違った生き方


 

第一章


第一章

                         違った生き方
 モンゴルも変わった。よく老人が言っていた。
 老人達はだ。馬に乗り草原にいながらこう言った。
「モンゴル人は馬に乗って生きるものだ」
「そして草原でなんだ」
「そうだ。草原で羊と共に生きるんだ」
 こうだ。まだ幼いテルグに言っていた。
「それがモンゴル人なんだ」
「けれど何か最近は」
「間違っている」
 彼等はテルグにいつもこう言った。
「ああして町を作ってそこに住むのはな」
「何かソ連の人が一杯来てるけれど」
「ソ連に媚びる、それは仕方ない」
 このことは老人によって言うことが違っていた。テルグの幼い頃にはソ連はまだあった。そしてモンゴルはソ連の友好国、実際は属国に近い状況だったのだ。
 そのソ連との関係故かそれとも近代国家としての必然性かモンゴルにも町、都市というものができていた。首都ウランバートル等だ。
 その町というものにだ。老人達は言うのだった。
「モンゴル人は草原に生きるものなんだ」
「羊と一緒にだよね」
「そして羊や馬の乳を飲み」
 食べるものや飲むものもだった。
「羊の肉を食うものだ」
「それがモンゴル人なんだね」
「町に住むものではない」
 とにかくこのことは絶対だというのだ。
「モンゴル人はな」
「モンゴル人ならなんだ」
 テルグは馬に乗りながらその話を聞いていた。彼もモンゴル人であり生まれてすぐ、それこそ歩くより先に馬に乗っていた。それが彼の子供の頃だ。
 物心ついたその頃にソ連が崩壊してしまいモンゴルは完全に独立国家となった。それで一気に民主化というかソ連めいたものからの脱却が行われた。
 モンゴル人達もソ連に遠慮することなく自分達のその生き方を送れる様になった。そして日本や中国が来て産業の発展も図られるようになった。
 テルグはそのことをだ。常に草原で聞いていた。
「へえ、日本に行くんだ」
「そうそう。相撲をしにね」
「それで行くらしいよ」
「相撲。日本でもあるんだ」
 彼は草原で馬に乗りながらだ。友人達と話していた。地平線そのものの碧の草原に羊や馬達がいる。彼はその中で馬上で友人達と共にいるのだ。
 その話は日本についてだった。日本に行く人間がいるというのだ。
「それで向こうで力士になるらしいんだ」
「あの日本でね」
「日本っていうと」
 テルグはその日本について自分が知っていることを話した。
「あれだよね。凄く発展している国で」
「信じられない位豊からしいね」
「水が自然に出て来て食べ物も何でもあって」
「誰も馬に乗らないそうだよ」
「何処も町ばかりらしいよ」
「一体どんな国なんだろう」
 友人達の話を聞いてもだ。テルグには想像すらできなかった。
 しかしだ。友人達はその彼にさらに話していく。
「奇麗な服が一杯あって」
「もうお金だって山位あって」
「羊の肉や乳だけ食べるんじゃないらしいよ」
「とにかく凄い国らしいから」
「わからないよ、そんな国があるなんて」
 最早だ。彼の想像の外にある話だった。
「おとぎ話を聞いてるみたいだね」
「けれどそれでもそうした国もあってね」
「そこに行く人もいるから」
「相撲をしにね」
「それにだよ」
 友人達はさらに話す。
「モンゴルだって変わったじゃない」
「そうそう、共産主義じゃなくなったし」
「あのソ連も去ったし」
「資本主義になったんだよ」
「自由化して」
「まあそのことはね」
 どうかとだ。テルグも応える。
 

 

