西部の娘


 

第一幕その一


第一幕その一

                    第一幕 酒場
 カルフォルニアのとある酒場『ポルカ』。木造のこの少し傷んだ店に誰かがやって来た。
 もう夕暮れ時である。荒れた山場にあるこの店はこの時間になると仕事を終え疲れた男達がやって来る。言わばこの店は故郷を離れ金を捜し求める彼等の癒しの場であった。
「少し早く来過ぎたかな」
 男は店の中を見回して言った。
 黒い服の上に丈の長いコートを着ている。短く切った黒い髪に口髭を生やしている。三十を過ぎたばかりの精悍な顔立ちの男である。
「ミニーどころか他の連中もまだか」
 彼はそう呟くとまだ暗い店の中を進んでいった。木のテーブルや椅子がその薄暗闇の中に見える。
「さてと」
 彼はカウンターん席に腰を下ろした。
「皆が来るまで一服するか」
 そう言うと懐から葉巻を取り出した。
 マッチでそれに火を点ける。そしてそれを吸い白い息を噴き出した。
 する遠くから声が聞こえてきた。
「来たか」
 彼は店の入口へ顔を向けた。そこからは山が見える。登頂に雪があるその山は夕陽を浴び薄紫と黄金色にかすんでいる。
 その光も次第に弱まっていく。そしてそれを懐かしむように声が店に次第に近付いて来る。
「さあ、一杯やろうぜ」
 中年の男の声がした。そして鉱夫達が店の入口をくぐった。
「よお旦那、今日は早いね」
 彼等はカウンターに座るその男を見て声をかけた。
「今日は暇だったんでな。いつもより早く来ることが出来たんだ」
 彼は葉巻を口から離して言った。
「そうかい、保安官も色々と大変だからなあ」
 鉱夫の一人がそれを聞いて言った。
「そういうわけでもないがな」
 彼は葉巻を手にしながら言った。
「それはどういうことだい?」
 別の鉱夫が尋ねた。
「御前達と盗賊共が大人しくさえしてればな」
 彼はそう言うとニヤリ、と笑った。そして腰の拳銃を見せつけた。
「おいおい、ランスの旦那は相変わらず物騒だな」
 鉱夫達はそれを見て言った。
「物騒なものか。これが無ければ西部では生きていけないだろうが」
 ランスはその拳銃を指差して言った。
「これがなければコヨーテも退けられないんだぞ」
「それに盗賊もね」
 店の入口から声がした。
「全く物騒なところだよ、ここは」
 見れば小柄な男が店に入って来る。
「まあそれでも商売が出来るだけまだましか」
 彼は笑いながら言った。
「そうだ、あんたがここで食べていけるのは俺達のおかげだぜ」
「ニックさん、それはわかって欲しいな」
 鉱夫達は口々に言った。
「ああ、わかったわかった」
 ニックと呼ばれたその男は鉱夫達の声を適当にあしらいながら暖炉の前に来た。そして暖炉に火を点け店のあちこちに置かれているランプに石油を入れそこに火を灯した。
「これでよし」
 彼はそれを終えるとカウンターに入った。
「じゃあ皆楽しく一杯やってくれ」
 これを合図に男達は席に着いた。そして酒を飲みカード遊びに興じだした。
「ニックさん、バーボンを一杯」
「あいよ」
 ニックは注文のあった席へ向かう。
「こっちは夕食を。何がある?」
「塩漬けの肉ならあるよ」
「じゃあそれを」
 そうしている間にも鉱夫達は次々と店に入って来る。そして席に着き注文をし歌やカードに興じる。
「ふう、いつもながら忙しいな」
 ニックはカウンターに戻って言った。何処かその忙しさを楽しんでいるようである。
「旦那は何を注文しますか?」
 彼はカウンターに座るランスに対して尋ねた。
「そうだな。テキーラを一杯」
 彼はカウンターの後ろに並ぶ酒瓶を見ながら言った。
「わかりました。旦那はテキーラがお好きですね」
 ニックは注文を受けて言った。
「まあな。初めは抵抗があったんだが慣れると美味い」
 彼は前に出された瓶を見ながら言った。
「メキシコの酒だけどな」
 戦争が終わってかなり経つとはいえまだメキシコへの感情は良くなかった。ましてやこの地はかってはメキシコ領である。
「俺もメキシコの連中とは色々あったしな」
「例の盗賊共ですか?」
 ニックは顔を暗くして言った。
「ああ。近頃またこの辺りをうろついているらしいな」
 彼はそう言うとテキーラを一口飲んだ。
「まあ何れ全員捕まえてやるさ。そして一人残らず縛り首だ」
「早く捕まえて下さいよ」
「ああ。このジャック=ランスの名にかけてな」
 彼はこう見えてもこの辺りでは有名な人物のようだ。まあ腕が立つから保安官をしているのだろうが。
 

 

第一幕その二


第一幕その二

「ところでミニーは遅いな」
 彼はコップを置きニックに言った。
「ええ。今日はちょっとね」
 ニックは笑って言った。
「寄るところがあるそうなんで」
「寄るところ?」
 ランスはその言葉に顔を上げた。
「はい。まあもう少ししたら来ると思いますが」
「そうか。じゃあそれまでゆっくり待つとするか」
 そう言ってテキーラを再び口にした。その時後ろから騒ぎ声がした。
「おい、どうしたんだ?」
 見ればカードでイカサマをしたとか言って揉めている。
「またか。で、どいつがやったんだ?」
 ランスは少し呆れた声でその席に行き尋ねた。
「こいつでさ」
 その席にいた男達は一人の若い男を指差した。
「また御前か。全く懲りないな」
 ランスはその男を見て言った。どうやら常習犯らしい。
「で、今度はそう落とし前を着けるんだ?」
 ランスは彼に対して問うた。
「それは・・・・・・」
 その男は下を俯いている。
「もう御前はカードはするな。そうすれば問題は起こらない」
 ランスは彼に対して言った。
「・・・・・・・・・」
 男は下を俯いたまま答えない。
「わかったな」
「・・・・・・はい」
 男はそれに対し答えた。そして金を払い店を後にした。
「全くしょうがない奴だ」
 ランスはその後ろ姿を見送りながら言った。
「まああれは一種の病気ですからね」
 ニックがカウンターに戻った彼に対して言った。
「だな。一旦癖になると止められないと聞いた」
「まあ上手い奴は見つかりませんけれどね。あいつは不器用だから」
「これで二度とカードも触らないだろう。頭を冷やせばいい」
 そこへ少し年をとった大柄な男がやって来た。
「おお、ソノーラじゃないか」
 ランスは彼の姿を認めて言った。
「久し振りだな。暫くこの店に顔を出さないからどうしたんだろうと思ってたよ」
「ちょっとテキサスの方に行っててね。今日やっと戻ってきたんだ」
 ソノーラと呼ばれたその男は笑顔で答えた。
「そうだったのか。で、向こうはどうだった?」
「そうだなあ、まあこっちよりは穏やかだったかな」
「おい、じゃあこっちはあの荒くれ者共よりタチが悪いっていうのか」
 ランスは苦笑して言った。
「それは保安官であるあんたが一番良く知っていると思うけれど」
 ソノーラは笑って言った。
「まあな。あそこにはあんな大勢の盗賊共はいないだろうし」
「相変わらず手こずっているみたいだね」
 ソノーラはそれを聞いて言った。
「ああ。もう三ヶ月みなるかな」
 ランスは遠くの山を見て言った。
「あの辺りに潜むようになってから」
「三ヶ月か。連中も粘るねえ」
「今のうちだけさ。そのうち全員まとめて縛り首にしてやるさ」
 ランスは葉巻を噛んで言った。
「まあ連中は人殺しとかはしないけれどね。盗賊にしちゃあやけに大人しい」
「その分盗みっぷりが凄い。堂々としてやがる」
 ランスはソノーラの言葉に賞賛が混じっているのを聞いて少し不快になった。
「何でもアメリカ人じゃないそうだが。スペイン人かい?」
「いや、聞いたところによるとメキシカンだそうだ。まあそんなに差はないな」
 メキシコ人への差別はこの頃からあった。
「ニック、ここも用心しといたほうがいいぞ」
 ソノーラはニックに対して言った。
「驚かさないで下さいよ」
 ニックはそれを聞いて震え上がって言った。
「脅かしじゃないぞ。連中の頭はかなり切れる奴らしい」
 ソノーラは真剣な表情で言った。
「しかもかなりの拳銃の腕前で命知らずの奴らしい。ぼうっとしてるとすぐにやられるぜ」
「何か怖いな」
 ニックはそれを聞いて縮こまっている。
「おい、そんなにニックを怖がらせるな」
 ランスはその様子を見て苦笑して言った。
「安心しろ、この店は俺が絶対守ってやる」
 彼はニックに微笑んで言った。
「何せ俺はミニーと結婚するんだからな」
 そう言ってニヤリ、と笑った。
「あんた結婚してたんじゃ?」
 ソノーラが尋ねた。
「この前別れたよ。女房の親父が切れちまってな」
「おやおや、どうしてだい?」
「こんな辺鄙なところに何時までいるんだってな。生憎あの親父は東部の頭のお固い先生様でね」
「学校の先生か。ならこんなところはお嫌いだろうな」
「フン、俺達アメリカの男は自分でものを掴み取るんだ。その為に皆ここにいるんだろうが」
 彼は顔を顰めて言った。酔いはそれ程回ってはいないというのに。
「その為に俺はカンザスからはるばるここにやって来たんだ。こいつだけを頼りにな」
 そう言って腰の拳銃を指し示した。
「言うねえ。じゃあ早いとこあの盗賊共をやっつけてくれるんだな」
「おお、あいつ等の首を取れば賞金が山程手に入る。絶対やってやるさ」
 そう言うとテキーラを口にした。
 

 

