神器持ちの魔法使い


 

第01話 人間である俺と悪魔な彼ら

「ま、待てッ」

「上級悪魔だろ? これくらい捌いて見ろよ」

「聖水の水流弾なんて聞いてないぞ!?」

「言ってないもん。それにこちとら普通の人間だぞ? お前の持つ能力でこれくらいの攻撃なんてすぐ回復するだろ。それに濃度低いんだし」

「ンなわけあるか!? それにお前のどこが普通―――だぁあ!?」

「無駄口叩けるみたいだな。……残り時間と水流弾の数、どっちを増やしてほしい?」

「どちらも死んでしまうわ!?」

水流弾を焼き尽くす悪魔―――ライザー・フェニックスはボロボロの状態で聖水の水流弾から、かれこれ一時間ほど悪態をつきながら逃げ回っていた。

が、数多の水流弾をすべて焼き尽くすことはできない。
水流弾が地面へ着弾とともに弾け、水飛沫がライザーを襲う。
が、防戦一方ではなくライザーは炎を放つ。

「―――おわっと!? あっぶな。もう少しで焼ける……あ、ちょっと前髪焦げてるし!? 余裕だね? 余裕なんだね? だったら―――」

人間―――来ヶ谷秋人は大気に浮遊する魔力をかき集め、新たな呪文を力強く詠うように紡ぐ。
秋人の周囲が魔法陣の光によって眩く照らされる。

「太陽神の名を借りて命ずる。貫くものよ! 我に従い、灼熱の稲妻となりて敵を討て!」

「おっ、おい、確かそれは古代魔法とか言ってなかったか……?」

額に冷や汗を浮かべ顔を引きつらせるライザー。
詠唱の妨害といった未然に防ぐ策を考えたが間に合わないと判断して全力で防御の態勢に入った。

「撃ち貫け! ブリュー―――」

「ここにいらしたのですね、お兄さま、秋人さま!」

「―――レイヴェル?」

突然第三者の声が響く。
それを聞くなり秋人の魔法が霧散し、魔法陣から光が失せた。

「……レイヴェル来ちゃったしこれで終わりかな」

「た、助かった……」

どっと息を吐きながら炎を散らし防御態勢を崩すライザー。

「昼食の準備ができたようなので呼びに来ましたの」

「そうか。レイヴェル、すまないが先に行っておいてくれないか? 俺はシャワーを浴びて向かう。秋人、お前はどうする」

「んー、レイヴェルと先に行ってる。汗かいてないし……あ、でも」

秋人は二人から少し離れると何かを呟く。
すると、秋人の体が深紅の炎に包まれた。
勢いよく燃える炎を見てもライザーとレイヴェルはあわてることなく、じっと見ていた。
ほんの一秒足らずで炎が消え、秋人は焼きあがるどころか、戦闘で汚れていたはずの衣服が清潔感漂うような状態になった。

「ふぅ、これでよしっと」

「浄化の炎ですか?」

「そ、さすがに土煙被ったまま飯なんていうのはないし。それじゃあ行こう、レイヴェル。ライザーもまた後で」

「ああ、すぐ行く」

ライザーと別れ、秋人とレイヴェルは広間へと向かった。


◇―――――――――◇


「秋人君、ライザーはどうだったかね」

数分後、さっぱりしたライザーが広間へと着き、全員で食事をとりだす。
間を見てライザーの父親が話しかけてきた。

「結構鈍ってたみたいですよ、フェニックス卿。ライザーはここしばらく机と向き合ってたんですよね?」

「何度も言ってるじゃないか、ロイドで良いと」

にこやかに話すロイド。
彼がそういうのも当たり前であり、フェニックス家と秋人は家族ぐるみの付き合いがある。
秋人の両親とフェニックス家現当主、ロイド・フェニックスは友人関係であった。
ロイドがフェニックス家当主を次ぐ以前、悪魔の仕事を行っている際に秋人の両親と出会い、意気投合。
その後も関係が途切れることはなく、かれこれニ十年近くになっていた。

「まあ、ライザーにも少しながら仕事を回し、特に最近は忙しかったからな。そうなってしまったのは仕方ないか」

「それにもうすぐお兄様の初の公式レーティングゲームですもの」

「……いや、確かに仕事に研究とで忙しかったが、それは言い訳だ」

父親と妹の言葉を切り捨て自らを振り替えるライザー。

「ハッハッハ、そうかそうか。ライザー、お前も言うようになったじゃないか。そう思わないかリーゼル?」

「ええ、そうですね。以前まではフェニックスの才に溺れ、悪い意味でプライド高かったもの」

「は、母上っ」

「うふふ、ごめんなさいね。でも、そのライザーが今のライザーに変われたのもきっと秋人君との出会いがあったからなんでしょうね」

「……確かに今の俺があるのはこいつのおかげです。俺を負かし、現実を教えてくれた秋人の、な」

「なんかきれいに言ってるが、図々しいうえにケンカを売られたからイラッときて殴っただ」

「だが、殴られて分かることもあるんだ」

「……そーかい」

「秋人さま、照れていますの?」

「うっさい」

レイヴェルに指摘され、顔を少し赤くしながらそっぽ向く秋人。
それを見てレイヴェルたちは笑みを浮かべた。

「ところで秋人君、あの件は考えてくれたかな?」

ロイドはいまだ笑みを浮かべながら尋ねた。

「……養子の件ですよね。金銭的な援助をしてもらってるだけでもありがたいのに、そこまでしてもらうのは気が引けるといいますか……」

「別に気にしなくていいんだぞ。秋人君とは家族同然なんだ。それに君の両親、春彦と夏妃からも頼まれて―――」

「あなた、秋人君が困ってますわよ」

「む、むう」

申し訳なさそうな表情をする秋人に気付き、リーゼルはヒートアップしそうなロイドを止めた。
ロイドは強引過ぎたと思ったのか気まずそうに唸る。

「秋人君、二人が亡くなった時から言ってますけど、どうしようもないときは絶対に頼りなさい。あなたがあなたらしく生きること、それが晴彦と夏妃の願いであり私たちの願いなのだから」

「はい」

「よろしい」

秋人の返答に満足そうに頷くリーゼル。

「あとあなた、縁組の話を持ち出すのはいいですけど、それを聞いてるとソワソワしだす子もいるのですから、ね」

そう言って秋人……の隣に座るレイヴェルをチラリと見る。
ロイドは「そうだった」と微笑ましい眼差しになり、ライザーは喉を鳴らしながらも笑いをこらえようとする。
三人の対象となるレイヴェルはというと赤くなった顔を悟られないようにと平然を保とうとしていた。 

 

第02話 魔法使いだけど気にしない

「おっ、あれは」

昼食後、ライザーたちが仕事や勉強をするということで暇をもて余した秋人。
行く当てもなく敷地内をぶらぶらしていたその途中、人影を見つけた。

「フッ! ハッ! セイ!」

「熱心だな」

と、棍を一心不乱に振るう少女に声をかけた。

「ぇ……? 秋人さま!?」

棍を振るっていた小柄の少女、ミラは声の主が秋人だと気付くと驚きながら身なりを整えた。

「様付けしないでいいっていつも言ってんだろ」

「そのようなわけには……。ライザーさまやレイヴェルさま方の友人でいらっしゃるのですから」

「相変わらず固い、固すぎるよ」

苦笑を浮かべる秋人はミラの持つ棍に目をやる。

「よかったら俺も参加していい? 魔法使いの観点からアドバイスできるかもしてないし」

「……近距離戦を熟す魔法使いがどこにいるんですか」

「ここにいるじゃん」

ニコニコと自身を指さす秋人にミラはため息を吐いた。

「ですが大丈夫なんですか? ライザーさまの眷属内で一番弱いですけど、人間と悪魔という身体能力に差があります。それに秋人さまは魔法使い……」

「大丈夫だって。伊達にライザーの相手を務めてないんだから。ほら、構えて」

秋人に言われるがまま構えをとった。
しかし、その表情はいまだに心配の色を含んでいた。
悪魔と人間、棍使いと魔法使い、棍と素手。
どう考えても自分が有利だという考えが拭えない。

「そんじゃまずは軽ーくいくよ」

だが、次の瞬間、ミラのその考えが一瞬にして消えた。

「ハッ!」

「ッ!?」

一気に距離を詰められたかと思うと眼前に拳が迫っている。

「速いッ…それに重いッ!」

秋人のラッシュに防戦一方になるミラ。
秋人がいくら強化魔法を使っているからといってもこれほどのものを繰り出せるわけがない。
どう考えても日ごろから武を鍛えてる動きだった。

その後も防戦一方ながら隙あらばカウンターからの攻撃に転じようと棍を操るもうまくいかない。
ミラの中で占めていた心配が驚きに変わり、次第に焦りや苛立ちに変わっていった。

「ハァ……ハァ……ッ」

「あはは……ミラ、大丈夫か?」

「は、はい…なんとか……」

約十分後。
一撃入れようと途中から全力で打ち込むミラだったが、結局、有効打となるようなものは決まらなかった。

「お強いですね」

「まあね。魔法使いだからと言って近距離戦ができないわけじゃないさ。むしろ魔法使いだからこそ近距離戦ができないと。魔法だけに頼るのは危険だからな」

「そう、ですか?」

「もし何らかの方法で魔法を封じられたら? 反撃する術がないから即お陀仏。違う?」

「確かにそうですけど……」

「ま、俺のことは置いといて。ミラのことなんだけど、まず思ったのは真っ直ぐ過ぎる」

「真っ直ぐ、ですか?」

「型通りというか、フェイントや誘い…虚を突かないとさっきみたく当たらないうえにカウンターの餌食になってしまう」

先ほどの組手のことを思い出したのか悔しそうに顔を歪める。
けれどもすぐに真面目な表情で頷く。

「あとは筋力不足かな。速さ的確さはあるけど、もしも今後レーティングゲームに出るとなると厳しいと思う」

「です、よね」

「だから力不足を魔法で補うのはどう?」

「魔法……私苦手ですよ」

「大丈夫。さっき無意識でやってたみたいだし、今度はそれを意識してやればいい」

「やってたって……」

「武器に魔力を纏わせたんだ。魔法の括りとしては強化魔法」

秋人はそう言ってミラから棍を借りる。
握られた棍は強い魔力の光に包まれた。

「で、これを叩き付けると」

ドゴッ!

そんな音とともに地面には亀裂が入り、陥没した。

「!?」

「とまあこんな感じになる。応用として魔力に形を与えて矛や槍みたいにして打撃を斬撃へ。それだけでも攻撃パターンのレパートリーが増えた。で、練習方法は……―――」


◇―――――――――◆


言うだけ言って去ってしまった秋人さま。
秋人さまから教わったように棍に魔力を纏わせ、持続させる。

ッ、思っていたより、難しい。
秋人さまのようにムラをなくせない。

「あれ? ミラだ」

「お〜い! ミラ~!」

「イル、ネル」

秋人さまと入れ替わりにやって来た体操着にスパッツ姿の双子の姉妹。

「何やってんの?」

「秋人さまからアドバイスを頂いたのでそれを試してた」

「えーっ!? お兄さんいたの!?」

「さっきまでいたけど?」

「あーあ、それならもう少し早く来ればよかった!」

ガックシと肩を落とす二人。
二人は秋人さまを実の兄のように慕っている。
ライザーさまも同じかと思うけどそうではない。
年が離れすぎていることもありますが、それ以前にライザーさまは主で私たちは眷属という意識が強いためかと。

「まあまあ。秋人さまは夏休みでしばらくこっちにいるんだから今会えなくても後で会えるでしょ?」

「……それもそうだね」

そうなだめるとしぶしぶといった感じながらも納得させることができた。

「相変わらず秋人さまが大好きだね」

「もちろん!」

「お兄さんはお兄さんなんだから!」

ねー、と、ニコニコ顔を見合わせるイルとネル。

「ミラは鍛錬まだ続けるの?」

「そのつもりだよ」

「じゃあ私たちも参加していいかな? ここに来たのだってそのつもりだったし」

「もちろん。私も二人の意見とかもらいたいし」

その後、訓練は夕暮れまで続いた。 

 

第03話 嫌な記憶

目の前にはローブを着て顔をフードで隠している男たち。
その手には火薬の臭いを醸す拳銃や血の付いた剣などが握られている。

そんな彼らの後ろには血の海が広がっており、一組の男女が地に倒れている。

「おとーさん……? おかーさん……?」

幼い声が呼びかけるが、二人から返ってくるのは静寂のみ。
その代わりに、男の一人が口を開いた。

「次は君だ」

「ヒッ!」

一見慈愛に満ちた笑みなのだが、それは、正しく歪み、美しく狂っている。
少年が男から感じたものは恐怖だった。
正義に塗りつぶされた狂気。

その男だけではない、それ以外の者たちも同じように狂気を発していた。

「では、最後だ」

一人が十字を切った。

悪魔に魅入られし者に(我らが主の名のもとに)魂の救済を(断罪を)

―――救済を! 救済を! 救済を!

―――断罪を! 断罪を! 断罪を!