第二章


第二章

「有り難いと思ってるよ、僕も」
「じゃあいいじゃないか」
「そうして日本に相撲に行ってもね」
「それで大成功するのも」
「遊牧だけじゃないんだ」
 そのことがとにかくだ。テルグには想像がつかなかった。友人達の話を聞いても。
 それでだ。彼はまた言うのだった。
「何か信じられないね」
「じゃあさ。一度首都に行ってみたらどうかな」
「そう、ウランバートルにね」
「そうしてみたらどうだい?」
「町になんだ」
 そう友人達に言われてだ。テルグはだ。
 少し考える顔になった。そのうえでだ。
 実際に町に行ってみることにした。そのウランバートルにだ。
 馬で何日かかけて町に来た。するとだ。
 そこにはゲルはなかった。そんなものは全くなかった。モンゴル人の住むその伝統のゲルはだ。
 その代わりにだ。白い建物がこれでもかと建っていた。それはやけに硬そうなものだった。
 彼はその建物達をみながらだ。呆然として通り掛かりの若い男に尋ねた。
「あの、あのゲルとは違うものは」
「ああ、ビルに。あと向こうにあるのは家だよ」
「ビル!?」
「んっ、あんた草原から出て来た人だな」
 若い男はこう彼に言ってきた。モンゴル語でだ。
「そうだったんだな」
「そうなんだけれど」
「そうか。じゃあ何かと知らないことも多いよな」
「君モンゴル人だよね」
「ああ、そうだよ」
 そのことはその通りだとだ。若い男は彼に笑顔で応えてきた。
「このウランバートルで生まれたんだ」
「草原じゃないんだ」
「そうさ。町で生まれ育ってるんだよ」
「ううん、モンゴルなのに」
「まあそういうモンゴル人もいるんだよ」
 若い男が笑顔のまま話していく。そうしてだ。
 彼はだ。こうテルグに言ってきた。
「で、俺の名前はな」
「あっ、僕はテルグっていうんだ」
「俺はトウルイ」
「いい名前だね」
「チンギスハーンの末息子の名前さ」
「そうだね。トウルイっていったらね」
 その名前だった。チンギスハーン、彼等モンゴル人にとって最大の英雄のその四人の息子のうちの一人の名前だった。それが彼の名前だというのだ。
「いい名前じゃない」
「そうだろ。俺の自慢だよ」
「それでこのウランバートルに住んでるんだ」
「仕事は観光客相手にモンゴルの食べ物を売ってな」
「羊肉とか乳製品とか」
「特に馬乳酒をな」
 モンゴル特有のだ。文字通り馬の乳から作った酒だ。
「あれが一番売れるな」
「町で商売してるんだ」
「草原じゃ草原の中でしてるんだったな」
「時々商人が来てね」
 それで商いが行われる。商いは草原でも行われるのだ。
「そうしてるよ」
「俺はそういった商いはしてなくてな」
「この町でその観光客相手に」
「そうさ。まあ今は弟が店にいるから」
 それでだとだ。テルグに話してきてだった。
「色々と案内するぜ。ガイド料はな」
「ああ、お金ね」
「ガイドもやってるんだよ。それでそっちのお金はな」
「うん、これでいいかな」
「ちょっと多いな」
 テルグが幾らか出してくるとだ。トウルイはその額を見てこう言った。
「もうちょっとまけるぜ」
「えっ、まけてくれるんだ」
「観光客相手にぼってもモンゴル人には誠実にな」
 トウルイは笑ってテルグに話した。
 

 

