ヱヴァンゲリヲン I can redo.


 

第壱話 Fourth Impact

 彼の右隣には、変わり果てた姿のカヲルがいた。
 自分のつけていたチョーカーを代わりに引き受け、カヲルはそれを自ら起動させて果てた。
 彼にはもう、生きる希望などなかった。
「こんなはずじゃ…なかったのに…」
 彼の乗るエヴァンゲリオン第13号機は、ロンギヌスの槍を引き抜いたことによって『トリガー』となり、彼は人類を滅ぼす『悪魔』となりつつあった。

 さっきからエヴァ八号機のパイロットがいろいろ言っているが、彼にはもうそんな事どうでもいい。

「後始末は済んだ! せめて姫を助けろ! 男だろ! わんこくん!」

──アスカを助けろ…?

 シンジの脳裏に彼女の激怒した姿が浮かんだ。アクリルの分厚い板にひびを入れたあの時の形相。

──何を助ければいいんだよ…もう…誰も僕の事なんかわかってないじゃないか…ただ命令するだけで…

 悲しみがだんだんと怒りに変わる。

──もうこんな世界…

「消えてしまえばいいんだ!!!」

 

 エヴァンゲリオン第13号機が再びその体に光を纏う。眼光は赤く光り、9枚の翼を広げ八号機を払い落す。

「エヴァンゲリオン第13号機、再び動き出しました。強力なA.Tフィールドを展開中」
「A.T.フィールド!? あのエヴァには展開できないはずよ!」
 ミサトはヴンダーの中から、エヴァンゲリオン第13号機を睨んだ。白く光り、両手に槍を持ち、他の物を全く寄せ付けないその姿は『神』そのものだった。

「何やってんだわんこ君!! 世界を滅ぼすなんてやめろ!」
 払い落された八号機が再び飛びかかる。しかしその強力なA.T.フィールドに弾かれ、全く干渉できない。

「貫徹弾装填!! 何としてでも4thは止めなければ!!」
「了解!!」
 ヴンダーが、残る全てのエネルギーを第13号機に叩きこむ。しかしその間にある壁に全て阻まれ、神殺しの船は全く役に立たなかった。
 総員は、遂に立ちつくした。
「駄目です…A.T.フィールドが強すぎます…」オペレータの震えた声が、静まり返った操舵室に聞こえた。
 もうミサトもなにも手が打てない。

「行きなさいシンジ君! 誰かの為じゃない、あなた自身の願いの為に!!」

 第十の使徒戦、あの時彼にかけた言葉を思い出す。今現在の状況は自分にも責任がある、そう改めて感じると、彼女は小さくつぶやいた。

「行きなさいシンジ君…。誰かの為じゃない、あなた自身の願いの為に…」

 シンジの目が緋色に染まる。そして…



 4thは起きた。人類は滅した。 

 

第弐話 Second World

 ピピピピッ…ピピピピッ…



「はっ…!?」



 シンジは目覚めた。瞼を開けて最初に飛び込んできたもの、それは赤い空ではなく古い板張りの天井。ベッド際の窓から差し込む光を眩しく思い、目を細めながら外の風景を見る。


「ここは…第二新東京市…!?」



 見覚えのある街並みだった。車の激しく行きかう幹線道路には沢山の車が並び、白のポロシャツと黒いスラックスを穿いた学生が走って学校の方に向かって行く。間違いなくその風景は、昔住んでいた親戚の家からの物だ。



「何でこんなとこに…」


「シンジ、早くしなさい! 今日は第三新東京市に行くことになってるんでしょう!」



 階下から叔母の声が聞こえてきた。彼は目線を部屋の内側に向けた。全てが第二新東京市にいた時のまま、つまり自分は…。



「夢…? それとも、戻って来たのか…?」



 シンジは何度も傷ついた、自分の手の平を凝視した。使徒を受け止めて大けがをした手の平には、確か少しだけ傷が残っていたはずだ。

「…っ!!」

傷は、しっかりと自分の手の平に残っていた…。



「やっぱり…戻って来たんだ…!!」



 シンジは目を丸くした。そして急いで着替えると、階段を駆け下りて行った。自分は何をすればいいのかわからなかったが、とりあえず急がなければと直感で感じる。



──僕は一体どうすればいいんだろうか…?




 レイとアスカの姿が、脳裏に浮かんだ。























第三新東京市──



 シンジは電話などせずに、待ち合わせ場所で大人しく待っていた。非常事態宣言が出ている事は分かっている。なぜならもう一度経験した世界だから。

 さっきから軍用機が使徒の方向へ飛んでいく。巡航ミサイルは無人の街中を飛び回り、時折誤爆して民家が砕け散る。そして使徒が山から現れた。見覚えのある姿だった。そして前世では恐怖以外の何ものでもなかった姿だった。



「もう一度…戦うんだ…」



 彼は拳を強く握った。戦う事への恐怖より、あの世界にもう一度向かう事に恐怖を強く感じた。


 できる事なら…



「僕が歴史を変えるんだ…!」





キキィーッ!!



 シンジがそう強く言った時、スピンして彼の目の前に現れたブルーの車。彼女だった。



「ごめ~ん。ちょっち遅れた」



「ミサト…さん…」



 ヴンダー艦長としての姿よりも、とても軽い言葉遣いが彼をほっとさせる。

 彼は素直に車に乗り込んだ。そしてふと感づいた。


 到着が…早いよな…。彼はその時に、この世界が少しレールを外れつつある事を悟った──。









 N2地雷で車ごとひっくり返される事もなく、車はジオフロントに向かう。


「特務機関NERV…」

 その発言からはクエスチョンマークが消えていた。

「そう、国連直属の非公開組織」

 同時にリニアが動き出す。

「父のいる所…か…」

 父、碇ゲンドウの事を考えると、彼の感情は急に暗くなった。先ほどまで、この世界を変えるために頑張ろうと思っていた意欲も消えていく。ゲンドウは彼に立ちはだかる巨大な壁に違いなかった。自分にアスカを瀕死まで追い込ませ、ニア・サードを起こさせ、フォースまで起こさせようとして、結果的にカヲルを殺した。そんな父は、あまりにも巨大だった。カヲルの言っていたように「王」だと彼は感じるしかなかった。

「まぁね、お父さんの仕事、知ってる?」

「人類を守る、大事な仕事と先生から聞いています…」

「そう…」

 全盛と同じ会話が続く。しかしシンジは付け足した。

「でも…何をやっているのか詳しくは知りません…」

 ミサトの表情が曇る。彼女もこの段階で、NERVの不審な点に気が付きつつあったのだろう。シンジは続けた。

「これから父の所に向かうんですよね」

 疑問文が会話から消える。全て知っている、あくまで確認だけだ。

「そうね、そうなるわね。あ、そうだ。お父さんから、IDもらってない?」

「はい。もらってます」

 もとより出す事を考えて、きちんと取り出しやすくカバンに入れていた、つぎはぎしわくちゃの紙をミサトに渡す。ミサトは中身を確認したのち、シンジにあれを手渡した。

「じゃあ、これ読んどいてね」

(ようこそ NERV江)

 受け取って中身に目を通す。でも大抵は知っている事だった。

「父に呼ばれたからには、何かするんですよね、自分。父が自分を呼ぶだけの為に手紙を出すわけないですね…」

 ミサトは黙った。天を仰いで何かを考えていた。

「苦手なのね、お父さんが。私と同じね」

 シンジは視線を動かさなかった。リニアはトンネル区間を抜けて、地下空間の部分に入ったが彼は何とも思わなかった。

「あれが私たちの秘密基地、NERV本部。世界再建の要、人類の砦となる所よ」

「そうなんですか…?」

 世界再建の要、人類の砦。そんな訳がない。このまま行くと、人類を滅ぼしかけたニア・サードインパクトの爆心地になるだけの場所。そして人類補完計画を進める「悪の組織」NERVの根拠地になる場所。シンジは悲しい眼で、鋼鉄のピラミッドを見つめた。












 NERV本部でもすぐ道に迷うミサトを「こっちだと思いますよ」「そっちは何か…」とか言いながら、シンジはミサトをなんとはなしに誘導する。おかげで歩き疲れずに、そして時間通りにケージの前まで到着する。

「あらミサト、早いじゃない。どうせまた遅れると思ってたのに」リツコは遅れても早くても何か言ってきた。ミサトは目を細める。



「これが例の男の子?」

「そう」

「技術局一課、E計画担当責任者、赤木リツコ。よろしくね」

「はい…」

 そっけない自己紹介。前世と同じだった。



 しばらく経つと、シンジは彼女らとボートに乗りあの場所へ向かった。巨人のいる場所へ、そして父と話しに。


「碇シンジ君、あなたに見せたいものがあるの」

 フロアが一気に明転する。

「人の作りだした、究極の汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン、その初号機」

 見覚えのある紫色の巨人がそこに立っていた。

「我々人類の、最後の切り札よ」

「これが…父さんの仕事…なんだね…」

 シンジは巨人の上方に目線を向ける。その目線は鋭かった。
 気付かれたゲンドウは少し驚いた表情をした。そのあとニヤリと笑い、答えた。

「そうだ。久しぶりだな」

「父さん…」

 前の様な弱々しい声ではなかった。怒りがこもった声だった。

「フッ…。出撃…」

「そんな、零号機は凍結中でしょ…。まさか、初号機を使うつもり!?」

「他の道はないわ。碇シンジ君、あなたが乗るのよ」

 うつむいていたシンジは顔を上げた。それは覚悟を決めた凛々しい顔。そして間を開けて、答えた。

「わかりました…」

「いいのシンジ君!?」ミサトは焦った様子で訊いてくる。

 しかしシンジはそれに、はっきりとした口調で答えた。

「大丈夫です…」

 時代の改変が、ここから始まった。 
 

 
後書き
 どうも、緋空です。

 最初から短い話連発です^^

 最近全く書いてなかったせいで腕がなまってます。

 駄文お許しくださいm(_ _)m 

 

