。
 俺と姉さん、そしてもう一人の姉とも呼べる人が、共に過ごした最後の誕生祝いの思い出として……。 
 

 
後書き
奏さん、XDだとめっちゃ当たって驚いてます。
初めてのガチャで出たエクスドライブは現在2凸、ソルブライト3枚、双星もいます。
あの人にはずっと、両翼揃って歌い続けていてほしかった……。
「生きるのを諦めるな!」はXVまで見ても色褪せない名言ですよね。
感想、お気に入り登録、よろしくお願いします!
 

 

はじまりは何気なく

 
前書き
今回はハーメルン時代、あやひーさん結婚記念回として書いたクリスの幼少期エピソード。
クリス、そして彼女の王子様となるオリキャラの「はじまり」をどうかご覧あれ! 

 
 今でもあの日を、僕は鮮明に思い出す。
 それは、約束の日。幼き日の遠い記憶の中。
 僕が今の僕を目指したスタート地点。そんな、とある日曜日のお話。
 
「ジュンく~ん、これどうするの?」
 
 集めたシロツメクサを束ねながら、彼女がそう聞いてくる。
 日曜日のお昼下がり、公園の端っこにあるクローバーの密集地帯。
 青空を彩る柔らかな陽射しが照らす中で、小さな2人が遊んでいた。
 1人は金髪をショートにした碧眼で、大人しそうな顔つきをした男の子。小さい頃の僕だ。
 もう1人は銀髪を後頭部でツインテールにまとめた、お人形のような可愛らしさを振りまく女の子。クリスちゃんだ。
 バイオリン奏者のお父さんと、声楽家で外国人のお母さんの間に生まれたクリスちゃんは、ピアニストの父さんと、声楽教師の母さんを持つ僕の家とは、家族ぐるみで仲が良かった。
 今日もこうして、公園でシロツメクサの冠を作って遊んでいる。
 
「そこはね、ここをこうして……」
「わぁ、すご~い!」
 
 本当に、僕はあの頃から彼女が好きだったんだろう。
 だって、彼女が喜ぶ顔が見たくて、次に会える日までにって母さんと何度も練習して、コツを覚えたんだから。
 出来上がったシロツメクサの冠を、クリスちゃんの頭にのせる。
 クリスちゃんは大喜びで、その大きな目を輝かせた。
 
「クリスちゃん、まるでおひめさまみたい」
「本当!?あたし、おひめさま?」
「うん。とってもにあってるよ」
 
 シロツメクサの冠を頭に、くるりと回って見せる彼女に微笑みながら、僕はそう答えた。
 するとクリスちゃんは、何か思いついたような顔でもう一度座り、自分が作っていたシロツメクサの冠を手に取ると、再びその茎を編み始める。
 
「できた!」
 
 やがて、クリスちゃんの冠も完成した。
 僕が作ったものに比べて、少し形が崩れてはいるけれど、彼女が一生懸命作ったのはよく伝わってきていた。
 
「はい、ジュンくん。これあげる!」
「これ、ボクに?」
「うん!ほら、これでおそろい!」
 
 そう言って立ち上がった彼女は、僕の頭にそれをのせた。
 雪のような銀髪を春風になびかせ、その小さな顔に満面の笑みを浮かべながら。
 
「あたしがおひめさまだから、ジュンくんはおーじさま!」
「おうじさま?ボクが、クリスちゃんの?」
「うん!だってジュンくん、とってもおーじさまっぽいんだもん!」
「ボクが、おうじさま……。うん、それならボク、クリスちゃんのおうじさまになる!」
 
 あの頃の僕らは幼かったから、この言葉にも特に深い意味はなかった。
 でも、この時の言葉がこの後、僕に大きな影響を与えることになるなんて、この頃の僕は知る由もなかった。
 それはきっと、彼女も同じだったと思う。もっとも、それを知ったのはかなり後になってからだったんだけど。
 
「クリスちゃん、手を出して」
「え?」
 
 クリスちゃんの指に、余ったシロツメクサで作った指輪をはめる。
 母さんから作り方を教わった時に、相手の左手の薬指にはめるのが決まりだって聞いてたから、その意味を知らなかった僕は迷わずクリスちゃんの左手の薬指に、その指輪をはめた。
 
「わあ……」
「やくそく。おおきくなったらボク、ほんもののおうじさまになる。そして、クリスちゃんをむかえにいくよ!」
「ほんとう!?じゃあ、やくそくね!あたしもおおきくなるまでに、もっときれーになってまってるから!」
 
 ゆびきりげんまん、交わした約束。
 子ども同士の何気ない、ただの無邪気さの表れだったはずのそれは……いつか、僕と彼女の心を繋ぎ止める支えになった。
 
 どれだけ離れていても、どれだけ挫けそうでも。
 寝ても冷めても忘れられなくても、心の片隅に忘れていても。
 
「幸運」と「約束」の花が飾る記憶は、「復讐」に駆られて引き金に指をかける彼女の胸にもきっと、僕の存在を強く刻み込んでいる。 
 

 
後書き
シロツメクサの指輪って定番ネタだけど、シロツメクサの花言葉までは知ってる人分かれる気がする。
「幸運」「約束」「復讐」、そして「私を思って」の4つ。
ここに四つ葉のクローバーを加えると、「希望」「信仰」「愛情」「幸福」の意味が加わります。
そして指輪も当然、はめる指によって意味が変わりますし、左右でも意味が変わります。
左手の薬指の指輪、その本来の意味は……おっと、これは改めて調べてもらえばなと。

それではまた、次の更新で会いましょう。 

 

第1節「掴めなかった手」

 
前書き
始まりました、第一話!
時系列的には原作一話の翌日。原作二話後半の裏側になります。
オリ主、翔くんの物語はここから始まる!それではどうぞ!

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2020/03/21 表紙絵を追加しました。 

 
 今でもふと、その表情が浮かぶ度に悔しさが込上げる。

 己が無力を痛感し、あの日の自分を呪っては唇を噛み締める。

 どうして俺は、自分を奮い立たせられなかったのだろうか……。思い返す度にやり場のない怒りが身体を駆け巡り、握った掌に篭っていく。

 あの娘はずっと我慢していた。怒っていい筈だし、泣いていい筈だった。でも彼女は最後まで、人前で泣くこともなければ怒りをぶつける事もなく、ただ哀しげな目で俯いているだけだった。

 ただ一度だけ言葉を交わした時も、強がって笑っているだけの彼女を見た時は、胸が締め付けられる感覚があった。

 何故、彼女ばかりがあんな目に遭わなくてはならなかったのか。

 何故、俺は彼女の前に飛び出して、あの教室の百鬼夜行共を一喝してやれなかったのか。

 何故俺は、彼女の手を取る事が出来なかったのか……。

 後悔がぐるぐると渦を巻き、喉を通して溢れ出しそうになりながら、空を見上げる。

 西の空には沈みかけた夕陽。綺麗に輝いてこそいるものの、夜の帳に覆われて、今にも消えそうなところがあの日の彼女にそっくりだ。あの日の放課後の窓も、この空と同じ色に染っていた。

 あの娘は今、何処で何をしているのだろうか。

 今の彼女は心の底から、笑顔で暮らしているのだろうか。

 もしも、またあの娘に会えるのなら……俺は──
 
 ∮
 
 午前中の授業の終わりを告げる鐘が鳴る。
 教科書と筆箱を学生鞄へと片付け、学食へと向かおうと席を立つと、あいつは予想通りの時間ぴったりにやって来た。
「翔~!いるよね?」
「ああ。すぐ行く」
 手を振りながら教室に顔を覗かせる親友に応え、財布の中身を確認しながら教室を出る。
 いつも人懐っこそうに笑っているこいつは、この学院で最初にできた友達の爽々波純(さざなみじゅん)
 なんでも両親のどっちかがイギリス人だとかで、くせっ毛一つ見当たらない金髪はもちろん地毛。海の底みたいな紺碧の瞳に整った顔立ちに、黒縁の眼鏡が大人びた雰囲気を醸し出している。全体的に見てイケメン、いわゆる王子様系男子。
 クラスは違うけど、同じ寮で同室を割り当てられた事で知り合ってから、こうしてよく一緒に行動するようになった。今では一番の親友だ。
「今日のお昼はどうする?」
「食堂で日替わり。お前は?」
「奇遇だね。僕も同じものを頼もうと思ってたんだ」
 廊下を歩きながらのたわいもない歓談。昼餉の匂いに眼を開き、腹の虫が嘶きおる。
「授業終わったら、CDショップにでも寄るのかい?」
「当然だろ?姉貴の新曲だ。弟として、親父に代わり買いに向かう義務がある」
 俺の姉、風鳴翼(かざなりつばさ)はこの学び舎の姉妹校、私立リディアン音楽院高等部の三年生。この日本を代表する歌姫で、俺にとってはある一点を除けば自慢の姉だ。
 そして、そんな俺の名前は風鳴翔(かざなりしょう)。私立アイオニアン音楽院、高等部一年。一通りの楽器は演奏できるのが特技で、得意楽器はピアノとバイオリン。あと三味線。三味線だけ和楽器なのは、多分姉さんの影響が強いからだな。
「……お父さん、お姉さんとはまだ……」
「まったく……ホンット、あのバカ親父は……。いや、この話はよそう。飯が不味くなる」
「ごめん……」
「気にするな……」
 実は、俺の父さんと姉さんはある事情から仲が悪い。我が家の複雑な家庭事情が理由なんだが……正直言って、あまり考えたくはない。
 話題を転換しようとして、俺は昨日のニュースを思い出した。
「そういや、昨日もノイズが出たらしい。お前も帰りは気をつけろよ?」
「うん、気をつけるよ。翔の方こそ、気をつけなよ?現場はいつものCDショップの近くだったんでしょ?」
「ああ。いざとなったら、叔父さん直伝の体術で逃げ切ってやるさ」
 〈認定特異災害ノイズ〉。13年前の国連総会にて認定された特異災害の総称。
 人間のみを襲い、炭素の塊へと分解してしまう謎の怪物。ただ人間を襲うのみであり、意思疎通は不可能。
 通常の物理法則を超えた存在で、あらゆる既存兵器が殆ど意味を成さず、有用な攻撃手段は存在しない……と、表向きはそういう事になっている。
 国連総会での災害認定後、 民間の調査会社がリサーチしたところノイズの発生率は、東京都心の人口密度や治安状況、経済事情をベースに考えた場合、 <そこに暮らす住民が、一生涯に通り魔事件に巻き込まれる確率を下回る> ……と試算されたことがあり、一般認識ではそういう事になっている。
 しかしここ最近、ノイズの発生件数は増えているのだ。特に姉妹校である、リディアン音楽院を中心に……。果たしてそれが何を意味するのか──
「うわ、並んでるね」
 気が付けば、既に食堂の前だった。カウンターを見ればかなり並んでいるように見受けられる。
「えーっと、今日の日替わり定食は……おばちゃんの特性トンカツ定食!?」
「しまった!姉貴の新作の事ばっかり頭にあって、メニュー確認を怠ったばかりに……不覚!」
「ま、まだ大丈夫だよ!ほら、並べばまだ間に合うかも!」
 慌てて列の最後尾に並ぶ。幸い、何とかギリギリ確保する事は出来たものの……残った定食は一人分だった。
「翔が取りなよ。僕は別のメニューにするからさ」
「しかし、遅れたのは俺の責任だ……」
「気にする事無いさ。ほら、早く取らないと冷めちゃうよ?」
「ううむ、面目ない……。しかし、それでは俺の気が済まない。トンカツの半分を譲渡しよう」
「じゃあ、さば味噌定食にしようかな」
 それぞれの昼食を受け取り、窓際の席に向かい合って座る。
 窓の外に広がる青空から差し込む暖かな陽射しに照らされながら、俺達二人は箸を進め始めた。
 
 ∮
 
 時折、彼はとても遠い目をする。
 それは空を見上げている時だけじゃなくて、何やら物思いに耽っている事が多い彼はいつもそういう目をしているのだ。
 放課後、誰もいない教室を見つめている事もある。
 特に見上げているのが夕焼けの時は、より一層……何処か悲哀を漂わせる顔になる。
 日本を代表するトップアイドルの弟というだけあって、その瞬間の彼は何処か絵になるんだけれど、普段は見せない陰が垣間見える。
 何故そんな顔をするのか。知り合ってしばらく経った頃に聞いてみたことがある。
 答えは一言、「なんでもない」とだけ。
 家の事情なんかは、お互い自己紹介をした際に言ってくれたんだけど……どうやら、その件は彼が抱え込んでいたい話題らしい。
 でも、僕はあの目を知っている。あれは間違いなく、深い後悔を抱いている人間の目だ。
 掴めなかった手を思い出しては、自責の念に苛まれる人間の表情だ。
 その蒼空のように澄んだ瞳の奥では、常に曇天が渦を巻いている。
 
 僕と同じだ……。
 
 二度と会えなくなった人がいる。その人を思い返す度に、思うのだろう。
「何故あの時、こうしなかったのか」と……。
 だから、それ以来は敢えて触れないようにしている。
 その話題を広げたところで、僕も答えは持っていないのだ。
 でも、僕達が出会ったのは多分、二人で答えを見つけるためだと思う。
 同じものを抱えている二人が出会ったんだ。偶然ではない、これを運命と呼ばずして何と呼ぶのか。
 いつか、お互いにもっと信頼を重ねて、相手の心の底に触れられるようになったら、その時こそは──。
 
 ∮
 
 今日の授業を終え、モノレールでいつものCDショップを目指す。
 念の為、純には帰りが遅くなるかもしれないと伝えてある。
 発売は昨日で、しっかり予約も入れておいた。
 が、昼休みに知ったんだけど、その昨日のノイズ出現地点はいつものCDショップだったらしい。
 
 ……正直に言うと、ショックだった。
 逃げ遅れた人々は多くが、姉さんのニューアルバムを楽しみにしていたファンの人達だったろうし、いつも素敵な笑顔で迎えてくれていたあの店員さんも、死体すら残らず炭素分解されてしまったのだろう。
 平穏な日常を、一瞬で炭の塊に変えてしまうノイズ……。これほどまでに恐ろしい驚異が、未だかつて存在しただろうか。
 名前さえ知らないけれど、俺の日常の一部だった人たち。その中に少なからずも、二度と会えなくなってしまった人達がいる事に俺は涙した。
 
 でも、そんな驚異に立ち向かっている人達がいる。「特異災害対策機動部」と呼ばれる、認定特異災害ノイズから人々を守る政府機関だ。
 避難誘導、ノイズの進路変更、被害状況の処理が主な仕事だが、市民からはノイズと戦っている組織という認識が強い。
 俺にもあんな力があったら……これまで何度、そう思った事か。
 ……まあ、俺が言ってる特異災害対策機動部ってのは、厳密には()()()()()()()()()()部隊ではないんだけど。
 そんな人達がいるからこそ、俺達は安心して暮らしていける。
 俺もいつかは、ああいう人達みたいになりたいと……モノレールの車窓から見える夕陽を見ながら、そう思った。
 
 いつものショップから離れた別の店が、あのショップの代わりに予約商品の受け渡しを行っていた。
 ノイズ被害の影響で、駅から割とすぐだったあのショップよりも離れた所まで歩く事になり、店を出た頃には日が暮れていた。
 さて、帰ろうかと歩き出して……
 
 ヴヴヴヴヴゥゥゥゥ────!!
 
 耳を劈くようなサイレンの音に、思わず周囲を見回した。
『日本政府、特異災害対策機動部よりお知らせします。先程、特別避難警報が発令されました。速やかに最寄りのシェルター、または待避所へ避難してください』
「ノイズか!ったく、昨日の今日で現れやがって!」
 受け取ったCDを学生鞄に仕舞い、店の中を見回す。
 幸い、昨日の一件が尾を引いているのか客足は少ない。
「避難警報です!急いで逃げてください!」
「っ!?の、ノイズだ!逃げろ!!」
 店員さん達に声をかけると、店員さん達はレジにロックをかけ、慌てて店を飛び出していく。
 店の奥にも声をかけ、店内を駆け回って誰も残っていないのを確認してから俺は走り出した。
 ……よかった。逃げ遅れた人は誰もいない。でも、道の途中で逃げ遅れている人がいるかもしれない。
 走りながらも周囲を見渡し、視覚と聴覚を研ぎ澄ませる。
 
 キュピッキュピッ……
 
「ッ!?」
 慌てて足を止め、靴裏をアスファルトに削られながら壁に張り付く。
 特徴的な鳴き声に息を止め、気配を殺して角を覗くと……いた。
 小型で最も一般認知度が高い〈蛙型個体(クロールノイズ)〉が複数と、両手がアイロンみたいな形状をした〈人型個体(ヒューマノイドノイズ)〉。
 どちらも一番よく見かける個体種だ。
 どうやらこちらの様子には気が付いていないらしい。いや、正確には──
 
 ズダダダダダダダッ!ダダダダッ!
 
 建物に反響して鳴り渡る銃声。どうやら、特異災害対策機動部が応戦しているらしい。おそらく、戦闘しながら離れた場所まで誘導するつもりだろう。
 ここは迂回しないと巻き込まれる。そう判断した俺は、急いで来た道を戻る事を決めた。()()とはいえ、対ノイズ戦用に武装した部隊だ。そう簡単にはやられないだろうし、市民の避難が完了するまでは持ち堪えてくれるはずだ。
 彼らが稼いでくれた時間を、俺達市民が無駄にする事は出来ない。この隙にシェルターまで一気に走り抜ければ……。
 
 そう思っていたが……視界に映りこんだ()()を見た瞬間、俺の脚は止まった。
 先程、俺達市民は特機(トッキ)が稼いでくれた時間を無駄には出来ない、と俺は言った。
 しかし悲しきかな、その時間を無駄にする者がこの世の中には時々存在する。
 例えば、今、目の前にあるコンビニへと侵入して行った火事場泥棒……とかな。
 さて、どうしたものか。特機が誘導しているとはいえ、ノイズに見つかる可能性はゼロじゃない。
 正直言うと、この場合は見なかった事にして逃げた方が理性的だ。欲に目が眩んだ泥棒ネズミが、その後でノイズに殺されてもそれは自業自得。当然の報いだ。
 俺に直接的な不都合があるわけでもなく、むしろ自分の命が大事なら見捨てるのが一番いい。
 
 しかし── 
 

 
後書き
翔「まさか一話から戦闘がないどころか、原作キャラ一人も出てこないってどういうことだ!?いや、ノイズはいるな。いやいや、そもそもノイズって敵だろう!あと俺変身しないのかよ!?一話で変身しない変身モノって一体……ハッ!まさか最終回、怒涛の鬱展開を乗り越えた先でようやく変身するパターン……!?」

キャラ紹介①
風鳴翔(イメージCV:梶裕貴):16歳。誕生日は7月5日。血液型はA型。身長168cm/体重62.1kg
趣味、映画鑑賞(主に特撮)。好きな物、三度の飯と翼姉さん。
風鳴家の長男であり、風鳴翼の弟。姉の名前に付随する肩書きが鬱陶しいけど、姉さんの事は好きなのであんまり気にしないようにしている。
父と姉の不仲が原因で一時期親戚に預かられ、中学時代までは東京から離れていた。
叔父の弦十郎の元で修行する事で日々鍛錬を重ねているが、その裏にはかつて、臆病さから手を掴めなかったとある少女への懺悔が存在しており……。

感想、お気に入り登録よろしくお願いします。
 

 

第2節「過去からの残響」

 
前書き
時限開放式にしようと思ったけどやっぱり辞めた!
月内で全話公開したる!
 

 
「ふへへへへ、たんまりあるじゃねぇか」
 男はこじ開けたレジの中身を見てほくそ笑んだ。
 ノイズ襲来で、店員を含めた周辺の市民は全て避難している。今なら人目を気にすることなく、堂々と盗みを働けるのだ。
 警察さえ、ノイズが現れれば特異災害対策機動部が掃討するまでは動けない。
 今この瞬間は盗人天国。泥棒し放題というわけだ。
「まったく、ノイズ様々だぜ。対策機動部には感謝しなくちゃな」
 レジの中から紙幣を鷲掴む。万札、千札を何枚も握った感触が男を満足させる。
「さて、ノイズの誘導は向こうだから……もう一件くらい盗んでもいいよな?次はこの先のCDショップでも狙ってみるか!」
 
「随分と楽しそうだな」
「あぁ?」
 突然、店内に響く入店音と若い声。男が顔を上げると、自動ドアから入って来た声の主は一瞬でカウンターの上へと飛び乗る。
「ふんっ!!」
 次の瞬間、男の身体は左方向へ勢いよく吹っ飛んだ。
「ごっ!?」
 カウンターに飛び乗った少年は、男の顔を思いっきり蹴り飛ばしたのだ。
 高く安定した足場から放たれた回し蹴りは、その威力を男の頭部へとダイレクトに伝える。男が掴んだ紙幣が手放され、レジ奥を舞う。
 少年はレジの奥へと降りると、宙を舞う紙幣を一枚一枚、全て地面に落ちる前に拾い集めると、そのままレジへと戻して行った。
「な、なんだお前……なんでこんな所にガキが残ってやがる……!」
「運が無かった……いや、むしろ幸運だったな。戦場(いくさば)でノイズに殺されるより、その天命との決別が暫し遠のいたんだ。感謝してくれてもいいんじゃないか?」
「チッ!何処のお坊ちゃんだか知らないが、邪魔するんじゃねぇ!!」
 男は右頬を抑えながらよろよろと立ち上がり、ポケットから折り畳みナイフを取り出すと、少年へと突き出す。
 狭いレジ奥。通路は一直線。ナイフは少年の腹部へと真っ直ぐに突き進んで行った。
 
「やれやれ……この程度、鞘でド突けば充分か」
 次の瞬間、少年は素早く身を逸らしてナイフを避け、男の手首を腕の関節で挟み込むと、そのまま右手で男の左腕を掴み動きを封じる。
 更には男のふくらはぎを踵で引っ掛け、体制を崩した瞬間、腕を背中に回させると、そのまま一気に抑え込んだ。
 わずか一瞬で取り押さえられた上、ナイフを没収される。流れるような少年の動きに、男は困惑した。
「なっ……なんなんだよ!?お前本当に何なんだ!タダの糞ガキじゃねぇのか!?」
「知らないのか?飯食って映画観て寝る。男の鍛錬はそれで充分なんだよ!」
「訳の分からんことを抜かすな!!」
「分からなくて結構。実は俺もよく分からん」
「はぁ!?」
 訳が分からない、という顔で困惑する男。
 少年──風鳴翔は、そんな男の顔を見て一瞬だけ笑った。
 今のは彼に体術を教えてくれた叔父の口癖だ。本当に、どうしてそれだけで瓦礫を発勁で受け止めたり出来るようになるのか……。もっとも、今使った技なんて、基本のきの字くらいなんだけど。
「さて、あとはお前を避難所まで連れてって、警察に引き渡せばそれで終わりだな」
「ったく……本当にわけわかんねぇガキだな。何で放っておかねぇんだよ」
「盗みを見逃してくれればよかったのに、ってか?」
「いや、それもあるけどよ……何故、わざわざ避難所まで突き出そうとする?テメェの命が大事なら、俺なんか放ってさっさと逃げればいいじゃねぇか」
 不思議そうに。または半ば呆れたように。男は翔に問いかける。
 そう問われると、翔はふと考えて……やがてこう答えた。
「善人も悪人も、命の重さに変わりはないからな……。手を伸ばせる所にいるなら、その手を掴まないと後悔する。ただ、それだけだ」
「そいつは……自己満足か?」
「かもしれない。でも、少なくとも心は痛まない。助けた誰かと繋がっている、知らない誰かが悲しまなくてもいい。その方が、後味は悪くないからな」
「そうかよ……。青臭いガキらしい言葉だ。でも俺には生活がかかってんだよぉ!!」
 翔の注意が逸れた瞬間、男は身を捩って翔の技を抜けようとする。
 しかし翔はそれを許さず、後頭部を狙って峰打ちを決めた。
「だからって人様に迷惑かけんな。あんたにはその場しのぎでも、ここで働く人達にとっては死活問題だ」
 意識を刈り取られ、倒れる男。翔はそれを見て、独りごちる。
「だから言ったろ?ド突けば充分だってな」
 直後、市街地から大きな爆発音が鳴り響いた。
 それを聞くと翔は、コンビニを出て駐車場から周囲を見回し、音のした方向を向く。
 灰色の爆煙が夜空へと昇るのを見て、翔は小さく呟いた。
「おつかれ……姉さん」
 
 ∮
 
 やってきた警官に男を引渡し、俺は駅へと向かっていた。
 帰りが思ったよりも遅くなってしまったため、純には電話を入れてある。
 ノイズ出現の影響でモノレールのダイヤが遅れているため、残念ながら門限には間に合いそうもない。
 タクシーでも拾えればいいんだけど……。
 
 などと考えていたその時、後方から走って来た黒いベンツが隣に停車した。
 振り向くと窓が開き、運転手がその顔を見せる。
「翔くん!」
「緒川さん!」

緒川慎次(おがわしんじ)。風鳴家に仕える、姉さんの世話役兼マネージャー。ホストとして仕事をしていた影響か、常にスーツ姿で私服を見た事がないけど、仕事ぶりは完璧で物腰も柔らかい。
正直言って、姉さんを任せるならこの人しかいないってくらい信頼出来る人だ。

「どうしたんですか、こんな所で?」
「姉さんのCD、ショップまで受け取りに来てたんですよ」
「なるほど。それは災難でしたね……。どうぞ乗ってください、寮までお送りしますよ」
「ありがとうございます!」
 緒川さんが車を出している、という事は……。
 
 助手席に目をやると、予想通りの人物が座っていた。
「姉さん。お仕事おつかれ~」
「翔……うん、ありがと……」
 窓から助手席側を覗き込んで声をかけると、姉さんはどこか弱々しく、そう返した。
 不思議に思い、姉さんの顔を見ようとして……涙の跡を見つけた。
「姉さん……?姉さん、何かあったのか!?」
「っ!……翔には関係のない事だ!」
 そう叫ぶと、姉さんは顔を逸らしてしまった。
 緒川さんを見ると、緒川さんはただ、俺に後部座席へと乗るよう促すだけだった。
 姉さんが泣いている。その理由を聞くのは、姉さんが落ち着いてからにするべきだろう。
 俺は車に乗り込むと、アイオニアン学生寮の途中にあるコンビニへと向かってもらった。
 
 ∮
 
「新たなガングニールの適合者……ですか」
「はい。翼さんは、彼女がガングニールを引き継いだ事に納得がいかないようでして……」
 コンビニでスポーツドリンクを購入した後、俺は緒川さんから事の顛末を聞くことになった。ちなみに姉さんはというと、助手席でそのまま眠ってしまった。疲れとストレスが一気に押し寄せてきたんだろうな……。ゆっくり休んでね、姉さん。
 
 昨日の夕刻、ノイズ出現と共に観測されたノイズとは異なる高エネルギー反応。アウフヴァッヘン波形の称号により、その正体は二年前に失われた第3号聖遺物「ガングニール」のものと一致したらしい。
 そして現場のカメラが撮影した映像には……ガングニールのシンフォギアを纏う少女の姿があった。
 シンフォギア……それは、特異災害対策機動部()()所属の科学者、櫻井了子(さくらいりょうこ)さんの提唱する「櫻井理論」に基づいて開発された、聖遺物から作られたFG式回天特機装束。
 早い話が、ノイズに対抗出来る唯一無二の特殊装備だ。
 現行の憲法に接しかねない代物であるため、日本政府により完全に秘匿されているその装備は、適合者の歌によって起動し、歌によって真の力を発揮する。
 
 二課が保有していたのは二つ。第1号聖遺物「絶刀(ぜっとう)天羽々斬(アメノハバキリ)」と第3号聖遺物「撃槍(げきそう)・ガングニール」だ。
 そして、ガングニールのシンフォギアは忘れもしない二年前。姉さん、そして姉さんの親友にして相棒だった天羽奏(あもうかなで)さんによるアイドルユニット、〈ツヴァイウイング〉のライブ中に起きたノイズの大量出現事件……通称「ライブ会場の惨劇」の日だ。
 奏さんはノイズを全滅させる代わりに戦死。その際ガングニールは砕け散り、この世から失われた。
 そのガングニールが、2年の時を経て姿を現したのだ。
 姉さんにとって、それは親友の忘れ形見のようなものだっただろう。
 しかし──
「奏さんの忘れ形見を何も知らない、戦士としての心構えもないぽっと出の一般人が受け継いだのが気に食わない、って事ですか。気持ちは分からなくもないですけど……流石にそれ、姉さんも大人気ないのでは?」
「それが……彼女、意図せずして翼さんの地雷を踏み抜いてしまいまして……」
 
 話を聞くと、どうやらその少女にも非がないわけでもないらしく、ピリピリしている姉さん相手に「私が奏さんの代わりになってみせます!」と言ってのけたらしい。
「あー……それはその娘に悪気がなくても、姉さんの地雷を的確に踏み抜いてますね……」
 一体どんな能天気なんだろう。姉さん、その娘に泣きながらビンタかましたらしいし、幸先悪いなぁ……。連携が取れず、戦場で不協和音をもたらすのは確実じゃないか。
「でも、悪い子じゃないんです。きっと、翼さんとも仲良くなれると思いますよ」
「だといいんですけどね……。ところで、そのガングニールの子ってのは?」
「適合者の個人情報を部外者に漏らせないことくらい、翔くんも分かっているはずじゃないんですか?」
「いいじゃないですか。所属されてはいませんが、俺も二課への出入りは許されてますし。今度会った時、姉さんとどうすれば仲直りできるのか、アドバイスくらいはしてあげたいんですよ。その娘の為にも、姉さんの為にもです」
 緒川さんは、仕方ないですね、と笑うとその少女の写真をスマホに出してくれた。
 
 
 
 その顔と名前を知った瞬間、俺は瞠目した。
「……緒川さん、その名前本当なんですよね!?」
「え、ええ。偽名も伏字もありませんよ?」
 だって、その名前は……その顔は……一日たりとも忘れた日はない、あの娘のものだ……。
 モノクロの記憶の中、俯き、涙を堪え、空元気で笑って見せた顔だ。
立花(たちばな)……(ひびき)……」
 喪った姉の親友。助けられなかったあの日の少女。
 2年前の運命の残響が、鳴り響き始めた瞬間だった。
「立花がガングニールの適合者……だと……!?」 
 

 
後書き
緒川「縁とは奇妙なものですね。翼さんと奏さんに、響さん、更には翔くん。この繋がりが導くものは果たして……。え?戦闘シーン、モブのコソ泥相手でノイズ戦がないですねって?まあ、翔くんは装者じゃないですし、時系列もアニメ2話の裏側ですから仕方ないかと。あ、次回は風鳴司令の出番らしいですよ」

さて、次の時系列からは空白の一ヶ月間!早くも完全オリジナル展開です。ご期待ください! 

 

第3節「記憶のあの娘はガングニール」

 
前書き
一日何話くらいが丁度いいんだろうか……?
その辺考えるの、中々大変ですよね。
しっかしこの頃の翔くん、何がとはあえて言いませんが中々に重いような……。 

 
「立花がガングニールの適合者……だと……!?」
 その事実に、俺は瞠目した。
 二年前に亡くなった奏さんと、失われた筈のガングニール。
 それがあの日、ライブ会場にいた立花に受け継がれていた……。(えにし)とはなんと奇っ怪なものだろうか。
「翔くん、響さんを知っているんですか?」
「はい……。中学の頃のクラスメイトですよ」
「なるほど……同じクラスでしたか」
 納得したような顔だけど、驚きはしていない。多分緒川さんは、立花が俺と同じ中学だって所までは調べていたんだろう。
 もっとも、俺と立花の間に何があったかまでは、緒川さんとはいえ知る由もないだろうけど……。
 
 あれ以来、どうしているのか気になっていた立花が二課にいる。それを知った俺の中に、ある思いが芽生え始めた。
「緒川さん。俺、明日本部に顔出してもいいですか?」
「どうしたんです?そんなに改まって」
「一目でいいので、立花に会わせて下さい」
「別に構いませんけど……」
 あれから二年。立花はどんな生活を送っているのか。心が擦れてやさぐれてしまったのか、それとも新しい環境で平穏な日々を送っているのか。
 写真の顔を見るからに、少なくともやさぐれてはいないと思うが……。俺はどうしても、今の立花に会わなくちゃいけない。たとえ彼女が俺を恨んでいたとしても。もしくは、俺の事なんかとっくに忘れていたとしても。
「それからもう一つ」
「なんです?」
「叔父さんにアポ取ってもらえます?」
「風鳴司令に、ですか」
「今回は大事な用事なんです……。アポくらい取っとかないと、仕事の邪魔になったら大変ですから」
 そう言われると、緒川さんは小さく笑った。
「分かりました。翔くんが来る事を伝えておきます」
「何故笑うんです?」
「いえ、翔くんも大人になったなと思いまして」
「お、俺だっていつまでも子供じゃないんです!」
 そう言うと、緒川さんはまた笑った。確かに、一時期遊びに来る感覚で二課へと通っていた時期はあるけど、今になっても子供扱いとは……解せぬ……。
 
 不服そうな顔の翔に別れを告げると、緒川は車を走らせ去って行く。寮の門限が来る前に、翼を送り届けるために。
 
 ∮
 
 アイオニアンの学生寮から帰る途中の車の中。
 リディアン音楽院にある翼の寮へと向けて走る緒川は、助手席の翼へと話しかける。
「翔くんも変わりましたね」
「そうですね。昔に比べれば、少しだけ大きくなったかもしれません。しかし、まだまだ未熟です」
 翔との話を終え、緒川が車に戻ると翼は既に起きていた。翔との話も途中から聞いていたらしい。
「まあ、確かに未熟ではあるのでしょう。ですが、その未熟さは時に武器です」
「未熟さが、武器?」
「経験が浅く、考え方もまだまだ若い。だからこそ、純粋で真っ直ぐな思考で行動できる。現場慣れしてしまった身には一見、短所として映るかもしれませんが、だからこそ僕達が見落としていた物を拾って来てくれる。私はそう考えています」
「緒川さんは翔に甘いから、そういう事を言うんですよ」
 これは手厳しい、と笑う緒川。もっとも、その緒川に甘やかされてるのは翼も同じなのだが。
 
「それで、翔はまた二課に入りたい、などと言い出すつもりでしょうか?」
「おそらくは。でも、多分今回は何がなんでも折れないと思いますよ」
 交差点の赤信号で停車する。車が止まると同時に、翼は緒川の方を向いた。
「何故そう思うんです?」
「翔くんの目が本気だったんですよ。響さんの話をしたら、いつになく真剣な顔になりましたよ」
「立花の?」
「なんでも、中学の頃のクラスメイトだそうです」
「立花が翔の級友だと!?」
 案の定、弟と同じように驚く翼。本当にそっくりだ、と思いながら緒川は微笑む。
「しかし、元クラスメイトとはいえ、あそこまで興奮するものだろうか?」
「鈍いですね、翼さん」
「なっ!?何がです?」
「私は調査部ですが、他人の心の中までは調べられません。ですが、推察する事くらいならできます。翔くんの反応から察するに、おそらく彼は──」
 信号が青に変わり、車は走り出す。
 遠ざかっていく車体は、夜風を斬って走り去って行った。
 
 ∮
 
「翔~、この後の予定は?」
 午後の授業が終わった頃、親友が鞄片手にやって来る。
 俺は教科書とペンケースを鞄に仕舞い、席を立った。
「悪いな、今日は用事が入ってるんだ」
「用事?お姉さんのCDは受け取ったんだろう?」
「実は……中学の頃のクラスメイトに会えるかもしれないんだ」
「会える……かもしれない?」
 そこで何故疑問形?と首を傾げる親友。
 その反応は当然だ。
 
 実際、立花に会いたいという気持ちは本当だ。リディアンが二課の真上である以上、エンカウント率は高い方なのだろうが……俺としてはまだ心の準備が出来ていないというか……正直、気まずい。
 目の前にあったのに、俺はその手を取らなかった。恨まれていても仕方がない。
 
 逆に、覚えられていない可能性だって高い。恨まれていない分気まずさは減るが、それは俺がその程度の男だったのだと自覚することになる。
 どちらにせよ、会うには心の準備が足りない。だから気になりこそすれ、まだ会いたくないと願ってしまうのは俺の弱さが故だ。
 
 会いたい、といっても遠巻きに顔が見れればそれで充分。それ以上を望む必要は無いし、その資格も俺にはない。
 クソッ、自分が思っていた以上に面倒臭い男だった事に腹が立つ。こんな時、姉さんならもっとスッパリと決断しちまうだろうに……。
 どうしてうだうだしてやがるんだ、しっかりしろよ俺!
 
「おっと、時間が迫ってる。純、何か予定でもあったのか?」
「あ、ごめん。また今度でも大丈夫だから、行っていいよ」
「ありがとう。じゃあ、俺行くから!」
「会えるといいね、その人に!」
「……そう、だな」
 親友からの言葉が、少しだけ心に刺さった。
 彼女から遠ざかろうとしている自分に嫌気がさした。
 手を伸ばしたいと言っておきながら、彼女から逃げようとしているなんて……。とんだ偽善者だ。これじゃあ俺、あの教室の腐れ外道共と変わらないじゃないか!!
 
 ……でも、俺がやるべき事だけは見えている。本来なら関わるべきでない彼女が、戦場(いくさば)に立ち、人々を守る為に戦っている。
 ならば、俺は今度こそ……彼女を守らなければならない。
 たとえ自己満足だとしても、これは俺に与えられた懺悔の機会。あの日からずっと待ち望んでいた贖罪のチャンスだ。
 戦場に立つ彼女に降りかかる火の粉を、この手で払う事は出来なくても、せめてその足場を支える事くらいはできるはず。
 歩みが自然と早まる。この決意、必ず伝えてみせる!
 
 ∮
 
 秘密のエレベーターで、地下何千mという距離を降りていく。
 ここは特異災害対策機動部二課の本部。姉妹校、私立リディアン音楽院の地下に存在する秘密基地。ノイズに対抗する力を備えた人類最後の砦だ。
 エレベーターを降り、無機質な廊下をまっすぐ進んで、壁際の大きな鉄扉の前に立つ。
 
 この奥がコンソールルーム。特異災害対策機動部二課の中枢であり、オペレーターが現場をモニタリングし、司令である叔父さんが指示を下している場所だ。
 深く息を吸い込み、深呼吸。緊張で不安定になる呼吸を整え、一歩踏み出す。自動ドアになっている扉はすぐに開いた。
 
 その奥に広がるモニターだらけの広い部屋には、キーボードに指を滑らせるオペレーターさん達の席が並ぶ。
 そして、その中心に立っている厳つい体格の男性が、こちらを振り向いた。
「来たか。それで、わざわざ俺にアポ取って来たってことは、余程大事な話なんだな?」
「当たり前です。今日は俺の覚悟を、叔父さんに伝えに来たんですから」
 俺や姉さんと真逆だが、父さんに少し似てツンツンしている真っ赤な髪と髭。
 髪と同じく真っ赤なワイシャツに、胸ポケットに先端を入れたピンクのネクタイ。
 広い肩幅から、シャツの下には鍛え上げられた肉体を誇る男なのだと察するのは容易い。
 しかし、金色の瞳は力強さと同時に優しさが宿っており、大人の風格を放っている。
 この人が特異災害対策機動部二課司令、風鳴弦十郎(かざなりげんじゅうろう)。俺達姉弟の叔父であり、俺の師匠。俺が知る中で一番頼りがいのある大人だ。
 
「ほう?なら聞かせてもらおうか。その覚悟とやらを」
 叔父さんの目を真っ直ぐに見据える。
 前に同じ事を言った時は断られてしまったが……今回は折れない。折れる訳にはいかないんだ!
 俺は為すんだ。やるべき事を!あの日の後悔に決着を付ける、罪滅ぼし(リフレイン)を!
 あの時には無かったこの胸の決意で必ず、この機会を掴んでみせる!
「俺をここに……特異災害対策機動部二課に配属してください!!」
 
 

 
後書き
純「翔、浮かない顔してたけど大丈夫かな?昨日帰ってきた時も何処か暗かったし、昔の知り合いと何かあるっぽいけど……。よし、今日の夕飯は奮発して高い牛肉にしてみようかな?我が家特性ビーフステーキ、きっと喜んでくれるよね。早速買い出しに行かないと!」

翔くんと純くんの夕飯はきっと当番制。
翔くんが和食メイン、純くんがオールマイティとかで分かれてるとよき。

次回は翔くんとビッキーの昔話になります。 

 

第4節「臆病者の烙印」

 
前書き
2期と3期で掘り下げられる要素を1期に持って来たけど、2期ほど深めに掘り下げなければ問題は無いよね。
誰が言ったか火野映司系主人公な翔くん。その昔話をご覧あれ。 

 
「俺をここに……特異災害対策機動部二課に所属してください!!」
 その声は、コンソールルーム全体に反響した。
 叔父さんの席の真下に座るオペレーターの二人がこちらを振り向き、丁度入って来た了子さんが足を止める。
 やがて、叔父さんはいつもの調子で答えた。
「ダメだ。お前を巻き込むわけにはいかない」
「何でだよ!俺だってもう高校生、適合者じゃないけど避難誘導を手伝う事ぐらいはできる!それとも、また前みたいに"子どもだから"って言うつもりか?」
「そうではない!俺はお前の身を案じてだな……」
「そんな事は分かってるよ!でも俺だって……姉さんだけが戦い続けるの見ているだけなのは、嫌なんだ……」
 
 偶然にも聖遺物、天羽々斬の起動に成功したあの日から……世界初のシンフォギア装者として選ばれた日から、姉さんはずっとその身を剣と鍛えて来た。歳頃の女の子が知っておくべき筈の恋愛も、遊びの一つも覚えず、日常的にアイドル業と任務を繰り返し、休みの日さえ自ら鍛錬に費やしている。
 この前、緒川さんが心配していたのを思い出す。奏さんが死んでから、姉さんの表情には常に険があると。
 確かに。奏さんは、俺にとってはもう一人の姉のような人だった。あの人の快活さが、真面目すぎる姉さんに安らぎを与えてくれていたのは、遠目に見ても一目で伝わって来た。その喪失が、姉さんをどれだけ悲しませたのかはよく知っている。ストイックな姉さんの性格なら、その原因を己の未熟と恥じて自分を追い込むのは目に見えている。
 
 最近の姉さんは、自らに言い聞かせるように「この身は剣と鍛えた身だ」「戦うために歌っているのだ」と言うようになったとも聞いている。
 そんな姉さんは、弟の俺にとっては見ていて辛い。だから、仲間が増えた事がとても嬉しかった。
 でも、その仲間というのは……。
「分かってくれ、翔。俺はこれ以上、家族を巻き込みたくないんだ。可愛い姪っ子を戦場(せんじょう)に立たせなくてはならないだけでも、結構辛いんだぞ?そこに甥のお前まで危険に晒すなんて……」
「姉さんだけじゃない……俺は立花の事も守りたいんだ!」
「何!?何故お前が響くんの事を!?」
「……話せば少しだけ長くなります」
 俺は話す事にした。まだ誰にも、姉さんや緒川さん、親友の純にさえ打ち明けた事のない、昔話を……。
 
 ∮
 
 教室に谺響(こだま)する笑い声。それはとても純粋なものとは言い難く、暗く、ドロドロとしていて、どこか狂気さえ孕んでいるように感じた。
 教室の生徒らは、皆一様にある一点に目を向け、嘲笑い続けている。
 その視線の先というのが、教室の後ろの方に位置する、とある女生徒の机だった。
 生徒らは口々に彼女を罵る。
「うわ、()()()()
「今日も来たんだ。社会のゴミのくせに」
「何の取り柄もないくせして、よくのうのうと生きてられるよね」
 謂れの無い中傷を一身に受け、立ち尽くす少女。当時13歳の立花響である。
 彼女の机は一面、黒の油性ペンで書かれた罵詈雑言で汚されていた。
『人殺し』『金どろぼう』『お前だけ助かった』『生きる価値なし』『死ねばよかったのに』……その他諸々。
 数えるのもおぞましく、全部読めば心が軋む事は間違いないだけの悪意が、そこにこびり付いていた。
 一体、何故彼女だけがこんな目に遭わなくてはならないのか……。
 
 事の発端は、〈ライブ会場の惨劇〉からしばらく経った頃。ある週刊誌が掲載した惨劇の被害内容について、ある事実が発覚した事が切っ掛けだった。
 ライブ会場には観客、関係者あわせて10万を超える人間が居合わせており、 この事件は死者、行方不明者の総数が12874人にのぼる大惨事だった。
 しかし、被害者の総数12874人のうち、 ノイズによる被災で亡くなったのは全体の1/3程度であり、 残りは逃走中の将棋倒しによる圧死や、 避難路の確保を争った末の暴行による傷害致死だと判明したのだ。
 その事実はあっという間に国内全域へと広まり、一部の世論に変化が生じ始める。
 具体的には、死者の大半が人の手によるものであることから、 惨劇の生存者に向けられた心無いバッシングが始まり、そこへ被災者や遺族に国庫からの補償金が支払われたことから、事件に全く関わりのない者達から被災者、及びその遺族らへの苛烈な自己責任論が展開されていったのだ。
 
 やがて捻れ、歪み、肥大化した人々の感情は、被災者らをただ「生き延びたから」という理由だけで迫害するようになっていった。
 ある種の憂さ晴らしでしかない筈のその行為。しかし、集団心理とは恐ろしく、いつの間にか世の中にはそれが正義であるという風潮がまかり通るようになって行った。
 
 そして、立花響もまた、そうやって迫害された被災者の一人だった。
 ライブ会場の被害者の中に、この中学校に通う一人の男子生徒がいた。 彼はサッカー部のキャプテンであり、将来を嘱望されていた生徒だった。俺も顔は知っていたし、名前もよく聞いていた。校内のスターとも言える存在だったのを覚えている。その彼は、不幸にも惨劇の中で亡くなった。
 立花が退院して間もなく。少年のファンを標榜する一人の女子生徒のヒステリックな叫びが、その引き金を引いた。
 なぜ彼が死んで、取り立てて取り得のない立花が生き残ったのか。彼女により、立花は毎日のように責め立てられる。
 
 やがて、その攻撃は全校生徒にまで広がっていくのであった。
 気付けば立花は、校内のほぼ全ての生徒からの悪意を一身に受けていた。
 特にクラスメイトからの攻撃が最たるもので、机への落書きから持ち物隠し、足掛け、席離し、靴に画鋲、下駄箱にゴミ……。
 一度だけ、給食を床にぶちまけられた事だってあった。流石に掃除に支障が出たので、それ以降は無かったが。
 生徒達以上に腹が立ったのは、頼みの綱の担任でさえ立花を見放した事だ。自分も周囲から迫害されるのが怖かった、というのは安易に想像がつく。それでも、教師として果たすべき役目はしっかりと果たして欲しかった。
多分担任は、俺が生涯見た中で一番汚い大人にランクインしたと思う。
 
 立花を迫害したのは学校だけじゃない。自宅には毎日のように、机に書かれたものと同じような文面の貼り紙を貼られ、窓からは石を投げ込まれたらしい。
 自宅と会社、両方から受けたあまりの差別に耐えかね、立花の父親は失踪したとも聞いている。
 母親と祖母、そして幼馴染の親友。味方は少なからずいたとはいえ、まるで世界の全てが彼女の敵に回ったかのような、酷い有様だった。
 それも、これが立花だけでなく、同じ目に遭っていた人達が日本中にいた事を考えると、俺の内側からは怒りが溢れてくる。
 
 馬鹿げている。
 何故、自分の見知った誰かが生き延びた事を喜ばない?
 どうして生き延びた事を理由に迫害する?
 そして……なんでそんなに生命の価値を決めたがるんだ……?
 取り柄の有無で、成績の優劣で、将来が有望だのなんだのってだけで、どうして生き延びた人間への態度を変えられる!
 俺には疑問でならなかった。だって、姉さんはただの被災者として扱われ日本中からその安否を心配されたし、奏さんはその死を多くのファンから悔やまれた。
 なのにどうして立花は、生き延びたのに疎まれるんだ!
 
 そんな疑問を抱きながらも、俺は飛び出せなかった。
 悪意ある言葉の石打ちに晒され、涙を堪えている彼女をすぐ近くで見ていながら、俺は何も出来なかった。見ている事しか出来なかったのだ……。
 何故、俺は動けなかったのか。理由は考えるまでもない。
 
 あの頃の俺は、とても臆病だったのだ。
 クラスメイト達から立ち昇る負のオーラに怖気づき、勇気を振り絞れなかった。
 それに、俺が彼女の側に立った所で何かが変わるとも思わなかったのだ。
 ひょっとしたら悪化するかも、とさえ考えた。
 俺が風鳴翼の弟だという噂は校内中に広まっていた。もし、あそこで立花を守ろうと立ち塞がれば、俺だけでなく姉さんにも悪意の矛先が向く可能性もあったかもしれない。
 または、俺が姉さんの事を引き合いに出して、この疑問をあの場の全員に問い掛けていれば、虎の威を借るような形にこそなれ、あの風潮に問いを投げ掛けることが出来たかもしれない。
 しかし、結局俺は何も出来なかった。それが悔しくて、悔しくて……血が出るくらい唇を噛んだ。
 結局その日の放課後まで、俺は立花に声さえかける事が出来なかった。
 こんな俺はどうしようもなく卑怯者で、偽善者で、そして世界一の臆病者だ。
 だからきっと、あの日の汚名は、手を伸ばせる所にある命を救う事でしか雪ぐ事はできない。
 そして、もう二度と会う事など無いものと思っていた立花に、こうして再び巡り会えたのだ。
 それなら、俺が今度こそ為さなければならない事は……。
 
 ∮
 
「つまり……お前は昔、響くんを救えなかった罪滅ぼしとして、この特異災害対策機動部二課の一員となり、彼女を支えたいと?」
「支えたいんじゃない。守りたいんだ!シンフォギアさえあれば、奏さんみたいにLiNKERでもなんでも使って戦場に立ちたいんだよ!」
 奏さんは、適性こそあったものの、適合率の低さから装者にはなれないはずだった。
 しかし、副作用と引き換えに適合率を跳ね上げ、後天的適合者を生み出す薬品、"LiNKER"の実験台となり、死ぬほどの苦しみに耐え抜いて装者の資格を勝ち取った。
 俺に適性があるかはともかく、チャンスがあるなら俺は迷わずその道を選ぶ。
 ……もっとも、シンフォギアは姉さんと立花、二人の分しかない上に、どうやら生物学上の問題で、シンフォギアは男性では纏えないらしい。だから正直な話、今のは勢いで言ったに過ぎない。本当はそうしたいという、俺の願いに他ならない。
「お前……本気で言ってるのか?」
「ああ、本気だとも!これまでの人生で一番の本気だ!たとえシンフォギア奏者になれなくたって、この身一つで姉さんと立花を守れるなら、この命惜しくは……」
「この大馬鹿者!!」
 叔父さんの怒鳴り声に、肩が跳ね上がる。
 それは、叔父さんが本気で怒っている時の声だった。
 何故怒っているのか、それに思い至る前に叔父さんは続ける。
「罪滅ぼしで命を賭けようなどと、この俺が許すと思うか!」
「っ!そ、それは……」
「お前の覚悟はよく分かった。だが、他人の命を守る為に自分の命を粗末にする。そんなあべこべな考えで臨むのなら、俺はお前の主張を認めるわけにはいかん!」
 叔父さんに言われて気が付いた。
 そうだ……俺は何を焦っていたのか。確かに、姉さんと立花を守る為に俺が命を散らしてしまえば、二人を悲しませる事になる。
 姉さんは今度こそ独りぼっちになってしまうし、立花の心に深い爪痕を残す事になるのは確実だろう。
 そんな事にも思い至らなかったなんて……俺も姉さんの事、とやかく言えないじゃないか。
 
「とにかく、だ。お前がその考えを改めるまでは、どれだけ志が高かろうと、お前を二課に入れるわけにはいかん!……分かってくれるよな?」
 先程までとは一転して、叔父さんの眉間から皺が消える。
 いつもの優しい、弦十郎叔父さんの顔だ。
 いつだって子供の事を思って怒ることが出来、いつだって子供にやりたい事がある時は全力で支えてくれる、大人の漢の顔だ。
 その上、厳しい事を言いながらも、結局俺の頼みを完全に断っている訳じゃないのがズルい。多分、一週間くらい経って頭冷やしたら、今度は迎え入れてくれるつもりだろう。
 ……こんな人だから俺は、叔父さんを心から尊敬しているんだ。
「分かりました……しばらく、頭を冷やします」
「なら、次に来る時は……」
 
 ヴゥゥゥゥ!ヴゥゥゥゥ!
 
 その時警報が鳴り渡り、赤いサイレンが鳴る。
 オペレーターさん達の表情が引き締まり、モニターには何ヶ所かが赤く点滅したこの街のマップが表示される。
「ノイズ出現!」
「場所は!?」
 ノイズの出現地点を聞き、叔父さんは端末を二人の適合者へと繋ぐ。
 そう。姉さんと立花、この国をノイズから守っている二人の"奏者"に。
「翼!響くん!ノイズが現れた!大至急、現場へ急行してくれ!」
「それじゃ、俺は邪魔にならないように出てますよ」
 端末を手に取る二人の顔がモニターに映ると共に、俺はコンソールルームを退出した。
 
 背後で扉が閉じる音がした瞬間、ポケットから端末を取り出しながら、職員の休憩スペースへと向かう。
 休憩スペースに座ると、周囲に誰も居ないことを確認して端末を耳に当てた。
 
『周辺住民の避難、完了しました!』
『翼さん、現場に到着!これより戦闘に入ります!』
 先に現場に到着したのは姉さんらしい。
 流石は先輩、と言ったところだろうか。
『翼!響くんの到着を待って……』
『いえ。この程度、私一人で充分です!』
 叔父さんからの指令を無視し、単独で戦闘を始めたようだ……やれやれ、本当に姉さんは意地っ張りというか、ストイックが過ぎるというか……。
 
 え?俺が今何をしているかって?
 叔父さんがモニターの方を向いてる間に、植え込みの陰にスマホを隠して、そこから拾った音を端末から聞いてるだけさ。
 つまり……盗聴だよ。 
 

 
後書き
弦十郎「特異災害対策機動部二課、司令の風鳴弦十郎だ。まったく、翔の奴には困ったもんだ……。翼が二課所属の奏者になって以来、自分も二課に入ると聞かなくてな……」
緒川「でも、彼にも守りたいものがある。その点、響さんと志は同じだと思います」
弦十郎「響くんに比べて、強迫観念のようなものが強い気がするがな」
緒川「あれ?司令はお気付きでないと?」
弦十郎「む?」
了子「緒川くん、年がら年中アクション映画しか見てない弦十郎くんがその辺、この時点で気付けると思う?」
緒川「ああ……確かに……」
弦十郎「二人とも、一体何の事なんだ……?」

次回は盗聴されてる側の視点でお届けします。
果たして、翔くんは二課に入る事が出来るのか!? 

 

第5節「不協和音な剣と拳」

 
前書き
ようやく原作主人公、シンフォギア最推しである彼女の登場です! 

 
 ノイズに埋め尽くされた現場。幸い、避難は既に完了しており、被害者は出ていないらしい。
『翼!響くんの到着を待って……』
 叔父さm……司令が立花の到着を待つように指示を出す。おそらく、今後に備えての連携を意識しろ、という意図があるのだろう。
 だが、私にその必要は無い。
「いえ。この程度、私一人で充分です!」
 奏が居なくなってしまった穴は、私一人で埋めればいい。
 素人である立花の力など借りずとも、私一人で戦ってみせる!
 アームドギアを構え、ノイズの群れまで突き進む。
 刃を一振り、目の前のノイズが包丁を当てられたトマトのように真っ二つになり、炭となって消滅する。
 こちらへと迫る二体は纏めて一閃。背後より飛来するもう一体は、身を逸らしながら刃を突き出す事でそのまま切断する。
 ある程度ノイズの数が減った所でそのまま跳躍し、アームドギアを巨大な刃へと可変させる。
 蒼ノ一閃。放たれた青き斬撃が、並み居るノイズらを纏めて残らず斬り伏せた。
 
 僅か五分足らず。私一人でも充分にやっていける……自分の腕を確かめ終えたその直後、土煙の向こうから人影が現れた。
「翼さーん!!」
 言うまでもない。奏のガングニールを纏った立花だ。だが、お前の出る幕はない。既に私が終わらせた。
「任務完了、これより帰投します」
「翼さん……?」
 立花が何か言いたげに声をかけて来るが、私がそれに応える義理はない。
 任務は終わった。ならば私は、後処理を一課に任せて戻るだけだ。
 
 背を向けそのまま歩き去って行く私の背中を、立花がどんな表情で見送っていたのかを、私は知らない。
 それどころかこの頃の私は、本部から私と立花を見守り、心配して気を揉んでいる可愛い弟の存在を、雀の嘴ほども知らなかったのだ。
 
 ∮
 
「……やれやれ。こりゃダメだな」
 立花を仲間だと認識していない上に、掘り返された奏さんへの思いから、戦いを一人で全部抱え込もうとしている姉さん。
 うっかり地雷踏んでしまった事を謝りたいけど、姉さんが必要最低限の言葉も交わさずに去ってしまうから中々踏み出せない立花。
 ギスギスしてんなぁ……。これじゃチームとはとても呼べない。
 なんとか緩衝材になってやれればいいんだけど……。
「う~ん……でも、防人根性で動いてる時の姉さんが話聞いてくれるの、奏さんくらいだしなぁ……」
 司令である叔父さんから連携するように言われても、無視を決め込んでノイズを殲滅しに行くし……。
 こうなるとアプローチをかけるのは、まず立花の方からにするべきなんだろうけど……うっ、気まずい……。
「むむ……どうすればいいんだ……」
 
「なるほど~、コンソールルームを盗聴するなんて、ヘタレな翔くんの割には大胆な事するじゃな~い」
「ッ!その声は……」
 頭を抱えていた所、背後からの声に振り返る。
 立っていたのは白衣に眼鏡の典型的学者スタイルに、蝶の髪飾りで髪をアップに纏めた自称できる女。または天才考古学者。
 名前を櫻井了子。シンフォギアシステムの開発者にして、シンフォギアを始めとした異端技術、「聖遺物」を動作させる〈櫻井理論〉の提唱者でもある。
 叔父さんとは長い付き合いで、お互いに名前で呼び合っている所に強い信頼関係を感じる。
 真面目な指揮官である叔父さんとマイペースな了子さんの、共に苦楽を乗り越えて来た相棒感は、二課のオペレーターであるあの二人に並ぶ名コンビとも。
「って、了子さん……気付いてたんですか?」
「ええ。植え込みにスマホを置き忘れるなんて、今のご時世じゃ死活問題だぞっ☆」
「あはは……」
 了子さんからスマホを受け取り、通話機能を切る。やれやれ、現実は映画のようには行かないらしい。いや、気付いたのが了子さんだけだったの、割と上手くいってた証拠では?
 
「それで、翔くんはどう感じたの?響ちゃんと翼ちゃんの事、心配してるんでしょ?」
「はい……。分厚い壁が出来てしまっているみたいですね……。なんとかしてあげたいのですが、自分に何が出来るのか……」
 立花に会って話が出来ればいいんだけど……いや、待てよ?そうだ!
 妙案を思い付いた俺は、了子さんに手を合わせて頭を下げた。
「了子さん!お願いです、立花へ言伝を頼めませんか?」
「え?響ちゃんに?私から?」
「はい。頑固な姉さんより、素直な立花の方が聞いてくれると思うんです。でも俺、立花に顔を合わせるのは……」
「も~、高校生になってもそのヘタレっぷりは相変わらずなのね。盗聴なんて回りくどいことまでしちゃって、そんなんじゃいつまで経ってもかっこ悪いままよ~?」
 ヘタレ……ああ、そうだ。結局、俺は臆病者。叔父さんに鍛えられて、少しは心が強くなったと思っていたけど、本当はあの頃から変わっていない。
 立花から恨まれるのが怖くて。忘れられている事が嫌で。だから、彼女に向かい合う事が出来ない。手を伸ばしたくても、中途半端な所で顔を逸らしている弱い人間なんだ……。
「自分勝手なのは分かってます。でも……こんな臆病者にその資格はないとしても、俺は……」
「……分かったわ。でもぉ~、一つだけ条件を付けてもいいかしら?」
 顔を上げると了子さんは、仕方ないわね、という微笑を浮かべながら人差し指を立てていた。
 
 ∮
 
「はぁ~……翼さん、やっぱりまだ怒ってるよね……」
 エレベーターを降り、ガックリと肩を落としながら廊下を歩く一人の少女。
 茶髪のショートヘアーに、赤いN字型のヘアピンを前髪の左右に留め、太陽のような琥珀色の瞳をした少女の名は立花響。
 先程までオレンジ色のシンフォギア、ガングニールを纏う奏者としてノイズと戦っていた──と言っても、現場に到着する前に翼が全て倒してしまったのだが──彼女は昨日、自分の不用意な発言で翼を傷付け、怒らせてしまった事を後悔していた。
 謝りたいのだが、彼女は顔を合わせても口さえ聞いてくれない。
 壁を作ってしまった翼にどう接すればいいのか分からず、彼女は悩んでいた。
「はぁ……私、呪われてるかも……」
 口癖の言葉を漏らしつつ、トボトボと歩いていく響。
 
 その後ろ姿を見つけ、櫻井了子は声をかけた。
「ハ~イ響ちゃん、元気ないわね?」
「あ、了子さん。あはは、そんな事無いですよ!」
「翼ちゃんとの事でしょ?顔に書いてあるわよ」
「ふえぇ!?ほっ、本当ですか!?」
 自分の顔にペタペタと触って確かめようとする響。
 そんな彼女を見て、了子はクスクスと笑う。
「そんな響ちゃんに、ある人から伝言を預かってるんだけど……」
「へ?伝言?誰からです?」
「ふふっ、それはね……」
 そう言うと了子は、何やら企んでいるような笑みを浮かべながら、響に耳打ちした。
 
「わ、分かりました!私、ちょっと行ってきます!」
 了子の伝言を聞くと、響は慌てて走り去って行った。
 その様子を軽く手を振って見送ると、了子は誰にともなく呟く。
「響ちゃんも放っておけない子だとは思ってたけど、翔くんも同じくらい放っておけないわよね……」
 響が廊下の角を曲がっていくのを確認し、了子は一つ伸びをして、自分の研究室がある方へと歩いて行った。
「さて、私も研究を進めないとよね~。弦十郎くんに頼まれてる()()()()、実戦投入の望みは薄いんだけど……」
 研究室の扉が開き、了子はその中へと入って行く。整頓された真っ白な机の真ん中には、()()()()()が置かれていた。
 
 ∮
 
「了子さん、しばらく待ってろとは言われたけど……」
 休憩スペースの自販機で炭酸飲料を購入し、そのままソファーへと腰掛ける。
 任せといて、とウインクしていたけど了子さん、何時になったら戻ってくるんだろう?
 いつになるのか分からないし、暇潰しに姉さんの新曲でも聴いていよう。
 
 と、イヤホンを取り出してスマホに繋いだ時だった。背後からこちらへと走ってくる足音が聞こえて振り向く。
 誰だろう?マイペースな了子さんではない筈だ。サイレンも鳴ってないし、緊急事態って訳じゃないだろう。
 そもそも緊急事態ならコンソールルームの方へ向かうべき筈だ。ここからは逆方向だし……余程の慌てん坊なのだろうか?
 しかし、俺が知っている二課の職員にそんな落ち着きのない人は……。
 
 振り返った時、俺は目を疑った。
 確かに俺が知る職員ではない筈だ。何せ、ついこの前配属されたばかりの……いや、もう一年近く会っていなかった人物だったのだから。
 足音の主はこちらに気が付くと、満面の笑みを向けて言った。
「あの!翼さんの弟さんって、もしかして君の事だよね?」
「ッ!?な……」
 何で……立花がここに?
 まさか、謀ったな了子さん!!
 
 

 
後書き
響「ようやく登場!原作主人公の響ちゃんだよ~、なんちゃって。でも翼さんの弟さんってどんな子だろ?了子さんは私と同い歳だって言ってたけど、やっぱり翼さんに似てかっこいいのかな?っていうか翼さん、弟さんがいるなんて初耳だよ~!これは帰ったら未来達に自慢できるかも!」

突然の再会。その時少年は何を思い、少女は何を語るのか。
感想よろしくお願いします。 

 

第6節「前奏曲(プレリュード)は突然に……」

 
前書き
後書きのネタパートまでしっかりバックアップしたから、後書きのわちゃわちゃした感じが好きだった古参読者さんは喜んでくれるかな……なんて事をふと考える。
またコメント欄を賑やかにしてくれると嬉しいな……。 

 
「あの!翼さんの弟さんって、もしかして君の事だよね?」
 
「ッ!?な……」
何で……立花がここに?
俺は困惑し、そして理解した。了子さんに見事に嵌められたのだと。
直接会って話しなさい。ここが男の見せ所よ~、と笑ってる姿が脳裏に浮かぶ。
しかし、この反応は初対面のような……立花はやはり、俺の事など覚えていないのだろうか?
「あっ、ごめん!驚かせちゃった?」
「い、いや……」
立花がこちらの動揺に気付く。不味いぞ、このままだと俺が思ってる以上に気まずくなる。
なんとか会話を成り立たせようと考えるが、出てきたのは堅い言葉だった。
「立花……響、だよな?」
堅い!ガッチガチじゃねぇか!今ので絶対堅苦しいやつだって認識された……ああ、自分で余計に気まずい空気を……。
 
「はい!立花響、15歳です!」
「……へ?」
その一言で、俺の緊張があっという間に緩んだ。
おい立花、今なんと?
「誕生日は9月の13日で、血液型はO型。身長はこの間の測定では157cm!体重は乙女の秘密なので言えません!趣味は人助けで、好きなものはご飯&ご飯!」
えっ、何この自己紹介。滅茶苦茶自分のプロフィール出してくるじゃん。
ってか立花の知らなかった情報がめっちゃあるんだけど!?待って、覚えるつもりもないのに記憶に焼き付いてくのどうにかしてくれない!?
「あ、あと、彼氏いない歴は年齢と同じッ!」
「……プッ」
「へ?」
「アッハッハッハッハッ、ちょ、ちょっと待って、今のちょっとっブフッ!フフハッハッハッハッハ!!」
「な、なんで笑ってるんですか?」
何がおかしかったんだろう、と言いたげな顔でこちらを見つめる立花。
いや、こんなに面白い自己紹介聞かされたら、さっきまでうだうだと悩んでいた自分が馬鹿らしくなってくるじゃないか!
「いや、悪い悪い。でも流石に今のを笑わずに聞ける奴はそうそういないだろう!」
「あはは~。でも、さっきよりは明るい顔になりましたね」
 
そう言われてハッとした。
気が付けば、とっくに緊張は解れていた。
さっきまで俺の心を曇らせていた迷いも、既に吹き飛んでいる。
立花は、俺の胸中を知るまでもないだろう。だが、俺が緊張でガチガチになっている事に気付き、咄嗟にこんな突拍子もない自己紹介で俺を笑わせる事を思い浮かぶなんて……。よく人を見ている子なんだな、と実感した。
 
「さて……先に名乗られたからには、此方も名乗らなくては風鳴の名が廃るな」
ソファーから立ち上がると、俺は先程の立花の自己紹介を振り返りながら言った。
「風鳴翔、16歳。誕生日は7月の5日で、血液型はA型。身長は168cmで、体重62.1kgだ。至って平均的だな。趣味は映画鑑賞、主に特撮映画が好きだ。そして好きな物はもちろん、三度の飯!」
「おお!やっぱり美味しいご飯が嫌いな人はいませんよね~」
「どうやら、話が合いそうだ。ああ、それと……」
興味津々、という感じで聞き入っている立花。
キラキラした彼女の目を見て、言い知れぬ安心感を抱く自分がいる事に気が付いた。
そういえば、あの頃の彼女は暗い顔でいる事が多かった。きっと今の彼女は、もうあんな目に遭う必要のない生活を送っているのだろう。
そう思うとなんだか少しだけ、肩が軽くなった気がした。
 
「それと、俺も彼女いない歴は年齢と同じだ」
「えええええええ!?翔くんすっごいモテそうなのに!?」
「言われると思ったよ……。ぶっちゃけるとな、肩書きと顔で寄ってくる子の方が圧倒的に多かったから軒並みフッて来たわけ。それに、今俺が通ってるの男子校だからさ。モテるのと彼女が居るかどうかは別なんだよ」
「な、なるほど……。意外に苦労してるんだね……」
特に中学の頃だ。あの頃が一番、その手の輩に腹が立った時期だった。
下手すりゃ人間嫌いを発症しかねなかったと今でも思う。よく耐えられたな、俺。
 
「まあ、これでお互いの事は分かったな」
「そうだね。よろしく、翔くん」
差し出されたその手を見て実感する。
ああ、この手こそ俺が待ち望んでいたものだ。
この二課に入りたいと願った理由を、もう一度思い描く。
そうだ。俺は今度こそこの手を握る為に……今度こそは彼女を守る事で、あの日を償う為にここに居るのだ。
だから……そっと、差し伸べられた手を取って、壊れないように優しく握りしめた。 
 

 
後書き
響「ところで、何て呼べばいいんです?」
翔「同い歳だし、翔で構わないぞ」
響「わかりました、翔さん!」
翔「なんか違うな」
響「翔センパイ!」
翔「艶やかな感じで」
響「翔……せんぱぁい……♡」
翔「身の毛もよだつ風に」
響「恨めし……翔ぅぅぅ…………!」
翔「インパクトが足りないかな」
響「翔司令!」
翔「アシストウェポン風に!」
響「アクセスコード!バスターボラー!」
翔「もうこれ原型無いな」
響「じゃあ翔くん、でいい?」
翔「それが一番しっくり来るな」
響「じゃあ今度は翔くんの番ね!」
翔「なっ!?……た、立花!」
響「うーんやっぱり姉弟……」

ここ確か、呼び方決まらずちょっと迷ったからネタにしたんだよなぁ。
原文はリア友。ネタ提供ありがとう!
さて、次回は姉さん会議です。 

 

第7節「頑固な剣(あね)との向き合い方」

 
前書き
さあ、姉さん対策会議の始まりです。
今思えば懐かしいなぁ、ブラコン全開だった頃って意味でも面倒臭かった頃の翼さんw 

 
「それで、姉さんとの接し方で迷ってるんだよな?」
 立ち話もなんなので、二人でソファーに腰掛ける。
 立花と立ち話、ね……。いや、なんでもない。
「顔を合わせてもこっち向いてくれないし、口も聞いてくれなくて……」
「完全に拗ねてるな……。加えて、辛いことは全部自分一人で抱え込もうとしてる時の姉さんだ。これは中々厳しいぞ……」
 姉さんが完全に覚悟ガンギマリ状態になりかけているらしい。これはあまり宜しくない流れだ。
 さて、どうしたものか。
 
「翼さん、どうすれば機嫌直してくれるんだろう……?」
「三人で一緒に飯でも食いに行ければ、打ち解けやすいと思うんだけど……」
「三人でご飯!!」
 ご飯。その一言に反応して、立花が勢いよく立ち上がる。
 好きな物はご飯、と豪語した彼女だ。食事に喜びを見出すタイプなのは目に見えていた。
 キラキラと輝いているその顔は、間違いなく歳相応の少女のもので。
 彼女の純粋な笑顔には……少しだけ、引き付けられてしまうほどの、眩い輝きが宿っていた。
「人間、誰かと美味い飯を囲めば気は緩むし、満腹になれば気分も丸くなる。飯の力なら、ガッチガチの石頭な姉さんも話を聞いてくれるようになると思うんだけど……」
「いいじゃないですか~それ!ご飯の力は私もよく知ってます!なにより、憧れの翼さんとご飯……想像しただけでもお腹が鳴るよぉ~」
「気持ちは分かるが落ち着け立花。問題なのは、姉さんをどう誘うかだ。弟らしく、可愛く頼めば来てくれそうな気はするが……」
 仕事と任務にピリピリしてる時は、流石の姉さんでも「悪いが後にしてくれ」の一点張りなんだよなぁ。
 それが読めてる上で秘技・弟の特権を無駄打ちするとか恥ずかしくて無理。
 他の方法を考えるとすれば、緒川さんにも根回ししてもらうとか……。
 
「可愛く頼めば……?」
 立花が首を傾げる。可愛らしい……じゃない。やっべ、口に出てた!?
「ん?……あっ、いや、何でも……」
「ほほ~う。翔くん、見かけによらずお姉さん大好きなんだ」
「いっ、いや、そうだが!これは家族愛とか姉弟愛とか、そういったライトな類のものであって!」
「あっはは~、照れちゃって~このこの~」
 立花に肘で軽く小突かれる。距離近いなこの子、どんだけフレンドリーなんだ!?
 あーもうっ!そうだよ、俺は昔っから姉さんっ子だよ!尊敬してるし、綺麗だと思うし、何処に出しても恥ずかしくない自慢の姉だと思ってるよ!
 でも決してシスコン的な好意ではないからな!?
「い、今のは聞かなかったことにしろ、立花ッ!綺麗に忘れるんだ!」
「分かってるって~♪︎」
 やれやれ、思ってたほど緊張する必要なく話せるのはいい事だけど、それはそれとして調子が狂う……。
 
 ……でも、悪い気はしない。むしろこの空気には、心地良ささえ感じる。
 あの日、ただ陰から見ているだけだった立花響という少女がどんな人となりをしているのか、今になってようやく分かった気がする。
 ついでに、あの頃の俺は意外と彼女の事を見ていなかったのだとも実感した。
 こんなにいい子なんだ。あの惨劇さえ無ければ、きっとクラス一番の人気者になったかもしれない……。
 けど、きっとその"もしも"は必要ない。
 だって、彼女は今を生きているのだから。……まったく。負い目だのなんだのと悩んでいた自分がバカらしくなってくるじゃないか。
 
 ∮
 
 仕事の時間までの合間に、本部のシュミレーターで一汗かいてシャワーを浴びる。
 毎日欠かさず行っている鍛錬を終え、喉の渇きを潤そうと休憩スペースに向かうと、何やらいつもより騒がしい。
「む?先客か。この声は……」
 耳を澄ませながら近付くと、声は二人分。私より歳下の男女の声だった。
 
 ……待て。私より歳下で二課に出入り出来る者など限られている。
 一人は立花。そしてもう一人はまさか……?
 足音を忍ばせ近付くと、視線の先には予想通りの、それでいて並んでいる所を見るのは初めてな二人がいた。
「立花と翔、か。一体何を話しているんだ?」
 昨日、弦十郎叔父様に二課への配属を頼みに来るとは聞いていたし、あの二人が中学時代の学友同士だったとも聞いている。
 しかし、笑い合いながら談話する二人を取り巻く雰囲気は、とても楽しげだった。
 久方ぶりの再会に積もる話がある、という考えに至るのが普通の筈だ。
 だが私は、昨日の緒川さんが言っていた一言──「おそらく彼は、響さんの事が好きなんだと思います」──あの一言が気にかかり、こう考えていた。
 もしや、二人で逢い引きの約束でもしているのではないか……と。
 そうだとすれば、私はこの場を去るべき筈だ。
 しかし……姉としては、どうしても気になってしまうのだ。
 弟は……翔は、立花とどのような言葉を交わしているのだろうか……?
 
「食べに行くとして、何にする?店ではなく、鍋パやたこパという手もあるが……」
「ふらわー、って美味しいお好み焼き屋さんの店があるんだけど、どうかな?」
「へぇ、そんなに美味いのか?」
「おばちゃんのお好み焼きは世界一だよ~!行ったことないの?」
「店の名前自体が初耳だ」
「じゃあじゃあ、今度下見って事で食べに行きません?」
 
 ……会話がはっきりと聞き取れる位置まで辿り着いて早々、私は度肝を抜かれた。
 これは……間違いなく逢い引きの相談!
 しかも立花のやつ、誘い方が思った以上に自然かつさり気ないぞ!?
 もう少しド直球で誘う性分だと思っていたのだが、人は見かけによらないな……。
 さて、翔の方は……。
 
「お、いいのか?なら、奢らせてもらおうかな」
「ええ!?い、いいんですか翔さん……そんな恐れ多い……」
「二課に来たばかりの新人、姉さんの後輩なんだ。この程度は、かっこつけさせてくれよ」
「わ~いやったー!ありがとうございます!」
 
 キリッ、としたキメ顔で言いきった!?
 何の臆面もなく支払いを自分で負担する事を宣言する……。翔、昔のお前なら女性に対し、ここまで余裕のある対応が出来ていなかっただろう。
 緒川さんの言う通り、お前も成長しているのだな……。
 
「それで、いつ行くの?早いに越したことはないないと思うんだけど……」
「なら、平日より休日の方が都合もいいだろう?今週の土曜日、昼前でどうだ?」
「OK!じゃあ、その日は空けとくね!集合は……」
 
 トントン拍子で計画が立っている……だと!?
 あの二人、いつの間にここまで親密な関係になっていたんだ……。
 緒川さんからは学友としか聞いていないが……まさか、その頃から既に!?
 いや、それはない。あの頃の翔はどれだけのラブレターを貰っても、開封した後でまとめて処分しつつ無視を決め込むくらい、言い寄ってくる女子にはうんざりしていたのを知っている。
 となれば……まさか、その理由は既に立花がいたからだというわけか!?
 あの二人、一体何処まで進んでいるのか……気になって仕方がない!!
 いや待て、落ち着け風鳴翼。この程度の事で動揺してどうする?
 この身は剣と鍛えた身。この国を守る使命を帯びた防人たる私が、弟の恋愛関係に心を乱されてなんとする!
 しかし翔の相手が立花だと!?昨日の今日で突き放した立花が翔と……。
 この場合、私はどうすればいいんだ……!?
 
 こうして、二人の預かり知らぬ所で会話を盗み聞きし、その関係を勘違いして一人悶々としている姉がいる事を二人は知らない。
 この後翼は、迎えに来た緒川に声をかけられるまで頭を抱えていたという。
 
 

 
後書き
余計な重荷は降ろせるうちに降ろした方がいい。
そうして残ったものこそ、その荷の本来の重さ。持ち続ける重荷は、本来の重さの分だけで充分ですからね。

翼「今回あれだけ仲睦まじく会話してた上に、前回の後書きでもイチャついていたと聞いている。私はどうすればいいんだ!!」
奏「随分とお悩みらしいな?」
翼「奏!?どうして此処へ!?」
奏「それは今置いといて、素直に謝ればいいんじゃないか?」
翼「それはそれで格好付かないし……」
奏「ならお前らしく、堂々といったらどうだ?」
翼「私らしく、堂々と……」
奏「ああ。ちゃんと向き合えば、きっと仲良くなれるはずさ」
翼「ありがとう奏……お陰で少しだけ、楽になったよ」
奏「そりゃあよかった。ところで、あたしの出番まだ?」
翼「ってそっちが本題なの!?」

さーて、次回はようやく話が動きますよ!ご期待下さい! 

 

第8節「胸に宿した誓い」

 
前書き
この回は書くにあたって、ニコニコ大百科の世話になりました。
1話の新聞記事を全文まとめてくれてたのがとてもありがたい……。
さて、ここから独自展開が混ざり始めます。お楽しみに! 

 
「純、俺今日も寄る所あるから」
「今日も?別にいいけど、あんまり遅くならないでよ?」
「分かってるって。そんじゃ、行ってくる!」
 教室を駆け出していく親友を見送る。これで三日連続だ。
 
 事の発端は一昨日。昔のクラスメイトに会えるかもって、出て行った日から翔はこんな感じだ。
 帰ってきた時に話を聞いたら、どうやら会う事が出来たらしい。教室を出た時の何処か暗い顔は何処へやら、楽しげに喋る姿に少しホッとした。
 土曜日の午後には、その元クラスメイトの子と二人でお好み焼き屋さんへ行くつもりらしい。
 僕も一緒にどうか、と誘われたんだけど敢えて断っておいた。
 そのクラスメイトの子、どうやら女の子らしいからね。翔はあまり意識していないらしいけど、それどう考えてもデートじゃん。友人のデートを邪魔するほど、僕は無粋じゃない。
 
 それにね翔、多分君自身は気付いてないと思うんだけど、その子の事を話す時の君、かなりキラキラしてるんだよ?
 君はきっとその子の事が……いや、敢えて何も言うまい。その答えは君自身が見つけて欲しいからね。
 そして、もし君がその気持ちに気付く事が出来た時は、僕は親友として誠心誠意祝福しよう。
 
「待ち人来たる、か……」
 親友に春の兆しを感じながら、何となく窓の下に広がる運動場を見る。
 校内には合唱部の歌声と、吹奏楽部の演奏が響き渡り、オレンジ色の空を彩っていた。
 夕陽に照らされながら、僕はポケットの中から定期入れを取り出し、その中に収められた一枚の写真を取り出す。
「僕の待ち人は未だ来ず……いや。いつか、きっと、必ず……迎えに行くから……」
 歌を聞く度に思い出す、面影の中の()()へと語りかける。
 写真に映っているのはまだ小さかった頃の僕と、一緒に手を繋ぎ眩しいくらいの笑顔をカメラへと向ける銀髪の少女。
 今から7年と8か月前、NGO団体の一員だった両親と共に内戦中の国家へ向かい、行方不明となっていた僕の幼馴染。彼女との思い出の一枚だ。
 2年前の11月に救出され、今年の1月5日未明、成田空港の特別チャーター機で日本に戻ったって聞いていたんだけど、用意された宿舎への移動後、再び行方不明になってしまったと、新聞でも話題になっている。
 果たして彼女は何故、何処へ消えてしまったのか……。
 
「君は今、何処に居るんだい?」
 この日本に居るんだろう?
 また、君に会いたいよ──クリスちゃん……。
 
 ∮
 
 立花との再会から2日ほど。約束の日はいよいよ明日に迫っていた。
 無論、その間何もしていなかったという訳でもなく、俺は放課後になる度に二課本部へと足を運び、立花の戦いを見守っていた。
 姉さんは相変わらず快進撃を続けている。しかし、全てのノイズを自分一人で倒し尽くそうとしているきらいがあるのは問題だ。
 叔父さんも困ってるし、俺の方から一言言おうとしてもここ2日連続で逃げられている。
 緒川さんからは、何やら困ったような顔で「今はそっとしてあげてください」って言われるし……やれやれだ。
 
 一方、立花はというと未だに逃げ腰。迫って来たノイズを迎撃する程度ならできるけど、迫られるとつい逃げ出してしまう。
 何やってんだ、とモニター越しに何回突っ込んだ事か……。元々戦士として鍛錬していた訳でもないから仕方がない、とはいえこれではシンフォギア奏者としてあまりにも頼りない。
 これはもう、叔父さんに修行付けてもらうしかないのでは?
 
 そうやって、これまでの立花の事を振り返りながらエレベーターを降りる。
 コンソールルームに入ると、丁度ブリーフィングが始まるところだった。
「は~い、それじゃあ仲良しブリーフィングを始めるわよ~ん」
 了子さんの明るい声が響く。
 ブリーフィングを取り仕切っているのは基本的に、ムードメーカーの了子さんの役割だ。
「お、今日は翔くんも参加?」
「はい。まだ正式な配属ではありませんが、自分にも立ち聞きする資格くらいはありますからね」
「翔くんやっほ~」
「今日も元気そうだな、立花」
 立花が手を振って挨拶してくれたので、こちらも手を振り返す。
 一瞬、姉さんの方から鋭い視線を感じた気がするけど、気の所為だろうか?
 
「さて、今回集まってもらったのは、この特異災害対策機動部二課を指名して、護送任務が入って来たのが理由だ」
「護送任務?何を運ぶというのです?」
「もっちろん、聖遺物よ」
 姉さんからの疑問に答え、了子さんが操作したモニターに画像が表示される。
 それは、錆びて朽ち果てた矢の鏃のような形をしていた。
「了子さん、これは?」
「今朝、遺跡から出土したばかりの聖遺物、〈生弓矢(イクユミヤ)〉よ」
「イクユミヤ……?」
 立花が首を傾げる。まあ、確かに日本神話に詳しくないとパッと浮かばない名前だろう。
「須佐之男命が所持していたとされている生太刀(イクタチ)生弓矢(イクユミヤ)、そして天詔琴(アメノノリゴト)。出雲の三種の神器と呼ばれている聖遺物の一つだ」
「ほえ~……翔くん詳しいね」
「まあな」
 立花から向けられる尊敬の眼差しが、少し照れくさい。
 しかし、どうやら俺の事は忘れているらしい事が、何だか少し寂しいな……。
 
「他二つの聖遺物、生太刀と天詔琴は発見されなかったのですか?」
 そういえばそうだ。三種の神器なんだから、同じ場所に安置されている可能性は高い。
 姉さんからの疑問に、了子さんは大袈裟に肩を落としながら答える。
「残念ながら。多分、経年劣化で他の2つはダメになっちゃったのかも」
「残ったのは生弓矢だけか……」
「今回の任務は、発掘された生弓矢を研究施設へと輸送する運搬車、それを護衛する事だ。何も無い事を祈りたいが、万が一という事もある」
 確かに、聖遺物の護送となればシンフォギア奏者の出番だ。
 二年前にライブ会場の裏で行われていた、完全聖遺物の起動実験。その際、二課が保有していた第2号聖遺物イチイバルと、実験中だった完全聖遺物が失われた。どさくさに紛れ、何者かに盗まれたと考えるのが妥当だろう。
 聖遺物は世界各国が極秘で研究を重ねている。他国から盗みたい国家だって、幾つ存在することか。
 故に、警戒は厳重でなくてはならない。またしても聖遺物を何者かに奪われるなど、あってはならないのだ。
「任務は明朝。翼と立花、それから……」
 
「俺も行かせてください!」
 叔父さんの言葉を途中で遮り、挙手で意志を示す。
 その俺の顔を真っ直ぐ見て、叔父さんは問いかける。
「遊びじゃないんだぞ?」
「承知の上です。俺も姉さん達と一緒に、人々を守りたいんです!戦えないなら、戦えないなりに出来ることがある筈です!」
「では、今一度聞こう。翔、お前は何故二課への配属にそこまで拘る?」
 知れた事!その理由は変わっていない。
 いや、少しだけ形は変わったと思う。罪滅ぼしとはいえ、自分の命を軽く見てはならない。今ならその実感が、この胸の奥に強く有る!
「今日を生きる誰かの命を、明日へと繋ぐため。そして、誰かを守る為に戦っている人達を支えるため!理由はただ、それだけです!」
「自らの命を懸けてでも、か?」
「命を懸けなければやっていけない仕事ですから、それは当然です。しかし、だからといって死んでもいい、なんて言うほど俺も馬鹿じゃありません!誰かの命を救って、自分も必ず帰って来る。それこそが俺の、常在戦場の決意です!」
 
「その言葉を待っていた!」
 叔父さんは満足そうな顔で俺の肩に手を置いて続けた。俺が待ち焦がれていた言葉を。
「風鳴翔!今日からお前を正式に、我らが特異災害対策機動部二課の実働部へ配属する!」
「ありがとうございます、叔父さん!」
「あと、任務中は司令と呼ぶように」
「はい、司令!」
 夢にまで見た二課への配属。数年越しの祈願の成就に胸が踊る。
 これで俺は、姉さんや立花の戦う姿を見ているだけじゃなくて、二人を支える事ができる!
 
「やったね翔くん!」
「うおおおおおおおっ!?」
 声をかけられ振り返ろうとした瞬間、立花が背中から飛び付いてきた。
 立花的には無邪気なスキンシップのつもりなのだろうが、何か柔らかい感触がッ!?立花のやつ、意外とあるぞ!?
「たっ、立花!あんまり引っ付くな!距離が近い!!」
「そっ、そそそそうだぞ立花!なんのつもりの当てこすりだ!公衆の面前でそのような破廉恥、この私も看過できんぞ!」
「え?あっ!ごめんごめん、ついうっかり……」
 軽く頭を下げつつ、てへっと笑う立花。不覚にも可愛いとか思っちまった。
 この子、危ないくらいに純粋だな……。
「いいか立花!そういう事、他所の男子にはやるんじゃないぞ?あらぬ勘違いを受けるからな」
「うっ、それは確かに困るなぁ……。分かった、気を付ける」
「おい立花、あああ後で些かばかり話が……」
「はいはい、翼ちゃんは少し頭を冷やして来なさ~い」
 何やら真っ赤になりながら騒いでいる姉さんが、了子さんに抑えられている。
 同じ女子として、今の行動については厳しく言っておきたいんだろうか?
 やっぱり姉さん、真面目だな……。
 
 そんな三人を見て、声を潜めて話し合う大人達がいた。
友里(ともさと)さん、もしかして響ちゃんって……」
藤尭(ふじたか)くん。あれは響ちゃんどころか、翔くんの方も割と……」
「俺も気付いたのは今だが、って事はつまり翼のやつ……」
「「今頃気付いたんですか!?」」
「うーん……俺って、そんなに鈍いのか?」
 オペレーターの藤尭と友里に同時に突っ込まれ、弦十郎は頭を掻くのだった。 
 

 
後書き
藤尭「藤尭朔也です」
友里「友里あおいです」
藤尭「僕達、名前出るまで結構かかりましたね」
友里「ここまで名前出すほど喋ってなかったし、仕方ないんじゃない?」
藤尭「僕達の活躍はここからですからね!」
友里「ここから独自展開らしいけど、どうなるのかしらね」
藤尭「タイトル回収、いつになるんでしょうね?」
友里「それは作者のみぞ知る話よ。今突っ込んだら首が飛ぶわよ?」
藤尭「えっ!?」

果たして「伴装者」とは何なのか。この先もお楽しみください!
今日のところはここまで。また明日、お会いしましょう。 

 

第9節「任務前夜」

 
前書き
そのまま護送任務だと思った?
ざ~んねん、あと二話ほど挟ませて頂きます。 

 
 ブリーフィング後、俺は立花と二人で自販機の前に立っていた。
「それにしても……まさか約束の日に任務が入るなんてなぁ……」
「朝の5時に任務開始かぁ。って事は起きなきゃいけないのは4時……起きられるかなぁ……」
「俺ら姉弟、朝5時起きは基本だったから余裕だぞ」
 ボタンを押し、オレンジジュースの缶を取りながら答えると、立花は驚いた表情を見せた。
「ええ!?夜更かししないの!?」
「朝から筋トレとかランニングしてるからな」
「凄い……未来でも起きるのは6時なのに……」
「未来……ああ、小日向か」
 聞き覚えのある名前だと思ったが、確か立花の幼馴染で親友の女子の名前だ。
 中学の頃も、クラスの中で唯一彼女の味方だった存在だ。
 前に立つ事はなけれども、立花を隣で支え続けていた事を俺は知っている。
 正直に言えば、俺には届かない場所に居た憧れとも呼べるだろう。
 そうか……立花は、彼女の進路だから同じリディアンに……。
 
「え?何で翔くんが未来の事知ってるの?」
 反射的にビクッと肩が跳ねた。
 この瞬間、立花は俺がかつてのクラスメイトだと忘れているのではないか、という疑念が確信へと変わった。
 迂闊だった。小日向の名前に反応したばっかりに、その話題に触れることになるなんて……。
「え、ああ、それはだな……」
 隠しているつもりはないんだが……正直、俺は立花にあの頃の事を思い出させたくないんだ。
 辛かった日々を思い出し、彼女が翳るのが嫌だ。
 辛さを堪えて俯く彼女を、二度と見たくはない。
 何より、俺の事を思い出した彼女に拒絶されるのが、何よりも恐ろしかった。
 再会からたった三日しか経っていないが、今の関係が崩れてしまうのが怖い。
 そう思うと、答えることを躊躇ってしまう。
 
 でも、このたった三日の間で分かったこともある。
 彼女は過去に囚われずに今を生きていく、強い心を持っている。
 人助けが趣味だと豪語したくらいだ。助けたい"誰か"に踏み躙られた過去を持ちながら、それでも彼女は手を差し伸べる事を選んでいる。
 そんな彼女ならきっと許してくれる。虫のいい話かもしれないけど、そんな確信があった。
 だから……俺は勇気を出してみる事にする。
 蓋をして遠ざけていた過去を、いつまでも隠しているのは偲びない。
 支えて行くと決めたんだ。その彼女に対しては、誠実でいるべきだろう。
「……立花、俺の事を覚えているか?」
 息を呑みながら、立花の答えを待つ。
「え?何が?」
「二年前、俺は立花のクラスメイトだったんだ」
 
 ∮
 
「弦十郎くん、頼まれてた例のやつなんだけどね~」
 ブリーフィングが終わり、輸送車の進行ルートを確認していた弦十郎が振り返ると、入室してきた了子は隣の席に座り、弦十郎の席のモニターにデータを送信した。
 先程まで確認していたタブを一旦縮小し、弦十郎は送られてきたデータを確認する。
「改良の結果はどうだ?」
「今出来る最大限の事はしたつもり。でもやっぱり、使用者本人に頼る所が大き過ぎて不確定要素が多い面は変えられないわね」
「そうか……」
「でも、なんとかテスト運用出来る所までには調整出来たわよ。後は聖遺物の欠片を嵌め込めば、一応起動出来るわ」
 了子が白衣のポケットから取り出した鈍色の腕輪には、中心部にはちょうど翼のペンダントと近い形状の窪みが存在していた。
R()N()()()()()()()()……シンフォギアのプロトタイプとはいえ、その性能は劣化版どころか玩具以下のガラクタ同然なんだけど……。実戦投入出来るように改良出来ないか、って言われた時は驚いたわよ」
「俺達でも使うことが出来るのに、倉庫で埃をかぶるだけだなんて勿体ないだろ?」
「まあ、弦十郎くんの精神力なら案外使いこなせちゃったりするかもね~」
 
 RN式回天特機装束。それは聖遺物の力を歌の力(フォニックゲイン)ではなく、使用者の精神力によって引き出し、ノイズに対抗する装備の名称だ。
 しかし、使用者の精神力の強さによって稼働時間が変わる上、訓練されたレンジャー部隊でさえ数秒と持たず、使えばただ疲労するだけの欠陥品であり、現行のシンフォギアに比べればその性能差は火を見るより明らかだ。
 それでも、一応はシンフォギアのプロトタイプであるため、〈シンフォギアtype-P〉とも呼称されるこの欠陥装備は今、ようやく日の目を見ようとしていた。
「念の為、明日の朝、翔くんに預けちゃってもいいかしら?」
「翔に!?ううむ……確かに、前線に近い場所に立つことになるからな……。護身用に持たせる分には構わんが……」
「じゃあ決まりね?もしもの時は生弓矢の欠片で起動してもらうわ。でも長くは持たないから、生弓矢を持ってダッシュする翔くんを回収する手筈も整えなくちゃね」
「無論だ。何があっても絶対に子どもを守るのが、俺達大人の務めだからな」
 そう言って弦十郎は、護送車の進行ルートに合流ポイントを加筆して行くのだった。
 
 ∮
 
「え……?それって、どういう事……?」
 立花の声が震える。
 怒り……違う。これは多分、恐怖の震えだ。
 立花本人が自覚しているかは分からない。しかし、あの日の傷は確かに立花の心に刻まれているのだと、その声で実感する。
 だから俺は床に膝を着き、頭を下げて謝罪した。
 
「すまない立花!俺は……俺は、お前の苦境を知りながら……ずっとそれを見ているだけだったんだ!」
「翔くん……?」
「本当は助けたかった!でもあの頃の()には……勇気がなかったんだ……。足が震えて……声が出なくて……飛び出せなくて……。手を差し伸べられるチャンスはいくらでもあった!なのに、僕は!!」
 僕は何も出来なかった……。泣いている誰かに手を差し伸べるヒーローには、なれなかったんだ……。
 
「……翔くん」
「許してくれなくてもいい……。君に怒られても、恨まれても構わない!嫌われたって仕方ないって分かってる!でも……あの日の事を謝らせて欲しい……。僕の弱さが君を傷付けた事を謝罪させて──」
「翔くん!顔を上げてよ!」
 立花の叫びに、ゆっくりと顔を上げる。
 視界に映りこんだ立花の顔は、ぼやけてよく見えなかった。
 そこで、ようやく自分が泣いていたことに気がつく。
 
 制服の袖で涙を拭うと、立花は穏やかな顔でしゃがみ込んでいた。
「私、翔くんの事を恨んだ事なんて一度もないよ?」
「え……?」
 僕の事を……恨んでない?
 なんで……僕は、君に手を伸ばさなかった臆病者なんだぞ?
「翔くんの感じた怖さは、人間として当然のものだと思う。誰だって怖いに決まってるよ」
「でも……僕は……」
「それにね。翔くんが私の事心配してくれてたって知った時、すっごく嬉しかった」
 嬉しかった……?
 なんで、そんな事を……?
「だって、あの教室で私はひとりぼっちじゃなかったんだって、翔くんが教えてくれたから私は頑張れたんだよ?」
「僕が……?」
 何の話を……。そう言いかけて、思い出した。
 そういえば、立花に直接話しかけたのはあの日の放課後と……もう一つあったんだ。 
 

 
後書き
未来「私の出番まだ先だけど、名前は出たから予告お願いって言われたので来たんですけど、何を話せばいいんだろう……。そういえば、最近響の帰りが遅くて困ってるって話をしたら、友達から『秘密でアルバイトとか?』『もしかしたら彼氏かもよ?』なんて言われちゃって、気が気じゃありません。でも、もし響が危ない人に関わっているのなら、私は何が何でも響を連れ戻します!そういや、最近特売でよく会う知り合いも似たような悩みをボヤいてたっけ?今度相談してみようかな……」

一話で書ききれると思ったけど、そうは行かなかったんだよねぇ。懐かしい。
次回、過去回想と響の答え!お楽しみに! 

 

第10節「溢れる涙が落ちる場所」

 
前書き
この頃は、翔ひびの無自覚イチャイチャに萌えた人が増えてて嬉しかったのがいい思い出です。
っていうか、そういう感想は一番嬉しいです!
毎日更新のモチベに繋がるので、感想はどんどん欲しいですね。

では、翔と響の昔話です。 

 
 その日の給食時間。立花は自分の給食を受け取り、彫刻刀の跡が残る机へと向かっていた。
 献立は確か何だったか。カレーだったか、シチューだったか。中身の方は記憶にない。ただ、立花がとてもウキウキしていたのは覚えている。

 日々を迫害の中で過ごしていている立花。美味しいご飯こそが、そんな彼女の心を支える要因の一つだったのは間違いない。

 しかし、立花を虐めていた主犯グループの女子……例のサッカー部キャプテンのファンであり、諸悪の根源とも言える女生徒が、立花の足を引っ掛けたんだ。
 給食の皿は放物線を描いて宙を舞い、その中身はひっくり返って床に散らかる。

 周囲はゲラゲラと笑っており、女生徒もわざとらしく立花を嘲笑っていた。

 いくら普段は笑って誤魔化しているとはいえ、立花はこの僅か40分ほどの短い時間に大きな安らぎを得ていた。さすがにその時ばかりは立花も、今にも泣き出しそうな顔で、床に散らばった先程まで献立だったものを見つめていた……。
 
 この時ばかりは、翔の堪忍袋も緒が千切れた。
 普段は怯えて縮こまっている彼だが、こと食事に懸ける情熱は人一倍強かったのだ。

『何食いもん粗末にしてやがんだこの馬鹿野郎が!』

 机を叩き、勢いよく立ち上がった翔は響の方に歩み寄ると、手持ちのハンカチで彼女の髪に付着した皿の中身を拭き取る。

『立花さん、僕の分の給食代わりに食べていいよ。掃除も君じゃなくて、あいつらがやるべきだから』
『え……?』
『いいから早く席に戻って。ほら』

 翔の給食を受け取ると、響は彼の方を振り返りながら自分の席へと戻って行った。
 それを見送って、翔は例の女生徒及びクラスメイト全員を睨み付けて叫んだのだ。

『今度食べ物を粗末にするような真似をしたら、僕は本気で君達を許さない……』
 
 ──それ以降、響に対する虐めそのものに変化はなかったが、給食時間の彼女を狙った行動はそれっきり二度となかった。

 翔自身は、掃除が終わってもおかず臭さが残ったから懲りたのだろうと思っていたため、それが自分の手柄だとは思ってもみなかったのだ。

 だが、彼はその瞬間だけ、確実に立花響の心を守り、教室の中を漂う蒙昧な空気を断ち切る事が出来ていたのだ。
 
 ∮
 
「何で私も忘れてたんだろう……。たった一回きりだけど、私を守ってくれたヒーローの顔なんて、一生モノの筈なのにね」

 そう言って、立花は微笑んだ。

 一切の翳りなく。ただ、慈しみに溢れる輝きだけが在る、とても綺麗な笑顔。

 その微笑みを向けながら、立花は僕の事を"ヒーロー"だと言ってくれた。こんなにも臆病で、ちっぽけで弱かったあの日の僕を。

「立花……」
「だから翔くんは、自分の事を責めないでいいんだよ。でも、心配してくれてありがとう。その気持ちだけで私は、お腹いっぱいだから」

 その一言で、僕の心の中で何かが崩れた。
 涙がどんどん溢れ出して、声が詰まってはむせ返る。

 みっともない姿を晒してしまった、などと考える間もなく。強くありたいと願ったあの日から被り続けていた虚栄の仮面は、見る影もなく剥がれ落ちた。
 
 ……身を包む温かくて、柔らかな感触に顔を上げる。
 頬に触れているのが髪だと気がついた時、今の自分の状況を認識した俺は慌てた。

「たっ、立花っ!?」
「迷惑だったらごめんね?でも……翔くんが泣いてるとこみたら、何だか放っておけなくなっちゃって」
「……まったく……立花は、どこまでもお人好しなんだな……」

 まだ少し弱々しさが残る声でそう言うと、立花は静かに答える。

「そう言う翔くんは、意外と泣き虫なんだね」
「姉さんに似たのかもな……。姉さんも、奏さんからよくそう言われていたよ……」
「翼さんも?人って見かけによらないなぁ……」
「どうもそうらしい……。ありがと、元気出た」

 そう言うと、立花はようやく俺の背中に回した手を離した。

 改めて立花と向かい合う。

「もう大丈夫?」
「ああ……2年間背負い続けた肩の荷が降りた気がするよ」
「そっか……。よかった」

 立花は俺の事を恨んでもいなかったし、忘れてもいなかった。思い出すのに時間がかかったのはきっと、あの頃の記憶に蓋をしているからだろう。

 多分、それは俺も同じだ。辛い思い出ばかりだと思って蓋をしていた記憶の中に、僅かだけれども光があった。
 ただ一度の、だけどとても強い勇気。この思い出はかけがえのないものだ。二度と忘れないようにしなくては、と心に刻む。
 
 そこでふと考える。立花の方はどうなのか、と。

「なあ、立花……君は辛くないのか?」
「え?辛いって、何が?」
「何が?じゃない。あの頃、直接迫害を受けていたわけでもない俺がこうなんだ。君の方が泣きたい瞬間は沢山あった筈なのに、あの頃の君は一度も泣かなかっただろ?」
「ああ、その事かぁ……」

 立花は納得したように首を縦に振ると答えた。

「確かに辛かったよ。でも、私は大丈夫。へいき、へっちゃらだから!」
 
「……大丈夫なわけ、ないだろう!!」

 次の瞬間、俺は立花の両手を握っていた。突然の事に驚き、目を見開く立花。

 へいき、へっちゃら。それはあの頃の立花が、呪文のように繰り返していた言葉だ。

 まるで自分に言い聞かせるように、何度も何度も繰り返していた言葉。
 立花にとっては自分を奮い立たせる為の言葉だったのかもしれないが、あの頃の彼女を見ていた俺にとってその言葉は、一種の呪いのようにさえ見えた。

 だから、その一言で片付けようとする立花を俺は放っておけなかったのだ。

「へいき、へっちゃらじゃない!辛い時は泣いていいんだ……痛かったら叫んでいいんだ!一人で抱え込もうとするな!もっと……もっと周りを頼れ!必要以上に堪えるな!」
「翔くん……」
「君が辛い目に遭う姿を見るのは、俺にとって苦痛の極みだ。でも、それ以上に君が辛さや苦しみを堪えようと、一人で俯いてる姿を見るのはもっと辛いんだ……だから!」
 
 その言葉はとても簡単に、意識せずともするりと口から出ていた。

 胸の誓いは嘘偽りなく、俺の想いを言葉に変えた。たとえその言葉の本意に、俺自身が気付いていないとしても……彼女の胸には確かに響いたと思う。

「せめて俺の前では、自分に素直な立花響で居てくれ……」

 彼女の両手をぎゅっと握って、透き通るような琥珀色の瞳を真っ直ぐ見つめ、俺は一言一句ハッキリと言いきった。
 数秒間の沈黙が流れる。流石に気障っぽかっただろうか?

「いや、いつも素直な立花にこういう事を言うのは門違いか?すまない、いきなり妙な事を……った、立花!?」
「あれ……私……なんで……?」

 自分の頬に手を添えて、指先を滴る雫を見てようやく立花は気がついた。
 いつの間にか、その瞳の端から涙が零れている事に。

「あれ……あれ……?なんでだろ、涙が……止まらないよ……」
「……立花」

 今度は俺が、立花の背中に手を回していた。
 彼女が痛がらないように力は抜いて。そっと、優しく、包み込むように抱き寄せる。

「さっきのお返しだ。涙が止まるまでは、俺の胸を借りていけ……」
「んぐっ……ひっく……ありがと、翔くん……」

 それはきっと、この2年分の涙。心のダムにせき止められていた涙が、今になって溢れ出しているんだ。

 俺も彼女も、きっと同じだったんだ。
 同じ学び舎で、形は違えど同じものに苦しめられて、角度は違うけど同じ痛みを知り、同じくらいの涙を溜め続けた。

 でも、もういいんだ。俺達は二人とも、涙を流さず進み続けるという虚勢を張り続け過ぎた。そんな日々は今日で終わる。過去の痛みを抱いて前に進む、という点では変わらないが、虚勢の負債はここで全て流してしまおう。

 漸く素直に泣いてくれた彼女を見て、俺は心から安心した。

 彼女の心が軋んでしまう前に、その強さで輝きが翳ってしまう前に彼女を支えられた。いつもの自己満足かもしれないけれどこの瞬間、俺はようやく彼女の手を握る事が出来たのだ。

「……立花、もう大丈夫か?」
「ん……もうちょっとだけ……」

 立花が俺の背中に再び手を回す。立花の背中に回した自分の右手を、彼女の頭に置く。

 それから暫く、俺の制服は立花の涙で濡れる事になった。彼女の嗚咽が廊下に反響していたけど、有難いことに通りかかった職員さん達は空気を読み、揃って引き返して行った。
 


 10分くらい経って、立花はようやく泣き止んだ。

 すっかり温くなってしまったジュースを飲み干して、俺達は二人でエレベーターの方へと向かう。

「翔くん、今日はありがとう。私もちょっと、楽になった気がする」
「俺も、立花のお陰で気が楽になったからな。ありがとう」
「じゃあ、明日は頑張ろうね!」
「ああ。さっさと任務を終わらせたら、昼飯はふらわーへ直行だ!」

 立花と二人でしっかりと握手し、ついでに"友情のシルシ"を交わす。

 出会ってから3日。過ごした時間は短いが、今日は立花との距離がとても縮んだ気がする。
 次は姉さんの番だな、とブリーフィングの後で仕事に向かってしまった姉さんを思いながら、俺はエレベーターの手すりを握るのだった。 
 

 
後書き
なーんでここまでやって恋愛に発展しないんだろうって?
鈍感、無自覚、あとその感情が恋愛だと気付けなくなる程の重い過去、ですかねぇ。

響「ところで、どうして翔くんは私の事苗字で呼んでるの?」
翔「俺達、名前で呼び合うような仲なのか?」
響「うーん、でももう友達なんだし、そろそろ名前で呼んでもらいたいかなって」
翔「そうか……。しかし、いざとなると照れくさいな」
響「仮面ライダーっぽく!」
翔「立花さん!」
響「繰り返~す~」
翔「響鬼!」
響「漫画版遊戯王GXで日本チャンプの?」
翔「響さん!」
響「小説媒体系ウルトラマンの主人公風に?」
翔「ビッキー!」
響「吹雪型駆逐艦の22番艦は?」
翔「響!」
響「私の名前は?」
翔「ひびk……立花、もういいか?」
響「ええ~……そこまで言いかけて止めるなんてご無体な~」

次回も過去編です。それが終わったら護送任務編入りますね。 

 

番外記録(メモリア)・夕陽に染まる教室

 
前書き
前回の翔の台詞への反響が大きかった頃だなぁ。告白、或いはプロポーズに聞こえたという声も多数挙がってましたね。
あれはもう今のところ、翔の一番の名言になった事を確信してたり(笑)
それとこれを書いた次の朝、起きたら「響がとても響らしくヒロインしてるのが最高」という二次創作家にとって最高ランクの褒め言葉がコメントされていたため、今日一日笑顔で頑張ることが出来たという思い出も……。

さて、今回は恐らく気にしている読者も多いであろう、翔が初めて響に話しかけた日のお話になります。 

 
「へいき、へっちゃら……へいき、へっちゃら……」
 放課後、誰もいなくなった教室でただ一人。呪文のように、同じ言葉を繰り返しながら机を吹いている少女がいた。
「へいき、へっちゃら……へいき、へっちゃら……」
 机には油性ペンで書かれた罵詈雑言の数々。机の隣には大量の週刊誌と新聞が積まれており、そのどれもが流麗な文章に彩られた同じ話題の記事ばかりだった。
 ライブ会場の惨劇。その被災者達への心無い迫害の象徴にして元凶たる、悪意のマスメディア。小さな教室に渦巻く暗黒を生み出した種が、そこには積まれていた。
「へいき、へっちゃら……へいき、へっちゃら……」
 少女、立花響はこの中学校の中でほぼ孤立していた。
 彼女もまた、ライブ会場の惨劇を生き延びた被災者の一人だ。親友の小日向未来が急な用事で来られなかった為、一人でツヴァイウイングのライブに向かった彼女は、会場を襲ったノイズの群れにその運命を狂わされた。
 逃げ遅れ、心臓付近に突き刺さった破片により大量出血を引き起こした彼女は入院後、緊急手術室の中でなんとか息を吹き返した。
 それから、彼女は一生懸命にリハビリを続けた。家に帰って、また家族皆で暮らす為に。優しい両親と祖母、四人で過ごす平穏な日々へと戻る事を夢見て。
 
 しかし、社会はそんな少女の小さな夢を踏み躙る。
 退院した彼女を待っていたのは、人々からの心ない迫害と罵倒の数々だった。
 家には口悪い言葉ばかりが書かれた大量の張り紙が貼られ、窓からは石を投げ込まれた。
 学校に行けば生徒は全員、ノイズの恐怖への憂さ晴らしの為に彼女を虐げた。
 机に落書きは当たり前。惨劇の被災者らを貶める記事が見出しとなった週刊誌で机を埋め、学生鞄に針で呪詛を刻み、皆がそんな彼女を嘲笑った。
 会社でも白い目で見られるようになった父が失踪し、彼女に残された心の支えは母と祖母、陸上部の親友、そして大好きなご飯だった。
 それでも彼女は自分の弱さを、涙を流す姿を晒すことは無かった。
 ただ一言、口癖のように呟き続けては、親友に笑いかけて見せるのだ。
「へいき、へっちゃら」だと……。
 
 今日も一人で教室に残り、親友が部活から戻って来るのを待ちながら、その時間までに机の落書きと戦っている。
 そんな彼女を先程から、隠れるように見ている生徒がいた。
 やがて少年は何かを決心したように深呼吸すると、俯く彼女に声をかけた。
「立花さん……」
「へいき、へっちゃら……えっ!?だっ、誰!?」
「僕だよ、清掃委員の風鳴翔」
「え、ああ……どうも」
 少年……もとい、当時14歳の風鳴翔は洗剤入りのバケツとスカッチを手に、ゆっくりと教室へ入る。
「もしかして、僕の名前を覚えていなかったりする?」
「あ~……うん。あんまり話した事ないから……ごめんね」
「いや、別に謝る事じゃないよ。ただ、少しだけ嬉しく……いや、それよりもこっちの方が大事だね」
 翔はバケツを床に置くと、洗剤を溶かした水にスカッチを浸して手に持った。
「手伝うよ」
「いや、でも……」
「校内の備品は綺麗に使え。それが校則だし、清掃委員として見過ごせないんだよ」
 その程度の校則も守れなくなる空気感など馬鹿げている。
 内心でこのクラスの生徒らを毒づきながら、翔は響の机を磨き始めた。
 
「なんだか、ごめんね……」
「立花さんが謝る事じゃないよ。こういうのは汚した側が悪いんだ」
「でも、私と一緒に居るところ見られちゃったら、君も呪われちゃうかも……」
 呪い。この頃から、それは彼女の口癖だ。
 嫌な事、凹む事、落ち込む事、ドジを踏んだ事。そういったよくない事に苛まれる度に、彼女はそう呟く。『私、呪われてるかも』と。
「呪い……か。確かに、あの事件以来この学校を取り囲む空気は、もはや呪いの類だよな……」
 何も非科学的なものでは無い。オカルティックなものでないとしても、人の心の暗黒面がそれを実現してしまう事は、よくある話なのだ。
「でも、僕から見れば立花さんのそれも一種の呪いに見えるぞ?」
「それ、って?」
「さっきから無心に呟き続けてる言葉。ずっと繰り返してる時点で、大丈夫なわけないだろう?それ、何かのおまじないだったりするの?」
「あー、ひょっとして"へいき、へっちゃら"?」
 首を傾げる響に翔は頷きつつ、一瞬呆れたような顔になる。
 何故そうまでして強がれるのか。彼には理解出来なかったからだ。
 無意識だとすればこの言葉こそ、彼女を縛る呪いではないか?
 そうとさえ考えるほど、彼にはそれが強がりに見えたのだ。
「この言葉はね、魔法の呪文なんだ。どんなに辛くても、挫けそうな時でも頑張れる。勇気をくれるおまじない。だから、私は何があっても頑張れるんだ」
「そうか……。ごめん、そんなに大事な言葉だとは知らずに……」
「いいっていいって!それより、また未来に心配かけちゃうから急いで片付けなきゃ!」
 再び響が机を拭き始める。
 それきり、翔は何も話しかけられなかった。
 きっとその言葉には、特別な何かがある。彼女の様子からそう感じた彼は、その言葉を勝手に強がりだと思い込み、呪いだなどと言った自分が許せなかった。
 危うく彼女の支えを折りかけたのではないか。そう思うと、自分も他の生徒らと変わらない、自分を中庸だと宣う蒙昧な人間だと実感し、嫌気がさしたのだ。
 
 それから間もなく、その机は油性ペンの跡は全く残らない、ピカピカの机になっていた。
 ついでにビニール紐で雑誌を縛り、翔はバケツと雑誌を手に立ち上がる。
「じゃあ、僕はこれで」
「片方持とうか?」
「片付けるのは清掃委員の仕事だ。じゃ、気を付けて」
 そのまま翔は足早に教室を出て行った。
「まったく……僕はなんて馬鹿なんだ……」
 これを機に彼女の前に立てればと勇気を出したのに、無意識に彼女を傷付けかけた。そんな自分が、どうして彼女を庇えるのだろうか。
 生来、自己肯定感が強くなかった彼は自分の不用意さに、より一層自信を無くしてしまった。
 バケツを用具入れに仕舞い、雑誌を資源ゴミ置き場に置いて彼は帰宅する。
 翌日、響の鞄にコンパスの針で罵詈雑言が刻まれたと知り、より一層自分を責める事になるとは知らずに……。
 
 ──この時の翔は、自らの不用意さを呪った。良かれと思っての行動が、余計に彼女を傷付けることを恐れた。
 しかし彼はいつか、あの言葉の裏に押し込められた彼女の弱さを、この時と同じ言葉で吐き出させる事になる。
 その日まで、二人の心はすれ違ったままで……。 
 

 
後書き
この後、中学を卒業した翔くんは一人称を「俺」へと改め、OTONAに弟子入りして心と身体を鍛えるわけです。
自信をつけ、臆病さを払拭して、姉に並んでも恥ずかしくないくらいのオーラを放つ男に。
そして、響に手を伸ばしたものの、臆病さ故にその手を掴めなかった後悔は、「もう二度と、目の前の掴める手は掴んで離さない」という決意に変わり、響と同じように率先して人助けをするようになったのです。

次回はようやく護送任務へ。ご期待下さい。 

 

第11節「聖遺物護送任務」

 
前書き
独自展開、それは空白の二週間の間に挟まれるイベント!
オリジナル聖遺物とRN式の登場。ここまで来れば何があるかは……おっと、この先はまだ未来のページでしたね。
 

 
 土曜日、朝5時10分前。
 輸送車の発着地点に、特異災害対策機動部二課の面々は集まっていた。
 実働部隊の制服は黒服であるため、翼、響、翔の三人はそれぞれの学園のブレザーを着用して並んでいる。
「念の為、緒川さんに迎えに行ってもらって正解だったな」
「ごめん、何とか起きようとしたんだけど……」
 響は案の定寝坊していた。いつもに比べれば早く起きた方ではあったが、走っても間に合うかどうかだった所、こうなる事を予想した翔が緒川を迎えに向かわせた為、なんとか合流したのだ。
「まったく、意識が弛んでいるぞ立花!」
「すっ、すみません翼さん!」
 腕を組み、あからさまに苛立ちをアピールする翼に全力で頭を下げる響。
 綺麗な直角、90度を描くお辞儀はある意味では芸術的だ。
 
「でも、しっかり休めたんだよな?」
「そりゃあもう、一晩中グッスリだったもん!」
「じゃあ今日は思いっきり働けるって事だよな?」
「足でまといにならないよう、頑張ります!今日こそは!」
「……だってさ、姉さん」
 したり顔で翔は翼を見る。
 翼は呆れたように溜息をひとつ吐くと、不機嫌そうな声で返した。
「翔、お前は立花に甘過ぎる」
「そう言う姉さんは硬すぎるんだ。ずっと独りで戦い続ける事なんてできるわけが無いのに、姉さんは立花に全然歩み寄ろうとしないじゃないか!」
「戦場に立ったことの無いお前に何が分かる!」
「ッ!それとこれとは……」
 常に戦場の最前線で戦い続ける姉の一言に、返す言葉を失う翔。
 翼はまだ何か言いたげだったが、そこへ弦十郎が割って入った。
「お前達、作戦行動前に何を言い争っている!」
「叔父さ……司令」
「いいか?作戦行動中に連携が乱れれば、それは命の危険に直結する!自分の命だけでなく、他人の命もだ!それを忘れるな!」
「……はい」
「肝に銘じます……」
 司令官である叔父からそう言われ、翼と翔は口を閉じた。
 
「自分だけじゃなくて、他の誰かの命も……」
 また、響は弦十郎の言葉に周囲を見回す。
 自分以外に、弦十郎、了子、翼、翔、その他何人もの黒服職員達。一人が行動を乱せば、これだけ多くの命が危険に晒される。
 そう思うとより一層、自分が背負っている責任の重大さを実感した。
 今日は、逃げてばかりもいられない。立花響はそう胸に誓い、拳を握った。
 
 ∮
 
「翔く~ん、ちょっといいかしら?」
「はい、何ですか了子さん?」
「君に、季節遅れのお年玉よん♪︎」
 呼び止められ、振り返ると了子さんは俺の手に何かを握らせた。
 それは、金属で出来た軽めの腕輪だった。鈍色で飾りっけのない無骨なその腕輪の側面には、見覚えのある形と大きさの窪みが存在していた。
「了子さん、これって……」
「RN式回天特機装束、またの名をシンフォギアtype-Pよ」
「シンフォギアのプロトタイプ!?」
 驚きに目を見開くと同時に、その名前に少しだけ高揚する。
 プロトタイプ。それは男子たるもの、誰もが憧れを覚える言葉。
 俺とて一人の男だ。心の中の跳ね馬が踊り昂るのは是非もないだろう。
「シンフォギアほど長くは持たないけど、これを使えば万が一ノイズに触れても炭素分解されずに済むし、位相差障壁を無効化して殴る事くらいなら出来るようになるわ」
「これを……俺にですか!?」
「でも過信はしないで。まだ聖遺物が入っていないし、それに効果持続時間は君の精神力に大きく左右されるの。改良したとはいえ、何処まで持つかは分からないわよ」
「つまり、あくまで護身用なんですね?」
「そういう事。君にこれを渡す事について、弦十郎くんには話を通してあるわ。万が一、輸送車が襲われたら生弓矢の欠片でそれを起動させて、指定された合流地点まで走りなさい。いいかしら?」
 合流ポイントについては、先程のブリーフィングで確認済みだ。その位置まで走り抜け、生弓矢の欠片を無事に守り抜く。それが、この任務に於ける俺の役割だ。
 
「分かりました。ありがとうございます!」
「くれぐれも無茶はしないようにね?本当ならこれ、弦十郎くんが使うはずの物だったんだから」
「叔父さんが前線に立てれば、姉さんや立花が危ない目に遭う事も無くなるのは目に見えてますもんね……」
 シンフォギアtype-Pのリングを左腕に嵌める。
 安物の腕時計くらいのサイズをしたリングは、制服と合わせても違和感がほとんど無かった。
「それでは、風鳴翔。作戦行動に移ります!」
「いってらっしゃ~い」
 了子さんに手を振り、俺は輸送車のコンテナ内へと入る。
 目の前には発掘に使われた機材、ダンボールに積まれた遺跡の資料と、厳重に保管され、専用のケースに仕舞われた生弓矢の欠片があった。
 
 ∮
 
 作戦開始から一時間ほど経過した。
 車通りの殆どない立体道路を輸送用のトレーラーと、護衛の黒い車が全力で走り抜ける。
 ここまでは特に異変はなく、トレーラーは順調に目的地までのルートを走り続けていた。
「何も起きませんね……」
 二課本部のモニターの前で背もたれに身を預けながら、やたらツンツンした前髪が特徴的な茶髪の男性オペレーター──藤尭朔也
ふじたかさくや
はそう呟いた。
 ボヤき癖があるが弦十郎の腹心の一人であり、その情報処理能力は二課の中でも随一を誇り、彼のサポート抜きに組織としての二課はまともに動作できないとさえ言われている男だ。
「このまま何も起きずに終わるといいんだけど……」
「そうね。でも、最後まで気は抜けないわよ」
 隣の席に座る藍色の髪をショートヘアーにしている女性オペレーター──友里あおいは、周囲のエネルギー観測量に気を配り続けている。
 1匹でもノイズが現れた瞬間、ヘリで空から指示を出している弦十郎に即座に通達出来るようにする為だ。
 ちなみに彼女は、常に冷静かつ的確に戦況を伝えられる事に定評があり、二課の内部では藤尭と共に二課を後方から支える名コンビとして知られている。
「ですね……。あの子達が無事に帰ってこられるよう、最大限にバックアップするのが僕らの役目。その僕らがしっかりしなくちゃダメですよね」
「あと20分もすれば、研究施設に到着よ。任務が終わったら温かいもの、持って来るから」
「それなら頑張れそうです。友里さんが淹れてくれる温かいもの、とても美味しいですから」
 友里に励まされ、藤尭は姿勢を整え座り直した。
 
 その時だった。トレーラーへと向けて一直線に接近する高エネルギー反応が観測される。
「輸送車に接近する高エネルギー反応探知!」
「ノイズです!南南西から立体道路に沿って北上中!」
 やがて、招かれざる客が続々とバックミラーに映り込む。
 聖遺物護送任務は、ここからが佳境となるのだった……。 
 

 
後書き
奏さんの誕生日記念特別編書いてから直ぐに書き始めたので、この回を書いた日は初めて1日2本書いたのを思い出しますね……。
後書き予告もその時のままでお送り致します。

奏「本日の主役、天羽奏だ。いや、本編ではとっくに死んでるから出番が殆ど無いんだけどな。今日はあたしの誕生日だってこと、忘れないでくれよ!ちなみに作者は昨日の夜知って、慌てて特別編を書き始めたんだってさ。元号が令和に変わって初のあたしの誕生日、皆で盛大に祝ってくれよな!」

次回、○○へのカウントダウン……。 

 

第12節「戦う君への小さな応援」

 
前書き
初の聖詠&ノイズ戦描写だった回!
戦闘シーンの地の文はキャラソンの歌詞読みながら書いたので、聖詠の直後からヤーヤーヤーセツナーヒビクーを流しながら読むことをオススメします。 

 
『ノイズ接近!各班襲撃に備えろ!奏者2名は迎撃準備に入れ!』
 端末から弦十郎さんの指示が飛ぶ。バックミラーには物凄いスピードで近づくノイズの姿が見えた。
 このまま行けば、あのノイズはきっと最後尾の車に追い付いて、中の黒服さん達を炭へと変えてしまう!
「了子さん!私、ここで降ります!」
 運転席の了子さんにそう言って、シートベルトを外す。
「え?ちょっと響ちゃん、今ここで飛び降りる気!?」
「今行かないと、一番後ろの列を守ってる人達が危ないんです!」
 
 ドアに手をかけようとした時、後ろから細長く形を変えたノイズが一直線に飛んで来る。
 間一髪の所で了子さんがハンドルを切り、ノイズは車の左側をギリギリすり抜けて前方の道路へと突き刺さった。
 私はというと、遠心力に振り回されそうになるのを、ドアと座席にしがみついて何とか耐える。うう、シートベルトを外したことを少し後悔しちゃうよ。
「無茶言わないの!私運転荒いんだから、今ドアを開けようものならあっという間に振り落とされちゃうわよ!」
「すみません……」
「それに、私達はノイズとの戦いのエキスパートなの。シンフォギアを持たないとはいえ、あの黒服さん達も中々しぶといんだから。そんなに心配しないの」
 何処か自慢げにウインクしてくる了子さん。
 あまりにも自信満々に言うから、二課の人達って凄いんだなぁ……と、少し納得してしまう。
 
 だけど、黒服の人達はそうだとしても……。
「でも!あの輸送車の中には翔くんも居るんですよね!?」
「それは……」
「二課の皆さんはプロでも、翔くんは違うんですよね!?だったら、やっぱり私が助けなきゃ!」
「……気持ちはわかるわ。でも、その前にやる事が出来ちゃったみたいよ?」
「え……?」
 了子さんの視線の先を見ると、そこには……道を塞ぐように群がるノイズの群れが並んでいた。
 
「挟み撃ちね……響ちゃん、降りるなら今よ!」
 了子さんが急ブレーキを踏みながら、思いっきりハンドルを切る。
 地面に黒い轍を刻み、甲高い摩擦音を上げながら車は止まった。
「分かりました!」
 ドアを開け、了子さんの車を飛び降りると目の前、そして後ろの方で停車した輸送車を交互に見る。
「後ろからもあんなに来てたのに、前にもこんなにいるなんて……」
 こんな数、私一人じゃ……そう思ったその時、静かな歌

が聞こえてきた。
 
「──Imyuteus(イミュテイアス) Amenohabakiri(アメノハバキリ) tron(トロン)──」
 
 後ろの方から迫って来ていたノイズの群れへと、まるで流星群のように降り注ぐ青い剣の雨。
 そして、銀色に輝く(つるぎ)を手に悠然と向かっていく蒼い影。
 この世に災厄の闇迫りし時、刹那響く無常の中で雑音斬り裂く刃あり。
 風に靡く腰上まで伸ばした長髪と、頭頂部から左寄りの位置で纏めたサイドテール。
 絶刀・天羽々斬に選ばれし歌姫(うため)の名は、風鳴翼。
 人々を守る為にその身を剣と鍛えた、現代の防人である。
「弟にも、生弓矢にも、一切の手出しは許さん!」
 刀を中段に構えると、地面を蹴って一気に距離を詰める。
 眼前のノイズを一突き。続けて後方より迫るノイズを袈裟斬りにし、更にもう一体を斬り上げる。
 
 颯を射る如き神速の刃。その軌跡の麗しさは千の花のように。
 剣の輝きは、宵に煌めく残月の如く。並み居るノイズらを永久の浄土へと還してゆく。
 しかし、美しき剣閃を描く彼女には、同時に苛烈さが溢れている。
 そんな彼女の姿は戦場の華か、或いは慟哭に吼える修羅か。
 雫を流せる場所を失った片翼の歌姫は、自らを奮い立たせる誇りだけでなく、亡き友との思い出さえも一振りの雷鳴へと変え、災厄を薙ぎ払う。
 
「翼さん……そうだ、私、一人で戦ってるわけじゃないんだよね!」
 自らの背中に立ち、無双の刃を振るう先達の姿を見て、響は昨日の夜、翔から贈られた言葉を思い出す。
『一人で抱え込もうとするな!もっと……もっと周りを頼れ!』
「周りを頼る、か……。それなら、私は皆に頼る!」
 後方のノイズは翼が押さえ込んでいる。
 黒服達はそれぞれ車を降り、輸送車のコンテナを開く作業に入っている。
 上空でこの状況を見守っている司令の弦十郎は、ヘリを合流地点へと飛ばすように指示を出しており、二課本部からは藤尭、友里の2人がバックアップしてくれている。
 そしてコンテナの中では、聖遺物の入ったケースを手にした翔が待っている。
 なら、彼女の役割はただ一つ。目の前の壁をブッ壊し、進むべき道を作る事だ。
 胸の傷跡に手を添えて、立花響は歌い始める。
 彼女に生きる力を与えてくれた人から受け継いだ歌を──。
 
「──Balwisyall(バルウィッシェエル) Nescell(ネスケル) gungnir(ガングニール) tron(トロン)──」
 
 光が彼女の身体を包み込み、撃槍の力を宿す橙色の装束を形成する。
 腕を包むのは厳つい手甲、両脚を覆うのは黒い足鎧。
 撃槍・ガングニールのシンフォギアを身に纏い、立花響は眼前の災厄を見据える。
 その拳を握り締め、敵へと向かって行くその前に響は通信を繋ぐ。
 相手は言うまでもなく翔だ。コンテナの中にて、外部の状況を端末に送信されてきた情報と通信のみで把握し、今か今かと自分の出番を待つばかりの少年に、彼女は自らの役目を告げた。
「翔くん!私が道を切り拓く!だから翔くんは、その隙に走って!」
『立花……戦うつもりなのか?』
「翼さんに比べたら、まだまだ全然弱い私だけど……でも、奏さんのシンフォギアを受け継いだ以上、私も戦わなくちゃ!」
 
『なら、一つだけアドバイスだ』
 通信を切断される前に、とばかりに声を張る翔。
 次の言葉を待ち耳を澄ます響に、彼は優しく告げた。
『ノイズを恐れるな。君の手には、奴らを一撃で倒せるだけの……誰かを守る為の力があるんだからな』
「わかった!ありがとう!」
 通信を切断し、響は拳を握り直す。
「ノイズなんか……怖くない!へいき、へっちゃらなんだからっ!」
 私が逃げれば、目の前にいる人達が危ないんだ。
 逃げない理由がそこにある。だから私は、もう逃げない!!
 立ち塞がるノイズの群れへと向かい、走り出す。
 不慣れな構えで、素人感丸出しの頼りない拳を振り上げながら、立花響は歌い始めた。 
 

 
後書き
聖詠のルビ、意味の方にしようかと思ったけど中身そのものがネタバレ含むのあるし、読み方の方にしました。響の聖詠とか不穏要素の塊だもん。

翼「なに?折角のハイウェイ戦なのにバイクは何処か、だと?いや、本当は乗ってきた方が便利だとは思ったのだが、今ちょうど車検に出していてな……。流石に台車を戦場で乗り回すわけにもいくまい。乗りなれないマシンで戦場(いくさば)に出るなど、得策とは言えんからな。……は?すぐに乗り捨てて破壊するから……だと!?おい、それはどういう意味だ!マシンサキモリーは私の相棒だ!乗り捨てるような真似など、断じてしないからな!戦場で戦いの最中、やむなく結果的にそうなってしまう事はあれど、ただで乗り捨てたりは絶対にしないからな!」

さて次回は……いよいよタイトル回収、ですかね。
次回以降のモチベに繋がるので感想、お気に入り登録、それから願わくば評価もよろしくお願いします。 

 

第13節「強襲-アサルティング-」

 
前書き
早速新規読者がお気に入り登録してくれてたり、感想欄に見慣れた人が現れてけれて嬉しい。滅茶苦茶嬉しすぎて、作業速度がどれだけ進むことか!!

さて、今回は響のバトルシーンとRN式のお披露目です。
「撃槍・ガングニール」を流しながらお楽しみください。 

 
 ガコンッ!ウィーン……。

 コンテナの扉が開き、外からの明かりが中を照らす。
 外へ出ると前門にノイズ、後門にもノイズ。現場は既に四面雑音状態だった。
『翔!翼が開いた道から、合流ポイントGまで走れ!』
 叔父さんからの指示で、合流地点までの距離を確認する。
 輸送車が今来た道を引き返した先にある、ここから最も近い合流ポイントだ。
 確かに、走って合流するならここから近い方場所の方がありがたい。
 だが、俺はこの状況に疑問がある。そのため、一旦黒服さん達と共にトレーラーの陰に隠れると、叔父さんに進言した。
「いえ、ここは前方のポイントAへと向かうべきかと」
『なに?どういう事だ!?』
「藤尭さん、友里さん、姉さんと立花がそれぞれ相手にしているノイズの数、調べられますよね?」
『え?ええ……直ぐに出せるわよ』
『データは翔くんと司令の端末にそれぞれ転送します』

 オペレーターの二人から届いたデータを確認すると、予想は当たっていた。
「やっぱり……。おじ……司令、以前言ってましたよね?ノイズの出現がリディアン周辺に集中しているのは、何者かが陰からノイズに指示を出している可能性があるって」
『ああ。だが、あくまで憶測の域を出ん推論だ』
「でもこの状況。群体の割には挟み撃ちなんて手の込んだ真似、どう考えても何者かの指示があったとしか思えません。敵はノイズを統制する何らかの技術、ないし聖遺物を所持していると見て間違いないのでは?」
『なるほどな……。という事は、お前はこの状況を仕組まれたものだと見ているわけだな?』
「はい。そのデータを見てください」
 本部から送信されてきた、ノイズの数を示すデータ。
 それによれば、姉さんが相手にしているノイズの数の方が、立花の方に現れたノイズよりも数が多く、姉さんが一瞬道を切り開いても直ぐにノイズが溢れてしまう状態になっている。
「広範囲攻撃が使える上、熟練度が立花より遥かに上の姉さんに戦力を集中させ、逆に素人である立花の方には必要最低限の戦力で対処させる。この戦略的な布陣で、ノイズの数が集中している姉さんの方へ向かうのは危険です」
『ああ、そうだな。しかし、それも敵の罠かもしれんぞ?お前が立花の方を突っ切ってポイントAまで向かえば、その途中で本命の戦力とばったり出くわすかもしれん』
「罠や伏兵の可能性は重々承知してますが、ここは敢えて乗っかるのが得策だと判断します」

『そこまで言うなら心配は不要か。よし、前方を突っ切り合流ポイントAへと向かえ!』
「了解!」
 端末をポケットに仕舞い、左手に持ったケースの持ち手を握りしめる。
 そして、左腕に嵌められたRN式回天特機装束のブレスレットを見つめた。
「頼むぞプロトタイプ……。お互い、初任務を華々しく飾ろうや」
 タイミングを見計らうと、リーダー格の黒服さんからのハンドサインを受け、俺は一気に走り出した。

 ∮

「絶対に離さない、この繋いだ手は!」
 迫って来るノイズへと向けて、思いっきり腕を振るう。
 軽く吹き飛ばされたノイズは宙を舞い、道路の側壁にぶつかって消滅した。
 続けて目の前まで来ていたノイズの顔を、力いっぱい殴る。
 こっちも顔の部分から土人形のように崩れ落ち、炭の山へと変わっていく。
 短い時間の間にどんどん倒していく翼さんに比べれば、一匹ずつだし、全然遅いけど……私、戦えてる!
 そう思うと、より一層頑張れる気がしてきた。
「ノイズなんか……怖くない!!」

 そう言った瞬間だった。背中に何かがぶつかったような強い衝撃が走り、バランスが崩れる。
 背後から飛んで来たカエル型ノイズが体当たりしてきたと気付いたのは、足が縺れて転ぶ直前だった。
「うわぁっ!?」
 咄嗟に両手を出して、身体が地面に打ち付けられるのだけは避ける。
「いった~……後ろからなんて卑怯だよ!」
 起き上がろうとした時、目の前を駆け抜けていく人影が目に入る。
 翔くんだ。生弓矢の入ったケースを抱えて、翔くんは脇目も振らずに全速力で走り抜けていく。
 歯を食いしばり、一生懸命に駆け抜けていくその姿はとても真っ直ぐで、その姿に私は目を奪われた。
「翔くんが頑張ってるんだ!私も、これくらいで負けられない!」
 もう一度立ち上がり、思いっきり深呼吸した私は、翔くんの方へと全力で駆け出した。



「はっ、はっ、はっ、はっ……」
 立花の方へとノイズが集まっている隙を突き、全速力で走り抜ける。
 本当は助けに行きたいところだけど、戦う力を持たない俺が行っても足でまといなだけだ。ここは堪えて、自分の任務に集中するしかない。
 何体かのノイズがこちらに気が付き、紐状の姿に変化して襲ってくる。
 その猛攻をステップとジャンプで華麗に避けながら、更に先へと走る。
 でもこれが精一杯だ。ケースがもう少し重かったら、とてもこんな真似は出来なかっただろう。
「RN式はッ!タイミングを見計らっ……て!」

 しかし、それでもやはり限界は来る。着地の瞬間、背後の側壁にノイズが衝突した衝撃で、前方に吹っ飛ばされる。バランスを崩した身体が宙を舞った。
「くっ……使うなら今か……!」
 抱えていたケースの留め金を外し、ケースが開いた瞬間、中に収められていた鏃を掴む。
「RN式回天特機装束、起動!」
 鏃を掴んだ瞬間、左腕のブレスレットが一瞬だけ発光する。その瞬間、身体全体を虹色の保護膜が包み込むのが確認出来た。

 そして次の瞬間、受身を取った直後に俺は地面を転がる。
 暫くころがって……特に痛みを感じることも無く、俺は起き上がった。
「あれだけ勢いよく転がったのに、擦り傷ひとつ付いてない……。どうやらしっかり展開されてるみたいだな」
 RN式の効果が発揮されている事を確認しながら起き上がり、再び走り出す。
 しかし、効果の実感は無傷の身体だけではなかった。起動してからまだ30秒と経っていないが、少しだけ身体が怠い。
 RN式のデメリットで、精神力が少しずつ削られて来ているのを表す疲労感だ。
 急がなくては。このままでは、肉体的疲労よりも先に精神的疲労で体力を削られ、無防備な状態で倒れる事になる。
 合流地点まではまだ半分。心を強く持って走り続ければ、何とか間に合う!
 そう自分に言い聞かせながら走り続ける。が、やはり邪魔者は現れた。

キュピキュピッ!キュピッ!

「ノイズ……邪魔だァァァァァ!!」
 速度を落とすこと無く、むしろより一層加速しつつ、握った拳を勢いに乗せて思いっきりヒューマノイドノイズの顔面部分へと繰り出す。
 殴られたノイズはきりもみ回転しながら吹っ飛び、地面を転がって行った。
 なるほど。確かに殴っても何ともないし、流石にワンパンで倒せたりまではしないが、こちらの攻撃が効いている。
 この調子で進み続ければ、何とかなる!

 ……と、そう思っていたのだが。現実は非情だった。
 そのままノイズを退けながら走る。飛びかかってきたクロールノイズを躱し、サッカーボールのように蹴り飛ばした直後だった。
「うっ……か、身体が……重い……」
 RN式を起動して、僅か3分足らず。足を進める度に、どんどん身体が重くなっていった。
 小刻みに息が途切れる。肺が悲鳴を上げ、心臓が破裂しそうなくらいバクバクと鳴っている。
 持久走には自信があるのに、体力は自分の予想よりも早く削られていた。正直言って、もう立っているのがやっとだ。
「まだ……まだ、だ……俺は、行かな……きゃ……」
 ゆっくり、よろよろと足を進める。しかし次の瞬間、全身から力が抜ける感覚があった。
 糸の切れたマリオネットのように、その場に崩れ落ちる。
 なんとか身体を仰向けにすると、どんよりと曇り始めた空が見えた。
 両手を見て、両足を見る。虹色の膜は、もう消えていた。俺を守る光の鎧は、既に力を失っていたのだ。
 ああ、とても耳障りな鳴き声が聞こえる。声の方向を見れば、先程のノイズ達が集合し、全長5mほどの巨大な個体、強襲型(ギガノイズ)へと融合していた。
 芋虫のような外見のそれは、動けなくなった俺の方へ向かいゆっくりと迫って来る。

「ここまで……なのか……?」
 悲鳴を上げる力すら残っていない事を自覚した瞬間、目の前を様々な光景が駆け巡る。
 小さい頃、ラジカセとマイクで姉さんの歌を聴いた夜の事。今でも若いけど、もう少し若かった頃の緒川さんを含めた3人で遊んだ日の事。
 厳しくて不器用だった父さん。優しくて頼りになった叔父さん。
 マイペースだけど、話してて楽しかった了子さん。
 よくボヤいてるけど、仕事を卒無くこなす姿がかっこよかった藤尭さん。
 いつも温かいコーヒーを、適温で用意してくれた友里さん。
 将来の夢を笑って語り合い、この一年近くを共に過ごした親友、純。
 皆との思い出が次々と、一瞬の内に駆け抜けて行った。

 そして最後に……あの日、俯いていた少女の手をようやく握る事が出来た瞬間の光景が、ひときわ輝きを放つ。
 立花、響……君にもう一度出会えた事を、心の底から天に感謝してる。
 赦してくれて、ありがとう。お陰でようやく安心することが出来た。
 ヒーローだって言ってくれて、ありがとう。その一言で、ようやく報われた。
 素直に泣かせてくれて、ありがとう。君の涙を見られた事が、ようやく君の手を掴めたんだと実感させてくれた。
 そしてなにより、眩しいくらいの輝きを放つ、心からの笑顔をありがとう……。
 ごめん、立花……。お好み焼き食べるって約束したけど、僕はもうダメみたいだ……。

 死神の足音はすぐそこまで迫っている。身体はRN式の副作用による疲労で、もう動かない。
 僕の精神力じゃ、結局3分止まりかぁ……。でも、街を破壊する大怪獣から地球を守ることは出来るくらいの時間は持ったんだ。
 充分保った方なんじゃないかな……。

「でも……まだ……もっと、沢山……生きて、いたかった……」



















「翔くん!!」









声が聞こえる。








僕の名前を呼ぶ力強い声が。








耳を打つだけで、僕に希望をくれる──








()の原点を司る、太陽の如き少女の叫ぶ声が。
































「生きるのを諦めないで!!」

 その声と、直後に響き渡る打撃音に目を開くと……。
 目の前には頭頂部を思いっきりぶん殴られ、バランスを崩してよろけるギガノイズ。
 そして、空高く跳躍した勢いを全て右腕に乗せて、ありったけの力で拳を叩き込み……こちらへと顔を向ける、立花の姿があった。 
 

 
後書き
これ投稿した日、繋がる絆を司る銀色の巨人の配信日だったんだよなぁ。
あのとても印象的な初登場シーンを再現してもらいました。例のBGM流すとそれっぽく見える……といいなぁ。

翔「危なっ!走馬灯見えた時はもう出番終わりかと心配したぞ……。え?走馬灯の中に映ってない人がいた?誰が知るかあんなクソ爺!走馬灯にまで紛れ込んだら俺は死んでも死にきれねぇぞ!そもそもあの爺、顔見る度にイライラすんだよ!いつもいつもいつもいつも自分は現場に出てこないくせにさぁ!?なーにが(ry」
(以下、丸々カット)
翔「それにしても、また立花に助けられちまったな……。今度、個人的な礼として何かしてやりたいんだけど、立花といえばやっぱり飯だよな。何処か美味い店、探しとかないと……」

次回、迫るノイズから逃げるんだよォォォ!! 

 

第14節「生命(ちから)宿す欠片の導き」

 
前書き
奏者と装者ってよく間違えますよね。「装者」であり「伴奏者」という響きは中々いい語感だと思ってます。

って事で今回はようやく、皆さん首を長くしてお待ちしていたであろう、運命の瞬間です!祝え! 

 
「翔くん!大丈夫!?」
「たち……ばな……」
 着地すると、慌てて翔くんの傍へと駆け寄る。
 翔くんはひどくグッタリとした状態で、もう一歩も動けない様子だった。
 それでも手にはしっかりと、生弓矢の鏃を握り締めている。
 もう、本当に真面目なんだから……。
「翔くん、逃げるよ!ほら、しっかり掴まって!」
「立花……すまない……。って、ちょ、おい!?」
 動けない翔くんを両腕で抱え上げる。
 普段の私じゃ出来ないだろうけど、シンフォギアで強化された筋力のお陰か、私より背の高い男の子の翔くんは軽々と持ち上がった。
 
 ただ……仕方がないとはいえ、構図がちょっと……。
「ごめん翔くん!でも今はちょっと我慢して!」
「し、仕方ない……。女の子にお姫様抱っこされるとか生き恥でしかないんだが、今はそれどころじゃないからな……。走れ、立花!」
「ホンットごめん!じゃあ、走るよ!」
 そのまま地面を思いっきり蹴って走り出した直後、背後でノイズが起き上がる音がした。
 私の力じゃ、あのノイズには敵わない。でも、翼さんが来てくれるまでの間、翔くんを守って逃げ切る事は出来る!!
 
 ∮
 
『翼!立花が翔を連れて走っているが、ギガノイズが2人に迫っている!すぐにそちらへ向かえ!』
 司令からの通信に、私は目を見開く。
「あの二人に強襲型が!?くっ……邪魔だッ!!」
 これで何十匹のノイズを斬り捨てただろう。ようやく全て片付けられると思った所で、立花の方にいたノイズの群れが融合した。
 ……私の責任だ。私がこいつらを相手取るのに時間を浪費したが故に、このような事態に……!
「友里さん!あと何匹の反応が残っているのですか!?」
「ノイズ総数、残り30!」
「疾く失せろ!一掃する!」
 振るい続けた一振りの刀を、身の丈の倍はあろう大剣へと変形させ跳躍する。
 
〈蒼ノ一閃〉
 
 蒼き残月の如き一太刀が地を割り、残るノイズを纏めて殲滅した。
 刀を元の形に戻すと、着地し、そのまま走り出す。
 バイクがないのが不便だが、仕方あるまい。車よりもシンフォギアで高められた脚力で走った方が今は間に合う!
「もう二度と……喪ってなるものか!」
 何より大事な弟と、奏が救った命だ。私が必ず守りきる!
 
 ∮
 
「了子くん!聞こえているか!?」
 ヘリで地上を見下ろしながら、弦十郎は端末へと必死に呼びかける。
「了子くん!了子くん!」
『ハ~イ、弦十郎く~ん?どうしたのん、そんなに慌てちゃって~』
 ようやく繋がった端末から、櫻井了子が軽い調子の声で答える。
 無事だった事に安堵の溜め息を零しながら、弦十郎は了子に問いかける。
「了子くん!大丈夫か!?」
『ごめんごめん。プラン通り、RN式は展開時間が短いから、翔くんを途中で回収して一気に駆け抜けるつもりだったんだけど……やっぱり現場じゃプラン通りにいかない事の方が多いわね。もう少しで翔くんに追い付けそうだったのに、ギガノイズに道路を破壊されて先に進めなくなっちゃったのよ』
「そうか……君が無事で何よりだ。翔は響くんが保護している。作戦はこのまま実行だ」
『りょーかい。じゃ、私は……あら翼ちゃん、良いスピードね。あれなら世界取れるんじゃないかしら?』
 どうやら翼が近くを通り過ぎたらしい。自分の持ち場に現れたノイズを殲滅して、ギガノイズの方へと向かっているようだ。
「了子くんは負傷者の確認、並びに別ルートから目的地へと向かってくれ!」
『はーい、任せなさいな』
 
 最後まで軽めに返して、了子は通信を切った。
 弦十郎は端末をポケットに仕舞いながら、眼下に伸びる立体道路を這いずり進むギガノイズを見下ろす。
 その先を、少年を抱えて疾走する少女の姿を見て、弦十郎は歯痒く思うのだ。
 俺が戦場へと出られれば、あの子達にあんな苦労をさせる事などないのだが……と。
 了子は冗談半分のようなノリで言っていたが、おそらくあの発言は本心なのだろう。「風鳴弦十郎ならRN式を使いこなす事ができる」と。
 だからこそ、弦十郎は苦悩するのだ。自ら戦場に立つのが難しい立場である事に。
 しかし、なればこそ。彼は子供達を支える為、戦士ではなく"司令官"として在り続けるのだ。
「翔……響くん……無事に逃げきってくれ……」
 
 ∮
 
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 両足の鎧から展開されたパワージャッキが、音を立てて地面を削る。
 その反動を利用した跳躍力で、立花はノイズとの距離を広げつつあった。
 あちらは図体がデカい分、脚はとても鈍重だ。一方こちらには、小さい分だけ足の速さに利がある。
 牛の歩みと鼠の走り、くらいの差だ。逃げ切るだけならこれで充分!
 ただ、やはり倒す事が出来ないのが一番の問題だ。合流ポイントまで辿り着いても、こいつを倒せていなければ叔父さんのヘリは撃墜されるだろう。
 引き離すにしても、距離を考えなくてはならない。
 姉さんが追い付けるように、一定の速度を保っていなくてはならないのだ。
「立花、分かっているな?」
「引き離し過ぎないように、だよね?難しいけど分かってる!」
「なら、このまま速度を保って……」
 
 そう言いかけた瞬間だった。頭上に複数の敵影が現れる。
 ぎょっとして見上げると……嫌な予感は当たっていた。
「不味い!立花上だ!」
「えっ!?うそおおおおおおお!?」
 左にステップを踏んで落下してきた敵を避け、バックステップで後退する。
 見回せば、周囲はあっという間に空から降ってきたノイズの群れに囲まれてしまっていた。
「ノイズがこんなに!?一体どこから……」
「ギガノイズからだ……。あいつ、小さいのを吐き出す能力あるから一番厄介なんだよ!」
「えええ!?じゃあ、私達絶賛大ピンチ!?」
「袋の鼠だな。こりゃあ逃げられそうにないぞ……」
 周囲を完全に取り囲まれた。これでは逃げ場がない。
 跳躍して、上から包囲網を超える手も考えたが、見上げればギガノイズの頭がある。どうやらそれも無理そうだ。
 かといって、側壁を壊して下に降りれば道路の下にある民家を巻き込みかねない。
 ここで全て倒す他に道はないらしい……。
 
「わかった……。翔くん、そこを動かないで」
「立花、お前……」
 俺を地面に降ろすと、立花は俺を庇うようにノイズ達の前へと立ち塞がった。
 立花のやつ……こいつら全員相手にするつもりか!
「翔くんは私が守る。何があっても、絶対に!うおおおおりゃあああああ!!」
 そう言うと、立花は眼前に立ち塞がるノイズの群れに向かって行った。
 拙い構えで、素人丸出しの拳で、彼女は俺を守る為に前へと踏み出した。
 
 ∮
 
 見えた。あそこだ。
 眼前にようやくギガノイズの姿が近付く。
 このまま走り続ければ、1分足らずで奴の背後を狙う事が出来るだろう。
 先程、ギガノイズの動きが止まり、司令から連絡があった。
 翔と立花がノイズに囲まれて動けないらしい。
「まったく、素人の分際で戦場
いくさば
に立つからこうなるのだ!」
 口ではそう言ってしまう反面、同時に自らの不得を悔いる。
 もっと早く、先程のノイズ達を殲滅出来ていれば。もっと私自身が強ければ。
 そうであればと願う度、胸が締め付けられていく。
「待っていろ二人とも、今すぐそちらに……」
 
 その時だった。背後より紫電が迸る音が聞こえ、横へと飛ぶ。
 次の瞬間、巨大なエネルギー球が、一瞬前まで私が居た場所を通り過ぎ、前方の地面を抉り爆発した。
「お仲間の所へは行かせてやんねーぞ?」
「何奴!?」
 振り返ると、そこには一人の少女の姿があった。
 少女が身に纏っているのは、全身を細かい鱗状のパーツで形成され、肩部には何本もの紫色の刺が並んだ銀色の鎧。
 バイザー状の奥に見える銀髪の少女を私は知らないが、鎧の方は知っている。忘れる筈がない、その鎧は!
「ネフシュタンの鎧、だと!?」
「へえ、アンタこの鎧の出自を知ってんだ」
「2年前、私の不始末で奪われたものを忘れるものか。何より、私の不手際で奪われた命を忘れるものか!!」
鎧の少女はそれを聞くと、好戦的な笑みを浮かべた。
「あたしの役割はアンタの足止めだ。ま、手加減は出来ねぇから倒しちまうかもしれねぇが、悪く思うなよ?」
 鎧の少女は肩部から伸びる鎖状の鞭を手に、挑発じみた笑みを向けて構えた。
「貴様が何者かは知らぬが、邪魔立てするなら容赦はしない!」
「しゃらくせぇ!やれるもんならやってみな!」
 
 翼が翔と響の元へと辿り着かない理由が、一人の少女による襲撃だということを、この時の二人は知る由もなかった。
 
 ∮
 
「せりゃああああ!!」
 振りかぶった拳が躱される。よろけた瞬間、クロールノイズの体当たりで体が右に吹き飛んだ。
 流石に数が多過ぎる。素人の私じゃ、この数は捌ききれないどころか、まともに相手をすることもできない。
「でも、まだ諦めない……!私が戦わなきゃ!」
 両脚に力を込め、もう一度立ち上がる。
 目の前のノイズに拳を出そうとしたその時、頭上から迫る影に顔を上げる。
「立花!上だ!」
 次の瞬間、3体の鳥っぽいノイズがドリルみたいな形になって、私目掛けて突撃した。
「うわあああああああああああ!!」
「立花!!」
 衝撃に吹き飛ばされ、何回も地面を転がって倒れる。
 もう何回目かの繰り返しだった。何度か翔くんが、殴り方のアドバイスだったり、何処からノイズが来てるかを教えてくれたりと指示を飛ばしてくれたから大分戦えたけど、私の身体が追い付いていなかった。
 でも……私は、まだ……諦めない。
 翼さんが来てくれるまで、負けられない……!
 何とかしなくちゃ……なんとか、しなくちゃ……。
 
 うう、脚がフラフラする。身体が重くて、目の前がぼやけて揺れている。
 何回も吹き飛ばされてる内に、私の心はまだ負けてないのに、身体の方は先に疲れちゃったんだ。
「大丈夫……まだ、私……」
 お願い……動いて私の身体……!
 ここで私が倒れちゃったら、翔くんが死んじゃう!
 私はまだ諦めたくない!だから……。
「この任務を終わらせて……お好み焼き、食べに行くんだから……!」
 だから……お願い、誰か……。
 
 立花はフラフラになりながら、また立ち上がる。
 もう体力はとっくに限界を迎えているはずなのに、まだ諦めない。
 それはきっと、彼女の根底にある「人助け」の精神に彼女が支えられているから。
 ここで諦めれば、俺の命は助からない。だから姉さんが来るまでは一人で戦い続ける。
 立花の意思は本物だ。優しさと強さを兼ね備えた、気高い意思がそこにある。
 だが、それでもこれ以上、彼女を一人きりで戦わせては行けない。
 このままでは俺より先に、立花が死んでしまう!
「……お前の力は、どうすりゃ引き出せるんだ……?」
 腕のブレスレットを見つめ、誰にともなくそう呟く。
 時間が経って、精神的疲労も大分マシになった。今ならもう一度、RN式を展開する事が出来るかもしれない。
 短い間だが、時間を稼ぐ事くらいならできる。しかし、問題はその後どうするかだ。
 
 策を考えるけど、人が足りない。せめてあと一人必要になる。
 せめて俺がシンフォギア装者であれば……。そう思いたくなるくらいに、この状況は詰んでいた。
 左手に握り締めた生弓矢を見る。聖遺物は何も語らない。ただ、朽ちかけたその身を晒すのみだ。
「俺の歌でも起動するならいくらでも歌ってやる……。だから、頼む……この状況を打開する方法を……」
 
「あ……」
 その耳に聞こえてきたのは、絶望の色を含んだ一言だった。
 咄嗟に立花の方を見ると、その目の前には両手がアイロン状ではなく、刃の形をしたヒューマノイドノイズが立っていた。
 既にその手は振り上げられており、次の瞬間にはギロチンのように振り下ろされるだろう。
 立花はもう体力が限界を迎えている。へたり込みながら、その口から出た言葉に絶望が混じっているのは、避けられない事を実感したから。
 背中越しだから見えないが、今の彼女の表情はこれまでに見たことも無いほど、絶望の色に染まっていっているのを感じた。
 
 その姿が、2年前のあの日と重なる。
 あの時、俺は立花に手を伸ばすことが出来なかった。
 掴めたはずの手を取る事が出来ず、以来ずっと後悔し続けてきた。
 あの日をやり直せたならどんなにいいか。そう願っては何度も自分を責め続けたあの頃は、俺の心を蝕み続けた闇そのものだと言える。
 
 でも、今の俺は──あの日の弱い()じゃない!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 次の瞬間、立花の前に躍り出ると俺は迷わず彼女を庇った。
「翔くん!!」
 両腕を広げて彼女を庇った俺の肩から、刃は袈裟懸けに振り降ろされた。
 その箇所から俺の体は炭になり始める。こうなる事は分かっていたはずなのに、俺は迷わず飛び出していたのだ。
 
 ……時間が、ゆっくりと流れていく。今だけスローモーションになったかのようだ。
 
 切り口から感覚が消え、それが広がっていく。自分の体が炭にされる感触って、意外と痛くはないんだなと何故か納得して苦笑いする。
 
 あーあ。RN式、結局あんまり役に立たなかったな……。
 
 左腕に嵌められたブレスレットに目をやると、それは相変わらず鈍く輝くだけだった。
 
 こういうのは土壇場で一番活躍してくれないと……なんて、映画の見すぎだと言われても仕方が無いことを思う。
 
 再展開の見込みは五分五分。命を賭けるにしては不十分だと分かっていたのに、俺はどうして立花を庇う事が出来たのだろうか?
 
 ふと浮かんだ疑問への答えは、意外とあっさり出た。
 
 ああ、なんだ。そんなもの、愚問でしかないじゃないか。
 
 これは罪滅ぼしでも、後悔からの自殺衝動でもない。
 
 人類全てが持っている無償の対価。
 
 形、呼び方は多々あれど、これはそれら全ての根底に根ざしたモノ。
 
 全ての奇跡の種にして、この世界を回すもの。
 
 この瞬間、俺を突き動かした理屈のない衝動。
 
 それは─── “愛”だ。
 
 
 


 
 
 
 
 
 次の瞬間、胸の奥に何かが浮かぶ。
 ゆっくりと炭の塊へと変わっていく心臓の奥から何かが溢れ出して、左手の中に握った鉄塊が熱くなった。
 衝動が、身体中を駆け巡る。
 左手の中から、とても強い力が伝わって来る。
 その時、俺の頭に浮かんだのはついこの前、了子さんに見せてもらった立花のメディカルチェックの結果と、立花がシンフォギア装者へと至った理由。そして、この手に握る神話の遺物が司る伝説だった。
 
「生弓矢……俺に……彼女を守る力を!!」
 
 胸に突き刺したそれは、身体を内側から焼き尽くすほどに熱く、目を瞑りたくなるくらいに光り輝いていた。
「うっ……ぐっ、がっ……ああああああああぁぁぁああああああ!!」
 痛みを超えて広がる熱と、身体中へと広がる力の波紋。
 炭素分解され、感覚を失っていた器官さえもがそれを感じていた。
 やがて、鏃は先端から尾っぽの先まで全てが吸い込まれていく。
 胸の奥に異物が入り込んだ違和感は、一瞬で掻き消された。
 代わりに、この胸の奥から届いたのは……一節のフレーズだった。
 
「──Toryufrce(トゥリューファース) Ikuyumiya(イクユミヤ) haiya(ハイヤァー) torn(トロン)──」
 
 衝動のままにそのフレーズを口にした次の瞬間、身体の内側を突き破る程の力が溢れ出す。
 刹那の中で、俺の意識を塗り潰せんとする強い力。ドス黒い破壊の衝動。
 同時に、この身体を骨の一本に至るまで焼き付くそうかという熱と、細胞の一片までをも侵食していくかのような激しい痛みを伴うその力は、向かう方向も知らずに走り続ける暴れ馬のように駆け抜ける。
 
 負けない……聖遺物の力に負けてたまるものか!
 
 立花は諦めなかったんだ……だから俺も、諦めない!!
 
 心の中で叫んだ直後、力に流されるばかりだった身体を何かが覆う。
 まるで、止めどなく溢れ出す力を抑え込むかのように。力を力で捩じ伏せるのではなく、優しく包み込むように広がっていくそれは両手に、両腕に、両肩に、両脚に、腰に。
 胸から背中に、脚はつま先から足裏まで。
 そして最後に頭を。顔を両側から包み込むような感触があり、最後には全身を包んでいた光が弾ける。
 その時にはもう、全身に広がった熱も痛みも消えていた。
 
『ノイズとは異なる高エネルギー反応を検知!』
『これは……アウフヴァッヘン波形!?ネフシュタンの反応に続き、新たな聖遺物の反応です!』
「なんだとぉ!?」
 困惑するオペレーター達に、弦十郎も驚きの余りヘリから身を乗り出す。
 翼の前に現れたネフシュタンの鎧の少女。今すぐにでも出向きたいが、作戦行動中に指揮官が動くわけにはいかず、空から静観するしかなかった弦十郎。
 手間取っている翼に痺れを切らし、もはや出撃もやむなしかと思っていたその矢先だった。
 翔と響を襲っているギガノイズの足元から、強烈な光が迸ったのだ。
 弦十郎だけではない。戦っていた翼と鎧の少女も、その光に目を奪われる。
「なんだ……あの光は!?」
「んだよアレ、あたしは何も聞いてないぞ!?」
 その場にいる者全てが困惑する中、本部のモニターに表示された照合結果に、弦十郎は再び驚きの声を上げた。
生弓矢(イクユミヤ)、だとぉ!?」
 

 
「聖遺物、生弓矢。それは生命を司り、地に眠る死人さえ黄泉帰らせる力を持つ聖遺物……」
その女は、誰にともなくそう呟いた。
一人ビルの上に立ち、眼下の光景を傍観する彼女の金髪が風に揺れる。
サングラスの下の彼女の表情を知るものは、誰もいない。
ただ、女は目の前の喧騒をただ笑って観測するのみである。
「奪った後で、米国政府との交渉材料にするつもりだったけど……やっぱり、何が起きるか分からないものね。まさか、こんな予想外の結果をもたらすなんて」
女の見つめる先。迸る光の中で、その予想外そのものである彼は生まれ変わる。
女は卵が孵るのを待つように、ただその光景を見守り続けていた。
 

 
「翔、くん……?」
 あまりにも一瞬の出来事に、何があったのか理解が追いつかず、思わず固まってしまった。
 目の前に広がる青白い光がゆっくりと弱まり、やがて一つの人影が姿を現した。
 ついさっき、私を庇ってノイズに殺されるはずだった人。
 その直後、自分の胸に鏃を突き刺したはずの男の子。
 人影は自らの死因になるはずだったノイズを一撃の拳で粉砕し、こちらを振り返った。
「立花……大丈夫か?」
 差し伸べられた手には、私や翼さんと同じ黒いグローブ。
 向けられた表情はとても優しげで、その声からも私の事を気遣ってくれているのが伝わった。
 さっきと変わったのは、彼の全身を覆う装束……私や翼さんのものと少し似たそれが彼の身体を包んでいた。
 両耳にはヘッドフォンのようなパーツ。両腕や両脚、身体全体を包み込むように……あるいは、まるで内側から溢れ出しそうな何かを抑え込むように、装束の上からは陽光に鈍く光る灰色の鎧が全身を覆っている。
 胸の中心には、まるで下向きにした弓のような形をしたクリスタルが、透き通る様な赤を放っていた。
 
 聞きたいことは山ほどある。言いたいことも沢山ある。周りはノイズだらけで、今はやるべき事が残っている。
 でも、私の口から何よりも先に出た言葉はただ一言。
「もうへいき……へっちゃらだよ」
 頬を伝う熱い雫はとっくに、流れる理由を変えていた。
 
 

 
後書き
1日に2回も主人公が死にかけるハードスケジュール。誰だこんな展開用意したの!
俺か。俺だったわ。
しかし翔くんも翔くんで、二日連続で響を泣かせてる中々罪な男ですね。
今回泣かせた理由は目の前で一度死んでるからですけど。

ちなみに翔くんのRN式イクユミヤギアがこちらになります。

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翔「ようやくか~」
響「ようやくだね~」
翔「特別編除いて15話目、結構かかったな」
響「私でもここまで長くかからなかったよ?」
翔「そりゃ主人公だし、でもライブから2年はかかって……」
響「12話目、最終回でようやく変身シーンお披露目だったんだけど……」
翔「何処の世界線の話をしている!早くクーリングオフしろ!」
響「悪質契約には気を付けよう!」
翔「もう何も怖くないな、このコーナー……」

次回、遂に活躍!装者翔くん!

生弓矢(イクユミヤ):立花響が配属されて数日後、日本で発掘されたばかりの第4号聖遺物。日本神話にて、須佐之男命(スサノオノミコト)が持っていたとされる三種の神器の一つ。生命の宿る弓矢であり、地に眠る死人さえ甦らせる力があるとされている。
残る神器である生太刀(イクタチ)天詔琴(アメノノリゴト)は残っていなかったと報告されているが……?

RN式回天特機装束①:シンフォギアシステムの試作品。性別を問わず、フォニックゲインの代わりに使用者の精神力で聖遺物の力を引き出すために開発されたが、その燃費の悪さは開発者の了子でさえガラクタ以下と評価する欠陥品。現在改良が進んでいるものの、やはり使用者の精神力に性能を大きく左右される点だけは変えられないらしい。
しかし数秒と言えどノイズから身を守る事は出来るため、護身用であり最終手段として翔に貸し与えられる。
訓練されたレンジャー部隊でさえ数秒しか持たなかった所をなんとか3分も保たせたものの、翔の精神力は大幅に削られ、ノイズに襲われる隙を生ませてしまった。
この一件により、実戦投入は更に先送りにされるかと思われていたが……。
 

 

第15節「勇者の称号」

 
前書き
絶賛された前回の続きって事で、いつもの二倍は頑張って書いたんだよなぁこの回。
翔くんをかっこいいと思ってもらえたり、原作キャラが原作らしいって言われてたり、生弓矢でレクイエムるシーンに驚かされたりしているってのは書いてる身としてとても嬉しいです。これからも「響き交わる伴装者」をよろしくお願いします!

さて、生弓矢ギアの性能をご覧あれ!
それから今回はサブタイにも注目してもらいたいですね。以前の回のサブタイを遡り、気付いてもらいたいものです。
それではどうぞ、お楽しみください。
 

 
「まさか、本当に成功するなんてな……」
 自分の身体に装着された装束を見ながら、翔はそう言った。
 胸に突き刺した生弓矢は、彼の予想通りの結果を発現した。いや、予想はしていたが成功するかは五分五分だった、と言うべきか。
 自らの五体と、胸に浮き上がった赤いクリスタル。そして、身体に漲る力から、翔は確信する。
 自分は今、このRN式回天特機装束……シンフォギアtype-Pの装者になったのだと。
 それが分かれば、やる事は一つだ。
 周囲を見回し、再びこちらを向いて迫るノイズ達を見据えると、彼は構える。
 今度は彼が、へたり込んだ立花響を庇う側としてそこに立っていた。

「立花、下がっていろ。今度は俺が戦う」
「う、うん」
 力強く拳を握ると、翔は眼前のノイズへと向けて拳を真っ直ぐに突き出した。
「ハッ!!」
 拳が当たった瞬間、ノイズの身体が土人形のように崩れ落ちる。
 先程までのRN式とは、威力が桁違いだった。拳ひとつでノイズを粉砕する力、それは紛れもなくFG式回天特機装束……現行のシンフォギアと大差がない。
「フッ!セイッ!」
 続けて右から迫って来たヒューマノイドノイズに左拳を突き出し、反対側から迫るクロールノイズにはそのまま肘鉄を食らわせる。

キュルルピッ!キュピッ!

 頭上からの鳴き声と風を切る音に顔を上げると、鳥型個体(フライトノイズ)が数体、狙いを定めているところだった。
「空か……。さて、どうするか……」
 跳躍して叩き落とす……いや、それでは効率が悪い上に背後からの奇襲を避けられない。
 ならば地上から何かを投擲して落とす……位相差障壁に阻まれるな。
 せめて飛び道具でもあれば……。そう考えた刹那、両腕に力が集まる感覚があった。
 両腕を見ると、腕を覆う手甲の側面には小型の刃のような突起物。
 手甲に意識を集中させると、その刃は熱く輝き始めた。
「これを……ハァッ!!」
 両手で手刀の構えを取り、それぞれ交互に横へ払う。
 刃は空を切り、三日月形の光の刃がフライトノイズへと向けて放たれた。
 フライトノイズらは光の刃によって真っ二つに切断され、消滅した。
「なるほど、こいつはこう使うのか」
 そのまま数回、同じ動作を何度も続ける。
 光の刃は次々とフライトノイズを切り裂き、あっという間に全滅させた。

キュピ!キュルルキュピッ!

 だが、ギガノイズが更にノイズを追加する。さっきのノイズ達もまだ片付いていないのに、ここで追加しやがって!
「なら、こっちもアームドギアで対抗してやるさ!」
 両腕から、こんどは両手の掌に力を集中させる。
 使用者の心象が聖遺物に反映された武器、それがアームドギアだ。
 果たして俺の心象は、生弓矢をどんな武器へとアレンジするのか……。
 両手の中に宿った光は、やがて形を得て実体化した。

 この手に出現した武器は、身の丈近くの大きさを誇る大弓だった。
 弓束(ゆづか)を握った瞬間、灰色の縁取りが青く変化し、右手には光をそのまま矢の形にしたようなエネルギー体が出現した。
 ギガノイズの頭部のド真ん中へと狙いを定め、弓に矢をつがえる。
 弦が張り詰め、矢を的へと飛ばすのに必要な力が集まる瞬間に右手を離した。
 ヒュッ、という風を縫う音の直後、ギガノイズの頭部が吹き飛ぶ。吹き飛んだ頭部から順にその巨体は炭化し、崩れ始めた。
「ギガノイズを一撃か。荒魂を鎮めたその力、伊達じゃないらしいな!」
 そのまますぐ近くに居たノイズを次の的を定め、矢を放つ。
 一体、また一体。正確に的を射抜き、一体を貫けばその後方の何体かが連鎖するように貫かれる。
 どこまでも真っ直ぐに、その矢は飛んで行った。
「だが、まどろっこしい!並んだ敵を一掃出来る貫通力は確かに強いけど、近場の雑魚相手にする時に使う武器じゃないな!」
 引っ込めて再び格闘戦に持ち込むかと迷った瞬間、脳裏に何かのイメージが浮かぶ。
 弓とは違う、二つの器物。共に語られし三位一体の聖遺物。その真の姿を、胸の鏃は示していた。
「まさか……!?」
 弓束を確認すると、人差し指部分にトリガーが存在する。
 脳裏に浮かんだイメージを信じ、トリガーを引くと弓を構成する上下2つのブレードパーツが分割され、2本の剣へと変わった。
 残った大弓のパーツはそのまま光に戻り、手甲の中へと戻っていく。
「次はこいつだ!()()()!」
 柄を握った瞬間、縁取りを赤く変色させた2本の剣を構え、ヒューマノイドノイズを斬り伏せる。
 姉さんのアームドギアと比べて半分ほどの長さの剣が2本。次々とノイズを屠っては、空間に鮮やかな赤い軌跡を描いていく。
 しかし、ここまでやってもまだノイズは残っていた。ギガノイズめ、雑魚を残せるだけ残していきやがって……。

「翔くん!危ない!」
「ッ!?」
 背後に迫るクロールノイズ。振り返ろうとした瞬間、飛び込んで来たのはオレンジ色の弾丸。
 咄嗟に飛び出した立花が、クロールノイズを殴り飛ばしていた。
「大丈夫!?」
「……ちょうど猫の手でも借りたいと思っていた所だ。立花、手を貸してくれるか?」
 そう言うと、立花は軽く笑って答えた。
「もちろん!私の手で誰かを助けられるなら、いくらでも!」
「なら、遠慮なく借りるとしよう。背中は任せるぞ!」
「じゃあ翔くんも、私の背中をよろしくね!」
 互いに背を向け合い、目の前の敵だけを見据える。
 伸ばした手を取るだけじゃなくて、今度は互いに手を貸せる……か。
 どうやら、俺の手はようやく彼女に届いたらしい。これ以上に喜ばしい事があるだろうか?
 であればこの喜び、表さない他に手はない筈だ。
 浮かんだイメージの最後の1つ、恐らく最もシンフォギアに向いている形態のアームドギアを起動させた。

 ∮

「どうなっているのだ!?」
 ヘリから翔の戦いを見守る弦十郎は、翔のアームドギアが三種類の形状へと変化する事に驚いていた。本部の2人もまた、映像と音声を頼りに状況を整理する。
『最初は弓、次は剣、そして今度は弦楽器……』
『もしかして、翔くんが纏っているシンフォギアには生弓矢だけじゃなくて、生太刀(イクタチ)天詔琴(アメノノリゴト)の力も宿しているんじゃないでしょうか!?』
「三つの聖遺物の力を宿しているだとぉ!?しかし、そんな事が……」
『それがどうも違うみたいよん?』
「了子くん?違う、とは一体……?」
 了子からの通信が割り込み、弦十郎は疑問符を浮かべて彼女に問いかける。
『それがね、そもそも私達の認識が間違ってるみたいなのよ』
「どういうことだ?」
『出雲三種の神器は()()()()とは伝わっているけれど、()()()()1()()()()だなんて記述はどこにもないわ』
『それってまさか、遺跡から生太刀と天詔琴が発見されなかったのは……』
 友里の言葉を次ぐように、了子はハッキリと宣言した。
『1つで聖遺物3つ分の機能を有する、可変型聖遺物。それがあの三種の神器の正体よ』
「1つで3つ分の聖遺物……だと……!?」
 死者をも甦らせる弓矢と、生命の力を司る剣。そして神への祈りを捧げる琴。それらが元々は、1つの聖遺物だった。
 弦十郎の一言は、その場にいる誰もの言葉を代弁していた。

 ∮

「鳴り響け、天詔琴(アメノノリゴト)!」
 先程、手甲の中へと収納されたアームドギアが左腕に出現する。
 弓束の部分を上に向け、弓状態で使用していた時とは逆さに持って顎を乗せる。今度は枠の色が黄色に変わった。
 琴という名前だが、どちらかと言えば電子バイオリン「MULTI」に近い形状をしているのは、俺の心象が影響しているのだろうか?
 まあ、バイオリンも日本に伝わった頃は提琴(ていきん)と呼ばれていたらしいから、間違ってはいないと思うのだが。
「それでは1曲、ご傾聴」
 2本の剣を合わせると一瞬で可変し、一本の細長い(きゅう)へと形を変える。戦場(いくさば)にて装者の歌を伴奏する俺は、さしずめ伴奏者ならぬ"伴装者"といったところだろう。
 鎮魂歌の演目は、そうだな……では、今背中を預ける太陽の如き少女の歌を、この手で盛り上げると致そうか。
 指を弦に添え、弓を構えて弦へと触れさせる。雑音を消し去り誰かを救う、災厄への鎮魂歌(レクイエム)が幕を開けた。

「翔くん、この曲って!?」
 翔くんの方から聴こえてきた旋律に驚いて振り返ると、翔くんのアームドギアはまるでバイオリンのような姿に形を変えていて、翔くんがそれを突然演奏し始めた事にもう一度驚かされた。
 しかも、翔くんが弾いているのはなんと、いつもガングニールを纏っている時、私の心の中から響いてくる歌の前奏だ。この何秒かの間に3回も驚かされちゃうなんて、私の寿命は何年縮んだんだろうか。
 私が驚いて振り返っている事に気付いた翔くんは、バイオリンを弾く手を止めること無く、ただ楽しげに笑いながら答えた。
「歌え立花!心の歌を!」
 その言葉と、その表情はとても自信に満ちていた。
 私達ならやれる、と。このノイズ達を倒せると、疑いもせず信じているのが伝わる。
 そんな翔くんを見ていると、私もそんな気がしてきた。
 行ける!私達二人が力を合わせれば、乗り越えられる!
 さっき戦っている途中に貰ったアドバイスを思い出し、拳に力を込めて構える。
 もうさっきまでの不安も、恐怖も、何処かへと飛んで行ってすっかり消えてなくなっていた。
「分かった!最後まで聞いてて、私の歌!」

「絶対に離さない、この繋いだ手は!」
 飛び掛ってきたクロールノイズに、真っ直ぐ拳を突き出す。
 突進の勢いで拳を避けられないクロールノイズは、そのまま炭になって四散した。
「こんなにほら温かいんだ、人の作る温もりは!」
 左から迫って来ているヒューマノイドノイズを、右脚で蹴りつける。
 地面に脚が付いた瞬間、背後から飛んで来たフライトノイズを、右足を軸に身体を反転させて躱し、フライトノイズに続いて迫っていたもう一体に、もう一度右手を突き出して殴り付ける。
 難しい言葉を使わず、素早く丁寧なアドバイスをしてくれた翔くんのお陰で、ちゃんと戦えている。
 さっきまでヘトヘトだったはずの体に力が漲るのは、きっと翔くんの演奏が私に力を与えてくれているから。細かい理屈はわからないけれど、今、分かるのは私の歌とこの全身で感じている旋律が……私の心と、翔くんの心が強く共鳴しているのは確かだって事!それだけで充分だ!
 ぐっと漲っていく力と、止めどなく溢れていくこの思い。繋がり合う音と音が生み出すエナジーが今、2倍でも10倍でもなく、100万倍のパワーで爆発する!!
 さあ、ぶっ飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!

「解放全開!イっちゃえHeartのゼンブで!」
「進む事以外、答えなんてあるわけが無い!」
 静かに演奏に徹するつもりだったが、立花の歌声を聴き、この旋律に込める感情が昂って来ると、どうにも黙っているだけではいられなくなった俺は、遂に立花の声に合わせて斉唱(ユニゾン)し始めた。
 今俺が奏でているのがただの音楽ではなく、確かな力を持つ曲だというのは肌で感じていた。
 根拠は弦を弾くとその音で、妨害しに近付いてきたノイズが微塵切りになる所だけじゃない。一音一音が風に波紋を作る度、全身が何かに震えるからだ。
 無論それは恐怖を初めとしたマイナスな感情ではなく、とても暖かいプラスの感情。
 これは……そう、生きる事への喜び。生命への感謝を天へと捧げる天詔琴が奏でる音は、聴く者の心を高揚させるのだと見つけたり。
 では、最後まで奏でようか。この心が叫ぶ限り!帰るべき場所へと辿り着く為に!
 二人の、全身全霊の思いを込めたこの歌を!!

「「響け!胸の鼓動、未来の先へぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」

 ∮

「チッ!今日の所はここで引き上げてやる!覚えとけ、勝ちは預けただけだかんな!!」
 翔と立花のいた地点でギガノイズが崩れ落ち、更には強い烈帛音が響き渡り始めて、しばらく経った。
 一際大きな烈帛音が鳴り響くのを聞くと、鎧の少女は身を翻して立体道路を飛び降りた。
「待て!まだ決着は!」
「あばよへちゃむくれ!次はその顔、地面に叩きつけてやっからな!」
 最後まで挑発的な捨て台詞を残し、鎧の少女は撤退して行った。
 追いかけようと側壁に登ったが、既に少女は雲隠れしてしまっていた。
「ネフシュタンの鎧を着た少女……一体何者なのだ……」
 深追いするのを諦め振り返ると、烈帛音は止んでいた。
 まさかとは思うが、立花があのノイズ達を……?
 いや待て、逆の可能性だって……その割には妙に静かだ。それに、先程まで立花の歌も聞こえていた。
 何にせよ、まずは現場を確かめなくては……翔、立花、無事でいてくれ!

「翔!立花!無事か!!」
 と、全速力で角を曲がり駆け付けた私の目に入って来たのは……。

「「イエーイ!!」」
 見た事も無い新たなシンフォギアを纏う弟と、辺り一面に散らばる炭の山。
 そして、満面の笑顔で弟と2人ハイタッチを交わす立花の姿だった。
「やったね翔くん!私達勝ったよ!」
「ああ、よくやった立花!君のお陰だ」
「ううん、翔くんが助けてくれたから、私も頑張れたんだよ。ありがとう」
「そ、そう言われると……なんだか照れ臭いな」
 あまりにも多過ぎる情報量に頭が追いつかず、私の中に困惑が訪れる。
 何がどうなってこうなっている!?何故、翔がシンフォギアを?どうやってあの数のノイズを?
 それに何より……お前達2人、前から思っていたが距離が近くないか!?
「……これは一体……」
「あ、姉さん!」
「翼さん!見てくださいよこれ!このノイズ、実は私達が……」
「これは一体どういうことなんだ!?誰か……説明してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「ね、姉さーーーーん!?」
「つ、翼さーーーーん!?」

 情報量の暴力に思考回路がオーバーヒートした翼は、ようやく日が出てきた空へ向かって力の限りに叫ぶのだった。
 彼女がようやく落ち着いたのは、ヘリから降りてきた弦十郎達と合流し、聖遺物研究施設へと向かう途中の車の中だったという。 
 

 
後書き
ようやく一区切り、ですかね。次回はふらわーでゆっくりしてもらいます。

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アームドギアはこんな感じ。楽器モード用に本体もう一個描くのが面倒で(きゅう)だけになってるのは是非もないと思ってください。

翔「姉さん、大丈夫か?」
翼「ああ……。すまない、どうも根を詰め過ぎたらしい」
翔「気を張りつめ過ぎると体に障るよ?もっと肩の力抜かないと」
翼「剣は疲れたりなどしない!」
翔「そういう防人根性はいいから。今日はゆっくり休むといいよ」
翼「……そう、だな。このままでは奏にも心配されてしまう。今日は1日休むとしよう」
翔「よかった。ああ、ところで実は姉さんに報告があるんだけど……」
翼「報告?何のだ?」
翔「俺達!」
響「私達!」
翼「立花!?」
翔・響「「付き合う事になりました!」」
翼「やっぱりお前達そういう仲だったのか!!」
翔「うぉっ!?ビックリした!?姉さん、大丈夫か?」
翼「ん?……なんだ、夢か」
翔「どんな夢見てたんだよ……珍しくデカい寝言なんて口にして」
翼「いや、なんでも……」
翔「疲れてるんでしょ?今日はもう、ゆっくり休むといいよ」
翼「そうだな……。私も疲れて……ん?この流れさっきも……もしや無限ループ!?」
翔「姉さん、本格的に疲れてるのかな……」

RN式回天特機装束②:翔がノイズによって炭素分解される瞬間、RN式は保護膜を展開する程の出力こそ発揮出来ていなかったものの、その性能の根幹……使用者の精神力によって聖遺物の力を引き出す機能そのものは、僅かながらに発動していた。
それが炭素分解の瞬間、翔の精神が一時的とはいえ“ある強い感情”によって補強された事で、RN式は生弓矢の鏃を起動させるに至り、更に翔が生弓矢の鏃を自らの体内に取り込む事で融合症例となるきっかけを作った。
現在のRN式は、暴れ馬の如き聖遺物の力を抑え込み、擬似シンフォギアとして制御する役割を担っている。
融合症例としての、融合した聖遺物から引き出される強力な力を、RN式の保護膜で覆う事で、生弓矢のシンフォギアはその形を成しているとも言えるだろう。
融合症例第1号、立花響に続く希少なケースに様々な偶然が重なり生まれた融合症例第2号。それが現在の風鳴翔である。
ちなみに翔本人曰く、起動した鏃を胸に突き刺す事で融合症例になれるかの個人的見込みは五分五分で、融合症例になれなくても生弓矢の力で炭素分解の影響をリセットするくらいは出来ただろう、との事。 

 

第16節「任務の後は美味しいご飯」

 
前書き
祝!日間ランキング84位!

ハーメルンで書き始めて以来、初めてのランキング入りに奇声あげてガッツポーズしてましたw
あと評価グラフが遂に推し色に染まり、いよいよ筆がノリに乗ること杉田節全開のウェル博士の如くです!
これもひとえにこの作品を読んで下さり、応援してくださる読者の皆さんのお陰です。本当にありがとうございます!
推薦文を書いてくれた熊さん、こちらから入って原作に興味を持ってくださった皐月の王さん、非ユーザーなのに毎回読みに来てはコメントして下さるクエさん、そして毎回コメントして下さる皆さんと、コメントは殆ど書かないけど無言でお気に入り登録して評価入れてくださった皆さん!!
これからも「響き交わる伴装者」をよろしくお願いします!!

それでは前置きが長くなりましたが、前回は序章の山場ということでバトル続きだったため、箸休めに平和な回を挟ませて頂きます。
今回は、糖文を少し多めに盛ってますので(いつも多いとか言わない←)、翔ひび応援団の皆さんはブラック珈琲の持参、もしくは砂糖を吐くための袋の用意、または全ての甘露を飲み干す覚悟を持ってご覧下さい! 

 
「「はぁー、疲れた……」」
 保管施設から本部へと戻って来た翔と響は、休憩スペースのソファーにぐでっと崩れ落ちた。
 まだ半日しか経っていないのに、疲労は一日中動き回ったくらい溜まっている。
 無理もない。あれだけのノイズから逃げ回り、ハイウェイをその足で全力疾走して、RN式に精神力を削られ、更には2回も死にかけた上にシンフォギアまで纏ったのだ。肉体的疲労よりも、精神的な疲れの方が大きいだろう。
 
 半日の割には随分と濃密なスケジュールを経験した後、翔は了子からメディカルチェックを受けた。
 結果が出るのは明日。身体には特に異常が見られないので、この後はそのまま土曜日を楽しむようにと言われた翔は、こうして響と合流したのだった。
「おつかれ、立花」
「翔くんもお疲れ~」
 互いにソファーで崩れている相手の姿を見て、笑い合う。
 それだけで、身体から疲れが抜けて行く気がした。
「さて、もう昼飯時だな……。立花、まだ動けるだろ?」
「もっちろん!約束したもんね、ふらわーのお好み焼き!」
「よし!道案内は任せるぞ」
 そうやって二人は賑やかに談笑しながら、エレベーターへと向かっていくのだった。
 
 ∮
 
 そんな二人の後を付ける、2つの影があった。
 片方はサングラスで顔を隠したSAKIMORIこと、風鳴翼その人。
 もう一人は諜報部としての仕事ではないため、マネージャーモードで眼鏡をかけているNINJAこと、緒川慎次である。
 それぞれ観葉植物と通路の陰に隠れながら、アイドルとマネージャーは二人の様子を伺っていた。
「翼さん、わざわざこっそり後を付けたりなんてしなくても……」
「いいえ緒川さん。これはもはや任務です。可愛い弟が立花とどんな関係なのか、知るには絶好の機会ではないですか!」
「それはそうですが……どうして直接聞かないんですか?」
「それは、その……」
 口篭る翼に、緒川は理由を察して口にする。
「可愛い弟を取られちゃいそうで寂しいのに、相手が響さんなのが気まずい……ですか?」
「……やっぱり、緒川さんには敵いませんね」
 苦笑する翼に、緒川は微笑みながら返した。
「響さんならきっと、笑って許してくれますよ。それにきっと、彼女も謝りたがっているはずです。いつも通りの風鳴翼として、堂々と接すればいいと思いますよ?」
「いつも通りの私で、ですか……」
「それから、今回ばかりは弟離れしないとダメだと思いますよ。翔くんももう立派な高校生なんですから」
「ゔっ……。こ、これは別にそういう訳では!」
 そうこうしている間に、翔と響はエレベーターに乗ってしまった。
 気付いた翼は緒川と共に、別のエレベーターで地上へと向かうのだった。
 
 ∮
 
「おばちゃーん!こんにちわー!」
「あら響ちゃん。いらっしゃい」
 店に入ると、おばちゃんはいつも通りの優しい笑顔で迎えてくれた。
 私の方を見て、おばちゃんはキョロキョロと誰かを探すように視線を動かした。
「あんまり沢山は食べないけど、美味しそうに食べる響ちゃんを見て楽しそうに笑っているいつものあの子は一緒じゃないのかい?」
「今日はちょっと、未来とは別の用事があったので……」
 そこへ、翔が戸を開けて入店する。
「いらっしゃい。おや、あまり見ない顔だね?」
「これはどうも、初めまして。風鳴翔です、よろしくお願いします」
「風鳴……もしかして、風鳴翼の弟さんか何かかい?」
「はい、翼は俺の姉にあたります」
「へぇ、言われてみるとお姉さんにそっくりねぇ」
 翔くんは戸を閉じると、そのまま私の隣の席に腰を下ろした。
 メニュー表を受け取ると、翔くんは一つずつじっくりとそれらと睨めっこし始める。
「小さい店ながらも、バリエーションに富んでるな……」
「翔くん、注文決まった?」
「立花はオススメとかあるのか?」
「私はね~、やっぱりこれかな」
 翔くんのメニュー表を覗き込み、一番お気に入りのメニューを指さす。
 翔くんはそれを見ると、顎に手を添えて更に考え込む。
 すると、おばちゃんが唐突に呟いた。
「もしかして、響ちゃんの彼氏だったりするのかい?」
「「えっ!?」」
「だってほら、いつもは未来ちゃんと一緒なのに、今日は初めて男の子と一緒に来たわけじゃないか」
「そ、そんなわけないじゃないですかー。翔くんとはただの友達で……ねえ、翔くん?」
「そ、そうだな……。俺と立花は昔同じクラスだった程度の縁で、今週久し振りに会ったくらいですよ……」
 お互いに顔を見合わせて、いやいや、と手を振る。
 でも、どうしてだろう……なんだかちょっとだけ、顔が熱い気がする。
「ふ~ん……まあ、未来ちゃんには内緒にしといてあげるよ」
 そう言うとおばちゃんは、何故かニヤっと笑いながらいつもの様に鉄板の方へと向き直った。
「それで、注文は?」
 おばちゃんに催促され、私達はそれぞれ自分の注文を伝える。
「私はいつもの、キャベツ大盛りで!」
「焼き蕎麦入り、頼みます!」
「はいよ」
 注文を受けたおばちゃんは、直ぐに調理に取り掛かった。
 
 翔くんが私の彼氏かぁ……。
 何でだろ。その一言が頭の中でグルグル回って……胸がとってもドキドキする……。
 
『立花、手を貸してくれるか?』
 
 今朝の、ちょっとかっこよかった翔くんの顔が浮かんで……。
 
『君の手には、奴らを一撃で倒せるだけの……誰かを守る為の力があるんだからな』
 
 頼もしい励ましが響いて……。
 
『だから!せめて俺の前では、自分に素直な立花響で居てくれ……』
 
 昨日の夜の優しい言葉が、胸を温かくしてくれた。
 

もしかして、と胸がざわつく。

 

いや、そんなわけと頭で呟き。

 

でも、きっとと心が囁く。

 

まだ確信はないけれど

 

多分、こんな気持ちになっちゃうのは──

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「立花、皿、来てるぞ」
「え?わっ、もう来てたの!?」
 そんな形のない確信は、耳を擽る君の声と、鼻から広がるソースの香りにかき消された。 
 

 
後書き
これ書くためだけにこの日のお昼にお好み焼きを買いに行ったので、次回はちょっとした食レポ回になっています。

了子「今日の担当は私と弦十郎くんね?」
弦十郎「序盤だから、キャラがまだ少ないんだよな……。ローテーションのパターンはそこそこあるから、心配はしないでほしい」
了子「それにしても翔くんと響ちゃん、なーんでデートって自覚がないのかしら」
弦十郎「若さ……いや純粋さか?どちらにせよ、二人ともそういった経験がない事に、相手を恋愛対象として意識してない事が輪をかけているんだろう」
了子「若いっていいわね~」
弦十郎「翼もいい相手を見つけられるといいんだが……」
了子「ところで弦十郎くん、二課の内部であの二人の見守り隊が発足されそうになってるんだけど、知ってたかしら?」
弦十郎「ああ。耳にしているが……」
了子「弦十郎くん、名誉会長枠に名前載せられそうになってるわよ」
弦十郎「なん……だと……!?」
(黒服を初めとした職員達の足音)
了子「ちなみに私が隊長枠、副隊長枠は緒川くんらしいわよん♪」
弦十郎「了子くん君が犯人かぁぁぁぁぁぁ!!」

Toryufrce Ikuyumiya haiya torn.:そのタイトルは、掴み離さぬための飛翔。少年は、ようやく掴んだその手を二度と離さず飛び続ける。
 

 

第17節「笑顔で囲む食卓」

 
前書き
初めての食レポ!即ち初めて書いた飯テロ回!
あと前回から分割した糖文の残り半分を食らえぇい! 

 
 油が敷かれた鉄板の上に広がる生地が、ジュワッと音を立てる。
 その上からは、さっきまで鉄板の上に広げられたのは何だったのかと疑問になるほどに大盛りのキャベツがドサッと盛られ、そこへ更に生地を垂らす。
 音を立て始めた土台がモクモクと湯気を上げ始め、ゆっくりと固まっていく。
 小山のように盛られたキャベツと睨めっこすること暫く。その間に店主のおばさんは、立花の分のお好み焼きを作り始める。注文通り、こちらもキャベツ大盛りで。
 
 パチパチと弾けていた油の音が、少しずつ静かになっていく。
 漂い始める焼きたての生地の匂いに腹の中の獣が唸り声を上げるが、まだだ、まだだぞと言い聞かせる。気持ちは分かるが、もう暫く待たなくてはならない。
 やがて、2つのヘラが底面の両端に差し込まれ、キャベツの山が綺麗にひっくり返される。
 返しながら先程まで焼いていた生地を移動させ、油を敷き直すとそこへ麺と、生卵を落として火にかける。
 黄身を潰され広がった卵の上に、ソースで味付けされた麺の塊を。その更に上から先程焼いた生地を重ね、更に卵を重ねる。
 仕上げに形を整え、ハケでソースを塗りマヨネーズを波状に。仕上げに青海苔をかければ……。
 
「ほら、御上がり」
「おお……!これはこれは……」
 待つこと15分ほど。目の前の白い皿に乗せられた粉物料理の王様は、ホクホクと白い湯気を上げながら、食卓というステージへと登壇した。
 早速食べようと箸を手に取って、隣の席を見ると、立花は何処か上の空な様子で虚空を見つめていた。
「立花、皿、来てるぞ」
「え?わっ、もう来てたの!?」
「どうした?考え事か?」
「ううん、何でも。わあ、ソースのいい香りだぁ……冷めちゃう前に、早速食べちゃおうよ!」
「そうだな。では……」
「「いただきます!!」」
 両手を合わせた後、箸で切り分け、ふーふーと息を吹きかけて冷ましながら一口。
 
 焦げた生地の苦味と、熱で萎びたキャベツ、そして飴色の玉ねぎのシャキシャキとした食感と僅かな甘さの対比が口の中というホールの中で織り成すハーモニーは、まさにお好み焼きの華。
 よく焼けた卵が歯の間で千切れる食感と、1枚のお好み焼きの中に押し込めらた大量の麺の歯応えが、空きっ腹に言い知れぬ多幸感と満足感を与え、次の一口へと誘う。
 一枚だけ仕込まれた豚肉は、その中でも自身の存在をアピールするかのように舌を撫で、奥歯の中心へと引き寄せられていく。
 それら別々の食材達の個性全てを総括しつつ引き立たせ、焦げの苦味を程よく包み込むソースとマヨネーズの濃厚さは、まさしくお好み焼きという楽団に於ける指揮者と言えるだろう。
 総合した上で感想を述べるなら、この一言に尽きる。
「美味い!!」
 ただそれだけで事足りる。否、真に美味なる食に対して、それ以外の言葉は不要だ。
 
 半分ほど食べ進めた辺りで視線を感じて振り向くと、立花が何やら物欲しそうな目でこちらをじっと見つめていた。
 視線の先を辿れば、そこにはまだ半分ほど残っている俺の皿が……。
「立花……もしかして、食べてみたいのか?」
「くれるの!?」
「別に構わないが……君の事だ。この店のメニューは食べ尽くしているんじゃないのか?」
「いやー、翔くんがあんまり美味しそうに食べてるもんだから、見てたらそっちも食べたくなって来ちゃって」
 そんな風に言われると悪い気はしない。まだ半分も残っているんだ。お裾分けするくらい何でもないさ。
 そう思い、中の具があまり抜け落ちないように気をつけながら切り分けると、立花はこちらに向けて「あ~ん」と口を開けた。
 君は餌を待つ雛鳥か、とツッコミつつも、切り分けたお好み焼きを箸で運び、彼女の口へと滑り込ませる。
 立花はそれを何度か咀嚼すると、ぱぁっと華が開くような笑顔で言った。
「ん~~♪美味し~い♪」
「それはよかったな。でも口角、ソースついたままだぞ?」
「え?嘘!?どっち!?」
「慌てるな、落ち着け、制服の袖で拭こうとするんじゃない!ほらナプキンだ。右端の方に付いてるから、しっかり拭き取るといい」
 立花が紙ナプキンを受け取り、口を拭くその一瞬の間に何やら表の方から物音が聞こえた気がするが……振り向いても店の表には何も見えない。気の所為だろう。
 
「しかし、こうなると立花が食べてる方も食べてみたくなるな。スタンダードな豚玉のはずなのに特製、と銘打たれている所が興味をそそる」
「え?食べる?」
「じゃあ、一口もらおうか」
 俺がそう言うと、立花は自分のお好み焼きを切り分ける。
「はい、あ~ん」
「んぁ……」
 条件反射で口を開けると、直ぐに生地とキャベツのホクホクとした熱が口の中に広がった。
「はふはふ……」
「大丈夫?やっぱり熱かった?」
「ひあ
いや
……ん、こりゃ美味い!」
「でっしょ~!ふらわーのお好み焼きは世界一なんだから!」
「そう言って貰えると嬉しいねぇ」
 店主のおばさんが、やたらニヤニヤしながらこちらを向く。
 確かに、工程がシンプルでもこの味は俺も初めてだ。
 おそらくこのソース……これが生地とキャベツ、玉ねぎ、豚肉、それぞれの味と食感、その全てを引き立たせる働きを担っているんだろう。
 一体何を材料にしているのか……。
 
 ドンガラガラズッドン!
 
 と、ソースの分析を始めようとしたその時だった。
 店の表から、今度はハッキリと物音が聞こえた。
「おや?猫がゴミ箱でもひっくり返したのかね?」
 おばさんが店の戸を引くと、そこに居たのは……。
 
「あ……どうも、こんにちは……」
「あはは……これはどうも」
 サングラスが顔からずり落ちそうになっている姉さんと、姉さんを羽交い締めにして取り押さえている緒川さんだった。
 
 ∮
 
 数分後。ふらわーのカウンター席には左から順に立花、俺、姉さん、緒川さんが並んで座っていた。
 姉さんと緒川さんの前には、立花が勧めてくれたお好み焼きが湯気を立てている。
 一体どうして、店の外でコソコソしていたのかと聞いても、姉さんはそっぽを向くだけで答えてくれない。
 緒川さんに目をやると、こちらもただ愛想笑いで濁すだけだった。
 状況としては、企画していた食事会が前倒しになった形だが、これはこれで都合がよかったかもしれない。
 ただ、先程から姉さんはずっと黙りこくったままだ。空気が重いというか、少し気まずい。立花も先日の件以来、姉さんと上手く喋れず萎縮してしまい、居心地が悪そうだ。
 俺がなんとかしなければ……。
「姉さん、お昼まだなんでしょ?ほら、早く食べないと冷めちゃうよ?」
「そうだな……。それでは店主の女将さんに失礼だ。ありがたく頂こう」
 割り箸を綺麗に真っ二つに割って、姉さんがお好み焼きに手を付ける。
 それを待ってから、緒川さんも自分の分に手を付け始めた。
「「いただきます」」
 眉間に皺を寄せながら、箸で摘んだ生地を一切れ。
 咀嚼するうち、姉さんの表情がみるみるうちに和らいで行った。
「こ、これは……何たる美味!!」
「この味と食感、チェーン店では味わえませんよ!」
 緒川さんも目を輝かせて次のひと口へと手を伸ばす。
 だが、それ以上に姉さんだ。ひと口、またひと口と箸を動かす手が早くなっていく。
 食べる度に姉さんの顔には、少しずつ明るさが戻って行った。
 
 いつだったか、ライブの後の奏さんが言っていた気がする。
 思いっきり歌うとすっげぇ腹減るらしい、と。
 また、空腹は人の心を荒ませる。満腹は人の心を柔らかくする、とも聞いた事がある。
 では、今の姉さんに当てはめてみるとどうだろうか?
 見事にドンピシャだ。自分を追い込み、鍛錬と任務でも一人きり。その上常に気を張りつめていたら、そりゃあストレスが溜まって行く。
 でも今、姉さんはこうして美味しいものを食べる事で、そのストレスを発散しているのだ。ここ数日、余計なくらいにすり減らし続けた精神的なカロリーを補うかのように。
「すみません……お代わり、頂けますか?」
「はいよ」
 おばさんは、姉さんの食べっぷりに少々驚いたような顔をして。でも、その表情を見ると満足気な表情を見せ、次の生地を広げ始めた。
 
「立花、今なら行けるだろ?」
「うん、そうだね……」
 立花は席を立つと、姉さんの方まで歩み寄る。
「あの、翼さん……」
「立花?」
「その……この前は、どうもすみませんでした!私、翼さんの気持ち全然考えてなくて……奏さんの代わりになるだなんて……」
 深々と頭を下げて謝罪する立花。
 それを見て、姉さんは……。
「いや……。私の方こそすまない」
「え?」
「今朝の任務で思い知ったよ……。一人では何も守れない。なのに私は、翔やお前を巻き込みたくないばかりに、突き放すような態度を取ってしまった……。悪いのは立花、お前だけではない」
 そう言うと、姉さんも立花の方を向いて頭を下げた。
 これは……やったのか?
「立花、お前はあれだけ突き放した私の事を信じて頼ってくれた。だから、これからは私もお前を頼らせてもらう」
「翼さん!それって……」
「ただし、お前は戦場(いくさば)に立つ者としては、まだまだ未熟な身だ。これからはシミュレーターで、みっちり扱いてやるから覚悟しておくんだぞ?」
「へ!?えぇー!そ、そんなぁ……」
 そう言うと、姉さんはようやく立花に向けて、優しさと不敵さの混じった笑みを向けた。
 よかった。これでようやく、一件落着だ。二人の蟠りが解けて、俺も嬉しく思う。
「……だが、それはそれとして。私の目が黒いうちは、翔に手出しはさせん。分かったな?」
「……へ?それってどういう?」
「……姉さん、何を言っているんだ?」
 よく意味の分からない最後の一言に、俺も立花も揃って首を傾げる。
 だが、姉さんはふふん、と満足気な表情でテーブルの方と向き直ってしまった。
 緒川さんに視線を送ると……緒川さんは何も言わず、ただ肩を竦めるだけだった。 
 

 
後書き
次回は遂にアニメ1期第3話へ!お楽しみに! 

 

第18節「約束の日、迫る」

 
前書き
やっぱり10分毎に1話ずつ解放とかまどろっこしいから、21時30分に一斉解放したる! 

 
「何なんだよあれは!あんなのがいるなんて聞いてないぞ!!」
 町外れの古い洋館。鎧の少女は扉を開くなり、家主である彼女を問い詰める。
 部屋の隅に広がる暗がりから現れた彼女は、淡々と告げた。
「あれは私も想定外よ。まさか奪う筈だった聖遺物が新たな融合症例を生み出すなんてね」
「チッ……。“フィーネ”、次はどうすればいい?」
 聞くだけ無駄だと悟った少女は早々に追求をやめ、次の指示を待つ。
 幼い頃に両親を喪い、身寄りもなく、帰る場所を失った少女は彼女に飼い慣らされる事でしか、生きていく術はないのだから。
「そうね。生弓矢を奪う事は出来なかったけど、代わりに想定外の収穫もあったわ。検体は二つあった方が便利でしょう?」
「攫ってくればいいんだな?逃げ回っていた、あの二人を」
「話が早い子は嫌いじゃないわよ。それじゃあ、決行の日は追々伝えるから……」
 フィーネと呼ばれたその女性は、窓から差し込む光に照らされる金髪を揺らしながら、ゆっくりと少女の方へと近づいて行く。
 そして、その耳元に口を寄せると、妖艶な笑みと共に囁いた。
「私を失望させないよう励みなさい、クリス」
 その一言には、有無を言わさぬ圧が存在した。
 一瞬肩を跳ねさせ、クリスと呼ばれた少女は歯を食いしばる。
 フィーネが離れると、クリスはネフシュタンの鎧を脱ぎ捨てる。 鎧の下から現れた少女は、5年前と変わらぬ銀髪を揺らして俯くのだった。
 
 ∮
 
 立花が二課に配属されてからひと月。
 あれから俺は放課後になると、姉さんと立花の3人で、本部のシミュレーターを使って鍛錬に明け暮れていた。
「はぁっ!せいっ!」
「フッ!ヤアァッ!立花、翔!そちらに向かったぞ!」
「フンッ!ハッ!了解!」
 姉さんが倒し損ねたノイズを、俺と立花が殲滅する。
 連携は大分取れるようになって来ていたし、何より立花の拳も少しずつだが磨きがかかり始めていた。
「これで……最後ッ!!」
 立花の拳が最後の一匹に風穴を開け、シミュレーションが終わった。
 二人の体が一瞬光に包まれ、元の制服姿に戻る。
 俺も心で念じると、シンフォギアは一瞬輝きブレスレットの中へと収納された。
 
「本日の鍛錬はこれにて終了だ。二人とも、腕が上がって来ているな」
「翼さん、ありがとうございます!お陰でちゃんと、誰かを守れるようになって来ている気がします!」
「気がする、じゃないだろ?立花はもう立派に誰かを守ることが出来る。一人前とは行かなくても、俺や姉さんが支えているんだからな」
「無論、立花も私達を支えている。私達は支え合う事で人々を守っていくのだ……だろう?」
「俺が言おうとしてたのに先に言わないでくれるかなぁ姉さん!?」
「ぷっ……あっはっはっはっはっは!」
「ふふ……ハハハハハ!」
 姉さんにセリフを先取りされ、不満を叫ぶと二人は可笑しそうに声を上げて笑った。
 2週間前のギスギスとした空気は、とっくに消えていた。
 
「それにしても翔、お前のRN式……シンフォギアtype-Pは時間制限があったのではなかったか?」
 姉さんの疑問に俺は、前にメディカルチェックの結果を聞いた時、了子さんから言われた事を伝える。
「立花と同じで、生弓矢は俺の身体と完全に融合しているらしい。お陰で制限時間は解消されたんだとさ」
「へぇ~……って事は、翔くん私とお揃いって事?」
「ん~……まあ、分かりやすく言えばそうなるかな?」
 あの時は必死だったとはいえ、我ながらよくもまああんな真似が出来たものだ……。
 
 あれが愛の力……立花を守りたい、という俺の願いが生み出した力か。
 俺が好きな特撮映画のヒーロー達も、口を揃えて愛の力は無限だと言っていた。頭で分かっていたつもりのそれを自分の身で実感した、貴重な経験だったと思う。
「お揃い、か……。いや、流石に体質がお揃いというのは希少というか、特殊すぎやしないか……?」
 姉さんのツッコミはごもっともだ。普通に生活してたら有り得ないもんな。
 でも、俺の抱いているこの愛って、果たして()()なんだろうな……。
 友愛(フィリア)恋愛(エロス)
 個人的には無償の愛(アガペー)的なものだと思ってるんだけど……。
 まあ、そこまで難しく考えることでもないのかもしれない。この感情が"愛"だという実感に、変わりはないのだから。
 
「それで立花、レポートは片付きそうか?」
「翔くんが手伝ってくれたお陰でバッチリだよ~。未来との約束、ちゃんと果たせるかも!」
 時間を見て、立花にはレポートの提出期限が迫っていた事を思い出す。
 どうやら手伝った甲斐あって、早めに終わらせることが出来ていたらしい。
「そうか。ただし、提出には遅れるんじゃないぞ?」
「は~い」
「むう……お前達、本当に仲が良いな……」
 溜息混じりに姉さんがそう呟く。
 そんなに呆れるほどの事だろうか?
「それじゃ翔くん、翼さん!また明日!」
「今夜中にしっかり仕上げるんだぞ!いいな?」
 立花は手を振りながらシミュレータールームを出ていった。
 やれやれ、あれだけ動いてまだ元気が残ってるとは。まあ、そこが彼女のいい所なんだけど。
「しし座流星群、か……。俺も見られるといいんだけど……」
 ふと、そんな事を呟きながら、俺は立花の姿を手を振って見送った。
 
 ∮
 
「……響、寝たら間に合わないよ?」
「……うん」
 リディアンの学生寮。その一部屋の真ん中に据えられた机の上、もうすぐ書き終われるのが見て取れるレポート用紙の前で、響はこっくりこっくりと船を漕いでいた。
 その向かいに座る黒髪のショートヘアー、後頭部に大きな白いリボンを付けているのが特徴的な少女、親友の小日向未来はノートパソコンに向き合いながら、響に声をかけていた。
「そのレポートさえ提出すれば、追試免除なんだからさ」
「んにゃ……」
「だから、寝ちゃダメなんだって」
「寝てないよぉ……起きてるよぉ……。ちょっと目をつぶってるだけ……」
 相変わらず響は机に突っ伏したままだ。
 どうやらレポートを締め括る、最後のまとめに苦戦しているらしい。
 昨日、未来は彼女のレポートに目を通してから、意外にも早く進んでいる上によくまとまっている事に驚かされたばかりだ。
「もう……。珍しくレポートが進んでるからって、調子に乗っちゃって」
「えへへ……」
 最近帰りが遅いのが気になるが、果たして何をしているのだろう。
 何度聞いても、何故か話したがらないのは一体どういうわけなのか。レポートの進み具合が珍しく早い事と関係があるのか。
 不安ではあるものの、未来は敢えて追求しない。親友はいつかきっと、正直に話してくれると信じているからだ。
 
 だから代わりに、未来はノートパソコンを響の方にも向け、見ていた動画を見せた。
「……そうだ。響、この間の約束、覚えてる?」
「約束……。あ、流れ星!」
「そう、しし座流星群。あのね、それがもうすぐ来るんだって」
「本当ッ!?もうすぐ約束、果たせるね未来!」
 そう言うと、響はようやく身体を起こす。
「もう……調子いいんだから。ちゃんとレポートやらなきゃ、追試と重なって見られなくなっちゃうんだからね?」
「う……。よーし、それならさっさと終わらせちゃうぞー!!」
 ようやく響もやる気のスイッチが入ったようで、シャーペンを持ち直すと再びレポートへと向き直った。
「私も手伝うから、ね?」
「ありがとう!一緒見ようね、未来!」
 そう言って笑顔を向ける親友に、未来は微笑みかけるのだった。 
 

 
後書き
翼「今日は私と!」
緒川「僕ですね」
翼「本編ではよく一緒に出ていますが、ここで揃うのは初めてですね」
緒川「さて、何を話しましょうか。そういえば最近、二課内部で発足したある会の副隊長に任命されちゃいました」
翼「初耳ですね。どんな集まりなのですか?」
緒川「"翔くんと響さんを見守り隊"という集まりなのですが」
翼「なっ!?まさか二課内部でそのようなものが発足するレベルとは……」
緒川「了子さんが風鳴司令まで巻き込んで、今やその規模は二課全体に広がりつつありますよ」
翼「くっ……外堀が思いのほか早めに埋まって行く……ッ!ですが私はまだ認めてませんからね!」
緒川「ちなみに翼さんに対しては、『弟離れ出来ない翼さん可愛い』『内心では認めてるのに素直に認めたがらないところがいい』『可愛いのでもうしばらく弟と未来の義妹の関係を見つけられては葛藤し続けてください』『いっそ響ちゃんと二人で弟を可愛がっては?』という声が多数上がってるみたいですよ」
翼「私の行動さえ彼らの糧、だと言うのですか!?」
緒川「翼さん、そろそろ諦めた方がいいと思いますよ」
翼「むむむ……あなた方は私を何だと思っているのですか!!」

防人をたかSA(ただのかわいいSAKIMORI)として書けるよう、努力していたこの頃。ブラコン化が進む理由の一環にXVが辛かったからだというのがありました。
次回、リディアンでの学園生活風景!ようやく出番だよ、ひびみくのズッ友トリオ! 

 

第19節「完全聖遺物・デュランダル」

 
前書き
この頃はどんどんランキング上位に登り始めてて、毎日毎日頑張っていた頃ですね……。
何もかもが懐かしい……。 

 
「すみませーん!遅くなりましたー!」
 レポートを仕上げている途中、定例ミーティングの時間になったため、響は寮を出て二課へとやって来ていた。
 翼と翔も先に着いており、響を出迎える。
「では、全員揃ったところで、仲良しミーティングを始めましょ♪」
「それで了子さん、今回はどんな要件で?」
 翔の質問に答えるように、モニターにはマップが表示される。
「さて、これを見てくれ。これはここ1ヶ月にわたるノイズの発生地点だが……」
 マップには大量の赤い点が存在している。そのポイントがノイズの発生地点なのだが、響の口から出た一言は……。
「……いっぱいですね」
「はは、立花らしい」
 その脳天気な一言に翔と弦十郎が笑い、翼は一瞬頭を抱えた。
「まあ、その通りだな。さて、ノイズについて響くんが知っている事は?」
「テレビのニュースや学校で教えてもらった程度ですが……」
 弦十郎からの問いに、響は指を折りながらひとつずつ答える。
「まず、無感情で、機械的に人間だけを襲うこと。そして、襲われた人間が炭化してしまうこと。時と場所を選ばずに、突如現れて周囲に被害を及ぼす、特異災害として認定されていること……」
「意外と詳しいな」
「今まとめているレポートの題材なんです」
 弦十郎が感心したように言うと、響は後頭部を掻きながらそう言った。
「なるほど。どうやら翔との勉強会は、かなり身になったらしいな」
「ちゃんと覚えていてくれてるなんて、教えた甲斐があったよ」
「その件はどうも~」
 翼が若干ジト目気味だった事に気付かない、ブラコンの悩みの種達である。
 
「ノイズの発生が国連で議題に上がったのは今から13年前の事だけど、観測そのものはもっと前からあったわ。それこそ、世界中に太古の昔から」
「世界の各地に残る神話や伝承に登場する数々の異形は、ノイズ由来のものが多いだろうな」
「だとすると……この前翔くんが指摘した通り、そこに何らかの作為が働いていると考えるべきでしょうね」
 了子の一言に、響が驚いた表情を見せる。
「作為……って事は、誰かの手によるものだというんですか?」
「ここ1ヶ月のノイズ発生の中心地はここ。私立リディアン音楽院高等科、我々の真上です。サクリストD──『デュランダル』を狙って、何らかの意思がこの地に向けられている証左となります」
「だろうね。生弓矢を狙った連中も、多分本命はこっちの方だろうし」
「あの、デュランダルって一体……?」
 翼の言葉に首を傾げる響。翔はだろうな、と言いたげな表情をすると、ここぞとばかりに響に説明を始めた。
「フランスの叙事詩では、シャルルマーニュ十二勇士の一員であるローランが持っていたとされる絶対に折れない剣だよ。ギリシャの叙事詩であるイーリアスに登場するトロイア国の英雄、ヘクトールの武器でもあったとされているね。その黄金の柄の中には聖者達の遺骸の一部が収められていた、とも言われているご利益迸る剣でもあるね」
「えっと……要約すると?」
「金色の滅茶苦茶硬くて絶対折れないすっげぇ剣、かな」
「なるほど……凄い!!」
 翔のIQをかなり下げた説明に納得し、その凄さを理解したのを見て微笑むと、友里はデュランダルの説明を始めた。
 
「この二課の司令室よりも更に下層。『アビス』と呼ばれる最深部に保管され、日本政府の管理下にて我々が研究している、ほぼ完全状態の聖遺物。それがデュランダルよ」
 その説明を補足するように、藤尭が続ける。
「翼さんの天羽々斬や、響ちゃんのガングニール、翔くんの生弓矢のような欠片は、力を発揮するのにその都度装者の歌を必要とするけど、完全状態の聖遺物は、一度起動すれば常時100%の力を発揮する。そして、それは装者以外の人間も使用出来るであろうとの研究結果が出ているんだ」
「それが、私の提唱した櫻井理論ッ!」
 藤尭がそこまで説明を終えた瞬間を見計らい、了子はドヤ顔と眼鏡に手を添えた決めポーズでそう言った。
 もっとも、響以外の面々は聞き慣れているのか「やれやれ」と言った顔で流していたのだが。
 
「だけど、完全聖遺物の起動には相応のフォニックゲイン値が必要なのよね~」
「あれから2年。今の翼の歌であれば、或いは──」
「でも、そもそも起動実験に必要な日本政府からの許可っておりるんですか?」
 弦十郎の言葉に、友里が疑問を呈する。その疑問に対し、藤尭は深刻そうな顔で答えた。
「いや、それ以前の話だよ。扱いに関しては慎重にならざるを得ない。下手を打てば国際問題だ。米国政府が、安保を盾に再三のデュランダル引き渡しを要求しているらしいじゃないか」
「まさかこの件、米国政府が糸を引いているなんて事は……?」
「調査部からの報告によると、ここ数ヶ月で数万回にも及ぶ本部へのハッキングを試みた痕跡が認められているそうだ。が、流石にアクセスの出所は不明。それらを短絡的に米国政府の仕業とは断定できないが……」
 国際問題、とまで言われると内容が途端に複雑になり、響は話について行けなくなっていた。
 それでも、少なくとも二課が直面している問題はノイズだけではない。それだけは彼女にも理解出来ていた。
 
「……風鳴司令。お話中のところすみません」
 そこへ、緒川が眼鏡をかけながら現れる。
 その場の全員が彼の方を見ると、緒川は腕時計を指さしながら言った。
「翼さん、今晩はアルバムの打ち合わせが入っています」
「もうそんな時間か。すまない、私はもう行かなければ」
「だとすると、ミーティングはここまでかな」
 弦十郎がミーティングの打ち切りを宣言すると、翼は緒川と共に司令室を退出して行った。
 それを見送り、響は呟く。
「私達を取り囲む脅威は、ノイズばかりじゃないんだね……」
「ああ。悲しい話だけどな……」
「どこかの誰かがここを狙っているなんて、あまり考えたくないよ……」
 そう呟く響の前に立つと、了子は自慢げに宣言した。
「大丈夫よ。なんたってここは、テレビや雑誌で有名な天才考古学者、櫻井了子が設計した人類守護の砦よ!異端にして先端のテクノロジーが、悪い奴らなんか寄せ付けないんだから♪︎」
「はいはい。了子さんの天ッ才ぶりは重々理解していますよ」
「あはは、頼りにしています……」
 了子のしつこい程の天才アピールに、響と翔は揃って苦笑いするのだった。
 
 ∮
 
 翌日、昼休み。私立リディアン音楽院高等科の校庭、その片隅にある芝生では仲の良さそうな五人の女生徒が集まっていた。
「人類は呪われているーーーっ!!」
 そのうち2人は、友人に弁当を食べさせてもらいながら、必死で昨日仕上げる前に寝てしまった事で完成させられなかったレポートの最後のページを仕上げている立花響と、そんな彼女を隣で見守る親友、小日向未来だ。
「むしろ、私が呪われている。あむっ……もぐもぐ」
「ほら、お馬鹿なこと言ってないで。レポートの締め切りは今日の放課後よ?」
「だからこうして……もぐもぐ、限界に挑んでるんだよ」
 
「それにしても珍しいよね~、ビッキーがレポートこんなに早く仕上げてるなんて。頭でも打ったの?」
 灰色がかったショートヘアが特徴的なリーダー格の少女、安藤創世(あんどうくりよ)が不思議そうに呟く。
「確かに珍しいよね。いつもなら放課後ギリギリまでやってようやく提出なのに、今回は殆ど終わってるじゃん」
「未来さんが手伝うよりも先に、ここまで来ていたのですわよね?」
 茶髪のツインテールが印象的なアニヲタ少女、板場弓美(いたばゆみ)と、金髪ロングヘアで上品な言葉遣いの少女、寺島詩織(てらしましおり)も首を傾げる。
「うん。響、このレポート、一体誰に手伝ってもらったの?」
「うーん……何て言ったら良いんだろ。最近出来た友達、かな」
「友達?私、聞いたことないんだけど……」
 未来の目がジトッとする。安藤、板場の二人はその視線に一瞬だけ肩を跳ねさせた。
「ヒナが嫉妬してるよ……」
「し、親友の交友関係にジェラシー妬くなんてアニメじゃないんだから……」
「どのような方なのですか?」
「詩織!それ火に油ぁ!!」
 未来の表情に気づかなかったのか、寺島は他の二人が敢えて避けようとしていた疑問を見事に言いきった。
 そして、その問いに対して響は……少し困ったような顔をして、やがて意を決したように答えた。
「えっと、とっても優しくて……ちょっとだけかっこいい人……かな」
 瞬間、その場にいる全員に電撃が走った。
 その一瞬だけ小さくなった一言を、四人は聞き逃さなかったのだ。
「そ、それって……」
「もしかして……」
「まさかビッキー……」
「ねえ響、ひょっとして……」
「「「「彼氏出来てるの!?」」」」
 四人が導き出した結論は、寸分違わずにその声をシンクロさせた。
 
「ちっ、ちちち違うよ!?翔くんとは友達だけど、そんなっ、彼氏だなんて言われるような謂れは全然ないんだから!!」
 彼氏、と言われて慌てて反論する響。しかし、動揺で名前を出してしまった為、安藤と板場までもがそれに食いつく。
「へぇ、翔くんって名前なんだ。苗字は?何年生?イケメンだったりするの?」
「ちょ、ちょっと待って!って事は土曜日の昼、響がアイオニアンの制服着た男子と一緒に歩いていたって噂は本当だったってわけ!?」
「まあ、このリディアン女学院の姉妹校の?一体どのような出逢いをしたんですか?」
「ちょっ、ちょっと!そんなにいっぺんに聞かれても答えられないよぉぉぉ!!」
 3人から質問攻めにされ、響は未来に助けを求める視線を送る。
 が……一番わなわなと肩を震わせているのは未来であった。
「響、これは一体どういうこと!?もしかして、最近一人で何処かへ出掛けてたのって、そういう事だったの!?」
「だから違うんだってば!!」
「何が違うの!一から説明してよ!!」
「ええ……えっと、その……。わかった、説明出来る所まで説明してみる……」
 未来にまで迫られたら敵わない。響は二課やシンフォギアの事を伏せながら、翔との出会いについて語る事になったのだった。
 
 

 
後書き
響「どうして私達は、ノイズだけでなく人間同士でも争っちゃうんだろう?」
了子「ん?」
響「どうして世界から、争いはなくならないんでしょうね……」
了子「ん~、それはきっと……人類が呪われているから、じゃないかしら?はーむっ」
響「ひぃやぁっ!!??りょ、りょりょりょ了子さん!?なにゆえいきなり私の耳を食むんですかぁ!?」
了子「あ~ら、おぼこいわね。誰かのものになる前に私のモノにしちゃいたいかも♪」
響「え?え!?」
了子「でもそれは許してくれなさそうね~、そこの健気なナイトさんが」
翔「了子さん!立花を揶揄うんじゃありません!ってか、揶揄うにしたって限度があるでしょう!限度が!立花、大丈夫か?」
響「翔くん……わ、私は大丈夫だから落ち着いて、ね?」
了子「うん、やっぱり仲良いわよねあなた達。もし私のものにしちゃうなら、やっぱり二人一緒じゃなきゃダメよね~」
翔「俺も立花も、あなたの玩具になるつもりは毛頭ないのでご心配なく。俺だけならともかく、立花をあまり度を超えたおふざけに巻き込むなら、俺は了子さんが相手でも容赦しませんよ?」
了子「ふ~ん……藤尭くん、友里ちゃん。今の録音できてる?」
藤尭「バッチリです!」
友里「一言一句残らず保存しました!」
了子「はーい、それじゃ馬に蹴られないように撤収するわよ~!」
翔・響(藤尭さんと友里さん、何やってたんだろう……?)

あのシーンは本編に入り切りそうにないので、ここで使わせて頂くことになりました。
今後も本文でカットされた補完シーンは後書きに描かれます! 

 

第20節「約束の流星雨」

 
前書き
何故か読者の皆さんが揃って393による修羅場を嬉々として待ち望んでいた頃の回(笑)
まあ、原作でも響に彼氏できたらきっと修羅場は避けられないけど……未来を悪者にはしたくない。そんな思いで書いていました。
それではどうぞ、ご覧下さい。 

 
「……って事があったんだ」
 二課やシンフォギアの事を徹底して伏せながら、何とか説明を終えた響はようやく一息吐いて、友人達の様子を伺う。
 友人達はそれぞれ、三者三様の反応を示す。
「なるほど。1か月前、街で偶然再会した中学の元クラスメイトかぁ……」
「学園系ラブコメアニメの冒頭みたいな出逢い方してるわね」
 安藤はわざわざメモを取っては話の内容を纏め、板場はいつもの通りアニメに準えた喩えでコメントする。
 
 一方、聞いた本人である寺島は何やらスマホで調べていた。
「聞き覚えのある名前だと思ったのですけれど、もしかして……」
 探していたページを見つけると、寺島はスマホを響の方へと向けた。
「その翔さんという方は、もしかしてこの人でしょうか?」
「あーっ!詩織、何で知ってるの!?」
「つい先日、ニュースで見かけたもので。『大人気アーティストの弟、火事場泥棒を確保』と、表彰されていましたわ」
 響の両隣から、安藤と板場もその画面を覗き込む。
 
 そこには響と再会した日の前日、ノイズ発生の騒動に紛れて盗みを働いた男を捕らえ、警察へと突き出したアイオニアン音楽院の生徒……風鳴翔の記事が掲載されていた。
「ホントだ!翔くん凄い!」
「えっ、嘘!?あの風鳴翼さんの弟さん!?」
「イケメンじゃん!しかも有名人!え、何この展開!?アニメじゃないんだよね!?」
 二人の驚きは尤(もっと)もだ。日本を代表するトップアーティストにして、このリディアン音楽院の3年生、風鳴翼の弟が友達と知り合いだったのだから。
 それもただの知り合いでなく、中学の元クラスメイト。重なった偶然の数々に言葉を失う。
「他にも何度かニュースに載っていますわ。ひったくり犯を取り押さえたり、川に落ちた子供を助けたり……去年の秋にはバイオリン演奏の全国コンクールでも表彰されていますね」
「なんか……ビッキーに似てる気がする」
「私も思った……。アニメみたいな生き方してるなとは思ったけど、それ以上に響の"人助け"に近いものがあるっていうか……」
 
「全然……似てないよ!!」
 未来が突然声を上げ、四人は驚いて振り向く。
 自分が反射的に叫んでいた事に、未来自身も驚いていた。
「ど、どうしたのヒナ?そんな大声出して……」
「あ……えっと……」
 こんな事を言ってしまってもいいのだろうか?
 小日向未来は、その先に続く言葉を言い淀む。
 その言葉は間違いなく、彼を貶めるものだから。無意識かもしれないけど、彼の事を嬉々として語る親友を傷付けると分かっているから。
 それに、その言葉は決して正しいものでは無いと自分でも分かっている。自分の身勝手な希望の押し付けから生まれた、とても綺麗なものでは無い一言だと。
 しかし、頭では分かっているつもりでも、どうしても浮かんでしまうのだ。
 
 ──()()()と──
 
「と、とにかく……響、今度その人に会う時はちゃんと正直に言ってよね。いい?」
「う、うん……。ごめんね、秘密にしているつもりはなかったんだけど……」
 本当は秘密だらけで、その中の端っこだけを切り取って、それをまだ殆ど隠して話しているのに……。
 親友を危険に巻き込まないために、親友に対して秘密を持たなければならない。
 その事実に心を痛めながらも、響はそう答えた。
 
「……さて、そろそろ私達は行くね。レポートの邪魔しちゃ悪いし」
「でしたら、屋上でテニスなど如何でしょう?」
「さんせー!じゃ、二人とも、また後でね~」
 このまま話を打ち切らずにいると、暗いムードになりかねない。
 そう判断した三人は話題を打ち切り、二人と別れて屋上へと向かって行った。
「そうだ!レポート終わらせないと!」
「私ももう少し手伝うよ。流れ星、見るんでしょ?」
「ありがとう未来~!」
 口から出かけた言葉を押し込める未来と、話したくても話せない響。お互い相手を大事に思うからこそ、言えない言葉が積もって行く。
 それでも二人は、交わした約束を目指して共に歩んで行くのだ。
 いつかきっと、打ち明けられる日が来る事を信じて……。
 
 ∮
 
「良かったぁ、レポート間に合ったよ~!いつもより早かったわね、って褒められちゃった」
「やったね、お疲れ様っ!」
 何とか提出を終えた響は、未来と二人でハイタッチしていた。
 提出期限はギリギリではあったが、時間をかけたのはまとめの一文だけだ。レポートの中身そのものは、もっと早く終わっていた。
 時間は夕方、そろそろ日が落ち始める頃になっていた。
「これで約束の流れ星、見られそうだ!」
「それじゃあ、響はここで待ってて。教室から鞄取ってきてあげる!頑張ったご褒美!」
 そう言って、未来はあっという間に廊下の角を曲がって行った。
「あっ、そんないいのに~……もう行っちゃった。足速いなぁ、さすが陸上部──」
 
 その時、二課の端末からアラームが鳴り響く。
「こんな時に……」
 そのアラームの理由を察して、響は表情を曇らせながら回線を開いた。
『ノイズの反応を探知した。響くん、直ぐに現場へ急行してくれ』
「……はい」
 予想通りの、最悪の展開。
 この日の為に頑張って来たのに……。
 未来にも、翔にも手伝ってもらってレポートを完成させたのに……そんな大切な約束さえも、ノイズは奪ってしまう。
 悔しさに唇を噛む。約束を破らなくてはならない悲しみに、目線が下がる。
(ごめんね、未来……。せっかく約束したのに、私──)
 
 
 
 
 
『いえ、司令!立花は今回、任務から外してください!』
「え……?」
 端末から聞こえてきた声に、顔を上げる。
 翔くん……なんでいきなり!?
『どういう事だ翔?』
『立花は今夜、友達としし座流星群を見る約束をしているんです!その為にレポートを仕上げようと、今日まで頑張って来たんです!その努力を無為にする事など出来ません!だから、今回立花を出動させないでください!』
「翔くん……」
『立花が出ない分は、俺が戦います!俺が2人分働けば、立花がいない分の穴も埋められます!だから……今夜は立花の行く先を、戦場(いくさば)の只中にしないでください!!』
 翔くんの声は必死だった。私に未来との約束を破らせないために、本気で弦十郎さんに訴えかけている。
 私を未来との約束の夜空へ行かせるために、私の分まで戦うとまで宣言して。
 その必死さが伝わったのか、弦十郎さんはその提案を直ぐに受け入れた。
『分かった。確かに、そこまで頑張って守ろうとした約束を、ノイズ如きに反故にさせるわけには行かないな。響くん、今日の所は我々に任せて、友達との思い出を作るといい』
「でっ、でも……」
 
『立花、俺が何の為にレポート手伝ったと思ってるんだ?』
 翔くんに言われて、そういえばと考える。
 自分の宿題でもない、ましてや学校も違うのに翔くんは私のレポートを手伝ってくれた。
 親切心……だと思っていたんだけど、そう言われると……。
『君が小日向との約束を守れるように、俺は手を貸したんだ』
「私が未来との約束を守れるように……」
『当日にノイズが現れる可能性も、考えてなかったわけじゃない。でも親友との約束は、書き終わったばかりの恋文と同じくらい、破っちゃいけない大事なものだろ?』
 微笑み混じりのその声に、ドヤ顔で臆面なく言いきる翔くんの顔が浮かんだ。
 ここまでしてもらって悪いなぁ、なんて申し訳なく思っていた気持ちは、その一言で吹き飛んだ。
 もっと周りに頼れ。それが翔くんからもらった、とても胸に響く言葉だった。
「翔くん、ありがと。今度お礼しなくちゃね」
『ああ。2人分働くんだからな、少しだけ高くつくぞ?』
 だから私は、安心して翔くんに後を託すと通信を切った。
「響、どうしたの?」
 端末をポケットに仕舞った直後、未来が廊下を曲がって戻って来た。
 少し不安そうな顔をしているのは、私が約束を守れなくなったんじゃないかと心配しているからだと思う。
 
 だから私は、精一杯の笑顔を未来に向けて言った。
「未来……流れ星、一緒に見ようねっ!」
「うん……!二人で、一緒に!」
 
 ∮
 
「さて、と……」
 通信を切り、端末をポケットに仕舞うと背後から地下へと伸びている階段……地下鉄、塚の森駅へと続くその階段の先を睨みつける。
 登って来るのは、今日一日の仕事や学業を終え、疲れと開放感に満ちた表情を浮かべながら帰路を目指して歩く街の人々……ではなく、もはや聞き慣れてしまった耳障りな鳴き声を発しながら溢れ出そうとする、特異災害の群れだった。
 一つ深呼吸して、胸に浮かぶ聖詠を口ずさむ。
 

「──Toryufrce(トゥリューファース) Ikuyumiya(イクユミヤ) haiya(ハイヤァー) torn(トロン)──」

 
 光に包まれた影が二つに分かれ、灰地に黒と白のスリートーンカラーでまとめられたインナーが形成されると共に再び重なる。
 両腕、両脚を包み込む鈍色の篭手と足鎧。そして胸に浮かび上がる赤い弓状の水晶体と、ジャケットのように装着される胸鎧。
 最後にヘッドホン状のプロテクターが耳を覆い、この身は鎧を纏って大地に立つ。
「今夜は星が降る夜だ。貴様ら雑音の鳴り響く場などない、神聖で厳粛な、尊き願いが翔び立つ一夜であると知れ!!」
 変身時に発生するインパクトにより位相差障壁を調律され、色の濃度を増したノイズ達へと啖呵を切り、俺は拳を左の掌へと打ち合わせると地面を蹴った。 
 

 
後書き
響「翔くんとの出会いは1か月前。用事があって出かけた先の、自販機の前だったな~」
板場「これまたベタな……」
響「その頃の私、実はちょっとした悩み事があったんだけど、優しく相談に乗ってくれてね~」
寺島「まあ、それはそれは……」
安藤「土曜日のお昼、一緒に歩いてたって噂になってたのは?」
響「翔くん、美味しい物食べるの好きらしいんだけど、ふらわーのお好み焼き食べた事ないって言ってたからさ~。一緒に食べに行ったんだよ」
安藤「そ、それは……」
板場「紛れもなく……」
寺島「おデートなのでは?」
響「ちっ、違うよ!そんなんじゃないよ!翔くんとはただの友達ってだけで、別にそんなに深い関係じゃないんだって!!」
未来「……<●><●>」
板場「未来さん眼ぇ怖ッ!」

次回、ブドウ型ノイズ戦!
皆のトラウマになったあのシーンは近い……。 

 

第21節「夜に遭逢す」

 
前書き
今回の投稿日はマリアさんの誕生日だったなぁ。
伴装者本編にはまだ出られないから、活動報告にツェルトの設定を上げてプレゼント代わりとした思い出が。

伴装者世界の翼さんにあだ名の一つとして定着しつつある「ブラコン防人」、表記揺れが多くて混沌を極めているため「ブラコンSAKIMORI」に統一したのもこの頃でした。 

 
『小型ノイズの中に、一際大きな反応が見られる。間もなく翼も到着するから、くれぐれも無理はするんじゃないぞ』
「了解!はああああッ!!」
 突き出す拳が、蹴り込んだ足が、ノイズの躯体を粉砕し黒炭へと変えていく。
 離れた所から迫る個体には手刀を振るえば、腕の刃から放たれる光刃がそれらを切り裂き消し去って行った。
 技名は……〈斬月光・乱破の型〉とでもしておこうか。
 自分の攻撃で駅を破壊しないように気を遣いつつも、ノイズ達を倒して進む。
 広い駅内は、もはやノイズの巣窟と化していた。
 こんな密閉空間で、いつもの倍はあろう数を相手にしたくはないんだが……。
「立花の為だ、流れ星が見える時刻を過ぎるまではッ!!」

 既に戦い始めて二時間近く。一向にノイズの数は減らない。
 正直言って、体力的にはまだまだ余裕だ。おそらく、融合した生弓矢の『生命を与える力』が、体力の活性作用を促しているんだろう。ちょっとやそっとじゃ、今の俺の体力は削れない。
 しかし、こうも数が多いと精神的な疲労は出て来る。そちらは休まなければ回復しようがないので、むしろこっちの方がキツい。
「ってか、そもそも何でこんなに多いんだよ!」
 駅内を走り回りながら、大きな反応があった地点へと向かう。
 おそらく、そこにデカいのが一体居るはずだからだ。

 親玉を探して角を曲がったその先に、とても特徴的な姿をした、初めて見る個体がいた。
「いた!あの葡萄みたいなやつか!!」
 頭から背中にかけて葡萄状の器官を持つ、全身紫色の人型個体。安直だが語呂がいいので、ぶどうノイズと呼称しよう。
 ぶどうノイズはこちらの接近に気が付くと、身体を振った勢いでその葡萄のような器官を飛ばした。
 地面に弾着した途端、爆発する球体。
 眼前へと飛んできた器官へと拳を繰り出すが、周囲へと飛び散った方の器官が爆発し、天井が崩れ落ちる。
 咄嗟に防御姿勢を取ったものの、落下してきた瓦礫が降り注ぎ……。

 ∮

「あ、ほら!流れ星!」
 夜空を見上げた未来は、闇を裂いて流れて行った一筋の輝きをを指さす。
 やがて輝きは一つ、また一つと数を増やし、やがて星の雨となって降り注ぐ。
「うわあ……綺麗だなぁ……」
 その光景を、響は感嘆の声を漏らしながら見上げる。
 この流星雨を二人で見る為に、この数日間頑張って来た。それがちゃんと報われた事を、響自身も、親友である未来も喜んでいる。
「響、願い事しない?」
「それ、いいかも!」
 流れ行く星を見つめ、二人は目を瞑る。
 心の中に願いを思い浮かべようとして……ふと、瞼の裏に翔の顔が浮かんだ。
(……翔くんも、連れて来たかったな……)
 そう思うと、今頃翔はどうしているのか気になり始める。
 今頃、街でノイズと戦っているんだろう。きっと、空を見上げる暇もないくらい忙しい筈だ。
 それを思うと……任せる、とは言ったものの心配になって来る。
 段々と不安が募り、やがて響はいても経っても居られなくなって来た。

「響、願い事、何にしたの?」
「……ごめん、未来。私……行かなきゃ」
 私の一言に、未来の表情が曇る。
 分かっている。それは未来にとても心配をかける事になるなんだって。
 だけど、何だか胸騒ぎがする。翔くんの所へ行かなきゃいけない気がするんだ。
「もしかして、翼さんの弟さんの所に行くの?」
「うん……」
「どうしても、今じゃなくちゃダメ?」
「……うん。今日ここに来れたのは、翔くんのお陰なんだ。翔くん、私と未来の約束を知って、頼まれもしてないのにレポートを手伝ってくれたの」
「そうなの?」
 未来は驚いたような顔をする。
 まあ、確かにそれだけの理由で手伝ってくれる人なんて、そうそういないもんね。
「うん。だけど今、翔くんは私の分まで頑張ってくれてる。やっぱり、任せっきりには出来ないよ」
「……そっか」
「本当にごめんね。この埋め合わせは、いつかきっと!」

 そう言うと、未来は静かに首を横に振った。
「ううん。こうして、響と流れ星を見ることが出来たんだもん。約束は守ってくれたんだから、私はそれで充分だよ」
「ホント!?」
「うん。だけど、あんまり遅くならないでね?」
「ありがとう、未来!」
 未来の手を握ってお礼を言うと、私は駆け出した。
 ノイズが出た場所は覚えてる。そこまで向かえば、間に合うかもしれない。
 この胸が叫んでいる。翔くんの元へ迎えって……。
 お願い翔くん、翼さん。どうか二人が無事でいますように!
 そう願いながら、私は胸の歌を口ずさんだ。

「あーあ、借りが出来ちゃった……」
 一つ、小さな溜息を吐く。
 私にとって風鳴翔という男子は、響と同じクラスにいた男子生徒の一人という以外に、ある意味でとても印象に残っている。
 2年前、響が学校中から虐められていた頃に一度だけ、響を助けてくれた人だ。
 でも、助けてくれたのはたった一度だけで、その一回以外はずっと教室の陰から、虐められる響を見ているだけだった。
 ……どうして助けてくれなかったんだろう。いつしか私は、そんな自分勝手な希望を彼に押し付けるようになっていた。
 他の生徒のように嗤うこともなく、虐めに参加する事もなかったけれど、彼はただ見ているだけだった。
 一度だけでも助けてくれたのは、丁度私が風邪で休んでいた時の話だったらしい。響は「足りなくなった給食を分けてくれただけ」って言ってたけど、噂を聞く限りだと、その経緯にはやっぱり響への虐めが関わっていた。

 きっと、彼も怖かったんだと思う。お姉さんが有名人なんだから、きっとお姉さんを巻き込みたくないって思いもあったのかもしれない。
 でも、やっぱり一度だけとはいえ助けてくれたんだから、それからも響を助けて欲しかった……。ただ静かに、親友から離れない道を選んだ(あたりまえのことをした)だけの私と違って、あの人は友達でも何でもない響の為に声を上げてくれた。
 そんな人だからこそ、響を預けられる。私の中の私はそう囁く。
 そんな人だからこそ、響を渡したくない。もう一人の私がそう呟く。
 偽善者と呼ぶ事で彼を拒絶しないと、響を取られちゃう気がして……響が何処かに行っちゃうのが耐えきれないくらい寂しくて。だからレッテルを貼る事でしか心を保てない私は、きっと悪い子だ。
 立花響という親友を、私にとってのお日様を、他の誰にも渡したくないだなんて……。

 だから私は、星に願う。

 どうか、私があの人を許してあげられますように。

 それから……響がきっと、幸せになりますように。

 ∮

「……貴様らのせいで、大切な約束を破りかけた子がいる……」
 瓦礫の下から立ち上がる、灰色の影。
 シンフォギアのお陰で無傷だった翔は、ゆっくりと立ち上がる。
 追い打ちをかけようと襲いかかるノイズ達を、彼は静かに殴り、蹴り、斬り倒す。
「貴様らは、存在している事そのものが罪なんだよ……」
 迫るノイズを全て打ち倒し、階段を一気に飛び降りると駅のホームへと降り立つ。
 ホームに出れば、ぶどうノイズが飛ばした器官を再生し、足音軽やかに逃げ去ろうとしている所だった。
 翔の胸の奥から、とても強い衝動が沸き起こる。
「貴様らが、誰かの約束を侵し……」
 衝動は全身を駆け巡り、ギアの内側から外へと溢れ出そうとする。
 強烈な殺気にぶどうノイズは器官を再び切り離す。すると分離した器官から数体のノイズが生まれ、翔の方へと襲いかかった。
「嘘のない言葉を、争いのない世界を……何でもない日常を!略奪すると言うのなら!」

 正面から襲いかかったノイズの身体に風穴が空く。
 しかしそれはいつもの様に、拳で殴ったことによるものではなく……その風穴からは、赤黒い手甲が飛び出していた。
 消滅したノイズの前に立っていたのは、顔全体を黒に覆われ、爛々と光る真っ赤な目をした“何者か”であった。
 灰色のギアは黒に染まり、血のように赤いラインが血管のように全身を走っている。
 胸の赤い水晶体でさえ、いつもに比べて淀んだ赤へと変わっていた。
 溢れる殺気と相まって、その姿を一目見たものは皆、口を揃えて言うだろう。
 狂戦士、あるいは破壊者と……。
「オ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"!!」
 唸り声を上げ、次々にノイズらを蹴散らす翔。
 しかし、その戦い方は凶暴性と暴力性に満ちた、荒々しいものに変わっていた。
 頭を鷲掴んで首を引っこ抜き、貫手で体躯の中心部を貫き、クロールノイズを真っ二つに引き千切った。
 前後から挟み撃ちにして来たノイズは、やはり頭を掴むとそのまま互いをぶつけて地面に叩きつけ、頭を踏み潰した。

 〈禍ノ生太刀〉

 最後の一体には、同じく赤黒く染まったアームドギアを取り出すと、素早く突き刺した。
 一度だけに飽き足らず、二度、三度と何度も突き刺す。
 食いしばった牙は、突き立てる刃と同じように鋭く、剥き出しの殺意を象徴しているかのようだった。

 ボールのように転がってきた、ぶどうノイズの球状器官が爆発する。
「ッ!?くっ!!」
 爆煙に包まれた次の瞬間、翔の姿は元に戻っていた。
 両腕で顔を保護する防御姿勢を解き、目の前から走り去るぶどうノイズを見ると翔は、目の前のタイルに突き立つアームドギアを引き抜いて走った。
「待ちやがれ!!」
 線路へと飛び降り進むと、ぶどうノイズはまたしても器官を飛ばして爆発させる。
 今度は地下鉄の路線の天井を破壊し、その穴から地上へと素早く登って行く。
 その代わり、分厚い岩盤を破壊する為に全ての器官を費やし、ヒョロヒョロの身体をくねくねと揺らしながら逃げ去る辺り、今追い詰めればトドメを刺すのは簡単だろう。
「このっ……」
 ひとっ飛びで登りきろうとしたその時、見上げた夜空に一筋の蒼い光が降る。
「あれは、流れ星……いや違う、あれは!!」
 あれは何だ!流星だ!UFOだ!いや、違う!!
 あれは……(つるぎ)だ!!

 ∮

〈蒼ノ一閃〉

 ぶどうノイズの頭上から放たれた蒼き斬撃が、身を守る術を失ったその細長い体躯を真っ二つに切断する。
「嗚呼絆に、全てを賭した閃光の剣よ──」
 ヘリから飛び下り、そのまま落下しながらその一太刀を振るった翼は、大剣へと形を変えたアームドギアを片手に降り立つ。
 地面に降り立つ瞬間、両脚の刃がスラスターのように火を拭き、落下の衝撃を軽減する。
「姉さん!」
「これで最後だな?」
 アームドギアを刀型に戻した姉さんへと駆け寄る。
 姉さんは周囲を見回し、もうノイズが残ってない事を確認してから俺の方を向いた。
「助かったよ……そいつ、個体増殖するし機雷飛ばしてくるしで苦労したんだよ……」
「それは確かに、一人で相手取るには辛いな……。だが、よくここまで耐えたじゃないか。お疲れさま、翔」
 そう言うと姉さんは、刀を持っている方とは逆の手で俺の頭を撫でる。
 俺としては恥ずかしいのでやめて欲しいんだけど、辺りに人は居ないし、姉さんが満足げに笑っているから別にいいや。

「翔くーん!翼さーん!大丈夫ですかー!!」

 耳に入った慌ただしい声。反射的に振り返ると、そこには夕方、無事に送り出したはずの人物がいた。
「立花!?何故ここに!?」
「ふう、ふう……やっぱり、私だけ休んでる事なんて出来なくて……」
「小日向との約束はどうした!?」
「それは大丈夫!流れ星はちゃんと二人で見て来たよっ!」
 立花の明るい表情から察するに、約束はちゃんと果たす事ができたようだ。
 しかし、途中で小日向に頭を下げて抜けて来たというのも想像に容易い。
「友人との約束を守れたというのなら、それでいいとは思うのだが……。司令から、今夜は休んでもいいと言われた以上は友人と最後まで流星群を見て、何の憂いもなく帰路につくことも出来たはず。わざわざ戦場(いくさば)へ赴く必要はなかった筈だが?」
 姉さんも俺と殆ど同じ疑問を口にする。
 その問いに、立花は俺の方を真っ直ぐに見て答えた。
「私にだって、守りたいものがあるんです。だから──」





「『だから』?で、何なんだよ?」
「ッ!?」
 その場に響く、第四の声。
 月明かりに照らされ、一歩ずつ歩み寄ってくる銀色の影。
 声の主を見て、真っ先に口を開いたのは姉さんだった。
「ネフシュタンの鎧……」
 その一言を聞き、鎧の少女は挑発的な笑みを向けた。 
 

 
後書き
クリス「ようやくあたしの出番か!ああ?挨拶代わりに後書きで挨拶してこいだぁ?何でそんなせんない事しなくちゃならねぇんだよ。……はあ?それが決まり?全員やってるって?はぁー……仕方ねぇな。雪音クリスだ。こっからはあたしのターンだから、お前ら全員覚悟してな!……それとさっきからあたしの胸ばっか見てる奴らは前に出ろ。全員一発目ずつNIRVANA GEDONブチかましてやっからな!」

やめて!アームドギアを介さない絶唱でやけっぱちの自爆特攻なんてしたら、シンフォギアのバックファイアの影響でSAKIMORIの体がボロボロになっちゃう!お願い、死なないでSAKIMORI!貴女が今ここで倒れたら、実弟や未来の義妹の面倒(イチャつき)は誰が見(て悶えて突っ込む)るの!?
ノイズはまだ残ってる……でも、ここを凌げばクリスに勝てるんだから!
次回、SAKIMORI 死す。デュエルスタンバイ!
翼「待て待て、勝手に殺すな!!」 

 

第22節「落涙」

 
前書き
皆さんお待ちかね、クリスちゃん大暴れの巻。
やっと原作四話です。じっくりとお楽しみください。 

 
「馬鹿な……。現場に急行する!何としてでも、ネフシュタンの鎧を確保するんだ!!」
 弦十郎自らが出動する為、黒服達が車を手配し始める。
 普段はマイペースな了子も、この時ばかりは眉間に皺を寄せていた。
「ええ、行きましょう。……急がないと、翼ちゃんが()()かもしれないわ」
「唄うって……まさか絶唱を!?」
 了子の言葉に、藤尭が目を見開く。
「あの鎧は2年前のあの日に奪われた物だ。それを前にして、翼が冷静でいられるとは思えない……」
「絶唱……装者への負荷を厭わず、シンフォギアの力を限界以上に引き出す諸刃の剣……」
「絶唱を口にすれば無事には済まない。翼、早まってくれるなよ……」
 弦十郎と了子は司令室を飛び出し、エレベーターへと走った。
 翼が唄う前に、間に合わせなければと焦燥しながら。
 
 ∮
 
「預けた勝ちを受け取りに来たぜ」
「預けられた覚えなどない。その鎧、今夜で返してもらおうか!」
 挑発的な笑みを浮かべる鎧の少女に、姉さんは刀を向けて構える。
 少女もまた右手に持っていた杖を構え、左手には棘だらけの鞭を握る。
 前回現れた時、姉さんはこの少女に足止めされていたらしい。姉さんと互角にやり合う辺り、実力はかなりあるはずだ。
 ネフシュタンの鎧を取り返す為にも、まずは無力化しなくては……。
「やめてください翼さん!相手は人です!同じ人間ですッ!!」
 などと考えていた矢先、立花が姉さんへとしがみつく。
 立花、確かにその気持ちは分かるが、ちょっと落ち着──
 
「「戦場(いくさば)で何をバカな事をッ!!」」
 ……姉さんと鎧の少女が、同時に同じ言葉を発する。
 オイオイ、この人達意外と似たもの同士らしいぞ……?
 一拍置いて、姉さんと鎧の少女は互いの顔を見て、挑発的な笑みを零す。
「むしろ、あなたと気が合いそうね?」
「だったら仲良くじゃれあうかい?」
「ああ……参るッ!」
 少女が振るった鞭が地面を抉り土を巻き上げる。
 姉さんは立花を突き飛ばすと、そのまま跳躍してそれを躱した。
 慌てて突き飛ばされた立花を受け止める。やれやれ、立花の甘さにも困ったものだけど、姉さんも姉さんで今回は冷静さを欠いているのでは?
「まったく……立花、大丈夫か?」
「ありがと……って、翔くん!翼さんを止めないと!」
「分かってるさ。だけど落ち着け。なにも姉さんはあの子を傷付けるために戦っているんじゃない。ネフシュタンの鎧を取り戻す為にも、まずは無力化しないといけないだろ?」
 立花を宥めるようにそう言うが、立花は納得出来ないという顔をしている。
「例えるなら……武器持った犯罪者相手に銃を向ける警官を見て、立花は同じ事を言えるのか?」
「そ、それは……」
「そういう事だ。相手を傷付けたくて刃を交えるんじゃない。世の中、話し合いで解決出来ることばかりじゃない。でも、話を聞く事くらいまでなら誰にでもできる。だからこれは、話し合う為の手段の一つなんだ」
「話し合うための、手段?」
「そう。話を聞いてもらうためのアピールタイム、または交渉手段。武器を収めてもらうために自分も武器を振る、というのはかなりの皮肉だけど……拳や刃を合わせなくちゃ分からない事もあるんだよ」
 立花の方から、今度は姉さん達に視線を移す。姉さんと鎧の少女の戦いは、拮抗していた。
 
 姉さんが放った〈蒼ノ一閃〉は、少女が放つ鞭の一振りで簡単に弾かれ、狙いを外れて爆発した。
 驚きながらも姉さんは、着地体勢をとりながらも大剣を振り回す。
 少女はそれらを軽々と躱し、刃を鞭で受け止める。
 剣を受け止められ隙が生まれた姉さんの腹に、少女の蹴りが炸裂する。
「ッ!?がはっ!!」
「姉さん!!」
 後方に勢いよく吹き飛ばされる姉さんに、少女は言い放った。
「ネフシュタンの力だなんて思わないでくれよな?あたしのテッペンは、まだまだこんなもんじゃねぇぞ?」
 何とか受身を取り、地面に足を付けて後退る姉さん。
 しかし、少女の鞭が追い打ちとばかりに振るわれ、跳躍する。
 地面を抉り、木をへし折って振るわれ続ける鎖鞭。姉さんが押されている……いや、どちらかと言えば、姉さんの動きの方に精彩が欠けている!?
 やっぱり姉さん、冷静さを保てていないんだ!
 
「翼さん!!」
「姉さん!!」
 思わず立花と揃って飛び出そうとする。しかし、少女はそれを阻むようにこちらへと杖を向けた。
「お呼びではないんだよ。こいつらでも相手してな」
 杖の中心部に嵌められた宝玉から、黄緑色の光が放たれる。
 光は俺達の眼前に着弾すると……その光から四体のノイズが現れた。
「なっ!?」
「えっ……ノイズが、操られてる!?どうして!?」
「そいつがこの『ソロモンの杖』の力なんだよ!雑魚は雑魚らしく、ノイズとでも戯れてな!」
「ソロモンの杖……ノイズを操る力を持った、完全聖遺物だと!?」
 現れたノイズは、これまで見たことが無い個体だった。
 トーテムポールのように細長い体躯、丸い頭に嘴が付いた鳥みたいな顔。腕は無く、細い両足だけが身体を支えている。
 縦に長い巨体は、立花の身長の5倍以上はあるだろう。ダチョウ型、というのが適切だろうか?
「新種に初手で接近戦は避けたい、一旦離れるぞ立花!」
「わあっ!!」
 立花の手を引いて駆け出す。しかし、ダチョウノイズ達の能力は予想していないものだった。
 
 ダチョウノイズらの口から、吐き出された白い粘着質な液体が吐き出される。
「えぇっ!?うぇぇ何これ……動けない!?」
「拘束用の粘液だとぉ!?このっ!!」
 立花の手を引きながら、なおかつ別々の四方向から放たれたのでは避ける事もできず、俺と立花は、四方からの粘液に揃って囚われてしまった。
 ベトベトしてる上に粘着力が高く、まるで蜘蛛の糸のようにこちらの動きを封じてくる粘液に、生理的な嫌悪感を覚える。
「そんな……ウソ!?」
「立花!しっかりしろ!」
 ってか、俺はともかく立花にこんなばっちいモンをぶっかけるんじゃねぇ、このせいたかのっぽ共!!
 クソッ!腕に力を集め、両腕のエルボーカッターで切断出来れば……ダメだ、腕が動かせないように刃が触れない位置を狙って拘束されてる!
 こいつら、ノイズのくせに頭が良いぞ!?
 
 ……ということは、あのソロモンの杖って完全聖遺物に備わっているのは、ノイズを召喚して操る能力……。しかも、結構細かい命令を下せる代物なのでは?
 ソロモン王の名を冠する聖遺物といえば、『ソロモンの指輪』なら有名だ。
 全72柱の悪魔を従える魔術の王。神に授けられたその指輪こそが、悪魔達を従える契約の象徴だと言うが……杖、か。
 従えていたのは悪魔ではなく災厄
ノイズ
そのものであり、その聖遺物の実態は指輪などではなく杖だったというわけか……。
 感心してる場合じゃないな。とにかくこいつを何とかしないと……!
 
「はあああーーーッ!!」
「……ッ!?」
 姉さんが再び大剣を手に突進する。
 両手で持った鞭で防ぐ少女に、姉さんは吼える。
「その子達にかまけて、私を忘れたかッ!!」
 姉さんが一瞬の隙を突いて足を払い、少女はバランスを崩してよろめく。
 更に姉さんは何度も少女に回し蹴りを繰り出し、両脚の刃を振るう。
 少女も負けじとその脚を鞭で受け止め、啖呵を返す。
「ぐっ……!!この、お高くとまるなッ!」
 そのまま姉さんの足を掴むと、力任せに放り投げた。
「なっ!?ぐううううッ!」
 地面を抉って吹っ飛ばされ、地面を転がる姉さん。
 更に少女は跳躍し、素早くその先へと回り込むと姉さんの頭を踏みつけた。
「のぼせ上がるな人気者。誰も彼もが構ってくれるなどと思うんじゃねぇッ!!」
「くっ……」
 鎧の少女は姉さんを見下ろすと、俺たちの方を見ながら言った。
「この場の主役だと勘違いしてるなら教えてやる。狙いはハナッから、そいつらをかっさらう事だ」
「え……わたし、たち……?」
「何だと!?」
「鎧も仲間も、アンタにゃ過ぎてんじゃないのか?」
 姉さんは囚われた俺達の方を見て、鎧の少女を睨み付ける。
「……繰り返すものかと、私は誓った!!」
 空へと剣を掲げると、千の剣が闇を裂いて降り注ぐ。
 
〈千ノ落涙〉
 
 無数の刃に鎧の少女はバックステップを踏んで後退する。
 その隙に姉さんは立ち上がり、サイドステップと共に駆け出した。
 それを追う鎧の少女。二人がぶつかり合い、公園内で何度も爆発が起こる。
「そうだ!私もアームドギアが使えれば!」
 立花が動かない腕に力を込め、願うように見つめる。
「出ろ!出ろぉ!私のアームドギア!!」
 しかし、シンフォギアは何も反応しない。何度念じても、アームドギアが形成されることはなかった。
「何でだよぉ……どうすればいいのかわっかんないよぉ……」
 泣きそうな声で立花は俯く。クソッ、俺もアームドギアさえ使えれば……この状態じゃ出せても振り回せず、落としちまうだけだ……!
「どうすれば……どうすれば立花も、姉さんも助けられるんだ!!」
 
 ∮
 
 何度目かの打ち合いの末、少女が鎧の力に振り回されているわけではなく、その力が本物だと気がついた頃だった。
 少女はその手に握る完全聖遺物、ソロモンの杖の力で何体ものノイズを召喚し、私へと嗾ける。
 ノイズの増援を蹴散らし、少女へと刃を振り下ろす。
 少女も負けじと刃を受け止め、懐に飛び込んだ所で格闘戦を交えて距離を取る。
「はぁっ!!」
 小刀を3本、少女へと投擲すると、少女は狙い通りそれを鞭で弾き返した。
「ちょせえ!!そんなの食らうか!」
 少女は高く跳躍すると、鞭の先に溜めたエネルギーを球状に固めると、力任せに投げ放った。
「それじゃ、こっちの番だ。たあああーーー!!」
 
 〈NIRVANA GEDON〉
 
「──ぐあっ!!」
 防ぎきれず、爆発とともに後方へと吹き飛ばされ地面を転がる。
「姉さん!!」
「翼さん!!」
 弟と後輩の声が聞こえる。身動きの取れない自分達よりも、私の方を心配してくれるとは……まったく……。
「ふん、まるで出来損ない……」
 爆煙の向こうからこちらへと向かって来る少女の言葉に、あの日の光景が頭を過る。
「確かに、私は出来損ないだ……」
 私がもっと強ければ……。あの時、私が奏を守れていれば……。
「この身を一振りの剣として鍛えてきた筈なのに、あの日、無様に生き残ってしまった……。出来損ないの剣として、恥を晒して来た……」
 そして、今度は血を分けた大切な弟と、その弟が守ると誓った後輩を失うかもしれない……。
「だが、それも今日までの事。奪われたネフシュタンを取り戻す事で、この身の汚名を雪がせてもらう!!」
 それだけは……そんな無様だけは絶対に晒せない!
 防人として……先輩として……姉として……家族として!!
 何としても、二人だけは絶対に守りきって見せる!!
 ……たとえ、この生命に変えてでも──。
「そうかい。脱がせるものなら脱がして……──ッ!?なっ、動けない……ッ!?」
 
〈影縫い〉
 
 先程投擲した小刀が少女の影に突き刺さり、身体をその場に縫い止める。
 これで避ける事は出来ない。確実に、邪魔される事無く唄う事が出来る。
「月が出ているうちに、決着を付けましょう……」
 月を覆い隠そうとする雲を見上げ、私は剣を天へと掲げた。 
 

 
後書き
NGシーン、あるいは少しのズレで有り得たかもしれない展開。

響「えぇっ!?うぇぇ何これ……動けない!?」
翔「拘束用の粘液だとぉ!?このっ!!」
響「わあっ!?脚が滑った!わああっ!?」(尻もちをつく)
翔「立花ッ!大丈夫か!?」
響「いたた……うへえぇ、もう身体中がベトベトだよぉ……って、翔くんこそ大丈夫!?なんか凄くバランス取りづらそうだけど!?」
翔「ああ……立花が転んだ時に脚が縺れてな……。すまない立花もう足が持たなっうわあああ!?」(バランスを崩して転倒)
響「うわあああ!?ちょちょちょっ!翔くん顔が近いって!!っていうかどこ触ってるの!!」
翔「すっ、すすすすまない立花!本ッ当にごめん!!今すぐ離して……ちょっ、これ、離れない!?ベットベトにくっ付いてて掌が剥がれない!?」
響「うそおぉぉぉ!?あっ、ちょっ、翔くん……その手、あんまり動かさなッ……ひゃうっ!?」
翔「だああああああ姉さん早く何とかしてぇぇぇぇぇ!!」
(お互い粘液でグチョグチョになった状態で、翔が響を押し倒しているような姿勢に)
翼もといANE「きっ、ききき貴様あの二人に何ということを!!」
クリス「知るかッ!あああ、あたしは何も悪くねぇ!!ってかお前らそういうのは家でやれぇぇぇぇぇ!!」

戦場でナニをヤッてるんだと怒られる展開。二人揃ってダチョウノイズに襲われるって展開と一緒にこういう構図が浮かんだけど俺は悪くない!!
それはさておき、次回は絶唱回です。防人の唄を聞きましょう。 

 

第23節「防人の絶唱(うた)」

 
前書き
前回、危うく2話分くらい書く所だったんだよなぁ。筆がノッていたというより、4話観ながら書いてたからでしょうけど。

それを分割する事で出来た分が今回です。防人の唄を聞け!
 

 
「……まさか、唄うのか!?『絶唱』をッ!?」
 鎧の少女の顔色が変わった。身動きが取れない今、次に来る攻撃の直撃を免れないからだ。
 でも、今姉さんが唄おうとしているのは……その歌は、歌ってはいけない禁断の唄だ!!
「ダメだ姉さん!その歌は!!」
「翼さん!!」
 俺と立花の叫びを聞くと、姉さんはゆっくりとこちらを見る。
 その表情はとても穏やかで……姉さんの心境がよく伺えた。
 やめろ姉さん!俺達を守った上で……奏さんの元へ行こうだなんて、考えるな!!
 
「防人の生き様……覚悟を見せてあげるッ!!その胸に、焼き付けなさい……」
 俺達の方からすぐに鎧の少女へと視線を移して、姉さんはそう豪語した。
 その言葉はおそらく、この場にいる者全てに向けられていて……姉さんがただあの日の生き恥を雪ぐだけではなく、俺や立花に"人類を守る者"としての覚悟を固めさせる為の礎になろうとしている事を実感させた。
「やらせるかよ……好きに……勝手にッ!」
 少女が握るソロモンの杖からノイズが召喚される。しかし、身動きが取れないからか、それとも絶唱への恐怖からか。その狙いは外れ、ノイズ達は姉さんの遥か後方に放たれた。
 やがて、剣を天高く掲げた姉さんはゆっくりと唱え始めた。
 命を燃やし、血を流しながら唄う絶
ほろ
びの唄を……。
 
Gatrandis(ガトランディス) babel(バーベル) ziggurat(ジーグレット) edenal(エーデナル) Emustolronzen(エミュストローゼン) fine(フィーネ) el(エル) baral(バーラル) zizzl(ジージル)──」
 
Gatrandis(ガトランディス) babel(バーベル) ziggurat(ジーグレット) edenal(エーデナル) Emustolronzen(エミュストローゼン) fine(フィーネ) el(エル) zizzl(ジージル)──」
 
 辺り一体の空間が、半球状をした紫色のフィールドに覆われる。
 姉さんは刀を納め、ゆっくりと少女へ近づいて行く。
 縫留られた身体を動かそうと藻掻く少女へと、まるで抱擁と共に口付けを交わすように密着する。
 最後の一節を唄いきった時、シンフォギアから放たれた圧倒的なエネルギー波が、姉さんを中心に、その場にいた全てを吹き飛ばした。
「う、うわああああああーーーーッ!?」
 
「あっ……がっ、はっ……」
 ほぼゼロ距離で絶唱を食らい、何本もの木にぶつかりながら後方へと吹っ飛ばされる。
 公園の池の真ん中に置かれた岩にぶつかってようやく、あたしの身体は浅い水の中へと落ちた。
 全身を襲う鈍い痛み。でも、ゆっくり寝ている暇はあたしにはなかった。
「ぐっ……ああッ……!うぐっ……がっ……ううっ……!」
 全身を鋭い痛みが駆け抜ける。ネフシュタンの鎧に備わった自己再生能力だ。破損した箇所を再生しようとして、装着してるあたしの身体を破片が侵食しようとしている痛みが、全身のあちこちから突き刺してくる。
(ぐっ──クソッ……ネフシュタンの侵食が……ッ!この借りは……必ず返すッ!)
 侵食の痛みに耐えて立ち上がると、空高く跳躍する。
 おそらく奴らは追って来られないだろう。だったら今は、フィーネの所に戻った方がいい。
 この破片を取り除いてもらったら、すぐにリベンジしてやる!!
 
 この時のあたしは、何も分かっていなかった。
 
 フィーネの本当の狙いも、あたし自身の本当の気持ちも。
 
 そして……あたしの帰りを待ってくれている、優しい人がいる事も……。
 
 ∮
 
 絶唱の余波で抉れた地面。その真ん中に、姉さんは独りで立っていた。
 ダチョウノイズの粘液はノイズごと消し飛んでおり、俺と立花は急ぎ、姉さんの方へと走る。
「姉さん!!」
「翼さーーーん!!翼さ……うわっ!!」
「立花!」
 つまづいて転びそうになった立花を、何とか支える。
 そこへ、急ブレーキを踏む音と共に、二課の黒い自動車が停車する。
「無事かッ!翼ッ!!」
 ドアを開けて出て来たのは、叔父さんと了子さん。
 二人とも険しい表情で姉さんの方を見ている。
 
「私とて、人類守護の使命を果たす防人……」
 俺達の視線が集まる中、姉さんはゆっくりと振り返った。
 ヒビ割れ、破損したギア。足元には真っ赤な血溜まり。
 そして何よりショックだったのは……。
「こんな所で、折れる剣じゃありません……」
 両眼と口から血を流し、瞳孔の開いた虚ろな目をした姉さんの顔だった。
 そして、姉さんはそのまま糸の切れたマリオネットのように、力なく地面へと倒れる。
 倒れる瞬間、俺は慌てて駆け出し、ボロボロになった姉さんの身体を抱き留めた。
「姉さん……姉さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「あ……あ、あ……翼さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
 白い月が照らす夜空に、俺と立花の叫び声だけが、静かに吸い込まれて行った。
 
 ∮
 
「辛うじて一命は取り留めました。ですが、容態が安定するまでは絶対安静。予断の許されない状況です」
「よろしくお願いします」
 リディアン音楽院のすぐ隣にある病院の廊下。オペを担当するドクターに、叔父さんと黒服さん達が頭を下げる。
 無論、俺もその隣で静かに頭を下げていた。
 やがて頭を上げると、いつものワイシャツの上からスーツを着た叔父さんは、黒服さん達へと向き直り、指令を下す。
「俺達は、鎧の行方を追跡する。どんな手がかりも見落とすな!」
 ぞろぞろと病院の外へ出ていく、調査部の黒服職員達。
 それを見送ると、俺は待合室のソファーに座って俯いている立花の左隣に腰を下ろした。
「……立花のせいじゃないさ。俺だってあの場にいながら、何も出来なかった……」
「……でも、私がもっと強ければ、翼さんは……」
 ……ダメだ。励まそうにも、いい言葉が浮かばない。
 立花だけじゃない。俺も立花と同じ事を考えてしまうからだ。
 姉さんが絶唱を唄う事を防げなかった。それは、俺の不甲斐なさでもある。
 そう考えると、何も言えなくなってしまう……。
 
「……二人が気に病む必要はありませんよ。命に別状はありませんでしたし、絶唱は翼さんが自ら望み、唄ったのですから」
 突然耳に飛び込む第三者の声に、俺達は顔を上げる。
「緒川さん……」
 そこには、端末を自販機にかざして飲み物を購入する緒川さんがいた。
「翔くん、少し昔話をしようと思うんだけど、いいかな?」
「……お願いします」
 俺だけじゃ立花を励ませない。ここは緒川さんの助け舟に乗るとしよう。
 そう思い、俺は緒川さんに話してもらうことにした。
 姉さんの心の支えにして、無二のパートナー。俺にとっては、もう一人の姉のような存在だった人。
 先代ガングニール装者、天羽奏
あもうかなで
さんの話を……。
 
「……響さんもご存知とは思いますが、以前の翼さんはアーティストユニットを組んでいました」
「ツヴァイウィング、ですよね……」
「その時のパートナーが天羽奏さん。今はあなたの胸に残る、ガングニールのシンフォギア装者でした。2年前のあの日、奏さんはノイズに襲撃されたライブの被害を最小限に抑えるために、絶唱を解き放ったんです……」
「絶唱……翼さんも言っていた……」
「シンフォギア装者への負荷を厭わず、シンフォギアの力を限界以上に解き放つ絶唱は、ノイズの大群を一気に殲滅せしめましたが、同時に奏さんの命を燃やし尽くしました……」
「それは、私を救うためですか……?」
 緒川さんは何も答えない。その沈黙は、立花の質問を敢えて否定も肯定もしない、正しい答えだったと思う。
 
 湯気を立てる珈琲を一口飲み、緒川さんは話を続ける。
「奏さんの殉職。そして、ツヴァイウィングは解散。独りになった翼さんは、奏さんの抜けた穴を埋めるべく、がむしゃらに戦ってきました……」
 絶唱を解き放つ直前の、姉さんの言葉を思い出す。
『防人の生き様……覚悟を見せてあげるッ!その胸に、焼き付けなさい……』
 きっと奏さんが生きていれば、姉さんもあんな真似はしなかっただろう。
 そう思うと、やっぱり奏さんの死が悔やまれる……。
「……不器用ですよね。同じ世代の女の子が知ってしかるべき恋愛も遊びも覚えず、ただ剣として戦ってきたんです。でもそれが、風鳴翼の生き方なんです」
 
「そんなの……酷すぎます……」
 立花の頬を涙がつたう。小さく嗚咽しながら泣き始めた立花の右肩に、俺はそっと手を置いた。
「そして私は翼さんの事を何も知らずに、一緒に戦いたいなんて……奏さんの代わりになるだなんて……」
「僕も、あなたに奏さんの代わりになってもらいたいだなんて思っていません。誰も、そんな事は望んでいません」
「緒川さんの言う通りだ。立花は立花だろ?」
 そう言うと、立花はハッとしたように顔を上げた。
 それを見てから、俺は更に続ける。
「奏さんの立場は奏さんだけのものだ。だったら、立花は立花だ。姉さんの後輩、"立花響"として姉さんを支えてくれればいいんだよ」
「私は……私として……」
「そうそう。それだけは絶対、他の誰でもない"立花響"にしか出来ない事なんだからな」
 自然と零れた微笑みと共に、肩に置いた手で立花の頭を撫でる。
 汗で少しだけベトッとしていたけど、頬に触れた時と同じ柔らかい感触が掌に伝わった。
 それを見ていた緒川さんは優しげに微笑むと、立花へと向けて言った。
「ねえ響さん、僕からのお願いを聞いてくれますか?」
「……え?」
「これから先も、翼さんの事を好きでいてあげてください。翼さんを、世界でひとりぼっちになんてさせないで下さい」
 そう言った緒川さんの目は、とても優しくて……心の底から姉さんの事を慮ってくれているのが伝わった。
「俺からもよろしく頼む……。姉さん、不器用だから友達少なくてさ。これからも仲良くしてくれると嬉しい……」
 俺も緒川さんと一緒に立花を見つめる。それを聞いて、立花は静かに頷いた。
「はい……」
 
 ∮
 
 どこまでも、どこまでも、下へ下へと落ちていく空の中で。
 
 ふと、懐かしい姿とすれ違った気がして目を開く。
 
 目を開いて身体を縦に直すと、視線の先には……
 
 あの頃と変わらない奏の後ろ姿があった。
 
 こちらを振り返った奏の顔は、どこか哀しげに私を見つめる。
 
 そんな顔はしないでほしい。私は奏に向かって叫んだ。
 
「片翼でも飛んでみせる!どこまででも飛んでみせる!だから笑ってよ、奏……」
 
 いつの間にか空は海の中へと変わっていて、私の意識は深い奈落の底へと落ちていく。
 
 最後に映った奏の顔は、振り向いた時よりも哀しそうに……無言で何かを伝えようと、私を見つめ続けていた……。 
 

 
後書き
防人、とうとう絶唱しました。
「その胸に焼き付けなさい」のニュアンス変えてみたつもりなんですけど、伝わってるだろうか……?
それと緒川さんの名台詞も一文だけ変更しました。溝が早めに埋まってるので、嫌われる理由がありませんからね。

奏「はい、ここで新コーナー『天羽奏のお悩み相談室』~!」
翼「えっ?奏、さっきの物悲しい終わり方の後にこんな事してていいの!?」
奏「大丈夫大丈夫、だって本家アニメも今の本編も、翼は泣かされっぱなしじゃないか。ここでくらいはっちゃけようぜ」
翼「そ、そんな事言われても……」
奏「さて、今日のお便りはこちら!SN
ソングネーム
・弟リニティーさんから!」
翼「ど、どうも……?」
奏「『奏さん、どうもご無沙汰してます。いつも姉がお世話になっております』そりゃどうも~」
翼「え?今、姉って……」
奏「『実は最近、一つ悩みがあります。それは決めゼリフ。自分だけ決めゼリフと呼べるものがないような気がしているんです』なるほど、そりゃあ悩みどころだな」
翼「そう言われてみると、確かに……」
奏「『立花の「へいき、へっちゃら」や「だとしても!」、姉さんのSAKIMORI語、まだしばらく敵役やってるあの子の「ちょせえ!」や「ばーん♪」、司令の「~だとぉ!?」、奏さんの「生きるのを諦めるな!」のような、印象的に残る決めゼリフが欲しいです』うーん、こいつは難しいかもな」
翼「いや、お前も中々印象的なセリフは多かったはずでは……」
奏「はいはい、送り主の個人情報は伏せような~。で、決めゼリフか……こればっかりはこの先見つけて行くしかないと思うぞ。こういうセリフって言ってる本人の内面や価値観を象徴してるからな。だから、それを見つけられるのはお前自身だけだ。いつか、そう言う口癖が出来たら、それを使えばいいと思うぞ?」
翼「もしくは、普段時々出て来る防人語から一つ、多用するのもアリだな。知らぬ間に定着して驚くくらいだぞ」
奏「そうだな。それじゃ、今回のコーナーはこれで終わりだ。それじゃ、またな!」
翼「一体私は何をしていたんだろう……」

次回、OTONAとの修行!お楽しみに! 

 

第24節「言えない秘密と始まる特訓」

 
前書き
今日のところはここまで。明日からはまた新章がスタートします。

さて、今回はOTONAへの弟子入り回になりますよ! 

 
 司令室に集まった俺達は、今回の一件で気になった点についての議論を交わしていた。
「気になるのは、ネフシュタンの鎧をまとった少女の狙いが、翔と響くんだということだ」
「それが何を意味しているのかは全く不明……」
「いや、共通点なら一つだけ」
 了子さんの言葉を否定して、人差し指を立てる。
 俺達が狙われる理由があるとすれば、おそらくは……。
「俺も立花も、聖遺物との融合症例である……この一点かと」
「なるほど……となれば、個人を特定しているのみならず、我々しか知らないはずの情報を握っているというわけだ。必然的に、この二課の存在も知っているはずだな」
「内通者、ですか……」
 藤尭さんが不安げな顔をする。
 確かに、二課の情報が漏れている以上、内通者の存在があるはずだ。
 あの鎧の少女を裏で操っている何者か。それに与している内通者の存在は疑わざるを得ない。
 
「2人の融合症例を拉致する事が狙い……。もしその目論見が成功すれば、響ちゃんも翔くんも碌な目に遭わないでしょうね。ありとあらゆる生体実験、解剖素材として扱われちゃうかも……」
「そ、そんな……」
 立花が怯えた表情を見せ、後退る。
 その肩に手を置くと、立花は俺の顔を見た。
 俺は立花、そして了子さんの顔を見て宣言する。
「そんなこと、絶対にさせません。自分の身は勿論、立花は俺が守ります」
「翔くん……」
 了子さんはそれを聞くと、何故か可笑しそうに笑った。
「翔くんは本当に響ちゃんにベタ惚れよね~」
「ベッ、ベタ惚れって何ですか!?俺は二課所属の装者として当然の事を……」
「そういう真面目すぎる所、弄り甲斐はないけど嫌いじゃないわよん」
 そう言って、了子さんはやれやれ、と言うように肩を竦めた。
 
「わたしも、強くならなくちゃ……」
 立花がそう呟いた。皆の視線が立花に向けられる。
「シンフォギアなんて強い力を持ったのに、わたしがいつまでも未熟だから……。翼さんだって、ずっとずっと泣きながらも、それを押し隠して戦っていたのに……。悔しい涙も、覚悟の涙も、誰よりも多く流しながら……」
「響くん……」
 立花の後悔は尤もだ。1ヶ月間、シミュレーションを重ねて来たとはいえ、彼女は単騎で戦える所まではまだ鍛えられていない。基礎を積んでいないのもあり、この中で一番練度が低いのは立花だ。
 ……でも、あの瞬間の姉さんは"誰よりも強い剣"じゃなくて、"弟を守る姉"として、"シンフォギア装者の先輩"として唄いきった。俺の目にはそう映っていたよ……姉さん。
「……わたしだって、守りたいものがあるんです!だから──ッ!」
 
(──だから、わたしはどうすればいいんだろう……?)
 
 わたしの迷いは口に出ることなく、心の奥底へと吸い込まれて行った
 
 ∮
 
「響?」
 屋上のベンチに座り、一人で考え込んでいると、やって来た未来に声をかけられた。
「未来……」
「最近、1人でいる事が多いんじゃない?」
 未来はこっちに歩いて来ながら、そう聞いてきた。
「そ、そうかな?そうでもないよ?わたし、1人じゃなんにも出来ないし、この学校だって未来が進学するから──」
 隣に座った未来に、手を握られる。
「だって響、無理してるんでしょ?」
 未来の言葉は図星だった。あーあ、やっぱりわたし、隠し事向いてないみたい。
「……やっぱり未来には敵わないや」
「もしかして、翔くんと何かあった?」
「そっ、そんな事ないよ!これは翔くんの事とは関係なくて……」
 そこでちょっとだけ、言い淀んでしまう。
 これは、翔くんの事と全く無関係じゃないから。ちょっとだけ、嘘を吐いている気がして……。
 ふと昨日、翔くんから言われた事を思い出した。
 
『立花、小日向とは上手くいっているか?』
 ミーティングの後、翔くんは藪から棒にそんな事を聞いてきた。
 喧嘩はしていない。でも、隠し事を続けないといけないのは辛い。
 そう言ったら、翔くんは少し考え込む素振りを見せて、それからこう言った。
『嘘を吐くのは辛い。それが傷付けるためのものではなく、大切な人を守る為の優しい嘘なら尚更だ。だから、隠し続けるのが辛い時は、嘘の中に少しだけ真実を混ぜる事も必要になってくる』
 嘘の中に少しだけ……?
 首を傾げると、翔くんは優しく微笑みながら続けた。
『人を騙す方法の一つに、「真実8割、嘘2割」って配分があってな。人を騙すのにも100%の真っ赤な嘘じゃ、当然だけどボロが出る。でも、本当の話をした中に少しだけ嘘を混ぜるだけで、その嘘は現実味を帯びてくるんだ』
 言ってること全然分かりません、と言ったら翔くんはまた少し考え込んでから、つまり、と言った。
『これ、人を騙す為だけじゃなくて、人を守る為の嘘にも使えると思うんだ。隠さないといけない大事な部分は嘘で隠すとして、それ以外の所はちゃんと本当の事を話す。そうすれば、全部隠してるよりは少しだけ気が楽だと思うぞ?……まあ、嘘を吐くのが苦手そうな君に言っても、役に立つかは分からないが……』
 困ったような顔でそう付け足す翔くんに、一言多いよ~、と頬を膨らませる。
 でも、翔くんの優しくアドバイスは、わたしの心にしっかりと染みていた。
 
「未来……ちょっとだけ、相談してもいいかな……?」
「うん……いいよ?」
 このまま隠し続けても、未来を心配させるだけだ。
 だからわたしは、ちょっとだけ話してみる事にした。
 どこまで隠せるかは自信ないけど……でも、未来のためだもん!
「わたしね……強くならなくちゃ、いけないんだ……」
「強く?」
「そう。私はまだまだ全然ダメで、翔くんにも迷惑かけちゃってる。翔くんは優しいから、全然迷惑だなんて思ってないと思うけど……やっぱりわたしも、翔くんに頼りっぱなしじゃダメだよね」
 そこまで言うと、未来は少し考え込む。
 うう……やっぱり色々隠しながら話すのって難しい……。
 
「……あのね、響。どんなに悩んで考えて、出した答えで一歩前進したとしても、響は響のままでいてね」
「わたしのまま……?」
 立ち上がり、空を見ながらそう言った未来に首を傾げる。
「変わってしまうんじゃなく響のまま成長するんだったら、私も応援する。だって響の代わりは何処にもいないんだもの。いなくなってほしくない」
「……わたし、わたしのままでいいのかな?」
「響は響じゃなきゃ嫌だよ」
 その言葉に、翔くんの言葉が重なる。
 私は私、"立花響"のままであればいい……。二人共、私に同じ言葉をかけてくれている。
 その同じ言葉に中学の頃、胸に刺さった棘が1本、抜け落ちた気がした。
「ありがとう、未来。わたし、わたしのまま歩いて行けそうな気がする」
 学校の隣にある、翼さんが入院している病院を見ながら、わたしは決意を握る。
「そっか。ならよかった」
 そう言って微笑むと、未来はスマホを取り出した。
「実はこの前の流星群、動画に撮っておいたんだ」
「え!?見たい見たーい!」
 未来のスマホを借り、動画を再生する。
 
 でも、カメラには真っ暗な空しか映ってなくて、星なんて一つも見えていなかった。
「んん?……なんにも見えないんだけど……?」
「うん、光量不足だって」
「ダメじゃん!!」
 そうツッコむと、わたしと未来の間には自然と笑顔が咲いていた。
「あははは、おっかしいな~もう……。次こそは、最後まで一緒に見ようね?」
「今度は絶対、途中で抜けないでよ?」
「うん!今度は翔くんも連れて来ていいよね?」
「え……う~ん……まあ、響がそれでいいなら……」
 何故か少しだけ困ったような顔をした後、未来はそう言った。
 あの日、翔くんと翼さんは空を見上げる人達を守る為、自分たちは空より目の前だけを見続けていた。
 だから、今度は2人よりも3人で!忙しくなかったら、翼さんも連れて来て4人で一緒に見よう!
 
 ──わたしだって、守りたいものがある。わたしに守れるものなんて、小さな約束だったり、何でもない日常くらいなのかもしれないけど、それでも、守りたいものを守れるように……わたしは、わたしのまま強くなりたい!
 
 ∮
 
「たのもーーーッ!!」
「なっ、何だいきなり!?」
「ようやく来たか、立花」
『風鳴』と木製の表札がかけられた屋敷の門を叩き、声を張り上げる1人の女子校生。
 家主の風鳴弦十郎は驚きながら戸を開く。一方、一緒にアクション映画を見ていた甥の風鳴翔は、予期していたかのように落ち着いていた。
「わたしに、戦い方を教えて下さい!!」
 立花響は二人の顔を見ると、綺麗にお辞儀しながらそう言った。
「この俺が、君に?」
「はい!翔くんを鍛え上げた弦十郎さんなら、きっと凄い武術とか知ってるんじゃないかと思って!」
 そう言われ、弦十郎は少し考え込むような素振りを見せると、真面目な表情で答える。
「……俺のやり方は、厳しいぞ?」
「はい!!」
 響は迷わず頷いた。それを見て、翔は満足そうに笑っている。
「時に響くん、君はアクション映画とか嗜む方かな?」
「……え?」
 これからどんなトレーニングが始まるのかと胸を踊らせていた響は、弦十郎からの予想外の質問に困惑する。
 すると翔が、腹を抱えて笑い始めた。
「翔くんどったの?」
「あはははは、いや、ゴメンゴメン。予想通りの困惑っぷりに、思わず、ね……」
 疑問符を浮かべる響に、翔は叔父の口癖であるあの言葉を教えた。
「叔父さんの鍛錬方法は特殊でさ、『飯食って、映画見て、寝る』。これがこの人の鍛錬方法だから、真似するにしてはアテにならないんだこれが」
「え!?ええええええええええええ!!??」
 それでどうやってあの強さを?と困惑する響に、翔は続ける。
「だから、俺はそれを実践しながらも筋トレやスパーリングも取り入れてなんとかここまで自分を鍛えて来たんだよ」
「そ、そうなんだ……」
「それに実際、叔父さんのは過程をすっ飛ばしてるだけで、アクション映画で戦い方を観察して真似し、映画の通りに鍛える……これが確かに効果あるんだよ。叔父さんのは特殊というか、もはや異常なんだけど」
「うむ。映画は偉大、という事だな!」
 弦十郎の破茶滅茶っぷりを実感しつつ、響はこの人なら師匠として申し分ないと実感するのだった。
「というわけで、叔父さん。宜しく頼めますか?」
「俺でいいなら、いくらでも鍛えてやる。2人纏めて相手してやるから、覚悟しとけよ!」
「はいッ!師匠!」
「よろしくお願いします、叔父さん!」
 
 こうして響は翔と共に、弦十郎の元で修行する事となった。
 弦十郎の好きなアクション映画、または翔オススメの特撮映画を鑑賞し、朝早くから街中をランニングしスパーリング。時間があれば筋トレを続けた。
 また、シンフォギアを纏って戦う以上、歌を磨くのも忘れない。
 未来や友人達を誘い、カラオケへ行っては高得点を狙って歌い続ける。
 翔はカラオケに同伴こそしなかったが、インナーマッスルの鍛え方や発生方法といった点でアドバイスしつつ、自らも演奏技術を高めるべくバイオリンを握っていた。
 やがて、弦十郎の自宅の一角にある道場では、道着姿がやたら様になっている少年少女と、明らかに格ゲーの世界から飛び出してきたのではと思われる大人一名が、組手を行う光景が日常化したそうである。 
 

 
後書き
XDと原作を両方見ながら、その間を取った台詞回しにしつつ、原作と違う状況と照らし合わせてセリフ改変するの、めちゃんこ大変です。
ちなみにOTONAは黒の道着に数珠、ビッキーが白の道着に赤襟巻きなので、OTOKOは灰色の道着に青鉢巻です。

響「師匠の修行、すっごい身になるね翔くん!」
翔「だろ?俺が世界で1番信頼してる大人が師匠なんだ、効果覿面に決まってるさ」
響「これ続けてたら、私達も師匠くらい強くなれるかな?」
翔「2人でOTONAへの階段を登るのか?」
響「お、おおお大人の階段!?それはまだ早すぎるというか、何というか!?」
翔「そっちじゃねぇ!そういう意味じゃないから!」
翼「そうだ!お前達にはまだ早い!」
翔・響「「姉(翼)さん!?」」
翔「入院してた筈じゃ……」
翼「何やらとんでもない発言が聞こえた気がしたので飛び出して来た」
響「これが防人の底力……!」
翔「SAKIMORIってやべぇ……!」
緒川「何やってるんですか翼さん、病室に戻りますよ」
翼「離してください緒川さん!私は2人に間違いが起こらないよう、姉として釘を刺す義務が!」
緒川「以前に比べて大分認めて来てくれてるのは良いことですが、絶対安静って言われてるの忘れないでください!話なら(病院の)ベッドで聞けばいいじゃないですか!」
響・翼「「えっ」」
翔「ああ……聞き間違いが聞き間違いを……。これもきっと、バラルの呪いってやつの仕業なんだ」

正直ブラコンSAKIMORIなら、弟に何かあった瞬間復活する気がする……。
さて次回、天下の往来独り占め作戦が迫る! 