第一幕その三


第一幕その三

「おや、またテキーラかい?あんたも好きだねえ」
 そこへ女の声がした。
「おお、やっと来たか」
 ランスはその声を聞くと笑顔で顔を上げた。
「うん、遅れて御免ね」
 その女も笑顔で返した。
 青い瞳に金色の波がかった長い髪を後ろで束ねた若い女である。整った顔は少し日に焼けている。西部の女らしく動き易い服に身を包んでいる。彼女がミニーである。このポルカの女主人である。
 彼女がどうしてここに来たか誰も知らない。気が付くとこの店を開いていた。ソレドートという町から来たとだけ言う。しかしそれ以外は何も語ろうとはしなかった。
 西部はこうした過去を持たない者が多い。中には罪を犯し逃れてきた者もいる。だが誰もそれについて尋ねようとはしない。今ここで生きている、それだけでいい。過去は問はない。それこそが西部の者達であり束縛の無い彼等にとって数少ない掟なのであった。
 ミニーはまだ若かった。二十に届くかどうかであろう。そうした若い娘がこうして西部で店を開いているのも普通では出来なかった。
 彼女は気が強かった。そして拳銃も扱えた。それにより襲って来た男達を逆に返り討ちにしたこともある。だがそれだけではなかった。
 彼女は気が強い反面心優しい娘であった。よく気がつき面倒見も良かった。その為男達はこの店に集まってくるのであった。
「一体何処へ行ってたんだ?」
 ランスは尋ねた。
「ちょっと教会まで」
「教会!?」
「ええ。聖書を貰いにね」
「聖書か。そういえばあんたは字が読めるんだったな」
 ランスはそれを聞いて言った。
「あんたも読めるんじゃなかったっけ」
「少しくらいはな。けれどあんたみたいにスラスラ読めるわけじゃない」
 彼はそう言うとテキーラをコップに入れた。
「大体俺に聖書は似合わんさ」
「あら、じゃあ何が似合うのよ」
「拳銃と・・・・・・」
 そしてミニーへ視線を向けた。
「あんただけだ」
 そう言うとニヤリ、と笑った。
「言うねえ、奥さんはどうしたの?」
「・・・・・・別れたよ、この前な」
「本当!?初耳よ」
「どうしてもというんならそこの二人に聞いてくれ」
 ランスはニックとソノーラを指差して言った。
「本当?」
 二人はミニーの問いに黙って頷いた。
「そういうことだ。もう俺は自由なんだ」
 彼は少し寂しく笑って言った。
「俺はカンザスを出てから随分経つが結局家も女房も思い出したことはない。だから別れてもそんなに寂しくはない。女房の親父には頭にきているがな」
 そう言うと言葉を続けた。
「だがこことあんたは別だ。俺はもうポルカとあんた抜きでは生きてはいけない」
「言ってくれるねえ。悪い気はしないわ」
 ミニーは微笑んで言った。
「おい、俺は本気で言ってるんだぞ」
 ランスは少しムキになって言った。
「遠く身一つでここまで拳銃だけを頼りに来たけれどな。今こうして俺は夢を見つけたんだ」
 彼は表情を戻した。
「あんたも西部で一人じゃ色々と心細いだろ。俺と一緒になろう、そうすれば俺はこの店を絶対守ってやる」
「気持ちは有り難いけれどね」
 ミニーは微笑んだまま言った。
「生憎あたしは今の一人身の生活が気に入ってるのよ」
 そう言って胸から拳銃を取り出した。
「あんたの相棒も頼りになるみたいだけれどあたしにもこの心強い相棒がいるからね。あたしはこれと一緒ならたとえ地獄の中だろうと怖くはないわよ」
「地獄の中もか」
 ランスはそれを聞いて言った。
「ええ、今までこれだけを頼りに生きてきたからね。これからもずっとそうだよ」
「そうか」
 ランスは言葉を止めた。
「しかしな」
 すぐに再び口を開いた。
「俺はずっと待つからな。あんたが心変わりするのを」
 そこへ郵便屋がやって来た。
「どうも」
 彼は店に入ると一礼した。
 

 

第一幕その四


第一幕その四

「今日は遅いね」
 ニックは彼を見ると言った。
「申し訳ない、実は彼女が出来て」
 彼は苦笑して言った。
「またか。あんたも好きだね」
 ミニーはそれを聞いて苦笑した。
「で、今度の相手は?」
「ニーナっていうんだけれど。知ってるかな?」
「ああ、ニーナね」
 ミニーはそれを聞いて顔を顰めた。
「あの女は止めといた方がいいよ」
「えっ、どうして!?」
 郵便屋はそれを聞いて狼狽した。
「あいつは盗賊の頭の女だて話だ。まあ噂だがな」
 ランスも言った。
「そうだったのか・・・・・・」
 郵便屋はそれを聞いてしょんぼりとした。
「まあすぐにわかってよかったよ。諦めな。さもないと大変なことになるよ」
「ああ・・・・・・」
 郵便屋は郵便物を置くと肩を落として帰って行った。
「あいつの女癖にも困ったものだな」
 ランスはその後ろ姿を見送って言った。
「本当にね。あれさえなければ完璧なんだけど」
 ミニーも呆れている。
「まあ人間完璧ってわけにはいきませんからね。まあ仕方ありませんよ」
「そうだな。それに今回は早いうちに気付いてよかった」
 ランスはニックの言葉に対して言った。
 そして再びテキーラを飲んだ。その時店に誰かが入って来た。
「どうも」
 見れば黒い服に長身を包んだ男である。コートもスカーフも黒だ。
 顔から見るにラテン系か。彫が深く端整な顔立ちをしている。
 黒い帽子の下の髪は縮れていて黒い。そして腰には拳銃がある。
「ウイスキーを一杯もらいたいのですが」
 男はカウンターにいるミニーに対して言った。
「えっ・・・・・・」
 ミニーは彼の顔を見てハッとした。だが表面上は冷静さを装った。
「ウイスキーですか?」
 声をうわずらせないように必死だった。
「はい」
 男は店の中央にやって来た。
「ニック、ウイスキーを」
「はい」
 ニックはミニーに言われるままカウンターにウイスキーを出した。
「どうぞ」
 ミニーはそれを差し出した。
「どうも」
 彼は席に着いた。
「貴方は何処から来られたのですかな。見たところアメリカ人ではないようですが」
 隣にいたランスが尋ねてきた。
「貴方は?」
 男は尋ねられて逆に問うた。
「ここの保安官です。ジャック=ランスといいます」
「ああ、貴方があの有名な」
 この時一瞬だが男の目が歪んだ。しかしそれには誰も気付かなかった。
「私が有名かどうかは知りませんがね」
 彼は言葉を続けた。
「ただ今はここの安全を守る者の勤めとしてお聞きしたいのです」
 彼はさらに続けた。
「貴方はどちらから来られました?」
「サクラメントからですが」
 このカルフォルニアはかってはメキシコ領であった。
「成程、だからメキシコ人に顔が似ているのですね」
「ええ。実際メキシコ人の血も入っていますが」
「そうですか」
 やはりメキシコ系に対する偏見かと思われた。
「まあそれはどうでもいいのです。実際ここにもメキシコ系の者は多くいます」
 ランスは別にメキシコ系だからという偏見は無かった。彼はこれまで銃一つで生きてきてきて多くの人間を見てきた。そして出身や人種による価値判断がどれだけ無意味なものか知っていたのだ。
「ただね」
 彼はここで目を光らせた。
「今この近くにメキシコから来た盗賊の一団が来ていましてね」
「それは聞いています」
「なら話は早い。そういうわけで余所者には少し神経を尖らせているのです」
 彼はそう言うと男を見た。実はミニーが彼の顔を見てハッとしたのが気になっていたのだ。
「お名前は?」
「ジョンソン。ディック=ジョンソンといいます」
「ほう、いい名前だ」
「有り難うございます」
「そして何も目的で来られました?」
「旅をしていまして。ちょっと休む為に馬を止めました」
「旅ですか。どちらまでですか?」
「サンフランシスコまでです」
「そうですか。お気をつけ下さい。あちらはここよりもずっと柄が悪いですからな」
「そうなのですか」
 この時代のカルフォルニアは今とは違っていた。西部といえば荒くれ者や犯罪者の集まりという世界だった。ネイティブとの争いもあり騎兵隊があちこちで戦っていた。余談であるが騎兵隊やカウボーイ、ガンマンにはアフリカ系も多くいた。差別されている筈のアフリカ系もやはり他所から来たアメリカ人であり彼等もまたネイティブ=アメリカン達から見れば侵略者であったのだ。歴史とは一面からは言えない。
「ランス、もうそれ位でいいでしょう」
 ここでミニーが口を挟んだ。
 

 

第一幕その五


第一幕その五

「うむ、そうだな。出身と名前もわかったし」
 彼はまだ色々と聞きたそうであったがここで止めることにした。
「ジョンソン、ようこそポルカに」
 ミニーは笑顔で言った。
「有り難うございます」
 ジョンソンはその言葉に対し一礼した。
 ミニーは彼に対し顔を近付け小声で言った。
「覚えているかしら」
「ええ、とても」
 彼は答えた。
「ソレーダ出身のミニーさん」
「そう、覚えてくれていて有り難う」
 ミニーは顔をほころばせた。
「ソレーダにいた頃が懐かしいわ。お父さんもお母さんもよくカードをしていたわね」
 彼女は幼い頃を思い出していた。
「お父さんもお母さんも私も脚を寄せ合って暮らしていたわ。貧しかったけれどとても幸せだった。あの頃が本当に懐かしいわ」
「何時聞いてもいい話だね」
「有り難う。あの時が一番幸せだったかもね」
「じゃあ今はどうなんだい!?」
 ここでランスが尋ねてきた。自分だけ話の外にいるようであまり気分がよくなかったのだ。
「今もとても幸せよ。けれど昔を懐かしむ気持ちってあるじゃない」
「まあ確かにな」
 ランスはここで首を引っ込めた。
「貴方と会ったのはモンタレーだったわね」
 ミニーは話を再開した。
「そう、そして僕がジャスミンの枝をあげたんだった」
「よく覚えてるわね」
「ええ、自分でも驚く程」
 ジョンソンは上機嫌で言った。
「あの時また会おうって言ったの覚えてるかしら」
「ええ」
「嬉しいわ、それで今日また会ったわね」
 彼女はその言葉を聞いて微笑んだ。
「これも神様の思し召しかしら」
 ランスはその会話を不機嫌そうに聞いていた。そしてテキーラを頼んだ。
「ジョンソンさん」
「はい」
 ランスはジョンソンをその不機嫌な目で睨んだ。
「申し訳ないが今貴方をここに入れるわけにはいかない。盗賊達の動きが気になるんでね」
「ランス、何てこと言うのよ」
 ミニーがその言葉に顔を顰めた。
「ミニー、俺は保安官として言ってるんだ」
 口ではそう言った。しかし内心では違うのは自分が最もよくわかっていた。
「余所者は今はここには泊めない。悪いがこれは治安上の問題だ」
 そう言ってジョンソンを帰そうとする。そこへ店に何人か大声で入って来た。
「保安官、ここにいたか!」
 そのうちの一人が言った。
「どうした?」
 ランスは入口の方に顔を向けた。
「おっ、アッシュビーか」
 その口髭を生やした男を見て言った。
「ああ、凄い奴をとっ捕まえたんだ!」
「何だ?またコヨーテのでかいやつか?」
「まあ近いね」
 アッシュビーはその言葉を聞いて笑った。
「見てくれよ!」
 そう言って縛り上げられた一人の男を床に放り出した。
「こいつは?」
 ランスはその男の顔を見てアッシュビーに尋ねた。
「あの盗賊共の一人さ。この辺りをうろうろしていたんで怪しいと思って問い質したらボロを出しやがった」
 床に転がされた男は震えて縮こまっている。
「ほう、それは間抜けな奴だな」
 ランスはそれを聞いて笑った。
「まあだから捕まったんだろうがな」
 そう言いながら男に近寄った。
「おい」
 ランスは彼に対して問うた。
「名前は何というんだ?」
「カストロです」
 男は震える声で言った。
「あの盗賊共の一味だな」
「はい」
 カストロはそこでジョンソンがいることに気が付いた。
「あ・・・・・・」
 ジョンソンは彼にそっと目配せした。カストロはそれに対し目で頷いた。
「ところで」
 ランスはまだ尋ねようとする。
「御前達のアジトを聞きたいのだがな」
「それは・・・・・・」
「知らない筈がないな」
 ランスは少し凄んで言った。
「はい・・・・・・」
 カストロは顔を俯けて答えた。どうもあまり気は強くないらしい。
 