第三章


第三章

「それが俺の商売なんだよ」
「モンゴル人にはなんだ」
「同じモンゴル人にはそうするさ」
 まけるというのだ。要するにだ。
「だからこれ位でいいさ」
「悪いね、何か」
「いいさ。まあうちの店でも何か買ってくれればいいしな」
 この辺りは現金なトウルイだった。そんな話をしてからだ。
 彼はだ。テルグをウランバートルのあちこちに案内しだした。一応トウルイも馬に乗って町の中を進む。彼がまず案内した場所はというと。
 やはり白い建物が並んでいる場所だった。そこは。
「ええと。ここは」
「俺の家、店もある場所でな」
 見れば色々な人間が行き来していた。草原では有り得ないまでに多い。
 しかも明らかにモンゴル人でない者も多い。鼻が高く目が青い者やモンゴル人よりも身体が細い者、そうした人間も実に多い。
 その彼等も見ながらだ。テルグはトウルイの話を聞いた。
「商店街って場所だよ」
「商店街!?」
「そのな。商いしている奴が一杯いる場所だよ」
「それが商店街なんだ」
「そうさ。はじめて見るんだな」
「うん、町に来たのもはじめてだし」
 それでだとだ。トウルイも答える。
「ううん、何でいうか」
「はじめて見た気持ちはどうだい?商店街ってのを」
「人が多いね」
 まずはこう言ったテルグだった。
「それに何かその人も」
「色々な奴がいるだろ」
「モンゴル人以外にも」
「ロシア人に中国人にな」
 トウルイは彼等を挙げていく。
「それに時々日本人もいるぜ」
「ああ、相撲をやってるっていう」
「その日本さ」
 トウルイは日本のところで笑ってだ。テルグにこんなことを話した。
「御得意様だぜ。店に来たらすっごい色々なものを買ってくれるんだよ」
「へえ、日本人ってそうなんだ」
「金払いがいいぜ。いいお客さんだよ」
「お金持ちって聞いてるけれどね」
「そうだな。お金持ちでしかも人がいい」
 それが日本人だというのだ。
「いや、もっと来て欲しいよ」
「成程ね。それと」
「それと?」
「あの鉄の。丸いのが四つ足みたいについてるのは何かな」
 丁度二人の前を通り過ぎるだ。四角く大きい、中に人がいる動くものを指差してだ。テルグはトウルイに尋ねたのである。
「あれは一体」
「ああ、車だよ」
「車!?」
「他には鉄道ってのもあるけれどな。中に人が入って動かしてな」
「それでああしてなんだ」
「馬みたいに行き来する為に使うものさ」
 トウルイは車についてだ。こうテルグに説明した。
「それが車なんだよ」
「ふうん、何か凄いね」
「草原にいたら見ないんだな、車も」
「今はじめて見たよ」
 目を丸くさせて話すテルグだった。
「あんなのは」
「最近増えてきたけれどな」
「車が?」
「俺の小さい頃は殆どなくてね」
 トウルイはこうテルグに話す。
「あっても古いソ連の車で」
「ああ、ロシアの」
「そうさ。けれど最近はああした日本のとか韓国の車が増えてきたよ」
「そっちも日本なんだね」
「そうさ。相撲をやってるのも日本でだし」
「日本との付き合いがあるんだね」
 これもテルグには今一つわからないことだった。
 

 

