じゃじゃ馬ストレート


 

1話 名探偵!?

 扇状のグラウンドを囲んで作られた観客席に居る人々は、グラウンドで白球に思いを乗せて互いに競い合う者達に大きな声援を送っている。私もそんな観客の一人としてここに居た。

 証明に照らされる選手達はまるでスポットライトを浴びているかのように輝いている。日本プロ野球のスター選手が集い一つの白球を介してぶつかり合うオールスター。両親に連れられて来たこの野球場で繰り広げられる試合に私は目を奪われていた。

 そして、試合は最終局面を迎える。マウンドには白黒の縦じまユニフォームを身に纏った選手が上がった。

 マウンドに上がったピッチャーがバッターにジェスチャーを送ると、それを見た内野スタンドの観客達がざわめく。バッターボックスには球界を代表する4番打者。そんな相手に対しオールストレート宣言をしたのだ。

 それからは圧巻の投球だった。ストレートがくると分かっているにも関わらず、対峙した一流の打者達は悉く三振に倒れたのだ。

 そんな投手の姿に私は憧れ焦がれ、いつか自分もあんな投手になりたいと思うようになった。






 四月と言えば新生活。かく言う私も今日から高校生となる新一年生である。

 生まれ育った地を離れて迎える新生活。ちゃんと友達が出来るか期待半分不安半分を胸に抱いて校門を通過した。

 門の向こうでは左右に桜が咲き誇り、その柔らかな香りが私の鼻をくすぐる。そんな春の風物詩が私の心を穏やかにし、何だか上手くいくような気がした。

 教員に誘導され辿り着いた掲示板の前に立ち、自分のクラスを確認する。一組から順番に私の名前を探していると、二つ目のクラスでそれを見付ける事ができた。

 早々に見付かって良かった。後ろのクラスだったらもう暫く掲示板の前で足止めを食らってたかな。

 校舎に入った私はこれから三年間過ごすであろう景色を眺めながら教室へ向かって歩く。所々に先生が立っていて案内してくれたので、迷う事なく教室に辿り着いた。

 教室に入ると、そこには既に多くの生徒がおり、近くの生徒と話す者、一人で本を読む者など、みな思い思いに過ごしている。

 座席を確認すると教卓から見て右側、窓から二列目の後ろから二番目。なかなか悪くない席かな。

 さて、先生が来る前にお花積みに行こっと。

 荷物を机に置いて後ろの扉へ向かって歩きだした。一本後ろの通路で三人が話をしていたので、その手前を通ろうとしたのだが、私の体が机に当たってしまい置いてあったペンケースを落としてしまう。

「あ、ごめんなさいっ」

 私は散らばった筆記用具を広い集めた。

「気にしないで。ごめんね、邪魔だったよね?」

 三人の中で椅子に座っていた長い茶髪の女の子が椅子から降りて、私と一緒に落ちた物を広い始める。

「ううん。ほんとごめんね」

 時間もギリギリだし、早くお花積みに行かないと。

「ねえ、もしかして野球経験者?」

 そう私を呼び止めたのは金髪ボブカットツーサイドアップの女の子。もう一人の金髪ツインテールの女の子と顔が似ている。双子かな?

「え?そうだけど、何で分かったの?」

 この子とは初対面なはず。もしかしてどこかの大会で会ったとか?

「さっき落ちたの拾ってた時、右手は薬指と小指が丸まってたけど、左手は人差し指から小指まで揃ってたから、右手でボールを握って左手にグローブ着けてた癖かなって」
「名探偵!?」

 え?それだけ野球経験者って分かったの!?凄い!陽美ポイントあげちゃおう!

「大袈裟だよ~。ただ野球が好きなだけ。ちなみにポジションは?」
「ピッチャーだったよ。主にクローザー」

 ······そう、ピッチャーだった(・・・)んだ。

「お手々見せて」

 名探偵が両手を出して言った。

「決め球はフォークかな?凄く投げ込んでた跡があるけど、最近は投げてない?」

 途中から不思議そうな表情に変わる。やっぱりこの子は名探偵だ。手を見ただけでそこまで分かるんだ。

「······野球は中学でやめたんだ」

 ――ちょっとは捕る方の事考えてよ!!

 思い出すのはかつてキャッチャーに言われた言葉。そして、不合格の通知書······。

「あ、そう言えば自己紹介まだだったよね。私は南 陽美(みなみ はるみ)

 私は暗い記憶を振り払うかのように話題を変えた。

 三人の名前は茶髪の子がヨミちゃん、ボブカットツーサイドアップの子か芳乃ちゃん、ツインテールの子が息吹ちゃんだ。そして、やつり芳乃ちゃんと息吹ちゃんは双子だった。

「ところで陽美は用事があったんじゃないか?」

 息吹ちゃんがそう私に指摘する。

「あ、そうだった!トイレ!······
「入学おめでとう。席について」
······あ」

 桜さん、どうやら今日は上手くいかない日みたいです。 

 

2話 陽美ポイントを差し上げます!

