花集め


 

第一章


第一章

                      花集め
 この国の王女はとにかく変わった人物だった。顔は細く楚々とした顔立ちで麻色の紙に翡翠の瞳をしたとても美しい顔をしていた。しかしその考えはとかく他の者と変わっていた。
 悪い人間ではない。むしろ労わりと慈しみの心を知った非常に心優しい人物である。そして頭も悪くはない。しかしやはり言っていることが妙だったのだ。
「花を集めろ!?」
「また何でだ?」
 人々は王女の今度のお触れを聞いて首を傾げるばかりだった。
「どんな花でもいいから集めろっていうけれどな」
「また何でだ?」
「しかもだよ」
 人々は怪訝な顔でさらに言い合うのだった。
「虫まで集めろってな」
「あんな芋虫をな」
「何でだ?」
 芋虫も集めるようにお触れを出していたのだ。増やすのもいいと。増やすのがいいとお告げが出ているのは花も同じだった。とにかく王女はいきなりこんなことを言い出したのである。
「あの王女様は変わった方だがな」
「全くだ。しかし今度は」
 どうしてもわからず皆首を傾げるばかりだった。
「花もわからないが芋虫もだからな」
「何でなんだ?」
 こう言い合うのは庶民達だけではなかった。宮廷の中にいる貴族達もだ。彼等も王女の前でこそ言わないがそれでも訳がわからなかった。何故彼女がそんなことを言うのか。
「王女様、今巷では」
「わかっています」
 そのプリシラ王女は自分の御付のメイドであるキャロルに対して言う。彼女は黒く長い髪を後ろで束ねた目の大きい少女である。とても明るい性格をしていて二人は主従というよりは友人関係に近かった。
「花を集めよというお触れのことですね」
「それに芋虫まで」
「どちらもすぐにわかります」
 彼女は言うのだった。落ち着いた声で。
「すぐに」
「すぐにですか」
「まずは花を集めなさい」
 そしてまた言うのだった。
「いいですね。貴女も」
「私もですか」
「どんな花でもいいです」
 キャロルにまで花を集めるように言うのだった。
「花をです」
「家にチューリップを植えていますけれど」
「それならそのチューリップを増やして」
 こう彼女に言った。
「そうしなさい。いいですね」
「わかりました。それじゃあ」
 キャロルにとっては悪い話ではなかった。彼女も好きで植えているからだ。それで増やせと言われると是非にと言いたくなる。しかもプリシラはこんなことも言い出したのだった。
「花を植えたり集めたりするお金も皆に出しましょう」
「お金までですか」
「その通りです」
 今度は資金援助まで言うのだった。
「是非。大規模に」
「お花や虫にお金をですか!?」
 キャロルにとってはいよいよ訳のわからない話だった。
「それは幾ら何でも」
「いえ、出します」
 しかし王女の言葉は変わらない。
「宮廷の費用を削って。後は」
「後は?」
「無駄な建築のお金を抑えてです。ですから離宮の造営も中止です」
 彼女の為にと考えられていたその離宮の造営を中止するというのだった。しかもさらに言うのだった。
「あと所々の無駄な建築もです」
「禁止ですか」
「その分民も休めます」
 実際何かを建築するとなれば民衆がそれに駆り出される。これが結構以上の労力でありしかも民衆を使うにあたっても金がいった。建築はかなり金を使うものだったのだ。造営の費用だけには留まらないのだ。
 

 