第四章


第四章

「遠い国だよね」
「一応日本が何処にあるかはわかるよな」
「学校で習ったからね」
 学校の授業でだ。それはわかることだった。
「一応ね。海の向こうにあるあの島国」
「そうさ。我が国と比べるとずっと小さいけれど」
 国土の広さは違っていた。モンゴルの方がずっと小さい。
「けれどそれでもね」
「豊かなんだ」
「その日本との付き合いが出来てきてるんだよ。観光客も来てるしな」
 その観光客の話もしながらだ。トウルイはテルグを案内していく。そうしてウランバートルを回っている中でだ。テルグはまた見たことのないものを見た。
「あれっ、これは」
「ああ、食べたことないんだな」
「ええと。何これ」
 食堂の前だ。そのサンプルコーナーにある様々な食べ物を見てトウルイに尋ねているのだ。
「草だよね。しかも赤いのとか黄色いのもあるし」
「それ中華料理だよ」
「中華料理っていうと」
「そうさ、中国の料理さ」
 彼等モンゴル人とは歴史的に色々あったその国のだというのだ。
「その細長い麦を伸ばしたのとか」
「これは確か」
「麺っていうんだよ」
「だよね。それは食べたことないけれど」
「ああ、麺もか」
「ずっと草原の中にいたからね」
 それでだ。食べるものはというと。
「肉に乳製品に。あとは」
「お茶だよな」
「そういうのしか口に入れてないから」
「本当に草原で生きてきたんだな」
「学校の従業も。草原の中だったし」
 所謂青空教室だったのだ。
「そうだったからね」
「だから麺も知らないんだな」
「どんな味かな」
 興味をだ。テルグは言葉に出した。
「一体」
「食ってみるか?」
「安いのかな、これって」
「そんなに高くないさ。ここは誰でも入る店だしな」
「誰でもって」
「店によったら金持ちしか入られない店もあるんだよ」 
 そうした店があることも草原ではわからないことだった。町のことだからだ。
「まあここはそういう店じゃないからな」
「別に入ってもいいんだ」
「そうさ。じゃあ入るか」
「うん。それにしても中国人ってのは変わってるね」
 テルグは店に入ることを決めてからもだ。こう言うのだった。
「草まで食べるなんて。羊みたいだね」
「ああ、それ野菜っていうんだよ」
「野菜?」
「畑って場所で育てて食うんだよ」
「畑も授業で勉強したけれど。田んぼも」
「そこで育てて食うんだよ。わかったかな」
「一応は」
「あと果物もあるからな」
 見れば甘いものもサンプルコーナーにあった。それもだ。
「じゃあ中に入ってそういうのも食うか」
「それじゃあ」
 こうしてだ。テルグは生まれてはじめて麺や野菜、それに果物を食べた。その感想は。
「不思議だね」
「美味かったか?」
「確かに美味しかったよ」
 それは確かだとだ。テルグも答える。だが、だった。
 本当に不思議な顔で首を捻ってだ。彼は言うのだった。
「けれどそれでもこれは」
「これは?」
「モンゴルにない味だね」
「中国だからな」
「味付け濃かったね」 
 少し困った顔でだ。テルグは言った。
「油も多かったし。炒めたりとか」
「中華料理ってそんな料理だぜ」
「色々な味付けがあって」
「醤油とか味噌とか胡椒とかな」
「味付けは塩だけでいいと思うけれど」
 首を傾げさせながらだ。彼は言うのだった。
 

 

第五章


第五章

「そんなのは」
「おいおい、そりゃまたシンプルだな」
 そのテルグの言葉にだ。トウルイは苦笑いと共に返した。
「塩だけか」
「うん、どうかな」
「確かに俺も薄味が好きだけどな」
 そうした意味でだ。彼もやはりモンゴル人だった。
「それでもな」
「こうした味のも」
「時々食うんだよ。中国の店の他に韓国の店もあるぜ」
「じゃあ日本のも?」
「あるけれどあそこのは高くてな」
 和食についてはだ。トウルイは困った顔で言う。
「俺も食ったことがないんだよ」
「高いんだ」
「日本は海に囲まれてるけれどモンゴルにはないからな」
 完全な陸地だ。それで海の幸なぞある筈がなかった。
「だから和食はな」
「高いんだ」
「ああ、韓国料理なら肉が主だからあるぜ」
「中国料理みたいに豚肉が多いんだね」
「それでもあれだぜ。韓国料理はな」
 どういったものか。彼は目を少し顰めさせてテルグに話した。
「滅茶苦茶辛いんだよ」
「そんなに?」
「真っ赤になるまでな。唐辛子を使ってな」
 それが特徴だというのだ。韓国料理の。
「大蒜も滅茶苦茶に使ってな」
「大蒜は草原でもあれば使うけれど」
「あんなもんじゃない。もう滅茶苦茶使うんだよ」
「それに唐辛子もなんだ」
「料理が真っ赤になる位にな」
 使うというのである。
「使うからな」
「それで辛いんだ」
「そうさ。そういう料理もあるからな」
「成程ね」
「さて、後は何処に行きたいんだ?」
 トウルイはあらためてテルグに尋ねた。
「何処でも案内させてもらうぜ」
「もっと見回りたいね」
 テルグはトウルイのその問いにこう答えた。
「この町の中をね」
「食うのはもういいんだな」
「お腹一杯になったからね」
 だからいいというのだ。
「だから今度は」
「何がしたいんだ?それか何処に行きたいんだ?」
「もっと街中を見たいね」
 これがテルグの今の願いだった。
「このウランバートルの中をね」
「そうか。じゃあ案内するな」
「うん。それにしても」
 ここでだ。町を行く人を見てだ。テルグはトウルイに話した。
「変わった人が多い街だね」
「変わった!?」
「うん、馬に乗らずに歩いてる人が多いから」
 だから変わっているというのだ。
 

