おっさん顔の犬


 

第一章

                おっさん顔の犬
 この時相良蒼汰は学校の帰り道にある交番の中がふと目に入った、するとそこに白い毛で垂れた耳が茶色く額に二つこれまた茶色で公家眉の様になっているやけにおじさんの様な顔の犬を見た。
 そして若い交番の警官にその大きなやや垂れた目が特徴的な顔を見て向けて問うた。背は小学四年としては普通位で体格もそれ位だ。黒髪は短い。
「この犬どうしたの?」
「うん、ご近所の人が捨て犬拾ったって言ってきて」
 警官は蒼汰に段ボールの中にいる子犬を見ながら話した。
「とりあえずね」
「交番でなんだ」
「面倒見て欲しいって言ってたんだ」
「それでいるんだ」
「ただ僕は家はアパートで」
 警官は蒼汰に困った顔で言った。
「飼えないしここの交番の人達もね」
「飼えないんだ」
「署に話して飼い主を募集するか」 
 それかというのだ。
「ボランティアの人に言って飼い主を募集するか」
「保健所には言わないんだね」
「言われたら殺処分されるかも知れないからね」
 だからだというのだ。
「あちらには言わないよ」
「そうなんだ、じゃあ」
 ここで蒼汰は犬を見た、そして言うのだった。
「僕が引き取っていい?」
「君のお家で飼うんだね」
「そうしていいかな」
「ご両親がいいって言ってそれでこの子が死ぬまで面倒を見られるならね」
 それならとだ、警官は蒼汰に言った。
「いいよ」
「この子が死ぬまでだね」
「途中で飼えなくなったら次の飼い主を探してあげないといけないけれど」
 それでもというのだ。
「そうでもないとね」
「ずっとだね」
「もういらないとか飽きたとか邪魔とか言って」
 そうしてというのだ。
「捨てたら絶対に駄目だよ」
「それはなんだね」
「犬も人間と同じ命があるからね」 
 警官は蒼汰にこのことは強い声で話した。
「だからね」
「それでだね」
「そのことが守れるなら」
 両親がいいと言ってというのだ。
「それならだよ」
「飼っていいんだ」
「うん、守れるかな」
「まずはお父さんとお母さんに言うよ、そしてね」
「この子を一生飼えたらだね」
「飼うよ」
 こう言ってそうしてだった。
 蒼汰は一旦家に帰って母に犬のことを話した、すると母は自分はいいと言って。
 今は会社にいる父にラインで聞いた、すると父もすぐに犬好きだからとラインで返事をした。そのうえで。
 母は蒼汰に言った。
「いい?お巡りさんが言った通りにね」
「犬を一生だね」
「その子が死ぬまで飼うのよ」
「うん、そうしないと駄目だね」
「そう、何があってもね」
 このことはというのだ。
「絶対よ、いいわね」
「うん、わかったよ」
「その覚悟があるならね」
 こう息子に言うのだった。
「そのワンちゃんをうちに連れて来て」
「わかったよ」 
 蒼汰は母の言葉に頷き自分にあの犬を一生飼うと誓った、そうして。
 交番に戻って飼うと答えた、すると警官は彼に真剣な顔で言った。
「じゃあこの子の一生を君に預けるよ」
「僕が駄目だったら」
「この子は死ぬしかないから」
「そうなるんだ」
「犬は飼い主があってだからね」
 それでこそ生きられるからだというのだ。 

 