 

第25節「なお昏き深淵の底から」

 
前書き
これを投稿した頃といえば、XDの確定ガチャで無事にリミッター解除されたOTONAを加入させることが出来た頃!
RN式をネタに書いてる自分が、RN式未所持なのはシャレになりませんからね。
今ではRN式緒川さん共々OTONAパーティー組んで暴れてもらってますw

それから、後書きネタにいい反応してくれるクロックロさんと出会えたのもこの頃。ああいう視点でツッコミ入れてくれるのは、あの人くらいだったなぁ。お陰で後書きや本編でネタにしていける部分が増えたりしたし、また読みに来てくれると嬉しいな……。

と、このように皆さんの面白い視点からの感想で、作者のストックが潤う事もありますので、感想はどんどん送って欲しいです。
もしかしたら、作者自身も意図していなかったネタを提供できるかも?
それでは、デュランダル……の前に、修行の様子とクリスちゃんの例のアレです。どうぞ! 

 
「いいぞ!飯食って映画見て寝る……それが男の鍛練だ!」
「わたし、女です、師匠ッ!あとシミュレーターも使ってますッ!」
「細かい事を気にするな!よし、次はランニングとサンドバッグ打ちだ!ついてこいッ!」

 本部のシミュレーターから出てきた俺と立花は、しばらく休憩を挟み、再び修行へと戻る。
 ここ最近の放課後と休日はずっとこんな感じだ。

「そういや、今度観る予定の映画は……なるほど、カンフー映画。叔父さんの得意技、震脚なんかもここからだったっけ?」
「おお!師匠のオススメ映画ですか!」
「うむ。中国のアクション映画は、俺が最も敬愛する人の故郷のものだからな!人生で一番多く見てきた映画だ」

 叔父さん、わざわざ立花の分まで黄色いジャージ用意したくらいだからぁ。
 ちなみに俺が尊敬している俳優さんは、日本三大特撮の一つである大人気シリーズの初代主人公役。鍛え抜かれた肉体と、顔や声から溢れるパワフルなオーラ、そしてこの世界で1番バイクが似合う漢だ。
 俺も早く、姉さんと同じ二輪免許が欲しい……。

「スポーツドリンクとタオルは持ったな?では向かうぞ!」
「はい!師匠!」
「終わる頃には門限が迫ってる筈だ。遅れないよう、緒川さんに送迎を頼んでおこう」
「ありがとう翔くん!」
 
 盛り上がる3人を見つめる、二課の職員達。
 その表情は、内通者の存在への疑惑などは全く感じさせない明るさがあった。

「翔くん、すっかり響ちゃんのセコンドね」
「あの司令の特訓にここまで付いていける子、初めて見ましたよ……」

 友里は響を積極的にサポートしている翔の手際に、彼の姉を支える緒川の面影を重ね、藤尭は響の素直さと順応性の高さに感心していた。

「……それにしても、映画が教材ってどうなのかしらね?」

 そして了子はというと、弦十郎の独特な修行方法に苦笑いを浮かべていたのであった。
 
 ∮
 
 山奥の古い洋館。豪勢な外見でありながらも寂れており、何処か不気味な雰囲気を醸し出しているその建物の一部屋にて、以前ノイズに襲撃された装者達を遠巻きに観察していた金髪の女性──フィーネは、古い電話機を手に、ある人物と通話していた。

 交わされる言葉は全て英語で、女性は完全聖遺物、ソロモンの杖を片手に流暢な発音で通話を続けていた。

 部屋の天井には巨大なシャンデリアが積まれており、部屋の中心には長方形の豪華な食卓が配置されている。部屋の奥は階段付きの檀が存在しており、そこには巨大なディスプレイを始めとした精密機械が複雑に配置された実験設備となっている。

 ただ、その部屋には不自然な点も幾つかあった。
 一つは部屋の隅々に、明らかに拷問器具と思われるものが配置されている事。
 針だらけで拘束具が付けられた椅子。鳥籠のような鉄檻には、枷付きの鎖とこびり付いた血の跡、そして黒猫の死体がそのまま放置されている。

 そしてもう一つ。それは、フィーネの格好であった。
 彼女は今、ヒールとストッキング以外は何も身に付けず、そのグラマラスな肉体を晒していた。もっとも、この場にいるのは彼女と、部屋の隅にある装置に拘束され、気を失っている銀髪の少女……クリスだけなのだが。
 そのクリスも身にまとっているのは、ネフシュタンの鎧でも、衣服でもなく、やたら露出度の高いボンデージだった。
 
 やがてフィーネは電話を切ると、椅子から立ち上がりながら呟いた。

「野卑で下劣。産まれた国の品格そのままで辟易する……」

 自らに協力している取引相手への愚痴を隠しもせずに口にしながら、フィーネはクリスの前へと立つ。

「そんな男にソロモンの杖が既に起動している事を教える道理はないわよねぇ、クリス?」

 顎に手を添えると、クリスはゆっくりと目を開く。
 クリスの全身からは汗が滴っており、磔にされた彼女の足下には、その汗が水溜まりを作っていた。

「苦しい?可哀想なクリス……あなたがグズグズ戸惑うからよ。誘い出されたあの子達をここまで連れてこればいいだけだったのに、手間取ったどころか空手で戻って来るなんて」
「これで……いいん、だよな?」
「なに?」
「あたしの望みを叶えるには、お前に従っていればいいんだよな……?」
「そうよ。だからあなたは、私の全てを受け容れなさい」

 そう言って、フィーネはクリスから手を離すと、階段を降りてこの拘束具……いや、拷問器具の操作盤へと向かう。

「でないと嫌いになっちゃうわよ?」

 フィーネが操作盤のレバーを降ろすと、青白い電撃がクリスを襲う。
 感電式の拷問器具。それがこの装置の正体だ。

「うわああああああッ!!あっ、がああああああああッ!!」

 苦しみ悶え、苦痛に顔を歪めながらクリスは悲鳴を上げる。
 
 そんなクリスを見て、フィーネは恍惚の笑みを漏らしていた。

「可愛いわよクリス、私だけがあなたを愛してあげられる」
「ああぁああッ!がっ、はぁ……はぁ……」

 電撃が止まり、短く息を吐く。しかしクリスは苦しんでこそいるものの、不満を口にすることは無い。

 何故ならこの拷問器具、本来の用途こそ拷問の為だけにあるものなのだが、今現在使われている理由はそちらに重きを置いたものではない。前回の戦闘の中で、クリスの体内に侵食したネフシュタンの鎧。その破片を取り除く為の医療器具としての用途が、この拷問器具が使われている理由であった。

 ──もっとも、フィーネの趣味嗜好という側面も実は少なからず存在しているのだが。むしろ、今の二人の格好もフィーネの趣味であり、彼女の価値観に基づいたものなのだが。
 
 息を荒らげるクリスに、フィーネは再び近付き、妖艶な手つきで頬に触れる。

「覚えておいてねクリス。痛みだけが人の心を繋ぎ絆と結ぶ、世界の真実という事を……」

 クリスはその言葉を、ただ黙って息を呑み、聞いているのみだった。

「……さあ、一緒に食事にしましょうね」

 一晩中、荒療治とはいえ自分の身体を慮り、身寄りのない自分に寝食の場を与えてくれる。
 痛みさえ我慢すれば、この人は自分の事を愛してくれる。
 フィーネから、ようやくかけられた優しい言葉に、クリスは笑顔を見せる。

「……ふっ」

 次の瞬間、再びレバーが降ろされ、クリスの全身を電撃が襲った。

「うわあ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!」

 少女の苦しみはまだ終わらない。その身が青銅蛇の鎧を脱ぎ捨てる、その時までは……。
 
 ∮
 
「はッ!ふッ!」

 土曜日の朝、屋敷の庭に響き渡る掛け声。池の傍に植えられた木に下げられたサンドバッグを、立花響は一心に殴り続けていた。

「そうじゃないッ!稲妻を喰らい、雷を握り潰す様に打つべしッ!」
「言ってる事、全然わかりませんッ!でも、やってみますッ!」

 弦十郎に言われた通り、稲妻が落ちる瞬間を思い描く。

「……。──はあッ!!」

 心臓の鼓動に耳を傾け、目の前のサンドバッグに稲妻が落ちる瞬間、それを握り潰すように素早く拳を打ち込んだ。

 次の瞬間、サンドバッグを引っ掛けていた枝はへし折れ、そのままサンドバッグは池の中へと落ちて水飛沫を上げた。
 池を泳ぐ錦鯉が、驚いて水面へと飛び跳ねる。

「わぁ……やりました!!」
「うむ、よくやった!こちらも、スイッチを入れるとするか……続けるぞッ!」

 弦十郎はパンチングミットを両手に付け、構える。
 サンドバッグの次はスパーリングで精度を磨くつもりらしい。

「叔父さんの言う事をそのまま実践出来るとは……流石だ立花。俺も負けてはいられない!」

 そう言って、翔は古新聞を1枚手から離した。
 宙を舞う新聞紙に、翔は素早く手刀を振り下ろした。

「師匠、翔くんはどんな修行をしているんですか?」
「ああ。翔のシンフォギアは、腕に刃が付いているだろう?あれを使いこなせるよう、手刀の練度を上げているんだ」
「なるほど……」
「竜巻を断ち、空気を真っ二つに割るように……斬るべしッ!」

 意識を右手に集中させ、竜巻を切断するイメージを思い描く。
 新聞紙がひらひらと宙を舞う中、翔の手刀が勢いよく振り下ろされた。
 次の瞬間、新聞紙は二つに裂けて地面へと落ちた。

「翔くん凄い!」

 響が歓声を上げると、翔は新聞紙を拾ってそちらを向いた。

「ありがとう。でも、まだまだ片手だ。次は両手を使って、真っ二つどころか四つにしてやるさ」
「よし!では翔も付き合え!2人の拳が何処まで正確に打ち込まれるか、俺が見てやろう!」
「「はいッ!!」」

 弦十郎が構えると、二人は拳を握りそれに応じるのだった。
 
 ∮
 
「……どうした、翼?」
「……え、ここは──」

 目を覚ますとそこは、二課の敷地の一つである森の中で、私の隣には奏の姿があった。

「おいおい、どうしたんだよ。こんな真昼間から寝てたのか?それとも、あたしとの訓練はそんなに退屈か?」
「そ、そんなわけないッ!奏との時間が退屈だなんて!さ、さあ、続きをしよう、奏ッ!」
「いーや、そろそろ休憩だ。翼はもう少し力を抜かないとな」

 そう言うと奏はアームドギアを収納した。

「で、でも……」

 私は日々強くならなくてはいけない。休憩している暇なんて……。
 そんな私の心中を察したかのように、奏は言った。

「翼は真面目すぎるんだよ。あんまり真面目すぎると、いつかポッキリ行っちゃうぞ?」
「奏は私に意地悪だ……」
「翼にだけはちょっとイジワルかもな。いいじゃないか?それとも、あたしが嫌いになったかい?」
「……そんな事、ないけど……もう……」

 お互いに口癖のようになってしまったいつものやり取りは、そういえばこの日が初めてだっけ?
 
 そうだ──私は奏と、こんな風に過ごして──。
 
「はああああーーーッ!もらったッ!」
 
〈LAST∞METEOR〉
 
 場面は変わってノイズとの戦闘。
 奏が突き刺したアームドギアから、螺旋状にエネルギーが放たれ、ギガノイズが爆散する所だった。

「凄い、さすが奏!」
「ああ、任せとけって!さあ、残りも片付けるぞ!」
「うんッ!」

 そして全てのノイズを殲滅し、自衛隊の隊員達を救助していた際のことだった。

「……おい、大丈夫か?」

 奏が声をかけたのは、瓦礫の下で埋まっていた男性隊員だった。
 その人は同僚に肩を支えられながら、奏と私を見て言った。

「……ありがとう。瓦礫に埋まっても歌が聞こえていた。だから、頑張れた……」
「あ、ああ……」

 この時、奏は驚いた顔でそれを聞いていた。

「奏?」
「……いや、何でもないよ」

 奏は朝焼けに染まる空を見上げながら言った。

「なあ、翼……。誰かに歌を聴いてもらうのは、存外気持ちのいいものだな」
「……どうしたの、唐突に?」
「別に。……ただ、この先もずっと、翼と一緒に歌っていきたいと思ってね」
「……うん」

 その時の奏は、とても晴れやかな表情をしていた。
 まるで、何かの答えを得たような……そんな晴れやかな表情を──。
 
 そうして、私達はツヴァイウィングとなって──。

「あたしとあんた、両翼揃ったツヴァイウィングは何処までも遠くへ飛んで行けるッ!」
「どんなものでも越えて見せるッ!」

 あのライブの日を迎えた。
 そういえば、ツヴァイウィングの名前は奏と二人で考えてた時、翔に言われた一言がきっかけになったんだっけ。
 
『ユニット名か……。そういや、姉さんも奏さんも、名前に羽って入ってるよね。姉さんは奏さんと一緒なら、きっと何処までも飛んで行けるんじゃないかな?』
『2人の羽、か……。ツヴァイウィングってのどうだ?』
『ツヴァイウィング……うん、いい名前だと思う!』
『よし!じゃあ、あたし達2人は今日からツヴァイウィングだ!』
 
 私達は何処までも遠くまで、ずっと一緒に飛んで行く……その筈だった。
 
 でも、そうはならなかった。だって、あの日がツヴァイウィングにとって、最後のライブになったんだから……。
 
 ──あの日、私は片翼となった。
 
 1人じゃ飛べないよ……。苦しいよ、奏……。
 
 違う……それじゃダメなんだ。私は、奏の意志を、奏の為に1人でも──ッ!
 
「……翼」
 
 脳裏に浮かぶ思い出の彼女は、どんな時も笑い続けていた。
 
 でも、目の前を通り過ぎて行った彼女は笑わない。
 
 笑ってくれないんだ……。
 
 どうして……笑ってくれないの……?
 
 奏……。 
 

 
後書き
翔くんは学校をサボらせてくれないので、特訓はちゃんと放課後に。
一日中やるならちゃんと土日を使っております。
それから、例のシーン書いてる間がちょっと辛かったですね。

クリス「うわああああああッ!!あっ、がああああああああッ!!」
フィーネ「覚えておいてねクリス。痛みだけが人の心を繋ぎ絆と結ぶ、世界の真実という事を……」
???「ちょっと待ったああああああああ!!」(最後のガラスをぶち破る音)
フィーネ「なっ!窓から!?」
純「彼女に何をしたァァァァァァァァァァッ!!」
クリス「お、お前は……!」
純「純……爽々波純!クリスの幼馴染だッ!」
クリス「純くん!?」
フィーネ「馬鹿な、お前の出番はまだ先のはず!!」
純「申し訳ありませんが、もう我慢の限界ブチ切れ寸前!いえ、もう完全にプッツンしてるよ僕は!!なので武力介入させていただきますッ!!」
フィーネ「ほう?それはシンフォギア装者でもない小童が、私に逆らうほどの理由だと?」
純「そこの如何にもな格好した悪女っぽい人!あなたみたいな人が絆を語るのもそうですが、それ以上に、クリスに手を出そうなんざ2000年……いや、2万年早いぜ!!」
クリス「眼鏡外してその声で言っていいセリフじゃねぇだろ!!」
フィーネ「2万年……だと!?」
クリス「フィーネも真に受けて『あとどれくらい輪廻転生すればいいんだ』みたいな顔してんじゃねぇ!」
純「ともかく、貴女を略取・誘拐罪と暴行罪で訴えます!理由は勿論、お分かりですね?貴女がクリスをこんな目に遭わせ、その自由を剥奪したからです!覚悟の準備をしていてくださいッ!近い内に訴えますッ!裁判も起こしますッ!裁判所にも問答無用で来てもらいますッ!!」
クリス「覚悟の準備って何だよ!?」
フィーネ「馬鹿め、この私が法で裁ける存在だとでも?」
純「なら、その時は……ブラックホールが吹き荒れるぜ!!」
クリス「宇宙の果てまで運び去る気かよ!?」
フィーネ「面白い!ならばその前にお前にも痛みを与えてやろう!」
純「クリスは必ず取り戻す!爽々波純の名に懸けて!」
クリス「だから出てきちゃいけない赤青銀の謎眼鏡をさり気なく懐から取り出すな!!あーもうっ、誰かこいつらを止めろぉぉぉ!!」

クリス「──って夢を見たんだけど」
フィーネ「あなたの中の幼馴染どうなって……いえ、疲れてるのね。今夜はもう寝なさい」(苦笑)

本編のシリアスブレイク&どうしてこうならなかった系NGシーン。
今回はそろそろ出番が待てなくなってきた純くんの乱入でした。ちなみに、本来の彼はここまではっちゃけたキャラではないのでご安心を。
ちなみに純くんのイメージCVはマモさんです。これは勝ったな(確信) 

 

第26節「蠢く影」

 
前書き
大変長らくお待たせしました!
デュランダル編、ようやく始まります!

この日は蒼井翔太さんの誕生日だったっけ……。
カリオストロの姐さんは、AXZの中でも上位に食い込む推しでした!
XDの水着イベでも何とか交換出来たので、あとはファウストローブtypeⅡと私服のみ!
いつかはサンジェルマンやプレラーティと並べて、全員ファウストローブtypeⅡの姿でクエストに行きたいですね。 

 
「はぁ~……自分でやると決めたくせに申し訳ないんですけど、朝から一日中トレーニングなんてハード過ぎますぅ~」
 そう言って立花は、司令室のソファーに崩れ落ちた。
「そう言う割には楽しそうだぞ?ほら、汗はちゃんと拭かなきゃ風邪ひくぞ」
「まあね~……あ、翔くんありがと」
 そう言って立花は、俺から受け取ったスポーツタオルで汗を拭いた。
「頼んだぞ、明日のチャンピオン達!」
「はい、スポーツドリンクよ」
 ジャージ姿の叔父さんが、スポーツドリンクを片手に、反対側のソファーにどっかり腰掛ける。
 俺達の分のスポーツドリンクは、友里さんが手渡してくれた。
 この冷え具合、あったかいものだけではなく、冷たいものまで適温で用意してくれる友里さんは、やっぱり二課に欠かせない健康管理役だと思う。
 
「わは~、すみません!んぐんぐんぐッ……ぷは~っ!」
「あんまり一気に飲み干して、噎せたりするんじゃないぞ?」
 生き返る~っ、とばかりにスポーツドリンクをストローから吸い上げる立花に、ついつい笑いながらそんな事を言ってしまう。
 やれやれ、こんなに可愛らしい娘が彼氏いない歴=年齢だなんて……いっそのこと、貰ってしまいたい……。
 いや、何を考えているんだ俺は。
 立花にはきっと、俺なんかよりもいい人が見つかるだろう。それこそ、あの小日向でも認めるような、優しい人が……。
 俺は優しいんじゃなくて、あの日の後悔と憐憫、その贖罪で彼女を支えているだけだ。そんな偽善者なんかじゃ、彼女に並ぶには似つかわしくないだろう。
 
 だが、そんな一歩引いた考えとは裏腹に、こんな事を考える自分もいる。
 もしも、立花の方から俺を求めてきたら……。
 立花が他の誰でもなく、"風鳴翔"を選ぶような事があったとしたら……?
 
 やれやれ、そんな事を考えてしまうなんて。もしかして、これは「愛」ではなく「恋」なのではないかと疑ってしまうじゃないか。
 ──下心なんかじゃない。俺は真心を以て、立花響という少女を支えるんだ。
 
 だから……。
 
 だから……?
 
 はて、俺は果たして立花にとっての"何"なんだろうか……?
 
 そんな事を悶々と考えていると、司令室を見回した立花が、ふと思い出したように言った。
「そういえば師匠、了子さんは……?」
 言われてみれば、今朝から姿を見ていない。
 研究室にでも篭もっているのだろうか……?
「永田町さ」
「「永田町?」」
「ああ。政府のお偉いさんに呼び出されてな。本部の安全性、及び防衛システムについて説明義務を果たしに行っている」
「ああ、広木防衛大臣ですか」
 
 広木威椎(ひろきたけつぐ)氏。改定九条推進派の一人として知られる防衛大臣。この特異災害対策機動部二課やシンフォギアの存在を、「秘匿された武力」ではなく、「公の武力」として機能するよう働きかけてきた経緯があり、叔父さん、ひいては二課にとっては良き理解者ともいえる人だ。
 基本的に二課の活動については厳しい姿勢を崩さず、時に衝突する事もあったらしいけど、叔父さん曰く、それらは全て異端技術を扱う為に周囲から誤解を受けやすい二課の面々を思いやっての行動らしい。
 
 つまり、この人も叔父さんが認めるすごい大人……という訳だ。
 シンフォギアを始めとした異端技術を保有する為、二課は秘匿している情報も多い。お陰で官僚の殆どからは、お世辞にも評判がいいとは言えない評価を受けているくらいだ。"特異災害対策機動部隊二課"を略して、「特機部二(突起物)」なんて揶揄する輩も多いとか。
 情報の秘匿は政府からの指示なのに、やりきれない……と、友里さん達がボヤいてたのを思い出す。
 更にはシンフォギアを有利な外交カードとして利用しよう、などと考える輩も存在している中で、そういった官僚達から俺達を守りつつ、敢えて厳しい姿勢を崩さない事で二課の勝手を出来る限り許してくれる……。そんな広木防衛大臣は、二課にとってとても頼もしい存在なのだ。
 
「本当、なにもかもがややこしいんですね……」
 立花がげんなりとした顔をする。
 分かる、分かるぞ。俺だってそういう、大人の陰謀が渦を巻いてる魔窟の話なんか聞いてると、滅茶苦茶どんよりした気分になってくる。
「ルールをややこしくするのはいつも、責任を取らずに立ち回りたい連中なんだが、その点、広木防衛大臣は……了子くんの戻りが遅れているようだな?」
 腕時計で時間を確認して、叔父さんはそう呟いた。
 
 ∮
 
「ぶえっくしょーい!!」
 その頃、当の了子本人はというと、車で山を降りながら大きなくしゃみをしていた。
「誰かが私を噂しているのかな?」
 そんなことを呟きながら、了子はハンドルを握り直す。
「今日はいいお天気だからね~。なんだかラッキーな事が起きそうな予感~♪」
 了子は坂を降りると、その先の連続カーブを余裕綽々と曲がっていく。
 ……それもとても荒い、そのドラテクは何処で学んだんだと突っ込まれても文句が言えないような運転で。
 
 ∮
 
 ──わたし、生きてる……。
 
 ボロボロになったギアを纏い、深く深く落ちていく中で、私は奏との思い出を辿る中でふと、疑問になった事を呟く。
 
 奏は何の為に生きて、何の為に死んだのだろう……?
 
「……真面目が過ぎるぞ、翼?」
 
 背中から回された腕と、優しい声。
 
「あんまりガチガチだと、そのうちポッキリ行っちゃいそうだ」
 
 その温かさに、私はようやく笑顔を取り戻す。
 
「独りになって私は、一層の研鑽を重ねて来た。数えきれない程のノイズを倒し、死線を越え、そこに意味など求めず、ただひたすら戦い続けてきた……。そして、気付いたんだ。私の命にも、意味や価値はないって事に」
 
 周囲の風景が、また切り替わる。
 
 今度はあの日のライブ会場。
 
 誰もいなくなり、炭が風に巻い、夕陽だけが照らす荒れ果てたステージ。
 
 その真ん中で、私と奏は互いに背中を預けて座っていた。
 
「戦いの裏側とか、その向こうには、また違ったものがあるんじゃないかな?あたしはそう考えて来たし、そいつを見て来た」
「それは何?」
 
 私の疑問に、奏はさも可笑しそうに笑って返した。
 
「翼にも、とっくに見えてるはずだぞ?」
「私にも……?」
 
 首を傾げて振り返ると、奏は空を見上げながら諭すように言ってきた。
 
「あの時、翼は何を胸に唄ったんだ?」
 
「私は……」
 
 防人としての使命感?
 
 違う。
 
 剣としての役割を果たしただけ……。
 
 これも違う。
 
 あれはもっと、暖かくて穏やかな感情だったと思う。
 
 絶唱を口にしたあの時、私の胸に浮かんだのは……。
 
「翔と、立花……」
「そういう事さ。なら、答えは見えて来るだろ?」
 
 そっか……。私の命に、剣以上の価値があるなんて事、忘れていた……。
 
 それを思い出した瞬間、涙が溢れて来た。
 
「翼……泣きたい時は、思いっきり泣いてもいいんだぞ?」
「な、泣いてなんか……もう、奏はやっぱりいじわるだ……」
「なら、翼は泣き虫で弱虫だ」
 
 もう、何回も繰り返したやりとりだ。
 
 そして、もう二度と聞くことが出来ない言葉だ。
 
 それを実感すると、もっと涙が溢れて来る。
 
「……でも、そのいじわるな奏は……私にとって、一番大事な人はもう、いないんだよね……」
「そいつは結構な事じゃないか」
「私は嫌だ!奏にも、傍に居てほしいんだよ……」
 
 あの可愛かった弟が、あれからどんどん逞しく育って、今じゃ二課で私と肩を並べている事を、一緒に喜んでほしい。
 
 その弟に出来た大切な人が、私達の後輩で、とっても素直でいい子なんだって事を知ってもらいたい。
 
 だけど、その2人を見ていると何だか寂しくなって、私の中の意地っ張りな部分がついつい鞘走ってしまう事を、愚痴として聞いてほしい。
 
 私の大切な人たちの輪に、奏だけが居ないのはやっぱり嫌だよ……。
 
 振り返ると、奏の姿は消えていた。
 
 でも、立ち上がって夕陽を見つめる私の耳には、奏の声が聞こえていた。
 
「あたしが傍に居るか、遠くに居るかは、翼が決める事さ」
「私が……?」
 
 足元で何かが夕陽を反射して、光り輝く。
 
 拾ったそれは、奏のイヤリングだった。
 
 誕生日にプレゼントした、片翼のイヤリング。
 
 お互い、相手の存在をいつも感じていられるようにって、御守りにしていたもの。
 
 奏が死んでしまった今や、両翼揃う事のなくなってしまったものだ。
 
 ……奏が傍に居るか、遠くに居るのか。それは私自身が決める事だと、奏は言っていた。
 
「だったら、私は……!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ピリリリリリ ピリリリリリ
 
 目を覚ますと、目の前には白い天井が広がっていた。
 緊急手術室だと気が付くのに、少しかかった。
「先生、患者の意識が!」
「各部のメディカルチェックだ。急げ!」
「はい!」
 慌ただしい担当医と看護師の声に、小刻みに刻まれる計器の音。
 酸素マスクを口に被せられたまま、顔を横へ向けると、リディアンの校舎が見えた。
 どうやら今日は土曜日か日曜日らしく、いつもなら聞こえてくるはずの合唱が聞こえない。
 ああ、不思議な感覚。まるで世界から切り抜かれて、時間がゆっくり流れているような……。
 
 でも、私が生きているという実感と、それに付随する安心感が私を満たしていた。
 
 大丈夫だよ、奏。私はもう、独りじゃないから。あなたが言うようにポッキリ折れたりしない。
 
 だから今日もこうして、無様に生き恥を晒している……。
 
 目覚める前、ようやく見られた奏の笑顔を思い出して……私はまた、静かに涙を零していた。
 
 ∮
 
「し、司令ーーーッ!?緊急通信ですッ!」
「──ッ!?どうしたッ!?」
 藤尭さんが慌てた様子で叫ぶ。
 立花と2人でソファーに体を預けている間に、いつの間にか眠ってしまっていた俺はその声で覚醒する。
 通信に出た叔父さん、更には藤尭さんや友里さんの顔が青ざめていく。
 急いで立ち上がろうとして、左肩に何やら重いものがもたれかかっている事に気が付き振り向くと……立花が俺の肩に頭を預けて寝息を立てていた。
 どうしたものかと悩んでいると、司令室が慌ただしさが耳に入ったのか、立花は目を擦りながら目を覚ました。
「……しょーくんおはよ……」
「あ、ああ……」
「ん……なにかあった……?」
 まだ寝ぼけ眼な立花は、周囲を見回してそう聞いてくる。
 可愛らしいな、とは思ったが、それ以上に今は何が起きておるのかを確かめなくてはならない。
「おっと、そうだったな……。叔父さん、一体何が!?」
 通信を終えた叔父さんに声をかけると、叔父さんは厳しい表情で一言、悔しさと憤りを声に滲ませながら告げた。
「……広木防衛大臣が殺害された」
「……え?」
 その一言は、先程まで広木防衛大臣を話題にしていた俺達の胸に、とても重たく響いた。 
 

 
後書き
XDでカットされた原作シーンを何処まで付け足しつつ、何処まで削れるか。
それが、伴装者を書く上で一番苦労しているポイントです。

職員A「あ、Bさん見て見て、響ちゃんと翔くんが……」
職員B「おっ、肩を預けて眠る貴重な瞬間!写真撮っとこう」(パシャッ)
緒川「おや、AさんにBさん。お疲れ様です」
職員B「緒川さん、お疲れ様です」
職員A「あれ見てくださいよ緒川さん!」
緒川「あれ、とは?……なるほど、これは1枚撮らないとですね」
職員A「ですよね~、って緒川さん……いつの間にあの二人のあんなに近くに!?」
職員B「さ、さすが現代を生きる忍者……。速い!しかも音もなく忍び寄って行った……!」
緒川「ほら、この構図からの1枚も中々でしょう?」
職員A「凄い……ああ、後でグループの方に送ってください!」
職員B「自分からもお願いします!」
緒川「構いませんよ。目を覚ました翼さんの御見舞に、持って行くつもりですし」
職員B「翼さん、意識が戻ったんですか!?」
緒川「はい。先程、病院から連絡がありました」
職員A「よかった……。え?でも、大丈夫なんですか?病み上がりの翼さんに、あの二人の仲睦まじい写真なんか見せたら大変なのでは?」
緒川「ははは。翼さんはただ、可愛い弟を響さんに取られるのが寂しいだけですから。そろそろ認めてくれる頃合いなのではないかと」
職員A「はえー、さっすが緒川さん……そこまで見てるとは」
緒川「では、僕はそろそろ次の仕事に戻りますので」(司令室を出る)
職員B「……いっそ緒川さんが翼さんの面倒を見てあげれば、翼さんも寂しくならないし、全方位ハッピーエンドなんじゃないかなぁ?」
職員A「奏さん以外で翼さんのお相手が務まるの、緒川さんしかいないと思うんだけど、あの人そういう素振りを一切見せないのよねぇ……。流石NINJA」
職員B「実はさっさと立ち去ったのも、そう言われるのを予期してたからだったりするんじゃない?」

緒川「……よかった。……さて、向かいますか」(見つめていたスマホの待ち受けには、七五三に撮影したものなのか、おめかしした幼き日の翼の姿が映っていた)



翼さんが入院している間、彼はどんな心境だったんでしょうね。
次回は作戦会議、そして迫るは黄金剣の起動……。

え?トレーニング中に何かアクシデントとかなかったのかって?
その件はまたの機会に。皆さん方が期待してるような展開は、今回は起こらなかったという事で。 

 

第27節「廻り始める陰謀」

 
前書き
ひびみくの夫婦喧嘩の改変方法が一番面倒なので、苦労しながら先を悩んでいたこの頃。
コピペ作業とはいえ、疲れで更新が止まらないといいんだけど……。いや、止まるんじゃねぇぞ!最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に駆け抜けて!無事に一期までは終わらせるんだ!!

と、自分を鼓舞しながら作業してます。
アニメ13話はあっという間なのに、文字に起こすとこうも伸びるのは……ん?人数増やしたからでしょって?
ですよね~……後悔などあるわけ無い!! 

 
「た~いへん長らくお待たせしました~」
 脳天気な声と共に本部司令室へと入室して来たのは、待ち続けていた相手だった。
「了子くん!」
「何よ?そんなに寂しくさせちゃった?」
 振り返った叔父さんに名前を呼ばれると、了子さんは悪びれもせずに軽く返す。
「了子さん!よかった、無事だったんですね!」
「まったく、何処で油売ってたんですか!?」
「え?どしたの、そんなに慌てて」
 立花と俺も駆け寄ると、了子さんは不思議そうにそう言った。
 状況を把握出来ていない了子さんに、叔父さんは重たい面持ちで答える。
「……広木防衛大臣が殺害された。永田町からの移動中に、殺害されたらしい」
「ええっ!?本当!?」
「複数の革命グループから声明が出されているが、詳しい事は把握出来ていない。目下全力で捜査中だ」
 まったく、この日本にテロリストだなんて。穏やかじゃない世の中になったものだ、と頭を抱えたくなる。
「了子さんの事、皆心配してたんですよ!?連絡にも出ないで、一体どこで道草食ってたんですか!?」
「え?連絡……」
 俺からの問いに対して、了子さんは端末を取り出すと画面を確認して言った。
「あ~、ごめん。充電切れちゃってるわね」
「充電切れって……何やってるんですか……」
 呆れて口が空いてしまった俺に、めんごめんご、と手を合わせる了子さん。
 やれやれ……相変わらずこんな時でもマイペースなのが、この人らしい。
「でも、心配してくれてありがとう。そして、政府から受領した機密資料も無事よ。……任務遂行こそ、広木防衛大臣の弔いだわ」
 了子さんは機密資料のケースをテーブルに置き、中に入ったSDカードを取り出すと、真面目な表情でそう言った。
「……よし、緊急ブリーフィングを始める!」
 叔父さんの宣言で、俺達は中央会議室へと向かうのだった。
 
 この時、資料のケースの縁に付いていた僅かな血痕……広木防衛大臣の指で偶然にも残ってしまったダイイングメッセージに気が付いた者は、一人もいなかった。
 
 ∮
 
「それでは了子くん、皆に説明を頼む」
「私立リディアン音楽院高等科。つまり、特異災害対策機動部二課、本部を中心に頻発しているノイズ発生の事例から……その狙いは本部最奥区画アビスに厳重保管されているサクリストD、デュランダルの強奪目的と政府は結論づけました」
「デュランダル……」
 会議室の前にある巨大ディスプレイに、アビスで保管されている黄金剣、デュランダルの映像が映し出される。
「EU連合が経済破綻した際、不良債権の一部肩代わりを条件に、日本政府が管理・保管する事になった、数少ない完全聖遺物のひとつ」
「ああ。そして今回の任務だが、このデュランダルを安全な場所へ移送せよ、との政府決定だ」
「でも移送するったって、何処にですか?アビス以上の防衛システムなんて……」
 藤尭さんと同じ疑問を、俺も抱いていた。
 他に安全な場所なんてあっただろうか……?
「永田町最深部の特別電算室。通称『記憶の遺跡』。そこならば……という事だ」
「……防衛システムはともかく、シンフォギア装者の戦力を考えると、それでもここ以上に安全とは思えませんが──」
 友里さんからの指摘もごもっとも。
 いくら記憶の遺跡が政府の重要施設だとはいえ、聖遺物の扱いに長けた二課以上の安全性には欠けると思うんだけど……。
 すると、叔父さんは困ったような、達観の笑みを浮かべながら答えた。
「どのみち、俺達が木っ端役人である以上、お上の意向には逆らえないさ……」
 ああ……こればっかりは仕方がない。
 上層部からの命令である以上は、流石の叔父さん達でも逆らう事は出来ない。
 移送した後どうするかは、これからの課題になるんだろう。
 でも、狙われているデュランダルを移送する事さえ出来れば、リディアン周囲でのノイズ被害は激減する。それを考えると、一概に悪いとも言えない話だ。
 ここは従って正解だと、叔父さん達は判断したんだろう。
「デュランダルの予定移送日時は、明朝0500。詳細はこのメモリーチップに記載されています。みんな、開始までに目を通しておいてね~」
「いいか、あまり時間はないぞ!各自持ち場へ付いて準備を進めるんだ」
「「「「了解!!」」」」
 藤尭さん、友里さんを始め、職員さん達全員の声が会議室に響き渡る。
 明日の作戦実行に向けて、二課は動き出した。
 
「あそこがアビスですか……」
 了子さんがアームを操作し、デュランダルが保管された強化ガラスのケースを移動させている。
 司令室の画面に映ったカメラ映像を見て、立花が呟いた。
 俺も見るのは久しぶりだ。秘密基地の最奥区画にある、重要なアイテムが保管された区画なんて、いつ見ても心が踊る。
「東京スカイタワー3本分、地下1800mにあるのよ」
「はぁ……」
「いつ聞いても凄いよな……。よく作れたもんだよ」
 デュランダルはアームに掴まれ、輸送する為にエレベーターへと移される。
 操作を終えた了子さんは、俺達2人の方を振り返り、日本人にしてはとても上手なウインクをしながら言った。
「さあ、2人は予定時間まで仲良く休んでおいて。あなた達のお仕事はそれからよ」
「はい!」
「分かりました」
 時間までやる事の無い俺と立花は、一旦寮に戻る事にした。
 先に司令室を出て行く立花の後を追おうとして、ふと視界の端に目に入ったのは、了子さんが広木防衛大臣から受け取って来たケースだった。
 引き寄せられるように、俺はテーブルに置かれたケースの前へと立った。
「……広木防衛大臣……あなたの遺した最後の指令。必ず果たして見せます」
 ケースに触れると、そのまま敬礼する。
 当然ながら、俺は広木防衛大臣に直接会ったことはない。テレビや新聞、叔父さんの話で知っている程度だ。しかし、あの人が他人を思いやる心を持って国を守っていた事は知っている。
 それは、国を背負う役人として一番大事なものだ。叔父さんや父さんが胸に抱く、とても温かくて熱いものだ。……()()()にはないそれを抱いて国を守っていた人を、失ってしまったのは惜しい。
 だから、せめてもの弔いと、今までお世話になった御礼を兼ねて、俺はこの作戦に臨む。叔父さんと、父さんと同じ"防人"の魂を持っていたあの人が、きっと浮かばれるように……。
 
 ∮
 
「ただいま」
「おかえり、翔。遅かったね」
 寮に戻ると、純が夕飯の支度をしている所だった。
 エプロンの着こなし方までイケメンに見えるってのは、正直どうなっているんだろうと疑問になって来る。
「夕飯ならそろそろ出来るから、手洗ってくるなら今だよ?」
「あー、それなんだけど……悪いな。今夜もこれから出なきゃいけないんだ」
「また用事かい?」
「ああ。叔父さんの仕事の手伝いさ。明日の朝五時から始まるから、今夜は向こうで泊まり込んだ方が早い」
 真実8割、嘘2割。叔父さんの仕事の内容を隠しつつ、本当の事を言っておく。二課の任務で出る時、純にはいつもこう言うようにしている。
 叔父さんの仕事はとある音楽関連企業の管理職で、俺は将来そこに就職するため、インターンシップに参加しているのだと。
 
「泊まり込みだって!?そういう事は早く言ってくれよ~。ちょっと待ってて……夕飯、タッパーに詰めるから。ちょうど今夜は包み焼きハンバーグなんだ」
「なんと!?それはありがたい!米は自分で用意しよう。おにぎりにすれば、持ち運びにも困らないからな!」
「じゃあ、僕はその間におかず一式、詰め込んでおくね」
 そう言って俺達は、夕飯をタッパーへと詰め込み始める。
「そうだ、いつも通りなら、おかわりもあるよな?」
「翔が沢山食べるからね。ハンバーグはいつもの通り、4つ作ってあるよ」
「じゃあ、その2つも持って行こう。食べさせたい娘がいるんだ」
「それって、この前言ってた中学の頃の?」
 何故それを!?と驚く俺に、親友はさも可笑しそうに笑って答える。
「だって、あの後も逢い続けてるんだろう?帰ってくる度にいい顔してるの、もしかして自覚してなかったのかい?」
「そんなにか……。やれやれ、純には敵わないな……」
「他人から必要性を感じ取るには、まず相手をよく観ることから。王子様の鉄則さ」
 そう言って、爽やかに笑う親友。爽やかイケメンスマイルが本当に似合うやつめ……。
 
 こうやって純は、"王子様"という在り方に拘っている。理由を聞いてみたところ、昔、遠くへ行ってしまった幼馴染の女の子との約束なんだとか。
 アイオニアンのプリンス、とあだ名されるこのイケメンは、本気で王子様ってのを志している。むしろ、そのあだ名に自負すら抱いている。
 だからこそ、爽々波純という男はとても眩しい。
 子どもの頃の約束を律儀に守って、ここまで自分を磨き続けてきたんだ。いつかきっと、約束の相手にも再会出来るだろう。
 いや、むしろこっちから迎えに行く方かもしれない。いつだって、王子様はお姫様を迎えに行くものだからな。きっと純もそう答える筈だ。
「お前のそういう所、嫌いじゃないよ」
「それはどうも。はい、これでいつでも美味しく食べられるよ」
「おう!それじゃ、行ってくる。帰りは明日の午後になるな」
 純からタッパー入りの布袋を受け取り、玄関へと出る。
「了解。それじゃ、寮監にバレないようにね」
 親友に見送られ、俺は再びリディアンへと向けて歩き出した。 
 

 
後書き
クリスとの再会に向けて。あと、前回クリスの夢のせいで広まった誤解を解く為にも、純くんの出番はもう少し増やしていかないとなぁ。
え?王子様っていうより主婦感あるって?
元ネタがプーサーだからかなぁ……。あと、クリスが食べ専だから、家事万能型にしたのも原因かもです。
さて、皆さんお待ちかね。修行中(平日夕刻)のアクシデントネタです。

翔「ふう……これで今日の修行は終わりだな。さて、いい汗かいたし、シャワーでも浴びて来ますk……」(風呂場のドアを開ける)
響「へ?……うええええええええええ!?翔くん!?」(丁度髪を拭いていた所)
翔「うぉあああすまん立花!!」(慌ててドアを閉じると背を向ける)
響「わああああみっ、みみみ、見てないよね!?何も見てないよね!?」(ドアをガタガタさせながら)
翔「見てない!見てない!何も見てないぞ!?」(ドアに背を向けて首を思いっきり横に振りながら)
響「本当!?本当に何も見てないんだよね!?もし嘘だったら、うら若き乙女の裸を見た罪は重いんだからね!責任取ってもらわなきゃ困るんだからね!!」
翔「俺は風鳴の男だ!この名前に賭けて、嘘は言わない!もし嘘だったら、責任でも何でも取ってやるよ!!」
響「……あ、いや……翔くん、その……何も私、そこまでは言ってないんだけど……」
翔「……あ!いや、これはそういう意味での『責任』じゃなくてだな!?」
響「そっ、そそそそうだよね!?っでっ、でも、名前に賭けて責任取るって言い方はちょっとあらぬ誤解を招くんじゃないかな!?」
翔「あああああ!確かに誤解を生むなぁ!?だっ、だが立花、君も今の流れで安易に責任という言葉を使うのはっ、そのっ、君の方も相手にあらぬ誤解を生んでしまうぞ!?」
響「わああああ本当だーっ!?でもっ、私そういうつもりで……」
翔「別に俺はそういうつもりで……」
響・翔「「深い意味があって言ったわけじゃ、ないんだからな(ね)ッ!?」」
響・翔「「……///」」(ドア越しに背中合わせで座り込み、お互い真っ赤になった顔を両手で覆っている)

弦十郎「……若いな」(悲鳴を聞いてすっ飛んで来たけど空気読んで隠れてた)
緒川「思春期真っ只中ですねぇ」(上に同じく。なお、途中から全て録音済み)

次回、デュランダル護送前夜の翔ひび+緒川さんの会話をお楽しみに。
……敵が巨大ノイズで、翔ひびがくっついてれば、デュランダルでケーキ入刀ネタになるのに。護送前夜っていうか、結婚前夜?
って事は、ビッキーの花嫁衣装は例のセクシーウエディングドレスか……。翔くんがタキシードの上着の部分羽織らせようとするのが浮かぶ……(気が早いぞ作者←) 

 

第28節「作戦名『天下の往来独り占め作戦』」

 
前書き
もはや、この回のタイトルはこれしかあるまい!(笑) 

 
「はぁ……絶対未来を怒らせちゃったよね……。こんな気持ちじゃ寝られないよ……」
 二課の休憩スペース。響はそのソファーに膝を抱えて座っていた。
 寮を出る前、未来に何処へ行くのかを問い詰められてしまい、上手い嘘が思い浮かばなかった彼女は、笑って誤魔化してから飛び出して来てしまったのだ。
 気を紛らわそうと、響は目の前に置いてあった新聞を手に取る。
 偶然開いたページに目をやると、そこにはグラビア本のカラー広告がでかでかと載っていた。
「うひっ!?お、おおお……男の人って、こういうのとかスケベ本とか好きだよね……」
 顔を真っ赤にすると、慌てて顔を背ける。
 
 丁度そこへ、布袋を片手に翔がやって来た。
「男が何だって?」
「しょっ、翔くん!?べっ、べべべ別に翔くんは見なくてもいいから!!」
「お、おう……?」
 何を慌てているのか分からない翔は、首を傾げると響の左隣に座った。
 先程のページを忘れるために、響は他のページを開く。
 そこには、『本誌独占スクープ 風鳴翼、過労で入院』という記事が、丸々1ページ全てを使って載せられていた。
「あ……」
「ん?ああ、姉さんの記事か。上手く隠蔽されてるだろ?」
「情報操作も、僕の役目でして」
「緒川さん……」
 翔が自慢げにそう言うと同時に、緒川が2人の方へと歩み寄りながら声をかける。
「二人共、丁度いい所に。翼さんですが、昼間、一番危険な状態を脱しました」
「本当ですか?よかった~!」
「意識が戻ったんですね!?よかった……」
 顔を見合わせて喜ぶ2人。緒川はそれを見て微笑みながら、翔と響が座っている場所から垂直に配置されているソファーに座り、続ける。
「ですが、しばらくは二課の医療施設にて安静が必要です。月末のライブも中止ですね。さあ、ファンの皆さんにどう謝るか……翔くんと響さんも、一緒に考えてくれませんか?」
 はい、と答えようとした翔が隣を見ると、響は申し訳なさそうな表情で俯いていた。
「あ……ライブ……。きっと楽しみにしていた人、沢山いますよね……」
「あ、いや、そんなつもりは……」
 慌てる緒川に、響は微笑む。緒川が慌ててる所などそうそう見られない、と翔も一緒に笑っていた。
「ごめんなさい、責めるつもりはありませんでした。伝えたかったのは、何事もたくさんの人間が少しずつ、色んなところでバックアップしているという事です。だから響さんも、もう少し肩の力を抜いても大丈夫じゃないでしょうか?」
「最近、立花も肩に力が入り気味だったからな。もう少し気楽に構えてる方が、立花らしいぞ?」
 緒川と翔にそう言われて、響は笑顔を取り戻す。
 もっと周りに頼れ。翔からの言葉を胸に刻んでいる響は、緒川からの言葉で、自分達が思っているよりも沢山の人間に支えられている事を知ったのだ。
「……優しいんですね、緒川さんは」
「怖がりなだけです。本当に優しい人は、他にいますよ」
 そう言って緒川は、翔の方を見る。
 連られて響も翔の方を見ると、彼は照れ臭そうに指で頬を掻きながら、そっぽを向いていた。
「翔くんも、いつもありがとう」
「お、俺は男として当然の事をしているだけで……」
「でもわたし、翔くんには助けられっぱなしだもん。感謝の気持ちくらいは伝えさせてよ」
 そう言って響は、翔の右手に自分の手を重ねた。
 翔はより一層照れ臭そうに、頬を赤く染めていた。
「……翼さんも、響さんくらい素直になってくれたらなぁ」
「へ?」
「緒川さん、それはどの立場からの言葉です?」
 その言葉の意図に気付かない響と、少し含みを持たせた言い方で問いかける翔。
 緒川はその微笑みを崩さずに、席を立ちながら答えた。
「いえ、特に深い意味はありませんよ」
「そうですか。あなたも食えない方ですね」
「そう言う翔くんこそ、そろそろ気付いたらどうなんです?」
「気付く……とは?」
 翔の言葉に、緒川は可笑しそうに笑った。
「いえ、何でも。そのうち君にも分かりますよ」
 そう言って緒川は、廊下の向こうへと歩き去っていった。
「翔くん、今のどういう意味?」
「さあ?」
 2人で顔を見合わせて、首を傾げる。
 
 グゥゥゥゥ~……
 
 その瞬間、2人の腹の虫が音を立てた。
「あはは、そういや夕飯まだだった……」
「腹の虫が嘶く頃か……。実はここに、親友の純が作った夕飯を詰めたタッパーがある」
「おお!?なになに?今夜の翔くんとこの晩ごはん、何だったの?」
「純特性、包み焼きハンバーグだ!立花の分も用意してもらったから、遠慮せずに食べるといい」
 そう言って翔は、布袋の中から2人分のタッパーを取り出した。
 おにぎりはそれぞれ4個ずつ。タッパーの中にはハンバーグを包んだアルミホイルが、別のタッパーには付け合わせがそれぞれ入っている。
 2人はそれぞれ箸を取ると、両手を合わせた。
「「いただきます!」」
 
 アルミホイルを開くと、デミグラスソースの香りが湯気とともに溢れ出す。
 アルミホイルの中には手のひら大のハンバーグ。付け合せのインゲンソテー、ニンジン、粉吹き芋をソースに浸して一口。
 それから、ハンバーグを箸で切り分ければ、中からは肉汁と共に黄色いチーズが溢れ出す。
 口の中で咀嚼する度に崩れる挽き肉の感触と、下を撫でるチーズのトロトロ感。そしてそれらを包み込みながら口内へ広がる濃厚なソース。
 そこへおにぎりを一齧り。米の食感と僅かな甘みが合わさり、口の中で肉と米のワルツが繰り広げられる。
 気づいた頃には2人とも、あっという間におにぎりとハンバーグを食べ終えていた。
「ありゃりゃ、もう無くなっちゃった……」
「おかわりならあるぞ。立花が食べたがるだろうと思って、用意して来た」
 そう言って、もう一つのホイルを響の前に差し出す翔。
 響は一瞬嬉しそうな表情を見せ、ふと、何かに気付いたように翔の方を見た。
「これ、わたしの分なんだよね?」
「そうだぞ?」
「わたしだけおかわり貰っちゃうの、何だか申し訳ないなって……」
「そんな事ないぞ。俺はいっぱい食べる立花の顔を見るのが好きなんだ」
 好き。その一言に響は一瞬頬を赤くする。そういう意味ではないと分かっていても、やはり響も1人の女の子なのだ。反応してしまうのも無理はない。
「だから、遠慮せずに食べていいぞ」
「うーん……でも、わたしは翔くんと一緒に食べたいな。ほら、美味しいものは一人で食べるより、皆で食べた方がもっと美味しいでしょ?」
「そ、そうか……」
 響の言葉に、翔も再び頬を赤らめる。女の子に名指しで一緒に、などと言われれば、思春期の男子がそうなるのも無理はない。
 ……本当に、どうしてこの2人はここまでやって付き合っていないんだろう?と、2人の様子を監視カメラ越しに見かけてしまった出歯亀職員は、後に同僚達へそう漏らしていたという。
 
「なら、半分こにするしかあるまい」
「そうだね。それなら2人で食べられる!」
 最後のホイルを開くと、翔はハンバーグを2つに割った。
 2人はそれぞれ半分ずつ、箸でつまむと口へと運ぶ。
 咀嚼し、味わい、舌の上で転がして。満足感に溢れた満面の笑みで、2人は声を揃えた。
「「美味し~~~っ!」」
 この後、おにぎりに残ったデミグラスソースを付けて食べ終わるまで、二課の廊下の一角からは、明るい声が聞こえていた。
 
 ∮
 
 翌日、夜明け前。先日の生弓矢護送任務の際と同様、黒服さん達と並んで号令を待つ。
「防衛大臣の殺害犯を検挙する名目で、検問を配備。記憶の遺跡まで、一気に駆け抜ける」
「名付けて、『天下の往来独り占め作戦』ッ!」
 満面の笑みでVサインをする了子さん。作戦名宣言できてご満悦なんだろうなぁ。
「道中、ノイズによる襲撃が予想される。その際は翔、響くん、2人を頼らせてもらうぞ」
「了解ッ!」
「わかりましたッ!」
 2人で了子さんの車に乗り込み、シートベルトを締める。
 前日に打ち合わせた通り、立花は助手席で了子さんを、俺は後部座席でデュランダルの入ったケースを守る。
 襲われたら俺が囮になりつつデュランダルを運び、立花には了子さんを護衛してもらう作戦だ。
「よーし、それじゃあ出発するわよ~?」
「立花、朝食はしっかり食べたな?」
「もちろん!友里さんにちゃんとお礼も言ってきたよ!」
 朝、起きて司令室に集まったら、友里さんが全員分のおにぎりと卵焼き用意していた事には、とても驚いた。
 藤尭さんも手伝ったらしいけど、やっぱりあの人の気配りは目を見張るものがある。
 ちなみに、材料の買い出しは緒川さんが行ってくれたらしい。
「朝飯よし!トイレよし!目は覚めてるな?」
「全部OK!バッチリだよ!」
「あとはいつ襲われてもいいよう、覚悟を決めて!」
「しゅっぱ~つ!」
 了子さんがエンジンをかけ、車を発車させる。
 高速道路に入った二課の全車両は、そのまま永田町を目指して一気に速度を上げた。 
 

 
後書き
ん?例のグラビア写真もう少しネタに出来たのでは、って?
尺の都合でやめておきました。

響「はぁ……翔くん聞いてよぉ」
翔「どうした立花?溜息なんか吐いて」
響「わたし、未来を怒らせちゃったかも……」
翔「そうか……悪い予想が当たったか……」
響「どうしよ……。わたし、未来を守りたいのに、どんどん嘘ついちゃって……翔くんと違って口下手だし」
翔「小日向は立花を心配してくれているのに、立花の小日向を守りたいという思いはすれ違いを生んでしまっている、か……。辛いな……」
響「うん……。わたし、どうすればいいんだろう……」
翔「……よし。今度、俺も一緒に謝りに行くよ」
響「え?翔くんが?」
翔「立花の至らない部分を、俺がサポートする。小日向は俺の事をよく思っていないだろうから、話が拗れる可能性もあるけど……でも、一人で悩み続けるよりはマシだろう?」
響「……ありがと」
翔「大事な親友とすれ違ったままってのは、辛いからな……。謝る時は連絡くれよ」
響「うん。……あっ、そういやわたし、翔くんの電話番号聞いてない!」
翔「しまった!端末で繋がるから、結局まだだったな……ほらよ」
響「えーっと、これこれこうこう……登録かんりょー!はい、こっちはわたしの番号ね~」
翔「はいはい、どれどれ……よし。これでいつでも連絡取れるな」
響「翔くんの方からも、何かあったらいつでも電話していいから!」
翔「立花の方から掛けてくる回数の方が多い予感がするが?」
響「え~、それどういう意味!?」
翔「ははは、そのまんまだよ」
響「も~っ!」

職員A「番号交換……よき」
職員B「悩んだら直ぐに相談できる関係……尊い」
藤尭「気持ちはわかるんだけど、2人共、出歯亀してないで仕事に戻ってくれないかなぁ……」

次回は了子さんのやべー力(どっちの事かは言わない)とデュランダルの起動!
お楽しみに! 

 

第29節「完全聖遺物争奪戦」

 
前書き
さあ始まりました、第2回聖遺物争奪戦!
不滅不朽の黄金剣は、果たして誰の手に!?

テーテーテーテーテー
EUから譲渡された完全聖遺物、ネフシュタンの鎧によって引き起こされた〈ライブ会場の惨劇〉から2年。
我が国は『特異災害対策機動部二課』、『ノイズ』、『某国政府』の3つの勢力により、混沌を極めていた!!

強大な力を秘めたアイテムの争奪戦といえば、やっぱりこれでしょ?(笑) 

 
 高速道路を全力で駆け抜けること数十分。日が登り、ようやく空が青くなった頃。わたし達は、海上道路に差し掛かっていた。
 翼さんはいない……。でも、わたしは1人じゃない!空から指示を出してくれる師匠に、ハンドルを握っている了子さん。わたし達の周りを囲んで守ってくれている黒服さん達と、本部からバックアップしてくれている藤尭さんや友里さんもいる!
 なにより、後ろの席には作戦を考えてくれた上に、囮まで引き受けるって迷わず言ってくれた翔くんがいる。
 だからわたしも、わたしに出来ることを精一杯頑張るんだ!
 ……まだノイズは見当たらない。だけど、いつ出てきても良いように準備してないと──。
 
「あらあら、今からそんなに緊張していたら持たないわよ。予測では襲撃があるとしても、まだ先──」
「──了子さんッ!前ッ!」
 わたしの心中を察したかのように話しかけてくる了子さん。
 その時、後ろの席から前を見ていた翔くんが慌てた声で叫ぶ。見ると、目の前の道路が崩れ落ちるところだった。
 了子さんが素早くハンドルを切って、崩れた場所を避ける。
 けど、間に合わなかった黒服さん達の車が1台、海の方へと落下していく。……あ、落ちる前に車から飛び出してた。無事でよかった……。
「……二人とも、しっかり掴まっててね。私のドラテクは……凶暴よ!」
 そう言って了子さんは、ハンドルを強く握った。わたしと翔くんは慌てて席に座り直す。
 検問を抜け、車は街の中へと入って行く。ヘリに乗った師匠から、直ぐに通信が入った。
『敵襲だ!まだ目視で確認出来ていないが、ノイズだろう!』
「このまま一気に引き離せればいいんだけど……この展開、想定していたよりも早いかも!護送車がどんどんやられちゃってるわよ!」
 後ろの方を走っていた護送車の真下で、マンホールが水柱とともに勢いよく打ち上げられる。
 護送車は空高く吹き飛んで、遥か彼方に消えていった。
「ッ!?」
『下水道だ!ノイズは下水道を使って攻撃してきている!回避ルートをナビへと転送した、確認してくれッ!』
 
 送られてきたナビを見て、了子さんは怪訝そうな顔をした。
「……弦十郎くん、そのルートはちょっとヤバいんじゃない?」
 師匠から送られてきたのは、この先にある工場へと向かう道だった。
「この先にある工場で爆発でも起きたらデュランダルは──」
「ひゃあああ!ぶつかるううううう!!」
 前の方を走っていた護送車が、またマンホールに打ち上げられて飛んできた。
 了子さんは素早くハンドルを回して、それを軽々と避ける。
 避けた先のゴミ捨て場にぶつかって、積まれてたゴミ袋やゴミ箱を散らばせても、了子さんは止まることなくアクセルを踏み込んで進み続ける。
「分かっている!ノイズが護送車を狙い撃ちしてくるのは、デュランダルを損壊させないよう制御されているとみえる!狙いがデュランダルの確保なら、敢えて危険な地域に乗り込み、攻めの手を封じるって算段だ!」
「勝算は?」
 
「思いつきを数字で語れるものかよッ!!」
 
 上手くいくかどうか……了子さんの心配を吹き飛ばす、師匠の力強い言葉。
 尊敬する人からの頼もしい言葉に、翔くんが不敵に笑う。
「ああ!叔父さんの言う通りだ!思い付きをいちいち真面目に考えてから実行するようじゃ、男とはいえない!」
「了解……弦十郎くんを信じてあげるわッ!」
 そう言って了子さんは、アクセルを思いっきり踏み込んだ。
 目の前では最後に残った護送車の上に、下水道から飛び出したノイズがのしかかっている。
 黒服さん達は護送車を飛び出し、車はそのまま一直線に目の前の燃料タンクへとぶつかり、爆発した。
 残ったわたし達は、工場の中の道を一直線に突き進んでいく。
 
「工場に入っちゃったけど、ノイズは──やった!狙い通り追って来ません!このまま逃げ切りましょう!」
「させるかよッ!!」
「ッ!?この声は!」
 次の瞬間、破裂音と共に車がひっくり返る。
「──ッ!響ちゃん、掴まって!!翔くんも!!」
「えっ……わあああああああああ!?」
「南無参ッ!」
 上下逆さまにひっくり返った車は、コマのように回りながら滑っていき、ようやく止まった。
「い、いたた……。2人とも、無事かしら?車から抜け出せそう?」
「はい、どうにか……」
「問題ありませんが……奴さん、どうやら逃がす気は無いらしいな……」
 シートベルトを外し、ドアを開けて何とか車から這い出すと……周りは既に何体ものノイズに取り囲まれてしまっていた。
「不味いな……猫の子1匹逃げられる隙間もない」
 周囲を見回した翔くんが呟く。
「だったらいっそ、デュランダルはここに置いて、私達は逃げましょう?」
「そんなのダメですッ!」
 了子さんの提案を、わたしは即座に否定する。
 確かに、それならわたし達は逃げ延びられるかもしれない。
 でも、この子にデュランダルを渡すわけにはいかない!そんな事したら、きっと大変な事になる!
 
「俺達は、広木防衛大臣が残した意志を背負って、この作戦に臨んでいるんです!放り投げるなんて真似、出来るわけがありません!」
 翔くんもデュランダルのケースを手にそう言って、建物の上からこっちを見ている鎧の少女を睨み付けていた。
「そりゃそうよね。──二人とも、来るわよ!」
 前を見ると、ノイズが形を変形させて、こちらへ向かって勢いよく飛んでくる所だった。
 慌てて走って逃げようと車から離れる。次の瞬間、ノイズに破壊された車が爆発した。
「うおおっ!?」
「うわあああっ!」
「くうっ!」
 爆風で3人揃って吹き飛ばされ、地面を転がる。
 その拍子に翔くんの手から離れたデュランダルのケースは、少し離れた所に滑って行った。
 
 ∮
 
「大丈夫か翔ッ!響くんッ!了子くんッ!……くっ、通信が!」
 ヘリの前には工場から上がった爆煙が広がっている。
 現場の様子は煙に隠れ、一切把握出来ない状態になってしまった。
 弦十郎は現場に残る3人の無事を祈りながら、爆煙を避けて回り込むように指示を飛ばす。
「無事でいてくれよ……!」
 
 ∮
 
 目の前にはデュランダルのケース。
 爆風に巻き込まれたとはいえ、まだ立つことは出来る……ッ!
 ケースの方へと手を伸ばして、宙を切る音に後ろを振り返ると、ノイズ達がまたしても突貫してくる所だった。
 目の前にはデュランダル、隣には動けない立花、そして棒立ちの了子さん。
 まずい、聖詠が間に合わない……ッ!
 
「……しょうがないわね」
 了子さんが右手を前に出す。
 次の瞬間、了子さんの右手から紫色の光が発せられ、バリアを形成。こちらへと向かってくるノイズ達は、バリアに当たった瞬間弾け飛んだ。
「りょ、了子さん!?」
「え、了子……さん……!?その力は……」
 素手での戦闘能力が何故か憲法に接しかねないレベルの叔父さんと、現代を生きる忍者である緒川さんはともかく……了子さん、そんなものを隠し持っていたのか!?
 って事はこのバリアも異端技術の結晶か何かって事だよな……?
 流石、自称天才考古学者……。二課ってやっぱり大人ならぬ、OTONAの集まりなんだなと実感してしまう。
 ノイズがぶつかった衝撃で、了子さんの髪留めと眼鏡が外れる。
 普段見られないロングヘアを風に靡かせ、了子さんは不敵に笑うと、俺達の方を向いて言った。
「翔くん、響ちゃん。あなた達はあなた達のやりたい事を、やりたいようにやりなさいッ!!」
「「……はいッ!!」」
 了子さんが稼いでくれた貴重な時間、無駄にはしない!
 だから、聞いていてください……俺達の歌を!!

「──Balwisyall(バルウィッシェエル) Nescell(ネスケル) gungnir(ガングニール) tron(トロン)──」
 

「──Toryufrce(トゥリューファース) Ikuyumiya(イクユミヤ) haiya(ハイヤァー) torn(トロン)──」

 
 装着されるシンフォギア。胸の奥から溢れ出る歌と、それに呼応するかのように伝わる旋律。
 アームドギア・天詔琴を構え伴奏を始めると、立花は拳を構える。
 叔父さんとの特訓の成果、見せてやろうじゃないか!
 
 

 
後書き
緒川「翼さん、お見舞いに来ましたよ」
翼「緒川さん……わざわざすみません」
緒川「いえいえ。と言っても、任務があるのですぐに戻らなくてはならないのですけれど」
翼「今朝方、護送車と櫻井女史の車が出ていくのが見えました。もしや、護送任務ですか?」
緒川「はい、デュランダルの護送です。翔くんと響さんが、了子さんとデュランダルを守る為に出てくれています」
翼「あの二人が?……そうですか。私の代わりに……」
緒川「おや?いつもならここで、心配になって飛び出そうとする所では?」
翼「いえ。流石にそんな、身体に障るような真似は出来ません。それに、翔と立花であれば必ずやり遂げる。そう信じてますから」
緒川「なるほど……。翼さんは、あの二人を信じているのですね」
翼「以前の私では、あの二人に……翔はともかく、未熟な立花に任を預けるなど、出来なかったかもしれませんね」
緒川「つまり、今なら響さんも信頼出来る。そういう事でしょうか?」
翼「はい。今の立花になら任せられます。未熟ながらも、翔と共に戦場
いくさば
に立つ身として相応しい戦士であるかと」
緒川「そうですか……。安心しましたよ」
翼「安心?」
緒川「翼さん、ようやく肩の荷が降りたって顔をしていますから。そんな優しい顔を見られたのは久し振りだったので」
翼「そう……ですか?」
緒川「はい、とても。もしかして、眠っている間に奏さんにでも会いましたか?」
翼「……はい。久し振りに、笑っている奏と……」(ベッド脇の机に置かれたスタンドから下げられている、片翼のイヤリング(オレンジ)を見つめる)
緒川「それは……よかったですね」
翼「ええ……」

翼「ところで緒川さん、その茶封筒は一体?それからどうしてボイスレコーダーを?」
緒川「茶封筒はお見舞い用、翼が眠っている間の翔くんと響さんを収めた写真です。それからボイスレコーダーには、その際の音声が録音されています。どうです?」(ベッド脇の椅子に腰掛ける)
翼「ッ~~~!?おっ、緒川さんも意地悪ですっ!」
緒川「でも、響さんを認めた今の翼さんなら、あの2人の事が気になって仕方ないのでは?」
翼「……時間の許す限りで構いません。その……詳しく、聞かせてください……」(枕を抱き締めながら)
緒川「では、どこから始めましょうか……。翼さんが入院した直後からでも?」
翼「なっ!?あの二人、私が入院してすぐに!?一体何が……」
緒川(翼さん……可愛くなったなぁ……)ニコニコ

ブラコンSAKIMORIをネタにするだけの後書きだと思っていたのか?
いいえ。かなつば&おがつば風味のブラコンSAKIMORI陥落ネタです。
後書きがもはや本編の補完になり始めたのもこの頃かぁ。
次回もお楽しみに! 

 

第30節「デュランダル、起動」

 
前書き
そろそろ話数は3クール、だけど原作的にはまだ5話だよ5話!まだ半分も行ってないんですよ!
そう考えるとアニメってすげぇ……文章だとここまでの量になるのに……。

それでは皆様お待ちかね、ハラハラドキドキ黄金剣!
果たして握るは誰の手だ?それではどうぞ、ご覧あれ!

あ、挿絵のクオリティに関しては突っ込まないでね!? 

 
「絶対に!離さない、この繋いだ手は!」
 勢いよく飛んでくるノイズを躱そうとして、転んでしまう。
 ノイズが後ろの方で地面を抉ったのを見て立ち上がると、周りをナメクジっぽいノイズに囲まれてしまう。
 うう……やっぱりこのヒール、ちょっと動きにくい!
 翔くんからは『多分、奏さんが使ってた頃の名残じゃないかな?得物持って近距離戦闘する際、そのヒールは重心を足裏より高い位置に上げることで、初動の反応速度を上げることに繋がるんだ。つまり、武器持って戦う時はそのヒールがあった方が、相手より先に動けるってわけ』って言われたけど、アームドギアが使えないわたしには、やっぱり動きづらいだけだよぉ……。
 ……やっぱりヒールが邪魔だッ!!
 地面に踵を打ち付けて、両足のヒールを壊す。やっぱり、こっちの方が動きやすい!
 両手を前に突きだし、膝を曲げ、師匠と見た映画の通りの構えを取る。
 そして拳を握って構えると、周りを取り囲むナメクジノイズ達を睨みつける。
 どこからでも、かかってこい!!

「ぶっとべ、このエナジーよぉぉぉぉぉッ!」
 地面を思いっきり踏みつけ、目の前から飛びかかってきたナメクジノイズに掌底をぶつける。
 ナメクジノイズは一瞬のうちに弾け飛び、炭に変わった。
 次に飛びかかってきたノイズには拳を振り下ろし、後ろから斬りかかってきた人型ノイズの刃を躱して、その横っ腹を思いっきり蹴りつける。
 更に後ろから襲ってきた人型ノイズの刃を拳で受け止めると、そのままその腕を掴んで大空へと投げ飛ばす。
「見つけたんだよ、心の帰る場所!YES!」
 走りながら拳を交互に繰り出し、地面を踏み付け砕きながら、並み居るノイズ達を打ち破る。
 周りを取り囲んでいたノイズはあっという間に、その数を減らして行った。
 まあ、半分くらい翔くんがバイオリン片手に切り刻んでたけど……。ついでに、バイオリン演奏そのものを邪魔しようとしたノイズは、あのいかにも蹴られると痛そうながっしりとした脚で蹴り飛ばされてたけど。
 荒っぽく戦いながらも、綺麗な演奏を続けられる翔くん。やっぱりかっこいいなぁ……。
「響け!胸の鼓動、未来の先へええええええええ!」
 と、翔くんの演奏を聞いてる間に迫ってきていたノイズに、勢いよくタックルを決めて吹き飛ばした。
 うん、特訓の成果は出てる!わたし、戦えてる!!

ピー ピー ピー ピー

 了子の背後に転がるデュランダルのケースが、突然アラートを鳴らした。
 振り返ると、ケースのランプが点滅し、やがてプシューッと煙を吐きながら、ケースはロックを解除した。
「この反応……まさか!?」
 了子は再び、戦闘を続行する響と翔の方へと視線を戻した。

「あいつ、戦えるようになっているのか!?」
 鎧の少女が驚き、目を見開く。
 そりゃそうだ。この前までの立花だと思うんじゃない!
 あれから特訓して、しっかり戦えるように鍛えられた立花だ。そう簡単に負けると思うなよ!
 ……まあ、伴奏に集中してるからこれ全部頭の中で喋ってるだけなんだけどな。
 さあ、ノイズはいくらでも追加出来るらしいが……そろそろあの子、自分から出てくる頃合いか?
 荒っぽい口ぶり、挑発的な態度とは裏腹に、姉さんとの戦闘から察するに煽り耐性は低め……。気に食わない展開が続けば、自ずと前線に出張ってしまう性格だと見受けるが、さてどう来るか……。
「解放全開!イッちゃえ、Heartのゼンブで!」
 ナメクジノイズの触手攻撃を、縦横無尽に飛び跳ね回り、素早く避けて接近し、拳一つでブッ飛ばす。
 次の瞬間、その立花の方へと棘状のの鞭が振るわれる。
 咄嗟に跳躍した立花は、そのまま空中で回転すると、着地の体勢を取るが……。
「進む事いが「今日こそはモノにしてやるッ!」ぐっ……」
 鎧の少女は立花の歌を妨害する為、その顔に飛び蹴りを命中させる。
 シンフォギアの弱点、それはフォニックゲインにより出力を安定させる為には、歌い続けなくてはならないこと。歌が止まれば、出力は一時的にダウンしてしまうのだ。
 ……だが、生憎とその欠点は今、それほど大きなものでもない。
 何故ならば!装者立花響の伴奏者である、俺の支援用アームドギア・天詔琴による演奏は、“フォニックゲインを安定させる力”がある!
 たとえ装者の歌が止まっても、伴装者の演奏が続く限り、彼女のシンフォギアの出力が下がる事は無い!!
 しかし、それはそれ。蹴られてバランスを崩した立花は、そのまま地面へと激突する。咄嗟に受け身を取れていたのは、叔父さんの修行の賜物だろう。
「立花ッ!」
「くううっ……やっぱりまだ、シンフォギアを使いこなせてないッ!どうすればアームドギアを……」
 土煙の中から、立ち上がる立花。その時だった。

 バァンッ!シュルシュルシュルシュル……

 ケースを突き破り、中に収められていた剣がその姿を現した。
 聖剣は黄金のオーラを放ち、宙へと浮かぶ。
「デュランダルの封印がッ!?うそ、覚醒……起動!?翔くんの伴奏で安定した響ちゃんのフォニックゲインに反応し、覚醒したというの!?」
「こいつがデュランダル……フッ、そいつはあたしがもらうッ!」
 鎧の少女が素早く跳躍し、デュランダルへと手を伸ばす。
「──渡す、ものかぁッ!!」
 少女の手がデュランダルを掴む直前、跳躍した立花は空中で少女へと体当たりして、彼女を押し退ける。
「ッ!?」
「ナイス!!」
「よし、取った!……──え」
 立花がデュランダルの柄を握った、その瞬間。周囲の風景が暗転した。
「ああっ……!」
「なっ、何だッ!?」
 了子さん、鎧の少女が驚きの声を漏らす中、デュランダルを握った立花が着地する。
 デュランダルの輝きが増していく。それと同時に……。
「……う、うううううううううううううッ!」
「立花……!?」
 立花の目付きが変わった。
 唸り声を上げ、瞳を揺らし、食いしばった歯から鋭い犬歯が覗く。
 次の瞬間、巨大な光の柱が立ち上り、工場全体を黄金の光が照らしだした。
 了子さんも鎧の少女も、何が起きているのか分からず、口を開いて惚けている。
 目の前の立花を見ると、彼女が両手で振り上げた剣の表面が砕け……やがて、聖剣は本来の姿を取り戻す。
 伝説に伝わる通りの、眩い光を放つ黄金の剣。自らの身の丈ほどはあるその剣を握る立花の顔は……真っ黒な影に覆われていた。
「立花……!?立花!!」
「あああああああああああああッ!」
 真っ赤に染った目を爛々と光らせ、牙を剥いた立花は、獣のような唸り声をあげる。

 ∮

「こいつ、何をしやがった!?」
 目の前の状況に困惑する。こいつ、なんでデュランダルを起動させてやがるんだ!?
 その上、そのデュランダルを握って……振り上げて……まさか!?
 振り返るとそこには、その剣の光輝に恍惚の笑みで見蕩れている白衣の女の姿があった。
 まずい……。この力の高まり、まともに受け止めなんてしたらネフシュタンの鎧でもただじゃ済まねぇぞ!?
 こんな……こんなもん見せられたら……あたしは……ッ!
「チッ!そんな力を見せびらかすなァァァッ!!」
 ソロモンの杖を振るい、ノイズを召喚する。
 させるものか!そんな力を振るわせてたまるかよ!
 お前なんかに、私の帰る場所を奪わせてたまるか!!
「ううううううううううううう……ッ!」
「ッ!?」
 デュランダルを握ったあいつは、ノイズの方を見ると……そのまま足を踏み込んだ。
 ヤバい!こいつは止められねぇってのか!?
「やめろ立花!!」
 ……その時、デュランダルを振り上げたオレンジ色のシンフォギア装者の方に、灰色のシンフォギアを着た男が走って行った。

 ∮

「やめろ立花!!」
 立花の方へと走る。だが、立花の眼に俺は映っていないのか、こちらへと反応する事はなく、今にもデュランダルを振り下ろそうとしている。
 させるものか!あの時、俺は姉さんが絶唱を唄い、その強大な力で自分をも傷付ける瞬間を止める事が出来なかった。
 そして今、立花の様子を見るに……デュランダルの力に飲み込まれ、暴走しているのが分かる。
 立花を止めなきゃ……。彼女の心が、どこか遠くへと行ってしまう前に!
 その手を掴むのは俺の役目だ!だから、間に合え!!
「立花ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 剣を振り上げた立花の手から、デュランダルを取り上げようと柄に触れたその瞬間だった。

「うッ……ああっ……あああああああああああああ!!」
 デュランダルを握った手から、強い力が流れ込み、胸の奥から抗えない程の衝動が全身を駆け巡る。
 ギアの内側から外へと溢れ出そうとする、ドス黒い力……これ、前にも……。
 灰色のギアが両腕から、どんどん赤黒く染っていく。胸の水晶体が、血のような紅へと変わる。
 意識が真っ黒に塗り潰されて……やがて、深淵へと……落ちて……。

ダメ、だ……俺は……僕は……。


絶対に、何がなんでも……必ず……。



たちばな、の……手……を……。

 ∮

「うあああああああああああああああああああッ!!」
「があああああああああああああああああああッ!!」

 二乗された唸り声が、工場一帯に響き渡る。
 目の前に獣は2匹。理性を失った橙と、深淵へと引きずり込まれた灰色。
 共鳴する唸り声と共に、2人はその手に握った聖剣を力任せに振り下ろした。
「お前を連れ帰って……あたしはッ……!」
 鎧の少女は撤退を選び、黄金の光に包まれてゆく工場を後目に飛び去る。
 光の柱は縦一文字に、眼前に聳える工場の煙突をバターのように容易く斬り裂いて、眼前のノイズを直撃ではなくその余波で、炭すら残さずに消し飛ばした。

 振り下ろされた光の柱の動きが止まる。
 このまま振り下ろされれば、工場の中心部に集まった燃料タンクを破壊し、工場はそのまま吹き飛ばされる……筈だった。
 その直前の、ギリギリのところでデュランダルの刃は止まっている。
 了子は聖剣を握る2人の方を見て、目を凝らす。
 工場全てを照らす閃光の先。その光源を握り締めている2人の姿を確認するのに、少しかかったが……やがて、彼女はデュランダルが止まった理由をその目で確かめた。
 聖剣を握る2人の装者。その剣を振るった少女ではなく、手を添えていた少年の腕が小刻みに震えている。
「……タチ……バ……な……」
 未だ2人の顔は黒い影に覆われ、赤く爛々と光る眼と、食いしばった牙もそのままだ。
 しかし、少年の右目だけは鋭い青を放ち、隣に立つ少女の顔を真っ直ぐに見つめていた。

 やがて、聖剣の輝きが弱まり、光の刃は消滅する。
 剣は力を眠らせ、力尽きた担い手はその手をだらりと下げた。
 手放され、地面に落ちる黄金剣。
 自らを支配していた影から解放された少女は、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
 ……暗がりの中から引き上げようと手を伸ばし、共に深淵へと沈んでなお、彼女の傍に在ろうとした少年の、優しい腕の中に抱かれながら。

(これがデュランダル……)
 了子は響の手を離れ、地面に転がる黄金の聖剣を見つめる。
 もう一歩手遅れだったら、この工場一帯が吹き飛んでいたであろう事は想像にかたくない。
 それを止めたのは、想定外に次ぐ想定外。響に手を伸ばした翔だった。
 意識を塗り潰されるほどの苛烈な力を手放し、手を握っていてくれた少年の腕に抱かれて眠る少女と……そして、力に飲まれた少女が全てを破壊する前に、その手を掴んで引き留め、今は彼女を守るようにその身を抱き締め眠る少年を見て。
 天才を自称する考古学者は、眼鏡を掛け直し、髪を再び結いながら呟いた。
「お互い、力を使い果たしてしまったみたいね。今はゆっくり、お休みなさい……」



 ∮

 ……なに……今の、力?
 わたし……全部吹き飛べって、身体が勝手に……。
 でも……温かい手が触れて……名前を呼ばれて……それから……?

「う、うう……」
 目を開けると、まず見えたのは白いワイシャツだった。
 次に、身体を包み込んでいるような温かい感触……人肌の温度が伝わる。
 そして、背中に回された腕に気が付き、まさかと思いながら顔を上げると……小さく寝息を立てている翔くんの顔があった。
「……え?ふぇっ!!??」
 どっ、どどどどどどうして翔くんの顔がここここここっ、こんな近くに!?
 待って待ってよ待ってってば!近い、さすがに近いって!そっ、そそそそれになんか目元にかかり気味の前髪とか、その奥から覗く寝顔とか!あと顔近すぎてわたしの髪に息かかってるの伝わって来るとか、ここまで密着されてしかも背中に回された腕でしっかりホールドされちゃったら、翔くん細いのに結構筋肉あるのが分かっちゃったりして何だかもう色々大変っていうか!!
 何が何だかさっぱり分かんないけど情報量が多すぎて、ちょっとわたしの中のキャパシティーがもう、無理、限界ッ!今すぐに離れないと爆発しちゃううううううう!!

「あ、目が覚めたみたいね~。大丈夫、響ちゃん?」
「えっ!?あ、はっ、そのっ……はい……」
 了子さんに見られ、慌てて翔くんの腕の中から抜けようとする。
 すると、わたしが動いていたのがきっかけになったのか、翔くんがようやく目を覚ました。
「ん……んん~……たちばな?」
「えっと……その、翔くん……?この状況はいったい全体どういう事情があって……」
「……ん?……ッ!?すっ、すまん立花!!それが俺にもさっぱり!!」
 翔くんがようやく手を離してくれた。わたしも慌てて後退り、翔くんから離れる。
 ……ちょっとだけ、寂しさのようなものを感じた気がするけど、正直あれ以上密着し続けていたらわたし、恥ずかしさでしばらく口聞けなくなってたかもしれない。

「あらあら?何も覚えてないの?」
 何だかいつも以上にニヤニヤしている了子さんにそう言われ、わたしはさっきの恥ずかしさを忘れるためにも記憶を辿る。
「は、はい……。わたし、デュランダルを掴んでそれから……。──ッ!?」
 周りを見回すと、工場が半壊していた。
 幸い煙が上がってる場所は少ないけど、デュランダルを握った後、わたしが何をしたのかは、その光景が充分に語っていた。
「これがデュランダル。あなたの歌声で起動した、完全聖遺物よ」
「あっ、あの、わたし……。それに、了子さんのあれ……?」
「ッ!そうだ、了子さん!あのバリアって……」
 翔くんも怪訝そうな表情で、了子さんの方を見る。
「ん?いいじゃないの、そんなこと。三人とも助かったんだし……ね?」
 了子さんはただ、悪戯っ子のように笑うと口に人差し指を当てて笑った。

 すると、了子さんのポケットの中から端末の着信音が鳴る。
「……あ、はい。──了解。移送計画を一時中断し、撤収の準備を進めます。……あ、はい。デュランダルは無事ですが、それについては──」
 端末で本部と通信しながら、了子さんは破壊された工場の後処理をしている職員さん達の方へと、歩き去ってしまった。
「あ……」
 行ってしまった了子さん。わたしは、もう一度周りを見回して、デュランダルの力が壊してしまった工場を見る。
 了子さんの言う通り……確かに助かったけど、あの力……。
 わたし、もう少しであれを人に……。
「……立花」
 名前を呼ばれて見上げると、地面にへたりこんだままのわたしに、翔くんが手を差し伸べていた。
 自分で立ち上がろうかと思ったけど、疲れてるからか脚に上手く力が入らない。
 さっきの事を思い出して、また恥ずかしさが込み上げそうなのを我慢して、翔くんの手を握る。
 翔くんは優しくわたしを立ち上がらせてくれると、わたしの顔を真っ直ぐに見つめて来た。
「しょ、翔くん……?どうしたの?」
「……よかった。いつもの立花だ」
 そう言って翔くんは、安心したように微笑む。
 ……ああ、そうだ。暗闇の中でもハッキリと聞こえてきた、わたしの名前を呼ぶ声は……。

「……ただいま、翔くん」
「ん?ああ……おかえり、立花」 
 

 
後書き
デュランダル編はこれにて終了。次はひびみくの夫婦喧嘩とクリスちゃん加入。
つまり夫婦喧嘩の後は遂に純クリのターンがやってくるワケダ。

緒川「……と、以上があの二人のこれまでです」
翼「緒川さん……ちょっとブラック珈琲を買ってくてくれませんか?」
緒川「おや、やっぱり甘過ぎましたかね?どうぞこちらに」(予め買っておいたブラック珈琲を取り出す)
翼「ええ、それはもう……んっ、んっ……ふう。ですがこの甘露は、私にとって心地いい」
緒川「本当ですか!?」
翼「何と言いますか……私が心配していたほど、不健全な付き合いでもなさそうですし。喩えるのであれば、仔犬が(じゃ)れあっているような微笑ましさを感じます」
緒川「ああ……わかります。あの二人、揃って純情ですからね」
翼「その様子なら、間違いを起こす事もないでしょう。むしろ、ここまでやって付き合わないなど、天が認めても私が認めません!」
緒川「翼さんが認めてくれるなら、これで外堀は殆ど埋まりましたね」
翼「他人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られる。これが世の常ですからね。いつまでも意地を張っているなど、姉としてみっともないでしょう?」
緒川「そこまで言ってくれるのなら、僕達見守り隊にも考古の憂いはありませんね」
(着メロ。逆光のフリューゲル)
緒川「あ、任務ですね。失礼します」
翼「はい。緒川さん、今日はありがとうございます」
緒川「では、僕はこの辺で……」
翼(しかし、立花が未来の義妹か……。そう思うと、何だか可愛らしく思えてくるな……)
緒川「了子さん、それ本当ですか!?」
翼「ッ!?緒川さん、何かあったのですか!?」
緒川「……翔くんと響さんが、2人一緒に仲良く抱き合って寝ていた……と了子さんから……」
翼「……2人一緒に、抱き合って寝ていた?」
緒川「もしもし翼さん?どうかしましt……」
翼「櫻井女史!それは一体どういう状況なんですか!?姉として説明を求めます!!」(緒川さんのケータイを奪い取って騒ぐANE)
了子『え~?翼ちゃん、知りたいの~?お姉ちゃんを(異性と付き合ったことが無い、という意味で)追い越していっちゃったあの2人の話、聞いちゃう?』
翼「櫻井女史、それは一体どういう……!?」
緒川「了子さん、翼さんを惑わすのはやめてくださいね」(苦笑)

ブラコンSAKIMORI、遂に公認……?
さて、次回からは夫婦喧嘩のカウントダウンに、目を覚ました翼さんとの会話まで!次回もお楽しみに!

翔の胸の傷痕:生弓矢護送任務の際、自ら生弓矢の鏃を心臓部に突き刺した時にできた傷痕。エナジーコア状……ではなく、奇しくも響と同じ音楽記号のフォルテに似た形となっている。
生弓矢の鏃はその後、響の胸にくい込んだガングニールの破片と同様、体組織との融合が進んでいるらしい。
二人揃ってff(フォルテッシモ)。地に力強く立つ花と大空へ翔く燕は、惹かれ合いながら生命を燃やす。 

 

第31節「眠れぬ夜に気付いた想い」

 
前書き
第3楽章の最後を飾るのは、新章前の振り返り!
そう……有り体にいえば総集編。翔ひびのこれまでを思い返しましょう! 

 
 デュランダルの護送任務を終えたその日の夜。わたしはいつも通り、ベッドに寝転がって毛布を被っていた。
 隣では未来が、すやすやと寝息を立てている。
 でも、わたしは中々寝付けずにいる。いつもなら、ベッドに寝転がってすぐに眠気が来て、あっという間にぐっすり寝ているはずなのに……。わたしの中では、昼間の出来事が渦を巻いていた。
 
 デュランダルを掴んだ時、わたしの中に流れ込んできた暴走する力。何もかも全部を壊したくなる、あの強烈な衝動──。
 
 怖いのは、それを制御出来ないことじゃない。それを人に……ネフシュタンの鎧を着たあの子に向けて、躊躇いもなく振り抜いた事。
 
 もう少しでわたしは、この手であの子を傷付けてしまうところだった。
 
 もしあの場所が、誰もいない工場じゃなくて街の中だったら……。
 
 もしあの時、関係ない人達がまだ逃げ遅れていたりしたら……。
 
 そう思うと、怖くて手が震えそうになる。
 
 あの時、デュランダルを最後まで振り降ろしてしまっていたら、どれだけの被害が出たんだろう……。
 
 そう考える度に、怖くて耐えきれなくなる。
 
 へいき、へっちゃら……帰ってきた時、心配してくれた未来にはそう言ったけど、怖いものは怖い。こんな気持ちになったのは、いつ以来だろう……。
 
『……おかえり、立花』
 
 ふと、翔くんの優しい笑顔が浮かぶ。
 
 ……そうだ。翔くんは、わたしがデュランダルの力に呑まれても、必死に手を伸ばしてくれた。
 
 暗闇の中でもわたしの名前を呼んで、必死に手を繋いでくれていた。
 
 今回だけじゃない。わたしは、翔くんに助けられてばっかりだ。
 
 最初は中学生の頃。周りが皆、わたしを笑っていた中で、翔くんはわたしのために怒ってくれていた。
 
 次は二課で久し振りに会ったあの日。翼さんとの間に出来た壁をどうにかしようと、翔くんは一緒になって考えてくれた。
 
 それから、生弓矢の護送任務の前の夜。人前で泣くなんて、久し振りだった。
 
 でも、翔くんは『泣いてもいい』って言ってくれた。『周りを頼れ』って言葉も貰った。
 
『せめて俺の前では、自分に素直な立花響で居てくれ……』
 
 あの言葉に、わたしはどれだけ救われた事だろう。お陰でわたし、翔くんの前だと悩んでる事、隠さず全部吐き出しちゃうようになっちゃったんだよ。
 
 あと、生弓矢護送任務の時は、何回もアドバイスしてもらった。
 
『ノイズを恐れるな。君の手には、奴らを一撃で倒せるだけの……誰かを守る為の力があるんだからな』
 
 特にあの言葉が、私の背中を押してくれる一番の励ましだったなぁ。
 
 ……そんな翔くんが、私を庇ってノイズの前に飛び出した時は、本気で泣きそうになった。
 たった3日間だけど、わたし達は中学生の頃よりも仲良くなれていたし、わたしにとっては翔くんや翼さん、師匠や了子さん達がいる二課は、日常の一部になっていたから……。
 だから、目の前でそんな日常の一部がノイズに奪われそうになったあの時は、心の底から願った。
 翔くん、死なないで!って……。そしたら……。
 
『生弓矢……俺に……彼女を守る力を!!』
 
 翔くんは、自分の手で奇跡を掴み取った。
 生弓矢の欠片を自分の身体に突き刺して、わたしと同じ融合症例になる事でノイズの炭素分解を脱し、更には新しいシンフォギアを手に入れた。
 涙が出るほど悲しかったはずが、涙が止まらなくなるくらいの嬉しさに変わった経験は、あれが初めてだったなぁ。
 
 それから2人で一緒に歌って、ノイズ倒して。翔くんのバイオリン、綺麗なんだよねぇ。今度、任務以外で聴いてみたいかも。
 任務が終わった後は、翼さんや緒川さんも揃って、ふらわーで一緒にお好み焼きを食べた。いつもと違うメンバーで食べるお好み焼きも美味しかったな~。
 
『もしかして、響ちゃんの彼氏だったりするのかい?』
 
 ……そういえば、あの時おばちゃんに言われた一言が、今でも胸に引っかかる。
 
 わたし……わたしは……翔くんの事、どう思ってるんだろう?
 
 
 
 ううん。本当はもう、とっくに分かってる。
 
 こうやって翔くんの事を考えだすと、どんどん止まらなくなっちゃって……。
 
 翔くんからの言葉のひとつひとつが、私の胸の中で生きている。
 
 思えば、未来や創世ちゃん達以外にはやらないような事も、翔くんが相手だと自然にやっちゃってたような気もするし……。
 
 わたしと未来の約束のために、ノイズを倒すの引き受けてくれたのに飛び出しちゃったのも、今思うと申し訳なさよりも、単純に放っておけなかったからだと思う。
 
 翼さんのことで落ち込みそうになった時や、あのネフシュタンの子がわたしを狙ってるって分かった時、わたしの不安を払おうとして肩に手を置いてくれたのは嬉しかった。
 
 師匠との特訓中、シャワー浴びて着替えようとした時に、わたしが入ってるの気づかなかった翔くんに……その……見られちゃった時は大変だったなぁ……あはは……。
 
 そして今日、わたしを暗闇の中から引き上げようとしてくれた翔くんが、気付かせてくれた。
 
 だって……あんなにドキドキさせられちゃったら、ちょっと遅れちゃったとしても、もう気付かない理由なんてなくなっちゃうじゃん!
 
「わたし、翔くんの事が……」
 

 好き……。ううん……大好き!!

 
 翔くん……翔くん、翔くん……。
 もう、翔くんの事を考えるだけで胸がいっぱいで……ダメ!今度は別の意味で眠れなくなっちゃうぅぅぅ!!
 
 はぁ、未来を抱き締めて落ち着こう……。
 
 そう思っていつもやっているように、隣で眠ってる未来を起こさないよう、そっと抱き締める。
 
 未来の柔らかさと温かさ、抱き心地が腕の中に広がる。
 
 やっぱり未来は落ち着くなぁ……。
 
 ……未来の感触を感じると同時に、翔くんに抱き締められた時の感触を思い出す。
 
 未来ほど柔らかくなかったけど、なんだか不思議と安心出来て……未来とは違った温かさがあって、それから……ちょっと、いい匂いがした気がする。
 
 未来を抱き締めて寝る時は、お風呂の後だから、使ったシャンプーの匂いがするんだけど……翔くんの匂いはなんだろ?
 
 香水……の筈はないし。でも、どこか知ってる匂いだったような……。
 
 ひょっとして……汗、かなぁ……?
 
 ……って、何考えてるんだろわたし!これじゃまるで変態みたいじゃんっ!
 
 も~……今夜はやっぱり寝られそうにないよぉ……。
 
 わたし、(のろ)わてるかも……。
 
 
 
 
 
 そうやって、彼女の夜は過ぎて行く。
 いつの間にか、親友を抱き締めたまま寝息を立てていた彼女の顔は、とても幸せそうな表情をしていた。 
 

 
後書き
って事で今回は、「立花響の翔くん回想録」でした~。
汗の香りってフェロモン混ざってるから、その臭いをどう感じるかで相性分かるって話、性癖に刺さってるので頻繁に使う気がする(笑)

さて、次回からがいよいよ皆さんが不安と期待を胸に待ち望んでる部分!
原作にどこまで沿い、どこまで離れるのかをお楽しみに! 

 

第32節「兆しの行方は」

 
前書き
XDのアニメ7話放送記念無料ガチャ回したら、花嫁ビッキーが当たった頃の回。
頑張ったご褒美ですね、これ……。ありがとうビッキー!
これからも頑張って書いてくし、絶対に翔くんと幸せになってもらうからね!
ってノリで書ききったけど、まだ覚醒終わってないしボイスの解放も済んでないよ……。これから頑張らなきゃ……。

花嫁ビッキーで学祭コスプレネタ、夢オチ結婚ネタ、本編から数年後のガチ挙式ネタと3パターンは書けるのでは?
こういうのってインスピレーションが浮かぶ良い機会ですよね。
……あれ?これXDの心象変化ギア全般ネタに出来るぞ? 

 
 山奥の洋館。銀髪の少女……クリスは、洋館の裏手にある湖にかけられた桟橋から、日の出を見つめていた。
(──完全聖遺物の起動には相応のフォニックゲインが必要だと、フィーネはいっていた……。あたしがソロモンの杖に半年もかかずらった事を、あいつはあっという間に成し遂げた……無理やり力をぶっぱなしてみせやがったッ!)
「……バケモノめッ!」
 手に握っている、今は持ち運びやすいように変形しているソロモンの杖を見つめる。
「このあたしに身柄の確保をさせるくらい、フィーネはあいつにご執心ってわけかよ……。フィーネに見捨てられたら、あたしは……」
 8年前、目の前で両親を失ってからの5年間を思い出す。
 捕虜にされ、ろくな食事も与えられず、他の子供達が暴力を振るわれ、何処かに連れて行かれる姿を見て怯え続けた日々。
 思い出す度に、この世界への怒りと大人への不信感が募っていく。
 同時に、もう二度とあんな惨めな生活には戻りたくない、という思いが膨らんでいく。
 ひとりぼっちになんか、なりたくない。あたしにはもう、フィーネしかいないんだ。
 もし、フィーネの興味が完全にあいつに映っちまったら、フィーネはもうあたしに固執する理由がなくなっちまう……。
「…………。そしてまた、あたしはひとりぼっちになるわけだ」
 
 昇る朝日を見つめるクリスの背後に、音もなく忍び寄る影。
 気付いたクリスが振り返ると、丈の短い真っ黒なワンピースに身を包んだフィーネが、朝の涼風にその金髪を靡かせていた。
「──わかっている。自分に課せられた事くらいは。こんなもんに頼らなくとも、あんたの言うことくらいやってやらぁ!」
 そう言ってクリスらは、ソロモンの杖をフィーネの方へと投げる。
 微動だにせず、それを受け取ったフィーネは、煽るように問いかけた。
「ソロモンの杖を私に返してしまって、本当にいいのかしら?」
「あいつよりも、あたしの方が優秀だって事を見せてやる!あたし以外に力を持つ奴は全部この手でぶちのめしてくれる!それがあたしの目的だからなッ!」
 目の前で宙を掴み、拳を握り締めるながらクリスはそう言い放つ。
 その憎悪に満ちた目を、フィーネはただ妖しく微笑みながら見つめていた。
 
 ∮
 
「はッ!ふッ!」
 弦十郎の自宅では、今日も朝早くから響がサンドバッグ打ちを続けていた。
 朝日に汗の雫が舞い、掛け声勇ましく繰り出された拳にサンドバッグが揺れる。
「そうだ!拳に思いを乗せ、真っ直ぐに突き出せッ!ラストッ!大地すらねじ伏せる渾身の一撃を叩き込めッ!」
「はい、師匠ッ!──はああッ!」
 最後の一撃が決まり、サンドバッグが一際大きく揺れる。
「よし、サンドバッグ打ちはここまで!ごくろうだったな。そろそろ休憩にするか?」
「はあ……、はあ……師匠ッ!まだです!続きをお願いしますッ!」
「響くん……。よし分かった!次はシミュレータに行くぞ!」
「はいッ!……ところで師匠、今日は翔くんの姿が見えませんが……」
 響の疑問に弦十郎は、ああ、と思い出したように答えた。
「翔なら、ランニングのついでに、翼への見舞い品を買いに行っている。なんでも、すぐに売り切れてしまうくらい美味いフルーツゼリーがあるとか……」
「そう、ですか……」
「……何か、悩み事か?」
「えっ!?いっ、いえ、別にっ……!」
 図星を突かれ、響は一瞬動揺しながらも平静を保とうとする。
 今、彼女の中で渦巻いているもの。それは昨日の夜、自覚したばかりの恋心。
 こればっかりは翔本人に相談するわけにもいかない。かと言って、誰に相談すればいいのかも分からず、響は悩み続けていた。
 
「なんなら、俺が相談に乗ってやろう」
「えっ、師匠がですか!?」
「おいおい、俺は君の師匠なんだぞ?それに、君より大人だからな。人生経験なら、君や翔の何倍もある。大抵の悩みなら、助けになるかもしれんぞ?」
 そう言われ、響は考える。困った時は、大人に頼るのが一番だ。
 特に、尊敬する師匠である弦十郎であれば、相談相手として不足はないだろう。
 そう考えた響は周囲を見回し、翔が帰って来ていない事を確認してから、打ち明けた。
「翔くんには絶対、内緒ですよ?」
「ん?ああ、勿論だとも。あいつに言えない悩みなのか?」
「はい、実は……」
 
 ∮
 
「見つけた……最後の一個!」
 息を切らして入店した洋菓子店のレジ前。その小さなテーブルの上に並べられていた容器の山は既になく、残るは最後の一つだけだった。
 姉さんのお見舞いに持っていこうと決めた、1日30個限定フルーツゼリー。
 みかん、ぶどう、マンゴー、ピーチ、リンゴの5種類の味があり、使用されているフルーツはどれも、届いたばかりの新鮮な一級品……。
 女性人気が高いだけでなく発売以来、お見舞い品としても重宝されている商品らしい。
「ラッキーだ。あとはあれをレジに持っていけば……」
 机に近づこうとした時、その希望は目の前で摘み取られた。
 客の1人が、俺より一歩先にその最後のゼリーを手に取ってしまったのだ。
「ッ!」
「ん?……少年、もしかしてこれ欲しいのか?」
 ゼリーを手に取ったお客さん……ツンツンした黒髪で、黒地に白い線で龍が描かれたTシャツとジーンズを着た男性がそう聞いてくる。
「いえ……先に取ったのはそちらですし……」
「いいよ。俺は別にお見舞いってわけじゃないし。美味しそうだったから、買いに来ただけさ。でも、君は多分お見舞いに持ってくために、このゼリーを探してたんだろう?」
 そう言って、その人は俺に最後のゼリーを手渡す。
「なんで分かるんですか?」
「君、風鳴翼の弟さんだろ?新聞で見た事あるよ」
 その人は少し声を潜めると、ニカッと歯を見せて笑った。
 ああ、そうか……自分がそこそこメディアに露出する人間だった事を思い出し、苦笑いする。
 姉さんほど定期的に載るわけじゃないから、あんまり騒がれないだけなんだよなぁ。通行人とすれ違ったら、ヒソヒソと盛り上がり始めた……という事はちょくちょくあるけど。
 
「さしずめ、入院中のお姉さんに、単なる人気スイーツというだけでなく見舞い品としての価値も高い、この店のフルーツゼリーを食べさせてあげようと走って来た……とか?」
「ほ、殆ど合ってる……。あなた、一体?」
「なに、初歩的な事だよ。そら、これは君のものだ。お姉さんが早く元気になれるよう、俺も祈っているよ」
 そう言ってその人は、店の奥へと歩き去ってしまった。
 なんか、かっこいい人だったな……。店の奥でケーキを選んでいる、綺麗な金髪をツインテールに結んだ彼女らしき人の隣に並ぶ後ろ姿が、見ていてとても微笑ましく感じる。
 お礼を言いたいけど、邪魔しちゃ悪いだろうな。また今度、ここに来た時に会えるといいんだけど。
「お会計お願いしまーす」
 そう思いながら、レジの店員さんにゼリーの会計を頼み、財布を取り出す。
 ゼリーの味はみかん。……奏さんと同じ色だなぁ、なんて思ってしまったけど、それも含めて姉さんが元気になるなら、それでいいと思う。
「へ……へくしゅっ!」
 その時、急に鼻がムズムズして来たので慌てて口を腕で抑える。
 くしゃみか……誰かに噂でもされているのだろうか?
 
 ∮
 
「……なるほど。つまり響くんは、翔の事を異性として好きだというわけか?」
「うう……そう簡単に言葉にして聞き返さないでくださいよ師匠ぉ……。相談してるわたし自身も恥ずかしいんですから……」
 顔が熱くなってるのが分かる。こうして言葉にすると、やっぱり恥ずかし過ぎて爆発しちゃいそう……。
「ふむ、しかし恋愛相談か……。生憎と、俺はその手の話だけは経験が無くてな……」
「ええ?師匠、恋愛経験ないんですか!?」
「ああ。あったら今頃、俺は独り身じゃなくなってる筈だろ?」
 言われてみれば確かにそうだ。うーん、師匠ならモテると思うんだけどなぁ。
 了子さんとか、絶対お似合いなのに……師匠と了子さん、お互いに名前で呼びあってるし。
「そうだな……。よし、響くん。迷える君にこの言葉を送ろう」
「ッ!はい、なんでしょう……?」
 気を引き締めて、師匠からの言葉を待つ。
 師匠はいつもの穏やかな顔で、諭す様に言った。
「相手と対峙した時、振るうべき正しい拳というものは、己と向き合い対話した結果導かれるものだという」
「……えっと、つまり?」
「大いに迷い、悩む事だ。迷いこそが己を育て、強く大きく育てる為の糧となるッ!」
「言ってる事、全然分かりません!」
 師匠の言葉はいつも通り、修行の時と同じで感覚的なアドバイスだった。
 多分、この言葉も映画からの引用なんだと思う。
「……すまんな。自信満々に豪語した割には、こんな事しか言えなくて」
 困ったような顔で笑う師匠。でも、その言葉はいつもの修行で聞いている師匠の言葉と同じように、わたしの中にストンと落ちた。
「でも……頑張って、悩んでみますッ!師匠、相談に乗ってくれてありがとうございますっ!」
「ああ。もっと本格的な相談なら、了子くんや友里に頼むといい。俺より具体的なアドバイスが貰えるはずだ」
「今度、時間がある時にそうしてみますね!」
 こうして、わたしはその日の特訓メニューを終えて、寮へと戻って行った。
 急ぐ必要は無い、もう少し悩んでみよう。この胸に芽生えた気持ちを、伝えるべきかどうかを……。 
 

 
後書き
それぞれが道に迷い、別の大人と出会い、答えを見出す。
例のモブの割に目立ってたあの人については、いずれの機会に。

了子「翔くんと響ちゃんを見守り隊、定例会議~」
友里「それで、今回の報告は?」
職員A「はいはーい!デュランダル移送の前夜、仲良く2人で夕飯してました!」
藤尭「ああ、しばらく職務より優先させてたあれね……」
職員A「藤尭さんは黙っててください!」
職員B「でも響ちゃんのお腹じゃ物足りないだろうと思って、食べ終わった後にコンビニ弁当を2人分、差し入れておきました」
黒服A「ちなみに何弁を?」
職員B「チキン南蛮弁当とさば味噌弁当を!」
黒服A「分かってるじゃないかヒャッホーウ!流石は職員Bだぜ!」
黒服B「2人の弁当の中身を敢えて別にする事で、おかずの交換を促すその作戦。お見事ですね職員B」
監視員「その様子なら監視カメラにバッチリ映ってるッス!」
職員A「よくやったわ監視員くん!後で上映会よ!」
友里「皆、テンション高いわね。あ、その後ソファーで寝てた2人に毛布をかけたのは私よ」
職員A「さっすが友里さん!気が利いてますね!」
藤尭「やれやれ、ホントこの集まりって毎回騒がしくなるよなぁ。僕は買い出しのついでに、お泊まり用の歯ブラシセットを買って来る事になったぐらいかな」
職員B「うっわ藤尭さん羨ましい!」
黒服A「俺だってあの2人のための使いっ走りになりたい!」
了子「ふっふっふ~、甘いわねあなた達。これを見なさいッ!」(こっそり撮っておいた例のシーンの動画を見せる)
黒服B「こっ、この映像は!?」
藤尭、友里、職員の皆さん「一緒に寝ている瞬間……だとぉ!?」
黒服B「さっ、さすがは了子さん……余念が……ない……」
黒服A「くっ、尊さのあまり黒服Bが倒れた!」
職員A「あっ、尊い……は?無理、尊い……好き……」
監視員「職員Aさんが限界ヲタクになってるッスよ!?」
職員B「翔くんと抱き合って眠り、起きたら恥ずかしさで真っ赤になり悶える響ちゃん……そして、起きた後で慌てて離れる翔くん……。くっ、肉眼で見れた了子さんが羨ましいッ!」
了子「ふっふ~ん、隊長特権よ!緒川くん、翼ちゃんの反応はどうだった?」
緒川「了子さんが意味深な言い方するから、翼さんに無駄な心労をさせてしまったのは心苦しいですが……。再生中は真っ赤になりつつも、響さんが真っ赤になって慌て始めたシーンでは、可愛い義妹を見守る義姉の顔になってましたよ」
職員一同「とうとう姉公認、だとぉ!?」
藤尭「なんか、司令の口癖伝染ってってない!?」
緒川「それ以上に、この集まりって一体何なんでしょうね……」(苦笑)
了子「そりゃあ勿論、これを見ている皆の代弁よん♪」(明後日の方向を指さす)
友里「……え~っと、了子さん?」
藤尭「何処を指さしているんだろう……?」

次回もお楽しみに! 

 

第33節「密かな不安」

 
前書き
「戦姫絶唱シンフォギア~響き交わる伴装者~」、前回までの3つの出来事!
1つ!響が自分の内に芽生えた、翔への恋心を自覚。
2つ!度重なる失敗から、フィーネに見捨てられたくないクリスが焦りを見せる。
3つ!弦十郎の言葉から、響は迷い続ける事で答えを見つける事を心に決めた。

COUNTDOWN TO LOVELY HEART!
響の想いが翔に伝わるまでの時間は……? 

 
「ただいま~。はあ~、お腹へったよ~」
 寮の玄関を開け、響はふらふらしながら部屋へと戻って来た。
「もう、帰ってくるなりなに?」
「いや~、朝から修行するとやっぱりお腹空いちゃってさ~」
 響を出迎えた未来は、腹の虫を鳴かせる親友の様子に微笑みながら提案した。
「しょうがないなぁ。だったら、これからふらわーに行かない?わたしも朝から何も食べてないから、お腹ぺこぺこなんだ」
「ふらわーっ!行く行くっ!未来もお腹空いてるなら、すぐに行こっ!」
「ふふ、待って。すぐに出かける準備するから」
 そう言うと、未来は自分の机に置いてある財布や部屋の鍵を取りに行く。
 響は、口角からヨダレを垂らしそうになりながら、ふらわーの美味しいお好み焼きを思い浮かべる。
「はあ~、ふらわーのお好み焼き~。想像しただけでお腹が鳴っちゃうよ~……」
 
 その時、響のケータイに着信が入った。
「って、あれ、電話だ……誰だろう?……って、翔くん!?」
 翔からの突然の電話に、慌ててケータイを落としそうになる響。
(翔くんからの初めての電話ッ!何の用だろう?待って待って、落ち着いて!深呼吸、深呼吸……!)
 深く息を吸い込み、吐き出して、高まる動機を胸から感じながら電話に出る。
「も、もしもし……?」
『おはよう、立花。今、時間は空いているか?』
「え?どっ、どうしたの急に?」
『姉さんの病室までお見舞いに行くんだけど、一緒に来てくれないか?』
 翔からの電話。それは、入院している翼のお見舞いへの誘いだった。
 弟である自分だけでなく、あの時守った後輩の元気な顔も見せることで、翼を安心させておきたい……。それが翔の狙いだった。
『本当は緒川さんにも来てもらいたかったけど、今はちょうど任務中でさ』
「へ~……緒川さんって、どんな仕事してるんだっけ?」
『調査部のリーダー、かな。拳銃片手にヤクザとか、反社会性力を相手にしては、悪い奴らの悪事の証拠を集めてくるのが役目なんだ』
「おお!?緒川さんのお仕事、映画みたいでかっこいい……」
 改めて緒川の仕事内容を聞き、感心してしまう響。
 その様子を思い浮かべたのか、翔は微笑む。
 
『それで、どうする?』
「もちろん行く!翼さんを元気づけてあげたいもん。その前に、お昼食べてからでもいい?これから未来とふらわーでお好み焼き食べてくるんだっ!」
『小日向とか……。それは大事だな。俺も昼飯を済ませてから合流しよう。2時に病院へ集合だ』
「わかった。また後でね」
 そう言って通話を切ると、響はスマホをポケットに仕舞う。
「……ふー、ドキドキした~……」
「響、どうしたの?」
 振り返ると、既に支度を終えた未来が立っていた。
「ううん、何でもない。ただ、ふらわー寄った後に用事が出来ただけ」
「そう……。なら、いいんだけど……」
「それより早く行こうよ~。すっかりお腹ペコペコだよ~」
「……うん。行こう!おばちゃんのお好み焼き、楽しみだね」
 そう言って2人は部屋を出る。おばちゃんが焼いてくれる、世界一のお好み焼きを食べるために。
 ……しかし、響は気が付かない。親友の表情が、すこし不安を滲ませていた事に。
 
 ∮
 
 二課の司令室に、いつもと違った黒い礼服の弦十郎が入室する。
 ソファーに腰掛け、ネクタイを緩める弦十郎に了子が話しかけた。
「亡くなった広木防衛大臣の繰り上げ法要でしたもんね……」
「ああ。ぶつかる事もあったが、それも俺達を庇ってくれての事だ。心強い後ろ盾を、喪ってしまったな……。こちらの状況はどうなっている?」
 弦十郎は顔を上げると、了子に基地の防衛システム強化の進行具合を尋ねる。
「予定よりプラス17パーセント~♪」
「デュランダル輸送計画が頓挫して、正直安心しましたよ」
「そのついでに防衛システム、本部の強度アップまで行う事になるとは」
 いつもの軽いノリで答える了子。何処かホッとした顔をする藤尭。
 そして、防衛システム強化の進行をチェックしていた友里が振り返る。
「ここは設計段階から、限定解除でグレードアップしやすいように折り込んでいたの。随分昔から政府に提出してあったのよ?」
「でも確か、当たりの厳しい議員連に反対されていたと……」
「その反対派筆頭が、広木防衛大臣だった」
 友里の疑問に答えながら、弦十郎はカップに珈琲を注いだ。
「非公開の存在に血税の大量投入や、無制限の超法規措置は許されないってな……」
 
 溜息を一つ吐き、珈琲を一口飲んで弦十郎は続ける。
「大臣が反対していたのは、俺達に法令を遵守させることで、余計な横槍が入ってこないよう取り計らってくれていたからだ……」
「司令、広木防衛大臣の後任は?」
「副大臣がスライドだ。今回の本部改造計画を後押ししてくれた、立役者でもあるんだが……」
 歯切れの悪い言葉に、友里も藤尭も首を傾げる。
「強調路線を強く唱える、親米派の防衛大臣誕生……つまりは、日本の国防政策に対し、米国政府の意向が通りやすくなったわけだ」
「まさか、防衛大臣暗殺の件にも米国政府が……?」
 その時、基地の火災探知機のアラームが鳴り響く。
 モニターに映し出された映像を見ると、どうやら改造工事中のブロックの1つで、機材が出火してしまったらしい。
「た~いへん!トラブル発生みたい。ちょ~っと見てきますわね」
「ああ」
 そう言って了子は、飲みかけの珈琲が入った紙コップを置いて、火災が発生したブロックへと向かって行った。
 
 ∮
 
 ……最近、響を遠く感じてしまう。
 私の追いつけないどこか遠く……遥か遠くまで行ってしまっている。そんな気がしてしまうのは何故だろう?
 ここ1ヵ月近くの響は、放課後になる度に何処かへ行っちゃうし、今朝も早くから修行とか言ってお昼まで戻らなかった。放課後、後をつけたら公園で筋トレしていたのを見た時は本当に驚いた。一体、何をしているんだろう……。
 
 ……風鳴翔。中学生の頃に同じクラスだった男子生徒。リディアンの3年生で、トップアーティストとして有名な翼さんの弟。
 そして、響が苦しんでいるのを知っていながら、手を差し伸べてくれなかった卑怯な人……偽善者。
 ……ううん。本当は優しい人なんだって、頭の中では分かってる。そうじゃなきゃ、響があんな顔する筈ないもん。
 昼間、電話に出た時の響の顔は……今まで見たことがない表情だった。
 嬉しそうで、恥ずかしそうで……それでいて、とても楽しそうだった響の顔。
 あの顔を見る限り、きっと響は──。
「……そういえば、この向かいの病院。翼さんが入院してるんだっけ?」
 何気なく、本棚から窓の方へと視線を移す。
 
 窓の向こう側、病室の窓の奥に見えた光景に、わたしは図書室を飛び出した。
(どうして、響が翼さんと一緒に……!?それに、一緒に居た青い髪の男の子は……!!)
 見てはいけないものを見てしまったような気分になり、逃げるように走る。
 行き先なんて分からない。ただ、ひたすら走り続けた。
 わたし、どうしたらいいの……?
 分からないよ……響……。
 
 ∮
 
 数分前、翼の病室にて。
 
「最初にこの部屋を見た時、わたし、翼さんが誘拐されちゃったんじゃないかって心配したんですよ!二課の皆が、どこかの国が陰謀を巡らせているかもしれないって言ってたし、翼さんは今、病み上がりですし!」
「も、もうその話はやめて!片付けもしなくていいから……私は、その、こういう所に気が回らなくて……」
 驚く響、恥ずかしそうに顔を赤らめる翼。そして、翔は病室の有様に呆れていた。
 病室内は、まるで強盗に荒らされたかのように散らかり放題になっている。
 本や資料、新聞や週刊誌が床一面に散らばり、薬瓶や珈琲入りのカップはひっくり返っており、丸められたティッシュはゴミ箱に入っておらず、花瓶の花は枯れたまま。
 おまけに、衣服どころか下着まで部屋中に散乱しているという始末だった。
「姉さん、緒川さんがいないとすぐにこれだよね……。立花、覚えておくといい。これが姉さんの数少ない欠点のひとつ、『片付けられない女』だから」
「も、もう!翔まで私を弄る事ないでしょう!」
「まったく……緒川さんから頼まれてるんだ。姉さんの部屋、片付けさせてもらうぞ」
 
 数分後、俺と立花の手により、姉さんの病室は綺麗に片付けられた。
「それにしても、意外でした。翼さんはなんでも完璧にこなすイメージがありましたから」
 畳んだ服と下着を仕舞いながら、立花が呟いた。
「……ふ、真実は逆ね。私は戦う事しか知らないのよ」
「え、何か言いました?」
 立花が聞き逃した姉さんの独り言を、俺は聞き逃さなかった。
 ……忌み子として嫌われ、剣として己を鍛える事だけに精進してきた姉さん。でも、それだけじゃない事を俺は知っている。自覚してないだけで、姉さんは結構可愛いんだ。
 確かに女の子として至らない部分はそこそこある。だから俺は、立花との交流が姉さんを変えていく事を望んでいたりするのだ。
 
「おしまいです!」
「すまないわね……。いつもなら、緒川さんがやってくれるんだけど」
 姉さんの言葉に立花が改めて驚く。
「ふええぇ!?親戚以外の男の人に、ですか?」
「…………ッ!?たっ、確かに考えてみれば色々問題ありそうだけど……」
 一瞬、姉さんの頬が赤く染まったのを俺は見逃さなかった。クソッ、スマホ取り出すの間に合わなかったのが惜しい……。
「姉さん、いつまでも片付けられないと、いつか緒川さんとスキャンダルになっても知らないぞ?」
「えっ!?翼さんと緒川さんって本当にただのアイドルとマネージャーなんですか!?」
 揶揄うつもりで言った言葉に、立花が意外そうな顔で便乗したもんだからたまらない。
 姉さんは耳まで真っ赤になって反論する。
「わっ、わわ、わたしと緒川さんは別にそんな関係ではないぞ!?たた、確かに私が小さい頃からいつも一緒に居てくれたが、それは護衛としての仕事だったからであって別にいいい、異性として意識した事などこれっぽっちも!」
「小さい頃、確か当時高校生くらいの緒川さんにプロポーズした件は今でも忘れてないぞ~」
「子供の頃の話はやめてぇぇぇぇぇ!!あの時は小さかったからよ!そんな頃の話を持ち出さないでよ翔!!」
 あまりの狼狽え様に、俺も立花も声を上げて笑ってしまった。
 ああ、やっぱり俺の姉さんは可愛い。緒川さん、やっぱりあなた以外に姉さんと釣り合う男なんていないと思います。
 なので早く姉さんを嫁に貰ってください。俺が安心します。
 
 ──ふと、窓の外から視線を感じる。
 振り向くと、向かいにそびえるリディアンの校舎。その図書室の窓の奥に、走り去っていく黒髪の少女の姿を見た。
 あの髪型に白いリボン……まさか……!?
「悪い姉さん、直ぐに戻る!あとそのゼリー、早めに食べるんだぞ!」
「ちょっ、ちょっと翔!?」
「翔くん何処に!?」
 ゼリーの袋を花瓶の隣に置き、俺は病室を飛び出した。
 階段使って降りれば間に合う!何とかして、あの子に追いつかなくては! 
 

 
後書き
ふらわーでお好み焼きを食べる約束そのものは果たしました。しかし……?

翔「小さい頃から姉さん、緒川さんに懐いてたよな~。雷が怖くてくっついてたり、ホラー物見た夜はオバケが怖くて一緒に寝てもらったり……」
翼「それ以上言うなぁぁぁ!」
翔「公園で遊び疲れて眠っちゃって、緒川さんにおぶってもらって帰った日もあったなぁ。そういや、以前差し入れ持って行ったら、ライブの衣装合わせ中だったんだけど、ヒールが合わなくて転けた所を緒川さんに受け止められたり……他にもまだまだ色々あるよ?」
翼「やめてぇぇぇぇぇ!」
響「へ~、緒川さんってまるで翼さんの……」
翼「くっ!そこまで言うなら翔の方だって、昔は『お姉ちゃん大好き~(モノマネ)』って頻繁に言ってたじゃない!」
翔「だって事実だし。俺は今でも姉さんの事が大好きだぞ?」
翼「なっ……!?こっ、この弟、かわいく……いや、かわい……うう……」
響「翔くんに臆面なく大好きって言ってもらえる翼さん……羨ましいなぁ……」(ゴニョゴニョ)
翼「立花、何か言ったか?」
響「ああいえ、何でもないです!何でも!」

次回は翔くん、遂に393とのエンカウント!そして翼さんから響に送られる言葉とは!? 

 

第34節「衝突する好意」

 
前書き
これ書いてたのはグレ響狙いで回したGoGoガチャからヴァンパイアハンター響が出た頃ですね。
今ではグレ響入手済みなのですが、力グレ響も欲しいッ!
あとグレ響の前日譚メモリアも欲しいッ!

さて、いよいよ修羅場です。
覚悟の準備が出来ている人だけお進み下さい! 

 
 階段を一気に駆け下りる。万一人が飛び出してきてもぶつからないよう、下の階を確認してから降りつつも、スピードはなるべく早めに。
 そうして1階まで一気に駆け下りた俺は、病院の外に出た瞬間、リディアンの方へと向けて走り出す。
 小日向は元陸上部。立花の走る速度より上だと見積もった上で、俺が病院を出るまでの時間と小日向があの場を飛び出した時間から……まだ走れば追いつくはずだ!
 病院の敷地から出ると、リディアンの校門を飛び出して行く小日向の姿があった。
「小日向!」
 その後ろ姿を追いかける。だが……流石は元陸上部。その脚は健在か!
 しかし俺も、叔父さんと緒川さんに鍛えられ、シンフォギア装者としてこの街を守る身。一般人に負けるほど、ヤワな鍛え方はしていないッ!
 思いっきりペースを上げて走ると、距離はあっという間に詰められて行った。
 すぐ後ろにピッタリと付いた辺りで、目の前を走る相手の名前を呼んだ。
「小日向!」
「……!」
 小日向はようやく足を止めると、驚いたような顔で俺の方を振り返った。
「風鳴くん……」
「小日向……久し振り、だな……」
 立花に再会し、同じ時を共に過ごすようになってからずっと、いずれ会わなくてはならない人物だと覚悟していた、立花の親友。
 立花の1番の理解者である、小日向未来……。今、ようやくその彼女と会うことが叶った。
 さて、どうなるか……。平穏に話し合えるといいんだけど……。
 
 ∮
 
「翔くん、どうしたんだろ……?」
「でも、ようやく2人きりになれたわね」
「えっ?」
 翼からの一言に、響は驚く。
 翼は響の方を見ながら、彼女に語りかける。
「……今はこんな状態だけど、報告書は読ませてもらっているわ。翔と2人で力を合わせて、あなたが私の抜けた穴をよく埋めてくれているという事もね」
「そそっ、そんな事全然ありません!いつも翔くんや二課の皆に助けられっぱなしです!」
「ふふ、もっと自信を持ちなさい。おじさまに鍛えられた翔と並び立つなんて、あなたの実力が確かな証拠よ」
「そ、そうですか?……えへへ、嬉しいです。翼さんにそんな事、言ってもらえるなんて」
 人差し指で頬をぽりぽりと搔く響。
 翼はそれを微笑ましげに見守ると、表情を引きしめた。
「でも、だからこそ聞かせて欲しいの。あなたの戦う理由を。ノイズとの戦いは遊びではない。それは、今日まで死線を越えてきたあなたになら分かるはず」
 そう問われると、響は困ったような顔をした。
「よく、わかりません……。わたし、人助けが趣味みたいなものだから、それで……」
「それで?それだけで?」
「だって、勉強とかスポーツは、誰かと競い合って結果を出すしかないけど、人助けって誰かと競わなくていいじゃないですか?わたしには特技とか人に誇れるものなんてないから、せめて、自分に出来ることで皆の役に立ててればいいな~って。えへへ、へへ……」
 そう言って窓の外の青空を見上げながら笑う響を、翼は見つめる。
 競い合わなくても……誇れるものがない……そして、皆の役に立つ……。
 これらの言葉に、翼は底知れぬ闇を感じずにはいられなかった。
 以前、翼は翔に響との出会いについて尋ねた事がある。その時聞いた話は、あまりにも凄惨なもので……13歳の少女の心を壊すには、充分過ぎるほどのものだった。
 それを踏まえた上で聞いたこの言葉に、翼は翔を重ねる。
 やはり、この2人はよく似ている。翼はそう確信していた。
「……でも、きっかけは、やっぱりあの事件かもしれません」
 響が遠い目で語り始め、翼も夢の中でさえ見たあの日を思い返す。
「わたしを救う為に奏さんが命を燃やした、2年前のライブ。奏さんだけじゃありません。あの日、沢山の人が亡くなりました。でも、わたしは生き残って、今日も笑ってご飯を食べたりしています。だからせめて、誰かの役に立ちたいんです。明日もまた笑ったり、ご飯を食べたりしたいから」
 穏やかな顔でそう語る立花に、翼は再び考える。
 やはり、彼女は少しだけ、自己評価が低いのかもしれない。周囲からの激しい迫害が、彼女の心に深い傷を作っている。
 そして、それが意味するところは即ち……。
 
「あなたらしい、ポジティブな理由ね。だけど、その思いは前向きな自殺衝動なのかもしれない」
「自殺衝動?」
「誰かのために自分を犠牲にする事で、古傷から救われたいという、自己断罪の表れ……なのかも」
 そう。私や翔と同じだ。自分を犠牲にする事で、あの日の後悔から救われたい……それらと同じ思いが、この子の中にも存在している。
 立花響もまた、私達と同じ十字架を背負っているのだ。
「あのぅ……わたし、変な事言っちゃいましたか?」
「え?……ううん。あなたと私、それに翔はよく似ていると思っただけよ」
「わ、わたしと翔くんと翼さんが……?」
「ええ。経験者だもの、分かるわよ」
 自嘲気味に苦笑しつつ、私は続ける。
「でも、そんなあなただからこそ、尚更似合う娘は他に居ないわね」
「へ?」
「好きなんでしょ、翔の事」
「ふぇぇぇぇ!?ななっ、そっ、それは……その……」
 包み隠しもせずにそう言うと、立花は途端に真っ赤になって慌て始めた。
 可愛らしい……そのまま抱き締めて、撫でくり回してしまいたいくらいだ。
「事ある毎に翔と睦み合っているらしいじゃないか。……乳繰り合う、とまでは行っていないんだな?」
「乳繰りッ……!?って、どど、何処からの情報なんですかそれ!?」
「無論、緒川さんと櫻井女史だ。特に昨日のデュランダル輸送の際は、2人で抱き合って眠っていたと……」
「了子さぁぁぁぁぁん!?何を言いふらしてるんですかぁぁぁぁぁ!!」
 この慌て様……やはり、歳相応の付き合いなのだろう。
 やれやれ、可愛い義妹が出来てしまったものだ。……いや、正確には未来の義妹だが。
「立花、これは姉としての言葉なのだが……」
「えっ、あっ、はい……?」
「その……翔にはお前しかいないんだ。おじさま……風鳴司令の元で本格的に鍛え始めたのも、自分の事を"俺"と呼ぶようになったのも……それから、率先して人助けをするようになったのも、全て立花との縁に端を発している。翔自身は気付いていないかもしれないが、これだけ強く影響を与えているんだ。立花が正直に自分の気持ちを伝えれば、きっと答えてくれるだろう」
 それは私が保証する。なぜなら私は風鳴翼、翔のただ一人の姉なのだから。
「翼さん……。ありがとうございます」
「応援しているぞ、立花。それとも名前で呼んだ方がいいか?」
「なっ、名前で!?そっ、そそそそ、それは一体つまりその、どういう意味でですか!?」
 先程以上に真っ赤な顔であわあわ、と慌てる未来の義妹に、冗談だ、と笑いかける。
 ああ、これは……その日が来るのが楽しみだ……。
 
 ∮
 
「小日向……久し振りだな……」
 声をかけられ振り返ると、そこには……わたしが今さっき、逃げ出してきた光景の中にいた人がいた。
 息も切らさず追ってきて、私の顔を見つめている風鳴くんは、あの頃とは随分印象が違う気がする。
 背も伸びたし、顔つきも変わったような……。なにより、あの頃の弱々しさが見受けられない、むしろお姉さんに雰囲気が近付いたような気さえする。
 でも、そんな印象は今どうでもいい。問題なのは……。
「風鳴くん……どうして君が響と一緒に居るの?」
「それは……」
「ここひと月、響が毎日のように寮を出て行くことはに風鳴くんが関係してるんでしょ!?」
「……ああ。しかし、これは立花が自らの意思で始めた事だ」
「それって何!?響は何をしているの!?君と響って一体どんな関係なの!答えてよ!!」
 気持ちの波が塞き止められず、勢いに任せてどんどん質問攻めにしてしまう。
 それも、まるで責めるような激しい口調で。
 風鳴くんは困ったような顔をして……やがて、こう口にした。
「立花からはどこまで聞いている?」
「響は全然何も話してくれないんだもん!修行って何?いっつも急用で何処かへ行っちゃうのはどうして?帰りが遅くなるのはどういう事なの!代わりに答えてよ!!」
「何も話してないのか……!?やれやれ、立花らしい……分かった。俺から代わりに説明……」
「響らしい……?」
 ──その独り言が、何だか一番癇に障った。
 たかだか1ヶ月そこらの関係で、響の事を分かりきってたようなその口ぶりが、私の心に火を付けてしまった。
「君に響の何が分かるっていうのよ!あの日、あの時、辛い目に遭ってる響を見ていたのに助けようとしなかった君が!響がどんなに傷付けられても、前に出ていこうとしなかった卑怯者のくせに!」
「そっ、それは……俺だって出て行きたかったさ!でも、出来なかったんだ……。あの頃の俺は、心が弱かったから……出て行きたくても脚が震えて、動けなくて……」
「ッ……!」
 知っている。その感情を、その気持ちを……その震えを、わたしは知っている。
 それはあの時のわたしと同じ。響を支え続けはしたけれど、響の前に立って庇えるほど、わたしは強くなかった。
 だからこそ、わたしはあのいじめに巻き込まれずに済んだ。だからこそ、わたしは響の友達でい続けられた。
 だけど、心の何処かではやっぱり、強さを望んでいたんだ。
 そして、前に飛び出そうとしては脚が竦んで動けなくなっている、同じクラスの男子生徒を見て……わたしは、その望みを彼に押し付けた。
 身勝手なのは分かっている。だけど、踏み出せないわたしよりも、後一歩踏み出しさえすれば届く場所にいた風鳴くんに、わたしは期待してしまった。
 わたしの代わりに、響を庇ってくれるんじゃないかって。
 響の居場所になる事しかできないわたしの代わりに、響の盾になってくれるんじゃないかって。
 
 ……ただの押し付けだって、わかっているのに……。
「……言い訳なんて聞きたくない!この偽善者!!」
「ッ!!」
 その時の風鳴くんの顔を見て、わたしは後悔した。
 今の言葉は風鳴くんを一番傷付ける言葉だった……。それなのに……その言葉は身勝手なわたしの、汚い部分から出たものだって頭で理解していたはずなのに……。
 わたしは、その言葉のナイフを躊躇い無く振り下ろしてしまった。
 黙って立ち尽くすだけの風鳴くんが、なんだか怖くなって……わたしは、その場から逃げ出した。
 本当に……わたしって、嫌な子だね……。
 親友の大切な人に、こんな事言っちゃって……謝りもせずに逃げ出して……。
 もう、消えちゃいたいよ……。わたし、どうすればいいのかな?
 誰か……教えてよ……。
 
「偽善者……か……」
 翔は走り去っていく未来の後ろ姿を、ただ見つめている事しかできなかった。
 先程の未来の言葉が胸の奥に突き刺さり、重く、重く残響する。
 その言葉は、言われても仕方ないことだと理解していた言葉だ。
 それでもやはり、言葉にされてしまうと重みが違う。
「……俺は……偽善者、なのかな……」
 未来が消えていった角を見て、誰にともなく独りごちる。
 古傷を抉られたような気分で、少年は立ち尽くしていた。
 
 ∮
 
 どれくらい走り続けたんだろう。気が付いたら、いつもの商店街の真ん中だった。
 そういえば、今日は特売があるんだっけ……。
 でも、あんな事を言っちゃった後だから……こんなに沈んだ気分で買い物なんて……。
「はぁ……。わたし、もうどうすればいいのか、分からないよ……」
 響……わたし、帰ったら響にどんな顔すればいいんだろう……?
 
「小日向さん?どうしたの、浮かない顔して」
「……え?」
 顔を上げると、そこには見知った顔が立っていた。
 陽の光を反射してきらめく綺麗な金髪に、宝石みたいな碧い瞳。
 整った顔立ちに、シュッとした背筋。そして片手にはエコバッグ。
 まるで、絵本の中から出て来た王子様のような雰囲気を持つ、誰が見てもイケメンだと答えるだろうと確信できる男の子。
「爽々波くん……」
「悩み事かい?……いや、その顔は間違いなく悩み事だね」
 わたしの顔を、その海の底へと繋がっていそうな……見つめているだけで引き込まれそうな紺碧の瞳で見つめると、爽々波くんは確信したようにそう言った。
 こういう察しのいいところが、彼の細やかな気遣いに繋がっている。
 共学の高校なら、きっと校内で一番モテるんじゃないかな?
「どうかな?僕でよければ、相談に乗るよ」
「え?でも……」
「小日向さんには、いつもお世話になっているからね。この前教えてもらった味噌汁の隠し味も、親友から大絶賛されたし」
「わたしの方こそ、この前教えてくれたローストチキン、響も美味しいって言ってくれて……」
「小日向さんの親友の子、何作っても美味しく食べてくれるじゃないか」
「爽々波くんの方こそ、同じ部屋のお友達がどんな料理でも美味しいって言ってくれるんでしょ?」
 お互いに顔を見合わせ、笑い合う。
 買い出しで偶然知り合って、お互いの夕飯のレシピを教えあったりしているうちに、わたしと爽々波くんは仲良くなっていた。
 どうやら爽々波くんの親友も、響と同じでよく食べる男の子らしい。
 こうやって、お互いの親友の事や料理の話をしていると、楽しくてつい時間を忘れてしまう。
「それで、どうする?大丈夫そうなら、僕は行くけど……」
「……じゃあ、聞いてくれる?」
 誰に相談すればいいのか分からなくて、迷っていた所に差し伸べられた手。
 独りでグズグズ悩んでいるより、全部吐き出してしまった方が気が楽になるはずだし、きっといい解決方法が見つかるかもしれない。
 だから、わたしは爽々波くんの……この屈託のない王子様スマイルを信じてみる事にした。
「それじゃあ立ち話もなんだし……。そこの店で、お茶でもしながら話そうか」
 それからわたしは、爽々波くんの奢りでケーキセットをご馳走になりながら、事の顛末を話す事になった。 
 

 
後書き
『花咲く勇気』のアマルガムver.実装が決定して、翔ひびver.の花咲く勇気を妄想しちゃった思い出。これも二次創作やってる人間のサガですかね……。
こう、メロディーにもバイオリンの音が入ってる感じのやつをですね……(両手でろくろを回す動き)

未来「特売の卵……あ!最後の1パック!」
モブ客「確保!よし間に合ったー!」
未来「ああっ……!最後の1パックだったのに……これじゃあチャーハンが作れないよ……」
純「あの、ちょっといいですか?」
未来「えっ?わたし、ですか?」
純「よかったら、この卵を」
未来「ええっ!?いいんですか!?」
純「実はルームメイトから、別の店で卵を買ってしまった、って連絡が入ってて丁度困っていたんだ。冷蔵庫に入りきらないし……それなら、僕が持っているよりも、君に分けてあげた方がいいと思って。迷惑かな?」
未来「いえ、そんな!ありがとうございます!……その制服、もしかして……?」
純「ああ。君の通うリディアンの姉妹校、私立アイオニアン音楽院の1年。爽々波純、よろしくね」
未来「ああ~、あの。私立リディアン音楽院1年、小日向未来です」
純「小日向さん、か……素敵な名前だね。よろしく」
未来「いっ、いえいえ、こちらこそ……」

2人の出会いはこんな感じだったとか。
なお、この時出会ったイケメンが「アイオニアンのプリンス」だと未来さんが知る事になるのは、次の日の昼休み、友人達と雑談に興じていた時の事である。

キャラ紹介②
爽々波純(イメージCV:宮野真守):16歳。誕生日は12月12日。血液型はA型。身長180cm/体重68.2kg
趣味、家事全般と自分磨き。好きなもの、歌と演奏。それと洋菓子でのティータイム。
一人称は「僕」で、常に柔和な笑みを浮かべている少年。
とても穏やかな性格で秀才気質。翔の親友であり、常に自分に「王子様」で在ることを課している。
かつて家族ぐるみで仲の良かった幼馴染の少女、『クリス』との約束を果たすために自分を磨き続け、「プリンス」のあだ名を持つ今に至る。
夢は世界を股にかけて活動する音楽家。その夢には、「生き別れとなったクリスを探し出し、迎えに行く」という願いも込められている。
しかし、残っている写真に映る銀髪の少女は、ネフシュタンの鎧をまとう少女に酷似しており……?

次回、ギザギザハートな393の前に現れたプリンス純くん。
果たして罪悪感どっさりな393は親友と翔くんに謝れるのか!?
次回もお楽しみに! 

 

第35節「道に迷う者、導く者」

 
前書き
最初の頃、見切り発車だから更新亀になるとか言ったの誰だよ……。
毎日更新出来るじゃねぇか!しかも1ヶ月超えてんぞ!
これはこの調子なら来月には1期が完結するかな?

なお、完結に3ヶ月かけた模様。でもXVより先に無印編終わったのは、今でも強い達成感と共に残ってます。

それでは純くんのプリンス力をご覧下さい。 

 
「……でも、わたしはまだまだ、翔くんに守られてばっかりです」
 翼と2人、屋上に出た響は、俯きながらそう言った。
「デュランダルに触れて、暗闇に飲み込まれかけました。気が付いたら、人に向かってあの力を……。翔くんが止めてくれなかったら、どうなっていたのか……。わたしがアームドギアを上手く使えていたら、あんな事にもならずに済んだのかも、と思ってしまうんです」
「力の使い方を知るという事は、即ち戦士になるという事。それだけ、人としての生き方から遠ざかるという事なのよ」
 そんな響を防人として、剣として生きてきた翼は真っ直ぐに見つめてそう言った。
「戦いの中、あなたが思っている事は何?」
 その問いかけに、響は翼を真っ直ぐに見つめ返すと、力強く宣言した。
「ノイズに襲われている人がいたら、1秒でも早く救い出したいです!最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に駆け付けたい!そして……」
 響の脳裏に、ネフシュタンの鎧の少女が浮かぶ。
 少女とも分かり合いたい。戦うよりも、話し合いたい。今度出会った時こそは……響はそう、胸に固く誓う。
「もしも相手がノイズではなく『誰か』なら──どうしても戦わなくっちゃいけないのかっていう胸の疑問を、わたしの思いを、届けたいと考えていますッ!」
 その答えを聞いた翼は満足そうに微笑むと、先輩としてのアドバイスを口にする。
「……今、あなたの胸にあるものを、できるだけ強く、ハッキリと思い描きなさい。それがあなたの戦う力──立花響のアームドギアに他ならないわ!」
「翼さん……。ありがとうございます!」
 笑い合う2人の姿を西に傾き掛けた太陽が、優しく照らしていた。
 
 ∮
 
「……なるほどね。親友の立花さんが好きかもしれない男の子に、酷い事を言ってしまったんだね」
「うん……。もう、頭の中ぐちゃぐちゃで、どうすればいいのか分からなくって……」
 向かいに座る小日向さんは俯くばかりで、注文したケーキセットにもいっさい手をつけていない。
 彼女、悩み始めるとズルズルと引き摺っちゃうタイプらしいから、今はそういう気分じゃないんだろう。
「う~ん……そうだね。僕が思った事を聞いてもらってもいいかい?」
「うん……いいよ」
「ありがとう。っと、その前に。そのケーキセット、食べないと勿体ないよ?」
「でも……」
「『お腹空いたまま考え込むと、嫌な答えばかり浮かんでくる』……よく行くお好み焼き屋のおばちゃんの言葉だよ」
「え!?」
 その言葉を聞いた小日向さんが、驚いたような顔を見せる。
 どうやら、会ったことは無いものの、その店によく行っているらしい。
「驚いたよ……まさか、ふらわーにまで縁があったなんて」
「わたしも……。この街、意外と狭いんだね」
 そう言って小日向さんは、ようやくフォークを手に取ると、ショートケーキを1口。
 それから、まだ冷めていない紅茶を啜ると、先ほどより柔らかな表情になっていた。
 やっぱり、甘味には人を笑顔にする力がある。こういう時には、カフェでお茶しながら話すのが一番だ。
「それじゃ、僕からの意見だけど……やっぱり、君は彼に謝るべきだと思う」
「そう、だよね……。わたしも、出来ることならそうしたいよ……。でも、頭の中では分かってるつもりなのに、わたしの心の中の黒い部分が溢れて来ちゃって……。気持ちの整理がつかないんだ」
「うん。それなら、いくつか質問するけど……君個人としては彼の事、どう思っているんだい?」
 親友の想い人が、かつて虐められていた親友を助けてくれなかった臆病者だった。
 その親友へ、深い愛情を向けている小日向さんの気持ちは、きっと複雑だ。
 それなら1つずつ質問を重ねて、絡まった疑問を解きほぐし、その複雑なパズルを分かりやすくして行けば、自ずと答えは見つけ出せるはずだ。
「う~ん……。嫌い、ではないと思う。響に手を伸ばそうとしてくれた事は知ってるし、あの日の風鳴くんが感じていた恐怖も、わたしには理解出来る。直接見たわけじゃないけど、一度だけ勇気を振り絞って、前に出てくれた事も……」
「なら、その答えは?」
「……うん。やっぱりわたし、風鳴くんの事は嫌いじゃない」
 よし……っていうか、小日向さんの親友の想い人って、翔……君だったのか。
 って事は、翔の好きな子であり、中学時代のクラスメイトっていうのは、小日向さんの親友、立花さんって事になる。
 翔の抱いていた後悔が何なのか、ようやく理解した。
 立花さんがいじめられているのを見ていながら、校内ほぼ全ての生徒を敵に回すのが怖くて、足が竦んでしまった。
 その後悔がきっと、彼の「人助け」の根幹なんだろう。
『もう二度と』という衝動と、『あの日と違う』という自己満足。
 古傷を隠すため……ううん、乗り越えていくために彼が選んだのがそういう形だったんだ。
 だとすれば……。
「その彼の気持ちは、僕にもよく分かる。深い後悔の念を抱いた人間は、それを拭おうとするものだ。僕だってその1人だよ」
「爽々波くんも?」
「うん……。昔、家族ぐるみで仲の良かった女の子が居てね。その子はご両親と一緒に海外へ旅行に行って、行方不明になった。……あの時、僕があの子を引き留めていたらって、何度も後悔したよ」
「……その子のこと、好きだったの?」
「ああ……僕の初恋さ。だから、僕はあの子との約束を果たすために、こうして自分を磨いてるんだ」
 小さい頃、クリスちゃんと交わした約束を思い出す。
『大きくなったら、ぼくはクリスちゃんの王子さまになる。そして、クリスちゃんをむかえに行くよ』
 クリスちゃんに会えなくなって、毎晩のように悲しんだ僕は、その約束に縋る事でようやく立ち直った。
 まだ、死んだとは限らない。絶対に何処かで生きているはずだ。
 だから、僕が迎えに行く。世界中の何処にいても、必ず見つけてみせる。
 そう誓って以来、僕は『王子様』を目指して来たんだ。
 いつでもクリスちゃんを迎えに行けるように。いつ、クリスちゃんと再会しても、胸を張っていられるように……。
 
「彼もきっと、今日まで自分を磨いて来ているはずだよ。もうあの頃の弱い彼じゃない、立花さんに相応しい男になっているはずさ」
「響のために、自分を磨いて来た……かぁ。もう一度会ったら、印象も変わるのかな……?」
「きっと変わるさ、僕が保証するよ」
 そこで一旦切ると、自分のカップに紅茶のおかわりを追加する。
 香しい香りを吸い込んで啜るこの一杯は、やっぱり心を落ち着かせてくれる。
「それでも、もし、心の中の黒い部分が溢れてきそうになった時は……」
 小日向さんがごくり、と唾を飲み込む。
 正直なところ、このアドバイスが正しいかどうかは僕にも分からない。
 けど、自分が信じる最良最善の言葉を、僕は彼女へと贈った。
「思い出して欲しい。自分が何故、その感情を抱いているのかを。理由を忘れた怒りほど、後で虚しいものだからね」
「わたしの感情の理由を、思い出す……」
 ……さすがに、難しかっただろうか?
 このアドバイスが正しいかどうか、それは僕には分からない。
 小日向さんの言うような、そこまでドス黒い感情を抱いた事のない僕は、月並みな言葉しか持ち合わせていないのだ。
 小日向さんはどう受け取ったのだろうか……?
 
「うん、そうだよね。わたし、自分がどうして風鳴くんに怒っちゃったのか、それを忘れていたのかもしれない」
 そう言って小日向さんは、ようやくいつもの明るい笑みを見せた。
「ありがとう、爽々波くん。お陰で楽になったかも」
「そうかい?それはどういたしまして。僕でよければ、いつでも相談に乗るよ」
「うん!……あ、そういえば特売!」
 小日向さんに言われて時計を見ると、特売開始の時間がすぐそこまで迫っていた。
「これは急がないと!」
「ケーキごちそうさま!今度お礼させてね!」
「礼なんて要らないとも!君のたすけになったのなら、その笑顔が十分な報酬さ!」
 ケーキの乗っていた皿には、フォークが置かれているだけ。
 紅茶のポットは空っぽで、カップの中身も一滴さえ残っていない。
 支払いを済ませた僕らは、いつものスーパーへと全力で走って行った。
 
 ∮
 
 病院の自販機で、カフェオレを購入して缶を開ける。
 一口飲んで、一つ溜息を吐いた。
 小日向に言われた"偽善者"の言葉が未だに、胸の中でぐるぐると巡っている。
 確かに、俺の人助けはただの自己満足だ。立花のように、心の底からそうしたいからというよりも、あの日の自分とはもう違う事を実感したくて、手を伸ばしている。それが俺だ。
 ……やっぱり僕が手を伸ばしているのは、あの日の立花の幻影に向かって……なのかもしれない。
 つまりそれは、あの日を乗り越え前に進んだ今の立花に対する自分自身が、未だに憐憫を以て彼女と接しているという事だ。
「……浅ましい男だな、俺は……」
「随分と浮かない顔だけど……悩み事かな、少年?」
 聞き覚えのある声に、咄嗟に振り向く。
 
 そこに立っていたのは、今朝、洋菓子店で出会った男性だった。
「あなたは、今朝の!?」
「偶然だね。まさかこんな早くに再会できるなんて」
「今朝はどうも……。姉も喜んでましたよ」
「それはよかった。今頃病室で食べているところかな?」
 そう言って爽やかに笑う男性は、院内なのに何故か真っ黒なサングラスを掛けていた。
「それで少年、悩み事だろう?折角の美丈夫が台無しだぞ」
「それは……」
「聞かせてくれないか?彼女の定期検診が終わるまで、少し暇があるんだ」
 そう言って男性は、自販機からいちごミルクを購入すると、ストローを刺した。よく見ると、薬指には銀色の指輪が嵌っている。彼女……というのは、きっと婚約者だろう。
「どうしてそこまで?今朝出会っただけですよね?」
「出会いとは一期一会。沖縄には『いちゃりばちょーでー』という言葉もある。一度会ったら皆兄弟……それだけの出会いでも、俺には充分な理由なんだ」
 たった一度出会って、偶然また会っただけの俺を心配して、こうして相談に乗ろうとしてくれる。
 この人は何処までもお人好しな……いや、もしかしたらこの人も立花と似たもの同士なのかもしれない。
 それなら、断っても余計に心配されるだろう。それに、この胸のもやもやした感情を姉さん、特に立花に漏らす訳にもいかない。だったら、彼に聞いてもらうのが一番いいだろう。
 そう思った俺は、彼の提案を受けいれる事にした。
「わかりました。それじゃあ、聞いてくれますか……?」
「どうぞ」
「……っと、その前に、お名前をお伺いしても?」
「え……ああ、名前かぁ……そうだな……」
 そう言われるとその人は、一瞬困ったような顔をする。
 暫く考え込むと、やがて決心したように溜息を一つ吐いてから笑った。
「仲を継ぎ足し、千の優しさで人々を包む男……仲足千優(なかたりちひろ)だ。誰にも言うんじゃないぞ?」
「……え!?まさか、あのスーツアクターの!?」
 サングラスを外し、素顔を見せると人差し指を口元に当てる千優さん。
 まさかの有名人登場に、俺は困惑のあまり言葉を失った。 
 

 
後書き
サプライズゲスト枠がシンフォギア全然関係ない人で、しかもハーメルン時代の作品のキャラだから読者に困惑されてないか不安ではある(笑)
しかし、伴装者本編にはほとんど絡まないのでご安心を。
彼が主役の処女作は、いずれこちらにも投稿します。

純「今回は僕一人みたいだね。さて、何か言うことがあるかと言われると……。クリスちゃん、見てるかい?君がこの世界の何処にいるかは、僕にもまだ分からない。けど、辛い時、苦しい時には僕の事を思い出してほしい。もし、君が僕を忘れてしまっていたとしても、僕は忘れていないから。君の心の奥底で、君の心を支えているよ。……だから……クリスちゃん、教えてくれないかい……。君は今、何処にいるんだい……?」
(舞台裏)
クリス「あたしだってなぁ……早く会いたいに決まってんだろ……バカぁ……」(真っ赤になって蹲っている)
フィーネ「……今泣くんじゃないわよ?その涙は本編まで堪えてもらわなくちゃ……。ほらスタッフ、そのカメラはここで止めておきなさい。じゃないと怒るわよ?」

キャラ紹介番外編
仲足千優:22歳。大人気特撮ヒーロー番組、『黒竜拳士ライドラン』の主人公であるヒーロー〈ライドラン〉のスーツアクター。
キレのある動きに抜群の運動神経。更には派手なバイクアクションまでこなせる天才。ヒーロー役をやらせて右に出るものなしとさえ言われる期待の新人。
また、高校時代から付き合っている大企業の令嬢、慧理那(えりな)とは婚約しており、その仲睦まじい姿から多くのファンの羨望と祝福を集めている。
どうやらノイズやシンフォギアの存在しない平行世界では、異世界からの侵略者の魔の手から世界を守る戦士の一人であり、戦士達を導く兄貴分として共に戦っているらしい。名前は『(すべて)のヒーローの魂を継ぐ者』とのダブルネーミングでもある。

次回、迷える翔の前に現れた1人の青年。彼の言葉は翔にどのような道を指し示すのか?
次回もお楽しみに! 

 

第36節「ヒーローの条件」

 
前書き
ゲスト回、スタート! 

 
「……なるほど。つまり君はその一言で、自分の正義を見失ってしまったというわけだね?」
 事の端末を語ると、千優さんは黙って聞いてくれた。
「はい……。あの一言がどうしても、胸に刺さって抜けなくて……。俺は、本当にあの子の隣に居ていい男なのかなって……。こんな偽善者が彼女を支えようだなんて、浅ましいじゃないですか。なのに、それも忘れて、許されたと舞い上がって……。千優さん……これから俺は、あの子にどう接していけばいいんでしょうか?」
 見返りを求めていたわけじゃない。でも、こんな僕にあの子を支える資格なんて、果たしてあるのだろうか。
 自分の弱さに蓋をして、古傷を隠すための手段は自己満足の人助け。
 かっこ悪いなんてものじゃない。滑稽なくらい浅はかだ。
 本当に……俺は、何を思って立花の隣に立っていられるつもりになっていたんだろう……。
 
「……いいじゃないか、偽善者だって」
「……え?」
 真優さんの言葉に首を傾げると、真優さんは自信たっぷりに、堂々と言った。
「やらぬ善よりやる偽善、むしろ偽物だって善は善。全然アリだろ動かねぇよりは、断然そっちがCOOL GUY」
「それって……ライドランの?」
「主題歌の歌詞だとも。知っているだろう?」
 当然知っている。
『黒竜拳士ライドラン』。それはヒーローになる夢を持つ青年がある日、本物のヒーローの力を手に入れ、街の平和を守る為に戦う物語。
 戦いの中で己の正義に迷い、苦悩し、それでも信じた道を貫き進む主人公の心を描いた主題歌のワンフレーズがそれだった。

「つまりはそういう事さ。足が竦んで動けなかったのは、人間として当然の恐怖だ。俺だって、例えば目の前にノイズが居たりしたら、怖くて動けないだろう……。でも、君は今、こうして前に進んでるんだろう?果たしてそれは、本当に偽善かい?」

 そう言われてハッとなる。
 本物の偽善者なら、他人の為に本気で命を懸けるような真似はしない。
 でも、俺は……立花を助けたい一心で、ノイズの前に飛び出した。この胸に刻まれた生弓矢の痕こそがその証。
 それをあの一言だけで忘れていたなんて、俺はなんて大馬鹿野郎なんだ……。

「人の為に善をなす者と書いて『偽善者』だ。結局善に嘘も本当もない。自己満足、お節介、衝動的でいいじゃない。ヒーローってのは基本的にそういう生き方から始まるものさ」
「で、でも……彼女を支えようと思った動機は……」
「動機が憐憫なんじゃないかって?じゃあ聞こう、少年はその子の事を可哀想だ、なんて思った事はあるのか?」

 そう言われ、ふと思い返す。
 あれから2年……俺は立花に対して、どんな思いを向けていた?

 次々とフラッシュバックする光景の数々。胸に抱いた後悔に苛まれ続けた日々の記憶。
 しかし、その中の何れにも、憐憫(それ)を強く意識した瞬間は……。
「……ない、ですね」
「それじゃ逆にどんな感情、あるいは思いなら存在していた?」
「俺が立花に向けていた、本当の感情は……」
「俺の見立てが正しければ、それは恐らく……」
 
 思い出せ……。俺はあの頃……まだ俺が"僕"だった頃、立花に向けていた思いは……。
 
 再会して、ようやく掴んだ手で見つけた答えは……。
 
 俺の胸に宿る、この感情の名前は……!
 
「……支えたい、その手を取って進みたい、彼女の支えになりたい……」
「それらを総括する言葉、それらの思いに根ざした感情。それこそが答えだと、俺は思うよ」
 
 それは、愛。
 
 俺が生弓矢のシンフォギアを発現させた時に自覚した、強烈な感情。
 
 なのに俺は今まで、その愛がどんな形なのか分からなくて……小日向の一言に心を揺さぶられ、うっかり見失いかけていた。
 
 でも、今、この瞬間ようやく分かった。
 
 霧の向こうでボヤけていた形が、ここに来てハッキリと見えた。
 
 俺の愛の形、それはきっと……立花響という少女を、1人の女の子として愛する事!
 
 自覚した瞬間、俺の中で何かが弾けた。
 
『翔くん!』
 
 俺の名前を呼ぶ時、名前通り花が咲いたような笑顔になる彼女が好きだ。
 
『しょっ、翔くん!?』
 
 驚いて慌てている時の顔もまた、とても可愛らしい。
 
『ちょっと~、それどういう意味かな翔くん?』
 
 不機嫌な時の膨れた顔は、ついつい指で突っつきたくなるし……。
 
『翔くん……』
 
 涙に曇っている彼女を見ると、ほっとけない気持ちが湧いてくる。
 
 繋いだ手の温かさ。撫でた髪の手触り。名前に違わずよく響く、朗らかな声。
 
 そして何より、デュランダル移送任務の最中……偶然とはいえ、抱き合って眠った時の温もりと感触。
 
 その全てがどうしても、俺を惹き付ける。
 
 2年越しの発展だ。気付くのに時間が掛かりすぎている。
 
 だけど、これだけの情報量なんだ。自覚するには充分すぎる……。
 
 俺、風鳴翔は……立花響が大好きなんだ。
 
 俺が立花に手を伸ばした理由はただ一つ。彼女を愛しているからだと理解した以上、胸に突き刺さっていた言葉の刃は抜け落ちていた。
 
 もう迷う事はない。今の俺がするべき事は……!
 
「ありがとうございます、千優さん!俺……ようやく答えに辿り着けた気がします!」
「それは何よりだ。では、縁があればまた会おう」
 サングラスをかけ直し、手を振る千優さんと別れると姉さんの病室を目指して階段をかけ登る。
 立花に伝えなきゃ……!今すぐに、真っ直ぐに!
 彼女自身に、この『愛してる』を!!
 
 
 
 
 
 と、階段を登り続けていたその時、二課の通信機がアラートを鳴らす。
「ッ!こんな時に……」
 足を止め回線を開くと、叔父さんの口から飛び出したのは予想外の人物だった。
『ネフシュタンの鎧の反応が、そちらに向かって接近している!今すぐ、指定のポイントに向かってくれ!』
「ネフシュタンの鎧!?って事は、あの子が!?……分かりました、すぐ向かいます!」
 通信を切り、階段を降りようとしたその時だった。
「あ!翔くん!」
「おう、立花!」
 聞き慣れた声に振り返り、顔を合わせる。
 ……が、先程意識してしまったせいか、俺の視点はそのまま止まる。
 立花の方もまた、俺の方を見つめて立ち止まる。
 
 見つめ合うこと何秒か、廊下を通って行った台車の音で、俺はようやく我を取り戻す。
「あっと、その……む、向かうぞ!」
「そっ、そうだね!行こう!」
 タイミングは悪いが、しかしこっちも重要だ!
 ネフシュタンの鎧の少女……二度あることは三度あるが、今度は四度目!次こそは必ず!
「立花!今度こそは絶対、あの子と……」
「うん……!今度こそ、絶対に……!」
 
 その手を繋いでみせる!!
 
 ∮
 
 病院を駆け出して行く2人の少年少女を見て、彼は微笑む。

「千優さん、何かあったんですの?」

 検査を終えた愛する人が、年齢を感じさない美しさを放つツインテールを揺らしながら、小首を傾げる。

「なに、ちょっと青春の手助けをしただけだよ」
「また人助け、ですか?いくつになっても、千優さんは変わりませんわね……。でもそれでこそ、わたくしにとってのヒーローですわ♪」

 そう言って慧理那は、自分の腕を俺の腕に絡める。

 出会った頃から全く変わっていない。いや、むしろ出会った頃よりも甘えん坊になっている。
 でも、そんな彼女の事があの頃から変わらず、愛おしい。

「それで、今度はどんな人助けだったんです?話から察するに、学生の恋愛相談に乗ったとか?」
「ああ。それも聞いて驚くなよ?その子、なんとあの風鳴翼ちゃんの──」
 
 待合室で語らう新婚夫婦を、窓から射し込む夕陽が照らす。
 かつての2人と同じように、今、この夕陽の下を駆ける少年少女も、いつかはきっと……。 
 

 
後書き
シンフォギア全然関係ないゲストが、人生相談に乗ってくれて終わっただけの回になってしまった件w
しかし、これでようやく……祝・両片想いへ!
さあさあ、あとは2人が告白すればOKだ。ついでに空気を読まずにやって来てしまったクリスちゃんは、そのままプリンスに再会してしまうがいい。

千優「皆さんどうも。初めましての方は初めまして。俺、ツインテールになります。二次創作SS『俺、リア充を守ります。』の主人公、テイルドラゴンこと仲足千優です」
慧理那「皆さんどうも。ライトノベル『俺、ツインテールになります。』のヒロイン、テイルイエローこと神堂慧理那です」
千優「まさか本編完結してないのに、未来の姿を別作品で描かれるなんてな……」
慧理那「こちらの更新に集中するため、最近更新出来ていなかった事に対するお詫びの意味も込めての出演らしいですわよ」
千優「まあ、俺リアよりこっちの方が先に完結出来そうなのは、原作アニメが完結したって時点で目に見えてるからな」
慧理那「作者的に、『今一番書きたいのはシンフォギアだ』ということで筆が乗っていますので、俺リア読者の皆さんは気長に待ってくれればなと」
千優「ここまでこっちの読者に対しての話しかしてないな……。新規読者さんは、気が向いた時に読んでくれればいいから!それじゃ、この先は彼らシンフォギア装者達の恋を見守ってくれ!」
慧理那「応援、よろしくお願いしますわ!」

黒竜拳士ライドラン:10年ほど前に放送されていた特撮ドラマ『魔眼戦記リュウケンポー』の続編として制作され、放送されている作品。
龍の魂を宿した宝玉、「魔眼石」に選ばれた龍戦士達の戦い。その新たなる世代の物語を描いている。
テーマは『君も、僕らも、"ヒーロー"だ!!』
主人公以外のヒーローは前作のヒーロー達の子孫という設定であり、旧キャストも時折登場するなど、当時子供だったファンを引き入れるだけでなく、今の子供達にも人気を誇っている。
特に、かつては放送時間が重なり、視聴率に影響を与えた某有名特撮作品では近年見る機会が減ってしまったド派手なバイクアクションを多用しており、放送時間を平日の夕方にする事で、前作以上の視聴率獲得に成功。
ちなみに主人公ライドランは、名前の通りバイクを常用し、格闘戦をメインにして戦うヒーロー。黒いボディに真っ赤な目、体を走る黄金のラインに首に巻かれた真紅のマフラーといった出で立ちは、子供達だけでなく大きなお友達にも根強い人気を誇っている。

次回、遂に親友達にバレてしまう2人の秘密!そしていよいよ、純くんに待ち人来たる……。
明日のこの時間もお楽しみに! 

 

第37節「夕陽の中での再会」

 
前書き
さて、ここが4人の運命のターニングポイントだ!
これ書いてた頃は確か……翳り裂く閃光が復刻した頃でしたね。
200個貯まったので回したら……星五響とグレ響同時引き+ひびみくパジャマパーティーメモリア、だとぉ!?
いやー、日頃の行い(毎日更新)だったのかもしれませんねぇ。
それとも翔ひびからの祝福だったのか。なんにせよありがたい引きでした。

それでは今回もお楽しみ下さい! 

 
「間に合って良かったね」
 買い出しを終え、両手にエコバッグを持って帰路を進む純。
 その隣には未来が、レジ袋を両手に歩いていた。
「うん。帰ったら響に美味しいご飯、用意しておかなくちゃ」
「僕もしょ……親友が最近、頑張ってるみたいだから応援してあげないと」
「頑張ってるって、何かやってるの?」
「親戚の会社でインターンシップなんだって」
「へ~、真面目なんだね」
 そんな何気ない会話をしながら、公園に差し掛かる。
 辺りはすっかり夕陽に包まれ、オレンジ色に染まっていた。

「はあ……はあ……確か、この辺りだって──」
「気をつけろ立花、先手を取られる可能性が──」
 すると、目の前の角を曲がってくる2人の人影と目が合った。
 未来と純は、走って来た響と翔に驚く。
「あ……響!それに……」
「翔!?」
「えっ、未来?……はっ!?」
「純!どうしてお前が小日向と……ッ!?」
「来やがったな!お前らまとめてあたしが──ッ!」
 2組が互いを認識したのと、鎧の少女が響達を認識したのはほぼ同時だった。
「──くッ!未来、来ちゃダメだ!!」
「純、逃げろ!!」
 牽制に振るわれた鞭が地面を抉り、その衝撃が未来と純を吹き飛ばす。
「え──、きゃああああああッ!?」
「な──、うわああああああッ!?」
「ッ!?しまった!あいつらの他にもいたのか!?」
 宙を舞う2人。翔は咄嗟に飛び出すと、心の歌を口ずさんだ。

「──Toryufrce(トゥリューファース) Ikuyumiya(イクユミヤ) haiya(ハイヤァー) torn(トロン)──」

 思いっきり跳躍すると、吹き飛ばされた2人を小脇に抱えて着地する。
「純!小日向!……無事か?」
「……え?風鳴くん?」
「翔!?その姿は……って、上!!」
 純に言われて見上げると、先程の衝撃で飛ばされた自動車が、こちらへと落下してくるところだった。
 受け止めようにも両手は塞がっており、バックステップしても地面に衝突した際の飛来物には対処出来ない!
 万事休すか!?……いや、まだだ!まだ彼女がいる!

「─Balwisyall(バルウィッシェエル) nescell(ネスケル) gungnir(ガングニール) tron(トロン)──」

「てりゃぁぁぁぁぁッ!!」
 次の瞬間、目の前に躍り出たオレンジ色の影が、落下してきた自動車を思いっきり殴りつける。
 既に廃棄寸前までボロボロになっていた自動車は、一瞬にして廃棄確定レベルでひしゃげ、離れた場所を転がった。
「あ……」
「え……?」
 驚く2人を振り返り、俺は頭を下げる。
「黙ってた事は謝る。でも、これが俺達の仕事なんだ」
「ひ、響……?」
「……ごめんッ!」
 一言だけそう言って、立花は鎧の少女を引き付けるべく、市街地から離れた森の中を走り始めた。
「純、小日向を頼む。そのうち特異災害対策機動部"二課"の職員さん達が来るから、詳しい事はそっちに聞いてくれ!」
「翔、君はどうするんだい!?」
「俺は……行かなくちゃいけない。この街を、お前達を守るために!」
 そして俺もまた、立花を追って走り出す。
 鎧の少女は、こちらの歌を妨害する事も戦略に組み込んでいる。
 なら、伴奏者の出番だ。急いで追い付かなくては!
 奥の方で土煙が上がる。あそこだ!今行くからな!

 ∮

「何故どうして、この広い世界の中で──」
 未来のいた所からも、街からもかなり離れたところまで走って来た。
 ここまで来れば、他の人が巻き込まれることは……そう思っていたその時、例の鞭が飛んでくる。
 両腕を交差させて防ぐと、目の前にあの子が降り立った。
「どんくせぇのがやってくれる!」
「──どんくさいなんて名前じゃない!わたしは立花響、15歳!誕生日は9月の13日で血液型はO型!身長はこの前の測定では157cm!体重は……もう少し仲良くなったら教えてあげる!」
「はぁ……?」
「趣味は人助けで好きなものはご飯&ご飯!あと……彼氏いない歴は年齢と同じ!」
 本当は、好きな人なら出来たんだけどね……。でも、翔くんは()()彼氏じゃないから、それはそれ!
「な、何をとち狂ってやがるんだお前……」
「わたし達は、ノイズと違って言葉が通じるんだから、ちゃんと話し合いたいッ!」
「なんて悠長、この期に及んで!」
 振るわれた鞭をひと跳びで避ける。
 次のも跳んで、その次は横に飛んで。鞭の連撃を避け続ける。
(ッ!?あたしの攻撃を凌いでやがる!?こいつ、何が変わった……覚悟かッ!?)
「話し合おうよ!!わたし達は戦っちゃいけないんだ!だって、言葉が通じていれば人間は──」

「うるせえ!!」
 わたしの言葉は、その子の怒声にかき消された。
「分かり合えるものかよ、人間が!そんな風に出来ているものかッ!!」
 俯きながら、舌打ち混じりにその子は叫び続ける。
「気に入らねぇ気に入らねぇ気に入らねぇ気に入らねぇ──ッ!分かっちゃいねぇ事をペラペラと知った風に口にするお前がぁぁぁぁぁ!」
「ッ……!」
「はぁ……はぁ……お前を引きずってこいと言われたが、もうそんなことはどうでもいい!お前をこの手で叩き潰すッ!今度こそお前の全てを踏み躙ってやる!!」
「わたしだって、やられるわけには──ッ!」
 次の瞬間、ネフシュタンの子は跳躍して、鞭の先にエネルギー球を形成すると力いっぱい振り下ろした。
「ああああああッ!吹き飛べぇぇぇぇぇッ!!」

 〈NIRVANA GEDON〉

「くっ、うう……!」
 両手を交差させてエネルギー球を受け止める。地面をガリガリと削りながら後ずさるわたしに、その子は更にもう一撃振り下ろした。
「持ってけ、ダブルだッ!!」

 〈NIRVANA GEDON〉

 2つのエネルギー球がぶつかり合い、爆発する。
 先ほどより一際大きな爆煙が上がり、モニタリングしている二課本部の職員達は息を呑んでいた。
「はあ、はあ……。お前なんかがいるから……あたしはまた……ッ!?」
「なんとか……間に合ったな!!」
 煙が晴れる……いや、何かに飛ばされて消えていく。
 土埃のカーテンを切り開いて現れたのは、持ち手を軸に回転するアームドギアを構えた翔だった。
「なっ!?盾だと!?」
「いいや、弓だ!この子を守り、二度と踏み躙らせない為なら盾にだってなる弓だ!!」
「チッ、ふざけやがって!……ッ!?」
 立ち塞がる翔に一撃食らわせようとした鎧の少女は、その後ろに立つ響を見て驚く。
「……はあああああああああああああああああああああぁぁぁ!!」
 響は両手で球を作るような構えで、両掌の間にエネルギーを集中させていた。
 オレンジ色のエネルギーは、響の両手の間で球状になっており、形を得ようと膨らむ。

「ぁぁあああ──ッ、きゃあっ!」
 しかし、エネルギーが固定できず暴発し、響はその爆風で転がる。
 少女はその姿を見て確信した。
「やっぱり……ッ!この短期間にアームドギアまで手にしようってのか!?」
「立花!大丈夫か!?」
「大丈夫……!」
(でも、これじゃダメだ……。翼さんや翔くんのように、エネルギーを上手く固定できない!)
 固定できないエネルギーに悩む響。しかし、そこでふと思いつく。
(エネルギーはあるんだ。アームドギアとして形成されないのなら──その分のエネルギーを、ぶつければいいだけッ!)
 右手の中に集めたエネルギーを握り締める。すると、腕を覆うアーマーの装甲がスライドし、勢いよく白煙が吹き出す。
「させるかよッ!!」
 2本の鞭が勢いよく振るわれる。翔はアームドギアを生太刀に切り替え、響の前で構える。
「立花!ここは俺が!」
「ううん、翔くんは避けて!」
「ッ!?わかった……」

 翔が素早くサイドステップを踏み、退避した直後。その鞭を響は右手で掴んだ。
「しまったッ!」
「雷を、握り潰すようにーッ!」
 鞭を思いっきり引っ張り、腰のバーニアで一気に加速する。
「私という音響き、その先に!微笑みをぉぉぉぉぉ!」
(最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線にッ!!胸の響きを、この思いを、伝えるために──ッ!!)
「うああ……ッ!?」
 少女は避ける事が出来ない。そして次の瞬間、鎧の少女の腹部のド真ん中に、その拳は力強く打ち込まれた。
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
 そしてその直後、展開されていた響の腕の装甲部分が、勢いよく元の位置へと戻る。
 その動きはまるで、硬い地面に杭を打ち込むパイルバンカー。拳による殴打のダメージ量を引き上げるジャッキの役割が、その腕アーマーには秘められていたのだ。

 〈我流・撃槍衝打〉

「くはっ……!」
 パラパラ、と砕けた欠片が地面へと落ちていく音が聞こえる。
(馬鹿な……ネフシュタンの鎧が、砕け──)
 その一撃がもたらした衝撃は、遠く離れている未来と純にも見えるほどの砂煙を上げていた。 
 

 
後書き
歌ってる描写はなるべく入れたくて、歌詞をセリフに混ぜこみつつ叫ばせる事にしているのは、個人的拘りポイントです。

響「──どんくさいなんて名前じゃない!わたしは立花響、15歳!誕生日は9月の13日で血液型はO型!身長はこの前の測定では157cm!体重は……もう少し仲良くなったら教えてあげる!」
クリス「はぁ……?」
響「趣味は人助けで好きなものはご飯&ご飯!あと……最近、好きな人ができました!」
クリス「……はぁ?」
響「名前は翔くん。私と同学年!青い髪と優しい瞳が素敵な男の子!一緒にトレーニングに付き合ってくれるし、悩んだ時はいつも相談に乗ってくれるし、分かんない事は分かりやすく教えてくれるし、落ち込んだ時は励ましてくれるし……とにかく強いし、かっこいいし、優しいし……と、とっても頼りになるんだよ!」
クリス「おい待て、そもそもンな事聞いてねぇよ!」
響「あー、どうしよ!言っててこっちが恥ずかしくなって来ちゃった……」
クリス「自分で勝手に惚気けて勝手に恥ずかしがってんじゃねぇ!」
翔「立花……」
響「ふえぇ!?しょ、ししし、翔くん!!いつからそこに!?」
クリス「チッ!増えやがったか!まあいい、2人まとめて……」
翔「その、なんだ……実は俺も、君の事が好きなんだ……。前からずっと……」
響「翔くん……」(トゥンク)
クリス「いや待て、お前ら人の話聞いてねぇな?分かってんのか、ここ戦場(いくさば)だぞ?」
翔「だから……立花も、俺の事を好きでいてくれてるのが凄く嬉しい」
響「わたしも……。ってことは、これでわたし達、両想いだね♪」
クリス「敵の前で何をおっぱじめてやがんだお前ら!!」
翔「そうだな。立花……これからも、よろしくな?」
響「うんっ!でも、これからはわたしの事……響って呼んで欲しいな?」
クリス「もうあたし、帰ってもいいか?いいんだな?帰るぞ!?」
翔「改めてそう言われると、少しこそばゆいな……。でも、彼女を名前で呼ぶのは当然だ」
響「わーい、やったー!やっと名前で呼んでもらえる~」
クリス「だああああっ、もう!!あたしだってなぁぁぁぁぁ!もう一回逢えるのずっと待ってんだよ!早く迎えに来いよあたしの王子様ぁぁぁぁぁ!!」(崩れ落ちる)
ダダダダダダ……(純が森の草木を掻き分けて全力疾走してくる足音)

ギャグ路線。バカップルに陥落させられたきねクリ先輩。
そして了解トランザム、と言わんばかりに光を超えて迎えに来るOUJI様。
うん、ハッピーエンドですね(忘れ去られるフィーネ)
ところでクリスちゃん、中の人が結婚したね!おめでとう!

さて、次回はいよいよイチイバル登場!
戦場に響き渡る憎しみの歌が、かつての約束を呼び覚ます。
走れ純!探していたあの娘はすぐそこだ!
次回もお楽しみに! 

 

第38節「撃ちてし止まむ運命のもとに」

 
前書き
遂に皆さんお待ちかね!赤き鎧に深紅の魔弓、皆大好ききねクリ先輩いつものスタイルが戻って来たぞ!
昼間の特別編を読んでから読むと、きっと色々と想像が膨らむかと思います。
では、『私ト云ウ音響キ、ソノ先ニ』『魔弓・イチイバル』、そして『絶刀・天羽々斬』でヤーヤーヤーヤー出来るようにスタンバった上でご覧下さい! 

 
 翔と、小日向さんの友達が向かった方向から爆発音と共に煙が上がる。
「響……」
 その一点を見つめ、小日向さんは心配そうにその友達の名前を呟いた。
 かく言う僕も、彼女の前だからこそ落ち着いているものの、さっき目の前で見たものに対して疑問を抱き続けている。
 歌とともに翔達2人が変身して、なんだかアニメチックな強化スーツっぽいものを身にまとって、超人的な身体能力で僕達を救った。
 あれは一体……。

 そんな僕の疑問は、次の瞬間どこかへと吹き飛ばされる事になった。

「──Killter(キリター) Ichaival(イチイヴァル) tron(トロン)──」

 風に乗ってこの耳に聞こえてきた声が、僕の記憶を呼び覚ます。
 この声は……僕は、この歌声を知っている。
 人間が他人を忘れる時はまず、その声から忘れていくと言うけれど……これはただの声じゃない、歌声だ!
 例え忘れてしまっていても、一度聞けば鮮明に思い出せるあの歌声だ!
 でもどうして彼女の歌が……。確かめなくてはならない。
 いや、間違いなく彼女はすぐそこにいる!だったら僕は──。
「爽々波くん!何処へ!?」
「行かなきゃ……。あの子の声が聞こえる!!」
「ま、待ってよ爽々波くん!危ないよ!」
 小日向さんの静止を無視して、僕は森の中へと駆け出した。
 そこにいるんだね?もうすぐ、逢えるんだね!?
 待ってて、直ぐに追いつくから……クリスちゃん……!!

 ∮

 響の拳に吹き飛ばされた鎧の少女は、公園内の道を抉って作られたクレーターの真ん中から起き上がる。
(くッ、なんて無理筋な力の使い方をしやがる……。この力、あの女の絶唱に匹敵しかねない──ぐうっ!?)
 先程の一撃で砕け、穴が空いた鎧が再生を始め、鎧が少女の体組織に侵食し始める。穴が塞がろうとするほど、ビキビキという音と共に鎧が身体に食い込んでいく。
(食い破られる前に、カタを付けなければ……ん?)
「その場しのぎの笑顔で、傍観してるより──」
 目の前にいる響はただ、歌い続けているだけだった。
 追撃しようと思えば、いつでも出来るはずだ。それなのに彼女は、それをしてこない。
 彼女ばかりか、先程乱入してきた翔までもが追撃ではなく、アームドギアによる伴奏の方を優先し、こちらの様子を伺っている。
 それが少女には、どうしても腹立たしくなった。
「お前ら、馬鹿にしているのか?あたしを……“雪音クリス”を!!」
「……そっか、クリスちゃんって言うんだ」
「なっ!?」
 怒りをぶつけた自分に対し、穏やかな笑顔で返す響に驚くクリス。
 そんなクリスに、響は呼びかける。
「ねえ、クリスちゃん?こんな戦い、もうやめようよ!ノイズと違ってわたしたちは言葉を交わすことができる!ちゃんと話し合えば、きっと分かり合えるはず!だってわたし達、同じ人間だよ?」
「そもそも、俺達が戦う必要性など元々ない筈だ。やましい目的でなければ、直に話し合えば済むことだったはず。それをせず、ここまでして力づくで誘拐しようとするのは何故だ?話してみろ。もしかしたら、俺達なら君の力になれるかもしれないぞ?」
 翔も加わり、説得を試みる。しかし、クリスは……。
「……お前、くせぇんだよ!嘘くせぇ……ッ!青くせぇ……ッ!」
 怒りと共に握った拳を響にぶつけ、蹴り飛ばす。
 響は後方へと吹っ飛び、植えられている木をへし折って転がる。
「立花ッ!」
「テメェもだ!うらあああッ!!」
 続いて翔へと狙いを定めたクリスは、両腕のふさがっている翔へと向けて飛び蹴りを放つ。
 しかし、その飛び蹴りは少ない動作で避けられ、着地したクリスは更にに2、3撃連続で蹴りを繰り出す。
 しかしそれを少ない動きで回避した翔は、響の分のお返しだと言わんばかりに、続くクリスの殴打を躱すと同時にカウンターの一蹴りを見舞う。
 練習用に何度も見返した特撮と違い、後ろを向きながら……ではなかったが、綺麗なカウンターキックがクリスに命中する。
「うっ!?うう……ぐあああーーーッ!」
 真横へと吹っ飛ばされたクリスは立ち上がろうとして、鎧の侵食に悲鳴をあげた。
「どうしたの、クリスちゃんッ!」
「……まさか、ネフシュタンの鎧の──」
 ネフシュタンの鎧の再生能力がもたらす危険に気が付き、2人の顔色が変わる。
 しかし敵に心配されるなど、クリス自身のプライドが許さなかった。

「ぶっ飛べよ!アーマーパージだぁッ!!」
 その一言で、ネフシュタンの鎧が弾け飛ぶ。飛び散った鎧の破片が四方八方に飛び散り、土煙を上げる。
「うわ──ッ!?」
「くっ……!ん、なっ──!?」
 次の瞬間、2人の耳に聞こえてきたのは、ここ1ヶ月で聞きなれたあの歌だった。

「──Killter(キリター) Ichaival(イチイヴァル) tron(トロン)──」

「この歌って……」
「聖詠……まさか!?」
「見せてやる、『イチイバル』の力だッ!」

 ∮

「イチイバル、だとぉ!?」
 弦十郎が驚きの声を上げた直後、ディスプレイには『Ichai-Val』の文字が表示された。
「アウフヴァッヘン波形、検知!」
「過去のデータとも照合完了!間違いありません、コード・イチイバルです!」
 藤尭、友里によるデータ照合により、その事実に間違いはないことが確定する。
「失われた第2号聖遺物までもが、敵に渡っていたというのか……」
 ノイズ襲撃の際、どさくさに紛れ強奪されたネフシュタンの鎧に加えて、行方知れずとなっていたイチイバル。更には狙われたデュランダルに、二課の情報を握られているという事実。
 内通者はかなり前からこの中に紛れ込んでいる。弦十郎は、現在ここにいないある人物に、疑いを向け始めていた。
 長い付き合いで、互いに大きな信頼を寄せている筈の人物。二課で最も重要な役職に就いている、あの人物へ……。

 ∮

「その姿、わたし達と同じ……」
 煙を吹き飛ばし、再び目の前に現れたクリスの姿は、ネフシュタンの鎧ではなく、新たなるシンフォギアを身に纏っていた。
 両肩と上乳を露出した大胆なデザイン。赤と黒を基調とし、差し色に一部白が入ったカラーリング。
 腰の後ろから広がる真っ赤なスカートパーツに加え、頭部を覆うメットパーツや両足首部分のパーツは何処と無く、赤いリボンを思わせる。
「……唄わせたな。あたしに歌を唄わせたな!」
「え……」
「教えてやる……あたしは、歌が大っ嫌いだ!!」
「歌が嫌い……?」
「ッ!?立花、避けろ!イチイバルの特性は……!」

 翔が叫ぶ瞬間、クリスの両腕を覆う装甲がスライドし変形。
 クロスボウの形状を取り、彼女の手に握られる。
「傷ごとエグれば、忘れられるってコトだろ?イイ子ちゃんな正義なんて、剥がしてやろうか!!」
 5発連続で発射された矢は、地面に弾着して爆発する。
 響と翔はとにかく走り、迫り来る矢を掻い潜る。
「遠距離超火力!それがイチイバルの特性だ!」
「ええっ!?って事はつまり……」
「離れた所から派手にドンパチ!いつでもどこでも、花火大会し放題って事だ!」
 近接戦闘特化型の響と、オールマイティだが弓の大きさからイチイバルに比べて連射性に劣る翔。
 二人共、派手に弾幕を張られると弱いタイプである為、この状況は圧倒的に不利。一気に形勢が逆転していた。
 クリスは跳躍し、曲芸師さながらの空中回転で着地すると、クロスボウ型のアームドギアを3つの銃口が三角形に並んだバレルが二連装、左右合計4門のガトリング型へと変形させ、構える。
「──逃がすかッ!揃って仲良く蜂の巣になりなッ!」

〈BILLION MAIDEN〉

「うわああああああああッ!?」
「立花ッ!!おおおおおおおおおおおお!!」
 容赦なく叩きつけられる銃弾の嵐に、翔は再びアームドギア・生弓矢を高速回転させて銃弾を弾き返す。
 しかし、それも長く持つわけではない。攻めの一手を見つけなければジリ貧だ。
 クリスはトドメを刺すべく、スカートパーツを展開させる。
 スカートパーツの中に収納されていたのは、大量のミサイルだった。
「さあ、お前らの全部……全部、全部ッ!全部全部ッ!否定してやる!そう、否定してやる!!」

〈MEGA DETH PARTY〉

「くッ!?不味い、こいつは防ぎきれない……ッ!」
「駄目、翔くん!!」
 二人に降り注ぐミサイルの雨、鉄矢の暴風。
 地形を変えてしまうほどの銃弾とミサイルを撃ち続け、爆煙が周囲を包んで覆う。
 息を切らしながら、先程までターゲットだった者達が立っていた場所を睨むクリス。
「はあ、はあ、はあ……ッ!どうだ……!これだけの弾丸を叩き込めば……ッ!!」
 煙が晴れた瞬間、クリスの目に飛び込んできたのは、2人を守るようにそびえる、青いラインの入った銀色の壁だった。
「盾……?」
「剣だッ!」
 見上げると、それは〈天ノ逆鱗〉を防御に応用し、剣の上に悠然と立つ蒼き剣姫……風鳴翼が立っていた。

「ふんッ、死に体でおねんねと聞いていたが、足手まといを庇いに来たか?」
「もう何も、失うものかと決めたのだ!大事な弟も、可愛い後輩も、2人まとめて私が守る!!」
 翼は剣の上から、クリスを見下ろしながらそう宣言する。
『翼、無理はするな……』
「はい……」
 弦十郎の自身を慮る声に、翼は静かに答える。
「姉さん……!?」
「翼さん……?」
 剣の後ろから見上げる2人を見ながら、翼は言った。
「気付いたか、二人共。だが私も十全ではない……力を貸してほしい」
「当たり前だろ、姉さん!」
「はい!勿論です!」
 ここに来て翼が加わり、更に戦況が逆転する。
 範囲攻撃である〈千ノ落涙〉や、動きを封じる〈影縫い〉、中距離牽制攻撃の〈蒼ノ一閃〉などといった離れた距離の相手にも届く攻撃手段を持ち、更に実力は2人よりも高い世界最初のシンフォギア装者。
 間合いを詰められれば、クリスの勝機は一気に傾いてしまう。

 その上で、翼はクリスを倒すのではなく、無力化するつもりでここに立っていた。
 響はクリスとも分かり合いたいと願っており、自分もネフシュタンの鎧やイチイバルの事について問い質さなくてはならない。
 無論、翔は響を支える事と同時に、自分と同じ事を考えているだろうという事も、姉である彼女には理解出来ている。
 やがてクリスが次の一手に出ようと銃口を向け、引き金を引く直前だった。

「もうやめるんだ!クリスちゃん!!」

 戦場に突如響き渡る、5人目の声。
 声の方向を一堂が振り向く中、翔と……そして、クリスが驚愕の表情を浮かべた。
「ッ!?お、お前……」
「純っ!?何でお前がここに──」
「ジュンくん……!?」
「「「ッ!?」」」
 クリスの一言に翔、響、翼は揃って息を飲んだ。
 戦場の只中で、まさかの再会を果たす2人。8年と数ヶ月の時を超えて、クリスが叫んだ憎しみの歌が、皮肉にも彼女の運命を引き寄せる事になったのである。 
 

 
後書き
いやー、ようやく純クリのターンです。
クリスちゃん推しの全読者様、お待たせしました!
ここからは、クリスちゃんにも手を伸ばすための布石が敷かれて行きますので、ご期待ください!

ところでクリスちゃんのアームドギアが銃なの、真相意識で幼少期の象徴としてトラウマになってるからだったよね確か。
って事はつまり、シンフォギア本体にリボンの意匠が見受けられたり、大胆に肩とか胸とか露出してるのって、少なくとも伴装者世界だと"約束"が深く影響しているんじゃないだろうか……?
つまりイチイバルのシンフォギアそのものが、クリスちゃんの花嫁衣裳と言っても過言ではないのでは!?(お前本当のバカ←)

翼「なあ、翔。1つ言ってもいいか?」
翔「なんだい、姉さん?」
翼「お前、前回私のセリフを盗んだな?」
翔「えっ!あ、あれは別に姉さんのセリフをパクッたとかじゃなくて、お約束というかなんと言うか……」
翼「その上、3期で私が言うセリフのオマージュまでやっているだと!?」
翔「狙ったわけじゃないんだ……ただ、口を付いて出ていただけなんだ……」
翼「まあ、それは良しとしよう。私達は姉弟だからな、似たようなボキャブラリーをしているのだろう」
翔「姉弟だからね、是非もないよ」
翼「だが、そろそろ私とのデュエットがあってもいいのではないか?」
翔「あ~!そういや姉弟デュエットやった事ないよね」
翼「これは作者に頼んで、一度はやってもらうべきなのでは?」
翔「うーん、今後の展開的にその機会あるかなぁ?」
翼「お前は基本的に立花に付きっきりだからな。私と組んで出撃する機会さえあれば……。いっそ立花と3人で、というのはどうか?」
翔「いいと思うけど、ユニゾンが目立ち始めるのはもっと後からだからね!もうちょっと我慢しよう!」
翼「そうか……(´・ω・`)」(どうしても弟とデュエットしたいブラコンSAKIMORI)
翔「……皆でカラオケ行く?」
翼「ああ、その手があったか!」
翔「それじゃ、早速予約しよう!」
翼「ああ!私とお前、それから立花。姉弟水入らずで歌い明かそうじゃないか!」
翔「……ね、姉さん?そ、その……どうして姉妹に立花も姉弟に数えてるんだ……?」
翼「ん?いちいち説明する必要があるのか?」(ニヤニヤ)
翔「~~~ッ!?この剣、可愛くないッ!!」

次回は……、
戦場(いくさば)で巡り会う王子と姫君。
終わりの魔女がかけた呪いは、2人を夜に惑わせる。
次回、『迷子(まよいご)』!
お前はその手に、何を握る?

やたらいい声で喋る銀色の指輪が見えたって?はて、そんな聖遺物知りませんが……(すっとぼけ) 

 

第39節「迷子(まよいご)」

 
前書き
まさか予告編をザルバに担当されるとは……。
って事でタイトルは牙狼風味になっております。

そういやこれを上げた日は、我らがウルトラマンジャスティス限界ヲタク氏の舞台挨拶を見に行ってたなぁ。
いやー、貴重で尊い時間を過ごさせて頂きましたよ……。

それでは、純クリを見守ってあげてください。どうぞ。 

 
「ジュンくん……!?」
「「「ッ!?」」」
 雪音クリスと名乗った少女の一言に俺も、立花も、姉さんまでもが揃って息を飲んだ。
 まさかこの娘……純の知り合い、だったのか!?
「クリスちゃん!その姿は一体……それに、その手に持ってるのは……!?」
「……あたしを……見るんじゃねぇ!!」
 そう言って雪音は、地面に向けて発砲すると土煙を捲き上げる。
 そのまま跳躍し、雪音は叫んだ。
「あたしはもう……ジュンくんの知ってるあたしじゃないんだ!!」
「何を言って……ッ!?クリスちゃん、上だ!!」
 純の叫びに全員が空を見上げると、フライトノイズが羽を螺旋状にして、ドリルのように回転しながらクリスの方へと突っ込んで行く所だった。
「──な……ッ!?」
 次の瞬間、2体のノイズにより、イチイバルのガトリング砲が破壊される。
 無防備になり、落下していくクリス目掛けて、3体目のフライトノイズが襲いかかり……。
「クリスちゃん!!」
「──ッ!?クリスちゃん、危ないッ!」
 
「え──ッ!?」
 立花が咄嗟に、フライトノイズに体当たりする。
 ノイズは炭と化したものの、勢い余って立花は倒れ込む。
 それを雪音は、反射的に受け止めてくれていた。
「クリスちゃん、大丈夫?」
「お前、何やってんだよッ!?」
「ゴメン……。クリスちゃんに当たりそうだったから、つい……」
「ッ!?バカにして!余計なお節介だ!」
「純!お前もこっちへ!離れているとノイズに狙われるぞ!」
 純に向かって叫ぶ。純は頷くと、こちらへ向かって走り寄る。
 その純を狙って飛来するフライトノイズには、生弓矢のアームドギアで一射見舞ってやった。
 倒れた立花と、それを支える雪音。そして駆け込んできた純を、俺と姉さんで囲んで守る。
 その時だった。知らない声が聞こえてきたのは……。
 
「──命じた事もできないなんて、あなたは何処まで私を失望させるのかしら?」
「「ッ!?」」
「この、声は……」
 雪音が向いた方角……公園から夕陽の沈む海を見渡せるよう、柵が巡らされた場所へと、俺と姉さんも目を向ける。
 そこには、黒服に金髪のロングヘアーでサングラスをかけて顔を隠した、ソロモンの杖を持つ女性が立っていた。
 離れているが、背丈は了子さんと同じくらいだろうか?
「フィーネ!」
(フィーネ?……終わりの名を持つ者?)
 音楽記号で、楽曲の休止を表す記号を名前に持つ女性……。
 この人が一連の事件の黒幕か!?

「こんな奴がいなくったって、戦争の火種くらいあたし一人で消してやるッ!」
 立花を放り出して会話を始める雪音……って立花を放り出すなよ!
 っと思ったら、純がしっかりと受け止めて地面に寝かせてくれた。
 流石は王子様系。やる事がイケメンだな……。
「そうすれば、あんたの言うように人は呪いから解放されて、バラバラになった世界は元に戻るんだろ!?」
 雪音の縋るような声。しかし、フィーネと呼ばれた女性は溜息を吐くと共に宣告した。
「ふぅ……。もうあなたに用はないわ」
「な……なんだよそれ!?」
 雪音の表情が絶望に染まる。それと同時に、その後ろにいる純の表情が険しくなった。
「フッ……」
 フィーネが手を翳すと、彼女の掌から青白い光が放たれ、辺り一帯に散らばっていたネフシュタンの鎧の欠片が発光する。
 やがてネフシュタンの鎧は粒子化し、フィーネの手元に集まっていくと、竜巻のように渦を巻きながら消失した。
 そしてフィーネは、ソロモンの杖をこちらへと向ける。
 次の瞬間、3体のフライトノイズが独楽のように高速回転し、木々を伐採しながら迫って来た。
「ハッ!やっ!」
「ハッ!」
 姉さんの刃が2体を斬り伏せ、俺の一射が最後の1体を射抜いた。
 その隙に乗じて、フィーネは柵を足場として、夕陽を背に飛び降りて行った。
「待てよ、フィーネェェェェッ!!」
 フィーネを追って、雪音も飛び出していく。
 シンフォギアで強化された身体能力で、雪音はあっという間に柵の下へと飛び降りて行った。
「待って!クリスちゃん!!」
「おい純!何処へ!?」
「クリスちゃんを放っておけない!あの娘は僕が連れ戻さなきゃ!」
 そう言うと純は、1人で何処かへと走り去ってしまった。追いかけようとしたが、気を失ってしまった立花の方が心配だ。
 迎えのヘリがやってきた音がする。純……お前は、どこまで……。
 
 ∮
 
「反応、ロストしました。これ以上の追跡は不可能です」
 クリスのイチイバルが発するアウフヴァッヘン波形をモニタリングしていた友里が報告する。
「こっちはビンゴです」
 一方、クリスの身元を調べていた藤尭は、データベースからその資料を表示させた。
「雪音クリス、現在16歳。2年前に行方不明になった、過去に選抜されたギア装着候補の1人です」
「……あの、少女だったのか」
 そう呟く弦十郎の表情は、何処か重苦しさを感じさせた。
 果たして、彼は何を思っているのか……。今この瞬間の、彼の表情を知らない部下達に、それを推し量ることは出来ない。
 彼が感じている責任は、彼一人が心に仕舞っていた。
 
 ∮
 
 夜の街中、雪音クリスは2人の子供の手を引いて歩いていた。
「えへへ、おててをつないでいると、うれしいね」
「は、なんだそりゃ。ほら、ちゃんとお父さんを探せよ」
「わかってるよ」
 兄の少年と、妹の少女。小学生くらいの2人とクリスが出会ったのは、フィーネを見失い、途方に暮れながら歩き続けていたクリスが、子供の鳴き声を聞いたところからだった。
 最初は、兄が妹を弱いものいじめで泣かせたのかものと勘違いして拳を振り上げたが、兄を庇う妹の姿に理由を聞くと、迷子になって泣いていただけだと言う。
 放っておけなくなってしまったクリスは、2人を父親の元まで送り届ける事に決めたのだ。
「…………ふん♪ふんふふんふん……♪」
「わぁ……。おねえちゃん、うた、すきなの?」
 少女に言わて、無意識の内に口ずさんでいた鼻歌に気がつく。
「……歌なんて大嫌いだ。特に、壊す事しかできないあたしの歌はな……」
 自嘲気味にそう返すクリスに、少女は不思議そうに小首を傾げた。
 フォニックゲインや聖遺物と関係なく歌ったのは、いつ以来だろうか。
 もう既にかなりの日数、歌っていなかった気がする。
 そして歌えば、それはフィーネからの指示であり、シンフォギアや完全聖遺物の起動に使われ、その力は結局全てを壊してしまう。
 自分のために歌わなくなっていたクリスは、いつしか自分の歌が嫌いになっていたのだ。
 その歌が大好きだと言ってくれた人の、預かり知らぬ時間、預かり知らぬ場所で……。
 
「あっ!父ちゃん!」
 気が付けばそこは、交番の前だった。
 交番で警官と話していた男性が、2人に気が付き駆け寄って来る。
「お前達……何処へ行っていたんだ!ん、この方は……?」
「おねえちゃんがいっしょに、まいごになってくれたー♪」
「違うだろ、一緒に父ちゃんを探してくれたんだ」
「すみません、迷惑をおかけしました……」
「いや、成り行きだったから……その……」
 頭を下げる父親に、クリスはそっぽを向きながら答えた。
「ほら、お姉ちゃんにお礼は言ったのか?」
「「ありがとう!」」
「仲、いいんだな……」
 仲良く2人で声を揃えてそう言った子供達を見て、クリスはふと呟いた。
「そうだ。そんな風に仲良くするにはどうすれば良いのか、教えてくれよ」
 クリスに聞かれると、子供達は不思議そうな表情で顔を見合わせる。
「そんなの分からないよ。いつもケンカしちゃうし」
「ケンカしちゃうけど、なかなおりするからなかよしー♪」

 少女の無邪気な笑顔に、クリスは夕方戦ったばかりの、立花響と風鳴翔の言葉を思い浮かべる。
『ちゃんと話し合えば、きっと分かり合えるはず!だってわたし達、同じ人間だよ?』
 その言葉と少女の言葉が、どこか重なる。
 そして、その言葉を貫かせようと隣に立って支えていた翔の姿が、妹を守ろうと自分の前に立ち塞がった兄に重なった。
「……仲直りするから仲良し、か」
(話をすれば……分かり合えて、仲直りできるのかな……。あたしと、フィーネも……)

 そして、突き放して来てしまった幼馴染の顔が頭を過る。
 ノイズのせいで、ろくに話すことも出来なかった。それに、あんな約束を交わしたのに、自分はこんなにも『お姫様』からは遠ざかってしまった。
 身体中は痣だらけで、歌で何もかも壊してしまう。戦場に立てば引き金に指をかけ全てを撃ち抜き、ムカつく事があれば拳を振り上げてしまう。
 そんな自分を、一目見るだけでも約束に近づこうと進んで来たのが分かる純の眼鏡に、映してほしくなかったのだ。
(ジュンくんにも、謝らないとな……。あたし、折角会えたのに……)
 親子と別れ、少女はまた夜道を彷徨う。
 その先に、求めた答えが待っていると疑いもなく信じて……。
 
「はっ、はっ……クリスちゃん……クリスちゃん、何処だ!」
 一方、こちらも街中の何処か。
 人通りを何度も見回して、夜道を駆け抜けて行くのは、金髪碧眼の美少年。
 捜している少女の名を何度も呼んではまた走る。胸に抱いた想いを胸に、その情熱を糧として。
(詳しい事情は分からないけど、あの状況……クリスちゃんが帰る場所を失った事だけは理解出来た。だったら、僕が彼女の帰る場所にならなくちゃダメだ!事情は後で聞けばいい、真実は後で知ればいい!今は……彼女を見つけ出さなくちゃ!)
「クリスちゃん!クリスちゃん、クリスちゃん!何処だ!?何処に居るんだ!返事をしてくれ……クリスちゃあああああああん!!」
 少年と少女は、同じ街の何処かですれ違う。
 逢いたくても逢えない。話したくても逃げられる。
 そんな2人を再び引き寄せるきっかけは、少年のポケットの中に隠されていた事を、この時誰もが知らなかった。
 公園から走り出す前、咄嗟に拾っていた銀色の欠片。その輝きを、爽々波純だけが知っている。 
 

 
後書き
純クリのターンは開始早々、こんな感じで展開されております。
読んでて辛いところもあるかも知れませんが、同時に純くんのOUJI力もどんどん垣間見えて来ますので、安心して珈琲から砂糖を減らしておいて下さい。
またはブラック珈琲をお飲みください。

響「翔くん翔くん。わたし、前回クリスちゃんに『くせぇ』って言われてから、ずっと気になってるんだけど……わたしって臭いの?」
翔「落ち着け立花。そのセリフ俺も含んで言ってた筈だし……。その理論だと俺も臭うわけだが?」
響「そんな事ないよ!だって翔くん、いい匂いしたし……」
翔「たっ、たたた立花!?いつの間に俺の匂いを……」
響「あっ!いや、その……デュランダル移送で翔くんに抱き締められた時に……不可抗力で……。べべ別にっ、思いっきり吸い込んだりしたわけじゃないからね!?」
翔「わわわわ分かっているとも!そうだよな、不可抗力だよな!別にそんな、俺の匂いをくんかくんかした訳じゃないんだよな!?」
響「そんな事しないよ!……あ、でも……わたしが臭うかどうか、さ……翔くんに確かめてもらうなら、わたしは別に……その……」
翔「たっ、たたた立花……!?それは、その……流石に問題あるんじゃ……」
ANE「おおお、緒川さん!?あれはつまり、その……」(物陰から見守りつつ)
NINJA「耳とか尻尾が幻視できる気がする、ですか?奇遇ですね、僕もです」(同じくin物陰)

次回はいよいよフィーネのアジトに!?お楽しみに。 

 

第40節「暗雲迫る陽だまり」

 
前書き
苦めの珈琲を最初に出して、そこへ徐々に糖度の濃い砂糖を足していくのは尊みの基本。
今回は、純クリがほろ苦いと言われてガッツポーズしてた頃の回ですね。

それでは、お楽しみ下さい! 

 
(……奏がなんの為に戦ってきたのか、今なら少し分かるような気がする)
 エレベーターで二課本部へと降りて行きながら、私は今日の戦いで胸に抱いていたものを思い返す。
 だけど、それを完全に理解するのは、正直怖いかもしれない。人の身ならざる剣
わたし
に、受け入れられるのだろうか?
「……自分で人間に戻ればいい。それだけの話じゃないか。いつも言っているだろう?あんまりガチガチだとポッキリだ──って。……なんてまた、意地悪を言われそうだ」
 夢の中で出会えた奏の笑顔を思い出し、奏がよく言っていたあの言葉を呟いてみる。
 だが今更、戻ったところで何が出来るというのだろう。……いや、何をしていいのかすら、分からないではないか。
 
『好きな事すればいいんじゃねーの?簡単だろ』
 
「……え?」
 エレベーターを降りた直後、背後からそんな声が聞こえてきた。
 振り向くが、そこには扉を閉じる無人のエレベーターと、誰もいない廊下が続くのみだ。
 ……夢の中で、奏は言っていた。奏が傍にいるのか遠くにいるのかは、私が決める事なんだって。
 だから、きっと……奏は今も私の傍にいる。
 ねえ、奏。私の好きな事ってなんなのかな?
(もうずっと、そんな事を考えていない気がする。遠い昔、私にも夢中になったものがあったはずなのだが……)
 迷いを胸に私は、司令室へと続く廊下を歩いて行った。
 
 ∮
 
「メディカルチェックの結果が出たわよ。外傷は多かったけど、深刻なものが無くて良かったわ。常軌を逸したエネルギー消費による……いわゆる過労ね。少し休めばまたいつも通りに回復するわよ」
 あの後、俺達は司令室に戻っていた。了子さんが、立花のメディカルチェックの結果を報告している。
「じゃあ、わたし……あっ……」
「っと。大丈夫か、立花?」
「あっ……う、うん……」
 ふらついて倒れる立花を支えると、少し頬を赤らめながら離れる。
 少しドキッとしてしまったが、ここ、このくらいなんでもないぞ。
「ああっ、もう、だから休息が必要なの」
「はあ……。わたし、呪われてるかも……」
「気になるの?お友達のこと……。心配しないでも大丈夫よ。緒川くん達から事情の説明を受けているはずだから」
「そう……ですか……」
 立花の心配そうな表情。小日向に色々と隠して活動していたからな……この後の展開は、何となく読めてしまう。
「機密保護の説明を受けたら、すぐに解放されるはずだ。でも、後でしっかり立花の口からも説明するんだぞ?難しいなら、俺も手伝うぞ」
「ありがと翔くん……」
 
「そういや翔くん、君のお友達は?」
 友里さんが心配そうに尋ねてくる。まあ、純に限って問題を起こすとは思えないが……。
「あの雪音って娘を追いかけていきました。なんでも知り合いみたいで……」
「爽々波純。雪音夫妻とは交友関係にあった音楽家夫婦、爽々波夫妻の長男ですね?」
「さすが藤尭さん。もうそこまで調べてたんですね」
 藤尭さんは頷くと、現在スマホのGPSを追って捜索している事を教えてくれた。
 もっとも、純はスマホの電源を落としているらしく、現在は街中の監視カメラを確認している状態らしいのだが。
「あいつは機密をバラすようなやつじゃありません。雪音を探し終えたら、きっと戻ってきますよ」
「ついでに彼が見つけてくれているといいんだけど……。まさか、雪音クリスと共に、イチイバルまで敵の手に渡っているなんて」
「聖遺物を力に変えて戦う技術において、我々の優位性は完全に失われてしまいましたね」
「敵の正体、フィーネの目的は……」
 藤尭さんのボヤきに、友里さんも同意する。
 ようやく姿を現した黒幕。しかし、その目的や正体に関しては、全てが未だ謎に包まれている……。
 果たして、奴は何を企んでいるんだ?
 雪音は確か、戦争の火種を消すとか、人類は解放される……とか何とか言っていたような気がするが……。
 叔父さんも同じ事を考えているのか、ソファーに座って考え込んだままだし……。
「深刻になるのは分かるけど、うちの装者は三人とも健在。頭を抱えるにはまだ早すぎるわよ?」
 了子さんが笑ってそう言った。
 やれやれ。こんな時にこそ、この人のマイペースさはこの職場を和ませる。ムードメーカーはやっぱり大事だなぁ。
 
「司令、戻りました」
 そこへ、姉さんが入ってきた。叔父さんは姉さんの姿を見て、ソファーから立ち上がる。
「翼!まったく、無茶しやがって」
 口ではそう言っているものの、叔父さんは何処か分かっていたような顔だ。
 もうすっかりいつも通りな姉さんに、むしろ安心しているんだろう。
「独断については謝ります。ですが、仲間の危機に伏せっているなど出来ませんでした!立花は未熟な戦士です。半人前ではありますが、私や弟と共に戦場
いくさば
に立つには十分な戦士に相違ないと確信しています」
「姉さん……」
 あの姉さんが、立花を認めた……。
 その事実に驚いていると、姉さんは俺達2人を交互に見てから笑った。
「完璧には遠いが、2人の援護くらいなら、戦場に立てるかもな」
 立花が嬉しそうな顔で、姉さんに宣言する。
「わたし、頑張ります!」
「俺もだ。姉さんが本調子に戻るまでの不足分は、俺が頑張って埋めてみせる」
「頼もしいな、二人とも。それでこそ、私が背中を預けるのに相応しい」
 姉さんの顔が、前よりもキラキラしている気がする。
 もう姉さんは、孤独に戦う必要が無いんだ。そう思うと、ちょっと泣きたくなって来た。2人の前だから、絶対泣かないけどな。
 
「そう言えば、翔と響くんのメディカルチェックの結果も気になる所だが……」
 そう。実は俺も、立花のついでにメディカルチェックを受ける事になったのだ。なんでも、この肉体に融合している生弓矢の状態を確認しておきたかったとか。
「少し疲れはありますけど、大きな怪我はありませんし、大丈夫ですッ!」
 俺が自分の結果を答えるより先に、立花は元気いっぱいにそう言った。
 うん……俺、やっぱりこんな風に、元気いっぱいの立花が好きだ。
「んー、そうねぇ。どれどれ?」
 ……と、その時だった。了子さんが指先で、立花の左胸をつんつん、と突っつく。
「にょああああああああああ!?なななな、なんてことをッ!?」
「了子さん!?また立花にセクハラして!!」
 立花が悲鳴を上げながら胸を庇い、俺の背後に隠れる。
 俺も反射的に立花を庇う構えを取ってしまい、了子さんはその様子を見て笑っていた。
「響ちゃんの心臓にあるガングニールの破片が、前より体組織と融合しているみたいなの。驚異的なエネルギーと回復力はそのせいかもね」
「だからって立花の胸を突っつくことはないでしょう!?」
「え~。でも翔くんがやると、問題でしょう?それとも私の代わりに翔くんが触診してくれるのかしら?」
「しょっ、触診ッ!?」
「ななななな、何のつもりの当てこすりですか!冗談にしても限度がありますよ了子さん!!」
 立花の方を見ると、立花も俺の方を見て真っ赤になっていた。慌てて顔を逸らす。
 了子さんめ……まさか、気付いててこんな事を言っているのか!?
 だとすれば、なんという趣味の悪さだ……。俺達の恥ずかしがってる姿を肴に愉悦酒飲んでないだろうな!?
 
「融合……」
(聖遺物と人の融合……?そんな状態で、翔と立花の身体は大丈夫なのか?)
 翼はふと、了子の言葉に疑問を覚える。聖遺物という異端技術の塊、それが人間の体組織と融合する事そのものに違和感はない。そういう事もありうるのだろう。
 だがしかし、果たして人体にとって異物であるはずの聖遺物が融合して、その肉体にデメリットは存在しないのか。翼は考える。
(──いや、問題を孕んでいるのならば、櫻井女史が軽々に話題にする事は無いはずだろう。問い質す必要は無い筈だ)
 聖遺物研究のプロである了子を信用し、翼はその疑問を振り払う。
「ところで翔くん、知ってるかしら?響ちゃんの胸の傷痕、翔くんが生弓矢を突き刺した時にできた傷痕と同じ形してるのよ~」
「ちょっと了子さ~ん……って、翔くんそれ本当?」
「あ、ああ……まあ、その……知ってるというか、なんというか……」
「へ?……って、ああー!!やっぱり見てたじゃん!翔くんのエッチ!!」
「だっ、大事な所は見てないと言っただろう!傷痕と鎖骨と肩以外が目に入る前に、なんとか顔を逸らしてドア閉じたんだからな!?」
「見た場所全部覚えてるじゃん!このスケベー!」
 というか、この喧騒を眺めていると、そんな疑問はあっという間に掻き消されてしまう。
「……って、翔!お前、今聞き捨てならない発言が飛び出していた気がするが!?」
「誤解だ姉さん、あれは事故なんだ!」
「え?翼ちゃん、翔くんのお姉さんなんでしょ?小さい頃は一緒にお風呂入ったりしてなかったの?」
「さっ、櫻井女史!そそそういう話を持ち出すのはどうかと思いますが!?」
 翼にも飛び火した騒動は、この後しばらく続いた。
 
「……ふむ。つまり、翔と響くんの体に問題は無いのだな?」
 弦十郎の言葉でようやく騒ぎが静まり、ようやく翔の爆弾発言から始まった話が終わる。
「はいッ!ご飯をいっぱい食べて、ぐっすり眠れば元気回復です!」
「はい。俺もいつも通り、飯食って一晩寝れば何とかなりますよ」
「大丈夫よ、あなた達2人は可能性なんだから~」
 しかし、響の心には不安があった。
 一番あっかいところで眠れれば、また元気になれるだろう。でも、そのあったかい親友は今、どんな気持ちでいるのだろう。
 嘘をついていた自分に対して、怒っているのではないだろうか?
 響と未来の関係は今、雲行きが怪しくなり始めていた。 
 

 
後書き
そろそろ露骨に見えてきますよね。誰とは言いませんが!
クリスちゃんが迷子を送り届け、純くんがクリスちゃんを探し続けている頃、ひびみくの雲行きが怪しくなり、翔は親友と想い人を心配し、翼さんは弟と未来の義妹の身体に不安を抱き始め、OTONAは親友に疑念を持ち始め、そして緒川さんは忍びなれども忍んでいた……。
この夜は皆何かしら大変ですね……。

クリス「1度目は見えていなかったとはいえ関係ない奴と一緒に吹き飛ばし、2度目は威嚇射撃とはいえ銃口向けてブッ放つ……。うう……あたしのバカ!ようやく逢えたジュンくんに2回も攻撃しちまうなんて、やっぱりあたしはもうあの頃には戻れねぇんだ!うわぁぁぁん!」
?「おねーちゃん、どうしてないてるの?」
クリス「なっ、泣いてなんかいねぇよ!……え?あたし?」
クリス(幼)「もしかして、だれかとケンカしたの?」
クリス「……ああ。ジュンくんに酷い事しちゃったんだ……。きっと、嫌われたよな……」
クリス(幼)「ジュンくんと?……ううん。ジュンくんはきっと、おねーちゃんのこと、キライになんかならないよ」
クリス「え……?」
クリス(幼)「だってジュンくんは、いまでもおねーちゃんのことだいすきだもん!えへっ♪」
クリス「ジュンくんは……あたしのこと、今でも大好き……」
クリス(幼)「だって、いつも、どんなときでもおーじさまは、おひめさまをたすけてくれるんだよ?12じになってまほうがとけても、カエルにされても、とじこめられてたって、ぜったいにたすけてくれる。だから、ジュンくんはぜったいにおねーちゃんをむかえにきてくれる。ぜったい、ぜ~ったい!」
クリス「魔法が解けても、カエルにされても、閉じ込められたって絶対に……か」(左手の薬指に、あの日の思い出を幻視しながら)
クリス(幼)「だから……」
──だから、おねーちゃんはいまでもきっと……。
クリス「……今でもきっと?おい、何なんだよ!その先教えてくれよ!!」(目の前から消えたクリス(幼)に答えを求めてベンチを立つ)
クリス「夢、か……。でも……あたしはまだ、ジュンくんにとっての『お姫様』……なのかな?」

本編補完、タイトルは『あの日のあたしが知る答え』
答えはきっと、2人の胸に。

さて、次回はとうとう未来さんの中の393が百合特有のオーラを放つあの回ですねぇ。
我が国(?)は『OTOME』『OTOKO』『YOME』の3つに分かれ、混沌を極める事になるのでしょう。次回もお見逃し無く! 

 

第41話「どちらも思うは君のため」

 
前書き
この頃は確か……そう。人生初!メロンブックスで薄い本買いました!
うにょん先生の「ビッキーかわいい!シリーズ」の最新刊!
勢いでポチろうとしてそのまま登録しちゃったワケダ。本体より手数料の方が高くついたけど、後悔はない!
むしろ人生初購入の同人誌としては最高でした。可愛いビッキーのイチャイチャを描くという意味では、自分の大先輩と言っても過言ではない方の作品ですからね。これは既刊も欲しいなぁ……。

さて、本編に関してですが、個人的最難関ポイントにして関所だったもの。それが393問題。
393が響を思った上で何に対して怒るのか、これを掴むのが中々大変でしてね。
その末にこんな形になりましたとさ。それではどうぞ! 

 
「た、ただいまー……」
 鍵の空いた玄関から部屋へ入り、恐る恐る顔を覗かせる。
 未来はとっくに着替えていて、不機嫌そうな顔で雑誌を眺めていた。
「ねえ、未来……。なんていうか、つまり、その……」
「おかえり」
「あ……うん、ただいま。……あの、入っても、いい……かな?」
「どうぞ。あなたの部屋でもあるんだから」
「うん……」
 他人行儀な態度に、未来がとっても怒っているんだと実感させられる。
 わたしがもう少し、話せるところは誤魔化さずに話していれば……。
「あ、あの……ね……」
「何?大体の事なら、あの人達に聞いたわ。今更聞くことなんてないと思うけど」
「……未来」
 雑誌を閉じ、テーブルに置くと立ち上がって、わたしの方を見ながら叫んだ。
「嘘つきッ!どうしてわたしに黙ってたの!?わたしが毎晩どれだけ心配してたか分かってる!?」
「そっ、それは……」
「それに風鳴くんとの事だって、どうして隠してたの!?隠す必要なんて無かったでしょ!!」

 未来の言葉が突き刺さる。わたしの事、こんなに心配してたのに……わたしはそれにも気付かずにいたなんて……。
「未来、聞いてほしいんだ。わたし──」
「どうせまた嘘つくんでしょ。わたし、もう寝るから」
 そう言って未来は、二段ベッドの下の方……本当なら未来が眠っているべき場所のカーテンの奥へと入って行った。
 カーテンの間から顔を覗かせると、未来は布団を被って壁の方を向いていた。
「……ごめん」
 絞り出せたのは、ただその一言だけだった。
(……嘘つくつもりなんて、なかったのに。ただ、未来を巻き込みたくないだけだったのに……)
 ふと、部屋の隅に置かれたピアノの上を見ると、中学の頃に2人で撮った写真が目に入った。
 写真の中のわたし達は、満面の笑みで笑っている。
 今までこんなに大きな喧嘩なんて、した事なんてなかったのに……。未来に危ない目に遭ってほしくなかったから、黙ってたのに……。
 わたし、どうすればいいんだろう……。
 
(……ごめんね、響……本当にゴメン……)
 口をついて出た言葉を、わたしは布団の中で後悔した。
 風鳴くんとの事、ちゃんと向き合うって決めたのに……。響がノイズと戦っている事を黙っていたのも、わたしを危ない目に遭わせない為だって分かっているのに……。
 それなのにわたしは……響の事、嘘つきだって言っちゃった。
 風鳴くんの事も偽善者だなんて言って後悔したばっかりなのに……。
 わたし……やっぱり、嫌な子だ。
 そう思うと、わたしなんかが響みたいな優しい子の友達で、本当にいいのか……。そんな迷いが、私の中で渦巻き始めた。
 
 ∮
 
(……装着した適合者の身体能力を引き上げると同時に、体表面をバリアコーティングする事で、ノイズの侵食を阻止する防護機能。更には、別世界に跨ったノイズの在り方を、インパクトによる固有振動にて調律。強制的にこちら側の世界の物理法則下に固着させ、位相差障壁を無効化する力こそシンフォギアの特性である。同時にそれが、人の扱えるシンフォギアの限界でもあった……)

 自身のラボの机にもたれ、手元の珈琲カップをもてあそびながら、櫻井了子は思案していた。

(シンフォギアから開放されるエネルギーの負荷は、容赦なくシンフォギア装者の身体を蝕み、傷付けていく。その最たるものが"絶唱"……。人とシンフォギアを構成する聖遺物とに隔たりがある限り、負荷の軽減はおよそ見込めるものではないと、結論づけている。それが()の櫻井理論だ)

 珈琲を一口啜り、研究室の壁にセロテープで貼り付けた写真を見る。

(この理を覆す可能性があるなら、それは立花響。そして風鳴翔。人と聖遺物の融合体第1号と第2号……。天羽奏と風鳴翼のライブ形式を模した起動実験で、オーディエンスから引き出され、更に引き上げられたゲインにより、ネフシュタンの起動は一応の成功を収めたのだが……立花響は、それに相当する完全聖遺物、デュランダルをただ1人の力で起動させる事に成功する……)

 よく見れば研究室の壁中が写真だらけであり、その写真はいずれも響、そして翔のもので溢れていた。
 日常風景から友人と過ごしている姿まで、いつの間に撮ったのか分からないものも多い。更には『見守り隊』が撮影した、翔と響の2人を中心に写したものも多く混ざっている。

 更に部屋の隅には、広木防衛大臣の血痕が残るケースも置かれていた。

(人と聖遺物がひとつになる事で、さらなるパラダイム・シフトが引き起こされようとしているのは、疑うべくもないだろう。人がその身に負荷なく絶唱を口にし、聖遺物に秘められた力を自在に使いこなす事が出来るのであれば、それは遥けき過去に施されし“カストディアンの呪縛”から解き放たれた証……)

 机のディスプレイに表示されているのは、響と翔のレントゲン写真だ。
 二人とも心臓を中心に、聖遺物が肉体を侵食して癌細胞のように広がっているのがひと目でわかる。彼女はそれを知りながらも、誰にもそれを話さない。
 彼女は自らの真の目的のため、融合症例の詳細を誰にも明かすつもりがないのだ。

(──真なる言の葉で語り合い、人類(ルル・アメル)が自らの手で未来を築く時代の到来……。過去からの超越!)

 櫻井了子を名乗る彼女は、その野望を次の段階へと進める為に動き出そうとしていた。
 立花響と風鳴翔。2人のシンフォギア装者のデータと、起動したデュランダルを見て、誰にも知られること無くほくそ笑みながら……。
 
 ∮
 
「……」
 昼休みの食堂。未来は窓際の席で、黙々とローストビーフを食べていた。
「……ここ、いいかな?」
「……」
 響の言葉にも答えず、彼女はただナイフとフォークを動かして、次の一口を進めるのみだ。
 響はチャーシューメンの乗ったお膳をテーブルに置き、未来の向かいに座った。

「あのね、未来、わたし……」

「何だかいつもと雰囲気が違うのですが?」
 振り向くとやって来たのは、安藤、板場、寺島の3人だった。
「どういうことー?よくわかんないから、アニメで例えてよ」
「これはきっとビッキーが悪いに違いない。ごめんねー、ヒナ。この子馬鹿だから許してあげてね」
 事情は分からないものの、何となく喧嘩した事だけは察した安藤が、茶化すようにそう言った。

「そういえば、音楽史のレポートの事、先生が仰ってましたが……」
「提出してないの、あんた一人なんだってね~。大した量じゃないのに、何やってんだか」
「あはは……」
 さすがに翔に頼りっきり、という訳にもいかないと感じた響は、今回は翔に頼らずにレポートを進めていた。
 だが、度重なる任務により、彼女は全くと言っていいほどレポートに手を付けていなかったのだ。
 ……既に慣れている翼、並びに任務の合間でもしっかりレポートの提出はこなしている翔には、そんな悩みは全く存在しないのだが。

「ビッキーってば、内緒でバイトとかしてるんじゃないの?」
 安藤の何気ない一言に、未来の手が止まる。
「ええっ!?響がバイトぉ!?」
「それってナイスな校則違反では?」
「それかやっぱり、噂の翔くん。もしかして、毎晩こっそりデートしてたり~?」
「えええええッ!?び、ビッキーってばいつの間に大人の階段を……」
 
 ガタンッ
 
 ナイフとフォークを置き、音を立てて席を立った未来は、そのまま何処かへと走り去ってしまう。
「あっ、未来ッ!」
 それを追って、響も行ってしまう。一口も手をつけられていないチャーシューメンをテーブルに残して。
「……もしかして私達、何かマズイこと言っちゃった?」
 険悪な雰囲気を崩すつもりが、悪化させてしまった事に気が付き、安藤達3人は顔を見合わせ、2人が走り去った先を見るのだった。
 
 ∮
 
(──わたしが悪いんだ……)
 息を切らせて階段を上る。着いた先は屋上だ。
「未来ッ!」
 昇降口から外へ出ると、未来はそこで静かに立っていた。
「……ごめんなさい!」
「どうして響が謝るの?」
 こっちを振り向かずに未来はそう言った。
「未来はわたしの事、ずっと心配してくれてたのに、わたしはずっと未来に隠し事して心配かけ続けてきた……。わたしは……」
「言わないで」
「あ……」

 振り向いた未来は、泣いていた。
「これ以上、わたしは響の友達でいられない……ごめんっ!!」
 その一言を最後に、未来は走り去って行く。
 後ろでバタン、と昇降口がとじた音がした。

「……どうして、こんな……」
 わたし、未来を泣かせちゃった……。わたしは、親友に嘘をつき続けた。
 だから未来は、わたしの事……嫌いになっちゃったのかな……。
「いやだ……いやだよぉ……」
 もう未来は、わたしの友達でいてくれないのかな……。
 そう思うと、どんどん涙が零れてきた。
「うッ、ひッ、……ぅ、ぅあぁああぁ……ッ」
 わたしの涙は屋上の床に落ち、嗚咽は青空へと吸い込まれて行った。翔くんが心配していたのって、こういう事だったんだ……。
 翔くん……未来ぅ……。わたし、どうすればいいのかな……?
 
 ∮
 
「確かにこちらからの依頼ではあるけれど、仕事が杜撰すぎると言っているの」

 その夕刻、例の館ではフィーネが苛立ちを顕にした声で電話に出ていた。
 互いに会話は全て英語。それだけで、相手は米国政府の関係者だと分かる。

「足がつけばこちらの身動きが取れなくなるわ。まさか、それもあなた達の思惑というのなら──」
『神ならざるものが全てに干渉するなど不可能。お前自身が一番わかっているのではないか』

 これ以上は話しても埒が明かないと判断したフィーネは、そのままガチャリと電話を切った。

「……全く。米国の犬はうるさくて敵わないわね。いっそ用済みのクリスでもイチイバルごとくれてやろうかしら──」
 
 バァンッ!
 
 勢いよく扉が開き、そこへクリスが現れる。

「あたしが用済みってなんだよ!もういらないってことかよ!あんたもあたしのことを『物』のように扱うって言うのかよ!頭ん中グチャグチャだ!何が正しくて何が間違ってんのか分かんねぇんだよ!!」

「……どうして誰も、私の思い通りに動いてくれないのかしら……」
 ゆっくりと椅子から立ち上がったフィーネは、ソロモンの杖をクリスの方へと向ける。
 放たれたノイズが、クリスの前に立ち塞がった。
「さすがに潮時かしら……」
「なんでだよフィーネ……どうしてあたしを……?争いのない世界が作れるって、だからあたしは……」

「ええ、そうね。あなたのやり方じゃ、争いをなくす事なんて出来やしないわ」
「なっ……!?」
 フィーネは静かに、そして残酷にその現実を突き付けた。
「せいぜいひとつ潰して、新たな火種をふたつみっつばら撒く事くらいかしら?」
「あんたが言った事じゃないか!痛みもギアも、あんたがあたしにくれた物だけが──」
「私の与えたシンフォギアを纏いながらも、毛ほどの役にも立たないなんて……そろそろ幕を引きましょうか」
 フィーネの右手が青白く輝き、その身に光が集まっていく。
「その光……ネフシュタンの鎧を!?」
「私も、この鎧も不滅……。未来は無限に続いて行くのよ……」
 光はネフシュタンの鎧を形成し、光が弾けるとフィーネは、クリスのものとは違い、金色に変化したネフシュタンの鎧に身を包んでいた。

「カ・ディンギルは完成しているも同然。もうあなたの力に固執する理由はないわ」
「カ・ディンギル……?そいつは──」
「あなたは知り過ぎてしまったわ。だからね、フフ、フフフ……」
 ソロモンの杖がクリスへと向けられる。
 次の瞬間、ノイズ達は変形してクリスの方へと突っ込んでいった。
「うわあっ!?うっ、く……ッ!」
 慌てて部屋を飛び出し、廊下を走って逃げるクリス。
 それをゆっくりと追いかけながら、フィーネは呟く。
「無駄に囀る鳥に価値はないわ。そのか細い喉を切り裂いて、二度と唱えなくしてあげる」
 這う這うの体で足を進めるクリスだったが、館の玄関口を出た所で躓き、転んでしまう。
 その直後、扉からフライトノイズが3体、空へと急上昇して行った。
 運良く助かったものの、早く立ち上がらなければフィーネかノイズ、どちらかは確実に彼女の命を奪うだろう。
(本気で……フィーネはあたしの事を……)
 背後から、加虐的な笑みを浮かべて迫るフィーネを見て、クリスはようやく気が付いた。
「……ちきしょう」
 フィーネが自分の事を利用するためだけに、これまで『痛み』で自分を縛っていた事に。
「ちっくしょおおおぉぉぉぉッ!」
 
「それじゃあ、ごきげんよう」
 ギアを纏う暇もなく、こちらを振り向き立ち上がろうとするクリス。
 フィーネは容赦なく、躊躇いもなく……クリスへと鞭を振るおうとその手を振り上げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ゼェェェェェェェェエエエヤッ!!」
 その人物は眼鏡を外して胸ポケットに入れると、左拳を握って走り出した。
 ノイズによって破壊された扉の向こう、廊下の奥から素早い足音が、気合いの掛け声とともに迫る。
 振り返るフィーネ。その瞬間、彼女の顎に鈍い痛みが走った。
 フィーネが腕を振り上げた時、反射的に両腕で顔を守っていたクリスだったが、その声に腕を下ろし……その目を見開いて驚いた。

「ジュン……くん……?」

 そこに居たのは、不意打ちでフィーネに華麗なアッパーカットを決める純だった。
 愛する人の命を狙う者へと、赤く燃えたぎる怒りを込めた拳を見舞う彼の左手首から上は、まるで体表に張り付いたような銀色の鎧に覆われていた。 
 

 
後書き
英訳部分?もちろんGoogle先生のお世話になりましたとも……。
しかし今回、XVまで見終えてると色々懐かしい回になったな……。
ひびみく初の夫婦喧嘩とか、カストディアンの名前が初めて出てきたりとか。フィーネの盛大な勘違いとか……。

不滅の鎧に導かれるまま、漸く出逢う王子と姫君。
黒縁眼鏡が外れた時、ブラックホールが吹き荒れる!
次回、『第1部、完』
ラスボスが早めに倒れたので、次回からは日常系ラブコメメインのシンフォギアを……。
フィーネ「そんなわけあるかぁぁぁぁぁ!!」
……はい、嘘です!まだまだシリアス続きます!

暑苦しい友人「なあなあ、純のやつが無断欠席なんて珍しいな?」
クールな友人「翔、君は何か聞いていないのかい?同じ寮の親友なんだろう?」
翔「あー……純なら珍しく風邪を引いてな。今は寮で寝てるんだ」
双子の友人兄「この時期に風邪か……。心配だな、見舞いに行ってもいいだろうか?」
双子の友人弟「兄さんと同意見だ。お見舞いなら、僕も行こう」
翔「大丈夫だ。本人も伝染したくないらしいし、ちゃんと薬飲んで寝れば治るって言ってたぞ」
クールな友人「そうか……。では、今回は遠慮しておこう。あまり大袈裟に心配しても、困らせてしまうからね」
暑苦しい友人「悪化したりしたら呼べよ!?何か手伝える事とか、欲しいモンとかあったら俺達で何とかしてやっからな!」
翔「ああ。純にもそう伝えておくよ」
翔(やれやれ……純、お前は本当に何処へ行ったんだ……)

カットされたアイオニアンでの会話シーンです。
友人達の名前は決まっていないのですが、CVが余裕でわかりますね(笑)
まさかこの頃は名無しモブだった彼らに、後々キャラ名と個性が与えられるとは、作者自身も予期してませんでしたよ……。

次回、フィーネの前に飛び出し、不意打ちで顔に一発決めたOUJI!
その手にはなんと、回収し損ねたネフシュタンの鎧が……どうなる次回!? 

 

第42節「陽だまりと雪姫」

 
前書き
前回、とんでもなくウルトラな感じの幕引きで終わりましたが、はてさてどうなるのでしょうね(笑) 

 
「ジュンくん!?」
 フィーネを思いっきり殴りつけ、純くんはあたしの方を見て叫んだ。
「クリスちゃん、今の内に逃げて!早く!」
 フィーネは不意打ちで顎に一撃もらってふらついてる。逃げるなら確かに今の内だ。

 でも、ジュンくんはどうする!?
「ジュンくんは!?」
「僕も直ぐに追いつく!だから信じて走れ!逃げるんだ!」
 振り向いて叫んだあたしに、ジュンくんはそう返した。
 その必死な目には、本気であたしを助けて追い付いてやる、という意思が宿る。
 ……そんな目で、そんな事言われたら……信じるしかないじゃねぇかよ……!
「ジュンくん……絶対だからなッ!いいな!!」
 ジュンくんは強く頷くと、フィーネに向かい合って再び拳を構える。

「おのれ……逃がすか!!」
 ソロモンの杖をあたしの方へと向けようとするフィーネ。
 それをジュンくんがもう一度殴ろうとして、今度は止められるところまでは見ていた。
 ギアを纏って助けないと、なんて考えはその時のあたしには浮かばなかった。
 頭ん中がグチャグチャで、どうすればいいのか分からなかったあたしは、ただ、追ってくるノイズから逃げる事しか出来なかった……。
(ジュンくん……絶対、無事に戻って来いよ……!約束破ったら承知しないからな!!)
 
「やってくれたわね……」
 そう言ってフィーネは、忌々しげに純を睨む。
「クリスちゃんは僕が守る。そう決めてんだよ……ぐッ!?うう……」
 急に左手首を掴むと、痛みを堪えるように唸る純。

 その左手を見て、フィーネは純が何をしたのかを察した。
「ボウヤ、さてはあの時砕けたネフシュタンの鎧の欠片を、自分の左手に纏ったのね?」
「アンタが回収する時、咄嗟に拾ったんだ……。そしたら欠片は、僕をこの場所まで導いてくれた。しかも、左手にずっと握ってたらか、アンタがクリスちゃんに迫った辺りで拳を握った時、欠片はこの形に……ぐううっ!?」
「ふぅん?でもそれ、体組織を侵食しちゃうから、と~っても痛いと思うんだけど?」
「彼女が受けて来た苦しみに比べれば……彼女を救えるならこの程度、安いものさッ!」

 力強く宣言する純。それを聞き、フィーネは嗤う。
「ハッ、やっぱり痛みだけが人の心を繋ぎ、絆と結ぶのね」
「バカ言うんじゃねぇよ。アンタみたいなのが絆を語るなんざ……2万年早いぜ」
「へぇ?じゃあ、ボウヤは違うって言うの?」
 右手で逆ピースを向けながらそう言う純に、フィーネはそう返す。
 すると純は胸に手を当てながら言った。

「絆ってのはな、痛みなんかじゃない……心で結ぶもんだ!相手を思ってその手を伸ばし、手と手を取り合い、そして繋げていく!それが絆、それが愛!愛こそが絆を結ぶ事を、僕はここに立つことで証明する!彼女を隠す夜を超え、ようやく見つける事ができた、この僕自身が!!」
「なるほど……。それがボウヤの考え方、ね。じゃあ、その愛とやらで私に勝って見せなさい!!」
 フィーネの鞭が振るわれ、純はそれを避けるとフィーネの懐へと飛び込んで行った。
 王子様を目指す少年は果たして、魔女に勝てるのか……。勝負の行方は──。
 
 ∮
 
 夜明け前からの雨の中、クリスは路地裏をふらふらと彷徨っていた。
 一晩中、追っ手のノイズを迎撃しながら逃げ続けた彼女は、既に1日は何も食べずに街と館を往復していた。
 既に体力は限界を迎え、足取りもおぼつかない。
 遂にクリスはその場に倒れてしまった。

(……すぐに追いつくって……言った、じゃねぇか……)
 自分を逃がしてあの場に残った純。彼が来ない事実に、最悪の展開を想像し……クリスは震えた。
(ジュンくんの馬鹿ッ!……本当は、一緒に逃げてほしかったのに……。そしたらあたしは、何処へだって……)
 冷たい雨が頬を打つ。重なった疲労で全身が重く、濡れた衣服は肌に張り付いている。
 既に立つ力さえ残っておらず、クリスは目を閉じた。
(全部あたしが悪いんだ……ごめん……ジュンくん……)
 
「あっ!?ねぇ、大丈夫!?……どうしよう、救急車呼ばなきゃ!」
「やめろ……ッ!」
 傘を落として駆け寄ったその声に、クリスは反射的に口を開いていた。
 目を開けると、つい先日巻き込んでしまった一般人……小日向未来が顔を覗き込んでいる。
「やめろって言われても……そんな……」
 困惑した顔の未来に、クリスはそれでも病院への電話をやめるように伝える。
「病院は駄目だ……あッ、ぐッ……!ううぅ……ぅ……」
 大人を信用出来ず、今やノイズに追われる身。クリスにとって病院へ行かない理由など、それで充分だった。
 そして、言い終えるのと同時に、クリスは気を失ってしまった。
(この子、何か事情があるのかな……。でも、だったらどうすれば……あ、そうだ!)
 未来は何やら思いついたように、気を失ったクリスの肩を支え、引きずるようにある場所へと向かっていった。
 
 ∮
 
『ノイズですか?』
『ああ。市街地第6区域に、ノイズのパターンを検知している。未明という事もあり、人的被害がなかったのは救いではあるが……』
 登校してからしばらく。叔父さんから通信が入った。
 内容は、早朝にノイズ出現を検知した事だった。しかも、その反応は直ぐに消えたらしい。
「叔父さん?その含みのある言い方、まさか?」
『ああ。ノイズと一緒に聖遺物、イチイバルの反応も検知された』
『って事は師匠、クリスちゃんがノイズと戦ったって事でしょうか?』
『そうだろうな……ん?どうした響くん?』
『……あの子、戻るところないんじゃないかと思って……』
『そうかもな……』
 立花の言葉に、一昨日の雪音とフィーネの会話を思い出す。
 あれは確かに解雇通告。利用価値が無くなった人間を切り捨てる悪党のセリフだった……。確かに、行くアテもなく彷徨っている可能性は高い。
 
 そして純もまた、あれから戻って来ていない。いや、昨日の夕方にメールは届いたが……。
 メールの内容は『クリスちゃんを発見。連れて帰るから待ってて』とだけ書いてあった。
 しかし一晩経っても戻って来ないのは妙だ。今、メールの発信地を藤尭さん達が探している。既に場所は絞り込めており、黒服さん達を向かわせているらしいけど……。
『この件については、俺が直接現場で捜査を続ける。2人は指示があるまで待機していて欲しい』
『はい、分かりました……』
「了解……」
 叔父さんが通信から抜け、後は俺と立花だけの回線となった。

「立花、あれから小日向とはどうなんだ?」
『それが、わたしより早く出たはずなんだけど、学校に来てなくて……』
「無断欠席か?今朝のノイズ、被害者は出てないらしいから、心配ないとは思うが……」
『うん……でも……』
 立花は昨日、小日向と喧嘩してしまった事を語った。とても辛そうに、今にも泣きだしそうな声を、絞り出すように。
 コミュニケーション不足が原因だとは思うが……こればっかりは、俺達二課のサポートが足りていなかったのも問題かもしれない。
 せめて誤魔化すための法螺話くらいは授けておくべきだった筈だ。

 そして、その相談を二課で唯一受けていたのは俺だけ……。叔父さんに話を持ちかけなかった俺の落ち度でもある。我ながら情けない話だ……。
「放課後、俺もそっちに行く。小日向探して、2人でちゃんと謝るぞ」
『うん……ごめんね。翔くんも、友達が行方不明で大変なのに……』
「気にするな。しかし……このタイミングで2人が無断欠席、か。案外、雪音クリスが関わっていたりするかもしれないな」
『え……?』

 ほんの偶然、ただタイミングが重なっただけだとは思う。
 しかし、立花がシンフォギア装者だと小日向にバレたのも、純が戻って来ないのも、一昨日の雪音クリスとの出会いを発端に始まった事だ。何かの因果関係を感じずには居られなくなってしまう。
「ただの妄言だ、真に受けなくていい。じゃ、また放課後にな」
『分かった。またね』
 通信を終え、通信機をポケットに仕舞って教室へと戻る。
 あ……純は今日も寝込んでるって事になるけど、あの4人になんて言われるかな……。
 いつも集まってはバカ騒ぎで盛り上がる友人4人を思い出し、俺は純が休んでいる理由をどう誤魔化すか考えながら、教室へと入って行った。
 
 ∮
 
 暗闇の中を、雨に濡れながら、息を切らせて走る。
 
 走って、走って、走り続けて。だけどその先に、ゴールは見えない。
 
 一寸先も、そのまた先も、ずっとずーっと闇だらけだ……。
 
 あたしは、どこを目指して走ればいいんだろう?
 
 ……顔を上げると、そこには見覚えのある後ろ姿があった。
 
 一昨日見たばかりの、学生服を着たジュンくんだ。
 
「ジュンくんッ!!」
 
 その背中を追いかけて、走る。
 
 走る。走る。走る。
 
 でもジュンくんには全然追いつけなくて、それどころかジュンくんはあたしからどんどん遠ざかっている。
 
 ……違う、遠ざかってるのはジュンくんじゃなくて、あたしの方だ。
 
 それに気が付いた瞬間、目の前の背中は見えなくなってしまった。
 
「ジュンくん……ううっ、なんでだよぉ……。ジュンくん!!」
 
 膝を付き、涙を流す。地面を殴って嗚咽を漏らす。
 
 どうしてあたしは……。
 
 ジュンくん……何処に行っちまったんだよぉ……。
 
 
 
「ん……。……え、あ……ここ……は……?」
 目を覚ますと、見覚えのない木製の天井が広がっていた。
 ……あたしは……確か倒れて──。
 起き上がって見回すと、何処かの家の和室で、あたしは布団に寝かされていた。
 よく見ると服は体操着に着替えさせられていて、胸には『小日向』と名前が書かれている。

「良かった、目が覚めたのね。びしょ濡れだったから、着替えさせてもらったわ」
 起き上がったあたしの右に座り、洗面器に入った水にタオルを浸して絞っていたのは、一昨日うっかり吹き飛ばした黒髪の一般人だった。

「ここはどこだ!それにお前は──ッ!」
「あなたが病院は嫌だって言ってたから、知り合いの家を貸してもらっているの」
「なっ!?勝手な真似を……」
「未来ちゃん、どう?お友達の具合は」
 そこへ、洗濯物が入った籠を持ったおばさんがやって来る。
「目が覚めたところです。ありがとう、おばちゃん。布団まで貸してもらっちゃって」
「いいんだよ。あ、お洋服、洗濯しておいたから」
「あ、ありがと……」
 何が何だか分からず、出た言葉はそれだけだった。
「目を覚ましてくれたし、取り敢えず身体拭こっか」
 そう言って、小日向って名前らしい黒髪は、新しいタオルを水に浸した。
 いまいち状況が飲み込めていないあたしは、されるがままに身体に付いた泥や寝汗を拭かれる事になってしまった。
 本当に、こいつはなんで、初対面のあたしなんかに……。 
 

 
後書き
終止符(フィーネ)vs(ゼロ)ってルビ振ると中々熱くないです?
終わりと原点、みたいな感じで。

クリス「くっ……腹が減って力が出ねぇ……」
翔「腹が減っては戦場(いくさば)には立てぬ!」
クリス「うおっ!?なっ、テメェはあん時の!?」
翔「落ち着け、今回はお前に渡す物があってやって来た」
クリス「何を今更ッ!……って、これは!?」
翔「焼きたてのパン、ハンバーグステーキ、ポテトサラダ、鮭のムニエル、オニオン入りコンソメスープ、蒸し野菜大盛り……その他諸々おかわり自由だ!」
クリス「……はっ!そっ、そんなモンであたしを釣ろうったって、そうはいかねぇぞ!」
翔「何を言っている。これは俺が用意したものではないぞ?」
クリス「えっ……?」
純「クリスちゃん、お腹空いてるだろうと思って……」(エプロンOUJI)
クリス「ッ!?これ、全部ジュンくんの……!?」
純「食べるかい?」
クリス「……ぐすっ……いただき、ます……」
純「食べる前に涙は拭いておこうね。あとナイフとフォークの持ち方は……」
(テーブルマナー教えつつ食べる姿を見守るOUJI)
翔「これにて一見コンプリート!」
響「うわぁ……美味しそうだなぁ……」(涎タラ~)
翔「あれはあくまで雪音の分だ。……そんなに腹が空いているのなら、俺が作るぞ?」
響「えっホント!?じゃあじゃあ、リクエストはね~……」
翔「リクエストは四人前だろ?やれやれ、冷蔵庫がスカスカになりそうだ」(とか言いつつ嬉しそうに笑う)
翼「(むう、何故か無性に羨ましいぞ……)緒川さ──」
緒川「退院したとはいえ病み上がりですからね。どうぞ、翼さん。鶏雑炊に、小松菜とえのき、高野豆腐の煮物です」(NINJAスマイル)
翼「緒川さんっ!」
未来「うわー、カップルだらけー」(棒読み)
暑苦しい友人「……なあなあ、俺らも出番増やしてもらえればよぉ、名前貰えたり、可愛い子と絡めたりすんじゃねぇの?」
クールな友人「早速作者に交渉してみよう。私は黒髪のあの子が……いや失礼」
暑苦しい友人「テメェ抜け駆けしようとしてんじゃねぇよ!言い出しっぺは俺だぞ!?」

本編が辛い時は、後書きで和ませつつ砂糖を盛るのが私です(笑)
しかし393にオチを付けさせようとしたら、いきなり頭の中に出張って来たファイヤーでミラーな感じの2人。
まさかこの後、リディアン三人娘と同じポジションで準レギュ化するとは……。

さて次回!
未来と交流を深めるクリス。しかし、そこへノイズ警報が鳴り響く!
現れたOTONAはとの出会いは、彼女に何をもたらすのか。
そしてタコ型ノイズ登場!走れ響、駆けろ翔!
次回も目が離せません!お楽しみに! 

 

第43節「優しく差し伸べられた手を」

 
前書き
取るも取らぬも当人次第。

それでは、どうぞ今回もお楽しみください。 

 
「ありがと……」
「うん……」
「お前……何も聞かないんだな……」
 所々に痣や傷痕の目立つ背中を拭かれながら、クリスはそう呟いた。
「うん。……わたしは、そういうの苦手みたい」
 未来はクリスの背後で俯きながら、その言葉に答える。
「今までの関係を壊したくなくて、なのに、一番大切なものを壊してしまった……」
「それって、誰かと喧嘩したって事なのか?……あたしにはよく分からないことだな」
「友達と喧嘩した事ないの?」
「……友達いないんだ」
「え?」
 顔を上げてクリスの顔を覗き込む未来。
 クリスは、目を伏せながら、自らの過去を語り始めた。

「地球の裏側でパパとママを殺されたあたしは、ずっとひとりで生きてきたからな。友達どころじゃなかった……」
「そんな……」
「たったひとり理解してくれると思った人も、あたしを道具のように扱うばかりだった。誰もまともに相手してくれなかったのさ……ッ!」
 フィーネに拾われる前の記憶がフラッシュバックする。
 現地の武装組織に捕まり、他の子供達と一緒に両手を縛られ、トラックで運ばれたこと。
 逃げられないよう両手を鎖で繋がれ、虐待を受けた日々。
 泣き叫んでも喚いても、大人達の気が済むまで終わる事のなかった痛み、苦しみ……。
「大人はどいつもこいつもクズ揃いだッ!痛いと言っても聞いてくれなかった……。やめてと言っても聞いてくれなかった……ッ!あたしの話なんて、これっぽっちも聞いてくれなかった……!」
「あ……ごめんなさい……」
 謝る未来を振り返り、ようやく乾いた下着と服を身につけながら、クリスは思い付いたように言った。
「……なあ、お前その喧嘩の相手、ぶっ飛ばしちまいな」
「えっ?」
「どっちがつえーのかはっきりさせたら、そこで終了。とっとと仲直り。そうだろ?」
「……できないよ、そんなこと」
「……フンッ。わっかんねーな……」
「でも、ありがとう。気遣ってくれて……あ、えーっと……」
「……クリス。雪音クリスだ」
 ようやく自己紹介してくれたクリスに、未来は微笑みかける。
「優しいんだね、クリスは」
「……そうかよ……」
「わたしは小日向未来。もしもクリスがいいのなら……わたしは、クリスの友達になりたい」
「あ……」
 クリスの手を、両手でそっと包むように掴んで、未来はそう言った。

 ∮

「で、まだ寝込んでんのかよ~純のヤツは!」
 赤髪の如何にも熱血体育会系、といったオーラが炎のように溢れ出ているクラスメイト、穂村紅介(ほむらこうすけ)は退屈そうな顔でそう言った。

「仕方ないだろ?本人も一晩で、は流石に言い過ぎてたかもって苦笑いしてたし。課題はしっかり手を付けてるから、安心しろって」
「ですが、やはり心配にはなります。翔、純の欠席が3日続いたら、その時は見舞いに上がりますよ」
 灰色の髪に切れ長の目、穂村とは対照的にクールな雰囲気をまとった友人、加賀美(かがみ)恭一郎(きょういちろう)の言葉に、翔は一瞬答えを迷う。
 何時帰ってくるのか分からない以上、それはそれで困るのだ。

「分かった。でも、あいつが断ったら日を改めてくれよ?」
「無論、承知しているさ」
「ところで翔、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「ん?どうした、流星(りゅうせい)?」
 普段から本を読んでいることが多い、物静かな雰囲気をまとう文系男子、大野流星(おおのりゅうせい)が挙手しながら、翔へと問いかける。

「翔と純が、最近リディアンの生徒と一緒にいる所をよく見かけるって噂、本当なの?」
「えっ!?いやっ、それは……」
「こら流星、そういう質問はもっと静かにデリケートにだな!」
 臆面もなくクールな顔で親友の男女交際について聞き出そうとする弟を、慌てて咎めるのは如何にも堅物そうな雰囲気をした双子の兄、大野飛鳥(あすか)。俺と純がいつも絡んでいる友人4人は、いつもの様に俺の席の周りに集まって来ていた。

「兄さん、声」
「おっと……。とにかく、そういう質問はもっとデリケートに扱うものだぞ」
「でもよぉ、本当かどうか気になるじゃねぇか!なぁ、どうなんだ?本当なら、俺にも可愛い子紹介してくれよ!」
「うるさいですよ紅介。そもそも下心がダダ漏れです」
「んだよ!カッコつけてる癖にお前も彼女いねーのは、俺だって知ってんだぞ?」
「それは今関係ないでしょう!」
「まあまあ落ち着くんだ二人とも。それで、どうなんだい翔?僕もその話は耳にしている。君自身の話が嫌なら、せめて純の事についてくらいなら聞かせてくれないだろうか?」
 飛鳥にまでそう言われちゃ仕方ない。チラッと話しておくとするか。
 別に大して誤魔化す必要も無いからな。

 そう思って俺は4人に、立花と小日向の話をした。特に立花の話になると、こいつらやたら食い付きが激しくなった。
「お前ら、何揃ってニヤニヤしてるんだ?」
「いやー?」
「別に」
「「なんでもないさ」よ」
「そ、そうか……」
((((分かりやすいなぁ……))))

 その後しばらく、翔は無自覚に惚気けては4人をニヤニヤさせるのだった。

 ∮

 所変わってリディアンの屋上。手すりに寄りかかって黄昏れる響は、ぽつりと呟いた。
「未来……。無断欠席するなんて、一度もなかったのに……」
「何か、悩み事か?」
「翼さん……」
 声をかけられ振り向くと、そこには松葉杖で身を支えながら歩いて来る翼の姿があった。
「相談になら乗ってやるぞ。私はいつか、お前の姉になるのだからな」
「あっ、あああ姉だなんてそんな!気が早いですって!」
「ふふ……」
 響は翼を気遣い、屋上のベンチに二人で腰掛けると、俯きながら話を切り出した。

「……わたし、自分なりに覚悟を決めたつもりでした。守りたいものを守るために、シンフォギアの戦士になるんだって。……でも駄目ですね。小さな事に気持ちが乱されて、何も手に付きません。わたし、もっと強くならなきゃいけないのに……変わりたいのに……」
 翼はふと、考え込むような仕草をすると、静かに答える。
「その小さなものが、立花が本当に守りたいものだとしたら、今のままでもいいんじゃないかな……」

 響の方に顔を向け、翼は続ける。
「立花は、きっと立花のまま強くなれる」
「翼さん……」
「……奏のように人を元気づけるのは、難しいな」
「いえ!そんなことありません!前にもここで、同じような言葉で親友に励まされたんです。それに、翔くんからも」
「翔も私と同じ事を?」
 翼は驚きながらも、何処か納得していた。血を分けた弟だ、そんな事もあるだろう。
 むしろ、姉弟の繋がりを感じる事ができて嬉しい。それが翼の本音だ。

「それでもわたしは、また落ち込んじゃいました。ダメですよね~……それより翼さん、まだ痛むんですか?」
「大事を取っているだけ。気にするほどではない」
「そっか、良かったです」
「……絶唱による肉体への負荷は極大。まさに他者も自分も、総てを破壊し尽くす"滅びの歌"。その代償と思えば、これくらい安いもの」
 自嘲気味にそう漏らす翼に、響はベンチを立ち上がる。
「絶唱……滅びの歌……。でもっ!でもですね、翼さん!2年前、辛いリハビリを乗り越えられたのは、翼さんの歌に励まされたからですッ!」
 翼は響の顔を見上げる。響は翼の顔を真っ直ぐに見ながら続けた。
「翼さんの歌が、滅びの歌だけじゃないってこと……聴く人に元気をくれる歌だってこと、わたしは知っています!」
「立花……」
「だから早く元気になってください!わたし、翼さんの歌が大好きですっ!」
「……ふふ、私が励まされてるみたいだな」
「え、あれ……?はは、あはははは」
 互いに励まし、励まされ、笑い合う二人。
 しかし──そこに、不穏な音が鳴り響いた。

 ヴヴヴヴヴゥゥゥゥ────!!

「──警戒音ッ!?」
 響と翼は立ち上がり、二課の通信機を手に取った。
「翼です!立花も一緒にいます!」
『ノイズの反応を検知した!相当な数だ、恐らく未明に検知されたノイズと何らかの関連がある筈だ』
「分かりました、現場に急行します!」
 しかし、意気込む翼を弦十郎は厳しく静止する。
『駄目だ!メディカルチェックの結果が出ていない者を、出す訳には行かない!』
「ですが!」
「翼さんは皆を守って下さい。だったらわたし、前だけを向いていられます」
 反論しようとする翼の言葉を、響の一言が遮った。
『姉さん、ここは俺と立花で何とかする』
「……わかった。任せたぞ、お前達!」
 通信機越しに弟からも言われては、引き下がるしかない。
 翼はリディアンに待機し、街のノイズを二人に任せる事にした。

 ∮

 友達になりたい。
 初めての言葉に、クリスは戸惑っていた。
 会ってそんなに経ってない、しかも初めて会った時に吹き飛ばした相手が自分に返したのは、心からの優しさだった。
 その優しさをどう返していいのか、どう受け止めればいいのか、彼女は分からないのだ。
「……。……あたしは、お前達に酷い事をしたんだぞ?」
「え……?」

 ヴヴヴヴヴゥゥゥゥ────!!

「なんだ、この音!?」
「……クリス、外に急ごう!」
 未来はクリスの手を引いて、おばちゃんと共に店の戸を開いた。
 商店街の通りは、悲鳴を上げながら逃げ惑う人々の波ができていた。
「おい、一体何の騒ぎだ!?」
「何って……ノイズが現れたのよ!警戒警報知らないの?おばちゃん、急ごう!」
「ノイズが……?……くッ!」
 未来とおばちゃんは、人々と同じ方向……避難所への道へと向かう。

 だが、クリスはその逆の方向……ノイズの現れた場所へと逆走して行った。
「あっ、クリス!どこ行くの!?そっちは──」
 未来の声などお構い無しに、クリスは人の波をかき分けて走る。
(──バカだ……、あたしってば何やらかしてんだ……ッ!)
 地面に放り捨てられた猫のぬいぐるみが、拾われることも無く踏まれ、転がっていた。
 クリスの向かう先に戻ろうとする人など、一人も居ない。脚を動かす理由はただ、落とし前を付けるため……。

 ∮

(このノイズは……あたしのせいだ!あたしが、ソロモンの杖なんか起動させなければ!)
 商店街の外まで走り抜けると、クリスは息を切らしながら膝に手を付いた。
「はあ、はあ、はあ……。あたしのせいで関係のないやつらまで……。……あ、あああ……あああああああああああぁぁぁ……ッ!!」
 その瞳から大粒の涙をアスファルトに落とし、両膝を付いて空を見上げる。
「あたしがしたかったのは、こんな事じゃない──ッ!」
(戦いを無くすためなんて言って、あたしのやった事は──。関係ない奴らをノイズの脅威に晒しただけで──ッ!)
 助けてくれた未来とおばちゃん、そして逃げ惑う街の人々が浮かぶ。
「だけどいつだってあたしのやる事は……。いつもいつもいつも……ッ!」
 地面を叩き、嗚咽する。フィーネに捨てられた事よりも、フィーネに協力した自分の罪に心を苛まれていた。

キュピキュピッ!キュピッ!

「……来たな、ノイズども。あたしはここだ……だからッ!関係ない奴らの所になんて行くんじゃねぇ──ッ!!」
 迫り来る、自分の命を狙うように命じられた無機質な雑音達。
 立ち上がり、振り返り、吼えるように叫ぶ。
 ノイズ達はそれを合図にしたかのように、一斉に鋭利化させたその身体を射出する。
 それらを避けながら、クリスは聖詠を……。
「Killter Ic──げほ、げほッ!」
 しかし、走り続けて乱れた呼吸のまま無理に歌おうとした影響は、最悪のタイミングで咳として現れた。
 その隙を逃さず、上空から3体のフライトノイズが迫る。
「……ッ!」
(ああ……あたし、死ぬのか……。ごめん、ジュンくん……)



 どうしようもない諦めが、クリスの心を支配する瞬間……その男は現れた。



「──ふんッ!とぁッ!」

 震脚と共にメキメキと音を立てて捲れるアスファルト。捲れたアスファルトに突き刺さるフライトノイズ達。
 そしてその人物は拳でアスファルトを砕くと、その破片はノイズ達の方へと向かって飛んで行った。
 当然、位相差障壁でダメージは通らない。しかし、その破片で何体かのノイズは転倒する。
「なんだ!?」
「はああああああぁぁぁ……ッ!」
 拳を握り、格闘術の構えを取るその大人は……獅子の鬣のようにツンツンした赤い髪に、真っ赤なワイシャツを着た大きな背中の漢だった。

キュピキュピッ!キュピッ!

 しかし怯まず、左右から迫ろうとするノイズ。
「掴まれッ!……ふんッ!」
 だがその男は再び震脚でアスファルトを捲って盾にすると、クリスの身体を抱き抱え、そのまま四階建てのビルの屋上までひとっ飛びで跳躍した。
(え、ええ……ッ!?このおっさん、何者だよ……?)
「ふう……。大丈夫か?」
 困惑するクリスを他所に、超人的身体能力で彼女を救った男……風鳴弦十郎は、彼女の顔を覗き込む。
「あ、え……。はッ!追って来やがった……ッ!」
 弦十郎から離れ、逃げるように後退るクリス。
 しかし、そこへ5体ものフライトノイズが飛来する。
「さすがに振り切る事は出来なかったか……」
「……下がってな、おっさん。すう……」
 呼吸は落ち着いている。クリスは今度こそ、その身に魔弓の力を纏う聖詠を唱えた。

「──Killter(キリター) Ichaival(イチイヴァル) tron(トロン)──」

「てりゃあーーッ!!」
 クロスボウから放たれる矢が、フライトノイズらをあっという間に全滅させる。
「ご覧の通りさッ!あたしの事はいいから、他の奴らの救助に向かいなッ!」
「だが……「こいつらはあたしがまとめて相手してやるって言ってんだよ!──ついて来い、クズ共ッ!」
 クロスボウをガトリング砲へと変形させ、ビルを飛び降りるクリス。
 引き金を引き、ミサイルを発射しながら宙を舞い、辺り一面に爆発と共に炎の華を咲かせていく。
「HaHa!! さあ It's show time 火山のよう殺伐Rain!さあ──」

 ノイズ達と戦いながら、街から遠ざかっていく彼女の姿を見て、弦十郎は呟く。
「俺はまた、あの子を救えないのか……」

 そして、その弦十郎とクリスを別のビルの上から見つめ、ソロモンの杖で何体かのノイズを消滅させる何者かの姿があった事を、誰も知らない。
 青いアンダーウェアの上には、まるで拘束具のように四肢と胸部を覆う、チューブの付いた銀色のプロテクター。
 そして、その顔は真っ黒なバイザーに、口元はマスクで覆い隠されていた。

 ∮

 おばちゃんと二人、走り続ける。
 あの後、クリスを追いかけようとしたわたし達は逃げ遅れてしまっていた。
 クリスを見失っちゃったわたし達は、これ以上は危険だと思って、避難所への道を引き返しているのだ。

 ブオオォォォォォ!!

 聞き慣れたものと違う、重厚な鳴き声に振り向くと……そこにはタコみたいなノイズがいた。
「ッ!未来ちゃん!」
「おばちゃん!こっち!」
 するとタコみたいなノイズは、まるでわたしの大声に反応したようにこっちを向き、その太い足を伸ばしてきた。
「きゃーーーーッ!」




「──ッ!?今の悲鳴は、まさかッ!」
 その悲鳴が、街を駆け抜ける親友に届いていた事を彼女が知るのはほんの数分後の事である。 
 

 
後書き
夫婦喧嘩は次回で何とか解決しそうですねぇ。
原作と変わらない部分多いのは、代わりに追加した分で許してください。
それから、友人カルテットの名前を考案してくださった某磁石さんに感謝を。
ミラちゃんの名前だけはあんまりだったので、元ネタの原典主人公に寄せました。

……ジャン兄弟×きりしら、ミラちゃん×393で装者全員CP出来る説。鏡の騎士と神獣鏡、鋼鉄の兄弟ときりしらロボ的に(笑)
え?グレンが余るって?……奏さんが生きていれば、炎の戦士とブリージンガメンで歳下彼氏になってたかもなぁ……。

未来「ところでクリス、本当に友達居なかったの?ほら、幼馴染とか」
クリス「幼馴染?……ああ、いたよ。あたしが知ってる中でも一番優しくてかっこよかった男の子」
未来「へぇ~!クリス、もしかしてその子の事……」
クリス「ばっ、んなわけ……。いや、でも……うん。あたしがいつまでもこんなんだから、あたしとジュンくんは……」
未来「ん?何か言った?」
クリス「……何でもねぇよ」
未来「……その子とは?」
クリス「もう何年も会えなかった……。ようやく会えたと思ったら、あたしは今のあたしをそいつに見せたくなくて、逃げちまったんだ……」
未来「……そう」
クリス「……なあ、あたしはもう、二度とあいつに会えないのかな……?」
未来「……そんな事ないよ。クリスが会いたいって気持ちを持ち続ければ、きっとまた会える。だってその子は、クリスの大事な人なんでしょ?」
クリス「……ああ……そう、だな……。ありがと」
未来「どういたしまして」
未来(わたしも……響と風鳴くんにもう一度会って、話さなきゃ……)

身体拭いてる間に、もしかしたらこういう会話があったかもしれません。

次回、『陽だまりに翳りなく』
ひびみくの夫婦喧嘩、その行方は!?
はたして未来は翔と響との関係をどう決着するのか!?
次回もお楽しみに! 

 

第44節「陽だまりに翳りなく」

 
前書き
タイトル通り、いよいよです。
いつだって、陽だまりに翳りなく……。これが最初で最後の、一番普通であったかい、歳相応の少女らしい喧嘩……。

何故ひびみくは夫婦喧嘩のスケールがいちいち大きくなってしまうのか(苦笑) 

 
「──ッ!?今の悲鳴は、まさかッ!」
 よく知るその声の方向へ、わたしは駆け出した。
 辿り着いたのは解体工事中のビル。きっとこの中に……!
「誰か!誰かいませ──」

 ブオオォォォォォ!!

「な……くッ!」
 頭上から突き出された触手に破壊される足場。手すりを足場に跳躍し、宙返りしながら体勢を整え着地する。シンフォギアを装着していなくてもこんな動きが出来るようになったのも、きっと師匠や翔くんのお陰だ。
 ……っと、それはともかく。見上げるとそこには、タコみたいな姿をしたノイズがいた。
 あんな所に居座っていたなんて……。でもあの高さなら、シンフォギアを纏えば……!
「……んッ!むぐぐッ!?」
 突然、誰かの手がわたしの口を塞ぐ。
 驚いて振り向くと、そこには……。
(しー)
 身を屈め、人差し指を口に添えた未来がいた。
 やっぱり、あの悲鳴は未来だったんだ。よかった、無事で……。
 そう思っていたら、未来はケータイに何かを打ち込むと、その画面を見せてきた。
(『静かに あれは大きな音に反応するみたい』)
 そっか……。それで未来はわたしの口を塞いで……。
(『あれに追いかけられて ふらわーのおばちゃんとここに逃げ込んだの』)
 未来の視線を追うと、そこには気を失って倒れたおばちゃんがいた。
(……だとしたら、シンフォギアの力でないと助けられない。でも、纏うために唄うと、未来やおばちゃんが危ない……。どうしよう……)
 すると、未来はわたしの考えを見透かしたかのように、真剣な眼差しで提案してきた。
(『響聞いて わたしが囮になってノイズの気を引くから その間におばちゃんを助けて』)
「ッ!?」
(『ダメだよ そんなこと未来にはさせられない』)
 わたしもケータイを取り出すと、未来にそう返した。
(『元陸上部の逃げ足だから何とかなる』)
(『何とかならない……ッ!』)
(『じゃあ何とかして?』)
(あ────)
 その言葉に、強い信頼を感じた。
 もう友達で居られない、なんて言っていたけど……未来はわたしの事、まだ信じてくれてるんだ……。
(『危険なのはわかってる。 だからお願いしてるの。 わたしの全部を預けられるの 響だけなんだから』)
(未来……)
 ポケットにスマホを仕舞うと、今度は耳打ちで、未来はわたしに話しかける。
「……わたし、響に酷いことした。ううん、響だけじゃなくて、翔くんにも酷いこと言っちゃって……。今更許してもらおうなんて思ってない。……それでも、わたしはやっぱり、響と一緒にいたい。わたしだって戦いたいんだ」
「だ、だめだよ、未来……」
「どう思われようと関係ない。わたしも一緒に背負っていきたいの」
 そう言って未来は立ち上がり、大きな声で言った。
「わたし……──もう、迷わないッ!」
 ノイズがその声に反応し、未来の方に触手を向ける。
 それを確認した瞬間、未来はビルの外へと向かって一目散に走り出した。
 何度も触手を躱して真っ直ぐに、一直線に……わたし達を守る為に。
「こっちよ!お前なんかに、捕まったりなんてしないんだからッ!」
 ノイズは完全に未来へと狙いを定め、ビルの外へと出ていった。
「未来……」
 わたしは、未来の気持ちを裏切らない為にも、おばちゃんに駆け寄ると聖詠を唱えた。

「──Balwisyall(バルウィッシェエル) Nescell(ネスケル) gungnir(ガングニール) tron(トロン)──」

 おばちゃんを抱えて跳躍し、ビルの天井に空いた穴から外へと飛び出す。
 安全な場所がないか見回すと、緒川さんの車が停車し、窓が開いた。
「響さんッ!」
「緒川さんッ!」
 車を降りてきた緒川さんの前に着地する。
「緒川さんッ!おばちゃんを、お願いしますッ!」
「分かりました!響さんは?」
「わたしは……。大切な人を、守りますッ!」
 緒川さんにおばちゃんを預け、わたしは再び跳躍する。
 電柱のてっぺんや、ビルの屋上を足場に、未来が走って行った方向へと進んでいく。
(未来……どこ……ッ!?)
 夕陽に照らされ、オレンジ色に染まった街を見下ろしながら、ふと思う。
 何故、どうしてこんなにも広いこの街の中で、まるで運命に導かれるようにわたしは未来の所へ辿り着けたんだろう……って。
 あの時思い描いていたのは、もう一度未来と繋ぐ手と手。それがきっとわたし達を、もう一度引き合わせてくれた。
 未来が囮になるって言い出した時、わたしは戸惑った。それでも、未来はわたしに全てを預けてくれたんだ。
 未来の信頼と優しさを、わたしは絶対に裏切らない!

(戦っているのは、わたしひとりじゃない。シンフォギアの力で誰かの助けになれると思っていたけど、それは思い上がりだッ!助けるわたしだけが一生懸命じゃない。助けられる誰かも、一生懸命──ッ!)
 あのライブの日、わたしを助けてくれた奏さんの言葉を思い出す。

『おい、死ぬなッ!目を開けてくれッ!生きるのを諦めるなッ!!』

 本当の人助けは、自分一人の力じゃ無理なんだ。だからあの日、あの時、奏さんはわたしに……生きるのを諦めるなと叫んでいたんだッ!
(今なら分かる気がする!だから、助けられる誰か……未来のためにもッ!)

「──きゃああああああッ!」
「──ッ!未来ッ!?」
(……足りないッ!もっと高く……もっと速く、飛ぶようにッ!未来の……所へ──ッ!)
 腰のブースターで更に加速して、着地した場所を駆け抜ける。
(そうだ!わたしが誰かを助けたいと思う気持ちは、……惨劇を生き残った負い目なんかじゃないッ!未来から、奏さんから託されて、わたしが受け取った……気持ちなんだッ!!)
 両脚のパワージャッキを全開にしながら、着地した坂道を滑り降り……一気に解き放つ!
 もう、会いたい人はすぐ目の前に見えていた。

 ∮

(……もう、走れない)
 へとへとになりながら、今にも止まりそうになりながらも、足を前へと進め続ける。
 でももう限界で、遂に両膝を付いて倒れてしまう。
 後ろを振り向くと、タコ型ノイズはもうすぐそこまで迫って来ていた。
(ここで……終わりなのかな……。仕方ないよね、響……)
 タコノイズが飛び上がり、わたしに覆い被さるようにして落下してくる。
 あと数秒後、わたしはあっという間に炭にされてしまうんだろう。
(──だけど、まだ響と流れ星を見ていないッ!)
 今度は翔くんも一緒に連れて来たい。響はそう言って笑っていた。
(大好きな響との大事な約束──破りたくないッ!)
 慌てて立ち上がり、残っている力を脚に込めてもう一度走る。
 その直後、タコノイズが落下してきた衝撃で道路が崩れ、わたしは空へと放り出された。
(そんな……!せっかく、頑張って避けたのに……これじゃ──)
 タコノイズと一緒に、高台から投げ出されて落ちていく。
 このままじゃ、助からないのは目に見えている。
「きゃあああああああッ!」

 響……ごめん……ッ!

〈我流・撃槍衝打〉

 何か、重いものがぶつかる音がして、タコノイズが爆散する。
 目を開いた次の瞬間、もう一度何かがぶつかる音がして、わたしの体は抱き抱えられた。
「私と云う音響き、その先に……優しさを──」
 響だ。わたし、響に抱き抱えられてる……。
 ジャコッ!というスライド音と共に、響の両脚からジャッキが伸びて、後ろのゴテゴテした部分から炎が吹き出し、落下の勢いを軽減する。
 その時、着地の姿勢を取った響の傍を、何かが物凄い速度で通り抜けて行く。
 眼下に見下ろす河原の土手の下へと着地した灰色の影……風鳴くんは、わたし達を見上げて両腕を広げ、両脚のジャッキを展開させていた。
「シンガウトゥウィズアァァァァァァァァァス!……っと、おわっととととと!?」
「あれ?響──え、きゃああああ!!」
「よし、予想通r……ってうおおおおお!?」
 土煙を撒き上げて着地した響は、わたしを抱き抱えたまま、バランスを崩して土手を転げ落ちる。
 それを見越して構えていた風鳴くんも、受け止めるまではよかったんだけど、わたし達の体勢がまずかったのかそのまま巻き込まれ、結果的にわたしと響の下敷きになってしまった。
「「いたた……あいたぁ……」」
「ぐえぇ……な、なんとか間に合った……」
 潰れたカエルみたいな声の翔くんに、慌てて響とわたしは彼から退いた。
 響と風鳴くんの鎧は、一瞬で光と共に消え、元の制服姿に戻る。
 凄い技術だ……いったいどうなってるんだろう?
「しょっ、翔くん大丈夫!?」
「大丈夫だ、問題ない……。いやぁ、かっこよく着地するのも、かっこよく受け止めるのも難しいものだな……」
「いやいや、翔くんはかっこよく着地できるでしょ~!」
「君の事だぞ立花」
「あ、そっか……」
「「「あははははは……」」」
 気が付いたら自然と、3人で笑い合っていた。
 何だか少し、不思議な気分。朝はあんなにギザギザしていた気持ちが、嘘みたいだ。
「それで小日向、無事か?」
「ごめんね未来、巻き込んじゃって。大丈夫だった?」
「あっちこっち痛くて……でも、生きてるって気がする。ありがとう、響なら絶対に助けに来てくれるって信じてた。風鳴くんも来てくれたのは意外だったけど」
「立花は小日向を助ける事を絶対に諦めない。それは小日向の方も同じだと思ったからな。俺は、その諦めない心に応えただけだ」
 クールに返す風鳴くん。その横顔は確かに、お姉さんに似ている気がした。
「未来なら絶対に諦めないって信じてた。だって、わたしの友達だもん!」

 友達。昨日あんな事を言ってしまったのに、響はわたしの事をずっと友達だと思ってくれていた。
 その一言でわたしの目からは、熱い雫が零れ落ちる。
「……う、ううッ……。ひっく、う、うう……。──うわあああああああああん!」
「うわっとっとっとぉ!?」
 抑えきれなくなった感情のままに、響に抱き着く。
 勢い余って響が尻餅をつくことになっちゃったけど……あと一瞬視界の端で風鳴くんが顔を逸らしていたけど……わたしはそのまま泣き続けた。
「怖かった、怖かったの……ッ!」
「わたしも……すごい、怖かったよぉ……」
 響も泣いているのが、声で伝わった。
 わたしも、響も、もう二度と会えないんじゃないかって思ったのは同じだったみたいだ。
「わたし、響が黙っていた事に腹を立ててたんじゃないの!誰かの役に立ちたいって思ってるのは、いつもの響だから!でもっ、最近の響はわたしの知らない所までどんどん遠くへ離れて行っちゃうような気がして……わたしはそれがたまらなく嫌だったッ!また響が大きな怪我をするんじゃないかって心配してたッ!だけどそれは、響を失いたくないわたしのワガママだッ!そのワガママで風鳴くんまで傷つけて……。そんな気持ちに気付いたのに、今までと同じようになんて……できなかったの……ごめんなさい!!」
 心の中につっかえていた物を、全部吐き出すように言いきった。
 響も翔くんも、わたしがその思いを吐き終わるまでは、黙って聞いていてくれた。
 響はわたしの両肩に手を添えて、わたしの顔を真っ直ぐに見つめる。
「未来……。それでも未来はわたしの……ぷ、ぷふふぅっ!」
「え?なに!真面目な事言ってる時に笑うなんてっ!」
「あははっ!だってさぁ!髪の毛ぼさぼさ、涙でぐちゃぐちゃ!なのにシリアスな事言ってるしっ!」
「んもぅっ!響だって似たようなものじゃないっ!」
「うええっ!?うそぉ!?ちょっと翔くん!今のわたしどうなってる!?」
「ん?……ぷふっ、あっはっはっはっは!まあ、2人ともどっちもどっちだな」
 風鳴くんは響とわたしの顔を交互に見比べると、とても可笑しそうに笑った。
「そう言う風鳴くんこそ、髪の毛ぼさぼさで泥だらけだよ?」
「なん……だとぉ!?」
「未来、鏡貸して!わたしの顔見るついでに、翔くんにも顔見てもらわないと!」
「えっと……鏡はないけど……。これで、撮れば……」
 わたしはケータイを取り出すと、内カメラを起動した。
「ケータイのカメラ!未来、ナイスアイディア!」
「あ、わたしも一緒にッ!」
「ほらほら翔くんも!」
「お、俺も?いいのか、俺も入ってしまって……」
「響がそうしたいって言ってるんだし、気にしなくてもいいんじゃない?」
 響を真ん中に、わたしと風鳴くんが並ぶ。さすがに3人ともなると、画面が少し狭く感じる。
「ん~……あああ、もうちょっと──あ、ずれたぁ~」
「こう、もう少し詰めれば……」
「もう、撮るよ、二人とも」

 パシャッ

「のわああぁ、すごい事になってるぅ!?これは呪われたレベルだ……!」
「わたしも想像以上だった……」
「俺もだ……。これはある意味二度と撮れないかもしれん……」
「「「……ぷっ、あはは、あはははははははははッ!」」」
 この時の写真は、3人の仲直りの記念として後で印刷する事になった。
 わたしと響が初めて喧嘩して、仲直りした日。わたしと風鳴くんがようやくちゃんと話せた日。
 そして、わたしが響と風鳴くんの仲をちょっとだけ認めた日の……そんな1枚。 
 

 
後書き
ひびみく色が強過ぎて、翔くんしばらく空気化してなかったかって?
いやいや、そんな事は無い……はず……。
あと今回『私ト云ウ音響キ、ソノ先二』を地の文に落とし込むのが一番大変だったかも……。気付かれているかはともかく。

393「ところで風鳴くん」
翔「どうした小日向?」
393「さっきわたしと響を見て、居心地悪そうに顔を逸らしていたけど、何考えてたの?」
翔「い、いや……女子特有の距離の近さを目の当たりにされたら、健全な男子高校生は気まずさを感じざるを得ないだろ……」
393「ふ~ん。羨ましいんだ」
翔「OPお馴染み、特有のオーラ発しながら言うんじゃないよ怖いぞ」
393「ふふん、こればっかりは女の子の特権なんだから」(ドヤッ)
翔「むう……何故だ、悔しさが込み上げてくるな……」
393「でも、わたしも鬼じゃないから。翔くんだけは特別に許してあげる。肝心な所でヘタレても困るし……」
翔「バッ、何言って……!って小日向、お前どこ目線なんだ……」
393「ん?わたしは響の親友だよ?」
翔「だからオーラを出すな!ラスボス感出てるから!」
393「オッス!我シェm……」
翔「言わせねぇよ!そいつの出番は時系列的に、季節がグルッと一周する頃だ!」
393「まあ、それはともかくとして。あ、いっそ夜の寮に来てみる?鍵開けとくよ?」(ニッコニコ)
翔「話の飛び具合を見てようやく気がついた。俺が今お話してるの小日向じゃない、393だ……!」
393「ふふふ……響がよろこぶなら、わたしはそれで……」
翔「何故そこで平仮名表記ッ!ヤバいヤバい、誰か393を小日向に戻してくれえええええええ!!」

ブラコンSAKIMORI「むっ!?何やら翔にピンチの予感……!」(サイドテールがピンッ!と反応する)
緒川「翼さん……?」

YOME発動時は393表記、頼れる綺麗な義姉はANEMORI表記で、ブラコン悪化させてる翼さんの事をブラコンSAKIMORIって呼ぼう。
393vsブラコンSAKIMORIとかどんな怪獣大決戦だよ……。

次回!OTONAへの報告と、2日ぶりの温もり。そして未来は、響の恋心を知る……。
一方、街を彷徨い、寝床となりそうな廃墟に目をつけたクリスの前に現れたのは……?
ひびみくパート、もとい原作8話のエピローグ。次回もお楽しみに! 

 

第45節「一番あったかい場所」

 
前書き
原作8話エピローグ!
これ描き終えた後でガチャ回したら、RN式緒川さんが出た思い出があります。
RN式司令とネフシュタンフィーネでOTONAパーティー組んでます。あと足りないのはウェル博士ですね。 

 
「はい、ふらわーさんから回収しました」
 緒川さんが未来に、ふらわーへ置いて来ていた鞄を返す。
 商店街はまだノイズの後処理が終わっていないけど、すっかり街の人達が戻って来ていた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
「あの~、師匠……」
 立花が気まずそうな表情で、叔父さんの顔を見る。
 叔父さんは立花の言いたいことを察したようで、後頭部を掻きながら答えた。
「……なるほど。未来くんに戦うところを目の当たりにされてしまったと」
「はい……。あの、それで──」
「ふう、詳細は後ほど報告書の形で聞く。ま、不可抗力というやつだろう。それに、人命救助の立役者に、うるさい小言は言えないだろうよ」
「やったッ!」
「うんっ!」
「「いえーい!」」
 ハイタッチを交わす2人が、どこか微笑ましい。
 と、俺の視線に気がついた立花が、こちらにも手を出してきた。
「翔くんも、いえーい!」
「ん?おう。いえーい!」
 立花とハイタッチを交わした時だった。そこへ激しいブレーキ音と共に、ピンクの軽自動車がやって来る。
 了子さん、相変わらず運転荒いなぁ。
「まあ、主役は遅れて登場よ!さって~、何処から片付けましょうかしらねん♪」
 テンション高め、鼻歌交じりに現場に現れた了子さんは、そのままノイズ残骸処理班に指示を下し始めた。
 遅れてきた割にはホンット悪びれもしないよねこの人。まあ、仕事はちゃんときっちりやってくれる人だから問題ないんだけど。
「さて、後は頼り甲斐のある大人達の出番だ。響くん達は帰って休んでくれ。無論、翔もな」
「「「はい!」」」
「あ!あの……」
 そう言って立ち去ろうとした叔父さんを、小日向が慌てて引き留める。
「わたし、避難の途中で友達とはぐれてしまって……雪音クリスというんですけど……」
「……。被害者が出たという報せは受けていない。その友達とも、連絡が取れるようになるだろう」
「よかった……」
 ……え?まさか小日向、本当に雪音と知り合っていたのか!?
 自分の勘が的中していた事に、立花と顔を見合わせて驚く。
「まさか翔くんエスパーなの!?」
「いやいや、そんなわけあるかって!」
「何の話してるの?」
「あ、聞いてよ未来~!翔くんがさぁ──」
 
 立花と小日向。2人の微笑ましい日常の中に、俺が混ざっている。
 
 わたしと翔くん。ここひと月の間に繋がった関係に、親友の未来が加わった。
 
 一昨日までの険悪なムードは、とっくに消えていた。これから先はきっと、俺もこの2人の輪の中に入っている光景が……。
 
 わたしと未来、その隣に翔くんも居るのが当たり前になって行くんだろう。
 
 ……その中で、俺はいつか立花に、この胸の想いを伝える事になる日がやって来る。
 
 ……その中で、わたしはいつか翔くんに、この胸の想いを伝えなくちゃいけない日がやって来る。
 
 その時には、きっと小日向にも。
 
 そうなったら、きっと未来にも。
 
 祝って貰えたらいいな……。そう、心の中で願ってみた。
 
 ∮
 
「……ここにするか」
 廃墟になったアパートの白い壁を見上げて、クリスは呟いた。
 フィーネに捨てられ、助けてくれた未来やふらわーのおばちゃんを巻き込み、信用出来る人間や頼れる身内のいない彼女は、一晩を明かす寝床を探していた。
 既に昨日の夜から一日中、何も食べていない状態が続いている。
 腹が鳴って仕方がないものの、食べるものは何も無い。
 人の居なくなった商店街、何処かから万引きする事も考えたが、いつ人が戻ってくるか分からない以上は気が引けた。
「……腹減ったなぁ……」
 既に背中とくっつきそうなお腹に手を当てながら、クリスはアパートへと向かって行く。
 
 その時だった。聞き覚えのある……否、今の状況ではあまり聞きたくない雑音が、彼女の耳に届いた。
 
キュピッキュピッ、キュピキュピッ
 
 ゾッとしながら振り返ると、そこには軽快なステップを踏みながら歩いて来るブドウノイズの姿が。
「チッ!昼間あれだけやって、まだやり合おうってのか!!」
 シンフォギアのペンダントを握り締め、聖詠を唱えようとしたその時だった。
 ブドウノイズは立ち止まると、その細長い手にぶら下げていたビニール袋を、地面に置いた。
「ッ!?な、なんだぁ!?」
 そしてブドウノイズはクリスに向かってぺこり、と頭を下げるとそのまま後ろを向いて走り去って行く。
「おっ、おい!待ちやがれ!!」
 慌ててノイズを追い、走るクリス。
 しかし角を曲がると、そこには何もいない。ブドウノイズの足の速さは、そこまでではなかったはずだ。すぐに追いつける筈の場所で見失った……それはつまり……。
「……なんだったんだ、あのノイズ」
 クリスは訝しげに、アスファルトに置かれたビニール袋を拾って中身を見る。
 中に入っていたのは、ペットボトル入りの水と茶封筒。茶封筒を空けると、中には一万円札が2枚入っていた。
「こっ、こいつは……!?」
 人を殺す為だけに生み出されたノイズに、こんなものを届けさせる事が出来る方法はただひとつだけ。ソロモンの杖を持つ者だ。
「フィーネのやつ、どういうつもりだ!?」
 ふざけやがって、と袋ごと投げ捨てようとするクリス。
 しかし、そこでまた腹の虫が鳴いてしまう。
「……くっ!」
 忌々しげに封筒を見るクリス。しかし、封筒を裏返した瞬間、その表情は驚愕に変わった。
 
 茶封筒の裏には、綺麗な字でメッセージが書かれていたのだ。
 差出人の名前はない。しかし、その一言だけでクリスは、これを送ってきた人間に気がついた。
 封筒の裏面に書かれたメッセージの内容は『You are my Princess』、このただ一言だけだった。
「ジュンくん……なのか?」
 どういった経緯なのかは知らないが、姿を見せない純から、ノイズを通じて贈られてきたメッセージと食費。
 それをぎゅっと握り締め、クリスは呟く。
「こんなモン寄越すくらいならさっさと戻って来いよ……バカ……」
 大事な人が生きていた喜びと、逢いたいのに逢えない悲しみ。
 それらが綯い交ぜになって、クリスは1人涙を流した。
 
 
 
「…………」
 そして、その様子をビルの上から見下ろしている何者か……背格好からして少年だろうが、その少年はソロモンの杖の持ち手を握り締める。
 その手は何処か悔しげで、やり場のない感情が掌から漏れだしていた。
 耳の部分に付けられた通信機から通信が入り、鎧の少年は通信に出る。
『用は済んだの?なら、そろそろ戻って来なさい』
「……本当に、契約は守ってくれるんですよね?」
『ええ。もうクリスに用はないし、あなたとの契約だもの。あと数日の辛抱よ、励みなさい』
 それだけ言って、通信は切れた。
 少年はもう一度だけ、食料を買いに街へと向かって行くクリスを見て……それからビルの屋上から飛び去った。
 自由を奪われ、声を封じられ、彼女を手にかけようとした女の計画に加担する。
 それで彼女を守れるなら、と。少年はそれを受け入れた。
 選択の余地は残されていなかったし、それが自分も彼女も生き残る為の方法だったからだ。
 仮に、もしもそれで自分が手を汚さないと行けなくなった時は……。
 少年は自らが最も信頼する男の顔を思い浮かべ、彼女の無事を祈りながら夜空を駆けた。
 
 ∮
 
 その夜、リディアン女子寮の一室では、2日ぶりの微笑ましいやり取りが行われていた。
「おやすみ~」
「おやすみなさい」
 二段ベッドの同じ段にて、響と未来が並んで寝ている。
 仲直りした2人は、またいつもの距離感に戻っていた。
「ぐ~。ぐ~……」
「えっ、早い!もう寝ちゃったの!?」
「……なーんて、えへへ、だまされた~」
「あ、もうッ!響ったらひどい~!」
「あはははは、くすぐったいよ未来~」
 未来と2日ぶりにじゃれ合いながら、響は実感する。
(よかった、未来と仲直りできて……。ああ……やっぱり未来のいる所が、わたしにとって一番あったかい場所なんだ……)
「……ところで響、翔くんの事どう思ってるの?」
「ふえっ!?どっ、どどどどどうしたのいきなり!?」
「うーん、何となく?響と仲良さそうだったし、この前の話聞く限りだと今はどのくらい進展してるのかな~って」
「ししし進展だなんてそんな!わたし達まだ付き合ってもいないんだよ!?」
「えっ!?それ本当に!?」
 未来の巧みな誘導尋問に引っかかり、響は真っ赤になって口を抑えた。
「もー、そういう顔するからわたしも気になっちゃうんだって~」
「あ、あはははは……はは……」
「それで、どうなの?他の人に言えなくても、わたしには教えてくれたっていいんじゃない?」
 親友にそう言われると響も弱い。
 響は少し悩んだ末に、ぽつぽつと語り始めた。
「……最初はね、中学の時のクラスメイトだった翔くんだったって、気づかなかったんだ。でも……翔くんに何度も助けられたり、大事な事を教えてもらったりして……気付いたんだ」
「うん……」
「わたし……翔くんのこと、大好きみたい……」
 絞り出す様にそう言った響の顔は、未来がこれまで見た事の無いくらいに、キラキラと輝いていた。
「そう……じゃあ、響はその想いを伝えなくちゃいけないね」
「そ~なんだけどさぁ~……ど~んなタイミングで言えばいいのか……。翼さんにもOK貰ってるのに、わたしがタイミング掴めなくて中々言う機会が……」
「えっ!?響!翼さんからお墨付き貰ってるの!?」
 驚く未来に、響は照れ臭そうに頬を掻く。それを見た未来は、何やら思いついたように提案した。
「響、わたしに良いアイディアがあるんだけど……聞いてくれる?」
「えっ?」
 未来は微笑みながら、そのアイディアを響に語って聞かせる。
「……えぇっ!?い、いや、それはいくらなんでも早すぎるっていうか……」
「大丈夫。外堀はとっくに埋まってるんだし、建前もしっかりしてるし」
「じ、じゃあ……今度、翼さんに相談……してみる?」
「そうね。これ、翼さんの協力も必須だもん」
「緊張するなぁ……」
「翔くんにアタックしたいんでしょ?早く告白しておかないと、他の娘に取られちゃうかもよ?」
「うう……」
 こうして、響は親友である未来にも背中を押され、翔に告白する覚悟を決める事になる。
 そんな2人の部屋に置かれたピアノには、夕方3人で撮ったばかりの写真が印刷され、写真立てに飾られていた。
 立花響と風鳴翔。2人の胸の響きが交わる日は、もうすぐそこに。 
 

 
後書き
タイトル回収~。「響き交わる」って交響曲(シンフォニー)の意味と同時に、「立花響とその心を交える伴装者」「少女達と心を響かせ合い、伴奏する少年装者達」って意味も含めてたりするんですよ。

次回は翼さんのライブが迫る!
おがつば要素も入れるよ、勿論。だって好きなんだもの。
ってか、これ書いてる頃にやって来たおがつばイベ、タイミング良さ過ぎますよね。

翼「次はいよいよ私が主役ッ!」
緒川「え?僕にもスポット当てるつもりなんですか?」
翼「あ、緒川さん。RN式実装おめでとうございます」
緒川「翼さんこそ、天叢雲のデュオレリックギア実装、おめでとうございます」
翼「伴装者はRN式を設定に組み込んだ作品。きっと緒川さんもいつか、同じ戦場に経つ機会があるかもしれませんね」
緒川「僕と司令がギア纏って出撃すれば全てが片付く、なんて言われてますけど……いいんでしょうかね?」
翼「パワーバランスは割と重視したがる作者の事です。きっと何とかするでしょう!」
緒川「『何とかならなくても面白く、熱く描く自信はある』ですか。……じゃあ、頼みましたよ?」(作者からのカンペを見る)
翼「ところで緒川さん、おがつばってなんですか?」
緒川「ああ、それは……おっともうお時間みたいです」
翼「次回の戦場も、防人らせてもらう!」
緒川「これがルビ無しで読めたそこのあなたも、立派なサキモリストです。これからも翼さんをよろしくお願いしますね」
翼「皆、私だけではなく、緒川さんもよろしく頼むぞ!」

次回もお楽しみに! 

 

第46節「大人の務め」

 
前書き
各章のタイトル、ハーメルン時代から少し変えてるのは拘りです。
それでは原作9話編、どうぞ! 