第参話 I am a Pilot

──二十分後

 彼はエントリープラグ内の、インテリアに腰かけてその時を待っていた。

 慣れきったL.C.Lの匂いは、この間の記憶を鮮明に蘇らせた。目を瞑ると今現実に起こっているかのように思えるほどに。

 彼の乗るエヴァ初号機は既に射出口に移動され、あとは彼の父親の命令を待つばかりだ。しかしその命令もすぐに出されるであろう。

 シンジはその理由を知っている。自分の父親は、碇ゲンドウはパイロットを道具としてしか見ていないという事だった。

「構いませんね?」

「勿論だ。使徒を倒さぬ限り、われわれに未来はない」

「碇、本当にこれでいいんだな」

 ゲンドウは口角を吊りあげた。

「発進!!!」

 強烈なGがシンジの体にかかる。しかしそれは慣れきった感覚だった。












 地上に射出された初号機の正面には、あの使徒がいた。いきなり現れた自分と同じぐらいの巨人に驚いたのか、顔をこちらに向けて様子をうかがっている。

「最終安全装置、解除!!」

 肩のロックが外れる。支えを失った初号機は、肩を丸めた体勢になった。

「シンジ君、今は歩くことだけを考えて」

 スピーカーから聞こえたリツコの声に、シンジは答えを返さなかった。

 初号機は肩のウェポンラックを開放し、収納されていたプログナイフを装備する。

「シンジ君!? 何やってるの!? 今は歩くことだけを考えるのよ」

 ミサトの悲鳴にも似た声が聞こえた。しかし彼は無視する。それを両手でしっかり握り、使徒を睨みつけた。

「シンクロ率上昇!! 80%、90%…。シンクロ率、100%前後で推移! あり得ません!!」

「初号機は強力なA.T.フィールドを展開。使徒の展開するフィールドを侵食していきます」

 姿勢を低くし、使徒に真っすぐ視線を向け、獣の様な唸り声を上げる初号機は悪魔《ビースト》に違いなかった。

「止めなさいシンジ君! 命令を聞いて!!」

 ミサトの制止を振り切って、初号機は、いやシンジは使徒に飛びかかった。

 使徒のフィールドを一瞬で砕き、プログナイフをコアに突き立てる。コアには一瞬でひびが入る。使徒は初号機に掴みかかった。

 しかし初号機はその腕を掴んで、握力だけで腕の骨を粉砕した。使徒の腕はダランと垂れ下がり、光の槍も使えない。

 使徒の首を左手で締めつけながら、右手でコアにプログナイフを突き立てる初号機、その戦闘は素人のものでは全くない。

「勝ったな…」

 冬月のつぶやきを横で聞くゲンドウの表情は、無表情のままだった。

 前世では自爆して殲滅された第四の使徒、今回は自爆しようにも押さえつけられてそれができない。遂にコアにナイフが刺さり形象崩壊を起こした。

 第三新東京市の中心部に巨大な赤の十字架がそびえる。暗い夜空に虹が架かった。

「目標の殲滅及び形象崩壊を確認」

「初号機は健在。第6ケージへの回収を開始します」

 十字架の根元部分に仁王立ちする、血まみれの初号機の姿とその戦闘がNERV職員に恐怖を植え付けたのは、紛れもない事実であった。

「これが…エヴァの力なの…?」

 ミサトはそう絶句した。









 戦闘を終えたシンジはシャワールームへと向かった。体中に纏わりつくL.C.Lの匂い、つまり血の匂い。それが彼にとっては最も忌むものだった。

 無人のシャワールームには、シンジの浴びるシャワーの水音だけが響く。それが孤独を強く実感させた。前世の時と同じような。

「やっぱり取れないんだよな、この匂い」

 いくら熱湯を浴びても取れないこの匂いに、彼は眉をひそめた。

 彼は蛇口をひねって水を止め、用意されていた服に着替えてロッカールームへと向かった。途中の道で待ち受けていたのは、不安な表情を浮かべたミサトだった。

「どうしました、葛城さん?」

「どうしましたじゃないわよ…。あんな無茶苦茶な戦闘、素人のあなたにできるはずがないわ。あのとき、何が起こっていたのか訊かせてもらえる?」

 シンジは目を細めた。もしこの世界が前世と同じレールを走るとしたら…ミサトさんはまた…。

「僕も良く分からないんです…。いきなり意識が薄くなって…気づいたら目の前に赤い十字架が」

 シンジは虚偽の返答をした。本当のところは、あの戦いはすべて自分の意思によるものだった。しかしそれを言えばミサトさんに怪しまれる。それはしてはいけない事だと、彼には直感的に分かっていた。

「そう…」

 幸い、あのとき原因は分からないが全てのメーターとモニタが振りきられ、意味をなしていなかったらしい。ミサトは怪しもうとしなかった。

「葛城さん?」

「何? シンジ君」

「僕の家なんですが…どうすればいいんですかね…?」

 シンジは懸案を切りだした。 

 

第四話 Euro of Coup and She Also

 第三新東京市で、第四の使徒が殲滅された時、ヨーロッパではまた別の戦闘が行われていた。

 EU大統領府占領事件。この日EU軍部はクーデターを決行、大統領府を占領し軍部政権を樹立していた。それに大きく貢献したのは、EU軍がNERV EURO支部よりパイロットごと強制接収した、エヴァンゲリオン2号機であった。

 無論、パイロットは彼女であった。

『式波・アスカ・ラングレー』第二の少女である。

 彼女は大統領府を奪回しようとした旧政府軍を蹴散らした後、一路東へと侵攻し、EURO/ロシア国境線まで敵軍を押しやった。今は休息を与えられ、仮設のシャワールームで、体に纏わりついたL.C.Lを落としていた。

 断言してしまうと、彼女もまたあの少年と同じく、あのときから転生した一人だった。

 だが彼とは違い、彼女は大分過去に転生していた。自らがエヴァと関わり始めた日、つまり第二の少女として選出された日からである。

 誰もいないシャワールームで、彼女の口を突いて本心が出る。

「この世界…既にレールを外れてるわよね…」

 狂い始めたのは、二、三年前からだろうか──。





「七、八号機の建造!?」

「そうだ、たった今本部から命令が下ったらしい」

 彼女のお気に入りの場所である加持リョウジの執務室で、彼女はその知らせを聞いた。

「適格者は誰なの!?」

「それはまだ未定だ。しかし、何でそんなに食いついてくるんだ? いつもはクールなくせに」

 加持はそう言ってはにかむ。いつもならデレッとするところだったが、今回はそんな事せずに本部の狙いを考える。何せ、あんな未来を二度も体験するのは御免だから。

 ──まず、本当に本部の指示なのか。本部の指示じゃないとしたら何処が裏で糸を引いている。適格者は誰だ……

 疑問は次々に浮かんで消えない。しかしただ一つ確かな事があった。七、八号機が作られるという事は、既に第十二番目の使徒、エヴァンゲリオンMark.6の建造も計画されているという事だ。

「建造はプラハに新しいベースを作って行うらしいぞ。おっと、これ以上言ったら俺の首が飛んじまうな…」

 加持のこぼしたセリフも、アスカにとっては大きな手掛かりだった。

 彼女はその日、基地のある都市の郊外に位置する自宅へと急いで帰った。そこには彼女の母が残した、スーパーコンピュータ『EDEN』が設置してある。


『MAGI』に劣らない性能を持つ『EDEN』、彼女はこれを使いこなして、度々オリジナル版より性能の劣るEURO支部のMAGIにハッキングをかけ、情報を閲覧していた。

 秘密裏に作ってもらった地下室のサーバールームの入り口の、鍵穴の付いた電源ボタンを一回押し、鍵穴に鍵を差し込み、もう一度押す。すると扉の向こうのサーバールームに、所狭しと詰め込まれたEDENが起動する。アスカはそれを確認すると、二階のモニタールームに移った。

 モニタールームは八畳ほど正方形で、正面、左右、そして上に計七枚のモニターが設置されている。普通のパソコンの様にOSの画面が開きデスクトップにはアイコンが並ぶが、そこにあるほとんどのソフトウェアが、母親が作ったか彼女自身が自作した特殊なソフトウェアだ。そしてその全てのソフトの目的は、一瞬で、そして気付かれずにEURO支部のMAGIをハッキングする事だ。

 彼女はそのうちの一つを起動させた。起動してパスワードを入力すると、作業状況の進捗状況、という小さなタブが出てくる。作業が指し示す行為は言うまでもないだろう。

 タブにあるグラフは、ものの十秒で左端に到達する。そして画面が切り替わり、大量の項目の並ぶ図へと成る。上部にある検索語句入力部分に『エヴァンゲリオン 建造 八号機』と入力すると、EDENがMAGIから読み取った情報が絞り込まれ、数百件にまで減る。後はこれを一つ一つ確認していくだけだ。

 徹夜の作業になりそうだったが、アスカは学校の宿題をやるようにその作業を行い始めた。





 時間軸は現在に戻る──

 シャワーを済ませ、腰まである長い髪を丁寧に拭きながら、アスカはその時知った情報を思い出しながら今回の事柄について考え始めた。

 なぜNERVはその存在意義ともいえるエヴァの接収に応じたのか。何故だ──。

 今回の接収には、七号機と八号機も含まれている。何が狙いだ──。

 EURO軍はエヴァを使って何をする気だ──。

 再びプラグスーツに身を包んだ彼女は待機任務へと就く。雪に覆われた白い地面の中、カモフラージュの為臨時で白色に塗装された見慣れないエヴァ2号機が、膝をついてしゃがんでいる。

 計画中の七号機・八号機は未竣工の為、今は彼女の2号機一機だけで戦線を維持していた。彼女の面前にそびえるウラル山脈の向こうには、ロシア軍の支援を受けた大統領親衛隊がいるという不穏な噂が流れている。

「ロシア軍がこのエヴァ2号機に盾突いてくるとは思えないけど…」

 冷静な見立てを口にする彼女だが、内心不安もあった。ここのところ、EUROとロシアは関係が良くなかった。もし最新鋭の通常兵器を備えるロシア軍が本気で侵攻してくれば…。

「まぁ、何とかなるでしょ…」

 シンクロスタート前の、暗いプラグ内を口から気泡がいくつか昇って行った。











 前世と同じようにミサトの家に居候する事になったシンジだったが、ミサトは緊急招集がかかって、彼を家に案内する間もなく本部の会議室へと向かった。

 シンジは取りあえず、1日だけNERV職員用宿舎の一室を貸してもらう事になった。ホテルの様な広々とした、設備も整っている広い部屋の中、彼は一人で転校用の書類などを書いている。

「これでラスト…か…」

 そう思ったとたん、彼の脳裏に鈴原トウジの顔が浮かんだ。

「また殴られるのかな…?」

 今回の戦闘、前よりも街を労わったつもりだったがどうだっただろう。また彼女のマンションを壊していないかがとても気がかりだった。

「言い返そうかな…」

 そんな考えも浮かぶ。シェルターに避難していなかった彼女の妹、そしてその保護者のトウジにも責任はある。しかし言ってしまえば、学校生活は破滅を歩む。

 でも彼には、現世で学校の事を気にしようと思った事はなかった。いろいろと大変だったから。あんなつらい思い、できればしたくない。

「逃げてるな…」

 逃げないと誓ったはずだった。その事を思い出し、結局彼は言い返すのを止めた。

 ──それにしても、ミサトさんの緊急招集、何があったんだろう…?