 

第一幕その六


第一幕その六

「ここから少し行ったところです。マドロナ=カニャダです」
「あそこか」
「はい」
「本当なんだろうな」
 アッシュビーが言った。脅しが入っている。
「嘘は言いません。お望みなら案内致します」
「ふん、腰抜けが。信用できるか」
 アッシュビーはそんな彼に対し蔑みを込めて言った。
「保安官どうするんで?」
 ソノーラが尋ねた。
「そうだな」
 ランスはカストロを見下ろしながら考え込んだ。
「馬はあるか?」
 彼はニックに尋ねた。
「はい」
 彼は答えた。
「そうか。ならば問題は無い」
 彼は表情を変えず頷いた。
「行こう、賞金が欲しい奴は俺について来い」
「よし」
 店にいる者の殆どがそれに乗った。そして馬を厩から出しに行く。ミニーもそれについて行った。
 店にいるのはニック、そしてジョンソンとカストロだけになった。カストロはニックに対して言った。
「あの、水を」
 ニックはそれに対して頷きカウンターの裏に向かった。
 ジョンソンはそれを見るとそっとニックに近寄った。
「大丈夫か?」
 彼はカストロを気遣うように尋ねた。
「ええまあ」
 カストロは申し訳なさそうに返答した。
「わざと捕まったんですし」
「そうだったのか」
 ジョンソンはそれを聞いて少し安堵したようであった。
「皆が私を追って森にやって来ます。そうしたら合図の口笛が聞こえて来ると思います」
「そうか」
 ジョンソンはそれを聞いて頷いた。
「そうしたら合図をして下さい」
「わかった」
 そして二人は離れた。すぐにニックが戻って来た。
「ほら、水だ」
 そしてカストロに水を飲ませる。
「すいません」
 カストロはそれを飲んで礼を言った。そこでミニーとランスが戻って来た。
「行くぞ、案内しろ」
 店の外から馬の嘶きが聞こえて来る。
 ランスはカストロを連れて出て行った。ニックとミニーはそれを見送った。
 ニックは見せの奥に入った。店の金を持って行く。店の中はミニーとジョンソンだけになった。
「あら」
 ミニーは店の中に顔を戻して気付いた。
「貴方は行かなかったの?」
 見ればジョンソンは店の中に残っていた。
「ええ。賞金には興味がありませんし」
 ジョンソンは答えた。
「そうなのですか。じゃあ二人で飲みませんか?」
「ええ。貴女さえよろしければ」
 ミニーはカウンターに入った。ジョンソンはその前の席に座った。
「どうぞ」
 ウイスキーを差し出した。
「どうも」
 彼はそれを笑顔で受け取った。そして一口飲む。
「ところでこの店に住んでいるんですか?」
 ジョンソンはふと尋ねた。
「いえ」
 ミニーはそれに対して答えた。
「ここからすぐにある山の中腹にある小屋に住んでいるのよ」
「山小屋にですか?」
「ええ。その方が何かと気楽ですし」
「そうですか。それはまた質素な」
「そういうわけでも。食べるのには困らないし」
 ミニーは微笑んで言った。
「それに寂しくはないし。このポルカがあるから」
「それはいい。私は今は天涯孤独の身の上だ」
 ジョンソンはそれを聞いて言った。
「そうだったんですか」
「ええ。父がいましたが」
 彼はふと寂しげな表情になった。
「この前亡くなりました。遺産を残してくれたので食べるのには困りませんが」
「そうなのですか」
 ミニーはふとこの男に対し同情した。
「あ、いや別に悲しんでいるわけではないので。あちこち旅をする気儘な身分ですし」
「そうですか。けれど旅をしている間は寝る時はいつも空の下でしょう?」
「まあ。それでも慣れれば結構いいものですが」
「・・・・・・・・・」
 ミニーはそれを聞いて考え込んだ。
「あの・・・・・・」
 そしてジョンソンに対して言った。
「よろしければ今日はあたしの小屋に泊まりませんか?」
「えっ、しかしそれは・・・・・・」
 ジョンソンはそれに対し申し訳ないと断ろうとする。
「あたしは構いません。貴方のことが気にいりましたし」
「しかし・・・・・・」
 ジョンソンはまだ申し訳なさそうにしている。そこにニックが戻って来た。
「ミニー、まずいぞ」
 ニックは表情を曇らせて言った。
「どうしたの?」
「この近くにもう一人盗賊の一味がいるらしい。さっき通り掛かりの奴がそう噂していた」
「それは本当!?」
 ミニーはそれを聞いて表情を曇らせた。
「ああ。どっちにしろ盗賊の奴等がこの辺りに入り込んでいるのは間違い無いだろう」
「そう」
 ミニーは表情を険しくさせた。そこで口笛が聞こえて来た。
 

 

第一幕その七


第一幕その七

「!?」
 ミニーとニックはそれを聞いて表情を一変させた。ジョンソンは眉を顰めた。
(まずい時に・・・・・・)
 彼は内心舌打ちした。しかしそれは顔には出さなかった。
「お金は今日は俺が見張っておくよ」
 ニックはミニーに言った。
「そう、それじゃあお願いね」
 ミニーは彼を頼み込む目で見て言った。
「ジョンソン」
 彼女はジョンソンに顔を戻した。
「ちょっと待っててね」
 ミニーはそう言うとニックと共に店の奥に入って行った。
「行ったか」
 ジョンソンはそれを見て呟いた。そしてそっと店から出た。
 すぐに戻って来た。そしてカウンターに戻り席に着く。
「お待たせ」
 ミニーは戻って来た。ジョンソンはそれを笑顔で向かえた。
「用心深いんだね」
 彼は素っ気無く言った。
「ええ、それはもう」
 ミニーは真剣な表情で答えた。
「大事なお金なんですもの」
「大事な」
 ジョンソンはそれを聞いて眉を顰めた。
「ええ。とても大事な」
 ミニーは言った。
「あの人達が家族の為に、自分が生きる為にここまで来て稼いだお金。あの鉱山でね」
 そう言って店の入口から見える岩山を見た。
「・・・・・・・・・」
 ジョンソンもその山を見た。何も語らない。しかし目は何かを語っていた。
 彼は岩山から目を離した。そして別の山を見ていた。盗賊がいるという山を。
「中には事故で死んでしまった人もいるわ。そんな危険を冒してまでして手に入れたお金なのよ。盗賊なんかには絶対に渡さない」
「・・・・・・そうだね」
 ジョンソンは複雑な表情でそれに答えた。
 大方はミニーに同意していた。だが僅かに同意出来ないようであった。
「貴女は優しいんだな」
 彼は言った。
「その人達の為にそこまで親身になるなんて。大丈夫だ、盗賊はここまでは来ないよ」
「そうしてそんなことが言えるの?」
 ミニーは不思議な顔をした。
「うん。勘だけれどね。盗賊はもっと派手な場所を襲うものさ」
 ジョンソンは言った。
「特にあそこにいる連中はね」
 そう言って店の外に見える山を見た。
「詳しいのね」
 ミニーは言った。
「有名な連中だからね。カルフォルニアであの連中と頭目の名前を知らない奴はいないさ」
 ジョンソンは自嘲するような笑いを浮かべて言った。
「じゃあこれで。お金はここに置いておくね」
 彼はそう言うと懐から数枚のコインを取り出した。そしてそれをテーブルに置き立ち去ろうとする。
「待って」
 ミニーが呼び止めた。
「泊まるところが無いのでしょう?」
「いつものことさ」
 彼は振り返って言った。
「さっき行ったわね。山小屋に来ない?貧しいけれど温かい食事と暖炉があるわよ」
「それは有り難いけれど」
「遠慮する必要は無いわ。それにまだお話したいことがあるし」
 ミニーは彼に熱い目を送った。
「いいのかい?」
 ジョンソンはそれを見て言った。
「いいのよ」
 ミニーは言った。
「それじゃあ」
 彼はミニーの申し出を受け入れた。
「良かったわ、断られなくて」
 彼女はそれを見て微笑んで言った。
「行きましょう。陽が落ちないうちに」
「うん」
 二人は店を出た。そしてそれぞれの馬に乗りポルカを後にした。
 

 