 

第六章


第六章

「何でこんなに自分の足で歩く人が多いのかな」
「ああ、他の国じゃそれが普通だからな」
「皆馬に乗らないんだ」
「馬に乗らないでさっきのあれあっただろ」
「車?」
「ああ、それに乗るんだよ」
 こうだ。トウルイはテルグに話す。
「それが他の国の人間なんだよ」
「モンゴル人でも歩いてる人いるみたいだけれど」
「町はそうなんだよ」
「町は?」
「ああ、町じゃ馬に乗らなくても普通にやっていけるんだよ」
 これはだ。テルグには理解できないことだった。そしてだ。
 首を捻りながらだ。こうトウルイに尋ねたのである。
「それって貧乏とかそういうのじゃないよね」
「それどころか俺達よりずっと金持ちの人が多いぜ」
「何でそれで馬に乗らないのかな」
 モンゴル、草原では誰もが馬に乗る。馬に乗らないのは物乞い位しかいない。そう考えられているのだ。だからテルグも言ったのである。
「わからないなあ」
「だから。車に乗るんだよ」
「さっきのあれに?今も目の前に幾つか通ってるけれど」
「金を持ってる奴はあれに乗るんだよ」
「あれって馬より高いんだ」
「びっくりする位な。そうなんだよ」
「ううん、わからないなあ」
 テルグは首を傾げ続ける。どうしてもわからずにだ。
 それで首を捻りながらだ。それでもトウルイに案内されウランバートルを見て回る。そこはテルグにしては本当に人が多くだ。しかも建物まで林立していた。
 そういうものを見てだ。彼は言うのだった。
「羊を放したりなんてとてもできないね」
「ここじゃ無理だな」
 ビルの中ではだとだ。トウルイもそのことを認める。
「それはな」
「そうだよね。それで生きられるのかな」
「だからな。俺にしてもな」
「ここに住んでものを売って?」
「そうしたりして生きてるんだよ」
 そうだというのである。
「草原みたいに動いたりせずにな」
「ずっとここに住んで?」
「ああ、家にな」
「家って。動かないゲルに」
「そうだよ。そうなんだよ」
「ううん、本当にわからないなあ」
 どうしてもだ。テルグにはわからなかった。
 それでだ。その建物や人々を見て言うのだった。
「こんな場所に人が住んで生きられるんだ」
「わからないか?どうしても」
「草原とは全然違うんだね」
「ああ、全然な」
「それはわかるけれど何か」
 またしてもだ。テルグは首を振った。
 そのうえでだった。また言う彼だった。
「こうした場所で人がいて住んでるって」
「本当に驚いてるんだな」
「うん。僕には何か」
 町を二人で馬に乗り動きながらだ。トウルイに話した。
「この場所はどうも」
「駄目か?」
「草原の方がいいかな」
 こう話したのだった。
「僕にとってはね」
「そうか。それじゃあ用事はもう済んだんだよな」
「うん、僕の用事はね」
「帰るか?あんたの場所に」
 こうトウルイはだ。テルグに尋ねた。
「そうするか?」
「そうだね。何か馴染めないから」
 だからだとだ。テルグも言う。
 