 先生は入学式前にちゃんとお花摘みの時間を確保してくれた。

 先生、本当にありがとう。おかげで高校生活の思い出1ページ目が汚されずに済みました。陽美ポイントを差し上げます!

 入学式後は今後直近のスケジュールを確認したら解散となったので、この後はヨミちゃん、芳乃ちゃん、息吹ちゃんと四人でレイクタウンへ行くことになった。

 放課後にご飯を食べながらお喋り。うんうん、何だか高校生っぽいな。

「めっちゃ大きいらしいね」

 発案者のヨミちゃんは初レイクタウンらしい。今から楽しみでウキウキしていた。

「そう!入口から端っこまで一キロあるのよ」

 息吹ちゃんは何度も行っているのか、その広大さをヨミちゃんに説明する。

「マジ?大きすぎ!」

 レイクタウンの規模に驚きを見せるヨミちゃん。

「ガチで回るとヘトヘトになっちゃうよね」
「私はまだ全部回ったことは無いかな」

 芳乃ちゃんは全制覇しているようだが、私は大きくなってからはランニングに使ったくらいなので、まだまだ知らない所が沢山ある。

 私達が話ながら歩いていると、黒髪ショートボブの小柄な子が前から歩いてきた。四人並んで歩いていたので私は後ろに下がって道を譲る。

 彼女の身長は私の肩くらい。あの人もこの位だっけ?

 私は横目ですれ違う女の子を見ていたら、彼女もこちらを見ていることに気付いた。正確には私の前を歩くヨミちゃん。

「ヨミちゃん······?」

 彼女はする違う瞬間にヨミちゃんの名前を呼ぶ。

「やっぱりヨミちゃんだ。珠姫だよ。覚えてない?」
「タマちゃん······!覚えてるよ。久し振り~!!」

 ヨミちゃんは彼女とその名前が繋がると嬉しそうに珠姫と名乗った子を抱き締めた。


「いっ……!?」

 ヨミちゃんのスキンシップに珠姫さん(?)は戸惑いを見せる。


「うんなるほど。確かにタマちゃんの匂いだ」

 小柄な子の胸に顔を擦り付けた。凄いデレデレ。

「山崎選手······何でこんな所に······」

 芳乃ちゃんを見ると、いちゃつく二人を見てワナワナ震えていた。

「中二の時名門美南ガールズの正捕手で強気なリードと守備が魅力だった人だよ。去年は強打者捕手の台頭で控えだったけど、私は珠姫さんを使うべきだと思ってた!つまり······」

 芳乃ちゃんはカバンから色紙とペンを取り出した。それ、いつも持ち歩いてるのかな?

「ファンですサイン下さい!!」

 ツーサイドアップを羽ばたかせ、興奮した様子で色紙を、珠姫さんに差し出した。てかどうやって髪動かしてるの!?

 珠姫さんとヨミちゃんが話をしている間も芳乃ちゃんの髪は激しく動いていた。サインを書き終えた珠姫さんから色紙を受け取った芳乃ちゃんは凄く嬉しそうにサインを見つめている。

「そーだタマちゃん、あれしようか?」
「あれ?」

 ヨミちゃんの提案に珠姫さんは疑問符を浮かべた。

「野球少女の再開の儀式といったらキャッチボールしかないでしょ!」

 こうして私達はキャッチボールをする為にグラウンドへ向かうこととなった。






 この珠姫さんとの出会いが私にとっても大きな運命の分岐点である事に、この時まだ気付いていなかった。 

 

3話 私、野球やりたいよ

 途中で珠姫さんが加わった私達五人は校内の野球場にやってきた。

 入学式にグラブを持ってきている訳もなく、私達は体育倉庫にしまわれていたグラブをお借りしている。

 野球部の練習は行われていなかったが、綺麗に整備されたフェアグラウンドに入ることは気が引け、グラウンドの端っこでキャッチボールをしていた。

 私は芳乃ちゃんと息吹ちゃんを相手に交互にボールを投げる。二人は初心者なので距離はほとんど捕っていない。

「グラウンド来てみたけど、誰もいないね」
「停部期間は終わってるはずだけど……廃部になっちゃうのかな?」

 息吹ちゃんの言葉に芳乃ちゃんは悲しそうにそう返した。

「これだけ綺麗にしといて廃部ってことはないと思うけど……」

 グラウンドを軽く見渡しても丁寧に整備されていることが見て取れる。しかも、最後に整備されてからそう経っていないんじゃないかな?