 彼がそう思ったころ、ミサトは会議室で驚きの事実を聞かされていた。







「その話…本当ですか?」

 作戦部には普段顔を出さないゲンドウと冬月からその事実を伝えられたミサトは、愕然とする他なかった。会議にいる他の人間も同じ表情を浮かべる。

「NERV EURO支部は自動的に消滅、指揮系統はEURO軍に完全に掌握されました。そしてフランクフルト第一基地とワルシャワ第二基地、プラハベースは占領されています」

「EUROに設置してあったMAGIも同様です。また、訓練中のエヴァンゲリオン2号機とそのパイロットも接収されました」

「ただいま2号機はウラル山脈西側にて、政府の親衛隊及びそれを支援するロシア陸空軍とにらみ合いを続けています。損害は今のところないようです」

「大損失だな…」

 冬月が溜息混じりにそう言った。それに対し、ゲンドウは表情一つ変えなかった。

「2号機は強制的にクーデターに参加させられてるみたいね…」

「奪還作戦を実行しようにも、EURO軍は世界最強とも謳われる軍隊ですからねぇ。どうします?」

「国連軍は動いてないわけ?」ミサトは額に手を当てながら訊く。

「いいえ。それどころか今回のクーデターを『EUROの腐敗した政権を取り戻すための名誉ある行動』と支持しています」

「つまり、奪還作戦をEURO軍相手に行えば、国連軍も敵に回す事になるってことね」

「それでは勝ち目はないな…」

 ゲンドウは静かに呟く。

「葛城作戦部長。少々席を外す。話し合いを続けてくれたまえ」

 ゲンドウと冬月は会議室を後にした。そして二人が向かうのは、あの部屋だった。




「今すぐにEURO軍に、2号機とNERV EURO支部の返還を行うように命じてください」

 彼の周りを取り囲む7枚のモノリス。ゲンドウはそれに話しかけた。

 04が答える。

「それを行う必要はあるのかね? 所属が変わったところで、後ほどEURO軍よりまた本部が2号機を接収すれば良いではないのかね?」

「EURO軍がそう簡単に2号機を手放すでしょうか。世界最強の軍と呼ばれるEUROがエヴァを所有すれば、世界を意のままに操ることも可能となります。人類補完計画の頓挫は目に見えております」

「そこまで警戒しなくてもよい。もし手放さないという事が起これば、我らが確実にEUROをつぶしに行く。君は計画遂行の為、今まで通りに業務を行ってくれさえいれば問題ない」

 ゲンドウは「っ…」と少し喉の奥で声を発したものの、平静を装って最後の台詞を口にする。

「…分かりました。全てはSEELEのシナリオ通りに…」

 モノリスが消え、部屋が明転する。一面のグリーンの中で、冬月が耳元で囁いた。

「SEELEも既に気づいて手を打ってきたのだろう。NERV、その中でも俺たちの究極の目標を止めるために」

 ゲンドウはサングラス越しに、先ほどまで00のモノリスがいたところを見つめていた。

「そうと考えた方が自然だ。SEELEは人類補完計画の遂行業務を、ここNERV本部からNERV EURO支部とEUROに任せたのだよ」

 むなしい感じのする声色だった。 

 

第伍話 Russia and EURO

翌日未明、NERV司令室

「葛城作戦部長、EUROは取りあえず放っておく事にしてくれ…」

 疲れた表情でゲンドウは呟いた。いつもは傍らにいる冬月は、既に自分の家に帰ってしまっている。普段見ない一人きりのゲンドウの姿は、不思議と弱く見えた。

「よろしいのですか?」

「ああ。当面、戦力は初号機と零号機で回す。足りなくなれば、アメリカにて建造中の3号機、4号機を接収すればいい」

「…了解しました」

 ミサトは一瞬懐疑的な表情を浮かべるも、それをすぐに消して敬礼をした。退室した後、ミサトはある人物に連絡を取った。







アメリカ、ニューヨーク 日本大使館

「いきなり電話とは珍しいな、葛城。もしや、よりを戻してくれるのか?」

(んな訳ないわよ!! EUROで政変があったから心配してかけたけど、その調子じゃ全くの無駄だったみたいね)

 加持の口調には全く異常はなかった。心配して電話をかけたミサトも、逆にその変りようのなさにイラっとくる。

「俺は大丈夫だ。EURO支部の支部長の取り計らいで、戦闘機で脱出して今はNYだ。ところでどうだ、そっちは。大わらわしてるんじゃないか?」

(そうよ。徹夜で会議。おかげで肌がガサガサ…)

「あんまり無理すんじゃねぇぞ」

(分かってるわよ…。ところで、EUROの状況はどう? アスカは大丈夫?)

 加持は一瞬、答えを詰まらせた。

「EUROの軍隊は…大統領とその親衛隊をロシア国内まで押しやった。しかし…ウラル山脈付近でロシア軍と睨み合いになってるそうだ…。アスカは心配いらないさ。2号機を動かせるのは彼女だけ、もしロシアに接収されるような事があっても、彼女に危害を加えたりしないさ」

(…そう。じゃあ、もう切るわね)

「ああ。俺もじきに本部に向かうさ…」

 電話が切れる。そして彼は頭を抱えた。

「アスカ…無事でいてくれよ…」

 彼女が幼きころから目をかけ、ほとんど自分の娘の様な存在の彼女の無事だけを、加持は祈っていた。








ジオフロント、NERV職員用宿舎

「EUROで…政変…?」

 ネットでその事実を知ったシンジは、己の目を疑った。

「EURO軍が政権を倒し…大統領はロシアに亡命…? ウラル山脈で、ロシアEURO両軍が睨み合い…。アスカッ…」

 シンジはすぐにMAGIへとアクセスした。その情報は、NERV職員であればだれもが閲覧できる、最も低い規制のかかった情報だった。かなりの量のあったその文章を、シンジはむさぼるように読み漁った。

「なんだ…これ…。2号機とNERV EURO支部が接収された…?」

 アスカが戦闘に巻き込まれてる。それを感じたシンジは、居ても立っても居られない。ちょうど自分の部屋を訪ねたミサトに食いつく。

「葛城さん! EURO支部が、EURO支部が接収されたって本当ですか!?」

 ミサトは真顔で答える。

「そうよ…。現在EURO軍は2号機を使用して、ウラル山脈でロシア軍と睨み合いを続けているわ。出来るだけ火急的に奪還しなければならない。まだ今は奪還計画はないけど、シンジ君、奪還計画が発令された時には、あなたに頑張ってもらうしかないわ」

「僕に…?」

「そう、世界屈指の戦力を誇るEURO軍相手では、NERVの防御隊は全くの無力。頼りになるのは、初号機だけよ」

 ミサトは彼の肩にポンと手を置くと、彼の瞳を真っすぐに見つめた。二人の瞳の奥には、どちらにも憂慮の感情が微かに見えた。

「心配…そうですね。葛城さん」

「ミサト、でいいわよ。そうね…EUROのエヴァ2号機パイロットの、事を知っているかしら?」

「は…い、いえ。知りません」

 本当ならばまだ知らない事実である事を忘れていた。シンジはyesを必死で呑みこむ。

「そのパイロットは、あなたと同じ14歳。とても勝気な子なんだけど、精神に大きな傷を負っている…」

 視線が宙に向けられる。シンジはうつむいた。自分も心配だったから。

 ミサトは話を続ける。

「今、2号機と彼女は強制的にEUROの政変に加担させられているわ。そして、ウラル山脈に配置され、ロシア軍と対峙している。とても…とても心配よ…」

 最後のフレーズを彼は、彼の心の中で繰り返した。とても…とても心配だ──。

 死なないで、この世界のアスカ。もう、誰も悲しませたくないから、もう、誰にも傷ついてほしくないから。










ウラル山脈西側。EURO軍前線基地

「レーダーに敵影!! ロシア空軍のSu-40戦闘機、数20。それと、爆撃機が何機か混じっています。エヴァの方へ向かっています!」

「衛星監視室より急報! ロシア軍が越境、ウラル山脈を越えました!! 間もなく会敵!!」

 アスカはそれをプラグの中から聞いていた。そして、操縦桿を力いっぱい握り直す。

「使徒相手じゃなく、人相手の戦闘ばっかり…。しかも今回は手ごわそう…」

 しかしやるしかない。再び訪れるかもしれないニア・サードインパクト。それを止められるのは、前世の記憶を持っている自分自身なのだから。と彼女は強く念じる。

 あのバカ、いやガキを止めるのは、止められるのは私しかいないんだ──。

「EURO臨時合同第2旅団、出撃せよ!! 繰り返す、EURO臨時合同第2旅団、迫りくるロシア陸空軍を殲滅し、EUROを腐らせた張本人を引きずりだせ!!」

 旅団長より命が下る。一斉に動き出す戦車を白いエヴァが追い抜き、いち早く敵の中へ飛び込んでゆく。

 白い巨人は次々に戦車を蹂躙し、爆撃機の投下した爆弾を手で払いのける。A.T.フィールドを使って戦車の群れを潰し、あちらこちらで爆発が連続した。

 2号機は鬼神と化す。相手方の兵士は我先にと逃げ、戦況は一気にEUROのものとなった。

「邪魔よあんた達!! エヴァは、エヴァは…」

 サッカーボールの様に軍用車を蹴飛ばしながら、彼女は叫んだ。

「エヴァは、人に手の出せるもんじゃないのよ!!!!」

 軍用車は空高く飛び、オレンジ単色の花火の様に弾けた。 
 

 
後書き
毎度駄文申し訳ありません。 

 

第六話 Daily Living

二日後──

 シンジは学校にいた。第三新東京市立第壱中学校、転校初日、前と同じクラス、前と同じ面々、前と同じ光景。そして…

 四時限目、数学。老教師によって既に大きく脱線した話を受け流しながら、シンジは教室の窓から青い空を見上げていた。一機の飛行機が、後ろに二列の白いラインをひきながら飛んでいた。

 頬杖をついてボケっとしていた時、背中に微かな痛感が走った。そののち、パサッと何かが落ちる音。

「何だ…?」

 振り返って床を見てみると、きっちり折られた紙飛行機が床に落ちていた。羽の部分にはマジックで『OPEN』と太い文字で書かれている。それに従って飛行機を開けてみると…

