ずっと傍にいてくれる黒猫


 

第一章

                ずっと傍にいてくれる黒猫
 田中志穂はこの時職場で怒られてしょげかえっていた、黒髪を長く伸ばし後ろで括っている。やや面長ではっきりした目と小さな唇の穏やかな顔立ちで背は一六〇位で職場で着ている膝までのタイトスカートの地味な色のスーツが似合っている。
 志穂は家の玄関を力なく開けて中に入ったが。
「ニャア」
「トミー待っていてくれたの?」
「ニャア」
 家の飼い猫のトミー雄の黒猫で二歳になる彼が玄関の入り口でちょこんと座っていた、志穂はその彼を見て笑顔になって言った。
「有り難う、何か癒されたわ」
「ニャア」
 トミーを見て少し笑顔になってだった。
 志穂は靴を脱いで家に上がってだった。
 それからリビングで自分によく似ているが幾分皺があり身体もふくよかになっている母に対して言った。
「トミーが玄関で待っていてくれたの」
「今日もなのね」
「職場で怒られたけれど」
 それでもとだ、母にテーブルの上の夕食を確認しつつ話した。ご飯と塩シャケにトマトを切ったものに胡瓜と若布の酢のものといったメニューだ。
「トミーにお迎えしてもらって」
「癒されたのね」
「そうなったわ、じゃあご飯食べてお風呂入るわね」
「今お風呂お父さん入ってるわよ」
「じゃあご飯ゆっくり食べるわね」
 こんな話をしてだった、志穂は夕食を食べて風呂に入ってだった。
 トミーにお休みなさいと言って寝た、そして暫くして大きな仕事を成功させたが。
 意気揚々として家に帰るとこの日も玄関でトミーが待っていて家に戻って来た志穂に対して鳴いてきた。
「ニャア」
「おめでとうって言ってるの?」
「ニャア」
 ただ鳴くだけだ、だがそう言ってくれていると思ってだ。
 志穂は笑顔で家に上がった、トミーは辛い時も楽しい時も志穂が家に帰ると出迎えてくれた。そうしてだった。 

 

第二章

 ある日家に結婚を前提として交際している島田鱒二長身で優しい顔をしている清潔な感じの彼を家に連れて来て両親に紹介するとだった。
 トミーは最初鱒二を警戒していた、だが彼が何度か家に来ていると。
「僕に懐いてくれたね」
「どんな人かわかったみたいね」
 志穂は玄関に入ったところで自分達を迎えてくれて座っているトミーを見つつ鱒二に笑顔で応えた。
「貴方が」
「それで最初は警戒していても」
「今はね」
「こうしてだね」
「迎えてくれているのよ」
「そうなんだね、何かこの子を見ていると」 
 鱒二は自分達を見ているトミーを見つつ志穂に話した。
「自然と癒されるね」
「そうでしょ、猫と一緒にいたら」
「それだけでだね」
「癒されるの」
「そうなんだね、じゃあこれからも」
「トミーと一緒にいていい?」
「いいよ、じゃあ結婚したら」
 鱒二は志穂に笑顔で言った。
「この子ともね」
「一緒に住む?」
「そうしよう」
 こう言ったのだった、だが。
 トミーは志穂の両親がとても大事にしているので引き取れなかった、その代わりに二人は別の猫を飼って二人の間に生まれた息子と共に慈しんだ、その猫は白い雌猫でリンと言ったが。
「ニャア」
「この娘もいいな」
「そうよね」
「子猫の時に保護猫として引き取ったけれど」
「良と一緒に私達の家族よ」
 赤子である自分達の子供の傍に座って自分達に向けて鳴いてきた彼女を見て笑顔になった。そして志穂の実家に帰ると。
 いつも出迎えてくれるトミーに笑顔になった、その中で猫がどれだけ有り難い存在なのかを実感するのだった。


ずっと傍にいてくれる黒猫   完


                   2022・7・20