第二幕その一


第二幕その一

                    第二幕 山小屋
 ミニーとジョンソンはそのまま馬で話をしながら山を登っていた。やがて小さな小屋が見えてきた。
「あれよ」
 夕暮れが落ちようとしている。その赤い夕陽の中にその小屋はあった。
「あれか」
 ジョンソンはその小屋を見て言った。
「中々いい家じゃないか。粗末だなんて言って」
「それは中を見てから言ってね」
 ミニーは苦笑して言った。
 二人は馬を繋ぎ止めた。そして小屋の中に入った。
「これは・・・・・・」
 ジョンソンは小屋の中を見て言葉を漏らした。
 中は確かに質素である。調度品は少ない。しかしそのどれもが綺麗に手入れされており部屋の中もよく掃除されている。綿のカーテンは赤っぽい色であり何処か女性らしい。確かに質素だが整った家である。
「いい家じゃないか。予想以上だよ」
 ジョンソンは彼女に対して言った。
「有り難う。褒めてくれて」
 ミニーはその言葉を聞き微笑んで言った。
「けれど狭いでしょ。本当にあばら家だから」
 そう言いながら暖炉に薪を入れる。
「いやいや、立派な家だよ」
 ジョンソンは火打石を出しながら言った。
「ありがと」
 ミニーはその火打石を受け取って答えた。そして薪に火を点ける。
 火は瞬く間に薪を包んでいく。小屋の中に温もりが満ちていく。
「どうぞ」
 そして食事を出した。パンと干し肉だ。
 そして薪の上でポタージュを作っている。ジャガイモと野菜のポタージュだ。
「召し上がれ」
 まずはパンと干し肉をテーブルの上に置いた。
「有り難う」
 ジョンソンはテーブルに座った。そしてミニーに対し礼を言った。
「いえ、簡単なもので申し訳なくて」
 ミニーもテーブルに座った。そして恥ずかしそうに言う。
「いやいや、そんなことは」
 ジョンソンは彼女の言葉を否定した。
「とても美味しいし」
 パンを口にして言った。
「それに温かい食事というのはやっぱり有り難いしね」
 煮え出しているポタージュを見ながら言った。
「普段は何を食べているの?」
「手に入ったものを。もっぱら捕まえた獣の肉だね」
「そう。それじゃあ辛いでしょう」
「干し肉とかにしてるからね。この肉みたいに」
 そう言って干し肉を手に取った。
「けれどこの干し肉の方が美味しいな。男が作るとやっぱりまずい」
 干し肉を口にして言った。
「うふふ、口が達者なのね」
 ミニーはそれを聞いて微笑んで言った。
「コーヒーも如何?」
 ミニーはブリキのカップに入ったコーヒーを差し出した。
「これは有り難い」
 ジョンソンは笑顔でそのコーヒーを受け取った。
「実は大好きなんだ」
 そして笑顔で口に含む。その香りが口中に拡がる。
「それにしても不思議だな」
 ジョンソンは小屋の中を見回して言った。
「何が?」
 ミニーはそれに対して尋ねた。
「うん、ここにこうやって一人で住んでいるのが。ポルカかその側に住むのが普通かな、と思うし」
「訳を知りたい?」
 ミニーは両肘をつき顎を両手の甲の上に置いて問うた。
「うん。良かったら」
 ミニーはそれを聞き笑顔で語りはじめた。
「私がソレダードで生まれたのは話したよね」
「うん」
「私の家は山の麓にあったのよ。そして私はいつも野山の中を駆け回って遊んでいたわ。野原に下りてカーネーションやジャスミンを探したりしてね」
 彼女は少しうっとりとした目で言った。
「山には松の並木があってそこでマツボックリを取ったわ。そしてそれでいつも遊んでいたのよ」
 ふと小屋の壁を見る。そこにはマツボックリが数個掛けられていた。
「今も時間があればそうしてるわ。私は今でも野山や野原に行くのが大好きなの」
「山が荒れた時は?」
 ジョンソンは尋ねた。
「その時は本を読むわ。聖書をね」
「聖書か。その他に読む本はある?」
「あるわ。これよ」
 そう言って一冊の本を取り出した。
「これは・・・・・・恋愛小説かい?」
 ジョンソンは表紙に書かれた題名を見て言った。
「そうよ。柄に合わないけれど」
 ミニーはクスリ、と笑って言った。
「けれどまだよくわからないの」
 ミニーは席に戻って言った。
「恋愛がどんなものかは。ひょっとしたらこれからずっとそうなのかも」
 苦笑して言った。
「束の間の恋も永遠の愛も私には関係無いのかも」
「それは違うと思うよ」
 ジョンソンは言った。
「世の中にはその束の間の恋や永遠の愛に全てを捧げる人がいるのだから」
「そうかしら」
「ええ。今ここにも」
 そう言ってミニーを見つめた。
「嫌だわ、そんな冗談」
 ミニーは顔を赤らめてそれを否定した。
「嘘なんかじゃありませんよ」
 ジョンソンは首を横に振って言った。
「あの時会ってから」
 その言葉を聞いたミニーの脳裏にあの時のことが甦る。
「あの時ですね」
 二人がはじめて会ったあの時だ。
「モンタレーでのことを」
「ええ、よく覚えているわ」
 ミニーは答えた。
「忘れる筈がないわ。けれど」
 そこで言葉を区切った。
「けれどあたしには・・・・・・」
 それを容易に受け入れられないのだった。
「怖いのですか?」
「え!?」
 ミニーはジョンソンのこの言葉に顔を上げた。
「恋が」
「それは・・・・・・」
 言葉が出なかった。
「僕はあの時から・・・・・・」
 ジョンソンはミニーを見て言った。
「止めて・・・・・・」
 ミニーはそれに対し目を瞑り耳を塞ごうとする。
 

 

第二幕その二


第二幕その二

「駄目だ、聞いて欲しい」
 ジョンソンは食い下がった。
「それは・・・・・・」
 ミニーはそれを断ち切ろうとする。
「受け入れてくれないならそれでいい」
 ジョンソンは言った。
「そうならもう旅立つから」
 そう言って席を立った。そして小屋から出ようとする。
「駄目よ、外は吹雪よ」
 ミニーはそれを止めた。
「しかしもう僕はここにいても仕方がない」
「いえ、そんなことはないわ」
 ミニーは言った。
「何時までもいて欲しい位よ」
 そして本心を言った。
「・・・・・・いいのかい?」
 ジョンソンはその言葉に振り向いた。
「・・・・・・ええ」
 ミニーは顔を少し俯けて答えた。
「・・・・・・良かった」
 ジョンソンはミニーのところへ戻った。そして二人は強く抱き合った。
 そこで銃声がした。二人はハッと顔を上げる。
「聞いたか」
「ええ」
 二人は顔を見合わせた。
 ジョンソンは戸口に顔を近付けた。そして聞き耳を立てる。
 風の音が聞こえる。どうやら吹雪というのは本当らしい。
 その中から人の叫び声もあうる。どうやらこちらに近付いて来ている。
「風の音だけじゃないな」
「えっ!?」
「人の声も聞こえて来る」
「誰かしら?」
 ミニーも扉の前に来た。そして聞き耳を立てる。
「あの声は・・・・・・ソノーラね」
 ミニーは声を確かめながら言った。
「あとは・・・・・・アッシュビーかしら。そして・・・・・・」
 ミニーの顔が暗くなった。
「まずいわね、あの人がいるわ」
「あの人!?」
「ランス。ジャック=ランスよ」
「保安官か」
「そうよ、これはまずいわね」
 ミニーはジョンソンを見て言った。
「どうしてまずいんだい?」
「あの人凄く嫉妬深いのよ。外見に似合わず」
「そうなのか」
 ジョンソンにもそれは思い当たるふしがあった。
「こっちに近付いてるわね。どうやらあたしのことが心配で来てくれたみたい」
 ミニーはジョンソンに顔を戻した。
「まずいわ、隠れて」
「どうしてだい!?」
「言ってるでしょ、あの人嫉妬深いから。貴方がいるなんてわかったら大騒動よ」
「そうか」
 ジョンソンはすぐに寝台のカーテンの陰に隠れた。ミニーはそれを見てホッと胸を撫で下ろした。
「おおいミニー」
 そこへ扉の向こうから声がした。ソノーラの声だ。
「どうしたの?」
 ミニーは何事も無かったかのように声を返した。
「開けてくれないか、ちょっと伝えたいことがあるんだ」
「ええ、いいわよ」
 ミニーはそれに従い扉を開けた。するとソノーラ達が小屋の中に入って来た。
「おお、寒かった」
 身体中雪にまみれている。手で雪を払いながら小屋の中に入る。
「大丈夫!?」
 ミニーは彼等を気遣って声をかけた。
「ああ、まあな。寒くて凍えそうだが」
 アッシュビーは笑顔で答えた。
「ところであたしに伝えたいことって何?」
 ミニーは問うた。
「うん、実はな」
 ソノーラが話そうとする。そこへランスが出て来た。
「あの男のことだが」
 その表情は険しい。
「あの男って!?」
 ミニーはそれが誰かわかっていた。だがあえて尋ねた。
「あの余所者だが」
「ジョンソンのこと!?」
「そうだ、あいつだ」
 ランスがさらに表情を険しくする。ミニーはそれを見て何か良からぬことだと悟った。
 

 

