悪の騎士


 

第一章

                        悪の騎士
 ハイネル=フォン=ブラウーシュテルンは主であるアルトリンゲン侯爵にこう言われていた、場所は侯爵の部屋だ。彼だけが呼ばれていた。
 侯爵は茶色の髪を短く刈り濃い髭を生やした大男だ、黒い目の光は強い。
 服も重厚なものを着ている、その彼が長身でありしなやかさの中に逞しさもある彼に言ったのである。
「卿に命じたいことがある」
「それは何でしょうか」
「私の二番目の娘だが」
「ブランゲーネ様ですね」
「あの娘を守って欲しいのだ」
 こうハイネルに命じたのである。
「そうしてもらえるか」
「お言葉とあれば」
 これがハイネルの返答だった、蜂蜜色の髪を耳が見える程度に切っていて灰色の目の光は毅然としている、細く白い顔であり鼻が高い。
 その彼がだ、引き締まった唇から答えたのである。
「そうさせて頂きます」
「そうか、では頼むな」
 侯爵はハイネルの言葉を受けて謹厳な声で頷いた、そのうえであらためて彼に言った。
「ただしだ」
「何かあるのでしょうか」
「娘はどうもまずい者達に狙われているらしい」
「といいますと」
「魔族だ」
 侯爵の声が曇った、相手の剣呑さを意識して。
「娘は魔族、北の魔族達に狙われている」
「ブランゲーネ様がですか」
「彼等は今祭典の生贄を探している」
 北の魔族の風習だ、年に一度の祭典に娘を生贄に捧げているのだ。
 それは美しい娘なら種族は問わない、それでだというのだ。
「あの娘をな」
「そうですか」
「娘を守ってくれ、そしてだ」
「その為にですか」
「手段を問わないでもらいたいのだ」
 その娘を守る為にだというのだ。
「私としても娘を生贄にさせたくはない」
「幸せに生きてもらいたいですね」
「そうだ、だからだ」
 彼に娘を何としても守って欲しいというのだ。
「絶対にだ、頼むな」
「わかりました」
 このことにもだ、ハイネルは毅然として答えた。
「それでは」
「頼んだぞ、北の魔族は手段を選ばない」
 何をするにしてもだ、魔族といっても色々だが北にいる彼等は卑劣な手段を平気で使ってくることでも知られているのだ。
「その彼等だからな」
「わかっています」
「それではな」
 こう話してだった、ハイネルはブランゲーネの護衛となった。ブランゲーネは外見は父親ではなく母親似であった。
 栗色の巻いた豊かな髪の毛に森の様な緑の大きな瞳、あどけなく可愛らしい顔に小柄な身体。八歳の女の子に相応しい外見である。 
 性格も無邪気で陰がない、彼女の傍に来たハイネルにも笑顔でこう言う。
「ハイネルさん、今日も宜しくね」
「はい、姫をお守りします」 
 こう答える、そしてだった。
 彼は常に姫の傍にいて護衛を務めた、それだけでなく。
 密かにだ、部下達にこう言うのだった。
「いいか、魔族の刺客はだ」
「はい、見つけたらですね」
「容赦なくですね」
「いや、殺すな」
 部下達が言わんとしていることを察してこう言うのだった。
「出来る限りな」
「殺さないのですか?」
「刺客であるというのに」
「そうだ、出来る限り殺さず捕まえろ」
 そうしろというのだ。
「いいな」
「それは何故ですか?」
「何故殺さないのですか?」
 話を聞いた部下達は彼の真意がわからずこう問い返した。 

 