剣を、銃を掲げ、狂ったように叫ぶ男たち。
一糸乱れぬその光景は異様で、傍から見れば狂っているようだ。

少年は助けを求めるように男たちの背後に倒れる両親を呼び、手を伸ばす。
しかし、反応は何もなく、聞こえてくるのは男たちの声のみ。
それでも尚、必死に、声を枯らして両親に助けを求める。

何十回、何百回叫ぼうが何も反応がない。
そこで、ようやく少年は両親が生きていないことを理解した。
希望が消え去り、不安と恐怖が体を駆け巡り、幼い少年の体はガクガクと震える。

「ぁ、あああ……ッ、あああああああああああああああああああああああああ!!」

壊れたかのように叫ぶ。

カチッ。

死が目の前まで迫ったその瞬間、少年の中に何かが目覚めた。


◇―――――――――◇


「―――ッ! 夢……あの時の、か」

嫌な汗が全身から吹き出したせいか、体が重く感じる。
胸を押さえ、荒く乱れた呼吸をゆっくり落ち着かせる。

コンコンコン。

「秋人、起きているか?」

「……イザベラ?」

ドアをノックして入ってきたのは顔半分を仮面で覆っている女性、ライザーの眷属である『戦車』イザベラ。

「起きているじゃ……どうしたんだ、すごい汗だぞ」

「なんでもない。ただ夢見が悪かっただけだから」

「……そうか。朝食の準備ができたと知らせに来たんだが、まずはシャワーでも浴びてきたらどうだ?」

「そうする」

イザベラの言葉に頷くなり部屋を出て行った。

秋人のどこか暗い後ろ姿にイザベラは顔を曇らせた。


◇―――――――――◇


「どうだった、イザベラ」

「今シャワーを浴びていますので、もうじき来るかと」

ライザーはレイヴェルと眷属たちと朝食の並べられたテーブルに座り、イザベラからの報告を受けていた。

「シャワーなの? 珍しいわね、あの子にしたら」

「夢見が悪かった、と、本人が言っていた。……なので、おそらくアレかと」

アレ、それを聞いて理解したのはライザーとレイヴェル、そして眷属年長者組だけだった。
ユーベルーナも「そう……」と零した。

「あのー、ライザー様。イザベラの言うアレっていったいなんですかにゃ?」

「……ここにいる少数しか知らなかったな」

兵士の一人である獣人のニィの質問に答えようとするが、どこか言いにくそうに眼を閉じた。

「これは秋人自身のことだ。だから本人の知らないところで話すのは、な」

「―――気を遣わなくても大丈夫。一応、自分なりに受け入れているから」

「秋人さま!?」

扉が開くと当時に声が聞こえた。
いつの間にかやってきていた秋人が口を挟んだ。

「いつの間に?」

「ついさっき。それはそうと、さっきも言ったけど、別に気を遣わなくても大丈夫。ここにいる面々は信用してるし。それに隠すほどのことでもないからな」

「……ホントにいいのかにゃ? なんだか思った以上に重いようなしがして……」

「だから大丈夫だって。まあ、食事前にするような話じゃないから、あとで話すよ」

きっかけとなったミィもニィも暗い空気にしてしまったことを反省しつつも、秋人の言葉に申し訳なさそうに頷いた。

しかし、それに待ったがかかった。

ライザーだ。
ライザーは話の腰を折ったことを悪く思いながらも口を開いた。

「すまないが秋人、食事が終わったらレイヴェルと共に書斎へ行ってくれ。父上がお呼びだ」

「何かあるのか?」

「詳しい内容はわからないが、何か頼みごとがあるらしい」

「そう。……じゃあ代わりに説明してやってくれないか?」

「自分で言わなくていいのか?」

「ああ」

その後、朝食を取り終え、各々食卓を後にした。


◇―――――――――◆


ライザーは広間に眷属達全員が集まったことの確認すると口を開いた。

「なんとなく察しているとは思うが、アレは秋人の心の闇だ。春彦殿と夏妃殿を目の前で殺された秋人の、な」

その言葉に誰しもが表情を曇らせた。

「お前達も知っての通り、我がフェニックス家と秋人の家系は代々付き合いがある。悪魔と人間の等価交換から始まり、今では親友で家族といっても過言ではない。その中でも父上と母上、春彦殿と夏妃殿の関係は……お前達もよくわかっているだろ?」

苦笑しながら頷く者もいれば、笑う者もいた。

「元々、春彦殿と夏妃殿は人外に対する嫌悪感を持っていなかった。自分の才に溺れてきつくい接していた時でも、いつも笑顔で迎えてくれて……もう一つの両親みたいな感じだったな」

「わかりますわ。あの方々の優しさは今でも残ってますもの」

ユーベルーナに同意するように全員が思い出に浸り、頷いた。

「そうか、やはりお前達もそう思うか。なあ、知っていたか? 秋人家族は一時期猫又の姉妹を保護していたりしていたんだぞ?」

ライザーも以前なら浮かべることのないような無邪気な笑みを浮かべた。

「っと、すまん、逸れたな。そんな風に悪魔のみならず、妖怪や他の種族達とも友好な付き合いがあったんだ」

だが、と続けると、先程まで浮かべていた笑みは消え失せ、気付けば拳を強く握りしめていた。

「他種族とのそんな関係を持っている家族を良く思わない輩がいやがった。教会のエクソシストだ。奴らはある日突然襲い、まだ幼かった秋人の目の前で春彦殿と夏妃殿を殺した」

「ッ、じゃ、じゃあアキトはまさか……っ」

「ああ、恐らく当時のその光景を見ているんだろ」

これを初めて聞いた年少組は驚き、きっかけを作ってしまったミィとニィは秋人に対する申し訳なさで一杯になった。
そんな面々を目にして、少し間を置きライザーは続けた。

「俺達が秋人達の元に駆け付けた頃には全てが終わっていた。最悪の状況を想像してたがそれは違った。そこで俺たちが見たのは、血を浴び、ただ呆然と立ち尽くす秋人の姿だった。そんな秋人の足もとには、血の海を広げながら地に倒れるエクソシストども。俺たちは秋人に呼びかけた。だが、両親が殺されたショックが大きかったせいか反応はなかった。やっと帰ってきた反応は……まったく感情のこもってない、暗い笑みだけだ。ゾッとした。憎しみも悲しみも何もない、本当に空っぽな、ただ形だけの笑みを浮かべる秋人に俺は恐怖した」

ライザーの脳裏にはその表情が消えることなく残っている。

「結局、直後に秋人は気を失って、俺達が真実を知ったのは目が覚めてからだった。俺達が原因で秋人たちが襲われ、春彦殿と夏妃殿が殺されてしまったこと。これには父上も母上も秋人に頭を下げるしかなかった。それに秋人は何も言わず、憎むことも責めることなく、事実として両親の死を受け入れた」

当時のことを知る年長組はライザー同様に顔を悔しそうに歪めている。

「秋人が教会の者を憎む原因となったエクソシストどもを殺したこと。幸か不幸か……両親の死を前にして秋人に眠っていた才能と神器が目覚めてしまった。魔法の才と神器『八雲立つ紫(アンビギュアス・ホライゾン)』。それらを無意識に行使していた」

ライザーが年少組に向けた顔はどこか悲しみに染まっていた。

「今の状態まで落ち着かせるのに数年全員で努力し、そのあとはお前たちの知っての通りだ。これがあいつの中で残っているものだ。―――これがお前たちに言わずにしてきた秋人の過去だ」 

 

第04話 直々にお願いという依頼だとさ

ライザーによって眷属達へと秋人の過去が明らかにされているのと同時刻。
秋人とレイヴェルはロイドの待つ客間へと向かっていた。

「お父様からの頼み事とはいったいなんなのでしょう?」

「さあ? 客間ってことはロイドさん以外もいるってことだろう。多分その誰かがロイドさんを通して俺達へ頼み事をするんだろ」

「ですわね」

「……着いたな」

客間の扉の前で一度身嗜みを整え扉をノックした。

「来ヶ谷秋人とレイヴェル・フェニックスです」

「ああ、待っていたよ入って来てくれ」

「失礼します」「失礼いたしますわ」

ロイドさんから返事が返ってくるとドアノブに手をかけた。
客間に入るとそこにはロイドさんの他に紅髪の男性とそれに控える銀髪のメイド服の女性がいた。

「ルシファーさま!? グレイフィアさま!?」

現・魔王『ルシファー』ことサーゼクス・ルシファーとその『女王』のグレイフィア・ルキフグスだった。
予想外の人物に驚きあわてて頭を下げたレイヴェル。
同じように驚きながらも頭を下げた。

「ははは、そんなに畏まらないでくれ。今はプライベートだよ」

そう言われ、促されるままに対面の椅子に座る。

「……では、サーゼクスさまにグレイフィアさま、お久しぶりです」

「ああ、久しぶりだね、秋人君、レイヴェル君」

「元気そうでなによりです、秋人さま、レイヴェルさま」

「あ、ありがとうございます!」

いまだ緊張気味のレイヴェルに変わって話を進める。

「……それで、ご用件はなんです? ロイドさんを通しての頼み事ということなのでしょ?」

「気付いていたのかい?」

「まあ。とはいえ、お二人が来ているとは予想外でしたが」

「そうかね。いやはや、やはり秋人君は優秀ですねフェニックス卿」

「そうでしょう。なんせあの二人の子ですから」

「コホン、ルシファーさま、フェニックス卿、そろそろ本題に方に」

笑いあう二人の会話が毎度のごとく家族自慢に発展しそうになったのを察してか、グレイフィアさまが促した。

「おっと、そうだね。―――では本題にいこう」

先ほどまでとは違い、真面目さを取り戻した。

「二人にはとある子の話し相手になってほしいんだよ」

「話し相手、ですの?」

「それなら妹さんやその眷属の面々もいるでしょうし……なぜ俺達に?」

もっともな問いに少し困った表情を見せるサーゼクスさま。

「……お二人は数か月前に起こった主殺しの事件をご存知でしょうか」

「もちろん知ってますわ。仙術を扱うことのできる元猫魈の眷属が暴走して主を殺してはぐれ悪魔になったという……確かはぐれになったのは黒歌という名前でしたはずですよね?」

「ええ、その通りです。実はその黒歌には妹がいました」

「……もしかして、先ほど言っていた子というのは」

「ああ、そうだ。黒歌君の妹である白音君だ」

レイヴェルは息をのみ、俺は驚きもせずに言葉を待った。

「上層部の者達が主を殺した黒歌君の責任を白音君に押し付け殺そうとしてね、見過ごせなくなって保護をしたんだ。今はリアスの眷属となってもらってるんだが……周囲の者から暴言や暴力を受けたせいか心を閉ざしてしまってね」

ここまで話を聞いて秋人は理解した。
胸の内にイライラが募り、それは自然と口から出た。

「……ふざけんなよ。姉がはぐれになったから妹を殺す? っざけんな! そんな理不尽あっていいわけないだろ!!」

「あ、秋人さま……?」

他者の勝手な理由で殺されてしまった自分と似たところを感じてしまったのか怒りを顕わにした。

(もしや秋人さまは彼女と自分を重ねているのでは……? でしたら私は……)

「……すみません、黒歌さんが主を殺した原因はなんです?」

「先程もあったように仙術の暴走によって自我を失ったことが原因であると」

「それ、ホントですか?」

「と、いいますと?」

「他の理由……例えば、黒歌さんが主を殺さなければならないほどの理由があったとか」

「……ふむ」

「彼女は猫魈と呼ばれるだけあって仙術を使うことに長けていた。仙術による暴走は絶対ないとは言いませんが……」

確証はないとはいえ、言いたいことは言った。
それからいったん離れ、元の話に戻る。
特段、これといって断る理由がない。
それに何か予感めいたものがあるし……

「黒歌さんの件は置いて、白音ちゃんのことなんですけどOKですよ。来ヶ谷秋人は今回の件、引き受けさせてもらいます」

「そうか、ありがとう。レイヴェル君もいいのかい?」

「もちろんですわ」

良い返事を聞けて満足げなサーゼクスさま。

「それで、君たちは何を望むんだい?」

そう言うサーゼクスさまに対価を求めた。

「まあ、対価っていうより俺の方からもお願いなんですけど」

「構わないよ。私に出来ることなら言ってみなさい」

「お仕事で忙しいうえに、魔王が一事件へ必要以上に干渉するのはアレなんですが、黒歌さんの事件について独自に再調査してはもらえませんか?」

「ふむ……。いいだろう。それについては私も疑問に思っていたところだ。グレイフィア」

「わかりました」

「ありがとうございます」

サーゼクスさまは次にレイヴェルを見る。
しかし、すぐには思いつかないようで、後日改めて伝えるということでこの話は終了した。


◇―――――――――◆


秋人とレイヴェルが退席した後、三人は室内に残っていた。

「フェニックス卿、今回はありがとうございました」

「いえ、こちらこそルシファーさまのお力になれて光栄です」

ロイドから言葉をもらったが、顔を少し曇らせた。

「……今回の件、秋人君には申し訳なかったでしょうか」

「わかりません。あの子は聡い子ですから半ば自身のことを利用されたことに気付いていたでしょう。ですが、それでもあの子は自分で決断を下した。もし気に病むのであれば、あの子の望んだことに手を抜かないでいただきたい」

「そう、ですね」

反省し、胸の内に留めると話題を変えた。

「やはり秋人君はあの二人の息子だ。リアスの支えになってほしいと改めて思いましたよ」

「ははは、秋人君がいなくなるとレイヴェルに一生恨まれますからあげませんよ」

「ほうほう。ということは……」

「ええ。ですがなかなかいい返事がもらえない。どうやら今の関係が一番心地よいみたいでね」

「もうひと押し足りないと」

「レイヴェルももう少し積極的にならねば寝取られてしまうというのに。これからライバルは増えていくでしょうからな」

気付けば親族自慢に発展していく二人を呆れた様子でため息を吐くグレイフィア。

シスコンに親馬鹿。
自慢話が続く最中、サーザクスがグレモリーとしてとあることを持ち出した。
妹やその眷属の将来を思う愛としてそれを提案し、同意を得た。
それは数年間水面下で調整され、誰にも知られずにいることになる。

そんな旦那の姿にグレイフィアはただただ呆れることしかできなかった。 

 