 
「うわぁ……学校の地下にこんなシェルターや地下基地があったなんて……」
 二課の本部、その廊下を歩く2人の女子高生。
 1人はガングニールのシンフォギア装者、立花響。
 もう1人は、先日の一件で二課の協力者として配属される事になった、親友の小日向未来だ。
 未来は自分たちの学校の地下に広がる秘密基地を見回し、驚いていた。

 すると、響は前方の自販機前に立つ人物に元気よく声をかける。
「あ!翼さーん!翔くーん!」
「立花か。そちらは確か、協力者の……」
 翔、翼、緒川、藤尭の4人がそこに立っていた。
「こんにちは、小日向未来です」
「えっへん!わたしの一番の親友です!」
「今日も元気そうだな、立花。それと小日向、ようこそ二課へ」
「翔くん、完全にここの人なんだね……」
 本来なら司令である弦十郎辺りが言いそうなセリフだが、翔はそれを特に違和感もなくさらりと言った。
 それほどまでに、彼が二課に馴染んでいる事が伺い知れる。

「では、改めて。風鳴翼だ、よろしく頼む。立花はこういう性格ゆえ、色々面倒をかけると思うが支えてやってほしい」
「いえ、響は残念な子ですので、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
「あー、否定は出来ないな。……まあ、そんな所も含めて彼女の良さだが」
「えぇ~、なに?どういうこと~?」
 翼にぺこり、と頭を下げる未来。
 翔も含めた3人で意気投合している様子に、響は首を傾げる。
「響さんを介して、3人が意気投合しているという事ですよ」
「むむ~、はぐらかされた気がする」
「ふふ」
 緒川の言葉に、何処か納得出来ていない表情の響。
 そんな響の表情に微笑む翼を見て、緒川は内心で呟く。
(変わったのか、それとも変えられたのか。響さんに出会い、翼さんは良い笑顔を見せてくれるようになりましたね……)
 その表情はいつもと変わらない微笑み。しかし、その内心に気がつく者は、この中に一人もいない。

「でも未来と一緒にここにいるのは、なんかこそばゆいですよ」
「小日向を外部協力者として二課に登録してくれたのは、手を回してくれた司令のお陰だ。それでも不都合を強いるかもしれないが……」
 念を押す翼に、未来は首を横に振りながら答える。
「説明は聞きました。自分でも理解しているつもりです。不都合だなんて、そんな」
「あ、そう言えば師匠は?」
「叔父さんなら、TATSUYAまで先週レンタルした映画返しに行ってるらしい」
「ああ……司令らしいですね……」
 翔は弦十郎の席のモニターに表示されていた、外出中の表示と行き先を伝える。
 藤尭はその行先に、納得したように呟いた。
 
「あら~、いいわね。ガールズトーク?」
 そこへ、破天荒な嵐が通りかかる。
 二課が誇る自称天才考古学者、櫻井了子だ。
「どこから突っ込めばいいのか迷いますが、取り敢えず僕を無視しないでください」
「同じく」
「了子さん?俺含めて男子も3人いるんですけど」
「シャラップ!細かい事は気にしな~いの♪」
 呆れたような顔でツッコミを入れた緒川に便乗した藤尭、翔だったが、了子の一言にあえなく撃墜され、不服そうな表情を見せる。
 しかし、了子は持ち前のマイペースさで特に気にせず、女子3人とガールズトークを始めてしまった
「了子さんもそういうの興味あるんですか?」
「モチのロ~ン!私のコイバナ百物語聞いたら、夜眠れなくなるわよ~?」
「まるで怪談みたいですね……」
 苦笑いする未来に対して、響はテンションが上がっていた。
「りょ~うこさんのコイバナ~ッ!きっとうっとりメロメロおしゃれで大人な銀座の恋の物語~ッ!」
「今の一言でよくそこまで連想出来たな……」
「全くだ……」
 翔と翼はテンション高めにうっとりしている響を見て、額に人差し指と中指を当てながら、やれやれ、とでも言うような表情になる。
 姉弟揃って同じ表情、同じポーズという光景だが、翔の場合は口元が少しだけ緩んでいるのは内緒である。

「そうね……。遠い昔の話になるわねぇ……。こ~う見えても呆れちゃうくらい、一途なんだからぁ」
「「おお~ッ!」」
 響と未来が揃って目を輝かせる。
「意外でした。櫻井女史は恋というより、研究一筋であると」
「俺は了子さんこそ、二課で一番の恋愛経験者だと思ってましたが……どんな話なんです?」
 驚く翼と、予想を的中させつつ話にのめり込む翔。
 完全にガールズトークでは無くなっているのだが、それはそれである。
 ちなみに空気を読んでか、緒川と藤尭は黙って話を聞いている。
「命短し恋せよ乙女ッ!というじゃなぁい?それに女の子の恋するパワーってすっごいんだからぁ!」
「女の子、ですか……」
 次の瞬間、緒川の顔面に裏拳が飛んだ。
 自販機に後頭部をぶつけ、倒れる緒川の眼鏡が外れる。
「緒川さーん!?」

 翔と藤尭が心配そうに駆け寄る中、何事も無かったかのように了子は話を続ける。
「私が聖遺物の研究を始めたのも、そもそも──あ」
「「うんうん!それでっ!?」」
 早く続きを聞かせろと言わんばかりにのめり込むJK2人。しかし、了子はそこで口を閉じると、誤魔化すように後頭部に手を当てる。
「……ま、まあ、私も忙しいからここで油を売っていられないわっ!」
「いや、了子さん自分から割り込んできたじゃないですk……」
 次の瞬間、しゃがんで緒川の背中をさすっていた藤尭の顔面に蹴りが入った。サンダル履きの足で。
「藤尭さーん!?」
 緒川同様、自販機に背中を強打する藤尭。口は災いの元、哀れ男性陣2人はたった一言突っ込んだばかりに、撃沈する羽目になってしまった。
「藤尭さーん!ダメだ、完全に伸びてる……。緒川さん、大丈夫ですか?」
「避けられなかった……。背中が、まだ……」

「とにもかくにも、できる女の条件は、どれだけいい恋をしているかに尽きるわけなのよっ!ガールズ達も、いつかどこかでいい恋なさいね?……特に響ちゃん、今、絶賛恋する乙女満喫中でしょ?」
「ええっ!?そ、そそそそんな事は……!」
「立花、無駄だ。お前と翔の事は、二課全体にバレてるからな」
「えええええ!?」
 翼からの暴露に顔を耳まで真っ赤にする響。幸い、そのお相手は目の前にいるものの、了子から会心の一撃をもらってしまった2人を心配するあまり、気がついていない。
 ガールズ3人、大人1人は声を潜めて話し合う。
「何か恋の悩みができたら、私に相談してねん♪んじゃ、ばっはは~い」
 そして了子は3人に手を振りながら、さっさと研究室の方へと歩いていってしまった。
 まさに嵐のような女性である。被害者が2名も出てしまった。
「聞きそびれちゃったね~」
「んむむ~、ガードは硬いかぁ。でもいつか、了子さんのロマンスを聞き出してみせる!」
「それより誰か医療班!藤尭さん気絶しちゃってる!」
 盛り上がっている女子に対して、男性陣は死屍累々となっているのであった。
「緒川さん、大丈夫ですか?」
「不覚でしたね……。翼さんの前で、二度とこんな無様な姿は見せませんよ」
 翼に差し伸べられた手を取り、緒川は眼鏡をかけ直す。
 その姿を見ながら、翔は内心思うのだ。
 やっぱり姉さんと緒川さん、付き合えばいいのに……と。

「……ハッ!黄色い花畑が見えた気がする……」
「藤尭さん、おかえりなさい……」
 
(……らしくない事、言っちゃったかもね。変わったのか……。それとも、変えられたのか……?)
 誰もいない廊下を一人歩き続けながら、了子は考える。
 さっき無意識に出かけた言葉も、()()()()()()に情けをかけたのも……。
 自分の行動に何処か変化を感じながら、櫻井了子を名乗る者は考え込む。
 果たして自分は、何を思ってあんな事を……と。
 
 ∮
 
「……それにしても司令、まだ帰ってきませんね」
「ええ。メディカルチェックの結果を報告しなければならないのに……」
 響、未来、翔、翼、緒川の5人は、休憩スペースのソファーに並んで座っていた。順番としては緒川と翼、響と未来、その間に翔が挟まっている形だ。
「次のスケジュールが迫って来ましたね」
 緒川は腕時計を確認しながらそう言った。
「もうお仕事入れてるんですか?」
「少しずつよ。今はまだ、慣らし運転のつもり」
「じゃあ、以前のような過密スケジュールじゃないんですね?」
「む?まあ、そういう事になるけど……」
 未来にそう言われ、翼は頷いた。

「でしたら翼さん、明日の休日、私達と出掛けませんか?」
「私達……つまり、立花と小日向と一緒にか?」
「ちょっ、ちょっと未来!やっぱり……」
 何やら顔を赤らめて慌てる響を他所に、未来は続ける。
「あ、翔くんは荷物持ちお願いね?」
「え?俺もか!?こういうのは女子3人水入らずが定番なんじゃ……」
「まあまあ。いいですよね、翼さん?」
 未来の提案に、翼は何やら考え込む。
 やがて翼は未来の意図を察して、手をポンと打った。
「いいわよ。こんな機会、初めてだもの。翔もそれで構わないわよね?」
「あ、ああ……俺も特に予定はないし……」
「じゃあ、決まりね!」
 こうして翌日、未来の計画が実行される事になった。
 そう……荷物持ちと称して響と翔を連れ歩きつつ、翼にも息抜きをさせる。
 そんな一石二鳥のデート作戦が、翔に気付かれない所で進みつつあった。
 
 ∮
 
(……あたし、いつまでこんなとこに。これからどうすりゃいいんだ……?)

 雪音クリスは廃アパートの一室にて、古ぼけた毛布に身を包み、体育座りしながら考え込んでいた。
 周囲にはカップ麺やコンビニ弁当の容器、バーガーショップの紙袋、空になったペットボトルが散乱している。
 ノイズを介して渡された食費。それは純が生きている事を証明したばかりではなく、あの時自分を守る為に残った純が、何らかの理由でフィーネの手駒になってしまった事を意味していた。

 どうにかしてその真意を確かめたい。出来ることなら助けたい。
 でも、やっぱりどうしても怖気付いてしまう。もしも、純と戦う事になってしまったら……。そうなれば彼女はきっと、引き金を引くどころか、銃口を向ける事さえ出来なくなってしまうだろう。

(ジュンくん……)

 もう夕方だ。嫌でも腹の虫が鳴いてしまう。
 しかし外は雨だ。傘も着替えもないのに外出すれば、きっと風邪をひくだろう。
 どうしたものか……と考えていたその時、金属が軋む音と共にドアが開く音がした。

(──ッ!?誰だ、ここ、空き家じゃねーのかよ!?)

 毛布から出ると、壁の影に隠れて拳を握る。

(怪しい奴だったらぶん殴って──)

 近付く足音。様子を見ようと顔を覗かせた、その時だった。
「──ほらよ」
 差し出されたのはコンビニのレジ袋。入って来たのは先日、彼女をノイズから救った男……風鳴弦十郎だった。
「えっ……?あっ……」
「応援は連れて来ていない。……君の保護を命じられたのは、もう俺一人になってしまったからな」
「どうしてここが……?」
 ファイティングポーズで警戒を解かないクリスを真っ直ぐに見ながら、弦十郎は腐りかけの畳に腰を下ろした。
「元公安の御用牙でね。慣れた仕事さ。……ほら、差し入れだ。腹が減っているんじゃないかと思ってな」
 そう言って弦十郎は、レジ袋を差し出した。
 断ろうとするクリスだったが、タイミング悪く腹の虫が鳴いてしまう。
 弦十郎はフッ、と笑うとレジ袋の中からアンパンを取り出して袋を空け……ばくり、と一口齧り付いた。
「……何も盛っちゃいないさ」
「……ッ!くッ!はぐ、もぐもぐ……。──あぐ、もぐッ!」
 弦十郎の手からひったくるように奪い取ったアンパンに、ガツガツと齧り付くクリス。
 その様子を弦十郎は、静かに見つめていた。

「……バイオリン奏者、雪音雅律(ゆきねまさのり)と声楽家のソネット・M・ユキネが、難民救済のNGO活動中に戦火に巻き込まれて、死亡したのが8年前。残った一人娘も行方不明になった。その後、国連軍のバルベルデ介入によって、事態は急転する。現地の組織に囚われていた娘は、発見され保護。日本に移送される事になった──」

 そこで弦十郎は牛乳パックを空け、一口飲む。
 クリスはまたしてもそれを受け取ると、ごくごくと一気に飲み干した。
「ふん、よく調べているじゃねぇか。……そういう詮索、反吐が出る!」
「当時の俺達は適合者を探す為に、音楽界のサラブレッドに注目していてね。天涯孤独となった少女の身元引受先として、手を挙げたのさ」
「ふん、こっちでも女衒(ぜげん)かよ」

「ところが、少女は帰国直後に消息不明。俺達も慌てたよ。二課からも相当数の捜査員が駆り出されたが──この件に関わった者の多くが死亡。あるいは行方不明という最悪の結末で幕を引くことになった」
 当然、捜査員達はフィーネに始末されたと考えるのが妥当だろう。
 それほどまでに、彼女は自らの存在が明るみに出るのを徹底して防いでいたのだ。
「……何がしたい、おっさん!」
「俺がやりたいのは、君を救い出すことだ」
「えっ……?」
「引き受けた仕事をやりとげるのは、大人の務めだからな」
「はんッ!大人の務めと来たか!余計な事以外はいつも何もしてくれない大人が偉そうにッ!」
 そう言ってクリスは、中身の空になった牛乳パックを部屋に投げ捨て、窓の方へと突っ込んでいく。
 弦十郎が振り返った時には、クリスは宙返りしながら、ベランダへと続く窓ガラスを背中で割って飛び降りていた。

「──Killter(キリター) Ichaival(イチイヴァル) tron(トロン)──」

 シンフォギアを纏い、そのままクリスはビルの屋上から屋上へと飛び移りながら、何処かへと去ってしまった。
「……行ってしまったか」
 それを弦十郎は、やはりただ静かに見つめている。
 彼女の心を開くにはどうすればいいのか……。ただ、それだけを考えて。
 
 曇天覆う空の下、降り注ぐ雨の中で濡れながら、電柱の上で立ち止まったクリスは俯く。
(……あたしは、何を……)
 本当はもう分かっているはずだ。あの男、風鳴弦十郎が心の底から自分を気遣っている事は。
 しかし、クリスはやはりどうしても、彼を信用する事が出来ずにいた。囚われの5年間の中で育ってしまった大人への不信感が、どうしても邪魔をするのだ。

 弦十郎を頼れば、自分は逃げ続けなくてもよくなる。なんなら、純を助けられるかもしれない。
 でも……やっぱり信じて裏切られるのが怖い。

(……本当に、何やってるんだろうな、あたしは。逃げて、隠れて……こんなんでジュンくんを助けられるのかよ……)

 本当に心の底から信用出来る人は、フィーネに捕まってしまった。
 このままでは、彼は自分の為に手を汚してしまうかもしれない。もしかしたら、自分と同じ十字架を背負わせてしまうかもしれない。
 そう思うと恐ろしい。今すぐあの館へ、助けに戻りたい。でも、やっぱり怖い……。

(それに比べてあのおっさんは……)

 弦十郎にかけられた言葉を、もう一度思い出す。

『俺がやりたいのは、君を救い出すことだ』

(あたしが、やりたかった事……)

『引き受けた仕事をやりとげるのは、大人の務めだからな』

(やりとげる……。……そうだな。逃げてるなんて、あたしらしくないか)

 弦十郎は、これまで見た事のない大人だった。自分の責任を果たすため、前を向いて行動している。
 大人が嫌いな自分が、その大人に求めていた事を実行している。クリスから見た弦十郎は、そういう珍しい在り方をした大人として映っていた。

「いいさ、やってやるよ。これ以上、あんなおっさんに好き勝手言われてたまるかッ!」
 降り注ぐ雨の中、クリスは曇り空を見上げて胸に誓う。
(待っててくれよ、ジュンくん!必ず助けに行くからなッ!)
 自分を迎えに来てくれた王子様が、逆に魔女の手に捕まってしまった。
 それなら今度は、お姫様が助けに行く番だ。
 言葉使いはぶっきらぼう、纏うドレスは鉄より硬く、その手に持つのは鉄の弾吹く魔の(おおゆみ)
 お姫様と呼ぶには程遠いけれど、彼女の心には誰よりも熱く純粋な、彼への恋心が燃え盛っていた。
 
 

 
後書き
クリス「ん?あたしにお便りだぁ?どれどれ……『クリスちゃんに質問です。原作9話といえば司令がクリスちゃんにアンパンを差し入れしてくれるシーンですが、あれよくよく考えてみれば間接キスですよね。純くん以外と関キスして大丈夫なんですか?』……はああ!?い、いや、その……ほ、ほら!あれはそういう意味じゃねえし!毒味させただけだし!そういうんじゃねーよ!!だ、大体ほら、直接キスしたわけじゃねーから!セーフだセーフ!」
純「うん、ノーカンだよね。あれは100%の善意でやってる。やましさストロングコ〇ナゼロ。だから無問題だよ」
クリス「じゅ、ジュンくんいつからそこに!?ってか、〇つける所意味なくねーか?」
純「まあまあ。それにクリスちゃんのファーストキスがたとえ無意識の事故で奪われてしまっていたとしても、問題は無いよ。だって僕のファーストキスは、まだ誰にも渡していないからね」
クリス「じゅ……ジュンくん……」(トゥンク)
純「それで……クリスちゃん、どうするの?」
クリス「えっ!?」
純「僕の唇、欲しいのかい?」(顎クイ)
クリス「えっ、あっ、いやっ、その……こっ、こここここ!本編じゃねぇから!そういうのはここでやるべきじゃないっていうか……!」(真っ赤になりながら)
純「まあ、そうだね。それじゃあ、この先は本編でのお楽しみということで」
クリス「あっ、あんなふざけたお便り寄越しやがったやつ、後で覚えてやがれよ!」

このお便りの主は確か、クロックロさんだったかな……。
また読みに来てくれるかな……。

次回!翔ひび初デート!(姉と親友同伴)
行くぞ甘党王、カメラの準備は十分か!! 

 

第47節「デート大作戦」

 
前書き
祝・初のデート回っ!
でも期待されてたほど濃厚さに欠けてたら、次の回の砂糖を増量して埋め合わせますので!

では、お楽しみください!
 

 
「……遅いわね。あの子達は何をやっているのよ」
 公園の池に架けられた橋の前。翼は腕時計を見てそう呟いた。
 待ち合わせの時間は既に過ぎている。それなのに、言い出しっぺの未来と響がまだ来ていないのだ。

「翔、やはり迎えに行くべきだったのではないか?」
「待ち合わせの時は、予定より早く到着。なおかつ、相手が予定より遅れても待っている事。相手との入れ違いを防ぐ事と、女の子はおめかしに時間をかけてしまう事を考慮すべし……。って、前に親友が言っててさ」

 翼も翔も、今日は私服だ。目立たないよう、翼は帽子を被って顔をかくしており、翔も一応周囲を警戒している。
「そういえば、お前の親友はまだ見つかっていないのか?」
「藤尭さん曰く、逆探知の結果は隣町の山道からだったらしい。調査員の人達が今、その山を捜索しているんだってさ」
「そうか……。見つかるといいな」
「純の事だし、きっと雪音と一緒にフィーネから逃げ続けてる、なんて可能性も有り得なくはない。心配ではあるけど、絶対帰ってくるはずだ……。あいつはそういう男だよ」

 本当は翔も、今でも親友が心配だ。しかし、今日は姉の貴重な息抜きの時間にして、せっかく普通の女の子らしく過ごせる時間だ。逃す訳にはいかない。
「すみません、翼さ~んっ!翔くんごめんっ!」
 と、そこへようやく待っていた2人が走って来る。
「遅いわよ!」
「はあ、はあ……。申し訳ありません。お察しの事と思いますが、響のいつもの寝坊が原因でして……」
 息を切らして膝に手を置く二人だったが、翼を見て驚く。
 私服姿の翼を見るのは初めてだったからだ。

「まったく……。時間が勿体ないわ、急ぎましょう」
 さっさと出発しようと歩き出す翼を見て、響は呟いた。
「すっごい楽しみにしていた人みたいだ……」
「姉さん、昨日はずっとニッコニコしながら私服選んでたらしいぜ?緒川さんも手伝ったらしい」
「「へ~……えっ!?」」
 緒川さん経由で知った翔からの暴露に、響と未来が驚きの声を上げる。
 そう、緒川が私服を選ぶのを手伝っていた……という事実に。

「──ッ!誰かが遅刻した分を取り戻したいだけだッ!」
 頬を赤らめながら怒鳴る翼に、3人は肩をビクッと震わせた。
「え、えへへ……翼イヤーは何とやら~」
「ツヴァイウィングは空を飛び、翼ビームは蒼ノ一閃……かな?」
「それいつの時代の曲?」
 古のアニソンネタに、未来がツッコミを入れる。
 そのツッコミに笑いながら、翔は響の私服姿をじっと見つめる。

「……翔くん?その……何か変、かな?」
「いや……いつもと全然印象違うけど、よく似合ってるなぁ……と。特にこの花の髪留めとか、可愛いと思う……」
「えっ!?あっ、ああ……ありがと……。その、翔くんもその服、似合ってるよ……」
「お、おう……そりゃ、どうも……」
 少しだけ頬を赤らめながら、そんな会話をする初々しい2人。
 それを見て、未来と翼は微笑むのだった。
「ほら、早くしなさい。先に行くわよっ!」
「ほらほら、早くしないと時間足りなくなっちゃうよ!」
「あっ!翼さん、待ってくださいよ~!」
「姉さんと小日向、既に楽しそうだな……」
 翼と未来を追いかけるように、翔と響は足を速めるのだった。
 
 まずはウィンドウショッピング。雑貨屋に並んだキャラクターグッズを見て回った後、映画館へと向かう。
 見る映画は選ぶまでもなく、恋愛映画だった。
 翼と未来はここで、一つ手を打つ。
「はい、これが響の席ね」
「こっちは翔の分よ」
「ありがとー。って、未来!これ……」
「しーっ」
 響の言葉を遮り、未来は耳打ちする。
「せっかく隣同士にしたんだから、せめて手ぐらい握るのよ?」
「そっ、そそそそんなこと言われたって……!」
「風鳴くん。わたし、ポップコーン買ってくるから、先に入ってて」
 そう言うと未来は売店の方へと駆け出していった。

「あっ、未来!」
「姉さん、小日向を任せられるか?」
「任せて。直ぐに合流するわ」
 そう言って翼も未来の後を追う。
 それを見送ると、翔は響の方を見る。
「じゃあ、先に座っとこうか」
「そ……そう、だね……」
「どうした立花?」
「なっ、なんでもない!ほら、行こっ!」
 そう言って2人は指定された席に座る。ちなみに席の順番は左から順番に未来、響、翔、翼だ。

「その……楽しみだね、映画」
「『HAPPY LOVE』、とあるカップルが艱難辛苦を乗り越えて結ばれるまでを描いた作品、だったな。あらすじだけ見るとベタなのに、最近流行ってるんだっけ?」
「そうそう。なんでも、あらすじだけはベタなのに、蓋を開けたらどうあっても泣いちゃう作品なんだって」
「へぇ、そんなにか。そいつは気になるな……」
 映画の話題でしばらく時間を潰す。お互い、いつもと違う服装にドキドキしながらも、いつもと変わらない会話で盛り上がり、気づけばすっかり緊張は解けていた。
「上手く行ってますね」
「だな。さて、我々もそろそろ座るとしようか」
 その様子を、ホールの入口からそっと見守る2人。
 タイミングを見計らうと、ポップコーンと飲み物を手に、2人はそれぞれ翔と響の隣へと向かって行った。
 
 ∮
 
 映画終盤、感動のクライマックス。女性陣3人は泣きながら、スクリーンに映された男女の行方を見守る。
 ハンカチ片手に見入っている未来。指先で涙を拭う翼。
 そして一番泣いているのは響であった。
「……」

 スクリーンに目をやりながらも、翔は隣の響へと意識を傾けていた。
 感動の涙だと分かってはいる。しかし、やはり響の泣いている顔を見るのは、少々思うところがあった。
 何と言えばいいのか、彼の中の庇護欲が彼を掻き立てて仕方が無いのだ。
 ふと、翔の視界に入ったのは、肘掛けに置かれた響の手だった。
 涙も拭かずに見入ってしまっている為、その集中を割くことは躊躇われる。
 しかし、それでも彼は抗うことが出来ずにその手をそっと掴んだ。

「っ……!」
 響が驚いて翔の方を振り向く。翔は照れ臭そうに頬を掻きながらも、視線をスクリーンへと逸らした。
 響はしばらく翔の方を見ていたが、やがて頬を赤らめたまま、スクリーンへと視線を戻す。

 映画の内容よりも甘い空気が、二人の間を漂っていた事は言うに及ばず。
 その後、響はエンドクレジットまで、その左手に誰よりも大好きな人の温もりを感じ続けているのだった。

 もっとも、映画の内容が結構飛んでしまったのは、言うに及ばず。
 しかしこの程度、得られた時間に比べればきっと安いものだろう。
 
 ∮
 
「良かった……本当によかった……」
 映画が終わった後で購入したソフトクリームを舐めつつ、翼がそう呟く。
「最後はどうなることかと心配しましたけど、タイトルは嘘をつきませんでしたね……」
 ストロベリー味のソフトクリームを舐めながら、未来もその言葉に同意する。
「ねえ響。響はさっきの映画……」
 未来は響の方を振り向いて……何かを察したような表情になった。
 響は先程の事を思い出し、少々頬を赤らめていた。お陰で抹茶味のソフトクリームが溶けかけている。

「響!溶けかけてるよ!」
「えっ!?わっ!危ない危ない……」
 慌ててソフトクリームを全力で舐める響。その後ろでは、同じく頬を赤らめた翔が、気を紛らわすかのようにチョコレート味のソフトクリームを舐め続けていた。
「響、映画見てる間に何かあった?」
「いっ、いや、そのっ!ななななんでもない!」
「そう?ならいいけど……。次はお洋服見に行こっ!」
「そっ、そそそそうだね!」

 誤魔化すようにあたふたとする響を見ながら、翼は翔にこっそりと耳打ちした。
「翔、さては立花と何かあったな?」
「なっ!?ね、姉さん!何かってなんだよ!?」
「何だ、てっきり立花と手でも繋いでいたかと思ったが……」

 そう言った瞬間、より一層頬を赤らめた弟を見て翼は悟った。
「図星か」
「い、いいだろ別に……」
「お前は本当に立花に首っ丈だな」
「ッ!?……やっぱ姉さんにはバレてるか……」
 観念したように呟く翔を見て、翼は微笑む。
「翔、これはあなただけにする話なんだけど……実はこのデート、翔のために計画されているの」
「え?」
「小日向にもバレてるのよ?立花への片想い」
 バレていると言われ、思わず手で目元を覆ってしまう翔。
 姉だけでなく、未来にもバレていた。そのショックは計り知れない。

「デートは暫く続くから、その間に頑張って、立花に告白するタイミングを掴みなさい。私は翔の事、応援してるから」
「姉さん……」
「そうと決まったら、次はショッピングよ。荷物が一気に増えるかもしれないけど、よろしくね。それから、呉服店での試着では立花をしっかりと褒めちぎってあげる事。わかった?」
「え、あ……ああ。……ありがと、姉さん……」
 照れ臭そうに感謝を伝える弟を、翼は軽く撫でると未来に声をかける。
「小日向、次の店は?」
「向こうです!行こっ、響!」
「ちょっ、未来!あんまり引っ張らないでよ~!」
 
 この後、服屋での試着やレストランでの昼食、翼に気付いたファンを撒いて逃げるなど、いろんなイベントがあったが、どれも告白するタイミングには及ばなかった。
 それでも2人は互いに相手を意識しては、顔を赤らめながら、その機を伺い続けたという。
 
 ∮
 
 それからしばらく。4人はカラオケにやって来ていた。
 翼が子供の頃から憧れていた歌手の演歌を披露したり、翔が先日出会った仲足千優の出演する特撮ドラマの主題歌を熱唱するなど、各々自分の好きな曲を歌い切った。

 歌った曲の数が合計で50に到達する頃、翼がある提案を投げかける。

「よし。翔、ひとつ勝負をしないか?」
「今日こそは負けないぞ、姉さん!」
「勝負ですか?」
 響が首を傾げる。
 それを見て翼は、楽しげに笑いながら説明した。

「私と翔は、カラオケに来る度に点数を競って勝負するの。負けた方がカラオケ代を奢るルールよ」
「えっ!?それ、翔くん勝ち目ないんじゃ……」
「確かに、これまで姉さんに勝てた事はまだ1度もない……。でも今日こそは負けないからな!俺だってシンフォギア装者になったんだ!負けるものか!」
 翔くん歌わないじゃん、むしろ演奏する側じゃん。
 そう突っ込みたくなったが、盛り上がっているので敢えて言わない未来であった。

「だが、今回はただの勝負ではないぞ?今回はな……デュエット対決だ!」
「デュエット対決、だとぉ!?」
 その一言に翔は目を見開く。
「私と小日向、翔と立花。この2組に分かれての勝負とする!デュエットは二人の息がピッタリ合わなければ高得点は狙えない……ハンデとしては充分だろう?」
 姉の不敵な笑みに、その意図を察する翔。
 未来は響の方をポン、と叩いて翼の隣へと移動した。

「いいだろう!その挑戦受けて立つ!立花、やるぞ!」
「えっ!?う、うん!翼さんと未来が相手でも、負けられない!」
「じゃあ、先行と後攻を決め次第、選曲ね」
 こうして勃発した、姉弟カラオケデュエット対決。果たして翔は、響と2人で歌いきる事が出来るのか……。
 ジャンケンで順番が決まり、決戦の火蓋が切って落とされた! 
 

 
後書き
カットすべきでなかった気がする点が割とある気がする。でもそれは敢えて、皆さんの脳内補完に任せますね!

職員A「有給取れてよかったー!」
黒服B「ジャンケンに勝てて良かったですね。それにしても、古今東西こんなにもしょーもないジャンケンがあっただろうか?」
職員A「勝ちたい理由が休暇そのものよりも、『翔くんと響ちゃんの初々しいイチャイチャを直接この目で見たいがため』ってのが中々ねぇ。でもしょーもないという理性をかなぐり捨てて、これにはそれだけの価値があると断言するわ!」
黒服B「やれやれ。まあ、彼らから託されたこのカメラに色々バッチリ収めたものの、映画館やカラオケにまでは流石に着いていけないのが辛いわ……」
職員A「あ、カラオケの方に関しては無問題よ」
黒服B「どうして?」
職員A「新入りにして、見守り隊一番隊隊長のエージェントAが録音しているわ!」
黒服B「なんですかその真選組一番隊隊長みたいな肩書き!ハッ、まさかそのセンスと頭文字……まさか(ANE)と天羽々斬にかけて……」

尺の都合でカットされたあれやこれも、見守り隊に入ればライブラリから閲覧可能!
更に今までのイチャラブもまとめて視聴・鑑賞できるぞ!

次回!翔と響、意を決して遂に告白!?
砂糖の準備は充分か!! 

 

第48節「君色に染まる空の下で……」

 
前書き
読者の皆さんが、この作品のあらすじを見て読み始めて以来、待ちに待って望んでいたものです。
大さじで測った砂糖マシマシ、錬成しまくった糖文モリモリ。
さあ、胸焼けとブラック珈琲が激甘に変わる覚悟を決めて刮目せよ! 

 
「では、先手は私達が打たせてもらう!」

 翼が選んだのは、自らの持ち歌とも言える一曲。『逆光のフリューゲル』だった。

「あの、翼さん……いいんですか、わたしなんかが奏さんのパートを歌ってしまって……」

 あまりのプレッシャーに萎縮してしまう未来。
 しかし、翼は未来の肩をポンと叩いて微笑む。

「私と奏の歌を、この世界の多くの人達が口ずさんでくれている事が、私にはとても嬉しいんだ。だから気にする事はない、小日向は小日向らしく歌ってくれればいい。私が其方に合わせよう」
「はっ……はいっ!」

 翼から励まされ、未来は気合を入れる。
 やがて曲が始まり、2人はマイクを握って歌い始めた。

「遥か~」
「彼方~」
「星が~」
「「音楽となった彼の日……」」

 自分なりに精一杯歌う未来と、未来をリードしながらもポテンシャルを損なうことなく歌う翼。
 2人によるデュエットに、響と翔は聞き惚れていた。

「「Yes,Just Believe……神様も知らない~ヒカリで歴史を創ろう~」」

 部屋のライトで作られた逆光のシャワーが、未来と翼を照らす。
 2人の奏でる旋律は、確かなシンフォニーとなって響き渡る。

 この時、未来は片翼の翼に導かれて、まるで飛んでいるような気持ちだったと語っていたという……。

『88点』

 表示された点数を見て、未来は翼に頭を下げる。

「すみません翼さん……」
「謝らなくてもいいわよ。あなたと2人で取った点数だもの。胸を張りなさい」
「翼さん……」

 未来を励ます翼。その点数を見て、翔は苦笑いしていた。

「姉さん、普段から90点台バンバン出すから……。点数そこまで落ちてないから……」
「おおー!緊張するけど、これは燃えてきた!」

 そう言って響は勢いよく立ち上がる。

「トップアーティストの翼さんと、親友の未来が相手でも!わたしには翔くんがいる!」
「ほう。翔1人で、戦局を覆せるとでも?」

 不敵に笑う翼。しかし、響は自信満々に答える。

「戦う時、わたしの傍にはいつも翔くんがいてくれる……。その翔くんが一緒に歌ってくれるんだもん!負けるはずがありません!」
「立花……」

 響の言葉に胸を打たれ、翔も立ち上がる。

「そうだな……。伴装者になって以来、俺の隣には常に立花がいた。装者としての立花の歌は、誰よりも近くで聴いてきた!一番上手く合わせる事が出来るのは、俺以外にいるものか!」
「翔くん……!」
「やるぞ立花!俺達の歌、姉さんに見せてやろう!」
「うん!未来、わたしも負けないからね!」

 そう言って曲を選び始める2人を、翼と未来は微笑ましく見守っていた。
 なお、翼がさりげなくレコーダーのスイッチを入れていた事には、誰も気付いていなかった。

「立花、歌えるよな?」
「翔くんに勧められて、テレビ版と劇場版は全部見たからバッチリだよ!」
「じゃあ俺が右側だな」
「え?翔くん左側じゃないの?」
「頭脳労働担当は俺向きだろ。立花に中折れ帽が似合うのかはともかく」
「あー……。うーん、麦わら帽子なら!」
「うっ……それは間違いなく似合う……」

 そんな会話を繰り広げながら2人が選んだのは、特訓の間に翔が響に勧めて見せた特撮作品の曲だった。

『W-B-X~W-Boiled-Extreme~』

 2人で左右横に並び、歌い始める。

「「君と」」
「なら叶えられるHalf×Half~」
「ダブルボイルドエクストリーム!」
「「W-B-X!」」

 それぞれのパートからハモリまで、響の元気な歌声と対象的に、クールな翔の歌声。
 その対比がまさに、その作品らしさを醸し出していた。

「「Wを探せ~」」

 そして最後は2人で背中を合わせ、『街を泣かせる悪党達へと投げかけ続ける言葉』のポーズを取る。
 瞬間、翼は素早くシャッターを切った。

「ちょっ!姉さん!?」
「あまりにもノリノリだったのでな。つい撮ってしまった」
「も~、いきなり撮るなんてひどいじゃないですか~!」
「後で送ってやる。気にするな」

 悪びれる様子もなくそう言う翼の顔は、どこか楽しげだった。

「それで、2人の得点は?」

 未来が特典を確認すると……そこに表示されていた点数は、予想外のものであった。

『93点』

「私達を追い越した……だとぉ!?」
「うそ!?」
「やったー!勝ったよ翔くん!」

 驚く翼と未来。響は飛び上がって喜んだ。

「初めて姉さんに勝てた……やった!」

 翔も驚きながら、響と2人でハイタッチする。
 歌で勝負する以上、手は抜いていない。翼は素直に自身の敗北を認めた。

「不覚……!いや、翔と立花の呼吸が私と小日向を凌駕していた、というわけね。認めるわ……」
「未来~、勝ったよ~!イエーイ!」
「おめでとう、響」

 響は未来ともハイタッチを交わす。
 その様子を見守りながら、翼は翔を指さす。

「今回は負けたけど、次はシングルで私に勝ってみなさい!」
「勿論だ!今度は立花の力を借りず、自分の歌唱力で姉さんに勝つ!」

 大人気ない姉の言葉に、呆れもせず素直に応じる翔。
 やっぱり姉弟なのだと、響と未来はそれを見て笑った。

 ∮

「さて、ここまで一緒の時間を過ごしたんだし……もうそろそろなんじゃない?」

 会計をしながら、翼は未来にそう話しかける。

「そうですね。そろそろ時間ですし、最後のポイントまで向かいましょう」
「最後は何処に行くつもりなの?」

 翼の質問に、未来は自信ありげに笑って答える。

「とっておきの場所に。きっと翼さんも気に入ると思いますよ」
「それは……ちょっと楽しみね」

 2人は会計を終えると、店の外で待っている恋人未満なカップル2人の元へと向かう。

 その様子を、影で忍びながら見守る人物がいる事を、街行く人々は誰も知らない。
 その人物が嬉しげに微笑んでいた事も、誰も知ることは出来なかった。

 ∮

「遅いぞ、姉さん」
「はぁ、はぁ……。3人とも、どうしてそんなに元気なんだ?」

 俺達4人は街を見下ろす高台の上にある公園にやって来ていた。
 公園までの長い階段をどんどん駆け上がる響、未来、そして俺。姉さんは少し疲れた様子で遅れて登っていた。

「姉さんがへばりすぎなんじゃないか?」
「翼さん、今日は慣れないことばかりだったからじゃない?」
「なるほど。はしゃぎ疲れる姉さんは、確かに殆ど見たことないな」
「防人であるこの身は、常に戦場にあったからな……」

 小日向の言葉に納得しつつ、姉さんの言葉に俺は少し複雑な気分になった。

 姉さんがこうなってしまったのは、俺がこの世で一番嫌悪しておると言っていい程の存在であるジジイ……風鳴家当主、風鳴訃堂の存在が根底にある。とはいえ、姉さんの防人化が加速したのは親友であり、最高のパートナーだった奏さんの死による部分が大きい。
 奏さんという、姉さんを普通の女の子に戻してくれる数少ない存在がこの世を去って以来、姉さんは剣から人に戻れなくなっていたと言える。

 それが最近になって、ようやく良い笑顔を見せてくれるようになった。

 姉さんを変えてくれたのは、言うまでもなく立花だ。姉さんだけじゃなくて、立花は俺も変えてくれた。俺はその事に深く感謝している。

 だから……姉さんがはしゃぎ疲れているこの状況を、俺は心の底から嬉しく思った。

「ほら、響……」
「で、でも……」
「もう、今逃したらチャンスはないわよ?」
「うう……」

 未来が頑張れ、ってわたしの背中を押す。

 正直、未来と翼さんがお膳立てしてくれたのに、私はまだ緊張していた。
 夕陽に照らされた街を見下ろすこの場所で、翔くんに告白する。それが未来の立てた作戦の最後の仕上げだった。
 とってもロマンチックだし、素敵だと思う。でもやっぱり、いざ本番となると緊張が……うう……。

「ほら、響。いつもの魔法の言葉、思い出して」
「へいき、へっちゃら……へいき、へっちゃら……。……最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に!胸の響きを、この思いを、伝えるために!」

 頑張れ、わたし!頑張れ!
 翔くんに今日こそ、絶対に!胸の想いを届けてみせるんだ!

 そう自分に言い聞かせて、深く深呼吸すると……わたしは、翔くんを呼んだ。

「翔くん!」
「ん?どうした、立花?」
「その……こっち、来てくれないかな……?」

 そう言ってわたしは翔くんの腕を引く。
 翔くんは目を大きく開いて、少しだけ沈黙すると、やがて答えた。

「わかった……」



 立花と2人で街を見下ろす。眼下に広がる街並みも、広がる海も、見上げる空も。全て一面のオレンジに染まっていて……その色はやっぱり、あの日の放課後を思い出す。
 そのオレンジの中で、俺は再び立花と向き合っている。夕陽に照らされたその顔は、あの日よりも少しだけ幼さが消えていた。

「……翔くん、あのね……」

 緊張した様子で、立花が切り出す。

 ああ、分かっている。立花の様子を見れば、分かってしまう。どんな鈍感でも、ここまでされて分からない筈がない。いたらぶん殴られても文句が言えないはずだ。

 もう既に、迷いはなかった。姉さんと、多分小日向も背中を押してくれたんだ。覚悟はとっくに決まっている。
 本当なら俺から先に仕掛けたかったけど、立花に先を越されてしまった以上、先に聞いてやらないのは無粋だろう。

 俺は息を呑んで、次の言葉を待った。

「わたし……翔くんのことが好き。……ううん、大好き!」
「ッ!……お、俺の事が!?」
「うん……。優しくて、強くて、かっこよくて……わたしにとって、世界で一番の男の子。それが、わたしにとっての翔くんなんだ……」

 自分で言って、自分で赤くなりながら、立花は俺への愛を真っ直ぐにぶつけて来る。
 その一言一言に、俺の心は何度も打たれていった。

「だから……その……」

 両手を後ろで組みながら、もじもじと揺れる立花。その愛らしい姿に、俺の視線は釘付けになる。
 そして立花は、しばらく溜めた後、遂にその言葉を解き放った。

「わっ、わたし、立花響とお付き合いしてくださいッ!!」

 ……ああ、そうか。

 俺はようやく……君のその手を取って、共に歩んで行くに相応しい男になれたんだな……。

 強く、深く、それを実感する。その言葉だけで、俺は満たされていった。

 だが、これで満足するにはまだ早い。今度は俺の番だ。
 両目を瞑って右手を差し伸べている立花の手を取ると、俺はその手を引っ張り、立花の身体をこちらへと引き寄せた。



 強く引っ張られる感触と、身体を包む温かさ。

 その、覚えのある温かさに目を開くと……わたしは、翔くんに抱き締められているのだと理解した。

 全身が熱くなる。心臓が早鐘を打つようにバクバクと高鳴り、顔が真っ赤になるのを感じた。

「……俺も、立花の事が大好きだ。……ああ、あの頃からずっと、君の事が好きだったとも!」
「えッ!?……あの頃って、もしかして……」

 2年前……。そんなに前から、翔くんはわたしの事を……!?

 困惑するわたしを他所に、翔くんは続ける。

「あの時の俺は、心に余裕がなかったし、何より弱虫だったから、自分の本当の気持ちに気付けなかった……。でも、今はハッキリと分かる!俺は君が……誰よりも強くて、誰よりも優しい心を持っている立花響が大好きだ!その優しさで周りを照らして、笑顔と元気をくれる立花響を……花が咲くような愛らしい笑顔で、どんな辛い事でも吹き飛ばしてくれる勇気をくれる立花響を、俺は愛している!!」
「ッ……!!」

 翔くんは、矢継ぎ早にどんどんわたしへの想いを語り続ける。
 もう既にわたしのキャパシティーは限界だ。容量がオーバーして爆発寸前、これ以上何か言われたら、わたし……もう、抑えられないッ!

「だから……()、ありがとう。こんな俺の事を好きでいてくれて」
「ッ!?はううううう……」

 なっ、名前……!今、翔くんわたしの事、下の名前で……。

「もし、響さえよければ……俺は、響と一緒に同じ空を見ていたい……」
「ッ!!??そっ、それって……」

 待って翔くん!それ告白どころじゃない!
 その言葉はっ、そ、その……ッ!

「2人で同じ幸せを抱いて、同じ未来へと翔んで、同じ音を奏でていきたい……」
「……翔くん」
「うん?」

 翔くんの背中に手を回す。わたしはそのまま両腕に力を込めて、思いっきりぎゅ~っと、翔くんを抱き締めた。

「その、今の言葉は……プロポーズとして受け取って、いいのかな……?」

 プロポーズ。その一言で気が付いたのか、翔くんも顔を真っ赤にする。

「そっ、そそそ、そそそそれはだな……っ!?……あ~……うん……。そう捉えてもらっても、構わない……ぞ?」

 翔くんの両腕にも力が込められる。自然と密着した翔くんの胸から、わたしと同じくらい激しくなった鼓動が聞こえてくる。

 ……わたし達は今、さっき翔くんが言っていた通り、"同じ音を奏でている"んだ。

 夕陽の赤さで誤魔化せないくらいに真っ赤になったわたしと翔くんは、それから未来に呼ばれるまで、お互い背中に回した手を離す事が出来なかった。

 ファーストキスはまだしてないけれど、これ以上はお互いに歯止めが効かなくなりそうだったから、それはまた次の機会にってことで……。

 ∮

「響……やったね。おめでとう……!」

 未来は少し離れた所で、響と翔の様子を見守りながら、目元を拭ってそう呟いた。

「どうした小日向、泣いているのか?」

 翼にそう問われ、未来は首を横に振った。

「違うんです。なんだか、思っていた以上にずっと嬉しくって……なんだか、涙が出て来ちゃいました……」
「そうか……。緒川さん、居るんでしょう?」
「え……?」

 翼が言った次の瞬間、その背後にシュタッという音と共に緒川が現れた。

「いつから気付いていたんです?」
「何となく、です。仮にも『見守り隊』の副隊長であるあなたが、こんなイベント逃す筈がないでしょう?」
「部下の皆さんに送り出されましてね。僕の代わりに仕事を引き受けるから、初デートはちゃんとカメラに収めてこい……と焚き付けられちゃいました」
「緒川さんも何だかんだでノリノリですよね……。小日向にハンカチかティッシュを」

 翼にそう命じられ、緒川は未来にポケットティッシュを渡す。
 未来は突然のNINJAに驚きながらも、受け取ったポケットティッシュで涙を拭いた。

「それで、翼さんの方は今日一日、どうだったんですか?」

 緒川にそう聞かれて、翼は今日の朝からこの瞬間までを振り返り、夕陽を見ながら呟く。

「本当に今日は……知らない世界ばかりを見てきた気分です」
「……そんな事ありませんよ。ほら、見て下さい翼さん」

 翼の言葉に、緒川はふむ、と何か考えるような仕草をすると、やがて翼の方へと手を差し伸べた。

 何事かと疑問に思いながらも、その手を握った翼は、緒川にエスコートされるように、そっと手を引かれながら柵の方へと近付く。

「お、緒川さん?……あ──」

 翼の目の前に広がる光景。それは、夕陽に照らされ、オレンジ色に染まった街と海だった。
 緒川はその光景に圧倒される翼を見て、優しく言った。

「あそこが今朝、響さん達と待ち合わせしていた公園です。あそこがリディアンで、あそこはふらわー。皆さんが一緒に遊んだ所も、今日は遊んでない所も、全部翼さんの知ってる世界です。今、目の前に広がっているのは、昨日に翼さんが戦ってくれたから、今日に皆が暮らせている世界ですよ」
「これが……私が守っている、世界……」
「……だから、知らないなんて言わないでください」

 そう言って緒川は、いつもと変わらない……いや、いつもよりも少し柔和で、どこか慈しみの浮かんだ笑みを向けた。

(あ……思い出した……。奏も昔──)

 その言葉に、翼はかつて、奏が夢の中でも言っていた言葉を思い出す。

『戦いの裏側とか、その向こうには、また違ったものがあるんじゃないかな?あたしはそう考えて来たし、そいつを見て来た』

「──そうか。これが、奏の見てきた世界なんだ……」
「……と、らしくない事を言ってしまいましたね。それでは、僕はこの辺で。下に車を回して来ますね」

 翼は振り返ると、立ち去ろうとする緒川に声をかける。

「緒川さん……。ありがとう、ございます」
「……いえ、僕は何も」

 そう言って緒川は振り返り、会釈すると階段を駆け下りて行った。
 未来はその様子を見て、翼にそれとなく囁く。

「翼さん……。もしかして緒川さん、翼さんのこと……」
「なっ!?ないないない!あの緒川さんに限って、そんな事あるわけが!……あるわけが、ない……はず……だが……」

 後半になるにつれて、どんどん小さくなっていく翼の声。

 それを見て、未来は確信した。

(あ、もしかして、翼さんの方が緒川さんの事を……)

 両思いになった親友と、絶賛片想い中……というより、まだそれを認めていない先輩。
 周囲の恋愛事情に、未来は少しだけ羨ましさを感じるのだった。

 やがて、日が沈む頃。緒川が運転する車の前で、翼は緒川から受け取った3枚のチケットを、それぞれに配る。

「……いい一日だった。立花と小日向にはお礼をしないといけないな。こんなものでお礼になるかは分からないが──」
「え……これって……。復帰ステージのチケット!?」
「ああ。アーティストフェスが10日後に開催されるのだが、そこに急遽ねじ込んでもらったんだ。倒れて中止になったライブの代わり、という訳だな」
「なるほど……」
「翼さん、ここって……」

 チケットの裏側を見て、その会場を確認した響が呟く。

 それは2年前のあの日、惨劇の現場となったライブ会場。
 響の運命を狂わせた場所であり、奏が命を散らした場所。そして、2年前に未来と翔が行けなかった会場でもある。

「……立花にとっても、辛い思い出のある会場だな……」

 しかし、響の言葉は予想に反するものだった。

「ありがとうございます、翼さん!」
「響……?」
「いくら辛くても、過去は絶対に乗り越えていけます。そうですよね、翼さんッ!」
「……そうありたいと、私も思っている」

 力強く、決意するようにそう返す翼の顔には、強い決意が浮かんでいた。

「今度は俺と小日向も一緒だ。何があっても、怪我と迷子からは守ってみせるからな?」
「響、その日は絶対に遅れちゃダメだよ?」
「もー、分かってるってば~!」
「ふふ……」

 そう言って笑い合う4人を夕陽に代わり、今度は一番星と、見え始めた丸い月が照らしていた。 
 

 
後書き
祝え!立花響、そして風鳴翔。繋ぐ手の装者と伸ばす手の伴装者、運命で結ばれし2人の恋が成就した瞬間である!
ハーメルンでこの回を上げた頃、選曲コメしてくれた皆さんにスペシャルサンクス!
そして、翔ひびが結ばれる瞬間を期待しながら読み続けて来た皆さん、ありがとうございます!
これがそんな皆さんへの、第1の報酬です!
次は純クリ、そしておがつば!そちらにもご期待ください!

職員A「……以上が、今回我々の入手した映像になります」
職員一同『(´つヮ⊂)ウオォォォォォォォ!!』
黒服A「無理!尊い!式場が来いッ!」
職員B「やっとか……遂にか……おめでとう!」
黒服B「生で見れてよかった……。でもあれ、全員が生で見たら死人が出てたかもしれない……」
監視員「いやそれ黒服Bさんっしょ~」
職員A「まさか思わぬ所で緒川さんと翼さんの美味しい映像まで撮れるなんてね……」
黒服B「それ!本当にそれ……!ちょっと流石に尊さメーターが振り切れて天に昇りかけたわ……」
黒服A「これは今後も見逃せないぜ!」
監視員「ところで、後書きモブ枠の筈が初登場から早々に名前もらって本編準レギュ入りしたメンバーがいるらしいッスね……。僕らも準レギュ入り、したいッスね~」
職員A「何贅沢言ってるのよ!私たちの仕事は!」
職員B「読者の代弁ッ!それが我々のお仕事ッ!」
職員A「って事でこれからも、わたし達『見守り隊』をよろしくお願いします~」

次回、ライブ回!……ではなく、カ・ディンギル編が迫る!?
クリスと司令の間に生まれる信頼。浮上する『カ・ディンギル』の謎。
街に現れるノイズの大群!そして改良型RN式に身を包んだ純を相手に、翔は、クリスはどうするのか!?
次回も目が離せないぞ!お楽しみに! 

 

第49節「王子の行方」

 
前書き
さあ、純クリのターンだよ!
書き上げたのは響の誕生日まであと9日だった頃か……。何もかもが皆、懐かしい。 

 
「しぶといわね……ボウヤ」
 何度目かの攻撃の後、フィーネはそう呟いた。
 目の前には、鞭による擦り傷と蚯蚓脹れでボロボロになりながらも、まだ立ち上がろうとする少年の姿。
「そんなにボロボロになって、それにネフシュタンの侵食も進んでいるはず。なのにどうして、ボウヤは立ち上がれるのかしら?」
「そんなの……決まっているだろう……!」
 ヨロヨロと立ち上がり、痛みに歯を食いしばりながら拳を握る少年。
 フィーネを睨み付けると、少年は絞り出すような声で吼える。
「愛する人を守るため……!この想いを伝えるために、僕は、クリスちゃんには生きててもらわなくちゃいけないんだ!」
「想いを……伝えるため……」
 その言葉に、フィーネは一瞬だけ動揺したような表情を見せる。

「……馬鹿ね。このまま続ければ、その左手は鎧に食い破られて、その命も私の手で刈り取られる。ボウヤに希望はないのよ?」
「それでクリスちゃんが守れるなら、左手ひとつ、安いものさ……ッ!うぐっ、うっああ……!」
 拳を握り締め、構えようとして……鎧の侵食に苦悶の声を漏らす少年。
 蹲りそうになりながらもなお、膝を屈しようとしないその姿に何を思ったのか……フィーネは鞭から手を離すと、その場を離れる。
「なっ……ま、待て……っぐ!」
「……ちょっとその左手、貸しなさい」
 間もなく戻ってきたフィーネは少年の左手首を掴むと、その手にスタンガンを押し当てた。
「ッ!?ぐあああああああああああッ!」
「……はぁ。侵食してると言っても、所詮は欠片。クリスほど酷くはない事を幸運に思いなさい」
 そう言ってスタンガンを離すと、少年の左手から金属片が床へと落ちた。
 フィーネの行動に、少年は困惑の表情を見せる。

「なっ……え……?」
「勘違いしないで頂戴。助けられたなんて思わない事ね、ボウヤ。これは取引よ」
「取引……?」
「そう。私はボウヤを殺さないでおいてあげるし、なんならクリスの命も見逃してあげる。その代わり、私の計画を手伝いなさい。ボウヤは私が計画を進められるよう、私の身を守る騎士になるの」
 その言葉に、少年は迷いを見せる。この魔女に手を貸せば、何かまずい事になるのは目に見えている。しかし、そうしなければこの魔女は自分を殺すだろう。なにより、自分だけでなくクリスの命も危うい。
 少年に残された道は、一つしかなかった。

「……本当に、クリスちゃんには手を出さないんだな?」
「ええ。私は米国の連中とは違うの。契約は守るわ」
「……もう1つ。どうして気が変わったんだ?」
「そうね……ただの気まぐれよ。ちょっとだけ、殺すのが惜しくなっただけ」
 その言葉に、少年は訝しげな表情でフィーネを見る。
 フィーネは少年に顔を近づけると、契約への是非を問う。
「それで……私と契約するか、それともここで死ぬのか。どちらが賢い選択なのか、ボウヤには分かるわよね?」

 少年は出てきた時と変わらず、フィーネを睨み返すと、彼女の問いかけに答えた。
「……いいさ、乗ってやる。それでクリスちゃんも僕も生きていられるなら……その契約呑んでやるよ」
「フフ……いい子ね。それじゃ、契約成立って事でいいのね?」
「契約する以上は、クリスちゃん達の事も教えてくれるんだな?」
「まあ、最低限の事は教えてあげましょう」
 そう言ってフィーネは少年から離れ、屋敷の奥へと戻って行く。
「ほら、とっととついて来なさい。ボウヤ」

 少年は立ち上がると、屋敷へと戻って行くフィーネの背中に向かって叫ぶ。
「純!爽々波純、僕の名前だ!ボウヤじゃない!」
 フィーネは足を止めると、クスリと笑った。
「じゃあ、爽々波クン。早速あなたに仕事を与えるから、こっちにいらっしゃい」
 こうして爽々波純はフィーネと契約を結び、翌日、クリスを狙って放たれたノイズの回収を兼ねた()()()()のテスト運用の為に、街へと出る事になったのだった。
 
 ∮
 
 明朝、山奥の館。そこは武装した兵士に囲まれていた。
 アサルトライフルを手に、兵士達は館への突入を許可する合図を、今か今かと待ち望んでいた。
 やがて、リーダーらしき兵士が片手を挙げる。
 それを合図に、兵士達は屋敷へと走り出した。
 
(……彼女は何を企んでいる?)
 銀の鎧に身を包み、純はフィーネの狙いについて考えていた。
 見張りを頼まれた際、破壊されたドアの陰から彼女が操作するモニターをチラッと見た彼は、表示されていたのが親友とその想い人であった事に気が付いた。
 フィーネは2人から何かのデータを取っている、という所までは分かったが、それ以外にわかることはない。
(おそらく、シンフォギア……だっけ?僕が今着せられているこれに関係している事は分かるんだけど……一体、何を……)
 ──そう思案していた彼の耳に、足音が届く。
 目をやると、銃で武装した男達がこちらへ向かってくるではないか。
 直ぐに通信機を起動し、フィーネへと連絡しようとした所で発砲音が鳴り響いた。
 反射的に身を庇う姿勢を取ると、金属同士がぶつかり、弾かれる音が鳴り響く。撃たれているのは自分だと気が付くまでに数秒かかった。

(銃弾が当たっているはずなのに、無傷……!?これが、シンフォギアシステム……いや、まだ起動はしていないから、ここまではただの防弾チョッキと変わらない、か)
 耳元の通信機のボタンを押し、中のフィーネに連絡する。
「敵襲!ライフル持った連中が館に!」
『チッ!なんてタイミングの悪……』
 次の瞬間、ガラスの割れる音と共に通信が途絶する。
 そして次の瞬間、目の前まで迫っていた兵士達がその屈強な肉体に勢いを乗せて突っ込んできた。
「……ッ!」
 マスクを付けられた口からは、一言の悲鳴も漏れ聞こえない。
 しかし、純は勢いよく弾き飛ばされ床を転がる。
(ッ!この人達、どう見ても一般人じゃないな……。昨日の説明から察するに、多分米国の……)
 兵士は純を置いて部屋の奥へと向かっていく。
 立ち上がろうとした純の頭に、仲間に着いていかずに残った兵士が銃口を当てた。

Dont'move. I'll get away with it right away.(大人しくしてろ。どうせすぐに片付くんだ)
What is your purpose? Are you going to kill that person?(あなた達の目的は?あの人を殺すつもりですか?)

 兵士からの言葉に対して、流暢な英語で答える純。しかし、ここでマスクを付けていたのを思い出す。

(そうだった。マスク付けてるから聞こえないんだった……)

「あの女を始末したら、お前のその鎧も我々が回収する。大人しくその命を我々に差し出してもらおうか」
『……RN式、起動』

 純は左手首のブレスレットへと指を触れる。
 次の瞬間、全身の表面を虹色の保護膜が包み込み、身にまとっていた鎧が形状を変え、各関節部にパイプのようなパーツが現れる。

「ッ!?」
 次の瞬間、その拳の一撃で兵士は吹っ飛ばされる。
 気絶した兵士の横に転がる銃を踏み壊し、純はマスクの裏で呟いた。

『生憎、他人に差し出せるほど安い命じゃないんでね』
 
「ブラックアートの深淵を、覗いてすらもいない青二才のアンクルサムが──」
「撃てッ!」

 その時、部屋の奥からフィーネの声と共に音が激しい銃声が鳴り響く。
『ッ!?撃ったのか!無防備なあの人を……!』
 慌てて純は部屋の奥へと向かっていく。破壊されたドアを抜けて、彼がそこで見たものは……。
 
 ∮
 
 その日の昼時。
「ッ!?何が、どうなってやがるんだ……」
 フィーネの館に戻って来たクリスは、中の光景に驚いていた。
 部屋は荒らされ、窓ガラスは軒並み割られている。
 そして、部屋には銃を持った屈強な男達の死体が散らばっている。全員、腹部を刺突された痕が残っている事から、ネフシュタンを纏ったフィーネの仕業だと察することができる。
(生きてる奴は……いなさそうだな。こいつら、何処かの兵隊……か?)
 部屋を見回しながら、先へと進んでいく。

 その時、背後から足音が響く。振り返ると、そこには弦十郎が立っていた。
 クリスは慌てて後退る。
「……あ、ち、違うッ!あたしじゃない!やったのは──」
 最後まで言い切る前に、拳銃を構えた黒服のエージェント達が部屋へと突入する。
 取り押さえられると思い、抵抗しようと構えるクリス。
 しかし、黒服達は彼女を通り過ぎて行った。困惑するクリスの頭に、弦十郎の手が優しく乗せられる。
「誰もお前がやったなどと、疑ってはいない。全ては、君や俺達の傍にいた彼女の仕業だ」
「えっ……」
 弦十郎の顔を見上げるクリス。
 弦十郎はクリスから手を離すと、死体の顔や服装を見て確信したように呟く。
「……倒れているのは米軍のようだな。やはり裏で繋がっていたか──」
「風鳴司令ッ!」
 エージェントの1人が、米軍兵のリーダーらしき人物の死体に貼られていた、置き手紙らしきものを剥がす。

 次の瞬間、ブービートラップが作動し、部屋の各所に仕掛けられていた爆弾が爆発した。
 爆煙に包まれる部屋。崩れ落ちる天井。何とか落下する瓦礫を回避したエージェント達は、幸い1人として負傷すること無く互いの無事を確認する。

 そして、弦十郎とクリスのたっていた地点は……なんと、瓦礫を片手で持ち上げながら、空いた方の腕にクリスを抱いて庇う弦十郎の姿があった。

「え……?」
 クリスは目を見開いて驚いていた。
「どうなってんだよ、こいつは……!」
「衝撃は『発勁』でかき消した」
「そうじゃねぇよッ!離せ……よッ!」
 弦十郎の腕を振り払い、クリスは弦十郎から離れると、その顔を睨む。
「何でギアをまとえない奴が、あたしを守ってんだよ!」
 その手で止めた瓦礫を床に降ろし、弦十郎はクリスの方を振り返る。
「俺がお前を守るのは、ギアの有る無しじゃなくて、お前よか少しばかり大人だからだ」
「大人……?あたしは大人が嫌いだ!死んだパパとママも大嫌いだッ!とんだ夢想家で臆病者!あたしはあいつらとは違う!歌で世界を救う?戦地で難民救済?いい大人が夢なんか見てんじゃねーよッ!」

「大人が夢を、ね……」
 弦十郎が呟く。クリスは拳を握りながら続けた。
「本当に戦争を無くしたいのなら、戦う意思と力を持つ奴らを片っ端からブッ潰していけばいい!それが一番合理的で現実的だッ!」
「そいつがお前の流儀か。なら聞くが、そのやり方で、お前は戦いを無くせたのか?」
「──ッ!?それは……」
 弦十郎の言葉に、クリスは反論出来なかった。
 ついこの間、自分がその流儀に基づいて行った行動で、無関係な人々を危険に晒した事を思い知らされたからだ。
 クリスの様子を見て、今度は弦十郎が自らの言葉を紡ぐ番となった。

「……いい大人は夢を見ない、と言ったな。そうじゃない。大人だからこそ、夢を見るんだ。大人になれば背も伸びるし、力も強くなる。財布の中の小遣いだってちっとは増える。子供の頃はただ見るだけだった夢も、大人になったら叶えるチャンスが大きくなる。夢を見る意味が大きくなる。お前の親は、ただ夢を見に戦場へ行ったのか?……違うな。歌で世界を平和にするって夢を叶えるため、自ら望んでこの世の地獄に踏み込んだんじゃないのか?」
「なんで、そんな事……」
「お前に見せたかったんだろう。夢は叶えられるという揺るがない現実をな」
「あ……」
「お前は嫌いと吐き捨てたが、お前の両親は、きっとお前の事を大切に思っていたんだろうな」
 そう言って弦十郎は、涙ぐみながら震えるクリスを優しく抱き締める。
 それはまるで、娘をあやす父親の様に……。

 それでも何とか堪えようとしていたクリスだったが、床に落ちている何かが、崩れ落ちた天井から射し込む太陽の光を反射して輝くのを見つける。
 それは、ヒビが入った黒縁眼鏡。自分を助ける為に、その身を呈して庇ってくれた幼馴染が身に付けていたもの。
(夢……。そうだ、ジュンくんも……)

 幼馴染の純も、自分の夢を……あの日の小さな約束を、ちゃんと叶えていた。
 両親が伝えたかった想いに気が付き、その上で改めて実感した幼馴染の想いの丈。
 溢れ出した感情の波は、クリスの心に巡らされた防波堤をとうとう決壊させた。
「う、うう……ああ……うッ、ひぐ……ッ!う、うわあああんッ!あああ、あああああッ!」
 クリスは思いっきり声を上げて泣いた。
 両親への謝罪と感謝を。幼馴染との約束を。夢の尊さを。
 全てを胸に、ただただ溢れる感情を雫として、その目から流し続けていた。 
 

 
後書き
純「どうも。なんかクリスちゃんを手にかけようとしていた魔女と契約して、変な鎧を着せられるとかいう一部の人達がハッスルしそうな、或いは軽く落ち込みそうな状況に立たされ、その上留守の間にクリスちゃんがフラグ乱立してるよと煽る様なお便りを貰う羽目になっている、プリンスこと爽々波純です。いや、弦十郎さんはやましさ0で男前ムーブかましてるだけなので、僕は別に気にしていません。ただ、お便りというかコメント欄で度々クリスちゃんにセクハラ発言してる人の方が、僕にとっては問題ですね。早く契約終わって帰りたいんだけど、まだ戻れそうにないんだよね……。弦十郎さん、しばらくクリスちゃんの事、代わりに守ってあげてください」

純くん、心の声でした。

次回、フィーネの語っていたカ・ディンギルとは……!? 

 

第50節「カ・ディンギルの謎」

 
前書き
純くんの事情も分かったところで、いよいよクライマックスへの助走が始まる! 

 
「「失礼しましたー」」
 響と未来が、職員室に提出物を出して退室する。
 晴れ渡った青空、明るい日が照らす校舎には、合唱部が歌うリディアンの校歌が響き渡っていた。
「ふんふふふーんふーん、ふふふふふーん……♪」
「なに?合唱部に触発されちゃった?」
 未来が響の方を振り向くと、響は窓から運動場や別の棟を見渡しながら答える。
「うーん。リディアンの校歌を聴いてると、まったりするっていうか、すごく落ち着くっていうか……。皆がいる所って思うと、安心する。自分の場所って気がするんだ。入学して、まだ2ヶ月ちょっとなのにね」
「でも、色々あった2ヶ月だよ」
「……うん、そうだね」
 翼の新曲CDを買いに行った矢先、ノイズに襲われた少女を助けようとして、胸のガングニールが覚醒したあの日。
 ノイズと戦う特異災害対策機動二課と出会い、シンフォギアについて知り、戦う覚悟を決めた夜。
 そして翔と出会い、彼と関わる中で惹かれ合い、そして結ばれた。
 2ヶ月間、本当に色んな事があった。それこそ、彼女の人生を変えるほどに。
 でも、これから先もこの日常だけは変わることなく、これから先も続いていくのだろう。
 確証はないが、そんな事を思いながら響は、リディアンという日常の風景を眺め続けるのだった。
 
 ∮
 
「……やっぱり、あたしは」
 本部に戻るべく、フィーネの屋敷を出ていくエージェント達。
 車に乗り込もうとした弦十郎に、クリスはそう声をかけた。
「一緒には、来られないか?」
「……」
「お前は、お前が思っているほどひとりぼっちじゃない。お前がひとり道を往くとしても、その道は遠からず、俺達の道と交わる」
「今まで戦ってきた者同士がか?一緒になれるというのか?世慣れた大人が、そんな綺麗事を言えるのかよ」
「ほんと、ひねてんなお前。ほれ──」
 弦十郎が投げて寄こしたそれを、クリスは片手で受け取る。
「通信機……?」
「そうだ。限度額内なら公共交通機関が利用できるし、自販機で買い物もできる代物だ。便利だぞ」
 そう言って弦十郎は運転席のドアを閉めると、エンジンをかける。

 クリスは意を決したように、弦十郎へと声をかけた。
「…………『カ・ディンギル』!」
「ん?」
「フィーネが言ってたんだ。『カ・ディンギル』って。それが何なのか分からないけど、そいつはもう、完成しているみたいな事を……」
「……カ・ディンギル。後手に回るのは終いだ。こちらから打って出てやる」
 弦十郎はハンドルを握る。それを見てクリスは慌ててもう一言付け足した。
「あとそれから……あたしの知り合いが、フィーネに連れてかれた。あたしを庇って……だから、見つけたら教えてくれ!あたしは絶対に、そいつを迎えに行かなくちゃいけないんだ!」
「……分かった。見つけ次第、連絡しよう」
 そう言って弦十郎はエージェント達と共に、屋敷を後にした。
 砂埃を上げて去っていく車を見送って、クリスは屋敷で拾った眼鏡をポケットの中から取り出した。
(ジュンくん……。待ってろ、もう少しだからな……)
 
 ∮
 
 昼食も終わって、未来と2人で寮へと戻ろうとしていたわたしの通信機のアラートが鳴る。
「師匠からだ!響ですっ!」
『翼です』
『翔です』
『3人とも、聞こえているな。敵の目的について収穫があった。……了子くんは?』
『まだ出勤していません。朝から連絡不通でして……』
 師匠の一言に、友里さんが答える声が聞こえた。
「そうか……」
『連絡が取れないとは、心配ですね。以前の広木防衛大臣の件もあります』
 翼さんが不安そうに呟く。
「了子さんならきっと大丈夫です!何が来たって、わたしと翔くんを守ってくれた時のようにどがーんッ!とやってくれます!」
『いや、戦闘訓練もろくに受講していない櫻井女史に、そのような事は……』
「え?師匠とか了子さんって、人間離れした特技とか持ってるんじゃないんですか?」
『叔父さんは戦闘力、緒川さんは忍者、藤尭さんは暗算能力、友里さんは健康状態把握力……。二課は大人、いや、OTONA揃いだから、了子さんのあのバリアーもその科学力の産物だと思うんだけど……叔父さん、見たこと無かったんですか?』
 翔くんに言われて驚いた。い、言われてみれば確かに、二課の人達って凄い人だらけだ……。
『いや、そのような発明は俺も聞いていないが……』
『や~っと繋がった~。ごめんね、寝坊しちゃったんだけど、通信機の調子が良くなくて~』
 そこへ了子さんの通信が入る。な~んだ、ただの寝坊かぁ。よかった~。

『……無事か。了子くん、そちらに何も問題は?』
『寝坊してゴミを出せなかったけど……。……何かあったの?』
『……ならばいい。それより、聞きたい事がある』
『せっかちね、何かしら?』
『──カ・ディンギル。この言葉が意味するものは?』
『……カ・ディンギルとは、古代シュメールの言葉で『高みの存在』。転じて『天を仰ぐほどの塔』を意味しているわね』
『何者かがそんな塔を建造していたとして、なぜ俺達は見過ごしてきたのだ?』
「確かに、そう言われちゃうと……」
 そんな大きな塔なんて建ててたら、皆すぐに気付いちゃうと思う。
 バレなかった理由があるなら……うーん、何だろう?
『だが、ようやく掴んだ敵の尻尾。このまま情報を集めれば、勝利も同然。相手の隙にこちらの全力を叩き込むんだ。最終決戦、仕掛けるからには仕損じるなッ!』
「了解です!」
『了解です』
『了解!』
 師匠の号令に、わたし達3人が同時に答える。
『ちょっと野暮用を済ませてから、私も急いでそっちに向かうわ~』

 了子さんの声と共に通信を終えたわたしは、ポケットに通信機を仕舞いながら呟く。
「カ・ディンギル……。誰も知らない秘密の塔……」
「検索しても、引っかかるのはゲームの攻略サイトばかり……」
「う~ん、なんなんだろう……」
 検索をかけていた未来も首を傾げる。
 翔くんに電話してみようかな?こういうの詳しいのは翔くんだし。
 そう思ってケータイを取り出した時、ノイズ出現の警報音が鳴り響いた。
 
 ∮
 
「さて……私の計画も、そろそろ大詰めね」
 廃墟の非常階段。撃たれた腹部を押さえながら、櫻井了子は呟いた。
 血に濡れた服、しかし痛む理由は傷ではない。その様子を見て、純が心配そうに声をかける。
「大丈夫ですか?」
「爽々波クン、あなた自分の立場を分かってるのかしら?私の計画よりも、私の身を心配するなんて、お人好しにも程があるわよ」

 了子の呆れたような言葉に、純は苦笑いする。
「こればっかりは性分なので。……僕の役目は時間を稼ぐだけ、でしたよね」
「ええ、そうよ。東京スカイタワーに、シンフォギア装者達が突入出来ないよう相手してあげなさい。改良したとはいえ、聖遺物の力を解き放ったそのギアが安定稼働できるのは3分間。それ以上持たせられるのかは、あなたの精神力次第よ」
 そう言って了子は立ち上がり、白衣の下から取り出したソロモンの杖を空へとかざす。
 バビロニアの宝物庫から呼び出されたのは、旅客機のような姿の巨体を持つ、空中要塞型ノイズ。それを4体、街の上空へと放った了子は、念を押すように純へと言い放つ。
「私との契約を破って手を抜こうとしても無駄だから、その辺り覚えておきなさい。少しでも手を抜いたら、鎧の内側に仕込んだネフシュタンの欠片があなたの心臓を貫いちゃうし、私の目的が達される前に負けようものなら、ノイズ達に命じてクリスを集中攻撃させるわ」

「……やっぱりあなたは真性の魔女だ」
 苦虫を噛み潰したような表情の純を見て、了子は笑った。
「なら、力の限り戦いなさい。あなたが誓った愛のために、ね」
 了子が去って行くのを確認して、純はメットを被る。
 自動でバイザーが降り、口を覆い隠すマスクが展開された。
『……頼むよ、翔。僕があの人との契約を完遂するには、君が本気で僕と戦ってくれないといけないみたいだからね……』
 マスクの裏に封じられた言葉。それでも彼は、こちらの事情を一切知らずとも何とかしようと動いてくれるであろう親友に望みを託し、天高く伸びる塔へと向かって行った。 
 

 
後書き
弦十郎「それにしても、血文字の『I LOVE YOU. SAYONARA』か……。彼女は、誰に対してこのメッセージを残していたんだろうな……」
クリス「知るかよ……。フィーネが愛してる、なんて暇を告げるような相手がいるのか?」
弦十郎「クリスくんへ宛てたものではないか?」
クリス「んなわけねぇだろ!あたしを殺そうとした奴だぞ!?」
弦十郎「ならば、一体誰へ……」
クリス「案外、おっさんに対してだったりすんじゃねぇの?」
弦十郎「俺……だと?」
クリス「ここがバレてんの察して、おっさんがここに来たら爆弾で始末するつもりだったからこそ書いた……とかよ」
弦十郎「……了子くんが、俺へと宛てて……か」
クリス「ま、あいつの考えてる事なんてあたしにゃ読めねぇけどな」
弦十郎「ふむ……。まあ、どちらに宛てていたせよ言えるのは、別れを告げる程度には大事に思われていた……という事だろうな」
クリス「あたしはぜってー認めないからな。あんな奴が、人を本気で愛してるはずがねぇ」
弦十郎「……戻るぞ。もうここに用はない」

本日は補完パート。
果たしてあの手紙、誰に宛てたものだったんでしょうね?

次回、スカイタワーにノイズが迫る!
急行する二課の装者達。そこへ現れたのは……!? 

 

第51節「スカイタワーの決戦」

 
前書き
米国より譲渡されたソロモンの杖によって引き起こされた、スカイタワーの決戦から(ry
月を崩壊させる強大な力を持つカ・ディンギルを起動させるため、新たな戦いが幕を開けた……。

これカ・ディンギル起動したら、フィーネをエボルト扱いであのナレーションですね。
世界を滅ぼすタワーも建ってますし。
翔(ビルド)、響(クローズ)、翼(グリス)、クリス(ローグ)、純(マッドローグ)かな? 

 
「瑣末な事でも構わん!カ・ディンギルに関する情報をかき集めろッ!」
 司令室にて、弦十郎の指示で職員達は端末を操作し、カ・ディンギルへの手がかりを探し続けていた。
 張り詰めた空気に充ちた司令室。そこへ、ノイズ出現のアラートが鳴り響き、藤尭が反応を確認した。
「飛行タイプの超大型ノイズが一度に三体ッ!──いえ、もう一体出現ッ!」
『合計四体……すぐに追いかけます!』
 通信しながらライダースジャケットを羽織り、緒川が投げ渡したヘルメットを被ると、翼はスタジオから駆け出す。
 愛車であるバイクに飛び乗り、エンジンをかけるとフルスロットルで現場へと出撃した。

「──今は人を襲うというよりも、ただ移動している……と。……はい。はいッ!」
「響……」
 通信を終えた響は、心配そうな表情でこちらを見る未来に笑いかける。
「平気。わたしと翔くん、翼さんの3人で何とかするから。だから未来は、学校に戻って」
「リディアンに?」
「いざとなったら、地下のシェルターを解放して、この辺の人達を避難させないといけない。未来にはそれを手伝ってもらいたいんだ」
「う、うん……分かった」

 響は少し申し訳なさそうに呟く。
「……ごめん。未来を巻き込んじゃって」
「ううん、巻き込まれたなんて思ってないよ。わたしがリディアンに戻るのは……」
「おーい!」
 そこへ聞き覚えのある声が近付いてくる。
 振り向くと、翔が駆けて来る所だった。
「翔くん!」
「やっぱり小日向も居たか……って、あれ?もしかして俺、タイミング悪かったか?」
 隣まで走って来た所でようやく、未来の話をぶった切ってしまった事に気が付く翔。
 しかし、未来は笑って返した。
「ううん。丁度今から言う所」
「そ、そうか……。なら、しばらく黙っていよう」
 一歩身を引く翔。未来は、響の顔を見ながら続けた。

「わたしがリディアンに戻るのは、響がどんなに遠くに行ったとしても、ちゃんと戻ってこられるように……。響の居場所、帰る場所を、守ってあげる事でもあるんだから」
「わたしの……帰る場所」
「そう。だから行って。わたしも響のように、大切なものを守れるくらいに強くなるから──」

 それから未来は、翔の方を見て言った。
「風鳴くん。響のこと、よろしくね。響が無茶しないように……ううん、無茶しても無事に帰ってこられるように、わたしの代わりに守ってあげてほしいな」
「任せてくれ。響は何があっても、俺が守ってみせる」
 力強く頷く翔に、未来は安心したように微笑んだ。
 響は2人を交互に見ると、まずは未来の手を握って口にした。
「未来……。小日向未来は、わたしにとっての陽だまりなの。未来の近くが1番あったかいところで、わたしが絶対に帰ってくるところっ!これまでもそうだし、これからもそうっ!だからわたしは、絶対に帰って来るっ!」
「響……」
「一緒に流れ星を見る約束、まだだしねっ!」
「うんっ!」

 そして、今度は翔の手を握り、その顔を見つめる。
「それから翔くん。翔くんは、わたしにとっての木陰……かな」
「木陰……?」
「うん。翔くんの隣は、未来とはまた違った意味で落ち着ける場所。陽だまりと同じくらいの、わたしにとっての居場所!だから、また三人で笑ったり、遊んだりするためにも、必ず帰って来ようねっ!」
「ああ、そうだな。……流れ星、俺も一緒に見に行ってもいいか?」
「勿論だよ!今度は翔くんや翼さんも一緒に見に行こう!」
 響、翔、未来の3人はお互いに顔を見合わせる。
「じゃあ、行ってくるよ!」
「二人とも、行ってらっしゃい」
「行ってきます……で、いいんだよな?」
「だね~」
 そうして2人は、街の方へと駆け出して行く。その背中を、未来は静かに見送っていた。

 ∮

『翼です』
「響です」
「翔です」
『聞こえているな?ノイズ進行状況に関する最新情報だ。同時多発的に出現したノイズの進行経路の先には、東京スカイタワーがある事が判明した』
「東京……スカイタワー……」

 東京スカイタワー。世界で1番高い電波塔として知られる、東京の数ある建築物の代表格だ。
『カ・ディンギルが塔を意味するのであれば、スカイタワーはまさにそのものじゃないでしょうか?』
 藤尭さんの言う事はそれらしいけど……なんだろう、あからさまに誘導されている気がしてならない。普通、スカイタワーに何か仕掛けてるなら、こんな目立つ事はしないはず……。
 十中八九、罠に違いない。叔父さんも気付いているはずだ。しかし、それでも敢えて俺達を向かわせるということは……。
 ……なるほど。ここは、叔父さんの策に乗る事にしよう。

『スカイタワーには、俺達二課が活動時に使用している映像や、交信といった電波情報を統括制御する役割も備わっている。3人とも、東京スカイタワーに急行だ!』
『了解!』
 先に姉さんが通信を切る。多分、バイクで現場に向かってる所だろう。
「スカイタワー……でも、ここからじゃ──うっわッ!?」
 スカイタワーまでの距離をどうするか、響がそう呟こうとしたその時だった。
 プロペラ音と共に、空から白いヘリコプターがこちらへと降りてくる。
『なんともならないことを、なんとかするのが俺達の仕事だッ!そいつに運んでもらえッ!』
「りょ、了解ですッ!」
「流石叔父さん!手際がいいッ!」
 俺と響はヘリに乗り込み、そのままスカイタワーの上空へと向かって行った。

(カ・ディンギルの情報を得た直後に、塔に集結する大型ノイズ。罠だとしても──ここは乗るしかないッ!)
 弦十郎は、己の策が功を奏すると信じ、装者達にノイズを任せる。

(これは明らかに陽動。本物のカ・ディンギルは別の場所にあるはず……。誰にも知られずに塔を建造するには……ッ!まさか、カ・ディンギルの正体は!?)
 そして緒川もまた、マネージャー業の間だけかけている伊達眼鏡を外すと、すぐさま車をリディアンへと向けて走らせるのだった。

 ∮

 東京スカイタワーの周囲を取り巻くように旋回する、4体の空中要塞型ノイズ。
 4体は、旅客機で例えれば、貨物室のハッチのようになっている器官を開き、そこから大量のノイズを街へと投下していく。
 更に背部の器官からは空母から飛び立つ戦闘機の如く、フライトノイズが何体も飛び立っていく。
 そんな空中要塞型ノイズの頭上へと回ったヘリから、響は飛び降りる準備をしていた。
「響、そっちは頼むぞ!」
「任せて。翔くんはもう一体の方ね!」
 そう言って響は先に飛び降りると、その聖なる(うた)を口ずさむ。

「──Balwisyall(バルウィッシェエル) Nescell(ネスケル) gungnir(ガングニール) tron(トロン)──」

 そしてヘリはもう一体の要塞型ノイズの頭上へと移動し、翔はそこで飛び降りると、自身の胸の歌を口ずさんだ。

「──Toryufrce(トゥリューファース) Ikuyumiya(イクユミヤ) haiya(ハイヤァー) torn(トロン)──」

 橙色と、灰色の閃光が二人を包み、その姿を変じさせる。

「何故どうして、広い世界の中で──」
 響は右腕のパワージャッキを引っ張り、拳を真下へと真っ直ぐ向け、落下の勢いを全て乗せた一撃を空中要塞型ノイズへとぶつける。

〈我流・撃槍衝打〉

 空中要塞型ノイズの中心部に風穴が空き、響はそこを抜けて地上へと落ちていく。
 風穴を抜けた直後、ノイズは爆発し霧散した。

 一方、翔もエルボーカッターにエネルギーを集約し、その両腕を交差させてノイズの背へと振り下ろした。

〈斬月光・十文刃〉

 空中要塞型ノイズは、その背部から×印に切断されて爆散した。
 爆炎を抜け、翔は道路にクレーターを作りながらも着地する。

 そこへ、バイクから華麗に倒立前転を決めながらギアを纏って飛び降りた翼が、空中で姿勢を整えながらアームドギアを振るう。
「はぁッ!」

〈蒼ノ一閃〉

 飛ばされた青の孤月は、投下されるノイズらの大半を滅するも、親元である空中要塞型ノイズには届かずに消える。
 アームドギアを振り抜いて着地した翼は、苦い表情で歯を食いしばった。
 そこへ、響と翔も合流する。
「相手に頭上を取られることが、こうも立ち回りにくいとは──ッ!」
「ヘリを使って、わたし達も空から──ッ!?」
 響が言った直後、ヘリはノイズに襲われ爆発した。
「そんな……」
「──よくもッ!」
 ヘリを襲ったフライトノイズ達は、そのまま急旋回し、ミサイルのようにこちらへと突撃する。
「だぁッ!」
「はッ!」
「ふんッ!」
 跳躍してそれを回避した3人は、それぞれの元へと突っ込んでくる2体目、3体目をそれぞれ、拳で砕き、剣で斬り伏せ、手刀で叩き落とす。

 しかし、空中要塞型ノイズは更に小型ノイズを投下して来る。これではキリがない。
「空飛ぶノイズ、どうすれば……」
「臆するな立花ッ!『防人』が後ずされば、それだけ戦線が後退するという事だッ!」
「でもどうするんだ姉さん?さっき生弓矢なら届くかもって試したけど、投下されたノイズが盾になって届かないんだ……!」
「くッ……。せめて、広範囲に圧倒的な火力を叩き込める者がいれば……」
 そうこうしている間にも、3人に迫るフライトノイズの群勢。3人が構えたその時……凄まじい射撃音と共に、フライトノイズの群れが一斉に爆発した。
「あ……ッ!え……?」
「今のは……まさかッ!?」
「イチイバルの重火力射撃、だとぉ!?」

 振り返る3人。そこには、両手に三連装ガトリング砲を構えた赤き鎧の少女、雪音クリスが立っていた。
「──空飛ぶノイズが何だってんだッ!そんな雑魚に手間取ってんじゃねぇッ!」
「雪音クリス……何故ここに!?」
「ちッ……こいつがピーチクパーチクやかましいから、ちょっと出張ってみただけ。それに勘違いするなよ?お前達の助っ人になった覚えはねぇッ!」
『助っ人だ。少々到着が遅くなったかもしれないがなッ!』
「な……むぐ……ッ!」
 その手に握っていた二課の通信機を通して、弦十郎が即座にそのツンデレを粉砕する。
 クリスはあっさり自分の言葉を否定され、言い返せなくなり顔を赤くする。
「助っ人……?」
『そうだ。第2号聖遺物『イチイバル』のシンフォギアを纏う戦士──雪音クリスだ!』
「クリスちゃ~んッ!」
 感極まってクリスに抱き着く響。慌ててそれを振り払おうとして、クリスはその手から通信機を落とした。

「ありがとう~ッ!絶対に分かり合えるって信じてた~ッ!」
「なッ……このバカッ!あたしの話を聞いてねぇのかよッ!」
「とにかく今は、連携してノイズを……」
 抱き着く響を振り払い、通信機を拾ってクリスは3人から離れる。
「勝手にやらせてもらうッ!邪魔だけはすんなよなッ!」
「ええッ!?」
「お前そこは空気読めよ……」
 クリスはそのままアームドギアのクロスボウを展開し、空中から迫るフライトノイズへと向けて放つ。
 綺麗に晴れ渡る青空に、季節にはまだ早いいくつもの花火が散った。
「傷ごとエグれば、忘れられるってコトだろ?イイ子ちゃんな正義なんて──」
「空中のノイズはあの子に任せて、私達は地上のノイズを!」
「は、はいッ!」
 払われるように爆散していく空中のノイズ達。
 地上に溢れるノイズらもまた、青き剣に斬り伏せられ、橙の四肢に叩き砕かれ、灰の刃に断たれて散る。

 そんな中、ノイズから距離を置く為に飛び退いた翼とクリスが、偶然にも互いの背中をぶつけてしまった。
「──ッ!なにしやがるッ!すっこんでなッ!」
「あなたこそいい加減にして。1人で戦っているつもり?」
 翼の一言が火をつけ、そのまま言い争いへと発展してしまう。
「あたしはいつだって1人だッ!こちとら仲間と馴れ合ったつもりはこれっぽっちもねぇよッ!」
「む……ッ!」
「確かにあたし達が争う理由なんてないのかもな?だからって、争わない理由もあるものかよッ!この間までやり合ってたんだぞッ!そんな簡単に人と人が──あ……」
 クリスの口を閉じたのは、拳と握られたその手を優しく包む響だった。
「……できるよ。誰とだって仲良くなれる」
 そう言って響は、もう片方の手で翼と手を繋ぐ。
 響を介して、翼とクリスの手が繋がれた。

「どうしてわたしにはアームドギアがないんだろうって、ずっと考えてた。いつまでも半人前はやだなーって。でも、今は思わない。何もこの手に握ってないから、2人とこうして手を握り合える!仲良くなれるからねっ!」
 2人を交互に見て微笑む響。
「立花……」
 その言葉に、翼はその手に握っていた刀を足元に突き刺すと、その右手をクリスの方へと差し伸べた。
「──手を」
「あ、あ……むぅ……」
「ん」
「あ……うう……」
 しばらく悩んだ後、迷うようにゆっくりと、クリスはその左手を翼の手へと伸ばす。
 翼は焦れったくなり、そのままクリスの手を掴む。
「ひゃ──ッ!?きゅ、急に掴むなっての……。このバカにあてられたのかッ!?」
「そうだと思う。そして、あなたもきっと」
「……冗談だろ?」
 微笑む翼に、頬を赤らめながらクリスは顔をぷいっと逸らす。
 そんな2人を、響は笑いながら見守っていた。

「……3人とも、仲直りは終わったか?」
 そこへ、3人が言葉を交わしている間に邪魔が入らぬよう、露払いを続けていた翔が降り立つ。
 その直後、空に浮かぶノイズの影が4人を覆った。
「……どうする?親玉をやらないと、キリがないぞ」
「だったら、あたしに考えがある。あたしでなきゃ出来ないことだッ!」
 クリスの言葉に、一同の視線が彼女に集まる。
「イチイバルの特性は、超射程広域攻撃。──派手にぶっ放してやるッ!」
「まさか、絶唱を──」
「ばーかッ!あたしの命は安物じゃねぇッ!」
「ならばどうやって?」
「ギアの出力を引き上げつつも、放出を抑える。行き場の無くなったエネルギーを、臨界まで貯め込み、一気に解き放ってやる!」
 自信満々に笑ってそう語るクリス。
「だが、チャージ中は丸裸も同然。これだけの数を相手にする状況では、危険すぎる!」
「そうですね……だけどッ!わたし達がクリスちゃんを守ればいいだけのことッ!」
「露払いなら慣れている。任せてもらおうか」
「ッ……!」
 驚くクリスに微笑みかける響と翔、釣られて翼も頬を緩める。
 3人が地上のノイズ達へと向かい、それぞれの武器を構えた……。



 その時だった。

シュタッ……

「ッ!?何だ!?」
 彼らの目の前に突如、全身を包む黒地に青のアンダースーツの上から、各関節部にオレンジ色のパイプのようなパーツが存在するプロテクターを着た、謎の存在が着地した。
 その顔は黒いバイザーと、口を覆うマスクが付いたメットで隠されている。
「誰ッ!?」
「何者だ!」
 響、翔、翼が警戒する中、クリスはその姿を見て驚いたように目を見開いた。
「おい……うそ、だよな……?まさか……」
 その様子に、3人はクリスの方を振り向く。
 クリスは肩を震わせ、いやいやをするように首を横に振りながら、目の前にいる鎧の少年に呼びかけた。
「……ジュンくん、なのか……?」
「……」
 鎧の少年は一言も喋ること無く……ただ、その言葉にコクリと首を縦に振って答えた。
「「ッ!?」」
 驚く響と翼。しかし、誰よりも驚いているのは誰なのか、それは言うまでもない……。
「純……!?なんで、どうしてお前が……!?」
 カ・ディンギルの起動が迫る中、それはかつてない試練として、装者達の前に立ち塞がった。 
 

 
後書き
原作の名シーンと言えるやり取りに入る隙がない場合、翔くんをどうしておくか……。カレーに溶け込んだ玉ねぎ、と称されるレベルで違和感なく溶け込ませる為に、常に考えてます。

紅介「オイオイ、街がノイズだらけってマジかよ!?」
飛鳥「学園の地下にある避難シェルターが開放された。これは一大事だぞ!」
流星「でも、僕たちにはやるべき事がある…」
恭一郎「他の生徒達の避難誘導。翔や純ならきっとそれを最優先するはずだ。しかし、今は2人とも学園に不在……。つまりは──」
紅介「……俺達の出番、だよな。よっしゃ!そうと決まれば、活動開始だぜ!」
恭一郎「では点呼!加賀美恭一郎、コードネーム『ミラーナイト』!」
紅介「穂村紅介、コードネーム『グレンファイヤー』!」
飛鳥「大野飛鳥、コードネーム『ジャンバード』!」
流星「大野流星、コードネーム『ジャンスター』!」
4人「「「「我ら、U(アルティメイト)F(フレンズ)Z(ゼータ)!学園の危機は、俺(僕)達が救う!!」」」」
恭一郎「各自散開!各フロアに分かれ、避難誘導!」

今日のアイオニアン組でしたー。ちなみに翔を含めて6人なのでゼータです。
あと、土日の更新は(うっかり筆が早まって書き上げない限りは)お休みです。その間にビッキーの誕生日特別編を書き上げますので!
残された時間は、あと1週間……。

アイオニアン音楽院:リディアン音楽院の姉妹校にして、男子校。概要はほぼリディアンと変わらないが、その地下には二課に繋がる通路が通っている。と言っても、二課へと直通しているのではなく、二課のエレベーターホールへと続く通路と貨物運搬用の電動トロッコの線路が走っているのみである。
かつては男性のシンフォギア候補者を探す為の研究施設であったが、エネルギー固着型プロテクターが生物学上、男性には装着する適性がないと言う研究結果が決定打となりプロジェクトは頓挫。シェルター以外の施設は既に破棄されている。

次回……。
遂に再会した王子と姫君。
友と交える拳は、果たして何処へ向かうのか。
次回、『繋いだ手だけが紡ぐもの』
"ちゃんと歌ってるシンフォギアSS"は、次回もしっかり歌っているぜ! 

 

第52節「繋いだ手だけが紡ぐもの」

 
前書き
さあ、いよいよ原作無印10話までやって来ました。
果たして純クリはどうなるのか……。ドキドキしながらお読みください! 

 
「純……!?なんで、どうしてお前が……!?」
 現れた鎧の少年は、ただ無言でこちらを見ている。
 翔は、こちらの声に答えない親友に問いかけ続ける。
「その沈黙は何だよ……答えろよ!なぁ!?」
「まさか……あのマスクで喋れないんじゃないかな?」
 響の言葉にハッとなる翔。
「そうなのか、純!?」

 その瞬間、純の鎧を虹色の保護膜が包み込む。
「ッ!?あの光は……」
「まさか、RN式!?」
 純は拳を握り、こちらへと向かって駆け出す。一瞬にして、純の姿が消えた。
「ッ!消え……」

 気がつけば、翔の身体が宙を舞っていた。
 あまりの速さに、勢いを乗せて飛び蹴りされたのだと気付くのにしばらくかかった。
「翔くんッ!」
「翔ッ!」
「くッ!?」
 吹き飛ばされる身体に向けて、前転からの踵が振り下ろされる。
 防御の姿勢を取った直後、交差させた腕で踵を受け止め直下のビル屋上へと叩きつけられる。
 ビルの天井と床に穴を開けながら2、3フロア分ほど落下し、ようやく止まる。
 空いた穴から見上げた友の顔は、仮面の裏に隠され、見る事は適わない。
「純……お前、いったい……」

「アウフヴァッヘン波形確認……こっ、この反応は……!」
 二課本部のモニターに表示されたその聖遺物の名前に、弦十郎が驚きの声を上げた。
「“アキレウスの鎧”……だとぉ!?」
 アキレウスの鎧。それはかつて日本政府が、国外から研究の為に譲り受けたものであり、RN式回天特機装束の開発に使うため、了子が利用を申請した聖遺物だ。
 それがいつの間にやら、未知のRN式回天特機装束として、敵の刺客に与えられているという現状。
 弦十郎は確信する。この一連の流れ、黒幕は友人にして二課の科学部門を担当する彼女……櫻井了子の仕業であると。

「アキレウスの鎧、か……。なるほど、その俊足も納得だ……」
 立ち上がると、穴からこちらを覗き込む親友を真っ直ぐに見据える。
 翔は彼の姿に、まるで自分が登ってくるのを待っているよう感じた。
(どうやら、操られているってわけじゃないらしいな……。って事は、何かワケありでフィーネ側についている、って事か。その上、マスクで口が聞けない。立花や姉さんを狙わず、わざわざ俺を狙っている辺り、俺に何かを訴えようとしているって考えてよさそうだな……)
 やがて、友は穴の縁から飛び込み、目の前に着地する。
 翔は通信機能で、他の面々に連絡する。

「皆、純は俺が何とかする。皆はノイズを殲滅してくれ」
『しかし、相手は未知の聖遺物を持つ相手だぞ?』
「親友の事は、俺が誰より分かってる。こんな事をするのは、何か狙いがあってやっているはずだ。だから1発ぶん殴って、あのマスクぶっ壊してみる」
『翔くん……無茶はしちゃダメだからね?』
 響の声に、翔は力強く答える。
「ああ、無茶するほどの事でもないさ。響、君は雪音を頼む。多分、激しく動揺しているはずだから、落ち着かせてやって欲しい」
『分かった!何とかしてみる!』
 通信を終えると、翔は両拳を握って構える。
「純、これで俺とお前の1対1だ。……お前が自分の意思で本気をぶつけて来てるんだ。手加減はしない、本気でかかってこい!」
 向き合う2人はしばらく睨み合い、やがて床を蹴るとそれぞれの拳を繰り出した。

 ∮

「そんな……ジュンくんが……」
 クリスは酷く動揺していた。
 助けようとしていた相手が、敵からの刺客として現れたのだ。しかも、その責任の一端が自分にあるとすれば、戦意を喪失するのも無理はない。
 引き金にかけていた指が離れ、クロスボウが足元に落ちる。クリスはそのまま膝を屈し、項垂れた。
「あたしの……あたしのせいだ……。あたしがあの時、シンフォギアで戦って、ジュンくんを助けていれば……こんな事には……」
「おい雪音ッ!」

 翼の声が響く。声の方向を見たクリスの目に映ったのは、新たに呼び出されたノイズ達を斬り伏せていく翼だった。
「何を項垂れている!お前がやらねば、誰があの親玉を倒すというのだッ!」
「ッ……!」
「お前とあのアキレウスの鎧を着た者が、どんな関係なのかは知らん!だが、あいつは翔が……私の自慢の弟が、必ず連れて戻るッ!だからお前は、お前の成すべき事を成せッ!」
「あたしの……成すべき事……」
 クリスは視界の端に転がるクロスボウを見る。
(あたしのやるべき事……やらなくちゃいけない事……。そうだ、やっと分かったんだ。あたしの夢は……あたしのやりたい事は……)

「クリスちゃん!」
 今度は響の声に振り向く。
 響もまた、クリスを狙おうとするノイズを片っ端から殴り倒していた。

「さっきの人、クリスちゃんにとって凄く大事な人なんだよね?」
「えッ!?あ、いや、その……」
 大事な人。そう言われ、反射的に誤魔化そうとして……そして気が付いた。
(いや……こんな風に素直じゃないから、自分の本当の気持ちに気付くまでこんなにかかっちまったんだよな……。別に否定する必要も無い事実だし、これはあたしがやりたい事にも関わってくる事だ……。なら、否定していいわけねぇよなッ!)

「……ああッ!あたしの帰りをずっと待ち続けて、待てなくなったからって態々迎えに来てくれるような大馬鹿野郎だッ!」
「へへっ、じゃあ、その人がクリスちゃんと帰れる場所、ちゃんと守らなくっちゃね!」
 響はクリスに向かって微笑むと、再びノイズ達へと向かっていく。
 周囲に敵はいない。今なら存分に、イチイバルの全砲門へとエネルギーをチャージ出来る。
 クリスはクロスボウを拾うと、その手に握り直してガトリング砲へと形状を変えさせる。
(……ったく、そこまで言われたら、あたしも引き下がれないじゃねぇか──)

 胸の歌が聴こえる。さっきまでの、荒んだ心から生まれた激しい歌とは違う、優しくて温かい、新しい歌が。
(なんでなんだろ?あんなにグシャグシャだった心が、今じゃこんなにも温かい……。あいつらから差し伸ばされた手を握ったからか?……でも、あの時握った手は、そんなに嫌じゃなかったな……)
 両肩に4本の巨大ミサイル。変形したスカートからはミサイルポッドが展開され、背中のミサイルは発射台の下にアンカージャッキが展開され、身体を支える。
 クリスの身体中に光が、力が溢れ満ちていく。クリスの胸に燃える魂を形にしていく。
(こいつら倒して、純くんをこっちに引き戻すッ!そして、あたしは……ッ!)
 発射までは、もう間もなくだ。

(誰も、繋ぎ繋がれる手を持っている……。わたしの戦いは、誰かと手を繋ぐことッ!)
 殴り、蹴り、受け流して更に殴る。響はクリスの邪魔に入ろうとするノイズらを蹴散らしながら、胸の中で宣言する。
(叩いて壊すも、束ねて繋ぐも、力……。ふふ、立花らしいアームドギアだッ!)
 決意に満ちた眼差しで戦うその姿に、翼もまた、研ぎ澄まされた刃で答える。
 やがてクリスのギアに蓄積されたエネルギーが臨界を迎える。
 2人はクリスの方を振り向くと、同時に叫んだ。
「「──託したッ!」」
(託されて──やらぁッ!)
「ぶっ放せッ!激昴、制裁、鼓動!全部ッ!」
 空を見上げて胸に誓う。もう、自分の弱さに涙は零さない。だって、やっと見つけたんだから……自分の、本当にやりたい事を!

〈MEGA DETH QUARTET〉

「嗚呼ッ!二度と……二度と迷わない!叶えるべき夢をッ!」
 嵐のように撃ち出される弾丸と無数のミサイルが、断罪のレクイエムとしてノイズ達へと向かって行く。
 雑音共を千切り、爆ぜさせ花火とする。しかして穏やかで明るい、未来への歌が戦場には広がっていた。
 残っていた2体の空中要塞型ノイズも粉々になり、街の空からは風に飛ばされていくばかりの炭塵が舞っていた。
 やっと見えたと気が付けた、両親から託されたその夢を胸に、クリスはようやく全ての弾を撃ち尽くして銃口を下ろす。
 この歌はきっと、彼にも届いているだろう。そして、天国から見守っているであろう両親にも……きっと……。

 ∮

 翔と純の戦いは、傍から見れば接戦であった。
 アキレウスの鎧の性質により、高速戦闘で畳み掛けようとする純。更に、その左腕から展開された盾が、翔の得意とする打撃技を的確に弾き返し、拳を弾いたその隙に、その盾を鈍器に殴り付ける。能動的カウンターと素早い動きを組み合わせた、素人とは思えない戦法で翔を追い詰めようとしている。

 しかし、速さと手数で上回ったところで翔も負けてはいない。ギアの扱いに加え、実戦経験では護身術を習っていただけの純よりも、何度もノイズと戦い、敗北が死に直結する修羅場を潜り抜けてきた翔の方が上だ。
 殴打での攻撃を盾でカウンターされる事に気がつくと、フェイントを仕掛け、盾を構えた瞬間に押し蹴りで体勢を崩させ、その隙に素早い蹴撃を叩き込む。
 ビル内を吹き抜ける風と、一撃一撃が決まる度に広がる衝撃波。既にオフィス内は散らかり放題。室内を台風が抜けていったような有様だ。しかし、接戦に見えた戦いも、スピードを除けば実の所純の方が押され気味であり、やがてその差はどんどん如実になっていく。

 やがて、翔の蹴りが純の胸部アーマーのど真ん中に突き刺さり、純は後方へと勢いよく吹き飛ばされる。
 壁にめり込み、そのまま崩れるように床へと落ちる。しかし、気絶することはなく、何とか意識を保って地に足を付けたその時だった。
 純のRN式回天特機装束のメットパーツ、その耳当て部分が赤く発光し、音を立てて点滅し始めたのだ。
「ッ!?なんだ……!?」
 翔は困惑した。まさか、自爆装置では……!?

 しかし、その不安は直ぐに不要なものへと変わる。なんと、純の身を包むRN式の効力を表す虹色の保護膜が、揺らぎ始めたのだ。
(保護膜が消えかけている?……まさか、時間切れッ!)
 翔の表情から、もう自分が戦える時間は長くない事に気が付いていると察した純は、人差し指を立てて翔へと向ける。
(あれは……メッセージ?人差し指を立てて……挑発するハンドシグナル……。『あと一撃で決着を付けよう』って事か……)
「いいぜ……。そのマスク、この一撃で破壊するッ!」
 両者拳を握り締め、互いに睨み合う。
 示し合わせたかのようなタイミングで駆け出すと、2人は互いの顔へと向けて、その拳を突き出した。

 クロスカウンター……それぞれの腕が交差し、相手の顔へと放たれる渾身の一撃。
 相手の顔に拳を入れる事に成功したのは……翔だった。
 次の瞬間、メットのマスク部分に亀裂が走り、破損して床へと落ちる。やっと口を聞けるようになった純は、勝利した親友へと賞賛を送る。

「やっぱり翔はすごいや……。僕の意図をちゃんと把握して、それに応えてくれた……。本気でぶつかった価値はあったよ……」
「まったく……無茶振りしやがって……。俺がお前の意図を読めず、困惑していたらどうするつもりだったんだ?」
「それはないよ……翔なら絶対気付いたはずさ。僕が本気で殴って来るなら、君は僕に何かあるんだって察してくれるだろう?」
「やれやれ……この王子、俺の性格読んだ上で本気で殴ったのかコノヤロー」
 苦笑いしながら、そのメットを外させる翔。
「あ……何かフラフラする……。ちょっと無茶したかな……」
「7分も戦ってたからな、お前」
「7分も!?そっか……4分も限界を超えたんだ……」
 翔に肩を貸されて、純はビルの外へと出ていく。

 すると、その耳には懐かしく、ずっと聴きたがっていた歌声が響き渡っていた。
「……この歌は……ああ、クリスちゃんの……!」
 最愛の姫君の歌声に、ようやく魔女から解放された王子は心を躍らせた。

 ∮

「やった……のか?」
 最後のノイズにトドメを刺し、翼が空を見上げて呟く。
「ったりめぇだッ!」
「あはッ!」
 空から地上へと降り注ぎ、風に吹かれて消えていく燃え滓と炭塵。
 スカイタワーの下で、ギアを武装解除した3人は合流した。
「やったやった~ッ!」
 響が勝利を喜び、飛び跳ねながらクリスへと抱き着く。
「やめろバカッ!何しやがるんだッ!」
 響を引き剥がすクリス。
「勝てたのはクリスちゃんのお陰だよ~!うひひひひ~!」
 もう一度抱き着く響。再び引き剥がすクリス。
「だから、やめろと言ってるだろうがッ!いいかッ!お前達の仲間になった覚えはないッ!あたしはただ、フィーネと決着を付けて、やっと見つけた本当の夢を果たしたいだけだッ!」
「夢?クリスちゃんの?どんな夢?聞かせてよっ!」
 またしても抱き着く響。
「うるさいバカッ!お前、本当のバカーッ!」
 三度響を引き剥がし、クリスは響から離れて叫んだ。
「えへへへ~」

「立花、あまり過度なスキンシップはそこの2人を嫉妬させるぞ?」
「ほえ?」
 響が振り向くと、そこにはギアを解除した翔と、翔に肩を貸されて歩いて来る純の姿があった。
「響、姉さん、雪音、3人ともお疲れ」
「翔くん!そっちも上手くいったんだね?」
 響が駆け寄ると、純は自分から翔の肩を離す。
「純、もういいのか?」
「大丈夫……。翔は自分のお姫様を、労ってあげるといい」
 そう言って純は、クリスの方へと歩いて行く。
「翔くん、あの人って、あの時未来と一緒にいた……」
「爽々波純。俺の親友にして……雪音の帰る場所、かな」
 そう言って翔は響を背後から抱き締めて充電しながら、2人の再会を見守った。
「やれやれ……。戦場でイチャイチャするなど……いや、もう終わった後なので、戦場ではなくなったがな」
 少し呆れたように、それでいて優しい声で翼も、2人の邪魔をしないように翔と響の隣へと並んだ。

「ジュンくん……」
 僕の方を見て、クリスちゃんが駆け寄って来る。
「クリスちゃん……」
 RN式の効力が切れ、今身にまとっている鎧は、ただの何の変哲もないプロテクターになっていた。
 自分の無茶は分かっている。すぐに戻るって約束したのに、こんなに遅くなってしまったのも悪いと思っている。
 何より、彼女を深く悲しませる事になってしまった事は、僕にとってはとても重い罪だ。
 だから、頬を打たれようが、殴られようが仕方ない。そう覚悟して、目を閉じた。
 ……彼女の足音がすぐ目の前まで来た。しかし、頬に広がる痛みは無い。代わりに、鎧越しなので分かりにくかったが……背中に手が回された事に気が付いた。
「ここか……?」
 ガチャリ、と音がしてロックが外れる。
 次の瞬間、胴体を覆っていたアーマーが外れて地面へと落ちる。
「よし。これでようやく……」

 目を開けるのと、その温もりに包まれたのはほぼ同時だった。
 クリスちゃんはアーマーが外れた僕に、思いっきり抱き着いていた。
「クリスちゃん……怒らないのかい……?」
「ったりめーだろ……悪いのはあたしなんだから……。あたしがあの時逃げ出さなければ、ジュンくんがこんな事する必要は……」
「……ごめんね。辛い思いをさせてしまって……」
 俯く彼女の背中に手を回す。小さな背丈の彼女は、腕の中にすっぽり収まるだけでなく、丁度その頭が僕の胸の位置に来る。
「……ジュンくん……あ、あたし……ジュンくんにずっと、言いたかった事があるんだ……」
「……なんだい?」
 少し彼女から離れると、その顔を真っ直ぐに見つめる。
 僕の顔を見上げながら、クリスちゃんは意を決したように言葉を紡いだ。

「その……あたしの事、ずっと待っててくれたんだよな……?」
「一日たりとも、忘れるもんか」
「……小さい時の約束も、覚えてるんだよな……?」
「その約束があったから、今の僕がいるんだ」
「……ッ!……じ、じゃあ……い、今のあたしを見て……どう、思う?」
 クリスちゃんは、少し自信なさげにそう呟いた。声が小さくなり、彼女は俯く。
「こ、言葉もぶっきらぼうだし……銃とかミサイルぶっ放つし……性格だってひねてるって言われたし……。あの約束を、殆ど全部叶えてるようなジュンくんと比べたら、あたしは……」

「……クリスちゃん。お姫様の条件って、なんだと思う?」
「え……?」
 僕の言葉に、クリスちゃんは首を傾げる。その可愛らしい様子にくすっ、と微笑む。
「簡単さ。“王子様が選んだ女の子であること”。それだけがその条件だと、僕は思ってる」
「王子様が……選んだ……?」
「そう。僕はあの日からずっと、理想の『王子様』を目指してここまで自分を磨いてきた。今の僕は、それを名乗るに相応しい男になれたと自負している。なら、あとは約束のお姫様を迎えに行くだけだ。そして、その王子様が迎えに行く女の子が『お姫様』でないわけが無い。そうだろう?」
「ッ!じ……じゃあ、あたしは……」
「あの約束を交した日からずっと、クリスちゃんは変わらず、僕のお姫様だよ。どれだけ性格がひねくれたって、どれだけ口が荒っぽくなったって……どんなに君が変わっても、君は僕にとってそういう存在である事に、変わりはないのさ。さっきのシンフォギア……イチイバル、だっけ?ドレスみたいで、とっても似合ってたよ」
「ッ!!」

 クリスちゃんの顔が、耳まで真っ赤になる。
 その顔はとても可愛らしくて、思わずこの胸に抱き締めてしまった。
 ああ……長かった。8年間、ずっと待ち続けてきたその日が、ようやく訪れたんだ。これほど嬉しいことはない……。
「おかえり、クリスちゃん……。それとも、僕の方がただいま……なのかな?」
「……ばーか。……ただいま……あと、おかえり……ジュンくん……」
 そう言ってクリスちゃんは、僕の首元へと手を回した。
 足元を見ると、つま先立ちで僕の身長に追い付こうとしている。何をしようとしているのかは、すぐに察することが出来た。
「それから……大好き」
「ああ……、僕もさ。愛してる」
 つま先立ちで背伸びしているクリスちゃんへと、そっと顔を近づける。
 目を閉じるクリスちゃんの頭と背中に手を回して、その唇を優しく奪った。

「……なんというか……凄いね」
「俺たちの時とはまた違った告白だな」
「つい、カメラで撮ってしまった……。見守り隊の癖が伝染っているな……」
 響、翔、翼の3人はその告白を見て、静かにそうコメントしていた。
 その時だった。響の通信機のアラートが鳴った。
「……はい?」
『──響ッ!学校が、リディアンがノイズに襲われ──ッ』
 聞こえて来たのは未来の声。しかし、その通信は途中で途切れ……あとはツー、ツー、という音が流れるのみだった。
「あ……。……え──?」
「なッ……!?」
 決戦の時が、刻一刻と迫っていた。 
 

 
後書き
タネ明かしすると、フィーネの脅しは全て嘘だったりします。
負ける、というのをどう判定するのか。二課に侵入しているのに、敗北した事をどうやって知ってソロモンの杖を使うのか。この辺りを考えるとブラフだと分かるはずです。いや、深読みするとその方法を考えたくなっちゃいますけどね。
次回、カ・ディンギル編突入!お楽しみに!

アキレウスの鎧:ギリシャは叙事詩イーリアスに名高い大英雄、アキレウスの名を持つ鎧。主に脚力を重点的に強化することで、装着者に最速の脚を与える。
また、アキレウスの伝説にある通り、その防御力は極めて高く、尚且つ素材はとても軽い。武器となる得物は存在しないが、左腕に装着されている盾は使用者の意志に合わせて自在に変形する機能を有しており、戦局に応じて様々な使い方で使用する事が出来る。有り体に言えば、フリスビーにもなれるワカンダシールド。
ちなみに伝説通り、踵の部分に存在する小型ジャッキが初動の加速力を生むため、破壊されればそのスピードを大幅に削がれてしまう。
スピード、ディフェンス特化型。即ち、最速最短で戦場を駆け巡り、姫の元に駆け付け守護する為の力と言えるだろう。 

 

第53節「リディアン襲撃」

 
前書き
無印最終章、突入!
そして遂に今回は、司令のターン!OTONAの拳が全てを砕く!

ところで遂にとうとう、XDUではひびみく連携技が出ましたね。
そしてまーた393を惚れ直させてるビッキーよ……。流石おっぱいのついたイケメン。
え?伴装者世界だとどうなのって?
リディアン主催のイベントだから仕方なく撮影側に回る翔くんと、王子役を演じるにあたって純くんに色々教えてもらう響……ですかね。
劇が終わった後で楽屋まで来た翔くん見て、未来さんが思い付いたように翔ひびでメモリアのイラストになってるシーンやらせてくれる……とか。

さーて、それじゃあクライマックス突入!
ここから怒涛の展開の連続だから、覚悟してくださいね! 

 
 バオォォォォンッ!
 
 巨大な強襲型ノイズ達が、リディアンの校舎を蹂躙していく。
 朝までの平穏は踏み躙られ、潰れ、壊され、消えて行く。
 避難指示を受け、悲鳴を上げながら逃げ惑う生徒達。銃や戦車といった現代兵器による飽和攻撃を仕掛けるも、位相差障壁の前には届かず、破壊された戦車の爆発に巻き込まれ命を散らしていく自衛隊、特異災害対策機動部一課の隊員達。
 しかし、命を散らしながらも懸命に立ち向かう彼らの奮闘により、生徒は誰一人として欠けることなくシェルターへと逃げ延びる事が出来ていた。
 
「落ち着いてッ!シェルターに避難してくださいッ!……落ち着いてね」
 避難誘導を手伝う未来の元へ、安藤らいつもの3人が駆け寄る。
「ヒナッ!」
「みんな!」
「どうなってるわけ?学校が襲われるなんてアニメじゃないんだからさ……」
 困惑し、不安げな表情を浮かべる板場。
「皆も早く避難を」
「小日向さんも一緒に……」
「先に行ってて。わたし、他に人がいないか見てくるッ!」
 寺島の言葉へ首を横に振り、走り去る未来。
「ヒナッ!」
「君達!急いでシェルターに向かってください!」
 そこへ、銃を抱えた隊員が走って来る。
「校舎内には、ノイズが居て──ッ」
 次の瞬間、天井を突き破り現れたフライトノイズが、その隊員の胸を刺し貫く。
 あっという間にその隊員は、ノイズと共に炭化し、崩れて消えた。
「ッ……!きゃああああああああぁぁぁッ!」
 
 ∮
 
「誰かー?残っている人はいませんかー?」
 逃げ遅れた生徒を探す未来。そこへ、爆発音と共に強い振動が押し寄せる。
 外を見るとそこには、崩れ落ち煙を上げる校舎と、敷地内を跋扈するノイズの群れ。
 リディアン音楽院は、見るも無残な姿と成り果てていた。
「……学校が、響の帰って来る所が……」
 その時、勢いよく窓ガラスを割って3体のクロールノイズが侵入し、未来の方を見る。
「──ッ!?」
 次の瞬間、その体を紐上に変化させたノイズ達が未来を目掛けて突撃する。

「くッ!」
 見慣れた黒服の青年が、一瞬素早く未来の身体を抱いて床へと身を投げ出す。
「あ……う……お、緒川さん?」
「……ギリギリでした。次、上手くやれる自信はないですよ?」
 いつもの余裕を崩さない笑みを向けると、緒川は未来の手を引いて立ち上がらせる。
 振り返ると、狙いを外したクロールノイズは、見慣れたカエル型の姿に戻る。
「走りますッ!三十六計逃げるに如かずと言いますッ!」
「は、はいッ!」

 未来の手を引き走る緒川。目の前にあるエレベーターのボタンを押し、未来が飛び込んだ瞬間、自身もその中へと飛び乗り、二課の通信機をかざす。
 扉が閉じ、更にシャッターが閉まるエレベーター。その僅かな隙間を潜って、クロールノイズは侵入しようとする。
 しかし、間一髪。エレベーターが降下を始め、クロールノイズ達はエレベーターへと侵入することなく、リディアンの1階エレベーター前に取り残された。
 ホッと息を吐き出し、床へとへたり込む未来。緒川は通信機を弦十郎へと繋げた。
 
「……はい、リディアンの破壊は、依然拡大中です。ですが、未来さん達のお陰で、被害は最小限に抑えられています。これから未来さんを、シェルターまで案内します」
『わかった、気を付けてくれ』
「分かりました。それよりも司令、カ・ディンギルの正体が判明しました!」
『なんだとッ!?』
「物証はありません。ですが、カ・ディンギルとはおそらく──ッ!?」

 その時、エレベーターの天井が音を立てて凹み、窓ガラスに亀裂が走る。
 天井を破って現れた人物。未来の悲鳴が、エレベーターシャフト内に反響した。
「きゃああああああッ!?」
『どうした、緒川──ッ!』
 途切れる通信。緒川は、天井から入って来たその人物に首を掴まれ、持ち上げられていた。

「う、うう……」
「こうも早く悟られるとは……。……何がきっかけだ?」
 腰まで伸びた金髪に、全身を覆う刺々しい黄金の鎧。ネフシュタンを纏ったフィーネは、それを突き止めた緒川を睨みながら問い詰める。
「塔なんて目立つものを、誰にも知られることなく建造するには、地下へと伸ばすしかありません……。そんな事が行われているとすれば、特異災害対策機動部二課本部──そのエレベーターシャフトこそ、カ・ディンギル!そして、それを可能とするのは──」
「……漏洩した情報を逆手に、上手くいなせたと思っていたのだが──」
 
 ポーン
 
 エレベーターがフロアに着いた音が響く。
 ドアが開いた瞬間、緒川はフィーネの手を振り解いてそこを飛び出すと、懐から取り出した拳銃を3発連続で発射する。
 剥き出しの生身、腹部に命中した弾丸はその皮膚を突き破ることなく潰れ、全て床に落ちた。
「ネフシュタン……ッ!ぐああーッ!」
 エレベーターから飛び出した際に距離を取っていた緒川。しかし、フィーネはネフシュタンの鞭を振るい、緒川の身体を締め上げる。
「緒川さんッ!」
「ぐっ……うっ……ぐああッ……!み、未来さん……逃げ、て……」
「ッ!……くっ……このっ!」
 緒川に逃げるよう言われたが、未来は逃げない。目の前の緒川は放っておけないし、何より響と約束したのだ。帰る場所は守ってみせると。
 未来はフィーネの背に体当たりする。しかし、フィーネは微動だにしなかった。
「……」
「ひっ……」
 背後を振り返り、未来をひと睨みするフィーネ。
 縛り上げていた緒川を投げ下ろすと、彼女は未来の顎に指を添えた。

「麗しいなぁ。お前達を利用してきた者を守ろうというのか?」
「利用……?」
「何故、二課本部がリディアンの地下にあるのか。聖遺物に関する歌や音楽のデータを、お前達被験者から集めていたのだ。その点、風鳴翼という偶像は、生徒を集めるのによく役立ったよ。フフフ、フハハハハ……」
 高笑いと共に、デュランダルの保管されている区画へと立ち去ろうとするフィーネ。

 その背中を毅然と見据え、未来は声を張り上げた。
「嘘を吐いても、本当の事が言えなくてもッ!誰かの生命を守るために、自分の生命を危険に晒している人がいますッ!わたしはそんな人を……そんな人達を信じてる!」
「チッ!」
 苛立ちを露にした表情で振り返ったフィーネは、未来の頬を叩き、その襟首を掴んで更にもう一度叩いて床へと落とした。未来は床に膝を着き、倒れ込む。
「まるで興が冷める……!」

 フィーネは床に倒れた2人を置いて、了子の通信機を手に廊下の奥へと向かう。最奥区画アビスへと続く自動扉のロックを開けようとしたその時、銃声と共に通信機が破壊された。
「ッ!」
「デュランダルの元へは、行かせませんッ!」
 振り返ると、何とか立ち上がった緒川が拳銃を構えていた。これ以上は拳銃も意味をなさない。緒川は拳銃を投げ捨て、直接戦闘の構えを取った。
「……ふん」
 
 両手の鞭を構えるフィーネ。その時、何処からともなく新たな声が響く。
 
「待ちな、了子」
 
「ん……?」
 次の瞬間、大きな音とともに天井が崩れ落ち、瓦礫の立てた煙の中から赤いワイシャツの巨漢が現れる。
 それを予想していたのか、フィーネは一瞬呆れたような表情を浮かべ、直ぐに凶悪な笑みを顔に貼り付けると、その男を睥睨した。
「……私をまだ、その名で呼ぶか」
「女に手を上げるのは気が引けるが、二人に手を出せば、お前をぶっ倒すッ!」
「司令……」
 フィーネを真っ直ぐ見据え、拳を握り構えるその男の名は、特異災害対策機動部二課司令官、風鳴弦十郎。
 通信が途切れた事から、フィーネは2人が乗るエレベーターを襲い、アビスへと向かった事を察して、その拳で床をぶち抜きながら駆け付けた、二課最強……いや、人類最強と言っても過言では無い男である。

「調査部だって、無能じゃない。米国政府のご丁寧な道案内で、お前の行動にはとっくに気付いていた。あとはいぶり出すため、敢えてお前の策に乗り、シンフォギア装者を全員動かして見せたのさッ!」
「陽動に陽動をぶつけたか。食えない男だ。──だがッ!この私を止められるとでもッ!」
「おうともッ!一汗かいた後で、話を聞かせてもらおうかッ!」

 弦十郎が床を蹴るのと同時に、フィーネもネフシュタンの鞭を振るう。
「とうッ!はッ!」
 それを弦十郎は身を逸らして躱し、もう片方の鞭を跳躍して回避。天井の一部を掴んで体勢を整え、その天井を足場にして加速する。
「はああああああッ!」
 フィーネに躱された拳は、当たった床を砕く。
 しかし、その衝撃波がフィーネのネフシュタンの一部に亀裂を走らせた。
「何ッ!?」
 そのまま飛び退き、弦十郎の背後に回って距離を取る。
 亀裂は即座に再生していくが、直撃すればただでは済まないと確信したフィーネは、弦十郎の背後を取ったこの瞬間を狙い、その鞭を勢いよく振り下ろした。
「肉を削いでくれるッ!」
 しかし、振り返った弦十郎はノータイムでその鞭を両方掴むと、響が以前クリスにしたのと同じように、その鞭を引っ張ってフィーネの身体を引き寄せる。
「なッ!?」
「はあああああッ!」
 下から振り上げられたその拳は、フィーネの腹部ど真ん中に命中し、その身体を天井まで高く打ち上げた。
 
〈俺式・剛衝打〉
 
「ぐは……ッ!?」
 弦十郎の拳が直撃し、その背後まで吹き飛ばされ、フィーネの身体が床に叩きつけられる。
 弦十郎は掲げた拳を下ろし、フィーネの方を振り返る。
「な、生身で完全聖遺物を砕くとは……。どういう事だッ!?」
「しらいでかッ!飯食って映画見て寝るッ!男の鍛錬は、そいつで十分よッ!」
 フィーネを睨みながら、理路整然としないトンデモ理論をさも当たり前のように豪語する弦十郎。しかし、それで本当にここまでの戦闘力を手に入れたというのだから、この男は恐ろしい。その身一つで憲法に触れる戦闘力、とさえ言われる実力は伊達ではないのだ。

「なれど人の身である限り、ノイズには抗えまい──ッ!」
「させるかッ!」
 ソロモンの杖を向けるフィーネ。しかし、それを許す弦十郎ではない。
 震脚で床を破壊、その瓦礫を蹴り飛ばしてフィーネの手からソロモンの杖を弾き飛ばす。
 フィーネの手を離れたソロモンの杖は、クルクルと勢いよく回って天井へと突き刺さった。
「な──ッ!?」
「ノイズさえ出てこないのなら──ッ!」
 ソロモンの杖を失って動揺したフィーネの隙を突き、弦十郎は跳躍。拳を握り飛びかかる。
 緒川と未来、2人が弦十郎の勝利を確信した……その瞬間だった。
 
「──弦十郎くんッ!」
 
「あ……」
 その声と表情に、弦十郎はつい一瞬だけ戸惑った。
 何故ならそれは、長年苦楽を共にしてきた友人のものだったから。
 相手がもはや自分の知る彼女ではないとしても、弦十郎は彼女にトドメを刺す事を躊躇ってしまった。
 そして、フィーネはその僅かな隙を逃さない。鎧の一部でもある鞭を刺突武器として、弦十郎の腹に風穴を開けた。
「司令ッ!」
「がはっ……ッ!」
 鮮血が弦十郎の口から吐き出され、傷口から噴き出した血が床に血溜まりを作る。

「──いやああああああああああああッ!」
 廊下全体に反響する、未来の悲鳴。
 意識を失い倒れる弦十郎のポケットから、フィーネは血に濡れた通信機を奪い取る。
「抗おうとも、覆せないのが運命(さだめ)というものなのだ」
 鞭を伸ばしてソロモンの杖を天井から引き抜くと、それを倒れた弦十郎へと向けながら言い放つ。
「殺しはしない。お前達にそのような救済など、施すものか……」
 そしてフィーネは、弦十郎から奪い取った通信機でロックを解除すると、デュランダルを手中に収めるべく、アビスへと進んで行った。
「司令……司令ッ!」
 後に残された緒川は、弦十郎へと駆け寄る。
 未来はただ、何も出来ずに立ち尽くすしかなかった。
 
「目覚めよ、天を衝く魔塔。彼方から此方へと現れ出よッ!」
 とうとうアビスへと到達したフィーネは、保管されたデュランダルの前にあるコンソールを操作し、カ・ディンギルを起動させる。
 魔塔がその威容を現す瞬間は、間近に迫っていた……。
 
 ∮
 
 その頃、司令室の職員達は固唾を飲んで、街を埋めつくしたノイズの群勢と装者達の戦いを見守っていた。
 クリスの作戦が成功し、空中要塞型ノイズが爆発したまさにその時、司令室の扉が開く。
 負傷し、緒川と未来に支えられた弦十郎を見て、友里が驚いて立ち上がる。
「……司令ッ!?その傷は!?」
「応急処置をお願いします!」

 ソファーに寝かされた弦十郎のワイシャツを開き、友里と医療の心得がある職員が応急処置に当たる。
 その間に緒川は、友里の席のコンソールを操作し、響の通信機へと回線を繋ぐ。
「本部内に侵入者です。狙いはデュランダル、敵の正体は──櫻井了子!」
「な……ッ!」
「そんな……」
 緒川からもたらされた信じ難い事実に、藤尭、友里を始めとしたスタッフ達が驚愕する。

「響さん達に回線を繋ぎました!」
「……響ッ!学校が、リディアンがノイズに襲われているのッ!」
 未来が言い終わるその前に、モニターの電源が落ちた。
「何だッ!?」
 驚く緒川に、職員達がコンソールによる操作を試みながら答える。
「本部内からのハッキングです!」
「こちらからの操作を受け付けません!」
 立体操作型のコンソールが、強制的にシャットダウンされ消滅していく。
「こんな事が出来るのは、了子さんしか……」
 藤尭は、先程の言葉が事実だと確信する。もはや、二課の設備はフィーネの手により完全に掌握されていた。
「そんな……響……風鳴くん……」
 薄暗くなった司令室の中、未来の前に広がるモニターには、砂嵐が走り続けるだけだった。 
 

 
後書き
最終章、開始!
あ、もちろんOTONAの技名カットインは、やりたかったからやってみただけです(笑)
この回書いた時、無印10話見返しててふと思ったのが、弦十郎さんひょっとして恋愛面鈍いんじゃなくて、了子さんの事は好きだったけど伝えられなかったパターンなのでは?
と思っていたら、知り合いから先覚で「惚れた女」って言ってたよと報告されて確信。あの二人が弦→了だった事を確信しました。
職員B「本部が乗っ取られたー!」
職員A「しかも黒幕は了子さん!?そんな……あの了子さんが……」
職員B「僕達と過ごした時間は、全て嘘だったのか!?」
職員A「仕事の合間にお茶したり、ガールズトークで盛り上がったり……」
職員B「あのマイペースさに振り回されたり、翔くんと響ちゃん愛でたり……」
職員A「鑑賞会で笑いあったり、翼ちゃんを緒川さんとの事でからかって反応楽しんだり……」
職員A・B「あの日々は全部、嘘だったのか!?」
監視員「2人とも、途中からベクトル変わって来ててシリアスがシリアルと化してるッスよ!?」
黒服A「2人とも落ち着け!一番ショックなのは司令だということを忘れるなッ!」
職員A・B「「黒服A……」」
黒服A「確かに司令は鈍感だが、それでも司令にとって了子さんは……長年連れ添った、かけがえのないパートn……」
黒服B「今女房的な意味で言おうとしてたでしょ?このバカ、空気を読みなさい!」
黒服A「あだだだだ!痛いぞ黒服B!お前が割り込みさえしなければ、違和感なくシリアスに持っていけたかもしれないものを……!」
監視員「あー……本編はシリアス全開ッスけど、後書きの僕らはこうして変わらずワイワイやってるので、安心して欲しいッス」

見守り隊職員一同、本編では真面目に仕事してますのでご安心を。
ってかあの人達、今でこそ大きく分けて翔ひび派とおがつば派が手を組んでるけど、そのうち純クリ派も現れてより一層賑やかになるかもしれませんね。
G編越えれば更に賑わうんだろうけど……さて、そこまで続くかは作者にも。(とか言いつつ構想は練ってる)

次回、リディアンへと駆ける5人!果たしてその先で見たものとは!?
明日も見逃せないぞ! 

 

第54節「カ・ディンギル出現」

 
前書き
さてさて、原作より増えた装者達。ここから何処までが原作に沿うのか、どこからが逸れるのか。
期待を胸に、いざスクロールッ!

そういやクライマックスって事は、そろそろOP映像も変わりますね。
前回までなら、サビ前のネフシュタンのカットに純が居そう。
個人的には伴装者は無印OPに、翼さんと奏さんの写真とかサビの響と翼さんがノイズと戦ってるシーンで翔も加わってるイメージがあったり。
それではお楽しみください! 

 
「未来……無事でいて……ッ!」
「くッ、ヘリとか車とか、何でもいいから何かないのかよッ!?」
「今は自力で何とかするしかないッ!とにかく急ぐぞッ!」
 響、翼、クリス、3人のシンフォギア装者と、翔、純、2人のRN式適合者は、無人となった街を駆け抜け、リディアンへと向かっていた。

「……じゃあ、つまりリディアンの地下には、特異災害対策機動部の基地があるって事なのかい!?」
「ああ、そういう事だ。理解が早くて助かる」
 その道すがら、純は翔から自分達シンフォギア装者と、二課についての説明を受けていた。
「あのフィーネって人に、最低限の事は教えられたからね。シンフォギア・システムについてと、二課の存在については聞いてるよ」
「それにしても、まさか叔父さんが居たのにこうなるなんて……」
(二課がカ・ディンギルだと気づいた時点で、俺だけでも……いや、それでは純をフィーネの手から解放出来なかった。フィーネの奴、それも想定して……?)
 翔は改めて、黒幕の狡猾さに舌を巻いた。

「ごめんよ、翔。僕がフィーネからの脅しをブラフだって見抜けていれば……」
 純は申し訳なさそうに目を伏せる。
 純のアーマーの裏側には、確かに小さなケースに入ったネフシュタンの欠片が仕込まれていた。が、それはあくまでも格納されていただけであり、何も怪しい仕掛け等は用意されていない。
「仕方ないさ。……おそらく、フィーネもそこまで用意する時間がなかったのかもな。お前の登場そのものが想定外だったんだろう。だからブラフで誤魔化した……と、推測するしかない」
「そう……だね」
 しかし純は、口にこそ出さないものの、少しだけ納得出来ていなかった。
(あの人が僕を手駒にする気があったのは本当だろう。でも、本気で僕を最後まで利用する気はあったんだろうか……?)
 あの時、フィーネは自分を殺さなかった。その理由が、彼は未だ腑に落ちていないのだ。
(気まぐれとか、殺すのが惜しくなったとか言ってたけど、あれは……)
 
「しかし、スカイタワーをカ・ディンギルだと誤認させ、その上であれだけのノイズでの足止め、更に先程の小日向からの連絡……。最初からリディアン、もしくは特異災害対策機動部二課が狙いと見て、間違いなさそうだな……」
「未来……」
 未来を心配し、暗い表情を見せる響。翔は響の隣に寄ると、その肩に手を置いて言った。
「本部には叔父さんも、緒川さんもいるんだ。大丈夫さ」
「……うん……」
「でも翔、通信が途切れたってことは、つまり二課はとっくにフィーネの手に墜ちているって事になるよね……?戻ったとして、地下にある基地までどうやって向かうのさ?」
 純の言葉に、翔は少し考えて……やがて、ある事に思い当たった。
「リディアンが元々、適合者を探す為の研究施設だって事は話したよな?」
「うん……」
「それは姉妹校である、アイオニアンも同じだ。研究が頓挫して今は破棄されてるけど、地下シェルターの何処かに、二課本部のエレベーターホールへと繋がる通路が残っているはず……」
「アイオニアンに!?」
「翔、それは本当か!?」
 驚く翼に、翔は頷く。
「以前叔父さんに聞いたんだ。もし、二課が何者かに占拠されるような事があったら、そこを使って侵入出来るって……」
「さ、流石師匠……。抜け目がない……」
 翔は純の方を向くと、その顔を真っ直ぐに見つめる。
「純、この中で一番戦闘経験が浅いのはお前だ。だからこそ、お前に任せたい。……アイオニアンの地下から、二課へと向かってくれ」
 そして純もまた、翔を真っ直ぐに見つめ返すと、力強く頷いた。
「それは大任だね……ああ、任されたよ。僕は僕に出来る事で、翔達を助けるよ!」
「それでこそだ、親友!」
 一旦立ち止まり、翔と純は固く握手を交わした。

「ジュンくん……」
 そこへ、クリスが神妙な顔つきで近づく。
 純が握手を終えて振り向くと、クリスは言った。
「……リディアンに、小日向未来って奴がいるんだ。そいつは、こんなあたしを助けてくれて、あたしなんかの友達になりたいって言ってくれた……。あたしにとって、初めての友達なんだ。だから……」
「……わかった。必ず助ける。だから、クリスちゃんは心置き無く、フィーネと決着を付けてくるといい」
 クリスの頼みに、純は頼もしく笑って応える。その顔を見たクリスは、純の背中に手を回した。

「じゃあ、行ってくる」
「ああ。行ってらっしゃい、だ」
「……それと、忘れ物だぜ」
 そう言ってクリスは爪先立ちすると、純の顔にフィーネのアジトで拾った眼鏡をかけさせた。
「あ……ありがとう。ずっと昂ってて、眼鏡ないから落ち着かなかったんだ」
「やっぱあの趣味悪いバイザーなんかより、それかけてる方が似合ってるぜ」
「翔、僕が帰ってくるまで、クリスちゃんの事は頼むよ!」
 互いに『行ってきます』のハグを交わし、笑い合った純とクリス。そして、純はアイオニアンの方角へと向かって行った。

「任せたぞ、純……」
「わたし達も──!」
「ああ、いざ往かん!敵はリディアンに在り!」
「フィーネ!首を洗って待っていやがれッ!」
 そして装者達もまた、リディアンへと向かって行く。
 決戦は、刻一刻と迫って来ていた。
 
 ∮
 
「……んんっ……」
 目を覚ました弦十郎が、ソファーから身を起こす。
「司令!」
「……状況は?」
「……本部機能の殆どが、制御を受け付けません。地上及び地下施設内の様子も不明です……」
「……そうか」
 友里からの報告に、弦十郎は歯噛みした。
 自分があの時、躊躇ってさえいなければ……こんな事にはならなかっただろう。

(了子くんが内通者だったのは気が付いていた……。しかし、黒幕であるなどどうして疑えるものかッ!)

 何となく、気が付いていた。これまでの出来事を振り返る度に、元公安の勘が告げていた。
 一連の事件の黒幕は、二課の内情に詳しく、聖遺物の取り扱いに長け、自分達を巧みに誘導できる立場にいる彼女以外に有り得ないと。
 それでも……彼女を疑いたくなかった。内通者だとしても、その裏に真の黒幕がいる。そうであって欲しいと、願ってしまった。

(彼女が黒幕だとしたら……俺は、どうすれば彼女を止められた?……了子くんがこんな事をする為に、何人も犠牲にして、多くの被害を出してでも為し得ようとした企みを、どうすれば止められていたのだ……)

 やがて、弦十郎は一つの後悔に行き当たる。
 それは、己が頑固さ故に伝えられなかったもの。今となってはもう遅い、胸の奥に仕舞ったままとなっていた想いだ。

(……もしも、俺が素直に言えていれば……了子くんは踏み留まってくれたのだろうか?……もし俺がそうなれていれば、俺は君の裏側に気付いてやれたのだろうか……。……大莫迦者だな、俺は……)

 考えるだけ意味が無いのは分かっている。今頃遅いのも理解している。
 それでも弦十郎は、その時ばかりは珍しく……普段見せないような表情(かお)をしていた。と、友里を手伝っていた職員の一人は語っていた。
 
 ∮
 
 紅い月が夜空に怪しく輝く。既に日は沈み、昼間は当たり前の日常に充ちていた姿は見る影もなく、崩れ落ちたリディアンは夜の闇に包まれていた。

「未来……」
 ようやく到着した4人の装者は、その光景を見回す。
「未来ーッ!みんなーッ!……ああ」
「落ち着け響、多分地下のシェルターだ」
「リディアンが……あッ!?」
 翼が崩れず残っていた校舎の屋上を見上げると、そこには……こちらを見下ろし笑っている、櫻井了子が立っていた。

「──櫻井女史ッ!?」
「フィーネッ!お前の仕業かぁッ!?」
「ッ!?了子さんが、フィーネ……!?」
「ふ……フフフフ。ハハハハハハハハッ!」
 クリスの言葉に驚く風鳴姉弟を見て、了子は声を上げて笑った。
「──そうなのかッ!?その笑いが答えなのかッ!櫻井女史ッ!!」
「あいつこそッ!あたしが決着を付けなきゃいけないクソッタレッ!──フィーネだッ!」
 了子は眼鏡を外し、結んでいた髪を下ろす。
 次の瞬間、了子の身体は青白い閃光に包まれ、そのシルエットが変わって行く。
「嘘……」
「その姿は……ッ!」
 やがて光が弾けると、そこにはモデルのような美しい体を黄金に色を変えたネフシュタンの鎧に包んだ、金の長髪を持つ女性が立っていた。
 それを見てようやく、その場にいる全員が確信した。櫻井了子の正体が、フィーネであるという現実を……。
 
 ∮
 
「防衛大臣の殺害手引きと、デュランダルの狂言強奪。そして、本部に偽装して建造されたカ・ディンギル……。俺達は全て、櫻井了子の掌の上で踊らされてきた……」
 主電源を奪われ真っ暗になった本部の廊下を、懐中電灯を手にした藤尭、地図を持った友里が先行する。その後ろには、緒川に支えられた弦十郎、そして未来が続いていた。

「イチイバルの紛失を始め、他にも疑わしい暗躍は、いくつかありそうですね……」
「それでも、同じ時間を過ごして来たんだ。その全てが嘘だったとは、俺には……」
「司令……」
 弦十郎の言葉に、緒川は答えを返せなかった。
 その気持ちは彼も同じだ。しかし、自分以上に共に過ごした時間が長い弦十郎は、他の面々以上のやるせなさを感じている事だろう。
 それを慮ると、何も言えなくなってしまった。

「甘いのは分かっている。……性分だ」
 俯き、下を向きながらゆっくりと歩き続ける弦十郎。
 その目に映るのは、果たして何なのか……。それを窺い知る事の出来る者は、誰もいない。
 
 ∮
 
「……嘘ですよね?そんなの、嘘ですよね?だって了子さん、わたしと翔くんを守ってくれました!」

 響は、デュランダル護送任務の際の出来事を思い出しながら反論する。

「あれはデュランダルを守っただけの事。希少な完全状態の聖遺物だからね」
「嘘ですよ……。了子さんがフィーネと言うのなら、じゃあ、本物の了子さんは?」
「櫻井了子の肉体は、先だって食い尽くされた。……いや、意識は12年前に死んだと言っていい」
「どういう意味だ……!?」

 翔の疑問に、フィーネは間を置かずに答えを返す。
「超先史文明期の巫女フィーネは、遺伝子に己が意識を刻印し、自身の血を引く者が、アウフヴァッヘン波形に接触した際、その身にフィーネとしての記憶、能力が再起動する仕組みを施していたのだ。12年前、風鳴翼が偶然引き起こした天羽々斬の覚醒は、同時に、実験に立ち会った櫻井了子の内に眠る意識を目覚めさせた……。その目覚めし意識こそが、私なのだッ!」

「あなたが……了子さんを塗り潰して……」
「まるで、過去から蘇る亡霊……」
 驚愕する響、睨み付ける翼。そして翔は、言葉を失っていた。

「はははッ。フィーネとして覚醒したのは私一人ではない。歴史に記される偉人、英雄、世界中に散った私達は──パラダイムシフトと呼ばれる技術の大きな転換期に、いつも立ち会ってきた」
「──ッ!?シンフォギア・システム……ッ!」
「そのような玩具、為政者からコストを捻出するための、副次品に過ぎぬ」
 翔の言葉に、フィーネは嘲る態度で返す。どうやら彼女にとって、シンフォギア・システムは本気で玩具に等しいのが伺えた。
「お前の戯れに、奏は命を散らせたのかッ!」
「あたしを拾ったり、アメリカの連中とつるんでいたのもッ!そいつが理由かよッ!」
「響があんな目に遭った原因も、広木防衛大臣を暗殺したのも、全部お前がッ!」
 激昴する翼とクリス、そして翔。

 しかし、フィーネはやはり口元に貼り付けた笑みを崩さない。両腕を広げ、高らかに宣言した。
「そうッ!全てはカ・ディンギルのためッ!」
 次の瞬間、地響きとともに地面が割れ、リディアンの真下から()()が屹立する。
 地下シェルターに逃げ込んだ人々が悲鳴を上げ、二課本部の廊下が隆起し、エレベーターシャフトのレールがパージされると共に、その奥に隠されていた装置が顔を出す。
 様々な幾何学模様と古代文字が刻まれ、天高く伸びる色鮮やかな魔塔。
 その姿はまさしく、古き書物に語られし伝説の『天まで届く塔』そのものであった。
「これこそが、地より屹立し天にも届く一撃を放つ荷電粒子──カ・ディンギルッ!」
 終わりの名を持つ巫女は、自らが建てた頂へと至る塔を見上げる。
 カ・ディンギルは遂に起動した。 
 

 
後書き
純「皆、無事かい!?」
紅介「純!お前何処行って……ってなんだその格好!?コスプレか!?」
純「コスプレじゃないよ!」
恭一郎「それより、何処に行ってたんだい!?風邪だと聞いていたから寮にも行ったのに、留守だったじゃないか!」
純「事情は追って説明する。それより皆、聞いてくれ。リディアンが大ピンチなんだ!」
飛鳥「なんだって!?」
純「姉妹校の危機、見過ごすわけにはいかない。このシェルターの何処かに、リディアンの地下フィルターへと続く通路がある筈なんだ。手伝ってくれるよね?」
恭一郎「当然だ。僕達の部活は人助け。困った人達を助け、己を磨き、いい男になるのが僕達の活動目的だ!」
流星「リディアンには、中学の頃の友達もいる。尚更ほっとけないよ」
紅介「ここで動かなきゃ男が廃るぜ!」
飛鳥「全会一致だ!……ところで、翔は何処に?」
純「一足先にリディアンへ向かったよ」
紅介「はあああ!?はえーなオイ!」
恭一郎「ああ……彼女か」
純「知ってるんだ……。なら話は早い、彼の元へ急ぐんだ!」
紅介「おっしゃあ!」
恭一郎「ああ!」
飛鳥・流星「「応ッ!」」

銀河に瞬く6つの光。それは1人のOTOKOの人助けと、あるOUJIの生き様に感銘を受けた者達の部活名。
またの名を「アイオニアンの双璧と四バカ」である。

遂に起動したカ・ディンギル!装者達の最後の決戦が始まる中、閉じ込められた二課の面々は……。
次回もお楽しみに!

改良型RN式回天特機装束 Model-0:RN式の改良型として開発されていたアンチノイズプロテクター、その試作機。
櫻井了子……フィーネ自身は、RN式をこれ以上改良するつもりはなく、シンフォギア・システム以上にコスト捻出用の玩具としての意味合いが強かったのだが、爽々波純という予想外のイレギュラーを殺せなかった彼女は、自身がアジトにいる間、身を守る為のボディーガード……最低でも見張り役としての役割を彼に与えた。
そんな純の身を守る為に与えたのが、本来ならRN式の完成を求める周囲の目を誤魔化す為のガワにも等しかった『Model-0』だった。
聖遺物からのエネルギーを、保護膜として体表に展開するのみならず、使用者の身体ではなく、その身に纏うプロテクターの方に固着させる事で、疑似シンフォギアとしての性能を引き上げることに成功している。有り体にいえば、聖遺物の力を組み込んだG3ユニット。(バッテリーの代わりに聖遺物の起動持続時間)
ただし、やはり素養のある者にしか起動出来ない点は相変わらず。最初期に比べれば、持続時間は数秒から3分までに向上しているものの、きっかり3分保持できるのは今の所、翔と純の二人のみしか確認されていない。
なお、胸部プロテクターの内側に取り付けられていたネフシュタンの欠片入りのケースは、純を本気で戦わせる為のブラフ。口を覆うマスクは、対話による解決……即ち相互理解を妨げる為の措置である。 

 

第55節「月を穿つ」

 
前書き
月を穿つ力を秘めた『カ・ディンギルの塔』が遂に起動した!
その力による人類解放を謳うフィーネの前に、『シンフォギア装者』達が立ち塞がる!

とうとう例のナレーションが流せる所まで来ましたね。
きっとOPには3人の装者と2人の伴装者が並んでいる事でしょう。

それではどうぞ、お楽しみください! 

 
「カ・ディンギル……ッ!こいつで、バラバラになった世界が一つになるとッ!?」
「ああ。……今宵の月を穿つ事によってなッ!」
 空に昇る紅い月を見上げ、フィーネはそう言った。

「月を……?」
「穿つと言ったのか?」
「なんでさッ!?」
 その答えに困惑する装者達。フィーネは少し憂いを帯びた表情になると、あの日のガールズトークでは押し込めた、自らが聖遺物の研究を始めた理由を、語り始めた……。

「私はただ……、あの御方と並びたかった……。そのために、あの御方へと届く塔を、シンアルの野に建てようとした……。だがあの御方は、人の身が同じ高みに至ることを許しはしなかったッ!あの御方の怒りを買い、雷霆に塔が砕かれたばかりか、人類は交わす言葉まで砕かれる……。果てしなき罰、『バラルの呪詛』をかけられてしまったのだッ!」
「って事は、旧約聖書の『バベルの塔』は、あんたの……」
 翔は驚き目を見開く。人類の傲慢さに神が罰を降し、元々ひとつだった言語が分かれてしまい、人類は散り散りになってしまったその記述は、まさに人類から『相互理解』が消えた瞬間の記録だったのだ。

「月が何故古来より不和の象徴として伝えられて来たか……それはッ!月こそがバラルの呪詛の源だからだッ!人類の相互理解を妨げるこの呪いをッ!月を破壊する事で解いてくれるッ!そして再び、世界をひとつに束ねるッ!」
 起動したカ・ディンギル、その先端に紫電が走る。
 バチバチと音を立て、エネルギーが充填されていく。発射準備が整いつつあるのだ。
「呪いを解く……?それは、お前が世界を支配するって事なのかッ!──安いッ!安さが爆発し過ぎてるッ!」
 口角を引き攣らせながら叫ぶクリス。しかし、フィーネは再び余裕の笑みを浮かべ、装者達を見下ろしながら言った。
「永遠を生きる私が、余人に足を止められることなどあり得ない」
 
「それはどうかな!」
 反論の声に、フィーネが視線を移す。
「たとえ最初の動機は恋心でも、あんたはとっくに歪んでいるッ!叶わないと知ってなお諦めきれずに、周りを巻き込み、世界を巻き込んででも自分の我儘を通そうとするその姿!見苦しいにも程があるぞ、フィーネッ!」
「私が見苦しいと言うのか?小僧ッ!口が過ぎるぞッ!」
「間違ってる事を間違ってると教えてやって何が悪いッ!男なら、誰かの間違いは真っ直ぐ伝えてなんぼ!それでも止まらないと言うのなら……叔父さんの代わりに、この拳で止めるまでッ!」
 翔は拳を握りしめ、胸の前で打ち合わせると……皆と共に、胸の歌を口ずさんだ。
 

「──Toryufrce(トゥリューファース) Ikuyumiya(イクユミヤ) haiya(ハイヤァー) torn(トロン)──」

「──Balwisyall(バルウィッシェエル) Nescell(ネスケル) gungnir(ガングニール) tron(トロン)──」
 
「──Imyuteus(イミュテイアス) Amenohabakiri(アメノハバキリ) tron(トロン)──」

「──Killter(キリター) Ichaival(イチイヴァル) tron(トロン)──」

 
 弓、拳、刀、クロスボウが構えられる。
 クリスの初撃が足元に命中し、校舎を飛び降りるフィーネ。
 その瞬間を狙い、響は飛び蹴りの構えを、翼は刀を振り上げ、クリスはクロスボウを収納して拳を握って飛びかかり、翔は少し離れて弓を構えた。
 
 ∮
 
 その頃、地下シェルターの一室では、カ・ディンギルの起動により突如襲って来た揺れから身を守るべく、創世、弓美、詩織の3人が折り畳み机の下に隠れていた。
 3人の中でも、とりわけ弓美は振り乱しており、揺れの影響でドアが開かなくなってしまった事を知ると、床に座り込んで震えていた。

「このままじゃ、あたし達死んじゃうよ!もうやだよぉぉ……!」
「弓美!しっかりしてよ!」
「そうですよ!きっと助けが来ます!ですから……」
「助けっていつ来るのよ!こんな時、アニメだったら助けてくれるヒーローが現れるけど、ここは現実!助けなんていつ来るか分かんないじゃん!」

 リディアンの襲撃に、目の前でノイズに殺される人間を見てしまった恐怖。そして密閉されたシェルターの中に閉じ込められてしまった現状。
 3人の内、誰かがヒステリーを起こすのは必然だった。他の2人も、弓美を落ち着かせなきゃ、という気持ちで何とか自身を奮い立たせているが、それも何時まで持つのかは分からない。
「誰か……誰か、助けてよぉぉぉぉぉ!」
 
「誰かいるのか!」
 その時、開かなくなったドアの向こうから声が聞こえた。
 聞き覚えのあるその声。創世が真っ先に返事をした。
「助けてください!ドアが開かなくて……」

「わかった。ドアを突き破るから、離れていてくれ!」
 3人がドアの前を離れると、外からの声が1人ではなくなる。
「行くぞ、流星!」
「うん、兄さん!」
「「兄弟必殺!ダブル・ジャンタックル!」」

 次の瞬間、ひしゃげていたドアを破って、双子の少年が現れる。
「大丈夫か!?」
「兄さん、言い方固いよ……。大丈夫?」
 2人の顔を見た創世達は、揃って驚いた。
「え!?もしかして流星!?」
「アス!?アスだよね!?」
「あ……!安藤さん、板場さん、寺島さん。久しぶり」
「おお!まさかこんな所で会うとは……」
 飛鳥と流星も驚きながら、3人に会釈する。
「大野さん達、どうしてここに?」
「アイオニアンのシェルターは、ここに繋がっていてね。友からリディアンの危機だと聞かされ、放っておけなかったのさ」
「わざわざアイオニアンから!?」
「いったいどうやって……」
 
 そこへ、各シェルターを見回っていた未来と緒川が駆け込む。
「皆っ!」
「小日向さんっ!」
 無事だった3人に駆け寄る未来。
「良かった……みんな良かった!」
 更に、蹴破られたドアから藤尭、友里、弦十郎も入室して来た。
 3人の対応を未来らに任せ、藤尭は部屋にあったコンソールを起動する。

「この区画の電力は生きているようですッ!」
「他を調べてきますッ!」
 生存者の救出を兼ね、緒川は部屋を飛び出して行く。

 突然現れた見知らぬ大人達に、創世達と大野兄弟は困惑していた。
「ヒナ、この人達は……?」
「うん、あのね……」
「我々は、特異災害対策機動部。一連の自体の収束に当たっている」
「それって、政府の……」
「純から聞いていた通りだ……」
 パイプ椅子に腰を下ろした弦十郎からの説明に、救助が来た事に安堵したのか、弓美はようやく落ち着きを取り戻す。
「モニターの再接続完了。こちらから操作出来そうです!」
 藤尭の声と共に、ディスプレイには地上からの映像が映し出される。
 そこに映し出されていたのは、天高く聳え立つ塔。
 そして、その下でフィーネと戦う、4人のシンフォギア装者達だった。

「……あッ!響ッ!?それに、あの時のクリスも……ッ!」
「「「え……?」」」
「これが……」
「了子さん……?」
 戦場で戦士として戦う響の姿に驚く女生徒3人と、フィーネの姿に驚愕するオペレーターの2人。
「どうなってるの……。こんなのまるでアニメじゃないッ!」
「ヒナはビッキーの事、知ってたの……?」
「……うん」
「前に二人が喧嘩したのって……そっか。これに関係する事なのね……」
「……ごめん」
 真実を知った3人。しかし、真実を知る事になった一般人は、彼女らだけではなかった。
 
「失礼しますッ!」
 突然の新たな声に、その場にいる全員が振り向くと、そこには……全身にプロテクターを纏った金髪の少年が入って来た所であった。後ろには、同年代と思わしき2人の少年が、ドアのあった場所から顔覗かせている。
「風鳴翔の叔父とは、あなたの事ですか!?」
「君は……確か、アキレウスの……」
「爽々波純。翔の親友です!翔に頼まれ、アイオニアンから救援に来ました!」
「翔から?そうか……それは心強い」
「爽々波純って……アイオニアンのプリンス!?」
 純の名前を聞き、創世が驚きの声を上げる。
「ああ。僕らのリーダーだよ」
「えっ!?大野達、こんな噂の有名人の友達なの!?まるでアニメじゃん!」

 その時、紅介がディスプレイに映った映像に声を上げた。
「オイ!?あれ、翔じゃねえか!」
「まさか、本当に……」
「純が着ているプロテクターと似ている……。間違いない、あのプロテクターは本物だ!」
「アーティストの翼さんまで……!?」
 紅介の声に反応して、続々と藤尭の隣へと集まるUFZの4人。
 リディアンの3人と未来も含めて、管制を担当する藤尭の周囲には、この場の一般人8人が密集する。藤尭は彼らに仕事の邪魔にはならないよう、念を押すと、コンソールの操作に戻った。
 
 そして、彼らが地上の映像に夢中になっている頃、純は弦十郎の前に歩み寄る。
「翔の叔父さん……」
「風鳴弦十郎だ」
「ああ、どうも。……弦十郎さん、地上への出口は何処にあります?」
「……聞いてどうするつもりだ?戦うつもりだとすれば、俺は戦士ではない君が戦場へ出る事など許さんぞ」
 弦十郎は純の考えを察したのか、険しい表情で彼を見る。
 彼の顔を真っ直ぐに見て、純は迷わずに答えた。

「戦うんじゃありません。クリスちゃんを助けに行きます……。いえ、行かせてくださいッ!」
「クリスくんを、助けに……か」
「僕はクリスちゃんを助けたくて、フィーネのアジトまで突き止めた。そして、クリスちゃんを守る為にこの力を手に入れた。……アイオニアンまでの通路は解放されています。恭一郎達が、避難誘導を手伝ってくれるでしょう。翔との約束はここまでです。僕は、あそこへ戻ります!クリスちゃんを守る為に……そして、フィーネの真意を聞くために!」
「……フィーネの、真意?」

 弦十郎はその言葉に目を見開く。
「クリスちゃんを助けにアジトへ忍び込んだ時、フィーネは僕を殺せるはずでした。でも、あの人は僕を殺さなかった。気紛れだと言ってましたが、僕はその真意を知りたい!だから、行かせてください!」
「……わかった。君を、RN式アキレウスの正式な装者として認める」
「ッ!ありがとうございますッ!」
 勢いよく頭を下げる純に、弦十郎は希望を託す。
 彼はフィーネに……了子に助けられたという。それはつまり、フィーネにもまた、『櫻井了子』として過ごした時間が刻まれている可能性を示唆していた。
 純はフィーネの良心を確かめたいと言う。事態が収束すれば、聞きたいことは自分で聞きに行くが……自分には今、二課の司令としての役割がある。
 だから今、自分にできることは、彼の背中を押すことだ。

「エレベーターホールの近くに、地上へと続く非常階段がある。長いがなんとか走り抜けろ!」
「はいッ!」
 そう言って純は、マスクのなくなったメットを被る。バイザーが降り、ディスプレイが起動したのを確認すると、彼はエレベーターホールの場所まで全力で駆け出して行った。
「おい、純!……あーあ、行っちまったよ」
「純も行くんだな……地上に。この戦場のただ中に……」
 ディスプレイに映る装者とフィーネの激戦は、徐々に激しさを増していく。
 残された友人達は、ただその光景を画面越しに見守る事しか出来なかった。 
 

 
後書き
リディアン三人娘とジャn……大野兄弟は中学の頃のクラスメイトだったりします。

キャラ紹介③
加賀美(かがみ)恭一郎(きょういちろう)(イメージCV:緑川光):翔、純のクラスメイト。純の本気で『王子様』を目指す姿勢に感銘を受け、自らも子供の頃に憧れた『ナイト』として自分を磨こうと、純と交友関係を持ち始めた。コードネームは"ミラーナイト"。
クールな性格だが、意外とナイーブな所も。落ち込むと部屋の隅や暗い場所で、体育座りになっている。UFZの発足は彼が提案した。
ちなみにツヴァイウィングは翼派。

穂村(ほむら)紅介(こうすけ)(イメージCV:関智一):翔、純のクラスメイト。翔とは何度も体育の記録で勝負している内に仲良くなっていた。ちなみに今の所、結果は全敗である。翔の男らしさ、もといOTOKOっぷりに一種の憧れを抱いており、自分も翔のようにかっこいい『漢』になるのが目標。コードネームは"グレンファイヤー"。
暑苦しい程の熱血馬鹿で体育会系。顔はいいのだが、いかんせん熱血過ぎてモテないのが悩み。しかし、四バカの中では一番体力がある。
実はツヴァイウィングは奏派である。

大野(おおの)飛鳥(あすか)(イメージCV:神谷浩史):翔、純のクラスメイト。純とは入学日、隣の席だった縁で仲良くなった。UFZ結成後は、紅介のツッコミ役担当としての地位を確立。委員長気質であり、クラスでは級長を務めている。体育や合唱で弟と組むと、無類のコンビネーションを発揮する。コードネームは"ジャンバード"。
生真面目、堅物。顔はいいのだが、真面目すぎて少々口うるさくなってしまう癖がある。
ちなみにツヴァイウィングは翼派。

大野(おおの)流星(りゅうせい)(イメージCV:入野自由):飛鳥の双子の弟。翔、純のクラスメイト。翔と席が近かった事で友情を育む。恭一郎が落ち込んだ時、よく慰めているのは彼だったりする。趣味は読書で、文学小説が好き。兄と組んだ時のコンビネーションは抜群。特技は機械弄り。コードネームは"ジャンスター"。
物静かで天然。四バカの中では一番モテるのだが、読書中以外はいつも兄に着いていく癖がある。
ツヴァイウィング……ではなく、海外出身のとある新米アイドル派。真剣な顔して彼女のライブ映像を見ながら、猫耳のようになっているあの髪はそのうち動くんじゃないか、などと考えているのは内緒。

今回のキャラ紹介は、UFZの4人でしたー。
名無しモブからよくここまで来たなこの4人……。作者も当初はここまで考えてなかったのでビックリしてたり。

次回──

クリス「ずっとあたしは、パパとママのことが、大好きだった……。だから、二人の夢を引き継ぐんだ……。パパとママの代わりに、歌で平和をつかんで見せる。わたしの歌は……そのために……ッ!」

第57話『守るべきものがある、それが真実』

純「届けえええええええッ!」 

 

第56節「守るべきものがある、それが真実」

 
前書き
遂に唄うよクリスちゃん。走れOUJI!彼女を救えるのはキミだけだ!
今回はサブタイに注目!もうお察しの方は何人かいるかと思いますが……別タブでBGMに、あの曲を検索しておく事を推奨します。 

 
「うおおおおおおおおーッ!」

〈MEGA DETH PARTY〉

 クリスの腰から展開されたポッドから放たれるミサイルの雨。
「はッ!」
 しかし、フィーネは鞭の一振りでそれを全て撃ち落としてしまう。
 その爆煙を突き抜けて、響と翼が飛び出した。
「「はあああああああっ!」」
 響の連続蹴りをいなし、躱すフィーネ。
 後退した響と入れ替わりで前に出た翼が、刀を振り下ろすも、フィーネは硬質化させた鞭でそれを受け止める。
 鍔迫り合いが続き、火花を散らす両者の武器。次の瞬間、フィーネの鞭が硬質化を解かれ、翼の刀に巻きついた。
 絡め取られ、空へと放られる刀。振るわれる鞭をバックステップで回避すると、翼は両腕でバランスを取り、両脚の刃を展開させながらブレイクダンスのように回転する。

〈逆羅刹〉

 扇風機の如く回転して迫る刃を、フィーネは同じく鞭を回して防ぐ。
「はあああああッ!」
 翼に気を取られている隙を突き、響の拳が繰り出される。
「そのような玩具が私に届くものかッ!」
 だがその拳も、フィーネの左腕に防がれてしまい、2人は後退する。
「シュートッ!」
 その直後、矢の雨がフィーネの頭上から降り注いだ。

〈流星射・五月雨の型〉

「チッ!小癪なッ!」
 2本の鞭を交互に振るって全ての矢を防ぎ、バックステップで後退するフィーネ。
 着地と同時に装者達との間合いを確認する。
 最前線で接近戦を仕掛けてくる響と翼。後方から2人の動きに合わせ、的確な援護射撃で隙を埋める翔。

 ……ここで、先程まで弾幕を張っていたクリスが視界にいない事に気がついたフィーネは、慌てて周囲を見回す。
「本命は……こっちだッ!」
 その目に飛び込んできたのは、背部から展開された巨大ミサイルを発射するクリスの姿であった。
 跳躍し、空中で華麗に舞いながらミサイルを避けるフィーネだが、ミサイルはフィーネの背後をピッタリと追尾して逃がさない。

「ロックオンッ!アクティブッ!スナイプッ!──デストロイィィィッ!」
 その隙に、クリスはもう1発のミサイルを、カ・ディンギルへと向けて発射した。
「ちいッ!させるかぁーーーッ!」
 振り下ろした鞭で、カ・ディンギルへと向けて放たれたミサイルを真っ二つに両断し、破壊する。
 カ・ディンギルの破壊を阻止し、次に自分を狙っていたミサイルを破壊しようとして、フィーネは周囲を見回した。
「もう一発は──はッ!?」

 空を見上げると、そこには……先程までフィーネを追尾していたミサイルに乗り、まるでロケットのように月の方角へと向けて飛ぶクリスの姿があった。

「クリスちゃんッ!?」
「おい雪音!?」
「何のつもりだッ!?」
 響、翔、翼も驚きの声と共に空を見上げる。
「ぐッ──だが、足掻いたところで所詮は玩具ッ!カ・ディンギルの砲撃を止める事など──」
 デュランダルからのエネルギーチャージはほぼ完了。月のど真ん中へと標準を合わせ、それを穿つ一撃が今まさに放たれようとしていた。
 フィーネがほぼ勝利を確信する、まさにその瞬間だった。……その唄が聴こえてきたのは。

Gatrandis(ガトランディス) babel(バーベル) ziggurat(ジーグレット) edenal(エーデナル) Emustolronzen(エミュストローゼン) fine(フィーネ) el(エル) baral(バーラ) zizzl(ジージル)──」

「あ──」
 辺り一帯の空間がピンクに染まる。クリスが何をしようとしているのかを察し、フィーネの表情に焦りが浮かんだ。
「この歌……まさかッ!?」
「絶唱──」
「あいつ……ッ!」
 ミサイルが到達する限界高度まで上昇し、それを飛び降りたクリスは、スカート部分からエネルギーリフレクターを展開する。

Gatrandis(ガトランディス) babel(バーベル) ziggurat(ジーグレット) edenal(エーデナル) Emustolronzen(エミュストローゼン) fine(フィーネ) el(エル) zizzl(ジージル)──」

 アームドギアを二丁拳銃へと変形させ、リフレクターへと撃つと、本来は広域拡散されるはずのエネルギーベクトルは、リフレクター同士の間を反射して収束されていく。
 それはまるで、彼女の背後に巨大な蝶の羽を形成するかのように広がった。
 絶唱を唱え終わると同時に、クリスの持つ二丁拳銃は超ロングバレルのキャノン砲へと変わる。
 それを連結すると、クリスは自身のギアに残るありったけのエネルギーを銃口へとチャージした。

 やがて、地上から緑色の強烈な光が月へと目掛けて発射された。
 それと同時にクリスも引き金を引く。背後に広がっている、月明かりに照らされた蝶の羽からの光線も、キャノン砲から放たれたビームへと一点へと集中され、ピンク色の眩い閃光を放つ。
 月と地球の間でぶつかり合う、2色の光。
「なっ……」
 その光景に翔も、響も、翼も……そして、地下で見守る二課の面々も目を奪われた。フィーネでさえもが、驚愕の声を上げる。
「一点収束ッ!?押し止めているだとぉッ!?」

 バレルが徐々にひび割れていく。
 纏うギアに亀裂が走る中で、クリスは口角から血を垂らしながら独白した。

(ずっとあたしは……パパとママの事が、大好きだった……ッ!だから、2人の夢を引き継ぐんだッ!パパとママの代わりに、歌で平和を掴んでみせるッ!あたしの歌は……──その為にッ!)

 徐々に押し返され始める、イチイバルの一点収束砲撃。
 このままカ・ディンギルの砲撃を受け止め切れなくても、展開させたエネルギーリフレクターの機能を応用させれば、威力を拡散・減衰させる事はできる。そうすれば、月の破壊は防ぐ事ができるのだ。

 目に浮かぶのは父と、母と、そして二人に手を繋がれて歩いて行く幼き自分の後ろ姿。

 もう、彼女に後悔はない。だって自分は今、両親から確かに受け継いだ夢を叶えようとしているのだから。

(ごめん、ジュンくん……。これは、これだけはあたしにしか出来ない事なんだ……。ここであたしがやらなきゃ、フィーネの思うツボだからな……。だから、ごめん……あたし、『ただいま』は言えないかも──)





Gatrandis(ガトランディス) babel(バーベル) ziggurat(ジーグレット) edenal(エーデナル) Emustolronzen(エミュストローゼン) fine(フィーネ) el(エル) baral(バーラ) zizzl(ジージル)──」

「……え?」
 大地を駆け抜ける力強い足音と共に聴こえたその唄に、翔が驚いて振り向くと、そこには……RN式アキレウスを起動し、カ・ディンギルの壁面を全力疾走で登って行く親友、純の姿があった。

「純ッ!?」
「爽々波のやつ、何を……ッ!?」
「あれって、絶唱……!?」
「馬鹿なッ!RN式に絶唱は使えないはず……」
 そう。プロトタイプとはいえ、RN式は響や翼のシンフォギアとは違い、フォニックゲインを用いない設計だ。大元が同じとはいえ、そのコンセプトが異なっている以上、その歌に意味は無い。

 だが、それでも純はそれを歌い続け、人類最速の名を持つその脚で、カ・ディンギルの途中まで駆け上がると、その壁面を足場に跳躍し、空中で宙返りしながら、踵部のブーストジャッキを最大伸縮させる。

Gatrandis(ガトランディス) babel(バーベル) ziggurat(ジーグレット) edenal(エーデナル) Emustolronzen(エミュストローゼン) fine(フィーネ) el(エル) zizzl(ジージル)──」

 唄いきると共に、先程までフィーネが立っていた、崩れ残っている校舎の屋上を足場にすると……残っていた校舎が完全に崩れ落ちる程のブーストをかけて、天高く跳躍した。
「「跳んだッ!?」」
「いや、あれは……ッ!」
 跳躍した純は左手を天へと掲げる。その左腕に装備された盾は次の瞬間、その形をブースターへと変えた。
 聖遺物『アキレウスの鎧』は、鎧だけでなくその盾も含めてワンセットの防具型聖遺物である。世界そのもの、そして万物の対極を表す『アキレウスの盾』は使用者の意思を反映し、その形を変える装備だ。

 本来ならばこのブースターは、その推力でパンチの威力を引き上げるためのもの。しかし、純はそれを最大限まで引き上げたジャンプ力と併用する事で、クリスの元へと届かせようとしていた。
「跳んだんじゃない、飛ぼうとしてるんだ!」
「馬鹿め!改良されたとはいえ、RN式は所詮、玩具以下のガラクタ!届くはずが──」
「届かせる……!届けてみせるッ!この鎧が、僕の思いを力に変えるものならば……僕は絶対にッ!クリスちゃんの元へと辿り着くッ!」
 純がそう叫んだ時、その場にいる全員の耳に歌が聞こえ始めた。
 声なき歌。前奏のように響くそれは……爽々波純の胸の内から溢れていた。

「fly high──ッ!」


 瞬間、ブースターの推力が上がり、純の身体はどんどん空へと登って行く。
「なッ!?馬鹿な、届くというのかッ!?」
「まさか……純の歌が、RN式の性能を引き上げている……!?」
 精神力で稼動するRN(レゾナンス)式は、装者の歌で力を発揮するFG(フォニックゲイン)式と違い、機能的に見れば歌う必要性は皆無とも言える。

 しかし、それでもやはり歌には力がある。純は、クリスの絶唱を真似して唱えたその唄で、自らの精神を強く持つことで、自らが纏うRN式の力を引き上げていた。
 また、RN式という名の"シンフォギア・システムそのもの"には意味が無いとしても、コアに使われている聖遺物の欠片そのものに全く効果を及ぼしていないわけではない。
 聖遺物は元々、フォニックゲインで起動する。12年前の翼がそうであったように……または、2ヶ月前の響がそうであったように。純の唄った真似事の絶唱が、聖遺物そのものに影響を及ぼしうるフォニックゲインとなり、胸の内より歌を呼び起こしたのだ。

 そして、引き出された聖遺物の力はRN式の性能を向上させ、今、現行のシンフォギアと並ぶ力となって、純の身体を包んでいた。
「届けぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」
 やがて、カ・ディンギルからの砲撃を追い抜き、イチイバルの全力射撃を超える。盾の形状を円形に切り替えると、裏面のグリップを左手で握った。
 負荷に耐え切れなくなったアームドギアがとうとう破壊される。しかし、純はその瞬間を逃さず、一瞬でクリスの前に飛び出すと盾を構えた。

「ッ!?……ジュン……くん……?どうして……」
 隣に並んだ純に驚くクリス。すると純は、いつもの爽やかな笑みと共に答えた。
「約束したからね……迎えに行くって。クリスちゃんが、自分のやるべき事を見つけたって言うのなら……それを隣で支える事こそ、僕のやるべき事だッ!」
「ッ……!!」
 円形……即ち、神話通りの形状となったアキレウスの盾を中心に、黄緑色のバリアが広がる。

 永劫不朽の刃のエネルギーにより放たれる、月穿つ一射。

 それに立ち向かうは、ギリシャ神話最高の鍛治神が造り出した盾。

 叙事詩に語られる対戦カードで、持ち主を変えた聖遺物同士がぶつかり合う。
 それでも、単純な防御性能のみで防ぎきれない事は、純も承知している。現に今、まだ10秒と経たない内から押されつつある。
 だから彼は、その盾に願った。大事な人をこの手で、守りきるだけの力を。
(頼む、RN式アキレウス!僕に……クリスちゃんを守る力をッ!)
「燃え上がる太陽になって!ヒカリで照らし続けていこう!いつまでも、傍にいる!それが運命ッ!」
 限りない愛を胸に、彼はその盾を支え続ける。

「ジュンくんッ!」

 その姿を見て、アームドギアを破壊されたクリスは、空いた両手で盾と、純の身体を支える。
 月明かりが二人を照らし、優しく包み込む。
 やがて、盾の表面に亀裂が走り始めようと、純は諦めずに歌い続ける。
 展開されたエネルギーリフレクターが限界を迎えて消滅を始めようと、クリスは純の身体をもう離そうとはしなかった。
 大事な人に支えられ、純は最後の一節を力の限りに叫んだ。
「この想い、永久に刻めぇぇぇぇぇぇッ!!」

 〈Zero×ディフェンダー〉





 次の瞬間、カ・ディンギルの一撃がバリアを押し切り、純とクリスの姿は閃光に包まれる。
 それと同時に、ようやくカ・ディンギルからの砲撃が止んだ。
 固唾を飲んで空を見上げる地上の装者達。

 やがて……見上げていた月に亀裂が走る。しかしその亀裂は月の中心部ではなく、そのほんの端……。カ・ディンギルの砲撃は、月の3分の1程を掠めただけであった。
「仕損ねたッ!?僅かに逸らされたのかッ!?」
 フィーネの声が驚きのあまり上ずっている。翔は慌てて通信を、純のRN式へと繋いだ。
「おい純ッ!生きてるよな!?おいッ!」
『……がはッ……ああ……翔かい……』
 吐血音と弱々しい声。絶唱の負荷が、純を襲ったのだと気づくのにかけた時間は一瞬であった。

「お前……」
『ごめん……後は、任せる……』
「おい……おいッ!純ッ!?」
「翔!あれは……ッ!」
 翼の声に顔を上げると、そこには光の粒子をまき散らしながら真っ逆さまに落ちていく、2つの人影があった。
 白い粒子を散らせているのは、口角から血を垂らし、ぐったりとした様子のクリス。
 そしてもう一人……プロテクター各部が破損し、耳あて部分のタイマーを赤く点滅させ、黄緑色の粒子をばら撒きながらも、クリスをその腕にしっかりと抱き締めているのは……その顎を吐血で赤く染めた純だった。
 二人は、その命を燃やして月の破壊を防ぎきり、真っ逆さまに墜ちて行く。
 リディアンの裏にある森の中へと落下する2人。その直後、大きな激突音が響き渡った。

「あ……あ、あ────」
 膝から力が抜け、へたり込む翔。言葉を失う翼。
 そして……
「ああああああああああああああああああァァァァァッ!」
 響の悲鳴が、虚しく戦場にこだました。 
 

 
後書き
マモ様主演作のネタ2つも入ってるじゃないかって?
ナンノコトカナー。ナンチャラ粒子が出てたとか自分には何の話やら(すっとぼけ)
クリスちゃんだけに唄わせない!純くんにも唄ってもらわねば!というのが今回の目的でした。
設定的にはクリスちゃん1人で逸らす所まで持ち込めたのは分かる。ぶっちゃけ、純くん乱入が蛇足になるかもしれないとも思いはした。
ですが……「独りぼっちは、寂しいもんな……いいよ。一緒にいてやるよ」というわけですよ。
1人でカ・ディンギル受け止めて、1人で真っ逆さまに落ちていく。あのシーンのクリスちゃんには、たとえ同じシーンになるとしても純くんと一緒に居てもらいたかったのです。

思い込みの力:あらゆる人間の持つ不確定要素。悪い方向へと働けば、周囲をも巻き込み、己を含む誰も彼をも不幸にしてしまう力。しかし前向きな方向へと働けば、どこまでも突き進む為の強い力となって人を支え、不可能をも可能とする。いわゆるプラセボ効果。
いつかの未来、風鳴翼が論理の刃を突破した際に見せるものであり、立花響に神をも殺す拳を与えた力の源流でもある。
今回のケースでは、フィーネに掻い摘んだ説明しかされていなかった事で、FG式とRN式の概要や細かな差異を聞かされていなかった純が「シンフォギアとは歌う事でその力を発揮する」と解釈していた事で、真似事の絶唱から引き起こされた奇跡。
歌は人の口から口へと伝達される事で、やがて世界へと広がって行く。



次回──

翼「やめろ翔!もうよせ立花!それ以上は、聖遺物との融合を促進させるばかりだッ!」

翔・響「「があああああああああああッ!」」

第58話『男なら……』

翔(──響が……泣いている……。なら、俺は……ッ!) 

 

第57節「男なら……」

 
前書き
サブタイからBGMを察して貰えたかと思いますが、流れるのは次回です。
ただし、それとは別で『絆』を表すあの作品のOPから引用したセリフがありますので、そちらを流してみるのもアリかもしれません。 

 
(……さよならも言わずに別れて、それっきりだったのよ。なのにどうしてッ!?)

 力なく墜落していくクリスの姿に、未来は両手で口を覆う。

 その隣では、アイオニアンの男子四人が口々に叫んでいた。

「純ーーーーー!!」
「純ッ!」
「あんな無茶してまで……彼は……」
「何処までも君は……『王子様』を貫いて……」

 そして……弦十郎は震えながら、静かに拳を握り締める。

(……お前の夢、そこにあったのか。そうまでしてお前が、まだ夢の途中というのなら──俺達はどこまで無力なんだッ!)

 シェルター内が悲壮感に包まれていく中、戦場では……更なる波乱が巻き起ころうとしていた……。
 
 ∮
 
「ああああああああああああああああああああああああああああッ!……あ、ああ……あ……あああ、あ……そんな……」
 膝を着き、地面に着いた手を握りしめ、響は涙を流す。
「せっかく仲良くなれたのに……。こんなの、いやだよ……。うそだよ……。う、ううぅ……」
 
 ──ドクン……──
 
 灰色に染まった心臓が、鼓動する。
 
「もっとたくさん話したかった……話さないと喧嘩することも、今よりもっと仲良くなる事も出来ないんだよぉッ!」
 
 ──ドクン……──
 
 俯き、膝を屈し、涙を流す少女の胸の内から、何かが広がり始める。
 
「クリスちゃん……夢があるって、言ったもん。わたし、クリスちゃんの夢、聞けてないままだよ……」
 
 それは少女だけでなく、少女の傍で同じく泣いている少年も同じであった。
 
「ようやく帰って来たと思ったら……純のやつ、人生大一番のカッコつけやがって……」
 
 ──ドクン……──
 
「お前の夢……まだ終わってないだろ……逢いたがっていた人と逢えたんだ……二人で、一緒に叶えられる夢だったろうがッ!」
 
 ──ドクン……──
 
「二人揃って自分を殺して、月への直撃を阻止したか。……ハッ!無駄な事を」
 腕を組み、せせら笑うフィーネ。

 その一言に、翔と響の瞳に怒りが宿った。
「見た夢も叶えられないとは、とんだ愚図だな」
「嗤ったか……?命を燃やして、大切なものを守り抜く事を!……お前は無駄と、せせら笑ったかッ!」
 自分の命を燃やし尽くし、大切なものを守り抜いた人を翼は知っている。
 だからこそ、フィーネの言葉に対する怒りは大きかった。
 
「「……許せなイ」」
「……ッ!?」
 その声に、翼は背後を振り返る。
「……それガ……夢ごと命を、握り潰した奴が言うことかああアアアァッ!」
「……ふざけるナ……二人の未来を奪い去っておいて、何が恋だよこの外道がああアアアァッ!」
「「ウアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァアアアァァァッ!」」

 次の瞬間、2人の姿は完全に影に覆われた。
 赤い双眸でフィーネを睨み、牙を剥き出し咆哮する。
 その雄叫びに、周囲の地面が砕けて飛び散る。
 フィーネは2人を見て、狙い通りだとでも言うようにほくそ笑んだ。
 
「……翔ッ!?立花ッ!?おいッ!二人とも、しっかりしろッ!!」
 翼の声も聞こえていないらしく、2人は唸り声を上げて背を曲げる。
「融合したガングニールと生弓矢の欠片が暴走しているのだ。制御出来ない力に、やがて意識が塗り固められていく」
「あ……まさかお前、二人を使って実験をッ!?」
 翼は以前、了子が言っていた言葉を思い出す。
 響と翔の胸に宿る聖遺物の欠片は、それぞれ体組織との融合が進んでいると。
 あの時は、信頼する了子が軽々しく口にするものだから、危険性は無いものと思っていた翼だが、今思えばそれは敢えて口にしていたのだと分かる。

「実験を行っていたのは立花とお前の弟だけではない。見てみたいとは思わんか?ガングニール、そして生弓矢に翻弄されて、人としての機能が損なわれていく様を」
「お前はそのつもりで二人をッ!……奏をッ!!──ッ!?」

「「ウウゥアアアアアアアアッ!」」
 その瞬間だった。地面を蹴り、獣と化した二人がフィーネへと飛びかかった。
 2人の拳は、フィーネの鞭にあっさりと止められる。
 フィーネがそのまま鞭を振り下ろすと、2人は吹っ飛ばされ地面に激突した。
「翔ッ!立花ッ!」
「もはや、人に非ず。今や人の形をした破壊衝動……」
「「ウウゥゥ……ガアアアッ!」」
 再び飛びかかる二人。フィーネは2本の鎖鞭を幾重にも交差させ、結界を張った。
 
〈ASGARD〉
 
「ウウウウウゥゥゥウウッ!ガアアアァァァッ!」
「グウウウウウウゥゥッ!アアアァァァアアァッ!」
 紫電を散らしながらも、結界に拳を押し当てる響。
 同じくその硬度を力ずくで突破すべく、その脚を突き立てる翔。

 次の瞬間、2人は結界を突き破り、フィーネへと突撃した。
 土煙が上がり、強烈な風圧が戦場を駆け巡る。
 煙が晴れるとそこには……頭頂から中腹までがネフシュタンごとチーズのように裂け、左腕が肩口から削ぎ落とされたフィーネの姿であった。

(フィーネを、一撃で……ッ!?)

 しかし……フィーネはギョロリ、と2人の融合症例の方を見ると、ニタリと笑みを浮かべた。翼は絶句する。
「ハァー……ハァー……ハァー……」
「フーッ……フーッ……フーッ……」
「──ッ!やめろ翔!もうよせ立花!それ以上は、聖遺物との融合を促進させるばかりだッ!」

 翼の声に、二人はゆっくりと振り返ると……その姿を、真っ赤に染まった眼で睨み付けた。
「ウ……。……ウアアアアアアッ!」
「グゥウ……。……ガアアアアアアッ!」
「ぐうッ!?」
 跳躍し、襲いかかって来た二人の腹に刃の背を当てる。
 後方へと吹き飛ばされた二人は宙で体勢を立て直すと、そのままスライディングしながら着地した。
「「ウウゥ……、──ウゥアアアアアアッ!」」
「翔ッ!立花ぁッ!」
 翼を新たな敵だと認識し、襲い掛かる二人。
 もはや獣としか呼べなくなってしまったその姿に、翼は──。
 
 ∮
 
「ああッ!?どうしちゃったの響ッ!風鳴くんッ!元に戻ってッ!」
 暴走し、翼を襲う二人を見て未来が叫ぶ。
「オイオイオイオイ!何か、ヤベェ事になって来てねぇか!?」
 紅介も頭を掻きむしり、目を見開いている。

 そんな中、弓美は俯きながら呟いた。
「……もう、終わりだよ、あたし達」
「え……」
「学院がめちゃめちゃになって、響もおかしくなって……」
「終わりじゃないッ!響達だって、わたし達を守る為に──」
「あれがあたし達を守る姿なのッ!?」

『ウァアオオォ……ッ!』
 涙目で叫ぶ弓美。画面を見れば、そこには変わり果てた響と翔が、破壊衝動のままに暴れまわる姿が映し出されている。
「あ、ああ……」
 創世、詩織も怯えた表情で、黒く染った響を見ている。
「確かに……アレじゃあまるで……」

「紅介ッ!その先が僕の想像通りの言葉だったら……僕は君を殴らなくちゃいけない……」
 紅介の言葉を見越したように、恭一郎がその襟首を掴む。
 紅介は歯を食いしばってその言葉を飲み込むと、恭一郎を睨んで答える。
「分かってんだよ!でもよぉ……じゃあどうすりゃ良いってんだ……?」
「それは……」
 黙り込んでしまう恭一郎。しかし、その沈黙を破ったのは──未来だった。
「……わたしは響を、風鳴くんを信じる」
 その肩は震えている。瞳も恐怖で揺れている。それでも、未来は響らを真っ直ぐに見据え、静かにそう言った。
「う、ううぅ……あたしだって響を信じたいよ……。この状況も何とかなるって信じたい……。……でも……でも──ッ!」
「板場さん……」
 遂に膝を着き、両腕で顔を覆い頭を抱えてしまう弓美。
「もうイヤだよぉッ!誰かなんとかしてよぉッ!怖いよぉ……死にたくないよぉッ!助けてよぉッ!響ぃ……ッ!」
 弓美の絶叫と嗚咽が、狭いシェルターの中にこだまする。
 誰もが彼女にかける言葉を失っていた。──そう、思われた時だった。
 
「……諦めるなッ!」
 その声に、一同の視線が集中する。
 弓美が顔を上げると、目の前にいたのは、膝を着いて自分に視線を合わせる飛鳥だった。
「……翔の口癖だ。生前の、奏さんからの受け売りだと聞いている」
「え……?」
 ポカン、と口を開ける弓美。その隣に流星がしゃがみ、ハンカチを手渡した。
「どんな困難にぶち当たっても、この言葉に力を貰った……。翔は確か、そんな事を言っていたっけ……」
「実際、僕もいい言葉だと思っている。確かに、諦めない事はとても難しく、それを貫き通せる人は中々いない。でも、諦めなければ夢は掴むことが出来る。それを成し遂げた人間を僕達は知っているだろう?」
「「ッ……!」」

 恭一郎と紅介の脳裏に、純の姿が浮かんだ。
 幼い頃から夢見た『王子様』を目指して、ただひたすらに自分を磨いてきた純。
 他人からすれば、一笑に付されてしまうような夢。しかし、彼は諦めずに進み続け、そして今……その夢を叶えて散って行った。
 その輝きは儚いものではなく、四人の友人達に強く刻まれていた。

「そう……だよな……。ああ、そうだよな!ここで諦めていられるかよッ!」
「純がここにいれば、絶対に諦めるような事はしない!」
「翔ならここで、いつものアレを言って動き出す所だよな!」
「いつものアレ、ですか?」
 紅介の言葉に詩織が首を傾げる。
 恭一郎、紅介、飛鳥、流星は互いに顔を見合わせると、同時にそれを口にした。
「「「「男ならッ!」」」」
「……男なら?」
 え、その続きは?と言わんばかりにきょとんとする創世。
「翔のもう一つの口癖だ。毎回パターンが違って、バリエーションに富んでいる」
「毎回これ言う時、男らしさを問われる場面だからなぁ。今日の場合は『男なら、友を最後まで信じ抜け』とかじゃねぇの?」
「違いないだろう。なら、僕は小日向さんに賛成だ。僕らも翔を信じる!」
「さっきから盛り上がってる所悪いけど、あたし男じゃないもんッ!」
 説明する飛鳥と紅介、恭一郎に、弓美から飛ぶド正論。しかし、正論でありながらもそれは後ろ向きだ。
 その言葉に、飛鳥が論を返そうとしたその時だった……戦場に変化があったのは。
 
 ∮
 
「く、うぅ……ッ!……はぁ、はぁ、はぁ」
 跳ね飛ばされ、後ろ向きで地面を滑っていく翼。
 ようやく止まるも次の瞬間、左の二の腕を覆っていたアーマーが砕け散る。
 目の前には、今にも飛びかかろうとしている響と翔の姿があった。

「──ハハハッ!どうだ、大事な弟と未来の義妹に刃を向けた感想は?特に立花響と刃を混じえる事は、お前の望みであったなぁ?」
 以前の、頑なだった頃の翼をダシに煽るフィーネ。真っ二つに裂けていたはずのその身体は、見る間にどんどん再生していく。
 やがて元の通りにくっ付いた身体は、傷一つなく元通りになっていた。
 翼はほくそ笑むフィーネを睨み付ける。
「……命を断たれたはずなのに。人のあり方さえ捨て去ったか」
「私とひとつになったネフシュタンの再生能力だ。……面白かろう?」

 しかし、再び元の通りになったのはフィーネの肉体ばかりではなかった。
 背後に聳えるカ・ディンギルもまた、その砲身に閃光を迸らせ、輝き始めた。
「──まさかッ!?」
「そう驚くな。カ・ディンギルが如何に最強最大の兵器だとしても、ただの一撃で終わってしまうのであれば、兵器としては欠陥品。必要がある限り、何発でも撃ち放てる。そのために、エネルギー炉心には不滅の刃、デュランダルを取り付けてあるッ!それは尽きる事の無い、無限の心臓なのだ」

 自慢げに語るフィーネに、翼は刀を向ける。
「……だが、お前を倒せばカ・ディンギルを動かす者はいなくなる」
「フフフ……出来ると思うのならば、試してみるがいいッ!」

 確かに、フィーネを倒せばカ・ディンギルは止まるだろう。しかし、目の前には敵味方の区別もつかなくなるほど、破壊衝動に飲まれてしまった弟と後輩がいる。
 まずは二人を止めなくてはならない。翼は何度も打ち合いながら、その方法を考えていた。

(二人を元に戻すには……やはり、翔の意識を目覚めさせるしかない……)

 翼は以前、緒川と了子から渡された、デュランダル護送任務の報告書の中で、翔が響の暴走を食い止めることが出来たという話を思い出していた。
 響と共に暴走の破壊衝動に飲まれそうになりながらも、翔は意識を保ち、響を止めてみせた。間近で見ていた了子が煽るように、嬉々として語っていたあの話。もし本当だとすれば、翔の意識さえ戻せれば、自然と響をも元に戻す事へと繋がるはずだ。

(翔……頼む、私の声を聞いてくれ……!)

 翼は視線を翔へと移し、真っ直ぐに見つめて叫んだ。
「翔ッ!何を寝惚けているの!あなたの大事な人が、すぐ傍で泣いているのよッ!」

「グウッ……!?」
 翔の動きが一瞬止まる。
 聞こえているのだと分かった翼は、更に強い口調で続けた。
「大事な人を守る為に、その拳は握られる……。大事な人が泣いてたら、その手で優しく包み込む……。あなたが目指している男って、そういうものじゃなかったの!だったら、今この瞬間こそがそうでしょうッ!?……お願いだから……目を覚ましてよ!翔ッ!」

 翼の頬を、一筋の雫が滴り落ちる。それが地面に落ちた時、翔に変化が生じた。
「ッ!……姉……サん……?」
「……翔?」
 唸るばかりであった翔が、言葉を発する。
 釣り上がっていた目尻が降り、やがてその目の色は血のような赤から、元の青へと戻っていく。
「翔ッ!お願い、戻って来て!立花の涙を拭えるのは、あなたしかいないのよッ!」

 翼の叫びが、塗り固められていた翔の意識を引き戻す。
 隣に立つ響を見て、翔は姉の言葉の意味を理解した。
(──響が……泣いている……。なら、俺は……ッ!)

 その瞬間、翔を覆っていた影が消えていく。
 赤黒く、禍々しさを放つ影は消え失せ、代わりにその下に押し込められていた気高き灰色が、再びその姿を現した。

「ッ!?馬鹿な、聖遺物の暴走を……ッ!?」
「うおおおおおおおおおおッ!テェアッ!」
 影が弾け飛び、翔の姿は元に戻っていた。
「翔……」
「ありがとう、姉さん……。姉さんの声、確かに届いたよ」
「もう……ヒヤヒヤさせないでよ……」
 涙を拭い、戻って来た弟に笑みを向ける翼。
 だが次の瞬間、翔の方へと向けて鎖鞭が振り下ろされた。
「ッ!」
 慌てて飛び退き、翼の隣に並ぶ翔。
 フィーネは苛立ちを顕にした顔で、姉弟を睨み付けた。

「チッ。折角の余興だというのに、興冷めではないかッ!」
「他人の苦しみを余興扱いとは……やっぱ腐ってるじゃないか!フィーネッ!」
 翔は怒りと共に拳を握り、フィーネを睨み返す。

 しかしフィーネは当然のように、怯むことがない。
「だが、お前達が今更どう足掻こうと、カ・ディンギル二射目まではあと僅か……。それで私の勝利は確定だ」
「「果たしてそうかなッ!」」
「なに……?」

 姉弟は声を揃えて返すと、互いに背中を合わせて構える。
「男ならッ!どんな逆境でも諦めないッ!それが大切な人を取り戻し、共に歩む明日を守るための戦いであれば、尚更だッ!」
「この剣はまだ、折れてはいないッ!この誇りはまだ、折られてなどいないッ!ならば私はまだ、戦えるッ!防人として……一人の姉としてッ!弟を、立花を……そしてこの街の、この国に住む無辜の人々を守る為にッ!」
「それがお前達の絆だとでも!?くだらんッ!絆とは、痛みだけが繋ぐものなのだ!そのたった一つの真実も理解できない青二才どもに、私の計画を邪魔されてなるものかッ!」

 翔と翼は互いに目を合わせると、それぞれが向かうべき相手に向かい合う。
 翼はフィーネへと、その剣の切っ先を向け、翔は響の動きを伺う。
「往くぞ、翔ッ!」
「ああッ!俺達は──」

「「──決して絆を諦めないッ!」」

 瓦礫の山をから跳躍するフィーネと、地面を蹴って駆け出す響。
 刀を構えて飛び立つ翼と、握った拳を開いて平手を構える翔。
 絆を懸けた戦いが今、始まった。 
 

 
後書き
翔の口癖は今回決まったわけではなく、前々から固まってはいたんですけど中々出せていなくてですね……これまで何話出てきたか、作者にも曖昧なのですよ(苦笑)
でも、響の「へいき、へっちゃら」や「だとしてもッ!」に並ぶような言葉にはなったかなと思います。
あとあの書き方、奏さんはあのライブより以前から「諦めるなッ!」って言ってた事になりますけど、まあ問題ないよネ!名言だし、口癖だった事にしても!

次回──

翼「今日に折れて死んでも……、明日に、人として唄うためにッ!」

フィーネ「その程度では、切っ先すら届かぬわッ!」

第59話『ただ、それだけ出来れば──』

翔「……この手は、束ねて繋ぐ力のはずだろ?」 

 

第58節「ただ、それだけ出来れば──」

 
前書き
姉弟揃ってイケメンな風鳴姉弟。いざ、推して参るッ!
さあ、前回流し損ねたあの曲を……最高のBGMとして鳴らしましょう! 

 
「はあああああああッ!」
「フンッ!」
 刀と鞭がぶつかり合い、火花を散らす。もうこれで、何度目の衝突になるのだろうか。未だに翼の刃は、フィーネへと届いていなかった。
「いくらネフシュタンと言えど、再生能力を凌駕する威力で攻撃を与え続ければ、いずれ届くッ!」
「だが、果たしていつまで耐えられるッ!」
「うッ、くッ!?」
 翼のギアは、所々がひび割れ始めている。既に限界が近づいているのは、目に見えていた。

 その頃、すぐ近くでは翔が暴走した響を相手に戦い続けていた。
「ウオオオォォオオオオッ!」
「ふッ!はッ!……くッ!響ッ!返事をしてくれッ!」
 力任せに振り下ろされる拳、突き破らんばかりに放たれる爪撃。
 大地を砕く脚と、空気を震わせる咆哮。
 翔は響からの攻撃を全て躱し、流し、いなし続ける。しかし、力のままに振るわれる撃槍が相手では、それにも限度があった。
 攻撃の余波による衝撃波や、吹き飛んだ土塊までは防げない。
 今もまた、飛んできた土塊を弾いた瞬間に響の拳が命中した。

「がはッ!?」
 吹っ飛ばされ、地面を転がる翔。
 その先で、フィーネに剣を弾かれた翼が、土煙を上げながら後退して来た。
「翔……大丈夫?」
「姉さんこそ……まだまだ行けるよね……?」
 立ち上がった翔は、もう一度平手を構え直す。
 フィーネは未だに諦めない姉弟を見て、再びせせら笑っていた。
「まだ立ち上がるか?もはや無意味だというのに……。貴様らがいくら抗おうと、カ・ディンギルは止められない!立花響も救えない!それが運命というものなのだッ!」

「運命だと?知った事か!男なら、定められた運命なんか変えて見せるッ!そして未来を掴み取るッ!」
「お前を倒す力は、確かにもう残っていない……。しかし、だとしてもッ!私達姉妹はまだ立ち上がる事が出来るッ!」
「「この身に変えても、守り抜くッ!」」

 2人はそれぞれの戦う相手を見据え、小さな声で呟いた。
「……翔、私はカ・ディンギルを止める。だから──」
「だったら姉さん……。一手だけ、力を貸して欲しい……」
「──わかった。それがあなたの望みなら……」
 頷き合い、翔は地面を蹴って響の元へと飛び出して行った。
 それを見送ると、翼はゆっくりとフィーネの方へと歩み寄る。

「待たせたな……次で、決着を付けるッ!」
「どこまでも剣と言うことか」
 鎖鞭が蛇のように動き、フィーネを取り巻く。
「今日に、折れて死んでも……、明日に人として唄うためにッ!風鳴翼が唄うのは、『戦場』ばかりでないと知れッ!」
 アームドギアを握り直し、翼はフィーネを真っ直ぐに睨みつける。
「人の世界が剣を受け入れる事など──ありはしないッ!」

 伸びた鎖鞭は勢いよく、翼を狙って迫る。
 翼がそれを跳躍して躱すと、鎖鞭は勢いよく地面へと突き刺さり、土煙を上げた。
「颯を射る如き刃、麗しきは千の花──ッ!」
 両脚の刃を展開し、向かって来る鎖鞭を弾き返すと、アームドギアを刀から大剣へと変形させる。

〈蒼ノ一閃〉

 一閃さえをも突き破り、鎖鞭が宙を舞う。
 爆発と共に掻き消える閃き。翼は着地すると、フィーネへと迫る。
「慟哭に吼え立つ修羅、いっそ徒然と雫を拭って──」
「くッ……!」
 その身を貫かんと迫るく鎖鞭。それを翼は、身を屈める事で避ける。
「なッ!?」
 一瞬の隙。フィーネの懐へと潜り込んだ翼は、その大剣を振るってフィーネを薙ぎ払い、カ・ディンギルの壁面へと叩き付けた。
「な……あッ!?」
 フィーネがカ・ディンギルの壁にめり込み、煙で視界を隠されたその瞬間、弟の戦いを横目に窺い続けた翼は、太腿を覆う鎧の裏に収納された小太刀を取り出し、投擲した。

「翔……後は任せるッ!」
 そして翼は天高く跳躍し、刀へと戻したその剣をフィーネへと投擲する。直後、投擲された刀は形を変えて、巨大な刀身を持つ両刃の剣へと姿を変えた。
 両脚の刃を展開させて、そこから噴き出すブースターによって加速。飛び蹴りの構えを取った。
「去りなさいッ!無想に猛る炎、神楽の風に滅し散華せよ──ッ!」

〈天ノ逆鱗〉

「ぐ……うう、はッ!?」
 迫る逆鱗に気が付き、フィーネは鎖鞭を幾重にも交差させ、三重に結界を重ねて張った。
 結界と衝突する逆鱗。大質量の刃物に、高度と加速力を乗せて放つ必殺の一撃を、三重結界は難なく受け止めている。
「その程度では、切っ先すら届かぬわッ!」

 しかし、翼の狙いは……フィーネではなかった。

(──防がれる事は織り込み済みッ!)

 拮抗し、宙で止められたままとなっているアームドギア。
 それをそのまま足場として、自身の体重を移動させることでバランスを崩させる。
 翼は更に二本の剣をその両手に握り締め、カ・ディンギルへと飛んだ。
「四の五の言わずに、否ッ!世の飛沫と果てよ──ッ!!」
 翼と構えたその双刃から、紅蓮の炎が噴き上がる。
 炎を翼と携え翔ぶ姿。まさしく不死鳥(フェニックス)の羽撃き。

〈炎鳥極翔斬〉

「く──ッ!初めから狙いはカ・ディンギルかッ!」
 だが、フィーネは結界を解くと、天高く昇ろうとする不死鳥を墜すべくその鎖鞭を振るう。
(あと少し……ッく、追いつかれ──)
 次の瞬間、鎖鞭は不死鳥の携えた両翼を掠め、飛び立とうとしていた翼を撃ち落とした。

 ∮

「ぐッ!?……なんの、これしき……ッ!」
 砕けて飛び散るギアの破片と、剥き出しとなった生身の部分を切り裂かれ、滴る鮮血。
 翼がフィーネと戦っている頃、翔もまた、響の懐を目指して向かっていく。しかし翔が辿り着くよりも先に、響の真っ黒な右腕からガシャン、という音と共に煙が噴き出した。
「ウウウアッ!」
 勢いよく跳躍し、その鋭い爪と共に突き出された右手。

(男なら……守るべき誰かの為に──強くなれッ!)

 その瞬間、翔はその足を止めると……両腕を広げて響を見上げた。
「アアアアアアーーーッ!」
「…………」
 次の瞬間、響の爪が翔のギアの胸部へと突き刺さる……事はなかった。
 その爪を、まさに紙一重で躱した翔は、ただ穏やかな表情で響の背中に手を回すと、その黒一色に染まった身体を抱き締めた。
「ッ!?」

 突然、その身を包んだ温かさに、響は腕を降ろす。それを見て、翔はその右手を優しく取って、その耳元で囁いた。
「……この手は、束ねて繋ぐ力のはずだろ?」
「ッ!?ガッ……ウウウウゥゥゥウウ……ッ!」
 動きを止めたのも束の間、また暴れようとする響。
 そこへ、何かが地面へと突き刺さる音と共に、翼の叫びが耳に届く。
「翔……後は任せるッ!」

〈影縫い〉

 打ち合わせずとも、弟が何をしようとしているのかを悟った姉から届いた、文字通りの『助太刀』。
 影縫いに動きを封じられた響は、これ以上暴れる事が出来ない。
 翔はそのまま響へと囁き続ける。
「……響。奏さんから継いだ力を、そんな風に使わないでくれ……。その気持ちは痛いほど分かる……。でも、それで誰かを傷付けるのは間違っている……」
「ウウゥ……ア……アアア……」
 響の目尻が下がり始め、その目に涙が浮かぶ。
「純と雪音が倒れたり、学院がこんなになっちまったり……悲しいのはわかる。……悔しさと怒りが溢れて来て、ガングニールの力そのものに、心を塗り潰されそうになってるのも分かる……。でもな……それでも──」

 自然と、響を抱き締める腕に力が篭もる。響の右手を掴んでいた手を、その頭に乗せて優しく撫でる。
 閉じた瞼の裏、見えたのは暗闇へと沈んでいく最愛の人の姿。
 翔はそれに手を伸ばすイメージを思い描き、力強く叫んだ。

「諦めるなッ!」

「ッ……!ウウ……う……アぁ……あ……」
「響ッ!」
 翔は響の顔を見る。その目は……泣いていた。
「響……」
 頬を滴る透明な雫が、真っ黒に染まった頬に輝く。
 温もりと、触れる手と、その意識を呼び戻す力を持った言葉。破壊衝動に塗り固められた響の心を、完全に取り戻すまであと一歩……。

 その最後のひと押しに、翔は……最も響の意識を呼び起こすだけの衝撃を与える行動を選んだ。
 背中に回していた両腕を離し、その両手を頬に添える。
 その行動に至ったのは、親友からの影響か。それとも、その展開が王道中の王道だからか。

「……んッ……ぅ……」
「……ッ!?」
 唇を重ねられた瞬間、響はその両目を見開く。
 そして次の瞬間……その身体を覆っていた影は、オレンジ色の光と共に弾けて消えた。

 翔が唇を離すと、そこには頬を濡らし、真っ赤に晴れた目でこちらを見つめる、最愛の少女の姿があった。
「……おかえり……響」
「……翔……くん……」

 次の瞬間、風を斬る音と、炎が噴き上がる音が空気を揺らした。
「ッ!?あれは……」
 振り向くとそこには、カ・ディンギルの頂上を目指して飛翔する、一羽の雄々しき不死鳥の姿があった。
 その両翼に迫る蛇の鞭に、翔は思わず叫んでいた。
「姉さんッ!」

 ∮

(……やはり、私では──)
 ギアが砕け、破片が飛び散る。
 撃ち落とされ地へと墜ちていく中、翼は心の中でそう呟こうとしていた。
 力なく虚空を彷徨う身体。今度こそ、この翼は折れてしまった……そう思いかけた時、耳に届いたのは懐かしい声だった。

『何、弱気な事言ってんだ』

「あ……奏ッ!?」
 目の前に現れた彼女は、あの頃と変わらない微笑みを浮かべながら、その手を差し伸べて来た。
『翼……あたしとあんた、両翼揃ったツヴァイウィングなら──何処までも遠くへ飛んで行ける』

 奏の手を取り、翼は再びその目を開く。
(……そう。両翼揃ったツヴァイウィングなら──)
 落下していく身体で宙返り、その体勢を立て直して……翼は再び、その両翼(つるぎ)に炎を灯した。
「……ッ!」
「な──ッ!?」
「姉さんッ!」
 翼はカ・ディンギルを支える支柱を足場に、もう一度跳躍する。
 今度は険しい表情ではなく、自信と確信に満ちた雄々しい笑みを浮かべて。
(どんなものでも、越えてみせる……ッ!)
 再び襲い来る鎖鞭。しかし、今度こそは邪魔させはしない。
 その心に呼応するかのように、紅蓮の炎は蒼炎へと色を変え、蒼き翼の不死鳥は天高く飛翔する。

「Yes,Just Believe──!」

 生涯無二の親友と共に歌った、思い出のフレーズ。自らを奮い立たせるように叫びながら、翼はその両翼を羽撃かせる。
 飛び交う鎖を掻い潜り、月穿つ魔塔へと特攻していく不死鳥を……彼女が愛する者達が、涙を流しながら見上げていた。
「あ……あああ……ッ!?」
 見上げるフィーネの目の前で、カ・ディンギルの各部から光が漏れ出す。

 そして次の瞬間……カ・ディンギルは爆発した。
 辺り一面が白一色に染まり、強烈な閃光が戦場を、リディアン全域を包み込む。
 次の瞬間、大きな爆発音と吹き荒れる爆風、そして空には月を穿つ一撃の代わりに、炎と共に爆煙が立ち上った。 
 

 
後書き
原作だと、翼さん抱擁の後でも直ぐには戻らなくて、翼さん特攻(死んでない)でようやく暴走状態から元の姿に戻ったあのシーン。
あれ、もう一歩で元に戻れる所まで来てたけど、そのもう一押しが足りてない状態で影縫いされて、その最後のひと押しが翼さんが死んだかもしれないってショックだったんだろうなぁ、と解釈しました。
なので、こちらではその最後のひと押しとして、某暗殺教室の主人公が永遠のゼ……ゲフンゲフン、プリン大好き天才子役にやったアレよろしく『とっておきの殺し技』を決める流れになりました。告白回で敢えてさせなかったのは、そういう事です。
あと本当なら原作の翼さんと同じく、暴走響の爪を翔が受け止めてそのまま抱擁……の流れにしようとしてましたが、気付いたら回避した上で抱き締め、そこに姉が影縫いして動きを封じるという義妹必殺コンボを決めてきました。
流石はOTOKO風鳴翔……。最愛の人にトラウマを作らせない為にも、死ぬ気で避けてやりやがった……。

それから、翼さん特攻シーン。原作だと「立花ぁぁぁッ!」でしたが、こっちだと翔もいるので悩んだんですよ。
悩んだ末に出た結論は、今でもすぐ傍にいてくれて、背中を押してくれた奏さんでした。奏さんとの繋がりを表しているあの曲、その中でも一番盛り上がるフレーズですし、原作でもピアノver.で流れて、あのシーンに悲壮感を出してましたからね。
イマジナリー翔ひびが元ネタに倣って着衣なのか、かなつば同様の種OP的MAPPAなのかは、読者にの好みに委ねます。
いや、次回結局全員脱ぐけど()

次回──

響「……翼さん、クリスちゃん。それから、純くんも……。さんにんとも、もういない……」

翔「……身体が……もう、動かない……。これ以上は……」

フィーネ「お前らが纏うそれは一体なんだッ!?何なのだあああーーーッ!?」

第60話『シンフォギア』

未来「……響を、翔くんを……二人を助けたいんですッ!」 

 

第59節「シンフォギア」

 
前書き
叫ぶ用意は出来ているか!
黒バックのEDで再生する為の『Synchrogazer』の検索は?
流すタイミングは分かっているな!?
よし!ならば、準備を終えたものからLet’sスクロールッ!
最高に熱いあの展開を楽しもうじゃないか! 

 
「……姉さん……ねえさぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!!」
「翼さん……あ、あ……あ……」
 その身に変えて、発射直前のカ・ディンギルへと特攻した翼。爆煙が晴れた後、そこに残るのは輝きを失った魔塔の残骸のみ。
 翔と響は揃って膝を着き、崩れ落ちる。
 その叫びは虚しく、砕けた月の浮かぶ夜空へと消えて行った。
 
 ∮
 
「天羽々斬、反応途絶……」
「ああ……」
 歯を食いしばり、悔しさを滲ませる藤尭。顔を両手で覆って泣き始める友里。
 翼による決死の特攻を、シェルターにいた全員が見届けていた。

「身命を賭して、カ・ディンギルを破壊したか、翼……。お前の歌、世界に届いたぞ……世界を守りきったぞ……ッ!」
 弦十郎の声が、握りしめた拳が震えている。彼は司令であると同時に、翼の肉親だ。その悔しさは、誰よりも大きい。

「翼さん……ッ!」
「翼さんもまた、諦めない人だったという事か……」
 恭一郎と飛鳥は、翼がその目に焼き付けた勇姿に涙する。
「わかんないよッ!?どうしてみんな戦うのッ!?」
 そこで、未だ泣き止まずにいる弓美が声を荒らげた。アニメが大好きで、毎日常にその話しかしていない程の彼女が、この中で一番、日常を破壊され、非日常の只中へと突き落とされた一般人らしい感情を爆発させていた。
「痛い思いして……怖い思いしてッ!死ぬために戦ってるのッ!?」

「……分からないの?」
「え……あッ!?」
 弓美を真っ直ぐに見て、その両肩を掴む未来。
 その目に諦めの色はなく、強い意志が宿っている。しかし、そんな未来の目からも、一筋の涙が伝っていた。
「あ……あぁ……うぅぅ……うわあああああああああああああああああッ!」
 未来の言う通り、彼女も理解している。戦場に散った彼女達が……まだ戦場に立つ二人が何故、戦っているのか……。
 それを素直に認めた瞬間、様々な感情が綯い交ぜになり……彼女は泣き崩れた。
 
 ∮
 
「ええいッ!どこまでも忌々しいッ!」
 フィーネは瓦礫に鎖鞭を叩き付け、苛立ちを限界まで募らせていた。
「月の破壊はバラルの呪詛を解くと同時に、重力崩壊を引き起こす……ッ!惑星規模の天変地異に人類は恐怖しッ!うろたえッ!そして聖遺物の力を振るう私の元に帰順する筈であったッ!」

 絶たれてしまった自らの野望を吐露しながら、フィーネは項垂れる二人の元へと近づいていく。

「痛みだけが人の心を繋ぐ絆……たったひとつの真実なのにッ!それを、お前がッ!お前達がぁッ!」
「ッ!それ以上響に近寄らせるかッ!」
 フィーネの接近に気が付き、翔はふらつきながら立ち上がる。

 しかし次の瞬間、フィーネの裏拳が翔の右頬にぶつけられた。
「ごッ!?」
 ネフシュタンと融合した事で強化された筋力で、翔は左方へと勢いよく吹っ飛ばされ、地面を転がった。
「ッ!翔く……」
 そしてフィーネはそのまま、響の横っ腹を力任せに蹴り飛ばす。
「う……」
 地面を転がる響。立ち上がる力は、既に残されていない。
 そのまま力なく、うつ伏せに倒れる響の傍にしゃがむと、フィーネは彼女の髪を掴んで頭を持ち上げる。

「まあ、それでもお前は役に立ったよ。生体と聖遺物の初の融合症例。お前達という先例がいたからこそ、私は己が身を、ネフシュタンの鎧と同化させる事が出来たのだからなッ!」
 フィーネは響の頭を鷲掴むと、その体を力任せに放り投げる。

「や……め……ろおおおおおおおッ!」
 立ち上がった翔は、残る力の全てを込めて駆け出す。
 しかし、ダメージの残る身体での疾走では間に合わない。
 人形のようにダラリとなった響はそのまま投げられ、地面を転がり瓦礫へと叩きつけられた。その目には既に、光がない。クリスと純が倒れ、翼が特攻し、カ・ディンギルは破壊出来たものの、リディアンはボロボロだ。
 諦めずに進もうとした先で心が……既に折れかけていた。
「フィーネええええええええええッ!」
 足を止めず、そのまま握った拳を突き出す翔。

 しかし、フィーネはそれを軽く避けると、バランスを崩した翔の背中に肘を叩き付けた。
「がはッ!?」
「融合症例第2号、お前のお陰でより詳細なデータを得る事が出来た。その礼に、二人仲良く痛め付けてやろうッ!」
 肘打ちを当てられ、地面に横たわった翔の頭を掴むと、フィーネは響と同じ方へとその体を放り投げる。
 普通の生活ではありえない軌道で宙を舞い、地面へと激突して転がる翔。
 瓦礫にぶつかって何とか止まった時、視線の先には仰向けに横たわった響の姿があった。

「……ひび、き……かはっ……」
 指先すら動かす力が残っていない。本当は今すぐにでも立ち上がりたい。横たわる響に向かって、手を伸ばしたい。
 でも……もうそれだけの力も残っていない。
「…………翼さん、クリスちゃん。それから、純くんも……。さんにんとも、もういない……」
 弱々しく呟く声が聞こえる。響の目から希望が消えていく。
 翔は自らを引き込もうとする絶望に抗おうしていたが、既に身体が限界を迎えていた。
「学校も壊れて、みんないなくなって……。翔くん……わたし……わたしは何のために、何のために戦っているの……?」
「響……。俺達は……」
(まだだ……まだ、諦めたくない……。俺の心は、まだ……諦めてはいない……のに……)
 最後に残った2人の装者は今、地に伏す寸前であった。
 
 ∮
 
「……ん?」
 聞こえてきた大勢の足音に、弦十郎はシェルターの出入り口を見る。
 顔を覗かせたのは緒川、そして大勢の一般人だった。
「司令ッ!周辺区画のシェルターにて、生存者、発見しました」
「そうか、良かったッ!」
 緒川からの報告に安堵する弦十郎。すると、ディスプレイに映っていた響の映像を見た一人の少女が、ぱぁっと顔を明るくした。
「あっ!おかーさん、カッコいいお姉ちゃんだッ!」
「あっ!ちょっと、待ちなさい!」
 母親の元を離れ、少女は藤尭が座る机の方へと駆け寄る。
「すいません……」
 謝る母親に、創世が声をかける。
「ビッキーの事、知ってるんですか?」
「ええ……詳しくは言えませんが、うちの子はあの子に助けてもらったんです。自分の危険を顧みず、助けてくれたんです。きっと、他にもそういう人達が……」
「……響の、人助け」
 
 そこへ、更に二人の市民が入って来る。
「おや、あの時の少年じゃないか!」
「この子があの時の、ですか?」
 サングラスをかけた黒髪の男性が、パートナーらしき金髪の女性と共に、ディスプレイに映る翔を見て驚いていた。

「あの、失礼ですがあなたは……?」
 怪訝そうな顔をする恭一郎に、男性は微笑みながら答える。
「なに。少し前にたまたま出会って、ちょっと人生相談を受けただけの仲だよ」
「は、はぁ……」
「ねえ、カッコいいお姉ちゃん、助けられないの?」
 ディスプレイを覗き込み、響が大変な事になっているのだけは理解した少女は、響を心配する気持ちでいっぱいなのがよく分かる表情で、未来達を見回した。
「……助けようと思ってもどうしようもないんです。わたし達には、何も出来ないですし……」
「じゃあ、一緒に応援しよっ!ねえ、ここから話しかけられないの?」
 少女にそう聞かれ、藤尭は俯きながら答える。
「あ……うん、出来ないんだよ……」
「あ、応援……ッ!」

 すると、未来は何かに気が付いたように、弦十郎の隣へと向かう。
「ここから響達にわたし達の声を、無事を報せるには、どうすればいいんですか?……響を、翔くんを助けたいんですッ!」
「助ける……?」
「学校の施設がまだ生きていれば、リンクしてここから声を送れるかもしれませんッ!」
「何をすればいいんですかッ!」
 藤尭の言葉に希望を見いだした未来は、自分に出来る事をするべく名乗り出る。
「待って、ヒナッ!」
「……止めても無駄だよ、わたしは響と翔くんのために──」

「わたしもです」
「え……」
 手を挙げたのは、詩織だった。創世も頷いている。
「あたしも……あたしにも手伝わせてッ!こんな時、大好きなアニメなら、友達の為にできる事をやるんだ──ッ!」
 先程まで泣き続けていた弓美も、吹っ切れたのか覚悟を決めた目でそう宣言する。

「僕達も手伝おう。翔が、純が僕達を守る為に頑張ったんだ。今度は僕らが、それに応えるッ!」
「僕も同じだ。今の僕達にできる最善で、二人に応援を届けてみせるッ!」
「男なら、ここで動かぬ道理なし……って、翔に言われそうだ。だから、僕も行く」
「あいつらばかりに、カッコつけさせられっぱなしでたまるかよッ!」
 アイオニアンの男子四人も揃って賛同の声を上げた。

「みんな……うんッ!みんなで二人を助けようッ!」

 未来の声に、七人の友人達は強く頷いた。
「素晴らしい友情だ……なら、我々も手伝わせてもらおう」
「子供達だけに、危険な真似はさせられませんわ!」
「ありがとうございます!……えっと……」
「通りすがりの、ただの世話焼きお兄さんさ」
「同じく通りすがりの、ただの子供好きお姉さんですわ」
 サングラスの男性と金髪ツインテールの女性も加わり、道案内として緒川を先頭にして、彼らは電力管理施設へと向かって行った。

 通う学び舎は違えど、心はひとつ。大事な友達を助ける為に。
 
 ∮
 
「……もうずっと遠い昔、あのお方に仕える巫女であった私は、いつしかあのお方を、創造主を愛するようになっていた」
 明るくなり始めた東の空を見ながら、フィーネは語り始めた。
「……だが、この胸の内を告げる事は出来なかった。その前に、私から、人類から言葉が奪われた。バラルの呪詛によって、唯一創造主と語り合える統一言語が奪われたのだ……ッ!私は数千年に渡り、たった1人バラルの呪詛を解き放つ為、抗ってきた……。いつの日か統一言語にて、胸の内の想いを届けるために……」
 フィーネの声に、悲哀が混ざり始める。こちらに背を向け語るフィーネの顔は、おそらく泣いているのだろう。
 ようやく悲願が叶う。そう思っていた瞬間に、カ・ディンギルを破壊され、悲願を断たれてしまったのだ。泣きたくもなるのは分かる。

 だが……それで納得出来る二人ではない。
「……胸の……想い……?だからって──」
「……ああ……こんな……歪んだやり方は──」
「是非を問うだとッ!?自分の恋心を、愛する人に二度と伝えられなくなる哀しみも知らぬお前達がぁッ!!」
 次の瞬間、再び二人が瓦礫に叩きつけられた重たい音が響く。
 融合症例由来の頑丈さに命を救われている、とも言える程に、二人は更にボロボロになっていった。
 
 ∮
 
「この向こうに、切替レバーが?」
 未来達、リディアンの四人は、緒川と共に電力管理施設の扉の前に立っていた。
 アイオニアンの男子四人は、サングラスの男性と金髪ツインテールの女性に率いられ、電力管理施設に向かう道や、施設の周辺に転がる瓦礫の撤去をしている。
 役割を分担する事で、彼女たちは足止めを食うことなくここまで辿り着いた。電力を復旧させてシェルターへと戻る頃には、瓦礫が撤去されて進みやすくなった通路を歩けるだろう。

「こちらから動力を送ることで、学校施設の再起動が出来るかもしれません」
「でも、緒川さんだとこの隙間には……」
 未来の言う通り、電力管理施設へと向かうための自動扉には、ドアが歪んだ事で小さな隙間が空いている。しかし、それは大人が通るには小さ過ぎる隙間であった。

「……あ、あたしが行くよッ!」
「えっ……弓美!」
 名乗り出たのはなんと、弓美だった。
 驚く未来に、弓美は自分が向かう理由を続ける。

「大人じゃ無理でも、あたしならそこから入って行ける。アニメだったらさ、こういう時、身体のちっこいキャラの役回りだしね。それで響が助けられるならッ!」
「でも、それはアニメの話じゃない」
「アニメを真に受けて何が悪いっ!ここでやらなきゃ、あたしアニメ以下だよ!非実在青少年にもなれやしない!この先、響の友達と胸を張って答えられないじゃないッ!」

 弓美の言葉に、未来は微笑んだ。
 先程まで絶望の只中にいた弓美が、こんなにも自分を奮い立たせている。
 彼女は今、諦めずに前を向く決意を抱いているのだ。

「ナイス決断です。わたしもお手伝いしますわ」
「だね。ビッキーが頑張ってるのに、その友達が頑張らない理由はないよね」
「みんな……」
 創世、詩織もまた、気持ちは同じ。緒川はそんな彼女達を見て微笑むと、切替レバーの位置を伝え、彼女達四人を見送った。
 
「来ましたッ!動力、学校施設に接続!」
「校庭のスピーカー、行けそうですッ!」
 電力が復旧し、藤尭、並びに別の部屋から持ってきたコンソールを操作する友里は、いつも司令室でやっているのと同じ調子で報告した。
「やったぁ!」
 少女が歓声を上げる。
「マイクの接続、終わったよ」
 一人、シェルターに残っていた流星が、二課の職員が何処かの部屋で見つけて来た有線マイクの調子を確認し終え、コードに繋いだ。
 
 ∮
 
「シンフォギア・システムの最大の問題は、絶唱使用時のバックファイア。融合体であるお前達が絶唱を放った場合、どこまで負荷を抑えられるのか。研究者として興味深い所ではあるが……ハッ、もはやお前達で実験してみようとは思わぬ。この身も同じ融合体だからな。新霊長は私1人がいればいい。私に並ぶものは、全て絶やしてくれる。つがいともなれば尚更だ」
 鎖鞭の先端が、それぞれ響と翔に向けられる。
 一方的に嬲られ続け、二人の意識は既に朦朧としていた。
「……身体が……もう、動かない……。これ以上は……」
 力なく横たわった響に手を伸ばす事さえ叶わず、翔は悔しさを噛み締めた。
 
『──仰ぎ見よ太陽を、よろずの愛を学べ~』
「フッ、ハハ……ん?」
 トドメを刺そうとしていたフィーネの耳に、何処からともなく歌が聞こえてきた。
 それはとても明るく、前向きで、『歌』を賛美するフレーズから成る曲だった。

「……チッ、耳障りなッ!何が聞こえているッ!」
 周囲を見回したフィーネの目に、瓦礫に押し倒されながらも完全には壊れていないスピーカーが映る。
 歌はそこから聞こえていた。
「何だこれは……」

(あ……校……歌……?)
(この……声……あいつら……も……?)
 沈みかけていた意識が、急速に浮上していく。
 リディアンの校歌は、二人の耳を通して心に響いていた。
 
(……響、翔くん、わたし達は無事だよッ!二人が帰って来るのを待っているッ!だから、負けないで……ッ!)
 創世、弓美、詩織ら三人を始め、シェルターに集まったリディアンの生徒達。そして歌詞を教えられたUFZの四人と共に、未来は願いを込めて歌う。
 歌うという事そのものを賛美する校歌を。響が帰って来る場所を示す歌を。戦場に倒れた装者達が、命を賭けて守った人々が歌う希望の唄を。
 
 フィーネの目に映ったものだけではなく、校庭の四隅に存在していたスピーカー全てから、校歌は戦場にどんどん拡がっていく。
 止まない歌声に対して忌々しげに、フィーネは舌打ちした。
「チッ!何処から聞こえて来る?この不快な……歌……。……『歌』、だと……ッ!?」

 それが『歌』だと気付いた時、フィーネは目を見開いた。
 気が付けば歌と共に、無数の黄色い小さな光が粒子となり、暁の空へと立ち昇っていく。
「聞こえる……みんなの声が……」
「聴こえる……みんなの歌が……」
 朝日が地上を照らし始め、二人はその手を握って拳とする。
「良かった……。わたしを支えてくれるみんな、いつだって傍にッ!」
「ああ……。まだ皆は、希望を捨てていない……諦めていないッ!」

 拳を握った二人の身体に光が宿る。その胸に宿る聖遺物が、再び力強く輝きを放つ。
 そして二人の目には、希望(ちから)が戻っていた。
「みんなが唄ってるんだ……。だから、まだ唄える……ッ!」
「まだ、頑張れるッ!」
「「戦える──ッ!!」」
 
 次の瞬間、二人の身体から溢れ出した力に、フィーネは吹き飛ばされた。
「──くうッ!?」
 後ずさるフィーネ。顔を上げるとその先では……全身から眩いばかりの光を放ちながら立ち上がり、フィーネを真っ直ぐに見据える二人の姿があった。
「「…………」」
「まだ戦えるだと……?何を支えに立ち上がる……?何を握って力と変える……?鳴り渡る不快な歌の仕業か?……そうだ、お前達が纏っているものはなんだ?心は確かに折り砕いた筈ッ!──なのに、何を纏っている?それは私が作ったモノか?お前達が纏うそれは一体なんだッ!?何なのだあああーーーッ!?」
「「──ッ!」」

 昇る朝日が照らす戦場から、五色の光が柱と立つ。
 崩れたカ・ディンギルの頂点からは、青い光に包まれた翼が。
 森の奥からは、それぞれ赤と金色の光と共にクリスと純が。
 そして、フィーネの目の前では響と翔が、それぞれ黄色と白銀の光をその身に立ち上がる。
 光が弾けたその瞬間、五人は一斉に空へと飛び立った。
 
「「シンフォギアァァァァァァァァッ!」」
 
 そこには、色鮮やかに輝く羽を翔かせ、神々しいほどの純白をその身に纏った三人の戦姫と、神秘的な光を放つ白銀をその身に纏い、陽光を反射して優しく煌めく翼を広げた二人の戦騎が降臨していた。 
 

 
後書き
Listen to my song~♪

というわけで、如何でしたか?
書き終えた瞬間、遂にここまで到達したかッ!という気分になりました。
UFZとリディアン三人娘も、裏方ですがしっかり活躍出来たかなと思います。
あと千優、慧理那がまさかの再登場。ほら、こういうシーンって以前助けられた人に限らず、"何らかの形で関わった一般人"が出てくるからこそ熱いわけですし。

個人的に今回のポイントがあるとすれば、フィーネのセリフに追加した部分かなぁと。
果たして融合症例同士が子を成した場合、どうなるのか……その話題は薄い本案件確定デスネー。

それと、伴装者二人のエクスドライブモードですが、翔くんはウルトラマンノア、純くんはシャイニングウルトラマンゼロにウルティメイトイージスの意匠を追加したものがモチーフとなっております。

最近気づいたんですけど、フィーネの「痛みこそ絆」ってあれ……ひょっとして、ユベルと同じなんじゃないかなって。
エンキさんに何も伝えてもらえずにアレコレあったのが原因でああなったの、絶対ユベルと同じでしょ……。

次回──『エクスドライブ』
とうとう発動したエクスドライブモード。伴装者二人のそれがどう活躍するのか、お楽しみに!

……あれ?この調子で行くと、今週中に最終回を迎えてしまうのでは?
って言ってたら本当に達成出来たんだよね……。我ながらよくもまあ毎日書き続けたものだ……。 

 

第60節「エクスドライブ」

 
前書き
最高に熱かった前回ラスト、そして今日はとうとう男子二人のエクスドライブの活躍!
オリジナル聖遺物、そしてオリジナルのRN式を扱ってとうとうここまで来ました。
最後まで見ててください、これが!俺の!シンフォギアァァァァァァァァッ! 

 
「お姉ちゃん達、カッコいい!」
 女の子が真っ先に歓声を上げる。
「まさか、人生の内でこんな奇跡の一瞬に立ち会えるなんてな……まるで、本当に特撮ヒーローの世界へ足を踏み入れた気分だよ!ああ、最ッ高だ!」
「ここに集った皆さんの歌声が、諦めなかった人々の希望が起こした奇跡……素晴らしいですわッ!」
 年甲斐もなくはしゃいでいるのは、サングラスの男性と金髪の女性……仲足夫妻だ。

「くぅ~ッ!翔!純!お前ら今、世界最強レベルでカッコいいぜッ!」
「エクセレントッ!愛する人を守るため、同じ境地へと至る……。ああ、今の君達こそ、最高オブ最高の漢だよッ!」
「純……翼さん……よかった、本当に……ッ!」
「兄さん、泣くのはまだ早いよ……。本当の戦いは、ここからなんだからさ」
 紅介、恭一郎、飛鳥、流星もまた、それぞれ身を乗り出して親友達を見守る。

「やっぱあたしらがついてないとダメだなぁッ!」
「助け、助けられてこそナイスですッ!」
「あたし達が一緒に戦っているんだッ!」
「……うんッ!」
 創世、詩織、弓美の言葉に、未来は涙を拭いながら強く頷いた。

 ∮

「みんなの歌声がくれたギアが、わたしに負けない力を与えてくれる。クリスちゃんや翼さん、純くん、そして翔くんに、もう一度立ち上がる力を与えてくれる。歌は戦う力だけじゃない。命なんだッ!」
 純白のガングニールを身に纏い、逆V字型をした黄の羽を広げた響は、明け始めた青空を背にフィーネを見下ろしながら、そう言った。
「高レベルのフォニックゲイン。……こいつは、2年前の意趣返し」
『んなこたぁ、どうでもいいんだよッ!』
 クリスの声が、フィーネの脳内に直接響く。
「念話までもッ!限定解除されたギアを纏って、すっかりその気かッ!」
 フィーネはソロモンの杖を取り出すと、何体ものノイズを一斉に呼び出す。

『いい加減芸が乏しいんだよッ!』
『フィーネッ!あなたという人はッ!』
『世界に尽きぬノイズの災禍は、全てお前の仕業なのか?』
 翼の疑問に対し、フィーネもまた念話で返答する。
『ノイズとは、バラルの呪詛にて相互理解を失った人類が、同じ人類のみを殺戮するために作り上げた自律兵器……』
『人が、人を殺すために……?』
『その時代から変わっていない、という事か……』

 響の呟きに、翔はノイズもまた、人類が生み出してしまった負の遺産だと悟る。
『バビロニアの宝物庫は扉が開け放たれたままでな。そこからまろびいずる10年一度の偶然を、私は必然と変え、純粋に力として使役しているだけのこと』
『まったわけわかんねぇことをッ!』

『なるほど……そういう事か』
『翔、分かるの!?』
 フィーネの言葉の意味を理解して頷いている翔を見て、純とクリスが驚く。
 神話を齧っている彼には、バビロニアの宝物庫もまた、よく知っている名称だ。
 シュメール文明発祥の地、ギルガメッシュ王が統治した黄金の都市として名高きバビロニア。その宝物庫には、ありとあらゆる財宝が納められているとされている。
『その宝物庫がまさか、ノイズのプラントだったとは……』

「──怖じろぉッ!」

 フィーネは呼び出したノイズらを、装者達へと突撃させると、ソロモンの杖を天高く掲げ、その光を空へと放つ。
 その光は街中に降り注ぎ……次の瞬間、街を埋め尽くす夥しい数のノイズが召喚された。
 大小問わず、これまで見てきたあらゆる個体が無人の街を埋め尽くし、その様はまるで、命を飲み込む一つの海のようであった。
「ハハッ!」
「街のあちこちにノイズがッ!」
 背中を合わせる五人。純は足元を見回し、ノイズの大群を見下ろしてはその数に驚く。
「おっしゃあ!どいつもこいつも、まとめてブチのめしてくれるッ!」
 そう言って、クリスが真っ先に飛び出して行った。
「ああ、クリスちゃんッ!……やれやれ、やっぱり昔と変わらず、お転婆なお姫様だ。翔、こっちは任せて!」
「おう。こっちには遠慮せず、思いっきり姫様守ってきな!」
 翔と拳を合わせると、純もまた、クリスを追って飛び立って行った。

「……翔くん、翼さん」
「ん?」
「どうした、響?」
 自分達も、と思った所で響に声をかけられ、振り向く姉弟。
「わたし、二人に──」
 暴走し、二人を傷付けてしまったことを覚えている響が、その事を詫びようとしているのが見て取れた。
 そんな響を見て、翼は静かに答えた。

「……どうでもいい事だ」
「え……?」
「翔は私の呼び掛けに答えてくれたし、立花は翔の言葉に自分から戻ってきてくれた。お前達は二人とも強いんだ。だから……自分の強さに、胸を張れッ!」
「翼さん……」
 翔は響の肩を軽く叩きながら微笑んだ。
「よかったな、響。晴れて半人前卒業だぞ」
「ふふ、まだまだ修行は足りんがな。──一緒に戦うぞ、翔、立花」
 その言葉は、以前に響が何度も言っていたものだった。
 響はそれに気付くと、満面の笑みで頷いた。
「……はいッ!」
「よし!行くぞッ!」
 三人はクリスと純が向かった方角とは逆の方へと飛び立ち、それぞれの得物をその手に握った。

「「「「「さあ、世界に光を──!」」」」」

〈我流・撃槍衝打〉

 2体の巨大ノイズへと突き刺さり、余波でその足元の群れまでも消し飛ばしたのは、響の放った純白の拳。

『うおぉぉらあぁぁッ!やっさいもっさいッ!』

〈MEGA DETH PARTY〉

 クリスのアームドギアは大きく姿を変え、巨大な弓状の戦闘機となって空を飛び回り、空中のノイズ達を一斉に爆撃して行く。
『凄いッ!乱れ撃ちッ!』
『ぜっ、全部狙い撃ってんだ!』
 不服げな表情で振り返るクリスに、響はクスッと笑う。
『だったらわたしが、乱れ打ちだぁぁぁぁッ!』
 響は低空飛行しながら拳を交互に突き出し、散弾のように細かな礫となって放たれる衝撃波で、ノイズらを次々と消滅させて行った。

〈Slugger×シールド〉

 三本の刃を有する円盾を、力強く投擲する純。
 投げられた盾は回転しながら真っ直ぐに進み、道路を埋め尽くすノイズを一掃してその手に戻ってきた。
『ストラーイクッ!』

〈流星射・五月雨の型〉

『お前それ本当に盾なんだよな!?』
 光の矢を雨のように乱射し、地上のノイズを片っ端から消滅させながら、翔は純のアームドギアを見てツッコミを入れる。
『どんな形にもなる盾だからね。ただの盾じゃ、戦いにくいだろう?』
『なら是非、勧めておきたい映画があるんだ。特殊金属製の盾と、己の肉体一つで悪と戦うヒーローの洋画があるんだ』
『あれ好きなんだけど、実は第一作しか観れてなくてさ。……よし!そうと決まれば、さっさと大掃除を終わらせようかッ!』
 盾を投擲し、時にはナックル状にして殴りつけ、時には右腕に装着して剣のように振るって真空刃を放つ。
 変幻自在の盾を手に、純は低空からノイズを迎え撃って行く。
 一方翔は、空中のノイズを相手にしているクリスに代わり、生弓矢のアームドギアで上空から地上を爆撃。
 目前に迫る要塞型ノイズには、エネルギーを右腕に集中し、全力の拳を握って殴りつけた。

〈劫炎拳〉

 殴った瞬間、拳から放出されたエネルギーが火柱となって、要塞型ノイズの堅牢な体躯を突き破った。

〈蒼ノ一閃〉

 空中を浮遊する2体の空中要塞型ノイズの遥か上空へと飛ぶと、翼は前回届かなかった一閃を振り下ろす。
 放たれた一閃は空を切り、空中要塞型ノイズ二体を纏めて両断し、地上の群れまでをも焼き尽くした。

「「「「「響け絆ッ!願いと共に──!」」」」」

 その後も五人による怒涛の連撃で、地上を埋めつくしていたノイズはどんどんその数を減らしていった。
 最後の一撃が放たれた時、街全てを覆う程の爆煙と共に、殆どのノイズが消滅した。

「どんだけ出ようが今更ノイズッ!」
「今の僕らの敵じゃないッ!」
「残るは……ッ!」
 地上のフィーネを見やるその瞬間、フィーネは自らの腹にソロモンの杖を突き立てた。
「「「「「ッ!?」」」」」
「あ……う……ッ!」
 苦悶の声を上げるフィーネ。杖は深々と突き刺さり、その背中までを貫通していた。
「何のつもりだッ!?」
「自決……いやッ!あれは……」
 次の瞬間、フィーネの傷口から触手のように生えてきた器官が、ソロモンの杖を取り込み始めた。
「あの時の俺と同じ……融合しているのかッ!?」
「ッ!見てッ、ノイズがッ!」
 ソロモンの杖との融合を始めた途端、形状を変化させたノイズがフィーネの身体に群がり始めた。

 フィーネの周囲だけではない。街中に残っていたノイズが全て集合し、溶けて集まっていく。
 残っていたノイズだけではない。ソロモンの杖によって新たに呼び出されたノイズもまた、フィーネの身体に集り、混ざりあってひとつになっていく。
 まるで、骨組みに粘土を幾重にもくっつけるかのように、フィーネの身体はどんどんノイズに覆われていった。
「ノイズに、取り込まれてる……?」
「そうじゃねぇッ!あいつがノイズを取り込んでんだッ!」
 やがて、ノイズの塊は柱のように天へと伸びる。
「……来たれ」
 溶けたノイズに埋もれながら、フィーネは高らかにそれを呼んだ。

「デュランダルッ!」

 崩壊したカ・ディンギルの砲門の中へと流れ込んだノイズの塊は、その中心部にするデュランダルをも取り込むと、ハッキリとした形を得て、その姿を現出させた。
 生まれたのは巨大な赤黒い身体を持つ蛇。その頭部には、ステンドグラスのような模様があり、まるで聖堂のようにも見えた。
 蛇は鎌首をもたげると、装者達……ではなく街の方を向いて、そのエネルギーを解き放った。
 次の瞬間、その一撃に見舞われた街は、一瞬で焦土と化していた。
「街がッ!?」
「なんて威力だ……」

『逆さ鱗に触れたのだ……相応の覚悟は出来ておろうな?』
 振り返った五人の視界に現れたのは、聖堂のようになった蛇の頭部に、鎮座するかのように同化したフィーネの姿。
 その胸にはソロモンの杖の意匠があり、その右手にはデュランダルを携えている。
 黄金の剣、白銀の杖、青銅の蛇の鎧。まさに、永遠を生きる巫女が持つに相応しい、三位一体で揃った完全聖遺物が、ここに『黙示録の赤き竜』を降臨させた。 
 

 
後書き
盾とは投げるもの(MCUはキャップ推し並感)

エクスドライブになれば光線のひとつでも撃てるように……と思っていたそこのあなた!
純くんはモチーフ的に光線が大技化しそうなのでともかく、翔くんのは技名で分かっちゃいますよね(笑)

しかし、ネフシュタンが出エジプト記に語られる青銅の蛇だって知ってる人、どのくらいいるんだろう。
聞き慣れなくて調べた人多いんだろうなぁ……。
作者は無印観終わった後、気になって調べたら青銅の蛇の名前だと知って驚きました。意外にありますよね、知ってる話だけど媒体によっては名前出ないから、神話そのものは知ってても、出てくるアイテムとかの正式名称を実は知らなかったパターン。

次回、装者五人vs黙示録の赤き竜!
預言に語られし滅びの獣を、果たして五人はどう倒すのか!?
次回もお楽しみに! 

 

第61節「Synchrogazer」

 
前書き
ラストバトルと相成りました。
ベイバロンフィーネとの決戦、五人はどう戦うのか!?

サブタイは主題歌を選びました。しかし流れるのは本家そのままの『Synchrogazer』ではなく……。
どうぞお楽しみください! 

 
『逆さ鱗に触れたのだ……相応の覚悟は出来ておろうな?……フフ、ハハハハハハッ!』
 赤き蛇竜と化したフィーネは、今度は装者達に狙いを定め、先程街を焦土に変えた魔光を放つ。
「まずい、避け──ああああッ!?」
「うわああああッ!?」
「ぐあああああッ!?」
「くうッ!?」
 五人は紙一重で避けたものの、一撃の余波でそれぞれ吹き飛ばされた。

「くっそッ!少しくらいデカくなった程度で、調子に乗ってんじゃねぇッ!」
 クリスがアクロバット飛行で転回しながら、アームドギアによる一斉射撃でフィーネ本体を狙う。
 しかし、フィーネの座する聖堂のような頭部の外殻が、なんと城門のように閉じてしまったではないか。
「なッ!?」
 クリスの放ったビームは全て、その強固な外殻に阻まれ無力化されてしまう。
 代わりに、蛇竜の背から広がった羽のような器官から乱射されたビームが、ホーミングミサイルのようにクリスを襲った。

「クリスちゃんッ!させるかああああああッ!」
 純は右手に盾を構えると、クリスの元へと飛び、バリアを展開してそれらを防ぐ。
「うおおおおおおおおおおッ!これでッ……どうだああああああッ!」
 蛇竜の放ったビームを全て防ぐ……のではなく盾へと吸収すると、純は盾の装着された右腕を立て、左腕を肘に当ててL字を組むと、盾から先程吸収したエネルギーを倍に増幅して解き放った。

〈Shooting×スターライト〉

 蛇竜の頭へと命中する光線。だがそれは、蛇竜の表皮に傷をつけ、城門を突き破るもフィーネには届いていない。
 それどころか、その穴は即座に塞がってしまう。

「はあッ!」

〈蒼ノ一閃〉

 翼の一閃も深手には至らず、その再生速度が上昇しているのは目に見えて明らかであった。
「はああッ!」
 響は繰り出した拳をめり込ませ、敢えてその拳を再生に巻き込ませると、その瞬間にパワージャッキを打ち込み、右腕に集中させたエネルギーを体内で爆発させた。
 吹き飛んだ箇所へ翔からの剛射が命中するも、やはりどんどん再生し、一向にダメージを受けている様子が見受けられない。
「5人がかりで手数が足りない、だと!?」
『いくら限定解除されたギアであっても、所詮は聖遺物の欠片から作られた玩具ッ!完全聖遺物に対抗出来るなどと思うてくれるな』
 勝利を確信したフィーネの言葉。しかし──

「はッ──」
「あ──」
「って事は──」
「なるほどな──」
 その慢心は、窮地に陥った装者達に一筋の希望を……勝利の鍵の在処を閃かせた。

「皆、今の聞いたよね?」
「ああ。念話のチャンネルをオフにしろ」
「よし、もっぺんやるぞッ!」
「でも、その為には……」
 純、翼、クリス、そして翔は共に響の方を見る。
「……あ、ええと……?」
「響……一番重要な役、頼めるか?」
 翔に真っ直ぐ見つめられ、響は頷いた。
「何だかよく分からないけど、やってみるッ!」

 ∮

 蛇竜の出現、そして街を焦土にした一撃の影響で、シェルターの中は大きく揺れていた。
 棚が倒れるほどの強い揺れの中で、弦十郎、藤尭、友里以外は皆、二段ベッドに乗り、頭を抱えて蹲っていた。
「響……翔くん……皆……」
「ビッキー達、きっと大丈夫だよね?」
「うん……」
 響を、翔を、翼を、クリスを、純を信じて、未来達は五人の勝利を祈り続ける。

 そして弦十郎は、ディスプレイに表示される赤き蛇竜を見て呟いた。
「黙示録の赤き竜、緋色の女ベイバロン……。伝承にあるそいつは、滅びの聖母の力だぞ……了子くん」
 ネフシュタンとデュランダル。そのふたつが意味するのは『不滅』、そしてフィーネは『永遠の巫女』。しかし、今のフィーネは『滅びの聖母』を意味する蛇竜の姿となった。
 それは彼女の結末を暗示しているようで……いてもたってもいられなくなった弦十郎は、傷の痛みを堪えながら立ち上がり、部屋を飛び出した。

 ∮

「ええいっ、ままよッ!」
「私と雪音で露を払うッ!」
 ベイバロンの羽から放たれるビームを避けながら、翼とクリスは突撃する。
「純ッ!合わせられるな?」
「勿論だ!」
 翔はアームドギアを弓から双刀へと切り替えながら、純と共に構えた。

「手加減なしだぜッ!」
「分かっているッ!」
「でりゃああああッ!」
 ビームの合間をすり抜け、突き進んでいくクリス。
 翼は大剣へと変形させたアームドギアを握り締め、意識を強く集中させる。
 すると刃は更なる大きさへと巨大化し、普段の倍の刀身へと変化した。
「はああああッ!」

〈蒼ノ一閃 滅破〉

 威力と範囲を増した斬撃が、ベイバロンの身体を斬り裂き、爆煙を上げる。
 再生しようとした瞬間、クリスは聖堂の内部へと侵入した。
「ぐ、くうう……ッ!?」
「──フィーネぇッ!」
 侵入したクリスは、閉じられた外殻の内部で、アームドギアの全砲門からビームを一斉掃射する。

「ううぅりゃああああッ!」

「くッ……だが所詮は聖遺物の欠片ッ!たかが一匹で何が出来るッ!」
 爆煙に包まれる外殻内部。煙を追い出し、クリスを外へと追い返すべく外殻を解放した瞬間、その一撃は放たれた。

「一人じゃないッ!僕達はッ!」
「俺達は五人でッ!」
 翔が投擲した二本の刀。純はエネルギーを脚へと集中させ、その刀を、炎を纏った蹴りで打ち出した。
「「シンフォギアだッ!」」

〈Tactical×双刃脚〉

「もう一撃ッ!」

〈蒼ノ一閃 滅破〉

 フィーネが結界を張り、二つの攻撃を防ごうとする。
 しかし、最初の刀は結界へと突き刺さり、もう一本の刀がその刀のピッタリ真後ろに命中して、それを押し込んだ。
 砕ける結界。遂に命中した一閃が、爆煙と共に強い衝撃波を放った。

 そして、その衝撃波に吹き飛ばされ……最後の切り札は宙を舞う。

「立花ッ!そいつが切り札だッ!」
「ッ!デュランダル……!」
 宙を舞うデュランダルが、響の方へと向かっていく。
「勝機を零すな、掴み取れッ!」
「ちょっせぇッ!」
 その重さで落ちそうになるデュランダルを、クリスがハンドガン型に変形させたアームドギアで撃ち、弾かれたデュランダルは空中でバウンドするような軌道を描いて響の元へと真っ直ぐに飛んでいった。
(翼さんとクリスちゃんが、翔くんと純くんが繋いでくれた希望ッ!この手で──掴み取るッ!)
 その手に再び飛んで来たデュランダルを、響はしっかりと掴み取った。

 次の瞬間、周囲の景色が暗転する。
「デュランダルをッ!?」
「ぐ、うウウ、ウウウウウ……ッ!」
 デュランダルを掴んだ瞬間、響の瞳が赤く染まり、純白のエクスドライブが黒一色の影に包まれる。
 羽は悪魔を思い起こさせるように禍々しいものになり、響の意識は再び暗闇の底へと──堕ちるかと思われていた。

「Listen to my song──」

 戦場に響き渡ったその旋律は、愛の詩を乗せた音楽として広がった。
 響その場にいる全ての者の目が、それを奏でる者へと向けられる。
 響がその隣を見ると、そこには……アームドギア・天詔琴を手に伴奏する翔の姿があった。

 翔はただ何も言わず、響を真っ直ぐに見つめ返すとそのまま伴奏を続けながら、胸の歌を唄い始めた。
「僕の声は聴こえていますか──」
 その歌に答えるように、翼は響の元へと向かう。
「答えのない虚構の空目指し──」
 それに続いてクリス、純もまた、その後へと続いた。
「言葉じゃ足りないから──」
「僕の全て受け止めて──」
 歯を食いしばっていた響の顔から、影が剥がれる。
 しかし、その身はまだ殆どが黒に覆われており、デュランダルの制御にはもう少しかかると思われていた。

 その時、シェルターへと続くシャッターが轟音を立てて破壊され、中から何人もの人々が飛び出す。
「正念場だッ!踏ん張り所だろうがッ!」
「……ッ!」
 第一声を放ったのは弦十郎だった。力強い声で、響を奮い立たせる。

「強く、自分を意識してくださいッ!」
「昨日までの自分をッ!」
「これからなりたい自分をッ!」
 続いて緒川、藤尭、友里の三人が、真っ直ぐな声で呼びかける。

「……ッ!みんな……」

 辿り着いた翼とクリスが、響の隣に並び、聖剣を握る響の手に自分達の手を添える。
「屈するな立花。お前が構えた胸の覚悟、私に見せてくれッ!」
「お前を信じ、お前に賭けてんだッ!お前が自分を信じなくてどうすんだよッ!」

 更にそこへ、クリスの肩に手を添えた純が加わる。
「仲間が、友達が、君が助けた人達が!何より、君を愛する人が傍にいるッ!だから負けるなッ!」
「グう、うウウううゥうゥゥ……ッ!」

 再び地上から、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「あなたのお節介をッ!」
「あんたの人助けをッ!」
「今日は、わたしたちがッ!」
 詩織、弓美、創世の懸命な声が届く。

「負けんな!」
「進め!」
「諦めるな!」
「乗り越えて!」
 紅介、恭一郎、飛鳥、流星の熱い声がそれを後押しする。

「──かしましいッ!黙らせてやるッ!」
 フィーネは苛立ちを極限まで募らせ、羽を触手状に変化させると何度も装者達へと叩きつけようとする。
 その触手は直撃することなく、デュランダルから放たれるエネルギーに弾かれる。
 しかし衝撃は伝わるらしく、響の顔は再び影に覆われていき──
「ぐウウウウ……ッ!」

「響ぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!」

(──はっ)
 再び暗闇に墜ちかけた響の耳に届いたのは、未来の願いが込められた叫びだった。
(……そうだ。今のわたしは、わたしだけの力じゃない……ッ!)
「ビッキーッ!」
「響ッ!」
「立花さんッ!」
「響くんッ!」
「響さんッ!」
「「響ちゃんッ!」」
「…………ッ!」
 大切な人達が、名前を呼んでいる。期待を胸に、希望を託して、その帰りを待っている。

「この身朽ち果てても、伝えたいものがある──」
 翔の歌声が、更に大きなものになる。
 エクスドライブモードになった今、その気になれば唄いながらでも、念話で直接語りかけることも出来るだろう。
 しかし、翔は敢えてそうしない。全力全霊で唄い、奏で、胸の想いを叫び続ける。
 装者・立花響を支える為に、彼女を大切に思う人達の言葉を届ける為に、彼女に伴い生命の歌を響かせ続ける。
 その姿こそ正しく……“伴装者”。
「彼方……“翔いて”──」

(そうだ……ッ!この衝動に塗り潰されてなるものかッ!)
 次の瞬間、響を覆っていた黒い影が剥がれ落ち、胸の傷へと集まっていく。
 全ての影が剥がれた時、胸の傷は一瞬、一筋の光を放った。
 そして決意を固め、顔を上げた響の方を見て……翔は優しい歌声と共に微笑んだ。

「"だから、笑って……"──」

「…………ッ!」
 誰よりも熱く、誰よりも強く抱き締めてくれる人の声を受け、震える心を揺さぶられて、顔を上げた響の翼が大きく広がり、聖なる輝きを放つ。
 クリスは響の手に添えていた自分の手を、今度は響の肩へと添えて背後に回る。

「翔ッ!お前も来いッ!」
 翔は頷くと翼と響の間に入り、響と共に二人でデュランダルを握る。

 翼は翔の肩に手を添えて……自分の肩にも、誰かの手が置かれた気がして振り返った。
「ッ──奏……」
 振り返った翼の肩に手を添えているのは、この場にいないはずの人物。
 死してなお、何度も彼女の前に現れては支えてくれる彼女の姿だった。
 顔を見合わせ頷き合い、翼は共に前を向いた。

「その力──『何』を束ねたッ!?」
「──響き合うみんなの歌声がくれたッ!」
 デュランダルの刀身から、天高く伸びる光の刃。
 それは天を、地を、戦場に立つ全てのものを照らし、黄金の輝きを放つ。
「風の鳴る夜は思い出して、共に紡いだ奇跡──天を描くよ!」

「シンフォギアでええええッ!」

〈Synchrogazer〉

 五人……いや、六人の手で振り下ろされた聖剣は、滅びの聖母を真っ二つに斬り裂いた。
「……完全聖遺物同士の対消滅……ッ!?どうしたネフシュタンッ!?再生だッ!?」
 爆散していくベイバロンの体内で、フィーネは叫んだ。
「この身、砕けてなるものかぁッ!!」

 そして、ベイバロンはリディアンの敷地内全域に広がる程の、キノコ状の爆煙を噴き上げて、いつの間にやら広がり始めていた夕暮れの下に爆散した。 
 

 
後書き
ベイバロン撃破ッ!今回はラストバトルなので、翔の『伴装者』としての面を強く押し出す展開となりました。
奈々様だけじゃなくて、悠木さんとあやひーさん、イメージCV梶さんと宮野さんを加えたSynchrogazer(男声込みの合唱Ver.)とか豪華だなぁ。

あと皆さんご期待の光線技!敵の攻撃のエネルギーを吸収し、盾の中で反響させて増幅し、腕から放つカウンター技となりました!

次回、いよいよ最終回!
果たしてなにが起きるのか……最後までお見逃し無く! 

 

第62節「流れ星、墜ちて燃えて尽きて、そして──」

 
前書き
満を持して最終回!泣いても笑っても、これで完結です!
XVが終わるより前に完結させられた思い出、忘れてなるものか!

それでは、無印編の終わりをどうか見届けてください! 

 
 西に傾く太陽の下。戦いが終わり、静けさを取り戻した街に、シェルターから出てきた人々が戻って行く。
 崩壊し、瓦礫が溢れ、所々で煙が上がる街。しかし、その静けさに人々は、平和が取り戻された事を悟るだろう。

 そして、崩れ落ちた魔塔の元に集った翔、翼、クリス、純、その他当事者たちの前に、敗北し項垂れる黒幕に肩を貸して歩いて来る、響の姿があった。
「お前、何を馬鹿な事を……」
 黄金の輝きは失われ、もはや再生能力を失い、ボロボロに崩れ落ちていくばかりとなった青銅の鎧を纏うフィーネは、呆れたように呟いた。
「このスクリューボールが……」
 敵であるフィーネにも手を伸ばした響の姿に、クリスも半ば呆れつつ、笑っていた。
「みんなにもよく言われます。親友からも、変わった子だ~……って」
 フィーネが瓦礫に腰を下ろすと、響はその隣に立ってそう言った。

「……もう終わりにしましょう、了子さん」
「私は『フィーネ』だ……」
「でも、『了子さん』は『了子さん』ですから」
「…………」
 その言葉に、フィーネは少しだけ顔を上げた。

「きっとわたしたち、分かり合えます」
「……ノイズを作り出したのは、先史文明期の人間。統一言語を失った我々は、手を繋ぐことよりも、相手を殺す事を求めた……」
 瓦礫から腰を上げ、フィーネは響や装者達、見守る二課の面々に背を向け、夕陽へ向かって歩いて行く。
 まるで、自分と彼女達は分かり合うことは出来ないのだ、とでも言うように。
「そんな人間が、分かり合えるものか」
「人が、ノイズを……」
「だから私は……この道しか選べなかったのだッ!」
 鎖鞭を握り締める、フィーネの手。
 その手には悔しさと、そうなってしまった人類への哀しみが握られている様な気がした。

「……なら、どうして僕を助けてくれたんですか?」
「……なんだと?」
 純はクリスの隣から歩み出ると、フィーネに問い掛けた。
「フィーネ……本当はあなたも、信じたかったんじゃないですか?人類が殺し合う事ではなく、手を繋ぐことで分かり合える事を。月を壊さなくても、言葉が違っていても、いつかはそんな未来がやって来ることを」
 フィーネは純の言葉に答えることなく、ただ振り返る。

「歪んでこそいますが、本当のあなたはとても優しい人である筈だ。でなきゃ、僕はあの時、とっくにあなたの手で殺されている。……さっきの戦いでもそうです。手を繋ぐことを諦めたからこそ、あなたは絆を束ねて抗った立花さんを前にしたあなたは、ムキになってしまった。そうでしょう?」
「ボウヤ、それはあなたの勝手な……」
「思い込みかもしれませんね。それでも、感謝はさせてください。ありがとうございます。クリスちゃんにひもじい思いも、寒い思いもさせずに世話してくれて。僕にクリスちゃんとの約束を、守らせてくれて。そして……僕とクリスちゃんを、出逢わせてくれて。本当に、ありがとうございます」
「…………」
 見当違いだ、と言い返す事も出来たはずだ。だが、フィーネは言い返すことも無く、ただ黙って顔を背けて夕陽を見つめた。
「人が言葉よりも強く繋がれること。分からないわたしたちじゃありません。だから了子さんももう一度だけ、信じてみませんか?」
 響はそう言って、フィーネの方へと歩み寄って行った。

「……ふう。………………──でああぁぁッ!」
「──ッ!?」
 ひとつ、溜息を吐いたフィーネは、カッと目を見開いて振り返ると、その鎖鞭を勢いよく伸ばした。
 不意打ちでこそあったが、難なく躱した響は拳を突き出し、フィーネの胸元で寸止めした。

「了子くんッ!もうよせッ!」
「私のォォッ!勝ちだああああああッ!」
「え……あッ!?」
 響が振り返ると、鎖鞭の狙いは最初から自分では無いことに気が付いた。
 勢いよく、空へとどんどん伸びていく鎖鞭の向かう先には……砕けた月が白く輝いていた。
「──まさかッ!?狙いは……」
「もう遅いッ!でぇああああああああッ!」

 鎖鞭が月の欠片へと突き刺さる。フィーネは己の立つ地盤を砕きながら、それを力任せに背負い投げる。
 鎖鞭が抜け、地上に戻ってくる頃……月の欠片はその軌道を地球へと向けていた。
「月の欠片を落とすッ!」
「なッ、なんだとッ!?」
「お、おい、なんてデタラメだ……ッ!月を……引っ張りやがったのかッ!?」
 翼とクリスが空を見上げ、あまりにも突拍子もないフィーネの悪足掻きに目を見開く。
「諦めきれるものかッ!私の悲願を邪魔する禍根はッ!ここでまとめて叩いて砕くッ!この身はここで果てようと、魂までは絶えやしないのだからなッ!聖遺物の発するアウフヴァッヘン波形がある限り、私は何度だって世界に蘇るッ!どこかの場所ッ!いつかの時代ッ!今度こそッ!世界を束ねる為にぃッ、ハッハハッ!」

「それがあなたの本当の望みなんですかッ!?」
 純は、狂気に満ちた笑みを浮かべるフィーネへと叫んでいた。
「大切な人に想いを伝えたくて始めたんでしょう!?それがどうして人類を支配する事に繋がるんですかッ!?」
「相互理解を失い、殺し合う事でしか……痛みでしか繋がれなくなった人類など、あの御方が悲しむだけだッ!なら、私は統一言語を取り戻すと共に、間違った方へと進んでしまった人類を束ねてみせるッ!あの頃の人類へと、もう一度……ッ!その為にも私は滅びぬ!私は永遠の刹那に存在し続ける巫女、フィーネなのだぁッ!」
 限界を迎えたネフシュタンが崩れていく。棘は折れ、肩鎧は地面に落ち、頭を覆っていた装飾も既に外れている。
 それでもなおフィーネは次の輪廻こそは、と声高らかに宣言する。

 トンッ……

 寸止めされていた拳が、フィーネの胸元に軽く当たった。
 一迅の風が吹き抜け、フィーネの長い金髪が広がる。
「────あ」
「……うん、そうですよね。何処かの場所、いつかの時代、蘇る度に何度でも。わたしの代わりに、みんなに伝えてください」
 響は拳を下ろすと、フィーネの顔を真っ直ぐに見つめて言った。
「世界をひとつにするのに、力なんて必要ないってこと。言葉を越えて、わたしたちはひとつになれるってこと。わたしたちは、未来にきっと手を繋げられるということッ!……わたしには、伝えられないから。了子さんにしか、出来ないからッ!」
「お前……まさか……」
 微笑む響に、フィーネはその意図を察して驚く。
「了子さんに『未来』を託すためにも、わたしが『今』を守ってみせますねッ!」

(──響、ちょっとそこ退いてくれ)
 その時、響の脳内に翔の声が響いた。
「え……?」
(翔くん何を……)
(まだ手を伸ばせる人が、もう一人だけ残ってる。その人を助けさせて欲しい……)
(わ、わかった……)
 響がフィーネの前から横へと逸れた、次の瞬間だった。

「……Emustolronzen(エミュストローゼン) fine(フィーネ) el(エル) zizzl(ジージル)──」

「ッ!?翔くん、それって!?」
 次の瞬間、フィーネの胸の中心部に深々と、一本の矢が突き刺さった。
 矢の飛んできた方向を見る響。そこには、生弓矢の絶唱を解き放ち、アームドギアを下ろす翔の姿があった。

「翔くん!どうして……」
「落ち着け響。この力は……生弓矢は壊すだけの力じゃない。『生命』を司る聖遺物だ」
「え……それって……?」
 響がフィーネの方を振り返ると、フィーネは苦悶に顔を歪めてはいなかった。
 むしろ、突き刺さった矢から流れ込む力に驚いているようですらある。
「生命を司る生弓矢。その力は死者をも甦らせる、と伝わっている。フィーネ、あんたに消された“了子さん”を返してもらおうか。その肉体は、元々あんたのものじゃない」

「……そうね……。なら、その前に……」
 フィーネは先程までとは打って変わり、穏やかな表情で装者達を交互に見回す。
「クリス……いままでごめんなさい……。あなたには、辛い思いばかりさせてしまったわね……」
「あ……。……い、今更謝られたって……許して……やるもんかよぉ……」
 涙声になりながら意地を張るクリスを見て、フィーネは微笑む。

「爽々波くん……クリスをお願い。……辛かった日々の分まで、その子を愛してあげて頂戴……」
「フィーネ……。分かりました……約束します。クリスちゃんは僕が、幸せにしますよ……」
 純の言葉に、フィーネは満足したような表情で、今度は翼と二課の面々を見回した。

「まあ、12年間、退屈しない程度には楽しかったわよ……」
「了子くん……」
「だから、私は『櫻井了子』じゃなくて、フィーネだって言ってるじゃないの……。もう、本当に頑固なんだから……」
 弦十郎に向けて、呆れたような微笑みを向けると、フィーネは最後に……目の前に並んだ二人を見つめる。

「……ふぅ。あなた達二人は、本当に……放っておけない子達なんだから」
 そう言ってフィーネは、二人の胸の中心を、それぞれ指先でつついて言った。
「胸の歌を、信じなさい……」
 そして……次の瞬間、フィーネは真っ白な灰へと代わり、風と共に崩れ落ちる。その消滅を、この場にいる全員が静かに見届けた。

 代わりに、打ち込まれた矢が光り輝き、鏃を中心にして風に舞う灰が全て集まり、人の形へと固まっていく。
「…………っ」
「司令ッ!」
 その形を見て、弦十郎は駆け出した。
 やがて灰は一人の女性のシルエットを形作り、その輝きが一際強くなった瞬間、その肉体は元の姿に再構成された。
 地に崩れ落ちそうになった彼女の身体を、弦十郎が支える。

「……ん……んぅ……?」
 弦十郎の腕の中で、戻って来た女性……櫻井了子はゆっくりとその瞼を上げた。
「……あれ……私、何を……」
「ッ……了子くん……」
「……弦十郎……くん……?」
 寝惚け眼で周囲を見回し、自分を支えている人物が誰なのかを認識して、了子は呟いた。
「私……何で、弦十郎くんに……」
 最後まで言いきる前に、弦十郎は了子の身体をそっと抱き締める。
「……おかえり……了子くん……」
「……えっと……ただいま……?」
 寝惚けながらも困惑している了子。その身体を抱き締める弦十郎の表情は──とても、安堵に満ちていた。
 二人の様子を、五人の装者と八人の高校生、そして集まって来た何人かの職員達が見守っていた。

 ∮

「……軌道計算、出ました。直撃は……避けられません」
 弦十郎と了子、二人の再会の感動に浸る間もなく、藤尭は月の欠片の落下軌道の計算を終えた。
 持って来ていた端末の画面を覗き込み、友里と緒川も歯噛みする。

「オイオイオイオイ!?あんなやべぇモンがここに落ちたら……」
「僕達どころか、この街は……いや、日本そのものが……」
 空を見上げ普通の高校生達は、迫る危機に怯えていた。

 しかし、響は真っ直ぐに空を見上げると……一歩ずつゆっくりと、歩き出した。
「響……」
「なんとかする」
「あ……」
 振り返った親友の顔に、未来は何も言えなくなってしまった。
 その顔はとても頼もしさと、決意に満ち溢れていて……止められる理由なんて何処にもなかったのだから。
「ちょ~っと行ってくるから。生きるのを、諦めないでッ!」
 そう言って微笑むと、響は助走をつけ、再びその羽を広げると飛び立って行った。

「ぁあ……響……ッ!」
 すると、未来の肩に手が置かれる。振り向くと、そこには翔が何かを告げるような眼差しでこちらを見ている。
「……待っててくれ。必ず戻る」
 翔は未来の肩から手を離すと、未来の手に()()()()()を握らせる。そして響の後に続くように走り出し、天高く飛び立った。
「……響……翔くん……」
 二人が命を懸けて成し遂げようとしている、人生最大の『人助け』。
 未来は空へと消えて行く後ろ姿を、涙と共に見送った。

Gatrandis(ガトランディス) babel(バーベル) ziggurat(ジーグレット) edenal(エーデナル) Emustolronzen(エミュストローゼン) fine(フィーネ) el(エル) baral(バーラ) zizzl(ジージル)──」

 雲を突き抜け、大気を越えて、地球の外へと飛び立って行く。

Gatrandis(ガトランディス) babel(バーベル) ziggurat(ジーグレット) edenal(エーデナル) Emustolronzen(エミュストローゼン) fine(フィーネ) el(エル) zizzl(ジージル)──」

 その唄は遥か地上に残った者達にも、一言一節、ハッキリと聴こえていた。

『ごめんね翔くん……付き合わせちゃって……』
『気にするな。あの日、言っただろ?俺は響と同じ空を見ていたいんだ……たとえ、それが宇宙だろうと関係ない。だって宇宙(ソラ)に変わりはないからな』
 響の隣で、翔はそう言ってはにかんだ。
 それを聞いて響は、安心したように微笑み返すと、翔の手をそっと握った。

『──そんなにヒーローになりたいのか?』
『あ……』
『姉さん!?雪音に純まで……!?』
 突然の声に振り返ると、そこには……地上から追ってきた仲間達の姿があった。

『こんな大舞台で挽歌を唄う事になるとはな。立花には驚かされっぱなしだ。それに着いて行く翔の行動力にもな。お前はまさしく、益荒男だとも』
『親友が世界を救う為に、大切な人とたった二人で命張ろうとしてるんだ。黙って見てると思っていたのかい?ねえ、クリスちゃん』
『まあ、一生分の歌を唄うには、丁度いい場所なんじゃねぇのか?』
『あ……ふふッ!』
『やれやれ……やっぱり何処までも防人で、何処までも王子様なんだな……。でもそれでこそ、俺の自慢の姉さんと、俺が知る中で最ッ高の親友だ!』
 五人は並んで笑い合うと、それぞれのパーソナルカラーを軌跡と描き、向かってくる月の欠片へと羽ばたいた。

「不思議だね……静かな宇宙(ソラ)──」
「本当の……剣になれた?」
「悪くない……時を貰った」
「夢、天に飛んでゆけ……」
「さあ、星へと変わろう──!」
 五人はそれぞれ手を繋いで円を作り、もう一度、更に羽ばたいた。

『それでも私は、翔や立花と……、もっと唄いたかった』
『──ごめん、なさい……』
『バーカッ!こういう時はそうじゃねぇだろッ!』
『……ありがとう、みんなッ!』
 笑い合う三人を見て、純が人差し指を立てる。

『ひとつ、悔いがあるとすれば……クリスちゃんの口の悪さ、もう少し直せるように出来なかったことかな~……』
『なッ!?しょ、しょうがねぇだろ!』
『純、お前本当に雪音の事大好きなんだな』
『翔だって、もう少し立花さんと二人で過ごしたかったんでしょ?』
『当たり前だろ?』
『もっ、もー!翔くんってば~』
 頬を赤らめるそれぞれの恋人を見て、翔と純はクスッと笑った。

『むぅ……。こうなるくらいなら、私ももう少し早く緒川さんに……』
『姉さん、緒川さんに伝え忘れた事あるでしょ?』
『なぁっ!?しまった、筒抜けか……ッ!』
『えっ!?翼さんの好きな人って緒川さんだったんですか!?』
『響、気付くのが遅いぞ……』
 こうして最期の歌を唄いながら、そしてたわいもない会話で笑い合いながら、五人は月の欠片へと近づいて行った。

『──開放ッ!全開ッ!行っちゃえ、ハートの全部でぇぇーーッ!』

 加速していく中で、五人の脳裏にはこれまでの出来事がモノクロに、まるで走馬灯のように駆け巡っていった。

『みんながみんな夢を叶えられないのは分かっている。だけど、夢を叶えるための未来は、みんなに等しくなきゃいけないんだッ!』

『誰かに笑われる事だってあるし、時には否定されるかもしれない。だけど、挑戦しない成功なんてない。躊躇わず、信じて突き進めば、きっとこの手に光はやって来るッ!』

『命は、尽きて終わりじゃない。尽きた命が、『遺したもの』を受け取り、次代に託していくことこそが、人の営み。だからこそ、剣が守る意味があるッ!』

『諦めないという事は、時に辛さを伴う。それを貫き続けるのはとても難しくて、困難極まりない道程だ。だから、時には逃げたっていい。でも、歩みだけは止めちゃいけない。逃げたとしても立ち止まらず、また次の場所を目指し翔くことこそが、『諦めない』という気持ちなんだッ!』

『たとえ声が枯れたって、この胸の歌だけは絶やさないッ!夜明けを告げる鐘の音奏で、鳴り響き渡れッ!』

「「「「「響け絆!願いと共に……ッ!」」」」」

 もう、目的地までは目の前となった所で、五人はそれぞれの手を離して加速する。
「──これがわたしたちの……」
「俺たち五人全力の……」

「「絶唱だあああああッ!」」

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」」」

 翼が振るう極大の剣が。クリスが放つ無数のミサイルが。
 純が最速で投擲する盾が。翔がつがえた数多の光矢が。
 そして、響が繰り出す全力の拳が。
 その全てが月の欠片へとぶつけられ……やがて、地球目掛けて落下しようとしていた巨大な石礫は、粉々に粉砕された。

 地球の環境を一変させる未曾有の大災害は、五人の少年少女らの歌によって防がれたのだった……。





 ∮


 成層圏の外での、月の欠片が破壊された事による爆発の光景は、地上にまで届いていた。
 夜空を切り裂いて煌めく幾つもの光……大気の中で燃え尽きていく月の破片を見上げて、未来は大粒の涙を零しながら膝を着いた。

「あ、ああ……流れ星…………うッ……あ、ああッ、うわあああああああああああああッ!」
 今度は皆で流れ星を見よう。響と交わした約束を思い出して、未来は泣き崩れる。
「小日向さん……」
 未来の傍へと駆け寄る恭一郎だったが、なんと声をかければいいのか分からず、口を閉ざしてしまう。
 他の面々もそれは同じであり、ただ、その背中を見つめるばかりだ。

「……むッ!?──はぁッ!」
「ッ!?危ないッ!」
 了子を友里に任せ、弦十郎が駆け出す。
 燃え尽きずにこちらへと落下してくる月の欠片が迫って来ていたのだ。
 弦十郎は跳躍すると、その破片を拳ひとつで粉微塵に粉砕し、未来と恭一郎の隣へと着地した。
 恭一郎は弦十郎が飛び出した際に月の欠片に気が付き、未来を庇う姿勢で立っていたが、拳ひとつで小型の隕石も等しい岩塊を粉砕した弦十郎に驚き、ポカンと口を開けている。

「く……ッ!?」
「風鳴司令ッ!無理をすれば傷が──ッ!」
「──五人が命を賭して守った物を、これ以上、傷つけさせるわけにはいくまい……」
「──そうですね」
 司令と共に、緒川も前に出る。
 この場で最も強い弦十郎と、それに並ぶ緒川が並び立ち、迫る月の破片から残された者達を守る為に身構えた。

「司令ッ!また欠片が──ッ!」
 新たに落下して来た影に、藤尭が叫ぶ。
「──任せておけッ!……いや、違う、あれは──ッ!」
 最初は点だったその影は、地上へと迫るにつれてその輪郭を確かにしていく。
 握っていた拳を下ろし、空を見上げる弦十郎と緒川。

「あ……ねぇ、アレって……ッ!」
「ええ、ええ……ッ!アレはきっと、ナイスなものですッ!」
「オイオイ、マジかよ……なんてこったッ!」
「星と共に来たる、か……まったく、何処まで先を行くんだ……ッ!」
「まさかここまでやるなんて……。常識が吹っ飛んでいる……ッ!」
 弓美、詩織、紅介、飛鳥、流星もまた、空を見上げて驚いていた。

「夢じゃないんだね……!?これは、現実なんだね……ッ!小日向さん、空をッ!」
「ヒナ……ヒナッ!上を向いてッ!ほら、ヒナッ!」
「いやッ!わたし1人でこんな流れ星なんか見たく──」
 恭一郎と創世に促されるも、悲しみのあまり顔を上げようとしない未来。

 しかし次の瞬間、地面へと何かが降り立った足音と共に、光が弾けるのが見えた。
 顔を上げる未来。その目に飛び込んで来たのは……。

「よッ……っと、おっとと……」
「っと……大丈夫か?」
「……え?あ……あああ…………ッ!」
 大気圏外から無事に生還してきた、五人の装者だった。

「え、えへへ……よく分からないけど、無事だったみた──」
「響ぃッ!」
 次の瞬間、未来は響の元へと駆け出し、思いっ切り飛び付いた。……隣の翔も一緒に引き込んで。
「──わああああッ!?いたた……もう、未来ったら……」
「──のわあああッ!?こ、小日向……加減はしてくれ……」
「ご、ごめん……嬉しくて、つい……」
 未来に飛び付かれて転けた二人は、顔を見合わせて笑った。
「……ただいま、未来」
「言ったろ……必ず戻るって」
「うう……おかえり……おかえりなさッ……うッ、うううぅッ!」
 二人の間で、こぼれ落ちる涙の意味が変わっていく。
 響はそんな未来をしっかりと抱き返し、翔はそっとその頭を撫で続けるのだった。

「いいのか、キョーちゃんよぉ」
「空気を読んでいるのさ。今は黙っているべき時なんだよ、常にうるさい君と違ってね」
「おうテメェもっぺん言ってみやがれ!」
「紅介、落ち着くんだ!」
「流れ星……いや、月の欠片だから……流れ月?」
 おちょくるように肩にもたれかかる紅介に、恭一郎は溜息を吐きながらクールに返す。
 喧嘩腰になった紅介と恭一郎の間に割って入る兄を他所に、流星はそんな事をぽつり、と呟くのであった。

「……司令」
「カッコつけておいて、悪いんだけどよ……えっと……。……って、言葉に困るなこりゃ」
「何て言ったらいいのか……。あ、RN式は見ての通り、限界を超えた稼動の影響で……その……」
 翼とクリスは言葉に困りながら、純は煙を上げてパージされ、地面へと転がったプロテクターを見ながら申し訳なさそうにそう言った。
「翼、クリスくん、純くん……今は、何も言うな。奇跡を語るのに言葉などは無粋だッ!」
 とても嬉しそうに、そして安堵したように微笑みながら、弦十郎はそう言った。
「ふ、へへ」
「ははっ、それもそうですね」
「フフ」
「翼さん……」

 弦十郎に釣られて笑う三人。そこへ、緒川も歩み寄る。
「……緒川さん。ご心配をおかけしました」
「今回ばかりは、僕もヒヤヒヤしましたよ」
 いつもと変わらぬ微笑みを、少しだけ曇らせながら緒川はそう言った。
「……緒川さん……」
 大気圏の向こう側で死を覚悟した際、緒川に伝えておけばと後悔した言葉。
 伝えるならば、今ではないのか?
 そんな想いに突き動かされながらも、翼は言葉に詰まる。
「……おかえりなさい、翼さん」
「ッ……!」
 先に言葉を発したのは、緒川の方だった。
 翼は先を越され、喉まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。
「……た……ただいま……戻り、ました……」
 今の翼では、そう返すまでで精一杯であった。
 戦場では護国の剣として強く在る彼女も、恋愛となると初心にして奥手。本命に王手をかけるには、まだまだ遠いのであった。

「……ねえ、未来。ほら、見てよ。空ッ!」
 未来が泣き止み、響と翔は未来と共に立ち上がる。
 すると響は、空を指さしながらそう叫んだ。
「え、空……?」
「うんッ!これも流れ星、だよね?前に約束したでしょ?やーっと、皆で一緒に見れたッ!」
 満面の笑みで見つめてくる響。未来の顔からも、自然と笑みが零れていた。
「あ……。……うん。うん……ッ!響と、翔くんと……それから、皆で見る流れ星……凄く綺麗だよ……ッ!」
「ああ……そうだな……。とても綺麗な流れ星だ……。俺達が、この世界を守った証だ!」
 三人は一緒に空を見上げる。約束の流星雨は、その後も尽きること無く降り注ぐ。おそらく、今夜はもう暫く降り続ける事だろう。

 響は翔と未来の手を取って、三人で星空に願いを込める。
 また、三人の姿を見ていた純も、恥ずかしげに頬を染めるクリスに微笑みかけながら、その手を握って空を見上げた。
 翼と緒川も夜空を見上げ、降り注ぐ星雨を見つめる。
 こっそりと、緒川の小指へと手を伸ばす翼。すると突然、緒川の手が翼の手の甲をそっと包み込む。
 一方的に繋がれた手。翼は肩を跳ね上がらせて緒川の方を見る。緒川は翼の方を振り向くと、悪戯めいた目付きで微笑んだ。
 緒川の滅多に見ない表情に、翼は耳まで真っ赤になって硬直した。

 こうして世界を守る為、血を流し、涙を流して、歌いながら戦い抜いた者達を、星灯りと砕けた月が照らす。
 彼ら、彼女らの歩むこの先もきっと、多くの苦難や困難が立ち塞がるだろう。
 それでも、彼女達は俯かない。諦めない。
 何故ならこの世界には、歌があるのだから──。 
 

 
後書き
……って事で、本日を以て『戦姫絶唱シンフォギア~響き交わる伴装者~』は完結です!ここまで応援、ありがとうございました!

ええ、はい。最終回ですよ……無印編は。
次は『戦姫絶唱シンフォギアG』の物語へと突入します!
しかし、XDのG編シナリオはまだクリアしてないので、暫く小休止期間を設けさせて頂きます!

小休止期間とはいえ、書かないという訳ではありません。
G編までの間を描く短編を、何本か投稿させていただきます!
当サイトでの復活から初めての新作投稿は、天道撃槍コラボの第2話になる事を事前に告知しておきますね!

それから、無印編完結というわけで、普段感想を書かない皆様もこの機会に、今作の総評など書いてくださればなと思います。
感想、評価、推薦待ってます!それではまた、短編で会いましょう!

更新が常に気になる方は、毎回更新する度にツイートしてるので、Twitterの方をフォローしておく事をオススメします。
多分、Twitter開いてこのSSのタイトルで検索かけたら出ますよ。

最後に、この後の展開に繋がるアンケートへの参加を、よろしくお願いします!
https://www.akatsuki-novels.com/manage/surveies/view/774 

 

翳る太陽と小さな木陰

 
前書き
Happy birthday 響!(ハーメルン時代での投稿日は9月13日でした)
最推しの誕生日特別編は、翔ひびの濃厚なイチャラブ……ではなく!
宣言通り、なんとグレ響ルート!

それとアテンション。今回、グレ響とヘタ翔の関係性に重きを置いて書いてるので、本編と比べて聖遺物などの細かい設定が雑めです。ふわっふわしてます。
そこはあまり気にせず、『もし少しでも歴史が違えば、こんな関係もあったかもしれない』という面の方をメインでご覧頂ければなと思います。

翳る太陽を照らす為、やがて木陰は星と輝く──。
ヘタ翔くんとグレ響、その物語をご覧あれ! 

 
 ……カーテンの隙間から射し込む朝日に、いつも通りの時間に目を覚ます。

 目を開ければ、見慣れた白い天井。起きる為に身体を起こそうとして、被った掛け布団の下で何かにしがみつかれている事に気が付く。こんな事をして来るのは、この部屋に一人しかいない。

 顔を左に向ければ、そこには……ツンツンしている普段とは違う、穏やかな寝顔の彼女が寝息を立てていた。

 この寝顔、是非とも写真に収めておきたい。左腕は彼女にしがみつかれている影響で動かせない。右腕で何とかスマホを取ると、シャッター音を消して彼女の寝顔を写真に収める。

 その直後、彼女の目がゆっくりと開いた。

 慌ててスマホをベッド脇に置こうとしていると、彼女はまだ眠そうな声で呟いた。

「……おはよ……。もう朝ぁ……?」

 寝惚け眼でそう聞いてくる彼女は、とても可愛らしく思えた。

「おはよう、響さん。もう朝だよ」
「ん……もうすこし、だけ……」

 そう言って響さんは、再び眠りに落ちてしまった。

 こうやって、朝に弱い彼女の寝惚け顔を堪能出来る時間は貴重だけど、朝ごはんを作るためにも、まずはベッドから抜け出さないといけない。

 少しドキドキしながらも、僕は彼女から抜け出す方法を考え始めていた。
 
 ∮
 
 風鳴翔、16歳。現在、特異災害対策機動部二課の職員寮にて、立花響と同棲中。
 ここまでの経緯を語ると、少し……いや、かなり長くなる。
 
 まず、順を追って説明しよう。

 彼は2年前、姉の翼とその親友にしてパートナー、天羽奏によるアイドルユニット、『ツヴァイウィング』のライブを鑑賞しに行った日の事。そこで後に〈ライブ会場の惨劇〉と呼ばれる事になるノイズの大量出現に巻き込まれた。

 姉がアイドルとして活動する裏で、ノイズの脅威から人々を守る『シンフォギア装者』である事も知っている翔は危険を承知で、会場から逃げ遅れてしまった人々を避難誘導していた。

 そんな中、ノイズと戦う姉とその親友のいるすぐ近くに、取り残された少女の姿を発見する。

「あれは……立花さんッ!?」

 翔は彼女が同じクラスの、とても元気な笑顔が印象的な少女……立花響であると気が付く。

 だが、駆け出した時にはもう遅く、砕け散った奏のシンフォギアの破片が、少女の胸に深々と突き刺さっていた。

 駆け寄る翔、息も絶え絶えに目を閉じかける少女。

「立花さんッ!ねえ、しっかりしてよ立花さんッ!」
「おい、死ぬなッ!目を開けてくれッ!生きるのを諦めるな!」

 薄れゆく意識の中、少女の耳に奏の声が響き渡る。
 やがて奏は意を決したように立ち上がる。

「翼、翔、その子を頼む……」
「奏……?」
「奏さん……?」
「……いつか、心と体を空っぽにして、歌ってみたかったんだよな……。今日はこんなにたくさんの連中が聞いてくれるんだ……。だからあたしも、出し惜しみ無しでいく……。とっておきのをくれてやる……。絶唱……」
 
「奏ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「うっ、あっ……ああ……うわあああああああああッ!!」

 ……そして、一人の少女は破滅の歌を唄い、その身は塵となり消え去った。

 その日、灰燼舞い散る一面の夕焼け空の下で、風鳴の名を持つ姉弟はそれぞれ、その腕に『撃槍』の少女を抱いて泣いていた。
 その歌と、その声と、その涙は……少女の記憶に強く残る事となる……。
 
 ∮
 
 ライブ会場の惨劇から暫く。

 もう一度、家族の皆と過ごす日常へ戻る事を夢に、辛いリハビリを乗り越えた響に待っていたのは……周囲の人間からの心無い迫害による地獄の日々だった。

 どこかの週刊誌が、惨劇の被害はノイズによるものではなく、その1/3が人的災害によるものだと報道した事がきっかけとなり、世論はライブ会場に居合わせた被災者やその遺族らへの同情から一転。ネットでの個人情報の特定による吊し上げ等が始まり、被災者を迫害・差別する風潮が日本中に広まっていたのだ。

 何も知らぬ無辜の人々は正義の名の元に、被災者に石を投げつける。
『人殺し』に『税金泥棒』……多くの人々はそんな言葉で被災者らを、いい気味だと嗤っていた。
 
 響もまた、そんな人々の心無い迫害に晒され、傷付いていく事となる。

 家では近隣住民から、ありとあらゆる罵詈雑言を書かれた紙を家に貼られ、窓から石を投げ込まれた。優しかった父親は職を失い酒浸りとなり、母や祖母に暴力を振るうようになって、それから失踪してしまった。

 学校では持ち物を壊され、机にペンで汚い言葉を書かれ、被災者への差別意識を煽る記事の雑誌や新聞が机の上に積まれ、クラスメイトを主とした全ての生徒らからいじめを受けた。教師でさえそこに歯止めはかけられず、日に日に彼女へのいじめはエスカレートしていった。

 更に運の悪い事に、響の幼馴染で親友の小日向未来がライブの直後、両親の仕事の都合で引っ越してしまったのだ。

 響は完全に孤立した。日に日に心を閉じていく彼女には、母親と祖母以外で味方になってくれる人間は残っていなかった……。

──たった一人を除いては。
 
「立花さんから……離れろ!」

 教師のいない教室に響き渡る、一人の男子生徒が放った大きな声。
 響を取り囲んでいた生徒達が、一斉に彼を振り返った。

「風鳴……?」
「何だよ、今いい所なのに止めん「いいからそこを退けッ!」

 その生徒の名は風鳴翔。惨劇の日、響と共にあの会場に居合わせた彼は、響を取り囲む生徒達の列を割って、彼女の前へとしゃがみ込んだ。

 頬には痣。口の中を切ったのか、口角からは血が流れており、お腹を抑えて倒れている所から察するに蹴られたのだろう。

 翔は怒りを呑み込みながら、彼女に手を差し伸べた。

「立花さん、行こう」
「オイ風鳴、待てやコラァ」

 響の手を取って立ち上がらせた翔の肩を、一人の男子生徒が掴む。
 振り返ると、クラスのガキ大将ポジションの生徒が、不満げな表情でそこに立っていた。

「そいつは人殺しの税金泥棒だぞ?助ける必要がどこにあんだよ?」
「逆に聞くけど、何を根拠にそんな事を?立花さんが誰を殺したって?立花さんが何を盗んだって言うんだ?寄って集って女の子を酷い目に遭わせて、何が楽しいんだ!」
「そいつはあのライブ会場にいたんだろ!?そんで生き残った!どこの新聞でも毎日のように言ってるだろうが!あの会場で生き残った奴は人殺しだって!」

「それなら僕だって一緒さ。僕も姉さんのライブを見に、あの会場で、立花さんと一緒にだったんだからね!」

 その言葉に、クラスメイト全員が苦い顔をした。

 被災者の中で唯一、日本中から同情の視線を一身に集めているトップアーティストの弟が、これまで歪んだ正義の免罪符の元に虐め続けてきた少女を庇う。それもその理由として、その言葉以上に重く、理にかなうもののない答えをぶつけて来たからだ。

「じゃあ風鳴くん!どうしてそいつが生き残って、どうして〇〇くんが死ななくちゃいけなかったのよ!」

 食い下がったのは女生徒のリーダー格。あの惨劇で命を落とした、将来を嘱望されていたサッカー部キャプテンのファンだった生徒であり、響への虐めの引き金を引いた張本人だった。

「〇〇くんの未来は希望に満ちていた筈よ!でもその人生は、あの惨劇で永遠に失われた。なのにそいつは……立花響は何の取り柄もない!〇〇くんに比べれば、彼の方が何倍も価値ある生命だってわかるはずよ!〇〇くんに比べればそんなやつ、クズみたいなものじゃない!こうなるのも当たり前──」
「いい加減にしろッ!」

 翔の大声は、その場にいる全ての生徒の肩を震え上がらせた。
 これまでに覚えたことのない激しい怒り。普段は物静かな印象の彼が、本気で怒っていることは目に見えて明らかだった。

「生命の価値だって?何様のつもりだよ!そんなくだらないものを量る為に、彼の名前を出すな!死んだ彼が浮かばれない!」
「ッ!!」

 更に翔は、その場にいる全員を睨み付けて叫んだ。

「いいか?姉さんのライブ会場で起きた悲劇を理由に、立花さんを傷付けるなッ!そんな事、僕が許さないッ!これ以上、姉さんの夢を汚されてたまるかッ!そんな連中に、姉さん達の音楽を聴く権利はないッ!恥を知れッ!」

 その一言を最後に、翔は響の手を引いて教室を出ていく。
 後に残された生徒達は、ただ2人を見送る事しかできなかった。

 ∮
 
「……ごめん、立花さん。僕がもっと早く勇気を出せていれば……」

 保健室で治療を受け、顔や身体のあちこちにガーゼを貼られた響を見て、翔は響に謝罪した。

 彼は普段から、響がこのようにいじめられ続けていたのを知っていた。
 何度も止めようと、足を踏み出そうとしていた。

 しかし、やはり怖かったのだ。学校中の生徒全てを敵に回すのが。

 飛び出そうとする度、足が震えた。息が詰まりそうになって、呼吸が短くなった。
 そうやって何度も何度も、結果的に響が傷つけられていくのを、ただ見ているだけになってしまっていた事が、悔しくて仕方がなかった。

 だが、今日のはそんな臆病風をぶった斬る程に凄惨なもので、彼はとうとう勇気を振り絞って飛び出したのだ。

「……なんで……」
「……え?」

 響の呟いた言葉に、翔は首を傾げる。

「……なんで、わたしなんかを……?」

 あまりにも深く傷つけられ続け、心を閉じかけていた響は、それが分からなかった。
 何故、翔が自分を助けてくれたのか……その単純な理由さえ、理解出来ないほどに。

「……人が人を助けるのに、理由が必要かな?」
「……え……?」
「この気持ちは、理屈じゃないんだ。僕は、立花さんを助けたかった。だから飛び出したんだ。……覚悟を決めるまでに時間を掛けてしまった事は、責められても仕方が無いけど……」
「……」

 響はやはり信じられない、というような表情で翔の顔を眺めている。

 翔は困ったような表情をすると、指で頬をポリポリと搔いた。

「……えっと……これからも、何かあったら……その……ぼ、僕に……頼って……いいんだよ?」
「……」

 年頃の男子としては、同年代の女子からまじまじと顔を見つめられる、というのはどうしても照れてしまう。
 それも相手が無言なので、翔もしどろもどろになりながら、それでも何とか会話を続かせようと必死だ。

「……た、頼りないかもしれないけど……僕は、立花さんの味方だから!立花さんが呼べば、必ず助けに行くから!」

「……わたしの、味方……。本当に、助けてくれるの……?」

 いつ頃からか半分閉じかけるようになっていた響の目が、一瞬だけ見開かれる。

 翔は響の顔を真っ直ぐに見つめて宣言した。

「約束する……。僕は、立花さんの力になりたい。立花さんを守りたいんだ……」
「……ッ!わたしを……守る……」

 誰も助けてくれない。誰も傍にいてくれない。わたしが居るから、大切な家族も傷つけられる。

 それならいっそ、わたしなんて……。そこまで思い詰めていた彼女にとって、その言葉は──
 
 ∮
 
 翔の一喝以来、響に対する虐めは沈静化。虐めの中心だった生徒らも、暫く音沙汰無し。息を潜めるように学校生活を送っていた。

 少しずつではあるが、響もようやく平穏な学生生活が戻って来ている事に安堵し始めていた頃……その事件は起きてしまった。

 あの一件以来、翔は下校するまではずっと響に付きっきりで、彼女を守っていた。その徹底ぶりたるや、担任に頼み込み、席を隣に変えてもらうほどだった。

 最初はまた虐められるのではないかと不安だった響が、安心して教室に来る事が出来たのも、翔が隣にいてくれるという安心感からだろう。

 やがて、響の中には翔への信頼が生まれつつあった。

(翔は……わたしの事、見ていてくれる……。わたしの事、本気で守ろうとしてくれてる……)

 下校前、響は隣を歩く彼の顔をチラリと眺める。

(わたし……翔の事、信じていいのかな……。本当に、翔がこれからも、わたしの味方でいてくれるなら……)

 ふと、視線に気がついたのか、こちらを振り向く翔。慌てて目を逸らすと、彼はクスッと微笑んだ。

 胸が少し、ドキッとする。このまま平穏な日々が続けば、凍りつきかけた響の心は溶け、以前のような笑顔を取り戻す。そう思われていた。
 
 ……しかし、その信頼が長く続くことは無かった。
 
 それは、翔が目を離した短い間の出来事だった。
 教室を出て下校しようとして、翔は響を待たせてトイレへと用を足しに行っていた。

 事件が起きたのは、その僅かな時間……。
 
「……立花、響」
「ッ!誰……?」

 振り向いた先に立っていたのは、同じ学年で隣のクラスの女子だった。

 ぽつり、と呟くように響の名前を呼ぶ声は、聞く者を震え上がらせるほどの怨念に満ち、ドス黒い言霊が見える気さえしたという。

「私の……私の翔くん……」
「え……な、何……?」

 一歩、また一歩。ゆらり、ゆらりと近づく女生徒。
 後退る響の目に映ったのは、その手に握られた裁縫バサミだった。

「かえして……私の翔くんを……かえせ、返しなさいよおおおおおお!」
「ッ!?なっ、何!?何なの!?」

 振り上げられる逆手持ちの裁縫バサミ。響は驚きながらも、振り下ろされるそれをなんとか避ける。

「私の翔くん!私だけの翔なのに……なのに、なのになのに!お前こそ何なのよ!翔くんに四六時中ずっと付き添っててもらえるなんてどんな汚い手を使ったのよ!?」
「は……?何それ、知らない……!」
「許せない許さない許しはしない許せるわけがない!翔くんを独占するお前を私は生かしておかない許さない!」
「ッ!?」

 足が縺れ転んだ瞬間、女生徒は響に馬乗りになる。

 逃げられない響。狙いを付けて両手で振り上げられるハサミ。

「アッハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 狂ったような笑いが廊下に反響する。

(わたし……ここで、殺されるの!?──嫌だ……嫌だ、嫌だ!助けて、誰か……翔……ッ!)

