NEXT GENERATION


 

第一章


第一章

                    NEXT GENERATION
 何もない街だった。小さくて本当に何もなかった。
 僕達が生まれたこの街は片田舎で本当に何もなかった。
 あるのは二つだけだった。壊れた鐘が何時までもなおらない教会と。そしてあまりにも奇麗な夕陽。その二つだけがある街だった。
 そして僕達はいつもその教会の礼拝堂に集まって遊んでいた。いつも最初に集まる場所はそこだった。
「神父さんは?」
「いないってさ」 
 リーダーが髭の言葉に応えていた。集まるのはいつも七人、顎のところに黒子のあるリーダーがいてそれで六人もいて。僕はその六人の中にいた。
 神父さんは教会にはあまりいなかった。何かと忙しくて教会にもあまりいなかった。いてもやたらとリウマチやら神経痛で動くのがおっくうな人だった。
「何か困ってる人がいたらしくてな」
「そっちに行ったのかよ」
「ああ、いつもみたいにな」
 困ってる人がいればそこに出て行く。そんな神父さんだった。僕達はそんな神父さんの好意に甘えていつもこの教会の礼拝堂に集まっていた。
 礼拝堂もステンドガラスも古ぼけていて今にも崩れ落ちそうだ。そんな礼拝堂だから座っている椅子も座っていると何か不安な音がする。けれど僕達は何故かその椅子に座ることが好きだった。
「いないさ」
「そうか。じゃあいつも通り何処かに行くか」
「何処にするんだ?」
 ノッポが髭の今の言葉に尋ねた。その細長い顔でリーゼントに口髭を生やしている髭に尋ねた。
「それで今日は」
「バイクで何処かに行くか」
 髭はこう提案してきた。
「バイクでよ。街の外れにでもな」
「バイクね」
 メンバーの中で一番色の白いのがバイクと聞いて声をあげた。こいつの仇名はそのまま白だ。
「何かそれもいつも通りだね」
「嫌か?」
「ううん、別に」
 白は首を横に振って髭の言葉に応えた。
「バイク乗るの好きだしね、僕も」
「俺もそれでいいな」
 リーダーも髭の言葉に頷いた。
「それでな」
「俺もそれでいいか」
 ノッポがリーダーに続いた。
「じゃあ何処か適当に飛ばしてくか」
「そうだね」
 今度応えたのは細い目をした奴だった。仇名もそのまま細目だ。こいつは僕達の中で一番のお笑い担当で隠れたムードーメーカーだった。
「じゃあ今日もね。それで」
「飲むのもいいけれどね」
 僕の弟はこんなふうに言った。
「それでもバイクもいいよね」
「じゃあ賛成は六人か」
 髭はここで賛成するメンバーの数を確認してきた。
「で、御前がどうするんだ?」
「俺か」
「ああ、御前な」
 最後に僕に尋ねてきた。
「御前はどうなんだ?それでいいか?」
「ああ、それでいいさ」
 僕も特に反対する理由はなかった。それどころか何をすればいいか迷っていたところだ。それでこの髭の提案は正直なところ有り難かった。
「じゃあ行くか」
「よし、それじゃあ七人全員賛成だな」
「決まりだな」
 髭だけでなくリーダーも言ってきた。
「じゃあ行くか、早速な」
「晩飯どうする?」
 ノッポがそのことを尋ねてきた。
「バイクで行くのはいいとしてよ」
「何処かでラーメンでも食べる?」
「あそこでさ」
 白と細目はラーメンがどうかと言ってきた。これもいつもの流れで僕達の行きつけの店があった。そこのラーメンがこれまた絶品なのだ。九州らしくて豚骨がよかった。
「それならいいじゃない」
「あとお腹空いた時に適当にハンバーガーでも買って」
「そうだね」
 弟が二人の言葉に賛成した。実はこの三人は七人の間では年少組だった。それで僕を含めて残ってる四人が年長組だった。けれど僕達の間じゃ歳は全く意味がなかった。本当に仲間同士だった。
「じゃあそれで行こうよ」
「そうだな。いつも通りな」
 僕もまたここで言った。
「それで行くか」
 こうして僕達の今日が決まった。教会の礼拝堂を出てそのまま前に止めてあるそれぞれのバイクに乗った。そうしてそれからあちこち回った。夜でも構わずそこら中を走り回って。気付けばもう朝になっていた。辿り着いたのは街外れの駅、随分と古いこれまた今にも朽ちてしまいそうな駅だった。
 

 