第05話 鳥と猫と空気と

翌朝、俺はレイヴェルといっしょにグレモリー領に設けられているとある屋敷に招かれた。

「お兄様から聞いているわ。リアス・グレモリーよ」

「お初にお目にかかりますわ。私はレイヴェル・フェニックス。こちらが」

「来ヶ谷秋人です。よろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ。それじゃあさっそく案内するわ」

案内してもらうのは、腰まで伸びる紅髪が特徴のグレモリー家次期当主であるリアス・グレモリー。
サーザクスさんが愛して已まない妹さん本人である。

「ちょっと思ったのだけど、来ヶ谷秋人くん、あなた人間よね?」

「ええ。ただのしがない人間ですが」

どんな人物であるか試してみようとわざとらしく皮肉れたように返事を返す。 

「変な意味で言ったのではないの。気分を害したのならごめんなさい」

「大丈夫ですよ。それでなんです?」

自分たちが至高だと思い込み、他種族を見下す悪魔が多い昨今、人間である俺に対してでも謝罪の言葉

を口にできるあたり、さすがはグレモリーという感じだ。

「いえ、ただあなたのことをお兄様から聞いて興味を持ったのよ」

「はぁ……」

「ねえ、あなた悪魔になってみない? 一目見てティンときたのよ。どう? 優遇するわよ」

そう言い、悪魔の駒(イービル・ピース)をチラつかせる。

駒の種類はどうやら『兵士(ポーン)』のようだ。
女王(クイーン)』、『僧侶(ビショップ)』、『騎士(ナイト)』、『戦車(ルーク)』とある内の『兵士』。
他の駒に比べ、すぐにもらえる恩恵はないものの、ほかの駒にはない昇格(プロポーション)を備えている。
そのため、その状況にあった戦い方ができ、戦術の幅も広がる。
そんな、最弱で最強な『兵士』の駒。

……出会って数分でいきなりの勧誘ですか。
悩むまでもなく答えは決まっているけど……さっきから背中に視線をひしひしと感じるんだけどな。

「むぅぅぅ……」

なんか唸ってるし……。
グレモリーさんは気付いていないのかそういうように見せているのかわかりかねるけど、でもまあ、

「遠慮させてもらいます。しばらく悪魔になるつもりはありませんから」

後ろでホッと息を吐くのがわかる。
レイヴェルにも前々から言ってるのにな。

「あら、即答なのね」

「誘われるたびに言ってますから。悪魔になるメリットとデメリットを考えたらまだ人間を楽しみたいですし」

「そう。来ヶ谷君がそういうなら仕方ないわね。―――着いたわ」

気付けば小猫ちゃんがいるであろう一室の前に着いた。

グレモリーさんが準備はいい?とこちらに振り向いたのでレイヴェルとともに頷いて返した。

「小猫、私よ。入るわね」

扉を開け、入っていくグレモリーさんの後ろを見つめる。
チラリと見えた部屋は、他の部屋に比べ、落ち着いているとはいえ、広く、高価な家具などが置かれている。
そんな部屋にはイスに座り、外をただ見ている少女が見えた。

あれは、以前の……

「……秋人さま、大丈夫ですの?」

過去の自分と重ね合わせていたのがバレたのか、レイヴェルが心配してくれた。

「あはは。大丈夫。……ありがとな、レイヴェル」

自分のことを思ってくれたレイヴェルに心からのお礼を偽りない笑顔で言う。
それで伝わったようでレイヴェルも笑顔を返した。

「二人とも入ってきて頂戴」

部屋の中からグレモリーさんが出てきて中へ促した。

こちらを見つめ、すぐに視線を外し俯いた小猫ちゃん。
その眼には恐怖心が宿っており、体もかすかに震えているように見える。

「小猫、さっき言った二人よ。自己紹介お願いできるかしら?」

そう言われ、まずはレイヴェルがスカートの端をつまみ、お辞儀をする。

「はじめまして小猫さん。レイヴェル・フェニックスですわ」

「そしてこっちの子が」

「来ヶ谷秋人だ。はじめまし、て……か?」

「……来ヶ谷君?」

突然言い淀みレイヴェルとグレモリーさんが訝しげにこっちを見る。
そんななことはどうでもよく、先程から小猫ちゃんに何かを感じる。
それが何なのか首をかしげながら思考の海に潜る。

「小猫?」

今度は小猫ちゃんの変化に気付いたのがグレモリーさんは視線を向ける。

小猫ちゃんの変化。
先程まで俯いていた少女は何を感じたのかこちら、主に俺の方を見ている。
グレモリーさんやレイヴェルに気付いて慌てて俯くが、チラチラと様子をうかがってくる。
それがしばらく続いたかと思うと、何か決心をしたようで、恐怖心と闘いながらも一歩、また一歩と歩み寄ってくる。

さすがにこれには目を見開いたグレモリーさん。
対人恐怖症が治っていないにもかかわらず、初対面であるはずの少年に歩み寄っている。
驚きはしながらも口は出さず、ただ事の成り行きを見守り続ける。

「……あきと、くん?」

「へ……?」

「……この感じ……ニオイ……やっぱりあのあきとくん……!」

「なぁっ……!?」

「え、えーっと……?」

控えめながらも身を寄せてきた小猫ちゃん。
先ほどまでとは違い、恐る恐るながらもどこか安心感を抱いているように見える。

一方、レイヴェルは絶賛絶句中で、俺も俺でなんとも言えずに必死で記憶を思い返した。


◇―――――――――◆


「つまりは、来ヶ谷君と小猫は過去に出会ったことがある。そういうことなのね」

彼、来ヶ谷君は頷いて肯定する。
結局、彼は小猫こと白音との思い出したようで懐かしそうに喜んでいた。
五年ほど前にご両親が白音と黒歌を保護して半年という期間を一緒に過ごしていたらしい。
ただ、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと言い残して姿を消してしまった。

「大切な思い出のはずなのに忘れてしまっていましたけど、ね」

と、申し訳なさそうに隣に座る小猫の頭を撫でる。

「……にぁあ」

小猫もそれを嫌がることなく受け入れてされるがままになっている。
心を許せる相手を見つけることができたおかげか、普段私達にも見せないほどリラックスしている。
ちょっと、悔しいわね。
とはいえ……

「……」

我慢するように二人を見つめるフェニックス卿の令嬢。
先程から一言も喋らずぷるぷる震えジーッと。
あいさつをした時から私も同じ女として彼女が彼に好意を寄せていることにすぐに気づいていた。
だからこそ言えるわ、もう長くは持たないと。

「あ、秋人さま!」

「ムッ……」

小猫を撫でていた来ヶ谷くんの左手を腕ごと引っ張り、抱き付いた。

「れ、レイヴェル?」

どこかイントネーションが変な彼の声。
腕に感じる女性独特の軟らかさに戸惑っているのでしょう。
……案外初なのかしら

「ッ〜〜〜!」

彼女も彼女でやった後に恥ずかしくなったようで顔をこれでもかというくらい赤くさせながらも、腕を放そうとはしない。

小猫は……初めて見るわね、あの子の怒った顔なんて。
一言で言うなら、兄を盗られた妹の心情っていうのが一番合ってるかしら。

「……放して。秋人くん戸惑ってる」

「い、嫌ですわ! そう言うのなら小猫さんも秋人さまから離れたらどうですの?」

二人とも互いに引かずに睨みあっている。
レイヴェルさんは更に腕を抱き寄せる。
それに対抗して小猫も来ヶ谷君の腰に腕を回してレイヴェルさんを睨み付ける。

「レイヴェルも白音も仲がいいな」

「違う……!」「違いますわ!」

……息ぴったりね。
来ヶ谷君も苦笑してるから同じことを思っているみたいね。
とはいえ、そんな二人を微笑ましそうに見ている。

来ヶ谷君、小猫、レイヴェルさんの三人で一つの空間ができた。
……私、いつの間にか空気みたいね。 

 

第06話 幼馴染は神器持ちな変態で

グレモリー家訪問から数日後。
夏休みもあとわずかとなったために冥界から人間界の自宅へと戻ってきた。

「今年の夏休み訪問はいつも以上によかった。小猫とも再会できたし」

小猫、と呼ぶことに未だ慣れない。
グレモリーさんが白音に新しく名前を与えたらしく、なるべくそう呼ぶようにと言われた。
とはいえ、昔は白音ちゃんやら白ちゃんと呼んでたから何というか小猫という名に違和感がどうしてもついてくる。

で、その小猫のことであるが相変わらずレイヴェルと顔を合わせるたびに口ゲンカをしている。
気が合わないというわけではなさそうだが、二人の間に何かがあるんだろう。
不満はありながらもレイヴェルは小猫の面倒を見ていたし、小猫もムッとしながらも受け入れていた。

ケンカするほど仲がいい、とも言うし、二人の仲は心配するほどでもないと思う。

「っと、多分そろそろだな」

呟くと同時にインターホンが鳴った。

「この時期、この時間帯に来るのはあいつだろうな」

苦笑しながら玄関へと向かう。
扉のガラス越しに見えるのは見覚えのある人影。
ドアノブに手をかける。

「また君か。いい加減懲りないな。夏休み一週間前の午後一時。毎年来てるけどまた宿題を手伝えって言うのかい? 君はなに? バカなの? 何なの? 死ぬの? というか死んじゃえ」

「まったくもってその通りだけど毎度毎度玄関開けてすぐに貶すかな!?」

と、荷物を抱え、ツッコミを入れるのは幼馴染みの一誠。
黙っていればそこそこイケメンな残念変態さん。

まあ、言えることは、

「変態は死すべし」

「秋人!?」

「冗談。ほら、入れよ」

なかなか弄って楽しいのだが、これ以上漫才をやると近所の方々に迷惑がかかるので一誠を家の中へと招き入れる。
心労が溜まったように深くため息を吐いているようだがスルーする。

「いつも通りの流れでいいか。わからん箇所はその都度聞けよ」

「おう!」

そうしていつものように取り掛かる。

改めて彼のことを紹介する。
名は兵藤一誠、先にも言ったように俺の幼馴染である。
同じ地区に住み、幼少期からの付き合いで幼・小・中と腐れ縁が今も尚続いている。
基本的に仲間思いで真っ直ぐなヤツなのだが、残念なことに変態なのである。
ある日を境におっぱいおっぱいと連呼するようになってしまった変態なのである。
本人曰く、「紙芝居のおじさん、俺、絶対揉んでみせるよ」だそうだ。
……訳がわからん。

閑話休題。

一誠本人は気付いていないがその身に神器を宿している。
ただ、それがどんなものなのかはわからないが……嫌な予感がする。
偶然かもしれないが一誠の身の回りにはいろんなモノがいた。
例えばこの町、ここはグレモリー家の管轄であるのだが、他の地域に比べ、少なからず強いはくれ悪魔が現れる割合が高い。
また、教会が存在し、一時期聖剣の一本が存在していた。
俺のような特殊な力を持つ人間がいる。
更には変態・変人が多数……これは関係ないな。

とまあ、何かに引き寄せられるかのように『力』が身近にある。

龍は『力』を引き寄せるというが……まさかな。

「……きと。秋人!」

「あ、ああ。なに?」

「いや、これわかんないだけどさ。……というか大丈夫か? ボーッとして」

「少し考え事」

気付けばそれなりの時間が経っていたようだ。
一誠の言う個所を答えながら解説をする。
その後、ひと段落入れていると不意に一誠が聞いてきた。

「そういや、秋人はどこの高校に行くんだ?」

「ん? ああ。駒王学園だな。場所もここから離れてないし。それにこの前の進路面談で担任やその他教師陣から行くように推されてたし」

私立駒王学園は、共学校だが数年前までは元女子校だった。
男女比を見ても3:7と女子に大きく偏っている。
その所為か、女子の発言力は強く、共学になったここ数年の生徒会長も未だに女子が務めているとかどうとか。

とまあ、表向きはそんな感じだ。

実際、ふたを開けてみればいろいろある。
学園には悪魔や関係者が一般人と同じように通っている。
学園の上のお偉いさん方が悪魔。
学園、というかこの町一帯がとある悪魔の領地。
等々。

「で、そういう一誠はどうなんだよ? 確か俺と同じ駒王学園だっけか?」

「よくぞ聞いてくれました! 俺は―――」

時間にして約三十分近く。
変態視点による駒王学園の魅力だの、自分の夢の第一歩だの、そりゃもういろいろ。
聞いてもないことまでも熱く語りだす一誠が面倒なので軽く聞き流す。

どちらにせよそういった原動力となる目標や夢があるからこそ、こんなにも頑張れるのだろう。
……動機が変態だけど。

「―――で、だ!」

「はいはいわかったわかった。つか、勉強しないんなら帰れ。こちとて暇じゃないんだ。夜には知り合いが来るからいろいろ準備する時間がほしいんだが」

夏ということもあり、日は未だに落ちてはないがどこからか流れる音楽につられて夕焼け小焼けと口ずさんでしまうような時間帯だ。

「もうそんなに経ってのか。そういうことなら帰るわ。今日はありがとな」

「いつものことだ、気にすんな」

荷物をまとめるなりお礼を言って帰った一誠。

「今回はあの兄妹の分まで夕飯用意しないとな。っと、そんじゃまあ買い物に行きますかね」 

 

第07話 フラグだったのか

時の流れは早いもので、気付けば高校二年目の春を迎えていた。

「ふぅ……」

高校初めの一年は案外あっさり終わった。
高校入試は推薦で他のやつらより早く受験勉強とおさらばしたために、半ば家庭教師のような形で一誠を教え込んだ。
そのかいあってか……いや、変態根性のおかげで無事に合格。
入学早々同類を見つけ意気投合して今日も覗きがバレて女子生徒に追われている。

それからグレモリーさんと会長。一応フェニックス家との関わりがあるためにあいさつに行ったところ、それぞれの眷族と顔合わせをした。
それがきっかけとなり、校内で顔を合わせると声を交わすようになったり、たまにあるフェニックス家の依頼のはぐれ退治で共闘したりしている。

フェニックス家といえばレイヴェル。
レイヴェルから冥界(あっち)のこと、俺からは人間界(こっち)のことを定期的に情報交換している。
そんな中でも彼女の口から多く聞くのは小猫のことだったりする。小猫と口ゲンカをしつつもしっかりサポートしているようで、どこかムスッとしながらも楽しそうに話してくれる。
今現在必死で人間界のことを勉強しているとかで、小猫との立場が逆転して大変だとか。