 あわや、その凶刃が振り下ろされるかと思われた、その時だった。
 
「うおおおおおおおおッ!」

 廊下を駆ける足音と怒号。

 声の主を振り向いた瞬間、女生徒はその腕を捻り上げられた。
 カチャン、と音を立ててその手からハサミが落ちる。

「彼女に何をしたッ!」
「いっ!痛い!痛いよ翔くん……」
「問答無用ッ!少し頭を冷やせッ!」

 女生徒を立ち上がらせ、響から引き離した翔は、そのまま彼女に背負い投げを決める。

 背中を床へと強打し、女生徒は気を失った。

「はぁ……はぁ……立花さん、大丈夫……?」

 女生徒が動かなくなった事を確認し、翔は響へと手を差し伸べる。

 しかし……先程の女生徒の発言に含まれていた、翔への強い執着心。

 そこから、何も察することが出来ない響ではなかった。
 

 パシッ

 
「え……?」

 突然払われた手に、翔は困惑した。

 響は自力で立ち上がり、背中やスカートの塵を払うと翔を睨み付けた。

「……嘘吐き。守ってくれるって言ったクセにッ!」
「ッ!それは……ごめん……」
「もういい……あんたには二度と関わらない!」
「立花さん……」

 そう言って歩き去ろうとする響。翔は響を引き留めようと、その手を掴んだ。

 しかし、響はそんな翔を睨み付けると、掴まれた手を強く振り払う。

「話しかけないで……。もう、あなたの助けなんて要らない!」

 翔の手を振り払った響は、そのまま振り返ることもなく駆け出して行った。

「たっ、立花さん!」

 翔には、彼女の背中を追いかける事ができなかった。

 こうして、2人が築きかけていた信頼は、翔への愛と響への嫉妬に狂った、一人の女生徒の凶刃によって引き裂かれてしまった。

 それから響は完全に心を閉じてしまい、翔は彼女から避けられ続けたまま、中学を卒業していってしまったのである……。
 
 ∮
 
 それから2年。翔は特異災害対策機動部二課の協力者となりながら、響が進学したリディアン音楽院の姉妹校、アイオニアン音楽院に通っていた。

 あれ以来、響に避けられ続けた彼は、喧嘩別れとなってしまった事が今でも心残りだった。

 もう一度会えないものかと、何度か二課に来るついでにリディアンの道行く生徒達を観察したが、未だに見つける事ができない。
 どうやら提出物は出しているものの、登校してこない日が多いらしい。

「はぁ……。今日も見つけられず、かぁ……」

 姉や叔父である二課の司令官、弦十郎に差し入れを届け、翔はとぼとぼと帰路に着く。
 中学の卒業後、翔は二課へと入る覚悟を固めた。

 理由は大きく2つ。大好きな姉や叔父の助けになりたいから。そして、2年前に救う事が出来なかったあの娘のように、助けを求めている人を1人でも多く救いたいから……。

 その一心で彼は、ノイズ出現時には現場で避難誘導を行い、最前線で戦う姉とは別の方向から人々を助けていた。
 
 そんなある日の事だった。

 二課でのミーティングに向かう道中、ノイズの出現警報が鳴り響く。

「こちら翔!現場に急行します!」
『無茶はするなよ!翼がそちらへ向かっている!』

 すぐさま通信機を片手に現場へと急行した翔は、早速逃げ遅れた人が居ないか探し始める。

 やがて、翔は逃げ遅れた男の子を発見した。

「君!ここは危ない、早く逃げるよ!」
「お、おにーちゃん、だぁれ?」
「特異災害対策機動部。君達をノイズから守るお仕事さ。ほら、掴まって!」

 子供をおぶると、力の限り全力で駆け出す翔。

 しかし、気付いたノイズ達は翔と少年に狙いを定め、名前の通り雑音のような足音を立てながら近付いてくる。

 更に運悪く、曲がった先にもノイズが待ち構えていた。

 前後両方をノイズに囲まれて、後退る翔。しかし、少年を庇う姿勢だけは崩さない。それこそが彼の常在戦場、それこそが己のするべき事だと確信しているからだ。

 だが、ノイズ達は無慈悲にも迫って来る。
 もはやこれまでか……。そう思われたその時……黄色い流星が、戦場を駆け抜けた。
 
「ノイズとは異なるエネルギー反応を検知!」
「アウフヴァッヘン波形、パターン照合!この反応は、昨日の……!」
「ガングニール、だとぉ!?」

 二課の職員達、そして弦十郎が驚く。
 そこに現れたのはつい昨日、突如として現れ、ノイズを倒して去って行ったガングニールの装者……立花響であった。

「立花……さん?」
「……ッ!」

 翔の姿を見て目を見開く響。しかし、直ぐにノイズの方へ向き直ると、首のマフラーで口元を隠し、拳を強く握り締めるとノイズの群れへと突撃して行った。

 アームドギアはその手に無く、響はその拳でノイズ達を殴って砕く。

 その目に浮かべるのは、自分の人生を狂わせたノイズへの憎しみ。それを倒す力を得た彼女は、握った憎悪を叩きつけるように戦う。

 翳り擦れた表情に、翔は強い憂いを感じずにはいられなかった。
 
 やがて、翔と少年を取り囲んでいたノイズは全滅する。
 そのまま無言で立ち去ろうとする響を、翔は慌てて引き留めた。

「立花さん……」
「……わたしに、構わないで」
「待って、立花さん!」
「……話しかけないで」
「……あの時の事、まだ気にしているんだね……」
「……守るって、言ったクセに……」

 絞り出すように呟く響。その言葉に、翔は口を噤むしかなかった。

「助けるって、言ったクセに……。それなのに、お前は……この嘘吐き!偽善者!あんたなんか信じるんじゃなかった!」
「ッ……!」

 胸に突き刺さる言葉の数々。そうだ、自分は絶対に守ると言っておきながら彼女の身を、生命を、危険に晒した。
 それも、自らに関わる事でありながらも、自分ではどうしようもない原因で……。

 ギアの力で強化された身体能力。その跳躍力でビルの上を飛び越え、夜の闇に消えて行く彼女の後ろ姿を……翔はじっと見つめていた。

 ……それでも、彼は響の事を放ってはおけなかった。

(……嫌われても仕方ない……偽善者の汚名も、反論の余地がない……。それでも、僕は──)
 
 
 
 それから1ヵ月近く。翔はノイズが出現する度に、戦場の只中へと駆けるようになった。
 風より早く、姉よりも早く。最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に現場へと向かい、逃げ遅れた人々を導きながら彼女を探した。

 それだけではない。リディアンに来る度、今日は登校しているのかと、道行く生徒達の中から響の姿を探した。正門だけでなく、裏門も。更には校舎の玄関前まで探して。
 戦場で、学び舎で、街中で。何度もその姿を見つけ、何度も顔を合わせ、その度に拒絶された。

 それでも翔は諦めない。同じ言葉を、あの日から変わらない胸の思いを真っ直ぐにぶつけた。
 そしてある日の夜、とうとう彼女の怒りが爆発した。

「しつこい……。何なの、毎日のようにやって来てうだうだうだうだ……!わたしに関わらないでって言ってるのに……!」
「そういうわけにはいかない。僕には立花さんをそんな風にしてしまった責任がある!」
「わたしはもう誰も信じない……。あなたもどうせ、自己満足でわたしを助けただけなんでしょ……?そんな偽善者なんかに用はない……!どうせ傷付くなら、わたしは独りでいい!ほっといてよ!」

 侮蔑と怒りを込めた冷たい視線が翔を射抜く。ほぼ完全に閉じられ、凍りついた心が歩み寄る者を拒む。

 最初は助けを求めていたが、あの日、自分を襲った恐怖の前に、自ら握った手を離した彼女は、人を信じることさえ恐れるようになってしまった。

 もはや暗闇の中でただ一人、閉じこもる方が楽なのだ。そうやって他者を拒絶することで守る心はより深く、より暗く沈み、冷たくなっていく。

 そんな彼女の心に投げかけられる最大の言葉を、翔は何度も呼びかける中で探し続ける。

 やがて、彼が見つけた一番の言葉は──
 
「なら、僕は嫌われてもいい……」

 それは、自らの胸に刃を突き立てるような苦しみを伴う、心からの言葉。
 沈み凍えて固まった、その心を必ず溶かす。そんな彼の決意そのものだった。

「君を傷付けた事実も、偽善者の汚名も、僕には反論の余地がない……」
「だったらなんで……」
「“だとしても”ッ!もう手遅れかもしれないけど、僕は立花さんを支えたいんだ!僕の中ではあの約束、まだ終わってないんだよ!」
「……ッ!」

 その一言に、響は目を見開く。
 この人はそこまで言ってなお、あの日の約束に拘るのかと驚きを隠せない。

「そっ、そんな約束、わたしはもう……!」
「忘れたなんて言わせない。言わせてやるもんかッ!……立花さん、約束は1人じゃ出来ないものなんだ。人と人との繋がりなんだ!この約束まで忘れてしまったら、立花さんは本当に独りになってしまう!そんな事、僕は絶対にさせないッ!忘れさせてなんてやるものかッ!」
「な……」
「もし、それでも忘れたなんて言うのなら……もう一度、ううん、また何度でも約束しよう。立花さんは僕が守る!何があっても助ける、どんな時でも君の味方だ!だから……もう一度だけ、僕を信じて欲しいッ!」
「……ッ!?」

 握られた手。あの日と変わらず、真っ直ぐに見つめてくる瞳。
 記憶に蘇る温かさに、響はその手を振り払った。

「……なんなの……」

 その温もりはきっと、彼女を引き戻す希望そのもの。

 しかし彼女はそれを恐れる。もしも信じたとして、また裏切られてしまったら……。そう思うと、温もりを知ってしまう事の方が怖かった。

「立花さん……」
「ついてくるなッ!」
 
 そうして少女は、温もりの前から逃げ出した。

(なんなの、あの気持ち……。知らない……知らない、知りたくない!温もりなんて、直ぐに消えちゃうのに……!)

 握られていた手を見て、先程までの温かさが少しずつ消えて行くのを感じながら、響はそれを否定し続ける。

(どうせ皆いなくなる……。だったらわたしは、誰かなんて要らない。どうせ独りになるなら、最初から独りでいい……ううん、独りがいい……)

 夜の街を跳びながら、響は自らに言い聞かせる。

 その本心も分からぬまま。ただ、その行方は自分が傷つかないで済む場所へと……。
 
 ∮
 
「聖遺物護送任務、ですか?」
「そうだ。発見された聖遺物は天逆鉾(アマノサカホコ)。研究の為、永田町地下にある特別電算室、通称『記憶の遺跡』へと輸送される事が決定した。今回の任務は、その護衛だ」

 司令室にて、弦十郎は送られてきたデータをモニターに映しながら翼に説明する。

 添付されていた画像には、古ぼけた槍の刃が映っている。調査の結果、どうやらかつては高千穂峰山頂に封印されていた完全聖遺物だったが、火山の噴火に巻き込まれて破損したものとの見解らしい。

 柄の部分は地中に残っていたため既に回収されたが、刃の部分は様々な人の手を転々と渡っており、つい最近まで行方知れずだったという。

「作戦決行は明朝0500、開始までに了子くんから届いたこのデータに目を通しておくんだ」
「了解!」

 ちなみに、その了子はというと現在、記憶の遺跡に呼ばれて出張中だ。
 翼はデータの入ったチップを受け取り、緒川と共に司令室を後にするのだった。
 
 翌日、翔は今日も朝から響を探していた。

 普段の響の戦闘スタイル、そして彼女の性格から、独学で磨いた武術だと推察した翔は、町外れの森林公園を散策していた。
 他に一人で技を研ける環境が存在する場所は、既に探したからだ。

 やがて、激しい掛け声と打撃音が聞こえ、翔はその場所へと足を進める。
 その先では予想通り、探していた少女が拳を突き出し、樹木へ蹴りを入れ鍛錬する彼女がいた。

 彼女に気付かれないようにゆっくりと近付く。声をかけようとした、その時だった。
 

 ヴヴヴヴヴゥゥゥゥ────!!
 
「ッ!」
「警報……!?」

 街の方からノイズ出現の警報が鳴り響いた。
 響は直ぐに鍛錬を辞めると、森を飛び出して行った。翔も慌ててそれを追いかけながら、通信機を取り出す。

「翔です!友里さん!ノイズの出現地点は!?」
『それが……聖遺物、天逆鉾の護送車両をノイズが襲撃しています!』
「なッ!?」

 その耳に届く、聖なる歌。
 視界の先から届く黄色い閃光。その後に、オレンジ色の人影が空高く跳び上がった。

 翔は移動用に乗ってきていたマウンテンバイクに飛び乗ると、全力でペダルを漕いでそれを追いかけた。
 
 ∮
 
 戦況は宜しくなかった。
 ノイズの数はおびただしく、もはや翼1人では捌ききれない数であった。

「くッ……。この数はいったい……」
『統率されている、としか思えないわね』
「その声、櫻井女史!?」
『やっほ~翼ちゃん。ピンチだって聞いて、記憶の遺跡から繋がせてもらってるわ』

 いつものマイペースな了子の声に安堵感を覚えつつも、周囲のノイズへの警戒を続ける翼。
 了子からの言葉に、翼は耳を疑った。

「ノイズが統率されている、とはいったい……?」
『聖遺物の中には、ノイズを統率・制御する為のものもあると考えられているの』
「なんですって!?」
『ノイズを倒す為の力が聖遺物なら、逆にノイズを操る為に造られたものだってある筈よ。このノイズ達の動き、どう見ても何者かに制御されているとしか思えないわ』
「くッ……どうすれば……」
『もう少し踏ん張って、そのノイズ達を片付けて。狙いが天逆鉾で、敵の作戦が物量押しだとすれば……次にノイズを追加する時、強いアウフヴァッヘン波形が観測されるはずよ。藤尭くん、サーチよろしく』
『了解!』

 藤尭が周辺のアウフヴァッヘン波形を計測しながら、監視カメラに怪しい人物が映り込んでいないかを確認し始める。
 翼はアームドギアを握り直し、再びノイズへと向かって行く。

「統率されたノイズの群勢、何するものぞッ!推して参るッ!」
 
 その時、何かがぶつかる重い音と共に突き出された拳が、数体のノイズを天高く吹き飛ばした。

「ッ!立花……」
「……邪魔……ッ!」

 現れた響はいつも通り、1人でノイズの群れへと突っ込んで行った。
 翼は慌てて声を掛ける。

「おい、立花!この数を相手に一人で戦うなど無謀だ!ここは連携を……」
「うるさい……!わたしは一人でもやれる……!」

 ノイズの群れはどんどん数を減らしていくが、響は翼の言葉を無視し、どんどん離れていく。

「うわあああ!」

 突如聞こえた悲鳴に振り返ると、そこには天逆鉾の入ったケースを手にした黒服へと迫るノイズの姿があった。

「ッ!やめろ!」

 間に割って入ろうとする翼。しかし、その眼前に突撃し、地面を抉るノイズ達。

「う、うわああああああああッ──」

 出遅れたその瞬間、黒服はのしかかって来たノイズと共に炭へと変わった。

「ッ!あ……ああ……」
「ッ……!」

 目の前で、死体も残さず分解される黒服職員。
 その手に握られていたケースが、黒炭と共に地面に落ちた。
 
「……よくも……よくも!うわああああああああ!」

 翼はアームドギアを手に、残るノイズの群れへと突っ込んで行く。

『翼ッ!落ち着け!』

 弦十郎の声も聞かず、翼は自らの持てる刃の全てをノイズへとぶつけて行く。しかし、この戦場に於いて激情に駆られているのは、翼だけではなかった。

「……お前達が……お前達がいるから、わたしは……ッ!」

 響の全身から怒気が立ち上る。先程以上に、より強く拳を握った響は跳躍し、ありったけの力を込めた蹴撃を放つ。

 道路を埋め尽くすほどのノイズの群れに穴が空き、地面が抉れる。

 足元から眼前、そして周囲を見回し、響はノイズに憤怒の視線を向ける。

「あんた達は全員、わたしの手で壊してやるッ!全部、全部、全部、全部ッ!一人残らず壊し尽くしてやるッ!」

 突き出す拳が胸を穿ち、繰り出す脚がその体躯をへし折る。
 掴んで投げ、倒れたところを踏みつけ、抱く憎悪の全てをぶつける。
 力任せに地面を殴りつければ、その衝撃波が周囲のノイズを纏めて散らした。
 
「姉さんッ!立花さんッ!」

 現場に着いた時、そこは修羅と化した2人が暴れる惨状だった。
 装者2人は揃って眼前のノイズをただ斃すのみ。声をかけた翔の事など気付いていない。

「姉さん!立花さん!……ッ、これ、聖遺物の……」

 翔は視界の隅に停まっていたトラックの近くに、転がっていたアタッシュケースを見つける。
 回収しようと近付いた翔、そこへ……フライトノイズが迫る。

「次は……ッ!?翔!!」
「え……ッ!?」

 2人が気づいた時にはもう遅く、螺旋状となったフライトノイズは輸送車に突き刺さり……爆発した。

「うわあああああああああああああッ!」
「ッ!!」

 爆風に吹き飛ばされ、翔の身体が宙を舞う。
 翔の元へ向かうべく走り出そうとした翼の隣を、橙色の疾風が彼女よりも早く駆け抜けた。

 両足のパワージャッキを展開させ、強化された脚力で加速・跳躍し、爆風で飛び散る鉄塊を砕き壊して、翔の身体を抱える。
 その両手で翔を抱えた響は、首のマフラーをたなびかせながら着地した。

 脚が地面に摩擦し、火花を散らしてようやく止まる。
 地に膝を着くと、響は抱えた翔に呼びかけた。

「何してんの!こんな所までついて来て、馬鹿なの!?」
「……たち、ばな……さん……。……天逆鉾、は……?」

 響は、手を伸ばせば取れる場所に転がるアタッシュケースを見る。

「あんなもの、どうだっていい……!それより、何でこんな所まで……」
「だって……立花、さんと……ねえさん、が……しんぱい、で……」
「ふざけないでッ!……何の力もないあんたが、そんな事……分からないよ!」
「……そう、だね……。さすがに、ボクも……今回ばかり、は……バカな……こと、を……かはっ」

 爆風のダメージで吐血し、弱々しくなっていく翔の声。響は自分の頬から、熱いものが滴り落ちるのを感じた。
 空からぽたり、と雫が落ちる。やがて雫は数を増し、土砂降りの雨となって降り注いだ。

(……嫌だ……嫌だよ……。こんな、別れなんて……わたしはやだよぉ……)



 いつしか、その人がわたしの日常の何処かにいる事が当たり前になっていた。

 どれだけ突き放しても、どれだけの罵倒をぶつけようと、バカみたいに同じ事を言う為だけにまたやって来る。

 最初は鬱陶しいだけだった。何の音も届かない、雑音ひとつない、わたしだけの世界に土足で踏み込んで、それを壊そうとする厄介者。

 何も無い暗闇と、あらゆる雑音をかき消す雨の音だけがあればいい。

 助けてくれる誰かなんて、どうせ1人も居ない。誰もわたしを助けてくれないなら、わたしも誰も助けない。裏切られるくらいなら、傍に居てくれる誰かなんて要らない。最後には皆居なくなる、だったら最初から独りでいた方が楽だ。……そう思って、居たはずなのに。

 今、腕の中で息も絶え絶えにわたしの顔を見上げているこの人は、あの日から……2年前からずっと変わらずに、わたしの事を思ってくれていた。

 ああ、そうだ……。わたし、なんて馬鹿なんだろう……。この人が死ぬかもしれない今頃になって、漸く気が付くなんて……。

 この人はわたしにとって……こんなにも大きな存在だったなんて……。
 
 ……嫌だ……嫌ダ……。
 
 離れたくない……。失イたくナイ……。
 
 だって、わたしにはもう、この人しか……。
 
 
 
「お願いだから……生きてよ……翔!」
 
 
 
「あらあら、涙のお別れかしら?」

 突如響く第三者の声。顔を上げた響の目に飛び込んできたのは、黒い衣服に身を包んだ金髪の女性だった。その手には銀色の杖が握られており、放つ雰囲気は只者ではなかった。

「あんたは……」
「私の名はフィーネ……まあ、名乗る意味なんてないのだけどね。私が用があるのは、そこのケースの中に入ってるものなんだから」
「ッ!?」

 残るノイズを殲滅し終えた翼も、その女性に気が付き驚く。

「動くな!何者だッ!?」
「あら怖いこと。でも残念、あなたに私を脅す事は出来ないわよ、風鳴翼。天羽々斬のシンフォギア装者さん」
「ッ!私の名を!?」

 次の瞬間、翼の方へと向けられた杖から光が放たれ、出現したノイズが翼を取り囲んだ。

「なッ……!?それは……!」
『アウフヴァッヘン波形検知!間違いありません、あれは完全聖遺物です!』

 探知機が女性の杖からのアウフヴァッヘン波形を捉える。
 了子の推測通り、ノイズを操る完全聖遺物の出現に、二課の職員全員が驚く。

「これは『ソロモンの杖』。バビロニアの宝物庫の鍵にして、ノイズを自在に操る完全聖遺物……。手に入れるのも、起動するのにも苦労したのよ」
『ソロモンの杖、だとぉ!?』
『やっぱり……実在していたのね』

 弦十郎の驚く声と、()()の呟きが通信機から聞こえる。

「くッ……!その杖、押収させてもらうぞ!」

 翼はアームドギアを構え、自らを囲むノイズに斬りかかった。

「さて……それじゃあ、『孤高の装者』さん。そのケースは貰っていくわよ」

 翔を抱きかかえて俯く響へと向き直り、フィーネは歩み寄っていく。

 響の肩は震えていた。怯えではなく、強い怒りで。

 歯を食いしばり、その目にこれまでで一番の憎悪と憤怒を宿し、響はフィーネを睨み付けた。

「……お前が……ノイズを……。これまでのも、2年前のあの惨劇も、全部お前の仕業かッ!」
「ええ、その通りよ。それが何だと言うの?」



「……許さナイ……」

 胸の内側から、ドス黒い感情が湧き上がる。

「お前ガ……わたシの人生ヲ……!わタシノ全テを狂ワセた……!ワたシから全てヲ奪ッタ……!」

 やがてその感情は全身へと広がっていき、響を染め上げていく。

(許さナイ……許セナい……!こいつガ全部奪っタんダ……!こいツは……殺サナきゃ……)

 ギアが胸から赤黒く染まっていく。並んだ歯は鋭く尖り、瞳孔ごと見開かれた眼は血のように真っ赤に染まる。

「おおおおおおお……うわああああああああああああああああぁぁぁッ!!」
「ッ!?これは……まさか、ガングニールの暴走!?」
「ウウウッ!がァァああああああああッ!」

 獣のような唸り声を上げ、全身を赤黒く染め上げた響は、フィーネへと飛びかかる。

 しかし、フィーネは響へと杖を向けながら後退、現れたノイズ達が響の前へと立ち塞がる。

「ウガァァァァアアアアッ!ああああああああぁぁぁッ!」

 響は目の前に現れた新たな敵に標的を変えると、理性をかなぐり捨てて暴れ狂い始めた。



「……うう……あッ……」
「ッ!おい、翔!しっかりしろ!」

 見上げると、そこには泣きそうになっている姉さんの顔があった。
 僕は……ああ、そうか……。爆風に巻き込まれて、立花さんに助けられて……それから……。

「……ッ!ねえ、さん……立花さん、は……」
「……あそこだ」

 姉さんが向いた方向を見ると、そこには……変わり果てた立花さんの姿があった。

 全身を影で覆ったように赤黒く染め、獣のような唸り声を上げながら、ただひたすら目の前のノイズを屠っている。

 貫手で胸を刺し貫き、首を引きちぎり、頭を掴んでぶつけ、槍とした右腕で抉り削る。見るに堪えない、惨い有様だった。

「櫻井女史いわく、メディカルチェックしてみなければ原因は分からないらしいが……立花のガングニールが、立花の怒りに反応して暴走しているらしい」
「……ぼう、そう……?」
「このままでは……立花自身も危うい……」

 そう言って姉さんは、僕を見つめて、決意を固めた表情を見せる。

「だから、立花は私が全力で止める。翔、お前は立花が元に戻った時に──」

 姉さんが生命を懸けるつもりだと理解した僕は、咄嗟にその言葉を遮った。

「いや……、その役目は……ぼくが、やる……」
「──え……?」

 姉さんの腕の中から体を起こして、よろよろと立ち上がる。

 全身のあちこちが痛む。立っているのがやっとだし、一歩歩く度に激痛が身体を走る。

 今にも倒れそうになるのを、ありったけの精神力で堪えながら、数歩先にあるアタッシュケースの前へと膝を着いた。

「多分……立花さんが、シンフォギア装者になったのは……あの日、胸に突き刺さった奏さんの……ギアの破片だ……」

 フィーネはどうやら立花さんに気を取られているらしく、チャンスは今しかないと確信した。

 震える手でケースを開くと、中に収められた朽ちかけの刃が光を放っている。多分、暴走した立花さんのフォニックゲインが、天逆鉾の欠片を起動させたのだろう。

かつて姉さんの歌が、天羽々斬の欠片を呼び起こした時のように。

 それを握り締めると、僕は姉さんに向かって続けた。

「聖遺物の欠片から造られた、シンフォギア……。その破片が人体に取り込まれて、立花を、シンフォギア装者にしているのだとすれば……。逆説的に、聖遺物を人体に取り込む……事、で……シンフォギアに並ぶ力が……」
「お前まさか……!やめろッ!そんな無茶をすれば、お前は……」
「他に方法があるかッ!」

 今の声で、フィーネがこちらを振り返った。立花さんをノイズに任せて、こちらへと走ってくる。

 その、前に……やらなきゃ……。助けなくちゃ……立花さん、を……。

「ごめん、姉さん……。こんな愚弟の……最後のワガママ、押し通させてくれ……」
「ダメだッ!翔!そんな結果の見えない、部の悪い賭けにお前の命を晒せるかッ!」
「何をごちゃごちゃとッ!それを私に寄越せええええ!」

 背後には、止めようと走り寄る姉さん。前方には、奪おうと迫るフィーネ。

 どちらが先に来るよりも早く、僕は────その刃を胸に突き立てた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ウガルルルルルルル!……ううっ!?」

 曇り空の戦場を照らす、眩い閃光が辺り一面を包む。

 その光に戦場に立つ戦士の全てと、本部から見守る大人達の全てが目を閉じる。

 やがて、光が収まり誰もがその目を開いて彼の姿を見た。

 先程まで、その命のロウソクを燃やしきるかと思われていた少年は……神々しさを放つ戦装束に身を包んでいた。

 全身を覆うのは赤地に銀色のラインが入ったスーツ。その上からは四肢と胸、そしてその頭部に、表面にクリスタルが嵌め込まれたアーマーを装着しているかのような外見。

「翔……?」
「なっ……なんだその姿は……!?」

 驚き、目を見開く翼とフィーネ。

『これは……翔くんの身体から、天逆鉾の反応が検出されていますッ!』
『了子さん、これは……』
『まさか……人間の身体と聖遺物が、融合したというの!?』
『融合……だとぉ!?』

 友里、藤尭、了子、そして弦十郎も、予想外の展開と前例のないイレギュラーに、揃って驚きを隠せずにいた。

「そこを退いてください。僕には今、成すべき事があるんです!」
「ふざけるなッ!その胸の聖遺物、力づくでも取り出させてもらう!」

 フィーネはソロモンの杖で、翔へとノイズを放つ。しかし──

「邪魔だッ!」

 その手に握られた輝く槍を地面に突き刺す。すると突如地面が隆起し、ノイズ達を空へと跳ね飛ばした。

「なッ!?」
「はあああッ!」

 打ち上げられたノイズに向けて、翔は槍を回す。
 すると槍の先端から発生したエネルギーが火球となって周囲に浮かび、円陣を組むように並んだ。

「はッ!」

 回していた槍を止めて、突き上げるようにかざす。

 すると火球は宙へと勢いよく飛んでいき、ノイズを残らず爆散させる。

 真昼の曇天に真っ赤な花火が咲いた。

「一撃で、あれだけの数のノイズを……!?」
「……退いてください。今、僕はあなたよりも立花さんに用があるんです」
「くッ……」
「今ならまだ話し合いで間に合いますが、退いてくれなければ……」

 握った槍を突き付け、フィーネを睨む翔。

 フィーネは暫く黙った末に、バックステップで飛び退いた。

「今日の所は引いてあげるわ。次に会う時は覚悟なさい……!」
「ッ!待て……!」

 フィーネは立体道路を飛び下り、そのまま路地裏へと姿を消した。
 そして翔は槍をクリスタルの中へと収納すると、最後のノイズを踏み殺した『立花響のような怪物』に向かって行った。

「ぅぅうううう……!」
「……立花さん」
「ッ!うがああああああああぁぁぁッ!」

 翔の姿を見て、新たな獲物だと認識したのか咆哮と共に飛びかかる響。

 しかし、翔は防ぐ動作さえ取ろうとしていない。響はそのまま右腕を槍へと変じ、翔の頭上から突貫する。
 
 〈狂装咆哮〉
 
「ううううううう!うがああああああああぁぁぁッ!」
「翔ッ!」

 あわやその頭蓋は咆哮と共に狂槍に貫かれるかと思われた。

 しかし……そうはならなかった。

「ふんッ!」
「グルルッ!?」

 その槍は、翔の片手で止められた。あまりにも意外な展開に、呆気に取られる一同。

「君にそんな顔は……似合わないッ!」

 次の瞬間、その槍は粉砕される。

 突き立てる為の槍を軸にしていた響は宙でバランスを崩し、翔の上へと落下していった。

「ぐがああああああああぁぁぁッ!」
「立花さんッ!」
 
 落下してきた響だったそれを、翔は両の腕で受け止めてくるりと一回転すると、その胸に抱き締める。

「ッ!?」
「やっと……つかまえた……」

 抱き締められた響の姿をしたそれは、その腕から逃れようと藻掻く。

 しかし、翔はそれを離さない。どれだけ暴れようと、背中に回したその手を絶対に緩めない。

 そのまま耳元で、彼女の心を取り戻すため、優しく囁く。

「立花さん……僕は無事だよ。ほら、見ての通りピンピンしてる。信じられないなら……今君を包んでいる温かさがその証拠さ」
「ガルルルル……ッ!」

 その頭に手を置いて、優しく撫でる。

 すると彼女の心に届いているのか、唸り声が止み、つり上がっていた目尻が少し下がった。

「立花さん……。約束、守りに来たよ。約束通り、君を迎えに来たんだ。ほら、そんな所に閉じこもってないでさ……戻ろうよ」
「ううううううう……あああぁぁぁッ!」

 段々と抵抗が弱まっていき、体から力が抜けていく。
 暴走している響に、元の心が戻り始めているのが見て取れた。

「もう、怖くないよ……大丈夫。僕は君の傍にいるし、僕はもう君から離れない……。独りになんて、二度とさせてやるもんか……」
「うっ……がああっ……うっ、あっ……ああ……ッ!」

 真っ赤に染まり爛々と光る眼から、透明な雫が頬を滴る。

 最後のひと押しに、翔は彼女の顔を真っ直ぐに見つめると、満面の笑みを浮かべて言った。

「だから、一緒に帰ろう……立花さん。僕達の、帰るべき場所へ……」
 
「うっ……ううう……ああっ、あ……んっ……うわあああああああああん!」

 その一言で全身を覆っていた影が一瞬にして消え、ギアを纏っていない、いつもの灰色のパーカーを着た少女は泣きながらその胸へと顔を埋めた。

 少年の姿もまた一瞬にして元通りの、物静かな少年へと戻る。

 響は雨に濡れながら、まるで幼い子供のように翔の腕の中で泣きじゃくった。

「ごめんなさい……!ごめんなさぁぁい……!あんなに優しくしてもらったのに……わたし……あんな冷たい言葉ばっかりで……」
「いいんだ……。僕だって悪い。僕の至らなさが招いた事でもある」
「でも、根本的に悪いのはわたしだよ……!また、怖い思いするんじゃないかって……あんな事ひとつで、翔の事信じられなくなって……!」
「……やっと名前で呼んでくれた」
「……え……?」

 不思議そうに首を傾げる響に、翔は可笑しそうに笑った。

 ようやく泣き止んだ響の、今度は泣き腫らしたせいで真っ赤になった目は、濡れたまつ毛が儚さを醸し出す。

「今までずっと、"あなた"とか"あんた"ばっかりで、名前じゃ一回も呼んでくれなかったじゃん」
「そうだっけ……?」
「そうだよ……。名前で呼んでくれて嬉しいよ」
「あ……うう……。じ、じゃあ……翔もわたしの事……名前で呼べばいい……」
「えっ……そ、それは……その……」

 泣き顔と、赤く染まった頬を隠すように、響は俯き顔を逸らす。

「……じゃ、じゃあ……その……ひ……響、さん……?」
「……ッ!……ん……」

 2人の間を甘い雰囲気が漂う。それに合わせたかのように、曇り空が割れて日が射し込む。

「おい、お前達……」

 振り返ると、翼が少し不機嫌気味な表情で二人の方へと近づき、青い光と共に私服姿に戻る。

「戦いを終えたとはいえ、戦場で睦み合うのはどうかと思うぞ」
「ね、姉さん……?何でそんなに機嫌悪そうな顔してるの?」
「べ、別にッ!……まあ、今回は大目に見てあげる。でも翔、あなたは本部に戻ったら、色々とやるべき事があるんじゃないかしら?」
「あ、ああ……。そう、だね……」

 翔の身体がふらつき始める。気付いた翼が慌てて駆け寄ると、翔はそのまま響の腕の中に崩れ落ちた。

「翔ッ!?」
「ちょっ!?ちょっと!大丈夫!?」
「ああ……体力が……そろそ、ろ……限界……」

 疲労がどっと押し寄せ、翔はそのまま目を閉じる。

「わっ!?ちょ、ちょっと!翔!こんな所で眠らないで!」
「そっ、そそそそうだぞ!どうせなら私が運んでやるから、こっちで眠れ!」
「あなたは何を言っているわけ……?」

 こうして、山あり谷ありの道のりを越えて、翔と響の間に新たに芽生えた絆。

 この絆はもう二度と途切れること無く、二人を繋ぎ留めていく事だろう。

 何故なら、彼女はようやく気が付いたから。どんな事があっても、必ず傍で手を握っていてくれる人が居る事に。
 いつの日も、どこまでも。絶対に守ってくれる、彼女の味方(ヒーロー)

 交わした約束はいつまでも彼女の胸で、空に架かった虹のように輝いている。
 ∮
 
 深夜、リディアンの隣に建つ病院にて。

 メディカルチェックを受け、命に別状はないという診断結果を貰ったものの、念の為に検査入院する事になった翔の病室。

 そこではベッドの上で眠りにつく翔とは別の人影が蠢いていた。

 ゆっくり……ゆっくり……。そっと近付き、彼のベッドの傍までやって来る。
 やがて人影はごくり、と唾を飲み込むと意を決したように、彼の上へと覆い被さった。



 昼間、疲労で倒れてぐっすりと寝てしまった影響か、今夜はどうも寝付けなかった。

 ただ横になって、窓から射し込む月明かりを見つめる。

 ようやく眠気が来たかと思った頃……部屋に入って来る、誰かの気配があった。

 息を潜め、足音を潜めて近付いてくる気配。僕は寝ているフリをして、その気配の主が傍まで来るのを待った。

 気配の主はやがて、ベッド脇に立ち唾を飲み込む。

 何をするのかと思っていたら……ギシ、というベッドに体重を預けた音と共に、マットレスが沈むのを感じた。

(……登って来た?誰が、何のつもりで……?)

 気配の主がベッドに登って来たのを悟り、薄目を開く。

 月明かりに照らされたその顔は……立花さんだった。

「え……立花、さん……!?」
「あ……ッ!?」

 立花さんは「しまった」とでも言うような表情になると、そのまま固まる。
 その両手両足はマットレスを沈ませながら体を支えている。

 つまり今、立花さんは僕に覆い被さるような姿勢で、僕の顔を見下ろしていた。

「何してるの……?」
「いや……その……い、言わなくちゃいけない事、思い出して……」

 あからさまな言い訳をする立花さん。

 ちょっと目を逸らしながら言うその姿は、素直じゃない彼女の性格を表していてちょっと可愛らしい。

「……言わなくちゃいけない事……?」
「その……ありがと……。わたしなんかの傍に、ずっと居てくれて……。助けなんか要らない、なんて言っていたわたしの、本当の望みを叶えてくれて……」
「……どういたしまして」

 立花さんの本当の願い。それは、誰かに助けを求める声。
 要らないと吐き捨てながら、その裏で彼女は誰よりも助けを求めて泣き叫んでいた。

 でも、自分の気持ちにさえ蓋をして、その心を守ろうとした彼女は、いつしか忘れてしまったのだろう。
 だから、周囲がどれだけ手を差し伸べても、それを払って逃げるようになってしまった。

 ……それももう終わりだ。今の立花さんには僕がいる。今はまだ、僕だけかもしれない。けど、いつかはまた、あの惨劇の前みたいに元気な笑顔を見せてくれる……僕はそう信じている。

「それと呼び方……戻ってる……」
「え?ああ……ごめん、響さん……」

 響さん、と名前で呼ぶと、彼女は少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

「それで……だから、その……」
「……?」

 まだ何かを言い淀む響さん。

 何を言いたいか分からず、僕は敢えて黙る事で、次の言葉を待った。

 やがて、響さんはすぅ……と息を吸い込んでから、漸くその言葉を口にする。

「……責任、取ってよ……」
「え……?」
「翔が死ぬかもしれなくなった時、わたし、本気で悲しんだんだから……。翔の居ない世界なら、生きている意味なんてない……そう思えたくらいに……」
「それって……」

 遠回しだけど、そんな言い方されて気が付かないほど鈍感な僕でもない。
 次の言葉に、僕は目を見開く事になった。

「わたし……翔の事が好き……みたい……。もう二度と離れたくないし、離したくない……。ずっと、わたしの隣にいて欲しい……。翔の温もり、ずっと感じていたい……」
「響さん……」

 ああ……やっと、だ……。漸く彼女は心を開いてくれた。
 その事実が、僕には何よりも喜ばしい。その上、彼女が僕を選んでくれた事は……とても嬉しかった。

 ……ああ、そうだ。彼女の心を開く事ばかりを考えていたから、そこまで意識した事はなかったけれど……僕自身も、彼女の事が……。

「……僕もだよ、響さん」
「……え……?」
「2年前からずっと、僕は響さんが好きだった。今でも、その気持ちは変わらない。だから、もし、響さんさえ良ければ……お付き合い、してくれませんか?」
「ッ!!……そんな、こと……断るわけない!」
「そっか……よかった」

 そのまま僕達は、互いの顔を見つめ合う。

 時刻は深夜。誰もいない、二人っきりの部屋。月明かりだけが二人を照らす、ロマンチックな雰囲気で。目の前に迫る彼女は、愛を誓い合ったばかりの少女。

 条件は揃っている……。躊躇う必要は、ない。

「響さん……いい、かな?」

 両腕を首元に回して、彼女を真っ直ぐに見つめる。
 響さんは一瞬、肩を跳ねさせながら目を見開いて……やがて両目を細めて、こちらを見つめ返す。

「……ほら、するならさっさとしてよ……。待ってるの、恥ずかしいじゃん……」

 すぐ目の前まで近付けられた顔。両目を閉じた彼女の唇に、自分の唇をそっと重ねる。

 自分の心にようやく正直になった彼女は、とても温かかった。
 
 ∮
 
「忘れ物してない?弁当持った?」
「大丈夫……。……共学の学校だったら、もっと翔と一緒にいられるのに……」
「それは仕方ないさ。響さんの『ただいま』を聞く為に準備する時間、結構楽しいからね」
「……ッ!……もう、翔はまたそういう事を……」

 朝食を食べて、制服に着替え、カバンを持って玄関で靴を履く。
 部屋を出て鍵をかけ、2人は途中の道までは手を繋ぎ、一緒に登校していく。

 しかし、2人の前に立ちはだかる問題は、まだまだ多く、その未来は困難に満ちている。

 それでも2人はこうやって、手と手を取り合い、立ち向かっていくのだろう。
 二つの神槍は同じ方向へと、どこまでも真っ直ぐに進んで行くのだから。 
 

 
後書き
共に暮らすようになった翔と響。
そんなある日、二人の前に"陽だまり"が帰ってくる。

未来「響……?」

グレ響「未来……」

ヘタ翔「知り合いかい?」

再会する二人だったが……。

フィーネ「米国から手に入れたダイレクトフィードバックシステム……」

訃堂「ここに、護国の力が揃う時が来た」

平穏の裏で、大きな野望が動き始めていた。

グレ響「返せ……!翔はわたしの──」

訃堂「果敢無き哉。此奴の父親を誰と心得える?」

攫われた翔を取り返すため、たった独りで『鎌倉』に乗り込もうとする響。

弦十郎「このまま戦い続ければ、翔だけでなく、響くんの命までもが危険だ」

了子「最悪の場合……あの二人、死ぬわよ」

未来「……ッ!」

深刻化する融合症例……。

八紘「私以外の者に、お前達の父親面をさせるつもりは無い」

翼「お父様……」

緒川「翔くんは僕の事、家族の一員だって言ってくれましたから」

翔を取り戻すため、そして響を救う為。今度は皆で手を繋ぐ!

ヘタ翔「この国を護る事こそ、この身に流れる血の使命……」

グレ響「目を覚まして、翔!」

未来「お願い、応えて……神獣鏡(シェンショウジン)!」

『照らす太陽と陽だまりに集う声』

ここまで書いといてなんですが、続きはありません(真顔)
期待させといて続きがない、だとぉ!?って思われるかもしれませんけど、これだけの内容をダイジェスト形式にして、なおかつ一話にまとめるのは、察してもらえるかと思いますが、かなり大変なんですよ(苦笑)
むしろ真面目に書くと本編とは別枠投稿するべきってくらい長くなるので、悪しからず。

天逆鉾(アマノサカホコ):日本神話の一番最初の物語である、『国産み』に登場する聖遺物。その特性はレイラインからのエネルギー供給により、様々な自然現象を引き起こすというもの。その強大な力には、国土創造の逸話により付与された論理兵装としての力も関与しているらしい。
翔はこれを自身に突き刺す事で、死の迫る肉体にレイラインのエネルギーを流れ込ませ、肉体の損傷を回復させたのだが、これはほぼ無意識下で行ったものと推測される。
また、本編の翔は融合症例としての力をRN式で抑え込む事で、生弓矢から溢れる力をシンフォギアの形に固定しているが、このルートでの翔の姿は融合症例そのもの。肉体がそのまま変化している状態である。
たった一人でも君を守りたい。闇に閉ざされた未来に星の輝きを照らす為、その光槍は握られる。 

 

雨の上がった世界

 
前書き
シリアス100%で2万文字は、流石に誕生日記念としてはどうかとも思って書いた日常パート。
短編三本立てでお届けいたします。
久し振りにブラコンSAKIMORIも出るよ! 

 
 ・姉としての苦悩
 
 私の名前は風鳴翼。私立リディアン音楽院の3年生にして、アーティスト活動を営む18歳。その傍ら、特異災害対策機動部二課所属のシンフォギア装者としてノイズと戦い、世の陰から人々を守るのが務めだ。

 そんな私は今、その特異災害対策機動部二課の職員寮までやって来ている。

 今日、ここへとやって来た理由はひとつ。最近、自身が通う学園の寮を引き払い、此処へと移り住んだ可愛い弟……翔の様子を見るためだ。

 二つ歳下の弟、翔は姉妹校である私立アイオニアン音楽院の1年生。私の事を自慢の姉だと誇ってくれる、婿にやるのが勿体ないくらいの弟だ。

 大抵の事はソツなくこなす弟だが、まさか、思い立って一人暮らしを決意するとは……。
 職員寮には藤尭さんや、顔見知りの職員もいるから、寂しがっては居ないだろうが……それでも、やはり姉としては心配だ。

 と、いうわけでいざお宅訪問!推して参るッ!
 
 チャイムを鳴らして返事を待つ。しばらくして、ドアが開けられた。

「翔、元気にして──なッ!?」

 ドアを開けて現れたその人物に、私は驚いて飛び退いた。

 何故なら、ドアを開けて私を出迎えたのは弟ではなく、まさかの人物だったからだ。

「どちら様……って、なんだ。翼さんか……」
「立花ッ!?」
「翔ならお昼作ってるとこ……。何か用?」
「な……な……何故お前がここに居るッ!?」
「……何故も何も、ここはわたしの帰る場所なんだけど……」

 その言葉に、私は余計に困惑した。
 
「どっ!どどどど同棲、だとぉ!?」

 取り敢えず、昼食を馳走になった後、私は向かいのソファーに座る翔からその話を聞き、思わず叫んでしまっていた。

「うん。姉さん知らなかったの?」
「まっっったく聞き及んでいなかったぞ!私はただ、お前がこの職員寮に移り住んだという話しか……」

 と、ここまで言って気が付く。そういえば、私に翔の引越しを教えてくれたのは……。

 緒川さあああああああああんッ!あなたの仕業かぁぁぁぁぁぁぁぁッ!

 いつもと変わらない微笑みを浮かべながら謝罪してくる顔が浮かんだ。あなたって人はぁぁぁぁッ!

「……ま、まあいい。確かに、立花の件については聞き及んでいる。お前が支えてやろうと言うのも頷ける。……頷けるのだが……ッ!」

 私の視線は翔から、そのすぐ隣へと移る。

「お前達、近過ぎるだろうッ!」

 そこに座っているのは……いや、ただ座っているどころか、これ見よがしに翔の左腕にくっついているのは、ようやく特異災害対策機動部二課へと正式に加入した元はぐれ装者。立花響だ。

 今日もいつもと同じグレーのパーカーに身を包み、相変わらずのジト目をこちらに向けてくる。

「……翔は、わたしの……だから……。たとえ、相手が翼さんでも……渡せない……」
 そう言って立花は、より一層自身と翔を密着させる。

 具体的には、翔の腕を……その……お、押し当てているというか……挟んでいる、というか……。かっ、絡み付いている……そう言うべき状態だった。

「ッ!なっ、ななななな何をしているお前達ッ!」

 思わずソファーを立ち上がり、二人を指さす。いや、流石にこれはいかんだろう!?嫁入り前の娘が何をやっている!

「ひ、響さん……!?あの、何か当たって……」
「……当ててんの……バカ……」
「なッ!?なんのつもりの当てこすりッ!?」

 立花のやつ、意外に独占欲強いぞ!?
 普通姉を前にここまでするか!?いや、しないだろう!!

 このままではこの2人、いずれ一線を越えてしまうのも時間の問題なのでは……?
 止めなければ……。姉として、防人としてッ!弟が道を踏み外す事は防がねばッ!

「ええい立花!翔から離れろ、近過ぎる!」

 同じソファーに座る二人の間に割って入る事は出来ない。私は翔の右腕を掴むと、そのまま引っ張った。

「渡さない……!翔はわたしのだ……!」

 だが立花も負けじと翔にしがみつく。くっ、強情な!

「あいだだだだだだ!痛い!姉さん!響さん!痛いってば!」
「翔、すまないがもう暫く堪えてくれッ!」
「我慢して……。翔は……わたしが……ッ!」

 両腕を引っ張られ、翔が悲鳴を上げる。
 ここは耐えてくれ、翔!これもお前の為だ!

「な……なんでさぁぁぁぁぁッ!」



 休日の職員寮に、翔の悲鳴が轟いていたが、今日も二課は平和であった。
 
 ∮
 
 ・わたしの、わたしだけの……
 
「……」

 響は今、ムスッとした表情でその光景を見ていた。

 視線の先には、同年代くらいの見知らぬ少女──おそらく通行人だろう──に話しかけられている翔がいる。
 一見、道を聞いているだけなのだが、響はその少女の様子に不信感を抱いていた。

 あれは道を聞いていると見せかけて、翔を狙って逆ナンを仕掛けていると響は判断していた。

 道を聞くだけにしては長い……。というか、なぜスマホを使わない?
 翔の親切心を弄び、誘惑を仕掛ける逆ナン女に対して、響は苛立ちを募らせる。

 溜め息をひとつ吐くと、響はズカズカと足音を立てながら翔の隣へと歩み寄った。

「だから~、分からないから連れてって欲しいんだってば~」
「さっきも言ったけど、僕は連れを待ってるんだって……」

 翔も相手が逆ナンを仕掛けていることに気が付いているようで、少し困った顔をしている。
 響は翔の腕を掴むと、逆ナン女の顔を思いっきり睨み付けた。

「翔はわたしのだ……。気安く近寄るな……ッ!」
「ひっ!?」

 ひと睨みで逆ナン女を怯ませると、響はそのまま翔の腕を引いて歩き去る。
 ……いつもの5倍くらいの強さでその腕を掴んで。

「痛い痛い痛い!響さん痛いってば!」
「なんでわたしが怒ってるのか、自分の胸に聞いてみたら……?このスケコマシ……」
「そんなつもりないってば!響さんが居るのに、僕が他の女の子について行くわけないじゃないか!」

 分かっている。優しい彼は、親切心で道を教えようとしていただけだ。
 そこに付け込まれてああなってしまっていたが、その優しさは彼の長所であり、それが自分を救ってくれた。

 しかしそれはそれ、これはこれだ。自分以外の見知らぬ女に話しかけられていた事が、どうしても腹立たしい。
 だからつい、こうして不満を炸裂させてしまっている。こうでもしないと気が済まないのだ。

(……わたしが翔に味合わせた気持ち、ちょっと分かった気がする)

 2年前、惨劇の後。まだ中学生だった頃の響と翔を襲ったあの事件。

 翔に歪んだ愛情を向けていた女生徒が、翔が少し目を離している隙に響を襲った事があった。
 それがきっかけで、響は翔から離れてしまったのだが、今ので響は何となく、その時の翔の気持ちを理解した。

 大切な人が遠ざかるかもしれないという不安。翔はそれを超える、大切な人に別れを告げられる悲しみを体験している。
 あの日の自分が、彼にした仕打ちを後悔しながら、彼女はようやく翔の腕に入れていた力を緩めた。

「……じゃあ……埋め合わせてよ……」
「埋め合わせ……?」

 響は振り返り、翔の顔をじっと見つめてそう言った。

「今日一日……わたしを、満足させてくれたら……許す……」

 その全然素直ではない、可愛いワガママに、翔は微笑むと彼女をその胸に抱き締める。

「……お安い御用さ」

 この日一日、翔は響の事をひたすら猫可愛がりし続けたという。

 昼食を食べようと入ったレストランでは、注文を迷っていた響が選んだ料理と一緒に、もう片方の料理を自分の分として注文し、その上あーんで食べさせた。

 移動する際は恋人繋ぎで手を握り、目的地だったスイーツ店のケーキバイキングでは、響の頬に付いたクリームを指で取って舐める、という大胆なイベントもこなしていた。

普段のヘタレは雰囲気は何処へやら。響の一言がリミッターを外したのか、今日の翔はいつも以上にグイグイと攻めてきた。

 特に帰宅後は愛で方に拍車がかかり、寝る頃にはベッドの中で彼女を抱き締めながら撫でるわ触れるわ囁くわで、思いっきり彼女を甘やかし尽くしたらしい。

 お陰で響はずっと顔が真っ赤だった。

「翔……わたし、何もここまでしろとは……」
「満足するまで可愛がって欲しい。そう言ったのは響さんじゃないか」
「そ、それは……そう、だけど……」

 耳まで赤くなった顔を隠すように、翔の胸へと顔をくっつける。
 顔から火が出そうなくらい恥ずかしかったけど、どこか安心でき、心が満たされていくのを感じながら、口元を緩ませた響は心の中で呟いた。

(もう、二度と……離れてやるもんか……!)
 
 ∮
 
・ハッピーサプライズバースデー
 
「もうしばらくだからね、響さん」
「なっ、何なの……?」

 その日、響はアイマスクで目隠しをされ、翔に手を引かれていた。

 ちなみに、目的地は伝えられていない。何があるのか分からないまま、ちょっとだけ不安な気持ちで翔の手をぎゅっと握っている。

「手すりに掴まって。ちょっと揺れるから」

 翔がちゃんと、手すりを掴ませてくれる。
 手が離れた事で少しだけ不安が膨らむけど、隣には翔の気配がする。

 やがて、扉が閉じる音と共に、降下していく感覚が身体に伝わった。

(二課へのエレベーター……?わざわざ目隠しまでして、いったい何が……)
 
 やがて、エレベーターは二課へと辿り着く。
 そのままエレベーターを降りると、翔は再び響の手を引いて……やがて足を止めた。

「響さん、アイマスク外していいよ」

 翔にそう言われて、響はアイマスクを外した。

「それで、目隠しなんてしたのは、いったいどうい……」

 次の瞬間、クラッカーの破裂音と共に、紙吹雪と紙テープが舞う。
 驚く響に翔と、それから弦十郎以下二課の職員一同が声を揃えて言った。
 
「お誕生日おめでとう!」
 
「え……?誕生日……?」
「そう。今日は響さんの誕生日、でしょ?」

 きょとん、とする響に翔が微笑みかける。

「今日の為に、朝から皆で準備していたんだぞ」
「もう、弦十郎くんったら張り切っちゃって~。集合予定時間より1時間も早くから準備してたのよ~」

 宴会用のシルクハットを被った弦十郎に、呆れたような顔をしつつも楽しげにな了子。

「提案したのは翔くんなんだけどね。響ちゃんを喜ばせる、最高のサプライズにしようって」

 クラッカーを片付けながら、翔を見て微笑む友里。

「パーティー料理は全て、響さんの好きなもので揃えていますよ」
「好きなだけおかわりしていいよ。ケーキも含めて、その為に腕を奮ったからね!」

 皿に被せていたクロッシュを開け、配膳の用意を進める緒川と藤尭。

「何をぼうっと突っ立っているの?今日の主役はあなたなのよ。シャキッとしなさいよ」

 そして、喋り方をいつもの防人口調から、柔らかい女性口調へと崩した翼。
 響の誕生日を祝う為に、この場に多くの人々が集まっていた。

「わたし……そうだ、忘れてた……。今日、わたしの誕生日なんだ……」

 響の顔に、自然と笑みが浮かんだ。
 皆が自分の誕生日を覚えていてくれた。その事実が、彼女にはとても嬉しかったのだ。

「ああ、それからもう1人」

 翔がそう言ったのと、響の背後からその人物が忍び寄って来たのは同時だった。

「ひ~びきっ♪」
「ッ!未来……!?」

 こっそり忍び寄り、背中に飛び付いてきた未来に、驚いて振り返る響。
 その表情を見て、未来は満足気に微笑んだ。

「響の誕生日パーティーするって聞いたから、来ちゃった」
「折角のお祝いなんだから、皆で過ごしたいでしょ?」
「未来……翔……みんな……」

 響の目元が潤む。こんなにも彼女は、多くの人々に愛されているのだ。
 それを実感した彼女は、感極まってその両腕を広げ、翔と未来を抱き締める。

「……ありがとう……本当に、嬉しい……ッ!」
「響……」
「響さん……」
「わたし……今、とっても幸せ……」

 翔と未来は顔を見合わせると、2人で響を抱き返す。
 3人で抱き合う姿に、翼は微笑みながら声をかけた。

「ほら、早くしないと冷めちゃうわよ!」
「はーい!ほら、響さん。行こう!」
「響、一緒に食べよっ!」
「うん……!」

 翔と未来に手を引かれ、響はテーブルへと向かっていく。

「ところで弦十郎くん、折角のパーティーなんだし、ワインとかないのかしら~?」
「今日の主役は子供たちだぞ、了子くん」
「も~、冗談よっ♪」

 紙コップを片手に、たわいもない会話を続ける弦十郎と了子。

「翼さん、どうぞ」
「緒川さん、ありがとうございます。飲み物は代わりに私が。何がいいですか?」
「そうですね。では……」

 翼の健康管理にも気を使った量を配膳し、翼の元へと持って行く緒川と、そんな緒川にもパーティー楽しんでもらおうと気を回す翼。

「藤尭くん、そろそろ交代よ」
「ありがとうございます、友里さん。それじゃ、食べ終わったらまた交代ですね」

 配膳役をローテーションし、互いに他の職員達を気遣いつつ、自分達も楽しんでいる藤尭、友里らを始めとした職員達。

 そして、同じテーブルに座り、共に料理に舌づつみを打つ響、翔、そして未来。
 3人の表情は……いや、この場にいる全員の表情は、笑顔一色に染まっていた。 
 

 
後書き
グレ響はいいぞォ……ジョージィ……。普段はツンツンしてるのに、季節ボイスとか極レベル解放ボイスでギャップ見せてくる所が可愛いんだ……。(排水溝から沼に引きずり込むピエロの顔)

え?結局、あの二人は病室でのキスの後どうしたのかって?
それはご想像にお任せします。
そのまま大人の階段登ったかもしれないし、何事も無くただ抱き枕にされたのかもしれない。
ただ、この書き方だとおそらく……いえ、言うのは野暮でしょう。
どうしても見たい、という声が大きいなら考えなくもないですけどね(笑)

それでは改めまして……ビッキー、Happy birthday!
無印完結したらG編入る前に短編挟んでイチャイチャさせたり、ある人とのコラボ回やりますので、ご期待ください! 

 

それぞれの同棲生活~純クリの場合~

 
前書き
短編その1。「クリスちゃん原作だと一人暮らしだけど、いっそ純くんと同棲するべきなんじゃない?」、「グレ響ルートみたいに同棲する2人が見たい」といったリクエストから、同棲する翔ひびと純クリをお届けします。 

 
 時刻は日が暮れてそこまで経ってない時間帯。
 とあるマンションの一室には、濃厚なソースの香りが漂っていた。
 食卓には、茶碗に盛られ湯気を立てている白いご飯と、アルミホイルから覗く包み焼きハンバーグ、そして付け合せの蒸し野菜とコンソメスープが並んでいた。
「こ、これ……全部ジュンくんが作ったのか……!?」
 クリスは目を輝かせながら、純の作った夕食を見る。
「王子たるもの、最高のもてなしが出来ないとね。クリスちゃんに食べてもらいたくて、何年もかけて研鑽して来たんだ」
「あたしの……ために……そっか、ジュンくんずっと待っててくれたんだもんな……」
 微笑む純からの言葉に、クリスは目元を拭った。

 紛争地域で両親に先立たれ、身勝手な大人に振り回され、ようやく日本に戻れたと思ったらフィーネに攫われ……。8年経ってようやく平穏を取り戻したクリスを、ずっと待ち続けていた純。身寄りもないクリスの帰る場所は、彼の傍に残されていた。
 今、クリスはずっと待ち望んでいた瞬間に居るのだ。

「それじゃあ、冷める前に召し上がれ」
「うん……っ!いただきます……!」
 クリスは夕食を前に手を合わせると……手元に用意されたナイフとフォークを握って、純に一言聞いた。
「右手がナイフで、左手がフォークだったよな?」
「そうそう。ちゃんと覚えてるね」
 クリスはナイフとフォークの握り方を始めとして、純に教わったテーブルマナーを確認しながら包み焼きハンバーグを一欠片、咀嚼する。

「ん~ッ!美味ぇッ!なんだこれ、フィーネにも食わせてもらった事ないぞ!?」
「僕の得意料理、特性包み焼きハンバーグさ。お米と合うように、ソースは研究を重ねてるんだ」
「あむっ……はむっ……うめぇ!」
 一口ごとに、クリスの顔に笑みが広がっていく。
 その様子を純は、とても温かな目で見守っていた。

「クリスちゃんのテーブルマナー、随分良くなったね。僕も教えた甲斐があったよ」
「そっ、そりゃあ……あんな行儀の悪い食い方、ジュンくんの……その……こっ、恋人として恥ずかしい……っていうか……」
 恋人。頬を赤く染めながらそう言ったクリスは、誤魔化すようにコンソメスープを啜る。

 そう、この暮らしが始まるちょっと前まで、クリスのテーブルマナーは壊滅的だったのだ。
 何を食べさせても食器から零れたり、飛び散ったりしたソースや細かい具がテーブルを汚す有様。それを見兼ねた純は、クリスとの食事の度にテーブルマナー講座を開き、その汚食事っぷりをどんどん矯正していったのだ。
 ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、とても真面目なクリスはあっという間にそれらを覚え、今ではちゃんとテーブルを汚さず、上品に食事できる所までになっていた。
 
「……ジュンくんの教え方が上手だから……あたしも、ここまで来れたんだと思う。……ありがと」
「どういたしまして。じゃあ、次は言葉遣いをもう少しだけ、丁寧にしないとね」
「こっ、こいつばっかりはそう簡単には……」
「分かってる。最近、ぶっきらぼうなクリスちゃんも悪くないなって思ってるから、そこは別にいいんだ。……でも、せめて友達を名前呼びしないで、『バカ』って呼び続けてるところはちゃ~んと直してもらいたいな」
「うっ……ど、努力するよ……」
 そんなたわいもない会話をしながら、二人は同じ時間を過ごす。
 
 爽々波純。現在、雪音クリスのマンションに同棲中。
 
 ∮
 
 遡ること1週間と何日か前。
 フィーネによって引き起こされた一連の騒動は、『ルナアタック事変』と名付けられ、装者五人による月の欠片の破壊は、各国政府の目に触れてしまったことで波紋を呼んだ。

 機密を守らなくてはならないため、装者五人はしばらくの間、政府の監視の元で監禁生活を送る羽目になってしまった。
 もっとも、本来ならば3ヶ月間のところを司令である弦十郎、そして翔と翼の父親である外交官、風鳴八紘(かざなりやつひろ)氏の働きかけにより短縮されての1週間だ。

 その間に弦十郎は、クリスがちゃんと生活して行けるように手配していたらしく、監視が終わる日に、マンションの鍵を渡してくれた。
「純くん、君には合鍵を渡しておこう」
「いいんですか?」
「ああ。クリス君一人では、彼女が寂しがるからな。君が支えてやるといい」
 そう言って弦十郎は、純の肩を軽く叩いた。
 
 それから、純はアイオニアンの学生寮を引き払い、荷物をまとめてクリスの部屋へと移り住んだのだ。
 一人暮らし用にしては少し広い間取りは、弦十郎からの気遣いだと気がついた時、純は舌を巻いたらしい。
 
 ∮
 
「ごちそうさま!」
「お粗末さまでした」
 二人で手を合わせて食事を終える。
 席を立ったクリスは、食器を片付けながら言った。
「食器はあたしが洗っとくから、ジュンくんは休んでなよ」
「いいのかい?」
「ああ。これくらいのお礼はさせろよな。……あたし、ジュンくんからは色々と貰いっぱなしだし……」
 帰る場所、美味しいご飯、優しい言葉と、そして温もり。
 クリスは純から多くを貰った。それこそ、何度感謝してもしきれないくらいだ。
 純はクリスが幸せならそれで充分だと言うが、それで物足りるクリスではない。同じだけのものを返したい。そうして初めて、自分は心の底から満ち足りる。クリスはそう思っていた。
 
 食器を洗い終わり、クリスは純の方へと向かう。
 リビングを見ると純は、ソファーに座って寛ぎながらテレビを見ていた。
「ジュンくん、食器片付いたぞ」
「ありがとう。お風呂沸かしておいたから、お先にどうぞ」
「マジかよ手際良すぎんぞ!?」
 驚くクリスに、純は一番風呂を促す。

(ようやく少しは返せたかなと思ったのに……。ダメだ、あたしが全然追い付けてねぇ!どうすりゃいいんだ……。どうすりゃあたしはジュンくんに、貰った分だけ返してやれるんだ……)

 純へのお返し。自分に何が出来るのかを、クリスは必死で考える。
 自分の為に、純は自分の人生を8年も費やして待ってくれた。だったら、待たせた8年分の何かを、自分は純に与えたい。
 何を返すのか。どう返すのか。
 散々悩み抜いた末にクリスは、自分が最も貰えて嬉しかったものを思い浮かべる。
 少し恥ずかしさはあったが、今のクリスが思い付く精一杯がそれであった。

「な、なあ……ジュンくん……」
「ん?どうしたの?」
 クリスは深く息を吸い込むと、少々遠慮がちに、頬を赤らめながら提案した。
「その……折角だし、さ……一緒に…………入らない、か……?……お風呂……」
 
「……………………ッ!!??」
 純が慌てて立ち上がった。その顔は、珍しく真っ赤になっていた。
「ちょっ!ちょ、くっ、クリスちゃんッ!?」
 普段は余裕のある態度を崩さない純が、真っ赤になって慌てる姿に珍しさを感じながらも、クリスは続ける。
「なっ、なんだよッ!あああ、あたしだってめちゃんこ恥ずかしいんだよッ!……でも、それぐらいしか浮かばねぇんだよ……あたしが……ジュンくんに返せるようなものなんて……」
「いや、流石にそれは……ッ!僕だって男なんだよ!?そんな、何かあったらどうするつもりなんだッ!?」
「構わないって言ってんだよッ!……あたしは、ジュンくんになら何されたって……」
 クリスは勇気を振り絞り、前へ出る。純の目の前まで近付くと、クリスは純の顔を見上げながら言った。

「……欲張りなのは分かってる……。でもあたしは、ジュンくんに貰った温もりを同じだけ返して、それでようやくあたしは満足出来るんだよ……」
 純の背中に手を回し、クリスは頭一つ分の差がある純の胸に顔をうずめる。
 弦十郎ほどではないが、しっかりと鍛えられた身体は硬過ぎず、フィーネとの決戦にて彼女に届いた声量の出処を証明していた。
 
「……クリスちゃん……」
「……ジュンくんなら、ヤバくなる前に踏みとどまってくれる……。そうだろ?……あたしの王子様……」
 信頼を込めて、クリスはそのワガママを口にする。
 純は困ったような顔をしてしばらく黙り込み、やがてクリスの背中に手を回すと、いつもより低めの声で囁いた。

「そこまで言うなら……何かあっても知らないよ?」
「ッ……!……ジュンくんなら大丈夫だって、信じてる……。それに、何か間違いがあっても……ジュンくんになら……いいよ……」
 クリスは純の顔を見上げてそう言うと、ゆっくりと首元に腕を回した。
 スカイタワーの下での事を思い出す。
 何度も阻まれ続け、ようやく再会を果たした瞬間。8年越しに想いを伝え合い、互いに唇を捧げ合った日の事を。
 直後にカ・ディンギルが発動してしまい、雰囲気はぶち壊されてしまったが……今なら、互いの8年間を埋め合わせ(イチャイチャす)るのに邪魔が入ることはない。
「クリスちゃん……」
「ジュンくん……」
 
 やがて、二人は唇を重ねる。
 この後の二人は、きっと互いの背中を流している事だろう。
 純がクリスの髪を手入れして、二人でテレビでも見て笑い合い、そして今夜は初めて同じベッドに転がる。そうやって二人っきりの夜を満喫して、互いに抱き合いながら眠りにつくのかもしれない。

 一線を超えるのはまだ先だ。しかし、その未来もそう遠くはないかもしれない。
 時が経つのはあっという間だ。少年少女はいつの間にか、大人になるのだから。
 その時まで。もしかしたら、それよりちょっと先に。
 王子と姫は慎ましやかに、階段を登っていくのだった。 
 

 
後書き
歌う職業の皆さんも筋トレって必須なんですけど、鍛え過ぎて硬くなると逆に声が響きにくくなるので、適度な筋肉量が大事らしいです。

それはさておき、短編第一回は純クリ回!
ちょ~っとだけ、R指定されそうな気がしなくもないですが、これまでの二人を振り返れば順当だと作者は思います!うっかり砂糖の分量ミスったとかじゃないんだからね!?

次回は本編翔ひびの同棲ですね。
こっちはビッキーのおかげでただ純粋に甘えてる感じになりそう。
それではまた次の回にて。 

 

それぞれの同棲生活~翔ひびの場合~

 
前書き
これを上げた日がちょうどXV最終回の日だったんですよ。
XVリアタイ&伴装者を最新話まで追っかけてた読者の皆さんの思い出に、日付と共に深く残っていると良いなぁ……なんて思いながら上げてます。
引っ越してから、我ながらノスタルジックになっちゃうなぁ……。 

 
「終わった~!」
 授業が終わり、響は思いっきり伸びをする。
 時刻は午後の4時過ぎ。今日の授業は全て終わった。

「お疲れ様。課題、間に合ったね」
「うんっ!手伝ってくれた翔くんには感謝しないとね~」
「あんまり頼りっきりなのもダメだよ?」
「あはは~……」
 未来に釘を刺されつつ、響は鞄を手に席を立つ。
「今日も待ち合わせ?」
「うん。今日はわたしの方が先に着けるかも~」
 未来と二人、教室を出た響は、玄関を出て校門へと向かって行く。
 校門脇の木の下まで着くと、響はスマホで時間を確認する。
「まだかな~」
「今来たばかりでしょ?」
「だって~……」
 うずうず、と待ちきれない様子でいる響を見て、未来は少し呆れたようにそう言った。

 五分ほどして、玄関から現れた待ち人は、いつもより早く待ち合わせ場所に立つ響を見て、手を振りながら駆け寄って来た。
 その姿を見つけると、響は彼の方へと全力で駆けだした。
「翔くーーーーーーーーんっ!」
「響!?まったく、仕方ないな!さあ来いッ!」
 全力疾走からの全力ダイブ。響からの唐突な無茶ぶりだが、翔は両腕を広げると難なく彼女を受け止め、そのままくるりと一回転して響を着地させる。
「翔くんおつかれー!」
「ありがとう。今日は早いね?」
「だって今日は、駅前のクレープ屋さんに行くんでしょ!?待ちきれないもんっ!」
「この食いしん坊め~。……小日向、君も来るか?」
 響の後ろに駆け寄ってきた未来を見つけ、翔は彼女にも声をかける。

 未来は少しだけ考えた後、首を横に振った。
「わたしは、また今度でいいかな。今日は二人で楽しんでね」
「そうか……。ありがとう」
「未来、いいの?」
「うん。今度、創世ちゃん達も誘って女の子だけで行きたいな」
「わかった!未来の分まで、味見してくるからね!」
 響は未来と笑い合い、ハイタッチを交わす。
 そして翔の手を引いて、校門の外へと走り出した。
「ほらほら翔くんっ!早く行かないとお店閉まっちゃうよ!」
「慌てるな響、まだ4時過ぎだから時間は充分あるぞ!」

 響に手を引かれて行く翔。二人の後ろ姿を見送る未来。
 そこへ創世、弓美、詩織の三人が声を掛けた。
「よくこんな人前で堂々とイチャイチャできるよねー。まるでアニメみたい」
「わっ!?さ、三人ともいつから?」
「響さんが翔さんに抱き着いた辺りから、ですわよ」
 呆れたように、それでいて楽しげに呟く弓美。
 いきなり声をかけられて驚いている未来に、詩織は微笑む。

「ヒナ~、ひょっとして寂しがってたりするの?」
「ちょっとだけ、ね……」
「まあ、無理もないか。ずっと一緒だったもんね」
「まさかあの響が真っ先に彼氏作って、しかも同棲しちゃうだなんてね~……。いや、まあ、あれだけアニメのクライマックスみたいな王道展開見せつけられちゃうと、納得もしちゃうんだけど」
 弓美の言葉に、創世、詩織の二人は頷いた。
 何故、アイオニアンの校舎に響達リディアンの生徒がいるのか。それはルナアタック解決直後に遡る。
 
 カ・ディンギルにより、リディアン音楽院高等部の校舎は崩壊した。
 これにより、代わりとなる新校舎が見つかるまでの間、リディアンの生徒らは姉妹校であるアイオニアン音楽院の校舎を使う事になったのだ。
 そのついでに、クリスと純の同棲をちょっとだけ羨んだ響の提案により、翔もアイオニアンの学生寮を引き払い、響との二人暮しを始める事に決める。
 姉である翼からはあっさりとOKサインを貰い、最大の障害になるかと思われた未来もまた、これまでの二人を顧みてこれを了承。
 今の二人は、クリスと純が住むマンションのすぐ隣の部屋に同棲しているのだ。
 
「……ううん、いつまでも響に依存してちゃダメなんだ!響は前に向かって歩き続けてる。わたしも前に進まなきゃ!」
 自分の頬を両手で叩いて気合を入れる未来。その様子を見て、創世ら三人は顔を見合わせた。
「あんまり気張り過ぎて、うっかり折れないでよ~?」
「小日向さんは小日向さんの歩幅で、少しずつ進んでいけばいいんです」
「そうそう。ヒナはヒナらしく、ってね」
「みんな……」
 未来を囲んで口々に励ます三人。そんな未来にもまた、春が迫っている事を、この時の誰も知る由はなかった。
 
 ∮
 
「う~ん、美味し~っ!」
 響は注文したクレープを一口齧ると、その薄い生地に包まれたふわっふわの生クリームと、甘酸っぱいイチゴ、その甘さを助長するチョコレートソースが口の中で奏でるシンフォニーを噛み締める。
「響、クリームついてるぞ」
「ええッ!?ど、どこどこ!?」
「こ~こっ」
 チョコバナナクレープを片手に、翔は指で響の頬に付いたクリームを取ると、そのままペロッと舐めた。
「ちょっ、ちょっと翔くん!?」
「い、いいだろ別に……。直接舐めとるよりは、恥ずかしくないだろ……」

 互いに頬を赤らめる初々しい姿。付き合い始めてまだひと月と経っていない二人だが、こう見えても告白の際に勢い余ってプロポーズしたり、友人知人その他諸々がカメラ越しに見守る前で公開キスしたりした仲である。もっとも、後者は緊急事態であり、ファーストキスの思い出としてはロマンに欠けるものではあったが。

「そ、それはそうだけど……」
「……恥ずかしかったら、仕返ししたっていいんだぞ……?」
「ッ!?し、仕返しって……その……え……?」
「…………」
 突然のキス許可に、耳まで真っ赤になってしまう響。
 自分で言い出しておいて、頬を染めながらそっぽを向く翔。

 そんな二人を、向かいの店のテラス席に座っていた客が、コーヒーカップを片手に見ていた。
「……すみません。頼んだ珈琲はブラックだった筈ですが……」
「お客様、申し訳ございませんが、御注文に間違いは見受けられませんよ?」
「あ、そうですか……ズズッ……ブラックなのに、甘い……」
 その客は不思議そうな顔で、向かいの店でクレープ片手に見つめ合う二人を見ては、甘くなってしまったブラック珈琲に首を傾げるのであった。
 
 ∮
 
「たっだいま~」
「ただいま」
 クレープを堪能した二人は、自宅のマンションに戻ると鞄を置き、ソファーへと崩れ落ちた。
「美味ししかったね~」
「そうだな。また行こう」
 そう言って二人は笑い合う。翔は立ち上がり、キッチンへと向かうと、冷蔵庫の中身を確認する。
 今日の夕食の献立を決める為、材料を見繕っているのだ。
「鮭があるな……。響、焼き鮭とホイル焼きとムニエル、どれがいい?」
「うーん……悩むなぁ。翔くんが作る料理、どれもすっごく美味しいから……」
「ありがとう。でも、褒めたって鮭は二人分しかないぞ?献立はひとつに絞らないと」
「え~、どうしよう……。ん~……じゃあ、焼き鮭で!」
「了解。チーズ乗せてレモンを添えよう」
 そう言って夕飯の支度を始める翔。響は先に食器を食卓へと並べると、自分の部屋へと向かった。
 
 自室に入ってドアを閉めると、机の上に置かれている袋の中身を見て、響は溜息を吐いた。
「貰ったはいいけど、どのタイミングで見せればいいんだろう……」
 袋の中に入っているのは、猫耳、肉球、服にくっつけるタイプのモフモフとした尻尾といった、所謂コスプレセットだ。

 先日、女性職員の一人から『翔くんを癒してあげるのに使ってね♪』と渡されていた物がこれだ。ちなみにその職員さんは、無類の動物好きであり、何故猫耳なのか聞いてみたところ、『マンションだとペットは飼えないでしょ?そういう時はこうするのが一番なのよ』と大真面目な顔で言われてしまえば、素直な響は納得するしかない。
 そんな訳で貰ってしまったこの猫コスセットだが、響はそれを着るタイミングに迷い続けていた。
「うーん……貰ってからまだ一度も着てないし、試着してみようかな~……」
 そう言って袋の中からそれらを取り出し、響は試着を始めるのだった。
 
 ∮
 
「これでよし、っと」
 翔は焼き鮭を皿の上に乗せ、その上にスライスチーズとレモンを盛り付ける。しばらくすれば、鮭の熱でチーズは溶けて広がるだろう。
 今夜の献立は白米、チーズとレモンを添えた焼き鮭、豆腐とワカメの味噌汁、ほうれん草の胡麻和え。
 それらを食卓に並べると、翔は響を呼びに向かう。
 部屋のドアをノックして、翔は響の名前を呼んだ。
「響~、夕飯出来たぞ~」
「ちょっ、ちょっと待ってて!」
 何やらドタバタと、慌てるような音が聞こえる。
 いったい何をしているのか、と翔は疑問に思い、ドアノブに手をかける。
「響?いったい何して……って、なぁッ!?」

 ドアを開けた翔の目の前には、髪の毛とおなじ茶色の猫耳カチューシャを頭に付け、その手からとてもモコモコとした肉球付きミトンを外そうとしながら、こちらを振り返る響の姿であった。
「待って翔くん今行くか……ふえぇっ!?なっ、なっ……なんで開けちゃったの!?」
「なんかドタバタしてるから気になって……。ノックはしたし、鍵かかってなかったから着替えとかじゃないだろうと思って……」
「もーっ!……ば、バレちゃったら……見せるしかなくなっちゃうじゃん……」
 響は隠せない事を悟り、観念したように肉球ミトンを手に付け直して、翔の方を振り向いた。
「そ、その……どう、かな……?変じゃない……よね?」

 耳と肉球、そしてスカートに引っ掛けた尻尾。
 聖遺物の代わりに猫の衣装に身を包み、響は恥じらいながらそう言った。
 翔はふらふらと、吸い寄せられるように響へと近づいて行く。
「……え、ちょっと、翔くん……?え?えっと……その……」
「響の……猫耳……。……そんなの……そん、なの……」
 響は付い後退ってしまうも、翔はすぐ目の前だ。
 ただならぬ雰囲気を漂わせて近づく翔に、何を言われるのかとドキドキしながら、響はその答えを待つ。

「そんなの……反則級に可愛いに決まってるだろ……ッ!」
「ッ~~~!?かっ、かわっ、可愛い……!?」
「ああ可愛いとも!最高に可愛いッ!何だこの可愛い生き物!?響か、響だな。ネコミミ響がここまで可愛いなんて……ッ!」
「しょっ、翔くんストップ!ストーップ!これ以上褒められるとわたしの身が持たないッ!」
 余りに褒めちぎられて真っ赤になった響は、その両手の肉球で、翔の両頬をぷにっとサンドした。
 瞬間、翔の表情がこれまでにないほど緩む。
「あふんっ……あ……ぷにぷにだぁ……最高……ああ、ダメになるぅ……」
「えっ!?ちょっと翔くん!?」
 慌てて両手を離すと、翔は冷静さを取り戻してこちらを向いた。

「ッ!?お、俺はいったい……」
「翔くん、この肉球ってそんなに気持ちいいの?」
「うん?……自分に試せば多分わかるぞ?」
 翔にそう言われ、響は自分の両頬にその肉球を当てた。
「おおっ!?こっ、これは……だ、ダメになっちゃうやつだぁ……」
「だろ?……ってか、その猫コスはいったい……?」
「えっと、実は……」

 響はその猫コスセットを貰った経緯を話す。それを聞いた翔は、その職員に心当たりがあったようで、納得したように頷いた。
「あ~……あの人かぁ。あの人こういうの好きだからなぁ……。多分、その肉球とか手作りだよ」
「にゃんと!?」
「……響、今、なんと?」
 つい口を出た言葉に、響ははにかんだ。
「いやー、猫の格好してるからつい……」
「……あ~、もうっ!いちいち可愛過ぎるんだよ!本当なら今すぐにでも抱き締めて、撫で回して、思いっきり可愛がりたいッ!」

 いつになく食い付いている翔に、響は驚きながらも、ちょっと楽しくなってきていた。
 普段はクールな翔が、ここまで素直に、それも長時間悶えている姿は貴重なのだ。
「じゃあ、ご飯食べたらでいいかな?」
「そう……だな。冷めたらもったいないし、夕飯終わってから……な?」
「うんうん。わたし、もうお腹ペコペコだもん!」
 響は猫コス一式を一度外して、翔と共にリビングへと戻って行った。

 この後、二人は食卓で共に笑い合う。翔の料理に舌づつみを打つ響の表情は、今日も満面の笑みであった。
 それから食器を片付け、風呂で一日の疲れを流した二人は寝間着に着替え、響は再び猫耳を付ける。
 恥ずかしがっていた先程までとは違い、今は楽しそうにポーズを取っている。
「というわけで、この立花響、全力で翔くんの日頃の疲れを癒してみせます……にゃんっ♪」
「既に目の保養として十二分の効果を発揮してるんだけどここに聴覚と触覚が加わるとか、果たして俺は大丈夫なんだろうか……」
 これ、可愛過ぎて逆に身がもたないのでは?などと考えながら、翔はソファーの上でゴロゴロしながらこちらを見つめるネコ響を、思いっきり可愛がる事を決めるのだった。
 
 
 
 その夜、翔と響はいつものように同じベッドで静かに寝息を立てていた。
 ただ、いつもと違うのは、いつもなら背中か首元に回されている手を包んだ肉球が、翔の頬を包んでいる事だった。
 今夜の翔は、いつもよりもリラックスした顔で眠りについている。
 一方、響もまた、満面の笑みで眠りについていた。
 たまには、猫もいいかもしれない。女性職員に礼を言いに来た二人は、そう語っていたという。 
 

 
後書き
改めて『戦姫絶唱シンフォギア』、シリーズ完結おめでとう!
でもまだ終わってないよね!?XDまだ続くし、アニメ終わってもOVAとか劇場版とか期待してるからね!

次回は入院中の了子さんの元へとお見舞いに行く司令の話、そして独り身ネタにされてる未来さんに春が来るかもしれない話になります。お楽しみに! 

 

Adagioに埋める空白

 
前書き
弦了の需要が中々に高い。まあ、原作が中々に悲恋だからなぁ……そりゃ需要高まるのも無理ないか……。
珍しく了子さん≠フィーネで了子さんが生存する二次創作、と評されたからには、その持ち味活かしていきますとも! 

 
 市内にある総合病院、その病室の前に一人の男性が立っていた。
 赤髪、赤髭、赤いワイシャツ。筋肉質な体格も相まって、如何にも熱血な気質なのが伺える男は花束とレジ袋を片手に、かれこれ20分近くも病室の前で悩み続けていた。

 風鳴弦十郎。特異災害対策機動部二課の司令を務め、普段はとても頼り甲斐のある彼は、やがて意を決した表情でドアを開ける。
 白いベッドの上で上体を起こし、レポートに目を通す眼鏡の女性は、いつもアップに纏めている髪を下ろしていた。
「了子くん……調子はどうだ?」
「あら、弦十郎くんじゃない。やっとお見舞いに来てくれたのね」
 そう言って、櫻井了子はレポートから一旦目を離すと、弦十郎の方を見て微笑んだ。

「すまない……。本当ならもっと早く来たかったんだが……」
「いいのよっ!あの子達の為に、また奔走してたんでしょ?私は元気なんだから、弦十郎くんが謝る必要なんてこれっぽっちもないんだから~」
 弦十郎はベッド脇に置かれた花瓶の花を、自分が買ってきた花と入れ替える。
 そして面会用の椅子に腰を下ろすと、了子の顔を見つめる。
「……本当に、了子くんなんだな?」
「ええ……。フィーネはもう、私の中から去って行ったわ……」

 十二年前、天羽々斬の起動実験にてフィーネに塗り潰された了子の意識は、以来ずっと眠り続けてきたらしい。
 しかし、フィーネの魂がその肉体から去り、彼女は元の”櫻井了子”に戻った。その際は十二年間、ずっと眠り続けて来たという認識だったが、どうやらフィーネは身体と一緒に、『櫻井了子として活動してきた時間の記憶』を残していったらしく、記憶が混乱し始めた了子はメディカルチェックを兼ねて入院する事になったのだ。
「肉体には何の問題も無い、至って健康そのものだって結果が出てるわ。記憶の混乱もようやく落ち着いて来た事だし、もうすぐ退院よ」
「それは何よりだ。君が居なくては、とても困るからな……」
「困るって、それは()()()の弦十郎くんからの言葉なの?」
 了子からの言葉に、弦十郎が目を見開く。

 その様子を見て、了子は呆れたような表情を見せた。
「弦十郎くんったら、分かりやすいんだから……。もっと早くに気付いていれば、フィーネを止められたんじゃないか、って思ってるんでしょ?」
「……君には敵わないな」
 了子は肩を竦める弦十郎を見て、可笑しそうに笑った。
「……私の中に、もうフィーネはいない。私の姿で動いている間、櫻井了子(わたし)としての感情に引っ張られる事もあったのかもしれない。でも、その真相はもう、誰にも分からないわ……。だから、いくら気にしても仕方ないと思うわよ?」
「そう……だろうか……」

 黙り込んでしまう弦十郎。気まずくなりそうな雰囲気に、了子は話題を逸らそうと弦十郎が持ってきたレジ袋を指さした。
「ところで弦十郎くん、その袋の中身は?」
「あ……ああ、これか。翔が見舞い品として人気だと教えてくれたフルーツゼリーだ」
 そう言って弦十郎は、了子に袋を手渡す。
 了子が中身を確認すると、果肉たっぷりのピーチゼリーが一つ、プラスチックのスプーンと共に入っていた。
「これ、1日30個限定のやつじゃない!一度食べてみたかったのよ~」
「お気に召したようで何よりだ。……その、翔から持っていくならピーチ味にするよう勧められて、な……」
「へ?」

 そっぽを向きながら、そんな事を呟く弦十郎。
 不思議そうな顔をする了子に、弦十郎は更に続けた。
「ほら、その……桃の実にも花言葉があるんだろう?」
 やがて了子は、何かに気が付いたように目を見開いた。
「……弦十郎くん、それって……」

「……フィーネから、君の意識が既に死んだと聞いた時、俺は死ぬほど後悔した……。あれは、この人生で一番の後悔だったと思ってる。……君が居ないと困るというのは、二課の司令としての俺ではなく、俺個人としての言葉だ。だから……」

 弦十郎は一旦深呼吸すると、了子の目を真っ直ぐに見つめて言った。
 
「了子くん……。もう二度と勝手に、俺の目の届かないところへ行かないでくれ。……俺も二度と、君から目を離さない」
 
 弦十郎の言葉にしばらく唖然として、やがて了子は答えを返す
「……ギリギリ及第点って所ね」
「ギリギリ、か……。これは手厳しい」
「だって弦十郎くん、今のはいくらなんでも遠回し過ぎるでしょ?」
「すまない……。そういう性分なんだ」
 困ったような顔を見せる弦十郎に、了子はやれやれと肩を竦めて笑った。
「……でも、弦十郎くんのそういうとこ、嫌いじゃないわよ」
「了子くん……」
 
 窓から射し込む、午後の緩やかな陽射し。
 その優しい光に包まれて、二人の男女が十数年越しに心を通わせる。
 頼り甲斐はあるが不器用で、恋に不慣れな熱血漢と、(おわり)の名を持つ一途な科学者。
 見つめ合う二人を出歯亀しながら、二課の名オペレーターコンビは、見守り続けた恋の終着に安堵しながら、入る機会を伺っているのだった。
「あおいさん、あおいさん……やりましたね!」
「バッチリ撮れたわ。今夜の見守り隊定例会議で早速発表よ!」
 
 
 
「弦十郎くん、一つだけ忠告しておきたいんだけど……」
「……聞かせてくれ」
「生弓矢の真の力……あれについては、徹底的に伏せた方がいいわ。……あれは神の奇跡をも実現させてしまう力よ。もしもその情報が、外部に漏れたとしたら……」
「それは、世界を揺るがす災いの種になる……か……」
 
 そして、後に了子の予感は的中し、この奇跡の再会の切っ掛けを作った力が、世界を揺るがす大事件に絡む事になるのだが……それはまだ、誰も知る由のない話である。 
 

 
後書き
同棲編、実は短編の割に本編と文字数変わらないんだよね(苦笑)
なので今回は、いつもの半分の文字数に収めてみましたが、いかがだったでしょうか?
この世界では無事、これから先も一緒に歩んで行くことが出来ると約束された弦十郎司令と了子さん。
G編までには了子さんも退院して、司令の隣でS.O.N.G.を支えている事でしょう。
あ、桃の花言葉については調べてみてください。司令がどんだけ遠回しだったのかが伺えることでしょう。
普段はかっこいいけど、恋愛になった途端奥手になってしまう司令……このギャップよくないです?(笑)

そして最後に不穏な一文を置きましたが、勘のいい人はもう薄々察してしまうかもしれませんね……。
了子さん復活と、G編へと続く物語……。タグにない展開、情報が足らない現状では期待するには弱い可能性……しかし、心の何処かで望んでしまっている人もいるのではないでしょうか?
つまりはそういう事かもしれませんよ?(笑)

ところで最近、一部の読者の皆様方の声にお答えして、この本編とは別枠投稿で翔ひびと純クリの初夜(R18解禁)とか書いてみようかなぁ……なんて考えがあったりなかったり。
いつもあれだけの砂糖なのにエロが入ったらどうなるんだって?
砂糖が蕩けてメープルシロップと化すに決まってるじゃないですか~(笑)

それでは次回をお楽しみに。 

 

見習い騎士は儚き未来に思いを馳せる

 
前書き
未来さんにも春が来ると言ったな?
その予告を現実のものとする日が来たッ!

普段の、くっつける相手との相性重視したキャラメイクで作ってるオリキャラと違って、名無しモブからの出世なんだよね今回……。すげぇな……。

そんな大出世を果たした人物が誰なのか。気付いていない読者は、読んで驚いてください! 

 
 今日の全ての授業が終わり、翔が鞄を手に立ち上がる。
「翔、お先に失礼」
「純、今日も雪音の所か?」
「勿論。共学出来るのは今だけだからね」
 クリスを迎えるため、教室を出ていく純を見送る。

 それから自分も教室を出ようとしたところで、置いていかれたUFZの四人が翔に話しかけた。
「おいおい翔!お前まで行っちまうのか?」
「この後、響と駅前のクレープ屋見てくるんだよ」
「なるほど、デートか。なら、紅介の事は置いて早く行ってあげるといい」
「んだよ焼き鳥!俺の扱い雑じゃね!?」
「焼き鳥ではないッ!デートで女の子待たせるのは万死に値する罪だぞ!?」
「いやいや、お前いちいち大袈裟なんだよ~」
「二人共、そういう中学生レベルの喧嘩はやめてくれ。また四馬鹿扱いが酷くなるぞ?」
 いつものように口喧嘩を始める紅介と飛鳥。諌める恭一郎。
 そして流星は翔に軽く手を振っていた。
 戻って来た日常の風景に、翔は穏やかな笑みを零す。
「はは、やっぱりこのメンバーは最高だな。じゃ、また明日」

 そう言って教室を出た翔の背中を見送り、紅介、飛鳥は溜息を吐いた。
「何か、翔も純も、一気に遠くなっちまった気がするな……」
「彼女が出来たんだ。この部活は、あの二人を目指して設立したものなのだから、当然の結果だろう……」
「あ~……俺も彼女欲しー!」
 紅介の叫びが教室全体に響き渡る。恭一郎は呆れた顔で紅介を見ていた。
「奏さんみたいな快活さと包容力の溢れた人が居ねぇかなぁ……」
「いや、求め過ぎだとは言わないが……理想が高くないか?」
「僕も、翼さんみたいなクールで知的な人に出会いたい……」
「飛鳥、君もかい!?」
「……僕は、趣味が合って、読書の邪魔をしてこないならそれで……」
「流星まで!?……はぁ……三人とも、そう言うくらいなら自分から探しに行かなくちゃ……」

 恭一郎は三人の肩を軽く叩くと、自分の鞄を手に教室の引き戸へと向かう。
「ほら、もう放課後だろう?折角リディアンの女の子達が、期間限定で共学なんだ。いい娘を見つける機会があるなら、活かさない手はないんじゃないかい?」
「ミラちゃん……」
「恭一郎……」
 紅介と飛鳥が立ち上がる。
 流星は読んでいた本から一旦目を離すと、三人を見回した。
「ほら、三人とも行くよ。翔が待ち合わせしてるって事は多分、小日向さん達もいる筈だ。良い娘紹介してもらえるよう、頼めるんじゃないかい?」
「「それだ!」」
 紅介と飛鳥は鞄を手に、腰掛けていた机を立つ。
 流星も、読んでいた本に栞を挟んで立ち上がると、恭一郎の後に続いた。

「……恭一郎、前から思ってたんだけど……」
「ん?どうした流星?」
「……あの四人の話をする時、いつも真っ先に小日向さんの名前を挙げるよね?」
 流星の言葉に、一瞬だけ恭一郎の肩が跳ね上がった。
「……もしかして恭一郎、小日向さんのことs「流星!その話はやめよう、いいね!?」むぐぐ……」
 慌てた顔で頬を赤らめつつ、流星の口を塞ぐ恭一郎。
 会話の内容が聞こえていなかった紅介と飛鳥は、不思議そうな顔でそんな二人を見つめているのだった。
 
 ∮
 
 校門の向こうへと去っていく、現在校内でも噂のラブラブカップル。
 その後ろ姿を見送る四人の女子生徒の方へ、四人の男子生徒が近付く。
「おっ、リディアンカルテットじゃん。何だ?女子会か?」
「あっ、四バカ!」
「四バカではない!アルティメイトフレンズゼータだ!」
「略してUFZ」
 からかうような口調で現れた紅介に対し、弓美から不名誉な方の呼称で呼ばれた飛鳥は、それを大真面目に訂正する。流星も丁寧に、真顔で略称を補足する。

「相変わらず長いね……。ってかムラコー、私達の名前テキトー過ぎない?」
「だったら、お前らもグループ名決めたらいいじゃねえか。安藤、そういうの得意なんじゃねぇの?」
「う~ん、グループ名かぁ……」
「加賀美くん達の部活名、中々イカしてますもんね」
 紅介、飛鳥、流星と創世、弓美、詩織が談笑を始める中、恭一郎は未来の隣に立つ。
「小日向さん」
「加賀美くん……」
「元気がないように見えるけど、どうしたんだい?」
「ううん……なんでもない……」

 絶対に何かある。恭一郎はそう確信した。
 共学するようになり、未来を見る中で恭一郎は、彼女の性格を理解しつつあった。
 内向的で自分の意見をハッキリ言えないタイプ。親友である響に依存しがちな節があり、どこか危うい……。
 そんな未来の事を、恭一郎は気にかけるようになっていた。
(友達思いな強い子だと思ってたけど……小日向さん、普段はちょっと弱々しいんだな……)
 
 恭一郎が未来を意識するようになったのは、ルナアタック事件の渦中だ。
 あの時、誰もが絶望しかけた中でも諦めず、戦場に立つ親友の為に周囲を動かした彼女の姿に、恭一郎は惚れていた。
 共学するようになり、普段の彼女の性格を知ってからは、尚更惹かれるようになっていた。
 心優しい人を守る、優美なナイトでありたい。純の”王子様”としての在り方に惹かれた恭一郎にもまた、そんな夢があった。
 幼かった頃、物語の中に出て来た騎士の姿。そのかっこよさに心を打たれ、そうなりたいと本気で思っていた、純粋だったあの頃。それを思い出させてくれた純を、恭一郎は友人として深く尊敬していた。
 そして、ナイトにもまた、剣を預けるべき姫君が必要だ。恭一郎にとってのそれは、一目惚れした未来こそが……。
 だからこそ、恭一郎は今、未来をどう励ませばいいのかを考えていた。
 
「小日向さん……悩み事、あるんだよね?」
「……どうして、そう思うの?」
「小日向さんの顔、どう見ても大丈夫そうじゃないから……」
「え……あ……」
「──僕でよければ、相談に乗るよ。何が出来るかは分からないけど、それでも、僕に出来る範囲の事はする。だから……だから、その……えっと……」

 肝心なところで良い言葉が浮かばず、詰まってしまう恭一郎。
 どう締めればいいのかと考えを巡らせれば巡らせるほど、しどろもどろになるばかりだ。

 その様子を見て、少しずつ未来の表情が変わり始める。
 下がっていた口元が徐々に緩み、やがてその顔に笑顔が浮かんだ。
「ぷっ……ふふっ、ありがとう」
「え……?」
「加賀美くん見てると、何だか可笑しくって」
「そっ、そんなに……?」
 頼りない姿を見せてしまった、と肩を落とす恭一郎。
 しかし、未来はそんな彼に優しく微笑む。
「でも、ちょっとだけ元気出た。だから、ありがとう」
「……い、いや……大したことは……」
 照れ臭そうに頭の後ろを搔く恭一郎の顔は、茹でダコのように真っ赤になっていた。

 しかしその顔は真っ赤な夕陽に照らされており、未来は恭一郎の表情には気が付かない。
 そんな二人の様子を、友人六人は一旦口を閉じて、静かに見守っていた。
「ねえ、もしかしてカガミンって……」
「あー……こりゃ間違いねぇな……」
「だよね?」
「そうだな」
「これはどう見ても……」
「今頃気付いたの?」
 それぞれ、顔を見合わせる創世、紅介。恭一郎と未来を交互に指さす弓美と、頷く飛鳥。その予感に口元を緩ませる詩織と、一同を見て不思議そうに首を傾げる流星。
 今はまだ、届かない想い。だけどいつか、少年が勇気を胸に一歩踏み出せば……或いは、未来がもう少し彼に意識を向けるようになれば、きっと……。
 
(今のままじゃダメだ……。もっと、もっと頼れる男にならないと……!未来さんに振り向いてもらえる、理想のナイトになるんだ……ッ!)
 少年の胸に灯る決意。彼が歩む理想への道のりは、ここから始まる──。 
 

 
後書き
如何だったでしょうか?
恭一郎くんと未来さん……そう、即ちどちらも『鏡』なカップルです!

戦場に立つ者同士、またはその後方で支えてくれる人とのCPも好きですが、たまには一般人とのCP、或いは一般人同士のCPもいいと思うんですよ。

翔ひびや純クリみたいなメインCPと比べると目立たないけど、未来さんも幸せを掴めたと実感出来る。そんなカレーの福神漬けみたいなポジションを心がけられたらなぁ、と思います。

ミラーナイトな恭一郎くんですが、彼は伴装者になるのか?という疑問を持った読者さんがいるとかいないとか。
答えとしては……ノーコメントですね(ニッコリ)

それでは次回、おがつばってるライブで会いましょう!(笑) 

 

防人の歌唱(うた)を信じ護る者

 
前書き
サブタイをおがつばらせたかったんです!(唐突)
って事で、シンフォギアも遂に最終回を迎えてしまいましたね……。ちょっと寂しいです。
でもまだXDは終わってないし、ポータルサイトも出来てるので、劇場版とかOVA期待して待ちましょう!

しっかしXV、最後までひびみく大正義でしたなぁ。
双方彼氏持ちの伴装者じゃ、ああはならないでしょう。……って事はこれ、シェム・ハの器が未来さんじゃないって可能性……身内だし爺も手を出しやすいんだよな……。


七つの惑星、七つの音階。そして七つのシンフォギアって所で手を叩きましたよ!締め括りとして上手すぎるわ!
でも鍵盤に直すと、あと五音残ってるよね。つまり伴装者を混ぜても、矛盾はしないですね。これは。

それでは、おがつば推しの皆さーん!お待たせしました、おがつば回ですよー! 

 
 出会ったのは、僕が学生服に身を包んでいた頃。彼女がまだ、6歳の少女だった頃の事だ。
 お互い、将来を決められている身ではあったけれど、この頃の彼女はまだ、その事実を深く気にするような歳でもなかった。
 七並べや将棋で遊んでは、負ける度に「もういっかい!」とむくれながら挑んでくる姿が可愛らしかったのを覚えている。
 そういえば、結局一度も勝てた事はなかったなぁ……。手加減するのも失礼かと思って、僕が一度も手を抜かなかったのが理由なんだけど。
 
 やがて彼女を護る役目を与えられてからは、僕は遊び相手だった彼女との距離に、一線を引く事にした。
 僕の役目は、風鳴の後継者を護る事。そこに私情を挟む事は、忍びの刃を曇らせる。
 だから僕は、彼女を護る刃でいられるように。この感情が、迷いを生むものに変わってしまう前に……。
 
 それからこの仕事を始めて、もう三年になる。
 彼女が歌手となってからずっと、僕はマネージャーとして彼女を支え続けてきた。当然、風鳴の後継者を、そしてこの国を護るという使命の一環として。
 護国とは、なにも人々の生命を護る事だけを示す言葉ではない。
 人々が穏やかに笑い、未来へ希望を抱き続けることが出来る──そんな生活を護る事こそが真の護国だと、僕は信じている。

 だから、彼女がアイドルとして歌うと言うのなら、それを支える事こそが僕の使命だ。……そう、ただの使命だと思って始めた仕事だけど、実の所、僕はこの仕事を心の底から楽しんでいた。
 風鳴翼……彼女の歌を世界に届ける事は、忍びとして闇の中で活動するより、何倍も刺激的で、とてもやりがいのある天職だ。
 あの頃から、翼さんはとても楽しそうに唄う女の子だった。翼さんがアイドルを目指したのも、きっと運命だったのだろう。

 でも、翼さんは歌女である一方で、ノイズから人々を守る防人でもある。
 ステージの上と戦場。相反する二つの場所で唄う翼さん。
 ノイズと戦う事が出来ない僕に出来るのは……せめて、翼さんが歌い続けられるように、護ってあげる事ぐらいだ。
 翼さんがステージの上だけで唄っていられる。そんな明るくて、平和な日が来るまでは……。いや、その日が来て、そして翼さんが普通の女の子としての幸せを掴む日までは。
 
 そして今、翼さんはまた夢に向かいつつある。
 どうかまた、翼さんの歌がこの国の人々を……この国の未来を明るく照らしてくれるように。
 そんな願いを胸に僕は、今日も伊達眼鏡をかけ、彼女の隣に向かうのだ。
 
 ∮
 
「リハーサル、いい感じでしたね」
 翼のリハーサルを終えて、緒川は翼と共に楽屋から出る。すると、そこへ拍手をしながら一人の人物が現れた。

 スキンヘッドに豊かな髭、優しげな顔の外国人。それを見て、緒川は驚く。
「トニー・グレイザー氏!以前、翼さんに海外進出を持ちかけてきた、メトロミュージックのプロデューサーです」
「中々首を縦に振って頂けないので、直接交渉に来ましたよ」
「Mr.グレイザー、その件に関しては先日正式に……」

 緒川の言葉を遮るように、右腕を横に伸ばした。
「翼さん?」
「もう少し、時間を頂けませんか?」
「つまり、考えが変わりつつあると?」
 翼はただ、真っ直ぐにグレイザーを見つめる。

「そうですねぇ。今の君が出す答えであれば、是非聞かせて頂きたい。今夜のライブ、楽しみにしていますよ」
 そう言ってグレイザーは、二人の前から立ち去って行った。
 翼はその背中を見つめながら、自分自身に問いかける。自分の夢は何なのか、と。
 
 ∮
 
「あ、来た来た。おーい、翔!立花さーん!」
「おせーぞ!」
 遅れてやって来た二人に、純とクリスが声をかける。
「ごめん二人とも!」
「部屋を出た時間は完璧だったんだけど、途中で色々あってさ……」
「また、人助け?」
「お前ら二人とも、相変わらずお人好しだなぁ」
「えへへ……」

「やっと揃ったか!」
 既に先に来ていたUFZとリディアン三人娘、そして未来は既にケミカルライトを持って準備を終えていた。
「はい、二人の分ね」
「未来、ありがとう!」
「ありがとう小日向」
「これで会場入りできるね。皆、はぐれないようにするんだよ?」
 純の号令で、集まった面々はそれぞれ固まって会場へと入って行く。
 翔は響と手を繋いで。クリスは純の腕を掴んで。そして、恭一郎は未来の手を取って。
 それ以外の面々は三組を見て顔を見合せると、やれやれ、と言うように肩を竦めて歩き出した。
 
 ∮
 
 ……いよいよ、ライブの本番が迫る。
 今度のライブは、これまで以上にハードなものだった。スケジュールが一週間も遅れた分、その日程調整や関係者の皆さんへの謝罪周りなどが入ってしまったからだ。
 それでも何とか間に合わせることができた。それもスタッフの皆さんの頑張りと……なにより、緒川さんのサポートあっての事だろう。

(──緒川さん……。あんな事があっても、こうして変わらずにあなたは、わたしを支えてくれている。……そんなあなたに、わたしは何を返せているのだろうか?)

 ふと思い出すのは、月の欠片を破壊する為に宇宙へと飛んだあの時の事。
 この戦いで、私は死ぬものと覚悟していた。だから、翔や立花、雪音達を見て、私は後悔した。
 伝えておけばよかった……と。
「死を覚悟して過ぎる後悔がそれとは、我ながら随分と女々しいものだ……」
 ぽつり、と独り言る。
 そこまでしてようやく認めるだなんて、私は何処まで頑固なのだろう。
 
 ……ならば、もはや迷う必要は無い。この胸の内を伝える事こそ、わたしから緒川さんへ返すことが出来る、最大の感謝。
 よし、決めた。このライブが終わったら、わたしは……。
 
「翼さん、本番ですよ」
 楽屋のドアを開き、緒川さんがわたしを呼びに来る。
 わたしは椅子から立ち上がると、ステージへと向かうために歩き出す。
「緒川さん……」
「はい、なんでしょうか?」

 いつも通りの微笑みを見せる緒川さん。本番前に見るその笑顔が、これまで何回わたしを励ましてきたことか……。
「……ありがとうございます。ここまで来られたのも、緒川さんのおかげです」
「いえ。僕は自分の仕事を全うしたまでのこと。ここまで来られたは、翼さんの実力あってこそですよ」
「もう、またそうやって謙遜して……」
 そう言うと、緒川さんは困ったように微笑む。
 いつもは自分の感情を滅多に表に出さない緒川さん。たまには、素直に喜んでもらいたいのだが……。

「……それでは、唄ってきます。私の歌を、皆に届ける為に」
「はい、翼の好きなように、思いっきり唄ってきて下さい」
「……緒川さん。私が歌を聴いてもらいたい『皆』の中には、あなたも入っているんです。だから、最後まで聴いていてください。私の歌を……」
 緒川さんは一瞬、ハッとしたような表情をして……やがて、静かに答えた。
「……ええ、勿論ですよ。一番近くで聴かせていただきます」
 緒川さんの言葉に、わたしは頷いて。それから楽屋を後にした。

 これからわたしは、夢へと羽ばたくために歌を唄う。
 自分が本当に好きなものは何なのか、やっと分かったんだ。
 今となっては片翼だけど……今夜はきっと、飛べる気がする。
『さあ、続きましては、本日のメインイベント!』
 司会の声が、会場内に響き渡る。わたしの名前が呼ばれ、いよいよその時がやって来た。
 剣の代わりにマイクを手に、戦装束の代わりに衣装を纏って……わたしはスポットライトに照らされ、そして大好きな『歌』を唄い始めた。
 
 ∮
 
 巻き起こる歓声の嵐。青のケミカルライトが、観客席で揺れる。
 喝采の中で、翼は胸の決意を語り始めた。
「ありがとうみんなッ!今日は思いっきり歌を唄って、気持ちよかったッ!」
 歓声は更に大きくなる。会場内は、興奮の渦の中にあった。
 客席に座るグレイザーもまた、満足気な微笑みを浮かべている。

「……こんな思いは久しぶり。忘れていた。でも思い出した。わたしは、こんなにも歌が好きだったんだッ!聞いてくれるみんなの前で唄うのが、大好きなんだッ!……もう知ってるかもしれないけど、海の向こうで唄ってみないかって、オファーが来ている。自分が何のために唄うのかずっと迷ってたんだけど、今の私は、もっと沢山の人に歌を聴いてもらいたいと思っている。言葉は通じなくても、歌で伝えられる事があるならば、世界中の人達に、私の歌を聴いてもらいたいッ!」

 暫くの間、口を閉じて翼の言葉を聞いていた観客達が、再び歓声を上げる。
 弟である翔や将来の義妹である響。純、クリス、恭一郎、未来、創世、弓美、詩織に、紅介、飛鳥、流星も拍手で応えた。特に紅介は感極まって泣いていたのだが、本人曰く「奏さんの代わりに泣いてやってんだよ!」とのことである。

「私の歌も、誰かの助けになると信じて。皆に向けて唄い続けてきた。だけどこれからは、皆の中に、自分も加えて唄っていきたいッ!だって私は、こんなにも歌が好きなのだからッ!……たった一つのワガママだから、聞いて欲しい。許して欲しい……」
 
『許すさ。当たり前だろ?』
 
(え──)
 何処からか、もうここにはいない彼女の声が、聞こえた気がした。
 三度、会場内の全ての観客から歓声が飛んだ。
 祝福の声が飛び交う中で、翼は静かに頬を濡らしながらその目元を拭って、少し涙声になりながら、会場の天井を見上げた。
「……ありがとうッ!」
 その声は、その歌は……彼女に届いたのだろうか?
 届いているのなら、彼女はきっと笑っているのだろう。
 そう願いながら翼は、泣きながら微笑むのだった。
 
「Mr.グレイザー」
 そして、その頃の会場ロビー。一足先に観客席を立ち、ライブ会場を立ち去ろうとしていたグレイザーを、緒川が呼び止める。
「ん?君か。少し早いが、今夜は引き上げさせてもらうよ。これから忙しくなりそうだからね」
「……風鳴翼の夢を、よろしくお願いします!」
「ハハハハハハハ……」
 丁寧に頭を下げた緒川に手を振りながら、グレイザーは会場を後にする。
 緒川は、翼がようやく自分の夢を見つけ、羽ばたくことが出来るようになったことを、心の底から喜んでいた。
 
 ∮
 
(……頑張れわたしっ!告白するって決めたじゃないか!)
 ライブが終わり、スタッフ達との打ち上げの為にやって来たホテルのワンホールにて、翼は自分の両頬を叩いて自らを奮い立たせる。
 緒川はすぐ目の前で、シャンパン入りのグラスを片手に、他のスタッフを労っている。
 チャンスは今しかない……しかし、いざとなるとどうしても、緊張で肩が震えてしまう。

(こんな緊張……ライブ本番でも感じた事ないのに……ッ!伝えなきゃ……でも……うううう……)

 緊張のあまり、一人悶々とする翼。すると、そこへ一人の男性スタッフが、二人分のグラスを手に、翼の方へと近づく。
「翼さん、お疲れ様です」
「えっ?あ、どうも……」
 男性スタッフは会釈すると、翼の視線の先を見る。
「何かお悩みのようだけど、よければ手を貸してあげようかい?」
「へっ!?いや、そ、その……」
「緒川さんに何か、言いたいことがある……でも、中々言い出しにくくて動けない。そんな所だろう?分かるとも」
「ッ!?なっ、何でそれを!?……って、あなたは!」
 驚く翼だが、スタッフの顔を見ているうちに、やがて納得した。
 何を隠そうこのスタッフ、正規のスタッフではないのだ。
 彼は二課の黒服職員の一人であり、『見守り隊』の一員……翼も何度か顔を合わせた事がある相手だったのだ。
「そういう事。俺がここに紛れてる事の意味を察したって事は……さては翼さん、()()したって事かな?」
「そ、それは……その……」

「……図星か。よろしい、そんな翼さんには、このグラスを差し上げよう」
 そう言って男性スタッフは、翼にグラスを手渡した。
 中に入っているのは葡萄色の液体……もはや説明は不要だった。
「こっ、これは……まさか、酒の力に頼れと言うのですか!?」
「これくらいしないと翼さん、あと一歩のところでヘタレちゃうでしょ?」
「うぐっ……それは……し、しかし私はまだ未成年で……」
「大丈夫大丈夫、間違えて呑んだように細工はするから。安心してそれ飲んで、緒川さんの所に向かうといい」
 翼は悩んだ。これはある意味、悪魔の誘惑にも等しい。未成年でありながら、それもこんな事のために飲酒するなど、真面目な翼には到底受け入れがたかった。
 
 ……しかし、緒川に想いを伝えるには、ヘタレな自分に打ち克つしかない。
 迷った末に翼は、グラスに口を付けると、ゆっくりと傾けた。
 翼がグラスの中身を飲み始めた瞬間、男性スタッフはパチンと指を鳴らした。
 中身を飲み干し、空になったグラスをスタッフに渡すと、翼は緒川の方へフラフラと向かって行く。
 その様子を見て、男性スタッフは小声で呟いた。
「……それ、実はワインじゃなくて葡萄ジュースなんだけどね。まあ、頑張れ~」
 男性スタッフはもう片方の手に持っていた、本物のワインに口を付けると、それを味わいながらグラスをくゆらせた。
 
「おや、翼さん。どうかしまし──」
 振り向く緒川。その瞬間、翼は緒川の方へと倒れ込む。
 瞬間、緒川は一瞬でテーブルにグラスを置くと、翼を受け止めた。
「翼さん?」
「……緒川さん……」
「……翼さん?」

 とろん、とした表情で体重を預けてくる翼に、緒川は困惑する。
「もしかして、翼ちゃん……酔ってる?」
 スタッフの一人がそう呟き、緒川は周囲を見回す。
「緒川さん……翼は……翼は疲れましたぁ……」
「翼ちゃん!緒川さん困ってるから……って、硬ッ!?えっ、離れないんだけど!?」
 スタッフの一人が、緒川の背中に手を回した翼を引き剥がそうと引っ張ってみるも、まるでコアラのように強くしがみついた翼は、微動だにしなかった。
「うわっ!本当だ!緒川さん、どうしますか……?」
「緒川さん……夜風にでも当たりに行きましょうよぉ~……」
「すみません、一旦連れ出してみます」
 そう言って緒川は、翼にしがみつかれたまま歩き出す。
「緒川さん!?大丈夫なんですか!?」
「大丈夫ですよ、何とかしますから」
 緒川は翼を連れて、打ち上げ会場を出て行く。
 二人が部屋を出た直後、スタッフの何人かはこっそりと、ガッツポーズをしていた。
 
 ∮
 
「緒川さん……」
 腕を絡めてくる翼を連れて、緒川はホテルの庭園にある噴水まで辿り着く。
「どうしました、翼さん?」
「……翼は……緒川さん、言わなくてならにゃい事がありましゅ……」
 呂律の回っていない声で、とろんとした目で緒川をじっと見つめて、翼はしがみついたままそう言った。

「……翼は……翼は、緒川さんの事が…………好き、です……」
「僕の事が、ですか?……それは──」
「大好きです……。小さい頃からずっと……あなたの事が」
 緒川の脳裏に、幼い頃の翼が言っていた一言が過ぎる。
『大きくなったら慎次くんのお嫁さんになる』……その言葉が本気だった事を、緒川は今になって気がついた。
「……そうですね。勿論、翼さんの事は好きですよ」
「……本当、ですか?」
「ええ、本当です」
 緒川はいつもと変わらない微笑みを翼に向ける。

 しかし翼は、何処か不満げだ。
「……緒川さん……たまには、本当の事……言ってくださいよ……ぐすっ……」
「翼さん……?あの……」
 翼が突然、すすり泣き始める。
 困惑する緒川に、翼は涙目で言った。
「だって……緒川さん、いっつも自分の本音は言わないじゃないですか……」
「ッ……それは……」
 否定出来なかった。緒川はこれまで翼の言う通り、自分の内心を他人に打ち明けた事が無いからだ。
 それは、自分の心を他人に悟られる事で、隙を突かれないようにする為……。忍びとして強くある為に必要な事だったからだ。
「いつもいつも、自分の本音は隠して……たまにはわたしに、本音を聞かせてくれたって……ひぐっ……いいじゃないですか……っ!」
「翼さん……」
 
 緒川は訝しむような顔で、自分たちから最も近い物陰に向かって声をかける。
「どうしてくれるんです?」
「あ、バレてました?」
 物陰から現れたのは、先程翼にグラスを渡した男性スタッフだった。
 緒川は呆れ気味に問い質す。
「翼さん、酔ってませんよね?アルコールの臭いがしませんよ」
「ご明察。そう、翼さんは酔っていない。ただ、酔っているという暗示にかかっているだけですよ」
「やっぱりそうでしたか……。その技能、任務以外では使わないのが、あなたの信条だったのでは?」
 緒川の言葉に、男性スタッフは苦笑いする。

「あなたが翼さんとの関係に一線引いてるから、こうして一時だけ心情を曲げて、手伝ってあげただけですよ。……ですが、そろそろいいでしょう」
 男性スタッフは再び指を鳴らす。
「緒川さん……彼女の願いを叶えてやってください。あなたが本当に、彼女を大事に思うのなら……」
 そう言って男性スタッフは、その場を去って行った。
「翼さんの願い、ですか……」
 緒川はぽつり、と男性スタッフの言葉を反復した。
 
「……あれ……わたし、どうして……?」
「翼さん、気が付きましたか?」
「緒川さ……ッ~~~!?」
 暗示が解け、翼は自分が緒川の腕にしがみついていた事に気が付く。
 更に、暗示にかけられていた間の記憶はバッチリ残っているため、さっきまでの自分を思い出し、翼は悶絶した。

「翼さん、大丈夫……ですか?」
「忘れてください緒川さん!いえ、むしろ忘れて!あんな私は居なかった!いいですね!?」
 耳まで真っ赤になった翼は立ち上がり、慌てて緒川に背を向けると、両手で顔を覆う。
 翼の羞恥心は既に限界を突破していた。穴があったら入りたい、とはまさにこの事だろう。
 そんな翼の様子を見て、緒川は……やがて、何かを決意したように息を吸い込み、噴水の縁から腰を上げる。
「翼さん……」
 翼の方へと手を伸ばし、一瞬だけ迷う。

(……いいのだろうか?僕は緒川の忍であり、彼女は風鳴の後継者。触れる事が、果たして許されるのだろうか……?)

 しかし、先程の翼の言葉を思い出す。
 暗示にかけられていたとはいえ、それは翼の本心を素直に打ち明けさせるためのものであり、決して嘘は無いはずだ。

(僕の使命は、翼さんを護る事。それはこの国を護る事と同じで、翼さんの生命を護る……というだけの意味ではない筈だ。……もし、翼さんの気持ちに応えることが、翼さんの心を護る事に繋がるというのなら…………いや、違う!これは家の使命だとか、国を護る為だとか、そういうものじゃない!もっと個人的な……僕自身がそうしたいんだ!)
 
 脳裏に浮かぶのは、幼い頃からずっと見守り続けてきた彼女の姿。
 泣いて、怒って、喜んで。そして、笑っている時の彼女は、とても愛らしい。
 
 自分が距離を置くようになってから……彼女が中学に通い始める頃だっただろうか。呼び方が『慎次くん』から『緒川さん』に変わった時、少しだけ寂しさを感じた事を思い出す。
 
 今は亡き、翼の無二の親友である天羽奏から、関係を勘繰られて狼狽える翼を見ているのは楽しかったし、奏から翼との距離をつっつかれる日々も、悪い気はしなかった。
 
 そして何より、翼の弟である翔が、自分を兄のように親しく思ってくれているのは、こそばゆいものの、少し嬉しかった。
『姉さんの事を任せられるのは、緒川さんだけなんですからね?』
 口癖のようにそう言っていたのは、姉の将来を含めての事だった事を、緒川はようやく認める。
 
(……翔くんも、響さんも、自分の愛に正直だった。だからこそ、それを強さに変えて、この世界を守り抜く事が出来た。純くんやクリスさんも同じ。……僕は……ただ、臆病なだけだ。自分が翼さんを護れなかったら……それを恐れて、遠ざけていただけだ。……でも、それで彼女を泣かせてしまったら、意味が無い!)
 
 緒川は伸ばしたその手を……翼の腰に回した。
「ッ!?おっ、緒川さん……!?」
「……僕が翼さんのことをどう思っているのか、でしたよね?」
「そっ、それは、その……」
 恥ずかしいから、緒川に顔を見せたくない。
 でも、この瞬間の緒川の表情が見たくて、翼は振り返ろうとする。
「……何に替えても護るべき、大切な人。この国の未来を照らす人。そして……闇に忍ぶ僕にとって、何よりも眩しい光……でしょうか?」

 その答えに翼は喜ぼうとして……しかし、舞い上がりそうな気持ちを抑えて問いかける。
「……緒川さん……それは、”緒川の忍”としての言葉ですか?」
「まさか。これは僕の本心です。……12年間、ずっと蓋をしていた、僕自身の言葉ですよ」
 翼は目を見開いて……そして、再びその両目から涙を落とした。
「……ご迷惑でしたか?」

「いえ……そんな事は……。むしろ……遅過ぎます……ッ!」
 緒川は腰に回した両腕を離す。次の瞬間、翼はくるりと振り返り、緒川の顔を見た。
 いつも通りの微笑みで、しかし少し照れ臭そうに、目線を逸らしながら頬を搔く。

 きっとこの瞬間だけしか見られない、緒川の貴重な表情。翼はそれをその目に焼き付け、やがて数歩早足で勢いをつけて緒川に抱き着いた。
「緒川さん……。これから、わたしの前でだけは……もう少し、自分を隠さずにいてください……」
「……善処しますよ。それで翼さんが、泣かずに済むというのなら」
 
 だって、あなたに似合っているのは──
 
 砕けた月が照らす中、護国の忍びは刃であると同時に、防人の剣を()()為の鞘であろうと誓う。
 
 自分にとっての光は、自分の手で守り抜け。
 きっとここに、彼女の弟がいたらそんな事を言うのだろう……と、確信しながら。
 
 
 
 
「でも、酔ってる翼さんも、中々可愛らしかったですよ」
「だからそれは忘れてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」 
 

 
後書き
全然短編になってねぇ……だとぉ!?
おがつば意外に長引いたなぁ……。でもこれまでを顧みれば、これくらいでも問題ないでしょうw
剣と鞘。この関係、staynightは士剣推しな自分の好みが出てますねw

え?スキャンダル?そんなの無いよ。だってスタッフも見守り隊職員だもの。黒服の皆さんが許しませんとも。

黒服A「これにて一件落ちゃ……」
黒服B「グッジョブ&なーに本編に顔出してるの!」
黒服A「いったぁ!?い、いいだろ別に!まだ名前は貰ってない!」
黒服B「でも『暗示かけるのが得意な見守り隊職員の黒服』ってキャラ立ってるじゃないの!」
黒服A「作者が『いかがわしいやつ書く時に便利なキャラ欲しい』って言うから……」
黒服B「つまり、あの子らがあの歳で行為に及んだら、それはアンタが原因って事かッ!」
黒服A「いだだだだだッ!ギブギブギブ!悪用なんてしないし、むしろあの子らへの善意しかないってのにぃぃぃ!」

名無し黒服職員さんに、また何処かで出番がありそうな人が一人……。

さて、次回は……セレナの誕生日も近いですし、G編に登場する新キャラ『ジョセフ・ツェルトコーン・ルクス』の紹介も兼ねて、マリアさんのアイドル活動を書きますかねぇ。
あと夏休み、翔ひびと純クリの水着デートが見たいって声にも応えたいです。

そしてもう一つの企画は……。

デッデデデッ

──奇妙な縁で重なる、二つの世界。

響「翔くん、この緑色の虫っぽいのって!?」
翔「こいつら、ワーム!?いや、ネイティブか!?」

──地球征服を企むネイティブの一派が、翔と響に襲いかかる。

擬態翔「さあ、とっとと楽になれ……」
翔「ぐッ……」
響「翔くんッ!!」

──二人の危機に駆け付けたのは……。

天道響「キャストオフ」
『CAST OFF』
翔「()()()()()()()()()!?でも、その色は……」
響「それに、その声って……わたし!?」

──二人の響が出会う時、翔と響の愛が試される!

天道響「あの人が言っていた……”本物を知る者は偽者には騙されない”。彼女はきっと、大切な人を言い当てる」
響「わたしの翔くんは……ッ!」

天の道を往き、総てを司る!
『特別編 響き翔く天の道』

そう、通りすがりの錬金術師さん作「天の道を往き、総てを司る撃槍」とのクロスオーバー企画!なおかつセレナ誕生日記念やらハロウィン回やら上げてからの執筆になりますが、気長にお待ちください!
あと、G編は月内には始められるように頑張ります!

それでは次回も、お楽しみに! 

 

番外記録(メモリア)・あの日、喪ったもの(セレナ・カデンツァヴナ・イヴ誕生祭2019)

 
前書き
セレナ誕生日記念回、と言いつつマリア姉さんと新キャラがメインの回になります。
マリアファン読者の皆さん、並びにセレナファン読者の皆さん、お待たせしました!
とうとうイブ姉妹、伴装者デビューですよ! 

 
「りんごは浮かんだお空に……──」

「りんごは落っこちた地べたに……──」

 ある孤児院の一室。二人の姉妹が静かに唄うその(うた)に聴き惚れる、一人の少年がいた。
「きれいな声……」
 褐色気味の肌に、灰色の短髪。赤い瞳の少年は、やがて少女らが歌い終わった時、自然と感嘆の声を漏らしていた。

「だれッ!?」
 突然聞こえた知らない声に驚く姉と、人見知りなのか姉の背中に隠れて顔を覗かせる妹。
「ごっ、ごめん!勝手に聴いちゃって……あんまりにも綺麗な歌だったから、つい……」
 慌てて謝る少年を見て、姉は警戒を解くと少年を見て首を傾げた。
「あなた……もしかして、ここに来たばっかりなの?」
「うん……。おれ、ジョセフ・ツェルトコーン・ルクス。皆はツェルトって呼ぶんだ」
「わたしはマリア。マリア・カデンツァヴナ・イブ。こっちは妹のセレナよ。ほら、セレナも……」

 姉に促され、妹も姉の背中から出てくると、少年に向かってぺこりと頭を下げる。
「セレナです。その……よろしくおねがいします」
「もー、セレナったら。そんなにカチカチじゃ、ツェルトまでキンチョーしちゃうじゃない」
 そう言ってマリア、と名乗った少女は妹の肩を押して、自分の隣へと並ばせた。

「よろしく、マリア。よろしく、セレナ」
 ツェルトが差し伸べた手を握るマリア。セレナもおそるおそる、とツェルトの手を握る。
「まよったら大変だから、わたしが案内してあげるっ!」
「えっ!?ちょっ、ちょっと!?」
「あっ、まってよ姉さん!」
 
 それが少年と、彼が守ると誓った姉妹との出逢いだった。
 
 ∮
 
「では、お疲れ様でした!」
 振付師、音響監督、作曲者らが礼をする。
 明日のライブに向けたリハーサルを終え、そのアイドルはにこやかに笑った。
 マリア・カデンツァヴナ・イブ、21歳。現在、米国にて人気急上昇中の新人アイドルである。
「マリアさん、この後の予定は?」
「今日はもう帰らせてもらうわ。明日の本番に備えなくっちゃ」
 寄ってきたスタッフの一人を華麗に撃沈させ、マリアは楽屋へと戻って行く。

 そんな彼女に、黒スーツの青年がスポーツドリンクを手に駆け寄った。
「マリィ、お疲れ。調子はどうだ?」
「お陰様で好調よ、ツェルト。でも明日まで油断は出来ないわ」
「そうだな。今夜は早めに休むんだぞ?」
「分かってるわよ。いよいよ本番、私の夢が叶うかもしれないんだから」
 灰髪、赤眼、褐色肌の青年はマネージャーのツェルト。長年、気の知れた仲だと伺える様子で話しながら立ち去っていく二人を見て、新人スタッフは完全に沈んだ。

「おや、また一人玉砕したね」
 先輩スタッフが笑いながら肩を叩く。新人スタッフはがっくりと項垂れながら、先輩スタッフへと質問した。
「先輩、マリアさんとマネージャー……どんな関係なんですか?」
「何でも、同じ施設で育った幼馴染らしい。彼もマリアと同じく、マネージャーとしては新人なのだが、その割にはとても手際が良くてね。将来有望だよ、あの二人は」
「へぇ……そりゃあ勝てないわけだ。まさに彼女のナイト……ですね」
「邪魔する奴は片っ端から、『馬に蹴られてGo to hell』だな」
「なんです、それ?」
「日本では、カップルの間に割って入ったら馬に蹴り殺されるらしい」
「ええ!?こ、ここが日本じゃなくてよかった……」
 新人へと軽いジョークを飛ばしながら、先輩スタッフは大声で笑っていた。
 
 ∮
 
「姉さん?もういい?」
「いいわよ、セレナ」
 セレナは目隠しを取ると、目の前のテーブルに置かれていたものを見て驚いた。
 それは、バケツを使って型を取った特大サイズのプリン。この日の為に、何度も練習を重ねて完成させた逸品だ。
「姉さん、これは!?」

「セレナ──」
 私の声に合わせてツェルト、調、切歌の三人がパーティークラッカーを鳴らして言った。
「「「「お誕生日、おめでとう!」」」なのデース!」
 私たちを見て、セレナは更に驚いた顔で私たちを見回した。
「月読さん、暁さん、それにツェルト兄さんまで!?」
 ツェルトがクラッカーのテープを片付け始め、その間に私はセレナに説明する。

「セレナ、いつだったか言ってたでしょ?大きなプリンが食べたいって。マムに頼んで、材料と道具を用意してもらったの」
「マリアとツェルトが、頑張って作ったんだよ。わたしも、ちょっとだけ手伝ったんだ」
「味見担当はアタシがやったのデース!だから、味は保証するのデース!」
 自信満々にサムズアップする切歌に、皆から笑いが零れる。
 ツェルトは紙テープとクラッカーをゴミ袋に纏めると、私の隣に並んだ。

「さあセレナ、好きなだけ食べるといい。俺達からの、とびっきりのプレゼントだ!」
「姉さん、みなさん……ありがとうございます!わたし、とっても嬉しいですっ!」
 セレナが満面の笑みを浮かべ、私に抱き着く。
 隣のツェルトは、そんなセレナを見て微笑んでいた。

「お礼なら、私よりもツェルトに言うべきよ。私は提案して手伝っただけで、マムに話を持ちかけてくれたのも、プリンの作り方を調べて来てくれたのも、ツェルトがやってくれたんだから」
「でも、私の夢を叶えたいって言い出してくれたのは、マリア姉さんなんでしょう?だから、まずは誰よりもマリア姉さんに。ありがとう!」
「セレナ……ふふっ、どういたしまして」

 互いに微笑みを交わすと、私を離れたセレナはツェルトの方を向いた。
「ツェルト兄さん。マリア姉さんを手伝ってくれて……それに、私の夢を叶えてくれて、本当にありがとうございますっ!」
「ッ!?おっ、おう……そんなに喜んでくれるなら、俺も頑張った甲斐があるよ」
 ツェルトにも遠慮なく、抱き着きに行くセレナ。ツェルトは不意を突かれたようで、一瞬驚いた表情を見せる。

 セレナはいつしかツェルトの事を“兄さん”と呼び、実の兄のように懐いていた。
 私にとっても、ツェルトは同い歳の兄弟のようなものだから、なんだか少しこそばゆい。

 するとセレナは、ツェルトの耳元に口を近づけて何かを呟く。
 次の瞬間、ツェルトが頬を赤らめながら吹き出した。セレナがいたずらっ子のように舌を出して笑っているけれど、何を囁かれたのやら。

「これからも、姉さんを頼みますよ。ツェルト(義)兄さんっ♪」
 硬直するツェルトを残して、セレナは調と切歌にも抱き着いた。
「月読さんと暁さんも、ありがとうございます。こんなに嬉しい誕生日は、久し振りですっ!」
「セレナ……」
「そ、そこまで言われると、なんだか照れちゃうデスよ~」

 皆に感謝を伝えて、セレナは席に着く。私達も座ると、揃って手を合わせた。
「それじゃ、主役も来た事だし……」
「はい!わたしだけじゃ食べきれないので、姉さんたちも一緒に!」
「そうね。食べすぎてお腹を壊しても大変だし」
「わたしも、自分で作ったものの味を確かめたい……」
「アタシはもう……で、でもセレナが言うなら、あと2、3回!いや、10回、20回のおかわり程度、どうって事ないのデース!」
 そう言って皆で、いただきます。小皿とスプーンを手に、巨大プリンを分け合った。
 美味しい、って口々に言いながら。それぞれが心の底からの笑みで、この部屋の空気を満たしていく……そんな、一時のささやかな幸せ。
 
 これが、セレナが迎える最後の誕生日になるだなんて……この時は誰も思わなかった事だろう。
 
 私が、不甲斐なかったばかりに……。私が、間に合わなかったばっかりに……。
 
 ∮
 
「……セレナ……」
 信号が変わるのを待っていたツェルトは、助手席で眠るマリアの声に振り向いた。
 セレナの夢でも見ているのだろうか。その目には涙が浮かんでいる。前方を見ると、信号が変わるまではまだかかりそうだ。
 ツェルトはハンドルから離した左手を伸ばすと、親指でそっと、マリアの目元を拭った。

「……君のせいじゃない。俺がもう少し間に合っていれば、セレナは……」

 ツェルトはハンドルを握る右手を見る。
 それはあの日、大事な妹分と一緒に喪われたもの。彼の右腕は、肘から下が義手になっているのだ。

「でも……その後悔も、もうじき過去のものになる。ドクターウェルの話が本当なら……日本にはある筈なんだ。セレナを目覚めさせ、甦らせる方法が……」
 マリアの寝顔を見ながら、ツェルトは静かにそう言った。
 当然、マリアは眠り続けている。ただの独り言だ。

「マリィ……いや、マリア……。この計画において君は、一番辛い立場になっちまった。きっと君は、何度も涙を隠さなくちゃいけない。俺にだって、弱い所を見せないようにするんだろうな……。でも、君だけに辛い思いをさせやしない。俺はセレナを甦らせる事で、君の顔を上げさせてやる」

 信号が赤から青に変わる。ツェルトは再び前を向くと、ハンドルを握り直してアクセルを踏んだ。
 砕けた月が浮かぶ夜空、八方を都市の明かりに照らされた道路を、車は二人の帰るべき場所へ向かって進んでいく。
 
 もう、その日は目前まで迫って来ている。天より迫る災厄から、多くの人々を救う計画。『フロンティア計画』を実行に移すため……正義のために、悪を貫かなければならなくなる日が……。
 
 ∮
 
 
 
 
 
 2043年 7月〇日
『肉体に異常なし。保存状態、良好。コールドカプセル、稼動状況よし。経過6年にもなって、未だ彼女を治療する術がないのはとても心苦しい。上層部や研究者の多くは、彼女やレセプターチルドレンの子達を道具のように見ているようだが、私は違う。プロフェッサーや彼女の姉がずっと、彼女が目を覚ます日を待ち望んでいるように、私も彼女の目覚めを信じて研究を続けている。そういえば、極東に伝わる伝承の中に気になる記述があった。もしも、この聖遺物が実在するならば或いは……。後日、ドクターウェルに話を持ちかけてみようと思う。天才である彼の見解を求めたい』
 ──F.I.S.研究員の手記 
 

 
後書き
ツェルトのイメージCVは西川さんだったりします。(翼さんとデュエットしそう)

さて、伴装者世界線でのセレナですが、お察しの通りです。
XDの『イノセント・シスター』に近い状態で、冷凍保存されています。あちらでは技術的ブレイクスルーが起き、治療が可能となった為に意識が戻りましたが、こちらでは……。
一方、カルマノイズは現れなかったため、マリアさんは生きております。その代わりに、セレナを突き飛ばしたツェルトが右腕を失う事になりました。

ツェルトとマリア、セレナの関係性、ご理解頂けたでしょうか?
砂糖が足りないって?そりゃあ、これプロローグみたいなものですし、何よりこの二人はまだそういう関係になっていないので。
つまりG編で少しずつ、というワケダ。気長にお待ちください。

それから、今回アイディアを出してくださった熊0803さん、見事採用となったサワグチさんにスペシャルサンクス!その他、Twitterで案を出してくださった皆さんにも、最大限の感謝を!

さて、次回はいよいよお待ちかね、天道撃槍とのコラボ回です!
カブト関連楽曲を準備しながらお待ちください! 

 

装者達のサマーバケーション

 
前書き
というわけで、季節外れの夏休み編ですw

無印の番外編は、これにて最後になります。
プロットの案を出してくれたサナギさんに感謝を。お陰で装者達のひと夏が提供できます!

それでは、夏はまだまだ先ですが「エンドレス☆サマータイム」でも流しながら、お楽しみください! 

 
ルナアタックを解決した二課の面々は、慰安旅行として海に来ていた。
本当は保養所の一つであるプライベートビーチを使いたかったのだが、諸事情あって今回は一般のビーチである。

ちなみに未来は今回、里帰りと重なってしまい不参加となってしまった。
次の機会があれば必ず参加する、と食い気味に言っていたのをその場にいた全員が覚えているとか。

「海だー!! 海だよ翔くんッ!」
「落ち着けって。海は逃げたりしないぞ」

オレンジ色のフリフリとした水着を纏う響が、思いっきりはしゃぎぐ姿。
落ち着くように、と言いながらも翔の本心はというと……。

『可愛すぎだろ響……。いや、普段も可愛いけど、今回は一段と……やべぇ、見てるだけでも心拍数が上がっちまう……』

平常心を保てるよう、湧き上がる感情をの波を必死に抑えている所であった。

「それより、良いのか……? 胸の傷……了子さんから折角メイク道具を貰ったのに、使わないって」
「うん。了子さんには悪いけど、わたしはこのままでいいの」

響は胸の、音楽記号のフォルテによく似た形をした傷跡に触れながらそう言った。

「わたしにとってこの傷跡は、全然恥ずかしいものじゃない。この傷跡は、ガングニールと一緒に奏さんから受け継いだもの。わたしの誇りなんだ」
「響……」
「それに、この傷跡は翔くんとお揃いだもん。隠す理由なんてないでしょ?」

翔の胸にも残る、同じ形の傷跡。
そっと指先で触れて、響は微笑んだ。

「そうか……。要らぬ心配だったな」
「えへへ。でも、ありがとう」
「……よし! 泳ぐ前に、まずは準備体操からだ!」
「了解! 未来の分まで楽しんじゃうぞ~!」

顔を見合せ微笑み合った後、しっかりと準備体操をした2人は、手を繋いで海へと駆け出した。



(オイオイ……なんでこっち見てんだよぉ……!)

一方、赤に白のフリルが付いた水着を纏い、クリスはいざ、ビーチへと踏み出そうとしていた。

……のだが、周囲から自分へ、特に胸辺りへの好奇の視線を感じ、クリスは立ち止まってしまう。

すると、純が彼女を庇う様に抱き寄せた。
隣に男がいるのを見て、周囲の視線は散り散りになって行く。

「ありがとな。純くん」
「どういたしまして。さぁ、行こう」

クリスは純の腕に自分の腕を絡め、共に歩み出す。
ナンパ避けまで完璧。流石はOUJIである。

その一方で……

「翼さん、警戒しすぎるとかえって怪しまれますよ」
「ですが……」

青い水着を纏う翼は、一般人の多いビーチに、ついつい周囲を警戒してしまっていた。

「今日はアーティストとしての風鳴翼はお休みなんですから。肩の力はもう少し抜いた方がいいと思いますよ?」
「それはそうなのですが……」
「大丈夫です。野暮は僕がさせませんから、翼さんは僕に任せて楽しんでください」

まだ不安そうな翼に、緒川は笑顔を見せる。

(休んで欲しいのはあなたも同じなのですが……と言っても、緒川さんは働いてしまうのだろうな……)

あなたこそ、今日くらい素直に休めばいいのに。
そう思いながら、翼は溜息を吐きつつ、緒川と二人で仕事を忘れて休む方法を考えるのであった。

「羨ましい……」
「ほら、藤尭くん! 見守り隊を代表として来たんだから、シャキッとする! あの3組のベストショット、頼まれてるんだから」

海パンの上からアロハを羽織った藤尭と、藍色のパレオ姿の友里は、パラソルの下でカメラの準備をしていた。

(あおいさんの水着姿か……。前からスタイル良いと思ってたけど、これは中々……)

「藤尭くん、聞いてる?」
「は、はいッ! 藤尭朔也、見守り隊代表として、全力で頑張ります!」

ついつい友里を凝視していた藤尭だったが、当の本人からの呼びかけで我に返る。

突然張り切り始めた藤尭に、友里は首をかしげるも、やる気があるならそれでよし、と考え深くは追及しないのであった。

「うむ。皆、楽しんでいるようだ」

そして彼ら四組のやり取りを、弦十郎は静かに見守っているのだった。

ff

「あぁ~……海と今1つになった気分だよ〜。ほら、翔くんも入って入って~」
「おっと……おお、冷たい! この暑さなら、これくらいが丁度いいかもな」

波打ち際から暫く進んで、腰ほどの深さまで海に入った響に翔も続く。

「ふっふっふ~……それっ!」
「おっと!? そう来ると思ってたよ……お返しだっ! そらっ!」

水飛沫を飛ばしてきた響に、翔もお返しとばかりに両手で掬った海水をかける。

「キャッ! やったなー! それならこうだ~!」
「うおおおおおっ!?」

響は勢いよく翔に抱き着く。
急な事で、翔は見事にバランスを崩し、響と共に海水を巻き上げながら転がった。

「響、今のは流石に……ん? どうした?」
「…………見ないで……」

胸を両腕で庇いながら、後ろを向く響。
その背中には、あるべきはずのものが欠けていて……。

彼女の上の水着が波にさらわれてしまった事を、翔は察した。

「待ってろ、今探すからな!」
「で、でも!」

響に腕を引かれ、翔は後ろを振り向く。

「その……他の人に見られたくないから、これで……」

そう言うと、響は翔の背中にくっついた。

「響ッ!?」
「ご、ごめん! でもこれしか思い付かなくて!」

背中に触れる柔らかで弾力のある二つの双丘。
水着が外れた状態で引っ付かれているため、先端の感触までダイレクトに背中から伝わってしまう。

(耐えろ……! 耐えるんだ、俺の理性! 今、困ってるのは響なんだぞ! ……ん?)

理性を保つ為に目を瞑りかけた翔。
すると、軽くだが何かが手先に触れる感覚があった。

目を開けるとそこには、オレンジ色の水着がプカプカと浮いていた。

「あった……あったぞ、響!」
「あっ! ありがとう翔くん!」

響は慌てて上の水着を受け取ると、近くの岩陰に隠れて着け直し始める。

その間、翔は誰も覗きをしないよう、しっかりと見張っていた。

(危なかった……。ギリギリだったぞ……)

「もう、大丈夫だよ。ありがとう翔くん」

岩陰から出てきた響が、ニコッと笑顔を見せる。

太陽の日差し以上に眩しいその笑顔に、翔は思わず目を伏せた。

(可愛いが過ぎるッ! 俺の響って可愛すぎないか? 正直言って陽射しより、こっちの方が俺には眩しい……)

「ほらほら! 海は始まったばかりだよ? それ!」
「わっぷ!? またやったな!」

隙あり、と水しぶきをかけられ翔は現実に戻る。

「よし! 次は泳ぎで勝負だ!」
「うん! 負けないよ!!」

さっきまでの空気は何とやら。
あっという間にいつもの雰囲気に戻った2人は、再び泳ぎに向かうのであった。



「アイツらホンッッット、人目も気にせずイチャイチャしやがって……。そう言うのは家で……いや、今回は家じゃできないか。はぁ……」

遠目で翔と響の様子を見ていたクリスは、半ば呆れながら溜め息を吐いていた。

当のクリスはと言うと、車の中に忘れ物をしたからと場を後にした純を待っていたのだが……。

そこへ、不埒な輩が近寄って来た。

「ヘイ彼女、もしかして1人?」
「いや、悪ぃな。生憎とあたしは今、待ち合わせの真っ最中だ。ナンパなら他所を当たりな」

いかにもお前泳ぎに来てねーだろな格好の男が、クリスに絡もうとしている。

クリスはうんざりしながら払い除けようとするが、当の男はお構い無しとクリスに詰め寄る。

「その間ヒマでしょ? 1人でいるよりさぁ……楽しい事しようよ?」
「おいっ! 離せッ! このッ……しつけぇんだよ!」

無理矢理腕を引っ張る男にクリスは抵抗し続けるも、クリスは一学年歳下の響より背が低い。
あまりの体格差に負けそうになっていたその時である。

男の背後からやって来た少年が、その手首を掴んでクリスから引き離す。

「やめてください……。彼女、嫌がってますよ」
「あぁん? 何しやがる!」

男が振り返ると、男の手首を掴んでいる少年……純が、丁度眼鏡を外した所だった。

「僕の彼女に手を出すなんざ……2万年早いぜって言ってんだよ!!」
「ヒィっ!?」

有無を言わさぬ怒りの叫び。
苛立ちが恐怖へ一転し、男は情けない声を上げながら逃げ去って行った。

「クリスちゃん、ごめん! 1人きりにさせちゃって……大丈夫かい?」
「ジュンくんなら来てくれるって、信じてたから……。だから、そんな顔しなくても大丈夫だぜ」

心配そうな顔をする純に、クリスは笑顔を見せる。

無理をしているわけでは無い、と納得した純は、そのまま眼鏡をかけ直す。

「そうか……。クリスちゃんが無事で何よりだよ」
「お、おう……悪ぃな、心配かけて……」

安堵の笑みを見せる純に、クリスは思わず目を逸らす。

(何度も見てる筈なのに……その笑顔は反則だろ!)

なお、このやり取りを見ていた周囲の海水浴客は、食べていたかき氷がいつの間にか練乳入りになっていたような錯覚に陥ったという……。



「あれ? 風鳴翼じゃない?」
「え? そっくりさんでしょ」
「本人だとしても、プライベートだろ」
「それにしても綺麗な人ね~」
「隣の男の人、彼氏かな?」

「やはり、幾らか視線を感じますが……」
「大丈夫ですよ。バレてません」

やはり緒川さんも一緒に海を満喫してほしい。
そんな翼の言葉を受け、緒川が取った策がこれだ。

翼は今、サングラスをかけさせた翼の髪を下ろしている。
しかもその手は、隣を歩く緒川が優しく握っていた。

海に来た一般人カップルとして振る舞い、翼とそのマネージャーと分からせない。
今の二人は恋仲だが、あまりこういった事は出来なかった立場だ。

周囲の目を欺きつつ翼の願いを叶える、一石二鳥のお忍びデート。
正に忍者、緒川慎次である。

「何かご不満があれば言ってください。その……僕もこういった経験は、初めてですから」
「では……その……慎次さん、もう少し腕を絡めても……」

その時であった。

「おねーちゃん、ここどこー……?」
「泣いちゃダメ! パパもママも、ぜったい見つかるから……」

周囲をキョロキョロと見回し、弟と思われる小さな男の子の手を引っ張っている少女が目に入った。

翼が2人に駆け寄ると、姉である少女は弟を庇うように立った。

「ねえ……もしかして、迷子?」

しゃがんで姉弟に視線を合わせ、翼は微笑みながら問いかける。

「うん……」
「お姉さん、パパとママがどこにいるか知らない?」
「ごめん……それは分からない。でも、お姉ちゃん達も一緒に探してあげる」

怖がらせないよう、なるべく柔らかい言葉で。
緒川とのデート中という事もあって、今の翼の口調からは防人語が大分抜けていた。

「ありがとう……」
「違うよ。年上の人には“ありがとうございます”だよ」
「ありがとう、ございます……」
「ちゃんとお礼が言えるなんて、偉い子ね。慎次さん!」
「ええ。近くに迷子センターがあります。そこまでご一緒しましょう」



姉弟を迷子センターまで連れて行くと、二人の両親は既に来ていた。

家族に礼を言われながら、翼と緒川はその場を去る。

「見つかって何よりでしたね」
「ええ……」
「それにしても、まさかカップルどころか、若い夫婦だと思われるとは」
「そ、それは言わないでください……!」

姉弟の母親からの勘違いに、翼は頬を紅潮させながら慌てる。

「だって……慎次さんとは、まだそういう関係じゃないですから……」
「え?」
「あっ……!!」

自分が何を言ってるのかを理解し、翼はその恥ずかしさで耳まで真っ赤になる。

「翼さん、今のは……?」
「わわっ、忘れてくださいッ! 今のは気の迷いですぅ!」

(いつか、翼さんがそう望んでいるのなら……。僕も、彼女に相応しく在らなくてはいけませんね)

慌てて両手をばたつかせる翼を、緒川は何も言わずに微笑みながら見つめるのだった。

ff

「藤尭くん?」
「……何ですか?」
「もう、さっきからボーとしてるじゃないの。何処か具合でも悪いの?」

友里に顔を覗き込まれる藤尭。
一瞬、谷間と揺れるメロンに目を奪われかけ、慌てて後ずさる。

「いやっ、別にそんな事はッ!!」
「なら、シャキッとする! で、了子さんから頼まれてるベストショットは、やっぱり夕暮れ時が一番かしら?」
「そ、そうですね~。俺もそう思いますよ」

(危なかった! またあおいさんの水着姿に見とれていた、なんて言ったら絶対引かれるよ……)

心にモヤモヤとした感情を隠しながら、藤尭は友里と会話を続ける。

「若いな……」

そんな藤尭の心を見抜いたかのように、弦十郎は呟いていた。

「司令もそう思いませんか?」
「ん? そうだな、俺もその時間帯が良いと思うぞ」
「じゃあ、夕陽をバックに決定っと。じゃあ、まだまだ時間あるし……藤尭くん、泳ぐわよ!」
「え? でも、俺達まで遊びに出たら荷物番が……」
「遠慮はするな。荷物は俺が見とく」
「ほらほら! グズグズしてると置いてくわよ?」
「司令……任せます! 友里さん! 待ってくださいよ!」

海へと駆け出す友里を追い掛ける藤尭。
それを見送りながら、弦十郎は青空を見上げる。

「この光景を、了子君にも見せてやりたかった……」

今は大事をとって入院している櫻井了子を思い、弦十郎は密かに呟く。

(来年は、了子君も加えてまた来たいものだ。きっと賑やかになるぞ)

スポーツドリンクを一杯口に含みながら、弦十郎は浜辺で各々海を満喫する部下達を、微笑ましく見守るのだった。

ff

日が落ちる時間になり、翔と響は二人っきりで海を見つめていた。

「綺麗だね……」
「ああ……」
「また来れるといいな~。今度は未来と、それから恭一郎くん達も一緒に!」
「了子さんも退院してるだろうし、今年より賑やかになるだろうな。今から楽しみだ」

沈んでいく夕陽を見つめながら、二人は来年の夏に思いを馳せる。

「ねぇ、翔くん……」
「ん?」

響は翔の元に歩み寄ると、そっと背中に腕を回した。

「響……?」
「この思い出を、忘れたくないから……」
「……ああ、俺もだ」

翔もまた、響を抱き締め返す……。
夕陽に照らされ抱き合う二人。その姿は幻想的で、とてもロマンチックな雰囲気を醸し出しており……。

「そういう事は家でやれよな」
「なるほど……クリスちゃん、僕達もするかい?」
「へっ!? あっ、やっ、あたしはっ……その……」

呆れていたら純に不意打ちをもらってしまったクリス。

「また癖で撮ってしまったわね……。よし、後でLINEに送ってやろう」
(後で八紘氏に送ったら、お喜びになられるでしょうか?)

心の中で弟の恋を祝い、緒川共々ニコニコ笑顔な翼。

「藤尭くん!」
「バッチリです!」

目的を達成し喜びつつ、ハイタッチを交わす友里と藤尭。

「了子くんが見たら喜ぶ案件だな」

荷物を纏めながらもしっかり見守る弦十郎。

そして、彼等に見られているのを知らない二人は、共に口付けを交わすのだった。





ff

翔達が海で楽しんでいる頃、残るUFZの面々はと言うと……。

大野兄弟の部屋に集まり、四人で夏休みの課題に勤しんでいた。

「あー! かったりぃなぁ~」
「集中が途切れるだろ。もう少し静かにしたらどうだ」

寝転がる紅介に、飛鳥は溜め息を吐きながらツッコミを入れる。

「そう言うけどよォ……こう暇だとやる気しねぇよなぁ、飛鳥。流石のお前もこの暑さじゃ、マジで焼き鳥になっちまうだろ?」
「焼き鳥では無い! それにこの部屋は今、冷房が効いているだろう! まったく……やる気がないなら、解らない所があっても教えないぞ」

何時ものやり取りをしつつ、紅介は再び天井を見上げながらボヤく。

「焼き鳥に教えてもらうより、俺は奏さんに教えて貰いたかったなぁ~……」

ほわんほわんほわんふぁいや~。

『ここはこうなって……聞いてるのか? って、何処見てんだよ。あんまり胸ばっか見てると、帰っちまうぞ? ……な~んてな! ハハハ』

「ちくしょォォォ! 堪らないぜ!」
「おい、真面目にやってくれ。君だけだぞ、そんな邪な妄想をしてるのは……」
「へっへ~ん、甘いな焼き鳥。ミラちゃんを見てみろよ」
「恭一郎を?」

そう言われ、恭一郎の方を見ると……。

『恭一郎くん、分からない所があるの……』
『ああ! ここ、こうやって解くんだ。ありがとう、恭一郎くん♪』

「小日向さん……」
「きょ、恭一郎……!?」

現在絶賛片想い中の未来と、二人っきりでの勉強会を妄想する恭一郎に飛鳥は驚愕した。

「兄さん……」
「おぉ、流星! まともなのは、どうやら僕達だけらしい。まったく、二人とも集中力が──」

弟は大丈夫だとホッとしたのも束の間……。

「黒髪のツインテールとピンクの服装がよく似合う、1つ下の女の子に勉強教える夢を見たんだけど……」
「りゅ、流星……!?」
「僕の理想通りの女の子でさ。名前を聞けなかったのが惜しいな……。きっと、僕の運命の人だと思うんだけど、何て名前で呼ぼうかな……?」
「お前まで…………」

ある意味他の二人以上の発言をする弟に、飛鳥はとうとう絶句した。

(皆、考える事は一緒なんだな……。理想の恋人か……。翼さんのような、理知的でクールな人に教えてもらえたら……って、何を考えているんだ僕は!)

ふと、飛鳥の中の願望も首をもたげかけたが、彼は慌てて首を振り、それを振り払う。

「三人とも、馬鹿な事言ってないで手を動かす! どの道課題が終わらなきゃ、夏休みが減るんだからな!」

手を叩きながら他の三人を現実に引き戻し、飛鳥は課題を進める。

三人の春は、まだ遠い……。



「くしょん!」
「およ?夏風邪デスか?」
「多分、違う気がする……」 
 

 
後書き
ひだっまり~にふーたーりーのー影が~くっ付い~てな~かよし~してる~♪

以上をもちまして、「戦姫絶唱してないシンフォギア」を完結致します!
明日は天道撃槍コラボの最終話ですので、通りすがりの錬金術師さん作「天の道を往き総てを司る撃槍」の方と併せてご覧下さい!

次回もお楽しみに! 

 

交わる天の道

 
前書き
とうとう!遂に!コラボ編!
天の道を往き総てを司る女が、伴装者世界にやって来ます!

今回のコラボ先である、通りすがりの錬金術師さん作『天の道を往き、総てを司る撃槍』はこちらからご覧ください。
https://syosetu.org/novel/194579/ 

 
 平行世界。それは無数に分岐し広がっていく、可能性(もしも)世界(かたち)
 死んでしまった誰かが生きていたり、逆に生きているはずの誰かが死んでいたり。
 起きたはずの事件が起きていなかったり、存在しないはずの何かが存在したり。
 或いは、見知った誰かが平行世界では、全く別の性格をしていたり……。

 これは、そんな平行世界からの来訪者との不思議な出会いから始まる、ひと夏の物語だ。

 ∮

「ほらほら翔くーん!早くしないと置いてくよー!」

 前方を走って行く彼女が、無邪気に微笑む。購入した夏服やサンダル、いくつかの化粧用品の入った紙袋を両手に、翔はそれを追いかける。
 晴天の夏空の下、翔は響と、市内のショッピングモールまでデートに来ていた。
「響、気持ちは分かるがはしゃぎ過ぎだぞ……」
「ごめんごめん!やっぱりわたしも持った方がよかったね」
「ああ……。全部持つと言い切ったが、まさかここまで買うとは予想外だったな……。響がお洒落に気を使うようになるなんて、思いもしなかったぞ」
「翔くんにもっと可愛いって、言われたいんだもん。スキンケアとか、髪のお手入れの仕方とか……難しいし、手順も多くて大変だけど。だとしてもッ!翔くんの事を思い浮かべると、へいき、へっちゃらなんだ~♪」
「響……」
「えへへ~♪」

 翔との同棲を始めてから、響は少しだけ変わった。
 未来や詩織、翼や友里らからアドバイスを貰い、女子力を磨き始めたのだ。
 異性として意識し、告白し、同棲までしている翔にもっと可愛い自分を見てもらいたい。
 そう思うようになった響は、生来の素直さから先達のアドバイスを見る見る内に吸収して行った。

 最近は髪の毛がサラサラし始めていたり、肌のツヤが良くなって来ており、確実に成果が出始めていた。
 ちなみに、クリスの方も愛するOUJI手ずからのマネジメントにより、元々高かった美少女度がメキメキと上がっている事を特筆しておこう。

 さて、そんな二人だったが……その平穏を破壊する者が迫っていた事を、二人は知る由もなかった。



「キシャアァァァァァァ!」

 耳に入って来たその『鳴き声』に、二人は反射的に身構える。
 頭上から飛び降りてきた緑色の影を躱して、バックステップで距離を取り、その姿を確認して……翔は驚きに目を見開いた。

「え……?」

 夢ではないかと目を疑う。
 しかし、目の前の怪物は現実に今、唸りながら二本の脚で立っている。
「翔くん、この緑色の虫っぽいのって……もしかして!?」
「ワーム!?いや、ネイティブか!?」

 そう。現れたのは、両手に鋭い爪を持ち、頭にはカブトムシのような一本角を生やして、全身が緑色で蛹のような姿をした異形の怪人……。
 それは翔が愛好する特撮ドラマ、『仮面ライダーシリーズ』に登場する怪人の一人。2006年放送、平成ライダー第七作目にして、仮面ライダー生誕35周年記念作品。『仮面ライダーカブト』に登場する地球外生命体、『ネイティブ』と全くの瓜二つであった。
「きゃあああああ!」
「バッ!バケモノだぁぁぁぁ!」

 悲鳴を上げ、ショッピングモールにいた人々が次々と逃げ出して行く。
 翔と響は買い物袋を手放し、一箇所に集まると背中を合わせて構えた。
「シュゥゥゥゥゥ……」
「どうやら友好的な個体じゃないらしいな……。響、離れるなよッ!」
「ッ!翔くん!一匹じゃないッ!」
 周りを見回すと、ネイティブは六体ほど。幸い、何れもまだ羽化はしていない。
「まだ蛹体(サリス)か……。響ッ!分かってるな!?」
「うんッ!成長する前に倒すんだよねッ!」

 この夏休み、翔に手伝われて早めに課題を終わらせた響は、翔との特撮鑑賞に明け暮れていた。
 弦十郎のOTONA流鍛錬の一環でもあったが、それ以上に、翔の好きな物を知りたかったというのが大きい。
 無論、それは翔も大歓迎で、響にも入りやすそうな作品から視聴していたのだが、丁度つい昨日、鑑賞を終えた作品の中に仮面ライダーカブトも含まれていたのだ。

 故に、ワーム及びネイティブの性質は響も知っている。
 サリスの状態なら、まだ通常兵器でも倒す事はできる。しかし、時間が経つとワームは成虫体となり、周囲とは異なる時間流を移動出来る能力、『クロックアップ』が使用可能となるため、手が付けられなくなってしまうのだ。
 何故、目の前に本物のネイティブが居るのかは分からないが、彼らが人間を襲おうとしているのは確実だ。
 ならば、自分達は戦わなくてはならない。今この場に、槍と弓を携えているのは二人だけなのだから。

「──Toryufrce(トゥリューファース) Ikuyumiya(イクユミヤ) haiya(ハイヤァー) torn(トロン)──」

「──Balwisyall(バルウィッシェエル) Nescell(ネスケル) gungnir(ガングニール) tron(トロン)──」

 聖詠と共にギアを身に纏う二人。
 直後、異形の怪人達は二人目掛けて襲いかかった。

 ∮

「ぎゅっと握った拳、1000パーのThunder!解放全開ッ!3(スリー)2(トゥー)1(ワン)!ゼロッ!」
 ルナアタックを経てリミッターが幾つか解放され、新たな姿となった響の拳が、ネイティブ達の身体を打ち抜く。
 進化したガングニールの一番の特徴である、新たに追加された薄い黄色のマフラーが、動く度にはためく姿はまさにヒーロー。

 一方、翔の生弓矢もまた、ルナアタックを経て進化している。
 こちらはギアのデザインがより鋭角化し、アーマー部分の装甲面積が増えていた。
 両腕の篭手部分にも赤が入り、両脚のアーマーはシャープな形状へと変化し、より速く動けるようになった翔の手足が、ネイティブらの外骨格を鋭く貫き、火花を散らす。

『翔!響くんッ!一体何があった!?』
 仮設本部から、弦十郎の通信が届く。翔は歌い続けている響の代わりに、ネイティブを相手しながら現状を報告した。
「現在、俺達を狙って来た謎の敵と交戦中!」
『何だとぉ!?』
「叔父さん!驚かないでッ、聞いてほしいんですがッ!こいつらはネイティブ……“仮面ライダーカブト”に出てくる怪人なんですッ!」
『怪人、だとぉ!?だが、どうしてそんなものが!?』
 鉤爪を受止め、受け流すと回し蹴りを決める。
「わかりません。しかし念の為、街中のカメラにサーモグラフィーを──ふッ!」
 迫って来たネイティブの顔面を殴りつけ、後方へと吹っ飛ばす。その瞬間、手刀の形にした両腕を振るった。

〈斬月光・乱破の型〉

 響の拳と合わせ、あっという間に二体、いや、三体の蛹体(サリス)が緑色の炎を上げて倒れる。
 残り三体も仕留めてしまおうとした、その時だった。
 突如、三体のサリスの身体が高熱を放ち、赤く変色していく。
「ッ!まずいッ!」
 翔がアームドギア、生太刀モードを取り出すも間に合わず、三体は脱皮し、成虫へと姿を変えた。羽化に成功してしまったのだ。

 赤い身体の個体は、右腕が巨大な鉤爪になっており、全身に棘を生やしたダニの怪人……アキャリナワーム。
 赤褐色の身体に、右腕が触手鞭となったバイオリンムシのような姿の怪人……ビエラワーム。
 黄色い身体に褐色の斑紋を持つ、カブト本編では全く見覚えのない、ミイデラゴミムシのような特徴を持つ怪人…… 。
 三体は羽化すると共に、斬りかかってきた翔の目の前から一瞬にして消えた。

「ッ!響ッ!──がはっ!?」
 振り返り、響の名前を呼ぶ翔だったが、次の瞬間全身を何かに打たれて吹き飛ばされる。
「翔くんッ!──うわあッ!?」
 響もまた、見えなくなった敵からの殴打に後退り、後方へと飛ばされると背中からぶつかった街路樹をへし折り、地面を転がる。
 起き上がろうと地面に手を着いた時、翔と響の目の前に、三体が再び姿を現した。
「クロック……アップ……。映像で観た通り……いや、それ以上か……ぐっ!?」
「ッ!翔くん……ッ!」
 ビエラワームの触手鞭が直撃し、翔が後方によろける。
 追い討ちとばかりに飛びかかったアキャリナワームの鉤爪が命中し、翔のギアからから火花が飛び散った。
「うわああああああッ!?」
 地面を転がる翔へと近寄り、アキャリナワームの左手が、翔の首を掴んで持ち上げる。

『我らの計画最大の障害、シンフォギア装者が二人もいるのだ。まとめて始末し、利用させてもらうとしよう』
 ようやく喋ったアキャリナワームを、翔は首を絞められながらも睨み付ける。
「ぐッ……目的……?地球侵略でも……しようっ、てか……」
『この惑星を我らの新天地とする為にも……()()()に次ぐ障害である貴様らシンフォギア装者は、根絶やしにしてくれる!さあ、くたばるがいい!』

 アキャリナワームの右腕に赤い電撃が走る。クロックアップという別世界の物理現象による連続攻撃からのダメージは、既に規定値を超えている。
 この一撃が命中すれば、翔が無事で済む保証はない。直感的に響はそう察した。
「ダメッ!翔くんッ!」
『シャァァッ!』
 立ち上がり、翔の元へと向かおうとする響。しかし、ミイデラゴミムシ型のネイティブがそれを許さない。
 口から噴射されたガスが、響の顔に吹きかけられる。
「ッ!?ゲホッゲホッ……臭ッ!ゲホッ……」
『キシャアァァァッ!』
 咳き込んだ隙を狙い、ネイティブの両手から生えた鉤爪が響を襲う。
 避けるどころか、目を閉じてしまった事でどこから攻撃されるのかも分からず、直撃を逃れることは出来ない。
 ようやく視界を取り戻した頃には、ギアから火花が飛び散っていた。
「ッ!ううっ……」

『さあ、とっとと楽になれ……』

 膝を着く響の目の前で、アキャリナワームの右腕が振り上げられる。

 呼吸が出来ずに藻掻く翔へと、無慈悲に突き出される鉤爪。

 響の口から悲鳴が飛び出すかと思われた、まさに絶体絶命の瞬間だった。



 ──天は二人の元に、一人の太陽を導いた。



『ぐうぅっ!?』
 突如、戦場に響いた何発もの銃声。アキャリナワームの背中から火花が飛び散り、翔はその魔の手から解放されて咳き込んだ。

 突然の事に驚き、慌てて後ろを振り返る響。
 ネイティブ達も銃声のした方向を振り返ると……そこに居たのは、彼らが最も恐れる者だった。

『貴様は……このタイミングで現れるかァァァッ!』
「あの人が言っていた……。私は世界の中心。ならば世界は私が救ってやる」

 そこに立っていたのは、重厚な銀色とオレンジの鎧に全身を包み、銀朱色をしたカブトムシ型のメカを銀色のベルトのバックルに装着させた戦士。
 太陽の神にして光速の貴公子。天の道を往き、総てを司る者……。
 響も翔も、その名前と姿をよく知っていた。

『仮面ライダーカブト マスクドフォーム』……目の前に現れた()()()()()()()()()に、二人は二つの意味で驚きを隠せなかった。

()()()()()()()()()!?でも、その色は……」
「それに、その声って……わたし!?」

 カブトは二人を交互に一瞥すると、手にしているカブトクナイガン ガンモードの引き金を引き、三体のネイティブを撃ち抜く。
「伏せろ」
「え?」
 カブトがベルトのゼクターホーンに手を添える。
 翔はその一言の意味を即座に理解し、困惑から動きが止まっている響に向かって叫んだ。
「響、伏せろ!()()に巻き込まれるぞ!」
「あッ!」
 響が慌てて身を伏せると、カブトはゼクターホーンを反対側へと倒し、あの言葉を呟いた。

「キャストオフ」

【CAST OFF】

 次の瞬間、マスクドフォームのアーマーが全てパージされ、四方に飛び散る。

 他の二体は躱したり、弾いたりする中、飛びかかろうとしていたビエラワームが、飛んできたアーマーの直撃を受けて吹き飛ばされた。

【CHANGE BEETLE】

 鎧の下から現れたのは、カブトムシを模した銀朱色の鎧に身を包んだ戦士……仮面ライダーカブト ライダーフォームだ。
 ネイティブ達は一斉にカブトの方へと向かっていく。
 やはり、色がガングニールに近い事が気になりながらも、響は翔の元へと走った。
「翔くん!大丈夫!?」
「ああ、なんとか……。それより、あのカブトとネイティブはいったい……」

【CLOCK UP】

 次の瞬間、カブトもネイティブも一瞬で姿を消した。
 代わりに周囲で断続的に、何かがぶつかり合う打撃音だけが響き渡った。
 何が起きているのかは理解しているが、やはり、認識出来ない時間軸での彼らの戦いは、見ている側からすれば高速戦闘にしか見えない。
 本物のクロックアップの凄まじさに言葉を失い、二人はそれを両の目に焼き付けることしか出来ないでいた。

【CLOCK OVER】

 そして数秒の後。カブトが姿を現した頃には、三体のネイティブは姿を消していた。
 どうやら逃げたらしく、漂う刺激臭だけがその場に残されていた。
 ギアを解除した響の肩を借りて立ち上がると、同じくギアを解除した翔はカブトに向かって声をかける。
「ありがとう、お陰で助かった」
「翔くんを助けてくれて、ありがとう。カブトさんっ!」
 カブトは無言で二人を振り返る。
 何も言わずにじっとこちらを見ている姿に、翔は疑問に感じていた事を問いかける。
「ところで、君はカブト……なんだよな?その体格と声、天道さんではないみたいだけど……」
「ああ、そうだ!ねえ、どうしてわたしと同じ声なのッ!?」

 しかし、カブトが返した答えは二人の予想に反するものだった。
「ッ!?天道……だと!?」
 ベルトのカブトゼクターを外し、変身を解除するカブト。
 その姿はなんと、()()()()()()()の容姿をしていた。いや、喋り方や表情、服装を除けばほぼ完全に同一人物だ。
 カブトに変身していた響は、翔に迫ると矢継ぎ早に喋りだした。
「まさか、()()()()には『あの人』がいるのか!?お前はあの人を知っているのか!?教えてくれ!!」
「えっ!?あっ、あの人……?」
「“天道総司(てんどうそうじ)”だ!天の道を往き、総てを司る男の名だ!さっきお前が口にしていただろう!?この世界にはあの人の物語があるんだな!?」
「あ、ああ……。丁度昨日、全話鑑賞し終えた所だぞ?」
「なにッ!?それは本当か!?」
「ちょ~っとストップ!二人とも、距離が近いよッ!」
 グイグイと翔に迫って行くもう一人の自分に耐えかねて、響は少し頬を膨らませながら二人を引き剥がす。
「ッ……す、すまない……。なにぶん、かれこれ10年以上はあの人の居ない世界で生きて来たものだから、つい……」
 翔から離れると、もう一人の響は我を忘れていた事を思い出し、気まずそうな顔でそう言った。
「この世界って言ったよね?って事はあなたは、もしかして違う世界の……」

 響からの問いに、もう一人の響は一旦目を閉じると、人差し指を立てて天を指さした。
「あ……」
「そのポーズは……」
 そのポーズが何であるのかに気付く二人。あまりにも洗練され、本人と寸分違わぬそのポーズに、二人は目を釘付けにされた。
 天の道のポーズ。名乗りを前にこれを取る、という事はその後の流れは理解している。
 予想通り、彼女はこう名乗った。尊敬してやまない天道総司(あのひと)を真似して、自らを生き写しにした彼女の名は……。

「あの人が言っていた……。私は天の道を往き総てを司る女、立花響」

「別の世界の……響……」
「仮面ライダーの……わたし……」

 天の道を往く女と、伴装者の少年が愛する少女。二つの太陽が出会い、今、誰も知らない物語が動き始めた。 
 

 
後書き
天道撃槍コラボ第1話!如何だったでしょうか?
遂にとうとうこの日を迎えられたこと、とても嬉しく思います。
短くて3話、長くても4話くらいの計算です。
また、天道撃槍の方では、天道響視点で物語が展開されます。そちらも併せてお楽しみください!

あ、それと活動報告にハロウィン回の企画を上げています。
皆さんの意見で、ビッキー達の衣装が決まる!

次回、響き交わる伴装者は──デッデデデッ

翔「平行世界?」

弦十郎「そうだ。ギャラルホルンは、この世界と平行世界を繋げる事が出来る、謎多き完全聖遺物だ」

クリス「ホントにあたしらが知ってる響とは全然違うな……」

響「もうっ!翔くんなんか知らないッ!」

未来「あんな響、初めて見た……」

純「ネイティブが二人の姿を既にコピーしている可能性って、有り得るんじゃないかな……って」

天道響「絆とは決して断ち切る事の出来ない深いつながり。例え離れていても心と心が繋がっている……」

『天の道を往く女』
天の道を往き、総てを司る! 

 

天の道を往く女

 
前書き
コラボ第二弾!
今回はそれぞれ、普段はほぼ確実に見られない響が見られますよ!
それではスタートッ!デッデデデッ 

 
「並行世界?」
「そうだ。ギャラルホルンは、この世界と平行世界を繋げる事が出来る、謎多き完全聖遺物だ。原因はそれ以外に考えられないだろう」
 
 突如現れたネイティブから俺達を助けてくれた、もう一人の響を連れて、現在二課の仮設本部になっている潜水艦までやって来た俺達は、司令室で各々の自己紹介と、情報交換を行っていた。
なんでも、本部の保管庫にて厳重管理されている完全聖遺物『ギャラルホルン』には、並行世界を観測し、こちらの世界と繋げる力があるらしい。
 そして、もう一人の響がいた世界ではネイティブが実在し、同時にマスクドライダーシステムも存在するようだ。
 ちなみに、カブトの資格者は響であり、あちらの世界の姉さんがガタック。フィーネの手元にあったドレイクゼクターとサソードゼクターは回収済みだが、まだ資格者が発見されていないとか。
 
 この世界にやって来た経緯だが、どうやら同じく保管庫にて厳重管理されていたゼクターを、ネイティブが盗み出そうとした際、防衛システムに迎撃されたネイティブが偶然にもギャラルホルンを起動させてしまい、並行世界へジャンプしてしまったらしい。
 迷惑この上ない話だが、ハイパーゼクターがこれを感知して、有資格者をその世界へと導いてくれるのだそうだ。ハイパーゼクター、マジ優秀だなぁ。
 
「現在、街中の監視カメラに備えられたサーモグラフィーを作動させ、捜索しています」
「未だ発見はされていませんが、翔くんと……仮面ライダーの響ちゃんから聞いた通りなら、それも時間の問題かと」
 藤尭さんと友里さんを始め、職員の皆さんが忙しく手を動かしてカメラを確認している。ワームやネイティブは、遺伝子や記憶ごと人間に擬態できるが、体温までは誤魔化せない。
 索敵範囲を狭めていく形で、現在その行方を追っている。
 念の為、黒服職員さんが何人か、恭一郎達の警護に向かったそうだ。
 これで俺達の身内に接近する事は防げるだろう。
 
「発見次第、すぐに連絡する。それまでお前達は、いつでも出られるよう待機しておけ」
「ありがとうございます、司令」
 そう言って、俺達装者は司令室から移動する。向かう先は、いつもの自販機前だ。理由は勿論、語るまでもない。
 
「それにしても、ホントにあたしらが知ってる響とは全然違うな……」
 雪音はもう一人の響を頭の先から爪先まで、じっくりと見ながら言った。
「クリスちゃん、一番驚いてるのはわたしなんだからね~?」
「まさか……響がカブトにハマるとこうなるって事か!?」
「ええっ!?そうなの!?」
「いや、それは無いだろう」
 俺の言葉を真顔で否定するもう一人の響。確かに全然違う。この響はまるで『仮面ライダーカブト』の物語の中で、カブトに変身する主人公、天道総司の生き写しのようだ。何故こうも真逆の方向に育ったのか……。
 そういえば、天道さんの事を()()()って呼んでたような?
 それに「10年以上はあの人の居ない世界で生きて来た」とも……。
 どうやら、俺達に話したこと以上に込み入った事情がありそうだ。
 
「世界線が違うとはいえ、性格がこうも変わるものなんだね」
「私も驚いてる。理論上不可能だと言われた男の装者がいる世界……しかも、まさか翼に弟がいるとは。あちらの世界の翼が聞いたら、二度聞きするだろうな」
 純の言う通りだ。ここまで差が出る程の経験をしたのだろう。
 しかし、俺が存在しない世界……というのは、聞いてて少し寂しい。
 でも、あちらでは奏さんが生きていたり、小日向が装者になっていたりするらしいから、姉さんも寂しくはないだろう。そう思うと安心できる。
 
「翔がいない世界の私、か。そちらの世界での私達は、私達と何処まで違うのだ?」
「いや、殆ど変わらない。翼も、クリスも、弦十郎さん達もな。ただ、私の性格を除けば……翔、純。お前達二人がいないのと、櫻井了子がフィーネと共にこの世を去った事くらいだ。RN式回天特機装束、というお前達のギアも、少なくとも実戦には投入されていないな。リディアンの姉妹校、というのも聞いた事がない」
 
 姉さんからの質問への答えに、純が少しだけ俯く。おそらく、先程までの俺もそんな顔をしていたのだろう。
 特に純の場合、自分がいない世界のクリスを憂いているのは、想像に容易い。
 そんな純の心情を察したのか、もう一人の響は純の方を向いた。
 
「心配するな。戻ったらそれらしい人物に心当たりがないか、クリスに聞いておいてやる。弦十郎さん達に頼めば、すぐに調べてくれるだろう」
「ッ!お願いできる?」
「ああ。辿った道が違うだけで、存在しないという事はない筈だからな」
もう一人の響の言葉に、純は安心したように溜め息を零した。
 
「あたしの知らないジュンくん、か……。想像もつかねぇな」
「今の僕とは違っても、きっとクリスちゃんを想う気持ちは変わらない筈だよ。だって世界を超えても、違う人生を歩んでいても、僕が僕であることに変わりはないからね」
「ジュンくん……」
 
 雪音の言葉に、サラッとイケメンな答えを返す純。さすがは生粋の王子様。ナチュラル過ぎて突っ込む隙もないし、雪音は見事にツンの取れたデレッデレな表情を見せている。
 響、姉さん、俺が揃ってニヤける中、もう一人の響だけが暖かい視線を送るのみに留まっている辺り、あちらの天道っぷりも中々のものだ。
 ……そうだ!その名前だ!
 俺はもう一人の響に向かって提案した。
 
「なあ、その……君の呼び方だけどさ。こっちの響と区別するの大変だし、『天道響』って呼んでいいか?」
「……何故その名前に?」
「カブト響、だと語呂が悪い。でも『立花』って呼ぶのも姉さんと被る。じゃあ“天の道を往く響”、略して天道の方が呼びやすいし分かりやすいだろ?……ダメか?」
 
 これまで散々見せつけられた再現度に、わざわざ“あの人”なんて呼んでいる辺り、彼女の天道さんへの敬意は本物だ。
 彼女が『天道総司』の生き方を真似ている理由は分からないけど、本気で彼女は天道総司のようになりたいんだろう。
 だからこそ、この呼び方を良しとしない可能性は0じゃない。
 この提案却下されたら、やはりカブト響呼びに──
 
「……いいだろう」
 少し間があって、彼女はそう答えた。
「それは、未だあの人に程遠い私には恐れ多い名前だ。だが、こちらの私と区別する為なら悪くはない」
 そう言ってクスッと笑う彼女に、響が手を差し伸べた。
「じゃあ、よろしくねっ!天の道を往くわたしっ!」
「ああ」
 その手を握る天道響。同じ人間が握手しているという不思議な光景に、俺もなんだか笑ってしまった。
 
「ああ、そうだ。翔、一つ頼みがあるんだが……」
 ふと思い出したように、天道響は俺の方を見る。
 何だろう、と疑問符を浮かべる俺に彼女が言った言葉は、想像の斜め上を行くものだった。
「再生機器と、それから昨日借りたというDVD……あるか?」
「え?家だけど……」
「そうか……」
 一目見てわかるくらい、ガックリと肩を落とす天道響。……もしかして、この世界の『仮面ライダーカブト』が観たいのか?
 
「い、一応動画サイトで1話と2話が無料だけど……」
「本当かッ!?」
 先程までのクールな態度は何処へやら。
 分かりやすくテンションが跳ね上がった天道響の顔は、やっぱり響は響なんだと実感できる程に嬉しそうだ。
 ……あまりにもテンションが上がると、距離が近くなる癖を含めて。
 
「ちょっと天道なわたし!また距離が近いよ!!」
「あ……すまない……」
 自分でも無意識だったらしく、響に割り込まれ、バツの悪そうな顔で数歩引く天道響。ここまでのめり込んでしまう辺り、相当天道に惚れ込んでいるんだろうな……。
 ああ、だからあれほどの天道っぷりなのに、「まだ程遠い」なんて言ってるのか。
 でも……事情は分からないとはいえ、常に自分ではない誰かをなぞる必要はないと思う。
 彼女も、生きていた世界とは違う場所に来た今くらいは、息抜きとして自分らしい時間を過ごしてもいいのではないだろうか?
 だったら、その方法の最適解はこれしかあるまい。
 
「取り敢えず、レクリエーションルームにでも行く?壁掛けテレビあるし、スマホ繋いで大画面で見た方がいいだろ?」
「そうと決まれば善は急げだ!ネイティブが動き出す前に観終えるぞ!」
「うおおっ!?ちょっ!天道!?」
「ああっ!?もうっ!だから近いんだってば!!」
 落ち着いたかと思えば、再びテンションが上がってしまった天道響に手を引かれ、俺は引き摺られるようにレクリエーションルームへと連行されていく。
 早足で迷わずにずいずいと、迷わずに進んでいくその後ろから響が小走りで追いかけてくる。
 こうしてみると姉妹に見えなくもないなぁ……などと呑気な事を思っていたこの時の俺は、うっかり見落としてしまっていた。
 
 もう一人の自分とはいえ、自分ではない少女に手を引かれる俺を見る彼女の気持ちを……。
 
 ∮
 
 それから数分後。
 装者達はレクリエーションルームに集い、仮面ライダーカブトの第1話から第2話を鑑賞していた。
 ネイティブ対策、そして天道響の使うライダーシステムへの理解を兼ねてのものだったが、気づけばすっかりのめり込んでいた。
 
 羽化してしまったワームのクロックアップに押され、数体のサリスワームに囲まれてしまった仮面ライダーカブト……天道総司。
 彼を助けようと生身で飛び出すもう一人の主人公、加賀美新(かがみあらた)だったが……天道はあっさりと立ち上がり、カブトクナイガンを発砲。
 何事も無かったかのようにサリスワームを攻撃し始めた。
 
『自分を犠牲にしてでも、誰かを助ける……。戦士には向かないタイプだな』
『うるさい!いいか、マスクドライダーシステムには、クロックアップに対抗する手段があるはずなんだ。それを探せ!』
 
 飄々と、余裕を全く崩さずに引き金を引く天道に、加賀美はこの状況を覆す方法を示唆するが……天道からの答えは、予想を裏切る一言であった。
 
『知ってるよ』
『何ぃ!?』
『悪いがベルトとは長い付き合いでね。マスクドフォーム(このすがた)で何処までやれるか試していたんだ』
『じゃあまさか……』
 
 一歩一歩、ゆっくりと歩を進める天道。
 やがて立ち止まると、天道はベルトに装着されたカブトムシ型メカ、カブトゼクターのゼクターホーンをガチッと立てる。
 青い電流と共にスライドし、展開される各部装甲。
 迫るサリスワーム。天道は印象的なあのセリフと共に、ゼクターホーンを反対側に倒した。
 
『キャストオフ』
 
【CAST OFF】
 
 次の瞬間、四方に飛び散るアーマーパーツ。
 重厚な鎧の下から現れたのは、光沢感のあるワインレッドとシルバーが特徴的な、カブトムシの姿を模した太陽の神。
 折り畳まれていた一本角が屹立し、カブトゼクターがその名を告げる。
 
【CHANGE BEATLE】
 
 吹き飛んだアーマーが命中し、サリスワームが緑色の炎と共に爆散する。
 爆風に紛れたアラクネアワームが飛び掛る瞬間、カブトはベルト脇のボタンを叩く。
 
『クロックアップ』
 
【CLOCK UP】
 
 そこから始まる高速戦闘。アラクネアワームの攻撃を全て弾き、躱して、カウンターを決める。天道総司の息も吐かせぬ戦いぶりに、天道響は目を輝かせていた。
 
「とんでもねぇ俺様系だな……この天道ってのは」
「しかし、常に余裕に充ちた表情。裏付けされた文武ともに秀でた実力。只者ではない。天の道を往き総てを司る、という名は伊達ではないという事だな」
 クリスと翼は、天道響が尊敬してやまない男がどのような存在だったかを知り、驚いていた。
 だが、その大きな態度が実力と釣り合っており、尚且つ年長者を敬う点を翼は高く評価していた。
 
 やがて鑑賞を終えた時、天道響は満足気に席を立った。
「ありがとう、翔。久し振りにあの人の活躍を観ることが出来た。それだけでも、この世界に来た意味はあったよ」
「いやいや、そんな。これくらいで満足なわけが……」
「確かにまだまだ物足りないし、いっその事全話と劇場版まで全部見ておきたいけど、私がこの世界に居られる時間は限られている。これ以上は未練が残ってしまいそうだ。でも、満足した。私はこれからも励むよ……いつか、あの人に追いつけるように」
 そう言って笑う天道響を見て、翔は何かを悟る。
「『おばあちゃんが言っていた。人のまねをするのも悪くない……“本当の自分”を見つけるためには』……とは言ってたけど、君が天道を真似ているのはそう事じゃないんだよな?」
「ッ!」
 その顔に驚愕の二文字を浮かべる天道響。
 翔はそれを見て、確信したように続けた。
「ネイティブとマスクドライダーシステムが存在する並行世界。天道さんを尊敬してやまない君の在り方と“10年以上”、“あの人の居ない世界”、そして何より、“物語”という言葉……。天道、もしかして君は……」
 
 
 
「ううううう……ああもうッ!」
 その時、先程から後ろの方で膨れっ面になりながら不満を露わにしていた響が、とうとう爆発してしまった。
「さっきからそっちのわたしとばっかり楽しそうに……。もうっ!翔くんなんか知らないッ!」
 そう言い捨てると響は、レクリエーションルームを飛び出して行ってしまった。
「響ッ!」
 それを追って飛び出す翔。残された翼は呆れており、クリス、純は苦笑いしていた。天道響はというと、二人が飛び出していった自動扉の方を、何処か不思議そうに見つめていた。
「翔のやつ……。立花の目の前で他の女子とイチャつくなど……。いや待て、そう言えばこちらも立花だったな。……この場合、どうなるのだ?」
「いやあたしに聞かれても困るんだけどな。そんな事、答えられるやつなんているのか?」
「当人達次第……なんじゃないかな?」
 
 三人は揃って、天道響を見つめる。天道響はただ一言だけ、静かに呟いた。
「あの人が言っていた。絆とは決して断ち切る事の出来ない深いつながり。例え離れていても心と心が繋がっている……」
「えっと……つまり、どういう事だ?」
「喧嘩してもまた仲直り出来る、って事じゃないかな?」
「確かに、翔と立花のつながりは深い。この程度で引き裂かれるほどの関係では無いはずだ」
 
 天童語録からの引用に首を傾げるクリスと解説する純、一人で納得したように頷く翼。
 そこへ、未来が慌てて駆け込んで来た。
「皆大変!響と翔くんが……って、ええっ!?ひっ、響!?」
「ん……こちらの世界の未来か」
「あ~……また説明すんのか……。ジュンくん、頼むわ」
「わかった。小日向さん、実はこの立花さんはね──」
 
 こうして未来は、天道響の事について純から説明を受けるのだった。
 その時の未来は驚いたり、驚いたり、またも驚いたり、それから天道響にときめいたりと忙しなかったという。 
 

 
後書き
ようやく暁での初投稿ですね。ハーメルンに比べて使いにくいですが、これから改善していく事を信じましょう。
既存の回、とっくに読んだしって飛ばした古参読者の皆さんには、是非とも無印編最終回は読み返して頂きたい。ハーメルン時代には無かった一文を見つけられる事でしょう。アンケートの方も、よろしくお願いします!
それから、恭一郎くん回の後書きの方にも注目してもらいたいところですね。ハーメルン時代にはあった一文が消えている事に気付くでしょう。
ただ再投稿したのでは無い!どうせなら、と少々弄ってみましたよ!

次回、響き交わる伴装者は──デッデデデッ

未来「そう言えば、あの二人が喧嘩するところって見たこと無かった気がするなぁ……」
天道響「心配なのか?彼女の事が」
翔「俺は響を守る為に、この力を手に入れたんだ……」
響「なんでわたし、あんな事言っちゃったんだろ……」
藤尭「響ちゃんの隣にいるのは……翔くん!?」
友里「いえ、ネイティブですッ!」
翔「響から離れろッ!!」

次回『乙女の嫉妬と迫る魔の手』
天の道を往き、総てを司る!

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乙女の嫉妬と迫る魔の手

 
前書き
天撃コラボ第3話!
完結まであと1話……いや、あと2話かな?
ヤキモチから飛び出してしまった響。果たして、翔はどうするのか!? 

 
天道響についての説明を聞き終え、未来はようやく状況を呑み込んでいた。
翔が天道響と二人、仮面ライダーカブトの話題で盛り上がり、それを見た響が嫉妬してしまったのだ。

「あんな響、初めて見た……」
「小日向でも初めてなのか」
「うん。だって、今まで響が誰かに嫉妬する事なんて、なかったんだもの」

未来の言葉に納得する一同。
確かに響の性格上、他人を激しく羨む事などしないだろう。

「そういえば、あの二人が喧嘩するところって見たこと無かった気がするなぁ……」

純も、これまでの二人を振り返り、そう呟く。

これが翔と響にとって初めての喧嘩なのだろう。

「なあ、あの二人何処まで行ったと思う?」
「本部の外じゃないかな?喧嘩した相手と同じ場所にいようなんて、怒ってる時は思えないもの」

クリスからの疑問に未来は答える。
それを聞いて、純は顎に手を当てた。

「ねえ、あんまりこんな事、言いたくないんだけど……」
「どうしたジュンくん?」
「ネイティブが既に二人の姿をコピーしている可能性って、有り得るんじゃないかな……って」

純の言葉に、その場の全員が凍り付く。

最初にネイティブに接触したのは翔と響。敵の狙いがシンフォギア装者なら、二人の姿は二課の関係者を騙すのにはうってつけだ。

「すぐ司令に報告してくる!小日向、お前は……」
「皆に連絡しなきゃ!」
「僕も恭一郎達に伝えておかないと!」
「あたしはどうすりゃいい!?」
「雪音は本部の出入口へ!万が一という事もある、見張っていろ!」

即時にそれぞれの役割を決め、翼は司令室へと駆けていく。
天道響は立ち上がると、レクリエーションルームを出る。

「おいッ!何処へ行く気だ!?」

クリスに呼び止められ、天道響は振り返る。

「翔と、それからもう一人の私を探して来る」
「ならあたしも……!」
「僕達が出れば、ネイティブの擬態先を増やし混乱を招く……。そうだね?」

クリスを遮る純の言葉。クリスはその言葉にハッと目を見開いた。

「二人の喧嘩は、私が原因を作ったようなものだ。だから、私に行かせてほしい」

天道響を真っ直ぐ見つめて、純は答える。

「翔の親友として、君に任せる。僕の親友と、彼の大事な人を……頼む」

純の真っ直ぐな目に、天道響は頷いて返す。
そして、本部の出入口へと真っ直ぐに走って行くのだった。

「……何だかんだでそっくりだな。響も、天道も」
「そうだね。……クリスちゃん、僕達も」
「ああ。ここはあたし達が守るぞ!」

そう言って、二人も出入口の方へと向かう。
大切な人達が集まる、皆の居場所を守る為に。



「響ッ!響、何処だッ!」

仮設本部から少し離れたビル街。翔は見失ってしまった響を探し、走り回っていた。

(同じ“立花響”とはいえ、響の前で他の女の子とあの距離で話すのはまずかったか……)

翔は後悔を溜息として吐き出す。

相手が同じ響だから、つい気を抜いてしまった。
天道響とああして話せた事そのものに後悔は無いが、距離感にはもう少し気を遣うべきだった……。

早く見つけて謝らなくては……。
激しい焦燥が彼の心を掻き立てる。

「心配なのか?彼女の事が」
「え?……って、天道!?」

声のした方を見ると、天道響がこちらへ向かって歩いて来る。

「こっちには居なかったぞ」
「探してくれてたのか……?」
「責任の一端は私にもある。それくらいの責任は果たすさ」
「すまない……。いや、ありがとう」

翔は天道響に頭を下げる。
そして二人は、まだ見ていない方面へと足を運んだ。

「翔、ところでお前……よく気がついたな」
「え?」

天道響からの呟きに、翔が足を止める。

「私がただの、“並行世界の立花響”ではない存在である事だ」
「ああ……。もしかして、言ったらまずかったか?」

気まずそうな顔をする翔に、天道響は首を横に振る。

「いや、取り立てて吹聴するような事でもないからな。誰にも話した事はないし、話した所で何があるわけでもない。その程度の事情さ」
「そうか……。それにしても、まさか前世の記憶があるなんてね。しかも、生まれ変わる前は並行世界の住人だったなんて」
「最初は戸惑ったさ。まさか、転生した世界にはあの人も、あの人の物語も存在しないなんて……。少し、いや、結構ショックだったかな……」

天道響は、普段、元の世界の仲間達には見せない表情でそう語った。

「だから目指したのか……天の道を」
「そうだ。あの人が居ないなら、私があの人のようになればいい。そう考えた私は、あの人を目標に生きる事を決めた」
「世界を隔てても、天道さんと繋がっていたい……という事か?」
「お前、中々のロマンチストだな。……でも、そうなのかもしれないな……」

仲夏の太陽に手を伸ばし、天道響は呟く。

(彼女は本当に、天道総司という男を心の底から敬愛しているんだな……)

翔はそんな天道響の姿に、一種の“愛”を感じずにはいられなかった。

「そして、その手にカブトゼクターを掴んだ……か。凄いな、天道は。天の道を貫き続けて、本当にその手に未来を掴んだなんて」
「あの人にはまだまだ程遠いよ。でも、褒め言葉として受け取っておこう。……翔、そう言うお前はどうなんだ?」

そう言って、天道響は翔の方を振り返る。

「男性のシンフォギア装者なんて、私の世界どころか、少なくとも私が行ったことのある世界でも聞いたことがない。しかも、自分の手で聖遺物をその身に取り込むなんて、常識的に考えれば無謀以外の何物でもないぞ。……何がお前を突き動かしたんだ?」

天道響からそう問われ、翔は一拍置いてから答えた。

「俺は響を守る為に、この力を手に入れたんだ……」
「立花を?」
「ああ……。話せば、少しだけ長くなるけど」
「手短に頼む」
「分かってるさ。……そうだな。あれは──」

翔は、ライブ会場の惨劇から始まった自身と響の関係を語り始めた。

弱かったあの頃。後悔を胸に、人助けに邁進し続けた日々。

響との再会と赦し。そして、伴装者となり彼女を支え、その想いに気づくまでを。

聞き終えた天道響は、ただ一言呟いた。

「あの人が言っていた。『たとえ世界を敵にまわしても守るべきものがある』と……。お前にとっての立花は、そういう存在なんだな」
「ああ、そうだ。響を泣かせるやつは、俺が許さない。響には笑顔が一番なんだ……。ちゃんと謝らないと……」
「そうだな……。今、二課の方で立花の通信機のGPSを辿っている。そろそろ通信が来るだろう」

天道響が言い終わるか終わらないか、そんなタイミングで通信機が鳴る。

「はい!翔です!」
『翔くん!今送った座標に全速力で向かって!』

通信機から聞こえて来たのは、友里の声だった。
焦りの窺える声は、翔と天道響の足を突き動かした。

「まさか、響とネイティブが!?」
『ええ、その通りよ!急いで!敵は翔くんの姿に化けているわッ!』



数分前、街中の運動公園。

「なんでわたし、あんな事言っちゃったんだろ……」

響は翔に言ってしまった言葉を後悔していた。

公園の隅にあるベンチに座り、溜息を吐く。

「……こんな気持ち、初めてだ……」

これまで抱いた事の無い感情。
響は初めて、他人に嫉妬していた。

同じ顔で同じ背丈、声まで同じ。
当然だ。あれは並行世界の自分なのだから。

頭の中ではそうだと分かっていても、翔が他の女の子と近い距離で、仲良く語り合っている……。

自分が翔にとっての『一番』でいたい。
だからこそ、もしかしたらそれは思い上がりだったのかもしれない……などと思ってしまうのだ。

翔の恋人が自分である必要性があるのだろうか……?

そんな、ありもしない事を考えるだけで、胸が締め付けられるような気持ちになった。

しかし、こんな時に本部を飛び出して、心配をかけてしまっているだろう。

今頃、翔が自分の事を心配して、街中を駆け回っているかもしれない。

「……やっぱり、謝らなきゃ……だよね……」

後ろ向きな考えを振り払い、もう戻ろうかと考え立ち上がる響。

その時だった。

「響……」

名前を呼ばれて振り向くと、そこには……。

「ッ!翔くん……」

息一つ切らさずにこちらへ向かって来る、翔の姿があった。



その頃、二課も響のいる場所を見つけ回線を繋ごうとしていた。
ちょうど同じタイミングで、ネイティブ捜索をしていた藤尭が、公園のカメラに接続したところだった。

「響ちゃんの隣にいるのは……翔くん?」

友里が呟いた次の瞬間、藤尭は焦りを顔に滲ませて叫んだ。

「いえ、ネイティブですッ!」
「なんだとぉ!?」

モニターに表示された翔にサーモグラフィーをかける。
その体温は、人間に比べて異常なまでに低い。ネイティブの擬態である事は明白だった。

「すぐに響ちゃんに連絡を……」
「ダメだッ!ネイティブに気付かれる可能性の方が高いッ!」
「しかし……!」

どうにかして響に危機を伝えなくては。司令室に緊張が走る。

「翔の端末の反応は?」
「翔くんのですか?……ッ!ありました、現場からそう遠くない距離です!」
「通信繋げッ!急行させるんだッ!」

そして、友里からの通信は迅速に、翔の元へと届いたのだった。



「探したぞ、響。まったく……手間をかけさせる」

翔は呆れたような顔で、響の方へと歩み寄る。

「そのっ……翔くん……。さっきは……」
「ん?何の事だ?」
「だっ、だから……さっきは、その……あんな事言っちゃって……」

響と翔の距離が更に縮まる。

「ああ……別に、気にしてないぞ。俺も悪かった」

もう、手を伸ばせば届く距離まで来ている。
響は自然と後退った。

「行くぞ。皆が待ってる」

差し伸べられた手。それは一見、いつもと変わらないように見えて……しかし、響は何処か違和感を感じていた。

「ほら、これ以上姉さん達に心配かけられないだろ?」
「う、うん……」

違和感の正体が掴めないまま、翔の手を取ろうとしたその時だった。

「響から離れろッ!!」

翔の後ろから聞こえた声に振り向く。

そこには、息を切らせて翔の方を睨み付ける、もう一人の翔の姿があった。 
 

 
後書き
次回はネイティブとのリベンジバトル!
でもその前に、今週中で書かないといけない回が……。
そう、クリスマス回である。
Twitterの方でアイディア募集かけてるから、フォローしてる方は見てみたいシーンを呟いてね!

次回!デッデデデッ

響「翔くんが2人!?」
藤尭「監視カメラが破壊されました!」
友里「プェロフェソプスネイティブ、周囲にガスを撒き散らしています!」
翔「偽物はお前だッ!」
翔「響……君なら分かるだろ?」
響「わたしの……わたしの翔くんはッ!」

『本物はどっち?』
天の道を往き、総てを司る! 

 

本物はどっち?

 
前書き
あけおめことよろ!(大遅刻)

ようやく信念最初の投稿になります。年始はちょっと忙しくてですね……遅れてすみませんでした!

今回はこのコラボの肝、ネイティブによる「どっちが翔くんでshow」……え?タイトルが親父ギャグっぽいって?
ハイッ!アルトじゃ~ないと~!!(言いたかっただけ)

っとまあ、おふざけはこの辺に。
それでは久し振りの伴装者、どうぞお楽しみに! 

 
「響から離れろッ!!」

翔の後ろから聞こえた声に振り向く。

そこには、息を切らせて翔の方を睨み付ける、もう一人の翔の姿があった。

「翔くんが2人!?」

響が困惑する中、二人の翔が睨み合う。

「響、騙されるな!そいつはネイティブだ!」
「下がっているんだ響、あいつの方こそネイティブだ!」

響の隣に立つ翔は、響を庇うように立ち、構える。
後から現れた翔はその姿を見て、苦虫を噛み潰したような顔をした。

「お前、響を誑かそうってのか!」
「お前の方こそ、気安く響の名前を呼ぶんじゃないッ!」
「何をッ!」

二人の視線には鬼気迫るものがあり、今すぐにでも、取っ組み合いが始まりかねないほど険悪だ。

「それで、どっちが本物なの!?」
「「俺だ!!」」
「それじゃ分からないってば!!」

寸分違わず同じタイミングで答える翔達に、響は両手で頭を抱えた。



擬態したワームやネイティブは、その人間の姿のみでなく、遺伝子、記憶、持ち物まで完全にコピーする。
その性質上、本人と見分けるのはとても困難だ。

(考えろ……俺だけに出来て、ネイティブに真似出来ないもの……)

睨み合いながら思案していた翔の脳裏に、光明が走った。

(そうだ、聖詠なら!)

シンフォギアを装着する際に装者が口ずさむ聖詠は、個々人だけのものだ。

聖遺物が適合者の脳裏に浮かばせる、ギアの固有始動コード。
これは本人のコピーと言えど、真似する事は出来ない。

「おい偽物、お前が本物だと言うのなら……その身に纏って見せろ!そのシンフォギアを!」
「ッ!?」

響からは見えないが、擬態翔の表情が一瞬強ばった。

(生弓矢を纏い次第、あのネイティブを突き飛ばして響を助ける。後は撤退しながら天道と合流すれば、行ける!)

翔がその胸に浮かぶ聖詠を唱えようとした、その時だった。

「──Toryu……ッ!?こいつはッ!」
「響ッ!目と鼻を塞げ!!」
「ッ!!」

運動公園の周囲を、黄色いガスが覆い始めたのだ。
ミイデラゴミムシ型……プェロフェソプスネイティブと名付けられた個体が吐く催涙ガスだ。

翔は慌てて目を瞑り、口と鼻を袖で覆うと、周囲の気配に耳を配った。

(くッ……プェロフェソプスとビエラが居ないと思ったが、そういう事か……!)



その頃、モニタリングを続けていた二課仮設本部では……。

「監視カメラが破壊されました!」

突如砂嵐になった画面に、藤尭からの報告が飛ぶ。

「他のカメラはどうした!?」
「それが……」
「プェロフェソプスネイティブ、周囲に高圧ガスを撒き散らしています!視界が閉ざされた直後にカメラを破壊され、モニタリングの継続が困難です!」
「奴ら、翔と響くんを確実に仕留めるつもりか!!」

友里が公園周囲のカメラを全て確認するも、次々に破壊されてしまう。
二課は現場への視界を完封されてしまったのだ。

「もう一人の響くんはどうした!?」
「現在、プェロフェソプスネイティブと交戦中!カメラを破壊して回っているのはビエラネイティブだと推測されます!」
「くっ……応援は絶望的か……」

「司令!ここは私達が出ます!」

その時、翼の声が司令室に響き渡った。

「駄目だ!クロックアップに対抗出来ん以上、お前達をただ闇雲に出撃させるわけには……」
「けど黙って見てられるかよ!!」
「……司令、僕に策があります」

弦十郎の言葉を遮ったのは、純の一言だった。

「……聞かせてもらおうか」

純の策を聞くと、弦十郎は念を押して問いかける

「本当に行けるのか?」
「状況に違いはありますが、同じ方法です。可能な限りの再現が出来るのなら、成功の確率は0じゃない筈です」
「……分かった。今はその策に賭けるしかあるまい」

純、翼、クリスの三人は頷き合うと、本部外にあるヘリポートへと向かって行った。



「──ッ!」

迫って来た気配に、翔は飛び退く。
目を開けると、先程まで自分の顔があった場所に、突き出された拳があった。

「ネイティブッ!」
「風鳴翔、貴様を抹殺するッ!」
「やれるものなら、やってみるがいいッ!!」

先程よりガスは薄まっている。
二人の翔は、互いに相手を睨み付け……そして、拳を握り直した。

「ぜあぁぁッ!!」
「ふっ!ハッ!せやッ!!」

繰り出される拳を躱し、受け流しては自らの拳を突き出す。

しかし、その拳は自身と全く同じ方法で躱され、受け流される。

『仮面ライダーカブト』作中本編でも天道総司が、仮面ライダーダークカブト……擬態天道と戦った事があった。

その際も、天道と擬態天道は互いの二手、三手先を読み合う高度な戦闘を繰り広げていた。

今、この瞬間、翔と擬態翔も全く同じ状態だった。
互いの二手、三手先を読んで拳を、脚を繰り出し、間合いを詰める。

やがて、翔は擬態翔から距離を取った。

「生身は五分五分、だがこれなら!」

ガスが薄まった今なら唄える。聖なる詠唱を!

「──Toryufrce Ikuyumiya haiya torn──」

生弓矢のシンフォギアを装着して構え──翔は驚愕に目を見開く。

「なっ!?」

そこに立っていたのは……生弓矢のギアを装着した擬態翔だったのだ。

「シンフォギアまで!」
「最初にお前とやり合った時にな。これで条件は対等だ。フンッ!」

大地を蹴って踏み込む擬態翔。翔は腕を交差させてその拳を受け止める。

地面を抉りながら後退る翔。しかし、翔も負けじと両足を踏ん張り、脚部のパワージャッキを伸縮させる。

「ハァァァァッ!タアァッ!!」
「ぐうッ!?」

引き絞られたジャッキが勢いよく縮小し、踏み出された一歩と共に擬態翔が後方へと吹っ飛ばされる。

「お前なんかに……響を渡すものかァァァァァッ!!」
「それはこっちの台詞だァァァァァッ!!」

翔が走り出し、擬態翔は着地と共に駆ける。

両者が繰り出した渾身の拳が、グラウンドの真ん中でぶつかり合う。

その瞬間、空気が破裂するかのような音と共に、強烈な衝撃波が運動公園全域へと広がった。

「翔くん!ッ!?」

響が飛ばされないよう身を庇う中、周囲を覆っていた黄色いガスの壁は引き剥がされ、やがて視界は明瞭になっていった。



「……ガスが……消えた?」

烈風が収まり、ガスの壁が吹き飛ばされたのを確認した響は周囲を見回す。

「ッ!そうだ、翔くん!!」

グラウンドの真ん中まで走り出す。
そこには……息を切らせて睨み合う、二人の翔の姿があった。

「翔くん……」

「「響……」」

響が駆け寄ってきた事に気が付いた二人は、同時にこちらへと顔を向けた。

「響、騙されるなッ!こいつが偽物だ!」
「何を言う!偽物はお前だッ!」

互いに人差し指を向け、主張し合う二人。
響は二人を交互に見ては首を傾げる。

(どっちが本物の翔くんなの……!?)

寸分違わぬ同じ顔。同じ体格、同じ服装、同じ声。

整体も、指紋も、遺伝子も、お揃いだと喜んだ胸の傷さえ、二人は全く同じものだ。
見分けようにも、区別のしょうがない。

「響……君なら分かるだろ?」
「信じてくれ響!」
「今、本物を見極められるのは響しかいないんだ!」

(どうすれば……どうすれば本物の翔くんを見つけられるの……?)

響は迷う。迷い、悩むほどに息が上がる。
視界がふらつき、世界が揺れる。

間違えればきっと、翔くんは傷つく。
同時にそれは、彼の死をも意味しているかもしれない。

ネイティブを選んだ瞬間、翔くんはきっと始末されてしまうだろう。

だとしても……わたしは選ばなくちゃいけない。

わたしは、どうすれば……──



「あの人が言っていた……」

背後から聞こえてきた声に、響は振り返る。

「天の道のわたし……」
「”本物を知る者は偽者には騙されない”。お前はきっと、大切な人を言い当てる。それはお前にしか出来ない事だ」

曇りかけている空。雲の向こう側に隠された太陽を指さし、カブトはそう言った。

「ッ!そうだ……。こんな所で迷っているなんて、わたしらしくない!」

響は顔を上げると、目の前にいる二人の翔を真っ直ぐに見据える。

(間違えれば翔くんは傷つく……。でも、だとしてもッ!)

「──だとしてもッ!わたしから翔くんへの想いが揺らぐ事なんてないんだからッ!!」

そして響は選択する。

本物を。この世界でたった一人の、大切な人を。

「わたしの……わたしの翔くんはッ!」



その頃、とある平行世界。

道着で木刀を手に、素振りに励んでいた青髪の少女の前に、2機の昆虫型メカが飛来する。

「む?ガタックゼクター……どうしたのだ?」

”ガタックゼクター“と呼ばれた青いクワガタムシ型メカは、少女に何かを訴えているようだった。

その隣には、天道響を翔達の世界へと導いた、小型で銀色のカブトムシ型メカ、”ハイパーゼクター“が飛んでいる。

「ふむ……。並行世界でお前の力が必要とされている、というわけだな?」

少女がそう言うと、ガタックゼクターはこくり、と頷くようにその身を縦に揺らした。

「いいだろう。助けを求める者あらば、手を伸ばす事が『人の道』。並行世界の窮地、お前の剣で救って来るのだ!」

了承を得たガタックゼクターは、ハイパーゼクターと共に時空のトンネルへと消えて行く。

飛び立つ相棒の姿を、天道世界の風鳴翼は誇らしげに見送った。 
 

 
後書き
次回!デッデデデッ

アキャリナネイティブ「こうなれば、まとめて始末してくれるわ!!」
翼「私達も、負けてはいられないッ!」
天道響「ッ!?この光は──」
翔「お前が絶対に真似る事の出来ない、人間の心に宿る炎。人はそれを“愛”と呼ぶんだ!!」
響・翔「「変身ッ!」」
『CAST OFF.』
翔「それが俺の、“男の道”」
響「これが“わたしの道”ッ!」
天道響「そして私の“天の道”」

『響き翔く天の道』
天の道を往き、総てを司る!



大変遅くなりましたが、天撃コラボも次回で決着となります!
最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に貫く響の愛を。次回に迫る翔くんの“変身”を、そして天道響と三人で貫く「天の道」を、どうぞ最後までご期待ください!!

巷はAnother翼さん&Anotherクリスで賑わっておりますね。自分は連携含めて一枚ずつ確保済みですw
そんな今こそ……あの世界での彼女を出すチャンス!
というわけで、伴装者バレンタイン特別編にて、『平行世界のクリス』の出演決定!
へタグレ世界の純クリを観測するチャンスですよ!お見逃し無く!!

そして、大変長らくお待たせしているので、自分の尻を叩く意味も込めて、もうそろそろ宣言しておきましょう。
『戦姫絶唱シンフォギアG~鋼の腕持つ伴装者~(仮)』は、今年の春から開始となります!!
この目標に向けてこれからHuluに登録したり、XDUを進めたりと頑張りますので、皆様応援よろしくお願いします!! 

 

響き翔く天の道

 
前書き
長かった天撃コラボも、今回が最終回となりました。
視点違いの同時投稿、という形でどちらの読者さんにも楽しんで貰えるよう試行錯誤してきた日々が、ちょっとだけ懐かしいです。
錬金術師さんのファンも自分のファンも、このコラボを通して互いの作品を知る良い機会になったら幸いです。

それでは、コラボ最終話。「NEXT LEVEL」と「FULL FORCE」を流しながらお楽しみ下さい!
ちなみに作者はエンディング書きながら「LORD OF THE SPEED」と「ONE WORLD」を聴いていました。まさにカブト尽くしですねw 

 
「わたしの……わたしの翔くんはッ!」

本物と偽物。全く瓜二つな二人の翔を見据え、響は深く息を吸い込み、胸の歌を口ずさむ。


「──Balwisyall Nescell gungnir tron──」

黄色い閃光と共に、ガングニールのシンフォギアが響の身体を包む。

そして響は拳を握り、勢いよく突き出した。

「うぉりゃああああああああぁぁぁッ!!」
「ッ!?」

響の拳が向かった先は、彼女から見て左側の翔だった。

一直線に突き進む剛拳が、そのまま翔の顔面に突き刺さる……。




──と思われた。

だが、鼻先の寸前で響の拳はピタリと停止し、ゴウッ!という音と共に、強い風圧が翔の身体を突き抜けて行った。

そして、翔は身動ぎすらせず直立し、響の瞳を真っ直ぐに見つめたまま微笑んだ。

「やっぱり……。信じてたよ、翔くん」
「ああ。よく見つけてくれたな、響」

次の瞬間、翔は隣で()()()()()()()()()もう一人の翔を、力の限り蹴り飛ばした。

「ぬぎゃっ!?』

もう一人の翔は派手に地面を転がり、次の瞬間、その姿が歪み、アキャリナネイティブの姿へと戻っていった。

『何故だ!?お前の姿は、記憶も含めて完全にコピーしたはず……俺の擬態は完璧だった筈だ!いったい、何を理由に俺の擬態を見破れたと言うのだ!?』

動揺するアキャリナに、響は拳を下ろして答える。

「本物の翔くんなら、きっとわたしの事を信じてくれる……。わたしの拳に乗せた想いに気付いてくれると思ったんだ。だから、当たるギリギリの所を狙ったんだ」
『馬鹿な!?最愛の者に拳を向けられたのだぞ!?何故平然と立っていられるのだ!?』

アキャリナに指をさされると、翔は不敵に笑い、さも当然であるかのようにこう返した。

「ネイティブは確かに、人間の外見や記憶を寸分違わずコピーする事が出来る。だが、その人間が抱く信頼や想いまでは、決して真似する事は出来ない!!」

嘗て、神代剣(かみしろつるぎ)という青年をコピーしたワームがいた。
しかしそのワームは、目の前で姉を殺された事で怒りに燃えていた剣の記憶をコピーしてしまったが故に、その身に彼の魂を焼き付けてしまったのだ。

その結果、そのワーム……スコーピオンワームの自我は、人間として死んだ神代剣本人のものへと上書きされた。
最期は神代剣としての心を残したまま、ワームとして死ぬ結末を選ぶ事さえ成したのだ。

それを知っているからこそ、翔はこう言ったのだ。
装者の抹殺を目的としている限り、アキャリナはこの心までは複写できないのだと。
たとえ複写出来たとしても、その時点でネイティブとしてのアキャリナは消える。
だからこそ、ネイティブが理解する事はないのだ。人が人を愛する、尊い心を。

空を覆っていた雲に切れ間ができ、太陽が再び地上を照らす。

顔を出した太陽を指さし、天道響が響の隣に並び立った。

「あの人が言っていた。絆とは──」
「"絆とは決して断ち切る事の出来ない深いつながり、例え離れていても心と心が繋がっている"と」
「……おい、私のセリフを奪うな」
「すまない。一度言ってみたかったんだ、天道語録」

天道響と同様に、人差し指で太陽を指さしながら、翔は彼女の言葉を先取りした。
決めゼリフを奪われ、天道響は不服を目で訴える。

「あ、天の道のわたし……もしかして拗ねてる?」
「拗ねてなどいない。あの人はこの程度で臍を曲げたりなど……」
「ハハッ、まあまあ。ほら、とっととあいつ倒すぞ」

口を尖らせる天道響と、その顔を覗き込む響。
それを見てつい、翔は笑みを零した。

『貴様らァァァァァ!!』

思惑を潰された上、目の前で自分をおちょくるようなやり取りを繰り広げる三人を見て、アキャリナネイティブは怒りに全身を震わせる。

「ビエラ!こいつら纏めて血祭りに上げてやるぞ!」

公園周囲の監視カメラや、二課が飛ばしたドローンを破壊し回っていたビエラネイティブを呼び戻そうと、アキャリナはその名前を呼ぶ。

だが、ビエラは戻って来ない。
その代わりに、少し離れた所から聞こえて来たのは、三人分の歌声と叫び声だった。

「──Imyuteus Amenohabakiri tron──」
「──Killter Ichaival tron──」
「RN式、起動ッ!」



「FULL FORCE 昨日より速くッ!」
『キュルルッ!』

翼が振り下ろしたアームドギアを、ビエラネイティブは難なく躱し、左手の鉤爪を振り下ろそうとする。

「走るのが条件ッ!」
「キュッ!?」

しかし、そうは問屋が卸さない。クリスが発砲したハンドガン型のアームドギアが火を噴き、ビエラの左手を火花と共に弾き飛ばす。

「自分の限界いつもッ!抜き去って行くのさッ!」
『キュルッ!?』

そして、そこへ高速接近してきた純が、右手に装着した盾をナックルとし、ビエラの胸部を殴り、押し蹴りで後方へと飛ばす。

三人はここひと月の訓練通り、的確に連携し、ビエラへとダメージを与えていく。
口ずさむのは『FULL FORCE』、仮面ライダーカブトの前半に於ける挿入歌だ。

翼が先陣を切り、純が後に続く。そしてクリスが後方から援護射撃する事で、反撃の隙を与えない。

3対1では不利だと判断したビエラは、三人から離れた所でクロックアップに入った。
高速で動き回り、三人を撹乱。各個撃破するのが狙いだ。

「クロックアップか!」
「作戦通りに行くぞ!」
「二人とも、頼んだ!」

頷き合うと、まずは翼が空へとアームドギアを掲げる。

「ありふれた景色に突然現れる──」

〈千ノ落涙〉

次の瞬間、幾つもの剣が雨のように降り注ぎ、次々と地面へ突き刺さる。

しかし、範囲攻撃であるはずの千の落涙さえ、高速で動き回るビエラにはかすりすらしない。

「戸惑う暇もなく、真夏の夢じゃなく──」

続いて純が、右手に装着したシールドに渾身の力を込めて地面を殴りつける。

大地が振動し、砂埃が宙を舞う。

ビエラは一瞬ふらつくも、その足は止まらない。

「君は唯一の誰も代われない──」

そしてクリスは、アームドギアからレーザーを照射し、()()()()()地面に突き立つ翼の剣を狙った。

落涙の刀身に輝く光沢はレーザーを乱反射し、砂埃のスクリーンに赤く、ビエラのシルエットを映し出した。

(今だッ!)

「FULL FORCE 誰よりも速く明日を見に行けばッ!」

姿を捉えた瞬間、純は拳を眼前へと突き出す。
地面に突立つ刃は丁度、ビエラを純の居る方向へと誘導するように配置されていた。

これこそが、純の提案した策。
仮面ライダーカブト第1話にて、天道総司がクロックアップしたアラクネアワームに対して打った奇策を、3人で再現するというものだ。

鏡を翼の剣で、石灰をグラウンドの砂で、そしてレーザーはクリスのアームドギアから。
役割を分担し、足りないものはその場で用意出来るもので代替し、劇中の状況を限りなく再現した。

ぶっつけ本番ではあったが、三人は見事に自分達の役割を果たしてみせたのだ。

『キュルルルッ!?』
「自分の足跡だけが、残されて行くのさッ!」

ビエラの腹部ど真ん中に突き刺さる拳。
怯み、クロックアップが解除されたビエラ。そこへ追い打ちをかけるように、翼は小太刀を投擲する。

〈影縫い〉

「これでクロックアップは封じたッ!」
「決めるぞ!!」

翼がアームドギアを宙に放り、自らも跳躍する。

クリスはガトリング型に変形させたアームドギアを向け、純はシールドを投擲した。

〈Slugger×シールド〉
〈BILLION MAIDEN〉
〈天ノ逆鱗〉

「──不可能なんてないはずッ!」
「全てをッ!」
「手に入れるさぁぁぁぁッ!行けぇぇぇぇぇッ!!」

回転する純のシールドがビエラの外骨格を切り裂き、クリスのガトリングから放たれた弾丸が残る外骨格を削り取り、そして翼の逆鱗はビエラへのトドメの一撃となった。

爆発し、緑色の炎を上げて消滅するビエラ。
着地した翼はアームドギアを収納し、クリスと純に駆け寄った。

「ビエラは倒した。後は……」
「響達の所にいた、アキャリナって野郎だけだな」
「信じよう、翔と立花さんを。そして、天の道を往くもう一人の立花さんを」

三人の視界の先では……目視できない、光速の世界を舞台とした戦いが繰り広げられていた。



『こうなれば、貴様らまとめて俺が始末してくれるわ!!』

ビエラからの救援は見込めないと察し、アキャリナは自らの手で眼前の標的達を仕留めるべく、右腕の巨大な鉤爪を構える。

カブトが応戦するべくクナイガンを構えたその時、空間に緑色の波紋が浮かんだ。

「ッ!?」
「あれは……」

次の瞬間、2機の昆虫型メカが波紋の中より現れる。

飛び出した昆虫型メカはアキャリナに突進すると、翔達の方へと向かっていく。

『ぐほぁッ!?』
「ハイパーゼクター……」

カブトの前で静止する2機。その内片方は、時空を超える力を持つ銀色のカブトムシ型メカ、ハイパーゼクター。

そして、ハイパーゼクターに連れられて現れたもう片方はクワガタムシ型。この空の下で最強の蒼き戦神、ガタックゼクターだった。

「ガタックゼクター!?」
「もう一人のわたし、これって……」

カブトが答えるより先に、ガタックゼクターは翔の周りをくるくると旋回する。
やがてガタックゼクターは、翔の目の前で静止した。

「翔、ガタックゼクターはお前に力を貸すと言っている」
「本当か!?」
「ああ。翼と同じものを、お前からも感じたんだろう」

翔は、目線の位置で浮かぶガタックゼクターを見つめる。
オレンジ色の複眼でこちらを見つめるガタックゼクターは、まるで頷くかのように、その身を縦に揺らした。

「ガタックゼクター……俺に力を貸してくれ!」

翔が天高くその手を伸ばすと、ガタックゼクターは翔の周囲を一周回り、その手の中へと収まる。
それに呼応するように、翔の腰には銀色に輝くライダーベルトが出現した。

「……えっ!?なっ、なにこれ!?」
「ッ!?これは……」

ちょうどその時だった。
響のギアの胸元にあるコンバーターと、カブトのベルトに装着された銀朱色のカブトゼクターが、まるで共鳴するかのように光り始めたのだ。

「この光……もしかして、ガングニールの……?」
「まさか……立花、手を!」
「うん!」

ガングニールの装者と、カブトの継承者。山吹色の光に導かれるように、二人の立花響が手を繋ぐ。

(天の道のわたしから、力が流れ込んでくる……!この感じ……温かくて、優しくて、でも力強い。まるで……そう、太陽みたいに眩しい力ッ!)

天道響から流れ込んで来た「カブトの力」を受け取り、手を離す。
繋いだ手から伝わった力は、やがて一つの形に結集した。

「これ……カブトゼクター!?」

響の手に握られていたのは、その身に纏うガングニールと同じ色のカブトゼクターだった。
しかも腰にはいつの間にか、翔や天道響と同じ銀色のライダーベルトまで巻かれている。

「それはお前の掴んだ未来。お前自身のカブトゼクターだ」
「わたし自身の……。って事は、これを使えば!」
「そうだ。……立花、翔、いけるな?」

カブトからの問いに、翔は不敵な笑みで。響は力強く頷きながら答えた。

「ああ!散々好き勝手されたんだ、最早情けは不要ッ!」
「翔くんに化けたり、わたし達のデートの邪魔したり!絶対に許さないッ!」
『ほざけぇぇぇぇぇッ!!』

ようやく起き上がったアキャリナを、3人は正面から見据える。

「いくよ、二人ともッ!」
「いざ、推して参るッ!」

そして、翔と響は右手に握ったゼクターを構え、天高くあの言葉を叫んだ。

「「変身ッ!」」

ベルトのバックルへとスライドさせ、装着させる。

【HENSHIN】

バックルにセッティングされたゼクターを中心に、シンフォギアの上から重厚な鎧が展開されていく。
それと同時に、元のシンフォギアの形状にも変化が生じた。

やがて鎧は全身を覆い、バイザー状のフルフェイスマスクが口元のみを空けて二人の顔を包んだ。

そして、ガチャッという音と共に、響はカブトゼクターのゼクターホーンを立て、翔はガタックゼクターのゼクターホーンを背中側に押し込む。

紫電と共にマスクドフォームの鎧は、各部順次に展開されていく。
無論、二人の掛け声も同時であった。

「「キャストオフ!!」」

【CAST OFF】

弾け飛ぶ鎧の下から現れる、未知の形状へと変化したシンフォギア。

響の胴体部と肩を包むのは、カブトとほぼ同じ形状をしたオレンジ色のアーマー。
しかし、二の腕や腿は露出しており、仮面に覆われていない頭部のヘッドギアには、カブトの角を模したパーツが追加されている。

翔の胴体部と肩に装着されたのは、ガタックとほぼ同型の青いアーマー。
両肩に装着された二対の刃と、ヘッドギアの左右に追加された二本の角は、ギラファノコギリクワガタの大顎のように内側に突起が並ぶ。

二人の姿を一言で纏めるなら、それぞれのシンフォギアにカブトとガタック、二人の仮面ライダーの姿を重ねたような形態。



祝え!天道響との絆がもたらした、マスクドライダーの力を宿す新たなシンフォギア。
その名も『カブトギア』及び『ガタックギア』、今、誕生の瞬間である!



『馬鹿な!?カブトが二人!それにガタックゼクターだと!?』

アキャリナは確信した。勝てない、と。

ただでさえ厄介なカブトが二人に増え、更には回収し損ねたガタックゼクターまでもがあちらの手に渡っているのだ。

プェロフェソプスは既に倒れ、ビエラは先程からこちらへ来る気配がない。

マスクドライダーの力を持つ者3人を相手取れる程の実力など、アキャリナには無かった。

ペラペラと喋っている間に、さっさとクロックアップで仕留めればよかったか……等とも考えたが、ハイパーゼクターが突進して来たのを思い出し、それもまた無駄であると確信する。

やがて、確信が絶望に変わった瞬間……アキャリナは撤退する事を決意した。

『クソッ!こうなりゃ逃げるが勝ちだ!』

アキャリナはクロックアップし、その場から逃げ去ろうとする。
しかし、その時点で彼の運命は既に決まっていたのだ。

「クロックアップ……」
「「クロックアップ!」」

【CLOCK UP】

「逃がすかッ!」

まず、翔が両肩のガタックカリバー・斬月を、柄に設けられたジョイントでドッキング。弓モードとして発射する。
タキオン粒子を圧縮して形成された光の矢は、アキャリナの背中に命中し、爆発する。

『ぐっ!?』

続いて空高く跳躍し、頭上からアキャリナの進行方向に回り込んだ響の拳が、アキャリナ胸部の甲殻を打ち貫いた。

『ぐはぁッ!?』
「まだまだッ!」

間髪入れず、アキャリナを蹴り飛ばす響。
その先にはカブトがカブトクナイガン クナイモードを手に立っていた。

「フッ!ハッ!ハァッ!」
『ごっ!ぐっ!?がぁッ!?』

陽光に煌めく刃が舞うように、何度もアキャリナを切り裂く。
そこへ追い打ちをかけるように、向かって来た翔が二対のガタックカリバー・斬月を振り下ろした。

「成敗ッ!」
『ぐおおおおおッ!?』

クロックアップが解除され、アキャリナは身体から火花を散らしながら地面を転がる。
逃げる事すら許されない。アキャリナはそう悟った。

ならばいっその事、悪足掻きでもするしかない。
カブト以外の2人は、先程ゼクターを得たばかりだ。慣れない力を使っている以上、隙が出来る可能性はゼロではない。

もはやアキャリナには、そこに賭ける以外に道は残されていなかった。

『図に乗るなよ……人間如きがァァァ!!』

身体中に生えた棘をミサイルのように飛ばす。
棘ミサイルはまるで雨のように、カブト達へと降り注ぐ。

「どりゃあああああああッ!」

しかし、棘ミサイルがカブトや翔を爆散させる事はなかった。
響の震脚で地面が捲れ、棘ミサイルを全て防いだのだ。

『何ィ!?くっ、クソッ!!』

瞠目するアキャリナ。しかし、驚いている暇はない。
ここで足掻かなければ死ぬのだ。右腕の鉤爪にエネルギーを溜め、接近する。

そんなアキャリナの聴覚を打ったのは、新たなる旋律だった。

「君が望む事なら──」

互いに顔を見合わせ、響が先行する。

振り下ろされるアキャリナの鉤爪に向かい、パワージャッキを展開した拳を突き出す。
ぶつかり合う拳と鉤爪。勢いよく伸縮したパワージャッキは、鈍い音と共にアキャリナの鉤爪を弾き飛ばす。

『ぐっ!』
「暴走を始めてる 世界を元に戻すにはもう──」

隙が出来たと言わんばかりに、響は更に一撃繰り出す。
腹部に拳を受け、アキャリナは後退すると共に再び棘ミサイルを発射する。

しかし、またしてもそれは撃ち落とされた。

〈流星射・五月雨の型〉

翔の放った矢の雨が、ミサイルの雨を相殺する。
撃ち漏らした分は、カブトによるカブトクナイガン ガンモードの射撃で撃ち落とされており、ただの一発さえも残らなかった。

「Moving fast 心の」
「時計走らせ」
「明日のその先へ……」

次の瞬間、カブトが動いた。
おそらくは初めて、彼女にとっての胸の歌を口ずさみながら。

「君のとなり 戦うたび 生まれ変わるッ!」

翔の放つ矢が棘ミサイルを撃ち落とし。

「目に見えるスピード越えてくモーションッ!」

響の拳が分厚い外骨格を砕き。

「いったい自分以外 誰の強さ信じられる?」

天道響……カブトのクナイガンがダメージを重ねて行く。

「「「光速のヴィジョン 見逃すなッ!」」」
「ついて来れるならッ!翔ッ!」

再び振り下ろされたアキャリナの鉤爪を、カブトは受け止めると翔の名を叫ぶ。
次の瞬間、アキャリナの右腕を青と灰色の刃が挟み込んだ。

「ライダーカッティング!」
【RIDER CUTTING】

蒼き稲妻と共に閉じられる大顎。
アキャリナ自慢の鉤爪は、一瞬で刈り取られた。

『うぎゃああああああああ!!』

右腕の切り口から火花を散らし、アキャリナは絶叫した。

(馬鹿な……俺が、負ける!?こんな、人間如きに……!?)

『何故だ……何故だ……何故だァァァァァァッ!!貴様ら人間如きが何故、我々に勝てるというのだ!?貴様ら虫ケラの……何処にそんな力がある!?』

口を付いて出たのは、死を前にしてなお湧き出る疑問。
ここまで追い込まれてなお、彼は納得しない。
侮っていた人間達に、ここまで追い込まれた原因に。

「あの人が言っていた。“人は人を愛すると弱くなる。けど、恥ずかしがる事は無い。それは本当の弱さじゃないから。弱さを知ってる人間だけが本当に強くなれるんだ”と。お前の言う弱さこそが、人間の強さだ」

「お前が絶対に真似る事の出来ない、人間の心に宿る炎。人はそれを愛と呼ぶッ!愛を持たないお前に、俺が屈する道理はないッ!」

「あなた達は自分の都合で、わたしの大切な人を傷付けた。だからわたしはこの拳を握るッ!わたしを立ち上がらせるのは、いつだってわたし自身が信じて握った正義だッ!」

アキャリナを取り囲む三人は、それぞれベルトのゼクターに手を当てる。
響とカブトはゼクターの脚、翔はゼクターの背部にあるスイッチを三回連続で押し、ゼクターホーンを元の位置へと戻す。

【ONE】【TWO】【THREE】

カウントと共に、ゼクターからのエネルギーがそれぞれの角へと収束する。

『愛に、正義……だと!?』
「そうだ。愛する人を守る為、自らの愛を貫く為に戦う。それが俺の、“男の道”ッ!」
「正義を信じて、握り締める。これが“わたしの道”ッ!」
「そして私の“天の道”」

それぞれが胸に抱く決意と共にゼクターホーンをもう一度倒すと、スパークしたエネルギーは三人の脚へと充填された。

「俺達は……」
「わたし達は……」
「「自分の道を貫き進むッ!」」

【RIDER KICK】

「「「ライダーキック!!」」」

〈我流・ライダーキック〉
〈雷抱吾蹴撃・戦神の型〉

翔と響、カブトは跳躍し、飛び蹴りを繰り出す。

三方向から挟む形でのトリプルライダーキック。
回避は不可能。防ぐだけの力も、今のアキャリナはない。
そして、彼はようやく悟った。自分の決定的な敗因は、風鳴翔に擬態した事だったのだと。

「ぐあああああああああああッ!!」

断末魔の叫びを上げ、緑色の炎と共にアキャリナは爆散した。

着地した三人は顔を見合わせると、ベルトからゼクターを外す。

変身と共にギアも解除され、響の手の中に出現したガングニールカブトゼクターも、空気に溶けるように消滅した。

「終わったな……」
「ああ。そのようだ」
「疲れた~……っと、そうだ」

肩の力を抜く翔と響。
ふと、響は何かを思い出したように翔の手を握った。

「翔くん、ごめんね。あんな事言っちゃって……」
「いや、俺こそ響の気持ちも考えずに……すまなかった。それから、信じてくれてありがとう」
「翔くん……。うん。わたしも翔くんの事、信じてた」

互いに頭を下げ、謝る二人。
微笑みを交わし、そして抱擁する。甘い空気を醸し出す二人に天道響はフッ、と微笑む。

そんな翔と響の周囲を、ゼクター達が冷やかすように飛び回る。

「天の道のわたし!その……ありがとう。何回も助けられちゃって」
「私の方こそ、すまない。……あの人の事となると、つい我を忘れてしまうんだ」
「じゃあ……お互い様、かな?」
「そういう事にしておこう」

響は天道響と握手を交わすと、翔も含めた三人でそれぞれハイタッチを交わした。

「おーい!翔!立花さん!」
「お前らー!」

そこへ、こちらに向かってくる声が聞こえる。
振り向くと、純とクリス、翼が駆けて来る所だった。

「翔、立花、終わったんだな?」
「ああ、終わったよ」
「ったく、心配かけさせやがって!」
「わぁ!?クリスちゃん、痛いよ~!」

翔に駆け寄る翼。響にアームロックを掛けるクリス。どうやら二人とも、翔と響を心配していたようだ。
いつも通りの平和な光景に微笑みながら、純は天道響に頭を下げた。

「ありがとう。二人が無事なのは、君のお陰だ」
「礼ならいい。それより、ビエラはどうしたんだ?まさか……」
「倒したよ。何とかね」
「倒した……!?クロックアップは!?」
「それは、後で本部に戻ってからね。今は皆、疲れてるだろうから」
「む、それもそうだな……」

ライダーシステムもなしに、純達がクロックアップをどう攻略したのか。とても気になるが、その前にやる事を見つけた天道響は、翼に声をかけた。

「翼、弦十郎さんに許可を貰えないだろうか」
「許可?何のだ?」
「厨房を使わせてもらいたい。疲れているんだろ?丁度いい時間だ。夕食は私が作る」

天道響の言葉に、響と翔が目敏く反応した。

「え!?ご飯作ってくれるの!?」
「まさか、天道料理まで完コピ出来たりするのか!?」
「味まではあの人に遠く及ばないが……この世界で一番の味だと自負している」
「じゃあさば味噌!さば味噌食べたいッ!」
「必要な材料は言ってくれ!今すぐ買ってくる!」
「お前らなぁ……がっつき過ぎだろッ!」

ここ数日、仮面ライダーカブトを一気見した影響でさば味噌を食べたがっていた響と翔は、既にテンションフォルテッシモだ。
呆れるクリスを横に、天道響は不敵に笑う。

「いいだろう。今夜の献立はさば味噌と──」
「マジで作る気かよ!?」
「へぇ、さば味噌かぁ。最近食べてなかったし、楽しみだね」
「司令から許可が降りたぞ。自由に使って構わないそうだ」
「よし。翔、立花、買い出しを任せる」
「「了解ッ!」」

そして、その日の夕方、翔達五人は天道響の手料理に舌鼓を打つのであった。



夕飯の席で、俺達は語り明かした。

天道が来たという平行世界の話では奏さんが生きていたり、小日向がシンフォギア装者になっている事に大層驚かされたものだ。

逆に天道響の方は、カブトの話題を熱心に聞いていた。
特に、カブト放送から13年後に放送された平成最後の仮面ライダー、『仮面ライダージオウ』内で描かれたカブトの後日談エピソード……特に加賀美カブトの件を感慨深げな表情で聞いていたのが、とても印象的だった。

あと、純達がカブト第1話にて天道がワームのクロックアップを破った方法を再現し、ビエラワームを倒した件も食い気味で聞いていた。
やっぱり、実際にカブトに変身して戦っている身からすれば、常人がそれを成し遂げたのは大きい事なのだろう。

夕食の後は、残る時間を最大限に使ってカブトを鑑賞していた。
全話、というわけにもいかなかったので、中でも特に良かった回と劇場版をピックアップしたダイジェスト上映会だったが。

ついでに平成仮面ライダー10作目記念作『仮面ライダーディケイド』のカブトの世界編、『ジオウ』のカブト回も見せたのだが……あれは一言で表すなら、アレだな。
語彙力を失ったオタク……みたいな。
平行世界扱いとはいえ、おばあちゃん登場。更に13年越しの加賀美カブトとなれば無理もない。
おばあちゃんとソウジの「語録」もちゃっかり暗記していた。

そして、今……。

「今回は本当に助けられた。共に戦えた事に感謝する」
「私は私の役割を果たしただけ。でも……その気持ちは受け取っとく」

ネイティブとの連戦の疲れを癒す為、二課で一晩休息を貰った天道響が今、自分の世界へ帰ろうとしていた。

今は本部の聖遺物保管区画、ギャラルホルンと呼ばれる完全聖遺物の前で、姉さんから一人ずつ、天道響へと別れの挨拶をしている所だ。

「そっちのあたしに宜しくな。お前の居場所は目の前にある。手放すんじゃねぇぞ、って言っといてやってくれ」
「ああ」
「僕からは、そうだね……。そっちの世界のクリスちゃんと、これからも仲良くしてくれると嬉しいな。知っての通り、クリスちゃんは寂しがり屋だから──」
「それは言わなくてもいいっての!」

言われる相手は平行世界の自分だと言うのに、クリスは慌てて純の口を塞ぐ。
そのやり取りに、天道響はフッと笑った。

「勿論だ、爽々波。お前こそ、クリスと末永くな」
「約束するとも。クリスちゃんと、世界で一番幸せになるって」
「なっ……ジュンくん……!?」

純の発言で真っ赤になるクリスに、周囲がドッと笑った。

そして、遂に俺達の番だ。

「本当にありがとう、天道。君に出会えてよかった」
「わたしも、色々あったけど、あなたに会えてよかった! また、会えるかな?」

響からの言葉に、天道は少し考えてから口を開いた。

「言ったでしょ。たとえ離れていても、心と心が繋がっている。たとえもう会えなくても、私が消えるわけじゃない」

やれやれ。こんな時まで天道総司らしく、かっこよく決める辺りが彼女らしいんだけど……別れの時くらいもう少し素直でもいいじゃないか。

というわけで、そんな天道にはこれを贈ろう。

「はいれ、俺達からのプレゼント。お土産だと思って持っていくといい」
「……これは?」
「大きい方が翔くんからで、こっちの薄い方がわたしからだよっ」

天道は渡された紙袋を、訝しげに見つめる。

「立花のは、大きさからしてCDか? 翔のは……何だ? 菓子か何かか?」
「中身は空けてのお楽しみだ」
「ふっふ~ん、帰るまで開けちゃダメだよっ!」
「……まあ、楽しみにしとく」

ちなみに中身はカブト関連楽曲が一枚になったCDと、某玩具会社から発売されているハイクオリティなヒーローフィギュア。

天道の驚く顔が見られないのは残念だけど、きっと喜んでくれるはずだ。

「翔、この言葉をよく心に刻んでおけ。あの人が言っていた……“男がやってはいけないことが二つある。女の子を泣かせる事と──”」
「「食べ物(ごはん)を粗末にする事だ」だ!!」
「……分かっているなら、それでいい」

またしても台詞を先取りされる天道。
しかし、今度は拗ねない。寧ろ、どこか晴れ晴れとした笑みを口元に浮かべ、天道はハイパーゼクターに触れた。

「またいつか!」
「今度はわたし達の方から行くからね!」

眩い光と共に、天道の姿はこの世界から溶けるように消えていった。

「またね……天の道を往くわたし」

これは、世界の壁を越えて二人の響が出会う、不思議な日の物語。
新たな絆が結ばれ、翔と響の信頼がより強くなった、とある一日の出来事だ。






そして……。



(奏が私と羽ばたき続けている世界、か……)



ゆっくりと、密かに忍び寄る暗雲に気が付いた者は、誰もいない……。 
 

 
後書き
天撃コラボ、完ッ!

コラボの申し出を受けてくれた、通りすがりの錬金術師さん。本当にありがとうございました!
プロフに「コラボとかしてみたいなぁ」と書いてあったので声をかけたのが切っ掛けとなったこの企画。最後まで完遂出来た事は互いにとってプラスとなる事でしょう!

伴装者も天道撃槍も、お互いG編に突入しましたね。
これからも応援してるので、無理ない範囲で頑張って下さい!

え?なんかラストが不穏だって?
ナンノコトカナー、ワカラナイナーw

まあ、勘のいい読者は「ヒロさんまた何か企んでるよ」程度に考えていただければw
あ、だからってコメ欄で展開予想なんて野暮はナシですよ。特に某氏は癖でやりがちだから注意!

それでは、次回もお楽しみに! 

 

G編キャラ設定

 
前書き
G編にて登場する新キャラのプロフィール、そして更新された翔と純の概要です。
シンプルなのは公式サイトのキャラ説明を意識してるからだったりしますw

ビジュアルを引き受けてくださった熊さん、本当にありがとうございます! 

 

風鳴翔(イメージCV:梶裕貴)
年齢:16歳/誕生日:7月5日/血液型:A/
身長:169cm/体重:62.1kg
趣味:映画鑑賞(主に特撮)、鍛錬/好きなもの:自炊、音楽、翼姉さん/嫌いなもの:風鳴訃堂、表面でしか人を見ない女
概要:特機部二の聖遺物輸送任務中、響を窮地から救う為に自ら融合症例となった翔は、その力とRN式シンフォギアの力を掛け合わせる事で、世界初の男性装者となった。現在は響と恋仲となり、同じマンションに同棲している。


爽々波純(イメージCV:宮野真守)
年齢:16歳/誕生日:12月12日/血液型:A/
身長:180cm/体重:68.2kg
趣味:家事全般、自分磨き/好きなもの:歌、演奏、ティータイム/嫌いなもの:油汚れ
概要:フィーネに与えられた改良型RN式シンフォギア「アキレウス」を身に纏う純は、8年の月日と数々の苦難を乗り越え、ようやく再会したクリスと結ばれた。今ではクリスと同棲し、彼の隣こそがクリスの居場所と言える程に深く愛し合っている。
眼鏡を外すと口調が荒々しくなる。


ジョセフ・ツェルトコーン・ルクス(イメージCV:西川貴教)
年齢:22歳/誕生日:7月8日/血液型:B/身長:185cm/体重:75.2kg/趣味:/好きな物:マリアの歌、アメコミヒーロー、肉料理/嫌いなもの:ウェル博士
概要:マリアのマネージャーを務める、右腕が義手の青年。真面目で仕事熱心な反面、口が巧く、マリアも口では彼に勝てないほど。
マリアや切歌、調を守る為、銀腕ならざる鋼腕を握り戦場に立つ。
喪われし鋼鉄の手が掴むのは、希望か、それとも──。
義手型のRN式シンフォギア、Model-GEEDによる多様な武器での戦法を得意とする。 
 

 
後書き
伴装者G編の「G」は「撃槍・ガングニール」のGであり、「RN式Model-GEED」のGでもあるわけです。
それと、翔達の身長や血液型ですが、身長差やら血液型占いを参照して設定してます。

……はい、今回も無駄に手の込んだ事してます。
後書き読むより先に気づいた読者さんには拍手を送りましょうw

G編開始、遂に明日です!
書き溜めたので一週間くらいは連続で更新出来るでしょう。
更新のお知らせはTwitterで呟いてますので、フォローしたい方はプロフのリンクからご確認ください。

新たな装者、新たな聖遺物が紡ぐ、よく知っているようで少し違う新たな旋律(ものがたり)!
「戦姫絶唱シンフォギアG~響き交わる伴装者~」、明日この時間をお楽しみに!!
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ちなみに副題は「鋼の腕の伴装者」、こちらはpixiv版の副題にしてます(笑) 

 

プロローグ「この胸に宿った信念の火は──」

 
前書き
皆さん、シンシンシンフォギア~!錬糖術師のヒロさんデース!

本日はなんと、私の二次創作家デビュー四周年記念日!
四年前の今日、「俺、リア充を守ります。」の第1話を投稿した日から全てが始まりました。

あれから試行錯誤を重ね、多くの出会いを経て経験を重ね、今の自分に辿り着きました。
あの頃から応援し続けてくださった皆様、つい最近私を知った皆様。そして、今日も私を支えてくださっている作家仲間の皆さんへ感謝を込めて。
いつも、応援ありがとうございます。皆さんが作品を読んでくれるから……感想を送り、“好き”を伝え、時に寄稿やイラストを贈ってくださったりと、私の作品を愛してくれているからこそ、連日でも書き続けることが出来ます。

これからも末永く、お付き合い願えたらなと思います。

さて、硬っ苦しい挨拶はこの辺にして!
今回は遂に……遂に!皆さんお待ちかねの!G編開始のお知らせです!!

今回は第0話、プロローグなので本編の開始はもう暫くお預けなのですが、後書きの方で開始日を発表致します。
来たる開始日にワクワクしながら、まずは第0話をお楽しみください。
推奨BGMは当然、イヴ姉妹の「Apple」です。それではLet'sスクロールッ! 

 
目を閉じれば、モノクロの記憶が今でも鮮烈に蘇る。

燃え盛る炎と、崩れ落ちた施設。

瓦礫の山の向こうに立つ、あの子の小さな背中。

その右手に握られているのは、見た目からして明らかに自然界の生命ではない存在の幼体。

次の瞬間、あの子が身に纏っていた特殊装束は光と共に消える。

俺と彼女は足場の悪さも、迫る炎の熱も、全て振り切ってあの子に駆け寄ろうと、瓦礫の山を登る。

だが、その手を伸ばそうとした時、俺達の目の前から炎が上がる。
それはまるで、俺達を嘲笑うかのように広がり、道を閉ざした。

炎の壁に遮られたその先で、振り返ったあの子の顔が今でも焼き付いて離れない。

人形のように愛らしい顔立ちだったあの子は、瞳孔をかっ開き、目から、口から、止めどなく血を流しながらも俺達を思い、微笑もうとしていた。

『よかった……マリア姉さん……ツェルト兄さん……』
『セレナッ!セレナアアァァァァァッ!!』

気付いた時には駆け出していた。

炎が肌を焼き、シャツを焦がしたが、そんなものは関係なかった。

ここで立ち止まれば、あの子は確実に助けられないと確信していたからだ。

だが……。

背後からの悲鳴に、一瞬足を止めて振り返る。

気付けば天井が崩れ落ち、瓦礫が彼女を押し潰さんと迫っていた。

絶望が俺の背中を駆け巡る、その瞬間だ。

彼女を庇い、マムがその身を投げ出したのだ。

『マムッ!?』
『行きなさいッ!!早く!!』

天井を見上げると、既に崩落が始まっている。
俺は再び目前のあの子の方へと走った。

もう少し……あと少し……ッ!

届け……届けッ! 届けぇぇぇぇぇぇッ!!



あと一歩でこの手が届く、その瞬間に……絶望が落ちてきた。



……今でもあの日を思い出す度に、悔しさが込み上げる。

あと一歩、あと数秒間に合ってさえいれば……俺はあの子を救えたかもしれない。

あの子を愛してやまない彼女に、深い悲しみを抱かせずに済んだかもしれない、と……。

思い出す度、呪縛のように後悔の念に苛まれる。
 
あの子は俺を『兄さん』と呼んでくれた。

姉である彼女と同じくらい、親しくしてくれていた。

それなのに俺は……あの子を守る事が出来なかった……。
憧れていたものに、俺はなれなかったんだ。



……ならば、せめて残された彼女を守り続ける事こそが俺の償いとなるだろう。

もう戻らない日々に思いを馳せて、それでも足を止めるな。

託されたんだ……あの子から……。俺は必ず、その責務を果たす。
 
冷たく硬い右手を握り締め、反対側の手に持っていた花を象ったピンクの髪飾りを、胸ポケットにそっと仕舞った。

俺は今度こそ、ならなくてはならない。

何があっても彼女らを護る、英雄(ヒーロー)に。 
 

 
後書き
新章突入、喪失──二人の融合症例……!?

風鳴翼と雪音クリス、そして──立花響。

運命に翻弄された少女達と共に、風鳴翔と爽々波純はFG式回天特機装束「シンフォギア」、及びRN式回天特機装束「シンフォギアtype-P」にてその身を鎧い、数多の戦いと幾多のすれ違いを経て、決戦の地に結集した。

人類史の裏側で数千年に渡り暗躍してきた、先史文明期の巫女フィーネの企みは阻止され、カ・ディンギルは崩壊。
神代の言の葉たる統一言語を阻む「バラルの呪詛」は解かれる事なく、落下した月の欠片もまた、命を燃やした少年少女の絶唱により消滅。「ルナアタック」は幕を下ろす事となった。

それから約三ヶ月後。
激闘の末に欠けた月が見下ろす世界にて、物語は再び動き始める。

突如、ノイズと共に翼のライブを占拠する謎の武装組織。
現れたのは、黒き新たなる三振りのシンフォギア。
武装組織を率いる黒いガングニールの歌姫は「フィーネ」を名乗り、世界へ向けて宣戦を布告する。

そして、歌姫に付き従う灰髪の青年は三つ目のRN式を手に、翔と純の眼前へと立ちはだかるのだった。



「私達はフィーネッ!そう、終わりの名を持つ者だッ!」──黒きガングニールの乙女、マリア・カデンツァヴナ・イヴ

「綺麗事で戦うヤツの言葉なんか、信じられるものかデス!」──快活な獄鎌の少女、暁切歌

「痛みを知らないあなたに、誰かのためになんて言ってほしくないッ!」──寡黙な鏖鋸の少女、月読調

「マリィの邪魔はさせないぜ、ファルコンボーイ」──マリアに付き従う青年、ジョセフ・ツェルトコーン・ルクス

世界に敵対する者。世界を守る者。
誰かを守りたい者。誰かを救いたい者。

少年少女の胸に宿るは、譲れぬ想いの旋律ばかり。

「不承不承ながら了承しましょう」──歌女にして防人、風鳴翼

「ッ……お前ホントのバカッ!」──弾丸の姫君、雪音クリス

「勿論出来るさ。僕とクリスちゃんならね」──理想の王子、爽々波純

「わたしのしてる事って……偽善なのかな……」──融合症例第一号、立花響

「たとえ誰が否定しようとも、俺は響の味方だ」──融合症例第二号、風鳴翔

それぞれの思いを胸に今、新たなステージが幕を開ける。

戦姫絶唱シンフォギア~響き交わる伴装者~ G編 4月20日スタート!
その手が掴むものは、希望か、絶望か──










?「それで……あたしの相手になってくれるのは、どいつだ?」

coming soon… 

 

第1節「不穏な足音」

 
前書き
前書き
大変長らくお待たせしました!!

伴装者G編、いよいよ始まります!
今まで待たせてしまった分、皆様の期待を裏切らない、むしろ軽く超えていく作品になる事を目指して、今回も頑張って行きたいと思います!!

それではまず、皆さんご存知あの英雄博士の初登場からです。
久し振りに「あ、綺麗な頃の博士だ~」と笑いながら楽しんでください!  

 
雨の中を往く貨物列車。その車内に鳴り響く警報音と、廊下を照らす赤い照明が、それらの襲来を知らせる。

最後尾の武装車両から放たれる機関銃は、弾丸が全てすり抜け、全く意味をなさない。

「の、ノイズ……うわーーーーッ!」
「く……このッ!」

心許ない、飾りも同然な砲台は間もなく破壊され、天井を突き破ってきたそれらは、螺旋状に捻った身体で軍人達を刺し貫き、炭素の塊へと分解した。



「きゃ……ッ!」
「大丈夫ですかッ!?」

その更に前方の車両にて。

振動でよろけ、躓いてしまった友里に、銀髪ショートに四角い眼鏡をかけ、白衣を羽織った男が心配そうに声をかける。

聖遺物輸送用のケースを両腕で抱えた男は、絵に描いたような科学者だ。

「平気です……それよりウェル博士はもっと前方の車両に避難してくださいッ!」
「ええ」

そこへ、後ろの車両から戻って来た三人の少年少女が合流する。
響、翔、クリスの三人だ。

「大変ですッ!凄い数のノイズが追ってきますッ!」
「武装車両が潰されました。生存者の存在は絶望的かと……」
「連中、明らかにこっちを獲物と定めていやがる。……まるで、何者かに操られているみたいだ」
「急ぎましょうッ!」

車両を移動しながら、殿として最後尾を歩く翔は、前方のウェル博士に訝しげな目を向けていた。

ff

「第71チェックポイントの通過を確認。岩国の米軍基地到着はもう間もなく──ですがッ!」
「こちらとの距離が伸びきった瞬間を狙い撃たれたか……」

特異災害対策機動部二課の仮設本部にて、弦十郎はモニターに映るノイズ反応を睨みながら呟いた。

「司令、やはりこれは──」
「ああ。何者かがソロモンの杖強奪を目論んでいると見て間違いないッ!」

弦十郎の言葉に、藤尭を始めとした職員達の気が一層引き締まった。

ソロモンの杖がどれほど危険な存在なのか。
それを、シンフォギア装者達がどれほどの困難を経て回収したのか。
全て見てきた彼らだからこそ、気を抜く事は出来ない。

現場の装者達を最大限にサポートするべく、職員達はコンソールに指を走らせた。

ff

「はい、はい……。多数のノイズに混じって、高速で移動する反応パターン?」

友里が端末を片手に、本部からの連絡を受けながら先行する。
その後ろからウェル博士、クリス、響が続き、最後は殿の翔が車両を乗り移る。

「三ヶ月前、世界中に衝撃を与えたルナアタックを契機に、日本政府より開示された櫻井理論。その殆どが、未だ謎に包まれたままとなっていますが、回収されたこのアークセプター、ソロモンの杖を解析し、世界を脅かす認定特異災害ノイズに対抗しうる新たな可能性を模索する事が出来れば……」

ウェル博士の言葉に、クリスが足を止める。

「そいつは……ソロモンの杖は、簡単に扱っていいモンじゃねぇよ」
「クリスちゃん……」
「もっとも、あたしにとやかく言う資格はねぇがな……」

フィーネに騙されていたとはいえ、基底状態にあったソロモンの杖を起動させたのは、他でもないクリス自身だ。

負い目を感じて俯くクリスの手を、響はそっと握った。

「ッ!?ばっ、お前こんな時に……」
「大丈夫だよ、クリスちゃん」
「ッ……お前ホントのバカッ!」
「相変わらず素直じゃないな、雪音は」

頬を染めながらぷいっとそっぽを向くクリスの姿に、翔は肩を竦めた。

「はい、はい……。了解しました。迎え撃ちます」

友里は通信を終えると、端末を胸ポケットに仕舞い、代わりに取りだした拳銃を握った。

「出番なんだよね?」

そこへ、前方車両の方からやって来た少年が声をかける。

「純、行けるな?」
「勿論だよ。アキレウスも準備万端さ」

純は、その身に着込んだプロテクターの胸元をコツンと叩いてみせた。

「行くぞ、皆ッ!」

翔の掛け声とともに、クリスはギアペンダントを握り、純は左腕のギアブレスに指を添える。

そして響は翔と共に、胸の前で手を組んだ。

「──Toryufrce Ikuyumiya haiya torn──」
「──Balwisyall Nescell gungnir tron──」
「──Killter Ichaival tron──」
「転調・コード“アキレウス”ッ!」

次の瞬間、四人の姿が変わっていく。

光が弾けると共に、一瞬で衣服はそれぞれのパーソナルカラーに黒が入ったインナーへと変わる。

純のものだけは、既に装着済みのプロテクターの形状が変化し、インナーが色付いていくというプロセスであったが、基本的には近いものだ。

エネルギーがプロテクター状に固着し、インナーの上から重なって行くと、やがてそれらはノイズに対抗する唯一の装備へと姿を変えた。

FG式回天特機装束、シンフォギア。
及び、そのプロトタイプであるRN式だ。

最後にヘッドホン型のヘッドギアが装着され、四人の変身が完了した。

「うわああああああッ!?」

と、ここで狙いすましたようにフライトノイズが天井へと突き刺さり、ウェル博士は腰を抜かして悲鳴を上げる。

四人は突き刺さったノイズを殴りながら、天井を突き破り、列車の屋根へと降り立った。

「群れスズメどもがうじゃうじゃと……」
「どんな敵がどれだけ来ようと、今日まで特訓してきたあのコンビネーションがあればッ!」
「響、あれはまだ未完成だ。実戦でいきなり実践出来るものではないぞ」
「うんッ!とっておきたい、とっておきだもんねッ!」
「二人とも、今のは狙って言ったわけじゃない……よな?」
「「えっ?」」

純の言葉に思わず顔を見合わせる二人。
気付いてないようなので、純はクスッと笑って盾を構える。

「ったく、お前らは……。背中は預けたからな」
「任せてッ!」
「心得た」
「クリスちゃんには、指一本触れさせねぇぜ!」

四人はそれぞれ背中を合わせると、各々の武器を握った。

「ギュッと握った拳、1000パーのThunderッ!」

響が歌い始めると共に、クリスと翔は空中のノイズ達へと向けて光の矢を放つ。

「先手必勝ッ!」
「オラオラオラァッ!」

〈流星射・五月雨の型〉
〈QUEEN's INFERNO〉

連射される光の矢は地上から空中へ、さながら雨のように空を裂き、ノイズ達を貫いていく。

空中への攻撃手段を持つ二人が仕留め損ね、爆煙に紛れて突貫しようとするノイズは、響と純が倒す。隙の無い布陣だ。

跳躍した響はフライトノイズ達を拳で、脚で、演武でもしているかのように次々と粉砕していく。

クリスの背後を狙ったノイズもまた、純が投擲した盾に切り裂かれていく。

頑強だが縁は鋭く、ギアで強化された膂力で投げればフリスビーの要領で回転し、敵を切り裂くブーメランとなるアキレウスの盾。

翔から進められた海外ヒーロー映画は、純の中でしっかりと活かされていた。

「君だけを(守りたい)だから(強く)飛べぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

響と純の奮闘により、大技を放つのに充分な隙が生まれた。

クリスはアームドギアを、クロスボウ型から弩弓に変形させ、クラスター弾としての性質を持った大型矢を放つ。

大型矢は空中へと突き進みながら、どんどん細かく分裂・拡散していく。

ノイズの群れの更に頭上まで到達し、そして矢は雨と共に降り注ぎ、一掃する。

〈GIGA ZEPPELIN〉

爆発するノイズ達。その爆煙を切り裂いて飛行する、一体の巨大なフライトノイズがいた。

「あいつが取り巻きを率いてやがるのかッ!」
「名付けるなら翼獣型、という所か」

クリスは翼獣型ノイズに狙いを定めると、スカート部分のミサイルポッドを展開した。

「うおおおおおおおおおおおおッ!!」

〈MEGA DETH PARTY〉

しかし、追尾してくる全てのミサイルを、翼獣型ノイズは急旋回を繰り返す事で相殺させる。

そう簡単に撃ち落とされてはくれないらしい。

「だったらぁぁぁぁぁッ!!」

〈BILLION MAIDEN〉

アームドギアをガトリング砲へと変形させ、翼獣型ノイズへと向けて一斉掃射する。

翼獣型ノイズはこれもまた避けるが、今度は違った。

頭部周囲に存在していた、鳥の嘴にも似た突起を展開し、突撃形態となってこちらへ真っ直ぐに向かって来たのだ。

突起部はとても頑丈らしく、クリスのガトリングが全て弾かれていく。

「雪音ッ!手を緩めるなよッ!」

翔はアームドギアにエネルギーを収束させ、特大の一射を放つ。

〈流星射・礫の型〉

クリスからの砲撃に合わせ、翔が放つ矢は連射が効かない代わりに爆発力の高い剛射だ。

避ける間もなく、矢は翼獣型ノイズに直撃する。

しかし、翼獣型ノイズは尚も爆煙を切り裂き、突撃してくる。

「翔くんッ!クリスちゃんッ!」

そこへ響がパワージャッキを引き上げながら、二人の前へと躍り出る。

「うおおおおおおおぉぉぉぉぉッ!!」

跳躍し、翼獣型ノイズの真正面から拳を叩き込む響。

しかし、翼獣型ノイズは響の拳撃さえものとせず、彼女を弾き返した。

だが、翔の剛射が突撃の勢いを殺していた為か、その狙いは列車から逸れて進んでいく。

その隙に響は列車へと着地し、伸縮したパワージャッキから放熱した。

「響ッ!大丈夫か!?」
「うんッ!でもあのノイズ、凄く硬くて……」
「このままじゃ、僕達の攻撃は通せない……か」

残る小型のフライトノイズを倒しながら、純は旋回する翼獣型ノイズを睨む。

(ノイズとは、ただ人を殺す事に終始する単調な行動パターンが原則のはず……。だが、あの動きは目的を遂行すべく制御されたもの……。そんな事が、ソロモンの杖以外で可能なのだろうか?)

翔はアームドギアを構え直し、周囲のノイズを掃討しながら思案していた。

(フィーネもノイズを操る力を持ってはいたが、ソロモンの杖ほど細かい命令は下せなかった筈だ。それに、了子さんからの言葉通りなら……やっぱり、怪しむべきはウェル博士か)

ノイズ達の統率された動きから見ても、この状況は何者かの意図が働いていると見て間違いない。

現在進行形で、ソロモンの杖が使われているとしたら……まず真っ先に怪しむべきは、今日、一番長く杖の近くに居た人間であるウェル博士だ。
ケースの中身は既に空、という可能性が捨てきれない。

だが、今彼を問い詰めれば状況は悪化するだろう。

もしもウェル博士がソロモンの杖を使い、ノイズを操っていると仮定した場合、列車内にノイズを召喚されればひとたまりもない。

(ここは目の前のノイズに集中し、岩国基地への到着を待つべきだな……)

現在の優先順位を省みて、翔は思考を一時中断すると、列車の前方を確認した。

「あん時みたく空を飛べるエクスドライブモードなら、こんな奴らにいちいちおたつくことなんてねーのに……ッ!」
「ッ!!皆!伏せろッ!!」
「「「ん?うわああああああッ!?」」」

翔の声で他の3人は、車両の前方を確認する。

そこには、なんと……トンネルが目前まで迫っていた。

「くッ!!」

翔と響は足元を踏み抜き、車内の廊下へと着地する。

一方、純は盾を素早く小型化すると、翔達が空けた穴へとクリスを抱えて飛び込んだ。

「あっぶねぇ……大丈夫か、クリスちゃん?」
「助かったッ!ありがとな、ジュンくん」

純の腕から降り、顔を見合わせるクリス。
一瞬だけ、お姫様抱っこの状態だったのを、翔と響は見逃していなかった。が、今は敢えて口を閉ざす。

「それにしても……クソッ!攻めあぐねるとはこういう事かッ!」
「何とか、一気に倒す方法を考えないとな……」

悔しげに拳を手のひらに突き合わせるクリス。
純も顎に手を当て、策を捻り出そうとする。

実際、翔も悩んでいるところだ。
さて、あの硬さと突破力……どうしたものか。

「あ、そうだッ!」
「なんだ?何か閃いたのか?」
「師匠の戦術マニュアルで見た事があるッ!こういう時は、列車の連結部を壊してぶつければいいって!」
「はぁ……おっさんのマニュアルってば面白映画だろ?そんなのが役に立つのかよ……」

予想に反したぶっとび回答に、クリスは呆れ気味だ。
しかし、そこで翔は合点がいった様に指を鳴らす。

「いや、行けるかもしれないぞ!」
「本当か、翔?」
「ノイズに車両をぶつけたって、あいつらは通り抜けて来るだけだろ?」
「ふっふ~ん、ぶつけるのはそれだけじゃないよッ!ねっ、翔くん!」

互いに顔を見合わせる翔と響に、クリスは訳が分からず純に助けを求める。

純は、二人の表情から確信めいたものを感じ取ると、クリスの方を見ながら言った。

「ここは二人に任せようぜ。翔がこういう顔してる時は、大体上手くいくからな」
「ジュンくんがそこまで言うなら……任せてやるよ」
「急いで!トンネルを抜ける前にッ!」

四人は急ぎ足で、更に前方の車両へ乗り移る。

クリスが列車の連結部を撃ち抜き、破壊すると、響は両脚を曲げて連結機同士の間に挟まる。

「サンキュー、クリスちゃん!」
「本当にこんなんでいいのかよ……?」
「後はこ、れ、でぇぇぇッ!」

響は両手で前方車両に掴まって身を支え、両脚で勢いよく後方車両を押し出した。

切り離された車両は勢いよく、列車の反対方向へと進んでいく。

列車を追ってきた翼獣型ノイズは予想通り、位相差障壁で列車を通り抜ける。

「君だけを(守りたい)だから……飛ぉぉぉべぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

しかし……そのスピードはトンネル外を飛んでいた際に比べ、確実に落ちていた。

車両を透過してきた翼獣型ノイズが、その頭部を覗かせた瞬間を見計らい、響はブースター付きの巨大なナックル型に展開させていたアームドギアを握り、一気に加速した。

パワージャッキの性能も大幅に向上したナックルは、内部のギアが放電しながら高速回転し、響の拳撃の威力を引き上げる。

〈我流・撃槍烈破〉

拳が命中した直後、強力な衝撃波と共に獣型ノイズは爆散した。

その爆風に飲まれ、周囲のフライノイズ達も次々と炭化していく。

響の背後からは翔がアームドギアを構え、響が倒し損ねたノイズに備えていたものの、閉鎖空間ないでの爆発に巻き込まれた事で、どうやら全滅したらしい。

トンネルの入口からは、爆風と共に煙が押し出され、まるで勝利の狼煙のように空へと立ち上っていく。

いつの間にか雨は上がり、空を覆い尽くしていた黒雲は晴れ、昇り始めた太陽が響を背後から照らしていた。

「未来見上げ 凛と立ってきっと花に生まれると信じて……!」
「掃討完了、お疲れ響ッ!」

アームドギアを収納した翔は、同じく右手の篭手を元の形状に戻し、排熱を終えた響に駆け寄り、ハイタッチを交わした。



そんな響を、クリスは列車の後方から驚いた顔で見つめていた。

「閉鎖空間で相手の機動力を封じた上で、遮蔽物の向こうから重い一撃……。あいつ……バカなのに……」
「立花さんも、日々成長してるって事さ」

純もまた、戦闘の終了を確認してギアを解除し、クリスの肩に手を置きながら親友達の方を見つめる。

「僕としては、あのやり取りだけで立花さんの作戦を理解した翔も凄いと思う。互いをよく知り、信頼しあっているからこそ出来る事だもの」
「あ、あたしとジュンくんだって、あれくらい!!」
「勿論出来るさ。僕とクリスちゃんならね」

自分達だって負けてない、と張り合おうとするクリスに微笑ましさを感じ、純の手が自然とクリスの頭に伸びる。

頭頂に乗せられた優しい手に、クリスは頬を赤く染めながら撫でられるのだった。



(さて、これでノイズは振り切った。後はウェル博士をどう締め上げるか……。どうやってカマかけてやったものか……)

響と二人、勝利の余韻に浸りながらも、翔は今回の黒幕について考えていた。

ウェル博士以外の第三者という線も考えたが、やはりチラつくのは、任務の前日に入院中の了子から聞いた一言だった。

(響達にも共有しておきたいんだけど、博士に怪しまれる可能性が高いしな……。響は素直すぎるし、雪音は掴みかかりかねないし……。でも純なら或いは──)

「あッ!?翔くん、大変ッ!!」
「ん?ああ、どうした!?」

響の叫びに、思考を一時中断する。
何事かと思えば、響が指さす方向には……遠ざかっていく列車の後ろ姿があった。

「わたし達、置いてかれちゃうよ!!」
「しまった!!響、走るぞ!今ならまだ、全力ダッシュとギアのジャッキで間に合う!!」
「あーん!かっこよく決めたのに~!これじゃ台無しじゃーん!」
「走れー!全速前進だ!」

こうして、翔と響はなんとか列車に追い付いたものの、しばらくの間は息も絶え絶えで動けなかったという……。



── 彼らはまだ知らなかった。この事件が新たな事変への序曲だという事を……。 
 

 
後書き
さて、久し振りの伴装者本編は如何でしたでしょうか?
楽しんでいただけたのでしたら、コメントや評価、レビューなど書いて頂ければ励みになります。

さて、今回は春休みを利用して、ひと月前から執筆した上での予約投稿という形式を取っております。
無印編書いてた頃と同様、毎日更新する気満々なのですが、新学期で更新が滞る可能性を考慮するとこのくらいの備えは必要だと思いまして。

はいそこ!「アニメじゃないんだから!」って?
その言葉が聞きたかった!!w
というわけで、これからも応援よろしくお願いします!

さて、次回はウェル博士に注目ですw
お楽しみに!  

 

第2節「争乱へのシンフォニア」

 
前書き
第二話、今回のハイライトは勿論あの人!
そう、皆大好き英雄志望のマッドサイエンティスト!

流石は二次創作家泣かせな杉田キャラ。原作にない台詞言わせようとすると、あのはっちゃけっぷりまで再現しないといけないから物凄く大変ですw
少しでもあの人らしく描けてるといいのですが……まあ、大丈夫だと信じましょう。

それでは、英雄劇場の開幕です。どうぞお付き合い願います。 

 
「これで搬送任務は完了となります。ご苦労さまでした」
「ありがとうございます」

岩国基地のゲート前にて、米軍から渡されたタブレットに判を押した友里は握手を交わす。

これにて、ソロモンの杖の搬送任務は完了。この後は、ウェル博士の手により研究が進む事となるだろう。

「いやー、良かったです。あの後はノイズもなく、順調な旅路で」
「そうだね。これなら、翼さんのライブにも余裕で間に合うよ」

翔やクリス、純と顔を見合わせる響。
特に響は、既に今夜開催される翼のライブが待ちきれないらしく、ウズウズと抑えられない気持ちを全身で表していた。

そんな四人を、ウェル博士が微笑みながら見つめる。

「確かめさせていただきましたよ。皆さんがルナアタックの英雄と呼ばれる事が、伊達ではないとね」
「英雄ッ!?わたし達が?」

ウェル博士からの賛辞に、響は自分を指さし、照れ臭そうに頭を搔いた。

「いやー、普段誰も褒めてくれないので、もっと遠慮なく褒めてください。むしろ褒めちぎってくださ──あいたッ!?」
「このバカッ!そういうところが褒められないんだよッ!」

調子に乗ってもっと、もっとと手を振る響。
その頭に、クリスは溜息とともにチョップを叩き込んだ。

「痛いよぅ……クリスちゃん……」
「あはは……お騒がせします」
「フフッ、いえいえ。良いじゃないですか、年相応の女の子らしくて」

純は今日も変わらずどつきあい漫才を繰り広げる二人を見ながら、ウェル博士に頭を下げる。

だが、ウェル博士は特に気にする事もなく、ただ笑っていた。

「世界がこんな状況だからこそ、僕達は英雄を求めている……」

(ん……?)
(英雄、か……)

ウェル博士の言葉に、翔と友里は違和感を感じ取る。

その言葉は響達にではなく、博士が自分自身に言い聞かせているようにも見えたのだ。

英雄……その言葉について嬉々として語るウェル博士の様子には、何処か子供じみた落ち着きのなさが垣間見えており……。

「そう、誰からも信奉される、偉大なる英雄の姿を──ッ!」

一瞬だけ、その瞳には狂気の色が浮かんだように見えた。

「あははー、それほどでも」

しかし、他の誰もがそれに気付いていないらしく、響に至ってはその言葉を自分達への賛辞として受け取り、頭を搔いていた。

「皆さんが守ってくれたものは、僕が必ず役立てて見せます」

そう言ってウェル博士は、恭しく胸元に手を当てた。

「その事なんですが……ウェル博士。一つ、宜しいでしょうか?」
「はい?」

先程より口を閉ざし、ウェル博士を観察し続けていた翔は、自分の仮説を立証する好機を見計らっていた。

(列車を降りるまで、下手な事は出来なかった。でも、今は米軍の隊員達がいるし、友里さんにもこっそり伝えてある。チャンスは今しかないッ!)

「そのケースの中身、念の為にもう一度確認させてもらえますか?」
「……は、はい?」

一瞬だけ、ウェル博士の表情が引き攣ったような気がした。

「翔くん?」
「お前、まさか……!」
「皆も気付いてたと思うけど、列車を襲ったノイズの動きは明らかに制御されていた。この世界でノイズを自在に操る術なんて、ソロモンの杖以上の物があると思うか?」

そう言って翔は、輸送用のケースを睨んだ。

「まさか、博士を疑っているのかい!?」
「本部から杖を運ぶまでの中で、あのケースに触れたのは友里さん達二課の職員を除いて、ウェル博士……あなた一人だ。ノイズを操り、列車を襲わせた黒幕である可能性が一番高いのはあなた以外に有り得ない」
「証拠はあるのですか?」

ウェル博士は指先で眼鏡の位置を直すと、翔に問いかける。
反射したレンズと手に隠された口元で、その表情は伺う事ができない。

「あの時、俺達が聖詠を唱えた直後だ。ノイズ達が天井に刺さっていたのを、皆覚えているよな?」
「そういや……ッ!?」
「言われてみれば……」
「えっ?どういう事?」

クリスと純が納得する中、響だけが首を傾げている。

「最後尾の武装車両に乗っていた軍の人達は、全員残らず死んでいた。天井を貫通してきたノイズに貫かれて、な」
「ッ!?」
「響、あの時のノイズ達の動き方を覚えているな?」
「貫通しないで……刺さってた……」

そう説明すれば、響も全てに察しがついたらしい。

ケースを持っていた米軍が、慌ててケースの留め金を弾く。
開かれたケースの中には──






──あるべき筈の聖遺物の姿は無かった。

『ッ!?』
「くひッ!」

その場にいる全員の表情が、驚愕に染まる。

しかし、その中で唯一……ウェル博士だけが、口元を釣り上げて笑っていた。

「ウェル博士……?」
「ヒッヒッヒッヒッヒッヒ……。バレちゃいましたか」

ウェル博士の表情は一転。
その瞳には、先程までと同一人物だとは思えないほどの狂気が滲んでいた。

「動かないでッ!両手は頭の後ろにッ!ウェル博士、これは一体どういう事ですか!?」

友里がウェル博士に拳銃を向け、米軍達も銃口を彼へと向けた。

「まさかこうもあっさり、それもこんな劇的にタネを明かされてしまうとは。いつから気づいていたのか、聞かせてくれませんか?」
「昨日、ある人から聞いたんだ。ドクター・ウェルはフィーネと認識がある、ってな」
「櫻井了子ですか……。やれやれ、フィーネもとんだ置き土産を遺してくれたものですねぇ」

任務前日、入院生活中の了子の部屋へとお見舞いに行った翔は、持って行ったソロモンの杖搬送任務の資料に目を通した了子から、ウェル博士の事を聞かされていたのだ。

曰く、優秀だが少々マッドな面を持つ生化学者。

曰く、スイッチが入ると止まらない、ジェットコースターみたいな男。

そして……フィーネがかつて、了子の姿で取り入っていた米国研究機関の一員だ、と。

「てめぇ、一体何モンだッ!」
「そうですねぇ……。折角ですし、改めて自己紹介させて頂きましょうか……ねッ!」

次の瞬間、ウェル博士はコートの袖から取り出した黒い筒を地面に叩きつけた。

「しまっ──」

次の瞬間、周囲が白い煙に包まれた。

「発煙筒だ!!」
「アッハハハハハハハハハハハハハハッ!引っ掛かりましたねぇ!」

ウェル博士が投げつけた、煙を噴出しながら転がる黒い筒。

煙はあっという間に、その場にいた全員の目を眩ませた。

その隙にウェル博士は、スタコラサッサと早足で装者や米軍達と距離を取る。

「構わんッ!撃てッ!」

上官からの命令に、米軍達が慌てて銃を向け直すも、既に博士の手には白衣の内側から取り出した白銀の杖が握られていた。

そう。ノイズを自在に使役する、最悪の完全聖遺物──ソロモンの杖が。

次の瞬間、ウェル博士を囲うように召喚されたノイズ達が実体化する。

そして舞台は整ったと言わんばかりに、博士は右手に杖を携え、左手の人差し指でズビシッ!と装者達の方を指さしながら、改めて自らの名を名乗り上げた。

「天が知る地が知る我が知るッ!僕こそ真実の人ぉぉぉぉぉッ!ドクター・ウェルゥゥゥゥゥッ!!」

声高らかに名乗りを終え、ウェル博士は満足気に笑った。

「そんな……わたし達を騙してたんですかッ!?」
「言ったじゃないですか。これは僕が必ず人類の役立ててみせる、ってねぇ」
「それで方便のつもりたぁ、しゃらくせぇ!」
「何のつもりでこんな……ッ!」

困惑、怒り、疑念。装者達の間に様々な感情が渦巻く。

それでもなお、ウェル博士の表情から笑みが消えることはない。

まるで、自分こそがこの場の主役であるかのように、彼は怖じる事無く語り続けた。

「目的?そうですねぇ……僕の、いえ、“僕達”の目的はただ一つですよ。まあ、今はまだ語るべき時じゃあないんですけどね」

(僕達……だと?)

ウェルの言葉に、翔は眉をひそめる。
これはウェル個人による犯行では無い、という事なのだろうか?

「さて、これで僕のお仕事は終了です。後は適当にノイズとでも戯れててください」
「ッ!逃がすかてめぇッ!」
「クリスちゃんッ!待つんだッ!」

踵を返して立ち去ろうとするウェルに、クリスが走り出す。

ウェルがソロモンの杖を一振りするのと、クリスがペンダントを手に聖詠を口ずさむのは、ほぼ同時だった。

「──Killter Ichaival tron──」

イチイバルのシンフォギアを纏い、アームドギアを手に走るクリス。

彼女に向かって真っ直ぐに、ノイズ達は襲い掛かる。

「僕達もッ!」
「友里さん、避難誘導を頼みますッ!」
「任せるわッ!」
「わたし達で止めなくちゃッ!」

ウェル博士は更にノイズを召喚しながら、基地の外へと走り去ろうとしている。

「待ちやがれッ!!」

自身を取り囲むノイズを蹴散らし、ウェル博士を追いかけようとするクリスを追い越して、純は叫んだ。

「ここは僕に任せろ!クリスちゃんは残って、皆をサポートしてくれッ!」
「けど……!」
「君の力が必要なんだ!クリスちゃんのイチイバルで、君の歌で、少しでも多くの人をノイズから守ってくれ!」
「ッ!ジュンくん……」

周りを見れば、米軍の隊員達もまた、通常兵器でノイズと応戦している。
しかし、弾は全て位相差障壁に阻まれ、このままではその身体を炭素へと分解されてしまうのは明らかだ。

「くッ!てめぇらの相手はあたしらだッ!!」

離れた場所のノイズ達へと狙いを定め、引き金を引く。

(あたしの歌で守れ、か……。ジュンくんはやっぱり、あたしの王子様なんだな……)

純からの激励を受け、クリスは迷わずその引き金を引き続けた。



「アキレウスの瞬足から、逃げられる奴はいねぇッ!」

純は迫るノイズらを、振るう盾でなぎ倒しながらウェル博士を追跡していた。

このままでは埒が明かない。一気に距離を詰めなければ……。

そう判断した純は、踵のジャッキを起動させる。

思いっきり一歩踏み込むと、ジャッキは勢いよく伸縮し、アスファルトにハッキリと足跡を残しながら、純はその身を跳躍させた。

ウェル博士の頭上を飛び越えてのショートカット。
空中で身体を反転させると、着地姿勢を整える。

次の瞬間、純はウェル博士の十数メートル先に降り立った。

「なッ!?」
「僕とアキレウスから逃げようなんて、2万年早いぜッ!」

そのまま純は、もう一度瞬間加速して真っ直ぐ、ウェル博士の方へと突き進む。

「うわああああああッ!?」

狙いは右手に持つソロモンの杖。
だが、純の手が届くよりも一瞬早く、ソロモンの杖からは緑色の閃きが放たれた。

「──なーんてね、くひッ!」
「くッ!?」

博士を取り押さえるために減速していたため、純は召喚されたノイズにはね飛ばされる。

一瞬地面を転がるも、受身を取り、直ぐに体勢を立て直す。

だが、博士は更なるノイズを召喚していた。

「生憎、君に捕まる僕じゃないのさ。ほーら、こいつと楽しく遊んでいなよッ!カモンッ!」

出現したのは、巨大な芋虫のような特徴を持つ強襲型ノイズ……ギガノイズだ。

「それじゃ、今度こそ帰らせてもらいますよ。僕は残業はしない主義でしてね。アデォオ~~~スッ!」
「待てッ!ぐっ……!?」

ギガノイズが吐き出す溶解液に阻まれ、ウェル博士を追いかける事が出来ない。

博士の後ろ姿を見失い、純は歯噛みしながらギガノイズの方を向き直った。

ff

その頃、都内のライブステージでは、設営が着々と進んでいた。
今日の夕刻、日の入りと共に開催される『QUEENS of MUSIC』は、世界の主要都市へと生中継される大規模なイベントだ。

中でもメインイベントは、日本が世界に誇る羽撃きの歌姫と、デビューからたった二ヵ月ほどで全米ヒットチャート第一位へと上り詰めた気鋭の歌姫。
その二人による、一夜限りのスペシャルデュエットである。

イベントスタッフ達はせかせかと会場のあちこちを、右へ左へと動き回っている。

スクリーンに表示するド派手なエフェクトや、ステージの両脇から噴き上がる火柱など、歌姫達の舞台を盛り上げるための仕掛けの最終チェックが行われ、会場内は本番へと向けた関係者らの熱意で満ちていた。

その会場内で唯一誰もいない観客席の中腹にて。
すらりとした細長い脚を組み、カジュアルな私服の下からでも自己主張する豊満な胸の下で腕を組みながら、静かに鼻歌を口ずさんでいる一人の少女がいた。

薄桃色のロングヘア―を頭頂で猫耳のように纏め、そこに青い花の意匠の髪飾りを挿した少女の顔立ちはその名前に相応しく、まさに聖母のような美しさを湛えていた。

会場を見渡しながらハミングを続けていた少女だったが、ピリリ、ピリリと単調な着信音が耳に届いた瞬間、その切れ長の目が一層鋭くなる。

一昔前のスライド式携帯電話……いわゆるガラケーを耳に当てると、彼女にとっては聞きなれた老年の女性の声が、淡々と通達した。

『こちらの準備は完了。サクリストIの欠片も回収が完了しています。後はサクリストSが到着次第、始められる手筈です』
「グズグズしてる時間は無いわけね」

少女は席を立ちあがり、誰にともなくその言葉を告げる。


「OKマム。メインイベントの後、派手に花火を打ち上げましょう」

通話を終え、ガラケーを仕舞った少女。そのタイミングを見計らい、後方から一人の青年が歩み寄る。

「いよいよ、だな」
「ええ。そっちもお疲れ様」
「いや、そこまで苦労はしなかったよ。ただ、帰る時にちょこっと挨拶しただけさ。堂々と忍び込んで盗んだんだ。アピールは大事だろう?」

日に焼けたような褐色気味の肌と灰色の髪。少女より10cm以上高い背丈で、右手に黒い皮手袋をした青年は、その赤い瞳を片方閉じて首を傾ける。
茶目っ気溢れる、綺麗なウインクだ。

「はあ……それで予定が遅れたら意味ないでしょう?」
「俺が仕事に遅れるとでも?」
「それは……確かに、あなたのスケジュール管理が徹底してるのは認めているけれど……」
「君の歌は、俺にとっても大事なものなんだ。何があっても裏切るもんか」

そう言って、青年はニカッと笑う。
少女は呆れたように、それでいて何処か安心したように溜息を吐いた。

「さて。それじゃあ始めようか、マリィ。いや……()()()()

フィーネ、と呼ばれた少女……米国の歌姫、マリア・カデンツァヴナ・イヴの表情は、その一瞬で厳しいものへと変わった。

「ええ……。私達で、世界最後のステージの幕を上げましょう」

マリアのマネージャーを務める青年……ジョセフ・ツェルトコーン・ルクスは、右手に持ったトランクの取っ手を静かに握りしめた。 
 

 
後書き
というわけで、第二話でした。

了子さんは諸事情あってまだ入院中です。
ウェル博士の事についてハッキリと警告できなかったのも、記憶の混濁でF.I.S.に関する情報がハッキリしていないからだったりします。
具体的には、搬送任務の資料で名前を見た時に初めて思い出したくらい。
フィーネの記憶が引き継がれたとはいえ、何かしら切っ掛けがなければ引き出せないのです。

次回はおがつば登場。ついでに、次回からは後書き恒例のアレも復活させていこうかなと思います。
後書き劇場第1話は、やはりしなフォでも話題だったあのシーンこそが相応しいでしょうw
それでは、次回もお楽しみに! 

