フランスと共に


 

第一章

                フランスと共に
 シャルル=モーリス=ド=タレーラン=ペリゴールは祖国フランスはおろか欧州中で知られた人物である。
 極めて有能な外交官で教養も豊かだ、だが。
 ナポレオン=ボナパルトは皇帝の玉座から彼の最大の政敵であるジョゼフ=フーシェに対して苦い顔で述べた。
「タレーランは金儲けか女遊びに精を出していないとな」
「陰謀を企んでいますね」
「そうだ、そなたもだがな」
 フーシェを面白くない様な顔で見つつ述べた、だがフーシェは平然としている。ナポレオンはそのフーシェにこれがこの男だと思いつつさらに言った。
「陰謀が好きだな」
「陛下、私は陰謀が好きではありません」
 フーシェはナポレオンに平然と返した。
「それは全て私の為に使いません」
「そうなのか」
「はい、私はフランスの為に使っています」
 こう言うのだった。
「ただそれだけです」
「その言葉私が信じると思うか」
「事実ですので」
 悪びれない言葉であった。
「ですから」
「言うものだな」
「そこがあの男とは違います」 
 タレーランとはというのだ。
「あの男はまさにです」
「金儲けか女遊びをしていないとだな」
「陰謀を企んでいます」
「陰謀を愛している者だな」
「左様です、必要とあれば陛下も陥れるでしょう」
「確かにな。タレーランに忠誠心はない」
 ナポレオンもわかることだった、鋭い目で述べた。
「そしてそなたもな」
「私もですか」
「そなたも同じだ、忠誠心なぞなくだ」
 フーシェもまたというのだ。
「必要とあれば私を陥れるな」
「私にあるのはフランスへの忠誠心のみです」
「フランスの、か」
「左様です、嘘は申しておりません」
「そなた達を誠実と思う者がこの世にいると思うか」
 ナポレオンは笑っていたが目は笑っていなかった、その笑っていない目でフーシェを見据えての言葉だった。
「一体」
「ですが真実です」
「あくまでだな」
「左様です、フランスは絶対に裏切りません」
「その言葉は確かに真実だな」
 ナポレオンもこのことはわかった。
「ならいい、フランスに絶対の忠誠を捧げ続けよ」
「そうさせて頂きます」 
 フーシェも笑っていた、だが彼の目も笑っていなかった。ナポレオンはその笑っていない目でフーシェを見ていた。
 この話はタレーランも聞いていた、彼はこの時パリの自身の屋敷でこよなく愛する美食に興じていた。テーブルの上には最高の食材を最高の技術で調理した馳走が数多く置かれていた。その馳走を食べつつ話を聞いたが。 

 