これでその小猫なのだが……

「なんでこんな格好になってるんだ?」

「……自然の摂理だから仕方ないんだよ」

俺の膝を枕にした小猫がリラックスモードでそんなことを言う。

二人っきりの昼休みの屋上、何をするわけでもなく昼飯を食べ終わるなり日向ごっこ。

「それにしても意外だった。あの小猫が無口なクールキャラで通してるんだからな」

「……だってこれしか考えつかなかったんだから」

対人恐怖症がある程度緩和されたから別にいいか。
本人もかなり努力したし。

「……秋人くん?」

「なんでもないさ」

「……にゃぁぁ」

膝に乗る頭をゆっくり撫でる。
気持ちいいのか、屋上には俺たちしかいないことをわかってか猫耳が出てる。

「あ、そうだ」

「どうしたの?」

「最近堕天使の気配を複数感じたから気を付けてね。下級か中級程度だと思うけど」

「……うん。ありがと秋人君。秋人君も気を付けてね」

「わかってるって」

キーンコーンカーンコーン、と学内にチャイムが鳴った。

「昼休み終わったね」

「そんじゃ戻るとするか」

ズボンをはたきながら立ち上がる。

「そういや今日は家に飯食べに来るか?」

「……いいの? 今日部活だから、また遅くなっちゃうよ?」

「気にしない。夕飯作って待ってるから。あ、ちなみに食べたい物あるか?」

「……唐揚げ」

「唐揚げね。リョーカイ」

そんな会話をしながら屋上をあとにして、

「……それじゃあまたあとで秋人先輩」

「おう。またあとでな、小猫」

それぞれの教室に戻っていった。


◆―――――――――◆


あっという間に放課後になった。
教室には友達同士で駄弁っている者、部活動へと向かう者、そしてそそくさと帰路に付く者と様々である。
帰路につく一人としてクラスメイトに挨拶を交わしながら学校を出た秋人は夕飯の材料の買い出しのため、そのままスーパーへ直行した。
小猫たっての希望である唐揚げをメインにその他の料理の献立を考え、冷蔵庫にはアレはあったけどコレはなかったなどと食材を選別して次々に入れていく。

「さて、買い物終了」

買い物袋を片手にスーパーを出た。
帰路の途中、のんびりしてから夕飯を作ろうかと考えながら歩いていると不意に視線を感じた。

(誰かに見られてるな。……この気配は堕天使か)

背に感じるソレから自分を襲う気だと理解する。

(俺を普通の人間だと思っているのか。分かりやすく殺気なんて向けちゃって、見下し過ぎ。……それにしても俺、襲われそうになるようなことしたか?)

疑問を抱きながらも人気のない公園へと誘き寄せる。

(白音に気を付けろと言った矢先にこうなるとは……フラグだったのか)

苦笑しながら公園に入ってすぐに公園一帯を覆うように結界が張られた。

それと同時に生い茂る木々の奥から黒い羽根を生やした一人の堕天使が現れた。

「数奇なものだ。まさかこんなところで神器を宿した人間を見つけるとはな。ましてこのような人気のないところに―――」

後を付けてたくせに白々しい、そう呆れながらも顔には出さず一般人を装う秋人。
それと同時にあることに疑問を持った。

(はて、神器の気配は隠してるはずだったんだがなぜバレた。このカラスがそれほどの実力を持っているとは思わない。となると……フラグのせいか? はい、マジ勘弁。のんびりしたいとは思っても巻き込まれたいとは考えてないし)

堕天使の言葉に耳を傾けるもなく勝手にフラグを立てて、勝手に巻き込まれた自分に対して呆れていた。

先程からしゃべらない秋人を自分に恐怖して声も出ないと思い込んでいる堕天使は気をよくしたのか、次々に言葉を続ける。

「ふむ、恐怖で言葉も出ないか。まあよい。今後の計画に支障をきたす可能性が0ではない、か」

「ん?(計画? まあいいや。殺す気満々みたいだし、帰って夕飯作らないとだし)」

「貴様の命、狩らせてもらおう」

(サクッとやるか)

堕天使が光の槍を作り出し、投影しようとした次の瞬間、

「クハッ! な、なんだ、これ……は……」

禍々しい槍が堕天使を貫通し、風穴を開けていた。

「一般人だと思たのか? 残念。関係者でした。って、聞いてないか」

重力に逆らうことなく落ちた名も知らぬ堕天使を見下ろしなから片手に魔力をかき集める。

「消えて無くなれ」

魔力は炎に変わり、放たれた。
一瞬にして堕天使を包むと炎は火力を増し、消えた。
そして、公園には秋人以外誰もいなくなった。

「ったく、三下のくせに何やってんだか」

荷物が無事なことを確認すると再び帰路に着いた。

「あ、カラス殺った後に鳥の唐揚げとか……白音には悪いけど何か食う気無くすわ」 

 

第08話 日常を過ごしたい

「俺、彼女が出来たんだ!」

「ん? そうなのか。おめっとさん」

翌日の昼休み、突如教室に現れた一誠に屋上へと連れられた。
そして、そんな報告をもらってお祝いの言葉を投げた。

「おう! ……って、そんだけなのか?」

「なにが」

「いや、お前もあいつらみたいに嘆く……はないにしろ、否定するとかしないのか?」

その言葉に納得する。
あいつら、というのは一誠がいつもつるんでいる変態の二人のことだろう。

「なんだ、毒吐いて欲しいのか? 仕方ない、そこまで言うならやってやろう。言葉攻めされたいとかM気質だな」

「そういう意味じゃねえよ!?」

いい笑みを浮かべると一誠は全力で否定してきた。

「ったく、冗談だよ」

「……冗談の顔じゃなかった気がするんだけどな」

「まあいいだろ。それよりも用件は自慢しに来ただけか? あらあらうふふを妄想してきた一誠のことだ。初めてのデート何したらいいんだ!? とか初な相談しに来たと……」

「……そんなわかりやすいか、俺」

「だてにお前との付き合い長くないさ」

ガクッと項垂れる様を呆れ顔で見る。

「とはいえ、彼女なんて作ったことのない俺にそれを聞くあたりどうかと思うぞ」

「……あの二人に聞いてなんかいい返事が返って来ると思うか? 悪いけど友人とはいえ、俺はそうは思えない」

「あー……。返って来ても嫉妬の嵐か」

だてに変態三人組と呼ばれてないからな。
口を開けば品の無いNGワード。
趣味は覗きに卑猥なDVD観賞などとその名に恥じない言動をとっている。
もうちょっとまともな会話ができれば周りの反応も変わるというのに……っと、ずれたな。

「でも、まあ、必死で相手のことを考えて計画練ったらいいさ。本当にいい娘だったらわかってくれるだろうし」

そう言ってカバンを漁って雑誌を手渡す。

「これは?」

「グルメ情報目当てに買ってる週刊誌。確かそれにデートについての記事があったはずだからやるよ」

「いいのか!」

「それを参考に練ってみ。俺にはそんくらいしか役にたてそうにないからな」

「サンキューな、秋人。俺、頑張ってみるよ!」

「おーう。頑張れよー」

雑誌を抱え、屋上を後にする一誠を見送った。

そしてその二日後、「夕麻ちゃんのこと覚えてないのかよ!?」と何故か悪魔になった一誠の姿があった。



◇―――――――――◇



「まさか堕天使に襲われてたとは……チッ」

グレモリーさんなら一誠が悪魔になった理由を知っているのではと思い、聞いてみると案の定だった。

グレモリーさん曰く、やはり一誠の中に眠る神器が原因であると。
前に伝えていた堕天使の男の仲間と思われる堕天使の女が一誠の彼女という形で近寄り殺害。
死ぬ間際、生きたいという願いに反応してグレモリーの紋様が入った簡易魔法陣(チラシ)に呼び出されたグレモリーさんが自身の眷属として蘇らせたと。

「一誠が悪魔か……。もしもあいつが宿している神器がドラゴンに属するものなら最悪だな。弱かれ強かれドラゴンというのは力ある存在を引き寄せてしまう。本人の意思に関係なく。そうなら波乱の人生の始まりかだな。ま、グレモリーさんの眷属悪魔になった時点で波乱は変わらんだろうけど」

そうこう考えているうちに帰宅。

「ただいまー」

誰もいないとわかっていてもつい言ってしまうこの一言。

「あ、お帰りなさい」

誰もいないと……誰もいない……………は?

「私もいますよ」

「んな!?」

不意に現れた気配に驚きを隠せない。

前を見ればエプロン姿の魔女っ娘。
後ろを見れば買い物袋を持ったメガネのイケメン。

「……なんでお前らがいんだよ。つか、人が不在中に勝手に入んな。ルフェイ、アーサー」

アーサー・ペンドラゴンにルフェイ・ペンドラゴン。
ペンドラゴンでわかるが、二人は彼の有名なアーサー・ペンドラゴンの末裔だとか。

二人との出会いは本当に偶然で、きっかけはルフェイが転移魔法の試運転中に座標を誤ってこの家に転移してきたことだ。
細かいことは省くとして、そんなためにこの家に誤って転移してしまった上に魔力切れになったと説明を受けた。
その数時間後、ルフェイを見つけたアーサーがやって来た。
これまた家ん中に、それも空間を裂いて。

「ちょうど暇でしたから久々に秋人の顔でも見ようかと」

「はぁ……そーかい。で、その手に持ってるそれは?」

何となく予想はつくが……

「夕飯の食材ですよ。ルフェイに頼まれまして」

「……やっぱし」

「何ですかその目!? 私にだってカレーくらい作れます!」

知ってます。
ただそんな視線を向けただけです、はい。
世界を巡ってますもんね、暇人。

「……なんか失礼なこと考えてませんか?」

「はてさてなんのことやら」

ルフェイがジト目を向けるが、すぐにため息を吐いた。

「ため息吐くと幸せ逃げるぞ?」

「秋人のせいです!」

そう叫ぶとアーサーの持つ買い物袋をもぎ取って台所へ行ってしまった。

「あなたは毎回ルフェイをイジるんですから」

「あはは、スマン。つい」

呆れ顔のアーサー。
悪意がないことがわかっているためか軽い注意で済ませる。
……まあ、悪乗りしてくれる時もごく稀にあるけどな。

「まったく、あなたはいつも……」

「いいじゃんか、減るもんじゃないし。というか俺にそうさせる可愛いルフェイが悪い」

!?!?!?

「……ふむ、身内の私が言うのもアレですが、確かにルフェイは可愛いですね」

ッ〜〜〜!?

「だからなかなかやめれないんだよ。ほら、よく言うだろ? 相手を可愛いと思うあまりに苛めたくなるって」

ガタッ!?

「……アーサー」

「……ええ」

短い言葉を交わし、無駄に気配を消して台所を二人して覗く。
声なき声が聞こえたかと思うと、今度は変な音が聞こえた。
……まあ、原因はわかっているとはいえ確かめる。

そこには、野菜をリズムよく切るルフェイの後ろ姿が。
まるで、先程の音がなかったことにするかのように。

しかし、よく見てみると薄っすらと耳が赤く染まっている。

(さすがにこれ以上はやめといた方がいいか)

(そのようですね)

これ以上は流石にかわいそうだろうと判断し、その場から離れた。



◇――――――――――◇



「ごちそうさま」

「お粗末様です」

ルフェイの作った食事を食べ終え、手を合わせた。

「アーサーのやつ、もう少しゆっくりしていけばいいのにな」

「兄は兄でいろいろな事情やら何やらがありますから」

ルフェイが夕食の終える前にどこかへと出て行ってしまった。

「そういえば最近何かありました?」

そう切り出してくるルフェイ。
この家に来るたびに聞いてくることで、俺の日常について知りたがっているみたいだ。
自分自身が学校にも通わず、世界中を飛び回り、世間一般に言われている普通の生活というものからかけ離れた生活を送っていることもあり興味があるとかどうとか以前に言っていた。

「前に来たのは年明けて少しした頃だろ? それからといっても、学校でもこれといったイベントはなかったし、進学しても特に何も変わらない。そんな日常だからな。だから……」

そのまま「ない」と続けようとしたが、自身の周りで変わったことがあったことを思い出した。

「どうかしました?」

「……あったよ、変わった出来事が」

首をかしげるルフェイ。

「俺、数日前に堕天使に襲われたんよ。何でも俺の神器持ちだからって理由で。……まあ、灰すら残んなかったけど」

「うわぁー、その堕天使さんにはご愁傷様ですね」

「で、さらに数日後、というか今日だな。なんか俺の幼馴染が堕天使に殺されたみたいで悪魔になってたな」

「何というか、日常が非日常に変わってますね」

「言うなよ。……でも、前々からなんとなくこんな感じになるんだろうなとは考えていたんだけどな」

ハァ、とひとつ溜息を吐く。
そんな俺に苦笑するルフェイ。

「この頃は巻き込まれてる感がすごいからな。この町に禍が強く引き寄せられているのかね」

悪魔然り、堕天使然り、人間然り。
力あるものがこの町に、この町の何かに。

「んー、物語が加速しているとでもいうのか?」

「何言ってるんです?」

くすくすと笑みを零すルフェイにつられて一緒に笑う。
ああ、願わくは必要以上に変なことに巻き込まれないようにしてほしいな。 

 

第09話 気が変わったから

一誠が悪魔になってしばらく。
小猫伝いに様子を聞くと、少し前にようやく契約取りの仕事をするようになったとのこと。

ただ、類は友を呼ぶということわざがあるように、一誠を喚ぶ相手が変人が占めているらしい。
御愁傷様、ドンマイなどの慰めの声をかけるしかない。

そんな中、悪魔として初めての危機に遭った。
喚ばれて来てみると、契約者は殺され、代わりにいたのははぐれエクソシスト。
名をフリード・セルゼンといい、人・人外関係なく手にかけ続けたために教会から追放、はぐれの烙印を押された人物。
ただ、実力は折り紙つきで、エクソシストの中でも天才と呼ばれた実力者。
そんな人物が一誠の眼前に現れた。