第二幕その三


第二幕その三

「あいつの正体がわかった」
「正体!?」
「そうだ。あいつがラメレスだ」
「えっ!?」
 ミニーはそれを聞いて思わず声をあげた。危うくカーテンの方を振り向きそうになったが首を止めた。
 ランスはその様子に何かを察したようだがあえて言わなかった。
「嘘でしょ!?」
「本当だ。俺は嘘は言わない。保安官の誇りにかけてもな」
「どうやらあいつはポルカに盗みに入ったらしいな」
 アッシュビーが言った。
「けれど盗まなかったじゃない!」
 ミニーは激昂して言った。
「そういえばそうだな」
 ソノーラはそれを聞いて呟いた。
「盗もうと思えば出来た筈なのに。どうやら一人になった時もあったようだし」
「この小屋に来てるんじゃないかと思ってな」
 ランスはミニーを疑う目で見て言った。
「私を疑うの!?」
 ミニーはランスに対して言った。
「ああ、悪いがな」
 ランスははっきりと言った。
「あんたはあいつにやけに親しげだったしな」
 彼は自分がジョンソンに嫉妬しているのを感じた。それを慌てて打ち消した。
「いや、とりあえず奴がいそうなところは一通り回ってみることにしたんだ」
「そう」
 ミニーはそれを聞いて言った。
「そうだ。そして一つ伝えておきたいことがある」
「何!?」
 言葉が刺々しいものになってしまっていた。
「ニーナ=ミケルトレーナだけどな」
「ああ、あのあばずれね」
「あいつの女だ」
「そういう噂だけどね」
「本当だ。証拠もある」
 ランスは言った。
「あのカストロの野郎が俺達を仲間のところに連れて行こうとした。それに気付いて白状させたんだ。そしてあの女のことも言ったんだ」
「嘘ね」
 ミニーは顔を横に向けて言った。
「信じないならそれでいい。だが俺は真実を言ったんだ。それは覚えておいてくれ」
 そう言ってランスは踵を返した。
「じゃあな」
 ソノーラとアッシュビーも帰って行く。
「さよなら」
「お休みなさい」
 ミニーも言葉を送った。彼等は小屋を後にした。
「・・・・・・どういうこと!?」
 ミニーは後ろを振り向いて言った。
 ジョンソンはカーテンから出て来た。
 顔を右に向けてミニーの方を見ようとしない。だがその顔は蒼白である。
「・・・・・・・・・」
 何も答えない。否、何も答えられないのだろうか。口を固く閉ざしている。
「盗賊だったのね」
「・・・・・・・・・」
「盗みに来たのね!」
 ミニーは激昂して言った。
「違う・・・・・・」
 ジョンソンはようやく口を開いた。そして重い声で言った。
「どう違うのよ、この嘘つき!」
 彼女は泣きそうな顔で叫んだ。
「違うんだ」
 ジョンソンはまた言った。
「じゃあどうしてポルカまで来たのよ!」
「それは・・・・・・」
 ジョンソンは顔を俯けた。
「何もやましいことが無いのなら答えられるでしょう!?」
「・・・・・・・・・」
 ジョンソンは答えられなかった。
「ほら、答えられないじゃない、やっぱり嘘なのよ!」
「いや、違う!」
「違わないわ、貴方は盗賊よ!」
「ミニー、僕の話を聞いてくれ!」
 今度はジョンソンが激昂して言った。
「・・・・・・いいわ」
 ミニーはその声を聞いて気を落ち着けた。そして一呼吸置いて言った。
「言って御覧なさい。聞いてあげるわ」
「・・・・・・有り難う」
 ジョンソンも気を落ち着けた。そして息を大きく吸い込んだ後語りはじめた。
「あの保安官の言ったことは本当だ。私の本当の名はラメレスという。盗賊達の首領だ」
 ミニーはそれを聞いてそれ見たことか、という顔をした。
「私は盗賊達の首領の息子として生まれた。だが私はそれを知らなかった。父は事業をやっていると聞かされていただけだった。そして裕福な生活の中で暮らしていた」
「人々から盗んだお金でね」
「・・・・・・否定はしない。父が盗賊だということを知ったのはほんの半年前だった」
 彼は言葉を続けた。
 

 

第二幕その四


第二幕その四

「父が亡くなった。そして私の許に残された遺産はその盗賊達だけだったのだ。私は彼等を率いて生きるしかなかったのだ」
 彼は自分の運命を呪って言った。
「こんな生活から一日でも早く逃れたかった。だが出来なかった。そして今もそうだ」
 ミニーは彼を黙って見た。
「私は確かに盗賊だ。だがこれだけは言いたい、ポルカに入ったのは決して盗む為じゃないんだ」
「じゃあ何の為に!?」
 ミニーは問うた。
「それは・・・・・・」
 ジョンソンは言葉を止めた。
「ほら、言えないのでしょう!?」
 彼女は冷たい声で言った。
「・・・・・・わかった、言おう」
 ジョンソンは再び口を開いた。
「貴女がいたからだ」
 ミニーはそれを聞いてジョンソンの顔をハッと見た。
「モンテレーで会った時から思っていた。もう一度会いたいと。そしてずっと捜していた」
「・・・・・・嘘なのね」
「嘘じゃない、そしてポルカに辿り着いたのだ。長い間捜し求めて」
「・・・・・・・・・」
 ミニーはそれを聞いて再び沈黙した。
「やっと会えた。だがそれも終わりだ。私はこの場を去ろう」
「・・・・・・ええ、出て行って」
 ミニーは言った。
「貴方は確かに何も盗んでいない。けれど私に嘘をついた、それだけで充分よ!」
 彼女は涙を流していた。
「早く出て行きなさい!そして二度と私の前に姿を現わさないで!」
「・・・・・・わかった」
 ジョンソンはその言葉に頷いた。そして扉に向かった。
 擦れ違う。だが二人は顔を合わせなかった。
 ジョンソンは小屋を出た。そして繋いである馬に向かった。
「吹雪も止んだか」
 彼は辺りを見回して言った。足下には雪が積もっている。
「出て行くには絶好の時だな」
 そう呟いて馬を解き放とうとする。
「やっと出て来たな」
 その彼を遠くから見る男がいた。
 ランスである。彼は帰るふりをして彼が小屋から出て来るのを待っていたのだ。
「落ち込んでいるな。どうやらミニーにも振られたらしい」
 彼はそれを見て笑みを浮かべて言った。
「だがそれも少しの間だ。今楽にしてやるからな」
 そう言ってライフルを構えた。慎重に狙いを定める。
 銃声がした。それは小屋の中にいるミニーにも聞こえた。
「まさか・・・・・・」
 ミニーはそれを聞いて顔を蒼くさせた。
「いや・・・・・・」
 だが彼女は頭を振った。
「そんなことあたしの知ったことじゃないわ」
 必死に思いを振り解こうとする。だがその時何かが小屋に当たる音がした。
「駄目よ・・・・・・」
 ミニーは再び頭を振った。
「駄目なのよ・・・・・・」
 だが気持ちまでは抑えられなかった。堪らなくなって扉を開けた。
「あ・・・・・・」
 ミニーはそれを見て息を飲んだ。足下の雪が紅く染まっていたのだ。
 そしてその中心に彼がいた。撃たれて倒れている。
「ミニー・・・・・・」
 ジョンソンは彼女が扉を開けてこっちを見ていることに気付いた。
「大丈夫!?」
 ミニーは咄嗟に駆け寄った。
「駄目だ・・・・・・」
 ジョンソンはそれを拒絶しようとする。
「いえ」
 だがミニーは逆にその拒絶を拒んだ。
「怪我人を放ってはおけないわ」
 そして彼を小屋の中に引き摺るようにして入れた。
「ミニー、僕は出て行かなくてはいけないんだ」
 ジョンソンはそれでも小屋を後にしようとする。だが怪我の為思うように動けない。
「そんな怪我で何処に行くのよ」
 ミニーはそんな彼に対して言った。
 

 

第二幕その五


第二幕その五

「今は私に任せて。そんな身体で外に出ても凍え死ぬだけよ」
 そう言って彼を屋根裏に押し上げた。
「多分あの男すぐにやって来るから」
 ミニーにはわかっていた。誰が彼を撃ったのかを。
 梯子を片付ける。そして何も無かったかのように小屋の中を取り繕った。
 すぐに扉をノックする音が聞こえてきた。
「・・・・・・来たわね」
 ミニーは思わず身構えた。そして扉の前に行く。
「どなた?」
 ミニーは尋ねた。
「俺だ」
 ランスの声だった。
「どうしたの?」
「ラメレスを捜しているのだが」
 ミニーはそれを聞いてやはり、と思った。
「ここにはいないわよ」
「じゃあこの血は何だ!?」
 ミニーはそれを聞いて内心舌打ちした。
「疑っているのね」
「保安官として当然だ」
 ランスは答えた。
「小屋の中を調べたいんだが」
「・・・・・・いいわ」
 ミニーは覚悟を決めて言った。
「どうぞ」
 そして扉を開けてランスを小屋の中に入れた。
「ううむ・・・・・・」
 小屋に入ったランスは中を見回した。
「好きなだけ捜したら!?」
 ミニーは覚悟を決めた。そしてそのうえでランスに対して言った。
(何と気の強い女だ)
 彼は内心そう思った。だが口には出さなかった。
「それで誰もいなかったら帰ってね。そして二度とここには来ないで」
「わかった」
 ランスは内心歯噛みしながら答えた。そして小屋の中を調べ続ける。
 カーテンの中を見る。寝台も調べる。
「どう、何かあった?」
 ミニーが半ば勝ち誇るように言った。
「いや、何も」
 ランスは彼女を悔しそうに見ながら言った。
(だが絶対にここにいる)
 確信はあった。だからこそ調べているのだ。
(それに俺は奴をここに入れるのを見ているのだしな)
 小屋から外に出して隠すにしても窓からしかない。窓からは傷を負っていて無理だろう。
 それに外だとこの寒さでは凍死しかねない。厩も馬が騒ぐ。だとすればここしかない。
(しかし一体何処に・・・・・・)
 何処にもない。ふう、と溜息をついた。
「ね、誰もいないでしょう?」
 ミニーは勝ち誇った声で言った。ランスはそれを聞いて舌打ちした。
 止むを得ない、諦めようとした。その時だった。
「!?」
 見れば右手の甲に何か着いている。
「これは!?」
 それを見たミニーの顔が蒼白になった。
「・・・・・・血か」
 ランスはその赤いものを見て言った。
「何処かでひっかけた記憶は無いしな」
 拭いた。やはり傷は無い。
「だとすれば何処かで着いたんだな」
 考える。
「一体何処だ・・・・・・」
 その時手の甲に再び着いた。
「ムッ!?」
 上からだ。咄嗟に見上げる。そこは屋根裏だった。
「そうか、そこか・・・・・・」
 ランスは上を見てニヤリ、と笑った。天井から血が滴り落ちてきているのだ。
「ミニー椅子を借りるぞ」
 そう言って天井に行こうとする。
「駄目、それは駄目!」
 ミニーは蒼白となった顔で叫んだ。
「いや、俺は遂に見つけたんだ!」
 ランスは椅子を持って来ながら言った。
「ラメレス、貴様は縛り首だ!」
 そして椅子に足をかけようとする。だがミニーがそれを押した。
「ウワッ!」
 慌ててバランスを立て直す。何とかこけずに済んだ。
 

 