「そう言えば、陽美ちゃんとどこかで会った事あるかな?」

 ふと芳乃ちゃんがそんな事を聞いてきた。

「どうだろう?夏休みとかこっちに来てたから、もしかしたら会った事あるかもね」

 と、三人で話している間にも横からは皮の乾いた良い音が聞こえていた。

「タマちゃんってキャッチャーだったんだね」
「ヨミちゃんはピッチャーなんだね」

 話しながらもヨミちゃんはどんどんギアを上げていく。

「やっぱり経験者のプレーはキャッチボールだけでもかっこいいね」

 芳乃は二人の姿に目を奪われていた。

「そうね。陽美は良かったの?向こうに混ざらなくて」

 息吹も経験者二人のキャッチボールを見て私にそう尋ねる。

「二人の再開の儀式だしね。邪魔しちゃ悪いよ。それに私は二人と違ってコントロール激ヤバだから。息吹ちゃんと芳乃ちゃんの前でカッコ悪いとこ見せられないよ」

 それにしても、二人とも凄くコントロール良いな。一球も胸の真ん中からボールが逸れてない。

「どお?私の直球は!」

 ヨミちゃんは投げながら珠姫さんに感想を聞いた

「普通かな」

 珠姫さんはヨミちゃんの感想に答えてボールを返した。

「あはは……厳しいねぇタマちゃんは」

 でも一回戦で負ける様な球じゃないと思う。ひょっとして変化球を投げられないとか?

「投球練習してみる?」
「うん!」

 珠姫さんの提案でヨミちゃんの投球練習が始まった。

「よーし、じゃあ打席で見てあげるわ」
「じゃあ私は審判ね」

 息吹ちゃんはバットを持って右打席に、芳乃ちゃんは珠姫さんの後ろに立つ。

「良いけどヘルメット被ってね。あと後ろ危ないよ」

 審判の位置からだと逸れたボールが直前でキャッチャーの陰に隠れるので、そういった球をパスボールしてしまった場合、審判は避けきれない事がしばしば起こるのだ。

「公式戦パスボール ゼロ。信頼してるよ」

 パスボール ゼロ!?何それ凄い!珠姫さんだったらもしかして……って、私はもう野球辞めたんだった。梁幽館に来た人達だって誰も……。

 思い出されるのは梁幽館のセレクションでの事。






『あんたはストライクに投げる事も出来ないのっ!!?』

『ちゃんと捕れる所に投げてよ!!』






「投げていいの?……捕れるの?」
「投げられるの?硬球(この球)で」

 考え事してる間に話は進んでいたみたい。

「……似たような球なら」
「投げて!きっと捕るから!」

 あれ、何だか二人の空気が変わった?

「いくよ」
「こい」

 ヨミちゃんは左足を後ろに引きながら両腕を振り被った。ワインドアップのモーションだ。ヨミちゃんの放った渾身の一球は······息吹ちゃんの頭に向かって真っ直ぐ跳んで行く。

「危ないっ!!!」

 私は思わず息吹ちゃんに叫んだ。息吹ちゃんは体を反らせるが間に合わない。

 頭に直撃すると思った直後、ボールは大きく軌道を変え、ストライクゾーン外角低めを通過して珠姫さんのミットに収まった。

 え······!?