第二章

「だからだよ」
「それでだね」
「そう、そのことを忘れないで」
「この子が死ぬまでだね」
「大事にするんだよ」
「うん、そうするよ」
 蒼汰も強い声で答えた、こうしてだった。
 彼は犬を家に連れて帰った、犬は雄で名前は彼が犬の顔がおじさん顔だからという理由でゴンゾウにした。すると。
 母も家に帰って来た父もその子犬を見て言った。
「また老けているわね」
「ああ、人間みたいな顔でな」
 二人でその犬を見て言った、犬は蒼汰も二人も見て尻尾を振ってへっへっへ、と舌を出して立っている。
「おじさんみたいだな」
「あなたより老けてない?」
「そうだよな」 
 父は三十五になってそろそろ皺が出て来た顔で言った、面長だった顔にも少し肉がついてきている。そして母も短い黒髪に白いものが出て来ていて白い肌が少し衰えている。大きな垂れ目はそのままだた。見れば蒼汰は目はその母親似で他は父親似だ。父の名前は壮一といい母の名は由美奈という。
「この子は」
「まだ生まれてすぐみたいだけれど」
「それでこの顔はな」
「ちょっと可哀想だな」
「そうね、しかも蒼汰はね」
 母は今度は息子を見て言った。
「ゴンゾウなんて名付けたし」
「そのままおじさんの名前だな」
「そうよね」
「だってそんな顔だから」
 蒼汰は母にあっさりと答えた。
「だからだよ」
「それでもね」
「あまりセンスのいい名前じゃないな」
「名付けたから仕方ないけれど」
「どうもな」
「確かに顔はよくないけれど」
 蒼汰が見てもだ。
「こいつ最初から僕に懐いて言うこと聞くし」
「それでなの」
「いい子だっていうんだな」
「そうだよ、お父さんもお母さんも人は顔じゃないっていうし」
 ここで蒼汰はこうも言った。
「だから犬もだよ」
「ああ、それはな」
「その通りよ」
 二人も犬の顔のことは言ったが息子にいつも言っているのでこう答えた。
「大切なのは中身だからね」
「性格がどうかだからな」
「幾らお顔がよくても性格が悪いとね」
「どうしようもないからな」
「こいつ性格はいいから」
 だからだというのだ。
「いいよ、おっさんの顔なんてどうでもいいよ」
「そうか、お前がそう言うならな」
「お母さん達も顔のことは言わないわ」
「そういうことでね、じゃあゴンゾウこれから宜しくな」
「ワンッ」
 ゴンゾウは蒼汰に一声鳴いて応えた、そしてだった。
 彼は相良家の犬になった、すると。
 ゴンゾウは蒼汰が言った通り非常に賢く人懐っこい犬だった、決して無駄に吠えたり唸ったり噛んだりせず。
 言うことはちゃんと聞いて忘れなかった、やたら元気でいつも跳ね回る様に動き散歩にはかなりの体力を使ったが。
 それでも人を引っ張ることはせず母も言った。
「いい子よね、ゴンゾウ」
「ああ、本当にな」
 父も同意だった。 

 

第三章

「性格がよくて頭もよくてな」
「ちゃんと言うことも聞いて」
「あんないい子はそうそういないな」
「そうよね」
「うちに来てくれてよかったな」
「ご近所でも人気だしね」
「そうみたいだな、愛嬌があるって」
 ゴンゾウのその性格と仕草からのことだ。
「あの子は」
「だから余計にいいわ、ただお顔でね」
「言われるか」
「おじさんみたいだって」
「もうそれは仕方ないな、顔のことはな」
「言われてもね」
「ゴンゾウの責任じゃないからな」
 だからだというのだ。
「もうな」
「言っても仕方ないわね」
「ああ、だから蒼汰が言った通りにな」
「大事なのは顔じゃないわね」
「人間も犬もな」
「そうよね、私達がいつも蒼汰に言っていることだけれど」
「ゴンゾウを見て蒼汰に言われてな」
 そしてとだ、父はゴンゾウがはじめて家に来た時のことを思い出しながら妻に話した。真剣な顔になって。
「そうしてな」
「あらためてわかったわね」
「ああ、顔のことは言うものじゃなくてな」
「大事なことは中身ね」
「全く、ゴンゾウの顔を見て悪いとか言ってな」
「反省するわね」
「全くだ、これからはそんなことを言わないで」
 それでというのだ。
「蒼汰にも接していかないとな」
「本当にそうね」
 夫婦でそんな話をした、そして蒼汰は。
 ゴンゾウを散歩に連れて行っている時にクラスメイト達に会ったが彼等はゴンゾウの顔を見て言った。
「うわ、不細工な犬だな」
「おっさん顔だな」
「何だよこいつ」
「顔は問題じゃないだろ」
 だが蒼汰は彼等に言った。
「顔よくても性格悪いと駄目だろ」
「そ、そう言うのかよ」
「こいつこんなに不細工でもかも」
「それでもいいのかよ」
「だから顔が悪くてもな」
 それでもというのだ。
「性格と頭悪いと駄目だろ」
「それはな」
「そうだけれどな」
「どうもな」
「三組の大谷みたいな性格だとどんなに顔よくても嫌だろ」
 学校一の嫌われ者である、弱い者いじめが好きで告げ口をして強い相手には媚びり平気で嘘を吐きケチで底意地が悪いので皆から嫌われている。
「あいつ勉強は出来るけれどな」
「それでも自分より成績悪いと馬鹿にするしな」
「俺あいつ大嫌いだよ」
「俺もだよ」
「あんな奴誰も好きにならないだろ」
「三組じゃなくてよかったな」
「そうだよな」
 その大谷についてはクラスメイト達も同意だった。 

