お見合い前のカツカレー


 

第一章

                お見合い前のカツカレー
 終業時間になり帰ろうとしたところでだ。
「えっ、発注先がですか」
「急にトラブルでだよ」
 部長の坂本慎は高田信孝、面長で色白で切れ長の目と細長い眉を持つ奇麗な黒髪の中背の痩せた彼に言った。
「とんでもないことになってね」
「うちもですか」
「うん、仕事が急にだよ」
「舞い込んできて」
「今日中に何とかしないといけなくなったよ」
 こう高田に言うのだった。
「本当にね」
「この時間にですね」
「今日中に何とかしないと」
 部長はさらに言った。
「発注先もうちも危なくなるよ」
「そんな事態ですか」
「そう、だからね」
 それでというのだ。
「後で有給と残業手当は出すから」
「それで、ですか」
「社員は全員で」
 まさに総出でというのだ。
「あたろう」
「さもないとですね」
「本当に危ないからね。勿論私も残るし」
 部長は自分もと言った。
「会長社長もだよ」
「本当に全員ですね」
「残って」
 終業時間だがというのだ。
「頑張ってくれ」
「わかりました」
 高田もそれならと頷いた、そして何と一時過ぎまでかけてその仕事を終わらせた。そのうえで自宅に帰るとだった。
 シャワーも浴びずに寝た、だが翌日母に言われた。
「あんた今日お見合いなのに」
「わかってるよ」
 両親と同居している彼はバツの悪そうな顔で答えた。
「けれど昨日急な仕事で残業で」
「疲れてたのね」
「そうだったんだよ」
「だったらすぐにシャワー浴びなさい、あとね」
 母はさらに言った。
「今日の朝はレトルトだけれど」
「何だよ」 
 昨日は仕事帰りにコンビニで買ったパンで夕食を済ませたのを思い出しながらそのうえで母に応えた。 

 

第二章

「一体」
「カレーにするわよ」
「カレー?」
「丁度昨日の晩ご飯豚カツだったしね」
「カツカレーかよ」
「それと牛乳出すから」
「その二つが朝ご飯か」
「カレー食べて」 
 カツカレーをというのだ。
「お見合い行きなさい」
「お見合いに勝つ、成功するって意味かよ」
「それもあるけれど」
「まだ何かあるんだな」
「そうよ、カレーは栄養あるから」
 母はそれでと答えた。
「朝にいいのよ。特にね」
「疲れてるとか」
「体力回復させてくれるからよ」
「いいんだな」
「だからね」
「まずはシャワー浴びてか」
「カレー食べてスーツに着替えて」
 そうしてというのだ。
「お見合い行くわよ」
「それじゃあ」
 高田は母の言葉に頷いた、それでシャワーを浴びてだった。
 母が出したカツカレーを食べて着替えて両親と一緒にお見合いに出た。そして数年後妻の詩織穏やかな顔立ちで黒髪を後ろで束ねた面長の顔の長身でスタイルのいい彼女に自宅でカツカレーを一緒に食べつつこの話をした。
「お見合いの時は」
「そんなことがあったのね」
「正直朝疲れていたけれど」
 それでもというのだ。
「カツカレー食って」
「元気が出たのね」
「そうなんだよ、それでそれ以来」
「カツカレーが好きになったのね」
「いや、仕事は大変だったけれど」
 今も勤めている会社のその時のことはというのだ。
「けれど今思うと」
「いい思い出ね」
「シャワー浴びてカツカレー食べて元気になって」
 そうなってというのだ。
「お見合いも成功して」
「今こうして一緒にいられてなのね」
「よかったよ、それでカツカレーは」
 今は夫婦で食べているそれはというのだ。
「大好きになったよ」
「そうなのね」
「だからおかわりいいかな」
「いいわよ、じゃあ入れるわね」
「宜しくね」 
 妻になった彼女に笑顔で応えた、そうしてだった。
 夫婦でカツカレーを楽しんだ、その味は彼にとってこれ以上はないまでに美味しくかつ元気が出るものだった。それで娘が出来ると今度は三人で笑顔で食べる様になったのだった。そして一生カツカレーを愛していったのだった。


お見合い前のカツカレー   完


                    2024・2・16