第二章

 タレーランはワインを一口飲んでから述べた。
「私も同じだよ」
「同じとは」
「あの男とだよ」
「フーシェ卿とですか」
「そうだ、私も陰謀を愛していない」 
 こう言うのだった。
「私は決して陰謀家ではない」
「陰謀を愛しておられませんか」
「私もまたフランスに絶対の忠誠を誓っている」
「陰謀はフランスの為に使われますか」
「そうだ、私の陰謀とやらには常に相談相手そして共に働いてくれている者がいる」
 馳走を食べつつ悠然と答えた。
「それは誰かというとだ」
「どなたですか、それは」
「フランスだ」
 この国自身だというのだ。
「私の陰謀は常にフランスと話してだ」
「フランスと共に動かれていますか」
「そうだ」 
 こう言うのだった。
「フランスの為に使っているものだからな」
「そうなのですか」
「私は陰謀は使う必要がなければ使わないしだ」
 その話をした者にさらに述べた、彼に仕える者だったがその話をしてくれた褒美に金貨を差し出しながら述べた。その動きは気品と思いやりがあった。
「愛してもいない」
「あくまでフランスの為にですか」
「フランスと共に使っている」
「そうですか、では」
「陛下の為にか」
「そうなのですね」
「今はそうだな」 
 タレーランは笑って答えた、だが。
 彼も目は笑っていない、その笑みで答えたのだ。
「フランスは陛下が支えておられるからな」
「それ故にですか」
「陛下の為でもある」
「そしてフランスの為でもありますか」
「そうだ、だがこれからは」
「これからは?」
「それは後になってわかる」 
 ここから先は言わなかった。
「そういうことだ」
「後になってですか」
「そうだ」
 こう言って食事を続けた、この時タレーランは笑っているだけだった。やはり目は笑っていなかったが。
 後にナポレオンはロシア遠征で無残な敗北を喫しライプチヒでも敗れ失脚した、一度エルバ島から戻ったがそれも百日天下に終わった。
 この時タレーランはフーシェに語った、犬猿の仲だが共にナポレオンを失脚させる為に協力したのだ。タレーランは赤いワインを美味そうに飲みつつ述べた。
「私は彼を失脚させたがな」
「裏切ってはいないか」
「彼は間違えたのだ」
 こう言うのだった。
「そして自ら滅んでしまった」
「では我々は罪を犯していないか」
「そうだ、彼はフランスを誤らせるところだった」
「事実ロシアで敗れたな」
「あの戦争はすべきでなかった、それをしたからだ」 
 それ故にというのだ。
「彼は自ら滅んだのだ」
「だから我々に責はないか」
「そうだ、君も彼を裏切っていないな」
「余計におかしくなって帰って来たと思った」 
 百日天下の時について話した。
「あれでは三ヶ月ももたないとな」
「三ヶ月はもったがな」
「しかしああなったな」
「やはり自滅だな」
「そうだ、彼は自滅した」
 フーシェもワインを飲んで話した、だが二人が飲むワインはそれぞれ違っていた。タレーランは高価なものだったがフーシェは安いものだ。だがフーシェはそのワインを実に美味そうに飲みつつ述べた。 

 

第三章

「あれだけの人物だったがな」
「そうだな」
「若し私、そして卿が陰謀家といいだ」
「彼を裏切ったのならな」
「フランスと共にした」
 自分達の祖国と共にというのだ。
「彼はフランスを誤らせるところだったからな」
「それ故にな」
「我々はフランスと共にだ」
「陰謀を企み」
 世の者が言うにはというのだ。
「そしてだ」
「そのうえでだな」
「彼をフランスから追った、むしろだ」
 タレーランはその目を鋭くさせた、そうして述べた。
「彼程危険な陰謀家はいなかった」
「全くだ、多くの者はこう言っても信じないが」
「裏切ったのは彼だ」
「フランスを誤らせようとしたのだからな」
「自身の野心によってな」
「我々は裏切っていない、また彼は我々を裏切っているつもりはなかったが」
 ナポレオン、彼はというのだ。
「実はだ」
「フランスを裏切っていたのだ」
「誤らせることによってな」
 まさにこのことによってというのだ。
「そうしようとしていたのだ」
「だから卿も私もか」
「フランスと共にだ」
「陰謀を企み彼を追い落としてか」
「フランスを守ったということだな」
「如何にも。だから何を後ろめたく思う必要がある」
 タレーランは欧州でも最高級のものの一つとされるワインを実に美味そうに飲みながら述べた。
「フランスが共犯をフランスを守った」
「それならばだな」
「何も悪いことはない。後は死んだ後でどう言われるかだ」
「間違いなく相当に悪く言われるな」
「それも一興、では今は共に飲もう」
「今はな。しかし何かあれば」
 フーシェは目だけは笑わさせずに応えた。
「その時はな」
「面白い。お互いフランスと共にな」
「卿の為の牢獄は用意してある」
「ギロチン台に興味はあるかな」
「ないと言えばどう答える」
「私も牢獄には興味はない」
 タレーランもまた目を笑わせることなく応えた、そうした話をしながら二人は今は飲んだ。その目は最後まで笑ってはいなかった。


フランスと共に   完


                    2021・5・5