 

第3節「ガングニールの乙女」

 
前書き
第3話、ライブ回です。

毎回一番苦労してるのは、原作と流れが変わらない回にどんな変化を与えるかで試行錯誤する事。
大きな変化がないときは、細かいところで違いを出すことにしています。

具体的には、同じセリフでも心情が違うため、ニュアンスが変わってたりとか。
サブタイも原作とちょっと違うって?
だって「ガングニールの少女」は、マリアさんが企画段階では未成年だった設定の名残だもの。
二十二歳で「少女」は流石に無理が……ウワッ!?ナニヲスルー!ハナセー!!

そういった小さな違いも探して、楽しんでいただければ幸いです。
それでは推奨BGMは「Dark Oblivion」、「不死鳥のフランメ」でお届けいたします!どうぞ! 

 
『はい、既に事態は収拾。しかしウェル博士は逃亡。そして、ソロモンの杖もまた……』
「そうか……。分かった。急ぎこちらに帰投してくれ」

友里からの報告を受け、弦十郎は腕組みする。

「ウェル博士はF.I.S.に所属する研究者。それがこの様な行動に出るとは……一度、米国側に問い合わせる必要がありそうだな」

弦十郎は職員らに指示を出すと、緒川へと通信を繋いだ。

ff

『QUEENS of MUSIC』のステージ裏にて。本番を待つ翼に聞こえないよう、緒川は声を潜めて通信していた。

「──状況は分かりました。それでは、翼さんを……」
『無用だ。ノイズの襲撃と聞けば、今日のステージを放り出しかねない』
「そうですね。では、そちらにお任せします」

「司令からは一体何を?」

緒川が端末を仕舞う瞬間を見計らい、翼は緒川へと声をかける。

緒川は翼の方を振り返ると、外した眼鏡を胸ポケットに仕舞いながら微笑んだ。

「今日のステージを全うしてほしい、と」
「はぁ……」

それを聞いた翼は溜息を一つ吐くと、緒川をジト目で見ながら近寄り、先程眼鏡を仕舞った彼の胸ポケットを指さしながら言った。

「眼鏡を外したという事は、マネージャーモードの緒川さんではないという事です」
「あっ……」
「自分の癖くらい覚えておかないと、敵に足元を掬われ──」
「お時間そろそろでーす!お願いしまーす!」
「はい!今行きます!……あ」

翼からの小言は、スタッフからの呼び出しに遮られて中断される。

「傷付いた人の心を癒すのも、翼さんの大切な務めです。頑張ってください」

緒川に満面の笑顔でそう言われてしまっては敵わない。
誤魔化しではない。翼の歌に関して、緒川はとても誠実だ。

それを誰より分かっているからこそ、緒川のこの顔に翼はとても弱い。

「不承不承ながらも了承しましょう。詳しい事は、後で聞かせてもらいます」

そう言って翼は、衣装の上から羽織っていたパーカーを脱ぎ、特設ステージへと向かって行く。

緒川はそれを静かに見送ると、翼から受け取ったパーカーを楽屋へと持って行くのであった。

ff

『Stand on hallowed ground; reflect inseide. So many questions remain.──』

ライブ会場から、そう離れていない立体駐車場内。

特殊コンテナ車両の車内にて、車椅子に乗った壮年の女性は何かを待ち侘びるような様子で、会場から生中継されているライブの映像を見ていた。

映っているのはマリア・カデンツァヴナ・イヴ。
歌っているのは彼女のヒットソング、『Dark Oblivion』だ。

車内は蛍光色のモニターが幾つも据え付けられており、様々なグラフやデータが表示されている。

画面の中心には、この世のものとは思えない、見方によっては人間の赤子の様なシルエットをした、甲殻生物の幼体のようなものが映し出されていた。

そのモニターのひとつに、メッセージウィンドウが現れる。

内容はラテン語でたった一行だけ。

『SI Vis Pacem,Para Bellum』

ローマ帝国の軍事学者、ウェゲティウスのものとされる格言であり、意訳すると「汝 平和を欲せば 戦への備えをせよ」という意味を持つ。

それを確認すると、女性は微笑む。
その笑みに悪意はなく、ただ、ようやく計画を始める事が出来るという高揚感だけがあった。

「ようやくのご到着、随分と待ちくたびれましたよ」

世界最後のステージの準備は今、着々と進んでいた。

ff

「おお~!さっすがマリア・カデンツァヴナ・イヴ。生の迫力は違うねッ!」

歌い終わり、観客達へと手を振るマリアへのコールが反響するライブ会場のVIP席にて。

未来は弓美、創世、詩織のリディアン三人娘、そして恭一郎、紅介、飛鳥、流星らUFZの四人と共にペンライトを握っていた。

「全米チャートに登場してからまだ数ヶ月なのに、この貫禄はナイスです」
「今度の学祭の参考になればと思ったけど、流石に真似出来ないわ~」
「いや、それは最初っから無理だと言ったと思うんだが……」
「も~、飛鳥はホンット頭硬いんだから!最初っから無理って決め付けてたら、出来るものも出来ないでしょ?」

ペンライトを両手にはしゃぐ弓美に、詩織と飛鳥が呆れながらもツッコミを入れる。

流星と紅介は静かにステージを見つめていた。

「マリアさん……すっげぇ綺麗だなぁ……。胸もデカいし」
「どーこ見てんのよムラコー」
「あいだっ!べっ、別に良いじゃねぇか!男はでっけぇパイオツにゃ弱いんだよ!」
「……まさか、ムラコーが奏さん推しだったのって、そういう……?」
「それとこれとは別・問・題ッ!奏さんはそれ以上に、あの姐御口調と綺麗な歌声のギャップにグッとキたの!」
「わかった、わかったから落ち着いてって!」

紅介の面倒臭い所を刺激したと察した創世は、今度は流星の方へと声をかける。

「リュー、まさかあんたもムラコーと同じ事考えてたりしないよね?」
「……猫耳……動きそうに、ない……」
「……え、そこ!?」
「だから、あれはそういう髪型なんだよって言ったじゃねーか!」
「でも、あんなにボリュームあると……むしろ、ただの髪型って方が違和感……」
「いや、分からなくはないけどさぁ……。もしかして、リューってそういう趣味あるの?」
「えっ?なになに?流星もしかして、猫耳とか興味あるの!?」
「君たちそろそろ静かにしろ!次の曲が始まるだろう!」

流星の発言に困惑する創世とツッコミを入れる紅介。
猫耳という言葉に反応してハッスルする弓美と、暴走し始めた面々を慌てて止めようとする飛鳥。

賑やかな面々がはしゃぐ中、未来は腕時計を見ていた。

時刻は既に5時半を過ぎてしまった。
待ち人はついぞ、約束の時間に間に合わなかったらしい。

「まだ、ビッキーから連絡来ないの?メインイベントが始まっちゃうよ?」
「うん……」
「折角風鳴さんが招待してくれたのに、今夜限りの特別ユニットを見逃すなんて……」
「期待を裏切らないわね、あの子ったら」

心配の色を浮かべ俯く未来の肩に、恭一郎が優しく手を置く。

「翔も純も、雪音先輩だって付いてるんだから心配ないよ、きっと」
「うん……」
「ほら、立花さん達の分まで楽しまないと!きっと立花さんも、小日向さんが笑ってくれてる方が喜ぶはずだし……ね?」
「ありがと、加賀美くん」

自分を思って声を掛けてくれる恭一郎。
その優しさに、未来は少しだけ微笑んでみせた。



ちょうどそこで、会場のライトが一瞬暗くなる。

それを合図に、客席は次々に青と白のペンライトの色で染まっていく。

大型モニターの画面が『Maria×Tsubasa』へと切り替わり、上昇していくステージの上に立つ二人の歌姫が観客達の前に姿を現した。

「見せてもらうわよ、戦場に冴える抜き身のあなたをッ!」

マリアの衣装は先程の黒を基調とした、肩や臍が露出したドレスから一転。
白を基調とした、西洋騎士風のものへと変わっていた。

一方、翼の衣装は黒と暖色を組み合わせた振袖風の衣装であり、左腕の袖は振る度に羽根のように広がる。

そして、二人のマイクはレイピアのようなスタンドになっており、まるで歌姫達は戦場で剣を交えるかの様に舞い踊っていた。

欠片が土星のように輪を描く、欠けた月の下で。

『3、2、1!Ready go!』

二羽の不死鳥が舞い上がる。

「誰にも」
「負けない」
「「不死なるメロディー 輝けTrue heart~♪」」

立体映像により投影された炎が、歌姫達の掌で踊り。

マイクスタンドを振るのに合わせ、火の粉が舞う。

観客達は歌詞に合わせたコールと共に、歌姫達へとエールを送る。

「「灯せ……イグニッション!」」

そして、二本のマイクスタンドがステージを突くと、客席の真ん中に伸びる花道の両側から炎が噴き上がった。

歌姫達は花道を駆け抜け、走る彼女達に続くように炎は上がり続ける。

遂にはステージの床に設置されたスクリーンにも、燃え広がる炎が映し出され、歌姫達は炎の中で凛々しく、美しく歌い続ける姿を演出する。

光と炎に彩られたステージ。最新鋭の技術を盛り込んだ、迫力の演出の数々。
まさしくこの『不死鳥のフランメ』を最大限に盛り上げる為のものだろう。

「「歌えPhoenix song~♪」」

ラスサビが終わる瞬間、二人の歌姫はスクリーンに現れた不死鳥をバックに、それぞれの袖や裾をバサッと広げた。

響き渡る歌と不死鳥の鳴き声、舞い散る炎の羽根吹雪。
会場は興奮の渦に包まれ、観客達は拍手喝采。

VIP席の未来達も大興奮でペンライトを振り回していた。

「ありがとう皆ッ!私は──いつも皆から、沢山の勇気を分けてもらっているッ!」

翼からの言葉に、観客達が歓声を上げる。

「だから今日は──私の歌を聴いてくれる人達に、少しでも勇気を分けてあげられたらと思っているッ!」

更なる盛り上がりを見せる会場。
続けてマリアも、衣装の裾をはためかせながら、観客達へと言葉を投げた。

「私の歌を全部、世界中にくれてあげるッ!振り返らない、全力疾走だ。付いて来れる奴だけ付いて来いッ!」

会場内のみならず、カメラを通してこのライブを観ている世界中の人々もまた、二人の言葉に胸を躍らせ、拍手をやめなかった。

中には感動のあまり涙を流し、語彙力を失いながら合掌し始めたファンさえいたそうだ。

「今日のライブに参加出来たことを感謝している。そして──この大舞台に日本のトップアーティスト、風鳴翼とユニットを組み、唄えた事をッ!」
「私も、素晴らしいアーティストに巡り会えた事を光栄に思う」

マリアに歩み寄り、翼はその手を差し伸べる。

それを見たマリアは不敵に笑い、翼の手を取ると握手を交わした。

日本と米国、二国を代表する歌姫同士の握手に、会場の興奮は絶頂へと達していた。

「私達が伝えていかなきゃね、歌には力があるって事を──」
「それは、世界を変えていける力だ」

するとマリアは翼に背を向け、ステージの下手側へと歩いて行く。



「そして、もうひとつ──」

前髪で目元が隠れたマリアの口元に、怪しい笑みが浮かぶ。

翼が疑問を抱くその瞬間、マリアが再び衣装の裾をはためかせた。

その瞬間、ステージの前に黄緑色の光の柱が幾つも上がる。

現れたのは──何体もの人型ノイズだった。

「きゃあああああああッ!」
「ノイズだ!」
「逃げろぉぉぉ!」

「なっ!?」

絶頂の興奮は一瞬にして、ドン底の恐怖へとすり替わった。

悲鳴に包まれるステージの上で、翼は瞠目する。

観客達はパニックに陥り、我先にとノイズから逃げ出そうとする。

二年前の惨劇が繰り返されるかと思われた、その時だった。



「狼狽えるな……──狼狽えるなッ!」

マリアの毅然とした言葉に、会場は静まり返る。
逃げ出そうと躍起になっていた人々も、その足を止めて振り返り、マリアを見ていた。

ff

「──了解です。装者二名、伴装者二名と共に状況介入まで40分を予定。事態の収拾に当たります」

岩国基地からのヘリの中、友里は本部からの通信を受け、装者達に詳細を伝える。

「聞いての通りよ。疲労を抜かずの三連戦になるけど、お願い」

響、翔、クリス、純は頷くと、会場からの中継映像を映し出すタブレットを見つめた。

「またしても操られたノイズ……」
「詳細はまだ分からないわ……。でも、間違いないのは──」
「姉さん達の所に今、ウェルの野郎もいるという事だ」

翔が忌々しげに歯噛みする。
また、姉のライブをノイズが襲った。その事実が、翔にとっては我慢ならないのだ。

「ごめん……僕があの時、ウェル博士を取り逃がさなければ……」
「純のせいじゃないさ……」
「けど、博士に逃げられたのは──」
「ジュンくん」

自分を責める純の言葉を、クリスは有無を言わさず遮った。

「誰だって、たまには失敗する。あたしだってそうだし、ジュンくんだってそうだ。だから、気にすんな。次にあいつに会った時、今度は捕まえてやろうぜ!」
「クリスちゃん……ありがとう」

クリスの言葉に、いつもの笑顔を取り戻す純。

面と向かって向けられた笑顔と感謝に、クリスは頬を赤く染めると顔を背ける。

「おっ、王子様を支えるのも……あたしの役目……だろ……?」

純は微笑むと、ただ静かにクリスの頭を撫でるのだった。

「クリスちゃん、純くんにだけは素直だよね」
「言ってやるな。そっとしといてやろう」

緊急時ではあるが、想い合う二人の邪魔になるまいと、その場の誰もが空気を読んだという。

ff

翼は衣装の襟を外して投げ捨てる。
その下には天羽々斬のギアペンダントが光る。

「怖い子ね。この状況にあっても、私に飛びかかる機を窺っているなんて」

しかし、マリアは動じない。
不敵な笑みを浮かべたまま、自分を睨みつける翼の視線を受け続けている。

「でも逸らないの。オーディエンス達がノイズからの攻撃を防げると思って?」
「くっ……」
「それに──ライブの模様は世界中に中継されているのよ? 日本政府はシンフォギアについての概要を公開しても、その装者については秘匿したままじゃなかったかしら? ねぇ、風鳴翼さん?」

しかし翼もまた、マリアの方を毅然と睨んだまま、怯まずに返答する。

「甘く見ないでもらいたい。そうとでも言えば、私が鞘走る事を躊躇うとでも思ったか!」
「フッ……あなたのそういう所、嫌いじゃないわ。あなたのように、誰もが誰かを守る為に戦えたら、世界はもう少しまともだったかもしれないわね」

翼に視線を返すマリアの目には一瞬、深い憂いが見えた気がした。

「……マリア・カデンツァヴナ・イヴ、貴様はいったい──?」
「……そうね。そろそろ頃合いかしら」

マリアはマイクスタンドをクルクルと器用に回すと、視線をカメラに向けて叫んだ。

「私達は、ノイズを操る力を以てして、この星の全ての国家に要求するッ!」

「世界を敵に回しての口上?これはまるで──宣戦布告ッ!?」

マリアの口から出た予想外の言葉に、翼は驚愕する。

だが、翼の……そして、特異災害対策機動部二課の驚愕は、もっと大きなものとなる。

「──そして……ッ!」

マイクスタンドを天高く放り投げると、マリアは──何処か聞き覚えのあるフレーズを口ずさんだ。

「──Granzizel(グランジゼル) bilfen(ビルフェン) gungnir(ガングニール) zizzl(ジージル)──」

次の瞬間、マリアの衣装の襟元で煌めいたのは、見慣れたペンダント……シンフォギアのコンバーターユニットであった。

「まさか──聖詠……ッ!?」

ff

「この波形パターン、まさか!?」

ライブ会場から検出されたアウフヴァッヘン波形。
それを本部のデータと照合していた藤尭は、度肝を抜かれていた。

何故なら、その波形パターンは彼らもよく知っているものと完全に同一だったのだ。

モニターに表示されたその名前に、弦十郎は思わず叫んでいた。

そのギアの識別名、その聖遺物の名は──。

【GUNGNIR】

「──ガングニールだとぉ!?」

ff

それは、形状こそ翼が知っているどちらとも異なっていたが、特徴は同一のものであった。

シンフォギアは装着者に合わせて形を変える。
ガングニールの先代装者である天羽奏と、響が纏う今のガングニールの形も、特徴こそ近いが形状は全く違う物だ。

奏と響、二人のガングニールとの大きな違いを挙げるとすれば……そのガングニールは、全体的に黒かった。

奏のガングニールは、今の響より黒の比率こそ多めであったが、それでもここまでではなかった。

マリアのガングニールのカラーリングは、黒字にオレンジを差した。そういった方が適切だろう。

そして、それ以上に目立つのは彼女の身体を覆う程の、大きな黒いマントだ。

もう一つの、漆黒のガングニールを纏ったマリアは落下してきたマイクスタンドを受け止め、改めて名乗りを上げた。

二課の面々の耳に懐かしい、三ヶ月前にこの世を去った彼女の名を……。



「私は……私達は“フィーネ”。終わりの名を持つ者だッ!」 
 

 
後書き
QUEENS of MUSIC本番前、昼食後、楽屋にて。

(ノック音)
翼「ん?」
緒川「誰でしょう?」
マリア「邪魔するわよ」
ツェルト「失礼する」
緒川「マリアさん!それに、マネージャーの……」
ツェルト「ジョセフ・ツェルトコーン・ルクス。ジョセフで構わない」
翼「どうかしたのですか?」
ツェルト「マリィ……いや、マリアが本番前に君へ挨拶を、とね」
翼「私に?」
マリア「今日はよろしく。精々私の足を引っ張らないように頑張って頂戴」(*`ω´)フフン
翼「ひとたび幕が上がれば、そこは戦場。未熟な私を助けてくれると有難い」(手を差し伸べる)
マリア「フッ……続きはステージで。楽しみにしているわよ」(ササッと退室)
ツェルト「えっ?(あれ、短っ!?)あっ……まあ、そういう事だ。お互いにとって、良いステージになる事を祈っている」
緒川「ええ。こちらこそ、よろしくお願いします」
ツェルト「では、我々はこれで」(退出)
翼「……なんだったんでしょう、今の?」(ぽかーん)
緒川「さ、さあ……?」

マリア「あれが、その筋では有名な日本政府のSAKIMORIとNINJA……!間近で見たらとんでもない迫力……あんなのとやり合わなきゃいけないなんて、無理よマム!うぅ……高級食材食べて、ちょっとばかり強気で高飛車になれた気がするけど、その気になれただけでどうにかなったら誰も苦労しないわよぉ~~~!うぅぅ……」
ツェルト(マリィ……無理しやがって……。やはりマリィのモチベ維持には、良質な食事が不可欠か……)

しないフォギアGのヘタレ全開なマリアさん、可愛いですよね。
まあ、本編でヘタレてたのが発覚するのはだいぶ先なんですけどね(笑)

今回で原作第1話の分が消化完了。次回からは原作2話に入っていきます。
第2話といえば……そう、割と可愛いあの二人が遂に登場デース!
それでは、また次回をお楽しみに! 

 

第4節「胸に力と偽りと」

 
前書き
さて、今回の見どころは……

きりしら出るぞー!
(頑張って悪人面してる)マリアさんも無双してるぞー!

あと、蕎麦の人も出るぞー!(笑)
それじゃG編第4話、行ってみよー! 

 
「なんだぁ!?」
「黒い……ガングニール!?」
「第四のシンフォギア、だとぉ!?」
「それに、フィーネだって!?」
「どういう事なの……!?」

ライブ会場へと向かうヘリの中、響達もまた驚愕する。

カメラの向こうで、マリアが黒いガングニールをその身に纏い、その上で確かに“フィーネ”と名乗ったのだ。

困惑に包まれながら、ヘリは空を往く。
ライブ会場到着までの時間は、残り20分……。

ff

「我ら武装組織フィーネは、各国政府に対して要求する。そうだな……さしあたっては、国土の割譲を求めようかッ!」
「バカな……」

誰もが抱いた率直な言葉が、翼の口をついて出た。

あまりにも無茶苦茶な要求だ。
身代金に国土の割譲を要求するテロリストなど前代未聞である。

控えめに言っても、とても現実的ではない。

「もしも24時間以内にこちらの要求が果たされない場合は、各国の首都機能がノイズによって不全となるだろう」
「……どこまでが本気なのか」
「私が王道を敷き、私達が住まうための楽土だ。素晴らしいと思わないか?」

独裁者が民達へ向けて宣言するかの如く。
マリアは両腕を広げて胸を張った。

ff

丁度その頃、特異災害対策機動部二課には、防衛省からの映像通信が入っていた。

『へっ、しゃらくせぇな。アイドル大統領とでも呼びゃあいいのかい?』
斯波田(しばた)事務次官ッ!」

大好物の蕎麦を啜りながらモニターに映ったのは、日本国外務省の斯波田賢仁(まさひと)事務次官であった。

複雑化極まる現在の世界情勢を相手取り、日本の国益と異端技術の結晶であるシンフォギア・システムを守るべく奔走している、弦十郎のよき理解者の一人である。

『厄ネタが暴れてんのはこっちばかりじゃなさそうだぜ。まあ、少し前に遡るがな』

そう言って斯波田事務次官は、一旦蕎麦を啜る。

彼が無類の蕎麦好きである事は、彼を知る者達には知れ渡っている。
通信中でも蕎麦を食べる事を忘れないので、きっと彼にとって蕎麦とは空気や水と同じものなのだろう。

閑話休題。

『米国の聖遺物研究機関でもトラブルがあったらしい』
「……米国の聖遺物研究機関というと、F.I.S.ですか?」
『なんでも、今日まで解析してきたデータの殆どがお釈迦になったばかりか、保管していた聖遺物までもが行方不明って話だ』
「こちらの状況と連動していると?」
『蕎麦に喩えるなら、オリってことはあるめぇ、まあニハチでそういうこったろう』

斯波田事務次官は、再び蕎麦を啜る。

F.I.S.とは、正式名を米国連邦聖遺物研究機関(Federal Institutes of Sacrist)。二課と同様、秘密裏に聖遺物の研究を進めて来た米国の組織であり、ウェル博士の所属先である。

「一両日中の国土割譲なんて、全く現実的ではありませんよ!」

藤尭の言うことは尤もだ。
要求と代償が比例していないのは、この手の事件では当たり前の事だ。

しかし今回の場合は、人名と身代金などという俗物的な要求の比では無い。
交渉の余地のない、各国に対するデモンストレーションが目的とさえ思える程の暴挙である。

「急ぎ対応に当たります」
『おう、頼んだぜ』

斯波田事務次官が通信を切ると共に、弦十郎は状況の整理を始めた。

(ウェル博士により強奪されたソロモンの杖……。F.I.S.のトラブルに、世界へと向けた宣戦布告……。そして……)

弦十郎が目をやったのは、基地の通信履歴だ。
見つめる先に表示されているのは、ライブ開始前に入った緊急通信。

通信してきたのは、国内に存在するとある聖遺物研究機関。
内容は、保管していた聖遺物が何者かに強奪された事を知らせていた。

幸い施設に大きな被害は出ていなかったものの、盗まれた聖遺物……サクリストIは厳重に保管され、解析が進められていた筈である。

同じ日に、こうも立て続けに事件が起こる──関連性を疑わない理由が、ある筈がない。

(これらが全て、この武装組織によるものであったとして……“フィーネ”か……)

その名前を、弦十郎は頭の中で繰り返す。
そして、その度に顔を顰めるのだった。

ff

「何を意図しての騙りか知らぬが──」
「私が騙りだと?」

翼の言葉にマリアは首を傾ける。

「そうだッ! ガングニールのシンフォギアは、貴様のような輩に纏えるものではないと覚えろッ!」

(ガングニールは立花の……そして、奏の物だッ!)

ガングニール……それは、翼にとって特別な名前。
今は翼の心の中に生きている親友を示す言葉であり、翼を変えてくれた仲間を示すものでもある。

故にこそ、翼は真っ直ぐにマリアを指さして否定し、聖詠を口ずさもうとする。

ガングニールを纏い悪事を成すなど、友への侮辱に他ならないからだ。

しかし──

「Imyuteus ameno──」
『待ってください翼さんッ!』

翼のイヤホンから届く緒川の声が、それを遮った。

『今動けば、風鳴翼がシンフォギア装者だと世界中に知られてしまいますッ!』
「でも、この状況で──」
『風鳴翼の歌は、戦いの歌ばかりではありませんッ! 傷付いた人を癒し、勇気づけるための歌でもあるのです』
「ッ! 緒川さん……」

緒川の声が一瞬、厳しくなった。
その言葉が、逸る翼の心を繋ぎ止める。

(そうだ……私は、こんな所で歌を手放すわけにはいかない。私の歌に励まされたと笑ってくれる人達の為にも!)

「確かめたらどう? 私の言ったことが、騙りなのかどうか」
「……」

マリアからの挑発に耐え、無言で彼女を睨み返す翼。

その眼差しに、マリアは……。

「──なら、会場のオーディエンス諸君を解放するッ! ノイズに手出しはさせない。速やかにお引き取り願おうかッ!」
「何が狙いだ……?」
「フッ……」

なんと、人質の解放を宣言するのだった。

ff

(フィーネと名乗ったテロリストによる、国土割譲の要求……。ノイズを制御する力を振るい、世界を相手にそれなりの無理を通す事も出来るだろう。だが……)

人質の解放を宣言したマリアに、弦十郎は疑念を抱いていた。

自らのアドバンテージをわざわざ手放す意図が読めない。
手放しても問題ないというのなら、始めから人質など取らなくてもよかったのではないだろうか……?

『人質とされた観客達の解放は、順調です』

と、弦十郎の思考はそこで一旦中断される。

「わかった。後は……」
『翼さんですね。それは、僕の方で何とかします』

一人、ステージに取り残された翼はシンフォギアを纏えない状況だ。

その状況からの脱却を緒川に託し、弦十郎は再び思考を再開する。

現場は緒川と翼、そしてヘリで向かっている装者達が何とかするだろう。
ならば、司令である自分に出来るのは敵の狙いを暴き、装者達が動きやすいようにフォローする事なのだから。

ff

『何が狙いですか……こちらの優位を放棄するなど、筋書きにはなかった筈です。説明してもらえますか?』

ゆっくりと、慌てず、順番に、会場から避難していく観客達。
その姿をカメラで確認しながら、マムと呼ばれる車椅子の女性はマリアに問いかける。

「このステージの主役は私。人質なんて、私の趣味じゃないの」
『血に汚れることを恐れないでッ!』

マムと呼ばれる女性は、厳しい口調でマリアを咎める。
しかし、マリアはただ沈黙で返すだけであった。

マムと呼ばれる女性は、溜め息を一つ吐くとこう続けた。

『調と切歌を向かわせています。作戦目的を履き違えない範囲でおやりなさい』
「……了解マム。ありがとう」

ff

「ヒナ、わたし達がここに残ってても、足を引っ張っちゃうよ」

創世からの言葉に、未来は振り返る。

「うん、でも……」

「立花さん達だって、遅刻してますけど向かってるんですし」
「期待を裏切らないわよ、あの子は」
「あいつらが帰ってきた時、俺達に何かあったら申し訳が立たねぇじゃねぇか」
「家で嵐が去るのを待つことも、僕達に出来る事の一つだ。それは決して悪い事じゃない」

友人達の言葉は、きっと正しい。

だからこそ、何も出来ない自分が恨めしい。

曇り始めていた彼女の本心に、気付く友は一人も居ない。

「そう、だよね……わかった」

恭一郎に手を引かれ、友人達と共にVIP席を後にする。

(響……早く来て……)

立ち去る直前、ステージに残った二人の歌姫と、その眼科に立ち並ぶノイズを振り返る未来の姿。

「小日向さん?」
「……うん」

不安に染まっていた未来の横顔を、恭一郎は確かにその目で見ていた。

ff

「よかった!じゃあ、観客に被害は出ていないんですね?」

響がほっと胸を撫で下ろす。
翔も心做しか、何処か安心したような溜め息を吐いていた。

『現場で検知されたアウフヴァッヘン波形については現在調査中。だけど、全くのフェイクであるとは……』
「……わたしの胸のガングニールが、無くなったわけではなさそうです」

自身の胸、フォルテ型の傷痕の場所に手を当てながら、響はそう言った。

『もう一振りの、撃槍……』
「それが……黒いガングニール……」

改めて、ガングニールのシンフォギアが二つ存在している事を認識した一同は、画面の奥で翼と睨み合うマリアの姿に目をやる。

中でも翔の表情は、姉への心配と焦燥の色が伺えた。

「姉さん……くっ、カメラの目さえなければ……」
『心配するな。今、緒川が対処に当たっている』
「緒川さんが?」

緒川さんが動いてくれているなら安心だ。
そう確信しながら、翔は時計を確認する。

現場到着まで、あと10分……。

ff

緒川は会場の裏手を全力で駆けていた。

(今、翼さんは世界中の視線に晒されている。その視線の檻から、翼さんを解き放つには──)

向かう先はスタッフの居なくなったカメラルーム。
回線さえ切断出来れば、翼は人目を気にせず戦うことが出来る。

翼の歌女としての人生を、彼女の歌を守るために緒川は走る。

……その途中、進行方向に現れた、手を引いて走っていく二人の少女の姿を緒川は見逃さなかった。

逃げ遅れてしまったのだろうか?
一般人がここに残っているのは危険だ。

緒川は目的地へ向かう前に、少女達に避難を促す為、そちらへと足を向けた。



「やっべぇ!アイツこっちに来るデスよ!」

壁の陰に隠れながら、翠色の瞳をした金髪の少女が慌てる。

前髪には黒いバッテン型の髪留め、服装は肩に白いバツ印が描かれた黒のTシャツに、黄色いフリルのスカート。
両手には黒と深緑のアームウォーマーと、全体的にゴシックパンクな雰囲気のファッションだ。

「大丈夫だよ、切ちゃん。いざとなったら──」
「調ってば、穏やかに考えられないタイプデスかー!?」

首から提げたペンダントを摘み、物騒な発言をしているのは、兎のように紅い瞳をした黒髪ツインテールの少女。

服装は、桜色のニットに黒のプリーツスカート。
こちらは切ちゃん、と呼ばれた金髪の少女に比べて少し背が低いものの、物静かな雰囲気を醸し出す。

金髪の少女は慌てて、調と呼んだ黒髪の少女のペンダントをネックの内側に隠す。
ちょうどその直後、駆け寄ってきた緒川が現れた。

「どうかしましたか? 早く避難を!」
「ッ!」

いきなり現れた部外者を、じーっ……と睨みつける調。
相手への誤魔化し、そして調が物騒な手段に出ないよう、彼女を庇うように前へ出る。

「あぁ、え~っとデスね~……この子がね、急にトイレとか言い出しちゃってデスね~! あははは、参ったデスよ~。あはははは~……」
「えっ……。ああ、じゃあ、用事を済ませたら非常口までお連れしましょう」
「心配無用デスよ~! ここいらでチャチャッと済ませちゃいますから、大丈夫デスよ~!」

しどろもどろになりかけながら、金髪の少女は誤魔化し続ける。

「分かりました。でも、気を付けてくださいね?」
「あ、はいデス~」

そう言って、緒川は会場の奥へと走り去っていった。
迷ったわけでもなさそうな様子、であればこの二人以上に優先すべきは翼の方だ。

やがて、緒川が離れて行ったのを確認し、金髪の少女は溜め息を吐いた。

「はぁ……なんとかやり過ごしたデスかね……」
「じーっ……」
「おっ? どうしたデスか?」
「わたし、こんな所で済ませたりしない……」
「……。さいですか~……」

天然なのか、ボケなのか。
相方の空気の読めていない発言に、少女は苦笑いしながら肩を落とす。

「まったく、調を守るのはアタシの役目とはいえ、毎度こんなんじゃ身体がもたないデスよ~?」
「いつもありがとう、切ちゃん」

少女の顔を覗き込みながら、調は静かに微笑む。

「それじゃ、こっちも行くとしますデスかね」

金髪の少女もまた調に微笑み返し、二人はそのまま走って行く。

向かう先は……翼とマリアが睨み合う、ノイズだらけのステージの方へと。

ff

観客が一人も居なくなったライブステージに、秋の夜風が吹き荒ぶ。

踏みつけられたチラシが舞い、静寂が会場内を支配する中、世界各都市へと中継されたままのカメラは、ステージの上に残る二人の歌姫を映していた。

「帰るところがあると言うのは、羨ましいものだな……」

人っ子一人居なくなった客席を見て、マリアはぽつりと呟いた。

「マリア、貴様は一体……」

だが、翼に声をかけられた瞬間、マリアの表情は再び厳しいものへと変わった。

「観客は皆、退去した。もう被害者が出る事は無い。それでも私と戦えないと言うのであれば──それはあなたの保身のため。あなたはその程度の覚悟しかできてないのかしら?」

挑発的な笑みを浮かべ、マリアは翼を煽り続ける。

ノイズ達もまた、ステージの方へと方向を変えていた。

「──フッ!」

次の瞬間、マリアはマイクを逆手持ちに……つまり、レイピア状に形作られていたマイクスタンドをそのまま武器として構え、翼に肉薄する。

「くっ!」

しかし、剣技で遅れを取る翼ではない。

自身のマイクスタンドも剣に見立て、マリアの振るう剣に応戦する。

繰り出される突きを何度も払い、後退。数度の打ち合いで、剣技では敵わないと判断したマリアは、そのまま回転してマントを翻す。

その動きに合わせ、鋼のように硬質化したマントはマリアの身体を包み込み、マリア自身を軸として回転する刃となって翼を襲う。

防ぐ為に構えたスタンドから火花が散り、マントの硬質化に気付いた翼はすんでの所でそれを回避すると、バク転をしながら距離を取った。

マイクスタンドが割られた竹のように、真っ二つに切断されているのを確認すると、翼はそれを投げ捨てる。

「その程度? ふっ!はぁッ!」

マリアは構わずスタンドを振るい、翼を追い詰めようとする。

武器を失い、翼は防戦一方と化しながらも、その剣戟を全て躱し続けていた。

そして、スタンドが振り下ろされた瞬間、翼は左腕の袖を外し、目くらましとしてマリアの顔へと放った。

(よし、カメラの目の外に出てしまえば──)

「はぁッ!」

視界が遮られた一瞬を突き、翼は舞台下手へと走る。

「させるか!フッ!」

投げ付けられた袖を切り裂き、翼の意図に気付いたマリアはマイクスタンドを投擲する。

狙いは翼の脚、腿の部分だ。

だが、それが見えない翼ではない。

スタンドの先端が腿に命中する寸前、見事なジャンプでそれを避ける。

これでマリアの目論見は失敗した……かに見えた。



ボキッ



着地の瞬間、硬質な物体が折れる軽い音と共に、翼がバランスを崩す。
なんと着地の際、ヒールの踵が折れてしまったのだ。

「あなたはまだ、ステージを降りる事は許されない」

僅かな隙が生じた刹那、マリアは翼の背後を取った。

「それでも降りたいのなら、私が降ろしてあげましょう。はぁーーーッ!」

腹へと繰り出された回し蹴りが、ギアで強化された身体能力を以て、翼の身体を薙ぎ払う。

「がッ……ぐううううううッ!?」

受身を取りながらも吹き飛ばされる翼。
その身体はステージを飛び越え、観客席の方へと飛んでいく。

そして、その先には……獲物が来たと言わんばかりに、ノイズが集まり始めていた。

「──ッ!?勝手な事を──」

マリアの声に、戸惑いがあった事に気付く者は誰もいない。

ノイズの群れの真ん中へと落下しながら、翼は静かに瞳を閉じていた。

(このまま落ちればノイズにより炭化させられてしまう……。ギアを纏えば歌女としての私は終わりだろう……。だからとてッ、このままやられるわけには行かないッ!)

きっと、自分の歌を楽しみにしている人達は悲しむだろう。

きっと、緒川さんはその誰よりも悲しむだろう……。

でも、こんな所で生命を散らす事の方が、彼らへと残す悲しみは大きい。

なにより、ここで死んでは奏に申し訳が立たないのだ。

それならば──

(決別だ……歌女であったわたし……)

生きて、皆の元へと帰る為に。翼は、歌を捨てる覚悟を決める。

死を以て自分に命を繋げた、片翼(とも)の分まで羽ばたく為に……。

「──聴くがいいッ! 防人の歌をッ!」 
 

 
後書き
原作第2話Aパート、クリア!
今回は原作色強め。しかし、おがつば要素を盛ったので、少し原作とは違った見方が出来たのではないでしょうか?
流れは変わらずとも、緒川さんと翼さんの信頼関係や、付き合い始めた分の心境の変化などを感じていただけたのならでしたら幸いです。

そして遂に、きりしら登場。
切ちゃんだけあだ名呼びなので、まだ「金髪の少女」表記ですが、次回辺りで本名になるでしょう。
ついでに斯波田賢仁事務次官も、存在感が濃いめに出てましたねぇ。あの人結構好きですw

次回はイガリマ、シュルシャガナ登場!
そして皆さんお待ちかね、もう一人の主人公がようやく活躍します。乞うご期待! 

 

第5節「装者同士の戦い」

 
前書き
今回はF.I.S.のターンです。

推奨BGMは「月煌ノ剣」、「鏖鋸・シュルシャガナ」です。
この二人……AXZだとユニゾンする組み合わせだなぁ。

あ、それとストックは現在第10話まで溜まってます。
なのでちょっと翔ひびみくR18に挑戦してみようかと思います(唐突)

サワグチさんにも手伝ってもらいつつ、今回は任せっきりにならないように自分で書いた部分も多めになってます。
翔ひびに未来さんが加わる……最初期の没案でしたが、Twitterでポツリと呟いたところ「なにそれ見たい!」と反響がありまして、R18限定世界線として復活させる事となりました。
基本的に1対1での付き合いを至上とする自分の初挑戦。その完成をお楽しみに。

それでは第5話です、どうぞ! 

 
翼がマリアと剣を打ち合わせている頃、中継でその様子を見ていた響達には焦りが広がり始めていた。

「中継されてる限り、翼さんはギアを纏えないッ!」
「オイ!もっとスピード上がらないのかッ!」
「あと10分もあれば到着よ!」
「それで間に合うのかッ!」
「翔……」

翔はヘリの速度と到着時間から、会場までの距離を逆算する。

(くッ……この距離だと途中で墜ちるのは確実……。せめてあと半分は距離を詰めないと……!)

「ッ!翼さぁぁぁぁぁんッ!!」

響の悲鳴で思考を中断し、何事かとモニターを見る。

そこには、ノイズの群れのど真ん中へと投げ出される姉の姿があった。

「ッ!? 姉さんッ!!」

唄わなければ死。

唄えば歌女としての人生が終わる。

そうなった時、姉がどちらを選ぶのかはよく理解しているが、だからこそ翔は叫ばずにいられなかった。

「翼さんは……歌を、捨てるつもりで……」
「姉さん! 姉さぁぁぁぁぁんッ!!」

『──聴くがいいッ! 防人の歌をッ!』



次の瞬間、モニターの画面が暗転した。

「うええええッ!? なんで消えちゃうんだよー! 翼さん! 翼さぁぁん!」

響はモニターを両手で掴んで揺らす。
それを翔が、慌てて止めた。

「待て響! モニターが壊れるぞ!」
「だって翼さんが!」
「落ち着け、画面をよく見ろ」

見れば、画面の真ん中には『NO SIGNAL』と表示されている。
それはカメラの破壊では無く、回線の切断を意味する言葉だ。

「って事はつまりッ!」
「ええ!」
「間に合ったんだ!」
「え?え?」

クリス、友里、純までもが納得する中、一人だけわけが分からない、という風に首を傾げて間の抜けた声を出す響。

翔はクスッと笑うと、どこか自慢げに説明する。

「NO SIGNAL……つまり、中継が遮断されたという事。今あの場でカメラの回線を遮断できる、翼さんの歌が何より大事な人は誰だ?」

「へ? …………あっ!!」

響はようやく納得したように手を叩く。
翔は暗転したモニターを眺めながら、誰にともなく呟いた。

「やっぱり、姉さんにはあなたがいないと……。緒川さんッ!」

ff

「──Imyuteus Amenohabakiri tron──」

翼の身体が青い閃光に包まれ、その身を一振りの剣へと変じさせる。

白地に青、黒を差し色としたインナースーツ。

その上から装着されるプロテクターは、細く、鋭利なパーツが揃う。

両足の側部にはそれぞれウイングを思わせる形状のブレードが備え付けられており、ヘッドギアやサイドテールを纏める髪留めにも、剣の切っ先を思わせるパーツが目を引く。

蒼き剣のシンフォギア……絶刀・天羽々斬が今、抜刀された。



「シンフォギア装者だと世界中に知られて、アーティスト活動が出来なくなってしまうなんて──風鳴翼のマネージャーとして、許せる筈がありません!」

丁度その頃、誰もいなくなったカメラルームにて、自らの成すべき事を果たした緒川は息を切らせながら、そう呟くのであった。



「一つ目の太刀、稲光より最速なる風の如く──」

周囲のノイズを斬り捨てると、アームドギアの刀を大剣へと変形させて跳躍する。

大剣を振り下ろすと、稲光の如き青白い輝きを放つ斬撃が、ノイズを真っ二つに切り裂いた。

〈蒼ノ一閃〉

「二つめの太刀、無の境地なれば──」

続いて両手を地面に着地し、開脚と共に間髪入れず両足のブレードを展開。

独楽のように回転しながら、ノイズを次々と切断していく。

〈逆羅刹〉

「中継が中断された……ッ!?」

呼び出されたノイズの軍勢を次々と蹴散らしていく翼。

周囲を見回し、中継画面が暗転している事に気付いたマリアは予想外の展開に驚いていた。

(……緒川さん、ありがとうございます)

そして、全てのノイズを倒し終えた翼は、再びステージに舞い戻る。

剣を霞の構えで持ち、その切っ先をマリアの方へと向けた。

「……待たせたな。これが戦場の──防人の剣だッ!」

ff

「まだ着かないんですかッ!? このままじゃ翼さんが──」
「落ち着けッ! あいつがそう簡単にやられるわけねーだろッ!」
「うん……でも……」

緒川が回線を遮断した事から、翼が戦っているという事は知っている。
しかし、響は逸る気持ちを抑えられずにいた。

「あと5分で着くわッ! 4人とも準備してッ!」
「了解です!」

友里の言葉に、純はRN式の装着準備を始める。

と、翔が何やら考え込んでいるのに気付き、純は彼に声をかけた。

「翔? どうしたの?」
「5分だから、つまりこの速度で距離は……よし! 行けるぞ!」

翔はシートを立つと、ヘリのドアに手をかけながら、友里の方を振り向く。

「友里さん、俺は先に出ますッ!」
「翔くん、何をッ!?」
「この距離なら、俺のアームドギアの方が先に着くッ! 一足先に飛び降りて、姉さんの救援に向かいますッ!」
「……分かったわ。けど、無茶はしないで!」

無言で頷くと、翔はヘリのドアをスライドさせ、迷いなく飛び降りた。

「──Toryufrce Ikuyumiya haiya tron──」

空中でギアを纏うと、翔はアームドギアである弓を出現させ……頭上へと放った。

次の瞬間、弓は半分ずつに分割されて変形し、分割面は彼のギア背部へと接続される。

一瞬にしてその弓は、まるで背中に生えた羽の様な形へと変わっていた。

弓、刀、琴に続く、アームドギアの新たな形状。
それは、翔をその名の通り空へと翔かせる「翼」の姿。

ただし、エクスドライブモードの飛行能力とは違い、長時間・長距離の飛行には向かないもの。
あくまでも短距離移動……目的地へのショートカットや、跳躍からの滞空がメインの運用方法である。

「いざ、参らん! 姉さんの立つ、戦場へッ!」

翼から噴射されるジェットで加速し、翔はあっという間にヘリを追い越して進んで行った。

向かうは愛する姉の傍。

ライブを滅茶苦茶にされた怒りを握り、翔は翔いて往くのであった。

ff

マリアは翼の振り下ろす剣を華麗に躱し、跳躍と共にマントを翻す。

その瞬間、マントは翼の方へと一直線に伸び、拳を叩き付けるが如く、翼の身を弾き飛ばした。

「──ッ! このガングニールは本物ッ!」
「ようやくお墨を付けてもらった。そう、これが私のガングニール。何者をも貫き通す、無双の一振りッ!」

再び翼の方へと接近すると、マリアは跳躍、回転を繰り返す。

黒いガングニールのマントは、マリアの動きに合わせて変幻自在にその姿を変えていた。

こちらから攻撃すれば、それを弾く強固な盾に。
逆にマリアからは、その一挙手一投足に合わせて標的を自動攻撃する鈍器に。

攻防一体の万能兵装に、翼は少し押され気味だ。

マリアがマントを広げ、再び独楽のように回転しながら翼を襲う。

「だからとてッ! 私が引き下がる道理など、ありはしないッ!」

しかし、翼を相手に同じ手は何度も通用しない。

今度はその刀で、見事にマリアのマントを受け止めていた。

──と、ここでマリアに通信が入る。

『マリア、お聞きなさい。フォニックゲインは、現在22%付近をマークしています』

マムからの言葉に、マリアは瞠目した。

(あと78%も足りてないッ!?)

一瞬の動揺。その瞬間、翼は刀を手放して跳躍する。
刀にかけていた重心が乱れ、マリアは回転をやめて立ち止まった。

この隙を逃さず、翼は展開したギアの腿部分から二本の両刃剣を引き抜くと、柄を繋げて合体させる。

双刃刀型となった翼のアームドギアは、回転と共に刀身へと火炎を灯す。

「私を相手に気を取られるとはッ!」

右手で双刃刀をプロペラのように回転させ、両足のブレードをウイングとして展開し、翼はステージを滑空する。

「幾千幾万、幾億の生命ッ! 全てを握りしめ振り翳す──」

回転と共に激しさを増す赤き炎。
それは烈火の翼が如く、すれ違いざまにマリアを切り裂き燃え上がった。

〈風輪火斬〉

「うっ……ぐっ!?」
「話はベッドで聞かせてもらうッ!」

旋回し、トドメのもう一撃……!

マリアに迫る翼の追い討ち。最早避けるには間に合わないと思われた……その瞬間だった。

月下の宵闇を切り裂いて、小さな影が飛び出した。

ff

その頃、ライブ会場上空。
翔は夜風を切って滑空し続けていた。

目的地はすぐ目の前、このまま開放された天井から降下すれば、戦場の真っ只中に降り立つ事が出来る。

そう思っていた翔だったが……その時、眼下の一点で何かが赤く光った。

「──ッ!?」

身を捩った次の瞬間、赤き閃光が頬を掠め、空へと向けて伸びていく。

「ッ! 狙撃だとッ!?」

射線から狙撃手の居場所を割り出そうとした瞬間、第二射が迫っていた。

「くッ!?」

第三射、第四射と襲い来る赤き閃光。
それが通常兵器では無い事に、翔は気付いていた。

(馬鹿な!? この射程の光学兵器なんて、今の技術じゃありえない! それを可能にする存在があるとすれば……間違いなく、異端技術ッ!)

会場に近付く度に、レーザーが避けにくくなっていく。

しかし、そのレーザーはギリギリ命中しそうでこそあるものの避けられない訳ではない。
そんな絶妙な位置を狙って放たれている事に、翔は気付いた。

つまり、狙撃手は翔を撃墜するために撃っているのではなく、誘っているのだ。

まだ姉や本部が気付いていない伏兵……おそらく、目的はこちらの足止めだろう。

見過ごせばステージで戦う姉や自分を、容赦なく狙撃して来る……。そう気付いた翔は、この見え透いた誘いに乗ることを選んだ。

「だったら……ッ!」

翔はそのまま、ギリギリまで滑空を続ける。

加速が不要になる地点まで到達すると、翔はアームドギアを背部から脱着し、そのまま自由落下へと移行する。

そして会場の外壁へと数発、光矢を射出する反動で勢いを減衰させながら、そのまま外壁を蹴り抜いた。

「っ……とッ!」

蹴り抜いた壁から飛び降り、先程まで観客達が大勢移動していたであろうだだっ広い廊下を数歩進む。

静寂の中、足音がやけに大きく響く。

すると突然、前方の天井に大穴が開き、人影が着地する。
どうやら狙撃手は向こうから姿を現したようだ。

「こちらの誘いに乗ってくれるとは、中々気が利くじゃないか。そういう男はモテる。間違いない」
「……お前は?」

黒字に真紅のインナースーツ。胸部、両肩、両腕、両脚を、その上から黒に一部が銀色のプロテクターが覆っている。
特に目を引くのは、明らかに重装備となっている右腕のアーマーだ。

手首の部分は銀色のリング状になっており、リボルバーのような窪みには、見知った赤いコンバーターが嵌め込まれている。

翔や純の持つそれが腕輪なら、彼のそれは篭手……いや、正確には義手だ。

そして、悪魔の角のような二本の突起が付いたヘッドギア。
それを纏いし者は……マリアと共に居た青年、マネージャーのツェルトだった。

「RN式だとッ!?」
「他人に名前を聞く時は、自分から名乗る。それがこの国のルールだと聞いているが? 違うのか、ファルコンボーイ」

ツェルトは挑発的な笑みを浮かべながらそう言った。

「ファルコンボーイ……?」
「大空を飛びながらやって来たんだ。まさにサム・ウィルソン……ファルコンじゃないか」
「ああ、だから……って、俺はアベンジャーズじゃない! ……特異災害対策機動部二課、伴装者の風鳴翔だ。大人しく投降してもらえると有難いんだが?」

謎のあだ名の理由に納得するも、つい突っ込んでしまう翔。
いきなり飛び出した意外な名前に、調子が狂いそうだ。

「俺はジョセフ、ジョセフ・ツェルトコーン。お前とは友達でもなんでもないから、ジョセフで十分だ」
「ジョセフ……お前は、いや、お前らは一体……」
「さっき彼女が名乗っていただろ? 俺達は武装組織フィーネ、終わりの名を持つ者。そして俺はその装者……いや、お前らに倣うなら伴装者ってわけだ」
「ッ!? 俺達以外の伴装者だと……!?」

ツェルトの右手に握られているのは、黒と赤のレーザーライフル。
どこか見覚えのあるそのアームドギアに、翔はまさかと目を見開く。

「それは……その銃、まさか!?」
「投降はしない。そして……マリィの邪魔はさせないぜ、ファルコンボーイ」

ツェルトはニヤリと笑うと、アームドギアを二丁の拳銃型に変化させ、翔の方へと向けながら走り出した。

ff

「ッ!?」

突如、紅の丸鋸が幾つも飛来し、翼の背後を狙った。

気配を感じた翼は即座に背後を振り返り、飛来する丸鋸を、回転させ続けていた双刃刀で防御する。

その目に映ったのは、黒地に薄紅色のシンフォギアを纏った黒髪の少女。
その耳に聞こえるは、新たな唄であった。

「首を傾げて 指からするり 落ちてく愛をみたの──」

〈α式・百輪廻〉

頭頂部からリボンのような形状のヘッドギアに繋がった、ツインテール状のパーツが展開され、大量の丸鋸を射出する。

更に、黒地に深緑のシンフォギアを纏う金髪の少女が彼女の背後から飛び上がり、その手に構えた大鎌を振りかぶった。

「調だけじゃないデスよッ! アタシもいるデスッ! はッ!!」

(キル)呪リeッTぉ(ジュリエット)

スライドし、三つに分裂した鎌の刃が射出され、左右別方向から翼を狙う。

押し寄せる丸鋸を防ぐ事に気を取られた翼は、避ける事が出来ずにそれを受けてしまった。

「ぐあッ!?」

ステージの縁まで吹っ飛ばされ、翼は地面を転がる。

黒髪の少女は、可動部の少ない円筒状の脚アーマーの足底部から火花を散らしながら着地し、金髪の少女もその隣に降り立つと大鎌を肩に抱えた。

「……危機一髪」
「まさにか間一髪だったデスよ!」
「装者が……三人ッ!?」

それは先程、緒川が出会った少女達であった。

「調と切歌に救われなくても、あなた程度に後れを取る私ではないんだけどね」

二人の間に、倒れる翼を見下ろしながらマリアが立つ。

その口元には、未だに余裕の笑みが見て取れた。

「さて、これで3対1だけど、あなたはどうするのかしら?」

一人で何体ものノイズを相手取り、更にはマリアとの戦闘で、翼には既に疲労が出始めている。
そこに二人の装者が加わるとなれば、翼と言えども苦戦は免れない。

しかし、翼もまた、見下ろすマリアへと不敵な笑みを返して答える。

「貴様みたいのはそうやって──」
「……?」

「見下ろしてばかりだから、勝機を見落とすッ!」
「──上かッ!?」

三人の黒き装者が見上げると、そこにはヘリから降下してくる響とクリスの姿があった。

「土砂降りなッ! 十億連発ッ!」

〈BILLION MAIDEN〉

アームドギアをガトリング砲に変形させたクリスが、黒き装者達を牽制する。

調と切歌、と呼ばれた二人の装者はそれぞれ飛び退き、マリアは身を低くしながら頭上にマントを展開して防御する。

「うおおおおおおおおおッ!」
「──くッ!?」

そこへ、響が落下の勢いを乗せた拳を打ち込もうと迫る。

気付いたマリアは間一髪の所で飛び退くと、響の拳はステージの床に突き刺さり、モニターを砕いた。

「はッ!」
「翼さんッ!」

お返しとばかりに振るわれる、マントによる殴打。
それを避けながら、響は翼を抱えてステージを飛び降りる。

そこにクリスも合流し、横並びになった装者達はそれぞれ睨み合う。

「立花、雪音、翔達はどうした?」
「それが、わたし達より先に降下した筈なんですが……」
「こいつらとは別に、もう一人いるらしい。ジュンくんが援護に回ってる」
「なんだとッ!?」

見当たらない弟を心配する翼に、予想だにしない返答がもたらされる。
どうやら敵は、こちらとほぼ同数の戦力を保有しているらしいのだ。

「ツェルトね。伴装者を足止めしてくれるなんて、流石は私のマネージャー。頼りになるわ」
「だが、それはそちらも同じ事。弟が貴様らの仲間を足止めしてくれているなら、そちらもこれ以上の援軍はないという事ッ! これで互いに同数、勝負はこれからだッ!」
「遅れた分、全力で暴れてやらぁッ!」

私の弟が、奴らに遅れを取るはずなどない。
姉バカじみているが、翼は翔の実力を信じている。

クリスもまた同様に、純の強さを信じているからこそ、自分も負けられないと意気込んでいた。

それぞれの信じる者が戦っているからこそ、二人は闘志を燃やす。

「やめようよ、こんな戦いッ! 今日出会ったわたし達が争う理由なんてないよッ!」

……と、ここで口を開いたのは響だった。

以前も似たような言葉を聞いた気がする、と翼とクリスは思い出す。

響は人間を相手に戦う事に抵抗がある、元来のお人好しだ。
相手が人間となれば、そこが戦場だろうと関係なく、戦うよりも話し合う事での解決を望む。

それは、決して悪い事ではない。二人はそれを、身をもって知っている。

あの時は「戦場で何を馬鹿な事を」と一蹴したが、彼女と手を繋ぎ、話し合ったからこそ今の自分はここに立っているのだ。

だからこそ、二人は響を止めようとは思わない。

止めても無駄だと分かっているし、彼女が自分なりの信念を持ってそう言ってるのだと、今の自分達は知っているのだから。

……だが、黒の装者達は違う。

「そんな綺麗事をッ!」
「──えッ?」
「綺麗事で戦う奴の言う事なんか、信じられるものかデスッ!」

調は響を歯ぎしりとともに、侮蔑に染まった目で睨みつける。
切歌は右手に握った大鎌で響を指しながら、調と同じく厳しい視線を向ける。

その姿は、あの日の翼とクリスによく似ていた。

「そんな……話せば分かり合えるよッ! 戦う必要なんか……ッ!」
「……偽善者」
「……え?」
「この世界には、あなたのような偽善者が多過ぎる──だからそんな…世界は… 伐り刻んであげましょうッ!」

再び歌い始めた調の丸鋸が、響を狙って射出された。

「あ──ッ!」

装者同士の戦い。その火蓋は、対話の観念を生温いと一蹴された上で、容易く切って落とされてしまった。 
 

 
後書き
ってなわけで、とうとうきりしら参戦!
きりしら推しの皆さん、お待たせしました!イガリマ、シュルシャガナ、ようやく登場です!

それからツェルトのRN式もようやくお披露目できましたね。モチーフはダークメフィスト+ダークルギエル、義手の部分はジードライザーモチーフです。
どっからどう見ても「ダークヒーロー感あふれるヒール」な選び方ですね、ええw
そして彼が使用している聖遺物は……おっと、今はまだ伏せておきましょう。
敢えて沈黙することで、読者の想像を掻き立てるのもまた一興。

次回は翔、純VSツェルトの伴装者対決になります。ご期待ください! 

 

第6節「鋼の腕の伴装者」

 
前書き
今回はツェルトの初バトル!

企画段階ではRN式Model-D(デュエット)という仮称だった彼のRN式にも、正式な名前が付きました。
今回はオリジナルシーンなので、BGMはご自由に。

それでは、どうぞお楽しみください! 

 
「はあッ!たあッ!」
「フッ!ハッ!」

翔が繰り出す剛拳を、流星の如く素早い蹴撃の数々を、ツェルトは時に躱し、時に拳銃を交差させて受け止める。

「チェック!」
「ちぃッ!」

更には受け止めた際に生まれた隙を突いての発砲。ゼロ距離での連射まで狙って来た。

「お前、そのアームドギアはッ!」
「そうだッ! ファルコンボーイもよく知っている聖遺物だろうなッ!」

拳銃が弾切れになるのを見計らい、翔は距離を詰める。

しかしツェルトは、翔が来るタイミングを見計らっていたかのようにニヤリと笑い……空になった弾倉を宙に放って蹴り飛ばした。

勢いよく蹴り飛ばされた弾倉は、それその物が弾丸となったかのように翔の顔面へと向けて進む。

翔はそれを片手で払い落とすも、弾倉に気を取られた一瞬の内にツェルトはリロードを済ませ、翔へと発砲した。

弾は翔の身体に命中し、その身体を後方へと吹き飛ばす。

床を転がった翔は、立ち上がりながらその聖遺物の名を口にした。

「魔弓、()()()()()……」
『イチイバルだとぉ!?』

翔とツェルトの戦闘を、監視カメラを通じてモニタリングしていた弦十郎の驚きが、通信機越しに伝わる。

無論、それは翔も同じだ。

「ガングニールとイチイバル……何故お前達が……」
「ドクター・櫻井……いや、櫻井了子に宿ったフィーネが、密かに米国と通じていた事を知らないわけではないんだろう? F.I.S.は元々、彼女が米国と通謀した事により発足した組織だ。言わば『米国の特機部二』というわけさ」
「そういう事か……フィーネめ、厄介な置き土産を……」

了子の中に潜んでいたフィーネは、ネフシュタンの鎧やイチイバルといった二課が管理している聖遺物を横領する事で、計画を実行に移して来た。

それはつまり、ガングニールやイチイバルの欠片もまた、水面下で横流しされていないとは限らなかったのだ。

「さて、まだ動くか? 」
「当たり前だ。この程度、蚊に刺されたのと変わらんッ!」
「言うじゃないか。なら、もう少しだけ遊んでやっても──」

ツェルトがそこまで言いかけた時、彼の背後から空を切る音が迫った。

右手に握るアームドギアを手放し、飛来するシールドを掴んで振り返る。

「ッ!?」
「うおおおおおおおおッ!」

その瞬間、盾の主は地面を蹴り、銀の流星となって跳ぶ。

受け止めた盾を飛び蹴りで押し込まれ、今度はツェルトが翔を飛び越えて吹っ飛んでいった。

着地と共に、落下してきたシールドをキャッチした純は、親友へと手を差し伸べる。

「心配して来てみたら、ピンチの真っ只中って所か?」
「これから逆転する所だったさ。でも、礼は言っておく。助かった」

起き上がった翔と駆けつけた純、二人の伴装者が並び立つ。

同じく立ち上がったツェルトは、揃った伴装者二人を交互に見て言った。

「そういや、伴装者はもう一人居るんだったな。確か、ドクターからはクイックシルバーだって聞いてたけど……今の盾の使い方、キャプテン・アメリカの間違いだったか?」
「両方さ。この盾も瞬足も、どちらもこのアキレウスの鎧の力だッ!」
「なるほど。ファルコン・ボーイにキャプテン・シルバーってわけだ。面白い! そっちも仲間が増えた事だし、第2ラウンドと行かせてもらうッ!」

再び二丁拳銃を握り直すと、ツェルトは二人に向けて引き金を引く。

だが……直後、聞こえたのは金属同士がぶつかる音……即ち、弾丸が弾かれた音。

そして目の前には、シールドを全面に向けて突進してくる純の姿があった。

「ッ!」
「ぜやああッ!」

正面から突っ込んでくるアキレウスのタックルは、アキレウスの加速力と頑強さが相まった強烈な一撃だ。

ツェルトは慌てて左へと身を投げ出し、ギリギリのところでそれを回避する。

だが回避直後、数発の矢がツェルトを狙って飛来する。

床を転がりなんとか避けると、追撃をハンドガンで撃ち落とした。

翔が突貫してくる純の背後に隠れる位置、丁度ツェルトの視点から死角になる立ち位置から、こちらを狙っていたのだ。

「うおおおおおおおッ!」
「ッ!? 背後かッ!」

更に、矢を撃ち落とし続けていると、背後から純が殴り掛かる。

避けたツェルトは、プロテクターに覆われていないインナー部分へと銃口を突き付け、ゼロ距離から弾丸を打ち込もうとする。

その手から銃が落ちたのは、一瞬の事であった。

「なっ!?」
「純ッ!今だッ!」
「応ッ!」

そして、純の回し蹴りがツェルトの横っ腹を狙い、勢いよく繰り出された。



「転調・コード“()()()()”ッ!」

ガキィンッ!

「ッ!?」
「天羽々斬……だとぉッ!?」
「RN式Model-GEEDが使える聖遺物は一つじゃない! 接近戦もお手の物ってなぁッ!」

激しい音と共に、剣の腹で防がれる純の脚。
ツェルトの手に握られていたのは、青いラインの入った黒き刀身の両刃刀……天羽々斬のアームドギアであった。

「せいッ!」
「くっ!」

逆袈裟に振り上げられる刀が、アキレウスの胸部プロテクターを斬り裂き火花を散らす。

後方にふらついた純の腹へと、ツェルトが追い討ちで繰り出した丸太のような脚が命中し、純は勢いよく吹っ飛ばされる。

「ごッ!?」
「純ッ!!」

純は数メートル後方へと吹き飛ぶと、床を転がりながら、放置されていた案内板へとぶつかった。

気を取られる翔。その頭上から、振り下ろされる一刀。
跳躍したツェルトの着地と共に、黒き抜き身の絶刀が迫る。

(もらった──ッ!)



ツェルトが勝利を確信した、次の瞬間だった。

「──な……ッ!?」

ノールックで受け止められた刃の切っ先。

片手白刃取りを決めた隼の射手は、鋼腕の伴装者を見上げ見据える。

「おが……師匠から気配を察知する術は指南を受けている。この程度の不意打ちが、俺に通じると思うなよ……」
「ぐッ!?」

翔の左手は刀身を握り締めて離さず、どれほど力を入れてもアームドギアはビクともしない。

「天羽々斬は護国の(つるぎ)! この国を脅かす者に……否、姉さんのライブを台無しにしたお前に、振るう資格などあるものかッ!!」
「──ッ!?」

見開かれた蒼い瞳、剥かれた犬歯、硬く握られた拳。
鬼気迫る表情でがツェルトに向けられる。

翔から放たれる、貫くような怒気に射すくめられたのか、ツェルトの表情が一瞬強ばった。

そして次の瞬間、腹部から広がる重たい衝撃に彼は目を剥く。

掴んだ刀を引き、勢いのまま拳を叩き込まれたと認識した時には既に、ふらついた身体は蹴り飛ばされ、宙を舞っていた。

床をしばらく転がって、肺から押し出された空気を吐き出す。

「ぐはッ!?」
「聞きたい事は山ほどあるが、話はベッドで聞かせてもらうッ! 地に沈め、擬き者っ!」
「くっ……ハハッ! 生憎と、男同士でベッドに入る趣味はないんでね……」

少しふらつきながらも立ち上がるツェルト。

まだ体力は残っており、使える聖遺物もまだ残っている。
厄介なアキレウスは、どうやらまだ立ち上がる気配がない。

まだまだ続くかと思われた戦闘。しかし──

『聞こえますか?』

その時、ツェルトの耳に入ったのは予想外の通信だった。

ff

その頃、特殊車両の中では……。

「この伸び率では数値が届きそうもありませんね……」

フォニックゲインの観測機に、各装者9人のアウフヴァッヘン波形と共に表示されている『036』の三桁……。
36%を示すパーセンテージに、マムは焦りを感じていた。

このままでは足りない。彼女達の目的を達する為に、その数値はあまりにも低かった。

「仕方ありませんね。最終手段を用います──聞こえますか?」

回線を、前線にいる二人に繋ぐ。

一人は屋内にて伴装者を足止めし、装者達と分断している青年。

そしてもう一人は、会場内の何処かに隠れ、ノイズを使役している者に。

「ツェルト、マリア達と撤退なさい」

ff

「──やれやれ。マムからのお達しとあらば、仕方ない」

今にも飛びかかりかねない、餓狼が如き伴装者を前にツェルトは溜め息を吐いた。

「残念だったな、ファルコンボーイ。勝負はお預けだ」
「逃がすかッ!」

翔が踏み込むより早く、ツェルトの右手が素早く動いた。

「転調・コード“エンキドゥ”」

回転したリボルバーは、三つ目のコンバーターを発動機に接続する。

刀が消え、代わりに右手へと握られたそれを、ツェルトは天井へと向けて放った。

そして、翔が握り締めた拳が向かって来る直前、彼の体は勢いよく垂直に引き上げられた。

「ッ!? まだ温存していたアームドギアがッ!?」
「あばよボーイズ、次は俺が勝つ」
「逃がすかよッ!」

天井からぶら下がりながら、ツェルトは声の方向に左腕を振るう。

直後、彼めがけて真っ直ぐに飛んで来ていたシールドは、左手から射出された何かによって弾き返された。

「ワイヤーだとッ!?」
「おっと危ねぇ。フリスビーは人に当てる気で投げないようにってな!」

射出されたワイヤーが、腕の動きに合わせて意志を持ったように動き、蜘蛛の巣のような結界を形成していたのだ。

純が弾き返された盾をキャッチしたと同時に、ツェルトはワイヤーの結界を解き、通路の奥へと向けて新たに射出した。

ワイヤーの先端は楔が付いており、天井に打ち込んだワイヤーを使ってツェルトは、まるでターザンのように素早く移動を始めた。

否、次々とワイヤーを打ち込み、勢いのままに移動していくその姿はターザンと言うよりも、まるでアメリカンコミックに登場する蜘蛛のヒーローを彷彿とさせる。

「待てッ! 純、追えるか?」
「問題ねぇッ!」

翔と純はツェルトを逃がすまいと、全力で駆け出す。

廊下の先はライブステージ……そこには、翔達が予想だにしなかった光景が広がっていた。



「ッ!? こいつは……!」
「未確認の……ノイズ!?」

ステージの上に立っていたのは、黄緑色の肉塊を寄せ集めたような外見に、イボだらけの巨大な体躯を持つ、これまでに見たことの無い種類のノイズであった……。 
 

 
後書き
響達のバトルは原作と変わらないのでカットして、男子組のバトルシーンを描く。完璧な流れだ……(自画自賛)

ツェルトのアームドギアの元ネタ、それぞれ分かるかな?

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RN式Model-GEED:ツェルトの戦闘用義手に組み込まれた、RN式の発展型武装。ちなみにGEEDとは、Generic Expansion Armed(汎用型拡張武装)の略称である。
手首の部分にあるリング状のパーツはリボルバーのような構造になっており、ギアコンバーターをセットする事が出来る構造になっている。
ツェルトの音声認識で起動し、選択された聖遺物のコンバーターを発動機に接続、起動する設計。

本来は二種類の聖遺物の力を融合させて発動するギアとして設計されていたが、異なる聖遺物同士が反発を起こす為に成立せず、複数の聖遺物を切り替えて武器の種類を変更する仕様へと変更された経緯を持つ。
また、装者とギアには相性が存在する為、セットされた全ての聖遺物をギアとして纏う事が出来る訳では無い。
ツェルトのイチイバル及び天羽々斬は、そのエネルギーを拳銃やコンバットナイフに固着させる事で、ギアではなくアームドギアのみを形成した運用に用途を絞って使用している。
安定と引替えに、防御面はバリアコーティングのみに依存しており、対シンフォギア戦闘に於いてのハンデは大きいものの、ツェルトはアームドギアを用いての防御、及び回避の速さを磨く事で補っている。 

 

第7節「S2CA」

 
前書き
今回はタイトル通りです。
アニメ第二話までは今回で達成、まずはひと段落といったところですね。

それと、前回後書きのModel―GEED詳細に書き忘れていた設定がありましたので、追記しました。ご確認ください。

それでは皆さん、ご唱和ください!
これがわたし達のぉぉぉぉぉ!絶唱だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 

 
黄緑色の閃光と共にステージ上へと現れた巨大なノイズ。

それは、黄緑色のブヨブヨとしたイボだらけの肉塊を寄せ集めたような、かなりグロテスクな外見をした未知のノイズであった。

「うわあぁぁ~……ッ!? なにあのでっかいイボイボッ!?」
「……分裂増殖タイプ」
「こんなの使うなんて聞いてないデスよ!?」

驚く響達だが、『フィーネ』の装者達も困惑している。
どうやらこのノイズの出現は予想外であったらしい。

「マム……」
『三人とも退きなさい』
「……分かったわ」

マリアは両腕を合わせ、空へと掲げる。

すると、マリアの両腕のプロテクターは合体して射出され、一振りの黒い槍の形へと変化した。

そのプロセスは、天羽奏がアームドギアを形成する時と同じもの。
それを見た翼は、先程まで手こずっていたマントが単なるサブウェポンだったと気付き、驚愕する。

「アームドギアを温存していただと!?」

マリアはアームドギアの穂先をノイズへと向ける。
アームドギアの先端が真ん中から分割されると、その中心部へと紫色のエネルギーが充填され始める。

そして、チャージされたエネルギーはやがて、一筋の閃光としてノイズへと向けて放たれた。

そう、使役している巨大ノイズを自ら攻撃したのだ。

〈HORIZON✝︎SPEAR〉

「おいおい、自分らで出したノイズだろッ!?」

爆散するノイズ、肉片のように飛び散るノイズの体躯。

マリアはマントを翻し、切歌、調と共にステージの隅へと走って行く。

「ここで撤退だと!?」
「折角温まってきたところで、尻尾を巻くのかよッ!」

翼とクリスが追いかけようとしたその時だった。

「あぁッ!? ノイズが!!」

響の驚く声に周囲を見回すと、飛び散ったノイズの欠片が不気味に蠢いてるではないか。

しかも先程、マリアのアームドギアに貫かれた本体も、まるで風船が膨らむかのようにブクブクと、元の大きさへと再生していく。

「はッ!」

翼はアームドギアを大剣型に変形させ、蒼ノ一閃を放つ。

飛び散ったノイズの身体は炭となり消し飛んだが、一部を切断されるに留まった個体は再生し、更に増殖していく。

「こいつの特性は増殖分裂……」
「放っておいたら際限ないってわけか……そのうちここから溢れ出すぞッ!?」
「響、姉さんッ!」
「クリスちゃんッ!」

三人がノイズの特性を確認した所で、観客席の奥からこちらへと走って来た翔と純が合流する。

「翔くんッ!」
「この状況は!?」
「見ての通りだ。あいつら、厄介な置き土産を残して行きやがったッ!」
「分裂増殖タイプ、か……。いつにも増して趣味の悪い外見しやがってッ!」
『皆さん、聞こえますかッ!』
「緒川さん、何でしょう?」

そこへ、緒川からの通信が入る。

『会場のすぐ外には、避難したばかりの観客達が居ますッ! そのノイズをここから出すわけには……!』
「観客ッ!?」
「皆が……!」

響と翔の脳裏に、未来達親友らの顔が浮かぶ。
純やクリスも、苦虫を噛み潰したような表情で周囲のノイズを見回した。

「迂闊な攻撃では、いたずらに分裂と増殖を促進させるだけ……」
「どうすりゃいいんだよッ!」

翼とクリスが万策尽きたかと思い始めたその時、響が呟いた。

「絶唱……。絶唱ですッ!」
「あのコンビネーションは未完成なんだぞ!?」

しかし、響の表情は確信に満ちていた。
翔の方を見ると、彼もまた無言で頷いている。

「増殖力を上回る破壊力にて一気殲滅。立花らしいが、理には適っている」
「おいおい、本気かよ!?」
「他に策はない……か。今はこれが最善だと思うぜ、クリスちゃん。早くしねぇとあのグロいのが外に出ちまう……。やるしかねぇ!」

セルノイズ本体は更に膨らみ、脂肪のようなイボイボを破裂させては、更に分裂増殖を繰り返している。

迷っている暇はない。クリスは首を縦に振ると、響と手を繋ぐ。
クリスの右手を純が繋ぎ、響の左手は翼に繋がれた。

翔が四人の背後でアームドギア、天詔琴(アメノノリゴト)を構える。

「サポートは任せろ。響だけを苦しませはしない」
「ありがとう、翔くん」

翔に微笑みかけると、響は……そして四人の装者は、眼前の災厄を毅然と見据える。

「行きますッ! S2CA・トライバーストッ!」

『Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el baral zizzl──』

戦姫達の唄が、誰も居なくなったライブ会場に響き渡る。

それは、雑音を掻き消し静寂をもたらす破邪なる唄。

重なる五つの歌声が一つの唄となり、災厄を打ち払う力と束ねられていく。

『Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el zizzl──』

唱え終わったその瞬間、強大なエネルギーの本流が逆巻き、五人の髪を舞い上げる。

「スパーブソングッ!」
「コンビネーションアーツッ!」
「セット、ハーモニクスッ!!」

響の胸に残る傷跡が、ギアの内側から光り輝く。

束ねられた三色の音色が、虹色の光を放ちながら響の身体へと収束していく。

既に余波で何体かは消し飛んだものの、絶唱のエネルギーはまだ解き放たれてはいない。

「うああああああああッ!」
「耐えろッ! 立花ッ!」
「もう少しだッ!」
「気合いだッ! 踏ん張れッ!」

響が苦しげに唸る声。
手を繋いだ翼達は、響の手をしっかりと握り締め、彼女を激励する。

響を中心に広がっていく虹色の光は、絶唱と共に明かりが落ちたライブ会場の外にも溢れ出し、避難した観客達は揃って空を見上げていた。

“S2CA・トライバースト”。
それは、装者3人の絶唱を響が調律し、ひとつのハーモニーと化す大技。

それは、手を繋ぐことをアームドギアとする響にしか出来ない、とっておきの中のとっておきだ。

だが、その負荷は響一人に集中してしまう。
他の装者の苦しみを響は一人で肩代わりし、バラバラな音色を一つに束ねて放つのだ。

しかし……そんなデメリットを、黙って響に背負わせる事を良しとしない男が一人。

「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉッ!」

当然、響達の背後で天詔琴を伴奏する翔である。

彼のアームドギア、天詔琴が奏でる「生命の旋律」には、フォニックゲインを安定化させる力がある。

その力で響に集中し、荒れ狂うエネルギーの奔流を押さえ込み、その調律を手助けする事で響の負担を減らす事が可能なのだ。

無論、絶唱クラスのフォニックゲインともなれば、調律する翔の肉体にも負荷がかかる。

だとしても、響だけを苦しませたくはない。
翔の覚悟は、負荷による苦しみを捩じ伏せ、確かに響への負荷を通常の半分以下に減らしていた。

やがて、分裂増殖を繰り返す肉塊は全て消し飛ばされ、イボノイズの本体がその姿を現す。

分厚い肉塊に覆われていたその本体は、先程までとは真逆のひょろっちいものだった。

人間のものに似た脊髄に細長い二本足、そしてウチワエビの様な形の頭部をした青いノイズ……。
それがセルノイズの正体である。

「今だッ!!」
「レディ……!」

響のギアのプロテクターが、脚部から頭部にかけて順に展開されていく。

両腕を合わせると、かつての奏や先程のマリアのように、響の両腕のプロテクターがひとつに合体した。

だが、先の二人と異なっているのはその形状。
そのまま腕から着脱され、槍の形状へと変わる二人と違い、響のプロテクターはそのまま右腕で変形・展開され、タービン型のナックルの形を取った。

周囲に広がっていた虹の光が、響のナックルへと集束していく。
右腕にエネルギーを集めた響は、拳を握り構える。

「ぶちかませッ!」
「ブラックホールを吹き荒らせッ!」

クリス、純の叫びと共に響は跳躍し、腰背部のブースターでノイズの頭部まで加速する。

「これが私達のッ! 絶唱だァァァァァッ!!」

拳がノイズに突き刺さった瞬間、ナックルの縁に存在する四つのブレードが展開され、ナックル全体が高速回転する。

そして、ガンッ!という鈍い音と共にパイルバンカーの要領で打ち込まれた膨大な絶唱エネルギーは、ノイズを一瞬で炭素の塊へと粉砕する。

否、そのエネルギーはノイズを殲滅するに留まらず、虹色の竜巻となって天へと登り、空を穿ち、大気圏を飛び越えてようやく霧散する程のものであった。



その光景はライブ会場を撤退し、離れたビルの屋上からその様子を伺っていた三人の装者にも届いていた。

「なんデスか、あのトンデモはッ!?」
「綺麗……」

あまりの突飛な光景に瞠目する切歌。
その一方、場違いとも言えるが率直な感想を呟く調。

そして……

「こんなバケモノもまた、私達の戦う相手……くッ」
「……」

虹色の竜巻を睨みながら歯噛みするマリアを、ツェルトは静かに見つめていた。

ff

ライブ会場の様子をモニタリングしながら、ビル下の立体駐車場に駐車された特殊車両の中。

モニターに表示されるのは、虹色の竜巻。
そして、二つの聖遺物らしきもの。

一つは赤子のように蹲った、甲殻生物の幼体のような見た目をしたもの。

もう一つは欠片。そちらは弦楽器の弦を支える琴柱(ことじ)によく似ていた。

それらの画像の上には『COMPLETE』の文字が点滅する。

絶唱により生まれる強大なフォニックゲイン。
それは響達の与り知らぬ所で利用され、二つの聖遺物を同時に起動する為に使われてしまっていたのだ。

「フッ……夜明けの光ね」

そして暗がりの中、マムと呼ばれている老年の女性は、自分達の目的への第一歩に、満足気な笑みを浮かべていた……。

ff

ノイズの驚異を退け、明かりの落ちたライブ会場には再び、不気味なほどの静寂が訪れていた。

後に残るのは風に吹かれて舞い散るチラシや、炭素分解されたノイズだったものの塵ばかり。

その真ん中で一人、立花響は膝を着く。

既にギアは解除されており、今の彼女は私服のセーター姿だ。
俯くその表情にいつもの明るい微笑みは消え失せ、代わりに広がるのは暗い影であった。

『そんな綺麗事をッ!』
『痛みを知らないあなたに、誰かの為になんて言って欲しくないッ!』

彼女の心の中に反響しているのは、先程交戦した紅刃のシンフォギアを纏う少女……調からの言葉だった。

調は手を差し伸べようとする響の言葉を、偽善だと斬って捨てた。
偽善。その言葉は、響の胸に酷く突き刺さる。

「無事か、立花ッ!」

ギアを解除した翼達が駆け寄る。

「へーき……へっちゃらです……!」

振り返った響の目には涙が伝っていた。
それを指で拭って笑う響に、クリスはしゃがみながら肩に手を置く。

「へっちゃらなもんか! 痛むのかッ!? まさか、絶唱の負荷を中和しきれなくて──」
「響ッ!!」

翼の隣を走り抜け、響の前にしゃがんだのは、先程まで純に肩を抱えられていた翔であった。

「どうした? 何があった!? 何処か痛むのか? まさか、俺の伴奏が不完全だったとか──」
「ううん……」

慌てる翔に、響は首をブンブンと横に振る。

「わたしのしてる事って、偽善なのかな……? うっ……」
「響……」

響の脳裏にフラッシュバックする、モノクロの記憶。

心無い言葉の書かれた紙が一面に貼られた家の玄関。

窓から差し込む温かい太陽の光さえ遮られる、形ある悪意。

泣き崩れる祖母。祖母に寄り添う母。

古傷を抉られたように、響の目からは止めどなく涙が溢れ出す。

「胸が痛くなる事だって、知ってるのに……ひっく……」



その泣き顔は、とても懐かしいものだった。

と言っても、それは全然穏やかな記憶ではなく、寧ろ俺にとっては忌むべき思い出。

響にとっては一生忘れる事が出来ない、深い傷跡。

この、声を噛み殺すような響の泣き方を、俺はよく知っている。

腸が煮えくり返るような怒りが湧き上がる。

誰だ、響を泣かせた奴は。

誰だ、彼女を苦しませるのは。

響から笑顔を奪ったのは……俺の太陽を曇らせたのは、何処の何奴だ!!

……だが、その怒りは一瞬にして収まる。

今、俺がすべき事を、心が、魂が訴えているからだ。

俺はもう、あの日の“僕”ではない。

溢れる涙が落ちる場所は──ここにあるのだから。

「うっ……うぅっ……ひっぐ……うう……」
「……響」

響の身体を抱き寄せ、その顔を胸に埋めさせる。

シャツが濡れるとか、知った事か。
響の涙を受け止めるのは、その恋人と認められし風鳴翔の責務だ。

「翔……くん……?」

響の背中と後頭部に回した腕に力がこもる。

怒り以上に心を占めた感情が、俺に自然とそうさせた。

口から出た言葉もまた、あの日から一日たりとも揺らいだ事は無い。

俺は、響のヒーローなのだから……。

「たとえ誰が否定しようとも、俺は響の味方だ」
「ッ……!」
「だから……思いっきり泣いていいぞ。痛みを堪える君の顔が、俺には何より辛いんだ」

その瞬間、響の腕が俺の背中に回され、痛いくらいに強く力を込められた。

「うっ……ぇぐっ……うわああああああぁぁぁん!! うぅ、ああ、わああああああぁぁぁぁん!!」

俺の胸に顔を押し付けて、子どものように声を上げて泣き喚く響を、俺はもう少しだけ力を込めて抱き締め、頭を撫でる。

何があったのか、聞けるのは泣き止んだ後でいい。

今はただ、こうしていたい。
彼女の心に寄り添い、抱き締める事だけが、今の俺に出来る最善なのだから……。

ff

そして、少年少女の様子を物陰で窺いながら、ニヤリと歯を見せほくそ笑む、銀髪白コートの男が一人。

「やれやれ……。ルナアタックの英雄も、蓋を開けてみればただのJKってわけですか」

生化学者ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。通称、ウェル博士。
右手に握るソロモンの杖を待機状態に変形させ、彼はゆっくりと非常口から立ち去っていく。

「英雄は涙を流さない。英雄が涙を流す時は、愛する者と死別した時だけで十分ですよ。取るに足らない言葉一つで傷付く英雄が、世界の何処に居るって言うんですかねぇ」

扉を抜け、階段を降り、監視カメラをすり抜けられるルートで集合ポイントへと向かいながら。

誰に聞かせるわけでもないのだが、そんな独り言を呟きながら彼は暗がりを歩き続ける。

「やはり、真の英雄に相応しいのは……くひっ……」

欠けた月に照らされた顔に映されし狂気は、果たして何を呼ぶのか……。

彼の野望が顔を出すのはまだ、この先の話である。 
 

 
後書き
第一楽章、これにて終了!
響を泣かす奴は許さないけど、泣いている響には涙を押し殺してほしくない翔くん。
だからこそ、「泣くな」ではなく「泣いていいよ」を選んでいます。
木陰は照らすものではなく、覆い包むものですから。

え?純くんいるのに三重奏はおかしいって?
その辺りは無印第六楽章~魔塔カ・ディンギル~を読み返してもらえれば分かりますよ。
じゃあ純くん何してるのかって?
絶唱を口にするクリスの手をしっかりと握ってくれているだけです。大事なことですとも。

それからS2CA発同時、原作だとギアの展開後に響の姿が明滅を繰り返して、一瞬だけ暴走状態の姿になっているのですが、こちらではその演出がありません。
翔くんの伴奏で安定性が向上している証ですね。愛ですよ、愛。

次回からは第二楽章、「ネフィリムの目覚め」へと突入します。
トラウマが……G編屈指のトラウマの足音が近づいてくるぅぅぅ!!

ちなみに、執筆のためにGYAO!のお世話になっております。
近隣のゲオにシンフォギアのレンタルを開始するように要望を出したい……。

ウェル「久しぶりの次回予告、再会を楽しみにしていた皆さんは多いでしょう。というわけで、G編初の次回予告はこの僕、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスがお送りいたします。え?お呼びでない?猫被ってるんじゃねえ、ですって? やだなぁ、何を言っているんですかそうです僕こそ真実の人ぉ!ドクター・ウェルぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!! 今はまだまだ序盤ですからねぇ。まあ、物足りないのも仕方ないでしょう。ですがこれは、僕が英雄になるまでの物語。君達が読んでいるのはまだまだその序章に過ぎないのですッ! ここから様々な試練を乗り越え、僕は真の英雄へと至るッ!さあさあ紳士淑女少年少女、それからついでにオジサンオバハンまでどうかご覧あれ!君達は歴史の目撃者になるのですからッ! というわけで『博士(はくし)絶叫ドクター・ウェル~生化学者の英雄譚~』、次回も見逃せませんよォ! うぇひっ!うぇひひひひひひひひ……!」
ツェルト「勝手に乗っ取ってんじゃねぇぞこの非モテメガネ!」
ウェル「あべしッ!」
ツェルト「次回『戸惑いのカルマ―ト』。サービスシーンもあるぞ。だが男どもは見るなッ!」
ウェル「男が見ちゃいけないサービスシーンとはいったい……」
ツェルト「お前にだけはツッコミ入れられたくないわ~……」

……なんか濃い人来ちゃいましたね(汗)
それでは、次回もお見逃しなく! 

 

第8節「戸惑いのカルマート」

 
前書き
第二楽章、開幕です。

今回は翔ひび始め学生組は出番なしです。
何故なら今回はフィーネ組のターン!

緒川さんが忍者だと判明したのも、そういえばG3話が初でしたね。

それでは、どうぞお楽しみに! 

 
町外れ、海沿いに存在する廃病院。

その奥にあるモニターの前にて、キーボードを操作するのはマムと呼ばれる老年の女性……米国の聖遺物研究者、ナスターシャ教授だ。

モニターに映し出されているのは、先日の戦闘記録。
響達がS2CAを放った瞬間の映像。

「他者の絶唱と響き合うことで、その威力を増幅するばかりか、生体と聖遺物の狭間に生じる負荷をも低減せしめる……。櫻井理論によると、手にしたアームドギアの延長に絶唱の特性があるというが、誰かと手を繋ぐ事に特化したこの性質こそ、まさしく立花響の絶唱……。降下する月の欠片を砕くために、絶唱を口にしてもなお、装者達が無事に帰還できた最大の理由──」

そこで映像は切り替わり、今度は先日の戦闘にて生じたフォニックゲインにより起動させた、二つの聖遺物の画像……そして、片方の上に開かれたブラウザには現在、別室にて撮影中の映像が表示される。

「絶唱の三重奏、更にはその力をより安定させ、より効果的なものへと昇華する風鳴翔のアームドギア……。ならばこそ計測される爆発的なフォニックゲイン。それを以てして、ネフィリムを、天より落ちたる巨人を目覚めさせた……。そして、“生弓矢”もまた──」

ネフィリム。そう呼ばれた怪物は、檻の中で餌を貪っている。

一目で自然界の生物ではない、と判別できるほどに不気味なその外見。
一心不乱に餌にありつくその姿には、それが抱くおぞましささえ感じるほどの貪欲な飢餓衝動を感じさせる。

覚醒の鼓動。それはこの世に解き放たれて良いものだとは、とても言えない存在が目覚めた証だった。

ff

「ライブ会場での宣戦布告から、もう一週間ですね」

特異災害対策機動部二課仮設本部、発令所。

藤尭、友里の両名は、司令である弦十郎からの支持で、ネットワークを通じての情報収集に勤しんでいた。

「ああ。何もないまま過ぎた一週間だな」
「政府筋からの情報ではその後、フィーネと名乗るテロ組織による一切の示威行為や、各国との交渉も確認されていないとの事ですが……」
「つまり、連中の狙いがまるで見えてきはしないという事か」
「傍目には、派手なパフォーマンスで自分達の存在を知らしめたくらいです。お陰で、我々二課も即応出来たのですが……」
「事を企む輩には、似つかわしく無いやり方だ。案外、狙いはその辺りなのか?」

あれ以降、武装組織『フィーネ』に関しては一切の情報が得られていない。

その上、あれだけ派手にアピールしていながらも、その後一週間も音沙汰がないのだ。

全世界に向けて、ド派手に宣戦布告した組織とは思えない程の大人しさに、弦十郎達は警戒を募らせていた。

そこへ、緒川の端末からの入電が入った。

『風鳴司令』
「緒川か。そっちはどうなっている?」
『ライブ会場付近に乗り捨てられていたトレーラーの入手経路から、遡っているのですが……』
『この野郎ッ!』

緒川の声とは別に、オラついた乱暴な声や銃声、その他争いによって生じる騒音が入っているのだが、気に留める者は誰もいない。

情報部の仕事で色んな場所へと赴く緒川にとっては、戦闘・鎮圧をこなす片手間で報告を入れるなど朝飯前なのだ。
通信に反社会勢力の悲鳴が入っている事など、よくある事なのである。

『辿り着いたとある時計屋さんの出納帳に、架空の企業から大型医療機器や医薬品、計測機器等が大量発注された痕跡を発見しまして』
『うおぉッ!?』
『こいつ、忍法を使うぞッ!? ぐわぁッ!』
「医療機器?」
『日付は、ほぼ二ヶ月前ですね。反社会的なこちらの方々は、資金洗浄に体良く使っていたようですが……この記録、気になりませんか?』
「ふぅむ……追いかけてみる価値はありそうだな」

ようやく発見した、武装組織への足がかり。
緒川は戦闘で散らかり、気絶した組員達で死屍累々とした反社会勢力の事務所の中にて、端末を肩で支えながら確信めいた笑みを浮かべた。

ff

町外れの廃病院。そのシャワールームにて。

金の短髪の少女、切歌は隣でシャワーを浴びる黒髪の少女、調へと興奮気味に話しかけていた。

「──でね、信じられないのは、それをご飯にザバーッとかけちゃったわけデスよ! 」
「……」
「絶対おかしいじゃないデスか。そしたらデスよ……?」

先程からずっと黙り込んだままの調は、心ここに在らずといった様子だ。

「……まだ、アイツの事を……デスか?」

調は、一週間前に交戦したシンフォギア装者……立花響の事を思い出していた。

『話せば分かり合えるよッ! 戦う必要なんか……ッ!』

「……なんにも背負ってないアイツが、人類を救った英雄だなんて、わたしは認めたくない」
「……本当にやらなきゃならない事があるなら、たとえ悪いと分かっていても、背負わなきゃいけないものだって……」
「……。……ッ!」

苛立ちが募ったのか、切歌がシャワーを止めた次の瞬間。
調はカッと目を見開き、力任せに壁を殴り付けた。

「困っている人達を助けると言うのなら、どうして……ッ!」

あくまでも調の視点だが。彼女から見た立花響という装者は、自分達のように背負っているものもなく、何も知らないクセに『話せば分かり合える』等という甘ったるい理想論を口にする、この世界にありふれた偽善者の一人として映っていた。

そんな彼女の無神経さが、調にはとても気に障ったのだ。

「調……」

切歌はゆっくりと調の手を取ると、その拳を優しく開かせ、自分の手を握らせた。
握られた切歌の手に、調はもう片方の手を重ねる。

二人がその両手を繋ぎあった所に、スタスタと足音が近づく。

髪を下ろしたマリアが、二人の更に隣のシャワーを浴び始めた。

「それでも私達は、私達の正義とよろしくやっていくしかない。迷って振り返ったりする時間なんてもう、残されていないのだから……」
「マリア……」
「……」



その頃、反対側にある男子用のシャワールームでは、ツェルトが一人でシャワーを浴びていた。

途中、壁を殴る音に驚いたりしてはいたが、ずっと考えていたのは調と同様、特機部二の装者の事だった。

(風鳴翔……。日本政府の重役の家柄だって聞いた時は、“日本政府の防人”と名高い姉と違って、さぞかしいけ好かない甘ちゃん野郎だと思っていたんだが……)

響を“偽善者”と断じた調と対照的に、ツェルトの心には迷いが生じ始めていた。

『姉さんのライブを台無しにしたお前に、振るう資格などあるものかッ!!』
『地に沈め、擬き者っ!』

(姉さんのライブ、か……。なんだよ、それ……そんな事言われちまったら、まるで俺達、ヴィランみたいじゃねぇか……ッ!)

翔の言葉には、姉への強い思いが込められていた。

大義や正義といった大きなものではなく、姉の晴れ舞台を楽しみにして来た一人の弟としての……とても少年らしい、等身大の怒り。
その怒りはとても身近な必然を伴ったものであり、同時にあの場にいた観客達の心とも合致していた筈の言葉だ。

それがあの瞬間、ツェルトの心を抉った。

(俺達には果たすべき使命がある。救わなければならない人達がいる。だから、正道ではないと理解した上でこの道を選んだんだッ! なのに……クソッ! どうしてこんなにも、胸が痛いんだよッ……!)

「それでも私達は、私達の正義とよろしくやっていくしかない。迷って振り返ったりする時間なんてもう、残されていないのだから……」
「ッ!?」

ツェルトの迷いを見通したように、隣の女子シャワールームからマリアの声が聞こえた。

「……マリア……そう……だよな……」

ツェルトは右の二の腕をギュッと握る。

肘から下のない、義手の外れた隻腕。
それは決して消えない、忘れられない傷跡。

片腕で済んだ自分と違って、あの日守れなかった少女は全身に火傷を負い、今でも目を覚まさない。

(俺の不甲斐なさが、あの娘を……セレナをあんな目に……)

左手に自然と力が入る。
もう迷わないと決めたのに、ブレそうになっている自分が腹立たしい。

(迷っている時間はない。振り返る暇さえ許されない。その間に失われる生命があるのなら……俺は──ッ!)

その時、警報音が鳴り響く。

「ッ!?」

慌ててシャワーを止め、脱衣所へと走る。
急いで髪を拭きながら着替え、右腕に通常用の義手を装着。

「ツェルト!」
「マリィ!この警報は!?」
「分からないわ……でも急ぎましょう!」

マリア達と合流し、四人はナスターシャ教授がいる部屋まで一気に駆け抜けた。



五枚の隔壁が瞬時に降ろされ、強固なロックが掛けられる。

マップの上に【LOCKED】と赤文字で表記されると、ナスターシャ教授は警報を止め、一息吐く。

カメラの映像を確認すると、ネフィリムは荒い息遣いで、与えられた新たな餌に喰らい付いていた。

「……あれこそが伝承にも描かれし、共食いすら厭わぬ飢餓衝動……。やはりネフィリムとは、人の身に過ぎた──」
「人の身に過ぎた、先史文明期の遺産……とかナントカ思わないでくださいよ」
「ドクター・ウェル……」
「たとえ人の身に過ぎていても、英雄たる者の身の丈に合っていれば、それでいいじゃないですか」

暗がりから現れたウェル博士は、コートのポケットに両手を突っ込みながら、極めて穏やかな表情で微笑んでいた。

そこへ、マリア達が入室する。
風呂上がりであるため、女子三人の服装はバスローブやネグリジェ、キャミソールといった生地の薄いものが並ぶ。

お陰で見事にツェルトが浮いてしまっているのだが、女性の比率が高い以上は仕方ないだろう。

「マムッ! さっきの警報は──あっ……」

モニターに映るネフィリムに、マリアは全てを察した。

「次の花は、まだ蕾ゆえ、大事に扱いたいものです」
「心配してくれたのね。でも大丈夫、ネフィリムが少し暴れただけ。隔壁を下ろして食事を与えているから、じきに収まるはず」

病院全体が大きく揺れる。
ネフィリムがまだ暴れているのだ。

「マム──」
「対応措置は済んでいるので大丈夫です」
「それよりも、そろそろ視察の時間では?」
「フロンティアは、計画遂行のもう一つの要。軌道に先立って、その視察を怠るわけにはいきませんが……」

ウェルの言葉に、ナスターシャ教授は彼を訝しげに見つめる。

「こちらの心配は無用。留守番がてらにネフィリムの食料調達の算段でもしておきますよ」

対するウェル博士は、人の良さそうな笑みでそう返した。

「では、ツェルトを護衛に付けましょう」
「こちらに荒事の予定は無いから平気です。ソロモンの杖だってありますし。寧ろ、そちらに戦力を集中させるべきでは?」

ウェル博士の言う事は尤もだ。
ソロモンの杖がある以上、護衛を付ける利点は薄い。

一方、ナスターシャ教授はこの組織を率いる存在だ。
護衛の数は多いに越したことはない。

「わかりました。予定時刻には帰還します。後はお願いします。行きましょう」

そう言って車椅子を動かし、マリア、切歌、調と共に立ち去っていくナスターシャ教授。

最後に続いたツェルトは、ホッとしたように胸を撫で下ろしていた。



そして、五人が立ち去りドアが閉じるのを確認すると、ウェル博士は先程までの人の良さそうな笑みを崩して独りごちる。

「……さて、撒いたエサに、獲物はかかってくれるでしょうか?」 
 

 
後書き
いかがだったでしょうか?

緒川さんツエーイ……。
あと狂犬時代の調ちゃん目付き悪ッ!

それにしても切ちゃん、それは何の話だったの?

そして何話かぶりのツェルト視点。
大儀の為に、一人の少年の心を踏み躙った。そんな自分たちは、果たして正しいのか?
そういう風に悩めるツェルトの姿は、ウェル博士との対比でもあります。

それと、RN式Model-GEEDのイラストです。
<i11594|45488>
モチーフはジードライザー+アームドメフィストです。
ツェルトはライダーマンよろしく、義手をこれに取替えることで転調します。
普段はアタッシュケースに入れて持ち歩いてる設定ですね。

次回は響達に視点が戻ります。
Twitter見てる人達はもう知ってますが、次回はなんと先日XDで大活躍したあのキャラが登場します!

どんな立ち位置なのか、次回をお楽しみに! 

 

第9節「新校舎と新学期」

 
前書き
今回は日常回、学園での装者達をお届けいたします。

学祭終わった日の夜にトラウマ生産したビッキームシャムシャくんは絶許。
XDキャラも出るよ!

それでは今回もお楽しみください!! 

 
都内、西洋風の外観をした学校施設。
長らく廃校だったそこは現在、私立リディアン音楽院の新校舎として、賑わいを取り戻していた。

響達が通っていたかつての学び舎は、カ・ディンギルの起動に伴って破壊されてしまったのだが、その後、政府が廃校だったこの学校施設を買い取る事によって新生したのだ。

生徒数は、春の新学期と比較して6割程度にまで減少したものの、混乱は徐々に収まっており、新生活の活気すら漂わせ始めている。

また、新校舎の準備が終わるまでの期間を共学で過ごした姉妹校、アイオニアン音楽院との合併の話が持ち上がっており、主に共学期間中に付き合い始めたカップルが喜んでいるとか。

そんなリディアン新校舎の教室、一番後ろの角に位置する窓際の席にて。
響は窓から青空を見上げながら、一週間前の戦いを思い出していた。

(ガングニールのシンフォギアが2つあるんだ……だったら、戦う理由がそれぞれにあっても不思議な事じゃない……)

『わたしは、困っている皆を助けたいだけで……だから──ッ!』
『それこそが偽善ッ!』

「はぁ……」

あの後、翔くんはこう言ってくれた。

『ある人が言っていた。“人の為に善をなす者、と書いて『偽善者』だ”って。善を為そうと云う気持ちに真偽なんてあるものか。響のその気持ちに、偽りなんてないんだろう?』

……そう言われると、ちょっとだけ楽になった気がする。

けど、やっぱりあの子の言葉は、胸が痛かったなぁ……。

せめてもう一度あの子達と話せたら……。でも、二課の人達にもまだ行方は分からないみたいだし──

「……びき……ひび……ったら……」

わたしが戦う理由……自分の胸に、嘘なんてついてないのに──

「立花さん、何か悩み事でもあるのかしら?」
「はい……とっても大事な──」
「秋ですものね。立花さんにとって、きっといろいろ思うところがあるんでしょう。例えば、わたしの授業よりも大事な──」
「──あ、あれっ?」

気が付けば、目の前に先生が立っていた。
それも、メチャクチャ怖い顔で……。

「……新校舎に移転して、三日後に学祭も控えて……誰も皆、新しい環境で新しい生活を送っているというのに、あなたと来たら相も変わらずいつもいつも! いつもいつもいつもいつもいつもいつも──ッ!」

やっば~……先生凄く怒ってる!?

えっと、なんとかしなきゃ! ええっと……!

「で、でも先生ッ! こんなわたしですが、変わらないでいてほしいと言ってくれる心強い友達も案外居てくれたりするわけでして──」
「とぅああちばなさぁぁんッ!!」
「ひいぃッ!」

この後、しこたま怒られちゃった上に、課題を増やされちゃって翔くんに手伝ってもらう事になったのは、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです……はい……。

翔くん、本当にありがと~ッ! この借りはいつか必ず返すから、ツケにしといて!

「……ばか」

なお、サラッと話題に出された隣の小日向さんの呟きと不貞腐れた顔は、響含め誰にも見られていないとか。

ff

一方、同じ頃のアイオニアン音楽院。

こちらのとあるクラスでも、響と全く同じ状態になっている男が一人。

(あれから一週間とはいえ……響、大丈夫かな……)

当然、響の恋人こと風鳴翔である。

(二課のものではないシンフォギアに、発展型のRN式まで……。厄介な敵が現れたな……)

武装組織フィーネは、あれから一週間も動いていない。

その目的が掴めない中で、翔も今出ている情報から考察を試みているのだが、点と点が上手く結ばれず、モヤモヤし続けていた。

(俺達が岩国基地に行っている間に盗まれたという聖遺物、サクリストI……生弓矢。まさか、俺の胸に宿るこいつ以外の欠片があったなんて、思いもしなかったな……)

生弓矢護送任務の際、俺が融合した欠片とは別に、遺跡の調査が進んだ事で新たに発見された欠片があったらしい。

と言っても、生弓矢が置かれていた場所を洗い直したら出てきたらしく、発見されたのはルナアタックと同時期だったとか。
灯台もと暗し、とはよく言ったものである。

それが盗まれた。事の重要さは、他の誰より俺が一番理解している。

「……ざ……りクン……」

生弓矢は生命を司る聖遺物。ギアとして纏い絶唱すれば、死者蘇生の奇跡さえ可能とする……文字通り、生殺与奪の権を握る事ができる力だ。

融合している俺でさえ、まだ分からない事だらけの聖遺物でもある。

「……か……なりク……いて……るのかね……?」

悪用されたらと思うと、恐ろしさに背筋が凍る。
果たして彼らは、一体何を企んで──

「風鳴クン! 聞こえているのかね!?」
「ッ!? はっ、はいッ!?」

気付けば、すぐ目の前には見慣れたちょび髭眼鏡の小太り顔が立っていた。

凪景義(なぎかげよし)先生、俺達の担任である。

「まったく、(チミ)にしては珍しいじゃないか。授業が全くの上の空とはね」
「すみません……」
「何か考え事かね。さては(チミ)、恋煩いでもしてるのかね?」

次の瞬間、クラスがドっと沸いた。

「センセー、そこはご心配に及ばず! 翔にはとっくにカノジョがいるから、恋煩いする時期は過ぎてまーす!」
「なっ、紅介!」
「なんだって!? ぐぬぬ、(ボキ)でさえまだだと言うのに……これが格差社会だとでも言うのかッ! 理不尽じゃないかね!?」

紅介、凪先生本気で悔しがってんぞ。
胸ポケットから取り出したハンカチを噛むってどんだけ古典的なんだよ先生……。

まあ、こんな人だからこそ、生徒達から愛されているのだが。
性格面白くて授業も分かりやすい。あとこう見えて結構生徒思いな所もある、良い先生だ。

これでもう少し痩せてて、尚且つ常に給料を気にする発言さえなければ、きっと女性にもモテると思うんだけど……悲しき哉。天は二物を与えず。
独身のままアラサー目前を迎えてしまっているので、最近ちょっと焦っているらしい。ファイトだ先生。

「しかし、彼女がいるなら他にどんな悩みが……ハッ! そういう事か。さては風鳴クン、三日後の秋桜祭に気が向いてしまっているんだな? そうだろう?」

いや、否定も肯定もしていないのだが?
なんで「謎は全て解けた」みたいな顔してるんだこの人は。

でも、秋桜祭か……そういや、あと三日後なんだよな。

近くに開催を控えているリディアンの学祭、「秋桜祭」。
共同作業による連帯感や、共通の想い出を作り上げる事で、生徒達が懐く新生活の戸惑いや不安を解消する。そういう目的の元に企画されているのだとか。

そこに今年は合併へのお膳立てとして、アイオニアンと合同での学祭となっている。

この合併、表向きではリディアンの生徒数減少に加えて、共学により生徒達の学力の向上が見られ、更には合併する事で異性との交流によりコミュニケーション能力が上がるというメリットも存在する為、という事になっている。

実際、異性との交流から社会性が身につく、というのは道理である。
それにリディアンとアイオニアンは姉妹校、合併の流れにも不自然な点はない。

だがその裏には、国家機密の塊であるシンフォギアを扱う装者と伴装者を一箇所に纏める事で、機密保持の労力を削減できる……という思惑が存在するのである……。

アイオニアン同様、リディアンからは以前の後暗い側面──シンフォギア装者の選出、ならびに音楽と生体から得られる様々な実験データの計測等を行う研究施設としての機能は、現在では一時凍結。叔父さん達の意向で廃止に向かっている。来年にはきっと、ただの音楽校になっている筈だ。

まあ、こんな後暗い話を知っているのは俺だけで十分だし、皆には関係の無い話だ。
誰かに危害が及ぶわけでもなし、いちいち気にすることでも無いだろう。

寧ろ、響と一緒に学祭過ごせるじゃんラッキー、くらいに捉えておこうかな。

……ハッ、この結論になった時点で凪先生の言う通りでは!?

「図星みたいだねぇ……まったく! うらやまけしからん!」
「どっちなんですか!?」
「どっちもに決まってるじゃないか!」

凪先生は溜息混じりに天井を仰いだ。

「ともかく! 青春するのもいいが、授業はきっちりと受けるように。(チミ)達の学力は(ボキ)のお給金に関わるのだからね!」
「は、はい……気をつけます」
「よろしい。それでは次のページを、大野クン! ……の弟の方! 流星クン、読みたまえ」
「先生……いい加減紛らわしいので覚えてください」

先生は教科書を開きながら、教卓へと戻って行く。
三日後、か……。今日も午後からはリディアンで合同準備だし、向かう途中で差し入れでも買っていく事にしようかな。

ff

放課後、リディアン三年生の教室。

その片隅にて、装飾用の紙花や輪飾りを作っている生徒が五人ほど。

そのうち二人は、よく見知った顔である。
風鳴翼、そして新学期から二年生に編入したクリスだ。

何故二年生のクリスが、三年生の翼と同じ部屋にいるのか。
理由は暫く前に遡る。

学祭の準備の為、テープや画用紙を運んでいた翼は、廊下の角から走って来たクリスとぶつかった。

何事かと話を聞くと、どうやら学祭のイベントにクリスを参加させようとするクラスメイト達から逃げて来た、との事であった。

フィーネを名乗る武装組織が現れたのに、こんな事にかまけている暇があるのか、とも言っていたが、何処か言い訳臭い。

折角の学友達からの誘いに素直に乗れず、恥ずかしがっては逃げてしまう。
そんなクリスの姿に、翼は自分の作業を手伝う事を提案したのだった。

「まだ、この生活に馴染めないのか?」
「まるで馴染んでないやつに言われたかないね」
「フッ、確かにそうだ。しかしだな、雪音──」
「あ、翼さん。いたいた」

そこへ、翼のクラスメイトが三人ほど、入室して来る。

「材料取りに行ったまま戻って来ないから、皆で探してたんだよ?」
「でも、心配して損した。いつの間にかカワイイ下級生連れ込んでるし」
「皆、先に帰ったとばかり……」
「だって翼さん、学祭の準備が遅れてるの、自分のせいだと思ってそうだし」
「だから、私達で手伝おうって」
「私を……手伝って?」

それは、翼にとって意外な言葉らしく、思わずキョトンとしてしまう。

「案外人気者じゃねぇか」

翼の珍しい表情に、クリスはニヤニヤと笑いながら冷やかすように言った。

「でも昔は、ちょっと近寄り難かったのも事実かな~」
「そうそう。ココーノウタヒメって言えば、聞こえはいいけれどね」
「始めはなんか、私達の知らない世界の住人みたいだった」
「そりゃあ芸能人でトップアーティストだもん」

そこで一度、クラスメイト達は間を置き、顔を見合わせる。

「でもね」
「うん」
「思い切って話しかけてみたら、私達と同じなんだってよく分かった」
「特に最近は、そう思うよ」
「みんな……」

初めて知った、クラスメイト達から見た自分。

初めて聞いた、学友達の本音。

何処か嬉しそうに笑う翼。それを見てクリスは、わざとらしく手を振った。

「ちぇ、うまくやってらぁ」
「面目ない……気に障ったか?」
「さぁてね?」

そっぽを向くクリス。しかし、その顔は……。

「だけどあたしも──もうちょっとだけ頑張ってみようかな……」

何処か、先程よりも険しさが抜けていたような気がした。

「ふっ……そうか」

学校生活の何たるか。それをようやく見いだせそうな後輩に、翼はクスッと微笑んだ。



「翔、嬉しそうだね」
「そういうお前も、顔が綻んでるぞ?」
「お互い様だね」
「だな。そろそろ出ていって、差し入れしないと」

片や心の壁を開き、片や自ら歩み寄る意志を固めて。ようやく学校に馴染み始めた姉と姫を、教室の入口の影から見守る弟と王子であった。 
 

 
後書き
先日のよい夫婦の日に千慧理登場回を読み返すよう促すツイートしたのはそういう事かって?
さあ、どうなんでしょうねぇ(笑)

凪先生を知らない人の為に、ざっくりと説明。

凪景義。XDUのイベントシナリオ、『竜姫咆哮メックヴァヌラス』に登場。板場、寺島、安藤ら三人娘が戦う平行世界の特異災害対策機動部二課司令代行として登場。司令ならぬ仮令である。
小太り眼鏡でチョビ髭、小物発言が多くヘタレ、特技はハッキングというだいぶアレな人であり、明らかに何か隠しているその態度から登場当初は若干疑われていたりもした。

しかし、実のところ彼もれっきとしたOTONAの一員であり、その臆病さゆえの慎重さと用心深さ、そしてその脂肪はそのためのものかと思えるほどの耐久力で本部崩壊から生存。
竜姫らのピンチに生き残った職員らと共に駆け付け、追い詰められていた装者らの元へと急行させ最終決戦へ持ち込むという快挙を成し遂げた。

後半でイメージが一転したため、有能さを隠すほどのヘタレや小物臭い発言の数々も愛嬌になっている辺りが巧い。流石金子監督である。
分かりやすい例でいうとFGOのゴルドルフ新所長タイプ。

伴装者世界線ではアイオニアンの教師ということで登場していただきました!
多分今後も、XD出身のキャラがちょくちょく出てくることになると思いますので、誰が出るのかお楽しみに!

さて、次回はアレですね……忘れた頃にやって来る赤いガスお披露目回。
それではまた次回! 

 

第10節「終焉を望む者、終焉に臨む者」

 
前書き
第二戦、開幕です。

今回も博士が好き勝手。
そして劇中では名前がチラッと移った程度の廃病院、公式サイトの用語集には何故かしっかりと設定が存在しているので、拾っておくことにしました。

ってかULTRAMANコラボってマジか。俺得過ぎるぞ!?全力で周らねば……!!
ストック残り二日分なところでイベントって……更新止まったらごめんね!でも許して!

閑話休題。
推奨BGMは「Bye-Bye Lullaby」、「月煌ノ剣」の二曲です。
それではお楽しみください! さあ、スーパー懺悔タイムだ! 

 
『──いいか、今夜中に終わらせるつもりで行くぞ!』

時刻はもうじき午前3時。
俺達五人は郊外の廃病院に集まっていた。

季節外れの肝試し、などという愉快なものではない。
この場所が武装組織フィーネの潜伏先である、という情報を緒川さんが突き止めたのだ。

『明日も学校があるのに、夜半の出動を強いてしまい、すみません』
「気にしないでください。これが私達、防人の務めです」
「街のすぐ外れに、あの子達が潜んでいたなんて──」

廃病院を見上げ、響が呟いた。

『ここは、ずっと昔に閉鎖された病院なのですが、二ヶ月前から少しずつ、物資が搬入されているみたいなんです。ただ、現段階ではこれ以上の情報が得られず致し痒しではあるのですが、何者かが潜んでいるのは間違いないと思われます』
「尻尾が出てないのなら、こちらから引き摺り出してやるまでだッ!」
「あまり早まらないでね、クリスちゃん!」

クリスが真っ先に走り出し、俺達もその後に続いて病院へと入っていく。

ちなみにこの病院の名は『浜崎病院』。元々は規制緩和にて外国企業の国内医療分野への参入が認められた直後に新設された医療更正施設だ。

医療費の価格破壊を掲げ、開院当初こそ入院希望患者が引きも切らない状態であった。
だが、度重なる医療ミスに加え、院長である浜崎・アマデウス・閼伽務(あかむ)が事故に見せかけて患者を殺害する事件までもが発生し、ほどなくして閉鎖の憂き目を見ることになったらしい。

廃病院となって久しいのだが、 近隣では怪人出没の噂の絶えない有名な心霊スポットとなり、現在では若いカップルや暴走族の新人メンバーの肝試しの場として利用されている……というのはよくある話だろうが、あの武装組織の潜伏先である事実を鑑みると、怪人出没の噂も割と新しいものなのかもしれない。

ってか、「あかむ」って名前に場所が海沿いって……SAN値が削れかねない不吉さだ。
これは噂になるのも無理ないな……。

ff

その頃、ウェル博士もまた、突入してきた装者達をカメラで確認した頃であった。

「期待通り、来てくれましたね。……では、おもてなしといきましょう」

そう呟くと、ウェル博士はエンターキーを押す。

直後、装者達の向かう先の廊下にあるダクトから、赤いガスが散布され始めた。

無味無臭、しかも薄暗い院内では有色でも視認が困難なそのガスは、あっという間に院内に充満する。

装者達はそれに気付くことなく、院内の最奥へと走り抜けて行く。

「くくく……さあ、たっぷりとご馳走しますよッ!」

ウェル博士は狂気に満ちた笑みを浮かべながら、カメラの奥の装者達を見つめるのだった。

ff

「やっぱり、元病院ってのが雰囲気出してますよね……」
「なんだ? ビビってるのか?」

不安げな表情の響を、雪音が笑いながら冷やかす。

「そうじゃないけど、何だか空気が重いような気がして……」
「俺もだ。何か、妙な違和感を感じる」
「大袈裟だっての。バカップル二人して臆病風たぁ、だらしねぇな」
「ところでクリスちゃん、ここ、出るらしいんだけど」

純の一言に、雪音が一瞬‪ビクッと肩を跳ねさせる。

「なっ、ななな何が出るって?」
「怪人。この病院の院長、事故に見せかけて患者さんを殺害したらしいんだ。それがきっかけで病院は閉鎖になったんだけど、院長は今でもオペ室に潜んでて、ここに入って来た人達を捕まえては生きたまま解体している……なんて噂が──」
「ひぃっ!? やめろよジュンくん!」
「ごめんごめん。つい、ね?」

後退る雪音に謝る純。
なるほど、雪音はオバケが苦手なのか……覚えておこう。

「静かに。どうやらお出迎えらしい」

角の奥を覗き込んでいた姉さんの声。
その一声で、俺達の表情が一斉に引き締まる。

キュピッ!キュピッ!

キュピッ!キュピッ!

廊下の奥から向かって来るノイズの群れ。

俺達は聖詠を口ずさみながら、一気に飛び出した。

「──Killter Ichaival tron──」

最初に飛び出したのは、両手にアームドギアを構えた雪音だ。

「ばぁ~んっ♪」

アームドギアの形状はガトリング砲。
インパクトにより、位相差障壁を調律されたノイズの群れに向かって、雪音は発砲し始めた。

「挨拶模様のガトリング! ゴミ箱行きへのデスパーリィー! One, Two, Three 目障りだ──」

〈BILLION MAIDEN〉

銃弾の嵐に吹き飛ぶノイズ達。
しかし、後方から新たに追加出現したノイズが、減らした数を上回りながら迫って来る。

「やっぱり、このノイズはッ!」
「ああ。間違いなく制御されているッ!」
「アタリだな。少なくとも、ウェルの野郎はここに居るッ!」

響、姉さん、純がクリスに続いて先へ進み、俺が一番後ろで生弓矢のアームドギアを展開する。

「立花、爽々波、雪音のカバーだッ! 懐に潜り込ませないように立ち回れッ!」
「はいッ!」
「ったりめぇだッ!」

雪音のボウガンが、姉さんの剣が、純の盾が、響の拳が。

押し寄せるノイズの群れを次々と打ち砕いていく。

このまま行けば押し切れる……そう思った瞬間だった。

「Hyaha!Go to hell!! さぁスーパー懺悔タイム──ッ!?」

なんと、炭化した筈のノイズがゆらりと立ち上がり、更には破損箇所が再生しているではないか。

「こンのおおおおおおおおッ!」

響の拳が、人型ノイズの土手っ腹に風穴を穿つ。

しかし、ヒューマノイドノイズは立ち上がり、その穴はみるみるうちに塞がっていった。

「えぇっ!?」

驚く響。それは他の皆もおなじだ。

「はッ!」
「ドラァッ!」

姉さんの剣で切り裂かれたノイズや、純の盾に部位を切断されたノイズ。
更には俺が放った矢に串刺されたノイズまでもが、残らず再生しては立ち上がるのだ。

姉さんの得意技、蒼ノ一閃にて真っ二つにされたノイズの一群も、後方で斬撃が爆発した直後に再生する。

気付けば俺達は追い詰められ、囲まれていた。

「はぁ、はぁ……ッ!」
「くぅッ……響、大丈夫か……?」
「へいき、へっちゃら……! でも、なんで!?」
「何で……こんなに手間取るんだッ!?」

姉さんがアームドギアを刀状に戻す。

直後、刀を持つ姉さんの手が一瞬ブレた。
あれは……刀が重くなっている?

「ッ! ギアの出力が落ちている……ッ!」
「「「ッ!?」」」
「なんだって!?」

姉さんの一言に、俺達はようやくその違和感に気が付いた。

ff

「装者達の適合係数が低下ッ!」
「このままでは戦闘を継続出来ませんッ!」

藤尭、友里の報告に、弦十郎は瞠目した。

ギアの不調による出力低下。その原因がギアそのものにはないという事は、彼も確信を持って言いきれる。

フィーネは玩具だと言っていたが、カ・ディンギルを造り上げた彼女が開発したものだ。不備があるとは考えにくい。

しかし、適合係数に原因があるとして、どうやってそんな芸当を行えているのかは、彼にも皆目見当がつかなかった。

「何が起きているッ!?」

ff

「はぁ、はぁ……ようやく片付けたか……ッ!」

時間をかけたものの、ノイズは何とか片付けられた。

全員で円陣を組み、後ろに立つ仲間の背中を守る事に徹する。
尚且つ、ノイズには躯体が完全に炭化するまで攻撃の手を緩めず、隣の仲間が吹き飛ばした破片には可能な限り念入りに攻撃し、トドメを刺しておく。

つまるところ、飽和攻撃。
普段のシンフォギアであれば不要の苦労を強いられながらも、何とかノイズを殲滅する事ができた。

「はぁ、はぁ……にしてもよぉ……ッ!」
「ぜぇ、ぜぇ……制限時間が……いつもより早い……ッ!」

純のRN式のヘッドギアに光るランプが赤に変わっている。

点滅からの強制解除まで、残り少なくなってしまっているらしい。

Model-0の利点は、聖遺物からのエネルギーを特殊素材性のプロテクターに固着させる事で、改良前よりも精神への負担を減らし、制限時間を大きく伸ばした事だ。

更には純のたゆまぬ努力と精神鍛錬により、ルナアタックの頃よりも制限時間はかなり伸びた。

院内に突入してからの戦闘時間は、現在のModel-0の平均起動時間を下回っている。

適合係数の低下、という話はどうやら本当らしい。

「はぁ、はぁ、はぁ……──ッ!?」
「ッ!? 何か来るッ!」

その時、廊下の暗がりの奥から、唸り声と共に何かが飛び出す。

「グルルルァウッ!」
「みんな、気を付けてッ!」

響の拳が、そいつを天井まで吹き飛ばす。

そいつは、明らかに自然界の生物ではない存在だった。

前後に細長い頭、人間のような形の身体で四足歩行する、謎の怪物。

天井のパイプを足場に、そいつは再び俺達の方へと飛びかかる。

「ふッ!」
「グルルルァアッ!」

アームドギアを生太刀モードへと分割し、その顔の正面から斬り込む。

しかし怪物は切断されることなく、廊下の向こうへと吹っ飛んで着地した。

「アームドギアで迎撃したんだぞッ!? 」
「なのに何故、炭素と砕けないッ!?」

雪音と姉さんの驚く声。
しかも怪物はみたび、こちらへと飛びかかろうとしているではないか。

「……まさか、ノイズじゃ……ない?」

響の言葉に、俺はハッとした。

確か、斯波田事務次官からの話では、米国連邦聖遺物研究機関……F.I.S.から強奪された聖遺物が幾つかあったらしい。

殆どはさほど力も残っていない聖遺物の欠片だったらしいが、その中には保管されていた基底状態の聖遺物も……。

とすれば、あれは……。

「じゃあ、あの化け物は何だって言うんだよ!?」
「まさか……完全聖遺物ッ!?」

その時、手を叩く音が廊下に反響した。

『ッ!?』

廊下の奥に集まる、俺達の視線。
拍手をしながら現れたのは、見覚えのある白コートだった。

「お前は……ッ!」
「ウェル博士ッ!」

すると、怪物はウェル博士が床に置いていたケージの中へと自分から入って行く。

ケージの扉が自動で閉じ、ロックがかけられると、ウェル博士は俺と響の方を見ながら口を開いた。

「意外に聡いじゃないですか」
「貴様……ッ!」
「てめぇ、ノコノコと顔見せやがってッ!」
「ソロモンの杖を返してくださいッ!」

姉さんや雪音が怒りを露わにする中、博士はそれらを軽くスルーすると、響の言葉に返答する。

「それは出来ない相談ですねぇ」

博士はコートの内側からソロモンの杖を取り出すと、数体のノイズを召喚した。

「バビロニアの宝物庫よりノイズを呼び出し、制御する事を可能にするなど、この杖を於いて他にありません。そしてこの杖の所有者は、今や自分こそが相応しい……そう思いませんか?」

その四角眼鏡の奥で、博士の目は狂気にギラついていた。

こいつは……本気だ。
本物のマッドサイエンティストだ。話してわかる相手ではない!

「思うかよッ!」

雪音の怒りが、とうとう沸点を超えた。
迫るノイズに向けて、雪音が怒りのままにミサイルポッドを展開する。

「ッ!? ダメだクリスちゃんッ!」

純が止めるも間に合わず、ミサイルは発射された。
そして──

「ぐッ、うわあぁぁッ!」

次の瞬間、クリスが悲鳴を上げた。

ミサイルはノイズの方にこそ向かっていったものの、あらぬ軌道を描いて蛇行し、廊下を丸ごと吹き飛ばした。

『適合係数の低下に伴って、ギアからのバックファイアが装者を蝕んでいますッ!』
「ッ……純ッ! 雪音を!」
「分かってるッ!」

純がクリスの肩を抱える。

爆発で壁や天井が丸ごと吹き飛び、周囲が開けた状態になる。

既に明け方が近くなっており、空は明るくなり始めていた。

「くそッ……なんでこっちがズタボロなんだよッ!」
「この状況で出力の大きな技を使えば、最悪の場合、身に纏ったシンフォギアに殺されかねない……」
「絶唱でもないのに、技一つでこうも苦しむ事になるなんて……。どんなインチキしたらこんな事が……くッ……」

確かに、姉さんの言う通りだ。

まさか適合係数を引き下げられる事が、ここまで厄介とは……。
ウェル博士は一体どんな罠を仕掛けていたんだ……?

「あれはッ!?」

響が空を見上げて叫ぶ。

視線の先を見ると、気球のような外見のノイズが、先程のケージを運び去ろうとしているではないか。

「あん中には化け物が入ってるんじゃねぇのかッ!? くッ、海の方へ向かってやがる……ッ!」
「さて、身軽になった所で、もう少しデータを取りたい所だけれど……」
「貴様ッ! ノイズを囮にしたのかッ!」

アームドギアを収納し、拳握って構える。

すると博士は両手を挙げ、あっさりと降参した。

「おやおや、生身の人間を相手にギアを使うつもりですか? 降参、降参ですよ」

……何かあるのは間違いない。
狡猾なウェル博士の事だ、何か企みがあるはずだが……。

「爽々波、雪音を。翔と立花は、その男の確保を頼むッ!」

そう言って姉さんは、気球型ノイズを追って走り出した。

ここは任された。博士への警戒はまだ解けないが、不振な動きを見せる前に取り押さえる事にしよう。

それにこの様子、まるで抵抗の意味が無い、或いは必要が無いとでも言っているかのようだ。

どんな裏があるかは分からないが……姉さん、そっちは任せたッ!

ff

前方上空を洋上へと向かい飛び続けるノイズへと駆ける。

「百鬼夜行を恐るるは──」
(天羽々斬の機動性なら──)

『翼さん、逃走するノイズに追い付きつつありますッ! ですが──ッ!』

まずい。このままでは追い付く前に海へ出られてしまう……ッ!

その時、叔父様から飛ばされた指示は、驚くべきものだった。

『──司令ッ!?』
『そのまま、飛べッ! 翼ッ!』

(飛ぶ……ッ!?)
『海に向かって飛んでくださいッ! どんな時でもあなたは──ッ!』
(そうだ……私はもう──ッ!)

その言葉の意図を考えるより先に、緒川さんからの通信が、私の心を奮い立たせた。

叔父様からの言葉通り、桟橋を勢いよく駆け抜け、眼前に拡がる海原へと飛ぶ。

「幾千、幾万、幾億の命 すべてを握り締め振り翳す──」

両足のブレードを展開、滑空用のスラスターを全開にして距離を稼ぐが、それでもなお届かず……ッ!

万事休すかと思われた刹那、水面の底より来る黒影が、墜ち行く私の下へと見えた。

『仮設本部、急速浮上ッ!』

浮上せしは二課仮設本部、既に見なれた潜水艇。

弦十郎叔父様が、兄である九皐叔父様より賜わった艦の船首が今、空へと向けて現れる。

「今宵の夜空は刃の切っ先と よく似た三日月が香しい──」

船首を足場に、再び空へと羽ばたく! 届いたッ!

「伊座、尋常に……我がつるぎの火に消え果てよぉぉぉぉッ!」

振り抜いたアームドギアにてノイズを両断。ノイズは炭素と砕け散り、海の藻屑と散った。

そして、ノイズを滅した事でケージは真っ逆さまに海へと墜ちてゆく。

今度は落下の勢いも利用した上で加速ッ!
これで届く──ッ!

ケージに向かい、真っ直ぐに手を伸ばす。

その刹那、突然現れた気配が私の知覚を突いた。

「──ッ!? ぐあッ!?」

先程まで一切察知出来なかった、まるで突然その場に現れたとしか思えぬ気配。

対応が間に合わず、私は吹き飛ばされ、水柱を上げて海へと落下した。

私の行く先を妨げたのは、つい先日相見えたばかりの黒き“烈槍”。

水面を抉り、真っ直ぐに浮遊する槍の石突に降り立つのは、やはり──

「──翼さんッ!」
「あいつは……ッ!」

黒いマントのガングニール……マリア・カデンツァヴナ・イヴッ!



「時間通りですよ、フィーネ……」
「フィーネだとッ!?」

真っ先に反応したのはクリスだった。

響と翔に拘束され、両腕を後ろ手に縛られているウェル博士。
ソロモンの杖はクリスが没収し、四人の装者達は翼を追って桟橋まで移動していた。

その目の前に現れた、黒きガングニールの装者……マリア・カデンツァヴナ・イヴ。

彼女をウェル博士は、確かにフィーネと呼んだのだ。

「終わりを意味する名は、我々組織の象徴であり、彼女の二つ名でもある……」
「まさか……じゃあ、あの人が──」
「そんな、嘘だろ……!?」

響にも、翔にも。そして、声には出さなかったが純にも。
ルナアタックの当事者達は揃って、困惑の中でその名を改めて聞く事となった……。

「新たに目覚めし、再誕したフィーネですッ!」

夜明けの逆光に包まれながら、自らの身体で生じた影の中で。

マリアは……再誕せしフィーネと称されしガングニールの乙女は、その目を見開いた。 
 

 
後書き
全力決め顔バーン!からの「Next Destination」に入るの最高に好き。

今回一番苦労したのはANEMORI視点。防人語だけで書き続けるのって結構苦労しますよ。
え?何気にチラッと出てきた名前を二度見した?さあ、何のことですかね~(すっとぼけ)

実は今回、ページナンバー的には91話目なんですよ。
天撃コラボ引いても86話。100話がそろそろ目前です。通算話数はとっくに100超えてますけどw
超えたら皆さん、祝ってくれますか?

それでは次回もお楽しみに!

……ツェルトとセレナにはジャックスーツとタロウ、どっちが似合うんだろう?← 

 

第11節「フィーネの再誕」

 
前書き
今回のハイライト、翼vsマリア第二戦!

推奨BGMは勿論、「烈槍・ガングニール」、「獄鎌・イガリマ」でお届け致します!
それではどうぞ、お楽しみください!

……やばい、そろそろストックが……() 

 
「つまり、異端技術を使う事から、フィーネの名を組織に準えたわけでなく……」
「蘇ったフィーネそのものが、組織を統率しているというのか」

仮設本部艦内、発令所。

藤尭、並びに友里は突如現れたマリアの出現地点を捕捉するべく、各種機器を操作する手を休めずにそう零した。

「またしても先史文明期の亡霊が、今を生きる俺達の前に立ちはだかるのか……俺達はまた、戦わなければいけないのか……フィーネ……」

俯きながら呟く司令の言葉は、この場にいる全員の心境を表していた。

フィーネの末路を見届けた者達にとって、マリアがフィーネであるという事実は、とても受け入れ難いものなのだ……。

ff

朝日を背に、海面を抉って浮遊するアームドギアの柄を足場に立つマリア。

ウェル博士からの受け入れ難い言葉に、響は思わず呟く。

「──嘘、ですよ……。だってあの時……」
「ああ……フィーネはあの時、確かに……」

『……胸の歌を……信じなさい』

響達を受け入れ、了子に肉体の主導権を返して消滅した筈のフィーネ。

その最後の一言からも、やはり復活した彼女がこのような事件を起こすなど、響や翔には信じられなかった。

「リンカーネイション」
「遺伝子にフィーネの刻印を持つ者を魂の器とし、永遠の刹那に存在し続ける輪廻転生システム……ッ!」
「……って事は、アーティストだったマリアさんは……」
「さて……。それは自分も知りたいところですね」

クリスと純の困惑に、ウェル博士は肯定でも否定でもない答えを呟く。

(自分も知りたい……? フィーネのリンカーネイションは、器となった肉体の主の意識を完全に塗り潰すものではなかったのか……?)

翔が疑問を浮かべたその瞬間、洋上のマリアと翼が動き出した。

ff

(ネフィリムを死守できたのは僥倖……だけどこの盤面、次の一手を決めあぐねるわね)

マリアが動こうとしたその時、水柱と共に翼が海面から跳躍した。

両足のブレードからのジェット噴射で水上を滑り、真っ直ぐにマリアへと斬り込む翼。

「はあぁぁッ!」

マリアはそれを軽く避ける。が、翼はそのままマリアの頭上へと跳び、アームドギアを大剣型へと変形させる。

「甘く見ないでもらおうかッ! ハァッ!」

振り下ろされる、蒼き破邪なる一斬。

〈蒼ノ一閃〉

しかし、マントがマリアの身体をカーテンのように包み隠し、斬撃を通す事を許さない。

「甘くなど見ていないッ!」
「くッ!」

大技直後の隙を突かれまいと、大剣でそのまま斬りかかる翼。

しかし、またしてもマリアのマントはそれを阻むと、翼の身体に強烈な打撃を打ち込み、仮設本部の方へと吹き飛ばす。

本部の甲板になんとか着地した翼は、アームドギアを刀に戻し、体制を立て直す。

その間にマリアは、その手に握り続けていたネフィリムのケージを頭上へと放り投げる。

ケージは一瞬にして、空へと溶けるように消失する。

(消えたッ!? 何処へ!?)

両手が自由になったマリアは、石突から飛び降りると、空中で一回転して甲板へと降り立つ。

天へと掲げた手に、アームドギアは引き寄せられるように収まる。

翼と向かい合ったマリアのギアからは、既に歌が流れ始めていた。

『Kort el fes Gungnir. Kort el fes Gungnir.』
「だからこそ、私は全力で戦っているッ!」

アームドギアを握ったマリアは跳躍し、翼へと飛びかかる。

「くッ!」
「はああッ!」

翼が刀を構え、防御姿勢を取る。

体重に落下時の勢いが乗った一撃は、翼を後方へと吹き飛ばす。

空中で体制を立て直し、華麗に着地する翼。
片手で槍をブンブンと振り回すマリアへと、翼は刀を構え、再度接近する。

「この胸に宿った 信念の火は──」

歌と共に、伸縮したマリアのマントが巨大な刃となって翼へと襲いかかる。

跳躍し、空中で回転しながら進み続ける翼。
マントは火花と共に、甲板の表面へと切り傷を刻む。

マントからの迎撃を防ぐべく、蛇行しながら翼は進み、マリアの懐へと飛び込もうとするが、振り下ろした刃をまたしてもマントに弾かれてしまう。

逆に振るわれた槍を防ぐと、今度は槍を頭上に掲げたマリアを中心に、マントが竜巻のように渦巻いた。

「はあぁぁぁッ!」

周囲をマントで覆っても、必然的に頭上はがら空きだ。

翼はマリアの頭上を狙って跳躍し、台風の目のように穴となっている中心部へと狙い定める。

「やああああああッ!」

しかし、マリアはそれを見越しており、翼が刀を突き立てる瞬間、中心部からアームドギアを突き上げた。

直撃を防ぐも弾かれた翼は、甲板着いた片腕を軸に回転しながら着地する。

「闇に惑う夜には──」

竜巻状態を解かれ、マントが再び刃となって翼を狙う。

バク転を繰り返して回避するも、マントは傷こそ浅いものの、船体を確実に傷付けていた。

「はぁ……はぁ……はぁ……」
(くッ……。あの厄介なマントに加えて、適合係数を下げられているせいか……こちらからは一撃も入らぬとは……ッ!)

展開していたマントを縮小し、元のサイズへと戻すマリア。

翼は息を荒らげながらも、戦場で笑みさえ浮かべてみせるマリアを、毅然と睨み付けていた。

ff

一方、本部内ではランプが赤く点滅し、警報が鳴っていた。

「敵装者からの攻撃、本部被弾ッ!」
「被害状況、出ましたッ!」

モニターには、損傷のあった箇所が黄色く表示される。

「船体に損傷ッ! ……このままでは、潜航機能に支障がありますッ!」
「ぐッ──翼ッ! マリアを振り払うんだッ!」

ff

「覚悟を今構えたら 誇りと契れ──」
(下手に離れて戦えば、本部に流れ弾が……。ならば──ッ!)

翼はアームドギアを腿アーマーに格納すると、両足のブレードを展開し、逆立ちしながら回転し始めた。

手数と機動性に優れる、逆羅刹の構えである。

一度、二度……腕で振り下ろす刃にはない、回転力から生じる勢いに、マリアのアームドギアが弾かれた。

「勝機ッ!」
「ふざけるなッ!」

マントの裾を握り、盾とするマリア。
逆羅刹をも弾かれ、着地した翼の左脚に痛みが走った。

「くッ!?」
「マイターンッ! 受けなさいッ!」
「ッ!」

突き出される烈槍。アームドギアを抜刀するも間に合わず、翼の身体は宙を舞った。

「がはっ!」

ff

「あいつ、何をッ!?」
「最初にもらったのが効いてるんだッ!」

一瞬、翼の動きが鈍ったのを、クリス達は見逃していなかった。

初撃で投擲されたマリアのアームドギアは、翼の脚にしっかりとダメージを与えていた。
それが今になって効いて来ているのだ。

「だったら白騎士のお出ましだッ!」

アームドギアのクロスボウを構え、狙いを定めるクリス。

マリアはこちらに気付いていない。
今なら確実に不意を突く事が出来る。

しかし──

(では、こちらもそろそろ──)

ウェル博士の口元には、含みのある笑みが浮かんでいた。

「クリスちゃんッ! 皆、上だッ!」

頭上から迫る複数の丸鋸。
純の声で気づいた三人が慌てて避けるも、丸鋸は装者達とウェル博士を分断するかのように飛んで来る。

「ッ!? これって……!」
「まさかッ!?」

「なんと、イガリマアアアーーーッ!」

突然現れた翠色のギアを纏う装者、切歌がクリスを狙い、アームドギアの大鎌を振り下ろす。

「こいつらッ!?」
「警告メロディー 死神を呼ぶ 絶望の夢Death13──」

振り下ろされる鎌を跳躍で回避し、クリスは距離を取る。

しかし、鎌のリーチはそこそこ長く、近くには拘束したウェル博士、そしてRN式を解除した純がいるため下手にクロスボウを乱射できず、クリスは完全に攻めあぐねてしまっていた。

一方、丸鋸を避けきった響の方へと向かってくるのは薄紅のギアを纏う少女、調。

ギアの足部は、可動部の少ない円筒に近い形状をしたプロテクターで覆われているが、足底部はローラー状になっているらしく、形状に見合わぬ速度で移動しながら戦場を駆け回る。

「はッ! たぁッ! てやぁッ!」

再び射出された大量の丸鋸を、響は素早く叩き落とし、その両手で打ち砕いていく。

すると、遠距離では仕留めきれないと悟った調は、跳躍して一回転。

脚部・頭部から体の周囲に円形のブレードを縦向きに展開する。
SF作品によく登場する一輪バイクを乗りこなすかのようにブレードを回転させ、調は響の方へと突撃した。

〈非常Σ式・禁月輪〉

「うわぁッ!?」

慌てて横へ走り、飛び退いて回避した響の背後で、桟橋の防波堤が砕け散った。

「純ッ! ウェル博士を抑えろッ!」
「させるかよッ!」

一瞬で飛び退く翔。その足元に、数本のコンバットナイフが突き刺さる。

「また会えたな、ファルコンボーイ!」
「ジョセフ・ツェルトコーンッ!」

降り立ったツェルトの両手指の間には、コンバットナイフ型のアームドギアがそれぞれ三本ずつ握られていた。

「ウルヴァリンにでもなったつもりか?」
「さあ、どうかな? 利用出来るものはなんでも利用しなくっちゃだろッ!」

ツェルトが投擲するナイフを、翔は躱し、叩き落として接近する。

一方ツェルトも、新たなナイフを握り応戦する。

翔の繰り出す拳をいなし、逆手に持ったナイフを振るう。

対する翔もまた、構えを拳から手刀に切り替えると、腕アーマーに備え付けられたブレードを使ってナイフに対抗する。

数合の打ち合いの後、二人は距離を取った。

「どうしたファルコンボーイ? 俺を擬きだと罵った時の威勢はどこ行ったんだ?」
「安い挑発だ。だが、今ので分かった。お前のギアには弱点がある……違うか?」
「──何を根拠に?」

一瞬の沈黙。翔はそれを動揺と受け取った。

「聖遺物と適合者には、相性が存在する。確認してるだけでも、その義手に使われている聖遺物は三種類。その全てに適合しているわけではないんだろ?」

ライブ会場での一件の後、翔はツェルトModel-GEEDについて探るべく、シンフォギアに関する資料を漁っていたのだ。

その中で見つけたのは、装者とギアの相性について。
基本的に一人の人間が適合出来るギアは一つであり、また、装者は自らと適合した聖遺物以外のギアを纏えない。

ツェルトのRN式はアームドギアこそ切り替えられていたものの、プロテクターの形状に変化は見受けられなかった。

アームドギアの形成のみに特化させる事で複数の聖遺物を使用する事に成功していると仮定すれば、自ずと弱点も見えてくるものだ。

「そのプロテクター、バリアコーティングで覆っているだけで、実は防御が弱いんじゃないか?」
「だったらどうする?」
「不可避の一撃にて、押し通すッ!」

翔は跳躍し、両腕の刃にエネルギーを集中させる。

〈斬月光・廻刀乱魔〉

正面からは交差させた光刃。そして左右からも刃を飛ばして挟み込む、不可避の斬撃。

放つ角度によっては確かに、回避不能の大技だ。

「ッ!? そう来るかッ!」

迫る刃、正面を防げば側部から挟まれ、 側部からの刃を回避しても正面からの刃が残る。

回転する孤月状の光刃が迫る中、ツェルトは──



「転調・コード“エンキドゥ”ッ!」


その名を叫ぶ瞬間、光刃は彼に命中し爆発。
爆音と共に土煙がツェルトの立っていた地点を包み込んだ。 
 

 
後書き
「烈槍・ガングニール」の荘厳なイントロと男性コーラスでの『Kort el fes Gungnir』が好きな人とはいいお酒が飲めそうですね。あそこクセになりますw

しかしこうして書いてると、この頃のフィーネ組って二課組を押してるように見えて、実際には連戦による疲労やAnti_LiNKERでの適合率低下というバッドコンディションを抱えさせることで二課組が万全の状態で戦えないようにしてるんですよね。
パワーバランスの調整上手いというか……。ウェル博士マジ性格悪いなぁとw
原作と比べて、伴装者がいても状況が好転してないのはそういう事です。おのれドクター!

次回はとうとう12話。深夜アニメ1クール分ですが、中身的には原作4話Aパートの残り半分です。お楽しみに。 

 

第12節「昇る朝日が求めているのは」

 
前書き
原作4話Aパート後半!
聞き覚えのある単語がちらほらありますが、元ネタ全部分かるかな?

ここでお知らせ。ストックが遂に底を尽きました……。
って事で明日は前から予告してた通り、「夜に交わる伴装者」の方で翔ひびみく3Pを公開します。

それでは、推奨BGMはご自由にお楽しみください。 

 
舞い上がる爆煙。
翔は着地し、ツェルトの様子を窺う。

(やったか……? いや、煙の奥を確認するまで、楽観視は禁物がド定番! まだ隠し球があってもおかしくは──)

次の瞬間、煙の奥から飛び出してきたワイヤーが翔の腕に巻きついた。

「ッ!? このワイヤーはッ!?」
「フィィィィィィィィィッシュッ!」

腕に巻きついたワイヤーが伸縮し、翔は引っ張られてバランスを崩す。

そして翔は、釣られた魚のように振り回され、防波堤に背中から叩きつけられた。

「ごはッ!?」
「危ねぇ危ねぇ……。直撃の寸前に、聖遺物を切り替えておいたのさッ!」

煙の奥から姿を表すツェルト。
その周囲には、彼を包むように黒鉄の鎖が渦巻いていた。右腕からは、前回同様に黒地に金の紋様が入った楔付きのワイヤーが射出されている。どうやら、光刃を鎖の結界で防御していたらしい。

「だが、Model-GEEDの弱点を見抜いたのは、流石だと褒めといてやる。俺がギアとして鎧う事のできる聖遺物はこの『エンキドゥ』のみだ」
「エンキドゥ……。王の友、か……!?」

エンキドゥ。メソポタミア神話に登場する、神々に創られし英雄の名だ。

人類最古の英雄譚、ギルガメッシュ叙事詩に登場し、暴君ギルガメッシュを諌める為に遣わされるも、神々の意に反して彼の無二の友となり、最期は神の罰として土に還されたという逸話を持つ英雄。

その名を冠する聖遺物こそ、ツェルトの本来のRN式。神より遣わされし天の鎖。

「さて……俺に見合わない得物がお気に召さないってんなら、お望み通りにしてやるぜッ!」
「ッ!? うわああああああああッ!?」

ワイヤーで腕を縛られたまま、翔はグルグルと宙を回される。

左腕の刃でワイヤーの切断を試みた瞬間、ツェルトは翔に巻き付けていたワイヤーを外した。

「くッ!? ぐううううッ!?」

翔は何とか空中で体制を整え着地するも、目を回してふらつき、尻餅を着いた。

「ウェーブスインガーの乗り心地は如何だったかな? リバースしそうなら、エチケット袋くらい貸してやるぜ?」
「こい、つ……減らず口、を……」

ふらつきながらも立ち上がり、ツェルトを睨む翔。

だが、苦戦を強いられているのは翔だけではなかった。

「信じ合って 繋がる真の強さを──」
「がは──ッ!?」

バットのように振られた鎌の柄が、クリスの腹部に容赦なく叩き込まれる。

怯んで頭が下がった隙に、柄本で殴られたクリスは地面を転がる。

奪取したソロモンの杖もまた、彼女の手元を離れてしまった。

「クリスちゃんッ!」

響がクリスに駆け寄り、調はローラーで地面を滑りながらソロモンの杖を回収に向かう。

「くッ……させないッ! 転調ッ!」

純がRN式を纏い、転がる杖へと手を伸ばす。

「ふんもっふッ!」
「あぁッ……!」

しかし、それより早くツェルトのワイヤーが、ソロモンの杖を釣り上げる。

そこへ接近してきた調は目の前にいた純へと、ヘッドギアの左右のホルダーからアーム付きの巨大な2枚の回転鋸を展開し、無防備な純を斬り裂いた。

「邪魔……ッ!」

〈γ式・卍火車〉

「ぐわああああッ!」
「ジュンくんッ!」

純の身体は宙を舞い、クリスの目の前まで転がった。

「時間ピッタリの帰還です。お陰で助かりました。むしろ、こちらが少し遊び足りないくらいです」

ウェル博士の周囲に、フィーネの装者達が集まり、ツェルトがウェル博士にかけられた手錠を破壊する。

「助けたのは、あなたのためじゃない」
「や、これは手厳しい」

調からのドライな返しに、ウェル博士はわざとらしく肩を竦める。

その態度に、ツェルトは溜め息を吐きながら、破壊した手錠を投げ捨てた。

「純、大丈夫かッ!?」
「なん、とか……」
「大丈夫ッ!? クリスちゃんッ!」
「くそったれ……。適合係数の低下で、身体がまともに動きやしねぇ……ッ!」

翔は純に、響はクリスに肩を貸し、立ち上がらせる。

「──でも、一体どこからッ!?」
「本部、どうなってるんですかッ!?」
『装者出現の瞬間まで、アウフヴァッヘン波形、その他シグナルの全てがジャミングされている模様ッ!』
「二課が保有していない異端技術……ッ!」

友里からの索敵結果に、翔は苦々しげに歯噛みした。

ff

翼は左膝を抑えながら、息を整える。

その一方でマリアもまた、翼に追い打ちを仕掛けられずにいた。

先程の打ち合い。押し勝ったのはマリアだったが、翼のアームドギアは僅かにマリアの横腹を斬り裂いていた。

切り傷の付いた部分をマントで隠しながら、マリアは眼前の翼を見据え続ける。

(こちらの攻撃に合わせてくるなんて、この剣──可愛くないッ!)

翼はというと、手を握り、開きを繰り返していた。

ギアの動作が、先程に比べて軽くなって来ているのを感じていた。

(……少しずつだが、ギアの出力が戻って来ている……いけるか?)

「はぁ……はぁ……」

(ギアが重い……ッ!)

睨み合う両者。両者共に傷を負っており、おそらく、先に動いた方が不利となるだろう。

平行線を辿る睨み合いを終わらせたのは、ナスターシャ教授からの通信だった。

『適合係数が低下しています。ネフィリムはもう回収済みです。戻りなさい』
「──ッ! 時限式では、ここまでなのッ!?」
「──ッ!? 時限式……?」

マリアが口走った言葉は、翼にその答えを連想させるのには充分であった。

フラッシュバックするのは、あの日のライブ。
この両腕の中で塵と消えた片翼が、最期に見せた一筋の涙。

(まさか……奏と同じ、LiNKERを……?)

その時、上空からの激しい風圧が吹き付け、翼は思わず手を翳した。

上空を見上げると、そこには紫色の光と共に浮かび上がるシルエット。

「く──ッ! ヘリッ!? どこから──ッ!?」

それは、両翼にそれぞれプロペラを持つ大型ヘリであった。

F.I.S.が保有する大型ヘリ、『エアキャリア』。姿を隠し続けていたそれが今、ようやく全容を現した。



「あなた達は、いったい何をッ!?」
「保管されていた生弓矢を奪い、姉さんのライブ会場を襲って……目的は何なんだッ!」

仲間に肩を貸しながら、響と翔は問いを投げかける。
ずっと疑問だったのだ。彼女達が何故、テロリストになったのかを。

その問いかけに調とツェルトは、逆行を背に答える。

「正義では、守れないものを、守る為に」
「世界を救い、大切な人を取り戻す……。ただ、それだけさ」

「──えッ……?」
「どういう……く──ッ!」

その意味を聞き返すより先に、エアキャリアからワイヤーが降下され、調と切歌は跳躍すると、ワイヤーの先に結ばれたグリップを握り上がっていく。

そしてツェルトは、アームドギアのワイヤーを貨物室のハッチに引っかけ、口元を少々引き攣らせながらウェル博士を抱えて昇っていった。

博士と装者を回収したエアキャリアは上昇を始め、この場から離れて行く。

「ぐッ……逃がすかよッ!」
「わわっ!?」

そこへクリスが、響の肩を振りほどいて前に出ると、アームドギアをスナイパーライフル型に変形させる。

頭部アーマーがカメラアイを伸ばした狙撃モードへと変わると、ネフシュタンの鎧に似たデザインのバイザーが下り、左目の部分にスコープが展開される。

〈RED HOT BLAZE〉

「ソロモンの杖を……返しやがれッ!」

位置はスコープのど真ん中。ターゲットロックの寸前。
紫色の光に包まれ、エアキャリアは空へと溶けるように消滅した。

「──はッ! なん、だと……ッ!?」
「ヘリが、消えた……ッ!?」

スコープからはあらゆるシグナルがロストしている。もう正確な位置も、距離も分からない。
いや、おそらく既に離脱済みだろう。

目の前で標的を逃し、ソロモンの杖をまたしても奪われた。
クリスはそこで糸が切れたように脱力し、ふらついた。

「ちく……しょう……ッ!」
「クリスちゃんッ!」
「すまねぇ……」

翔から離れ、慌ててクリスを支える純。
響と翔は数秒、水平線の向こうを見つめていたが、間もなく二人へと駆け寄るのだった。

ff

「反応……消失」

本部内の弦十郎達も、エアキャリアの消失を確認していた。
敵の撤退が確認され警戒態勢が解かれると、発令所の職員達が徐々に脱力し始めた。

下手を打てば本部が破壊されかねない戦いだったのだ。緊張するのも無理はなかっただろう。

「超常のステルス性能……ッ! 先刻の伏兵を、感知できなかったのもそのためか」
「そのようです。レーダーのデータレコードを確認しても、敵は唐突に出現し、そして消失しています……」
「これもまた、異端技術によるものか……?」

弦十郎は、今回の相手は現在の自分達だけで対処できない存在だと痛感する。

あちらには異端技術の専門家がいる。しかし、現在の二課にはそれが欠けているのだ。

とっくに退院できる所まで回復しているものの、先の一件で政府から警戒され、検査入院の名目で厳重な監視下に置かれてしまっている彼女。
その頭脳を今、特異災害対策機動部二課が必要としていた。

「そろそろ、了子くんを呼び戻さなければ……」

ff

エアキャリアの操縦室。
内部は最新鋭の輸送機と同等の設備が整っており、異端技術で改良されている分、そこらの軍用ヘリよりも高性能なこのヘリを操縦しているのは、ナスターシャ教授ただ一人。

そして各種計器類の一番上には、特殊ステルス機能『ウィザードリィステルス』の発生装置に接続された7()()()()ギアコンバーターが、射し込む陽光に照らされて赤く輝いていた。

(神獣鏡(シェンショウジン)の機能解析の過程で手に入れた、ステルステクノロジー。私達のアドバンテージは大きくても、同時に儚く、脆い……)
「ごほっ……! ごほっ、ごほっ……!」

咳に口を押え、自らの掌に目をやるナスターシャ教授。

そこには赤黒く、吐き出された喀血が溜まっていた。

「急がねば……。儚く脆いものは他にもあるのだから……」

世界終末までのカウントダウンよりも先に迫る、自らの命のタイムリミット。

ナスターシャ教授は一人静かに、焦燥に煽られ始めていた。



一方その頃、貨物室内では……。

「ぐッ!?」

突き飛ばされたウェル博士が、背中から壁にぶつかり尻もちをついていた。

「下手打ちやがって! 連中にアジトを抑えられちまったじゃねぇか! オイオイドクター、俺達はこれから計画実行まで、何処に身を潜めろってんだ? まさか敵地の真っただ中で焚火炊いてキャンプでもしましょう、なんて言いだしたりしねぇよな?」

博士の胸倉を掴み上げるツェルト。コートを掴む手と反対側、硬い右手がギチギチと拳に握られる。

「そのくらいにしておきましょう。ドクターをいくら殴ったところで、何も変わらないのだから」
「……チッ」

ツェルトはドクターを突き放すように手を放す。
切歌は勝手に動いたドクターへの苛立ちを現すかのように地団太を踏んだ。

「胸糞悪いデスッ!」
「驚きましたよ。謝罪の機会すらくれないのですか」
「どの口が言うか、どの口が!」
『虎の子を守りきれたのがもっけの幸い。とは言え、アジトを抑えられた今、ネフィリムに与える餌がないのが、我々にとって大きな痛手です』

操縦室から届く、ナスターシャ教授からのテレビ通信。
既に口元から垂れていた血は拭われている。

「今は大人しくしてるけど、いつまたお腹を空かせて暴れまわるか、分からない」

調の視線の先には、ビームを格子とした檻の中で眠る、ネフィリムの幼体。
アジトを失った今、エアキャリアの内部で暴れられれば一巻の終わりだ。

「持ち出した餌こそ失えど、全ての策を失ったわけではありません」
「あんのか? 腹ペコのネフィリムを満足させられる量の餌を用意する方法が」
「ええ、ありますとも」

立ち上がり、コートの襟を正しながら、ウェル博士は不敵に笑う。

切歌や調の首元に光る、ギアペンダントをじっと見つめながら……。

ff

「無事かッ! お前達ッ!」

甲板の搭乗ハッチを押し開け、弦十郎が上がってくる。
海上を航行する仮設本部の甲板にて、ギアを解除した装者達はそれぞれへたり込んでいた。

「師匠──」
「叔父さん……」

俯いていた装者達が顔を上げ、弦十郎の方を向く。
その顔には、それぞれ困惑や悔しさが滲んでいた。

「フィーネさんとは、たとえ全部分かり合えなくとも、せめて少しは通じ合えたと思ってました……。なのに──」

再び俯く響の肩に、翔が腕を回す。
弦十郎は装者達をまっすぐ見つめ、拳を握りながら言った。

「通じないなら、通じ合うまでぶつけてみろッ! 言葉より強いもの、知らぬお前達ではあるまいッ!」

弦十郎の言葉にクリスと純が笑い、翼は表情を引き締める。
そして響は両手を拳に握りながら膝で立ち、いつもの調子で答えた。

「言ってること、全然わかりませんッ! でも、やってみますッ!」
「きっと、必ずこの手は届く。いや、届かせてみせるッ!」

若者達の姿に、弦十郎は優しく微笑む。
また一つの戦いを終えた彼らを、海から顔を出し始めた太陽が明るく照らしていた。 
 

 
後書き
気付いた人は多いと思いますが、セリフのいくつかが地獄から来てましたね。
ストリングで法螺貝かっさらったシーン(孤独な少年の為に戦う男ッ!)の弾幕ネタは、多分気づいてもらえないだろうからここで言っとく。
あとこれまでのアームドギアの元ネタは、
ライフル、ナイフ、純の盾片手で掴むシーン→北国の最強暗殺者
ハンドガン二丁拳銃→S.H.I.E.L.D.最高の女スパイ
直刀→吸血鬼狩りの剣士
ワイヤー→NYの親愛なる隣人

……と、それぞれアメコミヒーローになってます。
他にもハンドガン(ビーム)二丁でスター・ロードとか、バリエーションはまだある筈ですw

エンキドゥ:ジョセフ・ツェルトコーン・ルクスが身に纏うRN式シンフォギア。古代メソポタミア神話におけるウルクの第五代王、ギルガメッシュが無二の友とした千変万化の神造人間。

文献通りであればネフィリムと同じく自律型の聖遺物だが、発見されたのは破損した躯体の一部だけであった。

肉体を自在に変化させる能力を持っていたらしく、ツェルトはそれを鎖、及び極小の鎖を束ねたワイヤーとして使用している。
アームドギアが現在の形状へと至った理由として、暴君を諌め、民に愛された英雄の姿に「親愛なる隣人」を見たとはツェルトの談。

エンキドゥ、この名前にズッ友チェーンと反応した方は多いと思われます。
書くにあたって調べなおしたのですが、エンキドゥorエルキドゥ=鎖、というイメージはfateが発祥でして、原典にはそういった記述は存在しないとのこと。
でもわかりやすいイメージでしたし、文献によって外見が違うのも身体構造を変化させる能力があったと考えれば納得は可能ですので、極小の鎖を束ねたワイヤーという設定にしています。

あと今回、ツェルトの台詞に(ホ)いつの間に(!?)かパロディ仕込んでるのですが、察しの良い方々はもうお分かりでしょうね。
お前アメコミじゃないだろ、とか言わない。一応出演はしてるんだから。

次回は秋桜祭、つまりは文化祭回だ。
ここぞとばかりにオリジナル挟んでかなきゃ勿体ない!でもその分カロリー使うんだよな~!

更新が遅れてもお許しを。その分甘いの出しますので。

って事で次回もお楽しみに! 

 

第13節「大野兄弟とザババの少女」

 
前書き
日を空けてしまいましたが、なんとか出来ました!
もし毎日更新が途切れても一週間以内には続き出しますので、Twitterをフォローしてない皆さんもご心配なく。
フォローしたい皆さんは、プロフに貼ったリンクから飛んでください。

更新途切れたら週一更新に鞍替えかな……。いや、毎日更新してる俺が頭おかしいだけなんだろうけど()

また、R18集「夜に交わる伴装者」の非ユーザーコメントを解放しましたので、まだ読んでない読者さんはそちらもよろしくお願いします。

さて、今回は前々回名前がチラッと出ていたあの人も出ます。
それでは、お楽しみください! 

 
その日の正午、弦十郎は了子の現場復帰について話を通す事を兼ね、斯波田事務次官と現在揃っている情報の確認を行っていた。

「──では、自らをフィーネと名乗ったテロ組織は、米国政府に所属していた科学者達によって構成されていると?」
『正しくは米国連邦聖遺物研究機関、F.I.S.の一部職員が統率を離れ暴走した集団という事らしい』

ちょうど昼食時に通信を入れた為、今日も斯波田事務次官は蕎麦を啜りながらの対応だ。
ちなみに前回はざる蕎麦。今回食べているのはかけ蕎麦である。

『こいつはあくまでも噂だが、F.I.S.ってのは日本政府による情報開示以前より、存在しているとの事だ』
「翔くんが聞いていた通り、米国と通謀していた彼女が……フィーネが由来となる研究機関というわけですか」
『出自がそんなだからな。連中が組織にフィーネの名を冠する道理もあるのかもしれん』

ここで一口、蕎麦を啜る。大事な話をしながら飯テロしてくるので、弦十郎や緒川はともかく、藤尭が蕎麦を啜る音だけで腹の虫を鳴かせているのは内緒である。

『テロ組織の名に似つかわしくないこれまでの行動も……存外周到に仕組まれているのかもしれないな』
「ううむ……」

斯波田事務次官は器に残った蕎麦を啜ると、汁を飲み干して箸を置く。

『まあ、その辺も櫻井女史が戻れば分かるだろうな。こっちでどうにか話は通しといてやる。数日はかかるが、必ず復帰させてやるさ』
「恩に着ます。了子くんをどうか、自由にしてやってください」
『おう。お前もあんまり無茶すんじゃねぇぞ』

そう言って斯波田事務次官は通信を切った。
彼がやると言ったのだ。後は任せて、自分達に出来る事に専念すべきだろう。

弦十郎が席を立とうとした、その時だった。

「司令、官房からも通信が入っています」
「官房?」

回線が開かれ、モニターに映し出されたのは、黒髪を後ろで結び、胸元にループタイを巻いた男。

男は弦十郎の顔を見るなり、開口一番に叫んだ。

『弦! ノーチラスが損傷を負ったというのは本当か!?』
九皐(きゅうこう)兄貴!?」

風鳴九皐。弦十郎の兄であり、翼の父である八紘の弟。内閣官房次長を務め、二課に仮設本部として次世代型潜水艦『ノーチラス』を与えた張本人である。

「九皐さん、報告した通り、損傷はそれほど酷くはありませんので……」
『分かっているさ、慎次くん。しかしだな……自分で名付けた艦が、あわや潜航不能になるところだったと聞かされては、居ても経ってもいられなくてな……』
「すまない、九皐兄貴……」
『いや、相手もシンフォギアだったというのなら仕方ない。お前や部下が無事だった事を喜ぼう』

そう言って九皐は椅子にかけ直し、咳払いした。

「それで、今回はいったいどういう用件で? まさか、世間話をしにってわけじゃないんだろう?」
『ああ、そのことなんだが……今、そっちに翼ちゃんと翔は居ないな?』
「この時間は学校だからな。明日の学祭へと向けて、準備を進めているはずだ」
『そうか。明日は学祭なのか……。見に行ってやれないのが残念だが、そこは慎次くんに任せるとして、だ』

昔から翼と翔を可愛がっていた九皐は、学祭と聞いて口元を綻ばせる。
だが、次の瞬間には表情を引き締め、本題へと移った。

『最近、風鳴訃堂(ふどう)は大層機嫌が悪いらしい』
「それは……なんとも……」

弦十郎の表情が曇り、九皐は溜息を吐く。

風鳴訃堂……弦十郎や九皐、八紘の父親にして翼や翔の祖父。二課の前身、特務諜報組織『風鳴機関』の初代司令官であり、元特異災害対策機動部二課司令。
護国の鬼と称される通りの苛烈な性格であり、国を護るという名目の元、外道な手段さえ手段を厭わないそのやり方は、息子達どころか孫の翔からも嫌悪されている男である。

二課設立に前後してイチイバルを紛失したことから引責辞任したことで、その座は弦十郎へと引き継がれた。
今思えばそれもフィーネの策略の一つだったのだろう。それが幸いしているのは、訃堂を知る者達にとってはありがたい偶然なのかもしれない。

その風鳴訃堂が不機嫌、という事実は息子達にとっては間違いなく頭痛の種だろう。
現場に居ない立場でありながら耳が早く、権力がある上に高圧的。そんな父親から理不尽な雷が落ちるまで秒読みだというのだから。

『先の防衛大臣暗殺にシンフォギアの流出。そして例のテロ組織を未だに逃し続けてしまっている現状……。このままいくと、いずれ風鳴機関を動かして自ら出張りかねない……俺はそう見ている』
「あの子達には聞かせられん話だな。余計なプレッシャーを与えるわけにはいかん」
『ああ。あちらには俺が何とか口利きしておく。だから弦、お前はお前達に出来る最善を尽くす事に専念してくれ』
「すまねぇ、兄貴……」
『気にするな。ノーチラスはあらゆる海を踏破する、自由の証だ。それに乗るお前達を縛らせたりなどするものか』

風鳴家の中でも、弦十郎に次ぐ程に遊びの利く人間。弟に与えた艦に大海原への夢を、漢の浪漫を詰め込んだ彼は、自由を何より愛する男だ。
その頼もしい笑みが、弦十郎にはとても嬉しかった。

『そろそろ切るぞ。翼ちゃんと翔によろしくな。また休暇が取れたら、ドライブでも行こうと伝えてくれ』
「ああ。もしかしたらその時は、響くんも付いて来るかもしれんぞ」
『響くん? ……って、立花響か!? ガングニール装者の!? おい弦、まさかその子……』
「それは次に本人と顔を合わせた時、直接聞いてみるといい」
『なるほど。八紘の兄貴が聞いたら驚くな、こいつは……』

小指を立てて身を乗り出す九皐に、弦十郎は敢えて含みのある笑みを見せるのだった。

ff

秋桜祭当日、朝。

「じー……」
「……な、なんデスか調……? アタシの顔に何かついてるデスか?」
「切ちゃん……顔がこわばってる」
「そ、そんなこと……ッ! なくはないかもデスけど……」

都内、リディアン新校舎近辺。
切歌と調は地図を片手に、リディアンへと向かって歩いていた。

切歌の表情は調の言う通り、少し強ばっていた。

「マムの回復を待たずに出てきたこと、後悔してる?」
「……いえ、してないデスよ。だってこれは今、アタシ達がやらなきゃならないことデス」
「そうだね」

ナスターシャ教授は持病の発作が出たため、ウェル博士に治療を受けている。

同時に、F.I.S.から持ち出した聖遺物の欠片を失った今、次にネフィリムが目覚めた時の餌がもうないのも事実だ。

ここで動かなければ八方塞がり、これまでの苦労が全ておじゃんになってしまう。

「あの時、あいつ……アタシ達のペンダント見てたデス。このままだとネフィリムの餌にされるかもしれないデスッ!」
「それだけじゃないよ。ここでわたし達が奪取できなければ、マリアが出てくる事になる」
「それも絶対駄目デスッ! そんな事をすればいつマリアがフィーネに……」
「わかってる。だからこそ、わたし達は決めたんだ。何としてでも、あの装者達から聖遺物を奪うって」

今、フィーネの覚醒は不完全な状態だ。だが、力を使えば使うほどフィーネの魂はマリアを侵食し、やがてはマリアの自我を塗り潰してしまう……というのが、ナスターシャ教授から聞かされたマリアの現状だ。

マリアが無理をすればする程、彼女が彼女でいられなくなる時間が迫って来る。
切歌と調にとって、それは耐え難い言葉だった。

無論、マリアを誰よりも案じているツェルトにとっても……。

「何がなんでも手にして戻らないと……デスね」
「うん。ちょうど装者達の学校は学園祭だから、一般人が紛れ込んでも大丈夫。絶好のチャンス」
「よぉ……し、やるデスよーッ!」

切歌が気合いと共に伸びをした、その時だった。

「……きゃあああッ!?」
「うわぁぁ、ノイズだーッ!!」

街ゆく人々の悲鳴が轟く。

そう。今なお、バビロニアの宝物庫は開け放たれたまま。
ソロモンの杖の有無に関係なく、自然とノイズは溢れ出てくるのだ。

「ッ!?」
「調、行ってみるデスッ!」

二人は顔を見合わせて頷き合うと、悲鳴の方向へと走り抜けて行った。

ff

「嫌ぁぁぁーッ!」
「ノイズだーッ! うわぁぁぁ!」

ノイズ襲来により、逃げ惑う人々。

登校中だった学生。通勤途中の会社員。朝のセールに向かっていた主婦に、店を開け始めていた店員達。

人々は皆一様に悲鳴を上げ、迫り来る災害から逃げ延びようと走り続ける。

平穏な朝は一転し、恐怖が街に広がって行く。

その雑踏の中、シェルターへと向かう雑踏を逆走する二人の少年がいた。

「早く逃げるんだッ!」
「ほら、行ってッ!」

人々を避難誘導したり、転んだ少女を立ち上がらせたりと、逃げ遅れる人が一人でも出ないように動いている少年達は、どちらも紫髪で金色の瞳をしている。

翔や純のクラスメイトである、大野飛鳥と大野流星、双子の兄弟だ。

「兄さん、そっちは?」
「今ので最後だ。……そろそろ潮時か」

二人の視線の先には、こちらへと向かって来るノイズの群れが見え始めていた。

「後は翔達に任せよう」
「そうだね。……ッ!? 兄さん、あそこ!」
「え?」

流星の指さす方向、そこには──

「あ、ああ、あ……」

逃げ遅れたリディアンの生徒が、腰を抜かして後ずさっていた。

ノイズはすぐそこまで来ている。
しかし、ここで彼女を見逃すわけにはいかない。

困っている人を見過ごすなど、UFZの理念に反する真似が出来るほど、臆病な二人ではないのだ。

「大丈夫か!?」
「肩借りるかい? ほら、立って!」
「ひ、ひいぃ……!」
「ッ! まずい……ッ!」

女子生徒と流星を突き飛ばし、自分も道路に身を投げる。

そのすぐ側を、身を捩らせたノイズが掠めて行った。

「兄さんッ!」
「くッ……流星! お前はその子を連れて先に逃げろ!」
「ッ!? 兄さんは!?」
「僕が囮になって、ノイズを引きつける! この辺りの道は熟知してるから心配するな!」
「馬鹿な事言わないでよ! そんな危険な真似、兄さんにさせられない!」
「僕だって流星にそんな真似、任せられないさ!!」

言い合っている間にも、ノイズは迫ってくる。
兄弟は決断を迫られていた。

「その子を連れて逃げろ、流星ッ!」
「兄さん……ッ!」

立ち上がった飛鳥が、囮となって走り出そうとしたその時──



「やいノイズッ! こっちへ来るデスッ!」

反対側の道路から、少女の声がした。

「……そこの人、早く逃げてッ!」
「え……」
「いいから逃げるデスッ!」

語尾の特徴的な金髪の少女に、黒髪ツインテールの無口そうな少女。

二人がノイズの方へと空き缶を投げつけ、注意を逸らそうとしていた。

「兄さん……行こうッ!」
「し、しかし……!」
「あの子達にだって考えがあるはず。その勇気を無碍にできるの?」
「ッ……!」

流星の言い分は尤もだ。
今、優先すべきはリディアンの生徒と共に逃げる事だ。

飛鳥はノイズの注意をひきつけ、走り去る少女達を見て立ち上がった。

「行くぞ流星」
「うん! さあ、立って!」
「……は、はい……ッ!」

兄弟はリディアンの生徒の手を引き、シェルターの方へと向かっていった。

(ありがとう……無事で居てくれよッ!)
(あの女の子……どこかで見たような?) 
 

 
後書き
というわけで、今回は学祭前半をお送り致しました~!
大野兄弟にきりしらと接点が。流星くん、その日運命と出会う。

それから仮設本部のオリ設定を引っ提げてさりげなく登場、九皐さん。
XDUではあんまり掘り下げられてなかったので、並行世界だしIF翼さんくらい性格違ってもいいよね!という事で、とっつきやすそうな親戚のおじさんタイプに。
知らない人の為に今回も解説しておきましょう。

風鳴九皐。XDUのイベントシナリオ、『BAYONET CHARGE』にて登場。装者が存在せず、八紘が特異災害対策機動部二課の指令を務める並行世界で、風鳴家を出奔した弦十郎が作った非合法組織「影防(カゲモリ)」の現司令として組織を率いている。

風鳴一族の例に漏れず堅物であり、世界を守る為なら悪にでもなる覚悟でこの立場に就いていたが、組織の命令に背いてでも少女の救出を優先しようとする翼とクリスの姿を見て、かつての弦十郎が常に「弱い者の味方」として活動してきたことを思い出し、考えを軟化させた。

伴装者世界ではそんな堅物キャラから一転。甥っ子達に甘く、浪漫に溢れる性格にの内閣官房次長というキャラ付けに。
まさかここまで変わるとは、書いた自分でも予想外でしたw

二課仮設本部 次世代型潜水艦ネオ・ノーチラス:十数年前、二課設立時に風鳴訃堂が建造を進めさせていた二課専用の潜水艦。
風鳴訃堂の失脚後、完成目前で放置されていたが、それを内閣官房次長 風鳴九皐の手により完成・改良され二課へと譲渡された。

中東方面にて出土した『バグダッドの電池』を解析する事で得られた次世代型特殊発電システムによって、艦内全ての電力が賄われている。

ちなみに『ノーチラス』という艦名は、九皐の趣味によるもの。
男達の浪漫、あらゆる海を踏破する艦名は、堅物揃いの風鳴家に自由を求めた九皐の遊び心が込められている。

次回もお楽しみに! 

 

第14節「秋桜祭」

 
前書き
お待たせしました、学祭編!
出店のアイディアを寄せてくれたフォロワーの皆さん、本当にありがとうございました!

当然ながら砂糖警報を発令しておきます。
読む前に必ず、ブラックコーヒー用意してね!

それではリディアン秋桜祭、どうぞお楽しみください!
 

 
正午、リディアン女学院

「クリスちゃん……流石にちょっと、歩きにくいんだけど……」

純は困ったような顔で、先程からずっと腕にしがみついて離れないクリスを見つめる。

クリスは少し涙目で、それを隠すように純へとくっ付いていた。

「う、うっさい……バカ……」
「でも、クリスちゃんが平気だって言うから……」
「それは……うう……」

事の発端は10分ほど前に遡る。

純と二人で学祭を回る事にしたクリスは、初めての学祭を思いっきり満喫していた。

二人で出店を渡り歩き、たこ焼きを二人で分け合い、クレープを食べさせ合った。

射的でクリスが目当ての景品を一発ゲットしたり、ヨーヨー釣りでは純が苦もなく二人分の水フーセンを釣り上げ、二人で喜んだ。

傍目から見ても明らかな学祭デート。二人が満喫しているのは、一目で分かるだろう。

そんな二人が通りかかった先で見つけたのが……そう。カップルがやって来るアトラクションのド定番、お化け屋敷である。

純は一昨日、クリスがお化けに苦手意識がある事を知った。
いや、正確には思い出したと言うべきか。

小さい頃から怪談話となると、純の背中に隠れてしがみついていたクリス。

クリスの嫌がる事はしない、それを心情としている純は、そのまま素通りしようとしたのだ。

「お、おい……何で素通りしようとしてんだよ!」
「え……」

しかし、それに待ったをかけたのは他でもないクリスだったのだ。

「クリスちゃん、オバケとか苦手だから……」
「なっ!? そっ、そんなわけねーだろ! おおおオバケが何だってんだ! あたしがそんなフワフワした奴なんかに負けるわけねぇっての! そもそもオバケなんか実在するわけねぇんだよ! そんなモン、迷信か見間違えに決まってらぁ!」
「う~ん、わかりやすいなぁ……」

どうやら、純がお化け嫌いの自分を気遣うのが気に食わなかったらしく、意地を張ってしまったのだ。

この歳になってもオバケが怖い、など恥ずかしくて仕方がないのだろう。
意地になってでも否定したいらしい。

「と・に・か・く! あたしはオバケなんか怖くねぇ!」
「じゃあ、入ってみる?」
「ああ! 作りもんだって分かってんだ。ビビる理由がねぇ、楽勝だぜ!」

──10分後、クリスはこの時の言葉を心底後悔していた。

2年のとあるクラスが作ったこのお化け屋敷、生徒の中にホラーマニアがいたらしく、そのクオリティは段違いだったのだ。

リアルなメイクの脅かし役に、不安を煽るBGM。
転がっているだけかと思いきや、振動と共に動き出すマネキンのパーツに、首に触れた冷たい感触。

クリスは絶叫した。
脅かし役の生徒達が面白がって、他の客よりも脅かし方に気合いが入るくらいには、何度も絶叫した。

そして今に至るのである。

「クリスちゃん」
「うう……なんだよぉ……」

純は廊下の端に寄り、足を止める。
クリスが顔を上げると、純は彼女を抱き寄せた。

「もう怖くないよ。僕が居るから……ね?」
「……ん」

純の腕に抱かれながら、クリスは彼の背中に腕を回した。

ついでに彼の背中に腕を回して、思いっきり抱き着く。

普段は意地を張って強がっているが、実は結構子供っぽい性格をしている事を、純はよく知っている。

もう暫く、こうしてあげれば落ち着くだろう。
純は自分達の方を見て足を止める他の生徒達の方を見ると、人差し指を口元に当て、首を傾けながら微笑んだ。

その仕草だけで、野次馬があっという間に避けて通るようになった。

チラ見してくる生徒も何人かいたが、校内での二人のラブラブっぷりを知っている者達には最早見慣れた光景。

しかもアイオニアン校内ナンバーワンのイケメン男子が「邪魔しないでね」とアピールしているのだ。避けない理由があるわけないのだ。

(もう暫くしたら、翔達に合流しようかな……)

この後は、弓美達3人のステージもある。
恭一郎達も出るらしいので、遅れるわけにはいかない。

抱き着くクリスの頭を撫でながら、純はこの後の予定を組み立てていくのだった。

ff

同じ頃、翔と響もまた、二人っきりで出店を回っていた。

最初は午前中は未来と、午後から翔と回る予定だったのだが、未来に「わたしの事は気にしないで」と送り出された響は今、こうして翔との学祭デートを楽しんでいるのだ。

折り紙教室で翔が手先の器用さを発揮したり、お化け屋敷では響が怖さ……ではなくビックリした勢いのままに翔に飛びついたり。

中でも、ウエイターではなく来店した客にコスプレさせる「逆コス喫茶」では、メイド響が翔のハートをズキュンと射止めたり、執事姿の翔が響をドキドキさせたりと、互いにコスプレの良さを知ることとなった。

そして今、そろそろ腹の虫も鳴き始める頃。二人は出店の並ぶ校庭へと降りて来ていた。

「さっきのクラスの、すごく凝ってたな。響、次はどこにがいい?」
「ん~、わたしとしては、そろそろお腹を満たしたいかな~と」
「それなら、あそこのたこ焼き屋台はどうだ? 表面がカリッとして、すごく美味しいと評判らしいぞ」
「それは中々……そそられるね」
「響、涎が出ているぞ」
「あっ! ごめん、つい……」

響にポケットティッシュを渡しながら、翔はクスッと笑った。

「飲み物も欲しい所だな。確か、すぐ近くに絞りたてのフルーツジュースがあったと思うんだが……果たしてたこ焼きには合わないだろうか……?」
「合わない……」
(分かり合えたと……思ってたんだけどな……)

響の脳裏に先日の装者達と、新生したフィーネを名乗ったマリアの姿がちらつく。

正義では守れないものを守る。そう宣言した調と切歌。
分かり合えたと思っていたのに、敵対するフィーネ。

響の中で、迷いが渦を巻いていた。

「自販機のお茶にでもしておくべきだろうか……。響はどっちがいい?」
「え? あ、ああ、うんッ! お茶にしよう、お茶ッ! わたしお茶大好き~なんちゃって」
「……響、さてはあの装者達の事で悩んでるな?」
「ッ!?」

心の中を見透かされた気がして、響は肩を跳ね上げた。

「わかるさ。響はすぐに顔に出るからな」
「翔くん……。師匠にはああ言ったけど、わたし……」
「どうすればいいか分からない……そうだな?」
「うん……。何が正しくて、わたしに何ができるのか……分からないよ……」

俯く響。翔は響の頭にそっと手を置くと、優しく撫でた。

「俺だって分からない。あいつらが何を背負っているのか、フィーネが何を考えているのか。姉さんのライブを滅茶苦茶にした事は事実だけど、なんであんな真似したのか……俺はまだ、あいつらから聞けていないからな」
「翔くん……」
「けどな。フレーズも浮かんでないのに弦を弾いても、綺麗な曲にはならないんだ。だから悩むのは、一旦後回しにして……今は一緒に楽しもう。悩みながら食べるたこ焼きが、美味しいと思うか?」
「ううん、きっと美味しさも半分になっちゃう」
「だろ?」

翔の一言に、響は顔を上げる。
思っていた通りの答えに、翔は満足げに笑った。

「よし! そうと決まれば、まずは飯だ。おばあちゃんが言っていた……“食べるという字は”――」
「“人が良くなると書く”……だったよね?」
「正解! ほら、並ぶぞ! 折角だ、隣の店の焼きそばとアメリカンドッグも買って行こう!」
「だったらわたし、クレープとフルーツ飴とベビーカステラも食べたい!」
「おいおい、時間までに全部食い切れるのか!?」
「えへへ~、へいき、へっちゃらだよッ!」

翔は響の手を引いて、たこ焼き屋へと並ぶ。

(やっぱり翔くんは、わたしのヒーローだなぁ……)

翔の横顔を見つめながら、響は心の中でそう呟くのだった。

ff

一方その頃、未来と恭一郎もまた、校内を歩き回っていた。
しかし、こちらは他の二組とは違い、あまりいい雰囲気だとは言えない様子である。

「C組のピ○ゴラ装置、すごくクオリティー高かったね~」
「うん……」
「まさか、あれを作る為だけに半年分も○ックのバリューセットを買い続けるなんて、よく思いついたよね。しかも教室を丸々使って作るなんて……」
「うん……」
「……小日向さん?」
「うん……」

先程から、心ここに在らずといった様子でいる未来に、恭一郎は表情を曇らせていた。

(小日向さん、さっきからずっと上の空だ……。僕と居ても楽しくないのかな……?)

ふと浮かんだ不安に、恭一郎は首を横に振る。

(いや、違う。小日向さんの様子をよく観察するんだ……。彼女は何かを悩み続けている。その悩みが何か、知ることが出来れば……。いや、小日向さんの事だ。素直に話すとは思えないし……)

恭一郎は必死に考えた。
そして、ある答えに思い至る。

「小日向さん、喉乾いてない?」
「え?」
「飲み物買ってくるけど、何がいい?」
「うーん……じゃあ、お茶が良いな」
「お茶だね。じゃあ、ここで待ってて」

恭一郎は校内の自販機へと向かって行った。
その背中を見送り、未来は再び思考の底へと意識を沈めていった。



最近、響を遠く感じる……。
それは物理的な距離だけじゃなくて、わたしの心の問題だ。

そう感じ始めたのは、多分この前のライブの時……ううん、もっと前。
多分、響が翔くんと同棲したいって言い始めた時からだったような気がする。

ルナアタックの一件を経て、わたしは自分がどれだけ響に依存しているのかを実感した。

響が傍にいないと不安で仕方ない。そんな自分が嫌で、だからそんな自分を変えるために、わたしは響を翔くんに託す事にした。

響が認めて、わたしも折れるしかないって思っちゃったくらい、しっかりした男の子だもん。
託すに値するだけの想いを、彼は証明してくれた。

でも……わたしは未だに、変わることが出来ていないらしい。

響が戦場(せんじょう)に立つ姿を、皆を助けるために戦う背中を応援するって決めたつもりだったのに。気がつけばそれは、響が傷付く事に他ならないんだって、分かってしまった。

どこまでも、どこまでも前向きで、一直線な響。
でもその真っ直ぐさは、同時にとても危うい。誰かを助ける為なら、自分の事なんてお構いなし。どんなに傷ついても進み続けて、帰ってくるときはボロボロになっている。

この前のライブの後から、響はずっと悩み続けている。
きっとまた、響は傷付いたんだって分かってしまう。だって親友で、幼馴染なんだもの。

そんな響の『前向きな自殺衝動』、その原因はきっと……わたしだ。

わたしがあの日、響をライブに誘わなければ……。
わたしが二年前、もっと響を守る為に……翔くんみたいに踏み出せていれば……。

翔くんはずっと後悔しているけど、一度だけでも前に踏み出せた。
今のわたしにとっては、その一歩だけでも称賛に値する強さだ。

それに比べて、わたしはどうだろう。
ただ、響の傍にいただけだ。ただ、響の隣を一緒に歩き続けていただけだ。

身を挺して庇う事も出来なければ、声を荒げて抗う事も出来ない臆病者。
わたしがもっと強ければ、響の手がこの指をすり抜ける前に……。

「……わたしにもシンフォギアがあったら、響を守れるのに」

ポツリと呟いた、その直後だった。

「ひゃっ!?」

頬にピトッとくっつけられた冷たい感触に、思わず変な声を上げながら飛び退く。

「驚かせちゃったかな?」
「加賀美くん!?」

冷たいジュースの缶を手に、いたずらっ子みたいな笑みを見せたのは、飲み物を買いに行った加賀美くんだった。
わたしの頬に当たったのは、自分用に買った缶ジュースをわたしの頬に当てたみたい。
反対側の手にはわたしが頼んだ、ペットボトル入りのお茶が握られていた。

「ごめんね、驚かせて。でも、小日向さん……さっきからずっと、何か悩んでるみたいだったから……」
「あ……ごめん……」

そういえば、加賀美くんが一緒に回ろうって言ってくれたのに、わたしはずっと響の事ばっかり考えていたような気がする。

なんだかとっても、申し訳なく思えてきた。

「小日向さん……悩みがあるなら、僕でよければ聞かせてくれないかな?」
「え……?」

突然の申し出に、思わず首を傾げてしまう。

すると加賀美くんは、わたしにお茶を差し出しながら言った。

「僕にできることなら、力になりたいんだ。頼りないかもしれないけど……何もできなくても、せめて話を聞かせてくれるだけでもいいから……」

そういって、わたしを見つめてくる彼の目は真剣だった。

心の底から、本気でわたしの事を心配してくれているのがわかる。

……でも、これはわたし自身の問題だ。
加賀美くんに話したって、困らせてしまうだけだろう。

彼の気持ちは嬉しいけど、迷惑はかけられない。

「ごめん、加賀美くん。気持ちは嬉しいけど、これはわたしの問題で……」
「だったら……無理に話さなくても構わない」
「……え?」

予想外の切り返しに、わたしは少し困惑した。

加賀美くんは優しいから、わたしが断れば余計に心配する。
てっきり、もう少し食い下がって来ると思っていたから……。

「他人に話せない悩みもあるだろうし、無理に聞き出そうとするのもよくないからね」

紳士的な答えに、わたしは納得する。

そういえば、加賀美くんは女の子に対しては紳士であろうと努めている。
レディに何かを強要するなんて、紳士のやることじゃ無いもの。

「……でも……」

と思っていたら、まだ続きがあるみたい。
加賀美くんは深呼吸して、ゆっくりと口を開いた。

「もしも気が変わったら、その時はいつでも相手になる。だから、その……あんまり無理して、押し込めたりしないで……ほしい……。未来さんには、いつも笑っていてほしいんだ」
「……ふふっ」
「小日向さん……?」

気付いたら、わたしは笑っていた。

加賀美くんが一生懸命、わたしを心配して言葉を選んでくれた。
それが思いの外、嬉しかった。

何でだろう……重苦しく肩にのしかかっていたものを、少しだけ忘れられている気がする。
胸の何処かが少しだけ、温かくなった気がする。

もしかして、これって……。

ピコン♪

わたしと加賀美くん、両方のスマホからLINEの通知音が鳴る。

「あ、板場さんからだ」
「こっちは紅介から。ステージまであと三十分だって」

この後、新校舎の劇場で開催するのは初となるリディアン秋桜祭の名物、カラオケ大会が予定されている。
板場さん達三人もエントリーしてるから、皆で応援しようと約束していたのだ。

「行こう、小日向さん。いい席取られちゃう前に」
「そうだね。人もたくさん集まって来るだろうし、今から移動しよっか」
「じゃあ、その……はぐれたら大変だし……」

そう言って、加賀美くんはわたしの方に手を差し伸べる。
そういえば、翼さんの復帰ライブの時も、こうして手を繋いでくれたっけ……。

「それじゃあ、お言葉に甘えて」

加賀美くんの手を取ると、彼は一瞬目を大きく開いて、それから歩き出した。
ちょっと顔が赤くなっていたように見えたけど、黙っていよう。

でも、男の子に手を引かれて学校を歩くのは……ちょっと、ドキドキしちゃうなぁ……。



こうして、リディアン新校舎の劇場に、役者は揃おうとしていた。
果たしてそれは、喜劇の始まりか……それとも悲劇の幕開けなのか。

それを知る者は、誰もいない……。



「もぐもぐもぐ……チョコバナナ……もぐ……」
「あむ……はむ……カスタードいちご……あむ」
「あああ……美味しいデス~」
「うん、幸せだね……」 
 

 
後書き
砂糖だらけと思いきや、とんでもない爆弾を仕込んでいく作者。
ちなみにお察しとは思いますが、未来さんの独白は『歪鏡・シェンショウジン』の歌詞見ながら書きました。

学祭なので、砂糖は多めに。
ただし物語も動かしておかねばなので、不穏要素も少々仕込まなければいけないのが困ったところ。
え?甘すぎて不穏要素が消し飛んでるって?そんな事、俺が知るか!(by赤い電気カブトムシ)

次回は学祭後半!お留守番中のマリアさん達も出るよ!
あと今回入りきらなかった面々も……。

それでは、次回もお楽しみに! 

 

第15節「夢の中で逢った、ような……」

 
前書き
当初の予定からは遅れてしまいましたが、第15節……学祭編の中編です。

え?そのサブタイパクリだろって?
やだなぁ人聞きの悪い!パロディですよパロディw

それとも某大ヒットアニメ映画のタイトルにした方がよかったですかね?←

まあ、サブタイに関しては置いといて、今回は前回入りきらなかったきりしらパートとなります。
ちなみにこのエピソードには元ネタがありまして、実はXDUの剛敵イベントのストーリーシナリオを参考にしております。
学祭編の内容に詰まっていた所、このシナリオの存在を教えてくれたサワグチさん、本当にありがとうございました!

それでは、きりしら大好きな皆さんは期待に胸を高鳴らせながらお楽しみください! 

 
日本某所、エアキャリア内。

「マム……」
「まったく、こんな時に役に立たないオバハンは……」
「……ドクター」

億劫そうな表情のウェル博士を、腕組みしたまま壁にもたれるマリアが睨む。

「そう睨まないでくださいよ。はいはい、分かってますって。ナスターシャ教授の治療でしょう? 手は抜きませんから安心してください」
「……ならいいわ」
「まあ、この僕でないと、ちゃんとした医療は施せませんからねぇ……感謝して欲しいものです」
「……ああ、その通りだ。だが、もしマムに何かあったらその時は――」
「おお怖ッ! 全く、躾けもなってないんですから。狂犬ですか、君は」

同じくウェル博士を睨みながら、しかしこちらはマリアとは違うものを瞳に宿した視線を向けるツェルトが、苦虫を嚙み潰したような表情でそう言った。

「マムがもう長くはないからと、薬に毒を仕込むくらいはやりかねないお前の首を狙うのは当然だろ」
「人聞きが悪いですねぇ! 医療で人を殺すなんて科学者の風上にも置けない真似、この僕がするはずがないでしょう!」

大真面目な顔でウェル博士は反論した。

「僕は天ッ才生化学者としての才能に誇りを持っているんです。その名前に泥を塗るような真似だけは、決してするつもりはありませんよ」
「さて、どうだか……」
「オーケー、ツェルト。そこまでにして」

今にも掴み合いになりかねない二人を、マリアは溜め息混じりに仲裁する。

「まったく……。さて、それでは僕は失礼しますよ」
「ええ。任せるわ」

ウェル博士は襟を正しつつ、そのまま医務室へと移動していった。

「まったく……どうしてあんな胡散臭い男に、マムの命を預けなくちゃならんのか……」
「いけ好かない男だけど、マムの治療には必要な人材よ。彼の生化学の知識は折り紙付きなんだから」

生化学者であり、F.I.S.内でも天才と称されていた彼は、ネフィリムの起動実験にも関わった程だ。
マリア達が使用しているLiNKERを調合しているのも彼であり、機関の中では櫻井了子に次いでシンフォギアの真理に深く分け入っている存在であったとも言えるだろう。

性格に難はあるが、その腕と頭脳は確かなものだ。彼もまた、『フィーネ』には必須の人材なのである。

(マム……早く良くなって……)

マリアは壁から離れると、部屋を出ていこうとする。

「マリィ、何処へ?」
「ちょっとシミュレーターで運動してくるわ。どう取り繕っても、私達は所詮、時限式の偽物装者。だからとて、いつまでも小細工にばかり頼っては居られないでしょう?」

呼び止めたツェルトにそう答えると、マリアはシミュレータールームへと向かって行った。



(私はあの子たちに無理をさせているのかもしれない……。ツェルトにさえ嘘を吐いて、この役割を()()()()()いる……。けれど、この道を選んだ以上、立ち止まることは許されない。わたしはもっと……もっと強くならなければ……)

ポケットの中に仕舞った、罅の入ったペンダントを握りしめる。

浮かんでくるのは、炎の中に佇むあの日のセレナ。

命を燃やして皆を護った妹の強さと、何もできなかった自分の弱さを痛感した、あの日の光景だ。

(私は強くあらねばならない……。マムのため、調と切歌のため。ツェルトのため。そして私を救ってくれた、セレナの為に……)
「……セレナ」

無意識に呟いた、最愛の妹の名前。
彼女は今でも、氷の中で眠りについたままだ。

(あの時、皆を護ったセレナ……。……私はあの子のように強くなれるの? あの子のように、マムを、調を、切歌を、ツェルトを護れるの……?)

自問自答し、迷いを振り払うように首を振って、そして自分に言い聞かせるようにマリアは呟く。

「ダメね、余計な事を考えてる場合じゃないわ。今は少しでも強くなるため、この槍を振るわなきゃ……」

シミュレータールームへと入ったマリアは訓練用プログラムを起動させ、無針注射器を首筋に当てて緑色の液体を注入すると、聖詠を口ずさむ。

“溢れはじめる秘めた熱情”と……。

ff

マリアが訓練を続けている頃、ツェルトはエアキャリアのとある一室へとやって来ていた。

医務室のすぐ隣にあるその部屋は、多くの機械が並ぶ。
それらは部屋の中心に存在する、円筒状のカプセルに繋がれていた。

カプセルの内側は冷気で満ちており、その中に眠る少女をあの頃の姿のままで留め、生き永らえさせてくれている。

()()()……今日もお見舞いに来たぞ」

ツェルトはカプセルの前に立つと、微笑みながら声をかけた。

そう。カプセルの中に眠るのはセレナ……6年前、暴走するネフィリムを食い止めるため絶唱を口にし、燃え盛る施設の崩落に巻き込まれたマリアの妹だ。

ツェルトやマリア、調、切歌も、日に一度はこの部屋に来ては、カプセルの中にいる彼女へと言葉をかける。

特にマリアとツェルトに至っては、一人で二時間近く籠っていることもある程だ。

かける言葉は各々様々だ。

その日一日の出来事を語ったり、初めて食べた美味しかったものを自慢したり。

時には、他の誰にも言えない弱音を吐き出すことも……。

「……今日はな、切歌と調がネフィリムの餌を取りに行ってくれているんだ。それで、日本の装者達が通っている学校に潜り込みに行ってるんだが……今、向こうは学園祭の真っ最中らしい。ちょっと羨ましいよな。任務とはいえ、日本の学校のイベントだ。きっと二人も、任務の事は一旦置いて楽しんでるんじゃないかと思う。……まったく、とんだ役得だな」

当然ながら、答えが返ってくる筈もない。

いつもの事だ。だが、これくらいの気休めでもしなければ、彼女がまだ生きていると信じられなくなりそうで……皆、怖いのだ。

あの日……落下してきた瓦礫に押しつぶされる寸前、セレナはツェルトに突き飛ばされた。

瓦礫による圧死をなんとか免れ、彼女は死から免れたかに思われていたが……運命は残酷だった。

セレナが突き飛ばされた先には、赤々と燃え広がる炎の海。
ツェルトが気付いた時には既に遅く、セレナはその真っただ中へと落ちていき……。

結果、セレナは絶唱のバックファイアによる出血と全身を覆う大火傷が重なってしまい、それぞれの症状を同時に治療しなければ死に至る状態へと陥ってしまったのだ。

それがツェルトが右腕を失った理由であり、セレナがこの中で眠る経緯。

腕を潰してでもセレナを救おうとして、報われなかった彼の過去である。

「……実はさ、最近迷ってるんだ……」

ぽつり、と。ツェルトは切り出した。

「融合症例第二号に会ってから、ずっとそうだ……。……あいつ、姉さんのライブを台無しにされたって……そう言ってた。俺達にとっては計画の一環でも、あいつにとっては大切な姉さんの晴れ舞台だったんだ……」

俯きながら、ツェルトは掌の皮を爪が切り裂くほどに握りしめる。

彼を苛んでいるのは迷いだけではない。翔を始めとした多くの人の心を踏み躙ってしまったという自覚が生まれたからこその、自責の念だ。
踏み躙られる痛みを知りながら、誰かの想いを踏み躙ってしまった自分への怒りだ。

いくら世間から悪と誹られようと、正義の為に悪を貫く……それだけが最善の道だ。
茨の道ではあるものの、自分達にはこれしかないのだ。

そう信じて、進んできたはずなのに……。

敵であるはずの少年の言葉が、どうして胸に刺さり離れないのか。
それが彼には分からない。……いや、納得してしまえば、自分たちが信じてきた正義を否定することになるのを理解しているのだ。

それが酷く恐ろしい。

何より、そう在ると決めた一人の乙女を裏切れない。

悩めば悩むほどどん底で、何が正しいのかさえ分からなくなっていく。

消え入りそうな声で、ツェルトは絞り出すように呟いた……。

「教えてくれ、セレナ……。俺はどうすればいい?」

ff

「はわーッ!? こ、これは……ッ!」

リディアン新校舎、その校門をくぐり校庭へと足を踏み入れた切歌と調。

そこには、二人にとっては夢のような光景が広がっていた。

「屋台がこんなに出ているなんて……」
「すごいデス……なんデスか、ここはッ!?」
「恐るべし学園祭だね」
「とりあえず調、回ってみるデスよッ!」

任務を一旦忘れ、二人は校庭の出店を見て回り始めた。

「たこ焼きに磯辺焼き……チョコバナナにりんご飴……」
「ベビーカステラ、わたあめ、かき氷……あっちはえっと……」
「食べたことのないものばかりデスッ!」

潜入美人捜査官メガネの奥で、ぱっちりおめめをキラキラさせながら、少女達はどんどん歩を進めていく。
しばらく進んだ頃、ある店の前で切歌が足を止めた。

「あわわッ、デ、デースッ!? 調……見てくださいッ!」
「どうしたの?」
「角にあるクレープ屋さん……100円って書いてあるデスッ!」
「クレープが……100円? びっくりな価格破壊……」
「こ、ここは……天国デスか? 天国なのデスかッ!? とにかく近づいてみるデスよ。本当かどうか確かめるデスッ!」
「うん、行こう切ちゃんッ!」

仲良く手を繋いで、二人はクレープ屋へと近づいていった。

そして数分後……。

「もぐもぐもぐ……チョコバナナ……もぐ……」
「あむ……はむ……カスタードいちご……あむ」
「あああ……美味しいデス~」
「うん、幸せだね……」

購入したクレープを、二人はニコニコ笑顔で頬張っていた。

食べ終わったクレープの包みをゴミ箱に入れ、校門付近で配布されていたマップを握りながら切歌は叫んだ。

「最早ここに来たのは運命ッ! こうなったら、うまいもんマップを完成させるしかッ! まだ見ぬ美味しいものがアタシたちを待っているのデェェェスッ!」
「じー……」
「な、なんデスか、調?」

調は切歌をジト目で見ながら答える。

「……目的を忘れないでね、切ちゃん。わたしたちはペンダントを奪取しに来たってこと。食べ歩きばかりしてないで、早くあの人たちを探さなきゃ」
「も、もちろん覚えてるデスよ~……。だからこうして、目を光らせながら学園を回っているんじゃないデスか」

目を泳がせながら誤魔化そうとする切歌。
しかし、調は眼光鋭く切歌にジト目を向け続ける。

「そうかな? 切ちゃんの目の輝きは、屋台に向けられているように見えたけど……」
「そ、そ、そんなことないデス。ちゃんとあいつらを探してるデスよ~」
「……本当に?」
「それにデスよ。あいつらと戦う前に美味しい物をたくさん食べておけば、それだけ成功確率も上がるデス。腹が減ってはなんとやらデスッ!」

本当はただ切歌がお腹を空かせ、食い意地を張っているだけなのであるが……そうと分かっていても、やはり調も切歌と同じ食べ盛りの女の子。
それに加え、今は丁度お昼時。丁度いい時間帯なのかもしれない。

そう判断した調は、切歌の提案に乗ることに決めた。

「……わかったよ、切ちゃん。それじゃ引き続き周囲を見て回ろう」






「……と思ったけど、そんなにわたしたちお金持ってなかったね」

しばらくして、財布の中身が思っていた以上に心許なかったことに気が付いた二人は、がっくりと肩を落としていた。

「巡回、あっけなく終了……」
「デェェェェェスッ! これじゃあ、うまいもんマップは完成できないし、あいつらからペンダントもーッ! それに、お腹も四分目くらいだから、成功確率も怪しいデス……」
「マップは仕方ないよ。ただペンダントは別の方法で……」

物惜し気にうまいもんマップを見ながら項垂れる切歌。その肩に手を置く調。

先程までの陽気は何処へやら、見る見るうちに落ち込んでいく二人。

――そこへ向かってくる、二つの足音があった。

「あれ? 君達、もしかして……」
「さっきの子達……だよね?」
「……え?」
「あーッ!? 今朝のお兄さんたちデスか!?」

足音の主は、紫髪で双子の少年達……大野兄弟であった。

「さっきは逃がしてくれてありがとう」
「兄さん、二人が無事だったかすごく気にしてたんだよ」
「そ、それはどうもデース。あはは……」

あの後、集まってきたノイズは全てギアで切り刻んでしまったのだが、それを話すわけにはいかない。
二課に嗅ぎ付けられる前に全て片付けられただけでも僥倖だ。

「あの人、無事に送り届けられましたか?」
「うん。君たちのおかげでね。二人は僕らの命の恩人だよ」
「え、えへへ……そんな照れるデスよ」

切歌が照れ臭そうにはにかみ、調の口元が少し緩む。
すると、飛鳥がふと思いついたように手を叩いた。

「そうだッ! お礼と言うには足りないかもしれないが、この券、よかったら使ってくれて構わないぞ」

そう言って飛鳥は懐から、なにやら文字が印刷された画用紙の束を取り出した。

「……これは?」
「この学園祭の無料券だ」
「デ、デスッ!? 無料ッ!?」
「屋台の食べ物も、催し物もぜーんぶ使えるお得な券だよ」
「えッ……でも……」
「はい、僕からも。お昼はもう食べちゃったし、使われないままだと勿体ないから」

流星も、自分の無料券を取り出し、二人に渡す。
二人が券を受け取ると、兄弟は踵を返した。

「それじゃ、僕らはこの辺で」
「……そうだ。君、名前は?」

流星は思い出したように振り返ると、調の方をまっすぐ見つめながらそう言った。

「月読調です」
「調ちゃん……か。いい名前だね」

調の名前を聞き、流星は何処か満足そうに笑う。

「僕は流星、大野流星」
「流星……さん?」
「そう。……覚えてくれると、嬉しいな」
「流星……? どうしたんだ、急に」

飛鳥が首を傾げるが、流星は答えない。
そのまま二人に手を振りながら歩き出した。

「学園祭、楽しんでいってね。じゃあ、また」
「おッ、おい……本当にありがとう。二人とも、元気でね。……流星! どういうことだ! おーい!」

立ち去る流星を追いかけて、飛鳥もその場から離れていく。
二人の手には、無料券の束だけが残されていた。

「…………行っちゃったね」
「す、すごいデスッ! これだけあれば……マップ完成も夢じゃないデスッ!」
「切ちゃん、嬉しそう……」
「そういう調だって、ちょっと笑ってるデスよ」
「わたしは……切ちゃんの笑顔につられたの」

本当は自分だって嬉しいのに、しっかり者であろうとして素直にならない。

そんな調の心境を察しつつ、切歌は笑う。

「そういう事にしておいてあげるデス。じゃあ、せっかくだし……?」
「屋台を回ろうか」
「デェェースッ!」

そして二人は、再び屋台巡りに戻っていった。

「そういや、あの流星って人……どうして調の名前を聞いてきたんデスかね?」
「わからない。でも……初めて会った気がしなかった」
「デス?」

切歌が不思議そうに首を傾げる。

「そう……まるで……」



「流星、どうしてあの子に名前を?」
「あの時、あの子の顔を見た時から思ったんだ」
「何を?」

不思議なことを言う流星に、またいつもの天然か?と飛鳥も首を傾げる。

「あの子……調ちゃんとは、確か……」



調と流星。互いに離れながらも、二人は同じ瞬間にこう呟いていた。
まるで、運命に手繰り寄せられたかのように、一言一句同じ言葉で。



「「夢の中で逢った、ような……」」 
 

 
後書き
前半のツェルマリとセレナに一切触れない前書きは何なんだって?
やだなぁ、最初にそれを言ったらインパクトが薄れるじゃないですか(確信犯)

ツェルトという一人の少年の存在によって、セレナの運命は少しだけ変わりました。
ですが、悲劇を完全に回避することは適わず……。

この辺りの拘りは、自分の性格なのかもしれません。
世界線は固定されてるけど、原作世界には存在しない不確定要素が存在する分、多少の揺らぎが生まれる……みたいな。
オリキャラ多めだからとて、大きな改変入れない構成してるのはそういう拘りがあるからなのかも。

え?ウェル博士が珍しくまともっぽいって?
まあ、狂ってても天才としての矜持はありますからね~。
むしろ『英雄』目指してるからこそ、その肩書に嘘は吐かないし、その知識で直接人を殺めるような三流ムーブは出来ない。それが自分から見たウェル博士です。
稀血に毒混ぜて渡したどっかのクソ爺とはえらい違いだ()

そしてここでまた一組フラグが建ちました。
カップル乱立させるために原作を再構成してまで手間暇かけていく錬糖術師とは私ですw
調の家系的に運命の人が夢の中に現れるくらいはありそうだよね。某隕石降ってきた村の巫女JKだって二年後の運命の人と夢を通して逢ってたんだもの。

さて、次回はいよいよ『電光刑事バン』と『教室モノクローム』のお時間です。
クリス推し、三人娘推しは音源を用意しつつ、覚悟の準備をしておいてくださいッ!
お楽しみに!

純「遂に始まったリディアン・アイオニアン合同カラオケ大会。眩く照らされるステージに、十人十色の歌声が響き渡る。それぞれの思いを乗せた歌に導かれ、今、雪の音の少女がそのステージに立とうとしていた。背中を押されて飛び出したのは、知らない素振りを続けた世界。どこまでも澄んだ高い空に、はじめての笑顔は隠せない。次回『あたしの帰る場所』。モノクロームな教室に、君は何を思うのか……聴かせてほしいな、クリスちゃん」 

 

第16節「あたしの帰る場所」

 
前書き
締め切りギリギリまで書いてようやく完成させました!遅れてすみません!

しかし、今回はタイトルを見ての通り。
そう、シンフォギアG屈指の神シーンと名高い第4話後半……『教室モノクローム』のシーンです!
これならギリギリでも仕方ない。30分の遅れは大目に見てください。

というわけで皆さん、音源の準備はいいですか?
YouTubeの公式チャンネルから、『高垣彩陽が選ぶベスト・オブ・シンフォギア』を再生するのも手ですね。

あとクリスにばかり目が行きがちですが、三人娘が歌う『現着ッ!電光刑事バン』もお忘れなく!

それではお楽しみください! 

 
劇場内に流れるBGM、スポットライトに照らされたステージへと登壇した三人は、何ともまあ派手なコスプレに身を包んでいた。

「さて、次なるは一年生トリオの挑戦者達! 優勝すれば、生徒会権限の範疇で一つだけ望みを叶えられるのですが、彼女達は果たして何を望むのか!」

司会役の3年生に紹介され、真ん中に立つツインテールの少女は宣言した。

「もちろん、アニソン同好会の設立ですッ! あたしの野望も伝説も、全てはそこから始まりますッ!」

口元以外を覆う赤と白のヒロイックなヘルメットに、膝まで届くクールなコート。
脚には真っ赤なブーツを履き、白いスカーフには輝くBのバッジが光る。
白いベルトには、レーザー銃と手錠のホルダーが揺れ、その姿はまるで刑事……いや、スペース刑事(デカ)といった所だろうか。

そんな40年ほど前のテレビアニメ、『電光刑事バン』の主人公、「バン」のコスプレに身を包んでいるのは、アニメ大好き板場弓美。

度々申請を出していたものの、活動目的が明確ではないとして設立を蹴られ続けてきたアニソン同好会の設立の為、親友二人を巻き込みここに立っている。

「ナイスですわ。これっぽっちもブレていませんもの」
「あああもう、なんかもうどうにでもなれ……!」

観客達に手を振る弓美の一歩後ろで、少し際どいコスプレでありながらも臆面なく着こなし、微笑んでいるのが詩織。

そして、自分でもどうかと思うコスプレ姿と、そもそもコスプレする事への羞恥心からやけくそ気味になっているのが創世だ。

ちなみに詩織の衣装は放送当時、中学生男子の性癖を拗らせた謎の美女「ノワール」。
宇宙犯罪ギルドに属しながらも、たびたびバンを手助けする謎めいた役回りで、肩出し・スカート短め・ヒール付きのブーツに、長い金髪から生えた黒い猫耳、それから尻尾という属性欲張りセットな彼女の衣装は、詩織の貞淑な雰囲気を見事に一転させている。

一方、創世の衣装はと言うと……カマキリである。
細かく言えば、黒いジャケットを着て赤ズボンを履き、両手に手鎌を持ったカマキリ。要は怪人枠である。

その名も「置き引きカマキリ」。絶えず置き引きを繰り返すことを目的に生み出されているものの、置き引きすらままならない両手の鎌に苦悩し、「怪人とは何か?」と悪役のアイデンティティーを問う傑作エピソードとして一部のマニアに知られる第8話に登場する改造犯罪者である。
ちなみに言うまでもなく、弓美の大好きな怪人だ。

「まだ、これからみたいだな」
「うん!」
「ギリギリだったね」
「さて、お手並み拝見だぜ」

ちょうど始まる直前で、紅介達が確保していた観客席に翔と響が座る。

未来達も既に揃っており、ギリギリ誰も遅れることなく大会は始まった。

「それでは熱唱してもらいましょう! テレビアニメ、『電光刑事バン』の主題歌で、『現着ッ!電光刑事バン』ッ!」

イントロが始まり、弓美、詩織がマイクを片手にポーズを決める。
なお、キメッキメの決めポーズとノリノリなセクシーポーズの二人に対して、頑張って鎌を構えている創世の表情だけちょっと差がある事は気にしちゃいけない。

「太陽輝くその下でッ! 涙を流す人々の、悲しみ背負って悪党退治ッ! 吠えろ現着、電光刑事ッ! 」

ちなみに『電光刑事バン』とは。
40年ほど前……弓美の両親達よりも、少し上の世代に向けて放映していた”テレビまんが“と呼ばれる古いアニメ。いわゆる昭和アニメである。

時代劇の延長線上にあった従来の子供番組とは一線を画し、 当時としては珍しい、中学生以上のアニメファンに向け、 一種オトナの娯楽作品を目指した内容であったのだが……。

派手な銃撃戦よりも、特捜課の刑事たちや犯人となる改造犯罪者の心の機微、警察組織内における個人の軋轢などに焦点を絞ったドラマ性に、スポンサーである玩具メーカーは難色を示し、資金集めに難航。
前年までコマやコケシと言った民芸品を製造していた、地方の新興玩具メーカーがスポンサーにつくことで一応の企画進行となるものの、放映までの準備時間があまりにも少なく、 制作現場は非常にタイトなスケジューリングを余儀なくされたという。

子供番組に一石を投じるはずの『電光刑事バン』であったが、 視聴率的には初回より大きな苦戦を強いられることとなり、指針を明るい冒険活劇へと転換した14話以降からは視聴率的には上昇傾向を示すものの、不幸なことに番組スポンサーの倒産や、出演声優の逮捕といったスキャンダルが重なってしまった。

結果として2クール満了を待たず、全22話+総集編にて番組は終了。打ち切りエンドとなった。

だが……その後、「知る人ぞ知る」という製作サイドにとっては不名誉な冠と共に、サブカル誌でオシャレな笑いの対象として語られるという辛酸を数十年味わうことになったこの作品。
近年、動画投稿サイトにアップされたMAD動画から端を発し、「知る人ぞ知る」のままではあるが、13話までの路線は近年、再評価の気運が高まっているとか。

実際、子供の頃に『電光刑事バン』に傾倒し、こじらせた結果、警察官や刑事……ではなくプロの漫画家や商業作家になった者も多いのだとか。

そんな彼らは一様に、どんな苦境にあってもくじけないバンの姿に胸を躍らせ、「アニメを真に受けて何が悪い」と信頼のおける発言を続けている。

当初は笑いの対象として見ていた弓美も、今ではすっかり中毒、もといハマってしまい今に至る。

ちなみに、勧められて視聴した流星からの評価は「某キチ〇イアニメと似たような臭いがする……」とイマイチだったとか。

閑話休題。

「威嚇に留まらないッ!」
「チャカブラスターッ!」
「ホンボシ逃がさないッ!」
「シェリフワッパーッ!」
「アリバイ崩す デカの直感 所轄は地球~!」

詩織、創世の必殺技名シャウトもあり、いよいよサビに突入!

──と思われた瞬間、カーンとベルがなった。

回数は一回、しかもまだワンコーラス歌いきっていない状態での判定。

そう、即ち不合格である。

「ええーッ!? まだフルコーラス歌ってない……二番の歌詞が泣けるのにーッ! なんでーッ!」

ガックリと肩を落とし、じたばたと腕を振り、そしてステージの真ん中で項垂れながらへたり込む弓美。

そのあまりにもアニメなその様子に、会場は笑いの渦に包まれた。

「悪くはなかったと思うんだけど……」

三人の歌う姿を撮影していた飛鳥が、ステージを降りていく所までを撮影し終え、ビデオカメラを下ろしながら苦笑する。

「おそらく、3人の歌が一つになっていなかったのが理由だろうか……。安藤は羞恥心に負けず、もう少し声を張るべきだったな」
「あははっ! あははははっ!」

冷静に分析する翔の隣で、大笑いする響。

(やっぱり、響には笑ってて欲しい。だって、それが一番響らしいもの)

そんな響を見つめながら、未来は心の中で呟き、微笑むのだった。

ff

「楽しいデスなあッ! 何を食べてもおいしいデスよッ!」
「じー……」
「な、なんデスか? 調……」

マリア達へのお土産分も片手に、切歌はホクホク笑顔でたこ焼きを口の中へと運ぶ。

そんな切歌を、調は再び咎めるようなジト目で見つめていた。

たこ焼きを食べ終わると、二人は人の少ない角の木の下へと移動し、周りに人が居ないことを確認してから話し始めた。

「わたしたちの任務は、学祭を全力で満喫することじゃないよ、切ちゃん」
「わ、わかっているデスッ! これもまた捜査の一環なのデスッ!」
「捜査?」
「人間誰しも、美味いものに引き寄せられるものデス。学校内の美味いもんマップを完成させる事が、捜査対象の絞り込みには有効なのデスッ!」

満面の笑みで美味いもんマップを取り出して見せる切歌。

なお、現実的に考えたとして、この方法で絞り込んだ所で見つかるのは、おそらく食いしん坊の響くらいだろう。

そして、響は厳密に言えばシンフォギア装者ではなく融合症例。
ペンダントは所持していない。

切歌がまだ食べ歩くつもりだと察し、調は頬を膨らませながら切歌へと迫った。

「……むーっ……わたしたちの使命は?」
「……心配しないでも大丈夫デス。この身に課せられた使命は、一秒だって忘れていないデス。何としても、敵のギアのペンダントを手に入れるデスッ!」

二人は、昨日の作戦会議を思い出す。



「アジトを抑えられ、ネフィリムを成長させるに必要な餌、聖遺物の欠片もまた、二課の手に落ちてしまったのは事実ですが……本国の研究機関より持ち出したその数も残り僅か……。遠からず、補給しなければなりませんでした」

キザったらしく前髪をかき上げながら、ウェル博士はそう告げた。

壁際にもたれたツェルトがイラッとしていたが、博士の気にするところではない。

「分かっているのなら、対策もまた考えているということ?」

腕組みしたままそう問いかけるマリアに、ウェル博士は調や切歌のペンダントを見ながら答えた。

「対策などと大袈裟なことは考えていませんよ。今どき聖遺物の欠片なんて、その辺にゴロゴロ転がっていますからねぇ……」
「まさか……このペンダントを食べさせるのッ!?」

瞠目する調に、ウェル博士は両手を振って笑った。

「とんでもない。こちらの貴重な戦力であるギアを、みすみす失わせる訳にはいかないでしょう?」

その言葉で、マリアとツェルトは察した。

こちらのギアを失うわけにはいかない。
ならば簡単だ。敵である二課の装者達が持つギアを喰わせてしまえばいいのだから。

「だったら私が、奴らの持っているシンフォギアを──」
「それは駄目デスッ!」
「ッ!?」

出撃に名乗り出ようとしたマリアを止めたのは、切歌の声であった。

「絶対にダメ……。マリアが力を使う度、フィーネの魂がより強く目覚めてしまう。それは、マリアの魂を塗り潰してしまうという事。そんなのは、絶対にダメッ!」

調も立ち上がり、マリアの出撃に反対する。

そんな二人を見て、ツェルトも手を挙げた。

「俺も反対だ。二課にやられてバグが生じてるとは言え、アウフヴァッヘン波形に触れた分だけフィーネの意識は強くなる。それは俺だって嫌だからな……」
「三人とも……」
「だとしたら……どうします?」

反論した三人を、ウェル博士が見回す。

切歌は立ち上がると、力強く宣言した。

「アタシ達がやるデスッ! マリアを守るのが、アタシ達の戦いデスッ!」
「ツェルトはマリアに付いていて。わたし達がいない間、マムとマリアを守れるのはツェルトだけだから」



「──とは言ったものの、どうしたものかデス……」

ようやく本気で二課の装者達を探す気になったはいいが、この広い学園をどう探すか……皆目検討はつかない。

手詰まりかと思われたその時……二人に幸運が訪れた。

「あっ……切ちゃん、カモネギ……!」
「おっ? あっ!?」

調の指さした方向を振り向くと、目の前の渡り廊下を歩いて行く女子生徒が目に付いた。

二課の装者の一人、風鳴翼だ。

目標発見、とばかりに近づいて行こうとする調を、切歌は慌てて木の幹の陰に引っ張り込む。

「作戦も心の準備も出来てないのに、カモもネギもないデスよッ!」

切歌は一度深呼吸すると、調の手を引きながら、柱の陰へと移動する。

覗いた先では、翼が隣の校舎へと続く階段を上がっていく所だった。

柱の陰から覗き込んだその時、翼がこちらを振り返る。

慌てて顔を隠すと、翼はこてんと首を傾げ、顎に手を当てる。
どうやら、二人の気配を察知しているらしい。

流石は二課で一番の手練。マリアが密かに震え上がる程だ。SAKIMORIの名は伊達ではない。

「……よく考えたら、こっそりギアのペンダントだけ奪うなんて、どだい無理な話デスッ!」
「だったらいっそ、力づくで──」
「それはダメデスよッ! 目立つし何より、マリアとやり合うような相手デスよ!?」
「むーっ……」

切歌と調が物陰でわちゃわちゃしている間に、翼は再び階段を上がり、廊下を進んでいく。

「妙な気配を感じたが……」

廊下を少し進んだ先で振り返った、その時。

「はぁ、はぁ……うわッ!」

すぐ隣の部屋から飛び出してきた生徒が、翼にぶつかった。

「痛ってぇ~……」

翼にぶつかり、尻もちをついたのはなんと、クリスだった。

「またしても雪音か……何をそんなに慌てて」
「追われてるんだッ!さっきから連中の包囲網が少しずつ狭められて──」
「雪音も気付いていたか? 先刻より、こちらを監視しているような支線を、私も感じていたところだ」

「気付かれていたデスか……!」

階段のすぐ下の柱に隠れている二人の頬を、冷や汗が伝う。

「やばいッ! やつらが来たッ!」
「む……ッ!」

焦る二人。そこへ……三人の女子生徒と、一人の男子生徒が走って来た。

「見つけたッ! 雪音さんッ!」
「クリスちゃんッ! やっと追いついた……」

クリスは後ずさり、翼は目をぱちくりとさせる。

走って来た女子生徒達は、クリスを囲むと手を合わせた。

「お願いッ! 登壇まで時間が無いのッ!」
「一体どうしたんだ?」

事情が分からず困惑する翼に、眼鏡の角度を直しながら、純が口を開いた。

「実は、勝ち抜きステージを予定していた子が急に出られなくなっちゃったらしくて……。クリスちゃんに代わりを頼みたいって言ったのに、クリスちゃん、照れ臭くて逃げ出しちゃったんです」
「なるほど……穏やかじゃない事を口にしていたが、そういう事だったか……」

純からの説明に、翼はポンと手を叩く。

「だからって、なんであたしがッ! あたしは歌なんて──」
「だって雪音さん、すごく楽しそうに唄ってたからッ!」
「う…………」

事実を言われてしまうと、クリスも否定しようがない。
しかし、まだクリスはその気になれないらしい。

「イキナリ唄えなんて言われて、唄えるものかよ……」

すると、翼がそっぽを向くクリスの隣に立ち、問いかけた。

「雪音は歌が嫌いなのか?」
「──あ、あたしは……」

……その答えに、その場にいた全員が微笑んだ。

ff

拍手と口笛の音が響くリディアンの劇場内。

会場の興奮は、いよいよ頂点に達しようとしていた。

「さて、次なる挑戦者の登場ですッ!」

盛り上がる会場。クリスは緊張しながら、両手でマイクを握り締める。

するとクリスのクラスメイトらは、クリスの背中をポンッと押すと、舞台へと押し出した。

「はっ? えっ、はっ!? へっ!?」

不意を突かれ、テンパりながらも、クリスは舞台の真ん中へと立つ。

「──響、あれってッ!?」
「うっそぉ~!?」

予想外の人物の登場に、響と未来が驚く。

「雪音だ。私立リディアン音楽院、二回生の雪音クリスだ」
「姉さん、純!? どこ行ってたんだ?」

翼と純が、翔の隣に座る。
翔からの質問に、純は笑って答えた。

「クリスちゃんが逃げ回ってて、ね……」
「何があったんだよ?」

純がその質問に答えるより先に、曲のイントロが流れ始める。

「「「雪音さん、頑張ってッ!」」」
「ん……」

綾野、五代、鏑木(かぶらぎ)らクラスメイトに応援され、クリスは観念したように歌い始めた。

「誰かに手を差し伸べて貰って 傷みとは違った痛みを知る──」



歌い始めると共に、編入してからの思い出が、クリスの中を駆け巡った。

初めて教室に立った日。緊張しながらの自己紹介と、好奇の視線を向けられた時の事。

声をかけてきてくれるクラスメイトから逃げるように、昼食の誘いを断り続けていた昼休み。

教室に馴染めない……いや、馴染もうとしない自分を気にかけて、昼休みになる度に話を聞いてくれた純。

『無理に馴染もうとしなくてもいい。けど、クリスちゃんが思ってるほど、あの子達は怖くないと思うな。僕は』
『ジュンくん……』

純からの言葉もあり、少しずつ心を開いて行った。

「感じた事無い 居心地のよさに まだ戸惑ってるよ──」

声楽の時間、楽しげに歌っている顔を見られるのが恥ずかしいと顔を隠し、皆に笑われるくらいには……。

「ねぇ こんな空が高いと 笑顔がね……隠せない──」

気付けばクリスの顔には、笑顔の花が咲き誇っていた。

誰よりも楽しく唄う彼女の姿は、どんな宝石にも勝る輝きを放ち、人々を魅せていく。

「はわわ……」
「あ……」

その歌声は、客席に紛れた切歌と調をも震わせていた事を、クリスは知らない。

「笑ってもいいのかな 許してもらえるのかな──」

想い出に続いて浮かぶのは、クリスに居場所をくれた人々の笑った顔だ。

翼、響、未来。

クラスメイトの3人や、弦十郎を始めとした二課の大人達。

そして誰より……大好きな王子様、純の姿。

皆が自分に手を伸ばし、名前を呼んでくれる。

それがなんともくすぐったくて……眩しくって……そして──

「こんな こんな 暖かいんだ……あたしの帰る場所──」

(楽しいな……)

「あたしの帰る場所──」

(あたし、こんなに楽しく歌を唄えるんだ……)

歌い終わり、お辞儀する。

会場は万雷の喝采と、身体を激しく打つ拍手で包まれた。

(そっか……ここはきっと──あたしが……いてもいいところなんだ──……)







「勝ち抜きステージ、新チャンピオン誕生ッ!」

証明を落とし、真っ暗になった会場。

スポットライトに照らされたクリスを讃えながら、司会は会場を見回す。

「さあ、次なる挑戦者はッ!? 飛び入りも大歓迎ですよーッ!」

チャンピオンが決定し、ここからは生徒ではない観客の中、或いはエントリーしていない生徒の飛び入り参加が可能となる時間。

流石にクリスの後に歌うのはプレッシャーが大きい。

誰も手を挙げないかと思われた、その時……。

「やるデスッ!」

観客席から手を挙げた、一人の少女にスポットライトが当たる。

ざわめく観客達。

挙手した少女と、その隣に座っていた少女が眼鏡を外す。

「ッ!? あいつらッ!?」

驚くクリスに少女達……調と切歌は、挑発的な視線を送りながら宣言した。

「チャンピオンに……」
「挑戦デェスッ!」 
 

 
後書き
如何でしたか?
電光刑事バン、ちょっと見てみたいかもしれませんw

実は今回、編集用のノートPCを弟に奪われ、タブレットで第4話を再生しながら書いてました。
やっぱりPCの方が作業の効率いいなって気付かされましたわ……。

それはそれとして、今回の学祭編。
一番やりたいことをまだ出来ていません。

それが出来るのは次回ですね……。
果たして何を企んでいるのか。それはその時までお楽しみに。 

 

第17節「奴らがUFZ」

 
前書き
クリスの次は、そう、きりしらのターン!

しかし、ここで作者は考えたのです。
このシーンも原作と同じでは味気がない、と。

……というわけで出した答えが今回です。
前々から歌ってもらいたかったわけですよ、彼らにも。

というわけで、始まります!
推奨BGMは『ORBITAL BEAT』、そして『奴らがウルティメイトフォースゼロ』です。

今回もお楽しみください! 

 
勝ち抜きステージ、新チャンピオン誕生!

クリスの優勝が決定したその直後……彼女達は名乗り出た。

「チャンピオンに……」
「挑戦デェスッ!」

調と切歌、二人の登場に響達は驚く。

「翔くん、あの子たちは……ッ!」
「ああ……だが、何のつもりで……」
「翔、お前らあのちっこいのと知り合いなのか?」
「まあ、その……」
「調ちゃん達が、どうかしたの」
「なんで流星があの子の名前を!?」

流星の口から調の名前が出た事に驚く純。

身を乗り出して聞いてくる紅介に、翔は口ごもりながら姉を見る。

未来や紅介らは二課の外部協力者だ。このくらいの情報は共有しておくべきだ。
そう判断した翼は、彼女達について簡潔に説明する。

「彼女達は、世界に向けて宣戦布告し、私達と敵対するシンフォギア装者だ」
『ッ!?』

紅介らの表情が驚愕に染まる。
特に、直前に二人と言葉を交わしていた飛鳥と流星の驚きは、他の面々の倍であった。

「じゃあ、マリアさんの仲間なの? ライブ会場でノイズを操って見せた……」
「そう、なんだけど……」
「あの子達は、一体何を……」

詳しい事まで説明するには、事情が複雑に過ぎる。
歯切れの悪い響と共に、翔は舞台へと向かって行く少女達を見つめていた。



「べぇぇ~っ」
「なッ……ぐぬぬ」

ステージ脇の階段まで降りてきた切歌は、クリスを睨むと舌を出し、あっかんベーで挑発する。

「べ~っ……」
「切ちゃん、わたし達の目的は」
「聖遺物の欠片から作られたペンダントを奪い取ること、デースッ」
「だったら、こんなやり方しなくても……」

客観的に見れば、調の意見は正しい。
しかし、切歌には切歌なりの考えがあった。

「聞けば、このステージを勝ち抜けると、望みを一つ叶えてくれるとか。このチャンス逃すわけには――」
「おもしれぇ。やり合おうってんなら、こちとら準備は出来ているッ!」

正面からぶつかって力ずくで奪い取るには、最大2対5では分が悪く、こっそり盗むにはペンダントである以上隙が無さすぎる。どちらもリスク、難易度共に高く、危険な賭けだ。

だが、丁度お誂え向きにな事に、このカラオケ大会に勝ち抜けば、その苦労はしなくて済むことになる。
優勝賞品として、装者達のペンダントを貰えばいいのだから。

その上、クリスは挑発に乗り、やる気でいる。
この絶好の機会、逃す手はない。

調は渋々納得せざるを得ず、溜息を吐いた。

「はぁ……。特別に付き合ってあげる。でも、わすれないで。これは……」
「分かってる。首尾よく果たして見せるデスッ!」

二人がステージへと昇ろうとした、その時だった。

「ちょっと待ったァァァァァッ!!」

会場内に響き渡る、暑苦しい待ったの声。
観客達、司会、スタッフ、審査員、そしてクリスと切歌、調までもが、そこに視線を向けた。

「その勝負、俺達も受けるぜッ!」

親指で自身を指さし、自信たっぷりに宣言したのは、アイオニアン一の熱血バカ。UFZ(アルティメイトフレンズゼータ)の名付け親、穂村紅介であった。

「おおっとぉ!? ここでアイオニアンからの生徒が名乗りを上げるーッ! 挑戦者が二組、チャンピオンの座を狙い、挑戦者の部が始まったーッ!」

司会に煽られ、観客達が一斉に歓声を上げた。

恭一郎は驚きながら、紅介の肩を揺する。

「紅介! 何勝手に僕らまで巻き込んでエントリーしているんだ!」
「だってよぉ、もしあのちびっ子達が雪音先輩に勝っちまったらヤバそうじゃねえか」
「雪音先輩の歌はさっき聞いたばかりだろう!? 僕らじゃ足元にも及ばないじゃないか!」
「あのなぁミラちゃんよ、俺ぁ別に絶対勝つなんて言ってねえだろうが」
「はあ?」

わけが分からない、という顔で紅介の顔を見る恭一郎に、飛鳥がなるほどと手を打つ。

「雪音先輩はさっき一曲歌ったばかりだ。連戦となればコンディションが落ちる可能性も捨てきれない。だから僕たちで時間を稼ぎ、少し休憩させようという算段か。紅介にしては考えたじゃないか」
「そうそう、それそれ……」
(本当は、そんな細かいとこまでは考えてなかったけどな。雪音先輩を休ませるってとこ以外……)

飛鳥の補足を聞き、流星も席を立つ。

「そうと決まれば、異論はないね。僕達、エントリーするつもりで練習してきてたんだから」
「ミラちゃんが恥ずかしがって、エントリー用紙出さなかったからおじゃんになったけどな」
「なッ! そッ、それは……」

恭一郎は頬を赤くしながら、未来の方をチラリと見る。

紅介は恭一郎の肩に腕を回し、声を潜めて耳打ちした。

「ダチを助けて、小日向とも付き合える。ここを逃せば男が廃るぜ、恭一郎」
「た、確かに……」
「よおぉし、それじゃ行くぜぇ!」
「って、うわああああ!?」

紅介に引っ張られ、恭一郎はステージへと引き摺られていく。
それに飛鳥、流星も続いて行った。

「あいつら……」
「いつも通りだね~……」

親友達の気遣いと変わらないノリに、翔と純は苦笑しながら彼らを見送るのであった。

ff

同刻、都内のとある廃工場。

誰も寄り付かない建物内に隠されているのは、先日二課の前に姿を現したF.I.S.の特殊ヘリ、エアキャリアだ。

その作戦会議室で、マリアは昨日の調と切歌の言葉を思い出していた。

『マリアが力を使う度、フィーネの魂がより強く目覚めてしまう。それは、マリアの魂を塗り潰してしまうという事。そんなのは、絶対にダメッ!』
『俺も反対だ。二課にやられてバグが生じてるとは言え、アウフヴァッヘン波形に触れた分だけフィーネの意識は強くなる。それは俺だって嫌だからな……』
『アタシ達がやるデスッ! マリアを守るのが、アタシ達の戦いデスッ!』

(私は……いつまでツェルトを、あの子達を騙し続けなくちゃいけないの……)

胸が痛い。家族同然、兄妹同然に思っている三人に嘘を吐き続けなければならない現状が、この上なく苦しい。

でも、そんな弱音を吐くことは許されない。
何故なら、彼女は組織の象徴なのだから。

「後悔しているのですか?」

顔を上げると、ナスターシャ教授が厳しい目でこちらを見ていた。

「大丈夫よマム。私は、私に与えられた使命を全うして見せる」

首を横に振り、その言葉を否定する。
しかし、ナスターシャ教授の表情は変わらなかった。

その時、エアキャリア内全域に警報が鳴り響く。

驚いて立ち上がるマリア。ナスターシャ教授が開いた机上モニターに映し出されたのは、完全武装で工場を包囲する特殊部隊だった。

「今度は本国からの追手……」
「もうここが嗅ぎ付けられたのッ!?」
「異端技術を手にしたといっても、私達は素人の集団。訓練されたプロを相手に立ち回れるなどど思い上がるのは、虫がよすぎます」

ナスターシャ教授の言うことは尤もだ。

学者が二人と、装者ではあるが軍人ではない青年と少女達が四人では、米軍の特殊部隊を相手にいつまでも逃げられるものではない。
いずれこうなるのは目に見えていたのだ。

「どうするの?」
「踏み込まれる前に、攻めの枕を抑えにかかりましょう。マリア、排撃をお願いします」

その一言は、マリアにとってはあまりにも酷なものであった。

「排撃って……。相手はただの人間、ガングニールの一撃をくらえば――」
「そうしなさいと言っているのです」
「ッ!?」
「ライブ会場占拠の際もそうでした。マリア、その手を血に染めることを恐れているのですか?」
「マム……私は……」

有無を言わせない、厳しい視線。
言葉なくとも、それはマリアを鋭く射抜いている。

数瞬の沈黙の後、ナスターシャ教授は再び口を開いた。

「覚悟を決めなさい、マリア」

次の瞬間、爆音と共に工場の壁が爆破され、炎がヘリキャリアの周囲を包み込んだ。

「始まりましたね……。さあ、マリアッ!」
「くッ……」

マリアは、重大な決断を迫られていた。

この手を血に染め家族を守るか、血に汚れるのを恐れて何もかも失うか……。

苦渋の決断。迫る米兵。

その時、会議室の自動扉が開いた。

「そんなにマリィをフィーネにしたいかよ」
「ツェルトッ!?」
「……」

そこにはRN式用のインナースーツに着替え、銃に弾を込めるツェルトの姿があった。

ff

「それでは歌って頂きましょう! アイオニアンの男子四人……」
「ああ~、待った待った。自己紹介は自分でやるぜ」

司会を手で制し、紅介はコードレスマイクを握り、会場全体を見回しながら言った。

「ここに集いしオーディエンス!ボーイズ、ガールズ、とーちゃんかーちゃん、じーさんばーさん皆々様に至りますまで、耳かっぽじってよく聞きやがれッ!」

毎朝セットしているオールバックの前髪をかき上げて、紅介は親指を自分の方へと向ける。

「覚えていけよ、俺達はッ! 穂村紅介ッ!」
「加賀美恭一郎ッ!」
「大野飛鳥ッ!」
「同じく流星ッ!」

マイクを片手に、四人は名乗りながらポーズを決める。

「全員合わせUFZ! この会場全員のハート……燃やし尽くしてやるぜェェェェェェッ!!」

観客席から拍手と口笛が飛ぶ。
リディアン、アイオニアンの生徒らは「ま~た四バカがバカやってるよ」と言いたげな顔の者が大半ではあるが、拍手はしてくれている……といったところだ。

その反応には慣れている。だが、これまでは両学園で“翔と純(イケメンツートップ)の取り巻き”程度にしか認識されていなかった彼らの評価は、ここで大きく変わることとなる。

「そ……それではUFZの四人に歌って頂きましょうッ!」

始まるイントロ、それぞれの配置につく四人。

顔を上げた瞬間に、四人の顔つきが変わった。

『さだめの元に集った力――』
『あの流星に誓った絆――』
『遥かに挑め、無限のギャラクシー!』

「あの唄はッ!?」
「翔くん知ってるの?」

首を傾げる響に、翔は興奮気味に答える。

「元号がまだ平成と呼ばれていた頃、巨大特撮の金字塔と名高いヒーロー番組を制作し続けていたとある映像作品会社、その低迷期を支え、危機を救ったとされる作品のエンディングテーマ……『奴らがウルティメイトフォースゼロ』ッ!」
「お、おお……なんかすごそう……」
「UFZの名前の由来とは聞いていたが……あいつら、結構やるじゃないか……」

四人の歌声は、見事に観客の心を震わせていた。

更には練習してきた振り付けもキレッキレであり、歌いながらのフォーメーションも完璧。
見事に見るものの目をくぎ付けにしている。

「燃え上がる炎の闘志ッ!」
「曇りなき鏡の心ッ!」
「揺るぎない鋼の勇気ッ!」
「突き進む、光の道を――ッ!」

一人づつ、ローテーションしながらの個人パート。
もう、四バカなんて呼ばせない。そう言わんばかりに、歌って踊る彼らの姿は輝いていた。

どんな危険も恐れない。巨大な敵に怯まない。
心に愛を忘れない。小さな涙を見捨てない。

背中を預けて戦う仲間と共に、かけがえのないその笑顔を護りぬく。

マルチバースを流れ星のように駆け抜けていく、そのヒーロー達の在り方こそ、彼らが目指す『漢』の姿。

最初は呆れ気味だった生徒らも、手拍子と共に彼らの歌に聞き入っていた。

『くじけない 最後の勝利掴むときまで――!』

歌い終え、ステージ中央に集まる四人。
拍手喝采を受ける彼らの表情は、とても晴れ晴れとしたものであった。

「す、すごいデース……」
「かっこいい……」
「デスが、アタシ達も負けてはいられないのデースッ!」

客席に手を振る流星を見つめる調の手を引き、切歌はステージに登る。

「確かに、中々のパフォーマンスだったデス。でも、アタシ達に勝とうなんざ、二万光年早い事を教えてやるのデースッ!」
「切ちゃん、光年は時間じゃなくて距離だよ」
「ほえ?」

舞台袖に引っ込んでいくUFZを指さしながら宣言するも、イマイチ締まらない啖呵となってしまった切歌が首を傾げる。

微笑ましいやり取りではあったが、マイクを握った瞬間、二人のまとう雰囲気も一転した。

「それでは続けて歌っていただきましょうッ! ……あ、えっと……」
「月読調と」
「暁切歌デェスッ!」
「オーケー! 二人が歌う『ORBITAL BEAT』、勿論ツヴァイウィングのナンバーだッ!」

イントロが流れ、二人は首を振りながらリズムを取り始める。

「ッ! この唄……」
「翼さんと奏さんの!?」
「なんのつもりのあてこすりッ! 挑発のつもりかッ!?」

響、未来が驚き、この曲を歌った本人である翼は表情を険しくする。

しかし……。

「幾千億の祈りも」
「やわらかな光でさえも」
「全て飲み込む暗闇(ジェイル)のような闇の魔性――」

翼のパートを切歌が、奏のパートを調が唄う形で、曲が進んでいく。

「いや……これは……彼女達の、本気の歌……」
「姉さん達には及ばないが、こんなに綺麗な歌声が……挑発でたまるかよ……」

歌詞、音程、発声に加え、振り付けまで完コピしたそのパフォーマンスに、響達やクリスはおろか、シスコンの翔でさえ感嘆の声が隠せない。

曲は既に二番に突入しており、最初は挑発かと言っていた翼も、二人がこの曲を選んだ意味に気付き始める。

防衛組織とテロリスト。立場の違いから敵対してきたものの、切歌と調もまた、心の底から歌を愛する少女なのだ。

「「この手この手 重なる」」
「刹那に」
「「砕かれたParanoia 熱く熱く奏でる」」
「記憶でリフレインしている」
「「命の向こうで――」」

二番まで歌いきったところで曲が終わり、二人はそれぞれ反対側の手を上げながら背中を合わせる。

クリスやUFZにも劣らぬほどの大喝采。
切歌は観客席を見回しながらガッツポーズし、調はぽけーっと口を開き、目をぱちくりさせていた。

「姉さん……」
「翼さん……」

翔と響は、翼の方を見つめる。

「何故、歌を唄う者同士が戦わねばいけないのか……」

翼は胸の前で拳を握りながら、静かにそう呟いた。


「両者、チャンピオンとてうかうかしていられない、素晴らしい歌声でしたッ! これは特典が気になるところですッ!」

採点役の教師三人が、ボードに特典を書き込んでいく。

「二人掛かりとはやってくれるッ!」
「あっちはアタシらの倍の四人デス! 不公平とは言わせないデスッ!」
「歌は人数じゃないと思うんだが……」
「ぐぬぬ……そこのムラサキ眼鏡、正論っぽいこと言うなデスッ!」
「むッ、ムラサキ眼鏡!?」

自分達を指さしてくる切歌に、飛鳥が真顔で反論する。

そうこうしている間に採点が終わる……その直前だった。



調と切歌が耳に付けていた通信機が、緊急のアラートを鳴らす。

通信に出た二人に、ナスターシャ教授は淡々と通告する。

『アジトが特定されました』

「「えッ!?」」

予想外の通告に、二人は同時に目を見開くのであった。 
 

 
後書き
いかがでしたか?

UFZでも歌いたい。そんな思いで彼らが歌うシーンがあるならここだなと思い、遂に実現させることが出来ました。
四バカと言われる彼らも、本当はカッコいいってことを学園に知らしめたかったですし。
ってか声が良すぎるんだよなこの四人w

いやいや、元ネタそのまんまじゃんって?
そこはお口スティッキーフィンガーズしてくださいw

さて、次回はツェルマリパート。
ああ、トラウマがもう目の前じゃないか……。

何がとは言いませんが、喪失へのカウントダウン……次回もお楽しみに! 

 

第18節「刻み込まれた痛み」

 
前書き
今回はG屈指のトラウマシーンの一つです。
嘔吐描写もありますので、ご飯まだ食べていない方は控えるようご注意いたします。

読んだあとで胸のあたりが痛むかもしれないので、心を落ち着かせる為の何かを用意することを推奨しますね。

それから、ここから三話ほど暗い話が続くこともお知らせいたします。
これは後書きで何とかするしかないな……。 

 
数分前、ヘリキャリア作戦会議室

「そんなにマリィをフィーネにしたいかよ」
「ツェルトッ!?」
「……」

ツェルトはナスターシャ教授を真っ直ぐ睨みながらそう言った。

「ギアを起動し、アウフヴァッヘン波形に触れるほどにフィーネの魂はマリィを侵食する。マムは最初にそう言ったよな?」
「そうですね」

ルナアタックの最中、フィーネは黙示録の竜ベイバロンとなり、そして二課の装者達が放った『Synchrogazer』の一撃によってその身に融合したネフシュタンの鎧と共に消滅した。

常識のそれと異なる死因は、リンカーネイションに異常をきたし、本来ならば一度目覚めれば一気に塗り潰されるはずであったマリアの自我が多く残った不完全な状態で目覚めている。

そう説明したナスターシャ教授自身が、わざわざマリアのフィーネ化を促進させかねない事を是としている。
その発言にツェルトが待ったをかけるのは当然だろう。

「だったら俺が出る。マリィが出る必要はない、休んでろ」

そう言い捨て、ツェルトは会議室から立ち去っていく。

「ツェルト……」
(……あの言い草。まさか、彼は……)




立ち去るツェルトの後姿を見送った、その直後だった。

カメラに映っていた米兵達が、一瞬にして炭の塊へと変わり、炎の中へと崩れ落ちる。

「ッ!? 炭素、分解……だと……」

驚くマリアの視線の先で、突如現れたノイズの一群が米兵へと襲い掛かる。

あらゆる銃弾は弾かれ、悲鳴を上げて次々と散っていく米兵達。

その最奥、炎の壁を背に立っていたのは……ソロモンの杖を握るあの男であった。

「ドクター・ウェルッ!?」
『出しゃばり過ぎとは思いますが、この程度の相手に、新生フィーネのガングニールを使わせるまでもありません。僕がやらせてもらいますよ』

八方から銃口を向けられながらも、ウェル博士は薄ら笑いを浮かべながらソロモンの杖を振るう。

密集したカエル型(クロール)ノイズが壁となってウェル博士への弾丸を全て防ぎ、返しに召喚された何体もの人型(ヒューマノイド)ノイズが米兵に覆いかぶさり、炭素へと分解していく。

「う、うわあああああ……ッ!」
「あッ!? はッ! あああああ……ッ!」

ウェル博士がソロモンの杖を振るう度、現れたノイズ達が為す術無く足掻こうとする米兵達を殺し尽くしていく。その姿は時代が違えば、魔術師のようにさえ見えただろうか。

だが、工場内に広がるその光景は、エアキャリアの外へと出てきたツェルトが、口をついて思わずこう呟いた程に凄惨なものだった。

「地獄絵図じゃねえか……」

悲鳴が消えた直後、炭と共にカチャリと音を立てて落ちる重火器。

まさにウェル博士の独壇場。気が付いた時には、追手の米兵はほぼ全滅していた。

「さて、と。片付きましたか」

召喚したノイズの群れを消していくウェル博士。
既に爆炎は消えており、工場内に残っているのは炭まみれの重火器だけだ。

と、その時――

「ひッ……ひいぃぃぃぃぃッ!」

生き残っていた兵士が一人、銃を放り出して工場の外へと走り出した。

「おやおやぁ……? まったく、しぶといですねぇ……。生かして帰るわけにもいきませんし、処分しておかなくては」

兵士が逃げた方向へとノイズを放ち、自らもその場所へと歩いていくウェル博士。

(容赦ねえな……。だが、本国からの追手だ。生かして返せばろくなことがないだろうし、癪だけどドクターの判断は正解……か)

勢いに任せて飛び出したはいいが、特にできることもなく、ただウェル博士がノイズを操り追手を虐殺していく姿を間近で見せつけられただけだったツェルトは、エアキャリアへと戻ろうとした。




――耳をつんざく、マリアの悲鳴が鼓膜を貫くまでは。




『やめろウェルッ! その子達は関係ないッ! やめろォォォォォッ!!』
「ッ!? 転調・コード“エンキドゥ”ッ!」

天井へとワイヤーを放ち跳躍、工場の屋根を突き破って外へ飛び出す。

眼下を見下ろせば、そこには……三人の野球少年へと襲い掛かるクロールノイズの姿があった。

「ッ! 間に合えぇぇぇぇぇぇッ!!」

ツェルトが射出した二本の鎖が、ノイズへと向かって真っすぐ突き進む。

だが……一瞬遅かった。

射出された楔が地面に突き刺さったのは、ノイズが少年たちと共に炭素分解された直後……。無残にも、好奇心から寄り道してしまった部活前の野球少年達は、一瞬にして死体も残さず命を奪われたのだ。

『ああああああぁぁぁッ!』

床に突っ伏して慟哭するマリアの咆哮。それをただ見つめるナスターシャ教授。

仕事を終え、ニンマリと嗤うウェル博士。

そして……アームドギアである鎖を収納したツェルトは、工場の屋根にガックリと膝をつく。



「間に合わなかった……。また、間に合わなかった……」

右手の義手を見つめながら、うわ言のように震える声で呟く。

「伸ばしたこの手はいつも……守ろうとしたものばかりすり抜けて……うぅッ……」

ツェルトが慌てて口を押える。

脳裏にフラッシュバックするのは、炎に包まれたあの日の研究室。

先程までの工場内のように赤く染まっていた視界。

そして失ったはずの右腕に、今や鋼の義手となったはずのその場所に蘇る、忘れられない感触。

セレナを炎の海に突き飛ばし、直後、高温化した瓦礫に腕が押しつぶされた瞬間の、あの感覚。

肉を潰されながら焼かれる苦痛と、己の腕が焦げていく臭い。

鮮明に思い出されたそれらの記憶は、ツェルトの身体を駆け巡り、中枢神経を刺激した。

「うッ……うぅ……ヴォえェ……ッ」

再び静寂を取り戻した廃工場。曇天の下で、ツェルトは嘔吐した。

(俺は……ヒーローには、なれない……。見ず知らずの誰かどころか、セレナも助けられず、マリィを泣かせてばかりの俺が……ヒーローになれるわけがない……ッ!)

抉られた心の傷に、己が無力を叫びながら……。











ff

『アジトが特定されました。襲撃者は退けましたが、場所を知られた以上、長居は出来ません。私達も移動しますので、こちらの指示するポイントで落ち合いましょう』
「そんなッ!? あと少しでペンダントが手に入るかもしれないのデスよッ!?」
『緊急事態です。命令に従いなさい』

それだけ通告すると、ナスターシャ博士は一方的に通信を切断した。

切羽詰まっているのが語調の厳しさからも伝わってくる。切歌が悔し気に歯噛みした。

「さあッ! 採点結果が出た模様です……あれ?」

司会が振り返った時、既に調は切歌の手を引いて足早にステージを降りていくところであった。

「お、おいッ! ケツをまくんのかッ!」

クリスの売り言葉も意に介さず、調は一直線に劇場の出口を目指す。

「調ッ!」
「ツェルトがいるから、大丈夫だとは思う。でも、心配だから……ッ!」

そう言われては、切歌も受け入れざるを得ない。
二人は駆け足で劇場の階段を昇り、外へと向かって行った。

その様子を見て、翼も立ち上がる。

「翔、立花、爽々波、追うぞッ!」
「おうッ!」
「了解です」
「未来はここにいて。もしかすると、戦うことになるかもしれない」
「う、うん……」

四人は席を立ち、切歌と調を追って駆けだしていく。

その後ろ姿を見つめながら、未来は両手を祈るように組んだ。

「響……やっぱりこんなのって……」

ff

校内の構造は把握している。

響達が二人に追いつくまでに、そう時間はかからなかった。

校門のすぐ近くで二人を挟み撃ちにし、五人で取り囲む。

「切歌ちゃんと、調ちゃん……だよね」
「5対2、数の上ではそっちに分がある。だけど、ここで戦う事で、あなた達が失うもののことを考えて」

調は周囲の人々……リディアンやアイオニアンの生徒達や、その家族、外部から来た人々を見回しながら言い放つ。

「なッ!」
「お前、そんな汚い事いうのかよッ! さっき……あんなに楽しそうに唄ったばかりで……」

クリスの言葉に切歌は一瞬、調の方を振り返り……。

「ここで今、戦いたくないだけ……そ、そうデス、決闘デスッ! 然るべき決闘を申し込むのデスッ!」

クリスらを指さしながら、そう提案した。

「決闘って……今時、中世のヨーロッパじゃあるまいし」
「まさか……残念なタイプの娘なのか?」

切歌からの提案に、純は眉を顰め、翔はそのあまりのズレ具合に困惑してすらいる。
調でさえ、目をぱちくりさせて驚いていた。

空気が一瞬緩みかけるも、険悪なムードに変わりはない。
響は思わず、クリスと切歌の間に割って入る。

「どうしてッ!? 会えば戦わなくちゃいけないってわけ……でもないでしょッ!?」
「「どっちなんだよッ!」デスッ!」

ほぼ同時に全く同じツッコミを入れてしまい、クリスと切歌は思わず顔を見合わせた。

「決闘の時は、こちらが告げる。だから――」

そう言って調は切歌の手を取ると、翼と翔のすぐ傍をすり抜け、足早に立ち去って行った。

校門を抜けていく二人の背中を見ながら、五人は迷う。

尾行し、後をつけるべきか。それとも、彼女達の誘いに乗り、決闘の合図を待つか……。

その答えは、五人の端末に通信が入ったことで、半ば強制的に決定された。

『五人とも、揃っているか? ノイズの出現パターンを検知した。程なくして反応は焼失したが、念の為に周辺の調査を行う』

「はいッ!」
「ああ」
「はい」
「了解……」
「……はい」

五人は端末を仕舞うと、LINEで未来達に先生方への言い訳を頼み、本部へと向かって歩き出した。

ff

ウィザードリィステルスで身を隠したエアキャリアは、都内に存在するランデブーポイントへと向けて飛んでいた。

キャリアを操縦しながら、ナスターシャ教授は檻の中のネフィリムの様子を確認する。

カメラに映っているのは三日前よりも成長し、人間の成人男性よりも二回りほど大きくなったネフィリム。
そして、ソロモンの杖を握ったまま、檻の前の椅子に脚を組んで座っているウェル博士だ。

(遂に本国からの追手にも捕捉されてしまった。だけど、依然ネフィリムの成長は途中段階。“フロンティア”の起動には遠く至らない……)

異常なし、と見たナスターシャ教授は、カメラを別の部屋に座り、項垂れているマリアへと切り替える。

(セレナの遺志を継ぐ為に、あなたは全てを受け容れた筈ですよ。マリア、もう迷っている暇などないのです)

罅の入ったペンダントを見つめるマリア。

項垂れる彼女の心は、未だに揺れ続けていた。



指定のランデブーポイントに着陸するキャリア。

降りてこちらへと向かってくるマリアの姿を見て、切歌と調は岩陰を飛び出す。

「マリアッ!」
「大丈夫デスかッ!?」
「ええ……」

本当はまだ立ち直れてなどいないのだが、二人を心配させまいとマリアは静かにそう答えた。

「よかった……。マリアの中のフィーネが覚醒したら、もう会えなくなってしまうから……」

調はマリアに駆け寄ると、その背中に腕を回す。

「フィーネの器となっても、私は私よ。心配しないで」

その言葉を聞いて、切歌もマリアの腕の中に飛び込む。
二人を抱きしめ、切歌の頭を撫でながら、マリアは微笑んだ。

調と切歌を抱きしめていると、沈んでいた心が楽になってくる。そんな気がしたのだ。

そんな三人の微笑ましい光景を、ツェルトは数歩離れた位置からそっと見守りながら、拳を握りしめていた。

そこへ、車椅子に乗ったナスターシャ教授と、相変わらずコートのポケットに両手を突っ込んだウェル博士がやって来る。

「二人とも、無事で何よりです。さあ、追いつかれる前に出発しましょう」

すると、切歌と調は慌ててナスターシャ教授の前に立つ。

「待ってマムッ! アタシ達、ペンダントを取り損なってるデスッ! このまま引き下がれないデスよッ!」
「決闘すると、そう約束したから――」

次の瞬間、乾いた音と共に調の頬が叩かれる。

「マム――ッ!?」

続けて切歌も頬を叩かれ、ツェルトは音の度に思わず両目を瞑った。
叩かれた瞬間に思わず手を放してしまい、学祭で買ってきた食べ物のパックが入ったビニールが、地面へと落ちた。

「いい加減にしなさいッ! マリアも、あなた達二人も、この戦いは遊びではないのですよッ!」
「マムッ! それくらい三人だって!」
「いいえ、分かっていませんッ! それはツェルト、あなたも同じですッ!」
「ッ!? そんな……事は……」

反論できず、ツェルトは黙り込んでしまう。
ビンタを貰った切歌と調は、叩かれた頬を抑えながら、両目に涙を浮かべている。

「そのくらいにしましょう」

と、その状況を諫めたのは、意外にもウェル博士であった。

「まだ取り返しのつかない状況ではないですし、ねぇ?」
「ドクター……今度は何を企んでいやがる?」

ウェル博士はわざとらしく肩を竦めると、ツェルトからの問いに笑って答えた。

「いえいえ、二人が二課の装者達と交わしてきた約束……決闘に乗ってみたいのですよ」

これまでもそうだった。
この男がこういう顔をするときは、大抵ろくでもない悪巧みを考え付いた時だ。

これまでにないほどの嫌な予感に、ツェルトは顔を顰める。



そして、彼らの背後には……未だ解体途中の巨大建造物。

月を穿つ一撃を天へと放つために建てられた魔塔、カ・ディンギルが聳え立っていた。 
 

 
後書き
作戦開始までの空いた時間――

ツェルト「落としたビニールの中身、無事でよかったな」
切歌「折角たくさん買って来たのに、無駄になったら勿体ないところだったデス……」
マリア「それにしても、よくこんなにたくさん買えたわね? 幾らしたの?」
調「なんと、全部タダでした」
ツェルト・マリア「「た……タダぁぁぁ!?」」
ツェルト「これ全部タダだったのか!?」
切歌「今朝、助けたお兄さん達にタダ券貰っちゃったのデース!」
調「本当は、二人にも食べてもらいたかったもの、いっぱいあったんだけど……持ち帰るとなると、種類が限られちゃって」
マリア「二人とも……ありがとう。こんなにたくさん持って帰ってきてくれたんだもの。十分嬉しいわ」
ツェルト「ネフィリムの餌は持ち帰れなかったけど、俺達の飯が確保できたんなら結果オーライかもな。これだけあれば、二日くらいは何とかなるだろ」
調「流星さん達には、感謝が尽きないね」
切歌「今夜はごちそうデースッ!」

マリア「傷みやすい物から優先して、今夜の夕飯にしちゃいましょう」
ツェルト「あとお菓子系はさっさと食べちまおうぜ。でかいネズミに持ってかれちまうからな」
マリア「お菓子しか食べないもんね、誰かさんは」
ウェル博士「ギクッ……」(キッチンの壁の向こうにて)



次回は久しぶりの「番外記録(メモリア)」を挟みます。

「姉さん。わたし、唄うよ……」

とうとう累計ではなく、無印からの話数で百話達成の次回、お楽しみに。 

 

番外記録(メモリア)・望まぬ力と寂しい笑顔

 
前書き
100話目として、久し振りに番外記録挟みます。

初めて描いた番外記録は響と翔の過去。その次はセレナ最後の誕生日。
元々、番外記録(メモリア)は過去回想を本編から切り離して単体で描く物なのですが、どうしてわざわざこんなタイトルしているのかと言うと、ここにもちゃんとした理由があります。

ただの過去回だと味気がない。だから一目で過去回だと分かるタイトルにしておけば、読者に「あっ、過去回か。じゃあちょっと息抜きできるな」と認識させられるじゃないですか。

過去回は重要な情報が出たり、回想している人物のトラウマが飛び出してきたりするので油断はできないんですけど、その反面、現代での物語が暫く止まるので箸休めにもなるんですよ(あくまで作者個人の感覚です)。

つまりは一つの演出ですw
オシャレなタイトルで区別すると分かりやすいじゃないですかw

さて、今回はシンフォギアGの三大トラウマシーンその二、例の回想です。
推奨BGMは『Apple』でお楽しみください。 

 
6年前、F.I.S.秘密研究施設 

施設内の印象から、被験少女達によって名付けられた通称は『白い孤児院』。
F.I.S.がフィーネの魂の器となる憑代候補者を非合法な手段で揃えた際、シンフォギアへの適合性が見込まれた少女達を選抜し、研究と実験、そして訓練に用いてきたその施設は、隠匿性・機密性の高さから、今もって存在そのものが謎に包まれている。

これは、その白い孤児院で起きた、とある実験事故の記録である。



「グボアァァァァァァァァ!」

異形の白き巨人は、咆哮と共に壁を殴りつけ暴れまわる。
大きく開かれたその口からは唾液が糸を引き、巨人がひどく餓えているのが一目で見て取れた。

警報が鳴り響き、分厚い鉄の壁や特殊ガラスが振動と共に揺れる。
危険色の照明に照らされたオペレーションルーム内は、慌てふためく研究者達の声が飛び交っていた。

「ネフィリムの出力は、依然不安定……。やはり、歌を介さずの強制起動では、完全聖遺物を制御できるものではなかったのですね……」

怯える姉妹の方を振り返ったのは、今よりもう少し皴の少ないナスターシャ教授だ。
この頃はまだ車椅子ではなく、右目の眼帯もない。

自分が何をすべきなのか。ナスターシャ教授の視線から、自分の力が必要だと悟った妹は、ただ一言静かに告げた。

「わたし……唄うよ」

当時16歳のマリアは、セレナの言葉の意味を理解していた。
無論、ツェルトもだ。

「でも、あの歌は──ッ!」
「ダメだセレナ! そんなことをすれば、お前の身体が……」
「わたしの絶唱で、ネフィリムを起動する前の状態にリセットできるかもしれないの」
「そんな、賭けみたいな……ッ! もしそれでもネフィリムを抑えられなかったら──」
「マリィの言う通りだッ! 死ぬかもしれないんだぞッ!」

姉と兄貴分、二人の制止を受けてなお、セレナの意志は変わらなかった。
二人の言葉に、セレナは首を横に振ったのだ。

「その時は、マリア姉さんが何とかしてくれる。ツェルト兄さんや、F.I.S.の人達もいる。わたしだけじゃない。だから何とかなる」
「セレナ……」
「……くッ!」

胸に手を当て、セレナは二人を、そしてナスターシャ教授の顔を真っ直ぐ見つめる。
セレナの表情は笑顔でこそあったが、その笑顔にはどこか寂しさが滲んでいた。

「ギアを纏う力はわたしが望んだモノじゃないけど、この力で、みんなを守りたいと望んだのは、わたしなんだから」

そう言ってセレナは、アルビノ・ネフィリムが暴れ狂う実験室へと降りていく。

「──セレナッ!」
「セレナ……クソッ!」

追いかけようとしたマリアは、ナスターシャ教授に止められた。
ツェルトはただ見ていることしかできない己を呪った。

そして、セレナは純白のシンフォギアを身に纏い……最後の唄を口ずさんだ。

「Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el baral zizzl──」

絶唱を口にしたセレナはゆっくりと、ネフィリムに向かって両腕を広げる。

「Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el zizzl──」

セレナが唄い終わると、白い光が実験室を包み込み……直後、凄まじい衝撃波が特殊ガラスを粉砕し、オペレーションルームにまで流れ込んだ。

「マリィッ!」
「きゃあああッ!」

モニターの前に座っていた研究者達は吹き飛び、ガラスの破片や瓦礫が飛び散った。
ツェルトは咄嗟にマリアを庇い……それから間もなく、二人は実験室へと駆け下りていった。



燃え盛る炎と、崩れ落ちた実験室。
瓦礫の山の向こうに立つ、セレナの小さな背中。

その右手に握られているのは、基底状態……幼体の状態にまでリセットされたネフィリムの姿がある。

セレナの絶唱特性は、『エネルギーベクトルの操作』。
立花響のそれと非常に似通ったその特性を以て、機械装置を介して暴発したアルビノ・ネフィリムのエネルギーを抑え込んだのだ。

攻撃的な特性を一切備えない、まさに誰かを守る為に特化した力。
彼女の献身的な心を現したかのような絶唱は、この場に居た全職員の命を救ったのだ。

だが……

次の瞬間、セレナが身に纏っていたシンフォギアは光と共に消える。

幼いセレナが受け入れるには、ネフィリムのエネルギーはあまりにも巨大であり、絶唱の負荷と相まって、その身体の内部はズタズタに引き裂かれてしまっていた。

マリアとツェルトは足場の悪さも、迫る炎の熱も、全て振り切ってセレナに駆け寄ろうと瓦礫の山を登る。

「セレナ……ッ! セレナッ!!」
「待ってろセレナッ! 今そっちに……うわッ!?」

その手を伸ばそうとした時、二人の目の前に炎が上がる。
それはまるで、二人を嘲笑うかのように広がり、道を閉ざした。

姉妹を引き裂こうとするかの如く、勢いを増していく炎。
マリアは耐え切れず、頭上の割れた窓へと向けて助けを求めた。

「誰かッ! 私の妹がッ!」

しかし、オペレーションルームから聞こえてきたのは、大人達の怒号であった。

「貴重な実験サンプルが自滅したかッ!」
「実験はタダじゃないんだぞ!」
「無能どもめ……」

研究者達は自分の事しか頭になく、炎の中に佇む小さな英雄の姿など目にも入っていないかのように、そう吐き捨てていた。

「どうしてそんな風に言うのッ! あなた達を護る為に血を流したのは、わたしの妹なのよッ!!」

マリアの悲痛な訴えも、彼らには届かない。
貴重な第一種適合者とはいえ、研究者達にとってはモルモットの一匹、ただ他よりちょっと上等なサンプルが自分から死にに行ったに過ぎないのだ。

「クソッタレがぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

ツェルトが地団太を踏み、マリアと共に振り返ったその時だった。

炎の壁に遮られたその先で、セレナがこちらを向いていた。

人形のように愛らしい顔立ちだったその顔は、瞳孔をかっ開き、目から、口から、止めどなく血を流している。
見るものの恐怖心を煽る程にまで変わってしまったそれは、まるで古ぼけたフランス人形のようだ。

それでも彼女は、大好きな姉と愛する兄を思い、最期まで微笑もうとしていた。

「よかった……マリア姉さん……ツェルト兄さん……」
「セレナッ!セレナアアァァァァァッ!!」
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

ツェルトが雄叫びを上げて走り出す。

炎が肌を焼き、シャツを焦がしたが、そんなものは関係ないとばかりに足を踏み込む。

ただひたすら炎の壁を踏み越え、走り続ける彼を突き動かしているのは、誕生日にセレナがこっそりと囁いた言葉であった。

『本当はわたしも、マリア姉さんに負けないくらい、ツェルト兄さんの事が大好きなんですよ?』

あの時は、いつもの悪戯だと思っていた。だが、その言葉にきっと嘘は無いはずだ。

その“好き”の真意が何にしろ、セレナはツェルトの事を本当の兄のように慕っていた事に違いないのだから。

(逝かせないッ! マリィの傍にセレナがいない世界じゃ、俺は本気で笑えない! 届け俺の腕、動け俺の足ッ! クイックシルバーなら絶対、こんな瞬間でも走り抜く……そうだろッ!)

思い描くのは、大好きなアメリカンコミックのヒーローの姿。
アベンジャーズ、X-MEN、ジャスティス・リーグ……。彼らの雄姿を胸に自らを奮い立たせ、ツェルトは限界を超えて疾走した。

「届け……届けッ! 届けぇぇぇぇぇぇッ!!」



あと一歩でこの手が届く、その瞬間に……絶望が落ちてきた。

落下してくる瓦礫に気付いたツェルトは、咄嗟にセレナを突き飛ばした。
飛び込めば自分が潰され、引っ張るには減速が必要だった。

確実に二人とも助かる為には、それが最良の判断だったのだ。

だが……突き飛ばした先が不味かった。

セレナが突き飛ばされた先には、燃え盛る炎の海が広がっていたのだ。

気付いた時には既に遅く、ツェルトの右腕はグシャッという生々しい音と共に、瓦礫の下で潰れた。

「あ……あ、あ……うわああああああああああああああああああああああああッ!!」

それは苦痛からの悲鳴であると同時に、自分が犯した過ちへの慟哭。
少年の夢想は儚く、無残にも砕け散った。

他の誰でもない、今この場で最善を願った自分の手で、最悪の結果を引き起こしてしまったのだから。

「セレナアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

泣き叫ぶマリアの声が炎に吸い込まれ、虚しく響いていた。



これがツェルト、マリア、そしてナスターシャ教授の心に暗い影を落とす炎の記憶。
脚の自由と右目、伸ばしたはずの右手、そして最愛の妹を喪った日の記録である。

ff

(セレナ……。あなたと違って、私の歌では誰も守ることは出来ないのかもしれない……)

破損し、起動不可能となったたセレナのギアペンダントを握り、マリアは目を閉じる。
心に落ちた暗い影は、マリアの両肩に重くのしかかっていた。

『まもなくランデブーポイントに到着します。いいですね?』
「OK、マム」

ナスターシャ教授からの通告を受け、マリアは静かに立ち上がった。

ff






「……また……あの日の夢か……」

目が覚めると、医務室の天井が見えた。
ツェルトは身を起こしながら、左右を見回す。

「……結局……俺はマリィを泣かせてばかりだな……」

ベッド脇に置かれた義手を見つめながら、ツェルトはポツリと呟いた。



あの直後、マニュアルで稼働された鎮火システムが、実験室の炎を消していった。

それから、一人の研究員が救護班を連れて現れる。その男はまず、俺やマムを一瞥すると、迷わずセレナの方へと向かって行った。

『まだくたばっちゃいないな。大至急、この子をコールドスリープさせろ。急げ!』
『はッ、はいッ!』

救護班に指示を出す男の外見は、医療スタッフには似つかわしくない格好だった。

長い金髪を後頭部で一つに結び、チョビ髭を伸ばしたその研究員の目には、黒いサングラスが光っている。

男は救護班がセレナを運び出すと、次は俺の方へと向かってきた。

『ふむ……。粉砕骨折で筋肉はズタボロ、その上瓦礫の熱で腕が丸々ホットサンドみたいになっている……か。右腕の肘から下をバッサリ切断するしかないな』
『あん……た、は……』

苦痛で息も絶え絶えになりながら、俺は声を絞り出した。

『フン、今は俺の事よりも、自分の腕の心配をしたらどうなんだ? このジャリボーイに鎮痛剤の投与を。それと医療班に連絡、手術の準備をしておけ。こいつが付けることになる義手の作成も始めろ』
『了解ですッ!』
『おいッ! だから誰なんだよ、お前はッ!』

男は俺の言葉を無視すると、今度は降ってきた瓦礫からマリィを庇ったマムの方へと向かって行く。

『プロフェッサー、アンタはあの二人に比べりゃ大分マシな方だな。この先一生車椅子生活くらいで済むだろう』
『ドクター・アドルフ……セレナをどうするつもりですか?』

アドルフ、と呼ばれたグラサン研究員は、さも当然であるかのようにこう答えた。

『何って、コールドスリープで処置を取るに決まっているだろう。貴重な第一種適合者だ、みすみす死なせるには損失が大き過ぎる』
『あなた……セレナのメディカルチェックを担当してた……』
『嬢ちゃん、そいつは今夜の晩飯よりも大事な事か?』
『えっ……?』

アドルフ博士はそれだけ言うと、再びマムに視線を移す。

『その寝心地悪そうなベッドから抜け出したら協力しろ、プロフェッサー。あんたの権限なら、あの馬鹿どもも反論は出来んさ』
『しかし、彼らにはどう説明するつもりなのですか?』
『なに、簡単な計算だ。貴重な第一種適合者を見殺しにするか、延命処置していつか治療するかだ。確かにコストで考えれば、実験サンプル一匹見殺しにする方が安上がりだ。だが、それを理由に金の卵を産むガチョウをみすみす殺すのは、馬鹿のする事だろう?』

へッ、と笑いながら、アドルフ博士はそう告げる。
この人、ぶっきらぼうだし口は悪いけど、悪い人間じゃない気がする。

何となく、そう感じた。

『消費主義もここまでくると呆れたもんだ。ここの連中はもう少し、東洋の精神を学ぶべきだな』
『意外ですね……。あなたがここまでするとは』
『アインシュタインは言った。成功者になろうとしてはいけない。価値のある男になるべきだ、とね。馬鹿どもの意見に流されて、ガキ一人見捨てるような医者に価値はないね』

そう断言するアドルフ博士のサングラスの奥には、強い信念を宿した瞳があった。
だから、俺は確信する。

この人は、マムと同じくらい立派な科学者なんだと。

ろくな科学者がいないこの孤児院の中でも数少ない、道徳を重んじることが出来る人間が、そこに立っていた。

『それに俺は、不確定なものが好きじゃないんでね。代わりの適合者が見つかる確率に賭けるより、セレナを治療する方が確実だと見込んだだけさ。そら、行くぞ』

そして、瓦礫の下からマムが救出され、鎮痛剤を打たれた俺は医務室へと運ばれた。



俺が日常的に使っている義手は、ドクター・アドルフが開発した物であり、RN式Model-GEEDも彼とドクター・ウェル、ドクター・櫻井の合作のようなものだ。

あの人に貰った腕で、今度は俺がマリィを守るんだ……って、そう思っていたのに……。
これじゃあ、あの人にも顔向けできねぇな……。

ああくそッ……! 俺はどうすりゃいいんだ……。

どうすれば俺は……これ以上マリアを泣かせずに済むんだ……。

『まもなくランデブーポイントに到着します。いいですね?』

マムからの通告に、俺はベッドを降りて義手を付けなおす。

そしてシャツを羽織ると、そのまま医務室を出た。

ランデブーポイントには、切歌と調がいる。
わざわざ敵地に赴いてくれたんだ。二人を迎え、労わなくては……。






既に太陽は西に傾き、空はオレンジ色に染まりつつある。

共喰いの巨人によって引き起こされる更なる悲劇は、ひたひたと足音を立てながら、すぐ近くまで迫ってきていた――。 
 

 
後書き
今回のサブタイはセレナの聖詠から来てるんですけど、適合者なら一目で分かりますよねw

今回登場のXD出身キャラは、ドクター・アドルフ!

アドルフ博士を出すのはG編当初から決定してたんですけど、いざ出してみたら思った以上にいい人になってた件。
まあ、カルマノイズによる襲撃はなかった世界ですし、いい人だからこそ歪んだらヤバいってのはありますからw

知らない人の為に、今回も軽めに解説しますね。

アドルフ博士。XDUのイベントシナリオ、『イノセント・シスター』に登場。F.I.S.日本支部に所属する研究員の一人であり、ネフィリムを操っていた黒幕。
以前、所属していた研究機関をカルマノイズに襲撃されており、その際、多くの仲間を喪ったことからノイズに対する為の「絶対の力」を求めるようになった過去を持つ。

「コインで表を出したいなら、俺は最初から両面表のコインを用意する」と発言するほどに“確実”への拘りがあり、また「品性が結果の良し悪しを左右するならば、世界は聖人であふれていることだろう」と豪語するリアリスト。
最後はエクスドライブモードとなったセレナにカルマネフィリムを倒され、足蹴にしたマリア、姉を傷つけられたことに怒りを爆発させたセレナに一発づつ殴られて退場した。

ちなみに、彼がネフィリムに目を付けた理由となった『F資料』は、生前フロンティアについて研究していたウェル博士が書き遺したものだったりする。



ナスターシャ教授によれば、セレナの治療にも尽力していた、との事だったのでカルマノイズ事件さえなければXDUでのような凶行に走ることもないなと思ったので、本作ではセレナの担当医なりました。
「コインで表を~」みたいな言い回しが思いつかないのは惜しいなぁ。
でもアインシュタインの名言引用は結構いけそうw

次回はいよいよ……そうです、奴のお出ましです。お楽しみに? 

 

第19節「血飛沫の小夜曲(前編)」

 
前書き
皆さん……遂にやってきてしまいました。
シンフォギアG三大トラウマシーン、その三……こいつが一番ヤバいやつ……。

まさかこれ再現できるグッズが今年になって発売されるとは思わなんだ……。

推奨BGMは『正義を信じて、握りしめて』、あとモンハンでお馴染み『無音』でお楽しみください。
あとEDに『Next Destination』を流しましょう。これ後書きでどうにかなるレベルじゃねぇわ……。

あ、明日はイベント回るので多分お休みします。 

 
二課仮説本部 発令所

ノイズの反応があった廃工場の映像を確認した弦十郎は、現場の不自然さに疑問を抱いていた。

(遺棄されたアジトと、大量に残されたノイズ被災者の痕跡……。これまでと異なる状況は、何を意味している……?)

炭素の塊と共に発見されたのは、重火器や爆弾の破片等、どれも軍隊の特殊部隊が使用する物だった。
外には中学生の物と思われる遺留品が三人分、残されており、これは偶然通りかかった一般人の物との結果が出た。

考えられるのは、米兵との交戦だろうか。

弦十郎が思案している頃、藤尭と友里は永田町深部電算室、通称“記憶の遺跡”からの解析結果を確認していた。
マリアのガングニールのアウフヴァッヘン波形を、念の為に響の物と照合したのだが、やはり誤差のパーツはトリリオンレベルまで確認出来ない……との結果であった。

それは、マリアのガングニールが正真正銘、フィーネの手によって作成されたものである事を意味していた。
騙りでも無ければ、模倣品でもない。寸分違わぬ、文字通り「もう一つのガングニール」なのだ。

無論、それはツェルトの天羽々斬、イチイバルも同様である。

「櫻井理論に基づいて作られた、もう一つのガングニール、及び天羽々斬、イチイバルのシンフォギア……」

友里の言葉に、かつてフィーネの元にいたクリスは顎に手を添える。

「だけど妙だな……。米国政府の連中は、フィーネの研究を狙っていた。F.I.S.なんて機関があって、シンフォギアまで造っているのなら、その必要はないはず……」
「政府の管理から離れ、暴走しているという現状から察するに、F.I.S.は聖遺物に関する技術や情報を独占し、独自判断で動いているとみて間違いないと思う」

翼の推測に、翔は溜息を吐いた。

「かつて、広木防衛大臣が担っていた役割の中には、 二課の存在を可能な限り法令に照らし合わせ、 横槍の入りにくい公然組織と維持すること、そうする事で組織が内包していた暴走の危険性を削ぎ落としていく務めもあったけど……。その観点において言えば、F.I.S.はまさに“米国の特機部ニ”ってわけか……」
「政府直下の機関でありながら、排他的かつ閉鎖的……まるで秘密結社だね」
「事実は小説より奇なりっては言うけど、ここまで洋画染みてると一周回って笑えないレベルだな……」

純共々肩を竦めて苦笑する。
洋画でよくあるお約束の展開だ、などと言ってはいられない。

この一連の事件は映画ではなく確かな現実なのだから。

「F.I.S.は、自国の政府まで敵に回して、何を企んでいるというのだ……」

謎が謎を呼び、事態は混沌を極めていく。

その時、発令所にノイズ出現のアラートが鳴り響いた。

「ノイズの発生パターンを検知ッ!」
「古風な真似を……決闘の合図に狼煙とは」

先程、あの約束の後だ。
タイミング的に考えて、切歌と調が出させた合図であろう。

出現ポイントを特定して……藤尭は驚きの声を上げた。

「位置特定……ここは──」
「どうしたッ!?」
「東京番外地、特別指定封鎖区域……」
「カ・ディンギル址地(あとち)だとぉ!?」

ff

「決着を求めるに、おあつらえ向きの舞台というわけか……」

響、翼、クリス、翔、純の五人は、かつてはリディアンへと続く道であった土を踏みながら、カ・ディンギルへと向かう。

旧・私立リディアン音楽院の敷地、通称「カ・ディンギル址地」およびその周辺は、住所を定める番地の一切が剥奪され、現在は日本政府の管理の下、特別指定封鎖区域とされている。

三ヶ月前、響たちとフィーネが激闘を繰り返した決戦の地であり、 複数の聖遺物がぶつかりあった高レベルのエネルギーは、いまだ周辺環境に残留しており、草木の生育が著しく困難な荒野を生み出しているのが現状だ。

現在、エネルギーの残滓を除去する計画が立てられているが、 その目処がたつまで、一般人の立ち入りが禁止されている。
響達がルナアタックの中で失った物の一つと言えるだろう。

ようやくたどり着いたのは、あの日を思い出させる場所。カ・ディンギルの直下。

そこに立っていたのは、決闘を申し込んできた二人の装者……ではなく。

「フン……」

ソロモンの杖を握るウェル博士であった。

「──野郎ッ!」

挨拶代わりと言わんばかりに、ノイズを召喚し、けしかけるウェル博士。

「──Balwisyall Nescell gungnir tron──」

五人は聖詠を唱え、それぞれのギアをその身に鎧った。

「ギュッと握った拳ッ! 1000パーのthunderッ──!」

今回は適合係数の低下もない。
響の拳が貫き、翼の剣が斬り裂き、クリスのガトリングが火を噴く。

翔の光刃がぶった斬り、純の盾がなぎ倒し……前回のリベンジとばかりに、五人はノイズを蹴散らしていった。

「届けぇぇぇッ! はッ! たぁッ! てやッ!」

しかしノイズは一向に減る気配がない。
倒すたびにウェル博士がそれ以上の数を召喚しているのだ。

響はウェル博士を見上げながら、自分達をこの場に呼んだ二人の行方を問いかける。

「調ちゃんと切歌ちゃんはッ!」
「あの子達は謹慎中です。だからこうして私が出張ってきているのですよ。お友達感覚で、計画遂行に支障をきたされては困りますので……」
「そういうわけだ。邪魔はさせない──ッ!」

次の瞬間、ウェル博士の背後から飛び出したツェルトが、翔へと向かって飛びかかった。

「ッ! ジョセフッ!」
「決着つけようぜ、ファルコンボーイ。俺の一勝と一引き分け、ここでお前を倒して完全勝利だッ!」
「翔ッ!」

怒涛のナイフ連撃を、エルボーカッターでいなしながら、翔は純へと叫んだ。

「手を出すなッ! こいつとの決着は、望み通り俺がつけてやるッ!」
「そう来なくっちゃなァッ! オラアァァッ!」

ナイフでフェイントをかけてからの蹴撃。
しかし翔は、それを敢えて受け、ツェルトの脚に肘打ちをくらわせる。

「ぐッ!?」
「だから……似合わねえっつってんだよッ!!」

怯んだツェルトに、そのまま思いっきり蹴りを返す。

吹き飛んだツェルトは、地面に踵の跡を残しながら交代する。
だが、彼は倒れない。

「転調・コード“イチイバル”ッ!」

上下に分かれた銃身を持つ二丁のツインブラスターハンドガンを手に、ツェルトは跳躍し、翔の頭上からレーザーを乱射する。

翔はそれを躱しながら走ると、ツェルトの降下地点を予測する。

翔が着地の瞬間に仕掛けようとしていると感づいたツェルトは、その予測を逆手に取り、翔の進行方向に銃口を向け、狙いを定める。

しかし次の瞬間、ツェルト目掛けて投擲された盾が、その背中に命中した。

「がぁッ!?」
「手ぇ出すなって言われたけど、クリスちゃん以外がその銃を使ってるのは、見てて癪なんだよッ!」

純、怒りのシールド投げ。
空中から叩き落されたツェルトに、翔からの鉄拳が飛ぶ。

「もらったッ!」
「させるかッ!」

向ってきた拳を、ツェルトは銃で防ぐ。

「銃は拳よりも強し……ってなァァァァァッ!」

ツェルトは翔の拳をそのまま弾き、懐に銃口を突き付ける。
至近距離から放たれた光線に、翔は後方へと吹き飛ばされるが、なんとか地面に足を付ける。

睨み合う両者。そこで、翼の声が轟いた。

「何を企てるッ! F.I.S.ッ!」
「企てる? 人聞きの悪いッ! 我々が望むのは、人類の救済ッ!」

そう言うと、ウェル博士は天上に輝く欠けた月を指さし、声高らかにこう言った。

「月の落下にて損なわれる、無辜の命を可能な限り救い出すことだッ!」



「月のッ!?」
「落下だとッ!?」
「んなバカなッ!?」

装者達五人は驚きに目を見開く。

「月の公転軌道は、各国機関が三ヶ月前から計測中ッ!落下などと結果が出たら、黙って──」
「黙っているに決まっているじゃないですか」

反論しようとする翼の言葉を遮り、ウェル博士は嘲笑う。

「対処方法の見つからない極大厄災など、さらなる混乱を招くだけです。不都合な真実を隠蔽する理由など、幾らでもあるのですよッ!」
「まさか、この事実を知る連中ってのは、自分達だけ助かるような算段を始めている訳じゃ──」
「だとしたらどうします? あなた達なら……」

召喚されたノイズを全て倒し終えた響達に、ウェル博士はそう問いかけ──

「対する私達の答えが──ネフィリムッ!」

博士の呼び声と共に、地響きと共に地面が隆起し、クリスの足元から何かが姿を現した。

「ぐあッ!」
「──クリスちゃんッ!」

クリスの身体が宙を舞い、頭から落下していく。
純はアキレウスの俊足で加速し跳躍、クリスを抱えて着地する。

「クリスちゃん、大丈夫か?」
「ああ、なんとも──ジュンくん後ろッ!」
「え……ッ! しまっ──」

そこには、ウェル博士によって召喚されたもう一体のノイズ……口から粘液を吐きかけ、相手を拘束するダチョウノイズが立っていた。

気付いた時には既に遅く、純はクリスを抱えたまま、白濁色の粘液に絡めとられてしまった。

「クソッ! 身体が……身動きが取れねぇッ!」
「雪音ッ! 爽々波ッ! ──ッ!?」

二人を救援に向かおうとした翼にも、二体目のダチョウノイズからの粘液が吐きかけられる。

「──くッ! このようなものでッ!」

身動きが取れなくなった三人の方へと、地底から現れた巨人が振り返る。

それは、以前戦った時よりも更に成長したネフィリムの姿であった。

地下に潜り、東京都番外地区の汚染土壌に残留するエネルギーを吸収して、更に一回り大きくなっていたのである。

「人を束ね、組織を編み、国を建てて、命を守護するッ! ネフィリムはそのための力ッ!」
「グボアァァァァァァ!」

口から唾液を吐き散らしながら、ネフィリムは翼たちの方へと迫る。

汚染土壌のエネルギーを吸収しても、なお満たされぬ飢餓衝動が次に目を付けたのは……目の前に用意された新鮮な三つの餌だ。

「わたし一人でもッ! てえぇッ!」

仲間たちの元へと真っ直ぐに向かい、食らいつこうとするネフィリムの顔に、響は両足蹴りを叩きこんで注意を逸らすと戦闘に入った。




「さて、これで一対一だ。さっさと決着つけないと、仲間がネフィリムの餌になっちまうぜ……?」
「お前……それがお前らの正義だとッ!? こんなやり方が、お前達の掲げる正義だってのかッ!」

その瞬間、ツェルトの表情が怒りに歪んだ。

「うるせぇよ……」
「なに?」
「うるせぇんだよ! 誰に何と言われようが、俺達にはこれしかないんだ!」

迷い続け、それでも押し殺し続けてきたツェルトの感情が、翔の正義の是非を問う言葉によって今、爆発した。

「国は当てにならないし、大人達は信用ならねぇ! 苦しみに耐え、涙を殺し、それでも自分の事しか頭にない権力者どもに弱い人達が踏みつけられない為に、この世界を守る為に俺達が選べる最善の方法を、俺達は自分の意志で選択したんだ! それを……何も知らないクセして知ったような口で否定してんじゃねぇぞッ! このドサンピンがぁぁぁぁぁッ!」
「ッ──!?」

ツェルトは怒りに身を任せて引き金を引き続ける。
乱射されたレーザーが、無軌道に翔の頬を掠めていく。

「最初に会った日からずっとそうだッ! そうやってお前は、俺の正義を曇らせるッ! マリィが貫く正義を守っていくと誓った俺の心を、決意を惑わせるッ! だがもう迷わんッ! お前はここで消してやるッ! お前も権力者の子息なんだろ? だったら俺達の敵だッ! 俺が最も憎むクソみてぇな連中に連なる存在だッ! ここで潰すッ! ぶっ殺してやる、融合症例第二号ォォォォォッ!!」
「ぐッ! ぐぅッ……!」

翔は疾走し続ける。狙いを定められないように、腰のブースターで軌道修正・加減速を繰り返しては、ただ縦横無尽に動き続ける。
しかし、乱射される光線は網目のように、翔を逃がさず狙ってきていた。

「動く的には当てられないという考えか? 甘いッ!」

これ以上は避けられないと判断したのか、翔は動き回るのを止め、ツェルトの正面に立つと一直線に向かってきた。

「死にに来たというのなら是非もないッ! 悔いを残して死ねッ!」

正面から突っ込んでくる翔に向けて、ツェルトはレーザー銃から実弾銃へと切り替え、同じ部位を狙って発砲する。

「うおおおぉぉぉぉぉぉぉッ!」

だが、次の瞬間……翔は跳躍した。

「何ッ!?」
「でぇぇぇぇやッ!」

頭上より繰り出される踵落としを、ツェルトは銃を交差させて受け止める。

落下の勢いと、ブースターの出力で威力を増したそれは、ツェルトの足元を沈下させ、クレーターを作る程であった。

「ッ!? バカなッ!? あれだけくらって、何故怯むことなくッ!?」

ツェルトの眼前に着地した翔のプロテクターは、あちこちに罅が入っていた。
いくらシンフォギアの防御性能が優れているとはいえ、同じポイントを何度も波状攻撃されてはいくらか傷付くのも必然だ。

しかし、翔はその罅を一瞥しながら言った。

「ジョセフ……お前の怒りはよく分かった……。あの軽口と余裕の笑みの裏側に、ずっとこんなものを隠してきたなんてな……」
「お前……何を……ッ!?」
「ようやく分かった気がするんだ……お前の事がな……」

翔の瞳が真っ直ぐに、ツェルトの目を見つめる。
その眼差しに射竦められたかのように、ツェルトの肩が強張った。

「お前にも……守りたいものがあって、その手に武器を取った……」
「ッ!?」
「だけど……今の自分達がやってることが、本当に正しいのか……迷いがあるんじゃないのか……?」
「お前、何を言って……」
「だったらお前……どうして、泣いているんだ……?」
「俺が……泣いて……ッ!?」

言われて初めて、ようやく気が付いた。

ツェルトの両目からは、涙が頬を伝っていたのだ。

まるで、心の中を覗き見られているようで、ツェルトは思わず後退る。

「だったら……俺は、お前に言ってやらないとな……。守りたい人がいるのは……俺も同じ……。だからこそ……」

そして、翔は拳を握り直し……ツェルトに向かって、真っ直ぐに叫んだ。

「この…………どうしようもねぇ馬鹿野郎がッ!!」

次の瞬間、ツェルトの頬に翔の右ストレートが叩きこまれる。

「ご……ッ!?」

後退るツェルトに、翔は再び拳をぶつける。

武器持たぬ両手で、何度も、何度も、ツェルトを殴りながら翔は叫んだ。

「間違ってるかもしれないとッ! 少しでもそう思っているのならッ! 何故その気持ちに従わないッ! 愛する人を否定したくないからかッ!? それともッ! 愛する人と道を違えたくないからかッ!?」
「ぐッ!? がッ!? ごはぁッ!?」
「相手が道を外れた時はッ! 一緒に堕ちてくもんじゃなくッ! 引っ張り上げて、糾してやるのが本物の愛情ってもんじゃないのかッ! 互いの間違いを認め、弱点を補い合い、一緒に未来を見つめて進んでいくべきなんじゃないのかよッ!!」
「本物の……愛……?」

防御しようと交差した銃は、二丁ともあっけなく砕け散る。

翔の拳に打たれるたびに、ツェルトの心から何かが消えていく。

暗くて黒く、重たい何かが砕ける度に、ツェルトの目が覚めていく。

「間違ってるって気付いてるのに目を瞑って、外れた道でも一緒に堕ちていこうなんてな……そんなのはただの依存だ! 愛じゃねぇッ!」
「俺の……マリィへの想いが……愛ではない……?」
「“漢”ならッ! 自分の気持ちを偽るなッ! その迷いを、良心の呵責を、俺に押し付けてんじゃねぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
「がはッ!?」

怒涛の連続攻撃に、ツェルトはふらつく。

だが、胸の奥で燻っていた何かが、既に外れかかっていた。

「愛することを諦めるな! この大馬鹿野郎ッ!!」
「ぐ……はぁッ!?」

最後の一発が頬を打った時、ツェルトの心に巣食っていた脆い幻想が、木っ端微塵に砕け散った。

殴られた際にバランスを崩し、勢いよく地面に倒れる。

息を荒げながら、翔は続けた。

「それからな……俺の父さんはお前が思っているより立派な人だし、俺にも大切な人達がいる。ここでくたばってなんてやるものかッ! 響は俺が守る……その為にも負けられないんだッ!!」
「……ッ!」

翔の言葉を聞いて、その拳を身に受けて、ツェルトはようやく理解した。

顔を上げると、翔がこちらに手を伸ばしていた。

「お前にも、守りたいものがあるのなら……もしも、俺とお前の見ているものが同じだとすれば……」

ツェルトをまっすぐ見つめる彼の目には、確かな強さと信念と、そして優しさが宿っていた。

(そうか……こいつは……。風鳴翔は、もしかして……俺がずっとなりたかった──)



ツェルトがその手を取ろうとした、その時であった。






「立花ああああああああああああああああああああッ!?」






耳をつんざくような姉の、それも響の名を叫んだ絶叫に、翔は慌ててそちらを振り向く。



「え……ッ?」



振り向いた翔の目に飛び込んできたのは……口角から血を垂らしながら“何か”をゆっくりと咀嚼するネフィリムと。






「……う、うう、うわああああああああああああああああああああああああああッ!!」






左腕を抑えて悲鳴を上げる響の姿だった……。

「ひび、き……? 響いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!」 
 

 
後書き
翼「あの死闘から早7年、ヤツが遂に商品化!」
クリス「ネフィリム腕まくらぬいぐるみ! fanema限定完全受注生産で予約受付開始だぜッ!」
翼「手触り抜群、もちもち生地。あのネフィリムがこんなにも愛らしくデフォルメされるとはな」
クリス「口から腕を入れることで、枕としても使用できるぜ! 左腕入れれば、例のシーンも再現できるな! この再現度には、流石のあたしもびっくりっす! ……なあ、これやっぱりおかしくねぇか?」
翼「何故これの再現にここまで気合を入れてしまったのか……」
クリス「響の顔がいつになくしかめっ面だぜ。あいつにここまで嫌われてんのも珍しすぎんだろ」
翔「姉さん、この番宣早く終わらせてくれないか? 響の精神衛生上よくない……」
純「最後に思いっきり笑顔で、って台本に……」
クリス「しかたねぇな……ネフィリム腕まくらぬいぐるみ、予約受付は六月一日まで!」
翼「発送は八月下旬ごろ。その他詳しくは自分で調べてくれ」
クリス「予約、待ってるぜ! ……あぁー、しっくりこねぇ……」
翼「翔、立花のケアは任せる」
翔「響、帰るぞ」
響「翔くん、腕枕してくれる?」
翔「帰ったら好きなだけ甘えてくれ」



やっぱりネフィリム腕枕を商品化したの正気の沙汰じゃないとおもうの(誉め言葉)

響ショックに隠れがちだけど、ツェルトが追い上げるのはこれからです。
次回もお楽しみに! 

