柳女房


 

第一章

                柳女房 
 ボヘミアの話である、とある村にとても仲がいい夫婦がいた。夫の名はペテルといい金髪で青い目で面長の顔で背は高く逞しい身体をしている。
 妻はエディタといいふと村に来てペテルに一緒になりたいと言ってこれといった相手のいなかった彼と一緒になった。茶色の木の様な髪の毛の色で髪の毛一本一本が細く長く目の色は木の葉の様な緑だ。背は高く痩せている。
 二人は毎日仲よく暮らし昼は畑仕事に精を出し子宝にも恵まれた、だがある日だ。
 子供達がペテルにこんなことを言った。
「うちの傍にある柳の木おかしいよ」
「小川の傍にあるね」
「夜はあるんだけれど」
「お昼はないよ」
「柳?そんなのあったか?」
 夫は子供達の話を聞いて眉を顰めさせた。
「小川の傍に」
「僕達夜ふと起きたら見たんだ」
「窓の外にね」
「柳の木が見えたんだ」
「けれどお昼はないよ」
「朝もね」
「どういうことなんだ」
 ペテルは子供達の話を聞いてだった。
 これはおかしいと思い実際に真夜中に外に出てみた、すると。
 小川沿いに確かにその木があった、それで妙に思いだった。
 妻に言おうと家に帰ると姿が見えない、それで驚いて子供達を起こして一晩村中を探したが何処にいなかった。
 どういうことだと思って家に帰るとだ、妻は彼等に笑って言った。
「朝ご飯出来てるわよ」
「おい、何処に行ってたんだ」
 夫はその妻に血相を変えて問うた。
「探したんだぞ」
「お父さん、おかしいよ」
 ここで子供の一人が言ってきた。
「柳がないよ」
「小川沿いのか」
「うん、夜はあったのに」
 それでもというのだ。
「今はね」
「ないのか」
「あれっ、これ何?」
 別の子供がエディタの服を見て言った。
「お母さんの服に木の皮が付いてるよ」
「これは柳の皮だな」  
 ペテルもその皮を見て言った。
「どういうことなんだ、そういえば」
「どうしたの?」
「何かあったの?」
「いや、お母さんが夜いない時だ」
 子供達に話した。
「柳の木はあったな」
「うん、あったよ」
「あそこにね」
 子供達も答えた。
「そうだったよ」
「確かにね」
「それが今はないよ」
「何処にもないよ」
「お母さんがいない時はあったんだ」
 即ち夜にはというのだ。 

 

第二章

「けれど今はあるんだ、そしてだ」
「そして?」
「そしてっていうと」
「お母さんの服に柳の皮が付いていた、まさか」
 妻を見てだ、ペテルは言った。
「お前は柳か」
「ええ」
 エディタは観念した顔と声で答えた。
「私はあの柳よ」
「やはりそうか」
「長くあそこにあってやがて」
「力を得てか」
「そうなって」
 それでというのだ。
「そのうえであなたを見ているうちに一緒になりたくなって」
「何処から来たかと思っていたが」
「そうだったの」
「そうか、だが浮気はしていないな」
「昼はいつもあなたと一緒にいて夜は柳に戻るから、それに」
 エディタはさらに答えて言った。
「あなたと一緒になりたくて来たのよ」
「俺の家にだな」
「その気持ちは今もわからないから」
「そうか、それなら」
「ええ、わかってくれるわね」
「わかった」
「けれど私のことがわかったわね」
 その正体がとだ、妻は項垂れて言った。
「それなら」
「俺は相手がいなかった」
 夫は自分の前から去ろうとする妻に答えた。
「それで来てくれたならな」
「それならなの」
「いい、これからもだ」 
 さらに言うのだった。
「お前さえよかったらな」
「うちにいていいのね」
「お前はよく働いてくれてだ」
 畑仕事も家事もというのだ。
「子供達を大事にしてくれている、それならな」
「いいの」
「ああ、浮気をしていないならだ」
 それならというのだ。
「いい、俺はそれが心配だった」
「そうでないのなら」
「お前がいいのならな」
「そう、それじゃあ」
「これからも一緒にいてくれるか」
「ええ、お願いするわ」
 妻も笑顔で応えた、そしてだった。
 エディタはずっと家に妻そして母としていた、一家は幸せに過ごしたが彼女が柳であることは一家の秘密だった。
 夫婦は年老いるまで仲睦まじく暮らした、だが年老いた妻が亡くなると。
 柳の木もなくなった、年老いた夫は妻の墓だけでなく柳の木があった場所にも行って泣いた、そして暫くして死の床に着いたが子供達に言った。
「墓の傍に柳の木を植えてくれるか」
「わかったよ」
「そうするな」 
 それぞれ結婚して家庭を持っている子供達も答えた、そしてだった。
 彼の墓の傍に柳が植えられた、それは二本の柳だったがすくすくと育ってそこに常にあった、その柳は今もあるという。ボヘミアの古い話である。


柳女房   完


                 2023・6・13