第二章


第二章

「何かな。俺達バイクに乗るとな」
 リーダーは苦笑いを浮かべてその駅を見ながら言った。
「いつもここだよな」
「そうだね」
 白がリーダーの言葉に頷く。白い朝の空の下で浮かび上がっているその駅を見ながら皆で言い合う。
「気付けばここに来てるよね」
「他の場所でもいいんだけれどな」
 リーダーはまた苦笑いで言った。
「どうしてかいつもここなんだよな、本当にな」
「何でかな」
 細目も少し苦笑いになって言ってきた。
「いつもここにいるのは」
「さてな。やっぱり何かあるんだろうけれどな」
 ノッポはずっとレールを見ていた。二本あるそのレールを。
「ここに何か思い入れがな」
「思い入れか」
「そういえば何時か」
 ここで僕達は言い合った。そのレールを見ながら。
「この街を出るんだよな」
「だよな。バンドも今物凄い評価出てるし」
「何時かきっと」
 その時のことを考えた。僕達はバンドをやっていてそれが今地元で物凄い人気になっている。もうすぐ東京の方から声がかかるなんてことも言われていた。
「そうしたらこの街ともお別れか」
「別に寂しくないけれどね」
 白はふと醒めたように言ってきた。
「けれど何かね。やっぱり悲しくなるかな、その時は」
「だよな、いざってなるとな」
「その時はな」
 その言葉に僕も弟も頷いた。
「生まれてからずっとここにいたし」
「出ることなんて旅行位でしかなかったし」
「そこを離れるなんてな」
 髭もまた言いだしてきた。
「考えられないよな。ここを離れるなんて」
「けれど絶対に離れるんだぜ、俺達が成功したらな」 
 リーダーはこのことを強調してきた。
「この街を出てな」
「それはもうすぐなんだろうな」
 ノッポも言った。
「東京の会社の耳にも入ってるのは間違いないしな」
「そうだよな。じゃあ本当に」
 僕もずっとレールを見ていた。まだ電車も来ていなくてホームにも誰もいない。僕はその静まり返った駅を見て話すのだった。
「俺達はこの街に」
「けれど。変わりたくはないかな」
 細目はまたふと言ってきた。
「変わるのは。嫌だね」
「変わるって何が?」
 白はそれを聞いてすぐに細目に尋ねてきた。
「何が変わるの?一体」
「だからさ、今の俺達がだよ」
 細目が言うのはこのことだった。
「俺達が変わるのは嫌だよ。今の俺達が変わるのはさ」
「どういう意味かわからないけれど」
 弟も細目の言葉の意味はよくわからなかった。それは皆だった。皆細目の言うことがどういうことかわかりかねていた。当然僕もそうだった。
「それって」
「今俺達ってガキじゃない」
「ガキ!?」
「うん、悪ガキじゃない」
 はっきり言って真面目じゃなかった。高校生でも全員煙草はやるし学ランは皆ボンタンに当時流行りの長ランだった。それに髪もリーゼントにパーマにやりたい放題だった。バイクにも乗るし酒もやる。本当に絵に描いたような不良だった。それが僕達だった。
「本当に。どうしようもない」
「褒められたことじゃないけれどな」
 リーダーは細目の言葉を聞きながら煙草を出した。そうしてそのうえでそれに火を点けて吸いはじめた。煙草から出る青い煙が朝焼けの中にゆらゆらと漂っていた。
 

 

第三章


第三章

「それはな。けれど俺達は確かに不良さ」
「そうだよね。不良じゃない」
 細目も煙草を取り出してきていた。
「俺達って。それが俺達のポリシーだし」
「それは変えるつもりはないぜ」
 髭はリーゼントを櫛で整えだしていた。リーゼントはこいつのポリシーだった。
「絶対にな」
「俺もだな」
 ノッポも煙草を出して吸いはじめていた。
「それはな。変えるつもりはないな」
「僕もかな」
「俺も」
 白も弟もそれは同じだった。最後は僕だったけれどここで足元を見た。そこにあるのはグリースの空き瓶だった。それが転がっていた。
「それで御前はどうなんだ?」
「変わるか?変わらないか?」
「そうだよな」
 その空き瓶を見る。それからそれを手に取って。それから答えた。
「俺もこのままでいいな」
「そうか」
「じゃあ全員だな」
「ああ。たださ」
 その手に取った空き瓶を手に取って。それを皆に見せた。
「これだけれどさ」
「これ?」
「只の空き瓶じゃねえかよ」
「そうさ、空き瓶さ」
 僕もそれは認めた。それは本当に只の空き瓶で。それ以外の何でもなかった。
「只のね」
「そんなのがどうしたんだよ」
「ただ単に落ちてるだけじゃないのか?」
「そうだけれどね。それでも入るものはあるよ」
 少し笑って皆に話した。
「空だから」
「空のそれはどうするの?」
「それで」
「これに夢を入れないか?」
 こう皆に提案した。
「皆の夢。夢ってどれだけ大きいかわからないけれどさ」
「その中に入れるのかよ」
「俺達の夢を」
「どうかな」
 ここまで話してまた皆に尋ねた。
「それで持って行かない。東京に」
「東京にかよ」
「俺達の悪ガキのままの心も」
 それも持って行くつもりだった。それも。
「持って行こうよ、東京にさ」
「そうだな」
 リーダーが最初に僕の言葉に応えてきた。
「それもいいよな。ただな」
「ただ?」
「一個じゃとても足りないぜ」
 リーダーは笑って僕に言ってきたのだった。
「一個じゃな。一人分も入らないだろうな」
「一人分も入らないか」
「俺達の夢は大きいんだ」
 その大きさには絶対の自信があった。東京に出てメジャーになって歌の世界で頂点に立つ。その夢の大きさは本当に物凄いものだった。
「この程度じゃないからな」
「じゃあさ。瓶集めない?」
 ここで弟がくすりと笑って皆に言ってきた。
「この空き瓶。もっと」
「もっとかよ」
「だってさ。一個じゃ全然足りないじゃない」
 リーダーの言葉を受けてだった。
「それだったらもう何個でも。どうかな」
「ああ、それいいな」
 ノッポが煙草を指持ってから弟のその言葉に頷いた。
「もう何個もあるしな。見たら」
「っていうか何かゴロゴロしてない?」
 白は僕達の周りを見て少し呆れた声になった。
「ここって」
「全然掃除してねえんだろうな」
 髭は煙草を咥えたままだった。
「もっとも汚くしてるのは俺達だけれどな」
「じゃあ集めることが掃除かな」
 細目がまた言ってきた。
「それもいいかな」
「だよな。まあたまには掃除もな」
「いいよね」
 七人で笑って言い合ってそれで空き瓶を集めた。そうして僕達は夢を入れるそれを手に入れた。
 もう昔の話で今僕達は東京にいる。けれどその手にはまだ空き瓶が一杯ある。あの時の夢を入れた空き瓶が。僕達の手の中にあり続けている。


NEXT GENERATION   完


                2009・5・16