NARUTO 桃風伝小話集


 

その1

 
前書き
自Blogにて掲載中の本編の、アカデミー生活だってばよ!4 で、ミコトさんに押し切られた直後です。

 

 
何、やってるんだろうな、私。

サスケ君の家で、ミコトさんに促され、お風呂を勧められるまま、断り切れずに大人しく湯船に浸かりながらぼんやりと思う。
冷めて水滴になった湯気が、湯船のなかにぽちゃんと落ちる。

本当に、私、何してるんだろう。

なんだか、現実感が無さ過ぎて、ほわほわした感じがする。
お風呂の温度も温かくってちょうどいいし。
だけど、ここ、私の家じゃないのに。

人の、それもおじいちゃんの家ならまだしもここは、私の事を何も知らないサスケ君の家なのに、私、こんなに無防備に寛いでて、本当に良いの…?

答えは見つからない上に、もう既に私はお風呂を借りちゃってるし、今さらなんだけど。

でも、疑問と違和感とうしろめたさが胸に残る。

いくらミコトさんに全部ばれてるっぽくっても、私は一応、否定しなくっちゃいけなかったんではないだろうか。
だって、私が私の事を隠してるのって、火影様の意向って奴な訳だし。
湯船の中でぐるぐるとそんな事を考えていると、突然脱衣所の扉が開かれる音がして、私は思わずびくり、となった。
そして聞こえてきた声に、心臓が止まりそうなほど驚いた。

「おい、ナルト!俺の服、ここに置いといてやるからな!感謝しろよ!」
「え!?あ、え、う、うん!ありがとう!!」
「それと、俺の兄さんがお前にも忍術教えてくれるってさ!特別なんだぞ!だから早く上がってこいよな!」
「う、うん」

そう言うと、サスケ君はさっさと脱衣所から姿を消した。
だけど、私の心臓はばくばくと破裂しそうな程脈打っている。

「び、びっくりした…」

なんか、すっごく心臓に悪いんですけど、この状況。
というか、ばれてないみたいで良かった。
って、どうしてサスケ君がここに来るの。
ほんのちょっぴり戦慄した時、こんこん、と脱衣所の扉がノックされる音が聞こえた。

「は、はい!?」

思わず裏返った声で返事をしてしまった私の耳に、今度はミコトさんの声が聞こえてきた。

「ナルトちゃん?ごめんなさいね。サスケがここに来てびっくりしたでしょう?大丈夫?」

びっくりしたし、ごめんなさいは今のサスケ君の事何だろうけど、ちゃ、ちゃ、ちゃ、ちゃんんんん?!?!

「え!び、びっくりしなかったのは嘘になるけど、大丈夫だってばね!?」
「あら。ふふふ。あなたもクシナと一緒なのね。でも大丈夫だったなら良かったわ。だけど、本当にごめんなさいね。私が持ってこようと思ったのに、あの子ったら、話があるからって止める暇もなくここに来てしまって…。まったく、もう」

それはなんとなくサスケ君ならあるかもしれないけど、そんな事より、ミコトさん!

「あ、あ、あ、あの、ミコトさん!」
「あら、なあに?ナルトちゃん」

ちゃんづけで呼ばれるなんて経験は生まれて初めてで、訳もなく慌ててしまいそうになる。
慣れなくて、なんだか変な感じだ。

「あ、ああああああああああの、あの、その呼び方は一体……?!」
「あら。だって、ナルトちゃんは女の子でしょう?だったら、君づけはおかしいわよね?」
「で、でも、私、おじいちゃんに、それは隠しておけって言われてるし」
「おじいちゃん?」
「あ!違う。えと、おじいちゃんじゃなくって、火影様に」
「あら。そう…。なら、こうしましょう!ナルトちゃんは、私と二人きりの時だけの秘密の呼び方ね」
「え…」

ミコトさんの言葉に、私の心を酷く惹きつけられた。

「いくら火影様の言いつけだったとしても、ずっと男の子の振りし続ける必要はないわよ。せめて、私の前ではだいじょうぶだから。ね?」
「は、はい…」

思わず反射的に私は返事をしてしまっていた。
はっとなったけれど、もう、遅い。

「じゃあ、ちゃんと温まってから上がってらっしゃいね?」
「は、はい…」

ぱたぱたと軽い足音を立てて去っていくミコトさんの足音を感じながら。
私は本当にこの状況は一体何なんだろう、と狐につままれたような感じを味わっていた。 

 

その2

 
前書き
その1の続き。
 

 
お風呂から上がって、サスケ君の服を借りた私は、現在ミコトさんと台所に立ってます。
誰かに教わる料理というのも大変有意義ではあるのですが、この状況は一体何なのでしょうか。
冷や汗が止まりません。

「じゃあ、ナルトちゃん。これ、切ってもらえるかしら?」
「はい」
「あら、上手ね。いつも料理を作ってるのかしら?」
「えっと、まあ。一人ですし…」
「そう。偉いわね」

慈愛の籠る微笑みを向けられるのは、とっても慣れなくて、居心地が悪くなります。
引き攣った笑顔を一応、返しますが、その度にミコトさんは楽しそうにふふふと笑います。
この人、間違いなく、私の戸惑いを楽しんでます。
どうしてこんなに楚々とした人が、お転婆だったらしいお母さんと友達だったのかちょっと疑問でしたが、なんとなく納得しました。

これは、あれですね。

確実に、類は友を呼ぶですね。
ミコトさん、見かけどおりの性格ではないとみました。
だけど、逆らう事は出来ません。
だって、私、この人に弱みを握られてしまいました。
大人しくおもちゃになるしかないんでしょうね。
ええ。
きっと。

内心、涙を流していた時でした。

「母さん!ナルトの奴、まだ風呂に入ってるのかよ!!って、ナルト?お前、こんなとこで何してんだ?」
「あっ!サ、サスケ君!!」

救いの天使になってくれるかもしれないサスケ君が台所に現れてくれました。

お願いだ!
この状況から私を助けだしてくれ!!!!

期待を込めて私はサスケ君を見つめてしまいます。
包丁片手にミコトさんと台所に並んでいる私を、サスケ君は不思議そうな、微妙そうな顔で眺めています。
ましてや私に助けを求めるような目で見られてしまってはなおさらでしょうね。
不審そうな声と表情でサスケ君はミコトさんに問い詰め始めました。

「母さん、ナルトに何してんの?」
「何って、ナルト君に夕飯の支度のお手伝いしてもらってるのよ?どうして?」

おっとりとしたミコトさんの回答に、サスケ君は更に微妙そうな表情になりました。

「俺、ナルトと一緒に兄さんに忍術見てもらう約束してたんだけど…」

サスケ君!!
そんな約束はしてないですけど、でも、ありがとう!
さっきお風呂に言い捨てていったのは約束だったんですね!!!!
びっくりしたけど、いいですよ。
さっきの事は全部水に流して忘れます。
だから早くここから私を連れて行って!!

「あら、そうだったの?」

ミコトさんがのんびりとしながら、私に問いかけるように視線を向けてきました。
私は必死にこくこくと頷きました。

お願い。
信じて。
そして私をこの居心地の悪い状況から解放して。

でも、私の願いはかないませんでした。

「そう。でも、今日は私のお手伝いをしてくれないかしら?」

にっこりとミコトさんに微笑まれ、私は返答に詰まり、サスケ君の顔とミコトさんの顔を見比べ始めました。

「あの…」

言葉に詰まり、ミコトさんとサスケ君の顔を見比べる私に、サスケ君の顔は最早どこか諦め顔です。

何。
何なの、その顔。
ねぇ、ちょっと。
そんな顔してないで、私を助けてよ。
貴方のお母さんじゃないのよ、この人!

けれど、私の必死な思いは伝わりませんでした。
あっさりとサスケ君は私をミコトさんに売り渡します。

「分かった。兄さんにはそう言っとく。ナルト。悪いな。母さんの気が済むように付き合ってやってくれよ」
「え!!!!サスケ君!?」

ちょ、ちょっと待てーーーー!?!?
何だそれ!!!!

「悪いわね、サスケ。イタチに、また今度ナルト君と遊んであげて頂戴って言っておいてくれる?」

ミコトさーーん!?

「はーい」

ミコトさんに大変良い返事を返して、さくさく何処かへいってしまうサスケ君に、私は見捨てられた絶望感でいっぱいになっていました。

「さ。今日は私に付き合ってもらうわね。私、本当は女の子が欲しかったのよ」

にこにこと笑いながら私に話しかけてくるミコトさんの顔を見つめながら思いました。
これは。

逃 げ ら れ な い 。

どうやら回避は不可能のようです。
ならば、この状況の利点に目を向けて、付き合うしかないですよね。
確かに、この状況に利点がないわけではないのですよ。
楽しくない訳じゃないのですよ。

「これからも、たまに私に付き合ってくれないかしら?お料理、教えてあげるから。ね?」

優しい笑顔の提案に、私は何も言えなくなります。

「それとも、ナルトちゃんは嫌かしら?」

嫌ではないです。
嫌じゃないんですけど…。

どうしたらいいのか分からず、困った顔で首を横に振る事しか私にはできません。

「クシナが得意な料理とか、ミナト君が好きだったお料理とかも教えてあげるわ。それでもダメかしら?」

ミコトさんのその言葉に、私は思わずミコトさんの顔を食い入るように見つめてしまいました。

お母さんの得意料理!?

「ふふふ。興味あるでしょう?どう?私に付き合ってくれる?」
「あ、あの。その…」

笑いながら誘いかけられ、私は頬を染めて俯く事しかできません。
ミコトさん。
それは、卑怯ですよ。

「じゃあね、今度の週末に家に泊まりにいらっしゃい。その時一緒に作りましょう?サスケとも一緒に遊べばいいわ。ね?決まり!じゃあ、今日の夕飯を作っちゃいましょう。ナルトちゃんも一緒に食べて行ってね」

にこにこと笑いながらミコトさんはどんどん話を進めていきます。
私には口を挟む隙がありません。

「じゃあ、次は、お皿に切ったものを載せてくれるかしら?」
「…はい」

うきうきとして私に指示してくるミコトさんに、私は従うしかできません。
嫌じゃ、ないんですけどね。
楽しくない訳でもないんですけどね。
これって、何か間違ってるような、何か、違うような、そんな気がして仕方ないんです。

何か、恥ずかしいし。

ミコトさんの楽しそうな鼻歌がとってもくすぐったいです。
私のお母さんとも、こんな風に夕飯の支度を用意したりしたのかも、しれないです。
なんだか、ちょっと、ここに生まれる前の昔を思い出しました。
温かい気持ちになってきました。

……結構私も楽しいし、少しくらいなら、ミコトさんに付き合っても別にいいかな?

一応、いつか叶えて見たい夢…みたいに思ってた状況に近いしね。
ミコトさんって、さすがサスケ君達のお母さんなだけはあります。
本当に、『お母さん』って感じで温かいです。 

 

その3

 
前書き
本編子供にはきつい話だってばよ!終了後。
ナルト5歳の時の話です。
 

 
「ふひひひ。ええのォ~。いいのォ~。むっちむちのぷりんぷりんじゃのォ~」

えーーーーーっと。

久しぶりにヒルゼンさんの所に呼ばれた帰り道。
人に会わずに帰りたかったので、人気の無い所を選んで歩いてきたら、木の葉の湯の女風呂を覗いている変態、いわゆる痴漢、すなわち性犯罪者を発見しました。

木の葉の里の人達は大っ嫌いで、別にどうなろうと構いはしませんが、乙女の敵なら話は別です。
っていうか、乙女の肌を無断で盗み見る輩は問答無用で天誅です。
発見、即時撲滅です。
鉄拳制裁、即退治が基本ですよね。

気配を出来るだけ消しつつ、こっそり近づきながら、今の私が使える術のうち、制御しやすい桜花掌もどきを発動しつつ、思いっきり変態野郎の横っ腹を殴りつけて力いっぱい叫びました。

「この痴漢野郎ーーーーーーーーーーー!!!!」
「ぐおおおおおおおお!?」
「きゃーーーー!?」
「何!?今の声!」
「痴漢ですって!?皆、早く上がりましょう!!!!」
「ええ!」
「そうね!」

中で寛いでいたらしいお姉さん達がどんどんいなくなる音が聞こえてきました。
よしよし。
暫くこれで被害はなくなるでしょう。

「だ、誰じゃーーーー!!このワシの取材を邪魔するのはーーー!!しかもえらい事してくれおったなーーーー!?微妙に覚えがあるような痛みじゃのォ!?」

顔に歌舞伎の隈取を塗り付けている変態が、もう復活して雄叫びを上げます。

ちっ。

やっぱり、まだ私の桜花掌もどきじゃ止めを差すことができませんでしたか。
仕方ないです。
まだ成功率が四割以下ですが、螺旋丸に挑戦しておこうと思います。
というか、乙女の敵許すまじ!!!!

「って、おおおおおお?な、なんじゃ!?このガキ!というか、その術は!!!!」
「女風呂を覗く男の人はすなわち乙女の敵です。乙女の敵は即時殲滅です!これ、乙女の常識です!」
「なんじゃ、その物騒な常識は!いや、待て!!落ち着け、話せば分かるもんじゃ!ワシが悪かった!許せ!!取材なんじゃ!」
「世の中には誤って許される事と、許されない事があるんです。乙女の肌を盗み見る事は許されない事です!お仕置きです」
「誰じゃーーー!こんなガキにそんな情緒の無い事を教えよった奴はーーーー!!!!」
「問答、無用です!!!!」

一生懸命、チャクラの制御を頑張ったおかげで、なんとか形になりました。
術の反動で私の手は血まみれですが、それでも何とか球体を維持しています。
ここまで上手くいったのは初めてです。
やっぱり、自分一人で練習するのと、敵を前にして発動させるのとでは、気合の入り方が違うもんなんですね。
この集中力を覚えとこう。
きっと私の役に立つ。

そんな事を思いながら、作り上げた螺旋丸を性犯罪者に叩きつけようとして、変態さんに手首を取り押さえられてしまいました。
流石に大人の男の人の力には私の力は敵いません。

「あ!!!!」
「まだまだじゃのォ、ガキ。ワシにそれを当てるには、まだスピードが全っ然足りとらんのォ。ふふふ。仕方ない。良ければワシが鍛えて稽古してやってもいいぞォ。お主、見どころがある。ワシが弟子を取るのは特別じゃしのォ」

かっちーーーーーん。

本っ気で頭に来ました。
性犯罪者如きの手は借りません。
というか、そういう台詞は性犯罪者が口にしていい台詞ではありません。

「黙れ!!!!この性犯罪者ーーーー!!!!」

私の渾身の叫び声と、足に集めた桜花掌もどきの蹴りが、男の人の身体の中心に突き刺さりました。

「はうーーーーーーーーん!?」

妙な声を上げて白眼をむいて泡を吹きながら仰向けに気絶してしまった性犯罪者に、私はびっくりして、どんどん不安になってきてしまいました。

「え。何。何なの。どうしよう、このままこの人死んじゃう?えええ?どうしたらいいの?ねえ、ちょっと、大丈夫?起きて?」

蹴り上げた片足に残る、生温かくてふにゃっとした人の身体の感触はとっても気持ち悪かったのですけど、そんな事より、自分がしでかしてしまった事の方がとても恐怖でした。
こんなになってしまうという事は、内臓破裂でもさせちゃったのでしょうか。
思わず、おそるおそる変態さんの身体を揺すってみます。
このままこの人死んでしまったら、どうしよう。

「ねえ、ちょっと、起きてってばね。ねえ!」

けれど、変態さんはぴくぴくと痙攣するだけで、ちっとも答えてくれません。
口から、比喩ではなく、本当に白い泡を吹いているのが更に恐怖を誘います。
人間が泡を吹くとか、そんな事聞いた事はないし、そんな風になるなんて危険度がかなり高そうです。
殺すつもりまではなかったし、そもそもまだそんなに強くなりません。
私の桜花掌もどき。
それなのに、当たり所が悪かったんでしょうか。
それともこの人は実は虚弱体質だったんでしょうか。
だけど、私の行動で今この人に異変が起きている事にかわりはないです。
どうしよう。

「ねえ。死んじゃやだってばね!私、人殺しにはなりたくないってばね!どうしたらいいってばね!?ふえ、ふえええええええん!!!!」

どうしたらいいのか分からなくなって、私はとうとう泣き出してしまいました。
私、この年で殺人者になっちゃいました。
私、まだ5歳なのに。
とうとう人を殺してしまいました。
いつか憎しみのままに人を殺してしまう可能性を考えて怯えていましたけど、こんな風に事故で殺してしまうとは思いもしませんでした。
私って、自分で思っていたよりも危険な存在っぽいです。
思わず九喇嘛に助けを求めます。

「九喇嘛ーーー。私、変態さん殺しちゃったよーーー」

『別に構わん。もっと殺せ。ワシの力も貸してやる。いっその事、この機会にこの里のニンゲンどもを皆殺しにしろ』

だけど、九喇嘛の提案は私の気持ちを逆なでしかしませんでした。

「やぁだーーー!ころしたくないもんんーーー。この人しんじゃうぅぅぅー。ころしちゃうのやだああぁぁぁぁぁ!あああああーーーん」

わんわん泣いていると、誰かが私を抱きしめて、宥め始めてくれていました。

「大丈夫。今、人を呼んだから。死んでないから大丈夫。君は人を殺してない」
「ほ、ほんとう?このへんたいさん、しなないの?わたし、ころしてないってばね?」
「ああ、大丈夫。君は人を殺してないよ」
「で、でも、おんなのひとの裸を覗くひとは、てんちゅうだってばね」
「うん。それも大丈夫だ。この人も十っ分過ぎるほど身に沁みすぎてるだろう。本当に……」
「死んでない、の?」
「ああ、死んでない。大丈夫だ」

死んでないと聞かされて、私はとっても安心しました。

「よ、良かったてばね」

ふぅ、と気が遠くなって、私はすとんと眠りに落ちました。

次に私が目が覚めた時。
私はヒルゼンさんの家にいて、何故か変態さんを紹介されて、ちょっとした旅に出る事になっていました。 

 

その4

 
前書き
卒業試験中の一幕です。
サスケ視点です。
サスケと接触したのが影分身だったので、サスケ視点で書きました。
 

 
中忍であるはずのミズキを尾行しているというのに、大した手ごたえもなく、サスケはこの状況に飽きを感じ始めていた。

自分の力を試してみたいという気持ちに、ナルトの提案はピッタリな物だった。
だからこそ引き受けたというのに、これでは張り合いがなさ過ぎてつまらない。

しかも、ナルトはナルトでミズキに何か試したようだ。
おそらく、先日サスケが盛られたしびれ薬の改良版だろう。
医療忍者を目指しているだけあって、ナルトは薬や毒を扱う戦法を好んでとる。
気が付くと無力化されてしまっていた事も一度や二度ではない。
あれも本来ならサスケに使用されるはずだった物なのだろう。
全く持って厄介な相手だとサスケは思う。

そもそも、ナルトは体術が苦手という訳ではないのだ。
それなのに、敢えてそういった手段を好んで選んでいる。
本人曰く、戦うのは好きじゃないとのことだが、常に毒やしびれ薬を持ち歩き、手持ちの苦無や手裏剣すべてに、自分で調合した毒を塗り付けている奴のどこが好戦的ではないというのか。

ナルトはもう少し自分というものを知った方が良いとサスケは思う。
もっとも、そのおかげでサスケは比較的毒やしびれ薬に対する耐性が付いてきている。
ナルトと修行を兼ねた無制限の組手をする時、ナルトは必ず自分で調合したそれらを必ず使用してくる。
そして、身体の動きが鈍ったところで確実に止めを差しに来るのだ。
正々堂々と手合せしても、ナルトはサスケと互角に渡り合えるというのに、臆病とも思える慎重すぎる攻撃法にほんの少し苛立ちを感じなくもない。

だが、ナルトの事情を考えれば、それもまあありかもしれないとサスケは黙認している。
あのナルトの事だから、後々の事まで考え抜いてあの戦闘スタイルにする事を選んだのだろう。
その点からしてみれば、ナルトの選択はあながち間違いではない。

だが、しかし。

目の前の相手はただでさえ手応えのない相手だったのが、ナルトが盛った薬のおかげで更に手応えのない相手になってしまった。
これでは力試しの相手とするのも馬鹿らしい。

こんな事ならば、一人、新術の修行をしていた方がよほど有意義だったかもしれない。

そもそもなぜサスケはナルトの言に乗ってしまったのか。
三年前、ナルトと取っ組み合いの喧嘩をしてから、どうもナルトの調子に引き摺られてしまう事が多くなってきたような気がする。
それがどうにも気に入らない。

その反感が、今の退屈極まりない時間に対する苛立ちに繋がっている。

一体ナルトがなんだというのだ。
サスケには関係がないはずだ。
だが、確かにナルトの言う通り、一人で修業するよりも、同じLVの相手と二人で修業した方が捗る事はサスケも認めている。
その点でナルトは随分と役に立ってくれている。
それは認めざるを得ない。

あの緻密なチャクラコントロール技術は正直見習うべきところがある。
弛まぬ努力を惜しまず、高みを目指す姿勢は好ましい。
体術においてもサスケに何ら引けを取らない。
ただそれが少し悔しくもある。

なんだかんだとうっとうしく纏わりついてくることもなく、ごく自然にサスケの隣に居り、サスケがまあまあ納得できる話を振ってくる。
自分の母が随分と可愛がっていたのも、なるほどと頷けるようになってきた。
とはいえ、いつの間にか二人でつるむのが当然のようになってしまっている現状は、サスケとしては不本意な物だ。

サスケは誰とも馴れ合うつもりはない。
これからも、今までも、ナルトとも馴れ合ってきたつもりはないのだ。
だが、それが実際ナルトを前にすると少し狂う。
それがとても居心地が悪い。

そんな事を考えていた時だった。

「サ・ス・ケ!」

突然至近距離で当のナルトに耳元で囁かれ、サスケは思わず大声をあげて飛び退ってしまうところだった。

「あはははは! 大成功!!」

にこにこと嬉しそうに笑うナルトに、サスケは一瞬でかっとなった。

「お前っ! 一体何のつもりだ!? お前が持ちかけてきた話だろう! なんでこんな所にきてんだ!!」

驚いて高鳴る心臓がまだ収まらず、激しく鼓動しているのを感じながら、サスケはミズキに気付かれない声量でナルトに詰め寄った。

「良い話があるってばね! 聞いて聞いて!」

そんなサスケの怒りには全く反応せず、嬉々として自分の話をし始めたナルトに、サスケは若干苛立ちを感じた。
だが、ほんの少し、明るく楽しげな笑顔を浮かべるナルトに目が奪われないではない。
常に穏やかな笑顔を浮かべているナルトだが、心の底から嬉しそうな笑顔や楽しそうな顔というのは実はとても貴重だ。

この三年間、ずっと一緒に行動する事になっているサスケでも、まだ数えるほどしかみていない。
それが今サスケの前で披露されていた。
今の所、サスケ一人にしか向けられたことのない笑顔に、サスケの心の優越感が擽られる。
ほんの少しだけ、怒りが和らぐ。

「何だよ。つまらない話なら怒るぜ」
「あのねあのね、僕、術が使えるようになったってばね!」

どうやら取引とやらはうまくいったらしい。
あまりにもうきうきとしている子供っぽい姿に、思わずサスケは笑みが浮かんできた。
興奮したときに出てくる変な語尾のくせが丸出しだ。

なるほど。
ナルトの浮かれようはそのせいか。

術が上手く発動しない事に、悔し涙を浮かべて唇を噛み締めていたナルトの顔を思い出す。
自然とサスケの顔に穏やかな笑みが浮かんでいた。

「そうかよ。そしてそれをオレに知らせるためだけにわざわざここに来たってわけか?このウスラトンカチ」
「違うってばね!それだけじゃないってばね!」
「じゃあ何だってんだ?くだらない事なら断るぞ。早く言え」

精一杯突き放した態度を取ってやると、不満そうにナルトは顔を歪める。

穏やかな笑顔のポーカーフェイスを気取っているが、ナルトは実は表情豊かだ。
ころころと変わる表情も、今の所ごく僅かな人間の前でしかあらわされていない。
そんな姿に柄にもなく微笑ましい思いを感じる事もある。

「サスケはいつもそればっかりだよね! まあ、いいけどさ。絶対サスケも興味あるって!」

気を取り直したようにうきうきと話しかけてくるナルトに、サスケはほんの少し興味を引かれた。

「だからなんだよ」
「封印の書だってばね!」
「はあ?」

ナルトの口から飛び出てきた単語に、サスケは首を捻った。
封印の書は、木の葉に伝わる禁術の類を全て集めて封印されている巻物だ。
火影と里の許しがなければ目にする事も出来ない。
それが一体どうしたというのだろうか。

「あいつの狙いはそれだったってばね! そしたらおじいちゃんが、今のうちに私たちが見てもいいって言ってくれたの! 私も一つ術を覚えたの! 私、分身だってばね!」

そう言ってにっこりと笑うナルトに、サスケは本気で驚いた。

「何だと!?」

封印の書に書かれた術を使った事もさることながら、中を見る事を許されたというのも信じがたい。
だが、分身だと名乗ったナルトは、サスケの驚愕を余所に話を続けていく。

「サスケも早く見ようよ! 私呼びに来たの! こっちだよ!」

分身だと言ったくせに、白くて小さい手でサスケの腕を取り、サスケを引っ張る。
興奮を隠しきれない様子のナルトに、サスケは納得した。
確かにサスケも、封印の書とそこに書かれた術の数々には興味がある。
だが。

「あ、おい! 待てよ! あいつの事は良いのかよ!?」
「大丈夫。ちゃんともう一人の分身で監視をつけてるもん。でも、封印の書を見れるのはあいつを捕まえるまでなの。あいつが捕まっちゃったら、封印の書は見れなくなっちゃうんだ。だから急いで!」

嬉々として自分の手を引くナルトの姿と、ナルトの誘いに心が揺れない訳ではない。

だが、すでにナルトが封印の書の術を会得したという所が気に食わなかった。
そして、それをサスケと共有しようとしている所もまた気に入らなかった。

ナルトには施しを与えているつもりもなく、ただ単純にサスケと興味のある事を共有したいという気持ちだけしかないのだろうが、今のサスケにはナルトの行動の何もかもがとてつもなく癪に障った。

「うるさい! 離せ!」

思わずナルトの腕を振り払って睨みつける。
青い瞳をきょとんと丸くしてサスケを見つめてくるナルトに、サスケはかっと頬に血が上るのを感じた。
心臓が激しく高鳴るのを感じる。
そんな自分にサスケは動揺した。
目の前の相手は自分の良く知るナルトだというのに。

「サスケ?」

心配そうな不安げな眼差しに訳もなく心がかき乱される。

「何でもない、来るな!」
「どうしたの? 封印の書の術だよ?」

ナルトの言葉に、サスケも心が惹かれる。
だが、とてつもない反発感を感じてサスケは怒鳴りつけていた。

「誰がお前と同じ術で強くなるかよ! オレを誰だと思ってる! オレはうちはだ。オレはオレのやり方で強くなる! オレに構うな!!」

咄嗟に出てきた言葉に、サスケは一瞬しまったと思った。
よくよく考えなくても封印の書だ。
強さを求めるサスケの助けになるものがどれだけあるのか分からない。
それをみすみす棒に振ってしまった。
くだらない事に惑わされて。

後悔がサスケの胸に浮かび上がって来た時、ナルトが目を輝かせた。

「流石サスケだってばね! 決めた! だったら僕もこれ以上封印の書は見ない! 僕も僕のやり方で強くなる!」

きらきらと瞳を輝かせてナルトはそう宣言した。

「は?」
「僕、正直、サスケを見直した。そうだよね、サスケはうちはの瞳術使いなんだもんね。流石だ! 恰好いい! でも負けないからな! じゃあ、あとでね」

びし、と指を突きつけてサスケにそう言ったナルトは、本当に分身だったらしく影も形も残さず消えた。
思わずサスケはその場にしゃがみ込んで膝をついた。

「なんなんだ、あいつは…」

年々子供に戻っていっているような行動が増えてきた相手に、ほんの少し脱力感を覚えていた。
しかもはしゃぎ過ぎていて、途中から口調が変わっている事に全く気付いていなかった。
自分に気を許しているせいだというのは良く分かる。
そのことに少しくすぐったい物を感じないわけではないのだが。

「あいつ、真面目に隠す気あるのか?」

何故隠しているのかは分からないが、九尾についてのあれこれだろうとサスケはあたりをつけている。
それに、ナルトと出会ったころ、母親に言われていた事があったのだ。
言われた当時は、何故サスケがそんな事を言われねばならなかったのか、全く意味が分からず、ナルトに対して反感しか覚えなかったのだが。
年を経るごとに、かつて母親がサスケに言いつけた護ってあげなさいとの言葉が大きくなってきていたサスケだった。 

 

その5

 
前書き
その3の続き。
綱手さんとの出会い編。
 

 
「弟子にしてください!!!!」

初めてその人に出会った瞬間、目の前にかかった靄が晴れる気持ちがして、私はその人に抱き着いてそう叫んでいました。

「な!?弟子?お前は何だ!?自来也!こいつはお前の弟子じゃないのか?」

私の思い描く桜花掌のイメージ通りの効果を、性犯罪者改め自来也さん相手に、目の前で綺麗に再現してくれたお姉さんに、私は必死で頼み込みました。
桜花掌が使える人は綱手さんくらいしか思い浮かべられません。
たぶんきっとこの人が綱手さんです。
そして綱手さんは医療忍者です。
医療忍術覚えたら、私が誰かを傷つけることを恐れなくてもいいです。

というか。
瞬殺してしまわなければ、自分で治す事もできるので、怖いものなしです。
いくらでもやり返し放題です。
どうしてこんな簡単な事に気が付かなかったんだろう。

医療忍者になる事こそ、私が目指すべきものだったんだと、この人に出会って初めて気が付きました。
医療忍術さえ覚えてしまえば、恐れるものは何もないです!!

「私、うずまきナルトです!九喇嘛の人柱力です!だからきっと私、いつか人を殺しちゃいます。だからお願いします!私に医療忍術を教えてください!そしたら、人を殺さないで生きていけるかもしれないんです!!!!」
「はあっ!?」

切実な私の気持ちが伝わるように、私は綱手さんらしき人の目をじっと見つめました。
動揺していたらしい綱手さんは、面倒そうに深い溜息を吐くと、お付きの人の名前を呼びました。

「シズネ…。何が何だか分からないが、そこで伸びてる自来也の奴を起こせ。私はこの子から少し話を聞く」
「はい。分かりました」

シズネ!
やっぱりこの人が綱手さんなんだ!!

まるで、綱手さんは私の人生を照らしてくれる光を、全身から発してくれているような、そんな気持ちがする。
私の胸はこれ以上ない程高鳴っていた。

女神様に出会うって、こんな気持ちなのかもしれない。

思わず、憧れと尊敬の眼差しで見上げる事をやめられません。

「そ、そんな目で私を見るな!とりあえず、話だけは聞いてやるから。着いて来い」

そう言って、部屋の中へと入っていく綱手さんの背中に背負われた賭の一文字がこれ以上ない程輝いて見えました。

「はい!!」

どきどきと高鳴る胸を抑えて、私は大人しく綱手さんの後を着いて行きました。 

 

その6

 
前書き
その5の続きです。 

 
「さて。もう一度お前の話を聞かせてもらおうか。お前は誰だ?何故医療忍者になりたがる?」

部屋の中で私に対面して腰を落ち着けた綱手さんは、改めて私に問いかけてきました。
真剣な表情がこの上なく素敵です。
思わず頬が赤らみます。

「はい!私はうずまきナルトといいます。医療忍者になりたいのは、私に九尾が封印されてるからです。このままだと、私、里の人達殺したくって仕方なくなっちゃうし、それにきっといつか我慢できなくなって手を出しちゃうことがあると思うんです。でも、できればそんな事したくないですけど、手が出ちゃったら大変な事になっちゃうので、うっかり怪我をさせちゃってもちゃんと治してあげられるようになっておきたいって、綱手さんにお会いした時に思ったんです!!!!」

私の言葉に綱手さんは眉をしかめて額に手を宛てはじめました。
頭が痛そうな表情で私に綱手さんは問いかけてきました。

「まず、状況を整理させてくれ。つまり、お前は木の葉の人柱力なのだな?」
「はい」
「何故それを知っている?」

真剣な表情で私に問いかけてくる綱手さんに、私は正直に答えました。
初めて出会う人にここまで正直に自分の事を話すのは初めてです。
でも、私にとっての死活問題が絡んでいるんです。
背に腹は代えられません。
ここが正念場です。

「信じてもらえるか分からないんですが、私、お母さんのお腹の中にいた時から、ずっと記憶があるんです。そして、だから周りの人が言ってる事とか、後は九喇嘛から教えてもらって、自分がなんなのか知りました」
「何!?お前、九尾と意思の疎通が図れるのか!?いつからだ!」

驚愕に目を見開かせる綱手さんに私は驚きましたが、それも仕方ないだろうなと諦めます。
だって、九尾って、木の葉の人達にとって最悪な存在ですしね。

「生まれた時からです」
「何だと!?」

素直に答えた私を見る綱手さんの瞳に、畏怖が浮かびます。
その瞳の光に、私はほんの少し胸が痛みました。
思わず視線を落とします。
慣れている目だけれど、ちょっと、堪えました。
ここに来るまで、自来也さんやお兄ちゃんが私をそんな目で見る事がなかったので、忘れかけてました。
でも、忘れちゃだめです。
私は化け物なんです。
九喇嘛をお腹に宿した、木の葉の里の化け物なんですよ。

一瞬とはいえ、生まれて初めて、いつか人を殺してしまうかもしれないという恐怖から解放されて、ちょっぴり浮かれてしまっていたようです。
こんな事じゃいけないと思います。

綱手さんの表情は、私をいつも通りの私に戻してくれました。
感謝しなくちゃいけないと思います。
真剣な表情で、真っ直ぐに綱手さんを見つめていると、綱手さんは険しい表情で私を見つめ始めました。

「お前、里ではどんな風に暮らしている」

突然そんな事を聞かれた私は呆気にとられてきょとんとしました。

それにどんな意味があって、どんな関係があるんだろう。
私の暮らしは綱手さんには関係がないんじゃ。

「お前が医療忍者になりたいと思ったきっかけは、里での暮らしが原因なのだろう?何故そう思うようになったのか、少し私に話してみろ。話したくなければ別にかまわんが、お前を弟子にするかどうか、判断する材料の一つにしたい」

そう言われてしまったら、私に否はありません。
いつから、どんなふうに、私がどう思っていったのか、事細かに綱手さんに話して聞かせました。
そして、最後に、もう一度お願いします。
ちゃんと正座して、土下座します。

「だから、お願いします!私を綱手様の弟子にしてください!!」
「……少し、考えさせてくれ」

綱手さんの困ったような声が聞こえてきて、私は思わず顔を上げました。
即座に断られなかった事が、とても嬉しいです。

「はい!」

私の人生に見つけた希望の光が、強くなったように思いました。 

 

その7

 
前書き
その6の続きです。
 

 
今日訪ねてきた会いたくもない客は、とてつもない厄介事を連れてきた。
今まで持ってこられた厄介事の中でもダントツに近い。
自分の動向一つで、幾つもの未来が変わる。
医療忍者として、戦争中に人の生死と対峙していた時のようなとてつもないプレッシャーが綱手を襲ってきていた。

「ちっ」

苛立ちに思わず舌打ちが漏れる。

厄介だった。
希望があるからこそなお厄介だった。

けれど、ここで綱手が突き放してしまえば、その時は、里は闇に落ちる。
ぞっとなった時、一人、晩酌をしていた綱手の後ろから声がかけられた。

「綱手。どうじゃ、あの子は」
「自来也か。お前こそ、あれをどう思う」
「さあのォ。類い稀な才能を持って生まれた天才じゃという事は分かるがの。類い稀すぎる才能を持ちすぎている、と言ったほうが良いかもしれんのォ……」

能天気に明るい声で答えているが、やはり自来也も綱手と同じ危惧を抱いているらしい。
あれと同じようなものを、綱手と自来也は身近な存在として良く知っていた。
けれど、全く同じでもなく、そしてその心の根底に、希望をかけたくなる心根を垣間見せていた。
それに。

「あの子は、忍には向いていない。人柱力にするべきではなかった。人の生き死にに耐えられる器ではないだろう」
「それは、四代目に言う事じゃの……。何もしてやる事が出来んかったワシらが口を出すことではない。ワシらにできるのは、残された者に手を貸してやる事だけだ」
「ふん。サルトビの爺め。とんでもないものを作り上げてくれたな」

忌々しさが胸にこみ上げ、綱手は湯呑に注いだ酒を呷った。

「そんなにとんでもないかの?ワシにはただの子供に見えるがな。だいぶこまっしゃくれているけどのォ」
「自来也。お前、あの子がどんな境遇にあったか知っているか?」
「……知らん。ただ、人伝に聞いた話では、大分酷な状況にあったようだの。お前が荒れておるのはそのせいか」

綱手の隣に腰を下ろし、空になった綱手の湯呑に酒を注ぎ、自分も空の湯呑を手に取り自来也は問いかけた。
その問いに、やりきれない物を堪え切れず、綱手は胸中に溜まったものを吐き出した。

「ああ!!三代目はあの子の素性を里人に隠すべきではなかった!今からでも遅くはない。広く里に公表させた方が良いだろう。でなければ、本当に取り返しのつかない事になってしまう!自来也。知っているか?あの子はな、クシナの腹にいた時から、ずっと記憶があるらしい」
「何!?」
「そしてその頃から、あの子供は九尾の干渉を受けていたらしいぞ。だからあの子の心の距離は、人間よりも九尾に近い。そして里の人間のあの子に対する対応がそれに拍車をかけた。あれは、人柱力としては完全に不完全な存在だな。このまま成長すれば、真っ先にその力の矛先をあの子は里へと向けるだろう。封印の解除法を身に付ければ、九尾を自ら望んで解放しかねない。尋常ではないほどの悪意と憎悪を里に対して持っている。あの子にとっては、木の葉の里は守るべき物ではなく、殲滅すべき敵と認識されているだろう。あの子と九尾は敵を同じくする同志という訳だ」

綱手の言葉に、自来也が狼狽え始める。

「まさか、そんな……。そこまでの悪意をあの子はワシには見せなかったぞ。里に対しての嫌悪感は少し見せはしたが……」

自来也の言葉に、綱手は少し遠い目をして、先ほど聞いたナルトの記憶を思い出す。

「自来也。あの子は赤ん坊の頃の記憶もあるらしい。そしてな、泣けば窒息させられて意識を奪われていたそうだ。むろん、そんな対応ばかりだった訳でもなく、そうではない対応を取った人間に対する好感もあの子の中に存在しているようだが、動けない自分に対して繰り返されるそれは、どれほどの恐怖だったのだろうな?人としてまともな心を持ち続けられるはずもないだろう。生まれたばかりの赤ん坊だったんだぞ?根本的に、あの子にとっては人としての倫理観や善悪は存在せず、自分を害する敵か味方かの二択しかない。医者としてあの子の心を分析すれば、非常に寒々しく空恐ろしくなる。熟練の暗部と同じ非情の鉄の心をあの子は既に持ち合わせているんだ」
「なんじゃと!?」

昔馴染みの驚きの声を遠く感じながら、綱手は先ほど感じた事を述べ続けた。
医療に携わるものとして、公平な目で綱手がナルトから感じ取った事だ。

「その反面、命を奪うという事に、酷い拒否感を持っている。あれは、本来あの子が持っている気質なのだろうな。戦いを好まず、人が傷つく事を嫌がっている。本能でそれを避けようとしている、とても優しい子だ。けれど、だからこそ私はあの子が恐ろしい。あの子は、人を助ける為ではなく、殺さない為に私に医療忍術を求めたぞ。ミナトとクシナの為に、ミナトとクシナの守ったものを殺してしまうのはいけないと思い留まっているようだが、傷つけたいとは思っているらしい。それを我慢できなくなる時がいつか必ず来るとも思っているようだ。今私達が引き留めねば、あの子は必ず道を踏み外す。あいつと同じようにだ!!」

話し続けるうちに感情的になった綱手は、湯呑を卓へ叩きつけた。
そして、そのままの姿勢で首を項垂れて小さく呟いた。

「何故こんな事になってしまっているのだろうな。あんなものを子供が抱えるべきではないのに。何故子供にあんな闇を抱えさせてしまっているんだ!!闇を抱えている癖に、あの子は本当に人を殺したくないと思っているらしい。本気で、医療忍術を欲している。自分の抱える闇が人を傷つけないように。いっそ落ちてしまっていれば、あの子も楽だろうに……」

悄然として、あまりにも痛々しい綱手の様子に何も言えなくなった自来也は、無言を通す。
けれど、綱手の口から更なる懸念が漏らされた。

「だがな。あの子は医療忍者になる事は出来ない」

自来也は綱手の言に耳を疑った。

「何!?」

綱手に出会い、驚くほど明るい笑顔を振りまいて、大っぴらに医療忍者になると公言してはしゃいでいたナルトの姿が脳裏をよぎる。

木の葉の里で出会ってから二週間。
漸く自来也の前でも子供らしい姿を見せて、そしてなにより、人間らしい感情も見せ始めたというのに。

綱手に出会う前のナルトはまるでよくできた人形のようだった。
我儘もろくに言わず、言いつけをよく守り、与えられるものを淡々と受け取るだけだったナルトが、初めて自分から志した物が医療という分野だった事に自来也は安堵していた。
ミナトの跡を継ぐ気がないというのは残念だが、それも現状を考えれば致し方ない。
しかし、無表情で張り付けたような笑みで笑うナルトに、子供らしい笑顔を浮かべさせた夢を、自来也は好ましく思っていたのだ。
その道を志すというのならば、いつか、ナルトの為に目の前の知己に頭を下げてやろうとも心に決めかけていた。
それなのに、ナルトに劇的な変化をもたらしたナルトの夢いを叶える事はできないとの宣告に、自来也は知らず身を固くしていた。

「あの子のチャクラには九尾のチャクラが還元され、混じっている。今はその封印の上に更に封印を追加して、あの子自身がチャクラを操れないようにしているようだが、あの子のチャクラはあの子以外の人間にとっては身体を蝕む毒になりうる。九尾のチャクラなのだからな。確かに潜在的なチャクラ量を思えば、私以上の医療忍者になれる可能性もあるかもしれない。だが、それ以上に、あの子はあの子の患者となったものに死を齎す死神になってしまう可能性の方が高い。それをもしあの子が知ってしまったら。そうしたら、あの子は一体どうするのだろう!どんな判断をして、どう生きようとしていくのだろう!!私には、どうしても嫌な予感しか湧いてこない!!!!」

湯呑を叩きつけた卓に伏せて頭を抱える綱手に、自来也は息を呑んだ。
出会い頭に綱手から桜花掌を食らい、目覚めた自来也が見たものは、今までの子供らしくないほど取り澄ました姿とは一転、子供らしい羨望と憧れの眼差しで綱手を見上げ、纏いついているナルトの姿だった。
きらきらと好奇心に輝く瞳で綱手を慕い、ようやく子供らしい顔を見る事ができた、と安堵していたのだが。

だが、ここまで深く綱手が悲嘆するほど、よほど根深く、ナルトには里に対する害意が染みついているらしい。
何をどう声をかけていいのか分からず、自来也は沈黙する。
綱手の懸念の半分も、自来也にとっては実は分からない。
何か良くない気配は感じるのだが、ナルトの何が綱手をここまで追い詰めているのだろうか。

「のォ、綱手。お前、何をそんなに悲嘆している?」

自来也の問いかけに、綱手は嘆きを口にする。

「私があの子を恐ろしいと思うのは、あの聡明さだ!あの子はあの年で、周りの人間が、何故、自分を厭い、拒絶しているのか、理由すらも把握して理解し、その上で、自分の心の動きを見つめ、負の感情を理性で制御している!それを制御しきれなくなっているという所まであの子は理解しているんだぞ!だが、あの子はまだ子供なんだ。子供だぞ!?お前は見たか!?あの子の能面のような表情のない顔に浮かぶ虚無のような瞳を!!」

自来也は三代目に引き合わされた時のナルトの顔を思い出す。
子供らしくない、一部の隙もない取り繕った綺麗な笑顔を浮かべて、冷たい瞳でずっとこちらを観察していた。

「ああ。ワシも驚いた。クシナとミナトの子だと聞いておったのにのォ…」

話しかければ、笑顔を向ける。
けれど、子供らしい笑顔ではない。
弾けるような天真爛漫さも、落ち着いた穏やかさも全く感じさせない、冷えた拒絶を思わせる硬い笑顔だった。

「正直、お前と話をしているあの子の姿にワシは驚いたぞ。あんなに嬉々として子供らしい姿を見せたのは出会ってから初めてじゃ。年相応という姿かと聞かれると、ちと首を傾げてしまうが、まあ、子供らしいと言えば言える姿じゃのォ」
「あれでか……」

それは、弟を持っていた綱手にしてみれば、子供らしさの欠片も見えない姿だった。
嬉しそうにしているのは知っていた。
けれど、その姿は、里の忍達が綱手の前でとる姿と何も変わらない。
礼儀良く弁え、常に邪魔にならないように控え、欲しいと思う時にそっと手助けを申し出る。
どこまでも子供らしくなさすぎる姿だった。

「……いっそ、暗部に入れてしまうのも手かもしれない」
「何?」
「あれ程聡明な子なのならば、きっと、里で普通の幸せを掴む事は出来ないだろう。ならば、いっそ、さっさと暗部に入れてしまった方が良いのかもしれないと言ったんだ」
「綱手!本気で言っておるのか!」
「分かっている!だがな、自来也。あの子は私にこう言ったぞ。サルトビの爺が言うから、忍者になる事にして、そのついでに試しているそうだ。要約すれば、里の人間を好きになれるか、それとも里の人間を殺してもいいと思える覚悟が自分にできるのかどうかをな!!」

子供の物らしくない主張に、ようやく自来也もナルトの異常さが呑み込めた。
更に綱手は続けていく。

「しかもな、どうやらあの子が大人しくしているのは、ただ単にあの子が生き物を殺したくないと思っているからに過ぎないようだぞ。そして自分のせいで死んだ人間をみるのが嫌だから、九尾を表に出してないだけのようだ。出そうと思えばあの状態でも十分表に出せるらしい。あの子に掛けられた封印は、あの子にチャクラを練りにくくさせているだけで、九尾に対する封印という意味では全く意味がない!あの子は九尾と同調しすぎている!!」

その話を聞いて戦慄を覚えた自来也は、自分の知る事を綱手に打ち明けた。

「実はの、綱手。あの子供なんだがの。不完全ながらもお前の桜花掌に似た術と、螺旋丸を発動しよった。あの年での。聞いてみるとな、他にする事がなかったから、毎日チャクラを練って遊んでおったそうだ。テンゾウの話だと、その遊びはほぼ荒行と大差ない状態らしい。いやはや、子供の適応力というものは恐ろしいのォ。なまじ忍びとしての才能があったせいかもしれんがのォ。今の封印の処置が駄目だとすると、本当にもう、後がないのォ……」

自来也の話に息を呑んだ綱手は、押し殺した声で同じことを繰り返した。

「……だから、あの子の素性を里に公開させろと言ったんだ。そうすれば、嫌でも里人の見る目は変わる。少なくとも悪化はせん。そうすれば、あの子の心も解れるだろう。解れる事を祈りたい!でなければ、あの子を生かす道などない!!」
「お前の気持ちがようやく分かった。大分絶望的な状況じゃのう……」

ナルトは自来也の弟子だったミナトの子だ。
そして、『ナルト』と名付けたのはこの自来也なのだ。
お人好しのこの男が無関心でいられるはずもない。
それに、女が生まれるとは思っておらず、男の名しか用意していなかった事に呵責の念も感じているらしい。
そして綱手自身も、ナルトを気にかけるに足る理由を見つけてしまった。
もう、二度と、あの子のあの笑顔は見る事は出来ないと思っていたというのに。

沈鬱な響きの自来也の声に、綱手は溜息を吐いて応えた。

「ああ。正直、私にもどうすればいいのか分からない……。三代目の爺では役不足だ。あの子の観察眼を誤魔化しきれないだろう。事実、あの子は気付いているぞ。自分が爺に観察され、量られている事をな。火影としてそれが必要な事だから、あの子は爺の行動を黙認しているらしい。なぁ、自来也。私達はあの子をどうすればいい。こちらを見透かす子供を、ただの子供として扱い、接することがお前にできるか!?私には無理だ。あの子の事が恐ろしい……。それなのにあの子は私のこの迷いも見透かしたうえで、心からの敬意の目を向けてくる。それこそ、無垢な子供の瞳のままで……。いったい、この私に何をどうしろというんだ……」

卓に伏せたまま、ぶつぶつと呟いていた綱手は、酔いが回ったのかそのまま眠りについて行った。
その姿を見ながら、自来也はほろ苦い感想を持つ。
情の深い綱手には、ナルトはあまり相性の良くない相手だったのかもしれない。
顔立ちも、立ち振る舞いや雰囲気も、どちらかといえばミナトに似ている。
そして、一番良くミナトに似ているのは、綱手に出会って浮かべるようになった満面の笑みだ。
綱手だけに向けられるその笑みは、綱手の弟の物にもよく似ていた。
髪の色はうずまき一族特有のクシナ譲りの赤い色なのに、どこかしら、ナルトの立ち居振る舞いはミナトの血を強く感じさせる。
綱手が惚れた男によく似た穏やかさを持っていたミナトによく似た、立ち居振る舞いだ。
平和を愛し、里の礎を築いた初代火影もそのような男だったと聞く。
そしてそれは綱手の心を強くを揺さぶる。
思えばクシナのうずまき一族も、元をたどれば千手の血を引いていた。
千手の血が色濃く出ていた綱手の弟に、ナルトが似るのも仕方ない事だったのかもしれない。

だが……。

「何ができるかワシにも分からん……。だが、できる限り、ワシがナルトから目は離さん。それくらいしか、ミナト達の為にワシがしてやれる事はないからのォ」

眠りについた綱手に向けて自来也が溢した言葉を、眠っている綱手が耳にする事は二度となかった。 
 

 
後書き
本編は一人称なので、ナルトの知らない事は書けないので、小話を書き始めてしまいました。
更新はゆっくりになると思います。
これからお世話になります。
よろしくお願いします。 

 

その8

 
前書き
本編里の異変だってばよ4直後の話です。 

 
サスケ君は、おにぎりを食べ終わった後、安心したように眠ってしまった。
泣き出しそうなあどけない表情の寝顔に胸が突かれる。

私がここに来るまでほぼ一日。
収容された病院を抜け出して戻ってきた、この惨劇の場で、サスケ君は一体何を思っていたんだろう。
もしかしたら、眠る事もできなかったんじゃないだろうか。

そう思った私は、サスケ君が風邪をひかないように、サスケ君の部屋から毛布を取って来て、サスケ君にかけてあげる。

何度もここに遊びに来た。
だから、この家の中の造りと、ここにある物が誰の持ち物なのかなんとなく分かる。
なぜかそれがとても悲しい。

しばらくサスケ君の寝顔を見つめていた私は、ふとしなくてはならない事を思い出して、私は持ってきた荷物の中から一つの巻物を取り出した。
何かあったら、この巻物を使えって、私は自来也さんに渡されていた。
使い方は簡単。
巻物を開いて、血を付ければ良いらしい。

今がその時です。
もう遅いかもだけど。
それでも、ミコトさん達の遺体に何かしたら許さない。

どの位噛み切れば良いのか分からず、かなり深く親指を噛み切ってしまった。
ジンジンとした痛みはすぐに麻痺して消えて行く。
血が止まってしまわない内に、私は巻物を広げて血をなすりつけた。

「口寄せの術!」

上手く行くかどうかわからないですけど、お願いしたい事があるんです。
初めて使った簡易口寄せの巻物になすりつけた血液は、目的の人を呼び出して煙と共に消え去った。
結構、面白いです。
どういう原理でこうなっているんでしょうか。
消えてしまった巻物の血について、疑問と興味をそそられた私の耳に、訝しげな声が届いた。

「何じゃこの匂いは…?」
「こんにちは。自来也さん」

初めて使った口寄せは、上手く使う事が出来たらしい。
ちゃんと呼び出す事が出来た。
少しだけ誇らしい気持ちになる。

「ナルト。これはどういう事かのォ」

自来也さんが剣呑な眼差しで私に問う。
その視線に私の感情は逆撫でされた。
いつもなら諦めて否定してあげれるのに。

これを、私がやったと思ったんだね?

自来也さんの持ったその疑いに、我慢しきれない激烈な怒りが込み上げる。
九喇嘛が私の中で咆哮をあげ、私は眦を吊り上げた。

「私がコレをしたとでも?根を統括している誰かさんじゃあるまいし、無い物ねだりで浅ましい真似なんかしないですよ。そんな事するくらいなら、こんな所全部血の海に沈めてとっとと潰して終わりにしてやってる!!」

まだ私の中にはサスケ君にぶちまけた激情が燻ぶっている。
それを叩き付けるように、それでもどうにか押さえつけた感情的な声を自来也さんに吐き捨てた。
可能性だけど。
不確定な物だけど。
証拠がどこにも無くって、もう遅いかもしれないけど。
私が知ってる通りに手を出していたのならば、許さない。
許せない。
ユルサナイ!!

暴れる九喇嘛の声に合わせて、私の目も熱くなる。
お腹が痛くて千切れそう。
だけど、千切れるなら千切れればいい。
私は怒ってるんだ!
こんな所、潰してやったって、私は全然構わない!!

だけど、ヒナタとイルカ先生と、泣き疲れて私の後ろで眠っているサスケ君の存在が、鎖を引きちぎって暴れだしたい私の気持ちを押しとどめる。
理性を無くしてしまって、大事な人まで殺したくない。
激昂しかけた私は、僅かに冷静さを取り戻す。
そこへ、鋭く冷たい殺意が滲む声をかけられた。

「何があった。ワシに話せ」

冷静さをなくしかけていた私は、その声にはっとなった。
そう。
私は怒りに捕らわれているべきじゃない。
私はこの人に頼みたい事があるんだから。

「何があったのか、詳しい事は私にも分かりません。でも。里とうちはの間に諍いがあって、根のダンゾウさんがうちはの血族が持つ力を手に入れたくて仕方無さそうにしてたのは知ってます。こんな下らない人間共がいる里にしがみついて」

だけど、苛つき、ささくれ立つ心は全然落ち着かず、私の声と言葉を刺々しい物に変えてしまう。
それに、不確定な物だけど、私の記憶が囁く高確率な推測に憎悪と憎しみが溢れ出す。

「確証のある話じゃないです。こんなに誰彼構わず殺したいって思うのは初めて何です。だからお願いがあるんです」

ひたり、と自来也さんの瞳を見据えて、頼み込む。

「もう遅いかもしれないけど。うちはの人達の遺体を根から取り返すのを手伝って下さい。遺体だけじゃない。うちはに伝わる秘術や巻物なんかもだ!!絶対に横取りしてやがるにきまってるんだ!あいつは性根の腐った浅ましいこの里なんかを守ろうなんて考えてる屑なんだ!イタチさんを追い詰めた奴の一人なんだ!!そんなの絶対許さない!!絶対絶対殺してやる!!あれはサスケの物だ!サスケとイタチさんのものだ!木の葉の里の物なんかじゃないんだ!うちは以外が手にしていい物じゃない!!!!」

頼んでいたはずなのに、私は結局また怒鳴り散らし始めていた。
煮えたぎるような殺意が止まらない。
お腹が熱くて、全身が熱い。

「落ち着け、ナルト!何が何だかワシには分からん!ワシにも分かるように話せ!」
「鈍いよ!だから惚れた女一人振り向かせられなくて、誰一人自分の側に引き止められないんだ!!」

私に詰まった悪意が自来也さんの声に反応して弾け飛ぶ。
口から飛び出てしまった言葉と、サスケ君がむずかる声が聞こえてきてそちらを振り返った私は、頭に登った血が少し下がってきた。

怒りが収まると、冷静さが戻って来て、落ち着いて判断出来るようになった。
だけど、冷えた頭は私に堪えきれない悲しみを突き付ける。
我慢する間もなく私はぼろぼろと泣き出した。

「な!?なんじゃ!!何があった。何故お前はそんなに荒れてるんじゃ」
「じ、自来也さん」

私も自分がとっても情緒不安定なのは分かってる。
だけど、どうしても今じゃなきゃ駄目なんだ。
早めに手を打たなきゃ駄目なんだ。
だって、相手は手段を選んでない相手何だから。

「サスケを助けて。サスケの大事な物護るの手伝って。木の葉の里から」

何とか一番言いたい事を伝えると、自来也さんの気配が変わった。

「里は、どうして私の大事な物ばっかり奪って壊すの?どうして誰かを犠牲にしなくちゃ気が済まないの?そんなもの、壊してやる!!絶対絶対壊してやるんだから!絶対無駄死にさせて、意味なくしてやるんだからぁあああ!!!!」

泣き喚く私に困惑しながら、自来也さんは私を抱き寄せ、宥め始めてきた。

「落ち着け、分かった。お前の気持ちは分かった。里がこれをしたんだな?」

それはそうであると言えるし、そうじゃないとも言える。
だから、何もする事が出来ずもどかしい。
必死に、私は自分の気持ちを自来也さんに伝える為に首を振った。

「わ、分かんない。証拠、無いの。でも、証拠ないだけなの。根拠はあるの。だけど、証拠も裏付けも、根拠を裏付ける何かを探る事も出来ないの。だけど私は知ってるの!イタチさんを追い詰めた内の一人は絶対木の葉の里の根のダンゾウだと暁のうちはマダラを名乗る奴だ!!あいつはお父さん達の仇だし、この里の敵なんだ!私がこんな目に合うことになったきっかけ作った奴なんだ!絶対許してなんかやらないんだから!ダンゾウも絶対許してなんかやらないんだから!一番大事な物を私もいつか奪ってやる!!許さない!許さない!許さない!許さない!!!!」

だけどすぐに私の訴えは激情に流されて呪詛に変わる。

「取り敢えず、これはお前のした事ではないのじゃな?」

自来也さんに抱きかかえられて問われた私はしゃくり上げながら頷いた。

「ここはどこかのォ?」

自来也さんの声が優しい物に代わる。
なんとなく、ヒルゼンさんを思い出した私は、大人しくその問いに答えた。

「サスケの家」
「サスケ?サスケ…。うちはなのか?」

尋ねられた私は自来也さんに頷いて、もう一つ打ち明けた。

「ミコトさんのお家」
「ミコト……。そうか。フガクの息子か。そうか。仲良くしておるのか?」

問いかけられた私は素直に頷く。
私にとって、サスケ君は友達だし、ミコトさん達は大切な人だった。
過去形にしなくちゃいけない事がまた悲しくなっていく。

「この血は、誰の物だ?まさか…」
「ミコトさんとフガクさん。やらされたのはイタチさん。やらせたのはこの里か、暁か、うちはマダラを名乗って、私が生まれた時に九尾を引きずり出してこの里を襲わせた人。でもそれもきっとこの里のせいだよ。里のやり方が間違ってるから何度もこうなるんだ!間違ってなかったらこんな事おきないもん!同じ事繰り返し続けるなんて馬鹿なの?なんでそんな奴が生きてるの?邪魔だよ!馬鹿はいらない!だってまた馬鹿は馬鹿な事して私から大切な物壊して奪うんだから!こんな所嫌い!嫌い!嫌い!嫌い!だいっ嫌い!ミコトさんを返して!!ミコトさん達返して!返してよ」

私は自来也さんの胸の中で感情的に泣き喚き、何かに憤り、罵りながら、いつの間にか眠りに着いていた。
 

 

その9

 
前書き
その8の続き 

 
散々泣き喚いて里に対して罵倒し尽くした弟子の遺した自来也の名付け子は、自来也の腕の中で泣き疲れて眠りに落ちた。
久方ぶりに呼び出され、目にした子供は、以前出会った時よりも人間味を見せていた。
昔のナルトは人形だった。
自分で考え、自分で動くが、決められた事しかこなさないような印象しか与えなかった。
それが今は。
突然血なまぐさい場所に呼び出され、怒涛のような感情を激情のままに叩き付けられ困惑したが、一方で安堵も感じていた。
人として、きちんと成長しているらしい。
https://www.akatsuki-novels.com/manage/stories/view/207592/novel_id~57
ただ、懸念もある。
ナルト自身にも受け止めきれず、整理しきれていない感情を発露させるナルトからは、事情を聞き出すのも大変だった。
断片的な情報しか得る事が出来なかったが、それでもまあまあ事態は把握出来たと思う。
どうやってナルトが知り得るはずのない里の内部情報を得ていたのかという疑問はあるが、腐れ縁のある人間が漏らした聡明さが恐ろしいとの言葉が妙な実感を持って納得出来た。
鈍いとナルトにも罵られたが、否定は出来ないと自来也は一人ごちる。

それはともかく。

「おい、坊主。お前がサスケだな。起きてるかのォ?」

泣き喚いてしまっていたナルトは気づいていなかったようだが、自来也は、恐らくサスケ少年が覚醒している事に気づいていた。
ナルトが眠り込んでしまった頃合いを見計らい、声をかけた自来也に逆らわず、血の臭気の籠もる家に残された少年がむくりと起き上がる。
その子供の瞳に宿る闇に自来也は内心嘆息した。

友、なのだろう。

クシナはフガクの嫁と親好があった。
その縁だったのかもしれない。
詳しい事は里を離れて長い自来也には分からない。
だが、常に里に居り、自来也よりも大きな影響力を持つ火影のヒルゼンではなく、風来坊と言っていい自分を呼び出したのにはそれなりの訳がある。
ナルトは火影だけでは足りないと判断したのだろう。

「お前、この子の友かのォ?」

自来也の問いかけに、動揺したように瞳をさまよわせ、自分にかけられた掛布に気づいてかっと顔を赤らめて、自来也とナルトから顔を背けた少年は素直ではないらしい。
ならば、自来也の望む答えは返っては来るまい。

「ワシはの、この子に縁があって名付け親になったもんじゃ。とはいっても、この里を離れて大分経つがのォ」

自来也が身上を証した途端、身を起こした少年は自来也を振り向き、鋭い視線で噛みついてきた。

「あんた、ここでそいつが何て呼ばれてるのか知ってるのか?なんでそいつを放っておいた!」

自来也に対する怒りを宿す瞳に、自来也の頬が緩む。
まずまず心配はいらないようだ。
とは言え、気の強そうな少年の瞳は誤魔化しを許さない光を宿している。
そして、出会ったばかりの頃のナルトと同じ色もだ。
二人とも、どうやら目を離していて良い相手では無いらしい。
溜め息を吐いて自来也は誤魔化しのない正直な言葉を告げた。

「ワシにはどうしても止めなければならん相手がおる。奴とはガキの頃からの長い付き合いでのォ。ワシ自身の手でけりをつけねばならんのだ。それに他にもしなくてはならないことを幾つか抱えておる。正直、サルトビのじいさんを信用して、あの人に全てを任せておった。あの人程信用できるをわしは知らんからのォ……」

そう言った途端、少年の表情はこちらを探るような物へ変わった。

「あんたも、木の葉の忍なのか?」

色濃い疑いの眼差しに、自来也は太い笑みを浮かべた。
三忍とまで呼ばれるまで鍛え上げてきた自来也の自負が、少年に自分を侮らせる事を許さなかった。

「木の葉の忍以外の物になった覚えは無いのォ。里を離れていたとしても、ワシは木の葉隠れに生まれ、木の葉で育ち、木の葉の火の意志を受け継いだ木の葉隠れの忍の端くれじゃ。坊主。うちはの血を引くならば、お前も木の葉隠れの忍の一人だろう。違うか?」
「俺は…」

自来也の問いかけに、今まで考えた事もなかったと言わんばかりに動揺する少年に、自来也は微笑ましくなった。
ナルトを抱きかかえて立ち上がり、少年の隣にナルトを寝かせる。

「少し借りるぞ」

一声かけて、少年が使っていた掛布をナルトにかけた。
そして自来也は少年の頭に手を載せた。

「のう、坊主。お主これからどうする」

問いかけられ、自分が何をされているのか気付いた少年が自来也に噛みつきだした。

「俺に触るな!何するんだ!!」

自来也の手を振り払い、赤い顔で睨みつけてくる少年に自来也は笑った。
不意に、このうちはの血を引く少年とナルトの間にあるものに懸念が沸く。
悲劇に行き当たった者が選ぶ道は限られてくる。
この少年が選ぶ物に、生まれて初めて得ただろう友が選ぶ物に、恐らくナルトは否応なく影響されるだろう。
里に恨みを持つ九尾の器を、負の方向に刺激する材料になってもらっては困る。

「のう、坊主。これをした者を殺したいか」

問いかけた瞬間、ギラギラとした殺気と憎悪を露わにした少年に自来也は嘆息した。

「そうか……。止められはしないのかのォ?」
「当たり前だ!アイツはオレにしか殺せない!!」

怒りを露わにする少年を丸め込む材料を自来也は幾つも持っている。
だが、その中でもっとも卑怯で、もっとも確実性にかける手段を選ぼうと心に決めた。
幼い子供達を、お互いを拠り所として里に縛り付けて起きたかった。
そうすれば恐らくナルトは里に牙を向かない。
里に牙を剥かぬ為に、里人に関わらねばならないと理解していたナルトが、自分自身で見つけた繋がりだ。
それは強くナルトの心を掴んでいるだろうし、現にこの少年の為にナルトは動いた。
自分の為には動きもせず、ただじっと耐える事しかしなかったのに。
ならば、そこまでナルトが大事に思う人間には、出来ればナルトの側に居てやって欲しかった。

「お前が復讐を選べば、ナルトがこの里を滅ぼす事になってもかのォ?」
「は!?」

自来也の言葉に、少年が呆気に取られた表情になる。
そして直ぐに怒りを露わにしてきた。

「何でオレがそんな事気にしなくちゃなんないんだよ!オレにはそいつが何をどうしようが関係ない!オレの邪魔をするな!!」
「……この子の境遇を見て見ぬ振りをして、放って置いたワシが言う事でも無いがのォ。お前に切り捨てられたら、この子はまた一人になってしまうのォ……」

落胆を滲ませた自来也の呟きに、少年はぴたりと口を閉ざして沈黙した。
面白くなさそうに顔を歪めてはいるが、様々な感情に少年の瞳は揺れている。
少年にも、ナルトに対する何らかの感情はあるようだった。
少なくとも、即座に切り捨てられる程度の物ではないらしい。
ならば、付け入る隙はまだある。
その事に希望を持った自来也は、少々小芝居をし始めた。
落胆を装って溜め息混じりに言葉を吐き出す。

「ワシはお前を男だと見込んでおったんじゃがのォ。見込み違いじゃったかの?」

負けん気の強そうな少年は、自来也の挑発に素直に反応する。
唇を噛み締め、きつい眼差しで睨みつけてくる少年の気概に笑みがこぼれそうになった。

「そうか。ならばこの子を守ってやってはくれんかの」
「何でオレがそんな事をしなくちゃならない!」

心底不満を露わにする少年は、どうやらナルトの事を知っている訳ではなかったらしい。
てっきり、自来也は知っている物とばかり思っていた。

「坊主。お前、知らんのか?」
「何をだ!」

苛ついた少年の幼い声で問い詰められた自来也は、沈黙した。
確かにナルトの側に居てやって欲しいとは思ったが、ナルトの事情を少年が知らないとは思いもしなかった。
となると、ナルトはそれほどこの少年に気を許してはいないと言う事だろうか。
とは言え、この少年を気にかけているのは確かだろう。
あるいは、三代目の言い付けを忠実に守っているかだ。
ならばこの少年に知らせてしまって良いものか……。
子供とは言え、この少年は男だ。
そしてナルトは女だ。
知らせてしまえば、嫌でも無視は出来なくなるだろう。
だが、いたいけな少年の心をいたずらに掻き乱す事にもなりかねない。
悩む自来也に、何かに気付いたらしい少年の、面白くなさそうな声がかけられた。

「……そいつが木の葉の、この里の人柱力だって事なら知ってる」

里の中でも限られた者しか知らないその事は、少年に教える者はナルト本人しかこの里にはいない。
少なくとも、この年の少年には知らせる人間は居ないだろう。
火影の名の下、きつい箝口令が敷かれているのだから。

「それは、この子から直接聞いたのかのォ?」
「それがどうした!」

自来也の確かめる問い掛けに挑むような眼差しを向けてきた少年に、自来也は安堵した。
何よりも、ナルト自身が自分から九尾の器であることを開陳した同年代の少年だ。
ならば、何も遠慮する必要はあるまい。

「そうか。ならばこれも聞いているだろうのォ。ナルトは女じゃ。にも関わらず、この里にはこの子が頼りにできる相手は少なすぎる。ワシはそれが不憫でのォ……」
「……はぁ!?」

自来也の発言に驚愕を露わにする少年に、思わず自来也は驚いた。

「坊主、聞いとらんかったのか!?人柱力である事はナルトから聞いとったんじゃろう」
「そんなの、ついさっき聞かされたばかりだ!なんだそれ!!こいつは男だろ!?」

酷く動揺してナルトを指差す少年に、自来也は少し申し訳なく思った。
こんな風に不意打ち気味に知らせるつもりはなかったのだが、こうなってしまっては仕方がない。

「いや、ナルトは女じゃ。女の人柱力は出産時に、尾獣の封印が弱まる事が分かっておる。それを未然に防ぐ為じゃろうのォ。ナルトが女じゃと言う事は伏せられとる。その上、人柱力は何かと狙われる立場でもあるしの。成長した時の危険をそらす意味もあるのじゃろう」

知らなかった事実を知らされている少年は、可哀相なくらい動揺していた。
悲劇に行きあったばかりの少年に突きつけるべき物ではない。
だが、自来也は敢えてこのまま突きつける事を選んだ。
上手くすれば、ナルトも、この少年も、有望な木の葉の忍びとして並び立つ事になるだろう。

何せ、うちはの血を引く少年と四代目火影の血を引く人柱力なのだから。

「しかし、だからこそワシにはナルトが不憫で仕方なくてのォ。この子が男として暮らしているのは間違いなくワシのせいでもあるからのォ。この子の両親に子が出来たと聞かされて、名付け親を頼まれて、ワシは男の名しか用意せんかった。まさか、生まれてきた子が女で、そしてこの子の両親がこの子に九尾を封印して、二人とも命を落とすなんぞ、欠片も思いもせんかった。そしてそのままワシが用意した名前を使われて、この子が男として育てられるとも思ってもみんかったしのォ」
「ま、待て!それじゃこいつ、本当に女なのか!?男じゃないのか!?」

酷く動揺して顔を赤らめている少年は年相応の少年だった。
先程までの、触れれば切れてしまいそうな鋭い殺気を放っていた姿はどこにもない。
ナルトを男と信じて心を許していたに違いない。
それが異性だと知った衝撃はいかほどか。
もはや遠い感慨となってしまったが、思い出せなくもない戸惑い混じりの若い頃の気持ちを思い出し、自来也は生暖かい表情で少年を眺め始めた。

少年の混乱はとても面白い。
ある意味次回作の取材に持ってこいだ。

「さあのォ。坊主に心当たりがなければ、ワシは何も言えんがのォ」

自来也の言葉に動きを止めて、じわじわと頬を染めていく少年の姿に、ふっと笑みがこぼれ落ちた。

「まあ、ワシは長い事里を離れておったから、良くは知らんがのォ。それはともかく、坊主。お前、うちはフガクとミコトの子じゃな?」
「それがどうした!」

自分に対する拒絶を乗せて睨みつけてくる少年に思わぬ所がないわけではない。
だが、紛れもなくこの少年はナルトが心を許し、護ろうとしている少年だ。
そして、この里をナルトから護る切り札になるかもしれない存在だ。
その為に自来也にナルト自身が差し出したようなものだ。

ナルト本人にそんな気はなかったのだとしても。

謀から切っても切る事の出来ない忍びとしての性分に苦笑しながら、自来也は少年に名乗りを上げた。

「そうか。ならばお前の身柄はこの自来也が預かる。この里で三忍と呼ばれるこのワシの名付け児が泣くからの。お前も聞いておったろう。お前の身に降りかかった災いに鳴き叫ぶこの子の叫びをな」

そう告げた途端、反感に顔を歪ませ、ナルトの事に思い至り、複雑な表情に変わっていく少年に自来也は笑いかけた。

「その代りと言ってはなんだがの、坊主を見込んで頼みがある」
「……何だよ」
「ワシは長く里に留まる事はできん。やらねばならん事があるからのォ。どれほど望んでもこの子の側に居続ける事は出来ん。そこでの、お前に頼みがある」

察しが良い少年はそこで自来也の言いたい事を飲み込んだらしい。
先手を取って、反感を叩きつけてきた。

「だからオレにそいつの側に居ろっていうのか!?なんでオレが!それにそいつは女なんだろ!?女の側になんかいられるか!!」

少年らしい青臭い反応に、自来也は目を細めた。
負けん気の強さはうちはらしい。
だからこそ、ナルトの側に引き込んでおきたかった。

「そうか。無理にとは言わん。女一人護れる自信もない子供に持ちかける話ではなかったのォ。すまんな、坊主。ワシの話は忘れてくれ。何、おぬしの身柄は保証する。ナルトにお前の事を頼まれたからのォ。便宜は図ってやる。今後を案じる必要はない」

自来也の言葉に少年の瞳が怒りに燃える。
だが、その怒りを鋭い一瞥でもって自来也は押さえつけた。

「よもやワシの申し出が不足だとでもいう気ではなかろうな?」

自来也の言葉に、少年が沈黙する。
そして低い声で提案してきた。

「……あんたの頼みを引き受けてやる。要はそいつの監視をすればいいんだろ。そいつが九尾を外に出さないように。なら、俺もあんたに条件がある」

ふてぶてしい少年の態度に自来也は少し口元を苦笑させた。
これほど幼いというのに、このふてぶてしさはまさに『うちは』そのものだ。
脅してやったというのに、怯む事なく自来也を睨みつけている。

「なんだ」
「あんたと繋ぎを取る手段が欲しい。そしてオレを弟子にしろ」

少年の言いぐさに自来也は束の間放心した。
そんな事を言い出してくるとは思いもしなかった。
一体何を考えているのだろう。

「繋ぎの手段については全然構わんが、ワシの弟子になりたいという態度ではないのう。お前、何を考えている」

自来也の問いかけに、不敵と評するのが相応しい、けれどどこか追い詰められた印象の笑みを少年が浮かべる。
ぎらぎらと憎悪に輝く瞳に自来也の胸に一抹の不安がよぎる。
本当にナルトの側にこの少年を置いておいて良いのだろうか。

「あんたの頼みは化け狐の力を暴走させるなって事だろ。だったら、オレが化け狐の力を抑えられるようにならなきゃ、オレがそいつを監視する意味はないだろう。違うか!?」
「いや、そこまで望むつもりはなかったんじゃが……」

そこまで本格的にこの少年をナルトの監視役とするつもりはなかった自来也は、少年の言葉に面喰い、少し考えた。

「それともオレじゃ役不足だとでもいうのか!?」

少年の剣幕に自来也ははっとなった。
無意識に発動させてしまっているのだろう。
不完全ながらも少年の瞳には紛れもない写輪眼が浮かんでいた。
その瞳に自来也の心が揺れる。
写輪眼を用いた瞳術を得意とするうちはの血族を導くには、幻術を苦手とする自来也は不適な存在だ。
だがしかし、九尾をねじ伏せる手札としては、うちはの血は魅力的だ。
そしてこの少年を導けるだろう相手に縁がないわけでもない。
数奇な事に、その縁もまた四代目が繋いだ縁だ。
うちはだからこその懸念と、少年自身が持つ闇に懸念がない訳でもないが、ナルトが友としたこの少年に賭けてみるのもまた一興。

何より、この縁が未来への芽を蒔く事に繋がるのならば、それもまた良し。

これも何かの巡り会わせなのだろう。
完全に心が定まった自来也は、小さく笑みを溢した。

「あいにくワシは忙しくてのォ。忍びにもなれていない相手を弟子にする余裕はない。だが、お主が忍びとして見どころがあるというなら考えてやらんでもない。それにワシとの連絡役もつけてやる。何かあればワシを呼べ」

不満そうに見上げてくる少年に、自来也は黙って微笑み、繋ぎ役と顔合わせさせる為に口寄せを発動させた。 
 

 
後書き
サスケに入れ知恵したのは自来也さんだったの巻。 

 

その10

 
前書き
サバイバル演習その5直後の一幕です。  

 
「さて。これで俺の話は終わりだ。明日から俺達は小隊として任務に就く!!」

殉職者達の慰霊碑の前で、忍びとして大切にしなくてはならない話をしてくれた後、私達を振り向いたカカシさんが笑顔でそう言いました。

その言葉に、私の胸は期待で高鳴り、高揚します。
夢にまで見た忍びとしての第一歩です。
私の夢への足がかりです。
ぞくりと全身が期待で震えました。

「これにて解散!とするつもりだったけれど、せっかくだからね。ちょっと親睦を深めておこうか」

ニコニコと笑うカカシさんに、私は首を傾げました。

親睦を深めるって、何をどうやって。

私の疑問は、発言者のカカシさん以外全員共通の疑問でした。
春野さんが間髪入れずにカカシさんに問いかけます。

「カカシ先生。親睦を深めるって、こんな所で何をどうするんですか?」

不思議そうな春野さんにカカシさんは事も無げに言いました。

「ん?ああ。ナルトの作ってきた弁当を皆で食べてから帰ろう。そろそろ昼飯の時間だしね」

その言葉に私はぎょっとしました。

忘れてました。
そういえば、そうでした。
カカシさんの裏をかいてやろうとして用意したお弁当の量に、そんな言い訳つけてたんだったっけ。
目に見えてカカシさんがご機嫌なのは、もしかして私、カカシさんに変な勘違いを与えてしまったんでしょうか。
例えば、私が仲間想いだとか。
こう見えて、カカシさん、仲間想いの熱い人です。
なんかちょっと変なフラグ立ててしまった気がします。
そんなつもりは微塵も無いので、内心、変な評価は困ります。
私、仲間想いなんかではありません。
そう言った方が納得させやすかったからああ言っただけです。
だらだらと変な汗をかいてしまいます。

「弁当を用意して来たサスケには悪いが、これは持って帰ってくれ」
「分かった」

カカシさんにお弁当を返されたサスケは飄々とした態度を崩さずに素直に頷く。
でも、実はそのお弁当も私が用意したんですけどね。
そんな事が春野さんにバレたら厄介なので言いませんけど。
でも、これだけ陽気が良いと、持ち帰っても食べれなくなってそうですよね。
後で残飯と一緒に肥料として家の畑にでも蒔きましょうか。
それとも、サスケのお家で小鳥や猫の餌付けに使おうかな。
サスケは良い顔しないだろうけど。
お腹壊したらまずいから、後でサスケに釘刺しておこう。
大丈夫だと思うけど念の為に。

「良いかな、ナルト?」

ぼんやりと考え事をしていたのに、突然カカシさんに話を振られた私は思わず無言で首を振りました。

「え、ええ。良いですよ」

私に断る理由は無いです。
せっかく作ったので、どうせなら食べられないよりは食べて貰ったほうが嬉しいですし。
四人で円になってお弁当を広げるとか、まるでちょっとしたピクニックの様です。
何だか居心地が悪い。

「さて。それじゃ、遠慮なく頂こうか」
「あ、はい。どうぞ」

私の声に率先して蓋を開けたカカシさんは、一言声をあげて固まりました。

「これは!!」

何だろう。
何をそんなに驚いてるの?

カカシさんの声に、私は自分の分のお弁当を開きました。

雑穀ご飯に、梅干しと黒胡麻。
鮭の切り身ときんぴら牛蒡と青菜のからし和え。
ポテトサラダの彩りにサラダ菜とプチトマトを添えた、見た目、栄養バランス共に整ってるお弁当です。

私もサスケも育ち盛りだし、忍びとしての身体造りは基本だし、食に手は抜けません。
最近は、詰め方も板について来ました。
ちょっと自慢ですけど。

そう思った時、カカシさんは驚いた声で私に問いかけて来ました。

「ナルト。お前、本当にこれをお前が作ったのか?」
「はい」

否定する必要は無いので、素直に頷きました。
早速サスケは食べ始めてます。

「美味しい…」

春野さんが呆然と呟きました。
美味しいと言われて、私はすごく嬉しくなりました。

「そう?良かった。口に合って。駄目な物があったら残して良いからね」

サスケはいつも何でも食べてくれるけど、味については何も言ってくれないんだよね。
こっちから聞けばあれこれ言ってくれるけど。
そして、実は今日のポテトサラダはいつものサラダとはちょっと違います。
それに気付くだろうか。
ポテトサラダを口に運んだサスケがちょっと固まりました。
私に視線を送ってくる。

「何、サスケ。何かまずかった?」
「いや、逆だ。お前、これに何入れた?」
「チーズ」
「ふうん」

それっきり黙々とお弁当を食べ続けるサスケに、私はちょっと聞いてみた。

「気に入ったんなら、また作ろうか?」
「頼む」
「分かった」

このサラダ、実はヒナタが考えてくれたんだよね。
味見してみたけれど、私も嫌いな味じゃなかった。
今度からポテトサラダ作るときは、いつもチーズ入れてみようかな。
栄養価もあがるし。

そんな事を考えながら、私は自分のお弁当に手を付け始めた。
やっぱり、胡麻塩じゃなくて、ただの黒胡麻にしたのは正解でした。
この鮭、ちょっとしょっぱかったです。
全体的に、塩気を抑えて置いて良かった。
味的にもバランス取れてます。

心配していた事が解消されて、ちょっぴりほっとした時でした。
カカシ先生がいつの間にか空になったお弁当箱にお箸を置いて笑顔で言ってきました。

「いやあ、うまかった。ナルトは良い嫁さんになりそうだね」

ぴしり、と空気に罅が入ったような気がしました。
事実、私とサスケと春野さんは硬直しました。
そう言われるのは、私は別に構いませんけど、でも、対外的に私は男と言う事になってるんです。
カカシさんのその言葉は、それは、男に言う台詞でもなければ、褒め言葉としてはとても微妙な一言になると思います。

春野さんは何かスイッチが入ったらしく、食い入るようにカカシさんと私を見比べ始めました。
サスケはお弁当を口に運ぶのを止めて、硬直しています。
そして私は半目になって行きました。

「……先生。僕、男です。そういう趣味でも無いので、せめてそういう台詞は春野さんに言ってあげて下さい」

私の冷たい一言に、硬直していた空気が動き始めました。
苦笑するカカシさんと、騒ぎ出した春野さんを無視して、私はお弁当に専念していきました。

うん、我ながら、美味しく出来たと思います。
今日の夜は何にしようかな。
後でサスケに何食べたいか聞いてみようっと。
なんで硬直しっぱなしなのかは分からないけど、ここまでサスケが茫然とするなんて珍しいしね。

面白い物を見せてくれたお礼に、たまには優しくしてあげてもいいでしょう。
ヒナタが教えてくれたサラダが美味しいと言ってくれたのが、すっごく嬉しかったって訳じゃありません。
サスケの呆けた顔が面白いからです。
それだけです!

 

 

その11

 
前書き
その2の続きです。 

 
ミコトさん。

もしかしたら強敵かもしれません。
もしかしなくても強敵です。
おじいちゃんよりひきつけられます。
何せ、教えてくれる事の端々に、私のお母さんとのエピソードを交えてくれて、とっても私の心を惹きつけてくれます。
時たまお父さんのエピソードまで混じるとか反則です!