第二章

「あの、何かお考えがある様ですが」
「それは一体」
「その時に言う」
 刺客を捕まえたその時にだというのだ。
「わかったな、その時だ」
「ですか、それでは」
「刺客は捕まえます」
「出来る限り殺さずにだ」
 どうしてもという場合がある、命のやり取りなら。
 しかしそれでもどうしようもない場合はというのだ。
 そして実際に刺客が来た、それもである。
 毒見役が怪訝な顔でだ、ハイネルに自分の指輪を見せてきたのだ。この指輪も彼が毒見役に渡したものである。
 見れば銀色の指輪が曇っている、それを見てハイネルはすぐに察した。
「毒か」
「はい、先程姫様に茶を入れようとしたのですが」
 そこでだというのだ。
「こうなりました」
「そうか、茶か」
「茶の葉にでしょうか」
 毒見役は怪訝な顔でハイネルに問うた。
「だからでしょうか」
「いや、よく調べよう」
 断定は避けた、まずは調べるというのだ。
「水も何もかもな」
「調べますか」
「厨房全体を調べる」
 茶を淹れたそこからだというのだ。
「シェフ達もだ、わかったな」
「わかりました」
 こぷして毒見役の指輪から徹底的に調べられた、とりあえずシェフ達も徹底的に吟味されたが彼等は無実だった、元々忠誠心に篤い誠実な者達だったが結果はそうだった。
 そして厨房の食器や茶の葉、井戸の水も調べられた。その結果だった。
「カップにか」
「はい、陶器にです」 
 そこにだったのだ。
「毒が塗られていました」
「しかも姫が口をつけられる場所にだけか」
「これでは私が試しに飲んでもです」
 それでもだった、茶全体に毒がないから。
「わかりにくかったです」
「そうだったな、危うかった」
「ここまで企んでいるのはやはり」
「魔族だな」
 彼等ならではというのだ。
「それも北のな」
「謀略に長けたですね」
「あそこまで謀略に長けているのは他には西方のセグリアだけだ」
 彼等のいる帝国と対立している国だ、帝国の皇室とセグリア王家は代々宿敵の関係にあるのだ。
「あの家だけだな」
「しかし今はセグリアの可能性は」
「ないな、近年は共にアドルフォンと戦っているからな」
 北の魔族と組み勢力を伸張させている国だ、帝国とセグリアの共通の敵となっているのだ。
 共通の敵の前には長年の宿敵関係も休戦となる、それでだった。
「彼等ではないからな」
「ではやはりですね」
「魔族だ」
 北の彼等以外考えられないというのだ。
「到底な」
「ではここは」
「さらに調べるぞ」
 こう言うのだった。
「姫の茶飲みに近づける者を手当たり次第に調べる」
「わかりました」
「必要とあらばだ」
 その灰色の目が光った、そしてこう言った。
「拷問もする」
「それもですか」
「そうだ、これまでは尋問だけだったがだ」
 かなり厳しかったがそれはしなかったのだ、今までは。 

 

第三章

 しかしこれからはだと、彼は今毒見役に言ったのだ。
「それもする」
「わかりました、では」
 こうして今度は侯爵の領地全体が調べられた、密かにではあるが。
 そのうえで調べてだ、一人のメイドが捜査線上にあがった。
「新たに王宮に入ってか」
「はい、そうです」
 しかもだというのだ、部下達が密かに彼に言う。
「その出自も怪しいです」
「ロクサーヌ出身とあるが」
 ハイネルはそのメイドに関する調査書を見た、そこにはそう書いてあった。
「違うか」
「言葉の訛りが妙に」
「ロクサーヌのものではないか」
「はい、それに」
「しかもか」
「時折侯爵領の青の森に行っています」
「森、か」
「あの森には前から不穏な噂がありますね」
 ここでこう話されるのだった。
「その、件の」
「魔族だな」
「あの森の魔族達は大人しいですが」
「しかしだな」
「中に潜り込んでいるかも知れませんね」
「そうだな」
 ハイネルは部下の話に対して頷いた。
「ではそのメイドを追いだ」
「そしてですね」
「そのうえで」
「そうだ、青の森に入りだ」
 そしてだというのだ。
「掴むぞ、尻尾を」
「わかりました」
「では」
「ただ、だ。あの森の魔族は元々我々とも仲がいい」
 友好関係にあるというのだ。
「話で済めばそれでいい」
「では話で済まなければ」
「その時は」
「軍を連れていく」
 つまり話をするにあたって無言の圧力をかけるというのだ、事前に恫喝をしてそのうえで話をするというのだ。
「そうするぞ」
「それはまた強硬では」
「やり過ぎでは」
「構わない」
 ハイネルは言い切った。
「やり過ぎでもな」
「構いませんか」
「軍を連れて行っても」
「それで無言の圧力をかけても」
「それでも」
「無論彼等が下手にメイドや北の魔族を庇うとだ」
 その時はというのだ。
「剣を抜け、魔法も使え」
「そうしてですか」
「戦うのですか」
「それも辞さない、いいな」
 こう冷徹な顔で言うのだった、そして実際に。
 彼は兵を率いてその青の森に向かった、森を軍の一部で囲みその森の中の魔族の町にまで軍を率いて中に入った、そうしてだった。
 ハイネルは魔族の長の前に出た、そのうえで彼が率いてきたことに戸惑う魔族達、ダークエルフの彼等を見つつこう長に言った。
「この町に我が侯爵の宮殿にいるメイドが一人出入りしているな」
「はい、そうですが」
「そのメイドは今ここにいるか」
「それが何か」
「すぐに出してもらいたい」
 長も戸惑っている、その彼に言った。 