「…場所が変わっただけか」

 昼休み、屋上に来い!! 鈴原トウジ。

 シンジは溜息をつきながらも笑った。この世界が少し変わった事が、嬉しかった。

 そしてトウジの方に振り返ってみる。彼はシンジと目を合わそうともせず、まるで磁石の同じ極どうしが退け合うようにそっぽを向いた。それを見てケンスケは笑ってる。

 シンジは視線を青空に戻す。飛行機雲が、滲んだようにだんだんと広がっていった。

「平和だよな…あのときに比べたら」

 そう思うと、安堵から笑顔が自然に出た。

 四時限目の終わりを告げるチャイムが鳴る。シンジは端末をスリープ状態にして席を立った。

「屋上に行こうか…」

 消えつつある飛行機雲を見上げながら。






「イタタタタ…」

 帰路、シンジは頬をさすりながら歩いていた。絆創膏を張った頬は赤く、軽く腫れている。

 ──前世より派手にやられたなぁ…

 あの後トウジから受けた『報復』は、グーパンチ三発、平手一発、蹴り一発。前世の二、三倍相当の痛みとダメージだった。

 シンジが前世に比べて、転校後の態度が飄々としていた事が原因だったそうだが、頬の痛みは時間が立っても引かない。何が何でもやりすぎだろ!。心の中は叫び声で一杯だ。

 うつむきながら信号を待っていると、青いルノーが彼の目の前に停まった。助手席のドアが開き、運転席に座るサングラス姿のミサトが見えた。

「シンジ君、良かったら乗って行きなさい。今日は早めに仕事終わったから」

「あ、ありがとうございます。ミサトさん」

 シンジは照れながら、頬を押さえながら車に乗り込む。するとすぐにミサトは、彼の頬に張られた絆創膏に気がついた。

「あれ、シンジ君、そのほっぺたどーしたの?」

「ああ…これは…ちょっと…」

 シンジがそう答えをはぐらかすと、ミサトは諦めてそれ以上質問をしてこなかった。知ろうと思えば、後々諜報部を通じて知る事は容易い。

「荷物、全部私の家に送っといたわよ。今日からシンジ君は私の家に居候」

「そうですか…そう言えばミサトさん」

「ん?」

 ミサトは片手でハンドルをさばきながら訊き返す。シンジは躊躇しながら言った。

「父さんの家って…何処にあるんですかね…?」

「碇司令の自宅? それはね、NERVの最高機密になってるの。私も知らないわ…」

「そうですか…」

 車内に沈黙が流れる。それを破ったのは、五分後のミサトの発言だった。

「シンジ君、本部付きのもう一人のパイロットって知ってる?」

「もう一人? いえ、知りません…」毎度の嘘。

「同い年の、綾波レイって娘《こ》なんだけど。ほら、クラスにいたでしょ」

「…はい。今日は確か、欠席してたような」

「そう。今彼女は、起動実験の失敗の時に負った怪我で入院してるの。治ったらまた顔合わせになるから、その時はよろしく」

 彼女がそう言い終わった時、ちょうど車はマンションについた。駐車場に一発で車を止めたミサトと共に、シンジはエレベータで上に上がり、あの部屋のドアの前までやって来た。

 ミサトが鍵を開け、一足先に入る。シンジは遅れて足を踏み入れる。

「お邪魔…します」

 ミサトがシンジに言った。

「シンジ君、今日からここがあなたの家よ。家に帰って来た時、なんて言うか知ってるでしょ」

 微笑を浮かべたその表情は、母親のようだった。シンジは照れながらも、あのセリフを言った。

「ただいま…」

「おかえりなさい、シンジ君」

 家族ごっこの始まりか…。シンジは未来を考えてそう落胆した。しかし今この時間《とき》が嬉しかった。

「どうぞ上がって~。緊張しなくてもいいわよ~」

 ミサトはそう言ってシンジをリビングまで案内した後、自分の部屋に着替えに行った。シンジはリビングの惨状に自分の目を疑った。

 散らかるコンビニ弁当のごみ。書類。筆記用具。ポテトチップスの袋(空)。などなど。ニアサードの後の大地の様に、リビングの床は荒れに荒れていた。

「…酷過ぎる…」

「ん? 何が~?」

 部屋着に着替えたミサトが呑気な声を出す。シンジはさながら第十の使徒戦の様に叫んだ。

「掃除します!!!!」

 その怒鳴り声に、キッチンの片隅でイワシを取ろうとしていたペンペンも飛び上がった。

 結果、彼の歓迎パーティーは日付が変わった後、質素に行われたという…。 
 

 
後書き
第五の使徒までが長い…と自分でも痛感しております。
次の話でやっと第五の使徒に行きつく予定です…。
短い話が続きますがどうかご容赦を。 

 

第七話 Father and Son

 トウジに殴られて以来、シンジはクラスから仲間外れにされていた。おそらくトウジやケンスケが、男子連中に言って回ったのだろう。シンジも気分が良くない。

 包帯を体中に巻いた綾波も、時折学校に姿を見せるようになった。しかし、まだ一度も話した事がない。そしてあちらから話しかけてくるような事もないまま、二週間ほどが過ぎていた。

 シンジは休み時間を専ら屋上で過ごす。父の使っていたS-DATで音楽を聴きながら、何もせずただ青空を眺めるだけ。常夏の国日本の空は、休み時間中には必ず晴れていた。

 トラックナンバー28の曲を聞いていたこの日、自分以外に誰もいないはずの屋上の床に、人影が映った。

 体を起して見ると、それは綾波レイだった。

「非常招集…先、行くから…」

 そう言うと彼女は、包帯の取れない体で本部に向かって駆けて行った。

「次は…あれか…」

 どうせまたあの二人は抜け出してくるんだろう…一回絞っといた方がいいかも…

 シンジはそう考えながら、自分も本部へと急いだ。













 本部発令室では、既に総員第一種戦闘配置が命ぜられ、第三新東京市が戦闘態勢に移行しつつある。

 ビルは次々に地下に収容され、それと入れ替わって兵装ビルが生えてくる。大量の対空装備が、第五の使徒の到着を待っている。

 兵装ビルが出そろったところで、エントリープラグ内のシンジに命令が下る。

「シンジ君、出撃よ」

「はい…」

「いい、敵A.T.フィールドを中和しつつ、ガトリングの一斉射。良いわね。練習どうりに」

「はい…」

 シンジはどうやって敵を倒すか考えていた。あんまりガトリングを撃つと爆煙で敵が見えなくなって前世の二の舞、しかしガトリングが強力な兵器である事も否定はできない。やはり、距離を取るか…。

 そうこうしているうちに、シンジの乗ったエヴァ初号機は地上に射出された。発令所からの操作で、A.T.フィールドが展開され、敵のフィールドが若干中和される。しかし全部中和できてはいない。彼も感覚でそのことを感じ取っていた。

「作戦通り、いいわね。シンジ君」

「はい…」

 シンジは返事をすると、ガトリングを持って敵の面前に出る。そこで叫んだ。

「A.T.フィールド、全開!!」

 暴風が起こる。電線が激しく鳴り、敵のA.T.フィールドも消え去る。これでガトリングは通用するが、シンジは一旦山の方まで距離を取った。

「シンジ君、何をしてるの!?」

「ミサトさん、敵は光る鞭を使って攻撃してきます! この近距離じゃ分が悪いですよ!!」

 ミサトは一瞬はっとした表情を浮かべたが、すぐに返事を返す。

「…了解!! 山地まで後退ののち、ガトリングの一斉射。頼んだわよ、シンジ君!」

「はい!!」

 シンジは自分の考えが採用され、自信がわいてくるのを感じた。そして後退先に選んだのは…。

 いた…。

「ウワァァァァッ、こっちに向かってくる!!」

「ヒィーッ!!」

 二人がいる山の頂上付近の神社。

 慌てふためく二人の横に、遠慮なくシンジは陣取る。当然ここまで近づけば、発令所も流石に気づく。

「シンジ君の…クラスメイトっ!?」

「なんでこんな所に…」

 使徒はだんだんと初号機に近づいてくる。シンジは二人に構わず、ガトリングの斉射準備を始める。

「シンジ君!! 今撃ったらその二人が! 今すぐプラグにその二人を入れて退却、いいわね!」

 しかしシンジはプラグ側から信号をロック。プラグの射出を押さえて、そしてそのまま訊き返す。

「何でですかミサトさん!! 使徒殲滅が最優先ですよね!!」

「だけども…」

「ここにこの二人が出てきているのがおかしいんですよ!! この機を逃して、使徒を殲滅できなくてもいいんですか!?」

 人命と使徒殲滅、どちらを優先させるかを悩むミサト。その時間がシンジには惜しい。今まで訓練してきたシチュレーション通りなのだ、今この時が。距離も照準も全て同じ。いま発射の命令が下されれば、一瞬で殲滅できる自信がある。

 迷うミサトに吠える。

「ミサトさん!!」

「シンジ! その二人に構うな!! 撃て!!」

 ゲンドウが立ちあがって大声で命じた。シンジは少し笑みを浮かべると、一言言ってからスイッチを押す。

「鈴原、相田!! 耳を塞げっ!!」

 二人が耳を塞いだ瞬間、初号機のガトリングは火を噴いた。使徒のコアは完全に蜂の巣にされ、形象崩壊を起こす。

「目標は、完全に形象崩壊を起こしました…」

 血が広がる市中の映像を見つめる冬月が、ゲンドウに囁く。

「お前の息子は、すっかり逞しくなったな…」

「そうだな、それに対して…」

 ゲンドウの視線は、困惑した表情で突っ立っているミサトに向けられていた。









 無断でシェルターから脱走したトウジとケンスケは、問答無用で独房送りにされた。今日一日ここで頭を冷やした後、すぐに釈放されるという事だったが、学校に行けば各方面から絞りに絞られるだろう。

「なぁ、ケンスケ…」

 柵越しに隣り合う二人の部屋。二人は手錠をかけられうつむいていたが、トウジが不安げな表情でケンスケを呼ぶ。

「何だよトウジ…」

「ワイら、もしかしたら第三新東京市を追放されるかも知れんで…」

「そんなはずないよ…」

 カメラを失ったケンスケは、弱々しい声でそれを否定する。しかし国連をも黙らせるほどの強大な権力をもつNERVに迷惑をかけたのだ。それも完全に否定はできない。

「鈴原トウジ、相田ケンスケ」

 鉄の戸の向こうから二人を呼ぶ声がした。立ち上がって、戸の上部についている檻の部分から相手を見ると、そこに立っていたのはスーツを着て、サングラス姿の男だった。NERV諜報部員。

「司令が命ぜられた。直ちに出て私の後について来い」

 男は鉄の戸を開けると、二人を伴い歩き始めた。トウジとケンスケの緊張はピークに達する。

「ケンスケ、ワイら何処に連れて行かれるんや?」

「さぁ…もしかしたら…碇司令の所に…」

「そ、そんなはず…ないやろ…」

 顔から血の気が引いて行く。顔面蒼白になった二人が連れていた所は、やはりNERV本部の最上階、司令室だった。

「碇司令、命令に従い連れてまいりました」

 そう言って男は扉を開ける。二人は足を震わせながら部屋に入った。照明がなく、床や天井に謎の文様が一面に描かれ、そしてその部屋の中央で手を組むサングラス姿の男、全てに二人は圧倒され、気絶寸前まで追い詰められる。