 

第四章

「確かにあいつがどれだけ顔よくてもな」
「そうでも付き合いたくないよな」
「あいつだけはな」
「そうだろ、だから顔じゃないんだよ」
 大事なのはというのだ。
「性格だよ、だからな」
「それでか」
「その犬性格いいからか」
「それで頭もいいからか」
「いいんだよ、こんないい奴いないからな」
 クラスメイト達にゴンゾウを見ながら話した。
「顔のことなんかどうでもいいさ」
「そ、そうか。じゃあな」
「もう俺達も言わないな」
「そう言うんならな」 
 クラスメイト達は蒼汰があまりにも強くはっきり言うのでそれ以上は言わなかった。もっと言えば頷くしかなかった。
 それでだ、こう言った。
「そんなにいい奴か」
「そういえば俺達にも全然吠えないな」
「向かっても来ないな」
「絶対にそんなことしないんだよ」 
 ゴンゾウはとだ、蒼汰は答えた。
「撫でても触っても怒らないよ」
「そうか、じゃあな」
「撫でていいか?」
「触ってな」
「ああ、そうしてみろよ」
 蒼汰もいいと言った、そしてクラスメイト達はゴンゾウを撫でたり触ったが彼は一切怒らすむしろ尻尾を振って愛嬌よくするだけだった。
 こうしたことがよくあってゴンゾウは蒼汰のクラスメイト達からも人気者になった、そして近所でもそうなっていて。
 蒼汰はゴンゾウが大きくなっても彼に言った。
「お前はいい奴だから人気者なんだよ」
「ああ、そうだな」
「とても頭と性格がいいからね」
 両親もこう言った。
「だからね」
「皆が好きになるな」
「本当に顔じゃないわね」
「大事なものはな」
「そうだよ、それに一旦飼うって決めたから」
 蒼汰は今度は両親に言った。
「だからこれからも」
「一緒にだな」
「暮らしていくな」
「そうするよ、何があっても一緒だよ」
 またゴンゾウに言った。
「いいな、それで」
「お巡りさんと約束したしな」
「お父さんとお母さんにもね」
「だからな」
「ずっとね」
「そう、一緒にいるからな」
 両親の声を聞きながらゴンゾウに言う。
「お前もそれでいいな」
「ワンワン」
 ゴンゾウは彼の言葉に尻尾を振って応えた、そしてだった。
 ゴンゾウは相良家で幸せに過ごした、その彼等を見て交番の巡査は自然と笑顔になった。彼がいい家に貰われて家族も彼によって幸せになっている姿を見て。


おっさん顔の犬   完


                  2020・12・26