何故知ってる


 

第一章

               何故知ってる
 豊田剣と佐藤友利の仲は悪い、二人共幼稚園の頃から何かと言い合いそれが小学校中学校そして二人にとってややこしいことにだ。
 学校の成績が同じ位だったので同じ高校に通ってからも変わっていなかった、しかも彼等は常に同じクラスだった。
「何で幼稚園の年少組から数えて十三年連続お前と同じクラスなんだよ」
「それはこっちの台詞よ」
 友利は剣に言い返した、やや丸顔で大きな目と細く長い眉と形のいい唇に黒のボブの髪を持っている。背は一五九位で濃紺のブレザーとグレーのミニスカート、白いブラウスと赤いネクタイの制服からは太めの白い足と大きな胸が目立つ。
「腐れ縁って言うけれど」
「本当にそれだな」
「全く、家も同じ丁だし」
「しょっちゅう顔合わせてな」
 剣も言う、面長で明るい顔立ちで目は小さめあ。短い眉でやや色黒で少し伸ばした髪の毛は少し茶色を入れていて一八〇ある背はすらりとしている。
「部活も同じなんてな」
「バスケ部でね」
「応援しているチームは阪神でな」
「通ってる塾まで同じって」
「腐れ縁もいいところだな」
「全くよ」
 二人でいつもこんなことも言い合った、兎角だ。
 二人は仲が悪いがいつも顔を見合わせる事態になっていた、クラスメイト達はそんな二人を見てこう話した。
「これ運命の赤い糸か?」
「汚れた赤い糸よね」
「嫌い合ってるのにいつも一緒になるって」
「腐れ縁過ぎるでしょ」 
 やれやれと見て話すのだった、だが二人の家族同士は仲がよくだ。
 特に母親同士はパート先も同じでよく一緒に遊びに行っていた、それでお互いの話も家で笑いながらよくしていた。
 二人共そんな話は適当に聞いているだけだった、だが。
 ある日剣と友利が部活の後二人共後片付けの当番になっていてだった。
 片付け方で衝突してそこで言い合ったが。
 まずは剣がだ、友利に言った。
「お前部屋片付けろよ」
「あんたも洗面所使ったらちゃんと奇麗にしなさいよ」
 こう言い合った。
「それ位常識でしょ」
「女の子だったら清潔にしろよ」
「ムースの蓋は使ったらしめておきなさいよ」
「っておい」
 先に気付いたのは剣だった、彼はバスケットボールをなおしつつ言った。
「何で俺の洗面所のこと知ってるのよ」
「そういうあんたこそ何で私の部屋のこと知ってるのよ」
 友利も気付いて言った。
「お部屋入ったことないでしょ」
「俺の家に来たことないだろ」
「何で知ってるのよ」
「おかしいでしょ」
 二人でどうかとなった、だが。
 友利もボールをなおしつつ剣に言った。 

 

第二章

「お母さんが言ってたけれど」
「うちも母ちゃんが言ってたよ」
「あんたのお母さんが言ってたって」
「こっちもだよ」
「お母さん何言ってるのよ」
 友利はこのことに気付いて苦い顔になった。
「確かにこいつのお母さんと仲いいけれど」
「母ちゃん俺のこと他の人に言ってたのかよ」
 剣も苦い顔で言った。
「ったくよ、よりによって一番知られたくない相手にな」
「それはこっちの台詞よ」
「俺の台詞だよ」
「人の部屋のこと言うんじゃないわよ」
「洗面所なんてどうでもいいだろ」
「そんなことはいいから早く片付けろ」
 率先して後片付けをしていた男子の部長が言ってきた。
「いいな」
「あっ、すいません」
「なおします」
 二人も部長に言われて頷いた。
「そうします」
「今から」
「喧嘩もいいけれどな」
 部長も二人のことは知っている、それでこう返した。
「やることはやらないとな」
「そうですよね」
「ちゃんとします」
 二人も頷いた、そうしてだった。
 この時は大人しく後片付けをした、だが。
 剣は家に帰るとだ、パーマをかけて自分そっくりの顔だが太った身体をした母の公子に対して言った。
「母ちゃんあいつの母ちゃんに何言ってるんだよ」
「あいつって友利ちゃんよね」
 母もわかっていて応える、夕食前だがぼりぼりと煎餅を食べている。
「また喧嘩したのね」
「したよ、その時あいつ俺の洗面所のこと言ったんだよ」
「それがどうしたのよ」
「そんなことあいつの母ちゃんに言うなよ」
「別にどうってことないでしょ」
 テレビを観つつ平然と返した。
「大したお話じゃないし」
「大したことだよ、あいつに言われるとな」
 そうなると、というのだ。
「本当にな」
「そこまで言うならちゃんとしなさい」
「洗面所使ったらそのままの俺が悪いのかよ」
「そうよ、言われたくなかったらちゃんとしなさい」
「ったく、もう言うなよ」
 口をへの字にさせてだった。
 剣は夕食を食べた、丁度その頃。
 友利も夕食を食べていたが一緒にいる母自分がそのまま歳を取って黒髪を後ろで束ねている幸代に言った。
「あいつのお母さんに私のこと言わないでね」
「別に問題ないでしょ」
 友利の母もこう返した。
「困ること言ってないわよ」
「言ってるわよ、お部屋のことなんてね」
「だってあんた片付けないでしょ」
 母はまた言った。
「だったらね」
「私が悪いっていうの」
「そうよ、言われるのが嫌ならね」
 それならというのだ。
「最初からよ」
「奇麗にしろっていうのね」
「そもそもあんた達子供の頃からね」
 今度は剣とのことを話した。
「ずっと仲悪いわよね」
「それがどうしたのよ」
「その仲の悪さもよ」
 このこともというのだ。 