そして今。
私はうちは家の団欒にお邪魔しています。

なんだこれは。
本当になんだ、この状況。
フガクさんは物心ついて直接会うのは初めてですが、私を見てぎょっとされました。
そこへミコトさんが笑顔で私の存在をごり押ししました。
フガクさん、どうやらミコトさんの尻に敷かれているようです。

「さあ!夕飯にするわよ。今日はナルト君も夕飯の手伝いしてくれたのよ。皆ちゃんと味わって食べてね」

夕飯を食卓に並べ終えたミコトさんの言葉に、サスケ君が私に疑問の眼差しを寄越しました。
けれど、私には曖昧な生暖かい笑いを返す事しか出来ません。
それを見て、何か悟ったような、納得したような表情をサスケ君が浮かべるのが印象的です。

ミコトさん。
家庭内でどんな姿を。
いや、あの笑顔には私も逆らえなかったし、何となく分かった。

もしかして、この家って、というか、木の葉へのクーデターって、ミコトさんが煽動してた?

そんな疑問が頭を掠める。
その時、イタチさんを皮きりに、うちは家の方々が箸を取り始めた。

「頂きます」
「いただきます!」
「頂こう」
「い、いただきます?」
「はいはい。さあ、召し上がれ」

穏やかに微笑むミコトさんだけど、この一年でどんな人柄か何となく掴めているし。
さすが赤い血潮のハバネロと呼ばれたお母さんの親友なだけはあります。
この人、実は結構、鉄火気質で短気な人です。
そして、お母さんの事をとても大事に思ってくれているようでした。
それなのに、私の事も、お母さんの最後の事も、何も知らされず、随分やきもきしていたようでした。
今までの私との会話の言葉の端々にそんな態度が見え隠れしてました。
だから、もしかしたら、うちはのクーデターって、その辺も大きかったんじゃないだろうか、と私は考え始めていました。
それ、もしかしたら本当に間違いじゃないのかもね。
そう思いながら、私も夕飯に手を付け始めました。

「美味しい!」

ミコトさんの料理をごちそうになるのは初めてだけど、というか、誰かの作った家庭料理をご馳走になるのは初めてな事に気が付いた。
気付いた途端、私の目から、堪えきれない涙が零れ落ちた。
ぼろぼろと、涙が止まらなくなる。
後から後から涙が止まらない。
変に思われちゃうのが分かるのに、涙が止められない。

ミコトさんが立ち上がって、いつの間にか私を胸に抱き締めてくれてました。
温かくて優しくて、どこか甘くて柔らかい匂いが、一度だけ抱かれる事のできたお母さんの胸を思い出させる。
止められない涙がさらに増えて、どうにもこうにも制御できなくなってしまってました。

「辛かったわね。一人で苦しかったわね。ごめんなさいね。ずっと気付いてあげられなくて」

きつく私を抱き締めて、ミコトさんが私に謝る。
ずっと昔に私の中で閉じ込められた何かが溶け出して行くのを感じる。
ミコトさんのせいじゃないと言いたいのに、嗚咽で言葉にならない。
必死に首を振る。
でも、それでミコトさんには通じたらしい。

「これからは私達がいるから。私達がクシナとミナト君の替わりに守ってあげるわ。安心して良いのよ。ねえ?あなた」
「あ?あ、ああ」

戸惑ったようなフガクさんの声に、私は我に返る。
いつの間にか、ミコトさんにしがみついてしまっていた事に気付いて、恥ずかしくなった。

「あっ、あの!ごめんなさい!!私っ」

咄嗟に素の言葉使いになりかけてしまったけれど、勢いで誤魔化す事にした。

「こんなの初めてで、嬉しくなってしまいました。突然泣き出したりなんかしてごめんなさい。もう大丈夫です」

ミコトさんの腕の中から抜けだし、涙を拭う。
ぽかんとして私を見つめているサスケ君の視線が痛い。
格好悪い所を見られてばつが悪かった。
だって、こんな、子供みたいに泣きじゃくった事なんて、三代目の前以外ではなかったのに。

「そう。なら、ご飯を食べれるわね。気に入ったのならいつでも食べにいらっしゃい」

ミコトさんはこう言ってくれるけれど。
でも。

思わず私はフガクさんの表情を伺っていた。

「勿論誰も文句を言う人なんか家にはいませんとも。ねえ、あなた?」

ミコトさんの怖い笑顔がフガクさんに向けられます。

「う、うむ」

何だか焦ったようなフガクさんがこくこくと頷きました。
ニコニコと笑うミコトさんがとても綺麗なのに怖い人に見えました。
ミコトさんがとても怖いので、大人しくしてますが、多分私とフガクさんは仲良く出来ません。
だって、フガクさんは私を殴りつけた事のある人間ですから。
だらだらと冷や汗を流すフガクさんを眺めていた私は、ミコトさんに声をかけられた。

「ナルト君?どうしたの?遠慮せずにおあがりなさい」

綺麗で、とても優しい笑顔です。
サスケ君がとってもうらやましいと思いました。
私も、こんなお母さんが欲しかったな。
胸を締め付けられるような寂しさが込み上げてきます。
それを飲み込み、押し殺しながら、私はミコトさんに笑顔で返事を返しました。

「はい」

笑い返してくれるミコトさんの微笑みに、胸がきゅんとなりました。
どうしよう。
もしかしたら、『うちは』は私の敵かもしれないし、私を利用しようとしているかもしれないのに。
私、ミコトさんの事は嫌いになれないかもしれません。

ほんの少し迷いを感じながら、私はミコトさんと一緒に作った料理を食べ始めました。
家族団欒の雰囲気の中、誰かと一緒に食べるって、こんなに温かい気持ちになるんだって、忘れてました。
美味しいのに、切なくて。
私の目から涙がもう一度零れ落ちます。

今度は零れた端から拭い取って、泣いてる事に構わずにご飯を食べ続けました。
誰も何も言いませんでした。
その優しさがとても私の心に沁みてきます。

私の涙に気付いているだろうに、何気ない風に食事を続けてくれるうちは一家に、私は自然に微笑みを浮かべていきました。
フガクさんにもいい所があるのは分かりました。
この家の人達、私、嫌いじゃないかもしれません。
この人達も木の葉の里の人達だけど、この人達は嫌いじゃない。

だから、ちょっとだけ、本格的に試してみようと思います。

この人達を大事に思えるか。
この人達を好きになれるか。
この人達を護りたいと思えるようになれるのか。

そうしたら、私、もしかしたら復讐しないで過ごすことができるかもしれません。
ちょっとだけ、本当に少しだけここの人達に期待してみようと思います。
後で裏切られたり、騙されたと分かったとしても、それは私が選択した事です。

この人達を大事に思えるようになっていたなら、それもありということにしよう。

そんな風な覚悟を胸に秘めながら、私はご飯を口に運びました。  

 

その12

 
前書き
護衛任務再びその7のナルトが意識を失った直後です。
ちょい、サスナル風味。 

 
「ナルトに近付くな!」

目の前で崩れ落ちたナルトに対する理不尽な命令に激昂したサスケは、敢えてその命令を無視してナルトを抱きかかえた。
強い視線で、命令して来た相手とナルトが苦しむ原因を作った相手を睨み付けた。
不意に、サスケの胸元に誰かがしがみつく。
思わず、その感覚にサスケは声をかけた。

「ナルト!?無事か?しっかりしろ!」

苦しげに顔を歪ませ、瞳に涙を浮かべながら、ナルトは必死に喘いでいる。
めったに誰かに頼ろうとしないナルトの、自分に助けを求める眼差しに、サスケは自分の力不足を痛感した。
少なくとも、今のサスケには、ナルトが陥った状態も、助け方も分からない。
サスケに分かるのは、ナルトは呼吸が出来ず、苦しんでいて、このままならば窒息死するという事だけだ。
そして、このままならば、何もしてやる事も出来ないまま、ナルトも殺されて、サスケの前で死ぬという事だ。
親しい相手が、自分の前でまた死ぬという恐怖と、自分からナルトが奪われる事に対する怒りと、それをする相手に対する憎悪を感じたサスケは、ナルトを胸に抱えながら睨み付けた。
両目が燃えるように熱い。

「その目!まさか、そのガキ!!ちっ。ますますこいつは分が悪い。どうする、カカシ。ガキ共は正直だな。化け物だろうと、自分の仲間を失いたくねぇってよ」

化け物。
ナルトが自称し、周りもそう評する言葉に、サスケは腹が立った。

「こいつは化け物なんかじゃない!化け物にするのはこいつの周りにいる奴だ!こいつを化け物と呼ぶお前らだ!お前にこいつの何が分かる!」

取り引きの結果とはいえ、サスケはずっとナルトを見てきた。
明るく、穏やかに振る舞ってはいても、その裏に、誰にも触れる事が出来ないような闇をナルトは抱えている。
それなのにも関わらず、ナルトはサスケの前で嬉しそうに笑う。
その笑顔に救われている。
そんな自分がいる事をサスケは認めた。
ナルトの泣き顔や、憂い顔など見たくはない。
ナルトは能天気に笑っていればいい。
向かない事を無理やりしようと必死になる事などない。
楽しそうに笑って、穏やかに日々を暮らせば良いのだ。
無理に戦う必要などない!

「うちはのガキ。お前が何を吼えようと、そのガキが自分で言ったように、そいつは化け物だ。チャクラで俺を吹き飛ばすなんざ、人間技じゃねえんだよ。そいつは化け物として生きるしかねえ自分を良く分かっている。小賢しいくらいにな。気に食わねぇ嫌なガキだぜ」

サスケがその言いぐさに怒りに我を忘れかけた時、思わぬ所から反論が上がった。

「お前に俺の仲間をどうこう言われたくはない!!」

怒りが滲むはたけカカシの声に、サスケは驚いた。
ナルトに近付くなという命令をされたので、てっきり、カカシはナルトを化け物だとしか扱って居ないのだとばかり思っていた。
イルカのように、ナルトを可愛がりながら、化け物としても見てしまう自分に苦悩しているというでもなく、ナルトの存在をきっぱりと切り捨てているのだと思っていたのだ。
だが、どうやらそういう訳では無いらしい。
ふと、サスケの腕の中のナルトの気配が薄くなる。

「ナルト!?」

慌ててナルトを覗き込むと、顔を赤黒く染めて、瞳を閉じていた。
サスケの服を掴んでいたナルトの手から力がぬける。

「おい!しっかりしろ!」

どんどん顔色が蒼白になって行く事に恐怖を覚えたサスケは思わず叫んだ。

「死ぬな!俺を独りにするな!」

その声に押し出されるかのように、カカシが低い声で一言告げた。

「…行け」
「甘いな。いずれその甘さを後悔させてやる」
「それはこちらのセリフだ。俺の仲間に手を出した事、必ず後悔させてやる」
「ふん。白、行くぞ」
「はい。再不斬さん」

霧の忍び達が去っていく気配はあったものの、サスケの動揺は収まらなかた。
ぐったりとしたナルトの身体が、とても重く感じられた。
色々な後悔がサスケに過ぎる。
変な意地を張って、自分の気持ちを認めて来なかった。
ナルトと共にいる時間を大事に思っているなど、認められなかったのだ。
他に大事な物を作ってしまったら、サスケの復讐の邪魔になる。
けれど、里に復讐しようとしているナルトだったら、もしかしたら邪魔にはならなかったのかもしれなかった。
何故ならナルトは、復讐しようとするサスケを肯定してくれたのだから。
もしかしたら、復讐するよりも良い方法を見つける事が出来たのかも知れない。
けれど、それはもう、遅いかも知れないのだ。
気付くのが、遅すぎた。

「サスケ」

失う物の大きさに放心しかけていたサスケは、カカシの呼びかけにびくりと身を震わせた。
弱い所を見せるなど、サスケのプライドが許さない。
それなのに、醜態を曝しかけた事に気付き、サスケは顔に血を登らせかけた。

「ナルトを見せてくれ」

だが、カカシが続けた言葉にサスケははっとなった。
カカシがナルトを見やすいように、抱え込んでいたナルトを抱き直す。
しばらくナルトを検分していたカカシは、やがてポツリと呟いた。

「仮死状態だな…」
「仮死状態?」

隣から聞こえてきたサクラの声に、サスケは更にはっとした。
ここにはサスケとナルトとカカシの三人しか居ない訳では無かった。
依頼人であるタズナと、七班の一員である春野サクラも居たのだ。
まだナルトが死んだ訳ではないと知り、少し緩んだ気持ちは、自分が曝してしまった姿に、羞恥を覚えさせていく。
屈辱に歯を食いしばりながら、サスケはカカシの言葉に耳を澄ませる。
一言も聞き逃す事など出来ないと感じていた。

「自らの意志で新陳代謝を落とし、死と同じ状態を作り出す事だ。上忍の中でも限られた人間しか自由にこの状態を作り出す事は出来ない。これは、上出来だな」

どこか安堵を滲ませたカカシの言葉に、サスケは反感を持った。
今のナルトの状態は、サスケにとっては到底上出来と言える物では無かった。

「何が上出来だ!こいつの意識が無い事には変わりは無い!」

サスケの言葉に、立ち上がったカカシは読めない瞳でサスケを見下ろして告げた。

「お前の言動から察するに、お前はナルトの事を知っているな?ならば分かるはずだ。ナルトの仮死状態はお前を守る為だ。結果として、随分状況は好転した。だが、まずは落ち着ける場所に移動してからだ。ナルトは暫くまともに動けないだろうからな」

カカシの言葉に、サスケは動揺した。
仮死状態が自分を守る為だとは思いもしなかった。
けれど、ナルトの中に封じ込められている物の発露ならば、何度か目にした事がある。
そして今日目にした状態は、修行中に目にした物とは桁違いの物だった。
何より、ナルトらしくもなく、痛めつける事を面白がっていた。
誰かを傷つける事を極端に嫌がるナルトの癖に。

それを思い出したサスケは、背筋に冷たい物が走り抜けた。
理性よりも本能の方が強い。
もしかしたら、ナルトは苦し紛れに、自分の中の九尾を解放してしまう危険があった事に今更気付いた。
それを嫌だとナルトは思ったという事だ。
あの時、ナルトがそうしてしまったとしたら、一番初めに死ぬのはサスケだったのだろうから。

ナルトの中の九尾がどれほどの物だかはしらないが、サスケはナルトに純粋な殺し合いなら負けると感じている。
サスケがナルトに勝てるのは、ナルトが忍びとしてしか行動していないからだ。
そんな拘りも何もかも捨てて、ナルトに殺す事だけを目的に襲って来られたら、サスケはきっと殺される。
そう思わせるだけの力をナルトは秘めていた。
だからこそ、余計に面白く無かったのかもしれない。
自分よりも強い相手に負けを認めるようで。

けれど、もしかしたらナルトの中で、自分は特別な位置にあるのかもしれないと気付いた。
少なくとも、殺したくないと思われている。
極限状態で助けを求めて縋られるくらいには、心を許されていた。
サスケはそれを薄々は知っていて、今まで敢えて見て見ぬ振りをしていた。
ナルトの助けになるには、サスケの力では不足している。
少なくとも、どうやったらナルトの助けになるのか分からない。
それに、一族を全員殺した相手に対する復讐すら、後回しにしなければならないかもしれないのだ。
しかし、こうして冷たくなったナルトを抱えたサスケは、そんな風に尻込みしていた弱気な自分に腹が立った。
いずれにしても、サスケは力不足なのに間違いはない。
タズナに事態の説明と謝罪をし終えたカカシに向かい、サスケは声をかけた。

「カカシ。あんたに頼みがある」
「人に物を頼む態度じゃないね、それは」

カカシのぼやきが聞こえて来たが、殊勝な態度など取れる自分ではない。

「オレはこいつを護れるようになりたい」

悔しいが、その為に何をどうしたらいいのか、サスケには分からない。
検討すらつかないのだ。
力不足である事だけはひしひしと感じられる。
そして、目の前に教えを乞える相手がいる。
なりふり構ってなど居られなかった。

そもそも、ナルトが再不斬に何かされたのは、サスケを庇ったせいだ。
二度とあんな風に庇われたりなどもしたくない。

胸の中に広がる悔しさと憤りをかみ殺して、サスケはナルトを抱えて立ち上がった。
サスケよりも背が低いナルトだが、完全に意識を失い脱力しているナルトは重かった。
重いと感じる自分が悔しかった。
だから。

「オレを強くしてくれ。あんたはオレ達の担当上忍だろう」

血を吐くような屈辱を感じながら、サスケは望みを口にした。

「私も、です」

不意に、隣でサスケに同意する声があがり、サスケは意外な気持ちで声をあげた相手を見た。

「私、もっと強くなりたいです!今の私じゃ、ナルトやサスケ君のフォローすら出来なくて、足手まといにしかならないっ!こんなに、ナルトと実力に差があるなんて思ってなかった。同じくアカデミーを卒業したばかりなんだから、実力に違いは無いって思ってた。でも、違かった」

悔しげに涙を浮かべて、サクラはカカシに懇願した。

「私、もっと忍びとしてサスケ君達に追い付きたいです!追い付かなきゃ、私…」

泣き出しそうになるサクラの頭に手を置いて、カカシは笑みを浮かべた。

「お前らの気持ちは分かった。それじゃ、タズナさんの家についたら、修行開始で良いのかな?」

カカシの返答にサスケは口の端がつり上がるのを感じた。

「望む所だ」
「も、勿論です!」

強くなれるというのならば、何も文句はない。
出来れば、護る方法も盗み取れればいい。
そうすれば、わざわざ頭を下げる必要などない。
それでもどうしても分からなければ。
その時こそ頭を下げねばならないだろう。
相手はこの上忍かも知れないし、もしくは、一度会ったきりの、自分が弟子入りを志願した相手かもしれない。
どちらにしろ、自分の目の前で易々と誰かを害されるのを黙って見ているだけの自分ではなくなれればいい。
もう二度と、こんな風に自分は何も出来ない子供だと突きつけられるのはごめんだった。
サスケは、もう何も分からず、ただ守られ、甘やかされて甘えていた子供ではない。
あの頃よりも強くなった。
それなのにサスケの前でナルトを奪われる所だった。
そんな事を許せる訳がない。
それに、ナルトを失ってしまったら、サスケはどうしたらいいのか分からなくなる。

サスケが一度、それまでの全てを失ってしまった時、サスケを慰めてくれていたのはナルトだった。
ナルトを失いかけたからこそ分かる。
自分はずっとナルトに守られていた。
少なくとも、独りになってしまった事や寂しさを感じさせないように気を使われていた。
サスケの気持ちが落ち込みかけていると、いつも気付けばナルトの気配が近くにあった。
サスケはナルトに腹を立てて、力を競う楽しみを感じていれば良かった。
だが、サスケだけが守られているのは、腹が立つ。
同じ年の女に守られていたなどと許せる訳がない。
無意識の行動なのだとしても同じ事だ。
ひんやりとして冷たく硬直した誰かを抱き締めるのは、これが最後だ。
固い決意を胸に秘めて、サスケはカカシの顔を見上げた。 
 

 
後書き
ちょっぴりサスケの闇落ちフラグを叩き折ってみたりなんかしてみたり。
 

 

その13

 
前書き
護衛任務再びだってばねの中の、再不斬さん戦直前か、一日前くらいの木の葉の里でのお話です。 

 
「あれ?ナルトちゃん?」

畑で野菜の世話をしていた私に、後ろから声がかけられた。

私を『ちゃん』付けで呼ぶのは、いまではたった一人です。
そうじゃなくっても、この声にはとっても聞き覚えがあります。
声の主に思い当たった私は満面の笑みを浮かべて振り返った。

「ヒナタ!」

思わず不思議そうに立ち尽くしてしていたヒナタの所に、収穫していた野菜を放り出して駆け寄った。

ヒナタが私の家に来てくれるなんて、嬉しい。

でも、ちょっと不思議でもあります。
だって、カカシ隊第七班は、昨日、任務で波の国に向けて木の葉の里を出発したのです。

つまり、里人にとって、私はここに居ないはずなんです。
なのにヒナタは私の家にやって来ました。

何でだろう?

疑問に思った私はヒナタに聞いてみた。

「どうしたの、ヒナタ。何か用?」
「何か用…って、どうしてナルトちゃんがここにいるの!?任務で波の国に向かったはずでしょ!?」

私の問いかけに、とてもオロオロとしたヒナタが逆に問いかけて来ました。

「ナルトちゃん、サスケ君にだけ危険な任務に行かせたの!?」

必死な表情で私に問いかけてくるヒナタに、私は微笑みかけました。

「まさか!ちゃんと私も出発したよ?」
「え…?ナルトちゃん、どういう事なのか、良く分からないよ…?サスケ君達と一緒に波の国に出発してて、どうしてナルトちゃんがここにいるの…?」

疑問を通り越して、恐怖に顔を歪めるヒナタに、私は慌てて説明を始めた。

「私、分身なの!一週間以上も波の国にいかなきゃならないでしょ?だから、畑の世話するのに、私が残ったの。混乱させてごめんね、ヒナタ」
「分身…?でも、分身の術は…」

私の説明にヒナタは落ち着きを取り戻したみたいだけれど、まだ怪訝な表情を浮かべていた。

アカデミーの卒業条件の一つである分身の術は、ヒナタが疑問に思った通り、実体はない。
見せ掛けだけの術だ。
だから、分身の術で作った分身では畑の世話は出来ないんです。

…そう言えばヒナタは、私が多重影分身を使えるようになった事は知らないんだっけ。

そして、その応用で、私が影分身の術を使えるようになってる事も知りません。
それを思い出した私は、ヒナタにそっと囁きました。

「ヒナタ、影分身の術って知ってる?」
「う、うん」

ヒナタは私の問いかけに怪訝な表情のまま頷いた。

流石に日向宗家の一員であるヒナタが知らない訳はないでしょう。
すぐにヒナタは私の言いたい事を掴んだようで、驚きの声をあげた。

「え!?じ、じゃあ、もしかしてナルトちゃん、あの術使えるようになったの!?」

忍びは自分の手の内を明かしてはならないのが鉄則ですけど、ヒナタはちょっとだけ特別です。
だから少しだけ教えてあげました。

「うん。秘密だよ?」

驚きで、大きめの声をあげたヒナタに、私は声を潜めて笑いかけました。
声を潜めた私に、はっとしたヒナタが慌てて自分の口元を押さえます。

そんなヒナタが微笑ましくなりながら、私は笑顔になりました。

「それより、ヒナタはどうしてここに来たの?私が居ないこと、知ってるはずなのに」

疑問に思った事を問いかけると、途端にヒナタは慌てたように落ち着きを無くしました。

「あの、それは、えっと…」

もじもじとしながら、はっきりしない態度を続けるヒナタを嫌う人は多い。
私だって、ちょっぴり苛立たない訳じゃない。
でも、ヒナタは、とっても優しい気持ちを持ってる素敵な子だって、私は知っている。

「あのね、ナルトちゃんが波の国に出発したって、わたし、今日聞いて」
「うん」
「それで、その。波の国に行くなんて、一週間以上かかる任務でしょう?」
「うん。多分ね」
「だからね、ナルトちゃんの畑、誰も手入れ出来ないと思って、わたしじゃ役に立たないかも知れないけど、せめて草刈りや水まきくらいなら出来るんじゃないかなって。頼まれてたわけじゃないから、迷惑かもしれないけど……」

ナルトちゃんの変わりに。

そんな副声音が聞こえて来そうなヒナタの理由に、私は胸が熱くなった。
私の為に、何かをしようとしてくれるヒナタに、言い尽くせ無い程の感謝の気持ちが込み上げて来る。

嬉しくて、誇らしくて、黙ってなんていられない!

「ヒナタ大好き!ありがとう!!」
「えっ!?きゃあ!」

思いっきり満面の笑顔で私はヒナタに抱き付いた。

ヒナタは優しい。
私が優しい気持ちを返すと、それ以上の気持ちを私にくれる。
胸が痛くなるくらい、少し怖くなるくらい。

だって、私はまだ、この里に対する復讐を諦めてないのに。

「ナ、ナルトちゃん?」

力一杯ヒナタに抱き付いて動かなくなった私に、ヒナタが気遣いの声をかけてくれる。
ふと頭を過ぎった嫌な考えは追い出して、私はヒナタに笑いかけた。

「ちょうどお昼にしようと思ってた所だったってばね!ヒナタも食べていって?」
「う、うん」

にこにこと笑いかける私に、戸惑っていたヒナタは、漸く笑顔を返してくれた。
ヒナタの笑顔が見れたのが嬉しくて、私は更に笑顔になる。
私が分身なのが惜しいくらい、独り占めにしておきたい出来事です。

うきうきとしながら、私は収穫した野菜を入れた籠を持ち上げました。

この野菜達を使って、美味しい物をヒナタに食べてもらおう。

自然とそう気持ちが固まっていきます。
ヒナタの好きな物と嫌いな物を考えているうちに思いつきました。

収穫してきた籠の中には、結構立派なかぼちゃが一つ。
ヒナタの好物はぜんざいです。
そしてかぼちゃって、甘く煮付けて食べると美味しいですよね。
つまり、甘味に向いている。
作ったことはないので、かなり冒険になるとは思いますけれど。

「ねえ、ヒナタ。かぼちゃでぜんざい作ったら美味しいと思う?」

私の言葉に、ヒナタは雷に打たれたように立ちすくみました。

そして、ビックリするほどの勢いで私に詰め寄ってきました。

「うん!ナルトちゃん!きっと美味しいよ!!かぼちゃのぜんざいって、とってもおいしそうだと思う!!!!」

頬を紅潮させて、きらきらと瞳を輝かせるヒナタはとってもかわいいです。

そして、やっぱりヒナタもそう思うんだ。

自分の思い付きに心が浮き立っていきます。

「じゃあ、作ってみようかな…?」
「本当!?」

私のつぶやきにヒナタが期待の眼差しを向けてきます。
そして私の胸にも、新しい甘い物に対する期待感のようなものが心に浮かんでいきます。
出来上がるだろうかぼちゃぜんざいの味が、口の中に広がります。
白玉粉と小豆もあったはずです。

かぼちゃの風味が残る甘さのとろりとした餡に絡む白玉や、甘く煮付けた小豆の味が口の中に広がり、思わず唾を飲み込みました。

「うちに白玉粉と小豆もあったはずだから、それも入れてみるね」

私の提案を聞いたヒナタが、さらに案を出してきました。

「ね、ねぇ、ナルトちゃん。そこに、生クリームとミントを添えて、シナモンパウダーをかけるとか、どう?」

ヒナタの提案に、今度は私の方が衝撃を受けて立ちすくみました。

かぼちゃプリンに添えられたミントと生クリームは必須です。
彩もさることながら、味的にも。

「ヒナタ天才!それ、きっとおいしいよ!でもさ、ぜんざいは温かくないとおいしくないから、生クリームはきっと溶けちゃうと思うな。あ!そうだ!かぼちゃの餡を作るときに泡立ててない生クリームを混ぜちゃえばいいよ!きっと口当たりが滑らかになると思う!あ、でも、今日、うちに生クリームはないや」

思い付きを口にしながら、思いついた事を試せない事に落胆した私に、ヒナタは提案してきた。

「あ、あのね。ナルトちゃん。それなら、生クリームの代わりに、牛乳だったらどう?きっと、そんなに風味は変わらないと思うの」

ヒナタの言葉に私は天啓を受けたような衝撃を感じました。

そうです。
生クリームは牛乳からできているんです。
牛乳を使った料理に生クリームを代用するのは、コクや風味の上では格上の料理になるのです。
けれど、生クリームのかわりに牛乳を使ったとしても、味的には問題なんかこれっぽっちもありません。

「さっすがヒナタ!それ、いいよ!」

思わず興奮してしまいます。

「そ、そう?」
「うん!そうだよね。かぼちゃのぜんざいって、温かいかぼちゃプリンって考えればいいんだよね!そしたら、ミルクとミントも合うし、シナモンもあうよね。あ!じゃあ、甘く似たリンゴを浮かべるとかはどうかな!?」
「それ、すごく美味しそう!でも、ナルトちゃん。今はまだリンゴの季節じゃないよ?」

ヒナタの疑問に、私はほくほくした笑顔でヒナタに言いました。

「うん!でも、去年作ったリンゴのジャムがちょっと残ってるの。それを今日作ったぜんざいに乗せてみて美味しかったら、今年とれたリンゴを煮てコンポートにしてさ、かぼちゃのぜんざいに添えてみるよ!」

私の言葉にヒナタは表情を輝かせます。

「そうだね!試してみなくちゃわからないもの!美味しい物を作るのには試してみなくちゃ分からないよね!」
「そうだよね!」

意見の一致を見た私達は、ぜんざいにするかぼちゃの餡の甘さはどの程度がよいのか。
加える牛乳の割合やそこにバニラエッセンスを混ぜてみてはどうか。
または、添えるリンゴの甘さはどのくらいがよいのか。
リンゴを煮付ける時、シナモンも加えてしまえば良いのではないのか。
餡やリンゴの煮付けに使う砂糖の種類は、上白糖が良いのか、黒糖がよいのか、はたまた蜂蜜やオリゴ糖が良いのか等々を熱心に語りながら私の家に向かっていきました。 
 

 
後書き
本編はものそい詰まっているのに、こんなほのぼの更新してしまってごめんなさいw
女の子はスイーツが大好きだと思います。
というか、スイーツが嫌いな人ってそんなにいないと思います。
周りの目やイメージとかで忌避してる男の人もいるとは思いますが!
甘すぎる物が嫌いな人も、果物の甘さが嫌いという人はあんまり見かけませんものね!
かくいう私も、○崎や不○家やコー○ー○ーナーのケーキは甘ったるすぎて気持ち悪いと思っても、美味しくないとは思いません。
甘すぎるとは思いますが、美味しくないわけではありません。
食べ終わった後、砂糖の味が強すぎて、ちょっと不満が残るだけですよ。
でも、嫌いではありません。
むしろ好き。

 

 

その14

いつものように、ヒルゼンさんの家から、山に遊びに行く為に、人に見つからないように、里の裏道を歩いていた時だった。
私はぼやきとも嘆きともつかない愚痴を耳にした。

「それにしても、本当なのかねぇ。雲隠れと停戦するっていうのは」
「そうそう。あの雲隠れがそうそう大人しくなる訳がないじゃないか」
「本当だよ。全く、火影様も人がいいから…」
「確かに、ずっと戦続きってよりは、良いのかも知れないけどねぇ…」
「卑怯者の雲隠れの事だから、絶対火影様の裏をかいて、うちの里を引っ掻き回そうとしてくるに違いないよ。あたしゃ、今から心配だよ。何か悪い事が起きなきゃ良いけどね」
「本当にねぇ…」

遠ざかって行くオバサン達の会話の内容から知った事実に、私は束の間呆然となった。

雲隠れと木の葉って、確か何かあった気がする。
何があったんだったっけ。

「あっ!」

思い出した私は思わず大声をあげてしまった。
そして、慌てて口を噤む。

せっかく人に見つからないように裏道に居るのに、声をあげたりしたら見つかってしまう。
里の人に私が見つかると、とても面倒だ。
私は慌ててその場を離れた。

駆け足で山に向かいつつ、私は本気で考える。

これってきっと、『日向』の話だ。
このままだと、日向ヒアシが犠牲になる。
里的にはありかもしれないけど、日向的にはそれは嫌だよね。
どうしよう…。

悩みながら歩いていたせいか、気がつくと知らない場所を歩いていた。
というか、道どころか何処かのお屋敷の中庭っぽい場所だ。
綺麗に開けていて、整えられた植木がまばらに生えてます。

じわり、と汗が滲んでくる。
これは不法侵入です。
私の立場的に非常にまずいです。
誰かに見つからないうちにとっとと退散しないと、何が起こるか分かりません。

せめて、身を隠そう。

思わず辺りを見回して、身を隠せそうな植木の陰に入ろうとした時でした。

「何者だ」

閉ざされた襖の奥から、誰何の声が届いてきました。
思わず身が竦みます。

ど、どうしよう…。
何て答えるべき!?

あわあわしながら、自分の取るべき行動に迷っていた時でした。

「ここが日向の館と知っての狼藉か」

続けられた言葉に私は思わず叫びました。

「ここが日向なら何で誰も私が入り込んでるのに気付かないの!?」

あれ?
何か、ちょっと口走っちゃったような…。

いやいや、私に声をかけて来た人は、私が入り込んでる事に気付いているから誰も気付いてない訳では無いけれど。
少し、やっちゃったかもしれません。

「ふむ…。そういう見方もあるか。確かにここは日向の館。ここに居るのは日向の血を持つもののみ。なれば、鼠が紛れ込むのを許した日向が弛んでおるとも取れるよの」

いえ、そんな大層な指摘をした訳では無いのですが。

「えと、あの…」
「して?ここまで入り込んできたのは何故だ?三代目の養い子よ」

さり気なく身上を指摘されて、その上で静かに追求された私は、小さくなって誤りました。

「ごめんなさい。ぼんやりして歩いていたら、気がついたら入り込んでました。どうやって此処に来たのかも分かりません…」

申し訳なくて、小さくなってしまいます。

「ふむ…。成る程な。確かに、誰も気付かぬのは問題だな。弛んどる。弛み過ぎとる! どれ、一族の気の緩みに気付かせてくれた礼に、わしが門まで案内してやろう」

親切な申し出に、素直に受けるべきか断るべきか私が逡巡しているうちに、襖の奥から偉そうなおじさんが出て来てしまった。

思わず沈黙してしまう。

もしかして。
もしかしなくとも。

この人って、ヒアシさんとヒザシさんのお父さんなんじゃ?

白眼はもとより、漂う威厳と威圧感が半端無いです。

「儂に着いてきなさい」
「あ、は、はい。ありがとうございます」

先導してくれるおじさんに逆らわず、素直に着いていく。

「時に、日向をどう思う」
「へ!?」

突然、何の前触れもなく声をかけてきたおじさんの背中を、私は思わず見つめてしまった。
一体この人は何を言い出してるんだろう。
私、まだ4つです。
そんな問い掛けをされても困ります。

「え、えっと、日向は木の葉で最強なんだって聞きました」

とりあえず、どこかで聞いたような事を言ってみる。

「そうか」

その途端聞こえてきた微妙に嬉しそうな声に、ほんの少し意地悪な気持ちになってしまう。

「でも、最強って、何が最強なんですか?」

思わず私は問いかけていた。

「うん?」

怪訝そうなおじさんに、私は問いかけていく。

「力だけ強くても仕方ないし、心だけ強くても仕方ないと思います。両方持ってるから最強なんですか?でも、心の強さなんて誰にも測れませんし、臆病である事も、また一つの強さですよね?頑なである事も一つの強さだし、柔軟である事も強さですよね?日向の強さって何が最強なんですか?」

私の問いに、おじさんは歩みを止めて私を振り返った。
真剣なその眼差しに、私は少し失敗したと思う。
子供らしくない問い掛けだった。
真摯な表情のおじさんが私を見据えて口を開く。

「…日向の最強たる由縁はこの白眼の能力にある。故に日向は木の葉で最強である!」

でも、そんなおじさんの頑な言葉に、かちん、と来る。
記憶の中にある日向ネジの姿が反感となって言葉になった。

「最強である為に縛りがある最強は最強じゃないです。本当に最強なら、なんにもしなくても最強です。あるがままの姿で最強だと思います。最強である為に犠牲があるなら、そんな最強って最強なのか不思議だし、それにこだわる意味ってあるんですか?」

敢えて小首を傾げて、子供らしさをアピールしながら問い掛ける。

おじさんの顔色は物凄い物になっていた。

赤くなって青くなって、呆気に取られて呆けている。
ちょっと、予想外の反応に不安になってくる。

日向は最強!を押し出して来たり、子供には分からんと返されたりするとばかり思っていたのに、何、この反応。

「あの…?」
「日向は木の葉の道具と言いたいか!」

良く分からない事を言い出したおじさんに混乱する。

「えっと、日向は木の葉の忍びですよね?」
「当たり前だ!」
「忍びって、道具ですよね?」

私の問い掛けに、お爺さんは更に無言になって凝視してくる。

「忍びが道具じゃ無いなら、何なんですか?」

心の底からの私の疑問に、お爺さんは更に呆気に取られたような表情になった。

「僕の認識、間違ってますか?」

不安になって尋ねてみる。
長い沈黙に居心地が悪くなった時、おじさんは深い溜め息と共に首を振った。

「いや、間違いではない。間違いではないが…」

間違いじゃないというおじさんの言葉にほっとする。

「木の葉の養い子よ」

ん?

何か、私に対する呼びかけが変わりました。
何だろう。

「確かに忍びは道具でもある。しかし、忍びは道具に非ず。それだけは忘れてはならん。我らは木の葉の火の意志を持った忍びである。お前もそれを良く覚えておきなさい」

何で急にこんな事を言われなくちゃならないのか、いまいち良く分かりませんが。

「はい」

おじさんが真剣な表情なので、素直に頷いておきます。
何だかおじさんに憐れみの混じる複雑な表情で見下ろされました。

憐れまれた!!!!

そ、そりゃあ、私の境遇はあんまり良いとは言えないし、白眼を持ってるなら九喇嘛の事も分かるだろうけど、憐れまれる由縁はどこにも無いですよ!?

「僕、一人ですけど、一人じゃないです」
「ん?」
「会ったこと無いけど、僕は父さんと母さんの子供です!」

私の叫びにおじさんが再び虚をつかれた表情になりました。

「会ったことなくても、僕の父さんと母さんが居る限り僕は一人じゃないです!」

おじさんを睨み付けるように主張していると、呆気にとられていたおじさんが破顔しました。

「はっはっはっはっ!そうか!!いや、流石は木の葉の養い子!良い心構えだ!気に入った!はっはっはっ!」

そしておじさんは非常にご機嫌な様子で私の肩を叩いて笑顔を振りまいてます。

何が何やらさっぱり分かりませんが、一体、何だと言うのでしょうか…。

意味不明なやり取りの数々に首を捻っているうちに、屋敷に詰めてる一族の護衛の人達に引き合わされ。
そこから仕事中のヒルゼンさんの所に連絡が行き。
訳の分からないうちにヒルゼンさんの家に引き取られていました。

そして今。

「ナルト。何故日向の屋敷に入り込んだんじゃ?」

私はヒルゼンさんに問い詰められています。

素直に白状したほうが良いでしょうね。

「あのね、いつもみたいに山で遊ぼうと思って歩いてたら、戦いなくなるのは良いけど、雲隠れは卑怯だからちゃんと仲直りできるか不安だねって言ってるおばさん達が居て、何がいけないのか考えてたら、気がついたらあそこに居たの」

私の言葉にヒルゼンさんは絶句します。

ついでに、私の心配もヒルゼンさんに伝えておこうと思います。

「あとね、相手を信用しなくちゃいけないとは思うけど、念を入れるのは悪い事じゃないと思うの。木の葉の里に暮らす全ての人達を守るのがおじいちゃんの仕事なんでしょう?戦い止める為にお仕事ちゃんとしてないって思われるのは、やっぱり良い事じゃないと思うんだ。だからおじいちゃん、大変だけどお仕事頑張ってね!」

激励した私に、ヒルゼンさんは曖昧な表情になりました。

「そうじゃな。ありがとう、ナルト」

微妙な顔になりつつ、私の頭を撫でてくれるヒルゼンさんに、私も微妙な気持ちになります。
そして、微妙繋がりで昼間出会った日向のおじさんを思い出しました。

「ねえ、おじいちゃん」
「なんじゃ、ナルト」
「日向のおじさんって、変な人なの?」
「何じゃと?」
「なんかね、日向をどう思うかとか、日向は木の葉の道具と言いたいのかとか聞かれたんだけど、私、どうすれば良かったのかな?」

困惑した表情でヒルゼンさんを見上げると、ヒルゼンさんも目を泳がせた挙げ句、深い溜め息をついて微笑んだ。

「それはナルトが考える必要のない事じゃ。忘れなさい」
「はい」
「今日は疲れたじゃろう。ゆっくり休みなさい」

ヒルゼンさんはそう言って私に促した。

確かに、今日は初めて会う慣れない人達といっぱい接して少し疲れました。
素直にヒルゼンさんの言葉に甘えよう。

「うん。おじいちゃん、おやすみなさい」
「おやすみ、ナルト」

穏やかに送り出された私は、それっきりその出来事は忘れてしまいました。

後日、聞くところによると、私が日向に迷い込んじゃった件は、日向の侵入者に対する警戒を強めるきっかけになり、日向に忍び込んで日向ヒナタを攫おうとしていた雲隠れの忍び頭を無傷で捕らえ、木の葉を優位にして木の葉の日向は最強との名前を強める事に繋がったとか。

私は何も悪くないと、思います。 

 

その15

 
前書き
その9の続き 

 
うちはの家でサスケと喧嘩した後。
私は自来也さんにすがりついて泣き喚いているうちに、いつの間にか眠りこんでしまっていたらしい。
目が覚めたのは次の日で、そしてヒルゼンさんの家でした。
そして、その時私は、サスケがおじいちゃんに保護される事になった事を知りました。

そして、サスケがおじいちゃんに保護されている間、うちはの家は自来也さんが預かる事になり、自来也さんによって封印される事になったらしい。
というか、自来也さんが特殊な結界忍術で封印しちゃったから、簡単には手が出せなくなったし、入れなくなっちゃったらしい。

何してくれてんだ、あの変態仙人。

まあ、それは良い。
ちょっと頭が痛いけど、そうなるように私が手を回したわけだし。

本当に渡したくなかった大事な物はもう、奪われてしまっているに違いないけど。
それを思うと、腸が煮えくり返り、暴れまわりたくなる。

だけど。
この怒りを表せるのは、私じゃない。

私にはそんな資格は無い。
だって、私は、ミコトさんの子供じゃないし、『うちは』でも無いんだもの。

それが出来るのは、『うちは』のサスケだけだ。

そして、今のサスケにこの事を伝えれば、サスケの心をもっと荒ませてしまう。
そうしたら、サスケはもっと変わってしまうんじゃないかって、怖くて仕方ない。


アレからニ週間。

サスケが、私を避けるようになった。

正確には、目を合わせてもらえなくなったが正しいかも知れない。
サスケに嫌われる覚悟は出来てた筈なのに、思ったよりもショックが大きい。
ちょっとやそっとじゃ動じないと自負していた私が、落ち込みを感じている。

だけど、サスケの事を放って置けない。
サスケが気になる。
一人にしておきたくない。

だから、おじいちゃんに頼み込んで、サスケがおじいちゃんの家にいる間、私も泊まらせて貰う事にした。
ずっと一緒に居られる時はサスケと居て、私の方から話しかけている。

何故か一人にしろというわりには、サスケは私の相手をしてくれるけど、でも。
今まで以上にそっけなく突き放されて、今までよりももっともっと私達の仲は険悪に、ぎこちなく、ぎすぎすした物になってしまっている。

それは、仕方が無い。
サスケの気持ちを無視して、一緒に居るのは私の方なんだもの。
だけど、ちょっと辛い。

でも、落ち込んでる時に一人にしていて、良いのかな?
今のサスケは、一人にしていちゃダメだ、って思うのは、間違いなのかな。

分からないけど、何かを何とかしたくて、アカデミーが終わったら、まっすぐおじいちゃんの家に帰って来て、そうして、おじいちゃんの家でずっとぼんやりしているらしいサスケの様子をずっと窺っていた。

邪険にされても、うっとうしがられてもずっと側に居た。
だから、そうしているうちに、私はすぐに気付いた。

サスケは、夜、魘されているって。

夢の中でまで苦しんでいるサスケに、何かしてあげたくて、でもどうしたら良いか分からなくて、苦しむサスケの頭を撫でた。
そうしたら、少しサスケの表情が穏やかになった気がした。
だから、ここ数日、ずっとそうしていたんだけど。

おじいちゃんによれば、サスケが魘されているのは、イタチさんの瞳術の影響らしい。
本来なら、上忍でも廃人になってしまったり、ずっと寝込んでしまってもおかしくはないらしいんだ。
それがこうして寝ている間だけとはいえ、術をかけられたサスケがその程度の影響で済んでいるのは奇跡に近いとおじいちゃんは言っていた。

その話を聞いたとき、私はぞっと背筋が凍った。
その限界を見極めて、サスケがギリギリ正気で居られる程度に術をかけるとか、イタチさんの常人離れした手腕に戦慄する。

それとも、本気で殺すつもりだったのだろうか。
それはないとは思うけど、でもイタチさんだって迷って、揺らいで、手探りしていてもおかしくはない。
あの人も、木の葉の行く末を憂えている人だから。

見慣れた皺を眉根に寄せて眠るサスケを見ているうちに、何となく、胸が苦しくなって、サスケの枕元に寝転んでみた。
横になって、でも、逆さまに、サスケの顔を覗き込む。

同じ高さの目線になって、眉間に皺を寄せるサスケの寝顔をちょっと眺めてみた。

ほんのちょっぴり疑問に思う。

私、何でこんなにサスケに執着してるんだろう。
綺麗に整った端正な顔立ちに、ぼんやりと思った。

少なくとも、ミコトさんの顔に似た、綺麗に整ったサスケのこの顔は嫌いじゃない。

それに、サスケと何だかんだと理由を付けて、じゃれるように遊ぶのは嫌いじゃない。
ううん。
楽しくて、大好きだ。

初めてだったんだ。
この世界に生まれてきて、初めて私に纏わる何もかもを忘れて、ただ楽しくて仕方がなくて、ずっと一緒に遊んでいたいと思うなんて。

木の葉に住む誰かと一緒に居て、私がそんな風に思うなんて。

サスケを気にするきっかけは、イタチさんの言葉で。
サスケに対する好感の後押しには、お母さんの友達で、そしてサスケのお母さんで、私もお母さんみたいに思ったミコトさんの存在もあるけれど。
でも。

あどけないサスケの寝顔を見ているとつくづく思う。

「僕に取って、サスケは何なんだろう……」

ぽつり、と誰にともなく呟いてみる。
胸に浮かぶのは、友達、という言葉。

うん。
友達。

サスケは私の友達です。

友達だけど。
友達だから。
だから、護りたいって思うんだろうか。

サスケは『木の葉』の『うちは』なのに。

九喇嘛を操ったアイツと同じ『うちは』の力を持ってるのに。
でも、それはもういいかもしれない。
だって結局、『アイツ』はサスケじゃないし、ミコトさんじゃないから。
だから、同じような力を持っていて、アイツとサスケが血縁だったって、それは別に良い。
それでも良いって思えるようになったから、サスケが『うちは』でも別に良いんだけど。

でも友達って、こんなに胸が痛くて何かしてあげたくなる物だったんだろうか。

それともやっぱり、私、一人きりになっちゃったサスケに同情してるのかな。
それはあるかも知れない。

血生臭いうちは邸で、昏い瞳で埋くまっていたサスケの姿が、私の頭から離れない。

サスケがこんなに傷付いたのは私のせいだ。
私がもっと積極的に『うちはと木の葉』に関わってたら。

ううん、『木の葉』に関わってたら、だ。

嫌いだから、殺したいから、だから、誰が死のうと別にいいとか。
そんな風に思ってた癖に、誰かが死ぬのが嫌かもってだけで、中途半端に不愉快さを我慢して、気に入らない物を無視してそれ以上関わろうとしてこなかったから。
そんな風に向き合わないで逃げて来てたから。

だから、私は何も変える事が出来なかったんだ。

もしかして、それを見抜かれて私はサスケに避けられてるのかな。
それとも、同情されるのが嫌で顔を合わせてもらえなくなったんだろうか。

有り得ない話じゃないと思う。
サスケはとにかくプライドが高い。
というか、負けん気が強い。
意地っ張りだし、頑固だし、口も悪いし、気も強い。

その上、真面目な性分も手伝って、勝つために努力も惜しまない。
だけど、その為に卑怯な手を取るような腐った所が何処にもない。
正々堂々と、公明正大な手段で勝とうとする。

そんな所が一番凄くて、サスケの一番良いところだと思う。

だけど、忍びにそれは必要ない。
いつかきっと、そんな風な潔癖さで苦労すると思ってた。
そして、そんな時、サスケはきっと助けを求められないし、求めないって。

そうしてどこかに消えてしまうんじゃないかと思えて怖かった。

一緒に居て楽しいから、サスケと一緒に居る時間を気に入っていたから、余計に怖かった。

そして、今。
私が恐れていた事態になっている。

ああ。
そうか。
私はサスケが変わってしまう事が恐いんじゃない。
サスケが私から離れてしまう事が怖いんだ。

なんとなく、ぼんやりとした実感でそう感じた。
そっと、目の前で瞳を閉じてるサスケの頬に手を伸ばす。

きっとサスケは、変わる事を選ぶだろう。
これからイタチさんに復讐する事を選ぶはず。

だったら、私と同じだ。

『木の葉の日向宗家』に連なるヒナタと私は道を違えても、もしかしたらサスケは私とずっと道を同じくして、私の気持ちを分かってくれるようになるかも知れない。
だって、サスケの敵は『千手とうちは』に通じる。
つまりは、『木の葉』だ。

私と、一緒。

ぞくり、とした狂気じみた喜びが胸に込み上げる。
ミコトさんが居なくなって、私の胸には穴が開いた。
悲しくて、苦しくて、奪われた事に怒りを感じる。
もうあの人に会えないとか、辛くてしかたない。

なのに、同じくらい私は喜んでいる。

サスケがこうして苦しんでるのに、私と同じ所に堕ちてきた事を嬉しがってる。

イタチさんの抱えた痛みと苦労に笑い出したい。
苦しくて、悲しくて、辛い、のに。

とてもとても嬉しくて、ミコトさん達に申し訳無くて泣き出したい。

こんな気持ち、要らなかったのに。
こんな喜び知りたくなかったのに。

サスケは、私と同じように汚れないで、綺麗なまま、暖かい人達に囲まれて幸せのままで居れば良かったのに。

イタチさんの馬鹿。
何で、サスケをこんな風にしたんだよ。

馬鹿。
馬鹿。
馬鹿!!

ぽろり、と、どうしようもない気持ちが涙となって零れ落ちた。

サスケはきっと嫌がるかもしれないけど。
私が『木の葉』に対する復讐を捨てなければ、サスケが復讐を捨てなければ、いつか道を違えてしまうかも知れないけど。

それまで、一緒に居ても良いよね?

きっと、一人よりは辛く無い。
サスケが辛いの、私は嫌だ。
辛い想いをさせたくない。
サスケの心を護りたい。

でも、私にはきっと護れない。

私じゃ駄目だ。
だって私は復讐者だから。

でも、何かに復讐しようとするのは同じだから、同じ目的の為に利用しあえるんじゃないかな。
ぎりぎりまで近付いて、理解しあえるんじゃないかな。
本当に、本当の、友達のままで居られるんじゃ、ない、かな?

これから私達がどうなるのか、私にも、良く分からないけれど。

「ねえ、サスケ。僕と一緒に強くなろうよ。僕とサスケの二人でさ、誰にも負けないくらい、強くなろうよ」

苦しげなあどけない寝顔に向かって提案してみる。

だって、それなら、今の気まずい関係のサスケにも承諾させれる。
私がサスケの側にいる理由になる。

そして私が居る以上、イタチさんの思い通りになんてさせやしないし、ましてや、オビトさん達の思惑になんか従ってやらない。

「一緒に『復讐』しようよ。一人でするより確実だよ?だって、サスケの復讐の手伝いは、私の『復讐』の邪魔にはならないもん。どうせなら私、楽しい方がいいし。だったらサスケと一緒がいいな」

そう。
サスケはもう、こうなってしまった。
防げなかった落胆と、楽しかかった今までに諦めが浮かび、そうして黒い高揚が浮かんでいく。

思い付きの囁きだけど、声に出したら良い考えに思えてきた。

私の修行にサスケも引っ張り込んじゃおう。
今までしていたよりも本格的に、命の取り合いを前提とした手合わせを提案しよう。
忍術の使えない私じゃ出来る事は知れてるけど、本気で復讐を前提として私と一緒に修行をするのは、絶対サスケの為になるし、私自身の為にもなる。
殺し合いは、慣れてないと躊躇いが出るから。

サスケが本気で復讐を願うなら。
強くなる事を求めて力を求めるなら、だけど。

こつり、と。
逆さまになったサスケの額に私の額を付けて目を閉じた。

だけど私は確信している。

サスケは絶対力を求める。

だって、私は信じてる。
サスケはイタチさんが大好きだった。
こんな事があって、イタチさんの事を聞いて、どうにかしたいと思わない訳ない。
その為には強くならなきゃならない。

それにきっと、イタチさんは苦しんでる。
あの惨劇は、きっと、イタチさんの本意じゃない。
だから、イタチさんは私にサスケを託したし、サスケに自分を憎ませようと、こんな風にサスケに酷い事をした。
イタチさんは馬鹿だから。

「ねえ、でもさ、サスケ。どうしても『復讐』したいなら僕は止めないし、むしろ背中を押してあげるけどさ。でも、どうせなら。どうせなら、サスケを侮ってこんな事したお馬鹿なイタチさんを救ってあげようよ。その為にだって僕はサスケに力を貸すよ?だって、それも私の復讐の邪魔にはならないもん。それにそっちの方がイタチさん達を出し抜けるしさ、イタチさんを出し抜いた方が、イタチさんをイタチさんの望み通り殺しちゃうより、きっとずっとサスケの気が晴れるよ。私にはあんまり分からないけど、サスケはイタチさんが好きで、サスケとイタチさんは二人っきりの兄弟なんでしょ?殺すだけならいつでも出来るし、それは最後の手段してみようよ。ねえ、サスケ」

起きてる時のサスケにこんな事は言えないし、聞いてなんかもらえないけど。

でも、今サスケは眠ってるから、大人しく私の言葉を聞いてくれる。

イタチさんの残した悪夢の欠片が、私の戯言で幾らか薄れたらいい。
そう願いながら、私はサスケと額をくっつけたまま、うとうととその場で微睡み始めた。 
 

 
後書き
ここで寝ちゃったのがきっかけで、どんどんナルトはサスケのお布団にもぐりこむようになっちゃいましたとさ。 

 

その16

 
前書き
その15の続き。
サスケ視点。 

 
何か不思議な感触の生温い物を額に感じながら俺は目を覚ました。

そして、目の前に広がる色にぎょっとなる。

血と見間違えた赤い色は、良く見れば血の色とは違って、どこまでも明るく金色が透かし見えた。
見覚えのある色にほっとする。

これは血じゃない。
あのウスラトンカチの髪の色だ。

寝起きのぼんやりした頭で判断して、安堵の息を吐く。

血の色じゃなくて良かった。
いつか俺の目にする物は、その色だけに染まるとしても、今はまだその色を見たくない。
俺はまだ弱っている。
そんな姿を晒したくない。

ぼうっと、朝日に煌めいて朱金に輝く赤い髪を眺めながら、どこからか漂う仄かに甘くて優しい匂いに胸が落ち着いた。

この匂いは知っている。
母さんが使っている洗髪剤の匂いだ。

だが、母さんはもう居ない。

それを思い出した途端、胸に鋭い痛みが走り、その痛みで覚醒し、はっとなった。

待て。
ちょっと、待て!

思わず目を見開いて、目の前に広がる赤い色をしかと目に写す。
こんな色を持つ奴は一人しか知らない。

それに、こいつの事について、俺は何か聞き捨てならない事を聞きはしなかっただろうか。
そして、強くなる為にした取引とはいえ、一緒にいる事に抵抗があり、こいつの事を避けては居なかっただろうか!?

何でそいつがここに居る!!!!

思わずがばり、と身を起こし、俺は絶句した。

そこには。
左向きに横になっていた俺とは逆に、俺の枕元でナルトの奴が身体を丸めて右向きに眠りについていた。

な、何でナルトの奴が俺の枕元で眠ってやがるんだ!!

ナルトの奴がここに居る理由を思うより先に、無防備な姿を見られた不快感が込み上げる。
こいつの気配に気付かなかった自分に腹が立つ。
避けてやっていたのに、関わろうとするウスラトンカチにムカついた。
あの日、こいつが囁いた、耳にこびり付く甘い諫言が蘇り、腹が立った。

こいつが言った事に証拠は無い。
だから、アイツが父さん達を自分の意志で殺した事だって否定できない。
だけど、あの時俺に囁かれたコイツの言葉は、俺の中に根を張って、希望のような物を芽生えさせた。

絶望的な現実なのに。

苛々とむかつきに支配されかけた時、ナルトの奴がころりと仰向けに寝返りを打った。

「ん…」

やけに耳に付く甘ったるい声と、合わせが崩れた寝間着の浴衣から見える肌にぎくりとする。
何故か酷く焦っていく。

コイツについて、俺は信じられないような事を自来也とか言う奴に聞かされた。
その事だけを思い出して強張って行く。

何か酷く追い詰められた気持ちと、焦燥感だけが膨れ上がる。
微妙に俺の物とは違うように感じる肌の白さにどぎまぎする。

こいつは確か女じゃなかったか!?

それだって、証拠の無い戯言に近い事だけど。
じっくりと観察するには気まずくて。
こんな奴に構っている暇なども惜しくて。
そんな事もあって避けても居たのに。

何でコイツはここに居るんだ!
つか、何でコイツがここで寝てやがる!?

混乱した頭は同じ疑問に辿り着く。

「おい、ナルト!!お前ここで何してやがる!!!!」

返答次第では問答無用で殺す。

そういう気持ちで、十分殺気を乗せて怒鳴りつけてやったのが良かったらしい。

ぽわんとした寝起きの顔を晒しながら、ナルトが瞳を開けて身を起こした。
幼い仕草で目を擦るナルトに、どきりとした。
ナルトの動きに肌けていく浴衣の隙間から垣間見える、華奢で、少し丸みを帯びた身体の線にどぎまぎとする。
見えそうで見えない感じが、よりいっそう視線を集めてしまう。
そして俺を目に写した瞬間、酷く嬉しそうにナルトは笑った。

今まで俺が見た事が無いほど無邪気で可愛らしい微笑みに、思わず目が奪われる。
硬直した俺の耳に、酷く緩み、甘えたナルトの声が届いた。

「おはよぉ。さすけぇ」

身体の芯を擽るような甘い疼きが胸に沸いて、気が変になりそうだ。
そんなふうに、初めて感じるばつの悪い気持ちで不快になったときだった。

「あのさぁ、僕、思ったの。さすけ、これから強くなるんだろ?だったらさ、僕ところしあおうよ」

は?
今何てった?

寝起き直後の目覚めきらない舌足らずな声音で呟かれた言葉に俺は耳を疑った。

「きっとさ、ただ手合わせするより役にたつよ。私だってふくしゅうしたいし。ふくしゅうするには、ちゃんところせなくちゃ。とどめさすの平気になんなきゃいけないから。だから、練習するのにちょうど良いと思うの」

ぽやぽやと夢の中をさまよいながら紡いで居るような声と、その声で紡がれていく言葉の数々との相違に、俺は思わず顔をひきつらせた。

コイツは一体何を言ってるんだ?
確かに、アイツを追うのならば、それはいずれ必要になると思う。

が。

何故、今、ここで、俺に言う。

「さすけも強くなりたいでしょ?私もなの。だからね、私には九喇嘛がいるから、私ところしあってたらさすけにゆうりだよ。二人でどっちも選べるくらいに強くなろうよ。イタチさんのおもわくどーりに乗せられるのはしゃくじゃない?強くなっていたちさんをびっくりさせよーよ。僕、ずっとかんがえてたんだけど、それが一番いいとおもうの」

寝ぼけた声でぽやぽやと告げられる言葉に俺の顔が歪んでいく。

何なんだ、コイツは。

「わたしもね、ころしたいの」

とろり、と眠気を訴える瞳で、明確で何かに対する殺意を突き付けられて、俺は硬直した。

「でもね、私、よわむしなの。ころしたいのに、生きてるひとがしぬのは嫌」

割と整っている細い眉が歪み、その下の青い硝子のような瞳が涙に潤む。

「でもきえないの。くるしくって、きもちわるくてだまってられないの。くいちぎってやりたくなるの。だから、強くなるんだ。サスケも一緒に強くなろ?」

痛みと弱さを涙に隠して、殺意と闇に揺れ、儚く笑う青い瞳に、俺は何も言えなくなった。
舌足らずな寝ぼけ声であどけなく告げられたナルトの負の感情は、理解できる物だった。

それに、あの時里がどうこうと言っていた。

里人からコイツがどんな扱いを受けていて。
コイツに関わるようになってから、母さん達が里の奴らからどんな風に言われていたのかも知っている。
それらを繋げてしまえば、コイツがどんな気持ちなのか、嫌でも分かる。

分かるから、コイツの誘いを、振り切れない。

「……忍術使えないお前と修行しても役に立たない」

提案をはねのけようと突きつければ、ムッとした顔でナルトは口を尖らせた。

「立たなくないよ。忍術で殺すだけが人を殺す方法じゃないもん」

さっきよりも明瞭になった口調に、ナルトも覚醒した事が分かる。
それに、さっきよりもしっかりと、俺と視線を合わせてきた。

「それに僕、尾獣持ちだって言っただろ?尾獣の殺気って、イタチさんの殺気より凄いよ?九喇嘛の殺気に慣れてれば、イタチさんの殺気も平気になるんじゃないかな、きっと。サスケ、うちはだし。多分、本気で九喇嘛も殺気ぶつけると思うしさ。僕の中の九喇嘛に会うのは写輪眼の修行にもなるんじゃない?殺気に慣れちゃえば、恐い物なんてなくなるよ?」

初めて目にする不遜な笑みで俺に笑いかけるナルトに、気を飲まれる。
そんな俺に気付く事無く、ナルトは言葉を繋げた。

「僕の敵もさ、写輪眼を持ってるんだよね」
「何だと!?」

その言葉は聞き捨てならなくて、ナルトに詰め寄った。

「というか、九喇嘛の敵が『うちは』なんだよね。木の葉の人柱力に封印されるきっかけ、『うちは』みたいだし。だから、僕に取っても、写輪眼持ってるサスケと修行するのは好都合なんだよ」

真っ直ぐに、瞳術使いの俺の目を見据えてナルトは笑う。

まっすぐ過ぎるその視線に、一体何を言えば良いのか分からなくなる。
そこへナルトは畳み込んで来た。

「ね、サスケ君。僕と一緒に強くなる為に修行しようよ」

その、今まで通りのいつもの口調と呼びかけの誘い言葉に、怖気が走る。
本性らしき一端を知った今、ナルトの普段通りの呼びかけは気色悪い。
だから思わず言っていた。

「サスケでいい」
「……え」

俺の言葉が意外だったのか、ナルトはきょとんと目を丸くした。
そうしていると、ナルトは意外と可愛らしい顔をしていると気がつき、顔に血が登った。
不自然にならないように視線を外す。

「だから!俺の事は呼び捨てでいいって言ってんだ!」

吐き捨てるように要求すると、何故か沈黙が落ちた。
何も言わなくなったナルトが怪訝に思い、視線を移す。
そして絶句した。

ナルトは只でさえ大きめの青い瞳を、これ以上無いくらい見開いて、頬を紅潮させて食い入るように俺を見つめていた。
全身で喜びを露わにしている青い瞳に見つめられ、居心地が悪くて落ち着かなくなっていく。

何だ?
こいつのこの反応は。

「良いの!?」

きらきらと期待に目を輝かせて確認して来たナルトに引きながら、不愉快になりつつ承諾する。

「今更お前に君付けされるとか気持ち悪いんだよ!」

今更コイツに君づけで呼ばれるのは気持ち悪い。
それは間違いない。
そして、それ以外の意味など無い。

はっきりと、そう言ってやったと言うのに。

「うん!分かった!」

非常に嬉しそうに笑う、ナルトの笑顔にどきりとした。

抑えても抑えきれないとでも言いたげに、ナルトは頬を染めて笑み崩れている。
何がそんなに嬉しいのか判らないが、ここまで嬉しそうにされれば、俺だって悪い気はしない。
それに、何だか気恥ずかしくなっていく。
だって、こいつは本当は女な訳だし。

俺の名前を呼び捨てにするだけでこんなに喜ぶなんて、もしかしてこいつ……。

ある予感に俺が胸を高鳴らせた時だった。

「じゃあ、僕、これからサスケの事、呼び捨てにするからね!?」

非常に期待に満ちて、嬉しそうにするナルトが紅潮した顔のまま、俺に詰め寄ってきた。
余りの顔の近さにどぎまぎとする。
そんな俺に、ナルトはとんちんかんな事を言い出した。

「それでそれでさ、サスケも僕を呼び捨てにしてね!?僕の事、呼び捨て以外で呼んだら駄目だからね!?」
「……あ?」

俺はコイツを呼ぶ時、既に呼び捨てで呼んでいる。
なのに何故こんな事を言われなきゃならない。
そう思った俺の背中は、ナルトの浮かれた声が紡いだ言葉に冷えた。

「僕もサスケに僕を呼び捨てで呼ぶの許してあげる!僕を呼び捨てにしていいのはサスケだけだからね!」

ニコニコと無邪気に笑うナルトに、ぞっとする。
ナルトが本気だという事は嫌でも伝わってきて、ナルトの里に対する負の感情の深さを垣間見た気がした。

何故なら、ナルトを呼び捨てにしている奴など掃いて捨てるほどいる。
そいつらにも、コイツは穏やかな笑みを浮かべて親切に対応している。

コイツが親しげに接している奴らだって、その中にはいるのに。

ナルトの言葉からは、そいつらがコイツを呼び捨てにするのを許して居ないように聞こえた。

「何だよそれ」
「んーん。対した事じゃないよ。サスケは特別になったってだけ!だって、他の皆は僕の事勝手に呼んでるだけだしね!」

にこにこと嬉しそうにしているナルトには、どこにも嘘を吐いている気配が無い。
そして深く納得した。

コイツもまた、復讐者であり、俺と同じく憎しみに捕らわれているのだと。
憎しみの対象は俺とは違っていても、腹に溜まるどす黒く冷えた感情で心を凍らせているのだ、と。

理解した途端、くっと俺の口元が自然に笑みの形に歪んでいく。

「何だそれ。火影やイルカもそうかよ」

問い掛ければ、打てば響くように応えてくる。
俺の予想した通りの答えを。

「うん。まあ、そうかな?呼び捨てにされても不快感は感じなくなったけどね。ミコトさんやイタチさんみたいに、僕を呼び捨てにしてもいいかなって思う人達ではあるけど、サスケみたいに許してはないなあ」

けれど、俺をアイツと同格に並べられた時、俺はどす黒い怒りを感じた。

「お前の中で俺とアイツは同じなのかよ!」

俺の怒りの根底を理解仕切った顔で、ナルトは哂う。

「ううん。同じじゃないよ。イタチさんは年上だし、僕と対等だと思ったから呼び捨てを許せるだけ。サスケは僕の友達だから、僕を呼び捨てにする権利があるし、呼び捨てにしていいの!!」

そして、初めて見るくらい全開な満面の笑みで笑い、聞くに堪えないくらい恥ずかしい事を言って来た。

「なっ!?」
「サスケを呼び捨てにしていいって事は、サスケもそうだって事だよね!?」

その言葉に思わず詰まり、確信を込めた期待の眼差しに追い詰められたような気になって、俺は頬を紅潮させて詰め寄るナルトから視線を逸らした。

 
 

 
後書き
サスケ、ナルトの箍を外すの巻き。

めでたく友達認定で、ナルトはサスケに遠慮なく甘えるようになりました。
無 意 識 に。←ここ大事。 

 

その17

 
前書き
変革と変容だってばよ!2~3の間。
タズナさんのお家に着いて四日目。 

 
これは一体なに。
私の頭はそれでいっぱいになっていました。
私の隣でツナミさんが申し訳なさそうにしながら、私を支えてくれています。
橋造りから帰ってきたタズナさんが、ツナミさんに私を連れてくるようにいったらしく、ツナミさんと春野さんの二人に支えられながら私は玄関先まで歩いて行きました。
まだ、貧血収まってはいないし、身体も上手く動きません。
ぎくしゃくとした動きで、ふらふらしながらゆっくりと歩いていった先で、どうして私はこんな目に合わなくてはならないんでしょうか?
私の眼前に集まっているのは、ガテン系の知らない人達ばかりです。
そんな人達を従えて、タズナさんは得意満面です。
「やっぱり、祝い事は超盛大にしてやらんとな!ワシの家で大人になったのも何かの縁じゃ!あんた達には世話になってる。ワシが父親替わりに祝ってやる。なぁに、心配する事はない。この辺の住人達は皆気の良い奴らじゃ。あんた方のおかげで沈みがちのワシらの町に活気付くってなもんじゃ!なあ、皆の衆!」
嬉しそうに、楽しそうに笑うタズナさんの問いかけに、タズナさんの声かけで集まって来たらしい隣近所の人たちが、タズナさんの家の玄関先でとても明るく同意しました。
思わず、くらりとめまいを感じてしまったのは、責められる事じゃないと思います。
現に、春野さんもひきつった笑みを浮かべてますし、ツナミさんも顔をひきつらせてタズナさんを睨んでいます。
「父さん!ナルトちゃんはこの町の育ちじゃないんだよ!?こんなに大勢に知らされちゃったら、可哀想じゃないか!!」
「何を言うツナミ!めでたい事を祝ってやらんでどうする!」
「あたしはデリカシーの話をしてるんだよ!」
「超めでたい話にデリカシーなんぞ関係無いわ!」
「父さん!!!!」
ああ。
本当に、何で私がこんな目に???
泣きたい気持ちと眩暈を感じながら、私は曖昧な笑顔を浮かべ続けました。
……無神経オヤジ許すまじ。
乙女にとって、デリカシーは超必要です。

 

 

その18

 
前書き
忍術アカデミー在校中。
山中花屋店にて。 

 
気が付けば、ナルトはイノの家が営む花屋の常連客になっていた。

「こんにちは」

一つに纏めた赤い髪を首の後ろで尻尾みたいに垂らして、警戒するように店の中を恐る恐る覗き込み、店番していたイノに声を掛けてくる

「いらっしゃい。あら、あんた。また来たの…?」

そっけなく応えてやれば、よく掴めない仮面みたいな作り笑顔をうずまきナルトはイノに見せた。
その本心を隠した笑顔にイノはむかっ腹が立つ。

「頼んで置いた苗は届いてますか?」

里の嫌われ者がいつの間にか家の顧客になって、個人的に敵意を持っていたイノがナルトを観察するようになって、そして気付いた事がある。
とても良く隠しているが、ナルトの笑顔は作り物だ。
だから、イノはナルトが余り好きではない。

「まだよ。今回は時間がかかるってパパが言ったと思うけど?」

イノの指摘に、ナルトは珍しく驚いて、呆然とした表情になった。

「あ、そっか。そういえばそうだ。日にち間違えちゃった。ごめんなさい…」

そして、恥ずかしそうに身を縮めて首をすくめた。
めったに感情を出さず、ただいつもニコニコしているだけのナルトが、年相応に恥じらうような表情をするなんて、とイノは驚いた。

勘違いしていた事を恥ずかしがってるのが凄く良く分かる。
耳まで真っ赤なその照れようから間違いない。
ナルトの大袈裟な照れように、イノの方まで何だか恥ずかしくなって行く。

年の割には落ち着いていて、しっかり者だと思ってたのだが、ナルトもこんな失敗するんだと、イノはナルトの新しい一面に好感を持った。

好きな相手なら完璧でも構わないが、嫌いな相手が完璧で居てもらっては困る。
しかし、好きになってしまうほど良い奴であっても困る。
程々に気に入らない奴で居てもらわねば、都合が悪い。

けれど、今イノの前で浮かべているナルトの表情は、作らない素の表情だ。
それが分かる位には付き合いが長くなった。
そして、そう感じる時のナルトは嫌いではない。
ナルトの素だろうと思う時のナルトからは、イノが嫌いな感じや印象を受けないのだ。

そういう時のナルトは真っ直ぐで、卑怯さだとか、姑息さだとか、妬みや僻みなんかで逆恨みをして関係ない者まで攻撃は絶対にしないと感じる。
忍としては甘すぎるが、人としては嫌いではない。
それにイノ達はまだアカデミー生であって、下忍にもなっていない。
そういう甘いところがあってもいいし、少しも無いのはおかしいとイノは思う。

それにしても、今日のナルトは珍しい。

ばつが悪そうなナルトをまじまじと観察していると、ナルトと一緒に良く店に顔を出すようになったうちはサスケがやって来た。
ナルトがイノの家のお得意様になった事はあまり良い気はしないが、そこはそれ。
あれはこれ。
ついでに増えたサスケとの接触は歓迎している。
ナルトがイノのうちの店に顔を出すときは、高確率でサスケも店に顔を出しているのだ。

「あ!サスケ君~!今日も私に会いに来てくれたの?」

今日も喜びに胸を高鳴らせて、いつものように問いかけると、サスケは無表情に僅かだけ嫌そうな表情を混ぜて否定した。

「いや。そうじゃない」

何度も繰り返しているやり取りだけど、やっぱりいつまで経ってもがっかりするし、少し傷付く。
しかし、ほろ苦さを感じつつも、イノはサスケに会えたと言う事で気にもしていなかった。

「おい、ナルト」

後ろからサスケに声をかけられたナルトは、またまた珍しい表情で顔をひきつらせてびくついた。
ナルトの表情はどこか切羽詰まったような、焦りの物に見える。
それっきり硬直してしまったナルトを、サスケはじっと見つめ、やがて面倒臭そうに溜め息を吐いた。
ナルトと一緒であんまり表情を変えないサスケの表情が、ほんの少し呆れた物になった。
そして、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

その尖った刃のような表情に、イノは思わず魅入られてしまう。
サスケは、サスケに見とれているイノをあっさり無視し、何故だかさっきよりも真っ赤になって両手を固く握らせているナルトに再び声をかけた。

「おい、ナルト」

さっきよりも明確に、からかって面白がっているようなサスケの声に、思わずナルトに対するジェラシーを感じるのもいつもの事だ。
サスケとナルトはいつも一緒にいる。
仲が良いと言うだけでは済まないくらい、いつも一緒にいる。
気がつけば、どちらか一方が単独行動している方が珍しくなってしまったほど、いつも一緒に居るのだ。

噂では、家族の居ないサスケの食事は、弁当も含めてナルトが作っているらしい。
そのせいでしょっちゅうサスケの家にナルトは泊まり込んでもいるらしい。
そしてナルトは男の癖に、家事が主婦並に得意らしい。
ナルトにも家族は居ないから。

そう知った時、イノの胸に湧いた複雑な気持ちなど、ナルトもサスケも知らないだろう。
しかし、二人のその親密さと、ナルトの家事スキルと料理の腕と、それに慣らされてしまったサスケの舌に歯噛みして二の足を踏んでいる里の女子は少なくない。
かくいうイノもその一人。

そして、サスケとナルトと接点を増やしてしまったイノは、皆が気付かない二人の違和感にも気付いてしまっていた。

「お前、また勘違いして間違えたな?このウスラトンカチ」

勝ち誇るようにナルトに笑うサスケは、ナルトにしかそんな顔を見せない。

「べっ、別に間違えて無いもん!他にも用があったんだよ!」
「へえ~?」

ニヤニヤと楽しそうに笑うサスケを、頬を膨らませて赤い目許で睨み付けるナルトも、サスケにしかそんな姿を見せない。
二人共、お互いが一緒に居る時だけ、年相応の表情を覗かせている。
シカマルやチョウジの仲の良さにも似てるが、それよりももっと密度が濃いものを、イノは二人には感じている。

少し前までは、サスケと一応は男のナルトの為に、イノが二人を引き離さねばと責任感に駆られて居たのだけど。

「山中さん!これから花を付ける薬草にもなる花の苗、選んでくれない?僕が育てた事無い花で!」

まるでサスケに喧嘩を売るかのような勢いで注文を受けたイノは、その難しさに内心閉口した。
サスケに対する当て付けなのが見え見えだ。
しかし、付き合いが長くなればなるほど、知りたくもなくとも知ってしまう事と言う物もある。

これでいてナルトは、植物を育てる事にかけてはそこそこの指を持っているのだ。
少々手間のかかる植物も、枯らしてしまったという話を聞いた事がない。

それに、少しでも育てている植物に異変があれば、イノの家の店に相談に来るようになったのだ。
それは火影様からの紹介だったらしく、邪険にし過ぎる訳にもいかない厄介な客だ。
ナルトの植物や花々にかける情熱は、イノも一目置いて、認めている。

そんな相手からの注文だ。
イノにはまるで、ある種、戦いを挑まれたような気すらする。

気を取り直して、ざっと店内を見渡して、ナルトに薦められる花の種類を確認した。
薬草にはならないけれど、これから花を付けるのが何種類か置いてある。
そのうち、花粉に弱い毒を持ち、幻覚作用を起こさせる物が一つ。

「……薬草にはならないけど、毒があるのならあるわよ」
「毒?」
「そう。まだあんたが育てた事がない筈のやつだけど。どうする?」

ナルトの反応を確かめながら問いかければ、考え込むように沈黙した。
そして、再び真剣な表情で問いかけてくる。

「それってどんな毒?何か薬の材料になるかな」

その問かけに、イノはどこか嬉しくなる。
個人的にナルトは好きではないが、ナルトの生真面目な気質は嫌いではないし、努力家な所も、忍耐強く、決して諦めないタフな所は認めている。
いつもニコニコとしているチョウジのように、常に穏やかな所も嫌いじゃない。

けれど、チョウジとは違って、ナルトは常に穏やか過ぎて、逆にイノには胡散臭く思えて、ナルトを警戒してしまう理由にもなるのだけど。

「そこまで強い物じゃないわよ。ほんの少しだけ幻覚作用を起こさせる毒があるってだけ。薬の材料にするには弱すぎるわね」
「……ふうん」

イノの話に更に考え込むナルトに、イノはさり気なく教えてやった。

「忍薬の材料になるような植物は凄くデリケートな物が多いし、いきなりそういうのを育てるよりは、この花で慣れてみるのが良いんじゃない?この子、あんたが育てた事がある子達の中で一番繊細で手間がかかる子だろうしさ」

イノの提案にはっとしたように顔を上げたナルトは、嬉しそうにはにかんで頷いた。

「うん!そうだね。ありがとう、山中さん!僕、この子育ててみる!」
「っ、そ!なら、その子お買い上げね。支払いは?いつもと同じで良いの?」

自分に向けられた感謝と、飾らない笑顔がこそばゆくて、素っ気なく帳簿を捲り、ナルトの買い物を書き付けながらイノは問いかけた。

「うん。いつもみたいに月末に支払いにくるね」
「だったら、今その子用の土と肥料も買っていった方が良いかもよ。その子、土も選ぶから」
「そうなの?」

そっと大事な物を抱えるかのように鉢植えを持ち上げ、首を傾げたナルトを視界に入れないようにしながら、イノはつんと言い放つ。

「そうよ!でも、買うかどうかはあんた次第だから別に買わなくたって良いけどね。でも、うちで買った子達を枯らしたりなんかしたら許さないから!それだけはよく覚えときなさいよ!」
「もちろんだよ!」

ぎゅっと植木鉢を抱きしめながら断言するナルトの返答に、イノは満足する。

「その返事なら、土と肥料もお買い上げよね。株分け用の鉢植えはおまけしてあげる」
「え!」

イノが何気なくそう言った途端、ナルトはきらきらと瞳を輝かせた。
そして、ナルトの後ろでつまらなそうに店の中を眺めていたサスケに話しかけ始める。

「ねえ、サスケ。この子、サスケのお家で育てちゃ駄目?」
「はあ?なんでだ」

嫌そうに顔をしかめたサスケだけではなく、イノもナルトにそう言いたかった。
が。

「だって、さっき山中さんが言ってただろ?忍薬の材料になるような植物は、取り扱いが難しいって。サスケも一緒にこの子から馴れて行こうよ。上忍になる資格にある程度の薬学の修了ってあったはずだし。どう?」

思わぬ理由にイノは目を丸くした。
それに、よくよく考えれば、イノにとってナルトの提案は悪くない。
それどころか、非常に、非常~に好都合だ。
逡巡するように考え込むサスケに、チャンス、とばかりにイノは薦め始めた。

「それがいいわ!いい機会だからサスケ君もナルトと一緒にこの子を育ててみたらどう?私も最初はこの子から育てるようにパパに言われたの。この子を上手く育てられれば、どんな子だって上手に世話ができるようになるって言われたし、事実そうなの!手間がかかるといえばかかるけど、意外と強いし、枯れても根が残ってれば持ち直すし、ほかの子に比べたらぜーんぜん簡単だもの!今ならこの基本的な忍薬の手引書も付けちゃうわ!」

イノは思わず中忍以上の客にしか渡さないオマケの小さな冊子をレジ台の上に乗せた。

「へえ?なにこれ?」

その冊子によって、イノが興味を引きたかったのはサスケだったのだが、予想に反して釣れたのはナルトのほうだった。
レジ台の上の冊子を何気なく手に取り、ぱらぱらと目を通し、目の色を変えてサスケに詰め寄り始めた。

「サスケ!サスケ!サスケも一緒にこの子買おう!サスケもこの子買ってくれないと、山中さんこの冊子はつけてくれないよ!僕、これ欲しい!ねえ、サスケ、お願い!」

頬を紅潮させて、サスケにねだり始めたナルトの姿に、イノは思わず頬を引きつらせた。
こんな子供っぽい姿のナルトなど、初めて目にした。

「なんだ、それ」
「これ!薬の調合法が載ってるの!!!!」

そんなナルトの姿に興味を惹かれたらしく、ナルトが差し出した冊子をぱらぱらとめくり、サスケは興味なさそうな声を出した。

「……ふうん」

それはそうだ。
この冊子に載っている物は、代々続くような忍者の家に生まれた子供ならば、小さな頃から親の言いつけで作った事があるような傷薬やシップ薬、解毒薬のようなものばかりなのだから。

もちろん、その家々によって、独自の製法があり、製法の数だけ効力は様々だろうが、大本の基本は大体一緒だ。
イノが取り出したのは、それらの基本部分を書き記した冊子だった。

そもそもこれは、忍の家ではない生まれの中忍に、自然と上忍に必要な知識を持たせる為の里の知恵だ。
理解できるのであれば、誰に渡そうと制限はない。
中忍以上にしか渡さないのは秘密だからではないのだ。
下忍レベルでは、材料を揃えるのも難しいし、何より、忍としての技術が追いついていず、理解するにも一苦労だろうという観点から、中忍以上と縛られているだけだ。

「意外と使えそうだな。花を買うだけでこれが付いてくるなら悪くない」

だが、思ったよりも興味深そうな言葉がサスケの口から続いて出てきて、イノは驚いた。
そうして、はっとなる。

『うちは』は、サスケを除いてこの里にはもう誰もいない。
サスケにも、ナルトと同じく、こんな基本的な薬の調合を教えてくれるような人間は誰も居ないのだ。
イノやチョウジやシカマルと同じく、木の葉の名家のひとつの『うちは』を背負うサスケなのに。

本当だったら、サスケもイノやイノの幼馴染達と同じく、これらのものは納めていて当然の立場だったはずなのに。

「だろ!?僕、この傷薬調合してみたい!それと、この軟膏も!これ、万能薬になるって書いてある!」

宝物でも見るかのようにきらきらと目を輝かせ、冊子を開いてサスケに詰め寄るナルトを間近で目にし、イノはなんだか二人が不憫になった。

イノも良く知らないが、ナルトは幼い頃からいつも一人だった。
三代目が後見人を務めていると聞いた事がある。

三代目が後見人なのは珍しいが、中忍や上忍を後見人に持つ子は、実は、里の中には決して少なくない。
そして、そういう子は大抵、何かの任務で両親共が殉職してしまった忍の子であるのが殆どだ。

だからナルトも、きっと両親は忍だったのだろう。

三代目が後見人を務めるくらいなのだ。
きっと、それなりに腕が立っていたに違いない。

だからなのか、アカデミーでのナルトの姿からは、必ず忍になるのだという決意と気迫が伝わってくる。
そんなナルトにとって、この冊子は得がたい宝にも等しいのだろう。

なので、思わずぽろりと口にしてしまった。

「別に、あんたにもそれ、付けてあげるわよ。あんたはもうあの子買ってくれる訳だし。サスケ君にあげて、あんたに付けてあげないんじゃ不公平だもんね。だけど、その代わり、大事にすんのよ!それ、本当だったら、中忍LVにならないと手に入らないものなんだからね!」

きっ、と睨み付けながらナルトに言えば、ナルトはびっくりしたようにイノの顔をきょとんと見つめた。

大きくて澄んだ青い瞳が、真っ直ぐにイノを見つめる。
思わず、どきり、と胸が高鳴った。
憧れているサスケとは赴きが大分違うが、こうしてみてみれば、ナルトの造作は案外整っていて悪くない。
どちらかといえば、愛嬌があって、可愛らしいほうだろう。

そんなナルトに見つめられ、思わずイノの頬に血が上りかける。
だが、すぐに触れれば切れるような殺気に似たものを感じ、イノは気を引き締めた。
思わずその殺気の源へと視線を向ける。

そして、視線の先で、すっと静かにイノから視線をそらすサスケの姿に、イノはなぜか冷や汗をかいた。
こうして折に触れ、二人を知る毎に、何か、どことは言えない違和感を、ナルトではなく、サスケにこそ、イノは感じるようになっていた。

もちろん、そんなものはイノの気のせいに違いないのだが!