第二章


第二章

「そしてその分をです」
「お花や虫にですか」
「わかりましたね。それでは」
「はあ」
 キャロルも今の王女の言葉には頷くしかなかった。王女は明朗闊達だが何処か頑固なところがあり一度決めたらそれでいく性格だったのだ。それに建築の費用は確かに国庫を圧迫しかねないものだったのでそれを抑えるということは有り難いことだった。何はともあれ王女の号令で様々な花に芋虫達が集められていった。
「とりあえず花は集めたな」
「ああ、虫達もな」
 民衆は国を埋め尽くさんばかりになったその花や虫達を見ながら言い合った。
「とりあえず虫は葉っぱでもやって」
「何か桑食う虫もいるな」
 彼等はそういった虫にも気付いたのだった。
「何だこりゃ?」
「変わった虫だな」
 彼等はその桑の葉を食う虫を見て顔を顰めさせていた。しかし王女はその話を聞くとその桑の葉を食べる虫達だけでさらに集めさせたのだった。
「その虫達には桑を食べさせ続けるのです」
「その虫達にだけですか」
「そうです。見つかりましたね」
 キャロルに対してこう言って微笑むのだった。
「やはり。我が国にもいました」
「あの、その虫が何か」
「ただ虫達を集めているわけではないのです」
 王女はさらに言ってきた。
「ただそれだけでは」
「といいますと?」
「とにかく。その虫には桑の葉を食べさせ続け」
「はい」
「花は咲かせ続けるのです」
 花に対しても命じた。
「そして他の虫達は」
「どうされるのですか?」
「餌をやってそれで育てるのです」
 他の虫達も育てるというのだった。
「いいですね。全ての虫達をです」
「ですがそれをしたら国中虫だらけになりますよ」
「結構なことです」
 いぶかしむ顔になったキャロルと反比例してその顔をさらに頬笑まさせる王女だった。まるで全てがわかっているかのように。
「是非。そうして下さい」
「はあ。それでは」
 こうして花は咲かせられ虫達は育てられた。所々で花が育てられ咲かされて虫達が餌をやられていく。すると程なくしてこの国のことが周囲の話題となるのだった。
「花が多い奇麗な国だそうだな」
「一度言ってみるか?」
 花が多いことが話題になってきて周辺の国々はおろか遠い国々からの注目を浴びだした。そうしてその花々を見たいと思った観光客達が集まりだしたのだった。
 この国に入った観光客達はまず驚くことになった。実際に国中が様々な色や形の花々に覆われていたのだ。それはまるで夢のような光景だった。
「凄いな、花が多いとは聞いていたけれどな」
「ああ、薔薇にチューリップに」
 それ等だけではなかった。
「菊に梅に桜に。菖蒲もあるぞ」
「こっちにはさつきだ」
「紫陽花もあるぞ」
 様々な花が本当に咲き誇っていた。
「朝顔もあるし」
「すみれまで」
「ダリアもだ」
 他にもあった。
「百合に。カーネーションに」
「藤まで」
 本当に様々な花が国中を覆っていた。その色とりどりの美しさは彼等をして息を飲ませるものだった。そして花だけではなかったのだった。
 

 

第三章


第三章

「おい、蝶だ」
「ああ、蝶だ」
 蝶達もやって来た。これまた様々な蝶達が空に舞っている。そうして花に止まり宙を舞い空も飾るのだった。
「花に蝶か」
「緑の野や森には花があって」
「青い空や湖には蝶」
 そうしたようになっていたのだった。
「何と美しい国だ」
「ああ、奇麗な国だ」
 観光客達は恍惚として言い合う。
「もう一度来たいな」
「そうだな。皆に紹介して」
「いや、いっそのことここに住みたい」
 こうまで言う者まで出て来ていた。
「ずっとこの奇麗な国に」
 彼等はすぐにこの花や蝶に魅せられてしまった。国はこの観光客達の落とす金で財政が潤ってきた。しかもそれだけではないのだった。
「蜂蜜が増産されています」
 今度は蜂蜜であった。
「花が多くなり蜂達が蜜を取ることが多くなりました」
「そのせいで」
「はい、そうですね」
 王女は貴族達の報告を聞いて満足した顔で微笑んでいた。
「蜂蜜も」
「味がいいということで国内での需要が伸びています」
「外国からも是非売って欲しいと」
 その評判は国内だけに留まらなかったのだ。
「それで今売っていますが」
「かなりの売れ行きです」
「今後も蜂蜜の増産を続けるのです」
 王女は蜂蜜に対してこう命じた。
「宜しいですね」
「はい、それでは」
「そのように」
 この話もそれで決まった。国は蜂蜜の輸出でさらに収入をあげた。そして今度はあの桑を食べさせていた虫達の番であった。
「虫達が美しい白い糸を作っているが」
「あれは一体何だ?」
 その虫達を育てている者達の間でこんな話が出て来ていた。
「あの糸はやたらと美しいが」
「何なのだろうな」
「さあな」
 彼等にはその糸が何なのかわからなかった。しかしここで王女がまた言ったのだった。
「その糸で織物を作るのです」
「織物をですか」
「そうです。織物をです」
 こう命じるのだった。
「宜しいですね」
「虫の糸で織物を」
「また妙な」
 周りの者は王女の言葉にまた首を捻ることになった。しかし観光客を招き入れ蜂蜜までもたらしてくれた王女の言葉を聞かないつもりもまたなかった。今度もきっといいものだと思いそうして今その糸で織物をしてみるのだった。
 その結果できたものは。これまた素晴らしいものだった。誰もが今まで見たことのないような素晴らしい織物が出来上がったのである。
 