 

第七章


第七章

「ここはモンゴル人の場所じゃないような気がするよ」
「そこまで言うんだな」
「間違ってるかな、それって」
「草原にいたらそういうのもあるだろ」
 それも仕方ないとだ。トウルイは否定しなかった。
「だからな。いいだろ」
「そうなんだ」
「俺はそう思うさ。まあ俺にとっちゃ草原の方がそうだしな」
「草原が君にとっては」
「俺は草原にいたことはないからな
 それでだとだ。トウルイは述べた。
「そうなるだろうな」
「モンゴル人は草原にいるばかりじゃないんだ」
「みたいだな。じゃあ町を出るまでな」
「うん、それまでだね」
「外まで案内するぜ」
「有り難う」
 こうしてだった。テルグはトウルイに案内されてだ。ウランバートルの外に向かった。そして校外に向かう。するとそこにあったのは。
 ゲル達があった。モンゴル人の住むそのテントがだ。数多く立っていたのだ。
 それを見てだ。テルグはトウルイに尋ねた。
「あれって」
「ああ、あれな」
「ビルだけじゃなかったんだ」
「モンゴルだからああいうのもあるんだよ」
「そうなんだ。モンゴルだからね」
「建物じゃなくてゲルで住む方がいいって人も多いんだよ」
 トウルイは笑顔でテルグに話していく。
「それでなんだよ」
「成程ね。そうだったんだ」
「そうだよ。俺の親戚もここにいるぜ」
「そうなんだ」
「モンゴル人なんだろうな」
 笑顔でだ。トウルイはテルグに話す。
「ああしたのを見るとな」
「やっぱり落ち着く?」
「ああ、中に入っても落ち着くよ」
 そうだとだ。テルグに話すのだった。
「それもかなりな」
「そうだね。ゲルはね」
「まあモンゴルっていっても色々で」
「モンゴル人っていっても様々で」
「けれど根っこは同じなんだろうな」 
 それは変わらないというのだ。
「モンゴルで。モンゴル人なんだよ」
「じゃあ日本に行った人達も」
「モンゴル人さ」
 まさにそうだというのだった。
「あの人達もな」
「別に町に住んでても他の国に行っても」
「モンゴル人さ。俺もあんたもそうだろ」
「そうだね。同じモンゴル人だね」
「草原にいるだけがモンゴル人じゃないさ」
 こうも言うトウルイだった。
「そういうものだよ」
「そうだね。それもわかったよ」
「それでもあんたは戻るんだな」
「草原が好きだから」
 微笑んでだ。テルグはトウルイの問いに答えた。
「そうさせてもらうよ」
「そうか。じゃあまた縁があったらな」
「うん、その時にね」
「また会おうな」
「そうしようね」
 こう別れの言葉を交えさせてだ。彼等は別れた。
 そうして草原に戻ったテルグはだ。草原の中でのどかに草を食べたり周りを見回している羊や犬達を見ながらだ。友人達に話した。
 彼自身馬に乗り青い空や緑の草原を見てだ。自分と同じく馬に乗る彼等に話した。
「やっぱりここが一番いいね」
「町よりもかい?」
「ずっと」
「うん、僕にとってはね」
 こう笑顔で言ったのである。
「ここが一番いいよ」
「そうか。町よりもずっとか」
「草原の方がいいのか」
「何もないのにか」
「いや、あるよ」
 何もないというのは否定して言う。その言うことは。
「モンゴルがあるよ」
「草原にか」
「それがあるんだな」
「そうさ。僕達がね」
 今度はこう言うのだった。
「僕達がいるよ」
 笑顔で言いながらだ。彼はそのモンゴルの中にいるのだった。何処までも広がる空と草原はそれだけで何かがあった。テルグはそれを見て笑顔でいるのだった。


違った生き方   完


                   2011・10・29