 

第20節「血飛沫の小夜曲(後編)」

 
前書き
二日ぶりですね、こんばんは。
アルケミック・オーダー、マジで尊かったです。今日からXV周回も始めます。
あとツイキャスの伴装者朗読会、ご清聴ありがとうございました。

Twitter歴も今日で4年目になりました。フォローしてくださってる読者の皆さん、本当にありがとうございます。
これからも応援、よろしくお願いします。

ところでエルザの超高難易度クエ、調整したやつ出てこい。何だあの無理ゲー……公式ツイートのリプ欄が荒れてるどころか、廃課金勢からも渋い顔されてるってどういうことだよ……。

さて、今回は遂に訪れてしまった悲劇……ネフィリムによるあのトラウマシーンです。
前回、演出として意図的にカットされていたシーンがまるまる映っております。

もしかしたら、原作より酷くなってるかもしれ……いや、そんなことないよな、多分(汗)

どうぞお楽しみください。 

 
「響けッ! 響けッ! Heartよッ! 熱くッ! 歌うッ! Heartよ──ッ!」
「ルナアタックの英雄よッ! その拳で何を守るッ!」

戦況は、響の方が優勢だった。

ネフィリムは図体こそ巨大ではあるが、その攻撃は力任せで大ぶりなものばかりだ。
動きさえ見切ってしまえば、響の中国拳法による怒涛の連撃を叩きこむ隙は大いにある。

ネフィリムが振り下ろした拳さえ弾き返し、響は両腕のパワージャッキを引き上げる。

「手と手、繋ぐぅぅぅッ!」

繰り出した右拳がネフィリムのどてっ腹に突き刺さり、収縮したジャッキからの衝撃波でネフィリムは後方へと大きく吹き飛ぶ。

ひっくり返ったネフィリムへと、背部のバーニアで加速しながら真っ直ぐに突き進む。

左拳を構えたそこに、召喚されたノイズが壁のように立ち塞がる。

両脚、右拳でそれらを粉砕したその時……ウェル博士は口元を吊り上げながら、予想外の一言を言い放った。



「そうやって君はッ! 誰かを守るための拳で、もっと多くの誰かをぶっ殺してみせるわけだッ!」



「は……ッ!」

その一言が、響の脳裏にライブ会場での調の顔を呼び起こした。

『それこそが偽善ッ!』

「ッえぇいッ!」

迷いのままに放った拳は手元が狂う。それが道理だ。

響が拳を突き出した先にあったのは……あんぐりと開いたネフィリムの大口だった。



 バクッ



「──え…ッ!?」

一瞬の沈黙の末、響の口から洩れたのは、一言だけだった。

そして、次の瞬間──



 ブチュッ! メキャメキャメキャッ……グチャッ! ブッシャァァァァァ……!



肉が喰いちぎられ、骨が噛み砕かれる生々しい音と共に、響の左腕の肘から先から、まるで噴水のように鮮血が飛び散った。



「立花ああああああああああああああああああああッ!?」

翼の絶叫が戦場にこだまし、翔とツェルトの耳をつんざく。

あまりにも凄まじい光景に、純とクリスは目を見開いたまま言葉を失っていた。

「ふ……ッ!」

その光景を、ウェル博士は両目をギラつかせた邪悪な笑みで見つめる。

「……え……?」

左肩を抑える響は、何が起きたか分からない……というような顔でネフィリムを見上げる。

見上げた視線の先で、ネフィリムは……暴食の巨人は、口元から行儀悪く真っ赤な血を滴らせながら、ゆっくり、ムシャムシャとそれを咀嚼していた。

それがようやく、喰いちぎられた自分の左腕だと認識したとき……






「……う、うう、うわああああああああああああああああああああああああああッ!!」






響は、かつてないほどの絶叫を上げた。

ff

「あンのキテレツッ!」

切歌は激情のままに、壁へと拳を叩き付けた。

「どこまで道を外してやがるデスかッ!」
「ネフィリムに、聖遺物の欠片を餌と与えるって……そういう……?」

調もまた、震える声でナスターシャ教授の方を見ている。

「──ッ!」

そしてマリアは、昼間の野球少年達の事を思い出し、思わずエアキャリアを飛び出そうとした。

「何処に行くつもりですか?」

ナスターシャ教授の厳しい声に、マリアの脚が引き留められる。

「あなた達に命じているのは、この場での待機です」
「あいつはッ! 人の命を弄んでいるだけッ! こんなことが私達の為すべき事なのですかッ!?」

両目の端に涙を浮かべながら、マリアは訴える。

その言葉に、ナスターシャ教授は何も答えない。

「アタシたち、正しい事をするんデスよね……?」
「間違ってないとしたら、どうしてこんな気持ちになるの……?」

切歌と調も、モニターから目を逸らしながら呟く。

三人の装者の間に、後ろ暗い迷いが広がり始める。

しかし、ナスターシャ教授の言葉は変わることなく、厳しいものだった。

「その優しさは、今日を限りに棄ててしまいなさい。私達には、微笑みなど必要ないのですから……」
「……ッ」

マリアはゆっくりと操縦室を出ると、自動扉にもたれかかりながら腰を下ろす。

そして罅割れたセレナのペンダントを取り出すと、それを両手で握りながら、消え入りそうな声で呟いた。

「何もかもが崩れていく……。このままじゃ、いつか私も壊れてしまう……。セレナ……どうすればいいの……?」

ff

悲鳴の後、響は左肩を抑えながら膝をつく。

暫く、この静寂の中で聞こえるのは、ネフィリムの口から聞こえる咀嚼音だけであった。

やがてネフィリムは、舌の上で味わい終えた最高の餌食をゴクリと喉を鳴らし飲み込む。
ウェル博士は興奮のあまり身体を反らし、その端正な顔を醜く歪ませながら天へと叫んだ。

「いったあああぁッ! パクついたァ……ッ! シンフォギアをォ──これでえええッ!」

「──ッ! ……ッ!!」

あまりの激痛に声すら出せず、響の顔には額から顎へと汗が滴る。

「立花ッ! ──立花ああああッ!」
「うそ……だろ……!?」
「ウェル博士……てめぇッ、人の心はないのかッ!!」

未だにダチョウノイズの粘液によって身動きの取れない翼とクリスは、ただ目の前で起きた出来事の凄惨さに目を見張る他なく、純はウェル博士を睨みつけることしかできずにいた。

一方、滝のように涎を垂らしていたネフィリムの身体に変化が生じ始める。

頭部や胴体部に存在する黄色い発光体が、突如、赤く輝き始めたのだ。

「完全聖遺物ネフィリムは、いわば自律稼働する増殖炉ッ! 他のエネルギー体を暴食し、取り込むことで更なる出力を可能とするぅぅぅ──さあ、始まるぞッ!」



そこへ、憤怒の雄叫びと共に大地を踏み鳴らし、灰色の流星が突貫する。

両脚のジャッキを最大まで引き延ばして地面を蹴った翔は、その勢いのまま更なる成長を始めたネフィリムへと飛び蹴りを放つ。

ふらつくネフィリムを足場に跳躍すると、アームドギア・生太刀を両手に握り、勢いのままに振り下ろした。

「よくも響をおおおおおおッ! よくも彼女の腕をぉぉぉッ! 許さんぞ貴様らぁぁぁぁぁッ!!」

二振りの刀を何度も何度も叩きつけ、ネフィリムの身体を斬りつける翔。

しかし、その怒りの刃はやがて、ネフィリムの剛腕に受け止められる。

「だったらぁぁぁぁぁッ!!」

だが、刃を止められようと、翔そのものは止められない。

受け止められたアームドギアを手放すと、そのままネフィリムの懐へと潜り込み、渾身の拳を叩きこむ。

これには流石のネフィリムも後退し、その巨体をふらつかせる。

「想定以上だァ……。天羽々斬やイチイバルなんかも全部喰わせて次の段階へと移行する予定でしたが……ウヒヒヒヒヒィッ! しかしこれ一つで足りるとしても、奴らの戦力を削ぎ落すという観点から見れば、やはり……」

それでも……ウェル博士の顔からは気色の悪い笑みが消えない。
彼は翔を見下ろしながら、まるで煽るように言った。

「もう一人の英雄よ、その無力を呪うがいいッ! かつて同族であるネフィルを共喰いすることで生き残り、今の力を手に入れたのがネフィリムだッ! そして君の大事な彼女は、ネフィリムと()()生きた聖遺物ッ! さぞ甘美なる味わいだったろうさッ!」
「貴様あああああああああああああッ!!」
「次は君のお友達の番だッ! 君はお友達も、実の姉も、大事な恋人も、何一つ守れず全部ネフィリムに食べられて、最期は君も仲良く腹の中ってわけだ! ヒャーハハハハハハハッ!」
「黙れ……黙れ黙れ、黙れえええええええええええッ!!」

「翔ッ!」
「乗るな翔ッ! 落ち着けッ!」

翼と純の叫びも、既に翔には届かない。

翔は怒りに身を任せ、ネフィリムの顔に飛び回し蹴りを放つ。
ネフィリムの身体のバランスが、大きく崩れた。

「これでえええええぇぇぇぇぇぇッ!!」

その瞬間だった。ネフィリムの頭部が膨張し、その形を大きく変えたのは。

「ッ! しま──ッ!?」



 バクンッ!



円筒形で前後に長かった頭部は、人間に近いガマ口へと形を変え……翔の右脚に喰らいつく。



 バキッ! ガキゴキゴキ……メキャッ! 



生々しい音の直後、ドサッという落下音と共に、右脚を失った翔が地面を転がった。

「しょー……く、ん…………ッ!?」

目を見開く響の目の前で、翔は脚から血を噴き出しながら絶叫した。



「……うッ、ぐうッ……があああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」



苦痛に藻掻き、悶える翔の声が戦場にこだました。

翔の冷静さを欠かせ、ネフィリムが喰らいつく隙を与えるために、ウェル博士は翔を挑発してみせたのだ。
融合症例の響とネフィリムを同列視し、囚われた姉や仲間達を思う心をなじることで……。

そして、ネフィリムの変態が加速していく。
四肢はより太く強靭に、胴体はより筋肉質に。

喩えるのなら、二足歩行できるカエル人間。そう比喩するのが一番、この異形なる巨人の外見を伝えるのに適切だろうか。

「聞こえるか? 覚醒の鼓動ッ! この力が、フロンティアを浮上させるのだッ! フハハハハハハァハハァッ!」

ウェル博士の高笑いが、更なる成長を遂げたネフィリムへと向けられる祝福のファンファーレが如く響き渡る。

もはや誰も、この男を止めることは出来ないのか……。
誰もがそう思い始めた、その時だった。



(……許さナイ……)



響の全身を、黒い衝動が駆け巡る。



(……許セなイ……)



翔の全身を、激しい憎悪が這い回る。



((オ前だケハ……許すモノカぁぁァ……ッ!!))



「ハハァハハハッ、ヒィハハハッ──ハハ……ハ…………ッ!?」

ウェル博士の顔が、一瞬真顔になる。

「「……~~……~~……~~」」

見ればネフィリムに齧られた二人の融合症例、その胸に何かが輝いているではないか。

それは、二人の胸に残る傷跡。お揃いだと笑った、フォルテの形をしたそれであった。

輝く傷跡から、二人の身体を塗り潰すように黒い影が広がっていく。
低く唸り、それぞれの声を二重にダブらせながら、翔と響の全身は黒に染まった。

「そんな……まさか……ッ!」
「あれは……ルナアタックの時の……ッ!?」
「マジ……かよ……!?」
「な、に……ッ!?」

思わず息を呑むウェル博士。

そこには牙を剥き、双眸を爛々と光らせた……二匹の獣が立っていた。

「……~~……~~……~~ッ!!」
「……~~……~~ッ! ……~~ッ!」



「これが、フィーネの記録にもあった、立花響と風鳴翔の……」

ヘリキャリアの操縦室では、切歌と調が口を閉ざす中でナスターシャ教授が。

「暴走、だとぉ……ッ!?」

そして二課仮説本部、ネオ・ノーチラスの発令所では、弦十郎を始めとした職員一同が、その姿を確認していた。

ff

「「……~~……~~ッ! ……~~……~~ッ!!」」

咆哮の直後、響の左腕の断面、そして翔の右脚の断面から、螺旋状にエネルギーが放出される。

そして次の瞬間、それらはそれぞれ腕と脚の形となり、二人の欠損部位を再生させた。

「ギアのエネルギーを、腕や脚の形に固定しやがったッ!?」
「まるで、アームドギアを形成するかのように……ッ!?」
「力技じゃねぇか……ッ!?」

欠損した腕と脚を取り戻し、二人は四つん這いになると……

「「……~~ッ! ……~~……~~ッ!」」
「──ま、まさか……ッ!?」
「「~~ッ! ッ!」」

怒りの咆哮と共にネフィリムへと飛びかかった。

理性の枷を解き放たれた、野獣の如き凶暴性。

赤黒く染まった響の拳がネフィリムに叩きこまれ、翔の凶刃が斬り裂く。
これを見たウェル博士は、慌てふためきながら悲鳴を上げる。

「やめろぉッ! やめるんだぁぁぁッ! 成長したネフィリムは、これからの新世界に必要不可欠なものだッ! それを……それをおおおおッ!」

ウェル博士は髪を掻きむしり、その手で眼鏡が斜めにズレる。

しかし、暴れまわる二匹には、言葉など届かない。
ただ目の前に立つ敵を……恋人の腕を、脚を喰らって成長しようとする暴食の化身を殺すためだけに飛びかかるのみだ。

「ガアアアアアアアッ!」

ネフィリムの剛腕が、二匹を薙ぎ払って吹き飛ばすも、即座に着地した二匹は示し合わせたかのように息の合った動きで地面を蹴り、それぞれネフィリムのどてっ腹に両足蹴りをくらわせ、アッパーカットを決めた。

「「……~~ッ!!」」
「やぁめろおおおお……ッ!」

先程までの余裕は何処へやら、恐怖に顔を歪めたウェル博士は、ソロモンの杖で大量のノイズを召喚する。
現れたノイズは博士のコマンドのままに寄り集まり、巨大な口だけの強襲型ノイズへと姿を変えた。

だが……。

「……~~……~~ッ!」
「──ひいッ!」

暴走響は強襲型ノイズの口の中へ自ら突っ込むと、その体内で暴れまわり、一瞬にして炭素の塵へと変えてみせた。

その一方、暴走翔はノイズを響に任せ、咆哮と共にネフィリムへと迫る。

圧倒的な力の差に恐怖したのか、ネフィリムは慌てて逃げようとする。

「……~~……~~……~~ッ!」

次の瞬間、暴走翔は勢いよく跳躍すると、ネフィリムの背中を踏みつけて着地する。

「ガアアアアアアアッ!」

悲鳴を上げるネフィリム。馬乗りになった暴走翔の手が、刃の形に変化する。

暴走翔はそれを、力任せにネフィリムへと突き立てた。

「……~~ッ! ……~~ッ! ……~~ッ!」

刃は何度も、何度もネフィリムの背中に突き刺される。

両目を真っ赤に染めた翔がネフィリムを滅多刺しにする姿は、まるで響の痛みを思い知れとでも言うようで……彼が抱いたありったけの怒りと憎悪が込められていた。

「翔……立花……ッ!」
「クソッ! こいつ、外れねぇのかよッ!」
「ダメだ……もしここから抜け出して、二人の方に割り込んだとしても、狙いが僕らに向くだけだ……ッ!」
「じゃあどうすりゃいいんだよッ!」

やがて暴走翔は刺すのを止めると、変形していない方の手で、ネフィリムの背中のど真ん中へと貫手を放った。



 グチャグチャグチャ……ブチッ……ブチブチブチャブチィッ!



生々しい音と共にねじ込まれ、引き抜かれた手。

緑色の体液が飛び散り、血管を引き千切りながら翔が引っこ抜いたのは……赤く点滅しながら胎動する、ネフィリムの心臓だった。

「……~~……~~ッ!」

そこへ、暴走響が跳躍し、右腕を巨大な槍状に変形させて迫る。

〈狂装咆哮〉

引っこ抜いた心臓を無造作に投げ捨て、暴走翔がネフィリムの身体から飛び退いたその直後、響の槍がネフィリムの身体を貫通し、跡形も残らずに爆散させる。

その余波はその場一体を包み込み、翼達を捕らえていたダチョウノイズを、まとめて消滅させた。

「……なんだよ……これ……」

そして……ツェルトは暴走する融合症例二人がネフィリムを蹂躙する姿を、ただ茫然と見つめていた……。

ff

「生命力の低下が、胸の聖遺物の制御不全を引き起こしましたか? いずれにしても──ごほッ、ごほ……ッ!」
「──マムッ?」

調と切歌が慌てて駆け寄る。
ナスターシャ教授が口元を抑えていた手を見ると、そこには吐き出された血が滴っていた。

「こんな時に……ッ! ごほッ、ごほッ……ごほッ!」

切歌は慌てて、機内通信でマリアを呼んだ。

「マリアッ! ねえマリアッ! 聞こえてるッ!?」
「マムの具合が……ッ!」
「マムッ! しっかりして、マムッ!」

操縦室の前で、耳を塞いでうずくまっていたマリアはすぐさま立ち上がると、操縦席に座るナスターシャ教授の元へと駆け寄った。

ナスターシャ教授はぐったりしており、服の胸元には吐き出された血が染みついていた。

「至急、ドクターの回収をお願いッ!」
「あの人を……」

調は心底嫌そうに眉を顰め、切歌も不満が顔に出てしまっている。
先程、あんなものを見せられたばかりだ。正直言って、ウェル博士とはここで手を切ってしまいたいというのが、彼女達の本音でもあった。

「応急処置は私でもできるけれど、やっぱりドクターに診てもらう必要があるッ! だからッ!」
「……わかったデスッ!」

しかし、この組織に医者はウェル博士しかいない。背に腹は代えられないのだ。
切歌は調を連れ、戦場から離脱したドクターを連れ帰りに向かった。

(すべては、私が“フィーネ”を背負いきれていないからだ……)

二人が退室するのを見送ったマリアは俯く。
役割を全うできていない、自らの甘さを責めながら……。

ff

「……~~……~~ッ!」

荒い息を吐きながら、ネフィリムを斃した二匹が、今度はウェル博士へとその目を向ける。

「ひいいいいいぃぃぃぃッ!」

腰を抜かし、後退るウェル博士。

響と翔は唸り声と共に飛びかかろうとするが……身体の自由を取り戻した翼達は、その両腕を背後から掴み、抑え込んだ。

「よせ、立花ッ! もういいんだッ!」
「お前、黒いの似合わないんだよッ!」
「翔、ダメだッ! こんなの、お前らしくもないッ!」
「ひゃッ、ひぃぃッ、ひッ、ひいいいいッ!」

羽交い絞めにされる目の前で、憎き仇が逃げていく。

翼とクリスの二人掛かりで抑えている響はともかく、翔を一人で羽交い絞めにしている純は、体勢を崩しかけていた。

「行かせねぇッ! お前を、人殺しなんかにして……たまるかぁぁぁぁぁッ!」

「“エンキドゥ”ッ!」

声の直後、翔の身体を黒鉄の鎖が縛り付ける。

「ッ! お前……?」

純が振り返ると、そこにはツェルトが立っていた。

「借りっぱなしじゃ気が済まないんでねッ! 延滞料金は取られる前に返さねぇとなッ!」

ツェルトは鎖を引っ張りながら、両足を踏ん張った。

二匹は動きを抑えられたまましばらく足掻き続け、そして、何度も転びながら走るウェル博士が見えなくなった頃……。

「バオオオオオオオオオオオッ!」
「ヴァアアアアアアアアアアッ!」

絶叫と共に、凄まじい量の高エネルギーが響と翔の身体から放出される。

「──ぐうッ!」
「こんの、バカ……ッ!」
「──くッ!」
「翔……立花さん……ッ!」

眩い光が消えた時、そこにはギアを解除された二人が気を失っていた。

「おい、大丈夫かッ!」
「立花ッ! 立花、しっかりしろッ! 立花ッ!」

地面に崩れ落ちそうな響の肩を支え、翼はふと気が付く。

(左腕は……無事なのか……? 翔の脚も……? これは……)

一方、純の方は鎖が解かれた翔に肩を貸しながら、ツェルトの方を振り返っていた。

「何処へ行くつもりだ?」
「家に帰るのに、お前の許可がいるのか?」

ツェルトはワイヤーで高所へと登ると、純に抱えられた翔の方を見ながら呟く。

「風鳴翔、か……。覚えておくぜ」

そうしてツェルトは、エアキャリアの方角へと去って行った。

残された装者達は、翔と響が発した高エネルギーにより沈下したクレーターの真ん中で、二課からの救急ヘリの到着を待つ。

静寂を取り戻したカ・ディンギル址地には、冷たい夜風が吹き抜けていた……。 
 

 
後書き
第二楽章、完ッ!

翔ひび、揃って暴走しましたね……。

G編始まってから度々、「いつか翔くんがF.I.S.への怒りを爆発させてブチギレるのでは?」と囁かれてきましたが、それが今回です。
なお、その怒りを利用して痛い目を見たウェル博士である。
暴走装者二人によるネフィリムへのレッドファイッ!とかもはや怪獣大決戦どころじゃねぇぞ……。

暗い回でしたので、皆さんお待ちかねの後書きパートです。

NGシーン

純「クソッ! 身体が……身動きが取れねぇッ!」
クリス「なんだよこれッ! ネバネバで気持ち悪ぃッ!」
翼「この光景、既視感を禁じ得んぞ……。なあ、雪音?」
クリス「なんでそこであたしに振るんだよッ! ……って、そういやこのノイズ、前にあたしが響を捕らえるために召喚した奴じゃねぇかッ!?」
ピンポーン!
純「第22節から実に62話(番外編やコラボ除く)越しの因果応報かよ……」
クリス「ふざけんな! その事にジュンくんは関係ねーだろ!」
ダチョウノイズ(クイッ)
クリス「おッ、おい、バカッ! 糸引っ張ってんじゃねぇッ!」
純「うわぁバランスがッ!?」
(純の顔がお姫様抱っこしたままのクリスに急接近)
翼「あの時『家でやれ』と叫んだ雪音は何処へ……」

今回はNGないのか、というコメントにお応えさせていただきました。いかがでしたか?

次回からは第三楽章。あの“天才”も戻ってきますので、お楽しみにッ! 

 

第21節「奇跡──それは残酷な軌跡」

 
前書き
前回、原作以上となったトラウマでぶん殴っていてなんですが、鬱展開はまだまだ続きます。
だって今回、まだ原作6話Aパートなので……。あと3話くらいはしんどいんじゃないかなぁ……。

その分、後書きで遊んでいくつもりですので、ご安心ください!
皆が信じる錬糖術師を信じろ。書いてるこっちも色々辛いんだ。

ってなわけで第三楽章、開幕!
推奨BGMは特に無し!でも翔ひびの重たい話あるから注意してね! 

 
二課仮説本部。その廊下をストレッチャーに寝かせられ、響と翔が医務室へと運ばれていく。

「響くん……」
「く……ッ」
「翼さん……」
「お前……」

翼は壁を殴りつけ、悔し気に歯噛みしていた。

「二人の暴走を招いたのは、私の不覚だ……」
「それを言うなら……僕だって」
「あたしがあの時体勢を崩されなきゃ──ッ!」
「過ぎたことを悔いてもどうにもならん。敵の狡猾さが我々の一枚上だった……それだけだ」
「司令……」

医務室の扉が閉ざされる。
装者達はただ、二人に何もない事を祈り、それを見つめることしかできなかった。

ff

(あれ……? 響は……? 姉さんや純、雪音も、何処へ……?)

視界に広がるマーブル色の背景。

それはやがて、記憶の中に眠るモノクロの風景を呼び覚ます。

(また……あの夢か……。もう、随分と見ていなかったような気がするんだけどな……)

それは、忘れもしない二年前の光景だ。

当時、千葉の親戚に預けられていた頃に通っていた中学校。

「ライブ会場の惨劇」で、姉と自分を可愛がってくれていた姉貴分を喪った後に出会った、一人の少女がそこに立つ。

机には心無い言葉の数々を油性ペンで書きこまれ、その上にはいずれも惨劇の被災者を批判する記事を大々的に載せた雑誌が何冊も、わざとらしく置かれていた。

『よく生きていられるわね~』
『たくさん人を殺しておいて』

誰かが言った。

『知らないの? ノイズに襲われたら、怪我をしただけでお金貰えるんだよ~。特異災害補償って言ってね……』
『それって、パパやママからの税金でしょ? はぁ~、死んでも元気になるわけだ。マジ税金の無駄遣い~』
『ね~』
『フフフ……』
『クスクス……』

陰口に囲まれながら、少女はキョロキョロと教室を見回している。

謂れのない悪意に彼女は傷付き、独り俯く。

“やめろ、その子には関係ない。”

叫びたかったのに、その一言が言えなくて……。

父さんの息子である以上、本当ならここで特異災害補償の詳細でも諳んじて、馬鹿なクラスメイト達の言葉を取り消させてやりたかった。
たとえ聞き入れられないとしても、俺はあの少女を庇うべきだった。

だけど、あの時の“僕”はまだ弱くて……飛び出していくことすら、ままならなかった。

僕にもその悪意が向けられるのが、怖かった。

僕だけじゃなくて、姉さんや父さん、周りの人達にもその矛先が向くのが恐ろしかった。

僕は臆病者だ……。防人の息子でありながら、卑怯にも彼女を……。



それだけじゃない。
彼女に声をかけようと、後をつけて……でも、結局何もできないまま、彼女は家まで辿り着く。

彼女の自宅を見て、僕は絶句した。

『人殺し』、『金どろぼう』、『お前だけ助かった』、『出ていけ』、『いい気になるな!』、『死ねばよかったのに』、『人殺し』、『人殺し』、『人殺し』……ああああああああッ!!

思い出すだけで吐き気がするッ! なのにどうして、その光景は僕の記憶に焼き付いて離れない……ッ!

人様の家にこんな張り紙を張り付けるなんて……。

ノイズへの不安、マスコミによる煽動、鬱憤晴らしに逆恨みッ!
被災した本人だけに飽き足らず、両親、祖父母、兄弟姉妹……親しい人達まで迫害し、村八分にしては叩いてのめすッ!

どうして人間は、こんなにも醜くなれるッ!
周りに流され、正しさに酔い、偽りの正義を振りかざしては何の罪もない人々を、まるで中世の魔女狩りにも等しいやり口で追い詰めるッ!

主体性を見失い、問題の正体を見失い、残る捻じれた個人的感情でただ弱きを踏み躙るッ!

何故、隣人の生還を喜ばないッ!
何故、自らの不幸を他人にまで押し付けるッ!

悪いのはノイズだろ? もし被災者と同じ立場だったら、同じ事できんのかよ!

マスコミもマスコミだ!
姉さんを悲劇のヒロインとして、奏さんの訃報を大々的に報じる一方で、被災者に責任を問うような真似ばっかりしやがって……ッ!
結局、事件の真相や被災者の事情を伝えて相互理解へとつなげるより、薪を投下し燃料を増やして、自分達は儲けられりゃそれで良いって事かよッ!

これが人間のやる事かよ……。
こんなものが……風鳴が代々護ってきたものなのかよ!!

……渦巻く感情に身を焦がしながら、僕は鞄の帯を握る。

その時、三人ほどの学生が、彼女の家の窓に石を投げた。

『人殺しーッ! 人殺しーッ!』
『ハハハハ』

割れた窓の向こうから、少女の母親が顔を出す。

『わッ! 逃げろー、殺されるぞーッ!』

途端に蜘蛛の子を散らすように逃げ出す学生達。
制服や体格からして高校生、おそらく帰宅部だろう。

思わず彼女の家の前に立ち、割れた窓からこっそりと中を覗く。

そこには、母親と祖母に抱かれ、泣きじゃくる彼女の姿があった。

『大丈夫だから……。あなたが生きてくれるだけで、お母さんも、おばあちゃんも嬉しいんだから……ね』
『……わああああああ……ッ!』

いつも、唯一傍にいてくれる親友の前では微笑んでいる彼女。
明るく、元気で、あまり絡んでいなかった当時の僕でも、彼女が優しい子なのは知っていた。

でも……そんな彼女も、家では泣いていた。

大きな声で、母親の腕に抱かれながら、ずっと……。

助けたかった。手を伸ばしてあげたかった。

だけど……彼女に声をかけた日から間もなく、俺の転校が決まってしまった。



『気になる人の身辺調査なら任せてください、とは言いましたが……。翔くん、いつの間にそんな子が?』
『別に、そんなんじゃありません。ただ、あの子があの後どうなったのかが、気になってしまって……』

転校した後、僕は緒川さんに彼女の調査を依頼した。
緒川さんは僕の顔を見ると、何も言わずに承諾してくれた。

数日して、緒川さんが持ってきた報告書を見て……僕は思わずそれを、皴になるくらい強く握った。

『逃げ遅れて……姉さんのすぐ近くに?』
『ええ……。心臓付近に達する重症でしたが、奇跡的に助かったようです。リハビリにも積極的だったと、担当医だった人物から聞いています』

つまり、だ。
頑張ってリハビリに励み、元気になって帰ってこれば、きっと家族が喜んでくれる。
きっと元の生活で、また笑い合えると……。そう信じて、彼女はここまでやってきたのだろう。

なのにその夢は、儚くも無残に打ち砕かれてしまった……。
周囲からの迫害に父親の失踪……よもやここまでとは……。

彼女でこれなら、他の被災者達は一体……どんな責め苦を受け続けているんだ……。

『翔くん……』
『ありがとうございます、緒川さん……。ようやく、自分の為すべきが何であるかが、見えました』

だから……この時、“俺”は決めたんだ。

強くならねば、と。

弱い自分に別れを告げて、理不尽に抗う心の強さを磨かなくては……と。

『僕は……いや、俺は……姉さんの弟として、父さんの息子として恥じない漢になるッ! 弱きを護る防人に……隠れて泣いてたあの子に、この手を差し伸ばせる強い漢にッ!!』



これが俺の原点……。
僕が俺になることを決めた日で、一歩を踏み出す勇気を胸に誓った瞬間の──。

ff

「ん…………」

目を覚ました響は、医務室の天井を見上げる。

自分に何があったのかは、何となく覚えている。
ウェル博士の言葉に動揺して、ネフィリムが……そして──。

(わたしのやってることって、本当に正しいのかな? わたしが頑張っても、誰かを傷つけて、悲しませることしかできないのかな……?)

ふと、顔を横に向けると、そこには見慣れた愛しい横顔が眠っている。

暴走して、頭の中が真っ黒に塗り潰されても分かる、大好きな人。

見つめていたら、彼は口を開いて……小さな寝言を言っていた。

「……ぜったい……まもるから……ひびき……」
「ッ! ……ありがと、翔くん」

体を起こすと、響は寝ている翔の手を優しく、そっと握った。

「え──?」

そこで、響は胸に違和感を感じる。
患者衣の胸元を開くと、胸の傷跡の真ん中に、黒い塊がくっついていた。

なんだろうか、と疑問に思いながら触れると、それはポロっと取れてシーツに落ちる。

「……かさぶた……?」

それが、彼女の身体に起きていた変化の証だと、彼女はまだ知らない。
それはまた、想い人たる彼にも言えることで……

ff

「月の落下です!ルナアタックに関する事案です!」
「シエルジェ自治領への照会をお願いします!」
「だから、アポロ計画そのものまでが──」
「城南大学の久住教授に協力を取り付けました!」
「──権限は……ペンタゴン!?」
「誰だって!? どう考えてたっておかしいじゃないですかッ!?」
「『帰ってきたライカ犬』と名乗る匿名有志からの内部告発を受信。発信の出処は……キューバ、ソビエト連邦宇宙局ですって!?」

発令所内は喧騒で満ちていた。
各国政府への問い合わせ、並びに国内の有識者達に協力を仰いで、ウェル博士の語った月の落下が真実かどうかを解明するべく、職員らが奔走しているのだ。

弦十郎は各国首脳に回線を繋ぎ、真相究明に乗り出すよう呼び掛けていた。

『米国の協力を仰ぐべきではないか?』
「米国からの情報の信頼性が低い今、それは考えられませんッ! 状況は一刻を争います。まずは月軌道の算出をすることが先決ですッ!」
『独断は困ると言っているだろう』
『まずは関係省庁に根回しをしてから、それから本題に入っても遅くはない』

何度呼び掛けても、首脳達は中々首を縦に振らない。
頭が固いだけなのか、それともウェル博士の言う通り、シラを切っているだけなのか。

どちらにせよ、他国政府からの協力は絶望的であった。



会議の後、弦十郎は艦内の空き部屋に翼を呼び出すと、医療班から受け取ったシャーレを渡した。

「……これは?」
「メディカルチェックの際に採取された、翔と響くんの体組織の一部だ」

シャーレにはそれぞれ、琥珀色の結晶を含む黒い鉱物のようなもの、そして色は灰色だが同様の特徴を持つ物体が乗せられていた。

更に弦十郎は、二人のレントゲン写真を窓からの夜景にかざして見せた。
そこには心臓付近から全身へ、まるで癌細胞のように広く侵食した、生弓矢とガングニールの欠片があった。

「胸の聖遺物がッ!?」
「身に纏うシンフォギアとして、エネルギー化と再構成を繰り返してきた結果、体内の侵食深度が進んだのだ」
「生体と聖遺物がひとつに融け合って……」
「適合者を超越した、二人の爆発的な力の源だ」

それぞれの聖遺物より発せられる膨大なエネルギーは、二人の代謝機能をも爆発的に加速させ、失った左腕や右脚を再生させた。

だがその一方、その離れ業は代償が大きく、更なる融合深度の促進を招くことになってしまったのだ。

翼はこのレントゲン結果に不穏を覚え、不吉な予感と共に弦十郎の顔を見る。

「この融合が二人に与える影響は──?」
「……遠からず、死に至るだろう」

弦十郎からもたらされた最悪の答えに、翼の全身が震えた。

「──二人の、死……死ぬ……? 馬鹿な……」

震える声でやっと、その言葉を絞り出す。

「そうでなくても、これ以上融合状態が進行してしまうと、それは果たして、人として生きていると言えるのか……」

弦十郎もまた、辛さを抑えているのが顔を見て察せられる。
甥っ子と一番弟子が死ぬかもしれないのだ。無理もない。

「皮肉なことだが、先の暴走時に観測されたデータによって、我々では知り得なかった危険が明るみに出たというわけだ」
「……壊れる二人……壊れた月……」
「F.I.S.は、月の落下に伴う世界の救済などと立派な題目を掲げてはいるが、その実、ノイズを操り人命を損なうような輩だ。このまま放っておくわけにはいくまい……。だが、月の軌道に関する情報さえ掴めない現在、翔と響くんを欠いた状態で、我々はどこまで対抗できるのか……」

窓から覗く、欠けた月。
いつ落下するとも知れぬそれを見上げながら、弦十郎は拳を握り締める。

「……それでも、弟と立花をこれ以上戦わせるわけにはいきませんッ! ──かかる危難は、全て防人の剣で払ってみせますッ!」

月を見上げながら、翼は毅然とそう返した。

だが……その心には、不安が影を落としていた。

(でも……本当に、私は二人を守れるの……? 立花や翔がネフィリムに喰われる瞬間にも、私は何もできなかった……。実の弟も、奏が命懸けで守ったあの子も守れなかった私が……本当に、これから先の危難に立ち向かえるのだろうか……)

翼の脳裏に浮かぶ、奏の背中。

いつでも頼もしくて、まっすぐで、強かったその背中を……翼は今、求めていた。

(あの夏の日、奏が死なずに済んだ並行世界があると知った……。別の世界には、今でも奏と二人、肩を並べて戦う私がいることも。……今の叔父様の話さえなければ、いつか翔の生弓矢で──)

翼は慌てて首をもたげかけたその願望を否定する。

(いや、そんな事、あってはならない! あれは奇蹟なのだッ! 死人が蘇るなど、あってはならない……!)

了子の時は、生弓矢がエクスドライブモードだったことに加え、翔の融合症例もまた、奇蹟を引き起こした要因の一つだろう。

だが、分かっていたとしても……今の彼女は、願わずにはいられないかった。

(……でも……やっぱり──奏がいたら、どれだけ頼もしい事だろうか……)

別れも言えずに喪ってしまった戦友と、再び言葉を交わすことを……。

ff

「はひぃ……はぁ、はぁ……ッ!」

翌朝、カディンギル址地。

一晩中逃げ回っていたウェル博士は、息も絶え絶えになりながら歩いていた。
疲れきり、ソロモンの杖を支えに立つのがやっとな状態だった博士は、いつの間にかカ・ディンギルを一周し、元の場所まで来ている。

と、その時、足元を見ていなかったウェル博士は、斜面になっていた場所で脚を滑らせる。

「はッ!? わあああああああッ!?」

間抜けな悲鳴を上げながら、ウェル博士は斜面を転げ落ちた。

よろよろと立ち上がり、落としたソロモンの杖に手を伸ばしたその時……彼の視界に、思いもしなかったものが飛び込んできた。

「ああ……ッ! これは……ッ!」

それは、身体から引き抜かれてなお、不気味に赤く点滅していた。

ウェル博士は立ち上がるとそれを拾い上げ、その顔に狂気の笑みを取り戻す。

「ひひ、きひひひ……こんなところにあったのかぁ……ッ! ネフィリムの、心臓……ッ! ひひ、これさえあれば、英雄だぁ……ッ!」

ネフィリムの心臓を左手に抱えると、空いた右手でソロモンの杖を握り直し、ウェル博士は再び何処かへと立ち去っていく。

暴食の巨人はまだ、滅びてなどいなかった……。 
 

 
後書き
発令所のシーン、実はG6話のガヤの声を何回も聞きなおして、その上でようやく聞き取れたものを書き起こしています。
聞き取れなかったとこメッチャ気になるんだけど!?なんでどこのブログも掲示板もまとめてないの!?←

魔女狩り……。風……水……土……はちみつ……火……うっ、頭が……(はえーよホセ)

それから翼さん。本作では弟が可愛くて仕方がないブラコン、最近では義妹に対しても若干シスコンじみてきている彼女ですが、原作Gでは抱くことのなかった弱さに直面します。
血を分けた弟と、原作とは違った感情を向けている響。二人が目の前でネフィリムに食べられてしまう瞬間、何もできなかったことで自分を責める翼さん。
そんな彼女の心は、再び奏さんへの依存を見せ始めています。

そこに拍車をかけているのが、コラボ企画『響き翔たく天の道』での物語。
並行世界の存在知ったのが、諸々乗り越えたGXより前だったらこうなるのでは?という解釈が自分にはあって、それも込みで構成を練っています。
今後の展開、この感情が何を引き起こすのか……お楽しみに。



空想特撮シリーズ:弦十郎の元で修行を始めた頃から翔が見ている特撮作品。日本では2043年となった現在でも根強い人気を誇る巨大ヒーロー物である。
宇宙の彼方よりやってきた星の戦士が、地球人の青年の身体に宿り、神秘の力を駆使して地球を狙う侵略者や巨大怪獣の魔の手から人々を守る王道展開でありながら、異なる生命、異なる惑星の存在と共存していこうとする姿、ヒーローに頼るのではなく、自分たちの手でこの星の未来を切り拓かなくてはならないという強いメッセージ性の込められた深みのあるストーリーは、いつの時代も変わることなく人々の心を掴んで離さない。

人間の暗部を嫌と言うほど見せつけられてなお、翔が響のように誰かを信じることができるのは、遠い星からやってきた彼らが地球人に見出した「光」を知っているからである。
地球を愛した兄弟が残した言葉は、空に輝く一番星のように、翔の中で輝きを放っている。

ちなみに翔が特に愛好しているのが、歴代ヒーローの客演が特に熱い40周年記念作品。響に勧めた末に見事にハマらせたのが「怪獣との共存、敵との和解」をテーマとした、強さとやさしさを兼ねそなえたヒーローが登場する作品とのこと。

なお、一部の星の戦士の姿がRN式ギアに酷似しているという声があるが、その実態は定かではない。 

 

第22節「この拳も、命も……」

 
前書き
タイトルでバレますねw
今回はあの名言が飛び出した、原作六話Bパート後半となります。

しかし、重い話題ばかりではありません。
遂にあの天才が帰ってきます。拍手と共に迎えてあげてください!

それから、昨日でG編開始から一ヵ月です。
このペースで折り返しに到達してるなら、少なくとも来月、多く見積もっても夏には完結する見込みです。
これ、年内でGX編開始も夢じゃないのでは?
取り敢えず、これからも応援よろしくお願いします。

推奨BGMは『Next Destination』です。
それでは今回も、お楽しみください! 

 
「リンゴは浮かんだお空に──♪」

(……マリアの歌……)

マリアの口ずさむAppleに、ナスターシャ教授は目を覚ます。

自分がベッドに寝かされていることに気付いた彼女は、昨夜何があったのかを思い出す。

(優しい子……。マリアだけではない。私は、優しい子達に十字架を背負わせようとしている……)
「ルルアメルは笑った とこしえと──♪」

優しさなど捨ててしまえ。
組織の長として、昨夜はそう言った手前であるが……マリアの歌を聴いていると、自分が年端もいかない子供達に、どれほど重たいものを押し付けようとしているのかと、今更ながらに後悔が込み上げてくる。

(私が……間違っているのかもしれない……)

身体を起こしたその時、壁に取り付けられたモニターに音声通信が入った。

「──私です」
『──っとと……。もしかして、もしかしたらマムデスかッ!?』
『具合はもういいの?』

声の主は切歌と調。
昨夜からドクターを探し、東京都番外地区内を歩き回っているのだ。

「マリアの処置で急場は凌げました」
『よかった……』
『うん……。──で、でね、マム……待機してるはずのアタシ達が出歩いているのはデスね……』
「分かっています。マリアの指示ですね?」
『はあああ……』
『マムの容態を診ることができるのは、ドクターだけ……でも、連絡が取れなくて』

マリアはナスターシャ教授が微笑んでいることに驚き、目を見開く。

「二人とも、ありがとう。では、ドクターと合流次第連絡を。ランデブーポイントを通達します」
『了解デスッ!』

通信を終えたナスターシャ教授は、マリアの方を向くと、穏やかな口調で言った。

「マリア、あなたも……ありがとう」
「マム……」
「さあ、出立しますよ。ツェルトはどこですか?」
「ツェルトなら、多分自室かシミュレーターじゃないかしら?」
「では、後で呼びに行ってください」
「わかったわ」

そう言ってマリアは、ナスターシャ教授を車椅子に座らせる。

武装組織フィーネは、少しずつだが変わろうとしていた。



「はあ~、まさかマムが出るとは思ってもいなかったデスよ……」

切歌は緊張で強張っていた肩を落とし、溜息を吐く。

「でも、本当に良かった」
「うん」

調と顔を見合わせたその時、切歌のお腹がグーと鳴った。
切歌は頬を赤らめながら、後頭部を掻いた。

「おっと~、安心した途端にこれデスよ~」
「今日は朝から何も食べてないから」
「どうするデス? ここでご飯、食べていくデスか?」

二人は周囲を見回す。

今いるのは、小さな商店街の一角らしく、周りにはいくつか店が並んでいる。

ルナアタックの後も、住んでいた家を手放せない住民が少なくないらしい。
『唐青家』、『童夢』、『武藤ゲーム』、『明白堂』、『寺野屋』、そして『ふらわー』……。

飲食店や菓子店、ゲームショップなどが多いところを見ると、ルナアタック以前はきっと、学生たちの溜まり場になっていた場所かもしれない。

「ん~……だけど、急いでドクターを探さなきゃ」
「お……そうだね。うん、そうするデースッ!」

調の言葉に、切歌は拳を天へと掲げ、えいえいおーと気合を入れなおす。

二人は、手を繋ぎながら商店街を走り抜けていくのだった。

そして、通り過ぎた一軒のお好み焼き屋『ふらわー』の中では、店主のおばちゃんが使われたばかりの食器を洗っていたことは、二人が知る由もないのだった。

ff

「もうッ! 復帰早々お仕事だなんて、弦十郎くんも人使いが荒いんだからッ!」

数か月ぶりの白衣に袖を通しながら、彼女は弦十郎に抗議する。

「すまない。しかし、緊急事態だ。君には悪いと思っているのだが……」
「な~んて、冗談よ。報告書は読んだけど、私がいない間になんだか大変なことになってるじゃないの」
「だからこそ、君の力を貸してほしいんだ。了子くん」
「モチのロンよ~! ようやくあの独房みたいな病室から抜け出せたんだもの。好きなようにやらせてもらうわ」

櫻井了子は、指で眼鏡の位置を直しながらそう言った。

「それで、目下一番の問題は、翔くんと響ちゃんの融合症例……そうよね?」
「ああ。これ以上ギアを使い続ければ、遠からず二人は……。幸い、翔からはブレスレットを預かってある。これでギアを纏う事は無いはずだ。問題はギアの破片そのものと融合してしまっている響くんだが──」

弦十郎がポケットから翔のブレスレットを取り出した瞬間、了子の目の色が変わった。

「……ッ!? 弦十郎くん、そのブレスレット外させちゃったの!?」
「む? ああ。翔のギアは、こいつに内蔵されたRN式コンバーターで、胸の聖遺物の欠片を活性化させることで形成されているんだろう? なら、こいつを外せば、胸の聖遺物は活性化しない……違うのか?」
「ええ、それは間違っていなかったわよ……昨日の暴走が無ければね」
「何だとッ!?」

了子は翔と響のレントゲン写真を見比べながら言った。

「弦十郎君が言ってるのは起動方法の方。その身に溢れる聖遺物の力をRN式からのバリアコーティングで抑え込むことで、ギアの形として形成する。それが翔くんの疑似シンフォギアよ」
「という事は……まさかッ!」
「ええ……。それに加えて、翔くんと響ちゃんって付き合ってるのよね? 戦場に出るときも、よくバディを組んでるくらいの」
「ああ、そういう事になるが……」
「それはつまり、響ちゃんの歌に一番近い場所で触れているという事。RN式コンバーターを介さなくても、聖遺物を起動させるには充分だわッ!」
「ぬかったッ! 今すぐ二人を──」

弦十郎が二人を呼び戻そうとしたしたその時……本部内に、ノイズ出現のアラートが鳴り響いた。

ff

「しっかしまあ、うら若きJKが粉モノ食べすぎなんじゃないですかねぇ~」

いつか、翼を連れて遊びに来た公園──翔と響が想いを伝えあった思い出の場所でもある──の階段を下りながら、弓美は響に向かって言った。

「ねぇってば~」
「……あ、ああ~、旨さ断然トップで断トツだからねぇ……おばちゃんのお好み焼きは……」

ぼーっとしていたのを悟られないよう、響は慌てて答える。

「お誘いした甲斐がありました」
「おばちゃんも、すごく元気そうでよかった~」
「以前ほど、簡単に通えませんからね」
「あそこの豚玉、サイッコーに美味ぇんだよなぁ~!」
「僕はツナコーンだな。マヨネーズとの相性が最強だ」
「エビ玉のプリプリ感……。あれは口の中が花火大会」
「麺入りのボリューム、あれに敵うものはないんじゃないかな?」
「ハイハイ男子、お好み焼き大戦を勃発させない」
「えー! おばちゃんの店って言ったらやっぱりキャベツ大盛りが一番でしょー!?」
「ってユミまで!? もー、勘弁してよ~」

詩織、未来、創世が後に続き、更には翔とUFZの4人も並ぶ。
純はクリス、翼と共に本部での待機となってしまった為、今回は不参加である。

「ひょっとして、姉さんに釘でも刺されたか?」
「え?」

隣を歩く翔の言葉に、響は驚く。
図星だ。つい昼休みに翼から、『足手まといが、二度とギアを身に纏うな』と、厳しい言葉と共に突き放されたのだ。

「いやなに、俺も似たようなもんだ。叔父さんはメンテだなんて言ってたけどな」

そう言って翔は、RN式のブレスレットが嵌められていない手首を見せる。

「姉さん、不器用だけど優しいから。多分、俺達を暫く前線から引かせたいんじゃないかな」
「どうして、そう思うの?」
「姉さんや叔父さんの考えてることは、何となくわかる。あんな事があったんだし心配なんだよ、二人とも」
「そっか……。翼さん、わたしの為に無理してあんな事を……」
「あの姉さんが、可愛い将来の義妹をいじめるわけないだろ?」
「それもそうだね。後でお礼言わなきゃ」

笑い合う二人。そこへ創世が声をかける。

「もしかしてビッキー、そこまで深刻じゃなかった?」
「ふえ?」

首を傾げる響に、弓美が呆れたように突っ込む。

「あんたってば、ハーレムアニメの主人公並みに鈍感よね」
「どこかの誰かさんがね。最近響が元気ないって心配しまくってたから、こうしてお好みパーティーを催したわけですよ」
「未来が……」

照れ臭そうにはにかむ未来。

階段を下りた響が振り返って感謝しようとした、その時……。

激しいブレーキ音と共に、三台の黒い乗用車が目の前を走り抜けていく。

乗っているのは、二課の黒服職員……情報部の職員だ。

「ほわッ!?」
「──ッ!」

車が角を曲がった次の瞬間、ブレーキ音、クラクションと共に爆発音が鳴り響き、煙と炎が上がった。

「今のッ!」
「行くぞッ!」

響と翔を先頭に、10人は爆発のあった場所へと走る。
そこに広がっていたのは、破壊され、ひっくり返った乗用車と炭素の山。

そして……。

「……ひ、ひひひ……誰が追いかけてきたって……こいつを渡すわけには……」
「ウェル……博士……ッ!」

乱れた髪に無精髭、精神が崩壊してはいまいかと心配になるような笑い声。
昨夜よりも更に狂気を感じさせる雰囲気を纏ったウェル博士であった。

自分の名を呼んだ者の顔を見るなり、博士の表情は一瞬にして恐怖に歪んだ。

「な、なんで、お前らがここにいいいッ!? ひッ、ひいいいいッ!」

ウェル博士が向けた杖の動きに合わせ、2体のクロールノイズがこちらへ飛びかかる。

次の瞬間、響と翔は友人たちの前へと素早く躍り出て、鞄を投げ捨てるとノイズへ向かって走り出した。

「──Balwisyall Nescell gungnir troぉぉぉぉぉぉンッ!」
「──Toryufrce Ikuyumiya haiya troォォォォォォンッ!」

聖詠と共に、二人はそれぞれノイズに正拳突きと飛び蹴りを放つ。
その拳とつま先は、生身でノイズに触れていた。

「──響ッ!?」
「翔……ッ!?」

未来や恭一郎は、その光景に度肝を抜かれる。
特にウェル博士は、その目を瞠目して驚愕を露わにしていた。

「人の身で、ノイズに触れて──」

二人がノイズに触れた個所から、ギアが展開されていく。

装着が終わり、響のマフラーがたなびくと共に、2体のノイズは粉砕された。

「「おおおおおッ!」」
「ひいいいいーッ!?」

ノイズが砕け、余波で発生した風圧に打たれながら、ウェル博士は悲鳴を上げる。

その瞬間に実感したのだろう。
二人は拳を震わせ、歯を食いしばりながら宣言する。

「この拳も、命もッ──ッ!」
「この身体も、魂までも──ッ!」

「「シンフォギアだッ!」」

我こそはヒトでなく、“シンフォギア”である……と。 
 

 
後書き
書いてる途中に、今ままでコピペしてきた翔くんの聖詠は「tron」のrとoが逆になっていたことに気付いた。
でも直す気が起きない……気付くの遅すぎたし、ハーメルンと違って誤字報告は作者が編集メニューからちまちま打ち直さないといけないっていうめんどくささあるからね、ここ……。

今になって思えば、ここでマムが考えを改めたのもAppleの影響だったのかもしれませんね。
これも後半への、そしてXVへの伏線だったとは……やっぱり、見直していくと発見が多いですわ。

次回、またしてもウェルの野郎が好き勝手。
あいつのターンいつまで続くんだ……いい加減お前は罪を数えろ。

それでは、次回もお楽しみに! 

 

第23節「君でいられなくなるキミに」

 
前書き
時間ギリギリに仕上げたので、後書きが寂しいです。
でも次回は癒し回に仕上げますので、それで何とか(なお、不穏なことが無いとは一言も言っていない)

しかし我ながらとんだ設定にしたものですわ……。
翔ひびが揃っていれば、ブレスレット無しでもギアを纏えるとかさぁ……こんなの恋愛脳ならではじゃん(苦笑)

推奨BGMは、『正義を信じて、握りしめて』の二番です。
それでは、お楽しみください。 

 
「情報部、追跡班との通信途絶ッ!」
「ノイズの出現パターンも検知していますッ! おそらくは──」

続きを言わずとも、現場にいるであろう人物は十中八九、ウェル博士であろうことは見えている。

「くッ……翼とクリスくん、純くんを現場にまわせッ! 何としてでも、ソロモンの杖の保有者を確保するんだッ!」

弦十郎が指示を飛ばした、その時。
藤尭のモニターに、レーダーが検知した新たな反応が表示される。

「ノイズとは異なる高質量のエネルギーを二つ検知ッ!」
「波形の照合、急ぎますッ! ……まさか、これって……」

友里が青ざめながら、その結果をモニターに出す。
赤文字で表示されたその名前は……。

【GUNGUNIR】

「ガン……グニール、だと……」
「じゃあ、もう一つのは……」

【IKUYUMIYA】

弦十郎、そして了子は絶句した。

「噂をすれば影……最悪の展開ね」
「くッ……二人とも、早まってくれるなよッ!」

ff

(力が……漲る……)
(身体が……熱い……ッ!)

二人の胸の傷は、ギアインナーの下からでも見えるほど輝きを放つ。
同時に、二人の身体は激しく火照り始めていた。間違いなく、胸の聖遺物からのエネルギーだろう。

風に吹かれて落ちてきた木の葉が、二人に触れるか触れないかの位置で、一瞬にして炭も残さず燃え尽きる。

「な、なんだと……ッ!」

ウェル博士は、目の前に立つ二人の異常に気付き、驚く。
一方、それは友人達も同じであった。

「この熱気……」
「あの二人からかッ!?」
「どうなっちゃってんの!?」
「とにかく、離れよう!」
「響……翔くん……」

響と翔の鞄を抱える未来の手を引いて、恭一郎が提案する。
三人娘とUFZは、未来と共にその場を離れていった。



「いつもいつもッ! 都合のいいところで、こっちの都合をひっちゃかめっちゃかにしてくれる、お前達はあああーーーッ!」

ウェル博士は何体も、何体もノイズを召喚し、二人へと差し向ける。
さながら、台所にいきなり現れた黒光りするアイツへと、悲鳴を上げながら殺虫スプレーを撒く主婦のように。

「ヒーローになんて、なりたくない 想いをッ! 貫けッ! ……321、ゼロッ!」
「せいッ! やぁッ! はああッ!」

「いつもいつもおッ! いつもいつもいつもいつもいつもももーー……ッ! ももももおおおおおおんッ! うううああッ!」

だが、幾ら召喚しようがノイズはノイズ。
闇雲に召喚したところで、二人の敵ではない。

瞬く間に殲滅されていき、博士は更に悲鳴を上げる。

「信じたい(守りたい) 願え(強く) 行けぇぇぇぇぇッ!」

そして、響の胸の歌がサビに入る頃、召喚されたノイズは全て消滅していた。

「響け響け(ハートよ) 涙超えろ(ハートよ) へいき(へっちゃら) もうイタクナイ──」
「所詮、貴様は策が無けりゃ賢しいネズミ。雑兵を並べることしかできない魔法の杖に頼るしかないんだよッ!」

響の右腕のアーマーが、ナックル型へと変形する。
翔もまた、弓に光矢をつがえ、天へと向ける。

博士が自らを守る壁とするようにノイズを並べる中、響の両脚にジャッキが展開された。

「行け、響ッ! 最速最短、一直線だッ!」

響のジャッキが伸縮するのに合わせ、翔は空へと矢を放つ。

〈流星射・五月雨の型〉

分裂した矢が雨のように降り注ぎ、ノイズを一掃する。
そして響は、一直線にノイズの壁を突破し、ウェル博士へと迫った。

狙うは峰打ち、寸止めだ。

「はああああッ!」
「うわあああああッ!」

ドクターが悲鳴を上げた、その瞬間──黒い円形の壁が響の拳を遮り、火花を散らす。

「──盾?」
「いや、これは……ッ!」

ノイズを倒し、響の方を振り返った翔より先に、その答えが返ってきた。

「なんとノコギリ」
「調ちゃん、切歌ちゃん……ッ!」

ウェル博士の背後に立っていたのは、頭部のアーマーより伸びる丸鋸を高速回転させる調と、それを支える切歌の二人。
商店街の方から、戦闘による爆発を見て駆けつけたのだ。

「この身を鎧うシュルシャガナは、おっかない見た目よりもずっと、汎用性に富んでいる……防御性能だって不足無し」
「それでも、全力の二人がかりでどうにかこうにか受け止めているんデスけどね……」

調を支える切歌の肩アーマーは、アンカーとして地面に打ち込まれている。

「ごめんね、切ちゃん。わたしのヒールじゃ、踏ん張りがきかないから……」
「いいってことデス!」

そこへ、二課と同じくノイズの反応を検知したエアキャリアからの通信が入る。

『まもなくランデブーポイントに到着します』
『聞こえているわね、二人ともッ!』
「ドクターを回収して、速やかに離脱……」
「それはモチロン、そうなのデスが……」
「……ッ!」

突破は不可能と踏んだ響は、そのまま飛び退き距離を取る。

響が離れると同時に、調も丸鋸を収納し、切歌はドクターを抱えながら後退した。

「あいつら相手に、言うほど簡単ではないデスよ……ッ!」

睨み合う両者。
すると、響が突然、胸を抑えながら苦しみ始めたではないか。

「はぁ……はぁ……はぁ……」
「響……くッ……ぜぇ……ぜぇ……」

駆け寄ろうとした翔も、同じ場所を抑えながら息を荒げる。
膝をつく二人の胸の傷は、激しく光り輝いていた。

(あの二人……)
(苦しんでる……デスか?)

唖然とする調と切歌。
その時、ウェル博士がゆらりと立ち上がり、二人の背後へと迫る。

「頑張る二人にプレゼントです」

振り返る二人。
博士の手に握られていたのは……いつも二人が使っている、トリガー式の無針注射器だった。

「──ッ、何しやがるデスかッ!?」
「LiNKER……?」

慌てて飛び退くも一瞬遅く、LiNKERは二人の首筋から投与された後だった。

「効果時間にはまだ余裕があるデスッ!」
「だからこその連続投与ですッ!」
「ッ!?」
「あの化け物連中に対抗するには、今以上の力で捻じ伏せるしかありません。そのためにはまず、無理矢理にでも適合係数を引き上げる必要があります」

中指の先で眼鏡を直しながら、ウェル博士はそう答える。

「でも、そんなことすれば、オーバードーズによる負荷で──……」
「ふざけんなッ! なんでアタシ達が、あんたを助けるためにそんなことを……ッ」
「するデスよッ! いいえ、せざるを得ないのでしょうッ! あなたがたが連帯感や仲間意識などで僕の救出に向かうとは到底考えられないこと。大方、あのオバハンの容態が悪化したから、おっかなびっくり駆けつけたに違いありませんッ!」
「「──ッ!」」

この瞬間、エアキャリアで通信を聞いているツェルトが、今までで一番渋い顔をする。
それを分かっている上で、ここまで好き勝手やっている博士の性格の悪さを、武装組織フィーネの面々は改めて再認識した。

「病に冒されたナスターシャには、生化学者である僕の治療が不可欠──さあ、自分の限界を超えた力で、僕を助けてみせたらどうですかッ!」
「……こンのおおおお……ッ!」
「……話……聞いてりゃ……どこまでも腐りきってやがるッ! ウェルうううううッ!」

調と切歌を指さし、囃し立てるウェル博士。
響と翔は、悲鳴を上げる身体に鞭打って、支え合いながら立ち上がる。

「やろう、切ちゃん……マムの所にドクターを連れ帰るのがわたし達の使命だ……」
「──絶唱……デスか」
「うぇへへへ……そう、YOU達唄っちゃえよッ! 適合係数がてっぺんに届く頃、ギアからのバックファイアを軽減できることは過去の臨床データが実証済みッ! だったらLiNKERぶっこんだばかりの今なら、絶唱唄い放題のやりたい放題──ッ!」

LiNKERは適合係数を無理矢理引き上げ、後天的適合者を即席させる薬品だ。
当然、適合係数の引き上げ幅が大きいほど人体への負荷も大きく、最悪死に至る。

投与されてしまった以上、調と切歌に道は残されていなかった。

「くうッ、ううう……」
「やらいでか……デエエエエエエスッ!」
「くッ、うう……ッ!」
「ひび、き……」

響の肩を支える翔。
その時、二人の耳に聞こえてきたのは……

「「Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el baral zizzl──」」

「絶唱……ッ!」

響の脳裏に、あの日の奏が浮かぶ。
絶唱を口にし、死体も残さず塵と消えた、あの姿が……。

「──ダメだよッ! LiNKER頼りの絶唱は、装者の命をボロボロにしてしまうんだッ!」
「女神ザババの絶唱二段構えッ! この場の見事な攻略法ッ! これさえあれば……こいつを持ち帰る事だって──」

「「Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el zizzl──」」

唄い終えたその瞬間、二人の身体をギアと同じ色のオーラが包み込む。

「ぐ、うう……ッ!」
「うううう……ッ!」

瞳孔をかっ開き、苦悶の声を漏らす二人。
その一方でアームドギアは変形し、巨大化していく。

「シュルシャガナの絶唱は、無限軌道から繰り出される果てしなき斬撃。これでなますに刻めなくとも、動きさえ封殺できれば……」
「続き、刃の一閃で対象の魂を両断するのが、イガリマの絶唱。その前に、物質的な防御手段などありえないッ! まさに、絶対に絶対デェスッ!」

両腕に巨大な丸鋸、両脚にはチェーンソー。全身刃物、そう言って差し支えない威容を誇る形態へと姿を変えるシュルシャガナ。
そして、ブンブンと振り回される、大型バーニア付き巨大鎌へと形を変えたイガリマ。

外見的にも、その絶唱特性からも、殺意マシマシなザババの刃。
振るわれればきっと、互いにただでは済まない。

「止めるぞ……響ッ!」
「分かってる……お願い、翔くんッ!」

翔と響は互いに顔を見合わせ、そして──。

「Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el baral zizzl──」

「──んん?」
「……エネルギーレベルが、絶唱発動にまで高まらない……」
「減圧……? ギアが、元に戻って──」

調と切歌のアームドギアが、強制的に絶唱発動前の状態へと戻される。
響が唄い、翔が奏でる。その姿はまさしく、歌姫と伴奏者。

絶唱の負荷をエネルギーごと集中させ、分散し、解き放つ。
支え合う二人の在り方をカタチにした絶唱。

「セットッ! ハーモニクスッ!」
「こいつがエネルギーを奪い取っているのデスか……ッ!」
「その負荷を、あいつが軽減させて……」

翔と響の脚から、熱が広がりチリチリと火の粉が舞う。
侵食は今ので間違いなく、更に進行した筈だ。

「……ううぅ……、二人に絶唱は使わせない……ッ!」

ガングニールのアーマー各部が展開され、響の両腕のアーマーが合体する。

S2CAの形態だ。右腕に、虹色の光が収束していく。

「ブッ放てッ! 響ッ!」
「はああああ……ッ!」

そして響は、その拳を天高く突き上げた。

巨大な虹色の竜巻が、大空へと登って行く。



その光景は、交戦区域から避難していた未来達の目にも届いていた。

「──嫌だ……二人が遠くに行っちゃうなんて……」

たまらず、未来は竜巻の方向へと走り出す。

「小日向さんッ!」
「どうしたのッ! ヒナッ! そっちは──」
「紅介、これ預かっててッ!」
「おおい!? ミラちゃん!? 何処行くんだよッ!」
「小日向さんを放ってはおけないッ!」

友人達を置き去りに、恭一郎は未来の後を追い、全力で駆けていった。

ff

「吹き荒れる破壊のエネルギーを、その身に無理矢理抱え込んで……」
「二人を……助けたのか?」

交戦区域からの映像に、マリアとツェルトは驚く。

「繋ぎ繋がることで、絶唱をコントロールできるあの子にとって、これくらい造作もないというわけですか……うッ、ゲホッゲホッ……」
「ッ! マムッ!」
「マム、しっかりッ!」

やはり、応急処置では限界があったらしい。
ナスターシャ教授は再び吐血し、口元を抑える。

「心配いりません……ゴホッ……」

その時、レーダーに新たな反応が表示される。

ヘリで接近しているイチイバル、及びアキレウスの鎧。
そしてバイクで現場へと接近している天羽々斬の反応だ。

「追いつかれたようですね……」


ff

「調、何をするつもりデスかッ!?」
「今なら……」
「任務のためにとはいえ……今、この二人を……デスか?」
「だって、今しか──」
『ドクターを連れて、急ぎ帰投しなさい』
「……ッ」

響と翔にトドメを刺そうとしていた調は、ナスターシャ教授からの言葉で踏み止まる。

『そちらに向かう高速の反応が三つ。おそらくは二課の装者達よ』
『あなた達も、LiNKERの過剰投与による負荷を抱えているのです。指示に従いなさい』
「……わかったデス」

上空に姿を現したエアキャリアが、切歌と調へとワイヤーを垂らす。
二人はそれに捕まると、ウェル博士を抱えて戦線を離脱する。

三人を回収したエアキャリアは、ハッチを閉めると同時に再びその姿を消した。

「身体……思ったほど何ともない……。絶唱を口にしたのにデスか?」
「まさか……あいつに守られたの……? なんで……わたし達を守るの……?」

ff

「響……翔くん……ッ!」

闘いの余波で倒壊した道路の奥に、蹲る二人の姿を見つけた未来。

「はぁ……はぁ……はぁ……ッ!」
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……ッ!」

二人の身体からは高熱が発されており、秋だというのに周囲は陽炎が揺らいでいる。

そして、響と翔の胸からは、結晶化した聖遺物の欠片が突き出していた。

「嫌ッ! 響……ッ!」
「ダメだ小日向さんッ!」
「よせッ! 火傷じゃすまないぞッ!」

駆け寄ろうとした未来を、クリスと恭一郎が押さえつける。

「でも、二人がッ!」
「落ち着いて、未来さんッ! 今飛び出して、未来さんに何かあったら、悲しむのは二人なんだッ!」
「ッ……!」

恭一郎の言葉で踏み止まる未来。

そこへ、バイク音と共に翼が現れた。

両脚のブレードをバイクの前面に展開し、翼は車両を大きくジャンプさせる。

狙いは翔と響の隣に立つビルの屋上、貯水タンクだ。

〈騎刃ノ一閃〉

切断された水タンクから、貯まっていた水が滝のように降り注ぐ。

翔と響が発する高熱で一部が熱湯化し、湯気と共に飛び散るが、クリス達の前に立った純が盾を展開し、火傷するのを防いでいた。

湯気に包まれ、水浸しとなる周囲。

バイクを降りた翼が、悔し気に呟いた。

「私は、二人を守れなかったのか……」
「私は? 守れなかった? なんだよそれッ! お前、あいつらが、こうなるとでも知ってたのかッ! おいッ!」
「クリスちゃんッ!」

翼に詰め寄るクリスを諫め、純は静かに言った。

「知ってたんですね……。でも言わなかったって事は……二人の状態は命に関わる。そうなんでしょう?」
「ッ! おい……そいつはどういうことだよッ!」
「私だってッ! 私とて、受け入れるなど、出来るものか……」
「お前……」

これまでに見たことのない翼の表情に、クリスも口を閉ざすしかなかった。

「ねえ、二人ともしっかりしてよ! ねえってば! 翔くん、響ィィィィィ……ッ!」
「こんな……ことって……」

互いの方を向いて倒れ伏す二人に、泣き崩れる未来。

恭一郎はただ、その場に立ち尽くすしかなかった。 
 

 
後書き
騎刃ノ一閃、翼さんの技の中では上位に来るくらい好きです。

恭一郎くん、ここが踏ん張りどころだぞ。
頑張って未来さんを支えてくれ。君がナイトになるんだよ!!

次回はほのぼの、きりしらのお買い物回!
お楽しみに! 

 

第24節「守りたい笑顔」

 
前書き
2クールが終了。原作は全13話だし、第7話が真ん中あたりって考えると、やっぱり来月以内には終わっているかもしれない。

折り返しだけに、ここから物語は加速し始めます。
鬱パートはそろそろ抜けます。適合者は既に第8話を知ってるので、司令が歌っている姿を幻視している頃でしょうw

今日はキスの日なので、Twitterの方に短編流そうかと思います。

推奨BGMは『Next Destination』、それではどうぞお楽しみください! 

 
「数値は安定、年齢の割に大した体力です。それとも、振り絞った気力でしょうか?」

ウェル博士に手による処置が終わり、ナスターシャ教授のバイタルがようやく安定する。
時刻は既に夕刻、エアキャリアは山奥に着陸し、その機体を隠していた。

「よかった……」
「本当によかったデスッ!」

喜ぶ調と切歌に、マリアとツェルトも安堵の息を漏らす。
四人の顔を見ながら、ナスターシャ教授は良心を苛まれていた。

(私はこの優しい子達に、一体何をさせようとしていたのか……。所詮、テロリストの真似事では、迫りくる災厄に対して何も抗えないことに、もっと早く気付くべきでした……)



「それでは、本題に入りましょう」

そう言ってウェル博士は、モニターに回収してきたそれを映し出す。

「これは、ネフィリムの……」
「苦労して持ち帰った覚醒心臓です。必要量の聖遺物をエサと与える事で、本来の出力を発揮出来るようになりました。この心臓と、あなたが5年前に入手した──」
「ッ……!」

そこでマリアが一瞬、息を詰まらせる。

「お忘れなのですか? フィーネであるあなたが、皆神山の発掘チームより強奪した神獣鏡の事ですよ」
「ッ……え、ええ、そうだったわね……」
「マリアはまだ記憶の再生が完了していないのです。いずれにせよ聖遺物の扱いは当面、私の担当。話はこちらにお願いします」
「これは失礼」

歯切れの悪い回答に、ナスターシャ教授がフォローを入れる。
ウェル博士は無駄に恭しく頭を下げ、ツェルトがそれを見て舌打ちした。

「話を戻すと、フロンティアの封印を解く神獣鏡と、起動させるためのネフィリムの心臓がようやくここに揃ったわけです」
「そして、フロンティアの封印されたポイントも、先だって確認済み……」
「そうですッ! 既にデタラメなパーティーの開催準備は整っているのですよッ! あとは、僕達の奏でる狂想曲にて全人類が踊り狂うだけ……ははははは……うわはははは……ッ!」

パチパチと拍手し、小躍りしながらウェル博士は興奮気味に笑った。

(この言い草……やっぱりこいつ、世界とかどうでもいいんだろうな……。自分が英雄になる、その事実だけがこのマッド野郎の欲するものだ。用心しておかなきゃ、計画の土壇場でどんな裏切りを見せるか分かったもんじゃない……。獅子身中の虫ってのは、まさにこいつの事を言うんだろうな)

ツェルトだけでなく、これにはマリアや調、切歌も苦い顔をするしかない。誰がどう見ても気持ち悪いのだから。

「近く、計画を最終段階に進めましょう……。ですが、今は少し休ませていただきますよ……」
「ふん……」

作戦会議の終了を言い渡し、ナスターシャ教授は会議室を後にする。
ツェルトは背中を向けるウェル博士を睨むように見ながら、釘をさすように言った。

「それから……忘れんなよドクター。生弓矢は計画の後、セレナを蘇らせる為の物だ」
「ええ、勿論。既にRN式用コンバーターへの組み込みは終わっています。後は君次第ですよ」
「……ならいい。来るべき日に備え、俺はこの腕を馴染ませておくだけだ」

それだけ言うと、ツェルトはシミュレータールームへと向かって行った。

「ケッ……」

ツェルトが出ていった直後、博士が舌打ちしていた事は、誰も気にも留めていない。

日が沈んでから降り始めた雨。それに濡れた窓の外を見る博士の顔が、どんな表情をしていたのかも……この時は誰も知る由がなかった。

ff

「君には、知っておいてもらいたい事がある」

発令所にやって来たわたしの目に入ってきたのは、机に両手をついて俯くクリスと、悔し気に歯噛みしている純くん。

そして、モニターにでかでかと表示される、響と翔くんのレントゲン画像だった。

「これは……」
「胸に埋まった聖遺物の欠片が、翔と響くんの身体を蝕んでいる。これ以上の進行は、二人を人でなくしてしまうだろう……」
「そんな……」

さっき緒川さんに聞いたところ、医療班の人達が頑張ってくれたおかげで、二人の胸から突き出していた結晶は全て取り除かれたらしい。

でも、これ以上二人の症状が進行すれば、それでは間に合わなくなるってことぐらいは、わたしにも想像がついた。

結晶が全身から突き出し、皮膚どころか臓器までを突き破ってしまう可能性が高い。そうなったらもう、手の施しようがない事も気付いている。

これ以上は、二人が死んでしまう。
響と翔くんが本当に、わたしの手の届かないところに行っちゃう。

そう思うと、たまらなく怖くなった。

「今、了子くんが症状を抑える方法、及び治療法を模索してくれてはいるが……」
「くそったれが……ッ!」
「こんな事って……」

クリスが机を思いっきり蹴りつけているのに、今日の純くんはそれを止めない。

純くんにとっても、翔くんは大切な親友で、響はその恋人だ。常に平静な純くんとはいえ、こればっかりは無理もないと思う。

でも、わたしは諦めたくなかった。

わたしが呼ばれた、という事は、わたしにしかできない事があるからだ。

「──つまり、今後に二人が戦わなければ、これ以上の進行はないのですね?」
「響くんにとって、親友の君こそが最も大切な日常……。君の傍で、穏やかな時間を過ごす事だけが、ガングニールの侵食を抑制できると考えている。そして、それは響くんと深く繋がっている翔にも同じ事がいえる。君が響くんを引き留める事が、翔を救う事にも繋がるんだ」
「わたしが……二人を……」
「うむ。響くんを、そして翔を、守ってほしい……ッ!」

その言葉に、わたしは強く頷いた。

「わたしに、出来ることがあるのなら……。わたしがそうすることで、二人の命を守れるのならッ!」



その頃、シミュレータールームでは……翼が一人、鍛錬に勤しんでいた。

「はぁ、はぁ……ッ! もっと……もっと強力な仮想敵をお願いしますッ!」

目の前で翔と響をネフィリムに晒し、戦場から引き離したくて言った言葉で響を傷つけ、そして今回、二人の危機に間に合わなかった。

(私は強くならなければいけない……ッ! 今の私では……あまりにも無力過ぎる──ッ! こんな弱い私では……奏に向ける顔がないッ!)

自分を追い込み、責め続ける。
その命を燃やして自分や響を守ってくれた、奏の最期を思い出しながら。

「足りない……。もっと、もっと私は──私が、二人の分まで強くならなければ……ッ!」

ff

翌日、朝の10時頃の事。
都内のスーパー『STOREカワグチ』から、調と切歌は大量のレジ袋を抱えて出てきたところだった。

「楽しい楽しい買出しだって、こうも荷物が多いと面倒臭い労働デスよッ!」
「仕方ないよ。過剰投与したLiNKERの副作用を抜けきるまでは、おさんどん担当だもの……」
「あ……持ってあげるデス。調ってば、なんだか調子が悪そうデスし……」

調の顔色があまりよくない事に気づき、切歌は調に自分の手を差し出す。

「ありがとう。でも平気だから……」
「むうう……じゃあ、少し休憩していくデスッ!」

そう言って切歌は調と二人、静かに休憩できる場所を探して歩き出した。


辿り着いたのは、解体途中の工事現場だった。

人もいないので、資材の上に座って菓子パンを空ける。

「嫌な事も沢山あるけれど、こんなに自由があるなんて……施設にいた頃には想像出来なかったデスよ」
「うん……そうだね」

クリーム入りメロンパンを齧りながら喋る切歌に対して、調は膝の上に乗せたビターチョココロネを空けもせず、ただ俯いている。

「フィーネの魂が宿る器として、施設に閉じ込められていたアタシたち……。アタシたちの代わりにフィーネの魂を背負う事になったマリア……。自分が、自分でなくなるなんて怖い事を、結果的にマリア一人に押し付けてしまったアタシたち……」

メロンパンを食べ終え、切歌は黙りこくったまま喋らない調の方を見る。

「はぁ……はぁ……」
「調ッ!ずっとそんな調子だったデスか?」

調は息が荒く、額には汗が浮かんでいる。
どう見ても正常な状態ではない。体調がよろしくないのは明らかだ。

「大丈夫、ここで休んだからもう──」

切歌に心配をかけまいと、無理して立ち上がったその時──。

立ち眩みを起こした調は、すぐ傍に立てかけられていた足場用の鉄パイプを倒してしまった。

「──調ッ!」

慌てて駆け寄った切歌は、ガラガラという金属音に頭上を見上げる。

「あ……ッ!」

そこには、立て付けの悪さから、今の衝撃で崩れた足場から落下してきた大量の鉄パイプが迫っていて──



ff

昨日降ったからか、今日の天気は朝から晴天だった。

マリアはナスターシャ教授の車椅子を押し、近くにあった湖の湖畔まで来ていた。

晴れ渡る青空と温かな太陽、それを映す湖面はきらきらと輝き、昨日の雨で濡れた草花もまた、涼やかな秋風に揺れている。

彼女らが身を潜めるテロリストでなければ、絶好の散歩日和だと言えただろう。

「これまでの事で、よく分かった……。私の覚悟の甘さ、決意の弱さを……。その結末がもたらすものが、何なのかも……。だからねマム、私は──」
「その必要は、ありません」
「──え……?」

ナスターシャ教授の意外な言葉に、マリアは目を見開く。

「あなたにこれ以上、新生フィーネを演じてもらう必要はありません……」
「──マムッ!何を言うのッ!?」
「あなたは、マリア・カデンツァヴナ・イヴ……。フィーネの魂など宿していない、ただの優しいマリアなのですから……」

既にナスターシャ教授は、その覚悟を決めていた。

これ以上、未来ある子供達に“必要悪”という名の重責を背負わせるのは、彼女にとっても心が痛むことなのだから。

一人の大人として、彼女達の育ての“母親(マム)”として、その罪を背負うのは自分一人であるべきだったのだから……。

「フィーネの魂はどの器にも宿らなかった……。ただ、それだけのこと」



「ふ……」

(やはり、そういう事でしたか……)

だが、その言葉を陰で盗み聞きしていた者がいることに、二人は気付かない。

その男を最も警戒していた少年もまた、底を尽きかけている食料や日用品を調達するため、街に出払っている。

ウェル博士の邪なる野望が、フィーネの面々でさえ及ばぬ水面下で今、動き出そうとしていた……。

ff



「あれ……?」

落下する鉄パイプから調を庇い、目を瞑っていた切歌は、いつまで経っても訪れない痛みと衝撃を不審に思い、顔を上げる。

「な、なんデスかこの力……こんなの、まさか……」

反射的に空へと伸ばした手の先を見ると、そこには……半球状で紫色に発光する、亀甲模様のバリアが、切歌と調を囲むように展開されていた。

「何が……どうなってるデスか……?」

それが何かを理解した時、少女の心を恐怖が駆け巡った。 
 

 
後書き
きりしらが買出ししてる頃、ツェルトは……。

八百屋のおじさん「おっ、ツェルトくんじゃないか」
ツェルト「ご無沙汰してます。今日もいつもの、貰えます?」
八百屋のおじさん「ああ! ほれ、全部持ってってくれ!」
ツェルト「ありがとうございます!」
肉屋のおばちゃん「あら~、ツェルくんじゃな~い」
ツェルト「マダム、本日もお美しいですね」
肉屋のおばちゃん「んも~、お上手なんだから~。はい、切り落とした部位ね~」
ツェルト「ありがとうございます……って一キロも!? いいんですかこんなに!?」
肉屋のおばちゃん「いいのいいの~。捨てるのも勿体ないし、うちで食べるよりは困ってる子にあげちゃう方が、お肉も喜ぶわ~」
ツェルト「では、遠慮なく!」
パン屋のお姉さん「ほら、パンの耳詰めといたから!」
魚屋のお兄さん「昨日売れ残っちまった鮭の切り身、盛って行っちまいなァ!」
青果店のおばあさん「形が悪くて並べられなかったりんごも、持っていきなさい」
ツェルト「ありがとうございます! これだけあれば、家族全員を食べさせていけます!」

商店街へのコネ:アイドルとしての活動が出来なくなった後、来る食糧難に備えてツェルトは商店街にコネを作っていた。
短い時間だが、仕事を手伝われたお年寄りや、彼らから話を聞いた周辺店舗の人々は、「家族に食わせるために商品にならなかった食材を貰っていく健気な若者」への恵みを惜しまない。
商店街というコミュニティを利用したツェルトの地道な働きが、フィーネの台所事情を支えていることは、あまり知られていないのだ。
ちなみに、大鍋一杯のシチューにパンの耳を浸して食べる。これがツェルト一番の得意料理である。



原作よりは多少マシになっているであろう、F.I.S.組の食事事情。

次回はいよいよスカイタワーか……。
それでは次回もお楽しみに! 

 

第25節「混沌のラメンタービレ」

 
前書き
つい三日ほど前、勝手に天上人扱いしていた竜胆さんからフォロバされました。

フォローしたけどまあ見ておらんでしょ、とか思ってたらフォローしてるの気付かれてたので気分は完全にDIOに見られたジョセフ()
これ、G編終わったらレゾナンス読んでみないと失礼かもしれない……とは思うものの、さて……この鉛のように動かぬ食指をどう動かしたものか……。
シンフォギア見始めたのも、フォロワーに紛れた適合者からオススメされて踏み出した所あるし、既に読んでる人がプレゼンしてくれたら動くんだろうか?

っと、そんな私事はさておき、昨日翼さんの誕生日祝いに思いっきり甘いおがつばを投稿しておいてなんですが……翼さん、今回もしんどい感じですねぇ……。
おがつば推しがちょっとしんどくなる回です。試し読みさせた友人の目から光が消えました(苦笑)

しんどくなったら昨日の奴で糖文補給してください!え?サラっとリピート推奨しやがったなって?当たり前だよなぁ?←

それでは、推奨BGMはお好みでお楽しみください! 

 
数か月前、F.I.S.内シミュレータールーム

武装組織フィーネとして決起するより前の事。
マリアはツェルトと調、切歌を伴い、戦闘訓練を行っていた。

最新鋭のMR技術を使ったシミュレーターは、二課のものよりも高い精度でのシミュレーションが可能であり、静電気を用いることで敵生体の感触さえ再現するというオーバーテクノロジーっぷりを誇る。
これ一つ取ってみても、米国の異端技術応用がどこまで進んでいるかが見て取れる。

「はぁぁぁぁぁッ!」
「やぁッ!」
「でぇッ!」

ただ、ナスターシャ教授の訓練は甘くない。
ノイズに紛れて一般人も紛れ込むのが、この訓練の厳しいところだ。

間違って一般人を攻撃した瞬間、訓練は失敗。シミュレーションが一時中断するようにプログラムされている。

ノイズを攻撃する傍から飛び出してくる一般人をなんとか避けながら、マリアはノイズだけを撃破していく。
そこまで数は多くないとはいえ一瞬でも気が散れば、その裂槍は無辜の命を貫き、殺すだろう。

ノイズだけに集中するマリア。その耳に、ナスターシャからの通信が入った。

『マリア、この回線はあなたにだけ繋いでいます。調と切歌、ツェルトの三人には、私達の声は届いていません』
「またあの話? 私にフィーネを演じろと」

ここ数日、ナスターシャはマリアにそんな話を持ち掛けていた。

ルナアタックの後、米国政府は月軌道のズレと、そこから生じる災厄に関する情報を隠蔽し、自分達だけが助かる為の計画を進めている。

それを快く思わないナスターシャは、自国政府に敵対する事を承知で、彼らの計画に必要なものを掠め取る計画を建てていたのだ。

『私達の計画遂行のためには、ドクター・ウェルの助力が不可欠。彼をこちらへ引き入れるためには、あなたの身体にフィーネが再誕したこととし、我々こそが異端技術の先端を所有してると示せば、彼はきっと……』
「無理よ……。確かに私達はレセプターチルドレン、フィーネの魂が宿る器として集められた孤児だけど、現実は……魂を受け止められなかったわ。今更そんなッ!」

アームドギアから放たれる一筋の閃光。
その輝きは一直線にノイズを焼き払ったが……同時に、ノイズに囲まれていた一般人を貫いた。

「ッ!?」
「マリィ……?」

【Failed Mission Incomplete】

ミッション失敗を示す赤いウィンドウが表示され、ツェルト達が振り返る。
投影機が稼働を停止し、周囲は深夜の街から殺風景なシミュレータールームへと戻っていった。

「どうしたんだマリィ、君らしくも──」

ツェルトがマリアに駆け寄ろうとした時、シミュレータールームの入り口から拍手が彼の言葉を遮る。

「──この空気の読めなさ、何か癪に障る拍手の癖は……」
「シンフォギア・システム、素晴らしい力だ。そして、適性の薄い君達に力を授ける、僕の改良したLiNKERも……」

ツェルトが顔を顰めて振り返ると、声の主……件のドクター・ウェルは、切歌の肩や調の耳を撫でるように触っていた。

無論、彼は天才であり、少々エキセントリックな性格をした英雄願望持ちという奇人ではあるものの、決してロリコンではない。
触れているのは彼女らではなく、纏っているギアの方なのだろう。

……もっとも、絵面はどう見ても変質者のそれであるのだが。

「この力を以てすれば、英雄として世界に……んふふふふふふ……」

思いっきり、虫を見るような目でウェルを睨むマリア。だがツェルトはその程度では、ウェルは気にも留めない。

それをよく知っているツェルトは、思いっきり溜息を吐いてから口を開く。

「二人に触るな、ロリペドクター。他の連中に言いふらすぞ?」
「なぁッ!? 誰がロリペドですか! この僕の名誉に傷をつけるつもりですか?」
「今更傷付くような名誉があるのか? 顔だけはいいアーニム・ゾラ、くらいの扱いが妥当だろ。こんなところで幼女に手ぇ出してないで、とっとと陰気臭い研究室に戻ってお薬の研究でもしてたらいいんじゃないですかね、ミスター・ロリペドクター?」
「ホンットカチンと来ますねぇ! いい歳こいて子供向けコミックが手放せないオタボーイのクセに、生意気なんですよ君は!」
「マーベルコミックの何が悪い! あれは聖典だ! 俺の人生はあれに育まれたといっても過言じゃねぇんだよッ! この三流子悪党系マッドサイエンティスト!」
「僕は英雄だッ! そして天才だぞッ! 凡夫の一人に過ぎない君には分からないでしょうけどねぇ! この全頭髪若白髪ボーイ!」
「お前にゃ言われたかねーよ!!」

気付けば少々幼稚な口喧嘩の応酬になってしまっているものの、ウェルの手が二人から離れる。
その隙に調と切歌はそそくさとウェルから離れていった。

(確かに、ドクター・ウェルは私達がギアを纏うのに必要なLiNKERを調整できる数少ない人材。マムの処置だけなら、医療班のドクター・アドルフの方が信用できる。でも、聖遺物研究とシンフォギアへの理解を鑑みれば、ウェル以上の適任は居ない……)

ツェルトとの口喧嘩を続けているウェルを見ながら、マリアは考える。
この光景だけであればまだギリギリ親しみが持てそうに見えなくもない……かもしれない。

だが、彼が時々見せる狂気を孕んだ笑みは、見るものの嫌悪感と不安を掻き立てる。

(本当に、こんな男を味方に付けなくてはいけないの? その為に、調や切歌を……何よりツェルトを騙さなくてはいけないの?)

迷い続けたものの、他に道はない。
結局マリアは今の結論に辿り着いた。

(何の罪もない人々が大勢死ぬよりは……。私達の個人的な感情より、優先されるべきは救われる命の数よね……)

苦渋の決断の後、マリアはナスターシャ教授からの提案を承諾。

フィーネを名乗り、今に至るのだった。



そして現在、日本国内 沖ノ鳥島付近の海域。

静寂の夜空を、エアキャリアは姿を隠して飛行する。

その操縦桿を握るマリアは一人、今朝、ナスターシャ教授に言われた言葉の意味を考え続けていた。

(マムはこれ以上フィーネを演じる必要はないと言った……。神獣鏡とネフィリムの心臓……フロンティア起動の鍵が揃った今、どうしてマムは、嘘を吐く必要はないと言ったのか……)

モニターには、エアキャリアの現在位置と、目前に迫る目的地が表示されている。

東経135.72度、北緯21.37度付近……。
【FRONTIER DESTINATION】と表記されたその座標には、まるで大陸のようなシルエットが示されていた。

ff

その頃、調と切歌は医務室にて、ウェル博士によるメディカルチェックを受けていた。

ベッドに寝かされ、スキャナーが二人の身体に残るLiNKERの影響を精査していく。

「オーバードーズによる不正数値も、ようやく安定してきましたね」
「よかった……。これでもう、足を引っ張ったりしない」

切歌のメディカルチェックが無事に完了し、調は安心したようにそう言った。

「LiNKERによって装者を生み出す事と同時に、装者の維持と管理もあなたの務めです。よろしくお願いしますよ」
「分かってますって。勿論、あなたの身体の事もね」

あなたの命綱は自分が握っている、と暗に言われているようで、ナスターシャ教授はウェルを睨みつけた。



今朝……落下してきた鉄パイプから、アタシと調を守った謎のバリア。

アレはどう見たって、普通の人間には出来ないトンデモ……。
なんで、あんなものが……。

(あれは……アタシのしたことデスか……? あんな事、どうして……)

それが何かを理解した瞬間、アタシの全身を悪寒が駆け巡る。

(いや、でも……あんなことができるのは……じゃあ、今、アタシの中には……)

間違いない。あれはフィーネが有する能力……。
それはつまり、アタシの中に刻まれたフィーネの刻印が、目覚めかけているということ。

それが意味する事実に気が付いた瞬間、全身から冷たい汗が噴き出す。

「どうしたの、切ちゃん?」
「ッ! なっ、なんでもないデスよ~!」

顔を覗き込もうとしてきた調に、思わず手を振りながら慌てて答える。

「そう?」
「そ、それよりアタシ、お腹すいたデス! 今日の晩ゴハンは何デスか~?」
「えーっとね、確か、ツェルトが持ってきてくれた材料があるから……」

話題を逸らし、その間にホッと溜息を吐く。

調に、心配をかけるわけにはいかないのデス……。
調を守るって決めたアタシが、調を悲しませるような事なんて、言えるわけが……。

うう……背筋が凍り付きそうデス……。
でも……この事は、絶対絶対、バレないようにしなきゃ……!



響達だけでなく、F.I.S.の少女達の胸の迷いも今、混沌を極めようとしていた。

ff

「これは、翔と響くんの体のスキャン画像だ」

叔父さんは、医務室のベッドで体を起こした俺達二人にも見えるように、レントゲン結果をモニターに映した。

響の心臓や、付近の血管からは黄色の結晶が生えており、俺の心臓にも、灰色の刃のような結晶ができてしまっている。

一目でも分かる進行具合に、その場の誰もが目を伏せた。

「体内にある生弓矢とガングニールが、更なる侵食と増殖を果たした結果、新たな臓器を形成している。これが二人の爆発力の源であり……命を蝕んでいる原因だ」
「──くッ……」
「……あは……、あははは……」

響の笑い声に、全員が振り返る。
暗い雰囲気を誤魔化そうとして、作り笑いをしているのは誰の目にも明らかだろう。

「つまり、胸のガングニールを活性化させるたびに融合してしまうから、今後はなるべくギアを纏わないようにと──」
「いいかげんにしろッ!」

誤魔化し笑いを続ける響の腕を掴んだのは、姉さんだった。
その眼差しは、今にも泣きそうなくらい揺れている。

「なるべくだと? 寝言を口にするなッ! 今後一切の戦闘行為を禁止すると言っているのだッ!」
「翼さん……」
「このままでは死ぬんだぞッ! 立花ッ!」
「──ッ」

姉さんの目には、既に涙が溜まっていた。
今にも溢れ出しそうなそれは、姉さんが厳しい言葉の裏に隠した感情を伝えてくる。

「お前もだ、翔ッ! 立花も……お前まで死んでしまったら……私は……わたしは……くッ……!」
「姉さん……ッ!」
「あっ、オイッ!」

姉さんは雪音の制止も聞かず、医務室を飛び出して行ってしまった。
……確かに、俺が死んじゃったら、姉さんは独りぼっちになってしまう。

父さんからの愛情を感じられずに育った姉さん。
そんな姉さんの支えになっているのは、間違いなく弟である俺だ。

その俺と、そして将来の義妹として可愛がっている後輩であり、奏さんが救った命でもある響を同時に喪えば、姉さんは今度こそポッキリと折れてしまうだろう。

「この中で一番辛いのは、間違いなく翼さんだ……。無理もない……」

純の呟きに、響も、雪音も黙り込む。

空気が沈みかけているのを見かね、口を開いたのは叔父さんだった。

「医療班だって無能ではない。現在、復帰した了子くんと共に、対策を進めている最中だ」
「了子さん、戻ってるんですか!?」
「ああ。一昨日から、ラボに籠りっきりで頑張ってくれている。その内顔を見せに来るだろう」

響と顔を見合わせて喜ぶ。

了子さんが戻って来てくれているならば、きっと何かいい方法が見つかるはずだ。

「治療法なんて、すぐに見つかる。そのほんの僅かな時間、ゆっくりしてもバチなどあたるものか」

そう言って叔父さんは、俺と響の頭にポンと手を置いた。

「だから今は休め」
「師匠……わかり、ました……」
「叔父さん……ありがとうございます」

叔父さんの手が離れた後、俺は純と雪音の方を見る。

「純、雪音、俺達の代わりを頼む」
「ああ……任せとけ」
「翔と立花さんの二人分、僕らで頑張るよ」

そう言うと純は、俺に拳を突き出す。

俺はそれに応じ、自分の拳を付き合わせた。



「涙など、剣には無用……。なのに、何故溢れて止まらぬ……ッ」

医務室前の廊下で、翼は壁を一発殴りながら、そう呟いた。

両目には涙があふれ、その頬を伝っている。

何もできない自分への悔しさが。二人を失う事への恐怖が、彼女の中で渦を巻く。

(今の私は……仲間を、弟を守る剣に能わずという事か……ッ!?)
「翼さん」

聞きなれた声に、反射的に涙を拭う。
緒川が呼びに来たという事は、もう仕事の時間だという事だ。


そして現在、緒川は調査部の任務が入っている。
今日は翼一人での仕事になるだろう。

それに……今の自分の顔は、誰にも見せられない。
緒川に向けられる顔ではないのだ。

そう判断して、翼は緒川の顔も見ずに返した。

「分かっています。今日は取材が幾つか入っていましたね」
「翼さん……」
「一人でも行けます。心配しないでください」

突き放すようにそう言って、翼はその場を歩き去って行く。

(こんな時、何と声をかけたらいいのか……)

離れていく翼の背中を見つめ、緒川は心の中でそう呟いた。

(ここ数日、翼さんは自分を追い込んでいる。何とかしてあげたいのに……何と言ってあげるべきなのか、分からない……)

すぐ傍で支えると誓った。この身に代えても守ると誓った。

その少女が苦しんでいるときに、自分は何も言ってやれない。

彼女が泣いていたのは知っている。しかし、その涙を決して他人には見せようとしないことも、彼はよく知っている。

彼女の弟なら、それでも突貫してその涙を暴き、拭おうとするのだろう。

だが、緒川にはまだ、そこまでの勇気が足りない。
彼女の涙を無理矢理暴く事で、その誇りを傷つけ、拒絶されてしまうのが怖いのだ。

「まったく……情けないですね、僕は……」

翼が視界から消えてしまった頃、緒川はボソッと呟いた。

ff

その頃、エアキャリアは目的のポイントが沈む海上にて停止飛行していた。

「マリア、お願いします」

ナスターシャ教授の指示通り、マリアは機器を操作する。

キャリアの上部から発射されたドローンが展開し、円形の反射板を展開する。

「シャトルマーカー、展開を確認──」
「ステルスカット、神獣鏡のエネルギーを集束──」

エアキャリアを迷彩していたウィザードリィステルスが解除され、その姿が夜空に現れる。

そのエネルギーは、機体先端に迫り上がった発射口へと集束を開始した。

「長野県、皆神山より出土した神獣鏡とは、鏡の聖遺物。その特性は光を屈折させて、周囲の景色に溶け込む鏡面迷彩と、古来より伝えられる魔を祓う力──聖遺物由来のエネルギーを中和する、神獣鏡の力を以てして、フロンティアに施された封印を解除します……」

車椅子の肘置きに備え付けられている、遠隔操縦桿の発射ボタンを押そうとするナスターシャの手。

するとウェル博士はその手首を掴み、ナスターシャに問いかけた。

「フロンティアの封印が解けるという事はその存在を露わにするということ。全ての準備が整ってからでも遅くないのでは?」
「心配は無用です」
「……」

怪訝そうな顔をしながらも、ウェル博士は手を放す。

「リムーバーレイ……ディスチャージャー」

エアキャリアの先端から、紫色の光が放たれる。
神獣鏡の光は、展開されたシャトルマーカーに反射され、海の底に沈むフロンティアの中心部へと照射された。


「くくく……これで……フロンティアに施された封印が解ける……解けるううぅぅ──」

海底から水飛沫が煙のように噴き出し、水面は音を立てながら大きく波紋を広げる。

悠久の時を経て、深淵より何かが浮上しようとしていた。

「……解け──ッ!」

ウェル博士の興奮が頂点に達する。
己が人の頂に立つ幻想。それを実現させる最後のピースの出現を前に、ウェルの昂ぶりは抑えられなくなっていく。

遂にフロンティア──新天地のコードネームを与えられしものが、その正体、その全容を現す……誰もがそう思っていた。

だが、フロンティアが浮上することはなく、噴き出していた水飛沫は徐々に小さくなっていった。

やがて、海面は再び元の静寂を取り戻す。
ウェル博士は狼狽し、足元をふらつかせた。

「と、解け……ない……ッ!」
「……出力不足です。いかに神獣鏡の力と言えど機械的に増幅した程度ではフロンティアに施された封印を解くまでには至らないということ」

両手を拳に握り、ウェル博士はナスターシャ教授に苛立ちの目を向ける。

組織内唯一にして最大の猛毒である科学者に、歪んだ夢の限りを知らしめること。
それがナスターシャの目的であったと気が付いたのだ。

「あなたは知っていたのかッ! 聖遺物の権威であるあなたが、この地を調査に訪れて、何も知らないはずなど考えられない。この実験は、今の我々ではフロンティアの封印解放に程遠いという事実を知らしめるために──違いますか?」
「これからの、大切な話をしましょう……」
「ぐ……ギリ、ギリギリギリ……んんん──ギリギリギリギリーーッ!」

淡々と、まるで「諦めろ」と諭すようなナスターシャの口調に、ウェルは激しく歯軋りした。 
 

 
後書き
SSに起こす関係上、不要になるのでカットした神獣鏡発掘シーンを一時停止してみたけど、天羽夫妻思ったよりお若いし、妹ちゃん可愛いんだよな……。
娘二人揃って、前髪は父親似。妹ちゃんは母親より濃いめの茶髪ポニテだったけど、髪の毛のハネ具合は姉によく似てる……と。
この一瞬しか出番がないのが惜しい人達だなぁ……。

付き合ってるから原作と同じセリフでもニュアンスが変わりやすいおがつば。
それは尊さだけでなく、辛いシーンに作用するのもまた然り。

これはあくまで自己解釈何ですが、緒川さん、自分の事を「臆病なだけですよ」とか言う辺り、翼さんの心の深い所に触れかねない状況の時はこうなっちゃうんじゃないかなと。
翼さんが曇った時、響達に任せっきりになっちゃうシーンが原作に多いのもそれが理由で、緒川さん自身も心の何処かでは申し訳なく感じてるんじゃないかな……。
だからこそ、響への「翼さんを、世界で独りぼっちなんかにさせないでください」には、友達でいてあげて欲しいという願いの他にも、臆病な自分の代わりに彼女の心を支えてあげて欲しい、みたいな思いもあった気がする。

でも緒川さん、交際始めた以上はもう逃がさねぇからな!
あなたが一番長く、一番近くで翼さんを支えてないといけない立場なんだからな!

翔がツェルトに言った「愛することを諦めるな!」って、緒川さんにも言えることなんですね、これが。

さて、次回はいよいよスカイタワー。
恭一郎くん、そろそろだよ。 

 

第26節「安らぎ守る為に孤独選ぶより」

 
前書き
危なッ!?
更新時間超ギリギリチャンバラでしたわ。

取り敢えず、第26話です。
推奨BGMはお好みでお楽しみください。 

 
「デタラメ……だと?」

友里からの報告に、弦十郎はそう聞き返した。

「はい……、NASAが発表している月の公転軌道には、僅かながら差異がある事を確認しました……」
「誤差は、非常に小さなものですが、間違いありません。そして、この数値のズレがもたらすものは──」

藤尭がモニターに回した月軌道の算出結果は、やはり、月の落下を指し示していた。

「ルナアタックの破損による、月の公転軌道のズレは今後数百年の間は問題ないという、米国政府の公式見解を鵜呑みにはできないということか……。いや、遠くない未来に落ちてくるからこそ、F.I.S.は動いていたわけだな……」

ウェル博士の語った月の落下が事実であることが裏付けられ、弦十郎は歯噛みした。

『弦十郎くん、大至急頼みたいことがあるんだけど、いいかしら?』
「どうした、了子くん?」

そこへ、ラボにいる了子からの通信が入る。

『響ちゃん達の治療について、ほぼ確実って言えるくらい有効な手があるんだけど……』
「本当か!?」

ほぼ確実、その弦十郎は思わず身を乗り出した。

『でも、その為に必要なものは今、私達の手元にはないの』
「どういうことだ?」
『後で説明するから、取り敢えず今は米国F.I.S.のアドルフ博士に繋げるよう、取り計らってくれないかしら?』
「米国F.I.S.だと? まさか、フィーネの記憶からか!?」

驚く弦十郎に、モニターの向こうで頷く了子。

『確認したいの。この記憶の通りなら、それはおそらく──』

了子がそこまで言いかけた、その時……。

『叔父さん! 緊急事態だ!』

モニターに翔の端末からのカメラ映像が表示された。

「どうした、翔!?」
『取り敢えず、彼の話を聞いてやってくれないか?』
「む?」

翔が端末を渡したことで、カメラにその人物の顔が映される。

その人物に、弦十郎や藤尭、友里らは大いに驚愕した。

「お、お前は──ッ!?」

ff

(……死ぬ……。戦えば、死ぬ……。考えてみれば、当たり前のこと……。でも、いつか麻痺してしまって、それはとても、遠い事だと錯覚していた……)

正午の都内、スカイタワーの地下にある水族館。
小型のサメやエイ、マンボウが泳ぐ大水槽の前で響は、昨日、翼に言われた言葉を思い出していた。

「どうした、響」
「翔くんはさ……戦う時、怖くないの?」

響の言葉に、翔は少し考えてから口を開いた。

「そうだな……。実を言うと、あまり考えないようにしていたんだ」
「え?」

翔の顔を見ると、彼は水槽の方に視線を移しながら答える。

「確かに、戦うのは怖いさ。でも、それ以上に……逃げ出すことの方がもっと怖いんだ」
「どうして?」
「だって、もしも恐怖に負けて逃げ出してしまったら、手を伸ばせたはずの誰かに手が届かなくなってしまうかもしれないだろ? 逃げて振り返った時、大切な人が遠くへ行ってしまうなんて、俺は絶対嫌だ。……そうだ、俺は繋いだこの手が離れてしまうのが怖いから、戦ってきたんだ……」

翔は自分の胸、傷跡がある場所に手を置きながら、再び響の方を見た。

「響はどうなんだ? どうしてガングニールを纏い、戦場に立っている?」
「わたしは……」

響もまた、自分の胸に手を当てて考える。

「……わたしは、この力で困ってる人達を助けたい。あの時、奏さんに助けられたこの命で、誰かに手を伸ばしたい」

そこまで言ったところで、ここ数日の間に何度も思い出した言葉が浮かび、響は目を伏せる。

「でも……戦えないわたしって、誰からも必要とされないわたしなのかなって……。わたしが頑張っても、誰かを傷つけて、悲しませることしかできないのかなって……」
「響」

肩を抱き寄せられ、響は顔を上げる。
見上げた翔の顔は、水槽からの青い光に照らされ、なんだか少しだけ色っぽい。

「寂しい事言うなよ。戦えなくたって、俺には響が必要なんだ。響の優しさに、温かさに救われて、俺はここに立ってるんだ」
「翔くん……」
「だから、忘れないでくれ。胸のガングニールが無くたって、君の優しさは誰かの生きる理由になっていることを。いつだって君が、誰かに愛されてることを」
「ん……」

胸に刺さっていたトゲが、抜けたような気がした。
翔の肩に身を寄せて、響は実感する。

(一人じゃない。いつの日も、どこまでも、わたしの隣に居てくれた人達がいる。お母さんやおばあちゃん。それから──未来。わたしの陽だまり。そうだ……わたし、あの時から、いろんな人達に支えられてきたんだ……)

あの日、翔に言われた言葉を、改めて思い返す。

『もっと周りを頼れ!必要以上に堪えるな!』

(わたしを支えてくれた人達に感謝する為にも……わたしは、精一杯生きていかなくちゃ)

響は翔の顔を見上げながら……。

「翔くん」
「ん?」
「ありが──ふええぇぇあああぁぁ……ッ!?」
「おおおおおっとぉぉ!?」

頬に伝わる冷たい感触に、二人は思わず悲鳴を上げて飛び退いた。
周囲の客の視線が、一斉に二人の方へと集中する。

「大きな声を出さないで」

二人が振り返ると、そこには缶ジュースを持った未来と恭一郎が立っていた。

「だだだ、だって、いきなりこんな事されたら、誰だって声が出ちゃうってッ!」
「恭一郎、小日向、お前らなぁ……」
「すまない。でも、悪いのは小日向さんを不機嫌にさせた君達の方だからね」

翔にジュースの缶を渡し、恭一郎は微笑みながらそう言った。

「だって……二人とも、せっかく遊びに来たのに、ずっとつまらなさそうにしてるから……。今もな~んか暗い話、してたんでしょ?」
「あ、あああぁ……ごめん……」

不満そうな未来の顔に、響は慌てて謝った。

「二人とも、ありがとう。だが、心配は無用だ」

翔は未来と恭一郎を交互に見て、ニヤッと笑った。

「今日は久しぶりのデートなんだからな。わざわざ呼んでくれたんだ、ここからは楽しくいこうじゃないか」
「デートッ!? あ、いや、僕と小日向さんは付き合ってるわけじゃ……」
「さあさあ、デートの続きだよッ! せっかくのスカイタワー、4人で丸ごと楽しまなきゃッ!」
「ん……」

響は未来の手を引き、翔は恭一郎の背中を押しながら進む。

「未来~、次はどの水槽見よっか~?」
「う~ん……クラゲかな」
「ほらほら、次行くぞ~」
「だからって押す必要は……」

賑やかな四人。戦いとは無縁の平和で、穏やかな時間の中で歳相応に遊び、笑い合う四人。

そんな四人の後をこっそりつけている灰髪の青年がいることを、彼らは知らない。

勿論、サングラスに隠したその青年の表情が、焦燥に焦がれているということも……。

ff

同じ頃、スカイタワー58階のエレベーターからは、意外な人物達が降りてきていた。

「マム、あれはどういう?」

車椅子を押しながら、マリアはナスターシャ教授に先日の言葉の意味を問いかける。

「言葉通りです。私達のしてきたことは、所詮テロリストの真似事に過ぎません。真になすべき事は、月がもたらす被害をいかに抑えるか……。違いますか?」
「──つまり、今の私達では世界を救えないと……」
「ツェルトにはああ言われましたが、こうするより他ありません」

大きな窓から街を見渡せるイベントホール。
企業の式典、または祝いの席として貸し切れるその部屋へと入ると……そこには、黒服の男達が並んでいた。

「……マム、これは──ッ!?」
「米国政府のエージェントです。講和を持ちかけるため、私が招集しました」
「──講和を……結ぶつもりなの?」
「ドクター・ウェルには通達済みです。さあ、これからの大切な話をしましょう」

そう言ってナスターシャ教授は、車椅子をテーブルへと着ける。

(嫌な予感がする……。とても、嫌な予感が……)

マリアの胸に、言い知れぬ不安が渦を巻き始めていた。

ff

あれから暫く。水族館を巡った翔達は、最上階の展望デッキを堪能していた。

翔がトイレで手を洗い、三人の座る場所へと戻ろうとしていたその時、聞き覚えのある呼び名で自分を呼び止める声があった。

「また会ったな、ファルコンボーイ」
「ッ!? その声、お前は……」
「シッ……声が大きい。二人きりで話せるか?」

人差し指を口に当て、ツェルトは周囲を見回す。

「……何のつもりだ?」
「疑われるのも無理はない。だが、お前にしか頼めないんだ。……特異災害対策機動部二課と話がしたい」
「それはどういう風の吹き回しだよ!?」

困惑する翔の目を真っ直ぐに見て、ツェルトは頭を下げた。

「マリィを……俺の大事な人達を、助けたいんだ」

ff

「マム、投降するつもりなんだろ?」

早朝、ツェルトはスカイタワーへと発つ前のナスターシャ教授を呼び止め、そう言った。

「投降ではありません。講和を結ぶだけです」
「米国政府が、裏切り者である俺達との約束を守るわけがない!」
「では、他にどうしろと?」

ナスターシャ教授に、ツェルトは毅然とした視線で答えを返す。

「特異災害対策機動部二課だ。政府の連中に比べて、俺には奴らの方がよっぽど信用できる」
「その根拠はあるのですか?」
「俺は二課の装者と何度もやり合った。そして、昨日の戦いで確信したんだ。アイツは信用に値する。あいつらは俺達の事を知ろうとしていたんだ。アイツらなら、きっと分かってくれる。なんたって、ルナアタックから世界を救った奴らだ。その二課と手を取り合えるなら、きっと──」
「いい加減にしなさいッ!」

ナスターシャ教授からの厳しい声に、ツェルトはビクッと肩を跳ねさせる。

「あなたが知っているのは二課の装者であって、二課そのものではありません。個人と組織とは別のもの。二課の装者が信用できる人間だからと言って、彼ら彼女らを擁する組織が政府の犬ではないとどうして言い切れるのですか?」
「ッ! ……それを言うなら、米国政府のエージェントなんて、公権力の犬でしかないじゃないかッ! この前俺達を始末しに来た連中だぞ!?」
「仮に二課が我々を受け容れたとして、日本政府までもが我々を受け容れてくれるとは限りません。もし我々が彼らの庇護下に入ったとして、その時は日本と米国の国際問題に発展しかねないでしょう。テロリストをかくまった組織と、それを庇おうとする国家として舌鋒鋭く非難され、日本は世界から孤立する可能性だってあり得ます。そうなった場合、あなたは彼らに顔向けできるのですか?」
「そ、それは……」

確かに、米国ならやりかねない。
そう確信があるだけに、ツェルトは反論できなかった。

「これが最も不要な犠牲を出さないための、最善の一手なのです。分かってください」
「でも……」
「それに、取引に使うチップのパスワードは私にしか分かりません。彼らにも考える頭くらいはあるでしょう。……あなたの言う道を選ぶには、遅すぎたのですよ……」
「マム……」
「では、私は行きます。留守を任せましたよ」

ナスターシャ教授の背中を、ツェルトはただ見つめるしかなかった。

彼女を止めるだけの意見が、彼にはなかったのだ。

だが、確信だけはあった。

(助けられるはずだったセレナの命を、ゴミクズのように見捨てた連中だぞ……? 目先の利益しか目にない、消費主義の権化だぞ? どうせどんな条件を取り付けようが、マムは確実に始末される……。パスワードなんか解析にかければいい、懸けた時間に見合ったものが入っている……そんなゲスい台詞と共に引き金に手をかける姿が目に浮かぶぜ、クソッ!)

ツェルトは自室へと走る。
ナスターシャ教授を止めることは出来なかったが、それでもツェルトは諦めていなかった。

何としてでも、ナスターシャ教授を。そして随伴するであろうマリアを守らなくては。
ツェルトは、自室に置いてあるRN式の入ったアタッシュケースに、こっそりと拝借してきたとある資料を忍ばせ、エアキャリアを飛び出した。

全ては、己が信じた正義の為に。
この瞬間、ずっと押し込め続けてきた自分自身の良心に従って、ツェルトは行動を起こすと決めたのだ。

ff

『お、お前は──ジョセフ・ツェルトコーン・ルクスッ!?』
「事態は一刻を争う。もう、あまり時間はない。だから、今説明できることだけ、簡潔に話す」

そう言ってツェルトは、話を切り出した。

「月の落下の真実を知っているのは、米国政府を始めとした一部特権階級の連中だって話は、この前ドクターがしていたな」
『ああ。こちらでも、つい今しがた、NASAが発表した月軌道との僅かな差異を確認したところだ』
「そのお偉いさん達が、その極大災厄に対抗して運用しようとしていた超巨大遺跡。それがコードネーム・フロンティアだ」
『フロンティア、だと……!?』
「そういえば、ウェル博士もフロンティアがどうとか言ってたような……」

ツェルトは翔と共に、タワーの階下へと駆け下りながら説明する。

目指すは58階。タワー内で一番、取引に向いている場所だ。

「フロンティアについての詳細は、今は省く。こいつに資料を預けておくから、そいつに目を通してくれ。ともかく、そのフロンティアを横から掻っ攫い、救える人間の母数を可能な限り増やすことを試みる……それがマム、ナスターシャ教授の『フロンティア計画』の概要だ」
『それで、君はどうして我々に助けを求めているんだ?』
「俺達は昨夜、フロンティアの封印解除を試みたんだが、失敗。更に、度重なる精神的な負担から、マリア達のメンタルがそろそろ限界でな……。負い目を感じたマムは今日、ここで米国政府と交渉するつもりなんだッ!」
「正気かッ!? 米国政府のやり方が気に食わなくて、お前らは自分達の国に反旗を翻したんだろ!?」

翔の困惑に、ツェルトは頷く。

「それが、最も無駄な被害を抑えられる手だとマムは言っていた。だが、当初の目的に照らし合わせて、それは矛盾でしかない。あいつらが、不都合な事実を知る裏切り者を生かしておくものかッ!」
「じゃあ、助けろってのは……」
「ああ。マムとマリィを助けたら、お前ら二課に投降するよう頼んでみるつもりだ。だから──」
「……俺は行くぜ」

弦十郎が答えるより先に、翔は即答した。

「叔父さん、構わないよな?」
『ああ。人命が懸かっている以上、悩んでいる暇はない。俺が許可するッ! 行ってこいッ!』

弦十郎の頼もしい言葉に、そして何より、迷わず即答してくれた翔に、ツェルトは思わず頭を下げた。

「風鳴翔……恩に着るッ!」
「翔でいい。フルネームじゃ長いだろ、ジョセフ」

その言葉に、ツェルトは顔を上げる。

「……ツェルトでいい。ニックネームの方が通りがいいだろ?」
「なら、ツェルト。よろしくなッ!」

そう言って、翔は開いた右手を差し伸べる。

ツェルトは一瞬迷いながらも、左手を差し出した。

「握るなら、生身の方の手にしてくれ」
「お、おう……。じゃあ──」

翔はツェルトの左手を硬く握り、握手を交わす。

ここに、二人の友情が確かに結ばれた。



──と、その時、基地内にノイズ出現のアラートが鳴り響いた。

『スカイタワー周辺に、ノイズのエネルギー反応を検知!』
「なんだとッ!?」

その瞬間、ツェルトの脳裏に浮かんだのは……今、この状況で最も損をする男の顔であった。

「お前の仕業か……ドクター・ウェルぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!」 
 

 
後書き
サブタイは言うまでもなく主題歌からです。

次回もお楽しみに! 

 

第27節「繋ぐ手と手…戸惑うわたしのため…」

 
前書き
とうとう第28話!原作8話Bパート後半です。

今回なんと、ちょこっとだけウェル視点があります。
気付いたんですけど、そういやウェルの視点って全然なかったなぁと。
ウェル博士が何を思って行動していたのかに着目した作品もあるみたいですし、自分としてもウェルの独白とか書いてみたかったので、やっちゃうことにしました。
少しでもウェル博士の心情が伝わってくれればなと思います。

推奨BGMは『烈槍・ガングニール』、『Next Destination』です。どうぞ!
 

 
(リンカーネイション……。もしも、アタシにフィーネの魂が宿っているのなら、アタシの魂は消えてしまうのデスか?)

エアキャリアを隠した森の中。
切歌は木の下で体育座りしながら、不安に怯えていた。

(ちょっと待つのデス? アタシがフィーネの魂の器だとすると、マリアがフィーネというのは……)
「切ちゃん」

マリアの嘘に気付いたその直後、調に名前を呼ばれて顔を上げる。
白エプロンを着た調は、切歌の方へと駆け寄ると、昼食が出来たことを伝える。

「ご飯の支度できたよ」
「あ、ありがとデス。何を作ってくれたデスか?」
「298円」
「ごちそうデース!」
「更に、ツェルトが貰ってきてくれた諸々で作ってくれた余り物チャーハンも付きます」
「おほ~! ごちそうにごちそうデース!」

懐が厳しく、買い出しも頻繁に行ける立場ではない彼女達にとっては簡易麺の大手、日荻(ニッテキ)の『王麺』(298円)が文字通りのご馳走なのである。

お陰でツェルトは、食べ盛りの少女達の栄養が偏らないようにと商店街にコネを作ったのであるが、それが彼女達の胃袋をどれだけ喜ばせているのかは言うまでもない。

「ドクターは何かの任務? 見当たらないけれど……」
「知らないデス。気にもならないデス。あいつの顔を見ないうちにさっさとご飯にしちゃうデスよ」

不安はある。だが、調に心配はかけられない。

何より切歌は無類の食いしん坊、もといごちそうハンターである。

待っているご馳走の元へ、彼女は先程までの暗くて不穏な雰囲気を吹き飛ばすほどの笑顔で駆けだしていった。

噂のドクターが今、何処で何をしているのか……。
対して好きでもない変態科学者そっちのけでカップ麺を啜る二人は、考えも及ばなかった。

ff

「誰も彼もが、好き勝手な事ばかり──」

スカイタワー周辺のビル内にあるカフェの一角。
顔を向ければタワーを望む窓際の席に座り、砂糖とミルクをたっぷり入れたティーのカップを傾ける。

まったく……英雄になれると聞いて飛びついてみれば、とんだ詐欺でしたよ。
自分達こそが勝ち組であると言い張る根拠だったフィーネの存在は嘘っぱちの猿芝居。メンバーはあのオバハンを含み、揃いにそろって甘ちゃんばかり。

世界を救うなんて大口叩いてる割には、立ちはだかる追手さえ殺すのを躊躇する。

ハッキリ言ってしまえば、この組織は既に瓦解寸前だ。
全員の心がバラバラになりつつある。まともに動けるはずがない。

ならば……その迷える子羊達を、誰かが導いてあげなくては。

人の上に立ち、世界の命運を握るに相応しい者。英雄になるべき者こそが、事を起こさなくてはならない。

そう……今こそこの僕、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスが、この天才的頭脳を以てして組織を引っ張っていかなくてはッ!

僕の時代が遂に来るんだ……。僕を散々利用しようとしてきたクセしてぞんざいに扱ったあいつらに、僕の力がどれだけ組織を支えてきたかを分からせてやる時が来たんだ!

フロンティアは僕が浮上させる。人類はこの僕が救済する。
人の身で為し得ない困難でも、天才であれば達成できる。

そして人の身に余る偉業を成し得た時、その天才を人はこう呼ぶ。英雄とねぇ!

さて……その為にもまずは、彼女達の退路を断たなくては……。

まあ、どうせ米国政府の事です。約束なんて守る義理は今更ないでしょうしねぇ。
精々、僕が組織の長として君臨する為の礎になってもらいますよ。

「ここからはショーがよく見えることですし。せっかくなので、もっと派手にしましょうか」

椅子に立てかけるように置いていたソロモンの杖を、窓の方へと向ける。

呼び出されたノイズが群がり、タワーに集まる観光客の喧騒は、騒乱のパレードへと変わっていった。

さあ、ショータイムです。
新しい時代への幕開けだ──。

ff

「翔、お前は上に戻れッ!」

ツェルトはアタッシュケースを開き、そこに仕舞われたRN式Model-GEEDを義手と付け替えながら言った。

「でもお前はッ!」
「ドクターがノイズ出してきたってことは、今頃取引の場はぶち壊しになってる筈だ。マリアはきっと、マムを連れて逃走してる頃だと思う。お前は急いで、立花響の所に戻れ」
「だけど……助けるって言った手前、戻るわけには……」

するとツェルトは、厳しい声で言った。

「お前の気持ちはありがたい。だが、立花響はお前のガールフレンドなんだろう? 俺より彼女の方が大事じゃないのか?」
「ッ!」
「俺はマリィとマムに合流する。お前はこいつを持って、大切な人の元へ戻れ」

そう言って、ツェルトは俺にファイルされたレポート用紙を手渡す。

「F資料だ、持っていけ。俺達の目指すものはそこにある」
「……分かった。お前はどうするんだ?」
「マリィ達と合流したところで、多分ヘリキャリアに撤退することになるだろう。ファイルに名刺を入れてある、後で連絡してこい」
「ああ。確かに受け取った」
「それじゃ、またな」
「互いに健闘を祈る」

俺はF資料をしっかりと握り、階段の方へと引き返した。
響も俺も、今はギアを纏う事を禁止されている身だ。

響の無茶は小日向が止めてくれるだろうが、その小日向と恭一郎には身を護るすべがない。

急がなくては……。何かが起きる、その前にッ!



「さて、行ったな……」

義手をRN式へと換装し、俺はアタッシュケースの一部を踏み込む。
その瞬間、RN式の起動を確認したケースが展開し、グローブと一体になったレバーが飛び出す。

レバーを握り、一旦押し込むと、グローブは左腕にピッタリ装着される。
そのまま展開個所を起こしながらレバーを引くと、先ほどまでケースだったそれは、RN式Model-GEEDのプロテクターへと形を変えた。

流石にいつものプロテクターで出歩くのは目立つため、現地装着用に開発されたMark-Ⅴを持ち出してきたんだが……なるほど、悪くない。
トニー・スタークの気分が味わえる。

「転調・コード“エンキドゥ”ッ!」

エンキドゥを起動させながら、階下へと飛び降りる。

一体どれだけのノイズが召喚されているか分からないのが厄介だが……必ず辿り着くッ!

「待ってろマリィ!」

俺は階段を一気に飛び降り、そして……。

「ッ!? お前らは……ッ!?」
「ッ! 見つけたぞ、本国を裏切ったシンフォギア装者だッ!」

銃を構えた米兵達と出くわした。

ff

その頃、マリアはナスターシャ教授を肩に担ぎ、迫りくるノイズを蹴散らしながら進んでいた。

ツェルトの予想通り、取引は破談だった。
異端技術の情報が入ったチップを渡した瞬間、米国のエージェント達はナスターシャ教授とマリアに銃を向けた。
始めから取引に応じるつもりなどなかったのだ。

しかし、その窮地を脱するきっかけは、皮肉にもノイズの出現だった。
ウェル博士が差し向けたノイズは、エージェント達を瞬く間に残らず殺し、その結果マリアに聖詠を口ずさむ余裕が生まれたのだ。

そして現在、マリアはノイズと応戦しながら逃走経路を探していた。

ノイズが無差別に襲ってくるこの状況。
おそらくウェル博士は、どこか離れたところから高みの見物を決め込んでいるのだろうと推察しながら、マリアは走り続ける。

そこへ、エレベーターから降りてきた米兵達が発砲してきた。

「誰がためにこの声、鳴り渡るのか? そして誰が為にこの詩は在ればいいか──?」

マントを前面に展開し、銃弾を弾く。

前列の二人をマントによる殴打で薙ぎ払い、そのまま走って接近。
残る三人の顔に飛び蹴りと、もう一度マントによる殴打をくらわせ突破する。

「マリア……。待ち伏せを避けるため、上からの脱出を試みましょう」

扉を蹴破り、非常階段を駆け上がる。
一方、彼女らが目指す最上階の展望デッキでは……新たな悲劇が幕を上げようとしていた。

ff

「ほらほら、男の子が泣いてちゃ、みっともないよ?」
「みんなと一緒に避難すれば、お母さんにもきっと会えるから大丈夫だよ」
「大丈夫ですか? 早くこっちへ、あなた達も急いでッ!」

小日向さんと立花さんが連れてきた、母親とはぐれてしまった男の子を、職員さんが抱いて階段を駆け降りていく。

「こっちはもう誰もいないみたいだよ」
「響、わたし達も行こ?」
「でも、翔くんが……」

さっきトイレに行ったっきり、翔の姿が見当たらない。

多分、先に下の階へ避難したんだと思う。
翔の性格から考えて、おそらくまた人助けしてる間にってところだろう。責任感の強いところから考えれば、僕達を心配して階段を上がって来ている可能性も高い。

「翔ならきっと、階段乗りてる途中で合流できるさ」
「そうだね。ほら、響」
「うん」

三人で階段へと向おうとした、その時。

鳥型のノイズが躰を螺旋状に捩り、窓を突き破って突っ込んできた。

その爆発で天井が崩れ、僕達の上へと降り注ぐ。

「危ないッ!」
「「ッ!?」」

未来さんが身を投げ出し、僕達三人は床を転がる。

ノイズは更に何体かが展望デッキに突撃し、爆発音が何度も連発した。

ff

「うぁ……ッ!」

ノイズから逃れようと、私達の傍を走り抜けていく一般客が悲鳴を上げる。

米兵が私達に向けて放ったアサルトライフルの流れ弾が背中に当たったのだ。

「やがて来る未来は、千年──ッ! やめろッ!」

私は米兵達を睨みつけるが、奴らは相も変わらず発砲を続けている。
弾丸の効かないノイズより、人間である私達が優先ってわけ?

ふざけるなッ!

「夜明けの光の空へ 皆に幸あれ──」

マントを伸ばし、米兵達をまとめてなぎ倒す。

だが……また別の場所から上がってきた米兵達が、私達へと向かってくる。

「マリア……」
「私の──せいだ……」

マントの向こうで、増援の米兵達が銃を構えた音が聞こえる。

私が甘かったから、マムは計画を諦めた。

私が弱かったから、何の関係もない人達が争いの弾丸に晒された。

今、こんなことになってしまっているのは……全部……。

「すべては、フィーネを背負いきれなかった……、私のせいだあああああッ!!」
「うおッ!?」

感情のままに振るわれたマントが、米兵達の多くを薙ぎ払う。

「ぐッ!」

激情のままに繰り出した飛び蹴りで、兵の一人は血を噴きながら倒れ……。

「やああああああッ!」
「ぐあ……ッ!」

そして、二人の兵を纏めて薙ぎ払った烈槍には、兵の傷口から跳ねた血が点々と跳ね付いた。

「ハァ……ハァ……ハァ……ッ! くッ……」

ツェルトが鋼の腕で守ろうとしてくれていたこの手は、いつの間にか血に汚れていた。

そうだ……。これで彼が悲しむのもまた……私のせいなんだ……。

私はもう、後戻りできないところまで来てしまったんだ……。

「いやあッ! 助けて、助けてえッ!」

逃げ遅れた一般客が、怯えた悲鳴を上げる。

彼女の目には、きっと私は……恐ろしい悪鬼に映っていることだろう。

「狼狽えるなッ!」
「ひぃ……ッ!」

その一言で、他の一般客も震え上がり、肩を震わせる。

「狼狽えるなッ! 行けッ!」

私がそう言うと、一般客たちは蜘蛛の子を散らすように、慌てて走り去る。

“狼狽えるなッ!”

あのライブでも私は、震え上がる観客へと向け、同じことを言っていた。

でも……。

(あの言葉は、他の誰でもない……私に向けて叫んだ言葉だ──ッ!)

現実……それは歌を力に戦う者にとって、最悪のバケモノだ。

立ちはだかる現実という名の壁は、私の甘い理想を容赦なく押し潰した。



「マリィ……?」

ようやくマリアを見つけたツェルトは、彼女に駆け寄ろうとして……そして、見てしまった。

血に汚れたアームドギア。
壁や天井に飛び散った血痕に、倒れ伏す米兵達……。

そして、彼女の目尻に浮かぶ涙。

それが意味するところを理解した瞬間、ツェルトはその赤い目を大きく見開いた。

ツェルトに気付いたマリアは、溢れ出しそうな感情を噛み殺し、毅然とした声で言った。

「ツェルト……。私、もう迷わない……一気に駆け抜けるッ!」

ナスターシャ教授を抱え、アームドギアを天井へと掲げる。

アームドギアをドリルのように高速回転させると、自身とナスターシャ教授をマントで包み、マリアは跳躍した。

「マリィッ!」

マリアが穿った穴を昇ろうとして、ツェルトは足元に転がる米兵を見る。

「ぐッ……うぅ……」
(ッ! よかった、傷はそこまで深くない。頭打って気絶したのが殆どか……)

ツェルトはまだ意識があるその兵の腹を、思いっきり踏みつけた。

「ごはッ!?」
「寝てろ。マリィの優しさに感謝するんだな……」

兵が気絶したのを確認すると、ツェルトはアームドギアのワイヤーを伸ばし、穴を登って行った。

ff

「ありがとう、未来……」
「小日向さん、大丈夫ですか!?」
「うん、何ともないよ」

小日向さんのお陰で、何とか三人とも無事な状況だ。

だけど、非常階段は瓦礫が塞いでしまっている。
これじゃあ、僕達は逃げられない。

翔は……いつだって強くて頼りになる親友は今、この場に居ない。
彼が上がってくるための階段が塞がれてしまった以上、彼に頼るわけにもいかない。

僕が……僕が何とかしなくっちゃ……。

小日向さんと立花さん、二人は僕が守らなくちゃいけないんだ!

「ふんッ! ぐぬぬ……」

瓦礫に手をかけ、持ち上げようとする。

重たい……。ダメだ、全然持ち上がらない……。

「ふんッ……ぐぐ……うううううッ!」

でも、やらなきゃ……。
僕がやらなきゃ!

「加賀美くんッ!?」
「恭一郎くんッ!」
「おおおおおおッ! 絶対……絶対に……除かしてやる……ッ!」

背後から聞こえる、二人の声。

僕を心配している声。

僕は負けない……諦めないッ! 絶対に、やってやるんだ……ッ!

「男ならッ! 高い壁でも突き破れッ! うおおおおおおーーーッ!」

僕自身を奮い立たせるその言葉が実を結んだのだろうか。

手をかけていた瓦礫はとうとう持ち上がり、非常階段への道は開かれた。

「開いたッ! 小日向さん、立花さん、先に──」

そこまで言いかけた、その時だった。

「わッ!?」
「うわわ、わああ……ッ!」

度重なる爆発で構造が脆くなっていたのか、展望デッキが崩れ始める。

そして、窓に近い場所にいた立花さんは崩壊に巻き込まれ、抜けた床から落下する。

「──響ぃッ!」

小日向さんの手が、何とか立花さんの左手を掴む。

しかし、小日向さん一人では引き上げることは出来ないだろう。

「今そっちへ……!」

瓦礫を床に置き、小日向さんの方へと向おうとする。

その時、下の階で更なる爆発が起きた。

「うわぁッ!」

揺れで足を滑らせてしまい、僕は抜けた床の縁を踏み外していた。

「加賀美くんッ!」
「ッ! ぐッ……ッ!」

ギリギリのところで、なんとか床の縁を掴む事ができ、落下は免れる。

でも、早く上がらないと……僕も、小日向さんも長くはもたない……!

「未来ッ! ここは長くもたないッ! 手を放してッ!」

立花さんが叫ぶ。

立花さんは、シンフォギアを使うつもりなんだ……。

でも、小日向さんはそれを拒んだ。

「ダメッ! わたしが響を守らなきゃッ!」
「未来……」
「う、く……」
「恭一郎ッ!」

手を掴まれて顔を上げると、そこには翔の顔があった。

「翔ッ!」
「すまない……。降りてくる人達を避けるのに、手間取ってな」

翔は何とか、僕を引き上げようとする。
しかし、中々引き上げる事が出来ない。

「いつか……本当にわたしが困った時……未来に助けてもらうから。今日は、もう少しだけ……わたしに頑張らせて……」
「──わたしだって、守りたいのに……ッ!」

小日向さんと立花さんは、なんだか今わの際みたいな会話をしている。

「翔、僕は何とか自分で上がってみる! だから小日向さんの方をッ!」
「馬鹿野郎ッ! お前を助けてからに、決まって──ッ!」

次の瞬間、立花さんの左手は、小日向さんの指をすり抜けて落ちていく。

立花さんの方から手を離したんだ……。小日向さんが支えきれずに離すことを分かった上で……。

「響ッ!」

翔の集中が一瞬、立花さんの方へと逸れる。
それは翔の手の力を緩ませるのに十分で……さっき瓦礫を除けたのもあって限界だった僕の手は、遂に床を放してしまった。

「響ぃぃぃぃぃッ! 加賀美くーーーーーんッ!」
「くッ……やむを得んッ!」

どんどん遠くなっていく、二人の顔。

遠ざかっていく、小日向さんの悲鳴。

このまま落ちていくのかと思ったその時……僕の耳に、唄が聞こえてきた。

「──Balwisyall Nescell gungnir tron──」
「──Toryufrce Ikuyumiya haiya tron──」

頭上から、灰色の流星が迫る。

僕に向かって手を伸ばすそれは、紛れもなく……頼りになる親友、風鳴翔だ。

「掴まれ恭一郎ぉぉぉぉッ!」
「翔……着地任せたッ!」

背中から伸びる翼で加速しながら、翔は手を伸ばしてくる。

僕は迷わず、その手を掴んだ。

翔は掴んだ手を引き寄せ、僕をお姫様抱っこしながら着地姿勢を取る。

落下から二十秒ほどだっただろうか。

翔と立花さんがスカイタワー下へと着地し、衝撃で地面が半径10メートル近く沈下する。

二人は両脚のアーマーから排熱すると、立ち上がって頭上を見上げる。

「──未来、今行くッ!」
「待ってろ恭一郎、小日向は必ずッ!」

翔が僕を地面に降ろした、その直後……展望デッキが爆発した。

「──ッ!」
「な……ッ!」
「そんな……ッ!?」

煙が上がっているのは、丁度僕達が落ちてきたところだ。

そして更に、同じ場所が再び爆発する。

「そんな……小日向さん……小日向さあああんッ!!」
「嘘だろ……小日向……ッ!」
「未来ーーー……ッ!!」

僕は……小日向さんを、守れなかった……のか……?

信じがたい、しかし事実として目の前に立ちはだかる現実に膝を屈し、崩れ落ちる僕。

その隣で、立花さんの絶叫が虚しく空へと吸い込まれていった。 
 

 
後書き
如何でしたでしょうか。
ようやく鬱パートが終われる……。作者としてはそんな気分です。
後は巻き返すだけですからね。いや~、やっと巻き返しに突入できる……。

恭一郎くんの、「一般人なりの一生懸命な頑張り方」と「守りたかったものを目の前で取りこぼしてしまった無力感」。
物足りないんじゃないかと不安ですが、ちゃんと描けていると言って下さるのでしたら幸いです。

それと、さりげなさ過ぎて誰も突っ込んでくれないのですが、時々台詞の中にもパロディを仕込んでいるんですが、お気づきでしたか?

前回の響の台詞にグリッドマンのキャッチフレーズ入れたり、翔の台詞に「いつだって誰もが誰かに愛されてる」、「生きる理由になれるでしょうか」なんてフレーズを忍ばせたりしてるんだけど、違和感なさ過ぎて誰も気づかないので……。
第二話のウェル博士も「残業はしない主義でね」って言ってるんですけど突っ込んでくれたのリア友だけでした(苦笑)
本当に『パロディは気付かれなければパロディじゃない』んだなぁと実感しますね。これからもやっていきます。

ちなみに今回は恭一郎くんの台詞にミラーマンの歌の歌詞混ぜました。

次回は……適合者の皆さん、もうお分かりですね?
そうです。メンチィ!です。司令が唄うあれがすぐそこですw

それでは次回もお楽しみに! 

 

第28節「消えた陽だまり」

 
前書き
次回か次々回で新章突入かな?

長くなってしまった気はしますが、それはそれとして。
ウェルが今回も書いててうぜぇですw
クソ野郎なんだけど嫌いになれないタイプのクソ野郎だからか、書いててちょっと楽しいって何なのこいつ()

取り敢えず、推奨BGMは『Bye-Bye Lullaby』です。
ちなみに作者は書いてる間、ゲンムのテーマ流してましたw 

 
「クソッ! 埒が明かねぇッ!」
「退きやがれっつってんだよッ!」

スカイタワーへと向かっていたクリスと純だったが、その周辺には大量のノイズが蔓延っていた。
どうやら、明確に二課の干渉を阻むための布陣が敷かれているらしい。

ソロモンの杖の保有者の狡猾さが、目に見えるような状況だった。

「あたしは行かなきゃならねぇんだッ! あのバカは、無茶しやがるに決まってる──ッ! だから……これ以上、邪魔するんじゃねぇッ!」
「翔、響、絶対に早まったことしてくれんなよ……ッ!」



一方、別ルートから最短での到着を目指していた翼もまた、ノイズに囲まれていた。

「──散れッ!」

しかし、幾ら数を揃えたところで、歴戦の防人である翼の足元にも及ばない。
足止めして時間を稼ぐのが精々である。

だが、その彼女の元へと……奴は現れた。

「流石は日本政府が誇るサキモリ、見事な腕ですねぇ」
「ウェルッ!」

振り返ると、そこには……ソロモンの杖を持ったウェル博士が立っていた。

「貴様、よくもぬけぬけとその顔を──ッ!」
「まあまあ。落ち着きましょうよ。どうしてわざわざ僕が、あなたの前に出てきたと思っているんです?」

ウェルの言葉に、翼は怪訝な表情となる。

「折り入って、あなたにお話があるんですよ」
「貴様のような外道と、話すことなどないッ!」
「いいえ、あなたになくても僕にはあるんです。それに、この話を聞けば、あなたも決してノーとは言えない筈ですよ……」
「なに……?」

ウェル博士が切り出した予想外の言葉に、翼は目を見開いた。

「──ッ!?」

ff

スカイタワーからは煙が登り、上空にはノイズが飛び回っている。

展望デッキを見上げる響の脳裏には、これまで積み重ねてきた未来との想い出が、走馬灯のように走り抜けていく。

一緒に笑い合って、喧嘩して、流れ星を見て……。
見上げた先にて奪われてしまった陽だまりに、響の心は確かに折り砕けてしまった。

「未来……」

力なく膝を着いた瞬間、纏うギアは粒子と消えた。
そして、その目からは悲しみがとめどなく溢れてゆく。

「──何で、こんなことに……う、ううッ……ううぅ……ッ!」
「小日向さん……そんな……ああ……ッ!」

それは、恭一郎も同様であった。

ようやく、あの日の想い人が見せてくれた輝きに報いることが出来た。
そう思った矢先に、目の前から遠ざかってしまった未来。

二人の絶望は、計り知れない。

だが、そんな二人にもノイズは容赦なく狙いを定める。

数体のフライトノイズが螺旋状に変形し、二人の方へと突っ込んだ。

「響ッ! 恭一郎ッ!」

翔が飛ばす光刃。
しかし、全てを打ち落とすには能わず、黒煙を抜けた2体が迫る。

風を切って向かってきたのは、一筋の赤矢。
そして銀色の盾だった。

「大丈夫かッ、お前らッ!」
「純ッ! 雪音ッ!」
「そいつらは任せたッ!」

自らを抱えて走って来た純の腕から飛び降りると、跳躍したクリスは空中で宙返りして着地した。

「あいさつ無用のガトリング ゴミ箱行きへのデスパーティ One,Two,three 目障りだああぁぁぁッ!」

〈MEGA DETH PARTY〉

発射されたミサイルが宙を乱舞し、迫りくるノイズを先制する。

(少しづつ何かが狂って、壊れていきやがる……あたしの居場所を蝕んでいきやがる……ッ!)

空中より標的を貫こうとしてくるフライトノイズを走りながら躱し、アームドギアをガトリング砲へと変形、先ほどのミサイルよりも広範囲にブッ放つ。

「撃鉄に込めた想い あったけぇ絆の為──」

〈BILLION MAIDEN〉

(やってくれるのは、どこのどいつだッ! ──お前かッ! お前らかッ!?)

砲撃の為に移動を止めた隙を突くように迫るノイズ。

しかし、それも跳躍で回避しながら撃ち砕き、着地と同時に振り返って頭上の群れも撃ち抜いていく。

(ノイズッ! あたしがソロモンの杖を起動させてしまったばかりに……。何だ……悪いのはいつもあたしのせいじゃねぇか……)

ガトリングとミサイル、一斉掃射で空を覆い尽くす災厄の悉くを葬りながら、クリスは己がかつて犯した過ちに苛まれる。

(でも……あたしは──ッ!)

だが、今の彼女はかつてと違う。
自分のせいで……以前の彼女であればそう感じた時、誰にも迷惑をかけないよう、自分の居場所を手放そうとしただろう。

しかし、今の彼女にその選択肢はない。
彼女の居場所を脅かすとは即ち、彼女に寄り添う少年の怒りを買うということ。

彼女の居場所を指し示し、導き、迎えに来てくれる彼の存在は、クリスに逃げない勇気を与えていた。

「もう逃げなぁぁぁーーい!!」

〈MEGA DETH FUGA〉

両肩から展開した二機の大型ミサイル。
ほぼチャージなしで他の技とも併用できるそれを、空中を浮遊している二体の空中要塞型ノイズへと向けて発射した。

「はぁ、はぁ、はぁ……はぁ……」

空中要塞型ノイズから誘爆し、スカイタワー上空を覆い尽くしていたフライトノイズは、瞬く間に全滅した。

「クリスちゃん……」

息を切らして膝に手をつくクリスの隣に駆け寄り、純は肩を貸した。

「お疲れ、クリスちゃん」
「ああ……。でも、あたしらは……」

クリスは泣き崩れる響と恭一郎の方を見ながら、目を伏せる。

「間に合わなかったのか……私は……」

そして、遅れて到着した翼もまた、目の前の光景に呆然と立ち尽くしていた。

ff

(絶対に離しちゃいけなかったんだ。未来と繋いだこの手だけは……)

戦闘終了後、無事二課に保護された響は、手を離した瞬間の未来の顔を思い出しながら項垂れていた。

未来と繋がれていた左手を握り、後悔に苛まれる。
そこへ、紙コップを持った友里がやって来た。

「あったかいもの、どうぞ。少しは落ち着くから……」
「ひく……ぅ……」

いつも通り、友里が持ってきてくれた珈琲は、熱すぎない温かさで湯気を立てている。

しかし、その温かさは今、響の心に空いた穴を実感させるばかりで、とても喉を通らなかった。

「響ちゃん?」
「……でも、わたしにとって一番あったかいものは、もう……ううぅ……」

再び泣き始める響。
友里にかける言葉はなく、ただ、今はそっとしておくべきだと判断し、その場を離れるのだった。



「恭一郎」

振り返った先には、紙コップを持った純が立っていた。

「ほら。これでも飲んで、一息ついて」
「ありがとう……」

紙コップを受け取り、一口飲む。

注がれていた珈琲は適温で、味はとても体に染みた。

「……僕は……結局のところ、何もできなかった」
「そんなことないよ」
「でも小日向さんはッ! あの場に居たのに何もできなくて……なのに僕は無事に帰ってきて……」
「その言葉、次言ったら怒るよ?」
「……ッ! ごめん……」

いつも落ち着いている純からの、今まで聞いたことのないほどに低いトーンの声。
自分の不用意な言葉が、彼の精神を逆撫でしたことを悟り、恭一郎は慌てて謝る。

「……本当に、君は自分が何もできなかったと思っているのかい?」
「それは、どういう……?」

首を傾げる恭一郎に、純は彼の方を見て答える。

「翔から君に伝えるようにって言われててね。階段前の瓦礫、君が除かしたんだろう?」
「それは……」

恭一郎は、両掌を見る。
貼られたガーゼの下には、瓦礫を持つ際にできた擦り傷が疼く。まるでそれは、彼の奮闘を証明する勲章のようだ。

「恭一郎。君はあの場に於いて、自分が出来る最善を尽くして足掻いたんだ。僕や翔みたいに戦う力はなくとも、小日向さんと立花さんを助けようとしたんだろう?」
「あの時は必死で……ああしなきゃって……」
「壁を突き破る覚悟と、逆境に立ち向かう意思。君がかざしたものは、確かに翔の道を作ったんだ」
「……ッ!」

その言葉に、恭一郎は顔を上げる。
もしもあの時、自分が諦めていたら、翔はあの場に立っていなかった。

それどころか、自分は真っ逆さまに落っこちていたかもしれない。

「誇れよ、恭一郎。君は確かに、漢を見せたんだ」
「でも、小日向さんは……」
「……確か、恭一郎が落ちた時、小日向さんはあそこから手を伸ばしていたんだよね?」
「ああ……」

純の質問に頷くと、純は顎に手を当てて考え込む。

「だとしたら……小日向さん、まだ無事でいる可能性があるぞ?」
「え……それは本当かい!?」

純の一言に恭一郎は思わず彼に詰め寄った。

「小日向さんの位置的に考えて、爆風で落下してくる可能性は低くない筈なんだ。でも、小日向さんは落ちてこなかった。だとすれば……」
「立花さんにも伝えなきゃ……ッ!」

自分と同じくらい、いや、それ以上に落ち込んでいるであろう響の元へと走ろうとして、恭一郎はふと立ち止まる。

「……そういや、翔は?」
「ああ、なんでも司令達に報告があるって。どっから持ってきたのか分からないけど、何かのファイルを持っていたような……」

ff

「っ!!」

エアキャリア内、作戦会議室。

やり場のない怒りに、マリアは力任せに窓を殴りつけた。

「この手は、血に汚れて──セレナ、私にはもう……うわああああ……ッ!」

米兵に向けてガングニールを振るった瞬間を思い出し、慟哭するマリア。
ツェルトはマリアの肩に手を置く。

「落ち着けマリィ。撤退前に確認したが、死人は一人も出ていなかったッ! 君は誰も殺してなんか──ッ!」
「それでもッ! この強大な力を、私自身の意志の元で誰かにぶつけ、傷つけた事実に変わりはないッ!」
「ッ! それは……」

人を殺めたのでは、という意識ではない。
自分の手で彼らを傷つけ、その手を血に染めた事自体が、彼女の自責の根底だ。

「これまで私の代わりに矢面に立とうと、その鋼の腕で私を守ってくれたあなたには、謝っても謝りきれないわ……。誰も傷つけずに世界を救おうだなんて甘い考えじゃ、何も守れない……。分かっていた筈なのに、どうしてもっと早く──」
「馬鹿を言うなッ! だからって、自分から積極的に他人を傷つけに行く者に、正義なんてあるもんかッ!」
「現実はそう甘くないのッ! これは訓練でもリハーサルでも、コミックや映画でもないのよッ!」
「……ッ、マリィ……」

鬼気迫る表情でまくし立てられ、ツェルトは何も言えなくなってしまう。

「もう、迷わない。この手を血に汚すことを、決して……躊躇わない──ッ!」

自分に言い聞かせるように、そう宣言するマリア。

調は、予備の車椅子に腰を下ろしたナスターシャ教授に問いかける。

「教えて、マム。いったい何が……?」
「……それは」
「それは僕からお話しましょう」
「ッ!」

ナスターシャ教授の言葉を遮って入室してきたのは、やけに気分のよさそうなウェルだった。

「ナスターシャは10年を待たずに訪れる月の落下より、一つでも多くの命を救いたいという私達の崇高な理念を──米国政府に売ろうとしたのですよ」

ウェルの言葉に、調と切歌は信じられないという風で、ナスターシャ教授を見る。

「──マム?」
「本当なのデスか……?」
「……」

ナスターシャ教授は何も答えない。
それをいいことに、ウェルは更にまくしたてる。

「それだけではありません。マリアを器にフィーネの魂が宿ったというのも、とんだデタラメ。ナスターシャとマリアが仕組んだ狂言芝居……」
「……ごめん……2人とも、ごめん……」

俯いたまま、調と切歌に謝るマリア。
そして彼女は、ツェルトの方を見る。

「ツェルトは、気付いていたのよね……。なのに付き合わせちゃって、ごめん……」
「謝ることはない……。マリィの決意を尊重したかっただけだ……」
「マリアがフィーネでないとしたら、じゃあ──ッ!」

その言葉が、切歌に決定的な確信を与えてしまったことを、この場に居る誰もが知らない。
ウェルは畳みかけるように、ナスターシャ教授を非難し続ける。

「僕を計画に加担させるためとはいえ、あなたたちまで巻き込んだこの裏切りはあんまりだと思いませんか? せっかく手に入れたネフィリムの心臓も無駄になるところでしたよ」
「マム、マリア……ドクターの言っていることなんて嘘デスよね?」

切歌はまだ受け入れられないらしく、再度その真偽を聞き返す。

「本当よ。私がフィーネでないことも。人類救済計画を、一時棚上げにしようとしたこともね……」
「そんな……」

しかし、事実は変わらない。

誰より信じ続けてきたナスターシャが、理想を諦め、自分達に内緒で組織を終わらせようとしていた事に、調も切歌もショックを隠せない。

「マムはフロンティアに関する情報を米国政府に供与して協力を仰ごうとしたの」
「だって米国政府とその経営者たちは自分たちだけが助かろうとしてるって……」
「それに、切り捨てられる人たちを少しでも守るため、世界に敵対してきたはずデス……ッ!」
「あのまま講和が結ばれてしまえば、私たちの優位性は失われてしまう。だからあなたは、あの場にノイズを召喚し、会議の場を踏みにじってみせた」

言いたいことはあるものの、ウェルの言葉はどれも偽りのない事実だ。
ナスターシャはただ静かに、ウェルの言葉の裏に隠れる私欲を突こうとする。

「ふッ。嫌だなぁ……悪辣な米国の連中から、あなたを守ってみせたというのにッ! このソロモンの杖でッ!」

杖の先端をナスターシャへと向け、ウェルは狂気を孕んだ笑みを見せる。

「や、やるデスか……ッ!」
「マムを傷つけることは──」

思わず構える装者達。だが……。

「……やめなさい」
「──マリィ?」

ウェルとの間にマリアが割って入り、ウェルを庇うように立ちはだかる。

「どうしてデスか……ッ!?」
「ハハハッ、そうでなくちゃッ!」
「マリィ、そいつを庇うのかッ!?」
「偽りの気持ちでは世界を守れない。セレナの想いを継ぐ事なんてできやしない──。全ては力……。力を以て貫かなければ、正義を成す事などできやしないッ! 世界を変えていけるのはドクターのやり方だけ。ならば私はドクターに賛同するッ!」
「「「──ッ!」」」
「ふ……ふふふふふ……ッ」


描いたとおりに事が動き始め、ウェルは思わず笑みを漏らす。
既にナスターシャの余命は残り僅か。極大災厄に抗うには、もはや一刻の猶予もない。

となれば、精神的に追い込まれたマリアが自分に賛同するのは道理だ。
ウェルはマリアの背後でほくそ笑んでいた。

「そんなの嫌だよ……。だってそれじゃ、力で弱い人達を抑え込むって事だよ……」
「調の言う通りだ。こんなやり方、俺達が最も忌み嫌ってきたものじゃないかッ!」

調の絞り出すような反論に、ツェルトも賛同する。
だが、ウェルはそれすらも読んでいたかのように、二人の反論を潰しにかかる。

「では調さん。あなたはこれまでの任務で、たとえ相手が自分より弱くても目的遂行の為ならば仕方ない……そう考えたことはないというのですか?」
「……ッ! それは……」

調の脳裏に浮かんだのは、ライブ会場での一件。
緒川に見つかってしまった時だ。

それから、ネフィリム起動のためにシンフォギアのペンダントを奪いに行った時もそうだ。
相手は翼だったとはいえ、いざとなればギアを纏い、奇襲をかけようとしていた。

自らの未熟さの中にあった矛盾を突かれ、調は言葉を失う。

「ツェルト、君は甘い。マリアも言っていたでしょう。現実は君の大好きなヒーローコミックの世界ほど、甘くはないのですよ」
「だが、お前のやり方が正しい道理などあるものかッ! 無関係の人達も沢山巻き込んで、ネフィリムに装者の腕を食わせるような真似までしておきながら、どの口で物を言ってやがるッ!」
「あれらはヒトではありませんよ。あなたも見たでしょう?」
「心があり、自分の意志がある以上、あの二人は人間だッ! 誤魔化そうとしてんじゃねえッ!」
「二人とも、そこまでにしてッ!」

マリアの言葉に、ツェルトは思わず口を閉じる。

「お願い、分かってツェルト……。もう時間がないの……もう他の道を進むには、私達遅すぎたのよッ!」
「だが──ッ!」
「いつだって、力なき者は強者に踏み躙られ、奪われ、最後は捨てられるのが常……。力なき理想に、弱いだけの正義に、守れるものなんてこの世にはないのッ!」
「……わかりました……」

そこで口を開いたのはナスターシャだった。

「マムッ!?」
「それが偽りのフィーネではなく、マリア・カデンツァヴナ・イヴの選択なのですね……」
「……」

マリアは答えない。
それは、未だに迷い続けている証拠だ。

ツェルトに放った言葉が、彼女の本心ではないことの証だ。

「そんな正義、俺はまっぴら──」
「くッ、ごほ、ごほ……ッ!」

反論を続けようとするツェルトだったが、そこでナスターシャが咳き込む。
持病の発作だ。前よりも鎮静化している期間が縮んできている気がする。

「マムッ!」
「大丈夫デスか?」
「後のことは僕に任せて。ナスターシャはゆっくり静養して下さい」

そう言って、ウェルは会議室を後にする。
これで組織の実権は、実質ウェルが掌握したと言ってもいい。

「さて、計画の軌道修正に忙しくなりそうだ。“来客”の対応もありますからねぇ……」
「くッ……」

ウェルが出ていった自動扉を睨みながら、ツェルトは舌打ちした。

(まずい流れだな……。クソッ、あの野郎……地味にキツい当てつけしていきやがって……)

これで二課への投降は絶たれてしまった。
F資料がなくなっているのがバレるのも、時間の問題だろう。

(でもな……誰が何と言おうが、俺は俺の信念を曲げたりしねぇ。たとえマリィに否定されたとしても、俺は……マリィの“ヒーロー”であり続けるって決めてんだ……)

自分の部屋に戻った彼は、机の中に仕舞った一冊のコミック本を握り締める。

夢の原点となった隻腕の超人兵士を始め、憧れの英雄たちの背中を思い描き、瞳を閉じる。

(ウィンター・ソルジャー……。キャップ、ファルコン、アイアンマン、スパイディ……。俺の、憧れのヒーロー達よ。どうか、俺に力を貸してくれ……)

意を決して彼は、その胸に悪への報復(アベンジ)を誓う。

全ては、愛する者達を守り、認め合った友と手を取り合って世界を救うために……。












その頃、エアキャリア内の格納庫にて。

以前はネフィリム用だったその檻の中で蹲る少女は、寂し気に呟いた。

「響……」 
 

 
後書き
裏設定ですが、ツェルトが呼んでいたマーベルコミック、実は中身がほぼMCU準拠です。
マーベルってマルチバース設定あるからね。そういう事もあるさ。

ちなみにバッキーに憧れるようになったのは義手になってから。片腕だけでも戦い、キャップと共に戦った親友。片腕失ってセレナも守れず失意の中にあった当時のツェルトが彼に憧れるのは、至極当然の事だったと言えるのかもしれません。

特訓シーンだけだと短くなっちゃいますので、ファミレスのシーンは次回に回します。

さて、次回はいよいよお待ちかねの特訓回!
書くためにようつべで何度も別パターンの英雄故事を再生して回ったのは私ですw
お楽しみに! 

 

第29節「英雄故事」

 
前書き
遂にやってきてしまいました、司令が唄う特訓回!
あの特訓シーンを文字に起こすの、地味に大変でしたw

そして明日はお休みします。
22時からツイキャスでプレゼンやるので、興味ある皆さんは是非、Twitterのフォローをよろしくお願いします。
ちなみにプレゼンするものは「Stay At Home With ULTRAMAN を初見でも楽しく見れる予備知識」という名のダイマですw
『明日のエースは君だ』、『小さな英雄』、『第三番惑星の奇跡』、『青い火の女』のあらすじと、各シリーズの特色を語りますので、ウルトラシリーズ大好きな皆さんはご期待ください。

推奨BGMは『英雄故事』、特にYouTubeにある初音ミクのやつをお勧めします。日本語訳と発音の両方載ってますのでw 

 
都内某所のファミレス『イルズベイル』。
【おいしさの虜、一度入ると抜け出せない……】をキャッチコピーにしたその店の角席で、クリスは溜息を吐いた。

「はぁ……。結局、話せずじまいか……」

食後の珈琲に口をつける。
腹を割って話そうと翼を呼び出したまではいいもの、彼女は大分苛立っており、話せずじまいで終わってしまったのだ。

「どうして翼さんの名前、呼んであげないんだい?」
「ほわぁああッ!? ジュンくんいたのかよッ!?」

隣の席から話しかけてきた声に飛び退くと、そこには純が座っていた。

「そっち行ってもいいよね?」
「あ、ああ……」

純はクリスの向かいに座ると、翼が手を付けずに置いていったお冷を呷る。

「……あたし、あいつに色々ひでぇことしたしよ……」
「翼さんは気にしてないだろうし、クリスちゃんの気が済まないんだったら、謝ればいいんじゃないのかい?」
「そりゃあ、そうなんだけどよ……」
「やっぱり、恥ずかしいのかい?」
「……」

クリスは黙り込むと、ただコクリと頷いた。

「立花さんはいいのにかい?」
「ほ、ほら、あの人は……その……あ、あたしより年上だしよ……」
「ああ、なるほど……。つまりクリスちゃんにとって、翼さんは初めての先輩って事になるのか」
「……ッ!」

その一言で、クリスの顔は一気に赤くなった。

クリスが恥ずかしがるのを分かっていて、純は敢えて言葉にする。
恥ずかしかったとしても、ここでそれを認めなければクリスが前に進めない。

素直じゃない彼女の性格を分かっているからこそ、本音を暴いて言葉にする。
そうやってクリスが一歩を踏み出すのを手助けするのも、自分の役目だと自負しているからだ。

「その気持ち、翼さんにちゃんと伝えた方がいいと思うよ」
「でもよ……」
「別に、今すぐじゃなくてもいい。でも、出来るだけ早い方がいいと思うよ。来年の3月には翼さん、リディアンを卒業して、イギリスに行っちゃうんだからさ」
「うっ……」

クリスはしばらく目を泳がせ、俯き、暫く唸ると、溜息を一つ吐いた。

「わかったよ……頑張ってみる。何も言えないまま別れるなんて、もう嫌だもんな……」
「うん」

窓の外を見つめるクリスの眼差しが揺れる。

別れも感謝も告げられぬまま、会えなくなってしまった人がいる。
そんな人達の事を思い出しているのだろう。純はそれ以上は何も言わなかった。

「……このパフェ、注文しちゃっていいかな?」
「ジュンくんもパフェとか食べるんだな」
「まあね」

ff

翌日早朝、二課仮説本部発令所。

「これは……」

響は弦十郎から渡された通信機に首を傾げる。

「スカイタワーから少し離れた地点より回収された、未来くんの通信機だ」
「……ッ!」
「発信記録を追跡した結果、破損されるまでの数分間、ほぼ一定の速度で移動していたことが判明した」
「……え」

モニターに発信機のGPS記録が表示され、響は顔を上げる。

「未来くんは死んじゃいない。何者かによって連れ出だされ、拉致されたと見るのが妥当なとこだが……」
「師匠! それってつまり……ッ!」
「こんなところで呆けてる場合じゃないってことだろうよッ!」
「響ッ!」
「うんッ!」

響と翔が顔を見合わせ、翼とクリス、純が胸を撫で下ろす。
純の予想通り、未来は生きていたのだ。

「さて、気分転換に身体でも動かすか?」
「──はい!!」

弦十郎に頭を撫でられながら、響は元気よく返事した。

(そうだ……俯いてちゃダメだ。わたしが、わたし達が未来を助けるんだッ!)



数分後、ジャージに着替えた響達は、弦十郎と共に基礎訓練のランニングを始めていた。

……弦十郎が古いカセット式のウォークマンで再生しながら口ずさむ、昔のアクション映画の主題歌と共に。

憑自我(パンチーンゴー) 硬漢子(ンガァンホンチー) 挨出(ペンチョッ)一身痴(ヤッサンチィ)──」
「何でおっさんが歌ってんだよ! ってか、そもそもコレ何の歌だ? 大丈夫か?」
英雄故事(イェンホングンシ)。ジャッキーチェン主演、ポリス・ストーリーでジャッキーが歌った主題歌だ。ちなみに意味は……」
「いや、そこまで聞いてねぇよ!」

100パーセント弦十郎の趣味な選曲に加え、翔の長くなりそうな解説に、ダルそうに走っていたクリスは思わずツッコミを入れる。

「翔、これ歌えるの?」
「日本語訳もいけるぞ?」

そう言って翔は合いの手を挟むように、歌詞に日本語訳をねじ込み始めた。

生命(サァンメン) 作賭注(チョッドウチュ) 留下了(ラゥハリュ) 英雄故事(イェンホングンシー)
「命をかける、それがヒーローだ!」
「ったく、慣れたもんだな……」
「まあまあ、いいじゃないか。体鍛えながら中国語勉強できると思えば、一石二鳥だろう?」
「ジュンくん、それ流石に厳しい」

仲間たちと共にランニングする中で、響の気持ちが前を向いていく。

(そうだ。うつむいてちゃダメだ。私が未来を助けるんだ!)
憂患(ヤーゥワァン) 見骨氣(ギングァッへィ)「「昂歩顧(ンゴンボゥグ)分似醒獅(パァチィセングシー)」」
「俺の魂は獅子のように強いッ!」

弦十郎のテノールに、響の声も加わる。
更に翔が合いの手の如くねじ込んでくる日本語訳は、もはや師弟が一体となって奏でる一つのシンフォニーと言えるのではないだろうか?

「「跨歩上(クヮボゥセェン) 雲上我(ワンセェンゴ)要去寫(イゥホゥィセ~)……」」
「前を向け! 天に届く夢を持てッ!」
「「「──名字(メンチ)ッ!」」」

師弟三人による英雄故事に盛り上げられ、ランニングの後も修行は丸一日かけて続いた。



「よ……ッ! ほ……ッ!」

棒にぶら下がりながら、下に置かれた二つの水瓶それぞれに入った水を、両手に持った猪口に汲んで上体を起こし、戻す際に水を汲み替える修行。



「はッ! ……はッ!」
「これもまた、剣としての──ッ!」

縄跳び。空気椅子(膝、肩、頭に水入りの茶碗)、肉屋の冷凍倉庫で凍った生肉をサンドバッグにしてのスパーリング。



「あ……これ、美味いな!?」
「どうしてミルクセーキ?」
「昔は生卵をジョッキで飲んでたんだけど、あれ健康的にはあまりよろしくないらしくて……。だから牛乳加えて加熱したミルクセーキの方が飲みやすいしいいんじゃないかって、叔父さんに提案してからは、俺が作ってるってわけ」
「おかわりーッ!」

日本アルプスを登り、翔特性のミルクセーキをジョッキで飲み干し……。



訓練の締めに、一同は頂上のロッジの前で夕日を眺めていた。



「ふぅ……」
「どうだ? たまには初心に返って基礎訓練をするのもいいものだろう」
「やっぱり叔父さんとの修行は身になるなぁ~」
「ありがとうございます、師匠ッ!」
「うむッ!」

翔と響はこの修行を心から楽しんでいたらしく、夕日に向かってガッツポーズしている。

「……未来、待ってて。今度は必ず、わたしが未来を助けるからッ!」
「そこは“わたしが”じゃなくて、“わたし達が”だろ?」
「うん、そうだねッ! わたし達で、未来を助けるんだッ!」

一方、純とクリスはと言うと……。

「はぁ、はぁ……やってられねぇ」
「おつかれ、クリスちゃん……。いや、これ、思ってた以上にキツイな……。翔や翼さんは慣れてるみたいだったけど……」

クリスは地面に大の字で寝転がり、純はその隣に腰を下ろして夕日を眺めていた。

「でも結構効いてる実感はあるんだよね……。ジム通いよりは練度上がりそう……」
「定期的にこれ全部やるのはごめんだけどな……」

そして、翼はというと……。

(……翔も、立花も、雪音も爽々波も、誰も彼もが笑っていて、温かいこの場所。……でも、わたしはみんなを……この国を護るには、余りにも弱すぎる……。やっぱりわたし一人じゃ……奏……)

沈みゆく夕日に、あの日を思い出しては瞳を曇らせていた。
剣としての毅然とした顔の裏に隠した弱さを、翼は誰にも見せられない。

何故なら彼女は……この国を護る(つわもの)、防人なのだから。

ff

「りんごは浮かんだ お空に りんごは落っこちた 地べたに──」

エアキャリア内、格納庫。
破損したセレナのペンダントを見ながら、マリアはAppleを口ずさむ。

「星が生まれて う──……どうしたの?」

視線を感じて顔を上げると、檻の中から未来がこちらを見つめていた。

「いえ……。……ありがとうございました」



響が落下していった直後、未来の前に現れたのは、ガングニールで天井を突き破って進んできたマリアだった。

「……ッ!」

見つめ合う二人。
またタワーが大きく揺れる。

「ッ! お前……」

上がってきたツェルトが驚いていると、マリアは未来へと手を伸ばした。

「死にたくなければ来いッ!」
「…………──ッ!」

未来は一瞬躊躇ったものの、マリアの手を取る。

マリアは未来とナスターシャ教授を抱えてタワーから脱出する。
ツェルトもそれに続き、タワーを飛び降りた。

直後、タワーの展望デッキは爆発。
響達は気付いていなかったが、落下している間に未来は助け出されていたのである。



「……どうして、私を助けてくれたのですか?」
「さぁ……逆巻く炎にセレナを思い出したからかもね」
「セレナ?」

首を傾げる未来。

そこへ……。

「マリアの死んだ妹ですよ」
「……ドクター」

ウェル博士(しょあくのこんげん)がやって来た。

「この子を助けたのは私だけれど、ここまで連行する事を指示したのはあなたよ。一体何のために?」
「もちろん、今後の計画遂行の一環ですよ」

そう言ってウェルは、檻の前へとしゃがむ。

「そんなに警戒しないで下さい。少しお話でもしませんか? きっとあなたの力になってあげられますよ……ふふ……」

未来に視線を合わせたウェルは、いかにも人のよさそうな笑みを浮かべた。

「私の……力?」
「そう……。あなたの求めるものを手に入れる力です」

「……あの野郎、今度は何企んでやがる……」

格納庫の扉に耳を当て、ツェルトは苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。



(マリアが、フィーネでないのなら、きっとあたしの中に──怖いデスよ……)

洗濯物を干しながら、あの瞬間を思い出す。
誰にも打ち明けられず、アタシの心の中で、恐怖は日に日に膨らんでいった。

「マリア……どうしちゃったんだろう」
「……え?」

隣を振り向くと、調も俯いている。

理由はきっと、昨日のマリアの言葉。
ドクターに賛同する。そう宣言したマリアの言葉を、アタシ達は未だに受け入れられていなかった。

「わたしは、マリアだからお手伝いがしたかった。フィーネだからじゃないよ……」
「う、うん……そうデスとも」
「身寄りが無くて、泣いてばかりのわたしたちに優しくしてくれたマリア……。弱い人たちの味方だったマリア……なのに──」

力をもって貫かなければ、正義を成す事など出来やしない。
その言葉がマリアの本心でないことくらい、二人とも分かっている。

あのツェルトが最後まで認めなかったんデス。
間違いなくマリアは、自分の心に嘘ついてるデス。

それでも……それは、マムが諦めてしまった人類の救済を実現させるため。
それが分かっているからこそ……歯痒いデスよ……。

「……調は怖くないデスか?」
「え……?」

今度は調がアタシの方を向いた。

「マリアがフィーネでないのなら、その魂の器として集められたあたしたちがフィーネになってしまうかもしれないんデスよ……」
「よく……わからないよ」
「……それだけッ!?」
「どうしたの?」
「──ッ」

これ以上は、調に隠し事をしているとバレてしまう。
アタシは洗濯物を置いて、その場から逃げるように走り去る。

「切ちゃん!」

後ろの方で調が呼んでいたデスが、アタシは立ち止まらずに走った。



部屋へ戻ると、膝を抱えて座り込む。

「アタシがアタシでいられなくなったら……アタシは、調に忘れられちゃうデスか……?」

想像するだけで、震えが止まらない。

もしもアタシが消えてなくなって、世界も滅びてしまったら……アタシが生きていた証は何処にも残らなくなってしまうデス……。

「……だったら……せめて、そうなる前に……」

机に向かって座ると、適当な大きさの紙に握ったペンを走らせる。

これからきっと、戦いはどんどん激しくなる。
あの力まで使えるようになっていたという事は、アタシの中のフィーネは近いうちに必ず目覚めるはずデス……。

だったら、そうなる前に──

【はいけい、みなサマへ……】

皆への感謝を、書いて残しておかなくちゃ。

それがきっと、アタシが生きた証になるのデスから……。

そう、みんなに内緒の……お手紙(ゆいごんじょー)デス。 
 

 
後書き
ピーカンな空にシュワシュワな噴水のシャワー……(ボソッ)

メンチッ!といいこれといい、今回はシリアスあるのにネタでもある回になってしまったなぁ(笑)
翔くんの合いの手は、節と節の間にねじ込むように入れてください。

あとミルクセーキの降り、生卵を飲むメリットで検索したところ、サルモネラ菌やら細菌類がお腹で暴れる可能性、そして卵白は加熱しないと卵黄の栄養の吸収を阻害してしまうとかで、健康にはあまり宜しくないらしく、加えてクリスが飲めずにジョッキを落とす程の飲みにくさを鑑みると、翔くんなら絶対ひと工夫してくるなと判断しての描写にしました。

次回で新章かな。多分アドルフ博士がまた株を上げてしまう。何だこの人(汗)
アドルフ博士、XDでの評価を覆したどころか最近なんか原作出演ヅラし始めてません?w
シンフォギアまだハマったばかりの読者さん、この人スマホゲーのイベ限シナリオにしか出てこないゲームオリジナルキャラの人だからね!?
アニメには1ミリも出てこない人だからね!?

立場的にこの辺で出番増えるのは必然だったけど、思った以上に人気出たのも理由かも……。
多分九皐叔父さんや凪先生も、皆の声次第で出番増えますねこれw

それでは次回もお楽しみに。
閃光……始マル世界……うっ、頭が……() 

 

第30節「鏡に映る、光も闇も何もかも」

 
前書き
昨日のキャスを聴きに来てくれた皆さん、ありがとうございました!
アクシデントあったり、ほぼ一人で盛り上がってたりしましたが、楽しんでいただけたのでしたら幸いです。

さて、今回はいよいよ……そうです、サブタイが仕事しすぎてますので、説明不要ですね。

次回からの新章へと向けて、いつもより少し長めでお届けします!
それではお楽しみください!
 

 
響達が弦十郎と特訓している頃、本部発令所では了子が米国F.I.S.との通信を行っていた。

「久しぶり、それともはじめましてかしら? ドクター・アドルフ」
『好きにしろ。俺はフィーネだった頃のあんたは知ってるが、今のあんたは俺の知ってるあんたじゃない。それだけだ』
「そう。じゃあ、アドルフくんでいいわね?」
『フン……。それでドクター・櫻井、フィーネの抜けたあんたが今更俺に何の用だ? 旧交を温めにってわけじゃあないんだろ?』
「頼みたい事があるの。協力してくれないかしら?」

そう言って了子は、響と翔の融合症例に関して掻い摘んで説明する。

アドルフはそれを暫く聞いて、そして苦い顔をしながら言った。

『──なるほどな。こいつは確かに不味いな。普通の手術じゃどうにもならんだろうよ』
「ええ、そうね。だから必要なのよ。フィーネがかつて皆神山の発掘チームから強奪し、あなた達の元で完成させたSG-i03……神獣鏡のシンフォギアが」

神獣鏡。その名前を聞いたアドルフ博士の表情が、一瞬険しくなる。

「その表情、やっぱりウェルくん達に持ってかれちゃってるのね」
『ご明察だよ。ったく、ウェルのヤツめ……俺が苦労して集めた資料まで横取りしやがって……』
「資料? フロンティア関連のものとは違うの?」
『……』

首を傾げる了子に、アドルフは答えるか否か迷っているようだった。

「アドルフくん?」
『……あんたになら、聞かせてやってもいいだろう。知る権利がある』

やがて、アドルフ博士はそう前置きして語り始めた。

『以前、フィーネが聖遺物、生弓矢を狙った事があるだろう?』
「ええ。私も朧気な記憶と、記録で閲覧した程度だけどね」
『フィーネに生弓矢の捜索を依頼したのは、この俺だ』
「えっ!?」
「なんですって!?」

傍聴していた藤尭、友里が口を開き、了子も明かされた衝撃の事実に驚く。

「どういう事なの?」
『順を追って話すか……』

そう言ってアドルフ博士は、あるデータをモニターに映す。

『こいつは、俺がセレナを治療する方法を模索する中で辿り着いた、東洋の聖遺物に関する資料だ』
「セレナって、確か……F.I.S.に所属していた第一種適合者で、アガートラームのシンフォギア装者よね?」
『そうだ。レセプターチルドレンについては、説明不要だな?』
「ええ……。だからこそ、こうしてあなたに繋いでいるのよ。アドルフくん、子供達のこと大事にしてくれてたでしょ?」
『身寄りのないガキ共とはいえ、大事な被検体だからな。子供一人満足に治療できん医者に価値はないね……』

そう言うと、アドルフ博士はファイルの一つを開く。

そこには日本や中国、東洋の古い文献のデータが並んでいた。

「これは……」
『6年前のネフィリム起動実験、暴走したネフィリム暴走を食い止めようとしたセレナは、絶唱の負荷と崩壊した施設の火災で負った大火傷で、ほぼ助からないと判断された。だが、俺が無理を言って冷凍保存させる事で、何とかギリギリ生命を繋いでいたんだ』
「まさか、これ全部、治癒の力を持つ聖遺物に関する資料なの!?」
『ああ、そうだ。──諦めきれなかったんだよ、あの子の担当医としてな……』

サングラスの奥で読み取りにくいが、アドルフ博士の表情は、どこか悔しげだった。

セレナの治療は、現代医学では不可能だった。
だから彼は、あらゆる文献を漁り、彼女を治療する方法を模索したのだろう。

それを横からかっさらわれたのだ。彼の悔しさは語るまでもない。

『西洋圏の聖遺物は、独国やロシアなんかの研究機関、それにパヴァリア光明結社とかいうカルト組織なんかも手を伸ばしてるだろうから面倒な事になる。だから東洋方面、特にフィーネがいる日本を中心に絞ってみた結果、俺が行き着いた答え。それが──』
「生命を司り、死者すら蘇らせるといわれる生弓矢だった……」
『そうだ。まあ、現地でアクシデントが発生し、取引がおじゃんになったって聞いた時は、あまりの悔しさに荒れたもんだ。……まさか、子供の胸ん中に突き刺さってるとは、思いもよらなかったがな』
「その資料がウェルくんに奪われた、と。ウェルくん達は、奪った生弓矢の欠片で何を……」
『コールドスリープさせていたセレナのカプセルも、一緒に持ってかれちまってたよ』

そう言って、アドルフ博士は生弓矢の関連資料を拡大する。

拡大された資料の隣には、経年劣化で読めなくなった部分まで解析した翻訳が付いている。

『おそらくマリア達だろう。フロンティアを起動させた後、セレナの傷を癒して蘇生する。生命力を活性化させる“命の旋律”なら、不可能な事じゃない』
「でも、あっちにはウェルくんがいるのよねー……」
『ろくな事を考えないだろうからな……。あの英雄バカは』

科学者2人は溜息を吐いた。
それだけウェルの人となりは知っているのである。

もっとも、了子はフィーネの記憶から知っているだけなのだが、それでも呆れるほどの自意識過剰っぷりなのだから仕方がない。

そして、二人の悪い予感は当たろうとしていた……。

ff

『じゃあ、小日向は無事なんだな!?』
「ああ。だが、ウェルの野郎が何か企んでるらしい。取り返しのつかない事になる前に、なんとかそちらへ返せればいいんだが……」

その夜、ウェルが研究室へ篭った隙にエアキャリアの外へ出て、ツェルトは翔に未来の無事と組織の現状を伝えていた。

認めるのは癪だが、もはや自分一人でどうにかなる範疇ではなくなった。自分でも動ける範囲で行動するつもりだが、協力を仰ぐのに越したことはない。
それがツェルトの判断だった。

『本部では今、F資料の解析が行われている。終了次第、フロンティアへ向かう予定だ』
「そこで合流だな。お前らのお友達と、それから封印解除に必要な神獣鏡。これら2つを手にヘリキャリアから飛び降りる。回収はできるな?」
『いけるよね、叔父さん?』
『アウフヴァッヘン波形を捉え、落下予測ポイントに本部を回す。それでいいな?』
「充分だ。落下は俺が自力で何とかするさ。女の子一人抱えて飛び降りるくらい、余裕でやってのけるとも」

ツェルト不敵に笑い、だが、と付け足す。

「忘れるなよ。俺が信用しているのは、あくまで翔だ。コマンダー、俺はまだあんたを……」
『皆まで言うな。甥っ子の友達がそこまで腹括ってるんだ。必ず応えてみせるさ』
「フン……。そうでなくちゃ困るっての」

周囲を見回し、そしてツェルトは通話を切る。

脱出後の算段は立てた。
次は脱出までの、神獣鏡と未来を奪還する方法だ。

神獣鏡は最悪、奪取できない可能性もある。
だが、人質とされかねない未来だけは必ず連れ出せるようにしたい。

(ドクターの目を盗んで格納庫へ。あの子を連れて格納庫のハッチを開き、海へとダイブ……。これがベストか。問題は、ドクターが目を離してくれるタイミングだが……)

ツェルトは明日の行動を脳内でシミュレートしながら、エアキャリアへと戻って行く。

たとえそれが、愛する人を置いていく事になるとしても。

君を助けに、必ず戻る。

固く誓いながら、欠けた月を見上げた。





そして迎えた翌日早朝。エアキャリアはフロンティアが沈む海域に向け、空を進んでいた。

「マムの具合はどうなのデスか?」
「少し安静にする必要があるわ……。疲労に加えて病状も進行しているみたい」
「そんな……」
「つまり、のんびり構えていられないということですよ! 月が落下する前に、人類は新天地にてひとつに結集しなければならない! その旗振りこそが、僕たちに課せられた使命なのですから!」

壁にもたれながら、すっかりニューリーダー気取りのウェル博士に、ツェルトは誰よりも苦い顔をする。

「生弓矢さえ使えれば、マムの病気を癒すことだって……」
「コンバーターの最終調整がまだ終わっていないですし、何より、使えたところでナスターシャの身体は老いていますからね。活性化できるほどの生命力が残っているかどうか──」
「ドクター」
「──はいはい、分かってますよ。喧嘩するなっていうんでしょう?」

マリアの咎めるような声に、ウェルは肩を竦める。
一方、ツェルトは忌々し気にウェルを睨んでいた。

(おそらく二課もF資料を辿り、フロンティアを目指しているはず……。合流できれば、このシロゴキブリ野郎がふんぞり返っているこの状況も──)

その時、警告アラートと共にモニターが海上を進む一隻の艦艇を映し出す。

「これは?」
「米国の哨戒艦艇デスか!?」

どうやら、海上からエアキャリアを捕捉しているらしい。

「バカな、ウィザードリィステルスは……まさかッ!?」
「こうなるのも予想の範疇。せいぜい連中を派手に葬って世間の目をこちらに向けさせるのはどうでしょう?」
「テメェッ!」

ウィザードリィステルスを発動する為に接続されていた神獣鏡のギアコンバーターが、制御装置から取り外されていた。

ウェルは始めから、哨戒艦艇に自分達を見つけさせるつもりだったのだ。

「そんなのは弱者を生みだす強者のやり方──」
「世界に私たちの主張を届けるためには格好のデモンストレーションかもしれないわね」
「マリィ──ッ!」
「私は……私たちはフィーネ……。弱者を支配する強者の世界構造を終わらせる者……この道を行くことを恐れはしない」

調の言葉も、ツェルトの声も遮って、マリアはそう言った。

自分に言い聞かせているかのような、そのいたたまれない様子に調は口を噤み、ツェルトは奥歯を思いっきり食いしばった。

ff

その頃、二課仮設本部ネオ・ノーチラスは、F資料に記された通りの海域……東経135.72度、北緯21.37度、沖ノ鳥島付近を目指し、潜行していた。

「それで了子くん、フロンティアとは一体……」
「フロンティア、それはこの海域の底に沈む超巨大遺跡に与えられたコードネームよ」

そう言って了子は、F資料の一部をモニターに映し出す。

「正式名称は『鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ)』、日本神話に登場する天翔ける船。遥かな昔、カストディアンが異なる天地より飛来してきた際に用いた星間航行船のひとつと伝えられているわ。巨大な結界の内側に封じられてるから、通常の探査方法では知覚する事すら不可能ね」
「こんなにデカいものが日本国内に存在しながら、我々にさえ発見されていなかったのはそれが原因か……」
「だが、F.I.S.の連中は一体、その宙船で何を……」

弦十郎と翼の質問に答えるように、了子は別のページをモニターに出す。

「統一言語を取り戻すため、相互理解を阻害するバラルの呪詛を司る月の破壊を目論んだフィーネはあらかじめ、新天地となるフロンティアと、その封印解除に必要な神獣鏡、および動力源となるネフィリムを揃え、月破壊後の世界にて生じる重力バランスの崩壊への対応策も進めてきていた……」
「じゃあ、あの時の行動はやけっぱちなんかじゃなくて……」
「重力崩壊による世界危機の中、リンカーネイションによって再誕し、自らに付き従う者達をフロンティアに集めて君臨する……そんな腹積もりだったんだろうな」
「フィーネならやりかねないな……アイツはそういう女だ」

クリスは渋い顔で呟く。
純も、あの時のフィーネの行動にようやく納得がいったようだ。

「私欲にまみれた者達が舵を握る方舟か……。どちらの手に転ぼうが、ロクなもんじゃないな」
「つまり、米国政府は自分達だけフロンティアに乗って、地球外へトンズラしようとしていたって事か……」
「国に生きる民さえをも見捨てて逃げるなど……恥知らずなッ!」

風鳴の血を引く三人が腕組み、呆れ、怒りを滲ませる。

国とは土地ではなく、その土地に生きる民である。
それを信条とする翔や弦十郎、翼にとって、その計画は身勝手極まりない邪なるものに思えた。

「F.I.S.は、救える人間の分母を増やすことが目的だ。ジョセフ・ツェルトコーン・ルクスはそう言っていたが……」
「翔くん、昨日彼から聞いた情報の通りなら、ナスターシャ教授は今、床に臥せっているのよね?」
「ああ。今、F.I.S.の指揮権はウェル博士にある……そう聞いている」
「だとしたら、急がないと。自分が英雄になる日を夢に見続けてきたウェルくんは、きっと野心を抑えられなくなっているはず……。フロンティアが浮上すれば、彼の野望が現実のものになってしまうわ!」

その時、警報のアラートが鳴り響く。

「ノイズのパターンを検知ッ!」
「米国所属艦艇より応援の要請ッ!」

モニターに映る、米国の哨戒艦。
船上では、既に米軍とノイズが交戦を始めている。

「っ!」
「この海域から遠くないッ! 急行するぞッ!」
「応援の準備に当たりますッ!」
「クリスちゃん、先行くよッ!」

翼と純が発令所から駆け出していく。

「わたしも……」
「響──ッ」
「死ぬ気かお前ッ!」

翼達に着いて行こうとする響の肩を、クリスが掴んで止める。
翔が口を開くより先に、クリスの手は響のネクタイを掴んでいた。

「ぅ……」
「ここにいろって──な。お前はここからいなくなっちゃいけないんだからよ……」

クリスの脳裏に浮かんでいるのは、攫われた未来の顔だ。
帰って来た時、ここに響がいなかったら、彼女が一番悲しむのは目に見えている。

「頼んだからな」

響のネクタイを元に戻し、クリスは翔の方を見てそう言った。

そして、翼と純の後を追って走り出す。

「響……分かるな?」
「うん……」

発令所を出ていくクリスの背中を、翔は響と共に見送った。

ff

「うわあッ!」
「ぐ……あああッ!」
「うう、ぐうッ!」

ノイズによって、次々とやられていく海兵隊たち。

それでも懸命に戦っているが、甲板では既に地獄のような光景が広がっている。

「…………ッ」

その凄惨な光景に、マリアは血が出る程に唇を噛みしめる。

国や人々を護る為に戦う彼ら兵士に、罪は無いはずなのだ。
今この場に於いて、彼らから見た自分達は「ノイズを操る力を持ったテロ組織」であり、自分達を襲ってくる兵士の全てが権力の犬ではなく、人々を脅かす脅威に立ち向かう気高き者達も含まれているのだ。

それでも、彼らに情けをかけることが許されない。
邪魔する者は全てなぎ倒して進まなければ、ナスターシャが唱えた人類救済の道には届かないのだから……。

そんな思いが、誰より優しいマリアの心を縛り付け、締め付けていく。

「こんなことがマリアの望んでいることなの? 弱い人達を守るために本当に必要なことなの?」

モニターに映し出される地獄絵図を前に、調はマリアに問いかける。

「──ッ」
「……」
「何とか言えよ……答えろよ、マリィッ!」

何も答えないマリア。

彼女の沈黙を受け、調は操縦室を飛び出した。

「──調ッ!?」

飛び出していく調を追いかけ、切歌も操縦室を出る。

「やれやれ、やはり彼女もまだまだお年頃……というわけですか。仕方ありませんね」

そう言って、ウェル博士も後に続く。

(ウェルの目が離れた……今だッ!)

ツェルトは操縦桿を握るマリアを振り返り、そして操縦室から格納庫へと向かって行った。



切歌が追い付くと、調はドアを開けていた。

「何やってるデスかッ!?」
「マリアが苦しんでいるのなら……私が助けてあげるんだッ!」
「──調ッ!」

肩を掴もうとした手を振り払い、調はエアキャリアを飛び降りる。

直後、切歌の耳に届いたのは彼女の聖詠だった。

「──Various(ヴァリアス) shul shagana(シュルシャガナ) tron(トロン)──」

薄紅色の光に包まれ、調はシュルシャガナのシンフォギアを纏い、米国の哨戒艦艇へとスカイダイブしていく。

「調っ!」
「連れ戻したいのなら、いい方法がありますよ」

肩に手を置かれて振り返ると、そこには善からぬ笑みを浮かべたウェル博士が立っていた。

ウェル博士は切歌に、いつもLiNKERを注入するのに使っている無針注射器を手渡す。
そこにはいつもの黄緑色ではなく、赤い薬品が入っていた。

「LiNKER?」
「いいえ、これはAnti_LiNKER。適合係数を引き下げる為に用います。その効果は折り紙つきですよ」

以前、廃病院での試験運用で得たデータを元に更に改良を重ね、主に即効性を高めてきたものがこの液体状の新バージョン。開発コード『ALi_model_K0074_L(リキッド)』である。

注射器を受け取った切歌は、一瞬躊躇ったが……やがて、それを懐に仕舞い、首筋に自分の注射器を当てた。

「調……」

LiNKERを注入し終え、切歌も調の後を追って飛び降りる。

「さて、あとは……一番邪魔くさいのを始末しますかね」

そう言ってウェルは、操縦席……ではなく格納庫の方へと足を運んだ。



「こ、こいつは……!?」

格納庫で見つけてしまったそれは、目を疑う光景だった。

ウェルの野郎がクソ野郎なのは知っていた。
だが……ここまでするかよ、あの野郎ッ!

「神獣鏡のギアコンバーターが見当たらないわけだ……。止めないと──」
「何を、どう止めるんです?」
「ッ!?」

気付いた時にはもう遅く、ツェルトの首筋からはAnti_LiNKERが注入されていた。

足元をふらつかせながら振り返り、忌々しいその名を叫ぶ。

「ウェル……てめぇ……ッ!」
「君のことです。ここに来るだろうとは思っていましたよ……。F資料がなくなっていたことに、この僕が気付かないと思いましたか?」
「くッ……転調、コード“イチイバル”ッ!」

RN式を起動し、銃を向ける。
もしもここでノイズを召喚しようと、RN式なら迎え撃てるからだ。

しかし……。

「ごはッ!? ──なん……だと……ッ!?」

ツェルトは口から血を吐き出し、RN式は強制的に解除された。

「僕特製のAnti_LiNKERです。よく効きますでしょう?」
「適合係数を……引き下げた、のか……ッ!?」
「適性のない聖遺物を、アームドギアのみの運用に絞ることで何とか振るってきた君には、致命的でしょうねぇ! 身の丈に合わないその力が、そのまま君を殺すのですからッ!」
「クソッ……身体が……」

ふらついたツェルトは身体を支えようと、ハッチへともたれかかる。

それを見たウェルは、ニヤリと嗤った。

「僕達を裏切ろうとした罪は大きい……。裏切り者には粛清を、それが組織として正しい在り方でしょう?」
「……ッ! まさか……ッ!?」
「許してくださいよぉ? 悪いのは君なんですからねッ!」

そう言ってウェルが押したのは、ハッチの開閉ボタンだった。

もたれかかっていたツェルトは、手すりに摑まる暇もなく……空へと投げ出された。

「さよならです。精々僕の夢が叶う瞬間を、あの世から祝福してくださいよッ!」
「ウェルゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」

落下していくツェルト。それを追うように、数体のフライトノイズが迫る。

万が一の生存すら許さず、不穏分子は確実に殺そうというウェルの意志。
迫る死を前に、ツェルトはマリアの顔を思い浮かべた。




(すまない、マリィ……。俺は──)




ff

その頃、艦上では……。

「……切ちゃん……何を……?」
「ドクターから貰ったAnti_LiNKER……強制的に適合係数を下げるものデス……」

ノイズを全て倒し終わった直後、近づいてきた切歌にAnti_LiNKERを注入される調。

足裏のローラーが勝手に収納され、ギアが強制的に解除される。

「ギアが……馴染まない……? う──ッ」

ふらつき、甲板に寄り掛かる調。
切歌は俯きながら、悲痛を訴えるような声で絞り出すように言う。

「アタシ、アタシじゃなくなってしまうかもしれないデス……そうなる前に何か残さなきゃ、調に忘れられちゃうデス……ッ!」
「……切ちゃん……?」
「例えアタシが消えたとしても、世界が残れば、あたしと調の想い出は残るデス。だからあたしは、ドクターのやり方で世界を守るデス。もうそうするしか……」

その時、突然海の中から何かが飛び出してくる。

「「──ッ!?」」

「「はあッ!」」

ネオ・ノーチラスに搭載された運搬用ミサイルは、装者を格納し、水中からでも出撃を可能とする。
中から飛び出す翼とクリス、もう一発の中から飛び出した純は、それぞれ甲板の上に着地。

クリスは調を捕まえ、翼は切歌に斬りかかった。
純は生存者の確認、及び救助の為に戦場を離れ、船内へと向かった。

「邪魔するなぁぁぁッ!」

切歌は鎌で斬りかかるも、翼はその刃を全て流れるような動きで躱し、素早く斬り込んでいく。

「──切ちゃん!」
「おい! ウェルの野郎はここにはいないのか!? ソロモンの杖を使うあいつはどこにいやがる!」
「うっ……」

その一方でクリスは、捕まえた調を関節技で取り押さえている。
Anti_LiNKERで適合係数を下げられた調に、抵抗する手段はない。

「く──……ッ!」

やがて、喉元に刀の切っ先を突き付けられ、追い詰められる切歌。
全力の翼に、素人の切歌が勝てる見込みはない。

これで形勢は、二課の方へと一気に傾いた。



「切歌!」

切歌が追い詰められ、マリアは思わず叫ぶ。

『ならば、傾いた天秤を元に戻すとしましょうよ。出来るだけドラマティックに、出来るだけロマンティックに……ッ!』

格納庫からの通信、モニターを見ると、ウェルが良からぬ笑みを浮かべながら何かを操作していた。

「……まさか、あれをッ!?」



「──Rei(レイ) shen shou jing(シェンショウジン) rei(レイ) zizzl(ズィーズル)──」

誰も聞いたことが無い、第9の聖詠が響き渡り、エアキャリアから降下してきた者が光を放つ。

それは艦艇の上に落下し、その場所からは煙が上がった。

煙が晴れて、F.I.S.4人目の装者の姿がだんだんと見えてくる。

「う……」
「な、なんデスッ!?」
「新手かッ?」
「マリア……いや、違うッ!」
「君は……ッ!?」

戻ってきた純を含む、その場の全員が見守る中……彼女はその姿を露わにする。

「……………………」

モニターに映った装者の姿は……。

白地に紫を基調とした配色。中華風の白い前垂れ、両足は大型の厳ついアーマーに覆われ、甲板から少し浮かんでいる。

そして、頭部には冠のようなヘッドギアと、上下二つに分かれた顎のようなバイザー。
長らく装者不在だった第7のシンフォギア……歪鏡(わいきょう)と呼ばれし最凶にして最後の装束が、彼女の身体を鎧っていた。

「──未来……?」
「小日向が……シンフォギアを……ッ!?」

静かに開かれた未来の両目。

見慣れた筈のその瞳に光はなく、翳る陽だまりとでもいうべき虚ろな目へと変わっていた……。 
 

 
後書き
切ちゃんの「邪魔するなぁぁぁッ!」のとこ、アニメだと「邪魔するなデスッ!」なんデスよ。
XDで確認したところ、デスが消されてて「あっ、これええな……」となったので、そちらを採用デース。デス付ける余裕もない切ちゃん……。

陽だまり、陥落す。さて、とうとう未来さんが帰ってきました。
ただし、神獣鏡のギアを纏う、最凶の敵として……。

更にはツェルトも適合係数を下げられた上でボルガダイナマイト、しかもノイズを差し向けられて絶体絶命!

果たしてF.I.S.の、未来の、そして翔ひびの運命はどうなってしまうのか!

次章、「浮上のラストアーク」(仮)

お楽しみに! 

 

第31節「愛の力」

 
前書き
お久しぶりです!
fgoとリリなのコラボが重なってしばらく更新できなかったこと、心よりお詫びいたします。
ストーリー終わったし、更新速度はそろそろ元に戻るかなと思いますので、ご安心を。

さて、今回は書きながら英雄故事の回に二言だけ台詞追加しました。
特に内容に変化があるわけではありませんが、気になる方はご確認ください。

さあ、とうとうウェルからあの名言が飛び出します。例のツッコミの準備はいいな?

推奨BGMは『Bay-Bay lullaby』、『歪鏡・シェンショウジン』です。
それではお楽しみください。 

 
「──未来ッ!」

響の叫ぶ声が、発令所内に響く。

「まさか──未来くんだとッ!?」
「アウフヴァッヘン波形、照合。神獣鏡ですッ!」
「LiNKERを使ったのかッ!?」
「間違いないわね……。考えうる中でも最悪の展開よ……」

あちらがLiNKERを使用していることは判明済み。
原因を予想するのは簡単だったが、とても喜ばしくはない。

「ッ! ツェルトはッ!?」

翔が思い出した様に叫ぶと、藤尭は間もなくツェルトを発見する。

「アウフヴァッヘン波形、微弱ですが海上にもう一種……エンキドゥですッ!」
「バレたのかッ!? あいつ……」
「すぐに回収しろッ! ノーチラスを浮上させるんだッ!」

仮設本部が海面へと浮上していく。
それから間もなく、海上で気絶していたツェルトは医務室へと運び込まれた。

ff

「神獣鏡をギアとして、人の身に纏わせたのですね……」
「マム! まだ寝てなきゃ!」

病に冒された老体に鞭打ちながら、ナスターシャは車椅子、《Powerful_2》を副操縦席にコネクトする。

以前まで使っていた《Technical_1》はスカイタワーからの脱走の際、鹵獲による技術解析を防ぐ目的で自爆させてしまった。
そのため、出力と引き換えに一部の機能が制限され、ぽかぽか機能もオミットされてしまっている《Powerful_2》では冬場の冷たいのが地味に堪えるのだが、今は寒さ程度に気を取られている場合ではない。

「あれは、封印解除に不可欠なれど、人の心を惑わす力──あなたの差し金ですね、ドクター」
「フン……使い時に使ったまでのことですよ。マリアが連れてきたあの子は、融合症例第1号の級友らしいじゃないですか」

ナスターシャに睨まれながら、ウェルは悪びれもせずにそう言った。

ツェルトが格納庫で見つけてしまったのは、後頭部と背中の一部に端末を接続され、LiNKER漬けにされた未来が入れられたカプセルだったのだ。

「リディアンに通う生徒は、シンフォギアへの適合が認められた装者候補たち……。つまり、あなたのLiNKERによって、あの子は何もわからぬまま、無理やりに……」
「んんんん~ッ、ちょぉ~っと違うかなぁー?」

人差し指で額をつつきながら、ウェルはやれやれ、とでもいうかのように肩を竦める。

「LiNKER使って、ほいほいシンフォギアに適合できれば、誰も苦労はしませんよ。装者量産し放題です」
「なら、どうやってあの子を?」

ナスターシャの方を見ながら、目を見開いたウェルは質問への答えをこう語った。

「愛、ですよッ!」
「何故そこで愛ッ!?」

余りにも予想外、かつ突拍子もない回答に困惑するナスターシャ。
対するウェルは絶好調。興奮のあまり、両腕を開いて体を反らしていた。

「LiNKERが、これ以上級友を戦わせたくないと願う想いを、神獣鏡に繋げてくれたのですよッ! やばいくらいに麗しいじゃありませんかッ!」

目的の為なら個人の愛情さえ利用する。
手段を選ばぬウェルの魔の手は未来の想いを歪め、彼女を無垢にして苛烈なる最凶の駒へと変えてしまっていたのだ……。

ff

シェンショウジンの脚部パーツがつま先から順に開き、未来の身体が宙に浮かぶ。
そしてその手には、笏のようなメイス状のアームドギアが握られた。

「おおおおおおおおおおおッ!!」

後頭部に接続された、レンズのような端末がジャコっと稼働し、未来は雄叫びを上げる。

「──小日向が!?」
「何でそんなカッコしてんだよ……ッ!?」
「あの装者はLiNKERで無理やりに仕立てあげられた消耗品……。私たち以上に急ごしらえな分、壊れやすい……」
「ふざけやがってッ!」

俯きながら語る調に、クリスは上空のエアキャリアを睨みつけた。



『……行方不明となっていた、小日向未来の無事を確認。ですが──』
『無事だとッ!? あれを見て無事だと言うのか? だったらあたしらはあのバカに何て説明すればいいんだよッ!』

通信機越しに聞こえてくる、クリスの悲痛な声。

「響ちゃん……」
「F.I.S.……なんてことを……」

友里、藤尭も響の方を見て歯噛みする。

声も出ない響。その視線はモニターの中の未来に注がれていた。



ガシャッ ヴゥゥゥン……

閉じたバイザーが不気味に光り、未来は動き始める。

「雪音ッ、来るぞッ!」
「こういうのは、あたしの仕事だ!」

調を放すと両腕を交差させ、愛用のボウガンを用意し、クリスは走り出す。

「でやあああっ!」
「援護は任せろッ!」

生存者確認を終えた純も走り出し、盾を構える。

高速で接近しながら、手にした武器でビームを放つ未来。
跳躍して避けたクリスは、アームドギアの引き金を引く。

「挨拶無用のガトリング ゴミ箱行きへのデスパーリィー One, Two, Three 目障りだ──」

〈QUEEN'S INFERNO〉

クロスボウから発射される光矢の雨を素早く避け、未来は海上へと出る。

『未来ちゃんのシェンショウジンは、光起電力効果、及びビーフェルド・ブラウン効果によるイオノクラフトを実現しているようね』
「つまりはどういう事だ?」
『シンフォギアで唯一、エクスドライブモードなしで飛行できるって事よッ!』
「なるほどそいつは厄介だッ! まずは空から下ろさなくちゃあ……なッ!」

盾がサーフボード状に変形し、純は海上を滑るように移動しながら未来へと突撃する。
クリスもまた、未来を追って空母から護衛艦へと乗り移った。

見守る翼。その隙を突こうと──

「隙あり──じゃないデスね……」

鎌を振りかざそうとした切歌だったが、翼は一瞬で回り込み、再び切歌の喉元へと刀を迫らせる。
逃げる隙など無い。切歌はそう確信し冷や汗をかいた。

(すまない……雪音、爽々波)

本来動くべきは年長であり、鎮圧に秀でた自分だ。
動けない自分に、そしてこの辛い役目を後輩二人に押し付けてしまう形になってしまったことに、翼は顔を曇らせた。

海上ではクリスの矢を掻い潜って滑空する未来を、純が波に乗って追いかけている。

「イ・イ・子・は・ネンネしていなッ!」

〈BILLION MAIDEN〉

護衛艦の甲板に着陸し、クリスはガトリング砲をブッ放つ。
未来はアームドギアの先端から放つビームで応戦するが、被弾数は徐々に増えていった。



「脳へのダイレクトフィードバックによって、己の意志とは関係なくプログラムされたバトルパターンを実行!さすがは神獣鏡のシンフォギア。それを纏わせる僕のLiNKERも最高だ!」

戦いをモニタリングしながら、ウェルは眼鏡の奥で目をギラつかせながら自賛する。

「それでも……偽りの意志ではあの装者たちには届かない」
「ふん」
「くっ……」

モニターから目を背けるマリア。
しかし、ナスターシャに否定されてなお、ウェルの表情にはどこか含みのある笑みが張り付いていた……。

ff

「イチイバル、圧倒しています!」
「これなら……!」

響はモニターをじっと見つめる。
そこには、攻撃を受ける未来の姿が映し出されている。

(ごめん……ごめんね……)

目を背けそうになる響の頭に、翔の手が置かれる。

「翔くん……」
「見たくなければ目を閉じろ」

翔は目を逸らさずに、モニターを見つめ続ける。

「……ううん。わたしが、一番目を背けちゃいけないから……」
「そうか……」

辛くても、それは自分が手を離した結果なのだから。
だから自分が逃げるわけにはいかない。

かつて翔が逃げなかったように、響は逸らそうとしていた目線をモニターへと戻した。



(くっ……やりづれえッ! 助けるためとは言え、あの子はあたしの恩人だッ!)

海上を移動して接近してくる未来。クリスは護衛艦に着地し、また跳ぶ。

海兵隊は手を出す暇もなく、ただ圧倒され、その戦いぶりに注目していた。

波に乗って未来を追跡していた純は、シールドのブースターで加速して未来を追い越すと、その周囲を回り始める。

(女の子を、ましてや小日向さんを傷つけたくはない……。だが、彼女が取り返しのつかない事をしでかす前に、僕達が止めるんだッ!)

高速で未来の周囲を旋回する純。
ボードが立てた波は、やがて水の壁となり、竜巻となって未来を包み込んだ。

「大人しくしてもらうぜッ! 未来ッ!」



〈Splash×サイクロン〉



上空へと巻き上げられ、哨戒艦の甲板まで飛ばされる未来。

クリスも哨戒艦に戻ってくると、ミサイルポッドを展開した。

「硝煙が香る薬莢レイン サーカスを踊れ──ッ!」

〈MEGA DETH PARTY〉

甲板から起き上がり、飛んでくるミサイルを避けよう再び空へ向かう未来。
しかし、クリスは未来の頭上へとジャンプし、ガトリング銃で攻撃。

打ち落とされた所にミサイルが次々と命中し、未来は動きを止めた。

「解き放てぇぇぇぇッ!」
(よし、今なら──ッ!)

着地したクリスは、倒れている未来の傍へ駆け寄る。
純も甲板へと上がり、二人で未来のギアを外そうと手を伸ばした、その時だった。

『女の子は、優しく扱ってくださいね。乱暴にギアを引き剥がせば、接続された端末が脳を傷つけかねませんよ』
「「……ッ!?」」

割り込んできたウェルの言葉に、二人が躊躇ったその一瞬で未来が起き上がる。

未来がアームドギアを構えると、先端の丸鏡にクリスと純の姿が映る。
そしてメイスは扇のように広がると、円を得げくように配置された丸鏡からビームを乱射する。

「避けろッ! 二人ともッ!」
「くッ!」



〈閃光〉



かろうじて避けた二人は、未来から距離を取る。

「なんだ、そのちょせぇの!」
「…………」

未来はアームドギアを収納すると、両手両足を少し開いたポーズを取る。

膝のパーツが折り畳まれて変形し、未来の身体を中心に輪のような鏡を形成。
その姿は神々しさを感じさせるものの、彼女を動かしているそれは凶々しく歪められた感情(モノ)であり、輝きを操る力でありながらも何処か屈折した不気味さを感じさせる。

逃げようとするクリス。しかし……すぐ後ろには調が居る。
この一撃を避けるわけにはいかない。

「く……ッ」

そして、歪みの旋律が紡がれ始めた。

「閃光…始マル世界 漆黒…終ワル世界 殲滅…帰ル場所ヲ 陽ダマル場所ヲ──」
「デェェェェェスッ!!」

充填される紫色の光が、どんどん強くなっていく。

「だったらぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

クリスの腰のパーツが開き、周囲にリフレクターが展開された。

「返シテ…返シテ… 残響ガ温モル歌──」

〈流星〉

「リフレクターでぇッ!」

リフレクターが集束された直撃を、リフレクターで受け流す。

弾かれたビームは後方へと散り、徐々に艦艇を破壊していく。

「指をすり抜けるキミの左手 私だってキミを守りたいんだ──」
「くっ……ううう……!」

クリスは必死に耐えている。

(イチイバルのリフレクターは、月をも穿つ一撃すら偏光出来るッ! そいつがどんな聖遺物から作られたシンフォギアか知らないが、今更どんなのぶっこまれたところで──)

だが、切歌は焦燥の表情で叫んだ。

「今のうちに逃げるデス調ッ! 消し去られる前にッ!!」
「っ!? どういうことだ!?」

翼が怪訝そうな表情で尋ねるのと、異変が起きたのはほぼ同時だった。



「私は絶対譲らない もう遠くには行かせない こんなに好きだよ ねえ…大好きだよ──」



「──な、何で押されてんだよッ!?」

なんと、リフレクターが少しづつ分解され始めていたのだ。
それと共に、イチイバルの腕アーマーもボコボコと溶解し始め、気泡が浮き出ていく。

「無垢にして苛烈──魔を退ける、輝く力の奔流……これが、神獣鏡のシンフォギア……」

調の言葉の直後、了子の慌てる声がクリスに届く。

『神獣鏡の力、それは聖遺物由来のあらゆる力を分解する(まが)祓いッ! その光は聖遺物殺しの輝きなのッ! リフレクターが保っている今の内に、急いで退避してッ!』
「何だとッ!? くッ、ぐううう──ッ!」

押され始めるクリス。

「あの忘却のメモリア ぐしゃぐしゃに笑って泣いた日 強く握った手はあったかく…あったかく──」

その時、神獣鏡の輝きとリフレクターの間に、巨大な刀身が壁となって立ち塞がる。

「掴まれクリスちゃんッ!」
「呆けるなッ!」

翼が調を、純がクリスを抱えて走る。

アキレウスの速力と、アメノハバキリの機動力。
それぞれ全速力で加速し、背後より迫る破邪の光から逃げる。

「私は絶対許さない こんな自分を許せない だから戦うの──」

更に、普段は〈天ノ逆鱗〉で使用している巨大剣を、障壁として何枚も連続で出現させる。
すぐに〈流星〉が貫通してしまうため、稼げる時間は二秒と保たない。

何枚も並べれば、稼げる時間もギリギリではあるが一瞬ではない。

(だが、それでもこのまま一直線に逃げ続けたところで、退路はないッ! そうなったら直撃、一巻の終わりだッ!)
(横に躱せば、減速は免れない……その瞬間に巻き込まれるッ!)
((ならば……ッ!))

『追いつかれるッ!』
『みんなッ!』
『緒川ぁッ!』

通信から聞こえる、本部で見守る響達の声。

翼と純が見つけた逃げ道、それは──ッ!

「どん詰まりッ!?」

背後ではなく目の前に突き立った刀身に、クリスが叫ぶ。

「喋っていると……」
「舌噛むぜッ!」

そう言って純はアキレウスのジャッキを最大伸縮し、翼はそのまま刀身を足場として駆け上がった。

二人が刀身を足場に空中を舞った瞬間、神獣鏡の光は全ての壁を真っ直ぐに貫き、穴を穿たれた刀身は海の底へと落下していった……。

「これが神獣鏡の力……」
「シンフォギアに、そして俺達に対する最凶の……」 
 

 
後書き
さて、いかがでしたでしょうか。
この回、未来さんの顔と言い歌と言いウェルにLiNKER漬けにされてた回想シーンといい、背筋がゾワゾワするシーン多いんだよな……。

ナスターシャ教授の車椅子について、詳しくはシンフォギアG公式サイト用語集をご覧ください。
そんなところにF.I.S.の技術の粋を集めなくてもいいのでは……ってところまでいろんな機能付いてますのでw
ってか《Technical_1》と《Powerful_2》って名前、要するに初代仮面ライダーじゃねぇか!

あとツェルトは無事でした。
どうやって助かったのかは、後々回想で。

ああ、あのシーンがもうすぐそこだ……。世界を揺るがす夫婦喧嘩、『夜に交わる』ではルート分岐の起点になってる部分……。

それでは次回もお楽しみに! 

 

第32節「揺れる心」

 
前書き
昨日、更新頻度を戻すと言った手前で遅れちゃったよ()

今回は次回からの展開に向けての布石です。
次回を越えればようやく章タイトルを変えられる!

BGMはご自由に。
それではお楽しみください。 

 
哨戒艦の甲板が一直線に抉れ、煙を上げる。

未来は煙の奥に降り立った翼達を確認すると、再び〈流星〉を放とうとする。

「やめるデスッ!」

射線上から少し逸れた位置からの声に、未来は視線を切歌の方へと移す。

「調は仲間、アタシ達の大切な──」
『仲間と言い切れますか?』
「……ッ!」

ウェルの言葉が、切歌の胸に突き刺さる。

『僕達を裏切り、敵に利する彼女を──月読調を、仲間と言い切れるのですか?』
「ちがう……アタシが調にちゃんと打ち明けられなかったんデス……ッ! アタシが調を裏切ってしまったんデスッ!」
「切ちゃんッ!」

肩を震わせる切歌に、調は呼び掛ける。

「ドクターのやり方では、弱い人達を救えないッ!」
「……」

だが、ウェルは更に続ける。

『そうかもしれません。何せ我々は、かかる災厄に対してあまりにも無力ですからね。シンフォギアと聖遺物に関する資料データは、こちらだけの専有物ではありません。アドバンテージがあるとすれば……せいぜいこの、ソロモンの杖ッ!』

直後エアキャリアの出入り口から、緑色の光の線が戦場一帯を横切るように放たれる。

それは戦場に地獄を呼び戻し、再び災厄の雑音で包み込む。

「うああ……ッ!」
「ぐあ、あああッ!」
「うう、ぐううあああッ!」
「あああーッ!」

オタマジャクシ型、ナメクジ型のノイズが護衛艦の側面を這いずり回り、甲板をヒューマノイドノイズが跋扈する。

空にはフライトノイズの群れが右へ左へと飛び回り、米兵達が再び悲鳴を上げながら、文字通り塵に還されていく。

「──ノイズを放ったかッ!」
「くそったれがああああああッ!」

クリスは未来と反対の方向へと走り出す。

「うおおおおおおッ!」

上空へと跳躍したクリスは、ガトリングとミサイルポッドを展開すると、ぐるぐると回転しながら一斉掃射し始めた。

(ソロモンの杖がある限り、バビロニアの宝物庫は開いたままという事か──ッ!)

「デェェェーーースッ!」
「く……ッ!」
「ッ! 爽々波ッ!」

呆けていた翼へ横薙ぎに振りかぶられた鎌を、純は二人の間に割って入り盾で受け止める。

「こうするしか……何も残せないんデスッ!」
『そうそう、それそれ。そのまま抑えていてください。後は彼女の仕上げを御覧じろッ!』

切歌の鎌に動きを封じられた純へと、未来が標準を定める。

「おのれ卑劣なッ!」
「翼先輩ッ! その子を連れて離れろッ!」

すると未来は、展開していた鏡を折り畳み、こちらに背を向け飛び去って行く。

「な……フェイントッ!」
「一体何処へ……」
『いけないッ!』

発令所の了子が、慌てた声で叫ぶ。

『未来ちゃんはおそらく、フロンティアの封印を解除するつもりよッ!』
「ッ!?」

未来は海上を飛び、どんどん進んでいく。
純は切歌に動きを止められ、翼は調を放っておけない。

「このままじゃ振り切れねぇッ! 翼先輩、早くッ!」
「……すまない爽々波、ここは──」

その時、空母のすぐ傍から水柱が上がった。

水柱を裂いて中から現れたのは……スーツを着た忍者だった。

「調ッ!」
「緒川さんッ!」
「人命救助は僕達に任せてッ! それよりも翼さんは、未来さんの補足をッ!」
「緒川さん──お願いしますッ!」
「切ちゃん……」

降り立った緒川が調を抱え、海面を疾走して空母を離れる。

「ッ!? 水上を……ッ!?」

直後、切歌の鎌の柄を蹴り上げる。
動けるようになった純は切歌の腹に蹴りを入れて後方へと吹っ飛ばすと、翼の方を振り返る。

「この子は俺が。行ってくれッ!」
「任せたッ!」


翼はカタパルトに乗り、刀を突き立ててロックを破壊すると、そのまま隣の艦へと向かって飛んだ。

「く……ッ!」
「さて、これでタイマンだ。この前の借りを返させてもらうぜッ!」

純は右腕に盾を装着し直し、切歌を真っ直ぐに見据えた。

ff

振りかざす鎌を尽く盾で防ぎ、素早い踏み込みから繰り出す拳には、アキレウス由来の堅さが加わり当たれば結構しんどいデス……。
デスが……アタシは負けられないのデスッ!

(アタシが消えてなくなる前に……やらなくちゃいけない事があるデスッ!)

「ぜああああッ!」
「うりゃあああッ!」

盾をナックルとした剛拳を繰り出す、その瞬間。
鎌の柄を利用して、アタシは高飛びの要領で金髪のアイツの頭上を取る。

「マスト……ダァァァァァイッ!」
「ッ!? こいつは……ッ!」

間髪入れずに両肩のアンカーを射出。鎖で金髪の身体を縛り付けて拘束する。
厄介な盾を封じた今なら、確実に……ッ!

「やるデス……ッ!」

動けなくなった対象を、後方を向いた肩アーマーの裏にあるバーニアで加速しながら、ギロチン型に変形させたイガリマの刃を蹴り込んで両断する。
まさに必殺の一撃、鎖を引き千切らない限り逃げることは出来ないッ!

断殺・邪刃ウォttKKK(だんさつ・じゃばうぉっく)

決まったッ!

と、そう確信した瞬間だった。

「うおおおおおおおッ!!」

金髪は両脚の裏にローラーを展開させて、高速スピンでアンカーごと鎖を引っこ抜き、ギロチンを伏せて躱しやがったデスッ!?

「お前は、何を求めて──」

巻き付いていた鎖を回転の勢いで振り払い、金髪は構える。

アタシが何を求めるか、デスと?

そんなもの……あの手紙を書いた瞬間から決まっているのデスッ!

「アタシがいなくなっても、調には忘れてほしくないんデスッ!」

アタシが生きた証を……大好きな調やマリアやツェルトやセレナとの思い出を、未来に繋ぐためにッ!

アタシはもう、立ち止まらないッ!
そう決めたんデスッ!!

「君が何を言っているのかは分からない……。だが、君が自棄になっているのだけは分かるッ!」

な……ッ!?

今、コイツ何て言ったデスか……?

「アタシがやけっぱちを起こしてるって言うんデスかッ!?」
「ああッ! まるで余命を宣告された癌患者が、自棄を起こして酒に逃げるような……。君からはそんな焦燥を感じる……」
「で、デタラメデスッ! アタシを揺さぶろうったって、そうはいかないデスッ!」
「だったら、どうして肩が震えているんだ?」
「──ッ!?」

頬を冷や汗が伝うのを感じる。

金髪はまるで、アタシの心の中を見透かしているかのような目で言い切った。

なんデスか、こいつの目は……こいつの言葉は……ッ!?
……やめろ……そんな事言われたら──

「怯えているんじゃないのか? 迷っているんじゃないのか?」

アタシは……アタシのしていることを──

「君は本当に……それでいいのか?」

やめろ……やめろ、やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろぉぉぉぉぉーーーッ!

「ふざっけんなッ! そんな目でアタシを見るな……アタシの覚悟を否定するなぁぁぁぁぁッ!!」

アームドギアを持ち直し、力任せに振りかざす。
金髪は振り下ろされる刃を表情一つ変えずに、まるでダンスでも踊るかのように躱しながら、アタシの顔を真っ直ぐに見つめて言った。

「断るッ! 君が本心を叫ぶまでは……君が君自身の心に従うまではッ! 俺は語りかけるッ! 何度でもなッ!」
「わあああぁぁぁーーーッ!」

激情の獄鎌と、優美なる颯鎧。
相反する二つの武具がぶつかり合う激しい音が、戦場に響き渡った。

ff

「少女の歌には、血が流れている……。ククク、ヒトのフォニックゲインにて出力を増した神獣鏡の輝き──これをフロンティアへと照射すれば……ッ!」
「今度こそ、フロンティアに施された封印は解除される──」

己の野望がもうじき達成される。
その高揚に胸を躍らせ、ウェルはほくそ笑んだ。

「ごほっ、う……ごほッごほ──ッ!」
「マムッ!」

咳き込むナスターシャ。
その手と口からは、真っ赤な血が滴っていた。

「ドクター、マムをッ!」
「いい加減、お役御免なんだけど……。仕方ない」

ウェルは面倒臭そうな顔をしながらも、ナスターシャの車椅子と共に下降していった。

残されたのはマリア一人。
エアキャリアを動かし、シャトルマーカーの射出を実行できるのは、これで彼女ただ一人だ。

「私がやらねば……私が……ッ!」

ff

「神獣鏡のエネルギーは、聖遺物由来の力を分解してしまう……ッ!」
「それじゃあ、シンフォギアじゃ防げないってことッ!?」

藤尭くんも友里ちゃんも、シェンショウジンへの対処法が見つからなくて、焦っちゃってるわね……。

流石は最弱にして最凶のシンフォギア……確かに翼ちゃん達では太刀打ちできないわね。

でも……幸運と言っていいのか、それとも不幸中の幸いなのか……。
一つだけ、今の未来ちゃんに対抗する手段がある。

提案するには憚られるけど、死の五言ってられる場合じゃないわッ!

「この聖遺物殺しをどうやったら止められるのか……ッ!」
「……弦十ろ──」

弦十郎くんに言いだそうとした、その時だった。

「師匠ッ!」

わたしより先に口を開いたのは、響ちゃんの方だった。

ff

「邪魔をするなぁぁぁッ!」

小日向を追いかけるも、ノイズ共が邪魔をして中々追いつけない。

既に小日向は、フロンティアを浮上させる準備に入っているのだろう。
急がなければ……ッ!

「ッ! はぁ……はぁ……」

周囲のノイズを全て打倒し、護衛艦の一隻に着地する。

息を整え、ふと足元に目が行った。

既に炭素の塵ばかりが積もる甲板。そこにあった炭は、まだ人の形を保っていた。

伸ばした手の中に握られていたのは、熱で変形したロケットだ。

そこには、さっきまでこの手の主だったであろう兵士と、彼に抱えられた小さな女の子の写真が入っていた。
おそらく、父娘だったのだろう。

この兵士は、故国に暮らす娘が平穏に暮らせる世界を守ろうと、戦場に立つことを決意したに違いない……。
それなのに、こんな……こんなところで……遺骨すら遺さずに……ッ!

「分かっている……。すべては私が未熟だったばかりに……ッ!」

あの時、スカイタワーにもっと早く急行できていれば、小日向が敵の手に落ちることもなかった。

あの夜、カ・ディンギル址地でウェルを抑えられていれば、このような事態にならずに済んだ。

全ては私が至らなかったばかりに……ッ!

……この責任は必ず果たす。

たとえそれが、恥辱と誹られることになろうとも……私は……ッ!! 
 

 
後書き
調ちゃんをお姫様抱っこで水上ダッシュする緒川さんカッコ良すぎかよw

今回のハイライトかー……。
やっぱり、純くんに心を見透かされて余裕なくす切ちゃんかな?
純くん、OUJIってだけあって……というかあのクリスのツンデレを無効化するだけあって、相手の心情を察するの得意なんですよ。
そんな純くんを自暴自棄になってたあの時の切歌にぶつけるんですから、そりゃあ尚更余裕なくなりますよ。語尾からデスが消えるくらいには。

そして翼さん、どんどん曇って揺れ動く。
何やら決心を固めたようですが、果たして……?(ヒント、シーン差し替え)

次回は遂に、翔ひびvs未来さん!
YOMEこと393を相手に、翔ひびはどう戦うのか。
無印編からずっとこの瞬間を案じていた皆さん、ようやくこの時がやって来ました。
翔くんを、響を、そして未来さんを、どうか見守ってください! 

 

第33節「喪失までのカウントダウン」

 
前書き
書いてたらいつもの時間を軽くオーバーしてた件。
まあ、講義始まって先月より作業時間減ってる上に、XDのイベントも重なってるので大目に見てください(苦笑)

TLに流した我儘なお願いを聞いて下さったフォロワーの皆様、本当にありがとうございます。
自作を宣伝してもらえるって作家的に最上級レベルの幸せなので……。叶えてくれた皆様、そして現在進行形で布教してくださってる皆様には感謝が尽きません。これからも励みます。

さて、今回はいよいよ夫婦喧嘩回。
伴装者的には……何ていえば良いんだろうか?
ともかく遂に翔ひびへの感情に、未来さんが決着を着けるターニングポイントです。

推奨BGMは『Rainbow flower』、『Next Destination』です。
それではどうぞ、お楽しみください! 

 
「あのエネルギー波を利用して未来くんのギアを解除する……だと?」

響の突拍子もない提案に、弦十郎は度肝を抜かれた。

「私がやりますッ! やってみせますッ!」
「だが、君の体は──」
「翼さんもクリスちゃんも純くんも戦ってる今、動けるのはわたしと翔くんだけですッ! 死んでも未来を連れて帰りますッ!」
「死ぬのは許さんッ!!」
「じゃあ、死んでも生きて、帰って来ますッ! それは──絶対に絶対ですッ!」
「叔父さん、俺からも頼むッ! この方法なら、俺と響の体内に侵食した聖遺物の欠片も取り除けるかもしれないッ! だから行かせてくれッ!」

言っていることは無茶苦茶だが、確信はあると言い張る響。
更には翔にまで頭を下げられ、弦十郎は一瞬悩んだ。

だが……。

「過去のデータと、現在の融合深度から計測すると、響ちゃんと翔くんの活動限界は2分40秒になります!」
「たとえ微力でも、私たちが二人を支えることが出来れば、きっと──」
「本当なら私から提案するつもりだったんだけど……響ちゃんと翔くんがこう言ってるんだもの。あとは弦十郎くんの判断次第よ?」

既に作戦開始へ向け、藤尭は活動限界時間を割り出し、友里はオペレーションの準備を始めていた。
了子までもが提案するつもりでいたとあれば、もはや四の五の言っていられない。

弦十郎は子供達の命を預かる者として腹を括る覚悟を決めた。

「オーバーヒートまでの時間は、ごく限られている。勝算はあるのかッ!?」
「「思いつきを数字で語れるものかよッ!!」」
「ぬ……ッ!」
「へへ……」
「ふ……ッ」

響と翔の返しに、了子は思わず笑った。

「弟子は師匠に似るって言うけど、本当に弦十郎くんそっくりね」
「やれやれ……。弟子のふり見て、と言うべきか……」

弦十郎は苦笑いしつつも、これから親友の奪還に文字通り命をかける弟子達を見て、表情を引き締めた。

ff

呼んでいる……このギアが、わたしにやるべき事を訴えかけている。

行かなきゃ……水平線の彼方に。照らさなきゃ……新しい世界を。

わたしが響を守らなきゃ……響と翔くんが戦わなくてもいい、平和な世界を実現しなくちゃ……。

──ギアの示す方向へと移動していたわたしは、足を止める。

そうだよね……やっぱり二人は、わたしを追いかけてくる……。

二課の潜水艦が、わたしの進路を塞ぐように移動してくる。
そして艦橋の上には、響と、翔くんが並んで立っていた。

「一緒に帰ろう、未来ッ!」
「そうだ小日向ッ! みんな、心配してるぞッ!」
「帰れないよ……だって、わたしにはやらなきゃならないことがあるもの……」

バイザーを開いて、二人の顔を見る。
二人の目は、わたしを真っ直ぐに見つめていた。

「やらなきゃならないこと……?」
「このギアが放つ輝きはね、新しい世界を照らし出すんだって……。そこには争いもなく、誰もが穏やかに笑って暮らせる世界なんだよ」
「争いのない、世界──」
「わたしは響にも、翔くんにも戦って欲しくない。だから、二人が戦わなくていい世界を作るの」

すると響は周りを見回しながらこう言った。

「だけど未来……こんなやり方で作った世界は、あったかいのかな?」
「……」

視界に広がる一面の青には、黒い煙が幾つも立ち上っている。
この戦いで犠牲になった人達だ。

「わたしが一番好きな世界は、未来が傍に居てくれるあったかい陽だまりなんだ」
「でも、響が戦わなくていい世界だよ?」
「たとえ未来と戦ってでも……そんなことさせない……ッ!」

こうなったら響は聞いてくれない。
でも、翔くんなら……。

一縷の望みをかけて、翔くんに呼びかける。

「翔くんなら、分かってくれるよね?」
「……確かに、俺だって響には戦って欲しくない。姉さんや純、雪音、叔父さん達だってそうだ。普通の暮らしの中で、平和な日常を送ってもらいたい」
「だったら……」
「だけどな小日向……そんな世界は、自分の手で掴まなくちゃ意味が無いんだ。与えられた平和、一方的な安寧を享受するなど、俺には出来ないッ! ましてや力を以ての支配による平和を騙る者達に与えられる仮初めの平穏なんて、たとえ神が許しても俺が許さんッ!」

どうして? どうして翔くんまでそんなこと言うの?

「──わたしは響を戦わせたくないの」
「ありがとう……でもわたし、戦うよ」
「響が戦うなら、俺も戦おう。小日向……お前を取り戻すために」

そう言って二人は、それぞれの聖詠を口ずさんだ。

「──Balwisyall Nescell gungnir tron──」
「──Toryufrce Ikuyumiya haiya tron──」

どうして? わたしは、二人の為に戦っているんだよ?

どうして止めるの? どうして邪魔するの?

立ち塞がるなら、たとえ響と翔くんが相手だって……わたしは戦うんだ……。

だってそれが──






『響ちゃん、並びに翔くん、対話フェイズBへとシフトッ!』
『カウントダウン、開始しますッ!』

ギアを纏うと同時に始まるカウントダウン。
それと共に、未来への想いが新たな胸の歌を呼び起こす。

歌の名は虹の花。発令所で聴いた未来の歌から感じた、未来の寂しい気持ち。
あの唄に対するわたしからの答え。今の未来へと向けるメッセージ。

翔くんが奏でてくれる旋律と共に届けッ! “Rainbow flower”ッ!

「幾億の歴史を超えて この胸のッ!」
「Goッ!」
「問いかけにッ!」
「Goッ!」
「応えよShineゥt! 焔より──」

跳躍し、空中で再びバイザーを閉じた未来と打ち合う。
わたしが繰り出す拳や脚撃を、未来はアームドギアで防ぐ。

了子さんが言っていた、ダイレクトフィードバックシステム……。
未来の身体を好き勝手している装置が、これまでの戦闘を元にわたしの動きを予測しているから、簡単に当てさせてくれないみたい……。

「最速で最短で──はぁ、はぁ……」
(──熱い……体中の血が沸騰しそうだ──)

着地し、息を整えながら本部で了子さんに言われたことを思い出す。



『シェンショウジンのシンフォギアには、ダイレクトフィードバックシステムが搭載されているの』
『なんですか、それ?』
『鏡の特性に倣って、装者の脳に「情報」を画として直接映写する機能よ。あらかじめ用意されたプログラムをインストールすることで、バトルセンスの乏しい装者であっても機械的にポテンシャルを底上げし、短い期間でも合理的に戦闘練度を高める機能なんだけど……』
『少し弄れば、幾らでも悪用できる機能じゃないですかそれッ!?』
『藤尭君の言う通りよ……。脳に「情報」を直接映写する機能は即ち、第三者から都合のいい「情報」を書き込める機能になりうる。装者の人格を歪め、洗脳することが出来るこの機能から見ても、最凶の名は伊達じゃないわね』
『その装置が取り付けられているのは、やっぱりあの……』
『ええ、未来ちゃんの後頭部と背中よ。この二か所はなるべく刺激しないよう、注意して。ウェルくんの言っていた通り、傷つけたが最後、未来ちゃんの脳は……』



元々、未来の顔を殴ることなんて出来ない。
大丈夫。ただぶん殴るだけじゃない、相手の動きを止めるための戦い方も訓練してきたんだ。
隙を見つけて、絶対に止めて見せるッ!

だけど……身体が……熱い……ッ!

「何度でも立ち上がれるさ──」
「……」

わたしの二段蹴りを防いだ未来からのカウンターで、わたしは護衛艦の艦橋に背中から叩き付けられる。

〈残響〉

追い打ちをかけるように、ギアの腕から伸びている二本の帯みたいなパーツが、鞭のように動いてビシバシとわたしの身体を打ち付ける。

「響ッ!」

翔くんが、わたしを助けようと跳躍し、アームドギアから真空波を飛ばそうとする。

すると、未来の周囲に小さな丸い鏡のようなものが四つ現れ、翔くんにビームを放った。

「ミラービットッ!? 迎撃用遠隔操作武装まであんのかよッ!」

翔くんはミラービット?からの攻撃を寸前で躱して着地。
追いかけてくるそれを相手に戦い始めた。

ミラービットを出現させてからも激しさを衰えさせない未来の連撃。
両腕を交差させて防御し続けていると、発令所から師匠が叫んだ。

『胸に抱える時限爆弾は本物だッ!作戦時間の超過、その代償が確実な死である事を忘れるなッ!』

(死ぬ……わたしが、死ぬ……)

胸のガングニールが、わたしの身体を突き破るイメージが頭をよぎる。

それは翔くんも同じだ。

「「死ねるかアアアアアアッ!」」

両脚のパワージャッキを引き延ばし、未来を蹴って後方へと吹っ飛ばす。

すると未来はまた、両脚から展開する輪状の鏡を展開させ、強力な一撃を放つ。

〈流星〉

パワージャッキを伸縮させ、跳躍した直後……さっきまで立っていた艦が爆破された。

「『いつか未来に人は繋がれる』 大事な 友から 貰った言葉 絶対ッ!」
「絶対ッ!」
「夢ッ!」
「夢ッ!」
「紡ぐからぁぁぁぁぁッ!」

更に4機のミラービットを出現させた未来は、空中をアクロバット飛行しながらビームを乱射する。

でも、わたしだって負けられない。
いつもは急加速やキック力の倍化、高い所から飛び降りた時の衝撃を緩和させるのに使っている両脚のパワージャッキを応用し、衝撃波で空気を「蹴り込む」ことで滞空。
それを身体から溢れ出してくるエネルギーを利用して連続使用、更にバーニアを併用すれば……飛べないガングニールだって、空中でも戦えるッ!

命名、インパクトハイクッ!
え? ネーミングセンス? 翔くんと観てた特撮でちょっとは磨かれてるよッ!

タイムリミットはあと僅か……このまま未来に接近して、届かせるッ!



ff

その頃、エアキャリアからその戦いを見ていたマリアは、何かを操作する。

「ポイント確認、シャトルマーカー射出」

次の瞬間、エアキャリア上部から大量のシャトルマーカーが射出され、空中の響を未来を囲むように展開される。

「私が、やらなければ……ッ!」

やがて、展開されたシャトルマーカーは、未来が放つ神獣鏡の輝きを次々と反射し始めた。

ff

「おおおおおおッ!」

追尾してくるミラービットは、伴奏しながら戦うには厄介な敵だった。
しかもビットの数は4機だ。四方から追い込まれたらたまったもんじゃない。

幸い、小日向は上空で響とやり合っている。
パワージャッキを応用して、空気を蹴り込み疑似的な空中戦とは……流石だ。

俺も負けてはいられないッ!

「演奏の邪魔はお控え願おうかッ!」
迫ってきたビットをギリギリまで引き付けると、軌道を欺き、聖遺物殺しの閃光を刹那の間で躱して、弧を引き光弦を思いっきり弾いた。

永葬奏(ながそうそう)・共振の型〉

ミラービットそのものが共鳴を起こして砕ける程の周波数をぶつける。

俺を取り囲むように展開していたビットは、4機まとめて砕け散った。

「よしッ! あとは響を……」

上空を見上げた時、そこには光の檻の中を乱舞する響と、もはや動かずに小さな輝きを何度も放つことで制圧しようとする未来の姿があった。



(まだだッ!未来がもっと強いエネルギーを発する瞬間を──チャンスを掴むんだッ!)

滞空し、何度も連続して放たれる神獣鏡の輝きと、シャトルマーカーに反射されて向かってくるそれをなんとか躱しながら、響はその瞬間を待っていた。

『まもなく危険域に突入しますッ!』
『もう猶予はないぞッ!』

直後、響と翔の胸を、鋭い痛みが走り抜ける。

(体が──ッ!)
(そろそろ限界か……ッ!)

カウントは既に20秒を切っている。
二人がその命を喪失するまでのカウントダウンは、もはや目の前だ。



「戦うなんて間違ってる。戦わないことだけが、本当にあたたかい世界を約束してくれる。戦いから解放してあげないと……」

そのためには響と、翔くんと戦って、分からせなきゃ……。

シェンショウジンがそう囁く。

そう、わたしは二人を守るんだ。
そのためにわたしは、二人と戦って……。

……あれ……でも、それって……。

「うう、ぐううう……ッ!」

聞こえた悲鳴に、ぼんやりしていた意識が呼び起こされる。

目の前で苦痛に唸っているのは、身体を突き破って琥珀色の結晶を生やし始めた親友だッ!

(……違うッ!わたしがしたいのはこんな事じゃないッ! こんなことじゃ……ないのに──ッ!」



バイザーが開き、未来の絶叫が轟いた。

その目から流れる雫を、響は見逃していなかった。

「君と私、みんな、みんな 歩みきった、足跡に、どんな花が咲くのかなぁ──?」

目の傍にも、胸から肩、それから腕や脚からも、大小バラバラな結晶が生えて、身体中が熱いし痛い。

だとしてもッ! わたしは未来を取り戻すッ!!

迫りくる幾重もの輝きを全てすり抜けて、わたしは未来の胸の中へと飛び込んだ。

「離してッ!」
「いやだッ!離さないッ!もう二度と、離さないッ!」

未来の身体をぎゅううっと抱き締めて、そのまま落ちていく。

「響いい……ッ!」
「離さないッ!──絶対に……絶対にいいいいッ!」



「来るッ!フロンティアへと至る道ッ!神獣鏡のエネルギー、照射ッ!」




「翔くんッ!!」

落下していくわたしと未来。
その下から飛んできたのは、アームドギアを翼にした翔くんだ。

翔くんも私と同じように、全身から結晶が生えている。
でも、わたしのインパクトハイクと同じように、翔くんもアームドギアの推力にエネルギーを回しているみたいだ。

わたし達を抱きかかえ、翔くんはライブ会場へと飛んだ時よりも力強く、わたし達と共に空へと翔いた。

「飛べよおおおおおおおッ!!」
「そいつが、聖遺物を消し去るって言うんなら──こんなの脱いじゃえ、未来ううううッ!」



フロンティアへと向けて放たれた極大の輝き。
小さな輝きの一つ一つを反射し束ねて増幅させた、迸る凄まじい光の奔流。

その眩い光の中へと、三人は飛び込んでいった。















「これは……」

翔、響、未来が神獣鏡の輝きの中へと消えた直後、海底より辺り一面を白一色に染め上げる程の激しい光が空へと立ち昇った。

「翔と響くん、未来くんはッ!」
「聖遺物反応の消失を確認ッ!」
「三名のバイタルは……確認できましたッ!」
「作戦、成功……なのか?」

その場の誰もが呆気にとられる中、エアキャリアの副操縦席へと上昇してきたウェルだけが、これまでにないほど満足そうな笑みを浮かべていた。

「作戦は、成功ですッ! 封印は解除されましたッ!」
「ドクター……ッ!」
「さあ、フロンティアの浮上ですッ!」




海底より立ち上った光が収まった直後、それは轟音と共に姿を現した。

それは、石を積み上げて造られた巨大な建造物だった。

神殿のようなひときわ巨大な建造物に、何十本もの石柱。

海面を荒れ狂わせながら浮上するそれは、舞い上げた海水を雨のように降らせながらどんどん上昇していく。

「いったい、何が……ッ!?」

一進一退の攻防を続けていた純と切歌もその手を止め、フロンティアの威容を前に立ち尽くす。

その時だった。



ガッ!



「……ッ!」

後頭部からの激しい衝撃に、純は倒れ伏す。

驚く切歌。
純は遠のいていく意識の中、なんとか背後からの襲撃者を確かめようと首を動かして──



「つばさ……せん、ぱい……?」


「──すまない、爽々波……ここまでだ」 
 

 
後書き
第3楽章、完ッ!
翔くんのアームドギアに飛行用形態を追加したのはこのシーンの為と言っても過言ではありませんw

ウェルが無印のキャッチフレーズを台詞に使ってるの、実はすっごい好きな台詞だったりします。

そして遂に、導火線に付いた火が爆弾に届きました。
翼さん……オンドゥルルラギッタンディスカー!?

それでは次章、「浮上のラストアーク」をお楽しみに!










次章、遂に彼女が還ってくる。






「アタシを楽しませてくれるのは……お前か?」



Comeback to the “Gungnir” 

 

第34節「デスティニーアーク」

 
前書き
原作も残すところ今回含めあと3話。長いと思っていましたが、もう終わりが見え始めてますね……。

残るイベントはきりしらの大喧嘩に、クリスvs翼さん、ウェルを取り押さえて装者全員で力を合わせてネフィリム倒すだけですね!……イベント多いわ!

取り敢えず今回はタイトルの回収ですね。
ってか今回と次回で間違いなくウェルへのヘイトが最高潮に高まるな……(確信)

え?予告と章タイトルが違うって?
いや~、ずっと頭に引っかかってたタイトルだったんですけど、これ別の作家さんが書いてるSSのサブタイですわ。センス良すぎて頭に残ってたっていう……。

自分のセンスで付けたタイトルに変更したら、なんだか「使徒、襲来」みたいになっちゃいましたけど、それはそれで覚えやすいのでw

BGMはご自由に。
それではお楽しみください! 

 
本部の一部屋、そのベッドの縁に、緒川は両腕を手錠で拘束された調を座らせる。

「すみませんが、これは預からせていただきますね」

そう言って緒川は、調のペンダントを没収する。

だが、俯いた調から飛び出した言葉は意外なものだった。

「お願い……皆を止めて……」
「っ!?」
「助けて……」



その頃、発令所では……。

「映像回します!」

モニターに海底から浮上したフロンティアが映し出されていた。

「これがF.I.S.の求めていたフロンティア!?」
「海面に出ているのは、全体から見てごく一部。新天地(フロンティア)と呼ばれるだけのことはありますね……」

現在視認できているのは、あくまでも氷山の一角。

F資料と、計測した海底からのデータを参考にして作成された、フロンティアのほぼ正確な全体想定図がモニターに表示される。

大陸のような形であり、宇宙船でもあるフロンティア。
全長は船首から縦に30000m、横14000m、高さ5000mもの巨大構造物。

未だ多くが海底に沈むその全容に、二課の面々は驚愕する。

その時、警報が鳴り響く。

「新たな米国所属の艦隊が接近しています」
「第二陣か……」

そこへ、斯波田事務次官と九皐の通信が入った。

『ずるる……まさか、アンクル・サムは落下する月を避ける為、フロンティアに移住する腹じゃあるめえな?』
「ええ、どうもそうらしいわ。F.I.S.はそれに納得できなかったからこそ、テロリストの汚名を被る道を選んだみたい」
『自衛隊に手を出すなって言ってきたのはそういうわけか。だが、米軍の装備程度でどうにかなるもんじゃなさそうだが?』
「どう見ても手に余るでしょ? 返り討ちに遭って余計な被害が増えるのがオチよ」

了子は呆れたように溜息を吐き、渋い表情をする。

「我々も急行します」

弦十郎の指示で、ネオ・ノーチラスはフロンティアへと向かって進んでいった。



一方、メディカルルーム。

ベッドの上の未来を見るなり、響は彼女へと抱き着いた。
翔も響と共に、彼女の傍へと駆け寄る。

「未来ッ!」
「小日向ッ!」
「あ……」
「小日向さんの容態は?」
「LiNKERも洗浄。ギア強制装着の後遺症も見られないわ」

友里の言葉に、純はホッと息を吐く。
その頭には白い包帯が巻かれており、クリスに肩を預けている。

「良かった……本当に、良かった……ッ!」
「響、翔くん、その怪我……」
「うん」

響と翔の頬や額に貼られたガーゼを見て、未来は顔を伏せる。
間違いなく、自分がつけた傷だ。響と翔を守るつもりで傷つけてしまった事実に、自分で自分が恨めしい。

「わたしの……わたしのせいだよね……」

両目から涙を零す未来。
だが、響は屈託のない笑みを浮かべながらこう言った。

「うん、未来のおかげだよ」
「──え……ッ?」
「ありがとう、未来」
「響……?」

訳が分からない、といった顔で困惑する未来。
それを見て翔はただ、笑っていた。

「私が未来を助けたんじゃない。未来が私を助けてくれたんだよッ!」
「小日向、これを見てくれ」

そう言って翔は、自分と響の最新のレントゲン結果を見せる。

「これ……響? こっちは翔くんの?」
「あのギアが放つ輝きには、聖遺物由来の力を分解し、無力化する効果があったの。その結果、二人のギアのみならず、翔くんと響ちゃんの身体を蝕んでいた生弓矢とガングニールの欠片も、除去されたのよ」
「え……?」
「お前の強い想いが、死に向かって疾走する響を救ったんだよ……未来」

クリスはいつになく穏やかな表情で、未来を見つめながらそう言った。

「私が本当に困った時、やっぱり未来は私を助けてくれた。ありがとう」
「私が……響と翔くんを?」
「ああ。小日向は俺達の命の恩人だ。ありがとう」

二人から感謝の言葉をかけられ、未来は涙を拭く。

「ううん……。あの時、わたしを呼び戻してくれたのは響の声だし、落下していくわたしと響を抱えて飛んでくれたのは翔くんだから……」
「つまり、翔と立花さん、小日向さんの友情が呼んだ奇跡……ってことかな?」
「そうともいえるのかも……?」
「わたし達三人で起こした奇跡、かぁ……」
「言い得て妙、かもしれないな」

純からの「奇跡」という言葉に微笑む響と翔。

(でも、それって……)

だが、胸の聖遺物の消失が何を意味しているのか……知らない未来ではない。
響と翔の笑顔を見ながら、彼女は俯いた。

「えへへへ」
「だけど、F.I.S.はついにフロンティアを浮上させたわ。本当の戦いはこれからよ」
「あいつらの企みなんて、あたしら二人で払ってみせるさ。心配すんな」
「二人? そういえば……翼さんは?」

クリスの一言に、周囲を見回す未来。
確かに、翼の姿だけが見当たらない。

翔と響が危機的状況を脱したのだ。一番喜ぶであろう彼女がいないのは不自然だ。

そして、顔を曇らせる響と顔を逸らすクリス。
純は頭に巻かれた包帯を抑え、翔は俯きながら呟いた。

「どうしちまったんだよ……姉さん……」

ff

同じ頃、F.I.S.の一行はフロンティアへ上陸していた。

「このようなものが、海中に眠っていたとは……」
「僕達に協力してくれるなんて、感謝が尽きませんよ」
「世辞はいい。それよりも、あの言葉に嘘はないんだな?」
「ええ。フロンティアとは関係のない生弓矢まで手に入れたのは、その為なのですから」

フロンティアの中心、外から見る限りは石造りの巨大遺跡にしか見えない巨大構造物を見上げながら、翼は純を不意打ちした瞬間を思い出す。



『仲間を裏切って、あたしたちにつくと言うのデスか?』
『これが前金替わりだ』

いきなり現れ、仲間であるはずの純を一撃で沈ませた翼に、切歌は困惑する。

『しかしデスね……』
『私にこの話を持ち掛けたのは、ウェル博士だ。無論、ある条件をつけてな。私としても、無駄に散る命は一つでも少なくしたい。それに……』
『……?』
『いや、何でもない……』

立ち去った直後、クリスが倒れた純を見つけたのは、言うまでもない。



遺跡内部に入るF.I.S.一行。
こちらも石造りにしか見えない通路を、ライトで照らしながら進んでいく。

「信用されないのも無理はない。気に入らなければ鉄火場の最前線で戦う私を後ろから撃てばいい」
「もちろん、そのつもりですよ。ツェルトくんが抜けてしまった分の穴埋めとは言え、あなたは元々、二課の装者なのですからね」

ツェルトは組織を裏切り、調の後を追って投降した。
フロンティア起動直後、ウェル博士からそう知らされたマリアは、顔を曇らせた。

(あのツェルトが……? でも、絶対にないとは言いきれない……。彼は真面目だから、きっと耐えきれなかったのね)

真実は違うのだが、彼が二課と通じていたのは事実だ。
その意味では、マリアの解釈もあながち間違いとは言いきれない。

(でも、これでよかったのかもしれない……。これ以上、あなたの心をすり減らさなくてもいいのだから。私がフィーネではない事を知りながらも黙っててくれたあなたに、これ以上の迷惑はかけられないわ……)

「着きました。ここがジェネレータールームです」

ナスターシャ教授に言われて見上げると、そこは機械類の見当たらない大きな部屋だった。

F.I.S.の面々が立っている通路は一本橋のようになっており、だだっ広い空間の中心部……道の先には、幾何学模様が刻まれた謎の球体と、それを取り囲んで部屋の上下へと延びる螺旋状の結晶構造体が存在するのみだ。

「なんデスか? あれは……」
「フロンティアのジェネレーターですよ。まあ、見ててください」

そう言ってウェル博士が進み出る。
ケースに仕舞っていたネフィリムの心臓を取り出すと、ウェル博士はそれを……。

「ふ……」

その奇妙な装置に押し付ける。

すると、ネフィリムの心臓から蔓のような物が伸び、ジェネレーターが起動した。

球体が光り輝き、黄金の粒子を散らせながらエネルギーが伝わっていく。
結晶構造体はエネルギーをフロンティアに行き渡らせるパイプの役割も担っているらしく、エネルギーが中を通ると、その光を反射してきらきらと輝いた。

「ネフィリムの心臓が……」
「心臓だけとなっても、聖遺物を喰らい取り込む性質はそのままだなんて、卑しいですねぇ……。ふふ、ひひひ……」

エネルギーが供給された影響か、フロンティア地表には草木が生え始める。
新天地と言う名前は、比喩でも何でもない。この異端技術の結晶そのものを言い表すに相応しいコードネームと言えるだろう。

「エネルギーがフロンティアに行き渡ったようですね」
「さて、僕はブリッジに向かうとしましょうか。ナスターシャ先生は、制御室にてフロンティアの面倒をお願いしますよ」

そう言ってウェル博士はマリアと翼を伴い、ジェネレータールームを後にした。

「……」

眩しいくらいに光り輝く、フロンティアのジェネレーター。
切歌はそれを見上げながら、調の言葉を思い出す。

『ドクターのやり方では、弱い人達を救えないッ!』

「そうじゃないデス……フロンティアの力でないと誰も助けられないんデス……。調だって助けられないんデス……」

現実に翻弄され、正義を為す事も悪を貫く事も果たせぬまま懊悩するマリア。

フィーネとして目覚め、自らの存在が消えてしまう遠くない未来に怯える切歌。

希望を失った少女達は今、心を捩じ伏せ、フロンティア計画を拠り所にする事でしか、己を保つことができないでいた……。

ff

「助けて欲しい? そう言ったのか?」

発令所にて、調の様子をカメラで監視しながら、緒川からの報告を受ける弦十郎。

受け取ったペンダントは、了子へと渡された。

「はい。目的を見失って暴走する仲間たちを止めてほしいと……」
「ふむ……」

「あの……」

そこへ響達が入室してくる。
私服に着替えた未来も一緒だ。

「まだ安静にしてなきゃいけないじゃないかッ!」
「ごめんなさい……でも、いても立ってもいられなくて……」
「姉さんが居なくなったと聞いたら、どうしてもと……」
「確かに翔と響くん、その上翼までもが抜けたことは、作戦遂行大きく影を落としているのだが……」

そう言って弦十郎は、頭を掻く。

「でも、純くんに大事がなくて本当によかった」
「翼さんにも考えがあるんでしょう。やり方はもう少しどうにかして欲しかったですけど……」

額の包帯に手を当てる純。クリスは溜息を吐いた。

「敵を欺くにはまず味方から、ってか?ったく、こういうのはあたしの役回りだろうが……」
「でも、あの姉さんがこんな真似するなんて……。防人としての誇りを重んじていた姉さんが、ここまでする理由はいったい……?」
「弟のお前に分かんねぇ事があたしらに分かるかよ。だけど……」

間を置くクリスに、翔は首を傾げる。

「もしも、無駄に散った命が沢山あって、その責任を自分に感じていたとしたら……あたしも同じ事をすると思う。自分の過ちにケジメを付けるために……」
「クリスちゃん……」

クリスを見つめる純。その時、藤尭が報告する。

「フロンティアへの接近は、もう間もなくですッ!」

モニターを見る。
フロンティアは遂に目の前に……。

そして同じ頃、医務室では──

「っ……助かった……のか……?」

3人目の伴装者、最後の希望が目を覚ましていた。

ff

フロンティア中枢、ブリッジルームへとやって来たウェルとマリア。

「ふふん……」
「それは……?」

ウェルが取り出した無針注射器を見て、マリアは訝しむ。

「LiNKERですよ。聖遺物を取り込む、ネフィリムの細胞サンプルから精製したLiNKERです……ッ!」

フロンティア浮上の目処が立った昨夜から精製を始めていた特注のLiNKERを、自分の左腕に注入するウェル博士。

注入が終わった次の瞬間、ウェル博士の左腕が変貌する。

左腕の肘から先は焦茶に染まり、筋肉が膨張する。
肥大化したその左腕には、ネフィリムと同じ赤い模様が、そして手の甲に沿って三本の棘が生えていた。

「ッ!?」
「くくく……ッ!」

ウェルは満足気に異形の左手を握り、開いて感触を確かめると、ジェネレータールームにあったものとよく似たコンソールらしき物に触れる。

すると、触れた箇所から真っ赤な蔓のような物が伸び、フロンティアを起動させた。

「くくく……早く動かしたいなあ……ちょっとくらい動かしてもいいと思いませんか? ねえ、マリア──」
「──ッ」
「ウヘヘ……」

モニターに映し出された米国艦隊を見て、ウェルはほくそ笑んだ。



その頃、フロンティアのエネルギー制御室。

ナスターシャ教授は、フロンティアの端末内に存在するデータの中から、あるものを探していた。

(フロンティアが先史文明期に飛来したカストディアンの遺産ならば、それは異端技術の集積体。月の落下に対抗する手段もきっと……)

「ッ! これは……ッ!?」
『どうやら、のっぴきならない状況のようですよ』

ブリッジのウェルからの通信と共に映し出された米国艦隊。

フロンティアの制圧を命じられた第二陣は、果敢にも……或いは無謀にもフロンティアへと向かって進んでいる。

『一つに繋がることでフロンティアのエネルギー状況が伝わってくる。これだけあれば十分に(いき)り立つゥ……』
「早すぎます! ドクター!」
『さあ! 行けぇぇぇッ!』



フロンティアの中心部、一番高い石塔のような場所から、3本の光が放たれる。

3本の光は、螺旋を描きながら上空へ。
やがて空を超え、大気圏を突破し、そのまま地球を飛び出して……そして三本の光が螺旋を描きながら一つになる。

その光は、まるで巨大な手のような形となって月に迫って行き──

そして、光の巨掌は月を掴んだ。

「どっこいしょおおおおおおッ!!」

月を掴んだ巨大な手は、次の瞬間霧散する。

直後、フロンティアが海を震わせ更なる浮上を始めた。

「加速するドクターの欲望ッ! 手遅れになる前に私の信じた異端技術で阻止してみせるッ!」

強者に見捨てられる人々を救う為、果たそうとした正義。

しかし、たとえそれが高潔な正しさであっても、徹せない正義が悪と堕落する現実世界の只中にあって、夢想と潰えようとしていたナスターシャ教授の理想。

それでも彼女は一縷の望みを握り締め、フロンティアのデータベースへとアクセスする。

信奉する異端技術を以て現実を覆す為に。
残り僅かな命を人類の救済へと賭けて……。



フロンティアの浮上が巻き起こした波に飲まれるネオ・ノーチラス。

艦内は大きく揺れ、響や未来が悲鳴を上げる。

「うわあああッ!?」
「きゃああああッ!?」
「いったい、何が──」
「広範囲に渡って海底が隆起──我々の直下でも押し迫ってきますッ!」

海底に激突するノーチラス。一際揺れる潜水艦内。
そして、浮上していくフロンティア。

遂に海底より、フロンティアはその全容を顕現させ、空へと浮遊する。

それはさながら、巨大遺跡を中心とした空中大陸と言った様相であった……。

ff

「作戦本部より入電ですッ!制圧せよ、と……」

海兵隊員からの報告に、艦長は目を剥いた。

「あんなのとは聞いていないぞ……ッ!?」

フロンティアを砲撃する米国艦隊。
しかし、フロンティアは全くダメージを受けていない。

当然だ。大陸の大地を攻撃するなど無意味なのだから……。



「楽しすぎてメガネがずり落ちてしまいそうだぁ……ッ!」

ウェルがネフィリムの左腕を通じて新たなコマンドを送ると、フロンティアの大陸直下から伸びる移籍の一部が光り輝き、何やら波動を飛ばす。

次の瞬間、米国艦隊がどんどん海面から浮かび上がっていくではないか。

そして浮かび上がった戦艦は3秒と経たないうちに、まるで紙屑を丸めるようにクシャクシャに潰されていき、一隻ずつ爆発していった。

「ふうん、制御できる重力はこれくらいが限度のようですねぇ……くくくく……ッ!くくくく……はははは、くはははははは……ッ!」

ウェルの目元や頬には血管が浮かび、彼の狂気はここで極限へと至る。

(果たしてこれが……人類を救済する力なのか?)

これまでで一番と言えるほどの笑みと共に高笑いするウェルに、マリアは表情を歪めた。

そして──ウェルは眼鏡を外し、最高潮に達した狂気を顔一面に広げて、まるで新しい玩具を手に入れた子供のような笑いと共に身体を仰け反らせながら宣言した。

「手に入れたぞ、蹂躙する力──これで僕も英雄になれるう……この星のラストアクションヒーローだあ……ッ! あはははッ、はははははは、やったああああーーーッ!!」 
 

 
後書き
フロンティア、ついに浮上!
そしてここに来て、いよいよウェル博士の狂気も限界突破。眼鏡外した途端に顔芸がハッキリ見えるようになったと言っていいのかな()

原作から見事に逆転した翼さんとクリスの立ち位置。
原作での立場を匂わせつつ、「逆だったかもしれねぇ……」な風味に仕上げてみました。

書くにあたって調べたところ、『アンクル・サム』とはアメリカ合衆国の擬人化であり、合衆国そのものを指す言葉らしいですね。
日本に例えると「ジャップども!」みたいな?

さて、次回はアレかー……マリアさん号泣シーン&ウェル博士のヘイトが最高潮に達したあのシーン。
目を覚ましたツェルトがどうするのかも見所です。

次回もお楽しみに! 

 

第35節「わたし達に出来ることで」

 
前書き
遅れたけれど、なんとか完成!

ウェルのカルマ値が振り切れるシーンがやって来ましたね。
皆さん、殺気立たないように。怒りに我を忘れてコメ欄荒らすとかしないでくださいね?
後でちゃんとこれまでの分を返しますので。

それから一部のファンの皆さんへ。
とうとう姫須さんが本編デビューです。拍手でお迎えください。

推奨BGMは『Bay-Bay Lullaby』でお送りいたします。 

 
『御覧くださいッ! 大規模な地殻変動が発表された海域にて、軍事衝突ですッ! 米国所属の艦隊が一瞬で……ッ!? うわぁーッ!?』

沖ノ鳥島での騒ぎを全国中継していた取材ヘリが潰され、テレビの映像は『緊急警報放送テスト』と書かれた文字が映る画面に切り替えられる。

「テラジ、こういう事件って……」
「まさか立花さん達も……?」
「関係してたりして……」

リディアン三人娘は、街角で街頭テレビを見上げる。

「ってことは翔や純は今……」
「戦っているんだね……?」
「ああ……僕達を守るために……」
「小日向さん……」

そしてUFZの四人もまた、今朝から学園を休んでいる親友達を憂い、拳を握るのだった。

ff

「ドクター……ッ!」
「行きがけの駄賃に、月を引き寄せちゃいましたよ」
「月をッ!? 落下を早めたのかッ!? 退きなさいッ!」

悪びれもせずに自分が今やらかした大暴挙を語るウェル。
マリアは彼を押しのけると、慌ててコンソールに触れる。

「救済の準備は何もできてないッ!これでは本当に人類は絶滅してしまうッ!」

しかし、コンソールは全く反応せず、発光していた幾何学模様の光が消える。

「……どうして、私の操作を受け付けないのッ!?」
「うひひひ……LiNKERが作用している限り、制御権は僕にあるのです。この左手は、触れた箇所から全てをコンソールとして扱えるんですからねぇ」
「そんなッ!?」
「他方からの制御も全て僕の承認が必要。勿論、委任も解任も自由自在……フロンティアの支配者は僕なんですよッ!」

マリアは絶句した。

こんな男を自分は庇ったのかと後悔した。こんな男に自分は付き従ってしまったのかと、今になって自らを呪った。

「なぁに、人類は絶滅なんてしませんよ。僕が生きている限りはね。これが僕の提唱する、一番確実な人類の救済方法ですッ!」
「圧倒的な力を以て蹂躙し、自らを讃える者だけを生かす……それが救済だとッ!? そんな事の為に、私は悪を背負ってきたわけではないッ!」
「ハッ!」

ウェルに掴みかかろうとするマリア。
だが、彼女がそうすることを見越していたウェルは容赦なく、嘲笑と共に彼女の頬を打った。

彼女の妹を殺した存在の因子が宿った、その左手で。

「う……ッ!」
「ここで僕に手をかけても、地球の余命があと僅かなのは変わらない事実だろう? ダメな女だなぁ!」
「うぅ……ッ」
「フィーネを気取っていた頃でも思い出して、そこで恥ずかしさに悶えていなッ!」

倒れたマリアの目に、涙が浮かぶ。
それさえも、他人を顧みる心を持たない“天才(テンサイ)”は嘲笑った。

「セレナ……ツェルトぉ……わたしは……ッ! うっ……うぅっ……」
「気の済むまで泣いてなさい。帰ったらぁ~、僅かに残った地球人類をどう増やしていくか、一緒に考えましょう」

遂に心が折れ、嗚咽と共に泣き崩れるマリアを見下ろして、ウェルは外へのエレベーターへと向かって行く。

「そうそう、愛しのツェルトくんですが……彼、もうこの世には居ませんよ」
「え…………?」

信じられない。そう言いたげなマリアの顔を振り返り、ウェルは口元を吊り上げた。

「最後まで僕の夢を邪魔しようとしてましたからねぇ。あんな駄犬、手元に置いておくだけ危険ですし」
「そんな……ツェルトが、死んだ……?」
「ええ。今頃は波風に吹かれ、海の底に沈んでるんじゃないですかねぇ~。懺悔しながら弔ってあげれば、彼も満足するんじゃないかなぁ」

ウェルの言葉は、マリアの心を深く抉った。

(私のせいだ……。私が悪を背負おうとなんてしなければ……私が道を外れたから、ツェルトは私の代わりに正義を為そうとして……ッ)

妹が目を覚まさなくなって以降、ずっとすぐ傍で支えてくれた少年。

心が弱い自分を守ってくれた彼。寄り添ってくれたパートナー。

そして、今更ながらようやく気付いた……大切な人。

今、世界で最も自分を愛してくれた存在はと聞かれれば、彼女はきっと彼の名を挙げるだろう。

……だが、そのツェルトはもう、この世に居ない。

幼い頃、彼女のヒーローになると……読み古したコミック本を片手に語った彼は、自分の与り知らぬところで命を散らしていた。

その報せが、マリアの折れた心に更なる絶望を群がらせていった……。

「うぅ……あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
「では、僕はまだやることがあるので失礼しますよ。僕が最高の英雄になる為の、最後のピース……うひょひょひょひょひょ……楽しみだなぁ……ッ!」

ウェルの姿が階下へと消えていく。

残されたマリアはただ泣き叫ぶのみで、ブリッジには彼女の慟哭だけがこだまし続けていた……。











「……マリィッ!」

飛び起きると、白い天井が見えた。
見回せば見慣れない部屋……どうやらどこかの医務室らしい。

「っ……助かった……のか……?」

ベッド脇のモニターには、ヘ音記号の下に『S.D.A.U』と書かれたエンブレムが表示されていた。
どうやら俺は、特異災害対策機動部二課に助けられらしい。

ウェルの野郎にエアキャリアから落とされた俺は、迫るノイズを前に死を覚悟した。

でも……俺は諦めきれなかった。
声が聞こえたんだ。どこか懐かしくて優しい声が、諦めないで……って。

だから俺は、血反吐を吐きながら起動したエンキドゥでノイズを全て迎撃し、海へと落ちたわけだ。

その後の事は覚えていない。
ただ……夢を見ていた事だけは覚えている。

「マリィが……泣いていた……」

夢の中で、マリィが泣き叫んでいた。
俺が何度手を伸ばしても、その手は届かなくて……そして次の瞬間、誰かに背中を押されたような気がする……。

あの声といい、あの手といい……まるで俺を励ますような温かさは……。
もしかすると、セレナが俺を守ってくれたのかもしれないな。

──とにかく、まずはあいつらと話さないと……。情報の共有を……。

ベッドから降り、着替えようとしたその時……

「な……何してるんですか……?」

振り向くとそこには……二課の制服を着た、気の弱そうな女性が立っていた。

ff

その頃。二課仮設本部ネオ・ノーチラスはフロンティアの浮上に巻き込まれ、大陸の片隅に打ち上げられた状態となっていた。

「下からいいのを貰ったみたいだ」
「計測結果が出ましたッ!」

友里は、藤尭が計測を終えたデータをモニターへと回し、報告する。

「直下からの地殻上昇は、奴らが月にアンカーを打ち込むことで──」
「フロンティアを引き上げたッ!?」
「はい、それだけでなく、月の公転軌道にも影響が……ッ!」

弦十郎を始め、緒川や了子までもが驚いて口を開けた。

「ウェルくん……これがあなたの言う“英雄”の姿なのね……」
「奴らの目的が何であるにせよ、フロンティアを止めねばならない……クリスくん、純くん──いけるか?」
「ったりめぇだッ!」
「無論です」

クリスと純は包帯を外し、ブレスレットを嵌め直す。

「──クリスちゃんッ!」
「心配すんな。あたしはもう、独りじゃねぇよ」

自分を案じて声をかける響に、クリスは微笑みながら答えた。

「行ってくるよ」
「ああ。健闘を祈る」

翔は純と拳を突き合わせ、笑みを交わした。

そして、赤き装者と白銀の伴装者は共にハッチへと向かい、出撃していった。

ff

「──というわけで、俺はエアキャリアから落とされることになったわけだ」

俺は着替えながら、彼女にここまでの経緯をかいつまんで語った。

その職員は、話してみればとても人の善い性質(たち)をしていた。
どうやら、眠っている俺を見張る事を任された職員らしい。

さっきまで見張っていた職員と交代したところで、起きた俺と出くわした……という事らしい。
あまり厳重な体制でない辺り、信用されている……という事だろうか?

「──そう……翔くんの友達なんだ」
「友達って程じゃない。ただ、アイツは俺に道を示してくれた。だから信じただけだ」
「でも、翔くんと君って、似た者同士だと思うよ?」
「どういう事だ?」

着替え終えた俺は、義手を着け直しながら首を傾げる。
RN式とMark-Ⅴはどうやら、ドクター櫻井に預けられているらしい。当然の処置だな。

「翔くんから聞いたところ、ジョセフくんはマリアさんを守る為に戦ってきたんだよね?」
「ああ……だからこそ、俺はこんなところで寝ている暇はないんだ」
「うん、やっぱり似てるよ。翔くんは響ちゃんや翼ちゃん、大好きな人達を守る為に戦っているの」
「そうなのか……?」

そう言えば、あいつがどうして戦っているのか……その信念まではまだ知らないな……。

その職員は頷き、静かに語りだした。

「翔くんはね、お姉さん……翼さんや風鳴司令、それからお父さん、家族みんなが大好きなの。この国に住まう人々を護るために戦う……そういう家系に生まれて、そんな家族に憧れて、そして自分もそうなりたくて、二課への編入を志願していたの」
「そうだったのか……」

家族、か……。
俺もマリア達もみんな、血のつながった家族は何らかの形で喪ってしまったが、F.I.S.の皆は家族みたいなもんだからな……。

マムは厳しいけど……でも、本当は優しい人だって知っている。

なんだ……あいつが守りたいものってのは、俺と同じものじゃないか……。

「それじゃジョセフくん、私についてきて。あなたが起きたら発令所に連れて来るようにって言われてるの」
「分かった、案内よろしく頼む。……えっと……」

しまった、そう言えばまだ名前を聞いていなかった。

すると彼女は俺の意図を察したようで、屈託のない笑顔で名乗ってくれた。

「私は二課娯楽施設管理担当、姫須晶(ひめすあきら)。よろしく、ジョセフくん」

ff

『挨拶模様のガトリング ゴミ箱行きへのデスパーリィー──』

イチイバルの圧倒的な火力による広範囲殲滅射撃。
それを抱え、戦場を駆け抜けるアキレウスの超スピード。

純がクリスをおぶって戦場を疾走し、尚且つクリスがスカートパーツを純の動きに干渉しない位置へとスライドさせることで、二人の装者は、二人で一人の移動砲台となっていた。

足アーマー側部から展開されたホイールで加速する純を、阻める者はいない。
その速さはノイズに先制の権利も、反撃の隙も認めず、クリスはただひたすら引き金を引く事に集中できる。

形容するならば、自動砲撃型バックパックを装備した地上戦用人型強襲機。
迫るノイズはどんどん殲滅されていく。

「さすが、クリスちゃんと純くん……ッ!」
「こちらの戦力は、装者が2人……。対するあちらには、装者が2人にソロモンの杖、更には翼さんとも戦闘になる可能性がありますからね……」
「姉さん、手加減とかしてくれないだろうからな……」

だが、不安はある。
これだけ連携の取れた二人でも、戦力はあちらの方が上なのだ。

更に、フロンティアの内部に侵入者に対する迎撃システムが存在しないとも言い切れない。
楽観はできないのだ。

「……いえ、シンフォギア装者は2人だけじゃありませんッ!」

響の言葉に、弦十郎が厳しい顔で振り返る。

「ギアのない響くんや翔を戦わせるつもりは無いからなッ!」
「戦うのは、わたしじゃありませんッ!」

何処か確信めいた表情で言う響。
その時、発令所の自動扉が開く。

「そうだ……お前達だけに、任せておけるかよ……ッ!」
「ツェルトッ!?」

そこには、姫須に案内されて来たツェルトが立っていた。



「捕虜に出撃要請って──どこまで本気なの?」

手錠を外されながら、調は訝し気な表情でそう言った。

「もちろん全部ッ!」
「あなたのそういうところ、好きじゃない──。正しさを振りかざす、偽善者のあなたが……」
「調ッ!」

調の言葉に、ツェルトが厳しい顔をする。
まるで、娘の非礼を叱る父親のようだ。

だが響は、今度は調の言葉に表情を曇らせることなく、ただ困ったように笑った。

「わたし、自分のやってることが正しいだなんて、思ってないよ……」
「……ッ」
「以前大きな怪我をした時、家族が喜んでくれると思ってリハビリを頑張ったんだけどね……。わたしが家に帰ってから、お母さんもお祖母ちゃんもずっと暗い顔ばかりしてた……」
「響……」
「それでもわたしは、自分の気持ちだけは偽りたくない……。偽ってしまったら、誰とも手を繋げなくなる──」

響はそう言って自分の両の掌を見つめ、そして調の目を真っ直ぐに見つめた。

「手を繋ぐ……そんなこと本気で……」
「だから調ちゃんにも、やりたい事をやり遂げてほしい……。もしもそれがわたし達と同じ目的なら、少しだけ力を貸してほしいんだ」

そう言って響は、調の手を両手で包むように握る。

調は驚いたように目を見開いて、そして瞳を揺らす。

「わたしの、やりたい事……」
「やりたい事は、暴走する仲間達を止めること──でしたよね?」

緒川からの言葉に、調は響の手を離すと顔を後ろに背ける。
彼女の両目に涙が浮かんでいたのを、その場の誰もが見逃さなかった。

「……みんなを助けるためなら、手伝ってもいい。だけど、信じるの?敵だったのよ?」
「安心しろ。こいつらはそんな、みみっちい事言わないお人好しだ」

ツェルトは肩を竦めながら、この場の全員を見回し苦笑した。

「敵だとか味方とか言う前に、子供のやりたい事を支えてやれない大人なんて、格好悪くて適わないんだよ」
「師匠ううぉぉぉぉーーーッ!」
「ッ! そうか……あんたもドクター・アドルフと同じことを言うんだな……」

弦十郎の言葉に、ツェルトはF.I.S.で最も信頼した男を重ねる。
そして彼は確信した。翔だけではない、彼らは……特異災害対策機動部二課は、信頼に値する者達なのだと。

「はい、あなた達のギアよ。念の為、しっかりメンテナンスしておいたわ」

了子から調とツェルトへ、それぞれのギアが返される。

「こいつは可能性だ。君達の行動が、最終的にフロンティアを止める事に繋がると信じている」
「……相変わらずなのね」
「甘いのは分かってる、性分だ」

と、いつか言ったような気がする言葉に、弦十郎は目を見開く。

(──ッ!?相変わらず、だと……?)
(今の言動……まさか、彼女は──?)

弦十郎と了子は、調の微笑みの中に、遠く懐かしき彼女の面影を垣間見た気がした。

「ハッチまで案内してあげるッ!急ごうッ!」
「バイクはあるか?貸してもらえるとありがたいんだが……」
「調査部が使用しているものがある。叔父さん、一台貸してもいいよな?」

調は響に引っ張られるように。
ツェルトは翔に案内される形で下へと降りていく。

それからしばらくして、格納庫より降下されたタラップから二つの影が発進した。

「あっ!?響、翔くんッ!?」

未来の声に、友里が慌てて映像を拡大する。
そこには、調の禁月輪に乗った響と、ツェルトが借りたバイクの後ろに跨る翔の姿が。

「何をやっているッ!お前達を戦わせるつもりは無いと言ったはずだッ!」
『戦いじゃありませんッ!人助けですッ!』
「減らず口の上手い映画など、見せた覚えは……翔、お前かッ!」
『叔父さん、許して欲しい。でも、ジーッとしててもドーにもならないんだ。戦う力がなくたって、できる事はあるッ!』
「むぅ……ッ!」
「まあまあ、いいじゃない。こうなると思って、私も翔くんにRN式返しちゃったし」
「了子くん、君も共犯かッ!」

弦十郎は思わず舌を巻いた。
こうなった二人を止めることは出来ないと分かっているからだ。

「行かせてあげてください。人助けは、一番あの二人らしいことですから……」

そんな二人を見て、未来は微笑む。
どんなに響が遠くに行っても、心配しながらも彼女の帰りを信じて待つ。

それが本来の小日向未来、立花響の尊き陽だまりなのだ。
神獣鏡の呪縛から解き放たれ、改めて彼女は自分に出来ることを再認識した。

「ふっ……こういう無理無茶無謀は、本来、俺の役目だったはずなんだがな」
「弦十郎さんも?」

愛弟子達に先を越されてしまったものの、その成長は何処か嬉しいものが込み上げる。
弦十郎の顔には、笑みが浮かんでいた。

「帰ったらお灸ですか?」
「特大のをくれてやるッ!だから俺達はッ!」
「バックアップは任せてくださいッ!」
「私達のやれる事でサポートしますッ!」
「弦十郎くんが出た後の指揮は任せて。戻るまでの間くらい、私がもたせてみせるわッ!」

ギアがなくとも出撃した二人に続くように、大人達が次々と気合を入れ直していく。
夢を抱いた子供達の前に道を切り拓くためなら、冗談抜きで命を懸ける。

特異災害対策機動部二課は今、この未曽有の危機に対して不退転の意志を以て立ち向かう事を宣言した。

「子供ばかりに、いい格好させてたまるかッ!」 
 

 
後書き
……というわけで、ツェルトは無事でした。
でもマリアさんのメンタルはボドボドです。おのれウェル!

え?純クリなんかシュールな気がする?戦場で何をバカなことをって?
いや~、シンフォギアならこのくらいの戦法はやるでしょ()

そして名有り職員ファンの皆さんへのサービス、姫須さん本編デビュー!
ぞの内他の皆さんも出て来ることでしょう。

それでは次回もお楽しみに! 

 

第36節「戦場にセレナーデを」

 
前書き
そろそろ毎日更新から、火水金土日の5日更新に切り替えるべきなのでは、と悩み始めた今日のこの頃。

今回はいよいよ原作第11話の終盤です。残りあと2話!
あっちもこっちも仲間割れしてます。おおマジか……辛いわ……。

聖詠のタイトルを地の文に仕込んだり、調の『PRACTICE MODE』の歌詞を見ながら書いた地の文があったり、中の人繋がりな選曲で仕込んだパロディもあるので、よければ探してみてください。

推奨BGMは『Edge Works of Goddess ZABABA』、『Next Destination』、それから鉄男社長のBGMでお楽しみください。 

 
先に出撃した純とクリスは、本部からの通信で翔と響が調、ツェルトの二人と共に出撃した事を知らされ驚いていた。

「翔と立花さんが、F.I.S.の装者達と一緒に?」
「ったく、あのバカ。想像の斜め上すぎんだろ……」

悪態をつきながらも、クリスはどこか納得したように笑っていた。

「了解です。直ちに合流します」
「ノイズを深追いしすぎたか……。純くん、戻ろうぜ」

二人が来た道を引き返そうとした、その時……大量の剣が降ってきた。

「「ッ!?」」

後ろに飛んで避ける二人。
着地と同時に純がシールドを大盾へと変形させ、降り注いだそれらを防いだ。

「どうやら誘い出されたみてぇだな……そろそろだと思ってたぜ」
「……」

見上げた小高い崖の上には、刀を手にした翼が立っていた。


ff

「待ってろマリィ……絶対に助けに行くからなッ!」
「でも、どこに向かってるんだ?」

一方、響と調、翔とツェルトはそれぞれのマシンの轍をフロンティアの大地に刻みながら、中央遺跡へと向かっていた。

「あそこに皆がッ!?」
「わからない。……だけど、そんな気がする……」
「気がするって──」

響が首を傾げた次の瞬間、いきなりターンしてブレーキをかける調。
同時にツェルトもバイクを止めた。

「──うわああッ!? ど、どうしたの?」
「あれは……ッ!」

調の見つめる先を見上げる一同。
そこに立っていたのは……マフラーを風になびかせ、悪魔の角つきフードを被った切歌だった。

「切歌ちゃんッ!」

「──Zeios(ゼイオス) igalima(イガリマ) raizen(ライゼン) tron(トロン)──」

次の瞬間、切歌は自らの胸の歌を口ずさむ。
“夜を引き裂く曙光の如く”と……。

イガリマのギアを纏い、切歌はその手に小鎌を握る。

「切ちゃん……ッ!」
「調ッ! ツェルトッ! どうしてもデスかッ!?」

鎌の柄を伸ばし、グルグルと回しながら大鎌へと変形させた切歌は、それを構える。あちらは既に臨戦態勢のようだ。

「ドクターのやり方では、何も残らないッ!」
「調の言う通りだッ! あの野郎、フロンティアを利用して人類の支配者になるつもりだぞッ! 世界を救うつもりなんて微塵もねぇんだッ!」
「ッ! それでも……ドクターのやり方でないと何も残せないデスッ! 間に合わないデスッ!」

言い合いを始める三人。響は慌てて割って入る。

「3人とも落ち着いてッ! 話し合おうよ!」
「「戦場で、何をバカなことをッ!!」」
「まあ、そうなるわな……」
「いつぞやの姉さんと雪音を思い出す……」

呆れるツェルトに、今のやり取りが何処か懐かしく感じてしまう翔。
埒が明かないと判断した調は、響と翔を交互に見る。

「あなたたちは先に行って……ツェルトと、それにあなたたちなら、きっとマリアを止められる──手を繋いでくれる」
「調ちゃん……ッ!」
「調……ッ!」
「わたしとギアを繋ぐLiNKERにも限りがある……だから行ってッ! ──……胸の歌を……信じなさい」

その一瞬、調の赤い瞳が金色に染まっていたように見えた。

翔と響の脳裏に“彼女”の最期がよぎる。
この言葉を知っているのは、あの時、あの場に居た彼女と自分達だけだ。

「…………うん……ッ!」
「…………わかったッ!」

進もうとする二人。そこへ、ツェルトがアタッシュケースを投げる。

「翔、持っていけッ!」
「これ……」
「俺のはエアキャリアから取ってくるッ! 生弓矢は十中八九、ウェルの野郎が持っているッ! 奴を探して奪い取れッ!」
「ああ、大事に使わせてもらうぜッ!」

アタッシュケースを受け取り、走り出す翔と響。

「調……切歌を頼む」
「うん……任せて。ツェルトはマリアをお願い」
「当たり前だ……ッ!」

本当は自分も切歌を説得したい。だが、今自分が最も駆けつけなくてはならないのはマリアの元だ。
調からマリアを任されたツェルトもまた、バイクを方向転換させると、翔達とは別の方向へと走りだす。

「させるもんかデスッ!」

先へ進もうとする翔と響に攻撃しようとする切歌。
だが、そこへ調のα式が飛ぶ。

「ダメ」
「調! なんであいつらを!? あいつらは調の嫌った偽善者じゃないデスか!」

飛来した丸鋸を、鎌を回して弾いた切歌は調に疑問を投げかける。

「でもあいつは……自分を偽って動いてるんじゃない……。動きたいことに動くあいつが、まぶしくて羨ましくて……少しだけ信じてみたい……ッ!」

調はヘッドギアのツインテールから、丸鋸付きのアームを展開しながらそう答えた。
その目に宿る強い意志に、切歌は納得せざるを得なかった。

「さいデスか……。でも、アタシだって引き下がれないんデス……ッ! アタシがアタシでいられるうちに、何かをカタチと残したいんデスッ!」
「切ちゃんでいられるうちに……?」

月を見上げながら叫ぶ切歌。
その胸にもまた、譲れない思いがある。

「調やマリア、ツェルトやマムの暮らす世界と──アタシがここに居たって証を残したいんデスッ!」
「それが理由?」
「これが理由デスッ!」

調のギアの足裏から、ローラーが展開される。
対する切歌の鎌も、刃が3つに分割された。

「フッ!」

〈切・呪リeッTぉ〉

「はあッ!」

〈γ式・卍火車〉

紅と翠、ぶつかり合う二つの刃。
二人の旋律が重なり合い、調べ歌が鳴り渡る。

「警告メロディー 死神を呼ぶ 絶望の夢Death13 レクイエムより鋭利なエレジー 恐怖へようこそ──」

回転ノコギリ付きのアームをを左右2つずつ、計4つ展開し、四方から切歌を追い込む調。

〈裏γ式・|滅多卍切〉

跳躍を繰り返し、調の懐に飛び込もうとする切歌。
だが、調の丸鋸がそれを許さず、立体的な動きで斬り合う二人。

「DNAを教育してく エラー混じりのリアリズム──」

調の攻撃を避け、後方へと飛び退く切歌。
左肩からもう一本、新たな手鎌を取り出すと、そちらも大鎌に変形させて構え直した。

「この胸に──」
「ぶつかる理由が──」
「「あるのならああああああああッ!!」」

互いが互いを思い合うからこそ、二人は握った刃を振り下ろす。

戦場に響くデュエットは、彼女達が大好きな相手へと向けるセレナーデ。
矛盾を抱えながら、それでも二人は手を緩めない。

己の存在を懸けて。或いは、初めて己の心を溶かしたものを伝えるために。
重ね合った手を離さないためにと、突き立つ牙となった純心をぶつけ合う。

「いますぐにjust saw now 痛む間もなく──」
「だからそんな、世界は──」
「「切り(伐り)刻んであげましょう──ッ!」」

ff

「はッ!」
「くう……ッ!」

翼の剣を、銃で受け止めるクリス。

間髪入れずに放たれた至近距離からの銃撃を、翼は剣で弾いて切り込む。

「はッ! やッ!」
「く……ッ! オラッ!」

振り下ろされ、薙ぎ払われる翼の剣を、後退しながらバク転して避けるクリス。

今度は左右交互に二丁銃撃。それを翼は後退しながらまたも剣で弾く。

「はあッ! ふッ! はあぁッ!」
「ふッ! このッ!」

弾丸を避けながら振るわれる剣。クリスもまた、後退しながらこれを躱し、銃撃を続ける。

残弾が尽きた瞬間、クリスは翼の剣をマガジンを交差させることで受け止める。

直後、バク転しながらマガジンを外して着地。

腰アーマーから飛び出した新しいマガジンが装着され、一瞬でリロードが完了する。

「へッ! あたしのリロードに隙はねぇッ!」
「ならば……はあああああッ!」

翼は両脚のブレードを展開して滑空、加速すると、クリスの銃撃を左右に躱しながら接近する。

クリスの周囲を一周して跳躍、頭上から刀を大きく振りかぶって斬りつける。

「せぇいッ!」
「そうはいくかよッ!」

クリスはその場を飛び退き、避けながら発砲する。

「はぁぁぁぁッ!」

翼の頭上をバク中しながらの発砲。
それを側転で避けた翼は、水たまりに着地し、刀を構え直す。

同じく着地したクリスもまた、翼に銃口を向けて睨み合う。

一進一退、両者の戦いは互角であった。

(あいつは何を考えてあたしらを裏切ったんだ? 考えがあるにしては、随分余裕のなさそうな顔してやがる……)

睨み合いながら、クリスは思案する。
翼が何を目的としているのか、それを知らなければ支えてやることもできないと分かっているからだ。

言葉を交わすより先に彼女の剣が振るわれるなら、クリスは翼の挙動からその真意を読み取ろうとしていた。

(……ん? あいつの首……)

そしてクリスは、翼の首に何やら不審なものが巻かれていることに気が付く。

(あんなもの……ギアのパーツにはなかったよな?)