 

第三章

「何とかしたら?」
「そう言われても仲が悪いものは悪いのよ」 
 友利は自分のご飯を食べつつ話した。
「もうね」
「相性の問題ね」
「相性が悪いのに」
 それでもというのだ。
「ずっとよ」
「一緒にいるのね」
「いたくないのにね」
 それでもというのだ。
「そうなってるからよ」
「仕方ないのね」
「そうよ、何時腐れ縁がなくなるのか」
 友利は腕を組み口をへの字にさせて述べた、兎角だった。
 友利も剣も今回のことにはそれぞれの母親について困った、だが母親達は仲がいいままでしかも相変わらずお互いの家庭のことを話してそれを家でも自分達の夫即ち二人の父親達にも話して二人の耳にも入ってだ。
 お互いにだ、言い合うのだった。
「お前佐藤選手好きなんだな」
「そう言うあんたは青柳投手ね」
「阪神の人なら誰だっていいだろ」
「それはこっちの台詞よ」
 野球で言い合いだった、他には。
「妖怪ウォッチはジバニャンだろ」
「こまさんでしょ」
「女の子でロボットアニメかよ」
「男の子で乙女ゲー?」
 こんな言い合いばかりして高校時代を過ごしてだった。
 そしてだ、そのうえでだった。
 二人は大学も同じで卒業してもだった。
 市役所に入った、そこでも同じ職場であり。
「何処まで一緒にいるんだよ」
「それはこっちの台詞よ」
「就職先も同じなんてな」
「いい加減別れたいわ」
「こっちの台詞だよ」
 こんなことを言い合う、そして互いの母親から相手のことを聞くのも同じで。
 やはり言い合う、だが二人共家庭を持ったが今度はお互いの子供達が仲良しで。
「子供にそんなに怒るな」
「あんたは甘やかし過ぎなのよ」
 子供達から聞いたそれぞれの家庭のことでだった。
 やはり言い合った、それぞれ独立して自分達の家を持っても結局関係は変わらなかった。だが気付けばだった。
 二人は落ち着いてだ、定年を迎えてシルバーワークを迎えた頃にはもうお互いのプライベートについては言い合わなかった、それは何故かというと。
「もうこの歳になったらな」
「お互いのことはどうでもいいわね」
「ああ、何十年もの付き合いだ」
「かれこれ六十年以上のね」
「それならもう色々知ってな」
「知り抜いてね」
「今更どうでもいいな」
 剣はすっかり年老いて白髪になった頭を撫でつつ言った。
「知ってることばかりで」
「そうね、もう言い合うネタもないわ」
 友利も皺だらけの顔で述べた。
「この歳になったら」
「そうだな、後は精々な」
「長生きしましょう」
 こうした話をしてだった。
 二人はそれぞれ老後を過ごした、何十年もお互いのことを言い合った二人はもう言い合わなかった。静かな老後を過ごす二人を見て誰もかつて彼等が言い合っていたとは二人の過去を知らない者達は思いもしなかった。


何故知ってる   完


                  2023・3・12