第二幕その六


第二幕その六

「ミニー、何をするんだ!」
 そしてミニーに向かって叫んだ。
「今あの人は傷を負っているのよ!」
「それがどうした!」
「あんた怪我している人間を連れて行くつもりなの!?」
「そうだ、それが悪いか」
 ランスはミニーを睨み付けて言った。
「俺は保安官だ。罪人をしょっぴくのが俺の仕事だ」
「あんた前言っていたわよね」
 ミニーはランスを睨み返して言った。
「例え罪人でも怪我している奴は捕まえないって。怪我している奴を捕まえて喜んでいるのは本当の西部の男じゃないって」
「・・・・・・・・・」
 ランスは何も言い返せなかった。確かに言ったからだ。そしてそれは彼の西部の男としての信条であったからだ。
「・・・・・・思い出したかしら」
「・・・・・・ああ」
 ランスは苦味に満ちた声で答えた。
「・・・・・・だが条件がある」
 彼は怒りに満ちた目で言った。
「俺と勝負して勝ったならな」
「怪我人に対してよくそんなことが言えるわね」
「安心しろ、そこにいる盗賊に対してじゃない」
 彼は天井を見上げて言った。
「俺が勝負を申し込むのは・・・・・・」
 顔を下に戻した。
「あんたにだ」
 そしてミニーを指差して言った。
「あたしに!?」
「そうだ、あんたにだ」
 ランスはミニーを睨み付けて言った。
「あんたが勝ったら俺はここから何も言わず引き揚げる。だが俺が勝ったら・・・・・・」
 ランスは言葉を続けた。
「あの男は捕まえる。そしてあんたは・・・・・・」
 ミニーは次の言葉を待って息を飲んだ。
「俺のものだ」
 ランスの自分への気持ちはよくわかっている。ランスもそれは隠そうとはしていない。ポルカでもそうだったのだから。
「・・・・・・いいわ」
 ミニーは答えた。そしてランスを睨み返した。
「で、勝負は何?銃?望むところよ」
「いや、それは止めにしよう」
 ランスは言った。
「じゃあどうするつもり!?」
「カードだ」
 ランスは言った。
「俺は元は博打打ちだ。あの男は盗賊。そしてあんたは居酒屋と賭博場の女主人。どいつもこいつもカードとは切っても切れない関係だ。悪くないだろう」
「・・・・・・ええそうね」
 ミニーはそれを聞いて答えた。
「所詮同じ様な状況に住んでいる人間だからね。盗賊も博打打ちも」
「そういうことだ。この西部では特にな」
「で、何で勝負するの?ポーカー!?ブラックジャック!?」
「ポーカーにするか。それがこの西部には最もお似合いのカードだ」
「わかったわ」
「いいな、俺が勝ったらあんたとその男は俺のものだ」
「ええ。その代わり私が勝ったなら・・・・・・」
「わかっている」
 ランスは頷いた。そして二人は席に着いた。
「用意はいいか!?」
 ランスはカードを取り出してながら問うた。
「ちょっと待って」
 ミニーは戸棚のところに行き何かを探している。
「どうしたんだ?」
 ランスはカードを切りながら尋ねた。
「ちょっとね、新しいカードを」
 戸棚から何かを出した。
「カードならここにあるが」
 ランスは切ったカードをテーブルに置いて言った。
 

 

第二幕その七


第二幕その七

「そう、それならいわ」
 取り出した何かをサッと靴下の中に入れた。
「御免なさいね。少し慌ててしまって。何しろ人一人の命がかかっているんですもの」
「・・・・・・そうだな」
 ランスは顔を強張らせて言った。
「では用意はいいか?」
「はい」
 ミニーは席に着いた。
「何回勝負!?」
「三回だ」
 ランスは言った。
「わかったわ。じゃあはじめましょう」
「よし」
 二人はカードを挟んで睨み合った。そして勝負がはじまった。
「何枚だ!?」
 ランスは問うた。
「二枚」
 ミニーは答えた。カードが手元に投げられる。ランスは三枚取った。
「ツーペアだ。そっちは?」
「ファイブカード」
 ミニーは答えた。
「そうか。まずはあんたの勝ちだな」
 ランスはそう言うと再びカードを切った。
「だが次はこうはいかない」
 そしてミニーと自分に五枚ずつ投げた。
 二人はそれをそれぞれ手に取った。そしてカードを見る。
「何枚だ?」
 ランスは問うた。
「二枚」
 ミニーは二枚のカードを交換した。
「俺は一枚だ」
 ランスは一枚交換した。
「エースのワンペアだ」
「あたしは何もないわ」
 ミニーは表情は変えなかったが険しい声で言った。
「これで五分と五分だな」
 ランスは彼女を睨んで言った。そこには欲望はなかった。ただ勝負に燃える賭博師の顔があった。
(どうやらこれが俺の本性らしいな)
 ランスはふと思った。それを何故か楽しく思った。
(勝ちたい)
 ランスはその考えを抑えられなくなった。
(カードと銃だけは誰にも負けん)
 彼の心の中にある血が騒いでいた。そこにはジョンソンやミニーへの感情とは別のものがあった。
「これが最後ね」
 ふとミニーが言った。ランスはその言葉にハッとした。
「そうだ」
 彼は低い声で言った。
「ぞっとするわね、これで決まるかと思うと」
 ミニーは険しい声のまま言った。
「そうか。俺は一つのことしか考えていないがな」
 ランスは表情を変えずに言った。
「この勝負に勝つことだけだ」
 毅然とした声で言った。そして切ったカードを投げる。
「そう」
 ミニーはそれを聞いて答えた。カードを受け取った。手に取り見る。その時だった。
「一つお願いがあるのだけれど」
 ミニーの青い目が一瞬光った。しかしランスはそれはカードに注ぐ光だと思った。
「何だ!?」
 ランスは尋ねた。
「お水を取って頂戴。喉が渇いたわ」
「そんなことか」
 ランスは少し拍子抜けしたがそれを顔には出さなかった。
 彼は席を立った。そして瓶とコップを手に取った。
 コップに瓶の中の水を注ぐ。その時彼はミニーから目を離した。
 それは一瞬であった。だが彼女はその一瞬の時を逃さなかった。
 手にするカードを自分の服の胸のところに隠した。そして靴下から五枚のカードを取り出したのだ。
「ほら」
 彼はその水をミニーに差し出した。
「有り難う」
 ミニーはそれを受け取った。そして口に含んだ。
「怖いのか」
 彼はそれを見て問うた。
「どうして?」
 ミニーは逆に尋ねた。
「俺に負けるのが」
「いいえ」
 ミニーはそれを否定した。
「喜びのあまり喉が渇いたのよ」
 そう言うとニヤリ、と笑った。
「どういう意味だ!?」
 ランスはそれに対して問うた。
「カードは変えないの?」
「ああ」
「じゃああたしも」
「そうか」
 彼はミニーの顔に何かを感じたが口には出さなかった。
(あの自信、かなりのカードか)
 そう思った。しかし顔には出さない。
「貴方のカードは?」 
 ミニーは再び尋ねてきた。
「スリーカードだ」
 彼はカードを見せて答えた。
「あたしの勝ちね」
 ミニーは再びニヤリと笑って言った。
「あんたのカードは!?」
「エースのフルハウス」
 そう言ってカードを見せた。その通りだった。
「そうか」
 ランスはそれを見て言った。顔にも声にも出さなかったが落胆した。
「邪魔したな」
 彼は席を立った。そして扉を出て小屋を後にする。
 ミニーはすぐに席を立ち小屋の扉に錠を下ろした。遠くから馬の鳴き声が聞こえる。それはすぐに遠くへ消えていった。
「終わったわ・・・・・・」
 ミニーはそれを聞いてホッと胸を撫で下ろした。
「あたしは勝ったのね」
 屋根裏からジョンソンを出す。彼は気を失っている。
「貴方は助かったのよ・・・・・・」
 そしてジョンソンを抱く。
「成功してよかった・・・・・・」
 彼女はイカサマが成功したのを心から喜んだ。
「こんなこと神様はお許しにならないでしょうけれど」
 泣いていた。ジョンソンを救った喜びと神に許されることをした悔恨から泣いていた。
「それでもあたしは貴方を救いたかった・・・・・・」
 そして救った。彼女はジョンソンにしがみついて泣いていた。
 

 

第三幕その一


第三幕その一

                   第三幕 森
 あのカードの勝負から数ヶ月が過ぎた。ジョンソンを小屋に匿ったミニーはそこから動かなかった。そして彼をつきっきりで懸命に看病した。
 その介あって彼は順調に回復した。そして傷も癒え彼はミニーに別れを告げ小屋を後にすることになった。
 面白くないのはランスや他の者達である。盗賊の首領は捕まえられずミニーも彼につきっきるでポルカに出て来ないからだ。
「糞っ、忌々しい野郎だ」
 ランスは吐き捨てるように言った。
 ここはポルカのある町から離れた森である。そこに男達はいた。
 馬は木に止めてある。そして切り株に腰を下ろし休息をとっている。
 皆厚いコートを羽織っている。そして火を囲んでいる。
「ニック、さっきの話は本当だろうな」
 ランスは火を見ながら向かいにいるニックに対して言った。
「ええ、本当ですよ」
 ニックは棒で火をかきたてながら答えた。
「あの男を捕まえたらあっしからもお金を出しますよ。十週間分のチップをね」
「それはいいな」
 彼はそれを聞いて凄みのある笑みを浮かべた。
「当分酒にも煙草にも困りそうにない」
「安いものですよ。あいつが捕まるんなら」
 ニックは棒を脇に置いて言った。
「そうだな。ミニーの小屋でぬくぬくとしていたあいつが捕まるんならな」
 男の一人が言った。
「そうだろう。あいつだけは絶対に生かして帰してはいけない」
 ランスは一同に説き聞かすように言った。
「盗賊は縛り首、それは西部の掟だからな」
「そうだ、一人たりとも逃がしちゃいけない」
 木に背をもたれさせて立っていた男が言った。
「さもないと俺達がやられる」
 男達は口々に言った。
「そういうことだ。小屋にいる時は手が出せないがそこから出たら俺達のものだ」
 ランスは酷薄な顔になった。
「捕まえて今までの罪を償わせてやる。この木のどれかに吊るしてやるからな」
「そうだな、早く吊るしたいものだ」
 男達は口々に言った。
 辺りはまだ暗い。寒く陽も差してはいない。
 しかしそこに陽が差してきた。森の中も明るくなってきた。
「太陽か」
 ランスは朝陽を確かめて呟いた。
「これで奴を隠す夜の闇は消え去った」
 その時遠くから声がした。
「アッシュビーか」
 彼は声のした方を振り向いて言った。
「おうい旦那」
 アッシュビーがやって来た。
「どうした、見つかったか」
 ランスは彼に対して問うた。
「今怪しい奴を見つけてな。それを伝えようと思って来たんだ」
「そうか、奴かな」
 ランスはそれを聞いて言った。
「多分な。馬に乗っているし」
「そうか、よし」
 ランスはニヤリ、と笑った。
「いたぞ、間違いない!」
 遠くから声がした。
「どうやらアッシュビーの言う通りだったみたいだな」
 ランスは自信に満ちた声で言った。
「逃がすな、追い詰めろ!」
 どうやら追う方も馬に乗っているらしい。動きが速い。
「さて、と」
 ランスはゆっくりと立ち上がった。
「縛り首の準備でもするか」
 数人その言葉に動いた。
 アッシュビーはそんな彼を黙って見ていた。
「ん、どうした俺の顔に何かついているか?」
「いや」
 彼はランスに問われた。
「どうもあんたが変わったみたいな気がしてな」
「俺が!?」
 ランスはそれを聞いて眉を上げた。
「ああ。あの男がポルカに来た時からな。俺の気のせいだといいんだが」
「かもな」
 ランスはそれを聞いて表情を暗くさせた。
「しかし今はこうするしかない」
 彼は声まで暗くさせて言った。
「銃は使うな、生け捕りにしろ!」
 遠くからまた声がした。
「そうだ、生け捕りにしろ」
 ランスはそれを聞いて言った。
「そうでなければ意味がない」
 彼は暗い笑みを浮かべて呟いた。アッシュビーはそれを見て顔を顰めた。
「俺も行く」
 彼はそう言ってその場を離れようとした。それ以上ランスのそんな顔を見たくなかったからだ。
「ああ」
 ランスはそれを了承した。
「頼むぞ」
「わかった」
 アッシュビーは側に繋いであった自分の馬に乗った。そしてその場を後にした。
「ミニー、今度はあんたの番だ」
 ランスは遠くへ行くアッシュビーを見ながら呟いた。
「俺はカードでしてやられた。その仕返しだ」
 そして葉巻を取り出した。
 