一方、翼とクリスの戦いを双眼鏡で覗く何者かは、今か今かと機を伺っていた。

「ふ、ふふふへへ……ッ!」

言うまでもない、ウェルである。
肩を揺らし、狂気を顔いっぱいに広げた彼の右手にはソロモンの杖が握られている。

否、それだけではない。
ソロモンの杖を握る生身の右手には、ツェルトのModel-GEEDによく似たガントレットが装着されていた。

「見つけたぜ……ウェルッ!」
「おや、姿が見えないと思ったらそんな所に居ましたか」

名前を呼ばれ、振り返るウェル。
そこには、クリスと翼の戦闘が始まった瞬間から戦線を離脱し、何処かで見ているであろう彼を探すべく走り回っていた純だった。

「もう逃がさねぇぜ。観念しやがれッ!」
「ハッ、身の程を弁えてくださいよ。僕は英雄、全ての人類に崇め奉れる存在なんですからねぇ」
「支配者気取りの愚かな科学者が、自惚れまみれの稚拙な定理を並べてるだけだろ。そんな奴が英雄名乗ろうなんざ……2万年早いぜッ!」

眼鏡を外した純の啖呵に、ウェルは一瞬口元をヒクつかせた。

「僕は天才だぁッ!」
「どうだかな。戦場に於いて、果たしてその頭だけで何処まで逃げ切れるか、試してみるか?」
「ならば見せてあげましょう……僕の頭脳が生み出した、最高の研究成果をお披露目してあげます」

そう言ってウェルはソロモンの杖を収納し、コートの裏に仕舞う。
そして代わりに、右腕に装着された赤いガントレットを起動させた。

「それは……ツェルトと同じModel-GEEDッ!?」
「転調・“天詔琴(アメノノリゴト)”ッ!」

ウェルが叫んだ次の瞬間、彼の右手に何かが形成される。

それは、純にも見覚えのあるシルエットだった。
戦場で見かけるには不似合いだが、それは確かに純の知るそれと一致していた。

楽器だ。戦場に旋律を奏でる弦楽器……翔のアームドギアの一つであり、生弓矢の形の一つ。
“天詔琴”のアームドギアが、ウェルの手に握られていた。

「盗んだ生弓矢を、RN式に組み込んだのかッ!?」
「本当のお楽しみはこれからですよ……くひひひひ……ッ!」

口元を釣り上げて嗤うと、ウェルは弓を引く。

次の瞬間、純の頭上から何者かが飛びかかる。

「──ッ!?」

気配を察知した純がその場を飛び退いた直後、激しい音と共に、先程まで彼が立っていた場所が陥没した。

「な、なんだ……ッ!?」

純は盾を構え、追撃に備える。

煙はやがて晴れ始め、その奥から襲撃者のシルエットが浮かび上がる。

そのシルエットは、とても女性的だった。
シルエットからでも分かる、豊満な胸部。

身長は高めで、まるで鳥の羽毛のような長い髪は風にたなびいている。
地面に突き刺さっているのはおそらく、彼女の得物だろう。

そして何より目を引いたのは、柄の先を足場にされているその得物だ。

色は白いが、その槍は間違いなくマリアのアームドギアと同じものだった。

「白い、ガングニール……ッ!?」

まさか、とは思った。
有り得ない、と目を疑った。

しかし、風に剥がされたヴェールの向こうから現れた彼女の姿に、純は絶句した。

崖の下から見上げるクリスも驚きに目を見開き、翼は目を伏せた。

「アタシを楽しませてくれるのは……お前か?」

「どうして……どうして、あなたがここに……ッ!?」

かつて戦場に消えたはずの生命。
死体すら残さず塵となり、この場に立っているはずのない人物。

人としての生を捨て、戦士と生きて死んだ片翼の奏者が、仮面の奥で笑っていた。

ff

ブリッジのモニターにも、戦場で対立する二組の様子は映し出されてる。
当然、調と切歌の戦いの様子も……。

「どうして、仲の良かった調と切歌までが──私の選択は、こんなものを見たいがためではなかったのに……ッ!」

モニターの前で膝を着き、泣き崩れるマリア。
そこへ、制御室のナスターシャ教授からの声が届く。

『マリア』
「──マムッ!?」
『今、あなた一人ですね? フロンティアの情報を解析して月の落下を止められるかもしれない手立てを見つけました』
「え……ッ!?」

驚くマリア。
心を降り砕かれた彼女の耳に届いたのは、ナスターシャ教授が見つけ出した、最後の希望だった。

『最後に残された希望──それには、あなたの歌が必要です』
「──私の、歌……」

ff

「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」
「大丈夫か、響……ッ!」

マリアの元へ向かう翔と響は、F資料にあったフロンティアの内部構造を頼りに走り続けていた。

「これくらい……へいき、へっちゃらッ!」
「なら、もうひと踏ん張りだ……もうすぐ入り口だぞッ!」

背中を押してくれた彼女の言葉を胸に、二人は走り続ける。
目指す中央遺跡はもう目の前だ。

「行こう、翔くん──」
「ああ──」
「「胸の歌が、ある限りいいいぃぃッ!!」」

息を切らしながらも、二人は真っ直ぐに、一直線に進んでいった。






そして、エアキャリアの一室では彼もまた──

「セレナ……俺に力を貸してくれ……」

セレナのカプセルに触れながら呟いたツェルトは、自らの部屋に設置された装着アームを起動する。

「行くぞ、Mark-Ⅳ……これが最後の戦いだ」

着替えたインナーの上から装着されていくプロテクター。
毎回誰かに手伝ってもらう事で装着している二課とは違い、完全に機械操作での装着。
気分はやはり天才大富豪。決戦に赴く覚悟を決め、ツェルトは足を踏み出した。

「待ってろマリィ……今、迎えに行くからな……ッ!」 
 

 
後書き
如何でしたでしょうか?

きりしらの戦闘シーン、原作とほぼ変わらないし殆どカットしても問題ないかもしれない。
その分、次回に挟むのは……言うまでもないですね。

遂に回収された伏線。前々からずっと予告していた彼女の帰還……奏さん復活です!
どうやって復活したのか。その説明は次回になりますが、ギリギリまで悩んでようやく納得がいく理由を見つけました。
度肝抜かれたら褒めて欲しいな……。

次回──

ウェル「さあ、ガングニールの乙女よッ! その力を僕に示してくれぇぇぇッ!」

奏「なぁ? もっとあたしを楽しませてみろよッ!」

クリス「あんたが望んだものは……こんな事じゃないだろッ!」

第37節『君ト云ウ 音奏デ 尽キルマデ』

純「許されねぇッ! てめぇのやったことは……許されねぇッ!!」

次回もお楽しみに!

予備のModel-GEED:ツェルトの義手に組み込まれたRN式とは違い、ガントレット型として設計された赤のModel-GEEDは、ツェルトのそれの原型モデルである。

元々複数の聖遺物の力を融合させ、兵器として運用する為に作られたのがModel-GEEDではあるが、聖遺物同士の反発で設計コンセプトが実現できない不備や、そもそも起動できるものが居なかった事などから、元となったRN式同様、失敗作として扱われていた。

後にフィーネから横流しされたデータから、改良型としてツェルトの義手に組み込まれることとなったのだが、ナスターシャ教授は残されていた原型機をF.I.S.から持ち出し、予備パーツとして整備・調整を重ねていた。

ウェル博士はそれを、死者を蘇らせる右腕……神の奇跡を行使するための道具として利用し、英雄としての地位を確固たるものとするのだった。 

 

第37節「君ト云ウ 音奏デ 尽キルマデ」

 
前書き
ギリギリアウトな投稿時間!

原作と全く変わらなかったので、きりしら戦はほぼカットでお送りします。あの辛さは是非とも原作観て味わってくれ……。

その分、奏さんの戦闘シーンと翼さんの心境を描かないといけなくて一苦労。
オリジナル増やす場合の苦労ってこういうとこだよなぁ。

推奨BGMは『Next Destination』、『烈槍・ガングニール』、『君ト云ウ 音奏デ 尽キルマデ』です。
それではお楽しみください! 

 
『僕に協力して欲しいのですよ。死者を蘇らせる、僕の実験に……』

最初にその話を聞いた時、私は馬鹿なと一蹴した。

しかし、ウェルの語る理論は机上の空論にしてはとても筋が通っており、確信に満ちていた。

生弓矢の力で櫻井女史が蘇る瞬間は、私もこの目で見た事実だ。

この私が僅かな希望として縋ってしまうには、充分過ぎる程に……。

迷いはした。 普段の私であれば、こんな事で揺れる事など有り得ない。

でも……もし、奏にもう一度会えたとしたら……。
もしも、奏とまた肩を並べられるのなら……。

そんな誘惑に抗えないほど、私の心は弱っていた。

そして私は……奏のために、唄ったのだ──

ff

「どういう……事だ……ッ!? 奏さんは二年前の惨劇で……」

目の前に立つガングニールの先代装者、天羽奏。
既に故人である筈の彼女の姿に、純は驚きを隠せなかった。

「古来より、死者を蘇らせる神話や伝承は世界各地に点在しています。彼の聖人の手による神の奇跡、アスクレピオスの蘇生薬、中国の尸解仙……挙げればキリがないでしょう。なにせ永遠の命と並ぶ人類普遍の夢ですからねぇ」
「その禁忌に、お前は手を出したってのか……ッ!」
「ええ。ドクター・アドルフに見解を求められた時、ピンときましたよ。これこそが僕の求めていた力、人類の夢だとねッ!」
「確かに生弓矢は死者を蘇らせる聖遺物……だが、それには相当量のフォニックゲインが要るはずだッ!」
「ええ、確かにそうですよ。“生弓矢”の場合は、ですが」
「どういう意味だ……?」

含みのある言い方に、純は困惑する。
科学者という生き物は、他者に説明している時間が一番楽しいらしい。ウェルはそのまま楽し気に話を続けた。

「生弓矢が司るのは、生命エネルギーを活性化する力。たとえ瀕死の重傷を負っていても、それを癒し、身体に生命力を満ちさせる力です。しかし、既に死んでしまった者には効果がありません。増幅する生命エネルギーが0なんですからね。その場合、必要になるのは生弓矢に備えられたもう一つの機能……他者の生命エネルギーを注ぎ込む力、それが生太刀です」
「生命力を活性化させる生弓矢と、他者から分け与える生太刀……」

しかし、そこで純は疑問を浮かべる。

「ちょっと待てッ! 奏さんは死体も残らず塵になったはず……生命エネルギーどころか、肉体がこの世に存在しないんだぞッ!?」
「ええ、そうです。そこで最後の機能ですよ」
「最後の機能……それが天詔琴の力……?」

ウェルは右手に握った楽器を自慢げに見せびらかす。
無邪気に新しい玩具を自慢する子供の顔に狂気が入るだけで、こうも醜くなるものだと彼を見た者は思うだろう。

「魂の正体とは、何だと思います?」
「魂の、正体……?」
「魂に関しては未だ謎が多い未開拓の研究分野ですが、何も霊的なものではありません。脳が活動し処理する電気信号と、そこに刻まれた記憶……『想い出』の総体がこそが精神であり魂です」
「記憶こそが、人間の魂……」
「歌や音楽には、聴く者の記憶を呼び起こす作用があるのは知っていますね? この天詔琴には、音を奏でることで他者の記憶を呼び起こし、失われた魂を復元する力があるんですよッ!」
「魂を復元する聖遺物……ッ!?」

あまりに突拍子もないウェルの言葉に、純は度肝を抜かれる。

それは文字通り、生殺与奪の権利を握る事が出来る聖遺物。
殺した人間を自在に蘇らせる事が出来るとしたら、それは……この男に最も渡してはいけない力だ。

だからこそ、飛びかかってやりたい衝動を抑えてウェルの話を聞く。
その中に、奏を取り戻すヒントがあると信じて。

「魂を入れる肉体はどうした? 肉体が無けりゃ、魂が復元しても意味がないだろうが」
「水35L、炭素20㎏、アンモニア4L、石灰1.5㎏、リン800g、塩分250g、硝石100g、硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他少量の15の元素……」
「……は?」
「僕がまだイェールに在籍していた頃、とある秘密結社で小耳に挟んだ人体の錬成方法です。ホムンクルス、でしたかね。自我の存在しないまっさらな人体……そこに風鳴翼の歌と記憶、彼女の周囲に残留し続けていた電気信号から復元した天羽奏の魂を入れることで、彼女はこの世に蘇ったんですよッ!」
「ホムンクルスって……オカルトの存在じゃないのか!?」
「ふふふ……オカルトの中にこそ真実があるッ! この異端技術の存在に確証を得た僕は、ついに実現したのさッ!」

つまり、話を纏めるとこうだ。

天詔琴には“魂”と呼ばれる存在を復元する力があり、翼の周囲には奏の残留思念とも言うべきものが漂っていた。
ウェルはその残留思念を天詔琴の力で復元し、奏の魂としてホムンクルスに宿す事で復活させたのだ。翼の歌とそのフォニックゲインを鍵として。

「おいおい、話が長すぎやしないか?」

そこへ如何にもかったるそうに口を挟んだのは、当の奏本人だ。

「あたしは戦いたいんだよ……いいだろ?」
「ええ。その為に私はあなたを呼んだのですからねぇ」

ウェルの方を振り返りながら、奏は好戦的な笑みを浮かべる。

「奏さん……ッ!」
「お前がどこの誰だかは知らないが、せいぜいあたしを楽しませてくれよ……なぁッ!」
「──ッ!」

突き出された槍を、すんでのところで回避する。
そのまま横薙ぎに振るわれた槍を盾で弾き、バックステップで離れる。

「へぇ……やるじゃないか。面白いな、お前」
「く……ッ!」

奏の槍のレンジ外まで離れた純は、奏を睨んだまま構え直す。

(一撃が重い……ッ! あれをまともに受け止めるのは不味いな……)

目元を隠す、鋭角的なバイザー型の仮面。
奏の口元には、やはり笑みが浮かんでいる。

(ダイレクトフィードバックシステムと同様のものか……。だが、シェンショウジンに搭載されてたのとは、おそらく勝手が違うだろう。その違いさえ分かれば……)

「じゃあ、加減の必要はないってわけだ。あたしの唄を聴かせてやるよ」
「そうだ、そいつに聴かせてやるといい。君からのレクイエムをねぇッ!」

囃し立てるウェルを睨み、純は怒りの限り叫んだ。

「許されねぇッ! てめぇのやったことは……許されねぇッ!!」
「許しを請う理由などありませんよッ! さあ、ガングニールの乙女よッ! その力を僕に示してくれぇぇぇッ!」
「さあ、満足させてくれよ? クク……アハハハハ……ッ!」

そして彼女は、所々にノイズが混じった旋律を奏で始めた。



「どういうつもりだよッ! みんな、あんたの事信じてたんだぞッ!?」

クリスは湧き上がる感情のままに叫んだ。

「……」
「あんたを信じた翔を……響を……あんたはッ!」
「私とて……望んでこのようなこと、するものか……ッ! 私は……ただ、奏ともう一度唄いたかった。それだけなのに……ッ!」
「……ッ!」

翼の顔は、今にも泣きそうだ。
クリスには、その気持ちが理解できてしまう。

もしも、死んだ両親を蘇らせることが出来るなら……自分の心は揺れるだろう。
仲間を裏切ってでも叶えたくなってしまうかもしれない。

だが……だからこそ──

「大事な人を蘇らせたい……? あんなクソッタレのあやつり人形としてかッ!? ふざっけんなッ! あんたが望んだものは……こんな事じゃないだろッ!」
「……ッ! それ、は……」

だからこそ、敢えてクリスは今の翼を認めない。

それは8年前、大切な家族との離別を経験したクリスだからこその言葉だった。

「それであの装者が喜ぶと思うのかッ!? 今のあんたはあの装者に胸を張れるのかッ!? あんたが笑ってないんじゃ、意味がねぇだろッ!」
「それでも……私は……私はあああッ!」

〈蒼ノ一閃〉

アームドギアが大剣へと変わり、弾丸を弾きながら蒼き斬撃が飛ばされる。

「てぇぇいッ!」

クリスはそれを避けて跳躍、発砲する。

大剣で弾丸を防いだ翼は、大剣を刀へ戻すとそのまま接近。
着地したクリスに斬りかかる。

クリスは再び銃を交差させてそれを防ごうとするが、翼は寸前で刀を地面に突き刺し、それを軸に回し蹴りを放った。

「ぐあッ!?」

クリスは後方へと吹っ飛ばされる。

蹴られる瞬間、クリスは翼の首に嵌められているそれが、赤く点滅を始めていることに気が付いた。

ff

「切ちゃんが、切ちゃんでいられるうちにって、どういうこと?」

もう隠し通すことは出来ない。そう悟った切歌は、抱え続けてきた恐怖を遂に打ち明ける。

「アタシの中にフィーネの魂が──覚醒しそうなんデス。施設に集められたレセプターチルドレンだもの……こうなる可能性はあったデス」

ようやく聞き出せた、切歌の真意。
だからこそ、調が返す言葉は決まっていた。

「だとしたら、わたしは尚の事、切ちゃんを止めてみせる」
「──えッ!?」
「これ以上、塗りつぶされないために──大好きな切ちゃんを守るために……ッ!」

だが、切歌にも譲れないものがある。
それが猶予のない自分に出来る、唯一の事だと信じて……。

「大好きとか言うなッ! アタシの方がずっと調が大好きデスッ! だから、大好きな人達がいる世界を守るんデスッ! だから、大好きな人たちが居る世界を守るんデスッ!」
「切ちゃん……ッ!」

調はアームを上下に展開、回転率を上げた丸鋸をローターとし、宙へと浮かぶ。

〈緊急Φ式・双月カルマ〉

「調……ッ!」

切歌もまた、両肩のアームを四方に伸ばし、肩アーマーに装備された鎌の刃を展開する。

封伐(ふうばつ)PィNo奇ぉ(ピノキオ)

「「大好きだって……言ってるでしょうおおおおおッ!!」」

互いを思い合うからこそ、その心はすれ違う。
振るわれた望まぬ刃が、大好きな親友を傷つけていく。

そこに、大きな見落としがあるとも気付かずに……。

ff


「世話の焼ける弟子のおかげでこれだ……」
「きっかけを作ってくれたと素直に喜ぶべきでは?」
「フッ……」

弦十郎と緒川は格納庫のジープに搭乗し、出撃の準備を整えていた。

指揮系統は了子が変わってくれている。弦十郎が心置きなく暴れられるよう、取り計らってくれたのだ。

そこへ、インカムが入電のアラートを鳴らす。

「ん?」
『司令!』
「何だ?」
『出撃の前に、これをご覧下さいッ!』

藤尭に言われた通り、緒川がタブレットを開くとそこには……。

『私は、マリア・カデンツァヴナ・イヴ……月の落下がもたらす災厄を最小限に抑えるために、フィーネの名を騙った者だ』

フロンティアのブリッジから全世界へと向けて呼びかけるマリアの姿が、テレビ回線を通じて映し出されていた。

『フロンティアから発信されている映像情報です。世界各地に中継されています』
「この期にF.I.S.は何を狙って……?」

緒川と同じ疑問を浮かべていた弦十郎は、眉をひそめながらその言葉に耳を傾ける。

ff

『3ヶ月前のルナアタック──これに端を発する月の公転軌道の異常は、米国・国家安全保障局、並びにパヴァリアの光明結社によって隠蔽されてきた。彼らのように政界、財界の一角を専有する特権階級にとって、月の異常は極めて不都合であり、不利益をもたらす事態だったからに過ぎない。そうして彼らは、自己の保身のみに終始した』

フロンティアの機能により、全世界に向けて放送されるマリアの言葉は、リディアン3人娘やUFZの4人にも聞こえていた。

『──今、月は落ちてこようとしている。これが落ちれば、未曽有の災害となり、多くの犠牲者が出るだろう。私は……、私たちはそれを止めたい。だから、みんなの力を貸してほしい。手立てはある。だが、私1人では足りない。全世界の──皆の協力が必要だ。歌には力がある。冗談でも比喩でもない。本当に歌には力が──『フォニックゲイン』がある。大量のフォニックゲイン、全世界を震わせる歌があれば、月を公転軌道上に戻す事が出来る』

迫る危機への現状を伝えながら、マリアは放送を始める前、ナスターシャ教授から世界を救う方法を示された時の事を思い出す。



「月を? 私の歌で?」
『月は地球人類より相互理解を剥奪するため、カストディアンが設置した監視装置。ルナアタックで一部不全となった月機能を再起動出来れば、公転軌道上に修正可能です……うっ! ごほッ……!』
「マムッ!? マムッ!」
『あなたの歌で世界を救いなさい……』



血反吐を吐きながらナスターシャ教授が伝えてくれた、世界を救う方法。
マリアはそれを実行する為、声を振り絞る。

「目的があったにせよ、私たちがテロという手段に走り、世間を騒がせ、混乱の種を撒いたのは確かだ。全てを偽ってきた私の言葉が、どれほど届くか自信はない……──だが、歌が力となるという、この事実だけは信じてほしいッ!」

そしてマリアは、自らの胸の歌を口ずさんだ。

悪を背負う為ではなく、今度こそ世界を救う為に……。
立ち塞がる現実の只中でなお、世界を救う者(えいゆう)となることを望み望まれたのだから。

「──Granzizel bilfen gungnir zizzl──」

世界中の人々が見る中で、マリアはガングニールを身に纏う。

「私ひとりの力では、落下する月を受け止めきれない……ッ! だから貸してほしい──皆の歌を届けてほしいッ!」

そしてマリアは唄い始める。
溢れはじめる秘めた熱情を、鎧う烈槍に血と通して。

(セレナが助けてくれた私の命で、ツェルトが示そうとしていた気高き精神で、誰かの命も救ってみせる。──それだけが、二人の死に報いられるッ!)



『誰が為にこの声 鳴り渡るのか? そして誰が為にこの詩は 在ればいいか? もう何も失うものかと決めた 想いを重ねた奇跡よ 運命(さだめ)を蹴散らせ──』
「緒川ッ!」
「わかっています。この映像の発信源を辿れますッ!」

緒川がキーを回した、その時だった。

「慎次様、私も同行します」

金髪を右でサイドテールに纏めた青い目の女性黒服職員が、後部の座席に飛び乗って来た。

「春谷さんッ!?」
「櫻井女史より、預かってきたものがあります。これを純くんに届けるように言われました」
「分かりました……しっかり掴まっててくださいッ!」

背負ってきた唐草模様の風呂敷を降ろし、素早くシートベルトを締める春谷。
緒川がアクセルを思いっきり踏み込むと、ジープは全速力で格納庫から発進した。



(ここを登れば、後はまっすぐ進むのみッ!)
(誰かが頑張っている……私も、負けられないッ!)

翔と響は息を切らせながら、中央遺跡の階段を駆け上がる。

背後から爆発音が聞こえ、視界の隅で爆炎が上がっても振り返らずに走る二人。

(涙なんて、流している暇はないッ!)
(進むこと以外、答えなんてあるわけがないッ!)

向かうはブリッジ、マリアの元へ。
全てを一人で背負い込もうとしている彼女と、手を繋ぐために……。

ff

「ヤサシサ? 夢? 要ラナイ棄テタ全テ 夢に見たような 優しい日々も今は──」

突き、薙ぎ、払い……息を吐く暇もなく繰り出される槍さばきを、両腕に盾を構えた純は躱し、防ぎ、受け流す。

刺突武器の一番厄介なところは、その細さで急所をピンポイントに狙えることだ。
奏の撃槍は躊躇なく、純の関節やプロテクターの装着されていない二の腕や腿の部分だった。

突き破られる可能性がないとは言い切れない。
仮にバリアコーティングで出血にまでは至らなかったとしても、痛みは確実に純の俊敏な動きから精彩を削るだろう。

「儚ク消エ マルデ魔法ガ解カレ すべテノ日常が ガラクタと知った──」

その上、アキレウスのアームドギアは盾だ。
形状こそ変幻自在であるとはいえ、直接攻撃の手段としては心許ない。

そして何より、純と奏では戦闘経験に差があり過ぎるのだ。

三ヶ月前、フィーネにRN式Model-0を与えられたことで伴装者となった純。
実戦経験やバトルセンス、潜り抜けた修羅場の数では当然、奏との差が開きすぎてしまっている。

それでも、自分の感覚全てを駆使して奏の動きを読み、なんとか大きなダメージを受けないように立ち回っている。それが奏には面白いのか、その口元が吊り上がる。

「曇リナキ青空の下で唄うより──ハハハハッ! お前、結構やるじゃないかッ!」
「くッ……! 奏さん、目を覚ましてくれッ!」
「目を覚ませ? あたしが寝惚けてるように見えるってかッ!」
「ぐッ!?」

槍撃に織り交ぜられた蹴りを受け、純は後退る。

「ならこいつを受けてみなッ!」

奏が投擲した槍が分裂、大量に複製され、純へと迫る。

〈STARDUST∞FOTON〉

「させるかぁぁぁぁぁッ!」

〈Zero×ディフェンダー〉

純の前面へと、シールドを中心にバリアが展開される。

真っ直ぐに向かってきた槍はバリアに防がれ、奏の手元へと戻っていく。

だが、奏はそこで更に大技を重ねる。
跳躍すると槍を巨大化させ、純へと向かって蹴り貫く構えを取ったのだ。

その姿は、翼の〈天ノ逆鱗〉とよく似ていた。

〈GRAVITY∞PAIN〉

面攻撃だった先程とは違い、大質量による一点集中攻撃……しかも上空から落下する勢いが乗った一撃は、アキレウスから展開されたバリアに亀裂を刻んでいく。

「ぐううう……ッ!」
「頑張るねぇ。だが……果たしていつまで保つかなッ!」
「おおおおおおおッ!」

槍の穂先が深く突き刺さっていくにつれて、バリアに亀裂が広がっていく。

このままでは貫かれる。そう確信した純は、両脚のジャッキを起動して膝を曲げる。

そしてバリアが突き破られた瞬間、純はジャッキが縮む勢いで跳躍した。

「ちッ……外したか」
「はぁ……はぁ……」

舌打ちする奏から少し離れた場所に着地し、純は息を整える。

「まあいい。これで分かったろ? あたしは見ての通りピンピンしてるんだ。寝惚けてちゃ楽しめないだろ?」
「楽しむ……何を?」
「おいおい、何言ってんだ。決まってんだろ?」

純の疑問に、奏はさも当然のように笑って答える。

「殺し合いだよ」
「ッ!?」

まるで、ゲームでも楽しんでいるかのような笑みと共に返された答え。
奏の変貌ぶりに、純は絶句した。

「命と命のやり取り……肌を焦がすほどのヒリヒリした感触ッ! 研ぎ澄ましたこの槍で敵を貫くこの感覚ッ! 血反吐吐いてギリギリまでやりあうこの快感ッ! 戦士として生きる者にとって、こいつは堪らないよなぁ?」
「何故だ……奏さん、あんたはそんな人じゃないだろッ! 翼さんと、あんなに楽しそうに唄っていたあんたはどこへ消えたッ!」
「──歌……? うた……うッ……!」

その言葉に、奏は一瞬頭を抑える。

(ッ!? 洗脳が……揺らいだ?)

だが、すぐに先程までの調子に戻ると、冷たい口調で言い放つ。

「……戦士に歌なんて必要ない。そんなもの、殺し合いの邪魔になるだけだ」
「奏さんッ!」
「歌ってる暇があったら、その分だけ技の冴えを、槍の鋭さを磨いてもっと沢山の敵を斃すべきだ。違うか?」
「違うッ! 俺達を鎧うこのギアは、歌で繋がる力の象徴ッ! 唄い奏でて力と束ねる、それが俺達シンフォギア装者じゃないのかッ!?」
「シンフォギアを纏うための聖詠だけで充分だろ。現にあたしは、()()()()()()()()()()()()だろ?」
「──ッ!?」

その一言で、純はハッとした。

(そういえば、さっきから奏さんは唄っていない……ッ!? なのに大技を連続で使うなんて……技を発動する為のフォニックゲインは──ッ!? フォニックゲイン? まさか……)

そして、純はその予感を信じ、ウェルの方を見る。

そこには、RN式アメノノリゴトを奏で続けるウェルの姿があった。

「そうか……そういう事か……ッ!」

純は確信に満ちた顔で顔を上げる。

窮地の中、活路を見出した純はウェルを、そして奏を真っ直ぐに見据えた。

(見つけたぜ……逆転の一手ッ! 奏さんを正気に戻す方法をッ!) 
 

 
後書き
オリジナル入れるときの詰まっちゃう感じ、もどかしいんだよな……。

操られた奏さんの歪んでる感じ、ちゃんと出せてたら幸いです。
当初はキャラソンの歌詞弄って歌わせるつもりでしたが、中々上手くいかず難航しまして……。
じゃあいっそ、「シンフォギア装者なのに歌を大事にしない、ただ相手を倒す力と技のみで叩き潰す在り方」という表現で歪みを描いたらどうか、という天啓を得て今回の描写へと至りました。
歌って戦うのはシンフォギアのアイデンティティー。これまでずっと、唄ってる描写を大事にしてきた自分だからこそ、歌を蔑ろにする今回の描写で描ける何かがあるのではと思います。

あ、でもちょっとだけ歌ってる部分は残してます。歌詞の一部はサワグチさんが昔ボツにしたものを参考にさせて頂きました。
サワグチさん、ご協力ありがとうございます。

あと何気に春谷さんが本編出演。
外見は早坂さんなのに、唐草模様の風呂敷背負ってるギャップは面白いんじゃないかと思ってやりましたw

次回、純クリ覚醒。ルナアタックから確かに成長した二人の姿、お見逃しなく!



次回──

純「聴かせてやる……俺の音楽をなッ!」

奏「来いよ純、盾なんて捨ててかかって来なッ!」

翼「私は……どうすればよかったのだッ!」

クリス「あんたは……あたしの──」

第38話『先輩』

クリス「次で決めるッ! 昨日まで組み立てて来た、あたしのコンビネーションだッ!」





おまけ

?「ん? パヴァリア光明結社?」
?「あーし達、呼ばれてた?」
?「気のせいだろう。それより醤油とんこつ、おかわりなワケダ」 

 

第38節「先輩」

 
前書き
もう少し早く書き上げられていれば、昨日には更新できてたけど……まあ、過ぎたことを悔やんでも仕方ない。ここは宣言通りの締め切りを達成できたことを喜ぼう!

三撃槍が開催してた頃にXDを始めた俺氏、遂に復刻でそのストーリーを目の当たりにする。
響についての深めの掘り下げ、プチオールスター展開に、終身名誉ド畜生で翔くん激おこ案件なベル様もといベア子ことベアトリーチェ、三人のガングニール装者が集合と胸糞から胸熱の盛り上げ方で神イベと名高い三撃槍。
まだ途中までしか読めてませんが、既に伴装者三撃槍編の構想は出来てます。
というかこの作品と相性が良すぎる。ベア子(様付けするのが癪)がマジでド畜生過ぎて、翔くんが黙ってない筈なんですよね。
恋焦がれ、愛し合う男女に手ぇ出すのが手酷いしっぺ返しを食う事になる哲学兵装だってことを教えてやるぜ……。

さて、今回はタイトル通り、つばクリ推しの皆さんが大好きなあのシーンです。
純くんが唄います。BGM再生必須ですね。

推奨BGMは『DREAM FIGHTER』です。それではお楽しみください! 

 
クリスの弾丸を叩き落し続け、翼の足元には既にいくつもの弾丸が転がっていた。

だが、既に彼女の精神はギリギリだと言ってもいい。
その上、首輪の点滅は徐々に早まり始めている。既に時間がないのだ。

『ちゃっちゃと仕留めないと、お友達は一生このままですよ?』
「くッ……」

そして、クリスもそれには気づいていた。

(操られた天羽奏……それに加えておそらく、あの首輪があの人を従わせているのか──クソッタレがッ!)

もう既に猶予はない。このままでは二人とも爆死してしまう。
だから、これ以上は引き延ばせない。次が勝負だ。

「犬の首輪はめられてまで、あんたは何がしたかったんだ?」

クリスの言葉に翼は俯き、肩を震わせる。

「私は……これ以上、不要な犠牲を出したくなかったのだ……。その為なら、たとえ裏切り者の汚名を被ることになろうとも……そう決めた筈なのにッ! でも……奏が生き返るならって気持ちもあって……だから……」

翼の目元に、何かが光る。

「私の覚悟が足りなかったばっかりに……気が付けばこの有様だ……。私は……わたしは、どうすればよかったのよッ!」

両目の端から、大粒の涙を零す翼。
それは、生来の責任感の強さと、亡き友を思う心の弱さに押し潰された少女が、防人の矜持の裏に隠したものだった。

だからこそ、クリスは叫ぶ。
照れくさくて言い出せなかった、自分の素直な気持ちを。

翼に対して抱いていたものを、包み隠さずぶつける。

「だったら……てめぇ一人で抱え込むんじゃねぇよッ! 頼りないかもしんないけどさ、あたしらを頼ってくれたっていいじゃねえかッ! それは別に、恥でも何でもねぇ……仲間として、当たり前の事だろッ!」
「──雪音……」
「道に迷ったときは言ってくれ……。あんたが道を見失わないよう、あたしらがついててやる。そして迷いを振り切ったら、また、いつものかっこいいあんたに戻ってくれッ! だってあんたは、あたしの──あたし達の先輩なんだからよッ!」
「──ッ!?」

その言葉は、クリスの口から初めて出た、翼への素直な感情……。人生で初めての『先輩』へと向けた敬意だった。

普段は素直になれず、自分の本当の感情をひねくれさせてしまうクリス。
そのクリスが、自らの感情を真っ直ぐにぶつけてくれている。自分の事を仲間と呼び、尊敬する先輩として見てくれている。

(そっか……。先輩だから、歳上だからって、肩肘張ってる必要無いんだ……。わたしの弱い所も見た上で、雪音達は受け入れてくれる。支えてくれる。そして、成長していくのか……)

手本であるばかりが先輩ではない。頼られるばかりが先輩ではない。

時に後輩に支えられる、相互の関係。
それこそが先輩、後輩と呼ばれるものなのだ。

クリスの一言は、押し潰されそうになっていた翼の心を、再び立ち直らせるには十分だった。

『何をしてるのですか? 素っ首のギアスが爆ぜるまでもう間もなくですよ?』

ウェルの煽動など、もはやその耳には届いていない。

その手に握るは剣のみにあらず。
見失いかけて、仲間に照らされ掴み直した彼女の誇りだ。

「──風鳴先輩……次で決める。昨日まで組み立てて来た、あたしのコンビネーションだッ!」

構えるクリスに、翼は刀を構え直す。

「ならば……こちらも真打をくれてやるッ!」

その顔に既に涙はなく、ただ、いつものように凛々しく毅然とした眼差しが戻っていた。

「うおおおおおおッ!」
「はああああああッ!」 



「へぇ……いい顔してるじゃないか」
「ああ。まだまだ万策尽きたってわけじゃねぇからな……ッ!」

純が閃いた逆転の一手。
それは今、戦場に鳴り渡る音にあった。

(奏さんが唄わなくてもフォニックゲインが下がっていない理由……それは、間違いない。翔のイクユミヤと同じ『伴奏』だ。ウェルのアメノノリゴトが奏でる旋律が、奏さんに力を与えている……)

純は立ち上がりながら、奏の仮面を観察する。
鋭角的なバイザー状の仮面は、彼女の顔を口元以外を覆い隠している。

(あの仮面、ヘッドホンの部分に接続した外付けパーツか……。だとすれば──)

純はこの戦いをモニタリングしているであろう、本部の了子に小声で問う。

「了子さん、あの仮面は小日向を操っていたのと同じものなんだろ?」
『ええ。ダイレクトフィードバックシステムを応用したものでしょうね。ただし、神獣鏡と違って脳に直接情報を投射することは出来ないはず。おそらくは──』
「──音を利用して命令している、だろ?」
『察しがいいわね。おそらく、ギアの収音機能を利用して、アメノノリゴトの旋律を電気信号へと変換しているんだと思うわ』
「それだけ分かれば十分……ッ!」

そう言って純は盾を一つに戻すと、左腕へと装着する。

(ウェルの伴奏を掻き消し、その隙に仮面を引っぺがす……。外付けのパーツなら、多少荒っぽくなっても問題ないはずだ。問題は、その音をどうするか……)

純は一瞬、迷う。
装者として、まだまだ半人前の自分に出来るのか?

だが、迷っている暇などない。
やれるか、ではなく、やるしかないのだから。

「応えろ、アキレウス……。俺に、奏さんを助ける力をぉぉぉぉぉぉッ!」

突き出した手を開き、強く念じる。
その手にアームドギアを握る時と同じように。

そして、アキレウスの鎧は純の心象をカタチにするように、その右手に集まる光を新たな力として彼に与える。

「それは……槍、か」
「ああ……あんたを助ける力だ」

銀地に青と赤のラインが入った投擲槍を、純はクルクルと振り回す。
ルナアタックから三ヶ月。純の適合率が上昇し、更なる力を求めたことで、RN式アキレウスが彼の心象に応えたのだ。

「あたしと槍で対決しようって? いいぜ……そういや名前、聞いてなかったな」
「純……爽々波純、クリスの伴装者だッ!」
「なら、来いよ純、盾なんて捨ててかかって来なッ!」
「聴かせてやる……俺の音楽をなッ!」

そして純は、槍の穂先を盾に差し込み、合体させる。

次の瞬間、槍と盾は一つになり、武器から楽器へと変わった。

困惑する奏の目の前で、純は弦に指をかける。

盾と槍を重ねたギターが奏でる音は戦場に鳴り渡り、そして純は思い(こえ)を歌にした。

「夢に向かい歩いて行こう 描いたヒカリを抱いて 輝け ULTRA HEART──ッ!」

「なんだよそいつはッ! その歌はッ!」

奏は地面を蹴り、アームドギアを手に突っ込む。

純はギターをかき鳴らしながら跳躍。目の前から消えた純に、奏が顔を上げると……そこには、突き出された槍の上に立つ純の姿があった。

「自分の力信じて 一人でもできるなんて ほんとカッコばかりつけていたMYSELF──」
「ずっと戦っていたくて 大切なもの見失って それでも走った MY STAGE──」

純の歌に合わせ、翼の刃に自慢の弾丸をぶつけるクリスのコンバーターも同じ曲を再生する。


「ぐ……ッ!? なんだ、頭が……このッ! その歌を止めやがれッ!」

頭を押さえて狼狽えながら、奏は乱雑に槍を振り回す。

しかし、乱れた槍撃は純を捉えることが出来ず、純は奏の攻撃を華麗に躱しながら唄い、奏で続ける。
その姿はまるで、弁慶を翻弄する五条大橋の牛若丸が如く。

『夢を守る為に戦う』と決めた、純とクリスの心象を繋ぐ歌。

銃爪(ひきがね)にかけた指で夢をなぞる少女と、誓いを胸に少女の盾となる少年。戦場に響く二人の歌声が、邪悪なる雑音を掻き消していく。

「やっと気づいた──」
「本当のヒカリ──」
「「『守る』ことが『戦う』ってこと──ッ!」」

純が狙うのは、自分達の伴奏がウェルの伴奏を相殺し、奏に供給されるフォニックゲインと洗脳音波が切れるその一瞬。

純の目論見に気付いたウェルは慌てた。

「これは……伴奏による音の相殺ッ!? させるかぁッ!」

RN式アメノノリゴトを更にかき鳴らすウェル。
しかし、(こころ)なき旋律では、純とクリスが奏でる(あい)の旋律に敵うはずもない。

奏は遂に膝を付きかける。

「ぐああああああッ! なんなんだ……なんなんだよ、この歌は……ッ! 頭が……ぐぅ……ッ!」
「バカなッ! 僕の奏でた音が、掻き消されていく……ッ!?」

想定外の状況に焦るウェル。
そして、純は更なるフレーズを口ずさんだ。

「もうひとつだけ、君に伝えたい 『愛する』ことが『生きる』ってこと──」

「──ッ! 愛することが……生きる……こと……」



夢うつつで、どこか足元がおぼつかなくて……でも、この手に握る槍で敵を斃し続ける事だけがタノシクッて……。

でも、何か大切なことを忘れているような……それが何か分からなかった。

その歌ガ聞こエルと、全てどうデもよクなって……それダケが、あたしに残サレたものだった……。

だケど……このウタは……ナにか、大事なことを──そうだ、思い出した……ッ!

あたしがこの槍を振るう理由は、戦いを楽しむためなんかじゃないッ!

この撃槍は、今日を生きる誰かを守る為の──



「あたし……は……あたしは……ああああああああああああッ!!」

「届け今……、明日へと、響けえええぇぇぇ……ッ!」

純が奏に向かって急接近した瞬間、クリスの〈MEGA DETH PARTY〉と、翼の〈千ノ落涙〉がぶつかり合い、その爆発が辺り一帯を巻き込んだ。

「ぐあ……ッ!?」
「う……ッ!?」
「うわぁッ!?」
「ぐうぅぅぅッ!?」

そして、その爆発で地面が崩れて出来た亀裂の中へと、四人の装者は真っ逆さまに落ちていった。

「ひゃっはーーッ! 願ったり叶ったりぃ、してやったりぃッ!」

まさしく思惑通り。
四人の装者が同時に始末できたと、ウェルは大喜びで小躍りするのだった。



『アメノハバキリ、イチイバル、アキレウス、そしてガングニールの反応を、見失いました……』
「翼……クリスくんに純くん……奏……」

友里からの報告に、弦十郎はただ、四人の名前を呟く。

「慎次様、私はここで」
「春谷さん……頼みましたよ」
「ええ、お任せを」

そして春谷はシートベルトを外し、風呂敷を背負い直すと、ジープを飛び降り着地。
忍者走りで颯爽と、走り去っていくのだった。 
 

 
後書き
主人公より先に専用曲を唄う純くん(二回目)
まあ、彼もこの物語の主人公の一人ですので、特に矛盾はないのですがw

メイン主人公の翔くんにも、その内唄ってもらわなくては。
Twitterで梶さんの曲を募集したのはそういう事ですとも。

それにしてもDREAM FIGHTERが純クリに似合い過ぎる件。
「夢に向かい歩いていこう」がまあ刺さる刺さるw

翔くんの歌も、響への愛が溢れてるんだろうなぁ……。

次回──

切歌「調に悲しい想いをして欲しくなかったのに、出来たのは調を泣かすことだけ……」

調「ダメッ! 切ちゃんッ!」

?「あの子に伝えて欲しいのよ……」

ツェルト「ドォォクタァァァァッ!」

マリア「あなたの歌って何? 何なのッ!?」

第39節「撃槍」

響「意味なんて、後から探せばいいじゃないですか。だから──」 

 

第39節「撃槍」

 
前書き
ギリギリ7分オーバーしてました。
さて、今回で遂に原作G12話もお終いです。

つまり……残すところ、原作あと一話分ッ! 完結が迫って参りました!
しかも来月には一周年ですよ、一周年! 早いなぁ……書き始めたのがつい昨日の事のようだ……。

今回はクライマックス突入に相応しく、思いっきり盛り上げてまいります。
それではお楽しみください!

推奨BGMは『絶刀・天羽々斬』、『Vitalization』です。どうぞ! 

 
「誇りと契れ──ッ! はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

息を切らし、マリアは遂に膝を付く。
フォニックゲインの高まりに合わせて発光していたギア各部の光も消え、月遺跡へと照射されていた光も細く、弱まっていく。

『月の遺跡は依然沈黙……フォニックゲインが足りません……ッ!』
「私の歌は……誰の命も救えないの……ッ! セレナ……ツェルト……うっ……うぅ……」

床に手をつき、嗚咽と共に泣き崩れるマリア。

人類のため、セレナやツェルトの犠牲を無駄にしないためと謳う歌では月の落下に抗えない。
生まれたままの感情を覆って隠すシンフォギアはどこまでも黒く、重たかった。



そして、その光景をまるで他人事のように見ている世界中の人々。
その中でも、戦場で唄い戦う少年少女を知る7人だけが、何かを感じ取っていた。

「この人、ビッキーたちと同じだね……」
「うん……」
「誰かを救うために歌を歌うなんて……」

創世、弓美、詩織は街頭ディスプレイを見上げながら呟く。

「でも……この歌、何か足りねぇんだよなぁ……」
「確かに……。どこか心に響かないというか……」
「月が落ちてくる、というのは分かった。助けてあげたいとも思う。でも……」
「この歌……マリアさんの心が籠ってない……。歌ってるマリアさんが全然笑ってないんじゃ、意味がないよ……」

紅介、飛鳥、恭一郎は何とも言えない表情で呟く。そして、流星の言葉は、誰よりも的を射ていた。
自分の本当の心を剥き出しにしていないマリアの歌は、誰の心にも届いていないのだ。

その間にも、世界終末のタイムリミットは刻一刻と迫っていた。

ff


深い、深い海の底に沈んでいくみたいな……そんな感覚の中で目を開く。

見上げる先の光はどんどん遠ざかって、切ちゃんの声がとても遠く聞こえた。

わたしは……何があったんだっけ……。
記憶を辿り、直前までの出来事を振り返る。

……わたし、切ちゃんと喧嘩して……確か……そうだ、互いの絶唱をぶつけ合って……それで……。

『アタシが調を守るんデス……たとえフィーネの魂にアタシが塗り潰される事になっても──ッ!』
『ドクターのやり方で助かる人たちも、わたしと同じように大切な人を失ってしまうんだよッ!? そんな世界に生き残ったって、私は二度と唄えない──』
『でも、それしかないデスッ! そうするしかないデスッ! たとえ、アタシが、調に嫌われてもおおおおおおッ!』
『切ちゃん──もう戦わないでッ! わたしから大好きな切ちゃんを奪わないでッ!』

そう、その瞬間……両腕の鋸を破壊されて無防備になったわたしの手から、バリアみたいなものが……。
それから、その先は──

『……まさか、調……デスか……? フィーネの器になったのは、調……なのにアタシは調を……』

勘違いに気付いた時、価値観や判断力、切ちゃんを形作る常識は決壊した。
大好きな人達を守りたくて、一番大好きなわたしに刃を向けたのに……それが全部無駄だったことに絶望した。

『調に悲しい思いをして欲しくなかったのに、できたのは調を泣かす事だけデス……ッ!』

そして切ちゃんは、バリアに弾かれて地面に刺さる、魂を切り裂く力を解放したイガリマの刃を──

『──アタシ本当に嫌な子だね…………消えて無くなりたいデス……ッ!』

自分を切り裂くように、引き寄せた。

『ダメッ! 切ちゃんッ!』

わたしは咄嗟に、切ちゃんの前に飛び出した。

そしてイガリマの刃は……わたしの背中を貫いた──。

『…………調? 調えええええッ!』

思い出した……。
わたし……死んじゃったんだ……。

切ちゃんの声が遠ざかっていく……。
泣きじゃくってわたしの名前を呼んでいる……。

戻りたいのに、わたしは沈むことしかできなくて……このままじゃわたし、切ちゃんに癒えない傷を残しちゃう。

そんなの……ぜったい、ダメ……なのに……。



すると、隣に誰かが立つ気配がした。

「……切ちゃん……? ……じゃない……だとすると、あなたが……」
「どうだっていいじゃない。そんなこと」

背が高くて、長い金髪を靡かせていて、何処かの国の巫女服に身を包んだ女の人。
何処か知っている気がする気配のその人は、わたしを見下ろしながらそう言った。

「どうでも良くない。わたしの友達が泣いている……」
「そうね。誰の魂を塗り潰すこともなく、このまま大人しくしてるつもりだったけれど、そうもいかないものね」

わたしを見下ろす女の人の身体が薄れ始め、粒子が立ち昇っていく。

「でも……魂を両断する一撃を受けて、あまり長くは持ちそうにないか」
「わたしを庇って? でも、どうして?」
「あの子に伝えて欲しいのよ」
「……あの子?」
「だって数千年も悪者やってきたのよ。いつかの時代、どこかの場所で、今更正義の味方を気取ることなんて出来ないって…………今日を生きるあなたたちで何とかなさい」
「立花……響……?」
「いつか未来に、人が繋がれるなんて事は、亡霊が語るものではないわ……」

そう言って、先史の巫女は穏やかな顔で消えてゆく。

でも、わたしは見た。この耳で聞いた。

永遠の刹那に存在し続ける巫女は──

「──ああ……ああ……そんなところに居たのね……。あなたをずっと待たせてしまったのは、私の方だったのね…………やっと逢えた……。逢いたかったわ……エンキ……」

最期に、満足げに笑いながらこの世を去って行った。

青い髪に青い装束。顔は見えなかったけど、とても優しそうな男の人と一緒に……。



「うっ……うぅっ……目を開けてよ、調……」
「開いてるよ、切ちゃん」
「──え? えッ!?」

起き上がると、切ちゃんが両目から大粒の涙を流しながら驚いていた。

「身体の、怪我が……ッ?」
「じー……」

とにかく、わたしが生きてることを確かめた切ちゃんは、思いっきりわたしに抱きついた。

「──調ッ! でも、どうして……」
「たぶん、フィーネの魂に助けられた」
「フィーネに……デスかッ!?」

そしてわたしも、切ちゃんを思いっきり抱き返す。

敵だったはずの装者も、信用できないと思っていた大人も、わたし達を塗り潰すはずだったフィーネまでもが手を貸してくれた。だから、伝えなくっちゃ。
誰かを信じることを。手を取り合って初めて、みんなを救えるんだってことを。

「みんながわたしを助けてくれている。だから切ちゃんの力も貸して欲しい……一緒にマリアを救おう」
「うん……今度こそ調と一緒に──みんなを助けるデスよ」

そしてわたし達は、目の前にそびえる中央遺跡を見上げた。

ff

クリスと翼の激突で裂けた地面の底。

そこには、フロンティアの地下に広がる鍾乳洞が広がっていた。

「シンフォギア装者は僕がこれから統治する未来には不要……ヒッ! ヒィイイッ!」

結晶状の鍾乳石を足場におっかなびっくり降りてきたウェルが足を滑らせる。

体幹がしっかりしていないウェルは、走るとよく転ぶ。足場の悪い洞窟内なら、こうなるのも当然と言えるだろう。

立ち上がったウェルは、周囲を見回す。
爆発し、落下していったとはいえ、念には念を入れて生死を確認しなければ足元を掬われる。

彼の右手には、ソロモンの杖が握られていた。

「その為にぶつけ合わせたのですが、こうも奏功するとは……チョロすぎるぅぅぅッ!」
「誰が、ちょせぇって?」
「……ッ!?」

目の前に立っていたのはクリス。
そしてギアを解除され、地に倒れた翼。

イチイバルは破損し、ヘッドギアが崩れて地面に落ちるが、相打ちとはいかなかったのだ。そして、クリスはウェルの方へと振り返る。

「はあぁぁぁぁッ!?」
「さて、残るはてめぇ一人だぞ、ウェル」
「くッ……フン、あんなままごとみたいな取引、本気で信じたその女が馬鹿なんですよッ!」

ウェルは懐から取り出した起爆スイッチを押す。

「ええ……?」

だが、翼に付けたはずの首輪は爆発しない。
慌てて何度もスイッチを押すが、何度押しても同じだった。

「え、え? 何で爆発しないッ!?」
「壊れてんだよ……ッ! 約束の反故とは悪党のやりそうなことだもんなッ!」

よく見ると、翼の傍には破壊された首輪の破片が転がっている。

「あなたはもう逃げられない。さあ、投降してもらいますよ」

背後からの声に振り向くと、そちらにはRN式の制限時間を迎え、一部破損したプロテクターを纏った純が立っている。
前門のクリス、後門の純だ。ウェルは逃げ道を塞がれた。

「は、うわ、ふわ……ふぎ……ッ! ひ、ひいい……ッ!」

ゆっくりと迫ってくる二人に、ウェルは怯えて腰を抜かすと、慌ててソロモンの杖をかざしてノイズを召喚する。
ウェルを挟み撃ちにしていた二人を更に取り囲むように、大量のノイズが出現した。

「いまさらノイズ──く……ッ!?」

アームドギアを構えようとするクリス。
だがその瞬間、ギアのバックファイアで全身に痛みが走り、膝を付く。

見ると地面を転がるカプセルからは、例の赤いガスが散布されていた。

「Anti_LiNKERは、忘れた頃にやってくる……ふふふふふ……ッ!」
「いつのまに……ッ!」
「なら……ブッ飛べ、アーマーパージだッ!」

ギアがまともに使えないこの状況を打破する最善の一手。
クリスはギアを強制解除し、ギアを構成するエネルギーを散弾として広域射出した。

「ひい……ッ!?」

連続使用できない、博打性の高い技。だが、身体にダメージを与えるギアの解除とノイズの殲滅が可能という点では、リスクよりメリットの方が大きい。
純が地面に伏せた直後、弾け飛んだギアはノイズを瞬間殲滅せしめる威力を発揮し、見事に包囲網を崩してみせた。



鍾乳石の影に隠れてやり過ごしたウェルは、そこからおそるおそる顔を出す。
土煙が充満し、クリスや純の姿は見えない。辺りを探すウェル博士。

そこへ、クリスと純が同時に飛び出した。

「ちぇいッ!」
「うわッ!?」
「いつぞやのお返しだッ!」
「がはぁッ!?」

ギアが弾けた結果、再構成までの間だが裸体を晒すこととなってしまったクリスが、胸元を腕で隠しながらタックルし、純がウェルの顔面を思いっきり殴りつけた。

その拳に乗った感情が、岩国基地での借りやネフィリムの件、スカイタワーの件、奏の件、そう言ったウェルがこれまで積み重ねてきた諸々への怒り。
そして何より……クリスの裸体を見たという一番の大罪でブーストされた怒りの鉄拳だったことは、語るに及ばない。

だが、ウェルの手から弾かれたソロモンの杖は、地面を転がり手を伸ばしても届かない位置にまで行ってしまった。

「しまったッ!?」
「杖を──ッ!?」
「ひいいいいぃぃぃぃッ!」

慌てて純が取りに行こうとするが、そこに……倒し損ねていたノイズが立ち塞がる。

残っていたノイズは20以上、しかもコントロールを失っており、半透明な身体を見ての通り位相差障壁も展開されている状態だ。

イチイバルはまだ再構成が終わっておらず、アキレウスは時間切れにより冷却がまだ済んでいない。たとえ済んでいても、破損したプロテクターで起動すればコンディションが落ちた状態での使用となり、まともに戦闘が行えない可能性が高いのだ。

まさに絶体絶命。死を覚悟したその時……クリスは無意識に、その名前を叫んでいた。

「──先輩ッ!」







次の瞬間、降り注ぐ蒼き刃の雨がノイズを殲滅していく。

「──ッ!」

目を空けるクリス。驚きに口を開ける純。

『Ya-Haiya- セツナヒビク Ya-Haiya- ムジョウヘ──』

耳に聴こえるは覚えのある調べ。

晴れていく煙の中、地上への亀裂から射し込む陽光に照らされ、佇んでいたのは……。

「翼さんッ!」

そこには、半年前……ルナアタックの頃の旧態ギアを身に纏った翼の姿があった。

「そのギアは!? 馬鹿な、Anti_LiNKERの負荷を抑えるため敢えてフォニックゲインを高めずに、出力の低いギアを纏うだと……ッ!? そんなことが出来るのかッ!?」
「出来んだよ、そういう先輩だ」

調息によって、フォニックゲインと共に意図的に引き下げた適合係数。
それにより、高い適合率を要する限定解除後のギアでなく、今より低い適合率でも纏える旧態ギアと、最低限のフォニックゲインで継戦する戦法。

その名も『アーリーシルエット』。クリスのアーマーパージに比べて継戦能力を有するものの、翼の身体が許容するダメージ量が活動限界という、高い技量と力量にて初めて可能となるシンフォギア運用の「裏技」である。

「颯を射る如き刃 麗しきは千の花 宵に煌めいた残月 哀しみよ浄土に還りなさい──」

まずは数体切り捨てて、ノイズの群れの中に着地する翼。両脚のブレードを展開して逆立ちし、回転しながらノイズを切り裂いていく。

〈逆羅刹〉

純が唄い始める少し前、二人はこんな会話をしていた。

『次で決める。昨日まで組み立てて来た、あたしのコンビネーションだッ!』
『ならば……こちらも真打をくれてやるッ!』

その言葉には、互いに対する確かな信頼の上に交わされた。

(一緒に積み上げてきたコンビネーションだからこそ、目を瞑っていても解る……)
(だから躱せる、躱してくれる……ッ! ただの一言で通じ合えるから、あたしの馬鹿にも付き合ってもらえるッ!)

そして放たれる刃とミサイル。
この時、爆炎に紛れたクリスの一射が、翼の首輪を正確に撃ち抜いた。

「神楽の風に 滅し散華せよ 闇を裂け 酔狂のいろは唄よ 凛と愛を翳して──」

危うく且つ心許ない、こちらもクリスに負けず劣らずの博打っぷり。
しかし、クリスのアーマーパージによる初撃にて、多数のノイズを一気に減らせたことが幸いし、結果としてアーリーシルエットでの剣戟を効果的なものにしていた。

瞬く間にノイズはどんどん殲滅されていく。
そして、その場に立つのは彼女だけではなかった。

「はぁッ!」

翼の背後に迫っていたノイズが、一振りの槍に貫かれる。

振り返る翼の前に立っていたのは……純に仮面を叩き割られ、(こころ)を取り戻した片翼だった。

「付き合えるかッ!」
「いざ往かん…心に満ちた決意 真なる勇気胸に問いて──」

翼がウェル博士の方を見ると、ウェル博士は転びながら逃げて行く。

追いかけたいところだったが、しかし、クリスと純は未だにノイズに囲まれている。
今は戻って来た相棒と二人、後輩を助けるのが優先だ。

「嗚呼絆に すべてを賭した閃光の剣よ 四の五の言わずに 否、世の飛沫と果てよ──」

〈疾風ノ炎閃〉

翼の剣が炎を纏い、ノイズを燃やし尽くす。

〈STARLIGHT∞SLASH〉

そして、振るわれた槍の穂先から放たれた橙色の斬撃が、周囲のノイズを丸ごと吹き飛ばした。

ノイズが殲滅され、純の上着を羽織りながら二人の戦いを見守っていたクリスは、上に手をかざす。
かざした手の方から順に、ギアと一緒に弾け飛んだリディアンの制服が再構成されていく。

衣服全ての再構成が終わった後、握った手の中にはギアペンダントが握られていた。

「回収完了。これで一安心だね」

純はソロモンの杖を拾うと、収納モードに変形させる。

そして翼は、ギアを解除するとクリスと純へと向かい、頭を下げた。

「一人で抱え込んで……すまなかった。みんなには迷惑を……」
「気に病まないでくれよ……。吹っ切れたんなら、それでいいじゃねぇか」
「僕も気にしてませんよ。それにしても、こんなに殊勝なクリスちゃんが見られるなんてね」
「ば……ッ! それは言わなくてもいいんだよッ!」

純の言葉で真っ赤になるクリスに、純も翼も笑う。

「へぇ、あたしが知らない間に、こ~んな出来た後輩が出来ていたなんてな」

背後からの声に、翼は振り向き……そして、これまでに見せたことのない程の笑みを見せる。
そこには、還って来た片翼──天羽奏が、腰に手を当てて立っていた。

ギアを解除したその服は、あの日のライブ衣装そのままだ。
彼女の時間が、あの時で止まったままだったのを実感する。

「うん……。わたしの、自慢の後輩だよ」
「見てりゃわかるさ。……その、なんだ……迷惑かけたな」

気まずそうな奏に、純は首を横に振って応える。

「いえ。こうして出会えたことを嬉しく思います。天羽奏さん」
「ああ、あたしの方こそよろしくな」

純が差し伸べた手を握り、奏は固く握手を交わした。

「それにしたってよ……よくあれで伝わったよな」
「雪音が先輩と呼んでくれたのだ。続く言葉を斜めに聞き流すわけにはいかぬだろう?」
「それだけか?」
「それだけだ。後輩から求められれば、いつでもそのやりたいことに手を貸す。それが、先輩と風を吹かせる者の果たすべき使命だからなッ!」
「先輩……」
「つ~ば~さッ!」

すると、奏は翼の背後にそ~っと忍び寄り、そして思いっきり抱き着いた。

「か、奏ッ!?」
「すっかり先輩風吹かせるようになって~、このこの~♪」
「ちょ、ちょっと奏ぇ! 後輩の前なんだから、そういうのは……ッ!」
「おっと、それもそうだな。まあ、翼は知っての通り、真面目過ぎる性格だからさ。また抱え込みそうになったら、遠慮なく言ってやってくれ」
「奏ぇ!!」

翼の防人口調を見事に崩させて笑う奏。
先輩としての威厳を保とうと、奏に非難の視線を向ける翼。

そんな二人を見て、気付けばクリスも笑っていた。

(全く……これだからこいつらの傍はどうしようもなく……あたしの帰る場所なんだな)

「クリスちゃん、先輩方、行きますよ。翔や立花さん達と合流しましょう」
「翔……って、翔もいんのかッ!?」
「うん。色々あってね……途中で話すよ」

純に促され、三人は振り向く。
目的地はフロンティアの中枢、中央遺跡だ。


「……ところでよ、こっからどうやって昇るんだ?」
「あ……そういえば……」

クリスからの疑問にしまった、という表情をする純。
鍾乳石は全て緑色の結晶なのだ。登ろうとすれば滑ってしまう。

「問題ありません」
「「「「うわああああッ!?」」」」

突然現れた黒スーツの人物に、4人は声を上げて驚く。

「は、春谷さん! 脅かさないでくださいッ!」
「既にF資料の図面を参照し、移動経路は割り出しています」

春谷は表情を変えずに淡々とそう言った。

「春谷さん……情報部の方ですか?」
「ええ、まあ。櫻井女史に、純くんのRN式用プロテクターが破損するだろうから、と替えのパーツを届けに来たのですが……まあ、この程度のアクシデントは想定内です」
「はあ、どうも……」

春谷は、風呂敷の中から予備のプロテクターを取り出すと、純にプロテクターを脱着するよう促した。

「あまり時間は残されていません。翼様、クリスちゃん、それから……奏ちゃんも手伝ってください」
「せ、先輩達はいいッ! それはあたしがやるッ!」
「くッ、クリスちゃん……」

思わず叫ぶクリスと、少し照れ臭いのか珍しく頬を掻く純。

その姿に翼と奏は顔を見合わせ、やれやれと肩を竦めるのだった。



一方その頃、エレベーターでブリッジまで移動中のウェル博士は、殴られた頬をさすりながら地団太を踏んでいた。

「くそッ、ソロモンの杖を手放すとは……こうなったらマリアをぶつけてやるッ!」

ff

その頃、フロンティアのブリッジでは、マリアがすすり泣く声が響いていた。

『マリア……もう一度月遺跡の再起動を』
「無理よッ! 私の歌で世界を救うなんて……ッ!」
『マリアッ! 月の落下を食い止める、最後のチャンスなのですよッ!』

自分の歌が世界に届かなかった現実に打ちひしがれ、泣き叫ぶマリア。

その最悪のタイミングで……ウェル博士がエレベーターから降りてきてしまった。

「……ッ!」

虚ろな目で立ち上がるマリア。
ナスターシャ教授の言葉とマリアの様子から全てを察したウェルは、ネフィリムの腕でマリアの頬を思いっきり殴りつけた。

「バカチンがッ!」
「あぁ……ッ!」
「月が落ちなきゃ、好き勝手出来ないだろうがッ!」
『マリア!』
「あ? やっぱりオバハンか……」

ウェルは再びコンソールに触れると、何かのコマンドを起動し始める。

『お聞きなさい、ドクター・ウェルッ! フロンティアの機能を使って集束したフォニックゲインを月へと照射し、バラルの呪詛を司る遺跡を再起動できれば──月を元の軌道に戻せるのですッ!』
「そんなに遺跡を動かしたいのなら、あんたが月に行ってくればいいだろッ!」

操作を終えたウェルが、掌で思いっきりコンソールを叩く。



直後……轟音と共に、エネルギー制御室が切り離され、宙へと打ち上げられる。

複合構造船体──星間航行船であるフロンティアの特徴のひとつに、各部が独立機能したブロックに分けられており、それらが複合的に組み合わさることでひとつの巨大な構造体として成立しているという点がある。

利点としては、用途に合わせた機能拡張がしやすいところ。それに加えて、ブロック単位での切り離しが容易であるため、長期に渡る航行中に発生するトラブルに対しても外科手術的な即応が可能なところがあげられる。

ウェルはそれを利用し、一番邪魔なナスターシャ教授を大気圏上へと追放する為に使用したのだ。

「──マムッ!」
「有史以来、数多の英雄が人類支配を成しえなかったのは、人の数がその手に余るからだッ! ──だったら支配可能なまでに減らせばいいッ! 僕だからこそ気づいた必勝法ッ! 英雄に憧れる僕が英雄を超えてみせる……ッ! ふへははは……うわーはははははあ……ッ!」

打ち上げられたロケットのように、煙を尾に引いて月へと向かって飛んでいく制御室。

耐Gへの充分な準備も対処もないままに、大気圏を一瞬突破するだけの推力で射出されたエネルギー制御室には、すさまじいばかりの加速度が圧し掛かり、如何な巨大遺跡フロンティアの一部ブロックであっても半壊以上の被害は免れない。

複合構造体の内包する、一体成型の構造体と比較して耐久性が脆弱であるという欠点が、生身かつ重篤なナスターシャ教授の生存を、絶望的なものとしてしまった……。

「よくもマムをッ!」

遠ざかっていく制御室を見上げ、マリアは怒りのままにアームドギアを構える。

「手にかけるのかッ!? この僕を殺す事は、全人類を殺すことだぞッ!」

余裕の笑みと共にマリアに向かい合うウェル。
自分は絶対に殺されないだろうというその図太さは、果たしてどこで買えるのだろうか。


だが、その根拠のない自信は、3秒としないうちに瓦解した。

「殺すッ!」
「ひゃああああああッ!?」

烈槍を向け、ウェルに迫るマリア。
自分に向かって向けられた明確な殺意に、間抜けな悲鳴を上げて腰を抜かすウェル。

マリアの手が、遂に血に染まるかと思われた、その時──彼女は割って入って来た。

「ダメ──ッ!」
「そこをどけ、融合症例第一号ッ!」
「違うッ! わたしは立花響、16歳ッ! ──融合症例なんかじゃないッ! ただの立花響が、マリアさんとお話したくてここに来てるッ!」
「お前と話す必要はないッ! マムがこの男に殺されたのだッ! ツェルトもその男が手にかけたッ! ならば私もこいつを殺すッ! 世界を守れないのなら──私も生きる意味はないッ!」

マリアが握った槍を突き出した、その瞬間だった。

「マリィッ!!」

聴き慣れたその声にマリアが振り向くと、そこには……翔と並んで立つツェルトの姿があった。

「え……ッ?」

その一瞬は、マリアの烈槍の勢いを削ぐのには充分であった。

響はマリアが突き出した槍の穂先を、片手で掴んで受け止めた。

「──お前ッ!?」
「意味なんて後から探せばいいじゃないですか……」

響の掌から血が流れ、ガングニールの穂先を濡らす。
だが、響は笑顔でそう言った。

そして響は、生きる意味を見失ったマリアへとあの言葉を投げかける。

この撃槍を、胸の歌をくれた大事な人から受け継いだ、明日への希望に満ちた言葉を……。

「だから──生きるのを諦めないでッ! Balwisyall nescell gungnir──troooooooooooooooooooonッ!!」
「聖詠! 何のつもりで──」

響き渡る、立花響の胸の歌。

それに応えるかのように、掴んでいた槍が輝き、消える。

「きゃあッ!」

槍だけではない。マリアが纏うギアも輝き、輝く粒子となってブリッジを、そして中央遺跡全体を包み込んでいく。



その光を、フロンティアに集う者達は見上げる。



「あれは……」
「マリアを助けるデスッ!」



「あのバカの仕業だな」
「間違いないね」
「ああ、だけど──立花らしい」
「これが……あいつの……」



またその様子は、音質はさておき全世界に中継されているため、世界中の人々の目にも届く。
眩いばかりの輝きに包まれた二人。遺跡に侵入した司令や緒川も、バックアップしている二課の職員達も、米国F.I.S.の研究員達も、街角で街頭ディスプレイを見上げる友人達も。

全世界の誰もが、その奇跡の光景に目を引かれた。

「何が起きているのッ!? こんなことってありえない……融合者は適合者ではないはず──これは……あなたの歌? 胸の歌がしてみせたこと? あなたの歌って何ッ!? 何なのッ!?」

目の前で起きている奇跡に、マリアは混乱する。
だが、答えは一つだ。

『行っちゃえ響ッ! ハートの全部でッ!』
「100パー全開ッ! ぶっ込めエナジーッ! 言わずもがな、その名前は──」

周囲に広がっていた光が響に集まり、その身体を白地にオレンジの、見慣れたシンフォギアが覆う。

そして響は、その名を高らかに咆哮した。

「撃槍──ガングニールだああああああああああッ!!」 
 

 
後書き
次回……最終章、突入ッ!

暴走するネフィリム。迫る月の落下。

そして……集う7人の装者!

戦姫達の歌は地球を救えるのか!?

戦姫達を支える3人の伴装者は、彼女達と共に奇跡を起こせるのか!?

そして……鋼の腕は、果たして何を掴むのか──

ウェル「僕は、英雄だぁぁぁッ!!」

ツェルト「なら、俺は──」


最終章『鋼の腕の伴奏者』

少年の旋律には、涙が流れている──。 

 

第40節「はじまりの歌」

 
前書き
気付けばシンフォギアに出会って一年が経ってました。
去年のこの頃は確か、無印を見終わったかGを見始めた頃だったかな~。

もうあれから一年だと思うと、長かったようで短い一年だったなぁとしみじみ思います。

さて、そんな今日の更新は原作G第13話Aパート前半。イブ姉妹が一番尊いあのシーン。

推奨BGMは『Apple』でお送りいたします。 

 
「ガングニールに、適合だと……ッ!」
「うわああああ……ッ! こんなところで……ッ!」

驚くマリア。
予想外の事態、そして復活を遂げた脅威に、ウェルは慌てて逃げようと走り出し、階段から転げ落ちる。

「逃がすかよッ!」

飛びかかる翔。
その目の前で、ウェルは左手を床に付けた。

「こんなところで……、終わる、ものかあ……ッ!」

床につけた左手からの命令を受け、床に大きな穴が開く。

「ドォォクタァァァァッ!」
「あ…………」

追いかけようとするツェルト。
しかし、その目の前でマリアがふらつく。

気付けば彼は、迷わずマリアの身体を支えていた。

「マリィ、大丈夫かッ!?」
「ええ……」
「ウェル博士ッ!」

エレベーターの方からは、弦十郎と緒川が向かってくる。

「ええい、邪魔するなッ!」

ウェルは背後から組み付き、右腕を抑える翔に、肥大化した左腕で肘打ちをぶつける。

「ぐッ!?」
「ニヒッ!」

一瞬怯んだ隙を突き、翔を振り払ったウェルは床に開いた穴に姿を消す。
ウェルが飛び降りた瞬間、穴は閉じ、元通りの床へと戻っていった。

「ぬぅッ!」
「響さん、そのシンフォギアはッ!?」

緒川からの疑問に、響は疑いなく答える。

「マリアさんのガングニールが、私の歌に応えてくれたんですッ!」

その直後だった。
フロンティアが轟音と共に大きく揺れる。

「なに……ッ!?」
「ぬ……ッ!?」
「これは……ッ!?」

本部から藤尭、友里、了子が解析結果を伝えてくる。

『重力場の異変を検出ッ!』
『フロンティア、上昇しつつ移動を開始ッ!』
『急いで何とかしないと、私達も巻き込まれるわよッ!』
「急げったって、どうすれば──」

翔が漏らした言葉に、ツェルトに支えられたマリアが応える。

「今のウェルは……左腕をフロンティアと繋げることで、意のままに制御できる……。フロンティアの動力は、ネフィリムの心臓……それを停止させれば、ウェルの暴挙も止められる……」
「そんな事が……ッ!」

ドゴォッ!!

突然の轟音に振り向けば、弦十郎の拳がウェルの消えた床を割っていた。

「──叔父さんッ!」
「ウェル博士の追跡は、俺たちに任せろッ! だからお前達は──」
「ネフィリムの心臓を、止めるッ!」
「行けるのか?」
「生弓矢なら、ほら」

そう言って翔は、その手に握っていた生弓矢のコンバーターを見せる。
先程、ウェルに組み付いた時にちゃっかり外していたのだ。

「まったく、手際の良い……。行くぞッ!」
「はいッ!」

弦十郎と緒川は、割れた床へと飛び降りていく。

「マリィ……俺も行ってくる」
「ツェルト……」

ツェルトはそう言って、マリアの肩から手を放す。

「ウェルとの決着は、俺が着けないとな」
「ツェルト……ッ!」

階段の方へと向かって行くツェルト。
マリアは彼の背中へと手を伸ばし……そして次の瞬間には、その背中から抱き着いていた。

「お願い……私をひとりにしないで……」
「マリィ……」

マリアの目には涙が浮かんでいる。

先程まで、死んだとばかり思っていた彼が生きていた。だが、その彼は再び危険へと飛び込もうとしている。
マリアには、もう彼を失いたくないという強い思いが渦巻いていた。



──分かっている。俺が死んだとばかり思っていたんだ。マリィは不安なんだろう。

俺だって一緒に居てあげたいし、ずっと傍にいてやりたい。本気でそう思ってる。

だが……その時間はまだ、今じゃない。

俺はマリィを泣かせたあいつを……調や切歌を悲しませ、マムを地球から追い出したあのゴキブリ野郎をぶん殴らなくちゃいけない。

だから……行かなきゃ……。

「ごめんなマリィ。でも……決して君は一人じゃない」
「……え?」

顔を上げたマリィの方を振り返り、その両手を握る。

「俺も、マムも、調や切歌も、離れてたって心が繋がってる。だって俺達、家族だろ?」
「家族……」

そう。俺達は家族だ。
だから、この絆は決して切れやしない。

勿論、セレナだって見守ってくれているはずだ。

「大丈夫だ。絶対、生きて帰ってくる。信じてくれ」
「……絶対よ……絶対に、帰ってきて……信じてるから」
「ああ、約束だ。……マリィ──」

マリィの涙を指で拭って、そして今度は俺の方から抱き締めると……その言葉はするりと俺の口をついて出た。

「──3000回愛してる」
「……ッ!!」

そして俺はマリィから離れると、階段を一気に駆け下り、風鳴司令達が消えた亀裂を飛び降りた。

……きっと、あの日から無意識のうちに、俺はその言葉を封印していたんだろう。
心でどんなにマリィを愛していても、セレナをあんな風にしてしまった自分にはマリィにその言葉をかける資格はないと思い込んで、自然と口にしなくなっていたんだ。

でも……言葉にしなきゃ伝わらない。あの場で言葉にしておかなきゃ、マリィはきっと救えない。
俺の本能はそれを理解していたんだろう。

まぁ、額にキスしたのはやりすぎかもしれないが。

でも、伝えられてよかった。
これで心置きなく戦えるッ!

待ってろドクター・ウェルッ! これまでの落とし前、キッチリつけさせてもらうぞッ!








その頃フロンティア中枢、ジェネレータールームでは……。

「ソロモンの杖が無くとも、僕にはまだフロンティアがある。邪魔をする奴らは重力波にて足元から引っぺがしてやるッ!」

怒りに顔を歪ませたウェルは、コンソールに左手を置く。
目の前のモニターには、中央遺跡へと向かってくる装者達の姿があった。

「人ン家の庭を走り回る野良猫め……フロンティアを喰らって同化したネフィリムの力を──思い知るがいいッ!」

炉心に接続された心臓が怪しく光り……直後、中央遺跡周辺の地面が蠢めきだす。

地面が盛り上がり、寄り集まった土は巨大な土人形の形を取っていく。

そして成形が終わった時、その巨大な土人形は……ネフィリムの成体を形作っていた。



「ガアアアアアアアッ!!」

突如出現し、大口を開けて咆哮する黒い巨大怪獣の姿に響は驚く。

「外の、あれ、何──ッ!?」
「多分、フロンティアを喰らって同化した……ネフィリム」
『本部の解析にて、高質量のエネルギー反応地点を特定したッ! おそらくはそこがフロンティアの炉心──心臓部に違いないッ!』
『僕達が先行して、ウェル博士の身柄を確保しますッ!』
『響くんは、翼たちと合流して外の奴に対処してくれッ!』
「はい、師匠ッ!」

へたり込んだまま、マリアは響を見上げながら絞り出すように言った。

「お願い、戦う資格のない私に代わって、お願い……ッ!」

響はしゃがんでマリアに視線を合わせ、真っ直ぐに見つめる。

「調ちゃんにも頼まれてるんだ……マリアさんを助けてって。だから心配しないでッ!」
「……ッ」
「待っててッ! ちょーっと行ってくるからッ!」
「行くぞ響、みんなが待ってる」

翔はツェルトから借りたMark-Ⅴの装着を終え、生弓矢のコンバーターをブレスに装着していた。

響は翔と共に、ブリッジの窓から飛び降りる。

ギアを失ったマリアはただ、その背中をじっと見つめていた。

ff

浮遊する岩を足場に、翔と響は仲間達の元へと跳んで行く。

「翼さんッ! クリスちゃんッ!」
「翔……立花……」

二人が駆け寄ると、翼は申し訳なさそうな顔で二人を見る。

「すまない……迷惑をかけた」
「ううん。戻って来てくれるって信じてた。おかえり、姉さん」
「翔……」
「わたしも、もう遅れはとりませんッ! だからッ!」
「立花……」

二人は翼の手を取り、笑顔で迎える。

自分を信じてくれている弟と後輩。その温かさに、翼は泣きそうになるのを堪えて応える。

「──ああ……一緒に戦うぞッ!」
「はいッ!」
「へぇ、奇妙な縁もあるもんだな……」
「「ッ!?」」

聞き覚えのある、懐かしい声。

翼の後ろに立つ彼女の姿に、二人は声を揃えて驚いた。

「「奏さんッ!?」」
「どうして奏さんがッ!?」
「ほ、本物ッ!? 幽霊なんかじゃないですよねッ!?」
「正真正銘、本物だよ。けど話は後だ。今は……」
「おい、来やがったぞッ!」

純と2人、スコープを覗いてネフィリムの様子を伺っていたクリスが、標的の接近を告げる。

「あの時の──自立型完全聖遺物なのか!?」
「マリアさんが、多分そうだってッ!」
「──にしては張り切りすぎだッ!」

成体となったネフィリムは、巨人の名に相応しい天を突くほどの巨躯を日本の足で支え、足音を響かせてこちらへ向かってくる。

「行くぞッ! この場に槍と弓、そして剣を携えているのは、私達だけだッ!」
「はいッ!」
「ああッ!」
「チッ、今更何が来たってッ!」
「俺達が負けるはずがねぇッ!」

翼の号令で、各々の得物を構える装者達。
それを見て奏は、感慨深そうに呟いた。

「ああ……こりゃ翼もすっかり先輩だな。あたしも負けてられないねッ!」

奏もアームドギアを構え、ここに二課の装者6人が勢揃いした。

「いくぞッ!」

6人は大地を蹴り、ネフィリムに向かって突撃する。

ネフィリムは方向と共に、両肩の棘をミサイルとして放つ。
避ける6人。直後、先程まで立っていた地点にミサイルの雨が降り注ぎ、爆発した。

着地する純とクリス。そこへ、大口を開けたネフィリムは火炎弾を吐き出す。
着弾した炎は、一瞬で周囲を高熱で包み込み、焦土と化した。

「うッ!」
「この火力……アキレウスでも耐え切れないぞ……ッ!?」



「喰らい尽くせ、僕の邪魔をする全てをッ! 暴食の二つ名で呼ばれた力を示すんだ、ネフィリィィィィィムッ!」

「ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

主の咆哮と共鳴するように、巨人は天へと向けて高らかに咆哮した。

ff

その頃フロンティアのブリッジでは、一人残されたマリアが俯き、その目に涙を浮かべていた。

「力のない私では、何もできやしない……セレナの歌を、セレナの犠牲を無駄なものにしてしまう……」

本当は自分も戦いたい。見ているだけなんて嫌だ。

でも、既に彼女はガングニールを響に渡した身だ。
戦う力のない自分では、戦場に立つことは出来ない。

ツェルトは自分のやるべき事を果たすため、この場を去った。
では自分にできることは、本当にないのだろうか。

無力感に再び涙を流しかけたその時……頭上から光が降り注いだ。

「マリア姉さん」
「……セレナッ!?」

見上げるとそこには……懐かしき、在りし日の妹の姿があった。

「マリア姉さんがやりたい事は何?」
「私のやりたい事……」

セレナからの問いかけに、マリアは今まで隠し続けてきた心の内を、偽りない言葉でさらけ出す。

「……歌で、世界を救いたい……月の落下がもたらす災厄から、みんなを助けたい……」

その答えを聞いたセレナは、ふわふわとマリアの前まで降りてくると、彼女の手を取った。

「生まれたままの感情を、隠さないで……」
「……セレナ」

そしてセレナは、いつも二人で口ずさみ続けてきたあの歌を、唄い始めた。

「りんごは 浮かんだ お空に」
「りんごは 落っこちた 地べたに」
「星が」
「「生まれて」」
「歌が」
「「生まれて」」
「ルル・アメルは 笑った」
「「とこしえと──」」

未だ続いていた中継により、二人の歌は世界の人々へと届く。

偽りなき感情と共に紡がれた歌に、人々は自然と天を見上げ、祈るようにその手を合わせた。

街の人々が。組織の人々が。生まれも育ちも、人種も国境も超えて、人々は一つに繋がり、70億の歌は世界を包んでいく。



そして、月へ飛ばされた制御室では……。

大気圏脱出の準備もなしに発射されたせいで、制御室の中はひどい有様だった。

だが、万能椅子《Poweful_2》のパワードスーツ機能を起動させ、ナスターシャ教授は崩落した瓦礫の中から這い出した。

「世界中より集められたフォニックゲインが……フロンティアを経由して、ここに集束している──これだけのフォニックゲインを照射すれば、月の遺跡を再起動させ、公転軌道の修正も可能……」

ナスターシャ教授は血を流しながらも、既にこの先長くない老体に鞭打って、最後の気力を振り絞る。



『マリア……マリア……ッ!』
「──マムッ!?」

ナスターシャ教授からの通信に振り向き、コンソールへと歩み寄るマリア。
気が付くと、目の前にいたセレナの姿は、既に消えていた。

『あなたの歌に、世界が共鳴しています……これだけフォニックゲインが高まれば、月の遺跡を稼働させるには十分ですッ! 月は私が責任を持って止めますッ!』
「──マムッ!」

これがナスターシャ教授からの、最後の通信だ。
彼女の言葉からそれを実感し、マリアは思わず叫ぶ。

無論、ナスターシャ教授もマリアが悲しむのは分かっている。
ツェルトや調、切歌には別れの挨拶さえできないのが残念だ。

だが、それでも……ナスターシャ教授が最期の言葉を伝えるのは、やはりマリアだった。

一番辛い思いをさせ、それと同じ分だけ信頼してきた、自分の意志を継いでくれるであろう彼女に、ナスターシャ教授はニックネームの通り“母親”としての言葉を投げかけた。

『もう何もあなたを縛るものはありません……行きなさいマリア。行って私に、あなたの歌を聴かせなさい……ッ!』
「マム……」

その言葉に大きく頷くと、マリアは涙を拭い、思いっきり笑って応えた。

「……OK、マム。世界最高のステージの幕を上げましょうッ!!」 
 

 
後書き
次回──

ウェル「出来損ないどもが集まったところでこちらの優位は揺るがないッ!」

弦十郎「行けッ! ここは俺達が食い止めるッ!」

ツェルト「お前は何を以て英雄を名乗るんだ?」

マリア「──Seilien coffin airget-lamh tron──」

第41節「英雄」

ウェル「僕は英雄だぁぁぁぁッ!」
ツェルト「なら、俺は──」 

 

第41節「英雄」

 
前書き
今回を書くにあたって、ウェルの視点をもう一度やろうと思い立ちまして。
そしたら……なんと、いつの間にやらウェルの過去設定がポンっと降って来ていました。

というわけで、今回はウェルの過去が語られます。
公式には一切ソースのない、ほぼ全てが作者の自己解釈です。ご了承ください。

推奨BGMは特にありませんが、地の文に「君の神様になりたい」を隠しました。
それではお楽しみください! 

 
子供の頃から、僕はその才覚を発揮していた。

いつしか僕は天才と呼ばれるようになり、多くの賞を取り、いくつもの結果を残した。

その一方で……周りの奴らは僕を疎み、遠ざけた。
僕の才能は彼らにとって、妬み僻みの対象だったわけだ。

パパでさえ、僕の事を一度として褒めてくれた事は無い。
科学者だったパパは僕の才能に嫉妬する側だった。

おかしな話でしょう?
他人より優れた者が、敬われるどころか疎まれるなんて、どう考えたって間違ってるじゃないかッ!

だから、いつしか僕は英雄になる事を夢見るようになった。

飽くなき夢を見て、誰かに夢を見せるもの。誰もが尊敬し、誰もが憧れ、誰もが讃える至高の存在。
そういうものに、僕はなるんだと決めた。

英雄になる為に僕は、天才と称される生化学の分野に磨きをかけた。
周りの凡才達が遊び歩いてる時間に、僕は一人で勉学に励み、実験に明け暮れた。

その結果、僕は以前にも増して成果を挙げるようになった。

それでも、周りの馬鹿どもは僕を褒めてはくれなかった。
更に言えば、パパからの嫌味は加速する一方だった。

気付けば僕は、僕の事を認めない奴らが気に食わなくなっていた。
いつか英雄になった暁には、僕を認めなかった奴らを見返してやるつもりだった。

それももはや過去の事だ。今の僕には、フロンティアとネフィリム、それにRN式がある。
見返す必要なんてもうない、僕の事を讃えてくれない奴らなんて皆消えればいいんだッ!

僕の夢を利用して、テロリストなんかに仕立て上げようとしたオバハンは月まで打ち上げてやった。
あとはあンの鬱陶しい小娘どもを、伴装者諸共始末すれば……僕はようやく、英雄になれるッ!

誰にも邪魔なんかさせるもんかッ!
僕こそが地上でただ一人の生ける英雄、ウェルキンゲトリクスとして歴史に名を刻むんだぁッ!



「さて……どうやら、野良猫と一緒にネズミも始末しないといけないみたいだぁ……」

自分を追って来る者達の存在をモニターで確認したウェルは、ジェネレータールームのコンソールに左腕を触れる。

入力されたコマンドは、侵入者の排除。
フロンティアはコマンドに従い、防衛システムを作動させた。






「こいつは……ッ!?」

通路を真っ直ぐに進んでいた弦十郎と緒川、遅れて追いついてきたツェルトの前に、それらは姿を現した。

ずんぐりむっくりとした体形で、無機質だがペンギンに似たシルエット……フロンティアの防衛機兵が30体程、こちらへと迫ってくる。

「フロンティアの防衛装置ですか……」
「仕方ない……相手になってやるッ!」

弦十郎は拳を握って構え、緒川も銃を取り出す。

「ジョセフくん、行けッ! ここは俺達が食い止めるッ!」
「どうやってッ!? この数相手に、装者でもないあんたが太刀打ちできるわけ──」

迫る防衛機兵達へと向けて、弦十郎は震脚を繰り出す。
凄まじい衝撃が床を伝い、一群の真ん中に真っ直ぐ道を拓いた。

「行けッ!」
「お……おう……恩に着るッ!」

目の前で起きた在り得ない光景に困惑しながらも、ツェルトは切り拓かれた道を駆け抜けていく。

それを見送った弦十郎は、体勢を立て直した防衛機兵達を睨みつける。

「俺達が相手だ、どっからでもかかってこいッ!」
「あまり時間はかけられませんからね。速攻で片を付けますッ!」

二課……否、日本最強戦力と称される男と、現代を生きる忍者。
装者に非ずとも超常の災害より国を、そこに住まう人々を守護する二人の防人が今、鍛えた刃を引き抜いた。

ff

「はあああああッ!」
「はああッ!」

翔とクリスの援護射撃を受けつつ、他の四人がネフィリムへと攻撃を仕掛ける。

伸張した翼の刃と、響の渾身の拳が叩きつけられる。だが……

「なっ!? 刃が──ッ!?」
「通らないッ!?」

ネフィリムの分厚い皮膚は強固な鎧となり、二人の攻撃を通さない。

「だったら突き崩してやるッ!」
「たあッ!」

側面に回った奏と純が同時に槍を突き出し、刺突する。
しかし、その鋭さを以てしてさえ、ネフィリムの皮膚は破れない。

「なッ!?」
「こいつ、とんでもなく堅ぇッ!?」
「なら……全部乗せだッ!」
「一斉発射ッ!」

クリスのミサイルとガトリングの全弾発射と、翔が放った矢の雨がネフィリムに命中し、爆発する。

「へッ!」

流石に少しは効いたかと思われた、次の瞬間。

「ガアアッ!」

煙の中から出てきたネフィリムは、再び火球を口に溜めていた。

「こ……これでも通らねえのかよッ!?」
「まずい、雪音避けろッ!!」

翔が叫ぶも一瞬遅く、火球はネフィリムの口から吐き出された。

「うわあああああッ!」
「ぐああああああッ!」
「翔ッ!雪音ッ!」

直撃は免れたものの、爆発で吹き飛ばされる二人。
更にネフィリムは、その剛腕を振りかぶり、翼を潰そうとする。

「翼ッ!」
「く……ッ!」

翼はなんとか跳躍し、それを避けた。
地面を叩くネフィリム。その振動でバランスを崩さぬよう、奏と純も跳躍する。

「翼さんッ!」

そして、ネフィリムの左腕がウニョウニョと曲がり、背後の響に向かって迫る。

「響ッ!」
「──ッ!」

避けられない。そう確信した、その時──


緑に色に光る鎖がネフィリムの腕に巻き付き、ギロチンが伸びる。


「デェェェェスッ!」

ギロチンの一撃でネフィリムの左腕は切り落され、毒々しい緑色の体液を飛び散らせながら地面に落ちる。

「──ッ!」

更に、ホイール状の丸鋸が高速起動しながら、ネフィリムの腹を切り裂く。

「ああッ!?」

驚く装者達。
響の窮地を救った二人……調と切歌は着地すると、得意げな笑みを浮かべた。

「シュルシャガナと……」
「イガリマ、到着デスッ!」
「お前ら……」
「来てくれたんだッ!」

増えた仲間に、喜ぶ響。
だが、切歌はネフィリムの方を振り返ると、呆れたように呟いた。

「ふ……とはいえ、こいつを相手にするのは、けっこう骨が折れそうデスよ……ッ!」
「ギャオオオオオオオン!!」

見れば、切り落としたネフィリムの左腕はもう再生している。
成長したことで、再生能力が上がっているのだ。

「いや……それだけじゃないッ!」
「な……ッ!? なんだありゃあッ!?」

純が見つめる先は、先ほど切り落としたネフィリムの腕だ。
それを見た装者達の頬に、冷や汗が伝う。

なんと、そこには……切り落とされた腕から分裂し、新たなネフィリムが増殖している光景があったのだ。

「あれは、ネフィリムの幼体……ッ!?」
「しかも、1、2、3、4、5……どんどん増えてるッ!?」

小型ではあるが、ネフィリムは幼体でも人間の大人二人分ほどの巨体だ。
それが10体を越える数で襲ってくれば、厄介なことは言うまでもない。

ガングニールに加えて、生弓矢まで喰らっていた影響がここに来て発露したのだ。

「どうすりゃいいんだよ……ッ!」
「纏めて倒すしかあるまいッ! 皆、行くぞッ!」

立ち塞がる絶望。それでも、8人は諦めずに立ち向かう。

世界中が、彼女らの勝利を信じているのだから……。

ff

「無駄ですよ、無駄。成体となったネフィリムに、勝てるわけがないじゃないですか」

ネフィリムと戦う装者達をモニター越しに見ながら、ウェルは嘲笑う。
そこへ……彼は飛び込んできた。

「それはどうかな」
「ッ!? 君ですか……」

忌々しさに顔を歪めながら、ウェルはツェルトを睨んだ。

「マリィ達は負けない。そしてドクター、お前はここで終わりってわけだ」
「へッ、よりにもよって君が来るとは……。ですが、今の僕に勝てるんですか? ネフィリムの左腕を手に入れ、真の英雄となったこの僕にッ!」
「そのグロテスクっぷりはどちらかといえばヴィランの類だろ。X-Menに目を付けられそうだな」
「ミュータント扱いはやめてもらえますかねぇ?」

早速煽りを入れつつ、ツェルトはウェルに近づいていく。

「だったら聞くが……なぁ、ドクター。お前は何を以て英雄を名乗るんだ?」
「そんなもの、決まっているじゃありませんか……」

ツェルトの疑問に応えるウェルの顔は、何を当たり前のことを、と書いてあるように見えた。

「飽くなき夢を見て、誰かに夢を見せるもの。誰もが尊敬し、誰もが憧れ、誰もが讃える至高の存在……それこそが英雄のあるべき姿ッ! 僕が目指した英雄の姿だッ!」
「へぇ、そうかい……。じゃあお前、既にアウトだろ」
「……なんだと?」

ウェルが語る英雄論を、ツェルトは一笑に付す。

「だってよドクター、今のあんたはどっちも満たしてないだろ?」
「何を言っているのです? 今の僕は──」
「無辜の人々を力で捩じ伏せ、気に食わない奴は利用した上で切り捨てる。そんなやり方の何処にロマンチズムがある?そんな汚い手段の何処に憧れるやつがいる?」
「理想だけじゃ英雄にはなれませんよ」
「ほら、まただ。自分勝手とリアリズムを履き違えてる。自分以外はどうでもいい、そんな人間が英雄の器であるものかよ……」
「うるさいッ!やはりあの時始末し損ねたのが失敗でしたね……今ここでそれを精算してやりますよッ!」

激昴したウェルは再びコンソールに命令を送る。

次の瞬間、ツェルトの足元にポッカリと穴が開く。

「落ちろッ!今度こそ海まで真っ逆さまに落っこちろぉぉぉぉぉッ!」

ツェルトの姿が穴の中へと消えた……その直後だった。

「転調・コード“エンキドゥ”ッ!」

穴から伸びてきた楔が床に打ち込まれ、落ちていったツェルトが勢いよく飛び出す。

「何ぃぃぃぃッ!?」
「同じ手を食うかよッ!どりゃあああッ!」

ツェルトは落とし穴から飛び出した勢いをそのまま利用し、ウェルに飛び蹴りを放つ。

ウェルは慌てて防御姿勢を取り、ツェルトの飛び蹴りはウェルの左腕に受け止められる。

ウェルの体幹で受け止めきれるはずがない。
ツェルトがそのまま蹴り込もうとした、その時だった。

「──なッ!?」

足を受け止めたウェルの腕……ネフィリムの左腕が不気味に蠢き、ツェルトのギアに喰らいついた。

ツェルトは慌てて反対側の足でウェルの腕を蹴り、喰らいつかれた方のプロテクターをパージする。

距離をとって着地すると、ウェルの左腕がプロテクターを飲み込むところであった。

「ネフィリムの特性は僕の腕にもそのまま移植されています。昨日までの僕だと思わないでくださいよッ!」
「チッ、本ッ当に厄介な真似しかしないなお前はッ!」

両手に鎖を握るツェルトと、ネフィリムの腕を拳と握ったウェル。

相容れない二人の男が、互いのプライドをかけて遂にぶつかり合う……。



「はあああッ!」

先端に楔がついた鎖を、鞭のように振るう。

「ひいいいいッ! って、どこを狙ってるんですか?」

ウェルはそれを悲鳴を上げつつ避けるが……その一本目はあくまで囮ッ!
本命はもう一本、狙うはお前の──

「ッ!? やっぱりそういう事かッ!」

分銅付きのもう一本の鎖がウェルの左腕に巻き付き、拘束する。
更にその上からもう一方の鎖も巻き付け、ネフィリムの腕を幾重にも巻き付けた鎖で雁字搦めにした。

「確かにネフィリムの特性は厄介だ。だが、ネフィリムの細胞が適合しているのは、その左腕だけッ! だったらそいつさえ封じてしまえばッ!」
「ひッ、ひゃぎゃああああああッ!?」

鎖を思いっきり引っ張り、ウェルをこちらへと引き寄せる。
両手は鎖を引いている。それでも頭突きくらいは問題なく食らわせられんだ、よッ!

「がッ!?」
「オラッ! もう一発ッ!」

鼻っ面に頭突きをぶち込み、もう一発食らわしてやろうと左手を拳に握る。

もう一度ウェルの野郎を引き寄せたその時……全身が軋むように痛んだ。

「ぐッ!? こ、こいつは……ッ!?」
「Anti_LiNKER……残ってた最後の一本ですよッ!」

先程、引き寄せられた際に足元へと放られていたカプセルに気付いた直後、額に重たい痛みが走る。
ウェルの野郎がさっきの仕返しとばかりに、頭突きを見舞ってきたのだ。

「い──ッ!?」
「そら、お返しですよッ!」

そして、踏ん張っていた俺の脚がよろけた隙を突き、ウェルは鎖の巻き付いた左腕を力任せに振り回し、俺の身体を思いっきり床へと叩き付けた。
ヘッドギアのアンテナ部が、叩きつけられた衝撃で折れて転がる。

「ぐうッ!? かは……ッ!」
「アームドギア使用状態での適合係数低下ッ! いくら君とエンキドゥが好相性といえど、日に二回もバックファイアを受ければただじゃあ済まないッ!」

ああ、クソッ……悔しいがウェルの言う通りだ……。
エンキドゥとの相性に賭けてあの場を切り抜けたとはいえ、俺の身体には少なからずバックファイアによるダメージがあった。
何とか誤魔化してきたつもりだったが……今のは効いたな……。

ウェルの左腕に巻き付けていた鎖が消える。
適合係数低下の影響だろう。今の俺は、どうやら滅茶苦茶ヤバいみたいだ……。

「へっ……俺は不死身だ……。お前に何度地獄に落とされようが、日帰りで戻って来てやるよ……」
「……まあ、君ならそう言うと思ってましたよ」

ウェルは左腕を撫でながら近づいてくる。
俺の身体は、痛みでまだ起き上がれねぇ……。

「その軽口を叩けないように……こうしてあげますよッ!」

俺の目の前まで寄って来たウェルは、足を振り上げると……動けない俺の()()を思いっきり踏みつけた。

踏まれた瞬間、俺の右腕にこれまで味わったこともないような……いや、違う……この痛みは……()()()の……ッ!?

「うぐッ! がッ、ああ、ああああああああああああああああああああッ!?」

痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い熱い痛い痛い熱い熱い熱い熱い痛いいいいいいいいいいッ!!

電流を流した万力で潰されているような痛みが焼けるような感覚と一緒に、踏まれた部分から広がるように全身を駆け巡ってきやがる!?
なんでだよ……なんで今になってこの痛みが……ッ!?

「があああああああああッ! 退けッ! 退けえええええええッ! ああ、あああッ、ああああああああああああああああああッ!?」
「幻肢痛……周りに強がって振る舞う君の心には、あの事故のトラウマが今でも染みついている。だから君はその右腕を、他の誰にも触れさせようとしないッ! 何故ならそれは、君のトラウマを再発させるトリガーに成り得るからだッ!」
「──ッ!?」

──そうだ……。俺の右腕はあの日、セレナの笑顔と共に失われた。
マリアを泣かせたのはネフィリムや、身勝手な大人達だけじゃない。他でもない俺自身だ。

だから、この右腕は呪われている。
大事な人を守ろうとして、取りこぼしてしまった。

この腕で、この手で誰かに触れる事なんて……出来るわけがない……。

「ほら、ほら、ほらぁッ! 叫べ、喘げ、苦しめッ! 自分の罪を、その痛みを以て償うがいいッ!」

言葉の意図は違うんだろうが……チクショー、そういう意味に聞こえてきやがる……。

「跪けッ! 地を舐めろ額を擦り付けて許しを請えぇッ! 償う時が来たのだッ! ガキの分際で、僕の事を最も間近で何度も何度もコケにしてくれた事を後悔させてやるぅぅぅッ!!」
「ぐううう、ああああああッ! ああああああああああッ!!」

何度も踏みつけられる度に痛みが広がり、この石にしか見えない特殊素材の床がそれより硬いせいか、特殊合金製であるはずの鋼の右腕は凹み始める。

ああ、分かってた……俺はマリィのヒーローなんかには、なれやしないんだ……。

今の俺にできるのは、この痛みに悶え苦しむ事だけ。

マリィを守る存在になりたかったけど…………俺は………………無力だ……………………。 
 

 
後書き
ウェルってどうしてあんなに「英雄」に拘るんだろう?
彼を書くたびにそんな疑問が浮かんでいたのは事実です。
なので、いっそのこと自分の思うままに掘り下げて解釈すればいいのではないか、という事で降って来た設定に肉付けする形で今回の描写に踏み切りました。

その結果、自分が導き出した結論は「子供のまま大人になってしまった科学者」。これこそが答えでした。
ウェルってやってることはクソ野郎ですけど、性格は何処か子供っぽいじゃないですか。お菓子ばっかり食べてたり、自分勝手ですぐ癇癪起こしたり。
英雄になりたい、というのも「皆に褒められたい」という感情の延長上にあった答えなのかもしれません。

まあ、あくまでこれは自分の視点から見たウェルの姿ですので。公式も掘り下げることはない所でしょうし、正解だとは思っていません。
それでも彼をただの三流マッドサイエンティストで切り捨てるには惜しいのではないか。自分はそう思います。

それでは次回、第42話『鋼の腕の伴奏者』をお楽しみに!
誤字じゃありません、意図してこの文字です! 

 

第42話「鋼の腕の伴奏者」

 
前書き
ラストスパートッ!

あと2、3話で畳むッ!! 

 
『……いさん……ツ……ルト……さん……』

……誰だ? 俺を……呼んでいる……?

いつの間にか閉じられていた目を開けると……暗闇の中をゆっくりと沈んでいく俺の見上げる先に、小さな人影が浮かんでいた。

『……にいさ……ツェルト義兄さん……』

その声は……セレナッ!?

俺の目の前までふわっと降りてきたセレナは、俺の顔を覗き込みながら口を開いた。

『ツェルト義兄さん。お願い、立って……。ツェルト義兄さんは、まだ負けてない』

……無理だよ、セレナ……。もう、身体が重くて動かないんだ……。

『ううん、そんな事ない。ツェルト義兄さんはまだ戦える。ただ、義兄さんが大切なことを忘れているだけ。それを思い出さなくちゃ』

大切な……事……? なんだよ、それ……?

『義兄さんが、マリア姉さんのヒーローになるって誓った日。あの時の気持ち、義兄さんは覚えてる?』

俺が……マリィのヒーローになりたいと願った日の……?

『そう。あの時、義兄さんが胸に誓ったもの。わたし、ずっと見守って来たから知ってるよ』

セレナに言われて、俺は記憶の糸を手繰り寄せていく。

あの日は……確か、8年前の──



ネフィリム起動実験から数日。あれからマリィはずっと塞ぎこんでいた。
元々泣き虫だった彼女だが、セレナがあんなことになって以来、笑わなくなっていた。

事ある毎にセレナの事を思い出しては、うずくまって泣いていたのを、今でも覚えている。
いつもは鞭を片手に厳しいマムも、この頃はマリアにかける言葉もないといった様子だった。

こういう時のカウンセリングはドクター・アドルフの仕事なのだが、セレナの治療に尽力し、寝る間も惜しんで上層部に掛け合っていたのもあって、間に合っていなかった。

そんなある日、ようやく俺の右腕に義手が取り付けられた。
ドクター・アドルフが、セレナの治療と同時並行で進めていた義手の作成。完成したそれは、肘から先を失った俺の腕に、ぴったりと合っていた。

生化学者であるドクター・ウェルの協力もあったらしく、俺の思い通りの動きを滑らかに、ほぼ生身の腕と変わらない精度で実現してくれていたその義手こそ、俺が普段使っているものだ。

「いいかツェルト。これはお前にしか頼めない事だ」

初めて義手を着けてもらった日、ドクター・アドルフは俺にこう言った。

「俺は今、クソッタレのボンクラ上司共に頭を下げながら、セレナを救う方法を探すので忙しい。だから、俺の代わりにマリアのカウンセリングを任せたいんだ」

最初、俺は突然の言葉に驚いて無理だと言った。医者ではないただの子供に、そんなことできるわけがないと。
だがアドルフ博士は、静かに首を振った。

「なに、そんな難しい事じゃない。カウンセリングってのはな、相手に寄り添い、支えてやる事なんだ。特別な資格なんかなくたっていい。ただ、相手を支えてやりたいって気持ちと、ちょっとの勇気があればいい」
「でも……セレナは俺のせいで……」
「お前があそこで突き飛ばしてくれなきゃ、セレナは即死だった。お前があの子を死から救ったんだ」
「でも、もし失敗したらマリィを傷つける……」
「かのアインシュタインは言った。『失敗したことのない人間というのは、挑戦をしたことのない人間である』、そして『成功者になろうとしてはいけない。価値のある男になるべきだ』とな」
「価値のある男……?」
「そうだ。俺がお前にマリアを任せると言っているのは、お前に彼女を任せるだけの価値があるからだ」

俺には、アドルフ博士の言葉の意味が分からなかった。
それを見透かしたように、アドルフ博士は俺の肩に手を置き、滅多に取らないサングラスを外して、俺の目を真っ直ぐに見てこう言った。

「このままいけば、マリアの心は壊れてしまうかもしれん。だが、プロフェッサーを除いた他の研究者共は、そんな事に関心などない。たかがモルモット一匹、ダメになったところでいつでも補充できるからな」
「マリィが……用済みに……!?」
「そうだ。そうなれば彼女がどうなるか……あの場に居たお前は、言わなくても分かるな?」

俺はゆっくりと頷く。
怒りたい気持ちはあったが、そうしたところでどうにもならない事を知っていた。16歳のガキに出来る事なんて、たかが知れている。

「よし。なら、言い方を変えよう。ツェルト、お前、アベンジャーズとか好きだったろ?」
「え? ええ、大好きですけど……」

唐突な話題に困惑する俺。
そんな俺を見てニヤッと笑った後、アドルフ博士が俺に言った言葉が、俺のこれからを決定づけた。

「お前がマリアのヒーローになるんだ。お前がマリアを救うんだよ」
「俺が……マリアを……?」
「ああ。これはお前にしかできない、お前だけのミッションだ」

アドルフ博士はそう言って、俺の肩をポンっと叩いた。

「こいつは決して簡単なミッションじゃない。時に現実という壁にぶち当たって、悩むこともあるだろう。だが、現実とはただのまやかしだ。とてもしつこいがね。それでも抗え、立ち上がれ。お前が大好きなヒーロー達は、そうやって何度も世界を守って来ただろう?」

そうだ。隻腕になっても、鋼の腕で親友と共に戦った兵士がいた。

爆弾の破片が心臓付近に食い込んでも、暗い穴倉から脱出し、鉄の意志を抱くヒーローになった天才発明家がいた。

事故で両腕を失っても諦めきれず、縋る思いで辿り着いた異国の地で魔法を学び、最強の魔法使いになった天才外科医がいた。

力を得て調子に乗ったばっかりに叔父を喪い、その遺言を胸にヒーローとなったN.Y.の親愛なる隣人がいた。

ヒーローはいつだって、何かを失った後悔を糧にして立ち上がり、もう二度と失わないためにと抗う存在だ。

だったら……これは始まりなんだ。俺は自分を責めるのではなく、前を向いて進まなくてはならない。

そうだ……この気持ちこそ、俺の原点。
現実という名の怪物に打ちのめされて、いつしか忘れていた大事なもの……誰にも奪えない、胸の誓いッ!



『思い出した?』

ああ……しっかりな。もう二度と忘れない。

『じゃあ……立って、義兄さん、立ち上がって。ツェルト義兄さん……わたしの……わたしと姉さんの、たった一人のヒーロー』

わかった……。セレナ、ありがとう。
俺はもう負けない。必ず勝って、世界を救って、君を目覚めさせる。

『うん。わたしも力を貸すから……だから、必ず、わたしを目覚めさせてくださいね?』

必ずだ。約束する。

光の方を見上げると、俺とセレナに音が降り注ぐ。

これは……歌だッ! マリィの、皆の歌が聞こえる……ッ!

『いってらっしゃい、ツェルト義兄さん』

ああ、行ってくる。必ず皆と、君を笑顔で迎えられるように──

ff

その頃、戦場では装者達が再生するネフィリム、並びに増殖したネフィリムの幼体を相手に苦戦を強いられていた。

「こいつ、効いてるのか効いてないのかわかんないデスッ!」
「ここまでとは……わたしたちの攻撃じゃ、とても──」

切歌と調が弱音を吐きかけた、その時──

「だけど、歌があるッ!」

振り返ると、そこには毅然とした表情で、先ほど響が足場にしてきた岩の上に立つマリアの姿が。

「マリア……ッ!」
「マリアッ!」
「マリアさんッ!」

全員が跳躍し、マリアの元に集まる。

「もう迷わない……だって、マムが命がけで月の落下を阻止してくれている」

マリアは月を見上げ、首から下げたペンダントを握る。

『できそこないどもが集まったところで、こちらの優位は揺らがないッ! 焼き尽くせッ、ネフィリイイイィィィィィムッ!!』

以前にも何処かで、似たような言葉を聞いた気がする。
ジェネレータールームで体を仰け反らせながら叫ぶウェルに従い、ネフィリムは特大の火球を放つ。

火球は9人に向かってまっすぐに飛んでいき、浮遊していた岩をまとめて吹き飛ばす大爆発を起こした。

『うぇへへへへへッ、へへははははははッ!』

装者達は塵さえ残らず焼き尽くされたと、大笑いするウェル。

だが、次の瞬間──その顔から笑みが消えた。

「──Seilien(セイレン) coffin(コフィン) airget-lamh(アガートラーム) tron(トロン)──」



「は……──んんんッ!?」

爆煙の中から響き渡る、マリアの新たな聖詠。

「ぬっ!?」

直後、煙を吹き飛ばして姿を現したのは、球状のエネルギーフィールドに包まれた装者と伴装者、そしてマリアの姿だった。

その胸にはセレナの形見のペンダント。胸の歌の名は、“望み掴んだ力と誇り咲く笑顔”。

遂にマリアは己の殻を破り、生まれたままの感情で唄う。

「調がいる……切歌がいる……マムも、セレナもついている……そして、ツェルトも頑張っている……。みんながいるなら、これくらいの奇跡、安いものッ!」

「行けるな? 翔ッ!」
「ああッ! 奏でようか、胸の歌をッ!」

「託す魂よ 繋ぐ魂よ──」

新たな胸の歌……絶唱と同じメロディーで奏でられるその詩の名は、「始まりの(バベル)」。
翔と純が奏でる伴奏に合わせ、装者たちは響から順に唄い始めた。



「装着時のエネルギーをバリアフィールドにッ!? だが、そんな芸当……いつまでも続くものではなあいッ! 絶唱9人分ッ! たった9人ぽっちで、すっかりその気かああああッ!?」
「果たしてそうかな?」
「……ッ!?」

足元から聞こえたその声に、ウェルはギクッと肩を跳ねさせる。

そして足元に目を向けた瞬間、腹のど真ん中へと勢いよく、ツェルトの足が叩き込まれた。

「ご……ッ!?」

腹を押さえながら、後方へとよろけるウェル。
その目の前で、彼はゆっくりと立ち上がった。

「ま……まだ立ち上がる気力が残っているというのかッ!?」
「ッたりめぇだろ……。こちとらまだまだテメーを殴り足りてねぇんだよ……ッ!」

立ち上がったツェルトの纏う戦装束は、先程までの赤と黒……ではなく、黒いインナーと無骨な鈍色のプロテクターへ変化していた。

それを見たウェルは、ツェルトの意図を察して嘲笑う。

「RN式を停止させる事でネフィリムの捕食対象から外れつつ、Anti_LiNKERの負荷からも脱する……。確かに聖遺物のエネルギーを蒸着していないプロテクターなど、ネフィリムにとっては味のしないガムも同然。しかァァァしぃ! 果たしてただ硬いだけのスーツ一つで、僕に勝てると思っているんですか? おめでたいですねッ! この腕の腕力は、さっき君も味わっただろう? そのままもう一度ぶっ飛ばして、今度はその右腕を握り潰してしまえば君は──」
「俺の右腕が、なんだって?」
「ッ!?」

そこまで言いかけて、ウェルはある事に気が付く。

陰に隠れたツェルトの右腕の肘から先……そこには、あるべきはずのものがないのだ。

不自然に短いツェルトの右腕。ウェルの顔に困惑の色が広がっていく。

「ば、馬鹿な……義手を……ッ!?」
「ああ、外したとも。ネフィリム相手だと、Model-GEEDじゃ分が悪い。だったらいっそ、外した方が楽だろう」

ツェルトの足元には、ウェルに踏まれて凹んだModel-GEEDが転がっていた。

「痛みのあまり、遂に狂いましたか」
「いいや、俺は至って冷静だよ。怒りで頭が冷える事もあるんだな?」

そう言ってツェルトは、眼光鋭い双眸をウェルへと真っ直ぐに向ける。

その視線は、追い詰められた餓狼の如く。
ウェルは思わず後退りそうになりながらも、なんとか冷静に努めようとする。

普段から他人を振り回している彼だからこそ、相手のペースに乗せられる事の恐ろしさはよく理解している。ここで呑まれれば負けなのだ。

「ですが、ギアなし片腕のみの君じゃあ僕には勝てないッ!今だって、もう立っているのがやっとなんでしょう?」
「ああ、確かに片腕じゃお前のネフィリムとはやり合えないな……。だが──」

ツェルトはそう言って、LiNKERの入った無針注射器を取り出す。

怪訝な表情となったウェルに思いっきり口元を釣り上げた笑みを向けて、ツェルトはそれを肘までしかない右腕へと注入した。

「力を寄越せ……“ネフィリム”ッ!!」
「ッ!? それは、まさか……ッ!?」

ツェルトが何をしたのか察したウェル。驚愕が広がるその顔を、ツェルトは意趣を返すように笑う。

「ここに来る前に、お前のラボからくすねて来たんだよ……。英雄になった後で少しずつ、ゆくゆくは全身に馴染ませていくつもりだったんだろ?」
「僕のLiNKERを勝手に……ふざけるなぁぁぁぁぁッ!」

自らの悲願を果たすべく用意したそれを勝手に使われ、ウェルは激昂しながら殴りかかる。

だが、ウェルが腕を突き出す瞬間、ツェルトの()()はそれを受け流し、裏拳を命中させていた。

「ごッ!? く……ッ、まさか……失った右腕にネフィリムを適合させるとは……ッ!」

ウェルが使用したものと違い、未調整のLiNKERによるネフィリムとの適合。
移植されたネフィリムの細胞は、激痛を伴いながらツェルトの細胞と融合し、脳に残る体組織のマップに従い失われていた右腕を形作っていく。

幻肢痛の原因とされているものの一つに、「脳による認識の未更新」というものがある。
人間は無意識に体組織の位置を、脳内でマッピングしているのだが、幻肢痛は失った体の部位に対する認識が更新されず、その部位を失う前との感覚の齟齬が痛みを引き起こすらしいのだ。

だが、今回に限ってはそれがプラスに働いた。
ツェルトの右腕に融合したネフィリムの細胞は、その認識に従って新たな右腕へと形成されたのだから。

「セレナをあんな目に遭わせ……マリィを泣かせた存在……俺にとって、ネフィリムは忌むべき力だ……。ぐ……ッ」

肘先から昇ってくる激痛に耐え、苦悶の声が漏れる。調整されていないLiNKERによる適合で、ネフィリムの細胞が侵食しているのだ。

LiNKERの量から計算して、侵食が進めばツェルトの右腕はおそらく肩口までネフィリムに喰われることになるだろう。
そうなった場合、ツェルトの身体はおそらく無事では済まない。同じく聖遺物との融合という観点から見ても、自立型完全聖遺物……一種の生物兵器とも言えるネフィリムでは、響や翔とは勝手が異なる。どんな弊害が起きるかなど、想像もつかない。

下手を打てば、移植したネフィリムに殺されることになってもおかしくないのだ。

「それ、でもなぁッ! 泣いてばかりだったマリィが、ああして戦ってんだッ! セレナも俺の背中を押してくれたッ! マムも最後の瞬間まで、世界の為に頑張っているッ! だったら俺は……何でも利用してお前を止めるッ! これからお前に打ち込むこの拳が、俺からの報復(アベンジ)だッ!」

愛する人への、守りたい人達への想いを握り、ツェルトは痛みを捻じ伏せる。
彼から大事なものを奪い続けてきた暴食の化身を、逆に喰らうほどの感情で己の支配下に置く。

「最後だドクター……Here we go(覚悟しな)ッ!」
「調子に乗るなああああああああッ!!」

ウェルの頭に、もはや逃げるという選択はなかった。
目の前にいるこの男だけは、この手で捻じ伏せなければ気が済まない。

事ある毎に突っかかって来たこいつだけは、前々から気に食わなかったこのガキだけは……自分が生み出したものを利用して、悲願の達成を目前で邪魔しようとしてくるこの男にだけは、絶対に負けられないのだ。

「はぁッ!」
「何をッ! このッ!」
「ぐッ! はぁぁぁッ!」
「ごふッ! くらえッ!」

拳と拳。一切の小細工無く、泥臭いだけの殴り合い。
そこに流麗な技など存在しない。ただ男二人の、絶対に譲れない意地があるだけだ。

何度も何度も、相手の目に付いた場所へと拳を突き出す。戦闘経験の差や身体のコンディションなど関係ない、この世で最も原始的な闘争。
単調で激しいだけの、不良の喧嘩にも等しいそれは、両者が互いの両手を組み合ったことで遂に拮抗した。

「こうなったら……喰らえ、ネフィリムッ!」
「ッ! へぇ、そう来るか……だったらこっちもッ!」

ウェルは左腕、ツェルトは右腕。それぞれ正反対の腕に移植したネフィリムは、取っ組み合う相手の腕が同族の細胞を持っていることを理解した瞬間、共喰いを始めた。

「君のネフィリムは未調整ッ! 完全に融合した僕には及ばないッ!」
「気力じゃ俺に利があんだ……お前なんかに絶対まけねえッ!」

互いに喰らいつき、喰いちぎろうとする両者の腕。
やがて、取っ組み合った掌からは血が流れ始め、皮を破る痛みがじんわりと広がっていく。

「この言葉を知ってるか? 『大いなる力には、大いなる責任が伴う』ってな……。ドクター・ウェル……果たしてあんたに、力と共に背負った責任はあるかな……ッ?」
「どう取り繕おうと力は力ッ! 英雄となる者の身の丈に合っていれば、それでいいんですよッ!」
「お前の身の丈には余るって言ってんだッ! 歪んでる上に底が抜けたお前の器じゃ……英雄なんかになれはしないッ!」」
「黙れ……黙れ黙れ黙れえええええええええッ!!」

唾を飛ばして絶叫するウェル。その時、ツェルトの脳裏に右腕から何かが流れ込む。

(……ッ!? これは……)

流れ込んできたのは、彼の知らない光景。

賞状の並ぶ部屋と、膝を抱える銀髪の少年。
彼を罵倒する父親らしき人物に、彼を避けてひそひそと喋っている同年代の少年達。

それがウェルキンゲトリクスという男の記憶だと気付いた時、ツェルトは納得した。

(そうか……だからウェルは……)

それを垣間見た上でなお、ツェルトは──

「何度だって言ってやるッ! お前は英雄なんかじゃない。ただのテロリストでマッドサイエンティスト、多くの人々を泣かせた最低最悪のクソ野郎だッ!」

ドクター・ウェルを否定した。

「僕は……僕は、英雄だッ! この世界を改革し、人を新たな天地へと導く絶対の存在ッ! 僕は、英雄なんだぁぁぁッ!!」



「なら、俺は──ヒーローだ」



「──ッ!?」

両目はぎらつき、血管が浮き出たウェルの顔を真っ直ぐに見つめながら、ツェルトは静かにそう告げた。

「俺には世界なんて背負えない。でも、マリィ達の笑顔と、帰る場所くらいなら抱えていけるッ! 上なんか目指さなくていい、ただそうやって進んでいくだけでいいッ! お前が小さいと嗤ったこの在り方こそが……ヒーローの生き様だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

雄叫びと共に、ツェルトは取っ組み合っていた右手を引き剥がし、残った力を全て拳に込めて突き出した。

ツェルトの渾身の一撃は、ウェルに避ける暇さえ与えず、その顔面へと勢いよく命中した。

「か……は……ッ!?」

ウェルは後方へとぶっ飛びふらふらと後退ると、そのまま仰向けに倒れる。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

そしてツェルトもまた、力が抜けたように膝を付くのだった。

ff

「セット、ハーモニクスッ! S2CAッ! フォニックゲインを力に変えてッ!」

拳を振りかぶった響は、迫っていた炎の塊を殴り、消し去る。

「惹かれあう音色に、理由なんていらない」
「……ん」

優しく手を差し伸べる翼。調は躊躇いがちに手を繋ぐ。

「あたしも、つける薬がないな」
「それはお互い様デスよ」

クリスは切歌と手を繋ぎ、

「じゃあ、あたしは翼とだな」
「うん……なんだか懐かしいね、奏」

奏は翼と。

「調ちゃんッ! 切歌ちゃんッ!」

そして調と切歌の二人と手を繋ぐ響。

装者達の心が今、一つに重なる。

「あなたのやってる事、偽善でないと信じたい……だから近くでわたしに見せて……あなたの言う、人助けを……わたしたちに」
「……うん」
「繋いだ手だけが紡ぐもの……」

今、ここに集う歌の力を全身で感じるマリア。
心を繋いだその瞬間、装者達の身体がまぶしい輝きを放つ。

だが、ネフィリムも負けじと全身から赤き釈明を砲撃と放つ。
火球と比べて爆発こそしないものの、その威力は凄まじく、装者達のギアは徐々に砕け始める。

そこへ、残る幼体が吐き出す火球や電撃球、毒球が加わり、ダメージが蓄積されていく。

「くうううう……ッ!」
「「うう、ううう……ッ!」」
「「ぐう……ッ!」」
「「ぐうううう……ッ!」」

踏ん張る9人。アームドギアも崩壊を始め、伴装者達も装者と手を繋ぐ。
純は切歌と。翔は奏と。

そして響は、繋ぐその手に歌を束ねていく。

「9人じゃない……私が束ねるこの歌は──ッ! 70億の、絶唱おおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」

響が束ねたフォニックゲインが装者達を包み込む。

そして、エネルギーフィールドが消えた次の瞬間、九色の星が天へと昇った。

光が弾け、中から姿を現したのは……輝く翼を広げた純白のシンフォギア──エクスドライブモードに身を包んだ7人の装者と、2人の伴装者だった。

「響き合う、みんなの歌声がくれた──」

『シンフォギアでえええええぇぇぇぇぇぇッ!!』



軌跡を纏いし7人の戦姫と、希望を鎧った2人の奏者。
巨大な一つの矢へと重なった9人が、ネフィリムの巨体を貫く。

七色に輝くエネルギーが竜巻となって、ネフィリム達を残らず包み込み、空の彼方へと消えていった。

共喰いの巨人は、歌を信じた少年少女の前に、遂に斃れたのだ。

ff

「なんだと……」

ネフィリムが倒れた瞬間を目の当たりにし、よろよろと立ち上がろうとしていたウェルは間の抜けた声を上げる。

「ほれ見ろ……自慢の大怪獣も倒れたぜ……」

膝を付いたツェルトが笑う。
更にそこへ、防衛機兵の包囲網を突破してきた弦十郎と緒川までもが姿を現した。まさに泣きっ面に蜂だ。

「ウェル博士ッ! お前の手に世界は大き過ぎたようだなッ!」
「──ッ!」

ウェルは悪足掻きを試みようと、コンソールへと手を伸ばす。

「させませんッ!」

間髪入れずに放たれる弾丸。緒川の撃った弾は放物線を描いてウェルの影へと刺さった。
ウェルの腕が宙で、まるで針で縫い留められたように動かなくなる。

〈影縫い〉

「が──ッ!? ぐぐ……ッ!」
「あなたの好きにはさせませんッ!」

緒川の得意とする忍術、影縫いだ。これでウェルの左腕は動かない。
誰もが、これで終わりだと確信した、その時だった。

「奇跡が一生懸命の報酬なら……僕にこそおおお……ッ!!」
「ッ!? お前……ッ!?」

顔に浮き出た血管が、強引に動かした左腕が裂け、勢いよく血が噴き出す。
だが、もはやそんな事を気にするウェルではない。

ただ、彼は生きてきた中で一番悔しかった。
一番気に食わなかった男の事を一瞬だけでも、英雄らしい、などと思ってしまった事が、この上ない程に悔しかった。

だから彼は……ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスは、装者も、統治するには手に余る人類も、世界で一番気に食わない男も、左手に繋いだフロンティアにて全てを駆逐すべく、ついには血の涙を流して奇跡を起こしてみせた。

およそ奇跡と呼ぶには似つかわしくない、滅亡級の災厄という最悪の奇跡を……。 
 

 
後書き
遂に書けたぞおおおおおおおおおおおおおお!!
「僕は英雄だッ!」「なら、俺は──ヒーローだ……」のやり取り、これこそがツェルトとウェル、二人の因縁の最後を飾るに相応しい。そう思いながらゴールを決め、その為に積み重ね続けてきました!!

英雄とヒーロー。英訳すれば意味は同じ言葉ですが、自分には別の意味に聞こえます。

「英雄」とは、ウェルが散々見せつけてきたように「支配者」や「征服者」といったマイナスな意味合い含まれており、それは時に呪いとなる言葉にもなり得ます。

しかし、「ヒーロー」をマイナスな意味で使う場合はほぼないと思います。
それは子供心に誰しも憧れ、胸に思い描く存在。夢と希望とロマンの象徴なのです。

同じ存在の違う側面を指した言葉。ウェルとツェルトを隔てた決定的なものがあるとすれば、きっとそこなのかもしれません。

ちなみに「ツェルマリ」というカプ名、実は「ウェルマリ」と一文字しか違わないんですよ?←



春谷「え? このタイミングで私に読ませます? 最近後書きが単調で寂しいから、ですか……。仕方ありませんね、やりましょう。んんッ……皆さん、いよいよお別れですッ! 遂に倒れたかに見えたネフィリム。しかし、ウェルの最後の奇跡によって復活したネフィリム・ノヴァを相手に、シンフォギア装者は大ピンチ。しかも、エクスドライブのエネルギーさえ喰らい、遂にはマリアを道連れにしようとしているではありませんかッ! 果たして、地球の運命やいかにッ!? 次回、戦記絶唱シンフォギアG~鋼の腕の伴装者~『遥か彼方、星が音楽となった……かの日』。次回も目が離せませんよッ! ……っと。こんなところでよろしいでしょうか?」 

 

第43節「遥か彼方、星が音楽となった…かの日」

 
前書き
ラストバトル、開幕ッ!

推奨BGMは当然、『Vitalization』で!! 

 
「何をしたッ!?」

胎動するネフィリムの心臓、そして真っ赤に染まっていくジェネレーターを見上げ、弦十郎は叫んだ。

「ただ一言、ネフィリムの心臓を切り離せと命じただけ──こちらの制御を離れたネフィリムの心臓は、フロンティアの船体を喰らい、糧として、暴走を開始するッ! そこから放たれるエネルギーは、一兆度だあああッ!」
「何てことを……ッ!?」

ツェルトはウェルのあまりの身勝手さに絶句する。
この男の器は、ただ矮小なだけではない。小さい上に底が抜けてしまっていたのだ。

「僕が英雄になれない世界なんて、蒸発してしまえばいいんだああ……ッ!」
「フッ!」
「──ひぃッ!?」

弦十郎の拳がコンソールを粉砕し、ウェルが悲鳴を上げる。
しかし、ネフィリムの胎動は止まることなく、むしろその鼓動はどんどん大きくなっていく。

「……壊してどうにかなる状況ではなさそうですね」
「──来いッ!」
「確保だなんて、悠長なことを……僕を殺せば簡単な事を──」

弦十郎はウェルの胸倉を掴み上げると、彼への処罰をとても静かな声で告げた。

「殺しはしない……お前を、世界を滅ぼした悪魔にも、理想に殉じた英雄にもさせはしない……。どこにでもいる、ただの人間として裁いてやるッ!」

それは、ウェルにとってあまりにも残酷な罰だった。
誰よりも上に立ちたかった男は、ただ一人の人間として、彼が見下し続けてきた凡百の人々と変わらない扱いの罰を受けるのだ。

「畜生ッ! 僕を殺せえッ! 英雄にしてくれッ! 英雄にしてくれよおおおー……ッ!」

情けない声を上げるウェルの首根っこを引き摺って行く弦十郎。
緒川は、そんなウェルの右腕からModel-GEEDを外すと、ゆっくりと立ち上がったツェルトの方を見る。

「あなたはどうするんですか?」

ツェルトは緒川の手から予備のModel-GEEDを受け取ると、代わりに破損したModel-GEEDを渡す。

「聞くまでもないだろ?」
「そうですか……。無理はしないで下さいね」
「ああ……必ず生きて帰る。そう約束したからな」

そう言ってツェルトはしゃがむと、右手を床に触れる。
次の瞬間、ツェルトの姿が床に空いた穴の中へと消えていった。

「緒川、脱出だッ!」
「はいッ!」

自らの向かうべき場所へと向かったツェルトを見送り、緒川はジェネレータールームを後にした。

ff

フロンティアが赤く、不気味な輝きを放ち始める。
怪しい光はどんどん強くなり、やがてフロンティアの大地は隆起し始めた。

遂にネフィリムがフロンティアを喰らう。
地下から浮き上がったネフィリムの心臓により、遺跡が崩壊していく。

「うわ……ッ!」

モニターが砂嵐となり、二課本部も何も確認出来ず。
ウェルに手錠をかけ、空き部屋にぶち込んできた弦十郎は、発令所へと駆け込む。

「藤尭ッ! 出番だッ!」
「忙しすぎですよッ!」
「ぼやかないでッ!」

藤尭が弾き出した軌道計算により、ネオ・ノーチラス周辺の岩盤、その脆い部分へと正確にミサイルが発射される。

周辺の地面を崩したネオ・ノーチラスは、フロンティアから脱出した。

と、そこで弦十郎は戻っていない職員に気が付く。

「緒川、春谷はどうしたッ!?」
「ああ、春谷さんでしたら……」

落下していくネオ・ノーチラス。
その隣を……エアキャリアが飛んでいた。

『私の事ならご心配なく。人命救助を果たした後、報告に戻ります』
「春谷……」

ホッと息を吐く弦十郎。
モニターの向こうでエアキャリアを操縦しながら、春谷は汗を拭った。



「翔ッ! 翔ッ! こっちだッ!」
「ツェルトッ!」

脱出したツェルトが、フロンティアの大地を跳躍する。
伸ばされた鎖を掴み、翔は彼を自分の方へと引っ張った。

RN式とはいえ、Model-GEEDもまたシンフォギア。バリアコーティングにより、短い間なら宇宙でも活動できる。
宙を泳ぎながら、ツェルトはようやく仲間達の元へと辿り着いた。

「ツェルト……ッ!」

マリアはツェルトの顔を見るなり、彼の元へと駆け寄り、そして抱き締める。

「ッと……。マリィ、約束通り戻って来たぞ」
「うん……」
「それと……セレナのギア、すごく似合ってる」
「もう……こんな時まで……」

ツェルトの胸から顔を離し、彼の顔を見上げるマリア。

周囲が少し、ロマンチックな雰囲気になりかけたその時……翼が叫んだ。

「おい、あれを見ろッ!」

装者達の視線の先で、赤熱化したフロンティアが溶解し、ネフィリムの心臓へと吸収されていく。

「──あれが司令の言っていた……」
「再生するネフィリムの心臓ッ!」

フロンティアを食らったネフィリムの心臓が巨大化。

赤き灼熱の巨人、ネフィリム・ノヴァが両腕を広げて咆哮した。

「そうはさせないッ!」

調の両手、両足のパーツが脱着されて変形し、調の姿に似た巨大なロボの姿となる。
完成したロボの頭部にあるコックピットへと、調は搭乗し、両腕の丸鋸を構えた。

(つい)Ω式・ディストピア〉

「はああああッ!」

同時に、切歌は大鎌の先端を三本の鉤爪状に変形させ、ブンブンと振り回す。

終虐(ついぎゃく)Ne破aァ乱怒(ネバーランド)

「やああああッ!」

二人は同時に突撃し、ネフィリムの体を切り裂く。

だが次の瞬間、二人のギアに亀裂が入り、全身からそれぞれの薄紅と緑の光がネフィリムへと吸い込まれていく。

「「ああああ……ッ!?」」

悶絶する二人。
ツェルトはその光景に、ネフィリムの特性を思い出す。

「聖遺物どころか、そのエネルギーまでも喰らっているのかッ!?」
「臨界に達したら、地上は──」
「蒸発するぞッ!」

翼と響が接近しようとしたその時、二人の間をクリスが駆け抜ける。

「バビロニア、フルオープンだああッ!!」

クリスが取り出したのは、ウェルから回収したソロモンの杖。
ネフィリムの背後に、バビロニアの宝物庫へのゲートが現れた。

「バビロニアの宝物庫をッ!?」
「エクスドライブの出力でソロモンの杖を機能拡張したのかッ!?」
「くうううううっ!!」
「ゲートの向こう、バビロニアの宝物庫にネフィリムを格納できれば……ッ!」

クリスはソロモンの杖を構え、ゲートの拡大を続ける。
それは、ヒトだけを殺す力を起動させてしまった消せない過去への、彼女なりの贖罪だった。

「人を殺すだけじゃないって──やってみせろよッ! ソロモンッ!!」

そして、遂にネフィリム・ノヴァの巨体を押し込めるのに充分な大きさのゲートが開き始める。

「──これならッ!」

奏が確信した、その時だった。
これが世界の法則だと言わんばかりに、ネフィリムが動き出す。

「避けろ雪音ッ!」

翼が向かうが間に合わず、ネフィリムの剛腕はクリスを拭き飛ばした。

「──ぐあッ、杖が……ッ!」

弾き飛ばされるソロモンの杖。

それを掴み、再びネフィリムに向けたのはマリアだった。

「わたしがッ! 明日をおおおぉぉッ!」

ゲートが完全に開き、ネフィリムは真っ逆さまに落ちていく。

生きた飢餓衝動とはいえ、自分が異世界の彼方へと幽閉されようとしているのが分かるのだろう。ネフィリムは宝物子の鍵を持つマリアへと手を伸ばす。

避けるマリア。
しかし、ネフィリムは指先から、炎熱化した触手を伸ばし、マリアを絡め捕る。

「ぐ……ッ!」
「「マリアッ!」
「マリィッ!」

ネフィリムはマリアを捕まえたまま、ゲートへと落下していく。
このままでは道連れだ。

「クソッ! Model-GEEDじゃ届かないッ! どうすれば俺は……ッ!」

ツェルトの呟きに、翔は何かを思いついたようにハッとなる。

「純、もう一度手伝ってくれるな?」
「勿論だ。今度は何をするんだ?」
「俺達のフォニックゲインを、ツェルトのRN式に分配するッ!」
「了解、ぶっつけ本番だけど、やるしかないなッ!」
「お前ら、何を……?」

困惑するツェルトの両脇に立ち、翔と純がそれぞれのアームドギアを構える。

「もう一度、奇跡を起こすんだよッ!」
「俺達の力、しっかり受け止めろッ!」

そして、二人の伴装者は奏で始める。

大事な人を助けたい。そんな、小さくとも尊き願いを叶える、奇蹟の旋律を。



「格納後、私が内部よりゲートを閉じるッ! ネフィリムは私が──」
「自分を犠牲にする気デスかッ!?」
「マリアアァーーッ!」

切歌と調が、私を追いかけて来てくれている。
でも、きっと間に合わないだろう。

私だって、こんなところで死にたくはない。
けれど、ネフィリムの落下を防げるのなら、これが最善の方法だ。

「こんなことで、私の罪が償えるはずがない……だけど──全ての命は、私が守ってみせる……ッ!」

ごめんなさい、ツェルト。出来る事ならあなたと二人で、セレナが起きるのを見届けたかった。

あなたと、セレナと、それから皆で……笑い合える明日に行きたかった──

見上げた先、ネフィリムと戦う力が残ってないからと見守る事に徹していた彼がいた場所に、光が見えた。

眩しいくらいに綺麗で、小さいのに強い光。

光はものすごいスピードで、私の方へと向かってくる。

調と切歌をあっという間に追い越して、そしてネフィリムの腕に黄金の鎖を巻き付けた彼は、弾けた閃光の中から飛び出してきた。

「マリアああああああああああッ!!」

「ツェルトッ!?」

それは、王者の如き威風を放つ黄金の鎧と、高貴さの象徴たる紫の装束に身を包んだツェルトの姿だった。

RN式、エンキドゥのエクスドライブモード……束ねられた70億の絶唱から、ツェルトが掴み取った奇跡が、私に手を伸ばしていた。

「お前をもう一人なんかにさせやしないッ! 絶対に、皆で帰るんだッ!」
「ツェルト……」

いつか、彼に言われた気がする。

『俺がマリアのヒーローになってやる。マリアの事、ひとりぼっちになんか、させてやるもんかッ!』

そっか……そうよね。そんな優しい彼に支えられてきたから、私はここまで頑張ってこれたのね……。

「──それじゃあ、マリアさんの命は、わたしたちが守ってみせますねッ!」

また泣きそうになりながら顔を上げると、立花響が自信に満ちた顔で隣に立っていた。

それに続くように、続々と集まってくる仲間たち。
その全員が、私に手を伸ばしていた。

「ここで見捨てるなど、防人の名が廃るッ!」
「罪なら生きて償えよ。死んで償おうなんざ、あたしが認めねえッ!」
「マリア。わたし達、家族でしょ?」
「アタシ達はいつでも一緒、死ぬ時だって一緒デスッ!」
「でも、今はまだその時じゃない。そうだろ?」
「あんたの事はよく知らないけどさ、でもこれだけは言える……──生きるのを諦めるなッ!」

「……あなたたち……ッ!」

どうやら誰一人として、私を見捨ててはくれないらしい。

この場に居る全員が、ネフィリムと共にバビロニアの宝物庫へと吸い込まれていくことを選んでいた。

「英雄でないわたしに、世界なんて守れやしない。……でも、わたしたち──」
「ああ。俺達は、一人じゃないんだ……ッ!」

その言葉に、私は自然と微笑んでしまう。

そうね、一人じゃない。なら私は……もう何も怖くないッ!



そして、装者達とネフィリムを吸い込んだゲートは揺らぎ、静かに閉じていく。

「響いいいいい……ッ!」
「衝撃に備えてッ!」

職員全員が集まったネオ・ノーチラスの艦橋が、船体から分離。
パラシュートを展開しながら海面へと落下していく。



そして同じ頃、月の周辺を漂うフロンティアの制御室……。

「フォニックゲイン、照射継続……がはッ!」

吐き出した血で、コンソールが赤く濡れる。
だが、もう全ての工程は完了していた。

「はぁ、はぁ……月遺跡、バラルの呪詛、管制装置『アルテミス』の再起動を確認──月軌道、アジャスト開始……ッ!」

モニターに映る地球を見上げ、ナスターシャ教授は満足そうに呟く。

「……星が……音楽となって……──」



そして、最期まで子供達を想っていた一人の老科学者は、娘達が奏でる最後の音楽を聴きながら事切れた。




ff

「なんて大量のノイズ……ッ!」

次元間隔壁を抜けた先に広がる、バビロニアの宝物庫。そこは、無限とも言える程の広さを備えた武器格納庫にしてノイズを生み出し続けるプラントだった。

これまで散々見てきた小型の個体から、見るだけでも嫌になる巨大な個体まで、格納されているノイズの数は計り知れない。

「さんざんこの杖が呼び出してきた、奴らの住処だからな」
「フィーネが言ってた通り、隔壁が開きっぱなしだとしたら……迷惑極まりねぇなッ!」
「つまり狩り放題ってわけか。おもしれぇッ!」
「切り払うぞッ!」
「翔くん、純くん、サポートよろしくッ!」
「任せろッ! 正真正銘、これが最後だッ!」

そして翔はもう一度、天詔琴に弓を傾けた。

「お願い 聞かせて 僕はここにいるから 生まれたままの感情を 隠さないで──」

響き鳴りだす、新たな音。

調べを歌い、奏でられゆく新たな唄に乗せて、聖なる戦乙女達は各々の武器を抜いた。




「うおおおおおッ! いっけえええええッ!」

〈我流・超級撃槍烈破〉

響は右腕のギアを槍状に変形させ、加速。
ノイズの群れに突貫しながら真っ直ぐに突き進んでいく。

「はあああああッ!」

〈断空ノ煌刃〉

翼は両脚のブレードを巨大化。
構えた二振りと共に、巨大なノイズを微塵に斬り捨てる。

「──うりゃあああああッ!」

〈DESTRACTION SABBATH〉

クリスは全ての砲門を開き、ミサイルを一斉発射。
無数に存在する小型のノイズを焼き払いながら移動している。

「とりゃああああああッ!」

〈COSMIC∞WING〉

そして、奏が槍の先端から放ったビームが真っ赤に燃える不死鳥の形となり、ノイズの群れに穴を穿った。

「翼、久しぶりにアレ、いけるなッ!」
「うんッ! 行くよ奏ッ!」

ようやく正しい意味で並んだ両翼は、天羽々斬とガングニール、それぞれのアームドギアを同時に振るい、重ね撃つ。

蒼と橙、二色の竜巻が荒れ狂い、波のように押し寄せるノイズを瞬く間に殲滅した。

〈双星ノ鉄槌-DIASTER BLAST-〉



一方、切歌とツェルトは、迫るネフィリムの触手を引き付け、弾き続けていた。

ツェルトは宝物庫内に浮遊している構造物の一つを鎖で引き寄せると、それに鎖を巻き付けた。

「エンキドゥの力とは、原子変換ッ! 自身及び触れた物体の原子構造を組み換え、あらゆる形へと作り変える権能ッ!」

鎖を巻きつけられた構造物は、次の瞬間ツェルトの手の中で杖にも似た形状の剣へと姿を変える。

「マリィに手出しはさせねぇッ!」

ツェルトは回転しながら、刀身に集めたエネルギーを斬撃として放つ。

〈Sparkle/Swing〉

更に、杖先に形成したオーラから無数の光の矢を叩き込む。

〈Sparking/Melam〉

「とっととその手をマリィから放せッ! 女の子の扱いも心得てないクソデカ大食い野郎は家でピザでも食ってやがれってんだよッ!」

「くっ! 調ッ! まだデスかッ!?」
「もう少しで──ッ! 切れたッ!」

丸鋸がネフィリムの触手を切断すると同時に、シュルシャガナのアームドギアは砕け散る。

「マリィッ!」
「ひと振りの杖では、これだけの数を──制御がおいつかないッ!」

マリアはネフィリムに捕らわれている間も、ソロモンの杖によるノイズのコントロールを試みていたが、エクスドライブモードで機能拡張されたソロモンの杖でさえ制御できなくなるほど、宝物庫の中はノイズで溢れかえっていた。

「マリアさんは、その杖でもう一度宝物庫を開くことに集中してくださいッ!」
「──何ッ!?」

響の言葉の意図が分からず、マリアは思わず首を傾げる。

「外から開くなら、中から開ける事だって出来るはずだッ!」
「鍵なんだよ、そいつはッ!」

永葬奏(ながそうそう)・波紋の型〉
〈Slashbeat×ライトニング〉

伴奏と同時に接近してくる小型ノイズを、それぞれの楽器が放つ真空波で切り刻みながら、翔と純が叫ぶ。
意図を察したツェルトは、周囲を浮遊している構造物に楔を打ち込み、思いっきり振り回してノイズへとぶつけた。

「行けッ! マリアあああッ!」
「…………セレナアァァァァッ!!」

マリアがソロモンの杖をかざし、再び元の世界へのゲートを開く。
ゲートの先には、砂浜と青い海が広がっていた。

「脱出デスッ!」
「ネフィリムが飛び出す前にッ!」

マリアとツェルトがゲートへ向かい、調と切歌も続く。

「行こうッ! 奏ッ!」
「おうッ!」

両脚のブレードを切り離した翼は、奏と共に。

「ジュンくんッ!」
「ああ、今行くッ!」

〈Shooting×スターライト〉

最後の砲撃を終え、アームドギアを再びアーマーパージしたクリスも、槍を投擲し、アーマーパージのエネルギーの一部を盾で増幅してノイズを焼き払った純と共に。

そして、最後まで伴奏を続けている翔を連れて響も離脱しようとする。

「──ああッ!」

しかし、装者達を追い越して、ネフィリム・ノヴァがゲートの前に立ちふさがる。

「迂回路はなさそうだッ!」
「ならば、行く道はただひとつッ!」
「手を繋ごうッ!」

翔とツェルトもアームドギアを収納し、10人みんなで手を繋ぐ。

「マリアッ!」
「マリアさんッ!」

マリアのギアの胸部から、巨大な剣が現れる。

引き抜いた大剣を宙へと投げ、マリアも手を繋いだ。

「この手、簡単には離さないッ!」

二課とF.I.S.に分かれた並び。その真ん中で、ガッチリと手を組む響とマリア。
そして、翼と奏、クリスと純、調と切歌は口を揃えて“あの言葉を”叫ぶ。

「「最速でッ!」」
「「最短でッ!」」
「「真っ直ぐにッ!」」

マリアの剣が光り輝き、光の粒子となって10人の頭上に降り注ぐ。
粒子はやがて光のヴェールとなり、装者達を包んだ。

同時に、響とマリアのギアからプロテクター部分が外れていく。
二人のギアは変形し、合体して……やがて黄金と白銀、巨大な二つの手へと姿を変えた。

そして、中心に立つ響とマリア、翔とツェルトの四人が、最後の一節を叫んだ。

「「「「一直線にいいいいいッ!!」」」」

繋がれた巨大な手が10人を包み、回転する。
ネフィリムは触手を伸ばすが、回転する両腕は触手を弾きながら突き進んでいく。

先程、調と切歌にしてみせたように、ネフィリム・ノヴァとの接触は噛み砕かれることと同義だ。
装者達が試みるは、この巨大な敵を突破するための唯一の方策。

それは自分達を、一息では取り込めないほどの巨大・膨大なエネルギーの塊と化すことで、暴食に対抗。エネルギーを束ねて制御する響とマリアが手を取り合い、増幅することで形成した拳の形状のシンフォギアにて全身を保護し、ネフィリムを貫通する真っ向勝負だった。

『うおおおおおおおおおッ!!』

〈Vitalization〉

その技名の意は『自分の解放』。この場に揃う全員が、自らを偽ることなく、生まれたままの心をさらけ出しながら咆哮する。
手を取り合った10人の裂帛の叫び。束ねられた70億の奇跡は遂に、ネフィリムの体を貫いた。

その勢いのままゲートを飛び出し、地球へと戻ってくる装者達。
束ねたエクスドライブのエネルギーを取り込んだネフィリム・ノヴァは、その時点で臨界に到達。
赤熱化したその巨躯を保つことが出来ずに、自壊を始めていた。

だが、装者達もまた、接触の際にエネルギーのほとんど全てをネフィリム・ノヴァに暴食され、ギアの維持すらままならない状態まで追い込まれていた。

ボロボロに砕けたギア。立つこともままならない身体。

目の前の砂浜に刺さるソロモンの杖。そして、間もなく爆発するネフィリムと、開きっぱなしのゲート。

「くッ……杖が……ッ! すぐにゲートを閉じなければ、間もなくネフィリムの爆発が……ッ!」
「だが、体が、もう……ッ!」
「ここまで、なのかよ……ッ!」

マリアが、ツェルトが、奏が、声も出せない程に疲弊した調と切歌が諦めかけた、その時だった。

「まだ、だ……」
「ああ……もう一人……」
「心強い仲間は他にも……」
「仲間……?」

クリスの、純の、翼の言葉に首を傾げるマリア。
見上げる地平の向こう、こちらへと向かってくる人影を見ながら、翔と響は呟いた。

「ずっと俺達を見守ってくれていた……」
「わたしの、親友だよ……」

二人の視線の先から全速力で走って来るのは……響の親友、小日向未来だった。

(ギアだけが戦う力じゃないって、響と翔くんが教えてくれた。──わたしだって、戦うんだッ!)

足場の悪い砂浜で、転びそうになりながらも走り続ける未来。
そして、未来は遂にソロモンの杖をその手に掴む。

「お願いッ! 閉じてえええええええええッ!!」

ゲートに向かって真っすぐに、ソロモンの杖を投げる未来。

同じタイミングで、体の真ん中に大穴を空けたネフィリムの体が光り始める。

「もう皆が──誰もが戦わなくていいような世界にいいいぃぃぃッ!!」

爆発するネフィリム。
ノイズ達を巻き込み、地球に迫る爆風。

その場の全員が息を呑んで見守る中、未来の願いを乗せて飛んだソロモンの杖は、真っ直ぐにゲートへと突き進んでいき──


そして、爆風が届く直前、ほんの刹那の一瞬、紙一重のタイミングで杖はゲートに吸い込まれ、次元間隔壁は完全に閉じられた。

──そう。遂に地球は、極大災厄による脅威から救われたのだ。

「────はぁ……」

息を吐きながら膝を付く未来。
それと同時に緊張が途切れたのか、装者達は一斉に砂浜へと寝転んだ。

翔の口から、自然と言葉が漏れる。

「おつかれ、響」
「うん…………終わったね…………」

後に、『フロンティア事変』と名付けられる特異災害が、ここに幕を下ろした。

世界を救った英雄達は、秋の砂浜に寝転んで、ただ空を見上げるのだった……。 
 

 
後書き
奏「あのセリフ初耳だったから、隣の翼に合わせるのが大変だったよ……。ズレないかヒヤヒヤした」
翼「あ……なんか、ごめんね?」

次回、エピローグッ!
お楽しみに! 

 

最終節「かばんの隠し事」

 
前書き
とうとうG編も最終回!エピローグなので、いろんな人達の視点でフロンティア事変の終結後を描いてみました。
それと、前回の戦闘シーン。ちょっと物足りなかったので、加筆してあります。そちらも一緒にお楽しみいただければなと思います。

そして明日はいよいよ、伴装者1周年!
祝福ください、我の字にッ!

エピローグの推奨BGMは「かばんの隠し事」、そしてエンドロールは「虹色のフリューゲル」でお楽しみください! 

 
ネフィリムが倒され、バビロニアの宝物庫は完全に閉じられた。

力を使い果たした装者達の緊張が途切れ、ギアを解除しようとしていた……まさにその時だった。

「ぐ……ッ!? うぅ……ッ!」

一足早くギアを解除したツェルトが、右腕を抑えながら唸り始めたのだ。

「ツェルトッ!? どうしたのッ!?」

転びそうになりながら、慌てて駆け寄るマリア。
調と切歌も、這いながらツェルトの方へと向かおうとする。

「く……来るなッ!」
「「「ッ!?」」」

ツェルトは右腕に装着していた、赤鋼の手甲を外す。
そこには……不気味に胎動するネフィリムの右腕が、ツェルトの腕を侵食しようと蠢いていた。

「そ、それは……ネフィリムッ!?」
「ぐッ……あああッ……翔ッ! こいつを切り落とせッ!」
「……ッ!?」

ツェルトは翔の方を見ると、痛みを堪え、ネフィリムの侵食に耐えながら叫んだ。

「お前が纏う生太刀には……生命を、吸い取る力がある……ッ……切り落とすなら今しかないッ! 俺の腕が喰い尽くされる前に、早くッ!」
「ツェルト……ッ!」
「やれッ! もう一度俺を……助けてみせろよッ! ファルコンボーイッ!」
「ッ! ……わかった……」

彼の目は真っ直ぐに、翔の目を見ていた。

翔を信じ、自分の運命を委ねる。
その覚悟を見せられたのだ。翔は躊躇いを斬り捨て、生太刀のアームドギアを形成した。

「おおおおおおッ!」
「ツェルトおおおおおおッ!!」

誰もが呆気に取られて口を開け、マリアの叫びが海岸に響き渡る中。

裂帛の叫びと共に、翔はツェルトの腕に寄生した最後の巨人を切断した……。



ff

戦いが終わり、海岸では事後処理が始まっていた。

「ウヒヒヒヒ……間違っている、英雄を必要としない世界なんて……。ウヒ、ウヒヒ……」

手錠をかけられたウェルが、武装した自衛隊員に連行されていく。
未来はウェルに駆け寄ると、呼び止めるように声をかけた。

「待ってください!」

訝しむ自衛隊員と響たち。

「少しだけ……話をさせて下さい。お願いします」

少女の真剣な眼差しに、自衛隊員達は頷き、一歩下がる。

「……なんの用ですか?」

煩わしげなウェルの視線を受け止め、真っ直ぐに見つめ返す未来。

数秒の見つめ合いの後、未来は瞳を閉じ……、

「ありがとう、ございました」

感謝の言葉と共に深々と頭を下げた。

「────────は?」

理解できない感謝の言葉にウェルは間の抜けた声を漏らす。
恨み言の一つでも吐かれるのかと思えば、まさかの感謝。まるで意味が分からない、という顔だ。

それは響たちも同様であり、未来以外の全員が困惑している。
当の未来は周囲の空気を感じながら、次の言葉を紡いだ。

「……経緯はどうあれ、貴方のおかげで、わたしは友達を助ける事が出来ました」

─そんなに警戒しないでください。少し、お話でもしませんか?─

「響も翔くんも、きっと私の事が無くても無茶をしてたと思います」

―きっとあなたの力になってあげられますよ―

背後で響がビクンと身体を震わし、両脇からクリスと翼に肘で小突かれている。
翔とツェルトは溜息を吐きつつ、認めざるを得ない事実に苦笑いしていた。

「貴方が力を貸してくれたから、私は響を助ける事が出来たんです。だから──」

ありがとうございます。

少女のそんな告白に、ウェルは呆気にとらていたが、やがて肩を震わせ始める。

「ふふ……ふ、ひひッ! あぁはっはっはッ! なるほど、僕は君たちにとっての救世主ッ! 英雄ってわけですかッ!」
「結果的には、ですけどね。ふふふ」
「いひひひッ! いやいや、実に愉快ですよッ! あ~はっはっはッ!」

朗らかな空気で笑い合う被害者と加害者。この奇妙な光景に、その場の誰も口を挟めない。

しかし、自衛隊員が、もういいか?と未来に尋ねると……

「はい──あ、いえ、あともう一言」

何を?と隊員が尋ねるより先に───

「ひぃ~ひっひっ、ヒベギャッ!?」

馬鹿笑いを続けるウェルの横顔に、一発のビンタがフルスイングで振り抜かれた。

「いたた……」

よほど力を込めたのだろう。叩いた未来が手を振って痛がり、叩かれたウェルは地面に倒れ込んだ。

倒れたウェルを見ながら、未来は言い放つ。

「それとは別に、私を操って友達を傷付けさせたお礼です」

そう言ってにっこりと笑う未来に、今度こそ誰も口を開けなくなる。
翔と響は改めて、未来を怒らせてはいけない事を再確認した。

そして、同じく操られた奏はというと、

「あっははははは……ッ! こいつは傑作だッ!」

これには思わず腹を抱えて爆笑していたのであった。



「月の軌道は正常値へと近づきつつあります。ですが、ナスターシャ教授との連絡は……」
「ぬぅ……」
「残された命を懸けて、月の落下から世界を救った。彼女こそ、本物の英雄だったのかもしれないわね……」

ツェルトから切り離されたネフィリムの右腕が入った円筒状のケースを手に、了子が呟く。
弦十郎と緒川は、タブレットから目を離し、空を見つめている装者達へと視線を移した。

夕焼け色に染まりゆく空。水平線の向こうへと沈んでいく夕陽。少年少女は地球を離れ、小さくなっていく月を見上げる。

マリアの首から下がる、セレナの形見のペンダントは、完全に壊れてしまっていた。
彼女は愛する人と空を見上げながら、誰にともなく呟く。

「マムが未来を繋げてくれた……」
「ああ……そうだな……」
「ありがとう、お母さん──」

ツェルトは、マリアの肩をそっと抱き寄せる。
再び失われた右腕には、二課に置いてきていた義手が再び着けられていた。

「マリアさん……これ」

マリアが振り返ると、響はガングニールのペンダントを差し出す。
それを一瞥すると、マリアは微笑みながら言った。

「ガングニールはキミにこそ相応しい」
「……ん……」

響はペンダントを握り締め、頷いた。

「だが、月の遺跡を再起動させてしまった……」
「バラルの呪詛か」
「人類の相互理解は、また遠のいたってわけか……ッ!」

ネフィリムとの戦いの中で、全世界70億の人類はひと時の間だが、繋がった。
しかし、再び世界にはバラルの呪詛が満ちたことで、再び人類はバラバラになってしまったのだ。

「──へいき、へっちゃらですッ!」

しかし、それでも彼女は明るく笑った。

「──ッ」
「「……」」
「どうしてそう言いきれるんだ?」

首を傾げるF.I.S.の一同。
ツェルトからの問いに、響は笑ってこう答える。

「だってこの世界には──歌があるんですよッ!」
「ふッ……そうだな。歌は世界を繋ぐ。それは俺達が、この世界で誰よりも知っている事だ」
「ふふッ」

笑い合う翔と響。

「歌……デスか」
「いつか人は繋がれる……だけど、それはどこかの場所でも、いつかの未来でもない……確かに、伝えたから」
「……うん」

調の口から語られた言葉。それだけで、響と翔は全てを察した。

殆ど言葉も交わせなかったけど、彼女はきっと旅立ったのだろう。
その胸に、ようやく確かな希望を抱いて……。

「なあ、翼。あたし、まだ何が何だったのかさっぱりなんだけど……」
「奏、しーッ! 詳しい事は後で説明するから……」
「お、おう……」

死からの復活。そしてここまで「黒幕はウェル」程度の最低限の情報しか持たないまま、取り敢えずノリと勢いで戦っていた奏は、空気を読んで沈黙を選択した。

「立花響。キミに出会えて、良かった」
「風鳴翔。俺が今ここに立っているのは、お前のお陰だ。ありがとう」
「いや、まだだよ。もう一仕事、残ってるんだろ?」

そう言って翔は、着陸したエアキャリアの方を見つめる。

「ああ……そうだったな」
「会えるのはきっと、もう少し先になっちゃうけど……せめておはようくらいは、言わなくっちゃね」



なんだか、とっても長い夢を見ていたような気がする。

大人になったマリア姉さんと、ツェルト義兄さん、それに背が伸びた月読さんと暁さんが、マムと一緒に頑張っていたような……。

わたしは確か、あの時の熱い熱い炎の中で……それから……。

よく、分からない。ずっと夢を見ていたような、そうでないような、不思議な気分。

でも、そろそろ起きる時間みたい。
目の前が眩しい。懐かしい匂いがする。

あっ……これ……姉さんの匂いだ……。



「おはよう、セレナ」
「おかえり……セレナ……」



目が覚めると、世界で一番大好きな2人の声が、温かさと一緒にわたしを包み込んだ。



ff

セレナを目覚めさせた後、マリア、ツェルト、調、切歌、そしてウェルはテロリストとして逮捕・拘束され、ここに一応の事態は収束した。

武装組織フィーネを名乗った彼女らの活動の殆どであり、逮捕された場所でもある日本国内での裁判が予定されていたが、国家でなく、全世界を相手にした前代未聞のテロ行為に対し、米国政府は国際法廷での審議を要求。

だが、この裏には世界正義を標榜する米国政府の裁判介入を実現させ、フロンティア事変の裏側にある諸々の「不都合な事実」を闇に葬る思惑があった。

まったく、連中はこれっぽっちも懲りちゃいないらしい。
その上口封じの為に、ウェルやマリア、ツェルトのみならず、未成年である調や切歌にも死刑適用を進める周到さには、正直言って吐き気がしたね。

だが、それを許すほど日本政府も甘くはなかった。
先んじて仕掛けた外務省事務次官、斯波田賢仁の働きによって、月落下の情報隠蔽や、F.I.S.の組織経緯などが激しく糾弾されることとなる。

国の不都合を隠す為に子供を死刑になどさせない、という人情と、ネフィリムの脅威から世界を救った装者達を犠牲にさせるものか、という義憤。
さすがは義理人情に厚いSAMURAIの国だ。惚れ惚れするね。

一方、米国政府は国際世論の鋭い矛先を躱すために「そんな事実などない」と終始主張した。誰の目にも限りなくブラックに近いグレーだったが、米国政府は頑なに情報開示と捜査介入を拒否。

ところが意外な事に、日本政府はそれ以上の追求をしなかった。
その結果、米国政府に情報隠蔽の事実はなく、また、F.I.S.などという組織も存在しないという結論に至る事となった。

一見、あまりにも理不尽で、しこりの残る結末だ。
しかし、存在しない組織であるF.I.S.がテロ行為など起こせるはずもないというパラドックスに陥り、まわりまわってマリア達の罪状は消滅。死刑適用は回避され、国連指導の特別保護観察下に置かれる事となった。

日本政府に借りが出来たな……。まあ、文句はないがね。
そいつを返すためにも異動先で何とかやっていかないとな。

今回の件でF.I.S.は解体。職員は軒並み異動、レセプターチルドレンはプロフェッサー……ナスターシャ教授が蜂起した際に存在が明るみに出たため、既に解放された。

俺の異動先はF.I.S.の附属機関、『NEXT』。
所長のオズワルドは友人だ。食えない奴だが、信頼は出来る。気楽にやっていくさ。

そして今、俺は日本に来ている。
国連の保護観察対象となったあいつらに任された仕事だ。

もうF.I.S.じゃなくなっても、俺をわざわざ指名するとは。
まったく……言われなくても、患者の面倒は最後まで見てやるとも。それが俺の、医者としての役目だからな。

さて、土産にプリンでも買って行ってやるかな。
ほう……焼きプリン、ね。一人で食うのは、あの子のメンタルにも悪影響だ。俺の分も買って行くことにしよう。

ff

「敢えてグレーを含ませる事で、米国の思惑を封殺するとは。貴方らしいやり方ですね、斯波田事務次官」

とある蕎麦屋の一席にて、九皐は向かいの席に座る斯波田を見ながら、天ぷらに齧り付いた。

「へっ、トワリよりもニハチの方が喉ごしがいいってもんだ」
「ハハハ、仰る通りで」

ひと仕事終えた達成感を口元に浮かべ、斯波田はざる蕎麦を啜る。

「しかし、まだ問題は残ってる。死んだ筈の天羽奏についてだ」
「その辺は八紘兄貴と二課情報部が上手くやってくれるでしょうが、社会復帰までとなると時間は掛かるでしょうね……」

九皐は自分の蕎麦を啜ると、どうしたものか、と呟いた。

「昔のアニメよろしく、極秘でリハビリしてたって事で行けると思います?」
「う~ん……まあ、そいつもニハチってとこだろうよ」
「どっちが八で、どっちか二なんです?」
「さあな。せいぜい、混ぜたうどんに気付かれないよう、頑張るこった」
「八紘兄貴達にもそう伝えておきますよ」

そう言って九皐は、半分ほど減った蕎麦の上に七味を振りかけた。

政治の世界をこそ戦場とする防人達は、今日も何処かで戦い続けている……。

ff

そして同じ頃、リディアン音楽院。

「翼さーんッ! クリスちゃーんッ!」

今日の授業は午前のみ。響は未来と共に、校門の前で待つ翼とクリスの元へ駆け寄る。

「聞いてくれ立花。あれ以来、雪音は私のことを先輩と呼んでくれないのだ……」
「──だからァッ!」
「なになにー? クリスちゃんてば、翼さんの事、先輩って呼んでるの~?」
「ちょっと響ったら──」

頬を赤らめるクリスの顔を、響はニヤニヤしながら覗き込む。
そして未来の心配通り、クリスは眉をピクピクさせながら響に掴みかかった。

「いい機会だから教えてやる……ッ! あたしはお前より年上で先輩だってことをーッ!」
「「はぁ……」」
「もってけダブルだッ!」

呆れて溜め息を吐く翼と未来。
そこへ、翔と純、ついてきた恭一郎も合流する。

「えっと……これはいったい?」
「いつもの事だ。2人ともそれくらいにしておけ。傷もまだ癒えていないだろうに……」
「ここで傷口開いても、自業自得だからね?」

純からのぐうの音も出ない正論に、クリスは響の頬を引っ張っていた手を離す。

「ちぇ……わかってらぁ」
「へへへ……」

すると、未来はふと思い出したように響と、そして翔の顔を交互に見る。

「ねえ、響、翔くん……」
「ん?」
「なんだ?」
「身体、平気? おかしくないよね?」

未来の言葉に、二人は顔を見合わせ、そして笑った。

「心配性だなぁ、未来は……。へへ、わたしと翔くんを蝕む聖遺物は、あの時全部きれいさっぱり消えたんだって」
「ああ。謝るどころか、今俺と響がこうして笑っていられるのは、小日向のお陰だ。胸を張れ、小日向。お前は自分の手で、友達を助けたんだ」
「わたしの手で……」

二人の笑顔に、未来は喉元まで出かかっていた言葉を鞄の中へと隠して捨てた。

(そうだね……。わたし、もう泣かない。謝ることもしない。まだまだちっぽけな勇気しかないけど、いつかわたしも強くなって、きっと響に追いついてやるんだからッ!)

少しだけだが、彼女は前進した。
彼女の名は未来。先へと進み続ける事こそ、その由来なのだから。

「小日向さん? その……あの時は……」

そして未来は、同じく目標へと前進中の彼に微笑みかける。

「……加賀美くん。一緒に頑張ろうね?」
「……えッ?」
「ふふ、内緒っ」
「……ッ!」

本日の勝敗、未来の勝ち。

「でもね──胸のガングニールは無くなったけれど……あの日、奏さんから託された歌は、絶対になくしたりしないよ」

響は仲間達を見回すと、胸に手を当てながら呟く。

翼とクリス、純は釣られて微笑み、一同は繋いだ手で守った今日の空を見上げる。

二課本部の甲板では奏が。病室の窓からはセレナが。留置場のフェンスの向こうからはマリア達が。それぞれ違う場所で、同じ空を見上げていた。

「それに、それは私だけじゃない。……きっとそれは──」
「ああ……きっと、その歌は──」

誰の胸にもある、歌なんだ……ッ! 
 

 
後書き
これにてG編、完結ッ!
ここまで通算140話。ご愛読いただき、ありがとうございました!

感想、評価、レビューよろしくお願いいたします!
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そして、明日はとうとう伴装者1周年の記念日です。
記念挨拶回を書きますので、次回もお楽しみに! 

 

祝・一周年!(伴装者一周年記念)

 
前書き
いつも『響き交わる伴装者』をご愛読下さり、ありがとうございます。応援してくれる読者の皆さんのお陰で、遂に一周年を迎える事が出来ました。

こうして毎日でも更新を続けてこられたのは、皆さんの応援のおかげです。本当に感謝が尽きません。重ね重ね、ありがとうございます。

Gまで書き終えた今作は、そろそろ次のフェーズに移行します。
待ち受けるはアルケミックカルト。皆さん大好きな、あの錬金術師の出番ですね。

無論、オリキャラが増えます。CPもまだ増えます。
この先もお付き合いいただけるというのであれば、私はまた全力で次の一年を駆け抜けていきますので、これからも応援して下さると嬉しいです。ついてこられる奴だけついてこいッ!
 

 
響「一周年、おめでとうッ!!」

翔「ちょうど一年前の今日、『戦記絶唱シンフォギア~響き交わる伴装者~』の連載が始まったんだよな」

翼「作者が某動画サイトの一挙配信で沼にハマった、との事だったが、気付けばもう一年も続いていた。これもひとえに、応援してくれている皆のお陰だ。本当にありがとう」

クリス「毎日更新とか頭おかしい事やらかすし、書く物全部が砂糖吐きそうになるくらい甘くなっちまう作者だけどよ。お前らとみんなで作った作品だって、いつも感謝してるんだぜ」

純「これから次の一年に向けて、また頑張っていくから、これからも応援してくれると嬉しいな」

未来「それで、次の企画って?」

マリア「言うまでもないわ。次に目指すのは勿論、GX編よッ!」

セレナ「わたし、もっと出番が欲しい……」

ツェルト「心配するな。セレナには、俺やマリィとのシーンが増える予定らしいぞ」

調「わたしも、素敵な人と……その……」

切歌「アタシも運命の人との出会いが欲しいデースッ!」

奏「折角生き返ったんだ、あたしの出番も多めに割り振ってもらいたいな」

紅介「俺達にももっと出番を!」

恭一郎「未来さんと付き合いたい!」

流星「調ちゃんとのラブコメ」

飛鳥「みんな、落ち着けって……。まあ、僕も出番は欲しいけど」

緒川「皆さん、要望が多いですね」

弦十郎「Gまではあくまで準備段階だからな。本番はGXからだとも言えるだろう」

了子「GXではもっと喋りたいわね~。それに、私もロマンスもしたいわ~」

藤尭「キャラが増えるからなぁ……。構成練るの大変そう……」

友里「朔也くんがぼやいてどうすんの」

アドルフ「俺達XD出身組にも活躍はありそうだな」

九皐「八紘兄貴の出番があるなら、俺の出る機会も増えるのかもな?」

ヘタ翔「僕達、並行世界組の話も時々書くみたいだから、積極的に供給を要望するといいかもね」

グレ響「どうせスケベな方もまた書くんでしょ? わたし達、別にエロ専門ってわけじゃないんだけど……」

ヘタ翔「でも響さん、悪い気はしてないんでしょ?」

グレ響「ば、バカ……ッ!」

翔「ともかく、まだまだ俺達の物語は続いて行くから、これからも応援してくれ!」

響「それに作者さんの野望……なんだっけ?」

翔「『全装者カップリング計画』か。この作品の糖度も上がっていくから、ブラック珈琲の準備も忘れるなよ?」

響「それじゃあ、改めて──」

翔、響「これからも応援、よろしくお願いします!!」 
 

 
後書き
次回からは不定期に短編上げていく期間になります。
さあ、リクエストタイムだ。供給して欲しいCPとシチュを言えッ!全部は無理だが、叶えてやろうッ!R18の方でも構わんぞッ!

ちなみに恭みくの告白回、流しらの馴れ初め、ヘタグレとIFクリス先輩の新作は書く予定が立ってますw

GXはツェルマリセレ、流しら、○○×切歌の供給が始められるし、錬金術師やオートスコアラーのオリキャラも出すし、XDからはノエルくん出す予定だから気長にお待ちください!

それではもう一度。伴装者一周年、おめでとう!!

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イラストはクラさんから。
翔くんのスーツが響のバースデーグッズで着てたやつと聞いた時は変な声出ましたw 

 

大好きな君へ ~前編~ (風鳴翔誕生日回)

 
前書き
今日はなんと……翔くんの誕生日デース!
忙しさで忘れてましたが、フォロワーさんからDMで言われて思い出しましたw
うちの子の誕生日を覚えてくれている読者の存在……なんとありがたい事か……。

ってなわけで、今夜はシンフォギアXV一周年と共に、翔くんの誕生日も祝ってあげてください。
あと、今回はキャスがあるので半分だけの投稿となります。
後編は明日更新ですので、お楽しみに! 

 
「翔くんの誕生日……ですか?」

翼にそれを教えられたのは、ルナアタックの後。政府の管理下で監視されていた頃のある日だった。

「ああ、そうだ。きたる7月5日は翔の誕生日。今年は立花も祝ってくれるのだろう?」
「いいんですか!? わたしなんかがお邪魔しちゃっても……」
「立花は翔の恋人でしょう? 恋人の誕生日を祝うのは、当たり前でしょう?」
「それは……」

何やら気まずそうにしている響を見て、翼は首を傾げる。

「立花さん、もしかして自分に自信がないのかな?」
「爽々波……」
「純くん、クリスちゃん」

そこへ、純とクリスがやって来た。
純は得意の観察眼で、響の言動や表情から導き出した結論を口にする。

「い、いや~、そんな事は~……」
「誤魔化すんじゃねぇ。ジュンくんの目は誤魔化せねぇぞ」
「うッ、クリスちゃんまで……」

図星を突かれたようで、響は一瞬どもる。

「立花、誤魔化さないで正直に言ってくれ」
「……でも……」
「翔の誕生日、立花はどうしたいの?」
「ッ……それは……」

翼にそっと手を握られ、まっすぐ見つめられて、響はしばらく悩んでいた。

やがて、響は絞り出すように呟く。

「わたしも……翔くんの誕生日、祝ってあげたいです。でも……わたしなんかが来たら、迷惑なんじゃないかなって……」
「はぁ? なんだそりゃあ?」
「迷惑って、どういう事かしら?」

響の口から出た、思いもしない言葉。
翼を始め、誰もが首を傾げる。

「わたし、今でも信じられないんです。わたしが翔くんの恋人なんだって……。本当に、わたしなんかでよかったのかなって……」
「立花──」

次の瞬間、翼の平手が響の頬を打っていた。

「──ッ!?」
「翼さんッ!?」
「おいッ! ……ッ!?」

響の頬を叩いた直後、翼は響を抱きしめる。
何が起きたのか分からず、響は困惑した。

「いいか立花。お前は翔に選ばれたんだ。他でもない翔自身がお前を、立花響を欲したのだ。そしてお前自身もまた、翔を求めた。違うか?」
「……」
「翔はお前を愛しているからこそ、二課に入ることを選んだ。翔はお前を愛しているからこそ、戦場に立つための力をその手に掴んだ。立花の為なら翔は、自分の命さえ厭わない……それはあなたが一番よく知っているでしょう?」
「……ッ!」

その言葉で響の脳裏に、これまで翔がしてくれた事が思い出される。

常に真っ直ぐ響を見つめ、常に本気で響に向き合ってくれた翔の姿。
あの日、夕日の下で互いの想いを交わし合った時。響自身も、向かい合った翔も、同じくらいドキドキしていた。

フィーネとの戦いでも、翔は響を守る為に何度も立ち上がった。
暴走した時、暗闇の中から引き上げてくれた。

立花響にとって、いつの間にか心地の良い木陰となっていた彼の存在は、既に響を包み込むように大きくなっていた事を、彼女は自覚した。

「翔はね、立花さんの話をするとき、とっても楽しそうに笑うんだ。それくらい翔にとって、立花さんの存在は大きいんだ」
「あたしはお前らの関係がどうだなんて、大して知ってるわけじゃねぇ。でもな……お前が思っている以上に、お前はあいつの事、大事に想ってるんじゃねぇのか?」
「純くん……クリスちゃん……」
「もう一度聞くわよ。立花、あなたは翔の誕生日、どうしたいの?」

優しい表情で、真っ直ぐに見つめてくる翼の問いかけに、響は今度こそ胸を張って応えた。

「わたし……翔くんの誕生日、祝いたいですッ! 初めてできた好きな人の誕生日、精一杯祝ってあげたいですッ!」
「ああ……それでいいんだ、立花」
「はいッ!」

翔の誕生日を祝うと決めた響と、満足そうに笑う翼。
まるで姉妹のような雰囲気を醸し出している二人を見守りながら、純とクリスは笑った。

「それにしても、あのバカにしては珍しいな」
「友達に対してバカはダメだって……。でも、そうだね……これはあくまで僕の推測だけど、立花さんは“恋心”を正しく理解していないんじゃないかな?」
「なんだそりゃ?」

純の意味深な言葉に、クリスは首を傾げる。

「ほら、立花さんって博愛精神の塊みたいなところあるでしょ?」
「まあ……そうだな」
「多分、恋愛と博愛の違いがよく分かっていないんだよ。そこに彼女自身の自信のなさが加わって、『自分よりも他の誰かの方が翔を幸せにできるのでは?』って不安がどこかにあるんだよ。それこそ、翔への想いを見失ってしまうくらいにね」
「そういうもんなのか?」
「さあ。僕はクリスちゃんへの気持ちを見失ったことなんてないから……」
「ッ! さ、サラっとそういう事言うんじゃねぇよ、バカ……」

顔を真っ赤にしながら、純の服の袖を掴むクリス。
純は微笑みながら、もう一度響と翼の方を見る。

「でも、翔ならきっと、立花さんの不安を吹き飛ばしてくれる」
「……根拠はあんのか?」
「そういう男なんだよ、翔は」
「ふぅん……」



──これが遡る事一か月前のこと。

そして今日は、翔の誕生日当日だ。
響は一生懸命用意したそれをテーブルに置き、翔を呼びに向かって行った。 
 

 
後書き
改めて、翔くん!ハッピーバースデー!! 

 

大好きな君へ ~後編~ (風鳴翔誕生日回)

 
前書き
昨日書き終えられなかった後編、ついに完成!!

そういや翔くんの誕生日、「ビキニの日」と重なってたらしいです。
これはつまり……おっと、これ以上は無粋ですね。

さて、明日は七夕か……。
誰かネタちょーだい!!← 

 
「響? 何処へ連れて行こうとしてるんだ?」
「いいからいいから~」

本部に着くなり、響にアイマスクで目隠しされた翔は、彼女に手を引かれていた。

「着いたよ~。さあ、目隠しを外してみてッ!」

響は翔を食堂まで連れて来ると、アイマスクを外す。

その瞬間、食堂に待機していた全員がクラッカーの紐を引いた。

「翔くんッ!」
「翔……」
「翔ッ!」

『誕生日おめでとうッ!!』

皆に名前を呼ばれ、口々に祝いの言葉を述べられる。

「ああ、そう言えば今日、俺の誕生日だっけ?」
「色々忙しくて、忘れてたみたいだから……。いっそ、サプライズにしちゃおうって決めてたんだ~!」
「料理は純くんや緒川さん、藤尭さん達が作ってくれたんだよ」
「小日向さんだって作ってたじゃないか」
「そうだぞ。もっと胸張りやがれっての」
「未来のご飯は美味しいんだよ~。味はわたしが保証するからッ!」
「みんな……。ありがとう」

自分の為に頑張ってくれた皆に、翔は思わず頬を緩ませる。

翼はそんな弟と、そして響の背中を押した。

「さあ、パーティーの始まりだ。心ゆくまで楽しむといい」
「ほらほら、好きなの取っていいから~」
「おう、それならまずは──」

響が居るのを考慮してか、多めに用意されたおにぎり。
サイズを小さめにしつつ、味をギュッと濃縮したミニハンバーグ。
翔の得意料理にして、好物のひとつでもある鶏の唐揚げ。
おにぎりがあると知った緒川が気を回して用意した豚汁に、藤尭が朝から仕込んでいたポテトサラダなどなど……。

各々が丹精込めて作った料理が、次々と減っていく。
主役の翔は満足気に、隣に座る響と二人で舌鼓を打っていた。

そして、いよいよケーキが登場する頃になって──

「響、大丈夫だよ」
「翔ならきっと、喜んでくれるさ」
「うぅ……心配だよぉ……」

響は冷蔵庫から、ケーキの入った箱を取り出す。

この日の為に未来や純に手伝われながら、何度も練習を重ねて用意した手作りケーキだ。

前日、遂に自分一人でチャレンジした本番用ケーキ。多少、不格好になってしまったが、焦げてはいない。

教えた2人は響を励ますと、その肩を叩いて送り出した。

「ほら、翔くん待ってるよ?」
「早く行かないと、クリームが溶け始めちゃうよ?」
「大丈夫だよ、お前が頑張ったってことは、あいつにも絶対伝わる。これで文句言おうもんなら、あたしがぶっ飛ばしてやるよ」
「私の弟はそんな甲斐性なしではない。あとは立花、お前次第だ」
「未来……みんな……」

響はすう、と深呼吸すると、座って待っている翔の方を見た。

翔の様子は何処か落ち着きがなく、そわそわとしていた。
いつもの冷静な翔ではなく、子どもっぽくはしゃいでいるようなその姿に、響の胸はときめく。

(翔くん……わたしのケーキ、そんなに楽しみなんだ……)

大好きな人が、自分から贈られる物を楽しみに待っている。

その事実だけで、響の足は自然と前へと進んでいた。



「翔くん!はい、これ……」

目の前のテーブルに箱を置くと、響はそれをゆっくりと開き、中のケーキを取りだした。

中に入っていたのはチョコレートケーキ。
チョコを練りこんだスポンジに、たっぷりのチョコクリーム。その上にイチゴと、二切れのオレンジが並べられている。

形は……少々歪だったが、そこに響の努力の跡を垣間見た。

「チョコレートケーキ……響が作ったのか?」
「うん……。ちょっと失敗しちゃったけど、味の方は多分大丈夫だからッ!」
「響が……俺の為に……」
「……その、未来や純くんみたいには──ふぇっ!?」

気付けば俺は、響を抱き締めていた。

響が俺の為に作ってくれたという事実が、ただただ嬉しくて、こんなに健気な恋人が愛おしかった。

「響、ありがとう」
「いや、でも……」
「響が俺の為にって、頑張って作ってくれたんだ。これほど嬉しいことがあるか?」
「ん゛ん゛ッ!?」

響が目を白黒させているが、かまうものか。
俺の感謝の気持ちを、こうしてダイレクトに伝えてやる。

「こらこら翔、立花が困っているだろう?」
「ったく、そーいうことは家でやれッ!」

と、そこへ何やら微笑んでいる姉さんと、呆れ顔の雪音がやってきた。

そういや、あんまりイチャイチャしてると、ケーキのクリームが溶けてしまうな。
仕方ない、続きは帰ってからにしよう。

「ほら、ローソク立てるよ」
「切り分けるのはわたしがやるから、響は翔くんの隣で待っててね」
「翔くん、写真撮るからそこに立ってくれる?」
「ジュース注ぐよ~」

友里がカメラを構え、藤尭がジュースを追加していく。
響は翔の隣に座りながら、申し訳なさそうに呟いた。

「でも、ごめんね翔くん。プレゼントまでは用意できなくて……」
「何言ってるんだ、響」
「え……?」
「君と一緒に居られるなら、俺にはそれで十分だよ」

直後、響の顔が一瞬で真っ赤になった。

「も……もーっ!もーっ!どうして翔はそういうことサラッと言っちゃうかなぁ!?」
「いたた……だ、ダメなのか?」
「そんなの……ズルいよぉ……もう……」

うん。顔真っ赤にして俺をポカポカしてくる響、この上ないくらい可愛いな!!

まったく、今年の誕生日は最高だ……。

いや待て、この先も俺の誕生日を祝ってくれる人達の中には響がいるって事だよな?

……毎年この顔を拝めるなんて、あの頃は想像もしてなかったな……。

太陽みたいに眩しい、響の笑顔。
この笑顔を、俺はこれからも守っていくんだ。

響に「木陰」と呼ばれたんだ。
何があっても、守り抜いてみせる……。

なんて考えてたら、切り分けられたケーキが渡された。
それを受け取るなり、響が思い付いたように呟く。

「もー……こうなったら!はい、翔くんあ~ん」
「ん、あ~……ッ!?響、これは──」
「わたしばっかり恥ずかしい思いさせられるの、不公平だもん。だから翔くんも……少しくらい恥ずかしがってよ……」

……………………なあ。俺の恋人、可愛いが過ぎないか?

可愛すぎてこっちも恥ずかしくなってくるじゃないかッ!
それは反則だぞ響ッ!?

「ほら、あ~ん……」

切り分けたケーキを俺の口へと向ける響。
恥ずかしいが、響の恋人として応えない訳にもいくまい。

俺は顔を火照らせながら、ゆっくりと口を開ける。

「あ……あ~……ん、んむ……美味いッ!」

舌の上に、チョコレートの甘さとイチゴの甘酸っぱさが広がる。

初めてにしては上出来だ。来年には形もクリア出来るよう、今度は俺も一緒に作ってみようかな?

……などと考えている間に、口の中のケーキは直ぐに腹の中へ消えてしまった。
むぅ……これは物足りない……。

「響……その……もう一度、あーんをお願いしたいんだけど……」
「ふぇえっ!?も、もう一回!?」
「頼む。もう一度だけ……」
「も~……しょうがないなぁ。ほら、あ~ん」

お互い耳まで真っ赤になって、人目も気にせずこういう事をする。
俗に言うバカップル、のようだとは思うが……悪くは無い。

この幸せをケーキと一緒に噛み締めるのに、響から食べさせてもらうこの瞬間は、一瞬のようでいて、永遠にすら感じる。

そういえば、再来月の13日は響の誕生日か……。

今度は俺から、祝ってあげないとな。



こうして7月5日、風鳴翔の誕生日は緩やかに過ぎていった。

翔が初めて恋人と共に過ごす誕生日。
翌年は果たして、どんな誕生日になっているのか……。それはまだ、神様さえ知らない物語である。 
 

 
後書き
改めて、翔くんハッピーバースデー!!

ところで、翔くんの誕生日ってことはつまり、ヘタ翔くんも同じ日が誕生日なんだよね……。
グレちゃん、何をプレゼントしたのやら( *^艸^)

ちなみに誕生日の日付、由来は伴装者の企画が立ち上がった日だからこの日になりました。
この機会に是非とも翔くん&ヘタくんの誕生日をよろしくお願いします!! 

 

今宵、星に願うなら……(七夕編)

 
前書き
Twitterでネタを募集した結果、七夕は恭みくで書きました!

そして書いてる間に奈々様ご結婚の報せが来て驚きましたw
奈々様ご結婚おめでとうございます!!
本当はおがつばで七夕に搦めて結婚ネタやりたかったけど、時間が足りなかったからまた次の機会に!! 

 
「恭一郎くんは、織姫と彦星をどう思う?」
「どうしたの未来さん?」

突然の問いかけに、恭一郎は首を傾げる。

「何となく、聞いてみたくなっちゃって……」
「そうだね……。一年に一度だけしか逢えないなんて酷いなぁって、子供心に不満だったのは確かだよ」
「不満だった、かぁ……。それだけ?」
「それだけって?」

首を傾げる恭一郎に、未来は夜空を見上げながら答える。

「わたしはね、いっその事自分から逢いに行っちゃえばいいのにって思うんだ」
「自分から逢いに?」
「うん。織姫も彦星も、お互いが大好きなら、一年に一度なんて与えられた制約なんかに縛られてないで、自分から逢いに行くべきだとわたしは思うの」
「天の川を越えて、かい?」
「橋なんか掛けてもらわなくていい。船を漕いでだって、逢いに行く事はできるでしょ?」

なるほど、と恭一郎は納得したように頷く。

「確かに、天の川が激流だなんて、伝承には伝わってないもんね」
「でしょう?」
「でも、だとしたら……二人は逢えないんじゃなくて、逢わないが正しいのかも」
「え?」

今度は未来が首を傾げる番だった。

「ほら、伝承通りなら、二人は結婚してから仕事に手が付かなくなって、周りに迷惑をかけた。それで天帝の怒りに触れたから、天の川を挟む場所に引き裂かれたわけだろう?多分二人は、再会したらまた同じ事になる事を知ってるんじゃないかな」
「そっか……。でも……それで二人は、本当に幸せなのかな?」
「もしも、織姫と彦星が誰にも責任を問われなくていい立場だったら、違ったのかもしれないね……」

恭一郎の答えを聞いて、未来は何か思い付いたように呟いた。

「……じゃあ、わたしの彦星様は、もしもわたしが皆を困らせてたらどうする?」
「そっ、それは……ッ!?」

恭一郎は一瞬吃ったが、二、三拍空けてから口を開く。

「──止めるよ、絶対に」
「ふぅん……どうして?」
「本当の幸福は、誰かの幸福を脅かすものであってはならない。だから、未来さんが誰かを困らせるなら、僕は絶対に止める。僕自身の幸せと、未来さんの幸せを守るために……」

その答えを聞いて、未来はしばらくポカンと口を空けていたが……やがて可笑しそうに笑い始めた。

「未来さん?」
「ああ、ごめんね。恭一郎くんの事を笑ったわけじゃないの。ただ……」
「ただ?」
「……恭一郎くん、わたしの彦星様になってくれるんだなって」
「…………ッ!?」

質問の内容に気を取られ、見落としていた事に気付いて顔を真っ赤にする恭一郎。

そんな恭一郎の顔を見て、悪戯っ子のように笑う未来。

まだ不意打ちには照れがある恭一郎。そんな彼の事が、未来は愛おしい。

克己心の強い彼の事だ。いつかはそれを克服し、かっこいい男になるだろう。

でも……今はもう少しだけ、恥ずかしがり屋でナイーブな彼をからかっていたい。

今宵、星に願うなら……「この時間が、もう少しだけ長く続きますように」と。
この短いようで長い時間を、少しでも長く楽しみたいと、未来は密かに願うのだった。 
 

 
後書き
皆さん、星に願いはかけましたか?

自分は取り敢えず、伴装者がもっと名の知れた作品になりますように……って事で!
願うだけならタダですからw

それでは、次回もお楽しみに!
さて、G編をまた1話、終幕に進めますかね……。

<i11705|45488>
クラさんから届いたツェルマリセレの七夕絵です。
尊いぜ……。 

 

この手で掴む“いつか”(マリア・カデンツァヴナ・イヴ誕生祭2020)

 
前書き
マリアさん、お誕生日おめでとうございます!
ねえ知ってる?マリアさんの誕生日(2022年8月7日)まで、あと二年なんだよ?

本格的なツェルマリセレを書くの、確か初めてなんだよな……。
上手く書けるよう、頑張りました。

それではお楽しみください! 

 
『マリィ、セレナ、もしもここを出られたら何処に行きたい?』

昔、そんな会話をした事を思い出したのは、テレビで遊園地のCMをやっているのを見たからだろうか?

あの頃の俺達は、施設の外に出る事なんて出来なくて、外の空気を吸う機会なんて訓練中のわずかな時間だけ。
白い孤児院で育った俺達にとって、壁に囲まれて見上げる青だけが唯一の空だった。

フロンティア事変を経て、自由を手に入れた俺たち。
マムとの別れは悲しかったが、代わりにセレナが目を覚まし、今の俺たちは日本に身を置いている。最近じゃ、ちょっとした日本食も作れるようになったんだぜ?

そして月日は巡り、空の色が青だけじゃない事を思い出せた頃に、その日が近付いていた。



「ツェルト、何処に向かってるの?」
「マリィとセレナが行きたがってた場所だ」
「わたしとマリア姉さんが、ですか?」

ツェルトが運転するレンタカーが、国道沿いに進んでいく。
目的地を知らされないまま乗ったマリア、セレナの二人は首を傾げながらも、流れていく窓からの景色を眺めていた。

早朝、ツェルトに起こされた二人は、寝ぼけ眼で着替えて車に乗せられた。
途中、コンビニでおにぎりと飲み物を購入すると、車の中で朝食を済ませて目を覚ます。

こんな時間からどこへ向かうのだろう?
姉妹の疑問が解けたのは、目的地が近付いてきてからだった。

「さあ、もうすぐ着くぞ」
「ツェルト……あれって……ッ!?」
「遊園地……ですよね?」

そう。ツェルトが向かっていたのは、子供なら誰もが憧れる夢の場所……遊園地であった。

「この前、テレビ見てたら昔を思い出してさ……。孤児院を出たら行きたいって、二人とも言ってただろ?」
「まさか……覚えてたのッ!?」

驚くマリアに、ツェルトはニッと歯を見せて笑った。

「黙っててごめんな。サプライズしたくてさ、ちゃんと予定も組んであるんだ」
「ツェルト義兄さん……わたし達の為に……?」
「当たり前だろ? 司令にも、今日はマリィに仕事が入らないよう頼んだし、セレナにも任務が入らないようにしてもらった。有給だと思って、今日は一日中楽しもう」
「ツェルト……」

車を停めた瞬間、後部座席からツェルトの首元にセレナの手が伸びた。

「ツェルト義兄さん、大好きですッ!」
「そんな昔の約束の為にって……あなたのそういう律儀なところ、変わらないわね」
「大切な二人との約束なんだ。なら、俺は必ず果たすよ」
「もう……」

マリアが頬を赤らめ、二人はクスっと笑った。

「さあ、わざわざ朝早くから来たんだ。アトラクション、回れるだけ回っていくぞ!」
「はいッ!」
「ええ、とことん遊びつくしましょうッ!」

ff

それから三人は、一日中遊園地を満喫した。

メリーゴーランドに乗って写真を撮り、コーヒーカップで目を回し、ジェットコースターで絶叫した。
ゴーカートではマリアがぶっちぎりで一番だったし、ミラーハウスではセレナの起点で何とか迷わずに抜け出す事が出来た。
シューティングではツェルトが標的を残らず撃ち落とし、お化け屋敷ではマリアもセレナもツェルトにベッタリだった。

レストランでは、セレナの口角に付いていたクリームをツェルトが指で拭うのを、マリアが羨ましそうな顔で見ていた。
なお、当のマリアもツェルトにあーんしてもらっていたので、お互い様である。

そして夕方……いよいよ三人は、観覧車に乗っていた。
夕陽色の空に照らされ、三人の顔もオレンジに染まる。

「楽しい一日もあっという間ね……もう夕方だなんて」
「こんなに遊んだのは、いつ以来でしょうか?」
「随分久しぶりな気がするわね……。ありがとう、ツェルト」

夕陽を眺めて笑い合う姉妹の横顔を見つめ、ツェルトは微笑む。

「その笑顔だけで、手を回した甲斐があるってもんさ。次にどこか行くなら、どこがいい?」
「わたし、次は海に行きたいです! 南の島の海で、お魚さんをたくさん見たいですッ!」
「南の島、ね……。難しいんじゃないかしら?」
「いや、セレナが行きたいっていうなら、海を跨ぐくらい……」
「それから、山にも上りたいですし、動物園にもいきたいですッ! ペンギンさんも見たいですし、あと温泉にも入ってみたいですし、あと、イチゴ狩りもやってみたいなぁって。それから──」
「いや多いなッ!?」
「セレナ? それはいくら何でも多すぎないかしらッ!?」

どんどん出てくるセレナの行きたい場所に、思わず止めに入るマリア。
すると、セレナは二人を見つめ、静かに笑った。

「本当は、三人一緒なら何処だっていいんです……。三人で一緒に遊べるなら、何だって絶対に楽しいですからッ!」
「セレナ……」
「……三人一緒なら、か……」

その言葉に、ツェルトは思わずセレナの頭を撫でる。

「俺もだよ、セレナ。俺も、三人一緒なら何処へだって行ける。いや、連れて行ってみせる。いつだって、俺達は一つだよ」
「ええ……だって、私たちは家族だもの」

マリアの腕が、二人を抱き寄せる。

「二人の手は、もう二度と離さないわ」
「俺もだよ、マリィ」
「わたしもです。ずっと、一緒ですからね?」

ツェルトの腕がセレナの背中に回される。
それ後三人は、観覧車が下に降りるまでの間、抱き合っていた。

ff

「セレナを置いて、一体何処へ?」

遊園地から帰った後、ツェルトはセレナを先に自宅へ降ろし、マリアと二人だけでドライブに出ていた。

「そろそろだ……着いたぞ」

マリアが車を降りると、そこには……海面を照らす月があった。
この瞬間の為に、ツェルトが絶好のロケーションで月を見上げられる場所として探し当てた場所だ。

「綺麗……」

思わずマリアは感嘆の溜息を漏らす。

彼女の肩に腕を回し、ツェルトは呟いた。

「知ってるか? 日本では、女性を口説くときにこう言うらしいぞ。『月が綺麗だな』ってさ」
「ッ!?」
「女性の美しさを、月に準えた比喩表現らしい。でも、俺からしちゃあ……月に照らされたマリィの方が、何倍も綺麗だよ」
「それって……!?」

慌ててツェルトの方を見るマリア。
彼の瞳は、真っ直ぐにマリアの顔を見つめていた。

「そんな君の美しさを際立たせるプレゼントだ。誕生日おめでとう、マリィ」

マリアに手渡されたのは、とあるアクセサリー店の紙袋。
中身はラピスラズリとペリドットのブレスレット。どちらもマリアの誕生石だ。邪気を払う聖なる瑠璃石と、夫婦の幸福を意味する橄欖石。
アクセントとして、間にクォーツを挟むことで運気を更に向上させている。

「ッ! もしかして、今日一日休みにしたのって……」
「そういう事。マリィの誕生日を祝うためのサプライズだ」
「ようやく引っかかってたものが取れたわ……。そういう事だったのね」
「不満だったか?」

途端にわざとらしく、ツェルトの眉が下がる。

「いいえ……最高の一日だったわよ。本当にありがとう」

そう言ってマリアは、ツェルトの唇にそっと口付けた。

「ま、マリィッ!?」
「お返しよ。ここで普通に答えたら、あなたの思うつぼでしょう?」
「はは……マリィらしいな」

クスリと笑うマリアに、ツェルトは照れ臭そうに後頭部を掻いた。

「マリィ……それ、嵌めてみてくれるか?」
「いいわよ。……これでいいかしら?」
「ああ……思った通り、よく似合っている」
「そう? なら、今度からオシャレする時に使ってみるわね」
「お守りとしての効能もあるから、毎日嵌めてていいんだぞ?」
「そうなの? 花言葉には自信あるけど、宝石言葉にはまだまだ疎くて……」
「そ、そうか……。なら、帰りの車の中で教えよう。皆、待ってるからな」

幸せそうに微笑みを交わし、二人は帰路に就いた。

(あの宝石言葉は、今は伏せておこう。いつか、その時が来たら──)

マリアとセレナ、そして自分。
いつか三人で掴む未来に思いを馳せながら、ツェルトはハンドルを握るのだった。

この後、帰って来たマリアに調と切歌、そしてセレナからのサプライズがあったのだが……その話はまた、別の機会に。 
 

 
後書き
ちなみに、ラピスラズリの宝石言葉は「健康」「愛和」、そして「永遠の誓い」です。
ペリドットの意味と重ねると……おっと、言ってしまうのは野暮ですね。

それと、ツェルマリが帰宅してからのF.I.S.組がどうしたのかは、シンフォギアXD公式のアンリミブログをご覧ください!(宣伝)

改めましてマリアさん、ハッピーバースデー!

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それから、G編完結記念に熊さんから貰っていたツェルマリです。届いた時、余りの尊さに吐血しました←

七夕回には、クラさんから頂いたツェルマリセレ絵も載せてますので、そちらもよろしくお願いします! 

 

あなたへの言葉(天羽奏誕生祭2020)

 
前書き
ギリギリセーフッ!何とか間に合った!

加筆も終えたし、これでフラグは成立ってところかな? 

 
「奏さんの誕生日会だってぇぇぇぇえ!?」

その日、翔からの誘いを受けた俺は、思わず椅子から転げ落ちた。

いやだってよぉ、普通はまず耳を疑うだろ?
何ヶ月か前、生きてた事を発表された奏さん。俺の最推し、憧れのアイドル……。S.O.N.G.の外部協力者になったとはいえ、その存在は公表されるまで徹底して伏せられていた。だから俺も、本人と対面したことはまだ無い。

その奏さんの誕生日パーティーに招待されるなんて……思わず頬を思いっきり引っ叩いたくらいだぜ。

『ああ。予定は一週間後だ。来るなら空けておけよ?』
「あ、あったんめぇよ!絶対行くに決まってんだろ!こんな機会逃すとか、ファンの名折れだぜ!」
『声がデカいわ!』
「あっ、悪ぃ……」

流石に電話で大声は耳が痛いよな。すまん翔。
でも俺、一生お前についてくわ。今度、俺ん家の一番高いメニューをタダで奢ってやるぜ。

それにしても……推し(奏さん)の誕生日かぁぁぁぁぁ!
いやー、バースデーライブには行ったことあるけどさ、誕生日パーティーに参加ってのはこの先一生自慢出来るぜ!
こんなプライベートなイベントに呼ばれるなんて、マジでツいてるぜ! よっしゃラッキー!

っと、ここで一旦深呼吸してと……。一週間後か……。
当日、奏さんに失礼がないよう、色々準備してかねぇとな……。

プレゼント、何渡せばいいんだろ? 好きなものとか、インタビューに載ってたっけ……?

ff

そして、一週間後……。

「奏さん、誕生日おめでとうございますッ!」
「いや~、こんなに沢山貰っちゃって、なんか悪いね」

奏の両手には、装者達から貰ったプレゼントがあった。

「俺達からの感謝の気持ちです。遠慮しないでください」
「そうですよ~! わたしも翔くんも、奏さんには感謝してもしきれないんですから~!」
「ははは……、まったく可愛い後輩達だねぇ」

そう言って奏は、翔と響の頭をわしゃわしゃと撫でる。

「か……奏ッ!」

そこへ、プレゼント袋を片手に翼が翼がやって来る。

「お、翼~どうした~?」
「その……これ! 受け取ってくれるかな……?」
「ん? こいつは……開けてもいいか?」
「うん。きっと喜んでくれると思う」

奏は首を傾げながら、袋から箱を取り出し開封する。
ちょうどその時、奏の左耳に付けられたイヤリングを見て、翼は思わず微笑んでいた。

「服?」
「奏もそろそろ、新しい服が必要でしょ?似合いそうなのを選んでみたの。元々奏が持ってた服は、殆ど処分されちゃったから……」
「翼……ありがとな。明日から早速着ることにするよ」
「うん……そうしてくれると、嬉しいな」

微笑み合う2人。
その様子を見守っていた翔だったが……数拍置いた後、何かに気付いたように苦笑いした。

「姉さん、奏さん」
「どうしたの、翔?」
「何だ?」
「水を差すようで悪いけど……あれ」

翔が指差す先を見る2人。
そこに居たのは……自分より先にプレゼントを渡しに出た翼に気を遣い、完全に渡すタイミングを見失ってしまった紅介の姿であった。

「あいつ、確か……」
「穂村紅介。俺の友達で、奏さんの大ファンだよ」
「なるほど……なら、ちょっとファンサービスしてやらないとね」
「奏、あんまり揶揄っちゃダメだよ?」
「分かってるって~」

そう言って奏は、紅介の方へとまっすぐに進んで行った。

ff

「紅介、来てるぞ」
「へぁっ!?」
「まさか、今更心の準備が~なんて言わないだろうな?」

恭一郎と飛鳥に左右から挟まれ、紅介は慌てていた。

私服でいい、と言われたのにも関わらず今日の紅介の服装はスーツに蝶ネクタイ……いわゆる正装である。

翔を始め、全員から「昭和の学生か!」とツッコまれていたが、ビシッと整った服装に反して、紅介自身は緊張でガチガチであった。

無理もない。相手は有名人、それも彼にとって憧れの対象である天羽奏その人である。
緊張するな、という方が無理な話だろう。

そんな紅介を、普段は彼に弄られる2人が放っておく筈がなかった。
ここぞとばかりに逃げ道を封じ、肩に手を置く。

「ほら、プレゼント渡すんだろう?」
「こんな機会は滅多にないぞ?」
「いや、でもよぉ……」
「「いいからさっさと渡して来いッ!!」」
「のわあぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

恭一郎と飛鳥に思いっきり背中を押され、紅介はこちらへと向かってくる奏の方へと突き出されるのだった。



「紅介、だっけ?」
「へっ!?あっ、はっ、はいぃッ!」

いきなり名前を呼ばれ、紅介は思わず吃ってしまう。

「翔から聞いたよ。あたしに何か用があるんじゃないのかい?」
「ッ!?は、はいッ!その……」

紅介は吃りながらも、手にしていた花束を両手で持ち、息を深く吸い込む。
そして、勢いよく頭を下げながら、それを奏の方へと突き出した。

「奏さんッ!お誕生日、おめでとうございますッ!!」

花束に纏められていたのは「黄色のカラー」、7月28日の誕生花だ。
花言葉は「華麗なる美」、そして「乙女のしとやかさ」。紅介が、翔や恭一郎に何度も確認を取りながら、プレゼントとしての意味合いが重くならないものをと選んだものだ。

普段はデリカシーのデの字もない紅介が、最大級の礼儀、礼節を以て選んだプレゼント。
その努力を、親友達だけが知っている。

「綺麗な花だな……ありがと。部屋に飾っておくよ」
「あのッ!それと……」
「ん?どうした、言ってみな?」

紅介は緊張でガチガチになった身体に酸素を取り込むと、奏を真っ直ぐに見つめて言った。

「これからも、応援してますッ!また、奏さんの歌が聴ける日を、楽しみに待ってますッ!」

何度も何度も練り直し、そして今朝ようやく固まったメッセージ。
2年間、推しを喪った悲しみを心の隅に抱えて生きてきた少年からの、精一杯の言葉。

それを受けた奏は──

「……ああ、ありがとな。励みにするよ」

ニカっと、チャーミングな笑顔で微笑んでみせた。

(っしゃああ、言えたってあああああああああッ!? あの笑顔はッ!?」

思わず心の叫びが口を出る紅介。
奏の表情を見て、翔が納得したように笑った。

「久しぶりに見たな。奏さんのファンサ、アネゴニックスマイル」
「なにそれ?」
「奏さんの得意なファンサの一つだ。奏さん自身の姉御力を全開にして放つあの笑顔は、射抜かれたファン全てを魅了する。あれで奏さんをお姉様呼びするファンが生まれたほどだ」
「へぇ……さすが奏さんッ!」

翔の解説に納得し、奏に尊敬の視線を送る響。
少し離れた所でクリスが何か突っ込んでいたらしいが、気にしてはいけない。

(やべぇ……祝いに来たのは俺の方なのに、特大のファンサ貰っちまったぁ! しかもプレゼントもちゃんと受け取ってもらえたし……やべぇ、俺今日はゆっくり眠れねぇよぉ……)
「そうだ! 折角だし、写真撮らないか?」
「へっ!? あっ、写真ッ!?」
「緒川さーん、カメラ頼むわ」
「ええ、構いません」
「ふあぁッ!?」

繰り出される更なるファンサ。
紅介の困惑を他所に、奏は彼の隣に立つ。

「ほら、肩の力を抜きなよ。折角の男前が台無しだぞ?」
「男前……ッ!? あああそんな俺なんかには勿体ないお言葉で……ッ!」
「いやいや、あたしは嘘は吐かないさ。その服、結構決まってるじゃないか」
「ふぐおぉぉッ!」

いちいち悶える紅介を見ながら、奏は面白そうに笑っている。
翼は苦笑しながら呟いた。

「奏……その辺にしてあげた方がいいんじゃない?」
「わりぃわりぃ。じゃ、撮るぞ~」
「は、はいッ!」
「では撮りますね。はい、チーズ」

こうして紅介は、めでたく奏と知り合う事が出来たのであった。
ちなみに、その時の写真は紅介の部屋に、大事そうに飾られているらしい。



そして、パーティーの後……。

「奏、どうしたの?」
「いや~、ファンからとはいえ、面と向かって花束なんて渡されたの、初めてだからさ……」
「今になって恥ずかしくなってきた、とか?」
「そ、そんなんじゃ……いや、そう、なのかもしれないね……」
「ふぅん……」

翼が、普段滅多に見られない、奏の照れている姿を目撃していたのは内緒である。 
 

 
後書き
改めまして、奏さん、ハッピーバースデー!! 

 

装者達のハロウィンパーティー

 
前書き
ハロウィン当日に間に合わせたって証も、今や作者自身と古参読者の思い出の中ですね……。寂しいような、懐かしいような。

どちらにしろ、お菓子貰えるイベントだからって砂糖を気持ち多めにして、なんならR指定がお望みな皆さんの期待にもある程度答えたよ!
さあ、ノマカプ大好きな私からのお菓子……もとい、砂糖そのものを受け取れぇぇぇぇぇい!
そんな自分はスタバでハロウィンレッドナイトフラペチーノ買って飲んでましたよw
苺×ミルク×生クリーム×チョコ=スーパーベストマッチ!! 

 
「「「「「ハッピーハロウィーン!!」」」」」
 
 特異災害対策機動部二課、移動本部の艦内食堂にて。装者達は各々、仮装した姿で過ごしていた。
 今日は10月31日……ハロウィン当日だ。
 この日の為に、各々衣装をちゃんと準備して来たのである。
 幸い、今日はこれといって大きな任務もない。楽しむ余裕はしっかり確保されていた。
 
「お前達、楽しんでいるか?」
「さあ、あの言葉はまだかしら~?」
 血糊付きホッケーマスクを被った弦十郎、黒いとんがり帽子とマントに星付きのステッキを持った了子が、お菓子の詰め合わせを両手にそう言うと、響は早速、例の言葉を言った。
「トリック・オア・トリート!お菓子くれないとイタズラしちゃいますよ~っ!」
「あらあら~、それじゃあどんなイタズラをしてくれるのかしら~」
「えええええっ!?了子さーん、それはズルいですよぉ~!」
 お菓子を両手に持っていながらも、わざとらしくそんな事を言う了子。そこへ、翔が助け舟を出した。
 
「ほ~う。じゃあ、了子さんが仕事の合間に食べる為、食堂の冷蔵庫に置いてあるコンビニスイーツを……」
「あー、ウソウソ!冗談よ~!」
 流石の了子も、休憩時間の楽しみを人質にされては敵わない。
 素直に響と翔の手に、お菓子の袋を渡した。
 
「翔は響くんとお揃いか」
「折角なので揃えたい、と響に言われたので。どっちも人狼にしてみました」
「今日のわたし達はオオカミなんですよ~。がおーっ!」
「随分と可愛らしいワーウルフさんね~」
 オオカミの耳と尻尾、そしてダメージ加工した古着を着た翔と響が、両手の指を曲げてポーズを撮る。
 了子は記念に1枚、と二人の様子をカメラに収めた。
「でも、この会場にオオカミってもう1人いるわよね?」
「あー、あれは別ジャンルですよ」
 首を傾げる了子に、翔は食堂の隅を見ながら答える。
 響、了子、弦十郎も釣られてそちらを見ると……。
 
「クリスちゃん、もうちょっと純くんの方に寄ってくれない?」
「こ、こうか?」
「そうそう!ほら藤尭くん、レフ板もう少し左に傾けて!」
「これ手持ちだと結構辛いんだけどなぁ……」
「折角のハロウィンにボヤかない!後でハロウィン限定スイーツ、奢ってあげるから」
 そこでは純とクリスにポーズを撮らせ、友里、藤尭を初めとしたスタッフ数名による撮影会が開かれていた。
 ちなみにクリスの格好は、キュートでラブリーな赤いドレスに身を包み、ハートとリボンでデコレーションされたマイクを持つ魔法少女風の姿であった。
 その隣では純が、同じくメルヘンチックなベストに狼耳といった出で立ちで並んでいる。ちなみに現在、眼鏡はしていない。
 
「あのコスプレって確か……うたずきん?政府がプロパガンダ目的で制作したやつよね?」
「そう。『快傑☆うたずきん!』の主人公、うたずきん。なんでも、モデルは雪音だと聞いて、じゃあ本人にコスプレさせたら似合うのでは?って言い出した職員さんが居たらしくて……」
 
『快傑☆うたずきん!』、それは現在某少女漫画雑誌にて人気急上昇中の魔法少女漫画である。

 国連直轄組織「S.O.N.G」に配属され、秘密裏に様々な任務に従事することとなったシンフォギア装者達であるが、国による情報操作をもってしても、人々の間に装者の目撃情報は広まり続けていた。
 そこで政府は、人知れず悪と戦う存在をフィクション作品として大々的に取り上げることで、装者の噂を単なる都市伝説と誤認させようと考え、そのために生み出されたのがうたずきんである。

 なお、プロパガンダ目的の強い企画であったために、当初はおおよそ子供向けとは思えないシナリオであったが、それが逆に幅広い年齢層にウケる要因となり、情報操作の成功に加え商業的な成功というオマケまでつく大成功を収めて今に至る。もちろん、自分達がモデルなので装者達は五人揃って読んでいたりするのだ。
 
「なるほど……。それで、どうして純くんの方はあの格好なの?」
「先月登場したばかりの新キャラですよっ!うたずきんの幼馴染、『うたおおかみ』ですっ!」
「巷では、俺達男性装者の噂もあるみたいで……。先月、新たに男性キャラが追加されたらしいんですよ。『うたおおかみ』と『うたおうじ』って」
「む?名前だけで判断するならば、モデルは……」

 政府がそこまで考えているかはさておき、弦十郎の言う通り名前だけで見れば、うたおうじは明らかに純だろう。
 となればもう片方、うたおおかみのモデルが翔である可能性が高い。

「オオカミか~……。気高くて、家族思いで。かっこいい動物だよなぁ」
「翔くん、存外悪い気はしてないのね~。よく男は狼だって言うけど、それって案外メルヘンなイメージが強いのよね。童話の中だと大抵悪役ってだけで、生態的にはとても感情豊かな動物なんだから~」
「ある意味では純くんも間違ってはいない、という事か」
「普段から王子様してる彼に王子様キャラの仮装ってのも、ちょっと面白味には欠けるものね~」
「翔くん。今のあの二人、すっごく楽しそう!」
「だな。撮影会終わったら、皆で菓子パしよう」

 八年ぶりの季節行事を、心の底から楽しむクリス。
 大切な“お姫様”と一緒に、八年ぶりの季節行事を過ごす純。

 そんな二人の幸せそうな顔を、翔と響は微笑みながら見守っていた。
 
「クリスちゃん」
「ん?どうした、ジュンくん?」
「楽しいかい?」
「……ああ、悪くねぇ。……ジュンくんは?」
「僕かい?勿論。君と一緒に過ごせる時間が、楽しくないわけが無いよ」

 大人二人と親友達に見守られる中、純とクリスはポーズを取り続けていた。
 ちなみにこの時の写真は、S.O.N.G.の行事アルバムで専用のページが設けられる程に好評だったそうである。
 
 ∮
 
「つ~ばさっ!トリック・オア・トリート!」
「わっ!?も~、奏ったら~」

 くの字に曲がった二本の角、黒い小さな羽と先端の尖った尻尾。
 悪魔の仮装に身を包み、奏は翼の背後から声をかける。

「いいだろ別に~。今日ハロウィンなんだしさ」
「はい、これ。奏なら私にもお菓子をせびりに来ると思って、用意してたの」
「おっ、サンキュー。やっぱり翼はあたしの事分かってくれてるなっ!……それにしても──」
 奏は翼からクッキーを受け取ると、改めて翼の仮装をまじまじと見つめる。
 
 白い着物に身を包み、藍色の帯を締め、白足袋に草履を履いた翼の顔は、白粉で色白く化粧されている。

「翼のは雪女か。結構似合ってるな」
「これ、凄いのよ。職員さんの中に、小道具作りが得意な人が居るんだけど、どうせならこれくらいのクオリティは必要だ、って悪戯用の機能を付けてくれたの」
「へぇ、どんな?」

 興味津々に聞いてくる奏に、翼は思いついたように言った。

「じゃあ奏、トリック・オア・トリート」
「えっ」
「さっきの仕返し。まさか用意してない、なんて言わないわよね?」
「いや~、その~……」

 翼が想定外の発言に出たために、後退る奏。
 その姿から案の定、自分にやり返されるとは思ってなかったのだと確信した翼は、悪戯じみた笑みを浮かべる。
 
「ふふっ。そんな奏にはこうよ!そーれっ!」

 思いっきり袖を振りながら、奏の方へと手を向けた。
 その瞬間、翼の着物の袖から冷風が吹き出し、奏は全身を震わせた。

「冷たッ!?なっ、なんだよそいつは!?」
「面白いでしょ?腕を曲げると、袖の中に仕込まれてる装置のスイッチが入って、腕を伸ばしたら冷風が出る作りになってるらしいの」
「なるほどな。ってか、ここの大人はやっぱり何かしら極めてる人しか居ないのかよ……」

 ちなみに、この装置を作った職員さんはと言うと、食堂の隅で某蜘蛛男のスーツに身を包み、アクロバットしながらお手製のヨーヨーでストリングを飛ばしていた。地獄からの使者や鉄の意志を継いだ方ではなく、アメイジングな方だった所は本人の拘りだそうだ。
 
「お二人共、楽しそうですね」
「緒川さん!」

 そんな二人の元に、緒川がやって来た。
 記録係をやっているらしく、カメラを向ける緒川に向かって二人はピースサインを向けた。

「緒川さんは仮装しねーの?」
「僕には記録係の仕事がありますから」
「遠慮すんなって!こういうのは皆で楽しんでこそ、だろ?なあ、翼?」
「そうですよ。折角の季節行事、緒川さんも加わってくれなきゃ嫌です」

 翼は緒川のスーツの袖を掴み、軽く引っ張る。
 ようやく付き合い始めたものの、緒川はまだ少し遠慮しがちな所が抜けておらず、個人的な楽しみ以上に仕事を優先させがちな部分も残っているのだ。

「翼さん……」

 そんな緒川も、翼にこう言われてしまっては断れない。緒川が少し困った様な顔をしたのを見て、奏は何かを思いついたように笑った。

「おっし翼!ここは緒川さんにもあれ、言ってやれよ」
「ッ!そうね……。参加出来ぬというのなら、こちらから引き摺り込むまでッ!緒川さん、トリック・オア・トリートッ!」
 防人スイッチがオンになった時の口調で、緒川に菓子をせびる翼。
 
 すると緒川は、スーツの胸ポケットに手を入れ、チロルチョコを一つ取り出した。

「任務中のカロリー補給用のものが、一つだけ余ってました。こちらで良ければ」
「意外に可愛いもん持ってた!?」
「うっ、さすが緒川さん……」

 予想に反した結果にしょぼくれつつも、チロルチョコを受け取る翼。
 それを見た緒川は周囲を見回す。すると視線の先には、いつの間にやら大人用の黒マントと、顔の半分だけを隠す真っ白な仮面を用意した男女二人の黒服職員がいた。

「──翼さん、少し待っていてください」

 そう言って緒川は黒服職員二人の元へと向かうと、その衣装を受け取った。

「翼さん、僕の方からもいいですか?」
「緒川さん、その格好は……」

 黒いマントに白い仮面。その姿は、歌姫を舞台の影から見守り、導きながらも、歪んだ愛からその手を血に染めた一人の男……オペラ座の怪人(ファントム・ジ・オペラ)だ。

「トリック・オア・トリート。……まさか、僕に言うだけ言って、自分は用意していないなんて言いませんよね?」
「……しまった、奏にあげたので最後だ……あっ……」
「じゃあ、悪戯されても仕方ないですよね?」

 そう言って緒川は、羽織ったマントを広げた。

「あ~……うん、しばらくそっとしておくか……」

 奏は空気を読んでクールに立ち去り、黒服職員コンビはハイタッチを交わしていた。
 遮るマントの向こう側、怪人が雪女に仕掛けた悪戯の内容は、きっとありふれたものなのだろう。
 しかし、それでも。二人の心境がどのようなものだったのかまでは……二人の心だけが知っている。
 
 ∮
 
「楽しかったね~♪」
「ああ。来年には元F.I.S.の皆も参加出来たらいいな……」
「できるよ、きっと。師匠達が掛け合ってくれてるみたいだし、なんとかなる!」
「ああ、叔父さんと斯波田事務次官を信じよう。あの人達なら、何がなんでもあいつらを守ってくれるさ」

 ハロウィンパーティーを終えて帰宅した翔と響は、風呂を済ませて寝間着に着替えていた。
 時刻は既に11時を回っている。明日も早いのだ。あまり遅くまでは起きられない。

「もう遅いし、そろそろ寝るか」
「あっ、翔くんちょっと……」

 寝室に向かおうとする翔を、響が呼び止める。
 振り返る翔。響はすうっ、と息を吸い込むと……パジャマのボタンを外し始めた。

「ッ!?」

 驚いた翔は目をそらそうとして……その下に着て来ていた衣装を二度見した。
 
「ひ……響?それは……」
「また姫須(ひめす)さんに貰っちゃってさ……」

 響がパジャマの下から着ていたのは、とある人気ゲームのハロウィン限定衣装。その手の界隈からは『ドスケベ礼装』として名高い、紫色の人狼風アレンジマイクロビキニ……『デンジャラス・ビースト』であった。

 狼耳を頭に付け、衣装を完全装備した響の姿に、翔の目は釘付けされる。

 局部こそしっかりと隠れているものの、ドスケベ礼装とあだ名されるだけあって、その衣装はほぼ紐だ。
 肩は出てるし、脂肪が程よいお腹も丸見え。何より、谷間と太腿が強調されており、正直言って絶対外では着せられないデザインのこの衣装。帰った後で着るように、と渡した辺りに姫須の意図が見て取れる。

 他の男に見られることなく、他の女性陣に咎められることなく、そして翔と二人っきりになれる自宅だからこそ、この衣装を着る事が出来、なおかつ横槍が入らない……。あとは翔の理性が何処まで保つかだ。
 
「翔くん……」
「なっ……なんだ……?衣装の感想ならッ、そのっ……目のやり場に困るというか、その姿で迫られると俺も困るというか……ッ!」

 そう言いながらも、翔は響から目を離す事が出来ない。
 響はそんな翔を見て、普段は見せない蠱惑的な笑みを浮かべ、その顔を覗き込む。

「トリック・オア・トリック、悪戯するか、悪戯されるか。好きな方を選んでね♪」
「ッ!!……どっ、何処で覚えて来たんだ、その笑顔……ッ」
「黒服の春菊(しゅんぎく)さんが『こういう顔すれば、クールな翔くんもイチコロよ』って、稽古つけてくれたんだ~」

 一瞬でいつもの無邪気な笑みに戻り、そのまま響は翔に迫る。

「まだまだ少しだけ、時間はあるよね~。翔くんはどっちを選ぶのかな~」

 両手指をわきわきと動かしながら迫る響に、じりじりと追い詰められながらも、翔は葛藤する。

(落ち着け、冷静になるんだ、俺!アレはどう見てもアウトだろう!食いつけば最後、彼女をどうしてしまうかは俺自身にも分からない……。しかし……据え膳食わぬは男の恥!あそこまでしてくれた響に応えずして何が彼氏かッ!)

 揺れる天秤。悶々として、目の前に迫る彼女を改めて凝視して。そして──翔は考えるのをやめた。
 
「……いいんだな?」
「もちろん。……場所、移そっか」
 
 ハロウィン終了まで残りあと僅か。二人っきりで始める、夜の催し。
 貪り合うのか、腹八分か。彼らの夜は、まだ終わらない……。
 
 ∮
 
 
 
 
 ──とある平行世界にて。
 
 
「響さん……?」

 仮装のために被っていた真っ白いシーツの中、入って来た彼女に壁ドンされながら、翔は彼女の名前を呼んだ。

「お菓子を持ってる限り悪戯できないなら、持ってるお菓子が尽きるまで繰り返せばいい……。フフッ、これでもう逃げられないよ……」
 
 響はそう言って、翔の顎に手を添えると親指で唇を撫でる。
 捉えた獲物を弄ぶように、恍惚を浮かべた表情で目を細めた彼女は、人狼の衣装に身を包んでいた。
 
「一度、本気で翔を襲ってみたかったんだよね……。それが漸く叶う。だってハロウィンって、お菓子貰えなかったら悪戯し放題でしょ?御守りのお菓子を失った子は、悪い狼人間に食べられちゃって当然なんだから……♪」
 
 今にも耳や尻尾が動き出しそうな程に、響が放つ雰囲気は妖艶さと野性味に溢れていた。
 恋は人を変えると言うが、今の響もまた、そうなのだろう。
 もしくは魔物の夜である今宵の空を照らす月が、彼女に魔性を目覚めさせたのか。
 どちらにせよ、翔が響から逃げられないのは確実だった。
 
「さ~て、何処から食べよっかな~……。やっぱり最初は、その柔らかそうな唇からがいいかな~……」

 そう言って舌舐めずると、響は翔の顔に自分の顔を思いっきり近付ける。
 大通りがハロウィンを楽しむ人々で溢れる中、路地裏にいるのは二人だけ。月だけが二人を照らしている。雰囲気は十分だ。
 
 まさにその時だった。翔の中の本能が首をもたげたのは。
 
「……トリック・オア・トリート」
「……え?」
「響さん、僕から貰ってばかりで、僕にまだお菓子渡してないよね?」
「あっ……えっと、それは……」

 まさか逆転で返されるとは思わず、響は焦る。
 それを見て翔は更に続けた。

「お菓子を渡せば、狼さんは僕を襲えない。拒否する事も出来るんだろうけど、そんな事をすれば僕からの“悪戯”を認める事になる。……そうでしょ?」
「ッ!?や、ややややれるもんなら、や、やって……みて、よ……。ヘタレの翔に、そそそんな事……出来るわけが……」
「出来るわけがないって?」
 
 翔の両腕が響の背中に回される。
 力強く抱き寄せられた瞬間、響は顔を真っ赤にした。

「本気で主導権を握りたいなら、わざわざハロウィンに乗っからずとも行けるはずなのに……。まったく、随分と可愛らしい狼さんだ。このまま首輪を付けて飼い慣らしたいくらいに……」
「くっ、首輪ッ……!?」
「そう……僕から二度と離れないように……君は僕のものなんだぞって、君の心と周りの皆に知らしめるために……ね」

 耳元で囁かれ、響の顔が更に耳まで赤くなる。
 先程までの雰囲気は何処へやら。今の彼女は完全に、スイッチが入った翔のペースに呑まれてしまっていた。
 
「まあ、今のは冗談だけど。そういやさっきなんて言ったっけ?最初は唇、だったかな?……奇遇だね、僕もそれが良いと思ってた」
 
 今度は翔が、響の顎に手を添えて、逸らそうとしていた響の顔をクイッと上に向かせた。
 翔に真っ直ぐ見つめられ、響の心臓は高鳴っていく。
 
「ッ!!ちょっ、ちょっと待っ……」
 
 抵抗する暇も与えられず、響はその柔らかな唇を彼に奪われる。重ねられた唇を通して入ってきたものに、彼女は大層驚かされた。
 
 暫くして、離れる唇。密着して離れた二人の唇は透明に煌めく糸を引いていた。

「翔ッ……今、舌……ッ!?」
「中々美味しかったよ。……でも、これくらいじゃまだまだ満足は出来ないな……」

 口元を手の甲で拭いながら、翔は彼女の顔を覗き込み、口角を釣り上げた。
 立場を完全に逆転され、響は翔の表情を見て確信する。
 
 やっぱり自分は、彼に敵わないのだと。
 普段は気弱そうな雰囲気を放つ翔だが、一度スイッチが入れば抵抗する事さえ許さない攻めに転じてくる。
 そんな彼のスイッチが何処にあるのかを、響はようやく理解した。
 
 普段通りに接していれば、彼は普段と変わらない。
 だが、ひとたび押せば、彼は反撃するように押し返してくる。
 彼のスイッチは、自分自身の態度だ。こちらが攻めようとする姿勢を見せるから、向こうもそのつもりになる。それが翔なのだ。
 
(受け身な姿勢が一周回ってる、か……。……でも……優位に立ってた状態から、主導権を握り返されて弄ばれるこの感覚……。ちょっと、クセになりそう……♪)
 
 二人の姿は被り物のシーツが覆い隠している。大きな物音さえ立てなければ、気づかれる事もないだろう。
 そう意識すると、自然と昂る己に気付き……やがて、響は翔に体重を預けてもたれ掛かる。
 
「食べられたのはわたしの方……って事?ヘタレなオバケさん……♪」
「どうかな?もしかしたら、君に乗せられたのかも知れないね。可愛い一匹狼さん♪」
 
 まだ夜はこれからだ。楽しむ時間は山ほどある。

「好きにしたら……?今夜は負けないから」
「望むところだよ。でも、まずは皆の所に戻ろうか……。続きは家に帰ってからって事で」
「あ……。そう、だよね……」

 だが、そう言って翔はお預けを宣言した。
 今頃、自分達を探しているであろう友人達に心配をかけさせないためだ。
 自分達が友人達と離れてここに来たのを思い出し、響は渋々と翔から離れる。
 
「もしかして、お行儀よく食卓で戴かれるより、この場で今すぐ貪られる方が好みだった?」
「バッ……!バカ、そんなわけ……!」

 クスクスと、揶揄うように笑って。翔はいつもの表情に戻った。

「帰ったらいくらでも可愛がってあげるから、今は普通にハロウィン楽しもう。ね?」
「……うん。折角、皆で来たんだもんね。勿体ないし……」

 シーツの中から出た響の手を、翔はしっかりと握る。
 
 はぐれないように、夜道に迷う事がないように。しっかりと握った手からは、秋の夜の木枯らしに負けない温もりが伝わる。
 
 同じ歩幅で、二人は同じ道を歩いて行く。
 
 向かう先には祭りの喧騒、そして賑やかな友人達。
 
 艱難辛苦を乗り越えて掴んだ幸せを、二人はこれからも大事に生きる。
 
 手を取り合って。同じ未来へと。
 
「翔、前から気になってたんだけどさ……。“その気”になった時の、やたらアレな語彙力って何処から来てるの……?」
「それは僕にも分からないなぁ……。自然と出てくるんだよ」
「……天然たらしの才能……」
「ん?何か言った?」
「何でもない……」
 
 ──同じ空の下、もしくは違う世界の何処かで。唄い奏でる者達は、今日も誰かを想っている。 
 

 
後書き
ハロウィン回!如何だったでしょうか?
これ、書き終わったのハロウィン前日なんですよ。企画から三日以内でホントに仕上がりました……。自分の筆の速さに驚いてます。
いやー、皆大好きマシュケベ礼装大好きですね!
なので前半はいつもの通り健全に、後半は少しR寄りに書い…つもりです。
この後のお楽しみは、皆さんのご想像にお任せします。

そしてトリック&トリート。グレ響とヘタ翔くんは本文書き終わった後、余った時間で急遽追加しました。言うなればデザート枠です。何処まで進展してるのかはもう会話から察して下さい(ニッコリ)
ちなみにグレ響は攻めに見せかけた誘い受けです。
グレ響の供給が不足している皆さん、そしてヘタ翔くんとのイチャラブがまた見られるのを待ってた読者に届け!

次に読者は、「奏さんが生きてる!?」と言うッ!
ええ、G編本編始動に先駆けて、皆さんには希望を担保にしておきます。
期待でワクワクしつつ、不安でドキドキしながらG編をお待ちください!

没ネタ、他作品コス
純「フゥーッハッハッハッハッハ!我が名は狂気のマッドサイエンティスト……鳳凰院凶真ッ!ブァサッ!そして彼女は助手にしてラボメンNo.004!クリスティーナッ!」
クリス「ティーナ付けんな!……ってか、ジュンくんノリノリだな」
純「何か意外としっくり来るんだよ」
響「沖田さん大勝利~!」
翔「ここがァァァッ!新ッ!撰ッ!組だァァァァァッ!」
翼「二人とも、今度はもっと背中を寄せて……そう、それからその刀を……そうだ!よし!緒川さん、お願いします!」
緒川「撮りますよー」
奏「弟と義妹の和服と刀でここまでテンション上がるのか……w」

今回、尺の都合で出番を切られたメンバー

キョンシー未来、黒猫創世、魔法少女弓美、ピクシー詩織。
デュラハン恭一郎、フランケン大野兄弟、カボチャ紅介。

本日のキャラ紹介
姫須晶(ひめすあきら):例のケモナー女性職員さん。取り敢えず動物なら何でも好き。モコモコしてるとなおよし。動物好きがケモナーに発展したタイプであり、犬、猫、兎、狐、狼、竜……獣耳ならそれがどの動物でも構わない守備範囲の広さを誇る。名前の元ネタはメフィラス星人とフジ・アキコ隊員の名前から。メフィラス星人の耳って猫耳っぽいよね。

尾藤春菊(びとうしゅんぎく):黒服Bさん。黒服Aのツッコミ担当。普段はクールな女性職員だが、実は男を落とす技を幾つも持ってる。黒服Aに並んで情報部の主力を担う一人であり、戦闘力も高いクールビューティ。名前の元ネタはピット星人(初期案での名前はマーガレット星人)。

職員さんの名前はウルトラ系列の星人で縛ろうと思います。
残るは職員AとB、黒服Aですね。彼らに名前がつくのはいつになるのやら。
今度はネタの浮かばない未来さん誕生日回を諦め、天道コラボの執筆だ!
それでは、次回もお楽しみに!
最後に皆様、HAPPY HALLOWEEN!! 

 

装者達のクリスマス・イブ

 
前書き
間に合ったー!皆さんメリクリー!

今回は、ハロウィンでスポットが当たらなかったカップルをメインに描いてみました。
F.I.S.組も本編に先駆けて登場しますので、お楽しみに。

今年はこれが最後の投稿かな?
いや、残り何日かの間に書けるかもだけど!

それではどうぞ、クリスマス糖文を味わってください! 

 
「翔くん、これでいい?」
「おっ!響、大分上手くなったな!」
「えっへへ~、ざっとこんなもんですよ~!」

12月23日。明日は待ちに待ったクリスマス・イブ。
年に一度の、大切な人と一緒に過ごす聖なる夜だ。
明日のクリスマスパーティーに向けて、二課の面々はそれぞれ班ごとに準備を進めていた。

翔と響は料理担当。二人でローストチキンやポテトサラダなど、パーティー料理の仕込みをしていた。ちゃんと調理するのは明日だが、これも大事な仕事である。

「あとは冷蔵庫に入れて、明日まで寝かせておこう」
「楽しみだな~、もう待ちきれないよ~!」

響は胸を躍らせる。ウキウキとしている彼女の様子を見て、翔はクスッと微笑んだ。

「そう言うと思って、ほら」
「おおっ!?」

翔が取り出したのは、一口サイズのローストビーフだった。

「味見用に、一切れだけね。はい、あーん」
「あ~………ん、美味しい!」

牛肉の分厚い食感と共に、口の中に広がる肉汁。
ソースはかけられていないものの、塩、コショウによるシンプルな味付けは、素材そのものの味を引き立たせる。

響の顔に、花咲くような笑顔が一瞬で広がった。

「翔くんと響ちゃん、新婚さんみたいだね~」
「へっ……!?」
「たっ、丹波さん!?」

その言葉に、二人は揃って真っ赤になってしまう。
慌てて振り返ると、そこにはオペレーターの一人である見守り隊職員、丹波芽依が自販機で購入したお茶の缶を片手にカメラを構えていた。

「おっ!良い画いただきましたッ!それじゃ、邪魔しちゃ悪いので私はこの辺りで失礼します!お二人さん、末永く~!」

その様子を素早くカメラに収めると、丹波はスタコラと食堂から去っていった。

「新婚……かぁ……////」
「わたしと、翔くんが……はうう……////」

後に残された二人は、彼からの言葉に互いを意識しあってしまい、暫く固まってしまっていたとか。



「藤尭くん、それ取ってもらえる?」
「OK~」

藤尭、友里の二人は、食堂の壁を飾り付けている。
パーティー用の横断幕は既に貼り終え、あとはツリーを装飾するだけなのだ。

当然、艦内は揺れるため、ツリーは床に固定している状態だ。
装飾もしっかりと枝に引っ掛け、簡単には落ちないようにしなくてはならない。

「今年は例年より賑やかになりそうね」
「装者の数も増えたからね。それにあの子達、カップル揃いだし」

藤尭の言葉に、友里はクスッと笑った。

「なに?ひょっとして、羨ましいの?」
「べ、別にそんなんじゃないし……」
「はいはい。素直じゃない男はモテないわよ~」

友里さんこそ彼氏いないくせに、と言いたくなるが、藤尭はその言葉を呑み込む。
彼女がそれを気にしている事を知っているからだ。

なので、溜息を一つ吐いて作業に戻る。

クリスマスを共に過ごす恋人は居ないが、同僚達と過ごすのは楽しい。
だから寂しくはない、と自分に言い聞かせて。

「……ところで藤尭くん、明日、パーティーの後は暇でしょ?」
「え?」

不意に友里から投げかけられた言葉に、藤尭は明日の予定を思い浮かべる。

「うーん……まあ、特に何も予定はないけど」
「じゃあ、ちょっと買い物付き合ってよ。荷物持ってくれると助かるんだけど」
「えぇ……。まあ、いいけどさ。どうせ暇だし」

面倒だとは思ったものの、断る理由も特になし。
藤尭は友里の誘いを受ける。その言葉の裏に隠された真意も知らずに……。

「藤尭さん……鈍いわね」
「おっ?遂にあの二人、付き合っちゃう?」

食堂で休憩していた二人の黒服職員……小森蓮と尾灯春菊は紙コップ入りの珈琲を片手に、そんな二人を見守るのであった。



「あら、珍しいわね?」

データ整理をしていた了子が手を休めると、デスクに湯気を立てるマグカップが置かれた。
振り返ると、そこに立っていたのは弦十郎だ。

「たまにはいいだろう?友里くん程ではないが……」
「そうね。じゃあ、いただくわ♪」

了子はマグカップを手に取り、一口含む。

「ん……?ホットココア?」
「ああ。差し入れにするなら甘い物がいいと思ってな……」

そう言って弦十郎は、後頭部を掻いた。

「恥ずかしい事に、俺は了子くんが甘党なのは知っているが、どの程度の甘さを好むのかを知らない。だから珈琲よりも、元から甘いココアの方が適切だと思ってな……」

了子は座ったまま、弦十郎の方へと身体を向ける。

「いつの間にかそ~んな気遣いが出来るようになったなんて、私、聞いてないわよ?」
「了子くんは、俺達の為に日夜頑張ってくれている。このくらいはさせてくれ」
「ふ~ん……」

了子はクスッと笑いながら、ココアをもう一口啜る。

「まあ、ギリギリ及第点って所かしらね~」
「そうか……これは手厳しい。俺もまだまだだな」

肩を竦めて笑いながら、弦十郎は息を吐く。
そしてまっすぐに了子を見つめると、少し緊張気味に切り出した。

「ところで了子くん……明日のパーティー、時間まで予定は空いていたりするのか?」
「明日の予定?なぁに、藪から棒に」
「その……なんだ。もし、よければ俺と……」

弦十郎の言葉が、一瞬詰まる。

その場にいた職員達は一斉に口を閉じると、息を呑みながらも静かに、その様子を見守った。

了子も何も言わず、ただ静かにその続きを待っている。

やがて、弦十郎は意を決したように口を開いた。

「俺と二人で、街を出歩いてみないか?」



一瞬盛り上がりかける職員達であったが、昂る気持ちを抑え、了子の答えを待つ。

対する了子の答えは……。



「いいわよ?でも、具体的なプランは決まってるの?」

「それは……これから考える」
「だと思った……」
「すまない……」
「なら、私の買い物に付き合ってくれる?そろそろ新しいコートが欲しいのよ~」
「なら、俺が払おう。好きに選ぶといい」
「じゃあ、遠慮なく♪」

一瞬だけ不安が生じたが、最終的にはトントン拍子でデートの予定が固まっていった。
職員達は今度こそ無言のガッツポーズを決め、少しずつだが距離を詰め始めた上司二人を祝福するのだった。



そして12月24日、クリスマスパーティー当日。

『メリークリスマス!!』

特異災害対策機動部二課の仮設基地にて、クリスマスパーティーが開催された。

「翔くーん!はいっ、プレゼント!」
「ありがとう、響。はい、俺からもプレゼントだ。いつもありがとう」
「おおっ!!ありがとう!翔くん大好きっ!」
「んんッ!?///」

早速プレゼントを交換し、公衆の面前でイチャイチャし始める翔と響。

「緒川さんッ!今年もお世話になりっぱなしで……これくらいしか返せませんが、受け取ってください!」
「ありがとうございます。翼さんからのプレゼント、大事にしますね。……では、僕からも」
「なっ!?あっ……ありがとう、ございます……」

新しいネクタイピンと髪留めを贈り合い、それぞれその場で身につける翼と緒川。

「クリスちゃん、はい、あーん」
「ん?あ、あーん……///」
「美味しい?」
「ん……悪かねぇな……」

純からの不意打ちに顔を真っ赤にするも、満更でもなさそうなクリス。

「弦十郎くん、私達もしない?」
「む?……りょ、了子くん……ほら、その……あ、あ~……」
「あ~ん……ん~♪」
「美味いか?」
「モチのロンよ~。ほらっ、弦十郎くんも。あ~ん」
「むぅ……。……あー……」

純とクリスに触発され、ここぞとばかりに弦十郎の初心な様子を楽しむ了子。

「藤尭くん、おつかれ。はい、温かいものどうぞ」
「温かいものどうも。……は~、やっぱり友里さんの珈琲は身に染みるなぁ……」
「ジジ臭いわよ~」
「ひっどいなぁ!?俺まだ30超えてないよ!?」

前日に仕込みが終わっていた料理を火にかけ、テーブルに並べ終えた功労者である藤尭を労う友里。

「未来さん、いいの?僕達まで呼んでもらって……」
「うん。弦十郎さんに許可は貰ってるから」
「うおおおおお!奏さんと一緒にクリスマスを過ごせるなんて!?マジか?マジだな!?マジなんだよな!?夢じゃねぇんだなぁぁぁ!?」
「紅介、はしゃぎ過ぎだ。あんまり騒ぐようなら、その口をマスクで塞ぐぞ!?すみません奏さん、紅介はこういうやつでして……」
「まあまあ、いいじゃないか。今夜は無礼講なんだしさ。それに、ファンに直接祝ってもらえるクリスマスってのも、悪い気はしない……ぞ?」
「ありがとうございます奏さぁぁぁん!!一生着いてきます!!」
「紅介……」
「あはは……」
「このローストビーフ、美味しい……」

未来に呼ばれてやって来た恭一郎や、奏と同じ空間でクリスマスを過ごせる事に興奮して燃え上がっている紅介。

そんな紅介に呆れる飛鳥と、一人黙々と料理に舌鼓を打つ流星。

職員達はそれぞれを見守り、微笑みながら、聖夜の男女を祝福し、自らも友人達との宴を楽しむのであった。

「あの……弦十郎さん。マリアさん達は元気にしてますか……?」
「マリアくん達か?……そうか、君は確か彼女のファンだったな」

流星の言葉に、弦十郎は彼の目を真っ直ぐに見て答えた。

「大丈夫だ。今頃、彼女達もクリスマスを祝っている頃だろうさ」



「デデデデースッ!このお肉、めちゃんこデリシャスなのデース!」
「このポテトサラダの味付けも中々……」

監房の中にて、F.I.S.の四人はクリスマス料理を堪能していた。
二課からのクリスマスプレゼントとして贈られた料理の味に、切歌と調は早速唸っていた。

「まさか、監獄の中でクリスマスを祝えるなんてね……」
「二課には感謝しないとな……。あれだけの事をやらかした俺達に、ここまでよくしてくれるなんて……」

囚われの身ではあるが、マリアやツェルトに二課を疑う気持ちはない。

先のフロンティア事変の中で、二課のシンフォギア装者達や緒川、弦十郎を通して彼らの人となりを知っているからだ。

第一、わざわざクリスマス・イブの夜に装者と職員が手ずから作った料理を届けさせるような組織が、損得を動機にする筈がない。

妹分達に倣って、マリアとツェルトも料理に手を付け始めた。

「ん~♪美味しいじゃない!」
「ッ!美味い……!安物の細切り肉とはレベルが違うな……」

貧乏な食生活を強いられていたあの頃を思い出し、二人は涙を流しつつ箸を進める。

「……ん?これは──」

ふと、ツェルトが皿の脇にナプキンと共に添えられていた封筒に気が付く。

宛名は『F.I.S.のみんなへ』、差出人の名前は……。

「ッ!マリィ!調、切歌!セレナからだ!」
「へっ!?セレナッ!?」
「本当に!?」
「何デスと!?」

ツェルトは封筒を開けると、中に入っていた手紙を開く。

手紙はクリスマスカードになっており、そこにはセレナからのメッセージが書かれていた。

『マリア姉さん、みんな、メリークリスマス!わたしは今、特異災害対策機動部二課の医療施設でリハビリを受けています。聞いてください!この前、ようやく松葉杖が無くても歩けるようになったんですよ!それから、二課の皆さんもとっても優しくて、お陰様でわたしは元気です。』

「セレナ……」

マリアの目に涙が浮かぶ。
ようやく目を覚ました妹が元気でいる。その事実だけでも嬉しいのだ。

『姉さん達の事は聞いています。風鳴司令や、日本政府の偉い人達には、感謝が尽きません。いつか、皆で暮らせる日が来る事を願いながら、この手紙を書いています。』

「ああ……きっと叶うさ……きっとな……」

ツェルトも涙を堪えつつ、手紙を読み上げ続ける。

『暁さん、これからもいつものお気楽な笑顔で、皆を照らしていてください。あなたの笑顔に、皆が元気をもらっています』

『月読さん、わたしは皆の事を一番よく見ているのは月読さんだと思います。なので、皆が落ち込んでいる時は、支えてあげてください。暁さんと、これからも仲良く過ごせる事を祈っています』

「ぐすっ……えっぐ……」
「切ちゃん……まだ泣いちゃダメだよ……」
「調の方こそ泣いてるじゃないデスかぁ……」

切歌は袖で目元を拭い、調も必死で堪えていた。

『ツェルト兄さん、皆の事を守ってあげてください。こんな事を頼めるのは、ツェルト兄さんだけです。これから先も、マリア姉さんの事をよろしくお願いします。義兄さんの事が大好きな妹との約束ですよ?』

「ちょっと!?セレナ!?」
「ははっ、これは一本取られたな……」

動揺するマリアを見て、ツェルトは微笑む。

『そして、大好きなマリア姉さんへ。わたしの為に頑張ってくれて、ありがとうございます。でも、わたしはもう大丈夫です。だから、これからはマリア姉さんの好きなように生きてください。多少の不自由はあるかもしれませんが、ツェルト義兄さんがきっと支えてくれます。いつか姉さんと、義兄さんと、三人仲良く暮らせる日を夢見ています。』

「もう……セレナったら……」

『それでは皆さん、顔を合わせる事が出来るのは年が明けてからになると思います。その時までお元気で!』

「うっ……ううっ……あ……」
「ひぐっ……う……」
「あ……うっ……ぐすっ……」

読み終えた瞬間、マリア、調、切歌の涙腺が崩壊した。

「ほらほら、泣くんじゃない……。折角のクリスマスなんだから、笑って過ごさないでどうするんだよ!」
「うう……ツェルトぉ……」

泣きじゃくるマリア達三人を優しく抱き締め、一人ずつ、その頭を撫でていくツェルト。

その心には、強い決意が灯っていた。

(セレナに頼まれたんだ……。俺が皆を守らないとな……)

泣いている暇など、自分にはない。
誰よりも先に涙を拭って、大事な家族が笑っていられるように頑張らなくては……。

「あんまり泣いてると、まだ食べてないケーキがしょっぱくなっちまうぞ?」
「うう……そうよね……。泣いてばっかりじゃ、マムも心配するわよね……」
「心配ないのデス!こうして皆でクリスマスを過ごせて……セレナも元気で……だったら、アタシ達はまだ笑っていられるデス!」
「うん……だからこれは、悲しみじゃなくて嬉しさの涙……。我慢しなくてもいいし、流し終えればまた笑えるから……」

涙を拭いて、また笑い合いながら……。
離れ離れでも、同じ空の下で、同じクリスマスを過ごしている。

失った物を取り戻した一つの家族は、約束の日を目指し、また手を取り合うのだ。



──これは、歌い奏でる少年少女達が過ごした、それぞれの聖夜の物語。 
 

 
後書き
如何だったでしょうか?
まだG編書き始めてすらいないのにここまで書いて良いのか、少し不安はあります……。
あんまり未完成の本編に差し障らないような内容にしていますが、心に響いてくれたでしょうか?

ちなみに司令と了子さん、藤尭さんと友里さんが今回のメインです。
弦了はこの後、本部の甲板から街明かりを眺めてデートの締めにしてたり、ショッピングモールのイルミネーションに照らされながら藤尭さん用に購入したマフラーを巻いてくれる友里さんがいたりします←

え?ヘタグレ?性夜に決まってるでしょ()
書きたかったけど、今から書くと間に合わないんだよなぁ……。

年内最後と言いましたが、よくよく思い出してみればクリスちゃんの誕生日が残ってましたわ!
あと1話!あと1話で年内最後です!

それでは皆さん、メリークリスマス!! 

 

月と聖夜とあなたの横顔

 
前書き
もってけダブルだッ!

というわけで、ヘタグレも追加です。文字数的に物足りなかったので、弦了もあります。

特に弦了推しの皆さん、どうぞお楽しみください! 

 
クリスマスパーティーの後、弦十郎と了子は仮設本部の甲板に出ていた。

装者達は恋人と共に、藤尭と友里を初めとした何組かのカップル職員も街へとデートに出ている。

今、二人以外で残っているのは、後片付けを申し出た職員達か、独り身か、弦十郎と了子を陰ながら見守っている見守り隊職員のいずれかである。

「デートの締めって、もしかしてここなの?」
「ああ。夜景の綺麗な場所なら、もっといい場所はあるのだろう。緒川や翔に聞くべきかとも迷ったのだが……俺はやっぱり、ここが一番だと思った」
「ふーん……理由を聞かせてもらおうかしら?」
「俺達が守っているものが、ここからなら一番よく見える。広く見下ろすのではなく、同じ視点から見渡すこの国の人々の営みだ。……君と二人でそれを見るなら、ここ以外有り得なかった」

それを聞くと了子は、納得した顔で笑った。

「そういうことね……。変に背伸びしようとしない、弦十郎くんらしい理由だわ」
「不満か?」
「いいえ……負けたわ。そんな事言われたら、ロマンチックさ感じちゃうじゃない」

そう言って了子は、弦十郎に身を寄せる。

気が付けば、空からは雪が降り始めていた。

白い月光と、色鮮やかな街明かりを反射して輝く白銀の結晶。

昼間のデートで贈られた、新品のコートに身を包んだ弦十郎が、了子のしなやかな肩をそっと抱き寄せる。

「弦十郎くん、月が綺麗ね……」

ふと、了子がそんな事を呟いた。

すると弦十郎は、首を傾げて答える。

「何を言っているんだ。お前の方が綺麗に決まってるだろう?」

「ッ!……今のは反則じゃないかしら……」
「事実を言ったまでだ。今日のお前は、一段と綺麗だよ」
「もう……柄にも無いこと言っちゃって~」

弦十郎の脇腹を小突きながら、満更でもなさそうな顔で、了子は頬を赤く染めていた。

「……なあ、了子。俺からのプレゼントも、受け取ってもらえるか?」
「弦十郎くんから?いつの間に買ったの?」
「その……前から渡そうと思っていたのだが──」

弦十郎の右手はポケットの中。そこに入っているのは、手の中に収まる程の小さな箱。

彼の口から了子に、”その言葉“が伝えられるまであと僅か……。



「翔、雪が降ってる……」

髪を乾かし終え、先にパジャマに着替えた彼女が窓の外に目を向けている。

窓の外には欠けた月と、色鮮やかに光りを放つ街、そしてそれらに照らされながら、しんしんと降り積もる白い雪が広がっていた。

「本当だ……。ホワイトクリスマスだね」
「うん……」

広がっていく雪景色に見蕩れる彼女の横顔を、翔はじっと見つめる。

ロマンチックな雰囲気に包まれ、時間は徐々にその流れを緩やかにしていく。

「月が綺麗だね」

ふと、そんな言葉が出た。

隣に立つ彼女は一瞬、呆けたような顔をして……そして、彼の腕に自分の腕を絡ませると笑った。

「わたし、死んでもいい」

その言葉に、彼は目を見開いて驚く。
目を細めながら彼の顔を見つめ、彼女は微笑みかける。

「翔、今夜は特に寒いから……」
「うん……響さんがそう言うなら」

そう言って翔は、響の身体を抱き寄せる。

響もまた、翔の背中に両腕を回した。

抱き合って、見つめあって、そして──

恋人達の白い夜は、まだ始まったばかりである。 
 

 
後書き
これにてクリスマスプレゼントの配布を終了する!いやー、我ながらいい仕事した!

さあ、次は純クリだ。名前通り、水晶のように純粋なイチャラブを書き上げてやるぜぇぇぇ!! 

 

キミが産まれた日(雪音クリス誕生祭2019)

 
前書き
遅れちゃったけどギリ完成、クリスちゃん誕生日記念回だァァァッ!!

黒井さんありがとう!貴方のアイディアのお陰で、ここまでいいものを書くことが出来ました!
どうぞお楽しみください!! 

 
もう、すっかり見慣れてしまったベッドで目を覚ます。

時刻は朝の7時半、とっくに起床時間だ。

クリスは欠伸をひとつして、身体を起こすと部屋を見回す。

いつもなら起こしてくれる筈の彼の姿を探し、ゆっくりとベッドを降りた。

「ジュンくん……?」

寝室のドアを開けると、聞こえて来たのはチン!というトースターの音。

鼻腔を擽る香りに導かれ、クリスはリビングへと足を運ぶ。

「──はい、はい。ありがとうございます……。これでよし、と」
「ん……ジュンくん……」
「ああ、クリスちゃん。おはよう」

何処かへと電話を入れていた恋人は、こちらを振り向くと、いつも通り爽やかに微笑んだ。

「おはよ……」

寝ぼけ眼で彼女は、ゆっくりと純に近付き、その背中に両腕を回した。

同棲し始めて以来、日課とかしている朝のハグ。純もスマホを仕舞うと彼女の背中に腕を回して抱き寄せ、その銀色の髪を優しく撫でる。

「今日くらいはと思って、起こさなかったんだけど……ゆっくり眠れた?」
「今日、くらいは……?」

不思議そうに首を傾げるクリス。
その反応に、純はハッとなる。

「そっか……。じゃあ、今で言ってあげないとね」

そのまま隠して、サプライズにする事も出来たのだろう。

しかし、純は敢えてその選択肢を捨てる事にした。

今朝から始まるのは特別な一日だと、自覚してもらいたかったからだ。

今日という日が何の日か、二度と彼女に忘れさせない為にも……。

「ハッピーバースデー。お誕生日おめでとう、クリスちゃん」

「え……?……あ……」

寝惚けていた意識が一気に覚醒し、クリスの顔に驚きが広がる。

「今日は12月28日、クリスちゃんの誕生日だよ。思い出してくれた?」
「そうだ……今日、あたしの誕生日なんだ……」

思い出した瞬間、彼女の瞳が潤む。

純はより一層、深く彼女を抱き締めると、そっと、耳元で優しく囁いた。

「泣くにはまだ、早過ぎるよ。ほら、朝ご飯冷めちゃうし、顔洗って来たら?」
「なっ、泣いてねぇよ……ッ……。泣いてねぇ……こんな朝っぱらから泣くやつがいるかってんだ……」
「そっか……。クリスちゃん」

顔を上げ、こちらを見上げてくる彼女を真っ直ぐに見つめて、純は微笑む。

「今日は特別な一日になる。約束するよ」
「……うん。……楽しみにしとく……」

こうしてクリスの誕生日が、幕を開けた。



「イィィィィィィィヤッフゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウ!!」

クリスの楽しげな叫び声が、晴天の空に広がる。

やって来たのは遊園地。乗っているのは絶叫マシーン代表、ジェットコースターだ。

「いや楽しいなこれ!!」
「お気に召したみたいだね」
「ああ!!もっかい乗りてぇ!!」
「なら、もう一回並ばなくちゃ。ジェットコースターはこの遊園地で一番人気のアトラクションなんだから」
「えぇ!?マジかよ~……。待つくらいなら次行こうぜ!」

いつもはクリスをエスコートする純だが、今日のクリスは思いっきりはしゃいでいる。

なので、エスコートするのではなく、彼女に引っ張られる形で遊園地を回っていた。

「次はあれにしようぜ!」
「コーヒーカップか……。あんまりはしゃいで、回し過ぎないようにね?酔ったら大変だから」
「分かってるって!ほら、行くぞ!」



数分後。コーヒーカップを降りたクリスはフラついていた。

「やべぇ……ちょっとはしゃぎ過ぎた……」
「だから言ったじゃないか……」
「おう……。次からもう回さねぇ……」

忠告されていたにも関わらず、ついついハンドルを回し過ぎてしまったクリスを、純は困ったような笑みで見つめる。

「っと!?」

その時だった。
フラついていたクリスの足が縺れる。

クリスがバランスを崩すより先に動いたのは、純の方だった。

「ッ!クリスちゃんッ!」

一瞬でクリスの二の腕を掴み、自分の方へと引き寄せる。

次の瞬間には、クリスは純の身体に寄り掛かる状態になっていた。

「大丈夫かい!?」
「へっ!?あっ、おう……大丈夫……だぞ……///」

顔を覗き込んでくる彼の顔が近い。
クリスは真っ赤になりながらも、彼を見つめ返さずにはいられなかった。

「一旦、どこかで休もうか?」
「そ、そうだな……。喉乾いたし、丁度いいんじゃねぇか?」
「じゃあ、あそこのベンチに座ろうか」

今度は純に手を引かれ、二人は暫く休憩するのだった。



その後も、二人は様々なアトラクションを楽しんだ。

「ひぃぃぃぃぃッ!?」
「クリスちゃん、大丈夫?」
「ジュンくん!!ああああたしの手を離すなよ!?絶対離さないでくれよぉぉぉぉぉ!?」
「分かってるさ。僕がクリスちゃんを置いていく訳がないだろう?」

お化け屋敷では、オバケが苦手なクリスがひたすら絶叫しながら純の腕にしがみついていた。

「どうしたの、クリスちゃん?」
「いや……ジュンくん、全然違和感ないっていうか……むしろ似合ってるなって……」
「ありがとう。クリスちゃんの方こそ、今、凄く可愛いよ」
「かっ、かわっ……!?」

メリーゴーランドでは、白馬に乗る純が人目を引く程の親和性を発揮したり。

「美ン味ぇ!!このパフェすっげぇ美味いぞジュンくん!!」
「そんなに?なら、僕も一口……と、その前に。クリスちゃん、口にクリーム付いてるよ?」
「えっ!?どっちだ!?ここか!?」
「取ってあげるから、じっとしててね」

昼食にしようと入ったレストランでは、遊園地の名物、通称「究極のパフェ」を二人で堪能したり。

最後に乗った観覧車から、沈む夕陽を眺めたり……。

二人は時間の許す限り、遊園地を思うがままに楽しんだのであった。



「それでは、ごゆっくり」
「うわぁ……すげぇ……」

夜。一旦自宅に戻り、着替えた二人がやって来たのは、窓際席からの夜景がとても綺麗な、少しお高いホテルのレストランだった。

店を紹介してくれたのは、見守り隊職員の一員。デート向きな高級店にも通じたエージェント・マーガレットこと、尾灯さんだ。

しかもドレスコード適応店舗。なので二人は今、フォーマルな服装で向かい合っている。

特にクリスが着ているイブニングドレスは、了子が前日に見繕っておいたもの。

ワインレッドのドレスは、彼女が纏うシンフォギアと同じ赤でありながらも、何処か貞淑な雰囲気を醸し出す。

「夜空と、夜景と……お洒落したクリスちゃん。うん、やっぱり画になるね。とても素敵で、綺麗だよ」
「そっ、そう言う純くんだって……その……その…………かっ……かっこいい……と思う……」

一方、純は純白と紺碧のタキシードだ。

前々から、こういう場に備えて用意していたらしく、皺一つ見当たらない。

彼の整った顔立ちと相まって、常に全身から醸し出している王子様オーラも、心做しか増幅されている。

今の彼なら、たとえ相手が歳上でも笑顔一つでコロッと墜としてしまうだろう。

そんな彼の笑顔は、自分一人だけに向けられている。
それだけでクリスの心臓は高鳴ってしまうのだ。

「ありがとう。クリスちゃんにそう言ってもらえるのが、一番嬉しいよ」

(だぁぁぁかぁぁぁらぁぁぁ!!そーいうのは反則すぎんだろっていつも言ってんじゃねぇかぁぁぁ!!)

店の中で叫ぶ訳にもいかないので、心の中に押し留める。

いや、店の中でなくとも、彼の笑顔の前には得意のツンデレは無力だ。

どう誤魔化そうとしても、本心を包み隠さず露わにしてしまう魔力が、そこには存在していた。

「失礼します。こちら、オードブルになります」
「へっ!?あっ、どうも……!」
「どうも、ありがとうございます」

突然、声を掛けてきたウエイターに驚き、肩が跳ねる。

テーブルに並べられた料理に、クリスは姿勢を正して純の方を見る。

「……ん?どうしたの?」
「え、や、その……ジュンくん、随分手馴れてるなって……」
「ううん、そんな事ないよ。こういう店、来るのは本当に久し振りなんだ」
「久し振り?」
「父さんが昔、1度か2度、仕事の関係で連れて来てくれたくらいでさ。マナーなんかも昨日、一昨日で調べただけだし……」

それで動揺もせずにここまで出来ているのだから、クリスは驚きで口を開いてしまう。

「よくそんな短期間で身に付けたな!?」
「当然だよ。だって、クリスちゃんを緊張させる訳にはいかないだろう?僕がエスコート出来るよう、最大限に備えておかなくちゃね」
「あっ、あたしの為に!?……そっか……ははっ、やっぱりジュンくんはすげぇな……」

純の王子様ムーブは、こうしてどんどん磨きがかかっていくのだろう。

クリスと再会する。その夢は叶ったが、彼の夢のゴールはそこではない。

”クリスにとっての王子様でいる為に“、彼は未だ己を磨き続けているのだ。

あらゆる分野に手を伸ばし、必要なあらゆる技を磨き、クリスの事を常に慮り、その心を叶える為に努力する。

純は今でも、夢に向かって歩いている途中なのだ。

「あたしも、頑張らねぇとな……」
「クリスちゃん?」
「なんでもねぇよ。冷める前に食べちまおうぜ!」

そして二人は、運ばれてくる料理に舌鼓を打つ。

前菜から始まり、スープ、魚料理、口直しのソルベ、肉料理と、次々に皿が運ばれてくる。

値が張る分、その味は絶品だ。

味わいながらも純は、その味を盗……もとい再現出来ないものかと思案していた。

「ジュンくん、もしかして、これ家でも作れないかって思ってたりすんのか?」
「バレてるか……。流石はクリスちゃんだね」
「まあな」

以前とは比べ物にならない程のテーブルマナーで、周りを汚す事無く綺麗に食事しながら、クリスは純の方を見つめる。

「ここの料理、確かに美味いけどよ……あたしの一番は、やっぱりジュンくんの作るモンだから……」
「クリスちゃん……」
「だから、その……。その……えっと……」

肝心な所で吃ってしまう。
クリスは心の中で、自分自身を必死に鼓舞していた。

(頑張れ……!頑張れよ、あたし!ジュンくん以外に聞かれることはねぇんだ!別にあいつら居ねぇんだし、ここは素直に言うべきだろ!?ぶちかませ!!)

息を深く吸い込んで、そして吐き出す。

何とか心を落ち着けると、クリスはその言葉を伝えた。

「だから、これからもずっと変わらない、ジュンくんの味でいてくれ!あたしが救われた味は……あたしを暖めてくれるあの味は、ジュンくんだけにしか出せないんだから!!」

「クリスちゃん……」

……自分がつい、大声を出してしまった事に気が付き、慌てて周囲を見廻す。

見れば、周りに座っている紳士淑女は、温かい視線をこちらに向けている。

勢いで立ち上がってしまったのも含めて恥ずかしくなり、席に座り直す。

彼に恥をかかせてしまったんじゃないか?

迷惑をかけたんじゃないか?

不安と共に彼の顔を見ると……

口をポカンと空けた、驚いたような表情でこちらを見つめていた。

何秒して、純はクスッと笑う。

「……ふふっ、そっか。クリスちゃんにとって、僕の料理はそんなに美味しいんだね」
「え、や、その……」
「心配しなくても、ここの店の味をそのまま再現しようってわけじゃないよ。ちょっとレパートリーを増やす参考にするだけさ。僕の味付けは、僕だけのもの……クリスちゃんにとっての世界一なんだからね」
「ッ!?……さっ……サラッと付け足すなよ……恥ずかしいじゃねぇか……」

頬を赤らめながらそっぽを向くクリスを、純は微笑みながら見つめる。

ああ、なんて可愛らしいんだろう。

素直じゃないけど。喋り方もぶっきらぼうだけど。

それでも一途で、優しくて、誰かを思いやれる。

そんな君はやっぱり、僕にとってのお姫様だよ。

……そんな微笑ましい二人を、向かいのテーブルに座るドレス姿の美女が見つめる。

胸元を飾るマーガレットのブローチに仕込んだ隠しカメラで二人の様子を撮影しながら、彼女はグラスをくゆらせた。

「爽々波の王子様と、雪の音のお姫様。二人の祝福されし道行に乾杯……なんてね」

見守り隊職員、二人にこの店を勧めた張本人である尾灯春菊はそう呟くと、一人、グラスを傾けるのだった。



夕食を終え、帰路に着く二人。
タクシーを降りてから、クリスは純に手を引かれながら、今日という一日を振り返っていた。

(楽しかったな。ジュンくんと二人っきりで、色んな事して……。何だろうな、忘れていたものを思い出せたような……とても懐かしい気分だ……)

両親を亡くし、自由を奪われ、捕らわれてから何日経ったか分からなくなって……。

以来、色んなものを忘れてしまっていた。

繋ぐ手の温かさ、心安らぐ場所。いつしか自分の産まれた日さえも……。

でも今年、色んな人達との出会いを経て、そして純との再会が切っ掛けになり、それらを思い出す事が出来た。

そして今日は大好きな人から、自分が産まれた日を精一杯、心ゆくまで祝ってもらった。

こんなに幸せな事があるだろうか?

(また、沢山貰っちまったな……)

貰った幸せの分だけ、自分も周りに感謝を返して行こう。

そして、自分も誰かに幸せをあげられる人間になろう。

クリスは心の中で、固く誓うのだった。



「う~、寒ッ!」
「正装の上から着込んでても寒かったね……。お風呂沸かさないと……」

自宅に着くと、二人は早速風呂に入る。
互いの身体を洗いあい、冷えた身体を温めると、厚手のパジャマに身を包んで髪を乾かす。

風呂から出ると、純は自室に置いていた紙袋を持って、クリスの前に立った。

「改めて、クリスちゃん。誕生日おめでとう!」
「この期に及んでプレゼントまであんのか!?」
「うん。やっぱり、渡しておきたくて……」

クリスは紙袋を受け取ると、ぎゅっと握り締める。

「あたしにとっては、今日という一日そのものが既にプレゼントみたいなもんだけど……。でも、ありがとな。開けてもいいか?」
「いいよ」

紙袋を開けると、そこに入っていたのは新品のマフラーであった。

「マフラー?でもこれ……長くないか?」
「うん。このマフラー、実は二人用なんだ」
「ッ!?それって……」
「そう。恋人マフラーって知ってるよね?二人で一枚のマフラーを共有するアレ。このマフラーは、その為のものなんだ」
「わっ!態々その為に用意したのか!?」

驚くクリスに、純は笑顔で頷く。

「そうすれば、クリスちゃんを最大限に温めてあげる事が出来るからね。それに、このマフラーは僕から君への誓いの印でもあるんだ」
「誓いの印って……」
「もう君を離さない。僕と君は切れない繋がりで結ばれているんだ……ってね」
「ッ!?///」

クリスの顔は、今日一番真っ赤に染った。

それも当然だ。臆面もなく言い切ったが、その言葉は……プロポーズも同然ではないか。

同時に、それはクリスが望んでいた言葉でもある。

同棲を始めた頃、何度も悪夢に魘されては、純に抱き締めてもらう事で確かめていた。

”あたしはもう、独りじゃない“と。

涙を必死に堪えようとして、両の瞳を潤ませながらも笑顔を向ける。

こんなに嬉しい誕生日、一生忘れてやるもんか。

「ジュンくん……ありがとう。あたし、今、世界で一番幸せだ」
「その言葉は、もっと先に取っておいた方がいいよ?」
「ああ、そうかもな……」

涙を拭い、クリスは純に抱き着く。

その胸に頬擦りすると、上目遣いに彼を見つめる。

「ジュンくん……これからも、あたしの王子様でいてくれるか?」
「そんなの、聞くまでもないだろう?クリスちゃんを世界で一番幸せにする。それが僕の夢なんだから」
「ん……。なら、あたしも……ジュンくんの事、幸せにする。ジュンくんから貰った幸せと同じ分だけ……いや、それ以上を返せるお姫様になる」
「うん。クリスちゃんからのお返し、楽しみにしてるよ」

クリスと純は、互いにじっと見つめ合い、微笑み合う。

心と心で深く繋がっている二人を、妨げられるものなど存在しない。

この先の未来も、二人で手を取り合い、支えあって進んでいく。

そんな二人を、部屋の隅に置かれた仏壇に立てられた夫婦の写真は、柔らかな微笑みを向けながら見つめていた。 
 

 
後書き
改めて、クリスちゃん。お誕生日おめでとう!!
純くんとお幸せにね!!

これにて、今年の書き納めとします。
それでは皆様、また来年お会いしましょう! 

 

愛を唄う花と雪(バレンタインデー特別編)

 
前書き
ハッピーバレンタイン!!

というわけで、とうとうこの日がやってきました!
錬糖術師の自分は、チョコの代わりに極上の糖文を皆さんへとお贈りします。ホワイトデーは3倍返しでね!←

今回はへタグレ世界から。
本編世界は、本日21時30分の投稿となりますので、まずはこちらからお楽しみください。 

 
肌寒い風が頬を撫でる。厚着に手袋、首にはマフラーまで巻いていても、染みる北風に身を震わせる。

明日は乙女の決戦日……そう、即ちバレンタインデー。
スーパーやデパート、各種洋菓子店では多種多様なチョコレートが並び、大勢の女性客が押しかけている。

ある者は友人に。ある者は同僚や先輩、後輩へ。ある者は大切な人に、日頃の感謝や愛を込めて。

そして、それ以上に多くの乙女達は……意中の相手に、胸の内の想いを伝える為に──。



「まったく……くだらない」

もふもふとしたマフラーを口元まで上げた、眠たげな目の少女はぽそりと呟く。

立花響、16歳。やさぐれた態度の彼女もまた、この聖戦に臨む乙女の一人である。

「たかが製菓会社の売上狙いで設けられたようなイベントだ。そんなものに踊らされるなんて莫迦莫迦しい……」

すれ違い、通り過ぎていくキャピキャピとした女子高生らを見ながら、溜息混じりに呟く彼女。

一見ドライな印象を受ける彼女だが、しかし本心は素直ではない薄桃色の口とは、全く異なっていた。

(翔、どんなチョコが好きなんだろ……。大きめのハート型?それとも一口サイズで沢山作ってみるとか?いや、ここはガッツリとチョコレートケーキって手も?いやでもそれはそれで重たいんじゃ……)

悶々としながらも、響の足は自然と真っ直ぐに、デパートの食品売り場、バレンタインコーナーへと向かっていた。

想いを伝える聖戦へと臨む乙女の為に、此処にはあらゆるチョコが集められている。

既製品のお得用からキャラもの、期間限定フレーバーに、ちょっと高めの高級チョコレートの詰め合わせまで。大小様々なチョコが棚に並ぶ。

無論、既製品だけではない。手作り用に販売されている、大きな湯煎チョコ各種。ブラウニーミックスにガトーショコラミックスと言った、チョコレートケーキ用のパウダー類。
ホットケーキミックスに、スポンジケーキ。タルト生地等も取り揃えられている。

(どれも美味しそう……。うーん……翔がどれを喜んでくれるにせよ、まずはチョコレートを確保しない事には何とも……)

響は目の前の棚に並んでいた、湯煎用のチョコレートへと手を伸ばす。

その隣から、同じものへと手を伸ばしている少女の手に気付かずに。

「「あっ……!」」

ぶつかる手と手。驚いて互いに手を引っ込めると、隣に立つ少女へと目を向ける。

響の隣に立っていたのは背の低い、ウェーブがかかった銀髪を腰下まで伸ばした少女だった。
頭頂部にはぴょこんと曲がった房……所謂アホ毛が揺れている。

「ご、ごめん……」
「わ、わたしの方こそ、ぼーっとしてて……ごめんなさい」

綺麗な角度で頭を下げる少女からは、気の弱そうな印象と同時に、育ちの良さが伺えた。
お嬢様育ち、とでも言うのだろうか?
貞淑で気品のある雰囲気を感じながら、響はそう考えていた。

「わたしも考え事してたから……。あ、先に取ってもいいよ」
「っ!ありがとう……」

そう言って、少女は湯煎チョコを手に取り、買い物かごへと入れた。
響も自分の分を取って……少女の買い物かごの中身を一瞥する。

かごの中には、今手にしたばかりの湯煎チョコ、薄力粉、卵のパック、生クリーム、グラニュー糖……。どうやらガトーショコラを作ろうとしているようだ。

(ガトーショコラか……。二人で食べるには丁度いいかも……)

「じゃ、わたしはこれで」

響はそう言うとレジの方へと足を向け、少女と別れた。

歩きながら、チョコレートケーキの材料をスマホで調べる。
卵も薄力粉も、確か家にあったはずだ。足りない材料はなんだったか……。

ふと、響は何かを思い出したように足を止める。

「そういや弓美達、皆で集まってチョコ作る……とか言ってたっけ」

響は弓美の番号に電話する。コール音が二回ほど鳴ったタイミングで、彼女は通話に出た。

『もしもし響?』
「弓美、確か今日、詩織の家に集まってるんだっけ?」
『そうだけど……あ!もしかして、来る気になったとか?』
「べっ!別に気が変わったとか、そういうわけじゃなくて!ただ、その……わ、わたしが食べたいだけだから!」
『はいはい、お約束のツンデレご馳走様』

呆れたような、それでいて面白がっているような声で、弓美は響のツンデレを軽くあしらう。

『それで、材料は?』
「チョコは買った。ガトーショコラにしたくてさ。薄力粉とか卵はそっちにもあるよね?」
『へー、響もガトーショコラかぁ』
「ん?わたしもって、どういうこと?」
『実は、お菓子作りを教えに来てくれる先輩も、ガトーショコラ焼くんだって。あたしらは普通のチョコレートとクッキーなんだけど、折角だから教えてもらおうかと思ってるんだけど……』

丁度いいタイミングだった。
作ろうと決めはしたものの、お菓子作りなど初めての挑戦だ。
教えてもらえるのであれば、不安がることはない。

響はその話に乗っかる事にした。

「じゃあ、今からそっち向かうから」
『オッケー。先輩もまだ来てないし、まだ余裕で間に合うと思うよ~』
「わかった。じゃあ、後で」



「──それにしても、まさかビッキーが来てくれるなんてね」
「あんなに『くっだらない』って言ってたクセに~」

詩織の家に集まった弓美と創世に、響は案の定弄られていた。
エプロンを着ながら、響はそっぽを向く。

「べっ、別にいいじゃん……。ちょっとガトーショコラ食べたいかもな~って思っただけだし……」
「翔さんの好物なんですか?」
「いや、別にそういうわけじゃ……って、ちょっと!何でそこで翔の名前が出て来るのよ!」

詩織にまで誘導尋問で弄られながら、響は時計を見る。

「それで、その先輩ってのはいつ来るの?」
「もうそろそろ来てもいいと思うんだけど……」

ちょうどその時、玄関のチャイムが鳴る。

「お、噂をすれば……ですわね」

詩織が玄関へと向かう。

「ごめん……。家に、忘れ物しちゃって、戻ったら、遅れちゃった」
「大丈夫ですよ。皆集まったところですし……そうそう、実は友達がもう一人来て──」

玄関からやって来たその人物に、響は目を見開いた。

「あ……あんたは!!」
「え?……ああ!さっき、デパートで会った……」
「え?なになに?ビッキー、きねクリ先輩の知り合いなの!?」

そこに居たのはつい先程、チョコレート売り場で出会った銀髪の少女であった。



「じゃあ、改めて。わたしは、雪音クリス。クリスでいい。よろしく」
「わたしは立花響。よろしく……」
「立花さんの事は、詩織ちゃん達から、よく聞いてるよ」
「へぇ……そうなんだ……」

(歳下だと思ってたんだけど……まさかリディアンの二年生、わたし達の先輩とは……)

響はクリスの姿を、頭のアホ毛から爪先の先までじっくりと凝視する。

「そ、そんなに、じっくり見ないで……。恥ずかしい、から……」
「ん?ああ、ごめん……」

クリスから視線を外すと、弓美がニヤニヤと笑っていた。

「なにニヤニヤしてんのよ」
「いや~、初めて会った子は皆、アンタと同じ反応するから可笑しくってw」
「弓美ちゃんは、ガトーショコラ、要らないって事で、いいんだね?」
「ええっ!?クリス先輩、そりゃないですよ~!」
「わたしの身長の話は、もっと()()にしてよね」

ふふん、と鼻を鳴らすクリス。
しかし響はあまりにも唐突なそれに、一瞬固まっていた。

「……えーっと、今のは……?」
「あー、今のは『身長』と『慎重』を掛けたダジャレでね~」
「もうっ!創世ちゃん、解説しないでって、言ってるじゃん!」
「ね?クリス先輩、面白い人でしょ?」
「うーん……うん?」
「さあ!自己紹介も終わりましたし、そろそろ始めませんか?」

人数は一人多いものの、気づけば響の周囲は、いつものリディアンと変わらない空気になっていた。

友人達が笑い合い、その輪の中に自分がいる。それは、これまでずっと遠ざけ続けていた世界で、今となっては彼女にとっての尊い日常の一部なのだ。

こうして乙女五人による、賑やかなお菓子作りが始まった。



クッキーの型抜きを早々に終え、焼き上がるまでの間にガトーショコラを作ってしまおう。

クリスからの提案で、響達はチョコを刻んでいた。

なるべく細かく刻んだ方が、湯煎した時に溶けやすくなる。四人は美味しいガトーショコラの完成図を思い描きながら、それぞれチョコをボウルへと移していった。
ちなみにボウルの数は三つ。それぞれクリス、響、そして皆で食べるもので三つ分だ。

「そーいやクリス先輩、このガトーショコラって彼にあげるんですよね?」
「うん。純の、大好物なの……生チョコ風ガトーショコラ」
「へぇ、爽々波くんって甘党なんだ~」
「爽々波くん?」

首を傾げる響に、創世が答える。

「そうそう、爽々波くん。きねクリ先輩の彼氏、アイオニアンの一年生なんだって」
「スポーツ万能、成績優秀。眉目秀麗で、その上性格も申し分無し。『アイオニアンのプリンス』と呼ばれている、リディアンでも噂の美男子ですわ」
「そう。純は、わたしが困った時は、絶対に助けに来てくれて……私が泣いてる時は、笑顔をくれる。優しくて、かっこよくて、でもちょっと危なっかしくて……だけど、どんな時でも、わたしを想ってくれている。わたしの、最高の王子様なんだ」

自慢げに語るクリス。響は彼女が心の底から恋人を想っているのだと知り、心の中でごちそうさま、と呟いた。

「アイオニアン……って事は、翔と同じか……」
「もしかして、立花さんの彼氏さんも、アイオニアンにいるの?」
「まあね……」

この流れは、翔とのあれこれを洗いざらい喋らされる展開だと察し、素っ気なく流そうとする響。

しかし、そうは問屋が卸さない。
弓美がすかさず話題を掘り起こす。

「クリス先輩!響の彼氏はね~、あの風鳴翼さんの弟なんですよ!」
「えっ!?あの翼先輩の!?」
「ちょっ、ちょっと弓美!」
「しかもゾッコンでさ~。人目が合ってもイチャイチャしてるもんね、ビッキーとザナリん」
「創世も!余計な事言わないでよ……」
「最近、翔さんとはどうなんですか?気になります!」
「詩織まで……」

四面楚歌に追い込まれ、歳上であるクリスに助けを求める視線を送る響。
しかし、クリスからの答えは……。

「わたしも、聞きたい。……お菓子には、食べて欲しい人への、気持ちが現れる。大好きな人の、話をしながら作れば、きっと美味しく仕上がるから……」

響の期待しているものとは、真逆の答えであった。

「うう、クリス先輩まで……」
「ちょこっとくらい、いいでしょ?チョコが溶けきるまでに」
「あーもうッ!わかったから!そんなに催促するなぁ! 」
「最速で催促」
「その意味不明な駄洒落はどこから湧いてくるの……」

こうして響は、チョコが溶けるまで……いや、溶けたチョコにバターと生クリームを混ぜるまでは、翔との思い出を語った。

一方、クリスも溶き卵と薄力粉を投入しながら、恋人である純とのあれこれを語ってきた為、未だ独り身の創世、弓美、詩織の口の中は、まだ味見もしていないのにほんのり甘かったという。

そしてクッキーが完成し、ガトーショコラを焼き始める頃には……

「──でね、純ったら、私が戻った来た時には、『支払いなら済ませておいたぜ』って。喋り方は、荒っぽいけど、根っこは、紳士なんだから」
「わたしの翔だって、冬になってからいつも食器洗ってくれてるし……。『響さんの綺麗な手を、あかぎれだらけにはしたくないからね』って」
「なにそれ……ちょっと羨ましい……。ゴム手袋、買うのが勿体なく、思えてきちゃう」

完成したクッキーを袋詰めし、余った分をお茶請けにしながら、響とクリスは互いの恋人を惚気合っていた。

「どうしよ……ガトーショコラ食べられるかなぁ……」
「惚気で口の中が甘い、なんてアニメじゃないんだから~」
「立花さん、楽しそうですわね」
「きねクリ先輩も、いい顔してるな~」
「あたしも彼氏ほーしーいー!」
「弓美の理想の彼氏って?」
「やっぱり同じアニメ好きがいいな!創世と詩織は?」
「ん~、わたしは──」
「そうですわね……。わたしとしては──」

その様子を見て、創世達はまだ見ぬ理想の恋人へと、思いを馳せるのだった。



「今日は……ありがと」
「いえいえ、わたしも楽しかったです」
「明日はファイトだよ、ビッキー!」
「今度、結果聞かせてよね?」
「だが断る」
「即答ッ!?」

太陽が西に傾く頃、響は友人達と別れ、帰路に着いていた。
創世、弓美、詩織は学生寮で生活している為、帰り道は響一人だ。

……いや、響一人という訳でもない。クリスも一緒だ。
二人とも、リディアンの学生寮ではなく、響は翔とひとつ屋根の下。クリスは実家からの通学なのだ。

「立花さん」
「ん?なに、クリス先輩」

夕陽の下を共に歩きながら、響はクリスの方を振り向く。

「確か、『いつも先に照れさせられるのは自分の方』って、言ってたよね?」
「うん……。たまには翔が先に照れる瞬間が見たいんだけど……」
「だったら、自分の気持ちに、素直になるべきだと思う」
「……へっ!?」

核心を突いたアドバイスに、思わず飛び退く響。

クリスは響の反応を見ながらも、そのままアドバイスを続ける。

「会話してて、気付いたんだけど、立花さん、全然自分に、素直じゃない。そんなだと、すぐに、突き崩されちゃう」
「それは……その……」
「難しいのは、分かってる。でも、それで好きな人の、普段見れない顔が見れるなら、安い。そう思わない?」

そんなの、決まっている。

「翔くんの照れる顔、見たくない?」
「……見たい」

今まで、彼の赤面を見た事など、殆ど無かった気がする。

普段の彼は気弱な……所謂ヘタレの部類の筈だ。
だが、彼がヘタレの仮面の下に隠したもう一つの側面……。加虐的(サデスティック)な笑みを浮かべた、『ご主人様』としての顔ばかりがチラつくのは何故なのか。

その理由は明白だ。
素直になれないわたし自身が、彼の加虐心を煽り、彼の内なる扉を開いてしまったからだ。

これまでは、彼にこじ開けられてしまった被虐心で、彼に応えてきた。
わたし自身、それは嫌でもなかったし、むしろ悦んで受け容れていたものだ。

本心を隠せば、彼が暴いてくれる。
甘い言葉と、意地の悪い表情と、抗い難い手つきで、わたしの本能を目覚めさせてくる。

でも、今回はその誘惑を断ち切らないといけない。
素直な自分で、理性を持った私自身で。
純真に笑う彼の照れ顔を、この目で見たい!

「クリス先輩、わたし頑張る。素直じゃない自分に、打ち克ってみせる!」
「うん、その調子。わたしも、頑張る」
「じゃあ、バレンタイン終わったら……」
「その時はまた、お茶しようね」

二人は向かい合うと、互いに激励のハイタッチを交わす。

やがて陽は落ち、夜は更け、そして次の朝陽が昇る。

いよいよ、その日がやってきた──。



「翔!」

夕食の後、食器を流し台に置いていた翔が振り返る。

「どうしたの、響さん?」

響は、冷蔵庫の奥に仕舞っておいた箱を背中に隠しながら、ゆっくりと息を整える。

「今日、さ……バレンタインでしょ……?」
「うん。そうだね」

分かっている顔だ。表情には出していないものの、この後の展開を先読みしているのは間違いない。

だが、今回の彼女は違う。

背中に隠していたケーキ箱を両手で持ち、そして翔の顔を真っ直ぐに見つめる。

ひとつ、すぅ……と息を吸い込むと、翔よりも先に言葉を紡いだ。

「翔、ハッピーバレンタイン!!」
「……へ?」
「これ、ガトーショコラ!翔と二人で食べたくて作ったんだけど……その……初めてだから、美味しく出来てるか分かんないけど、でも弓美達と皆で作ったから!だから、えっと……食べてくれる……よね?」






……数秒の沈黙がキッチンを支配する。

少しの不安に駆られ、響はつい瞑ってしまっていた目を開く。

すると、そこには……。

「へっ……?あっ……その……ひ、響さんが……作ってくれたものなら、僕は……その……たっ、たとえ失敗作でも全部食べるから!!」

望んでいたものが、目の前にあった。



「……純」
「ん? どうした、クリス」

贈られたガトーショコラを口にしながら、モジモジと落ち着かないクリスを見る。

頬を薄く染め、上目遣いでこちらを窺う様は大変愛らしい。

(くっ、今日も可愛さが吹き荒れてやがる……)

「あの………あの、ね」
「おう」
「パパとママには、今日……遅くなる……って、言ってあるの……」
「は?」
「だから……その……もう一つ……プレゼント……いる?」

小さい声───だが、はっきりと、クリスの声は純の耳に届いた。

顔は真っ赤で、瞳は波打っているが……視線は真っ直ぐに純を捉え、離さない。

勇気を振り絞った乙女に対して、少年は─────。 
 

 
後書き
純クリのラストシーンを提案してくださったサワグチさん、どうもありがとうございます!

さて、平行世界の純クリは如何でしたか?
何気に初登場だったのは、リディアンのズッ友トリオもでしたね。
イベントになる度、ちびちびと供給されるif世界線。次の供給はいつになるんでしょうねぇ。
あと、何気に久し振り……どころか初めてな錯覚さえ覚えるヘタレなへタ翔くん。加虐心煽らなければこれくらいはヘタレです←

それでは皆さん、ハッピーバレンタイン!!

if純くんの性格について:OUJI力を磨いている点は変わらないのでやはりイケメン。
クリスと引き離された8年間を経験しておらず、クリスがすぐ隣で気弱なまま育ったので「自分がクリスを守らなくては」と思うようになり、「強くて優しい王子様」を目指すようになった。

本編が“柔”のスタンスであるのに対して、こちらは“剛”の王子。 

 

装者達のバレンタインデー

 
前書き
改めまして、ハッピーバレンタイン!!

さて、今度は皆さんお待ちかねの本編世界!
翔ひび、おがつば、純クリ、弦了、藤友の5組でお届けいたします。

また、今回は諸事情から恭みくとかな紅はカットとなってしまいました。
F.I.S.組共々、来年のバレンタインにご期待ください。

それでは読者の皆様方、ブラック珈琲片手にご覧下さい!! 

 
肌寒い風が頬を撫でる。厚着に手袋、首にはマフラーまで巻いていても、染みる北風に身を震わせる。

明日は乙女の決戦日……そう、即ちバレンタインデー。
スーパーやデパート、各種洋菓子店では多種多様なチョコレートが並び、大勢の女性客が押しかけている。

ある者は友人に。ある者は同僚や先輩、後輩へ。ある者は大切な人に、日頃の感謝や愛を込めて。

そして、それ以上に多くの乙女達は……意中の相手に、胸の内の想いを伝える為に──。



「うう、緊張するなぁ……」

響はチョコレートの入った紙袋を手に呟く。

「な~に言ってんだよ!昨日、あんだけ頑張ったんだ。心配する事なんて一つもねぇよ!」
「そうだぞ立花。お前の真心、込めた想いは必ず翔に伝わるはずだ。私が保証する」

クリスは響の肩を叩き、翼は反対側の肩に手を置いた。

「そこは信じているんですけど、でも、やっぱり恥ずかしいよぉ……。あげる側なんて初めてだもん……」
「それを言ったらわたしだって……男の人にチョコを渡すの、初めてだもん」

そう言ってはにかむのは、毎年響にチョコを渡し続けてきた未来だ。

そもそも装者の中に、バレンタインデーに異性へチョコを作って渡した経験のある者は見事に一人もいない。

一見余裕に見える翼やクリスも、内心では身悶えしそうな程の羞恥心を抑えている。

「うんうん、青春してるわね~」
「私達も味見してるし、きっと大丈夫よ。後は渡して、食べてもらうだけなんだから、肩の力は抜いた方がいいわ」
「そうそう。こっちがガチガチだと、渡す相手も気にしちまうだろ?リラックスだぞ」

集まっているのは少女達だけではない。
了子、友里、そして奏の三人も、それぞれの渡したい相手へと贈る菓子の包みを手に、乙女の輪へと加わる。

「休憩時間まで、あと五分。ベストを尽くしましょっ!」
「ほら、響」
「皆……よーし!へいき、へっちゃら!」

親友や仲間達、頼りになる大人達に励まされ、響は強く頷いた。

そして、乙女達は円陣を組む。
放つ熱気はオーラとなり、彼女達を包み込んでいるように見える。

「最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に!!」
『胸の想いを届ける為にッ!!』

今、聖戦は幕を開けた!