「シンジ、わざわざ私の部屋を借りてまでこの二人に話したい事とはなんだ。私も忙しいのだぞ」

 ゲンドウが姿勢を崩さず言った。その相手は、いつもは冬月の立っているポジションに居るシンジだった。

「ごめん…父さん…。でもこの二人には、絶対に分かってもらわないといけない事があるから」

「ならば手早く頼む。もうすぐ先の戦闘の損害報告書が上がってくるからな…」

 ゲンドウはそう言うと目を瞑った。日々日夜関係なく走り回る彼は相当疲れていたようだ。そのままの姿勢で寝てしまった。

 シンジはそれを確認してから、手錠をはめられたクラスメートに向かって、父のような迫力を示すような声で話しだした。

「二人とも分かっているだろうけど、君たちが先ほど行った行為は戦闘介入という、立派な犯罪だ」

「犯罪…」ケンスケの絶句。

「そんな、ちょっと待てや!! 戦闘介入言うたって、ワイら何も戦いに手ェ出し取らんで!?」トウジの反論。

 しかしそれは、シンジの静かな声によって押しつぶされる。

「知っているだろうけど、君たち民間人はシェルターに避難する事が義務付けられてる。でも君たちはそれを破って戦闘地域に侵入、そのせいで多少なりとも戦闘に影響はあった。どんな小さなものでも、影響があったらそれでもう犯罪なんだよ」

 二人が声を失い、シンジは二人を睨みつける。ケンスケが震える声で訊いた。

「い、碇…君。お、俺たちはこれから一体…」

「心配する必要はない。普通なら極刑もあり得る所だけど、今回は司令の判断で特別に拘留だけで済んだ。明日の午前十時には釈放だよ」

「良かった…」

「では、また明日」

 シンジがそう微笑みながら言うと、再び諜報部員が独房へ二人を連れて行く。シンジは二人が部屋を出て行くのを見ると、ホッと胸をなでおろした。

「お前も厳しいな…」

 ゲンドウが目を開けて言った。シンジはくすっと笑った。

「父さんがこの部屋を貸してくれたおかげだよ。この部屋で真剣な口調で喋ったら、かなりの迫力が出るよ」

 今度はゲンドウが一つ笑った。

「じゃあ、僕はもう帰るよ、父さん」

 後ろを向き、階下に通じる昇降機に乗ろうとした。その時、彼は父から思いもよらぬ言葉を聞く。

「シンジ、次の戦闘も頑張れ…」

 相変わらず姿勢を崩さず声をかけたゲンドウに、シンジは潤んだ目で一つ頷いた。

 父子の関係は着実に戻りつつある…。


「お前も人間だな、碇」

 シンジと入れ替わるようにしてやってきた冬月が、定位置に立つ。

「今回のシンジの戦闘を見ていると、何か感じる所があるんです、冬月先生…」

「冬月先生…か。その言葉を聞いたのは何年ぶりだ?」

「最後に使ったのはもう昔過ぎて覚えていませんよ…」

 彼らが出会ったのはもう二十年近く前、考えてみれば、とても長い付き合いだ。

「冬月先生…」

「なんだ」

「私もそろそろ、過去と決別しようかと考えています…」

 冬月の表情に安堵の色が出る。久々にゲンドウの背中に父親の姿を見たような気がした。

「碇、人類には、未来がある…。お前の息子のような…」

 ゲンドウは笑った。それはいつものニヤリとした表情ではなかった。 
 

 
後書き
 テスト前ですので次話はかなり遅くなると思います。
 ご了承ください。 

 

第八話 Lovers Returned

 第三新東京市から遠く離れた丘。そこに草木は一本も生えておらず、代わりに無数の鉄柱が規則正しく並べられていた。

 その鉄柱の森の中に、一人男が立っていた。彼は足元を見つめながら、小さな声で語りかけていた。

「ユイ…私は決めた…」

 ゲンドウはそう言って拳を握る。そして大空を見上げた。

「この世界を元に戻そう…そして、エヴァも、使徒もない、平穏の世界を造ろう…。自分自身の為ではなく、シンジ達の為に…」

 目を瞑れば、今でも瞼の裏には自分に向けて微笑む愛妻の姿があった。

 起動実験の直前かけられた言葉。

『もし私に何かあったら…シンジの事…よろしくお願いします』

「私は全く駄目な父親だな…。今までシンジを苦しめ、今もエヴァに乗せている」

 サングラスを外す。夕暮れ前の、紫色の空が鮮やかだった。

 その空が映る彼の目には、涙が湛えられていた。

「修羅になろう…」

 彼女との別れを哀しむ目、しかしそこには未来を切り開くための決意が、しっかりと表れていた。











 戦いは呆気なく終わった。ロシア軍も本気でエヴァに挑もうとはせず、損害が出た時点で退却を始めていた。

 クレムリンは即座にEU大統領の身柄引き渡しを決定し、ロシア軍に取り残された大統領親衛隊は投降。今彼らは軍法会議にかけられている。

 一方アスカは戦闘終了と共に帰投。建造中のプラハベースにて待機していた。

「ふう…あんまり手ごたえない戦いだったな…」

 戦車相手にエヴァでは結果が目に見えている。エヴァを叩き潰そうとした爆撃機群も、EUROの戦闘機によってその大多数が落とされた。もとよりロシアは本気ではなかったのだ。

 彼女はベッドに横になる。目を閉じると、あちこちから重機の動く音が聞こえてきた。まだ竣工していないプラハベース。このベースには彼女の滞在している職員用の宿舎と、アンビリカルケーブル、そして大型輸送機の発着が可能な巨大空港だけで、七・八号機建造用のドックなどは建造途中であった。

「この調子じゃ完成には二、三年かかるわね…。ったく、こんな調子でNERVに勝てるのかしら?」

 アスカも既に知っていた。EURO支部が、本部との敵対関係に回りつつあると。彼女にとっては支部の中でも最大の勢力を持つEUROが、人類補完計画を企てる本部と対立することは望ましかった。

 しかし戦力に問題がある。今EUROには自分の2号機一機しか所属していない。

 七・八号機が建造されると言っても竣工はまだ先。

 一方本部にはエヴァが二機。これからも使徒迎撃の名目で増やされるだろう。

 しかもゆくゆくは初号機が覚醒する。

「初号機には黙ってもらわないと…」

 彼女は冷たい声でそう言った。

 それがニアサード阻止の為に不可欠だと、彼女は信じ切っていた。













ピピピピピピピ…

 目覚まし時計がこの日五回目の仕事を始める。時計は毎朝思う。自分はホントに運が悪いと。何故こんなにも寝起きの悪い人間に買われてしまったのだろうか…。

 時計は五分間続けて鳴り、止められなければ十分休んでまた五分鳴る。今朝もその繰り返し。既に設定した時間から、一時間以上も経っている。

「サトミ! 早く起きなさい!」

 廊下の先のリビングからは、時計の主人の父親の声が聞こえてくる。今日は休日だから、と多めに見ていた父親も流石にこの時間になると文句を言う。

 しかしまだ起きない。時計は五回目の務めを果たし、十分の休み時間に入った。これ以上仕事がありませんように、と念じながら。

「ったく…サトミは…」

「今朝は一段と酷いですね、伯父さん」

「まったくだ…」

 父親が呆れるように呟くのを見て、父親とテーブルをはさんで向かい側に座る少年は笑った。

「早起きさえできれば、サトミは申し分ないんですけど…」

「君もそう思うか…私も同感だよ…」

 父親は呆れて新聞をめくりだした。今朝の朝刊は、中東で勃発した地域紛争に関する記事で埋め尽くされていた。

「人同士で争いをしている場合じゃないはずだが…個の生命体である以上、仕方ない事か」

「人間は愚かですね…」

「でもそれ故に、人間は愛し合うのだよ。ヨウジ、君も覚えておくといい」

 少年はそう言われて一つ頷いた。そして席を立つ。

「いい加減サトミを起こしてきます。これ以上時計が鳴ると、近所迷惑にもなるだろうし」

「申し訳ない…」

 少年は一つほほ笑むと、リビングを出てサトミの部屋へと向かった。

「サトミの旦那は決まりだな…」

 父親は隅に押しやられたスポーツ欄に目を向けた。


 ヨウジ・カヤマ。14歳の日系アメリカ人の少年である。そして、NERV北米第二支部所属、エヴァンゲリオン4号機第一専属パイロットでもある。特徴は男には珍しく、背中まで伸ばした黒髪と、アメリカ人の父親譲りの緑色の虹彩。精悍な顔つきは、学校の女子たちに絶大な人気を誇っていた。

 そんな彼がいるのは友人(同僚)の家。しかもその同僚の部屋の戸の前。父親に起きろと言われても起きてこない、その同僚を叩き起こす為に。

「全く変わらないなお前も…寝相がマシになった事は褒められるけど…」

 彼に溜息をつかせる同僚の名前は、藤城サトミ。彼と同じ14歳だが、彼とは逆でアメリカ系の日本人の少女である。そして彼と同じく、NERV北米第二支部所属、エヴァンゲリオン4号機第二専属パイロットでもある。特徴は何と言っても14歳とは思えない大人びた体つきと、美しいブロンドの長髪。黄色の美しい瞳と大人びたルックスは、学校の男たちを虜にしていた。つまり、学校のヒロイン。

「藤城、入るぞ」

 ヨウジはノックもせずにそんな彼女の部屋に立ち入る。いつものように整理整頓された部屋の風景がそこにあった。本棚には、何やら難しい表題のつけられた他言語の書物が並べられ、天井には世界地図が張り付けられている。そこには何の鮮やかさもなかった。

「無機質な部屋だぜ…もうちょっと鮮やかさを加えたらどうだ?」

 先ほどサトミの父親と話していたときからは、完全に変わった口調で何かを思い出しながら語った。しかしベッドにうつぶせに眠るサトミは何の反応もしない。熟睡しているようだ。

 ヨウジは次の仕事が来るかと戦々恐々していた目覚まし時計の頭を叩き、時計を恐怖から解放する。

 そして、サトミに近づくと、金色の髪に包まれたサトミの頭を小突く。

「おい、藤城。朝だ、いや昼だ。もう起きろ。夕方からはシンクロテストだぞ~」

「う、うん…。カヤマか…。わかったから…もうちょっと…寝かせて…」

 サトミは頭を上げてそう答えたかと思うと、首から力を抜いて再び眠りに落ちる。それを見たヨウジは渋い顔をした。

「ああ分かった…そこまで言うなら…」

 彼の頭に考えが浮かぶ。ヨウジは、考えに従い、はだけた服の裾辺りに手を伸ばした。色白ですべすべの肌が見えている。

 彼は一つ唾を呑みこむと、手をシャツの裾から服の中に滑り込ませ、胸のあたりに手を入れる。

 彼の手に柔らかい感触がした。彼はそれを感じた途端、それを握って散々弄くり倒す。学校の同級の男たちが見れば「羨ましい…」と言って卒倒するような行為。

「早く起きろ~。じゃないと食っちまうぞ~」

 勿論、サトミは飛び起きた。

「ちょっと!! 何やってんのよ!! さっさと離しなさいよ!! ってそこは! キャア!! 止め…アンッ!」

 服の中に伸びる、ヨウジの腕を掴んで暴れる。しかしヨウジは二へ二へ笑いながら続けた。

「起きないお前が悪いんだぞ。今朝はしばらくこのままで…」

 そこまで言ったヨウジの頬に、もがくサトミの膝が飛んでくる。

ガツンッ!!!

