時々無性に食べたくなる


 

第一章

                 時々無性に食べたくなる
 山本美樹の好物は色々ある、だがその中で。
「あんたまたお茶漬け食べるの」
「ええ、食べたくなったからね」
 美樹は母の美穂に自分の席から笑顔で答えた、美樹は面長で色白で縮れた感じの黒髪を伸ばし後ろで束ねている、黒く細い眉で大きめで優しい目で唇は小さく紅色だ。背は一五九程でスタイルはかなりいい。母は娘がそのまま歳を取った感じである。
「それでよ」
「食べるのね」
「こうしてね」
 冷えたわざとそうさせたお碗の中のご飯の上にだった。
 塩辛を置いて熱いお茶をかけた、そうしてだった。
 作ったお茶漬けをさらさらと食べてこう言った。
「手軽に美味しくよ」
「食べるのね」
「何か時々でもね」
 美樹はお茶漬けを食べ終えてから母に話した。
「お茶漬けって食べたくなるのよ」
「あんたはそうなのね」
「そうなのよ、お母さんもそうした食べものあるでしょ」
「ええ、クッキーはね」
 母は娘に聞かれてこのお菓子の名前を出した。
「時々でもね」
「そうよね」
「お父さんはソーセージがそうよ」
「それでお兄ちゃんにもあるわね」
「あの娘時々カレー食べたいって言うのよ」
「お兄ちゃんはカレーね」
「あんたも好きだけれどね」 
 今は残業でいない夫と大学帰りのアルバイトに出ている息子のことを話した。
「あの子はカレーよ」
「それで私はね」
「お茶漬けなのね」
「女子高生が食べるものじゃないって言うかも知れないけれど」
「別に違うわよ」
 母はそれはないと返した。
「誰だってよ」
「お茶漬けは食べていいの」
「ええ、けれどあんた本当に時々ね」
「お茶漬け食べてるわね」
「そんなに好きなのね」
「時々でも食べたくなるの」
 美樹はまたこう言った。
「だからね」
「それで食べるのね」
「今もね、それでこれからもね」
「お茶漬け食べるのね」
「これからもね」 
 食べ終えた美樹は笑顔で応えた、お茶漬けを食べ終えた彼女は実に嬉しそうであった。 

 

第二章

 そうして時々お茶漬けを食べていたが美樹は高校の修学旅行でイタリアに行くことになった、そこで母にこの時も嬉しそうに話した。
「ピサの斜塔やコロシアムも観てね」
「そうしてなのね」
「本場のパスタやピザも食べて」
 イタリア料理の話もした。
「楽しんでくるわね」
「そうしてね、一生に一度の高校の修学旅行だしね」
「満喫してくるわね」
「ええ、そうしてきなさい」
 母はこう言ってだった。
 娘を送り出した、美樹は意気揚々と友人達と共にイタリアに旅立った。
 母は夫それに息子と娘がイタリアの景色や歴史的な建造物それにイタリア料理を楽しんでいると思っていた、それで残された一家で娘はどうしているかと話していたが。
 日本そして家に帰ってだった。
 美樹は開口一番だ、母にこう言った。
「晩ご飯お茶漬けにして」
「あんた何言ってるのよ」
「だってイタリアにいた間ずっと食べたかったのよ」
 母に切実な声で語った。
「イタリア料理も美味しいけれど」
「あっちにもお米あるじゃない」
「リゾットよね」
「それでもなのね」
「リゾットはリゾットよ、あそこお茶自体がないのよ」
 美樹は母に強い声で話した。
「コーヒーじゃない」
「紅茶は主流じゃないのね」
「日本のお茶なんて見たことなかったわ」
 イタリアにいる間そうだったというのだ。
「それでお米はインディカ米でリゾットで食べるから」
「日本みたいに食べないのね」
「そう、そもそも主食じゃないしね」
「あちらは主食パンだしね」
「それでお茶漬けがある筈がないから」
 だからだというのだ。
「来てすぐに食べたくなったけれど」
「あんたの時々が出たのね」
「なくてね」
「ずっと食べたかったの」
「イタリア料理は美味しかったけれど」
 それでもというのだ。
「お茶漬け食べたかったのよ」
「そうなのね」
「そう、だから食べていい?」
「お茶漬けのもとあるわよ」
「じゃあそれでね」
「食べるのね」
「本当に時々食べたくなるから」
 美樹の言葉は切実なものだった。
「食べさせてもらうわ、しかし和食ってメジャーになったっていうけれど」
「お茶漬けは違うのね」
「お寿司やお刺身や天麩羅やすき焼きでね」
 メジャーなものはというのだ。
「お茶漬けはないのね、このこと覚えておくわ」
「まあそこは仕方ないわね」
「そうね、日本じゃないからね」
「じゃあ日本に戻ってきたし」
「今夜はお茶漬け頂くわ」
 こう言ってだった。
 美樹はこの夜実際にお茶漬けを食べた、そのお茶漬けは実に美味く美樹は満足した。そして時々食べられるものは他の国ではあるとは限らないことを教訓として頭の中に入れた。


時々食べたくなるもの   完


                    2022・2・21