「本当!?」

ぱあ、と。
まるでひまわりが咲き誇るような明るい表情がナルトの顔に広がっていく。
目の前でそれを見つめながら、イノは、ナルトのこの笑顔は嫌いじゃないと素直に思った。

「アタシは嘘はつかないわよっ!」

イノの混乱になど微塵も気付きもせず、心底嬉しそうに無邪気に問いかけてくるナルトはイノから見ても確かに可愛かった。
そしてナルトは、本当に、純粋に、雛の刷り込みみたいに、ただただ無邪気にサスケに懐いているだけなのをイノは知っている。

ナルトの情緒はどこか幼い。
なのに、ナルトの言動は酷く大人びている。
ナルトはその在り方がどこか歪だった。

そんなナルトが、気になるサスケの周りをうろちょろするのは気に入らないと思っていたのだけど。

「ありがとう!山中さん!」

頬を桃色に染めて、嬉しそうに礼を言うナルトの顔を見ていると。
サスケのナルトに対する執着も。
サスケに懐くナルトの事も。
気の迷いかもしれないが、何だか許せなくもないような気がしなくもないイノだった。
 
 

 
後書き
お久しぶりです。
紆余曲折の果てに。
イノ視点、意外と難しかったorz 

 

その19

 
前書き
里の異変(ryから一年後のとある一日です。
あんこの作り方は、 <a href="http:// lainacuisine.blog86.fc2.com" title="相互リンクについて">「プロレシピブログ 艸SOUの作り方」</a> を拝借しました。
 

 
あれから、1年経ちました。

いつ何が有ろうとも、変わらず日は沈み、日は昇り。
私達がそれに何を感じようと規則正しく繰り返し、今日という日を迎えてしまいました。

去年の今日は、楽しかった。
私はミコトさんに誘われて、ミコトさんと一緒に、うちはの家でごちそうを作りました。
それと、甘さ控えめの、その癖しっかりと味が付いた、絶妙な美味しさのおはぎを。

誕生日と言えば、白いクリームの上に苺が飾られた丸いケーキのイメージがあって、それにほんの少しだけ憧れめいた気持ちがなくもなかった私は、ミコトさんがうちはケーキじゃなくておはぎなのよと笑って言った時は、内心首を傾げて居たものです。

でもその戸惑いは、おはぎを目にしたサスケを見て、驚愕と共に深く納得したものです。
びっくりしました。

サスケは、嬉しそうに頬を染めて、自ら進んで箸をおはぎに運んでました。
甘いものは嫌いと公言していたのに、甘いものに箸を運ぶサスケというとても珍しい光景に、ついつい視線が釘付けになってしまったのも仕方無いと思います。

呆然と見詰める私にバツが悪くなったのか、不機嫌になったサスケに睨まれたのも、今となっては良い思い出です。
そして今。

私はミコトさんから貰ったとあるレシピを前に、難題に頭を抱えていました。

お米は、有ります。
小豆も、有ります。
ミコトさんが指定したお砂糖も手に入りましたし、隠し味のお塩も揃えてます。

レシピ貰って嬉しくて、ミコトさんに完璧と太鼓判押して貰えるまで作り続けた時期があったので、寸分違わずこの味を再現できる自信は有ります。

私が躊躇う理由はただ一つ。

サスケは。
祝われる事を望むでしょうか。

祝う事で、サスケの気持ちを逆撫でする事にはならないでしょうか。

今年は、去年とは違うから。

違うけど。
違うからこそ、変わらぬ物をサスケにあげたいと思うのはいけない事でしょうか。

それは、サスケを傷付ける事にはならないでしょうか。

迷って。
迷って。
迷って。
迷いながら。

私はそっと小豆を水に浸してから家を出ました。



去年と変わらず、今日も蒸し暑く良い天気の一日でした。

朝っぱらから頭を悩ませてくれた私の悩みは杞憂でした。

去年と同じく、アカデミーの授業を終えたサスケの周りには人垣が出来てます。
変わらない物は此処にも有りました。

「サスケく~ん!お誕生日おめでとう!はい、これプレゼント!」
「サスケ君!これっ、お誕生日のプレゼント!よければ使ってくれたらうれし」
「ちょっとどいて!サスケ君!それよりこれ!お誕生日プレゼントにケーキ焼いてきたの。お誕生日おめでとう!」
「ちょっと何すんのよ!私がサスケ君にプレゼントあげる所だったのに!」
「あら、そんな所に居る方が悪いんでしょ?私もケーキとプレゼントあげるんだもの。でも貴女、プレゼントだけなのね。ふ~ん?」
「何が言いたいのよ!」
「別に?気にしなくて良いわよ?対した事じゃあ!?」
「サスケ君!お誕生日おめでとう!これっ、プレゼント!!」
「サスケ君、これも!」

サスケ君サスケ君サスケ君。

入れ替わり立ち替わり、サスケの周りで時に小競り合いを交えながら、頭が痛くなるような黄色い声でサスケの名前が連呼されてます。

うん。
本当に、杞憂だったようです。

別に、私の気遣い、必要無かったみたいですね。
サスケは去年と同じく不機嫌そうに苛立っています。
去年と違う所と言えば、去年は纏付く女の子達と喧々囂々と元気に言い争いを繰り広げていた所でしょうか。
でも、今年は不機嫌そうにしながらもむっつりと押し黙っています。

これは成長、なのでしょうかね?
それとも少しは彼女達の気持ちを理解して嬉しいと思ったのでしょうか。

正直、私的には黄色い声が耳に痛いし煩いので鬱陶しいです。
誰か、黙らせてくれないですかね、あの色ボケ集団。
思わず半目でジト目になってました。

と、その時でした。

「煩い。黙れ」

酷く押し殺した怒りと憎悪を滲ませる低い声でサスケが唸りました。

「俺にまといつくな!関わって来るな!」

きっぱりと断言して周囲を睨み付け、サスケが彼女達を黙らせました。

良くやった、サスケ。

思わず感心して、内心拍手を捧げます。

その時、ばちり、と。
サスケを取り巻く集団の輪の外から、サスケとそれらを観察していた私とサスケの目が合いました。
サスケの瞳が不穏に煌めく。

「行くぞ、ナルト!」

私を見つけたサスケが、有無を言わせず断言して人垣を割って出てきました。
それをほけっと眺めていた私は、はっとなりました。

「う、うん」

咄嗟に同意して肩を怒らせたサスケの後ろに着きます。

恨みがましい視線が私の背中に刺さります。
ほんのちょっと良心が痛まない事もない。

だって彼女達は純粋に祝ってプレゼントをあげたかっただけでしょうし。

今日はサスケの誕生日だから。

気になる男の子に何かしてあげたくなるお年頃です。
浮かれ騒ぐ結果もむべなるかな。

ただし。

それが、サスケの気持ちを省みない非常に押し付けがましい物であるのも確かです。
周りの迷惑になっているのも事実です。
煩くて鬱陶しかったのも事実でした。

うん。
やっぱり罪悪感など、どこにも必要無いですね。

思い直した私は、彼女達をちらりと視界に入れて存在を意識から追い出しました。
恐らく、サスケはあそこから抜け出す口実に私を使ったのでしょう。
ならば、この後どうするかは決まって無いはずです。

アカデミーの廊下を連れ立って歩きながら、何となく、去年と今年の違いを再び考えてしまっていました。
去年はこのまま、サスケの家に行きました。
なんやかやとくだらない事で笑い合いながら。
でも。

むっつりと黙り込んだままのサスケに、ちょっと寂しくて切ない気持ちが湧いて来ました。
耐えきれなくなって、私はサスケに声をかける。

「ねえ、サスケ!」

ちらり、と視線を寄越すだけなのはいつもの事。
本当に不機嫌ならば、サスケは私の声にも反応しません。
その時は殺気混じりにクナイを投げつけてあげますが。
だからいつもどおりに続けます。

「これからどうする?」

いつもだったら、サスケは私を睨んで、ちょっと考えてから嫌そうに提案して来たり、ぶすくれながら私のしたい事を聞いて来たりします。
こんな風な無愛想な所もやっぱり去年とは違う。

正確には、去年のあの日から。
サスケは変わった。

変わったけれど、でも。

「そうだな……」

サスケは少し視線を下に落とし、ぼんやりと考え始めました。
その消沈した空気と横顔に何となく、胸が騒ぐ。

「修行、するか……」

顔を上げて、痛みを堪えて遠くを見るような眼差しで在らぬ場所を見詰めたサスケに、私は思わず足を止めました。

やっぱり。
私は私なりにサスケを祝いたいです。
サスケの、生まれて来てくれた日を。

こんな私と友達になって、そしていつも一緒に居てくれるサスケの誕生日を。

「ナルト?」

足を止めた私に、サスケは怪訝そうに振り返った。
何の感情も見せないようなサスケの黒い瞳に、素直に感情を起伏させて、そして無邪気に笑っていた去年の『サスケ君』の面影が重なる。

にこり、と私はサスケに重なった『サスケ君』に笑いかけた。

「ごめん、サスケ。今日、僕、修行に付き合えないや。する事が有るんだ!」

去年のようににっこりと笑いかけて、私はサスケの提案を断った。
そんな私に驚いたようにサスケは目を瞬かせた。

「ごめんね!じゃあね!」

そんなサスケをその場に残し、碌に挨拶もせずに私は家に急ぎました。
全速力で一直線に里を駆け抜け、梢の合間を縫って山を登って。

肩で息をしながら家に着いた私は、急いで水に浸けて置いた小豆を確認しました。

本当は昨日から用意するべきだったけど。
でも、私が手を出して良いか分からなくて。
だけどお祝いしてあげたくて。
でもやっぱり、私には迷いがあって。
どうしてもサスケに話を切り出す事ができなくて。
行動すら、今日の朝になるまで起こせなかったから、だからごちそうは用意できないけど。
でもせめて。

戻した小豆をザルにあけて水を切る。
土鍋に入れて、水を入れて弱火にかけた。

そうすると、さっき、アカデミーの教室でサスケに誕生日のケーキを差し出した子の行動と、ミコトさんの言葉が脳裏に甦ります。

家は、誕生日はケーキじゃなくておはぎなのよ、と笑っていたミコトさん。
そして、目を輝かせて頬を染めて嬉しそうにしていたサスケ君。
その光景は、ちょっと羨ましくて、胸が痛くて。
でも、とってもくすぐったくて、胸の中が熱くなって、そんな表情ができる二人に憧れました。

あんな気持ちは、うちはの人達と付き合うまで知りませんでした。

それに、ミコトさんは何でも無い風に私に約束してくれました。
私の誕生日にも、ミコトさんがおはぎを作ってくれると。

お母さんにも作ってあげたんだ、と笑って教えてくれました。
でも、ミコトさんの約束は果たして貰えませんでした。
これからも、果たして貰える事はありません。

胸が痛くて、苦しくて、何故か、独りで居るのが辛いです。
独りは慣れて居るのに。
だから。

煮上がった小豆を火から下ろして水に晒す。
上澄みを捨てて、お水を変えてもう一度。
最後にもう一回。
そしたら盥にザルを載せて、さらしを敷いて、小豆の水気を切る。

きっと、サスケはもっと辛い。
だって、独りに慣れてる私がこんなに辛いんだ。

ずっと、ミコトさん達と一緒に居て、ミコトさん達との思い出がいっぱいあるサスケのほうが、もっといっぱい辛くて苦しいに違いない。
それにだって、それにはイタチさんも絡んでる。

辛い時は。
悲しい時は。
幸せな気持ちになるのが一番ですよね?

それに、ミコトさんがどれだけサスケ達を大切に思ってたのか、こうしていると良く分かります。

約束は、果たしてくれなかったけど。
でも、私もそこに入れてくれようとミコトさんはしてくれました。

ぽつり、と涙が落ちる。

慌てて涙を拭って、作業を進める。
土鍋に氷砂糖と和三盆をザラメを入れて、煮小豆を入れて弱火にかける。
木べらで焦げないように底をかき混ぜる。
ゆっくりと、ゆっくりと。

こんなに手間のかかる物を、ミコトさんは何気ない顔で作っていた。
私が知る限り、いつも笑顔で。

だから、きっと、苦じゃなかった。
嬉しかったんだ、こうして、作ってあげる事が。

そうじゃなかったのかもしれないけど、私にはそう思えた。
それに、だんだん私も楽しくなって来た。

サスケは、怒るだろうか。
喜んでくれるだろうか。
でも、どっちでもいい。
だって、私が作りたかっただけですから!

仕上げに塩をひとつまみ。

そうして、ちゃんとミコトさんの味になっているか味見する。
味を見ているうちにふと思い立ちました。

サスケへの誕生日プレゼントは、このおはぎのレシピにしよう、と。

私がこのレシピからミコトさんの気持ちに気付いたように、いつかサスケもこのレシピからミコトさん達の気持ちに気付けば良い。

そう思いました。

それは凄く素敵な事で、そして、私はミコトさんから貰った物を、サスケにちゃんと渡さなくっちゃいけない使命感にも駆られました。
だって、これはミコトさんの、『うちは』の味です。
『うちは』じゃない私が知っていて、『うちは』のサスケが知らないとか、絶対おかしいです!
いつかちゃんとサスケにも覚えさせようと思います。
サスケは『うちは』で、ミコトさんの子供だから。

味見する限り、きちんと記憶の中のミコトさんの味に仕上がっていて、私の機嫌も上がります。
本当は、これから餡を一晩寝かせるのだけど、今回は時間が無いので端折ります。
バットにラップを引いて、餡を薄く引いて粗熱を取る。
もち米と粳米を合わせて炊いて半殺しにして。
餡子でくるんだら完成です!

時間を見れば、まだ、ぎりぎり今日です。

あと一時間程有ります。
間に合って、良かったけど。
でも確実にサスケは寝ているでしょう。

そんなサスケの下にこのおはぎを手に押し掛ける私。

一瞬、迷惑かもしれないと脳裏に不安が過ぎりました。

でも、別にサスケとは知らない仲でもないし、修行した後、一緒にご飯食べたりする仲でもあります。
だったらそんなに気を使う必要なんて無いですよね。
寝てたら叩き起こしましょう。

あっさり決断した私は、出来たおはぎを重箱に入れて、里外れにあるサスケの家に急ぎました。
サスケは今、うちはの家に程近いアパートで独り暮らししています。
それは私の所為でもある。

私が考え無しにとある変態を頼ってしまった所為でした。
まあ、最終的に修行の一環という事でサスケに納得してもらいましたが。
うちはの家解放に向けて、ありとあらゆる協力を惜しまないと確約もしましたし。
だから、それは別に構いません。

だけど。
これはちょっと、予想外でした。

「サスケ?」

ぼんやりと、サスケは独りで月を見上げてました。
アパートの、外で、うちはの家が立ち並ぶ方を眺めながら。
闇に溶け込みそうなその姿に、全身の毛が逆立ちました。
思わずサスケに声をかけた。

「サスケっ!!」

サスケらしくもなく、緩慢な仕草で私を振り向く。
何も見てない瞳で私を見て、サスケは私を呼びました。

「ナルトか」

感情が抜け落ちた声に、苛立ちと怒りと、そしてサスケに対する申し訳無さが込み上げて来た。
変な風に迷わなければ良かった。
サスケが考え込む時間も無いくらい、一杯振り回して怒らせれば良かった。
独りになんて、しなければ良かったです。

だから、サスケに問われる前に捲くし立てました。

「はいこれ」

ずい、と重箱をサスケに押し付けます。

ぼんやりしていたサスケは、怪訝な表情で押し付けられた重箱を眺めました。

「何だ、これ?」
「だって、ミコトさん家はケーキじゃないんでしょう?」
「は?」

サスケらしくもなく、察しの悪いサスケにほくそ笑みながら、今日一日中ずっと言いたかった事をサスケに言いました。

「誕生日おめでとう、サスケ!」

その途端、限界まで目を開いて私をじっと凝視してくるサスケに、何か居心地の悪さを感じます。
それに何だか照れくさい。

だって、誰かの為だけに自分からこんな事するなんて、私、生まれて初めてです。
凄く恥ずかしくって、とっても照れくさい。
何か、落ち着きません。

気を紛らわす為にも全部全部捲くし立てます。

「遅くなってごめんね!僕、ミコトさん家はケーキじゃないって忘れててさ。慌てて作ったから美味しくないかも!それとコレ」

何故か無言を貫くサスケに、ミコトさんが私に書いてくれたレシピをサスケに差し出しました。

「……これは?」

月明かりの中、サスケはメモの切れ端を矯めつ眇めつし始めました。

「ミコトさんが書いてくれたレシピ」

私がそう言うと、サスケはピタリと動きを止めた。

「僕もう覚えちゃったし、サスケにあげるよ!それだけ。じゃあね!」

それだけ言い捨てて逃げ帰ろうとした時でした。

「待て!」

間髪入れずにきつい制止の声をかけられ、私はびくりとしました。
出来れば、このままサスケの前から立ち去りたかったのですけれど。

「何?サスケ」

何でも無い風を装いながら、サスケに向き直って問い掛ければ。
サスケは非常に不本意そうに眉を寄せて私を睨み付けて来ました。

「てめえ、味も保証できないモンを、オレ独りで食えってのか!?ふざけんな!重箱一杯作りやがった責任とって、お前もこれ食え!このウスラトンカチ!」

いつものサスケらしく罵倒されてちょっと面食らいましたが、それでもサスケが言いたい事は伝わりました。
そして、どうやら喜んで貰えたみたいです。
良かった。
じわじわと嬉しさが込み上げて、それにつられてにんまりと笑みが込み上げて来る。

「うん。分かった」

笑顔で素直に頷けば、照れたようにサスケが顎をしゃくりました。

「だったら着いて来い。茶位、居れてやる」

思わぬ言葉に再度びっくりです。

サスケが独り暮らしするようになってから、私はサスケのお家に招かれた事などありません。

私も、お祖父ちゃんやミコトさんから貰ったぬいぐるみや小物が沢山ある私の家にサスケを招くつもりなんかこれっぽっちもなかったので、敢えてそこはスルーしてたのですが、サスケ、今、何て言った!?

驚きに硬直して立ち尽くした私に、サスケが苛ついたらしく怒鳴ってきた。

「着いて来いって言ってんだろ!早く来い!このドベ!」

余りの衝撃と喜びに、再び固まっていた私は、再び罵られて正気に返りました。
罵られた不快感が込み上げる。

「ドベじゃないもん!ドベって言った方がドベだよサスケ!」
「じゃあウスラトンカチだな」
「ウスラトンカチでも無いってば!」
「罵られて否定もせず呆けたままでいる奴のどこがウスラトンカチじゃないって?」
「だから!!!!」

揚げ足を取って来るサスケにむきになって言い返していた私は、私の中で九喇嘛が安心したように息を吐いた事など、ちっとも気付いて居ませんでした。 
 

 
後書き
♪はっぴばーすでいでぃあ(ry

ちょっと間に合わなかったorz 

 

その20

 
前書き
その16のその後。
火影邸にて。 

 
ふ、と。

覚えのある温もりと香りを感じ、げんなりとした気持ちを感じながらサスケは覚醒した。
眉間に皺を寄せながら瞳を開ければ、闇の中でも見慣れた赤い色が映る。
同時に、至近距離から、安らかな寝息が微かに聞こえてきた。
訳もなく込み上げてくる苛立ちに、サスケは今日も今日とて怒鳴り声を上げた。

「ナルトっ!!てめえ、このウスラトンカチがっ!!俺の寝床に入ってくんなと言ってんだろーが!!!!」

夜も深い時間だろうが、そんな事はサスケの知った事ではない。
そもそも、ナルトを監督する保護者は火影だろう。
サスケが火影邸に拘束されてから、何故かナルトも火影邸に滞在しているのだが、それならそれでサスケの害にならぬよう、火影はナルトの手綱をしっかり握るべきだ。
大体、サスケを火影邸に拘束するのは、一族のあれこれが絡んでいるのだ。
サスケの精神安定に心砕き、気を配ろうとする努力があって然るべきだ。

憤りと共にそう感じたサスケだったが、次第にそう感じた事へ、ある苛立ちを覚え始める。

まさか、このウスラトンカチの存在が俺の慰めになると判断された訳じゃないよな?

そう思い付いてしまえば、知りたくも無かったナルト本来の姿も、生き物として慕わしく感じるような温もりも、全てが憎らしく思えた。
苛立ち紛れに即座に布団の中から勝手に潜り込んだナルトを蹴りだす。

そうして身を起こし、サスケは憤りに肩で息をした。
実は、サスケは自分が何に憤っているのか、実の所良く把握は出来ていない。
ただ、ナルトの存在を受け入れる事だけはしてはいけないと理解していた。
男として。

サスケの怒らせた肩が落ち、朱に染まった頬と呼吸が整った頃。
厚かましく睡眠を貪っていたナルトが覚醒の兆しを見せた。

「ん~。んん~?」

蹴られたからか、それとも心地良い寝床から追い出されたからか。
ナルトは不満そうに声を上げた。
そうしてむくり、と身を起こし、寝ぼけ眼でこしこしと目を擦る。

「さすけぇ?あさなの?」

ぽやぽやと寝ぼけた声で無防備にサスケに問いかけてくる幼い仕草に怒気が揺らぐ。
そして同時に殺意が沸く。
だが、その殺意は湧いた端から、サスケが知り得たナルトの存在そのものに中和されていく。
しかし、ここで、自分に負ける訳には、絶対いかない。

だが。
サスケが認めたくない事実を、ナルトは無意識に身体で突きつけてくる。

「さすけぇ?」

寝ぼけたナルトはサスケを探し求めて布団の端を叩き始めた。
その仕草に、ナルトの求める結果とその状態について、いやと言うほど優秀と称えられた頭ははじき出す。
その結果にサスケは思わず顔をひきつらせ、後退った。
だがしかし。

サスケの感覚ではのろのろと行動していた筈のナルトは、呆気なくあっさりとサスケに辿り着き、ぽふり、と軽い感触でサスケの胸に抱きついてきた。
そして、サスケの胸に顔を押し付けたまま、ずるずるとずり下がり、サスケの腰にしがみつく。
その上、サスケの股座に顔を埋めるようにうつ伏せになったまま、微動だにしなくなる。

どうやらそこでサスケを枕に寝ようという魂胆らしい。

「おい!」

溜まりかねて声を上げれば、いやいやをするようにサスケの股座に顔を擦り付け始めた。
微妙な場所での微妙な行動にサスケは焦り、混乱する。

「どこに顔埋めてんだ、てめぇは!変態か!離せ!!」

しっかりと寝間着の腰の部分を握り締められ、がっちりと掴まれていて、振り解けない。
足で蹴り飛ばそうにも、ナルトの重みでそれもなかなかに難しい。
何より厄介な事に、余り乱暴過ぎる手にでるのは、少々気が咎める相手になってしまったのだ、ナルトは。
目覚めた瞬間は動揺の余りに咄嗟に蹴り飛ばしてしまったが、同じ事を意識して繰り返すのは気が咎める。

こんな事なら知りたくも無かった、と。
サスケは情け無い気持ちを噛み締めながら天を仰いだ。

そもそも、サスケは、ナルトの事情を知りたくて知ってしまった訳じゃない。
ただ、ナルトの側の人間がうっかり口を滑らしたのを聞いてしまっただけだ。
そうして、ナルトの事情のあれこれを聞かされ、ナルトの監視を押し付けられたも同然だ。

まあ、見返りは将来的にきっちり取りたてるつもりでいる。
なにせ、取り引き相手は木の葉の三忍だ。
元は取れるに違いない。

それはともかく。
サスケに抱き付き、サスケの膝の上で眠る、健やかで安心しきったナルトの穏やかな寝息が辺りに響く。
その温かさと平穏さに、サスケの気も落ち着いていく。
サスケを枕にしようという図太さだけは許し難いが、でもまあ、今だけなら甘んじてやっても良いか、と、そんな風に絆される。

そうして、苛立ちと情けなさと、サスケにも整理しきれない複雑な感情がごちゃ混ぜになり、深い溜め息を吐いた。
そうして、ふと、思い出す。

今は厳重に封じられ、容易く足を踏み入れられなくなってしまった、サスケの家。
そこに通って来ていた猫も、時折こんな風にサスケの膝の上で丸くなっていた。
重さも大きさも大分違うが、温かさだけは、ナルトも同じだ。
デカ過ぎるが猫と思えば、この状態のナルトを許容出来なくもない。

「って、出来る訳無いだろう!!」

容易く絆されかけた思考になっていた事に気付き、思わず口にだす。

「良いから起きろ!オレはお前の枕じゃねー!!!!」

渾身の力を込めて悲鳴混じりの抗議の声を上げれば、どたばたと家人が起き出す気配がした。

いつもの事とはいえ、いい加減にしてほしい。

この後部屋に飛び込んで来た人間が、開口一番どんな事を口にするかを察したサスケは、苛立ちに舌打ちする。
何故だか知らないが、ナルトがサスケの所に潜り込むのは自分のせいにされて、痛くもない腹をネチネチと探られまくるのだ。

毎回毎回。

いい加減、サスケの我慢も限界だ。
そんなに大事なら、首に綱でも付けて、くくりつけておけ!と、本気で思う。

慌てた顔で駆けつけてきた寝起きの火影と、火影の気配で目を覚ましてぐずり始めたナルトの顔を、怒りと恨みを込めてきっと睨み付けてやったサスケだった。 
 

 
後書き
子供と猫の可愛らしさは異常。
 

 

その21

やりにくいなあ。

それが、初めて直に言葉を交わした時の、偽らない自分の本心だった。

今となっては、恩師の忘れ形見の存在に気付き、鼻息荒く火影の執務室に乗りこんだのも懐かしい。
自分がこの子の事に気付けたのは幸運だった。
だが、必然でもあった。

何せ、四代目夫妻のノロケを四六時中聞かされるような環境に居たのだ。

子供の容貌に付いても耳にタコができるほど聞かされた。
アカデミー時代から思い続けていたらしい(それも一目惚れの初恋だったそうだ)愛妻から、妊娠を聞かされた日から、四代目は使い物にならないほど浮かれ飛んで、妄想を人知れず呟くまでになってしまったのだ。
そして無駄に回る頭を駆使して、産まれて来る子の性別と容姿を想像していた。

男なら自分の色を継ぐだろう。
男でもクシナの色を継いでいるかもしれない。
女なら、きっとクシナにそっくりだ。
でもきっとどこかに自分に似た所があるはずだ。
だって、自分とクシナ、二人の子なのだから。
きっと可愛いに違いない!

その言葉で締めくくられる、呪文めいた長々とした想像図は、時には酷く暴走をし、産まれてもない娘が嫁ぐ瞬間にまで飛び、お父さんは許しません!という謎の言葉と共に火影の執務机が木っ端微塵になることもあった。
まだ産まれてもないのに親バカ丸出しな四代目の譫言に頭を抱え、四代目の奇天烈な諸業の後始末にうんざりしたのも、今となっては良い思い出なのかもしれない。

きっと、あの平和過ぎてアホみたいな、それでも温かくて大切な時間は、二度と送れないと知っているから、碌でもない記憶も大切な物になってしまったのかもしれない。
いや、そうではなく、そもそもあんな時間を得られた事そのものが、自分には過ぎた時間だったのだろう。

だからこそ。

自分は恩師の忘れ形見に深く関わる事を避けてしまった。
自分みたいな者に、大切な者は守れないと知っていたから。

遠く離れた場所で、少女を見つめ続けることを選んだそれは、自分にとっては少女を見捨てた訳では無いし、少女を気にかけて居ないわけでも無かった。
ただ、誰かを守りきる事の出来ない自分には、大きなものを背負った少女の力になる事は出来ず、少女の護りにもなり得ないと思っていたからだ。

だが、それでもそれは、少女に取っては見捨てていたも同然だったに違いない。

視線の先にある恩師とその妻の面影を強く残す幼い少女の、人形のように凍り付いて動かない表情。
年に似合わぬ落ち着き過ぎた物腰。
そうして、極力人との接触を避けようとする姿を見せられ続ければ、胸が痛まない訳がなかった。

平然とした表情で、淡々と人を避けようとする年端もいかぬ少女が、平気そうな顔の下、どれほどその胸を痛めているのか、分からぬ訳ではなかった。
しかし、自分には少女を導き、癒すような事は出来ない。
だが、状況は少女にとってはかばかしくなく。

遂には、里の外れの山に監禁される事になってしまっていた。

少女は、自らの存在と里人の悪意を正確に理解しており、それが原因で九尾との同化が進んでいると判断された為だった。

暗部と言えど、忍びで一人の人間だ。
故に、感情を表に出す人間は彼女の監視の任から外された。

与えられた任務を忠実にこなす、里に従順な者や、薄々彼女の素性に気付いており、密かに好感を持つ自分のような者が彼女の周りに配された。
それは恐らく、彼女にとっては良かった事なのだろう。

時折、日が沈んだ暗闇の中、独りすすり泣く声が聞こえてきていたが、住まいとして与えられた山小屋に隔離され、日中、自分に不の感情をぶつける里の人間との接触が減った分、少女の表情には、明らかに幼い子供らしいあどけなさが浮かぶようになっていた。

初めこそ、与えられた新しい環境に酷く警戒していたが、小首を傾げながら取り揃えられた辞書や図鑑を前に四苦八苦する姿に、テンゾウが見るに見かねて声をかけて図鑑の見方を教えてやったりすると、はにかみながらも微かに笑みを浮かべ、礼を口にするようにもなってきた。

自分に酷い悪意をぶつける者は近くに寄らないと理解した少女は、おてんばな一面を遺憾なく発揮してくれて、人知れず危険な場所に入り込み、肝を潰す事も両手の数では足りなくなった。
九尾との同化の影響か、少女はチャクラを練り、コントロールする事を自然にこなし、彼女の遊びはほぼ忍術の修行に近いものになってしまっていたのだ。
周りに少女を人として導く大人が居なかったのも一因だったのかもしれない。

木を駆け上り、水の上を走り、滝を駆け上がる。

九尾との同化の影響の末とも言える、上忍でも舌を巻く荒行の如き所行は、それでも彼女にとっては、ただの遊びであるようだった。
走るのが楽しいとばかりに、子供らしく笑い転げながら、チャクラを駆使して縦横無尽に駆け回る。
一人でしか居られない分、彼女の中には人間として比較となるものが有らず、時折、少女の幼さを見かねた暗部の護衛達の助言や手助けはあれど、九尾との同化も進む一方のように見受けられた。

その影響は顕著だった。

齢5を数える頃には、遠見の巫女と呼ばれた初代人柱力と比較にならぬ程の勘の冴えを見せ始め、その身に常に九尾のチャクラを纏わせるようになっていた。
それに変化が現れたのは、何を思ったか、めったに住処とされた庵を離れない彼女が、突然何の前触れも無く里に下り、真っ直ぐにうちは一族の居住区に入り込んでからだ。

少女の異様な気配に警戒して出てきたらしいうちはイタチと会合し、強がり、目まぐるしく表情を変え、不器用ながらも母を慕う幼さを見せ、初めて近しくもない他者に人らしい姿を見せた少女に、安堵を覚えた。
その時の少女から漏れ聞いた九尾の言葉に、微かに違和感も大きくした。
それが縁だったのか、彼女はうちは一族との誼を結び、親しんでいった。
それからは目覚ましい程、少女は爆発的に成長していった。

人として。

何かあれば素直に笑い、面白くなければ素直に拗ねて、優しく目を細め、愛しむ。
仮面ではない少女の感情が、少女自身に素直に溢れ出した時、カカシは悟った。

少女は、人と共に居らねばならないのだ、と。

そうでなければ、少女は孤立する。

孤立して、師とは似ても似つかぬモノに変わり果てると漸く気付いた。
少女を独りにしてはならないのだ、と、自分の過ちにその時気付いた。
そうして、未だ手遅れでは無いのだと、三代目にそう聞いた。

少女は、アカデミーを卒業し、無事下忍となる事が出来れば、暗部に所属させ、里の兵器とする事が決定しているらしい。

それを聞いた時、カカシの胸に湧いてきたのは憤りだった。
今の少女は、人形ではない。
人形では無いのなら、きっと、耐えきれる物では無いだろう。
少女には、もっと絆となる物を作らせてやらなければ、忍びとして生き抜く力すら、碌に身には付かないだろうと予測が付く。

だからこそ、その時間を稼ぐためにも火影に交渉して自分の部下とした。
元よりうちはの生き残りと連んでいるのは知っていたが、その仲は非常に曖昧で薄く、いつ壊れても仕方無い程細い仲だと感じていた。

感じていたのだが……。

「何怒ってるの?サスケ」
「煩い!黙れ!何も言うな!」

真っ赤な顔で怒鳴りつけて噛み付く少年に、困惑の色も濃く少女は無邪気に近付いていく。

「もしかして怪我しちゃったとか?ありがとね、助けてくれて」

嬉々として、果物の収穫任務を遂行していた少女が足を滑らせ、少年が少女を助けた所まではとても良かった。
流石はうちはの末裔。
共にいる時間が長かったのも有るだろう。
間一髪というところで少女を助け出したのだが、その後が問題だった。

助けられた衝撃のまま、少女は惰性で少年に頭突きし、見間違いでなければきっちり唇が触れあっていた。
それは、口元を押さえて、真っ赤な顔で必死に顔を少女から逸らそうとする少年からも、間違いなく読み取れる。
そうして、少年が少女を少女として認識している事も、まんざらでもなく思っているだろう事もすっかり丸分かりだ。

だがしかし。

「サスケ、怒んないでよぅ。僕、わざとじゃなかったんだってば。勢い尽きすぎて止まんなかったんだよぅ」

視線を逸らす少年に、べそをかき始めた男装した少女が、必死な表情で許しを得ようと、顔を自分から逸らす少年の顔を覗き込もうと纏わりつく。

ナルト。
今のサスケには、それは逆効果だ。

人間らしいあれこれを知らず、ほぼ九尾との対話によって自我を形成したと思われる恩師の忘れ形見は、仲良しの相手に拒絶されかけ、必死に縋っている。
涙目になり、何時もと違う態度をとる友達に取り縋る少女には、繊細な男心などは理解出来ないものらしい。
そもそも、少年の衝撃や葛藤など、意識の端にも掠らないようだ。

恩師の雄たけびを思えば重畳か。
それとも、少女の今後を思えば現状を憂うべきか。

サスケに好意を寄せているもう一人の部下である、サクラも混じり、三つ巴と化し始めた騒ぎの中、痛む頭でカカシは思った。

本当にやりにくいなあ、と。
 
 

 
後書き
お久しぶりです。
本編詰まって、番外編もあまり筆が載らず、更新にものすごい時間が経ってしまいました。
なんとかカカシ先生視点のとある出来事が書きあがったので更新を。
サバイバル演習後、下忍として忍務を受けるようになってしばらくの頃の事です。
カカシ先生の色々な葛藤を詰め込みつつ、そっちをメインに…とか考えていたのが完成に時間がかかった要因です。
はい。 

 

その22

木の葉の里の九尾襲来。
それは、任務を終えて帰里したカカシにとって、耳を疑う青天の霹靂に等しい出来事も含んでいた。

天才と名高く、若くして、実力を見込まれ、木の葉隠れの里長を襲名し、常に未熟なカカシを見守り、導き、カカシに先を示してくれていた恩師。
四代目火影波風ミナトの戦死を告げられた。

更には妻の、クシナすら、ミナトと共に散ったという。

それこそ信じられなかった。
何故なら、クシナはちょうど臨月を迎えていた筈だからだ。

カカシも恩師夫妻の子が産まれるのを心待ちにしていた。
クシナにも、ミナトにも、自分達の子が忍になるのなら、カカシこそが師となり導いてくれないかとも願われていた。
そう願われる度に、面映ゆい気持ちになりつつ、巡り合わせがあうのなら、とまんざらでもない気持ちを抱いていた。

きっと、クシナとミナトの子は、どちらに似ても忍の才能には恵まれているに違いない。
ならば自分は、師に教えられた物をその子に伝えよう。
そして、オビトに教えられた事も。
そうして、行く行くはその子が火影となり、木の葉を守ればいい。
師、ミナトのように。

いつしか、そんな仄かな夢を、カカシは知らず知らずのうちに胸に抱いていた。
それなのに。

「三代目、すみません。もう一度、仰って頂けませんか?先生が、何ですって……?」
「カカシ」

痛ましげに顔を歪めた三代目火影、猿飛ヒルゼンが沈痛な面持ちで繰り返した。

「ミナトは、四代目火影は、九尾と戦い命を落とした。ミナトの妻、クシナもじゃ」

繰り返された事が、何故かどこか作り物めいて遠く感じる。
三代目の言う事を、カカシは理解しているはずなのに。

だからきっと、カカシは理解出来ないのではなく、理解したくないのだ。

それはそうだ。
オビトを亡くし、リンを守れず、師すら失ってしまったのなら、一体カカシは何を信じればいい。
何を指標にすればいいのだ。

師が志半ばに散ったなどと、信じられる訳がない。
ましてや、クシナまで。

ふ、と、カカシは強張っていた表情筋から力を抜いて、笑みを見せた。

「またまた~。三代目、こんな時に冗談は止して下さいよ」
「カカシ……」

三代目の沈痛な表情が、酷く癪に触る。
そんな真剣な顔をされては、事実として受け入れ難い物を受け入れてしまう。
そんな事は認められない。

「冗談ですよね?三代目」

冗談だと、言ってくれ。

必死に笑顔を取り繕い、行き場の無い激情で震える拳を握り締める。

それでも救いは何処にもなかった。

「カカシ……。お前の気持ちは良く分かる。お前の言うとおり、冗談であればどんなにか良かった事か!だが、だが残念ながらミナトはもう……。クシナ共々、九尾の爪に貫かれ、帰らぬ者に名を連ねてしまったのだ」

沈痛な表情と声音に、取り繕えない激情を込めながら、三代目火影であったヒルゼンは『事実』を口にした。
その正しさに、言いようの無い不快感を覚え、カカシは反論した。

「嘘だ!」

激情がそのまま口から飛び出はしたが、カカシはそれが嘘などではない事を知っている。
そもそも先代火影が、上忍に成り立てのカカシに、こんな酷い嘘を吐いてカカシを嵌める理由など存在しない。

そして、『火影』はそんな事を里人にしないとカカシは肌で知っていた。
この、火影の執務室で、沈痛な表情で腰を落ち着けていた三代目の姿に、つい先日のミナトの影を見出し、カカシはそれを、思い出していた。
そうして、思い出して行く毎に、手足に枷を付けられ、動き辛くなって行く心地がする。
胸が重く、抉られるような痛みが走る。

だが、認めねばならぬらしい。
認められずとも、仮定のままで、支障なく話を進める事もできる。

元々の素養もあったかも知れないが、カカシは忍として生きるうちに、仮面を被るように自らの感情に蓋をする事が出来るようになっていた。
そうして、そうせねばならない懸念が、四代目火影夫妻のごく間近にいたカカシにはあったのだ。

「……仮に」
「うん?」

カカシが渾身の力を込めた否定を叩き付けた後、沈黙を守り、カカシの二の句を待ち続けてくれた三代目が、言葉を促す。
その促しに乗って、血を吐くような遠い痛みと共に、漸くカカシはある懸念を口にした。

「仮にそれが本当だとして。クシナさんから抜け出た九尾は、今、何処に?」

もしも師が九尾を封印出来なかったのであれば、カカシがその任を引き継がねばならぬだろう。
それが、オビトから譲りうけたうちはの写輪眼を持つカカシの責任だ。
その気持ちでしか、その時は無かった。

短い熟考の果てに、三代目はカカシの問に答えを返した。

「ミナトは命と引き換えに、九尾の次の人柱力を選び、里を救った。火影としてな」

その言葉を聞いたカカシは、酷い安堵を感じ、深い、深い溜め息を吐いた。
やはり師は、優れた忍であったのだ、と。
どこか誇らしく、この救いの無い嘘と現実に救いを齎された心地がした。

「そうですか」

万感の思いを込めて、そう返す。
今のカカシには、それ以上のこと考える事など、とてもできらしなかった。
それを察してくれたらしい三代目が、深い、深い溜め息を吐いた。
そうして、ゆっくりと切り出してきた。

「はたけカカシ。任務から帰って来たばかりのお主には悪いが、今は里の危急の時。通例通り、休暇を挟ませる訳には行かん。明日より、暗部の一員として、次代人柱力の監視と護衛の任に付いてもらう」
「わかりました」

否を許さぬ三代目の口調に、カカシは素直に承諾した。
信じられぬ事実はともかく、里が大変な事になっているのは、此処に来るまでに良く分かっている。
幾つもの建物が崩壊し、血の匂いと煙が里全体を覆っている。
ミナトが守っていた木の葉では考えられない事態だった。

だからこそ、カカシは三代目の決定には抗わず、受け入れた。
そうして、漸く僅かばかり三代目は笑みを漏らした。
酷く疲れ果て、色濃い疲労を滲ませた物だったが。

「何にせよ、今日1日はゆっくり過ごし、疲れを取るよう尽力せよ。明日からは里が落ち着くまで、苦労をかける事になろう。すまんな、カカシ。だが、里の為、今はこの決定に堪えてくれ」

そのらしくもなく力無い笑みに、ふと、ミナトは三代目にとっても掛け替えの無い存在だった事に気付く。

引退を考え始める程、ヒルゼンは老いた。
そうしてミナトに跡をまかせ、ヒルゼンは隠居したのだ。
そのヒルゼンが火影として再び采配を振るっている事こそ、ヒルゼンの齎した悪夢のような事が事実であると実感してきた。

どっと疲労が肩にのしかかる。
そうして、三代目の言葉に、荒れた里の姿が思い浮かんだカカシは、無言で頭を下げ、三代目の前を辞した。
休める筈も無いが、三代目の言葉に従う為に。

次代人柱力。

それが一体如何なる者か。
四代目の傍近くに居たカカシには、考えずともわかる筈だったのに、今この時、カカシにはそれを考える余裕もなく、運命の過酷さに打ちのめされる日々が幕を開けようとしている事に気付くこともできなかった。
そして、これが、カカシにとってのもう一つの始まりだったのだ。 
 

 
後書き
ちょっと触発されて書いていた物です。
時系列等詳しく調べなおす前に、記憶だけでがーっと書き上げたので、リンさん死亡時期と九尾襲来時期が合ってるかどうか正直疑問です。
間違ってたらどうしよう。

……ま、いっか☆ 

 

その23

 
前書き
班編成だってばよ1直前のサスケ編です。本編には入れられないフラグともいう。 

 
何をどうしたらそうなるのかは良く知らないが、封印の書を狙ったミズキをダシに、ナルトのアカデミー卒業が決まった次の日。
意気揚々とオレと共にアカデミーに登校してきたウスラトンカチを見つけたヒナタが、喜びと興奮に頬を赤らめ、瞳を輝かせて、ナルトを目指して駆け寄って来た。

「ナルト…君!上手く、上手く行ったんだね!?」
「ヒナタ!」

対するウスラトンカチも、喜びに頬を染め、駆け寄って来た日向ヒナタの両手を取り、しっかりと握り締めて問い掛けに応える。

「うん!僕、頑張った!ヒナタとの約束、ちゃんと守ったよ!!」

それを聞いた日向ヒナタは、瞳を潤ませ、感無量とばかりに笑顔で頷きを繰り返す。
朝っぱらから人目も憚らず、オレの隣で感動の再会をおっぱじめやがったウスラトンカチと日向ヒナタに、オレは少し頭が痛い。
何も知らない馬鹿な奴らが今のやり取りを目撃したら、一体どんな事になるのか、コイツ等は少しくらいは考えた事がないのか。
只でさえ、事実無根な面白可笑しい噂がアカデミー内で蔓延っているというのに。

だが、その噂がナルトの秘密を隠す役に立っているのも確かだ。
そういう意味で、日向ヒナタの存在は実に有用だ。
別の意味でも日向ヒナタの存在は、あのウスラトンカチに取って救いになる。
何よりヒナタは馬鹿ではない。
それはとても得難い資質だと思う。

色眼鏡をかけず、きちんとアイツを見てやれる人間が身近にいると言うのは、下らない物に囚われて、この里の殆どの人間に疎まれている、親も係累もこの里には誰もいないこのウスラトンカチにとって良い事だ。
そしてヒナタは、自分に付きまとう可笑しな噂を否定もしなければ嫌がりもしていない。

ならばオレが口を出す必要は無い。
そう思いつつも、オレ達に集う好奇の視線に、お前ら二人とも、もう少し周りに目を向けろと諭したくもなる。
教室中の、下卑た好奇心丸出しの視線が、喜び合う二人に幾つも降り注ぐ中、二人は完結した世界での会話を進めていく。

「だからヒナタ。約束だよ。僕の話を聞いてくれる?」
「うん。分かった。ナルトちゃ、君!勿論聞かせて。私、ナルト君の話が聞きたい。お願いしても良い?」
「勿論だよ!じゃあ、場所移そう?」
「うん!」

ヒナタが興奮の余りに口を滑らせそうになり、ヒヤリとしたが、二人は嬉々としながら揃って教室を後にした。
どこの少女漫画の恋人同士かと思うようなやり取りを目撃したクラス中のあちらこちらから、二人の仲を邪推するような囁きが漏れ聞こえてくる。

そして、一人残されたオレにも、ついでのように好奇の眼差しが降り注ぐ。
何時にもまして、オレを遠巻きに眺めて面白がる視線が集まり、隠しきれない苛立ちを覚え始める。
そんな中、面倒くさがりのクセに、意外と面倒くさい中身の男がオレに近付いて来た。

「よお、サスケ。ちょっと良いか?」

手短にそう言って、顎をしゃくって教室の外を指す。
何が目的かは知らないが、良い度胸だ。
オレもこいつにははっきりさせておきたい事がある。
それに、ナルトとヒナタのアホな振る舞いのせいでオレまで注目されている今、この場を少しの間とはいえ離れるのは好都合だ。

「……良いぜ」

短く了承し、席を立った。

「やけに物分かりいいな」

男は眉をしかめて小さくぼやく。
しかめられた表情には、口癖の『めんどくせー』が表に出ていた。
自分から近付いてきてオレを誘った癖に。
思わずオレも不快になり、眉を寄せる。
だが、直ぐに気を取り直したらしい。

「ま、いいか。付いて来いよ」
「ああ」

顎をしゃくり、ズボンの隠しに手を突っ込んで歩き出す。
オレは短く了承し、先導する男の後を付いて行った。
人目を避け、人気のない方へとシカマルは歩を進める。
オレは黙って後に続く。

やがてシカマルが足を止めた場所は、アカデミーの校舎裏の、物置と校舎と植木の陰だった。
人に聞かれたくない話を手っ取り早く済ませるには、アカデミー内ではここは最適だ。
それ程スペースは無いが、2人程度ならば問題ない。
建物と植木がほぼ四方を囲むような形になっているため、どこからも死角になりやすいポイントだ。
内心、この場所を選んだシカマルに及第点をつける。
足を止めたと言う事は、そろそろ話を付けようと言うことだろう。

こいつとオレは、直接接点が有るわけじゃない。
いつの間にやらナルトがコイツ等と交流し始め、いつの間にかオレまで顔を合わす事が多くなっただけだ。
きっかけは、キバの野郎だったようにも思う。
だが、どちらかと言えば、コイツはナルトとの方と気があっているように思える。

しかし、ナルトに付きまとわれ、なし崩しにシカマル達と接触を増やしているうちに気が付いた。
例えアカデミーの成績が揮わなかろうと、木の葉の名家、奈良家の名前は伊達じゃないと。
それに、いつからかははっきり覚えてはいないが、気付けばこいつがナルトを見る目が変わっていた。
真剣な、考え深い意味ありげな物に。
それにオレが気付いた時から、オレとシカマルの間には一種の緊張感を孕んだ駆け引きめいたやり取りが交わされるようになった。
だからこそ、オレはこいつに付いて来た。
そしてこいつの話の内容も察しは付く。
黙って付いて来たのには訳があった。
口火を切ったのはシカマルだった。

「お前意外と短気だからな。だから結論から言う。単刀直入に言うぞ。ナルトの奴は女だな」

問い掛けでもなく、鎌かけでもなく、確信を込めた断定の言葉に思わず沈黙する。
こいつは意外と頭と口が回る。
下手な事を言えば此方が不利になる。
秘密を気取ったこいつをどうすべきか、自然と眉を寄せて検討していると、シカマルはこれからが本題だと言わんばかりに切り込んできた。

「だが、お前の口からこいつに付いての真偽は聞きたくない。どうせ、里の機密や暗部が絡んでんだろ?めんどくせー事に巻き込まれんのはごめんだぜ」

らしいと言えばらしい言い草に、納得と違和感を同じだけ感じた。
普段の物臭な態度からは思いつけないが、シカマルは意外と頭が良い。
そこまで理解していて、それを口にする危険性に気付いていないはずがない。
それなのに、それを敢えてオレに口にした理由はなんだ?

シカマルの真意を探ろうと目を眇めれば、どうやら睨み付けるような表情になっていたようだった。

「そんなに睨むなって。オレはただお前に言っておきたい事があるだけだ」
「何を言いたい」

焦り、オレに友好的な態度を示そうとするシカマルにオレは苛立つ。
いらつきを隠さず吐き捨てれば、シカマルは大袈裟に天を仰いで溜め息を吐いた。

「だから、そんな怒んなよ。前置きくらいちゃんと言わせろ!何を言いたいのか分かんなくなんだろーが」

ぼやき混じりに頭に手を当て、億劫そうにあげられたシカマルの抗議の言葉を、鼻で笑ってそっぽを向く。
シカマルはオレのそんな態度に再び溜め息を吐いた。

「っんとに、お前ら二人ともすげーめんどくせー。しかもめんどくせー所がそっくりだぜ。何なんだよ、お前ら一体」

ぼやきながら億劫そうに顔を反らして頭をかいているが、それは此方の台詞だ。
不快さを隠さず、間髪入れずに切り返す。

「それはこっちの台詞だ。そんな事言うためにオレを呼んだのか?」
「違うって!あー、もー、めんどくせー!もう良い!知るか!!黙って聞けよ、サスケ!」

余りの面倒くささに開き直ったらしいシカマルが、このオレに命令してきた。
思わず反射的に眉をしかめる。
そうして、続いた言葉に呆気に取られた。

「オレは正直、お前にとって、ナルトの奴がどんな存在か、なんて事には興味はねえ!けどな、めんどくせーが、お前もナルトも一応はオレ達の里の仲間だしな。知らねー振りして放っておく訳にもいかねえんだよ!」

少なくとも普段のシカマルを知っているからこそ、シカマルの今の言葉が意外過ぎて拍子抜けする。
そんな言葉を臆面もなく口にするような奴だとは思わなかった。
いつもいつも興味なさげに退屈そうに、周囲の人間を眺めるだけの、何もする気の無い日和見な奴だとばかり思っていたのに。
呆気に取られたオレの前で、シカマルは自覚のあるらしくなさに照れたらしく、耳を赤くしながら落ち着き無く視線をさまよわせながらまくしたてた。

「良いか、サスケ!お前、ナルトを守るんならきっちりナルトを見て、ナルトが傷付かねーようしっかり守れよ!お前、守り方が中途半端なんだよ!言っておくが、オレがアイツに気付いたのは、お前の中途半端なナルトに対する態度の所為だかんな!?」

意味不明なセリフに、オレは再び眉を寄せた。

「あ?」
「アイツと連んでアイツのフォロー入れてやるんなら、お前がナルトを不安がらせんな!そうじゃなくても、女に顔を曇らせるような事すんじゃねーよ!男が女を守るってのはな、どんなに自分が貧乏籤引こうが、守ってる女がどんな時もずっと笑顔でいさせるって事なんだよ!」

思いもよらない言葉をぶつけられ、薄々感じていたオレの狡さを容赦なく両断される。
衝撃に固まったオレだったが、じわじわと怒りがこみ上げて来た。
なんでこんな事をこんな奴に言われなくちゃならない!!

「うるさい!オレがどうしようが関係ねえだろ、てめえには!」
「ああ、ねえな!だが言った筈だぜ?オレ達はお前らを木の葉の里の仲間だと思ってる。お前もアイツも額当てを付けて今日ここに来たって事は、お前らは木の葉の忍になったって事だろ。オレは、木の葉の里に生きる仲間として、女が辛い目にあうのは見過ごせねえ。アイツがどう思うかは関係ねえ!オレは里の忍として、男として女は守るもんだと、とーちゃんとかーちゃんに口を酸っぱくして言われてっからな!めんどくせーけど、おめーらを放っておく訳にゃー、行かねーんだよ!」

らしくもなく熱い台詞に戸惑いつつ、その芯の熱さにオレはシカマルに対して敗北感を感じ始めた。
オレは、今までそんな事をはっきりとナルトに対して感じた事はない。
ただ漠然と、自分に付きまとうナルトの表情や仕草に時折心和ませ、和む事から目を逸らし、相通じる昏い思いをぶつける相手として利用していただけだ。

そして、それはナルトも変わらない。
変わらないが、それでもアイツはオレとは違う。
アイツにはオレとは違って、屈託ない無邪気な明るい笑顔が似合う事に気付いていた。

そうして、アイツが本当に志し、アイツが目指している物は、そんなアイツからあの笑顔を奪うものだと言うことにも気付いている。
だが、それを失えば、生きる指標すら失う絶望を味わうだろう事も、オレは感覚的に知っていた。

だからこそアイツの存在が疎ましく、好ましい。
傷の舐め合いとも違う何かを、オレはナルトに感じていた。
それが何か良くは分からないし、知るつもりもないが、オレ以外の奴がアイツをしたり顔で語るのが気に入らない。
容易くアイツに近付こうとするのは許せない。

「てめえ、アイツに惚れてんのか」

それならば、考えがある。
決意は容易くオレの両目を燃え上がらせる。

「おわっ!ちょ、サスケてめえ!んな、マジになんなって!」

オレが発現させた写輪眼を目にしたシカマルは、腰を引けさせて慌てて否定してきた。

「別におりゃーナルトに惚れてる訳じゃねーっつーの!里の一員として、つーか、友達としてだ、友達!ダチだけどオレは男だからな。ダチだろうがなんだろーが、女はオレら男が守ってやんなきゃなんねーと思ってるだけだ。お前だってそう思ってるから、アイツのフォローいれてやってんだろが!!それと同じだっつーの!」
「オレと同じだと?」

シカマルの言葉はそんなオレの気持ちを逆撫でした。
だが、そんな事にはお構いなしにシカマルは続ける。

「ああそうだ!お前だってナルトは脳天気に笑ってるほうが似合うって思ってんじゃねーの?そしてそれが今の木の葉じゃ結構無茶な要求で、大分難しいって事にもよ」

シカマルが吐き出した事は、確かにオレも常々感じ、薄々思っていた事だ。
思わず言葉を失い沈黙する。

「オレは別にアイツに何か特別な思い入れがある訳じゃねーけどよ、アイツが本当は女で、何か里に重いもん背負わされてて、そんで、里から除けもんにされてんのは分かる。そんで、オレはそれが面白くねー。けど、オレにゃあ、アイツを守る事もアイツの抱えてるもん軽くしてやる事もできねーんだよ。悔しいけどな」

いつしかオレは、黙ってシカマルの言葉に耳を傾けていた。

「ナルトはオレの見たとこ、お前とヒナタ以外、この里に気を許してる奴は居ねえ。そして、アイツを本当に笑わせられるのも、今のとこ里の中じゃお前ら二人っくらいきゃ居ねーんじゃねえの?信用されてねえのは悔しいけどよ」

それもまた事実だ。
そして。

「それに、アイツ、里外れの山の中に一人で住んでんだろ?女の一人暮らしだってのに、危険じゃねーのかよ。お前、気にならねーのかよ?」

続いたシカマルの指摘にオレは沈黙する。
シカマルの指摘は全く以て正しい。
そんな事、気にならない訳がない!

大体ナルトの奴は、自分が女だっていう自覚が薄すぎるんだ。
今でさえ、油断すればオレの布団に潜り込んで来やがろうとするし!
そもそも、アイツに負の感情を持つ里の人間の中でも、馬鹿で下衆な奴らから、一人暮らしのアイツの身を守る為とは言え、物心つく前から男として育てたとか、一体それはどうなんだ!?
しかも、4、5歳のガキを山の中に放りだして、監視付きでも一人で生活させるとか、全体的にアイツへの対応は変でおかしすぎるだろうが!
だからアイツには常識がねえし、自覚も生まれてねえんだ!
アイツに自覚の欠片も何もねえから、自分のどんな所を誰のどんな目から隠せばいいのかもあやふやなままで、素直にオレに懐いて来ちまってんだろうが!!!!

ただ、そういうあれこれを素直に口に出すのは憚られた。

「まあ、その顔見りゃ、何となくお前の気持ちも分からなくもねーけどよ」

シカマルは遠くを見つめて諦めたような溜め息を吐いた。

「どう考えても特大の訳アリ持ちなナルトの奴の懐に自分から踏み込んで付き合うなんざ、わざわざ自分から苦労背負いこむようなもんだし、尻込みすんのも分かんなくもねーしな。アイツ、自覚のねーバカだしよ」
「確かに」

的を得たシカマルの言葉に、ぽろりと本音が零れ出る。
アイツは自分という物を全くと言っていいほど理解しておらず、無頓着過ぎる。
望みも、実力も、性格も。

なのに、強がりだけは一丁前だ。
本当はただの傷付きやすい泣き虫の臆病者の癖に、平気な振りだけが板に付きすぎている。
見ていて腹立たしいほどに。

「だからよ、お前、ナルトの事守ってやれよな」
「だから何でオレが!」

繰り返されるシカマルの言葉に、思わず反射的に切り返す。
だが、思いがけず返されたシカマルの言葉は、思いもよらない内容を含んでいた。

「いいか?オレの見た所、十中八九、お前とナルトは同じ班に回される」
「はあ?」
「オレは奈良だし、チョウジとイノと組まされんだろうな。それを踏まえてあの場に居た面子から推定すると、恐らくな」
「何故そう言いきれる」
「まあ、勘って奴だ。あと、曲がりなりにもナルトの奴を知ってるしな。アイツ、里に疑心抱いているんだろ?」

オレは再び口を閉ざした。
里に疑念を持つのはナルトだけじゃない。
このオレもだ。

シカマルは黙り込むオレに構わず、再び滔々と語り出す。

「めんどくせーけど、里の人間のアイツやお前に対する態度を見てりゃ、それも仕方ねーかもしれねーなとオレでも思う。だけどアイツは自分から里の忍びになった。そして、里の上層部は、そんなナルトの奴を制御して、下手すりゃ排除しようとするだろうな」

そこに異論は特に無い。
そして、ナルトにはどうやら、暗部の監視が今でもついている事も聞いている。
里は、ナルトの里に対する負の感情を知っていて、ナルトの事を警戒している。
それを再度強く意識し、ざ、と、背筋に冷たい物が走り抜けた。

ナルトは九尾の人柱力だ。
めったな事では処分はされない。

だがそれは、意志を拘束されないという事と同義ではない。

「そこにお前だ」

シカマルは真剣な表情でオレを指す。
段々、コイツが何を言いたいのか、というのが、オレにも見えてきた。

「あの九尾をも制御したといううちはの末裔であり、あのナルトがこの里で唯一と言って良いほど気を許している人間を、里が野放しにして放っておく訳はねーだろ?ぶっちゃけ、何でナルトにそこまですんのかはわかんねーが、オレは十中八九ナルトは出生含めて里の重要な機密のなにかに関連していると見ている」

シカマルの推測はイイ線を点ついている。
アイツは実は今は亡き四代目火影の一人娘で、更には当代の九尾の人柱力だ。
そこまで掴んでいるとは思わないが、何も無い所から確信に近いところにここまで迫れるとは、やはりコイツは侮れない。

コイツがここまでキレる奴だったとは思いもしなかった。
いや、もしかしたら、コイツは父親から何かしら情報を得ているのかもしれないと思った。
コイツの親父は奈良シカク。
父さんが家でその知略を認める発言をしていた男だ。
それを思い出す。

ぞくぞくと、身の内に高揚にも似た気持ちが渦巻いて行く。
コイツと全力を尽くして戦ってみたい。
一体コイツはどれだけの力を隠している。
オレはいつの間にかシカマル自身に興味を湧かせていた。

「で、だ。アイツは意外と何しでかすかわかんねー所があるからな。同じような立場でも、ヒナタとは別の班に回されるだろう。アイツはあれでも日向宗家のお嬢様だからな」
「それで何故オレがアイツを守る事に繋がる」

それでもしたり顔に続けるシカマルが気に食わず、突き放す。
その途端、苛立たしげにシカマルは髪をかきむしって声を荒げた。

「だから黙って聞けって言ってんだろーが!つまりよ、アイツは里との繋がりを増やす目的で班を組まされんだよ。んで!お前はアイツの舵取り役!スリーマンセルのもう一人の人間は、恐らくは一般家庭出身者が選ばれんじゃねーかと見てる。特に女の可能性が高いな」
「あ゛?」
「根拠は2つ。本来のアイツ自身と、あれでアイツも対外的には男として通ってっからな。女には多少当たりが柔らかくなることを見越されてんだろうよ。んで、さっきっから言ってる事に繋がる訳だけどよ、って、お前のその顔からすると、オレが言いたい事を理解してくれてるみてーだな」
「チィ……」

今度こそ本当に、オレは不機嫌さを隠さずに舌打ちした。
ああ、本当に、シカマルの懸念は正しい。
そして、恐らく、班の組み分けに対する推測も正しい。
シカマルの推測通りだとすると、オレは女二人と班を組まされる、という事か。

アイツの腹に封じられたモノを何とかするのに、オレ以外の適任は居ないという事も良く理解した。
シカマルの言うように、オレはうちはだ。
そして、だからこそアイツはオレにまとわりついている。
いずれ、敵となる者への切り札を手に入れる為に。

そしてオレは、ナルトの、無邪気にオレに纏わりついたり、自分をオレの修行の実験台にさせるような無防備さを最近持て余し始めていた。
だから班決めには少し期待していたのだ。
無理なくナルトとの距離を置く口実を得れるかもしれないと。
何より、オレ自身、一族について一人で深く考えたい事がある。
写輪眼を開眼してから知ったあれこれを考えるのに、何かと纏わりついてくるナルトは邪魔だった。

だが、突き放すには諸々の事情が邪魔して踏み切れない。
伝説の三忍の一人と繋がりや、オレ自身の修行相手、果ては食生活の一切を気付けば握られてもいる。
だからこそ、いつの間にか大分オレと近くなってしまったナルトの存在自体が気に入らない。
そしてシカマルの推測通りならば、きっとオレはアイツと班を組まされる。
だが、まあ、それは良い。
ある意味では好都合でもある。
下手に使えない奴と組まされるよりは大分ましだ。
だから別に良いだろう。

問題は、だ。
その組み分けにはもう一つ、オレに対する里の思惑が絡んでいるだろう事だ。
オレはこの里に一人だけ残された、うちはの血継限界を継ぐ者でもある。
何事もなく、順調にオレ達が成長を続けて、結婚だのなんだのの話が出てくるような年頃になる前に。
オレが戯れに手をつけてても問題なさそうな相手でオレの周囲を固めておく、という観点もあるんだろう。
あからさまに種馬扱いされてるようで、気分が悪い。

しかもアイツは、オレと班が同じになれば、今まで通り、オレの隣に在り続けようとするだろうし。
それは、まあ、それも別に良いのかもしれない。
そもそもアイツはオレに自分が女だという事がバレてる事を知らないし、まあまあアイツはいろんな所で役に立つ。
メシも上手いし、母さんがアイツに仕込んだあれこれも悪くない。
オレの修行相手としてもかなり有益だ。
だから、アイツの存在自体は悪くはない。

悪くはないが、だからこそ、このオレが自然とそう思わされている事が気に入らない。
のに。

「今んとこ、オレらの同世代じゃお前とヒナタの二人っきゃナルトの力になってやれねえし、ヒナタの奴は実家のしがらみが多くて自由に身動きとれねえし、性格的にも自分から積極的に動くような奴じゃねえからな。言っちゃあなんだが、ナルトに関しちゃ、お前以上の適任がいねえんだよ。オレにはまだよくわかんねえけど、オレの親父が言うには、どんなおっかねえ女にも可愛いとこがあって、そこんところを護ってやんのが一人前の男なんだとさ。めんどくせーけど、それが出来なきゃ男じゃねえとか言われたら、どうやったって気になんだろ!つっても、ナルトに信用されてねえオレにゃーどうしようもねえしよ。だから、アイツの近くにいるお前に頼むしかねえんだ。お前だってそう言うのが分かるから、陰でアイツのフォロー入れてやってんだろ?」

語られていくシカマルの言葉にぐうの音も出せずに沈黙するしか出来ない。

「こういうのはオレが口出す事じゃねえってのは分かってんだけどよ、お前とナルトが並んでるのみると、なんかこー、訳もなく不安になるんだよ。このままだと、いつか何か取り返しのつかねえ事になっちまうんじゃねえか、ってさ」

そして察しのいいシカマルが漏らした漠然とした懸念に、オレはどきりと心臓が跳ねた。
オレの抱える闇と、アイツの抱えている闇と、アイツの持っている望みと、アイツの中に封じられている存在と、オレの望みについてが脳裏に断片的に浮かんでいく。
そして、それについての漠然とした解決法も。

「マジでこんなのオレの柄じゃねえのも分かってるし、お前らにとっては余計な世話だっつーの自覚してる。だけどお前は男だし、ナルトの奴は女だし。だったらやっぱ、ナルトの事はお前に頼むしかねえなって思ったから今腹を割った。だから、気が向いたらで良いから、オレの話をお前の頭の片隅にでも置いててくれ。オレの話はそれだけだ」

真剣そのもののシカマルの眼差しに、返す言葉もなくオレは沈黙を続けた。
なんとなく、感じてはいても、そんな事をオレが認める訳にはいかないのだから。

だからこそ、混じりの無い真っ直ぐなシカマルの視線から思わず視線を逸らし、本音を漏らしていた。

「オレは、アイツと連みたくて連んでるわけじゃねえ」
「は!?」

これ以上は言えないが、ぎょっとしたように目を向いたシカマルを正面から見返して、シカマルの話から生まれた気持ちも同時に告げる。

「けど、お前の話は頭の片隅でもに置いておく」

オレの答えをぽかんとして見つめていたシカマルは、やがていつものようにだらけきった姿勢と、緩い表情で笑いながら軽く手を挙げてきた。

「ああ。そんくらいで良いから、少し考えといてくれや」
「ああ」
「多分ねえとは思うけど、話聞くぐらいならオレでもできるからそんときは宜しく。めんどくせーのはゴメンだけどよ」
「そうだな。考えておく」

そう返した瞬間、シカマルは無言になり、押し黙ったかと思えば、落ち着かなさそうに視線を彷徨わせつつ、同意を返してぼやいてきた。

「お、おう…。なんか、やけに素直だな。もっと反発されるかと思ってたぜ」
「理が通ってるなら、誰の話だろうと耳を傾けてやるくらいはオレだってする」

意外そうに告げられた内容に、何となく嫌な気持ちになりながら、オレはシカマルに返答を返した。
別に誰に何をどう思われてようが構いはしないが、聞く耳すら持ってないとか思われるのは心外だった。

ナルトの奴の言葉じゃないが、情報があるにこしたことはないのが忍びってものだ。
耳は大きく広くしておけ、と、父にも母にも兄にも、ナルトにすら耳にタコができるくらい言い聞かされている。

特にナルトの奴は、こちらが少しでも有益な情報を聞き逃していれば、すぐさまオレを不利な立場に追いやり、理不尽な不利益を被らせようと虎視眈々と狙っている。
いつ何が自分の利になり、得になるかしれないのに、情報を得ておく機会を逃すような愚は犯せない。
それがアイツを不利な立場に追いやり、理不尽な不利益を被らせる事に繋がるならばなおさらだ。
まあ、もっとも、アイツが仕掛けてくるのは他愛もないガキの悪ふざけ程度の不利益なんだが、それが敵の姦計末のものだったとしたらとするとぞっとしない。
普段からこういう緊張感を養う事を忘れさせない関係というのは、やはり悪くない、と思い直す。

そうなると、ナルトの存在を認める事に繋がりそうで、ナルトを認めてしまうと自分の何かが変わってしまいそうで、変わってしまう事に恐れと不快感をオレは感じた。
そして、感じた事を認めるのにも嫌気がさしたオレは、感じた事をシカマルの話のせいだという事にして、それまで考えていた事の一切を放棄することにした。

「話はそれだけだな?」
「おう。手間取らせて悪かったな」
「別にいい」

同意を得たオレは、無言で踵を返した。
シカマルとの話はこれで終いだと言外に突きつけて。


そうして戻った教室で、まさかナルトの奴が、昨日の今日で九尾を開放しそうになって胆をつぶす事になるとは夢にも思いっていなかった。
オレがちょっとでもナルトから目を離すと、コイツは何をやらかすか知れたものではなくて、そのせいで昔聞いた母さんの言葉だけではなく、この時に聞いたシカマルの話すらも、自分の頭から離れなくなるだなんて、ナルトとオレを取り巻く現状に苛立ちを抱えていたこの時のオレは、微塵も思ってはいなかった。 

 

その24

 
前書き
本編現状~子供の間辺りの一コマ。
お兄ちゃん認定件、トラウマ製造編です。
頼れるアニキは好きですよ。 

 
一般的に物心がつくとされる三才に、この度私はなりましたが、それでも私を取り巻く環境は微妙なままだ。

と、いうか、縁も縁もない孤児を、一片の個人的感情と、冷徹な里長というスタンスで、私の出生を秘匿したまま、ヒルゼンさんが私を庇いきれる訳がない。
何より、根出身の暗部の人々曰く、私の出生、つまり、私四代目火影の娘で九尾の器という立場的に、それ故根の意思を統括しているダンゾウの意に添わなくなる存在だから、私は常に殺害未遂を繰り返されているそうですよ。
けれどそうならない可能性も少しだけあるから、完全に殺さないんだそうです。
今は。

最初から破綻してるめっちゃ鼻で笑っちゃう理屈を垂れ流し、敵になるならいつでもこうして殺してやると嘲り笑う暗部の一人にとうとう耐えかねて、そいつの前で九喇嘛のチャクラを爆発させたのを切っ掛けに、暗部の人達の私への仕打ちは火影の知る所となり、ヒルゼンさん自身が執務室にベビーベッドを持ち込んで、自分の目の前で暗部の人達に私の世話をさせるようになった。

そうして、ようやく私は三つになった。

ヒルゼンさんが出勤する時、私も一緒にヒルゼンさん家を出て、ヒルゼンさんが家に帰る時は一緒に帰る。
そんな風に生活していたから、ヒルゼンさんの奥さんも、三年前に死んでいる事を知っていた。
そして、猿飛家の家人達は、私が誰の子供なのかを知ってました。
その上で、気持ち良いくらい無視されてます。
憎々しげに睨まれます。

まあ、気持ちは分からないでもない。
彼らはあの時何があったか詳細を知らなくても、お母さんの妊娠は知ってたし、お母さんが人柱力だって事も知っていた。
だから、出産の失敗でくらまが出てきてあの惨劇を引き起こし、四代目が責任とって自分の子に九尾を封じたとそう思ってる。
そう言う声を聞いてしまった。

そして、三つになったから、だから私は、最近ヒルゼンさんの家に置いて行かれる事が多くなった。
だから、聞こえてきた。
聞いてしまった。
知ってしまった事情でもある。

私のせいではないし、お父さんもお母さんも悪くはないのも知っているけど、ずっと使えていた奥様を失った猿飛家の人達や、ヒルゼンさんの気持ちも分からないでもなかったので、ヒルゼンさんに置いて行かれた時は、邪魔にならないように部屋の中でなるべく大人しくしてました。
反感持たれてるのは分かっていたし、嫌われてるのも分かっていたので。
好き好んで自分に嫌悪感感じている人達の目に止まるような事はしたくないですもんね。

でも、部屋の中にじっとしてるのにもそろそろ飽きて来た。

朝と夜。
ヒルゼンさんと一緒に食べるご飯以外、食べる物も渡される事も無いし。
お腹空かせたまま日がな一日じっとしてるのは結構な苦行だ。

ヒルゼンさん家の回りは山に囲まれてるし、もしかしたら何か食べれる物が見つかるかもしれないし、何か面白いものも有るかもしれない。
そう思いついてしまえば、じっとなんかしてられなかった。

こっそりと、静かに襖をあけて、裸足のまま庭に降りる。
生まれて初めての冒険に、胸がわくわくする。

何があるんだろう。
美味しいものが見つかればいいな。

小柄さを生かして、細々とした仕事をこなしている人達の目を掻い潜り、一路山を目指す。
誰にも見つからずに抜け出す事に成功しました。

なかなか上出来なんじゃないですか?
私、忍びの素質有るかもしれません。
ご機嫌になりながらどんどん山のなかに進んで行く。
見たこと無いものいっぱいあって、目移りしちゃいます。
始めて見る草とか、木とか、花とか動物とかとかとか。
道端に転がってる枯れ枝とか石ころだって私の興味を引き付けてなりません。

なんだこれ。
面白すぎる!
部屋に閉じこもりっきりになってただなんて、昨日までの私は馬鹿だったんじゃなかろうか!?

「わあ、なんだろこれ」

始めて目にするあれこれに次々に目移りしているうちに、私と同じくらいの高さの茂みに、艶々とした小指の先位の真っ赤な木の実を見つけました。

透き通るような赤い色が、小さいけれども美味しそうです。
思わず手に取り口に入れようとしたその時でした。

「おい!何しようとしてる!!」
「あ」

突然後ろに現れた男の人に腕を捻り上げられ、私が見つけた木の実は地面に落ちてしまいました。

そして、腕が痛いです。
腕どころか、肩の付け根も痛いです。
知らない人に怖い顔で睨まれ、思わず身が竦む。

私が怯えているのに気付いたのか、突然現れた成人間際だろう大柄な男の人は、私を睨みつける表情と拘束する力を緩めて、しゃがんでくれました。

「お前、今、何しようとしてた?」

しゃがんで、私と目を合わせて、掴んでいた腕の力は緩めて、優しく問いかけてくれたけど、私を掴んだ手を放してはくれそうにありません。
この人が私に何をしようとしてるのか、じっと見つめて観察します。
痛い事や嫌なことされるのは嫌なので。

でも、ヒルゼンさんの家から抜けて来ちゃったのは私の方なので、悪いのは私の方かもしれないですけど。
この人、一体誰なんでしょうか。
暗部の人じゃなさそうな、一般的な?普通の格好?してますけど。

……とりあえず、この人今は任務中じゃないんだろうな、って格好してるのは確かです。

だって、こんな格好してる人、初めて見ました。
首回りのふわふわが似合ってるようで似合ってません。
何だかとっても微妙です。
こういう恰好が里の流行りなのでしょうか。

「こいつは旨そうに見えるが、毒があるのを知らねえのか?」

思考に気をとられて、口を閉ざして答えない私に業を煮やしたのか、現れた男の人は憮然とした表情でそう言いました。

「え。どく」

男の人が発した思わぬ言葉に呆然とします。
じっと男の人を見つめると、なんだかその人は困ったように頭をかき混ぜて繰り返しました。

「そうだ。毒だ。こいつを食ったら、お前みたいなチビはそれで死んじまうかも知れねえんだぞ。知らねえのか?」

まじですか。
そんな事、今日初めてここに来た私が知るわけありません。
こくんと頷くと、然もあらんとばかりに男の人は頷きました。

「そもそもなんでお前みたいなチビが一人でこんな山の中彷徨いてんだ。一人で出歩くなって、父ちゃんや母ちゃんに言われなかったのか?」

男の人の追及に、思わず沈黙します。
何かしたいときは家の人に声をかけろとヒルゼンさんには言われてます。

私は今日、その言いつけを破りました。

でも、多分、私が声をかけたとしても、聞いてしもらえないと思うし、一度、殴られました。
ヒルゼンさんには言いませんでしたけど、それで十分です。
また声をかける選択は私には無い。

叱られているのは分かっていても、そんな事を私に言うのはヒルゼンさんだけなので、思わず視線を落として俯きます。
この人の言うことは正しいけれど、私にとっては余計な事でもある。
それでも次はせめて口に入れる前に一応九喇嘛に聞いてみよう。

俯きながらそう思った。
その時だった。

「もしかしてお前、親、居ねえのか?」

思い当たってしまったとばかりに、呆然と呟いた男の人に、私は素直に頷いた。
今のところ、この人は私に対する害意は無いし、何だか心配してくれているみたいだから。
きっとそれは、私が九喇嘛の人柱力と知るまでなんだろうけれど。

「そうか…。じゃあ、お前、誰と暮らしてんだ?」
「おじーちゃん」
「そうか、じいさんと暮らしてんのか」

安心したように破顔した男の人に、私は何だか申し訳なくなった。
だから、思わず告げていた。

「おじーちゃんといっしょだけど、おじーちゃんはわたしのほんとうのおじーちゃんじゃないの。おじーちゃんはほかげさまだから、しょうがないからわたしをほごしてくれてるの。わたし、みんなにきらわれてるから。でも、わたしがしぬとみんながこまるから」
「何だと!?お前、まさか…」
「ほんとうは、おじーちゃんもわたしのこときらいなんだとおもうんだ。だって、おじーちゃんのおくさん、わたしのせいでしんじゃったんだって。わたしがうまれたから、ころされちゃったんだって」

まだ少し胸が痛い知ってしまったばかりの事実に、私は言葉を止める事は出来なかった。
この人が、何処の誰かも知らないのに。
私の素性を察したら、もしかしたら攻撃してくるかもしれないのに。
それでも止まる事は出来なかった。

「なのにわたし、おじーちゃんのところにいていいのかなあ……」

だけど、行く宛なんて、私には何処にもありません。
せめて、邪魔にはならないようにしたいけど、でも、空腹は辛いし、する事ないのは退屈だし、つまらないのも好きじゃない。
なら、私はどうしたらいいんだろう。
途方に暮れて、無言になったその時でした。

「別に構わねえよ。好きなだけ居りゃあいい」
「え」

力強く断言した目の前の人の言葉が凄く意外で、思わず目を丸くした。
何だか苦笑を浮かべたその人は、大きな手のひらで私の頭を力を込めてぐしゃぐしゃにかき回した。

「お袋がお前みてーなチビを恨むわきゃねえし、むしろ家から放り出したらそれこそ雷落ちてくらあ。気付いてるかどうか分からねえが、お前が居んのは俺の家だ」
「え!」

男の人の言葉に更に驚き、硬直する。
ヒルゼンさんのお家を自分の家って言うことは。
ヒルゼンさんと同じお家が自分の家なら、それなら目の前のこの人は。

「俺あ、いわゆる火影の息子ってやつでな」

ですよね!

「おじーちゃんのこども…」
「不本意ながらな」

思わず呟いてしまった私に、肩を竦めて肯定した人を、私は呆然として見上げ続けました。

見たところ、二十歳前後に見えなくないですが、高校生と言われたらギリギリそう見えなくもない微妙なお年頃にも見える逞しさをお持ちです。

そうですか。
ヒルゼンさんのお子さんでしたか。

え、つまり、この人、いわゆるあのアスマさんなの????
ヒルゼンさん家の人達が何時も話してる末の坊っちゃま???
坊っちゃまって感じじゃ全然無い、とってもがたいの良い大柄な人なんですけど、坊っちゃま詐欺なんじゃ無いんですか???

思わぬ事に思わずフリーズして訳の分からない疑問が怒濤の様に埋め尽くします。

「なあ、お前、名前は?ナルトでいいのか?」

尋ねてきたアスマさんらしき人の問いかけに、私は素直に頷きました。
にかっと人懐こい笑顔を浮かべた推定アスマさんは、ニヤニヤと面白そうにこう続けました。

「そっか。よし、じゃあ、ナルト。これから俺の事はアスマ兄ちゃんと呼べ。お前は俺ん家に住んでるから、特別に俺を兄ちゃんと呼ぶ事を許してやる。ほら、呼んでみ?アスマ兄ちゃんだ」

ああ、やっぱりアスマさんって言うんですね。
そして、何そのお兄ちゃん呼び推奨。

そう言えば、アスマさんって、末っ子何でしたっけ?
じゃあ、素直に言うこと聞いておいてあげた方が良いでしょうか。
ちょっと、どころか、めっちゃ恥ずかしいんですけど!!!!