 

第四章

「すぐにな」
「あの、それは何故でしょうか」
「理由を言うつもりはない」
 長にもその理由は言わない。
「メイドがいるのならだ」
「貴方にお引渡しせよというのですね」
「捕まえてだ、いいな」
「はい、ですが」
「何だ?」
「あの、何故軍勢をこの町まで」
 これまでそんなことはなかった、彼等はお互いに長い間友好関係だったからだ、それがどうして軍を連れてだというのだ。
「我々は貴方達の友人の筈ですが」
「それはその通りだ」
 このことはハイネルも認めた、そうだと。
「我々はな」
「それならどうして」
「知れたことだ、メイドとだ」
 それに加えてだというのだ。
「メイドと結託している北の魔族の者もここに来ているな」
「北の?」
「そうだ、いるな」
「まさかそれは」
 長はダークエルフ特有の緑の目をここで顰めさせた。黒い肌と銀色の髪と髭もここで動いた、そして尖った耳を触ってからハイネルに答えた。
「黒エルフの」
「いるか」
「先日からこの町に行き来している商人ですが」
「どういった商人だ」
「やや言葉に北の訛りがあります」
「そうか」
「まさかあの者が」
「可能性があるな、ではだ」
 ハイネルはそこまで聞いてあらためて長に言った。
「その商人も出してもらおう」
「あの、ですが」
 長は戸惑いを隠せない顔でハイネルに言った、今彼等は町の中央にいてそこで二つに分かれている。片方にはハイネルと人間の軍勢がいる、そしてもう片方には長とダークエルフの者達がいる。完全に二つに分かれている。
 その中でだ、長は彼に言ったのだ。
「エルフの掟では」
「同じエルフならばだな」
「他の種族にお渡しできません」
「その者が罪を犯していない限りは」
「そうです」
 この掟を出すのだった、彼等の。
「ですから今も」
「その掟は知っている、だがだ」
 それでもだとだ、ハイネルは長に淡々とした口調で返した。
「渡してもらおう、その者は罪を犯しているからな」
「その証拠は」
「これからわかるかも知れない」
 言葉は仮定形だった、断定ではなかった。
「これからな」
「それでお渡しせよとは」
「渡してくれたなら礼はする」
 ハイネルはここで右手を挙げた、するとだった。
 兵達が車を出して来た、その台車にダークエルフ達が愛するエメラルドや銀が積まれていた。
 そのエメラルドや銀を指差してだ、長と他のダークエルフ達に言った。
「これを渡そう」
「エメラルド、それに銀ですか」
「遠慮なく受け取ってくれ、だがだ」
「こちらが引き渡さない場合は、ですか」
「わかると思う」
 今度は何も指ささない、既に後ろにあるからだ。
「森の外にもいる、若し何かがあればだ」
「そうですか」
「わかったな、ではだ」
 それではだというのだ。 

 