「はぁ~……疲れた……」

休憩時間となり、机に突っ伏す藤尭。
例のごとくボヤきながら、目線を移した先はカレンダーだ。

今日は2月の14日。特異災害対策機動部二課の署内でも、浮き足立っている職員がちらほらと見受けられる。

言うまでもなく、署内でもこの日になると毎年、女性職員らがチョコを用意する。
主に了子が、高級店のお高いやつを買って来ては、ホワイトデーに3倍返しを要求するのが恒例行事だ。

無論、3倍返しなど冗談なのであるが……正直、彼女が言うと冗談に聞こえないのが困りものである。
というか約1名、律儀に毎年3倍返しにしているOTONAがいるのだが……。

さて、当の藤尭本人はと言うと、去年までは義理しか貰ってこなかった人間である。

いや、義理でも貰えるだけ有難いのだが、亭主関白志向の持ち主でありながら未だ一度も女性と付き合ったことのない彼にとって、本命を貰える男達は嫉妬と羨望の対象であった。

──そう、去年までは。

「朔也くん、あったかいものどうぞ」

目の前に置かれた、湯気を立てるマグカップ。
机から身体を起こし、彼女へと顔を向ける。

「あったかいものどうも」

マグカップを手に取ろうとする藤尭。
そこへ一品の、小皿に乗った菓子が置かれた。

真っ白な生クリームを固めたアイスに、小さく刻まれた苺が鮮やかな赤を放ち、添えられている。
上からは飴色のキャラメルソースがかけられており、藤尭の鼻腔を甘い香りが擽った。

「それから、甘い物もどうぞ」
「甘い物どうも……って、あおいさん!?これ、まさか!?」

友里の意図に気付き、藤尭は目を輝かせる。

「当然、本命よ。朔也くん、お返しは毎年手作りだったでしょ?お菓子作りなら、多分朔也くんの方が上手いと思うし、口に合うかは分からないけど……」
「そんな事ないよ!人生初の本命……明日は槍でも降るかもしれない」
「もう、大袈裟ね~」

ひとしきり笑うと、藤尭はアイスに手を付けようとして……ふと、首を傾げた。

「ところで、チョコじゃなくてアイスなのはどういう意図が?」
「ん?それは……宿題って事にしておくわ」
「宿題!?」
「そう。バレンタインデーは、別にチョコレートだけを贈る日ってわけじゃないのよ。じゃ、そういう事で」
「えっ!?ちょっと!?あおいさん?」

そう言って友里は、藤尭の席を離れる。
取り残された藤尭は、友里の背中を見送ると、アイスを掬って口に含んだ。

「……ん、美味い」

凍った生クリームが口の中でとろけていく。
舌先でその感触を味わいながら、藤尭は友里の言葉の意味を考えた。

「そういや、ホワイトデーのお返しにも意味があったよな?……あれがバレンタインデーでも共通だとすると……。そういや、キャラメルにも意味があったような……。そして苺……」

二課随一の情報処理能力を誇る藤尭の頭脳がその答えを導き出すまでに、そう時間はかからなかった。

「キャラメル……苺……ッ!?えっ!って事はつまり……あおいさん……それはズルいって……」



そして、司令室の外の廊下では……。

「……ふう……意外と、緊張するわね……」

頬がほんのりと朱に染まった、友里の姿があったとか。



「翔くんっ!ハッピーバレンタイン!!」
「ジュンくんっ!これ、受け取ってくれッ!!」

響、クリスの二人は、トレーニング上がりの二人に、綺麗にラッピングしたそれを渡した。

「響……」
「なに、翔くん?」

響は息を呑みながら、次の言葉を待った。

「……ありがとう。響からの手作りチョコ、すっげぇ嬉しい」
「ふっふーん、わたしの自信作なんだから~!」
「それにしても、デカいな……。響らしい、真っ直ぐな気持ちを感じるぞ。この形にするのも、頑張ったんだって伝わって来る」
「そっ、そこまでハッキリ言葉にされると……流石にちょっと恥ずかしいかなぁ……」

そう言って翔は、響の頭を優しく撫でる。
柔らかな笑顔と共に頭を撫でてくる彼。響は真っ赤になって目を伏せる。
そんな響を可愛らしい、と心の中で讃えつつ、翔は彼女の頭を撫で続けていた。

「ありがとう、クリスちゃん。1個ずつ、味わって食べるね」
「お、おう……。べっ、別に感想とかいいからな!?味が悪くても文句言うなよ!」
「うん。じゃあ、美味しかったって気持ちは、後でしっかり言葉にして伝える事にするよ」
「ぐっ……。ったく……やっぱりジュンくんには敵わねぇな……」

一方のクリスも、響とほぼ同じ状態になっていた。
理想の王子の前では、得意のツンデレも全てが不発に終わってしまう。
故にこの銃弾の姫君も、その顔を赤一色に染めてモジモジとするしかないのである。

「そうだ、折角だからお茶にしない?翔と立花さんも一緒に、ね?」

ふと、純が思い付いたように提案する。
翔の答えは、迷うまでもない。

「そうだな。純の淹れるお茶なら、チョコにも合うだろうし。響それでいいよな?」
「うん……わたしも、賛成」
「じゃあ、クリスちゃん。食堂まで行こうか」
「ッ!?」

クリスの目の前に差し伸べられる手。
それは、お姫様をエスコートする時の王子様の手だ。

「こういうのなら、外でやってもいいだろう?」
「……ったく、しょーがねぇな……」

ぶっきらぼうに返しながらも、しっかりとその手を握る。
手を繋いで食堂へと歩いて行く二人の後を追うように、翔と響も歩き出す。

(目の前で味わいながら感想まで言われたら……。うう、恥ずかしくて顔が燃えちゃいそう……)

「そういや、奏さんと小日向は?」
「え?あ~……未来なら、恭一郎くんに温かいもの渡しに行ってるよ。奏さんはさっき、紅介くんを担いで医務室に走ってたなぁ」
「おいおい、またかよ?」
「うん。なんか、『推しからチョコ貰えたッ!』て叫んだと思ったら倒れたんだって」
「推しから貰えるなら義理でも何でも喜ぶからな~、あいつ」

この後、食堂の一角では二組のカップルがこれでもかと言うほど桃色空間を展開していたという。



「弦十郎くん、はいこれ」
「おお、もうそんな季節か!」

了子からチョコを受け取る弦十郎。
二人の薬指には、銀色に輝く指輪が嵌められている。

そう。二人は今、婚約しているのだ。
フロンティア事変以降、激務に次ぐ激務で当分の間は挙式出来ないが、それでも二人の関係は確実に進展していた。

「ほう、チョコマカロンか。しかし、了子くんから手作りを貰えるとは。てっきり、いつもの洋菓子店の新作かと思っていたんだが、これは一本取られたな」
「いくらお高いとはいえ、そろそろ既製品も飽きて来た頃かな~って思ったのよ。それに私達、もう婚約者よ?流石に私のプライドが許さないわ」
「フッ、君らしい理由だ。早速、食べてしまっても構わないだろうか?」

ええ、勿論。そう言おうとした了子の視界の隅に、彼女は映りこんだ。

「……その前にあの子達、ちょっと気にならない?」
「む?」

弦十郎は了子の指さす先を振り向く。
そこに居たのは……仕事帰りの緒川と、駆け寄る翼であった。



「緒川さんッ!」
「おや、翼さん。どうしました?」
「そ、その……お、お勤めご苦労様です!」

緒川にチョコを渡そうとしていた翼の心臓は、既に早鐘を打つようにバクバクと高鳴っていた。

(おおおおお落ち着け!そうだ、落ち着くのだ風鳴翼ッ!常在戦場ッ!常に戦場に身を置く者として、この程度の事に緊張など……!)

深呼吸と共に、高鳴る心臓を押さえ付ける。
息を整え、改めて緒川の顔を真っ直ぐに見据えた。

「緒川さん……その、こちらを……受け取って……くだちゃいッ!」

……噛んだ。

大事な所で噛んでしまった。

その事実だけで、翼のダメージは大きかった。

「心外千万ッ!」
「翼さん?翼さん!?」

廊下に座り込み、翼はガックリと項垂れる。

「こんな所で噛んでしまうなど……不覚ッ!」
「翼さん……大丈夫ですか?」
「も……もう一回!もう一回言い直させてくださいッ!」

(何だか、懐かしいなぁ……)

緒川は幼少期の翼を思い出していた。

その頃から翼は負けず嫌いで、緒川との将棋や七並べ、ババ抜きなどで負ける度に、同じ事を言っていたのだ。

『もーいっかい!もーいっかいやるの!』と、泣きそうになりながら。

(あの頃に比べると、翼さんも逞しくなりましたが……)

「受け取ってくでゃしゃ……受け取ってくりゃさッ……受け取って……にゃあああああッ!!」

(やっぱり、こういう所は変わっていませんね)

言い直す度に同じ所で噛み、遂に翼は頭を抱えて絶叫した。

「うぐっ……ひっく……」
「翼さん、無理しなくても……」

流石にいたたまれなくなり、緒川は泣き出しそうな翼の涙を拭こうと、ハンカチを取り出そうとする。

しかし翼はその手を遮り、袖で涙を拭うと宣言した。

「いえ……私は、今年こそは……自分の手で渡すと……決めたのです……。だから……だからッ!!」

翼は顔を上げると、緒川の目を真っ直ぐに見つめる。

緒川は胸ポケットにハンカチを仕舞い直し、改めて翼と向き合う。
情けは無用だと彼女は言った。ならば、彼女の決意には相応の態度で応えなければならない。
緒川は黙って、彼女からの言葉を待った。

(立花が言っていた……。最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線にッ!風鳴翼、お前も乙女であると言うのならッ、胸の想いを貫き通せッ!)

もう一度息を深く吸い込み、呼吸を整え、そして……

()()()()ッ!わたしの気持ち、どうか受け取ってくださいッ!!」

防人としてではなく、歌女としてでもなく。ただ一人の少女としての”風鳴翼“が、緒川慎次という名の想い人へと届ける想い。

それは彼女の口が紡いだ言葉で。月下美人のような麗しさを湛えた顔が織り成す表情で。

大空を映すような瑠璃色の瞳で。白磁から桜色に染まった頬で。

全身全霊その全てで伝える心が今、緒川へと伝わった。

「はい、確かに受け取りました」

翼から菓子の包みを受け取ると、緒川は彼女へ向けて優しく微笑んだ。

「後で美味しく戴きますね」
「ッ!その……今、では……ダメ、ですか?」

包みを懐に仕舞おうとして、緒川は手を止める。

翼が言わんとする事を察すると、緒川は包みを丁寧に開き、中から小さな箱に詰められたボンボンショコラを一つ、指でつまんだ。

「いただきます」

一口サイズのショコラは、一瞬で指から口の中へと消えた。

「……美味しいです。ビターチョコと生クリームが、程よく口の中に広がりますね」
「よかった……。お菓子作りなんて、初めてでしたから……慎次さんに喜んでもらえて、嬉しいです」

口元を綻ばせて笑う緒川に、連られて翼も微笑む。

「それから慎次さん。実は、もう一つ頼みがあるのですが……」

声を潜める翼に、緒川は何かを察したように頷いた。

「今年も、ですね。分かっていますよ」

調理場として使われた食堂の冷蔵庫。その中にもう一人分、『お父様へ』と書かれたメッセージカードが貼られた紙袋が仕舞われている事を知るのは、一部の関係者のみである。



「そうか……。今年は手作りなのか」

そう言って男は緒川からその袋を受け取り、中の菓子を取り出す。

「翼が手作りのチョコを贈って来るなど、初めてだな。何か心境の変化でもあったのか?慎次、その辺りどうなんだ?」

一瞬、鋭い視線と共に眼鏡のレンズが遮光で真っ白に染まる。

緒川はいつも通りの微笑みを崩さず、話題を逸らす方向でそれに答えた。

「そうかもしれませんね。お小遣いで買ったチョコレートを、綺麗に包んでいたあの頃が懐かしいです」
「ああ。だが、今回はあの頃とはまた違った微笑ましさがある。翔からの受け売りだが、こんな父親でもまだ、マシュマロではなくチョコを貰えるとは……有難い事だな……」

男の名は風鳴八紘(やつひろ)。内閣情報官であり、翼と翔の父親だ。

八紘は書斎の机に座ると、メッセージカードを引き出しにそっと仕舞う。
その中には何枚ものメッセージカードが、大切そうに仕舞われていた。
既に古びてしまったものから、つい去年のものまで。ひらがなで書かれた『おとうさまへ』の文字は、段々漢字が使われるようになり、書体も達筆になっている。

「今年も、返事はお書きにならないのですか?」

緒川からの問いに、八紘は静かに答える。

「書いた所で、翼の心に届くかどうか……」
「……そうですか」

そう、一言だけ呟いて、緒川は口を閉じる。

彼は知っているのだ。八紘が翼からの手紙を仕舞っている隣の引き出しには同じ数だけ、出せず仕舞いになった葉書が積み重ねられている事を。

だが、口出しする事など出来ない。
これは親子の問題なのだ。部外者の自分が口を出すべきものではないのだから。

自分に出来るのは、ただ黙って見守る事だけだ。
この不器用な父と娘の関係が、少しでも良くなる日が来る事を願って……。

「ふむ……美味いな」
「お茶、淹れましょうか?」
「そうだな。慎次も座ってくれ。これからの話をしよう」
「……何の事ですか?」

一瞬固まる緒川を、八紘は真っ直ぐに見据える。

「父親である私が気付かないと思ったのか?まったく……」

呆れたような、それでいて何処か納得しているような……。
八紘の表情から、逃げられない事を悟った緒川は、彼の向かいに腰掛ける。

「それで……翼とはいつからそういう関係なんだね?聞かせてもらおうじゃないか」

緒川が席に着いた瞬間、圧迫感全開のオーラを放つ八紘。
流石の緒川の背筋にも、冷たいものが走る。

(これは……覚悟を決めないといけませんね)

この後、彼と八紘の間でどんな会話があったのか……。
それを知る者は、誰も居ない。 
 

 
後書き
如何でしたか?
藤友の本格供給はこれが初でしたね。言うまでもありませんがこの二人、クリスマスを期に付き合い始めてます。
多分この後、仕事終わったら友里さんの部屋で残ってるスイーツを二人で片付けているかもしれませんね。

そして……父と娘のバレンタインまでは予想外だったって?
いやー、某おがつばの伝道師である神絵師さんの新作見たら思い付きましてね。
八紘さん、何気に初登場か……。らしく書けてるといいなぁ。

これでやっと安心してイベントに専念できる!
それではまた次回を、お楽しみに! 

 

君への贈り物(ホワイトデー記念回)

 
前書き
遅刻してしまった上、船を漕ぎかけていましたが何とか仕上げました。
翔ひびのホワイトデーです!どうぞ! 

 
特異災害対策機動部二課、仮設本部内の一角。
3月14日の浮ついた空気が漂う中、一組の少年少女が向かい合っていた。

「響、これを……」

そう言って翔は響に、黄色いリボンでラッピングした袋を手渡す。
中には朝から丹精込めて作って来たチョコレート菓子が詰められていた。

「バレンタインのお返しだ。受け取ってくれるか?」
「わぁ!ちっちゃいカップケーキが沢山!そっかー、だから今朝は一人で純くんの家に行ってたんだ~」
「折角のホワイトデー、本当は少しでも長く響と過ごしたかったんだけど……やっぱり、沢山食べる響の顔が見たくてな。この後、一緒に食べないか?」
「うん!食べる食べる!翔くんありがとうッ!」

太陽のように明るく、花が開くような笑みを顔いっぱいに広げて、響は翔に抱き着いた。

響の背中に腕を回し、翔は微笑む。

「それからもう一つ」

そう言って翔は、もう一つの袋を取り出す。
カップケーキのものよりも大きく、両腕で抱えられる程の大きさだ。

「これ……ショッピングモールにある、ぬいぐるみ屋さんの?」
「うん。響、ベッドにぬいぐるみ置いてるだろ?その中に、こいつも加えてやって欲しくてさ……」

未来との学生寮生活の頃から、響の寝床には幾つかのぬいぐるみが置かれているのだ。
ぬいぐるみそのものも、それを抱える響の姿も可愛らしいので、翔もそれらをベッドに置かせていた。

その中に一つ、加えて欲しい。翔はそう言った。
響は期待を胸に袋を開いた。

「これは……青いヒヨコさん?」
「響のぬいぐるみ、ヒヨコが多かったからさ……。好きなのかな、って」

翔は枕元に置かれていた、頭に白いリボンが付いたヒヨコを思い出しながらそう呟いた。



我ながら、馬鹿だとは思う。まさか小日向に……響の親友、それも女の子に嫉妬するだなんて。

でも、どうしても羨ましかったんだ。

それが女子特有の距離の近さなのか、それとも響と小日向が特別なのかは分からない。

だとしても、俺は……。

「ありがとう翔くん!大事にするね!」
「ああ。そうしてくれると、俺も嬉しいよ」

きっと素直な君は、言葉通りの意味にしか捉えていないんだろう。
でも、それでいい。こんな俺の欲張りな面なんて、君は知らなくてもいい。君を独り占めしたい……なんて、俺らしくもないじゃないか。

でも、もしも君に知られてしまったのなら……。

もしくは、こんな俺を剥き出しにしてしまう日が来てしまったら……。

その時、君は俺を受け容れてくれるだろうか?

「ふっふーん♪じゃあ、この子を早く新しい友達に合わせてあげる為にも、早く帰ろっか!カップケーキも食べたいし!」
「おかわり、まだ箱に詰めてもらってるから、遠慮せずに食べていいぞ」
「いいの!?じゃあ、わたしはホットミルク用意するね!」

二人並んで歩き出すと、響は彼と腕を組む。
付き合い初めて一年が近い。この距離感、この感触にも慣れたものだ。
未だに少し、心拍数が上がってしまう点は変わらないが、翔と響。二人の互いを思いやる心は、以前よりも確かに成長していた。

「翔くんが青いヒヨコさんなら、翼さんは青い……青い……うーん……絶対ニワトリじゃないよねー。翼さん、綺麗だし」
「あの髪型からして、ニワトリは奏さんじゃないか?響と並んだ時の雰囲気とか、まさに親鳥とヒヨコっぽいし」
「あっ、確かに!じゃあ、翔くんから見た翼さんって?」
「姉さんは鶴とか雉とか、そういう綺麗な鳥の方が似合う」

こうして二人は今日もまた、職員達にいつもと変わらぬイチャイチャを目撃されながら、帰路へ付くのであった。 
 

 
後書き
間に合わないから、と他のCPのネタを諦めたの……今更だけど惜しいなぁ。

それはそれとして、今回は普段見せない翔くんの響に対する独占欲を描いてみました。
翔くんが意外と独占欲強いのは、並行世界にてヘタ翔くんが証明済み。表に出てこない、こんな翔くんもアリかなと思いました。

これは年齢指定な展開で解放されちゃいそうだなぁ。
さて、次回もお楽しみに! 

 

仮初めから契りへ(IF純クリホワイトデー)

 
前書き
黒井福さんから誕生日プレゼントとして寄稿された、IF純クリが告白した日のお話。

尊いものを戴きました。本当にありがとうございます。 

 
その日、クリスが自宅に帰るとポストに一通の手紙が入っていた。
宛先も差出人も一切ない。あるのはただ一文、『Dear my princess』のみ。内容もシンプルで、『思い出の場所で待つ』とだけ記されている。

傍から見れば気障ったらしいだけの怪しい手紙だが、クリスにとってはそれだけで十分だった。

思い出の場所……それはクリスと、そして純にとっての始まりとも言える場所。
純が王子を、クリスがお姫様を目指すようになった、その切掛けとなった場所だ。

そこへ向かう道すがら、クリスは密かに胸の高鳴りを感じていた。
何か確信がある訳ではない。だが何か、予感がするのだ。

純が何かとても大事な話をしようといていると言う、そんな予感が。

そうこうしていると、目的の場所に辿り着いた。

それはとある公園の端っこにある、クローバーの密集地帯だ。あれから何年も経っているのに、ここは未だに残り続けている。

春先の青々とした木々とクローバー……シロツメクサが太陽の光に照らされたその場所の中心に、彼は居た。

ショートカットの金髪碧眼、正に王子と言う言葉を表したかのような容姿をした少年、爽々波 純……クリスだけの王子様だ。

彼の姿を目にした瞬間、心は自然と高鳴り頬は紅潮し、表情は柔らかな笑みを浮かべる。対する彼は、座り込んで何かをしているようだが、その立ち振る舞いにもどこか品があった

と、向こうもこちらの存在に気付いたのか手元の作業を中断し、立ち上がりながら笑みを浮かべて手を振ってきた。

「やぁ、クリス!」
「お待たせ、純! 待たせちゃった?」
「いいや。待ってる間にこれが作れたから、寧ろ丁度良かったよ」

そう言って純が掲げたのは、もう完成間近と言った感じの花冠だった。まだ小さかった頃、ここで同じ物を作った時の記憶が蘇りクリスの表情が花が咲いたような笑みに変わる。

「あ! これ!」
「懐かしいだろ? もうちょっと待ってな」

純は未完成の花冠を完成させるべくそちらに意識を集中させる。それを見て、クリスも何かを思いついたのかしゃがんでシロツメクサを手に取った。

「…………よし! クリ、と……」

物の数秒で完成した花冠をクリスに見せようとした純だったが、彼女がしゃがんで同じく花冠を作っているのに気付くと何も言わずにその隣にしゃがみこんだ。
顔には笑みを浮かべ、しかし真剣そのものと言った様子で花冠を作り上げていくクリスの様子を純は愛しそうに眺める。

思えば、互いに随分と成長したものだ。クリスなど、街中を歩けば男なら誰もが振り向くだろう美少女に育った。
その彼女にとっての王子様として相応しい男になれたと、彼自身は自負している。

対する純も、同じくすれ違う女性の多くを振り向かせる程の美少年だ。ともすれば、互いに多くの男子女子にひっきりなしに言い寄られることもあっただろう。

だが実際には、この二人に言い寄る者は驚くほど少ない。常日頃から仲睦まじくしている二人の間に、割って入れる者が殆ど居ないのだ。全くいない訳ではないが、そう言う輩は大抵の場合身の程知らずか、二人の関係を知らない無知な者のどちらかであった。
そしてそう言った者達は、全員物の見事に玉砕した。

そんな状況下にあって、純にはある不安があった。

この春でクリスは共に通った中学を卒業し、4月からは女子高のリディアンに通ってしまう。
つまり、共に居られる時間が減ってしまうのだ。

勿論純はクリスの事を信頼しているので、目の届かぬ間にクリスの目が別の見知らぬ男性に向く事は無いと確信している。
自分だって、クリス以外の女性に心を奪われるようなことはしない。クリスも彼を信じてくれているだろう。

だがそれでも、離れる時間が増えると言う事実に不安……と言うか、欲求が抑えられなかった。
目に見えるものでなくてもいい。ただ只管に、彼女の心に自身の存在を強く刻み付けたい。

「出来た!」

そんな事を考えていると、クリスも花冠を完成させた。
思い出にある物よりもずっと綺麗な出来栄えのそれに、時間の流れを感じ純は笑みを浮かべる。

「見て、これ! 前より、ずっと綺麗に出来た!」
「あぁ、凄いよ。さ、クリス……」

クリスが作り上げた花冠の出来栄えを一頻り褒めると、純は彼女の頭に自身で作った方の花冠を乗せる。
その際クリスは彼が花冠を乗せやすい様に、少し頭を彼の方へ向けた。

それが終わると、今度は彼の番だ。
何も言わずにその場に跪く様にして頭を彼女に差し出すと、クリスは彼の頭にそっと花冠を乗せる。

互いにお揃いの花冠を被った純とクリス、その姿は正にあの頃の再現だ。

ただしあの頃に比べて、純の身長の方がクリスよりも高くなっている。その事に時間の流れを感じつつ、クリスは本題を彼に訊ねた。

「ところで、純。今日は、いきなりどうしたの?」

クリスがそう訊ねると、純は一度笑みを引っ込め真剣な表情で口を開いた。

「クリス、さ。この春からリディアンに通うんだよな?」
「うん、そうだよ。純は、来年アイオニアン、だよね」

アイオニアンは男子校でありリディアンの姉妹校。学区は近い為、途中までなら共に通うことも出来る。
だが結局、別々の学校に通う事になるのは変わりないしそれ以前に一年は高校生と中学生に分かれてしまう。その事に純は時々、何故クリスと同い年に生まれることが出来なかったのかと悔やんだ。

「あぁ、そう。来年、な」
「…………少し、寂しくなる、ね」

流石にリディアンと二人が通った中学は方角が別なので、通学すら共にすることは出来ない。その間クリスの傍に純はいることが出来ないのだ。逆もまた然りである。

「クリス……覚えてるよな。昔、ここで俺が言った事」
「うん。純、王子様になるって、言ってた」
「そう、クリスだけの王子様。だけど、まだ口先だけだ」

クリスだけの王子様と言う言葉に一瞬頬を赤らめるも、その後に続いた口先だけと言う言葉にクリスは反論する。

「そんなこと、ない。純は、とっても素敵な、王子様だよ」

必死さを滲ませるクリスの言葉を、純は首を左右に振って否定する。

確かに立ち振る舞いなどは自他共に認める王子様となれただろう。

だが、彼が本当の意味でクリスの王子となる為には一つ欠けているものがあった。

「いいや、クリス。俺はまだ、クリスに王子様としての契りを結んでない」
「契り?」
「そうさ。王子様とお姫様は二人で一つ。でも今のままじゃただの幼馴染だ。だから……」

純はそこで言葉を区切ると、右手でクリスの左手をとってその場に跪いた。

そして左手を自身の胸に当てて、契りの言葉を口にした。

「俺、爽々波 純は雪音 クリスが好きだ。小さいころからずっと一緒だった幼馴染としてじゃない。一人の女性として、クリスを愛したいしクリスに愛してほしい」

彼の口から紡がれる愛の告白。

混じり気の無い純粋なそれを聞いて、クリスは呼吸も忘れて目を見開き彼の言葉に聞き入った。

「俺は生涯を掛けてクリスの王子様としてあり続ける。だからクリスも、本当の意味での俺のお姫様になってくれないか?」

ともすればそれはプロポーズとも捉えられかねない言葉。いや、彼にとっては正にプロポーズだった。

純にとって、愛すべき女性はクリスただ一人、それ以外の女性は尊重し慈しみこそすれ、心から愛することなどありえない。
雪音 クリスこそ、爽々波 純がこの世界で愛するただ一人の女性なのだ。

言いたい事を全て言い切り、純はクリスからの返答を待った。

どれほどそうしていただろうか、不意にクリスの頬を一筋の涙が流れ落ちる。悲しさからではない、嬉しさからだ。
一度流れ始めた涙は堰を切ったように流れ、それでもクリスは頑張って笑みを浮かべた。

「うん――! うんッ! わたし……わたしも、純が好き……ううん、大好き! 純が、王子様になってくれるなら、わたしも、純だけのお姫様になる!」

感涙を流しながらの返答に純は笑みを浮かべて頷くと、右手にとった彼女の左手の薬指にシロツメクサで作った指輪をはめた。
あの頃は意味をよく分かっていなかったが、今ならそれを理解した上でこれが出来る。

クリスもその意味が理解出来るからか、自身の左手薬指にはめられた指輪に頬を赤く染める。

「じゅ、純――」

クリスが何かを言おうとするが、これ以上の言葉は無粋だ。
そう言わんばかりに、純は立ち上がると彼女の手を引き抱き寄せると、彼女の唇を自身のそれで塞いだ。

「んむっ!? ん…………」

突然のキスに驚きはしたが、直ぐに受け入れたクリスは目を瞑り空いた手を彼の背にそっと回した。

互いに愛の告白をし、接吻する王子と姫。ここに漸く契りは成ったのだ。

数秒ほどで唇を離す二人。少し名残惜しそうにするクリスに、純はクスリと笑みを浮かべた。

「ちょっと強引過ぎたかと思ったけど……」
「ううん、こういうのも、悪くない。ね、もう一回」
「あぁ」

再び、今度は互いにそっと相手に顔を近づけ口付ける。

生涯のパートナーとなる契りを交わした王子と姫の逢瀬を、春先の太陽の光が祝福するように照らすのだった。 
 

 
後書き
改めて、ありがとう黒井さん!
これからも励みますので、どうぞよろしくお願いします! 

 

壁ドンしてみた

 
前書き
去年、Twitter限定で投稿した短編を上げることにしました。

台本形式ですが、砂糖は詰め込んだ。
肩の力を抜いて、気軽に読んでくださいなー! 

 
翔ひびの場合(衝動的に)

翔「響……」
響「翔くん……」
響(うう……翔くんの顔、真っ直ぐ見られないよぉ……)
翔(つ、次はどうすればいいんだ……。落ち着け、俺!冷静になれッ!)
響「……いいよ」
翔「え?」ドキッ
響「翔くんの……好きなようにしても、いいよ……」(上目遣いに)
翔「ッ!?」
響「……///」

ff

純クリの場合(上に同じく)

純「クリスちゃん、いいかい?」
クリス「お、おう……」
純「……顔が真っ赤だね。やっぱり、照れてる時のクリスちゃん、いつも以上に可愛いよ♪」
クリス「そそそっ、それはジュンくんが……こんな事、するから……だろ……」
純「ふふっ。……クリスちゃん、もっと近くで見ていいかい?」(顎クイ)
クリス「ひゃうっ!?」
純「うん、やっぱりクリスちゃんは、世界で一番可愛いお姫様だよ♪」
クリス「~~~~ッ!!??////」

ff

おがつばの場合(翼が壁ドンを知らなかったのが発覚)

翼「壁ドン?それは壁をドンと叩く事ですか?それとも、何やら新しい丼物とか?」
緒川「違いますよ翼さん。壁ドンとは……この様にするのです」ドンッ
翼「ッ!?しっ、慎次さんっ!?いっ、いきなり何をッ!?」
緒川「おや、その呼び方は二人っきりの時だけ、という事だったのでは?」クスッ
翼「いや、そんな、まさかっ!わわ私は動揺などッ!」
翼(おおお落ち着け!落ち着くのだ風鳴翼ッ!この程度、明鏡止水の心を保てばッ!)キリッ
緒川「ご理解頂けましたでしょうか?」(真っ直ぐに見つめる)
翼「ッ!!////」
翼(ダメだッ!やはり、直視する事が出来ない……ッ!!)

黒服A「キタキタ( ゚∀゚)::キタキターーー!!!」
尾灯「連写連写っと。後で焼き増し決定ね」

ff

ツェルマリの場合(セレナに吹き込まれた二人)

マリア「私はいつでも良いわよ?」
ツェルト「おう……」ドンッ
マリア「……」
ツェルト「……」
マリア「で、次は?ほら、は・や・く」(不敵な笑みを浮かべつつ)
ツェルト「ッ!……つ、次は……」
マリア(おっ、思わず煽っちゃったけど……この後ツェルトはどうするのかしら……?……まさかッ!?いやいや待て待て待ちなさいッ!そんな、考えるだけで……おおお落ち着くのよ私ッ!狼狽えるな狼狽えるな狼狽えるな狼狽えるな狼狽えるなッ!!ダメっ!やっぱり耐えられそうにないッ!!////)
ツェルト(……マリィ、すまない。今の俺には、まだこれが精一杯だ……////)

セレナ「姉さんも義兄さんも、折角教えてあげたんだから、もう少し頑張ってみてもいいと思うんだけどなぁ……」

ff

恭みくの場合(最近流行ってると聞いて)

恭一郎「小日向さん!」
未来「急にどうしたの?恭一郎くん?」
恭一郎「その……壁……壁ドンを……」
未来「壁ドン?いいよ。でも、恭一郎くんに出来るの?」ドンッ
恭一郎「それはどういう……ッ!?」
未来「ほらね。わたしに先を越されるようじゃ、まだまだだと思うな~」(壁から手を離す)
恭一郎(うっ……。で、でも、僕だって!!)
恭一郎「僕だって……いつまでも未熟なナイトじゃないんだッ!!」ドンッ
未来「えっ!?きょっ、恭一郎くん……」
未来(うそ……。この展開は予想してなかった……!恭一郎くんの真剣な顔……。ダメッ、直視出来ない……ッ!)
恭一郎(やった!遂にやったぞ!僕にだって、やれば出来るんだッ!……でも、どうしよう……。何だか、身体が緊張して……動けないんだけど……)

ff

流しらの場合(デート中に喧嘩して)

流星「待って」ドンッ
調「離して。あなたと話す事なんて無い」プイッ
流星「誤解だよ……。でも、ごめん。君にそんな思いをさせたのなら、それは僕に責任がある」
調「流星さん……。でも、謝るためだからって……これはちょっと、恥ずかしい……」ドキドキ
流星「うん、分かってる。……だから、これは証明。僕が見ているのは、君だけだよ」
調「わ、分かりましたからっ!……その、わたしも悪かった……です……」
流星「……じゃあ、行こっか」
調「うん……♪」

飛鳥「あの二人、何があったんだ?さっきからボーッとして」
切歌「アタシもサッパリ分からないデス」

ff

飛きりの場合(壁ドンしないと出られない部屋)

切歌「飛鳥さん!アタシは覚悟出来てるデスよ!ドンと来いデスッ!」
飛鳥「しかし、こんなのは不純だッ!僕には出来ないッ!」
切歌「でも飛鳥さんがやらないと、アタシ達二人とも出られないデス……」
飛鳥「それは分かっているが……しかし……」
切歌「……アタシに魅力がないからデスか?」
飛鳥「ッ!それは違うッ!ただ、こんな理由でやりたくないだけで、僕は……ッ!」
切歌「飛鳥さん……?」
飛鳥「……流星から、少しは寛容になれと言われてしまった。ここはそれに、素直に従おう。……いいな?切歌?」
切歌「ッ!デスッ!!」
飛鳥「……」ゴクリ
切歌「……」ドキドキ
飛鳥「……」ドンッ
切歌(あああ、相手はあの飛鳥さんなのデス……。でも……いつも見慣れている顔なのに、どうして……どうしてこんなに、胸がドキドキしちゃうのデスか!?)
飛鳥(しおらしくなってる、か……。普段は手のかかる妹みたいなのに、今日の切歌はちょっとだけ大人っぽく……い、いやっ!何を考えているんだ、僕は!!)

ウィーン

飛鳥「ッ!!じゃあ僕はこの辺でッ!」ドタバタ
切歌「……////」ポーッ
ff

かな紅の場合

紅介「奏さんッ!」ドンッ
奏「お?まさか、噂の壁ドンってやつかい?」
紅介「おっ、俺なんかを選んでくれた奏さんに、たまには恋人らしい事したくて……」
奏「いいぜ。……それで、次はどうすんだ?」
紅介「へっ?あっ、その……」
紅介(やっべ、この後どうするか考えてなかった……。えっと、確かこの前見たドラマだと確か……)
奏(はは~ん、さては壁ドンする事しか考えてなかったな?……んじゃ、やってやるかぁ)
奏「紅介」
紅介「はっ、はい──」
奏「んっ……ん~ちゅっ」(唇を奪う)
紅介「ッ!?////」
奏「ぷはっ……。おいおい、あたしの恋人なんだろ?だったら、これくらい余裕でしてくれなきゃ、物足りないぜっ♪」
紅介「はっ……はいッ!////」
紅介(奏さんかぁぁぁっこいぃぃぃぃぃ!!一生着いてきますッ!!)

ff

弦了の場合

了子「弦十郎くんは壁ドンとかしてくれないの?」
弦十郎「ぶっ!?げほっ、げほっ……いきなり何を言い出すかと思えば……」
了子「だって~、若い子達みんなやってるんだもの。私まだ一回もされた事ないのよ?ちょっとくらい良いじゃな~いのっ!」
弦十郎「そこまで言うなら……一回だけだぞ?」
了子「え~、一回だけ~?弦十郎クンのケチ~」
弦十郎「そう何回もするものじゃないだろう?それに……」ドンッ
了子「へっ!?」
弦十郎「フッ……生憎、いつまでもやられっぱなしは性に合わん。どうだ?」
了子「……負けたわ。じゃあ、後は好きにして頂戴」
弦十郎「なら、遠慮なく」(短めに唇を重ねて離れる)

藤尭「……友里さん」
友里「仕事中でしょ、集中しなさい」
藤尭「はぁ……。やっぱりダメか……」
友里(”仕事中“って言ってるでしょ……。ほんっっっとにも~、これだから藤尭はッ!)

ff

ツェルセレの場合

セレナ「姉さんがヘタレたので、わたしがお手本を見せてあげますっ!」
マリア「じゃあ、セレナのお手並み拝見ね」
ツェルト「よし」ドンッ(膝を曲げて背丈を合わせつつ)
セレナ「ッ!……確かに、こうして実際にやられると……胸がドキドキしちゃいますね……////」
マリア「それで……どっ、どうするのよ?」
セレナ「恥ずかしいけど、ここで……こうですっ!」チュッ(額にキス)
マリア「ッ!?」
ツェルト「おお……。やっぱりセレナはマリィよりも積極的だな……」
セレナ「えへっ♪」
マリア「まっ、負けないわよ!ツェルト、もう一回!次こそはやってみせるんだから!」
ツェルト「いいぜ。来なよ、マリィ」
ツェルト(次こそは必ず……!)
セレナ「その調子ですよ、姉さん♪」

ff

ヘタグレの場合(本能的に)

ヘタ翔「響さん……」ドンッ
グレ響「翔……これは……?」
ヘタ翔「壁ドン……憧れてたんじゃないの?」
グレ響「はっ、はぁ!?べっ……別にそんな事は……」ツーン
ヘタ翔「昨日のドラマ、食い入るように見てたよね?」
グレ響「ッ!」ギクッ
ヘタ翔「……やっぱり正直だよね、響さん」クスッ
グレ響(顔が近いッ!でも……翔の目から目を逸らせない……ッ!////)
ヘタ翔「響さん……」(口を耳元へ)
グレ響「ひゃうっ!?なっ、なによ……」
ヘタ翔「この後、どうして欲しい……?」(吐息と共に囁く)
グレ響「ッ!!そ、それは……////」ゾクゾクッ 
 

 
後書き
ネタ募集して書いたんだったかな~

ともかく、イベント消化して新作かけるまでは、Twitter限定だった短編を公開して乗り切ろうかと思いますw
それではまた次回! 

 

彼が寝ていたら

 
前書き
Twitter短編第2弾!

今回のお題は「寝顔」!
さて、誰がどんな寝顔を見せてくれるのか……。お楽しみに! 

 
・陽の当たる窓辺で(翔ひびの場合)

休日の午後、翔は窓際に置かれたソファーで寛いでいた。
ここ暫く任務が重なり、疲れが溜まっていた彼はその内、座ったまま眠ってしまう。
そこへリディアンの課題を終えた響がやって来た。

「終わった~!翔くーん、課題終わったよ~!……あれ?翔くん?」

ソファーに座る彼の後ろ姿を見つけ、近付いてみると……すやすやと寝息を立てている。
響は彼の隣に座ると、その寝顔を覗き込んだ。

「ふぁ~……なんだか、わたしまで眠くなってきちゃった……」

そう言って響は、そのまま翔の肩に身体を預けた。



「……ん?俺、寝てたのか……」

目を覚ました翔は、右肩にのしかかる重さに気が付き、横を見る。
そこには、翔の右肩に頭を預けて眠る響の姿があった。

「響……。課題疲れってところか。おつかれ様」

左手で優しく、その頭を撫でる。
眠っていても分かるのか、響の口元がにへっと微笑んだ。

「もうこんな時間か……。夕飯、先に作っておかないと」

本当はもうしばらくこうしていたいのだが、既に日は傾いている。翔は響を起こさないようにそっと離れ、代わりに響の頭をクッションの上に乗せた。
「さて、何を作ろうか……。冷蔵庫の中には確か……」

冷蔵庫の中を確認し、今夜の夕食を作り始める翔。そのうち、匂いに釣られて響が目を覚ますだろう。
さて、彼女はいつ起きるかな……?

ff

・王子様の寝顔は(純クリの場合)
「ジュンくん、頼まれてたモンは全部揃ってたぞ~。……ジュンくん?」

買い出しを終えて帰宅したクリス。
しかし、いつもなら出迎えてくれる純が、今日は出てこない。
慌ててリビングに駆け込んだクリスが見たのは……洗濯物を畳みながら船を漕ぐ、愛しの王子様の姿だった。
「……よかった……また離れ離れになっちまったんじゃないかって……って、何言ってんだあたしは!」

安堵の表情を浮かべ、買い物袋を降ろすクリス。
純の寝顔を見つめて……ふと、彼女はある事を思いついた。


「……あれ?クリスちゃん……?……僕は、どうして……ッ!?」

目を覚ました純は、自分の目の前にクリスの顔と、そのたわわに実った胸がある事に驚く。
今、純はクリスに膝枕されている状態だったのだ。

「おっ、やっと起きた。よく眠れたか?あたしの王子様……」
「んー、折角だし目を逸らさずに言って欲しかったかな~」
「ッ!?しょっ、しょうがねぇな……」

そう言われ、慌てて純の目を真っ直ぐに見つめるクリス。
純はウインクしながらそれに応える。

「もちろん、もうしばらくはこうしていたいくらい、心地良い膝枕だよ♪」
「そっ、そうかよ……。なら……もうちょっとくらいは、こうしといてやるよ……////」

クリスは真っ赤になりながら、純とこうして触れ合える幸せを噛み締めるのだった。

ff

・ミッション:彼の寝顔を入手せよ(おがつばの場合)

見守り隊職員達から翼に下されたミッション。
それは、日頃から全く隙を見せない緒川の寝顔をこっそりと撮影せよ、というものであった。

(まさか、このような事になってしまうとは……。しかし、私自身緒川さんの寝顔が見てみたいのも事実……。今日こそは緒川さんに勝ってみせるッ!いざ往かんッ!)

模擬戦を始め、勝負事で彼に一度も勝ったことがない翼は、今日こそはと意気込んで楽屋に入る。
ドアを開けると、そこには珍しく、机に突っ伏して眠る緒川の姿があった。

(こんな偶然があるのか……?いや、緒川さんだって疲れているのだ。たまにはそういう日もあるのだろう。……これは好機!逃すわけにはいかないッ!)

足音を潜め、息を止め、忍び足で近付くと、スマホを向けて寝顔を撮ろうとする翼。
だが次の瞬間、緒川の姿が消える。

「ダメですよ、人の寝顔を勝手に撮るなんて」
「なッ!?」

驚く翼。その直後、パシャっとシャッター音が鳴った。



「えっ?ドッキリ!?それも櫻井女史からの!?」
「すみません……。つい、乗っかってしまいました」

緒川からタネ明かしをされる翼。どうやら、了子が思いつきで仕掛けたドッキリだったらしい。
驚いた顔を緒川にバッチリと撮影されてしまい、翼は両手で顔を覆う。

「ですが、そうですね……。僕の寝顔なら、翼さんだけには見せても構いませんよ?」
「ッ!?そっ、それはどういう……////」

緒川の言葉に、翼は耳まで真っ赤になった。
彼の言葉の真意は、その笑顔の裏側に……。

ff

・たまには甘えたい(ツェルマリの場合)

「ツェルト、明日の予定って確か……」

まだS.O.N.G.に配属される前、アイドルの仕事でホテルに泊まる事になったマリアは、隣の部屋に泊まるツェルトに声をかけた。

だが、ツェルトはどうやら疲れが溜まっていたらしく、仕事着のままでベッドに突っ伏して眠っていた。

「……お疲れ様」

そう言ってマリアは、ツェルトに毛布をかける。

「マリィ……」
「ん……ッ!?」

静かに立ち去ろうとするマリアの腕を、ツェルトの左手が掴んでいた。

「離さない……これからもずっと……。この手が……動く、限り……」
「ツェルト……?」
「行かないでくれ……マリィ……」
「……寝言、なのよね?」
「……」
「寝言か……。そうよね……でも……」

寝言とはいえ、ツェルトの寝顔が少し寂しそうなのは見て取れる。
マリアはベッド脇にしゃがむと、ツェルトの左手にそっと、自分の手を重ねた。

「ええ。私はここに居るわ……。あなたがセレナにそうしようとしてくれたように、私もあなたを離さない。……おやすみ、ツェルト」

そう言うと、ツェルトは安らかな笑みを浮かべた。



翌朝

「……ん……毛布?……マリィが来てたのか……?」

ツェルトはそう呟きながらスーツに袖を通し、マリアを起こしに行く。
二人が晴れて結ばれ、目覚めた妹と共に暮らせるようになるのは、もう暫く先のお話……。

ff

・特権(恭みくの場合)

朝、目覚ましの音が鳴り響く。
泊まりに来ていた彼を起こさないよう、未来は素早くそれを止めてベッドから上体を起こす。
彼女の隣には、恋人である恭一郎が眠っていた。

「逞しくなっても、恭一郎くんの寝顔は変わらないなぁ……」

クスリと笑い、その顔を見つめる。

もう、彼の寝顔を見られる日も当たり前になってきた事を実感しながら、彼とのこれまでを振り返る。

あの日、自分の力になると言ってくれたことを。
自分を守る為にと、地道に鍛錬を続けていることを。
そして、デートに行く度にエスコートしてくれるほどまでに、彼が成長していることを……。
未来(みらい)へと募る想いは、日々を重ねて前へと進んでいる。大事にされているという実感が、未来の心を満たしていた。

「これからも、2人で歩いて行こうね……わたしのナイトさん♪」

まずはそんな彼のために、美味しい朝食を作ってあげよう。
鼻歌交じりにキッチンへと向かう未来の顔は、とても明るかった。

ff

・イタズラ心?(飛きり)

「飛鳥さーん、聞きたいことがあるのデスが……」

課題を手にリビングへと出てきた切歌。
そこには、ソファーでうたた寝している飛鳥がいた。

「グッスリデスね……。そうデス!いい事思いついたのデス!」

切歌は飛鳥の頬をつついたり、ぬいぐるみで囲んで写真を撮ったりと、飛鳥が寝ているのをいい事に悪戯を始めた。

「う~ん、これでも起きないのデース……。そうだ!ねぼすけの飛鳥さんには、こうしてやるのデース」

切歌は飛鳥に向かい合うと、ゆっくりと唇を近付ける。
顔が近づくにつれて、頬が紅潮していくのを感じる。胸が高鳴り、とうとう唇が触れるまであと数センチ……。

「……暁?」
「デスデスデスッ!?////」

無意識に閉じてしまっていた目を開くと、飛鳥が頬を赤らめ、驚いた顔でこちらを見つめていた。

「なななななっ、なんでもないデースッ!!」

切歌は慌てて後退ると、そのまま自分の部屋へと逃げ込んだ。

(……言えない……実は途中で起きていたなんて……。まさか、あんな可愛い顔で迫って来るなんて……)

その後、切歌の悪戯に対して軽く説教した飛鳥だったが「イタズラ感覚でキスをしようとするな」と言う際、お互いの真っ赤になった顔を思い出し、固まってしまうのだが……。
二人の関係が進むのは、もう少しだけ先の事である。

ff

・眺めていたい(流しら)

「流星さん。朝です、起きてください」

朝、恋人の流星を起こす調。しかし、朝は中々起きられない彼の寝顔を、調はじーっと見つめていた。

(もう少しだけ、眺めていようかな……)

「……調ちゃん?」
「あ……おはようございます、流星さん」

ようやく流星が目を覚ます。調は、もう少し寝顔を眺めていられなかったことを惜しみながら立ち上がる。

「朝食、出来てますよ」

そう言って足早に立ち去る調を見て、首を傾げる流星。調の朝が早いもう一つの理由は、まだまだ内緒である。
 
 

 
後書き
これ書いたのは去年の11月30日……もうそんなになるのか……。
一年って遅いようで早いですよね。今年の11月にはG編始められてる事を来月の自分に託したい。

次回もお楽しみに! 

 

伴装者ヒロピン&ナンパネタ

 
前書き
短編第3弾!
今回のテーマは「ヒロピン」、即ち「ヒロインのピンチ」!

原案はサナギさん。去年、8組分をしっかり送ってくれたこと、感謝してます!
さあ、果たして伴装者達は愛する人のピンチをどう救うのか……お楽しみに! 

 
・ヒーローはやってくる、愛する人のために(翔ひび)

「……」
「フフフ……」

パヴァリア光明結社を離反したはぐれ錬金術師を、翔と共に追っていた響。

逃亡する首謀者、カセマ・ドグを追っていた響は翔の静止を無視し、カセマを倉庫まで追い詰める。

しかし、仕掛けられていた催涙ガスを浴びてしまった響は囚われ、X字型の磔台に拘束されてしまったのだ。

眠り続ける響を見て、カセマは下衆な笑みを浮かべた。

「どうせなら、あの青髪の伴装者も洗脳し、S.O.N.G.の連中を同士討ちさせてやりたい所だったが……まあいい。シンフォギア装者が手に入った以上、伴装者などオマケのようなものだからなッ!」

舌舐めずりをしながら響に近付くカセマ。
そこでようやく、響は目を覚ました。

「うぅ……ッ!?」

自分の置かれた状況に気付いた響は、目の前のカセマを見て驚く。

「予定より早いお目覚めだな」
「わたしをどうするつもり!?」
「立花響。これからお前を洗脳し、私の手足となってもらう。だが折角だ、より洗脳の影響を強めるには心を折り砕くのが効果的。お前に初めての体験をさせてやろう……。その身も心も、私の女になってもらおうか」

そう言ってカセマは、その両手をいやらしく動かしながら迫る。その目的は明白だ。

(やだ……やだ……ッ!わたしの初めては翔くんにって決めてるのに……こんな所で……)

動かない身体。迫る魔の手。涙を堪えて震える響に、絶望の足音が迫る。

「ふへへへへ、まずはそのたわわに実った胸から……」

ドッガァァァァァン!!

背後から響く爆発音。噴煙の中から現れたのは、気高き灰色のギアを纏った一人の少年……風鳴翔。

彼の登場にカセマの顔は絶望で染まり、逆に響の顔には希望が充ちた。

「おいオッサン……力ずくで愛を奪おうなんざ、モテない男のする事だぜ?」
「翔くんッ!」
「馬鹿な!?あれだけのアルカノイズをばら蒔いたのだぞ!?この短時間で到着する筈が……」
「仲間達が駆け付けてくれた。ただそれだけだ!……響に手を出したんだ、覚悟は出来てるんだろうな?」
「黙れッ!私の哲学兵装、『服従の魔眼』は貴様の目を見るだけで……グェッ!?」
「手前の不細工な面なんざ、わざわざ見る理由はねぇよ……外道がッ!」

姿勢を低くして懐に飛び込み、鳩尾に渾身の右フック。そしてカセマの顔に思いっきり力を込めて裏拳をお見舞する翔。

潰れたカエルのような声を上げ、カセマの意識は夢の中へと沈む。
下世話なシナリオを浮かべていたのだろうが、それはOTOKOの鉄拳により打ち砕かれたのであった。

「変な事されてないよな?」
「うん……。来てくれるって、信じてた」

響の拘束を解除した翔は、彼女からの言葉に安堵の笑みを浮かべた。

「そっか……。さて、このオッサンは縛っておいたし、両眼に布巻いたから例の魔眼も使えないだろ。後は叔父さんに報告を……ッ!?響……?」

突然背後から抱き締められ、翔は顔を真っ赤にした。

「……でも、すっごく怖かった……。だから、その……えっと……あの~……」

しどろもどろになる響に、振り返った翔は優しく答えた。

「忘れさせてやるよ、こんな悪夢。……今夜は、ちょっと長くなるぞ」
「翔くん……////」

目と目が逢う二人。やがて唇と唇が重なり合い、二人は悠久とも思える数秒を分かち合った。

改めて互いの愛を確かめ合った二人は、射し込む夕陽の下で笑い合うのだった。

ff

・呪いの解き方(純クリ)

「…………!!」
「くッ!」

イチイバルから放たれる超火力爆撃を、純はギリギリの所で躱し、避けきれなかった分を盾で防ぐ。

「目を覚ますんだ、クリスちゃんッ!」

虚ろな瞳で銃口を向け、引き金を引くクリス。彼女からの攻撃に防戦一方な純。

何故二人が戦う事になってしまったのか。話は1時間ほど前まで遡る。

子供を人質に取った錬金術師、ゲード。
名前通りな外道の所業に激昴するクリスであったが、ゲードが得意とする錬金術『傀儡術式』を受けてしまう。

ゲードの命令により、愛する純を殺そうと迫るクリス。人質となった子供達を救出した純は、最愛の姫を救う為に戦っていた。

「ぐッ……うう……ぐわあああッ!」

純そのものではなく、その手前を狙って発射されたミサイル。その爆風で吹き飛ばされ、純は地面を転がった。

改良を重ねたとはいえ、かれこれ一時間近くも戦っているのだ。RN式Model-0の稼動限界時間は、既に目前まで迫っている。

「ヒャッハハハハハ!いいぞォ!俺は愛する者同士が引き裂かれるのを見るのが大好きなんだ!やれぇ、イチイバル!そいつを殺せェェェ!!」

〈MEGA DETH PARTY〉

〈Zero×ディフェンダー〉

命じられるがまま、ミサイルの一斉発射で純を狙うクリス。

純は盾の表面から強靭なバリアを張り、その全てを防ぎきるが、蓄積したダメージから遂に片膝をついてしまった。

「ぜぇ……ぜぇ……まだだ……僕は、諦めないぞ……!」
「無駄無駄ァ!お前は死ぬんだよォ、愛する女の手によってなァ!!」
「僕を、殺して……クリスちゃんを……どうするつもりだ……?」
「冥土の土産に聞かせてやる。俺の傀儡術式は、一度解除すればそれまでの記憶が全てフィードバックされる!そして、心が壊れた女は二度と、傀儡術式から逃れられなくなる。……後は分かるなァ?」

その言葉に、純の怒りが激しく燃え上がった。

「ふざけるな……そんな事は絶対にさせねぇッ!あの日、僕は誓った!クリスちゃんの王子様になるって……彼女を絶対に守るって!だから負けないッ!諦めないッ!」
「ほざけ!死に損ないに何が出来る?見せてみろよ、なぁ?ヒャッハハハハハ!」

(こんな時、最も有効な手は……そうだ!ルナアタック事件、翔が立花さんにやったアレなら!)

純は親友、翔が以前に似たような状況に追い込まれた事を聞いていた。

暴走した響の意識を覚醒させたその行動は、クリスの目を覚まさせる方法として、おそらく最善の手だと確信する。

「懐に入り込めれば……イチイバルに、近接攻撃方法は存在しないッ!もう暫く力を貸せッ!アキレウス!!」
「…………!?」
「うおおおおおおおおおおおおおおッ!」

アキレウスの鎧による超加速で、ガトリングの雨を掻い潜る。
クリスの懐へと飛び込んだ純は、クリスが動くよりも早く……彼女の身体を強く抱き締めた。

「!?」
「あぁ?何をするつもりだ……?」
「昔からのお約束。呪いを解くおまじない、王子様(ぼく)にのみ許された特権さ……」

そう言って次の瞬間、純はクリスの唇を奪った。

クリスの背後でふんぞり返っていたゲードは呆気に取られ5秒間、二人の邪魔をする事も忘れて立ち竦んだ。

そして──

「んっ……ぷぁ…………ッ!?ジュンくんッ!?」
「ようやく目を覚ましてくれたね、クリスちゃん」
「えっ……ハッ!そうだ、あたしは確かあの錬金術師に……」

傀儡術式が解けたことで記憶がフィードバックされ、術をかけられてから今に至るまでの全ての記憶を思い出したクリス。

彼女が純と二人で振り返った瞬間、ゲードは腰を抜かした。

「ひぃッ!?」
「なぁジュンくん……コイツ、どうする?」
「それは勿論……ね?」

「「地獄で閻魔様に土下座して来なッ!!」」

「ギャアアアアアアアアア……!!」

外道の悲鳴が響き渡り、それから数分後にはガチガチを歯を鳴して連行されて行く、哀れな錬金術師の姿があった。

そして任務後、自宅へと戻る道の途中で。

「ジュンくん……。操られていたとはいえ、あたしはジュンくんを……」
「何も言わなくていい。あれは悪い夢だったんだ……それでいいだろう?」
「でっ、でも!」
「何があっても、どんなに遠く離れてしまっても……僕はクリスちゃんを迎えに行く。クリスちゃんは僕が守るから。嫌いになったりなんてしないよ。絶対にね」
「ッ!……ありがと、あたしの王子様……」
「うん。さぁ、帰ろうか」

8年の歳月を越えて再会した姫と王子を、引き裂けるものなど存在しない。
お互いの手をしっかりと握り、二人は帰路に着いたのだった。

ff

・月光の下に(おがつば、ツェルマリ)

「ごめんなさい、翼」
「マリア、私の事はいい」

世界を席巻する二人の歌姫、風鳴翼とマリア・カデンツァヴナ・イヴ。
二人は今、テロリストの襲撃に巻き込まれてしまい、捕らえられてしまっていた。

頼りになるマネージャー兼護衛である緒川とツェルトは、飲み物に薬を盛られてしまったらしい。

ギアのペンダントはあるが、自分達以外のスタッフを巻き込むわけにはいかず、纏う事が出来ない。

「悪く思うなよ?お前達を人質にすれば、政府は金を寄越さずを得ない。何せ世界を代表する二大アイドル、その内片方は父親が日本政府のお偉いさんなんだろ?」
「くだらんな……」
「何ぃ?」

リーダー格の男を、翼は毅然と睨みつける。

「くだらぬ、と言ったのだ。お父様が貴様ら如きの要求を呑むはずがない。力無き者達の生命を人質にしなければ事も起こせぬ卑怯者、そのような輩がのぼせ上がるな!」
「翼ッ!」

翼はテロリストのリーダーへと、堂々と啖呵を切った。
彼女は防人として、大人しく口を噤んでいられる性分ではないのだ。

「……気が変わった。身代金を要求するまえに、その生意気な口を聞けなくしてやろう」
「私はどうなっても構わん。だが、マリアは解放してもらおうか」
「人質のクセして大きな口を……」
「ほぅ、いい覚悟だ。お前みたいに気の強い女は、嫌いじゃないぜ」

下衆な笑みを浮かべるテロリスト達。
おそらく、テロリスト達は約束を守らないだろう。

しかし、少しの間でも自分に注意が向けば、マリアが次の行動を起こしてくれるはず。
分の悪い賭けだが、今はそれしかない。マリアも分かっているはずだ。

翼が我が身を危険に晒す道を選ぼうとした、その時だった。

「そうはさせませんよ、翼さん」

テロリスト達の背後から、月光と共に現れる黒い影。

武装したテロリスト達の影には、サバイバルナイフが突き刺さっていた。

「ッ!?動けねぇ!?」
「まさか、その男はッ!?」
「噂に聞く、日本政府のNINJA!?」
「アイエエエッ!?NINJA!?NINJAナンデ!?」

部下達が一様に悲鳴を上げた。

「こいつッ!」

拳銃を取り出すテロリストのボスだったが、それより一瞬早く、緒川の銃弾がリーダーの影を撃ち抜いた。

「ッ!?体がッ……」
「影縫い……。暫く動かないで貰いますよ」
「緒川さんッ!」

緒川は翼の身体を縛る縄を解く。
動きを封じられ、ボスは驚きに顔を歪める。

「何故だ!?痺れ薬は規定値以上に混ぜた筈だぞ!?」
「忍びたるもの、常にあらゆる事態を想定しておくべきもの。薬を盛られた時の対策ぐらいしています。……彼の場合は、少し特殊ですが」
「マリィ、無事か!?」
「ツェルト!」

緒川が侵入する為の囮役を引き受け、見張りを引き付け殴り倒してきたツェルトが、ホールに飛び込んで来る。
彼のスーツの左腕部分は、赤く滲んでいた。

「ッ!?あなた、それ……」
「身体の痺れをかき消す為に、な……」
「止めようとしたのですが、僕も解毒薬が無ければ同じ事をしたでしょうから……。勿論、止血はしてあります」

そう言いながら緒川は、人質を縛るのに使われていた縄で、テロリスト達を縛り上げていた。

「さて、一緒に捕まっていたスタッフの皆さんも逃がしましたし、そろそろ警察がやって来ます。なるべく手短に済ませて、ホテルに戻りましょう」

四人はそのまま、ホールを後にするのだった。

S.O.N.G.のツテで事情聴取を手短に済ませた二組は、ホテルに戻り、それぞれの部屋に分かれていた。

「無事で何よりです」
「すみません……。あの時はあれが最善だと……」
「翼さん、あなたは防人である以前に、世界中の人々を笑顔にする歌姫なんです。もう少し、自分を大事にしてください」
「肝に銘じます……」
「分かってくれればいいんです。……では、また明日──」
「……慎次さんッ!」

翼は咄嗟に、部屋へ戻ろうとした緒川の手を引っぱり、引き留める。

「慎次さん……本当の事を言うとあの時、怖くなかったわけではないのです……。もしも喉をやられていたらと思うと、震えが止まらない……。だから……その……今夜は、一緒にいてくれませんか……?」
「翼さん……」

緒川の背中に腕を回し、胸を借りて、上目遣いにそう願う。

ここまで言われて断る緒川ではない。何故なら彼の使命は翼を守る事であり、今の彼は翼の恋人なのだから。

「わかりました。今夜は朝まで、一緒にいてあげますよ」

その夜、二人は同衾するのだった。
まだ恋も知らなかった昔のように、静かに、安らかな寝顔で。

そして……。

「痛ッ!」
「無理するからよ……。ホント、そういう所は変わってないんだから……」

包帯を変え終えたマリアの目に涙が浮かぶ。

「マリィ……」
「罰として、今夜は私と寝なさいッ!」
「何故そうなるッ!?」
「仕事や任務の時は気を遣って一緒に寝てくれないじゃない!」
「今回は翼の手伝いでアイドルの仕事だろ!?マスコミにバレたらシャレにならないぞ!?」
「それは、そうだけど……今の私は、もうただのアイドルじゃないのよ?」
「そっ、それは……そうだな……」

二人の間の雰囲気が、少し変わった。

「……いいのか?」
「まあ……その……今更でしょ?」

こうして、夜は更けていく。
二人がこの後どうしたのかは、誰も知らない。

・君のナイトとして(恭みく)

「離してくださいッ!」

腕を掴まれ抵抗する未来を見て、その男達はヘラヘラと笑っていた。

晴れて恭一郎と恋人同士になった未来は、二人で遊園地に遊びにやって来た。

ところが、恭一郎がトイレに向かった後、いかにもな二人組にナンパされてしまい、今に至る。

「待ってる人がいるんですから!」
「君みたいな可愛い子置いてくやつなんて放っておいてさ~」
「俺らと楽しいことしようよ」
「離してくださいってばッ!嫌ッ!」

二人はそう言いながら、嫌がる未来を無理矢理連れて行こうとする。

そこへ、恭一郎が戻って来た。

「小日向さんから離れろッ!」
「なになに?もしかして、彼氏くん?」
「ダメじゃ~ん、カノジョから目を離しちゃ~」
「そうそうw」

相も変わらずヘラヘラと煽るナンパ男達。
しかし、恭一郎はそれを無視して未来の手を握った。

「行こう、小日向さん」
「うん……!」

未来は頷き、恭一郎の手を取った。

「おい、シカトしてんじゃねーぞ!」

ナンパ男の一人が、恭一郎に殴り掛かる。

しかし恭一郎はその腕を取り、足払いで転ばせる。気づけば男は、青空を見上げていた。

「なっ!?」
「手荒な真似はしたくないんです……。お願いです、僕達の邪魔をしないでもらえますか?」
「わっ、わかった!」
「おっ、覚えてろよ!」

お約束の捨て台詞を吐き、二人は走り去って行った。

「……ふぅ、行ってくれた」

その場にへたり込み、安堵の溜息を零す恭一郎。
そんな彼を見て、未来は微笑む。

「ありがとう、恭一郎くん。かっこよかったよ♪」
「翔から合気道習ったんだ。小日向さんを守れるように……ね」

恭一郎の手を握って立ち上がらせると、未来は彼の顔を真っ直ぐに見つめた。

「ありがとう。わたしのナイトさん」

自分の手を優しく握ってくれる彼女の手を、恭一郎もまた握り返す。

「それで、次はどちらへ?」
「ナイトさんの気の向くままに」

未来をエスコートしながら、恭一郎は微笑み返した。
二人の時間は、まだまだこれからだ。

ff

・些細な一歩(飛きり)

「飛鳥さん遅いデス……。レディを待たせるとは、失礼デスよ!」

この日、切歌は飛鳥と待ち合わせをしていた。

恋人同士ではない(本人達談)ものの、テレビで見かけたカップル限定スイーツが気になり、飛鳥に頼み込んで付いてきてもらうことにしたのだ。

しかし先程、急な用事で少し遅れると連絡が入ってしまったため、先に待ち合わせ場所に来た切歌は待ちぼうけを食らってしまっていた。

「でも、無理に頼んだのはアタシなのデス!だからちゃんと待つのデス!」
「そこの君、ちょっといいかな?」
「デス?」

呼ばれて振り返ると、そこには旗目から見て隠しきれない程の胡散臭さが漂う、スーツの男が立っていた。

「君可愛いねぇ」
「え?そうデスか?」
「おじさんね、君みたいな子をモデルとしてスカウトしてるんだよ」
「あ~……ごめんなさいデス。今、待ち合わせしてるから、断るデスよ」
「そう言わずに、10分だけだから!ね?」

強引に腕を引く男に、切歌は必死で抵抗する。

「離すのデスッ!」
「来てくれるんなら、離してあげてもいいよ?」

自分よりも強い力で腕を引っ張る男に、切歌は涙を浮かべる。

「離して……誰か、助けて……!」

遂に泣き出してしまう切歌。男は切歌を路地裏へと引きずり込もうと更に力を込めて引っ張る。

「おい!嫌がってるだろ!」

その時、男の腕を掴んだのは……待ち人の飛鳥だった。
飛鳥は怒りを顕にした顔で、切歌を守るように立ち塞がる。

「飛鳥、さん……?」
「すまない。服装について、流星と月読に聞いていたら遅くなった。……女の子泣かせて、何を考えているんだッ!警察呼ぶぞッ!」
「いやその……失礼しましたぁぁぁぁッ!!」

飛鳥に睨まれた男は、情けない声を上げながら退散した。

「暁、大丈夫か?」
「だっ、大丈夫デスよ!飛鳥さんが来てくれたから、もう平気デス!」

先程までの涙は何処へやら。満面の笑みで飛鳥に抱き着く切歌を見て、飛鳥はその頭を優しく撫でた。

「そうか……良かった……。それで、例の店はどっちなんだ?」
「こっちデース!待っているデスよ、憧れの限定スイーツ!絶対食べてやるのデース!」
「まったく……切り替えが早いのが、君のいい所だよな」

(……飛鳥さん、カッコよかったデス……。あれ?なんデスかね……飛鳥さんを真っ直ぐに見られないデス……////)
(ふぅ……何とかなったか……。でも、さっき抱き着いてきた時の暁の顔……いや、何を考えているんだ僕は!そんな不純な事、考えてなど……ッ!)

二人は内心どぎまぎしながら、店へと向かって行った。

飛鳥にとっては手のかかる妹で、切歌にとっては口うるさい兄。
そんな二人の関係が、ほんの少しだけ進んだ気がする。そんなお昼であった。

ff

・花火の音で消されぬように(流しら)

夏祭りで露店を回る流星と調。一通り店を回った後、翔達と合流して花火を見る予定である。

「結構難しい……」

調はヨーヨー釣りに挑戦していたが、中々上手くいかず困っていた。

「ヨーヨー釣りはゆっくり慎重に、なおかつスピーディにやれば……ほら」

流星に手本を教えられ、もう一度挑戦する。

「ゆっくり慎重に、スピーディに……やった!」

ピンク色のヨーヨーを釣り上げ、調は満足気に微笑む。

「次はどっちに行く?」
「次は……こっちです!」
「わかった」

その後も二人は露店を回り続けた。
二人を目撃した結果、食べ物が甘くなったとの噂もあるらしいが、それは些細なことに過ぎない。

暫くして、花火が始まる為に人が増え始める。
ところが、二人は人混みに巻き込まれてしまった。

「あっ……」
「調ちゃんッ!」

転んでしまった調に手を差し伸べようとする流星だったが、人の波に遮られ、そして二人は引き離されてしまった。

「はぐれちゃった……。探しに行かないと……」
「ねえ君、ひょっとして人探し?手伝おっか?」

声を掛けてきたのは、祭りを楽しみに来たとは思えない、チャラチャラした服装の男。
調は一目で警戒心を抱く。

「大丈夫です。それでは」
「まーまーそう言わないでよ。多分あそこに居るよ」

男は調の腕を引っ張り、人気のない場所へと連れ込もうとする。

「やめて……」
「い~からさぁ!」
「離して!」
「何してるの?」

振り向くと、そこには男の方へ嫌悪感を顕にした目を向ける流星の姿があった。

「げっ……い、いやぁ、見つかってよかったよかった……」

そそくさとその場を後にしようとするチャラ男。

しかし、大事な恋人に手を出された流星が、男をタダで逃がすはずがなかった。

「行かせないよ。これで済むと思ってるの?」
「あん?」
「もし僕がここに来なかったら、調ちゃんに何をしようとしていたの?場合によっては警察沙汰だよね?お兄さん、お祭りをなんだと思ってるわけ?ここはあなたみたいな人が女の子を求める場じゃないと思うけど?」
「ッるせぇ!気取ってんじゃねぇ!」

チャラ男の拳が流星の顔を狙う。
しかしその拳は軽く払われ、流星の膝蹴りが男の股間に直撃した。

「*#@¥$€%÷ッ!!」
「調ちゃん、離れるよ」
「はっ、はい!」

股間を抑えて蹲るチャラ男。
流星は調の手を引き、足早にその場を立ち去った。

「ここまで来れば、大丈夫かな?」
「ありがとうございます、流星さん……。でも、わざわざあそこまで……。怪我でもしたら、どうするつもりだったんですか?」
「つい、カッとなっちゃって……。心配、かけちゃった?」
「ううん。流星さんが鍛えてるの、知ってるから……」

調は柔らかく微笑むと、流星の顔を見上げた。

「でもまだ不安……。流星さん……してもらっても、構いませんか?」
「……了解」

そう言って調はつま先立ちで背を伸ばす。

花火の音が響く中、二人は互いの唇に口付けする。

そして二人は、何食わぬ顔で親友達と合流するのであった。

ff

・赤く、そして熱く(かな紅)

「おっそいなぁ、紅介のやつ……。もう10分も遅刻だぞ。……でもまぁ、待つのもデートの楽しみって響も言ってたし、大目に見てやるかぁ」

その日奏は、自分のファンであり歳下の彼氏である、紅介が来るのを待っていた。

無論、変装用の帽子と伊達眼鏡で顔を隠しているので、傍目から見れば天羽奏だと気付く者は少ないだろう。

しかし、やはりデート待ちの女性というものは、こういう輩にとって格好の獲物らしい。

「ねぇねぇ彼女、今暇?よかったら俺らと遊ばない?」
「抜け駆けすんなよ。俺とだよね?」

遠目に見ても隠しきれない彼女の女性的な美しさに釣られ、2人のナンパ男が寄ってきた。

「あ~……悪いけど、あたしそういうの興味ないから」
「んだとぉ?調子に乗りやがって!」
「事実なんだけどなぁ」
「まぁまぁ、そう言わずに……ね?」

そう言って男は奏の腕を掴む。

「バッカお前、乱暴にしてどうすんだ!?」
「こういう女はこうでもしないとダメだろ?」

(こいつは我慢していられる状況じゃねぇな……。そろそろ一言──)

奏の我慢が吹っ切れそうになった時だった。

「おい!テメェら何してやがる!」
「「えっ?」」

振り返るとそこには、怒気を炎のように立ち昇らせた紅介の姿があった。

「彼女に用があるなら、俺を通してもらおうか?」

「……何?君が彼氏?」
「うっわ、いかにも暑苦しそう。絡んだら厄介だぜ」
「あーあー、やめたやめた。面倒事は嫌いだわー」
「あっ、おい、ちょっと!?」

背が低い割には凄まじい、もとい暑苦しい紅介のオーラに、二人の男は呆れ気味な顔でその場を立ち去った。

予想していたより引き際を弁えた相手に、紅介のやる気の炎はあっという間に鎮火される。

「えぇ……」
「よっ、紅介」
「あ……奏さんッ!すみません、俺が遅刻したばっかりに!」

綺麗に45度ぴったり、頭を下げる紅介。
しかし、奏は笑って流した。

「おいおい、気にすんなよ紅介。あたしは大丈夫だし」
「ならいいんスけど……」
「それにさっきのお前、ちょっとかっこよかったぜ」

そう言って笑い、紅介の頭を撫でる奏。

「あっ、ありがとう……ございます……/////」
「でも、遅刻した分は埋め合わせてくれよな?」
「はいッ!任せてくださいッ!」

こうして、二人の初デートが始まる。
果たして紅介は、憧れの奏を何回キュンとさせられたのか……。それはまた、別のお話である。
 
 

 
後書き
改めましてサナギさん、どうもありがとうございました! 

 

風鳴る母(母の日特別編)

 
前書き
一日かけて書き上げました、母の日特別編です。

タイトル通り、風鳴母……翼さんのお母様の話です。
時系列はGとGXの間となります。

それではどうぞ。 

 
久し振りに踏んだ石畳は、まだ雨に濡れていた。

今朝は早朝から降っていたが、また曇り始めている。念の為、傘を持ってきていてよかった。濡れて風邪をひいては、響を困らせてしまうからな。

……俺が今いるのは、都内の霊園。向かっているのはその一角だ。

お盆はまだ先だが、それでも今日はここに来るだけの理由がある。

今日は5月の第2日曜日。世間一般で言う”母の日“だからだ。

響はカーネーションの花束を手に、千葉の実家に住む母親の元へ行っている。

純は雪音の両親の仏壇に供える分と、自分の母親に渡す為のカーネーションを買いに行った。
今頃は雪音と両親の四人で、食事でもしているんだろう。

ツェルト、マリア、セレナ、暁、月読の五人はナスターシャ教授の墓所へ。カーネーションと一緒に「日本の味」として大福を持っていくのを推奨してよかったと思う。
暁、キクコーマンの醤油をボトル一本とか、それ丸々飲ませるつもりだったのか……?

奏さんも、家族の墓参りに行ったらしい。カーネーションの色は、昨日俺が教えておいた。

紅介、恭一郎、飛鳥と流星。小日向達も、今日はそれぞれの実家に帰って、母親に日頃の感謝を伝えているはずだ。

そして、俺は──

「久し振りだね……母さん……」

足を止めた墓碑には、『風鳴玲嘉』と刻まれている。

風鳴家の共同墓地ではなく、個人のものとして作られたこの墓こそが、俺の……俺達の母さんの眠る場所だ。

墓碑の前にしゃがむと、途中で買ってきたカーネーションの花束を供えて手を合わせる。

「今日は母の日だからね。去年は、色々ドタバタしてて来られなかったし……。だから、去年の分まで色々と報告しに来たんだ。……姉さんは今、ロンドン。此処の事はまだ知らない……」

申し訳なさはある。
でも、姉さんが母さんの事を知ったら……きっとまた、父さんとの溝が深まってしまうから……。



風鳴玲嘉。名家の令嬢として育てられた彼女こそ、俺と姉さんの母親だ。

その人となりを、弦十郎叔父さんは「儚げな雰囲気とは裏腹に、内には強かな心を持った女性」と。
九皐叔父さんは「鈴の鳴るような声と、凛とした面持ち。花に例えるなら月下美人で、髪を下ろした翼ちゃんは彼女にとてもよく似ている」と評している。

生まれつき身体が弱かった母さんは、実家の家督を継ぐことが出来ず、厄介払いされるようにお見合いへと出されたらしい。

そこで出逢ったのが風鳴八紘……父さんだった。

仕事ばかりに執心する父さんに、縁談を持ちかけたのが風鳴家。

そろそろ家庭を持って肩の力を抜け、なんて言う親切心などではなく、単に跡継ぎ候補は多い方がいいとかいうお家事情がその実態だ。

仕方なく父さんはお見合いを受け、そして母さんに一目惚れした。

ちなみにこの話は、当時父さんの護衛をしていた緒川さんの兄、緒川家現当主の総司さんからの又聞きだって緒川さんは言ってたんだけど……母さんに惚れてからの父さんの変わり様たるや、周囲から心配される程だったらしい。

弦十郎叔父さんや九皐叔父さんに、事ある毎に相談を持ちかけては、屋敷で寝たきりの母さんを喜ばせようとしていたとか。

不器用ながらも、父さんの好意は母さんにちゃんも伝わっていたらしく、二人は結婚した。
式場を取っての大きなもの、とはいかなかったが、中庭での小さなものが執り行われたと聞いている。

父さんも母さんも、きっと幸せだったと思う。
仕事しか知らなかった父さんと、愛されなかった母さん。

この出逢いが、運命と言わずして何だと言うのか。

──だが、その幸せは長くは続かなかった。

父さんは母さんの身体を気遣い、子を成さないと決めていたらしい。
母さんは子供を欲しがっていたが、床に伏しがちなその身体では、産んでも母さん自身が保たないからだ。

だから父さんは、子供は養子を迎える方向で考えていたそうだ。
母さんの夢を、厳しい現実と向き合った上で一つずつ叶えていく。
それが、父さんから母さんへの、精一杯な愛の示し方だった。

それを……土足で踏み躙ったのが、風鳴訃堂(あのクソジジイ)だ。

父さんが母さんとの子を成す気がない事を知ったクソ爺は、父さんが出張した隙を狙い、床の間の母さんを力づくで寝取った。

帰ってきた父さんの前に待っていたのは、純潔を奪われた事実に枕を濡らした母さんと、クソ爺直々の事後通達だった。

父さんの無念、悔恨は計り知れない。
積み上げて来た幸せを。誰にも侵させぬと決めたものを、身内の……それも血の繋がった父親が、家の存続という名目の元に奪い去った。

考えうる中では最低であり、最悪の結果だ。

護衛として父さんに付いていた総司さんも、彼の指示で母さんの警護に当たっていた部下の方々も、仕える家が擁する組織である風鳴機関の横暴を止められなかった無力を泣きながらに土下座したという。

そう語る緒川さんの目は、少し悔しそうだった……ように見えた。

やがて、母さんは姉さんを産んだ。

でも、母さんの衰弱は激しくて、入院を余儀なくされたらしい。

父さんは姉さんを「翼」と名付け、総司さんの弟である緒川さんを、姉さんの護衛に付ける事を決めた。

その後の事は、緒川さんや叔父さん達も詳しくは知らないらしい。

だけど、確かな事はある。

その後、母さんは3年もの間、病と戦い続けた。
少しでも長く、父さんと生きようと足掻いたらしい。

そして……その末に俺が産まれ、母さんは息を引き取った。

これは俺の憶測だけど、母さんはきっと自分の先が長くない事を悟っていたんだろう。
だから死ぬ前に、父さんとの間に何かを残したいと考えた。

きっと、父さんは悩んだはずだ。そんな事はできない、と断ったりもしただろう。
結婚して初めての……しかもとびきり大きな夫婦喧嘩になったかもしれない。

それでも最後に、父さんは母さんの願いを聞き入れた。
母さんからの、人生最後の願いを……。

実家に母さんの遺品が一つもないのは、きっと父さんの仕業だろう。

母さんが映った写真も見た事がないし、そもそも母さんが居ない理由を聞いても、姉さんには絶対答えなかった。

俺が母さんの事を知っているのは10年前、姉さんが緒川さんと共に家を出た時、父さんから聞かされたのが最初の事だ。

その時は「姉さんが本当の姉さんじゃない」という事だけで、意味もわからず困惑した。

それから何年か経って、叔父さん達や緒川さんから話を聞く事で、ようやく母さんの事を知った。

姉さんには絶対言うな、と口止めもされている。
知られたら姉さんに重い物を背負わせるから、という父さんの配慮なんだろうけど、姉さんには伝わってないんだろうな……。

姉さんが、風鳴の呪縛に囚われないで生きられるようにするために、父さんは敢えて姉さんを突き放した。

その不器用さは、息子ながらに思う所はあるんだけど……姉さんには言ってない。
言ったところで信じてはもらえないだろう。
これは、父さんが自分の口で姉さんに伝えなければならない事だ。

だから……俺はその時が来るまで、敢えて口を閉ざし、見守ろうと思う。
母さんの代わりに……母さんの分まで……父さんと姉さんが、きっと仲良く笑える日が来ると信じて。

そして、この場所を知らない姉さんの代わりに。
仕事が忙しくて、多分来られるのは日が落ちてからになるであろう、父さんの代わりに。
今日は俺が、母さんに感謝を伝えなくては。

「去年は色々あったよ。俺は二課に配属されて、姉さんと同じ戦場(いくさば)で戦ってる。姉さんには後輩が増えて、あと緒川さんとも付き合い始めた。今は世界で歌ってるんだ。凄いよね……父さんも、きっと喜んでる。姉さんが知らないのは残念だけど……」

今度の夏、またマリアと二人でライブをやるらしい。
会えないのはちょっと寂しいけど、父さんの願いはきっと叶っている。

姉さんは一歩ずつ、確実に、世界へと羽ばたいていっているのだから。

「──それから……その……俺にも、恋人が出来たんだ。……名前は立花響。素直で、真っ直ぐで、とても純粋で……太陽みたいに元気な女の子。俺の……世界で一番大事な人だ」

そして、それは俺も同じだ。

父さんと母さんは、きっと俺達姉弟の幸せを望んでいる。

であれば、感謝と共に伝えなければならない。

俺が自分の手で掴んだ幸せを、天国で見守ってくれている母さんに……。

「ありがとう、母さん。俺をこの世に産んでくれて……。俺を、響と、出逢わせてくれて」



霊園を出た頃、ぽつぽつと石畳が濡れ始めた。

持って来ていた傘をさして、少年は歩みを進める。

供えられた白とピンクのカーネーションが、墓碑の前で濡れていく。

そしてその夜……そこに赤のカーネーションが添えられた事は、誰も知らない。

墓碑へと手を合わせる男の顔は、夜闇に隠されていた。

その表情に宿る感情の色は──まだ、子供達には見せられない。 
 

 
後書き
風鳴母の話はGX編で絡んできます。母の日という事で、出しておくには丁度いい機会かなと思い、執筆しました。

それでは、次回もお楽しみに。 

 

今日は私が女給さん(風鳴翼誕生祭2020)

 
前書き
翼さん、ハッピーバースデー!

ってなわけで、今日は本編ではなくお祝いの短編をお届けします! 

 
「え~っと……翼さん? これは一体……」

緒川は困惑していた。


何故ならば、今、目の前にいる翼の格好は……和メイドだったのだ。

「普段どれだけ頼んでも、慎次さんは休んでくれないじゃないですか。なので、今日の緒川さんは一日休んでてください。今日は私が、慎次さんのお世話を致しますので」
「し、しかし……」
「今日は私の誕生日。慎次さんが休んでくれることこそが、私にとってのプレゼントなのです」
「翼さん……」

食い下がろうとした結果、お誕生日サマ強権を使われてしまった。
これでは、流石の緒川も聞き入れるしかない。

正直なところ、心配ではある。
しかし、他でもない彼女が、日ごろのお礼と労いを兼ねてこうしたい、と言っているのだ。無碍にするわけにもいかない。

というわけで、緒川が翼にお世話される、奇妙な誕生日が始まったのである。

ff

最初に翼が取り掛かったのは部屋の掃除……そう、一番心配なところからである。

翼は整理整頓が圧倒的にダメダメな、いわゆる“片付けられない女”。
彼女に務まるとはとても思えない家事筆頭、それこそがお掃除である。

無論、彼女自身にもその自覚はある。

だが、やるといった手前、やり遂げるまで引かないのも彼女の真面目さだ。
おかげでバラエティ番組からのオファーがどんどん舞い込んでしまうのだが……それはそれとして。

「一番簡単そうなものからやって行こう。まずはハタキで埃を落とすところから……」

ハタキを握ってしばらくした頃である。

「いったああああああッ!?」
「翼さんッ!? どうしましたか!?」

翼の悲鳴に慌ててやって来る緒川。そこには……。

「こここ、小指を……ぶつけてしまいまして……」

なんと、ハタキで埃を落としていたところ、タンスの角に小指をぶつけてしまったらしい。
涙目で足を抑えていた。

「大丈夫ですか……?」
「防人の剣は、この程度で折れたりしませんッ!」
「そうですか……」
(心配だなぁ……)

内心、とても心配なのだが、本人がこう言っているのだ。
任せるより他にない。

「痛みが引き次第、すぐ続きに戻りますので……ッ!」

ff

続いて洗濯。

洗濯物を畳む事が出来ない翼だったが、洗濯なら洗濯機に突っ込んで、洗剤を入れ、スタートボタンを押すだけでいいだろう。

……そう認識していたのが本人なんだから、どれだけ不味いかは想像に難くないだろう。

「ぬおわあああああああッ!?」
「翼さん、今度はどうしたんですかッ!?」

緒川が慌てて脱衣所へと向かうと、そこには……。

「慎次さん! 洗濯物が勢いよく飛び出してきたのですが、これはどうなっているのでしょう!?」
「無理に詰め込み過ぎたのではないかと……」

ドラム洗濯機から飛び出してきた洗濯物に埋まった状態の翼を見て、緒川は苦笑いしながらそう言った。

「二回に分けて洗濯しましょう。仕分けは手伝いますから」
「うう……洗剤の量と押すボタンは間違えなかったのに……」
(練習してきたんだろうなぁ……)

翼の言葉に、彼女の健気さを感じながら、緒川は微笑んだ。

ff

そして昼食。

普段なら、包丁を刀を振り下ろすように使っては、野菜をあっちこっちに転がらせてしまったり、まな板をボロボロにしてしまう危なっかしい行動をやらかし、最終的にはダークマターを作り上げてしまうという悲惨極まりない料理下手を見せつけてくる彼女だが……この日は違った!

なんと、料理上手の弟に加え、見守り隊も全面協力。
せめて入門者並みにはなるよう、徹底的に料理スキルを扱かれた翼は、ちゃんと料理が作れる女には成長していたのだ!

「どうぞ、慎次さん。昼餉です」
「これは……全部翼さんがお一人で!?」
「まあ、翔や春谷(はるたに)さんのお手を煩わせてしまいましたが……なんとか形にはなりました」
(ああ、それで……)

弟、そして頼れる補佐が鍛え上げたのであれば、問題はないだろう。

さて、問題は味の方だが……。

手を合わせ、緒川は箸を手に取る。

まずは厚焼きの卵焼きから……。

「……どう、ですか?」
「んん、美味しいですよ」
「よかった……。まずは一つ、クリアですね」
「ええ、甘くてふわふわしてて、とてもよくできているかと」
「……え、甘い?」

この瞬間、翼の顔から血の気が引いたことに、緒川は気付かない。

「慎次さん、もしかしたら私──ッ!」
「……ッ!?」

……翼が止めようとした時には、時すでに遅し。
緒川はカボチャの煮物を口にしてしまっていた。

「すみません! 砂糖と塩が逆だったようですッ!」
「い、いえ……この程度、どうという事は……」

砂糖と塩、それが逆になってしまうだけで、その味付けは大きく変わる。

甘い煮物にするために、砂糖を大さじ二杯で入れた筈だったのだ。

それが塩大さじ二杯になってしまっていたのだから堪らない。
塩っ辛さが生半可なものではない事は、想像に難くないだろう。

「今すぐお水をお持ちしますので!」

慌ててコップに水を注ぎ、緒川の元へと持っていこうとする翼。

しかし、その途中で足が滑り……。

「あああああーッ!?」
「翼さんッ!」

……直後、コップが割れる音がした。



「翼さん、怪我はありませんか?」
「い、いえ……」

緒川が咄嗟に受け止めたことで、翼は転倒を免れていた。

緒川は思わず、ホッと息を吐く。

すると、翼はポロポロと涙を流し始めた。

「翼さん、どこか痛むんですか!?」
「い、いえ……違います……。ただ……自分が、情けなくて……」

袖で涙を拭う翼を見つめながら、緒川は静かに言った。

「情けなくなんかないですよ。翼さんは、翼さんなりに頑張ったじゃないですか」
「でも……わたし、全然上手く出来てなくて……」
「そんなことありません」
「掃除中に小指ぶつけちゃうし……」
「誰にでもあることです」
「砂糖と塩、間違えちゃったし……」
「時々あることです。それに、とても美味しかったですよ」
「洗濯機の中身全部ぶちまけちゃったのは?」
「あれは…………」

流石に口籠る緒川。
翼は顔を両手で覆いながら続けた。

「わたし、慎次さんに何も返せてません……。今日は慎次さんに休んでもらうつもりだったのに、結局手伝ってもらったり、ご迷惑をおかけしたり……」
「翼さん……僕は迷惑だなんて、思っていませんよ?」
「でも、わたしは……」
「だったら、一緒にやりませんか?」
「…………え?」

思わぬ言葉に、翼は手を下ろす。

「二人でやれば、僕の負担の半分を、翼さんに預けることができます。それに、一人でやるより早く、家事を終えることが出来るはずです」
「でも……わたしでは、慎次さんの脚を引っ張ってしまうのでは……?」
「教えてあげますから、一緒に頑張りましょう。ね?」
「慎次さんと……一緒に……」

見上げる緒川の顔は、相変わらず頼もしく、優しい笑みを湛えている。

「手始めに食器洗いから、お教えしますよ?」
「慎次さん……」

今のままでもいいと。一緒に改善していこうと。
愛する人がそう言ってくれたのが、翼には何より嬉しかった。

そして、緒川と二人で台所に立つ自分の後姿を妄想し……ちょっとだけ、頬を赤らめた。

「その前に、落としてしまったコップを片付けましょう。このままだと、足を切ってしまいます」
「そ、そうですね……。塵取りを持ってきます!」

緒川の腕から慌てて離れると、翼は掃除用具置き場へと向かって行った。

「翼さんも、以前に比べて柔らかくなりましたね……」

と、その時、緒川のスマホが着信の『逆光のフリューゲル』を鳴らした。

「もしもし」
『緒川さん、パーティーの準備出来てますよ』

声の主は、もちろん翔だ。

緒川は、翼に聞こえないように注意しながら答えた。

「翔くん……翼さん、今日も可愛いですね」

すると、翔は一瞬沈黙し、クスっと笑って答えた。

『当たり前でしょう。だって姉さんは──』 
 

 
後書き
改めて翼さん、お誕生日おめでとうございます!!

え?なんか聞き覚えのない名前出てたって?

実はまーた職員さんが増えちゃいましてねw
軽めに設定置いときますw

・春谷(はるたに)さん:情報部に所属する女性職員。緒川家所属のくノ一であり、緒川の補佐として二課に所属している。変装の達人であり、その腕前は役に合わせて全く別の性格でさえ演じてみせるほど。

ちなみにモデルは某恋愛頭脳戦の早坂さん。裏モチーフはタイニーバルタン(バルタン、タイニー→バル、タニー→ハルタニ)

多分、G終わった後の番外編とかで出ます。
それでは、次回もお楽しみに! 

 

裸エプロン談義

 
前書き
Twitter短編第4弾!

今回のテーマは、「裸エプロン」について。
熱血ドルヲタのふとした言葉が、男達を狂わせる!

お楽しみに! 

 
「なぁ、裸エプロンってどう思う?」

昼時、アイオニアンの食堂で、紅介が誰にともなく呟いた。

「ぶふうっ!? げほっ、げほっ……昼時に何話してんだよ!?」
「紅介……いきなりどうしたんだ?」

翔は呆れ、純は苦笑いを浮かべる。

「な、何を言ってるんだ!?紅介!」
「食事時になんて話を……万死に値するぞ!」
「兄さん、声大きい……。それと大袈裟」

恭一郎は動揺し、大野兄弟は何時ものやり取りを繰り広げる。

「ああ、悪ぃ。でもよぉ、一回くらい考えた事無いのかよ?」
「ない」

他の5人を代表して、翔がはっきりと否定した。

「考えてみろよ、恋人がエプロン1枚で恥じらう姿をよぉ!」

『ジロジロ見ないでくれよ……。こっ、こう見ても恥ずかしいんだよ……バカ!キレイだって言うなぁ……』

「これだよ!わかるか!」
「だから何なんだ……」
「奏さんのそういう姿を想像したら……なぁ?」
「いや、そう言う事じゃないから。食堂で騒がないで」

興奮する紅介に呆れる飛鳥。紅介は同意を求めるが、流星に一蹴されてしまう。

「とにかくよォ、そういう妄想は男なら誰だってするモンなんだよ」
「いや、答えになってないぞ!」
「そんで、新婚さんによくあるアレを言ってくれたりしてさぁ……」

飛鳥がツッコミを入れるも、当の紅介は聞く耳持たずで、更なる妄想に耽っていた。

(紅介のヤツめ……。俺はそんな事、絶対に考えないからな……)

ff

「翔くん?どうしたの?」

自宅のソファーに腰掛け、昼間の会話を思い出していると、響が問い掛ける。

「ん?いや、なんでもないよ」
「そっか……。それより、どうかな?このエプロン」
「エプロン?」
「うんっ!未来と一緒に選んだんだ~。似合うかな?」

響は買ったばかりの、ライトオレンジのエプロンを身に付け、一回転して翔に見せる。

「あぁ、すごく響に似合って──」

その時──

『そっ、そんなにお尻ばっかり見ないでよぉ……。うぅ、恥ずかしい……。翔くんのエッチ……』

そんな妄想が、翔の脳裏を過った。

「うわぁぁ!!」
「うわっ!!」
「ごめん響、ちょっと頭冷やして来る!」

不意に浮かんだ破廉恥な妄想に、翔は慌ててソファーから立ち上がると、頭を冷やすために外へ出た。

「ん~?翔くん、どうしたんだろ……?顔が真っ赤だったように見えたけど……」

ff

翔が慌ててる一方、恭一郎は未来と二人で帰路に着いていた。

「──それでね、響と一緒に選んだんだ」
「何をだい?」
「新しいエプロン。 響ね、翔くんの為に美味しい料理作るって張り切っちゃって」
「そうなんだ」

楽しげに話す未来の姿を見て、恭一郎は微笑んでいる。
付き合い始めてからは、いつも通りとも言えるようになった光景だ。

「私もねエプロン買ったんだ」
「へぇ、それは帰ってからが楽しみ──」

『あ~あ、体が冷えて来ちゃった。ねぇ?温めて……お願い』

「どうしたの?」
「いや!なんでも……」
「ッ!恭一郎くん、顔が赤いよ!?熱でもあるんじゃ……」

急に止まった恭一郎に、未来は顔を近づけた。

『ほら、は・や・く♡』

「ッ!!」

瞬間、浮かびかけていた妄想が更に加速してしまい、恭一郎は顔から湯気を上げて倒れてしまった。

「恭一郎くん!?」
「ダ、ダイジョウブ……デス……」

(紅介ぇぇぇ!明日になったら覚えてろぉぉぉ!) 
 

 
後書き
翔くんと恭一郎くんに飛び火した所を見ると、おそらく大野兄弟も……。

書くかどうかは……気分次第ですw
次回もお楽しみに! 

 

未来への誓い(立花響誕生祭2020)

 
前書き
最推しの誕生日だ!祝えッ!

ちなみに時系列は無印とGの間らへん。
砂糖?相変わらず大盛りだよ!読む前に珈琲準備してね! 

 
時刻は夕方。日付は9月の13日。

あの日、俺が彼女と想いを伝えあった公園に、俺達は立っていた。

沈み始めた夕陽はあの日と同じように、世界を一色に染め上げる。

愛する君と同じこの空の色が、俺は好きになっていた。

「響、今日は楽しかったか?」
「うん、すっごく楽しかったよっ!」

満面の笑みで応えてくれる響に、思わず俺の口元にも笑みが零れる。

今日は朝から一日中、響と二人っきりで過ごす事ができた。

二人で映画を見て、響のショッピングに付き合い、ファミレスでハンバーグやパフェをアーンしたり……まあ、とにかく丸一日をかけてデートを満喫した。

夜からは二課の皆や小日向も呼んでのパーティーだ。
だからその前に、俺は響とこの場所にやってきた。

この日のために用意した、あるものをプレゼントする為に……。

「響……プレゼントがあるんだ」
「ほぇ?ここで渡すの?」

てっきり、パーティーの時に渡すものと思っていたのだろう。響が首を傾げる。

「二人っきりの時に渡したくてさ……」
「二人っきり?」

首を傾げたままの響に少し笑みを零しながら、俺はポケットから小さな箱を取り出す。

「それって……もしかして……」
「ああ。女の子は誰しも憧れる、と聞いている。オーダーメイド品だから、世界にたった一つだけだぞ」

向き合う響の目が、大きく見開かれる。

真っ直ぐに響を見つめながら、俺は小箱を開けた。

「ハッピーバースデー、響。君が生まれてきてくれた事、そして君と出会えた事に、最大の感謝を」
「は……はわわ……」

箱の中には、銀色の指輪。真ん中に嵌め込まれた青い宝石を中心に5枚の翼が並び、花弁を形作っている造形……。
まさしく、俺から響へと捧げる愛を形にした指輪だ。

「左手、出してくれるか?」
「う、うん……」

恥ずかしそうに、おずおずと差し出される響の左手。
手を取ると響は一瞬身体を固くするが、すぐにその手を俺に委ねてくれた。

夕陽に照らされていても分かるほどに、響の顔が紅潮していく。

桜色の頬、潤んだ瞳……俺の心臓もまた、早鐘を打っていく。
響もきっと同じはずだ。俺達は今、心の音を共振させている。

「早すぎるかもしれないけど……この気持ちに嘘はない」
「翔くん……」

そして──その薬指に、俺は指輪を嵌めた。

「その宝石はサファイア。宝石言葉は『知恵』と『心の安らぎ』、それから──」
「『固く結ばれた絆』と……『永遠の愛』、だよね?」

おや、先に言われてしまったか……。

「知ってたのか?」
「うん。わたしの誕生石、だよね?前に、未来から教えてもらったんだ。素敵な意味だったから、忘れられなくて……」

そうか……。響はその辺、疎いと思っていたんだが……やはり、歳頃の女子だもんな。
愛とか恋の話は意識しなくても引っかかっているものなんだろう。

「サファイアが『永遠の絆』を意味するのは、その高い硬度が由来だ。俺と響の絆は決して砕けない……。サファイアは、まさにピッタリな宝石だろう?」
「翔くん……」

指輪と、そして俺の顔を交互に見つめる。
ああ、俺の響が最高に可愛い……。

「それに、サファイアは知識や知恵のパワーストーンでもあるからな。響が少しでも勉強出来るように、という御守りでもある」
「へぇ~……って、もう!勉強の事は言わなくてもいいじゃんッ!」

関心の表情が、一瞬で膨れっ面に変わる。
コロコロと表情を変える響の百面相は、見てて飽きない魅力がある。

本当に、出逢えてよかったと心の底から思えるよ。

「ははは、照れ隠しだ……許せ」
「もう、いじわる……。許さないんだから」

そう言って響はそっぽを向いてしまう。

「悪かった、この通り!」

慌てて手を合わせ、頭を下げる。
すると響は、こちらをチラチラと振り返りながら呟いた。

「……許して欲しかったらさ、その……するべき事、あるんじゃない……かな……?」

期待に満ちた目。響が俺だけに向けてくれる、一番好きな表情だ。

そんな顔で見つめられたら……恋人として、応えない訳にはいかないだろ?

「そうだな。じゃあ……」

響の腰に腕を回し、指輪の嵌った左手の指に口付けする。

「ん……指、だけ?」
「だけとは言ってないぞ?」

そして今度は、響の唇へと……。

夕陽の中で、俺は響と口付けを交わした。

「満足してくれたか?」
「えへへ~……でも、どうして指輪を?」
「姉さんに言われたんだよ。キープしておかないのか、ってさ」
「つ、翼さんがそんな事をッ!?」

姉さんが『翔は、立花と結婚するのだろう?』なんて聞いてきた時は、流石に驚いてスポドリ吹いたけど。

他の男に言い寄られて欲しくないし。婚約指輪はいつか渡すつもりだったし。

それに、あの時の告白もほぼプロポーズだったし……。

渡すだけの理由は、とっくに整ってたんだな。

「なあ、響」
「なぁに、翔くん?」
「大学を卒業したら、結婚しような」
「ふぇっ!?」

驚いた顔の響を見つめ、微笑む。

「どうした?もっと後がいいのか?」
「いや、そういう事じゃなくて……その……はうぅ……」
「ははッ、分かってるさ。でも、将来の事は今から決めても早過ぎないだろ?」
「もー、翔くんってばぁ……」

照れ顔の響はやっぱり可愛い。思わず抱きしめたくなる可愛らしさだ。

「響」
「んぅ……今度はなぁに?」

そんな腕の中の響を見つめ、そしてもう一度伝える。

「生きててくれて、ありがとう。これからも……いや、生まれ変わってもずっと一緒だぞ」
「ッ……! う、うん……」

桜色から、リンゴのように真っ赤な色へと変わった響を、思いっきり抱き締める。

「大好きだぞ……響」

何度でも言おう。何度でも伝えよう。

ハッピーバースデー、誕生日おめでとう。






「ほあああああああああああああああああああああああああああああッ!! 翔ひび尊いぃぃぃぃぃッ!!」
「姫須さん、うるさいですよ」

なお、春谷さんの手で撮影されたこの映像が、見守り隊のアーカイブにしっかりと記録されている事は、当人達にはしばらく内緒である。 
 

 
後書き
去年は誕生日をグレ回で祝ったので、今年はちゃんと翔ひびで祝う事が出来て嬉しいです。
来年はもっと皆でワイワイやってる誕生日になるかもw

それではご唱和ください。
響!誕生日おめでとう!! 

 

IF純クリのホラー映画鑑賞会

 
前書き
Twitter用の短編、メモの中にまだ残っていたので投稿しますw

今回は丸々一本IF純クリで書いた短編。未完成だったのを完成させてお出しします。
そういや最近「リング」とか「こどもつかい」、「貞子VS伽椰子」をレンタルしてたのでタイミング的には丁度いいかも?
個人的にこの中で一番面白かったのは「こどもつかい」でした。皆さんも是非見てください。ぼーあんがー、ぼーあんがー♪

 

 
「純、映画借りたんだけど、一緒に観ない?」

クリスがそう提案して来た時、俺は目を疑った。

クリスが差し出して来た映画のタイトル。それは、ちょっと前に話題になった有名ホラー映画のものだったからだ。

パッケージに描かれているのは、真っ赤な風船と黄色いレインコートの少年。
そう。排水溝から殺人ピエロが出てくる、あの映画である。

ホラー映画? あの、怖いの苦手なクリスが?
一体どういう風の吹き回しだ?

俺は困惑した。

「クリス、大丈夫……なのか?」
「うん。ネットで、時々見かけるけど、全然、怖くなかったもん」

えっ? ネット? ……あー、そういやあのピエロ、切り抜かれた動画が某有名動画サイトを中心にネタ化されてたな……。

排水溝から出てきて色々オススメしては沼に引きずり込んでくるピエロ……。
映画見るまでそれくらいの印象だった、という声もあった筈だ。

ちなみに俺は、同じクラスにいる映画好きの友達と一緒に見た事があるんだが、想像してた倍は心臓に悪かった。

これ、クリスの苦手なやつだぞ……間違いなく。

「本当に大丈夫なんだよな?」
「響ちゃんに、確認したもん。怖いけど、ホラーって言うよりは、青春映画だよって」

……うーん、間違っちゃいない。

ストーリーの流れ的には確かにそうなんだけど……だからって全くホラーじゃないって訳でもないんだよな~……。

ってか、響って確かクリスの後輩で、(あいつ)の彼女だったよな?
どんな顔してそうレビューしたんだ……。

クリスの勢いに押されたか、それとも悪戯半分で情報を伏せたか……。
……どちらも有り得るな。

でも、これはある意味でチャンスではないだろうか?

ホラー映画で怖がるクリス……久し振りに見てみたいな……。

「そこまで言うなら……」
「純、もしかして……怖いの?」

……何も知らないクリスの顔が、にっこりと笑っていた。

どうしてそこで得意げな笑みになるのか、ちょっと心配なんだが?

「何でそうなるんだ?」
「大丈夫。怖かったら、わたしに抱きついても、構わないから」
「いや、俺一言も怖いなんて言ってないんだが!?」
「わたし、これでも、純よりおねーさん、なんだから。むふー」

クリス……勘違いでフラグを何本も建てるのはどうかと思うぞ……。

でも、仕方ない。騙してるようで悪いけど、黙っていよう。

お姉さんぶりたいクリスの厚意を無碍にするのも、紳士としてよろしくないからな。

──というわけで、俺とクリスは部屋を暗くして、二人でこのホラー映画を観る事にした。



……再生開始から暫くして。

「ひっ!?」

暗がりから出現する異形の姿に、クリスがビクッと肩を跳ねさせる。

やっぱり可愛いな、クリスは……。
って、さっきから俺、クリスの方ばっかり見てないか?

首を横に振りながら視線を画面に移した、その時だった。

『ウボァアアアアァァァァァ!』
「ひうっ!?」

悲鳴と共に腕に押し付けられる柔らかい感触。
腕にしがみついてくる彼女の手から伝わる力が、どんどん強くなってくる。

いや、この程度痛くはないんだが……やっぱり押し付けられてるメロンの感触が気になって仕方がねぇ!

目の前の画面に集中……雑念を振り払うんだ……。

『キィエエェェェェェェェェ!!』
「きゃあああぁぁぁぁぁぁッ!?」
「ぐあぁッ!?」

画面にどアップで迫って来た化け物に、クリスが悲鳴を上げて俺に飛び付いた。

今のはちょっと耳にキたぞ、クリス……。

「……あっ、ごっ、ごめん! 純、大丈夫?」
「大丈夫……耳以外は……」

慌ててクリスは俺から離れる。
一旦映画を一時停止して、俺は深呼吸する。

画面の奥の化け物より、クリスの悲鳴に驚いて心臓止まるかと思ったぜ……。

「ごめん……その……怖かったから、つい……」
「気にしなくてもいいぜ……。その……怖がるクリス、可愛かったし……俺を頼って飛び付いてくれるの、悪い気はしねぇから……」

薄暗い室内、テレビの光に照らされて一瞬だけ見えたクリスの顔を思い出す。

一瞬だけど、その顔はしっかりと網膜に焼き付いてる……。

いや、一瞬だけなのが勿体ない、むしろもっと見ていたかったとさえ思ったくらいだ。

「純……」
「……どうする?怖いなら、ここでやめた方が……」
「だ、ダメっ!」

リモコンを握る俺の手を、クリスの手が握る。
驚いてクリスの顔を見ると……

「こ、こわい、けど……純が守ってくれるから……大丈夫、です……」

ちょっと涙目で俺の手を掴む、世界で一番可愛い美少女がいた。

これは反則だろ……お持ち帰りしてぇ。あ、ここ俺ん家だったわ。

「わかった。でも、本当にダメそうなら……」
「大丈夫だもん。今のはちょっと、ビックリしただけ。怖くなんか、ないんだから」

腕にしがみつかれながら言われてもなぁ……。
こういう負けず嫌いな所は、昔から変わってないみたいだ。

排水溝ピエロには悪いが、もう少し俺がクリスとイチャイチャする為のダシになってもらうぜ……なーんてな。

「再生押すぞ」
「う、うん……待って!ちょっと深呼吸させて」

ここまでくっ付いてくれるなら、また今度借りてこようかな?
翔にオススメ、紹介してもらうことにしよう。 
 

 
後書き
ヘタグレは、ホラー苦手なグレがヘタくんにずっとくっ付いてたら萌える……。
まあ、今XDじゃ大変な事になってるんだけどね()

次回は今が旬の、並行世界装者の短編になるかと。
あと、恭みくの告白シチュとか、2人っきり王様ゲームとかも執筆予定なので、次回もお楽しみに!!
 

 

そして今日も暁は(ifきりしら登場記念)

 
前書き
9月13日の惨劇から11日……。世間は既に闇堕ちグレの話で持ち切り……で・す・がッ!
イベント開催期間が終わらない限り、旬を逃したとは言わせないぜッ!!

って事で、シンフォギア二次SS界隈最速最短で、IFきりしらのNLものを書き上げた錬糖術師のお通りだァッ!!
NLっていうか、キャラ紹介がメインだから付き合ってるかどうかさえ疑問な程度の描写しか入れてないけど、NLだと敢えて言い張るぞ俺はッ!!

それでは、全世界最速のIFきりしらNLもの。どうぞお楽しみください。 

 
アメリカ本国から、小型ボートで数時間の場所に位置する無人島。

ここがアタシ達が暮らす秘密の研究所。

朝の6時、いつもと同じ時間にスリープモードが解除され、アタシの朝はこの研究所の誰よりも早く起きるところから始まるのデスッ!

アタシは、人工知能搭載ヒューマノイド型アンドロイド。暁切歌デスッ!

「さあ、今日も一日、頑張るデスよ~」

誰より早く起きるアタシの仕事はまず、皆の朝ご飯を作る事。
今朝のメニューを検索したら、キッチンに向かって……その途中にある培養槽の前で足を止める。

「おはようデス、()()

培養液の中で眠っている、アタシとそっくり同じ外見をした、髪の長い女の子。

この子の名前は”暁切歌“。
え?どうして同じ名前なのかって?

それは、アタシが造られた理由が、眠り続けるこの子を救う為だったから。

ここで眠り続けている、本物の切歌のスペアボディとして造られたアタシ。
けれども、切歌の意識を移すことは出来ず、アタシには本物の切歌を元にしたAIが搭載されている。

そして、今のアタシは雑用アンドロイドの役割を与えられ、こうしてアタシを造ってくれた皆の為に働いているのデス。

さて、切歌に挨拶もしたデスし、朝ごはんを作らなくっちゃデース!

ff

「ふあぁ……おはよ、切歌ロイド」
「あっ、飛鳥さん!おはようデス!」

朝ご飯が出来上がる頃、研究所で一番早起きの飛鳥さんがやって来る。

「今日の朝ご飯は……目玉焼きにウインナー、野菜サラダとコーンスープ、そしてガーリックトースト。うん、今日も美味しそうだ」
「えへへ~、それほどでもないデスよ~」

アタシの作った朝ご飯を見て微笑むと、飛鳥さんはアタシの頭をヨシヨシと撫でてくれる。
やっぱり飛鳥さんは優しいデス。

大野飛鳥さんは、切歌とは1つ上のお兄さん。
切歌を救うために科学者の道を選んだ、若き秀才。

アタシを造ってくれた人の1人で、とっても優しい人なんデス!

「こんなに美味しそうなんだ。冷めないうちに、あいつを起こしてくるよ」
「よろしく頼むデス」

完成した朝ご飯をテーブルへ運び、飛鳥さんと2人、ねぼすけな2人の部屋へと歩いて行く。

これから起こしに行くのは、切歌にとっても、アタシにとっても大事な人達デス。

飛鳥さんが起こしに行くのは生化学者の弟、流星さん。
飛鳥さんと同じく、切歌を助ける為に生化学の勉強をした秀才さんデス!

飛鳥さんと比べてちょっと無口デスが、アタシの身体がプニプニしているのは、流星さんが発明した人工皮膚のお陰でもあるのデスよ~。

「それじゃあ、切歌ロイド。月読はよろしく」
「モチデース!」

飛鳥さんが向かった部屋のすぐ隣、ここがアタシを造ってくれたあの子のお部屋。

月読調。切歌の事が大好きな子で、切歌にとってとっても大事な人。

アタシはノックをしてから、彼女の部屋へと入った。

「調~、入るデスよ~」

自動扉を抜けると、そこは……………………見渡す限りの汚部屋が広がっていた。

いつもの事なのデスが、調は研究以外の全てを面倒臭がってやらないデスからね……。
昨日からずっとこの状態デスし、これは起こした後でお掃除しなくちゃデス。

「調~、起きるデスよー。もう朝デース!ぐっもーにんデース!」
「ん……むぅ……」

眠たそうに目を擦りながら、黒髪をショートボブにした頭が起き上がる。

「調、起きるデス。おはようデス」
「うっさいなぁ……あと5分……」
「朝ご飯冷めちゃうじゃないデスか。起きてくれないと、部屋も片付けられないデス」
「別にわたしは困らないし……あと勝手に入っへふるはっへ……いってるでしょ……」

欠伸混じりに伸びをする調。
いつも通りだけど、やっぱりエネルギーコアの奥がズキっとするデス……。

調は……いっつもアタシに辛辣デス。
でも、仕方ないよね。アタシは調の切歌じゃない。ニセモノのアタシじゃ、調を喜ばせる事なんかできっこないデス。

それでも、調を支えるのはアタシの役目。
本物の切歌の代わりにはなれなくても、本物の切歌はきっとそれを望んでるデスッ!

だから、今日もアタシはいつもと同じように、調を起こしてあげるのデス。

──っと、その時。

廊下を走る物音、そして自動扉が開いた音がした。

「ちぇ、ちょっと遅かったか……」

入って来たのは、飛鳥さんとそっくりな顔で、でも髪の毛が所々クセっ毛になっている男の人……流星さんデス。

調と同じでちょっとぐうたらな流星さん。今の一言から察するに……。

「残念デスね流星さん。調はもう起きてるデスよ」
「くっ……いや、でもまだ寝起き顔なら──」
「あなたが駆け込んでくる足音で、すっかり目が覚めちゃったんだけど?」
「ダメか……もっと早く起きるんだった」

調は既にベッドを降り、白衣を羽織っていた。
流星さんの顔が目に見えて残念そうな表情になる。

飛鳥さん、また調の寝顔をダシに流星さんを起こしたデスね……。

「馬鹿な事言ってないで、さっさと朝食済ませるよ」
「ああ。また兄さんにドヤされるからね。切歌ロイド、ドクターをよろしく」

そう言って、流星さんは調をの後を追っていく。

普段は流動食と栄養剤、酷い時は食べなくてもいいなんて言ってる調デスが、流星さんが居る時はちゃんと食べてくれるデス。

調本人は、根を詰めてる時の流星さんの真似して、「たまには食べないと口の中が退屈だから」って言ってるデスが、本当は流星さんと一緒に食べる時間が好きだからなのはお見通しデ~ス!

さて、これであとは……



「助手~!起きるデース!朝デスよー!」
「ウェル博士ー!朝です、起きてくださーい!」

飛鳥さんと2人がかりで、ちょっと高めの羽毛布団をひっぺがし、眠りこけている助手を揺さぶる。

「むにゃ……あと5分……」
「ダメです!あなたの5分は合計30分なんですから!」
「早く起きないと……『おい、ダメ助手』」
「ひぃっ!起きてますッ!起きてますから脛はやめてぇッ!」

調の録音した声を流すと、助手はベッドを転げ落ちてようやく目を覚ました。

このナイトキャップを被ったヒョロい銀髪は、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。
通称、ドクター・ウェル。調や流星さん、飛鳥さんの先生で、ロボット工学の天才らしいのデス。

助手はナイトキャップを脱ぎ、ベッド脇に置いていた四角い眼鏡をかけて立ち上がる。

「まったく、目覚ましに調さんの声を使うなんて……」
「こうでもしないとお昼まで起きてこない助手が悪いデス」
「今度、月読の声が流れる目覚まし時計でも作ります?」
「やめてくださいよ、心臓に悪いッ!」

飛鳥さんがちょっと意地悪な顔で提案し、助手が悲鳴を上げる。

「冗談です」
「君、冗談とか言いつつ本当にやりかねないでしょ?」
「ハハハ、まさかぁ。ほら、朝ご飯出来てますよ」
「スンスン……お、ガーリックのいい匂い」
「冷める前に、さっさと食べるデス」
「そうですね。夜明けのコーヒーと一緒に、美味しくいただきますよ」

助手は伸びをしながら、部屋を後にする。
アタシと飛鳥さんもそれに続き、キッチンへと向かった。

「切歌ロイド、さっきはグッジョブ」

その途中で、飛鳥さんがアタシの方を見て微笑む。

その笑顔を見ると、アタシも嬉しくなっちゃうデス。

「それほどでもないデスよ~」
「でも、僕一人だと博士は中々起きないから。いつも助かってるよ、ありがとう」

飛鳥さんはそう言って、アタシの頭に手を置く。

多分、本物の切歌にするのと同じように。

「あ、あんまり撫でられると困るデスッ!飛鳥さんは、その……本物の切歌の事が……」
「ん?なんだって?」
「デデデッ、デース!?」

そう言って、飛鳥さんはアタシの頭を撫で続ける。

わああああ、な、なんだか全身の回路がオーバーヒートを起こしそうデスッ!?

何度体験しても、この不調の原因は分からないのデスッ!
なんなんデスかこれはぁ!

「あ、あああ飛鳥さんッ!?いつまで撫でてるつもりデスかぁ!?」

アタシが言い終わるか終わらないか。
その絶妙なタイミングで、キッチンの方から流星さんが呼ぶ声がきこえた。

「兄さんまだー?もう食べちゃっていいよねー?」
「流星くん?さりげなく僕のウインナー盗まないでくれますか!?」
「バカ助手、うるさい」

いつも通りの喧騒が、アタシ達を呼んでいる。

飛鳥さんはアタシの頭から手を離すと、キッチンの方へと叫ぶ。

「今行くよ!」

そして飛鳥さんは、あたしの方を見てもう一度笑った。

「それじゃ、行こっか」

もう……飛鳥さん、今度仕返ししてやるデス。

でも、今はまだもうちょっとだけ、いつも通りの朝をメモリーに焼き付けていたいデスね。

「おかわりもあるデスから、沢山食べて欲しいのデース!」



皆の声に囲まれて。大切な人達との思い出を増やしながら。

「「「「「いただきます」」」」」

そして今日も、あの子達の暁はゆっくりと明けていくのデス。 
 

 
後書き
キャラ紹介
大野飛鳥(Another):ウェルの教え子にして、ロボット工学の若き秀才。元F.I.S.の被検体。切歌とは、まるで兄妹のように仲が良かったため、切歌(アンドロイド)の事を誰よりも大事に思っている。“切歌ロイド”という呼称も彼の命名であり、彼にとってもう1人の切歌は「切歌の代わり」などではなく、1人の立派な「家族」である。ちなみに、研究所で唯一ウェルを名前で呼んでいるのも彼である。

大野流星(Another):飛鳥の弟であり、生化学の若き天才。ウェルの専門分野ではない生化学の方面に手を伸ばし、独学でその才を伸ばした天才。調とは被検体時代に知り合い、F.I.S.脱出の際に協力を持ちかけられるほどの仲。切歌(アンドロイド)の事をあくまでもアンドロイドとして割り切っている反面、切歌と同じ姿をした彼女をぞんざいに扱う調には思う所があり、言葉にしないながらも諌める役回り。

この世界の大野兄弟は、両親をノイズ災害で喪ってF.I.S.に引き取られた設定です。
IF飛鳥くんは、IF調が発明したアンドロイド兵とは別に、多目的変形型パワードスーツ「ジャンバード」を開発しているとか。
IF流星くんの専用スーツが「ジャンバード Mark-9」で通称「ジャンナイン」とか、そういう設定があったりなかったり。

目を覚ましたIF切歌とIF飛鳥くん、そして恋に目覚めた切歌ロイドの三角関係とかがあるかもしれない。

短編の番外編で、これから出番が増えたりするかもしれない。
もしかしたらいつかXVまで書ききったら、「伴装者XDU ~LOST SONG編~」とかあるかもしれないし、ないかもしれない……。

まあ、ともかく新たな需要を生み出しつつ、並行世界の伴装者達にもご期待ください!



それからこの度、なんと熊さんの手によりUFZの4人にも立ち絵が出来ました!!

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加賀美恭一郎

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穂村紅介

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大野飛鳥

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大野流星

4人とも、いい顔してますねw
これでG編までの時点で登場したうちの子には、全員イラストが付きました!

次は恭みくの告白回ですかね。恭みく推し、参考にしたいので理想のシチュをプリーズ。
それでは、次回もお楽しみに!! 

 

恋人の日ネタ

 
前書き
最近忙しくて全然投稿出来てなかったら、ランキングからドロップアウトしてたので慌てて短編を引っ張り出す。

今回は『恋人の日』にTwitterへ投稿したネタです。
季節は既に過ぎてますが、甘さは保証しますよ!

ちなみに、本編でくっつけられてないCPほど長くなっておりますので、推しのCPがまだくっ付いてない皆さんはご期待ください! 

 
翔ひび

翔「響、これを……」
響「写真立て?」
翔「今日は恋人の日、と言うらしい」
響「こっ、こここ、恋人の日ッ!?」
翔「ブラジルでは、恋人同士が自分の写真を入れた写真立てを送り合う日、らしいけど……そういや俺達、写真立てはまだ買ってなかったなって」
響「ああ、そういえば……。じゃあ、今から現像するの?」
翔「最高の一枚を撮るために、これからデートに出ないか?」
響「ッ! も、もーっ! 翔くんってば、またそうやって臆面なく誘って来るんだから……」
翔「性分だからな。それで、どうする?」
響「そりゃあ、勿論……翔くんと一緒なら♪」

ff

純クリ

純「クリスちゃん、これは?」
クリス「見てわかんだろ? 写真立てだよ。……その……今日は、アレだろ……えっと……こ……ここ……こい、びとの……」
純「……恋人の日、かい?」
クリス「ッ! し、知ってたのかよッ!?」
純「今日だってことは忘れてたけどね。そっかー、今日だったのか……。僕からもクリスちゃんに、写真立てを贈らないとね」
クリス「いいよ、また今度でも。あたし、待ってるからさ」
純「いいや、この不覚を埋め合わせるなら、そうだね……。クリスちゃんと二人で選んで来る、っていうのはどうかな?」
クリス「ッ!?」
純「クリスちゃんが一番好きなフレームのを選んでいいよ。それに写真を入れて、今夜僕が渡す。どうかな?」
クリス「そ、それは……」
純「ダメかい?」
クリス「……嫌じゃ、ない……」
純「じゃあ、今から支度しよっか♪」
クリス「……そういう所だよ、バカ……」

ff

ツェルマリセレ

マリア「恋人の日ね」
セレナ「ツェルト義兄さんはどうするんでしょうか?」
マリア「きっと、素敵なサプライズをしてくれるわよ」
ツェルト「マリィ、セレナ」
セレナ「ツェルト義兄さん!」
マリア「どうしたの?」
ツェルト「今日は特別な日だから、二人とやりたい事があるんだ」
マリア「やりたい事?」
ツェルト「今日はブラジルでは恋人の日、だろ? そういえば俺達三人だけで撮った写真って、まだなかったと思うんだ」
セレナ「ってことは……!」
ツェルト「三人で一緒に撮らないか?」
マリア「ふふ、そう来たか……そうね。私達三人が、一緒に暮らせている奇跡を形にしておくのも良いと思うわ」
セレナ「シャッターはわたしに切らせてくださいッ!」
ツェルト「頼むぞ、セレナ」
セレナ「押しました!」
マリア「二人とも笑って~」
ツェルト「マリィ、もう少しこっちに……」
セレナ「わたしも義兄さんと、姉さんと、もっとくっつきたいです!」
マリア「ほら、これでいいかしら?」
ツェルト「っとと、それじゃ……はい、チーズ」

ff

おがつば

翼「慎次さん、よければ……その、一緒に写真を撮りませんか?」
緒川「ええ、構いませんけど……どうしたんですか?」
翼「いえ、その……翔とマリアに聞きました。今日は、恋人と自分の写真を送り合い、愛を確かめ合う日だと……。ですが、よく考えてみればわたしは、緒川さんと二人で撮った写真というものを持ち合わせていません……。翔と立花はよく、デートでの写真を残したりしていますが、わたし達はあまりそういう事をした事がありませんから……」
緒川「なるほど……。翼さんは、僕との時間を形に残したいんですね?」
翼「有り体に言えば、そういう事になりますが……」
緒川「そうですね……。では、今日の仕事が終わったら、プランを建てましょう。明日は丁度オフですからね」
翼「いいんですか!?」
緒川「ええ。お忍びデート、というのも悪くないでしょう」
翼「忍びの方に言われると、そのワードはシャレになりませんね?」
緒川「そうかもしれませんね。でも、僕だって嬉しいですから。明日はゆっくり羽を伸ばしましょう」

ff

飛きり、流しら

切歌「これが小さい頃の飛鳥さんデスか……」
調「流星さんも小さい……飛鳥さんの後ろによく隠れてたんですか?」
流星「うん。人見知りだったからさ、兄さんにベッタリだったんだ」
飛鳥「今でも完全に抜けきったわけじゃないだろう?」
流星「まあ……そうかもね」
調「可愛い……」
流星「……ありがと」
切歌「……」
飛鳥「どうした、切歌?」
切歌「アタシ達には、小さい頃の思い出がないデス……」
飛鳥「あ……」
切歌「きっと大切な思い出なのに……アタシ達はそれを落っことしちゃったデス……」
調「……だから……覚えていられる流星さん達が、ちょっとだけ羨ましいな……なんて……」
流星「……調ちゃん……」
飛鳥「切歌……」
切歌「……」
調「……」
飛鳥「だったら、これからの写真をいっぱい撮ろう」
切歌「え……?」
飛鳥「過去が取り戻せなくても、今を残すことは出来る。だから、これから作る思い出を沢山写真に残して、アルバムをいっぱいにしよう」
切歌「飛鳥さん……」
流星「兄さんにしては、いいアイディアじゃないかな?」
飛鳥「一言余計だ」
調「でも……素敵だと思います」
切歌「飛鳥さんや調、流星さん、皆との思い出は、忘れないようにいっぱい残しておくデスッ!」
流星「そうと決まれば……明日、遊園地にでも行かない?」
切歌「行くデース!」
調「流星さんとデート……切ちゃん達とはダブルデート……!」
飛鳥「よし、決まりだなッ!」

翌日、4人は遊園地デートを満喫し、たくさんの写真を撮るのだった。

ff

恭みく

未来「ひ~びきっ」
響「未来? どうしたの?」
未来「日頃から翔くんとのあれこれを自慢してる響に、今日はわたしから自慢しちゃいます。じゃーん♪」
響「あー! もしかして未来、恭一郎くんと?」
未来「デートして来ちゃった~」
響「うわ~、楽しそうだね~! あ、この恭一郎くん照れてる」
未来「恭一郎くん、ガチガチだったけど、頑張ってエスコートしようとしてくれてたんだ~……。恭一郎くんのそういう健気な所、改めて好きだなって思えたデートだったよ♪」
恭一郎「未来さんに自慢してもらえるのが嬉しい半面、何だかすごく恥ずかしいなぁ……」
翔「初めはそういうもんさ。徐々に慣れるよ」
響「あれ、これは?」
未来「恭一郎くん、わたしとツーショット撮ろうとしてたみたいだから、言い出す前にわたしから仕掛けちゃった♪」
響「あー……不意打ちだから恭一郎くんはこんな顔してるんだ……」
恭一郎「あああああ恥ずかしいぃぃぃぃぃ!!」
翔(小日向、もしや小悪魔系なのか……?)
恭一郎「……翔、手伝って……」
翔「お、おう?」
未来「それでね~、この写真は恭一郎くんが──」
恭一郎「未来さんッ!」
未来「ん? なぁに、恭一郎くん」
未来(仕返しでも企んでるのかな? でもその手には乗らないよ。君の考えてる事は何でもお見通し──)
恭一郎「ん……っ」
未来「……ッ!?」
響「へ……キス……?」
翔「はいパシャっと」
未来「恭一郎くん……な、何を……!?」
恭一郎「仕返し、だよ……。僕だって、未来さんに遊ばれるだけじゃないんだ……」
翔「やりやがったな……」
響「み、未来……大丈夫……?」
未来(全部読めたと思ったら、わたしが気を抜いた一瞬を突いてドキドキさせてくれる……。はぁ……恭一郎くんの、そういう所……だぁい好き♡)
響「……未来の顔、何だか色っぽく……」
翔「女王様気質、とでも言うんだろうか? まあ、恭一郎にはお似合いなのかもしれないな」

ff

かな紅

紅介「はぁ……奏さん、何回見ても綺麗だなぁ……」
奏「ほほーう? あたしが載った雑誌の切り抜きアルバム、ねぇ」
紅介「ほわああああッ!? かっ、奏さぁぁぁん!?」
奏「何だ? あたしに見られちゃ照れ臭いか?」
紅介「だ、だってそりゃあ……そうっスよ……」
奏「でもさ、写真でいいのかよ?」
紅介「へ?」
奏「本物がここにいるんだぞ。実際に見てみたくないかい?」
紅介「………………は?」
奏「だからぁ、あたしが紅介専用の写真集を作ってやるって事さ。世界でただ一人、あたしの心を射止めたファンへの大サービスだ」
紅介「い、いいんですか……?」
奏「ああ。お望みなら、ちょっとキワドいポーズのでもリクエストしてくれたっていいんだぞ?」
紅介「かっ……かか……神かよぉぉぉ!? 神か? 神かよ? 神ですわぁぁぁぁぁ! おおおおお推しがおおおおお俺の為だけに撮らせてくれるとかッ、ママママママママジっすかぁぁぁぁぁッ!?」
奏「大袈裟だなぁ。夢なんかじゃねぇぞ?」
紅介「ありがとうございます……ありがとうございますッ! 早速撮らせてくださぁいッ!」

しばらくして……

奏「結構撮ったな……」
紅介「私服各種から水着で際どいのまで……家宝にしますッ!」
奏「なんなら水着のやつ、使ってくれてもいいんだぞ?」
紅介「へっ!?」
奏「な~んてな♪ そうだ、折角だしツーショットも撮らないか?」
紅介「ツーショット……あッ、待って死ぬ、俺尊さで死ぬうううう!」
奏「大丈夫だって、大袈裟だな~。ほら、もっと寄れよ」
紅介(ああああああッ! 推しが俺と同じ画面の中にぃぃぃぃぃッ! やべぇ涙出そう、でも堪えろ男だろッ! 念願の奏さんとのツーショットだぁぁぁぁぁッ!)
奏(そういや紅介とこんな距離まで近寄るのって、初めてだったような……。こうしてると、すげぇいい匂いするな……それに、あたしより体温高いし……何だ、この気持ち……胸が熱くなってきやがる。紅介を今すぐ抱き締めて、押し倒してみたいって思っちまう……ッ!)
紅介「かっ、かかか奏さん? 撮影ボタン、押さないでいいんスか?」
奏「あッ、ああ……撮るぞ? はい、チーズ」 
 

 
後書き
如何でしたか?

最近、全然投稿出来てないのが悔しいです。
イベントは重なるし、リアルは忙しい時期だし……。創作の秋をしっかりと満喫したいものです。

恭みくは来月、未来さんの誕生日にくっ付けますので!どうか、もう少しだけお待ちください! 

 

今日、一つ進む時間(セレナ・カデンツァヴナ・イヴ誕生祭2020)

 
前書き
一日遅れのセレナ誕生祭ッ!
でも裏技使ったので、投稿の日付はギリギリセーフです(笑)

徹夜で仕上げたこの一作、さあさあどうかご覧あれ! 

 
「それじゃ、改めて……」
『セレナ、ハッピーバースデー!』

パンッ、という破裂音と共に、紙テープが宙を舞う。
今夜のパーティーの主役、セレナは照れ笑いと共にローソクを吹き消した。

マリア、切歌、調の4人は拍手を送り、ツェルトはスマホのカメラでその様子を撮影している。

今日、10月15日はセレナの誕生日。マリア達の住む部屋では、誕生日パーティーが開催されていた。
ちなみに夜は元F.I.S.で水入らず、という事でS.O.N.G.の面々からは昼の間に祝ってもらった後である。

「皆さん、ありがとうございますッ!」
「セレナが、誕生日を……ああ、セレナぁッ!!」
「わっ!?ま、マリア姉さん、落ち着いてください!」

感極まったマリアは、涙ぐみながらセレナを抱き締める。

無理もない。6年も氷の中で眠り続けていた妹が、ようやく歳を重ねる事が出来たのだから。
姉として、その感慨はひとしおだろう。

抱き着かれているセレナも、それは理解している。
困った顔をしてはいるが、抵抗していないのがその証拠だ。

「姉さん、泣かないでください。せっかくのパーティーなんですから、ね?」
「そうデスよマリア!笑顔で祝ってあげた方が、セレナだって嬉しいデス」
「うん。わたしもそう思う」

セレナと、それから妹分の切歌と調に諭され、マリアは涙を拭きながらセレナから離れる。

「そうよね……。泣いてばっかりじゃダメよね。私はセレナの姉さんなんだからッ!」
「デースッ!それでこそマリアなのデースッ!」
「ドンドンパフパフ、わーわー」

セレナから離れたマリアは立ち上がり、キメ顔でそう宣言した。
その様子を3人は、拍手と共に見上げるのだった。

「それにしても、まさか来てくれるとは思いませんでしたよ。ドクター・アドルフ」

一方、そんなマリアを微笑みながら見ていたツェルトは、少女達が囲むテーブルとは別の離れた席に腰掛けた白衣の男性……アドルフ博士の方を振り向く。

「フン。ギフトを届けて帰ると言った俺を掴まえて、参加させたのはお前だろう?」
「でも、宅配便で送り付ける事だって出来たはず。そうしなかったのは、ちゃんと患者の顔を見て、直接渡してあげたかったから。違いますか?」
「慣れない国の宅配便など、信用出来なかっただけだ。直接届けた方が、無駄金を使う手間も省けるだろう?」
「やれやれ……頑固ですよね、あなたも」

祝いに来た、と素直に言えないアドルフに、ツェルトは少し苦笑いしながら呟く。

F.I.S.に居た頃から、アドルフの合理的な物言いは変わっていない。無論、その裏にある子供達への思いやりの心にも。

でももう少し素直になってくれてもいいんじゃないかな、と思いながら、ツェルトはアドルフのグラスにシャンパンを注いだ。

「ところでツェルト。お前のシチュー、中々美味かった。いったい、どんな食材を使っているんだ?」
「クズ野菜と細切れ豚、あと特売のミルク」
「冗談だろ?」
「嘘じゃないですよ。よかったら、レシピ教えましょうか?」
「……料理の世界も奥が深いな」



「さあ、ケーキを切り分けるわよッ!」
「待ってたデースッ!」
「おっと、切るならこっちも切ってくれないか?」

料理を食べ終え、いよいよデザートでありパーティーの花であるケーキを切ろうという時、ツェルトはキッチンからあるものを持ってくる。

それは白くて縦長の、ケーキ類を入れるものと同じ箱だった。

「ツェルト義兄さん、これは?」
「ドクター・アドルフからのプレゼントだ。ちゃんとお礼を言ってやるといい」
「アドルフ先生が!?ありがとうございますッ!」

セレナはアドルフの方を向き、しっかりと頭を下げて感謝する。

「お……俺は何も……」

アドルフは目を逸らしながら素っ気なく返す。

だが、目元はサングラスで隠せても、その頬が少し赤くなっていたのを、ツェルトはしっかりと見抜いていた。
当然ながら、それが照れ隠しなのはセレナにもお見通しである。

「中身は……焼きプリン?」
「それにしては、なんだか冷たい……」

マリアが中身を取り出すと、それはアルミの容器に包まれた焼きプリンだった。
しかし、保冷剤が入っている事と、室温で少し溶けかけている状態に、調は首を傾げた。

「アイス焼きプリン、って言うらしいぞ」
「アイス焼きプリン、ですか?」
「アイスなのに“焼き”プリンデスとぉ!?」

初めて聞く名前にこてん、首を傾げるセレナ。
矛盾しているようなその名前に反応する切歌。

ツェルトは、箱に貼り付けられていた商品説明に目を通す。

「どうやら、駅前に最近できたばかりのスイーツ店が出してる、オリジナル商品らしい」
「思い出した……!この前、雑誌で見た事ある。リピーター続出の理由なんだって」
「なんデスとぉッ!?」

調の言葉に、切歌は思わず立ち上がって驚く。

「ドクター・アドルフ、あなたまさか……」
「勘違いするな。たまたま通りかかった店に、患者の好物が売っていたから買っただけだ。まったく、無駄な記憶が残ってしまうのは、厄介な職業病かもしれんな」

セレナの為に?というマリアの疑問を遮り、断固として認めないアドルフ。

ツェルトとマリアが苦笑いする中、切歌が首を傾げた。

「ショクギョー病?アドルフ先生、病気なんデスか!?」
「ぶふっ!?」
「ぷっ……あっはははははははははッ!」

思わず吹き出すアドルフ。
これにはツェルトもつい、腹を抱えて笑ってしまう。

「違うよ切ちゃん。職業病っていうのはね、特定の職業に着いてる人だけの癖の事なんだよ」
「って事は、アドルフ先生は患者さんの好きなものをすぐに思い出せるのが癖、ってことデスか?」
「そうなるね」
「それって、そんなに悪い事デスか?」

調からの解説を受けた切歌は、とても純粋な疑問を口にする。

それはアドルフの言葉──俗に言うツンデレ──を完全粉砕する程のものだった。

「……確かに、悪いものというわけでもないな……」
「じゃあ、何で病気だなんて言うんデスか?アタシは素敵だと思うデス!」
「それは……」

予想外の切り返しに、思わずたじろぐアドルフ。

それを見た調は、切歌に続いてアドルフを褒める。

「厄介がる事じゃないと思います。患者さんの事をちゃんと見てくれている、いいお医者さんの証拠ですよ」
「う、うーむ……」

そこへ更に、マリアが追い打ちをかけた。

「それとも、貴方が厄介がってるのは患者……私の妹の方なのかしら?」
「い、いや、そんな事は……」

腕組みして迫るマリアに、焦るアドルフ。

そして、セレナはアドルフを真っ直ぐに見つめてこう言った。



「アドルフ先生……わたしの事、嫌いですか?」



「別にそういう訳では……」

ツェルトに助けを求める視線を送るアドルフ。
しかし、ツェルトから返って来たのは、アドルフの期待とは真逆の言葉だった。

「ドクター・アドルフ、女の子を泣かせちゃダメですよ?」
「~~~ッ!!分かった、分かった、認めればいいんだろう!?」

潤んだ瞳で見つめられ、こんな事を言われてしまっては、流石のアドルフ博士と言えどもツンデレに逃れる事は出来ない。

ツンデレドクターことアドルフ博士も、子供の純真さの前では型なしなのであった。

「セレナ、お前の誕生日を祝うために、わざわざ並んで買ってきたんだ……」
「本当ですか?」
「嘘を言う理由はない。私はお前の主治医だからな」

サングラスを外し、アドルフ博士はセレナに目線を合わせる。

「ハッピーバースデー、セレナ。ようやく1つ、歳を重ねたな」
「はい……ッ!アドルフ先生のおかげです。ありがとうございますッ!」
「私は何も、大した事はしていないさ」

アドルフの自嘲じみた言葉に、セレナは首を横に振る。

「いいえ。アドルフ先生がわたしを守ってくれていた事、マリア姉さんとツェルト義兄さんから聞いています。わたしがここで生きていられるのは、間違いなくあなたのおかげなんです」
「……そうか」
「はいッ!なので、先生には感謝してもしきれません。本当に、ありがとうございますッ!」

アドルフは立ち上がると、指で頬を掻きながら席へと戻って行く。

その表情が晴れ晴れとしていたのを、ツェルトはその目でしっかりと見ていた。

「マリア、早く切らないとプリンが溶けちゃう」
「そっ、そうねッ!溶け切る前に分けちゃいましょうッ!」
「アタシ、ジュース持ってくるデスッ!」
「じゃあ、お皿は片付けておくね」
「わたしも手伝いますッ!」

調の一言をきっかけに、慌ただしくデザートの準備に戻っていくマリア達。

「俺はこっちを片付けるかな」
「俺も手伝おう」

そしてツェルトは、クラッカーで飛んだ紙テープを纏め、ゴミ袋へと放り込む。
アドルフ博士もサングラスをかけ直すと、ツェルトを手伝い始めた。

姉と義兄、親友たち、そして先生……大切な人達に囲まれての誕生日。
セレナの笑顔には、幸せがいっぱい溢れていた。

マリアと同じくらい大切なその笑顔を、二度と失わない。ツェルトは改めて固く誓う。

セレナもまた、ツェルトにとって大切な家族なのだから。

「いつか、セレナも大きくなるんだろうな……」

ふと、そんな言葉が口をついて出る。

「ところでツェルト……セレナの年齢は、どちらで数えるべきだと思う?」
「ん?あー……どっちだろ……?肉体的には14歳。でもあれから6年経ってるから、本来なら今日で20歳だし……」
「判断が悩ましいな……」
「先生が分からないものが、俺に分かるわけないじゃないですか」

果たしてセレナを何歳とカウントすればいいのか。
アドルフと共に、ツェルトは首を捻るのであった。 
 

 
後書き
アドルフ博士、マジでXDUとは別人すぎる(笑)
セレナの年齢について判断迷う人はきっと多い……。ある意味合法ロリですもんね。そろそろ来るであろう大人セレナの登場が楽しみです。

次回もお楽しみに! 

 

装者達のハロウィンパーティー2020

 
前書き
割とギリギリで完成!

去年書かれなかったメンバー4組でお届けします! 

 
『ハッピーハロウィン!!』

10月31日。今年もハロウィンの季節がやってきた。

S.O.N.G.本部は今年もハロウィン一色に飾り付けられ、職員達は各々仮装して歩き回っている。

小物を身に付ける程度の軽度なものから衣装全てを手作りしたコスプレまで、仮装のクオリティは多岐にわたり、本部内は和気藹々とした賑わいを見せている。

そして何より、ハロウィンパーティーの会場である食堂は、去年以上に盛り上がっていた。

何故ならば、今年に入って新たに加わった装者達が居るのだから。

「トリック・オア・トリート!さあ、お菓子を寄越すのデース!」

黒いフードに巨大鎌(デスサイズ)、死神の衣装に身を包んだ切歌は、ツギハギメイクでフランケンに扮した飛鳥にお菓子を強請る。

「切歌、その行動は想定済みだ」

そう言って飛鳥は、ポケットの中に仕舞っておいたキャンディを手渡した。

「流石は飛鳥さんデス!しっかり者の飛鳥さんなら、絶対お菓子を忘れないって信じてたデスよ!」
「切歌は悪戯するより、お菓子貰う方が嬉しいんだな」
「あったりまえデース!もちろん、悪戯も楽しいデスけど、お菓子いっぱい貰える方がアタシとしては得なのデース!」
「そうか。なら、このチョコレートとクッキーも追加しよう」
「なんデスとッ!?いいんデスか!?」

普段は間食にうるさい飛鳥からの追加トリートに、切歌は大はしゃぎだ。

「ハロウィンだからな。今日くらいは、お菓子食べ放題も大目に見る事にしよう」
「よっ!飛鳥さんフトモモデース!」
「それを言うなら太っ腹、な?」

ぴょんぴょん飛び跳ねる切歌に、飛鳥はクスッと微笑みを浮かべる。

そして、彼女の方へと向けて、開いた右手を差し伸べた。

「……ん?なんデスか?」
「まさか、自分だけお菓子もらって帰るつもりじゃないよね?」
「へっ……?えっ?あ、いや、それは……」
「トリック・オア・トリート。切歌、僕にもお菓子、くれないかな?」

笑顔で迫る飛鳥に、切歌はタジタジと後ずさる。

何を隠そう、貰ったお菓子は1人で全部食べるつもりだったので、自分があげる側になる想定が存在しなかったのである。

調から預かっていた渡す分のお菓子も、うっかりつまみ食いして全部食べてしまっていた。

「き~り~か?お菓子、まさか持ってないなんて言わないよね?」
「えーっと、そのぉ……あうぅ……」
「持ってないなら、悪戯しないとな?」
「あわわわわわ……あ、ああ飛鳥さん、顔が近いデスよぉ!?」

追い詰められる切歌。飛鳥は真っ赤になってあわあわする切歌の顔へと手を伸ばし──

「ふへ……?」

その小さな鼻を、指でつまんだ。

ff

「なんでデスか!なんでデスかぁーッ!!」
「なっ、何を期待していたんだ!?」
「分かってるくせに!飛鳥さんは意地悪デス!!」

不満げな顔の切歌に、グーに握った両手でポカポカされる飛鳥。
流星と調はその光景を、離れた場所から静かに見ていた。

「切ちゃん、やっぱり飛鳥さんに悪戯されちゃってるね」
「うん。しかも兄さん、キス待ちしてたの気付いてたね。ヘタレて路線変更したけど」
「飛鳥さんらしい……。けど、わたしが渡しておいた皆にあげる分のお菓子をつまみ食いした切ちゃんも悪い」
「じゃあ、これでいいのかな」

調は黒いとんがり帽子にゴスロリ、流星は兄と同じくツギハギメイク。
魔女とフランケンなのは、一目で分かるだろう。

「ところで流星さん……その……この服、似合っていますか?」

調はゴスロリの裾をつまんでフリルを揺らす。
流星はそんな調の姿を、帽子の先から靴の先端までじっくりと眺めて口を開いた。

「調ちゃんは何着ても似合ってるよ。けど、今日みたいに君の髪と同じ黒い服は、とても似合っている。調ちゃんの可愛さが、よく引き立ってると思うよ」
「あ……ありがとう、ございます……」

予想以上のベタ褒めに、調の頬が朱に染まる。
恥ずかしそうに帽子のつばで顔を隠す調に、流星は手を差し伸べてお決まりの合言葉を口にした。

「調ちゃん、Trick so Treat」
「あっ、はい!どうぞ!」

慌ててお菓子の包みを渡す調。
しかし、羞恥に頬を染めていた彼女は気づいていなかった。

その言葉の接続詞が変わっていた事に……。

「ありがとう。じゃあ、悪戯しちゃうね」
「えっ……?」

鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする調に、流星はクスクスと笑う。

「Trick so Treat……“お菓子くれたら悪戯するね”って言ったのさ。聞こえてなかったのかい?」
「流星さん……それ、ズルいです……」
「しょうがないだろう?調ちゃん、悪戯したくなるくらい可愛いんだから」
「もう……」

舞い上がってる隙を突かれたせいか、少々不満げな態度になる調。
しかし、その目は満更でもなさそうに笑っていた。

期待と喜び、そして嬉しさと羞恥が混じり合う。
2人を取り巻く今の空気は……

「それで、どんな悪戯をするんですか?」
「調ちゃん、さっきまでお菓子食べてたよね?じゃあ、きっと今の調ちゃんの唇は──」

きっと、甘い。

ff

「マリア姉さん、トリックオアトリート!」
「はい、セレナ。私からも、トリックオアトリートよ」
「じゃあ……はい!このオバケさんは、姉さんにあげちゃいます!」

場面変わって、こちらは楽しげにお菓子を交換し合う姉妹の姿。

姉であるマリアの方は、少し上の方に反った黒い三角耳にフサフサした尻尾。
大きな肉球付き手袋に、ノースリーブのジャケットとショートパンツといった動きやすさ重視の服装。

そう、つまりは人狼だ。

一方、妹であるセレナの方は、首から下をすっぽり覆う巨大カボチャの着ぐるみだ。
脚の生えた丸っこいカボチャが、廊下をてこてこ歩いている後ろ姿は、控えめに言っても可愛らしい。

セクシーな姉と可愛い妹、姉妹で全然違った印象の仮装は、多くの職員達の目を惹き付ける。

もっとも、彼女らを愛してやまない男が居るので、男性職員達は悪戯されてみたいという密やかな願望をゴミ箱に放り捨て、お菓子をどんどん貢いでいるのだが。

「マリィ、セレナ」

と、そこへようやくメイクを終えた彼が現れた。

「ツェルト、やっと来たわね……ッ!?」
「ツェルト義兄さん、待ってまし……ッ!?」

振り返った姉妹は、ツェルトの姿を見て目を見開く。

そこに立っていたのは黒マントに黒ベスト、口から覗く鋭い牙に、カラコン無しでもそれらが映える真っ赤な瞳。

吸血鬼の装いに身を包んだツェルトだった。

「ツェ、ツェルト……その……」
「ツェルト義兄さん、かっこいいです!」

先に口を開き、駆け寄ったのはセレナだった。

「そうか?」
「はい!ツェルト義兄さんのかっこよさが、しっかり引き立ってると思います!」
「ありがとう。セレナもすごく可愛らしいぞ」

そう言って微笑みながら、ツェルトはセレナの頭を撫でる。
そして、マリアの方へと目を向けた。

「マリィはどうだ?似合ってるか?」
「わ、私?そっ、そうね……」

妹に先を越され、一歩出遅れてしまったマリアは、急に話を振られ吃ってしまう。

マリアは改めて吸血鬼ツェルトを凝視し、彼を褒める言葉を探す。
しかし、つい口をついて出たのは……

「似合ってるんじゃないかしら……」

あまりに素っ気ない、ツンとした答えだった。

(わああああああ何言ってるのよ私ッ!もっとこう、あるでしょう!素直にツェルトを褒める言葉がッ!)

自分で言ったことを後悔するマリア。
しかし、ツェルトはそれを見越していたかのように、不敵に笑った。

「どうやら、マリィは素直になれないみたいだな」
「ッ!?ツェルト……?」

ツェルトはマリアの方へと近付くと、その顎に手を添える。

「そんなマリィには、おしおきが必要だよな?」
「な……何を……ッ」
「君の血を貰おうか、可愛いオオカミ女さん♪」

そう言ってツェルトは、マリアの瞳を真っ直ぐに見つめると……その唇を奪った。

「ッ!?~~~~~~~ッ!?!?!?」
「っぷあ……甘いかったぞ」

口を離し、ニンマリと笑うツェルトに、マリアは両手で口元を隠す。

「なっ、なななななななにするのよッ!?」
「いや、マリィがこういうのを求めてそうな顔してたもんでつい、な」
「そんなわけ……」
「まあ、感想は後でゆっくり聞くことにするさ。周囲の目がない所で、な」
「ッ!!」

耳打ちで、ウインクと共に放たれた殺し文句。
直後、マリアの顔がポンッと赤くなった。

「あ!マリア姉さんだけズルいです!」
「セレナにはまだ早いぞ」
「ズールーいーでーすー!わたしもツェルト義兄さんに口説かれてみたいです!」

そう言って、ツェルトの袖を引っ張るセレナ。
オーバーヒートしていたマリアは、慌ててセレナに目線を合わせると説得を試みる。

「セレナにはまだダメよッ!こういうのはもっと大人になってから、なんだから!」
「わたし、本当は姉さんと2歳違いなんです!もうちゃんと大人なんですからッ!」
「そういう事じゃないのよッ!」
「2人とも、喧嘩するんじゃない」

姉妹喧嘩が始まりそうな流れに、ツェルトは仲裁に入ろうとする。

しかし、帰ってきたのはまさかの答えだった。

「ツェルト義兄さん、わたしの事も口説いてくれますよね?」
「ダメよッ!ツェルト、あなたからも止めてくれるわよね!?」
「えっ……?」

自分も口説かれてみたい、と駄々をこねる義妹。
それを慌てて止めようとする過保護な彼女。

どちらの主張を取るかの判断を迫られ、ツェルトは思わず後ずさった。

「ツェルト!」
「ツェルト義兄さん!」
「む、むぅ……」

傍から見ればラブコメ漫画、あるいはラノベの1ページのような光景。
俗に言う「修羅場」とも言える状況。

ツェルトは決断を迫られる。

だが──

(さーて、どうしたものかな……)

顎に手を当てて思案するツェルトの顔は、何処か楽しそうでもあった。

“Trick and Trick”

灰髪赤眼のヴァンパイアは、菓子よりもっと甘い物がお好みらしい。

ff

「恭一郎くん、どう……かな?」
「未来、さん……」

未来の装いに、恭一郎はゴクリと唾を飲んだ。

紫を基調に黒が入り、革製のベルトが巻かれたドレスは胸元が開いている。

背中にはコウモリのような羽。腰のベルトには針金入りの尻尾。

口元から覗く牙、両手には手袋。
そして頭には、弧を描く2本の角が付いたカチューシャが。

そう、未来の装いは見ての通り、小悪魔である。

最低限の露出でありながら、恭一郎は今の彼女の姿に……どことなく妖艶さを感じていた。

(ヤバい……。今日の未来さん、スケベすぎる……ッ!?)

恭一郎はナイトとしての理性を総動員し、湧き出す劣情に抗う。

しかし、それは彼にとって試練というより苦行であった。

(いやいやいや、未来さんその服中々エッチじゃないかな!?その胸元なんでそんなに空いてるの?谷間見えちゃうよ!?それにそのドレス、なんでベルトだらけなの!?かなりキワドいと思うんだけどそれは自覚してやってるのかな!?胸元のすぐ下からお腹まで巻きついてるし、フリルの所にも付いてるよね!?それに肩から胸下に繋がってるのを見るところ、羽を固定してるのもそのベルトだよね!?さり気なく胸を強調してるのちょっとどうかと思うんだけど!?あとその付け牙、あざとくない!?可愛くてちょっと指で撫でてみたいだなんて何を考えてるんだ僕は!!落ち着け落ち着け煩悩退散煩悩退散ッ!!)

「恭一郎くん?どうしたの?」
「……ハッ!いや、何でも!!」

この間、僅か0.3秒。
恭一郎の心はとても穏やかではいられなかった。

(今の僕は騎士なんだッ!誘惑なんかに負けるものかッ!)

自らにそう言い聞かせ、着込んだ鎧に恥じぬよう姿勢を正す。

すると、未来はふと何かに気付いたように呟く。

「もしかして……気になっちゃう?」

そう言って未来は、スカートの裾をヒラヒラさせた。

「ッ!?」
「ふふ……図星だよね♪」

未来の口角が上がっている。
小悪魔らしく、蠱惑的な笑みで恭一郎を見つめ、わざとらしく誘惑してくる。

恭一郎は慌てて目を逸らし、拳に握る。

「そっ、そんな事は……」
「じゃあ、どうして目を逸らしているのかな?」
「ッ!?」

あっさりと図星を突かれ、恭一郎はフリーズする。
恭一郎の心を見透かしたように、未来は彼の耳元へと顔を寄せた。

「実はね……ドレスの下、違う衣装なの」
「……え?」

恭一郎の耳元で、未来は息を吹きかけるように囁く。

「ドレスを脱ぐとね、下はサキュバスなんだよ。見てみたい?」
「未来さんの……サキュバス……!?」

ゴクリ、と生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた気がする。

理性がグラつく。欲望が首をもたげる。

理性と欲望が葛藤し、揺れる恭一郎。

汗が頬をつたい、息が詰まりそうになり、ようやく口を開けようとしたその時……。

「なんて、冗談だよ♪」

未来は悪戯っ子の笑みを浮かべ、そう言った。

「恭一郎くんの恥ずかしがる顔が見たくなっちょって──」
「未来さん」

未来の肩がビクッと跳ねる。
恭一郎の声のトーンが低くなったからだ。

「どうしたの、恭一郎くん?」
「Trick and Treat」
「……え?」
「お菓子か悪戯か、選ばせる余地も与えてくれなかったんだ。なら、両方貰ってもいいよね?」

そう言って恭一郎は、未来の身体を抱き寄せる。

「恭一郎くんッ!?」
「ちなみにTreatはお菓子じゃなくて、君の唇で払ってもらうから」
「えっ!?えっ、えッ!?」
「お仕置、させてねもらうね♪」

恭一郎はそう言って、困惑した顔の未来を見つめて、笑う。

小悪魔な姫を守護するナイトは、押しに弱いが押し返す。

果たしてこの後、未来がどうなったのか……それを知るのは2人だけである。 
 

 
後書き
いかがだったでしょうか?

それでは皆さん、HAPPY HALLOWEEN!! 

 

騎士道プロミス(小日向未来誕生祭2020)

 
前書き
恭みく推しの皆さん、お待たせしました。未来さんの誕生日回です。
プレゼントは勿論……いえ、分かっていてもここで言ってしまうのは野暮でしょう。

皆さんが待ち望んでいたものを、ようやくお届けできる事を大変喜ばしく思います。
それではどうぞ、お楽しみください! 

 
「それで、相談ってのは?」

ある日の放課後、翔と純は恭一郎から相談がある、と声をかけられた。

特に用事もなく、クリスも今日はクラスメートらと遊んでくるらしいので、彼は恭一郎と共に音楽院の近くにあるカフェへと向かう。

窓際の席に着き、向かい合って座った恭一郎はしばらく躊躇うような表情だったが、やがて思い切ったようにこう切り出した。

「実は……好きな人が、出来たんだ……」
「ほう……」
「へぇ、どんな人?」

二人とも、さほど驚いた様子ではない。
まるで相手を察しているかのように、少しニヤッとしながらそう返す。

「清楚で、お淑やかで、しっかりとした芯のある人だよ。でも、ちょっと危なっかしい所もあって……だから、守ってあげたくなるんだ」
「なるほど。確かに、恭一郎にはお似合いかもしれないね」
「そ、そうかな?」
「ああ、きっと良い関係を築けるさ。それで、俺達に何を聞きたいんだ?」
「それで、その……」

水を一杯飲み、緊張した心を一旦落ち着かせる恭一郎。
コップを置くと、彼は神妙な顔付きで二人に問いかけた。

「その人に告白したいんだけど……どうすればいいと思う?」



「日替わりケーキセット2つと、秋のフルーツパンケーキです。ごゆっくりどうぞ」

狙い済ましたかのようなタイミングで、それぞれ注文したケーキが届く。

「ありがとうございます」

純はウェイトレスに礼を言い、レシートを受け取った。

「なるほど。さしずめ、俺達デートプランを建てて欲しいって所か?」
「いやっ、デート……はしたいんだけれど、まだ告白したわけじゃないし……」
「デートからの告白、ってパターンはよくあるよ。翔もその一人だし」
「まあな」
「でも、向こうが誘いを受けてくれるとは限らないし……」
「なら、恭一郎にとっての理想はどうなんだい?」
「僕にとっての理想?」

首を傾げる恭一郎。
補足するように、翔が続ける。

「あるだろ?理想のシチュエーション。こんな場所で、こんな風に告白したい……ってやつ。恋してる男なら、誰にだってあるはずだ」
「僕の……理想……小日向さんと……」

純は質問の合間に切ったパンケーキを口に運ぶ。
恭一郎が悩んでいる間、じっくりと味わいながら咀嚼し、やがてそれを飲み込んだ頃に答えは返ってきた。

「──なら、そうしてみたらいいんじゃないかな?」
「でも、ちょっと気障っぽくないかな……って」
「そのくらいでいいんだよ。一世一代の大勝負、どうせなら精一杯カッコつけた方が、後悔しないぞ」
「恭一郎、君が好きになった人がどんな子か、思い出してみなよ」
「小日向さんの事を……?」

もうボロが出まくっているが、本人は気づいていないようなので、翔と純は笑って流す。

「そう。小日向さんは、君の精一杯をちゃんと受け取ってくれる人だ。違うかい?」

恭一郎は少し考え込み、やがて首を横に振る。

「なら、心配は要らないさ。でも、まだ不安があるなら……」
「俺達は既に、想い人への告白を経験した身だ。アドバイスなら、幾らでもするさ」
「2人とも……ありがとう!恩に着るよ!」

その後、純からのアドバイスを受けた恭一郎は、晴れ晴れとした顔で店を出て行った。

そして3日後、11月7日にその日はやってきた。

ff

その日の放課後。恭一郎は放課後、ある場所へと未来を呼び出した。

わざわざ手紙を書き、朝早くからリディアン学生寮のポストへと投函した事を知っているのは当人達の他は、アドバイスした二人くらいである。

だが、待ち合わせ場所へと向かう未来の背後には、こっそりと後をつける五つの影があった。

「この先って確か……あの公園だよね?」
「間違いないわね。ロケーション的にも、恋の匂いがプンップンするわッ!」
「日付的に考えても、これは計画的な犯行ですわ。何だかドキドキしますね」

亜麻色のショートヘアー、茶髪のツインテール、金髪ロングの女生徒達が、それぞれ塀の影で呟く。

安藤創世、板場弓美、寺島詩織。言わずと知れた、響や未来のクラスメート三人組である。

「いや、恋かどうか断定するには早いんじゃないかなー」
「いいや、間違いなくあれは恋よッ!さっき飛鳥にLINEで確認したら、恭一郎も一人で同じ場所に向かってるって言ってたもん」
「ええっ!?ってことは、本当に……?」
「小日向さん、学校でも落ち着きがありませんでしたし、もしかしたらもしかするのかもしれませんわ!」

キャーキャーと盛り上がる三人。

その反対側の電柱の影では、未来の親友である彼女が、ニヤニヤしながらその後ろ姿を見つめていた。

「未来にもとうとう彼氏が出来るんだ~……お祝いしなきゃね、クリスちゃん!」
「あのなぁ……なんであたしが巻き込まれてんだよッ!!」
「クリスちゃん!しーッ!バレちゃうよ!」

キレ気味に叫ぼうとしたクリスを、響は慌てて抑える。

「まったく、このバカ……何であたしまで出歯亀に巻き込むんだよ」
「だって、クリスちゃんも見たいでしょ?未来が恭一郎くんに告白するところ~」
「そーいうのは放っておくべきだろうが!?」
「あ、そろそろ移動しないと見失っちゃうよ!」
「話聞けよバカッ!!」
「こーらビッキー、あんまりキネクリ先輩を困らせちゃダメでしょ?」
「変なあだ名で呼ぶんじゃねぇッ!」

未来にバレない程度にわちゃわちゃしながら、5人は物陰を移動していく。

そして遂に、未来と恭一郎の待ち合わせ場所……翔が響に告白したあの公園へと辿り着いた。



「恭一郎くん、待たせちゃったかな?」
「ううん。僕も、今来たところだよ」

沈む夕陽に照らされて、2人の顔がオレンジに染まる。

恭一郎は、未来の顔を見つめて思う。

(ああ……やっぱり、小日向さんの顔……綺麗だな……)

期待と不安に胸を高鳴らせ、緊張で強ばった肩を解すために深呼吸する。

そして、先程綺麗だと褒めたその顔を真っ直ぐに見つめた。

「恭一郎くん?」
「未来さん……笑わないで聞いて欲しい」
「……うん」

彼の真剣な顔に、未来は思わず息を呑む。

陽光が傾くと共に訪れる沈黙。互いの息遣い、心臓の鼓動さえ聞こえそうな静けさが広がる。

「小日向さん……いや、未来さん」
「ッ……」

初めて名前を呼ばれ、未来は思わず肩を跳ねさせる。
直後、胸の奥が高鳴るのを感じ、未来は次の言葉を待った。

「初めて出会った時からずっと、君に夢中でした」
「ッ!それって……」
「君の事を思う度に胸が高鳴って、君の隣に居られるだけで嬉しくて……でも、中々伝える事が出来なかった」

ルナアタックの日、崩壊したリディアンの地下で初めて出会った日を思い出す。

次にアイオニアンでの共学や、その中で言葉を交わした時間の中で、彼女へと抱いた感情を自覚していった事を。

それから、つい先月のあの事件を……。

「でも、この前の事件で、未来さんがあんな事になって……凄く後悔した。あの場に居たのに何も出来なかった事が悔しくて……君に伝えたい言葉をそのまま留めていた自分に腹が立って……。あんな思いは二度としたくない。だから……ッ」

恭一郎は未来の手を取ると、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめる。

「未来さん……僕は、君の事が大好きです」
「恭一郎くん……」

そして、恭一郎は片膝を付くと、彼女の顔を真っ直ぐ見上げた。

「まだまだ頼りない僕だけど、僕は君を守りたい……いいや、絶対守るッ!だから、どうか僕を……貴女のナイトにさせてください」



再び静寂に包まれる公園。夜の帳が降り始める中、わたし達は見つめ合う。

恭一郎くんは、わたしを真っ直ぐ見つめて、答えを待っている。
だから……わたしはゆっくりと口を開いた。



「……お願い、しちゃおうかな」

恭一郎くんが目を見開く。

わたしの顔、きっと真っ赤になってるんだろうなぁ……。だって、こんなに熱くて、ぽかぽかしてるんだもん。

それに、辺りは薄暗くなり始めているけれど、恭一郎くんの目はわたしに釘付けだ。
でも、それはわたしもおんなじ。恭一郎くんの顔もちょっと赤くなってるの、分かるよ。

「わたしも、恭一郎くんのこと……好き、だから……」

優しくて、いつもわたしの事を気にかけてくれていて。
ちょっと頼りない所はあるけれど、そこが可愛くて。

一生懸命な君の姿が、いつの間にか好きになっていたんだ。

「未来さん……ッ!」
「わっ!?」

立ち上がった恭一郎くんが、わたしの背中に腕を回す。
ちょっと驚いちゃったけど、わたしも恭一郎くんの背中に腕を回した。

恭一郎くんの身体……あったかい。
これが男の子の体温なんだ……。

抱き合ったわたし達は互いに見つめ合い、もっとよく見えるようにと顔を近付ける。

「恭一郎くん……本当に、私でいいの?」
「未来さんがいいんだ。僕には君しかいないんだ」
「そっか……。嬉しい……」



日が沈む瞬間。どちらともなく目を閉じて……。



そして二つの唇が、沈んでいく夕陽の中で触れ合った。



「おわわわわわわわわわわわおわぁーッ!?」

物陰から聞こえてきた悲鳴に、2人は慌てて唇を離す。

声の主は……見覚えのある赤髪だった。

「紅介ッ!?それに皆も!?」
「あ、やっべ!」
「だからやめておけってあれほど言っただろう!?」
「結局出歯亀した兄さんも悪いでしょ」
「ごめんね、恭一郎。なんか、付いてきちゃって……」

頭を抱える恭一郎。
だが、未来は紅介達が出てきた場所の反対側を見つめる。

そして、口の両側に手を当てると、大声で叫んだ。

「みんなー、もう出てきていいよ~」

一瞬の間があり、やがて物陰からは響ら5人が顔を出した。

「あはは~……バレちゃってた?」
「も~、バレバレだよ。響、またクリスに迷惑かけてたんでしょ?」
「いや~……あはは……」
「おい、何かあたしに言う事あるだろ?」
「クリスちゃん、巻き込んでごめん!」
「よーし、ゲンコツ一発で許してやらぁ」
「なんでッ!?」
「ホンット、あんたってばアニメみたいよね~」

クリスにシバかれる響を横目で見つつ、創世と詩織は未来を祝福する。

「ヒナ、おめでとう!」
「おめでとうございます、小日向さん!」
「うん、ありがとう」

少し照れ臭そうにはにかむ未来。
そんな姿も愛おしいと、恭一郎はそう思った。

「恭一郎、お前の覚悟はしっかり見届けたぞ。小日向と、お幸せにな」
「今日の勇気を忘れないでね。それがある限り、君は何度でも立ち上がれるから」
「翔、純、ありがとう。これから頑張って、未来さんを守れる、かっこいい男になってみせるよ」
「未来~、何か困った事とかあったら言ってね?恋愛については、未来よりは少し先輩なんだから!」
「うん。頼りにしてるよ、響」

それぞれの親友から祝福され、二人は手を繋ぐ。
見つめ合い、互いの真っ赤な顔が何処かおかしくなって微笑み合うと、ここで純が恭一郎に囁いた。

「恭一郎、あの言葉……言い忘れてない?」
「そうだ、未来さんにもう1つ、言っておかなくちゃ……」
「なぁに?」

恭一郎は、未来の顔をもう一度真っ直ぐ見つめると、満面の笑みと共にあの言葉を贈った。

「未来さん、お誕生日おめでとう!」

そして響や翔、UFZや三人達も声を揃えて、祝いの言葉を告げる。

『ハッピーバースデー、未来(ヒナ)(小日向さん)!!』



親友の、友達の、そして今日、大切な人になった君からの”おめでとう“。

それをしっかり心に刻んで、わたしはとびっきりの笑顔を皆に返す。

「恭一郎くん、みんな……ありがとう」

君と手を繋いで眺めた夜空を、わたしはきっと忘れない。

だって、君と愛を誓ったこの瞬間は、わたしにとっての永遠になるんだから♪ 
 

 
後書き
この後の誕生日パーティーで、恭一郎くんは未来さんに誕生花である“シンビジウム”の花を贈ったとか。

恭みく推しの皆さん、ご満足頂けたでしょうか?
ようやくちゃんと付き合い始めた瞬間を描くことが出来ました。いやー、長かった。

「愛が重い」「YOME」「ヤンデレ」など重い女イメージが強い未来さんですが、伴装者では未来さんの乙女な部分をしっかりピックアップして行けたらなぁ、と思っております。
いや、絶対書いてやるわ。目指せ、清楚系乙女な未来さん!!

さて、恭みくくっ付けたし、そろそろかな……。
卒業制作が終わったら、いよおよGX編の執筆に本腰を入れます。それまでの間、もう少しだけお待ちください。

次回もお楽しみに! 

 

夫婦の日ネタ

 
前書き
皆さんどうもー。最近はめっきり新作SS『イヌカレたのはホノオのネッコ』にかかりっきりだったエミヒロです。
炎炎ノ消防隊がお好きな皆さんは、是非とも御一読とコメントよろしくお願いします!

今回は去年のTwitter短編から、いい夫婦の日ネタが発掘できました!
いやー、いいですよねぇ。いい夫婦の日、実にいい響きです。まるで私のようなCP推し限界人間のためにあるようなイベントじゃあないですか!

あといいツインテールの日、でもありますね。
推しのツインテールは素晴らしい……特に推しがツインテール多めなので、尚更いい日だと思いますね。
魔導師ギアの響がツインテールだったので、翔くんに「また見たい」って言われる展開を妄想したりしてます。

おっと、今回は本文が短めなので前書きが長くなってますねw
それでは皆さん、お楽しみください! 

 
了子「響ちゃん、翔くん。今日が何の日か、知ってるかしら?」
響「今日ですか?えっと……」
翔「11月22日?特に公休日とかでは無かったはずですが……」
了子「ふっふっふ……今日はね、『いい夫婦の日』なのよっ♪」
響「いい夫婦の日?……ああ!語呂合わせですね!」
翔「なるほど、そっち系の記念日でしたか。うっかり見落としていましたよ」
了子「も~、そんな事も知らなかったの?あなた達、今日という日に祝ってもらえるには、ピッタリじゃないの 」
翔「え?俺達が?」
響「わたしと、翔くんが……ふっ、夫婦だって事ですか!?///」
翔「ッ!?いっ、いや、了子さん!まだ早すぎますって!だっ、だって俺達まだ……///」
了子「年齢的にはまだ婚約も出来ない、ですって?でももうプロポーズもしているし、同棲までしているんでしょう?なら、もう将来は決まったようなものなんじゃないかしら~?」
翔「俺と響が……」
響「わたしと翔くんが……」
翔・響「「夫婦……」」

ホワンホワンホワーン

翔『ただいま、響』
響『おかえりなさい、翔くん。ご飯にする?お風呂にする?それとも……わ・た・し?』
翔『それは勿論……ひ・び・き♪』
響『やんっ♡も~、翔くんってば~』

ホワンホワンホワーン

響「あうう……///」
翔「そっ、想像するだけでも……うん、悪くない……///」
了子「ふふふ……2人とも、いい顔してるわね~」(●REC完了済み)



丹波「ああ^~こころがぴょんぴょんするんじゃ^~」
小森「お互いの将来を想像して照れてる翔くんと響ちゃん、最高だな!!」
安倉「純くんとクリスちゃんは安定だったなぁ。頬を赤く染めてポーっとしちゃうクリスちゃんに、『いつか、本当の意味で今日を祝える時が楽しみだね』って純くんそれイケメンが過ぎるって!」
尾灯「その意味を理解するのに少しかかってフリーズしちゃうクリスちゃんも可愛かったわね。っていうかあれ、実質プロポーズじゃない。クリスちゃんは一体何回、公開プロポーズをされ続けているのかしらね」
安倉「でも、緒川さんも中々だったよね。夫婦の日って聞いた途端、分かりやすく慌て始めた翼さんにさらっとあんな事言っちゃうなんてさ」
小森「『夫婦なのかと言われると、まあ、そうなのかもしれませんね。翼さんの事を誰よりも理解しているのは、僕だけでしょうから』って……。緒川さん、あんなに素直に自分の胸中晒す人だっけ?」
尾灯「翼ちゃんの告白を受けて以降、少しだけ素直になったきらいはあるわね。でもしっかりと逃げ道確保した言い回しな辺り、流石は緒川さん……」
丹波「でもでも、いいじゃないですか。三組とも、お互いに将来を考えている仲なのは分かっちゃいましたし」
小森「まーたファイルが潤っちゃうな~」

純「なるほど。そういう事だったんですね」
クリス「話は全部聞かせてもらったぜ」
尾灯「ホ、いつのまに!?」
翼「なるほど。つまり、全て櫻井女史の差し金だったというわけか」
丹波「なっ、なんでバレ……いや、バレるか。緒川さんと翼ちゃん、見守り隊所属だもんね……」
緒川「まあ、了子さんの事ですから、こんな事だろうとは思っていましたよ」
クリス「こいつはちょ~っと、やり返してやらねぇとな?」
純「いい夫婦の日、だもんね。僕らよりもそれが似合う了子さんにこそ、今日くらいは素直になってもらいたいものです」
翼「その為にはやはり、あの人の協力が必須だろう」
緒川「それでは、カメラは僕が担当しますね」ニッコリ
安倉「あ~……これは……」
小森「なんだか思わぬ所から、供給の予感が!」



了子「ふふ~ん♪いや~、若い子達のリアクションって本当に可愛らしいわよね~」
弦十郎「了子くん」
了子「あら、弦十郎くん。どったの?新しい仕事でも来たのかしら?」
弦十郎「その……なんだ……。この後の時間は、空いているだろうか……?」
了子「ん~……特にこれといった用事は無いわね」
弦十郎「そうか……。……なら、少し付き合ってはもらえないだろうか?」
了子「付き合うって、何に?」
弦十郎「実は、たまたま抽選で当てた映画のチケットがあるのだが、ペアチケットでな……。君さえ良ければ、一緒に観に行かないか?」
了子「えっ!?そっ、それって……」
弦十郎「……」ポリポリ
了子(弦十郎くんの方から誘って来るなんてっ!えーっと今よね?今から退社するとして、お化粧にかける時間は……。もうっ、誘うならもう少し前にしなさいよっ!///)

緒川『了子さん、いい顔してますね』
クリス「よーし、仕返し大成功!おっさんの背中も押せて、一石二鳥だな!」
純「弦十郎さん、意外と奥手だもんね。今夜は二人で映画館、かな?」
翼「きっと叔父様も櫻井女史も、良き時間を過ごす事だろう。……ところで、翔と立花は?」
純「あれからずっと悶々としながら、お互い湯気を上げてるよ」
翼「そろそろ現実に引き戻してやらねばな。まったく、世話のかかる弟と義妹(いもうと)だ」 
 

 
後書き
来年には流しらで、いい夫婦の日といいツインテールの日を両方制覇したいところです。

それではまた次回!
あと、イヌカレもよろしくお願いします! 

 

君と過ごせる特別な日(爽々波純バースデー2020)

 
前書き
ご唱和ください、彼の名を!

今日12月12日は、純くんの誕生日!
日付の由来?勿論、ウル銀の公開日ですw

ちなみに炎炎ノ消防隊のカリム中隊長も、純くんと同じ日が誕生日らしいです。
どうか、覚えて帰ってくださいw

それでは純くんの誕生日、盛大に祝ってもらいましょう!! 

 
「ん~、終わったー!」
「響、お疲れ様」
「ありがと、未来」

その日の授業を終え、響と未来は教室を出る。

この後、響はいつもの場所で翔と待ち合わせだ。
廊下を足取り軽く歩いていると……見知った銀髪の少女が教室を出てくる所だった。

「あっ、クリスちゃーん!」
「ッ!?」

何やら慌てた様子で、手に持っていた何かを隠すクリス。
未来は首を傾げた。

「クリス、どうしたの?」
「なっ、なんでもねぇ!!」
「なになに~?その手に持ってる紙ぶく──」
「何でもねえよッ!いちいち気にすんなッ!」

クリスは早足でその場を去ってしまう。
あっという間に廊下の角を曲がり、その背中は見えなくなってしまった。

「あっ、待ってよクリスちゃーん!」
「クリス、どうしたんだろう?」
「うーん……お腹空いてて、早くご飯食べに帰りたかったとか?」
「響じゃないんだから……」

響の食いしん坊発言に溜息を吐きつつ、未来はクリスの様子を改めて振り返る。

(あの紙袋の中身を隠したがってたみたいだけど……何が入っていたんだろう?)

ff

「はぁ……あっぶねぇ。響にバレたらヤバかった……」

響と未来から逃げてきたクリスは、ホッとため息を吐く。

「放課後の教室なら目立たないと思ったけど、以外に人の目があるじゃねぇか……。場所を移した方が良さそうだな」

クリスが移動しようとしたその時だった。

「雪音?何をしているのだ?」
「せっ、先輩ッ!?」

そこに現れたのは翼だった。
クリスは慌てて包みを背中に隠した。

「いや、その……」
「何を隠しているのだ?」
「なッ、ななな、なんでもないっす……本当に!何でもないですからッ!!」
「お、おい、雪音!?」

またしても脱兎のごとく逃げ出すクリス。
翼はわけが分からず、困惑した表情を浮かべた。

「いったい、何を慌てていたのだ……?」

ff

「……という事があってだな」
「なるほど。雪音が響や姉さん達を避けている、か」

翼や響、未来の話を聞き、翔は顎に手を当てる。

「何かの入った袋を隠すような動作に、人目に付きたくない理由……。雪音の性格からこれらを総合すると…………なるほど、そういう事か」
「翔くん、何かわかったの?」

一人で納得したような顔をする翔に、響は答えを求める。

「ああ、簡単な推理だ」
「教えて!クリスちゃんは何を隠してるの?」
「教えてもいいけど、皆一つだけ約束してくれ」

そう言って翔は周囲を確認し、3人の耳元に口を寄せた。

「純にだけは、絶対内緒だぞ?」

ff

そして数日後……その日の朝、クリスはいつもより早起きした。

カレンダーを確認して深呼吸すると、花瓶に赤いハナキリンの花を飾り、大好きな王子様の為に朝食を作る。

ガーリックトーストの匂いが漂ってくる頃、王子様は目を覚ました。

「おっ、おはよジュンくん……ッ!」
「おはようクリスちゃん。今日は早いね?」
「たっ、たまにはいいだろ?」
「うん、そうだね。クリスちゃんの作る朝ごはん、楽しみだよ」

そう言って純は、顔を洗いに洗面所へと向かう。
クリスはもう一度深呼吸すると、響達に隠し続けていた紙袋を抱えた。

(何とか間に合ったけど、ジュンくん気に入ってくれるかな……?)

洗面所から純が戻ってくるまで、そう時間はかからない。
もうすぐ、渡さなくてはならないのだ。

(き、きっと大丈夫だ。ジュンくんなら、受け取ってくれる。あたしが王子様を信じなくてどうすんだ!)
「クリスちゃん、どうしたの?」
「ひゃうっ!?」

戻って来た純を見て、思わず肩を跳ねさせてしまうクリス。

首を傾げる純に、クリスは紙袋を突き出した。

「こっ、これ……その……お、おお……誕生日、おめでとうッ!!」
「ッ!クリスちゃん、今日のために……?」

純の顔を真っ直ぐに見つめ、クリスは首を縦に振る。

「驚かせようと思って……。多分、バレてたかもしれないけど」
「まあ、ね。けど、何を用意してたのかは予想も出来てないから、何が入ってるのか楽しみだよ。開けてもいいかな?」
「うん……その、初めて作ったから、上手く出来てるか不安だけど……」

紙袋を開けると、中には赤い毛糸で編まれたセーターが入っていた。

「セーター……これ、クリスちゃんが編んだのかい?」
「寒くなってきたし、手作りしたら喜んでくれるかな……って」

純はセーターをじっと眺めると、クリスの顔を真っ直ぐに見つめて微笑んだ。

「ありがとう、クリスちゃん。大事に使うよ」
「お、おう……」
「早速、着ていいかな?」
「今からか!?ま、まあ……別にいいけどよ……」

そっぽを向いて頬をかくクリスを見つめながら、純はセーターに袖を通す。

「うん、ピッタリだ。それにポカポカで暖かい……よく出来てるね」
「そりゃあ、よかったよ……」

照れ臭そうな様子のクリスを見て、純は彼女へ向かってそっと腕を伸ばした。

背中に腕を回され、自分の体が温かさに包まれるのを感じて、クリスは自然と純の背中へと腕を回す。

「ありがとう、クリスちゃん。最高の誕生日だ」
「バカ……。来年はもっと最高のプレゼントを用意するっての……」
「フフッ……なら、僕もお返ししなきゃね。今度は、クリスちゃんの誕生日に」
「ん……楽しみにしてる」

2人は互いの温度を感じながら、唇を交わす。

大好きな人の熱を全身で感じながら、幸せな時間を堪能する。

「ぷぁ……あ、朝ごはん……冷めちまう前に食べないか?」
「勿論。折角の朝ごはん、冷めちゃったら勿体ない」

そして2人は食卓に着き、声を揃えて手を合わせるのだった。

「「いただきます」」 
 

 
後書き
ハナキリンは12月12日の誕生花。花言葉は「逆境に耐える」、そして……もう1つの意味は調べてニヤニヤしてくださいw
それから、なんと今回、クラさんからイラストが届いております!

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あかずきんクリスちゃんと、猟師コスの純くん!
あああああもう!!クリスちゃんめっちゃ可愛いし、純くんをこんなにイケメンに描いてくれてありがとうございます!!
尊い……めっちゃ尊い……( ´^ω^)人

さて、次はクリスマス&クリスちゃんの誕生日。
F.I.S.中心のクリスマスネタと、それからIF純クリの誕生日回を予定しています。
もしかしたら一部の読者さんへのプレゼントとして、純クリのちょっとアダルティーなやつも書くかもしれません。

それでは、純くんハッピーバースデー!!
次回もお楽しみに!! 

 

装者達のクリスマスパーティー2020

 
前書き
皆様メリークリスマス!

遂に天下のpixiv大百科に載るという、少し早めのクリスマスプレゼントを貰ってウッキウキなエミヒロですw
これからも人気に胡座をかくこと無く更なる高み、“至高の領域”を目指して進んでいきたいと思います。皆様、応援よろしくお願いします!

というわけで、今回は普段から私を支えてくださる皆様へのクリスマスプレゼント!
尊みという名の砂糖を、クリスマスという形にしてお届けしてやるぜオラァ!!

それではどうぞ、お楽しみに! 

 
「それでは皆さん、飲み物を手に取って~……せーのっ!」
『メリークリスマス!!』

S.O.N.G.本部の食堂内に、職員達の声が響き渡る。

今日は年に一度のクリスマス。国連直轄タスクフォースであるS.O.N.G.にとっても、この日は肩の力を抜いて和気藹々と楽しむ日だ。

装者、伴装者達はサンタ衣装やトナカイの着ぐるみに身を包み、大人達はパーティー帽子や鼻眼鏡で仮装する。

去年より更に人員も増え、本部は今年も賑わっていた。

「わあ……調!ごちそうデスよッ!!」
「切ちゃん、涎垂れてるよ」
「はうッ!あまりのごちそうに、口元が疎かになってたのデース……」
「でも、本当にすごいごちそう……。これ、全部食べていいだなんて……」

並んだご馳走を眺め、切歌と調は目を輝かせる。

「料理はツェルトも手伝ったらしいわよ」
「本当ですか!?ツェルト義兄さん、お疲れ様です!」
「いや、大した事はしてないよ。晩飯を作るのと変わらない、まさに朝飯前だ」
「フフッ……上手いこと言うわね?」
「流石はツェルト義兄さんですっ!」

マリアとセレナに労われ、ツェルトは得意げに鼻を鳴らした。

「ところで、ツェルト義兄さんが作ったお料理は、どれですか?」
「ごちそーと言ったら、トンテキデスよ!!」
「トンテキ……ですか?」

首を傾げるセレナに、切歌はフッフーンと得意げに説明を始めた。

「トンテキは美味しいデスよ~。ボリューム満点、ご飯がモリモリ、歯ごたえもバツグンで最高なのデース!あのドクターでさえ、トンテキの日だけは文句一つ言えなかったデスよ!」
「そ、そんなに美味しいんですか!?」

切歌の顔はゆるゆるに綻んでおり、トンテキという料理がどれだけ美味しいかを物語る。

思わず唾を飲み込んだセレナだったが、ふと一つの疑問が浮かぶ。

「あれ?でも、武装組織フィーネだった頃の姉さん達は、ご飯に困っていたと聞きました。そんな高そうなもの、大丈夫だったんですか?」
「そこがトンテキの凄いところ。豚肉は牛肉に比べて安いけど、値段に見合わないコスパを見せてくれるお肉。弱火で焼いて、適当なタレで味付けするだけなのに、凄く美味しいごちそうに化ける」
「見つけて来た調には、今でも感謝が尽きないのデース!」
「しかもツェルトが商店街のコネで普通の値段より更に安く仕入れて来てたのよね……。ありがたい反面、あの安さであの味、ちょっと恐ろしさを感じたわ」
「そうなんですか!?」

調の解説で更に驚くセレナ。
ここまで言われると、尚更気になってしまう。

(お金に困ってた頃の姉さん達を支えたトンテキ……。いったいどんな味なんだろう?)

「ほら、そこの皿だ。多めに焼いたから、沢山おかわりしていいぞ」

ツェルトが指さした皿には、それぞれにんにくソース、ガーリックソース、和風醤油ソースの3種類で味付けされ、まだホクホクと湯気を立てている豚肉のステーキであった。

「これが……ツェルト義兄さんのトンテキ……!」
「やったデース!食べ放題なのデース!」
「切ちゃん、独り占めはしちゃダメだよ?」
「わ、分かってるのデース。マリアやセレナの分も残しておくのデース!」
「3人とも、私に遠慮なんかしなくてもいいのよ?」
「とか言いつつ、本当はマリアも食べたいんだろ?」
「そっ、それは……」

ツェルトの一言に、マリアは思わず肩を跳ねさせる。

「マリアの方こそ、遠慮しちゃダメデスよ」
「ツェルトの料理、誰より楽しみにしてるのはマリアでしょ?」
「わたしは、マリア姉さんと一緒に食べたいな……」
「みんな……」

可愛い妹、そして妹分達に見つめられるマリア。

遠慮なんてしていられない。長女の我慢など、クリスマスの前には不要なのだ。

「そうね……。こんなに沢山あるんだもの。私が我慢する事なんかないわッ!!」
「おう!どんどん食べてくれよな!……そういや、素直じゃないのがもう1人……」

マリアが素直になった所で、ツェルトがチラッと食堂の隅を振り返る。
その人物はツェルトと目が合った瞬間、慌てて顔を逸らした。

「セレナ。あそこのツンデレドクターを頼めるか?」
「もう、仕方ない人なんですから」

そう言ってセレナは、聖夜でも白衣とサングラスを外さない主治医の元へと向かっていった。



「アドルフ先生」
「セレナか……何の用だ?」
「先生も一緒に食べましょう」
「こういうのは若いのだけで楽しむべきだろう。俺は旨い酒が飲めればそれでいい」
「そんな事言って、わたし達の方を見てたのは分かってるんですよ?」
「保護者として、庇護対象を監督するのは当然だと思うがね」
「もう、相変わらずなんですから……」

ドクター・アドルフのツンデレは筋金入りだ。
しかもいい歳した大人の男なので、押して引くやり方でも効果が薄く、中々素直になってくれないのだ。

となれば、方法は一つだけ。

アドルフが紙コップを傾けたタイミングを見計らい、セレナは白衣の袖を掴むと上目遣いで彼を見つめた。

「ダディ……一緒じゃダメですか……?」

「ぶふぅっ!?」

口にしたウーロン茶を吹き出すアドルフ。周囲の視線が一斉に彼へと集中する。

セレナは誰が見ても可愛い、と口にせずには居られない程の美少女だ。

そんな美少女が上目遣いで、服の袖を引っ張りながらのお願い。しかも「ダディ」呼びである。

流石のアドルフも、これを受け流す事は出来なかった。

「先生、大丈夫ですか!?」
「ゲホッゲホッ……セレナ、お前……それ、誰から教わった……?」
「ツェルト義兄さんが、アドルフ先生に言う事聞いてもらうにはこれが一番効く、と言われたので」
「お前かツェルトぉ!!」

アドルフに睨まれるも、ツェルトはわざとらしくニヤニヤしながら視線を返す。作戦は大成功だ。

マム……もとい、ナスターシャ教授から子供達を預かったと自負しているアドルフ。
しかし、どうやら彼にとってその呼び方はかなり恥ずかしいらしい。

「さあ、アドルフ先生も来てください。断るならまた、ダディって呼びますよ?」
「勘弁してくれ……。分かった、行けばいいんだろ?」
「ふふ、ありがとうございます♪」

少々強引な方法ではあったものの、アドルフ博士はセレナに手を引かれて行く。

(ったく、逞しくなっちまって……)

アドルフは小さく溜息を吐きながらセレナを、マリアを、切歌と調を。そしてツェルトを見つめる。

「切歌、野菜もちゃんと食べなきゃダメだぞ。ほら、付け合せの蒸し野菜」
「わ、分かっているのデス!子供扱いしないでほしいのデス!」

真面目そうな眼鏡をかけた紫髪の少年から、皿に野菜を加えられている切歌。

「調ちゃん。はい、あーん」
「あ~ん……うん、美味しい」
「よかった♪」

寡黙な雰囲気の少年と、互いに食べさせあっている調。

「ん~♪やっぱりツェルトの料理は絶品ね」
「ツェルト義兄さん!これ、とっても美味しいです!」
「俺のだけじゃなくて、翔や純が作ったのも美味いぞ。ほら、これなんか俺じゃ出せない味だ!」
「「はむっ、ッ!?ん~~~♪」」

ツェルトと3人仲良く料理に舌鼓を打つイヴ姉妹。

4人はそれぞれ、花が開いたように満面の笑みで笑っていた。

(プロフェッサー、あんたの子供達は立派に育って、ちゃんと幸せを掴んでるぞ)

そしてアドルフは一瞬だけ、満足そうな表情でグラスを傾けた。

「ツェルトのやつ、また腕を上げたな」

ff

「紅介、スペシャルファンサービスだ。ほら、あ~ん」
「かっ、かかかかか奏さん!?」
「遠慮するなって。ほら、口開けな~」
「あ、あ~……ん」
「美味いか?」
「は、はいッ!美味いッス!」

料理もだいぶ減り、デザートタイムになった頃。
食堂の一角では、紅介が奏からケーキを食べさせてもらっていた。

「そりゃあ良かった。……あ、紅介ちょっと」
「はい?」
「口にクリーム、付いてたぞ♪」
「ッッッ!!!???」

憧れの奏に口元に付いていたクリームを指で掬われ、しかもペロッと舐められた。
紅介は真っ赤になって慌てふためく。彼の燃えるハートは、既にオーバーヒート寸前だ。

それを離れた所で見ていた未来は、決意を固めて口を開く。

「恭一郎くん……」
「どうしたの、未来さん?」
「ちょっと、来てくれるかな?」

胸のリボンがふわりと揺れる。
恭一郎は何も言わず、こくりと頷いた。



「未来さん、どうしたの?」

ここは、本部で一番大きな窓がある場所。今夜は空も晴れていて、欠けた月が街を優しく照らしていた。

恭一郎くんの手を離すと、私は反対側の腕に抱えて隠していたプレゼントを握る。

「その……恭一郎くんに、渡したいものがあって」
「ッ!そ、それって……」
「うん……。恭一郎くん、メリークリスマス」

そう言って、赤い袋と緑のリボンでラッピングした包みを手渡す。

折りたたんだ布は、包み越しにも分かる手触りだから、開ける前に中身が分かっちゃうんじゃないかと心配になる。

「ありがとう未来さん!開けてもいいかな?」
「いいよ……上手く作れてるかは、ちょっと不安だけど」

丁寧に包みを開封する恭一郎くん。
中に入っていたのは……手編みのマフラーだ。

「これ、未来さんが?」
「クリスに習いながら編んでみたの」
「未来さん、ありがとう。大事にするよ!」

そう言って恭一郎くんは、早速マフラーを首に巻く。

クリスに見てもらいながら、何日もかけて頑張って編んだそれは、恭一郎くんの首によく似合っていた。

「気に入って貰えた?」
「凄く温かいよ。まるで、未来さんに抱き締められてるみたいだ」
「ッ!?そっ、そういう事言っちゃうかな……」
「え?……あっ……」

恭一郎くんからの言葉に、頬が熱くなる。
自分で口走ったクセに、恭一郎くんも一拍遅れて頬を赤く染めていた。

普段はヘタレなのに……こういう時だけ、ズルいよ……。

「その、未来さん……」
「何かな……?」
「キスしても、いいかな?」

思ってもみなかった、だけど心のどこかで思い描いてた言葉。

目を見開き、月明かりで照らされた恭一郎くんの顔を見つめ、そして──

「……いいよ」

小さな声で返事をすると、彼の手が背中に回される。
お互い赤くなった頬を見つめ、自然と目を細めながら顔を寄せていく。

遠慮がちにゆっくりと唇を重ねる瞬間は、いつにも増してゆっくりと訪れた。



「クリスちゃん、お疲れ様」
「お、おう……」
(み、未来……。はうう、未来が恭一郎くんとキスしてるよぉ……何だかすっごくドキドキしちゃうよぉ……)
(おめでとう恭一郎、おめでとう小日向。2人とも、お幸せにな。……しかし、月光の下でキスか。俺も帰り道で響にやったら、喜ぶかな?)

そして、物陰の友人達は何も言わずに、温かい目で2人を見守るのであった。 
 

 
後書き
F.I.S.組はカップル達のイチャラブより、「家族とのひと時」としての部分がメインになりましたね。
飛きり、流しらの描写がもっと欲しかったって?フッ……そんな時こそ、脳内補完するのさ( -ω- `)フッ

それからアドルフ博士さぁ……あなた、馴染み過ぎでは?←
XDでの小物っぷりは何処へやら。すっかりただの頑固親父になってますね(笑)
誰かそのうち、F.I.S.組とアドルフ博士の擬似家族写真とかイラストにしてくれないかな~。

さて、XDと言えば……グレにも幸せなクリスマスを……。
というわけで、明日1日は全集中で執筆に望まなくては。ヘタグレ世界のクリスマス、絶対に間に合わせてみせるッ!!
クリスちゃんの誕生日は、IF世界で決まりだ!!

それでは皆様、改めましてメリークリスマス!!
良き聖夜になる事を祈ります♪ 

 

並行世界のクリスマス2020

 
前書き
ギリギリセーフ!!

ってなわけで、クリスちゃん誕生日おめでとう!!
なんか誕生日の要素が前半で終わってる気がするけど、祝ってるしセーフ……だよね?

とりあえず、何とか間に合わせました。
それではどうぞー! 

 
「これで……よし。クリス先輩、そっちは?」
「こっちもオッケー」
「じゃあ、これで完成……かな」

ホッと一息つきながら、響とクリスは完成したケーキを眺める。

夜からのパーティーに向けて用意したブッシュ・ド・ノエルは、甘いチョコレートクリームと真っ赤なイチゴで綺麗に飾り付けられていた。

「響、おつかれさま。クリス先輩も、ありがとうございます」
「ううん、これくらいなんでもないよ」

未来からティーカップを受け取り、響は息を吹きかけながらそれを傾ける。
出来たてのホットココアは、少しずつ響の身体を温めていく。

「未来ちゃんも、お料理の仕込み終わったの?」
「はい。後は焼き上がるのを待つだけです」
「未来もおつかれ」
「ありがとう」

3人でココアを飲みながら、それぞれの進捗を報告し合う。

部屋は既に飾り付けを終えており、あとは約束の時間に料理を並べるだけだ。

「それにしても、クリス先輩の誕生日がクリスマスと近いって聞いた時は驚いたよね」
「もしかして、『クリス』って名前はそこが由来……?」
「クリスって名前の由来は、元々、聖書から引用されたものなんだって。だから、これは偶然。パパとママは、私が産まれる前から、この名前に決めてたんだって」
「偶然にしては、狙ったようなタイミング……。なんだか、面白いですね」
「外国の人の名前にも、由来があるんですね」

感心する響と未来に、クリスはクスッと微笑む。

背が低く、よく歳下に間違われる彼女にとって、こうして先輩らしい事が出来ている時間は嬉しくあり、楽しいものなのだ。

「この話、クラスの皆にもウケてるの。良かったら、他のファーストネームの由来とか、聞きたい?」
「面白そう……お願いできますか?」
「チキンが焼き上がるのはまだまだ先だし。わたしも聞いてみたいです」
「うん。じゃあ、まずは……」

可愛い後輩2人に囲まれ、先輩と慕われる。

この時間こそが、2人からのプレゼントだ。
そう感じながらクリスは、鶏肉の焼けるいい匂いが漂ってくるまで、後輩達と語らい続けるのであった。



『メリークリスマス!!』

6つのコップが音を鳴らし、6つの声が聖夜を言祝ぐ。

「そして誕生日おめでとう、クリス」
「「「「おめでとう!!」」」」

乾杯の次は破裂音。クラッカーからの紙吹雪が宙を舞う。
今宵の主役、雪の音の少女は照れくさそうに、頬を羽織った衣服と同じ色へと染めた。

「みんな、ありがと……。祝ってくれて、嬉しい」
「俺からも、ありがとう。クリスの誕生日をこんなに沢山の友達から祝われて、俺も嬉しいよ」

我が事のように喜ぶ純。その顔は言うまでもなく笑顔だ。

「でも先輩、クリスマスと誕生日を一緒に祝われて、嫌じゃないんですか?」

クリスマスと誕生日が近い者達に多い悩みを、疑問として呟く翔。

だが、クリスは首を横に振った。

「正確には、クリスマスの3日後だから。クリスマスは、友達と一緒に、皆で祝って、誕生日は、家族だけで祝う。毎年、そんな流れだったよ」
「なるほど。じゃあ、クリス先輩にとってクリスマスって?」
「皆と過ごせる楽しい日、かな。誕生日と合わせたら2日も楽しい日が続いてるから、私は大好きだよ」
「雪音、今の顔はとても可愛らしかったぞ」

カメラの音に振り向くと、スマホを横に構えた翼が捉えた一瞬をLINEのグループに共有するところであった。
彼女の格好もまた、女性用のサンタ服である。

綺麗に取られた写真には、楽しそうに笑うクリスが写っていた。

「つ、翼先輩!いつから構えてたんですか!?」
「可愛い弟と義妹の尊い一瞬を逃さないよう、撮影は常に一瞬で行えるように訓練している。その成果だな」
「翼さん、そういうの、才能の無駄遣いって言うんじゃない?」

驚くクリスにドヤ顔で語る翼へと、響は呆れた顔で苦笑いを向ける。

「イベント事には記録係も必要だろう?そして私は招待された立場であり、この中で最年長だ。皆との尊き一瞬をカメラに収める事の、何が問題なのだ?」
「それはそうですけど……撮影する前に言えばいいじゃないですか」
「それでは一瞬を捉えられないのだ。それに立花、一言かければお前は素直に応じてくれるのか?」
「うっ……それは、その……」

普段、翼にカメラを向けられるのは、翔と一緒にいる時だ。
一声かけられようものなら、響は翔の陰に隠れるであろう事など想像に容易い。

姉としてはどうしても、可愛い弟が未来の義妹とイチャイチャしている瞬間をカメラに収めたいのである。

そこで翼が磨いたのが、高速撮影術だった。

居合の如き素早さでスマホを取り出しカメラを起動。そして対象に気づかれる前に、一番尊い瞬間を切り取る。

その身を剣と鍛えた翼だからこその撮影術である。

「まあまあ、いいじゃないか。僕は今日の可愛い響さんを、ちゃんと写真に残しておきたい。姉さんなら安心して撮影を任せられるもんね」
「……翔がそう言うなら」
「うむ。ほら、もう少しこちらに顔を向けてくれ。撮るぞ……はい、チーズ」

翔に抱き寄せられ、響は真っ赤になる。
ミニスカツンデレサンタな響の写真は、翔のフォルダにしっかり保存される事となったのであった。

「でも、こうして大勢で祝うクリスマスって、久し振りかも……」

未来はポソリと呟き、直後慌てて口を塞ぐ。
その言葉を聞き逃さなかった翔は、その意図に気が付き、腕に抱いた響の顔を見る。

「……そう……だね……。あの頃は、色々あったから……」
「響……ごめん」

やってしまった、と肩を落とす未来。
俯いた響の表情から、全員がそれを察していた。

2年前、ライブ会場の惨劇。
周囲からは謂れのない迫害を受け、家族がバラバラになり、陽だまりである未来も引っ越してしまった響には、祝日や誕生日への関心さえ薄れるほどの辛かった時期。

響の辛い記憶を呼び覚ましてしまったと、未来は後悔した。

──だが、今の彼女には彼がいる。

「響さん」
「翔……?」

翔は響の手を包むように握ると、顔を上げた彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「大丈夫。響さんはもう、一人じゃないよ?」
「……あ……」

翔につられて周りを見回す響。

「立花」

そこには、将来的には義姉になる、頼りになる先輩がいて。

「響ちゃん」
「立花」

可愛い先輩と、その恋人である翔の親友がいて。

「響」

戻って来てくれた陽だまりがいて。

「ほらね?」

そして、優しく抱き締めてくれる、木陰のような彼がいる。

2年前までとは違う。
今の彼女にはこんなにも、手を繋いでくれる人達がいるのだ。



「みんな……」

目頭が熱い。溢れてきそうになるそれを、見られたくないとは思わなかった。

そっと、右肩に手が置かれる。
わたしはそれに答えるように、彼の腰へと手を回した。

「ほら、料理冷めちゃうよ?」
「そうだよ。早く食べて、ケーキ切ろう?ね?」
「楽しい時間は、まだまだ、これから」
「プレゼント交換とかあるし、トランプも用意してるぜ!」
「涙はこのハンカチで拭きなさい。折角のクリスマスに、涙は合わないわよ?」
「うん……みんな……ありがと……」

皆優しくて、あったかい。

今、わたし……すごく幸せだ……。

どうしよう……瞼の裏から溢れ出してる気持ちが、止まってくれそうにない……。

……今なら、素直に言える気がする。

「翔……」
「なんだい、響さん?」

いつもは恥ずかしくて、中々言葉には出来ないけれど……。

伝えられる時に伝えないと、勿体ないよね。

「……大好き」
「……ぼっ、僕も……大好き……だよ……」

翔の顔が、耳まで真っ赤になる。
ホント、不意打ちには弱いよね……可愛い。

今夜くらいは、最初っから素直に甘えてもいいかも……。

「未来も、ありがとう。また、未来とクリスマスを祝えて嬉しい」
「響……」

また来年も、そのまた次の年も……翔と、未来と、皆と一緒に過ごしたいな……。

……さて。いつまでも暗い気持ちじゃ、クリスマスを楽しめないもんね。

ここからはリフレッシュして、皆でワイワイやろう。

「クリス先輩、仕切り直してよ」
「……え?わ、私が!?」
「今日の主役、先輩なんだから」
「えーっと、じゃあ……こほん」

一つ咳払いして、クリス先輩は自分のコップを掲げる。

「みんな、改めてもう一度、聖夜を祝おう!せーのっ……」

翼さんに合わせて、皆がコップを掲げる。

そして部屋には再び、今宵を言祝ぐ言葉が響き渡った。

『メリークリスマス!!』 
 

 
後書き
クリスちゃんの誕生日+グレのクリスマス、を一緒にやろうとしたらこうなりました。後悔なんて、あるわけない!!

改めましてクリスちゃん、お誕生日おめでとう!!
そしてグレ!!来年こそは幸せになってくれ!!

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あと熊さん、今回もありがとうございます!!
相変わらず作者をも殺す尊さ投げやがって……( ´ཫ` )

今回で今年は書き納めかな?下手したら書き納めとしてまた1話増えるかもしれないけど。
それでは皆さん、また次回!! 

 

新年初笑い『アガートラームマスターマリア』

 
前書き
あけましておめでとうございます!

書き初めは新年初笑い、という事でサナギさん原案のネタをツェルトとウェルの漫才という形でお届けさせていただきます。
今年も伴装者とイヌカレ、そしてこの私、エミヒロをよろしくお願いします!! 

 
・誤植編

ツェルト「あぁ!?なんだよこれ!?担当に文句言ってやる!」

「もしもしウェル?酷いじゃないか!読んだぞ今月号の俺の漫画!」

ウェル「ええ?酷いって、ストーリーがですか?」

ツェルト「ぐへぇ!って、違う!誤植だ誤植ッ!セリフの文字が間違ってるんだよ!!」

ウェル「え~本当ですか~?どこです?何ページ目です?」

ツェルト「ほら、マリアが四天王の1人、Dr.ウェルに挑む前の会話で『アイツだけは許さないッ!』って最高にかっこいいセリフが……」

マリア『パンツだけは……許さないッ!』

ツェルト「酷いだろこれ!?」

ウェル「ホントだ……やっちゃいました☆」

ツェルト「いや、やっちゃっいました☆じゃねぇだろオイ!?主人公がいきなりノーパン主義に目覚めたみたいになってるだろうが!!」

ウェル「アハハwww」

ツェルト「何でご機嫌なんだよ!?誤植はここだけじゃないんだぞ!?」

ウェル「え~、本当ですかぁ?どこです?」

ツェルト「マリアが暗い過去を語って、『私の憎しみは消えたりしない……ッ!』って決意を新たにする超渋いシーンで……」

マリア『私の肉染みは消えたりしない……ッ!』

ウェル「あ、ホントだ。漢字間違ってますね。やっちゃいました☆」

ツェルト「いや、だからやっちゃいました☆じゃねぇだろお前!?」

ウェル「ハッハッハ、肉染みってちょっと何です?脂汗?アハハハハwww」

ツェルト「笑ってる場合かよ!何でそんな上機嫌なんだよ!?」

ウェル「いや~、実は先日彼女が出来ましてね」

ツェルト「え?お前に彼女?まあ、それは良かったな。でもこちとら全然良くねぇんだぞ?誤植まだあるんだよ」

ウェル「え~、どこですかぁ?」

ツェルト「ほら、遂に現れた四天王のDr.ウェルが『あなたがマリアですね?』って言う超緊迫した場面で……」

Dr.ウェル『あなたがマリモですね?』

ウェル「あっ、ホントですね」

ツェルト「あなたがマリモですね、ってどんなセリフだよ!?どんな問いかけをしたらそんな答えが返って来るんだよ!?またやっちゃいました☆とか言うんじゃねぇぞ?」

ウェル「やっちゃったYO☆」

ツェルト「いややっちゃたYO☆じゃねーよ!?何でちょっとノリの良い感じになってんだ!!誤植はまだあるんだからな!?」

ウェル「え~、どこですぅ?彼女いない歴0年の僕がいったいどんな間違いを?」

ツェルト「その次のコマッ!マリアが『私がマリアよッ!』って言う超クールなシーンが……」

マリア『私はマリクよッ!』

ツェルト「なんで主人公いきなり墓守宣言してんだよ!!集〇社に怒られるぞ!?」

ウェル「ああホントだ、間違ってる……」

ツェルト「普通間違えないだろ!?」

ウェル「ハッハッハ、やっちゃったYO☆」

ツェルト「ノリノリで言うんじゃねぇッ!気に入ったのかそれ!?」

ウェル「気に入っちゃったYO☆盗らないでくださいYO?」

ツェルト「盗るわけねぇだろそんな語尾ぃッ!それよりもっとあるんだよ誤植ぅ!!」

ウェル「え~、まだあるんですかぁ?どの辺なんだYO?」

ツェルト「どの辺なんですYOぉ?そんな無理に言わなくても……最後だよ、最後のページッ!マリアが、『私の新しい技を見せてあげるわッ!』って超ドキドキのシーンだよッ!!」

ウェル「どれどれ?」

マリア『私の新しい腋を見せてあげるわッ!』

ウェル「あっ、ホントだ。やっちゃったYO☆」

ツェルト「何なんだよ新しい腋ってッ!腋見せてどうすんだッ!?」

ウェル「すみません。彼女の事で頭がいっぱいでついうっかり……」

ツェルト「しかももっと酷い誤植が、最後のコマにあるんだよッ!!マリアが白銀の剣を構えて『はああああッ!』って突っ込む所ッ!!」

ウェル「えぇ~?そんなセリフ間違えないと思いますけど……」

ツェルト「間 違 っ て ん だ よ」

マリア『まそっぷッ!』

ツェルト「なんだよまそっぷってッ!?もう意味わかんねぇしッ!!しかもこのコマに書いてある煽り文句ッ!!なんだよこれッ!?」

『彼女が出来ました──☆』

ツェルト「何自慢してんだコラァ!?」

ウェル「やっちゃったYO☆」

ツェルト「やっちゃったYOじゃねーだろッ!!煽り分はこれ自慢したくてつい言っちまっただけだろ!?」

ウェル「言っちゃったYO☆」

ツェルト「だから言っちゃったYOじゃ……あ゛あ゛あ゛もうッ!なんかもうッ……やってられねぇんだYOォォォォォッ!!」

ウェル「ごめんですYO☆」

・完結編

ナスターシャ「もしもし。月刊F.I.S.のナスターシャです。お疲れ様」

ツェルト「え、ナスターシャさん?」

ナスターシャ「今日から私が『アガートラームマスターマリア』の担当になりました。よろしくお願いします」

ツェルト「え?あの、ウェルは?」

ナスターシャ「お亡くなりになりました」

ツェルト「嘘だろ!?なんで……」

ナスターシャ「実は初デートの前に彼女から別れを告げられたようです」

ツェルト「それで自ら命を……?」

ナスターシャ「いえ、事故死です」

ツェルト「事故死ぃ!?」

ナスターシャ「なんでも仕事中に彼女から別れのメールが来て、ショックで階段から転げ落ちてバタッと……」

ツェルト「あいつがその程度で死ぬのかはちょっと疑問なんですが……」

ナスターシャ「それで、仕事の話に戻りますが、『アガートラームマスターマリア』は来月号で最終回です」

ツェルト「うそぉぉぉぉぉぉ!?」

ナスターシャ「悪く言えば打ち切りです」

ツェルト「わざわざ悪く言わないでくださいよ!?」

ナスターシャ「元々人気がなかったのですが、今月号はぶっちぎりで不人気で……四コマ漫画の『ちょせぇ!クリスちゃん』より人気がありませんでした」

【ちょせぇ!クリスちゃん(作者:風鳴翼)】

ツェルト「マジかよ!?そんな、急に言われても困りますよ!?俺の漫画、やっと盛り上がってきたところなんですが……四天王とか出て来て」

ナスターシャ「戦いはこれからも続く……という事でいいのではありませんか?」

ツェルト「そういう終わり方はよくありますけど、俺の漫画の場合は敵のボス、シェム・ハに主人公の恋人が捕まってるじゃないですか?しかも食事は毎日パン一個で、地獄のような労働を強いられているんですよ……」

ナスターシャ「『ちょせぇ!クリスちゃん』の好物と被ってますね」

ツェルト「全然被ってないですよ!?とにかくそんなわけで、シェム・ハを倒さないとスッキリこないって言うか……」

ナスターシャ「そうですね」

ツェルト「しかもその条件は色々あって、シェム・ハの城の門を開くには四天王を倒さないといけないし、シェム・ハを倒すにはガングニールのギアが必要ですし。しかも今戦ってるDr.ウェルは、別名The・不死身と呼ばれる程タフネスで、10回刺さないと死なないんですよ」

ガリィ『頑張りまぁ~す♪』

カリオストロ『鬼メンゴ~』

ミラアルク『あざま~す☆』

ナスターシャ「なぜそんな面倒な設定を……」

ツェルト「10話くらい引っ張ろうかと思って……。それと、1話から主人公のマリアには、生き別れの妹セレナが居ることを仄めかせてるんですが、どうすれば……」

セレナ『出番が欲しい』

ナスターシャ「それは自分で考えてください」

ツェルト(新しい担当、なんか冷たいな……)

ツェルト「それで、最終回は何ページ貰えるんですか?」

ナスターシャ「3ページです」

ツェルト「うそぉぉぉ!?なんでそんな扱いなんですか!?」

ナスターシャ「本当に人気が無いのです」

ツェルト「四コマ漫画の『ちょせぇ!クリスちゃん』だって、毎回4ページもあるのに!?」

ナスターシャ「『ちょせぇ!クリスちゃん』も来月号で最終回です」

ツェルト「え?ちなみに『ちょせぇ!クリスちゃん』の最終回は何ページなんですか?」

ナスターシャ「4ページです」

ツェルト「畜生ッ!もう月刊F.I.S.では描きませんからねッ!?」

ナスターシャ「はい」


アガートラームマスターマリア 最終回「神様も知らないヒカリで歴史を創ろう」

マリア「くらいなさいッ!Dr.ウェルッ!」

Dr.ウェル「実は私は1回刺されれば死にますッ!」

マリア「はあああああッ!」

EMPRESS‪✝︎REBELLION

ウェル「ぐああああああッ!」

ガリィ「あの科学者殺られたみたいですね~」

カリオストロ「でもぉ~、アイツは四天王の中でも最弱だし~?」

ミラアルク「ウチらで倒せば余裕だぜッ!」

マリア「ついでにくらいなさいッ!」

HORIZON‪✝︎CANNON

ガリィ、カリオストロ、ミラアルク「「「ぐああああああああああああッ!!」」」

マリア「遂に四天王を倒したわ……。ここがシェム・ハの城だったのね」

シェム・ハ「マリアよ……貴様に伝うべき事がある。我、別にガングニールのギアがなくても倒せるぞ」

マリア「なんですってッ!?」

シェム・ハ「それと貴様の恋人は痩せて来たから故郷の村に返しておいた。後は貴様を倒すだけである」

マリア「そうね……。私も一つ、言いたいことがあるわ。妹のセレナは故郷の村で元気にやってるのを今思い出したわッ!」

シェム・ハ「そうか」

マリア「行くわよッ!シェム・ハッ!!」

シェム・ハ「来るが良いッ!」

マリアの勇気が世界を救うと信じて──ご愛読ありがとうございました☆ 
 

 
後書き
ウェル「ところで僕を四天王にしたり、自分をラスボスに攫わせてるのはどうなんです?」
ツェルト「それは台本用意した担当者に問い合わせてくれ」

個人的にちょせぇ!クリスちゃん、と主人公墓守宣言はツボwww

それでは次回もお楽しみに! 

 

装者達のバレンタインデー(2021)

 
前書き
ギリギリ……アウト!!

今年のバレンタインはF.I.S.組+奏さん、未来さん、エルフナインちゃんでお届けします。

糖に飢えた読者諸君、今年のチョコ糖文を受け取れぇぇぇぇい!! 

 
「「「ごちそうさま」」」

ホテルのビッフェで食事を終えたツェルト、マリア、セレナは笑顔で帰宅した。

「美味しかったですねっ♪」
「そうだな。ありがとうマリィ、いいお店だったよ」
「そう言ってもらえると、嬉しいわ。……支払いをツェルトにさせてしまったのが申し訳ないけど」
「気にするなって。こういう時は格好つけさせてくれよ」
「ッ……もう……」
「ふふ……っ」

談笑しながらリビングに着いた3人。
すると、マリアとセレナが足を止める。

「ん?どうしたんだ?」

ツェルトが振り返ると姉妹は目配せし、いつの間にか持っていた紙袋の中から、ハート型の包みを取り出した。

「ツェルト……はいこれ。ハッピーバレンタイン♪」
「ツェルト義兄さんへ、わたしとマリア姉さんからの、愛の印です♪」
「おおっ!?ひょっとして、手作りか……?」
「当然よ。市販品じゃ、あなたも物足りないでしょ?」
「マリア姉さんや暁さん、月読さん、皆で作ったんですよ」

そう言って2人は、ツェルトを挟んでソファーに腰掛ける。

「マリィ、セレナ、ありがとう。この場で食べてもいいか?」
「ええ、もちろん♪」
「感想、聞かせてください♪」

姉妹に見守られながら、箱の中の菓子を口へと運ぶツェルト。

マリアはルビーチョコ、セレナはホワイトチョコ。それぞれをハート型や丸型、1口サイズに固めたそれが、箱の中に並んでいる。

ツェルトは1つずつ指でつまむと、まずはルビーチョコを咀嚼し、舌の上で味わう。

「甘さの中にほのかな酸味……。優しいけど、それだけじゃない。まさにマリィにピッタリな味だ」
「そっ、そうかしら……?もうっ、ツェルトったら……」

味の感想と共に飛んで来た口説き文句に、思わずマリアは頬を赤く染めた。

それからツェルトは、ホワイトチョコを同様に口へ運ぶ。

「こっちは甘さと共に広がる、まろやかでクリーミーな味わい深さ……。優しさで皆を包み込んでくれるセレナらしいな」
「ツェルト義兄さん……もうっ、そういうの、誰にでも言っちゃうんですか?」

姉と同様、ツェルトに真っ直ぐ見つめられての口説き文句に、あっという間に赤くなるセレナ。

姉と同じくらい大好きな義兄からの言葉だ。とても嬉しいのだが、負けっぱなしでは居られない。

だが、ツェルトからの口説き文句は終わっていなかった。

「何言ってるんだ。俺がこんな事言うのは、マリィとセレナ、世界でただ2人だけだぞ?」
「「ッ!!」」
「俺が世界で一番愛してるのは、こうして俺の心を温めてくれる2人なんだからな」
「「ッッッ!!!!」」

あっという間に頭から湯気を立てながら、姉妹は悶える。

自分達が好きになった男は、愛を囁く事に惜しみがないのだと再確認しつつ、深呼吸で再起動を図った。

このままでは心臓が持たない。慌てて話題を逸らそうと、セレナはマリアのチョコに目をつけた。

「そっ、そういえばわたし、姉さんのチョコはまだ食べていませんでした」
「そっ、そういえばそうね!……しまった、セレナの分を用意するの、忘れてたわ……」
「ええッ!?……あ、でも仕方ないですね……。わたしも、姉さんの分を用意するの忘れてしまってましたし……」

2人とも、ツェルトに渡す事を第一に考えていた結果、うっかり互いに渡す分を忘れるほど没頭してしまっていたのだ。

うっかりとはいえ忘れた事に、思わず肩を落とす姉妹。

だが、それを聞いたツェルトは思い付いたようにこう言った。

「食べたいのか?なら……ほら、あーん」
「え……ッ?ツェルト義兄さん?」
「こんなに沢山あるんだから、3人で分け合えば足りるだろ?」
「ツェルト……」

思わぬ提案に、姉妹は目を輝かせる。

ツェルトが差し出すルビーチョコに、セレナはパクリと齧り付いた。

「ん~♪さっすが姉さんですッ!とっても美味しいですよッ!」
「そ、そう?セレナにも喜んでもらえるなら、張り切った甲斐があるわね」

そう言って、セレナのチョコに手を伸ばそうとして……ふと、マリアは気づいた。

反応が遅れてしまったが、あまりにも自然すぎたのだ。

今、ツェルトはセレナにチョコをあーんしている状態であるという事に……。

「ツェルト義兄さん……もう一個、いいですか?」
「いいぞ。ほら、あーん」
「ちょっ、ちょっとッ!?」

思わず裏返る声。振り向くツェルトとセレナ。

そこでマリアはハッとなる。
思考が追いつくより先に、声が出てしまっていたことに。

そして自分は今、妹を羨ましいと思っていた事に。

ここでマリアに与えられた選択肢は2つだ。

素直に自分にもして欲しい、と頼むか。
姉の威厳を保つ為に何でもない、と断るか。

どちらか迷っている間にも、3人の間の沈黙は1秒ずつ進んでいく。

そして脳内で自分の気持ちと協議した末に、マリアが出した結論は……。

「わ……私にも……その……あーん、してよ……」

頬を赤らめながら、少しツンデレ気味に。
そんな顔を見せられて、断る男が世界のどこに居よう?

ツェルトの返事は無論、決まっていた。

「マリィ、あーん」
「あ、あ~……ん」

今日はバレンタインデー。大好きな人に気持ちを伝える日。

であるならば、威厳だの体裁だのと言った意地は無用の長物。誰もが素直に甘えていい日なのだ。

その後、チョコを食べさせ合いながら、3人はバレンタインデーの夜を過ごしたのだという。

「口で食べさせるの……ダメか?」
「なっ……なっ、何言ってるのよッ!?」
「わ、わたしは……やってもらいたい……です……」
「セレナッ!?……な、なら、私も……やるわッ!」

それは、とてもとても甘い時間。

ff

「よし!切ちゃんも出来たみたいだね」

キッチンで作業を終えた調は、切歌の方を見る。

「調のおかげで上手くいったデス!」

満面の笑みを浮かべる切歌に、調はにこやかな笑みを返した。

「でも……調みたいに凝ったものは作れなかったデスよ……」

調が作ったのはチョコレートケーキ。対して切歌は星型やハートの可愛らしいチョコであり、その差にため息を吐く。

「切ちゃん、大切なのは見た目じゃないよ。作った人の思いが大事」
「調……ありがとうデス……」

しかし、再び黙り込んでしまう切歌。調は首を傾げる。

「切ちゃん?」
「作ったのはいいデスが……アタシ1人で飛鳥さんに渡すのは、やっぱり恥ずかしいデス……」

恥じらう友人にクスッと微笑む。

「それなら、わたしと一緒に渡そう?それなら切ちゃんも渡せる」
「本当デスか?調、ありがとうデスッ!」

嬉しさのあまり、切歌は調に抱きついた。

「それじゃ、ラッピングしよっか」
「了解デースッ!」



翌日の放課後、切歌と調のマンションの前。
調と切歌に呼び出された兄弟は、玄関の前で2人の帰りを待っていた。

流星はため息を一つ吐くと、少しソワソワしている飛鳥に呆れたような声をかけた。

「兄さん、緊張しすぎ。切歌ちゃんからチョコ貰えるからって、舞い上がるのはわかるけどさ」
「べっ、別に緊張はしてない!これはただ、今日はいつもより寒いからで……」
「ふーん……あ、調ちゃんと切歌ちゃんだ」
「流星、僕がそんな単純な嘘に騙されると思ったら」

後ろを振り向くことなく応えようとする飛鳥。だが、背後から聞きなれた声が聞こえ振り返る。

「飛鳥さん!」
「きっ、切歌ッ!?」
「切ちゃん、そんなに走ったら転んじゃうよ?」
「やぁ、調ちゃん。おかえりなさい」

慌てて飛鳥に駆け寄る切歌と、それを追いかけてきた調。2人の手には、小さな紙袋が握られていた。

「飛鳥さん……その……ハッピーバレンタイン、デスッ!」
「流星さん。これ……日頃の感謝の気持ちです。受け取ってください」
「切歌……」
「ありがとう、調ちゃん♪」

受け取った2人は、袋の中に入った箱から中身を想像する。

どんなチョコが入っているのか。想像するだけで胸が高鳴るのを感じ、思わず口元が綻んだ。

「飛鳥さん!アタシの手作りチョコ、早く食べて欲しいデス!」
「えっ!?い、いや、それは……」

隣に弟が居るからか、少し躊躇う飛鳥。
それを見た流星は、調の方を見て小さく頷き、調の手を取った。

「流星?」
「僕らはお先に。2人っきりで楽しんでくるよ。……兄さん、頑張ってね」
「切ちゃん、ファイト」

そう言って、流星は調と共に部屋へと戻って行った。
玄関前に残された飛鳥と切歌は、暫く見つめ合う。

先に口を開いたのは、飛鳥からだった。

「じゃあ……ここで開けようかな」
「美味しすぎて、腰抜かしても知らないデスよ~?」
「それを言うなら頬っ辺が落ちる、だろ?」
「ど、どっちも似たようなもんデス!」

目を輝かせて胸を張る切歌に、飛鳥は箱のリボンを外す。
中には1口大の小さなチョコレートが、綺麗に並べられていた。

ハート型もあったが、飛鳥は一先ず星型のチョコを摘み口に入れる。

「どうデスか?」
「うん、美味いぞ。切歌が頑張ったのが、よく伝わってくる」
「えへへ~……飛鳥さんに食べてもらうために、いっぱい練習したのデス!!」

撫でられて喜ぶ切歌に、飛鳥はチョコの一つを摘んで差し出す。

「なら、切歌も食べてみたらどうだ?」
「え!?良いんデスか?ありがとうデスッ!」

そう言って目を輝かせた切歌は……飛鳥の指につままれたチョコにそのままパクつき、その味を自賛した。

「ん~♪やっぱりアタシにも、お菓子作りの才能があるデスッ!アタシの才能が恐ろしいデスよ~」

(手に取ると思ったのに、まさかそのままパクッと行くなんて……な、何をドキドキしてるんだ僕はッ!?)

思わずドキッとしてしまった飛鳥は、切歌に内心の動揺を悟らせまいと、チョコをもう1つ摘んで口に運ぶ。

「……んんッ!?」

だが、舌の上でチョコが溶けた次の瞬間、チョコとは違う何かの感覚が口に残る。

「切歌……なんらか、ひたのうふぇがパチパチしゅるんらど……」
「あ、それは飛鳥さんを驚かせるために、1個だけ混ぜといた大盛りわたパチ入りデスッ!……あっ」
「き~り~か~?」
「ちょ、ちょっとしたジョークなのデスよ~~~ッ!」
「分量をふぁんがえろッ!!ふぉら待てッ!逃ふぇるなッ!!」

追いかける飛鳥の顔が笑っていた事を、一目散に逃げていく切歌は知らないのであった。



「兄さん達、上手くいくかなぁ」
「きっと上手くいきますよ。切ちゃん頑張ってたから」
「友達思いなんだね。調ちゃんは」
「流星さんはお兄さん思いなんですね」
「ここまでしたんだし、勝機は逃さないで欲しいな……。さて、もう開けてもいいかな」
「はい。あ、ミルクも入れますね」

蓋を取ると、中には透明な箱に入ったハート型のチョコレートケーキ。

流星は微笑むと、向かいに座る調の顔を見ながら感謝を伝える。

「うん、凄く美味しそうだ。ありがとう、調ちゃん」
「流星さん……はい、あーん」

箱に入れていたプラスチックのフォークを握り、調はチョコレートケーキを少し掬うと、それを流星の口へと差し出した。

「あー……ん……うん、やっぱり美味しいね」

その味は言わずもがなであり、流星は満足げな笑みを浮かべた。

「はい、またあーんしてあげます」
「いや、次は僕の番だよ」

自分のフォークを取り、掬った1口を調に差し出す。

「流星さん……それは反則……」

流星からの不意打ちに、頬を赤らめて俯く調。それを見て微笑む流星。

この後、追いかけっこから戻った飛鳥と切歌が来るまで、2人はケーキを交互に食べさせあうのだった。

ff

「津山さん、はいこれ」
「おっ、バレンタインか!ありがたく貰っとくぞ」
「お返し、期待してるからな~?」
「ハハハ、あんまりハードル上げないでくれよ」

軽口を交わしながら、奏は職員らに義理チョコを配り歩いていく。

そんな奏を、コソコソと付けている男が1人……。

勿論、気付かない奏ではない。
だが奏は、分かった上で敢えて気付かないふりをしつつ、職員達や伴装者らへと義理チョコを渡していく。

そして、最後の一つを渡し終えた所で……奏は背後を振り返った。

「さて、あとはお前だけだぞ……紅介」
「ッ!?いっ、いつから……?」
「ん?最初っから気付いてたけど?」
「マジかッ!?チクショー、スニークスキル磨いとくんだった!」

相変わらずのテンションにクスッと笑い、奏は最後まで残していた包みを取り出す。

「お前には最後に渡すって決めてたんだよ。あたしを応援してくれるファンへの、ちょっとしたサプライズってわけだ」
「さっ、サプライズ!?」
「ああ。一番近くにいるファンなんだから、これくらいはしてあげないとね。というわけで、紅介、ハッピーバレンタイン♪」

ニカッと向けられるアネゴニックスマイル。
言うまでもなくハートを撃ち抜かれ、紅介は胸を抑える。

「くぅ~~~~ッ!ありがとうございますッ!棚に祀って家宝にしますッ!!」
「いや食えよ」
「頂いてしまってもよろしいので!?」
「おう。むしろ、目の前で感想言ってくれても良いんだぞ?」
「で、では……いただきます!!」

紅介は包みを開封し、中身を取り出す。
入っていたのは……なんと、チョコレートマドレーヌだった。

「あむ……むぐむぐ……ん、美味いっすよコレ!!」
「そりゃあ良かった。その顔が見れただけでも、作った甲斐はあったな……」

奏の作ったマドレーヌを、ゆっくりと味わうように咀嚼する紅介。

彼の笑顔を、奏は何も言わずに見つめる。

「ところで、どうして俺だけマドレーヌなんすか?」
「へっ?」

その疑問に、奏は思わず間抜けな声を上げてしまう。

まるで、鳩が豆鉄砲をくらったような顔の奏を見て、紅介は首を傾げた。

「そ、そりゃあ……ファンサービスなんだからな。二課……いや、今はS.O.N.G.か。ともかく、職員さん達に渡すのと同じやつじゃ、ダメだろ?」
「なるほど!とことんファンへのサービス精神を意識してくださっているなんて、流石奏さんッ!」
「ま、まあな……」

内心ホッとしながら、奏は紅介を見つめる。

なんだか、いつもよりも照れ臭い気分になるのを感じながら、奏は深呼吸した。

「お返し、期待してるからな?」
「あったりまえです!!ちゃんと三倍で返しますので!!」
「大袈裟だなぁ。ま、期待してるぜ」
「はいッ!」

そう言って奏は紅介の前から立ち去る。

そして廊下の角を曲がると……

「……はぁ~、緊張したな……」

誰にもみられていない事を確認し、奏はホッと胸を撫で下ろした。

「紅介のやつ、気付くかな……。いや、あいつが気付かなくても、知ってる奴が教える可能性はある……か」

仲間達や職員らにはクッキー。しかし、紅介だけにはマドレーヌ。

そこに込められた意味を理解した時、彼は何を思うのだろうか。

「まあ、今のあたしらにはこれくらいが丁度いいよな」

奏自身、らしくないと思えるほど消極的なメッセージ。

もっと大胆にいけばよかったか、とは思うが、プレゼントはもう渡してしまった後だ。

「仕方ないじゃないか……初めてなんだから」

自分に言い聞かせるようにそう呟いて、奏はその場を後にした。

ちなみにこの後、案の定紅介がぶっ倒れて医務室に搬送される事となったらしい。

ff

「恭一郎くんッ!今日、何の日か……覚えてるよね?」

その日の帰り道、背中に何か隠した未来さんが緊張気味に問いかけてきた。

「今日は……2月14日、バレンタインデーだね」
「うん……だから、ね……チョコレート、作ってきたの」
「……未来さんからの、チョコレート……!?」

正直、期待はしていた。
でも、やっぱり貰えるって聞くと、驚きの方が勝ってしまう。

なにせ、バレンタインに貰う異性からのチョコレートなんて、母さんと妹以外から貰った事がない。

だから、思わず緊張してしまう。
僕らは既に恋人同士だと言うのに。

「その……男の人に作るの、初めてだから……ちょっと変かもしれないけど……」

未来さんの顔は、少し赤い。

普段はもっと積極的に、僕よりも余裕のある顔で、少し意地悪な笑みさえうかべながらアプローチをかけてくる未来さんが。

バレンタインと言うだけで、こんなにも緊張している。

しかも、男の人に渡すのは初めてだと言う。
未来さんも僕と同じ立場なんだ。

そう思うと、少しだけ安心した。

「わたしのチョコ、受け取ってくれるかな?」

そんなの、決まってる。

僕は、恥ずかしそうに伏せられた未来さんの目をしっかり見つめて、一言ずつ、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「勿論だよ。未来さんからのチョコレート、楽しみにしてたんだ」
「ッ……よかった。じゃあ……」
「未来さん……チョコレート、欲しいな」
「ふふっ、はい、どーぞ♪」

背中に隠していた紙袋を渡され、安堵の表情を見せる未来さん。

「早速開けてもいいかな?」
「うん。いいよ」

箱のリボンを丁寧に解いて、中身を確認する。

中には、丸い球状のチョコレートがいくつも入っていた。
おそらく、何かをチョコレートでコーティングしたものだろう。

「これは……?」
「中にマロングラッセが入ってるの」
「へぇ……お洒落だね」
「初めて作ったから、ちょっと自信ないけど……」

なるほど。だから不安そうだったんだ。

「未来さんが作ったんだもの。きっと大丈夫だよ」
「そうかな?」
「そうだよ。そんなに心配なら、一緒に食べる?」
「え……ッ!?」

未来さんの顔が一気に赤く染った。

可愛い……。僕の彼女、今すごく可愛い!

「いいよね?」
「恭一郎くんがいいなら……」
「決まりだね♪」

箱を閉じ、紙袋に戻す。
そして僕は……未来さんの手を握った。

未来さんも何も言わずにぎゅっ、と握り返してくれる。

「今夜の夕飯は僕が作るよ。チョコレート、作るの大変だったでしょ?」
「あ、ありがとう……。でも、それでお返しってのはダメだよ?」
「当たり前だよ。ちゃんと三倍返しにするから、期待してて」
「三倍返し……かぁ……。ふ~ん、それじゃあ期待しちゃおっかな~♪」

何やら少しだけ余裕を取り戻した笑みになる未来さん。

この後、僕はバレンタインに贈られるマロングラッセの意味を知り、どうすれば3倍に出来るのかを悩む事になるんだけど……。

それはまた、一ヶ月後の話だ。

ff

世界を、人々の平穏を脅かす特異災害に、日夜立ち向かい続ける人類の砦。特異災害対策機動部二課。

その本部では今……異変が起きていた。

いや、異変と言ってもあまり大したことではない。
ただ、これがいい歳した大人達の残念な姿である事を、予め伝えておいた方がいいだろう。

「チョコ……チョコぉぉぉ……」
「チョコレート……欲しい……」
「ギブミー……チョコレートォ……」

2月14日、バレンタインデー当日。
二課の発令所では、数名の男性職員がチョコを求めてゾンビのようになっていた。

「周りは皆チョコ貰ってるのにさぁ……俺達貰えない組は辛いよなぁ……」
「いや、毎年櫻井女史や友里さん達が配ってるだろ。義理だけど」
「そうだけどよぉ……こうも周りにカップルが多いとさ、本命が欲しくなるんだよ!!」
「まあ……言わんとする事はわかるな……」

職員達は天井を仰ぎながら呟き続ける。

「装者の子達と伴装者達は熱々のお似合いカップル揃いだし……尊い」
「風鳴司令は櫻井女史から本命貰ってるし……勝てねぇ」
「前はこっち側だった藤尭のヤローも、去年から友里さんといい感じだし……ケッ、抜け駆けしやがって」
「俺達完全に取り残されてるな……」
「それなー」

常日頃から甘い雰囲気を振りまいている彼ら彼女らを思い出しては、思わず溜息を吐く職員達。

気付けば声を揃え、同じことを口にしていた。

「「「はぁ……本命チョコが欲しい……」」」

「あ、皆さん!ちょっとよろしいですか?」

と、そこへ可愛らしい声と共に、とてとてと言う小さな足音が向かってきた。

職員達が振り返ると、小学生程の背丈と頭の後ろで編んだ金髪、トレードマークの白衣に身を包んだ少女が足を止めた所であった。

「エルフナインちゃん?どうしたの?」
「これ、皆さんに渡したくて!その……ハッピーバレンタインです!」

膨らんだ紙袋の中から取り出されたのは、拙いながらもラッピングされたチョコレートクッキーだった。

装者達や女性職員の面々と共に、朝から頑張って用意したそれは、エルフナインが初めて作ったバレンタインの贈り物。

綺麗に型抜きされたクッキーの数々を、少々不格好なラッピングが際立てる。
手作り感満点、作った彼女の一生懸命な気持ちが伺える。

そして、そこに込められたエルフナインの感謝は、バレンタインで燻っていた彼らの嫉妬心をあっという間に吹き飛ばした。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおフナちゃんありがとおおおおおおおおおお!!」
「天使!マジ天使!!エルフナインちゃん最高だよ!!」
「前言撤回!!エルフナインちゃんからのチョコなら、義理でも友でも何でも構わんッ!!我が神此処に在りィィィィィッ!!」

泣いて喜ぶ者。天を仰いで祈りを捧げる者。床に膝を着き、エルフナインを拝む者……。

ともかく、彼らはエルフナインからのクッキーを手に、溢れ出す感謝と共に笑顔を向けた。

「えへへ……喜んでもらえるなら、何よりですっ!」
「まったく……。男って本当にバカなんだから」

ひたすら感謝を送ってくる男性職員らに、嬉しさを顔いっぱい広げるエルフナイン。

そして、職員らの愚痴を最初から全て聞いていた友里は、彼らの掌コークスクリューっぷりに呆れて肩を竦めるのであった。 
 

 
後書き
マドレーヌやマロングラッセ、クッキーの意味は今回も宿題という事で!

それでは皆さん、ハッピーバレンタイン!! 

 

寄り添う君への贈り物(月読調誕生祭2021)

 
前書き
本日は、月読調ちゃんのお誕生日!!

というわけで、サナギさんから原案を貰ったこの原稿で祝ってあげましょう!! 

 
「うーん……」

2月15日。調の誕生日前日。

切歌から兄を通し、調の誕生日を聞いた流星は、ある店の前で悩んでいた。

「調ちゃんが喜びそうなもの……何だろうか?」

高価すぎるとかえって彼女に気を使う。かといって、安価なものを渡すなど自分のプライドが許さない。

それをふまえた上で、更に思考を重ねる。

目を瞑る流星。脳裏に映るのは、月読調という名前さえ知らなかった頃の事だった。

(初めての出会いは、夢の中だったっけ……。不思議な体験だったなぁ……確か、月明かりに照らされた姿が綺麗だったっけ……月……ッ!)

目を開いた流星は、それらしきものがないかと探し始める。

「あれば良いけど……あった!」

探していたものはすぐに見つかった。
それを手に取り、流星はそのままレジへ向かった。

「喜んでくれれば良いけど」

会計を済ませ店を後にする流星の足取りはどこか軽かった。

ff

「調!お誕生日おめでとうデス!」

親友の切歌の言葉を皮切りに、それぞれが調にプレゼントを渡していく。

「ハッピーバースデー調」
「調、おめでとう」
「月読さん、おめでとうございます!」

まずはマリア、ツェルト、セレナからのプレゼント。

「これはわたしと翔くんからのプレゼントだよ」
「そんで、コイツはあたしと純くんからだ」

かつては対立していた響達も、今では共に戦う仲間として調を祝福する。

「みんな……ありがとう」

普段はあまり表情を変えない調も照れ笑いを見せ、周りの空気は和やかになる。

そして、遂に流星の番になった。

「調ちゃん……実は僕からもプレゼントがあるんだ」
「え?」
「はい……お誕生日おめでとう。調ちゃん」

渡されたのは、綺麗にラッピングされた細長い箱であった。

「開けてもいいですか?」
「いいよ」
「……これは……」

箱を開けると、そこには月と兎のチャームがついたネックレスであった。

「流星さん……これ、つけてくれませんか?」
「ッ……勿論さ。ほら、貸してみて」

調は後ろを向き、流星は彼女の首にネックレスを巻いた。

「どうですか?」
「うん、とっても似合ってるよ。調ちゃんが一段と綺麗になった」
「流星さん……」

2人の周囲の空気は甘くなっていく。
皆はその光景を、微笑ましく見守った。

「ふふ、微笑ましいものだな」
「だーかーら、そう言うのは家で……」
「まぁまぁ、見てて悪くないと思うけどなぁ」
「そういう問題か?」

うんうんと頷く翼に、ニマニマと微笑む響。
クリスはもはやお約束となった、お決まりのツッコミを入れる。

「ヒューッ!アイツやるなぁ」
「そうね。ここまでしてくれるなら、調の事は任せられるわ」
「これは見守り隊に新しく派閥ができそうだな」
「まさか……と言いたけど、間違いないね」

流星の積極的な行動を褒めるツェルトとマリア。
そして、この事を知った見守り隊を想像する翔と純。

調は笑顔溢れる喧騒の中で、大好きな彼と腕を絡めるのだった。 
 

 
後書き
調ちゃん、ハッピーバースデー!!
これからも、切ちゃんやマリアさん達と仲良くね!!

さて、ここで皆さんにお知らせです。
2月22日、G編最後となる短編を投稿します。

G編最後という事は……はい、そういう事ですね。
ブルーレイも購入しましたので……

お待たせしました。GX編、書き始めます!!

執筆に少々かかるので開始時期は未定ですが、完成をお楽しみに!

それと同時に、フォロワーのちくわぶみんさんへと委託する形で、ハーメルンへ新作を投稿する予定です。
委託する新作SSのタイトルは「仮面ライダー妖」、完全オリジナルの仮面ライダーとして不定期連載を予定しております。

執筆、企画:エミヒロ
原案、投稿:ちくわぶみん
イラスト担当:熊0803

この3人によるチームでお届け!
どうか、そちらもよろしくお願いします!

それでは皆さん、次回もお楽しみに! 

 

春谷舞は愚痴りたい

 
前書き
今日は忍者の日!なので今回は緒川さん、そしてG編の途中から現れた名有りの職員、春谷さんの回となります。

とある事情から、中々筆が進まなかった今回。
原稿の代筆頼んだら快くOKしてくれた熊さんには、感謝の気持ちが尽きません。ありがとうございます。

それではG編最後の短編、どうぞお楽しみください。 

 
「はぁ~疲れた~。師匠の特訓は相変わらずハードだよ~……」
「だけどその分、身になるだろ?」
「まあ、そうなんだけどね~。師匠の特訓受けた夜のご飯、いつもより美味しく感じるもん」
「君らしいな。じゃあ、今夜は豚のしょうが焼きでも作るか」
「わーいやったー!ありがとう翔くんッ!」

シミュレータールームから出て来た翔と響は、休憩スペースへと歩みを進める。

「翔様、響ちゃん、お疲れさまです」

そこへ、一人の女性職員が声をかける。
金髪をサイドテールにした青い瞳の彼女は、翔と響にスポーツドリンクを手渡した。

「春谷さん!ありがとうございます」
「ありがとうございますッ!」
「では、私はそろそろ定時ですので」
「お疲れ様です!」

翔に向かって頭を下げ、その場から去っていく春谷。

「お疲れ様ですッ!……って、あれ?春谷さん、翔くんの事……」

そこでようやく、響はそれに気が付いた。

「ああ。春谷さんは緒川さんと同じ、飛騨忍者の一族なんだ。俺が高校に上がるまで、身の回りの世話をしてくれてたんだ」
「そうなの!?」
「気になるなら、緒川さんに確かめてくるといいよ」
「へ~……翔くんのお世話係さん、か……」

春谷の背中を見つめる響。
スマートにスーツを着こなすその後ろ姿は、同性の響から見ても綺麗だ。

「もしかして、妬いてるのか?」
「そっ、そんな事ないよ!?」
「冗談だよ。でも、安心して欲しい。春谷さん、好きな人居るらしいから」
「分かるの?」
「まあ……何となく、な」

そう言って翔は、歩き去って行く春谷の背中を、何処か心配そうな顔で見つめていた。

ff

 私……春谷舞が緒川慎次を意識するようになったのは、いつからだろう。

 この問いに対する解を得るために、皆様には少々のお時間をいただきたい。

 では、一つ一つ確かめていくことにしよう。

 私と彼は幼馴染、と広義的に認識されるに相応しい関係だった。

 であるならば、その感情が少なくともここ数年間の話で収まらないことは確か。
 そしてある意味、私がそのような位置付けになるのは必然とも言える。

 慎次様は代々風鳴家に仕える緒川忍軍、その頭領の直系の血筋の次男坊である。
 そして私は緒川忍軍の構成員の一部、いわゆるくノ一と呼ばれる部隊に属する身分。

 現代にまで残る忍であるからには、構成員の方もそれなりに代々……ということになる。

 緒川の家が風鳴に仕えるならば、春谷家は緒川にその身を捧げる一族。
 つまり私は、生まれながらにして緒川忍軍の一人としての役割が決められていた。

 必然、将来諜報員や工作員として活動するために幼少から訓練に明け暮れた。
 その中で、私は慎次様とも接していくことになる。

 凪ぐ風のような人だ、と幼い私は思った。

 決してそよ風のようにあやふやな存在だ、という意味ではない。
むしろその逆。その笑顔を見ると、自然と気が緩むような人柄と感じた。

 穏やかな気性、それでいて確かな”緒川“としての素質と、気配りの上手さ。

 幼き頃から僅かにだが頭の資質を見せていた長兄総司様や、ややマイペースな三男の捨犬様……。

 正直に言ってしまえば、彼らよりずっと側にいると安心できた。
 もし主として仕えるならばこの人がいい、とさえ幼心に感じたものだ。

 そんな二人に比べて、慎次様は自らを一番目立たないと称した。

 だが、正反対な兄と弟のどちらとも上手く付き合うのを見ていると、私から見れば慎次様こそ最も〝忍〟らしいのではと。そう思えた。

 こうして考えてみると、最初は純粋な尊敬の念であったのかもしれない。
 同い年ということもあり、慎次様といる時が私にとって一番安心する時間だった。

 それは成長し、心身ともに少しずつ成熟していくにつれ、並行する形で変化していく。

 一般に、恋とは自覚することにきっかけが必要であるという。
 あくまで広義的な考えの一つだが、生憎と私にそのきっかけはなかった。

 それは幼馴染という、長い時間の中で慎次様を見てきた立場だからこそだったのだろう。

 故に少しずつ、少しずつ積み重なるように。憧れは、乙女としての心の静寂と共に変わっていった。

 また、こうも広く言われる。
 関係が近すぎるほど気付かない感情もある、と。
 
 こちらに関しては少しばかり、当てはまるかもしれない。

 いくら幼馴染、同い年とは言うものの、慎次は仕えるべき頭領の家系。緒川の家は当然ながら総司様が継ぐことになったとはいえ、立場としては目上。

 その意識と幼少期から一緒にいたことが災いして、徐々に形を変える想いは自覚しづらいもので、育つのもゆっくりであれば花開くのもゆっくりだった。

 ただ、促進剤はあった。

 学校生活だ。

 学校は学習の場という面の他に、集団生活による精神の熟成を促す側面を持つ。
 多くの人間が集まるその中において、改めて私は慎次様の人間性の希少さを知る。

 幼少から学んだスキルを十全に活かし、その場に馴染む手際は見事の一言。
 童心ではすごい、で完結した慎次様への印象は、心の成熟と共に格好いい、へと変わっていく。

 そうして小学生、中学生、高校生と大きくなるにつれ。春谷舞の中で、緒川慎二という男性は、同世代の異性の中で誰よりも魅力的な相手になった。

 とはいえ、前述の通りに立場を気にかけた私が想いを打ち明けることは叶わずに。

 やがて高校生活が半分を過ぎた頃に、慎次様は風鳴家の長女……風鳴翼の護衛役を任命された。

 相手はまだ年端もいかない少女。
 この時、既に密かに慎次様への淡い想いを抱いていた私は、大したことはないと安心していた。

 慎次様にとっての彼女は、立場が同等どころかむしろ上なのだ。同じ忍として弁えるだろうと、芽唯は予想した。

 ……その”油断“が失策だった。

 それから慎次様と私は高校を卒業し、大学を経て、そして社会人となった。

 配属は特異災害対策起動部二課、調査部。風鳴家によって組織された諜報機関、風鳴機関を前身とした、この国を特異災害による超常の危機から護る組織である。

 主な職務は、司令官である風鳴弦十郎の懐刀とまでなった慎次の補佐。
 緒川忍軍の一員として、そして慎次様へ恋をする一人の女として。これほどの天職はない。
 
 未だ打ち明けられぬ想いを抱きながら、私は二課のため、緒川の為、風鳴のため。

 慎次様のため、働き続けて。



 一方で慎次様は、トップアーティストへと華々しい成長を遂げた翼お嬢様のマネージャーをも兼ねていた。

 二課の諜報員と、翼お嬢様の身の回りの世話役兼護衛の両立。慎次様でなくては到底務まらない激務だ。

 自然と私とも、昔ほどは顔も合わせる機会も多くはなくなった。

 いいや、だからこそ。気がついてしまったのだ。

 慎次様のお嬢様を見る目に……幼い頃から見てきた、兄的存在以上の色があることに。

 衝撃だった。驚愕だった。

 よもやあの、本人に言わせれば目立たない、あえて言うならば皆平等に、同じように接する慎次様が。

 よりによって、守るべき存在であり、仕える相手である風鳴の娘に心を寄せるとは。

 無論のこと、慎次がそう心の内を他人に悟らせる訳はない。ひょっとしたら、本人も自覚なされていなかったのかもしれない。

 これは私がずっと、慎次様を見ていたからこそ、本能的に理解できてしまった感情だ。
 大いに動揺もしたし狼狽えもした。まさかこんなことになるなんて、と。

 恐るるに足りないと思っていた小娘に、想い人は心を奪われていた。

 こう綴ると聞こえが悪いが、とにかく二十年近く想いを暖めていた私にはそれくらいのインパクトがあった。

 同時に少し、安心もした。

 相手は風鳴の血筋。何世代も続いた上下関係は、そう簡単には越えられない。

 だからいっそのこと、これを機会に私は……と考えて。

 けれど、その思考はそこまでで消えた。

 自分は知っているはずだ。立場の違いによって告げられない事のもどかしさを。
 
 自分は知っているはずだ。長く共にいるからこそ育まれる気持ちが存在する事を。

 自分は、知っているはずだ。

 緒川慎次という(ひと)が、任務の為に身も心も捨てる“忍”として超一流であることを。

 そんな彼が、封じられないほどの想い。

 ……それほどの、ものならば。

 彼を誰より近くで見続けて、誰より想っていると自負する自分が認めなくて、どうする。

 その苦しみも辛さも知っている自分が、その想いを後押しせずして、誰がする。

 だから。

 だから、人生でこれ以上ないほどに辛く悲しい、そんな決断ではあるけれど。

 春谷舞は、緒川慎次への想いを。

 その想いが、かの歌女に届くまで、固く封じよう。

 そして届いた暁には、自らの手で摘み取ってみせよう。

 だって、自分の心だから。そうしてあげることが、一番良いはずだ。

 それに、この決断もあまり非現実的ではない。
 自覚こそしていないが、翼お嬢様も慎次様を誰より信頼し、心を預けていることは確か。

 ならば立場さえも越えて、彼らの旋律は重なるかもしれない。

 むしろそうなれるように自分が全力でフォローしよう。手助けしよう。

 緒川慎次が、風鳴翼という“剣”の鞘になれるよう。自分は、二人を支える台座となろう。



 そう、決めて。



 ………決めたの、だが。



「どぉ〜〜〜〜してあの二人は揃ってあそこまで奥手なんですかねぇッ!」

 そんな一言を、グラスと一緒にテーブルに叩きつける。

今日も彼女はスマートに、クールに慎次の補佐としての仕事を全うした。
 その反動を吐き出すように、並々と酒の注がれたグラスを片手にぶつくさと愚痴を垂れ流す。

 場所は歌舞伎町の一角、ホストクラブ『絶対隷奴(アブソリュート・ゼロ)』。

 もちろん、失恋したからとてホストに入り浸りになってるわけではない。
 彼女の目的はただ一人、ここでホストとして働く一人の男。

 その男は現在、舞の隣で絶賛苦笑い中だった。

「ねえ、そうは思いませんか捨犬様っ!?」
「まあまあ、春谷ちゃん少し落ち着いて。それとここでの俺の名前、亜蘭だからね?」

 緒川捨犬。

 遺産を含む一切の奥義の継承を行わない事を条件に、古い因習に縛られない自由を獲得した緒川家の三男坊は、その優れた外見を活かし、このクラブで働くNo.4ホストとなっていた。

当主の長男や諜報員の次男と、形は違えど夜の闇に生きている捨犬。
そんな彼は、舞の愚痴にいつものように付き合っていた。

 その内容はもちろんのこと、仕事の内容……ではなくて。
 聞いての通り、なかなか進展しない元想い人とその主人のことである。

「あの二人はほんっとぉにもぉ奥手でしてね! 一歩踏み込んだかと思えば三歩戻るみたいな感じでぇ!陰ながら色々サポートしてる私としてはぁ、じれったくてしかたがないんですよぉ!」
「あららー、これ春谷ちゃんかなり溜まってるわー……」
「んっとにもぉー、早くくっついてくれないですかねぇ! じゃないとこっちも色々整理がつかないってんですよまったくぅ……」

 ゴキュゴキュ、とそれは豪快な音を立てながらグラスの中を煽る舞。
 割と度数もお値段も高めな一本なのだが、そんなもの、このもどかしさを前にすればなんのその。

 もはや一種の襲来イベント的な扱いになっており、捨犬を筆頭に店内のメンバーも生暖かい目で見ている。

「んっ、んっ、ぷはぁ……亜蘭様、おかわりお願いします」
「いいの?あんまり飲みすぎると明日の仕事に響くよ?」
「いいんですよぉ!!飲んでなきゃやってられないんですぅ!!」

 今日はまた随分と荒れてるなぁ、などと思いながらも捨犬は言われた通りにする。

 すぐさまウェイターが、二人のもとへ同じボトルを持ってきた。

 捨犬からの酌で黄金の液体がグラスに注がれ、舞は瞬く間に半分も飲む。

「うぁー、ほんとどうにかならないれすかねぇ、あの二人ぃ……」
「そんなに進展しないの、兄者達?」
「そりゃもう、全然ですよぉ!もう付き合ってるくぜにぃ!なぁんで私ばっかりやきもきしてるんですかねぇ〜……」
「春谷ちゃんも大変だねぇ」
「今日なんかですね、廊下で私、あの二人にばったり出くわしたんですけど──」

 そして始まる、舞の愚痴大会。

 怒涛の勢いで繰り出されるそれはかなりの濃度だが、捨犬とて一流ホスト。
 抜群の接客スキルで聞きに徹し、時に励まし、時に共に嘆き、呆れることで対応した。

 実際それでいつも舞もストレスを発散していくので、良い流れとも言える。

「はぁ………真面目な話、いつまで続くんでしょうね」
 
 しかし、いつもなら一回寝落ちするまでの流れは中断された。

 不意に真剣味を帯びた口調を取り戻した舞に、捨犬も自然と口を閉ざす。

「何年も想い続けて、でも言い出せなくて。そしたら翼お嬢様にいつの間にかぞっこんで……フォローしてやる、だなんて勝手に意気込んでますけど。正直、辛いです」
「春谷ちゃん……」

 恋敵と唯一の想い人が結ばれる手助けなど、普通ならばできない。

 それができるのが彼女の強さであり、優しさであり、戒めなのだが……

「すて……亜蘭様にも毎回こうやって迷惑かけて、私結構面倒な女ですよね。自分でもわかってますよ、ええ」
「…………」
「でも、やるって決めたんです。やらなくちゃいけないんです。そうしなきゃ……私は、前に進めないから」

 だから、たとえ辛いとしても、やり遂げるのだと。そう何度も見た決意する舞の横顔は。

ホストとして色々な女性の相手をしてきた捨犬から見ても、美しいものだった。

「……だったらさ、春谷ちゃん。いっそのこと兄者達のフォローをしながら、新しい恋を始めてみるってのはどう?」

 だから捨犬は、何となくそんな提案をしてみた。

「………見届けることで諦めるのではなく、新たにすることで忘れろと?」
「そうそう、見方を変えてみるってことさ。たとえば俺とか……な~んてね!」

 捨犬のその一言は、冗談半分、舞の横顔に見惚れてぽろりと漏れた本気が半分。

 それはまた今度にしときます、などとあしらわれるのを想定した一言。

「……よろしい、のでしょうか?」
「え?」

 だが。

 何年も何年も、慎次を想いながらも彼の想いを尊重してきた彼女の心は……。

 本人や捨犬が思っている以上に、すり減っていた。

「その……本当によろしいの、なら。そんな方向に考えてみるのも……悪くは、ないのかもしれません」
「は、春谷ちゃん?」

 こちらへ振り向いた舞の表情に、捨犬はドキリとした。

 酒気で蒸気した白い頬、湿った唇。

 女らしい細い首や指先、先の愚痴に合わせて乱れた髪が、妙に色気を醸し出す。

「亜蘭……いえ、捨犬様」
「な、何かな春谷ちゃん」
「捨犬様から見て……私って、どうです?」
「…………………………マジ?」

その質問に、捨犬はかろうじてそう返した。

この夜の一幕が、後に始まる新たな恋の物語の一ページ目、などとは。

まだ、誰にも知られていない。 
 

 
後書き
春谷さん、モブ職員の設定を捏ねるうちに突然出来上がったキャラでして、G編の途中で生まれたわけなんですよ。
翼さんに緒川さんが付いてるなら、翔くんにも護衛とか付いてたんじゃないかな~と。そしたら緒川さんに片想いするくノ一が出来た。しかも当時観てた恋愛頭脳戦の影響なのか、某ハーサカさん似の。

掘り下げるのは短編でやるつもりでしたが、まさかここまで遅くなるとは。
熊さん、改めてご協力ありがとうございました。

CPまた1組増えたよ!またコンプリートに近づいたね!(まだ錬金組や三人娘が残っている)

GXのブルーレイも届きました。ようやく取りかかれます。
就活もあるので投稿は何時になるか分かりませんが、年内には始めます。

これからも応援、よろしくお願いします!! 

 

夏の1ページ(通算100話記念)

 
前書き
サナギさんから、通算100話突破記念として糖文の寄稿が。
そして熊さんとクラさんからは、推しCPのイラストがそれぞれ届きましたので、ここに掲載させてもらう事にしました!

時系列はGXとAXZの間、二年生の夏休みです。
短編ですが、どうぞお楽しみください! 

 
「後はこれを加えて……出来た!」

隠し味を加え、料理が完成すると同時に玄関が開いた音が響く。

帰ってきた恋人を、響は満面の笑顔で彼を出迎えた。

「ただいま。おっ! この匂いは……」
「おかえり、翔くん! うん、今日はカレーだよっ!」

黄色いヒヨコの絵がプリントされたオレンジ色のエプロンを着けた響。
翔はいつものように、出迎えてくれた響を抱き締めた。

「そうか……楽しみだな」
「腕に海苔をかけて作ったから、楽しみにしてね
「それを言うなら『より』だぞ」
「あれ? ……違ったっけ?」

響の食いしん坊な間違いに、翔がクスッと笑う。
手洗い、うがいを済ませると、翔はキッチンへと向かった。

「響が作ってくれたんだし、食器は俺が並べようかな……」
「大丈夫。今日はわたしがやるから、翔くんは座ってて~」
「そうか……。なら、その言葉に甘えるとしよう」

翔が食卓に着くと、響は完成した料理を盛り付けた皿を並べた。

「お待たせっ! 立花響特製カレーライスの完成だよ!」
「おっ、これは美味そうだ! 早速戴こう」
「あっ、ちょっと待って!」

手を合わせた翔を、響が慌てて止める。

「ん?トッピングがあるのか?」
「えへへ……はい、アーン」

響は自身の皿からカレーを1口よそうと、翔の口に近付けた。

翔「ッ!?」

恋人からのサプライズに驚くも、求められて答えないような甲斐性なしでは無い。

翔は口を開け、響の期待に応えた。

「あー……んむ……」
「どう……かな?」
「程よい辛さと、それでいてまろやかな味……ああ、凄く美味しいよ、響」
「やった! これはね~、立花家秘伝の味を私が自分でアレンジしたんだよっ! お父さんと一緒に作ったの思い出しちゃった」

幼い頃、父である洸と作ったカレーを思い出す響。
その顔は、以前に比べて明るく、晴れ晴れとしていた。

「わたし、お父さんの方のカレー食べたら、あまりの辛さに泣いた事もあったなぁ」
「美味しそうだったからか?」
「うん。エヘヘ……そうなんだ~」
「そうか……。響、ほら」
「へ?」
「あーんだ」

先程のお返しとばかりに、響にあーんをする翔。

響は恥ずかしそうに頬を赤らめながらも、喜んで大口を開けた。

響「あむっ……うん! 美味しい!」

満面の笑みを見せる響に、翔も自然と笑顔を返す。

(いつ見ても可愛いな、響は! おかげでカレーが自然と進む……!)

「しかし、本当に美味いな。何杯でもおかわりしたいくらいだ」
「いっぱいあるから、たくさんお代わりしてね~。よーしッ!わたしも食べちゃうよ~っ!」

これは、とある夏の一日。同じ屋根の下に暮らす恋人達の、ありふれた日常の1ページである。 
 

 
後書き
如何でしたでしょうか?
サナギさん、いい糖文をありがとうございます! 同棲してる二人のラブラブ感、そして洸さんとの父娘の繋がりを感じる事ができるいい糖文でした!

では、ここからは記念イラストの紹介です。

<i11613|45488>
まずは熊さんの純クリ!
塗り方が更に進化して萌え力がやべぇ……。
純くんの顔の良さよ……これはクリスちゃんじゃなくてもトゥンクしちゃいますわぁ……。

「ここじゃダメかい?」
「駄目じゃ……ない、けど……」

みたいな会話が聞こえて来そうですわぁ!
尊い純クリ、ありがとうございます!!

<i11614|45488>
そしてクラさんの翔ひび!
色違いのペアルック着て、満面の笑顔を浮かべる二人が幸せそうで……はぁ、尊い……。
実はこの衣装、火野映司のエスニックファッションから来てるとか。
イケメンだけど、化粧したら女装も似合いそうな翔くんの顔。それがよく映える絵柄ですねぇ……素晴らしい!

それでは次回もお楽しみに! 

 

HappyBirthdayを君に(暁切歌バースデー2021)

 
前書き
GXは話数リセットしたけど、誕生日は例外だよね!
というわけで、切ちゃんの誕生日回デース!!

彼女の本当の誕生日と本名が明かされるのはいつなのか……。
公式さん、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?

それでは今回も、お楽しみください! 

 
「遂にこの日がやって来たか……」

カレンダーの一点を眺め、飛鳥は呟いた。

「兄さん、渡すものはもう決まったの?」
「き、決まったとも。もう明日だぞ!?」
「ちゃんと切ちゃんが喜ぶ物ですよね?漢字ドリルとか参考書みたいな、ガチガチの実用性重視とかだったら……刻みます」
「やめてくれ、顔が冗談に聞こえないぞ!?」

飛鳥にジトーッとした目を向け、淡々と呟く調。

調の肩に、流星はポンと手を置いた。

「調ちゃん、落ち着いて。いくら石頭で朴念仁の兄さんでも、そんな子供向けアニメのオチみたいな事はしないと思うよ」
「おい流星、それはどういう意味だ?」
「それもそうですね。飛鳥さん、失礼しました」
「調ちゃん?君も何を納得したんだい?」
「さあ?」
「ご想像にお任せします」
「ぐぬ……」

煽るようなニヤケ笑いで肩を竦める流星と、珍しく悪戯っ子のような表情を見せる調。

生粋の真面目さ故に女心が今一つ分からない、そんな兄を時折おちょくる弟と、それに乗っかる義妹(予定)。

切歌と調が大野兄弟と交際を始めてからは、それがよくある光景となっていた。

「だって兄さん、プレゼント全然決まらなくて焦ってたし」
「ウンウン唸って悩んでましたよね。『何をあげるか』ではなく『どんなものをあげるか』で」
「プレゼントの選択肢に実用性があるの、だいぶデリカシーが無いでしょ」
「新しい調理器具とか、わたしなら嬉しいですけど……切ちゃんはそういうので喜ぶタイプじゃないですよね?」
「わ、分かっているさ!だから、バランスボールとかリン〇フィットとか、そういう遊びながら運動出来るものをと思っていたんだけど……」
「「乙女に体重の話題はダメでしょ」ですよ」
「そこなんだよなぁ……」

容赦なく飛んで来るダメ出しに、飛鳥はガックリと肩を落とす。

ここ数日間の彼は、切歌へのプレゼント選びに悩むあまり、考え込んでいる時間が長くなっていた。

何を悩んでいるのか、周囲には筒抜けなのだが……幸い、当の切歌本人には全く気付かれていない。

もし気付いていたら、飛鳥は彼女から直接欲しいものを聞く事が出来るのだが、それはそれでサプライズが成立しない。

乙女心に鈍いと言えど、飛鳥も恋人を持つ男子の身。サプライズプレゼントで切歌を喜ばせたい、という気持ちくらいはちゃんとあるのだ。

「それで兄さん、結局何を渡すの?」
「考え抜いたんだけどさ……笑わないでくれよ?」

何日もかけて飛鳥が選んだプレゼント。
その内容(こたえ)を聞いた流星、調は……満足そうに微笑んだ。

「うん……いいプレゼントだと思う。今の飛鳥さんから渡すなら、きっとそれが一番です」
「兄さんにしては珍しく、満点の解答だね」
「一言余計だ……」
「でも、切歌ちゃんはきっと喜ぶよ。そこは保証できる」
「そうか……。2人とも、ありがとう。そうと決まれば、早速準備しないとな」

肩の荷が降りたような、晴れ晴れとした顔で。
飛鳥はスマホで何かを調べると、メモに書き込み始めた。

「調ちゃん、ちょっと聞きたい事があるんだけど……」
「いいですよ。切ちゃんのためですから」
「僕も手伝うよ。兄さんだけだと心配だし」
「だから一言余計だ」

流星と調は互いに目配せすると、飛鳥のスマホを左右から覗き込んだ。

ff

そして、4月13日の朝……。

「すぅ……すぅ……」
「切歌、もう朝だぞ」
「すぅ……すぅ……」
「きーりーかー、起きろ~」
「すぅ……ですぅ……?」
「……早く起きないと、夕飯にピーマン入れるぞ?」
「デッ!?デデデッ!?あ、あああ飛鳥さんそれは勘弁デスよ!?」
「やっと起きたか」

慌てて飛び起きた切歌に、飛鳥は思わずクスッと微笑む。

「切歌、誕生日おめでとう」
「デス?……飛鳥さん、覚えててくれたんデスかッ!?」
「当たり前だろう?自分の彼女の誕生日を忘れるほど、僕は薄情じゃないぞ」
「真面目な飛鳥さんらしいデスね」

期待を裏切らず、ちゃんと誕生日を祝ってくれた飛鳥に、切歌も微笑みを返す。

「それで、飛鳥さんは何をプレゼントしてくれるデスか?」

ワクワク、ウズウズ。期待の視線が飛鳥に向けられる。

切歌の翡翠色の瞳を真っ直ぐ見つめ、飛鳥は悩み続けた答えを、切歌に打ち明けた。

「今日一日、君のワガママに付き合ってやる」
「……ほえ?」
「ごめん、言い直す……。今日一日、切歌とデートしたい。……ダメか?」
「なッ、なんデスとーッ!?」

予想外の答えに、切歌は思わず目を見開く。

「思えば僕は、君の事をそんなに知らない。だから、このデートを通して教えて欲しいんだ。僕はもっと、君の事が知りたい」
「飛鳥さん……」
「色々考えたんだけど、切歌が一番喜んでくれそうなものが浮かばなくて……。恋人なのに、僕はまだまだ切歌の事、全然知らないんだなって気付かされた。だから……切歌の好きな物、切歌の楽しい事、君の全てを教えて欲しい」
「……」

沈黙する切歌。それを落胆と捉えたのか、飛鳥は慌てる。

「い、嫌なら、その……遊園地のチケットは調ちゃんに預けておく。2人で一緒に……」
「嫌じゃないデス」
「え……?」
「今日の飛鳥さんは、花丸のごーかく、100点満点デスよッ!」
「うおっと!?」

次の瞬間、飛鳥は切歌に飛び付かれていた。
視界は天井に向き、背中にはベッドの柔らかい感触がある。

抱き着き、犬のように頬をスリスリしてくる切歌を見つめ、飛鳥は口を開く。

「危ないからやめてくれって、何度も言ってるだろう?」
「そこは勘弁デース。嬉しくなるとつい、こうしたくなっちゃうデスよ♪」
「まったく……しょうがないな、君は」

ズレた眼鏡を直し、切歌の頭に手を乗せる。

「改めて……切歌、誕生日おめでとう」
「ありがとデース♪飛鳥さんが一番に祝ってくれて、アタシも嬉しいデスよ~」

朝っぱらから自室でイチャイチャする兄と義妹(予定)。
ドアの向こうからこっそりと、流星と調は見守っていた。

冷蔵庫にはケーキ用のイチゴ。リビングにはハルシャギクの花束。
二人のデートは、これから始まる──。 
 

 
後書き
暁切歌ちゃん、お誕生日おめでとう!!
これからも調ちゃんやマリアさん、皆と仲良くね!!

それでは次の誕生日orイベントにて!! 

 

キスの日ネタ

 
前書き
Twitter短編、探したらキスの日もあったので投稿!!

ほぼセリフだけですが、キスする場所の意味と併せてお楽しみください。 

 
翔ひび:唇(愛情)

響「しょ~くんっ♪」
翔「どうした、ひびk──」
響「ちゅっ♡」
翔「ッ!?/////」
響「えへへ~。今日はキスの日なんだよ~?」
翔「なるほど、な……」
響「不意打ちで翔くんの唇、奪っちゃった~。な~んて──へ?」
翔「響……お返しだ」
響「ちょっ、翔くn……んっ……ちゅっ……んぅっ……」
翔「んん……ん、ちゅ……ぷぁっ……これでいいか?」
響「はぁ……はぁ……舌……絡めるなんて……ズルいよぉ……」
翔「お返しだからな。それとも……もう一度、挑んでみるか?」
響「んもぅ……分かってるくせに……/////」

純クリ:耳(誘惑)

クリス「んっ♡」
純「……クリスちゃん?」
クリス「あたしの王子様なんだから、意味くらいは分かるだろ?……その……今日は、キスの日なんだしよ……////」
純「……その、耳に息を吹きかけるように喋るの、誰から教わったの?」
クリス「誰だって良いだろ……。そっ、それで……どうすんだよ王子様。まさか、あたしの誘いを断わるなんて真似は──」
純「しないよ」
クリス「ッ……」
純「だって、クリスちゃんは僕のお姫様だ。断る理由なんかない。クリスちゃんが望むなら……僕はこの眼鏡を外してお相手するよ」
クリス「……ばかっ、そんな目で見つめられたら……/////」
純「やっぱり可愛いよ。クリスちゃん……」
クリス「ジュンくん……」

おがつば:手の甲(敬愛、尊敬)

緒川「翼さん、手を」
翼「なんですか?
緒川「では、失礼」
翼「……って、緒川さんッ!?」
緒川「今日はキスの日、らしいですよ」
翼「キスの日……?」
緒川「僕達もう付き合ってるんですから、こういう日ぐらいは恋人らしい事、しませんか?」
翼「……慎次さん」
緒川「はい、何でしょう?」
翼「その……唇には、してくれないのでしょうか……?」
緒川「……よろしいのでしたら、喜んで」

ツェルマリセレ:両頬(親愛、厚意、満足感)

マリア「ツェ~ルトッ♪」
セレナ「義兄さんっ♪」
ツェルト「どうしたんだ、二人とも。ウキウキ顔じゃないか」
マリア「今日はね、キスの日って言うらしいの」
セレナ「なので、今日は遠慮なく、ツェルト兄さんにキスしちゃいますっ!」
ツェルト「キスなら毎日のようにしてると思うが……」
セレナ「まあまあ」
マリア「問答無用ッ!chuッ♡」
ツェルト「不意打ちッ!?」
セレナ「すかさずわたしも、chuっ♡」
ツェルト「二段構えッ!?」
マリア「ツェルト、愛してるわよ」
セレナ「わたしも、ツェルト義兄さんと、マリア姉さんの事が大好きですっ!」
ツェルト「マリィ、セレナ……。俺も、二人のことが大好きだ。世界で一番、愛してるぞ」
マリア「ん、よろしい♪」
セレナ「えへへ~……」


飛きり:鼻(愛玩)

切歌「飛鳥さん。今日は、その……キスの日だって、マリアから聞いたデス……」
飛鳥「な……ッ!?……つまり、その……してほしい、のか……?」
切歌「……」コクリ
飛鳥「……切歌」
切歌「デス……」
飛鳥「……ん」
切歌「……デス?飛鳥さん、そこは鼻……んっ!?」
飛鳥「ぷぁ……。鼻へのキスは、愛玩の意味……らしいぞ……/////」
切歌「す……隙を生じぬ二段、いや、三段構えとは……やっぱり、飛鳥さんには敵わないデスよ……/////」
飛鳥「いつものイタズラの仕返しだ。……満足してくれたか?」
切歌「デェス♡」

流しら:瞼(憧憬)

調「流星さん……寝てる?」
流星「……」スヤァ
調(寝ている流星さん。可愛い)
流星「……」スヤァ
調(……寝顔にキスするくらい……許してくれる、よね……)
流星「……」
調「……んっ♡」
流星「……ッ」
調「……えへ……」
流星「……どうして、瞼なの?」
調「へっ!?あ……流星さん……起こしちゃいました?」
流星「起きたら調ちゃんの顔が迫ってて……。それで、どうして瞼だったの?」
調「ん~……なんとなく、です。寝てる時にしか出来ない場所にしたいな、と」
流星「そうなんだ……」
調「それだけ、です……」
流星(瞼へのキス、その意味は憧憬……。調ちゃんの憧憬は、きっと……失った家族からの愛、なのかな……)
調「……」
流星「調ちゃん」
調「はい?」
流星「僕からも、していい?」
調「……ッ!……はい、喜んで♪」

恭みく:手の甲(敬愛、尊敬)

未来「恭一郎くん……その……キス、して欲しいな……」
恭一郎「キスの日……だったよね。……わかった」
未来「うん……」
恭一郎「ん……これで、いいかな?」(手の甲に)
未来「……唇がよかったのに」
恭一郎「……ッ!ごめん……その……やっぱり唇にってのは恥ずかしくて……」
未来「もう……んっ♡」
恭一郎「ッ!?」
未来「もっとグイグイ来てくれなくちゃ、わたしをドキドキさせられないよ?」
恭一郎「……善処します……/////」
未来(でも……草食系な恭一郎くんも、可愛いから好き。な~んて言ってあげるのは、もうちょっと先かな~♪)

かな紅:額(祝福、友情)

奏「紅介の方からはキス、してくれないのか?」
紅介「へあっ!?えっ、やっ、その……」
奏「響も未来も、クリスも、翼だって皆キスしたりされたりしてるのにさ~、あたしだけまだなんだぜ?」
紅介「……なら、その……奏さん、ちょっと屈んでください……」
奏「ん?こうか?」
紅介「失礼します……んっ」
奏「……へぇ、額ねぇ」
紅介「いや、決して口とか頬が照れ臭いとかってわけじゃなくてっスね!……その……これからの奏さんの人生が……幸せに満ちたものだといいな、って……そう思っただけっス……」
奏「紅介……」
紅介「や、やっぱり唇がいい、って言うんだったら、もっかい頑張って──」
奏「いや、いいよ。これはこれで、悪くない」
紅介「奏さん……」
奏「だ・か・ら~……お礼にあたしからも、させてくれよ♪」
紅介「ッッッッッ!?/////」
紅介(ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!!推しからのキスぅぅぅぅぅ!?死ぬぅぅぅぅぅ!尊くて死ぬぅぅぅぅぅッ!!)

ヘタグレ:エッチい場所

ヘタ翔「響さん……そこにキスする事の意味、分かってやってる?」
グレ響「翔がいつも、首筋とか、胸……とか……そういうとこ以外にも、キスマーク付けるから……」
ヘタ翔「へぇ……調べたんだ……。言ってごらん?」
グレ響「ッ……。首筋は執着……喉は欲求……胸が所有で、腰は束縛……太腿は、支配……」
ヘタ翔「大正解。自分がよくキスしてくる場所の意味も分かったんだね。えらいえらい♪」
グレ響「べっ、別にそんなつもりじゃ……」
ヘタ翔「じゃあ、今、響さんがキスした場所は?」
グレ響「……ッ!」
ヘタ翔「言ってごらん……自分の口でね……」
グレ響「……それは……」
ヘタ翔「脛と、足の甲だよね?……ほら、言わないと、今日は挿入してあげないよ?」
グレ響「ッ!?……わ、わかった……」
ヘタ翔「ふふ……」
グレ響「脛と、足の甲は……その……服従と、隷属……」
ヘタ翔「ふ……くく……響さんらしいや……。じゃあ、後はどうすればいいのか……分かるよね?」
グレ響「……あ……やっ……そこ……ッ!」
ヘタ翔「ひ~びきさん♪」
グレ響「あっ……あぁっ……♡」
ヘタ翔「素直になってよ……牝猫さん♪」
グレ響「わ、わたし……」
ヘタ翔「うん」
グレ響「わたし、しょーが欲しいのぉ♡しょーに愛されたい、しょーに食べられたい、しょーにいっぱい求められたいのぉ♡こんな……こんな、やらしくて、欲張りな、メスネコそーしゃでごめんなしゃい……れもぉ……わら、し……しょーのイチバン……しょーの唯一で、いらいのぉ……♡しょーの恋人、しょーのお嫁さん、しょーだけのモノになりたいよぉ……♡」
ヘタ翔「たいへんよく言えました♪」
グレ響「あっ……」
ヘタ翔「……僕の方こそ、こんな、意地悪な僕でごめんね。でも……君を想う気持ちに嘘はない。響さんを想う心は全部、本物だから……」
グレ響「はぅ……ん……翔……」
ヘタ翔「なに、響さん?」
グレ響「キス……して欲しいな……」
ヘタ翔「いいよ……僕からの“愛情”を、大好きな君に……ね」

IF純クリ:頬、耳

IF純「クリス」
IFクリス「なぁに、ジュ──ッ!?/////」
IF純「ん~……ぷはっ」
IFクリス「な、ななな、何……!?」
IF純「いや、今日はキスの日なんだろ?クリスの事だから、キスして欲しいって言いに来るんじゃないかと思ってな。だから、言われるより先に不意打ちキッスだぜ」
IFクリス「もっ、もうっ!いきなり、なんて、ズルいよ純!」
IF純「ハハハ、悪かったよ。ほら、今度はクリスの番だぞ?」
IFクリス「わかった。じゃあ、仕返ししてあげる」
IF純「いつでもいいぜ?」
IFクリス「……んっ♡」
IF純「ッ!?み、耳……!」
IFクリス「この意味は分かってるよね、王子様?」
IF純「……準備しておく」
IFクリス「ん。楽しみ♪」

弦了:唇

了子「弦十郎く~ん」
弦十郎「ん?どうした、了子く──」
了子「ん~chuっ♡残念だったわね、不意打ちよっ♪」
弦十郎「ど、どうしたんだいきなり!?」
了子「今日はキスの日なのよ。響ちゃん達に教えた手前、私が乗っからないわけにもいかないじゃな~い」
弦十郎「むう……まさか、人目の多い発令所で事に及ぶとは……。不覚を取ったか」
了子「いいもの見れたわ~。じゃ、私はラボに戻らせてもらうわね」
弦十郎「ああ、了子くん。戻る前に……」
了子「何かしら?──ッ!?」
弦十郎「……っ、これでおあいこだ。先に人前で仕掛けたのは君だからな。何も問題はあるまい」
了子「あ、あらあら……弦十郎くんったら……/////」
職員一同(お二人ともお幸せにぃぃぃぃぃ!)



友里「って事だったけど、朔也くんからはしてくれないの?」
藤尭「おっ、おおお俺だってそれくらい出来るけど!?/////」
職員一同(絶対後でヘタレるやつだ……)

姫須さん:唇の近くに

姫須「あ、○○さん!こんにちは~」
あなた「こんにちは、姫須さん。って、そのダンボールは?」
姫須「いや~、購買に並べるぬいぐるみ、気付いたらこんなに出来ちゃってまして~」
あなた「大丈夫?代わりに持とうか?」
姫須「いえいえ!このくらい、私一人でも大丈b……おわぁぁぁぁぁっ!?」(足がもつれる)
あなた「ちょっ!?わっ!?」
姫須「あわわわわーッ!?いったた……す、すみまぜぶっ!?」(放り出した箱からぶちまけたぬいぐるみの一つが後頭部に落ちた)

チュッ

あなた「ッッッッッ!?」
姫須「~~~~~~~ッ!?!?!?」
あなた(えっ、今、何か柔らかいものが唇の近くに!?)
姫須「ごっ、ごごごごごごごごめんなさぁぁぁぁぁぁい!!」
あなた「いっ、いや、だだだだだだ大丈夫ででででですですですから!?」
姫須「退きますから!今すぐ退きますから!そっ、それでは午後も頑張ってくださーーーーーーい!!」(箱にぬいぐるみを詰め、慌てて走り去る)
あなた「あ……行っちゃったよ……」

姫須(くっ、くくくくく唇のちっちちちちち近くにぃぃぃぃ!わっ、私……あの人にキスしちゃったよぉぉぉぉぉ!!うわぁあぁああん、暫くあの人の顔まともに見られないじゃなぁぁぁぁい!!)

あなた(……姫須さん、前々から可愛いとは思ってたけど……めっちゃいい匂いしたな……) 
 

 
後書き
姫須さんはおまけというか、サービス枠。
それでは、次回もお楽しみに!!

……翼さんの誕生日どうしよ() 

 

翼さんバースデー計画(風鳴翼バースデー2021)

 
前書き
間に合ったーーーー!!

今日は翼さんの誕生日!
弟である翔くんを始め、色んな人達に祝われる翼さんを書こう!!

というわけで、どうぞお楽しみください。 

 
「翼さん、起きてください」
「ん……ふぁぁ……」
「おはようございます」

朝、目を覚ました翼はいつものように顔を洗い、寝巻きから着替えて朝食を食べる。

茶碗を片手に箸を進めながら、翼は緒川に今日の予定を尋ねた。

「緒川さん、本日の予定は?」
「今日は一日、オフの日となっています。ゆっくりと身体を休めてください」
「そ、そうですか……。では、本部にてシミュレーションでも──」
「なら、今日暇なんだろ?」
「奏!?」

振り向くと、顔を拭きながら洗面所から出て来る奏の姿があった。

何事かと首を傾げる翼に、奏はニッコリ笑う。

「翼~、暇ならちょっと付き合ってくれよ。な?」
「え、ええ……」

そうして朝食を終えた翼は、奏に連れ出されて行った。
二人を見送った緒川は、ドアが閉じるのを確認すると、スマホを取り出す。

「もしもし……はい。計画は順調ですよ。……ええ。それでは、こちらの事はお任せを。……分かってますよ。勿論です。……ええ……では、楽しんできてください」

ff

「まさか、翔と響も一緒に来るとは……」
「緒川さんから、最近の姉さんは根を詰めすぎだって聞いてたからさ。俺達3人でデートの計画を立てたってわけ」
「翼さんッ!!今日は一日、わたし達と遊び尽くしましょうッ!!」
「ちょっ!?ちょっと立花!?」

響は翼の手を引いて、ずんずんと先に行ってしまう。

「あははっ、響は相変わらずそそっかしいなぁ」
「でも、姉さんにはこれくらいが丁度いい。奏さんもそう思いません?」
「確かに、そうかもしれないね。これはあたしも負けていられないな。翔、どっちが翼の可愛さを引き出せるか、勝負しないか?」
「負けない自信はあるけど、今日はやめておく。今日は、姉さんを楽しませる事が優先ですから」
「オッケ~。じゃ、今日はとことん楽しむぞ~!!」

先を進む2人を見つめながら、奏と翔も後を追いかけて行く。

4人のデートが始まった。

ff

ショッピングモール

「つっばささ~んッ!これなんかどうですか~?」
「わ、私にはちょっと可愛すぎないかしら?」

服屋の一角で、一同は互いに着せたい服を選んでははしゃいでいた。

「何言ってるんですか~。翼さんはもっと可愛い服着たって良いじゃないですか~」
「そうだぞ翼~?ほら、折角付き合い始めたんだし、緒川さんに見せるつもりでさ。どうだい?」
「ッ!?かっ、奏ッ!?そそそそれはッ……その……」
「せっかく似合うんだしさ。プライベートくらいは可愛い翼を独り占めさせてやりなって~♪」
「……喜んで……くれるかな……?」
「当たり前じゃないですか!だって、緒川さんですからッ!」

翼に可愛らしい服を勧める響と、緒川をダシに揶揄う奏。

響からの一言に、翼は頬を赤らめながら呟いた。

「響、ちょっとこれ試着してみないか?」
「え?わっ、フリフリいっぱいだ……」
「へぇ、翔からのリクエストってわけだね。響、着てみたらどうだい?」
「ふえぇ!?今日は翼さんの服を選びに来たんじゃ……」

ff

刀剣展覧会

「見てよ奏!!この刀すごく綺麗!!」
「おっ、おう……そうだな……」

ケースの前でキラキラと目を輝かせる翼に、奏は若干身を引きながら翔に耳打ちする。

「翔、ヤバい。あたしには全然違いが分からないんだけど……」
「姉さん、刀剣類に目を輝かせる所があるからさ。連れてきて正解だったね」
「こういう翼は初めて見たな……」
「そりゃあ、刀見に行く機会なんてそうそうないし……」

そこへ、翼がぐいぐいと奏の手を引いた。

「奏!見て見て!!童子切安綱があるよ!!」
「へ、へぇ……どんな刀なんだ?」
「この刀は平安時代、源頼光が酒呑童子の首を斬り落とした時に使われた刀って言われてて──」
(グイグイ来るなぁ……。まあ、たまにはこんな翼も悪くない、か)

刀剣類についての知識は皆無だが、翼が楽しそうなのでそれでよしとする奏であった。

「翔くん、この刀すごく綺麗だね」
「それは……菊一文字か。新撰組の沖田総司が使っていた、とされている創作上の刀だよ」
「へぇ……。なんだか、初めて見た気がしないなぁ……」
「?」

ff

ゲームセンター

「リズムゲーム……あ、私達の曲もあるよ」
「流石に目立つんじゃないか?」
「なら、それやるなら一番最後にするとして……」
「だったら、クレーンゲームやりません?」

響からの提案で、クレーンゲームに挑む一同。
景品は、ボンレスハムのような体型の犬と猫のぬいぐるみだ。

「先鋒立花響、行きますッ!うおりゃあああああああッ!!」

コテッ

「あああああああ落ちたあああああッ!!」
「立花、声が大き過ぎるわよ」
「店員さんの迷惑だぞ?少し落ち着けって」
「あ、ごめん。でも、惜しい所まで行ってたんだよ?」
「全然掴めてなかったように見えるが……」
「じゃあ次、誰がやる?」
「なら、次は私ね」

続いて翼がチャレンジするも……

「掴んだッ!あとは平常心を保ったまま、あそこに落とせば……」

コテッ

「あっ……」
「姉さん……ドンマイ」
「翼さん、惜しかったですね……」
「不覚ッ!」
「仕方ない。俺が2人の仇を取ろう」
「翔、大丈夫か~?この流れだと、三連敗ってのも有り得るぞ?」
「やってやるッ!響と姉さんの為にも、俺は負けないッ!」

続いて翔がチャレンジ。結果は……

ボテッ

「ひ、引っかかって落ちてこない……だとぉ!?」
「お、惜しいなんてものじゃないわね……」
「ギリギリの所でフラグ回収しちまったな……ドンマイ」
「とりあえず、店員さん呼んでくるね?」

店員に頼んで取ってもらったものの、取れたのは犬の方だ。
猫の方がまだ残っている。

「3人とも失敗かぁ。ここはあたしの出番みたいだね」
「「奏(さん)ッ!!」
「大丈夫なんですか?今のところ、2敗1引き分けですけど」
「3人とも甘いね……。このゲームには必勝法がある」

奏の挑戦。果たして、その結果は……

ガコンッ

「と……」
「「「取れたあああああッ!!」」」

なんと大成功。手馴れた手つきであっという間に、目的の景品を手に入れる奏であった。

「言ったろ?このゲームには必勝法があるのさ」
「随分と手馴れてたけど……」
「ゲーセンはあたしのテリトリーなのさ」
「入り浸ってたんですね」
「そゆこと♪」
「凄いです奏さんッ!」
「へへっ、もっと褒めろ~」
「もう、すぐ調子に乗るんだから」

手に入れたぬいぐるみを抱きながら、他にもいくつかのゲームを楽しんだ4人。

そこへ、翔のスマホに着信が入る。

「もしもし緒川さん?……了解、そろそろ向かいます」

スマホを仕舞うと、翔は3人に声をかける。

「そろそろいい時間だし、戻ろうか」

既に翔達の立てた計画は、最終フェーズに入っていた。

ff

「たっだいま~」

奏は真っ先に玄関をくぐると、そのまま明かりをつけずにリビングへと向かっていく。

「翼さん、お腹すいてませんか?」
「立花、お腹を空かせているのは、あなたの方でしょう?」
「あ、バレてました~?」
「もう……バレバレよ」

続いて、響と談笑しながら廊下を歩いていく翼。

最後に玄関をくぐった翔は、ニヤッと笑いながらドアを閉める。

「あれ……奏?どうしたの、電気も付けないで……」

明かりのついていないリビングに、翼が首を傾げたその時。

パンパンッ!パンッ!

急に部屋が明るくなり、軽い破裂音が連発する。

「へっ!?」

驚く翼。そこに待っていたのは……

「翼さんっ!」
「つ~ばさっ!」
「翼ッ!」
「翼ちゃんっ!」
「つ、翼先輩……」
「翼さん」
「姉さんっ!」

『誕生日おめでとう!!』

浮かれた装いでクラッカーを構えた、二課の仲間達であった。

「え?ええ?……あっ……今日って、私の?」
「最近仕事に根を詰めすぎて、誕生日なの忘れてたでしょ?」
「だからあたしらで、サプライズを用意してたってわけさ」
「って事は、今日一日連れ回したのって……」
「時間稼ぎッスよ。先輩が戻って来るまでに、ここをパーティー会場に仕立て上げるためのな」
「勿論、翼さんに楽しんでもらいたいって気持ちもありましたよっ!」
「そういう事。姉さん、どうかな?驚いてくれた?」

笑顔で見つめてくる、家族や仲間達からの視線。

今年も隣で、自分の誕生を祝ってくれる大切な人たち。

翼は満面の笑顔と、そして少しの涙を顔にうかべて、思いっきり頷いた。

「みんな……ありがとうッ!!」

その顔に、一堂はクスッと笑って、

「ほら姉さん、真ん中座って!緒川さんはその隣ね!」
「いや、僕は……」
「今日くらい、雑用はあたしらに全部任せなって。翼の誕生日なんだからさ」
「……そうですね。では、お任せします」
「翔くーん!1枚撮ってー!」
「了解。ほら皆、姉さんを囲んで~」
「クリスちゃん、行かないの?」
「なっ!?あ、あたしもか!?」
「ク~リスちゃんも~♪」
「ひっつくなバカッ!」
「もう、響ったら……」
「未来さん、隣いいかな?」
「うん、いいよ♪」
「それじゃ撮るぞ~。はい、チーズ」

そして再び賑やかな宴を開催するのだった。 
 

 
後書き
去年はおがつば重視。今年は響や奏さん、翔くんとの関係を重視。

それでは次回もお楽しみに!!
そろそろGX書き始めます。 

 

GX編予告

 
前書き
今日、誕生日を迎えました。

というわけで、GX編予告!! 

 
少女達の歌が……

響「へいき、へっちゃらですッ!」

少年達の旋律が……

翔「だから……」

再び戦場に響き渡る。

翔、響「「生きるのを諦めるなッ!!」諦めないでッ!!」

取り戻した平和を謳歌する装者達。

アイオニアンと統合された、新生リディアンでの学園生活。

恋人である伴装者達との、プラトニックな恋模様。

だが、その平穏は……突如現れた謎の敵により、崩れ落ちる。

キャロル「何するものぞッ!シンフォギアッ!!」

次なる敵は錬金術師──

ファラ「剣は剣でも私の剣は剣殺し──」
レイア「私に地味は似合わない」

聖遺物とは異なる、新たな異端技術が牙を剥く。

ガリィ「ガリィ頑張っちゃう♪」
ミカ「ジャリん子ども~、そんなんじゃジリ貧だゾ~」

砕けるシンフォギア……

翼「剣が、分解されて──ッ!?」
クリス「ギアが……ッ!?」
弦十郎「ノイズでは……ない……?」

鍵を握るホムンクルス……

エルフナイン「全てが手遅れになる前に、この遺産を届けることがボクの償い……」

そして……

響「どうして……世界を……」
キャロル「父親に託された命題だ……。お前にだって……あるはずだ……」

響「わたしには……お父さんから貰ったものなんて………………なに……も……」

父親から託されたもの。

奏「戦う理由を失ったやつに、あたしの槍を振るう資格はないッ!!」
セレナ「わたしだって、戦えますッ!」
純「この眼鏡はさ、魔法なんだ」
ツェルト「またこいつの世話になるなんてな」

世界を壊す歌と、愛の旋律がぶつかる時……

黒髪の錬金術師「止めてほしいんだ……私の弟子が、世界を壊してしまう前に……」

本当の奇跡が舞い降りる。

響「繋ぐこの手が、私のアームドギアだァァァァァッ!!」

響き交わる伴装者GX~錬金術師と伴装者~

2021年(多分春の終わりから)夏頃、連載開始!! 
 

 
後書き
一応GX編、既に「キャロルのバースデー」として別枠投稿してますので、GX以降はそちらをよろしくお願いします!!