「アスマ、おにいちゃん…?」
「アスマ兄ちゃんだ」
「アスマおにいちゃん」
「アスマ兄ちゃんだ!」
「アスマおにいちゃん!!」

頑なに兄ちゃん呼びを強制しようとしてくるアスマさんが何だか可笑しくて、お兄ちゃん呼びするのが楽しくなってきちゃいました。

「アスマにいちゃんアスマにいちゃんアスマにいちゃん!!!!」

ニコニコニコニコと笑いながら、いっぱい連呼してあげました。

「お、良く言えたな!えらいぞ、ナルト!」

その途端、ぐしゃぐしゃぐしゃ、と遠慮なく頭をかき混ぜられましたが、それすらも何だか楽しくて、私は思いっきり笑い声をあげました。

「なあ、ナルト。お前はまだチビだから、きっとまだ良く分かっちゃ居ねえんだろうけどよ。お前の親父さんはすげえ奴だったんだぜ。何せ、木の葉の里の英雄だ。だからな、誰に何言われても俯いたりすんな。しゃんと前を向いて顔をあげろ。今の木の葉があるのは、お前の父ちゃんが頑張ったからだ。お前のせいなんかじゃちっともねえよ。分かったか?」
「うん!」

そう言ってくれたアスマさんの言葉が嬉しくて、私は素直に頷きました。

「よーし、良い子だ」

ぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜてくれる大きな手が嬉しくて、私は思わず笑い転げる。

「ああ、そうだ」

そんな私に構ってくれていたアスマさんが、ふと思い付いたように声をあげました。

「お前、ガキの頃の俺の服着てるってことは男だろ?だったら自分の事わたしって呼ぶのは変だ。俺か僕と呼べ。いいな?」

え。

思わぬ要求にまじまじとアスマさんを見つめてしまう。
というか、私が着てるのって、アスマさんのお下がりだったんですか。
知らなかった。

というか、アスマさん、私が女だって気付いて無い?
まあ、別にそんなのどうだっていいっちゃ、どうだっていいんですけど。

「分かったか?兄ちゃんとの約束だ」
「うん!分かった!わたし、じゃない、ぼく、お兄ちゃんと約束する!」

生まれて初めてのヒルゼンさん以外の人との約束につられて、私は笑顔で承諾しました。
それくらい、別に安いもんです。

「よーし、じゃあ、ナルト。家に帰るぞ」
「え!?わ、わあっ!」

言うが早いかアスマさんはひょいっと私を担ぎ上げて、肩車して歩き出しました。
初めてみる高い所からの視点に、めちゃくちゃ感動してめちゃくちゃ興奮します。
その時でした。

ぐう~、きゅるきゅるきゅるきゅきゅ~。

空っぽのお腹が盛大に空腹を訴えてくれました。

「ナルト。お前、腹減ってんのか?」
「うん」
「わっはっはっは!!そうか、腹減ってたのか!だったらあれは旨そうに見えただろうな!残念だったな、ナルト」
「うん。おいしそうだった」
「はっはっはっは!」

酷く上機嫌で私を肩車してぷち家出から連れて帰られたのが切っ掛けで、アスマさんはそれから私を何かと気にかけて、色んな事の基礎の基礎を教えてくれました。

例えば、投擲の基本姿勢。
チャクラを使った身体強化法。
あるいは、山に生える山菜や果物。
食べれる物と食べれない物。
毒を持つ生き物や植物等々。
火影の息子という立場だからこそ知り得た、本来なら口にしてはならない筈の様々な機密云々。
私を可愛がってくれながら、アスマさんはいろんな事を教えてくれました。

最後に、里の人間に心を開けば、いつか必ず私は裏切られるという教訓までも。

ある日突然、アスマさんの姿が里から見えなくなる半年後まで、私は大好きなお兄ちゃんとして、私に構って可愛がってくれたアスマさんに、全力で懐いていました。 

 

その25

 
前書き
橋の名前決定編。 

 
実はも何もなく、ごくごく当然の結果ですが、再不斬さん達が再襲撃してきた日。
九喇嘛の分身封印しようとしたカカシ先生を背後から襲っちゃっただけでなく、イナリ君を口で言い負かしてしまっていた事も先生にバレちゃったので、罰として私は一人でタズナさん達の橋作りの護衛かつ、お手伝いを言い渡されてました。
その際、サスケとサクラが、カカシ先生との修行とツナミさんとイナリ君の護衛任務を日替わりで交替しつつ、イナリ君との親睦を深めているのは知っていました。

が、何故今ここで、橋の名前にサクラの名前。

うん。
無い。

やっぱ、無いです。

私の名前も無いし、サスケの名前も無いだろうし、有るならカカシ先生かタズナさんか?と思わないでもないけど。
今回の役割的にはカカシ先生の名前も有りかもだけど、先生忍だし。
やっぱ、それも無しだよね、うん。

それだけが頭の中一杯を埋め尽くします。

確かに私はイナリ君を気に入らなくて苛めちゃったし、最初っからその可能性は排除してましたし、むしろこの結果にめっちゃくちゃ安堵を感じてますが、それとこれとは話が別です。
イナリ君のその主張に意義ありです!

満更でも無さそうに頬を染めて、柄じゃないと断りをサクラが入れたのを見逃さず、すかさずこの話題に嘴を挟みました。

「この橋に人の名前付けるなら、サクラの名前なんかを付けるより、もっと相応しい名前があると僕は思うな」

僕の掣肘にむっとした顔になったイナリ君が私を睨み付け、噛みついて来ました。

「何だと!?サクラお姉ちゃん以外の誰の名前をつけようってお前は言うんだよ!」

むっすりとした敵意と不満が渦巻く子供の顔に、ちょっぴり呆れがこみあげます。
町の人達も、イナリ君の意見に異は無いらしく、そこはかとなく不満げです。
そんな面々を、更に増した呆れ混じりに眺め回して、溜め息混じりに提案しました。

「タズナさんの名前だよ」
「え」

呆気に取られたイナリ君が、円らな瞳をこれ以上無く見開きました。
私の提案を聞いた町の人たちは、まるで何かを相談するかのように視線を交わし始めました。
そんな群衆など知らぬと言いたげに、私が名をあげたタズナさんが否定の声をあげました。

「ちょっと待ってくれ。それはワシが辞退したんじゃ。ワシは何もしておらん。この橋はワシら皆で造り上げたもんじゃ。その橋にワシの名前だけ付くのは道理が通らん。故に、辞退させてもらったし、ワシは嫌じゃ!!」

タズナさんの嫌がる気持ちも分からなくは無いですが、未だ貧しく、困窮しているこの国の皆さんには、心の拠り所ってものが必要だと思うんですよね。
なんとなくサスケに視線を送れば、肯定するように頷き返してくれたので、ぐうの音も出ないような反論ぶつけて黙り込ませてやりますよ。

ええ。
それはもう、容赦無く。

イナリ君にもケンカを売られましたからね。
言い値でそのケンカ買ってあげましょう!

「何言ってるんですか。本来だったら、うちの里への依頼にお金がないからって、嘘ついて依頼料ケチろうとしたタズナさんの木の葉隠れへの依頼は、普通なら受理されない案件だったんですよ?むしろ、里から制裁加えられててもおかしくない案件です。それを、全ては自分が責を負うからと、里の上層部にいかにこの橋が波の国にとって重要なのか説き伏せて、木の葉隠れの里として下した依頼不受理の決定を覆すくらい、うちの里の上層部の心を動かしたのはタズナさんじゃないですか」
「な、何!?」

動揺して、腰が退けていますけど、そんなタズナさんに対してこの私が遠慮なんかするもんですか!

さんざっぱら鬱憤溜めてきたんです。
お世話にもなりましたが、鬱憤も溜まってるんです。
タズナさん家の隣近所にどころか、町中に言いふらされた恨みは生涯忘れません。
忘れようもありません。
自分の望まない立場押し付けられて、精々自分の行い悔やむがいい!!
そんな事も気付きそうにもない鈍感かつ調子のいい野郎なので、むしろ押し付けられる人間像に窮屈さを感じてしまえ!!!

勿論、ちょびっと口を滑らせて話を大きく盛って仕立て上げてやりますよ!
だって私は、下忍なりたてのまだまだ未熟な忍者ですもの♪

「しかも火影様は波の国の事を一心に思い、危険も金銭的な負担も承知で、それら全てを自分が背負うと断言したタズナさんの心意気に惚れて、火の国の大名様に掛け合って、波の国の大名様に橋作りに関係する諸経費についての助成金を出してはもらえないかと掛け合う事すらされておられるんですよ?確かにうちの里の火影様は人格者でもあらせられますが、超一流の忍でもあります。当然、全ての判断は情を差し挟まない冷徹な物差しによって決断されます。そんな一流の忍揃いのうちの里の上層部の心を変えて、私達がここに来る切っ掛けを作ったのは誰です?うちの里まで危険を承知で依頼しに来たタズナさんでしょう?」

私が口にした助成金云々に少しざわついた人達を鎮めるように、私は尤もらしく言葉を紡いだ。

「勿論、たかが忍の里の里長の提案です。大名様方がご提案を受け入れてくださるとは思えませんし、受け入れて下さったとしても、実際にそれが交付されるのはいつになるやらなのは、皆さんだってお分かりでしょう?でも、明白な事もありますよね。身体を張って故郷の為、仲間の為に尽力して、この大きな橋を完成に導いたのは誰ですか?他でもないタズナさんでしょう?そういうのを英雄っていうんじゃないんですか?柄じゃなかろうが何だろうが、この波の国の英雄の名前以外、皆さんの波の国の未来への希望をかけたこの橋の名前に相応しい名前は無いって、僕は思いますけど。ねえ、サスケ」
「ああ。そうだな。しかもタズナさんは道中含めて何度もガトーの手の者の忍者に襲われている。にも拘らず、結果としてこうして橋は完成した。タズナさんの尽力なくしてこの橋の完成は見なかったとオレも保証する」

私が話を振ったサスケの言い分を聞いていたサクラも、素直に私の意見に同調してきました。

「確かにそうね。ナルトとサスケ君の言う通りだわ。私もこの橋の名前はタズナさんの名前がいいと思う。だって、確かにタズナさんが居なかったらうちの里は依頼を受けなかったし、そう考えると、確かやっぱりタズナさんは波の国の危機を救った英雄って事になるわよね!!」

サクラの言葉尻に被せるように、僕は言葉を繋げてあげました。

「こう見えても僕、英雄って存在については一家言あるんです。英雄ってのはつまり、如何に絶望的な環境に置かれたとしても、自分以外の誰かの為に、決して諦めず、未来への希望に繋がる行動を取れる人の事を言うんでしょう?そして、その行動によって現在の環境改善に成功すれば、そこに居る人々から救い主として持て囃され、失敗すれば、お前こそが自分達の不幸と不遇の現凶と罵られる。それでも構わないから、未来のためにと立ち上がる人の事を英雄と呼ぶんでしょう?そして、その行動がその土地に住む住人が掲げる象徴に都合が良いから担げあげられる存在でもあるんでしょう?だったら、タズナさんが英雄じゃなくて何だっていうんですか?波の国かつ、この街の顔役って点では、今と全然代わりないと思うんですけど」
「じゃ、じゃが!!」

未だに焦りを滲ませ、否定しようとするタズナさんに向かって、私はにっこりと有無を言わせぬ一言を言い放ってあげました。

「それに、ガトーにずっと命を狙われるなんて危険な役を、この橋が出来るまでずっと張り通して、橋を作ろうと声をかけて回ったのもタズナさんなんですよね?だったらやっぱり、タズナさんはこの波の国の皆さんが誇る、波の国の英雄に他ならないですよね?」

そう言いながら、同意を求めるように集まった皆さんの目を見渡せば、全員が全員、我が意を得たりとばかりに頷いてくれた。

「ナルトちゃんの言う通りだ!」
「そうだそうだ!」
「タズナさん。嫌がってるあんたには悪いが、やっぱりこの橋の名前にはあんたの名前しかねえと俺たちも思うぜ!」
「俺達にはまだまだ希望が必要なんだ!あんたの行動はその象徴だ!命を狙われて、それでも橋造りを諦めねえなんて、誰にでも出来る事じゃねえ!木の葉に助けを求める事もだ!やっぱりあんたはすげえ人だよ!俺達の誇りで、俺達の英雄だ!!!!」

話を振ったのは私ですが。
熱狂的に爆発した人が口走った私の名前をちゃん付けで呼ばれて、街の人達からそう呼ばれる事になったきっかけを思いだし、若干、装っていた笑顔がひきつりました。

私、やっぱりちゃん付けで呼ばれるの、嫌ですね。
この街の人達には!!!!
くそっ、タズナさんめええええ!!!!

恨みを込めて、熱狂する街の人に取り囲まれて狼狽えてるタズナさんに向かって、しっかりと毒を吐いておいてやります!!!!

「嘘付きで卑怯者でデリカシー皆無の、端からみればただの呑んだくれのダメダメ親父ですけどね!」

その途端、熱狂していた街の人達は水を打ったようにしんと静かに成りました。

「ナルト。ちょっとお前口が…」

静かになった街の人達に焦りを覚えたのか、カカシ先生が私の口を窘めようとした時でした。
どっと沸き立つような街の人達の爆笑が起こりました。

「違いねえ!!!!」
「こいつあ一本取られた!」
「良いじゃねえか、親しみやすくてよ!」
「そうだ、そうだ!俺達の英雄にピッタリだぜ、タズナさんはよう!なあ、皆!!!!」
「そうよ!呑んだくれの何が悪い!呑んだくれの俺達だって、やりゃあ出来るって教えてくれたのよ、タズナさんはな!よっ、橋造りの英雄タズナさん!」
「良いねえ!橋造りの英雄か!タズナさんにピッタリだぜ!!」
「橋造りの英雄タズナ!くぅ~、街の特産品もこれで何か作れるぜ、お前ら!」
「冴えてんじゃねえか、てめえ!火の国に繋がる橋を架けてくれただけでなく、街の収入源にもなってくれるなんざ、やっぱ、タズナさんは俺達の英雄だな!」
「違えねえ!ありがとな、タズナさん!いつも俺達の為に身体張ってくれてよ!ガハハハハハ!」

ちょっと前の熱狂が嘘の様に爆笑して盛り上がる街の人達に、とうとうタズナさんも我慢が切れたようでした。

「黙って聞いとりゃ、誰がデリカシー皆無の呑んだくれの英雄じゃ!断るって言っとるんじゃ!!」
「無理無理!諦めなってタズナさん。橋の名前はタズナさんの名前と同じ名前。そして、タズナさんは俺らの英雄!ナルトちゃんの言うようにもう決まっちまってんだよ!なあ、皆」

反論したタズナさんに即座に笑いながら言い返した、街の青年団に属し、ガトーカンパニーが壊滅した直後に橋造りの手伝いに来た若い男の人の呼び掛けに、街の人達は笑顔で同意を返します。
テコでも動かなそうな街の人達の満面の笑顔の数々に、タズナさんは以下にも面倒臭そうに頭をかき回し、私に指差し、怒鳴り散らして来ました。

「おいこらナルトの嬢ちゃんよう!一体、ワシになんの恨みがあるってんじゃ!!」
「恨みしか無いです。当たり前じゃないですか!僕、デリカシーの無い人、超嫌いです」
「んなっ!?」

即座に言い返してあげた私の言い分に、私を指さしたまま、タズナさんは硬直して絶句しました。
そこへ、タズナさんの親友で仕事仲間だと言う人が、心底面白そうにタズナさんの背中をバシバシ叩いて大笑いし始めました。

「ぎゃはははは!だあ~から何時も言ってんだろう?おめえにはデリカシーが足りねえってよ。だからツナミちゃんにもいつも怒られるんだって。ナルトちゃんにもデリカシーがねえって嫌われちまってんじゃねえか!!女の子相手にいつもやり過ぎて、から回ってんだよ、おめえはよ!」

爆笑の渦に包まれる街の人達と、その様を歯ぎしりしながら不満そうに睨み付けてるタズナさんに向かって、私はにっこりと笑いかけて止めを刺してあげました。

「これから里に帰ったら、僕、出会った人皆に新しくできたこの橋は、タズナ大橋って名前なんだって個人的に言いふらして置きますね!なんでそう呼ばれるのようになったのか、その来歴と、タズナさんがどんな人だったのかって事も微に入り細に入り事細かく、タズナさんが否定しても覆せないような認識植え付けるLvで!」
「おうよ!頼むぜ、ナルトちゃん」
「いっぱい言いふらして宣伝しておいてくれ!」
「英雄のいる街なんてそうそうねえからな。人伝に聞いた火の国の人達が、一目英雄の作った橋と英雄を見ようと足を伸ばしてくれるようになるかも知れねえしな」

ぐっと親指をたてて街の皆さんに向けて笑いかければ、街の皆さんも同じように悪どい笑顔で親指を立ててくれました。
そこにちょっぴり商売っけを見出し、綺麗な営業スマイルで営業トークをかましてみます。

「宣伝が目的なら、もう一度うちの里へご依頼いただければ直ぐですよ?そしたら火の国所か忍五大国にだってタズナさんの名前を轟かせて見せます。ねえ、先生?」
「あ、ああ。まあ、それが里への依頼で、俺達への任務って事ならそうするが…」
「へえ!そいつあ良い事聞いた。よう、先生さんよ。ちっとその辺について詳しく聞かせちゃくんねえかい?」
「え、まあ、それは構いませんが…」

私の営業トークに興味を持った町の人にカカシ先生が囲まれて、あれこれ問い詰められているのを見つめながら、驚いた表情で私を見つめてくるイナリ君の視線に私は気付きました。

気付いたけど、でも、ねえ。
これ以上は必要ないと思うし。

敢えて気付かない振りしながら、もみくちゃにされてるカカシ先生を眺めていた時でした。

「おい、イナリ」

何か言いたげなイナリ君を無視していた私の代わりに、見かねたらしいサスケがイナリ君に話しかけてました。

「自分が何を目指して何を出来るようにならなきゃいけないのか、もっと良く考えてみろ。お前は、一人ぼっちなんかじゃない」
「うん」

こんな些細なやり取りで何か分かり合ってしまえるほど、なんだか、私が知らないうちに随分サスケもイナリ君と仲良くなってたみたいです。
サスケの言葉に素直に頷いたイナリ君も驚きだけど、サスケの方が私的にはもっと驚きです。
だって、サスケがこんな言葉を誰かに言うとは思わなかった。
いや、サスケは本当はとっても良い奴だから、こういう事があっても実は全然おかしくはないんだけど。
でも、何となく、イメージじゃないんですよね。
びっくりして思わずサスケを見つめた私に気付いたサスケが、むっとしたように睨んできた。

「なんだ」
「別に?」
「ふん」

照れたようにそっぽを向いたサスケがなんだか可愛くて、私は思わず笑顔になる。

「だからなんなんだ、その顔は!」
「べっつに~?なんでもないよ!」
「なんでもない訳ねえだろう!言いたい事があるならはっきり言え!」

そんな私を見咎めて、照れ隠しに私に突っかかってくるサスケに、思わずにまにまと頬が緩んでしまう。
それを更に見咎めて、サスケは余計にヒートアップしてきます。
それはいつもの、私達のやり取りです。

ちょっと、立場逆転しかけてますけど、それでもない訳じゃない、いつものやり取りの延長です。
なにか言いたげなサクラの視線含めて、全然ちっとも変わらない、いつもの私達のやり取りでした。 
 

 
後書き
あのまんまでもいいかなあと思いましたが、これっきゃねーでしょう。
と思いました。 

 

その26

波の国の複合任務を終えて、まだまだひよっこの部下達と別れたカカシは、視線で告げられた通り、火影の前に舞い戻っていた。

「お待たせしました。三代目。まだ、何か」

ナルトの行動を逐一報告するようにと言われているが、報告書には、何もあげてはいなかった。
ただ、ナルトが初潮を迎え、それを切っ掛けにサクラと和解した事だけは記載したが。
それと、戦闘中に偶然、ナルトの影分身を基に、九尾の分身が顕現したことも。
そしてその顛末は、カカシが封印する前にチャクラを使い果たし、空に消えたとした。

私情の混じった忍びにあるまじき隠蔽工作だ。
それは理解している。
だが、全てを里に報告する気には到底なれない。
それ故の、穴のある報告をあげたのだ。

三代目ならば、その不審点に気付いて、こうしてカカシを呼びつけるとわかっていたから。

「うむ…。時にカカシよ。ナルトの様子はどうじゃ」
「ナルトですか」

この質問にどう答えた物かとカカシは悩む。
三代目火影猿飛ヒルゼンは、確かにナルトを可愛がっている。
気にかけてはいるだろう。
けれど、親身になっているとは言い難かった。
何故なら、ヒルゼンは悩みつつも、火影としての立場を崩してまで、ナルトに肩入れは出来ないのだから。

そして、その隙を突くように、ナルトに対してそれをしたのはうちはだった。
うちは一族の長、うちはフガクの妻うちはミコトと、うずまきクシナとの親交を盾に、四代目の一人娘に対する里の扱いを声高く糾弾し、一族に養子として迎え入れると里に申し出てきた。
その頃にはナルトはうちはミコトにすっかり懐き、母とも慕っているようで、フガク一家もすっかりナルトに情を移し、ナルトの去就如何によって、里対うちは一族の構図が明確になってしまうという域にまで来ていた。

ナルトの身柄をうちは一族に渡さねばクーデター。
ナルトの身柄をうちは一族に渡してもクーデターの懸念。
それに揺れる上層部が折れたのは、ナルトの血筋をうちはがその名の元に責任をもって保証し、その情報を里に流すと脅されたからだった。

そこを突かれては、最早黙るしかなかった。
その結果、ナルトの身柄はアカデミー卒業を待って、うちはに移され、それと同じくして暗部に所属させる事が決定された。
暗部に所属させることに嫌悪感をみせていたうちはだったが、ナルトを引き取れるという実に目を向け、その提案を飲んだ。

その一連の流れを、複雑な思いで、そして、どこか安堵を覚えながら眺めていたのは、もう、昔の事になってしまった。
その決定が下された直後、うちは一族は虐殺された。

そこまで思い馳せた時、もう一人、カカシが気にかける要素を持ったうちはの少年を思い出す。
ナルトが倒れ、仮死状態になった時に吐き出された、血を吐くような、悲痛な慟哭。
あの短い間に、サスケの写輪眼がどんな変化をしてしまったのか。
それを具に見てしまったカカシは、そちらこそを重く受け止めてしまっていた。

だからこそ、迷う。
ナルトとサスケの間柄は、随分と絡み合い、複雑に関係し始めている。
そしてそこに余人が入る隙は無いだろう。
おそらくは。

そして、里としても最早二人を切り離して考えるべきではない。
迂闊にナルトの処分に動けば、うちはの血が牙を剥くのだから。

「ナルトは大丈夫ですよ。サスケの奴がついてますからね」

正直、それに不満が無い訳では無いけれど。
未だにナルトに警戒されしまうカカシには、それ以上踏み込む事は出来ない。
ただ、ナルトがカカシの事を、恐る恐るでも慕ってくれているのも伝わってくる。
まさかそれが、ナルトが赤ん坊の頃の事を覚えていたせいだからだとは思いもしなかったが。

「ただ…」

三代目に報告の言葉を濁しながら、カカシは報告書には記載しなかった、詳しい状況を特殊な紙に記した文書を取りだし、ヒルゼンに差し出した。

証拠を残さない機密文書のやり取りに使用される文書様式に一瞬、ヒルゼンの顔に動揺が走る。
無言で手に取り、ヒルゼンはカカシからの本当の報告書に目を通す。
此方には、全てを詳細に書き記した。

ナルトが再不斬の手によって、一見、命を落としたと言える状況になった事。
その戦闘中に、サスケの写輪眼が完全に開眼していた事。
そして、直後のナルトの件によって、更に変化があった事。
偶々ナルトは仮死状態となり、命その物は助かった事。
恐らくサスケは写輪眼の変化には気付いて居らず、今のところ顕現したのはその時の一度きりである事。

その後、ナルトは偶然己の意思に寄らず九尾の分身体を権限させ、分身体を封印しようとするカカシに攻撃し、里への憎悪を剥き出しにした事。
そんなナルトを抑え、宥めたのはサスケだった事。
カカシに攻撃を加えた事に消沈したナルトと話した結果、恐らく、ナルトにとっての里とは、ダンゾウ率いる根の意思を汲む物であるという認識になっているのかもしれないとの印象を受けた、カカシの個人的な推測も添えた。

それ以上は、記さなかった。
志村ダンゾウは、猿飛ヒルゼンにとって、竹馬の友とでも言うべき相手で、共に初代と二代目の教えを受けた同士でもあるのだから。

愕然とした表情で絶句するヒルゼンの手の中で、役目を終えた文書が跡形もなく燃え上がって消えていく。
無言で硬直しているヒルゼンに、カカシは静かに報告する。

「うちの部下達は、それぞれを切り離して考えるには遅い時期に来ているようです。ダンゾウ様か。それともナルトとサスケか。それによって、里の未来は大きく変わるでしょう。ナルトと、サスケ自身の未来についても」

カカシの報告を吟味していたヒルゼンが、重苦しく自身の考えを述べ始めた。

「…サスケの協力をワシ達が得るには、三年前のうちはの事は避けては通れん。ナルトはどうやってかあの件に纏わる裏の事情を知っておった。事によると、ナルトはイタチと繋がっておったのやもしれん。とすると、ナルトが知っておる事は、当然、サスケも知っておると見てよかろう。まさか、こんな事になるとはの…」
「ナルトが、うちはイタチと…?」

その情報は意外といえば意外だが、確かにナルトはアカデミーに入学してから、うちは一族の長であったフガク一家、つまりサスケとサスケの兄であるイタチの家と家族ぐるみで懇意にしていた。
引き取られる先も、フガクの家だったのだから。

カカシもその縁で声をかけられた。
四代目の直弟子であり、今後、フガクの娘になるナルトに深い縁を持ち、更にはオビトから写輪眼を譲られ、うちはとの縁も深く、それでいて、里との繋がりも深く持つ持ち主という事で、大分親しく声をかけられ、うちは家でのナルトの様子を細やかに語られ、ナルトとn顔合わせを兼ねてフガクの家に遊びに来るようにと誘われる様になった。

その中で知った事だが、サスケの母親のうちはミコトに至っては、もう一人の母とでもいうかのようにナルトは慕っていた。
サスケに至っては言わずもがなだ。
ナルト自身はフガクに警戒していたようだが、フガクの方は絆されているように見えた。

考えてみれば、フガクもミコトもミナトやクシナの同期であり、気難しいうちは一族とはいえ、フガクとミナトはそれなりに友好的な関係を結んでいたし、度々差しで飲む事も有るような仲だった気がする。
今思えば、フガクはミナトの友人といってよかったのでは、と、今更ながらにカカシは思い至った。

そもそも、ナルトがうちはと誼を結ぶ下地は出来ていたのだ。
そしてうちはとイタチ自身とも、サスケや二人の母親のうちはミコトを通じて、縁ならば充分過ぎるほどに出来ている。
そも、うちはイタチとは、ナルトが自主的に里人の中で初めて自ら口を開いた相手ではなかったか。

「なるほど…」

確かに、イタチとナルトの間には、何がしか余人には分からない秘密の繋がりが存在していてもおかしくはない。
存在していると見て間違いはない状況だ。
ナルト自身の今後を思うなら、不完全な九尾の器として、里から警戒されているナルトにとっては、抜け忍であるイタチとの秘密の繋がりは、カカシからしてみれば、あまり、歓迎すべき繋がりではない。
そう、思わざるを得ない繋がりなのだが。

それでもナルト自身がサスケと距離を置く事を良しとしていない以上、サスケの兄であるイタチとの繋がりも、ナルトは手放そうとはしないだろう。

そして、サスケ以上にナルトの近くにある木の葉の人間は居はしない。
しかも、ナルトもサスケも、里に執着らしい執着を抱いてはいない。
いや、むしろ、忌避感や悪感情を抱いていてもおかしくはないし、事実ナルトは抱いている。
サスケの方も、普段の振る舞い方を見るに、あまり期待はできないだろう。
うちはに対する里の感情は、ナルトに対する物同様、あまり、良いものではないのだから。

先行きが不安な結論に、思わず内心盛大な溜息を吐く。

「……それはなんとも、厄介ですね」

里にとっても、自分達にとっても、ナルトや、サスケにとってもだ。
そんな様々な事に対する感想を、一言に込めてカカシは漏らした。
それを黙って聞いていたヒルゼンは、暫し瞳を閉じ、黙考し始めた。

そして、意を決したように顔つきを改め、口を開いてきた。

「カカシよ。これは、ナルトとサスケの双方を抱える担当上忍で有る事と、四代目火影の教えを受けたお前を見込んで打ち明ける極秘情報じゃ」

机の上に肘を付き、組んだ手で半ば顔を隠したヒルゼンの、重苦しい重厚な佇まいに、カカシも意を決する。
そして打ち明けられた情報は、到底信じがたいものだった。

「可能性の段階に過ぎんのだが、うちはマダラが生きておるのやもしれん」
「え」

ヒルゼンの言葉の余りの突拍子の無さに、カカシは思わず声を漏らした。
カカシの戸惑いを気にした風もなく、ヒルゼンは続けていく。

「十二年前の四代目の死と、九尾の襲来の影には、そのマダラを名乗る写輪眼を持つ者の影があるのだ」
「は!?」
「そして、ダンゾウは、実は初代様たちが未だ健在だったあの頃から、マダラの写輪眼によって支配されておったのかもしれん可能性が、今になって浮上して来たのじゃ」
「何ですって!?」

それは聞き捨てならない情報だった。
もしもそれが本当なら、木の葉の暗部は長年敵によって支配されていたと同義にもなる。
すなわち、今の木の葉は敵に支配されているも同然と言える。
捨て置く訳にはいかない重大な疑惑だった。

カカシの背に冷たい汗が伝っていく。
里の崩壊を目の当たりにしているような気がした。

「強硬に事を進めるダンゾウの行動の裏には、里と忍界全体に不和を招いて戦を起こさんとするマダラの意志が存在しておったのかもしれんのじゃ。少なくとも、イタチはナルトの助言によってそう結論し、うちはマダラを名乗る写輪眼を持つ正体不明の敵を探るべく、単身奴等の組織に身をやつした。それがあの事件の真相じゃ。あの惨劇は、ダンゾウが出した条件を隠れ蓑に、イタチが里を離れ、里の為に敵の組織に潜入する為の物だったのじゃ」

悩み、疲れ果てた体で、ヒルゼンは老いた顔を伏せた。

「ワシはそうそう奴がマダラの支配下に置かれる筈がないと信じてはいる。だが、マダラはダンゾウが気付かぬうちに、ダンゾウを自身の幻術の支配下に置いていても可笑しくないと思うほどの技量の持ち主だった。何より、当時のワシらは子供で、そしてそれ故に未熟な忍だった。今のサスケやナルトのようにな…」

倦み疲れた疲労の色濃いヒルゼンの独白を、カカシは衝撃と共に硬直したまま、ひたすら耳を傾ける事しかできない。
口を挟めるような事が出来ようはずもなかった。
何故ならば、木の葉の闇を一手に引き受けていた根を統括している志村ダンゾウは、ヒルゼンの火影人生を支え続けた盟友とでもいうべき相手だったのだから。

「確かに疑いの目で以て精査すれば、今のダンゾウの振る舞いは、奴が師事しておった二代目様のものではなく、二代目様が敵としていた筈のマダラの挙動こそが当てはまってしまう。イタチの言によって、ワシはそれに気付いてしまった。気付いてしまってからはもうダメじゃ。何時からダンゾウの振る舞いは、初代様の教えや二代目様の教えから離れてしまったのかと考えても分からんのじゃ。なにも変わっておらんと思う。いや、そう思いたいだけなのかもしれん。何より、マダラの意志がダンゾウに巣くっていると指摘され、両者の成した事や振る舞いを比べてみると、驚く程に類似が有りすぎた。ワシは、老いた。それは重々承知しておる。だが、分からん。この問題にどの様に手を打つべきか」

ヒルゼンの苦悩は更に続く。

「ワシの命を待たず、イタチは一族を手に掛け、里を抜けてしもうた。重要な情報は時折ワシに送られて来ている。だが、イタチは決してワシの命を受けて動いている訳ではない。しかし、里の存続の為に、敵の罠の可能性をも飲んで、サスケを除いた一族全てに手をかけたイタチの決意を無駄にする訳にもいかん。イタチの献身が無駄にならぬよう、ワシの命を受けて里を抜けたように細工はしておいたが、一体、ワシはこの問題にどう向き合うべきか。ワシには未だに結論が出せん…」

火影らしくもなく、気弱に力なく呟くヒルゼンに、カカシは思わず無言になる。
まさか、ヒルゼンがこんな重大な悩みを抱えているとは思いもしなかった。
ついつい、カカシはヒルゼンに確認をとる。

「三代目、この事は、私の他に何方か?」
「…いや。ワシの胸一つに納めておいた。迂闊に漏らせば、里に動揺が走る。それに、砂の挙動に懸念がある現状、この問題の解決に割く手足が足りなすぎる」

嘆くような力無いヒルゼンの声に、カカシはやるせない気持ちを覚える。

ここに、四代目が居てくれたら。
そうしたら、あの人は明るくこの気鬱な空気をあっさりと晴らしてくれたに違いないのに。

そう思ったカカシは、ふと、思い付いて提案する事にした。
どちらにせよ、ヒルゼンは火影として問題に向き合わねばならないのだから。

「三代目。少し休暇をとられては如何ですか?そして、ナルトやサスケと話をしてみるのはどうでしょう。先生はもう居ませんが、先生が繋いだ里の未来はナルトに繋がっています。それに、ナルトを言葉で止められるのは、おそらく現状ではサスケだけのはず。サスケの離反を招くことがあれば、ナルトもきっと続くでしょう。そしてその逆も然りです。あの子達の現状は、報告通りですから。不甲斐ないこの身が嫌になることも多いですが、あの二人を見ていると、きっとあの子達は何があっても二人ならば大丈夫だと思えなくもないんです。ナルトはサスケの前だと子供らしく無邪気に笑ってますからね。サスケの方は素直じゃないので、内心どうだか分かりませんが」

そう言いつつも、いつぞやの任務中のアクシデントが思い起こされる。
動揺して赤く染まったサスケの顔と、今回の件。
サスケの中でどんな変化が起こるか、見物ではあった。

現に異変は現れている。
ナルトがサスケを頼ろうとすると、サスケは動揺してナルトを咄嗟に突き放そうとする。
そして、突き放しきれずに硬直して複雑な表情で黙り込む。
それがいつものサスケとナルトの距離だった。

なのに。

サスケの突き放しは、波の国で過ごしていた間に、いつの間にか口先だけの物に変わっていた。
それは今までのサスケには見られなかった反応だ。
そして、その変化にサクラは敏感に反応し、サクラとサスケの間には気まずい空気が流れている。

明らかなそんな変化に気付いてないのはナルト一人だ。
全く、どうなることやら。

「ふふ。あの子は自分が女だと言うことの自覚がどうも欠けておるからの。ワシの家にサスケを引き取った頃から、サスケはそれで苦労しておった。サスケには、ナルトに呼び出された自来也の奴が、サスケに対面直後に早々に口を滑らせおっての。だと言うのに、夜毎魘されるサスケを案じて様子を見に行くついでに、ナルトは誰かと共に寝る事の心地よさに味を占めてしまってな。毎夜毎夜サスケの布団に潜り込むようになってしまいおったんじゃ。それに気付いて目覚めたサスケがナルトに向かって喚きたてて、毎晩えらい騒ぎになったもんじゃ。全く。幾つになっても、あやつは録な事をせん…」

呆れたように溜め息を吐いたヒルゼンは、直ぐに自嘲に顔を曇らせた。

「最も、ナルトの自覚に欠けておるのは、ワシがあの子を表向き男としてしまったからだがの…。だが、里人のナルトへの扱いや態度を見るに、それは賢明な判断だったとワシは思っている。しかし、あそこまで徹底させるつもりはなかったんじゃ。だというのに、バカ息子が幼いナルトに要らんことを吹き込んでしまいよって。お陰でナルトの情操教育が中途半端なままになってしまっておる。うちはミコトの尽力で、予定と狂ったナルトの情操面に修正はされたが、まだまだ足りないと言わざるを得ん。まあ、しかし、そういった自覚に欠けるナルトの行動に振り回されたお陰で、サスケはこちらが見込んでいたよりも早い期間で立ち直りはしたがの。フフ。あの頃は夜毎毎晩、我が家で繰り広げられるナルトとサスケの攻防で、寝入り端を叩き起こされて、心底うんざりしたもんじゃが、こうして思い返してみると、なんとも微笑ましい思い出じゃの」
「そうですね」

慈愛に満ちた眼差しで思い出を語り、緩く目元を和ませる三代目に、カカシは同じように同意した。
脳裏に浮かぶのは、黒と赤の毛色の違う子供達の姿だ。

カルガモの雛が親に懐くように、ナルトは無邪気にサスケに心を許している。
屈託のないナルトの満面の笑顔は、ナルトの両親を思い起こさせる。
凍り付いた無表情の人形のようだったナルトの、そんな無邪気な子供らしい笑顔を見れるようになった事を、嬉しく思わない訳ではない。
それに、全身で自分に対する無垢な好意を表してくるナルトに、サスケがどんな気持ちを抱いているのか。
今となっては手に取るように思い描ける。

サスケはきっと、ナルトを手放すような事はしないだろう。
今回の件で、ナルトを失う事への恐怖を覚えた筈だ。
ナルトを守る力が欲しいとカカシに願ったサスケを思いだし、カカシは目許を緩ませる。
サスケのその気持ちが、八方塞がりのこの状況に良い風を与えてくれれば良いと思った。

その時だった。
ふと、かつての四代目の雄叫びをもう一度思い出す。
先生にとっては、災難ともいえるかもしれないが。

「フフ。今頃はミナトの奴、草葉の陰で自分は許さんと血涙流して吠えたてておる頃じゃろうな。このままあの子達に何事もなければ、ナルトの嫁ぎ先は、サスケの所になるのかのう…。となると、うちは出身の火影の誕生も夢では無くなりそうじゃ」

そんなカカシの内心を見透かしたように、しんみりとした声で寂しげに呟いたヒルゼンに、カカシは一瞬言葉に詰まってしまった。
そしてむくむくとちょっとした反発心が浮かび上がる。

まだまだナルトは子供といっていい年だし、サスケだって未熟な子供にすぎない。
嫁だのなんだのを話題にするには、少し早すぎるだろう。
ナルト自身に、そういう自覚がある訳ではないようなのだし。

それに、サスケが火影になろうとするかどうかも未知数だ。
今のところ、木の葉の人柱力は、先々代のうずまきミト、先代のうずまきクシナと、続けざまに火影の妻となってはいるが、だからといってナルトがその流れを踏襲する必要はない。

する必要はないのだが、三代揃って女の人柱力という事で、ナルトにもそれを強要される未来は容易く描けるが。
そしてそんな未来を、サスケが黙って見ているともカカシには思えなくなってしまったのだが。

だがしかし、才能や将来性については認めざるを得ないが、二人とも、現時点ではまだまだ忍びになりきれていない、下忍に成り立ての子供なのだ。
多少、早熟で才走った所が大いにあるけれど。

「…それはちょっと気が早いのでは」
「だが、ナルトはサスケの家に通って、炊事や家事を肩代わりしてやっているそうではないか」
「肩代わりしてやってるだけのようですよ。一人分作るより、二人分作った方が経済的だからとナルトが言ってました。家事に至っては、修行や術開発のついでと言い張っています。サスケがどう考えているかは分かりませんけどね」
「そうか。なら、もう暫くは見守るとするか」
「今後はどうか知りませんがね。今回、サスケはナルトを失いかけました。結果として未遂ではありましたが、失っていてもおかしくない状況に立たされた。嫌でも自分にとってのナルトの存在を意識したに違いないですから」

何気なくそう溢した瞬間だった。

「そうか。そうじゃったな。そうか、そうか。では、何れサスケにはワシ直々に稽古をつけてやらねばならんかもしれんな。滅多な男にナルトを嫁がせる事になっては、四代目に顔向けができんからの。サスケの返答次第では扱いてやらねばならんな。ちょうどいい。カカシ、その時はお前も手伝うとよい」

にっこりと好々爺な笑みを浮かべたヒルゼンの背後には、めらめらと燃え盛る修羅のような気迫が漂っていた。
しまった、と失言を後悔しつつ、カカシはにっこりとヒルゼンに向かって笑顔を向けた。

「勿論喜んで。サスケの奴は、ナルトを守れる力が欲しいそうですから。きっとアイツも喜んで、三代目の慈悲に感謝すると思いますよ」

ナルトが懐いているサスケに感謝しない所が無いわけでもない。
本当に、ナルトはサスケの隣だと、年相応の無邪気な顔を幾つも見せてくれるから。

だが、それはそれとして、ナルトが懐く、生意気なサスケが気に入らないと個人的に思う気持ちが無いわけでもない。
何せ、サスケの振る舞いは、昔の思い上がっていた自分自身を見ているようで、どうにも座りが悪いのだ。
生意気なのは、勿論ナルトもそうなのだけど。

何故にあの二人はああも好戦的で喧嘩っ早いのか。
うちはの教育なのだろうか。
イタチは落ち着いた振る舞いの礼儀正しい男だったと思うのだが…。

まあ、何はともあれ、今の所二人の息はピッタリだし、阿吽の呼吸で行動していて任務に貢献していなくもないので悪いばかりでもないのだが、距離の近さ故に一抹の不安が込み上げるのは否めない。

それでも確かにヒルゼンの言う通り、生なかな相手に恩師の忘れ形見をくれてやる訳にはいかない。
サスケがそれを望むと言うなら、遠慮なく徹底的に痛めつけてやろうと思う。
良い機会でもあるし。

「ほほう。そうかそうか。それなら近い内に時間を都合するかの」
「そうですね」

にっこりと笑い合ったヒルゼンとは、きっと同じ事を考えているのだろうとカカシは思った。 

 

その27

草隠れの道具として、木の葉隠れに連れて来られた時、香燐はまさか、自分の身がこんな風になるとは、まさに夢にも思っていなかった。
木の葉の里の中枢部分を、赤い法被を纏い、腰に大きな巻物を提げた白い長髪頭の男の背中から決してはぐれないように、びくびくしながら付いて行く。

草隠れの人間として木の葉の里に足を踏み入れた香燐が、木の葉の里の一番重要だろうこんな深い場所で、目の前を歩くこの男と離れたりなどしたら、きっと香燐は木の葉への侵入者として即座に殺されてしまうのに決まっている。

草隠れではそうだった。
忍五大国の一つである木の葉の里は、小国の草隠れなどよりも、もっと恐ろしい事をされて殺される事になるのかもしれない。
それは死んでも避けるべき事態だ。

せっかく運良く生き延びられたのだ。
そんなのは絶対にごめんだった。
命を繋ぐ事ができたのだから、どんな手を使ってでも、絶対に生き延びてやると決意する。

幸い、草隠れとの縁も切る事が出来そうな上に、草隠れ程香燐の特異体質を重視せず、なおかつ、この世界でも有数の力を持つ木の葉に身を寄せる事が出来るかもしれないのだ。
この期を逃す訳にはいかなかった。

そう改めて現状を振り返った時、香燐は、自分が目の前を歩くこの大きな男に付いて来る事になった原因の事が頭を過った。

中忍試験を受ける最中、大熊に襲われ、逃げ惑っていた香燐の事を、間一髪で救い出してくれた、同じ一族のうずまきナルト。
香燐と同じ一族を示す赤い髪をしていたのに、香燐の知る一族の誰よりも煌めく不思議な色の赤い髪をしていた。
香燐の目には、それはまるで、夜が明け始めた東雲から曙の間にだけ見る事が出来る、美しい太陽の色のように見えた。

だから、うずまきナルトが香燐の命を助けてくれたように、開けない夜は無い、と。
どんなに辛い事があっても変わらず朝がくるように、辛い事には終わりがあって、必ず希望は無くならない、と。
うずまきナルトの形をした大きな何かに、そう教えられているような気さえした。
そうして、心からの安堵を覚えて、これで助かった、と、香燐は幸せになれると、そう思えたのに。

それなのに。

自分の存在を認めたうずまきナルトの告げた事は、香燐のその気持ちをズタズタに引き裂くような現実を言葉少なに伝えて来た。
香燐を助けてくれたうずまきナルト自身も、香燐と同じように道具として利用されている身の上だった。

いや、もしかしたら、香燐よりも酷い状況にあったのかもしれない。

だから、うずまきナルトは必死だった。
必死で、香燐の被る害と不利益について真摯に説いてくれた。
草隠れで同じような目に合っていた香燐には、語られずともうずまきナルトの語るそれが、うずまきナルト自身が木の葉からされている扱いであると述べているようなものだったのに。

誠実に、出来る限り嘘偽りなく条件を述べて、香燐の為に差し伸べられたうずまきナルトの手を振り払う事など、香燐には出来なかった。
うずまきナルトの手を取らず、のこのこと一人草隠れに帰っても、チャクラを全て搾り取られて殺された母のようになる未来だけが待っているだけだ。
だから、うずまきナルトの手に縋りついた。
逃す訳にはいかないとしがみ付いた。
その結果が今に繋がっている。

けれど、ここに至るまでに、色々と衝撃的過ぎる事が短い間に沢山あった。
だから少し、まだ夢でも見ているような気がしなくも無いのだけれど。

ずきん、と。
うずまきナルトに無理矢理噛み付かせてチャクラを吸わせた噛み痕が痛んだ。
思わずそこを、そっと右手で押さえつける。
あんな人間、初めてだった。
自分が死にそうになってるのに。
おもいっきり噛め、と、そう言ったのに。

香燐に強く腕を噛めと言われて、漸く香燐の腕を噛んできたうずまきナルトの、香燐に痛みを与えないように、そっと優しく甘噛みされた場所に感じた、あの痺れて疼くような感覚が、今も消えない。

死にそうになっていたのに。
うずまきナルトと香燐は、顔を合わせたばかりなのに。

どんなに人が良い人間でも、自分の命がかかれば豹変する。
死に物狂いで生きようと誰かの命を利用する。
それなのに。

瀕死の状態なのに、香燐を優しく気遣うだなんて、そんなの、死んだ香燐の母だけだった。

思えば出会ってからのうずまきナルトの行動は全部そうだった。
助けてくれただけじゃなくて、本気で香燐を気遣ってくれていた。
親身になろうとしてくれていた。
一緒に暮らしていた一族の人間ですら、香燐と母を草に売ったのに。
売って、そして一族全員の安全を買おうとして、そうして一族に売られた香燐だけが、今こうして生き残っている。

「一緒に生きる、か…」

まるで母ように優しい表情で微笑んで、香燐の頬を撫でたうずまきナルトの笑顔が消えていかない。

それに、綺麗な顔をしたうずまきナルトと一緒に居た男。
あの男も変わっていた。

うずまきナルトが朝で太陽なら、あの男はきっと夜で闇だろう。
鴉のように真っ黒な髪と、漆黒の瞳をしていたから。
それに、月のように綺麗な顔をしていた。
今まで見たこともないくらいに。

香燐のチャクラだけじゃなくて、香燐の言葉も役に立ったと、あの男はそう言って、香燐に礼を言った。
そんなことを言うやつなんて、初めてだった。
あの男がうずまきナルトをとても大切にしてるのは、顔を合わせて直ぐに分かっていたが、少し胸がときめいた。
役に立てて良かったと、そう思えた。

そんな風に思う事も初めてだったけれど。

「何か言ったかのう?」

うずまきナルトと綺麗な顔の男、確かサスケと呼ばれていた。
その二人の後見人だという目の前を歩く大男が、香燐の呟きを耳にして話し掛けてきた。
あの変わった二人の縁者なら、少しは信用してもいいのかもしれない。
でも、完全に信用しきる事は出来ない。
この男は忍だから。
でも。

「あの、うずまきナルトは…」
「ん?」
「うずまきナルトは、本当に、大丈夫、ですか…?」

恐る恐る訊ねた瞬間だった。
男が振り返り、ふっと優しく笑みを漏らした。
そして、破顔して揉みくちゃになる勢いで頭をなで回された。

「何を暗い顔をしておると思えば、ナルトの心配をしておったのか!良い子じゃのう!大丈夫!お主のお陰でナルトは持ち直した。傷が跡形もなくなったのをお主も見たであろう!いや、助かった。ワシからも礼を言う。あの子はちとワシに縁の有る子でのう。お主が居てくれて本当に助かった」
「え…あの、えっと…」

今まで一族以外の大人の男に、そんな風にされた事のなかった香燐は、戸惑った。
戸惑い、疑問に思った。
この男は一体何なんだろう、と。
この男も木の葉の忍の筈なのに、うずまきナルトから感じた不思議な感じが伝わってくる。
訳もなく、惹きつけられる。

「時に、お主。本当に草を抜けて木の葉に身を寄せる気か?」

そうして香燐が少し気を緩めかけた瞬間、人が良さそうな男の声音が、酷く硬い物に変わった。
纏う雰囲気も、その表情も。
今まで感じた事もない威圧に、香燐は、男が、香燐の出会ってきたどの忍よりも強くて怖い忍だとそう直感した。
だが、直前まで浮かべていた気の良さそうなさっきの笑顔も、この男の一面に違いない。

そして、この男と同じ木の葉の忍であるうずまきナルト。

香燐は、うずまきナルトに噛み付かせた傷痕を更に握りしめた。
この男に里抜けをする覚悟を問われ、試されているのを感じていた。

香燐は本当は、とても怖い。
今すぐ草からも木の葉からも、逃げだしたいと思わないでもない。
でも。

「あいつは、うずまきナルトは、この里の人柱力なんだろう?」
「お主、それを何処で!」

血相を変えた男が、愕然とした表情で香燐に詰め寄ってきた。
その勢いに驚き、焦りながら回想する。
そういえば、これは木の葉の重要機密だった。
うずまきナルトは恐らく、香燐に、木の葉においての己の立場を知らしめる為に、重要なこの情報を口にした筈。
今のは不用意に口を滑らせた香燐のミスだ。
焦りながら、香燐は何故自分がそれを知り、誰が教えたのかを考えることなく口を開いた。

「ウチは、あいつと同じうずまき一族の末裔だ。木の葉は、あいつと同じ血を引くウチを、欲しいって、そう思うって、うずまきナルトがそう言った。だから、ウチが木の葉に利用される事を我慢できるなら、木の葉で居場所を用意出来るかもしれないって…」
「まさかナルトが自分からお主に話したのか!?」

痛い程肩を鷲掴まれ、その勢いに思わず怯える。
必死に首を縦に振って肯定する。

「そうか。すまん。少し動転した。しかし、一体、ナルトは何を考えてそんなことを…」

思わずと言ったように呟いた男に、虐げられて来たからこそ分かる、うずまきナルトのウチへの気遣いを、思わず口にした。

「ウチが、何も考えず、ウチの事だけ考えて生きれるようにするためだと思う」
「何…?」
「上手く、言えないけど。ウチは、今まで誰かに利用されてばかりだった。けど、あいつは違う。ちゃんと、ウチの事、考えて言ってくれた。普通に助けられただけなら、ウチは、きっと、あいつの事を神様みたいに思ってたと思う。でも、あいつはウチに、自分は神様なんかじゃないよって、そう言ってくれたんだと思う」

言葉を口にしながら、うずまきナルトの考えを、必死に追う。
正解かどうかは分からない。
けれど、母と同じくらい優しくて甘いあのずまきナルトなら。

そう考えた瞬間、香燐は天啓のように気付いてしまった。
香燐には、もう一つ、木の葉に対する切り札になる情報を、うずまきナルトから与えられている。

香燐がうずまきナルトが人柱力である事を教えられた事が、木の葉でも特別な立場に居るのだろうこの男をこんなにも動揺させたのだ。
ならば、香燐がうずまきナルトが四代目火影の娘だと知っているという情報は、一体どんな意味を持つというのか。

うずまきナルトは、決して香燐に期待を持たせるような事は言わなかった。
当然だ。
うずまきナルトはいつ命を落とすか分からない忍として、いつでも使い捨てられる里の道具として、この木の葉隠れの里で生きている。
自分の命以外の余計な荷物など抱え込む余裕など、何処にもないはずだ。
香燐もそうだったように。

だから、だから。
木の葉に対して何も持たない香燐の為に、香燐が木の葉の里から有利な条件を引き出せるように。
だから、きっと、うずまきナルトは香燐にわざと機密を漏らした。
香燐がうずまきナルトの情報を使って、木の葉の里で上手く立ち回れるように。
出来るだけ木の葉の里で良い暮らしが出来るように。

サスケという男の憤りと礼の言葉が身に染みた。
こんな恩、どうやって返せば良いのか、香燐には到底思いつかない。

何となく、うずまきナルトがどんな人間なのか、ぼんやりと、分かってきた。
そして、分かるから、だからこそ、涙がとめどなく溢れ出てきた。

「ウチがあいつにされた事は特別な事だったのに、ウチに特別な事だと思わせないように気遣ってくれたんだ。ちゃんと、ウチが、自分の事だけ考えて、あいつの事は気にしないで、これからもウチがウチとして生きてけるように、って。でも、ウチ、そんなことをされたら、よけいにあいつと一緒に居たくなった!あいつ、うずまきだし!ウチもうずまきだ!一族なんて、気が付いた時にはバラバラだったし、利用されるばっかりで、良い事なんて何もなかったけど、でも、ウチ、ナルトと一緒に居たい!ナルトの力になってみたい!ウチに、何ができるかなんて分からないけど、あいつにありがとうって、言って、あいつにもそういう風に言われるようになっててみたい!そしたら、それがナルトと一緒に生きてるって事だろ!?」

後から後から涙が出てきて止まらない。
きっと、こんな風に思ってるのがバレたら、きっと、うずまきナルトは怒ると思うけど。

でもきっと、ナルトは香燐の神様だ。
きっと、心から信用していい人間なのだと思う。
涙で上手く言葉にならないけれど、そんな気持ちを男にぶつけた。

突然泣き出した香燐に呆気に取られていた男は、眩しい物を見るように目を細めた。

「そうか。そうかもしれんのう。なるほどのう…」

何か考え込むように顎を擦り、男は香燐に訊ねてきた。
いつの間にか、香燐を脅しつけるような雰囲気は消えていた。

「ちなみにお主、どの様にして木の葉で暮らしたい?」

草隠れに売られる前に、優しくしてくれた一族の男達がしたように優しさの籠った声で問われ、香燐の耳にナルトの言葉が耳に蘇った。
木を隠すなら森の中。
確かに、香燐のチャクラを吸わせなくても、技術として誰かを治療する事ができるなら。

そしたら香燐は、もう、誰かの道具にならずに済み、命を削らずに済むかもしれない。
それはつまり、香燐は母と同じ末路は辿らないという事だ。
次々に込み上げてくるうずまきナルトへの感謝の気持ちと、とめどなく溢れてくる涙を、香燐は乱暴なしぐさで拭って、覚悟を持って顔をあげて男を睨み付けた。
自分がどう生きて、香燐の命をどう使うのか、少し覚悟を決めた。

人を簡単に道具にして、殺してしまえる忍になるのは、それは少し怖いけど。
でも、うずまきナルトが言ったように、人の命を助ける事の出来る医療忍者なら。
それになら。

「ウチは、今まで草隠れで医療忍者替わりの傷薬みたいにされてきた。それを知ったナルトが、ウチに医療忍者になれば良いって、ウチに言った。ウチ、今まで忍になる教育なんて、何一つ草ではされてなかったけど、でも、今までウチはずっと誰かの怪我を治して来た。だから、無理矢理道具みたいに利用されないなら、これからだって誰かの怪我は治したいって思う。だから、ナルトの言うように、医療忍者ってやつを目指してみたいって、そう思った。ウチに出来るかどうか、忍になれるかどうかも分からないけど」
「そうか…」

頑張って、全てを言い切った瞬間だった。
しみじみと噛み締めるように頷き、破顔一笑した男は、遠慮の欠片もない馬鹿力で香燐の背中を叩いてきた。

「あいわかった!お主の身柄はこの自来也が責任を持って預かろう。何、心配するな。木の葉はうずまき一族と縁の深い里じゃ。お主の言葉も草隠れよりは里にも届こう。届かんのなら、ワシが力になってやる。ワシは思うようにナルトの力にはなってやれんからのう。お主があの子の力になってくれると言うなら心強い。だがしかし、心しておけ。ナルトの言葉は嘘ではない。全て真の言葉のみだ。お主が木の葉に身を寄せるなら、お主は次代人柱力の器、もしくは、器になる者を産み出す母胎として、木の葉の里に扱われかねん。ワシはそう言う扱いを好いて居らんが、そういった考えを持つものがこの木の葉の里にも居るのもまた事実。木の葉は、忍の里だからのう。…っと、おお、これはすまん。ついつい力が入りすぎてしまったようだ」

太鼓判を押した口で念を押してくる男に、男に背中を叩かれた痛みと勢いで、その場に叩き落とされ、思わず蹲っていた香燐も覚悟を決める。
さすがに、香燐だけではなく、これから香燐が産むかもしれない子供まで狙われる恐れがあるとは思いもしなかったけれど。

でも、確かに人間の欲深さなど、香燐は嫌というほど今まで見てきた。
そして、それに翻弄されて、いいように利用されて今まで生きて来た。
だから、覚悟する。
香燐を利用しようとする奴を、利用し返す覚悟を!

きっと、うずまきナルトもこういう覚悟で生きてきた。
多分、きっと。
香燐と同じような境遇に生きているのだから。

だから、うずまきナルトにできるなら、同じ一族の香燐にだってきっとできる。
うずまきナルトはきっとそう信じてくれている。
だからきっと、出会ったばかりの香燐に手を差し伸べてくれた。
だから今度は、うずまきナルトに香燐が手を差し伸べる。

恩は、必ず返す。
命を助けられただけではなく、香燐の未来さえ、一筋の希望で照らしてくれた。
何もかも全ては香燐次第だけれど。
それでも、うずまきナルトがした事が、香燐に出来ないというのは悔しいから。

そう。
恩を受けて、借りっぱなしなのは気にいらない。
瀕死のうずまきナルトを助けて、消化不良ではあったものの、これで助けられた恩は返したと、そう思って、そういう意味では清々していた気持ちも少しはあったのに!
なのに!!!!

拳を握りしめて、今度こそ香燐はしっかりと決意した。
決して、決して、香燐がうずまきナルトに受けた恩を返すまで、香燐は決してうずまきナルトから離れてなどはやらない!
齧り付いてでもうずまきナルトについて行ってやる。
何処までも!
その為になら、何だってして見せる!

そんな覚悟を宿し、手を差し伸べてくる男を睨み付けながら、香燐は自力で立ち上がる。

「知ってる。ウチは、草隠れの忍び中忍試験受験者の数会わせとして連れてこられたから」
「そうか。ならばやはり先ずは火影と顔合わせといこうかのう。お主が身を寄せる所も見繕わねばならんしの!」
「えっ」

パン、と。
再び背中を叩いて促され、香燐は再び歩き出したが、まさか本当にそのまま火影と顔を合わせる事になるとは、本当に思ってなかった。
そして、そのままとんとん拍子で木の葉に拾われる事になる事もだ。

やはり、うずまきナルトは、香燐の神様だと、そう言っても構わない奴だと、香燐はそう感じた。
うずまきナルトに出会ってから、香燐には運が向いてきた。
それもこれも全てはうずまきナルトのお陰だ。
ただ、母が付けてくれた香燐の本当の名前を、そのまま名乗る訳にはいかなくなったのだけは不満だったけれど。

草隠れに香燐の名を隠し、香燐の生存も隠すという目的は分かる。
分かるが!

なんだ、うずまきナルトの従姉妹のうずまきメンマという設定と名前は!!!!
それが木の葉の里の忍を統べる火影とその弟子が真面目に考える事だろうか!?
香燐を馬鹿にしているのだろうか。
それとも、何かを試す意味でもあったのだろうか!?
立場はともかく、それが香燐の新しい名前とか冗談じゃない!

生まれて初めて盛大に怒りの声をあげて抗議した甲斐があって、なんとかメンマは回避出来て、香燐は別の名前を名乗る事にはなったけど。

まあ、とにかく。
木の葉隠れの里は、香燐が思い描いていたよりも、草隠れの里とは、大分違う気風らしい…。 

 

その28

無事に中忍試験予選が終わり、約束通り、ナルトの修行をつけてやる時が来た。
正直カカシも気合いが入る。

既にナルトにはカカシの経歴がバレている。
ナルトの父、四代目火影の波風ミナトに師事した事も、暗部に属して居たこともだ。
だからこそ、ナルトから寄せられる好意から逃げないと誓った。

若干の憧れを滲ませて自分を見上げるナルトの瞳は、恐らくカカシを通してミナトを見ている。
波の国の一件でそう確信した。

ただでさえ九尾に後れを取っているのだ。
ここでカカシがナルトから逃げれば、ナルトの心は里に根を張らない。
ナルトの心が里になければ、いずれナルトは始末される。
尊敬する師であるミナトの残した娘であるナルトを、むざむざと殺させる訳には決していかない。
里の人間全てに罵られようと。
仲間を見捨てるのは屑だと、かつての友であり、仲間であるうちはオビトの教えだから。
だからこそ、気合いを入れて今日を迎えたのだったが。

「さて、ナルト。お前はどんな修行をつけて貰いたいんだ?」

取り敢えず、師として部下の意向を把握しとかねばならないとそう思って何気なくしただけの質問だった。
ナルトが心を偽らず、素直に口を開きやすいように笑顔を心掛けて優しく訊ねた。
ナルトは警戒心が強く、内向的で容易く本心を口にしない一面がある。
まるで臆病な野性動物のように。
警戒させるのは得策ではない。

それに、カカシの前でも素直にはにかみを見せてくれるようになってきているのだ。
カカシ自身、そんなナルトを前にすると、素直に表情が柔らかくなってくる。
だから実は、労する事も無いのだが。

カカシの質問に答えを探すように、ナルトは口元に右拳を当ててこてんと小首を傾げた。

サスケの方は即答してきたと言うのに、ナルトには、まだまだ強くなる為の明確な理由が存在しないらしい。
恐らくはサスケと競う事が楽しくて、その為だけに力を求めているのだろう。
それは素直に微笑ましくて、昔のナルトを思えば喜ばしい事でもあるが、反面、忍びとしては問題でもある。
覚悟の伴わない力など、身を滅ぼす原因にしかならず、ナルトには九尾という最凶の力が宿っているのだから。

自分の中の答えを探していたナルトは、思い当たったように笑顔で希望を告げてきた。

「おじいちゃんや大蛇丸さんに殺されそうになっても、生き延びられるようにしてもらいたいです!」

無邪気な笑顔で要求されたLvの高さと、現実を冷静に見切った冷徹さ、そして、それを全て受け止めた上で無邪気に笑っているナルトの姿に、カカシは二の句が告げなくなった。

確かに、報告では中忍試験第二試験中に、サスケを狙って里に侵入していた木の葉の三忍の一人であり、現在はS級の抜け忍である大蛇丸に殺されそうになったと聞く。
そして、己が里に命を狙われていることも承知しているらしい事も伺っていた。

だが、まさかこうも真っ正直にカカシにそれをぶつけて来るとは思いもしなかった。
沈黙を続けるカカシに、ナルトは不安そうに訊ねて来る。

「やっぱり、僕には無理ですか?」

不安に揺れるナルトの瞳には、切実な必死さが滲んでいた。
思えば出会った当初からナルトは人一倍現状を冷徹に見据え、判断していた。
当然、己が狙われていることも先刻承知の上で、それ故に強さを求めていた。
己が生き延びる為に。

少しナルトを見誤って居たのかも知れないと思い始めた時だった。

「もし、無理なら、せめて、先生から何か土遁を教えて貰えたらなあって思うんですけど…」
「土遁?お前は土のチャクラ性質持ってないでしょう。どうして土遁なんかを覚えたいの?」

思わぬ要求を重ねられ、思わず疑問を口にした。
その瞬間だった。

ぽっと照れたように頬を染め上げて、ナルトが恥ずかしそうにはにかんできた。

「だって、先生、土遁使いなんでしょう?僕、先生の教え子なんだから、一個くらい先生と同じ土遁使えるようになりたいです」

照れてはにかむナルトを前にして、世の中の父親という存在が、何故娘に弱いのかという理由が、朧気ながらも痛い程カカシにも理解できた。
こんな事をこんな風に自分に向かって言われたら、メロメロになるのも致し方あるまい、とそう思う。

そして、この言葉は本来、師であるミナトがナルトに言われるべき言葉だった筈だ。
とはいえ、ナルトの勘違いを訂正してやるべきか否か。
それが一番の問題だ。

そう思いつつも、口は勝手に開いていく。

「確かに先生は土遁も使えるけどね。別に、土遁使いって訳じゃないよ。先生のチャクラ質は本来雷だからね」
「え!?」

愕然とした表情で目を丸くするナルトに、可愛らしいなあと素直に思う。
確かに、ナルトは人一倍冷静に現状を見据えて、正確に事態を把握し、冷徹に判断を下す力を既に持ち合わせている。
その冷徹さはカカシですら末恐ろしさを感じる程だ。

けれど、全てを見通す目を持っている訳では、決してない。
ナルトの驚きはそれを表しているし、そして、それよりも何よりも、カカシの前で、素直にナルトの感情を表に出した表情を見せてくれているのが嬉しかった。

「でも、そうだね。お前がそう言うなら、お前には土遁を教えようか。サスケには雷遁を教えているからね」
「え、本当ですか!?」

そう言った途端、ぱあっと明るい笑顔を見せたナルトの顔に、恩師夫妻の面影が色濃く浮かび上がる。
そんなナルトの頭に、思わずカカシの手は伸びる。
波の国の任務以前は、手を伸ばしてしまうたびに、どこか警戒を滲ませて、迷惑げに複雑そうな表情をする事が多かったのに。

今はまるで、喉を鳴らす猫のようにくすぐったそうに頬を染めて笑うナルトに、カカシの頬も緩んでしまう。

「で?ナルト。お前はどんな土遁を覚えたいの?」

一口に土遁と言えど、敵を攻撃する術、捕縛用の術、防御用の術と色々だ。
そして本当は、土のチャクラ質を持っていないナルトには、土遁ではなく、本人の適正に合わせた水遁か風遁を教えるべきだ。

出来るならば、師ミナトが思い描いて完成させる事が叶わなかったあの術を、娘であるナルトに完成させて欲しいと、カカシは心密かに願っている。
そしてきっと、ナルトならば完成される事が出来るに違いない。
何故ならナルトは、既にミナト考案の最高難易度かつ最強の術習得の第一段階である螺旋丸を、自力で習得してしまっているのだから。

だからこそ、ナルトには、風遁を極める事を目指して欲しい。
ミナトが目指していたのは、形態変化と性質変化を極めた術の融合で、ナルトにはミナトと同じ風のチャクラ質も宿っているのだから。

それに加えて、実はナルトは、複数のチャクラ質を生まれながらに併せ持つ、珍しいタイプの忍びだ。
複数のチャクラ質を生まれ持つ忍びは、後々優れた忍びとなる素質を秘めているが、反面、術の性質変化を苦手とし、性質変化を主体とする忍術の習得において、晩成型となる傾向が多い事が分かっている。

生まれながらに元から異なるチャクラ質を併せ持つが故に、異なるチャクラ質をそれぞれの特徴事に分けて発動させるという事ができず、術の効果が不安定になりやすいのだ。

それを可能とし、更には安定した二属性のチャクラ質の複合忍術を発動可能な忍の一族が、所謂血継限界と呼ばれる忍達でもある。
そしてナルトはうずまき一族の血を引いてはいるものの、そういった血継限界の血筋という訳ではない。

現にナルトは、性質変化を必要とする術の発動を苦手とし、時折おかしな効果の術を発動させている。
特に、ナルトは風のチャクラ質を単独で使用する事を苦手としていて、どうしても水のチャクラ質を混ぜ込んでしまうようなのだ。
その結果が、希少な氷遁発動という形になっているものの、組んでいる印は風遁の物であり、本来あるべき効果ではない事が明らかだ。
だからこそ、ナルトの事を思うのなら、風遁の修行をさせるべきだとは、カカシにも分かっている。

が、ナルトは実に生真面目で、常にコツコツと修行を続けている。
カカシが何か言わずとも、チャクラの流れを見ることが出来るサスケに助言を求め、安定しない術の効果を安定させようと必死になっていた。

だから、一枚の木の葉を与え、風のチャクラ質を使い、切れ目を入れる修行法をナルトに教えたのだが、まさか、ナルトよりも、ナルトがその修行法を教えたサスケの方が、先に風の性質変化を身に付けてしまうとは思いもしなかった。

流石はうちは一族。
その成長速度には目を見張るものがある。

最も、その結果に涙目になって頬を膨れさせ、サスケに挑戦状を叩き付け、より一層修行に没頭するナルトという可愛い姿を見ることができたのだが。
諦めない気の強さはクシナ譲りか、と、くすりとした。
そうして、拗ねてふくれっ面になったナルトの涙目で睨み付けられ、あからさまに動揺を見せるサスケという、サスケの珍しい年相応の面白い姿も見ることができた。

うちは一族の末裔と言えど、やはり気になる異性には弱いらしい。

オビトもそうだったと、かつての仲間を思い出す。
サスケはどちらかと言えば自分に似ていて、同じ一族のオビトとは似ても似つかないが、失言で墓穴を掘ったりするような、そういう不器用な所はそっくりだ。
気づかれないように、陰でこっそりと手を差し伸べるような優しさも。
そうして、ナルトがサスケのそういう不器用さを真っ直ぐに受け止め、肯定している所も、かつての仲間達と似ている。

二人は、性格こそ違う物の、自分とオビトや、かつての仲間の物と関係性がそっくりで、そのくせ、内に抱えている物は、二人とも他ならない自分にそっくりで、ナルトとサスケの二人ともが、カカシには目が離せない。
カカシに何が出来るという訳では無いけれど、大人としてあの子達を守ってやりたいとそう胸に誓った。

二人の師として、かつてのカカシの師であったナルトの父の、波風ミナト先生のように。

そんな束の間の感慨を、二人が抱える里との軋轢という捨て置けない問題を思い出し、カカシは即座に振り払った。

ただ、様々な要因が重なり、奇跡的に実現することのできた三代目直々のナルト達への指導によって、現状は中々良い方向へと向かっているのではないかと思う事が出来た。
何より、ナルトが里の一般家庭の生まれである、カカシのもう一人の教え子であるサクラに心を開いた事による影響が大きい。

おかげでヒルゼンの悩みは一つ晴れ、ヒルゼンの迷いは断ち切られた。
そしてヒルゼンは、人知れずサスケにこのまま修行を付け、直々に鍛え、最後の弟子とする事を決定した。

その為に必要な時間は運良くナルトが呼び寄せた。
まさか今のこのタイミングで、ナルトが里に自来也を呼び出すとは思いもしなかった。
そしてこの中忍試験中に襲ってきた大蛇丸に襲われたナルトが、木の葉を抜けた大蛇丸から身を挺して言質を取る事も。

その結果得られた真相、つまり、大蛇丸とダンゾウの繋がりを、自来也はヒルゼンに報告すると共に、御意見番の二人にも報告した。
既に、中忍試験開始直前に、ヒルゼンには大蛇丸と砂の密約、『木の葉崩し』。
それと、大蛇丸のサスケへの執心が、自来也の口から報告が為されている。
その情報を掴み、自来也に報告したのもナルトだ。

そしてヒルゼンは、御意見番二人の反対を押し切り、この機会と己の命の双方を持って、ダンゾウの木の葉への裏切りへの試金石とする事を決定した。

自来也によってもたらされた情報が流言であるならばそれで良し。
『木の葉崩し』発動前に、ダンゾウ本人によって『木の葉崩し』の詳細や、大蛇丸についての報告が為されればそれも良し。
しかし、報告が為されず『木の葉崩し』が為されたその時は。

ダンゾウと、ダンゾウ配下の根の者は、木の葉と意を分かたった、木の葉に仇為す逆賊の徒となり果てた集団であると断定し、その首魁のダンゾウを木の葉へのクーデターを画策した罪人として処罰する、と。

ヒルゼンの決定に躊躇う御意見番二人に、一族全てを粛清されたうちはの例を取り上げて、だからこそ自分達が長年の盟友への情に流され、判断を誤る事は許されぬと厳しい表情を見せたヒルゼンに、二人は沈黙で以て同意した。
そうして、自分達四人の間で話がまとまりかけた時、自来也がそこにとんでもない疑惑を追加してきた。
うちは一族の虐殺は、ダンゾウと大蛇丸双方の、写輪眼欲しさの我欲が重なった事により起こされた、計画的な犯行であった可能性が高い、と。
うちはのクーデターは、ダンゾウのうちは粛清を決行しやすくするために誘導された結果であったようだ、と。

その情報に、ヒルゼンは元より、自分ですら言葉を失った。
それが真実なら、里は一体どのようにしてうちはに償えばいいというのか。
ついついカカシはサスケの顔と、オビトの顔、それとナルトの顔を順々に思い浮かべた。
そして、下手人となったサスケの兄、イタチの顔も。

そんな中、自来也の報告と、その情報を掴むに至るきっかけを打ち明け始めた。
うちは一族虐殺後にナルトによって呼び出された自来也は、ナルトの異常なまでのダンゾウへの怒りと里への憎悪に疑問を抱き、密かに調べを進めていたそうだ。
その結果は、ナルトの発言を肯定する結果ばかりが続々と出てきたらしい。

ナルトの里への嫌悪と、ダンゾウへの感情は正当な物であり、ダンゾウの行動を良しとしてきた里その物も、ナルトが憎悪し、敵視するように、決して誇りにする事は出来ないとまで、ミナトの師である自来也が言い切った。

更に、大蛇丸配下のスパイと見られる薬師カブトは、暗部の、それも根の息がかかっており、なおかつ、人柱力であるナルトの素性、生まれや能力すら把握していたと報告され、ならば、里に属する全ての忍の情報は、ダンゾウによって売り払われていたとみなされるべきとの結論すらその場で出た。
そうして、いつからその様な事が行われていたのか、という疑問についても。

ヒルゼンはそこで漸く、朋友に真の悩みを打ち明け、マダラの脅威を共有することが叶った。
その余りの事態の深刻さに、御意見番の二人も言葉を発する事が出来ないようだった。
そして、その場に居合わせた全員で、密かに沈黙の制約を交わし、三代目と共に時を待っている。

ダンゾウが自ら『木の葉崩し』についての情報を里に齎す事を。
マダラの意を受け、私欲で動く駒ではなく、木の葉の忍である証を立てる事を。

ヒルゼンはマダラの生存は、暁に降ったイタチからの情報と明かし、自来也は暁の不穏さを報告した。
大蛇丸もかつて暁に所属しており、暁は尾獣狩りを画策する動きがみえる、と。
故に、中忍試験終了後、安全に疑問が窺える里からナルトを引き離し、修行を付ける為、自来也が一時的にナルトを預かり旅に出ると宣言した。
その事に否を唱えられる者は、誰も居なかった。
旅の期限はヒルゼンが決めた。
三年。

そして、その間に里の立て直しを図ると決定した。

暁から九尾を。
いや、ナルトを守れる体制を作れるように。

その一端として、カカシもこの身を捧げる事を決意している。
木の葉は荒れる。
確実に。

その嵐をナルトが目の当たりにしないのは、きっと、幸いだ。

そうして、ナルトが里に帰って来た時には、少しでもナルトが好ましいと思える木の葉に変わっていればいいと、カカシはそう思う。
いや、きっと、変わるだろう。
変える為にこれから動いていくのだから。

けれど、反面、存在に気付いてから、ずっと成長を見守ってきたナルトを、二年もの間、傍で見守ることが出来なくなる。
それは確かだ。
そして、だからこそ、ナルトの申し出は渡りに船で、カカシの胸を打つ。
そうして、そのナルトが望む力の種類は。

「えっと、出来れば誰かを守れるような術が良いかなあって。僕、本当は医療忍者になりたいけど、もしかしたら医療忍者にはなれないかもしれないし…。その代わりって訳じゃないですけど、やっぱりこういうの、忍らしくないですか?」

はにかんで、照れくさそうに打ち明けて、少し不安そうに訊ねてくるナルトの表情に、守り切れなかったリンの面影が重なる。
ナルトの目指す物も、リンと同じ医療忍者だ。

ナルトも理解している通り、ナルトの夢が、叶えられるかどうかは分からないが。
それでも、誰かを常に気遣い、優しい心はリンと全く同じものだ。
ナルトの方が、少し意地っ張りで素直ではないけれど、そんな所は母親のクシナに似ている。

だが二人とも、忍として生きる事が似合わないような、明るい笑顔の持ち主だった。

「良いや、そんな事はないさ。先生も、お前が身に付けた力でサスケを守ってくれたら安心だからね」
「本当ですか!?」

適当に矛先をずらす言葉をかけただけなのに、ナルトの表情に今日一番の笑顔が浮かんだ。

「本当だとも」

その表情が一番、ナルトの母親に似ていると伝えられるようになるのは何時頃だろうか。
取り合えず、ミナトの傍で笑っていたクシナと同じ顔をするようになるまでは、まだまだ伝える気にはなれない。

サスケはナルトを囲い込む事を決めたようだが、今のナルトがサスケに向ける表情は、リンがオビトに向けていた物に近い。
そして、オビトがずっと見ていたリンが、自分に向けてくれていた感情は。
そして、だからこそ自分は。

そこまで考えて、カカシは自分の中の感傷を断ち切って、目の前のナルトに向き直った。

「取り合えず、ちゃんと土遁は教えてあげるから、その前に、お前はきっちり風遁を発動させられるようになりなさいね。それが土遁を教える条件だ」
「えーーーー!!!!」

すっかり土遁を教わる気満々だったのだろう。
滅多にない、心底愕然とした表情で、ナルトはらしくない絶叫をあげた。
その表情にカカシの悪戯心が刺激されてくる。
そういえば、ナルトにはつい先日サクラと一緒におちょくられた礼がまだだったことだし。

「教えてあげないとは言ってないんだから、我慢しなさい!今日の修行は風遁の修行!いいね?」
「はあい…」

サスケやナルトが全面的に信を置いているアカデミー教師を真似て強く言えば、ナルトは拗ねた様子で唇を尖らせ、そのまま素直に引き下がった。
大人しく言う事を聞く態勢をとった可愛いらしいナルトに、やはりまだまだ子供だなあと、カカシはこっそりと目を細めて小さく笑った。 

 

その29

血の気の失せた青白いナルトを抱き抱え、グダグダと下らない事を垂れ流しているナルトを、もう一度サスケが怒鳴り付けてやろうと思ったその時だった。
ナルトの瞳孔が縦に狭まり、赤く染まる。

人柱力として、九尾のチャクラを使う時の変化に、はっとなった。

「ナルト!?」

思わず声をかけた瞬間、瞳を閉じて、くたり、とナルトの全身の力が抜けた。
ナルトの意識が途切れたらしい。

そのナルトを、九尾のチャクラがあっという間に、ナルトを抱えるサスケごと覆っていく。
肌を焼く障気のような重いチャクラに包まれ、直に感じ、サスケは忸怩たる思いに囚われていた。

こんなものとの共存を、ナルトは余儀なくされている。
そして、その存在を、ナルトは誰よりも何よりも頼りにしている。
全面的なナルトの味方でもなく、ナルトに現状を押し付けている疫病神のくせに!

サスケにはそれが面白くなかった。
だが、今、この場で九尾がナルトにチャクラを送って来る意味はなんだ。
じわじわと染みだし、狐らしい形を象って行く九尾のチャクラを眺めながら、サスケがそう考えていた時だった。

「これはいかん!」

ナルトの変貌に泡を食った自来也が、何かの封印式を書き付けた札をナルトに押し当てようとして来た。
思わずその手を掴んで止める。

「ナルトに何をするつもりだ!」

妙にチャクラの色や流れがよく見えるようになったまま睨み付ければ、自来也が硬直し、困ったように眉を下げた。

「サスケ。これがどういう事か、お前ならば察しておろう」
「ああ。だから、このままにしておけばナルトは助かる」
「何!?」

指摘すれば、驚いたように目を向いた自来也に、大蛇丸に貫かれたナルトの腹部を示す。

「見ろ」

果たしてそこにあったはずのナルトの怪我は、跡形もなく消えていた。
それと同じくして、ナルトを包んでいた九尾のチャクラも収まっていく。

「……これは、どういうことだ?」

困惑している自来也に、これ以上何も言う気になれず、サスケは思わずナルトの中の九尾に向かって声をかけた。

「ナルトを助けてくれて、礼を言う」

こちらの状況をナルトの中から九尾が覗いて居る事は、ナルトの口振りから察していた。
だから、サスケの言葉もきっと届いている。
そして、面白く無いものを感じつつ、ナルトの九尾に対する強固な親愛と信頼感を納得した。

成る程九尾は頼りになる。
誰よりも、何よりもだ。

現に、瀕死の大怪我だったはずのナルトの怪我は、すっかり跡形もなく癒えている。
もう、ナルトに命の危険はない。
ナルトに巡るチャクラの流れからも、それは明らかだ。
ほっと息を吐き、意識の無いナルトの体を強く抱き締めた。

「お前が居てくれて良かった。ありがとう」

ナルトが助かった安堵故に、ナルトを助けた九尾に対する好感を抱き、サスケがそう漏らした瞬間だった。

「え…」

サスケの側で、聞き慣れない女の声が聞こえてきた。
ふと、そう言えばナルトを助けようと動いてくれたのは、九尾だけじゃなかった事を思い出す。

そして、今のサスケの言葉が、そいつにあてたものにも取れなくもない事を。
しっかりと顔をあげて、赤い目と赤い髪の、ナルトとは全く似ていないのに、どこか似たような雰囲気を持つ赤い女と目を合わせて、ナルトへの尽力に礼を言う。

「こいつはいつも他人を優先ばかりして強情を張るからな。自分がどんな状況だろうとお構い無しだ。あんたの叱咤も有り難かった。助かった。済まなかったな」

九尾が居ればナルトは死なない事は証明されたが、このうずまき一族の女の行動も、ナルトが生き残る確率を上げるものだった。

成る程。
こいつの力は役に立つ。
十中八九、ナルトの行動は忍らしくもなく単に情に流されただけの結果だろうが、ナルトの判断は間違いではなかった。
この女の能力は使える。
素直にそう思う。

ナルトの側に置いておくのに丁度良いとそう思った。

「え、あの、別にウチは、助けてくれるから助けただけで、こいつの為じゃなくて、ウチの為だったし…」
「ああ。分かってる。だが、あんたのお陰でこいつが持ち直したのも確かだ。あんたがあの時こいつにチャクラを分けてくれなかったら、ナルトは死んでいたかもしれない」

自分の漏らす言葉の持つ威力を再確認し、サスケはナルトを抱える腕に力を入れた。
いつの間にかナルトはサスケの腕の中に納まるくらい、小さくなっていた。
出会った頃は、同じくらいの体格で、力だってそうだったのに。

最近、ナルトを力で押し切ってしまえるようになっている事を、サスケは改めて認識した。
その理由もだ。

ナルトは女で、サスケは男。
そして、失いたくない女なら、自分の物にしてしまえば良いのも、何となく理解している。

父が母を大切にしていたみたいに、自分がナルトを囲ってしまえば良いのだ。
ナルトを自分に従わせてしまえばいい。
自分の側にナルトを縛り付けてしまえば、ナルトは何処にも居なくならない。
男と女ならそれが出来る。

そうすれば、ナルトにだって、家族が出来る。
ナルトが夢見たように、サスケがナルトの家族になれる。
ナルトが本当に望んでいた形では無いだろうが、それでも家族は家族だ。
サスケにも、もう一度、家族ができる。
また、家族を失ってしまう恐怖を、サスケは抱える事にはなるだろうけれど。
それでもナルトを永遠に失ってしまう事に比べれば、些細な事だ。

第一、今のようにサスケの所に入り浸っておいて、ナルトはサスケ以外の誰に嫁ぐ気だ。
恐らくナルトは、そんなことは考えた事も無いに違いないけれど。
そんな風に、忍の癖に、迂闊に隙を見せるナルトが悪いに決まっている。
サスケはもう腹を決めてしまったのだから。

愛だの恋だのはサスケにも良く分からないが、ナルトは自分の側から失くせない。
それさえ分かっていればそれで良い。

大体、うちはの復興を手伝いたいとか宣うなら、わざわざナルトが誰かを仕込まなくとも、母から直接サスケの家の味を仕込まれたナルト自身がサスケの嫁に来てしまえば、色々と手間も省けるのだし。
第一、三代目には既にそのように話を通したし、ナルトの父親に縁深かった担当上忍にも話を通した。
九尾を制するのに、うちは以上の適任も無いのは周知の事でもある。
それ故の下らない懸念は、これから叩き潰せばいい。

いざとなれば、ナルトを連れて里を出るまでだ。
ナルトの話通りなら、その時は兄も力になってくれるに違いない。
ただ、ナルトだけがサスケの意向を全っっっく気付いていないけれど。
一族所縁の武器屋にまで連れて行ってやったというのに。

じっと意識を無くした血の気のないナルトの顔を見つめていると、青い顔でサスケとナルトを伺っている同期連中と、頬を赤らめて自分を見つめているうずまき一族の血を引く女に、ふと思い立った。
そして、役に立たなかった木偶の坊の存在も。
そう言えばこの男はナルトの名付け親だったか。
ならばこの男にもサスケの意を知らしめておかねばならないだろう。

腕の中のナルトの顔にサスケは視線を落とす。
見慣れたはずのナルトの顔なのに、生きてナルトがここに居ると思うだけで、意識の無いナルトの顔が、酷く可愛らしく見えた。
日に当たると金の色を浮かび上がらせる赤い髪も、円やかな線を描く頬も、額も、ナルトを形作る何もかもがだ。
思わずそっと額に口付けを落とす。

声無き悲鳴が同期連中に走ったのを感じつつ、心からの安堵を漏らした。

「こいつがここで死ななくて、本当に良かった…」

もう、二度と、ナルトを死なせかけないと誓った筈なのに。
また、サスケはナルトを傷付ける事を許してしまった。

ナルト自身、素直にサスケに守られてくれるような玉ではないのは分かっている。
放っておけば、何処に飛んでいくか知れたものではない。

失わなかった安堵を感じながら、再びそんな状況を作る事を許した自分に対する憎悪と、そんな状況を許す世界に対する苛立ちにサスケは暗く思った。

力が必要だ、と。

ナルトを守り、ナルトをサスケから奪わせない圧倒的な力だ。
その為に、これからサスケはどうすれば良いだろう。

グツグツと煮え立つ思いを感じながら、もう一つ、思う。
ナルトを危険から遠ざけて大人しくさせて、サスケの言うことを良く聞くようにさせるには、どうするのが一番効果的か、と。

忍を辞めさせるのが一番だが、現状、それは不可能だ。
暁とかいう、兄が属している組織に、ナルトは九尾目当てで狙われている。
そしてナルトが既に九尾の人柱力である以上、ナルトの生に平穏は無い。
サスケにもそれは分かっている。
しかし、許容は出来ない。

ナルトは本来、争い事が嫌いだ。
女なのだから当然だ。
可愛らしい物や綺麗な物に目を輝かせても、決してそれに触れたり、手折ろうとはしない甘い奴でもある。
徹底的に忍には向いていない要素ばかりを、本来のナルトは持ち合わせているのに。

ナルトの腹の中の九尾のせいで、ナルトは忍として生きざるを得ない。
そして、人が生きる為には、理由が必要だ。

サスケにはそれが良く分かる。
だからナルトの憎悪も理解できる。
そして、それもまた気に入らない。
何も考えずに笑っているのが、ナルトには似合うのに。

せめて大人しくサスケに守らせてくれれば良いのに、ナルトはサスケに頼ろうとせず、ナルトこそがサスケを護ろうと動いてくる。
その気持ち自体は、まあ、悪い気はしないが、サスケにだって、男としてのプライドがある。
何より、無意識にナルトがサスケを頼りにならないと断じているようで不快だし、気に食わない。
ナルトの境遇故に自立心が強い事を差し引いても、やはり面白くない。

ナルトにサスケは男だと認識させるには、やっぱり、はっきりとサスケの嫁に来いと告げてしまうのが良いのだろうか。
その方が色々と手っ取り早いだろうし。

だがしかし。
それにも一抹の不安が過る。

色々と自覚に乏しいナルトは、際どい事をあっけらかんと口走り、そんなナルトに、サスケが自分とナルトの性別の違いから、ナルトが口走った事の際どさを自分で推し量れるように促してやったのに、きょとんとするばかりで全く意味を解していなかった。
どんな馬鹿でも理解できるように、ナルトとサスケは同性ではなく、異性なのだとはっきり伝えてやっていたのに。

あの時のように、ナルトに嫁に来いとはっきり言っても、全く伝わらないのではないかという懸念がどうしても消えていかない。
ナルトには、言葉ではなく、行動で理解させた方が良いのだろうか。
幸い、ナルトは、サスケとの肉体的な接触を好んでいるし。

だが、サスケは婚姻前の男女が同衾するのは問題だと思うし、血継限界を宿すうちは一族として、その様に教え込まれている。
ナルトが同性であるのなら、ナルトのサスケと同衾したいという下らなくて他愛ない子供じみた幼い願いを、サスケの気が向けば叶えてやるくらいはやぶさかではないと思わないでもないが、あいにくナルトは男ではなく女だ。

そしてサスケは、血継限界をその身に宿す一族の生き残りだ。
サスケとナルトが同衾するのなら、ナルトはサスケの嫁になるしかない。
ナルトをサスケの嫁にすると決めたのは、それだけが理由ではないけれど。
誰かにナルトを奪われる事があるなど、今更耐えられる訳がない!