「で、そんな二人を覗き見している俺がいるわけで」

教会から離れた場所から覗く俺。
それにしてもフリード・セルゼンの口がこんなに汚いとは……って、それはともかく、どうしようか。
一誠を助けるかこのまま放置するか。
相手はエクソシストだし、やることには抵抗無い、というかやりたい。
けど、後々グレモリーさんに呼ばれるとか面倒臭いんだよな。

「ん?」

そうこう考えているうちに状況に変化が見られた。
フリード・セルゼンに光弾放つ銃を突きつけられる一誠の前に一人のシスターが。

「一誠をかばってる? ああ、そういや言ってたな、金髪のドジッ娘と知り合ったとかどうとか。じゃあそれがあの娘なのか」

何というか、保護欲の駆り立てられるような娘だな。
大概ああいう娘は重い過去だったり、何らかの不幸を持ってるってなんかの小説に書いてた。

「しゃあない。助けるまではいかずとも時間稼ぎくらいはしておくか。情愛の深きグレモリーさんが来ないはずない。接近しているカラスで遊んでいるうちに回収するだろうし。ま、一誠も死にはしないだろ」

神器の能力で一誠の場面から堕天使へと切り替える。

「三人か。とりあえずは」

手元で複数の魔方陣を展開させると、同じものが画面越しに現れる。
そして、

『な、なんなのよ、コレはッ!?』

堕天使三人の行く手を塞ぐように魔力弾の弾幕が敷かれた。

『レイナーレさまっ、囲まれました!』

堕天使の一人がそう叫ぶ。
弾幕は一面だけでなく全面。
まるで鳥を閉じ込める鳥籠のように展開されている。

「籠目。威力や弾幕の数を結構落としているからすぐに抜かれるか?」

警戒し過ぎて動きが止まって時間を稼げればよし。
突破しようとして怪我を負わせつつ時間を稼げれば尚のことよし。
とはいえ、軽傷で強行突破されるかもだが……

「まあ、それもやつらがそれなりの実力を持っていればの話だが」


◇―――――――――◇


結果だけ言うと、一誠はグレモリーさんたちに無事回収された。
はぐれエクソシストが依頼先にいるとは想定外だったらしく、眷族総出で来た。
フリード・ヒルゼンに牽制していたが、堕天使の接近を感知し、早々に帰っていった。
ただ、一誠はアーシアと呼ぶシスターへ必死にてを伸ばそうとする姿、シスターの一誠が助かったという安堵ともう会えないという悲しみで涙を溜めたその顔が頭から離れない。

「はあ、平穏を望んでいるからこそ矛盾するな。久しぶりに一誠があんな顔を見るんだ。一応、あいつの友人としてあのシスターを助けます(誘拐します)かね。さっき放置した俺が言えることではないけど」

自分の甘さや矛盾する行動に苦笑する。

「ま、誘拐といえば神隠しだよな。となれば―――八雲立つ紫」

手元に一冊の書物が現れる。

「神隠しの主犯」

幼き頃に母親の書いた物語に登場した一人の妖怪。
口にしたのはその中に描かれた者たちの内の一人の二つ名。

「さて、まだ悪魔祓いだけ。一瞬でも意識が彼女から離れればこっちのもの」

目の前と悪魔祓いの背後の境界を繋ぎ、魔力弾を放つ。
着弾の直前、それに気付いた悪魔祓いは驚異の身体能力でギリギリのところで避けた。
そして何か言っているが、意識完全に外れ、視界からシスターをが消え、その隙ができた。

境界がシスターを呑みこんだ。
それは一瞬。
悪魔祓いが気付き、振り返った時にはすでにその場には誰もいなくなっていた。 

 

第10話 再会し、準備する

「アーシア……」

部長たちに助けられて学校に戻った俺。
あのクソ神父から受けた怪我を治療してもらいながら部長がエクソシストについて教えてくれた。
正規かはぐれか。
あのクソ神父がヤバい感じがした。
猟奇的快楽殺人者。
そういった言葉がピッタリなんだろう。
だからこそ部長はこれ以上関わるな、アーシアのことは忘れろ、って。

俺が悪魔でアーシアがシスターだから、アーシアを掴んでいるそれが堕天使の陣営だから。
自分の中で部長たちかアーシアか、どちらかを選ぶなんて……選べねえっ!
そんな矮小な自分自身がどうしようもなく悲しい。
それと同様に女の子一人救えない自分が情けない!

「はぁ……」

治療してもらい、帰ろうとすると俺指名の依頼が舞い込んできた。
部長からは休めと言ってたけど、首を横に振った。
アーシアのことが離れないまま、まだ癒えない怪我を抱え依頼者の家に向かう。

「ここ、か」

こんな湿気た顔じゃダメだ!
呼び出し人の自宅に到着して早々、パシンッ! と顔面を叩き、気を引き締める。
そしていつものように自転車を停め、玄関に備え付けられているインターホンを押そうと腕を伸ばす。
が、押す寸前、それに気がついた。
見慣れた玄関に見慣れた庭先。
ギギギという効果音が相応く恐る恐るこの家の表札に目をやると……

やっぱり秋人ん家じゃねえか!?
ちょっと待て待て待て!
おおおお落ち着け俺!
深呼吸だ。

「すぅー…はぁー……。よし」

よし、多分落ち着いた。
まさか依頼人があいつだったっは。
あいつの依頼って何なんだ?
考えても仕方ないか。

「ええい、ままよ!」

インターホンを鳴らす。
それで思い出した。

「あ、俺が悪魔だってこと知らなくね?」

なんとも言えない感覚が体を駆け巡る。
焦る俺に追い討ちをかけるかのように足音が近づいてくる。

心臓はバクバク鳴ってうるさい。
秋人に何て言おうか、それを考えるのが精一杯。
ここに来るまでの思いを忘れるくらいに。

家の中からはーい、という返事が聞こえる。

だから気づかなかった。
悪魔になって高くなった聴力にもかかわらず、足音が秋人の足音じゃないことに。
その声が秋人の声じゃないことに。

そして、ドアが開けられる。
ドアの向こうにいたのは、俺を出迎えてくれたのは、

「アー、シア……?」

「一誠さん!」

「アーシア!」

目が合うと感極まった表情で飛びついてくるアーシアと受け止める。
涙を流しながら喜ぶアーシアに無事でよかったと抱きしめる。
煩悩云々関係なくただただ互いの無事を喜んだ。

「ほうほう。なるほどなるほど。一誠とアルジェントさんはそういう関係だったのか」

「「っ!?」」

いつの間にか現れた秋人。
ニヤニヤしながら時間と場所を忘れていら俺とアーシアを眺める。
ハッと自分たちの格好を思い出してあわてて離れるけど時すでに遅く、

「おーおー、息もピッタリだな」

「秋人!?」

「ま、上がれよ。いろいろ聞きたいことあるんだろ?」

そう言われ、促されるままにアーシアと家に入った。


◆――――――――――――――――――――◆


「さて、質問タイムといこうか。答えられる範囲で答えるから」

「どうしてアーシアがここにいるんだ? あのあとクソ神父に連れていかれたんじゃ……」

アルジェントさんも私気になりますといった様子でこちらを見てくる。
まあ、なんでと言われても、

「俺がちょちょいと拉致ってきたからな」

「拉致った!?」

「そそ。嫌な空気が流れてるなと町を回ってたらお前とエクソシストを見つけて、映画のワンシーンよろしくな感じだったからな。いやー、一誠のあんな顔久々見たな。アルジェントさんから見てどうだったよ」

「すごく嬉しかったです! ……こんな私を友達とおっしゃってくれて、イッセーさんも危ないはずなのに自身のことよりも気を使ってくれました。……いままでそんな方がいませんでしたから……。だから嬉しかったです。イッセーさん、ありがとうございます!」

「お、おう……」

一誠が口を開く前にアルジェントさんに振った。
彼女の言葉に一誠は照れ、たぶん言おうとしてた言葉とは違う言葉が出ただろう。

ま、いままでこんなに真っ直ぐで純粋な好意を異性から向けられたことがないからだろうな。

「動機はそんなもん。で、いつまで照れてるんだ?」

「べ、べべ別にそんなことないぞ!? そ、それよりもだ!」

露骨に話をそらす一誠。

「あー…その、なんだ。秋人はなんとも思わないのか? 俺が悪魔になったこと……」

ああ、そのことか。
つか、思い付いた話題をすぐに口に出して変にやっちまった感出すのやめい。

「特にないな。もともと悪魔やらの人外の存在を知っていたからな。今も交流あるし、俺、魔法使いだし」

一誠は一誠だ。
今まで積み重ねてきたものが変わるわけでもない。

「はいいいいい!?」

「悪魔や堕天使がいるんだ。魔法使いがいてもおかしくないだろ?」

「ま、まあそうだけどよ……」

つい最近まで普通の生活してたんだから仕方ないといえば仕方ない。
そういったファンタジーな存在はゲームやアニメの中だけで存在すると思ってもな。

「まあ、話はこれくらいにしてここからが本題だ」

話をひと段落つける。

「今回一誠を呼び出したのは依頼……というより誘いだな」

そう言って一枚の紙を渡す。

手紙を手に取って目を通すが首を捻る。
一誠の横から覗くアルジェントさんも同じく首を捻る。

「なんだよこれ?」

悪魔文字で書かれてあるため、内容を読み取ることができない二人に要約して伝える。

「簡単に言ったら、お前を殺し、アルジェントさんを利用しようとする堕天使たちを殺っちゃっていいよーって書いてあるルシファー様からの正式な書面」

「はいいいいい!?」

まあ、驚くのも無理はないか。
アルジェントさんも声を上げていないが、開いた口が塞がらない状態だ。

一誠が襲われている時にルシファー様にこの町で起こっていることを報告し、確認をとってもらったところ、そういった書面が送られてきた。

今回の件は、下の者の暴走であり、こちらの総意ではない。
そいつらの処遇はそっちの好きにしても構わない。
煮るなり焼くなり好きにしてくれ。
と、堕天使総督のアザゼルから返答があったとか。

というか一誠、ちゃんと教わってたんだな、お偉いさんのこと。

「そんなわけでちょっと教会にカチ込み行くが、一誠も来るか?」

「……いいのか?」

「おう。でもその前に一誠、神器出してくれ」

「は? 何でだ?「いいから」お、おう! 神器(セイクリット・ギア)!!」

訳もわからず言われた通りに神器を出す一誠。
光が瞬き終わると左手に赤い籠手が装着されていた。

「ふぅん、龍の籠手(トゥワイス・クリティカル)か」

「ああ。部長が言うにはよくある神器だってさ。それがどうしたんだ?」

よくある神器、ね。
確かにそうだが気になるのは兵士の駒を八つも消費したこと。
ただの龍の籠手にそんなに消費しないし、しても多くて二つ。
ということは、

「秋人?」

疑惑を確かめるべく龍の籠手に触れる。
そして、静かに八雲立つ紫を呼び起こす。

―――香霖堂店主

外界からの漂流物を主に扱う雑貨屋の半妖の青年。
その目で見た物を鑑定し、未知の物であろうと名称や用途などといったことを理解する。

……赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)か。
そりゃそうだ、ただの龍の籠手で兵士八つも消費するわけがない。
このことをグレモリーさんは知っていながら事実を伝えなかった?
……なんか考えがあるんだろうが知らん。

「一誠、それは赤龍帝の籠手だ」

「ぶ、赤龍帝の籠手?」

「ああ。神滅具の一つ。使い方次第で神をも滅ばす神器だ」

カチコミ行く前にちょっくら勉強の時間だ、一誠。 

 

第11話 カチコミ

 
前書き
お久しぶりです。
遅いですが、明けましておめでとうございます。 

 
一誠に魔王様直々の書面をグレモリーさんへ届けさせ、待ち合わせ場所である教会から離れたところで待っていた。
人影が見え、一誠が来たかと思うと見知った顔が三つ。
一誠の他にグレモリー眷属の木場と小猫がついてきていた。

「なんでお前がいんの?」

「ひどいな来ヶ谷君。イッセー君の援護だよ」

ふーんと鼻を鳴らす。
視線を移して小猫を見る。

「……秋人先輩が行くと聞いたので」

「ありがとな」

ちょうどいい位置にある小猫の頭に手をやり、撫でてやると気持ちよさそうに目を細める。
しかし、ハッと一誠たちの目があることに気付いて離れようとするがそうはさせない。
一瞬で背後に回り、片腕で抱き寄せて撫でまくる。

「確認しとくぞ。やっこさんは堕天使三羽にエクソシストが約三十名ほど」

「あー……小猫ちゃんはいいのかい?」

「にゃ、にゃあ……」

「これくらいにしとくか。……ん? 一誠、どうした?」

わなわなと震える姿を疑問に思う。

「どういうことだ秋人! あの無口でクールなロリっ娘小猫ちゃんがデレるなんて……ッ!? どういう関係だ!?」

「小猫の兄貴分だが? じゃれあう程度に仲良いが」

「なん、だと……!? つか、知り合いだって聞いてねえぞ!?」

「聞かれなかったしな」

ガクリと地面に膝を付き、世の中不条理だ! と項垂れる一誠。
そんな姿に木場は苦笑いを浮かべ、小猫は蔑んだ目を向けている。

「続きだが、教会内に堕天使一羽とエクソシスト二十弱で儀式の準備中。その他は警備とアルジェントさんの捜索だ」

「いつの間にそんなの調べだんだ?」

「なあに、ここに来ると中にエクソシストに聞き出しただけだ。ついでに全部仕留めたから実質、外は堕天使だけだな」

ちょいと死との境目を見せたらポロッと溢した。
それを複数回、街に出回っているエクソシストの数だけな。

「堕天使二羽はあの二人が片付けるんだろうし。……現状話しといてなんだが聞きいてもいいか?」

「何かな?」

「サクッと終わらせていいか?」

「「はい?」」

「いやな、教会に入って一人一人相手するの正直面倒なんだよ。運のいいことに上からの許可もあるんだ。だったら堕天使とエクソシストまとめてやってしまえば早いんじゃね? と思うんだよ」