第五章

「引き渡してもらおう」
「随分と手荒といいますか」
「何とでも言うがいい、こちらも手段は選ばない」
 冷徹な声でだ、ハイネルは長に告げた。
「だからだ」
「我々も無駄な争いは好みません」
 長は苦い顔で答えた、彼等も平和に暮らしたいのだ。それに多くのエメラルドや銀を貰いそもそも怪しい者達を引き渡すのだから。
「では」
「よし、それではだ」
「すぐに彼等をこちらに」
 こうしてだった、ダークエルフ達に彼等を引き渡させた、それからだった。
 メイドとその黒エルフについてだ、こう部下達に言った。
「椅子に座らせろ」
「刺の椅子にですか」
「そして火も使え」
 それもだというのだ。
「椅子を熱してだ」
「その拷問を使えというのですか」
「それで吐かなければ水だ」
 これも使えというのだ。
「いいな」
「水を口から徹底的に飲ませてですね」
 そのうえで水で膨れ上がった腹を思いきり踏んで水を吐き出させてまた飲ませて吐き出させる、この拷問を使えというのだ。
「それもですか」
「容赦するな、指を砕こうが手足を砕こうがだ」
 そうしてもだというのである、
「吐かせろ、いいな」
「あの、ですがあのメイドは」
「女か」
「女にも拷問をですか」
「そうだ、使え」
 やはり容赦なくだというのだ。
「いいな」
「女であろうともですか」
「刺客だ、姫のお命を狙ったな」
 だからだというのだ、ハイネルの言葉には容赦がない。
「それなら容赦するな、全て吐かせてだ」
「それからもですか」
「そうだ、まずは拷問にかけろ」
 そうしろというのだった、そして実際に。
 彼はメイド、実は刺客だった女と黒エルフの商人、実は北の魔族からの連絡員に徹底的に拷問をさせた。
 それこそ刺の椅子から燃やし水を飲ませて吐かせ手足に楔を打つ、肉も骨も砕け拷問部屋に絶叫が木霊した。
 そうした拷問が続きだった、遂に。
「白状しました」
「そうか」
「やはり北の魔族共の仕業でした」
「やはりな」
「北の魔族達のイングリット家です」
 その家が主犯だというのだ。
「あの家の者達が姫様のお命を狙っていました」
「それは何故だ」
「我が侯爵家は皇室からオーゲ王国との縁戚を勧められていますね」
 北の魔族達と対立している国だ、魔族達の国のさらに北にあり帝国と魔族達を挟み撃ちをする形になっている。
「つまり姫様を亡き者にして」
「婚姻を潰すつもりだったか」
「そう考えているとのことです」
「わかった、イングリット家だな」
 ハイネルはこの家が主犯であり黒幕であることを確認した。
「ではだ」
「ではどうされるのでしょうか」
「すぐに人を集めろ、そしてだ」
 さらにだというのだ。
「選べ、工作が得意な者をな」
「では魔族達の国に潜入し」
「イングリット家を滅ぼす」 
 そうするとだ、彼は今言った。
「わかったな」
「魔族の国に密かに入るとなると」
「若しそれが露呈すると、だな」
「はい、魔族との戦争になりかねませんが」
「だからだ、潜入してだ」
 そしてだというのだ。 

 