ナルトは自分で物事を考える頭が無い訳ではないのに、時折こういう重要かつ大事な事を見落として、自分の行動の結果を軽視するきらいがある。
だからこそろくすっぽ物を考えず、能天気に女のくせに男であるサスケにすり寄って来ているのだろうが。

そういう所は悪くないと思うし、出来るならそれは、サスケだけが知っていれば良いと思う。

なのに、ナルトはサスケの気も知らず、ふらふらと危険に身を晒してまた死にかけた。
意識の無いナルトを抱き抱え、愛おしむように頬を撫でながら、サスケは改めて思った。

力が必要だ、と。
ナルトをサスケに縛り付ける力もだ。

ナルトは自分から、サスケから離れる気はなさそうだが、うっかり離れようとする事があるかもしれない。
だって、ナルトはこうしてまた、サスケの前で死にかけた。

うちは一族の証である瞳を不穏に光らせて、じっと腕の中のナルトだけを見詰める。
そんなサスケの姿に、誰も声をかける事が出来なくなっているなど気付きもせず、サスケは腕の中のナルトを見つめ続けた。 

 

その30

 
前書き
木の葉の外にお出かけだってばよ直後の、帰還後の一幕。
その1。 

 
猫バア様の所から木の葉に帰ってきて、そろそろ解散という時でした。

「ナルト。話がある。家に寄っていけ」

出し抜けにサスケがそう言ってきました。
サスケからのお誘いに、嬉しくなって笑顔で即答します!

「うん!いいよ!」

私が頷いた途端、ちょっと穏やかに微笑んだサスケに、サスケ君の面影を見付けて更に嬉しくなりました。
しかも、あの頃よりも仲良しになれた事を実感する。
友達と言われた事も、猫バア様の武器屋さんに連れていって貰えた事も。

なんか少し照れ臭いけど、今日の一連のあれこれをしみじみと思い出して、ついでに猫バア様の言葉を思い出しました。
サスケにお金以外でお礼をしろという。

いつもサスケのご飯は私が作っているので、お礼というにはささやかすぎるし、気が向けばいつも聞いてる事では有るんですけど。
ちょっといつもの夕飯時からは外れているけれど、夕飯時と言えば夕飯時だし。

木の葉の繫華街に、商店街よりも飲み屋さんの雰囲気が強くなってきたのを、木の葉の里の門を包む夕闇に悟りつつ思い立つ。
そして、考えるまでもなく口が開いた。

「今からサスケのお家に行くなら、夕飯は買って帰った方が良いよね。口寄せ動物契約させてくれたお礼に、僕奢ってあげるよ!サスケはなに食べたい?」

私の質問に、サスケが眉間にしわを寄せた。

「…別に食えれば何でもいい」
「何でも良いじゃダメだよ。忍は身体が資本なんだから、ちゃんと栄養考えて食べないと」

ぶっきらぼうなサスケの返答に、ムッとして反論すると、同じようにムッとしたサスケが私を見つめてきました。
いつもみたいに何か言い返されるのかな、と思ってた時でした。
ふと、何か考え込むようにサスケが口許に手を当てて視線を落としました。

「サスケ?」

何時ものサスケらしくない姿に思わず小首を傾げて名前を呼ぶ。
すると、サスケが真っ直ぐに私をみて、訊ね返して来ました。

「オレの食いたい物で良いのか?」

その質問に、素直に奢られてくれる気になってくれたか、と、思わず笑顔で首を縦に振った。

意外とサスケもお金の貸し借りにはきっちりしていて、中々私に奢らせてくれないんですよねー。
友達っぽくって、私はもっとサスケに奢ったりしたいのに。
結局、奢る奢らないで私とサスケの意地の張り合いになっちゃうんで、いつも間をとって、サスケのお家で私がご飯を作るに落ち着くことが多いんだけど。

「うん!勿論!」
「……何でも?」
「僕、そう言ったよ?」

くどいくらい、念を押してくるサスケに、不審を覚えて首を傾げたその時でした。

「なら、お前の家で、お前の手料理が食いたい」

思っても見なかった事を、真っ正面から真っ直ぐに言われてきょとんとしてしまいました。
正直言って、それは全くの想定外でした。
けど。

「駄目、か?」

若干不安げにしている、珍しいサスケの姿に思う所が無いとは絶対に言いませんけどっっ!!
サスケからの思わぬデレに、思わず満面の笑みが溢れてしまいましたっ!

「ううん!全然!サスケが良いならそれで良いよっ!じゃあね、じゃあね、今日はサスケの好きな物作ってあげる!何食べたい?何作ろっか!!」

思わずはしゃいでサスケの正面に立って、サスケの両手をとって、ぶんぶんと上下に振り回してしまう。

今日はなんて良い日何でしょうかっ!
ミコトさん達が私を引き取ろうとしてくれてた事を知れて。
サスケがうちはの人達が使ってた武器屋さん紹介してくれて。
そして、それだけじゃなくて友達として私に歩み寄って来てくれたのに、更に距離を縮めようとしてきてくれました!!

サスケの方から!!!!

サスケは今まで、絶対に私のお家に遊びに来たいとか、そういう素振りは全然見せてくれなかったんですよね!
私がサスケのお家に誘われるのも稀でした。

なのに、何故かいつも気が付いたらサスケのお家で夕ご飯食べてて、それが普通になっちゃってたんだけど。
いつもなし崩しというか、なんとなくというかで。

それで気付いたら、夕ご飯はサスケのお家で食べて、次の日のサスケの朝ご飯を私が用意して帰るのが日常になっちゃったんですよね。

いつの間にか、サスケのお昼は、私の作ったお弁当だし。
サスケのお家にお泊まりした日は、そのままサスケのお家で、朝ご飯とお弁当作っちゃうし。

それに、最近じゃ、サスケのお家のお掃除とか、洗濯物とかにも手を出しちゃってなくもない。

…なんでこうなったんだったっけ?
きっかけって、何だろう。

でも、まあ、特に問題もないし、サスケの方からこんな風に要望出してくれるのって、私達はちゃんと仲良しの友達って実感できて、すっごくすっごく嬉しいです!!!!

「そうだ!じゃあさ、こないだは結局僕がサスケのお家に泊まったから、今日はサスケが僕のお家に泊まりにおいでよ!」

嬉しかったので、ヒナタを誘おうと思ってたお泊まり相手を変更して、サスケをまたお泊まりに誘って見ました。
問題は、お布団が一組しかないので雑魚寝になっちゃう事なんですけど。

その途端、サスケがぴしりと硬直した。
暫く固まって、まじまじと私の事をじいっと見詰めて来るので、思わず首を傾げたら、深い深い溜め息を吐いて、額をこづいてきました。

「このドベ。ウスラトンカチ。そう言う事は、お前の家に布団が増えてから言え。それと、何度も言っておくが、オレは男で、お前は女だ。男に気安く家に泊まりに来いとか言うんじゃねえ。家に泊めるのは女だけにしろ」

いや、泊める泊めないはそもそもですがね、ヒナタとサスケに限るなんですけど。

というか、いい加減にサスケ、私達の性別に拘り過ぎてませんかね???
そんなに念押ししないと、私が女だってこと忘れそうになっちゃうんだろうか。

そうかもしれない。
だって、私達って、ずっと一緒に居た兄弟のような物だったし。

でもサスケって、かなり真面目で古風な事を大事にしてる方だから、これってもしかして、サスケ自身のあれこれじゃなくて、私にも自覚を持たせよう的な心配してくれてるのかも???

私、今までサスケの前でも男として振る舞ってたし。
サスケは真面目だから、私が本当は女だって知って、今までこっそり気にして、私の事心配してくれてたのかもしれない。

そう言えば、そういう感じにサスケが私を気にしてくれてた証拠の記憶がちらほらと。
最近増えた、サスケからの意味不明な小言って、サスケが私の性別知ってたって事知ってから考え直したら、あれって、滅茶苦茶真っ当なサスケからの心配の気持ちだ!?

改めて、サスケからの友情と優しさに気付いて、ほっこりと胸が温かくなる。
そこに思い至った私は、素直に笑顔で口を開いた。

「家に泊めても良いなって思ってるのは、今のところヒナタとサスケだけだよ?」
「…ならいい」

私の弁解に、ぎゅう、っと眉間に皺を寄せて何か考え込んでいたサスケが、一応納得したように頷いて来ました。

微妙にまだサスケが納得してないような気はしてなくも無いけれど、サスケは頑固だから、口を割らせるのは結構手間がかかるし大変だ。
無理矢理聞き出そうとすると、反発も半端ないし。
結局ケンカになって、そのまま手合わせになって、最終的に全部うやむやになっちゃうんで、サスケが話したくなるまで放っておいた方が良いのは分かっている。

ので。

話を元に戻してみた。

「で、サスケは何食べたいの?何作ろっか!」

今の時間だと、八百屋さんはもう閉まっているし、朝の早い豆腐屋さんと魚屋さんも閉まっている。
かろうじて空いているのは、惣菜も一緒に取り扱ってる肉屋さんさんくらいか。

とはいえ、それもそんなに時間的に猶予は無さそうだが。
もしも開いていたとするならば、閉店間際で惣菜類は残ってないなと考える。

自然と店明かりが漏れ始めた繁華街へ足を向けながら、サスケに希望を改めて訊ねれば、少し考えた後に質問を返してきた。

「お前は何が食いたいんだ?」
「えっ。僕は別に何でも…」

サスケへのお礼なのに、逆に私が食べたい物を聞かれるとは思っていなかった私は、思わずサスケと同じ事を返してしまう。

しまった!

と思った瞬間でした。
サスケが不敵にニヤリと笑った。

「忍は身体が資本だ。きちんと栄養を考えて物を言え。適当に済ませようとするな。俺達は成長期でもあるんだからな」

私が言った事がそのまま、しかも、倍になって返ってきました。
思わず膨れっ面でサスケを睨み付ける。

けど、サスケは機嫌良さげな平然とした表情を取り繕っていた。
その澄ました顔が憎たらしくも腹立たしい。
けど、確かにそうなので反論が出来ません!!

むう。
むかつく。

「まあ、冗談はさておきだ。実際、何が作れるんだ?オレの家はともかく、お前の家に何があるのか、オレは知らないぞ。こんな時間だしな」

あっさりと、冗談の一言で私の不満を全部片付けて、サスケは現実的な事を言ってきました。

確かにそれもそうだ。
ちょっと家の畑の状況を頭に浮かべて、サスケに残念なお知らせを伝えておく。

「トマトはまだ食べれないよ?明後日辺りが食べ頃だから。食べられなくもないと思うけど…」

そう言った瞬間、ちょっぴりサスケの眉間にしわがよった。
残念そうな雰囲気が見え隠れしてなくもない。
サスケ、家の畑で収穫したトマト大好きですもんね!
実はちょっと期待してたりなんかしてたんだろうな、この反応だと。

「そうか。なら、本当にオレは何でもいい」

すんなりとそんな事を言ってきたサスケに、私はちょっと困ってしまった。

そういう返答が一番困るんですよね。
どうせなら美味しいって思って貰える物を作りたいって思うし、美味しいって思って貰えるのなら、食べたいって思う物を作ってあげたいとも思うし。
特に今日は、お礼って意味もない訳じゃないし…。

「何でもいいが一番困るんだけどなあ…」

サスケと並んで繁華街に向かいながら、眉をしかめて小さくぼやく。
その呟きを聞き咎めたサスケが不思議そうに訊ねてきました。

「何をそんなに悩むんだ?何でもいいって言ってるんだ。なら、考える事も無いんじゃないか?」

料理をしないサスケに、献立を考える面倒臭さはなかなか理解が及ばないんでしょうね。
そんなサスケにどうやってこの面倒さを理解して貰おうか…。

そうだ! 

「A級任務に着くカカシ先生に、任務で使用する兵糧丸を作れって頼まれて、指定は?って聞いたのに何でもいいって言われて、サスケ、どんな兵糧丸作る?」
「どんなって…」

突然の質問に面食らったようなサスケが口籠った。
そして暫く沈黙する。

「なんだ、その状況は。だが、意外と難しいな。指定が無いのも範囲が広すぎて逆に選択に困る。しかも、奴の戦闘スタイルを思えばスタミナ特化だけではなく疲労回復効果もあった方が良いだろうし、写輪眼を持っている事も考えれば、うちはの兵糧丸をベースにした方が良いだろう。そうなると、材料は…」

意外と素直に考え込んでくれたサスケに、答えを述べる。

「ご飯の何でもいいもそんな感じ。作る料理の範囲広すぎてどれ作ろうか迷うんだよね。せめて味の指定か主食は何が良いかくらい言ってくれると良いんだけど…」

ついでに探りを入れてみた時でした。
なんとなくそんなもんかと納得してくれたサスケの口から、かなり建設的な答えが返ってきました。

「なら、適当に惣菜手に入れて、飯と味噌汁だけ作ってくれ。お前の作った味噌汁をオレは食いたい」

じっと私の目を見つめながら、再びそんな事を言い出したサスケに、思わず破顔しちゃいました。

「良いよ!それなら、早く惣菜屋さんに行こうか!あ、だったら、お弁当屋さんでお弁当買って、お味噌汁だけ作るのもありだね。どっちがいい?」

でも、どっちにしても、これじゃ、やっぱりお礼にはならなさそうだから、サスケへのお礼は別なのにした方が良いですよね。
どうするのが良いのかなー?

ちょびっとサスケへのお礼について考え込んだ時でした。
当のサスケが意見を述べた。

「こんな時間だ。両方に寄って見繕った方がいいだろう」

当たり前のように、そう言われて、それもそうかと思い直す。
お惣菜屋さんにも、お弁当屋さんにも、品数はあんまり残ってないはずですし。
ついでに、サスケへのお礼も棚上げする事にします。
どうせなら、もっとちゃんとしたお礼したいし、その方がきっとサスケも喜んでくれますよね!

「それもそっか!でも、それじゃあんまりサスケへのお礼にはなんないから、お礼はまた別の何かにするね!じゃあ、行こう!」
「…ああ」

私の言葉にちょっと変な顔をしたサスケを引き連れて、私は飲み屋の明かりが増えた、里の木の葉通りの繁華街に駆け出していた。

 

 

その31

 
前書き
木の葉の外にお出かけだってばよ直後の、帰還後の一幕。
その2 

 
猫バア様の所から帰ってきて。
サスケのお家にお誘いされた後。
何だかんだあって、結局、私のお家でご飯を食べて、今後についての作戦会議に落ち着いた。

適当な食べ物屋さんを二人で巡って、忍に必要な栄養についてをあれこれサスケといちいち議論しながら、楽しく夕食のおかずを手にいれて。

二人揃って私のお家を目指します!

サスケと連れ立って私のお家に向かうのなんて、初めてです!
何だかとっても嬉しくなる。
ちょっぴり浮かれて、ついつい調子に乗っちゃいます!!

「えへへ。ねえ、サスケ。また手を繋いでも良い?」
「はあ!?」

里を抜けて、辺りは私のお家のある山の入り口に差し掛かり、里の人間の目は完全に途絶えた。
サスケが相手とはいえ、人目が有るところで必要以上に仲良くしてると、後でサスケに何が起こるか分からない。
でも、ここからなら。

人目が無くなった事を見越した私からの、突然のお願いに、サスケがぎょっと目を向いた。

「サスケが僕のお家に来るのって、初めてだなあって思ったらなんか嬉しくって!さっきみたいに、またサスケと手を繋ぎたいなあって。ダメ?」
「だ、駄目じゃ、ない、が…」

小首を傾げて期待を込めてサスケを見詰めれば、何故か妙にサスケの落ち着きがなくなった。

さっきは繋いでくれたから、今度も繋いでくれると思うんだけど…。
駄目なの?

じいっと、期待を込めて、サスケの事を見詰め続ける。
私の視線から逃げるように、サスケがふいっと視線を逸らした。

「お前、調子に乗るのも程々にしとけよ」

結局、溜め息混じりに釘を刺しつつ、それでもサスケは私の手を取ってくれた。
それが嬉しくて、繋いだサスケの手をしっかりと握り締めて、満面の笑みで頷いた。

「うん!」
「…本当に分かってんのか?」
「分かってるよ?人前ではしないし、どうしても我慢できない時だけお願いするもん」

疑わしそうに訊ねてきたサスケにそう言えば、疑いつつも納得してくれたのか、微妙に眉間にしわを寄せつつ、サスケは無言になりました。

大丈夫。
ちゃんと分かってます。
私、人柱力ですもの。
今まで以上に仲良しな所を里の人間に見つかっちゃったら、サスケまで何されるか分かりませんもんね!

今までサスケは無事だったし、サスケが里の人間なんかに後れを取るとは到底思えないけど、用心は必要だし。
サスケと仲良くするのは、今みたいに人目がなくて、我慢出来ない時だけにするつもりです!

ちゃんと、サスケとヒナタの事は、私が責任持って里の人間達から守ってあげないと!
だって、二人は、大事な大事な私の友達ですもの!!

胸の中で決意を新たにして、私も特に話すことはなかったので黙ります。
そうして、里外れの山の中腹にある、薪小屋を改築したような私のお家まで、サスケと手を繋いでうきうきしながら歩き続けました。

到着した私のこぢんまりとしたレトロなお家を、サスケは無言でまじまじと観察してた。
お家周辺の様子についても。

実は、私のお家の周りって、獣避けの結界張られてて、人間も、私が許可した人以外は、少し辿り着き難くなってるらしいんですよね。
完全に辿り着けない訳ではないらしいけど。

基本的に、私に害意のある生き物は近付けなくなってるらしい。
人間には、効きが薄いらしいけど。

だって、結界抜けた後に害意持たれたりする事が、無いわけじゃないですもんね。

だから、結界張ってもらってからも、警戒は怠ってません。

というか、実は結界を張ってもらって暫くして、お家の畑にも小鳥さん達すら寄って来なくなっちゃって、こっそりしょんぼりしてたら、それに気付いたイタチさんが調整してくれて、こんな感じの結界に落ち着いた。

サスケは写輪眼出してるし、多分、その辺の確認もしてるんだろう。

サスケが覚えてるかどうか分からないけど、実はこの結界って、フガクさんとイタチさんが協力して張ってくれたものなんです。
ミコトさんからの要請で。
私がミコトさんに性別見抜かれちゃった後に。

山の中での、子供の、それも女の子の独り暮らしは心配だからって理由で。

サスケにはまだ話して無いけど、ミコトさんとイタチさんには、サスケのお家に遊びに行くようになって結構直ぐに、私の性別バレちゃってたんですよね。

ご飯食べながら、それも後でサスケにもその事教えてあげよう。
イタチさんが絡んでるから今まで話辛かったけど、今なら多分大丈夫だし。
多分だけど。

それにサスケなら、この結界について、何か分かるかもしれないし。
幻術の苦手な私独りでは、いまいちこの結界の仕組みの解析が進まないんですよね。
サスケなら、何か分かる事があるかもだし。

だって、サスケだって写輪眼持ってるし、腐ってもうちは一族だし。
幻術の苦手な私よりも、こういうのは絶対得意な筈だし。

結界の維持自体は、結構初期の頃から私のチャクラだけで賄ってるんだけど、術の仕組みが良く分からなくて、何かの拍子に破られちゃったら、私には掛け直せないんですよね。

でも、それじゃ困るような気もしなくもないし、私のお家の事だから、なんかちょっと気になるし、私でも掛け直せるようになりたくて、どんな術なのか、色々頑張ってみているのだけど。 

これといった成果が、未だに上がって無いんですよね。

結界を維持出来てる仕組みと理屈は理解できてるけど、肝心要の術の構築の所がさっぱりです。
ちんぷんかんぷんなんです。

幻術ぽいのだけは掴んだけれど、そこから先に進めない。
破れちゃったら掛け直せないから、無理も出来ないし。

相当高度な幻術何だろうなとは、薄々感じているけれど。

だって、うちは一族の長と、その息子の天才の呼び声高いイタチさんが二人がかりで張ってくれたんですよ?
とても難しい術なのかもしれないし。

きっかけはとってもあっさりしてたけど。

サスケのお家に遊びに行ったら、帰り間際にミコトさんがフガクさんに頼んでおいたからと、フガクさんにお家まで送られる
事になって。

そこにたまたま帰宅途中のイタチさんと、うちはの集落と木の葉の境目で行き逢って。

声をかけて来たイタチさんに、ふと思い付いたようにフガクさんが同行を命じて、こうなったんだけど…。

経緯を思うと、そんなに難しくない術のように思えるけど、基本スペック高過ぎなうちはの人達の『普通』を甘く見てはいけないという事を、ミコトさん達との付き合いの中で、私は嫌と言うほど良く知っている。

だから。

フガクさんが、イタチさんに、初めてかける術のかけ方を口頭で教えながら、あれよあれよと二人がかりでその場でかけてくれたこの結界が。

簡単な物なのか。
それとも違うのか。

幻術の適性の低い私には、さっぱり判断つかないんです。
その辺りの事も、実はサスケに聞いてみたい。
あわよくば、一緒に再現できる所まで持って行きたいんです。

少なくとも、サスケには修得して欲しい。

だって、今となっては、ある意味これも、うちは一族の遺産みたいなものだと思うし。
うちは一族のサスケは受け継ぐべきですよね、多分きっと。

取り敢えず、山の中の少し開けた所にある私のお家の周りを一通り確認して、サスケの気が済んだらしい頃を見計らって、お家の中にあげたげました。

お家の中に上げたサスケは、薪小屋を改築したような、こじんまりとして少し古めかしい私のお家の中の、そんなに立派なものでもない家具なんかに飾ってあった、おじいちゃんやミコトさんから貰ったぬいぐるみや、綺麗な細工が施された小物入れなんかの女の子らしい品々や、ヒナタからの誕生日プレゼントの可愛らしいレース編みのテーブルクロスにびっくりして、物珍しそうに眺めたり、居心地悪そうにしたりしてた。

言い辛そうに、そういう物が好きなのか訊ねて来たりもして。

それに、何となく落ち着かなそうな素振りで、いつもと違う行動をしきりに取っていて、そわそわしてた。

慣れない場所で落ち着けないサスケには悪いけど、そのままサスケを少し一人にして、サスケの希望通り、有り合わせのお味噌汁を作って。
そうして、お家に常備してた作り置きの菜物と一緒に、買ってきたお弁当とお惣菜を食べてお腹がくちくなって、食後の一息を吐いていた頃。

サスケが本題を切り出して来ました。

「ナルト」
「なあに?」
「今後のオレ達の行動方針について、話し合っておきたい」

そう言われて、真っ直ぐサスケの目を見た途端、サスケが写輪眼を発動させて、あっという間にこの前と同じようにサスケの作った幻術世界に引き込まれました。

この前同様、とても居心地の良い、日向ぼっこに適した森の中です。

私との話し合いするにあたって、この幻術世界の構築を選んでくれたサスケに、なんだかちょっぴりほっこりする。

それと、サスケから、サスケの優しい気持ちを、私がいっぱい貰ってるような証拠な気がする。
ちょっぴりむず痒い。

だから、照れ隠しに、この前は指摘しなかった、この世界の『音』についての指摘をして、ちゃんとサスケを仏頂面にさせてから、いよいよ話し合い開始です!

みっちり、サスケと意見交換する事になりました。

良い機会なので、私の敵の『暁』の成り立ちと現在、ダンゾウが手にしてる万華鏡写輪眼についても話しておいた。

元の持ち主の、シスイさんの情報も添えて。

実は私、一度だけシスイさんとも面識があって、チャクラの匂いを知ってたんですよね。
仲良くなってみたいってちょっと思った人でもあったし。

だから、シスイさんのチャクラの匂いは直ぐに覚えちゃってました。

だから、ダンゾウの右眼について、ずっとずっと確信があったんです。
漸く、サスケにも、伝える事ができた。

ここから先は、私一人じゃなくて、サスケとの相談です。

十尾復活阻止した後。

木の葉を潰すのか。

それとも、改革と再建を目指すのか。

色々、私にとっても正念場だと思います。
いい加減、覚悟、決めようと思います。

里の人間を生かすか、全部殺すかの、決断をするその覚悟を。

でも、どっちにしても、サスケとはずっと一緒です!
それが嬉しいから、サスケの選択次第では、私の復讐断念する事を考えてあげなくもないかもしれない。

だって、サスケとも、ずっとずっと一緒なんです!
九喇嘛と一緒に、ずっとずっと私と一緒です!

そんなサスケのお願いなら、私的に無理なお願いでも、聞いてあげる事も吝かじゃない。
自他共に認める友達ですもんね、私達!

そんな事を考えながら、幻術世界で、里とうちはとダンゾウについての、私からの新情報に。
難しい顔で考え込んでるサスケを前に、ついついニコニコとしちゃいました。

浮かれてるって分かってるけど、どうしようもなく嬉しいんです。

お父さん、お母さん。
『木の葉』に、私の『家族』が出来ました。
私を『家族』にしたいって人達が居たんです。

私だけじゃなくって、その人達もそう思ってくれてたんです!!

だったら、大事にするのはどっちか、なんて。

そんなの、当たり前の事ですよね? 

 

その32

 
前書き
卒業試験だってばよ間近。
アカデミー卒業前。
危険物持ち込んだのは勿論某仙人さんです。
溜め息の原因は、月一視察の時の、おじいちゃんからのナルトに対する牽制と探りです。
後日、月一視察でナルトの家を訪ねたおじいちゃんは、ナルトに、ナルトと同年代の男の子が持って当たり前の男性生理や悩みについての詳細な知識と情報と、実感を伴った受け答えをする為の技術を求められ、非常に頭を抱える事になりました。 

 
実は今日、サスケのお家に泊めて貰った時に気が付きました。

というか、泊めて貰ったお礼に、サスケのお家の家事をしてたら、見つけてしまいました。
入手経路がちょっと疑問ですけれど、サスケもやっぱり男の子なんですね。

見つけてしまった物に凄く動揺して慌ててしまって、息子の部屋で発見したお母さんの如く、目立つ場所に設置するべきか迷ったり、全部になかった事にしてみたり、サスケの成長を祝うべきなのか悩んだり、現在進行形でかなり頭を悩ませている。
だって、サスケって、男同士の会話をするような仲良しって、あまりいないっぽいですし!

ミコトさん達がいた頃仲良くしてた子達とは、大分疎遠になってるみたいだし、アカデミー卒業間際になってからは、シカマル君とはちょくちょく二人で話してたみたいですけど、シカマル君もあんまりそういう事に興味がありそうなタイプじゃない。
シカマル君と仲の良いチョウジ君も、全然そういうタイプじゃないんだもの。
彼は明らかに色気より食い気です。

だから、どこから手に入れてきたのかさっぱり分からない。
自分で買うとは思えないし、拾うというのはもっとあり得ない。

見つけた物はサスケの家で、異物感を遺憾なく発揮してくれていました。
むしろ違和感ばりばりでした。

少なくとも、サスケにこんなものを渡すようなサスケの知り合いに、私は心当たりがありません。

百二十歩くらい譲って可能性がありそうなのはキバ君辺りなんだけど、流石にキバ君からサスケが直接受け取るとは思えないし、キバ君にもそんな度胸は無いだろうし、それに、悪戯目的だろうと、キバ君がサスケに見つからずに、サスケのお家のこの部屋に、これを仕込めるとも思えないし…。

………一体、何故これはこんな所にあるのだろう。

まさか、実はこれは、うちは一族に伝わる忍としての教材の一つとか?

いやいやいやいや。
思い付いておいてなんだけど、いくらなんでもそれは無い。
あり得ない。
あの堅物ちっくな人達揃いのうちはの人達に、そんなファンキーでお茶目な発想は無い。

無い、と思う。

あっても、絶対人に見つからないよう全勢力を持って隠しそう。
こんな直ぐにバレるような所に置かないと思う!
たとえこの部屋に住んでるのがサスケ一人だったとしても!!!!

……隠す、よね?
そんなようなこと、昔、小耳に挟んだ事もあるし。

それに多分、サスケ含むうちはの人達は、系統としては、むっつり、とか。
朴念仁、とか。
奥手で純情、とか。
そういう方向性なんじゃ…。

あるいは、拗らせきって、回転しまくりの、一周回った俺様系の肉食男子……とか?

…………そういう人達に、こういう物は必要か?

疑問を持っておいてなんだけど、多分、必要無いんじゃないかな。
……………女の私には、良く、分かんないけど。

でも、多分、印象とか、イメージとかで語るなら。

私の知ってる大半のうちはの人達は、むしろ、こういう物は敬遠すると思う。
前者であれば刺激強すぎて。
後者であれば低俗すぎて。

前者の人なら、興味があるのを隠そうとして、真っ赤になって、怒涛のように否定と嫌悪を捲し立てて拒絶してくる。
後者の人であれば、興味を持たずに淡々と眺めてスルーする。
多分、きっと。

だって、うちはの集落で見知った人達や、警務隊に所属してたうちはの青年陣は皆そんな感じだった。
無骨?というか、潔癖というか。
なんというか、こう、擦れてなくて、真っ直ぐな感じ?
の、人と。

むしろ、どうしてそんなに傲慢なのって感じの人とに、ぱっきり二つに別れてた。

基本的に、全員ものすごく清廉で生真面目な人達が多かったし。
生真面目過ぎて思い込み激しくて、こっちを見下す人も多かったけど。

でも。

でも、なんだ。

なんというか、こう、私には私の感じている違いを上手く説明できないけれど、何となく、これは違う、ような気がする。
なんか、違う。
それだけは強く感じる。
多分、これ、絶対にサスケの物じゃない!!

…と、思う。
自信はないけど。

もうちょっと、えっと、そう!
芸術性とか!

専門性とかが高そうな感じの物だったら分からなくもないけど、私がサスケのお部屋で見つけちゃったこれは、絶対うちはのカラーには染まらない!!

…筈。

だって、これ、あからさまにいかがわしさ満載だし!
一般的で大衆向け過ぎるし!
表紙の、金髪巻き毛ロングの化粧の濃い巨乳のお姉さんが、ほぼ全裸で女豹のポーズでウィンクしながら投げキッスとか、大っぴらに桃色空気を醸し出し過ぎてて、やっぱり、なんか、『うちは』とサスケの好みに、これはそぐわなすぎる!!!!

…と、思う。
自信はないけど。

でも、根拠はある!!
だって、こないだ木の葉の繁華街でサスケに声かけて来た、肉食系のセックスアピールに富んだ格好したお姉さんを、サスケ、品がないって言って嫌厭してたし!

私から見て、結構色っぽくて綺麗な人だったから、美人な事指摘したら、幾ら顔が良くてもあれは無いとか言って、すっごい嫌そうな顔してたし。

この表紙のお姉さん、あの人と顔も髪の毛の色も全く似てないけど、でも、サスケが嫌がってたあの女の人の持ってた退廃的で気怠げな雰囲気は良く似てるし…。

普段そういう事はあんまり突っ込んで聞いたりしないようにしてたけど、その時はついつい興味が湧いて、ならばサスケはどんな人なら良いのか聞いてみたら、暫く考え込んだ挙げ句、そんな事に割く時間は無いけど、強いて言えば、料理が上手い人は好感が持てるとかって言ってたから、多分、きっと、サスケは、ミコトさんみたいな落ち着いた上品な雰囲気の家庭的な人の方が良いんだと思うし。
所謂、清楚系ってやつ???

それを元に考えると、この金髪のお姉さんは、やっぱり、ちょっと違うと思う。
あからさまに清楚ではないし。

でも。
けど。

私は男じゃないから、男性心理は良く分からない。

サスケは好きじゃなさそうだったけど、甘いものは別腹的な感覚に近いような感じで、男の人って、好きじゃなさそうなこういう女の人の事も、こんな風に大事に手元に置いておけるような事もあるんだろうか????

……取り敢えず、それはさておき。

こういう物を好きそうな知り合いで、こういう事をしそうな人という点で考えるなら、可能性的に無くはない相手が浮かんでいるんですが、その人は多分、サスケを知ってはいても、サスケと面識は無い筈なんですよね。

面識があるなら、サスケにこういう悪戯やお節介を仕掛けてサスケをからかいそうだし、サスケもこんな所にあるこれに気付けなかったとしたら、こうしてサスケが見付けて処分する前に、私が見付けてしまうという事もあるかもしれない。

可能性だけで論じるならば?

でも。

うーーーーーーん。
本当に、謎です。

というか、サスケ、私の知らない所で、変な人と付き合ってる訳じゃないですよね?
時折、非常に疲労困憊で、屍じみた雰囲気で、重い溜め息吐いてる事あるんですけど。
それって、これをここに持ち込んだ人のせいでしょうか?

サスケの人間関係に口出しする権利なんて、これっぽっちも無いけれど、もしもそうなら、多分、こういう物に興味を持って好むようや人格の持ち主と、サスケは多分、きっと相容れなくて反発すると思うんだけど。

でも、確かにサスケって、気分の裏表激しいけど、基本的に穏やかで、人の話はあんまり聞かないけど、誰の事も悪く言わないし、興味があれば色んな事に付き合ってくれるから、意外とと付き合い良いし。
だから、サスケと気が合わないようなそういう人とも、サスケは上手く付き合えると思うし。

…そうなると、やっぱりこれは、サスケが自分で誰かから貰って来た物なんだろうか。

むしろ、これはサスケが自分で買い求めて来たとか???

……それはそれでなんか嫌。

いやでもサスケはそういうのはきっちり管理してそうというか、うちはの最後の一人という事で、里側からも徹底的にきっちり管理教育されてそうというか、元々うちはでもそういう教育はきっちりしてただろうと思うし、そうなると、だったらこれは、何故今ここにあるのだという疑問が湧いて、ちょっと不安になるんですけど……。

……………でも、まあ、その辺の事は全部置いておいて?
だって、やっぱり、サスケも男の子ですし?
女の私には了解しきれず、理解できない部分があるのは認めましょう!

それはどうやっても覆らない訳ですから、まるっとその辺全部はサスケの良識を信用するとして、このブツがサスケの部屋にあった一件は、謎は謎として、謎のままで構いません。

今まで通りで居たいなら、下手に触れない方が良いような気がするし。
だって、同年代の男同士として、サスケの赤裸々な男性生理の悩みや、下ネタ的な物を、話の流れでサスケから私に振られでもしたら、困るの、私ですし…。

今まで運良く一度もそんな話題はサスケの口から出てこなかったし、そういう空気になった事もなかったけど。
こないだ、サスケの女性の好みみたいな物は、初めて私がサスケに聞いちゃったけど、サスケは私に聞いては来なかったし。

でも、もし、今後、そういう話題をサスケから振られてしまったとしたら。

そしたら、困る。
めちゃくちゃ困る。
だって、そんなの答えられない。

私には、そんなの、無いもの…。

サスケと違う成長なら、私も順調にしているけど。
だから、こんな風にサスケと仲良く出来るのは、今だけ何だろうと思うけど…。

でも、仲良く出来てる今のうちに、そういう話題を振られたら困る!

サスケ相手にだけじゃありません!
同期の男連中全員にです!

だって、私、男って事になってるし。

何だかんだ、私は結構ハブられ気味で、運良く今まで全回避出来ていたけれど!

これからもそうとは限らないって気付いちゃいました。
だって、サスケのお家のサスケのお部屋にこんな物が有りましたし。

どうしよう。
ぼんやりとした受け答えなら、ぼんやりした想像でなんとなくは出来なくは無いかもしれないけど、疑われないように実感の伴った受け答えするには、圧倒的に知識不足です!!!!

……おじいちゃんに頼んで、こっち方面の知識を教えて貰えないか動いた方が良いんだろうか。
現時点で下手に受け答えして疑問持たれて、それがきっかけで私の性別バレしちゃうとか、絶対絶対嫌過ぎるし!

そんな事になったら、サスケと気まずくなる未来しか浮かんで来ない!!!!
そんなの、嫌だ!!!!

ずっとこのままの距離感で、サスケとは居たいのに。

それに、です。
どうしてこんな物がサスケの家に、ここにこうしてあるかはさておき。

要は、これが切り札として如何に有効か否かが問題なんです。
だけど、これは明らかに私の勝ち札ですよね?
いつか来る私の完全勝利の為の切り札として、記憶の端に止めて置きましょう。

最終的にそう決意して、私はびっしりと冷や汗を掻きつつ、必死に動揺を抑えながら、ブツを発見場所に元通りに戻して、そっと洋服箪笥にしまいました。

凄く、びっくりしました。
心臓止まるかと思った。

……今後、取り込んだ洗濯物は、畳んでリビングに置いておくか、事前にサスケに部屋に立ち入る許可を取るかのどちらかにしておきましょう。
絶対に。 

 

その33

 
前書き
妖狐降臨だってばよ終了後、里帰還前。
サスケ編そのいち。 

 
ガトー配下に収まっていた霧隠れの抜け忍達との戦闘が、一応の終結を見せ。
ガトーカンパニーの謎の壊滅という結果によって、波の国の緊迫した状況は終了した。
依頼人暗殺の危険は失せ、後は、波の国と火の国を繋ぐ巨大な橋の完成を待つばかりとなったある日。
サスケはとうとう感じていたものを問い質そうと思い立った。
サクラにも、カカシにも、ツナミさんやタズナさん、はてはイナリにまで口を揃えて、ナルトに何をしたのかと、問いかけ続けられては動かざるを得ない。
口を揃えて、怒らせたなら、早く怒りを解いた方が良いとまで言われ、タズナの親爺などには、好きな女をあんなに怒らせるなんざ、男としてまだまだ子供でひよっこだとまで言われて、女の扱い方と接し方について、一家言ぶたれて、盛大に笑われ、からかわれもした。
タズナの親爺が依頼人である事を、サスケが心底呪ったのはそれが初めてだ。
なるほど、ムカつく。
ナルトの反発も然もありなん。
別にサスケはナルトを特別な女として見ている訳でも、惚れたという意味での好きでもないが、そこまで言われれば、サスケの男としての沽券に拘わる。
動かざるを得なかった。
どうせ、サスケにとっては、下らない事が原因なのだ。
理由が見えないが、ナルトを怒らせたのはサスケだろうと、サスケにも分かってはいる。
だが、サスケがナルトの機嫌を取ってやらねばならないのは面倒だという気持ちの方が、サスケは強かった。
依頼人達の暮らす街の中心から外れた、ガトー達が占拠していたという船着き場に程近い、堤防の近くでそれを目撃するまでは。
「あはははは!何それ!そんな事、本当に言ったの?」
「そうさ!そんでな、いくらなんでもそりゃあねえだろうって言ってやったのさ!」
「うんうん!それで?」
長期に渡る任務故に、持ち回りで一人ずつ定期的に休暇を与えられ、今日の昼頃から街に出ているという聞き覚えのある声に、サスケはそちらに目をやり、思わず自分の目を疑った。
そこには、別人のような姿をしたナルトが、自分達より5、6歳は歳上だろうこの辺りの一般人の男相手に、きらきらと目を輝かせて、滅多に浮かべない心からの楽しげな笑みを見せている姿があった。
驚いた事に、ナルトは髪を二つに結い上げ、この辺りの娘達が纏う衣装を身に付けている。
一目で女と分かる姿のナルトが、楽しげに自分の話を聞いている事に、相手の男も満更ではなさそうだった。
サスケも一瞬、目を疑った。
こうして端から見ると、ナルトは大分、大人びている。
顔立ちはむしろ幼く、身長もあまり大きい方では無いが、身体付きが同年代の女子達とは、一線を画していた。
女である事を隠す事を止め、こうして相応の姿に戻ったナルトは、15、6と間違われても仕方ないとサスケも思った。
事実、ナルトと一種にいる男の視線は、ちらちらとあからさまにナルトの身体の際どい所に向けられていた。
それなのに、そんな相手にナルトは笑みを向けている。
限られた相手にしか滅多に浮かべないはずの笑顔を。
サスケから見ても、下劣な下心しか透かし見えない男相手に。
訳もなく怒りが込み上げ、サスケは二人に向かって猛然と向かって行った。
ところがサスケの姿に気が付くと、ナルトは途端に顔を顰め、ふい、と、あからさまにサスケから顔を背けた。
ここ暫く、ずっとナルトに取り続けられている態度に、いい加減、サスケの我慢も限界になっていた。
腹立たしさが膨れ上がる。
イライラとした気持ちを隠さず、横に立つ男に寄り添うように、堤防として積み上げられた石垣に腰掛けているにナルトに向かって声をかけた。
「ナルト。帰るぞ」
「やだ。サスケ独りで帰れば?僕、まだここに居るし。カカシ先生にも言ってあるもん。サスケにどうこう言われる筋合いはないよ!」
いつもなら、二つ返事でサスケに付いてくるナルトが、ぷいっとサスケから顔を背けて、ふてくされた声で拒絶してきた。
ナルトからの思いがけない反抗に、思わずかちん、と来ながら、それでも面白くない気持ちを圧し殺し、サスケは辛抱強くナルトを説き伏せようとした。
まさか、ナルトの機嫌を損ねた弊害が、こんな形で現れるとは。
面倒と放置していた判断を、後悔する。
少々眉を顰めつつ、ナルトに対する下心しか見えない男に、牽制の視線を送りながら、ナルトを諭す。
「良いから。行くぞ」
「やだ!行かないって言ってるだろ!?サスケのバカ」
訳もなく拗ねた声で罵倒され、頭に血が登りかけたが、ここでサスケが激昂してナルトと決裂した場合、ナルトを見舞うだろう危険を思い、ぐっと堪えたその時だった。
ナルトの相手をしていた男が、ヘラヘラと笑いながら、サスケに対する優越感を滲ませた態度で割り込んで来た。
「ほら~。ナルトちゃんもこう言ってるんだし、お呼びじゃない奴はとっとと帰りな。ナルトちゃんはお子様はお呼びじゃないんだってよ」
取るに足りない一般人の男が、蔑んだ瞳でサスケに勝ち誇りながら、サスケに向かって投げ掛けてきた言葉は、これ以上なくサスケの感情を逆撫でしてきた。
知らず知らずのうちに、両目の写輪眼を発動させて男を威嚇する。
「黙れ。死にたくなければとっとと失せろ!」
「ひっ!何だよ、その目!ばっ、化け物だ!!」
その途端、男は呆気なく叫び声をあげ、ナルトを置いてさっさと一人で逃げ出した。
そのみっともない姿を鼻で嗤う。
三下と呼ぶのもおこがましいような相手に何を言われようと、サスケは気にもならないが、それでも少しだけ胸に軋む物があるのを認めた。
化け物。
サスケの誇りでもあるこの瞳を見て、そう呼ばれるのは、あまり気持ちの良いものではない。
なんの力も持たない人間の、忌憚無い本音の言葉だからこそ尚更だ。
しかし、なんの力も持たない相手だからこそ、そう思ってしまうのは仕方の無い事なのかもしれない。
だが、どちらにせよ、うちはの血を引くサスケが気にする類いの物ではない。
逃げ出した男の背中を、侮蔑と共に見送っていた時だった。
ぞくりとした肌が泡立つ感覚を覚えて、サスケは思わず振り向いた。
そこには、サスケですら怖気が立つような、非常に冷たい凍てついた眼差しと表情で、逃げ出した男の背中を見つめるナルトが居た。
「化け物、ね。誰に向かって言ったのか、判ってるのかな、あいつ」
氷のような冷たさを感じさせる硝子のような青い瞳で、感情を感じさせない平坦な声を小さく漏らすナルトは、サスケが良く知るナルトの形をした別の何かのようだった。
サスケへの罵倒に、自分の事以上に感情を剥き出しにするのは、いつものナルトらしいけれども。
この辺りに伝わる古典模様を編み込まれた大振りな組紐で、頭の高い位置で二つに結い上げられた、長く、赤いナルトの髪が、同じく赤い夕暮れ時の潮風に舞っている。
知っている相手の、見慣れない服装と髪型が、目の前に居るナルトは、実はサスケの知らない別人なのではないか、と、サスケに思わせた。
目の前の存在が、うずまきナルトなのは承知しているけれど。
でも、今、ナルトの髪を飾っている黒に近い濃い茶を基調とした組紐は、ナルトの髪には似合わないとサスケは思った。
ナルトのこの赤い髪に似合うのは、もっと華やかなはっきりした色だろう。
金や、それに、白に近い色なんかも似合うかもしれない。
でも、ナルトが今身に付けている濃い茶色では、ナルト自身の髪色に埋もれてしまう。
それは少し勿体ない。
淡い桃色と薄紅色を基調とした、この辺りの可愛らしい民族衣装は、わりとナルトに似合っているのに。
茶色も、合わない訳では、無いようだけど。
それでもより合うのは、多分、もっと違う色だ。
いっそ、なんの飾り気もない艶のある漆黒でもいい。
その方がきっと、ナルトの髪には映える。
母が手にしていた朱塗りの櫛ではなく、それを納めていた化粧箱のような、艶のある黒塗りの、螺鈿細工の蒔絵が散るような。
風に舞うナルトの髪を眺めながら、思わずそんな事を考えている自分に気付き、サスケははっと我に返った。
居心地悪く、サスケの胸が騒ぐ。
「お前、その髪どうしたんだ」
「これ?今日の朝、サクラが結ってくれたの。今日、僕、休日だからって。この格好は、この頭を見たツナミさんだけど。結構動きやすいから、これ僕気に入ったかも。女の子の格好は、動き難いのが判ったから、もうしなくて良いかなって思うけどね」
「…へえ」
居心地の悪さを誤魔化すように発した、誉め言葉とは逆のサスケの質問に、いつものように不敵に笑いながら答えるナルトは、いつものように戻ったようでいて、どこかサスケに刺々しい。
利便性の面から、もう良いなどと言い出したナルトに、勿体ないと思った気持ちが消えていく。
それと、ナルトの口から、自分達以外の人間の名前が呼び捨てられて出てきた事に、チクリとした違和感を胸に感じた。
以前、ナルトと同性とは言え、自分以外にナルトが呼び捨てにする人間が木の葉に居ると知った時にも感じた違和感だ。
そして恐らく、これがナルトの不機嫌の理由の筈だった。
「…ナルト。お前、そんなにサクラの事が嫌いだったのか」
慇懃無礼でシニカルな所はあるが、基本的に人当たりの良い態度を取る事の多いナルトの好悪は、実は少し掴みにくい。
極端に好きな相手と嫌いな相手への態度は分かりやすいものの、そこまで好きでも嫌いでも無いものの区別は分かりにくいのだ。
そしてナルトは、環境故か、多少自分に不利で気に入らなかろうと、基本となる大まかな道理さえ通っているなら、不満を飲み込み、我慢する傾向が強い。
その分、陰で不機嫌になったり、手が付けられない程荒れたりするのだが。
そして、その不機嫌は、主に食事の内容にぶつけられる。
飯にあたるのは正直止めて欲しいとサスケは思う。 
食える物を出されるならば問題は無いが、食べられない物や食べたくない物を出されるのが一番困る。
作って貰っている手前、文句も言い辛い面もあるし。
愚痴愚痴と、誰かに対する悪口めいた物を、決して口に出そうとしないのは、ナルトの美徳の一つだとは思うが。
あんな境遇に置かれて居るのに、ナルトがはっきりと自分の負の感情を口に出したのをサスケが聞いたのは、昔、一度だけ聞いたっきりだ。
それ以来、ナルトはその事についても漏らした事は一度も無い。
感じて居ないわけで無いだろうに。
嫌悪も、不満も、怒りも。
ナルトは何もサスケには伝えて来なかった。
伝えて来るのは、嬉しい事、楽しい事。
それだけだった。
そう言えば、悲しい事も、ナルトは何も伝えて来る事が無かったな、と、サスケはたった今気が付いた。
少し前、四代目に対する鬱屈を、ぽろりと溢してはいたが。
だが、その時も、ナルトのそれは、直ぐにサスケの前から隠されてしまった。
そんなナルトに、少しだけ燻る物を感じてはいても、サスケ自身、ナルトとこんなにも長く深く関わるつもりは更々無かったから、今まではそれで良しとして来ていた。
けれど。
先日、サスケの胸で涙を流して泣き疲れて寝入っていたナルトの寝顔が、サスケの脳裏にちらつくようになった。
今までも、ナルトはあんな風に誰かの胸で泣いた事があったのだろうか。
いや、きっと、サスケの知らない所では泣いていたのだろう。
ナルトは意外と涙脆い。
それに、薄々サスケも感付いている。
ナルトは、夜、しょっちゅう悪夢に魘されて、一人夜中に泣いている。
サスケの家に泊まった時は、そのままこっそりサスケの部屋に忍んで来ている事もある。
気付いていて、でも、出来るだけ、サスケはナルトのそういう所を見ない振りをしていたけれど。
だからこそ、ナルトもサスケとの距離を詰めようとしてこなかったのだろう。
サスケ自身、自覚はしていた。
だが。
だからこそ。
こんな風に ナルトの感情を、意外と長期間に渡って、サスケに直接ぶつけられるのは初めてで、サスケは少し困惑していた。
そもそも、マンセル仲間に選ばれた春野サクラの事を、ナルトはなんだかんだと言いつつ、それほど嫌いでは無さそうだった。
ヒナタ程気が合う相手では無さそうだったが、一応、マンセル仲間として、サスケに窘めを飛ばして来る程度には、認めているようだったし。
だからこそナルトへの里の疑念を晴らし、なおかつ、円満な今後の任務の為に、少しナルトに口出しをしたのだが、何か読み違えてしまったのだろうか。
「別に?サクラは好きじゃないけど、嫌いでもないよ」
どこか拗ねたような声で、つっけんどんに返しながら、ナルトは腰掛けていた堤防から飛び降りた。
そのまま、サスケを一瞥もせずに、歩き始める。
意地でもサスケを見ようともしないナルトの態度に、思わずサスケは眉を顰めた。
人当たりの良い外面を持ちながら、その実、とても負けず嫌いで人見知りで、そして、警戒心の強いナルトの複雑な性格の事を忘れていた。
そんなナルトにとって、大して好きでも嫌いでもない相手を呼び捨てにするのは、もしかしたら、とても抵抗のある事だったのかもしれない。
そもそもナルトは、里人に良い感情を持っていなかったし。 
だが、ナルトは、あっさりとサクラを呼び捨てにするようになった上、サスケには入り込めないような、女特有の仲の良さを見せるようになっていた。
ナルトの懐に入ってさえしまえば、サスケやヒナタに対するように、ナルトは深い好意を明け透けに向ける面もあるから、サクラはきっと、ナルトの懐に入れたのだろう。
ならば、何故、ナルトの機嫌が悪いのかが分からず、サスケは頭を悩ませた。
「お前、何をそんなに怒っている」
結局、サスケは考えるのを止め、ナルトに直接問い質した。
その途端、どこか傷付いたような光を瞳に宿し、怒りで頬を紅潮させてナルトは振り向いてきた。
「別にサスケには関係無いだろ!?僕が何をどう思ってたってさ!」
「なら、なんでそんなにオレにつっかかる!オレが何をした!」
一瞬、見たことのないナルトの表情にドキリとしたが、いつも通りの拒絶の言葉に苛立ちを堪え切れなくなっていた。
いつもならば、そう言ってサスケを拒絶するナルトは、もう機嫌を直しているはずなのに、明らかに今のナルトは怒っている。
サスケの何かに苛立っているのだ。
今までならば、それ以上サスケだって関わろうと思わないが、ついさっき、この状態のナルトを放置する厄介さを実感したばかりだ。
きちんと向き合わなければならないだろう。
なのに、ナルトは、それをサスケに直接ぶつけているのに、サスケと向き合おうとしていないのだ。
ナルトらしくもない、訳の分からないナルトの態度に付き合うのも、いい加減、面倒になってきていた。
「オレに関係ないと言うなら、いい加減機嫌を直せ!そうじゃないなら理由を言え!」
少々語気を強めにナルトに怒鳴り付けたサスケは、目の前でみるみる盛り上がっていったナルトの涙にぎょっとなった。
泣かせようと思った訳では断じてない。
そもそも、普段のナルトなら、この程度で泣きはしない。
なのに、ナルトは今、たっぷりと涙の膜を瞳に張り、唇を尖らせて、今にも泣き出そうな顔のまま、ナルトは消沈してサスケを睨み付けてくる。
そんな顔でナルトに睨まれなければならない心当たりなど何もないサスケは、思わず怯んで身を強張らせた。
「だって、サスケは、僕が誰を呼び捨てにしてても気にならないんだろ!?」
「……あ?」
「僕は木の葉の人間で呼び捨てにするのは、ヒナタとサスケだけって決めてたのに!僕が何をどう思ってもサスケは全然気にしないんだろ?!」
感情的に吐き出しながら、とうとう我慢出来なくなったらしく、ナルトはポロポロと涙を流して泣き出していた。
思わずサスケは言葉に詰まった。
「サスケがそう思ってるなら、別にいいもん!私にはまだヒナタが居るもん!サスケなんか、僕だっていらないもん!」
そう強がりを言いつつ、ポロポロと泣きながら、あまりにも子供っぽい駄々を捏ねるナルトに、サスケは呆気に取られて呆れていた。
常々、ナルトにはどこか子供じみた所があると思ってはいたが、これではイナリと同じくらい子供なのでは無いだろうか。
名前の呼び方が一体なんだと言うのだ。
呼び方が少し変わった程度で、心の距離までが変わるわけでもあるまいし。
確かに影響が無いでもないが、それを制御するのが忍だろう。
ナルトもそれを理解している筈なのに、何故、今サスケに感情をぶつけてきた。
呆れたサスケは、悔しげにサスケを睨みながら涙を拭うナルトを、冷めた目で見詰めていた。
「お前、何をそんなにムキになっている。たかが名前の呼び方だろうが」
「だから、別にもう良いって言ってるだろ!?サスケのバカ!」
口ではもう良いと言いつつ、ナルトの雰囲気はちっとも納得しているようには思えない。
罵倒される腹立たしさに関わりたくないと感じても、見たことの無い状態のナルトと、ナルトの目に浮かんでいる涙が、ここで放って置くことを躊躇わせる。
今のナルトは、変な虫が寄り付きやすい。
面倒は、避けるに限るとサスケは思う。
とは言え、こんな子供っぽい態度で下らない理由によってサスケにつっかかるナルトに関わる面倒に、サスケは苛々としてきた。
その時、それまで涙混じりでもサスケを睨み付けて来ていたナルトが、諦めたように萎れて、悲しげな表情になって項垂れた。
「分からないなら、本当に良いんだ」
小さい声でそう呟き、顔をあげて無理矢理作ったと言わんばかりの笑顔を浮かべたナルトに、サスケは何か悪い事をしたような気になった。
なにもサスケは悪い事はしてはいない筈なのに。
理由が分からず、混乱する。
でも、ナルトがサスケに激情をぶつけてきた時から一転、何かを諦め、傷付いているのが分かった。
そして、ナルトを傷付けたのは自分である事も。
その事実に、サスケは人知れず動揺して戸惑う。
そんなサスケに、ナルトが胸の内を語り始める。
「僕が、木の葉の里で名前を呼び捨てる相手は、今までも、これからも、ずうっとヒナタとサスケだけで、他の人はこれから仲良くなる事があっても、名前は呼び捨てしないって、僕が勝手に思ってただけなんだ。だから、本当はサスケは何にも悪くないんだ。サスケの言う通り、たかが名前の呼び方だもんね。ごめんね、サスケ。僕、サスケに甘えちゃってて、それで変な態度取っちゃってたみたい」
涙を浮かべた瞳に悲しみを揺らめかせながら、必死に笑顔を作ろうとするナルトの言葉に、サスケは衝撃を受けた。
言われてみれば、確かに。
たかが名前の呼び方だ。
けれど、まさか、ナルトがそんな風に考えているとは思わなかった。
確かにサスケは、ヒナタと並んで、ナルトの懐に大切にされているとは自覚があったが、そうか。
成る程。
サスケは甘えられていたのか。
自覚すれば確かにナルトの行動は、全てサスケに対する甘えだ。
甘え以外の何者でもない。
自分を理解しないサスケに苛立ち、癇癪を起こしていたのか。納得すれば、胸に浮かんでいくのは、どこか照れ臭いむず痒さと、きちんと気付いて甘やかしてやれなかった反省だ。
成る程。
タズナの親爺が一家言ぶつだけはある。
年の功は侮れない。
意味不明なこのナルトの行動が、自分に対して甘えていたとは思わなかった。
盲点だった。
そう言えば、確かに幼い頃、自分を避けて構ってくれない兄に向かって、サスケ事実、怒りを覚えた事もあった。
成る程。
そうか。
そうだったのか。
自覚すればするほど、サスケの胸に、ナルトに甘えられていた事実が広がっていき、どうしたら良いのかわからなくなる。
ついつい目が泳ぎ、ナルトから目を逸らしてしまった。
思えばナルトは昔から、木の葉の里に住む人間達が好きではないと言っていた。
一度だけだが、憎悪すら語られた。
ヒナタという例外が出来た事で、サスケは少し、ナルトの負の感情について、見誤って居たのかもしれない。
少し、サクラの件ついては早まった事をしたかもしれないと反省しかけた時だった。
「どうせなら、ついでにシカマル君達も呼び捨てで呼んじゃおうかな」
「は?」
持ち前の切り替えの速さを発揮して、突拍子も無いことを言い出したナルトに、サスケは目を丸くした。
思わず二の句が継げなくなる。
何故ここでシカマルの名が出てくるというのか。
「サクラとシカマル君なら、シカマル君達の方が好きだし、呼び捨てにするのに抵抗ないしね」
サスケの混乱は即座に解消される。
成る程。
木の葉繋がりで同期連中に思考が飛んだのか。
ナルトの独白は、いつも通りの明るい声で続いていく。
「里に帰ったら、お願いしてみようかな。チョウジ君と一緒の時だったら、うんって言ってくれそうだし」
ならば、もう、ナルトがめそめそする事はないだろう。
そんな予感にほっと胸を撫で下ろした。
その時だった。
「ねえ、サスケ。サスケはどう思う?」
「何でオレに聞く!」
聞くともなしにナルトの話を聞いていた所に突然話を振られ、少々声が上擦ってしまった。
ふと、嫌な予感がサスケの胸に過り始めた。
シカマルは、どうやらナルトが女だと言うことに気付いて居たようだった。
それだけではなく、何かと陰で気を配っていたようだ。
組分け前に、わざわざサスケにナルトの事を頼みに来るくらいに。
思えば、ナルトとシカマルは、アカデミー時代、そこそこ良く一緒にいる所を目撃していた。
次々思い出せていくつもの情報に、サスケは思わず眉を寄せる。
あまり、面白い気分ではなかった。
なのに。
「え、だって、サスケ男だし」
あっけらかんと宣うナルトの意が掴めず、眉を顰める。
そんなサスケを置いてきぼりに、ナルトは能天気な声で見解を語っていった。
「男だと思ってた相手に、実は女だったって知らされて、名前を呼び捨てにさせてって言われるのって、どんな気持ちがするものなのかな?サスケは僕が女だって知った時、どう思った?」
無邪気に小首を傾げて、純粋な好奇心だけで尋ねられ、サスケは頭を抱え込みたくなった。
疑問を持つのは良い。
だが、何故それをサスケに言う!
確かに、その疑問に答えられるのはサスケしか居ないだろうが!!
いっその事、ナルトの性別について、ナルトと交流のある木の葉の名家出身の同期連中にはバレていると伝えた方が良いだろうか。
能力を思えば、キバとシノは確実に知っている。
アカデミー在学中、キバは疑問をぶつけたそうにずっとナルトを見ていたし、シノは然り気無くナルトを女扱いをしていた。
二人ともサスケには何も言って来ないが、確実に気付いているはずだ。
チョウジについては分からないが、サスケに直談判してきたシカマル経由で伝わっている可能性が高い。
面倒な事態にサスケが眉間を揉んだ時だった。
すっかり泣き止んだナルトが、恥ずかしそうに頬を染めながら、おずおずとサスケに話し出した。
「あのね、サスケ。本当はね、アカデミー在学中にミコトさんがおじいちゃんと話つけてくれててね?私、無理に男の振りしなくても良くなってたの」
「何!?」
寝耳に水の情報に、思わずサスケは仰天した。
ならば、何故、ナルトは男の振りを続けていたと言うのか。
里の機密と言う訳ではなかったのか!?
本人は気付いて居ないようだが、女とバレそうになっていたフォローを、不承不承影からしてやった事も一度や二度じゃない。
それが機密じゃなくなっていただと!?
驚愕に目を見開いて硬直したサスケに向かい、ナルトは申し訳なさそうに身を竦めて謝罪してきた。
「ごめんね。いつからかは分かんないけど、きっとサスケも私の事が皆にバレないように気を使ってくれてて、私のフォロー入れてくれてたんでしょう?ありがとね、サスケ」
照れたようにはにかみながら言われた礼に、サスケは振り回されていた腹立たしさをぶつける事が出来なくなってしまった。頬を染めてサスケに微笑むナルトは、サスケが手を貸していたということを疑ってもいない。
信頼にも似た気持ちを向けられ、居心地の悪さを感じ始めていた。
ナルトの言葉は、概ねその通りでもある事だし。
それでも、見透かされたばつの悪さに、思わず視線が泳いだ。
「お前、なんで男の振りを続けていた」
「だって、サスケの側に居たかったんだもん」
「はっ!?」
落ち着かない気持ちを誤魔化すように、ナルトから目を逸らしつつ、咄嗟に詰問したサスケに返された言葉は、サスケを混乱させるのに十分な威力を持っていた。
「だって、サスケ、僕が女だって知ったら、今まで通りに一緒に居てくれなくなっちゃうって思ったんだもん!僕、サスケと一緒に居るの楽しかったから、一緒に居たかったんだもん!」
羞恥で瞳を潤ませ、赤い顔で自分を見上げて、必死に主張してくるナルトに、サスケは言葉を失くし、無言で立ち尽くした。

 

 

その34

 
前書き
妖狐降臨だってばよ終了後、里帰還前。
サスケ編そのに。 

 
ナルトの真っ赤な顔と潤む瞳を視界に入れないようにしながら、サスケは思う。
確かに、その通りだ。
ここまでサスケがナルトとの付き合いを続けていたのは、ナルトの様子を監視する目的もあったからだ。
それに、女と知りつつ、サスケがナルトの側に居る事が出来たのは、ナルトが周りから男だと思われて居たからだ。
そうでなければ、サスケは四六時中好き好んで女と行動を共にしていた事になる。
その上、ナルトはサスケの家の中の事まで、気付けばあれこれ手を出すようになっているのだ。
正直、助かってもいる。
ナルトの作る飯は旨い。
包み隠さず正直に言えば、出来ればサスケも、飯は三食ナルトの作った飯がいい。
だが、この現状は、端から見れば、それがどういう風に見えるのか、ナルトは気が付いていたと言うのか!?
それを推しても自分の側に居たいとは、ナルトは一体何を考えている!?
ナルトは一切を全く意識してはいないと判断していたからこそ、サスケはナルトの行動を放置していたと言うのに!!!!
思ってもみなかった衝撃に、言葉が浮かばない。
顔に血が上り、動けなくなる。
妙に口の中が干上がり、飢えたような喉の渇きを覚えて、サスケは喉を鳴らした。
「でもさ。サスケ、僕が女だって知ってても、今まで全然態度変えずに僕と一緒に居てくれたし!それって、サスケも僕と一緒に居るの嫌じゃないし、わりと楽しいって思ってくれてるし、私、女のままでも今まで通りサスケと一緒に居て良いって事だよね?僕、嬉しい!」
頬を染めて、心の底から嬉しそうに、女物の装束に身を包んで、花のように笑うナルトに、サスケは否定の言葉をかける事が出来なくなる。
ナルトが本気でそう思っているのが分かるから、余計にだ。
サスケは元々、里の人間にナルトの性別が公になるような事があれば、ナルトと今まで通りの付き合いを続けるつもりは更々なかった。
そもそも、いつの間にか近付いてしまった今のナルトとの距離も、サスケにとっては近すぎて、大分落ち着かない物なのに。
それを誤魔化す物が何もなくなる。
自分の中の何かに流されそうになる。
ナルトと共に居るのは、意外と心地良いのだ。
サスケだって、実はナルトとの関係を気に入っている。
自分に向けられる、何の下心もないナルトの好意はむず痒い。
子供の頃のままの、純粋な好意だろうから、余計に質が悪い。
突き放すのが困難だ。
とはいえ、自分がナルトから疑いようもなく慕われているというのは、悪くない気分なのだ。
何故、ナルトにこんなにも好意を持たれているのかだけは、サスケとしても疑問だけれど。
それでも、どうすれば良いのか分からなくなったサスケは、そんな自分がナルトにバレてしまわないように、にこにこと眩しい笑顔のナルトから、そっと目を逸らした。
その時だった。
少し寂しげなナルトの声がサスケの耳を打った。
「だから、ちょっと受かれちゃってたの。私がサスケを特別に思ってるのと同じように、サスケも私を特別に思ってくれてるって」
「は!?」
誰が誰を何だって!?
ナルトが口を開く度、サスケの心臓が痛いほど跳ね上がる。
それは一体どういう意味かと、ナルトに問い詰めてやりたくなる。
今までのナルトの言動からすれば、ナルトの言っている事は、子供の頃のままごとめいた友達ごっこの延長だろう。
だが、ナルトは女で、サスケは男だ。
ナルトの言葉は、女が男に向かって言うには意味深過ぎる。
嬉々として食事の支度をしたり、家の中の事をこなしている記憶の中のナルトの姿が、嫌でもサスケにナルトを意識させる。
ナルトもサスケも、もう、子供という訳ではない。
忍として公に認められているし、何より、ナルトは、子供から女の仲間入りを果たした。
サスケもそれは同様だ。
もう、お互い、子供のままでは居られない。
サスケは強くそれを感じている。 
現に、目の前のナルトは、鮮やかな薄紅色の女物の衣装を纏っていて、それが良く似合っている。
なのに。
「でも、それは僕の勘違いだったんだよね?」
今まで通りの付き合い方を望んでいると、無言で主張するナルトの問いかけに、サスケはナルトの顔じっと見つめた。
「ごめんね、変な態度サスケに取っちゃって」
そして、申し訳なさそうにしながら、悲しげに表情を曇らせて俯くナルトに、サスケはとうとう抑えきれずに、自分の中のナルトへの疑問をぶつけてしまっていた。
「お前、オレをどう思っているんだ」
「え?サスケの事?」
きょとんとしたナルトの表情に、嫌な予感がサスケに生まれた。
しまったと思った時は遅かった。
目の前で、サスケに対する好意を表すように、花が開くようにナルトか笑う。
「すごく好き!」
あっけらかんと告げられた直球の好意は、サスケの胸を撃ち抜いた。
正直、これからナルトをどう扱えば良いのか、分からなくなる。
手離せないと、ナルトは決して失えないと、自覚して、認めてしまったばかりなのに。
兄への復讐も、まだ、これからなのに。
ほんの少し、サスケが迷いを感じた時だった。
ナルトが更に言葉を重ねて来た。
「今まではさ、僕、サスケに隠し事してたから、バレたらどうせサスケに嫌われちゃうと思って、何も言わなかったんだけどね、僕、サスケか大好き!」
にっこりと笑顔を浮かべたまま、繰り返されたナルトからのストレート過ぎる好意に、サスケの頬に血が上った。
どうにも座りが悪くて落ち着かない気持ちになっていく。
正直に言えば、ここまであからさまな好意は、はっきり言って悪い気はしないし、サスケもナルトは嫌いじゃない。
薄々ナルトから寄せられるサスケへの好意には、サスケも気付いていた。
今までサスケは、様々な事情を鑑みて、敢えてそこから目を逸らして来ていたけれど。
でも、もう、ナルトを失う訳にはいかない自分を認めてしまった。
ならば、サスケも、ナルトをどう扱って、どう思うべきなの か、自分の中の答えを出さなくてはいけない。
柄にもなく、照れ臭くもあるけれど。
ナルトが自分をそう見ているのならぱ、サスケもナルトの見方を変えるべきなのだろうか。
ナルトは、本当は、異性なのだし。
そう逡巡していた時、ナルトが更に言葉を繋げてきた。
「ヒナタよりも好きかもしれない」
落ち着かない気持ちでどんな態度を取れば良いのか迷っていたサスケは、耳を打ったヒナタの名に、一抹の不安を覚えた。
「きっとね、ミコトさんと同じくらいサスケの事が好きだよ!」
そして、最終的に自分の母と同じ所に並べられたナルトの自分への好意に、足元が崩れるような落胆をサスケは感じた。
それと同時に、じわじわとサスケの胸に、今すぐサスケの答えを出さなくても良い猶予に対する安堵が広がっていく。
まだ、サスケはナルトとの関係を、何も変えなくて良い。
いつの間にか入っていた肩の力を、サスケは抜いた。
「この、ウスラトンカチ」
思わず漏れたナルトに対するバトルの言葉には、ナルトの際どい言動に振り回された憤懣によって、大量の呆れが込められていたけれど。
「そういう事を大声で言うな!ガキじゃあるまいし」
何より、サスケの心臓が持ちそうにない。
恥ずかしくて、堪えられなくなる。
衝動的に、何かしたいような気にさせられる。
そんな自分が堪えられない。
頼むから、控えてくれ。
そんな切実な気持ちを込めてナルトに忠告した時、サスケはふと、ナルトの境遇と育ちを思い出した。
ナルトには家族はおらず、人との繋がりも酷く欠けていた筈だ。
ナルトの行動が幼いのも、仕方ない事なのかもしれない。
これまでサスケは、敢えてそこからも目を逸らしていて、ナルトの忍としての、上手く周囲に溶け込む技術になるべく誤魔化されて来てやっていたけれど。
思い付いた事を確める為に、サスケはじっとナルトを観察しだした。
まるでサスケの推測を裏付けるかのように、ナルトはサスケに向かって頬を膨らませて口を尖らせる。
「どうして?サスケも僕の事嫌いなの?サスケも僕がサスケの事を好きなのは迷惑?僕は好きなものを好きって言っちゃダメって、サスケも言うの?」
子供っぽくサスケに駄々を捏ねるナルトの態度に、サスケはナルトからの自分に対する甘えを見付けて、直視出来なくなって視線を逸らした。
思えば、ナルトは、自分の些細な好意すら、誰かに碌に伝えられないような環境に居たのだ。
そういう場所だったのだ。
サスケとナルトの暮らす、木の葉の里は。
そうして、ナルトの抱える里への鬱屈を、サスケは今初めて全てを理解した気がした。
ああ、そりゃあ、憎くもなるだろう。
こんな些細なありふれた事すら、満足にする事が出来なかったのなら。
そして、今。
恐らくナルトは、生まれて始めて、気兼ねなく素直に自分が感じた好意をサスケに伝えて来ているのだろう。
人柱力である事を知っていて、性別を偽るという大きな隠し事までしていたのにも関わらず、ナルトを嫌わず、今まで通りに扱ってやっていたサスケに、心の底からの安堵をして。
それを敏感に感じ取り、サスケの推測は誤りでは無いことを確信したが、だからこそサスケは、照れを感じるのを止められなかった。
ナルトの事を思うなら、サスケはここで、ナルトからのこの好意を受け止めてやらねばならない。
しかし、サスケの立場では、十分に、ナルトに同じものを返してやれない。
返してやる訳にはいかない。
何故なら、サスケはうちはだ。
いずれ、必ず、サスケはナルトの側から離れるか、ナルトを物理的に害するかを選ばなくてはならない時が来るのだから。
だから、ナルトの為を思うなら、今ここで、ナルトを突き放すべきだとサスケは思った。
ナルトは、うちはの人間ではないのだから。
でも。
そうは思いつつも、サスケの心が何かに縛られたように動けなくなる。
ナルトの言う通り、自分はナルト中で特別なのだと自覚したからだ。
その自覚が、自分でも震える程の快感をサスケの中に生んだのだ。
そのせいで、ナルトの事が突き放せなくなった。
突き放すのは、勿体ない。
そう思う自分のずるい気持ちを自覚した。
自覚に添って、言葉も態度も今までのサスケの物とは変化する。
それでも、後ろめたくてナルトと目を合わせる事はできなかった。
必死に顔を背けて、声にも感情が乗らないように留意する。
「別に、迷惑でもねえし。ダメとも言ってねえだろ」
「本当!?」
それでも。
血を吐くような羞恥を堪えて、精一杯のサスケの本音を返してやれば、不機嫌そうな表情から一転、輝くような笑顔を見せたナルトに、何だかサスケの毒気が抜けた。
釣られるようにサスケの表情も緩み、小さく笑みが浮かぶ。
何かに流されないように、サスケ一人が気を張っているのが馬鹿らしくなる。
まだ、その時じゃない。
ナルトの嬉しそうな笑顔を前に、そう、自分を納得させた。
「じゃあさ、じゃあさ!」
嬉々として、自分に纏い付いて来るナルトが、素直に微笑ましくなる。
その時だった。
「サスケは私の事、どう、思ってる?」
うっすらと頬を羞恥で染め上げて、期待と不安に瞳を揺らしたナルトに、縋るように見上げられながら問われ、サスケは思わず息を止めた。
常々薄々疑いはしていたが、サスケは先程のやり取りで、ナルトは見た目相応ではなく、幾分か幼い心を持っているだろう事を確信した。
だからこそ、この問いかけに、殆ど意味はない。
子が親に問いかける類いの代物だ。
だから、サスケは、素直に応じてやればそれでいい。
分かっている。
分かっているが!
ナルトの見た目は、中身相応の幼い物じゃない。
紛れもなくサスケと同年代の女の物だ。
それに、今のナルトは、いつものように、どこか少し野暮ったい少年のような姿ではなく、見慣れない形ではあるけれど、女物の愛らしい装束に身を包んでいて、安心させる為だけだろうと、口先だけでもナルトに対する好意を伝える為の言葉を口に乗せるのが、普段よりも、尚更困難だ。
それに、こうして改めてナルトを見ていると、常々、ナルトが男物に身を包んでいるのは、何か勿体ないような気がした。
普段の野暮ったいあの格好は、ナルトには似合っていないことに気付く。
今までナルトは、男として生きる為に、合わない物に自分を合わせる努力を必死にしてきていたのだろう。
サスケとの仲違いを、心底厭って。
そんな無駄で、明後日な努力を何年もし続けたナルトは、心底馬鹿で、ドベなウスラトンカチだとは思うけれども、それでも、そんなナルトがいじらしいと思う気持ちが無いでもない。
自分の側からサスケなんかを失いたくないと、本気でナルトがそう思ってくれた証拠だから。
ナルトと出会って、サスケがナルトと付き合うようになってから、早六年。
その間、ナルトがサスケの為に費やした、ナルトの時間は決して少なくはない。
それに、多分。
きっと、そんな風に。
ナルトは、ナルトには合わない努力を、まだまだこれからもし続けるだろう。
サスケと同じく、復讐者として、ナルトが修羅たらんとしている限り。
生き物が傷付く事を嫌い、慈しんで育む事こそを好んでいるナルトには、逆立ちしても到底無理な、徹底的にナルトに合わない道なのに。
それでも確かにナルトの置かれた境遇では、そうするしか無いのもサスケにも理解できる。
ナルト本人の気質はどうあれ、サスケに食らい付いて来れるほどのナルトの努力は認められる。
素直にサスケもその貪欲さを見習おうと思う時がある。
だからこそ、目の前のナルトの、見慣れた真っ直ぐにサスケを見つめる青い瞳が、サスケに対する期待と不安で揺れている様から目が離せなくなった。
ナルトを抱き寄せて、胸の中に抱え込んで抱き締めたいという欲求が浮かんで来てしまっていた。
先日、九尾のあれやこれやのどさくさの最中に、無我夢中でサスケがしてしまった時のように。
恐らく、拒絶はされないだろう。
ただ、そうしてしまえば、サスケはナルトに、サスケの行動の理由を問われる。
ナルトには、サスケにそうされる理由など、見透かされて居ない筈なのだから当然だ。
この前のあれは、あくまでも緊急時故の事だと理解されている筈だ。
こうやって、ナルトがサスケに対して甘えるようになった引き金を、あれが引いてしまったのだとしてもだ。
だからこそ、それを見極めようとナルトもしているのだろう。
だから、サスケは、いつも通りにナルトをはぐらかしてやればそれでいい。
けれど。
サスケがナルトに向き合い、今、ナルトを受け止めてやれば、幾分かは、ナルトが己を偽って生きていかなくても良くなるのではないだろうか。
己を偽り、ナルトが歩もうとしている道は、ナルトにとって、破滅しかないようにサスケには思える。
それは、忍であるなら、大なり小なり誰しもが抱える物だし、ナルトに関わり続ける気の無いサスケが口出しできる問題でもない。
何故なら、サスケにも復讐が。
うちはの因縁と、一族の仇を。
兄との、訣別と決着が。
そして、その為に、必要な物は。
そんな風に揺れるサスケが、心のままに、ナルトに触れるべきではない。
そう、サスケは思うのに。
何も知らないナルトは、無邪気にサスケなんかに催促するのだ。
「私の事、嫌い?」
真っ直ぐに自分を見つめて、不安げに揺れるナルトの視線に追い詰められて、サスケは再びナルトから視線を逸らした。
けれど、見慣れた青い瞳が、見慣れない様に揺れるのを、サスケはどうしても許容出来なかった。
あんな風に揺らしたくはないと、強い気持ちに押されて、口から言葉が零れ出た。
「別に、嫌いじゃない」
素直に吐露してしまった本音のぎりぎり具合に、サスケは内心ひっくり返る。
そこまでナルトに伝える気は、サスケにはなかったのに。
これでは、サスケがナルトを切り捨てる時、ナルトをより傷付ける事になってしまう。
それに、ナルトは意外と鋭い。
今のサスケの言葉から、サスケの中の何かを敏感に察されても仕方ない。
ナルトと居るのが苦痛ではない要因の一つではあるが、それでも今は。
サスケが自分の失態に、動揺仕切っていた時だった。
目の前にあったナルトの不安げな表情が、あからさまに安堵の表情に変わった。
「嫌われてなくて良かった~」
本当に、それ以上気付いて居ないらしいナルトの、心底嬉しそうなナルトの笑顔に、サスケの胸に、ちりり、とした不快感が芽生えた。
「ありがとう、サスケ」
「別に」
にこやかに笑い、機嫌良く歩きだしたナルトの軽い足取りに、何だかサスケは不機嫌になっていった。
サスケ自身の抱える事情を思えば、ナルトがサスケの失言から深く察して来なかったのは僥倖だった。 
これがきっかけで、変にナルトと気まずくなるよりは、まだ良かった筈だった。
それこそサスケが望んでいた筈なのに、何だかそれが面白くない。
自分は一体、何をしたいのだろう。
良く分からない苛立ちをサスケが抱えた時だった。
「えへへへ。ねえ、サスケ。私ね、いつかサスケにも、私と同じくらい好きになって欲しいなって思うの。そう思ってても、サスケは嫌な気分にならない?大丈夫だよね?」
受かれていると良く分かるふにゃけた声で、ふざけた事を宣い始めた不安げにこちらを見てくるナルトに、サスケは反射的にそれはこちらの台詞だと言いたい気持ちをぐっと堪えて飲み込んだ。
苛々と、訳もない腹立ちが込み上げてくる。
ナルトの境遇を思えば、ナルトのこの反応も順当だし、サスケ的にも助かる筈なのに、ウスラトンカチなナルトの反応に、サスケの不機嫌が蓄積していった。
ナルトは決して鈍くはないし、察しも悪くは無い筈なのに、どうしてこう、肝心の所がどうしようもなくドベでウスラトンカチなのか!
それに救われていない時が無いとは言わないが、何故なんだ!?
理不尽な不満をサスケが抱え込んでいた時だった。
「あのね、サスケ」
あからさまにサスケに向かって、ナルトの甘えた声が掛けられた。
「僕、サスケにお願いがあるの」
「な、何だ!?」
初めて聞くような甘ったるいナルトの甘えた声に、サスケは度肝を抜かれた。
反射的にナルトの声に反応を返す。
挙動不審なサスケの反応には頓着せずに、ナルトは願いとやらを口にしていく。
「あのね、私、本当は女でしょう?だからね、本当はくの一としても修行しなくちゃいけないんだ」
くの一の修行。
そう聞いた瞬間、サスケは妙に嫌な予感を覚えた。
ナルトの言葉は、忍の物としては当然なのだが。
ナルトの言わんとする事が掴めず、サスケはナルトに聞き返す。
「それがどうした」
「ミコトさんがね、少しだけ私に基本を教えてくれてて」
ナルトの口から出てきた母の名に、ついついサスケは真顔でナルトを見つめた。
「ヒナタが今まで補則してくれてたんだけど」
ナルトの説明に、サスケは長らく疑問だった、母とナルトの距離の近さと、ナルトが母にあれほどまでに懐いていた理由を漸く掴んだ。
成る程。
だからか。
とても腑に落ち、ナルトの中にも、料理と調薬以外の、うちはの忍としての何かが、母の手によって、幾分かは受け継がれていたのだな、と。
ふとサスケが改めて思い立ったその時だった。
「実践が足りてないの」
実践。
その言葉に、サスケが感じた嫌な予感が爆発的に膨れ上がる。
ナルトの願いと、サスケに持ち掛けたこの話。
まさか!
サスケが勘づいたその瞬間。
「独りで修行してても良く分かんないし。だからさ」
「断る!!」
皆まで言わせず即座に断りを入れたサスケの反応に、ナルトがむっと不機嫌そうに唇を尖らせた。
「僕まだ最後まで全部言って無いじゃないか!」
普段通り、不満を告げるナルトの姿にいつも通りを感じ取って、深く安堵する気持ちも無いではないが、ナルトに負けず劣らず不機嫌を露にサスケは断じた。
「オレにその修行に付き合えって言うんだろ!?断ると言っているんだ!」
ナルトの女を武器にしてくるような修行になど、サスケが付き合える訳が無い!
ナルトは一体、サスケを何だと思っているのか!
男として気にならないと言ったら嘘になるが、そんな事を知られるのはサスケにとっても屈辱でしかない。
何より、その場合、サスケが何もせずに居られるかどうかなど、保証などないのだ。
そんなものには、サスケは決して付き合う訳には行かない。
ナルトが相手だからこそ、絶対に!
そんな気持ちでナルトの願いを突っぱねたサスケは、ナルトが自分を射抜く、冷たい視線に晒され、身を強張らせた。
ナルトからの挑発だと分かっていても、だからこそ無視する訳にはいかない、蔑み交じりのサスケを見下す非常に気に入らないナルトの目。
「逃げるの?」
挑発その物のナルトの言葉に、サスケの反感は刺激される。
「何だと?」
挑発だと分かっていても、だからこそサスケには反応せずには居られない。
最早条件反射だった。
そしてそれはナルトもだった。
「サスケはこういう事では僕に勝てないって認めるんだね?」
にやり、と、いつものように不敵に笑いながら続いたナルトの挑発の言葉に、それが指す意味に気付いたサスケは思わず硬直した。
そういう面が何かしらあることは、サスケ自身、否定しきれない。
他でもない、ナルト相手だからこそ、だ。
「ねえ、サスケ。それってどうして?僕が女だから?だからサスケは僕に勝てないって、そう思うの?へえ~?サスケって、戦う前から尻尾巻いて僕から逃げちゃうくらい、僕に負けちゃうって思ってるんだ!ふふふ、かわいい」
ころころと見たことの無い表情で笑うナルトに、どう反応するべきか、サスケが計りかねたその時だった。
「えいっ!」
「なあっ!?」
実力行使だと言わんばかりに、ナルトがサスケの左腕に飛び付いて来た。
温かく、柔らかい感触の、ナルトの膨らみがサスケの二の腕に押し付けられ、包み込まれていた。
その温もりと感触に、一瞬でサスケの頭に血が上る。
「はっ、放せ、ナルト!何をする!気は確かか!?」
サスケの混乱など知らぬとばかりに、ナルトはいつものように、術の疑問点を尋ねるようにサスケに問う。
「あのね、私の胸って結構大きいみたいなんだ。どう?」
「知るかそんな事!」
確かにナルトの申告通り、結構な質量をナルトは備えて居たようだった。
サスケの二の腕はすっかり埋もれて温もりの中に埋もれている。
初めて感じる女としてのナルトの温もりと感触に、どんどんサスケの意識がそちらに向かって向いてしまう。
意外とでかい。
知らなかった。
普段、これをどうやって隠しているのか。
考えたくもない下世話な疑問が、ナルトによって問題無用でサスケの思考を埋め尽くそうとする。
そこにナルトが一筋の糸を垂らすように話題を提示してきて、サスケはこれ幸いと考える事なくそちらに飛び付いた。
「どうしてもサスケが協力してくれないんなら、さっきみたいにしてもいい?」
「は!?さっき?なんの事だ!良いから、放せ!!」
「ヤダ!!サスケに女だってバレちゃうからずっと我慢してたけど、僕だってサスケにくっつきたかったんだもん!!ヒナタと手を繋いだり、ぎゅうってしたりすると、温かくって嬉しくって、胸がぽかぽかするんだよ?僕、サスケとももっといっぱいそうしたい!」
反射的に返したサスケの言葉が引き出した、ナルトの変わらぬ無邪気な言葉に、サスケの頭には血が上っていった。
「ふざけるな!お前の都合にオレを巻き込むんじゃねえ!!」
第一、ナルトと手を繋いだり、抱き合ったりなど気軽に出来る訳が無い!
サスケはヒナタと同じように、ナルトと同じ女ではないのだ。
男のサスケが、気安くナルトに触れていい訳が無い。
ナルトがそれを望んでいても、何の気なしにほいほい触れるべきではないのだ。
サスケはヒナタと違い、男だから。
なのに一体、ナルトは何を勘違いしているのか!!
余りの事に、何から咎めてどこから正せばいいのか良く分からない。
がっちりと組付かれた利き腕から、ナルトを引き離そうとする度に、訳の分からない気持ちになっていく。
いっその事、このまま徹底的に男と女の違いをナルトに叩き込んでしまえば、ナルトは二度とこんな真似をサスケにしなくなるだろうか。
そうすれば、サスケからナルトを遠ざける事も同時に出来る。
それはサスケの目的には則しているが、そうしてしまえばナルトは傷付く。
泣かせてしまうかもしれない。
いずれその日が来るとしても、今は未だサスケの踏ん切りもつかない。
何より、ナルトの涙など、サスケは見たくない。
だがしかし。
このままでは。
サスケは自分に絡み付くナルトへの対処をどうしたらいいのか、ほとほと途方にくれて、困り果ててしまった。
 