「……どういうこと?」

「やっこさんは地下で儀式の準備。出口抑えられると外に出られない。水攻めとかで攻めれば簡単かつ簡潔にてっとり早く終わる。危険はこっちの方が断然低いだろ」


◇―――――――――◇


教会を対象に結界を張る。
事前に用意していた教会の見取り図のおかげで脱出口や抜け道も把握している。
昔、一誠ともう一人の幼馴染で遊んだことのあるこの教会だったこともあり、記憶と見取り図を照らし合わせることですんなりいった。

「そんじゃ、始めるぞ」

使うのは魔法に見立てた神器の能力。
水の生成にカモフラージュした隙間の能力で境界を開き、某ダムから水を拝借する。
その水を操るのは水平思考の河童の能力。
それらをあたかも魔法ですよと言わんばかりに魔法陣を展開し、準備に入る。

「おやおやおやー? 誰かと思えば尻尾巻いて逃げたアークマくんじゃないですか」

「フリード・ヒルゼン……ッ!」

出てきたのはいつぞやのはぐれエクソシスト。
一誠は声を荒げ、小猫と木場は戦闘態勢に入っている。
これが戦闘をしたことのある奴とない奴の差だな。
とりあえずは、

「木場。小猫も頼めるか?」

「……うん」

「そうだね。この中じゃ僕たちが適任かな」

「木場、不甲斐ない様だったら俺がやるから。ま、頑張れ」

二人にフリード・ヒルゼンを任せて続きに入る。
一誠は俺もと言わんばかりに突っ込もうとしていたので首根っこ掴んでその場に留めさせる。

「何すんだよ!?」

「今のお前じゃ邪魔なだけ。向こうはいいから堕天使をぶん殴る準備でもしてろ」

そう赤龍帝の籠手の倍化を促す。

渋々といった感じで言われたとおりにする一誠。
十秒ごとにboostと音声が流れだす。

「そろそろやるか」

魔法の準備が整い、発動させる。
魔方陣から勢いよく水が噴射され、地下へ洪水のように流れ込んでいく。

「そういや、一誠もあいつと一緒になってこんなことやってたよな」

「こんな鬼畜じみたことしてねぇよ!」

「そうか? 蟻の巣を見つけては笑いながら水を……瞬間接着剤も流し込んでたな。いやはや、無邪気って怖いな」

「これを無邪気で済まそうとするなよ!?」

一誠の言葉をスルー。
地下から聞こえる断末魔もスルー。

「さて一誠。準備はいいか? まあ、勝手にするけどな」

何をと言おうとした一誠だったがそれに気づいた。
徐々に勢いの弱まった水流を何かが逆流しているのを。

「ん、死んではないな。おい、いつまで寝てんだよ」

溝うちに魔力弾を一つ撃ち込む。
すると水を吐き、咳き込みながら目を覚ました。

「あとは任せるよ、一誠」

そう言ってこの場から離れ、小猫や木場のもとへ移動する。
エクソシストを何とか撃退できたようだが、流石に無傷でとはいかなかったようだ。
体のあちらこちらに怪我を負っている。

「兵藤くんはいいのかい?」

「大丈夫だろ。赤龍帝の籠手でずっと倍加してたんだ、それに……」

「それに?」

一度言葉を区切り奮闘する一誠を見る。

「神器は宿主の想いに応える。あいつの中でいろんな想いが巡ってる。理不尽な理由で殺された自分と殺されそうなアルジェントさん。他にも男としての誇示や区切りをつけるなどいろいろ」

一誠の純粋で真っ直ぐな想いを奴らは穢したんだ。
俺も許せないけどそれ以上に一誠が決意してやろうとした。
だったら俺はないも言わないし、それを見届けよう。

「ぶっ飛びやがれ!」

Explosionの音声と共に一気に一誠の魔力が跳ね上がる。
魔力が収束する左手で拳を握り、堕天使めがけて打ち抜いた。



「ほらな」

堕天使は境界へとぶっ飛んでいく。
轟音とともに教会の壁には穴が開かれ、大量の瓦礫の中に埋もれた。

「さて、これでひと段落だ。悪いが一足先に帰らせてもらう。家に一誠を心配している彼女を安心させないといけないからな」

「まっ―――!」

「さいなら」

木場の静止の声を上げる間もなく自宅へと転移した。 

 

第12話 婚約だって?

堕天使が起こした騒動はあの後、文字通りグレモリーさんの手で終わりを迎えた。
いろいろと事情聴取的なやり取りがあった際に上がった一つの議題。
悲劇のヒロイン、アーシア・アルジェントのことである。

教会を追われ、堕天使に騙されていたこともあるのだが、彼女はシスターで聖女だ。
悪魔とは相反する存在。

それをわかっていながらも本人は一誠と居たいと希望した。
一誠もそれを擁護して主であるグレモリーさんに頭を下げた。

「部長、お願いします!」

その一言にどれだけの想いが詰まっているのかを知っているが、グレモリーさんは目をつぶったまま思案顔を崩さない。
アルジェントさんを保護するメリットとデメリットを頭の中で巡らせているのだろう。
とはいえ、答えは決まっているようだった。
聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)という悪魔をも治癒する神器。
アーシア・アルジェントという娘の人柄を気に入ったこと。
そして何より、深い情愛で眷属を慈しむ―――悪く言えば眷属に甘々なグレモリーさんだ。
真剣で真っ直ぐな想いをぶつける一誠に主として何らかの喜びを感じているからだろうか。

で、答えはというと、

「あなた、悪魔に転生してみない?」

そうして事件は幕を閉じた。
アーシアは僧侶の駒で転生し、グレモリー眷属となった。


◇―――――――――◇


とまあ、この前のことはこれくらいにしておいて問題は現在だ。
朝を迎え、いつものように目が覚めたわけなのだが、覚めた途端に感じた違和感。
腰あたりに何かがくっついており、掛け布団にもそんな凹凸が見られる。

「なんだこれ」

布団をめくってみたのはライトグリーンが二つ。
というか、

「……イルとネルじゃん。なんで俺の布団中いるんだよ」

くか~、すぴ~、と寝息をたてる二人。
ライザーの眷属の一員である双子がどうしてここにいる?
まあ、とりあえずは

「えーっと確か―――落ち着いた暮らしをし、自分の仕事に励み、自分の手で働くように努めなさい。アーメン」

アーシアさんに教えてもらった聖書の一文を口にしながら十字を切って切って切りまくる。

「「に、にゃあぁぁっぁあぁ!?」」

何ということでしょう、先程まできもちよさげに寝ていた二人が強烈な頭痛と共に目を覚ましたではありませんか。

「秋人! いったいどうした!?」

「秋人さま!」

「ん?」

イルとネルの悲鳴に慌てたような足音が鳴り響く。
勢いよく開かれたドアから入ってきたのはこれまたライザーの眷属のイザベラとライザー妹のレイヴェル。
さらに言えば何故かレイヴェルはエプロンを纏っている。

「……どうしてイルとネルがここにいる? それにしても今の悲鳴は」

「それは俺が聞きたい。ついでに言えばレイヴェルとイザベラがいる理由もな。悲鳴に関しては、目が覚めたら布団にもぐりこんでいたから適当に聖書の一文読んで十字切った」

「はぁ、朝から何やっているんだお前たちは……。朝食の準備ができているから着替えてくるといい」

イザベラに溜息を吐かれ、そしてイルとネルを抱えて部屋を出て行った。
けれどもレイヴェルはその場を動かずベットに目を向けたまま動かない。
眉間にしわが寄ってるけどどして?
まあともかくだ、

「で、レイヴェルはいつまでいるのさ? 俺の着替えを見るのか?」

「っ!? し、失礼します!!」

ぼふっ、と爆発する音を立てたかのように顔を一気に紅潮させ慌てて出ていく。

「なんだったんだ?」


◇―――――――――◇


「縁談? ライザーがグレモリーさんと?」

「はい」

朝食を食べながら話を聞くと、きっかけがこれらしい。
なんでも数年前からライザーが婚約者候補として挙がっていたのは少し前に知ったのだが、正式になったと聞くのは初耳だ。
数日後に控えた顔合わせのため人間界へやってくるライザー達に先行して準備云々のためにこの四人がやってきたとか。
とはいっても宿泊地はここで、レイヴェルと双子が自ら行きたいと言って、イザベラがお目付け役として付いてきた。

「何というか、釣り合わなくないか? ライザーが、というよりグレモリーさんが」

「……あまり、そういう言葉を口にしない方がいいですわ。人目がないとはいえ思ったことを口にするのは……それに……」

「わかってる。とはいえ、グレモリーさんをこれまで見てきた感じじゃそんな評価しかできない。悪魔が純血を残そうとしているとはいえ、今更フェニックス家とグレモリー家はそんなことを気にしないと思うんだけどな」

これで合致した。
だから最近になってグレモリーさんは俺を見ては負の感情を隠そうと眉をひそめていたのか。
フェニックス家の庇護を受けていることを知っているからな。
器が小さいというかなんというか……

「で、誰が今回の黒幕だ? あの事があるからフェニックス家じゃないと信じたいけど」

「あぅ」

「ああ、あれが」

「おにーさん凄かったよねー」

「力ずくのごり押しだったもんねー」

レイヴェル顔を赤くさせうつむき、イザベラは苦笑し、イルとネルはうんうんたと頷いた。

とういのも、数年前レイヴェルに婚約の話題が上がった。
仕掛人はじい様らで、フェニックス家の更なる発展に繋がるだのなんだのと言っていた。
もちろんレイヴェルは拒絶したが、強行させようと相手方が動いたためレイヴェルは家出までして拒絶したのだが意味はなかった。

「仕方ないだろ、俺だって納得してなかったんだ。レイヴェルのあんな顔見たらいろいろ妨害したくなるさ。でも、結果としてじい様らもレイヴェルも被害を受けずに済んだんだ」

「そうだな。まさかあの者たちが裏でテロ組織らしき集団と繋がってたとはな」

そのことが公になって縁談は白紙に戻った。
理由は不明なのだがおそらくフェニックス家の何かを狙っていたに違いない。
本人に尋問しようにもその前に何者かによって殺害されて聞けずじまいだ。

「でもでもおにーさん一人で行っちゃったからみんな心配してたんだよ?」

「そのことは何度も謝っただろ。まあ、反省はしてるけど後悔はしてないけどな」

当時は向こうの屋敷に単身で乗り込んで大暴れした。
そう言われるけど、本当のところは相手方に正論をぶつけると皮が剥がれて多人数で俺を殺そうとしたから抵抗して返り討ちにしただけ。

とはいえ心の奥底にあったのは、レイヴェルを泣かせた奴を許さない、レイヴェルを守りたいとかいう子供じみた感情だったな。
でも、そんな想いでも神器は応えてくれた。
おかげで、大きな怪我をすることもなかった。

「でも、本当にレイヴェルが無事でよかったよ」

心からホッとしたような笑みが自然に浮かぶ。

「あ、ありがとうございました」

いつもと違い、尻すぼみの言葉にうん、とだけ答える。

そんな様子にイルとネルからニヤニヤと含み笑いをされる。

「い、イル、ネル!!」

ハッとしたレイヴェルが顔を赤くさせ叫けんだ。

「全く、秋人がいると一段と騒がしくなるな」

「だな。でも、嫌いじゃないよ」

イザベラと苦笑しながら三人を見守る。
しばらく続くそうなやり取りを。 

 

第13話 説教

「……僕がここまで来てようやく気配に気付くなんて……」

いつものようにオカルト研究部の部室がある旧校舎へアーシアと木場の三人で向かっていた俺こと兵藤一誠は部室前に立った木場が急に顔を強張らせたことに疑問を持った。
何かあんのか?そう思ったけど、とりあえず部室の扉を開けた。

……げっ!

見覚えのある銀髪のメイドが目に入った。

昨日の夜、裸の部長が部屋に入ってきたかと思うとそれを追うように来たのがこのグレイフィアさんだ。
いきなり下賤扱いされ、部長の眷属だと、赤龍帝の籠手を宿していると知った途端に品定めされるような目で見られた。
結局昨日のことはわけのわからないまま部長とグレイフィアさんの間で話が勝手に進んでいき帰って行った。
よくわからなかったが、おっぱいごちそうさまでたっ!

すぐさま視線を外したのがけど、部長は見るからに不機嫌そうだし、朱乃さんのニコニコ顔も雰囲気が冷たい。
そんな二人から距離を取るように小猫ちゃんは椅子に座っている。

「全員揃ったわね」

話があると言われ、最後に来た俺達はいつもの位置につく。
多分、昨日のことに関係するんだろう。

部長が何かを言おうとした瞬間、うお!? 部室の魔法陣が光り出した!

「―――フェニックス」

木場のつぶやきが聞こえた。

部室の床に描かれたグレモリーの魔法陣が形を変え、見たことのない魔法陣になった瞬間にそこから炎が噴き出した。
熱っ……くねえ?

「ふぅ、こっち(人間界)に来るのは久しぶりだ」

炎の中から現れたのは赤いスーツを着崩した一人の男。
ワイルドな風格でチャラそうな感じだ。

「よう、会いに来てやったぜ。愛しのリアス」

「……呼んだ覚えはないわ」

射抜くような視線を向ける部長。
うわっ、部長の後ろにオーラが見える、マジで不機嫌度MAXっぽい。

男はそんな部長を軽く流して、今度は小猫ちゃんの方を向いた。

「……お久しぶりです、ライザー様」

「お前も元気そうだな、小猫」

ん? 急に表情が緩んだ?
そう思ったけどいつの間にかチャラさが戻っていた。
気のせいだったのか? というか!

「おい! お前は誰なんだよ!」

「あ? リアスや他の眷属から聞いてないのか?」

「言う必要はあるのかしら」

部長がキッパリそう言うと呆れた表情なる男。

「兵藤一誠様、この方はライザー・フェニックス様。古い家柄を持つ純血悪魔で、リアス様と同じく上級悪魔であらせられます。更にはリアス様の婚約者でもあります」

「な、なんだって!?」

グレイフィアさんの言葉に驚く。
こんなチャライやつが部長の婚約者!?
つか、あの小猫ちゃんがこいつに挨拶して、返ってきた労りの言葉はなんなんだ?