「アガッ!?」

 ヨウジは吹き飛んだ。本棚に背中を叩きつけ、本やら地球儀やらが頭上から降ってくる。普段はクールな長髪の少年は、一瞬で伸びた。

 一方、ヨウジをしばらく向こう側の世界に送った張本人は…

「ハァ、ハァ…。早く着替えよう…」

 息と鼓動を荒くしつつ、くしゃくしゃになったベッドと自分の服を直していた。伸びている同僚をほったらかしにして。









夕刻─NERV北米第二支部、テストルーム。

 04と書かれたエントリープラグが一本、液体に半分ほど使っている。外見こそ二本で使われている物と同じだが、中身は全然違う。

 通常は二つしかないインテリアが、上下に二つ連なっている。それぞれに操縦桿があり、上のインテリアにはヨウジ、下のインテリアにはサトミ。二人とも同じ色のプラグスーツを着ている。

 ダブルエントリーシステム。これが北米第二支部が秘密裏に進め、二人が被験者である新しいエントリーシステムだ。ダブルエントリーシステムでは、シンクロ率は多少落ちるものの、A.T.フィールドの強度、パワー、俊敏性などが格段にアップする。

 また二人の乗るエヴァンゲリオン4号機ではS²機関の搭載実験も進められていた。S²機関を積んだダブルエントリーシステムのエヴァンゲリオン。これが完成すれば、日本が二機のエヴァによって維持していた世界のパワーバランスが、一挙に崩れ去るだろう。

 よって、毎回の実験には支部長までもが見学に訪れていた。

「二人とももう上がってOKよ。今回もまぁまぁね」

 実験担当の女性の科学者がそう言いつつ、モニターの中のヨウジに向かってウインクをした。

「そうでしたか」

 ヨウジがにこやかな表情で返事をする。一方下のインテリアに座るサトミの表情はムカついている。

 何故彼女がそんな表情をするのか、ヨウジは気づいている。

「第138定期シンクロテストをこれにて終了。シンクロ切断して」

「はい」

 シンクロが切られ、周りの風景は鉄の壁に戻る。それと同時に二人はL.C.Lの中で溜息をついた。小さな気泡がプラグ内を登っていく。

「ったく…俺が他の女に声かけられたぐらいで嫉妬すんなって。藤城。仕事だろう」

 ダブルエントリーシステムの他の特徴に、パイロット同士もエヴァを介してシンクロするという事があった。シンクロ中は互いの意識は繋がれ、相手が考えている事、相手の記憶が手に取るように分かる。

 あの時、ヨウジはサトミがいじけるのが瞬時に分かった。最近こういう事が多い。

「ねぇ、カヤマ」

 サトミは頬杖をついて話し始めた。ヨウジの方を向かずに。

「今日、ちょっと私の部屋に寄って」

 サトミの様な美少女にこんな事を言われれば、普通の14歳の男子ならいろいろな事を想像する…。しかし、ヨウジは違った。

「わかった…」

 そう答えた口調は、三十代か四十代、いやそれ以上の大人の男の様な物だった。サトミの口調も大人びる。

「ありがとう…」

 L.C.Lに光が差す。ハッチが開き、作業員たちがプラグ内を覗き込む。

「早く上がろうぜ、葛城」

 最後の漢字二文字は本人にも聞こえないほどの小音量だった。 
 

 
後書き
見え見えの伏線…ですねwww 

 

第九話 Misatos

 ヨウジは「F.Satomi」と金文字で書かれた扉の前に立っていた。一応女子寮で男子禁制だが、ここの支部の保安部員は恐ろしく甘い。男子寮においても同じ。異性の立ち入りはほとんどフリー。そのせいか、職員達が生き生きしているようにも見える。

 さて、さっきから部屋の戸の前にたつヨウジは、後ろの視線が気になっていた。通りがかる女性職員がくすくす笑って通り過ぎる。

「は~…早く出てこいよ藤城…」

 そう彼が肩を落としたころを見計らってだろうか、時を同じくして部屋の戸がやっと開いた。

「ごめんね、待たせて」

 舌先を出して謝る彼女の服装は、黄色のタンクトップにホットパンツ。大人びたスタイルの彼女にしては過激な服装。

 まぁ、彼には見慣れたものだが…。

「入って」

 サトミは部屋の奥に消える。ヨウジはしばらくそこに立った後、ゆっくりと部屋に足を踏み入れた。ビールの匂いが微かにした。

「酒、飲んでんのか…」

 リビングルームに足を踏み入れると、缶ビールを両手に計二本持ったサトミが、ソファに腰かけてこちらを見て笑っていた。

 ソファの前の小さなテーブルには、既に開いた缶が一本置いてある。既に飲みきっていたようだ。

 ヨウジがそれに気づき、改めて彼女の顔を見ると、彼女の顔は少し赤色に染まっていた。ヨウジは表情を曇らせてサトミの隣、ソファに座る。

 するとすぐにサトミが彼に近づいてきた。体を密着させ、ヨウジの筋肉質の体の腰辺りに手を回す。そして顔を彼の顔に近づけ、潤んだ目で彼の目を見つめた。

「キス…して…」

 ヨウジはそれを聞くと黙って、自分の唇でサトミの唇を塞いだ。彼らにとっては慣れきった感覚。

 しかしヨウジは、それに物悲しさを感じずにはいられなかった。彼女の心の中が、手に取るように分かってしまったから…。

 唇を離し、彼はサトミを目を真っすぐに見つめた。彼女の目は先ほどよりも潤み、赤くなっていた。

 そんな彼女の頭を優しく撫でながら、彼は静かに大人の声で言った。


「また思い出して…責任…感じてんのか…」

 サトミはとっさに視線を外す。ヨウジに背を向け涙を手で拭い、溜息にも似た息を吐く。

「私たち大人は、子供たちに無茶ばっかり押しつけてたって事が、やっと分かってね……」

「適格者に選出されて…その身になったからな…」

 ヨウジは両手を後頭部に当てて、ソファにどっしりと凭れた。筋肉質の重厚な体をクッションが受け止めた。

 一方サトミは、テーブルに置いていた缶ビールのうちの、一本をひったくるように取ると、すぐに開けて思いっきりあおった。一気に飲みきれなかったビールが、口から漏れて首筋を伝う。

「お、おい! 葛城!」

 ヨウジは思わずその名で呼んでしまった。彼女の耳に聞こえるようにはっきりとした声。

 呼ばれたサトミは缶を置き、タンクトップで口元を拭いた。ムッとした口調で言い返す。

「その名前、私はもう捨てたわよ。今はただの藤城サトミ。あんたも加持リョウジでは無く、ヨウジ・カヤマ」


 ヨウジはそれを聞いて悲しそうな表情に変わる。しかしサトミは、相変わらず彼に背を向けて続ける。

「最近、前の世界の苦しい記憶ばかり思い出すのよ…。

 自分たちが生き残るために必死で…

 子供たちの事なんか正直どうでもよくて…

 守りたいものを守ろうとした人間を犯罪者扱いして…。

 あんなに嫌いだった父親の様に、他人を守れなかった…。




 そしてその苦痛の先に在ったのは…あの赤い世界。絶望に満ちた人生…」


「葛城…」

 ヨウジ、前世「加持リョウジ」の脳裏にあの記憶がよみがえる。一面の赤い大地。建物で見る事の出来なかった地平線が良く見え、動物が存在しない死の大地…。

 彼も忘れたかった…でも…

「もう忘れたい! 解放されたい!! あんな世界なんて…もう消してしまいたい!!」

 前世ではクールだった彼女は、うって変わって泣き叫んだ。自分の為に愛する人を傷つけ、世界の為にまた愛する人を傷つけた。その苦痛を忘れる術もなかった。

 しかしそんな彼女に、ヨウジは怒鳴った。

「葛城!! 俺だって前世を思い出すのは辛いんだ!! だから過去の事を感じて感傷に浸るのは構わない、しかし、俺らにはやるべき事があるんだ! 過去を捨てるなんて、絶対にするな!!」

 サトミが涙を湛えた眼で、ハッとした表情をして振り返った。彼女が見たのは、怒鳴って呼吸を荒くしたパートナーの姿。歯を食いしばり、彼女と同様に苦痛に耐えている姿だ。

 サトミはそこで改めて気づいた。自分たちに課された、いや自分達で課した使命を。


 この世界には、同じレールを進ませない──。


 それを転生したミサトと加持は、この世界で初めて出会った時に決めた。

「そうだった…私、忘れかけてた…」

 ヨウジはホッと息を一つ吐くと、残ったもう一つの缶に手をかける。

「ところで藤城、なんで今回俺を部屋に呼んだんだ?」

 さっきまで情けない表情をしていたサトミは、その表情を一気に引き締める。その表情はヴンダー艦長時代と酷似していた。

「あんたは知ってたかしら…4号機の事故の件…」

 ヨウジも、真剣になった。







 葛城ミサトの執務室は、書類で溢れかえっていた。先の対第五の使徒戦で損害した家財の賠償請求の書類である。その額合計で何億円。

 彼女はその全ての書類に目を通し、認める印のスタンプを押さなくてはならない。これも作戦部長の仕事である。

「ったく…全然減らないわね…」

 特に今回の戦闘では被害が大きく、書類は前回の二倍ほどの書類が届けられていた。近接戦闘においての、使徒の能力を見違えたミサトの責任によるもの、とリツコから言われたのが心に残る。