 

第三幕その二


第三幕その二

「やられたらやりかえせ、西部の鉄の掟だ」
 そう言いながらも彼の顔は晴れなかった。
「たとえそれが天が許さなくてもな」
 罪悪感に満ちた声だった。それは自分でもわかっていた。
「そしてラメレス、貴様だけは地獄に送ってやる」
 彼はそこで表情をキッとさせた。
「貴様のせいでこうなったのだからな」
 その時遠くから再び声がした。
「よし、追い詰めたぞ!」
 ランスは周りの者に対して問うた。
「縄の方はどうなっている!?」
「もう出来てますよ」
 一人が言った。見ればそうである。
「ならいい。もうすぐだな」
 彼は遠くに見える木に掛けられた縄を見て言った。
「あの男が腐った果実になる時は」
「よし、もう逃げられねえぞ!」
 暫くしてまたもや声がした。
「保安官」
 ソノーラがやって来た。息を切らしている。
「どうやらいい話のようだな」
 ランスはその様子を見て言った。
「ああ、捕まった」
「よし」
 ランスはそれを聞いてニッ、と笑った。
「これであの男もおしまいだな」
「ああ」
 ソノーラはそれに対して答えた。
「しかし骨が折れたよ」
「だろうな。見つかってからやけに時間がかかった」
「手強かった。まるで猟犬に追い詰められたコヨーテみたいだった」
「奴も必死だからな。そうなるだろう」
 ランスはそれを聞いて言った。
「しかしな」
 彼はそこで顔をソノーラから離した。
「これで奴もおあしまいだな」
 その眼の向こうには縄があった。
「さあ、早く来い!」
 声がした。
「来たな」
 ランスはその声に再び振り返った。
「ミニー、見ておくがいい」
 彼はミニーの小屋がある方へ顔を向けて呟いた。
「あんたの愛しい男はこれで最後だ」
 そして葉巻を捨てた。足でその火を消す。
「今から盗賊に相応しい褒美を与えてやる!」
 声は次第に近付いて来ている。
「恨むのならあの男を恨むんだな。逃げ遅れたあの男を」
 やがて声の主である一団が見えてきた。皆歓声をあげ誰かを引き立てている。
 その男も見えた。ジョンソンである。腕を後ろで縛られ小突かれながら引き立てられている。
「さあ歩け、もっと早くだ!」
 アッシュビーが言った。ジョンソンは顔を顰めている。
「俺は約束を守った。潔く引き下がった」
 あの時のカードの勝負が脳裏に甦る。
「だが今回はそれとは違う」
 彼は再び呟いた。
「あの男は逃げられなかった。そして捕まった」
 それはその通りであった。
「そうなればどうなるか、西部に住んでいたら嫌でもわかることだ」
 一団はもうすぐそこまで来ていた。アッシュビーがこちらに走しって来た。
「俺は掟に従っているだけだ。この西部のな」
 自分に言い聞かせる様に言った。
「しかし・・・・・・」
 彼はここで表情を再び暗くさせた。
「何故だ、どうしても気が晴れない」
 そこへアッシュビーがやって来た。
「おう、やっと連れて来たぜ」
「ああ、有り難う」
 ランスはそれに対し言葉を返した。
「で、もう準備は・・・・・・ああ、もう出来ているな」
「ああ、手際良くやってくれた」
 ランスは縛り首の用意をした男達を親指で指し示しながら言った。
「じゃあいいや。おっ、来たぜ」
 ジョンソンが引き立てられて来た。彼はランスを睨み付けていた。
「久し振りだな」
 ランスは勝ち誇った声で声をかけた。
「・・・・・・そうだな」
 ジョンソンは言葉を返した。声には媚も諂いも無かった。強い声だった。
「大したものだな。この状況でそんな態度を取れるとは」
「生憎な。伊達に盗賊の頭をやっていたわけじゃない」
「うむ、盗賊だな、確かに」
 ランスはその言葉に対し頷いて言った。
「だとすればわかっているな」
「・・・・・・・・・」
 ジョンソンは答えなかった。
 

 

第三幕その三


第三幕その三

「これからどうなるか」
 ランスは言った。
「覚悟は出来ている」
 ジョンソンは言った。
「よし、いい度胸だ」
 ランスはそれを聞いて言った。
「その度胸に免じてせめて苦しまずにしてやる。感謝しろ」
「そうだ、この人殺しが」
 誰かが言った。
「それは違う」
 ジョンソンはそれに対し反論した。
「俺は人は殺しちゃいない」
「嘘をつけ!」
 皆それに対しいきり立った。
「俺は嘘は言わない」
 ジョンソンは再び反論した。
「俺は確かに盗賊だ、だが誇りもあるんだ。その誇りにかけて嘘は言わん」
「・・・・・・そうか」
 ランスはそれを落ち着いた態度で聞いていた。
「だがポルカに入ったのは店の金を盗むつもりだったのだろう」
 彼は問うた。
「・・・・・・最初はそうだった」
 ジョンソンは白状するように言った。
「しかし何故盗まなかったんだ!?」
 ソノーラが尋ねた。
「それは・・・・・・」
 ジョンソンはそれを問われ逆に口篭もった。
「ミニーを見たからか?」
 そこでソノーラは再び尋ねてきた。
「それは・・・・・・」
 ジョンソンは答えられなかった。だがそれは肯定であった。
「そうか」
 彼はそれを見て頷いた。
「どちらにしろあんたはここでは何も盗まなかったんだな」
「ああ」
 ジョンソンはそう言って頷いた。
「だがそれが何になるというんだ!?」
 彼を引き立てている男達が騒ぎだした。
「ソノーラさん、だからあんたは甘いって言われるんだ!」
「そうだそうだ、盗賊は縛り首にしろ!」
「久し振りに腐った果実を見たいんだ!」
 彼等は興奮していた。そして口々に叫ぶ。
「皆まあそういきり立つな」
 ランスは彼等を宥めた。
「ラメレス、行くぞ」
「ああ。だが少しだけ話させてくれ」
「何をだ!?」
 ランスはそれを聞いて顔を顰めた。
「まさか命乞いではないだろうな」
「そんな見苦しいことはしない」
 彼はランスを見据えて言った。
「そうか。だがな、皆御前を早く絞首台に送りたくてしょうがないんだ」
 見れば皆激しい憎悪の目で彼を見ている。
「そうか・・・・・・」
 ジョンソンはそれを見て諦めた。しかしソノーラが言った。
「まあ待て、罪人も最後には神父様に懺悔する機会が与えられる。彼にもそれ位認めてやろう」
「しかし・・・・・・」
 皆彼の提案を拒絶しようとした。だがソノーラはそんな彼等に対して言った。
「俺達は神様を信じているだろう?ならそれ位いいじゃないか」
 神を持ち出したことが決定打となった。
「まあちょっとだけなら・・・・・・」
 彼等は渋々ながらもそれを承諾した。
「いいかい、ランスの旦那」
 彼はランスに対しても尋ねた。
「ああ、だがほんの少しだけだぞ」
 彼もそれを認めた。
「そういうことだ。ラメレス、話してみろ」
 ソノーラはジョンソンに顔を向けて言った。
「すまない」
 ジョンソンは彼に礼を言った。
「俺はもう心残りは無い。いつかはこうなるとわかっていたからな」
 彼はランスやソノーラの方に身体を向けて話しはじめた。
「だが一つだけ心残りがある」
 彼は少し俯いて言った。
「ミニーのことだ」
 それを聞いたランスは顔を顰めた。
「彼女のことで頼みがある。彼女には俺がどうやって死んだか絶対に教えないでくれ」
「わかった、それは約束する」
 ソノーラはそれを聞いて言った。
「皆もそれは誓ってくれるな」
 そして彼は仲間達の方を振り向いて言った。
「あ、ああ」
 彼等は戸惑いながらもそれを了承した。
「ラメレス、この通りだ。それは安心してくれ」
 そして彼はあらためてジョンソンに対して言った。
「・・・・・・有り難う」
 ジョンソンは再び礼を言った。そして言葉を続けた。
「彼女は俺が無事に何処かへ旅立ったと信じているんだ。そして俺がいつかまた帰って来ると信じている。その想いだけは決して壊したくはないんだ」
 彼はさらに続けた。
「だが俺は今から死ぬ。ミニーに別れを告げずにな。ミニーは俺の荒んだ生活の中で唯一つ見つけた花だった」
「・・・・・・話は終わったか」
 ランスはそれを聞いて言った。
「ああ、もうこれで終わりだ」
「そうか」
 そして彼はジョンソンに歩み寄った。
「行くぞ」
「わかった」
 そして縄がかけられている木の下に向かった。
 男達はその周りを取り囲んだ。ランスは腕を組んで見ている。ソノーラは縄の下に来たジョンソンに対して問うた。
「目隠しはいるか?」
「いや、いい」
 ジョンソンはそれを断った。そして台に登ろうとする。その時だった。
「待って!」
 不意に誰かの声がした。若い女の声だ。
「まさか・・・・・・」
 皆その声にハッとした。思わず動きを止めた。
「ミニーだ」
 誰かが言った。見ればミニーが馬に乗ってこちらにやって来る。
 