 

第四章


第四章

「またこれは」
「ああ、奇麗なだけじゃない」
 まずその織物には独特の光沢があった。しかしそれだけではなかったのだ。
「肌触りもいいな」
「こんな織物ははじめてだ」
「それで服やそういったものを作るのです」
 王女は次にこう命じた。
「よいですね。それでです」
「これでですか」
「そう。これを売るのです」
 こう言うのだった。
「それで宜しいですね」
「これを売ればだ」
「そうだな」
 王女の言葉から人々はまたあることに気付いたのだった。
「かなりの売り上げになるぞ」
「また利益になるな」
 ここで王女の狙いがまたわかった。そして実際に売ってみるとこれがかなりの利益になったのだった。蜂蜜と並ぶこの国の特産品になるのに然程時間はかからなかった。
 やがて花も内外に売るようになりこの国はこの三つの特産品と観光で栄えるようになった。国の中は蝶と花で飾られ財政は豊かになる一方だった。全ては王女の功績であった。
 皆が王女を褒め称える。しかし当の彼女は静かに微笑んだままであった。どうして喜ばないのかと。キャロルはこう彼女に問うたのだった。
「どうして喜ばれないのですか?」
「どうしてとか」
「ただ静かに微笑んでおられるだけで」
 これは彼女のいつもの表情であるだけなので喜びのものではないのだった。
「それだけで。どうしてですか?」
「喜んでいますよ」 
 彼女はキャロルの問いにこう答えた。
「それはちゃんと」
「そうですか?」
「喜んではいますが。当然のことです」
 これが彼女の言葉であった。
「これは」
「当然なのですか」
「国を豊かにし民を笑顔にさせる」
 今彼女がしたことだ。
「それは政治に携わる者として当然のことです。違いますか?」
「それはそうですが」
 正論である。キャロルも頷くしかない。しかしそれでも彼女は言うのだった。
「ですがそれを果たそうとしない者が」
「それは論外です」
 王女はぴしゃりと言って捨てた。
「そうした輩は論外です。政治をする資格がありません」
「そうですね。それは」
「ですが。それでも嬉しいことは嬉しいです」
「本当ですか?」
「ただ。それを顔に出さないようにしているだけです」
 真相はこれであった。
「当然のことですから」
 あくまでこう言うのだった。しかしキャロルはその彼女に対してさらに問うたのだった。
「それにしても最初は驚きました」
「花や虫を集めるということですか」
「まさか。こんなことになるとは」
 これは確かに驚くべきことであった。キャロルにしろ王女がどうかなってしまったのではないかと疑った程だ。しかしその花と虫が今のこの国を作り上げてしまった。これは間違いのない事実である。
「思いも寄りませんでした」
「花も虫もただそこにあるだけではないのです」
 王女は前を見据えてキャロルの言葉に答えた。
「花は見ている人を喜ばせ蜜をもたらせてくれます」
「喜びと蜜をですか」
「そして虫は蝶になりある虫は織物をもたらせてくれます」
 虫もであった。
「ただ。そこにあるだけではないのです」
「そうなのですか」
「何ができるか」
 王女はまた言った。
「そして何をもたらせてくれるか。それを見抜かなければなりません」
「それで姫様は花や虫を集めろと言われたのですね」
「その通りです。それが今をもたらせてくれました」
 また微かな微笑みと共の言葉だった」
「喜ばしいことに」
「花や虫も国を豊かにしてくれるのですね」
 キャロルはあらためてこのことを学んだ。
「ただ。そこにあるだけではなくて」
「その通りです。何ができるかを見抜くことが肝心なのです」
 王女はまたこのことをキャロルに話した。
「そこにあるものを見るだけでなく」
「それが政治というものなのですね」
「その通りです」
 王女はまた静かに答えた。今彼女はその虫の糸の織物を着て目の前の咲き誇る花園を見ていた。そこには蝶が舞っている。そのうえでキャロルと共に蜂蜜をたっぷりとかけた甘い菓子を食べていた。全てはこの国にあるもので彼女がもたらしたものであった。
 この国はこの三つの特産品と観光により国を豊かにさせ今でも小国ながら豊かで幸せな国と言われている。それを築き上げたプリシラ王女の名も残っている。その王女がもたらした功績をここに書き残すことにする。彼女の先見の明とその結果を人々に覚えてもらう為に。


花集め   完


                  2009・4・5