三振


 

第一章


第一章

                         三振
 ラルフ=ブライアントという選手がいた。
 中日にいたがそのバッティングのあまりの荒さから二軍に留まっていた。パワーはあるのだがとにかくバットにボールが当たらなかったのだ。
「凄い力なんだがな」
「しかし。バットになあ」
「ボールが全く当たらないからな」
「もう一軍には助っ人が揃ってるしな」
「仕方ないな」
 中日の首脳部もこう言ってだ。彼をどうしていいかわからなかった。しかしだ。
 運命の女神はブライアントに微笑んだ。急にだ。
 彼にだ。こんな話が来たのだ。
「近鉄に?」
「ああ、近鉄にトレードだ」
 二軍でただひたすらバットを振る彼にだ。トレードの話が来たのだ。
 その時近鉄では助っ人の一人デービスが不祥事を起こして退団、帰国することになったのだ。そのデービスの穴埋めとしてである。
 ブライアントに白羽の矢が立った。それでなのだ。
 彼は近鉄にトレードに出されることになった。こうして彼は近鉄に入ったのだ。
 近鉄に入ってすぐにだ。当時の打撃コーチである中西太にだ。声をかけられたのだ。
 白をベースにして赤と青が配された派手なユニフォームであった。そのユニフォームを着てすぐにだ。ブライアントは彼に声をかけられたのだ。
「もっとこうな。スイングをな」
「こう?」
「ああ、こうだ」
 親切にだ。アドバイスされたのだ。そしてだ。
 彼のバッティングフォームは訂正された。そのうえで試合に出るとだ。
 打った。打ちまくった。バットにボールが当たるとだ。
 打球は一直線に凄まじいスピードでスタンドに放り込まれる。場外すら珍しくはなかった。そのバッティングはまさに脅威であった。
 近鉄ファン達はだ。それを見て驚きの声をあげるのだった。
「凄いのが来たな」
「ああ、あんなのいたんだな」
「それを見つけてきたなんてな」
「デービスの代わりでもな」
 それでもだった。ブライアントはだ。
「凄いバッターだよ」
「とんでもない力だな」
「マニエルと同じ位凄くないか?」
「パワーはもっと凄いんじゃないのか?」
 近鉄の伝説の助っ人だ。赤鬼と呼ばれていた。そのマニエルの力でその時の近鉄は優勝したのだ。近鉄ファンにとっては忘れなれない選手だ。
 ブライアントはだ。その彼と比べてもだった。
「凄い奴だよ」
「ああ、ブライアントがいたらな」
「優勝できるな」
「ひょっとしたらな」
 これが彼が近鉄に来た時の評価だった。しかしこの年近鉄は惜しくも優勝を逃してしまった。しかしその次の年に遂にであった。
 近鉄は優勝した。言うまでもなく彼のバットでだ。彼はここぞという時にとてつもないホームランを放った。その彼のバットによってなのだ。
 彼のホームランは確かに凄い。しかしだ。
 訂正されたとはいえだ。そのバッティングはだ。
 やはり荒い。バットに当たれば飛ぶ。だが当たらなければ。
 三振だ。彼はとにかく三振が多かった。毎年三振王だった。
「また三振かよ」
「仕方ねえな」
「全く。三振多いからな」
「それもかなりな」
 近鉄ファン達は球場でその三振を見てだ。やれやれといった顔で言うのだった。
「今年これで幾つ三振だ?」
「一年に食ったパンの数なんて覚えられるか」
「そうだな。ちょっとな」
「多過ぎてな」
「わからないな」
 それだけ三振が多いというのである。それがブライアントだった。
 

 

第二章


第二章

「今年も三振王か?」
「ああ、今そっちをダントツで突っ走ってるぜ」
「というか一年の三振記録更新しそうだぜ」
「自分の記録を自分で塗り替えそうだぜ」
 つまりだ。一シーズンでの三振数の記録を作ってしまったのだ。ブライアントはだ。
「世紀の三振王だな」
「こんなに三振の多い奴いなかったな」
「ああ、本当にな」
「多過ぎるだろ」
「けれどな」
 しかしだ。その三振についてだ。彼等は嫌な顔をしていなかった。
 仕方ないなといった顔になってだ。それで話すのだった。
「下手にゲッツーになるよりずっといいしな」
「ああ、ゲッツーは自分がアウトになるだけじゃないからな」
「アウトがもう一つ増えるし」
「チャンスの目も潰すからな」
「最悪だからな」
 併殺打についてはだ。まさに最悪だというのだ。
 しかしだ。三振はというとだ。
「自分だけがアウトになるからな」
「だからいいよな」
「そうそう」
「だからな」
 こう言ってだ。三振はまだいいというのだ。そしてだ。
 ブライアント自身についてもだ。こう話されるのだった。
「ブライアントの三振っていいんだよな」
「そうそう、思いきり振るからな」
「物凄いスイングでな」
 彼のスイングはとにかく思いきりなのだ。バットを止めるということはない。どんな状況でもだ。最後の最後まで振りきるのが彼なのだ。
 それを見ているからこそだ。彼等は話すのだった。
「かえっていいんだよな」
「とにかく振りきるからな」
「あれがいいんだよ」
「例え三振になっても」
 それでもだというのだ。彼等はだ。
「あそこまで振ってくれたら」
「三振になっても気持ちいいんだよ」
「アウトになってもな」
「それでもな」
 いいだとだ。話していく彼等だった。そしてだ。
 ブライアントのバッティングを見ていく。それはだ。
 荒い。訂正されてもまだだ。
 荒さが残っている。あまりにもだ。
 その荒さ故に三振も多い。しかしだ。
 その全力のスイングを見てだ。ファン達は笑顔で言うのだった。
「いいよな、本当に」
「あの三振さえもな」
「最高にいいだんだよ」
「そりゃホームランが一番さ」
 これは否定できなかった。どうしてもだ。
 しかしだ。その三振もだというのだ。
「あれだけ奇麗な三振はないからな」
「ブライアントの三振を見られてある意味な」
「近鉄ファンになってよかったって思えるよな」
「こんなバッター他にいないしな」
 これだけ見事な三振をできるバッターはだというのだ。
 こう話してだ。彼等はそのブライアントを見るのだった。 
 ラルフ=ブライアントという野球人のことは球史に残っている。とてつもないホームランを放ち同時に派手な三振の多いバッターだった。
 しかしその素顔は実は物静かで読書を愛するものだった。それだけにだ。そのホームランと三振が印象に残る、そんな野球人だった。彼のことを知る者は今も懐かしさと共にそのことを語る。


三振   完


              2011・4・22