 

その35

 
前書き
妖狐降臨だってばよ終了後、里帰還前。
サスケ編そのさん。 

 
ナルトによって強制的に、自分の中の欲と理性を試されるような状況に追い込まれたサスケは、それでも自分が意外な程ナルトの温もりに不快感を感じていないのを見つけてしまっていた。
今まで里の女達にされても、温い人肌に嫌悪感と気色悪さしか浮かばず、うっとおしい迷惑な物にしか思えなかったのに。
今は違う。
確かに、困りはしているが、それでも嫌とは言い切れない。
自分の腕に感じる、ナルトの温もりと柔らかさが気になって仕方ない。
胸が高鳴り、体に熱が点っていく。
このままでいても良いような気になり、ナルトからいつも仄かに感じる甘くて優しい匂いが意識を擽る。
思い付いた案を実行してみてもいいんじゃないかという気がして来てしまう。
それは良くない。
確実にナルトが泣くだろう。
何より、ナルトに徹底的に嫌われる筈だ。
もしくは、変に覚悟を固めさせてしまうかだ。
ナルトは、基本的にとても素直だから。
それらのどれもこれもがサスケにとっては悪くは無いかもしれないが、それでもナルトから聞き知った女の人柱力の出産事情等を鑑みれば、やはりナルトには気軽に手を出すべきではない。
ナルトに手を出すのならば、ナルトの一切を引き受ける覚悟をを固めるべきだ。
里とナルトとの確執含めて。
だからこそ、そんな予感が、サスケの思い付きを実行する事を躊躇わせる。
サスケはナルトに、そうする資格はない。
サスケはうちはであり、復讐者であるからだ。
サスケはいずれ、決定的にナルトとは袂を別たねばならない。
ならば、今無理にそうする必要もない。
だからナルトと共に居れるのは、きっと今だけだ。
ならば。
こうできるのが今だけならば。
それならば、もう少しだけ、サスケはこうしていても良いのではないだろうか?
ぐるぐると、自身が在るべき姿と、サスケがこれから取るべき行動が、目まぐるしくサスケの頭を巡っていた時だった。
「じゃあ、僕の修行に付き合ってくれるくらい、別に良いでしょう?サスケ、修行は嫌い?」
ナルトが訊ねてきた事柄に、咄嗟に何も考えられず、サスケはナルトを振り払う動きを止めて、答えてしまった。
「修行は嫌いじゃないが…」
ただ、こういう方面の修行は気乗りしない。
いつもの手合わせ等ならば、別にいつでも構わないけれど。
そんなサスケの気持ちの乗る呟きに、ナルトは身を乗り出してサスケの顔を覗き込んできた。
「じゃあ、ヒナタみたいに私をぎゅってして?」
「断る!」
「じゃあ、私の修行に付き合ってよ!それなら良いでしょう?」
サスケの拒絶も物ともせず、至近距離で顔を覗き込んで来るナルトに、堪り兼ねたサスケはとうとう音を上げた。
「分かった!分かったから、離れろ!!」
その途端、まるで今まで纏わり付いていたのが嘘のように、ナルトはサスケをすんなりと解放した。
「約束だよ!ちゃんと私の修行に付き合ってね?」
きらきらと目を輝かせて、きちんとサスケと今まで通りの距離を取り、サスケの顔を覗き込んできたナルトに、サスケはどっと疲労を感じた。
「お前…」
「何?」
きらきらと輝く青い瞳は、無邪気でもなければ、無垢でもない。
ナルトのけろりとした得意げな顔は、今のはナルトのサスケに対する嫌がらせだと告白している。
これがナルトの本性だったとしたら、随分と質が悪いのではないだろうか。
思わず、深い溜め息が、サスケの口から漏れた。
今までの流れからするならば、これは恐らく、サクラの件をナルトに強いたサスケへの、ナルトからの報復のつもりだろう。
まんまと騙されて、良いように振り回された。
どこからが仕込みだ。
まさか、最初からじゃないだろうな!?
ああ、そういえば、あの時、カカシの姿で捨て台詞を吐いていたな。
事の詳細の裏に思い当たり、サスケはしてやられた屈辱を噛み締めながら、深い深い二度目の溜め息を右の掌に顔を埋めながら吐いた。
今までの疲労が押し寄せ、気力が尽きかけていた。
今回については、サスケにも非が無い訳では無いのを悟ったので、大人しく屈辱に甘んじておいてやるが。
ナルトもサスケも忍とはいえ、もう、二度と、サスケにこういう事はやらないよう、ナルトにきつく言いつけておくべきだろうか。
そのままの体勢で、サスケが今後のナルトが取るだろう行動について、考えを巡らせて吟味していた時だった。
「そんなに、嫌だった?」
「は?」
ナルトが、何かを訊ねてきた。
ナルトの声音に宿った不安げな調子に惹かれて顔を上げたサスケは、ナルトの困惑したような表情に、もう一つ悟った。
ナルトは自分の行動がここまでサスケを打ちのめすとは、全く考えて居なかったようだ、と
「私の胸って、そんなに嫌な感触だったの?」
それを証明するかのような、消沈しながら小さく繰り返されたナルトの問いに、サスケは気が遠くなりかけた。
嫌か嫌じゃないかで言えば、嫌じゃない。
悪い気はしなかったのが本音だが、そんな事を口に出せる訳が無い。
サスケに何を言わせるつもりなのか分からないナルトに対する憤りで、言葉が詰まる。
「やっぱり、僕、九喇嘛の人柱力だから、他の女の子達とは違う身体だったのかな」
だが、ぽつり、と漏らされた一言に、サスケの意識が惹き付けられた。
「サスケ、他の女の子達に抱き付かれた事あるよね。その時と比べてどうだった?何か違う所があったら教えて。僕、化け物だし」
何かを諦めたように苦笑しながら、淡々と、忍具の出来を尋ねるかのような調子でサスケに問うナルトの姿に、サスケは咄嗟に、慰めにもならない妙な事を口走ってしまっていた。
「お前は別に化け物じゃない!ちゃんと、お、女の身体をしてると思う…」
言い終わりかけた頃には、サスケは自分の犯した失態に、穴があったら入りたくなっていた。
自分が何を口走っているのかも分からなければ、何でこんな事になってしまったのかも分からない。
ただ、ナルトのせいだということだけは、よくよく分かった。
ナルトが、自分を化け物だなどというから。
ナルトは、別に、化け物などではないのに。
むっすりと眉を顰めて黙り込みながら、釈然としない気持ちがサスケの胸に渦巻いていく。
ナルトのこれからの将来が、心底不安に思えた。
「本当?」
それでも、安堵したように表情を明るくしたナルトに、サスケは何も言えない。
それに、二度も変な事を口走るつもりもない。
ナルトから顔を背け、目を合わせる事を避ける。
けれど、付き合いの長いナルトは、それでサスケの言いたい事を察してしまうようだった。
「ありがとう、サスケ」
少し嬉しそうな、穏やかなナルトの声で、申し訳なさそうに、サスケに対する礼を紡がれる。
きっと、ナルトは、いつものように、穏やかな笑顔を浮かべているのだろう。
だが、今のサスケは、その笑顔を目にするつもりはなかった。
意図的にナルトを敢えて無視する。
実はナルトは、親しい人間に邪険にされる事を嫌っている。
隠していても、本当はナルトが寂しがり屋な事は、サスケにはもうバレバレだ。
それに気付いている人間は、限られているけれど。
だから、ナルトを無視するのは、サスケに望まぬ事を強いた罰のつもりだった。
のに。
「困らせちゃって、ごめんね?機嫌治して?」
そんな言葉と共に、音もなく距離を詰めたナルトが、サスケの左頬に、温かくて湿った感触の、何か柔らかい物を押し当ててきた。 
驚き、動転したサスケは、思わずナルトを突き飛ばした。
「な゛何するんだ!!」
ばくばくと痛い程サスケの胸が鳴っている。
今の感触は知っている。
だが、何故今、この流れでそれをした!!
ナルトに口付けられた箇所を左手で擦りながら睨み付ければ、ナルトが困惑したように、きょとんと小首を傾げていた。
そして、サスケは、目玉が飛び出るほど、心底驚く事になった。
「え。ミコトさんから教わった、サスケと仲直りできるおまじない?」
「はあっ!?」
おかしいな、と言わんばかりに首を傾げたナルトの、困惑仕切った言葉と表情に、サスケは絶句した。
それと同時に、鮮明に浮かび上がる記憶と共に、強く憤る。
母さん!
一体、ナルトに何を吹き込んだ!!!!
常々疑問に思っていた事だが、今日程強く感じた事はなかった。
サスケの母は、悪戯を好むような一面も少なからず存在していた。
幼い頃は、サスケもその餌食になった事もある。
忘れた頃にそれを思い出させられる事が多かったのだが、まさかこれもその一つか!!
目の前に居るナルトが、今は亡き母が誂えた、サスケに対するはた迷惑な愛情表現の賜物のように感じられ、サスケは内心戦慄を覚えた。
ナルトから距離を取り、無言でナルトを睨み続けるサスケの前で、ナルトの表情が困惑と混乱に歪んでいった。
ナルトの表情の変化に、サスケの胸に、サスケのせいではないとはいえ、ナルトを悲しませた事への罪悪感が浮かんだ。
何より、ナルトのこの様子では、ナルトもまたサスケの母の被害者と言えるだろう。
それを悟り、サスケは今日何度目かになるかも分からない深い溜め息を吐いた。
「…もしかして、サスケ、嫌だったの?」
不安そうに尋ねて来たナルトからは、強い困惑が滲んでいる。
母の言葉を信じきっていたことは難くない。
「い、嫌って、お前!自分が今、何をしたのか、分かってるのか!?」
サスケに対する問いかけに、衝撃も覚めやらぬまま、勢い込んでナルトに詰め寄ると、ナルトは困惑した表情のまま後退り、サスケの勢いに気圧されたまま、素直に全てを白状してきた。
「う、うん。ミコトさん、サスケは小さい頃から、ミコトさん達に抱き締められて、キスされるの大好きだったから、大きくなって、私の秘密をサスケが知っても、サスケが変わらないで私と仲良くしてくれてたら、私もいっぱいしてあげて、って…。喧嘩してても直ぐに仲直りできるからって…」
ナルトの口からポツポツと語られていく説明に、サスケは全身の力が抜け落ちるような虚脱感を感じ、がくり、と膝から崩れ落ちかけた。
危うい所でナルトの肩を支えに踏み止まったが、かつてナルトに変な事を吹き込んでおいた自分の母に怒るべきか。
それとも、母の言葉を真に受けて、律儀に今サスケに実行してきたナルトに腹を立てるべきか。
それすらも、もう、サスケには良く分からない。
「………それで。お前はそれを、何も変だとは思わなかったのか?」
身内の女二人の奇行に打ちのめされて、痛む頭を堪えつつ、それでもナルトを唆したサスケの母がもう亡い以上、母が原因のナルトの奇行を修正するのは、息子であるサスケの役目と、半ば以上、義務感のみでナルトを問い質す。
ナルトが逃げないように、しっかりと両肩を掴んで。
感情を押さえたサスケに、淡々と問われたナルトの目が、迷うように揺れた。
「う…」
その事に、サスケの胸に、ほっと安堵が広がっていく。
どうやら、母の吹き込んだ愚にもつかない与太話を、全部鵜呑みにしている訳では無さそうだ。
が、油断はできないのが、このうずまきナルトという人間だ。
刷り込みの成果か何かかは知らないが、ナルトはサスケの母を大変慕っていて、サスケの母が黒といったら、即座に黒と応じるような盲目的な所があるのだから。
それが何を目的としているのかあからさまな、面白半分のふざけた代物だろうとだ!!
その証明を今まさに目の前で示されて、サスケの胸に使命感が沸き上がった。
兄の事も捨て置けないが、母の遺したナルトの事も捨て置いてはならない!!
うちはの恥にならぬよう、サスケの側に置いて、厳重に管理しておくべきだろう。
幸いナルトはサスケの母を慕っていて、息子であるサスケの事もそれなりに慕っているのに違いはない。
まだ、ナルトの気持ちはその段階まで育ってはいないが、それでもナルトも嫌とは言うまい。
いや、これからも、言わせないようにすればいい。
そもそも一族が存命だったのならば、今頃ナルトは『うちは』の名を冠していたのだし。
予定通りと言えば、予定通りだ。
何処にも問題は何もない。
強いて言えば、兄の件だが、それにはナルトも同道させてしまえばそれでいい。
そういえば、ナルトは、その件について、何か知っている素振りだった。
それにまだ、ナルトはサスケに何か隠している事もあるようだし。
この際だ。
ついでにそれも諸共に吐かせてしまおう。
その方が色々と都合が良い。
いずれにしても、最後に残る厄介な問題は、里の柵だ。
まず、それをどうするかを考えよう。
ナルトを問い詰める傍ら、サスケがそんな事を考えていた時だった。
ちらり、と。
ナルトが自信無さげに、サスケを上目遣いで見上げてきた。
「でも、男の人って、女の人にキスされるの好きなんでしょう?僕、一応、女だし。サスケ、男だし。私がサスケにキスしても、サスケはそんなに嫌じゃないと思ったの」
初めて見るナルトの、サスケへの甘えと媚びを滲ませた仕草に、忙しなく胸を掻きむしられながら、サスケは必死に平静を保った。
ナルトをサスケの側に留めて置く為にも、これ以上、ナルトにサスケが振り回される訳には行かない。
ナルトをサスケが制御できるようにならなければならないのだから。
そう、サスケは考えていたのに。
サスケの気も知らず、ナルトはいつも通りに、ナルトが行動した理由の全てを打ち明けてきた。
「この前おじいちゃんにもしてあげたら、なんか、すごく喜ばれたから、サスケとイルカ先生にもしてあげたら、喜んでくれるかなって…」
不安そうに全てを吐き出し、全身でサスケに、嫌?嫌だったの?サスケは喜ばなかった?どうしよう、嫌われた?と、無言で尋ねているナルトの姿に、サスケは少し沈黙した。
火影のジイさんならば、さもありなん。
初めてサスケに寄せられる、ナルトからの甘えの滲む行動の威力を確認しながら、硬直した頭の端でサスケはそう思った。
三代目火影の猿飛ヒルゼンは、サスケから見ても、大分ナルトに肩入れしているのだから。
あれはもう、娘や女孫を溺愛する爺に近い。
ナルトの側に居るというだけで、碌でもない疑いをかけられる事もあるサスケは、そう断じる。
今後、あの爺の疑いを全面的に否定する訳にも行かなくなるのは不満だが、ならば先に、あの爺が文句を言えないような正当な立場を、サスケが手に入れてしまっておけば良いだけの話だ。
ナルトの持つ、里の柵を、ナルトから切り離す事にも繋がるのだし。
最終的にそう断じつつ、知らなかった事を知ったサスケは、昏く、不愉快な気持ちに支配されていった。
サスケが知らないうちに、ナルトは既に、もうあの爺に口付けていたとは。
「………へえ」
ナルトのこの様子では、色が絡むものではあるまい。
それは見えても、何故だか訳もなく不愉快だ。
酷く面白くない。
しかも、あの爺の次にとはいえ、サスケだけではなく、イルカの野郎にもするつもりだったとは!!
大方聞き知った情報を単純に考えて、思い付きで相手を喜ばそうと実行してみただけだろうが。
いや、サスケに限って言えば、機嫌取りも含まれるか?
母の入れ知恵とはいえ、『仲直りのおまじない』とやらを実行しようとナルトは思った訳なのだから。
それでも、ナルトがサスケ以外の男を、サスケと同じ方法で喜ばそうと思っていたという事が面白くない。
先程、ナルトに笑いかけられていた男の存在を知った時と同じくらい、腹が立つ。
非常に、不愉快だった。
「嫌だった?」
恐る恐る尋ねてきたサスケの顔色を窺うようなナルトの表情に、サスケのささくれだった気持ちは大きくなっていった。
サスケにそうするのは許せるが、他の男にするのは駄目だ。
許せないとそう思った。
「お前、二度とこんな事するな!」
「え…」
鋭く睨み付けながらナルトにきつく言い付けると、ナルトは不満そうな顔になり、次第に悲しげな表情になっていった。
その表情の移り変わりに、ほんの少しどきりとする。
何か悪い事をした気になった。
サスケはナルトを手に入れると決意したが、まだ、ナルトを手に入れた訳では無いのだから。
誰にも譲る気は無い気持ちが、少し滲んでしまった。
早まったか?と、少し焦りを感じた時だった。
「うん。分かった。サスケにはもうしないよ。ごめんね、サスケ。サスケが嫌な事しちゃって…」
明後日の方向にサスケの言葉を解釈したナルトが、申し訳なさそうにそんな事を口走ってきた。
ナルトのその言葉にサスケは思わずぎょっとした。
サスケ『には』?
「おい、ナルト!どういう意味だ、それは!?」
「え、何が?」
思わず意気込んでナルトに詰め寄れば、サスケの勢いに気圧されるように、ナルトが呆気に取られてきょとんとした表情になった。
無防備なナルトの表情に胸を擽られつつ、問い質すのが先決とばかりに、苛立ちを隠さずナルトを詰問する。
「他の奴にはするのか!」
「う、うん」
サスケの勢いに戸惑いつつも、素直に頷いたナルトに、サスケの頭に血が上った。
言葉が足らずにナルトを誤解させたのはサスケだが、誤解したナルトを許せないとそう思った時だった。
「だって、くの一の戦法の一つだし。口移しって」
「…は?」
ナルトのその言葉に、サスケは思わず硬直した。
なんだ、それは。
サスケの戸惑いなど知らず、ナルトは滔々と、いつものように、忍ありきの言葉を続けていく。
「どうやって口付けしながら、口に含んだ薬を違和感なく相手に飲ませられるか、考えてても良く分かんないからさ、サスケが嫌じゃなければ、その修行にも付き合って貰いたかったんだけど、やっぱり、無理だよね。だったら、やっぱり、おじいちゃんに付き合って貰うしかないかなあ…?」
そう言って首を傾げて考え込むナルトに、サスケの頭は真っ白に染まっていた。
考える間もなく、思わず驚愕が口から飛び出していく。
「はあ!?ナルト、お前、何を言い出してる!?自分が何を言い出してるのか、分かっているのか!?」
サスケの思考は混乱で支離滅裂になり、何が何だか良く分からなくなっていた。
確かに、忍として、色仕掛けは戦法の一つとされてはいるが、それに従事して事を為すのは、主に諜報活動を主とする忍である事が多い。
ナルトもサスケも下忍である事を思えば、里から割り当てられる基本的な任務内容から判断して、ナルトの考えは全部が全部誤りではないが、適性面から言えば、決定的な誤りが存在している。
うちはであるサスケと、人柱力であるナルトが所属し、写輪眼を有するはたけカカシが隊長を務めるこの班で、人柱力のナルトが色仕掛けをせねばならない局面は絶対に生まれない。
そうなる前に、サスケとカカシで大抵事は全て片付く。
確かに、スリーマンセル解消後、サスケとナルトが個々に任務を受けるようになったならば、そういった局面もあるかもしれないが、女の人柱力であるナルトが、そういった任務に従事する可能性は酷く低い。
あり得ないくらい低い確率だ。
どちらかと言えば、幻術に適性を持ち、容姿も整っていて、何だかんだ打たれ強くて負けん気が強い方の、春野サクラに適性があり、そちらに振られる確率の方が高いだろう。
ナルトは駄目だ。
忍としての意欲は買うが、そもそもナルトは人慣れしていず、精神面が安定していない。
安定しているように見せ掛けるのが酷く板については居るが、ナルトはそもそも突発的な出来事に弱い。
簡単な駆け引きめいたやり取りをこなせなくはないが、本来、ナルトに取ってはそういったものは苦手な筈だ。
そして、何より、情に篤い。
何かを切り捨てる事を元々苦手にしている質である事が容易く見てとれるナルトが色任務に回されれば、容易く相手に絆されて、情を移すのが考えなくても目に浮かぶ。
その上、万が一にも妊娠した場合の処遇も、人柱力であるナルトの方が枷が大きい。
となれば、ますますナルトは色任務からは遠ざけられる。
それは、血継限界を有するうちはの最後の一人であるサスケも同様だ。
だからこそ、そこを補う為に、女で、幻術に適性があり、里にとって、替えの効く、対して後ろ楯の無い、比較的容姿の優れたサクラが、ナルトとサスケのマンセル仲間に選ばれた筈だ。
先にサスケに、このマンセル選抜の里の思惑を説いたのはナルトの癖に、何故こんなあからさまな物を見落としているのか。
大方、己の忍としての技能を向上させることばかりに意識が行き、適性についてをろくすっぽ考えては居ないのだろう。
ただ、それでも一つ、サスケにも分かる事がある。
忍として生きる為に、ナルトは火影の爺とですら、深い口付けを交わす覚悟を固めていると言う事だ。
それが、どんな事かも知らない癖に。
ナルトに対する心配と懸念がサスケに湧いた時だった。
きょとんとしたナルトが、あっけらかんと口を開いた。
「分かってるよ?でも、色仕掛けって、実践してみないと、ちゃんと効いてるのかどうか、良く分かんないし」
不思議そうに、さも当然の事のように言い出したナルトに、サスケに衝撃が走った。
もしかしたら、先程ナルトに纏い付いていた男も、それを確認する為の一員だったのかもしれない。
そう悟ったサスケに、戦慄が走る。
このままでは、ナルトはサスケの知らないうちに、どこの誰とどんな事をしだすのか、知れた物ではない。
そう結論した瞬間、サスケは荒れ狂う感情が爆発し、訳の分からない気持ちになった。
ナルトを閉じ込めてしまいたいような、ナルトが秘めて隠している物を全て暴き、ナルトの全て壊して、殺してやりたくなるような、酷く凶暴な気持ちだった。
男というものを、ナルトは軽く考え、侮り過ぎている!!!!
つくづくそう感じた。
どうせなら、下らないサスケへの悪戯の仕込みなどせずに、こちらの方をもっと良くナルトに仕込んでおいて欲しかった、と。
もう亡い母への恨み事がサスケに浮かぶ。
どちらにしても、ナルトは止まらない。
それが嫌というほど理解できた。
サスケがここで拒否をすれば、ナルトはサスケ以外の人間に話を持ち掛け、試すだろう。
何故ならこれは、忍として、くの一には必ず必要とされている技能だと、ナルトがそう思い込んでいるからだ!
そう結論したサスケの中に、どろどろとした強い気持ちが渦巻いていく。
強いそれに押し出されるように思うのは、そんな事は認められないと言う事だ。
ナルトの思い込みを正すのは容易ではない。
ならば。
気付けばサスケは、首を縦に振っていた。
「分かった」
「え?」
何を言われたか分からないと言わんばかりに、ナルトがきょとんとしながら首を傾げた。
咄嗟に承諾してしまったが、これはこれで悪くない。
サスケに取っては利しかない。
種を蒔いたのは、ナルトの方だ。
精々、利用させて貰おう。
無防備な幼い表情を曝している無邪気なナルトに、サスケは含み笑った。
「付き合ってやる」
敢えて言葉を切り取り、告げる。
挑むような気持ちになりつつ、不敵に笑った。
「え!良いの!?」
サスケの言葉の裏も知らずに、ナルトは無邪気にサスケの助力の申し出を喜ぶ。
ナルトだって、忍の癖に。
そう、一生、ナルトに付き合うとサスケは決めた。
放っておくなど、危なっかしくて出来はしない。
それに、これは、母の遺志だ。
それに従うのも悪くはない。
母も、うちはであるのだから。
「口付ければ良いんだな」
「え!?」
喜色を滲ませたナルトに言うが早いか、ナルトを捕らえて唇を強引に奪ってやった。
少しはこれで、男というものを学ぶといい。
ナルトは決して馬鹿ではない。
サスケの行動からサスケの意を読み取り、暫く内省するだろう。
変わらなければ、それはそれだ。
次の案を試せば良いだけの話だ。
サスケの行動に驚き、ナルトがサスケを振り払おうと暴れ始める。
ナルトからの抵抗に、サスケは少し腹立たしくなっていく。
ナルトが自分から言い出した事なのに。
サスケが付き合ってやった途端に、抵抗するのはどういう事だ。
この程度の事で取り乱す覚悟で、あんな事を口にしていたのか!
苛立ちと腹立たしさを糧に、ナルトの抵抗を力に任せて封じ込んで、噛み付くように強く唇を押し付ける。
サスケに取っても、これは自分の意思で交わす初めての口付けだったが、感慨に耽る暇などなかった。
そんな事よりも、もう一度感じるナルトの唇の柔らかさの方に思考が逸れる。
以前、感じた時は、事故だった。
間違いなく偶然だった。
でも、今のこれは、もう、違う。
驚いて、抵抗しているナルトの頭を抱え込んで、動けないよう固定する。
自然と密着するお互いの身体に、自分との違いをはっきりと感じた。
容易く捕らえて、抑え込んでしまえる細い体。
なのに、温かくて甘い匂いの、ナルトの柔らかさに全身が高揚する。
サスケの気が口付けから逸れた隙を衝いて、ナルトがサスケを渾身の力で突き飛ばしてきた。
思い切り突き飛ばされたおかげで、ナルトを手放し、たたらを踏んでしまう。
思わずサスケはナルトに抗議した。
「何しやがる!」
「な、な、な、何するはこっちの台詞だよっ!サスケこそ、何するんだってばね!?」
食べ頃のトマトのように熟れた真っ赤な顔で、口元を押さえながらサスケに抗議するナルトは可愛らしかった。
混乱に、目を白黒させているナルトは、こういう口付けには慣れてないらしい。
それに、この様子だと、自分が際どい事を言ったりしたりするのは平気でも、誰かに『される』のは駄目なようだ。
そうして、ナルトはサスケを少し『男』と意識した。
思わずサスケの口元に笑みが浮かんでいく。
ナルトのこんな姿を見ながら、ナルトの言う『くの一の修行』に付き合ってやるのは悪くない。
それに、これはナルトにサスケを意識させるのに使えるかもしれない。
「何って、お前、修行に付き合って欲しいんだろ?感謝しろよ。オレが付き合ってやる」
ナルトの理屈に添って、サスケの建前を告げてやれば、見る間にナルトの勢いが消沈した。
「し、修行…。そうだけど、でも、だけど…」
目の前で動揺と混乱と羞恥で目を白黒させて、しどろもどろになっているナルトに、サスケの中の何かが刺激されていく。
これ以上は逆効果だと判断しながら、もっとナルトを追い込んでしまいたくなる。
「何ならもう一度してみるか?」
楽しく浮かれる気持ちを苦労して抑えながら、ナルトの耳元に囁くように提案すれば、傍目からでも良く分かるくらい、ナルトは極端にびくついてサスケから飛び退った。
「い、いいってばね!変な事言い出して悪かったってばね!私も忘れるから、サスケも忘れてってばね!!」
真っ赤な顔で必死に叫ぶナルトは、どうやら色仕掛けは自分にはまだ早く、向いていないと言う事に気付いたようだ。
だが、今更、こんな美味しい状況を、サスケが逃す訳もない。
「はあ?何を言い出してるんだ、お前。これは修行なんだろ?」
「そ、そう、だけど…」
ナルトの迂闊さにつけ込む挑発の言葉を投げ掛ければ、サスケの言葉に納得して丸め込まれかけたナルトが、思い直したように食ってかかってきた。
「こんなの、予想外だし!なんでサスケの方からしてくるんだよ!!」
真っ赤な顔で食ってかかってきたナルトの言い分から、ナルトがサスケにどんな立場を求めて居たのかを察して不機嫌になる。
想いが通じあった後だというなら、そういう立場に甘んじてやるのも吝かではないが、根本的な大前提の話として。
「馬鹿か、お前。男が常に受け身で居られるかよ」
サスケのその言葉にナルトが絶句して、目を丸くした。
そこへ、だからこその難しさを説いてやる。
「だから、色任務は適性のある者がより重要視されんだろ。良く考えろよ。この程度の事で動揺するお前に、色任務が本当に務まると、本気でそう思うのか?それに、忍なら、わざわざ色を利用せずに任務こなせて当たり前だろ?違うか?ナルト」
サスケの言葉を吟味するように、素直に沈黙して考え込む単純なナルトに、サスケは少し愉快になる。
とはいえ、容赦なく色々な物への布石は打たせてもらう。
隙を見せるナルトが悪い。
そして、だからナルトはサスケが手に入れる。
そう決めてしまったのだから。
「お前のその修行、今まで通りオレがきちんと全て付き合ってやるよ。全部返り討ちにしてやるから、精々精進しろよな」
サスケの宣言に、赤い顔で目を見開いて固まっているナルトに、止めとばかりに笑いかける。
サスケの不敵な笑みに、言葉にならないらしいナルトが、顔を赤くしたまま、空しく口を開閉させた。
ぱくぱくと動くナルトの唇に、少々名残惜しさを感じつつ、これから機会を作ればいいと未練をすっぱりとその場で断ち切った。
「帰るぞ」
事の発端と同じ言葉をナルトにかければ、今度は素直にナルトはサスケの後に付いてきた。
何か、腑に落ちないらしい事を呟きながら。
「あれ?なんでこうなるの?何か、違う気がする…。でも、確かにサスケの言うように、目標に反撃される事もあるし、予想外な動きを取る事もあるだろうし、そう考えるとその時の対処法もちゃんと知っておかなきゃ意味がないよね?だったら、やっぱりこれで良いのかな。ちゃんと修行になるような気もするのに、なんでこんな釈然としない気持ちになるんだろ?サスケはちゃんと私に付き合ってくれるって言ったのに。なんで?」
本能的にきちんとサスケの下心を嗅ぎ付け、無意識に警戒しているというのに、それに気付かず、全面的にサスケを信頼しているらしい言葉を漏らしているナルトに、サスケは思い切り笑いだしたい気持ちになった。
サスケのこの下心の全てを気付かれてしまうのは得策ではないが、それでもナルトのこの様子ならば、案外サスケがナルトを落とすのは簡単かもしれない。
そうじゃなくても、そもそもナルトはサスケを切り捨てられない。
幾らでも機会は作れるだろう。
今日はナルトの妙な言動に、やけにどぎまぎさせられたが、やはりナルトは、ナルトだ。
詰めが甘い。
だが、ナルトはそのままでいい。
小さく浮かれた気持ちで口元に笑みを浮かべたサスケは、一つどうしても見過ごせない可能性を思い付き、険しい表情でナルトを振り返った。
「ナルト。お前、オレ以外の男にくの一の技とやらを試すな。男を甘くみるな!どうなっても知らないぞ。現にお前、オレに抵抗できたのか?」
サスケの忠告に、痛い所を突かれたと言ったように固まるナルトに、宣告する。
「そもそもお前に色任務は回って来ない。お前は女の人柱力だからな。封印が緩む可能性を、少しでも里が容認すると、お前はそう思うのか?」
目から鱗が落ちたとばかりに目を丸くしたナルトに、サスケに取っての建前を続けておく。
「まあ、忍として研鑽したいというお前の気持ちは酌んでやる。だから付き合ってやるんだ。いいな。オレ以外の男には絶対にするなよ!」
「うん。分かった」
今度は素直に納得して首を縦に振ったナルトに、サスケは安堵して、今の任務の依頼人であるタズナの家に向かって歩を進めながら、自分の考えに没頭し始めた。
里から、人柱力であるナルトの身柄をサスケが手にする最短の方法と、それをナルトに納得させる一番効率の良い方法はなんだろうか、と。 

 

その36

 
前書き
相互理解週間だってばよ後。
サスケ編そのよん 

 
波の国から帰って来て。
自分の今後について、真剣に考えたそのついでに。
今まで棚上げしていた問題を解消してしまおうと思い立ち、サスケはナルトに今まで避けてきた兄についての話を振った。
どんな話をされても、あの頃、ナルトにはサスケの家に正式に引き取る話があった事を報せる事と、その兼ね合いで、うちは御用達の武器商人の猫バアと顔繋ぎさせると決定はしていた。
今までサスケはその辺りの事は、威力はともかく、なんとかナルトにうちはが得意としてきた豪火球の術を仕込めた事でよしとするつもりだったが、波の国での一連の出来事で気が変わった。
ナルトは自分の傍に置く。
そう決意した。
ならば、今まで背を向けてきた、ナルトの与太話にも向き合わねばなるまい。
そんな思いで、今まで敢えて避けていた話の水を、意を決して向けてみたのだが。
そうして語られたナルトの『与太話』は桁が違った。
真実かどうかも定かでは無ければ、証拠も碌には無いという。
それもまあ納得の話ではあった。
気安く公言すれば、気の触れた狂人扱いが良い所だろう。
そんな前提の、ナルトの口から語られる荒唐無稽な話の数々に、サスケは圧倒されてしまって、昨夜は碌に疑念を挟む事は出来なかった。
ただひたすら、ナルトの話に耳を傾けることしかできなかった。
正直、なぜナルトがそんなことを知っているのか、という疑問はある。
だが、ナルトの話に大人しく耳を傾け続けたその対応は正しかったと確信できる。
どれほどうちは一族のサスケにとって信じがたく受け入れ難い話であっても、それを語っているのは他でもないサスケの傍に置くと決めたナルトなのだ。
真偽はともかく、一度はきちんと全てを聞いておかねばならない。
そんな一抹のその思いだけを胸に、不安そうに、恐る恐るサスケに語りだしたナルトの話を聞いてやっている内に、サスケはふいに気付いた。
ナルトの語ったその話が、真実かどうかが問題ではない。
ナルトが語るそれを、ナルト自身が真実だと、ナルトが確信している事こそが問題だと。
九尾の保証のある話など、と、思いはするが、それでもナルトの話によれば、尾獣はそもそも六道由来の物だという。
うちはの血を継ぐサスケにとっても無視はできない。
その上、納得できない話でもない。
個人的にはそんな大昔の因縁など、今を生きるサスケ達には関係ないと断じられるが、あいにくサスケはその六道の血を継ぎ、瞳力を継ぐと自負するうちは一族の直系でもある。
同じように六道の血を継ぎ、後継者を自負し、うちはと争い続けてきたという千手一族との因縁すら含んでいると聞かされては、無視しきる訳にもいかない。
そうして、ナルトの話を聞けば聞くほど、サスケには自分を取り巻く環境に納得と反感を覚えざるを得なかった。
何より、それが、兄が凶行に走った因の一つと聞かされればなおさらだ。
そして、ナルトの抱える柵と事情は、木の葉とうちは一族、それに六道仙人に絡まりすぎていた。
否も応もなく。
九尾の人柱力であるが故に。
うちはであるサスケは、ある程度生まれながらに業を背負っているのは自覚していた。
一族について、詳細を語られず、教えられていなくともだ。
実の兄だからこそ、その兄がサスケに望んだものに応えてやると、そう決意してサスケは修羅の道を征く事を志した。
サスケも、兄と同じうちはであるのだから。
だが、ナルトは違う。
うずまきとはいえ、いや、一族が戦禍によって離散したうずまきだからこそ、一族の柵もなく、自由に思いのままに生きられると思っていた。
人柱力として、多大な枷を里から嵌められていても、サスケのように望まぬ修羅の道を歩まず、人柱力だからこそ、里で守られる道を選ぶ事も可能だと、むしろ何故それを選ばないと、そんな風に考えていた所もあった。
だからこそ、サスケと同じように復讐を志し、強さを求めるナルトに燻る物を感じざるを得なかったのだが、ナルトの話を聞いて得心した。
ナルトがサスケと同じように、望まぬ修羅の道を歩もうと努力する理由も、その為に必死になって己を誤魔化し、修羅たらんと無駄な努力をしている事も、全ては、巨大な敵に狙われた己の命を護る為だったのだ。
ナルトの話が真実ならば、死にたくなければナルトは死に物狂いで強くなるしかない。
相手がうちはであればなおさらだ。
抗するために、どれ程強さを求めたとしても、おかしな話ではないと、うちはの一人でもあるサスケも思う。
ナルトのその判断は、妥当であるとサスケも認める。
自分の修行相手に、サスケに目を付け、求めた判断もだ。
それに、ナルトの話が真実だろうが真実では無かろうが、嘘偽りない事実として、人柱力であるナルトは、ナルトの中に封じられた九尾を抜かれれば、体内のチャクラバランスを崩して死に至る。
それは避けようのない事実だ。
そしてナルトは、木の葉を抜けた兄が属しているという、暁なる不穏な組織に、自分が狙われていると警戒している。
それに対抗するために、サスケ同様、兄を超える力を求め続けている。
暁がナルトを狙うのは、ナルトに封印されている九尾が目当てで、ナルト自身の命を狙っている訳ではないが、それでも九尾の人柱力にされてしまったナルトにとっては同じことだ。
そして、その結末が、サスケの聞かされた下らない物の実現に繋がっているのだとすればなおさらだ。
そんなあほ臭く下らないものの為に、そうやすやすと己の命を差し出せる訳もない。
それは分かる。
だからこそナルトはああまで強さを求め、力を付ける事に拘るのだろう。
それは、ナルトを側に置き続けると決めたサスケにとっても全く持って冗談ではなかった。
昨夜、あの話の数々をサスケに語ったのが他でもないナルトでなければ、サスケは語られた内容を全て一笑に付して、見向きもせず、一顧だにしないと断言できる。
今でさえ、あまりの荒唐無稽さに、サスケは少し半信半疑だ。
けれど、それで納得できてしまう部分も確かにあるのだ。
うちは。
千手。
そして木の葉。
どれほど真偽があやふやでも、情報は情報だ。
早々にナルトの話の真偽を確かめねばならないと決意した。
それと、ナルト自身についてもだ。
サスケに対して、こんな嘘を吐いたり、謀るような事をする人間ではないと確信している。
ナルトはそんな度胸のある人間ではない。
悪戯や悪ふざけが目的ならばその限りではないが、これはその質が違う。
それでも、忍として、念の為に確認はしておかねばならないだろう。
そもそも、ナルトは何をどこまで見通している?
対した人間の思惑全てを見通すのか?
記憶や心の裡まで?
それなら、六道に関連する事柄は何処から得てきた。
九尾からなのだろうか。
一体、ナルトの知識の源はなんなんだ?
そう疑問を浮かべる度に、己をあっさりと化け物と称し、サスケにそう認識する事を勧めてきたナルトを思い出し、サスケは不快感に包まれ、むかっ腹が立つ。
今更そんな事がサスケにできるとナルトが本気で考えているならば、それはサスケに対する侮辱に他ならない。
だが同時に、理解したこともある。
ナルトは己を化け物だと認識しているということだ。
尾獣を封印された人柱力という理由に因らず。
つまり、ナルト自身、自分は異常であると認めている。
その原因は、ナルトがサスケに語った情報の数々。
だが、もしもナルトの異常を人柱力であるという事に求めるならば、一応の説明がつかない訳ではないとサスケは思う。
木の葉の初代人柱力は、ナルトと同じうずまき一族の直系の出で、遠見の巫女と呼ばれていたと聞く。
つまり、遠見とは、こういう事でもあったのだろうか。
だとするならば、初代人柱力と似た力を宿すナルトの出自は、それなりの由緒があるに違いない。
ナルトにうずまきの血を与えたのは、ナルトの母であるうずまきクシナ。
優れた人柱力として名を馳せていた、うずまき一族直系の、うずまきミトの後継として選ばれるのならば、それは同じくうずまき一族直系の人間でしかない。
それなりに血の濃い人間が選ばれているはずだ。
当時はまだ、渦潮隠れの関係も友好的だったはず。
ならば、ナルトもうずまき一族直系のその血を継いでいる。
そもそも。
そう、そもそもだ。
うずまき一族とはどのような一族だったのだ?
うずまき一族が戦禍に離散した今となっては、詳細に語れる者は少ないはず。
うずまきに縁深い木の葉にも、居るかどうか。
居たとしても、里の重鎮。
うちはとはいえ、未だ下忍の身のサスケが容易く接触できる相手ではない。
そうなると、書物やうずまきについて記された巻物の類から情報を得るしかないが、ナルトの能力は、うずまき一族の血継限界ではないのか?
そう考えたのは、サスケ自身が血継限界継承者だからだ。
サスケの受け継ぐうちはの写輪眼のように、うずまき一族とは、ナルトのような人間を輩出する一族ではないのか。
うずまき一族とは、なんだ。
それを知らぬから、ナルトは己を化け物と断じるのではないだろうか。
それに、もしそうならば、常に狙われ戦禍に晒され離散したという、うずまき一族の辿った道に納得出来る。
己を見透かす人知を超えた存在など、恐怖の対象でしかないはずだ。
排斥に動くのは、当然の流れだ。
だが、同時に、そうではないという予感も感じている。
己の一族ではないサスケのうちは一族について、あれほど詳細に語ることができたのだ。
うずまきについても同様の筈。
そう考えて、サスケは直ぐにその考えを否定する。
それならばナルトは己をうずまきとして誇りこそすれ、化け物と蔑むことは無いはずだからだ。
つまり、ナルトの見せた異能は、うずまきに由来するものでも、人柱力に由来するものでもないという仮説も成り立つ。
あるいは、ナルト自身、己の一族であるうずまき一族について、詳細を知らないか、だ。
それならば、どちらであっても、ナルトは己を化け物と蔑む事に繋がる可能性があげられる。
だが、ナルトの口振りから察するに、より可能性が高い推測は、ナルトの異能は、うずまきに由来するものでも、人柱力に由来するものでもないという仮説の方なのではないだろうか。
異能の所以と由来と答えをナルト自身も持っておらず、そんな自分にどこか恐れを抱いている。
だからこそナルトは、自分の事を化け物と称しているのだろう。
つまり、ナルト自身、己の異能に確たる答えを持たず、常に不安と己に対する猜疑に苛まれ続けている。
だからあれほど己を『化け物』と卑下し続けているのではないだろうか。
あのウスラトンカチが。
一抹の苦々しさと共に苛立ちながら、そのように、ナルトに関しての一応の結論をサスケが出した時だった。
「はい、サスケ」
「…ああ」
寝室のベッドの上で身を起こして考え込んでいたサスケの傍に、いつの間にか控えていたナルトが、昨夜の長時間に及ぶ幻術行使によって寝込んでしまった術者であるサスケに、うちはに伝わる疲労回復丸を差し出してきた。
サスケの母に伝授されたそれを、サスケの為に調合してきたのだろう。
出来立ての丸薬特有の柔らかさが見て取れた。
ほんの少し、術者である自分と違い、昨夜の幻術効果の影響を微塵も感じさせずに、こうしてサスケの世話を焼けるほどぴんぴんしているナルトを妬ましく思う気持ちが湧く。
同時に、こうして寝込んでしまった己の未熟さに苛立った。
ついで、白湯の注がれた湯飲みを差し出され、それを受取ろうとした時、何気なくナルトと目が合った。
その時だった。
にこーっという擬音や、花でも辺りに散っているのではないかと思うような満面の笑みをナルトが浮かべた。
真正面からナルトのそんな嬉しそうな笑みをぶつけられ、サスケは思わず動揺した。
今までもそれなりにナルトの笑顔を見てきたが、そんな風な、ナルトの浮かれ切った無防備すぎる無邪気な笑顔など、今までサスケは見たことがなかった。
ナルトが浮かれ、喜んでいる理由は分かる。
ナルトの言い分を信じるか信じないかはともかくとして、サスケに拒絶されず、突き放されもせず、曲がりなりにも話をすべて聞いてやって、その上でナルトを受け入れる態度をサスケが取ってやったからだろう。
それが余程嬉しかったと見える。
今まで以上にサスケに対する好意と信頼が透けて見える笑顔だった。
可愛いと、素直にそんな感想がサスケの胸に浮かぶ。
自分の中にそんな感想が浮かんでしまった事に更に動揺して、動揺を堪える様に、慌てて丸薬を白湯で飲み下す。
そして、飲み下した瞬間。
今度は一連のナルトの振る舞いに、かつて出会ったばかりの頃のカカシが、ナルトに向かって下した評価が、あの時よりも実感を伴ってサスケの胸に蘇ってきた。
思い出したそれに赤くなって熱を持つ顔をナルトに悟られぬよう、空になった湯飲みをナルトに押し付け、頭から布団を被って横になる。
「寝る!!」
一方的に宣言すれば、挙動不審なサスケの態度を気にした風もなく、ナルトがサスケに尋ねてきた。
「ご飯はどうする?おかゆか何か作ろうか?」
サスケに対するナルトのそんな気遣いが、直前に思い返した事を肯定するかのようで、サスケは必死に動揺を悟られぬよう声を張り上げてナルトを遠ざけた。
「病人扱いするな!ひと眠りすれば治る!お前ももう帰れ!」
どきどきと痛い程胸が鼓動する。
今の今までサスケもあまり実感はしていなかったが、それでもサスケが心に決めて決意した事は、つまり、全部、そういう事だ。
決定を変えるつもりは微塵もないが、だが、今はナルトと対せず一人になりたかった。
でないと、これ以上、どんな醜態を自分が晒してしまうか知れたものではない。
ただでさえ、今回、サスケ一人が寝込んでしまうという醜態を晒しているというのに。
なのに!
「それもそうだね。じゃあ、あとで夕飯時にもう一度顔を出すね?ご飯食べながら明日の予定相談しようよ。それでいいでしょう?」
無邪気にそう問いかけるナルトの能天気さにかっとなったが、その原因は、元はと言えばサスケ自身が昨日言い出したことに違いなかった。
それがどんな意味を持つのかも知らずに、素直にサスケの意に添い、従おうとするナルトの従順さに、ますますサスケの動揺は深くなった。
これを、護れるようにならねばならないのだと、深く実感する。
同時に、この程度で寝込む軟弱な己と、サスケのそんな気持ちを微塵も理解せず、昨夜の件で仲違いせずにいられた事に素直に喜び、浮かれるナルトの無邪気さに腹が立った。
だが、ナルトを手放す選択はあり得ない。
しかし、ついついいつものように苛立ちをぶつけるように怒鳴りつけてしまう。
「好きにしろ!」
しまったと後悔しつつ、そんな対応を取ってしまったサスケに対するナルトの反応が気になり、不安になる。
が。
普段通りだったのが逆に良かったのか、サスケの反応を大して気にした風もなく、ナルトはいつものように切り返して来た。
「じゃあ、サスケ。今日の夜ご飯の時にまたね。ゆっくり休んで早く良くなってね」
やつあたりするような大人げない態度を取ったサスケに、変わらぬ気遣いと優しさを向けてくれるナルトの対応に、子供っぽい駄々をぶつけてしまったばつの悪さがサスケに浮かぶ。
だが、今更頭を下げる訳にもいかない。
しかし、筋は通さなくてはならない。
サスケは一人葛藤する。
「ナルト」
湯飲みと残りの丸薬を乗せた盆を持ち、サスケの部屋を後にしようとしているナルトの気配に、必死に平常心を繕いつつ声をかけるた。
「なあに、サスケ」
「世話をかけて、すまない」
不思議そうに気負いなくサスケに応えたナルトに、今のサスケが贈れる精一杯の気持ちを告げた時だった。
ナルトが喜色に満ちた声を上げた。
そして、その声に、サスケは一つ、ナルトに対して理解した。
「ううん!なんか、こういうの、僕がサスケに頼られて、サスケの力になれてるって感じがすっごくするから、全然構わないよっ!あ、でも、サスケが気になっちゃうんだったら、僕が何かで寝込んじゃった時は、サスケの事を僕が頼ってもいい?」
そうして、波の国で敵対する立場にあった同年代の忍から贈られた言葉も思い返し、サスケは小さく口の中で呟いた。
「自分を必要とする者、か…」
その観点からしてみれば、ナルトにはそういう人間が欠け過ぎていると容易く判断できる。
そして、だからこそ、ナルトを縛る方法や、言葉も。
「そんな事、当たり前だろう!お前はオレ以外の誰に頼る気だ」
恥を忍んで本音を晒せば、予想通り、ナルトは言葉を失った。
そして、あからさまに照れていると分かる嬉しそうな甘えた声で、嬉々としてサスケに甘えてきた。
「じ、じゃあ、その時は遠慮なくサスケを頼るね?でも、僕も、サスケを頼りっぱなしなのは気になるから、サスケも僕を頼ってね?遠慮しなくていいからね?」
サスケに甘えつつ、サスケを気遣い、健気な事を口走るナルトに、読みが当たった事に浮かれながら、サスケは思わず自分の布団の中にナルトを引きずり込みたい衝動に駆られた。
その衝動に、これ以上の問答は危険だと、直感的にそう判断する。
今は、それは、まだ早いはずだ。
何故ならナルトの気持ちが伴っていない。
「もう、十分頼っているだろう!いいからもう行け!寝かせろ!」
「うん。邪魔しちゃってごめんね。おやすみなさい」
サスケから遠ざける為に不機嫌を装えば、ナルトは素直にそれを信用して引き下がった。
だが、ナルトの声には隠し切れない喜色が滲んでいた。
しっかりとそれを把握しつつ、ナルトの気配が遠ざかった自室で、サスケは深く溜息を吐いた。
精進せねばならない。
今のままのサスケでは駄目だ。
ナルトの挙動にサスケこそが心を惑わされてしまっては意味がない。
それではいけない。
いけないと思う。
今までも、ナルトには、振り回されてばかりなのだから。
ナルト自身は、そんな事は微塵も察していないのが救いではあるけれど。
ならば、どのようになれれば、サスケの望みを叶える事になるのだろうか。
どうすれば、ナルトを護る力を手に入れる事になるのだろうか?
兄を殺す為の力を求めるのは答えが解かり易かった。
ナルトを護る為に、その力も必要だろうと判断できる。
でも、きっと、多分それだけでは足りないはずだ。
ならば、これからは何が必要なのだろう。
どうすればいいというのだろうか。
きっと、ナルトの話に沿うならば、兄をこの手にかけずともいい。
むしろ、兄の鼻をより明かせる。
だが、兄がサスケに望んだのは、一族全てを手にかけた兄に対する断罪者という存在だ。
断罪は、復讐として命を絶つことだけではないのだろうか。
生かす判断も、復讐になり得るのか?
それは、ナルトの、恨みはあれど、それでも人の命を奪いたくない自分に対する誤魔化しだとばかり思っていたのに…。
答えの出ない煩悶を感じつつ、サスケは睡魔に身を委ねていった。 

 

その37

 
前書き
木の葉の外にお出かけだってばよ!前 

 
アカデミー教諭としてではなく、久方ぶりに中忍として隊を率いる任が下され、出立の手続きを終えたイルカが火影邸を後にしようとした時だった。
同じように里を出る手続きをしに来た忍達の中に、ついついイルカが個人的に気にかけてしまう要素を持った教え子の片割れの姿を発見した。
いつの間にか身を寄せ合うように、共に行動をするようになっていて、しかもどうやらナルトの秘密を承知しているらしいサスケが、珍しく一人で行動しているらしい。
それも、里の外に出かけるようだ。
任務前故に、それほど時間は許されていないが、サスケが単独で居るからこそ、だからこそイルカは声をかけようという気になった。
もう、サスケやナルトはイルカの手を離れ、先達として導いてやるのは、サスケ達の担当上忍であるカカシの手に委ねられたとはいえ、サスケは意地を張りがちで、全てを自分で抱え込んでしまう一面がある。
相談口はここにもあると、さり気なく示しておいた方が良いと、そう思った。
サスケの纏う雰囲気が、アカデミー卒業前の思い悩むものに酷似していたからだ。
あの時は、サスケの男としての成長が原因だった。
今回もそれが原因なら、イルカにも、力になれる。
なってやりたい。
そう意を決し、さり気なさを装い、手続きを済ませたサスケに声をかける。
「サスケじゃないか!久しぶりだなあ!」
「イルカか」
イルカの存在を認め、足を止めたサスケに、身振りで同道を示す。
察し良く、イルカと歩調を合わせたサスケの表情に、一瞬、途方に暮れた子供の顔が覗いた。
それを感じつつ、敢えて教師の顔で声をかけ続けていく。
「聞いたぞ!この前のCランク任務で大活躍したそうじゃないか!流石だな!先生も鼻が高い!」
本題を切り出す前に、嬉しくて仕方ない気持ちそのままに、無造作にサスケの頭を掻き混ぜてやる。
反感にきつく睨み付けてくるものの、イルカの行動にサスケから不満を漏らされたことは無い。
というよりも、漏らされなくなったというのが正しい。
二人きりになった時に限るのだが。
口振りこそ偉そうで生意気な口を利くサスケだが、その実、意外と末っ子気質の寂しがりやな甘えん坊な所がある事にイルカは気付いていた。
それに気付いてからは、時折こんな風にサスケの意志を無視して、敢えて子ども扱いさせてもらっている。
それはきっと、末っ子としてサスケが家族に愛されていた確かな証拠だ。
それを、うちはの名を負う自負と誇りによって必死に一人で立とうとしていた。
ナルトを介してサスケに接するうちに、イルカはそれに気付いた。
そうして、サスケが一族諸共家族を失ってしまってからは、その傾向により一層拍車がかかってしまって、自ら孤立するかのような行動をとり始めた。
それをどうしてやることもできないうちに、サスケは自らナルトと行動を共にするようになり、それをきっかけに、イルカもこのようにサスケを扱うようにすることにしたのだ。
失ったものの代わりにはならないが、イルカも家族を亡くした後、時折ヒルゼンに頭を撫でてもらう事が、幾らか慰めになった事を思い出したから。
今の所、それは上手く行っているのかどうかは分からない。
けれど、サスケもナルトも、反応こそ違うものの、二人ともこうしてイルカに素直に頭を撫でさせてくれている。
そしてナルトもまた、サスケと同じようにイルカと同じ孤独を抱え、けれど、イルカには助けてやれない生徒の一人だ。
何より、男のサスケはともかく、イルカには、ナルトの感じている事や考えているが今一つぴんと来ない。
教師として未熟さを痛感することでもあるが、入学当初からナルトの事情を知らされ、それ故に気にかけては来ていたが、やはり女性心理に精通していないイルカでは、荷が重かった。
懐いてくれていることも、慕ってくれていることも分かるのだが、イルカでは、ナルトの気持ちを十分に察してやることが出来ず、むしろイルカこそが最終的にナルトに気遣われ、立場が逆転している事がままある。
女の子は難しい。
それに、鋭い、侮れないと、どこか苦手意識めいたものを感じる結果になってしまったのだ。
その分、ナルトと行動を共にしている、ナルトよりは幾らかイルカにも理解しやすいサスケの事を、余計に気遣う結果に繋がっているのは、イルカとて自分で気付いてはいた。
だが、他に行動の取りようもない。
何より、口に出して確認こそしていないものの、サスケはナルトの事情を深い部分まで察しているとイルカは確信していた。
事によると、人柱力である事まで知っているかもしれないと思う。
だからこそ、情けないと思いつつ、深く事情を知りながらナルトの傍に居続けているサスケや、ナルトと同性のヒナタを通して、間接的にナルトを気に掛ける事に繋がっていた。
そんなイルカの気持ちを察しているのか、消極的にではあるが、サスケ自ら、イルカとナルトの仲立ちのような事をしてくれてもいる。
生徒の自主性を育てるのも教師の仕事とはいえ、情けないと言わざるを得ない。
本題を切り出す為の世間話の一環として、サスケを構ってみたイルカだったが、その気遣いは不要だったことをサスケの表情に悟る。
「イルカ」
真剣な声と眼差しのサスケを前に、イルカはただ事ではないと表情を改めた。
アカデミー教諭の顔を消し、忍の表情でサスケに対する。
サスケには、ナルトとは逆で、教師として対するよりも、忍として対した方が、サスケも開襟してくれやすいと悟っていた。
だからこそ表情を改めたイルカに、サスケは恥を忍ぶように、ぽつぽつと口を開いて尋ねてきてくれた。
「あんたは、教師だ。オレ達よりも年嵩であることも認める。だから、聞きたい」
サスケらしくもなく、迷うように躊躇いがちな小さな声音に、イルカの気が引き締まる。
「何をだ。先生に答えてやれることなら、何でも答えてやるぞ。教師としても、一人の忍としてもだ」
サスケの背を押すように、太鼓判を与えてやれば、意を決した表情で、ほんのりと頬を染めて、サスケが尋ねたいと思った事をイルカに打ち明けてくれた。
「誰かを護るとは、どういう事だ」
強がるあまりにイルカを睨み付けてきているが、そんな姿にこそ、サスケの年相応の背伸びを感じて、微笑ましくなった。
サスケのぶっきらぼうな口調もこういう生意気な態度も、必死になって自分を取り繕う強がりなのは承知している。
だからこそイルカは、素直に感慨深さに束の間浸った。
一族間の確執に思い悩んで、自ら孤立を望んでいるように見えたサスケが、まさか、こんな事をイルカに尋ねて来てくれるようになるとは。
じーんと震える胸に、教師冥利に尽きるとは、こういう気持ちだろうと実感する。
そしてだからこそ、イルカは教職を離れようとは思えない。
だがしかし。
だがしかしなのだ。
「誰かを護る、か」
「ああ」
深い感慨を込めて繰り返したイルカに肯定を返し、真っ直ぐな視線で答えを求めてイルカを見つめているサスケに、かけてやれる言葉をイルカは持たない。
何故ならば。
「サスケ。お前は頭がいいし、察しもいいから、きっと、もう自分でも薄々感づいていると思う。だから先生も言葉を濁さずはっきり言うが、お前のその疑問は、確たる答えの無い類のものだ」
イルカのその言葉に、サスケは不服そうにぎゅっと眉を寄せた。
そんなサスケの表情に、イルカは聞き分けの無い駄々っ子の面影を見てしまう。
だが、イルカの知っているサスケは、本当に優秀で、ただの駄々っ子で収まる器ではない。
流石はうちはと、そう思わせる聡明さと才能を秘めているのだ。
ただ、そう。
そういう事をイルカが教えてやる為には。
「何より、先生は女性に縁がないからなあ。きっと何かを護る事を考え始めたお前の力には、なってはやれないと思うんだよ。情けないけどなぁ」
へにょり、と眉を下げつつ、自分でも情けなさを噛み締めながらそう打ち明ければ、見る間にサスケの瞳に納得の色が浮かんでいった。
正直、その納得はとても痛い。
だが、だがしかし!
見くびってもらっては困る。
「でも!確かに先生は教師だからな。お前が自分の答えを考えるきっかけになる事くらいなら、先生でも言ってやれるぞ。それくらいしかしてやれなくて済まないとも思うが。それでも良いなら教えてやる」
敢えて念を押してやれば、サスケらしい強気な表情で呆れたように催促してきた。
「初めからそこまであんたに求めていない。きっかけ程度が掴めればいい方だと、最初から判断していた」
「何だと、この!」
思わず生意気な顔を見せたサスケにヘッドロックをかけて、ぐしゃぐしゃと問答無用で掻き混ぜる。
「うわっ!?イルカ!この、何をする!!」
流石に臍を曲げてイルカの腕から抜け出し、むっと睨み付けてきたサスケの表情に、構い過ぎたかと反省する。
同時に、サスケの兄の、イタチの事に思いを馳せた。
イタチの身に何があって、なぜあんな凶行に踏み切ったのかは分からない。
けれど、イタチも、イルカと同じように、こうしてこんな風にサスケを可愛く思う気持ちが、サスケ一人を生かしたことに繋がっているのだろう。
イルカはそう思う。
だから。
「護るっていうのはな、つまり、育む事だと先生は思う」
「育む?」
気を取り直し、サスケの性格に合わせて無駄を省いて端的に伝えてやれば、サスケは怪訝な表情になった。
現実的で合理性を好むサスケにとっては、イルカの語る理想論とは相容れないだろう。
だが、サスケの求める物の答は、きっとそこにある。
だからイルカは、サスケが実感しやすいように、己の事を例に挙げる事にした。
「ああ、そうだ。そういう意味では、教師の仕事も護る事だと先生は思っている。木の葉に生まれた子供達が、健やかに自分の道を誤らずに歩いていけるようにな。その為の芽を、先生達は育んでいる。それは、木の葉の里の未来を護っていると自負していい事だと先生は思っているんだ。ちょっと青臭すぎて、自分でも照れくさいけどな」
むっと顰められたサスケの表情は、そういう事を聞きたい訳じゃないと語っている。
だが、こればかりはサスケ自身が自分で答えを出さねば、守りたい物を本当に護る事などきっとできない。
だから、不機嫌になりつつも、大人しく耳を傾け続けているサスケに、イルカはしっかりと自分の考えを伝えていった。

「そもそも何かを守るって事は、酷く難しい。敵を攻撃して襲ってきた奴を排除して、それで終わりって訳じゃないからな。守りたい物の形が損なわれないように、気を配らなきゃならないし。意思を持たない物や術の類なら、結解や封印術なんかで容易く手が届かないようにしてしまえば、一応は安全と言えるだろうが、正規の解除法を持つ奴に狙われてしまえば、それもあまり意味はない。それが人や動物なんかの、自分の意思を持つ物が対象だと、話はもっと複雑になる。保護の対象者にも、自分の意思が存在するし、その意思を無視してこちらの意思を通してしまえば、それはもう、護りたい者を害しているのと同じ事だと先生は思うしな」
護る事について、実はイルカは一家言ある。
もう二度と誰かが何かを失わないように、そのために何をすればいいのか。
失わないために何をすればいいのか。
その考えの果てに、イルカは結界忍術を会得し、今も研鑽を続けているのだから。
火遁という攻撃性に優れたチャクラ質と、幻術に優れた写輪眼を生まれながらに宿したうちは一族のサスケには、実感は遠いことかもしれない。
しかし、忍としてではなく、人間として考えた時。
その時こそ、サスケはきっとイルカの言葉を理解してくれるだろう。
そして、狙い通り、イルカの言葉に真剣に眉を寄せて深く考え込み始めたサスケに、小さく頬笑みを浮かべて、イルカはもう一度、同じ事を繰り返した。
「だから、誰かを護る事は、育む事だと先生は思うんだ」
そう言われて、イルカの事をじっと見ていたサスケが、ふいっと視線を逸らし、おもしろくなさそうにしながら更に問いかけてきた。
「…何を育む」
そのサスケからの問いに、今度はイルカの伝えたい事がきちんと伝わっていると感じ、イルカはサスケの肩に手を置いて、視線を合わせて断言した。
「気持ちだよ」
「気持ち…?」
サスケらしくもなく、戸惑いを前面に出した幼い表情に、肩に置いた手に力を込めてもう一度、詳しく解説する。
「お前が、護りたいとそう思った気持ちや、護ろうとしている相手の気持ちを、だよ」
じっと真っ直ぐに自分を見つめている幼いうちはの黒い瞳に、ついつい照れを感じて顔を上げてイルカは茶化す。
「先生はどうも、そういう事が下手くそらしくて。いつも気が利かないだの、朴念仁だの言われて直ぐにフラれちゃうから。だから、参考にはならないかもしれないけどな」
「いや。きっかけ程度には十分だ」
すでにいつもの強気な表情を取り戻し、考えに沈むサスケの横顔にイルカは苦笑した。
サスケの気持ちが何処にあるのかなど、言われずともイルカには分かっているし、だからこそサスケがこんな事を聞いてきたのも分かっている。
だからこそ、与えてやれる助言にイルカは気付いた。
「俺達は男だから、大切な物や大事な物は、ついつい自分の手の中に抱え込んで、傷つかないように全て護ってやりたいと思っちまうけど、多分、それだけじゃ、護る事には繋がらない。護りたいと思った相手が、自分の意思で俺達の手を頼って、俺達の手の中に留まってくれて、俺達に自分を守らせてくれるように、相手の気持ちを理解して、添ってやることも護るって事だと思うんだ。そうじゃないと、守りたい筈の相手が、守ろうとしてるはずの俺達に反発して、素直に自分を守らせてなんてくれないし、悪くすればそっぽ向かれて俺達を捨てて、別の所に逃げだされちまうからな。つまり、俺達男に必要なのは包容力、か?確かにそう考えれば、先生にはそれが足りないのかもしれない。俺は、ついつい何事も全力投球になっちまうからな」
サスケに対して助言をしていた筈だったのに、ついつい湧いた疑問を口に出して呟いた。
そしてイルカの前に居るのは、その隙を見逃すような、そんな甘い存在ではなかった。
「つまりイルカ。お前には、余裕が足りないという事だな」
「ぐっ、言うな!先生だって、ちょっとは気にしているんだ!」
イルカが思わず窘めようとした時だった。
「だが。お前の話を聴いていると、ナルトがお前に懐く理由がオレにも分かる」
そう言って、ふっと今まで見た事もない程穏やかな笑みを小さく漏らしたサスケに、イルカは少し言葉を失った。
そんな安らいだ表情を見せたサスケの姿に、もう一つ、伝えておくべきことを思い立つ。
年齢を思えば気が早いとは思うのだが、相手は真面目で優秀で、同世代でも飛び抜けた才を持ち、その上短気でせっかちな方だったサスケの事だ。
早めに耳に入れて、じっくり考えさせる時間を与えるのは、決して悪い事ではない。
サスケは既に、うちはの復興を志してもいるし、護りたい相手なのだろうナルトにも家族はなく、その上、アカデミー時代からナルトはサスケの家に入り浸っているのだから。
猶更、きちんと考えさせた方が良い。
まだまだ幼く、二人は子供だと、イルカは思うけれど、二人とも、下忍就任を済ませ、年齢的にも子供とも言い切れなくなってきているのだから。
ナルトとサスケを良く知るイルカは、そう判断した。
「あと、もう一つ、先生が思いつくことがある」
「なんだ」
イルカのその言葉に、サスケは直ぐ様気を引き締めて、いつもの強気な視線でイルカを射抜く。
滅多に見る事が叶わないだろうサスケのあの穏やかな表情を、惜しむ気持ちが湧かないでもない。
だけど、サスケが今必要とし、求めているのは、きっとこういう事だろうと思うから。
「実は先生も実感はなくて、頭で考えてるだけなんだけどさ。護るべき者を得たのなら、そしたら、新しい家族になるかもしれないその人達に、サスケがどんな暮らしをさせて、どんな生活をさせたいのか。それをちゃんと考えて、実行して、きちんと実現させる力も必要だと先生は思う。それこそ、いわゆる男の仕事って奴なんだろうからさ」
「つまり、甲斐性か」
イルカの言葉を即座に端的に纏めた優等生なサスケの言葉に、イルカはしたり顔で腕を組んだ。
「そういう事だな」
アカデミーで教鞭を取っている時のように、首を縦に振る。
次の瞬間、サスケから与えられた笑み交じりのからかいの言葉に、イルカは思わず素でツッコミを入れた。
「確かにそれはあんたには足りないな。もっともだ」
「おおい、サスケえ!!」
「何となく、するべき事の何かが見えた気がする。流石は教師だ。あんたの言う事は解かり易くてしっくりくる。あんたを頼って正解だった」
しかし、再び滅多にお目にかかれない様な素直な表情でサスケから称賛され、イルカはむず痒い照れくささを味わった。
滅多に誰かに気を許そうとしないサスケだからこそ、こうして口にしてくれた言葉は本心の物だと分かる。
そうして、他でもないサスケにこんな風に認められるのは、教師としても、同じような思いを味わう者として誇らしく思え、そして少し後ろめたかった。
何もしてやれていないのに、何かしてやれたような気になってしまう。
だから、もう一度丁寧にサスケの頭を撫でて、ほんの少しの本音と弱音を見せてしまった。
「お前は本当にすごいよ。先生は、そう思う。他でもない『うちはの生き残り』のお前にだから打ち明けるが、結局、先生は、『最初の喪失』を恐れて。『次の喪失』を恐れて。それで未だに、誰かと繋がる事を本当は心の底で躊躇って、迷って、恐れていて。だからこそ、お前達を教え、導き、諭す立場に逃げ込んでいるのかもしれないと思う時があるんだ」
真っ直ぐにイルカを見つめて来たサスケの眼差しに、弱くて卑怯なイルカを晒す。
きっと、サスケはイルカのこれも自分の糧にして、大きく成長してくれると思えたから。
そして、そんなサスケが傍に居れば、きっとナルトに心配は必要ないとそう思うから。
サスケからの、強く見透かすような視線から逃げる様に、いつの間にか到着して立ち止まっていた、火影邸の玄関口から覗く青空を見上げる。
「お前達と一緒に居れば、先生は一人じゃないし、先生も、お前達を独りにしなくて済むからな。先生には、何かを護る力も、戦う力も。どれも人並み程度にしかない。それでは、本当に自分の守りたいものは、決して守り切れないんだって。俺も、お前も。嫌と言うほど思い知らされちまってるからなあ」
空を見上げたイルカの小さな独白を、サスケはじっと黙って聞いてくれている。
だから、話を持ち掛けられた時から、本当に伝えたかったイルカの気持ちを、掛け値なしの称賛と共に贈った。
「なのに、もう一度他の誰かを護りたいと思えたお前を、俺は本当にすごいと思うし、護ろうとしているお前を心の底から誇らしく思う。お前がうちはだからじゃない。先生の教え子の、うちはサスケだからだ。でも、こうやってお前と話してみて気付いちまったが、先生にはまだ無理だなぁ。怖くて、挑戦しようとも思えないよ。年下のお前はそうやって歯を食い縛って頑張ってるのにな。だからこそ、余計に誰かを護ろうと思ったお前を凄いと思うし、護ろうとしているお前を誇らしく思うし、なんだか嬉しくてしょうがないんだ。ハハッ。おかしいよなあ。でも、泣きたくなっちまうくらい、お前がそういう風に誰かを思う事ができた事が、先生、嬉しくて嬉しくて仕方ないんだよ。良かったなあ、サスケ。ちゃんと、お前がそう思った気持ちを大事にしろよ?怖いからって投げ出して、護る事から逃げ出しちまったら、先生みたいな情けない奴になっちまうんだぞ?お前は、俺みたいになるんじゃないぞ?ちゃんと、護りたい物を守れる男になれよ?その為に必要なら、先生みたいな奴の力でよければ幾らでも貸してやるからさ」
サスケの肩に左手を乗せ、空を見上げながらぼろぼろと零れる涙を隠すように、イルカは右腕で目元を覆った。
じっと黙ってイルカの話を聴いていたサスケが神妙な声で口を開いた。
「オレも、恐れが無い訳じゃない。でも、オレはうちはだ。だからこそオレに迷いは許されないし、逃げも許されないと思っている。けど、オレ個人としては、あんたの恐れも、迷いも。持って当たり前の当然の物だと、そう思う」
サスケのその声に、はっとしてサスケに視線を落とす。
心なしか気づかわし気にイルカを見上げていたサスケが、その途端、慌てたように顔を逸らした。
「そもそも!あんたは護る事から逃げてなんかいないだろ!あんたは木の葉の未来とかいう形の無い、護りようもなさそうな物を護ろうとしてるじゃねえか。そっちのほうがオレには護り方の見当もつかないし、挑戦しようとも思えねえな!」
ぷいっと顔を逸らしたまま、サスケはそんな事を口にした。
少し、血の気が良くなったように見えるサスケの顔をまじまじと見ていると、堪り兼ねたようにサスケがイルカを睨み付けてきた。
頬を赤く染めた顔で。
「大体、いい年をした大人が、こんな事でいちいちめそめそする方が情けない!あんたはオレ達の教師だろ!公私混同もほどほどにしとけ!あんた個人は情けなくて頼ろうとも思えないが、教師としてはあてにしている。ナルトとは逆だけどな!」
「そう、か」
サスケの言い分に大人しく頷いたその時だった。
「これからも、オレ達の師としてならオレもあんたを頼りにしてやる。だから、あまり自分を卑下するな!あんたを頼ったオレの方が情けなくなる!じゃあな、世話になった」
どこかむず痒そうな拗ねた表情で、サスケは一方的にイルカに告げて、アカデミー時代よりも更に磨きがかかった瞬身であっという間に姿を消した。
もう見えなくなったサスケの背中を追っていたイルカは、サスケから与えられた言葉の数々に、口元のにやつきを抑えられなくなってきた。
もう聞こえないと知りつつ、涙を拭って、サスケに向かってイルカは呟いた。
「ああ。俺なんかの力でも必要だというのなら、何時だって貸してやるし、お前たちの事を待っているよ」
呟きつつ、イルカは確かな予感めいた物を感じた。
きっとサスケはその名に恥じない忍になるだろう。
何せサスケは、三代目火影を務める猿飛ヒルゼンの父であリ、初代火影とうちはマダラの里造りに最初に賛同を示して大きく貢献した、猿飛一族の伝説的な忍の名を譲り受けた、木の葉の誇るうちは一族の末裔だ。
イルカの教え子の一人の。
確かに、サスケに師とまで呼ばれたイルカが、みっともなく情けない姿を晒していれば、そのサスケとしては気が気ではないだろう。
かつての、忍術を巧く発動させれなかったナルトに苛立っていた、幼いサスケの姿が蘇る。
うちはの悲劇を境に、思う事を全て素直に表現していた姿は鳴りを潜めたが、それでもずっと眉間に皺を寄せて、変わらぬ渋い表情を、涙目になりつつも決して諦めようとしなかったナルトに向けているのには気付いていた。
あの気持ちを、今はイルカにも向けてくれているのか。
それを感じ取り、イルカはくすりとした。
それは、どうにもこうにも気合いを入れねばならないし、否が応にも気合いが入る。
思いがけずイルカに見せてくれた、成長しても変わらない教え子の可愛らしい姿に、イルカは満たされた喜ばしい思いで、もう一度空を見上げた。
さっさと任務を片付けて、教職に戻らなくてはならないだろう。
イルカの護る、木の葉の未来達が待っているから。
雲一つなく澄み切った青空の今日は、絶好の任務日和だ。
きっと何もかも全てが上手くいくのだろう。
サスケと別れて気を引き締め直し、任務に向かうイルカには、何となく、そんな気がしていた。 

 

その38

 
前書き
中忍試験開始だってばよ!の、ナルトが胃痛を覚えていた頃の二人。
クシナさんとミコトさんが親友かつ、ミコトさんがうちは一族と言うところから膨らませて、捏造設定ぶっこみました。
ミコトさんはクシナさんとミナト君と縄樹君のアカデミー同期生。(根拠:確か、ミコトさんと縄樹君とミナト君の忍登録番号が同期でもおかしくない近さの番号だった気がする)
それプラス里のあれこれとかうちはのあれこれに絡んだ政治的配慮で、ミコトさん(うちは)と縄樹君と(千手)とミナト君(優秀な一般人)が、火影直弟子の自来也さんの担当下忍だったことにしちゃいました。
大蛇丸さんのが能力伸ばすには適任じゃ?という声もあったけど、それよりも、自来也さんの人柄と思想と、うちは一族本家直系のミコトさんと縄樹君とミナト君との交流を通して、うちは一族が里に歩み寄りを見せることを期待されてました。(ミコトさんとミナト君の世代の、カカシ隊第七班みたいな扱い的な感じ?) 

