弓道の矢が射るもの


 

第一章

                弓道の矢が射るもの
 太田育美は中学までは剣道部だったが高校では弓道部に入っている、そうして日々弓を手にしている。
 茶色の髪の毛をおかっぱにしていてあどけない顔立ちで背は一五九位で均整の取れたスタイルだ、今も袴姿で的に矢を放っているが。
 その際だ、部長の渡辺久平面長で黒髪をオールバック気味にセットしはっきりした整った目鼻立ちの彼に言われた。
「矢を抜く人がいる時はね」
「弓を射ないことですね」
「危ないからね」
 育美に穏やかだが確かな声で言うのだった。
「そこはね」
「絶対に、ですね」
「本当に死ぬから」 
 だからだというのだ。
「それはだよ」
「絶対に守ることですね」
「うん、そこはお願いするよ」
「わかりました」
 育美は渡辺の言葉に頷いてそうしてだった。
 部員が矢を取る時は絶対に弓を構えなかった、これは他の部員達もだった。育美は弓道の弓は的を射るもので人を射るものではないと思っていた。
 だがある日だ、部に教えに来ていた県でも有名な弓道の先生年老いた男性のその人が来て言うのだった。
「弓道の弓は何を射るか」
「人でなくですね」
「的でもない」
 部員の一人に答えた。
「的を射るが的は何かだ」
「何かですか」
「自分の心だ」
 こう言うのだった。
「自分の心の悪いものをだ」
「射るものですか」
「弓道も武道だ」
 そうであるからだというのだ。
「武道は身体だけでない」
「心も鍛錬するものですね」
「そして己を高めていくものだからな」
 それ故にというのだ。 

 

第二章

「己の心の悪い部分をだ」
「射てですか」
「己を正し高める」
「それが弓道であって」
「弓道の弓が射るものだ」
 部員達に確かな声で答えた。
「そのことを忘れずにな」
「やっていくんですね」
「だから人を射るなぞだ」
 そうしたことはというのだ。
「以ての他だ」
「絶対にやってはいけないですね」
「そうだ、自分の心の悪い部分を射て倒すのだ」
「そうして自分を正し高めていくんですね」
「そうするものだ」  
 部員達に話した、そしてだった。 
 部員達はこの言葉を忘れずに部活をする様になった、当然そこには育美もいて彼女もその言葉を忘れずにだ。
 弓道をしていった、矢を放つ度にだ。
 己の心の悪い部分を意識した、それを射て自分を正すと思うと。
「自然と心が研ぎ澄まされて」
「真剣になるね」
「はい、これが弓道ですね」
「そうだね、僕もこの気持ち忘れないよ」
 渡辺も応えてそうしてだった。
 育美も渡辺も他の部員達も自分を正していった、そして育美は成長するととても真面目で高潔な人と言われる様になった。それはどうしてかと本人に聞くといつも笑顔で今も嗜んでいる弓道のお陰だと言うのだった。
「弓道の矢は自分を射るから」
「自分をですか」
「自分自身をですか」
「自分の心の悪い部分をね」
 それをというのだ。
「射て正すから」
「だからですか」
「そうした方になられましたか」
「そうなの、弓道は己の悪い部分を射て倒して」 
 先生に言われたことを思い出しつつ話した。
「正していくの。それをしているから」
「そうした人になられて」
「これからもですか」
「弓道をしていくわ」
 そして自分を高めると言うのだった。
 そしてそのうえでさらに己を高めていった、そうして周りからさらに素晴らしい人だと言われるのだった。


弓道の矢が射るもの   完


                   2024・1・16