 

第三幕その四


第三幕その四

 その手には拳銃がある。それをこちらに向けている。
「おい、どうする・・・・・・」
 ニックが一同に対して問うた。彼女がここに何をしに来たか誰もわかっていた。
「どうするって・・・・・・」
 どうしていいかわからなかった。咄嗟にランスが叫ぼうとした。
「いいから早く・・・・・・」
 その時だった。ミニーが拳銃を撃った。
 それは縄を撃った。縄は根本から落ちた。
 ミニーがやって来た。馬から飛び降りまだ煙を出している拳銃を構えながらこちらに来る。
「まさかここに来るとはな」
 ランスは彼女を見据えて言った。
「一体誰がこんなことを!?」
 彼女はジョンソンの方に歩み寄りながら問うた。だが誰も答えようとはしない。
「法の裁きだ」
 ランスは彼女から目を離さずに答えた。
「あんたが法ですって!」
 彼女はそれを聞いて激昂した。
「よくもそんなことを!」
「おい、俺が保安官だと知ってそんなことを言うのか!?」
 ランスはそれでも引き下がらない。ホルスターに手をかけようとする。
「抜いてごらんなさい、そうしたらあんたの心臓を撃ち抜いてやるから!」
 ミニーは狙いを定めて言った。半ば叫んでいた。
「クッ・・・・・・」
 これには流石にランスも動けなかった。ミニーはその間にジョンソンの前に来た。
「おい」
 ランスは周りの者に顔を向けて言った。
「ミニーを何処かへ連れて行け。女一人どうだというんだ」
 だが誰も動けなかった。力や数の問題ではなかった。
「やれるものならやってごらんなさい」
 彼女は彼等を睨んで言った。
「あたしがどうなろうとこの人には指一本触れさせないわ」
 彼女は振絞るようにして声を出した。
「さあ、最初に死にたい人は誰?」
 その声を聞いて動ける者はいなかった。誰一人として動けなかった。
 二人後ろから近付こうとする。だがミニーに睨まれ動けなくなった。
「やらせない」 
 ミニーはあくまでジョンソンを守ろうとする。それを見たソノーラが前に出て来た。
「皆、もういいじゃないか」
 そして彼はミニーとジョンソンを取り囲む仲間達に対して語りかけた。
「ミニーが我々にしてくれたことを思えば。それを考えると彼を見逃すこと位何でもないじゃないか」
「・・・・・・・・・」
 一同はその言葉を聞いて沈黙した。
「なあハリー、御前だってそう思うだろう?」
 彼は赤い髪の男に対して語りかけた。
「御前が鉱山で怪我をして死の淵を彷徨っていた時に彼女は御前を付きっきりで看病してくれた。そして妹さんが見えた時も彼女が案内してくれたよな」
「・・・・・・ああ」
 その赤い髪の男は顔を俯けながらも頷いた。
「トリン、手紙を書いた時のことは覚えているよな」
 今度はくすんだ金髪の若い男に対して言った。
「御前は字はあまり読めない。そんな御前に彼女は優しく教えてくれた。だからあの手紙が書けたんだったよな」
「そうだ・・・・・・」
 その男も頷いた。
「御前も、御前も」
 彼は周りにいる男達に顔を向けながら言った。
「皆ミニーに恩を受けている筈だ。当然この俺もその恩を今返さなくて何時返すというんだ?」
 誰も答えられなかった。ソノーラの言葉に誰もがその心を揺るがせていた。
「アッシュビー、あんたも俺と同じ意見だよな」
 彼はアッシュビーに対して話を振った。
「それは・・・・・・」
「あんたはいつも言っていた。西部の男は恩は決して忘れないと。だったら今その恩を返そうじゃないか」
「しかし・・・・・・」
 彼も容易には言えなかった。
「俺達は確かに荒くれ者だ。しかしそんな俺達だって人間だ。人間ならこういった時にはどうするべきかわかるだろう!?」
「・・・・・・・・・」
 ソノーラの言葉は熱を帯びてくる。だが皆まだ頷けない。
 

 

第三幕その五


第三幕その五

「そんな荒くれ者の俺達に優しく世話になってくれたミニー、彼女の為に今動こうじゃないか」
「ソノーラ・・・・・・」
 ミニーとジョンソンは彼のその真摯な言葉に心を打たれた。
「ラメレスだって人を殺しちゃいない。しかもここでは何も盗んじゃいない。だったら何も問題はないじゃないか」
「そう、だよな」
 誰かがポツリ、と言った。
「ここでは何もしていないんだ、だったら問題ないじゃないか」
 皆ソノーラの話に次第に賛同していった。
「しかしランスが言った、あいつは捕まえなくてはならないと」
 皆ランスの方を見る。彼は一言も語ろうとはしない。
「確かに彼は正しい。しかし・・・・・・」
 彼等は自らの良心に問うた。
「俺達は自分の心に逆らうことは出来ないんだ」
「そうだ、神様の御心には逆らえない」
 彼等は次第にその心の奥底に宿るものに心を委ねだしていた。
「皆、そうだろう!?」
 ソノーラはまた言った。
「ニック、あんたもその筈だ。あんたもミニーには色々と助けてもらってきたじゃないか」
「そ、そうだな」
 ニックもその言葉に頷いた。
「今はミニーの為に俺達は動こうじゃないか」
 彼はまた言った。そして再び一同を見る。
「・・・・・・そうだな」
 アッシュビーが言った。
「俺はソノーラの意見に賛成する。ミニーあんたを助けるよ」
「アッシュビー・・・・・・」
 それを聞いたミニーとジョンソン、そしてソノーラの顔が明るくなった。
「俺もだ」
 ニックが続いた。
「ミニーにはポルカに雇ってもらってから色々と世話になったしな。あんたに雇ってもらわなかったら俺は今頃のたれ死んでいただろうからな」
「有り難う・・・・・・」
 ミニーとジョンソンは彼に対し礼を言った。
「俺もだ」
 また一人賛同した。
「俺も」
 そしてまた一人。それは次第に拡がっていく。
 遂には皆ソノーラの意見に賛同した。ランスは俯いてそれを黙認している。
「これであんたは自由だ」
 ソノーラはそう言うとジョンソンに近付いた。そして手を自由にしてやった。
「ソノーラ、済まない」
 ジョンソンは彼に対して礼を言った。
「いや、俺のおかげじゃない」
 彼はそれに対し首を横に振った。
「ミニーのおかげだ」
 彼はミニーに顔を向けて言った。
「ミニー・・・・・・」
 ジョンソンはミニーに顔を向けた。
「ジョンソン・・・・・・」
 彼女もミニーを見た。
「有り難う」
 そして彼女を強く抱き締めた。彼女も彼を同じように抱き締める。
「これからあんた達はどうするんだい?」
 ソノーラは二人に対して尋ねた。
「それは・・・・・・」
 二人は口篭もったがやがて答えた。
「悪いけれどここを去るわ。そしてソレダードへ戻るわ」
「盗賊達は解散する。彼等ももうこんなことはしたくないと言っていたし」
「そうか。じゃあこれからは二人で暮らしていくんだな」
「・・・・・・ええ」
 ミニーはソノーラの言葉に答えた。
「これからはずっと一緒よ」
「ミニー・・・・・・」
 ジョンソンはその言葉に目頭を熱くさせた。
「じゃあこれでお別れだな」
 アッシュビーがそれを聞いて言った。
「もう二度と会えないだろうね」
 ニックが寂しそうに言った。
「ええ。だけど貴方達のことは一生忘れないわ」
 ミニーは彼等に対して言った。
「ミニーと再会することが出来たこのカルフォルニア・・・・・・。どうして忘れられるというんだ」
 ジョンソンも言った。
「もう二度と帰っては来ないんだね」
 一同の中の一人が言った。
「ええ。だけど心のは永遠に残るわ」
「それならいい」
 皆が言った。
「それだけで充分だ」
「・・・・・・有り難う」
 二人は彼等に礼を言った。そして馬に乗った。
 ジョンソンが手綱を握る。ミニーはその後ろに乗った。
「貴方達と共に過ごした時のことは永遠に」
「ソレダードにいてもそれは永遠に」
 ジョンソンとミニーは彼等に対して言った。
「ああ、何時までもな」
 皆それを見送った。ジョンソンは手綱を動かした。
 馬がいななく。そして歩きはじめた。
「それじゃあ」
「ああ、さようなら」
 そして二人は最後に皆に対して、そしてカルフォルニアに対して告げた。
「さようなら、私達のカルフォルニア!」
 二人はもう振り返らなかった。そのまま遠くへ去って行く。
 すぐに森の向こうへ消えた。皆それを何時までも見送っていた。
「・・・・・・これで良かったのか」
 ランスはそれを遠くから見つめながら一人呟いた。
「ミニーは勝ち取ったんだ、己の幸せを」
 そう言って懐から葉巻を取り出した。
「俺の負けだ。俺は結局単なる卑怯者に過ぎなかった」
 うなだれて葉巻に火を点けようとする。その時横から誰かが火を差し出した。
「・・・・・・ソノーラか」
 彼はその火を差し出した男を見て言葉を出した。
「あんたは卑怯者なんかじゃないよ」
 彼は微笑んで言った。
「フン、よしてくれ」
 ランスはその言葉に対し申し訳なさそうに言葉を返した。
「おれがあの男を捕まえようとしたのは事実だ。俺もそれはもみ消さんさ」
「だがあんたはミニーの願いを聞き入れた」
「・・・・・・・・・」
 ランスはその言葉に沈黙した。
「カードもいかさまだとわかって退いた。ミニーが来た時も撃とうと思えば出来た。あんたの腕ならな」
「かもな」
 彼はしらばっくれるように言った。
「しかし退いたし撃たなかった。それはあんたがミニーの心に打たれたからさ。あんたは卑怯者でも冷血漢でもない」
「・・・・・・・・・」
「それは皆よくわかっているよ」
「・・・・・・有り難う」
 ランスは葉巻を吸い煙を噴き出した。それは朝の森の中に漂いすぐに消えていった。


西部の娘   完


                  2004・3・26