 
木の葉の里の現状を鑑みて、うちは一族の血継限界の奥義とも言うべき瞳術である万華鏡写輪眼を波の国で開眼させてしまったサスケの処遇は、中忍試験を目前に、急遽、三代目直々の預かりとなった。
それは、サスケを三代目の直轄とし、根の者からの手出しを控えさせる狙いが一つ。
優秀な人材であるが、里に複雑な思いを抱えているサスケを正しく導く為の狙いが一つ。
何よりも、万華鏡写輪眼を開眼させてしまったサスケの離反を招けば、三度目の九尾襲来の可能性が現実味を帯びてしまう。
ナルト自身の意がそこにあろうとなかろうと、出来てしまうだろう事の方が重視された。
そしておそらくは、何もせずともナルトはサスケの動向に追従する。
里はそう見ている。
そしてそれはカカシの見立てでも変わらない。
サスケは里にとっての脅威となる可能性と、それを為せる力を年若くして手にしてしまった。
そんなサスケを導くには、如何にオビトから譲り受けた写輪眼を左目に持つカカシといえども、力不足である事は否めない。
ましてやサスケは、ナルトを守る為の力を更に欲している。
大切なものを何一つ守り切ることの出来なかったカカシでは、師としてサスケを正しく育て、導く為の指導力が圧倒的に不足しすぎていた。
それに。
どうすれば大事なものを守り切る事ができたのか。
カカシには、今でもそれが、どうしても分からない。
分かっているのは、カカシには、自分の望みを叶える為の力が足りなかった。
その事実だけだ。
だからこそ、カカシには出来なかった事を成し遂げられるかもしれない特別な力を、年若くして手にしたサスケが少し眩しく、そして同時に案じていた。
力と才、そして若さは、容易く驕りと慢心を生んで、大切な物に自ら目隠しをしてしまう。
その代償は、とても重い。
目を覚ます為に引き換えにするのは、守るべき物、守りたいと願ったはずの大事なもの、あるいは、それに類する何かなのかもしれないのだから。
そうして、どこまでも尽きぬ後悔を抱える羽目になる。
今の、カカシのように。
サスケ自身が己の得た力に溺れ、驕り高ぶった結果、見えていたはずの大事なものが手のひらから零れ落ちていたと気付いた時、サスケの傍に守るべき大切な物があるとは限らないのだから。
カカシがいつものように墓地の中央に位置する慰霊碑の前で、失くしたものに対する悔恨と後悔に裏打ちされた物思いに耽り、佇んでいた時。
中忍試験参加決定という状況を見て、呼び出しておいた待ち人の小柄な姿が現れた。
中忍試験推薦時に、サクラの実力に合わせてお前達にはまだ早いと口にはしたが、実力からすれば、サスケとナルトは既に中忍Lvには至っている。
問題なのは精神面だ。
まだまだ粗削りだが、比較的常に冷静で安定しているサスケに比べて、圧倒的に不安で修行不足なのはナルトの方だが、技術面や素養の面では、ナルトもサスケも今回の試験で中忍に昇格しても問題はない。
しかし、カカシとしては、ナルトやサスケの抱える問題と境遇故に、二人には今回の中忍試験には参加して欲しくなかった。
二人の成長自体は喜ばしいが、もう少し手元に。
出来る限り、カカシが守ってやれる場所に。
そんな身勝手な思いに、カカシは複雑な気持ちになる。
しかし、子供の成長は、こちらの想いを越えて行くもののようだ。
心ならずも、短期間で手放すことになってしまった。
自分の力不足を改めて痛感する。
「来たね」
気配を察し、感傷を断ち切って物思いから立ち直り、振り返って声をかければ、カカシから数歩距離を取った所で、珍しく神妙な様子で所在なさげに佇みながら、ばつが悪そうに仏頂面を更に顰めているサスケが応えた。
「…こんな所にオレを呼び出して、一体何の用だ」
いつものような尊大で生意気な物言いも、場所柄を気にしてか、幾ばくか声に力がない。
そんな捻くれた素直さも、まるで昔の自分を見ているようで、だからこそ、己と同じ轍を踏まないで欲しいと切に願う。
しかし、いち早くカカシの手を離れることになったサスケは、もう、傍で見ていてやる事が出来なくなってしまったから。
本当は、こんな悔恨を晒す事など、忍としては恥でしかないのだが。
自分に似ていて、うちは一族のサスケにだからこそ、話すべきだと判断する。
サスケが自分を顧み、力に溺れる事がないように。
ナルトを守る力が欲しいと願ったサスケなら、きっと受け止め、己の糧に変えることができるだろうから。
「お前はナルトやサクラに先駆けて、中忍昇格前に一足早くオレの手を離れることになったからね。今まで通り、担当上忍としてのオレのフォローは続くが、一応、餞別代りに昔話でもしておこうと思ってね」
カカシの胸を今でも刺す悔恨を、サスケが抱える事がないように。
守り切る力の無いカカシよりも、強く、守る為の力を得られるように。
お節介であるのは、百も承知ではあるのだが。
表向きはカカシが責任を持つ事になってはいるが、それは名だけだ。
実質的には、サスケの身柄はヒルゼンが握る。
そこに否はないものの、少し複雑な気持ちであるのは確かでもある。
ナルトもサスケも、それにサクラも。
カカシが初めて合格させて受け持った子共達だから。
カカシの言葉に何を思うのか。
オビトよりは自制して、イタチよりは素直に自分の感情を表に出すサスケの黒い眼が、躊躇うように微かに揺れた。
そして、サスケにしては神妙な態度で、絞り出すように訊ねてきた。
「こんな所でか?」
既に、場所柄から、カカシの話が面白い物ではない事を察しているのだろう。
サスケの表情は嫌そうに顰められていた。
「こんな所でだからだよ。餞別だからね」
重ねて告げれば、さすが代々続く忍の家の子。
表情が改まった。
だからこそ、普段は漏らさないカカシの本音も、少し、漏らした。
「こんなに早くお前がオレの手を離れる事になるとは思っていなかったからね。話さずに済むならそれに越したことはないし、傍にいるなら、話さずに教えてやれると思ってたんだけど。どうも、お前の成長はオレにそれを許しちゃくれないようだから」
じっとサスケの目を見て、サスケの姿を目に焼き付ける。
きつく前を見据える強い視線が、サスケの父、フガクによく似ていた。
顔貌こそ、イタチ同様母親似で、父親であるフガクの面影が余り無いが、サスケの気性はきっと父親譲りだ。
とはいえ、カカシはサスケの母のミコトの事は、ミナトのかつてのマンセル仲間で自来也を師と仰いだ兄弟弟子であリ、ミナトの妻であるクシナの親友という事ぐらいしか知らないが。
いつ顔を合わせても、楚々とした物腰でフガクに寄り添う、儚げで嫋やかな微笑みを浮かべる、明るく朗らかなクシナとはまるで逆の、とても物静かな女性だった。
フガクとの結婚を機に、忍を引退したらしいが、その上品な見た目にそぐわず、ミナトに先じて上忍に昇格するほどの実力者でもあったらしい。
サスケの兄のイタチはきっと、あの繊細そうな実力者の女性に似た分、サスケは父のフガクに似たのだろう。
そんな感慨がカカシに浮かび、漏らすつもりの無かった事を漏らしてしまっていた。
「こんな時、フガクさんだったら、お前にどんな言葉をかけるだろうと思ったら、オレにはこんな事しかなくてね」
その瞬間だった。
思わぬ事を聞いたとでも言いたげに、サスケの目が開かれた。
「あんた、父さんを知っているのか!?」
思わず詰問してしまったのだろう。
直ぐに思い当たったように、サスケの視線が、眼帯で覆われたカカシの左眼に向いた。
そうして、素直に悪いことを聞いたとばかりにそっぽを向いたサスケの可愛らしい気遣いに、思わず笑みが零れる。
サスケのこんな可愛らしさを知っている人間が、この里に一体どれ程いるのだろう。
その数少ない一人のうちが自分であるという自負が、思わずカカシの口を軽くする。
「そりゃ、知ってるでしょ。同じ里の忍だし、フガクさんは警務隊隊長で、うちは一族の長だったし」
「っ!オレが言いたいのはそういう事じゃない!」
普段、あれだけナルトに口を酸っぱくして忍たるべしと説いているはずのサスケも、カカシの前では年相応にまだまだだ。
こうして容易くカカシのからかいの口車に乗って、直ぐに感情を露にする。
かっと顔を赤らめて睨み付けてきたサスケの表情に、うちは一族のくせにやけに直情的だったオビトの面影が過る。
そんなサスケの好ましい幼さを、及ばずながら傍で少しだけでも見守れたらと、そんな願いがカカシの胸にも生まれ始めていたのだけど。
状況は、カカシにも、サスケにも、それを許してはくれないらしい。
思わずカカシの手がサスケの頭に伸びた。
くしゃり、と、ナルト同様に掻き混ぜてやれば、即座にカカシの手を払い落として、顔を赤くして視線がきつくなる。
まだ幼くて、毛を逆立てた子猫のようにも思えるが、どんなに似ていたとしても、猫と虎は違う生き物だ。
だから、構いたくなる気持ちをそっと封じて、話すべきことを口に乗せた。
「それに、お前も知っての通り、この左眼は、かつてオレと同じスリーマンセル仲間だったうちはオビトが、オレにもう一人の仲間を守る為にオレに託してくれたうちは一族の写輪眼だからね。一族の人間でもないオレに託されたこのオビトの写輪眼について、うちは一族の長をしていたフガクさんには、当時から大分よくしてもらったし、随分親身に世話を焼いてもらっていたよ。お前が赤ん坊の頃、フガクさんにせがまれて、お前を抱かせてもらったこともある」
カカシの胸に、尽きせぬ後悔と、帰らぬ者への寂寥が過った。
「うちは一族ではないオレから、うちは一族の者であるオビトの写輪眼を回収するべきだとの声も、うちは一族内には少なからずあったに違いないのに、その声を抑えて、オビトが信じたオレを信じて、オレにオビトが遺したオビトの目を託し続けてくれていたんだ。それと同時に、フガクさんは、オビトが写輪眼を託したオレに、里とうちは一族を繋ぐ役割も託そうとされていたのだと思う。口に出してそれを言われた事はなかったが、そのように感じる事が多々あった」
その寂寥は、直ぐに自嘲にとって変わった。
「結局、オレには、オビトが託した願いも、フガクさんがオレに託してくれていた気持ちにも、応えて、叶えきる力はなかったが…。どちらも、オレには守り切ることができなかった…」
打ち沈んだ思いを鎮魂の願いに変えて、いつものようにカカシは慰霊碑に向き直った。
そうして、懺悔をするような面持ちになりながら、サスケに伝えようと思った己の過去の過ちの口火を切った。
カカシの失敗から、サスケが学んでくれる事を願って。
「オレの父親は白い牙と称されていた忍でね、仲間の命を守る為に掟を破り、中傷に耐え兼ねて自ら命を絶った。母親はオレを産んで既に死んでいて、オレの家は父一人、子一人だった。だから、里に一人きりで残されたオレには、常に好奇と嘲笑が纏い付いていた。そんな状況を見返すように、幼い頃から闇雲に修行に打ち込んで、オレは同期達より一足早く忍になった。エリート天才忍者なんて持て囃されていた事もあったよ」
かつての思い上がっていた己の幼さが、カカシは今でも許せない。
誰が許してくれても、自分が許す事が出来ないのだ。
そして、サスケを取り巻く評価は、そんなカカシによく似ている。
ナルトという、オビトにとってのリンのような存在がいる事だけが、カカシとは違うけれど。
だから、きっと、サスケはオビトのように道を誤らない。
けれど、カカシのように、間違う事があるかもしれない。
そんな懸念が、カカシの口に、らしくない事を吐き出させる。
「忍として必要なのは、他を圧倒する技量と掟の厳守。それだけが大切な物だとかつてのオレは考えていた。同期達がバカ騒ぎしているのを下らない事と決めつけて、そんな暇があれば修行をしていた。任務に必要のない物は、忍には必要ないと思っていたんだ」
そんな風に考えていたカカシを変えたのは、カカシとは正反対のオビトだった。
「そんなオレを変えてくれたのが、お前と同じうちは一族のオビトだった」
カカシの声に何を思うのか、サスケの気配が揺れる。
「うちは、オビト…」
サスケの口から洩れた押し殺した声音からは、何を思ったかは読み取れない。
だが、伝えるべきは、自らの悔恨だ。
カカシは瞑目して慰霊碑と向き直る。
「オビトは、両親が居なくて、婆さんに育てられたせいか、年寄りが困っているのを放っておけないお人好しな奴でね。それでちょくちょく任務前に手を貸していて、それが原因で任務に遅刻して来るまったく忍びらしくない奴だった。常々、火影になるという夢を口にしていて、当時のオレは冷めた目でそれを見ていた。忍として、守るべきものを碌に守り切れぬ奴なんかに、里の忍の全ての命を預かる里の長は務まらない。そう思っていた」
カカシの言葉を、サスケはじっと聞いている。
だからカカシは、そっと大切な物を打ち明けるように本当の気持ちを打ち明けた。
「だが、オビトの仲間を守りたいという気持ちは本物だった。それに、里の笑い者にされていたオレの父を、本当の英雄だとオビトは語った。仲間の命を守った者が蔑みを受けるのはおかしい。そんなおかしい里を、自分が火影になって変えてやるとね。その為に火影になるのだと、オビトはオレに語った。そしてその言葉を証明するかのように、危地にあるオレを救う為に写輪眼を開眼させ、瞬く間に戦況を打開させていった。オレが見捨てかけた、敵に攫われたオレ達のマンセル仲間のリンの事も、オビトは救い出して見せたよ」
「のはら、リンか…」
カカシがあげたリンの名に反応したサスケに、カカシは少し驚いた。
「何故お前がリンの名を…」
思わず振り返り、ばつが悪そうに視線を逸らしたサスケに、なるほどと納得する。
サスケにその名を知らせる相手は、サスケの守りたい相手であるナルトしかいない。
幼くして自分が四代目の子である自覚を持っていたらしいナルトは、忍としての修行にかこつけて、常々、父である四代目の名残も追っていたのだろう。
「そうか。ナルトか」
思わず苦笑を漏らしたカカシは、つい、思った事を口にした。
「お前は、少しオビトに似ている」
「オレが!?」
酷く動揺を見せたサスケに、かかしは頷いた。
「ああ。仲間を守る為にあっという間に誰よりも強くなる。それこそがうちは一族が天才と呼ばれ、図抜けた才を見せる本当の理由だったのかもしれない。オビトはね、リンの事を好いていて、だからこそ、誰よりもリンの事を守ろうとしていた。火影になろうとしていたのも、リンを守る為だったのかもしれない。リンの居る、オレ達の暮らす木の葉ごと、あいつは全てを守ろうとしてたのかもしれない。お前が、ナルトを守っているようにね。そういう所がそっくりだよ。何気なく失言して守りたい相手を怒らせたり、素直になれなくて、自分の言葉を全部飲み込んで、ただ黙って傍に居るような所もね。まあ、もっともオビトは気になる相手を罵倒したり、手を上げたりするようなことは絶対しなかったけど。お前のその乱暴さと口の悪さは誰に似たの」
昔から、機会があれば常々刺そうと思っていたカカシの釘に、むっすりとサスケが黙り込んだのが分かった。
むっと口を尖らせて、そっぽを向いて不貞腐れている。
だが、カカシにもサスケの気持ちは分かる。
ナルトは口で言い聞かせて、それで容易く止まるようなタマじゃない。
そういう所が不器用なサスケが苛立って、ついつい手が出てしまっても仕方ないだろう。
まだ、サスケの中でも、異性としてのナルトの扱い方が定まりきっていないせいもあるに違いない。
なんだかんだ、サスケとナルトの距離は、昔からとても近いのだから。
手を挙げられて、抗議しつつも、サスケに構われるのが嬉しいと言わんばかりに、嬉々としてサスケに懐いて纏い付いて行くナルトの笑顔を思い出す。
あれを思えば、カカシの忠告は、ただのおせっかいかもしれないが、改められるなら改めていた方がいいと思う。
サスケのナルトにかけている言葉は、誤りではないし、忍として生きるならば必要なことだ。
ただ、忍とはいえナルトは女の子だ。
こういう事が原因で、サスケがナルトに男として意識され無くなるのは、それは少し、可哀そうな気もしなくもない。
こういう事はカカシが口出しすべきことでもないのだろうが、それでもナルトを守りたいのはカカシもなのだ。
それに、サスケのいじらしい気持ちは昔から筒抜けだった。
ナルトを大切にしているようなのも、カカシはきちんと知っている。
そして、ナルトにもサスケにも、こういう事を諭す人間が欠けている事も。
柄ではないと、カカシ自身も思わなくもない。
しかし、暗部としての任によって、幼い頃から見守り続けてしまったせいか、良くナルトと行動を共にして、密かにナルトを里人の悪意からさりげなく遠ざけ、陰で守り続けてくれていたサスケにも、個人的な情は湧いてしまっている。
サスケはカカシがしたくてできない事を、ずっとナルトにし続けてくれていたのだから。
オビトと同じ、うちは一族の生き残りである、うちはサスケが。
ミナト先生の娘で、クシナさんと同じ人柱力の、うずまきナルトに。
そんな二人に表立って関りを持ち、担当上忍として受け持つことになった事は、カカシとしても、とても感慨深い事だ。
口に出してそれを誰かに伝えるつもりはさらさらないけれども。
それにしてもだ。
改めて、カカシの指摘に隠しきれていない拗ねた素振りのサスケに目をやれば、そんな風に、自分の都合が悪くなると眉を顰めて黙り込むところも、やはりオビトに良く似ていると気付く。
血縁ではなかったはずだが、サスケもオビトも腐っても同じ『うちは』という事なのか。
目の前で黙り込んだサスケに、もう一つ見つけてしまったオビトとの共通点に、カカシは思わず苦笑する。
なんでもかんでもオビトとリンに結び付けるのは、カカシの悪い癖だ。
自覚はある。
だが、それはいけない事なのか。
分からないまま、言葉を紡ぐ。
「なのにオビトは、オレなんかを庇って、致命傷を負い、オレにリンを託し、リンを守る為にこの左目の写輪眼を託してくれたんだ」
オビトとリンは、もう、居ない。
カカシには、守れなかった。
分かっている。
分かってはいるが。
「だが」
「あんたは、最後まで尽力したと聞いている。命令を無視して、単独で敵陣に乗り込んでまで、のはらリンを助けるために動いていた筈だ。それはあんたのせいじゃない」
そのまま機械的にカカシの悔恨を口にしかけた時、一足先に、サスケが口を開いた。
まるでその先は言わせないと言わんばかりに、強い瞳と強い口調で。
思わず素直に驚きが浮かぶ。
「それも知っているのか」
「ナルトに付きあわされて、四代目に関わりのある忍の経歴はあらかた調べさせられた。知っているのはあんたの事だけじゃない」
思わぬ暴露に、カカシは思わず閉口した。
一体、いつの間に。
そんな素振りは、暗部としてナルトの監視と護衛の任に付いていた時は、全く窺い知れなかったのに。
もっとも、常にカカシだけが付いていた訳ではないけれど。
「あんたは昔からナルトの傍に付いていた時、きっちり自分の仕事をこなしていたからな。あんたの時は避けていた。だが、あんた以外の監視役は役立たずばかりだった。殆ど全員、オレ程度の幻術で、どうとでもできる程度の奴らばかりだったからな。あんた以外の大抵の監視役を撒いて動くのは実に簡単だった」
その疑問に答えるように、驚天動地の新事実を更に投下され、カカシは思わず硬直した。
険しい表情で、聞き捨てならない情報を口走ったサスケを問いただした。
「…どういうことだ?」
「ナルトの遊びだ。あいつは自分が里からも命を狙われている事を知り尽くしている。チャクラを匂いで判別するなどという、特殊な感知タイプでもあるあいつに、暗部が誰で、誰が今監視に付いているかなど、隠し通せるはずもないだろう?チャクラの匂いとやらをどうやって消すんだ。そして、自分の命を狙う里の人間の裏を掻く力を付ける為に、昔からずっとあいつはそいつらを利用し続けていたと、そういう事だ。もっともオレも、それに便乗させてもらっていたけどな。それにこれは、爺さんも昔から承知の事だ。ナルトはそれを知らないがな」
しれっとした表情で、サスケは暗部と里にとって、かなりの問題発言をしているが、間近で見知ったサスケとナルトの力を得る為の貪欲さ具合に、否定できる要素がどこにもなくて、カカシは再び沈黙した。
確かに、サスケの言う通り。
チャクラの『匂い』など、隠蔽するのは不可能だ。
体臭などでさえ、完全に隠しきるのは困難なのに、それがチャクラとなると、完全にお手上げだ。
恐らくは、尾獣と幼い頃から同調しすぎた人柱力であるせいだろう。
ナルトの五感は、忍の物を超えて、尾獣に近いものに育ってしまっているのかもしれなかった。
それに。
ふんわりとした穏やかな佇まいと、基本的におっとりした性格に反して、昔から、本質的に、ナルトはかなりのお転婆娘だった事を思い出す。
無邪気に無茶を無茶と思わず、けろっととんでもないことをあっさりと躊躇いなく実行してしまう。
それこそ、無茶を当たり前のように穏やかに提案して、到底不可能と思える事すら、さらりとこなして、大抵の事はあっさりと実現させていたミナトのように。
勿論、ミナトの行いが全てが実現した訳でもなく、実現しなかった事もある。
その場合の被害は通常の非ではなく、大抵それは、ミナトの性格的なものからくるうっかり等が主な要因として誘発されていた物だったのだけれど。
普段からの、生真面目さと優秀さと穏やかさに、大抵の人間は皆騙されていたが、あの人はけっこうな天然ボケのうっかり者で、かなり鈍臭い一面を持っていた。
やらかした事もその規模も、並大抵の規模ではない。
ミナトの打ち立てた功績の数々の輝きに隠れているが、そのうっかりと鈍臭さは、人として、かなり心配になるLvだ。
それを良く知るカカシの目が、思わず遠のく。
ミナトの妻のクシナだとて、どちらかといえばかなり無鉄砲な行動力のある人間だった。
思い込んだら一直線の。
それも思い出し、遠い目が、更に遠くなる。
これは、既にどうしようもなく、とんでもない事になっているのではあるまいか。
身近で接して、そんな二人にそっくりの内面を備えている事を確信してしまっているナルトを思い出し、カカシは急にとてつもない不安を覚えた。
思わず、サスケに話す予定ではなかった、ナルトへの個人的な懸念の理由が口を吐く。
「……里の中では英雄だなんだと持てはやされて、それに相応しい実力も、頼りがいのある生真面目な人格も備えていたが、ミナト先生は、実は、結構なうっかり者の天然な人でね。ここ一番で、ありえないミスをしょっちゅう連発するような人でもあったんだ」
カカシが漏らし始めた内容に、サスケの気配が怪訝そうになる。
「戦争中、先生の班に降された、起爆札が重要なカギになる任務で、緻密で綿密で完璧な作戦と下準備を完全に済ませて、いざ実行しようと現場に到着したその段階で、肝心のその起爆札を、自分達が一枚も持って来ていなかった事に、その場で漸く気が付くような…」
遠い目のまま、ぽろりとカカシの語った、かつて実際にミナトがやらかした事の内容に、サスケが眉を顰めて、何とも言えない微妙な表情になった。
そういった事に、自分にも身に覚えがあると言わんばかりの。
今のサスケのその気持ちを、カカシは誰より理解していると確信があった。
それでも何となく後ろめたくて、そっとサスケから視線を外しつつ、ミナトのフォローの言葉を挟む。
「勿論、そういう失態を、その場で即興でフォローして、元々立てられていた計画以上の最良の結果を叩き出すような強運と実力を備えていた人だったから、里から四代目火影に選ばれて、火影の座に就任されていたのだけど」
カカシ自身、ミナトの傍で良く感じて素で突っ込んでいた、あの何とも言えない脱力感を、最近、久方ぶりにたっぷりと味合わされた。
他でもない、ミナトの娘のナルト自身に。
あれだけ率先して自発的に文句なしに感知タイプに相応しい働きを自らこなしていながら、まさか、長年、自分自身が感知タイプであると自覚していなかったとは、流石に思いもしていなかった。
サスケも思っていなかったに違いない。
あの時のサスケの悲鳴じみた激昂は、昔から暗部として二人の身近にいたカカシでも、先ず、聞いた事も無いものだった。
あれは、あのナルトの自分を知らないあの鈍感さは、紛れもなく父親のミナト譲りだ。
まず、間違いない。
ミナトほど、実力と内面の落差が激しく、自分を知らない自己評価の低い変な人を、カカシは知らない。
あの人自身はいつもどこでも何事も、心の底から真剣で、真面目以外の何物でもなかったからこその、不運で悲劇だったと言わざるを得ない。
いや、時折ミナトのやらかす結構な頻度の『うっかり』の数々を思えば、自己評価のその低さも致し方ないLvだったのだけど。
それに。
「そんなミナト先生を、常にフォローして傍で支えていた奥さんのクシナさんは、普段は明るくて朗らかなさっぱりした気性の優しい人だったんだけど、実は赤い血潮のハバネロという異名で恐れられた、鉄火気質の喧嘩っ早い人だったんだ。激昂すると、誰も逆らえないほど怒り狂って、彼女が納得するまで手が付けられなかった。二人とも、基本的にかなり単純で、人が良すぎる楽観的な人達でもあったんだけどね?」
カカシの独白に、こちらも心当たりがあるのだろう。
サスケの眉間に、更に皺が寄った。
カカシも思う。
身近で見知ったナルトの内面は、あまりにも両親であるあの二人に、要らない所がそっくりすぎる。
環境的に致し方ない部分を差し引いてもだ。
故に。
「正直、オレは、ナルトの今後が不安でね…」
カカシが傍に居てやれるうちはいい。
だが、ナルトは女の人柱力という危険な立場に置かれざるを得ない身の上で、カカシには、里の上忍という立場がある。
そこを超えて、カカシはナルトに手を貸せない。
そうして、カカシにできないそれを求めるには、目の前のサスケも若すぎて未熟過ぎるし、望めない。
望むわけにはいかないだろう。
サスケにも、サスケの人生がある。
なのに、何故、今、カカシはサスケにこんな話をしているのか。
「すまない。忘れてくれ。今、お前にこんな話をするつもりでは…」
「いや。構わない」
我に返って自嘲しながら眉間を抑えたカカシの声を遮り、やけにきっぱりとサスケが断言した。
思わず顔を上げる。
「前にも話したが、ナルトはうちはの人間にする。あんたがナルトを心配する必要はない。あいつの事はオレが全て責任を持つ」
まっすぐにカカシを見つめて、堂々と繰り返し宣言された内容に、ちょっぴり反感と苛立ちが浮かぶものの、それでも内心、かなりほっとして、安堵してしまったことを認めない訳にはいかなかった。
サスケもまだまだ尻の青いお子様だというのに。
それでも、ナルトがかなり深く心を許して懐いているサスケが、ナルトの傍で、ナルトを見ていると心に決めてくれたのなら、カカシとしても非常に安心だ。
面白くない気持ちもあるにはあるが、サスケ以外の誰かを思い浮かべるだけで、サスケ以上に面白くない気持ちと反感が、サスケの比ではないくらいに湧いて来てしまうのだから。
それに、ナルトがいつ、どこで、どんなうっかりで何をやらかすかは全く分からないが、サスケのその宣言で、複雑な立場に立つナルトがやらかした時、徹底的に孤立することだけはないと知れたのは収穫だった。
他でもない、意地っ張りでプライドの高いサスケがそう言うのだ。
ナルト自身の気持ちはさておき、サスケの方は本気なのだろう。
サスケ自身も、相当複雑な立場に立ってはいるのだけれども。
「そう…」
サスケの決意を秘めた強い眼差しに、カカシは言葉少なく相槌を打つ。
そう言ったサスケの気持ちを疑う訳ではない。
そういう訳ではないのだが。
けれど。
「…イタチの件は、もう、良いのか?」
そこは、きちんと問い質しておかねばならない所だ。
目に見えてサスケの視線が、強く、表情もきつくなる。
カカシも、うちはの件は何も思わない訳じゃない。
気付いていない訳でもない。
それでも、里が平穏にある為には、見てはならないものがあるのも、考えてはいけない物があるのも、気付いてしまってはいけないものがあるのも確か過ぎて。
そうして。
知ってしまえば、それを飲み込むのにどうしようもなくなって。
知らないならば、知らないままでいた方がいい。
そう思うそんなカカシの感傷を、オビトと同じ強い光を宿すサスケの黒い瞳が打ち破って断言した。
「だからこそナルトはオレの傍に置く。『木の葉』は信用できない。ナルトは『うちは』の人間だ。既に一度認めた事を、無かった事には今更させない」
絶対に、と。
無言で語るサスケのその瞳に籠る意志の力強さに、カカシは何も言えなくなった。
ヒルゼンから、里とサスケについての腹案を明かされているから尚の事だ。
悩んだ末、カカシは直感に賭ける事にした。
「…本当は、お前には、もっと別の話をするつもりだったんだけどね」
それでも、サスケの決意は本物で、サスケもオビトと同じ、何かを守ろうとする為に力を尽くすうちはの人間だから。
守るべきものを守ろうとする、愛情深いうちは一族の。
瞑目して、感傷と感慨を切り捨てて、そうして、目を開いて、サスケを見つめて、カカシの予定になかった、忍としてのサスケへの試金石となる一矢を放った。
「サスケ。ナルトの為に、里の体制を作り直す必要があるとしたら、お前はどうする」
「愚問だな。オレはうちはだ。必要とあれば、障害は全て焼き尽くすまでだ」
即座に返ってきたサスケの答えの過激さに、オビトとの差異を見つけて、サスケの持つ荒々しいまでのその激しさに、かつてのうちはマダラの数々の逸話と懸念が過らないでもないけれど。
「…そうか」
それでもサスケのその答えの底にあるものに、何をおいてもリンを守ろうとしていたオビトと同じものを確かに感じたから。
だから、カカシは、忍としての自分を殺した。
「ならば、聞け」
そうして、全てを当然とばかりに淡々と受け入れたサスケに、火影からの他言無用の極秘任務の概要と目的を、サスケに告げた。
全て、カカシの独断で。 

 

その39

 
前書き
クシナさんとミコトさんが親友かつ、ミコトさんがうちは一族と言うところから膨らませて、捏造設定ぶっこみました第二弾。
ついでに、ナルトの髪を軽い気持ちで赤くしちゃった件と、長門さんの存在との矛盾点の解消編。
こうすればいいんだよ!!!!という、苦節云年の作者からの回答でもある。
もっと早くこれを思いつけばよかった…orz
捏造部分→ミコトさん家はイズナさんの直系のお家で、ミコトさんは一人娘かつフガクさんはミコトさんのお家を継ぐ為の分家筋からの婿養子。(根拠:イズナさんとミコトさんとフガクさんの顔立ち(笑)と、誰かさんのサスケはイズナ似発言)
 

 
ミコト達うちは一族も創設に深い関わりのある忍の里、木の葉隠れ。
その里の里長である四代目火影を継ぎ、ミコトのマンセル仲間であり、親友の夫ともなった兄弟弟子の一人でもあった波風ミナトは、木の葉隠れの里を九尾の襲来から救い、命を落とした。
妻であり、人柱力としてその身に九尾を封印していた、渦潮隠れ出身のうずまきクシナと共に。
クシナとは、クシナもミコトもまだ幼く、共にアカデミーに通っていた頃からの付き合いだ。
その頃から、ミコトは友として、クシナの気持ちを聞いていた。
たった一人、渦潮隠れから木の葉に一人やってきた、うずまき一族の直系の特徴が色濃いクシナの。
表向きは両里の友好の為。
その実は、寿命を迎える初代火影の妻であり、その身を以って、この世に存在する木の葉が所有する最凶の妖魔でもある尾獣の封印の器であり、人の身でありながら尾獣の力を振るう人柱力の次の器として。
謂わば、世界と木の葉の為の人身御供として。
その為に、縁のない木の葉に一人、生涯に渡って身を捧げる事を決定され、木の葉に身柄を移されてやって来た、他里の生まれのうずまきクシナの友として。
クシナが木の葉に来るに当たって、尾獣をも制する血継限界である写輪眼を有するうちは一族の長の家の跡継ぎ娘として育ったミコトには、次期人柱力となることが確実であるうずまき一族のクシナと同じ年であることを理由に、一族から木の葉の為の『任』が与えられていた。
同じ女。
同じ年。
そして、尾獣と写輪眼。
故に、クシナの『友』となり、『人柱力』の精神的な管理と動向の監視という任を、里には内密に、うちは一族の長である父から与えられた。
全てはうちはと『木の葉』の為。
クシナの友となるのは簡単だった。
気性が激しく負けず嫌いで、裏も表もない真っすぐなクシナは、ミコトにとって、好ましい人柄だった。
一族に与えられた任務を超えて、生涯の友とミコトが心に決めたほどに。
それほどまでに、クシナの友となるのは容易かった。
うちは故に、人柱力として強大な尾獣の力を恐れて心を張り詰めさせるクシナに、クシナに何かあろうと、うちはが木の葉にある限り、クシナの恐れる最悪は必ず防がれる、と。
折を見ては囁き、うちはを警戒する里に気付かれぬように、さり気なくクシナと『約束』するのは簡単だったし、運良く三代目火影の直弟子の三忍の一人に数えられる自来也に、クシナの想い人のミナトと共々師事を受ける事になったのも幸運だった。
自来也自身とは、彼自身が幻術の適性が低いせいも相まって、どこか余所余所しい師弟関係とはなってしまったが、それでもミコトにとって、クシナとの繋がりを思えば上々の結果だった。
何より、色恋沙汰に酷く疎くてとことん鈍いミナトの意識改革をしたり。
ミナトの情報をクシナに売ったり。
ミナトに気があるクシナの恋敵を牽制したりするのに、自来也の弟子で、ミナトのマンセル仲間という立場は、ミコトにとって大変都合の良い立ち位置だったのだ。
まあ、あまりにもミナトが鈍すぎて、ミナトに余計な茶々と横槍を入れる自来也共々、師弟揃って消してしまおうかと殺意を抱くことは常だったし、クシナからの的外れな嫉妬を受けて、何なら、二人ともミコトの写輪眼で操って、無理やりひっつけてしまおうかと煮え湯を飲むこともざらだったけれど。
それでも、だからミコトには、クシナの最も親しい『友』は自分であるとの自負があった。
そして、ミコトは、自分が一族の為に、一族の長となる婿を迎えて、一族の長の妻として、ミコトの一族を盛り立てて行かねばならず、人柱力として、三代目の次の『火影の妻の座』が確約されてしまっているクシナとは、将来、忌憚ない友のままではいられないだろうという諦めも、口には出せずとも常に胸の裡には必ずあった。
事実、念願叶ってミナトの妻となったクシナは、ミコトと距離を置いた。
四代目火影に就いたミナトの妻として、ミコトの前で、ミコトの友ではなく、『火影の妻』として振舞うようになった。
それはクシナの意思ではなく、うちはと千手の、ひいては忍の意を封じんとする火の国の意を汲み、うちはマダラを危険視し続けたという千手扉間の意を大義名分に振りかざして題目に唱える者達の暗躍の結果だ。
初代からの意を継ぎ、共に二代目の教えを受けて戦を生き延びた戦友である志村の調略に簡単に乗ってしまう三代目同様に、木の葉の本当の意義を知らぬ志村や猿飛の意思にやすやすと調略され、不自然なまでに『火影の妻』たらんとして、『うちは一族』の長の家系で、現長の妻であるミコトを警戒し、遠ざけようとするクシナに。
寂しさや不満を覚えなかった訳ではない。
ミコトやうちはをないがしろにされる恨めしさを感じなかった訳でもない。
それでも。
お互い、一人の女として。
それぞれの立場で。
それぞれの守るべきものを選んだ、と。
ただ、それだけの事なのだと、クシナに先じて母となったミコトは悟っていた。
それに。
いずれ『火影の妻』となる事が確実であるクシナの傍に少しでも近くある為に、ミコトが上忍の資格を得るまで、ミコトの婿取りは引き延ばす事はできたが、その代償はこれ以上なく痛かった。
よもやまさか、うちは一族の総領娘であるミコトの婿取りを理由に、里から忍を辞めさせられ、クシナから物理的に遠ざけられるとは思わなかった。
運良く、婿に取ったフガクが、様々な事情に理解ある、争いごとを好まない穏やかな気質の男で、結婚によって自由に動けなくなるミコトの代わりにと顔を繋ぎ、個人的にも能力的にも期待を寄せて、ミコトが次の火影にと密かに推していた、ミコトのマンセル仲間で、フガクと同じ気質の、クシナの恋人のミナトと意気投合してくれて。
クシナとミコトの縁は、お互いの夫を通して辛うじて続いたけれど、それも、途切れた。
クシナとミナト双方の死という形で。
その報を受けた時に感じた思いを、ミコトは決して忘れない。
出産を控えていたクシナの傍から、尾獣を御せる写輪眼を持つ、ミコト達うちは一族を全て排したのは、『木の葉の里』だ。
そして、その『木の葉』の為、それを良しとしたのはクシナ自身だ。
その決定が下された後、顔を合わせたクシナから、ミコトの気持ちを裏切ることへの謝罪も受けた。
年の近い自分達の子に、自分達が果たせなかったものを託そうと、新しい約束と夢も語った。
だが。
だけれども!
それでもこうして時は流れ、クシナとミナトが遺した希望が、今、ミコトの護るうちはの家の屋根の下で、健やかな寝息を立てている。
それを思えば、ミコトの胸は温められる。
うちは一族の長の妻として、うちはの集落内に閉じ込められているミコトには、クシナの次の人柱力として、全ての里人から隔離され、厳しく里に管理されていたクシナとミナトが遺した子には、想いのままに接触することが難しかった。
けれど、偶然、長男であるイタチがその子と縁を繋いで、次子のサスケを通して、その子をミコトの傍へと引き寄せることができた。
クシナと二人、語った夢のように。
クシナはもう、居ないけれど。
それでも、だから遠くから歯痒い思いで、友が遺した一粒種が里人から人柱力として迫害される様を見つめるしかない状況から、大手を振って変革を齎せる状況が整えられたのだ。
少しくらい心のままに振舞ったとて、一体何が悪いというのか。
クシナとミコトが願った些細な夢を、無残に踏み潰したのは『木の葉』の方だ。
ミコトが遠慮し、躊躇う必要など、どこにもない。
うちは一族としても、クシナとミナトの友としてもだ。
ミコトの家に顔を出すようになった、クシナとミナトの血を引く人柱力の子は、幼なすぎる時からの孤独な暮らし故に、同年代の子供達よりも小柄な体躯にミコトには思えた。
その事に痛ましさを覚えた事もあったが、身近でよくよくその子を観察したミコトは、直ぐに男児とされていた子供の不自然さに気が付いた。
小柄なのは確かだが、年と環境の割には意外と良く鍛えられているにも拘わらず、同じ年のサスケと比べて、全体的にまろく華奢な体躯の友の遺児に、ふと、違和感を覚えて鎌をかけた。
その甲斐あって、髪の色こそうずまきの特徴を宿してぱっと見はクシナに似ているものの、顔立ちや気質はクシナの夫のミナトに似ていて、優し気で穏やかな子の、思わぬクシナとミナトとの共通点も見つけることができた。
クシナとミナトが遺した遺児は、クシナと同じ女児だったのだ。
そして、クシナと同じで嘘はあまり得意じゃないらしい。
しかも、予期せぬアクシデントに弱い所がミナトに似たようだ。
クシナに良く似た大きな瞳を、ミナトによく似た色で、ミナトそっくりに丸くして。
ミナトそっくりに硬直したまま、クシナに良く似た仕草で、ミコトの鎌かけに素直にこくりと首を縦に振った。
その時、ミコトの胸にどんな思いが湧いたのか、これっぽっちも知りもせずに。
女児を男児と偽らせていたのは、碌に後ろ盾も与えぬまま、里人の憎悪を幼い身に集めさせる事への、三代目からの最低限の庇護の一つでもあったのだろう。
だからと言って、ミコトが里に感じたものが薄れることは決してないけれど。
それから改めて、落ち着いて友の遺児の動きを観察してみれば、やはり、息子達の動きとはかなり違った。
ミコトから見ても、結構強引に振り回しているように見える、ミコトの下の子のサスケに良く懐いて、嬉しそうにサスケのやんちゃに付いて行っているけれど、それよりも、本当は家の中の事に興味があるらしい。
ふと気付くと、細々とした家の中の事を進めているミコトの背中や手元を、じっと見つめている姿をしばしば見かけるようになった。
そんな大人し気な姿に、喜怒哀楽がはっきりしていて、結構なお転婆だったクシナのアカデミー時代の姿より、何事にも能天気でマイペースにおっとりしていたミナトの姿が重なる。
見た目の印象そのものは、うずまき一族の象徴である、燃えるような緋色の髪の色のせいで、ミコトの親友のクシナの物であるというのに。
クシナとミナトの遺した、ミコトの友人達のたった一人の遺児は、記憶の中の友人達との姿とのちぐはぐさが、紛れもなく友人たちの遺した子である証のようで、ミコトには愛しく思えてならなかった。
だからこそ、サスケの友として、大手を振って堂々と。
うちはの集落内のミコトの家に、いつでも招き寄せられるようになった友人達の子を。
ミコトは手離したくないと、自然とそう思うようになった。
このままミコトの手元に引き取れたら、と。
引き取り、我が子と呼べたら、と。
そう思うようにもなった。
そして、そう出来るだけの大義名分と状況が揃いつつある。
もともとうちはは、尾獣に有効な写輪眼を有する強力な血継限界を受け継ぐ忍の一族。
ミナトともクシナとも縁の深いミコトに、あからさまに懐いた『孤児』の保護を、子供の出自と、クシナとの『約束』を盾に、うちはが里に願い出るのは本来容易い事なのだ。
それを留めているのは、ひとえに里の安定と一族と里の確執を慮っているだけの事。
それに、ミコトの出す答えよりも、夫の出す答えの方が、クシナとミナトの出す答えに近く。
ミコトの父に代わり、一族の長となって後を継いだのは、娘のミコトではなく、ミコトの夫のフガクだから。
だから、多少の不満はあれど、ミコトも大人しくフガクの決定に従っている。
けれど、だからこそ、夫も腹を決めれるように種を撒き、その種を芽吹かせようと、常々サスケを通して家に呼びつけ、こうして家に泊まらせて、サスケと同じ部屋にも寝泊まりさせる事を日常にして来ているというのに。
存外鈍いサスケは、あの子の秘密にも、隠し事にも気付く気配も全くない。
恐らく、疑う事をあまり知らない素直なサスケは、ミナト譲りの観察眼を下敷きにした、クシナ譲りの口の達者さによって、簡単に友人達の子に丸め込まれてしまっているのだろうが、それでは忍の子としては少々失格と言わざるを得ない。
忍としての目を養わせる為に、そろそろまた何か、サスケに仕掛けてみるべきだろうか。
イタチにでも相談してみるのもいいかもしれない。
暗部としてのイタチの任務の所為とはいえ、最近、二人が顔を合わせる機会が極端に減っているから。
けれど、サスケのその子供らしい素直さも不器用さも、ミコトとしては愛しくてならない。
夫に似た繊細な気質の上の子のイタチとも違う、サスケの年相応の天真爛漫な無邪気さも、慈しんで愛おしむべきものだった。
それに、素直に男と信じて開襟している相手の、真実と真相を知ったサスケの動揺と葛藤も、ミコトは今から楽しみで仕方がない。
年の頃も丁度良いし、クシナとの『約束』通り、成長したサスケの傍に、娘らしく成長した友人達の遺児が添ってくれたら、ミコトとしてはもう何も言う事は無いのだけれど。
そういう未来が訪れるには、問題となる事があまりにも多すぎたとしてもだ。
先ず、二人の間に子は望めないだろう。
それだけで、一族の反発は目に見える。
うちはではない人間を、一族に加えようというだけでも反発は必死なのにだ。
人柱力の出産は、試すにはリスクがあり過ぎる。
しかし、逆を言えば、それこそが里がうちはを忌避する所以として、人柱力をうちはに引き取り、『うちは』を名乗らせることを一族に承諾させられる因ともできる。
くだらない里の柵に囚われて、友人達は尾獣に有効な写輪眼を持つ『うちは』を遠ざけた環境で出産に挑ませられて、命を落とした。
ミコトがクシナの傍に居れば、そんなことは起こさせなかった。
『うちは』の力を恐れる我欲に満ちた者が、『うちは』を遠ざけ、ミコトの友に命を散らせたのだ。
クシナは『火影の妻』だったのに!
『火影の妻』が、最高の環境で、安全な出産を出来るように、『うちは』であるミコトも力を貸す、と。
昔から。
そう、それこそクシナがミナトの妻になるずっと前。
クシナやミコトが顔を合わせたアカデミー時代の子供の頃から、ミコトはクシナの『友』として、クシナと約束をしていたのに!
その為にこそ、ミコトは上忍の資格を得たのに。
なのに、結局、里と一族の持つ柵に囚われて、ミコトはクシナの力になれず、何もできないうちにクシナとミナトは散ってしまった。
もう、二人にミコトがしてやれることは何もない。
だからこそ、ミコトは決して里の上層部の友への仕打ちを忘れない。
けれど。
親友だったクシナが、密かに腹の子に願っていた未来を贈る手助けくらいなら、今のミコトにも可能だ。
ミコトにしか、きっと出来ない。
友人であるクシナの、人柱力としての本音と弱音を、ミナトの前に、友として聞き続けてきたミコトにしか。
クシナの子は、クシナと同じ人柱力にされてしまったから。
クシナは元来、嘘の苦手な素直な子だった。
長じて多少は感情を隠す術を覚えたようだが、ミコトからしてみれば、ミナト共々、分かりやすいくらい考えている事が周りに筒抜けな人間だった。
だからこそ距離を置かれたのは分かっていたし、その事を気にするなと、常にサインを送り続けた。
人として、二人とも、好ましい人柄だったから。
だからか、人の目が届きにくい場があれば、クシナは変わらぬ友情を示してくれた。
そうして、お互い、子を身籠った状態で、偶然産院で顔を合わせた時、ふいにクシナが漏らしたのだ。
産まれてくるお腹の子が、男でも女でも、ミコトの子と友になって欲しい、と。
自分達のように、と。
口を滑らせて漏らした途端に、お互いの現在の立場を思い出し、慌てて否定するような言葉を捲し立て始めた照れたクシナに、それまで少なからずミコトが抱えていたクシナへの隔意は露と消えた。
ミコトに満ちたのは、クシナの願った美しい夢だ。
木の葉創設の元となった、うちはと千手の友愛に満ちた未来想像図だ。
それは、うちはが創設期から求め続けた『木の葉の里』だったから。
だから、忍になる前の、ただのミコトとクシナとして、アカデミーに通っていた子供の頃のように、冗談めかして茶化してみたのだ。
お腹の中のクシナの子が産まれて来た時。
その子がもしも女の子だったら、『うちは』にお嫁に頂戴ね、と。
これからミコトが産む子は男の子で、クシナは妊娠が分かったばかりだったから。
戸惑うようにきょとんとするクシナに、火影の娘が『うちは』に嫁入りすれば、里とうちはの確執が薄れるきっかけに十分だし、何より、そうして『家族』になれたら、また、昔みたいに一緒に過ごせるわね、と。
そう言って、いつものように微笑みかければ、クシナはみるみるうちにミコトの好きなクシナの笑顔を見せてくれた。
一切の曇りのない明るい笑顔を。
そうしてすっかりその気になってしまったクシナは、さっそく夫のミナトにそう伝えると嬉々として飛ぶように帰宅して、後々火影室での火影の奇行に繋がる原因になったようだが、ミコトに後悔は一切ない。
そうすれば、穏やかに、自然な形で一族と里の軋轢が解け、クシナとミコトが思い描いた『木の葉の里』が実現するのだから。
親友を親友と呼んで、親友と遇せる環境の構築と奨励に励んで、一体何が悪いというのだろう。
きっと、初代火影の千手柱間とうちは一族の当時の長だったうちはマダラもそうだったに違いない。
だからこそ、うちはは木の葉創設に力を貸した。
ミコト達の代でその夢が為せなくとも、ミコトの子と、クシナの子が、その夢を継いでくれれば。
甘いと言わざるを得なくても、クシナの仄めかした未来に囚われたのはミコトもで。
そうして、その手助けと種蒔きが出来る環境が整ってしまっているのだ。
こっそり子供達を誘導するくらいしてしまっても、別に構わないだろう。
下らぬ体裁と疑念に囚われて、ミナトにうちはへの助力を切り捨てさせたのは、三代目含む里の上層部なのだから。
内々で、フガクとミナトの間では、クシナの出産時への協力体制について、ミナトとクシナの結婚当初から話がついていたのに。
うちはの全面的な支援の下、クシナは万全の態勢でもって、安全に出産する筈だったのに。
そうして母となり、ミコトと共に、母となった喜びと、子供達の成長を見守る幸せと、子育ての苦労を分かち合う筈だったのに。
なのに、ミナトもクシナも、もう、居ない。
二人の子の中に、災いの源となった九尾を残して、二人とも、死んだ。
里の、上層部の判断で。
その判断を、決してミコトは許さない。
決して。
それでも、クシナの残した子は生かされていた。
人柱力として。
里の管理下で。
だから、せめて、クシナの子が生きてさえいてくれたら。
いつか、もしかしたら、ミコトとクシナの描いた夢が叶うやも、と。
蜘蛛の糸のように、儚いその希望に縋りながら、じりじりと不満と屈辱の日々を過ごし。
そうして、大手を振って、堂々と子供達に干渉できる『今』を手に入れたのだ。
欲が出たとて構うまい。
二人の友人の面影が色濃い二人の遺児も、我が子のように愛しく感じてしまうのだから。
いっそのこと、このまま強引に引き取って、我が子にしてしまいたい。
そうするには、うちはと人柱力では縛りも柵も多すぎるが、二人の面影が色濃いあの子を、娘と呼べたらそれでいい。
身近に置いて過ごすうちに、ミコトはそんな風に思うようになってしまった。
ミコトの家にサスケに連れられて遊びに来た友人の子を、ミコトの家から帰すのが辛くて仕方がない。
何かと理由を付けて、家に引き留め、泊まらせる事が多くなった。
今日も引き留め、同じ屋根の下に休ませている。
サスケと共に、サスケの部屋で眠っている。
それに、一年かけて漸く緊張が抜け、家人の気配があっても、ミコトの家で熟睡してくれるようになったクシナの子が、我が子と並んで無防備な寝顔を見せてくれる幸せを、どうすれば抑えられるというのだろう。
抑える事など、きっと出来ない。
今はまだ、抑えなくてはならないと知ってはいるけれど。
何故ならミコトは、創設期から長年里との軋轢を生じさせているうちは一族の長の妻で、ミコトが手元に置こうと願っているのは、その木の葉の里の人柱力なのだから。
それでも、子の寝顔に感じるものは隠せない。
家の中の戸締りと見回りを終えて、寝室の床の中で、寝床は違えど、同じ方向を向いて同じ部屋で、揃って無邪気な寝息を立てていたミコトの子のサスケと、クシナとミナトの遺した子の寝顔を思い出し、ミコトは幸せな気持ちに包まれ、思わずくすりとした。
闇に閉ざされた褥の中で、ひっそりと漏らしたミコトの笑みを、共に休もうとしていた夫が捉えて尋ねてきた。
「どうした?」
柔く、眠気の滲む優しい声で。
夫に気遣われた喜びに、小さく微笑みながら、隠すことでもないので、素直に打ち明ける。
「ナルトちゃんの事です」
どうも夫は、人柱力である友人達の残した子に思う所が有るようで、あまり親身になろうとせず、積極的に構うミコトにもあまりいい顔はしていない。
けれど、黙認はしてくれている。
ミコトとて、一族の長を務めている夫が何を危惧しているのか分からない訳ではない。
ミコトは、マダラが木の葉と袂を別った後、マダラに変わって、長の座を継いだマダラの甥を祖父に持つのだから。
ミコトが里に警戒され、クシナから遠ざけられたのは、ただ、うちは一族だったからだけじゃない。
ミコトが、『木の葉』に弓引いたうちはマダラと近い血縁にあるからだ。
ミコトが男だったのなら、ミコトはもっと里から警戒されただろう。
先代の長である父と同じように。
それでも、先の人柱力はミコトの友で、今の人柱力はミコトの友人達が遺したたった一人の子なのだ。
一族の安寧には変えられないとは言えど、無視もできない。
我儘だとは分かっている。
けれど、ミコトはもう、これ以上、下らぬものに気兼ねして、ミコトの大切な者を手離して、永遠に失う事にはなりたくないのだ。
たとえそれが、木の葉と一族の双方を煽り、相争わせる因になろうとも。
これ以上、ミコトの大切な者達を奪われてなるものか。
里に。
木の葉に。
一族に。
だからミコトは、忌憚なく己の胸の内を曝け出した。
夫は、ミコトのこの気持ちを知っていて、きちんと受け止めてくれているから。
「あの子、漸く私の気配に目を覚まさなくなったんですよ」
夫に告げる口調に喜色が混じるのも仕方ない。
初めて友人達の子をミコトの家に無理やり泊めた日は、気を張り過ぎて一睡もしてくれなかった。
それでも諦めず、何度も家に呼び、理由をつけて泊まらさせて、そうして、少しづつ警戒を緩めてくれて、少しづつミコトの家で眠ってくれる様になっていった。
きっかけは何だったか。
そう。
サスケに連れられて家に来て、サスケの我儘でサスケとイタチに扱かれて。
泥だらけになったあの子を引き留めて、週末だからと幾度目かに家に泊めた翌日だった。
家事の手が空いた時間に、いつの間にか静まり返った家の中に気が付いて、子供達の姿を探した時だ。
サスケと二人、陽だまりの中で眠っていたのを初めて見つけたのだった。
睡眠の足りない体で、朝からサスケのやんちゃに付き合わされて、きっと体の限界だったのだろう。
サスケの方も、朝から遊び相手がいる珍しい状況に、はしゃぎ疲れてしまったのだろう。
お互いの肩にもたれ合うようにして、縁側の日向で眠っている微笑ましい姿に、風邪をひかぬようにと掛布を手に近付けば、その時はまだ、警戒も露わに一瞬で跳ね起きられてしまったけれど。
あれから、少しづつ、あの子はミコトの家で眠りに就く時間が増えて行った。
戸締りの見回りで顔を出すと、どうしても目を覚まさせてしまうようだったが、それでも今日は。
安心しきった健やかな寝息を立てたまま、ミコトがサスケの部屋を後にしても、終ぞ覚醒してくる事はなかった。
一年かけて、漸くだ。
喜びと深い感慨で、ミコトの胸は一杯になる。
恍惚とした溜め息交じりに夫に述懐していった。
「戸締りの確認ついでにサスケの部屋に顔を出すと、いつもあの子は意識を覚醒させて目を覚ましてしまうのに、今日は私が顔を出しても、サスケの部屋で二人そろってぐっすり眠りこんでいて。部屋を後にしても、ずっと寝息を立てていてくれたのが嬉しくて」
そう。
漸く、本当の意味で、クシナの子は、ミコトに気を許してくれたのだ。
今まで、人柱力としてどんな環境に置かれていたのか。
これまでの振る舞いで、上忍でもあったミコトには考えるまでもなかった。
うちはは、忍の一族だ。
ミコトの話に、夫も察するものがあったのだろう。
夫の沈黙には、深い理解の色が滲んでいた。
だからついつい、浮かれた気持ちで、普段は秘めている願望を口走ってしまった。
とてもとても嬉しかったから。
「将来、あの子がイタチかサスケのお嫁さんになってくれる未来も捨てがたいけど、このままあの子を引き取って、家の娘として育てられたら、それもまた素敵だなと、そう思ったんです」
「は?何を言っている?」
年甲斐もなく、うきうきと浮かれた素振りを隠さず告げた途端、存外頭の固い所のある夫が、不審そうな声を上げた。
咎めの色が乗った夫のきつい声に、ミコトの浮かれ、喜ぶ気持ちに水が差された。
うちは一族の長の妻という立場の自分を、強制的に呼び覚まされる。
すっと真顔で、立場を考えない浮ついたミコトの言動への叱責だろう夫の二の句に備えた時だった。
「ミコト。常々思っていたが、あの人柱力にクシナ殿を重ねて女扱いするのは止めろ。ちゃん付けするのもだ。どんなに面影があろうと、あれは男だ。クシナ殿ではない。それに、中身はミナト殿に似ておっとりしていて、疑問も持たずにお前のお遊びに大人しく付き合ってくれているようだが、女扱いはないだろう。その、なんというかだな。流石にやはり、それはないと、そう思うぞ」
そうして続いた、苦々しさを隠さない渋い声で為された、頓珍漢な夫の諫めと叱責に、ミコトは思わず絶句した。
イタチに似ない、サスケのあの鈍感さが、一体どこから生まれて来たのか。
その源泉を発見したような気分になる。
イタチのあののんびりとした気性はフガク似で、サスケの好悪がはっきりした気性は自分似だと、ミコトは今までそう思っていたのだけれど。
上の息子のイタチも、ミコトにも何も言っては来ないけれど、どうやらミコトと同じく察しているようだというのに。
由緒ある忍の誉れ高いうちは一族の長ともあろう者が、一体何を言っているのだろうか。
くらくらと微かな眩暈を覚えつつ、滔々と、女扱いされる男の悲哀と屈辱を語っている夫の口上を、疲労を感じながらミコトは遮った。
「あなた」
遮らねば、どこまで夫の的外れな叱責が続くか知れたものではない。
流石に就寝しようという今この時に、夫の奇行を黙って見守る酔狂さはミコトにはない。
むしろ、早々に打ち止めたい。
よって、端的に事実を突き付けた。
「ナルトちゃんは女の子です」
「……は?」
「ですから、対外的に男とされて、里からそのように扱われて育てられているようですけど、ミナト君とクシナの遺した人柱力のあの子は、まぎれもなく性別は女の子です」
丁寧に繰り返せば、全く気付いていなかったらしい夫は、無言になって沈黙してしまった。
「家でナルトちゃんの事に気付いてないのは、サスケ一人だと思ってましたのに」
夫から返ってくる沈黙が、ばつの悪そうな雰囲気を持っていた。
思わず呆れが溜め息となって吐いて出る。
「気付いてらっしゃらなかったのは、あなたもでしたのね…」
落胆と呆れが綯交ぜになった、情けない心地で感想を述べれば、沈黙の下からくぐもった声で反応が返ってきた。
「…………イタチは気付いているのか」
「ええ。扱い方が女の子に対するものでしたもの」
「……そうか」
極端に口数が少なくなってしまった夫に、最終通告を述べるような面持ちになりながら、質問の体を取りつつ、ミコトは己の考えを断言した。
「男として暮らしているナルトちゃんには、同性である私の保護と手助けが必要だと思うのですけど、あなたはどう思います?」
無言しか夫からは返って来ないが、ミコトの主張の正しさは、夫も理解している事だろう。
勘違いとはいえ、クシナとミナトの子への、不当な扱い方をミコトに止めさせようと、夫は苦言を呈したのだから。
そうして訪れた程よい沈黙に、そのまま眠ってしまおうと瞳を閉じたその時だった。
夫が要らない事に気が付いて、床の中から身を起こして声を荒げて騒ぎ出した。
「待て!と言う事は何か!?お前は女の子をサスケと同じ部屋で一緒に寝起きさせているという事か!?何を考えている!!二人はまだ幼いとはいえ、男女だぞ!間違いを起こしたらどうする気だ!?」
寝入り端に騒がれて、少々気を滅入らせつつ、ミコトはおざなりに返事を返した。
「…あなたこそ何を言ってるんです?それならそれで、九尾共々、うちはが四代目火影の血を引く人柱力であるクシナとミナト君の遺したあの娘を引き取る大義名分が出来るじゃないですか。それに何か問題でも?」
うちは一族としては、人柱力を引き取ることに、何の問題もない。
御せる自信もあるくらいだ。
困るのは、既存の権力を手放したくない里の上層部のみだ。
クシナとミナトを殺した憎い仇の。
「いや、それは…。確かに、そうだが…。しかし……」
ミコトの言の正しさを認めつつ、常識的な事に囚われて葛藤している夫が、意外と気にする質であることも忘れて、眠気を堪えていたミコトは、心の底から残念な気持ちで溜め息を吐いた。
夫のフガクの懸念通りだったのなら。
そうしたら。
早く、サスケが気付いてくれたら、そうしたら。
可愛いサスケとあの娘の、今よりももっと楽しいやり取りを、ミコトはあの子達の間近で見守れると、ミコトは心からそう思うのに。
なのに。
その日はきっと、確実に遠い。
何故ならば。
「そんなに心配なさらなくても平気です。そんなことは絶対あり得ませんもの。こんなに私がお膳立てしてるのに、サスケったら、誰かさんに似て、ナルトちゃんの事に全く気付いてないんですもの。お風呂に入ってるナルトちゃんの所にお使いに出したこともあったんですよ?それなのに、ナルトちゃんが女の子だなんて、全く気付いてないんですもの、サスケったら」
「な、なに…!?」
夫の戸惑う声をうつらうつらとしながら耳にしつつ、ミコトは秘めた思いを口にしていく。
「男だと全く疑っていないサスケに、あんなに乱暴に扱われているのに、ナルトちゃんはいつもニコニコと嬉しそうにサスケに懐いてくれてて。男の子として暮らしているナルトちゃんが不憫になるくらいです。クシナだって、そんな事はなかったのに。あの子はクシナと同じなのに、男の子の身なりで、男の子の振る舞いを里から強制されていて。クシナはそんな事、あの子に望んで居なかったのに。なのに…」
ぼんやりと、半分寝惚けつつ、言葉を吐き出した。
「サスケは私達が教えてあげなくては、きっといつまでもナルトちゃんの事には気付きません。一年も同じ部屋で寝泊まりさせていたのに、気付く素振りもないのですよ?私達が教えてあげなくては、あなたの心配しているようなことにはなりませんから、そんな事、心配するだけ時間の無駄です。そんな事より、クシナの娘のあの子を、穏便に家に引き取るにはどうしたらいいかを考えてくださいな。クシナとミナト君の遺したあの子は、人柱力とはいえ女の子なのに。これ以上、この件について、里になんか任せてなんて置けないじゃないですか。あの子は人柱力とは言え、ミナト君とクシナの子なのに。私達はうちはだけど。だからせめて、ミナト君とクシナの子のあの子の事だけは…」
うとうとと、胸に温めていた思いを吐き出しながら、縋る思いで祈りつつミコトは眠りに就いて行った。
ミコトの言葉を聞いた夫が何を考え、何を決めたか、気付くことも思い至ることも無いまま。 

 

その40

 
前書き
木の葉の外にお出かけだってばよ!1のガールズサイド 

 
波の国での任務を終えて休暇三日目。
サクラは気晴らしに里をあてもなくブラついていた。
何度となく込み上げてくるのは、先日、敵に塩を送ってしまった後悔と焦りと落ち込みだけだ。
余りにもあっけらかんとし過ぎなナルトの様子と、それに何か言いたげなサスケの様子に居たたまれなくなって、思わずおせっかいを焼いてしまったのだ。
大分無邪気で可愛らしい笑顔に絆されて、ナルトを着飾ってやってみたいと思ったことも嘘ではないのだけれど。
「はぁ。やっぱりサスケ君は、ナルトの事が好きなのかなぁ…」
日を追う毎にそうとしか考えられなくなって、サクラはズドンと影を背負った。
元から妙に距離の近い二人に怪しいと睨んで警戒してはいたのだけど、ナルトは男だからこそ、本気で二人の仲を怪しんだ事なんてサクラには無かった。
でも、これからは事情が違う。
それがサクラを追い詰め、沈ませる原因になっていた。
先日、嫌がるナルトを引きずって連れてきたお洒落なブティックの店先に吊るされた着物に目を落とす振りをしながら、サクラは波の国で知った忘れられない衝撃的なアレコレを思い出す。
ナルトが死にかけ、サスケの悲痛な慟哭を耳にしてしまった事が一つ。
そしてナルト自身、何故か性別を偽って生活していたと言うことが一つ。
しかも、それは里長である火影命令だった事が一つ。
下忍就任に伴い、一応その命令は解除されていると、サクラ達の担当上忍であるカカシから、ナルトが貧血で気を失った直後に、ナルトの事情と共にそう聞かされた。
スリーマンセル組まなきゃならないからね、と言われて、サクラは嫌な物を感じたのは確かだ。
そのカカシの口振りでは、まるで、スリーマンセルを組まないのであれば、ナルトの性別はずっと秘されなければならないとでも言いたそうだった。
サクラには正直、そんな事を秘密にしなくてはならない意味が全く分からない。
何のために、どうして、と、疑問ばかりが膨れ上がっている。
それに。
実はサスケは、どうやら大分昔からそれを知っていて、だからこそ共に居て、陰ながらナルトのフォローを入れていたようなのだ。
その事情を知ってからサスケの行動を思い返してみると、サスケに取って、ナルトは特別な女の子だったのだろうという証拠が、次から次へと出てくるのだ。
第一に、あのサスケがナルトといつも行動を共にする事を認めているという事がまず一つ。
次に、意外と自分に無頓着なナルトの世話を、消極的とはいえ、サスケ自身が自主的に焼いているという事が一つ。
ナルトの事が絡むと、善きにしろ悪しきにしろ、サスケが纏う雰囲気が極端に変わリ、感情的になるという事が一つ。
気付いてみれば、むしろ気付かなかったのが不思議なほどに、サスケの目線の先にはナルトの姿があった。
これでナルトがサスケを嫌っていたり、サスケがナルトを嫌っていたりするようなら、サクラも期待を持ち続ける事が出来たのだが、どう考えてもナルトはサスケの事が好きにしか見えない。
サスケに至っては言わずもがなだ。
ナルトの場合は、少々、その好きに疑問が浮かぶけれど。
なんとも言えないもやもやを抱えながらも、幼馴染み故の距離感だろう、と、必死に自分を騙して波の国での任務を乗りきったが、任務を離れた後のナルトの行動には参ってしまった。
まるで、捕らえられた動物が、知らない人間を警戒するかのように、サクラに対して距離を取り始めたのだ。
それだけならまだいい。
その逃避先にナルトはサスケを選んでいた。
もう一つあげるなら、ナルトにそんな態度をとられるのは、サクラだけではなくてカカシもだと言うことだ。
サクラとて、初めは自分への当て付けか、嫌がらせの何かなのかと思った。
けれど、自分と同じようにナルトに避けられているカカシが、人に懐かない野良猫と、その子にうっかり餌をやって懐かれちゃった通行人みたいだね、と、ナルトに盾にされたサスケとナルトのやり取りを見て苦笑しながら零したのを見て、ふと気が付いたのだ。
ナルトは、あんなに懐いているサスケにだって、一定の警戒を滲ませていて、こっそりサスケの機嫌を伺っているような所があると。
そして、そうなって初めて見えてきた物があった。
ナルトの、自分やカカシを見る瞳の奥には、怯えがあった。
それに気付いた時、サクラは頭を殴られたような衝撃を受けて、訳が分からなくなった。
だって、ナルトには、下忍として班が同じになってから、キツい事ばかりを言われて来ていたのだから。
そんな張本人が何故?と疑問を募らせて、突然ナルトに声をかけたカカシに驚いたナルトが、サスケの背中に隠れてカカシを見上げた時の表情に気が付いた。
サクラにも覚えのある表情だった。
アカデミー時代のナルトは、いつも笑顔で人当たりが良い振る舞いばかりだったから、全然気付かなかった。
本当に、ちっとも気付かなかったのだ。
ナルトの表情は、イノの背中に隠れていた時のサクラと全く同じ物だった。
思い返してみれば、ナルトは里全体の人間から爪弾きにされていた。
アカデミー在学前に、里の女の子達に爪弾きにされていたサクラと同じように。
そんなサクラが変わる事が出来たのは、全身でいじめられているサクラを庇ってくれるイノが居たからだ。
けれど、そんなサクラとナルトの違いは、サスケはナルトを全面的には庇っていないという事。
そしてナルト自身も、サスケを頼る事を良しとしていないという事。
それでも、無意識の逃避先としてナルトはサスケを選んでいて、サスケもそれを承知していて、ある程度の目溢しをしている。
何となく、そんな関係のように見えた。
カカシの言う、野良猫と、うっかり餌付けしちゃった通行人とは、言い得て妙だとサクラは思っている。
でも。
「ナルトって、何者なんだろう…」
体型を誤魔化すあれこれを取っ払い、きちんと身体にあった下着を着けさせ、サクラがサスケに選ばせた服を着せて、サスケの前に押しやった時にサスケに浮かんだ表情を思い出し、サクラは思わず零す。
意外とナルトは出る所がしっかり出ていて、なかなかスタイルが良かった。
思わず素直に妬ましさが浮かぶほどに。
火影命令だったとはいえ、よくもまあ、あれだけのものを、いつもあそこまで抑え込んでいたものだ。
騙されてしまっていた。
とは言え、サクラ自身も成長期真っ只中だ。
いつか必ず肩を並べたり、あるいは勝ち誇れる程の物を手に入れられるはずだ。
多分、きっと。
おそらくは。
普段、取りすました表情で毒舌を吐いてばかりいるナルトが、女物の下着や服装に戸惑いと困惑を隠さず、面白いくらいに取り乱して狼狽える姿が面白くて、ついついナルトを着飾らせる事に夢中になってしまったが、あれは失敗だった。
今でも少し後悔している。
せめて、サスケは巻き込むべきではなかった。
まだ、幾らかの緊張が残るナルトとの関係の緩衝材として、スリーマンセル仲間という関係を盾に、ナルトとの仲が良いサスケも巻き込んだ行動を取ったのだけれども。
着飾ったナルトの姿を目にしたサスケを見たサクラの胸に浮かんだ、とてもとても不穏な捨て置けない予感が、いつまでもいつまでも消えていかない。
目を見張ってナルトに見惚れて、うっすらと柔らかい微笑みすらサスケは浮かべていたのだから。
サスケ自身、気付いていなかったのだろうけれど。
しかも、サクラがサスケに何かを促す前に、サスケはナルトに肯定的な感想を述べていた。
自主的に。
ナルトはそんなサスケの感想に、疑心暗鬼になっていたようだけれど。
本来の性別通りの姿で、アカデミー時代から続く息の合った仲の良さを見せるそんな二人の間にいるのが辛くなって、その場で解散して逃げ出してしまったのだが、今更ながらに後悔が浮かんで来る。
サスケを巡る、最大最強のライバルを、自分の手で作り上げてしまったような、そんな懸念が消えていかない。
ナルト自身を着せ替え人形にするのは楽しかったので、そこに後悔はないのだけれど。
でも。
深々と溜息を吐いて、項垂れた時だった。
「あーら、サクラじゃなーい。何してんのよ、こんなところで一人で」
サクラにとって、とても大切で、だからこそ負けたくないと思う大切な親友に声をかけられた。
「イノ…」
「どうしたのよ。アンタ、なんか元気ないんじゃないの?」
一方的にイノに喧嘩を売って、そんなサクラの相手を律儀にしてくれているイノが、気の乗らない素振りを見せるサクラに僅かに心配そうに眉を潜めた。
サクラに気遣いを見せてくれるイノのそんな姿に、ふと、サクラの気が緩んだ。
「うん。ちょっとね…」
「本当に元気ないわね。何があったって言うのよ。任務中に失敗でもしたの?」
「違うわよ!でも、中らずと雖も遠からず、ってとこかも…」
「……私でよければ、アンタのその失敗談、聞いてあげなくもないわよ?話してみなさいよ」
「……うん」
イノにそう促され、同時に、イノもまたある意味サクラの同志である事を思い出し、だからこそ無関係ではないとサクラは思った。
イノも、知るべきだろう。
イノも、サクラと同じようにサスケの事が好きなのだから。
「サスケ君って、もしかしたらナルトの事が好きなのかもって。結構本格的に現実味を帯びて来ちゃったっていうか。私がサスケ君の背中を押しちゃったっていうか…。そういう感じの失敗で、ちょっと落ち込んでたのよ」
「え。サ、サスケ君絡みなの!?ちょっと、サクラ!どういう事よ!詳しく話しなさいよ!」
「あのね、ナルトって、本当は女の子だったらしいの」
「なあんですってえええ!?」
「なのに私、サスケ君の前でナルトを女の子らしく着飾らせちゃったのよね。あの子、実は結構胸があって、腰は細くてスタイル良かったし。サスケ君、ナルトに見とれちゃっててさ。ちょっと、失敗したなあって、さ」
ふう、と溜息を吐いた時だった。
「ナルトは、ナルトはどこよーーーー!!!!許さないわよーーーーー!!!!」
「って、イノ!?」
突然、雄叫びをあげて駆け出していったイノの背中を呆然と見送り、サクラははっと我に返った。
そういえば、ナルトの本当の性別については、火影命令が関係していた。
迂闊に誰かに漏らすべきではなかったかもしれない。
そうじゃなくても、本当は臆病で警戒心が強いらしいナルトにとっては、かなりデリケートな問題である事には間違いない。
ナルトの了解も得ず、誰かに話すべきでは、絶対になかった。
「ど、どうしよう……」
思い込みが激しく、猪突猛進な所があるイノのあの勢いだと、まず、確実にナルトを問い詰めて騒動を起こすに違いない。
時、既に遅しではあるのだが。
思わずサクラは重ねてしまった失敗に、更なる自己嫌悪に襲われる事になった。 

 

