前半で借金完済


 

第一章

                前半で借金完済
 根室寿はこの朝満面の笑みでデイリースポーツを読んでにやりと笑って言った。
「奇跡ってあるものだな」
「ああ、そうなの」
 妹の千佳は向かい側の席に座って読んでいる兄に食べながら応えた。
「昨日の夜から言ってるわよそれ」
「駄目か?」
「別に」
 納豆をかけたご飯を食べつつ応えた。
「悪くないわ」
「じゃあ言うな」
「勝手にしたら。どうせ今年の優勝はヤクルトだし」
 もうそれは決まっているというのだ。
「カープはエークラス目指すだけだから」
「そうなんだな」
「だから阪神が勝ってもね」
 それでもというのだ。
「カープがエークラスならよ」
「それでいいんだな」
「巨人はあの無様さだし」
 恰好悪い負けが込んでいてというのだ。
「中日が調子悪いから」
「横浜入れて三球団で争うか」
「だからカープがエークラスならいいのよ」
「というかお前元々阪神はどうでもいいな」
「当たり前でしょ、私の血はカープレッドよ」
 知佳は兄にこう返した。
「だからね」
「どうでもいいか」
「ええ、しかしよくやったわね」
 ここで兄を見て言ってきた。
「私正直今年は最下位決定だと思ったわ」
「最初でか」
「だって打たなくて」
 打線がというのだ。
「開幕九連敗で借金十六だったでしょ」
「絶望だったな」
「そうだったから」
「最下位決定か」
「そう思っていたわ」
 まだデイリーを手にしている兄に答えた。
「本当にね」
「そう思ってもな」
「不思議じゃなかったでしょ」
「僕はこれで終わらないと思っていた」
 寿の返事は強いものだった。
「絶対にな」
「阪神はやるって」
「信じていたからな、けれどな」
 それでもと言うのだった。
「まさかな」
「前半でとは思わなかったのね」
「シーズン単位だと思っていた」
 後半もというのだ。
「流石にな」
「そうよね、前半でなんてね」
「思いも寄らなかった」
 実際にというのだ。
「だから奇跡だって言ったんだ」
「そうなのね」
「そして奇跡を起こした阪神はな」
「立派って言うのね」
「そうだ、よくやったよ」
 まだデイリーを読みつつ笑っている、それもニヤニヤと。
「本当に嬉しいよ」
「だからそれ昨日の夜からね」
「言ってるっていうんだな」
「そうよ、何時まで言うのよ」
「この喜びが消えるまでだよ」
 これが兄の返事だった。
「それまでだよ」
「そうなのね」
「ああ、阪神は本当にやってくれたよ」
「おい、それはいいからな」
「あんた早く食べなさい」
 両親がここで寿に言ってきた。 

 

第二章

「朝練あるでしょ」
「そうだろ」
「あっ、そうだった」
 寿も言われて気付いた。
「それじゃあ」
「そうだ、早く食べてな」
「部活行きなさい」
「そうするよ」
 こう言ってだった。
 寿もご飯に納豆をかけて味噌汁もめざしも食べてだった。
 そのうえで学校に行った、その兄を見送ってだった。
 千佳も学校に行った、そこで兄の話をするが。
 ここでだ、千佳はクラスメイト達に言った。
「その借金のかなりがカープなのよね」
「それお兄さんも言ってたのよね」
「ちょこっと」
「そうよね」
「ええ、けれどお兄ちゃんほぼ気にしてなかったわ」
 カープに負けたことはというのだ。
「毎年だけれど」
「お兄さんそうよね」
「巨人に負けたら滅茶苦茶怒るのに」
「これ千佳ちゃんもだけれど」
「瘴気までまとって」
「それなのにカープ相手だとね」
 それならというのだ。
「本当によ」
「特によね」
「怒らなくて」
「普通なのよね」
「そうなのよ」
 これがというのだ。
「昔からね」
「まあ私達もだけれどね」
「巨人に負けたら凄い腹立つけれど」
「他のチームに負けても」
「それでもね」
「それで借金完済だけ喜んで」
 そうしてというのだ。
「ニヤニヤしてたわ」
「昨日の夜から」
「ずっとそうなのね」
「そうだったのね」
「そうなの、まあ私もね」
 千佳は自分の考えも話した。
「別にね」
「阪神に負けてもね」
「特に怒らないわね」
「仕方ないよね」
「それで終わりね」
「これが巨人だったら」
 この世の邪悪を集めたかの如き禍々しいチームはというのだ。
「本当にね」
「怒ってるわね」
「この前九回で負けて激怒してたし」
「あの時特に凄かったわよ」
「あの時まだ巨人強かったしね」
 このこともあってというのだ。
「私もね」
「怒ったのね」
「このまま巨人優勝かも」
「そう思って」
「そうだったわ」
 実際にというのだ。 

 

第三章

「あの時はね」
「まあね」
「あの時はそんな時だったわね」
「それで千佳ちゃんも怒ってたわね」
「けれど今はね」
 前半戦が終わってというのだ。
「巨人がああだからね」
「正直ざま見ろよね」
「巨人弱くて」
「それでね」
「ほっとしてるわ、もう巨人の優勝はないわ」
 千佳は言い切った。
「後はエークラスよ」
「ああ、優勝は諦めてるの」
「カープも」
「そうなの」
「無理でしょ」
 絶対にというのだ。
「どう考えてもね」
「まあそれはね」
「今年はヤクルト圧倒的だしね」
「七月失速したけれど」
「それでもね」
「だからね」
 そうした状況だからだというのだ。
「もう優勝はないってね」
「千佳ちゃんも諦めてるの」
「今年は優勝は駄目だって」
「それはないって」
「だからエークラスになって」
 そうしてというのだ。
「そのうえでね」
「クライマックスね」
「それに賭けるのね」
「そっちで勝つつもりね」
「それを目指すわ、まあそこで阪神が出て来ても」
 兄のことを念頭に置いての言葉だが今話しているクラスメイト達も阪神ファンであることはわかっている、千佳達が住んでいる神戸も関西だからだ。
「それでもね」
「別にいいのね」
「阪神もエークラスに出ても」
「それでも」
「別にいいわ、ただ勝つのはね」
 それはというと。
「カープってことでね」
「そういうことね」
「そう考えてるのね」
「今は」
「ええ、まずはエークラスよ」
 千佳はこう言った、ただ内心こうも考えていた。
 カープも借金を減らしていこうとだ、阪神がそうしたのだから。


前半の借金完済   完


                   2022・7・29