「じゃ、じゃあ小猫ちゃんがコイツに声をかけたのは……?」

「おいおい、それすらもリアスから聞いていないのか。悪魔になったばかりとはいえ、眷属のことを伝えないのはどうかと思うぞ。……それともなにかリアス、これもいう必要がなかった、とでも言うのか?」

「……言う機会がなかったのよ」

は? いったいどういうことだ?
今度はあのヤローが明確な非難の目を部長に向ける。
小猫ちゃんに秘密でもあるのか?

「……私は完全にグレモリー先輩の眷属ではないのです」

「そう、なのか?」

話した本人である小猫ちゃんを見ると、頷いた。

「……昔いろいろありまして、ルシファー様に助けけいただき、その後フェニックス家に保護されました。ルシファー様にグレモリー先輩の眷属にならないかと言われまして、いつでも眷属を抜けても構わないと言ってくれましたので、そう契約しました」

「何でそんな条件を……」

「……私は未来の主を決めていますから」

「それってまさか……こいつなのか!?」

指を突き付けて睨み付けてみるも、様子が変だ。
ヤローは苦笑のまま首を横に振った。

「俺じゃねえよ。まあ、フェニックス家に属しているといえばそうなのかもしれないがな」

「イッセー先輩も知っている人です―――秋人先輩です」

……は? 秋人?

「小猫ちゃん? 秋人ってまさかあの来ヶ谷秋人なのか?」

「そうです」

「はいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」



閑話休題。

小猫ちゃんのことや秋人のことに話が大きく逸れてしまったので、グレイフィアさんの一言で元々話し合われていた部長の婚約に戻された。
とはいえ、話は平行線のまま。
どちらも主張を曲げずいつまでたっても話がまとまらない。
ならばとグレイフィアさんがひとつの提案を出した。

「レーティングゲームですって?」

「はい。このような状況なると容易に考えられましたので、あとはお二人のご意見次第です」

「……それはもう決まっているように聞こえるわ。別に構わないわ、ライザー、あなたをこの滅びの魔力で消し飛ばしてあげるわ!」

やる気満々の部長。
魔力だしてるし、なんか威圧感が半端ない。
ヤローも受けるみたいだ。

ふと、ヤローが俺達を見渡した。
なんだよ。

「雷の巫女に魔剣創造に小猫。悪魔に転生したての赤龍帝とシスター。潜在能力は確かに高いだろうがそれだけだ。これで勝つつもりか、リアス?」

「……なにが言いたいのかしら?」

「ハンデを付けてやると言ってるんだ。こちらは僧侶一つ以外のフルメンバーに加えてレーティングゲームでそれなりに成績を収めている。それに比べお前はもう一人の僧侶はわけありで参加できず、戦車と騎士は未だ空席だろ」

そういうと床が再びフェニックスの陣を描いて光り出す。
そしてその中に人影が浮かぶ。

「紹介しよう、俺の眷属だ」

光が収まるとそこにいたのは14人の美女に美少女……だとぉ!?
これが……ハレーム……クソッ、俺の、男の夢をこいつは実現してるっていうのかよ!!

「……お、おいリアス。なぜ赤龍帝が急に涙を流し始めたんだ……?」

心の汗でまともに顔が見えねえが、声からでもわかる。
マジで引いてる。
でも知ったこっちゃねえ!

すると部長がため息交じりに答えた。

「この子の夢がハーレムなのよ。あなたがそれを実現してるからいろいろ思うところがあったんじゃないかしら」

「ライザーさま、この人きもーい」

「きもーい」

「お前ら落ち着け。本当のことでも本人目の前にあまり口にしてやるな」

なだめるように双子の眷属を頭を撫でながらなだめる。
何かを思いついたようにヤローの女王を隣に呼び寄せた。
そして

「んなっ!?」

「お前にはこんなこと一生できないだろうな、ん?」

見せつけるかのように女王と濃厚すぎるキスするヤロー。
アーシアなんてあまりのエロさに真っ赤だ!
何てうらやま、ゲフンッ、けしからん!

「うるせぇ! ブーステッド・ギア!!」

赤龍帝の籠手を突き付ける。

「テメー、部長と結婚する気でいるんだろ! だったら他の女といちゃいちゃしてんじゃねえよ!! 」

「ああ? ハーレム志望の赤龍帝くんはこういうのに憧れてるんじゃないのか?」

そうです、その通りだよ!
けどな!

「部長の下僕として許せるか! 所構わず子種まき散らしてんじゃねえよ焼き鳥野郎!」

「……おい、リアス。下僕の躾がなってないんじゃないのか?」

知らないわといった部長は何も言わない。
小さくため息を吐くヤローの目には失望が写ったように見えた。
それに対してもイラついてヤローに殴りかかろうとした瞬間。

「……啖呵を切るのは構わないが、相手を考えろ」

一瞬にして部室の空気が変わった。
何だよこれ、体が震えて言うこと聞かねえ!
部長やみんなも俺と同じような状況になっている。

「お前が輝かしい功績を上げればリアスの功績に。失望させる行動はリアスの恥に。お前のすべてがリアスの評価につながる。そこらへん、ちゃんと考えるんだな」

「ぐッ!?」

「ライザー様、その辺でお納めください」

グレイフィアさんの一言にため息交じりに答えたら重圧が消えた。

「……申し訳ありません」

「わかってもらえれば結構です。では、ゲームの詳細に移らせていただきます。まず―――」

グレイフィアさんが話しているが全然耳に入ってこない。
クソッ、啖呵きったのに何もできなかった。
いや、させてもらえなかった。
俺が弱いせいで部長にもみんなにも迷惑をかけちまった。
なんて……なんて情けないんだ俺は……ッ!

結局、最後はグレイフィアさんが話をまとめて話し合いは終了した。 

 

第14話 ゲーム開始

もうすぐ日付が変わろうとする時間帯に学校の生徒会室を訪れていた。
ライザー・フェニックスとリアス・グレモリーのレーティングゲームの観戦のためだ。

生徒会室には自分の他に生徒会長ことソーナ・シトリーとその女王である森羅副会長がいる。

『まもなく試合開始十分前となります』

グレイフィアさんのアナウンスが流れた。

「来ヶ谷君。あなたはどちらが勝つと思いますか? 参考までに聞きたいのですが」

ふと、生徒会長がそんなことを言ってきた。

「試合の方ですか? それとも勝負の方で?」

「……どういうことですか」

眉をひそめる会長。
まあ、言ってもいいか。

「先日ロイドさん……フェニックス卿に問い詰めたんです。そしたら今回のゲームは数年前からグレモリー家水面下で進められてた計画なんだとか」

「……まさか」

「ええ。結婚を、なんて話はグレモリーさんをゲームに出させる嘘です。本来の目的はリアス・グレモリーとその眷属の実力アップのようです。……いささか身内びいきが行き過ぎてる感が否めないですけどね」

知らぬは本人だけ。
まあ、ライザーには本当の婚約者がいるし。
というか、よく引き受けたよ、今回の件を。

「要は出来レース。グレモリーさんは試合に勝って勝負に負けるといったところでしょうか」

十日あるとはいえ、そう簡単には実力が上がるなんて考えられない。
新しい眷属を集めるわけでも、コーチを呼んで鍛えるわけでもなく自身らで主に一誠やアーシアさんの能力アップに重点を置いての鍛錬をやっていたそうな。

「考えるところはあるでしょうが、一先ず観戦しましょう。得るものはあるでしょうから」

もうすぐ始まるだろうと思ったら突如扉をノックする音が聞こえた。

「失礼いたしますわ」

そして生徒会室に入ってきたのは公用のドレスを纏ったレイヴェルだった。

「彼女は確か……」

「レイヴェル・フェニックス。ライザーの妹です。レイヴェル、こちらソーナ・シトリ―さん。その隣が女王の森羅椿姫さん」

それぞれの挨拶をする三人。
挨拶が終わるなりレイヴェルは開いている隣の席に着いた。
別室で観戦しているであろうお偉いさんへのあいさつ回りが終わったのでやってきたようだ。

『それでは時間となりました。これより、リアス・グレモリー様とライザー・フェニックス様のレーティングゲームを開始いたします』

タイミングを計ったようにゲーム開始のアナウンスが流れた。


◇―――――――――◇


今回のステージは駒王学園を模ったところのようで、旧校舎側にグレモリー陣営、新校舎側にフェニックス陣営となっているようだ。
ゲーム開始からしばらく大きな動きが見れた。
罠を張り終えたグレモリー陣営が行動を開始した。

「小猫と一誠が体育館に、か」

「体育館には兵士三人と戦車一人が待ち構えてますね」

生徒会長の言うとおり、兵士のミラとイルとネル。
そして戦車の雪蘭がいる。
どうやら小猫が雪蘭を、一誠が三人を相手にするようだ。

「小猫はたぶん勝てるとは思うけど……一誠はどうかな?」

「そこまでなのですか?」

「まあ、見てたらわかると思いますよ」

映像には棍と二本のチェーンソーを避け続ける一誠の姿。
修行の成果なのか身のこなしが上達している。
余裕の笑みを浮かべる一誠、甘い、甘すぎる。

『んなっ!?』

「余裕かましてるから気付かない」

映像越しに叫ぶ一誠にぼやく。

「今の一体……」

「限りなく不可視に近い刃を魔力で造って斬った。要は棍が薙刀に変わった感じです。ミラはライザー眷属の中で最も魔力の扱いに長けているみたいです。ライザーの談です」

「才能だけで戦う悪魔が多い中、自身の弱さを自覚してひたすらに努力する子ですから。ミラは」

とはいえ、公式戦で上位ランカーには一度不意打ちできればいい方なんだけどな。

「小猫から聞いたり、ライザーの過去の試合とかで知っているはずだが……忘れてたな、あいつ」

「自身が実感できるくらいに成長しているのですから慢心が生まれたのでしょう。匙もそうでしたし」

そうこう言っているうちに戦況が動いた。
一誠が捨身上等で三人に接近し、ミラを跳び箱の要領で飛び越え、イルとネルに一撃を与えた。

『これで準備は整ったァ! いくぜ、俺の新必殺技! 洋服崩壊ドレス・ブレイクッ!』

「……はい?」

一誠がパチンと鳴らした瞬間だった。
突如三人の武器や衣服が弾け飛び、生まれたばかりの姿に……
そして映像からは三人から悲鳴が上がった。

「あ、秋人さまはダメです!」

「リアス、あなたの眷属は……」

「さすがにこれは……」

レイヴェルから思いっきり抱き寄せられ視界を塞がれた。
チラリと見えた会長と副会長は眉間に皺を寄せ、引き気味な様子だ。
女性からしてみれば悪夢だろう。
なにせ、人前でマッパにされるのだから。
確かに武装を剥がすのは有効な手段だろうか……これはひどい。
とりあえずは、

「一誠……後でシメる」

「来ヶ谷君、魔力が漏れてますよ」

おっとっと、それは失礼。
映像からは双子が俺の名前を叫ぶ声が聞こえたと思うと、

『ライザー・フェニックス様の「兵士」三名、リタイアを宣言』

流石に戦闘で衣服が何か所か散っていくことはあってもマッパにされることがなかったために羞恥に耐え切れずフィールドから退場した。
うん、普通はそうだろう。
裸の三人がいなくなったためレイヴェルから解放された俺。
羞恥のダメージは三人だけではなくレイヴェルも同様で、無意識にとった行動にあわあわ言いながら顔を赤くしている。

「……このゲーム終了後すぐにでも小猫を呼び戻そう。うん、そうしよう」

生徒会長は苦笑を漏らし、副生徒会長は首をかしげている。

「森羅さんは知りませんでしたっけ。小猫は契約のもと、一時的にグレモリーさんの眷属になっているに過ぎないんです。十分に仕事もこなして稼いで貢献したようですから」

「来ヶ谷君は人の身で悪魔の駒を持っているのですか?」

言い方を間違ったか?