その41

 
前書き
大蛇丸の襲撃だってばよ~第三試験開始だってばよ直前の、サクラ視点。 

 
大蛇丸の襲撃というかなりのアクシデントはあったものの、第二試験終了時間一日前というまずまずの結果で、サクラ達カカシ班は、中忍試験第二の試験を突破した。
これから明日の試験終了時間まで、サクラ達合格者は、この塔の中で過ごす事になるらしい。
何処から情報を得て来たのかは分からないが、ナルトが読んでいた通り、大蛇丸は確かにサスケを狙って襲撃して来た。
そして、その大蛇丸によって生死の境を彷徨わされていたナルトは知らないが、ナルトが懸念していた音の忍とやらも襲撃して来ていた。
どんな理由でか、確かに大蛇丸の腕で腹を貫かれたナルトの大怪我は、今はもう跡形も無く癒えている。
碌に医療知識の無いサクラの目にも、あれは致命傷であるように見えた。
なのに。
ナルト自身のあの得体の知れない謎のチャクラが原因か。
それとも、あれが、ナルトが里での保護を主張した、ナルトと同じうずまき一族の子の能力なのか。
それともその相乗効果だったのか。
サクラにも理由はよく解らないが、とにかくナルトは一命を取り留めた。
傷跡も、もう、薄っすらとしか、分からない。
そうして、サクラは少し、ナルトと自分の違いの根源にあるものの理由の一端を悟った。
ナルトとサクラの違いは、木の葉の里の一般家庭出身のサクラと、代々、秘伝忍術を伝える、木の葉の里の忍の名家出身のイノとの違いと、同じ類のものだ。
ナルトには両親もなく、孤児だったから今まで考えて見たこともなかったが、ナルトは『うずまき』なのだ。
優れた忍を輩出する一族として、忍術アカデミーの授業でも名を挙げられる、『うずまき一族』の血を引いているのだ。
もう、滅びた一族とも教わっているけれど。
今も末裔が各地に分散しているとも聞いた。
そしてそれだけでなく、『うずまき一族』も、古い歴史のある忍の一族だ。
サスケと同じ、『うちは一族』に劣らないくらいの。
何故なら、木の葉の里を『うちは一族』のうちはマダラと共に興した、『千手一族』の初代火影の千手柱間の妻は、ナルトと同じ『うずまき一族』のうずまきミトだったからだ。
それくらい、凄い忍の一族だったのだ。
『うずまき一族』は。
そんな事を、孤児で、里の人間に嫌われているからと、ただそれだけの事で碌に考えもせず、馬鹿にして、本当に長い間、ナルトを自分の下に見ていた自分の思い上がりが、サクラには、少しどころか非常に痛い。
幾つもの内蔵にも及んだ筈の大怪我の影響で熱を出したナルトの解熱剤を作る為に、サスケ、シカマル、チョウジの三人が、即席のスリーマンセルを組み、死の森内に生息しているかもしれない薬草調達に向かい、イノと二人、意識を無くして動けないナルトの護衛を任され、看病しながら留守番をしていた時だった。
意識の無いナルトをサスケに対する人質にせんと、ナルトが事前に予期して、襲撃の可能性をサクラとサスケに匂わせていた音の中忍試験参加者達が襲ってきたのは。
サスケが事前にナルトの荷物の中から、ナルトが用意していた連絡用のトラップを仕掛けていって、それによって襲撃に気付いて戻って来てくれたからこそ、サクラとイノは髪の毛や打撲、掠り傷等の軽傷で済んだが、そうでなければサクラとイノはナルトを守り切れず、嬲り殺しにされていた。
そして、その時、イノには負けないと、イノになら勝てるとサクラが思った理由に気付いてしまった。
イノの『山中一族』は、代々続く忍の名家とは言え、圧倒的な攻撃力を誇る一族ではない。
精神感応や幻術を得意としていて、主に後方支援を代々担っている一族だったからだ。
もしも、ナルトのあの圧倒的な回復力とチャクラの力が『うずまき一族』の力なら。
サクラは、忍として絶対にナルトには追いつけない。
そう実感した。
そして、写輪眼を顕現させて、圧倒的な身の熟しと容赦のない攻撃方法で、あっと言う間に敵を排除したサスケの鬼気迫る姿に、サクラは敗北感に打ちのめされた。
サスケに勝てないと悟った音の忍達は、自分達の巻き物を餌に即座に逃げを打った。
それもまた、ナルトの読み通りだ。
それにもサクラには悔しい思いを抱かされる。
孤児だからと馬鹿にして碌に気にした事も無かったが、思い返せばアカデミー時代、ナルトの座学の成績は、サクラと同等、あるいは時に勝っていた時もあったように思う。
もちろん、その逆もあり、だからこそサクラはスリーマンセルを組むまで、忍としてのナルトの資質を意識した事は無かった。
けれどナルトは、体術や手裏剣術でもサスケには劣るものの、男子の中でも抜きん出ていて、常にトップクラスに収まっていたし、奮っていなかったのは忍術や幻術くらいの物だった。
もしかしたら、それが『うずまき一族』の特徴だったのかもしれない。
それか、氷遁を発動してしまえるナルト自身の希少なチャクラ質の影響だろうか。
けれど、それもナルトはこの短期間で克服し、着々と忍術を身に着け始めている。
今のところ、サクラがナルトに勝てると自負するのは、アカデミー時代、ナルトが受けていなかったくノ一としての授業で教わった事だが、くノ一としても女としても、サクラのそういう部分をサスケは評価してくれず、サクラの事を見てはくれない。
それに、くノ一としての授業を受けていなくても、ナルトは十分家庭的で女らしい。
料理上手で機転も利いて、気も良く付き、細やかな気遣いを見せてもくれる。
三代目に扱かれていた期間中、こまめに簡単な傷薬を調合して、そういうものを何も用意せず、用意出来ないサクラに分けてくれていた。
自分で使っている所を見かけた事が無かったから、あれはわざわざサクラの為に調合してくれていたに違いない。
だって、渡された薬がなくなる頃に、何度も差し出されていたから。
それはサスケにも同様に。
毒舌家で喧嘩っ早い所が玉に瑕だが、あれは、誰も守ってくれる者の居ないナルトが、一人きりで自分を守るための虚勢だったのだろうと、ナルトと仲良くなりつつある今は思える。
サスケの言う通り、訳の分からない火影命令で、ナルトは無理矢理男として生活していたけれど、それでも隠し通せないくらいナルトの嗜好は全て女らしい。
料理好きな所も、花が好きな所も、動物が好きな所も、必死になってナルトが隠している虫がダメな所も、全部全部ナルトの女の子らしさの証拠だった。
ナルト自身は必死に忍になろうとしているけれど、ナルトは普通の女の子として育っていれば、きっとヒナタと同じように穏やかでお淑やかな女の子らしい子だったに違いない。
そんなナルトの事を、誰よりも身近で見ていたサスケが、ナルトに惹かれない訳が無かったのだ。
怪我の影響で丸一日寝込んで、それでも十分驚異的な回復力を見せて目覚めたナルトに向かって、サクラやイノ達アスマ班の面々の前で言い放たれた、サスケのナルトへのプロポーズを思い出し、サクラは内心溜息を吐く。
きょとんとした表情で、頓珍漢な事をナルトはサスケに諭していたが、あれはサスケからのナルトへのプロポーズに他ならない。
つまり、サスケはもう、ナルトに心を決めてしまっているのだ。
波の国以降のサスケの姿や、今回の意識を失ったナルトを大切そうに抱き締め、額に口付けるサスケの姿、敵を撃退した後のナルトの様子を心配そうに伺う姿等々に、薄々イノ共々察してはいたが。
失恋決定、だ。
但し、ナルトの気持ち自体はまだそういう意味ではサスケに向いていない。
だからこそ、そこに付け入る隙が無い訳では、まだない。
大分、可能性も確立も低い、負け戦になる事請け合いの予感がヒシヒシとする隙だけれど。
だから、勝敗はまだ完全にはついていない。
それでも、失恋は失恋だ。
サスケの気持ちが決定的にナルトにあるとハッキリしてしまったのだから。
だから、ナルトとサスケと過ごす事に気まずさを覚え、サクラ達カカシ班の待機場所として振り当てられた部屋内で、疲れを理由に早々に休ませて貰っていたサクラだったのだが。
「サスケ、起きてる?」
そっと声を潜めた、初めて聞くようなナルトの心細さを滲ませた頼りない囁き声が、夢現のサクラの耳に届いた。
「ああ」
そんなナルトの声に応える、聞いた事もないくらい、穏やかで優しさを滲ませたサスケの声も。
「寝付けないのか?」
「…うん」
甘い声でナルトに尋ねるサスケに答えるナルトの声も、聞いたことがないくらい幼さを滲ませていて、サスケに甘えているのが分かる声音だった。
「仕方ねえな。こっちに来い。今だけ特別に甘やかしてやる。少しだけだぞ」
「うん!ありがとう!」
そんなナルトをあっさりと受け入れるサスケと、素直に喜ぶナルトのやり取りが、失恋を自覚したばかりのサクラの胸には、結構、痛い。
「えへへ。サスケ温かい」
嬉しそうなナルトの言動に滲む幼さと、そこに垣間見えるサスケへの全幅の信頼に、サスケをきょうだいのように思っていると、はっきりとサクラに告げたナルトの気持ちが透かし見えていたとしてもだ。
何をしているのかは分からないけれど、サスケの体温を感じるくらい、そうやってナルトが無防備に懐いているサスケは、ナルトに求婚した男だというのに。
そういえば、中忍試験開始前に、火影邸でお世話になっていた時、一度だけナルトがサスケの休んでいる部屋に入り込み、寝入ってしまった事があった。
朝、目が覚めて、ナルトの布団が空であるのに気付いて、ナルトの所在を三代目に尋ねた時、頭が痛そうに溜息を吐いた三代目が真っ直ぐにサスケの部屋へと直行した。
その時に目撃した光景と呆れたような三代目の呟きからすれば、多分、ナルトはサスケの腕の中に居る。
それが、もしも二人の常態であるというのなら!
ぞわり、と。
本能的な危機感がサクラの胸に湧いた。
どっちにどんな感じに何を思ったのかは自分でも良く分からないけれど、この状態はかなり不味い。
だって、ナルトは本気でサスケに気を許している。
サスケからのプロポーズでさえ、自分への気遣いの言葉として捉えてしまっているくらいに!
けれど、サスケの本心は、そんな優しさばかりがナルトに向けられている訳では決して無い筈なのだ。
でなければ、サスケの口からナルトに対する求婚の言葉が出てくる訳がない。
ナルトが理解せずにスルーしたサスケの言葉の真意は、忍を辞めて、サスケの妻になって、女として里で暮らせと言う事だ。
うちは一族の復興をも志すサスケの。
つまり、サスケはナルトに自分の子供を産ませようとしている訳で。
思い当たってしまった懸念にサクラが内心冷や汗を掻いていた時だった。
かなり渋い声音のサスケの窘めの声が耳に届いてきた。
「いつも言っているが、オレは男だぞ。そしてお前は女なんだ。もっと良くそのことを考えてお前は行動しろ。オレが呼んだからと言って、素直にオレの所に来るんじゃない。それと、他の男には間違ってもこんな事はするなよ」
自分からナルトを呼んでおいて、その言い草はどうなのかと思わないでもないが、それでも、事態を良く分かっていなさそうなナルトへの、とても全うで健全なサスケの忠告に、サクラは思わず感心した。
ナルトの幼さと、それ故の女としての無防備さにしっかりと釘を差している。
流石サスケ。
サクラが惚れた男だ。
自分の気持ちをそのまま通してしまう事も可能なはずなのに、きちんとナルトに必要な事をしてやっているらしい。
まあ、そこに、サスケのナルトに対する独占欲が滲むのはご愛嬌。
それくらいは当然のことだろう。
十分許容範囲内だと判断できる。
これは確かに、家族の居ない孤独なナルトが、サスケをきょうだいと感じるくらいサスケに全力で懐く筈だと実感していたその時だった。
心底不思議そうなナルトの疑問の声が聞こえてきた。
「僕、サスケにしかこういう事はされたくないよ?何で他の人にしてもらわなきゃならないの?」
サスケが絶句するのと同時に、サクラの息も止まった。
それは、ナルトに告白するどころか、それを飛ばして求婚していたサスケにとっては、かなり致命的な殺し文句だ。
だというのにだ!
「ヒナタにはしてもらいたいし、サスケとヒナタには僕もしてあげたいけど」
ぽやぽやとした平和な声で、ナルトがすんなりとそんな事をサスケに続けていた。
深い深い溜息がサスケの口から漏れる。
失恋したばかりではあるけれど、サクラの胸にはサスケに対する同情が湧いてきてしまっていた。
どうにもこうにも、サスケが置かれて強いられている境遇は、不憫の一言に尽きる。
はっきり言って、可哀想だ。
「今はそれでも良い。とにかく、他の男には絶対にするな!いいな?」
「うん。分かった!サスケにはしてもいいってことだね?えへへ、サスケ大好き!」
「そうじゃなくて!ああ、もう、好きにしろ。ったく。はあ…」
一生懸命、無邪気なナルトに女としての自覚を持たせようと苦闘し、明後日の方向に解釈して更にサスケに懐くナルトとの攻防を知ってしまったサクラの胸に、謎の使命感が湧いていく。
これは、サスケ一人でどうこうさせていて良いものではない筈だ。
イノにも協力させて、早急にナルトを教育しようと決意する。
そうでなくては、サスケの恋心が哀れ過ぎる。
サクラが失恋する価値すら消し飛んでしまうくらいに。
夢現にそう思ったその時だった。
「ナルト」
とても真剣なサスケの声がナルトを呼んだ。
「お前、自分は死んでも構わないと少しも考えなかったとオレに誓えるか?そしてこれからも考えないと誓えるな?」
妙に重い物を感じさせるサスケの詰問に、サクラの意識が再び浮上する。
そして、即座に即答して肯定すべき類のサスケの問い掛けに、何故かナルトは沈黙している。
その事が、サクラを何故か不安にさせて、意識を更に覚醒させていく。
「……当たり前だよ。僕、まだ、死にたくないもん」
漸く出て来たナルトの声は、絞り出すように揺れていた。
遣り切れなさそうな苦さを含んだサスケの溜息が漏れ、得心したような声が漏れた。
「通りでお前らしくもない冷静さを欠いた判断が続くと思った。お前、ずっと動揺してやがったな?」
呆れたようなサスケの言葉の意味が、サクラには掴めない。
だが、ナルトとサスケの間では通じているらしい。
ナルトはサスケの言葉に沈黙を返したまま、否定の言葉を返さない。
ナルトが動揺していた?
一体、何に。
サクラが疑問に思ったその時だった。
溜息と共に、サスケが再び発言した。
「だから言ったんだ。良いか、ナルト。その程度の事で平常心を保てず、動揺して冷静ではいられなくなるお前には、忍として生きていく事は無理だ。オレの言葉通り、落ち着いたら忍を辞めろ。さもなくば、割り切れ」
厳しい調子で繰り返された、イノもサクラもナルトへのサスケの求婚の言葉と思った言葉の放つ、あの時には気付けなかった重みに気付き、そして、サクラもサスケが何の事を言っているのかを悟る。
そうして、サクラも気付いた。
大量の血の臭いと獣達の死骸に紛れて、忍のものだろう死体の痕跡も、あの場所には確かにサクラも感じていたのだから。
けれど、ナルトが手の込んだ朝食まで用意して、いつも通りに穏やかに笑って平然としていたから、気付かなかった。
流石ナルト、と、感心すら、した。
「目を覚まして監視迎撃用の分身の記憶を引き継いでから、ずっとそれに動揺していたんだろう。いや、違うな。分身の方も動揺していたな?だからあんなに手の込んだ朝飯を用意していたんだ。平常心を保とうとして」
そんなサクラの見る目の無さを、サスケのナルトへの叱責の声が暴いていく。
「このウスラトンカチが!忍として一人で処理しようとしたその気概と判断は褒めてやる。お前のその判断と行動は正しい。だが、自己把握の判断は正確にしろ!決して身の丈に合わない判断をして、無理してんじゃねえ!」
「っ、でもっ!だって!」
サスケの叱責に堪えきれなくなったらしいナルトが、とうとう涙声で根を上げた。
「だって僕、忍だしっ!」
「一々傷付いた動物や植物を見つける度に、オレを呼んでまでそいつらの手当てをしようとするお前が、いきなり一人で抱えて耐えきれるタマか!そういう時こそオレを頼れ!何のためのスリーマンセルだ!」
「でも!」
「そうやって、お前が強がって無理をした結果が、大蛇丸に自分の腹をぶち抜かれる結果に繋がっているんだろうが!もう一度言うぞ。ナルト。一人で無理をするな。耐えられないと少しでも思うならオレを頼れ!お前が忍として生きていく道しかないのは、オレも承知している!だから、話ぐらいは聞いてやるし、助言するくらいならしてやる。繰り返すが、その為のスリーマンセルだ!お前は忍になりたての未熟な下忍なんだ!最初から全てを自分一人で上手くやろうとするな、このドベ!イルカも言っていただろう!少しずつでいい。それはお前も理解しているだろう」
「…うん」
「なら、次は無理するなよ。己を見誤って二度とこんなへまをするな。いいな?」
「……うん。ごめんね、サスケ」
サスケの叱責に、ナルトがしょんぼりと気落ちしたのが分かった。
ナルトとサスケのやり取りに、全身に冷水を浴びせられたような心地で、サクラは完全に目を覚まして硬直する。
バクバクと、心臓が痛い程激しく鼓動していた。
聞いてはいけない事を聞いてしまった後ろめたさと、考えてみたこともないナルトの弱さに、上手く頭が働かなかった。
そんなサクラをよそに、ナルトの反省が籠る謝罪に、サスケの何かが詰まった深い溜め息が漏れた。
「別に謝る必要はねえ。忍としては正しい判断だ。お前は悪くない。だが、今のお前が一人で抱え込むにはまだ早い。そうやって動揺して怪我までして、死にかけもしたからな。だから今回はとっとと吐いとけ。聞いておいてやる。ただし、今だけだからな。お前が自覚している通り、オレ達は忍びだ。だから今だけだ。それは分かっているな?」
「うん」
「なら、吐け」
そうして、サスケに促され、すっかり涙声になってしまったナルトが、消えてしまいそうなか細いくぐもった声音で、もう一度サスケを呼んだ。
「ねえ、サスケ」
「何だ」
対するサスケの声は、とても静かだった。
そして吐き出されたナルトの苦悩は、サクラが、想像してみたことすらないくらい苦痛に満ちていた。
「やっぱり、僕の、せいなのかなあ?僕が、殺しちゃったのかな。あんなに、いっぱい、動物さん達もっ!」
ボロボロと、ナルトが涙を流して泣いているのがサクラにも分かる悲痛な声だった。
サクラの胸が痛くなる。
そして、ああ、と納得した。
「っ僕、誰も殺したくなんかなかったのに!だから、一目で危険な事が分かるように、殺傷能力高いって分かる細工もちゃんとしといたのにっ!ちゃんと、触れたらどうなるかって教えてあげて、警告もしてあげたのにっ!あの人、面白半分で突っ込んで来て、僕の事笑いながらバラバラになって死んじゃってっ!!あんな結界、張った僕が、やっぱり、悪かったのかなあ…?」
ナルトが涙声で漏らしている戸惑いと葛藤は、サクラと何も変わらない同じ年の普通の女の子が、持っていて当たり前のものだった。
そんな物を、たった一人で目撃してしまったナルトの衝撃はどれほどの物だったのだろう。
そして、スリーマンセル結成直後の、ナルトのサクラへの反発の理由が、痛い程よく分かった。
サスケがナルトを相手にして、サクラ達を相手にしようとしてくれない理由も。
ナルトもサスケも必死なのだ。
死に物狂いで忍になろうとしている。
そんな二人の目に、浮ついた気持ちでサスケと同じ班になれた事に浮かれ切っていたサクラは、一体、どう写っていたのだろうか。
それは、ナルトから与えられた辛辣な言葉の数々と、サスケからの無視という形でこれ以上なく表わされている。
しかも、サクラに与えられたナルトからの忠告は、耳に痛いくらいの正論で、きちんと受け取めてしまえば、サクラへの気遣いに満ちたものばかりだった。
きっと、本質的に、ナルトこそが忍に向いていないくらい、優しい子なのだろう。
売り言葉に買い言葉でぶつけ返してやっただけだけれど、ナルトが目覚めた直後に、サスケの言葉の尻馬に乗って言い返してやったサクラのあの時の言葉は、ナルトの真を突いていたのか。
だからナルトはあの時、表情を強張らせて青ざめて硬直していたのか。
と言う事は、ナルトも自分で自覚しているのか。
そして、何故か里の大人たちに爪弾きにされている両親の居ないナルトは、ナルトがサスケに言った通り、忍になる以外、安定した職がないのも、サクラは理解してしまった。
ナルトは、自称して、今サスケが肯定した通り、本当に、忍になるしか、生きてはいけない。
それ以外の道はない。
それ以外の道は、忍以上に後ろ暗い職ぐらいしかないはずだから。
嫌と言うほどその事実を痛感したサクラの胸に、暗澹とした重い気持ちが込み上げて来た。
今まで、感じたこともなかったほどの。
きっと、サクラがナルトから与えられた忠告の数々は、ナルトこそが自分に言い聞かせて来た事だったのだろう。
サクラが気付く、ずっとずっと前から。
きっと、忍術アカデミーに通っていた頃から。
もしかしたらその前からだったのかもしれない。
物心つく前の赤ん坊の頃から、ナルトは火影に保護されていたと聞く。
両親がいないから。
それがどういう事なのか、改めて、はっきりと理解したような気がサクラはした。
そしてそれは、この里で一人きりの『うちは一族』であるサスケもだったのだろう。
だからこそ、こうしてサスケは、ナルトを気遣い、心を砕く。
ナルトが本当は、心優しいただの女の子でしかない事を、サスケは知っていたから。
なのに、ナルトは、必死になって忍になろうと、こうして一人で歯を食いしばっているから。
敵わないな、と、素直にサクラの胸にナルトに降参する気持ちが浮かんだ。
同時に、ナルトの忠告を聞かずに勝手に死んで、ナルトの傷になったどこかの忍びに対しての怒りを覚えた。
「……そんな馬鹿の命を、お前が背負って気にする必要は全くない!」
ナルトの話を聞き終えたサスケの声には、サクラの感じたものと同種の怒りが籠っていた。
サクラとて、そう思う。
けれど、それでナルトは納得できないようだった。
「っでも!僕があんな結界張ってなかったら、そしたらあの人はあんな風に死ななかったしっ!」
「お前にあれをやらせたのは突き詰めればオレだ。今のお前に出来る事を見せてみろと、第二試験開始前にお前に言ったのはオレだからな。お前はオレのその言葉に乗っ取って、オレ達の睡眠中の確実な安全を確保しようと、今の自分にできる事を精一杯努力しただけだ!だからお前のせいじゃない!」
くぐもった声で声を荒げたナルトを宥め、サクラには窺い知れない事情を滲ませてナルトを納得させて諭そうとしているサスケに、サクラはほろ苦い気持ちを抱いた。
忍として対等に、サスケと意見を交わしたことなど、サクラにはない。
ましてや、スキルを確認し合うような事もだ。
任務上、何度か意見を交えた事もあるけれど、ここまで深く忍として関りを持ててはいない。
なのに、ナルトはそういう立場を得ているのか。
こんなに、何にもサクラと変わりのない女の子だったのに。
ナルトはまだ、人を死なせてしまったことに動揺して、取り乱している。
「でも!あの人、死んじゃって…」
「だからっ!そいつが死んだのは、そいつ自身が迂闊過ぎたせいだ!オレ達は忍だ!最悪の結末を避ける為にお前は十分以上に努力した!少し親切が過ぎるくらいだ!それに、お前の事だ。どうせ脅しがてら、何か適当な物でそいつに切れ味を実演して見せたんじゃないのか?」
「……サスケ。なんで、分かるの?」
必死にナルトを慰めようと尽力しているサスケの苛立ち交じりの言葉に、泣き声が混じっていても、いつも通りのきょとんとした声で訊ねたナルトに、サスケが笑って、目を細めたのがサクラにも分かった。
そして続いたサスケの声には、隠しきれないくらいにはっきりと、サスケの安堵と優しさが滲んでいた。
「このウスラトンカチ。何年お前と連んでると思ってる。お前のやりそうな事の見当なんか、すぐにつくのに決まってんだろう」
「…えへへ。そっか。サスケは、分かってくれるんだ」
嬉しそうに笑うナルトの声に、自分への失望と落胆を感じながら、悔しさに唇を噛み締める。
サスケに気遣って貰えるナルトが羨ましかった。
そうして、それが何故なのかと言う事を、痛い程理解してしまった。
だからこそ、ナルトを慰める為のサスケの言葉に、納得しか浮かばなかった。
「ああ。だから、そいつの事は今すぐ忘れろ。お前が記憶する価値もなければ気にする必要も全くない。馬鹿な自殺志願者に絡まれたお前にとっては災難だっただろうが、どっちにしろお前に非があるとすれば、お前の張った結界の効果を、親切に知らせてやったことだ。オレ達は殺し合いと騙し合いを常道としている忍なんだ。誰が敵の言う事をまともに受け取る。懇切丁寧に効果を説明やっても、かえって罠だと警戒させるのが落ちだ。だからそういう時は、いつもお前がしているように、敵が自主的に察するように上手く誘導しろ」
そうだ。
サクラ達が目指す忍というものは、そういう存在だ。
親切が、仇になる事もあるのだ。
優しい人ほど、忍である事に神経を擦り減らし、摩滅して、自滅していく。
アカデミーでも、そう教わってきた。
知識としては、理解していたのに。
こんな形で実感し、サクラは少し疑問に思った。
忍とは何だろう、と。
今まで、そんな疑問を感じたこともなかったけれど。
サスケの助言に、普段通りの調子を取り戻しつつあるナルトが、少し不満そうに述懐する。
「……だから僕、近づくなって警告した後、初戦闘に動揺してクナイ投げるの失敗したように見せかけて真っ二つにして見せたし、その人が投げた手裏剣もバラバラになったのに、あの人、それを幻術と勘違いして突っ込んできちゃって…」
「…………どこの忍だ。その間抜けは」
大量の呆れが滲んだサスケのツッコミに、サクラも同じような呆れを感じた。
本当に、サスケの言う通り、ナルトが気にする必要はないと、サクラは思った。
そうして、なんでナルトはこんなにそれを気にしているのだろう、と疑問を覚えた。
やはり、目の前で死なれたのが、そんなに負担だったのかとそう思う。
バラバラにあちこち切り刻まれて、肉の塊と言っていい状態で積み上げられていた動物の死骸を思い出し、サクラはぶるりと身を震わせた。
生き物があんな大量にあんな状態に変わるのを一人で見続けるなんて、どんな悪夢だ。
しかも、動物だけではなく、人間も。
その状況を想像して吐き気を感じつつ、何故か訪れた沈黙に、うと、としながら、サクラは眠気に包まれかけた頭で、そう言えば、と思い返した。
量が量なので、印象的には然程変わりは無かったが、それでもサクラが現場を目撃した時、人の物と分かる部分や、臓物の類は見かけなかったな、と。
そうしてその時、当然のように気が付いた。
きっと、目を覚ましたサクラやサスケが、必要以上に動揺しないように、刺激の強い物はナルトが隠してくれたのだろう。
一人で。
全て。
あそこまで、片付けた。
少し、それを呆れつつ、そのまま発狂してもおかしくはない筈なのに、ナルトは良く耐えたとサクラは思った。
その結果、ナルトはずっと一人で動揺し続けていた訳だ。
それを隠して、いつも通りを装い続けてきた訳だ。
自分は忍だから、と。
そうして、大蛇丸に殺されかけた訳だ。
忍の癖に。
いら、と、サクラの胸に小さくない苛立ちが湧いた。
それは面白くない。
非常に面白くない。
水臭いじゃないかと、ナルトに対する反感を覚えつつ、サスケの何か心当たりに思い当たった驚愕と、ナルトの肯定と、それに対するサスケの苛立ちを子守歌に、サクラはもう一度眠りに就いた。
ナルトも、サスケも、どうしてそんなに『木の葉』を嫌うのだろう。
『木の葉』は、ナルトとサスケと、そしてサクラ達が産まれて育った場所なのに、と疑問を感じながら。
ナルトとサスケは、身を寄せ合いながら、サクラには理解しきれない事を二人きりで共有しているのは薄々感じている。
それをサクラにも分けて欲しいというのも、今は無理だという事を、サクラは痛い程痛感している。
サクラはスリーマンセルとは名ばかりの、二人にとって人数合わせの存在でしかない。
心構えも、実力も。
忍として、二人に遠く及ばない。
二人に守られてばかりのサクラに、一体、誰が頼りたいと思うだろう。
音の忍を撃退した後の、サクラに対するどんな期待も、失望すらも浮かべていなかったサスケの無感情な視線が、サクラの焦燥感を煽っていた。
サクラも、ナルトとサスケの仲間、なのに。
同じカカシ班の、スリーマンセルなのに。
サクラが二人よりも、忍として大分遅れを取っているから。
せめていつか、どんなことでも良いから、二人の力になれたらいいと、サクラは夢現ながらに強く胸に刻んだ。
 

 

その42

 
前書き
木の葉の準備期間だってばよイノ視点。 

 
中忍試験をきっかけに距離を詰めたナルトが、自分を頼り訪ねて来て、元から思う所のあったイノは直ぐにピンときた。
きっとサスケとの間で何かあったのだと。
死の森での様子を見るに、サスケはナルトの事を好きなのだろうとしか思えないし、だから、イノは、サスケの事を諦めようと思っていた。
だって、あれほど楽し気にナルトに無遠慮に触れて、親しげな様子を隠しもせずにナルトを構う、今までにないサスケの姿を見せられてしまっては、もう、どうしようもないではないか。
今すぐに気持ちを切り替えるのは無理だけど。
だって、初恋だったのだ。
何だかんだ言っても、イノだって本当にサスケの事が好きだったのだ。
だから、ナルトに頼られたのは、気持ちに区切りをつけるいいきっかけになると思った。
ただ、ナルトとは長い付き合いとはいえ、親しくなり始めたばかりだったし、男として過ごしていたナルトの機微はまだ良く掴めていなかったから、本題に入る前の様子見として甘栗甘に連れ出して観察してみた。
その結果分かった事は、思ったよりもナルトは大人しく、従順で繊細な女らしい内面なのかもしれないという事だった。
そして人を良く見ていて、情に篤い。
穏やかで寛容なのも振りではないみたいだし、何より、涙もろい。
そんなナルトからすれば、イノやサクラのようなはっきりとした人間は苦手なのではないかとイノの脳裏を過った。
何せ、ナルトの親友は、あの内気で引っ込み思案でおどおどしがちなヒナタなのだし。
波長が合うなら似たところを持ってはいるのだろうと察しはした。
けれど、ナルトの話の内容が、ナルトのサスケに対する気持ちに言及する事になるのなら、問答無用でサクラと合流し、ナルトの話を二人で聞くと決めていた。
だって、失恋する気持ちを一人で何度も味わうのはイノだって嫌だ。
サスケの気持ちがナルトにあると分かっていても、目の前で、サスケとのあれこれを語られるのは辛い。
サスケと両想いだと報せるような内容ならばなおさらだ。
それに、どうせイノを頼ったのは、イノの親友でライバルで恋敵だった、ナルトと同じスリーマンセル仲間でもあるサクラとの仲立ちを頼みたいのだろうと当たりをつけていたし。
だから、ナルトの動揺にその臭いを見つけるや否や、問答無用でサクラと合流し、話し合いの場をナルトの家に移したのは後悔していないし、そしてそれで正解だった。
サクラの存在に委縮して怯えているように見えたナルトが、曲がりなりにもここまで深い事情を丁寧にイノとサクラに開襟してくれたのは、ここがナルトの家で、他人の目がないナルトのテリトリーだからこそだろう。
だから、戸惑うナルトをせっついて、里の外れのこの山のナルトの家に案内させたことに後悔はない。
後悔は、ないのだが。
「あー!もう!疲れた!どうしてナルトはこんな山の中に一人で住んでるのよ!里の中じゃなくて!信じらんないわ!あの子だって女の子なのに!」
里への道程への道のりの長さに、不満が過るのは否めない。
思わずイノの憤懣が口を吐いた時、今日初めて知った詳しいナルトの事情と境遇を思い出し、その理由すら悟ってしまってイノは口を噤んだ。
そんな事は決まっている。
里の大人たちの悪意から、寄る辺ない身の上の女であるナルトの身を護る為だ。
男とされていた事も、こうして人里離れた辺鄙な所に住んでいる事も。
悟ってしまったイノの胸に、苦いものが込み上げる。
代々続く忍の家に生まれた娘として、くノ一が被る、女としての危険を口を酸っぱくして諭され続けてきたイノには判る。
ナルトの置かれて居る環境は、異常だ。
それに、あからさまな里の上層部の悪意が透かし見える。
それと同時に、その上層部の決定と意向に、素直に従っている里の人間達の歪みもだ。
ナルトの境遇に色濃く纏いつく、今までちっとも見えていなかった、里の人間達の悪意をこんなにもはっきりと目の当たりにして、イノは気が狂いそうだった。
人間の身勝手さと醜さを、否でも直視させられて、吐き気がする。
今までなんだかんだと、ナルトとは長い付き合いだったというのに。
イノはそれに気付きもせず、気付こうともしていなかった。
なのにナルトはそれを怒りもせず、当然のように受け止めて、その上でなお、イノとサクラを友として遇し、二人の身を案じもしてくれていた。
そんなの、イノ達が勝てる訳もないとそう思う。
サクラの引き出した、ナルトが良くアカデミーでも浮かべていた皮肉気な表情の、悪意に塗れた、幸せな人間という形容が重く圧し掛かっていた。
そこを否定する余地は、こんなにもまざまざとナルトの境遇を見せつけられては、少しもない。
そうして、だからこそ、サスケは自分達を見ないと言ったナルトの言葉の正しさに、納得しか覚えられない。
サスケも、かつてはイノ達と同じ所に居た。
そこからサスケは転落したのも同じなのだ。
サスケだって人間だ。
当然、負の感情だって持っている。
イノ達の敗因は、そんな当たり前の事にも気付かず、サスケの前で無邪気に振舞えていた幼さだ。
同い年とは到底思えないほどの達観した落ち着きと視点の広さと思慮の深さと、そんな落ち着きを身につけざるを得なかっただろうナルトの境遇に気圧されてしまって言葉も出ない。
納得。
そう、納得しか出てこない。
そんなナルトの、堰を切ったように溢れ出してきたサスケの事だけを案じる言葉の数々に、サスケがナルトを選んだ本当の理由をイノは悟った。
辛い状況にある人間が、あそこまで親身に気遣われて、心が動かないなんてことは、絶対にない。
そうして、サスケの環境や境遇を良く知るナルトだからこその、細やかな気遣いを肌で感じていたサスケは、だからこそイノ達とナルトとの違いを、しみじみと感じていたに違いないのだ。
そうなれば、もう、後は坂を下り、転がるように、だ。
サスケが家族を失くし、一人になった時点で、イノ達の方がサスケにとっての対象外になったも同じような物だったのだ。
それに気付かず、サスケの傍に、サスケを慮り、細やかに気遣うナルトが居たのにも拘らず、サスケに強引に迫り続けた時点で敗北は決していた。
もう、お手上げ、だ。
完敗。
それしかない。
だって、イノ達の両親は、ちゃんと生きて傍に居て、今もイノ達をいろんな形で守ってくれているのだし、そんな事に気付かずにいられる『当たり前』を手にしているのだから。
しみじみと、ナルトが中忍試験第二試験終了前に、中忍の心得を記した掛け軸の前で呟いていた言葉がイノの身に染みた。
当たり前は壊れやすい。
上忍である父を持つイノにも、サスケやナルトの孤独な境遇は、明日の我が身だ。
けれど、仮にイノがそうなったと仮定しても、サスケやナルトの境遇にはまだ及ばない。
だって、父を失くしても、イノにはまだ母や一族の大人たちがいる。
ナルトの言うような、恵まれた立場に立ち続けてしまうだろう。
そうして、持てる者が持たざる者に行動を起こすには、慎重に接しないといけないのだ。
対象からの反感と、反発を、招くから。
忍としての授業の一環で教わった事が、今頃実感として身に染みる。
こんなこと、出来るならばこういう事で知りたくなどなかった。
けれど、知ってしまえば知らなかった頃には戻れない。
「あー。もう。納得するしかないわ。完敗よ」
言わずもがなな事に腹を立ててしまったイノは、そんなばつの悪さを誤魔化すように呟いた。
その時だった。
「そうね…」
イノの隣を歩いていたサクラから、酷く気落ちした声が漏れた。
照れからか、素直にサスケへの自分の気持ちを認めようとしないナルトを追い詰めすぎて、倒れかけさせてしまった事をきっかけに、イノとサクラはナルトの家を辞す事にした。
頑なに認めようとせず、緊張のあまりに気を遠くしたナルトの反応が気がかりと言えば気がかりだが、これだけ異常な環境下に置かれていては、ナルトの精神に深い影響を与えているのは想像に難くない。
イノが感じて忌避していたナルトの歪さも当然だ。
ナルトはそうやって自分の心を守っているのだろう。
そうして、甘栗甘でイノが感じ取ったように、ナルトは情の深い優しい人間だった。
優しすぎると言っていい。
忍には向いていない。
ヒナタにもチョウジにも感じた事を、イノはナルトにもそう感じた。
死の森で、イノ達の前でサスケが言い放った言葉に納得を覚えもした。
が、だ。
今は、イノが何もしてやれないだろうナルトよりも、隣を暗い面持ちで歩いているサクラへのフォローが先決だろう。
何を思ってかは知らないが、ナルトがイノ達を気遣って、必死に見せないようにしてくれていたナルトの気遣いを、無にさせる様な真似もしていた事だし。
あれもきっと、ナルトの心には負担だったに違いない。
イノは深い溜息を吐いて、存外強情なサクラに水を向けた。
「ねえ、サクラ。なんであんた、ナルトに喧嘩を売るようなあんなことを言ったの?」
サクラがつっかかって、そしてナルトが隠していた本音を引き出せたことは良かったとは思う。
けど、あれは、あんな風にナルトから無理やり引き出すようにしなくてもいい類のものだった。
だって。
冷静に考えたら解っていて当然の事で、イノだって今はきちんとそれを考えて行動するようになっていた事だったのだから。
むしろ、あんなことをナルトの口から言わせてしまった事を恥じるべきだ。
イノはそう思う。
その時だった。
「…悔しかったのよ」
「え?」
「私、波の国の任務に就く前に、ナルトに木の葉の人間は嫌いだから、基本的に仲良くする気はないって、はっきりそう言われたことがあるの」
「は!?」
サクラの語る事と、それでもサクラがナルトに友と遇されている事が繋がらなくて、疑問に思った。
「その前も散々手厳しい事言われ続けてたし、アカデミーの頃からあからさまに敵対するような態度取られてたし、そういう不満があったのは認めるわ」
詳しい事情を知らないイノには、ただ、サクラの話に耳を傾ける事しかできない。
「正直、サスケ君と仲の良いナルトにやっかみを感じてたし、アカデミーに居た頃は素直にそれをナルトにぶつけてた。だって、そうして良いと思ってたの。皆ナルトにそうしてたから!」
そう言って涙を零し始めたサクラに、イノは悟る。
サクラは、一時期里の女の子達に吊るし上げられ、爪弾きにされていた事がある。
それは、サクラは気付いていなかったけれど、サクラの性格的なものが原因だった。
サクラは一人っ子故に基本的に両親に甘やかされていたらしく、時に頭のいい自分を鼻にかけて人を格付けするような、酷くわがままで我の強い一面を、最悪のタイミングで皆の前で覗かせ続けて反感を買ってしまったのだ。
空気を察するとか、相手の機微を読む事を苦手としていただけとも言えるし、それは別にサクラだけが悪い訳ではない。
イノだって、自分がサクラと同じように我が強く、わがままな事は自覚している。
けれど、基本的に自分に素直なサクラは、自分の思った事やしたことを、相手がどう思うかを考えず、言ってしまったり行動に移してしまうような所があるし、確かにアカデミーに居た頃からサクラのナルトに対する態度は褒められたものではなかった。
ナルトにさり気なく手を貸されても、礼も言わずにナルトに対して罵倒をぶつけていたし。
見かねて何度かイノもサクラに苦言を呈したこともある。
けれど、サクラからそういう態度を取られる度に、本心の見えない綺麗な笑顔で、なかなか辛辣な言葉を、ナルトもサクラにぶつけていたので、結局、どっちもどっちと放置する事にしたのだけれど。
ナルトの場合、その辛辣な言葉も、よく考えればごく当たり前のまともな内容ばかりだったし。
サクラには良い薬だろうと思った事もある。
正直イノは、そんなサクラとナルトが同じ班で、あまつさえサスケがそこに居る事に不安を感じても居たのだ。
だって、ナルトとサスケは仲が良かった。
少なくとも、ナルトはサスケにとても懐いていたし、サスケもナルトを尊重して、特別に扱っていた。
だから、そんな二人に挟まれて、サクラがまた疎外感や引け目を感じてしまう事になるのではないかと少し心配していたのだ。
サクラは我の強さ故に負けず嫌いでもあったから。
同時に、吊るし上げられていた昔みたいにはならないだろうとも思っていた。
だって、その時は二人とも男だと思っていたし。
その事に安堵もしていた。
サクラは、本質的に同性とはあまり馬の合わない気の強い性格をしているし、付き合えるのはイノのようにサクラと似たタイプか、懐の深い人間くらいだろう。
だから、サクラの班に同性がいない事を安心もしたのだが。
イノの予感的中と言ったところか。
仲の良いサスケやナルトに、常々疎外感や引け目を感じていて、尚且つ、無意識に自分の下に見ていたナルトに、もともと敵愾心を抱いてもいたのだろう。
それが波の国で同性と知り、親近感で近づいたものの、ナルトを認めきれずに不満が爆発した。
そんな所だろう。
ナルトの話からイノが察したことも、ナルトのあの言葉の数々を引き出して聞くまで、サクラは感じていなかったし、気付いていなかった。
そして、自分の言葉で、ナルトが気を遠くするほど追い詰めてしまう事になるとは、夢にも思ってもみなかった。
それなのに、そんな風にナルトを通して、自分の嫌な部分をまざまざと見せつけられる結果になって、傷ついている。
イノにはそのように感じられた。
そしてイノの懸念は的中する。
「なのにナルトはサスケ君と仲が良くて。サスケ君は私を相手にしてくれないのに、ナルトにはそうでもなくて。波の国で過ごして少しは二人の仲間になれたと思ったし、ナルトとは友達にもなれたから、これで対等だと思ってた。ナルトは全然サスケ君の気持ちになんて気付いていなかったから、だから私が二人の力になってあげようって決めてたのに、ナルトはサスケ君への気持ちを自覚した癖に、肝心のサスケ君の気持ちには気付いてなくて。なのに、サスケ君は別の子を選ぶべきだとか言ってるナルトが腹立たしくて!そのくらいの気持ちなんだったら私がサスケ君を奪ってやるってそう思って!!」
「サクラ。あんた…」
泣きながら心境を吐露するサクラに、イノは思わず苦笑した。
あの頃から何度もサクラにかけた言葉を、立ち止まってしまって泣いているサクラを抱きしめながら送った。
「バッカねー。あんた、頭は良いんだから、ちゃんと人の話を聞いて、そう言った人の気持ちを考えなさいよ。それでナルトに正論で返り討ちにされてたら世話ないわよ?」
「だって!だって!!そんな事、ちっとも考えた事なんてなかったっ!私の気持ちが迷惑で、私の存在がサスケ君を傷つけちゃう事になるかもなんて、ちっとも思わなかった!ナルトが言った事なんて、今まで全然、これっぽっちも気づいてなかったし、考えてもみなかったの!だって!私っ!サスケ君が好きなだけでっ!私、別にっ、悪い事なんて何もしてないのに!サスケ君を好きだっただけなのに!なのに、なんで!なんでなのよおお!」
サクラの慟哭に、イノも胸が痛くなる。
そういう気持ちはイノにもある。
けど、サクラには見えないものが、まだ感じられない物が、代々忍の一族の家に生まれたイノには判るから。
「お腹が空いてて、食べ物を持ってない人にさ、目の前でこれ見よがしに両手いっぱいの食べ物を見せつけながら、飴玉一つだけなら分けてあげるーとかやったら、チョウジじゃなくても、誰だって頭に来て怒るでしょー?私やあんたや里の女の子たちは、皆、サスケ君にそういう事を気付かないうちに普段からしちゃってたのよ。サスケ君が好きだから。サスケ君に自分を好きになって欲しくて。なのにナルトは、サスケ君と同じかそれ以上にお腹が空いてておかしくないのに、サスケ君にも自分の分を分けてあげてたの!」
ナルトの、サスケに対する気遣いと接し方は、そういうことだ。
イノだって、少しはそれを感じないではなかった。
けれど、失ったものを見つめて思い詰めるより、未来に目を向けた方が断然良いと短絡的にそう考えて、イノが最初にサスケに纏わりつき始めたのだ。
本当は、そうし始めたあの時、複雑な表情をしたナルトから、イノは忠告を受けていた。
今は止めろ、と。
イノの行動は、サスケの為にはならないから、と。
それでもイノは自分の考えは間違っていないと思っていたし、ナルト自身、イノの言い分をある程度認めてくれてもいたようだった。
そうして最後に、複雑そうにしながら、それならせめて、サスケの反応をきちんと見ろと諭されて、ある日突然、イノもナルトが言うように、本気でサスケがイノを嫌がっていることに気付いたけれど、今更もう後には引けなかったし、他の女の子達もイノに便乗して、サスケに纏わりつくようになってしまっていた。
ナルトのあの様子では、イノ以外の子達にも、一人一人に行動を自粛して自重するように促してみては居たのだろう。
サスケと、一応はサスケを好きなイノ達の為に。
ナルトが溜め込んでいたあの鬱憤からすると、どれも実は結ばなかったようだが。
イノがサスケの反応に気付いてから、もの言いたげな、複雑そうな表情でサスケを囲む女子達を見つめているナルトにも気付いて、イノは忠告の礼と、現状のきっかけになった行動の反省と詫びを入れて、謝った事があった。
その時、ナルトはとても優しい表情で微笑んで、それはサスケに言えと促され、恥を忍んでサスケに謝り、行動を少しだけ是正した。
全部はイノには無理だから、本当に、少しだけ。
でも、イノの謝罪と反省と決意を黙って聞いてくれたサスケは、それから少しだけイノに対する当たりが柔らかくなったように感じられて、それでますますサスケにのめり込んでいったのだけど。
今思えば、そういえばその頃からナルトに当たりのきつい女子が増えていたし、サクラがナルトを面と向かって罵倒するようになったのも確かその頃だ。
今となっては後悔しかない。
イノが失恋するのも当然だろう。
でも、イノは今、決して一人ではないから。
「サスケ君がどっちに恩を感じるかなんて、そんなの考えなくても決まってるでしょー?あんたも私も、サスケ君みたいな人を好きになって、サスケ君から好きになってもらうには、全然子供過ぎたのよ。だって、あんたも私も、お父さんもお母さんも居なくなっちゃってるサスケ君の気持ちをちっとも判ってあげられないし、サスケ君をそんな風にした人を自分が必ず殺さなきゃならないって考えて、だから強くなろうとする気持ちなんて、ぜんぜんちっとも分かんないでしょう?それに、それを解る為に、自分のパパとママを誰かに殺してもらう事を願う事なんか、出来っこないでしょー?いい加減にそれを理解しなさいよ、デコリン!あんたの取柄は無駄に優秀なその頭の中身だけでしょーが?」
きつくサクラを抱きしめながら、イノは自分も涙を零しつつサクラを罵倒する。
いつものように、サクラが言い返してくるのを待ちながら。
「うるさいわよ、イノブタ!分かってるわよ、そんなこと!でも、どうしよう、イノ。私、ナルトを傷つけた。あの子、本当は、すっごく優しい良い子なの!なのに、私!ずっとずっとナルトの事傷付け続けてた!アカデミーの頃からずーっと!どうしよう!どうしよういのぉ~」
途方に暮れた子供のように大泣きしながら縋ってきたサクラの言葉に、もう一つイノは悟った。
何だかんだ言いつつも、サクラはナルトを気に入っているらしい。
分からなくもないと、イノも思う。
頭の回転が速く、しっかりと自己主張し、それでいて基本的に穏やかなナルトとは、サクラも気負わずに接する事ができるのだろう。
事情が事情だったからイライラもしたし、ヤキモキもしたが、イノだってナルトともっといろんな話をしたいと思った。
甘栗甘だけじゃなく、ナルトとするなら、誰かの家にお互いの手作りスイーツを持ち寄っての女子会なんかもいいかもしれない。
その時は、きっとナルトはヒナタに声をかけるだろうし、これを機にヒナタともっと誼を結ぶのもいいかもしれない。
お互い木の葉で名家とされる代々続く忍の家に生まれていても、木の葉の名家の中でも有数の権勢を誇る日向宗家のお嬢様で、大人しく、口数の少ない自己主張の薄いヒナタを、イノは苦手に感じなくはなかったのだけれど。
ナルトと過ごした時間を心地よく感じられたのなら、きっと、ヒナタともこれからはもっと仲良くできる。
そう思った。
それが叶うかどうかは中忍試験本選の結果次第ではあるけれど。
でも。
今は。
「…だから、人の忠告は素直に聞いとくべきなのよ!私の忠告無視したあんたの自業自得よ!これに懲りたら、人の話に耳を貸そうとしないあんたの強情さを少しは矯正しなさいよね!そこがあんたの良い所でもあるけどさ-」
「うん。うん!」
お互いに、山道の途中で縋り付き合いながらしゃがみ込み、初恋が叶わなかった悔しさと悲しさと、友達の力になれない悲哀を吐き出し続ける。
今はまだ、イノ達は子供だから。
誰からの物だろうと、忠告は、きちんと耳を傾けて聞くべきだ。
そこにはきちんと理由があるのだから。
サクラに向けていった言葉を、イノも自分の胸にもう一度刻む。
イノにも、身につまされるところが無いでもないから。
勿論、このままで終わるつもりは更々無い。
どんな結果になろうと、イノやサクラの思う事を否定される謂れはどこにもないのだから。
それだけは、確かで、唯一の結論だと、泣き崩れるサクラを抱き締めながら、イノは思った。 

 

その43

 
前書き
その42の続き。 

 
自分の中でも結論が出て。
それでもまだ不服そうなサクラに、イノは少し水を向けた。
「私はまだナルトの事そんなに知らないけど、あの子、謝ったら許してくれると思うわよ?ちょっと接しただけですぐ分るくらい、優しいもの。あの子」
「うん。そう思う。でも、心を開いてはくれない!」
その途端に返された、サクラの悲痛な声に、イノも感じたナルトからの拒絶する空気を思い返す。
いつも穏やかな空気を絶やさなかったナルトからの、サクラが引き出した、冷え冷えとしたあの冷たい空気を。
サスケからも、常に感じていたあの空気を。
だからこそ、口籠った。
けれど、死の森でイノを友と呼んで、嬉しそうに笑ったナルトを思い出す。
その笑顔に気合いが入った。
そうして、駄々を捏ねてるサクラを一喝した。
「あったりまえでしょー?ナルトは木の葉の人間に、こんな所で一人で暮らさなきゃなんない境遇押し付けられてんのよ?私達を友達にしてくれただけでも御の字って奴よ!それに、アカデミーの頃のナルトに対するあんたの行動思い返してごらんなさいよ!なのに、あんたを友達にしてくれたナルトの慈悲深さにこっちの方が驚きよ!まあ、ナルトもナルトできっちり当たりの強いこと言ってあんたを挑発してやり返してたけどー。でも、ナルトとそんな関係だったあんたが、今すぐ自分をヒナタと同じ扱いにしろとか、ナルトに言える訳もないでしょー?あんたはナルトの友達としては、マイナスからのスタートなんだってしっかり自覚しなさい!あんただって、あの頃あんたにきつく当たってた子達、今でも苦手にしてんじゃないのよ!あんたが今言って、ナルトに不満に思ってる事は、あんたがあの子達と今すぐ私みたいな関係になれって言われてるようなもんよ?そんなの無理に決まってんでしょ?仲直りはしたけど、今でもあの子達避けてるあんたにさー。なのに、どんだけナルトに高望みしてんのよ、あんたは」
「ううー。それならイノはどうなのよ!」
一喝した途端、不満げに唸ったところは昔みたいに変わらなかったが、続いた言葉は今のサクラの物だった。
友達よりも、ライバルとして対等な立場を選んだサクラの。
だからこそ、敢えてイノはサクラを挑発し、胸を張る。
イノがそうしたいし、サクラがそれを望んでいるから。
「ふっふーん!実はナルトは、小さい頃から私の家のお得意様だったもんねー!あんたとは、ナルトと接してる時間が違うのよ!それはサスケ君も見てたしねー」
「ナルトのスリーマンセル仲間は私よ!?イノには負けないんだから!」
「言ったわねー!受けて立ってやるわよ!」
結局、イノの安い挑発に乗って負けん気を見せてきたサクラと、抱き締めあいながらいつものように睨みあい、そうしている事の馬鹿馬鹿しさに気付いて同時に噴出した。
笑って笑って、笑い疲れた時、サクラがやけに真剣な声でイノを呼んだ。
「ねえ、イノ」
「何?」
「中忍試験第一試験開始前に、サスケ君達と一緒に居たカブトって人の事、覚えてる?」
思いもよらない問いかけに、イノは思わず面食らった。
そうして少し記憶を探る。
「中忍試験第一試験開始前~?」
そうして、初めてイノ達と女だけで固まって、同性として談笑していたナルトが、サスケに呼ばれて離れていった後、釣られるように一緒に移動した先で、見知らぬ年上の木の葉の忍と何かやり取りしていた事を思い出す。
眼鏡をかけた、少し陰気そうな見た目の。
「名前までは思い出せないけど、そういえば私達の知らない木の葉の忍がいたわね。それがどうしたの?」
「うん。さっき、ナルトが、自分がこんな風になる原因は四代目が作ったって言ってたことを思い出して、ふと、気付いちゃったんだけど」
「何よ。何に気付いたのよ」
問いかけたイノは、その後、自分の息が止まるような衝撃を受けた。
「あの人、木の葉に入り込んだ大蛇丸のスパイかもしれない人で」
「ちょ、ちょちょちょちょっと待って、サクラ!」
何気なくサクラが口にしてきたとんでもない情報に、イノは動転する。
「なによ」
「何よじゃないわよー!何処情報よ、それー!」
言葉を遮られて不満そうにしているサクラに、感情的に詰め寄った。
捨て置く訳にはいかない情報だった。
スパイだなんて。
木の葉は忍びの里だけれど。
イノも、そういう噂を耳にする機会は、今まで何度かあったけれども。
そんな疑いのある人間に、ニアミスするほど間近に接していたのは、初めてだ。
動揺と、焦りを滲ませて追及したサクラは、何でもないように情報源をすんなりと白状してきた。
「サスケ君とナルトがそう中りを付けてたのよ」
「そ、そうなの…」
サクラの言葉に納得しつつも、イノは少し疑問に思った。
どうしてサスケとナルトがそんな中りをつけられたのか、それこそ気になるが、ナルト達はあの木の葉の伝説の三忍と繋がりがあるようだった。
もしかしたら、その兼ね合いだったのかもしれない。
大蛇丸自身も、抜け忍とはいえ、その伝説の三忍の一人なのだし。
そんな風にイノは自分を無理やり納得させた。
触らぬ神に祟りなし。
シカマルがイノに向かって良く言う言葉だが、イノもそれは実感している。
自分の手には負えない物を、自分から抱え込まない方が断然良いのだ。
さっき改めて自覚し直した通り、イノ達は、まだまだいろんな事に対して未熟すぎるから。
少し、悔しいけれど。
悔しいから、未熟な子供のままではいないつもりだけど。
そんな風に考えを巡らせていたイノを気にした風もなく、サクラは自分の話を続けていた。
「それで、その人がナルトにあの時確かこう尋ねてたの。ナルトと四代目火影と九尾は一体どんな関係なんだって」
「あ!思い出した!そのあと確かしきりにシカマルが考え込んでいたから覚えてるわー。確かナルトは拾い主と落とし物の関係とか言って笑いだして、更にそのままあっさりと里が嫌いだとか言いだして、すごくびっくりしたから覚えてる。今となっては納得だけどー」
サクラの話を聞いて、そうサクラに返したイノは、サクラの顔色が尋常じゃないほど青ざめている事に気が付いた。
「サクラ?」
「あのね、イノ。最後まで、私の話を聞いてくれる?」
「え?いいけど…」
思いつめたような表情のサクラに圧されるように、イノは承諾する。
その途端だった。
サクラの話は更に話題が飛んだ。
「大蛇丸が二回目に私達の所に来た時、ナルトと話していた大蛇丸はこう言ったの。ナルトの見た目は母親似だけど、中身は父親に似てるって」
疑問に思いつつ、そう言われてイノも思い出す。
「そうね。そしてナルトが大蛇丸と繋がってるのはダンゾウ様だろうって問い質し始めて、そういう察しの良さは父親似だって大蛇丸が言い出して…」
そしてそのままナルトが殺されそうになった事までを思い出して、イノはぞっと背筋を凍らせて口を噤んだ。
けれど、サクラの言わんとすることはそういう事ではないようだった。
「それで、その前に、ナルトは香燐さんに、香燐さんが木の葉でどんな扱いをされやすいか、詳しく説明していたの、覚えてる?」
「え?ええ…。確か、人、柱力、に。つい、て…」
話題があちこちに移動するサクラの話に疑問を持ちながら素直に話題を考えて、イノは唐突に理解する。
サクラが何を言いたいのかに気付いて、イノも顔を青ざめさせた。
思えばナルトは、少し、詳しすぎやしないだろうか。
秘匿されているはずの、人柱力の情報と尾獣について。
もし、それが、己自身の事だったからだとしたならば。
だから、ナルトは里から爪弾きにされていたのだとしたら。
けれど。
さっきまで、初めてだろう淡い恋心に戸惑って、それでもサスケに対する精一杯の気持ちを語っていたナルトの姿を思い出す。
相手がサスケというのが、今のイノにはまだ複雑な気持ちがあるけれども、一生懸命、自分の気持ちを口にしていたナルトの姿は、自分達と何も変わらない一人の女の子の物だった。
だから。
だけど。
青い顔をしたまま、サクラが促した結論を直視したくなくて、イノは声を潜めた。
「……サクラ。自分が何言ってるのか分かってるの?間違いじゃなかったとしても、冗談でしたじゃすまないわよ」
人柱力は、その身に尾獣を宿した忌避すべき恐ろしい化け物なのだから。
そんな疑いを、仲間に向かってかけるなど!
でも、イノも分かってしまう。
それなら、ナルトのこの境遇のおかしさに説明がついてしまう。
説明が、ついてしまうのだ。
上層部がナルトを人々の悪意に晒したままにしておく意味も。
ナルトに里人の悪意が集まる意味も。
ぞわり、と。
イノの全身に鳥肌がたった。
「でも、イノ。私、思い出しちゃったの」
これ以上は怖いから聞きたくない。
それがイノの本音だ。
でも、イノの前に居るのは他でもないサクラで、話題はついさっきまで一緒に居たナルトについてだ。
イノ達が追い詰めて、倒れさせてしまったのに、むしろ、気を使わせてしまった事を申し訳なさそうにしていたナルトの話だ。
次は遊びに誘うし、ナルトも誘えと言いつけたら、嬉しそうにひまわりみたいに笑ったナルトの事なのだ。
だからつい、意地を張った。
「な、何をよ!」
そうして、縋るように、途方に暮れた表情でイノを見ていたサクラは、意を決したように、青い顔のまま鬼気迫る真剣な表情で告げた。
「木の葉の、初代人柱力」
そう言われ、イノはひゅっと息を飲んだ。
木の葉の初代人柱力。
それは、初代火影の妻の、うずまきミトだ。
ナルトと同じ、うずまき一族の。
イノの背筋に更に悪寒が走った。
人柱力かもしれないナルトに対する本能的な恐怖が浮かぶ。
しかし、今日、改めて見つめ直したナルトは、かなり好感の持てるいい子だった。
イノはナルトが好きだと断言できる。
もっと仲良くなりたい。
だが。
そして、サクラは更に青い顔で混乱するイノに縋りながらこう続けた。
「それに、四代目の奥さん。確かうずまきクシナ様って。それに、四代目って、金髪碧眼で、いつも穏やかに笑ってて、頭が良くて、優しくて。忍びとしての才能に溢れた優秀な男の人だった、って…」
サクラの言葉が進む度に、混乱したままのイノの頭の中で、混乱しているからこそ、立て続けに並べられたサクラの言葉と、ナルトと四代目夫妻との相似が素直に浮かんでいく。
うずまき一族らしい赤い髪で、意外とけんかっ早くて口が悪い一面もあるが、それでもナルトは女の子らしくて繊細で、頭の回転が速く勉強熱心で、穏やかで、優しくて。
それに、青い目をしている。
そして、九尾が襲撃してきて、四代目が死んだ日が、四代目に拾われて、四代目から木の葉に託されたナルトの誕生日だ。
立て続けに並べ立てられた情報の巨大さに、くらりと眩暈を覚えつつ、サクラの言葉に呆けていたイノは、ふいに何故、ナルトがイノ達の身を案じ、きつく戒めたのかを悟った。
ナルトのこの環境は、上層部の意向とナルトは言っていた。
里の上層部はそれを知っているのだ。
そうして、ナルトの三代目に対する信頼と、三代目と対立する存在と、大蛇丸の前で出されたダンゾウの名。
確か、それは、先程も話題に出した、シカマルが気にしていた『根』に、深い関わりのある人間の名ではなかっただろうか?
イノの背筋に、ざっと冷たいものが走り抜けた。
「サ、サクラ!それ以上、言っちゃだめよ!口に、出さない方が、良いわ。それに、きっと、気のせいよ。だから、『勝手に動いちゃダメ』!」
イノのきつい制止の声に、不満げに眉を寄せたサクラに、イノは少し苛立って声を荒げた。
「何のためにナルトが私達を気遣って、なるべく情報を渡さないようにしてくれてたと思うのよ!まずは、情報収集よ!」
「情報収集って、どうやって…」
イノの指摘にはっとしたように目を見開いたサクラは、おずおずと疑問を口にした。
その疑問に、きっぱりとした態度で逆に問いかける。
イノ達も下忍とはいえ、忍の端くれなのだから、これくらい、自分でたどり着けなければならない。
「私達の身近に居て、ナルトの情報独り占めにしてるのは誰?」
「あ!」
現に、サクラは促せば気付いた。
そうしてイノは、もう一つ、気付く。
「それに、ナルトも言ってたじゃない!死の森で!自分の事はサスケ君に聞けって」
なるほどそれは有効だ。
秘密を持っているのならば尚更に。
あの時は、二人の仲を見せつけられているようで、ただただ面白くなかっただけだったが、こうしてナルトやサスケの事情の一端を掴んで、それぞれの事情を探ろうとし始めた今は、ナルトとサスケの周到さに閉口する。
そうしてナルトが、イノとサクラにうちは一族について、少しだけでも言及してくれた理由も分かった。
イノ達に相談するのに必要だったからだけじゃない。
既にサスケから、ナルトの判断で、サスケと、ひいてはうちはについて、話していいとの言質を取っていたからだ!!!!
あの時のやりとりはこういう事か!
シカマルの激高も無理はない。
狡猾と言い換えて良い、冷徹な忍の思考をイノはそこに感じ取る。
忍として、仲間の情報ほど、口が重くなるものはない。
相手を大切に思うならば猶更だ。
それに結局、ナルトはサスケにとっての肝心な部分は何も話していない。
イノ達でも調べれば分かる範囲の事しか言っていないと宣言していた。
ナルトが忍に向いてないなんて、とんでもない!
怖いくらいに、これはもう忍そのものではないか!
穏やかに微笑む普段のナルトとのあまりの落差に、イノはぞっと背筋を凍らせた。
サスケがナルトに目をかける理由の一つをそこにも見つける。
そうして、力不足を痛いほどに痛感した。
これは、イノとサクラの二人で当たるには厄介すぎる。
何せ、相手はタッグを組んでるナルトとあのサスケなのだから。
少し考え、イノはあっさりと決断した。
「時期的には悪いと思うけど、シカマルとチョウジにも協力してもらいましょ!どーせあいつ、本選出場なんてめんどうがって碌に修行もしてないに決まってんだから!私もパパにちょっと探りを入れておくわー」
とんでもないものを、引き当ててしまったかもしれないと、イノは思う。
もしも。
もしもそれが本当なら。
何故うちは一族はナルトを引き取ろうとして、皆殺しにされて。
なぜナルトはサスケと仲良くしていて。
そして、サスケがナルトに執着するのかに、全部全部筋が通って理由が付く。
ナルトが、自分の気持ちも、サスケの気持ちも、目を逸らして出来る限り見ようともしない事もだ。
でも、サスケの気持ちの変化だけは、きっとサスケにとっても予想外な事なのだろう。
ナルトの話から垣間見えるサスケの不器用すぎる行動からは、サスケの戸惑いが見えていたから。
でなければ、全ては策略だ。
ナルトを、うちはである自分に、サスケが縛り付ける為の。
そうではないと、イノは肌で感じているけれど。
だって、死の森での姿も。
その前の、ナルトの付き添いで、イノの家に客として訪れていた時も。
サスケはナルトを大切にしていた。
そして。
イノは今まで目を逸らしていた事実を、諦めと共に受け入れた。
そんな訳はないと。
同じ木の葉に住む仲間だからと、ずっと目を瞑って、逸らして来ていたけれど。
サスケも。
ナルトも。
二人とも、きっと里の人間が嫌いだ。
『木の葉』を、本気で疎んでいる。
それを認めざるを得ない。
クーデター。
そんな単語がイノの脳裏を過る。
でも、こうやって、ナルトの側から、ナルト達の話を聞いてしまった今となったら。
「嫌われてても、仕方ないのよ。私も、あんたも。木の葉の人間も。そういう事をずっとして来てたのよ。当たり前だからって。サスケ君と、ナルトに」
「うん。そうね」
同じものを、サクラもきっと感じている。
イノの言葉に頷くサクラの声には、沈んだ色が乗っている。
でも。
だけれど、なのだ。
「でも、ナルトは私達を友達だって言って、嬉しそうに笑ってた。サスケ君の死の森でのあの様子を見るに、サスケ君だって、ナルトが笑わなくなるような事は考えないし、ナルトにもさせないと思うわ」
「うん。そうよね。私もそう思う」
まだ少し胸に痛い事実を、自分の胸の痛みを無視して堂々と掲げる。
イノの抱える痛みと似た表情で、サクラがイノに同意した。
だからこそ、強気ないつもと同じように断言した。
「だから調べましょ!正直、どうしてナルトがあんなにちぐはぐな所があるのが疑問だったけど、こんな変な環境に置かれ続けてたら、そりゃおかしくもなるし、当然だわ!それと、サクラ。あんた、自分の言葉には本当に気をつけなさいよ。あんたちょっと人の気持ちを考えない無神経な所があるから、ナルトみたいな複雑な事情抱えてる繊細な子とは相性悪いわ。ナルトと本当に友達になりたいなら、重々気をつけなさい?今のあんた達の関係は、ナルトからの気遣いとの譲歩で成り立ってると、そう思うわよー?こんな大変な立場に置かれているナルトに、これ以上私達に気を遣わせてどうすんのよ!」
「うん……」
落ち込むサクラに、イノもちょっと言い過ぎたと反省する。
しかし、それは事実だ。
そして前回も今回も、サクラが人と揉めた原因はそういう所だ。
イノも、ナルトへの接し方は重々気を付けようと胸に刻む。
サクラのした失敗は、イノもしてしまう事なのかもしれないのだから。
それに。
「サスケ君への失敗を生かして、せめてナルトとは本当に友達になるのよ!ヒナタには負けちゃうかもしれないけど、ヒナタと同じくらい、ナルトにとって大事な友達にね!それくらいできなきゃ、サスケ君の事が好きなのに、何にも気付こうとも知ろうともしないで、せっせとサスケ君に嫌われるような事ばっかりしてきてた私達の恋心が可哀想でしょー?」
「うん。そうよね。うん、そうだわ。ナルトは、私の友達よ。あの子といると、楽しいもの」
そう言って、やっと笑ったサクラに、イノはほっと胸を撫で下ろす。
イノも、本当は、恐れを感じていない訳じゃない。
人柱力は化け物だと、そう教わって来たのだから。
イノとしては、見た目的にもあからさまになにか人と違う所が現れてしまって、それで一目で化け物と認定されて恐れられる事になるのだろうと、そう考えていたのだけれど。
でも。
仲良くなってみたナルトからは、全然嫌な物を感じない。
素直だし、健気だし、一生懸命人の気持ちを考えられる真面目な子だし、好感しか湧かなかった。
少し幼い情緒面も、この境遇と環境を思えば当然だと思うし、何より、そこから現れる仕草も行動も、素直に見てて微笑ましかったし、可愛いと思う。
それに、だって、サクラが気付いたことが本当なら。
ナルトの出自がそういう事なら。
きっと、ナルトの性格は、人格者だったという四代目火影に、ナルトは多分似ているのだろう。
そして忍としての才能も。
そう断じる理由が敵の言葉に因るのは癪だが、四代目候補だった大蛇丸が、ナルトの中身は父親似と判断した。
そうして、だからきっと、殺そうとした。
だって、四代目は、あんなに凄い威圧を放っていた大蛇丸を差し置き、火影になった、木の葉の英雄なのだ。
それに似ているナルトを恐れて、子供の内に消そうとしても、きっと全然おかしくない。
ならば、人柱力だのなんだのは、きっと関係なくならなくちゃいけないのだ。
そして、里を九尾から守ってくれた四代目の事を思うなら、その子供かもしれないナルトの事を、こんな目に合わせ続けていてはいけないのだ。
四代目に守られた木の葉の里の人間達は。
そして、その為には。
話の区切りがついた今がそろそろ頃合いと立ち上がりつつ、サクラに話しかけた。
今すぐには無理だけれど、ナルトを取り巻くこのおかしな環境を変える為の第一歩として。
「あ!そうだ、サクラ。今日、ナルトと甘栗甘に行ったときに思ったんだけどさー」
「え!!い、イノ。あんた、ナルトを甘栗甘に連れてっちゃったの!?」
「ふっふーん!こういうものは早い者勝ちよ~?」
驚愕としてやられたという表情を浮かべて座り込んでいるサクラに向かって手を差し伸べながら、イノは勝ち誇る。
「そうだけど。ヒナタならともかく、イノに先を越されるのはなんか釈然としないわ。で?なによ」
イノの手を借りて立ち上がりつつ、サクラが不満な気持ちを隠さず不平を述べてくる。
そうしてそれが、サクラの性格だ。
爪弾きにされ始めた頃からの。
イノは今更気にもならない。
それがサクラだと知っているから。
サスケを巡る突然のライバル宣言後のサクラの態度の豹変には、確かに驚かされはしたけれど。
でも、思い返せばサクラはもともとこうだった。
いじめられるようになって、委縮して、大人しくなって、イノの背中に隠れていたけれど。
ふっと小さく笑いながら、イノは確信する。
わりと性格の悪いサクラと仲良くなれたイノが、境遇の割には断然性格の良いナルトと仲良くなれない訳がない。
そして、サクラのフォローをイノがしてやれば、サクラだってナルトと仲良くなれるに決まっている。
それにサクラだって、あの頃よりは断然人の気持ちを察することが出来る様になっているし。
例え、ナルトが人柱力だったとしてもだ。
ナルトは人の気持ちが分からない子ではないし、大人しいヒナタと気難しいサスケとも仲良くやれている実績がある。
なら、イノが仲良くなれない理由はどこにもない。
「その時聞いちゃったんだけどさー。あの子、お菓子作りも趣味っぽいのよねー」
「え、そうなの?」
得られた確信を支えに、一歩抜きん出た優越感を隠しもせず、戸惑うサクラに嬉々として思い付いた腹案を打ち明けた。
「そうみたいなのよー。だからさー、中忍試験が終わったら、私達で手作りスイーツ持ち寄って、女子会しましょ-よ!死の森で振舞って貰えた料理の味からすると、ナルトの作るお菓子も相当期待できると思うのよねー」
イノの提案に、ぱちぱちと目を瞬いていたサクラは、直ぐに表情を明るくして乗ってきた。
「良いわね、それ!」
「でっしょー!?でも、私達がそんなナルトの作ったお菓子に劣る物を持ち寄るのは悔しいからさ、ナルトが中忍試験で手一杯な今のうちにお菓子作りの特訓しましょ!」
「そうね!」
にっこりと、出てきた結論に満足して笑いあって、くだらないおしゃべりを続けながら、イノはサクラと山を下って行った。
イノとサクラの家のある、木の葉の里に帰るために。 

 

その44

 
前書き
アカデミー生活だってばよ!4後~5前
 

 
ミコトさんに呼ばれて夕飯を一緒にして、そのままお泊りしない時は、うちは家の人の送迎が、ミコトさんの言い付けで恒例になった頃でした。
フガクさんだと、もう殴られることは無いと思うけれど、緊張が取れずに警戒してしまうけれど、イタチさんの時はちょっと嬉しくて楽しみでした。
サスケ君が一緒の時もあったので。
で。
今日はイタチさんの日で、サスケ君は居ない日でした。
そういう日は、一言二言アカデミーでのサスケ君の様子を尋ねられ、私がそれに答えて、満足げなイタチさんと穏やかな時間を過ごすのが常態になってました。
今日も、言葉少なにサスケ君の様子を尋ねられ、いつものように腕白で天真爛漫なサスケ君の振る舞いを機嫌良く教えてあげていた時。
知らない人のチャクラの匂いがして、思わず口を噤んで警戒する。
けれど、チャクラの匂いからすると、うちはの人のようですし、ちょうど里とうちは一族の領域外に差し掛かって、後は山を登るだけなので、少し考えてイタチさんに申し出ました。
「イタチさん。どなたか一族の方がイタチさんに用があるみたいです。今日はここで別れましょう?送ってくれてありがとうございました」
いつものようにぺこりと頭を下げてお礼を言った時でした。
「まいったな。気配は完全に断っていた筈だったんだが…」
隠れて私達の様子を窺っていた人が、敵意の無い事を示すように、わざわざ物音を立てて瞬身してきた。
顔を出して困ったように小さく頬を掻く癖毛の男の人に、イタチさんが珍しくサスケ君のような声で名前を呼びました。
「シスイさん!」
思わずそんなイタチさんの様子と呼ばれた名前に目を瞬かせ、ついつい眼球の有無を確認してしまった。
その途端、ばっちりと、正面からうちはシスイと視線が合って、驚いて、思わず慌ててイタチさんの影に隠れた。
ついついイタチさんの服の裾に縋りつつ、ダンゾウに右目を奪われて殺される前の、生きて、無事でいるうちはシスイをじっと観察する。
その時だった。
じっと私を見つめたまま、うちはシスイはイタチさんに確認してきた。
「その子がうずまきナルトか」
「ええ」
あっさりと打ち解けた様子でイタチさんが肯定する。
面白そうに含み笑いながら、うちはシスイは大変複雑で微妙な評価を私に下してくれた。
「お前の弟に似ているな」
お前の弟。
この場に弟の居る人間はイタチさん一人。
つまり、イタチさんの弟に似ていると。
イタチさんの弟のサスケ君に。
この私が。
以前も下された覚えのある評価に、なんとも微妙な表情になっちゃうのは止められません。
「シスイさんもそう思いますか」
「ああ」
自分と同意見を貰えた事に、喜色と甘えを滲ませるイタチさんは、本当にまるでサスケ君のようで可愛らしい。
なので、ついつい黙っていられずに嘴を挟んでしまった。
「サスケ君に似てるのは、今のイタチさんだと思いますよ。いっつも可愛いサスケ君そっくりで、すっごく可愛いです。兄弟なんだなって実感しました」
その途端、その場には痛い程の沈黙が落ちた。
そして。
「ぶははははは!そうか、そうか。君の目にはそう見えるのか!わははははは!」
「ナルト君…」
シスイさんがお腹を抱えて大爆笑し、イタチさんが掌に顔を埋めて撃沈した。
そうして。
笑い過ぎて涙を滲ませながら、うちはシスイはこちらの心臓が止まる一言をあっさりと放ってきてくれました。
私の頭に手を伸ばしながら。
「お前の弟に似ていても、やっぱり女の子だな!良く見ている」
言い放たれた言葉の内容と、初対面の人間にくしゃくしゃと頭を撫でられる二重の衝撃に、思わず思考も体も硬直する。
その時だった。
「気付かれてましたか」
「まあな」
さらりと再び告げられたイタチさんの肯定に、思わずばっとイタチさんを凝視する。
そんな私に、うっすらと照れを滲ませたままのイタチさんが、ばつが悪そうに申告してきた。
「よく隠しているとは思うが、君の動きは女の子の物だ。何より、君は母さんの手伝いをする方が、俺やサスケと修行をするより好きだろう?俺もサスケも、母さんの手伝いよりも、修行の方が好きだ」
ぐうの音もでない理由で見抜かれた原因を告げられた私は、動揺して沈黙した。
ミコトさんだけじゃなく、イタチさんにも見抜かれちゃってるんだとしたら、そうしたら、サスケ君にも?
そんな動揺が顔に出ていたんだろう。
二人きりの時、ごく偶にしてくれるように、ふんわりと、優しく頭を撫でて、ほっと安心できる一言をイタチさんは告げてくれた。
「安心していい。サスケはまだ、君の事には気付いていない」
食い入る様に見つめ続ける私に、イタチさんは頷いてくれた。
だから、ちょっと、おじいちゃんやミコトさんにするみたいに甘えてみた。
「ナルトでいいです」
「え?」
「イタチさんも、僕の事、サスケ君みたいに呼んでくれてもいいかなって」
ぎゅっと服の裾を掴んで、上目遣いで顔色を窺ってみる。
その途端だった。
「シスイさん」
何故かイタチさんがうちはシスイを呼んだ。
「ん?」
にやにやと成り行きを見守るうちはシスイがイタチさんに応えた瞬間だった。
「助けてください」
うちはシスイに、イタチさんが助けを求めた。
途方にくれたイタチさんの声に、うちはシスイが何か答える前に、化け物の私が、調子に乗ってしまった事に気付いて、イタチさんから離れてすぐさまおねだりを取り下げた。
「ダメなら諦めます。無理を言ってごめんなさい」
でも、ちょっぴり悲しくて、じんわりと涙が滲みかける。
イタチさんと過ごすうちに、ちょっとだけ私のお兄ちゃんみたいだなとちょっと思っちゃってたので、調子に乗ってイタチさんに拒絶されたつけは大きかった。
困らせてしまうと分かっていても、涙を堪える事はかなり厳しかった。
じわじわと涙が込み上げて、決壊しそうになる。
「いやっ、無理じゃない!そうではなくて…」
「呼んでやれよ。イタチ『お兄ちゃん』。その子も望んでいる」
「シスイさん…」
必死に涙を堪えていると、イタチさんがうちはシスイとのやり取りの末に、意を決するように息を整えて、恐る恐る私の名前を呼んでくれた。
「ナル、ト」
はっとして顔をあげると、戸惑いと照れくささに顔を赤らめたイタチさんが確認してきてくれました。
「オレは、きっと、君の為に何もしてやることは出来ない。それでも、構わないだろうか?」
イタチさんの迷いと悩みと躊躇いが混じった問いかけに、ふんわりと笑みが零れてしまった。
イタチさんの私を気遣ってくれる優しい心が、私を笑顔にしてくれていた。
イタチさんはもう十分、私の為になる事をしてくれているのに。
「イタチさんは、もう、ちゃんと僕の為になる事、してくれてますよ。サスケ君と一緒に僕と遊んでくれるし、時々二人っきりでこうしてサスケ君の事を話す僕のお話聞いてくれるんです!ミコトさんと同じ!」
にこ、とイタチさんに笑いかけた瞬間だった。
「シスイさん」
再びイタチさんがうちはシスイを呼んだ。
「どうした、イタチ」
おもしろそうなうちはシスイがイタチさんに応える。
その途端だった。
「オレは、妹の可愛さも知ることが出来るようです」
じっと私を見つめたまま、イタチさんがそんな事を言ってくれた。
驚いて、びっくりして、同じようにイタチさんを見つめ返す。
うちはシスイのおもしろそうな同意の声が聞こえてきた。
「そのようだな」
私はうちは一族じゃないし、本当にイタチさんの妹でもないし、妹になれることもないけれど、そう言ってくれたイタチさんと、それを肯定してくれたうちはシスイの気持ちが嬉しかった。
そんなやりとりがとても嬉しくて、だから私は、二人の前で満面の笑みを浮かべてしまった。
 

 

その45

 
前書き
その44の続き。
 

 
ごっこ遊びでもその場限りの口先だけでも。
……私をうちはに取り込む為の策略でも。
それでもイタチさんが暗に私を妹と言ってくれた事が嬉しかった。
私はうちは一族の生まれじゃないし、何よりこの里の人達にとっては九尾の器でしかないし、そんなことを望むのは過ぎた望みって類のものなのは分かっている。
けれど、ちょっぴりミコトさんやサスケ君にイタチさんの事を、私の家族と思っていてもいいと許されたような気持になった。
気のせいなのは分かってる。
独りよがりなのもだ。
そもそも人柱力の私にそういう普通の交流は無理なのは分かっているし、うちはの人達の気質的にもそんな事はあり得ないけれど。でも、私的にはむしろうちはの人達だからこそ、木の葉の里の誰よりも親近感を覚え始めていた。
なぜならば。
もう、ずーっと前に分かたれて、血の繋がり自体は遠くなっていたとしても、千手とうちはは同じ一族と看做していいと私は思う。
昔の記憶があるから余計にだ。
表に現れる能力にこそ違いがあれど、内に流れるものはきっと同じだ。
だって、うちはと千手の祖であるインドラとアシュラは兄弟だったのだから。
今を生きる二人の子孫は同族と看做してもいいはずだ。
っていうか、同族でしかない。
生物学的に分類するなら、分類上はそうとしかならないし。
どうも、この世界はその辺りの概念が発達してないみたいだけど。
きっと、子々孫々に至るまで、血みどろの兄弟喧嘩を維持し続けてきたどこかの兄弟とその末裔のせいだろうけどね。
血で血を洗う闘争を繰り広げてる違う特徴持ってる人達に、お前ら同じ一族だからなんて言っても反発しか返ってこないだろうし。
でも、争いが拮抗し続けていたということは、精神的にも同じ物を持っていたって証拠でもあるよね、絶対。
だから、千手の流れを汲んでるうずまきの私が、身近にいるうちはの人間を同族と看做すのは当然で、当たり前だと思う。
誰にもわかって貰えなくても。
私の仇だったとしても。
そんな事を、うちはシスイに家まで送られながら考えて、うちはシスイに対する警戒心が湧かない理由をこじつけた。
というか、なんでこうなったんだろう。
うちはシスイが、私と、私を家に送るイタチさんの前に姿を見せたのは、イタチさんに暗部の任務が入った事を報せる為だった。
それがどうしてうちはシスイがイタチさんの代わりをする事になって、こうして私がうちはシスイと一緒に行動することになるんだ!?
いやっ、別に、それが嫌だと思ってる訳じゃなくて。
でも、この人も木の葉の人間で。
だけど、この人も、ミコトさんやサスケ君やイタチさんと同じうちはの人で。
そして、うちはの人達は、生物学的には、うずまきの私と同じ一族と看做せてしまう訳だし。
確かにうずまきの私とうちはの人達とじゃ、遠く分かたれ過ぎていて、同じとは確かに言い切れなくて、持っている力も違いすぎるけれど。
それに、九喇嘛の敵で、私の敵だ。
でも。
正直に言おう。
里の人間達よりも、うちはの人達の方が付き合いやすい、と。
だって、一族の長の家族であるミコトさん達が私に構ってくれてるって理由が大きかったとしても、私、九尾の器の人柱力なのに。
うちはの人達にも、そういう風に忌避されてない訳じゃないのに。
そういう風に私を忌避してる人達でも、私が会釈すると会釈してくれるし、笑いかけると、狼狽えつつも、人目を避けてこっそり頭撫でてくれたり、人によってはちょっとした駄菓子を私に握らせて、それをやるからとっととうちはの敷地から出て行けと怒鳴りつけて、暗に早く家に帰れと私を心配してくれるし。
里の人間は、そんなことする人は誰もいないのに。
会釈しても無視されるし、笑いかけると嫌そうに顔を顰められる様な反応ばっかりなのに。
なんか、うちはの人達は、里の人達と同じような反応してても、ちょっと違う。
そしてそういう人ほど、私が笑顔でお礼を言うと、再犯率が高くなって行くんですよねー。
ふふふふ。
ミコトさん達ほど親しくもないし、名前も知らないけれど、私が二言三言、笑顔で世間話をするようになってきたうちはの人達もちらほら出てきてます。
もうちょっとしたら、その人達にお名前伺ってみようかなあ、なんて、考え始めても居たりする。
勿論、その会話内容は、私が九喇嘛とのお話に慣れていたことにより、うちは語翻訳コンニャクをスキルとして既に持ち合わせていたことが大きいけれど。
でも、断然付き合いやすいのは確かだ。
これって、やっぱり、本当は同族だからなんだろうか、と考えなくもない今日この頃。
思い返してみれば、そもそも九喇嘛達は十尾のチャクラの分割体で、うちはと千手の祖でもある六道仙人は、十尾の子とも言い換えられるし。
そうすると、六道仙人の中の十尾から受け継いだ九喇嘛分を、うちはの人達は継いじゃったって解釈も有りなんじゃなかろうか。
そんなアホな事を思いつつ、イタチさんに私の送迎役の代理を申し出て、こんな風に私と一緒に私のお家への道を歩いているうちはシスイをじっと見つめる。
この人は一体どんな人なんだろう。
サスケ君のお兄ちゃんなイタチさんが、そのサスケ君みたいな顔して懐く人。
色々なことはさておき、興味津々になっちゃっても仕方なくないですか!?
じいぃっとシスイさんを見つめること暫し。
私の視線に堪えかねえたらしいうちはシスイが、足を止めてふっと笑った。
「どうも、俺は君の興味を惹いてしまったようだな。少し、話をしようか。うずまきナルト」
誘いかけられ、ちょっと考えて、素直に頷く。
その瞬間だった。
「なら、少し場所を変えよう」
「きゃ!?」
その一言でうちはシスイは私を軽々と抱き上げて、あっという間に家の水源に当たる沢のほとりに移動していた。
運ばれている間に自然とうちはシスイにしがみついてしまっていて、狐に摘ままれたような気になりながら、うちはシスイの腕の中から降ろされる。
そのまま適当な倒木に座らせられて、うちはシスイは焚火の用意をし始めた。
ぼんやりとそんなうちはシスイを見つめていると、困ったように苦笑して、全ての支度を終えたうちはシスイが私の前にやってきて、膝をついて私と目を合わせて写輪眼を発動させた。
そして、こう言った。
「うちはは、幻術も視線一つで掛けられる写輪眼を有する最強の瞳術使いの一族だ。そんなに真っ直ぐに俺達一族と目を合わせていては、容易く操られてしまうぞ。君は、九尾の器だ」
じっとうちはシスイの写輪眼を見つめつつ、今まで、九喇嘛やおじいちゃんにさえ言った事のない覚悟を打ち明けた。
「今更です。フガクさんはうちは一族の長で、ミコトさんはその妻で、イタチさんとサスケ君はその長の子です」
「……成程」
私のその言葉に、私の覚悟を感じ取ってくれたんだろう。
シスイさんは写輪眼を消し去った黒い瞳で私に笑いかけてきた。
「覚悟の上という事か」
そうして、自嘲気味に呟いてきた。
「確かに、俺達うちは一族と、その覚悟もなしに親しむことはできない、か…」
寂しそうなその言葉に、ここ最近考えていて、ついさっきも考えていた事を打ち明けてみた。
「別に、それだけが理由じゃないです」
「というと?」
興味を持ったらしいシスイさんが、私に促してきた。
だから素直に口を割った。
「僕が独りだからかもしれませんけど、『一族』について、よく考えるんです」
「それで?」
「僕はうずまきで、千手の流れを汲んでて。つまり、僕は、傍系の千手一族」
「…成程」
興味深げにしつつ、腑に落ちなそうにしているうちはシスイに、その先をも語っていった。
「そして千手一族は六道仙人の直系。そしてうちは一族も六道仙人の直系。だって、両方の一族の祖は兄弟だったんでしょう?なら、見た目も能力も全然違うけど、千手とうちはは同じ一族だなって。それなら、傍系の千手でちょっと僕は遠いけど、ミコトさん達と僕は同じ一族かなって。それくらいなら、誰にも言わずにこっそり思ってるくらいなら、別に良いんじゃないかなってそう思って…」
思わぬ事を言われたとばかりにきょとんとしているシスイさんに、そう考えるようになってから気付いた事を打ち明ける。
「そう思ってから、うちはの人と、里の人間と、どっちと過ごしやすいか考えてみたら、僕、里の人間よりも、うちはの人達との方が過ごしやすくて、何を考えているのかも分かりやすいなって気付いちゃって。それってやっぱり、見た目は違くて、血も遠いけど、僕もうちはの人達もどこか同じ物を持ってるせいなのかなって」
「……成程。君にとっては、俺達うちは一族は親しみやすい、と」
目を丸くして続けてきたうちはシスイにこくんと首を縦に振る。
「成程…」
酷く考え込んでいるうちはシスイに、もう一つ、付け加えた。
「ミコトさんが、フガクさんの奥さんで、そのミコトさんが私を気にかけてくれているからって理由もあるとは思います」
「成程」
私が何を言っても成程しか言わないシスイさんに、ちょっぴりおかしくなってきた。
そうして、うちはシスイに好感を持つ。
だから、はにかみながら尋ねてみた。
「僕、うずまきナルトです。貴方の言う通り、九尾の器です。うちは一族の貴方のお名前をお尋ねしてもいいですか?」
ぱちぱちと目を瞬いたシスイさんは、夕闇の中、焚火の明かりに照らされながら、おかしそうに笑いを堪えながら謝ってきた。
「これは失礼。イタチを挟んでいたから失念していた。そういえば、初対面だったな。成程。これは確かに。君の言葉には一理ある。千手とうちはは同じ一族、か。成程な。盲点だった。俺の名前はシスイという。シスイと呼んでくれ」
「シスイさん」
イタチさんと同じようにさん付けで呼んでみれば、私の遊び心を感じ取ったシスイさんが茶目っ気たっぷりに尋ねてきた。
「俺は君をどう呼ぶべきかな?イタチと一緒でいいのかな?」
おもしろそうに笑っているシスイさんとは、きっとこれから仲良くなれる予感がビンビンします。
だって、きっと気が合う。
そんな感じがする。
イタチさんより、遊び心を持ってる人でもあるみたいだし。
私やサスケ君と一緒に、悪戯とか考えてくれそうです。
それはとっても楽しそうだ。
ちょっぴり、未来への期待を抱きつつ、私も茶目っ気を出して勿体つけてみた。
シスイさんもそれを望んでそうな気もするし。
「シスイさんにも名前で呼んで欲しいけど、呼び捨てはダメです。でも、イタチさんと同じくらい仲良くなったら、そしたら呼び捨てにしてもいいですよ」
「あははは!それも道理だ!」
結構笑い上戸らしいシスイさんは、うちはの人にしては珍しく喜を表に出している。
だからふと、思いついた事を口にしてみた。
「千手扉間は、千手の中でもうちは寄りの気質の人間だったんだろうけど、シスイさんやイタチさんはその逆で、うちはの中で千手寄りの気質を持ってるのかも。だから、うずまきの僕とも気が合うのかもしれませんね」
にこり、と笑いかければ、うちはの人らしい不敵な表情で、もう一度私に尋ねてきた。
さっきよりも格段に興味深そうに。
「というと?」
内緒話をするように身を寄せてきたシスイさんに、同じように身を寄せながら、忠告をしようと心に決める。
シスイさんも、私に忠告をしてくれたから。
自分が、悪役になってまで。
死んで欲しくないな、と、そう思ったから。
そうして、そんな風に、私の見解を添えて忠告してみたけれど。
シスイさんは、私と同じような覚悟を既に持っていました。
ダンゾウに対して。
そしてそうやって、一晩中語り明かして、大分仲良くなれたと思ったシスイさんとはそれっきり顔を合わすことは無く。
折を見て尋ねてみたイタチさんからは、シスイさんの訃報を聞かされました。
そして、念の為に尋ねてみた所、発見されたシスイさんらしき遺体には、両目とも写輪眼がなかったそうです。
だから。
今度は私、イタチさんに忠告するべきなのでしょうか。
イタチさんの様子やうちはの人達の様子からすると、里へのクーデターっぽい感じは全然しないんですけど。
だって、まだそれぞれの名前は聞けてないけれど、私を餌付けしてくれるうちはの人が増えてますし。
いや、もしかして、これがクーデターの予兆なのかも?
だって私、九尾の器ですし?
でも、こっそり人目を忍んで野良猫に餌付けするように私に構ってくれてるような人達が、そんな事考えているようには思えないんですけど。
いや、里の目を気にして…とかいう理由で、わざとそうしているという理由をこじつけられなくもないんですけどね?
でも、だったら、私への餌付け現場を、知り合いのうちはの人に見られて取り乱すとかの反応する人はいないと思うんですよね。
だけど、私に構ってくれてるうちはの人の大半が、こぞってそんな反応示すんです。
…これって、ただ単に子供の私に情が湧いて、ついつい九尾の器を構っているのを知人に知られて焦ってるって反応ですよねぇ?
そんな人達が本当にクーデターとか考えるものなのかしら。
それとも。
クーデターを考えているからこそ、九尾の器を構っているのを知られて焦っているのかしら???
確かに、そんな風に私に構ってくれるうちはの人は少数派で、大多数は里の人達と同じように私を遠巻きにして眺めてるし、悪感情剥き出しにする人がいない訳じゃないし、そういう人と目を合わせてると瞳術かけるぞと写輪眼付きで脅される訳ですが。
でもまだ、実行されてないし。
瞳術かけられちゃうのか追及すると、いっつも苦虫噛み潰した表情で逃げてっちゃうし。
そういう人達も口先だけで、里の人間みたいに簡単に手は上げてこないし。
フガクさんみたいに警務隊として私に手を出して来た人もいっぱいいるけど、うちはの敷地内では、絶対に手を挙げてこないし。
それはやっぱりミコトさん達の影響もあるんだろうけど。
……とりあえず。
何があろうと、今日も、ミコトさんとサスケ君とイタチさんと一緒に食べるうちは煎餅はおいしいです。
とても。