 私の体に雷撃が駆け抜ける。私が驚いたのはヨミちゃんのカーブ……ではなく、初見であの球を捕った珠姫さんだ。

 ヨミちゃんは続けてカーブを投げるが、珠姫さんは直前でワンバウンドしようとも、ミットからこぼす事は無かった。

 ヨミちゃんがラスト一球と言った球まで全て捕ってみせた。

 どうしよう……ドキドキが止まらない。もう自分を抑えられそうもない。

「ねえ珠姫さん……私の球も受けてくれないかな?」
「南さん?別に良いけど」

 珠姫さんは私の変化に戸惑いながらも私のお願いを了承してくれた。

 ヨミちゃんに場所を変わってもらい、私は土を慣らす。

 懐かしいなぁ、この感覚……。

 しゃがんだ珠姫さんを見ると中学時代に組んでいたキャッチャーを思い出した。

 ふふっ。身体のサイズほどんど同じだ。何だかあの頃に戻ったみたい。

「芳乃ちゃん、ちょっと離れてて」

 もし珠姫さんが捕れなかったら危ないからね。

「え、うん……」

 何か言いたそうだったけど、芳乃ちゃんは私のお願いを聞いてくれた。これで二人に私のカッコ良いとこ見せられそう。

 セットポジションから左足を軽く上げ、前へ踏み込みながら腕を真上から振り下ろした。

 空気を割く音と共に駆ける白球は高めに浮き上がり珠姫さんに迫る。

「……っ!」

 珠姫さんのミットはけたたましい音と立てながら後ろにもっていかれるも、その中にはしっかりと白球が収まっていた。

 うん、久し振りだけど悪くない。

「珠姫さん、ボールちょうだい」
「う、うん」

 ふふっ、みんなビックリしてる。でも息吹ちゃんはちょっと引いてるのかな?

 二球目、三球目と投げていく。さて、少しくらいならこれでいけるかな?

「それじゃあ本気でいくね!」
「え!?」

 私の言葉に珠姫さんは更に驚きを見せるが、私はセットポジションをとる。珠姫さんも表情を引き締め、ミットを構えた。

 左膝を臍の高さにまで上げてタメを作り、大きく踏み込んで渾身の直球を投げ込む。さっきよりも数段威力の上がった直球を、珠姫さんはしっかりと受け止めてくれた。

 捕った!!

「あ……ああ……思い出した。南 陽美選手……!?三年前の選手権大会で失点0の上、大会連続奪三振記録を大きく更新したリリーバー。剛速球とナックルフォークで並みいる打者を寄せ付けなかった大会屈指の好投手。あれから一切噂を聞かなかったから忘れてたよ……」

 芳乃ちゃんは私の事知ってたんだ。さっき珠姫さんと出会った時みたいになってる。

 私はコントロールが悪いからボールがあちこちに散らばるけど、その全てを珠姫さんは捕ってくれた。額に汗を浮かべながらも不適に笑っている。

「それじゃあ最後にナックルフォークお願い」
「うん、来い!」

 ボールを示指と中指で挟んで回転が掛からない様にボールを離す。ボールは珠姫さんの元に辿り着くまでに不規則に揺れ、直前で下に沈んだ。

 珠姫さんのミットから乾いた音がグラウンドに響く。

「……ありがとう、珠姫さん」
「うん。こんな凄い球受けるの初めてだよ……って南さん!?どうしたの?」
「ううん、大丈夫。大丈夫だけど······」

 私の頬に涙が伝わっていた。ああ……やっぱり野球は楽しいな。

 みんなが私の元に駆け寄って、一様に心配そうに私の顔を覗き込む。

「私、野球やりたいよ。本当は辞めたくなんかなかったんだ。何で勝手に諦めちゃったのかな?」

 溢れる涙が止まらない。今まで必死に目を逸らせてきたのに、もうそんなこと出来ないよ……。

「もう野球しないの?」
「ふぇ?」

 珠姫さんの言葉に私は疑問符を浮かべた。

「ヨミちゃんも南さんも、気持ちの入った良い球だったよ」
「そうだよ!三人とも言いバッテリーになれるよ。やろやろ!」

 珠姫さんの言葉に芳乃ちゃんが賛同する。

「でもここの野球部って……」

 ヨミちゃんが言う通り、いくらしっかり整備されているとはいえ誰一人として姿を見せないグラウンドを見ると最悪の事も考えてしまう。

「私達はマネージャーするよ!四人も入ればとりあえず廃部にはならないし」
「えー私も?」
「息吹ちゃんは選手の方が良かった?いいけど」
「そういう意味じゃなくて!」

 芳乃ちゃんと息吹ちゃんは姉妹掛け合いを繰り広げていると······

「息吹ちゃん芳乃ちゃんが見てくれて、タマちゃんが受けてくれるならやりたい」

 ヨミちゃんは心にしまい込んだ声を引っ張り上げた。

「……いいよ」

 珠姫さんが照れながら答えると、ヨミちゃんは声を上げて泣き出した。野球場で五人いる中の二人が泣いてるこの光景は傍から見るとどう映るのだろう。

「陽美ちゃんは?」

 芳乃ちゃんが私の手を取って聞いてきた。

「······うぁだじぼうぃんなどやぎゅうじだい《私もみんなと野球したい》」

 ちゃんと言葉になっていないと思う。それでも、芳乃ちゃんは私の言いたいことを理解してくれた。

「うん、やろう!」

 芳乃ちゃんは最高の笑顔で頷いてくれる。

「うぁぁああああん······」

 私もヨミちゃんみたいに声を堪えきれなくなっちゃった。結局カッコ悪い所を見せちゃったなと後から思った。でも桜さん。高校生活、最高のスタートがきれました。