第六章

「イングリット家を滅ぼす」
「そうされますか」
「あの家は魔族達の中でも最も帝国に敵対している家だがだ」
 つまり魔族達の中でも強硬派だというのだ。
「その家を叩きだ」
「そしてですか」
「滅ぼす」
 ハイネルはまた言った。
「わかったな」
「はい、それでは」
 こうしてだった、ハイネルは人を選びそのうえで魔族達の国に潜入した、そして夜にイングリット家の館、庭には豊かに木があるそこを急襲したがそのやり方は。
 館の周りに油を撒き火を付けさせた、魔法により。
 四方八方から火を付けさせてだった。
 館を庭も何もかもを燃やせさせた、火は忽ちのうちに燃え上がり館全体を包み込んだ。夜の衛兵達は最初に殺していたので行動は速やかに成功した。
 館の中では炎と煙に責められて呻き声が聞こえてきた、それを見てだった。
 部下達は顔を強張らせてハイネルに言った、彼等は皆館から少し離れた場所で館が燃えるのを見ている。
「あの、宜しいでしょうか」
「一つ申し上げたいのですが」
「何だ」 
 ハイネルも燃える館を見ている、そのうえで彼等に応えた。
「この工作のことか」
「はい、そうです」
「あの、イングリット家を攻めるのはいいですが」
「それはいいのですが」
「館の中には」
 彼等が言うのはこのことだった。
「イングリット家の主だけではありません」
「はい、あの者だけではありません」
「その妻もいます」
「子供も」
「兵達もいますが」
 館を守る衛兵達は殺した、最初に裏から襲って首を刺して殺した。無論館の中には詰めている兵達がまだいるにしても。
 それでもだ、彼等は言うのだった。
「館の中には使用人達も多くいます」
「確かにその者達も魔族ですが」
 だがそれでもだというのだ。
「しかし彼等は剣を持っていません」
「戦う者達ではありません」
「年寄りや女もいるでしょう」
「子供も」
「それに馬や犬も」
 そうした者達がだというのだ、戦わない者達も多くいるというのだ。
「それでこれは」
「あの、あまりにも極端では」
「戦わない者達までまとめて殺すのは」
「それはどうかと思いますが」
「一人でも逃がすとだ」
 イングリット家の者、例えそれが使用人であろうともだというのだ。
「それでだ」
「危ういことになるというのですか」
「それで」
「女でもナイフを持てば人を刺せる」
 そして殺せるというのだ。
「魔法も使える」
「それがですか」
「出来るからですか」
「そうだ、だからだ」
 それでだというのだ。
「女であろうとこうしてだ」
「まとめてですか」
「焼き殺されるのですか」
 館は紅蓮の炎の中に包まれていた、そこからは小さな女の子の呻き声まで聞こえてくる、それはまさに地獄の中の声だった。 

 

第七章

 その中でだ、彼等は話すのだった。
「今も年端もいかない娘が死のうとしていますが」
「その娘もですか」
「イングリット家の者だからこそ」
「ここで、ですか」
「禍根を断つ為だ」
 侯爵家、そして帝国へのそれをだというのだ。
「こうしてな、後はだ」
「後は?」
「後はといいますと」
「イングリット家の中に今あの館にいない者もいるな」
「はい、何人かはこの国の都にいます」
「それと大使になっている者もいます」
「そこにも刺客を送れ」
 そしてだというのだ。
「いいな」
「そしてやはりですか」
「幼子も使用人も」
「無論だ、全てだ」
 殺せというのだ。
「皆消せ、こうしてな」
「そうですか」
「それでは」
 こうしてだった、彼等はすぐに燃え盛る館を後にした、その呻き声を聞き流しながら。
 王宮に務めていた者達の館も燃やした、そして。
 その他にもだった、彼等は。
 イングリット家の者達を殺して回った、使用人も一人残さず。
 魔族の国はこのことに大騒ぎになった、だがその騒ぎをかえって隠れ蓑にしてだった。
 ハイネルは部下達を連れて国を出た、その迅速かつ徹底した行動により彼等は疑われることなく脱出に成功した、しかしだった。
 帝国及び侯爵領ではハイネルのことに顔を曇らせて話が行われた。
「やり過ぎではないのか」
「そうですな、女子供まで殺すとは」
「武器を持たぬ者まで」
「それは」
 幾ら何でもだというのだ。
「拷問のことといい」
「森のことといい」
「あの者、やり方が酷過ぎますぞ」
「例え魔族が相手だとしても」
 そしてそれは、というのだ。
「あれではどちらが悪いかわかりませぬ」
「全くですな、拷問で白状した者も殺しましたし」
 そうして始末したのである。
「酷過ぎます」
「冷酷ですな」
「目的の為には手段を選ばないとは」
「そして何の容赦もしないとは」
「ハイネル卿、好きになれませんな」
「全くです」
 こう言うのだった、誰もが。
 彼の直属の部下達も彼を避ける様になり陰口を言う様になった、彼の評価は有能であるが極めて冷酷で残虐なものというものになった。
 悪だという評価も多かった、誰も彼を好かず信頼しない様になった。
 その彼にだ、ある日侯爵は自身の部屋に呼びそのうえで問うた。
「聞いていると思うが」
「私の評判ですね」
「卿の評判は悪い」
 侯爵はあえて彼にこのことを告げた。
「正直に言うとな」
「最悪ですね」
「悪辣とさえ言う者もいる」
 そこまで言う者も実際にいた。
「目的の為には手段を選ばないとな」
「そうですね」
 ハイネルは侯爵の言葉を淡々と聞いていた。
「私自身そうした話は聞いています」
「だが卿は平気なのか」
 侯爵は気遣う顔になっていた。
「そうした風に言われても」
「そうすることが最善だと思っていましたので」
「最善か」
「姫様の、そして帝国の為にも」
 忠誠の対象の為にもというのだ。 