 全くもってその通りだった。

 射出位置をもう少し遠い所に変更し、そこからのガトリングの一斉射を行えば被害も少なくて済んだはずである。自分の力不足を痛感した。

「はぁ…」

 ミサトは頭を抱えながら仕事を続ける。ゴミに埋もれた時計のアラームが鳴り、既に日付が一日進んだことが分かった。

「ずいぶんとお忙しいわね、ミサト」

 扉が開いて、リツコが部屋に入って来た。両手に、香り立つ湯気を放つマグカップを持っている。

 彼女特製のコーヒー、ミサトの好きなものだ。

「死ぬほど忙しいわよ…」ミサトは口を尖らせながら答えた。

 そしていつものように、リツコの手からマグカップを一つ受け取る。

 リツコはふっと笑って、いつもは日向の座る椅子に腰かけた。

「初号機パイロット、あの洞察力と行動力は目を見張るものがあるわね」

「そうね…私の立てた作戦なんて必要なかったもん…」

 頬杖をつきながら放った、リツコの発言がミサトの心に突き刺さる。おそらくそれを狙って、わざとリツコは発言しているのだろう。彼女の皮肉は強烈で痛い。

「作戦部長さんは大変ね…技術部は彼のおかげで仕事が少ないわ」

「それ以上いじめないでよ。今、物凄く疲れてんだから」

「そんな表情してたら、シンジ君に完全に見下されるわよ。年上ならもうちょっとシャキッとなさい」

「もう見下されてるわよ。仕事でもシンジ君に敵わなかったし、私生活なんてほとんど彼が実権握ってるわよ」

「なんとかして見返せればいいわね」

 リツコは再び笑った。ミサトはコーヒーを一口口にする。

「見返すというか…まあそうだけど。そう出来る方法があればいいのにね…」

「あるわよ…」

 リツコはそう言って横目でミサトを見やる。ミサトの体は、既に書類の上に崩れつつあった。

「リツコ…あんた…」

「睡眠薬よ、死ぬ量ではないわ」

 ミサトの瞼がゆっくりと閉じられる。

「連れて行ってあげるわよ、ミサト」

 リツコは不敵な笑みを浮かべた。

 ミサトのマグカップの湯気からは、珈琲の香りに混じった甘い罠がその匂いを漂わせていた。 
 

 
後書き
駄目だ…調子悪い…
リライト候補ぶっちぎりの一位ですよ、この話。

毎度駄文申し訳ありません。 

 

第壱拾話 6th Angel (First Half)

「碇」

「ああ、分かっている」

 NERV本部の薄暗い司令執務室。ゲンドウは冬月にそう言うと、立ち上がってサングラスの位置を直す。

 その後ろの窓際では、冬月が下の風景を眺めていた。

「作戦部長の誘拐と時を同じくした第六の使徒襲来」

「ああ、間違いなくSEELEだ」

 十分前、作戦部長葛城ミサトの失踪と同時に報告された第六の使徒襲来。トップ二人は多少驚きもしたものの、ゲンドウは「想定内」と言って焦る素振りも見せなかった。

 ゲンドウと冬月の進めるもう一つの人類補完計画に気づいたSEELEはNERVを切り捨て、NERV/EURO支部を自らの腕として手なずけていた。ゲンドウは、まだ時折SEELE幹部との会議には出ていたものの、全ての使徒殲滅が終われば、即座に国連軍が第三新東京市に攻め寄せる事ぐらい分かっている。

「SEELEの狙いは葛城作戦部長か…? しかし俺は彼女の作戦統率能力は物足りないと思うが。狙いは別に…」

「いや、老人の狙いは彼女で間違いないだろう。経験さえ積めば彼女も優秀な指揮官になる。しかもNERV本部内の情報を探らせるのにも、彼女ほどのランクがあればうってつけだ」

「どう対処する? 戻ってきたら粛清か?」

「そんな勿体ない事はしない。こちらも十分利用させてもらう」

 ゲンドウはそう言うと、なおも姿勢を崩さずに窓の外を眺めていた冬月の方に向き直る。

「行くぞ、冬月。今回の戦闘、私が直接指揮を執る」

 その言葉に、冬月が目を大きくして振り返った。ゲンドウはにやりと笑う。

「NERVトップの能力を甘く見られては困りますからね、そうでしょう、冬月先生」

 ゲンドウは、今までの様な影のある笑顔ではなく、素直な笑顔を見せて司令室を後にした。

 簡易エレベータの上がる音が微かに響く。天井に開いた穴を見て、冬月も笑った。

「ハハハ…人を人として生かす。その事に価値を見出したな、碇」

 冬月は司令室の戸を出て、徒歩と一般エレベータを使って発令所に向かった。








 此処は何処…

 真っ暗…何も見えない…

 人の気配もしない…

 空気が冷たい…


 彼女は本能的に恐怖を感じ、胸から下げる十字架のペンダントを握りしめる。

 椅子に座っているようだったが、周りは何も見えない。真っ暗、ぼんやりとした微かな明かりさえもない。


 私、いつの間に…

 記憶を辿る。リツコが部屋にやってきて話して…珈琲を飲んだとたんに…

 取りあえずここから出ないと…


 手を伸ばして何かに触れようとした。しかしそこにあるのは空気だけ。

 彼女は、ジャケットの内ポケットに仕舞っていた拳銃を手に取ろうとする。しかし拳銃を仕込んでいたポケットには何も入っていない。


 抜かれてる…!


 彼女がそう心の中で驚いた時、自分の足元の床がぼんやりと光った。


「はっ…!」

 部屋の様子がようやく分かった。

「葛城作戦部長、強引に連れてきてしまった事、許していただきたい」

 彼女を囲む七枚のモノリス。それぞれに奇妙な文様が彫られ、番号が割り振られている。

「私に何の用でしょうか? もし大した用事でなければ解放させていただきたい。第一、あなたたちは?」

 ミサトは視線を強めてそう迫った。しかしモノリスは口調を一切変えずに答える。

「我々はSEELE、この世界を裏から支える秘密結社。そして君達NERVの上位組織でもある」

「NERVの…上位組織?」

「そうだ、今回は君に重要な仕事を頼まれてもらいたくて呼んだのだ」

「我々の願い、聞き入れてくれるか?」

 様々な方向から聞こえる声が、彼女の心に恐怖を少しずつ植え付ける。直感が騒ぐ、こいつらは人間ではない、すぐに逃げろ。と。

「…もし嫌と言えば?」

「言うまでもなかろう…我々に従わないものは徹底的に粛清するのみだ」

 ミサトは奥歯を噛む。圧倒的な威圧感が彼女の心を更に押しつぶす。

「…内容によります…」

「そうか、それで良い。私たちが君に我々の目標を伝えれば、君は確実に我々の同志になっているだろう」

 その言葉は異様に不気味だった。

 ミサトは唾を飲み込んだ。








「監視対象物は小田原防衛線に侵入」

「未確認飛行物体の分析を完了、パターン青。使徒と確認」

 発令所のメインモニターに、青い巨大な八面体が映される。第六の使徒襲来。発令所は慌ただしくなるが、彼女の姿は見当たらない。

 作戦を統括するゲンドウのサングラスに、赤い警報画面が映る。その奥の瞳が、すっと細まった。

「初号機を出撃させる…エヴァ初号機、発進準備だ!!」

 ミサト不在の発令所は、ゲンドウの命令に従って準備を進める。

 命令を受けたオペレータたちは、ある者は戦自に応援要請、ある者は市民の避難指揮。そしてパイロットは、過去の記憶を辿る──。


 シンジは既に、エントリープラグの中で待機していた。

 前世では強力な光線で攻撃し、A.T.フィールドも不安定で中和不能という、前半戦でもっとも手強かった第六の使徒。エヴァの左手には既に銃が握られていたが、こんなもの通用するはずがない。

 どうしようか…シンジの思考は答えを見いだせない。

 掌を握り、開き、握り、開く。そして最後に今までよりも強く握ると、息を大きく吸った。

 L.C.Lが肺の中に流れ込む。

 嫌な感覚。血が自分の中に流れ込むような感触。

 できれば味わいたくない、しかしあの赤い世界よりはマシだった。

 やるっきゃないか──。

 もう一度、あの光線の苦痛に耐える事を覚悟したシンジ、そんな時、発令所から一本の通信が入った。

 相手は…父だった。


「父さん…」

 心拍数が上がる。しかし体が本能で焦りだすのとは裏腹に、頭の方はいたって冷静だった。

 何を話すのだろう…好奇心にも似た感情。

…………

…………

 一時の沈黙が置かれ、ゲンドウが

(シンジ…無理はするな…)

 と呟くように、そして感情のこもった声で言った。

 回線はそれだけで切れた。

 その後、シンジは自分の使命を再認識する。

 この世界を変えるという、固い決意──。

「エヴァ初号機、発進!!」

 重たい人型兵器を、リニアが不気味な唸り声を上げながら地上に運ぶ──。











 同時刻、NERV北米支部



「ハァっ? 今からS²機関のテストですか!?」

 サトミが素っ頓狂な声で驚いた。隣にいるヨウジは一方、冷静な表情を維持している。

 二人の目の前にいる北米支部の支部長は、二人の顔を交互に見てこう続けた。

「そうだ。早めにS²機関の開発が終了したものでな」

「しかし…テストは予定では二ヶ月後では!? いくらなんでも早すぎと思われます…」

「いいや、早すぎでは全くない。君たちのシンクロ率も問題無し、技術部の準備もできている。問題があるとすれば…」

 支部長は踵を返す。

「本部の存在意義がだんだんと大きくなりつつある事だな」

 廊下に革靴の足音が響く。理事長は鼻で一つ笑って角を曲がって行った。



 二人は揃って顔をしかめる。

 大幅に崩れた予定、転生者の二人にとっても全くの予想外。

 このままでは…自分たちは確実に消え去る。

「サトミ、取りあえず休憩室…」


 本部との権力争いを活発化させる支部。

 大人な子供達に何ができるというのか──。







「くっ!!」

 第三新東京市では、使徒と初号機の戦闘が続いていた。

 射出直前、使徒の内部に高エネルギーの発生を捉えたNERV。ゲンドウの「避けろ!!」の言葉に、シンジは初号機の四肢を、射出口の壁で突っ張り棒のようにして、無理矢理にリニアを止めた。

 使徒のビームは初号機のいるはずだった空気を切り裂き、街中のビルをあっという間に粉砕する。

 瓦礫が宙を舞い、使徒のビームが止まったところで、初号機は停止したリニアの拘束具を引きちぎって外に飛び出した。

 使徒はすかさず、ガトリングガンのようにビームを乱発する。初号機はそれから避けつつ、使徒を中心に円状に走りながら使徒に接近する。街の到る所で煙が上がった。

 ビルの蒸発した白煙だった。



湖上の使徒まで後300m──。

 ここだ…!