「違います。小猫は元々リーゼルさん―――フェニックス卿の奥方の戦車なんですよ。小猫のことはフェニックス家から一任されてます。……一誠はもちろんなんですが、先日グレモリーさんは裸で一誠の自宅へと侵入したそうです。理由はどうであれ痴女呼ばわれされてもおかしくない。……変態のそばに置きたくないです」

一誠も一誠だがグレモリーさんも大概だろう。
個人的に引くレベルだ。

「他にもあります。ここら一帯をグレモリー領と言い張っているにもかかわらず、堕天使の侵入を許したこと。耳に入っているでしょ? 少し前に起こったこの件」

「ええまあ。アーシア・アルジェントさんの神器を抜き出そうとした堕天使レイレーナを初めとする堕天使四名とエクゾシスト二十弱が侵入した。不備があったとはいえリアスたちによって解決したでしょう?」

「そうなんですけどね。問題なのは発覚した際に自身だけで解決しようとしたこと。そっちに詳細を知らせたのも事後でしょ? ホウ・レン・ソウぐらいできてもいいんですけどね。協力を仰ぐぐらいしていたら殺されなくてよかった一般人がいたかもしれないのに」

フリード・セルゼンなどはぐれエクゾシストに殺された一般人は少なからずいて、報道もされた。
いまでは何らかの働きかけがなされたのか沈静化している。

「どちらにせよゲーム次第ですね。小猫の王に相応しいと感じたら小猫自身の意志で抜けるというまでこの件は保留ですね」

幼馴染の批判に近い言葉を聞いた生徒会長は何も言わず、難しい顔をしていた。 

 

第15話

爆音が鳴り響く。
同時にライザーの戦車である雪蘭が撃破(テイク)を知らせるアナウンスが流れる。

「悪魔初心者である一誠がミラ達を追いやったことを凄いと褒めるべきなのか、最低な技を編み出し実行したことに軽蔑するべきか……」

会長と副会長を見る……ドン引きしながらノーコメント。
レイヴェルを見る……会長たちと同じく。
映像に映る小猫も同様の雰囲気を出しているように見える。
まあ、シメるのは確定なんだけどな。

「それはともかく」

体育館での戦闘を切っ掛けに戦場が動き始めた。
小猫と一誠が体育館を脱出すると準備をしていたであろう姫島さんが巨大な雷で体育館を破壊したかと思うとその隙を狙ってユーベルーナが奇襲。
運よくギリギリで気付いた小猫が一誠を突き飛ばして撃破は免れたけど負傷した。

「こっちの方は……木場はうまく立ち回っているようだ」

別の映像を見るとそこにはグレモリー眷属『騎士』の木場がライザーの『兵士』三人を相手にしている。
シュリヤー、マリオン、ビュレントの連携を『騎士』のスピードと魔剣創造で対応しながら。
とはいえ、決定打が未だ極まっていない。

ここまではグレモリー眷属が優勢。
勢いそのままにライザー眷属の戦力を削いでいくようだけどおそらくここまでだろう。
グレモリー眷属のツートップである女王と騎士を封じられ、まともに動けているのは戦車の小猫と宝の持ち腐れな未昇格の一誠。
王自信が動く、という選択肢もなくはないがグレモリーさんが行って何ができると問われれば強いて女王の援護だろうか。
騎士は一応ライザーの兵士三人を撃破できるだろうし、近くには小猫と一誠がいるから最悪は免れるだろう。
女王を救助し、中央に戦力を集めて一点突破……って、これはダメだな、キャスリングでライザーが出てくる。
ならば戦車(イザベラ)を避けて短期決戦が望ましいか。

「ま、それができるほどの力があればだけどな」

王としても、個人としても。

「秋人さま?」

グレモリー眷属は負傷しながらも未だ全員健在。
しかし、残っているライザー眷属の大半はプロでも活躍できるほどの実力者。

「はてさて、どこまで善戦するのかね」



「もしかすると、そう思ってた時期もありました。これってどうなの、会長さん」

「……わからなくもないですが、リアス……」

「一応、プロの中でも舌戦っていうのはあるはずなんだけど……安い挑発に耐え切れなくなってキレて単身で特攻かますとかバカなの?」

王が取られたらそこで負けなのにな。
グレモリー眷属はアーシアさんからの通信を聞いて驚愕している。
女王は未だ善戦して……あ、撃破された。
木場と小猫が運動場の敵を引き受けると、一誠をグレモリーさんの許へ向かわせた。

「流石にこれは予想外ですわ。挑発した本人が頭を抱えてるんですもの」

「だな。運がいいのか悪いのか、このゲームが非公式で身内+αにしか公開されなくて」

ただでさえ先日のアーシアさんの件、堕天使の侵入で評価を落としているのに……これは本当に小猫を連れ戻さないといけないな。

「まあ、どんな結果になろうが関係ないか。元々が出来レースだったんだ、これで少しでも一誠たち眷属が成長できれば重畳だな。さてと」

「来ヶ谷君、どちらへ?」

「ちょっとルシファー様んとこに。いろいろ伝えることがあるから」

「あ、私も!」

席を立って生徒会室を出る時、ゲームが終盤に差し掛かろうとしていた。



木場や小猫ちゃんのサポートもあってここまで来れた。
部長たちがいるという校舎の屋上に着くとそこにはボロボロになった部長とそれを治療するアーシアの姿、そしてそれを見下ろすアイツ!

「部長ォォォ! 兵藤一誠、救援に参上しました!」

「一誠!」

「一誠さん!」

「赤龍帝、ようやくたどり着いたか。ユーベルーナ手を出すなよ」

いつの間にか女王がヤローの隣に降り立った。
ヤローの言葉にイラッと来たが俺が叫ぶ前に言葉を続けた。

「お前を信頼していないわけではないが、さすがにミラ達のように衣服を消し飛ばされるお前を見たくない。それに、赤龍帝のあの技はどうせ俺には効かん。なあ、赤龍帝?」

くそっ、俺の洋服崩壊(ドレス・ブレイク)の能力を理解してやがる。
誰が野郎の裸なんて見たくもないし考えたくもない!

「沈黙は肯定と取るぞ。秋人に昔幼馴染が変態で困っていると言いたことがあった上に、この試合を見たらな容易にわかる。あとはハンデだ。リアス、この俺を失望させてくれた礼だ」

「ふざけないで頂戴!」

部長が消滅の魔力を勢いよく放った!
全てを消し去る部長の必殺技が迫っていくというのにヤローは溜息を吐きながら腕を横に薙ぎ払った。

「うそ、でしょ……ッ」

「それが全力か?生ぬるいな。才能頼りのそんなもの、俺には効かん」

自慢の炎を使うわけでもなくただ腕を振っただけで部長の攻撃を打ち消したのかよ!?

「ユーベルーナ、リアスと僧侶を閉じ込めておけ」

部長とアーシアが炎の牢に閉じ込められた!?

「テメェ!ブーステッド・ギア!」

エクスプロードの音声とともに身体強化が施される!
ブースト6回分が今の俺にギリギリな倍加。
これ以上は体の方が持たねぇ。
けどな!

「うおおおおおっ!」

それでもやってやる!



「カハッ……ッ」

あれから強くなった。
合宿を経て、ここまで来るのに成長を実感していた。
なのにここまで遠いのか、浮かれすぎてたのか?

「どうした、赤龍帝。お前の意地も覚悟もこの程度なのか?」

「なん……だと……?」

「ま、それが今の限界だ。たかが10日で劇的に強くなる訳がないとはいえ、少し前まで一般人だったことを考えればマシな方か」

「……限界? そん、なのっ、勝手にテメェがきめるのんじゃねえよ」

口に溜まった治を吐き捨て叫ぶ。
何度も拳を蹴りを炎を受け続けた体に喝を入れる。

正直言ってきついし怖い。
あの時、部室で浴びせられた感覚がずっと続いている。
それでも、勝たなきゃいけないんだ。

「俺は、まだ立っている。脚だって動く。拳だって握れる。俺は、俺はッ」

「ほぉ……」

ヤローが唇を釣り上げる。
その眼に見下したような様子はなく、ただただ俺を称賛するようなそんな眼を向けてきた。

「……でも、本当に覚悟が足りなかったのかもしれねぇ。―――ドライグ!」

『―――本当にいいんだな?』

「ああ、部長を守ることができるのなら、こいつを―――ライザーを倒せることができるのならなんだってしてやるッ!」

『良く咆えた相棒! いいだろう、存分に俺の力を使いこなしてみろ!!』

「応ッ! 行くぞライザァァァアアアアアアアア!!」

『Welsh Dragon over booster!!!』

籠手の宝玉から赤い光が漏れだし、一帯を覆った。
真紅のオーラがまとわり、ドライグの力が体中に駆け巡っていく!

「赤い鎧・・・・・・まさか禁手、ではないのか。一時的に引き出したのか」

余裕の顔をぶん殴るために左拳を握り、さっきまでとは比じゃないスピードで一気に距離を詰める。

「速くなったがこの程度!」

炎が迫って来るけど関係ねぇえ!
鎧のお陰でいままで程の熱も痛みもない。
そのまま炎を突き抜けた。

「ぐッ」

「ついでにコイツもくれてやらぁ!」

左拳の中にあったソレを握りつぶしてそのまま押し付ける。

『Transfer!!!』

ソレに『赤龍帝の贈物《ブーステッド・ギフト》』で一気に効力を倍加させる。

「ガアアアアッ! まさか、聖水、か!?」

「ああそうだ! 試合の前日にアージアにもらった聖水に倍化をかけた。悪魔にはかなり効くだろうな!」

「だがッ、貴様も悪魔だ、タダで済むわけが……まさかその腕は!?」

「テメェを倒し、部長を守るためなら腕の一本ぐらいくれてやらぁ!」

左腕は対価にくれてやった。
ゲーム前に渋っていたがここで、それも敵のライザーの言葉で決意が付いた。
聖水を浴びても竜の腕だからなんてことはねえ!

絶対に負けたくねえ!! 

 

第16話

「……知らない天井、じゃないな」

意識を戻した一誠の目に入ってきたのは学校の保健室の天井だった。

「痛ッ!?」

体を起こそうとした途端体に走った激痛に顔を顰めた。
そしてその激痛で次第に先程まで自分が、自分たちが何をしていたのか一気に思い出した。

「そうだ、ゲームは! 部長は!?」

『目が覚めたようだな相棒』

「ッ、その声はドライグなのか!?」

声をかけたのは俺の神器に宿る赤き竜の帝王ことドライグだった。

『結論から言おう。お前たちは試合には勝った。試合には、な』

勝った? 勝てたのか、俺達は……
試合の最後の方には半ば意識がない状態だったせいか記憶が曖昧だ。
だけどこれで部長が無理矢理結婚させられなくて済むんだ!

そんな喜びに満ち溢れ体の痛みを忘れて叫ぼうとしたがどこか引っかかった。
……ドライグは何て言った? 試合には勝った?

「……ドライグ、どういうことだよ。試合には勝ったって」

『相棒、覚えていないのか? まあ、仕方ないか。あの時は信念と気力のみで拳を振るっていたのだからな。―――試合には勝って勝負には負けたのだ』

はい?

『お前が左腕を対価に一時的に禁手に至ったのは覚えているな? 聖水や十字架を用いてフェニックスを圧倒していた。いや、そういう風に見せられていた』

「どういうことだよ。聖水や十字架は悪魔にとっては弱点のはずだよな。しかもそれらに倍化で効力をさらに高めたんだ、効かないはずが・・・・・・」

『ああ、確かにそうだな。だが事実だ。それらを喰らっても尚、動きは鈍ってはいなかった。理由はおそらく聖なるものに対する耐性があったからだろう』

「―――ああそうだ。他の奴らに比べて耐性があると自負はしている」

その声にハッとし、入口に目を向けるとヤロウが立っていた。

「ライザー!」

「目が覚めたようだな。思ったより元気そうじゃないか」

俺の敵意を気にすることなくそばに歩いてくる。

「そう敵意を向けるな。体に障るぞ」

苦笑しながらベッドの隣にある椅子へと腰を掛けるライザー。
そんな態度に毒気を抜かれてしまう。

「お初にお目にかかる。赤き竜の帝王・ドライグ」

『フェニックスの若造か。ずいぶんと雰囲気が違うじゃないか』

「こっちが素なんでね。違和感があるだろうが勘弁してくれ」

お、おう。
キレイに見えるライザーから感じるのはあのチャラそうなオーラではなく、近所の兄ちゃん的なものだ。
あの試合までの印象とは大きく違って、マジで違和感しかねえ。

「でだ、なぜ悪魔である俺に耐性があるかってことだが……秋人だよ」

「秋人?」

「ああそうだ。人間であり常識外の魔法使いでもあるあいつが人間界のRPGで使われるような光や白の魔法といったものを使える。そういったものも参考にしているみたいだったがな。その実験台として俺との模擬選だよ、まったく……」

―――「え? 悪魔な上にフェニックスだろ? 疑似的な不死だろ? ちょうどいいサンドバ……ゲフン、実力のあるライザーだから頼んでるんだよ」

―――「ちょっと待て!? 今サンドバックと言いかけただろ!?」

と、若干顔を青く染めるライザーを見て引いた。
秋人、いったい何しちゃってんの!? フェニックスがサンドバックとかその発想はなかったけど、思考が危ねえよ!?
けれど、次の一言で俺の顔はライザーと同じように顔色を変えることになる。

「おそらく近いうちにお前も俺と同じ目にあうだろうから頑張れよ」

「なん……だと……」

「わけがわからないといった顔してるが大有りだぞ。お前、洋服崩壊だったか? それをうちの兵士三人に使っただろ。あの三人は特に秋人と仲がいいんだよ」

「oh……」

やっちまった……やっちまったぜ……
秋人のことだからマジであり得る。
昔から身内には甘々な奴だから……あれ? 俺、もしかして二度目の死の危機?

「……拝啓、熟睡中のお父様お母様。先立つ不孝をお許し下さい」

「そうならないように頑張れ。死ななきゃフェニックスの涙で治してやる」

これも経験だと優しく肩を叩かれた俺の中には最初の頃に抱いていたライザーへの黒い感情はすっかりなくなっていて、その代わりに近い未来に二度目の死という経験をしてしまうかもしれないという絶望がじわじわと広がっていた。



――――――――――――――――――――



体が重い。
そんな違和感で目を覚ました。
体に何かが乗っかっている感覚があるうえに掛け布団に不自然な凸凹、なんというデジャブ。

またイルとネルかと思いながら魔法で掛け布団をどける。

「……今度はお前らか」

腕を抱くように右半身に体を預けている白音。
反対側には控え目に袖口を摘まみながら体を丸めて眠るレイヴェル。
白音はともかくとして、

「レイヴェルが潜り込むなんて珍しいな」

女の子が潜り込んでくるシチュエーションが普通はあり得ないわけで。
だがしかし、幼い頃から繰り返されてきたために感覚が麻痺している。

そういえば、イルとネルで思い出したが一誠のやつ、どうしてくれようか。
学校を後にする前に退場者たちのいる部屋に行ったのだが、イルとネル、特にミラはふさぎ込んでいたそうだ。
そういう風にシュリヤーたちに聞いた。
そりゃそうだろ、故意に試合でマッパにされて恥ずかしさのあまりに退場してしまったなんて悔しさやら恥ずかしさやらで心の中はごちゃごちゃだろう。

だから、子供じみた感情の素に一誠に対してちょっとした復讐を敢行する。
修行と称したハード~ルナティックな鬱憤晴らしか、精神的な嫌がらせでアイツのコレクションを目の前で処分するか、将又その二つか……とりあえずはこんな感じか?
細かなところは後で考えよう。
とりあえず、

「……まだ時間あるし寝る」

特に気にせず二度寝と洒落こむ。
小猫はそのままでレイヴェルの手を握って、再び夢の中へを潜っていく。