 

第八章

「それが必要でしたので」
「森のダークエルフ達を脅し買収し捕らえた者を拷問にかけイングリット家を使用人に至るまで殺したことはだな」
「全て必要でした」
 そうだったというのだ。
「だからこそそうしたのです」
「そうなのだな」
「はい、それだけです」
「確かにな、政治は時としてはな」
 どうしなければならないのか、ここでこう言った侯爵だった。
「だがそれが忌み嫌われることもあるな」
「私の様にですか」
「そういうことだ、そして卿はそれを受けるか」
「ありのままに」
 そうするというのだ。
「それだけです」
「わかった、ではだ」
 ここまで聞いてだ、侯爵は静かに頷いた。
「これからも頼む」
「そうさせてもらって宜しいのですね」
「少なくとも卿はやるべきことを果たした」
 姫を護ったというのだ。
「それによって帝国、そして我々は救われるのだからな」
「だからですか」
「そうだ、いい」
 結果が出たからだというのだ。
「これからも姫を護ってくれ」
「さすれば」
 こうしてだった、ハイネルは引き続き姫の護衛役となった。だがその彼の評判は相変わらずのものだった。
 やはりかなり悪い、侍女達まで彼を見て眉を顰めさせて囁く。
「姫の護衛には向いていませんね」
「全くですね」
「あの様な危険な方を姫様の護衛とは」
「何時姫様のお命を狙うかわかりません」
「その危険はありますね」
 彼女達も彼を信頼していなかった、それも全く。
「女子供まで殺す様な者、何をするか」
「そのうち何をするか」
「騎士にあるまじき方です」
「そうですね」
 こうした話をしていた、だが姫はだった。
 その彼女達にだ、優しい声でこう言うのだった。
「ハイネル卿は私の為に働いてくれている方です」
「だからですか」
「こうしたことはですか」
「話さない様に御願いします」 
 そうしてくれというのだ。
「是非共」
「ですがあの方は」
「やはり」
「そうしたことを言うことは間違っています」
 姫は陰口自体を否定した。
「ですから、いいですね」
「姫様が仰るのなら」
「それなら」
 侍女達は黙るしかなかった、そして。
 姫はハイネルにはだ、微笑んでこう言ったのだった。
「これからも御願いしますね」
「そうさせてもらっていいのですね」
「宜しく御願いします」
 優しい微笑みでの言葉だった。
「是非共」
「有り難きお言葉、それでは」
「わかっているつもりですので」
 彼にだ、こうも言ったのであった。
「辛いこともまた」
「お気になさらずに」
 ハイネルは表情を消してこう応えるだけだった。
 そうして彼は姫の護衛を続けた、その為には常に手段を選ばず姫を害しようとする者には何の容赦もしなかった。
 彼の評価は変わらなかった、だが侯爵と姫はその彼を傍に置き続けた、このことは姫が成人し嫁ぎその任が終わるまで変わらなかった、そして次の任においても。


悪の騎士   完


                  2013・5・28