 初号機がそれまでの曲線的な軌跡を、直線的に変えた。使徒に向かって真っ直ぐ駆ける。使徒は狙いを定めて、何度目かもわからないビームを放った。

 しかしビームはまたもかわされた。着弾寸前で紫の巨人は宙を舞い、八面体の直上から襲いかかる。使徒は咄嗟にA.T.フィールドを張ってそれを受け止めた。加圧を受けたA.T.フィールドが軋みながら発光する。

「初号機、フィールドを展開中…しかし…」

「位相空間が安定していない…」

 リツコが手元の画面を見て言った。

 使徒のA.T.フィールドは常時その形を変化させていた。これが意味する事、それはフィールドによるフィールドの中和の事実的不可能である。

「使徒のフィールドは、それと全く同じ性質のフィールドによって中和される…」

「しかしこれでは…初号機のフィールドとの数値が違いすぎます」

 しばらく押し合う初号機と使徒。しかし遂に使徒が動いた。

 発令所のマヤの席のモニターが警告音を発する。

「目標に高エネルギー反応!!」

「シンジ!!」

 使徒が不意にフィールドを消し、零距離で初号機にビームを食らわせる。初号機は遠くの山まで吹き飛ばされた。

「パイロットの状態は!?」

「気絶してます!!」

「すぐに起こせ!! じゃないと!!」

「目標内部に再び高エネルギー反応!!」

「いかん!!」

 冬月の叫び。

 使徒がその八面体の形を変える。星のように開き、何度も展開してエネルギーを限界まで集め、山に向かって今までにないほどの強力なビームを放つ。

 山が吹き飛ぶ。

 第三新東京市が光に包まれ、主モニターも真っ白になった。

「初号機の状態は!?」

「ダメです、音信不通。存在の有無も確認できません!!」

「A.T.フィールドは限界まで展開の命令を送っています。しかし…」

「アンビリカルケーブル融解!! 内部電源に切り替わります!」

 発令所が悲壮感に包まれた。

 少し遅れて届く轟音と揺れ。それは発令所の重たい空気と共に、永遠に続くようにも思えた。

「使徒、攻撃を中止した模様。映像が回復します」

 真っ白だった画面に、徐々に変わり果てた第三新東京市の町並みが映し出される。

 黒く焦げた地面、ビームの通った後のその場所には、建物など一つも残っていなかった。金属の蒸気を含んだ湯気が上がり、初号機の倒れていた山は跡形もなく消え、平地になっている。

「初号機の信号を確認」

「すぐにモニタを切り替えろ!」

 カメラは郊外のロケット基地のものだった。回線がつながり、映像が映される。

 モニターは山の向こうに押しやられた初号機を映し出した。しかし、その装甲は蒸発して消え去り、残った物も黒く変色している。露になった生体部品は焦げ、まともに動けるような状態ではない。未だ光っている目も虚ろだった。

 はっきり言えば、使い物にならない巨人の焼死体だ。

「パイロットの心音を確認、微弱です!!」

「心臓マッサージ!」

 プラグスーツの生命維持機能は生きていた。心臓を強く叩き、微弱なパルスをよみがえらせる。

「パイロットと初号機のシンクロカット!! 急げ! 意識が戻るとパイロットがショック死するぞ!!」

 冬月が身を乗り出す様に言う。

 初号機の目から光が消え、黒い人型になった。しかし初号機は今動ける状態ではない。

「碇、どうやって初号機を回収するつもりだ」

 問われたゲンドウは静かに命じる。

「止むを得ん、爆砕ボルトに点火、機体を強制回収。救護班はケージで待機だ」

 初号機のいた場所の地面が、地中へと沈んだ。






 作戦部の会議は、場所を司令室に変更されて開かれた。

 会議の最高責任者はミサトではなくゲンドウ。参加している職員達はビクビクしているが、ゲンドウは気にするそぶりを全く見せない。

 そんな空気の中、日向が最初に発言する。

「現在目標は、我々の直上に侵攻。ジオフロントに向け穿孔中です」

「奴の狙いは、本部への直接攻撃か…」

「碇、あの光線を直に食らっては本部は持たんぞ」

「分かっている。続けたまえ」

「はい」

 職員は手元のファイルを見ながらそれぞれに報告を読み上げる。

「先の戦闘データから、目標は一定距離内の外敵を自動排除するものと思われます」

「A.T.フィールドは依然健在です。また先の戦闘中に判明した通り、位相パターンが常時変化している為、外見も安定せず、中和作業はほぼ不可能です」

「フィールドをN²兵器で貫くには、どの程度の分量が必要となる」

 冬月の問いに日向が答える。

「はい、MAGIは、分量はNERV本部ごと消し飛ぶぐらいの量が必要と回答しています」

「松代のMAGI二号も同じ結論を出しています。日本政府と国連軍は、NERV本部ごとの自爆攻撃を提唱中です」

「無茶を言いおって…」

「ここを失えば全てが終わりだ、受け入れるわけにはいかん」

「しかし司令、問題の先端部は装甲複合体第二層を通過、既に第三層へと侵入しています」

「今日まで完成していた二十二層、全ての格納式装甲体を貫き、本部直上への到達予想時刻は、明朝、午前零時零六分五十四秒、あと十時間十四分後です」

「零号機は未調整の為実戦は不可能です」

「初号機も、先の戦闘で損傷が機体の約三割に及び、今日中の修復及び実戦投入は不可能です。機体の修復も今後困難を極めます」

「…状況は芳しくないな…」

「碇、白旗でもあげるか?」

 ゲンドウが黙る。固唾を飲むオペレータたち。

「いいや、そんなつもりは毛頭ない。日向」

「はい」

「戦自研の極秘資料、たしか諜報部にあったはずだ」

 ハッとした日向の顔を見て、ゲンドウはにやりと笑った。







 ゲンドウと冬月は、ヘルメットをかぶり山頂の工事現場にいた。

 既に完成した頂上からは、本部に向かって穿孔する使徒の姿が肉眼で見える。透き通ったブルーの八面体は、夕日を浴びて、宝石の様な美しさを放つ。使徒でなければ、このまま残しておきたい気持ちにさせるほどに。

「お前も無茶な作戦を立てたものだな」

「仕方あるまい。残り九時間で実現可能及びもっとも成功確率の高い作戦だよ」

「ヤシマ作戦、戦自研が極秘に開発中だった大出力陽電子自走砲と全国の電気を強制徴発。未完成の為、自律調整できない部分はエヴァを使って精密狙撃させる、か…。しかし零号機が砲手では…いささか問題もあるのではないか」

「仕方あるまい、射撃専用G型装備を搭載している初号機は、損傷が激しすぎて今回は使えん」

 初号機は先の会議で報告があったように、機体の三割が何らかの損傷を負い、修復完了までには二か月必要と判断されていた。ゲンドウは初号機の凍結を命令。代替としてNERV北米支部に3号機、4号機の譲渡を要請したものの、これは北米支部とSEELEにきっぱりと断られている。

「SEELEも無茶だな。エヴァもよこさず使徒を倒せとは」

「そうだな…しかし我々はやるのみだ。ユイの願いを叶える為にな」









「碇ゲンドウ…零号機だけで使徒を倒しに行くとは…無茶すぎる作戦を立てたものだな」

 モノリスは笑う。

「しかし…使徒が地下のリリスと接触すれば、サードインパクトが起きてしまいます」

「心配しなくても良い、葛城作戦部長」

「上空には、碇がへまをしたときに備えて爆撃機が待機している」

「失敗すれば、上空から50発のN²航空爆雷を投下するつもりだ」

「また、エヴァ3号機も輸送機と共に空港で待機中。心配する事は何もない」

 落ち着いたモノリスの声にミサトは恐怖を覚える。しかし何処か安心した。

 誘拐されてから今まで、彼女はSEELEの面々にNERVとその司令碇ゲンドウの事を聞かされていた。

 簡単にまとめれば、NERVのトップ二人はサードインパクトを故意に起こして、人類やその他の生命体を絶滅させる代わりに自分たちの願いを叶えようとしている。という事であった。

 その証拠は実の息子への冷淡すぎる態度。

 自分の夢が最優先で、後の事─他人の命などはどうなっても良いと考えている、とSEELEは言った。

 そして自分達SEELEは、使徒を倒し、その後はそのような計画を企てるNERV本部を潰す、とも言った。既にEUROや北米など、世界各国の支部がSEELEに賛同して本部潰しを画策しているらしい。

 また彼女本人には、本部の内部を探るいわば「スパイ」になってほしいとSEELEは頼んだ。

 ──正直、何が正しいのか分からないけど…

 ミサトの心は、NERVから離れつつあった。











「4号機、機動準備完了」

「S²機関、搭載及び点検完了」

 北米支部では、今まさに4号機のS²機関のテストが行われようとしていた。

「前世より、だいぶ早いな…」

 コンタクト開始前のプラグの中、盗聴の心配もないここで、ヨウジはサトミにそう呟くように言った。

「本部から入った連絡では、さっき第三新東京市に第六の使徒が侵攻を始めたそうよ」

「戦闘結果はどうだ…?」

「初号機が果敢に近接戦闘を試みたものの、光線によって機体の三割を損傷」

「三割…!?」

「そうよ、初号機は実戦不可。ヤシマ作戦は発動されるらしいけど、零号機だけらしいわ」

「それは無理だろ…」

 その時、プラグ内で小さな赤い光が一つ灯った。コンタクト開始の合図だ。

 前世の事を知っている二人は笑いながら言いあった。

「とうとう始まるわ」

「ああ、何とか成功させて生きて帰ろうぜ」

 前世の様に、北米支部ごと消し飛ばしては前世と全く変わらない。

 何とかして、このテストを成功させて4号機を対使徒戦の戦力にしなければ。

「シンクロ率、起動数値をクリア」

 オペレーターの言葉がスピーカーから聞こえる。

 二人は心拍数を揃ってあげながら、支部長の「起動!」という命令を待つ。

 その命令の結果で、運命が占われる──。

「エヴァンゲリオン4号機…」

 施設内に静寂が一瞬漂った。

 支部長は静かに息を吸い、力いっぱいの声で言い放った。

「起動せよ!!」






「もしもし、冬月だが」

 先ほど鳴った秘匿回線を、今は現地で指揮を執るひげ面男の代わりに取った冬月。

 彼はそのゲンドウから、本部での指揮を命じられていた。

 台場建築中の現地からは帰って来たが、するべき仕事は尽きない。こんな忙しい時に誰だ、という怒ったような感情で電話を取った彼だったが、内容を聞いて目が皿のように丸くなる。

「北米支部が…消滅しただと…」

 頷きながら事の詳細を聞く冬月。オペレータたちの目線が集中する。

「ああ、わかった。使徒戦後、落ち着いたらまた正式に報告を頼む」

 受話器を置く冬月。オペレータに向かって話す。

「先ほど、NERV北米支部が消滅した。衛星画像によると熱、光、その他のエネルギー一切を伴わずに消滅したそうだ。現在は使徒戦中の為気にしなくても良いが、戦闘終了後にまた臨時会議を開く。作業を続けてくれ」

 オペレータたちは、顔に戸惑いの色を浮かべながら作業に戻る。冬月はいつもならゲンドウが座っている椅子に腰かけて、同じポーズをとって悩んだ。

「まさか…予想外の出来事だ…」 
 

 
後書き
 文化祭やら課題やら、いろんな事に追われて更新遅くなりました、緋空です。

 いつも通りの駄文です。

 ご了承ください。